2017-06-09 10:25:15 更新

概要

私は運命的な出会いをした。
ただ、それは束の間のことで——
諦めかけてはいたが、もう一度、その出会いを果たすための機会がもたらされた。
私が歩んできた、それまでの間の話ができればと思う。


前書き

自分は「大鳳」に惹かれて艦これの世界に入っていきました。2017年4月段階で、ちょうど2年前のことです。
キリがいい、と言えるかは分かりませんが、『恋する鳳は口ずさむ』の世界観をなるべく生かしながら、この話の世界に「大鳳」が着任するまでの、およそ1年間(リアルにそれくらいかかりました)をSSに起こしたいと思います。この枠に収まるか分かりませんが、かなり長い目で見ていただくことをご了承ください。

大鳳には話のトリを担ってもらうので、それまで出番らしい出番はないです!(前提)


紹介

前書きにて触れております『恋する鳳は口ずさむ:

』は、このSSの終着点から話を始めています。読む順番には気兼ねしなくていいように話づくりをしていきますので、気が向いたら読みに行ってやってください。提督と大鳳との出会いから、彼らがケッコンを果たすまでの話です。大鳳の一人称にて、こちらも書き進めております。











艦娘の起因とは












 私は、人に仮初めながらも翼を与えてくれる飛行機に、強い憧れを抱いていた。人には誰しも憧れというものがあるはずだろう。それは厳格な軍人にだったり、清らかな歌声を聞かせてくれる歌手にだったり、そして、自分を人として育て上げてくれる親にだったり。挙げればキリがなく、千差万別な、だけど一人に一つはあるであろう憧れの念。私にとっては、飛行機に抱くそれだった。


 ただ、私にはその翼を授かる適正というものがなかった。そも外遊びよりも読書や勉学に打ち込んでいた自分のことだ。無理もないというのが私の方便だったが、いかんせんそれで終わりにはしていられなかった。


 それは、わがままを言ってしまえば乗ってみたい。人の力では到達できないその世界に、私も没入してみたい。ただ先ほども言ったように、私個人ではもう成し得られるものではなくなってしまった。


 案外と代替案はすぐに見つかった。折しも、私がその答えを導き出したとき、その席に着くための最も確実な位置に私は居た。四島の民草が狂騒的に、やれ「戦争だ」と余すことなくのたまわっていた時代だ。軍の士官を目指そうと思う輩は当然増えるし、軍の側もそれを了解していたため、士官学校に入られる枠は広めに取られていたから、飛行隊員を目指さんとしていた往時の私でも入学できた。私は、この出世街道から離れまいと必死にもがきつき始めた。


 入学成績はそこまでにしても、卒業席次は悪くない位置に立つことができた私は、だが世界的に湧き上がった災厄に巻き込まれた。


 その姿は異形。けたり、けたりと嗤い、我らが護国の象徴を無慈悲に破壊するそれは、いつからか「深海棲艦」と呼ばれ始め、それまでの騒ぎはどこへやら、民草は水を打ったかのように静まり返り、事態の行方をおずおずと見つめるばかりとなった。


 不幸の先駆けは、対米急先鋒として南洋諸島の東端、マーシャル諸島に配備されていた二個大隊規模の陸兵さんが得ることになった。本当に不幸な話だが、上陸兵の迎撃用に設置していた海岸砲やトーチカから粉砕されたそうで、敵を退けるための兵器が、むしろ彼らを寄せ付けるエサであったとの調査書が、現在は上がっている。


 この情報がもっと早い段階で巡っていたら、もしかしたら後に話す被害は無かったろうが、ここでは全ての意味において深海棲艦の方に軍配が上がった。マーシャル諸島全域から日本人は消え去り、怒涛の勢いでカロリン諸島、マリアナ諸島からも日本人は途絶えた。


 ほかの地域については知らずとも、それが日本にとっての敵であることはもう分かりに分かりきっていた。最終防衛線になってしまった小笠原諸島に陸兵十個師団、連合艦隊もほとんどが抜錨し、民草は元より、私達軍の側でも楽観的な態度を取ることができた。


 そうして展開された小笠原諸島沖の海戦、小笠原諸島の闘いを尻目に、私の足は神戸の土を踏んでいた。この時私はすでに大尉であったが、即座に少佐に昇進することが下達されており、それと時を同じくして、竣工を間近に控えていたある航空母艦への乗り組みが決定された。だから私は艤装工事が進められている神戸へ赴き、艤装員としてその艦に乗艦せねばならなかったのだ。


 ウン百メートルを超す長身を、物々しくもスラリとした流線形で浮かべるその姿は、きっといつまでも忘るることなく脳裏に焼き付いて離れないだろう。それは鮮烈的に、そして情熱的に私の脳内を駆け巡った。そうなったからには、もう私の意識はそれ一点に釘付けされてしまうのも無理はない、と思っている。すなわち、私がそれまで抱いてきた憧れは、その一瞬にして目の前にそびえる空母に取って代わられたのだ。ならそれまでの私とは一体なんなのだ、と笑われてしまうのもしようがないとは思うが、それほど、この出会いは私にとって強烈なものだったんだ。それに結果としては、今までの努力があったからこそこうしていられるのだと思えば、存外報われた気がしたのもあった。


 私のことはもういいか。結果としてその空母、『大鳳』に着任することになった私は、乗艦して改めて深い感嘆を得た。外観から想像される以上に、それは戦うための艦なのだということを認識させられた。造船学には疎い私でもそれは分かった。ただ、どうしても私は大鳳を軍艦として見られなかった。その完成されたかのような造形美は、額縁に入れて飾っていた方がよっぽどいいと思っていた始末だった。


 こんな風に下卑た想いを持っていたからかもしれない。時季外れの感染症を患ってしまい、艤装員だった私は退艦静養を余儀なくされた。


 飛行隊員になれなかった私にとっての代替案、航空参謀になって翼を駆る者たちを側で見届けたいという思惑は、残念ながらここで完全に潰えることになった。完全に、と言ったのはもちろん事実だ。ああ、その後も感染症に罹り続けたというわけではない。それはひと月と保たずに死滅してくれた。事実なのだと言ったのは、海軍という、引いては帝国陸海軍がそのひと月というわずかな期間のうちに消滅し、私が再び軍に戻ることができなくなったからだ。


 小笠原諸島での一連の戦闘は、私達の微かな願望を踏みにじるかのようにして、陸海軍の全滅をもって終焉した。彼らは更に内地、帝都へ来襲されるものと予想され、大陸方面の陸兵を余すことなくすっぱ抜いて防衛線を構築し始めていたが、果たして次に狙われたのは南西諸島の島嶼であった。当地に群生していた人造物は軒並み破壊され、おびただしい犠牲者が生まれた。それは小笠原の地で失われた将兵の数に匹敵するのではないかと疑われたほどだ。これはひとえに、深海棲艦の習性を知らなかった私達が現地民を内地へ避難させてやらなかったことによるものだった。


 その沖縄陥落の報を受けたのは、それが決定的になった直後のことだった。帝都にて臨戦態勢を整えていた軍は、さいしょそれを信じられなかった。「常識的に考えて……」。だが、その先の言葉を紡ぐ者は誰一人としていなかった。彼らは常識の枠外にある存在だ。軍がそれを認識した頃には、破壊の火は内地へとくべられた。もはや、何もかもが手遅れであった。


 軍国主義日本は、国民のほとんどが軍か港湾部、または軍需工場へ出ていた。これらは内陸部にあった工場を除いて、すべて破壊された。沿岸部の民家、船舶、その他人造物は姿を消した。統計的な結果としては、信用できるだけで2000万人の犠牲者が出た。実際はこれ以上の被害が出ていたであろう。先ほども言ったように、軍は姿を消し、残された人々は亡霊のようにしてそこに佇むだけであった。ただ一つだけ幸運であったのは、深海棲艦はそれ以上、破壊の食指を伸ばすことがなかった点であろうか。日本という国家は消滅の憂き目に遭ったが、日本人という民族は生き永らえることができたのだ。


 もちろんその代償は大きく、沿岸部から平均して10㎞の範囲に人影は途絶えた。その範囲内に近づけば、自分の命が失われるだけだという単純な答えに気が付けたからだ。日本の民草は怒る暴徒になることもなく、代謝を極力抑えて生きることだけに心血を注いだ。


 そんな中、静養中の私の姿は呉市内にあった。当然ここも深海棲艦の砲火に見舞われたが、いち早く防空壕に逃げ込んでいた私は五体満足でいた。ただ、私の家は跡形もなく消えていたが……。私は砲火の止んだ外へ新鮮な空気を吸いに出ようとしていた。



元航空参謀「…………」



 文字通り絶句した。私の家はともかく、今まで慣れ親しんできた呉という街が丸ごと無くなっていたのだから。私は夢の世界にでも囚われたものだと思った。頬をつねって、全力で走ってみたりもした。ただ痛かったし、疲れが噴き出た。私の見回しているそこが現実なのは、言い得て事実であった。


 どうしたものか。どうしよう。どこへ行こう。まず何をしよう。まず何ができるのだろう。何をしたらいいのだろう。分からない。私には何ができるのか、それすらも分からない。私は、どうしたら……。


 適切な考えが思いつかなかった。同じころ、きっと違う場所で黄昏ているであろう民草同様、私もただそこに立ち尽くしてばかりであった。



元航空参謀「————そうだ。鎮守府、鎮守府なら」



 途端に何かに引っ張られるようにして、私の足は歩みを始めた。その向かう先は、どうやら呉鎮守府らしい。「鎮守府、鎮守府でなら」と、戯言を繰り返し口ずさみながら私は歩いた。その時、私の聴覚がいかれてなければ、呉の鎮守府からは依然として砲火の音が聞こえていた。












 そこは壮健とまでは言えずとも、先ほどまでの焼け野原と比べてみると、随分と恵まれた様相を呈していた。赤れんが造りが特徴的な鎮守府庁舎は無傷に等しかったし、爪痕が最も見られる広(ひろ)海軍空技廠の方も復旧できる見込みは十分あった。


