2024-07-07 02:51:17 更新

概要

ちょっと暗い提督の話しです。


前書き

こんにちは。
今回は地の文を盛り込んだ内容にしてあります。
ちょっとだけ長いです。
人によっては不愉快に感じる場面があるかも
わかりません。解体について独自解釈が入ってます。


提督「優しい嘘」




「?」





静かに意識が覚醒する。

真っ白な空間。



両足でしっかりと立っているのは感じてはいる。

ここはどこだろう。



寒いとか暑いとか、気温があるような感覚が

あるわけではない。敢えて言葉に起こすなら



「適度な温度」



寒くもなく、暑くもない。

快適と言えば言葉は良い。




視線を足元に落としてみる。





お気に入りの黒い革靴を履いている。

光沢があり、長年私の足を守り続けてくれて

思い出深い革靴。




ああ、これは




―に勤めていた時

―が誕生日に買ってくれた大切な…










―って、誰だ?





脳にフィルターが掛けられたように

酷く記憶が曖昧だ。




確かに、大切な人とここでは

無い場所で何か、大事な…

とても大事な事を成し遂げようとしていた。




あまりに要領を得ない思考に

嫌気が差し辺りを見回す。




どこまでも白い空間が広がっている。




本当にどこなんだ?




その場で

軽くジャンプしてみる。




トントンッ




硬い感触を足の裏に感じる。

音は響かない。




しっかりとした感触に安堵すると同時に

疑問が生まれる。




規模は不明だが

広い空間だ。



音が響かない事に違和感を覚える。



とにかく『床』のようなものは存在している。

この空間の広さが気になる所ではある。



今度は両手を眼下に

持ってくる。




両手を覆うのはこの空間同様

真っ白な手袋。




それが私の両手を覆っている。




手を何度か閉じては開いてみる。




ふむ、

これは紛れもなく私の手である。

当たり前だが。




その手で顔を触ってみる。




ペタペタ…




頬をつねって横に引っ張って

手を離すと、元に戻る。




ちょっと痛い




グニグニと化粧水を揉みこむように

頬に力を加えたり弱めたりする。




感覚を確めようと

手袋を外し同じように

顔に触れる。




顔から伝わる体温、

触ってみてわかったが

手先はヒンヤリと冷えている。

冷え性なのか。




弾力さと骨張った感覚を

同時に手に覚える。




…どうやら私は若いらしい。


改めて

自分の体を確かめる。



体の至るところは

筋肉の盛り上がった所がある




筋張った

両肩、胸板、太腿―




帽子を取り、髪を触る



生い茂っている。



股を摩る



私は所謂(いわゆる)

『男性』らしい




一通り、己の体を調べた。




ざっくり纏めると

おそらく20代後半、細身の男性。




腹や、臀部には無駄な肉は

付いてなかった。




服装は

どこかの式典にでも出るのかと

疑われそうな程、真っ白な服。





確かこれは海軍の士官服。

二種軍衣。



しっくりくる感覚に

奇妙さを覚える。





おかしい―





なぜ何も覚えてない―





記憶の手掛かりが無いか

ズボンのポケットを弄る




―?




手のひらサイズの

カサカサとした物が右手に触れる。




それをズボンの右ポケットから




ゆっくり引き抜くと

それは色褪せ、

まるで長く握り潰されていたように

クシャクシャな皺だらけの…

所々に黒い染みのついた写真だった。




そうこれは写真




欠如しているのは

自分の存在に関する記憶のみで

知識という物はある程度保持しているようだ。




現に、先程から様々なものを認識出来ている。




靴、服、手袋、帽子

そして写真…


写真に目を落とすと


見慣れない場所がそこには写っている。


中心にいる男性は一体…?



--------------------------------




男性を中心に

その周囲は女性に囲まれていた。




金髪の青いドレスのような服装の

健康な体つきの女性。




栗色の髪の快活そうな

巫女服のような装いの女の人。




自信の無さそうな弱々しさを

感じさせる少女。しかし

その表情はとても穏やかなように感じる。




桜色の長い髪をサイドに纏めた、

優しい笑みを浮かべている少女。




線の細い体をしていながら

鋭い眼光を備えた整った顔立ちの

少女。




………

……





懐かしさを覚える、

私は彼女達を知っている。




ただ、『知っている』という事実を

知っている。




彼女達が何者で私とどういう関係にあったのかは

思い出せない。




友人なのか、家族なのか。



しかし

どの娘も

私にとってかけがえの無い存在。




確かに強くそう感じる。





この男性は?




気の弱そうな眼。

細い顔。



帽子から覗く黒い髪。




その頬は少し緩み、わずかに

赤みを帯びている。




依然として、頭から情報が取り出せない…




この黒い染みはなんだろう。




しばらくその写真を見つめて

ある事に気付いた。




写真の中の男の左隣にいる

女性も自分同様に少し頬を朱に染めている





―…です、よ…します




―賑やかな…ね




―私で…ですか?





頭が痛い。




ギリギリと

締め付けるような

脈打つような頭痛を感じ

顔を顰める




思い出すな思い出すな




この痛みは

頭がそう訴えているようにさえ

感じる




記憶を刺激する声

鈴を鳴らしたような、良く響く声

ずっと聞いていたいと思った声



その声で私を呼んでほしい







しばらくして頭痛は引いていった。


再び写真に視線を戻す。



他の女性よりも僅かに

私に寄り添うような姿勢に見えなくも無い。




他に手掛かりは…?




