たった1人
穂乃果編の完結になります。
自分自身が何者で、今までの自分が信じられなくなる。
そんなことは滅多に起こりうることはないと思う。
でも、ふとした時にそれを考えてしまった時、
私は高坂穂乃果が分からなくなった。
分からないから新しい私を作ろうとして、
皆に変な違和感を与えてしまっていた。
そんなことはすぐに分かったのに、
元の自分に戻ることは出来なかった。
だけど、私が何者で、どうあるべきか。
教えてくれる人がいる。
答え次第では終わってしまうかもしれない。
もう二度と自分を見つけ出すことが出来ないかもしれない。
それでも、今は知りたい。
私の大切な存在がきっと教えてくれるはずだから。
握られた手。
私を導いてくれるかな。
音ノ木坂学院 屋上
白く綺麗な手に引かれ、私は階段を上ってきた。
確か少し前もこうして屋上に向かって走っていた気がする。
楽しくて楽しくて仕方がなかった。
皆といられることが嬉しかった。
今は少し違う気持ち。
扉の向こうに答えがある。
絵里「穂乃果、私たちはここまでにしておくわ」
希「そうやね、ここからは幼馴染みで話したほうがええね」
穂乃果「絵里ちゃん、希ちゃん・・・」
絵里「私はさっきも言った通り、あなたが悩んでいることを解決してあげることは出来ないと思う。だから託すしかないの。ごめんなさい」
希「ウチも独り言を言っただけやから、穂乃果ちゃんの悩みを解決できたとは思ってないよ。ただの独り言やからね」
絵里「この先には私たちでは知りえないこと、私たちでは想えない気持ちを持った人がいるはず」
希「まずは素直にその話に耳を傾けてみてほしい」
絵里「それを聞いたうえで、穂乃果が自分で答えを出しなさい」
希「言われるままじゃなくて、自分がどう思ったかを大切にしてな」
そういって2人は扉を開けて、私の背中をそっと押してくれた。
夕方とはいえ真夏の今日は、まだまだ日が落ちず、日中の明るさを残している。
外に出た瞬間は眩しさで目がくらむ。
目が慣れ始めた時、私の目の前に2人の女の子がいた。
穂乃果「海未ちゃん、それにことりちゃんも」
海未「すみません穂乃果、ことりは間に合わないかもしれなかったので、来ると約束できなかったのです」
ことり「それでも間に合わせてきたの。穂乃果ちゃんとお話するためにね」
海未「穂乃果、絵里と希から話は聞きましたか?」
穂乃果「うん、ちょっとした昔ばなしと独り言を聞いてきたよ」
海未「それでもあなたの中でまだ答えは出ていないようですね」
穂乃果「そうだね。私はまだ答えを出せていない。私が高坂穂乃果である理由を」
ことり「やっぱり穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃん自身のことで悩んでいたんだね」
穂乃果「ずっと悩んでいたわけじゃない。だけど考えだしたらどんどん分からなくなってしまったんだ」
海未「穂乃果が穂乃果たる理由。それについて考えていたというならば、私たちから言えることは1つです」
ことり「そう、たった1つなの」
2人は目を合わせて、1度大きく頷いた。そして、
海未「私は穂乃果が好きです、大好きです」 ことり「私は穂乃果ちゃんが好き、大好き」
予想外の答えに私はきっと目を見開いていたと思う。
穂乃果「私が好き?いったいどういうこと。それの何が答えになるの?」
海未「勘違いしないでください穂乃果。私は、私たちから言えることは1つと言ったはずです」
ことり「私たちはいっぱいいっぱい考えたの。でも、穂乃果ちゃんの求める答えを出すことはどうしても出来なかったよ」
穂乃果「なんだ、やっぱり分からないんだ。絵里ちゃんたちは海未ちゃんたちに期待しすぎたんだね」
海未「絵里と希が私たちに期待していたことは分かっています。今日ここで話す内容はあの2人にも、もちろん伝えてありませんから」
ことり「今ここで話すことは、私と海未ちゃんの2人が穂乃果ちゃんに対しての想いなの」
海未「ですので、穂乃果にはまず私たちの話を聞いてもらいます」
穂乃果「その後で穂乃果が判断すればいいんでしょ?絵里ちゃんにも言われたよ」
海未「いいえ、穂乃果に判断してもらうことなどありませんよ」
ことり「穂乃果ちゃんには、私たちの話に反論してほしいの」
私はさっぱり話の内容がみえなかった。海未ちゃん達がいったい何をしたいのか全然理解できなかった。
海未「今から話す内容は嘘偽りない私たちの気持ちです。つい先日穂乃果に伝えた内容もあります」
ことり「まずはそれを聞いてほしい。私の私たちの気持ちを」
穂乃果「私には何が何だか分からないよ。そんなことを聞きにきたんじゃないんだよ?」
海未「だからこそ聞いてください。あなたにしか言えない私たちの気持ちなのですから」
2人の決心はとても強かった。そんなことで私の気持ちは変わらないと思う。だからこそ、そこまで言うのなら、
穂乃果「なら聞かせて。反論でもなんでもしてあげるよ」