 それら鎮守府建造物を練り歩きながら、私は一つ疑問を抱いていた。



元航空参謀「どうして、こうも奇麗に——」



 瞬間、私の視界は目まぐるしく動き、気が付けば仰向けに倒れていて、その上には誰かが覆い被さっていた。


 それまで私のいた方で何かが爆ぜたような音がしたが、そんな些末事は私の意識を揺さぶらなかった。それは、目の前の一点のみに注がれていた。



叢雲「——"アンタ"、バッカじゃないの!?」



 それは、帝国海軍、特型駆逐艦『叢雲』との出会いだった。






春,第一話












 私は仰向けに倒れていた。


 その眼前には美しい銀髪を長く伸ばした少女。

 

 周囲には砲弾の落ちるような音と、それがもたらす崩壊の音が合わさって聞こえてくる。


 この状況だけで、私の思考能力は処理落ち寸前であった。


 第一、「何をやっているんだ」と忠告してくれた少女にまず言いたい。「そちらの方こそ、何をしているんだ」と。


 だが、その少女が宿す目、それは眼球を二つはめ込んでいるだけのはずなのに、そこから何百もの意思や覚悟が見え隠れしているようで、おいそれと上段構えで言葉を交わせられる気がしなかった。



元航空参謀「何をって、それはどうしたってこの鎮守府だけ損壊を抑えられているか、それが気になって見ていたんだ」


叢雲「ハァ? 冗談言ってんじゃないわよ! こんな、鎮守府にまで敵が攻め寄せているってのに、それが『抑えられている』って、アンタ正気!?」



 先ほど同様、強気な発言をする少女。


 それは時おり流れ星がごとく鎮守府の方へ降ってくる砲弾を見れば、あながち嘘を言われている気もしない。だとしても、私がその以前に見た光景を思い起こせば、やはりここは随分ましな様相を保っていたことは確かに言えると思う。



元航空参謀「……ここにいるのは君だけか?」



 少女は知らないのだろう、呉の惨憺たる有様を。


 それを読み取った私は、次に少女の正体を知ろうとした。


 少女が何者か、それが分かれば自ずとこの状況にも整理がつくだろう。


 これが苦心して搾り出した私の答えだった。


 何かをするにしても、まず状況と情報を知らなければならない。そして、私にそう訊かれた少女は、眉根を少し訝しめながらも、渋々といった体で答えてくれた。



叢雲「……いや、『吹雪』と『白雪』、あと『綾波』と『敷波』もいるわ」


元航空参謀「……なんだって?」



 いや、少女は間違いなくこう言った。


『吹雪』に『白雪』、『綾波』と『敷波』がいると。


 その単語の並びようから、ふつう私達が連想するような意味を持つ用法で言われたわけではないだろう。そして私のような者には、それがどういった意味の単語なのか分かる、いや、分かっていて然りなのである。少女が言った言葉を鵜呑みにすると、ここにいるのは帝国海軍の駆逐艦、特型駆逐艦の「吹雪型」の面々らしい。


 だが待ってくれ。その名を擁する駆逐艦は、いや帝国海軍に籍を置く全ての艦艇は、すでに一隻たりとも存在していないはずだ。


……少女の目は嘘を語ってなどいない。


 それどころか、その少女すらも、あるいは——



元航空参謀「……お前は、『叢雲』、なのか?」



——そう語っていた。


 彼女の目が口々にそう聞かせてきたように思えた。


 そうであってもこれは戯画的すぎる、その滑稽さで、言った自分を疑いたくなる。



叢雲「……アラ、私の名前は言っていないはずなんだけど」



 これは嘘であるべきだ。そう思いながらの私の発言を、見事に少女は肯定してくれた。



??「叢雲さぁん! どうしたんですかぁ!?」


 

 傍から誰か駆け寄ってきた。

 

 その少女は、手に砲台のようなものを、脚に魚雷発射管のようなものを着けていた。


 よくよく見てみると、未だ私の上に跨っている少女にも、同様の艤装が見え——


 どうも、そこから先は気を失っていたようで覚えていない。












綾波「ごきげんよう。特型駆逐艦、綾波と申します」


 

 駆け寄ってきた少女は、名を綾波と言った。その名はもちろん、私も知るところにある。



元航空参謀「私は、元航空参謀という」



 突発的な叢雲との出会いに反して、随分と物腰の低い挨拶に私は、それに反射的に応じていた。



叢雲「『元航空参謀』?聞いたことないわね」


元航空参謀「……私は、帝国海軍第一航空艦隊旗艦、『大鳳』艤装員として乗り組んでいた」


叢雲、綾波『第一航空艦隊?』


元航空参謀「……『抗戦』後期、小笠原沖で壊滅した空母部隊に代わって、残存航空兵力を統括的に編成した艦隊と航空隊の総称だ。そして『大鳳』は、新鋭空母としてその旗艦を務めた」



 我ながら、とても機転の効いた言葉だと思う。マーシャル、カロリン、マリアナでの戦闘から、小笠原、沖縄、そして本土戦までの一連の対深海棲艦戦を「抗戦」と云うらしい。



叢雲「小笠原……」


綾波「綾波たちは……」


元航空参謀「帝国海軍は、その小笠原沖海戦で撃沈の難を逃れた全艦艇を一括りにして、本土沖にて全てぶつけた。その中に叢雲、綾波の名は無い。小笠原沖で撃沈したからだろう。だから私は、叢雲に君らの名を語られた時、酷く狼狽したんだ。なぜなら——」



 お前たちはすでに歴史の舞台からは姿を消したはずの存在なのだから。


 科学的根拠も何も無いが、彼女たちが、叢雲と綾波なのは信じられる。


 とは言っても実際は沈んでいるはずの艦なんだ。これが私の思考を惑わせ、そして気を失わせた。


 この私の言葉を信じてもらえたのだろうか。


 眼前に立つ二人は瞳を閉じ、ただ静かに佇んでいた。


 無論、その間も断続的に砲弾は降り注いでくる。しかし彼女らは一切気にする素振りも見せず、思考の海を漂っていたようだった。そのジッとしている様は、益々、彼女らが何者なのかを示唆していたように見えた。



叢雲「————私は、いえ、私たちは、気がつけばこんな姿で、そしてこんな状況下にいたわ」


綾波「——はい、綾波もです」



 彼女たちなりの答えが出たのだろう、長く感ぜられた沈黙を経て、それぞれが口を開いた。



叢雲「でも一つだけハッキリとしていること。『深海棲艦は私たちの敵で、私たちはそれと戦う』という運命」


綾波「綾波たちは、この場所を護るための存在ですから」


元航空参謀「……そのための存在、か」



 侵略行為のためではなく、護国成就のため。燃えるように輝きを放つ目をして、二人はそう言った。

 

 これは『大鳳』も想っていたことなのだろうか。


 ふと、私はそんなことを考えていた。


 脳裏によぎるのは、その美しい艦形。もし彼女もまた、叢雲や綾波のように生まれ変われるのならば——



元航空参謀「——なら、その手伝いを私にさせてもらえないだろうか」



 その考えの末に私は、自分でも卑しいと思えてくるが、ある欲のようなものを抱いた。いまひとたび、いや、結局は共に戦うことが叶わなかった彼女と、共に戦いたい。


 ああそうだとも。あの美しさをもった彼女と再びまみえたい。そういう願いだ。


 一瞬にして私の憧れになった出会いがこびりついて離れない。それが叶う可能性が目の前に転がり込んでいるならば、私はそれに縋りたい。


 それを目の前の二人がどう思うか分からなかったが、逡巡することなく答えが出された。



叢雲「あら、それは丁度いいわね。ねぇ綾波、あなたはどう思うかしら?」


綾波「はい、綾波も司令官がいてくれたら嬉しいです!」



 その選択がどういう結果をもたらしてくれるかは分からない。


 あるいは私の願いが果たされるかもしれないし、もしくはそれが果たされることなく、私の命は散ってしまうかもしれない。


 だが、例え不運のまま終わることになっても、そうなったとしても私はこの選択を後悔することはないと思う。


 それは私の個人的な願いを成すためという理由もあるが、この時はそれに勝るものがあった。



元航空参謀「……ありがとう。それなら私は、君たちを支えるため、またこの国の未来のために、自らの命を捧げよう」



 目の前の少女が戦うと言っているんだ。


 それなのに自分だけすごすごと引き下がるわけにもいかないだろう。


 私は、この時より「提督」になることを決意した。






春,第二話


【元航空参謀→提督】












 瀬戸内を眼前に眺める呉鎮守府庁舎からは、後方の呉市街の様子も能く見て取れた。私がいるのは、その鎮守府庁舎の一角、豪壮さが最も際立つ司令長官執務室の中であった。


 その私の目の前には、五人の少女の姿もあった。それまで呉の街を襲っていた放火の音はまるきり止んでいる。少女たちが奮闘した結果だ。


 この事実を、不思議と最初から知っていたように思えてきた。私はオカルトの類には知らぬ存ぜぬを通してきたつもりだが、目の前の少女たちが宿す、無数の魂が少女たちの強さを証明しているように見えてならなかったからだ。だってそうだろう。どうしたって陸海軍を討ち滅ぼした深海棲艦を打倒できるのか考えたら、そう思い至るのが最も納得できるのだから。それを呑み込まずにひたすら混乱するか、それか自分の見識の方を曲げて、もって理解に努めるか。私が選択したのは後者だった。


 そして更に。私はもう一つ、認識せねばならぬものに面していた。



提督「それで、これが『妖精』なのか」


叢雲「ええ、どうもそうみたいね」


提督「このちまっこいのが、お前たちの強さの秘訣というわけか」


吹雪「はい。私たちはこの妖精さんを通して艤装を操り、彼らと渡り合うことができます」


提督「つまり司令塔のような役割を持つわけか。どうだろう、彼らは独断的に行動したりしてしまわないのか?」


白雪「いえ、そういうことはありませんでした。ただ……動きがぎこちなく感じられました。先ほどの戦闘中、段々と身体に馴染んでくるような感覚はあったので、妖精さんには熟練度のようなものがあるのかもしれません」


提督「……そうか」



 立て続けに奇怪なことが連続し、唸りを上げたいのか、何かのどの方からせり上がってくる感覚がした。だがそんなことをしてみろ。今なお綾波へ小言らしきことを話している『敷波』のそれを増長させてしまう。それをなんとかのどでつまらせながら、私はさらに少女たちへ疑問を投げかけた。