写真をクルクルと回転させたり、

裏返してみるが特に目星(めぼし)い

ものは見当たらない


が、これから様々な

情報が読み取れた。




これは、どこか港のような

場所で撮影されたもののようだった





海が写っていたし、

見切れてはいたが貨物船のような

船の一部が紛れていた。





いつ撮られたものか

撮影日が記入されておらず

把握出来ない。




気掛かりなのは

この黒い染み



所々に不揃いに模様をつけている。





しばらくして

考えることは放棄し、

これ以上はこの場に留まっていても

仕方がないと判断した。






動こう。






右足を一歩前に踏み出す。





歩き方は忘れてないらしい。






少しだけ頬が緩む。





その調子で左足、




右足…左足…右足…





……







白い空間はどこまでも続いた。

体感的におそらく五時間程度。




体に疲労は感じず

歩くペースも変わらない。




不思議なことに喉の渇きもない。

小腹が空いたというか、空腹感もない。




ただ、こうも周りに変化がないと

精神的に辛いものがある。




一定のリズムで動かしていた

両足を一度ピタリと止め

辺りを見回す。




…うーむ




壁というか、突き当たるものもない

というのも些か奇妙だ。





こんな広い施設、記憶にない。




歩いている間に色々な可能性を

考えた。




誘拐説

私は、誘拐犯に捕らえられ人質として

この施設に閉じ込められ薬によって

記憶障害を起こしている…いや無いな。

自由の身にしておくはずがない。





テレビ番組の企画説

これはとあるテレビ番組の企画で

私はそれに半ば強制的に

参加させられている。

疲れたもう嫌だ、とでも言えば終わるのか?




試しに声を出してみる。





おーい








おーいぃ









返事は無い。




誰かいませんかー










耳を澄ましてみても返事が返ってくる様子は

無かった。



テレビの企画説は無しっと。



再び歩き始めた。


歩きながら腕を組み

また考える。





おかしい




おかしすぎる




一番、

想像したくない事が良く働かない頭を過ぎる。




ここは死後の世界なのではないか。




困った事にこれが、良く当てはまるのではないか…

疲労感を感じない、喉の渇きも無い

これらに説明がつく。




五感ははっきりしているものの

空腹感さえも覚えないのは異常だ。




私は死人なのか?




歩く―



歩く―




……





どうすれば…





考えれば考えるほど

気が狂いそうになる





ここが死後の世界だと仮定して

生前の記憶が思い出せないことが

狂気に拍車をかける。





思い出せない





心がすっかり疲弊し、

ついにその場に腰を下ろしてしまう。




重いため息を吐きながら項垂(うなだ)れる。




ずっと一人なのか




ここで

誰もいない所で




静かに狂っていくのか…









―ッ




「!」






今、確かに聞こえた物音





ハッと首を持ちあげる。





視線を前に向ける。





「…?」





目の前に飛び込んできた、

新しい情報。





遠くに、おそらく数100m

遠くにポツンと

黒い影が確認できた。




この暴力的なまでに

真っ白な世界に存在する黒。





走る






走る






もつれて転びそうになる





走る





影の数メートル手前で

減速する。










興奮が抑えきれなかった




気が狂いそうだった世界に

変化が生じたのだ。

素晴らしい。




焦げ茶の扉はレトロな造りだった、

木製の至る所が傷んではいるものの

中々趣のある装飾が施されている。


金のドアノブはシンプルな形で

こちらもくすんで経年を感じさせる。



おかしなことに気付いた。




扉だけだ。



扉だけが、ここにある。




ペタペタと触りながら

グルッと廻り込んでみても

裏には変化が無く

おかしな所は見当たらない。




間もなく一周しようとした




次の瞬間





クイクイッ



「!?」



突然

後ろから

右袖を引っ張られた。





本能が危険を察知したとき

反射という形でそれから身を守ろうと

引っ張られた方向とは真逆に

勢いよく飛び退く。





そして視線が『それ』を捉えた。





「…」




そこに佇んでいるのは

写真の中にいた女性の一人、

いや女性というには些か歳がいくつか

足りないように感じる。




少女がそこにいた。





赤いリボンタイに

白いシャツ

黒いベストにスカート

桃色の髪



細身の鋭い眼光を放つと

前述したが

少なくとも写真の中の彼女はまだ

軟い表情を浮かべていた、

そこには『喜』や『楽』といった感情も

少なからず見て取れたが今

目の前にいるこの子の表情は




ただ無表情という事ではない。

『怯え』『悲』といった真反対の

苦悶の色を浮かべている。




重く表情が沈んでいるのだ。

特徴的な鋭い眼には光が無い




どうして、そんなに悲しそうなんだ…




突然目の前に現れた少女に

しばらく戸惑うしかなかった。




「…君は、誰なんだ…」




「―」



問いかけるとパクパクと

何か語りかけるように口を開いたが

そこから声が発せられる事は無かった。


「―っ」


少女は肩を落とした。


眉を八の字に曲げ、口をキュッと

閉じた。


そして徐に

自分のリボンタイを乱暴に取り払い

床に投げ捨て

白いシャツのボタンを解き始めた。




「何を―!?」




思わず少女の両手首を抑える。

背格好からは想像もつかない力だ。




少女は私の手を振り払いながら

何度も自分の服のボタンを

解くのを試みる


何度か繰り返すうちに

遂に最後のボタンが外された。


何がしたいというんだ





少女はその

シャツの前を両手でゆっくりと

開いた。




恥ずかしがる訳でもなく

ただ淡々と




「…!!」



白いインナーを、これもゆっくりとまくりあげる。


そこに表れた

真っ白な肌に刻まれた痛ましい程の

傷の数々、裂傷痕、下腹部からくびれた

脇腹に伸びた針の縫い目、

所々に確認できる青い打撲の痣…



思わず眼を背ける。




「―ッ…!」



―見ていられない



酷過ぎる。



こんな小さい体に

起きた悲劇を想像すると

眩暈がした。




半ば無理やり両目を再び少女に向ける。

依然として彼女は無防備に肌をさらけ出し

両手を垂らしている。




腹部の数々の傷の印象が強く

気付かなかったが




その首には横切るような

深い傷跡が刻まれている。




何か、切れ味の悪い刃物で

抉られたような…。




―まさか!?






