絵里「希望あるかぎり」
不良グループによって崩壊寸前の音ノ木坂学院を変えるべく、生徒会長の絵里が孤軍奮闘するお話です。鬱展開が続くので苦手な方はブラウザバックお願いします。
このお話はμ’sのメンバーそれぞれが問題を抱えている設定の二次創作的なものです。不良グループに属して非行に走るメンバーもいれば、いじめを受けているメンバーもいます。
話の展開上、陰鬱な展開や暴力描写がほとんどです。このような展開が肌に合わない方や、自分の好きなキャラクターが原作と著しく異なるひどい扱いをされることに堪えられない方は、精神衛生を害されないよう、閲覧回避をお願いします。
後書きでのいつもの小芝居でも触れていますが、字数がオーバーしてしまうとわかったため、前編・後編に分けました。こちらが前編です。区切りの都合上、前編に揚げたシーンの一部を移し替えて、後編の冒頭に差し置いています。後編のタイトルは絵里「希望あるかぎり」ー孤独な夜の女神ーになります。最後まで読んでいただいた方で続きが気になるという方は、お手数ですが私のユーザーネームのところからジャンプして、作品一覧の中から探してみてください。
コメント、評価等くださった方、ありがとうございます。コメント欄で気の利いた返信ができないため、この場を借りてお礼申し上げます。
他のアップ済みのお話についても同様ですが、こちらからコメント欄で返信をしないことがコメント等を見ていないとか、忌避しているとかいうわけでは決してありませんので、お気軽に書き込んでください。評価等、励みになっています。
ここ、音ノ木坂学院は伝統ある名門高である。
立地条件、校内環境、偏差値、各種部活動の実績…様々な点で魅力的な学園と言うに申し分なかった。
しかし、近年生徒の数が減少し、廃校の危機に瀕している。
その原因とは…
――
2年生教室
穂乃果「はいパース!」ヒョイッ
ガシャーン
キャー!
穂乃果「あははっ、ちゃんと取ってってば~」ヘラヘラ
舎弟モブ1「すいやせん。穂乃果さんのハイパーウルトラパスが速すぎて対応できなかったっス」
ことり「穂乃果ちゃんは運動神経いいもんね~」
穂乃果「えへへ、照れるなぁ~」
海未「…」
――
穂乃果「よーし、それじゃサッカーやろ!キックオーフ!」ボン
先生「何してるんですか、高坂さん!」
穂乃果「サッカーだよ。せんせーもする?」アハハ
先生「教室でサッカーなんて非常識です!あぁっ、ガラスまで割って…」
穂乃果「はいコーナーキッーク!」ボン
先生「やめなさい!」
――
舎弟モブ1「は?先公が穂乃果さんに説教とかアタマわいてんの?」
舎弟モブ2「言葉の体罰だー。教育委員会にチクってやろーっと」
先生「そ、そんな体罰だなんて…」
穂乃果「あーもう、しらけるなー。みんなでどっか遊びに行こうよ!」
ことり「賛成!早く行こっ、穂乃果ちゃん!」
先生「ま、待ちなさい高坂さん!まだ話は…」
舎弟モブ1「うっせ!アタシらに指図すんじゃねーよ!」
先生「うぅ…」
――
10年ほど前から、音ノ木坂学院では不良グループが幅を利かせている。
彼女たちは自分たちのメンバーをNýx(ニュクス)と呼び、手の付けられないほどの傍若無人ぶりを発揮していた。
他の生徒たちは怯え、ある者は彼女たちに睨まれぬよう息を殺して毎日を送り、またある者は転校を余儀なくされた。
当然、悪い噂は多方面へ広がっていった。
口こみはもちろん、インターネットが生活必需品となった現代では言うまでもない。
音ノ木坂学院の入学希望者はみるみるうちに減少していった。
――
教員たちも、更生の兆しもない不良生徒たちに無為無策の状況である。
この状況を改善しようとした心ある教員もいなかったわけではない。
しかし、不良グループの狡猾な罠にことごとくはめられていった。
ある者は受け持ちクラスの生徒と肉体関係にあると、根も葉もない噂を週刊誌に暴露されて懲戒免職に。
また、ある者は執拗に脅迫行為を重ねられ、自身の子に類が及ぶことを危惧し、自主退職に追い込まれた。
――
Nýxの2年生筆頭格は高坂穂乃果である。
悪いことは重なるもので、現理事長の娘である南ことりが彼女の不良仲間なのだ。
そのせいか、もはや教員のなかで彼女たちに強く出られる者は皆無といっていい。
いつしか音ノ木坂学院は、『最も自由な少年院』という不名誉な俗称で呼ばれるようになった。
――
もっとも、全ての者がこの学院の未来を諦めてしまったわけではない。
生徒会長の絢瀬絵里もその一人である。
彼女は不良が跋扈するこの学院を変えるべく、たった一人で立ち上がった。
しかし、その道はまさに困難続きのイバラの道であった。
――
放課後 生徒会室
絵里「書類整理はこれで全部片付いたかしら?」
役員モブ1「はい、今日までの分はこれで全部です」
絵里「それじゃあ、私は校内の見回りに行ってくるわ。あなたたちは今日は帰ってもらって結構よ」
役員モブ2「絢瀬先輩、お疲れ様です」
役員モブ1「先輩のお手伝いができなくてすみません…」
絵里「いいのよ、これは私が個人でやってることだから。その気持ちだけでも嬉しいわ。気を付けて帰ってね」
役員モブ1「はい。先輩もお気を付けて」
――
絢瀬絵里は生徒会の仕事が終わり次第、放課後は校内の見回りを行っている。
もちろん、これは生徒会の仕事ではない。彼女がその責任感から自主的に行っていることだ。
これまで、不良グループが他の生徒にカツアゲを行っている場面や、いじめと思しき場面に何度も遭遇している。
他にも、喫煙やシンナー遊び、飼育されているアルパカへの虐待など、問題行動は山のように見つかった。
そのたびに、絵里は毅然と注意を行い、やめさせてきた。
当然、不良たちの恨みは十分すぎるほど買っている。
――
2階廊下
絵里「まずはここからね」
絵里「1年生はクラスも少ないし、悪い影響が広まりやすいわ」
絵里「何かある前に手を打っておかないと」
絵里「…って、言ってるそばから問題発見ね」
――
1年生教室
凛「ぷはぁっ~、やっぱりセッタは最高だにゃー」
花陽「り、凛ちゃん。やっぱりタバコなんてよくないよ…」
凛「かよちんも一本吸ってみるといいよ!気分が落ち着くよ」
花陽「だ、だめだよそんなの…」オロオロ
絵里「あなた、何をしているの?」
――
花陽「ピャア!?り、凛ちゃん見つかっちゃったよ!」
絵里「未成年の喫煙は法律で禁止されているわ。これは没収させてもらうわね」ヒョイ
凛「ちょ、何するにゃ!」
絵里「早くからの喫煙は身体によくないわ。どうしてもって言うならもう数年間我慢しなさい」
凛「ふざけんな!返せよコラ!」ブンッ
絵里「…自分の思い通りにならなかったらすぐ暴力?」パシッ
凛「ぐ…凛のパンチを止めるなんて…!」
――
絵里「あなた、新入生でしょう?それなら、もっと自分にとって有意義な時間を過ごしなさい。高校生活は一生に一度しか味わえないのよ」
凛「う、うるさいっ!凛に説教するな!」
絵里「あなた自身のためにも、隣であなたのことを心配してくれる友だちのためにもね。それじゃ、私はこのへんで失礼するわ」
凛「凛はね、Nýxのメンバーなんだよ!おまえなんか仲間を呼べばコテンパンにしてやるから!」
花陽「り、凛ちゃん…」
――
廊下
絵里「隠れて喫煙ならまだかわいい方かしらね…」
絵里「それにしても、Nýxの悪影響は深刻ね。あの子みたいに、うわべに騙されて興味本位でメンバーになる生徒も相当いるみたいだし」
絵里「誰かとつるんで好き放題することがカッコいいとでも思ってるのかしら?」
絵里「そんなもの、一番カッコ悪いわ」
絵里「本当にカッコいいのは、周りに流されずにブレないこと…。さっきの子にも教えてあげたいわね」
絵里「不良の真似事をしてるあなたより、そんなあなたを心配してくれる友だちの方がずっと勇気があるわ…って」
――
ソーレ、モウイッパツ!
ギャハハハ、マジウケル
ヤッチャエヤッチャエ
絵里「…そんなことを考えてるうちに、また問題発生のようね」
――
空き教室
不良モブ1「アンコールに応えてもいっちょ行くよ~」
不良モブ2「頭いけ!頭!」
不良モブ1「せいっ!」バフッ
真姫「…ッ」
不良モブ3「あはははっ!西木野さん、白い髪も似合ってるよ~」
――
音ノ木坂学院は生徒の減少に伴い、空き教室の数も目立つ。
そのほとんどがNýxの溜まり場になっている。授業中でもお構いなしだ。
教室は本来の目的を失い、喫煙所や私物置き場へと化していた。
目立たないため、いじめの温床にもなっている。
空き教室の中では1人の少女が3人の不良になぶり者にされていた。
不良たちは、手にした黒板消しで少女をはたいている。
頭や制服をチョークの粉で真っ白にしながら、少女は声一つあげず、じっと堪えていた。
――
絵里「何してるの!やめなさい!」
不良モブ1「あれあれ~、生徒会長さまではないですか?」
不良モブ2「こんなところまでご苦労様ですね~」ヘラヘラ
絵里「…あなたたち、自分が何をしているかわかっているの?これはれっきとしたいじめよ!」
不良モブ3「ちがいますよ~。これは罰ゲームですから。ねっ?」
不良モブ1「そうそう、お遊びですよお遊び」
絵里「そんな言い訳が通用するとでも思ってるの!?」
――
不良モブ2「私たちぃ~、西木野さんがクラスに溶け込めてないから、こうやってゲームを通して友だちになってるんです~」
不良モブ1「そうそう。それなのにいじめって決めつけるとか、ひどくありません~?」
絵里「よくもそんな屁理屈をこねられるものだわ」
不良モブ3「それじゃあ、西木野さんに聞いてみてくださいよ。それなら文句ないでしょ?」
不良モブ1「賛成、さんせ~い!」
絵里「…わかったわ。それで白黒はっきりつけましょう」
――
絵里「どうなの?彼女たちは本当にあなたと遊んでいただけなの?」
真姫「…」
絵里「正直に言って。あなたは一人じゃないわ」
真姫「…」
不良モブ2「ねっ、西木野さん。私たち、友だちだよね?」
絵里「あなたたちは黙ってて!」
真姫「わ、私は…」
――
真姫「私は…みんなと一緒に遊んでただけです」
絵里「本当に?この子たちがいるから答えられないだけじゃないの?」
真姫「違います!」
不良モブ2「ほらっ、だから言ったでしょ!」
不良モブ3「話が済んだなら、私たち帰りますねー」
不良モブ1「これでも女子高生は忙しいんでー!」アハハ
絵里「ま、待ちなさい!」
――
絵里「…逃げ足だけは早いわね」
真姫「…もういいですか。私も帰りますから」
絵里「待って!さっきの答え…嘘なんでしょう?」
真姫「嘘なんかじゃありません」
絵里「あの子たちはあなたをいじめてる。それぐらい見ればわかるわよ」
――
真姫「…違います。あれはただの罰ゲームです」
絵里「あくまでも認めないつもりね。いいわ、でもこれだけは受け取って」スッ
真姫「…何ですか、これ」
絵里「私のメールアドレスよ。何かあればいつでも相談に乗るわ」
真姫「どういうつもりです?」
絵里「どうもこうもないわ。私はあなたの力になりたい、ただそれだけよ。そうそう、自己紹介がまだだったわね。私は絢瀬絵里。生徒会長をやってるわ」
真姫「いりません、こんなもの!」ビリッ
――
絵里「どうして?私はあなたの力になれるはずよ」
真姫「やめてください、そういうの…。正義のヒーロー気取りですか?」
絵里「そんなつもりじゃないわ」
真姫「違う!私はいじめられてなんかない!」
絵里「落ち着いて。私はただ…」
真姫「憐れむような眼で見ないで!」ダッ
絵里「あっ、ちょっと!?」
――
絵里「行っちゃったわ…」
絵里「私のやり方…間違ってるのかしら?」
絵里「状況は少しも良くならないし…。所詮は私の自己満足なのかな…」
絵里「はぁ…」
――
希「どうしたん、えりち?溜息なんかついて」
絵里「希…」
希「今日も見回りしてるん?」
絵里「えぇ、そうよ。私に少しでもできることがあれば…って思ってね」
希「ほな、頑張ってるえりちに差し入れや」スッ
絵里「ありがとう。なんだか毎度もらってばかりで悪いわね」
希「うちにはこれくらいしか協力できんし…。缶コーヒー、ミルク入りでええんよね?」
――
東條希は絵里の数少ない協力者だ。
大半の生徒がNýxに睨まれるのを恐れて沈黙しているなか、こうして陰から絵里を支えている。
神経をすり減らすような日々を送るうえで、希の存在は絵里にとって唯一といっていいほどの支えだった。
――
希「えりち、今日はなんだか元気ないみたいやけど、何かあったん?」
絵里「少し気の迷いが出てきちゃってね…」
希「迷い?」
絵里「そう。私のやってること、本当に意味があるのかなって」
希「えりち…」
絵里「私なりに、できることは何でもやってきた。でも、何も変わってないのが事実だし…」
――
希「うちは…そうは思わんけどね」
希「誰かのために一生懸命なえりちを見てると…うちも元気がもらえるもん」
絵里「希…」
希「今はこんな状況やけど、うち、音ノ木坂に入学したこと、少しも後悔しとらんよ」
希「そのおかげで、えりちに会えたんやからな」
絵里「…ありがとう、希。また希から元気をもらっちゃったわね」
希「うちでもえりちの役に立てるなら光栄やね」
――
絵里「希に話を聴いてもらってるうちに、遅くなっちゃったわね。ごめんね、時間をとらせて」
希「そんなん気にせんでええよ。えりち、よければ一緒に帰らへん?」
絵里「そうね。希と一緒に帰るのも久しぶりだわ」
希「えりちはいつも遅くまで頑張っとるもんね」
――
夕方 絢瀬家前
絵里「希、今日は色々とありがとう。希のおかげで明日からも頑張れそうだわ」
希「ええよ、そんな畏まらなくても。うちとえりちの仲やん?」
絵里「そう言ってもらえると嬉しいわ。でも、たまには私の方から希のために何かできたらいいんだけどね」
希「…それなら、うちのお願い、一つだけ聞いてもらってもええかな?」
絵里「何?何でも言ってみて」
希「…えりち、あんまり無理しないでな」
絵里「…ありがとう」
――
絢瀬家 リビング
絵里「ただいま」ガチャ
亜里沙「おかえりなさい、お姉ちゃん」
絵里「あら、亜里沙それって…」
亜里沙「えへへ、見つかっちゃった」
絵里「音ノ木坂のパンフレットね」
亜里沙「うん。私もお姉ちゃんと同じ高校に通いたくて…」
――
絵里「亜里沙、悪いことは言わないわ。音ノ木坂はやめておきなさい」
亜里沙「で、でも…」
絵里「在校生の私が言うのもなんだけど…今の音ノ木坂はとても勧められる環境じゃないわ」
亜里沙「…」
絵里「普段から話してるでしょ?あんな状況じゃ、充実した高校生活は送れないわ」
亜里沙「わかった…。考え直すよ」
――
夜 絵里の部屋
絵里「…はがゆいわね。妹にすら自分の母校を勧められないなんて」
絵里「このままでいいはずがないわ。何とかしないと…」
絵里「うまくいくかなんてわからない。状況を変えられる保証もない」
絵里「けど、誰かがやらないと…。誰かが動かないかぎり、何も変わらない」
絵里「やるしかない。私がやるしか…」
――
翌日 放課後 3年生教室
穂乃果「おじゃましまーっす!」ガラッ
先輩モブ1「おっ、穂乃果じゃん」
先輩モブ2「どしたの、わざわざこんなとこまで?」
穂乃果「駅前に新しいゲームセンターができたんですよ。先輩たちも一緒に行きませんか?」
先輩モブ3「面白そうじゃん!行こ行こ!」
――
穂乃果「音ゲーがたくさんあるって話ですよ」
先輩モブ1「そりゃいいや、他の連中にも声かけとくわ」
先輩モブ2「下級生にもLINEまわしとけよ~」
穂乃果「だーいじょうぶです!ことりちゃんにお願いしときました!」
先輩モブ3「穂乃果は本当に気が利くね。2年の番格はダテじゃねーな」
穂乃果「えへへ、ありがとうございます!」
――
先輩モブ2「あちゃっ、やべーわ!」
先輩モブ1「どしたの?」
先輩モブ2「今月使い過ぎてて懐ひんやりなんだけど」
先輩モブ3「はぁ~?おまえ本当に計画性ないな」
先輩モブ2「うっさい!あんたも同じようなもんじゃん!」
――
穂乃果「それならちょっと借りてきましょうよ」
先輩モブ2「いやいや、そんな都合よく貸してくれるやついないだろーよ?」
穂乃果「いるじゃないですか、ちょうどいいのが」チラッ
先輩モブ1「あ~、確かに」ニヤリ
先輩モブ3「穂乃果の言うとおりだな。ちょっくらやるか?」
――
先輩モブ1「こんにちはー!」
にこ「…何か用?」
先輩モブ2「用があるから呼んだんでしょ!えっと、この子なんて名前だったっけ?」
先輩モブ3「キラキラネームの矢澤にこちゃんでしょwwww」
先輩モブ2「あーっ、そうだった!すっかり忘れてたわ」アハハ
にこ「何なの?あたし、忙しいんだけど」
先輩モブ2「お金貸してよー!今月ピンチでさー」
――
にこ「どうして貸さなきゃならないの?あんたたち、友だちでもないのに…」
穂乃果「あれあれ、ずいぶん強気だね~?」ムナグラグッ
にこ「…」
先輩モブ1「さっすが穂乃果。上級生にも容赦ねーなwww」
穂乃果「え、この子って3年生なんですか?」
先輩モブ3「この教室にいんだから3年だろ」
穂乃果「うっかりしてました!ちっちゃいから小学生かと思っちゃいましたよ」
先輩モブ2「あはははっ!ウケるし!」
――
先輩モブ1「出さないならこっちから探そうぜ」ゴソゴソ
にこ「やめなさいよ!」
先輩モブ3「穂乃果、押さえといて」
穂乃果「りょーかいです!」ガシッ
先輩モブ1「おっ、見つけた見つけた」ヒョイッ
――
先輩モブ2「財布どんくらい入ってた?」
先輩モブ1「5000円札1枚あるわ。これなら十分遊べるだろ」
先輩モブ2「やりーっ!」
にこ「返して!」
先輩モブ2「借りるだけだって!いつかは返すよ。いつかはね!」アハハハ
――
にこ「お願い、返して。それがないと困るのよ」
先輩モブ2「うっさいなー」
にこ「何でもするから。お願い」
先輩モブ3「じゃあこの場で土下座してみろよ。そんで、返してくださいってお願いしてみるんだな」
穂乃果「それいいですね!」
にこ「…本当に土下座したら返してくれるの?」
――
にこ「…」スッ
先輩モブ1「ちょ、こいつ…」
にこ「返してください。お願いします」
先輩モブ3「マジで土下座しやがった!何こいつ、超ウケるんですけど!」
先輩モブ2「プライドないわけ?」
穂乃果「写メっておきますね」カシャカシャ
先輩モブ3「ナイス穂乃果!後でSNSにアップしとけwww」
先輩モブ1「ついでに頭踏んづけてやれよ、穂乃果」
穂乃果「こうですか?」グリグリ
にこ「…」
先輩モブ2「は~、面白いわこいつwww」
絵里「何をしてるのかしら?」
――
先輩モブ1「うわっ、面倒くさいのが来たな…」
絵里「カツアゲかしら?ずいぶんと派手にやってるのね」
穂乃果「先輩、何ですかこの偉そうなのは?」
先輩モブ3「生徒会長の絢瀬だよ。アタシらにしょっちゅうアヤつけてくんだ」
穂乃果「うざったいですね。やっちゃいましょうよ?」
先輩モブ1「やめときな。こいつに手ェ出すと後が面倒だわ」
先輩モブ3「とりあえず面倒事は避けるにかぎるわな。行こうぜ」
先輩モブ2「ちぇっ、せっかくいい小遣い稼ぎになると思ったのに…」ポイッ
――
絵里「大丈夫?怪我とかはしてない?」
にこ「…大丈夫よ」
絵里「これ、あなたの財布でしょう?はい」スッ
にこ「…ありがとう。これがないと困るとこだったわ」
絵里「お役に立てたのなら嬉しいわ。それじゃ、私はもう行くわね」
にこ「待って」
――
絵里「何?」
にこ「あんたの名前…まだ聞いてなかったから」
絵里「私は絢瀬絵里。生徒会長よ」
にこ「生徒会…?今の生徒会はこんな仕事までしてるわけ?」
絵里「違うわ。これは私が個人でしてるだけよ」
にこ「そう…。勇気があるのね」
――
1年生教室
凛「あーあ、あいつのせいでセッタ買いなおすはめになったにゃ」スパー
花陽「でも、タバコがカラダによくないのは確かだよ。あの先輩も、凛ちゃんのことを思って言ってくれたんじゃないかな…?」
凛「かよちんまでそんなこと言うの!?凛たち、友だちだよね?」
花陽「そ、それはそうだけど…」
――
穂乃果「凛ちゃーん!」ガラッ
凛「高坂先輩!どうしたんですか?」
穂乃果「私たち、これから先輩たちとゲームセンターに行くんだけど、一緒に行かない?」
凛「いいんですか?ご一緒させてください!」
穂乃果「凛ちゃんのお友だちも一緒に来る?」
花陽「えっ、私ですか?」
凛「かよちん、行こうよ!せっかく高坂先輩が誘ってくれたんだから!」
花陽「う、うん…」
穂乃果「それじゃ決まりだね!私はことりちゃんたちに声かけてくるから、下駄箱のところに集合ね!」
凛「はい!」
――
3年生教室
にこ「絢瀬さん…でよかったわよね?いつも一人で校内を見回ってるの?」
絵里「そうよ。さっきみたいなトラブルは日常茶飯事だし…。誰かが動かないと、状況はますます悪化するわ」
にこ「立派な心がけね。あたしはまだ転校してきたばかりだから、あまりこの学校のことは詳しくないけど」
絵里「3年になる直前に転校を?」
にこ「そ。ちょっと事情があってね」
絵里「そう…。転校先がこんな状況で申し訳ないわね」
にこ「何であんたが謝るわけ?」
絵里「学校の環境は生徒の写し鏡…ってことを本で読んだことがあるの。今の音ノ木坂が荒れているのは、今いる生徒に問題があるってこと。だとしたら、生徒の一人である私にも責任はあるわ。まして私は生徒のために誰より動かなきゃならない生徒会長だもの」
――
にこ「責任感が強いのね。でも、たった一人でそんな大きなことに取り組む気なの?」