ことり「うん、ありがとう穂乃果ちゃん」
海未「では穂乃果聞いてください」
その時、いや、その瞬間の海未ちゃんとことりちゃんは私の知らない2人に見えた。
海未「穂乃果はいつもいつもやるべきことをやらずに、自分のやりたいことばかりをして、自分の言いたいことを言ってきました。宿題はことりに見せてもらってばかりで、生徒会の仕事も結局は私たちが手伝う羽目にいつもなっています」
ことり「私は宿題を見せてもいいかなって思ってたけど、心の中では穂乃果ちゃんのためにならないかも?なんて思ったりもしてたよ」
海未「かと思えば何をやるにも突然で、スクールアイドルだってその1つです。廃校を救うと言えばいいように聞こえますが、その過程であっても多くの問題にぶつかってきました」
ことり「私のことだってそう、穂乃果ちゃんは責任感が強いところがあるから、少し考えすぎちゃうところもあったりするの」
海未「もう少しバランスよく物事を考えられると、穂乃果はもっと成長できると思います。考え過ぎず、考えなさすぎず、まあそれが出来ないからこそ今の穂乃果がいるわけなのですが」
ことり「そんな穂乃果ちゃんを海未ちゃんが叱って、私がちょっと甘えさせる。今まではずっとずーーっとそうだったね」
海未「ですが、もうそれも終わりにします」
ことり「私たちは穂乃果ちゃんを叱ったり、甘やかしたりすることを止めるの」
海未「穂乃果のためと思い、私は今まで穂乃果に対して色々なことを言ってきました。そして以前私が今後のことで悩んでいた時、本当は穂乃果がいたからこそ今の私があると話しました。だからこそ、私は穂乃果を自分自身がそこいるための存在にしていたのです」
海未「あなたに手を差し伸べられるような存在になりたいという気持ちは今でも変わりません。手を差しのべ、共に歩んでいく。これは私の1つの夢です。ですがそれは私の身勝手な夢でもあります」
海未「あなたは常に私の前にいて、その背中で私を引っ張ってくれています。穂乃果にとって無意識だったとしても、その背中はとても大きく眩しいものでした」
ことり「それ自体が私たちの穂乃果ちゃんへのイメージであり、私たちの作り出した幻想だった」
ことり「それが当たり前、穂乃果ちゃんなら何があっても大丈夫。そんなことを何の考えもなしに思っていたの」
海未「私自身こうして、今回のような事態に遭遇しなければ、穂乃果に対するイメージについて考えることすらなかったと思います」
海未「それはある意味、穂乃果を穂乃果として見ようとしていないのと同義です」
ことり「穂乃果ちゃんが言ってくれた、色んなことりがいて、今ここにいることりがいるってこと。それとはまた違う話なのかもしれない。ことりは自分で自分を決めていたから」
ことり「穂乃果ちゃんは周りが自分を決めつけていたから、色んな穂乃果ちゃんがいることを見ようとせず、私たちが考えた穂乃果ちゃんでいることを求め続けてしまったから。穂乃果ちゃんは無意識にそんな自分でいようとしてくれていた」
海未「何があっても前向きに、時に理解不能なことを言いだしても、それには深い理由がある。仲間思いの私たちのリーダー。それが穂乃果であり、そうでなければ穂乃果ではないと、私たちは思ってしまっていました」
海未「今回の件もそうです。私たちはまず穂乃果が変わってしまったと思っています。勝手なイメージで作り出した穂乃果をそれが穂乃果の全てであるかのような、そんな感じで話を進めてしまいました」
海未「だから、私は止めます。穂乃果に対する勝手なイメージを作ることを止めます」
ことり「今の穂乃果ちゃんを否定することを止めます」
海未・ことり「だから・・・今までごめんなさい」
なんで謝られているのだろう。
なんで2人はあんなにも泣いているのだろう。
私の何があの2人をこんなにも追い込んだのだろう。
私のイメージ・・・
勝手な幻想・・・
私自身の想い・・・
穂乃果「そんなものどうだっていいよ!!」
気づいた時には私は大きな声を出していて、
2人は驚いた様子でこちらを見ていたと思う。
そこからは無我夢中で後から思い出そうとしても、ほとんど言ったことを覚えていないよ。
穂乃果「私が最近考えていたこと。自分の行動で誰かに色んな影響を与えていたこと。それが本当に自分自身でしてきたことなのかどうかということ。考えれば考えるほど自分に、高坂穂乃果と言われることに自信が無くなっていった」
穂乃果「高坂穂乃果はこうであるっていう皆からのイメージは言葉や行動で私にも伝わっていた。それでもスクールアイドルとして走り切った、やりきった時まではそんなこと全く頭の中に無かった。只々スクールアイドルでいられる、皆と歌って踊れることだけを考えていたから」
穂乃果「絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃんが卒業して、去年みたいに毎日に夢中になれることが無くなった。それが嫌だったわけじゃなくて、どこかで自分に甘えてた。また何かできるんじゃないかって」