「君は…」





「声が…?」





桃色の髪の少女は

眼を閉じて静かに頷く。





喉の傷に触れようと

近づき手を伸ばす。




眼を大きく見開き

驚きの表情を浮かべて顔を庇うように

手を挙げて、私の手を払う。





「ごめん。」





一言謝罪の声をかけたが



カタカタと怯えたように

体を小刻みに震わせていた。



「私は何もしないよ。

その傷は誰に?」





応えは返ってこなかった。




彼女を座らせ、私も隣に座って

宥め続けた。





数分して落ち着いたのか。






顔を覆っていた手を下ろして

今それは体育座りしている膝の上に

乗っている。




もう少ししたら彼女に

何か聞こうか。




ここがどこで、君が何者なのか。




この写真の事を尋ねてみようか。




考え事をしていたら

視線を感じた。



視線の元を辿ると

隣に座る少女と眼が合った。



こちらをじっと見つめている。



…?



そろそろと

私の右手を掴み

手のひらが上を向くように

誘導し、指先で手の平に何かを

描き始めた。




これは…日本語?




途中途中で彼女に確認しながら

首を横や縦に振られた。



認識した言葉は


『し』


『ら』


『ぬ』


『い』




―しらぬい



―不知火




―し…い!



―な…を…して…か!!



―…を…して…さい!



まただ、

細い血管を無理やり

押し広げるような、脈打つ痛みと共に

頭を木霊する声。


凛としていながらも

怯えを含んでいる声。





頭を両手でかきむしるように抱える、




帽子が足元に落ちる。




脂汗が滲んでくる。




―…を…さい!



消え入りそうに弱った声を最後に

頭痛は治まったが、引きずるような痛みが

続いている。


ぎゅうっと閉じていた眼を開いて

少女を見る。


心配そうにこちらを覗いている。




「大丈夫だよ。

心配してくれているのかい?」





頷く。




「ありがとう。」




「しらぬい…不知火は君の名前?」




今度は深く頷く。




「そうか。不知火…ちゃん。

君は…どうしてここに?」



彼女に対する疑問を

伝える。



困ったように眉を顰(ひそ)める。




そして扉を指さす。




「あそこに何が?」




言葉を使わなければ伝えづらいのか

先程のように手のひらに文字を

書いてくれるでもなく

ただ静かに扉を指さす。




「…あの扉を開ければ良いのかい?」




静かに扉を指し続ける不知火。




重い腰を上げて、扉に近づき

ドアノブに手を掛ける。



「君は来ないのかい?」




ドアノブに掛けた手とは逆の方を

後ろで体育座りを続ける彼女に

差し出すが。




首を横に振る。





一人で行けと?




警戒するように

ドアノブに向き直り。

それを


回して、引く。



「!?」



驚いてばかりだ…


扉の先があった。

これを先があると言って良いのか。


扉の先には黒い空間が広がっていた。


自らが存在している純白の空間とは

正反対のあまりにも

暗過ぎる










ごくりと生唾を飲む


この先に何が。






ドンッ





「?」






視界が大きく揺れた。




暗闇に身を投げていた。




いや投げられた。



後ろからなにか、質量のあるものが

当たり、それによって体は

扉の先に飛んでいた。



闇に身を投じながら私が最後に

確認したのは


不知火の申し訳なさそうな

顔、今にも泣きだしそうな顔



意識は暗転した。













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執務室に向わなければいけません。


本音を言えば、胃がキリキリと

痛みます。




何を言われるか不安だからだと思いますが。



しかしそれを顔に出すわけにはいきません。



旗艦である私がこのような表情をしていては

指揮に関わります。



何より、他の子達に被害が及ぶ危険性が高まります。



それはなんとしても避けなければいけません。



今の彼はどんな行動に出るか

わかりませんから。






「司令の様子は?」






うんざりそうに

金髪の少女は応える




「相変わらずっぽい。」





会話をするたびに特徴的な

語尾だと思います。




着任当初の彼女は

天真爛漫な性格で皆さんを

振りまわしていましたが


誰とでも分け隔てなく接する彼女は

もちろん人気者となりました。

いるだけで場が和む所謂(いわゆる)

ムードメーカー的な存在でしたが…


環境の影響というものは

恐ろしいです。


天性の明るさを持った彼女を

短期間でここまで追いこむなんて


今の彼女はすっかり

自身を無くし塞ぎこんで

しまっているようです。



「そう…ですか。」




「不知火…辛いっぽい?

やっぱり出撃は延ばして

もらった方が良いっぽい!」





自身も辛いはずなのに

自分の事のように

仰ってくれます。


彼女が、根っこから優しい心の持ち主だと

感じた瞬間でした。



しかし、元々のスケジュールでは

今日が予定日です。


そして間もなく出撃時間です。




「いえ、大丈夫です。

お気遣い感謝します夕立。」




隠しきれない疲労が

顔に出ていたのでしょうか。


ただ単に彼女の感が

働いたのでしょうか。


確かに、この時の私は心身共に

疲れ切っていました。


碌に確保できない

睡眠、食事、入浴でさえも…


隙間なく詰め込まれる

遠征、出撃の繰り返しで

目の下の隈は酷くなり

肌は荒れ放題となっていましたが

それに構うほど余裕はありません。




「絶対大丈夫じゃないっぽい!!」



私はまだ、甘いですね。

自分よりも遥かに低い

練度の娘に

悟られてしまうなんて。



『不知火に何か落ち度でも?』



このような言葉を吐いていた

事が懐かしく思えます。



もはやそんな余裕なんて今の

不知火には残っていません。



「夕立、声が大きいです。

司令の様子はあとは私が

見ますので貴女は部屋で

休んでください。

いまは少しでも体力を

温存すべきです…。」



淡々と告げる。



「不知火こそ、休むっぽい!