絵里「一人じゃないわ。私のことを支えてくれる親友もいるし…」
にこ「それにしたって多勢に無勢じゃないの。さっきの連中、学年の関係なしに仲間が多いみたいよ」
絵里「私だけじゃ何も変わらないってこと?」
にこ「ま、今の状況のままだとね」
絵里「…」
――
痛い、そして的を射た指摘だった。
私は今まで、自分にできることがないか、がむしゃらに取り組んできた。
そうすることで、問題の本質から目を背けたかったのかもしれない。
冷静に考えれば、一介の生徒が学校全体の問題に取り組もうとすること自体、無理のある話だ。
その現実から逃れたくて、私は根拠のない自信のもと動いてきただけだ。終わりの見えない試行錯誤だけを重ねて。
希の優しい言葉にも甘えていたのかもしれない。
私は逃げていただけ。何かをすることで、音ノ木坂の現状に自分は責任がないと言い訳し続けてきたのだ。
臆病。見栄。自己満足。
ふと、昨日の空き教室で言われたことを思い出す。
正義のヒーロー気取り。
確かにそうだ。虚栄を身にまとった偽物のヒーロー。
その実は惨めな道化にすぎないのに。
――
絵里「…そうね。あなたの言うとおりだわ。私自身も薄々気が付いていたはずなのに。一人じゃ何も変えられないって」
にこ「一人では、でしょ?」
絵里「それはどういう意味?」
にこ「一人で無理なら二人でやればいいじゃない。あたしも手伝うわ」
絵里「えっ…?」
にこ「間に合ってますとは言わせないわよ」
絵里「ほ、本当にいいの?私に関わると、またさっきみたいなことが起きるわ」
にこ「そういうトラブルを解決するためにこれまで頑張ってきたんでしょ?だったら、人数は多い方がいいわ」
絵里「あ、ありがとう。えっと…」
にこ「にこよ。矢澤にこ」
絵里「ありがとう。協力感謝するわ、矢澤さん」
にこ「にこでいいわよ。堅苦しいのは性に合わないし」
絵里「それじゃ、私のことも絵里でいいわ」
にこ「よろしくね、絵里」
――
ゲームセンター
穂乃果「すごいっ!凛ちゃん、運動神経抜群だね!」
ことり「本当に初めてなの?ステップがうまくて羨ましいよ~」
凛「ありがとうございます!」
先輩モブ1「あんたが1年の星空だよね?穂乃果からよく話は聞いてるよ」
凛「はい!まだ入ったばかりですけど、メンバーのためなら何でもやります!」
先輩モブ2「いい心がけだね~。1年の番格候補はこの子でいいんじゃない?」
先輩モブ3「アタシもいいと思うわ。よろしくな、凛!」
凛「こちらこそよろしくお願いします!」
――
穂乃果「それじゃ、次は花陽ちゃんやってみたら?」
花陽「わ、私こういうのは苦手で…」
凛「もうっ、かよちん緊張しすぎだよ。先輩のご指名なんだから、やってみようよ!」
花陽「う、うん…」
ことり「ほらほら、始まるよ」
花陽「あ、あわわっ。ピャア!?急にスピードが速くなってるぅ!?」アタフタ
凛「かよちん、動きが面白すぎるにゃー」アハハ
――
先輩モブ3「穂乃果、あの1年生どう思う?」ヒソッ
穂乃果「花陽ちゃんですか?凛ちゃんの付き添いみたいですし、あの性格じゃNýxのメンバーには向いてないと思いますけど」
先輩モブ1「そりゃメンバーには向いてないだろうよ。けどな、顔はかわいいし、胸もけっこうあるじゃん。おまけに押しに弱そうな性格だぜ」
穂乃果「なるほど~。そっちにはずばり向いてますね」ニヤニヤ
先輩モブ2「近いうちに客集めておくからさ。アタシらから連絡いったら、うまいとこ呼び出してくんない?」
穂乃果「了解です。花陽ちゃんならお客さんたくさんつきそうですね」
――
花陽「も、もう足が動きません…」ヘロヘロ
凛「かよちん、しっかりするにゃあ」
ことり「花陽ちゃんにはちょっと合わなかったかな?」アハハ
先輩モブ2「なんか別のゲームに変えてみる?」
先輩モブ1「アタシは断然格ゲーだけど」
先輩モブ3「マジで?モブ1がいっつも勝ってつまんないし~」
穂乃果「人数も多いですし、このあたりでグループごとに分けますか?」
先輩モブ3「さんせ~い!アタシはクイズゲーにするわ。穂乃果、行こっ」
穂乃果「はい!」
先輩モブ2「じゃ、アタシはことりと別の音ゲーにするわ」
ことり「先輩、よろしくお願いします!」
先輩モブ1「アタシはどっか適当に乱入しとく」
凛「かよちん、一緒にメダルゲームやろう!」
花陽「う、うん…」
――
凛「かよちんとこうして一緒に遊ぶのも久しぶりだね」
花陽「そうだね。最近、凛ちゃんは先輩たちと一緒のことが多いから…」
凛「みんないい先輩たちばっかりでしょ?」
花陽「私は…ちょっと怖い」
凛「えー?かよちん、見た目で判断するのはよくないよ」
花陽「でも…先輩たち、みんな派手な格好だし…」
――
凛「それはかよちんが大人しすぎるからだよ」
花陽「それに…先輩たちと一緒に遊ぶようになってから、凛ちゃんも変わっちゃった気がするし…」
凛「凛が?凛は何も変わらないよ」
花陽「凛ちゃん、急に髪を染めたり、ピアス開けるようになったよね?制服も着崩してるし、タバコだって…」
凛「だって凛はNýxのメンバーだもん。カッコよくしないと舐められちゃうもんね」
花陽「…」
――
凛「あっ、ボーナス確定!メダルたくさんとれたよ~」ジャラジャラ
花陽「凛ちゃん…あんまりあの先輩たちと関わらない方がいいと思うよ」
凛「…どうして?」
花陽「どうしてって…」
凛「もう、やめてよ!」ドン
花陽「…っ」ビクッ
凛「今日はみんなで楽しく遊ぶために来たんだから…そんな話やめてよ!」
花陽「凛ちゃん…」
――
凛「今日のかよちん、なんかおかしいよ。もしかして、あいつのせい?」
花陽「あいつって…昨日の先輩のこと?」
凛「そうだよ。あいつが来たせいで、かよちんまでおかしくなってるんだ」
花陽「そ、そんなことは…」
凛「もういい!帰ってよ!」
花陽「凛ちゃん…」
凛「かよちんなんか嫌いだよ!凛の気持ちも知らないで…」
花陽「…」
――
先輩モブ3「今日調子よかったね~。穂乃果のおかげでランクアップできたわ」
穂乃果「先輩のお役に立てて光栄です」
先輩モブ2「こっちもちょうど終わったよ」
先輩モブ1「乱入1回しかこなかったわ。あの格ゲー、もう過疎なんかね?」
ことり「あれ、花陽ちゃんは?」
凛「あ、その~門限あるみたいなんで帰らせました。すみません、先輩たちに挨拶させないで」
先輩モブ3「いいよ別に。それより、これからどうする?」
先輩モブ2「腹は減ってるけど、遊び足りない気もすんだよね~」
穂乃果「それじゃあ、カラオケ行っちゃいますか?」
先輩モブ1「いいな、行こうぜ。今からならフリーとれるだろ」
先輩モブ2「アタシ、焼きそば大盛り頼みたい」
先輩モブ3「おまえ金欠なんだろ。ダイエットも兼ねて少し断食しとけよwww」
先輩モブ2「いーのっ!金ならさっきの話がうまくいけば、まとまったのが入るだろ」チラッ
先輩モブ3「あっ、そういやそうだったな」クスッ
凛「?」
――
カラオケルーム
先輩モブ3「おっ、穂乃果ここにきて93点!」
先輩モブ1「やるじゃん、穂乃果」
穂乃果「ありがとうございます!」
先輩モブ2「おっし、そんじゃ次はアタシいくわ」モグモグ
先輩モブ3「おめーはまず焼きそば食い終わってからにしろwww」
先輩モブ1「次はことりの番だな。凛、その次準備しとけよ~」
凛「はい!」
――
凛「(どれにしようかな…)」ピッピッ
凛「(先輩たちに合わせるなら、盛り上げ系がいいよね)」
凛「(あっ、この曲…)」ピッ
凛「(懐かしいな。前はカラオケでよく歌ってたよね)」
凛「(確か、かよちんの好きなアイドルグループの歌…)」
凛「(家族そろって初めて行ったカラオケ。かよちんの歌う声、きれいだったなぁ)」
凛「(かよちん…)」
――
穂乃果「凛ちゃん、次の曲決まった?」
凛「あ、すいません。まだ決めてなくて…」
穂乃果「いいよ、ゆっくり決めて。先輩方、何かドリンクおかわりしますか?」
先輩モブ3「サンキュー穂乃果!アイスティー氷多めでよろしく!」
先輩モブ1「アタシはペプシで」
先輩モブ2「ぐっ、げほっげほっ!喉につっかえた!何でもいいから水!」
穂乃果「すぐに持って来ますね~」
――
凛「(どうしてかよちんのことが頭に浮かぶんだろ…。いいや、別の持ち歌にしよっ)」ピッ
凛「あっ、メールだ。誰からだろ?」ピロン
from かよちん
件名 遅くなりそう?
本文 さっき、凛ちゃんのお母さんからうちに電話があったよ。遅くなりそうなら、連絡を忘れないでね。
凛「(凛はもう子どもじゃないのに…)」
凛「(かよちん、どうしてわかってくれないんだろう…)」
――
夜 繁華街
先輩モブ3「いやぁ、今日は盛り上がったな!」
穂乃果「私も先輩たちみたいにうまく歌いたいですよ~」
先輩モブ1「そういう穂乃果もうまかったじゃん」
穂乃果「いえいえ、私なんか…」
先輩モブ2「ま、アタシの次くらいにはうまいんじゃないのー?」アハハ
先輩モブ3「おめーは焼きそば食ってダミ声でがなりたてただけじゃねーかwww」
先輩モブ2「うっさい!今日は調子悪かっただけだから!」
――
先輩モブ1「そんじゃ今日はここらで解散にするか」
先輩モブ3「これ以上遊んだら、モブ2の財布がカラッポだもんねー」
先輩モブ2「あぁもう、リアル大貧民だよー」
穂乃果「凛ちゃん、今日は楽しめた?」
凛「はい!誘っていただきありがとうございます!」
ことり「またみんなで遊ぼうね~」
――
先輩モブ1「アタシもう眠くなってきたから帰るわ」
先輩モブ2「モブ1気ぃつけろよー。おまえ、爆睡すると昼過ぎまで寝てるし」
先輩モブ3「あんな意味ねー授業に遅刻したところで何も変わらんだろ」
先輩モブ2「ははっ、確かに!そんじゃ帰るとしますか」
穂乃果「先輩方、今日はお疲れ様でした!」
――
ことり「穂乃果ちゃん、これからまっすぐ帰る?」
穂乃果「そうだね、今日はたっぷり遊んだし…。凛ちゃんも帰るよね?」
凛「は、はい。先輩方に予定があればお供しますけど」
穂乃果「んー、別にいいかな。私も早く帰って寝たいや」
ことり「それじゃ、また明日学校でね!」
凛「今日は本当にありがとうございました」ペコリ
穂乃果「じゃ、また明日ね~」
――
コンビニ前
穂乃果「…」カチッ
穂乃果「ふぅ」スパー
穂乃果「キャスマイ、もう少ないなぁ。買い足さなきゃ…」
穂乃果「…」
穂乃果「…終わっちゃった、今日も」
穂乃果「帰りたくないな…」
――
高坂家 リビング
穂乃果「…」ガチャ
穂乃果「…シャワー浴びてもう寝よう」バタン
穂乃果母「穂乃果、帰ってたの?」
穂乃果「…」スタスタ
穂乃果母「夕飯、台所に用意してあるけど…」
穂乃果「いらない」
穂乃果母「そ、そう…」
――
穂乃果「…?」
穂乃果「(厨房の電気点けっぱなしだ)」
穂乃果「(何やってるんだろう。お父さん、こんな時間に仕込み?)」
ソッカ、コッチカラサキニスレバクズレナインダ!
穂乃果「…雪穂?」
――
厨房
雪穂「さっきの工程にもちゃんと意味があるんだね」
穂乃果父「…」コクッ
雪穂「あっ、もうこんな時間!お父さん、遅くまでごめんね」
穂乃果父「…」キニシナイ
雪穂「お父さんの教え方、すごくわかりやすかったよ。さすが和菓子一筋の職人だね!」
穂乃果父「…」ムスメニイワレルトテレル
――
穂乃果の部屋
穂乃果「…はぁ」
穂乃果「そうだよね、雪穂は私と違って手先も器用だし」
穂乃果「頭もいいし、素直だし…。お父さんも教えがいがあるよね」
穂乃果「穂むらの将来の跡継ぎも決定かな」
穂乃果「もう雪穂だけでいいじゃないんかな。お父さんもお母さんもそう思ってるよね」
穂乃果「変わらないよ。私なんかいなくたって」
――
いつからだろう。いつからこんなにも息苦しくなったんだろう。
自分の家に帰ることが。自分の家族と顔を合わせることが。
拒絶。そう、拒絶。
私はこの家から拒絶されている。家族からも拒絶されている。
たとえ言葉に表れなくても、態度に表れなくてもわかる。
この家に張りつめた空気は、私を拒絶している。
――
私にとって、この家は寝に帰るだけの場所。
ネットカフェと同じだ。
刺すような冷たい視線と居心地の悪さを我慢すれば、料金はかからない。
それだけの理由が私をこの家に繋ぎ止めている。
家にいるときの私は、まるで置物。
見栄えもしない、お飾りの人形だ。
私が居場所を求めて街をさまようのに、そう時間はかからなかった。
――
音ノ木坂学院を知ったのは、中学2年生のとき。
学校をサボってゲームセンターにたむろしていた私は、偶然、当時Nýxの番格を張ってた先輩に出会った。
その頃から相当ツッパってた私は、先輩に気に入られた。
先輩とその仲間たちと一緒につるむようになり、学院にも顔を出すようになった。
煙草やアルコールには既に手を出していたし、喧嘩もしょっちゅうだったが、先輩たちと知り合ってからは、それに拍車がかかった。
先輩たちが指揮する窃盗やリンチを手伝って、出所のわからないドラッグも始めた。
世間から見れば、私はとんでもない不良生徒だ。
けれど、私自身にとっては初めての充実した毎日だった。
――
穂乃果、おまえ度胸あるな。
おまえみたいに気の利く後輩がガッコーにもほしいよ。
高校は絶対に音ノ木にしろよ。おまえならすぐ1年の番格張れるから。
とっとと中学卒業しちまえよ。アタシらと一緒に思いっきり騒ごうぜ。
初めてだった。初めて私が誰かに必要とされた。
先輩たちのぶっきらぼうな言葉は、私の心の隙間を埋めてくれた。
こんな私でも、必要とされるんだ。
私は自分の居場所を決めた。
音ノ木坂が私の居場所。Nýxだけが私の居場所。
――
翌日 朝 弓道場
海未「…」スッ
カツッ
海未「…調子が出ませんね。心に迷いが生じているのでしょうか」
海未「今朝はこのあたりで切り上げましょう」
――
弓道場前
先生「園田さん、ちょっといいかしら?」
海未「何か御用ですか、先生」
先生「園田さんは聞いてる?1週間前に弓道場でトラブルがあったことを」
海未「いえ、初耳です。何かありましたか?」
先生「弓道部の新入生の子が怪我をさせられたのよ。高坂さんのグループに」
海未「…」
――
先生「弓道場に入るときにからまれて、数人がかりで殴られたみたいなの」
先生「怪我は打撲で済んだけど、その1年生の子、怖がって登校してこないのよ」
先生「昨日、担任の先生が電話をしたときに、ようやく事情を話してくれたの」
海未「…そうですか。それは気の毒なことです。私の目が行き届かず申し訳ありませんでした」
――
海未「部内のことは私の方が処理します。それでは失礼します」
先生「待って。園田さんに力を貸してほしいの」
海未「どういう意味ですか」
先生「園田さんなら、高坂さんを説得できるでしょう。高坂さんのグループに弓道場のまわりをうろつかないようにお願いできないかしら?」
海未「なぜ私がそんなことをする必要があるのですか。必要なら先生方で注意をすればよいのでは」
先生「それができないからお願いしてるんでしょう?」
海未「できないとは理解に苦しみますね。それに、本来ならその新入生が自発的に登校すれば済む話ではないですか?」
――
先生「でも、新入生の子は傷ついてるのよ。それに、弓道部でも期待されてる子らしいじゃない。顧問の先生からも、なんとか安心して登校できるよう取り計らってほしいって頼まれてるのよ」
海未「結局は学院の利益になるから登校させたいだけのようですね」
先生「そ、そんなことはないわ」
海未「申し訳ありませんが協力はできかねます」
先生「そんな…どうしてなの、園田さん?あなたは成績優秀で、弓道部での実績も十分。生活態度にも文句のつけようがないのに、どうして高坂さんなんかと…」
海未「それはどういう意味ですか!?」ガッ
――
先生「や、やめて!苦しい…」
海未「まるで穂乃果には何の価値もないような物言いですね。いくら先生でも聞き捨てなりませんよ」ググッ
先生「は、離して…息が…」
海未「…っ」パッ
ドサッ
先生「はぁっ、はぁっ…」
海未「そうですね。先生の価値観なら、問題ばかり起こす穂乃果よりも、学院のためになる新入生の方が大事でしょうね」
海未「傷ついてる…?笑わせないでくださいよ」
海未「穂乃果がどれだけ傷ついて心を閉ざしてしまったか…あなたには一生かかってもわかるはずがありませんよ!」
先生「ひぃっ!?」ヘナヘナ
海未「もう一度だけ言います。先ほどのお話には協力できません。それではこれで」スタスタ
――
昼休み 2年生教室
穂乃果「あーっ、やっとお昼だねー。お腹すいたよ~」
海未「穂乃果は空き教室で寝ていただけでしょう?」
穂乃果「だって昨日遅かったから眠いんだもん」ファーア
ことり「穂乃果ちゃん、午前中のノートとっておいたよ!」
穂乃果「ありがとー!ことりちゃん、大好き!」ギュッ
海未「ノートを取ってもらったところで、どうせ試験前の一夜漬けにしか使わないのでしょう」
穂乃果「試験中だってお世話になってるもん!」
海未「世間ではそれをカンニングと言うのですよ」
穂乃果「海未ちゃん、そんな細かいこと気にしちゃだめだよー」
ことり「穂乃果ちゃんのために、先生を脅して試験中は外に出ててもらおっか?」
穂乃果「それいい!ことりちゃん天才!いつも穂乃果のために考えてくれるよね、ありがとう!」
ことり「友だちなら当然だよ!」
穂乃果「えへへー、ことりちゃんに海未ちゃん。いい友だちを持って私は幸せだなー」
海未「(友だち…ですか)」
――
ことり「穂乃果ちゃん、購買までパン買いに行こっか?」
穂乃果「あぁーっ!?どうしよう、ことりちゃん!」
ことり「ど、どうしたの!?」
穂乃果「昨日遊び過ぎてお金ないよー」エーン
ことり「えぇっ、パンを買う分も?」
穂乃果「昨日、帰りにキャスマイ買って使いきっちゃったー」ドヨーン
海未「計画性がありませんね…」
穂乃果「しょうがないなぁ。ちょっとそのへんで借りてくるよ」
――
3階廊下
穂乃果「んー、どこかにちょうどいいカモはいないかな」キョロキョロ
穂乃果「早くしないと生クリーム入りメロンパン売り切れちゃうのに」
穂乃果「あっ、ちょうどいいところに発見!」
穂乃果「一人だけかぁ。えへへ、これは狙い目だね」
――
穂乃果「…」テクテク
ドン
同級生モブ「あっ!す、すいません!」
穂乃果「痛~い!ちょっと、どこ見て歩いてるのかなぁ?」ニヤァ
同級生モブ「ひっ…!?」
穂乃果「もしかして、私だって分かっててぶつかったのかな?」
同級生モブ「そ、そんなことはありません!許してください!」
穂乃果「それじゃ、慰謝料ちょーだい!それで仲直りね」
――
同級生モブ「こ、これでいいですか…?」ビクビク
穂乃果「うんうん、とりあえずこれだけあればいっか。今度からは気を付けるんだよ!」
同級生モブ「は、はい!失礼しました!」タタッ
穂乃果「えへへ、ちょろいもんだね」
穂乃果「これならカスタードパンを追加しても、放課後十分に遊べそうだね」ニシシ
穂乃果「さーて、早くお昼お昼~♪」
絵里「ちょっと待ってもらえる?」
――
穂乃果「うわ~、また出たよ…」
絵里「さっき2年生の子が怯えた表情で走っていったけど…あなた、何か知らない?」
穂乃果「知らないですね~。私、これからお昼なんで失礼します」スタスタ
絵里「待ちなさい。あなた、またカツアゲをしたわね」
穂乃果「えぇ~!?人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
絵里「だったら、その手に持っている1000円札3枚は何なの?」
穂乃果「だから今からお昼って言ったじゃないですか。購買で買い物するのにお金を持ってて何がおかしいんですか~?」
絵里「たかだか購買で買い物をするのに3000円も?それに、こんな場所でもう財布から出してるのも不自然だわ」
――
穂乃果「あぁーっ、もううざったいな!穂乃果に喧嘩売ってるわけ!?」
絵里「喧嘩をする気なんか毛頭ないわ。私は校内で起きたカツアゲを見過ごせないだけ。そのお金を素直に返すなら、それ以上の用はないわ」
穂乃果「上等だよ!誰がおまえなんかに渡すもんか!ほしけりゃ力尽くで取ってみろよ!」
絵里「すぐに喧嘩腰…。あなたたちのグループはみんなそうね」ハァ
穂乃果「ふざけんな!Nýxをバカにするやつは絶対に許さない!」グオッ
パシッ
――
絵里「いい加減、何でも喧嘩で解決しようとするのはやめた方がいいわよ」
穂乃果「ぐぬぅっ!離せ!離せぇええぇぇッ!」
絵里「これでも私は護身術の心得があるわ。あなたがいくら殴りかかってきても、すべて受け止めてみせる」
穂乃果「うるさぁああぁい!黙れ、黙れぇ!」ブンッ
絵里「そんな風に拳を振り回しても疲れるだけよ」スッ
穂乃果「おまえなんかに、おまえなんかにいぃぃぃッ!」ブンッ
――
絵里「どう?少しは落ち着いた?」
穂乃果「はぁっ、はぁっ…」
絵里「そのお金を元の持ち主に返しさえすれば、後は用はないわ」
穂乃果「誰が…誰がおまえなんかにっ…」キッ
絵里「…仕方ないわね。あなたが自主的に返してくれるのを期待してたけど、これは私の方から返しておくわ」スッ
ガシッ
――
絵里「…!?」
海未「…それ以上、穂乃果に近づかないでください」
穂乃果「海未ちゃん!?来てくれたんだね!」
海未「遅いので、心配になって見にきました」
絵里「あなたもそちらさんのお友だち?」
ググッ
絵里「くっ、腕を掴まれただけなのに、振りほどけない…!」
海未「あいにくですが、私も少しばかり武術の心得がありまして」
絵里「謙遜してるわね。相当なものでしょう、これは…」グッ