提督「そして、その妖精と同様に、艤装を運用するためには燃料弾薬が必要、と……」


叢雲「それはもう、私たちはこんな姿になっても『軍艦』なんだから」


提督「軍艦、か」



 言い含めるような叢雲の言いようにあえて応じながら、私はそこで最も気になったことをあらわにした。



提督「ならお前たちは、それをどうやっておこなうんだ? あと、こうしてお前たちがいるということは、他の艦はどうなる? 今もどこかにいるのか?」



 そう訊いたら一概に、そんなの当たり前のことだろうという顔から、どもっているように見える顔へ変わっていった。



吹雪「……補給や修理は、工廠の妖精さんがやってくれます。他の艦は……」


提督「うん、言いたいことは分かった」



 だからその先は言わなくていい。そう言って、私はその自分で起こした話題を終わらせた。やはり、相当の時間をかけなければならないらしい。



提督「なら一度、その工廠へ行こうか。君たちもそれなりに損傷があるようだし、工廠と言うからには私の質問の答えが転がっているかもしれないしな」












 私の想像した通り、少女の艤装を造ったり、修理したりするための工廠は、それをおこなう妖精には大きすぎたようだ。


 しかしなんだ、彼らは現在進行形で何か作業しているように見えた。


 工廠の隅に置かれた、ドックの模型のような建造物の上に艤装が横たわっている。


 それは駆逐艦の砲には見えず、ただ戦艦のそれのような重厚さも感じられないから、巡洋艦でも建造しているのだろうか。


 合計して四つ、隣りだって置かれた他のドックには、駆逐艦、それとこれも駆逐艦の艤装が見える。残りの一つには……これは空母か?矢筒の存在が私に疑問符をもたらしたが、それの下敷きになっている飛行甲板は見間違えようがない。



叢雲「ここから先は見ない方がいいわ」



 そう言われて唐突に、私の視界は閉ざされた。



提督「……どういう意味だ?」


叢雲「視力を喪失するからよ。悪いことは言わないから、このままにされておきなさい」


提督「…………そうか」



 生憎と私は冒険癖を持ち合わせていない。飛行士になりたいとは言ったが、別にそれを駆って彼方に行きたいといったことではない。それはただ飛んでみたいというだけの話だ。


 わずかな時間を経て、気持ち隙間のあった向こうから眩い光を感じ、そして私の視界は開けた。



提督「……これは、詮索するなということか」


吹雪「そうしてもらった方がいいかもしれません……ごめんなさい」


提督「いや、責めるつもりはない。それにしても、やはり困惑はするようだな」


白雪「それはもう。かの戦地から、気づけばこの工廠へ、しかも知らぬ姿でいるのですから」


提督「でなければ、私は自分の感性を疑うところだよ」



 苦笑をして返し、私は自分の身体と周囲を見渡し続けていた四人の少女たちを仰ぎ見た。


……空母か疑った少女は、どうも「女性」と言った方が語弊がないのかもしれん。


 私は長い呼吸を一つ挟んだ。



提督「なぜ自分がここに、とか、『あの』戦いの行方はどうなったとか、そう言った事項は後を追って話すつもりだ。だからまずは、私の話を聞いて欲しい」



 少女三人と女性一人の視線が、細い身体に軍服を着て立つ私を訝しみでもって捉えた。












 そして話を終えた私は、少女たちからの紹介を受けた。



朝潮「駆逐艦、朝潮です! 司令官、よろしくお願いします!」


白露「白露型の一番艦、白露です。一番艦です!」


由良「長良型四番艦の由良です。どうぞ、よろしくお願い致しますっ」


蒼龍「航空母艦、蒼龍です。……え、なんですか?」


提督「……いや、蒼龍型を見るのは初めてなものでな、すまない」



 軽い咳払いを挟んで、改めて私は彼女たちに対面した。



提督「仔細については先ほど話した通りだ。君たちはすでに沈められた艦の名で自らを説明しているが、それ自体がかなり超常的な事象の結果であることは踏まえてもらいたい」


白露「はいはーい! 質問いいですかー?」


提督「うん、どうした?」


白露「私の妹たちとは、そうなるとまだしばらく会えないことになるんですか?」


提督「そうだな、まず君たちを迎えられたこと自体が偶然の産物であるからな。妹たちの姿を拝められるのはとうぶん先のことになると思う」


白露「こうして私たちを建造したのと同じようにしたりすることはー?」


提督「——ああ、それは」


叢雲「不可能ではないにしろ、かなり難しい話ね」



 第一、アンタたちを狙って建造したわけでもないのに、と脇で叢雲が嘆息した。



提督「……まあ、そういうわけだ。現段階では資源にも限りがあるからな、やはり時間をかけなければならないだろう」


白露「そうですかぁ……分かりました!」


蒼龍「でしたら、私たちがすることとは資源をかき集めること、でしょうか?」


提督「う、うむ、そうなるな」


叢雲「……なに鼻の下伸ばしてるのよ」


提督「そんなことはない」



 夢が膨らんだだけだ。



朝潮「となると、遠征任務をこなすわけですか! ……輸送船などは、現存しているのでしょうか?」


提督「……そう言えば、そうだったな」



 この子たちのように、輸送船の類も人の身体を持つのだろうか。そうであれば、もう見た目だけでは見分けがつかなさそうだ。


 だがそんなことはなかったらしく、ここでは妖精を乗せたミニマムな輸送船を使うらしい。


 口を酸っぱくした叢雲に怒鳴られながら、傍目でえっちらおっちらと運ばれて行く小さなタンカーを見ていた。


 私の新たな肩書き、「提督」という役目に具体的な実感は未だ湧かないもの、私は、これまでの歴史から先例を引き出せないような環境下で戦わなければならないことは、それだけは感じられていた。


 それは何より、この人形的な軍艦が指し示していた。何せとても、現実味がない。






春,第三話












 私たちが直面していたのは、資源面の問題以外にもあった。問題そのものは何個もあるが、これは私たちが活動していく上で必要最低限な範囲の内に入るものだ。



提督「な、なあ綾波。この魚、かなり黒ずんでいるが食えるのか……?」


綾波「ごめんなさい……失敗してしまいました……」



 食糧問題である。


 深海棲艦が蹂躙した後の海に魚類が寄り付かなかった、という副産物があらば、私たちは今頃餓死していた。


 幸いにもそういうことにはなっていなかったようで、瀬戸内にはいつものように、いや今まで以上の魚がひしめき合っていた。たぶんこの地を縄張りにしていた漁師たちが揃っていなくなったからだろう。


 だからひとまず、魚介の類に関しては豊富に、それこそ私たちが食べていくには十分な量が期待できると言えよう。


 ただ人間、それのみ食べていては身体的、精神的にいつか参ってしまう。栄養に偏りが出てしまうし、それを食べても美味しいと感じられなくなる。それが積み重なれば戦うことすらままならなくなってしまうだろう。


 そうならないためには一刻も早い自給自足体制を完成させなければならない。


 そういう結論を得た私は、それを固く誓いながら、七輪にこべりついてしまった焼き魚もどきの、黒ずんだ物体と相対した。



敷波「何さ、文句があれば食べなければいいじゃん……ッ? ッ!!?」



 おぞましいものを見るような目をした私に呆れが指したのか、果敢にも敷波がそれを口に含んでしまった。それみたことか。勇敢だった姿はどこへやら、背筋をピンと伸ばしきってしまっている。



提督「おい、無茶はするな。魚はまだあるし、後のは私が焼くよ」


敷波「ッ!? いいよ、アタシがやる」


提督「……だから無茶は」


敷波「いいじゃん! アンタにそんなことしてもらう義理はない! アタシたちのことはアタシたちだけでやる! やれるんだ!」



 余計な気を回されたとでも言いたげに、敷波はしきりに頭を振って駄々をこねてしまった。それを、隣で宥めようとする綾波と二人まとめて見るとより一層、彼女たちがかの駆逐艦であるとは思えなくなる。どうしてこうも、姿形だけでなく、話す言葉まで人間らしいのだろう。



提督「……なら私がやり方を教えよう。別に先ほどのような物体が食べたいと言うのなら、私は何もしないが。ああ、だが勿体ないなあ。貴重な命が無駄に量産されてしまうのは」


敷波「ぐぅ、それは……」


提督「そんなに強がならくてもいいではないか。私には深海棲艦を打倒する力なんてない、だが君たちにはそれがある。だからそれを手伝うと言った私にできるのはこれぐらいのことしかないんだ。お願いだ。すぐにとは言わない、せめてもうしばらくの間だけ、その判断を溜飲してはもらえないだろうか」


敷波「…………れなら、……ょ」


提督「ありがとう」



 私がしなければならないことは余りあるが、まずはゆっくりとでも確実に、彼女たち、艦の魂を持った彼女たちへの理解を深めよう。


 これは焦る必要がない。足並みが揃わずして奴らと渡り合うこと敵わない。


 だからまずは……この焼き魚をなんとかしようか。


 これらはどれも、必要最低限の範疇だからな。






春,第四話












 私の視界の片隅に、九人の少女たちが固まって一心不乱に魚を貪っている。普段、人がものを食べる光景をただ見ることしかできなかったからこそ、かような顔を覗かせられるのだろう。それは一様に燦然と輝いて見えた。


 人か軍艦か、少女たちをどう見ればいいのか益々悩みつつも、一方で私は別なことを考えなければならなかった。


 驚愕することしかできなかったが、彼女たちが現実に深海棲艦と対向できているのは確かだ。あの小さな砲身から放たれる砲弾は、本物のそれのような轟音を伴って飛翔し、ほとんどの無駄なく敵のはらわたを抉っていく。二、三発も当たれば敵は轟沈し、辺りはシンと静まり返った。


 私の目が捉えたのはこの砲撃戦だけだったが、それは充分にさきの事実を証左していた。彼女たちの力があれば、日の本の四海はおろか、遠く南シナ海の果てにまで足を伸ばせられ、以降も深海棲艦と戦えるだけの資源が獲得できるのではないだろうか。それはすなわち、国の再興に繋がる。瀕死の際に立つ日本が、いま一度の繁栄を掴み取れるのかもしれない。知らぬ内に私の腕に粟肌が立った。


 無論、懸念事項も多々あるが、無理にこのことを急く必要も無いだろう。だからまずは、佐世保、舞鶴、横須賀の鎮守府から大海を眺望しよう。そこから更に、いつまで続くか予想のつかぬ戦いになるだろうが、彼女たちならばきっと——