もうふらふらじゃない!」




両肩を掴まれ、

揺すられる。



ああ、そんなに動かさないでください。


実は中破中なんですから…。





意識はそこで途絶えた。





次に目を覚まし



視界が認識したのは

少し汚れた白い天井。



消毒液の臭いがツンと鼻を突く。



鎮守府内に用意されている

医務室だった。




「目が醒めた?」




「…はい。」



体をゆっくりと起こそうとしましたが

至る所が痛みという情報を脳に叩きこんできます。



不甲斐ない。


ふんばりが効かずに再びベッドに

倒れこむなんて。



「不知火ちゃん!」



駆け寄る緩いウェーブのかかった

金色の髪の女性。


「ご心配をおかけしました愛宕さん。

もう…大丈夫です。」


酷く心配そうな顔をされます。


早く、執務室に行かなければ。




「大丈夫よ、しばらく横になっていても。」



優しい笑顔で不知火に語りかけて下さいます。

この方は聖母か何かですか。



「いえ、しかし…」



「夕立ちゃんがね、提督に訴えてくれたの。

お願いだから休ませて欲しい、もう皆限界っぽいってね。」


和ませてくれようとしてくれたのでしょう。


似てもいない夕立の真似をする愛宕さんは

少し滑稽でした。

ありがとうございます。



そんな愛宕さんも、大分疲れているようでした。


不知火同様、まともに睡眠は取れていないのでしょう。


ストレスのせいか元々艶のある髪は

所々にダメージが有り、撥ねていました。


「申し訳ありません…。」



「貴女は十分頑張ったの。

卑下しないでね。」



やはりこの方は聖母です。



「夕立は、その…

無事なんでしょうか?」



身の心配をしなくてはいけないのは

頭では理解しているつもりですが


不知火のために司令に申し出た

彼女がやはり気がかりで仕方ありません。



「…大丈夫よ。」



…一瞬、答えるのを

躊躇ったように見えましたが…。


話を聞くと

執務室の前で騒ぎ

不知火が気絶したあとに司令が

部屋から出てきたようです。


そこで夕立の訴えがあり、現在に至ると。



「夕立にお礼をしなくてはいけませんね。

彼女は今どこに?」




聞こえなかったのでしょうか。


言い方を変えて

再度伝えます。


愛宕さん、夕立は部屋にいますか?



なぜ、そんな困った顔をなさるのですか?



「不知火ちゃん…良く聞いて。」


「貴女は三日眠っていたの。」




一瞬、この聖母は何を言っているのかと

耳を疑いました。


三日?


そんなはずはありません。



不知火が意識を失ったのは

つい先ほどの事です。


今日の日付を、医務室の

部屋の壁に掛けられている

時計を確認しました。


不知火が最後に確認した

日から三日…日付が経過していました。



酷く嫌な予感がし、激しい運動も

していないのに心臓が早まるのを感じ

額を汗が伝います。



「夕立ちゃん、解体されたの。」



『かい…たい…?』


『解体』


二つの単語が頭をループしました。


「不知火ちゃんがここに運ばれた後、

夕立ちゃん、提督に執務室にくるように

言われて…」



気が遠のくのを感じました…。


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……



次第に意識が戻り始める。


やけに頭がふらつく


目の前には机


その上に、組まれて放り出された二本の足。


それが自分の物だとすぐに認識した。


あの空間で同じ革靴を履いていた。


それが、今だらしなく


目の前に投げ出されている。



この視線の具合、両足。


椅子に深く腰かけているようだ。




体がとてもだるい、

気分もなんだか落ち着かないふわふわとしている。


まるで…酒でも煽っているかのような。



書類が散乱している部屋。


所々が薄汚れている。


あまり清掃が行き届いている様子は無い。


現に埃っぽい。


そこには「弾薬支給申請書」「施設増築依頼書」


「遠征報告書」「演習企画書」



床にはそれら、書類が至る所に

散乱している。


他には、酒瓶の数々…。


足の踏み場もないとはこの事を言うのだろう。


ウィスキー、リキュール、

日本酒、焼酎


これまた様々なアルコールのボトルである。



(!?)



突如、右手が自分の意志とは関係なく

不気味に動いた。


何か、冷たいものが口に押し当てられ

液体状のものが口腔を埋め

喉を侵す。


この鼻に抜ける香りと

焼けるような感覚は、



(ウィスキーか!?)



そして、嚥下。


高濃度のアルコールが食道を通過し

胃に流れる。


じわっと胃が熱くなる。



胃がすっからかんの状態で

酒を飲んだ感覚だ。



二、三回喉を鳴らし

キュポンと音を立て

酒瓶を唇から放す。


力なく、右手が酒瓶を握ったまま

肩から垂れる。



(喉が痛い。)



すぐに違和感を感じる。


自分の意志とは無関係に右手が動いたのだ。


なぜ…


思った矢先に今度は首が横を向く。


縦に長い姿見が目に写る。


そこには頬がこけ

酷くやつれ

無精髭を蓄えた

貧相な男がいた。


あの白い空間で身に纏っていた

士官服と同じものを着用していたものの

それは、クタクタにくたびれている。


私はこいつを知っている

こいつは…



(…この男は…!)



あの写真で気の弱そうで

頬を朱に染めていた童顔の男。



わずかに面影が残っている。


かけ離れた雰囲気に戸惑いを感じるが

この顔立ちはまぎれもなく

あの男だ。



どうして私が、この男を

見ている?



姿見のすぐ後ろには

ショウケースのような棚が

用意されている。


ガラス越しに数々の勲章が確認出来た。



『○○鎮守府

 ○○提督殿』






―!!

―!―!?



部屋の扉から


騒ぎ声が聞こえる。


幼い少女のような…



目の前に放り出された両足が

重ねを解き、机から

足を下ろす。


元は、光沢が有ったであろう

豪奢な造りを感じさせる重厚な

机も角が欠けていたり

傷が付いている。




のろのろと億劫そうに立ち上がり


扉の前に歩を進める。



ここまでの動きの流れは全て

私の意思とは無関係だ。


頭という檻に意識だけが

閉じ込められ、別の何かが

体だけを操作しているような

不愉快な感覚。



おぼつかない足取りで

ドアノブに手を掛けた。



千鳥足じゃないか。

右手に持ったウィスキーボトルは

700mlタイプのものだ。


これをどれぐらいの期間で飲んだのか。


短時間でここまで飲んだのなら

明らかに飲み過ぎである。



無造作に扉を開ける。





「て、提督さん…!」




金髪の黒いリボンを

頭に結んだ少女が

そこに座り込んでいた。




「…何をしている夕立…。」


(!?、口が)



「今日はこれから出撃だろう。何をそんなとこで

座り込んでいる。不知火も油を売ってないで

さっさと出撃準備に取りかかれ。」



自分の意思とは関係なく

吐き出される冷たい言葉の数々


夕立に膝枕をされているよう

に倒れ込み

抱きかかえられているように

身を預けている彼女…


不知火を見下ろす。



「提督さん!不知火は、限界っぽい!