海未「合気道と古武術は幼少期から…。その他の格技も実戦で使いこなすだけの修業は積んだつもりです」
――
穂乃果「いいよ、海未ちゃん!その生意気な金髪をやっちゃってよ!」
海未「穂乃果、早くそのお金を持っていきなさい。それで満足でしょう?」
穂乃果「そんなんじゃ足りないよ!こいつ、穂乃果のことをバカにしたんだよ!許せないよ!」
海未「しかし…」
穂乃果「海未ちゃんは…穂乃果の友だちでしょう!?」
海未「…!」
――
穂乃果「信じてる。だって、海未ちゃんは穂乃果の一番大切な友だちだから…」
穂乃果「誰にも必要とされてない穂乃果でも、海未ちゃんだけはいつも味方になってくれたよね?」
穂乃果「穂乃果は…海未ちゃんがいないと何もできないよ。だから、お願い…」
海未「穂乃果…」
グキィッ
――
絵里「あぁああぁっ!?」
海未「…分かりました。少しだけですからね、穂乃果」
穂乃果「やったぁ!やっぱり海未ちゃんは穂乃果の最高の友だちだよ!」
ギリィッ
絵里「いっ、痛…うあぁあぁっ!」
海未「関節を外させてもらいます。しばらくすれば治りますよ」
穂乃果「やっちゃえ、やっちゃえ!」
絵里「い、いや…やめ…」
ゴギィッ
――
絵里「きゃああぁぁああぁっ!?痛い、痛いぃいいッ!」ジタバタ
穂乃果「あはははっ!いい気味!さっきの威勢の良さはどーしちゃったわけ!?」
海未「穂乃果を侮辱した罰です。こんなもの、穂乃果の心の痛みに比べれば、軽すぎるくらいです」
絵里「ひぎぃっ…!ううっ…」ズキズキ
穂乃果「あーせいせいした!海未ちゃん、ありがとう!私これからパン買ってくるね!」
海未「(これでいいんです。私は何も間違っていません。いえ、もう間違うことは許されないのです)」
――
絵里「うぐっ…い、痛い…」
絵里「と、止めなきゃ。私が、私がやらないと…」フラフラ
絵里「うっ!」ズデン
絵里「こんなことで諦めるわけには…」
にこ「なにカッコつけてんのよ」
――
絵里「にこ!?」
にこ「そんなカラダであの子たちを追うの?無理に決まってんでしょ」
絵里「で、でも…」
にこ「そんなんじゃマトモに歩けやしないわ。ほらっ、肩貸すわよ」スッ
絵里「あ、ありがとう…」
にこ「だいたいねェ、あんたはカッコつけすぎなのよ。昨日あたしと約束したこともう忘れたわけ?」
絵里「そ、それは…」
にこ「一人じゃ無理だから二人でする。そう決めた矢先に、一人で見回りするんだから。少しは他人に頼るってことを学習しなさいよ!」
絵里「ごめんなさい…」
にこ「まったくもう…それじゃ、動くわよ」ヨット
絵里「ま、待って。あの子たちが行ったのはあっちの方よ」
にこ「まずは保健室に行くのが先でしょーが!この分からず屋!」
――
保健室前
絵里「ううっ、まだ痛むわ…」
にこ「もう少しだから辛抱しなさい。さ、着いたわよ」
絵里「ごめんなさい、迷惑をかけて…」
にこ「謝るのはいいから、早くケガ治しなさいよ」
アーナンカキョウダリーナー
サボットイテダリーワネーダロ
ギャハハハハ
にこ「この声は…」チラッ
にこ「…まずいわね、保健室もやつらに占領されてるわ」
――
真姫「そこで何してるの?」
にこ「怪我人がいるから連れて来たのよ。あいにくこの状況じゃ保健室は使えそうもないけどね」
真姫「怪我人?あっ、あなたは…」
絵里「あら、また会ったわね…」
にこ「何?あんた、この子と知り合いなの?」
絵里「えぇ、ちょっとね。うっ、痛っ…」
真姫「その様子だと、肩を脱臼したみたいね」
――
真姫「…私に考えがあるわ。家庭科室に怪我人を運んで」
にこ「えっ、家庭科室に?」
真姫「いいから早く。私は先に行って準備してくるから」タタッ
にこ「ち、ちょっと…。しょうがないわね、行くわよ絵里」
――
家庭科室
真姫「来たわね。怪我人をそこに座らせて」
にこ「ここ?絵里、座らせるわよ」スッ
真姫「これで痛めた部位を冷やして」
にこ「ビニール袋に入れた氷…なるほどね、だから家庭科室ってわけ」
真姫「冷蔵庫があるのはここぐらいだもの。直だとよくないから、このハンカチで包んでおいて」
にこ「絵里、上着脱がすわよ」
絵里「お願いするわ。うっ!」ズキッ
真姫「ちょっと、丁寧にやってよね。脱臼はヘタに動かすと痛みが悪化するわ」
にこ「や、やってるわよ!」
――
絵里「ありがとう。少し痛みがひいてきた気がするわ」
真姫「後はこの包帯で固定しておけば大丈夫よ」シュルシュル
にこ「その包帯はどこから用意したの?」
真姫「これは私物よ」
にこ「あんた、運動部か何かなの?テーピングとかに持ち歩いてるわけ?」
真姫「別にどうだっていいでしょ」
――
真姫「見た感じだと骨には影響がなさそうだから、そのまま動かさなければ痛みはひくと思うわ」
絵里「ありがとう。助かったわ…」
真姫「…別にお礼を言われるほどのことじゃありませんから」
にこ「それにしても手際がいいわね。こういうの慣れてたりするの?」
真姫「…そうね、慣れてはいるわ。いつものことだし。それじゃ、私はもう行くから」
絵里「待って」
――
真姫「…まだ何か用ですか」
絵里「今、いつものことって言ったわよね。あなた、もしかしてこの間の子たちに日常的に何かされてるんじゃ…」
真姫「またこの間の話ですか?あれは遊びだって何度言ったらわかってもらえるんですか」
絵里「怪我をするようなこともされてるんじゃないの?そうじゃなかったら、包帯なんて持ち歩かないわ」
真姫「やめてください!あなたには関係ない!」タッ
絵里「待って、話を…うっ!」ズキッ
にこ「ちょっと、絵里!まだ動かしちゃだめよ!」
――
放課後 1年生教室
不良モブ1「あ~、やっと授業終わった~」
不良モブ2「おまえ、午前中からケータイいじってただけじゃん」
不良モブ1「あんなかったるい授業、聞いてるだけで感謝してもらわないと困るわ~」
不良モブ3「だよね~、あんなもん聞く価値ないよ」
不良モブ2「聞いてるだけで肩こってくるしな~」
不良モブ1「そんじゃ、いつものやっちゃいますか!」
不良モブ2「やろやろっ!」
――
不良モブ1「西木野さ~ん!」
不良モブ2「授業も終わったし、遊びに行こうよ~」
真姫「…わかったわ。今行くから」
不良モブ3「そうこなくっちゃ!」
不良モブ1「今日もたっぷり楽しませてもらうから」ボソッ
真姫「…」
――
空き教室
不良モブ1「そーれっ、ミドルー!」ブンッ
ボゴッ
真姫「ぐぅっ…!」
不良モブ2「アタシは後ろから~」
ガッ
真姫「くっ…」
不良モブ3「もういっぱ~つ!」シュッ
ズン
真姫「ぐぇっ!げほっ、げほっ」
――
不良モブ1「やっぱ授業で疲れた後はカラダを動かすのにかぎるよね~」
不良モブ2「そうそう。リフレッシュ、リフレッシュ!」
不良モブ3「ボクササイズってダイエットにいいって言うもんね」
不良モブ2「あれ、でもキックしてもボクササイズになるの?」
不良モブ1「そういや、どうなんだろ?まっ、いいんじゃない楽しければ!」
――
不良モブ2「西木野さんって本当にサンドバッグがお似合いだよね~」
不良モブ3「そうそう!殴りやすくてちょうどいいんだよね」
不良モブ1「将来はボクシングジムに就職決定だね」アハハハ
不良モブ2「それより、通販で売れば流行るんじゃない?一家に一台、真姫ちゃんサンドバッグって」
不良モブ3「なにそれ、ウケるし!」
真姫「はぁ、はぁ…」
――
不良モブ1「あ~、いい汗かいたっと」
不良モブ2「運動したらおなか空かない?」
不良モブ3「どっかに食べに行こっか」
不良モブ1「ダイエットの意味ないしwww」
不良モブ2「いーじゃん別に~。あんまりスリムすぎてもだめっしょ」
不良モブ3「ゲーセン横のたこ焼き屋に食べにいかない?」
不良モブ2「それいいわ~」
――
不良モブ3「とゆーわけだからさ。西木野さん、お金出して!」
真姫「ま、またなの?今月はもうお小遣いが…」
不良モブ2「ウソだー。西木野さんのうち、ブルジョアなんでしょ」
不良モブ1「適当なこと言ってると、またアレやっちゃうよ?」
真姫「ひっ!?や、やだ。やめてェ!」
――
彼女たちの言う「アレ」が何なのか、候補が多すぎて判断がつかない。
けど、それが何であっても、ただでは済まないのは確かだ。
今までにされてきたことを思い出すだけでも震えが止まらない。
爪の間に画鋲を刺されるのか。煙草の火を押し付けられるのか。
いつだったか、リストカットの練習だと言われて、腕をカッターナイフで切り付けられたこともある。
彼女たちは粗暴だが、それでいて周到だ。
外からは見えないところだけ、執拗に責めてくる。
私がいじめを受けているなんて、あの生徒会長くらいしか気づいていないはずだ。
おなか、両腕、背中。スクールソックスに隠れる足首。
バスルームで見る私のカラダは文字通りの傷だらけだ。
――
真姫「ほ、本当に今はこれしか持ってないの」スッ
不良モブ2「どれどれー」ヒョイッ
不良モブ3「なーんだ、万札1枚あるじゃん」
不良モブ1「1万も持ってて、これしか持ってないの~、だってさ。アタシも一度でいいからそんなセリフ言ってみたいわ~」
不良モブ2「セレブなお嬢様はアタシら庶民とは格が違うよね」
不良モブ3「西木野さんって、ほーんと上から目線だよね」
真姫「そ、そんなつもりは…」
不良モブ1「うるせーよ!」
バシッ
真姫「あうっ…」
――
不良モブ1「ま、とりあえずこんだけあればいっか」
不良モブ3「早く行こっ。もうおなか空いてきたわー」
不良モブ2「西木野さん、どうもありがとねー」
不良モブ1「アタシたちに出せるように、財布の中はいつでも多めにしといてね~」キャハハハ
真姫「…」
――
終わった。今日も解放された。
だけど、明日にはまた、同じような仕打ちが待っている。
この地獄のような日々はいつまで続くのだろう。
憎悪。嘲笑。侮蔑。暴力と共に私に襲いかかる負の感情。
カラダだけじゃない。とっくにココロが壊れてしまった。
今の私は彼女たちの奴隷。弄ばれ続ける、使い捨ての玩具。
――
ふざけながらも、彼女たちの暴力は本気だ。
ブレザーを脱ぎ、シャツをまくってみる。
腹部には醜い紫色の痣ができていた。恐らく背中にもできているはずだ。
息が止まるほど激しく殴られたため、痣にはなったと感じたが、予想以上にひどい。
私はいつものように、傍に投げ捨てられた鞄から救急セットを取り出す。
ひとまず湿布を貼っておくことにする。
――
救急セットを持ち歩く理由は、昼休みに生徒会長に言われたとおりだ。
こう毎日のように暴力にさらされていると、応急処置なしでは授業を受けることすら厳しい。
保健室が不良グループのたむろ場所になっていて使えないことも早くから知っていた。
最近だと、応急処置だけではままならないときもある。
この間もプロレス技の練習という名目で、関節をおかしくされた。
今日の生徒会長の怪我どころではない。
あの時は一日置いても痛みがひかず、たまらずに専門医の診察を受けた。
通う診療所や病院は定期的に変えている。
持病があるわけでもないのに、頻繁に怪我を理由に通院するのは不自然だからだ。
傍から見れば、これほど莫迦げたこともないだろう。
実家が病院なのに、よその医療機関を転々としているのだから。
――
真姫「…とりあえず、最低限の処置は済んだわ」
真姫「痣が残っちゃうかもしれないけど」
真姫「まだ遅くないし…音楽室に寄っていこうかしら」
――
音楽室は不良グループの溜まり場になっていない数少ない場所だ。
他の教室に比べて少し狭いこと、4階の隅にあって遠いことがその理由かもしれない。
私にとって、音楽室は校内で唯一の聖域。
いつものように、ピアノの前に腰掛ける。
鍵盤に指を伸ばし、静かに音色を奏でていく。
静寂が支配する音楽室に、ゆっくりと旋律が舞い始める。
この瞬間。そう、この瞬間だけ、私は地獄のような日々を忘れることができる。
――
ピアノなら、家にも立派なものがある。
けれど、私は音楽室で弾くピアノに特別な思い入れがあった。
小学校や中学校では、ピアノを弾ける生徒が合唱時に演奏するのはよくあることだ。
幼いころからピアノを続けてきた私も、その役割を担ってきた。
真姫ちゃんの弾くピアノ、とってもきれいな音だね。
今年の合唱コンクールで優勝できたの、西木野さんの演奏のおかげだよ。
今日の放課後も、音楽室で真姫のピアノ聴かせてよ。
友人たちにかけてもらった言葉がふと頭をよぎる。
彼女たちは、今どこで何をしているのだろう。
あの頃は良かった。毎日が笑顔で過ごせた。
音ノ木坂に入学してから、私はもう笑うこともなくなった。感情がなくなってしまったかのように。
いや、感情がなくなったと思い込むことで、やっと一日一日を過ごしてきたのかもしれない。
二度とは戻れない、遠い日の記憶が頭をちらつく。
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
ピアノが奏でる音も、私の心の中を映し出すかのように、哀しげに音楽室に響いていた。
――
生徒会室
希「聞いたで、えりち。あの子らに怪我させられたって…」
絵里「えぇ、でも応急処置はしたから大丈夫よ」
希「ほんま無理せんといてや…。この間、約束したばかりやろ?」
絵里「ごめんなさい。希に心配かけちゃったわね」
希「謝る必要はないけど…。ところでそちらさんは?」
にこ「あたしのこと?」
絵里「私のパートナーよ」
希「パートナー?」
絵里「放課後の見回りを手伝ってくれてるの」
にこ「矢澤にこよ。よろしく」
希「えりちに協力してくれるん?ほんまおおきに。うちは東條希や」
絵里「にこがいてくれたおかげで今日も助かったわ」
にこ「あんたが無理するからでしょーが。次に無茶なことしたら承知しないわよ」
絵里「わかったわ。にこや希に心配をかけていられないもの」
――
にこ「今日だって、あの子が手当てしてくれなかったら痛みが長引いてたかもしれないわよ」
希「えりち、誰かに手当てしたもろたん?」
絵里「えぇ。手際よくやってもらったおかげで助かったわ」
にこ「ところで、あんたとあの子はどういう関係なの?見たところ、下級生よね」
絵里「Nýxのメンバーからいじめの対象にされてるのよ」
にこ「いじめとか陰湿ね。聞くだけで気分が萎えるわ」
希「何とかしてあげられないん?」
絵里「難しいわね。当の本人がいじめに遭ってることを頑なに否定してるのよ」
にこ「いじめられてるのを認めない?どういうこと?」
絵里「たぶん、告げ口するなって脅されているんだと思うわ」
希「気の毒な話やな…」
――
絵里「そろそろ見回りの時間ね。希、後は頼むわ」
希「待ってえりち。怪我したばかりでやるなんて無茶や」
絵里「もう大丈夫よ。こうしている間にも何か問題が起きてるかもしれないわ」
にこ「…あんたって本当に融通が利かないのね」ハァ
絵里「いいでしょう、にこ?二人でなら」
にこ「…ったく、しょーがないわねー。その代わり、単独行動禁止よ。わかった!?」
絵里「わかってるわ」
――
希「ほんまにやるん?」
絵里「誰かがやるしかないのよ。誰も動かなければ、何も変わらないわ」
にこ「それじゃ、ぼちぼち行くわよ」
絵里「そうね」
希「…ごめんな、えりち」
絵里「どうしたの、希?」
希「うちも…うちも勇気があれば、えりちや矢澤さんみたいにできるのに。何も協力できなくて、ごめん…」
絵里「希のその気持ちだけで十分よ。希がいてくれるから私は頑張れるの。それだけで、十分に協力してもらっているわ」
希「…ありがとう、えりち」
――
音楽室
真姫「今日はもう帰ろうかしら」
真姫「天気もよくないし…。雨でも降られたら大変だわ」
真姫「そうだったわ、帰りにクリーニング店に寄らないと」
真姫「先払いでよかった。今はお金もないし…」
真姫「…帰りましょう」
――
つい先日も彼女たちにチョークの粉まみれにされたせいで、制服はクリーニングに出していた。
袖が破けたり、襟が曲がってしまうこともしょっちゅうだ。
私にとって、頭を悩ませる問題だ。
乱れた制服のまま帰れば、家族を心配させてしまう。
始めのうちは、ジャージに着替えて帰ることで、何とかごまかしていた。ママに聞かれたときは、運動不足だから放課後にランニングをしている、と適当に理由をつけておいた。
今では貯金をくずして買った予備の制服を使ってうまく着まわしている。これならクリーニングに出すこともできるからだ。
――
夕方 西木野家 リビング
真姫「ただいま」ガチャ
真姫母「おかえりなさい、真姫。今日は遅かったわね」
真姫「友だちと遊んできたから…」
真姫母「あら、だったら今度うちに呼んであげて。おいしいケーキを用意しておくわ」
真姫「そのうちね。そうだ、ママにお願いがあるんだけど…」
真姫母「何かしら?」
真姫「少し遊びすぎてお金が足りなくて…」
真姫母「なんだ、そんなことね。そういうことは早く言って。必要なときにないと困るわよ。はい」スッ
真姫「ありがとう、ママ」
――
真姫母「そうそう、真姫がこの間読んでた雑誌に載ってたオーディオだけどね。買うことに決めたわ」
真姫「えっ?でも、あれってけっこう高かったけど…」
真姫母「まぁ少しは高いかもしれないけど、パパが張り切っちゃってね」
真姫「パパが…」
真姫母「真姫の喜ぶ顔が見たいって。真姫のことになると、パパはいっつもこうなのよね」クスッ
真姫「そうなんだ…。帰って来たら、パパにお礼を言っておかないとね」
真姫母「だめだめ。驚かせたいから真姫には内緒にしてくれってパパに頼まれてるのよ。お礼はプレゼントされてからにしてあげて」
真姫「ママ、しゃべっちゃってよかったの?」
――
真姫母「本当はサプライズにしたかったんだけど、真姫に少しでも元気になってほしくて」
真姫「私に?私はいつでも元気よ」
真姫母「そう?それならいいけど…。真姫、最近は疲れてるように見えるから。帰ってきても、前みたいにしゃべらなくなったでしょう」
真姫「まだ高校生活に慣れてないだけよ。課題も多いし」
真姫母「無理はしないでね。真姫はいつも一生懸命すぎるところがあるから」
真姫「心配してくれてありがとう、ママ。でも、私は大丈夫よ」
――
夜 真姫の部屋
真姫「はぁ…」
真姫「またママに心配かけちゃった…」
真姫「…」
――
本当はわかっている。
私はいじめられている。毎日が惨めでつらく、哀しい。
できることなら、どこかに逃げ出してしまいたい。
涙を堪えずに泣いてしまいたい。
誰でもいい。助けてほしい。
――
それでも…それでも私のプライドが邪魔をする。
誰かに助けを求めること、それは私が無力であることを告白するようなものだ。
誰かに頼ることは昔から苦手だった。その分、自分で解決できるよう努力してきた。
それが突然に崩れた。
どれだけあがいても、いじめの前で私は無力だった。
悔しかった。自分の力ではどうにもならないこともあると思い知らされた。
私に残された途は、現実から逃れることだった。
自分はいじめられてなんかいない。惨めな思いなんかしていない。
そのせいで、せっかく差し伸べられた手も振りほどいてしまった。
その選択が愚かなのは自分でもわかっている。
あの時、正直に自分の弱さに向き合っていれば、何かが変わったのかもしれない。
今となっては遅すぎるけれど。
――
ことりの部屋
ことり「あっ、電話だ。穂乃果ちゃんかな?」
ことり「なーんだ、穂乃果ちゃんじゃなかったね」ピッ
ことり「もしもし、何か新しいことはわかった?」
ことり「へぇ…。なるほどね、そんなことがあったんだ」
ことり「早いうちに手を打っておかないとね。ありがと、また何かあれば連絡してね」ピッ
ことり「海未ちゃんにばっかりいいところをとられていられないもんね。穂乃果ちゃんの一番の親友は私だもん。待っててね、穂乃果ちゃん!」
――
翌日 放課後 生徒会室
にこ「さてと、今日も見回りに行くわよ」
絵里「待って。今日はその前に用事があるわ。理事長室に寄らないといけないの」
にこ「生徒会関係の仕事?」
絵里「わからないわ。にこ、あなたも呼ばれてるのよ」
にこ「へっ?あたしも?」
絵里「そうなの。昼休みのうちに先生から言われて…」
にこ「あたし何かやったかしら?とにかく、よくわかんないけどさっさと済ませちゃいましょ」
――
理事長室
コンコン
理事長「どうぞ」
絵里「失礼します」ガチャ
理事長「絢瀬さんに矢澤さんね。忙しいところを呼び出してしまって悪いわね」
絵里「いえ、それは構いませんが…。お話というのは?」
理事長「絢瀬さん、それに矢澤さん。あなたたち、放課後に校内を見回っているそうね」
――
絵里「はい。私たちにできることはないかと思いまして…」
理事長「立派な心がけね。でも、それは本来なら先生たちの仕事よ。学院のことは先生たちに任せて、あなたたちは自分自身のために時間を過ごした方がいいわ」
絵里「ですが…」
理事長「あなたが他の生徒とトラブルを起こして怪我をしたとも聞きました。今後もこのようなことが続くようでは、学校の方としても見過ごすわけにはいかないの」
絵里「き、急にそんなことを言われましても…」
理事長「生徒であるあなたたちに危険なことはさせられません。これからは見回りも控えてもらえないかしら」
――
絵里「しかし、こうしている間にも不良グループの被害に遭っている生徒がいます!私たちとしても見過ごすわけには…」
にこ「…わかりました。今後は控えるようにします」
絵里「ち、ちょっと!にこ、どうしてそんなことを…」
にこ「いいから。ここで言い合っても時間の無駄よ」ボソッ
理事長「わかってくれたかしら?それならこの話はもう終わりね。後は戻ってもらって結構よ」
――