蒼龍「——提督?」


提督「そ、蒼龍」



 いつの間にか考えごとに没頭していたのか、目の前の蒼龍に気づいたのは彼女に声をかけられてからだった。それを少々心配そうにしてくれながらも、彼女は私に話しかけた。



蒼龍「いえ、その、私たちは具体的に何をすればいいのか伺いに来たんですけど……」


提督「おお、ちょうどそのことを考えていたんだ。……そうだな、蒼龍、悪いがいちど皆を集めて……もう集まっているようだな」



 最初からそのつもりだったのか、顔を上げた私の前には、すでに面々が集まっていた。



提督「……これは、話が早い」


叢雲「それで? 私たちは何をすればいいのかしら、司令官?」



 私の胸は期待に膨らんでいたが、それとは反対に、私の両肩には酷く重い責任がのしかかっていた。それも彼女たちのそれに比べれば、格段に軽いものではあろうが。だが安直に希望的観測をするべきではない、そう私は改めて身を引き締めた。今の私は彼女たちを支える存在なのだと、自戒の念を頭に含ませながら。












 私たちはまず、佐世保鎮守府を到達目標にしたい。距離的にも一番近い鎮守府がどうなってるか確認したいからだ。


 ただ一直線にそこに向かえば、帰途に危険が付きまとうだろう。


 よって、ひとまずはこの近海の偵察から始めよう。


 この偵察艦隊には、旗艦蒼龍、護衛として、由良、綾波、敷波が就いてくれ。残りは鎮守府周辺の警戒に当たってもらう。叢雲はひとつ開発に従事してくれ。


 偵察艦隊は向かって西方を重点的に頼む。警戒艦隊は、東側に注意を払ってくれ。蒼龍、可能なら君の航空機で舞鶴と横須賀の様子も探ってほしい。


 知りたいのは敵の戦力配置と数だ。基本的には航空偵察を主軸とし、敵機との遭遇戦をも避けてほしい。


 現在時刻はヒトゴーマルマル。三刻しか無いが、今日の所は何度も言っているように無理をせず、深入りをしないように。


 よろしく頼む。艦隊、抜錨せよ。






春,第五話












叢雲「にしても、確かにこの鎮守府の蓄えは軽く三月は戦えるだけあるけれど、こうも建造や開発に回す余裕は無いわよ?」


提督「ああ、承知している。だからひとまず、機銃、ソナー、爆雷。この三つの装備を人数分は開発してくれ、蒼龍のは機銃だけでな」


叢雲「人数分……? 分かったわ」


提督「……? どうした、どれもこれも低予算で造れる装備のはずだが」


叢雲「確かにそうだけど、人数分となるとそれなりにかさばるわよ」


提督「まあ、致し方あるまい。対空、対潜を最たるとする駆逐艦のはずなのに、それが装備されていないのだから」


叢雲「アタシたちは艦隊決戦のための……まぁいいわ、ちょっと待ってなさい」


提督「うん、頼む」



 工廠に住まう妖精は、少女たちの建造、修理、そして艤装の開発をおこなう。驚くべきは、それらを瞬時に成してしまうことだ。瞬時に、とは言い過ぎかもしれないが、建造しようと思えば一、二年はかかる大艦を数時間で建造してしまうのだ、驚くなという方が無理がある。寸尺に大きなひらきもあるが、何しろ彼女たちは人の身体を持って生まれてくる。どうしたらそんな芸当ができると言うのだ。彼女たちは一体どうやって……と言うより、彼女たちとか、少女とか、ありきたり過ぎて言いにくいな……何か彼女たちを指し示す固有名詞があれば……。


 彼女たちは艦の性能を、人の、少女の身体に宿している。艦の、娘……艦娘、と言うのはどうだろうかな。んん、語感もいい、これはしっくりくるな。



提督「艦娘……艦の、娘……」


叢雲「? 一体何を言ってるの?」


提督「え? いや、お前たちを一括りにした時、なんと言えばいいのか考えていてな……艦娘、と言うのはどうだろうと思い至ったんだ」


叢雲「あら、中々いいじゃない。実際にそう呼ばれることはないでしょうけど、そう、艦娘ね……分かりやすいわね」


提督「おお、そう思うか。ならお前たちは艦娘だ。って、開発の方はどうなったんだ?」


叢雲「そんなの、とっくに終わってるわよ。不可解なソナーが一つあったけど」


提督「ん? ……ああ、これはアクティブソナーだ。従来の、潜水艦が発する音を聴くパッシブソナーではなく、こちらから音波を出してその位置を探し出す代物だ。これはお前が装備しておけ」


叢雲「自分から音を出すなんて、それじゃあ……まぁ、使いこなしてみせるわ」


提督「……よし、とりあえずはこのぐらいに抑えておくか。戻ろう、叢雲」



 そう言って私はガサツに積まれた装備に手を伸ばした。確かにこれらも小ささが目立つが、別に識別ができないということでもない。だから私は、叢雲が開発した機銃の全てが7.7mm機銃だともすぐに分かった。これを得意げにして見せびらかす艦娘とは、相当に世代が違うらしい。私には、無いよりはマシと苦笑するほかなかった。











 そうこうしている内に三刻が過ぎたらしい。傾きを見せていた太陽はいつしか沈み始め、偵察艦隊と警戒艦隊の両艦隊が帰投してきた。


 その蒼龍の報告によると、佐世保鎮守府は呉鎮守府と同様、目立った損傷は見受けられなかったらしい。しかもそこに繋がる航路に敵影はほとんど見られないというから、本土を叩き潰していった深海棲艦は雲隠れしたと考えるのが妥当か。私の要望に従って、舞鶴の方にも艦載機を飛ばしたそうだが、日暮れ時が近いということで引き返したそうだ。その艦載機の搭乗妖精は、無残に瓦礫と化した家々や村落を度々目撃したとのことだ。海に面するこの鎮守府は無事だと思うと、どこか無常さがこみ上げてきた。


 ともかく、明日にでも佐世保へ出撃することが決まり、朝も早いからと私たちは鎮守府庁舎で別れた。ただ、私は事態の整理に時間を食われてしまい、結局一睡もできなかった。


 朝、食堂に集まった艦娘たちもそれぞれ思うところがあったのか、皆一様に、目の下にクマが見受けられた。


 そのことに一抹の不安を抱きながらも、私には彼女たちを見送ることしかできなかった。この時ほど、私は彼女たちに装備させた豆鉄砲を頼もしいと思ったことはない。


 呉から佐世保までは数時間の距離にある。海上を航行できぬ私には、その間は待つしかなかった。私はがらんどうとした鎮守府庁舎にひとり佇み、分不相応ないたたまれなさを物憂げに思いながら、ただ待っていた。


 三食連続で魚食かと嘆いたり、既存の艦娘でどこまで戦えるのか思案したり、やはり空母と駆逐艦を建造しておくべきだと手前勝手に答えを出したり、それに反対するであろう叢雲たちにどう言い訳しようかと悪だくんだり。


 そうこうしてる内に日は高く昇り、いつしか定期報告の艦載機妖精が私の足元を小突いていた。お礼に金平糖を一粒やると、飛び跳ねながらどこかへ消えた。



提督「さて……どれどれ」



 その報告書には端的に、一、二回の遭遇戦はあったものの、全員が無事に佐世保鎮守府に到達したこと、更に、そこにいた艦娘とも邂逅したとの内容が書かれていた。


 その文章の淡白さの中に窺える蒼龍型の強さに身震いをしながらも、同時に私は歓喜を覚えていた。呉鎮守府と同様な事態が、佐世保鎮守府で起こっていたということはつまり、残りの舞鶴鎮守府と横須賀鎮守府でもその可能性が濃厚だということだ。


 私はその紙片を折りたたんで机にしまい、口腔に充満していた嬉しさを何度も咀嚼した。事実上、それが私にとっての初白星なのだから。











 その喜びが潰えぬなか、執務室の扉を叩く音がした。言わずもがな、それは蒼龍たち偵察艦隊の帰還を告げるものだった。西日すら目ばゆいものと煩わしんでいた私は、喜びで声が震えるのを必死に押し殺しながら「どうぞ」と扉の向こうに声をかけた。


 その私の予測通り、控え目な開閉音を経て入ってきたのは偵察艦隊の面々だった。ただ一人、見覚えのない艦娘も混じってはいたが。



蒼龍「蒼龍以下偵察艦隊、現刻をもって帰投しました。つきましては、こちらの『神通』との邂逅を作戦目的達成の証明とさせていただきます」



 出で立ちに似合わぬ畏まった口調で、蒼龍がその艦娘を紹介してくれた。一方で、紹介された艦娘はと言えば、所在なさげに内股気味で視線を左右させるばかりだった。このことには困惑することしかできず、それは呉の艦娘たちも同様であった。



提督「……ええと、まず、私のことについては置いておき、佐世保に起こった一連の出来事を教えて欲しい」



 それをなんとかせねばと口を開いてみたが、どうやら悪効果だったようだ。神通は肩をびくりと震わせ、次第に警戒心をあらわにし出した。その矛先は私にのみならず、同じ艦娘にも向けられているように見えた。推し量るに、呉ほど状況はよくないらしい。



神通「…………昼夜を問わず、そこは戦場でした」



 ようやっと、重々しくも口を開いてくれたものの、彼女には未だ深い疑心の念が見て取れた。ただその言葉で、私が思うよりも酷い日々を送ってきたということは確信できた。



提督「と、言うと?」


神通「……そのままの意味です。深海棲艦はいつ何時でも私たちを歯牙にかけんとしてきました。目を覚まし、状況を把握する暇すら貰えず、私もその戦場に突入させられました。尽きた燃料・弾薬を補給すればすぐに戦線の維持のために奔走しました」


提督「……そこの蒼龍の報告によれば、佐世保にそのような激戦の形跡は見られないとのことだったが」


神通「……はい。二日ほど前、間断なき来襲は不意に止みました。唐突なことに頭の整理が追い付かず、こうして私が確認のために派遣されたのですが……どうもあなた方は関与していないようです」