だって…こんなに傷だらけで…」



「心配するな、緊急救命装置は積んでいるだろう。

轟沈レベルまで追いこんでも命に支障は無いはずだ」



「たとえ体は無事でも、このままじゃ

心が駄目になっちゃうっぽい!

お願いだからもう休ませて!」


「…。」


(右手を挙げて…?)


「ふざけんな…」


静かに言い放つと、


右手のそれを床にたたきつける。


けたたましい音とたてて

瓶が割れる。


「ッ!」


大きな目を潤ませ、

不知火の頭を守るように

抱えて体を縮こまらせた。



「ふっざけんな!

お前らが勝手に中破、大破してくんのが

悪いんだろうが!!!休みたかったらな!

クソ深海棲艦…戦艦クラスの一隻や二隻、沈ませてこい!」



「で、でも…でも夕立達は

駆逐艦だしぃ…相手に出来るのは精々

軽巡レベルしか…。」



「…。」



空いた右手で

夕立という名の

少女の髪を無理やり掴む。



「痛いッ!提督さんやめてぇッ!!」



(ばッ…!何やってんだ!やめろ!)



ギリギリと力任せに夕立の

髪を上に引っ張る。


それでも尚、不知火を庇うような姿勢は

崩さない。


キュッとキツく閉じた両目の

端から大粒の涙がこぼれた。



(頼むから…ッ!)



「うぅ…ぐすっ…痛いよぉ」



「…」



込めた力を解く。


小さく悲鳴を上げ

膝立ちの状態から

尻もちをつく夕立を

冷たい視線で見下ろすのを感じる。


「…不知火には三日の休暇を与える、

目が覚めたら伝えろ。

ここはお前が掃除しておけ。

あぁそれと夕立、

後で話がある1700に執務室に来い。

わかったな。」



「ぐすっ…」



「返事は」



「はい…っぽい。」



(惨い…)



ウィスキーの

臭いが周りに立ちこめ

ツンと鼻を突き抜ける。


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「そう…ですか。」



今さら珍しいことではありません…。


ここでは特に。


同じ様に提督に逆らったり、

反論した艦娘はどの艦種であろうと

解体されてきたのを不知火は知っています。


伊達にここで長く働いていませんから。


ただ不明なのは

解体された艦娘がどうなったか。



わかりません。



噂では

艦娘の頃の記憶を末梢され

普通の人間として生活している説や


そのまま命を奪われている説。


艦娘としてここに存在している身としては

前者であってほしいと強く願いますが。



記憶など、どうやって操作するのか

その実、どうなのか。



「これで何人目かしらね。

もう数えるのも疲れちゃった。」



諦めたように苦笑する愛宕さんは

肩を竦めました。





ガチャ…ギィ




医務室のドアが軋みながら

ゆっくりと開きます。



この医務室の扉の装飾は

不知火は好きでした。


少し、レトロな雰囲気の

見ていて落ち着くような

少しくすんだ金のドアノブも中々

不知火的には高評価です。


それがあった、空間には

右手に酒瓶を持った司令が―




ああ、また飲んでらっしゃるのですね。




喉を鳴らしてお酒を煽る彼の姿は

見ていてとても痛ましく感じます。





そんな司令がこちらに―。





「…不知火」




「司令…。」




「て、提督!」




「準備しろ、出撃だ。」




「承知しました…。」




「提督…もうちょっとだけ様子見るくらいは

時間あるでしょ?不知火ちゃんはまだ、

起きたばかりなの。ね?」




愛宕さん、いけません。




今の司令に逆らっては―




「おい。」






ボトルの中に残った

お酒をそんなにいきなり飲んでは

体に毒です。




しれ―





ガシャァン





司令が医務室の壁にボトルを

叩きつけました。




それの下半分は爆ぜ、

鋭利な刃物に姿を変えました。




「!」




「出撃と言ったら出撃だ。何度も

同じ事を言わせるな。」




その凶器を私たちに向けます。




深海棲艦の攻撃を受けても不知火達は

そのダメージを身にまとう服が

障壁として肩代わりしてくれますが

それはあくまで艤装を装備し

船としての能力を得る、つまり

艤装の加護があってこそ出来る芸当です。




地上、艤装を装備していない

不知火達など

船の記憶を持った人間に変わりは

ありませんでした。



当然、刃物や銃弾はこの肉を裂きます。





「提督、それを

下ろして頂戴。」





愛宕さんが不知火の前にでます。




「愛宕…お前もだ。お前も出撃だ。

旗艦はそうだな、いつも通り不知火、お前だ。」




「いい加減にしてよ!

もう、うんざりなの!

不知火ちゃんも私も!」




正直、驚きました。

普段とてもおっとりしている彼女が

ここまで激昂する姿を不知火は見た事が

ありませんでしたから。



愛宕さん、不知火なら大丈夫ですから

お願いです。

逆らわないでください。



「なんでこうなっちゃったの…

ねぇ!あなたはそんな…

そんな人じゃなかったでしょ!」




「出撃準備だ。」



やはり耳を傾けてはくれませんか。



「由良ちゃんのときも、

そうやって突き放したの?

夕立ちゃんにしたように解体したの?」




「あの子が沈んだから?

自分のせいで勝手に沈めたくせに…

不甲斐なさのストレスを私たちに向けないでよ!!!」




「…」





一瞬の事でした、司令が左手で愛宕さんの首を

掴んで、床に抑え込んだのは。





「…ッ!」




「図に乗るなよ愛宕。」



喉元を絞め上げ

抑えつけたまま司令は愛宕さんの上に

馬乗りになりました。




そして右手を振り上げ―





それ以上はいけません!