廊下
絵里「にこ、さっきは何であんなことを…」
にこ「あの場では従っておくのが手っ取り早いわ。どうせ学校の側で動くことはないもの。後はあたしたちで勝手にやれば問題ないわ」
絵里「そう…」
にこ「あんたはね、もう少し臨機応変にやりなさいよ。真面目一本だと色々不便よ?」
絵里「…努力はするわ」
――
絵里「それにしても、なぜ今になって私たちの活動を止めようとしたのかしら?」
にこ「まぁ、大方の予想はついてるけどね」
絵里「何なの、それは?」
にこ「ほら、あれ見てみなさいよ」
絵里「?」
――
ことり「お母さ~ん」トテトテ
理事長「…南さん。学校では理事長でしょう?」
ことり「えへへ、ごめんねお母さん」
理事長「しょうがないわね、ことりは…。そうそう、絢瀬さんたちに放課後の見回りをやめるように勧告しておいたわよ」
ことり「やったぁ!ありがとう、お母さん!」チュンッ
理事長「ことりの頼みなら、聞かないわけにはいかないものね」
ことり「これで誰も穂乃果ちゃんを邪魔できないよ!そうだ、今日は穂乃果ちゃんたちとごはん食べに行くから、帰りは遅くなるからね」
理事長「わかったわ。楽しんできなさい」
――
にこ「ねっ、わかったでしょ?」
絵里「あの子は確か…理事長の娘さんの南ことりさん?」
にこ「そういうこと。娘かわいさの職権濫用ね。まったく、親バカってのはどこも変わらないわ」
絵里「南さんって、Nýxの2年生リーダーの高坂穂乃果さんと仲がいいのよね?」
にこ「どうりで学校側がやつらを野放しにしてるわけだわ」
絵里「これは少し厄介ね…」
にこ「ま、あたしたちはいつもどおりにしてれば大丈夫よ」
絵里「そうね。こんなことで立ち止まるわけにはいかないわ」
――
にこ「けど、せっかく理事長から直々に警告がきたことだし、今日はあえて見回りはナシにしてみない?」
絵里「えっ、でもそれじゃ…」
にこ「一日くらいは従ったフリをした方が向こうも油断するはずよ。あからさまに無視したんじゃ、あの南とかいう2年生がまた動くわよ」
絵里「それもそうね…」
にこ「それに、あんたまだ本調子じゃないでしょ?今日くらいゆっくり休みなさいよ」
絵里「私に休んでる暇はないわ」
にこ「あのねぇ、あんたが倒れでもしたら、この先誰が音ノ木坂のために動くのよ?」
絵里「そ、それは…」
にこ「これも何かの巡り合わせよ。休めっていう神様からのサインなのよ」
絵里「…ありがとう。確かに、ここ最近はろくに休めてなかったわ」
――
にこ「それじゃ決まりね。今日くらい早く帰って休むべきよ」
絵里「そうさせてもらうわ」
にこ「あたしもここしばらく帰りが遅くなってたし…。今日は早く帰って妹たちの相手をするわ」
絵里「妹さんがいるの?」
にこ「えぇ、妹2人に弟が1人。これでも姉として面倒はみてるつもりよ」
絵里「私にも妹がいるわ」
にこ「へぇ、意外ね。あんたって一人っ子かと思ってたわ」
絵里「そんな風に見える?」
にこ「ま、なんとなくね。あんたの妹さんは歳が近いの?」
――
絵里「私の妹、来年から高校生なんだけど…音ノ木坂に入学したいって言ってるのよ」
にこ「あらあら、Nýxにでもあこがれてるの?」
絵里「そんなんじゃないわ」
にこ「冗談よ。でも、なかなかオススメはできないんじゃない?」
絵里「そうなの。私としても音ノ木坂はやめるように言ってるんだけど、なんだかやりきれないわ」
にこ「自分の出身校を勧められないってのはちょっとねぇ。まして、妹に対してでしょう?」
絵里「私が音ノ木坂を変えたい理由の一つがそれなのよ。音ノ木坂を誰もが入学したがるような、胸を張って誇れるような学校に変えたいの」
にこ「志が高いわね。ま、そのためにも今日はゆっくり休みましょう」
絵里「えぇ、そうするわ」
――
廊下
ことり「あの生徒会長がおとなしくなれば、もう穂乃果ちゃんにちょっかい出すひとはいないよね」
ことり「穂乃果ちゃん、喜んでくれるかなぁ」
ことり「きっと喜んでくれるよね。だって、穂乃果ちゃんの一番の親友は私だもん!」
ことり「あっ、噂をすれば穂乃果ちゃん!」
ことり「穂乃果ちゃーん!」
ことり「あっ…」
――
穂乃果「海未ちゃーん!」ダキッ
海未「穂乃果、苦しいから離れてください」
穂乃果「やだー」ブンブン
海未「わがまま言わないでください」
穂乃果「それじゃ、手をつないでくれたら離れてもいいよ!」
海未「はぁ…仕方ないですね」
穂乃果「えへへ、海未ちゃん大好き!」ギュッ
――
穂乃果「こうしてると、恋人みたいだね」
海未「恋人とは男女の関係のことを言うのです」
穂乃果「海未ちゃんだと、ボディーガードの方がぴったりかな?」
海未「それは褒めているのですか?」
穂乃果「海未ちゃんがいれば、あの金髪女が来てもへっちゃらだね!」
海未「そういえば今日は見かけませんね」
穂乃果「きっと海未ちゃんが怖くて尻尾を巻いて逃げ出したんだよ!」
海未「それではまるで私がモンスターか何かのようですが」
――
穂乃果「ねぇ、海未ちゃん」
海未「何ですか、穂乃果」
穂乃果「ずっと、穂乃果のそばにいてくれる?」
海未「…どうしたのです、急に改まって」
穂乃果「私ね、わかったんだ。海未ちゃんだけ、海未ちゃんだけが私のことを認めてくれる。私のことを大事にしてくれるって…」
海未「…」
穂乃果「海未ちゃんは、穂乃果の一番大切な友だちだから…」
海未「えぇ、私も穂乃果が一番大切な親友です」
穂乃果「信じていいよね?海未ちゃんなら、どんな時でも穂乃果の味方でいてくれるよね?」
海未「えぇ、私はいつだって穂乃果の味方です。これからも、ずっとです…」
穂乃果「海未ちゃん…」ギュッ
――
ことり「…そうだよね、穂乃果ちゃんにとって一番大切なのは海未ちゃんだよね」
ことり「わかってる。わかってるつもりだよ、それくらい」
ことり「私じゃダメなんだよね。穂乃果ちゃんを護れるのは、海未ちゃんだけだから…」
ことり「私なんか…」
――
初めて会ったあの日から、ずっと穂乃果ちゃんのことが好きだった。
引っ込み思案で誰とも仲良くなれなかった私を、お日様みたいな眩しい笑顔で仲間に入れてくれた穂乃果ちゃん。
小学校のとき、クラスが別々になっても、休み時間のたびに会いに来てくれた穂乃果ちゃん。
私をからかった男の子を、ゲンコツして謝らせてくれた穂乃果ちゃん。
放課後はいつも遅くなるまで遊んでくれた穂乃果ちゃん。
ことりちゃんは私の大切な友だちだよって言ってくれた穂乃果ちゃん。
――
穂乃果ちゃんの何もかにもが好きだった。
穂乃果ちゃんの隣にいたい。離れずにずっとそばにいたい。
穂乃果ちゃんのためになら、なんでもしてあげたい。
気が付くと、私は穂乃果ちゃんと一緒に音ノ木坂学院に通っていた。
音ノ木坂はお母さんが理事長をしてるけど、特に入りたい学校ってわけでもなかった。
元々は、デザインを学べる美術系の学校がよかったんだけど。
でも、穂乃果ちゃんが音ノ木坂にいきたいって言ってからは、そんなことはどうでもよかった。
私はただ、穂乃果ちゃんのそばにいたい。
穂乃果ちゃんと離れたくない。
離れるなんて、ありえない。考えたくない。
ずっと。これからもずっと一緒だよ、穂乃果ちゃん…。
――
ことり「…そうだよね。足りないよね、これだけじゃ」
ことり「生徒会長の件は、ほとんど海未ちゃんが解決しちゃったし…」
ことり「穂乃果ちゃんに喜んでもらうためには、もっと別のことをしないと…」
ことり「もっと…足りない…まだまだ、足りない…」
――
夕方 絢瀬家 リビング
絵里「ただいま」
亜里沙「あれっ、お姉ちゃん今日は早いね」
絵里「たまには早く帰ってこようと思ってね。夕飯の支度中かしら?」
亜里沙「うん。お姉ちゃんが帰ってきたなら、全員分まとめて作っちゃうね」
絵里「それなら私も手伝うわ」
亜里沙「いいの?せっかく早く帰ってこれたんだから、ゆっくりしてればいいのに」
絵里「いいのよ。いつも私だけ遅くて食卓を囲えないから、せめてものおわびよ」
亜里沙「それじゃ、手伝ってもらってもいい?お姉ちゃんと一緒なら早く準備できそうだし」
――
絵里「亜里沙、この間のことなんだけど…」
亜里沙「何だっけ?」
絵里「ほら、亜里沙が音ノ木坂にいきたいって話したとき」
亜里沙「あぁ、あのときのことね。あれならもう諦めがついたからいいよ」
絵里「もう少しだけ待っててもらえないかしら」
亜里沙「どういうこと?」
絵里「願書の締め切りは、まだまだ先でしょ。それまでに…亜里沙に心から勧められる学校にするから」
亜里沙「お姉ちゃん。気持ちは嬉しいけど、でもどうやって…」
絵里「少しずつ、少しずつだけど状況は変わってきている気がするの」
絵里「今の私は一人じゃないし」
絵里「諦めなければ、何かを変えられる。そんな気がするの」
絵里「亜里沙のためだけじゃないわ。これは私自身のためでもあるの」
亜里沙「お姉ちゃん…」
――
夜 ことりの部屋
ことり「何か、何かないかな…」
ことり「穂乃果ちゃんに喜んでもらえて…」
ことり「海未ちゃんにはできない、私にしかできないことが…」
ことり「このままじゃだめなのに…」ピリリ
ことり「…電話?」
ことり「もしもし。はい、南ですけど」
ことり「…そうですか!頼んでおいたもの、できたんですね!」
ことり「わかりました。明日、受け取りに行きます!はい、どうもありがとうございます」ピッ
ことり「…すっかり忘れてたよ。そうだね、私にはこれがあったよね」
ことり「海未ちゃんにはできない、私にしかできないことが…」
――
翌日 朝 2年生教室
穂乃果「海未ちゃんおはよ~」フアァ
海未「穂乃果、あくびをしながら挨拶をしてはみっともないですよ」
穂乃果「昨日、先輩のアパートでお酒飲みすぎちゃって」
海未「…止めはしませんが、ほどほどにしておいてくださいよ」
穂乃果「もう眠くてしょうがないよ~。ちょっと保健室のベッドで寝てくるね」ヨイショ
海未「しっかりしてくださいね」ハァ
――
穂乃果「ん?あれ、ことりちゃんからメールだぁ」ピロリン
海未「そういえば、今日はことりの姿を見ていませんね」
穂乃果「え~と、何なに…。用事があるから午前中は学校をお休みします。放課後に先輩たちや後輩のメンバーの子をいつもの空き教室に呼んでおいてください、だって」
海未「何かパーティでも始める気ですか?」
穂乃果「う~ん、今日は特に何もないはずなんだけど…。ま、いっか。放課後になればわかるよね」
海未「穂乃果、ちゃんと連絡は忘れずにしておくのですよ」
穂乃果「わかってるってば。ちょっと一眠りした後にね」
海未「だめです。そのまま寝過ごして放課後になっているのがオチです。この場でメールしてしまいなさい」
穂乃果「もう~、わかったよ…。海未ちゃんも来る?」カチカチ
海未「いえ、遠慮しておきます。私はあくまで穂乃果に付き添っているだけでメンバーではありませんから」
――
放課後 1年生教室
花陽「凛ちゃん、今日は久しぶりに私のうちに寄っていかない?」
凛「ごめん、かよちん。今日はNýxの全体集会があるんだ」
花陽「そ、そうなんだ…」
凛「朝に突然、高坂先輩からメールがまわってきてね。凛、全体集会は初めてだからワクワクするよ!」
不良モブ2「おーい、凛。早く行こうよ」
不良モブ3「先輩たち待たすわけにはいかないからさー」
凛「そういうわけだから、かよちん、また今度ね!待っててー、今行くからー!」タタッ
花陽「凛ちゃん…」
――
不良モブ1「そういうわけでさ、アタシたち今日は集会だから。西木野さんとは遊んであげられないんだー。ごめんね?」アハハ
真姫「そう…」
不良モブ1「なに?アタシたちがいなくてほっとしてるってわけ?」
真姫「そ、そんなことはないわ」
不良モブ1「ふん。明日からまたいつもどおりにかわいがってやるからね」
真姫「…」
不良モブ2「おいモブ1、早くしろって。高坂先輩たち怒らせるとこえーぞ!」
不良モブ1「わーかってるってー!」タタッ
真姫「…今日は何もされずに済みそうね。音楽室に寄っていこうかしら」
――
空き教室
穂乃果「ふわぁ~あ、よく寝たっと。確か放課後はいつもの空き教室だっけ」ガラッ
ことり「穂乃果ちゃん、ようこそ!」
穂乃果「あっ、ことりちゃんもう来てたんだ。午前中はどうしたの?」
ことり「えへへ、ちょっとね」
先輩モブ2「なんだよ、ことり。メンバー全員そろえて大事な話って?」
先輩モブ3「アタシ、昨日穂乃果と飲みすぎて頭ガンガンすっから手短にしてくれよー」ズキズキ
先輩モブ1「おまえ、いくらなんでも飲みすぎだったろ。ウィスキー、ボトル1本空けてたじゃん」
穂乃果「先輩方、お疲れ様です!」
――
ことり「先輩方、急に集まっていただいて申し訳ありません。今日はNýx全体でどうしてもお知らせしたいことがありまして…」
穂乃果「ことりちゃん、いったい何なの?もしかしてサプライズ!?」ワクワク
先輩モブ2「何かプレゼントでもくれるってのかい?」
ことり「はい!これをみなさんに受け取ってほしいんです!」スッ
穂乃果「これって…ジャケット?」
先輩モブ3「すげぇっ!Nýxのロゴが背中に入ってるじゃん!」
先輩モブ1「おっ、腕には音ノ木の校章とスペルがあるわ」
先輩モブ2「何コレ!?超クールなんだけど!」
――
穂乃果「もしかして、ことりちゃん。これ自分でデザインしたの!?」
ことり「えへへ。穂乃果ちゃん、気にいってもらえたかなぁ?」
穂乃果「すごいよ、ことりちゃん!こんなことできるのことりちゃんしかいないよ!」
ことり「ありがとう、穂乃果ちゃん!」
凛「南先輩、デザインを自分でできるんですか!?」
不良モブ1「スッゲー!まぢパないっス!」
舎弟モブ1「アタシらもほしいです!」
ことり「もちろん、全員分用意してきました♪」
先輩モブ3「ちょ、早く着させて!」
先輩モブ2「あ、こらてめー!抜け駆けすんなし!」
――
不良モブ3「うっひょ~!これならどっから見てもマジモンの不良っしょ!」
舎弟モブ2「黒の生地に銀の刺繍なんてワイルドっス!」
穂乃果「凛ちゃんも似合ってるよ!イカしてるね~!」
凛「ありがとうございます!」
先輩モブ1「こりゃ相当見栄えいいぜ。よっし、今日はこのまま街に繰り出すか!」
不良モブ2「いいですね!ここいらがNýxのシマだってアピってやりましょうよ!」
先輩モブ3「これ本当に才能だよなァ。ことり、おまえってすごいわ」
ことり「ありがとうございます」
穂乃果「ことりちゃん特製ジャケットで気合いがたまってきたよ!」ゴゴゴゴ
ことり「穂乃果ちゃん、気にいってもらえて嬉しいよ!」
――
4階廊下
絵里「昨日休んだ分はしっかり取り返さないとね」
にこ「あんたは本当に真面目ね。昨日もちゃんと休んだの?」
絵里「えぇ、私なりにリラックスできたと思うわ」
にこ「ま、それならいいけど」
絵里「待って。何か聴こえない?」
にこ「そういやそうね。これって、ピアノの音?」
絵里「音楽室からのようね。授業はとっくに終わってるはずだけど」
にこ「部活で使ってるんじゃないの?」
絵里「吹奏楽部は人数が減って廃部になったはずよ」
にこ「それじゃあ、あれかしら。誰もいないのに鍵盤が…」
絵里「や、やめてよ!」
――
にこ「あははっ、あんたってこういうのに弱いのね」
絵里「怪談話は好かないわ…」
にこ「てゆーか、こんな明るいうちに幽霊は出ないでしょ」ツカツカ
絵里「そ、それはそうかもしれないけど…」
にこ「ほらっ、中で誰か弾いてるわよ。あらっ、あの子は…」
絵里「どうしたの?」
にこ「この間、あんたの手当てをしてくれた子じゃない」
絵里「えっ、本当に?」
――
にこ「今日は連中と一緒じゃないみたいね」
絵里「何か聞き出せないかしら?」
にこ「そう強引にやってもだめよ。あんた、一回失敗してるんでしょ?」
絵里「それはそうだけど…。あの子のことを放っておくわけにもいかないわ」
にこ「ここはあたしに任せておきなさいよ」
絵里「私は?」
にこ「あんたがいると話しづらいと思うから、今回は遠慮してもらうわ。生徒会室でお茶でも飲んでなさい」
絵里「…わかったわ。にこ、お願いするわね」
にこ「それと、くれぐれも単独行動はやめなさいよ」
絵里「約束するわ」
にこ「それじゃ、ミッションスタートね。うまくいったら後で報告するわ」
絵里「頼んだわよ。私は生徒会室で待機しているわ。何かあったらすぐ連絡をよこしてね」
にこ「了解、りょーかい」
――
音楽室
真姫「久しぶりに時間を気にせずにピアノが弾けるわね」
真姫「いつもこうだったらいいんだけど…」
真姫「まぁ、考えても仕方がないことよね」
真姫「他のことは忘れて、今はピアノを弾くことだけに集中しましょう」
――
真姫「あの子たちに捕まらなければ、放課後ってこんなに時間があったのね」
真姫「少し休憩しようかしら」
パチパチパチ
真姫「だ、誰っ!?」ビクッ
にこ「驚かせてごめんなさい。あんまりきれいな音色だったから、つい拍手を送らせてもらったわ」
真姫「あなたはこの間の…」
――
にこ「扉越しに聴くのもなんだから、入ってもいい?」ガラッ
真姫「言いながらもう入ってるじゃない…」
にこ「まぁまぁ。細かいことを気にしすぎるとお肌にもよくないわよ」
真姫「何よそれ、イミワカンナイ」
にこ「とりあえずこのへんに座るわね」ヨッコラセ
真姫「いったい何の用?あの生徒会長の差し金?」
――
にこ「ん?別に用なんてないわよ」
真姫「じゃあ、何なのよ」
にこ「心地よいメロディーが聴こえてきたから、ゆっくりと味わいにきただけよ」
真姫「本当に?」
にこ「本当よ。さ、早く続きを弾いて」
真姫「いやよ」
にこ「どうして?」
真姫「私のピアノは見せ物じゃないのよ」
――
にこ「あんたのリサイタルは入場料を取るわけ?」
真姫「そうじゃなくて、誰かが聴いてると演奏に集中できないの」
にこ「何言ってんのよ。そんなことじゃアーティストなんて職業は成り立たないわよ」
真姫「私は趣味でしてるだけ!いいから邪魔しないで!」
にこ「邪魔なんかしないわよ。あたしは、あんたのピアノが聴きたいだけ」
真姫「私は一人で弾きたいの!早くどこかに行ってよ!」
にこ「いやよ。弾いてくれるまでここから一歩も動かないから」
真姫「強情ね…」
にこ「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」
――
真姫「あぁもう、負けたわ。一曲だけ弾いてあげるから、聴き終わったらさっさと出て行ってよね」
にこ「わーかってるわよ」
真姫「まったくもう、せっかくの放課後が…」
にこ「スタンバイは済んだ?」
真姫「今やるから!急かさないでよ!」
にこ「はいはい」
真姫「始めるわよ。静かにして」
――
いつ以来だろう。
音楽室で誰かのためにピアノを弾いたのは。
たった一人の、少しばかり面倒な観客を前にして、私は指先を動かし続ける。
懐かしい。
誰かのためにピアノを弾く、この感覚。
本当は嬉しかった。私のピアノを聴きたいって言ってくれたことが。
相変わらず素直にはなれないけれど。
今日はいつもより指先が走る気がする。
さっきまでの騒がしさはどこに行ったのやら。
目の前の女の子は、黙って旋律に耳を傾けている。
少しだけ。ほんの少しだけ、私の奏でる音色は昨日までのそれとは違っていた。
私自身の心に響いてくるメロディは、どこか温かい感じがした。
――
真姫「…終わりよ」
にこ「…」
真姫「感想はナシ?あれだけ聴きたがってたくせに」
にこ「…素敵ね」
真姫「それだけ?」
にこ「本当にいいものに触れたときは、ごちゃごちゃ言う必要はないのよ」
真姫「なにそれ。わかったような口を利いてくれるわね」
にこ「聴いてるあいだ、他のことは何も思い浮かばなかったわ。あんたのピアノに夢中になってた」
真姫「ふん。どうせこの曲が何かも知らないんでしょ」
にこ「知らないわ」
真姫「ほら、やっぱり。曲も知らないで得意げに感想を語られても困るわよ」
――
にこ「確かに、この曲がどこの誰のものかは知らないわ。けどね、あんたの弾くピアノは、もっと聴きたいって気になってくるわ」
真姫「そんなありきたりな感想聞かされても、嬉しくもなんともないわよ」
にこ「そんじゃ、アンコール」
真姫「はぁ?」
にこ「あ、別の曲でもいいわよ」
真姫「ちょっと待ってよ。一曲聴いたら出て行くって約束だったでしょ」
にこ「大物アーティストなら、アンコールくらい気前よく応えてくれるわよ」
真姫「だから私はそういうのじゃないってば!」
――
にこ「わかったわよ。次で本当に最後にするから」
真姫「ちゃっかりしてるわね。あなた、他にすることないわけ?」
にこ「ほらほら、そんな不愛想じゃファンが離れるわよ」
真姫「まったくもう…。本当に次で最後よ」
にこ「案外サービスがいいのね」クスッ
真姫「茶化さないでってば!」
――
これでもう何曲目だろう。
曲が終わるたびに、この厄介な観客は言葉巧みにアンコールをねだってくる。
次で最後よ。いつの間にか、私はこのセリフを何度も繰り返していた。
別に断れなかったわけじゃない。
無理やりに追い出してもよかったし、私の方から音楽室を後にすることだってできた。
でも、なぜかそうしなかった。
させなかった…と言った方がいいのかもしれない。目の前で旋律に身をゆだねている、この女の子が。
音楽のことを何もわかってなさそうなのに、こんなにも真剣に私のピアノを聴いている。
曲が終わったあとは茶化してくるのに、聴いている間は、身じろぎ一つしないで、ただひたすらに音を追っている。
とうとう、私の口から別の言葉がこぼれ出た。
次はどんな曲が聴きたいの?