 私は息を吞んだ。


 深海棲艦による本土攻撃が行われたのが一週間ほど前からのことだとは知っていた。そして呉の街が壊滅したのが二日前、つまりその時にはすでに、佐世保では艦娘と深海棲艦との戦闘が展開されていて、しかも終わっていただなんて、そんな事実、私は到底知る由もなかった。沖縄方面から九州を呑み、そこからこちらの情報網は途切れていたが……神通の言い分を含めて仮定すると、敵は佐世保、北部九州における対艦娘戦に手間取っている間に太平洋側から横須賀、大湊、そして舞鶴の順に破壊していったのだろうか。そして、佐世保から下関海峡を潜り抜けた一部が瀬戸内を荒らして回った。だとして、佐世保の次に襲撃を受けた横須賀の鎮守府から佐世保へ航空支援がなされたとすれば、おおよその辻褄は合う。残りかすは呉鎮守府にあった駆逐艦だけで壊滅させられるし、もしかしたら舞鶴の方でも佐世保と同様の事態が起きているかもしれない。


 この仮定が正しければ、本土沖における深海棲艦は雲隠れしたわけではなく、その半分は佐世保鎮守府を眼前にして全滅したことが言えるだろう。もう半分も派手な音沙汰がないため、舞鶴で藻屑と化したんだ。きっと、そのはずだ。


 なのに断定ができない。目蓋の裏で惨憺たる呉の街が明滅して離れてくれない。命あっての物種とはよく言うが、おいそれとそれを芽吹かせてしまってもいいのだろうか。新芽を好物とする捕食者はただ、瑞々しく輝くその時を待っているだけなのではないだろうか。いちど不安に思ってしまうと、どうしても負の連鎖的に嫌な想念ばかりしてしまった。



叢雲「確かにそんなこと、アタシたちはしていないわ。それで? まずは具体的な彼我の戦力を教えてくれないかしら?」



 思い悩んで唸っていた私に代わって、場の主導権を握ったのは叢雲だった。彼女は相変わらずの口調で、見ず知らずであるはずの神通に詰め寄っていた。



神通「…………私たちは、戦艦『榛名』さんを旗艦として、比叡さん、青葉型・高雄型の皆さん、姉さ……川内型・球磨型と、白露さん、朝潮さんを除く白露型・朝潮型の駆逐艦でまとまっています。彼らの戦力は……不明です。一つだけ言えることは、私たちは現在もなお満身創痍にあるということです」


叢雲「へぇ……随分と大所帯なことね」


神通「……私もそうですが、かなり建造をしていたようですから。そのせいもあって、鎮守府にはあまり貯蓄資源がありません」


叢雲「そりゃ世話ないわね……で、アンタはどうするの? またいつ敵の魔手が伸びるかもしれない貧窮した鎮守府に、救いの手を差し伸べるというの?」


提督「そうするしかないだろう。全員が満身創痍とあらばなおさらだ」



 頭を振って気を改めた私がそう受け答えすると、バカを見るような目で叢雲が笑った。もちろん、周りの艦娘たちはみな放心していた。



提督「な、なんだ。資源の問題ならそんな心配することはない。工廠妖精が総出で貨物船を量産している、お前が言っていたじゃないか。『この輸送船は走るだけで海中から資源を精製する』って! これは間違いなのか?」



 不服さを表に出して私は叢雲へ詰問したが、それでも彼女は笑いを止めることはなかった。彼女の姉妹艦も、これには驚いてばかりでいるようだ。



叢雲「アッハハッ!! これが笑わずにはいられないわよ! アタシたちがいなかったら、あの砲弾で木っ端みじんになっていたはずのアンタが声高らかに人助けを謳いだすもの! そう思うと、もう、無理——ッアハハハハ!!」



 床を転げまわりかねないまでの笑いの意味を、私と叢雲の姉妹艦、吹雪、白雪、綾波、敷波はようやく察し、四人も釣られて笑い出してしまった。あの綾波までもが、口元を押さえて必死に笑いを噛み殺していた始末だ。一方で私は、無駄に気恥ずかしくなった顔色を悟られないように、語気を荒げて反発した。



提督「なッ——だったら、お前たちは彼女らを見放すつもりなのか? お前たちにとっては仲間のようなものだろう?」



 すると、それまでの大口をピタリと閉じ、叢雲の眼差しは真剣さそのもので埋め尽くされた。



叢雲「そりゃ、"助けるわよ"。あれだけ笑ったのは、ただアンタの酔狂ぶりに笑いがこみ上げてきたってだけの話」



 それはアンタたちもそうでしょう? そう言って分かりきった確認を取るかのように、叢雲は彼女の姉妹艦に話を振った。それを振られた四人の艦娘は、みなが「その通りだ」という表情をしていた。私は、気恥ずかしさの他に落胆の念を覚えた。そのせいか、ため息が一つ、不意に漏れ出た。



叢雲「——まぁ、そういうわけだけど」



 ただ、それは続く叢雲の言葉によって霧散し、私は却って呆気に取られてしまった。それは刃がこぼれ、錆で黒ずんだ刀で脇腹を刺された気分だった。それは酷く重く、余韻を残した。



叢雲「アンタがそう言っていなかったら、アタシたちはアンタをここから追い出していたわ。だけどそうは言わなかった。つまりアンタは、これからもアタシたちに必要な人材ってことよ、光栄に思いなさい」


提督「……下げたり上げたりと、随分と高飛車でわがままな奴だ」



 その複雑な余韻の中で、私は再びため息を漏らした。それはどちらかと言えば安堵によるもので、執務室の雰囲気は、目に見えて和んでいったようだった。



提督「——さて、そうと決まれば時間が惜しい。白露、朝潮の両名にはすぐにでも佐世保へ発ってもらい、そこの艦娘たちにここのドックへ入渠してもらわねばな」


神通「……あの。それでは私はどうすれば」



 私のお声が掛かった二人が喜び勇んで部屋を出て行くのを見届けていると、所在なさげな声色で神通が言った。ああ、君は——。そう言おうとした私の言葉は、私の声よりもよく通る叢雲の声で完全に打ち消されてしまった。



叢雲「アンタはさっさとドックに行ってきなさいな。あとがつっかえちゃうから、早くしなさいよ」


提督「……道案内くらいは必要だろうが」



 三つ目のため息。今度のそれは、前の二つが混ざり合ったようなものの感じがした。


 まあ、ともかく、私の仮定云々はさて置き、これで呉と佐世保は連携して行動が取れるようになったわけだが、私にとってしてみれば、これはとても幸先のいいことだと思う。だが油断するなかれ。執務室にいるはずの私の視界は、いちど閉じてみるとあの街中に切り替わる。日本全土を瞬く間に呑み込んだ奴らのことだ、どう動くか確証を持つべきではない。最悪の場合は複数想定していた方が、やはり対処が容易い。


 勝って兜の緒を締めよ、とはよく言ったものだ。むしろ勝ったからこそ、慎重に慎重を重ねた方がいい。


 しかして今は、少し酔いたい気分だ。……この鎮守府、リキュールの類は置いていないだろうか。






春,第六話












 夜が慌ただしかった。


 つい昨日はものも言わなかった呉鎮守府には、打って変わって喧騒が溢れ返った。しかしその渦中の私は、ひとり執務室ですこぶる薄めたウオッカのソーダ割りをちびちびと飲んでいた。日本酒や焼酎、ウイスキーの臭いは私の好みではないからだ。


 厨房でウオッカと共に見つけた梅干しを杯に一粒入れ、得も言えぬ微妙な味に、また別の意味で顔をしかめていると、扉の前に人影を見つけた。その背にまとう巨大な艤装は、彼女が戦艦級の艦娘ではないかと想像させた。



榛名「失礼します。榛名は、金剛型戦艦の三番艦で、今は臨時で佐世保鎮守府の……艦娘、と言えばいいのですか? その子たちの取りまとめをしています」



 長い黒髪を後ろに垂らした、紛うことなき美女の姿をした彼女がかの金剛型戦艦の榛名だと言う。艦娘という存在には慣れていたつもりだったが、彼女は私にとっての「艦娘」の印象とはまた一線を画していた。


 その彼女に無礼をしないよう、しかし私は椅子を鳴らしながら立ち上がってしまった。無礼を、しないつもりではあったのだが……。



提督「これは、わざわざ挨拶にお越しいただいて痛み入る。私は……便宜的な呉鎮守府の艦娘の司令官だ、よろしく頼む」


榛名「便宜、的……ですか?」


提督「……私は、彼女たちに救われた身でな。せめてもの恩返しも込めて助力しているんだ」



 我ながら少々苦しい言い訳だったが、眉を少ししわ寄せていた榛名は、どうもそれで納得してくれたようだった。



榛名「そうでしたか! それなら、榛名からも一つお願いしたいことが——」



 立ち話もなんだ、そこに掛けてくれ。そう話すつもりだった私の口の動きは、「た」すら発音できずに固まった。



榛名「——どうか、佐世保の艦娘の司令官にもなっていただけないでしょうか?」



 言ってしまえば、それは渡りに船な提案だった。


 深海棲艦と戦うのに、それぞれで分かれて戦っていたら各個撃破されて終いだ。それなら味方同士、まとまっているのが最善だとは思うが……いくらなんでも急すぎる。私はただの人間だ。なんの戦力にもなれないしがない軍人だ。呉鎮守府にいられるのだって、先ほどの叢雲の言のように、幸運の賜物にほかならない。この榛名は、私の話を聞いていたのだろうか?