「司令!不知火は大丈夫です!

いつでも出撃できます!

愛宕さんを放してください!」



気が付いたら不知火は

ベッドから飛び降り、

司令が振り上げた右腕を

不格好にまともに力の入らない両腕で

巻きついていました。




ですが、やはり

病み上がりの体は思うように

動いてはくれませんでした。



「邪魔を…するなぁっ!」



肘で腹部を打たれ

前につんのめってしまいました。




それと同時に愛宕さんが苦しみから

開放されようと体を大きく

横に揺らしました




司令はバランスを取ろうと

大きく手を振り…


そして―












---------------------------------------------



鈍い感覚が手に伝わる


次いでバランスを崩し

横滑りする右手





グシュッ



ズルッ



赤い閃光がパッと散った



---------------------------------------------










情けない事に

その場に膝をついてしまいました。





「ブッ…ゴフッ!」



ゴボゴボと

白い首から湧き出る血の泉。



命の象徴。




それが不知火の首から

次々と流れます。




それは横一線の

傷口からドロドロとシャツを赤黒く染め上げ

腿を伝い、

血の池を作ります。



体に力が入らず、血だまりに

沈みます。



「し、不知火ちゃん!?」




愛宕さんの声が聞こえます。




体がとても寒いです。




顔から血の気が引くのを感じます。




不知火は、死ぬのでしょうか。




船として戦いで沈んだ身としては

第二の人生、いえ船生をまさか

地上で失うとは、なんとも不思議な気分です。



「…ぁ。」



「提督邪魔!!!

早く止血しないと…!」


呆然とする司令を跳ね除け

その体から想像もつかない

素早さで

医務室に設置されてる引き出しから

清潔な白いタオルを取り出し、不知火の首に

押しつけます。


タオルは不知火の血で

すさまじい勢いで赤に染まっていきます。


ぼんやりする意識の中、


司令の顔が視界に入りました。



酔いが安全に醒めたのか


すっかり青ざめていました。


あぁ、司令

どこか御気分が優れないのですか?


不知火は大丈夫ですよ。


すぐに…すぐに…



……



近くで張り上げている

声のはずが段々と遠のいていく感覚。





視界の端に、医務室の窓が見えました。


そういえばそろそろ窓ふきの掃除当番は

不知火でしたね。



なんて良い天気なんでしょうか。



今日は良い事があると思っていたのですが。



そうです。

『彼女』を言葉を借りるなら…



はぁ…



……空はあんなに青いのに―



不知火の意識は再び

闇に落ちて行きました。




----------------------------------------------




頭の中のフィルターが剥がれるような

奇妙な感覚、


思い出した…。



私は…


『僕』は…




軍に属していた身だ



鎮守府という場所で



提督として深海棲艦と戦う任務を

遂行していた。



「艦娘」と共に。







―本日より、着任しました○○です!




―不知火です。ご指導、ご鞭撻よろしくです。




―あはは、表情硬いよ不知火ちゃん!




―し、不知火ちゃん…!?

 司令!ちゃんづけは

控えて下さい!

 不知火のことは呼び捨てで構いません!




―し~らぬ~いちゃん!




―しぃぃれぇぇいぃぃ!




―あはは!ぬいぬいこわ~い♪




―ぬいぬい言うなぁぁぁ!




―あはははは!





………

……




―ぱんぱかぱ~ん、私は愛宕!

 提督、よろしくお願いしますね!



―あ、あはは、おっき…いや

よろしく…お願いいたしまひゅッ!

 …噛んじゃった。



―司令…

 いささか不知火とは態度が違うようですが。

 そして格好悪いです。



―いやだってぬいぬいと違って

 こぉんな、おっきい…



―ふんっ!



―イッタァァ!





………

……




―大分、にぎやかになりましたね司令



―ねぇ、本当に増えたよね~



―司令




―ん~?




―ありがとうございます




―どったの?ぬいぬい?




―あえて突っ込みません。

 ただ、噂ですが鎮守府によっては

 不知火たち艦娘を道具のように扱い、

 轟沈を当然のように捉える所もあると

 聞いたことがあります。

あなたは常に私たちを思って行動して下さいます。

時にそれが過保護と捉えざるを得ない行動も

 見受けられますが、嬉しく思います。





―うん。





―他には…その他、鎮守府では

 不知火達を性欲処理のための…




―それいじょうはいけない





―はい、失言でした。




―よろしい。

 ぬいぬ…不知火、僕はね、

 君達艦娘は神様だと思っているんだ。



―神…ですか?



―そう。君たちは

 深海棲艦から僕たち人類を守ってくれる

 女神さまだよ。

 遠い昔に人の勝手で作られて、人の勝手で

 沈められてそれでも僕たちを

 こんな愚かしい人類を

 愚行ばかりの僕たちを助けてくれるなんて

 神様以外いないよ!



―司令



―なぁに?



―サムいです。



―ごめん。




―嫌いではないですし

 『女神』と呼ばれて悪い気はしません。




―ありがとう、ちょっと元気出た。 


---------------------------------------------------



―型超弩級戦艦、姉の―です。

 妹の―ともども、よろしくお願いいたします。





…ドキッ





―よよよようこそ○○鎮守府へ!

歓迎するですよ!―ちゃん!


―え…ちゃん…ですか?



―ひゃい!なんか変で

ありますでしょうか!?


―いえ、変…というわけでは無いですけどぉ…。

お顔…赤いですよ?



―司令、不知火のときもそうでしたが

 馴れ馴れしいですよ。



―フフフフレンドリィに

 行きたいのさ~



―司令、いつにも増して変ですよ?



―ぬいぬい酷い



―ぬいぬい言うな



―賑やかな艦隊ですね

 クスクスッ



―(天使だ…)




---------------------------------------------------


………

……




―ケ、ケッコン…カッコカリ…ですか?





―う、うん




―私で…私なんかで…良いのですか?





―君じゃなきゃだめなんだ、

 君じゃなきゃ嫌なんだよ。

 



―『扶桑』




―…




―僕じゃ…駄目かい?