――
生徒会室
絵里「にこはうまくやっているかしら?」
絵里「今日は生徒会の仕事はないし…一人で待ってるのも退屈ね」
絵里「少しくらい、見回りしても大丈夫よね?」
絵里「無理をしなければ、別にいいわよね…」スッ
――
2階廊下
絵里「ほんの少し、軽く見回りをするくらいなら問題ないわよね」
絵里「とりあえず学年ごとのクラスを見ておこうかしら」
絵里「まずは1年生のクラスからね」
絵里「あら、あの子は…」
――
花陽「凛ちゃん、このまま私のもとから離れていっちゃうのかな…」ハァ
絵里「こんにちは。どうしたの、ため息なんかついて?」
花陽「あ、あなたはこの間の…」
絵里「そういえば自己紹介がまだだったわね。生徒会長の絢瀬絵里よ。よろしくね」
花陽「1年の小泉花陽です。こちらこそよろしくお願いします」
――
絵里「今日はいつものお友だちは一緒じゃないの?」
花陽「凛ちゃんのことですか?今日は先輩たちと集まる予定があるそうで…」
絵里「Nýxの集まりかしら?」
花陽「はい、そうみたいです」
絵里「話を戻すけど、何か悩み事でもあるの?さっきのあなたの表情、どこか哀しげだったけど…」
花陽「…」
絵里「その、無理には言わなくてもいいのよ」
花陽「私…凛ちゃんのことが心配なんです」
――
絵里「あなたのお友だちのことね」
花陽「はい。凛ちゃん、高校生になってから急に変わってしまって…。見た目も派手になって、怒りっぽくなって…」
絵里「こう言っては失礼かもしれないけど、あなたのお友だちは以前から不良だったわけではないの?」
花陽「いいえ。小さいころからいつも一緒でしたけど、凛ちゃんは今とは全然違いました。いつも私の面倒をみてくれる、優しい女の子でした」
絵里「Nýxを見て、変なあこがれを抱いてしまったのかしら?」
花陽「わかりません。でも、入学してすぐのころは、今までと変わらない凛ちゃんでした。部活動も陸上部に入るって言って、仮入部までしていたのに、それもやめてしまって…」
絵里「何かあったのかもしれないわね」
――
花陽「私、不安なんです。ずっと仲良しだった凛ちゃんが、私の手の届かない、遠くへ行ってしまう気がして…」
絵里「友だち思いなのね、あなたは」
花陽「本当は、不良グループの先輩たちとも関係を持ってほしくないんです。けど、私の方からは強く言えなくて…」
絵里「私でよければ力になるわ。放課後は生徒会室にいることが多いから、何かあればいつでも声をかけて」
花陽「ありがとうございます、絢瀬先輩…」
絵里「それじゃあ、私はそろそろ行くわね」
――
3階廊下
絵里「次は2年生の教室ね」
絵里「高坂さんのグループがいるかもしれないけど、にこと約束した手前、今日は様子を見るだけにしておいた方がいいわね」
絵里「それに、この間のあの子がいたら、また怪我をする羽目になるかもしれないわね」
絵里「あれだけ力が強いと、私には止める手立てがないし…。でも、これで二の足を踏んでいたら、高坂さんのグループは好き放題するはずよね。かといって、にこや希を心配させるわけにはいかないし…」ブツブツ
ドンッ
絵里「きゃっ、すいません。つい考え事をしていて…」
海未「失礼しました。こちらこそ前を見ていないで…」
絵里「あっ」
海未「あなたは確か…」
――
絵里「(ま、まずいわね。一番会いたくない相手にこんなところで…。ど、どうしようかしら。逃げる?けど、背を見せたらかえって危険かも…)」
海未「ちょっと待ってください。そう身構えられても…」
絵里「(話しかけて油断させる気かしら?ここで相手の術中にはまったら終わりだわ!)」
海未「…そうですね、警戒されても仕方がないかもしれません。ですが、今はあなたに危害を加えるつもりはありませんよ」
絵里「(し、信じていいのかしら…?)」
海未「それと…先日は申し訳ありませんでした」
絵里「へっ?」
――
海未「穂乃果のこととなると、つい後先を考えずに行動してしまい…。痛みは残っていませんか?」
絵里「え、えぇ。もうすっかり治ってるわ」
海未「それなら一安心です」
絵里「あなた、高坂さんの仲間ではないの…?」
海未「私は穂乃果の友人です。Nýxとは直接の関係はありません」
絵里「なんだかわからなくなってきたわ…」
――
海未「先日はあなたが穂乃果を止めようとしていたため、やむを得ず手を出してしまいました。本来であれば、武道を嗜む者としては許されないことなのですが…」
絵里「カツアゲは立派な犯罪よ?」
海未「わかっています。穂乃果にお金を盗られた生徒には、後日、私の方から同額を返しておきました」
絵里「わからないわ。あなたの目的はいったい何なの?」
海未「…私はただ、穂乃果の好きなようにやらせてあげたいだけです。友人としてできる唯一のことですから」
絵里「そうは言ってもあなた…そうだわ、まだあなたの名前を聞いていなかったわね」
海未「これは失礼をしました。私は園田海未、2年生で穂乃果のクラスメートです」
絵里「私は絢瀬絵里、生徒会長をやっているわ。それで園田さん。あなたは高坂さんの好きにさせたいって言ってたけど、それはどういう意味なの?」
海未「…もう3年以上も前のことです」
――
あれは私たちがもうすぐ中学生になる頃でした。
穂乃果の様子が徐々に変わっていったのです。
穂乃果のことは昔から知っていました。天真爛漫で、いつも元気いっぱい。好奇心旺盛な私の幼馴染です。
あの笑顔を見ていると、不思議と私や他の友人も元気がわいてきたものです。
ですが…もう穂乃果はあの頃のような笑顔は見せなくなりました。
普段からふざけてはみせますが、今では顔では笑っていても、どこかに暗さを感じるのです。
心配した私が聞き出してみると、想像もしない言葉が返ってきました。
海未ちゃん。
穂乃果はね、何の価値もないの。
からっぽで、何にもないの。
だからさ、何をやっても面白くないし、何をする気も起きないんだ。
――
もちろん私は強く否定しました。
穂乃果に価値がないなんて、そんなことありえません。
誰ですか。誰がそんなことを言ったのですか。
そんなことを言う者がいるなら、私が絶対に許しません。
この時の私には、まだわかっていませんでした。
穂乃果に価値がないと決めつけている者。
それは他でもない、穂乃果自身だったのです。
――
穂乃果はいつも一生懸命でした。
しかし、同時に不器用でもあったのです。
勉強は昔から苦手でした。私と一緒に勉強会を開いても、なかなか成績は上がりませんでした。
運動神経はいい方でしたが、特別に何かをやっているわけではありません。
習い事をしていたり、クラブに通っている子と比べると、どうしても競り負けてしまうのです。
穂乃果は焦っていました。自分には何も誇れるものがないと。
焦りは苛立ちと怒りに変わり、その矛先はいつも穂乃果自身に向かっていました。
――
家に帰りたくない。穂乃果はそんなことも言うようになりました。
家族と目を合わすのが怖い。
どうしようもない、居心地の悪さを感じる。
穂乃果のご両親とは、私も昔からお付き合いがあります。
穂乃果のことを心から大切にしていることは、そばで見ている私にも伝わってきました。
しかし、穂乃果自身はそうは思わなかったようです。
いつも妹の雪穂と自分を比較していました。
雪穂がいるなら、穂乃果なんていらないんだ。
お父さんもお母さんも、きっとそう思ってるんだ…。
――
そんな穂乃果にも中学生になって転機が訪れました。
共通の友人から誘いを受けて、人数の足りないソフトボール部に急遽入部することになったのです。
穂乃果は生来の真面目さで、誰よりも熱心に練習に励みました。
未経験者組であったにも関わらず、チームトップクラスの技術を培い、練習試合でも毎回結果を残しました。
あの時の穂乃果はとても輝いていました。
練習で遅くまで居残っても、疲れを感じさせません。穂乃果本来の笑顔が次第に戻ってきました。
海未ちゃん。私ね、やっと自分のやりたいことが見つかったよ。
みんなに喜んでもらえること、穂乃果でも役に立てること、ようやく見つけたよ。
そう言った穂乃果の表情は、澄み切った青空のように晴れ渡っていました。
私も、穂乃果が持ち前の明るさを取り戻したことで、すっかり安心していました。
――
穂乃果が部活を辞めたと聞かされたのは、それからしばらく経った頃でした。
私は驚きました。
どうして?
あれだけ情熱を傾けていたのに。
それどころか、穂乃果は学校にもほとんど来なくなっていました。
友人でありながら、私は穂乃果の異変に何も気づいていませんでした。
クラスが違ったことと、私自身も弓道部での練習や家での稽古、勉学と忙しかったことが災いしました。
もっとも、今さらそんなことを言っても言い訳にしかならないのですが。
――
穂乃果が部活を辞めてしまった原因…それは穂乃果が入部してから初めての大会でした。
穂乃果は1年生ながら、誰にも負けない努力でエース兼4番の大抜擢を受けていました。
顧問の先生だけでなく、チームメイト全員が推薦したそうです。
穂乃果にとって、これほど嬉しいことはなかったと思います。誰かに必要とされている…そのことを一番実感できたはずですから。
しかし、プレッシャーもまた穂乃果の肩に重くのしかかりました。
みんなの期待を背負っている。
この想いを裏切るわけにはいかない。
絶対に…絶対に失敗できない。
穂乃果は自分で自分を追いつめてしまいました。
――
試合の結果はさんざんでした。
焦った穂乃果はミスを重ねてしまい、それを挽回しようとチャンスで空回りしてしまいました。
結局、チームは3年ぶりの県大会出場を逃すことになりました。
試合が終わった後、穂乃果は力なく座り込んでしまい、泣き崩れたそうです。
誰も穂乃果を責めたりはしませんでした。穂乃果のこれまでの活躍があったからこそ、県大会出場の芽が出たのですから。
けれども、穂乃果だけは…穂乃果だけは自分を決して赦そうとしませんでした。
試合の翌日、先生やチームメイトが止めるのも振り切って、退部届を出し、それっきり部活には参加しませんでした。
――
それからの穂乃果は、学校に来ることもなく、街を遊びまわって、不良グループと親密になりました。
そのときの先輩がこの学院のOGだったそうで、穂乃果は音ノ木坂への入学を希望しました。
生徒減少に歯止めをかけるべく、音ノ木坂学院は実際には簡単な書類審査だけで入学ができると聞きます。
理事長は穂乃果の幼馴染のことりの親御さんですから、なおさらでしょう。
音ノ木坂に入学した穂乃果は、先輩方とつるんで、毎日のように好き勝手に遊びまわっています。
これが全てです。穂乃果がなぜこの学院を選び、傍目からは荒れ放題の毎日を送っている理由は。
――
絵里「高坂さんにそんな過去があったのね…」
海未「あの時…もしあの時、私が穂乃果のそばに寄り添えていたなら、こんなことにはならなかったのではないかと思うと…悔やんでも悔やみきれません」
海未「私には穂乃果の行為を非難する資格などありません。全ては私が至らなかったせいだからです」
海未「今の私にできることは、穂乃果の自由にさせてやることだけです。これ以上、穂乃果を刺激するようなことを言って、傷つけるわけにはいかないのです…」
絵里「園田さん、あなたもずっと苦しみを抱えていたのね」
――
絵里「でもね…それが本当に高坂さんのためになるのかしら?」
海未「どういう意味ですか?」
絵里「今の高坂さんの状況は、お世辞にもよいとは言えないわ。このままだと、ますます悪くなるだけよ」
海未「だったら何です?何か他に手立てがあるとでも?」
絵里「唯々諾々と従うだけが友情じゃないわ」
海未「…勝手なことを言われても困ります。あなたに穂乃果の何がわかるというのですか?私は誰よりも穂乃果のことを知っている自負があります。その私が決めたのですから…」
絵里「それは決断と言えるものかしら。それは逃避じゃないの?園田さん、あなたは自分を責める一方で、高坂さんを一人にしてしまった責任から逃れたいだけじゃないの」
海未「なっ…!そんなことを言われる筋合いはありません!私はこれで失礼させてもらいます!」スッ
絵里「…」
――
夕方 音楽室
真姫「もう十分でしょ。これで満足した?」
にこ「えぇ。最高のコンサートだったわ」
真姫「まったく、調子がいいんだから…。何曲演奏したと思ってるのよ?」
にこ「3曲目から先は数えてないわね」
真姫「聴く方は気楽でいいわね…」ハァ
――
にこ「ねぇ、明日も聴きに来てもいい?」
真姫「はぁ?あれだけ聴いてもまだ聴き足りないっていうの?」
にこ「いいでしょ、減るもんじゃないし」
真姫「簡単に言うわね…」
にこ「あんたのピアノ、もっと聴きたいの」
真姫「…考えておくわ」
――
にこ「否定しないってことはOKのサインね」
真姫「あなたの強引さにもだんだん慣れてきたわよ…」
にこ「それじゃ、強引ついでにもう一つ。あんたの名前、まだ聞いてなかったわよね」
真姫「…西木野真姫よ」
にこ「真姫ちゃん?かわいい名前ねー」
真姫「うるさい。それより、あなたこそ名乗りなさいよ」
にこ「あたし?あたしは矢澤にこよ。よろしくね」
真姫「見ない顔だけど、どうせ授業もサボってるんでしょ?」
にこ「そりゃ見ないでしょ。あたしはこれでも3年だし」
真姫「えっ、上級生だったの!?」
――
にこ「そんなに驚かれても困るわよ」
真姫「嘘…。だって見た目もちっちゃいし…いや、小さいですから」
にこ「今さら敬語使われても面倒だし、さっきみたいにしゃべってもらって結構よ」
真姫「それでいいならそうさせてもらうけど…」
にこ「てゆうか、この前も誰かに年下に間違われたような気がするんだけど」
――
真姫「まさか先輩だったなんて…」
にこ「ま、それはいいとして、明日も来るから待ってなさいよ」
真姫「そこは変わらないの?」
にこ「あんたのファン第1号になっちゃった以上、そうなるわね」
真姫「意味わかんないわ…」
にこ「それじゃ、また明日ね。真姫ちゃん!」
真姫「何なのよ、もう…」
――
生徒会室
にこ「お待たせ」ガラッ
絵里「ずいぶんかかったわね、にこ。どうだった?」
にこ「ま、成果はあったと思うわよ」
絵里「本当に?すごいわ!」
にこ「で、あんたの方はどうだったの?」
絵里「あまり進展があったとはいえないわね…あっ」
にこ「やっぱりね。あれだけ単独行動はやめときなさいって言ったのに」
絵里「誘導尋問はずるいわよ…」
にこ「放っておくと、すーぐあんたは無茶するんだから」
絵里「反省してるわ…」
――
にこ「とは言ったものの、あんたにはしばらく単独行動してもらう必要があるかもしれないわね」
絵里「どういう意味?」
にこ「あたしは例の音楽室の子、真姫ちゃんに付いてまわるから」
絵里「あの子、真姫っていう名前なのね。でも、どうしてにこが?」
にこ「ちょっと考えがあるのよ」
――
翌日 朝 1年生教室
凛「見てみて、かよちん。かっこいいでしょ!」
花陽「凛ちゃん、それどうしたの?」
凛「南先輩がメンバー全員に作ってくれたんだ。Nýxのジャケットだよ!」
花陽「そうなんだ…」
凛「えへへ、昨日も先輩たちと一緒に楽しんでこれたし…。ますます一体感が出てきた感じかな。これで凛も立派なNýxのメンバーだよ!」
花陽「…」
――
2年生教室
海未「(昨日、絢瀬会長に言われた言葉が頭を離れません…)」
海未「(自分でもわかっているつもりです。今のままでは穂乃果のためにはならないことくらい…。しかし、これ以上穂乃果を傷つけるようなことはできるはずがありません)」
海未「(これでも私は、穂乃果の友人なのですから…)」
穂乃果「海未ちゃん、朝から暗い顔してどうしたの~?」
海未「いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていたので」
穂乃果「そんな暗い顔してたらラッキーが逃げちゃうよ。そうだ、穂乃果が愛され系メイクしてあげよっか?きっと海未ちゃんの気持ちも明るくなるよ!」
海未「気持ちは嬉しいですが、私には似合いませんよ」
――
先輩モブ1「お~っす。穂乃果、ちょっといいか~」
穂乃果「お疲れ様です、先輩。どうされました?」
先輩モブ1「ここじゃナンだしよ、いつものとこ来てくんないか?」
穂乃果「分かりました。海未ちゃん、私ちょっと用事ができたから、また後でね!」
海未「穂乃果…」
――
空き教室
穂乃果「それで、先輩。何かありましたか?」
先輩モブ1「こないだゲーセンで話したアレなんだけどよ、客が何人か見つかったぜ」
穂乃果「あぁ、あの時のですね。花陽ちゃんの」
先輩モブ1「アタシの知り合いがツテで見つけてくれたよ。しかも、一度に4人だぜ」
穂乃果「プチ団体さんですか。いいですね~」
先輩モブ1「先方にあの1年の写真見せたら超気に入っちまってさァ」
穂乃果「写真なんていつ撮ってたんですか?」
先輩モブ1「ゲーセン行く前に、星空と一緒に写メっといたんだよ」
穂乃果「さすが先輩!手際いいですね」
――
先輩モブ1「そんでよ、さっそくなんだが今日の放課後にあの1年を連れ出してくんねぇか」
穂乃果「任せてください。どこに呼び出せばいいですか?」
先輩モブ1「前に穂乃果たちと行ったレンタルビデオ屋、あれ覚えてるか?」
穂乃果「はい、覚えてます」
先輩モブ1「あのへんは人通りも少ないだろ。あの近くまで呼び出しといてくれ」
穂乃果「その後はどうするんですか?」
先輩モブ1「へへっ、先方は車でお越しなんだよ」
穂乃果「なるほど~。そのままお持ち帰りですか」
――
先輩モブ1「オプション料とって、写メ、ビデオ撮影もOKにしといたから、たんまり入るぜ」ニシシ
穂乃果「写真をタネに口封じもできますもんね。さすが先輩!」
先輩モブ1「だろ?あの気ィ弱そうな1年のことだしよ。4人がかりでヤられて、写真バラまくぞって脅されたら、後はもう言いなりにできるだろ」
穂乃果「私たちのいいお小遣いになってくれそうですね」
先輩モブ1「しばらく遊ぶ金には困らないぜ」
穂乃果「ところで、凛ちゃんはどうします?いつも花陽ちゃんと一緒ですけど」
先輩モブ1「ちゃんと考えてンよ。モブ3が放課後に、単車見せてやるって名目で離しとく」
穂乃果「すごいです!これなら完璧ですよ!」
先輩モブ1「そんじゃ、放課後はよろしく頼むぜ。細かい時間とかは後でメールしとくわ」
穂乃果「了解しました!」
――
2年生教室
穂乃果「海未ちゃん、お待たせ~!」
海未「先輩との話は済んだのですか?」
穂乃果「ばっちりだよ!」
海未「そうですか」
穂乃果「さ~てと、今日のお昼は生ショコラパンにしようかな~」フンフーン
海未「朝からもう昼食の話ですか」
穂乃果「いいじゃん、おなかはいつでも空くんだし!」
海未「それに、生ショコラパンは一番人気で高いのではなかったのですか」
穂乃果「いいのいいの!臨時収入が入るもん!」
海未「アルバイトでも始めたのですか?」
穂乃果「ま、そんな感じだよ」
――
放課後 1年生教室
不良モブ1「西木野さ~ん」ニヤニヤ
真姫「…わかったわ。今行くから」
不良モブ2「昨日はお休みだったから、今日はしっかり運動不足を解消しないとね~」
不良モブ3「楽しみ楽しみー」
真姫「…」
――
にこ「はいはい、ちょっと失礼するわよー。真姫ちゃんいるー?」ガラッ
真姫「矢澤先輩!?」
にこ「あっ、そんなところにいたのね。さ、行くわよ」ギュッ
真姫「ち、ちょっと。引っ張らないでって!」
にこ「今日も付き合ってもらうわよー」
不良モブ2「な、何あれ…?」
不良モブ3「さぁ…?」
不良モブ1「って、西木野さん持ってかれちゃったじゃん!」
――
音楽室
真姫「相変わらず強引ね…」
にこ「いわゆる出待ちってやつよ」
真姫「待つどころか無理やり引っ張ってったじゃない」
にこ「細かいことは気にしない。ささ、今日も始めちゃって」
真姫「調子いいんだから本当に…」
――
1年生教室
モブ3「凛、いるかー?」
凛「お疲れ様です!先輩、どうされました?」
モブ3「メンテに出してたアタシの単車、今日取りに行くんだけどさ。ちょっと付き添ってくんない?」
凛「私でよければ喜んでお供します!」
モブ3「おおサンキュ。帰りは乗せてやるよ。チューンしまくってるから、超イカすぜ」
凛「いいんですか!?」
モブ3「いーのいーの。アタシらの間で遠慮はいらないって。それじゃ、行くか」
凛「はい!」
――
花陽「凛ちゃん、また先輩に付いて行っちゃった…」
花陽「最近ずっと凛ちゃんと一緒に帰ってないよね…」
花陽「凛ちゃん…」
穂乃果「どうしたの、花陽ちゃん?ため息なんかついて」
花陽「高坂先輩…」
穂乃果「もしかして、凛ちゃんがいなくてさみしいの?」
花陽「そ、そんなことはありませんけど…」
――
穂乃果「ところでさ、花陽ちゃん。この後ちょっと付き合ってくれないかな?」
花陽「えっ、私がですか?」
穂乃果「そうそう!」
花陽「で、でも私なんか…」