 榛名の表情からは、どうにもその真意が特定できない。微笑みを湛えてはいるが、それだけではない、言葉とは違う思惑が潜んでいるのを感じてしまう。いや、むしろそれが自然だろう。見ず知らずの私に取り入る理由が無いし、実際の目的は、私ではなくここの——



榛名「——『提督』?」


提督「え!? あ、あぁ……提督?」


榛名「はい! 榛名たちも指揮していただくのですから、やはり『提督』でなくては示しがつきません」


提督「……え、いや、待ってくれ。私が君たちをも指揮するなんてお門違いだし、それに佐世保の艦娘たちだって——」


榛名「それは榛名と比叡姉さんでなんとかします」


提督「……君の真意はなんだ?」



 有り体な疑問をかけた私は、そこで息を呑んだ。伏せた顔を上げた先、首を傾げた榛名の笑顔に当てられたからだ。


 屈託なきその笑顔は、見事に私の反論を封じ込めてしまった。



榛名「——提督にならば、任せられると思ったからです」


提督「は、はは。まさか、そんな」


榛名「榛名には、1300人の英霊が宿っています」



 厳かさで、軽い冗談で話を濁らせようとした私は、まるで発言を停止させられた。1300人の英霊、その言葉を口にしてからだった。まるで、実際にその益荒男たちに囲まれているかのような感覚だった。あの時の叢雲と言い、その「気」のようなものに私は逆らえる気がしなかった。黙りこくってしまった私に、諭すようにして榛名は話を続けた。依然として、私は何かに取り巻かれたような冷や汗を止められることができなかった。



榛名「だから榛名には、なんとなく分かります。誰を信じ、誰を疑うべきか。提督。あなたから後者の臭いはしません。なので榛名は申し上げたのです。佐世保の艦娘の司令官に、『提督』になって欲しいと」


提督「いや、どうであれ、私はそのような大器など持ち合わせていない。先ほども言ったように、私はただここにいるだけの小さな存在だ」



 日本男児としてはなんとも情けない話かもしれないが、これが私の実情だし、この境遇についてとやかく言うつもりもない。


 これを頑として貫く。それに気づいたのであろう、榛名は、少し困り顔になっていたが、すぐにまた顔をニコニコさせた。



榛名「はい! それならそれでも大丈夫です。榛名は、今の状況を通しきれる自信が無いので、例え名目だけでもあの子たちの面倒も見て欲しいのです」


提督「……そう、言うことだったのか」



 はじめの内は気がつかなかったが、段々それに感づくことができた。目の前の女性が放つ、まるで底なしの強さに。なのに、それをもってしても、抗いきれないと言うのか。日の本を破壊し尽くした奴らは、一体どれほどの強大さを持っているんだ。


 どうしても、私は恐怖のような感情を抑えられずにはいられなかった。こんなことなら、いっそのこと私も、あの時に大鳳と共に……。



叢雲「——一体、何をそんなに怖がる必要があるのよ」



 現実逃避を始めた私の頭を打ち付ける声が聞こえた。容姿に相応しいふてぶてしさを持った、叢雲の声だった。



叢雲「折角、目の前の榛名サマがアンタに力を貸すって言ってるのに、断りの文句ばっか入れてるんだか」


提督「佐世保鎮守府は奴らの猛攻を凌ぎきった所だぞ。その長が、自分では役目不足だと言っているんだ。だったらどうして、一番矮小な私が彼女の後を継げるというのだ」


榛名「え? いや、榛名も別に——」


叢雲「——いや、別にアンタ一人で戦えだなんて、誰も言っていないじゃない」


提督「……ッ!」


叢雲「ワタシたちがいる。これからは、榛名たちも加わってくれる。万々歳じゃない。盤石になるわよ、ちっぽけだったアンタの基盤が」


提督「……そう言えばそうだったな。元々、ただの傀儡だったじゃないか。それが、手数が増えたところで傀儡師には敵わんな」


叢雲「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい」



 悪趣味な笑みがこぼれた。それに倣う叢雲と私とを交互に見て、榛名は右往左往してしまっていた。


 そうだ。私は自身の目的を捨て去れば、あとは何も残らないちっぽけな存在で、だからこいつらと共にいる。その「こいつ」が増えたところで結局は何も変わらない。それまで通り、というのも変な話だが、以前と変わらず過ごせばいいだけだ。


 こぼれ出た笑いが止まらなかった。そうじゃないか。味方が多ければ、それはそれだけ目標に近づけるのだから、それを無碍にする理由なんて無いじゃないか。


 私と叢雲は、次第に窓の外から聞こえる喧騒にも負けないくらいの笑い声を上げていた。もう何日も笑うことがなかったからだろうか、その可笑しさが笑いの連鎖を呼び、私たちはただひたすら笑い転げていた。最早、何を笑っているのかも分からずに。


 それに呆れが指してしまったのか、月明かりが雲間に隠れ、何がどこにあるのか分からなくなるまで暗くなってしまった。それもまた可笑しくて、私は息切れするほど笑いに笑い、床を転げ回った。ゴン、という鈍い音を聞いてから、その先を覚えていない。












 状況を、いちど整理しよう。


 私は命を叢雲に救われ、呉鎮守府にいた五人の駆逐艦娘と、後から加わった四人の艦娘を指揮する立場になった。翌日、呉からは最も近い佐世保鎮守府を目的地にして、無事にそこに到達し、現地艦娘との邂逅を果たした。その日は、一昼夜を通して慌ただしく、それは呉と佐世保が繋がりを持ったという意味を持っていた。


 そしていま、呉鎮守府の作戦会議室、精巧極まりない四島の地図を広げた周りに何人かが集まっている。その面々が特に凝視していたのは、佐世保鎮守府がある地点だった。



提督「まぁ……佐世保に航空支援がなされたのはほぼ確定として、問題はどこからそれがされたか、だが」


叢雲「航空参謀サマとしては、そこはどうなのよ。さすがに高雄や館山から飛行機が飛んできた、って話が現実味に欠けるのは分かるけど」


提督「だろうな。まず、そうした航空隊からすべて壊滅したと考えるのが順当だろう。いま、この場で戦力としてあるのは艦娘のみだと考えた方が無難そうだ」



 その前提を織り込んだとして、その艦娘——正規空母級の艦娘だろう——が拠点としていた鎮守府は……おそらく横須賀ではあろうが……。



提督「深海棲艦の本隊が東京湾へ進撃していた可能性がある限り、横須賀にそこまでの、それこそ他所の鎮守府に支援を出せるほどの戦力があるとは考え難い……」


榛名「そう、ですね……」



 佐世保に深海棲艦の大部隊が侵攻したのはまごうことなき事実、なのはまだしも、それが深海棲艦の全体だと断じるのは早計すぎるだろう。それはこの瀬戸内にまで深海棲艦の姿が認められたことと、蒼龍艦載機が報告したという瓦礫と化した村落から臭ってくる。情報が断片的で判断に困ってしまうが、ここで横須賀まで足を伸ばすのはなんだか危険な気がする。


 沈黙し、熟考している艦娘たちも同じ見解を共有しているのかもしれないが、私は、ひとまず舞鶴鎮守府の様子を把握するのが先決だと思う。別行動で、蒼龍に横須賀の様子も偵察してもらい、その上で横須賀への進出の機を窺うべきだろう。



提督「ひとまずは、舞鶴鎮守府へ行ってきてもらいたい。航海上、こちらの方が安全だろうからな」



 私の言葉に反対は無いにしろ、ただ消極的な艦娘もちらほらと散見できた。特に蒼龍に関してはその色が強く見えた。



提督「蒼龍。あまり乗り気ではないように見えるが、その理由を伺ってもいいかな」


蒼龍「はい……私は、一刻も早く日本を復興への道へ誘うため、まず横須賀鎮守府と連携した方がいいと思います」


提督「復興……その想いは痛いほどに分かる。だがここで焦って私たちがやられてしまえば、そこで全てが白紙になってしまう。今は着実に、可能な範囲でやれる事をやるべきだと思うのだが」



 心もとなさそうにして、おそらく気まずそうにしていた艦娘全員の気持ちを代弁した蒼龍の言葉は、私だってそう言いたいくらいだ。私の夢を、居場所を、あらゆるものをことごとく奪っていった奴らに一矢報いてやりたい。もしかしたら、そういう思いをもって彼女たちは生まれてきたのかもしれない。だが、向こうしばらくは慎重に慎重を重ねた方がいいだろう。蒼龍に関して言えば偵察に従事してもらい、敵主力の特定をしてもらうべきだ。件の正規空母級がいるのは、十中八九、横須賀鎮守府で間違いないだろう。しかし、横須賀鎮守府への道のりは決して短くなく、しかも太平洋を渡らなければならない。いつどこで奴らに出くわすかも分からない任務を彼女たちに与えるのは無謀だ。


 渋々ながらもこの言葉に従ってくれた蒼龍を見て、私は再三やるせなさがこみ上げてきたが、こうするのが最善なんだ、どうか理解してくれ。そんな意味の目を宿していたら、みなが私の見解を汲んでくれたようだった。それを一様に眺め、再度、私はこう告げた。



提督「——では、佐世保鎮守府主導で水雷戦隊を二個編成し、舞鶴鎮守府へ向け出撃してくれ。また、別で偵察艦隊を編成し、旗艦蒼龍は舞鶴鎮守府への事前偵察、横須賀鎮守府へも艦載機を飛ばしてくれ。外洋への飛行はなるべく避け、各鎮守府の事情だけを収集するよう努めてくれ。よろしく頼む」



 この日は、前日とは比べ物にならないくらい静かで、だが忙しい一日だった。












 風を切るように窓外から滑り込んできた影を見たとき、私は逸る鼓動をどうしても抑えられなかった。その影は相変わらずの操縦で執務机に機体を停めると、更に小さな影を機体から持ち上げた。頭に長めのハチマキを巻いたその妖精は、テトテトと私の目の前まで歩いてきて、その身丈と寸分違わない紙片を手前に差し出した。


 紙片を受け取った私へ、流れるように両手を前に伸ばした妖精に金平糖をやり、そして私は手の震えを必死に抑えながら紙片を広げた。一々、過敏に反応していては今後が心配されるのも無理はない。そうは思っているが、こればっかりは、私の一存では治しようが無さそうな予感がする。



提督「『舞鶴鎮守府偵察所感報告』……『当該鎮守府に諸戦闘の跡を見ず。鎮守府庁舎を含む建造物群、全て健在につき、ここに「艦娘」の存在あるものと推定さる。ただ、鎮守府庁舎並付近海域にその姿は認められず。これより、出撃艦隊の直掩隊に合流す。以上』」



 さすがに舞鶴鎮守府だけが壊滅状態に陥っているとは思っていなかったから、そこまで驚きはしなかった。違和感を一つ述べるとすれば、そこに艦娘の姿が無かったという箇所だろうか。


 それぐらいだろうか。この結果は、私が願う所の九割方を満たしていた。


 私は手の震えがピタリと止むのを感じると同時に、前回の達成感に似たようなものを体感していた。その感慨に浸るだけの心の余裕を感じていた。私のような小心者には、それがどうしようもなく嬉しかった。それで日の本の惨状から脱却できたような気がして、目尻が緩んで仕方がなかった。