―……す





―え…?





―私も…貴方をお慕いしています提督。






―なんで泣くのさ





―嬉し泣き、ですよ





―ははは、なんだそりゃ





―ありがとう、ありがとう




-----------------------------------------------




―提督おっそーい!



―提督さん、皆集まってますよ?



―すいませんすいません!

思いの他準備がかかってしまって!


―えぇ~?提督いつもと変わんないじゃ~ん



―鈴谷ちゃん酷い!

 提督ちゃん泣いちゃうよ!


―うわっ、自分の歳

考えなよ!キモい!



あはははは

………

……





―はいはーいそれじゃぁ撮りますよー!

みなさーん目線お願いしまーす!





パシャッ




―はいありがとうございま~す!



―次々!次は一緒に青葉も撮ろうよ!



―えぇ~!?あ、青葉は撮られるのは~…



―良いから良いから!


―ああ!

 鈴谷さんそんなに

 手ぇ引っ張らないでぇ~!


--------------------------------------------------



―今度の作戦は結構な規模ですね提督?


―うん、危険度はいつにも増して高いよ。

無理はしないでよ扶桑?


―ふふふ、大丈夫よ提督。

いつも通りにやってくれば良いんですから。


―うん!



--------------------------------------------------




―ドモドモ~♪提督~、

お写真の現像、完了しましたー!


―いやーそれにしても

我ながら良く撮れてると思いますよ~!

お二人のこの

ゆっる~い笑顔がなんとも

いやはや~♪



―青葉さん、やめて

テイトク顔から火出そうなの




―そういえば~、人間の方々の

結婚式では「披露宴」なるパーティが

開かれるんですよね!



―青葉さん良く知ってるね。

結構、結婚願望強いの?



―ちちち違いますよぉ!

たまたまテレビで、その特集の番組を

見たり、雑誌を読んでいて知っただけですよ~!


―アオバサン ハ カワイイナァ



―むぅ~、棒読みはやめて下さい



―あはは!

う~ん、さすがに

披露宴とか…そういうのは難しいけど

簡単な気持ち程度のパーティくらいは

開いても良いかもだよね。



―良いですね~♪

青葉、とっておきのお酒

知り合いの準鷹さんから頂いてるんですよ

皆さんが戻られてから開けましょ開けましょ♪



―青葉さん最高!最高青葉さん!




---------------------------------------------




あの日から

「神様」では無くなり

僕の目に映る彼女たちは

「少女」になった。





―…


―…





―轟沈…です



―…



―司令?



―…あぁ…



―撤退…



―司令…?



―第2艦隊 旗艦鈴谷に伝えてくれ



―司令、あともう少しで敵主力を叩けます…




―不知火…




―不知火…頼むから



―…承知しました



---------------------------------------



―司令、報告書をお持ちしました。

 承認の捺印を…



―あぁ




―司令?




―そこに、置いていてくれ

明日…朝一で…取り掛かるさ…。



―司令、過度の飲酒は

褒められた行為ではありません


―あぁ


―…司令



-------------------------------------------------



―司令!何を…何をなさっているのですか!

お止めください!



―あぁ…不知火、見てくれよ

由良の髪…長すぎだろ?

戦闘には邪魔だよね?

だからさぁ、切ってあげてるのさ…



―やめて提督さん!髪が…!

由良の髪がぁ…!



―彼女は今でも十分に戦果を

出しているではありませんか!

そんなこと…お止めください!




―いやぁああぁぁ!!!



ザクザク



ザク…



ブチブチ



ブチィ…






--------------------------------------------------







―由良さんは?



―髪の毛、切られたショックで

 部屋に籠っているよ…



―そう…ですか。




―ねぇ、不知火?




―なんですか?時雨?




―提督は、どうして…




―どうしてこんなに酷い事を

 するようになったのか、ですか?



―…うん。



―不知火には

 分かりかねます。



―そう、だよね



―申し訳ありません。



―大丈夫だよ。うん、僕は

提督の事を信じているから。

きっと扶桑が沈んだから…

ちょっとだけ、混乱しているんだよね。



―有難うございます。




―あは♪なんで不知火がお礼を言うのさ




―不知火も同じ気持ちだからです。



―うん、安心したよ。

僕も、さ。



―由良さんの様子、見てくるね。

まだきっと落ち込んでるだろうから。




―お願いします、あぁそれと

司令が呼んでいました。

後で執務室にと。




------------------------------------------------




―司令、失礼します。

コーヒーをお持ちしまし…





―時雨、歯を立てるなよ。



―ンッ…!クフッ…!

ジュポジュポ

ジュルル




―何…を



―時雨、こぼすなよ。

全部飲め

ドクッドクッ



―コクッコクッ…ケホッ…コホッ




―何をしているんですかぁぁあ!!!!




―ふぅ…

 時雨から誘ってきたんだよ。

 僕じゃないさ。なぁ時雨?



―…



―時雨?



―コホッコホッ…そう…そうだよ不知火…

僕も年頃の女の子っていうわけさ

前から、興味は、あったんだ。

 提督に、協力してもらったん…だよ



―ならば…何故あなたは

泣いているのですか!



―あれ…?なんでだろうね。

う、嬉し泣きかな…あはは



―続きはまた今夜、な

さぁ部屋にお戻り




―…うん

ゾクッ




―不知火、君はこぼしたコーヒーを

片づけてから戻りなさい。




―…




―なんだよ




―…いえ




―そんな目で、僕を見るな




―見るなよ…











「見ないでくれ…」


最後の一言は

消えゆく煙のようにか細く

誰にも届かなかった




------------------------------------------------



記憶が戻る感覚、

幾重にもかさねられたフィルターが

一枚、また一枚と

少しずつ剥がれ落ちる感覚。


明瞭になるソレ。


最初に感じた、

記憶が戻る快楽


平和な、皆が柔和な笑顔を浮かべて

過ごした日々



突如

暴力に走った自分



思い出す度に

吐き気を催す



目をそむけたくなる真実


しかし、記憶は容赦なく

彼の脳を蹂躙する。



彼女達、艦娘に対する



虐待の数々



(嘘…だ)



(違う…私じゃない…)



(あれは…私じゃ…ない…!!)