穂乃果「花陽ちゃんにしかできないことなんだけどなー」
花陽「ど、どういう意味ですか?」
――
穂乃果「今度ね、凛ちゃんのメンバー加入をお祝いしてパーティーを開くんだよ」
花陽「凛ちゃんのためのですか?」
穂乃果「そうなの。それでね、凛ちゃんには私たちからプレゼントをあげたいんだけど、何がいいかわからなくて…。凛ちゃんと仲良しの花陽ちゃんなら、凛ちゃんが喜びそうなものわかるよね?」
花陽「は、はい。凛ちゃんが喜びそうなものなら、だいたいは…」
穂乃果「さっすが花陽ちゃん!どうかな、凛ちゃんのためのプレゼント選び、一緒に見てほしいんだけど…」
花陽「わ、私でお役に立てるなら…」
穂乃果「やったー!ありがとう花陽ちゃん!」
――
穂乃果「それじゃ、早速行こうか!」
花陽「はい」
穂乃果「私はカバンを取ってくるから、花陽ちゃんは先に門のところで待っててね」
花陽「分かりました。先に行って待ってますね」
穂乃果「お願いねー」
――
穂乃果「ふふふ、これで準備万端だね」
穂乃果「後は、さっき先輩から来たメールに書いてあるとおりの時間までに花陽ちゃんを連れて行けば…」
穂乃果「当分、遊ぶお金には困らないね!」
穂乃果「あはははっ!花陽ちゃんが壊れちゃったら、凛ちゃんどんな顔するのかなぁ?」
――
2年生教室
海未「今日は弓道部での練習もありませんから、早く帰りましょうかね」
海未「穂乃果も先輩方と一緒のようですし」
海未「おや、これは…」
海未「穂乃果の携帯電話に付いていたストラップですね。何かのはずみに取れてしまったのでしょうか」
海未「これは確か、ことりにプレゼントされたもので、穂乃果のお気に入りだったはずです」
海未「まだ近くにいるはずですよね。届けに行きましょう」スッ
――
3階廊下
海未「恐らくこのあたりにいるはずですが…」キョロキョロ
海未「いつもの空き教室でしょうか?」
海未「まぁ、穂乃果のことですから、どこにいても目立ってすぐ見つかるはずです」
穂乃果「~♪」テクテク
海未「おっと、噂をすれば…こんなところにいたのですね」
海未「穂乃果…」
先輩モブ2「おーっす、穂乃果!」
穂乃果「あっ、先輩!お疲れ様です!」
海未「(ちょっとタイミングが悪いですね。先輩との話が終わるまで、待ちますか)」
――
先輩モブ2「聞いたよ。例のアレ、今からやんだろ?」
穂乃果「はい。きっといいお小遣い稼ぎになりますよ」
海未「(何のことでしょうか…?)」
先輩モブ2「あの1年、かわいかったしなぁ。常連客つきそうだし」
穂乃果「そうですねぇ。見た目もかわいくてスタイルもいいし…。おまけにいつもおどおどしてて、ついいじめたくなっちゃいますよね」アハハ
先輩モブ2「わかるわ、それ!今日の客も、ドSだってモブ1から聞いたぜ」
穂乃果「あららら、それじゃ花陽ちゃんも大変ですね」
――
先輩モブ2「まず問答無用でヤっちまうだろ。しかも4人でカーセクじゃん!」
穂乃果「花陽ちゃん、どう見ても処女ですもんね。初体験が3Pどころじゃないんて、笑えますよね。せめてラブホにしてあげたかったですねー」
先輩モブ2「そうそう、だから商品価値高いんだよ。おまけに、今回はオプション相当入れたからなぁ」
穂乃果「確か写真とビデオ撮影アリでしたっけ?」
先輩モブ2「それに、首絞めとか拘束もあったなぁ」
穂乃果「マニアックすぎてついていけないですねー」
先輩モブ2「ま、こーいうのにのってくるやつはたいてい変わってるしな。あ、モチ生もOKにしてるぜ」
穂乃果「がっつり稼げそうですね!」
――
先輩モブ2「だよなぁ、アタシの冷えた懐もよーやくあったまりそうだって」
穂乃果「先輩、この間から金欠でしたもんねぇ」
先輩モブ2「本当だよ。最近はクスリの横流しとかも少なくなってるし、ウリの斡旋は貴重なんだぜ」
穂乃果「花陽ちゃんでうまくいったら、他の子も試してみたいですね」
先輩モブ2「そうすりゃガッポリだもんな。おっと、時間はいいのか穂乃果?」
穂乃果「そうですね。今から花陽ちゃんを連れて向かうんで、そろそろおいとましますね」
先輩モブ2「うまくやってくれよ。にしても、あの1年、これから自分がナニされるか全然知らねーんだろ?」
穂乃果「どんな反応示してくれるか、わくわくしますよ。それじゃあ、お先しますねー!」
――
海未「(ま、まさか朝に穂乃果が言っていた臨時収入とは…)」
海未「(音ノ木坂の生徒に売春をさせるのでしょうか)」
海未「(いえ、穂乃果の話しぶりからすると、むしろこれは強姦では…)」
海未「(あっ、穂乃果が移動を始めてしまいました)」
海未「(わ、私はどうすれば…)」
――
正門前
穂乃果「花陽ちゃん、お待たせー!それじゃ、行こうか!」
花陽「凛ちゃんのプレゼントということでしたけど、どのあたりで探すかは決めていますか?」
穂乃果「うん!先輩の知り合いのひとがやってるお店があって、そこならサービスしてくれるんだ。ちょっと遠いけどね」
花陽「急いだ方がいいですか?」
穂乃果「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。おしゃべりしながら行こう!」
――
海未「結局、後をつけて来てしまいました…」コソッ
海未「どうやらあの生徒が、穂乃果の言っていた子のようですね」
海未「私はいったい何をやっているのでしょうか…」ハァ
海未「決めたじゃないですか。穂乃果の好きにさせてやると…」
海未「穂乃果…」
――
レンタルビデオ店周辺
穂乃果「へーっ、花陽ちゃんってアイドルが好きなんだね」
花陽「はい。うまく伝えられないですけど、なんだか元気がもらえる気がして…」
穂乃果「そうなんだ。でも、花陽ちゃんもアイドルみたいにかわいいよ!」
花陽「わ、私がですか!?」
穂乃果「照れちゃって、かーわいい!」
花陽「はわわわ…」
穂乃果「(きっと男受けもいいはずだよ。さてと、ここでスタンバイすればバッチリだね…)」
――
穂乃果「花陽ちゃん、私ちょっとお手洗いに行きたいから、ここで待っててくれる?」
花陽「は、はい」
穂乃果「ごめんね。すぐ戻るから。そこのお店に寄ってくるねー」タタッ
穂乃果「(先輩から指定された時間まであと10分。で、お客さんが車で来て、花陽ちゃんを中に押し込んで完了…っと)」
穂乃果「(花陽ちゃんをここまで連れてきたら、後は怪しまれないように学校に戻れって先輩に言われてたよね)」
穂乃果「(ふふふっ。花陽ちゃん、せいぜいお客さんを楽しませてね)」
――
海未「(穂乃果は行ってしまいましたね)」コソッ
海未「(もうじき、客とやらがあの子を連れて行くのでしょうか…。穂乃果たちの話ぶりからすると、車で来そうですね)」
海未「(そうなれば、後は容易に想像がつきます。きっと、二度と立ち直れないくらいに、身も心もボロボロになるまで弄ばれるのでしょう…)」
海未「(今、私が止めに入れば、あの少女は助かるかもしれませんが…)」
海未「(穂乃果…)」
――
止めるべき…なのでしょうか。
世間一般の感覚からすれば、それが当たり前なのかもしれません。
これは立派な犯罪なのですから。
恐喝と違って、後で私が弁償して済む話ではありません。
しかしそれは…穂乃果を否定することにつながります。
穂乃果の思い通りにさせないこと、それはすなわち穂乃果自身を否定することです。
穂乃果はもう何度も傷つきました。何度も自分を否定してきました。
このうえ私までが穂乃果を否定してしまったら、穂乃果はどうなってしまうのでしょうか。
――
海未ちゃんだけ、海未ちゃんだけだよ。
こんな穂乃果を受け入れてくれるのは、海未ちゃんだけだよ。
穂乃果の言葉が頭をちらつきます。
そうです。私は穂乃果にとって、最後の心の支えになっているのです。
少しも疑うことなく、私のことを信じてくれているのです。
そんな私が穂乃果を裏切ることになれば…穂乃果はもうすべてに絶望してしまうでしょう。
そうです。最初から答えはこれしかなかったんです。
私にできること。私にもできる唯一のこと、それは…。
穂乃果をこれ以上傷つけないことです。
見なかったことにしましょう。聞かなかったことにしましょう。
このまま引き返して、明日からも穂乃果と今までどおりに接すればいいのです。
そうすれば、すべてがうまくいくはずです…。
『…それが本当に高坂さんのためになるのかしら?』
海未「…!」
――
またです。あの時言われた言葉が、また…。
絢瀬会長に言われた言葉が、脳裏に…。
わかっています。こんなことを見過ごしても、穂乃果のためにはならないことくらい…。
ですが、私には穂乃果をこれ以上傷つけるわけにはいかないのです。
穂乃果の信頼を裏切るわけには…。
『園田さん、あなたは自分を責める一方で、高坂さんを一人にしてしまった責任から逃れたいだけじゃないの』
海未「ぐっ…!」
――
わかっています。そんなこと、言われなくてもわかっています。
私は逃げ出したいだけなのです。傷ついた穂乃果に手を差し伸べることもせず、その痛みにすら気づけなかった苦い過去から…。
あの時、私のせいで穂乃果は拭うことのできない傷を負いました。
今、ここで逃げ出してしまえば…目の前にいる少女もまた、癒すことのできない傷を負うでしょう。
そして、また私は自分の臆病さから逃げ出そうとするのです。
負の連鎖はいつまでも断ち切れない…。
そう、私が自分自身から逃げ続けるかぎりは…。
ならば、私が今やるべきことは何でしょうか。
そうですね、わかっています。
絢瀬会長。あなたに言われるまでもなく、私自身のなかに答えはありました。
私自身が、決めなくてはならないのです。
穂乃果の友人として…本当に穂乃果にとって必要な決断を…。
――
花陽「高坂先輩、遅いなぁ。どうしたんだろう…?」
海未「失礼します。突然で申し訳ありませんが、私に付いて来てくれませんか?」
花陽「あなたは…?」
海未「あいにくですが、説明している時間はありません。とにかく付いて来てください」グッ
花陽「ピャア!?ひ、引っ張らないでくださいー!」
――
数分後
海未「ここまで来れば大丈夫そうですね…」
花陽「あ、あの。いったいこれはどういうことなんでしょうか?私、ひとを待っていたんですけど…」
海未「穂乃果のことですね。それなら問題ありません」
花陽「高坂先輩をご存じなのですか?」
海未「えぇ、一応友人なので。申し遅れましたが、私は園田海未です。穂乃果のクラスメートです」
花陽「わ、私は1年の小泉花陽です」
――
海未「小泉さん…ですね。もう少しで危ないところでした」
花陽「どういう意味ですか?」
海未「後少し遅れていたら、あなたは車で拉致されて乱暴されているところでした」
花陽「えっ…!?」
海未「穂乃果に騙されていたのですよ。穂乃果は、あなたを騙して売春させるつもりだったのです」
花陽「そ、そんな…。私はただ、凛ちゃんに贈るプレゼントを一緒に見てほしいって言われて…」
海未「恐らく適当に理由をつけてあなたをおびき出すつもりだったのでしょう」
花陽「こ、高坂先輩が私にそんなことを…」ガタガタ
――
海未「大丈夫ですか?」ギュッ
花陽「は、はい。急に怖くなってきて…」
海未「もう大丈夫です。帰りは私が送りますよ」
花陽「あ、ありがとうございます。園田先輩が来てくれなかったら、今ごろ私は…」グスッ
海未「(穂乃果…私は後悔していませんよ)」
海未「(もうこれ以上、あなたを傷つけない。その誓いは今でも変わりません)」
海未「(ですが、私のやるべきことは変える必要があるようです)」
海未「(穂乃果、あなたにとって本当に必要なこと…それは、こんな毎日から一刻も早く抜け出すことです)」
海未「(そのためには何でもします。もうあなたを一人にさせたりはしません)」
海未「(これが私のやるべきこと…あなたの友としてやるべきことなのですから)」
――
夕方 音楽室
にこ「やっぱり真姫ちゃんの演奏は聴いててこう、ジーンとくるものがあるわね」
真姫「抽象的な感想ならいくらでも言えるわよ」
にこ「それはあたしが言葉足らずなだけで、本心からの感想よ」
真姫「はいはい。それで、まだ聴くんですか矢澤先輩」
にこ「おーっと、それストップ!」
真姫「な、何よ」
にこ「どうせタメでしゃっべてるんだから、にこって呼んでほしいわ」
真姫「注文が多いわね…。わかったわよ、にこ先輩」
にこ「先輩もいらないから」
真姫「仮にも年上を呼び捨てにしろって言うの?」
にこ「かーわゆくにこちゃんって呼んでほしいにこ!」
真姫「はぁ、もう何でもいいわよ。にこちゃん、まだ聴くの?」
にこ「よく言えたわねー。上出来よ」
――
にこ「ま、さっきから連続だし、ちょっと休憩する?」
真姫「そうね。さすがに2日連続だと指も疲れるわ」
にこ「お菓子持ってきたけど食べる?」
真姫「準備がいいのね」
にこ「ちょっと待ってて、いま出すから」ゴソゴソ
にこ「おかしいわねー。確かにカバンの奥に入れたはずなんだけど。ひっくり返した方が早いかしら?」
バサッ カラカラ
――
真姫「中身が全部こぼれてるわよ」
にこ「ま、そういうこともあるわね」
真姫「あら、これって…アイドルのクリアファイル?」
にこ「そう。いま一番人気のスクールアイドル、A-RISEのよ」
真姫「にこちゃんってこういうのに興味あるの?」
にこ「興味あるなんてもんじゃないわよ。これでも筋金入りのアイドルファンよ!」
――
真姫「それじゃ、グッズとか買い漁ったりするわけ?」
にこ「そりゃもう、レアものならアイドルショップ渡り歩いてでも集めるわよ」
真姫「呆れた。あれでしょ、同じCDを何枚も買ったりするんでしょ」
にこ「保存用、観賞用、布教用は最低限そろえたいわね」
真姫「もしかして音楽もそういうのしか聴かないとか?」
にこ「ま、相対的に多いのは事実ね」
――
真姫「だったら、私のピアノなんか聴いててもしょうがないでしょ。音楽のジャンルがまるで違うわ」
にこ「それとこれとは話が別よ。真姫ちゃんの演奏は別腹スイーツよ」
真姫「なんかもうよくわかんないわよ」
にこ「はいはい、お菓子あげるから機嫌直して。はい、あーん」
真姫「じ、自分で食べられるわよ!//」
――
にこ「やっぱり放課後のお菓子は格別ね~」
真姫「ねぇ、にこちゃん」
にこ「ん?どうかしたの?」
真姫「何で私に関わるの?」
にこ「別に理由なんかないわよ。真姫ちゃんのピアノが聴きたいから。それだけよ」
真姫「嘘よ」
にこ「どうして?」
真姫「にこちゃんの音楽の好み、私の演奏とは全然違うじゃない。単に演奏を聴くためじゃないはずよ」
にこ「そんな細かいことにこだわってもしょうがないでしょ。音楽は国境もジャンルも越えるのよ」
真姫「ごまかさないでよ!」
――
にこ「何よ真姫ちゃん、そんな怖い顔して」
真姫「わかってるわよ。本当は、あの生徒会長に言われて、私を見張ってるんでしょう!」
にこ「疑い深いわねー。もしそうだったら、どうだってのよ?」
真姫「情けをかけるような真似はやめて!」
にこ「情け?何の情けよ?」
真姫「私が…私がいじめられてるから、それを憐れんで…こんな…友だちの真似事なんか…」
にこ「あら?真姫ちゃんはいじめられてるの?」
真姫「…っ!」
――
真姫「ひ、卑怯よ。誘導尋問じゃない、こんなの…」
にこ「何かこの間も同じようなこと言われた気がするけど…。ま、いいわ。いじめられてるなら、相談に乗るわよ」
真姫「ち、違う!私はいじめられてなんか…」
にこ「ねぇ、真姫ちゃん」
真姫「な、何よ!」
にこ「どうしてそんなに頑張るの?何が真姫ちゃんにそんな無理をさせてるの?」
真姫「わ、私は…」
――
にこ「いいわよ、別に。話したくなってからで。それまで毎日、この音楽室に来てもらうけどね」
真姫「…」
にこ「ここなら、あいつらもそう好き勝手にできないでしょ。仮にもあたしが見てるんだから、陰でこそこそやってる小心者は二の足踏むはずよ」
真姫「やっぱり、そのために…」
にこ「今日だって、うまく真姫ちゃんのこと連れ出したと思わない?」ニコッ
真姫「にこちゃん…」
――
にこ「まぁ、真姫ちゃんのピアノに惹かれたのは本当よ。アイドルソングしか聴かないあたしの耳、いや心にも響いてくるものがあったわ」
真姫「…」
にこ「それじゃ、遅くなったし今日は帰る?」
真姫「ねぇ、教えて…」
にこ「何を?」
真姫「どうしてにこちゃんは私なんかを…」
にこ「そうねぇ、なんでかしらねぇ」
――
にこ「ま、憐れむなんて気持ちはさらさらないけどね。あたしはただ、真姫ちゃんと友だちになりたいって思っただけ」
にこ「だいたい、学年は上でも同じ生徒よ。上から目線なんて寒いと思わない?」
にこ「本当の友だちなら、憐れむとか助けたいとか、上から目線には考えないわ。あたしは、真姫ちゃんと友だちになるのに、邪魔者を追っ払いたかっただけよ」
真姫「…」
にこ「さ、帰りましょ。この続きはまた明日よ」
――
正門前
先輩モブ3「どーよ、凛。アタシの単車乗った感想は?」
凛「最高です!私も先輩みたいなかっこいいバイクを乗りこなしたいです」
先輩モブ3「そんじゃ、まずは単車の調達だな。今度、パクりやすいスポット教えてやるよ」
凛「いいんですか?ありがとうございます!」
先輩モブ3「チューンすんのに金かかるしよ、モトはタダの方がいいだろ。単車乗りこなしたら、いよいよ1年番格が板につくんじゃねーかな」
凛「先輩方に続けるように頑張ります!」
先輩モブ3「っと、アタシちょっくらガッコ寄るから、今日はここまでな」
凛「今日は本当にありがとうございました!」
先輩モブ3「また後ろ乗せてやんよ」
――
生徒会室
絵里「ずいぶんとやかましい音がすると思ったら…改造バイクで学校の敷地内に入るなんて言語道断よ」
絵里「きつく注意して止めさせないと。授業中にでもされたらえらい迷惑だわ」
絵里「にこもいないことだし、今日は私一人で行ってこないとね」スッ
――
正門前
海未「小泉さんの家はこちらの方面で合っていますか?」
花陽「はい。わざわざ送っていただいてありがとうございました」
海未「礼には及びませんよ。当然のことをしたまでなので」
花陽「今日は本当にありがとうございました。園田先輩が来てくれなかったらと思うと、今でも震えが止まらなくて…」
海未「(やはり、これでよかったのですね。もし、あのまま逃げ出していたら、私は一生後悔していたことでしょう…)」
穂乃果「あれー!?何で花陽ちゃんがここにいるの?」
花陽「こ、高坂先輩…!」ビクッ
海未「穂乃果…」
――
穂乃果「え、いったいどうなってるの?お客さんの相手してるはずじゃ…」
海未「穂乃果、私が止めました」
穂乃果「海未ちゃん…?ど、どういうこと?穂乃果、理解できないんだけど…」
海未「穂乃果。あなたは小泉さんを騙して売春させようとしていたんでしょう。そんなことを見過ごすわけにはいきません」
穂乃果「ち、ちょっと待ってよ。なんで海未ちゃんがそのことを…。そ、それよりどうしてくれるの!お金は?花陽ちゃんを売ってもらえるはずのお金はどうなっちゃうの!?」
海未「穂乃果、もう止めましょうこんなこと…」
穂乃果「い、意味わかんないよ!なんで、なんで海未ちゃんが穂乃果の邪魔をするの?海未ちゃんは穂乃果の友だちでしょう!?」
海未「…友人だからこそ、あなたがこれ以上苦しむのに堪えられないのです。こんなことをしても、傷つくのは穂乃果、あなた自身です」
――
穂乃果「はぁ!?何なのそれ!海未ちゃんまで穂乃果のことを裏切るの?」
海未「裏切りなどしません。今度こそ、あなたの苦しみに共に寄り添って…」
穂乃果「あぁあああぁあぁーッ!」
花陽「ひっ…!?」
穂乃果「うるさいっ!うるさい、うるさい。うるさいィいぃいぃッ!」
――
穂乃果「そんな意味わかんない説教は聞きたくない!海未ちゃんも、どうせ私のことをどうでもいいって思ってたんだ!」
海未「穂乃果。私は一度としてそんなことは思っていません。それは今でも変わりませんよ」
穂乃果「嘘だ!全部ウソ。穂乃果のことを騙して楽しんでたんだ!」
海未「穂乃果、お願いですから話を…」
穂乃果「黙れぇッ!」
ガッ
――
海未「ぐっ…」
花陽「園田先輩!」
穂乃果「…なんでよけないの海未ちゃん。海未ちゃんなら、こんなの眼を閉じててでもよけられるでしょ」
海未「…よける気はありません。これは私に対する罰です。こんなにも近くにいながら、あなたの苦しみに気付けなかった私への罰です」
穂乃果「ふんっ!だったら全部受けてよね!」
グォッ
海未「ぐふっ…!」
穂乃果「ほらほら、まだ終わらないよ!」
バシッ
海未「くっ…」バタッ
――
穂乃果「情けないねー、海未ちゃん。地べたに這いつくばっちゃって」グリグリ
海未「…穂乃果の気が済むまでやってください。穂乃果の受けた心の痛み、こんなものではないのでしょう…」ゲホッゲホッ
穂乃果「よくこんな状況でかっこつけられるね。だったらこれはどうかなー?」ギラッ
花陽「な、ナイフ!危ない、園田先輩!」
穂乃果「さよなら、海未ちゃん」