 もちろん、そんな甘い蜜を啜りきる時間なんてものは無かったが。


 蒼龍が発した偵察機の二機目がやってきた。その尾翼には、僅かながら機銃弾痕が見られた。それを操縦していた妖精は無事なようで、前の妖精と同様、テトテトと私の目の前で異様にでかく見える紙片を広げた。読解が辛うじて可能な走り書きで、そこにはこう書かれていた。



『横須賀鎮守府偵察所感:上空は激しい航空機の応酬で乱れており、迂闊に近づくこと叶わず。鎮守府庁舎は全壊しているも、仮設のそれらしきものを確認す。前面海域に複数の"艦娘"を確認す。内 空母三隻、「赤城」、「加賀」、「飛龍」と予想さる。それ以上の仔細、確認すること不可能につき、我帰還す。』



提督「横須賀鎮守府が……全壊、だと?」



 手指に限らず、私は全身に震えが巡るのを感じた。






春,第七話












 恐らく、呉近海での敵艦の邀撃と、佐世保、舞鶴鎮守府における敵艦を撃滅したのは、共に横須賀鎮守府の艦娘だ。『赤城』、『加賀』、『飛龍』の艦載機に依るものなのだろう。しかしその後、彼女たちは深海棲艦の襲撃を受けた。敵は空母級を含む、かなり本格的な艦隊だろう。ちょうどその時合いに蒼龍艦載機が現れたわけだ。


 簡単には言ったが、実のところ、この回答を導き出すのにはだいぶ苦労した。その一番の材料は恐怖だった。もう日の本には強力な敵の姿はない。佐世保鎮守府との合流、壮健な舞鶴鎮守府の様相からこう考えてしまった私は、それゆえに恐怖した。実際はそうではなく、各所で奴らを粉砕した大元へ、横須賀鎮守府へ集まっていただけだったのだと気が付いたから。


 それからしばらくして、両艦隊が帰投してからも私は懊悩した。果たして、二個艦隊で横須賀鎮守府の窮状を救えられるのかどうか。失敗すればこの国の命運は最悪無比な方向に定まってしまう。ただここで手をこまねいているだけではいけないことくらい分かる。だが私の一存では思うように決定案を練ることができない。


 両艦隊が執務室に姿を現したとき、「提督」としては情けない話だろうが、私はその答えを彼女たちに求めることにした。やはり叢雲にはさんざん馬鹿にされたが、何度でも言おう。


 私は小心者なんだ、と。



叢雲「まぁ、行くべきでしょうね」



 まるで他人事に口を挟むかのように、アッサリとした口調で叢雲が言った。むしろ懊悩していた私が特例であるかのように、他の艦娘たちもそれに追随している。



川内「それに、二個艦隊じゃなくて三個艦隊いるし。大丈夫なんじゃない?」



 もっと気の抜けた口調で、別の艦娘が言った。確か、『川内』だったか。


……いや、なんだって?



提督「三個艦隊? 馬鹿を抜かせ。ここには呉艦隊と、お前たち佐世保の二個艦隊しかいないではないか」


川内「……え?」



 私はそれにとうぜん追求したが、まるで意味が分からないといった雰囲気で、川内は気の抜けた返事をするだけであった。一方、その川内へ何か言いたげにしていた神通は、その理由をきちんと説明できるのだと気づき、私は彼女にこの疑問を投げた。



提督「……スマン、神通、説明してくれ」



 依然として彼女は過剰にオドオドしてしまったが、前回よりは幾分早く取り直してくれた。



神通「……は、はい。舞鶴鎮守府への偵察任務に絡んでくるのですが、当該鎮守府には有力な艦娘が存在していました。川内姉さんはこのことを言っているのだと思います」


提督「そうか、舞鶴鎮守府への偵察はお前たち川内型が旗艦だったか。それにしても、有力な艦娘とは——」



 その私と神通の会話を盗み聞いていたのだろう。私の質問が終わる前に、その答えが姿を現した。



瑞鶴「——そう! このワタシがいるからには、一航戦の救出なんてお茶の子さいさいってワケよ!」



 口調からして、また、その鋭い目尻から、とても気の強い子だと率直に思った。歴史の舞台に登場する女性は揃って芯が強かったと紡がれているが、それはこうした女性のことを指すものかとも連想させた。


 今度はそれに遅れて、深窓の令嬢を彷彿とさせる女性が扉の向こうに姿を見せた。



翔鶴「も、もう! ダメよ瑞鶴、勝手に飛び出しちゃ!」


瑞鶴「なんでよ翔鶴姉ぇ、もう呼ばれたようなものでしょ?」


翔鶴「それでもよ! 『呼ばれるまで待っていてください』って言われたの、忘れてしまったの?」


瑞鶴「あー……そう言えば、そう言われたよう、な……?」


提督「『瑞鶴』、『翔鶴』? 君たちは翔鶴型か?」



 場違いにおこなわれた対照的な彼女たちの朗らかな会話に、私は確かに『瑞鶴』『翔鶴』という単語を聞いた。それは、翔鶴を一番艦とする翔鶴型航空母艦は、小笠原沖の海戦を耐え凌ぎ、大鳳と共に一航艦の主力を担った大型空母だ。そしてその結末は、いまさら推して測るまでもない。


 ともかく、このことはつまり、三個艦隊での横須賀鎮守府への救援を可能にし、これが現実味を帯びたということになる。


 気持ち膨らんだ私の期待を後押しするかのように、瑞鶴と呼ばれた少女はますます胸を反らせて言った。



瑞鶴「そうよ! 私たちがいればなんだってできちゃうんだから!」


提督「頼もしいな、瑞鶴。そうだな、その気概があれば成せられるだろう」



 いちおう航空畑を歩んできた私からしたら、彼女の自信にも相応に頷けられるところがあった。よって、ここで私の不安点は綺麗さっぱり、とまではいかなかったが、かなり解消されたと言っていいだろう。それこそ、「行くべきかどうか」と「行くべきだろう」との確固たる差ぐらいには、私の気持ちは切り替えられていた。



提督「——よし。舞鶴鎮守府から来たばかりで悪いが、やはり時は一刻を争う。艦隊の編成はそれぞれの鎮守府の代表に任せるから、延べ三個艦隊を編成し、艦隊は正午までにふ頭に集まってくれ」



 だから、私はようやく覚悟を決められた。












 それこそ体躯に大なる差はあれども、整然と並ぶその様は、あの観艦式の荘厳たる光景を窺わせた。


 私は、その迫力に負けないよう最大限の敬意を払って艦列を臨み、呼吸を整え、そして声を張った。



提督「————今まさにこの時、私たちの父祖たる横須賀の海が侵されている。赤城、加賀、飛龍をはじめとした横須賀の艦隊は必死に防戦を繰り広げているというが、しかしそもそも、攻め手たる深海棲艦が標的としていたのは呉、佐世保、舞鶴の地であったことはだいたい予測がつく。では、何故そうならなかったのか。——横須賀の艦隊が、身体を張ってその脅威を撃滅してくれたからだ」



 区切りとして、長い呼吸を挟んだ。瞬きを経て、前方を見遣った。その私の目の前には、不安にさせる材料など一つもなかった。



提督「したらば、私たちがすべきことはとうに分かることだろう。脅威を根絶し、護国を成す。すこぶる単純明快だ。たったこれだけだ」


叢雲「——ハッ、やっぱアンタには似合わないわね」



 言うべきことをさっさと言え。叢雲は暗にこう言っているような気がした。



提督「生憎と、こんなご立派なお役目を拝命したことが無くてな。……無事に帰ってきてくれ、吉報を祈る。艦隊、出撃せよ」



『了解』



 そのたった一言で、私は心髄から激しく震えた。












提督「それで、君が残ってよかったのか、榛名」



 先ほどの神妙な厳かさから解放された私は、執務室の椅子に深く腰掛け、礼儀正しく対面に座る榛名と話していた。もちろん他にも何人かは呉に留まっているが、それは全員が近海哨戒に出かけている。それは舞鶴にいた『陽炎』型の駆逐艦だった。



榛名「相手が空母であるならば、そこに榛名の出番はありませんから。それに、提督とお話がしたかったので」


提督「……私と? 私が話せるようなことなんて、取るに足らないものばかりだと思うが」


榛名「ふふ、そんなことはないと思いますけど……榛名が聞きたいのは、提督の過去についてです」


提督「……私の過去か。それこそ語ることなんてほとんど無い。見ての通り、この若輩は先立たれた先達の数合わせにしか過ぎないんだぞ」


榛名「そうですか……でしたら、その前、どうして提督は軍人になろうと思ったのか、それについてお聞かせくださいませんか?」



 どうして、か。数少ない私の核心を突かれた形になったが、そこで嘘を言う理由が私には無かったから、私は素直にそれを話した。ものの数分にも満たない話であったが、その間、榛名はずっと柔和な笑みを湛え続けていた。



榛名「夢のためだったのですね。それはとても素晴らしいことだと思います」



 こうは言ってくれたが、一瞬だけ彼女は表情を暗くした。その相対した顔は、どうしても私の関心を引いて止まなかった。



提督「榛名には何かあるのか? どうにも、そんな顔をしていたように見えたが」



 こう聞いてみたところ、やはり榛名の表情は暗さを増した。艦娘とはここまで感情表現ができるのだから、それに牽引される目標や夢があってもなんらおかしくはないはずだ。ただ、一転して俯き気味になった榛名から語られた言葉は、私が想像したものとはまったく裏腹であったが。



榛名「……榛名には、提督のような夢はありません。榛名の中にあるものは、乗組員たちの悲憤の声だけです」



 この答えは予想ができなかった。それぞれの艦娘には個々の夢がない。これだけならまだしも、そうした発想すら許されないような立ち位置にいたということなど、それまで私が見てきた艦娘像からは想像しがたかったからだ。


 それはつまり、榛名が浮かべていた微笑みとは、私に対する羨望の現れだったということだ。



提督「…………」



 私にはかける言葉が無かった。むしろそうした温情がやっかまれるであろうから。しかし、榛名はその自身を振り払うように、気丈に振舞ってくれた。それは、その自身と決別したい気持ちによるものなのか、その場しのぎの庇護策なのかは分からないが、ただ私には十分に眩しく見えた。



