翔鶴「私、頑張りますね」
【翔鶴とのケッコン未だ為さざる提督諸氏は閲覧注意】
翔鶴編を書くにあたって、変に考えすぎてしまった結果が以下です(笑)
アフターストーリーを書いたらかなり痛い翔鶴の痴態を晒してしまうことになってしまうが、果たしてその先へ進むべきかどうか……
本編は健全そのものですので、そこは安心してください!
*
眼下には、温風を機微に掴んだソメイヨシノの木々が眩くも並んでいます。いまは、このわずかしか無い木々も、苗木程度のものなら散見できるようになってきました。
その中にひとつある、硬い蕾に花弁を守らせている一本に、自然と私の目が引き寄せられました。他の明るい桃色に対照的なそれは注目されることなく、けれどソメイヨシノとして在らなければなりません。そうしたことを考えてしまうのは、それと私を関連付けてしまったからでしょうか。ソメイヨシノではあるけれど、ソメイヨシノではないような。視界が反転し、眼前には私の通る廊下だけが映されました。
私の見ている環境は、私を見ている誰かのものとは違うのでしょうか? ふと、かつて先輩に言われたことを思い出しました。「あなたの背負うものが見えない。そもそもあなたは、何を見ているのかしら」。それは得てして、私の自問の機会を助長させました。
私のまとっているこの命は、この力は、運命のような法則性を持って私に使命を与えます。その部分への問いかけはもう止めました。その代わりに思うようになっていったことが、どうして私が、という、0ではなくて1を疑うものでした。この問いかけが、今もなお続いています。この連続が、むしろ私たらしめているかのごとく。それぐらい、どうして私が『翔鶴』で、意味のある役回りに立たざるを得ないのかに得心がいきません。
それでも、私はこの所作のひとつひとつに深長なものを含ませます。それは義務だと、『翔鶴』をこの胸に留め置くように。その意識で、私は落ち着いた挨拶を繰り返しました。笑顔の狭間を潜り抜け、私はその先に進入しました。
「失礼します。空母翔鶴、入ります」
「おう、来たか……って、またその表情、勘弁してくれよ」
毎度のようにこの顔のことをうるさく言われれば、矯正のしようがありません。私は素直に毒づくと、『私』としてそれに応じました。
「『提督』、あなたもそのだらしない顔をなんとかしてください」
「『翔鶴』の御前だ、無茶を言うな」
「……では私も、そういうことで」
「お、こりゃ一本取られた」
その震える手を演技で隠すためか、わざとらしく自らの額をはたいた提督は、反対の手で持っていた雅な箱を前に差し出しました。
「そろそろ受け取ってはくれないか。もう何回目か数えるのも億劫になってきた」
「私の答えは変わりません、提督、私にそれは不釣り合いです」
「実際にそうかどうなのか、決めるのはお前ではない、私だ。そしてその断り方だと、どうしても諦めがつかないんだよ」
その声に特に抑揚は持たせず、しかしありのままの本心をぶつけている提督に疑心は抱いていません。だからこそ、私は面と向かってそれを辞退できません。同じ理由で、嬉しさで破裂してしまいそうになってまでいます。このふたつの双極を、その狭間で右往左往することしかできません。
「自分を卑下したがるお前の心境も分からんでもない。だけどな、それだけを振りかざすなら私は何度だって言うぞ」
私に言葉を紡ぐいとますら与えず、一気呵成にまくし立てられました。破裂してしまいそうになる激情を辛抱して、私は何度も首を横に振りました。いつの間にか悲しそうな表情を湛えながらも、提督の言葉は続きました。
「お願いだ。私はお前と一緒に居たい、居続けたい。些細なことで笑い合って、怒り合って——同じ景色を見たいんだ。頼む」
「——提督は、私の中に渦まく劣情にお気付きですか?」
——何のことだ。その口は、そう動いて見えました。
「私は常々、自問に自問を重ねています。これをすべて吐き出して空っぽになれたらすこぶる嬉しい……そう思ってしまうほどに」
この目色は、あなたのものとは段違いに違います。
「私に意味を与える理由……それを全否定するために」
これだけで悔しげな表情を浮かべてくれる。だから私はあなたにふさわしくない。
「『翔鶴』で在ることが疎ましい。この大器に収まるこの私は、豆粒のようにうろんげに見えます」
提督に抱きしめられる。雄々しい熱が、確かに私を伝播しました。
「ああ……とても、温かいです」
「そうか……半分はお前のものだよ」
私はただの受け皿。『翔鶴』との境目は無いけれど、いや、もしかしたら、こう思っている私そのものが無のもので、そこら辺に漂っているちりあくたのひとつなだけなのかもしれません。この身体の残りかす。排出されるべき、用の無価値な存在。こう思えば軽くなる。ここで、私は——
「離さないぞ。お前もお前のすべても、何もかものお前を離さない」
「提、督……」
「私は、私が見てきたお前に惚れたんだ。どこかが欠けたお前がお前だなんて思わないし、そうしようとするお前は是が非でも引き留める」
それは閉じ込めるかのような強さを持って、私の身体を覆っていました。どこにも行けない、消せない私のよりどころは、提督、あなたの下に置いてもいいの?
「私と『ケッコン』してくれ、翔鶴」
煮えたぎるような熱の中で、場は席巻させられていました。その中で抱き留められるいまは、一抹の雑念も無く熱だけを感じ取れます。こうするだけで私は確固たる『翔鶴』でいられるわけではないですけど、そのイメージを持つことはできました。
……もともと、『私』を切り離して考えることも変でしょうけど、この熱の中でなら、1の先へと存分に踏み出せられます。
提督、あなたに愛されるために、私は胸を張っていけられる未来を目指します。
「——ありがとうございます、提督」
「あなたと、ずっと一緒にいられるために、頑張りますね」
チンコタツタ? ホント? よかった♡
翔鶴ではなく一人の人間を視たんやな。
名前など只の呼称。
どういう人間か見てきたことが正しい