グッ
――
穂乃果「なっ…!」
絵里「学校敷地内で刃物を振り回すなんて、あなたはつくづくトラブルメーカーね」ググッ
海未「絢瀬会長…!」
穂乃果「ちくしょう!離せっ!離しやがれェ!」
絵里「たまたま通りかかったらこれだもの…。あなたは少し落ち着いた方がいいわね」
穂乃果「うるさいッ!そうだ、おまえのせいだ。海未ちゃんがおかしくなったのも、みんなおまえのせいだッ!」グオッ
花陽「あ、危ない!」
パシッ
――
穂乃果「ぐっ…!」ジンジン
絵里「手の甲に手刀を打ち込んだわ。その手ではナイフは持てないわよ」
穂乃果「お、覚えてろ!次に会ったら、絶対殺してやる!」ダッ
海未「穂乃果!うっ…」ヨロッ
絵里「そのカラダでは追いかけるのは無理よ。まずは傷の手当てが必要だわ」
――
絵里「倒れたときに膝を擦り剥いたようね」
花陽「傷口が割れて出血がひどいです…」
絵里「ひとまずガーゼで血を拭いましょう。その後で消毒スプレーをかけるわ」
花陽「保健室から借りてきます!」
絵里「待って。保健室は高坂さんのグループがたむろっていて危険だわ」
花陽「で、でもこのままじゃ園田先輩が…」
絵里「大丈夫。こんなときのために、応急処置に必要なものは一通り持ち歩いてるわ」
――
絵里「とりあえず血を拭うから、かがんでもらえるかしら?」
海未「し、しかし…。私は絢瀬会長に怪我をさせたのですよ。それなのにこんな…」
絵里「それはもう過ぎたことでしょう。今はあなたを手当てする方が先よ」
海未「…面目ありません」
絵里「それにしても因果なものね。あなたとの一件から持ち歩くようにした応急処置セットを、あなたに使うことになるなんてね」
――
絵里「はい、これで一通りの手当ては済んだわ」
海未「申し訳ありません。絢瀬会長の手を煩わせるようなことをしてしまって…」
花陽「園田先輩の手当てをしていただいてありがとうございます!」
絵里「それで、何があったのか聞かせてもらえないかしら?どうして高坂さんがあなたを…?」
海未「私が穂乃果の思惑を邪魔したからです」
絵里「えっ。あなたは確か、高坂さんの好きにさせてあげたいって…」
海未「はい。しかし、今度ばかりはそうもいきませんでした」
――
絵里「高坂さんは何をしようとしていたの?」
海未「ここにいる小泉さんを騙して、売春させようとしていたのです」
絵里「そんなことまで…!?小泉さん、あなたは大丈夫だったの?」
花陽「はい。もう少しで連れて行かれそうなところで、園田先輩に助けていただきました」
絵里「それはよかったわ。どうして高坂さんはこんなことを…」
海未「穂乃果はお金のためだと言っていました」
絵里「そんなことのために…」
凛「それ、本当なの!?」
――
花陽「凛ちゃん!?」
凛「かよちん、どういうことなの?高坂先輩が、かよちんを…?うそ…嘘だよね?」
絵里「残念だけど、本当よ。あなたの慕っている高坂さんが、あなたの大切な親友をどこの誰ともわからない相手に売ろうとしたのよ」
凛「う、嘘だ!凛は騙されないよ!おまえの言うことなんか信じない!」
花陽「本当だよ、凛ちゃん…」
凛「かよちん…」
花陽「高坂先輩は…私のことを騙して売春させようとしてた。園田先輩が助けてくれなかったら、きっと今ごろひどい目に遭わされてたはずだよ…」
凛「そ、そんな…。高坂先輩が、かよちんにそんなことを…。こ、こんなの何かの間違いだよ。高坂先輩はあんなにいい先輩なのに…」
海未「穂乃果たちが話しているところを偶然聞いてしまったのですが、悪びれている様子はありませんでした。Nýxの他のメンバーも今回の一件には関与しているようです」
凛「ほ、他の先輩たちも…?」
絵里「あなた、Nýxのメンバーだったわよね。これからどうするの?あなたの大切な友だちを平気で傷つけるような先輩たちと一緒にやっていくの?」
凛「凛は…凛はこんなことのためにメンバーになったんじゃない…」
――
音ノ木坂学院の不良グループ、Nýxのことは中学生のころから名前は聞いてた。
このあたりじゃけっこう有名みたいだし、音ノ木坂の悪い噂もよく耳にしていた。
でも、かよちんも一緒にいるから、入学するときに不安は感じなかった。
いくら不良グループが怖くても、こっちから関わらなければ何も問題はないと思ったから。
――
生徒の少ない音ノ木坂だから、クラスはかよちんと一緒だった。
入学してしばらくは、毎日が楽しかった。
クラスで友だちもできたし、仮入部した陸上部でも歓迎してもらえた。
何より、いつもかよちんと一緒にいられるのが本当に嬉しかった。
中学生のときは、最後の学年でクラスが違っちゃったから、ちょっとさみしかったんだよね。
凛の高校生活は、自分でも最高のスタートだと思った。
――
そんな楽しい毎日が終わっちゃったのは、4月の末のころだった。
いつものように陸上部に顔を出そうと思った放課後のこと。
凛たちのクラスの近くにある空き教室から、笑い声が聴こえた。
どこかで聴いたことのある声。
そうだ。クラスメートの女の子たちだ。
ちょっと派手な格好で敬遠していたけど、話したことがないわけじゃない。いつも3人で一緒にいる子たちだ。
教室で遊んでるのかな。
なんということはないけど、空き教室のドアの隙間から中を覗いてみた。
そのときのことは、今でも覚えている。
――
教室の中にいたのは、声でわかった3人と、もう一人。
同じくクラスメートの西木野さんだった。
3人は取り囲んだ西木野さんのおなかを殴ったり、蹴ったりしていた。
西木野さんの表情はつらそうだった。ふざけてやっているわけじゃないことはすぐにわかった。
私の目の前に広がる光景。
それは間違いなくいじめだった。
――
3人のうち1人は西木野さんを羽交い絞めにして、残りの2人が代わる代わる殴る、蹴るを繰り返していた。
苦しそうに咳き込む西木野さんを見ながら、3人はげらげら笑っていた。
西木野さんをいじめながらも、3人は楽しげに会話していた。
流行りのファッションや、昨日観たテレビ番組のことを。
まるでクラスの休み時間に話しているように、平然としていた。
私はぞっとした。
どうしてこんなひどいことを、何のためらいもなしにできるんだろう。
――
怖かった。
ひとを傷つけることを何とも思わない3人が怖かった。
止めに入る勇気なんてなかった。3人もいるし、かなうわけがない。
先生を呼ぼうかとも思ったけど、結局できなかった。
そんなことをしたら、今度は凛がいじめの標的にされる。
――
空き教室の中では、いつの間にか西木野さんが床に仰向けに倒されていた。
3人は掃除用具ロッカーから箒を取り出して、柄の部分で西木野さんを突いている。
教室には笑い声が響いている。
まるで何かのゲームをしているかのようだ。
1人が西木野さんの喉を突いた。
くぐもった悲鳴を背にしながら、私は逃げるようにその場を立ち去った。
――
気が付くと私はクラスに戻っていた。
全力で走った後のように、息が荒い。心臓がドクドクと音をたてて鳴るのを感じる。
いやな汗が身体中を伝ってくる。
私は見捨てた。西木野さんを見捨てたんだ。
空き教室を離れるとき、一瞬だけドアの隙間越しに西木野さんと目が合った気がした。
西木野さんから私のことは見えていないはずだ。
だけど、西木野さんの眼は何かを訴えかけるような感じだった。少なくとも、私はそう感じた。
――
忘れよう。今見たことは忘れよう。
そう自分に言い聞かせていた。
見て見ぬふりをすれば、巻き込まれることもないはず。
西木野さんの味方になったりしなければ、凛が狙われることもないはずなんだ。
大丈夫。凛はきっと大丈夫。
――
次の日、クラスに行くとあの3人が楽しそうにおしゃべりしていた。
この3人がいじめをしているなんて、誰が想像できるっていうんだろう。
見た目は少し派手だけど、どこにでもいる女子高生だ。
凛やかよちんと何も変わらないはずなのに、あんなひどいことを平気で…。
そういえば、前に噂で聞いたことがあったっけ。あの3人はNýxのメンバーになってるって。
Nýxに逆らったり、目をつけられたりしたら、凛も西木野さんみたいにいじめられるのかな…。
西木野さんは何事もなかったかのように登校していた。
いつものように、少し不機嫌そうな表情で窓の外を眺めている。
でも、凛には…昨日の西木野さんの表情が頭から離れない。
感情を失くしてしまったような、絶望した表情。
眼を真っ赤にして、じっと痛みに堪えていた西木野さんの表情が…。
――
どうしたの、凛ちゃん?何か考え事?
気が付くとかよちんに声をかけられていた。
なんでもないよ、とだけ返事をする。
かよちんなら、きっと西木野さんを見捨てるようなことはしないだろうなぁ。
いつもおどおどしていて引っ込み思案だけど、かよちんは芯が強い子だ。昔から一緒にいたから凛にはわかる。
何かあったときは、凛よりもずっと勇気があるのがかよちんだ。
凛が小学生のころにクラスの子にバカにされたときも、かよちんは普段からじゃ想像もできないくらいに怒ってくれた。
それに、かよちんは優しい。困っているひとがいたら、放っておくことなんかできないんだ。
だから、凛はかよちんのことが大好き。勇気があって優しい、凛の一番大切な友だち。
…かよちんなら、西木野さんを見捨てない?
――
そうだ。かよちんなら、西木野さんを見捨てたりしないはずだ。
もし、昨日空き教室の前を通ったのが凛じゃなくてかよちんだったら…。
かよちんはきっと止めていた。
そして…今度はかよちんがいじめの標的にされていたかもしれない。
そう考えると背筋が寒くなった。
いじめの標的は何も西木野さん一人に限ったことではない。
彼女たちから見て気に食わなければ、誰だって標的にされるだろう。
凛は卑怯だから、うまく立ち回ってなんとかなるかもしれない。
でも、かよちんは…まっすぐな性格のかよちんは、いじめの格好の標的だ。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
悔しいけど、凛一人じゃかよちんを護れない。
かよちんを護るために、凛にできること。それは…。
凛自身がNýxに入って、あの子たちの友だちになることだった。
――
Nýxは仲間意識の強いグループだって聞いていた。
メンバーはもちろん、メンバーの友人にも同じように接するって。
それなら、凛がNýxのメンバーになれば、凛の友だちのかよちんはいじめられる心配はないはずだ。
そう決めてからは早かった。
制服をだらしなく着崩して、吸ったこともない煙草を始めた。髪を染めて、ピアスを開けた。不良らしい見た目になるよう、何でもした。
それから、例の3人に声をかけた。Nýxに入りたいから、先輩たちに紹介してほしいって。
3人は快く引き受けてくれた。
高坂先輩たちに紹介された凛は、無事にNýxのメンバーになることができた。
それからは先輩やメンバーの子と遊びまわった。メンバーに受け入れられるよう、どんなことでもした。
そのおかげで、かよちんがいじめの標的にされるようなことはなかった。
かよちん自身は、凛が不良グループとつるんでいることを良く思ってなかったみたいだけど…。
――
凛がNýxに入ったのは、かよちんを護るにはそれしか方法がなかったから。
弱くて勇気もない凛ができる、たった一つの方法だった。
でも、凛のやったことは結局意味がなかった。
かよちんを護るためにやったのに、かえって高坂先輩たちにかよちんに目をつける機会を与えてしまった。
凛のせいで、かよちんを危険な目に遭わせることになるなんて…。
凛のやってきたことは、いったい何だったんだろう…。
――
絵里「あなたがNýxに入ったのには、そんな事情があったのね…」
花陽「り、凛ちゃん…」
凛「かよちん、ごめんね。凛のせいで、かよちんを危ない目に遭わせて…」
花陽「ううん。私の方こそ、ごめんね」
凛「どうしてかよちんが謝るの?悪いのは凛なのに…」
花陽「前に、凛ちゃんが先輩たちと一緒にいること、悪く言ったよね?凛ちゃんが私のことをこんなにも想っていてくれたのに、私は凛ちゃんの気持ちも考えないで…」グスッ
凛「そ、そんな…。凛の方こそ、かよちんにずっと心配かけてたのに…」
花陽「ありがとう。凛ちゃん、本当にありがとう…」
凛「こんなジャケットも、もういらないや…」バサッ
――
絵里「Nýxに残るどうか、答えは聞くまでもなさそうね」
凛「生徒会長さん、今までごめんなさい。凛にはもう、Nýxに残る理由なんてありませんから…」
絵里「よかったわ。あなたが勇気のある決断をしてくれて」
凛「あの、一つお願いがあるんですけど、聞いてもらえませんか?」
絵里「何かしら?」
凛「凛にも会長さんのお仕事を手伝わさせてください」
絵里「それは嬉しいけど、本当にいいの?」
凛「はい。これまでさんざんご迷惑をかけましたし…。それに、かよちんや西木野さんが安心して過ごせるような、そんな学校にしたいんです」
絵里「頼もしい言葉ね。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。そういえば、あなたには自己紹介がまだだったわね。生徒会長の絢瀬絵里よ。よろしくね」
凛「星空凛です。よろしくお願いします」
――
花陽「あ、あの。私にもお手伝いをさせてください!」
凛「かよちん!?で、でも危ないと思うよ…」
花陽「凛ちゃんの言う通りかもしれません。ですが、私も今の状況はよくないと思います。こんな私でも、音ノ木坂学院を変えるために、何かできるかもしれませんから…。何もしないで先輩方や凛ちゃんに頼ってばかりいるつもりはありません」
凛「かよちん…」
絵里「ありがとう、小泉さん。そうね、何もNýxのメンバーとやりあうだけが私たちにできることってわけでもないものね。小泉さんには、メンバーが何かトラブルを起こしていないか、私に連絡をする役割を担当してもらおうかしら」
花陽「わかりました。絢瀬先輩の役に立てるよう、頑張ります!」
――
海未「私にも何かお手伝いをさせてもらえないでしょうか?その、先日の罪滅ぼしと、今日のお礼も兼ねて…」
絵里「ありがとう、園田さん。2年生にも協力者がいると、学年全体の情報が把握しやすいわ」
海未「やるからには全力を尽くします。穂乃果のためにも、私自身のためにも…」
絵里「そうね。高坂さんもいつかきっと自分に向き合えるはずよ。園田さんや星空さんが勇気を振り絞って、自分に向き合ったようにね」
――
にこ「あらあら、ずいぶんと大人数で盛り上がってるわねぇ」
絵里「にこ…」
海未「絢瀬会長、こちらの方は?」
絵里「3年の矢澤にこよ。私の見回りに協力してくれているの」
にこ「この様子だと、協力者が一気に増えたみたいね」
絵里「えぇ、そうよ。星空さんに小泉さん。それに園田さん」
海未「矢澤先輩ですね。園田海未です。よろしくお願いします」
にこ「あぁん、ダメダメダメよ!」
海未「ダメ…と申しますと?」
にこ「そんな堅苦しい呼び方じゃダメだってのよ!いい?あたしたちは、この学院を変えるためにお互いを信頼して行動する仲間なのよ。そーんな他人行儀な呼び方じゃ一体感は生まれないわよ!」
海未「ではどのようにすれば…」
にこ「先輩禁止よ。それに名前で呼ぶこと!わかった?」
――
海未「しかし、仮にも年上を呼び捨てなど…」
にこ「いいのよ、そんなの。ここで一番年上なあたしと絵里がいいって言ってるんだから」
海未「それは結局、先輩権限なのでは…」
にこ「あーもう!難しく考えすぎだっての!絵里より固いわね、あんた。そっちのあんたはどう?」
凛「えっ、凛のこと?」
にこ「あんたはタメでも不自然じゃなさそうね。さ、あたしのことを呼んでみなさい」
凛「に、にこ…ちゃん?」
花陽「凛ちゃん、先輩にちゃん付けはかえって失礼じゃ…」
凛「で、でも呼び捨てだとなんだか…」
にこ「あら、いいじゃない。かわゆ~く、にこちゃんって呼んでもらってけっこうよ。ほら、あんたも!」
花陽「に、にこちゃん…」
にこ「はい合格!さてと、後はあんただけよ」
海未「わ、わかりましたよ。にこ…これでいいですか?」
にこ「ま、及第点ね」
――
絵里「私もそんな感じにみんなのことを呼んだ方がいいのかしら?」
にこ「当然よ!これがスキンシップを高める最高の方法なの。前もこうやって士気を高めたものよ」
絵里「前って?」
にこ「あ、いや。こっちの話よ。それより、あんたたちの名前をまだ聞いてなかったわね」
凛「凛は凛だよー」
花陽「花陽です…」
海未「海未です」
にこ「凛に花陽。それに海未ね。よし、これでバッチリ覚えたわ。今後はお互いに名前で呼び合うこと。わかったわね」
――
テンションの高いにこと、少々困惑気味な3人。
傍から見れば滑稽なやりとりだ。
それにしても、こんなことになるなんて思いもしなかった。
たった一人での見回りから、私に協力してくれる仲間が4人も…。いや、希もいるから5人ね。
一度は無理だと思ってなかば諦めかけていた私に、一筋の光が差し込んだ。
仲間という光。
絆という光。
そして、希望という名の光が…。
今ならやれる。いや、やってみせる。絶対に変えてみせる。
この音ノ木坂を本来あるべき姿に…。
――
夜 真姫の部屋
真姫「にこちゃん、明日も来るのかしら…」
真姫「きっと来るわよね。あのにこちゃんのことだから」
真姫「きっと…」
――
なぜだろう。なぜかにこちゃんを信じている私がいる。
あんな風な言い方をしてしまったけど、そんなことは意に介さずにこちゃんは来るはずだ。
明日も、明後日も。その次の日も…。
わからない。
けど、あの生徒会長とは、何かが違う。
同じ3年生なのに、なぜか反発せず、最後は素直に耳を傾けてしまう。
おちょくってくるのに、なんだかんだで私も追い返したりはしない。
私がこれまで出会ったことのないような性格。
掴みどころのない、ふわっとした感じで…どこか温かくて、包み込んでくれるような。
そう。先輩っていうより友だちに近いのかもしれない。
友だち…高校生になってから、久しく縁のない言葉。
にこちゃんを信じてもいいのかしら。
どうしてこんなことを考えるんだろう。
私が…にこちゃんを信じたいって想っているから?
今度こそ、信じてもいいって…。
――
真姫「にこちゃん、明日も音楽室に来るわよね」
真姫「明日は何を弾こうかしら」
真姫「そういえば、にこちゃんってアイドルソングが好きって言ってたっけ」
真姫「アイドルソングってことは、ポップミュージックよね」
真姫「普段聴いたこともないけど、ちょっとネットで検索してみよう」カチカチ
~♪
真姫「もし私がポップミュージックを弾いたら、にこちゃん喜んでくれるかしら?」
真姫「作曲用楽譜、確かこのへんにあったわよね」ゴソゴソ
――
言葉じゃ素直に言えないけれど。
音楽を通してなら言えるかもしれない。
そんな虫のいいことを考えながら、私は楽譜と向かい合う。
普段は聴かないポップミュージックが流れる部屋で、にこちゃんにどんな言葉を贈ろうか考えていた。
――
穂乃果の部屋
穂乃果「うぅ…ちくしょう。あいつだ。全部あいつが悪いんだ…」ギリッ
雪穂「お姉ちゃん、いるの?台所のご飯、手をつけてないみたいだけど、いいの?」
穂乃果「うるさいッ!来るな!おまえの顔なんか見たくない!」
雪穂「…わかった。ごめん、戻るよ」
穂乃果「ちくしょう…ちくしょう…」
――
花陽ちゃんを売春させれば、かなりのお金が手に入るはずだった。
2回、3回と続けていれば、もっと儲かるはずだった。
今後、他の生徒を売春させるためにも、今回は絶対失敗できなかった。
先輩が探してくれたお客さんは、うまくすればかなりの上客になってくれるはずだった。
それなのに…すっぽかしも同然の対応をしたせいで、今後の利用は考えるって伝えてきたらしい。
紹介した先輩のメンツも丸つぶれだ。
私は失敗した。
失敗できない場面で、また失敗した。
もう何度目かわからない失敗を。
――
すぐにケータイで連絡をとると、先輩たちは穂乃果のせいじゃないからと気遣ってくれた。
でも、私の信用は地に落ちたも同然だ。
先輩たちも、内心ではうまい儲け話を反故にしたことで苛立っているに違いない。
そうだ。きっとそうだ。
私は期待に応えることができなかった。そう、まただ。
後何度こんなことを繰り返せばいいのだろう。
期待を受けては、それを裏切ってしまう。
後一歩のところでいつも失敗してしまう。
私が…私がダメだから。
私に何の価値もないから、いつもこんな結果になるんだ。
もうNýxでの私の居場所はないかもしれない。
――
今日だって、後少しで何もかもがうまくいっていた。
そう。海未ちゃんが私の邪魔さえしなければ…。
海未ちゃん。
まさか海未ちゃんが…。
信じられない。信じたくない。
海未ちゃんは、穂乃果の友だちなのに。
穂乃果の一番の友だちなのに…。
――
どうして?
どうして誰もかれも穂乃果の邪魔をするの?
どうして穂乃果をイライラさせるの?