榛名「——いいんです! 今はこんなですけど、すぐに提督のようなおっきな夢を見つけますから!」


提督「……おお。それが見つかったなら、ぜひ私に言ってくれ。それはきっと、私が手伝える数少ないことかもしれないからな」


榛名「はいっ」



 その笑顔は、十分に眩しく見えて、十分に魅力的な艦娘『榛名』だった。


 それからしばらく談笑にふけていたが、そこに割り入るように一機の艦載機がやってきた。


 刹那、私は緊張の中に真っ逆さまに放り込まれ、それで事態に進展があったことを認識した。


 その艦載機は、簡潔に「敵発見」という事実を私たちに伝えてくれた。


 敵は空母級を五隻含む大規模な艦隊であった。蒼龍らが戦闘に参加すれば彼我の戦力は逆転した形になるが、私はその結果が不安でたまらなかった。それを榛名にたしなめられながら、時が経つのをひたすら坐して待った。


 やがて、陽の眩さがいくぶん落ち着いた頃、物言わぬ道化となっていた私の視界に、再び艦載機が飛来してきた。


 それまでに無かったほどの食いつきを見せた私へ、艦載機妖精はこれまた端的に「艦隊の勝利」を告げた。



提督「————はァァァ…………!」



……いや、決して私は彼女たちが負けるなどとは思っていなかった。だが、待つことしかできないということが過度に緊張することで、それで溜め込んでいたものが一気に出ただけだ。そう言って心配な声をかける榛名を制し、そして改めて私はこの勝利に浸った。


 この先、きっとこれ以上にドキマギする場面がいくつもあるのだろうが、この調子で私の心臓は持つのだろうか。


 これからの私たちの方針とか、赤城や加賀の容姿なども思い描いしたりしたが、私がいの一番に心配したのはそれだった。


 それほどまでに、今回の心労は大きかったということだ。


 その反動として、私はこの勝利を榛名や陽炎型の子たちと盛大に祝うことにした。彼女たちもふだん人間が食べるような食べ物は食べた経験が無かったようで、目を白黒させながら、けれども私と同じ気分を共有しようとしてくれた。


 その日は、久方ぶりに酔いつぶれるまではしゃいでしまった。たぶん一生涯忘れることはないだろう。






春,第八話












叢雲「起きなさいってば!!!!」


提督「!?」



突然の声に驚いて飛び上がると、部屋は明るい陽光に差されていた。明るさを取り戻していたその部屋には、まるで宴会でも執り行われていたかのような散乱で汚さがはびこっていた。私は、祝勝会の場で寝落ちしてしまったことを思い出した。そして叢雲は、呉を出撃した三個艦隊に含まれていた。



提督「……うっ、もう昼なのか」


叢雲「まぁね。にしてもくっさいわね、ここ。どれだけ飲んだのよ」


提督「それは榛名だ。私は酒に弱いたちでな」



打ち捨てられるように床を転がっている酒瓶を睨めた叢雲の誤解を解きながら、私は視界の隅に小さな飛行甲板を見た。


恐らく蒼龍のものだろう。そう思い、私は労いの言葉をかけるため、その方へ顔を持ち上げた。



赤城「ふふ、初めまして」


提督「ど、どうも」



しかしそこにいたのは蒼龍でも、翔鶴瑞鶴でもない、たぶん赤城と思われる艦娘だった。袴の赤色から安直にそう思ってしまったが、どうなのだろう、と困惑を浮かべる私を見て更に笑みを深めながら、その艦娘は頭を下げた。



赤城「この度はありがとうございました。私は、横須賀鎮守府から参りました、『赤城』と申します」


提督「『赤城』……!」



私の声は、自然と狂喜的な感動で震えた。やはり艦載機妖精の報告通り、横須賀鎮守府には帝国海軍史上初の正規空母の艦娘がいたということだ。数々の戦績と飛行士を輩出してきたこの空母には、どうしても敬意を抱かざるを得ない。しかし感動で潤んだ涙腺をなんとか引き締め、私は「提督」としての責務に努めた。



提督「ご足労、痛み入る。同じ海軍の者を助けない理由なんてないから、そこは気にしないで欲しい。それよりも教えて欲しい。横須賀鎮守府で、いったい何が起こっていたのかを」


赤城「……はい、かしこまりました」



そうして赤城は、正確に、まるで私たち聴衆でもその世界観を完璧に読み取れるくらい、仔細にそれを話してくれた。


そのはじまりは、さきの三鎮守府のものと変わりはなかった。気が付けばそこにいて、襲い掛かってくる深海棲艦との戦闘の日々を過ごしたそうだ。だが、横須賀鎮守府には他と違い、たぶん全鎮守府の総資源の、約半数ばかしの蓄えがあった。それを惜しむことなく建造に投入したから、真っ先に正面海域における敵艦を駆逐できたのであろう。 だからこそ、いつからか近海を跋扈する深海棲艦の数は目に見えて増えていった。


進退窮まる、まさに究極の時機に三個艦隊が救援に駆けつけたから助かったものの、もしそれが無ければどうなっていたかは分からなかったそうだ。これは、私の小心ぶりが少しは役立ったと言ってもいいだろう。


それを語って見せた赤城には目立った損傷は見受けられなかったが、言われてみれば目に力が無いようにも見えた。そればかりでない。話し始めた頃から、何やら彼女の腹の虫は盛んに鳴き声を上げていたのだ。それを構わずに話を続けていた赤城だが、彼女は食欲という概念を知らないのか?どうなのかは分からないが、とりあえず私は彼女に食事を与えてみた。



提督「赤城。君のおかげで大体はそちらの状況を知ることができた。それはともかく、こいつが分かるか?軍ではお馴染みのものだが」



そう言って私は乾パンを見せた。鎮守府旅行の道中でウオッカなどと共に見つけたものだが、艦娘たちからはこぞって不評を得た代物だ。



赤城「そっ、それは!」



それを見せられた赤城は仰天するが否や、飛びつくように私の手から乾パンをむしり取った。私がその動作に反応する頃には、乾パンの姿は赤城の胃の中に消えていた。



提督「…………食欲は有り余っているようだな」



そのとき私は呆れることしかできなかったが、改めて考えてみれば、これは、横須賀の艦娘は「食事」が習慣づいていたということではないか。それはすなわち……。



提督「まさか、横須賀が押し負けていた理由は……」


赤城「『腹が減っては戦はできぬ』と言いますよね?もちろん、資源残量の問題もありましたけど、私たちが満腹だったらあの程度、ものの敵ではありませんよ」


提督「な、なるほど」



本来ならここは喜ぶべき場面であろうが、このとき私の思考回路を席巻していたのは全く違った考えだった。



提督「乾パンだったら山ほどあったから、お仲間と分けて食ってくれ」












予想だにしなかった苦戦の理由と、またおかしさで、私には苦笑いすることしかできなかった。それは、晩秋の風物詩たる、高々と積まれた枯れ葉のごとき山と化した包装ゴミを見せつけられればなおさらだろう。鎮守府を物色して見つけた食料品たちは、あわれ一日でその役目を終えてしまったのだ。


これは本格的に自給自足体制を整えなければならない、そう考えていた私の胸中には、それと同等の懸念事項があった。


これを分かりやすくひとことで言い換えれば、敵本隊は未撃滅、と言ったところか。赤子を身ごもった母のように腹をなで下ろす赤城からそのようなことを伝えられたのだった。


私としても、先の出撃にはそれこそ決死の覚悟で臨んでいたものだから、より一層、驚愕や落胆のような心情に突き落とされた。


よりにもよってその本隊、因縁の地たる小笠原に巣食っているそうだ。そして、ときどきそこからあぶれた「はぐれ」深海棲艦がヒトの臭いを嗅ぎつけて鎮守府までやってくる。私たちは何がどうあってもその巣窟を掘り起こさねばならないというわけだ。


やはり先行してしまうのは恐怖心だったが、彼女たち艦娘は俄然やる気でいた。だから私は彼女たちといちど距離を置き、気持ちの整理だけしようとこうして海岸線を歩いていた。


その胸中にいちばん重くあったものは何を隠そう、まだしくじるわけにはいかないという重圧感だ。


もし深海棲艦が防禦陣地を築き上げていたらそれで終いだ。いずれ私の嘆願は果たされるであろうが、それより先に私たちの方が奴らの物量に押し込まれてしまうだろう。それは、いずれ敵本隊が再び横須賀や日の本を侵す可能性もあり、またそれは、その陣地を攻めあぐねている間に、資源に乏しい私たちの戦力が枯渇してしまいかねないという二重の危険性を意味していた。


もはやそれは、何があっても避けては通れない道のど真ん中にある。結局、始終に亘ってその回避策を考えていた私は白旗を上げるしか無かった。












いつの日か白雪が言っていた「練度」の問題は、横須賀の艦娘も直面しているものだった。しかし彼女たちは絶え間ない戦闘の日々を過ごしていたから、佐世保を除く二鎮守府の艦娘のそれと大きく差を開かせていた。佐世保の艦娘よりも上を行く熟練ぶりを見せつけた横須賀の艦娘は、この日から「演習」と称して日夜の分別なく、艨艟も震え上がるほどの猛訓練を主導してくれた。深海棲艦に脅かされる心配が少ないからと、また他鎮守府の中で最も横須賀に近いからという理由で訓練場に抜擢された呉鎮守府の港は、いつ見ても往来する艦娘の姿で溢れ返るようになった。


これはもう、いつ世間の目に留まってもおかしくない状況になってしまったが、それは致し方ないだろう。元々はそのための戦争だ。そう言って私は高を括り、視線を机上の海図に戻した。



提督「しかし、なんど見てもめまいがするな」



その海図の上には、航空偵察によってもたらされた敵の戦力を表す駒が立てられていた。それは一つにつき十体の深海棲艦を表し、これが下方の小笠原諸島に二十個ほど見受けられた。



加賀「まだまだよ。合わせて三回の航空偵察を敢行したけれど、日増しに増殖しているのだから」


長門「我らの練兵も必要だが、ただこうして手をこまねいているわけにもいかないわけだ」


提督「そうか、そうだな……」


後書き

近いうちにワードを使って書き進めていこうと思ってはいますが、まだしばらくはこうして直接チマチマ書くことになるかと思います。具体的には、スマホの編集画面じゃ動作が重すぎて書けない、というところまでいったらPCオンリーでの更新にします。

……ヤバい、会話文がぜんぜん思い浮かばない orz < 思い浮かび次第、随時追加していきます…。


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