(誰か…嘘だと、言ってくれよ)


---------------------------------------------









…目が痛くなるほどに

真っ白



「…」



「…」



戻ってきた…。




しばらくなにも考えられなかった。

 

拘束された意識の中で

次々と流れ込んできた

視界の数々、

聴覚に残り木霊する



艦娘の嗚咽と悲鳴



恐る恐る


すぐ右横に目をやる


膝立ちで呆然としている

私を見下ろすように彼女は佇んでいる。



悲しそうな

表情で…。



「…ごめん」



私は何を言っている?



ごめん?


こんな一言で許されるとでも

思っているのか…?




「不知火…」




「『僕』は…ぁ…ぁ」




寒さをこらえるように

両肩を抱きしめ、うずくまる。



「あ…ぁぁぁ」




ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい

ごめんなさい

ごめんなさい



ご…な…いぃ…




もう、とにかくどうする事も出来ず


ただただ

謝るしかない…



こんな事で

許されるはずもない…


許されて良いわけがない…


私は僕自身を許せない





「…。」



うずくまった視界に

不知火の靴の先が見えた。


震える体から

首を擡(もた)げる



そこには

鋭い眼光の彼女。



彼女が身を屈めると


思わず体を震わせる。



何をされても構わないと覚悟はしていたが

いざ、そのような挙動をとられると

反応せざるを得ない。



右手が顔に近づいてくる。




最初は殴られるのか

安いものだ




目を瞑る



「―」



「―?」



頬に感じる温もり



「な…んで?」



不知火は手袋に包んだ両手を

私の頬に優しく添えていた。


手袋越しに感じる優しい体温



彼女は目を細めて、




口を動かした



『だいじょうぶ』



「?」



たしかに大丈夫と口の動きから

把握できた。しかし、何が大丈夫だと?


そういえば、あの扉は?


ここで再び目を覚ましてからあの

扉は見なくなっていた。


最初から存在していなかったかのような…




「私は…だって…君は…」






言葉を紡ぐ



「死んだ…んだろ?」




首が締め付けられるような

息苦しさを感じた。


--------------------------------------------



彼女は頷きもせず、横に首を

降るわけでもなく

ただ、ただ私を見下ろしている。


どう捉えて良いのか分からず


しばらく沈黙が流れる。



彼女が

扉があった空間とは逆方向に顔を

向けた。


今度は、彼女の目に

少しの、ほんの少しの光が

戻ったように見えた。



それにつられ


力なくそちらに目を向ける。



「あれは?」



私の歩幅で考えて20歩あるかないかという

距離にまた「扉」があった。



その扉は

最初のそれとは質感が異なり。


無機質な

金属のドア


囚人達の収容所の

ドアのように

檻状の窓が人の目線の高さの位置に

備えられている。


檻の間の隙間からは中は暗く

窺うことは出来ない。





「あれもまた…そうなのかい?」




なにも言わず、見据える彼女


これ以上、私に何を見ろと言うのか

あの先には何があるのか。

わからない。



わからないから怖い。



これ以上、あんなものを

突きつけられたら



今度こそ私の精神は

ばらばらになってしまうかも

しれない…。



しかし、このままここにいても

何も始まりはしない。



わかっている。



でも怖いんだ!






両肩に感じた温もり、

背から伝わる確かな温かみ

まるで母に包まれているような

安堵感



「しら…ぬい?」



服の下は私が付けたであろう

傷だらけの

線の細い彼女が後ろから


そっと寄り添うように

私の方に手を添えて


背中に身を預けていた。



「ごめん」



「信じるよ…。」



それに応えるように

右手で、彼女の手に触れた





「ずっと、傍にいて

くれたんだもんね。」




「行ってくるよ」




取っ手に手をかけ

金属の擦れ合う軋んだ音とともに


押しながら呟く


「ぬいぬい」



振り向かず

黒い空間にその身を委ねる。




『ぬいぬい言うな』



「!?」




全身が暗い闇に覆われた瞬間


懐かしいそれが

聞こえたような

そんな気がした。




意識が再び暗転する




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扶桑が沈んだ。



沈んだ



シズンダ








世界が色が褪せて見えた。


今日のような


彼女と見た青々とした空も


彼女が好きだと言った


花の色も


彼女が美味しいと言って

年頃の女の子のように頬張っていた

スイーツを食べても


全ての感覚が鈍い


それに触れている

感覚が無いというか。


扶桑がいない毎日は

虚しくて堪らなかった。


何かしなければ


駄目になってしまう。

僕と言う人間が壊れてしまう。


頭で理解しても


気力が一向に沸く気配は無い。

ただただ気持ちが焦るばかりだ。


今日も

ただ、簡単な事務処理をして

夜を迎えて

眠りに就く。


朝、目が覚めて

ベッドの空白の悲しさに

打ちひしがれて

嗚咽と共に身を起こす生活の

繰り返し。


もう、心が持たない


「―れい」


「司令。」


そういえば今は執務中だった。

駄目だね集中力も、もう持たないや。


「ああ…。」


生返事だよなぁこれ。


「今日の遠征は…。」


あぁ、そっか。


遠征組…なんか面倒だなぁ


「…いつも通り。」


ごめんね不知火


「…かしこまりました。」


「司令。」


「…なんだい?」


「月並みな言葉で


申し訳ありません。」


「どうかお気を確かに。


不知火が…不知火達が


いつでもお傍にいます。」


なんで君はそんなに…


「あぁ…。」


優しいんだ。


僕は…もう


誰も沈めたくないよ…。



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あれから僕は

どうするのが、何が一番

彼女達のためになるのか考えた。


考え

狂ったように艦娘に関する

論文、報告書等を漁った。


未だ彼女達の存在について

ブラックボックスな部分が多い。


まずは艦娘について

もっと知る必要がある。


彼女達のためにも。


寝る前も惜しんで調べた。

調べた。


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僕は間違っていた。