海未ちゃんまで…ずっと信じてたのに。友だちだって信じてたのに…。
許さない。
私のたった一つの居場所を奪おうとするあいつを許さない。
海未ちゃんを奪ったあいつを許さない。
絢瀬絵里。
絶対に許さない…。
コロシテヤル。
――
翌日 昼 1年生教室
凛「西木野さん、お昼一緒に食べない?」
真姫「えっ、私と…」
花陽「西木野さんさえよければ、3人で食べたいなって」
真姫「ご、ごめんなさい。私、ちょっと昼には用事があって…。失礼するわ」
花陽「そ、そう…」
――
不良モブ1「ちょっと凛、なんで西木野さんにかまってるわけ?」
不良モブ3「西木野さんはアタシらのおもちゃなんだから、おまえはちょっかい出すなって」
凛「別に。ただ声をかけただけでしょ」
不良モブ2「てゆーかさ、凛。何で今日はNýxのジャケット着てないんだよ。おまけにそのだっさい髪と制服も何よ?」
不良モブ1「今さらいい子ぶってるわけ?凛がしっかりしなきゃ、先輩たちに示しつけないじゃん」
凛「話はそれで終わり?凛、これからかよちんとお昼だから。じゃあね」
不良モブ3「てめっ、まだ話終わってねーぞ!」
――
不良モブ2「ちっ、面白くねーな。おい、ちょっと早いけど西木野さん探していつものアレやろうよ」
不良モブ3「賛成、さんせい!」
不良モブ1「見つけ出して楽しませてもらわないとね。さ、行こっ」
花陽「凛ちゃん、どうしよう…」
凛「絢瀬先輩…じゃなかった、絵里ちゃんを呼んでくるよ」
――
音楽室
真姫「このメロディ…いや、なんか違うわ」
真姫「これだとにこちゃんのイメージとは少し合わない…」
真姫「歌詞の方を変えてみようかしら?」
真姫「ふぅ、慣れないことをすると疲れるわね。作曲はよくするけど、ポップミュージックなんて初めてよ…」
真姫「お昼休みは長くないし、せめてもう数パートは終わらせたいわね」
不良モブ1「西木野さん、見-つけた!」ガラッ
――
真姫「ひっ…!?」ビクッ
不良モブ2「こんなところにいたんだねー。探すのに手間取っちゃったよー」
真姫「い、いや…来ないで…」ガタガタ
不良モブ3「そんなに怖がらなくていいじゃーん。アタシたち、友だちでしょ?」
不良モブ1「お上品な西木野さんは昼休みも優雅にピアノかな?」
――
不良モブ2「何弾いてるのーっと!」ヒョイッ
真姫「あっ、それはダメ!返して!」
不良モブ2「何これ。西木野さん、自分で作曲しちゃってるわけー?」
不良モブ1「うわぁ。自分に酔ってるパターンだよね、これ」
不良モブ3「ひくわー」
真姫「返して!お願いだから!」
――
不良モブ2「え~と、なになに…。ありがとう、いつも私のそばにいてくれて…」
不良モブ3「出だしからくっさwww」
不良モブ1「これは重症だね、西木野さん」ニヤニヤ
真姫「やめて!読まないで!」
不良モブ1「うるさいな。少しおとなしくしててよ、いいとこなんだから」
ドンッ
真姫「うっ…」ドタッ
――
不良モブ2「伝えられない、素直になれない。それでも、あなたにだけは贈りたい…」プクク
不良モブ3「ひどいねーこれ。スイーツ(笑)」ゲラゲラ
不良モブ1「ねぇ、西木野さん。これって誰のことなのー?」クスクス
真姫「…」
不良モブ3「もしかして、昨日のあの子じゃない?ほら、西木野さんを連れて行った」
真姫「…!」
不良モブ2「うわっ、気色悪ッ!西木野さんってレズだったんだー。前からそんな感じはあったけどねー」
不良モブ1「ちょっと、モブ2。あんまりからかうとレズの西木野さんに襲われちゃうよ」キャハハハ
不良モブ2「きゃー!怖ーい!」
不良モブ3「あの変なチビもレズなのかなー。西木野さんとお似合いのレズカップルだね!」
真姫「…ないで」
不良モブ1「え、何?聴こえないんだけどwww」
真姫「にこちゃんをバカにしないで!」ガッ
――
不良モブ1「ちょ、離せよ!」ググッ
真姫「許さない!にこちゃんのこと悪く言うなんて…!」
不良モブ1「うぜーんだよ!」
バシッ
真姫「うっ…」
不良モブ2「今ので確定だねー。やっぱりレズなんだ」
不良モブ3「気持ち悪ゥ。モブ2、それ破っちまいなよ」
不良モブ2「そうだね。こんな気持ち悪いモノ触ってらんないよ」
真姫「や、やめて…!」
ビリッ
真姫「やめ…」
ビリリッ
真姫「…」
――
不良モブ2「あはははっ、西木野さんの恋は楽譜と一緒に塵になっちゃいましたー」パラパラ
不良モブ3「レズとかキモいしー。これで清潔になったね」
不良モブ1「あれ、西木野さん泣いてるの?モブ2、カラダで慰めてあげたらー?」
不良モブ2「ちょ、やめてって。レズの西木野さんが本気にしたらどうすんのwwww」
真姫「…さない」
不良モブ1「何?まだ何か言いたいことあるわけ?」
真姫「許さない!絶対許さない!」
――
不良モブ1「はんっ、またやろうっての?」
真姫「あなたたちは…絶対に許さないから!」ガッ
不良モブ2「おーとっと、西木野さんは単純だね。さっきと同じように突っ込んでくるだけ?」グッ
不良モブ3「背中がお留守だよー」
ゲシッ
真姫「うぐぅっ!」
不良モブ1「ほらほら、どうしたの?」
バキィッ
真姫「げふっ!」
不良モブ2「気持ち悪いから触んないでってば!」
ゴッ
真姫「ぐっ、ぐうぅッ!」
――
不良モブ1「まだやる気なの、西木野さん?」
真姫「はぁはぁ…」
不良モブ2「西木野さんって勉強はできるかもしれないけど、アタシたち相手に勝てると思うなんて、はっきり言ってバカだよ」アハハハ
不良モブ3「アタシたちに刃向ったこと、後悔させてあげるよ。モブ2、押さえといて!」
不良モブ2「おっけー」ガシッ
真姫「や、やめて…!」
不良モブ3「そんじゃモブ1、アレやっちゃおうよ」クスッ
不良モブ1「そうだね。責任取るっていったらアレだよね」
真姫「う、うあぁあ…」ガタガタ
不良モブ1「ユ・ビ・ツ・メ」ニコッ
――
真姫「ひいぃっ!?やめて、やめてェー!」
不良モブ1「モブ2、しっかり押さえといて!」
不良モブ2「ほら、西木野さんおとなしくするんだよ」ググッ
不良モブ1「ふふっ、この間新調したばっかりのナイフだからさ。初めては西木野さんがいいかな」ギラッ
真姫「や、やだぁっ!やめて、助けてェー!」バタバタ
不良モブ3「暴れるんじゃないよ」バシッ
真姫「ぐっ…」ガクッ
不良モブ1「安心して。指そのものは切り落とさないから。そんなことしたらアタシたちがいじめてるのバレちゃうもんね…。まぁ、ご自慢のピアノが弾けないくらいに、神経は切ってあげるけど」ニヤニヤ
真姫「あっ、あぁあ…」ガタガタ
絵里「そこまでよ」ガラッ
――
不良モブ1「…ったく、相変わらずタイミングが悪いですねぇ。生徒会長さま」
絵里「西木野さんからすぐに離れなさい。離れないなら、力尽くでも止めてみせるわ」
不良モブ2「どーするよ、モブ1。こっちは武器もあるし、やっちゃう?」
不良モブ1「面倒だし、ここはいったん戻るよ。高坂先輩も、ナイフ持ってたけどこいつに邪魔されたみたいだし」
不良モブ3「そうだね。何か生徒会長さま以外にもいるみたいだし…」
不良モブ1「それじゃ私たち、戻りますねー」ヘラヘラ
――
凛「西木野さん、大丈夫!?」
花陽「怪我はしてない…?」
真姫「あ、あなたたちは…」
凛「西木野さんが教室を出た後、あいつらが追いかけて行ったから、気になって探してたんだよ」
真姫「…」
絵里「凛と花陽が知らせてくれなかったら、応急処置で済むような怪我じゃなかったはずよ」
真姫「どうして、どうして余計なことをするの?こんなのお節介よ。いい迷惑よ…」
にこ「真姫ちゃん、まだ意地を張るの?」
真姫「にこちゃん…!?」
――
にこ「本当に真姫ちゃんは素直じゃないわねぇ…。あら?これって…」
絵里「紙切れかしら?何でこんなところに…」
にこ「これ、楽譜ね。破れてはいるけど、楽譜だわ。凛に花陽、直すからちょっと手伝って」
凛「なんだかパズルみたいだにゃー」
花陽「この紙片は、こっちで合ってますかね?」
真姫「…」
――
にこ「これで一通りそろったみたいね。えっと、ここからで合ってるのかしら…?」
絵里「何か書いてあるの?」
にこ「…」
凛「にこちゃん、凛にも教えてよー」
にこ「…ねぇ、真姫ちゃん」
真姫「言わないで!にこちゃんも気持ち悪いって言うんでしょ?あの子たちみたいに…。お願い、何も言わないで!聞きたくない!」
にこ「…ありがとう」
――
真姫「えっ…?」
にこ「これ、真姫ちゃんが作ってくれた曲でしょ?」
真姫「そ、そうだけど…」
にこ「勘違いなら恥ずかしいけど…これってあたしのために作ってくれたの?」
真姫「そ、そうよ…」
にこ「真姫ちゃん」
真姫「な、何よ…」
にこ「もう一回言わせて。ありがとう」ギュッ
――
にこちゃんに抱きしめられた瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
張りつめた糸のように、強張った私の心が。
私を支えていた、最後の意地が。
つらい。苦しい。悔しい。痛い。哀しい。さみしい。助けてほしい。
心の奥に押し込んだ、私の本当の気持ち。
堰を切ったように、私の気持ちが溢れてくる。
私は泣いた。にこちゃんの腕の中で。
今まで堪えてきた涙すべてを洗い流すように。
いつまでも止まない雨のように、私はずっと泣き続けた。
涙が止まらないのに、どこか温かいのは、にこちゃんが優しく抱きしめてくれていたからかもしれない。
――
もう昼休みはとっくに終わっていた。
でも、誰もその場を離れようとはしなかった。
にこちゃんも、生徒会長も、クラスメートの2人も。
どれくらいの時間が経ったのかはわからない。
私の眼は真っ赤になっていて、流れた涙はにこちゃんの制服まで濡らしていた。
まだ震える声で私はにこちゃんに話し始めた。
入学してすぐ、あの3人に目を付けられたこと。
毎日のように放課後に呼び出され、怪我をした回数は数えきれないこと。
殴る蹴るは当たり前だったこと。煙草の火を押し付けられ、タオルで首を絞められたこともあること。
彼女たちが遊びに行くたびに、お金を盗られていたこと。
最初の制服はもうぼろぼろで、これが3着目なこと。
ママが早起きして作ってくれたお弁当を、空き教室のごみ箱に捨てられたこと。
学校に行きたくない、死んでしまった方が楽だとずっと思っていたこと。
でも、彼女たちから逃げることは、負けを認めるようでプライドが許さなかったこと。
大好きなパパとママを心配させたくなかったこと。
私はいじめられてなんかいない。意地になってそう思い込んでいたこと。
生徒会長に助けてもらったときも、本当は嬉しかったこと。
そして…にこちゃんのために作った曲の楽譜を破かれたこと。
私だけでなく、にこちゃんのことまでバカにされて、頭に血が上ったこと。
どうしても許せなくて、初めてあの3人に抵抗したこと。
私は話した。
これまでのことを全部話した。
にこちゃんは時々頷きながら、黙って私の話を聴いていた。
いつの間にか、にこちゃんの頬にも涙が伝っていた。
――
真姫「これで…これで全部よ。もう隠してることはないわ」グスッ
にこ「真姫ちゃん、よく話してくれたわ。一人でずっと頑張ってたのね…」
真姫「ううっ…」ヒクッ
にこ「真姫ちゃんはね、頑張りすぎたのよ。誰にも迷惑をかけたくない、心配をかけたくないって、一人で全部抱え込んでたのよ」
真姫「に、にこちゃん…」
にこ「そんなところが、誰かさんに似てるわね」チラッ
絵里「えっ、私のこと?」
にこ「絵里と真姫ちゃんは性格がそっくりだわ。何でも自分一人で抱え込んで、疲れて動けなくなっちゃう。他人に頼ることができない生真面目タイプの典型ね」
絵里「そ、そうかしら…」
にこ「…だから絵里の言うことは聞きたくなかったんでしょ。ね、真姫ちゃん?」
真姫「…ッ」
にこ「自分と同じような性格の相手に言われたくはないわよね。鏡の中の自分に言われてるみたいで、ますます素直になれなくなるだけだもの」
――
真姫「…そうよ、にこちゃん。私が生徒会長に素直になれなかったのは、どこか私に似ている気がしたからよ」
絵里「そうだったの…」
にこ「真姫ちゃんに最初に声をかけたとき、絵里は一人でやってたでしょ。あの時は真姫ちゃんに負けず劣らず、一人で抱え込むタイプだったものね。このあたしが来るまでは」
絵里「言われてみればそうかもしれないわ。誰の助けも借りようとしない私が協力したいって言っても、信用できないわよね…」
にこ「でも、絵里はもう一人じゃないでしょ」
絵里「えぇ。にこがいるし、みんなもいる。私を支えてくれる仲間がいるわ」
にこ「真姫ちゃんだって、もう一人じゃないでしょ?」
真姫「わ、私は…」
にこ「ここに集まってる連中は、みんな真姫ちゃんのために何かできないか一生懸命考えてる。真姫ちゃんの友だちとしてね…」
真姫「と、友だち…」
にこ「ほら。後は真姫ちゃんの方から手を伸ばせば、みんな友だちよ。もちろんあたしも含めてね」スッ
真姫「にこ…ちゃん…」
ギュッ
――
真姫「ありがとう…。ありがとう、にこちゃん…」グスッ
にこ「これで真姫ちゃんはもう一人じゃないわね。さ、感謝するならあたし以外の友だちにもしなくちゃ」
真姫「うん…」
凛「西木野さん…じゃなくて、真姫ちゃん。真姫ちゃんは一人じゃないよ。凛もかよちんも、にこちゃんも絵里ちゃんも、みんな真姫ちゃんの友だちだよ!」
花陽「私たちはクラスも一緒だし…これからよろしくね、真姫ちゃん」
真姫「あ、ありがとう、二人とも…」ヒクッ
絵里「真姫。私もあなたの友だちの輪に入れてもらえるかしら?」
真姫「い、いいの?あなたの好意、さんざん無下にしてきたのに…」
絵里「それはもう過去のことよ。大事なのは、今、真姫が私と友だちになってくれるかどうかよ」
真姫「絢瀬さん…」
凛「ちがうよ、真姫ちゃん。名前で呼ばないとにこちゃんが怒るよー」
真姫「…にこちゃん、ここでも先輩禁止にしてたの?」
にこ「そうよ。これがあたしの流儀よ」
真姫「…わかったわ。これからよろしくね、絵里」
絵里「こちらこそよろしくね。真姫」
――
放課後 生徒会室
希「えりち、どうしたん?今日はやけに機嫌がよさそうやけど…」
絵里「友だちが増えたのよ」
希「友だち?」
絵里「そうよ。希と同じように、大切な友だちがね」
にこ「ちょっくら邪魔するわよ~」ガラッ
凛「生徒会室って広いんだね。あっ、あっちにお菓子の箱があるよ!」
花陽「り、凛ちゃん。あんまり騒いだら絵里ちゃんたちの迷惑になるよ…」
絵里「噂をすれば、ね」フフッ
――
海未「大勢で押しかけて申し訳ありません。今日の見回りの役割分担について打合せに来ました」
絵里「わざわざ出向いてもらってありがとう。立ち話もなんだから、座ってちょうだい」
凛「わっ、このソファふっかふかだにゃー」モフッ
真姫「ちょっと、遊びに来たわけじゃないのよ」
絵里「真姫も来てたのね」
真姫「わ、私は別に…。一緒にいた方があの子たちに何かされなくて済むって、にこちゃんが言うから…//」
凛「真姫ちゃん、赤くなってるにゃー」
真姫「う、うるさい!//」
――
希「なんやぎょうさん集まったなぁ…。みんなえりちのこと手伝ってくれるん?」
絵里「えぇ。みんな私の心強い仲間よ」
希「そっか…。みんなおおきにな。待ってて、いまお茶くらい淹れるから」
海未「そのようなお気遣いは…」
にこ「いいのよ。喉渇いてたしちょうどいいわ。海未、あんたも少し他人の好意に甘えることを覚えなさい」
海未「…わかりました。ありがたくちょうだいします」
――
絵里「それで、今日の見回りの件だったわよね」
海未「はい。注意されたNýxが反発してくることも考えると、見回りは私と絵里が中心に行った方がよさそうです」
にこ「ちょっと、ちょっと。あたしもいるわよ」
海未「にこは何か護身の心得はあるのですか?」
にこ「まぁ、何とかなるわよ」
絵里「にこ、無理だけはしないでね」
にこ「まさか絵里からそんなことを言われるなんてね。ちょっと前まではあたしが言ってたセリフじゃない」
絵里「万一、喧嘩にでもなれば大変だわ。前もカツアゲされそうになってたじゃない」
にこ「あ、あれは仕方なかったのよ。転校して早々にもめるわけにもいかなかったから…」
海未「しかし、にこが喧嘩に巻き込まれるとなると、真姫の身も危険です」
絵里「そうね。やっぱりにこは真姫のそばにいてあげて」
にこ「しょーがないわねぇ…」
絵里「真姫もそれでいい?」
真姫「わ、私は別にいいわよ。にこちゃんと一緒なら…//」ボソッ
――
絵里「凛と花陽は、何かあったらすぐに私たちに連絡をしてきてね」
花陽「はい!」
凛「凛はこれまでNýxにいたから、だいたいどのへんでメンバーがたむろってるかわかるよ!」
絵里「頼もしいわ。何か妙な動きがあっても知らせてね。昨日の高坂さんのこともあるし、裏で何か悪だくみをしている可能性もあるから」
凛「凛にまっかせるにゃー!」
花陽「一緒に頑張ろうね、凛ちゃん」
――
絵里「それじゃ、各自行動を開始しましょう。希、生徒会室のこと頼んだわよ」
希「ええよ。うちにはそれくらいしかできんし…」
凛「お茶ありがとうございました。美味しかったです!」
希「そらよかった。みんな、えりちのことよろしくな」
海未「はい。気を引き締めていきます」
花陽「絵里ちゃんの役に立てるよう頑張ります!」
にこ「人数も増えてきたし、ここからが正念場ね。さ、行くわよ真姫ちゃん」
真姫「えぇ。ちゃんと私のそばにいてよね…//」
希「なぁ、えりち」
絵里「どうしたの、希?」
希「よかったなぁ。みんな、えりちに協力してくれて。えりちの夢、きっと叶う日がくると思うよ」
絵里「ありがとう。その時は、みんなでお祝いしましょう。希も一緒にね」
希「えっ、うちも?」
絵里「当たり前よ。私のことをこれまで支えてきてくれたのは、他でもない希でしょ」
希「えりち…。ありがとな、ほんまに…」グスッ
絵里「どうしたのよ、涙ぐんじゃって」
希「こんなうちでも…えりちは友だちと思ってくれるんやな…」
絵里「何言ってるのよ。希は私の親友でしょ。ほら、泣かないで」
海未「絵里。そろそろ行きますよ。私は3階を担当するので、絵里は2階から見回りをお願いします」
絵里「わかった、いま行くわ。それじゃ、希。後は頼んだわよ」
希「(えりち…ごめんな。うちに…うちにもっと勇気があれば…)」
――
空き教室
穂乃果「ねぇ、ことりちゃん…」
ことり「ど、どうしたの。穂乃果ちゃん…」
穂乃果「ことりちゃんは、穂乃果を裏切らないよね…?」
ことり「そ、そんなことするわけないよ!ことりはどんなことがあっても穂乃果ちゃんの味方だよ!」
穂乃果「よかった。海未ちゃんは穂乃果を裏切ったけど、ことりちゃんは裏切らないんだね」
ことり「えっ、海未ちゃんが…?そ、それはどういうことなの?」
穂乃果「海未ちゃんはね、穂乃果のことを裏切ったんだよ。友だちの穂乃果を裏切って、あの女に協力したんだよ」
ことり「あの女って…」
穂乃果「絢瀬絵里。あの生意気で偉そうな生徒会長だよ。あの女が穂乃果の邪魔をしてるってわかってて、海未ちゃんは協力したんだよ。そのせいで、穂乃果のお小遣い稼ぎも全部パァだよ。先輩たちの信用もガタ落ちだよ…」
ことり「そんな…何かの間違いじゃないの?」
穂乃果「うるさいッ!」
ことり「ほ、穂乃果ちゃん…?」ビクッ
穂乃果「そっかぁ。ことりちゃんは穂乃果の言葉より、海未ちゃんのことを信じるんだ…」ギラッ
ことり「こ、ことりは穂乃果ちゃんを信じるよ!だ、だからナイフをしまって!」
穂乃果「ことりちゃんも、裏切ったらいつでも殺してあげるからね」クスクス
ことり「穂乃果ちゃん…」
ピロリン
――
ことり「…!」
穂乃果「メール…ことりちゃんのでしょ。見たら?」
ことり「で、でも…」
穂乃果「別にいいよ、海未ちゃんからのメールでも。もう海未ちゃんは友だちでもなんでもないから」
ことり「わ、わかったよ…」カチッ
穂乃果「海未ちゃんから?」
ことり「…ううん。絢瀬の新しい情報が入ったよ」
穂乃果「へぇ。何かあった?」
ことり「…」
穂乃果「どうしたの?早く教えてよ、ことりちゃん」
ことり「絢瀬に協力する生徒がまた増えたみたい…」
穂乃果「物好きもいるもんだね。どこの誰?後でかちこんでやろうかな」
ことり「…」
穂乃果「ことりちゃん、早く教えてよ。あんまり穂乃果をイライラさせないで」
ことり「で、でも…」
穂乃果「早くしろってば!」
ことり「海未ちゃんの名前も入ってるの…」
穂乃果「…」
――
穂乃果「…ははは。あはははっ!」
ことり「…!」ビクッ
穂乃果「こりゃ傑作だね。何?海未ちゃん、まだ邪魔し足りないの?あの女と一緒に、穂乃果のことを全部否定しないと気が済まないの?」
穂乃果「いいよ、上等だよ…。そっちがその気なら、穂乃果にだって考えがあるよ」
ことり「穂乃果ちゃん、何をするつもりなの…?」
穂乃果「あの女、殺してやる」
ことり「ほ、穂乃果ちゃん。まさか本気で…」
穂乃果「殺してやる!絶対殺してやる!あいつは…穂乃果から何もかも奪った!Nýxでの居場所も、楽しい毎日も…、それに海未ちゃんも…」ギリッ
穂乃果「今度は穂乃果があいつのすべてを奪ってやる。あいつの人生、めちゃくちゃにしてやる!」
ことり「…」
穂乃果「ことりちゃん、協力してくれるよね…?」
ことり「えっ、ことりも…」
穂乃果「ことりちゃんは穂乃果の友だちでしょ?赤の他人の海未ちゃんと違って、友だちでしょ?」
ことり「や、やるよ。穂乃果ちゃんのためなら、何でも…」ガタガタ
穂乃果「ふふっ。うふふふ。あははははッ!」
to be continued
真姫「ちょっと!にこちゃん、これはどういうことなの?」
にこ「別に。文字通りの意味よ」
真姫「まさか本気で打ち切りエンドでお茶を濁す気なの!?しかも、更新したのに文章が増えるどころか減ってるじゃない!」
絵里「こんなの認められないチカ!せっかく私がかっこいい役なのに、こんな尻切れトンボは許されないチカ!」
穂乃果「そうだよ!このままじゃ穂乃果はただの憎たらしいクズで終わっちゃうよ!」
にこ「あーもうっ、ガヤガヤうっさいわね!前編と後編に分けるだけよ!」
真姫「後編があるの?」
にこ「そうよ。本当ならすぐに完結させる予定だったんだけど、国語の成績が2のあたしが書いたせいで、だらだら長くなって、字数オーバーになるってわかったのよ」
絵里「よかったチカ。これで安心して私の勇姿が見れるチカ。エリチカ、興奮しておなかすいたからピロシキ食べるチカ」ムシャムシャ
穂乃果「あれ?でもこれって、私が改心するかどうかはわからないよね?に、にこちゃん!早く続きを見せてよ!このままじゃ穂乃果のイメージダウンは深刻だよ!」
にこ「チョットマッテテー。今日中には書き終わるから!」
(´・Д・)読んでて胃が痛くなります
こういうの好きです!頑張ってください!
何というか、色々続きが気になります!
更新頑張ってください!
絵里達は救われて欲しいな
期待
だんだんと物語が盛り上がって来ましたね……
一寸足りとも見逃せない展開です……!
ラストスパート頑張ってください!
毎回楽しく読ませていただいてます!
この先の展開すごく気になります……
最後まで頑張ってくださいね!
こういうの好きです…!
穂乃果たちが改心するENDが見たい…
かよちんが海未ちゃんに助けてもらったのがよかった
続き、気になります!!
続きが気になります!
頑張ってください
これエンディングテーマはもうひとりじゃないよが合いそうですね。
更新頑張って下さい!
後書きの穂乃果ちゃんの不憫さが半端なくて笑える……
完結まで頑張ってください
にこまき厨ってこんな改変してまでにこまきageのためにSS書くんだね
あとがきの穂乃果見て安心したわwww
やっぱほのかはこうでなくちゃな
そこまででは無いけど、私もその様なイジメを受けたことがあります。本当に真姫ちゃんみたいな感じになり、とても共感できます。こういう時って何故か強情になってしまうものです。