穂乃果「いつも傍には海未ちゃんとことりちゃんがいてくれて、そんな2人の悩みを聞いて、私だけ何も考えていないなって思っちゃった。ただやりたいことをやって満足して、周りに影響して、なんだかんだ上手くいってそれで良しって思って」
穂乃果「その成功も色んな人に支えられて、1人の力じゃ決してなくて、だれのおかげかなって考えたら、やっぱり2人が出てきた」
穂乃果「私たちの将来のことを、これからも3人でいたいと心配し悩んでくれる海未ちゃん。私たちのことがとっても大事だから生まれた考え、その怒りの矛先を自分自身に向けたことりちゃん。2人はこんなにも私を想ってくれていた」
穂乃果「嬉しかった。とっても嬉しかった。私は、かけがえのない存在がいつもいつも傍にいてくれた」
穂乃果「そんな2人を私の勝手な考えが苦しめた。いっぱい悩ませて、涙まで流させた。そんな考えが私は許せない」
穂乃果「大好きと言ってくれた2人よりも自分の存在が大事なわけがない」
穂乃果「だって誰かに一緒にいたいと想われる、大好きだよって言われることが、その人がそこにいる1番の理由だから」
穂乃果「だから私は・・・」
穂乃果「そんな高坂穂乃果はいらない」
穂乃果「海未ちゃんとことりちゃんを悲しませる穂乃果、2人から叱られない穂乃果、甘えさせてもらえない穂乃果、そんな穂乃果こそ私じゃない」
穂乃果「だから海未ちゃん、ことりちゃん」
穂乃果「何も止めなくていい。海未ちゃんとことりちゃんが言ったことは間違ってる」
穂乃果「そんな穂乃果はもういないから」
穂乃果「いや違う、今からそんな穂乃果とお別れするよ」
そう言って私は2人の前に進む。
海未「穂乃果、何を・・・」
ことり「穂乃果ちゃん・・・」
穂乃果「これは勝手なケジメ。私のしたことで2人を悲しませた。そんな自分と決別するためのケジメ」
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん」
穂乃果「私を思いきり引っぱたいて」
海未「何を言うのですか!」
ことり「そうだよ!そんなことできないよ・・・」
穂乃果「こんなことで海未ちゃんとことりちゃんにしたことがどうなるとも思わない。むしろ私をたたかせることでさらに迷惑をかけてしまうと思う」
穂乃果「それでも最低な私にしてもらえることなんてこのくらいしかないよ」
最低な私。
私を最低だと言ってくれた。
ことりちゃんを泣かせた私を、
海未ちゃんは思いきり叱ってくれた。
今の私はもっと最低だ。
だからもう一度、いや今度は叱ってもらえるように甘えるんだ。
穂乃果「だからお願い、2人とも」
そう言って私は目をつぶり、2人に顔を差し出す。
長い沈黙。それでも私は動かない。
凄く長く感じた。今まで屋上で過ごした長い時間よりもずっと。
しかしその時は急に訪れる。
人の手がほほに当たる音。
私たちしかいない屋上。
そこに聞きなれない音が響いた。
目を開けた時、そこには歯を喰いしばり、涙をいっぱい貯めた、
ことりちゃんがいた。
海未「ことり・・・」
ことり「もう絶対にこんなことしないから、大好きな穂乃果ちゃんに2度とこんなことしないから!!」
大きな瞳は一点にこちらを見つめ、今にも崩れ落ちそうなほど震える体は立っているのが精いっぱいみたいだった。
穂乃果「ことりちゃん、本当にごめん。お願い聞いてくれてありがとう」
残るは海未ちゃん。ことりちゃんも海未ちゃんが終わるまではと、こちらを見つめ続けている。
穂乃果「さあ、海未ちゃん」
私は再び目を閉じる。
海未「穂乃果、あなたは・・・」
海未ちゃんの言葉の後、
先ほどとは反対のほほに鋭い痛みが襲う。
海未「最低です!」
海未ちゃんはあえて同じ言葉をぶつけてくれた。
だけど、違ったのは、
海未ちゃんは涙ながらに微笑んでいたこと。
そしてことりちゃんが泣き崩れたこと。
穂乃果「海未ちゃん、ありがとう」
私に涙は無かった。
今は泣くときではないから。
2人にしたこと、今してもらったこと、
それを自分がまっすぐに受け止め、振り返ることが出来たとき、
その時に思いきり謝ろう。
だから今は、
前を見て、2人と一緒にいるんだ。
私は高坂穂乃果。
海未ちゃんとことりちゃん。
2人にとってたった1人の存在でありたい。
高坂穂乃果というたった1人の存在に。
数日後
海未・ことり「ええーーーー!!」
穂乃果「何でそんなに2人とも驚くのさぁ!」
海未「いえ、穂乃果からそんな言葉が出るとは思いもしませんでしたので」
ことり「私もちょっとびっくりしちゃったかも」
穂乃果「ひどいよー、2人とも」
海未「本気で言っているのですね?」
穂乃果「本気も本気だよ!私はいつでも本気だから」
穂乃果「だから私は・・・・」
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