2019-03-11 08:51:22 更新

概要

提督と艦娘たちが鎮守府でなんやかやしてるだけのお話です

注意書き
誤字脱字があったらごめんなさい
基本艦娘たちの好感度は高めです
アニメとかなんかのネタとかパロディとか
二次創作にありがちな色々





ー正門前ー


かつん…


無機質な音、踏み降ろされる軍靴の音

一つ束ねた赤い髪が風に たゆたうと、少女が一人そこに立っていた


「ここがあの女のハウスねっ」


一度は言ってみたいセリフが口をつく

ネットの海に溢れた言葉、出処もしれない胡乱な言葉

そうしてそれは、大半にとっては理解もされないだろう言葉


しかし…


状況はそうと間違ってるものでもない

見据えた門の先。大げさな建物と、物々しい雰囲気

此処を一つ越えれば、私は提督という立場に成り代わる

艦娘達を指揮して、深海棲艦と戦って…戦って…? そんな有り触れた世界につま先を突っ込んだ


此処より先は乙女の花園

もとい、合法的に艦娘達と いちゃいちゃ して良い所

毒をくらわば皿までか? 据え膳食わねば武士の恥


「一番、あかね。着任しまーすっ」


門をくぐる


その日、あかねが提督になった最初の日になった



ー鎮守府・廊下ー


「司令官様、どうぞお見知りくださいませ」


そう言って、恭しく腰を折った女の子

見た目以上に落ち着いた声音。優しい桜色の着物と紅の袴


そして何より、縦ロール


随分とお高く止まってる事だろうと思いきや

彼女の小さな双肩に掛かったそれは、絶妙なバランス感覚で居住まいを正させる

深窓の令嬢と。ああ、随分と時代を後ずさるが、大正浪漫と呼ばれたその頃の気品を、まざまざと見せつけられていた


春風と、小さく名乗った少女の後をついていく


肩の上で弾む縦ロールも気にはなるが

そうして背中を眺めていると赤く、大きなリボンが精一杯のおしゃれの様でいて可愛らしくも見えた


「では、こちらに」


足を止める春風

眼の前には大きめの扉。今まで通り過ぎたきた扉よりも一回り、ないしはもう少しばかり豪華な作りだった

扉の上の表札に目をやると『執務室』の文字

その扉を春風がゆっくりと開いた後、中へと促された



ー執務室ー


でかい机、広い椅子。執務室と言われて、ぱっと思いつく限りの内装ではあったが

ぽっと出の小娘を迎えるには、些か豪華にすぎる嫌いもある

ホントを言えば、畳敷きにちゃぶ台でも放ってくれた方が、いくらか落ち着きもするのだが

やはり見栄も必要か。この暑苦しい制服と一緒で、多少の威厳は要るのだろう


「他の娘達を呼んでまいります」


少々お待ちくださいと、静かに退室していく春風

去り際に「いってらっしゃーい」と可愛らしく手を振って見せると、小さく笑いながら手を振り返してくれた


「無敵か あの娘は…」


なんとでもない、当たり前の様な敗北感が口から漏れた

あの折り目正しさに、茶目っ気まで完備しているとは、まるで隙きがない

これで惚れるなという方が無理もでるが、綺麗なバラには何とやら…あの娘の場合は桜が似合いそうだが

その場合は、トゲよりも如何わしい毛虫が降ってきそうだと嫌な想像にたどり着いた


対して、自分はどうだろうか?


すとーんと見下ろす自分の容姿。無理に首を回して背中の向こうまでも目を向ける

馬子にも衣装だろうか? こうして制服をまとっていれば それらしくも見えるけど、如何せんそれまでだ

カッコいい提督を演じて見ようが、あの娘前では育ちの悪さを隠せそうにもない


「よしっ、決めた」


好奇心の蓋を外す

窮屈な猫を被るよりも、ありのままの私になるのよ

特に怖いと思うものも無いが、万人受けしない部分については仕方がない

そんな時は、ありとあらゆる手段を使って籠絡しましょう。スキンシップは大切だもの


それから、一分、二分と時が過ぎ、鼻歌混じりに執務室の中を漁っていた

傍から見たらRPGの主人公の様にも見えただろう

意味もなく、机に備え付けられた電灯の紐を弄り倒しては、空きの目立つ本棚に目を泳がせる

並ぶ背表紙を一つずつ指でなぞっては、一つを抜き取り流し読み


それにも飽きると、広い椅子に どっかりと腰を据え

空っぽの引き出しを、上から下にひたすらに開けては閉めてを繰り返す


結果、何もないが有った


それはそうだ。これから色々詰めていく場所なのだから、何が入るかはお楽しみ

それが、楽しい思い出である事を願いながら席を立つ

窓際に手をかけて、無遠慮にそこを押し開く


分かりやすい匂い、漂う潮風

ああ海だなって。そういう場所に居るんだと実感するに不足はなかった



ー廊下ー


こつこつこつ…


廊下に響く足音が3人分

それは、軽い少女のものでありながら、重たいブーツの音を思わせる


「それで? どんな人だったの?」


隠しきれない好奇心。黄色いリボンを揺らしながら、後ろ歩きに春風の顔色を伺う女の子


「そう、ですね…。可愛らしい、方でしたよ?」


一時の思案

どう評したら良いものかと迷う中、思い浮かぶのは見送ってくれた時の笑顔

あぁ、あれは可愛らしいものだったなと。初対面の緊張を解すには十二分な印象だった


「あれ? 女の人だったんだ…」


その声音は何処か残念そうな色を含んでいた


「神風御姉さま?」

「へ? いや? 別に? なんでもないし?」


一時の落胆

それを見透かされた様な気がして、慌てて春風に背を向ける神風


まさか妹の前で浮ついた姿を見せる訳にも行かなかった

それは、姉として、お姉様としての威厳というか、立場というか、見栄の様なものだったけど

なによりも、そんなものに期待をしていたという少女地味た発想が恥ずかしい


「春姉さん…」

「旗風さん?」


そんな中、姉の気を引く小さな手

春風が振り返ると、それに合わせて顔を寄せ、そっと耳元で呟いた


「まぁ…」


ほぅっと、春風の頬が色づいてゆく

掛かる吐息のこそばゆさ以上に、その内容に心がくすぐられていた


「ちょっと旗風…あなた今なにを…」


気になる、すんごい気になった

あの、お嬢様が服を着て歩いているような春風が、頬を赤らめた内容が異様に気になる

旗風は一体何を見て、何を伝えたのか、事と次第によっては…


「いえ? 神姉様の愛読書の話を」

「っ!?」


途端、自分の着ける着物の赤と見紛うほどに肌を染めた神風


「ちょっ、ぁぁぁっぁなた。みた、の? あれっ…」

「あれ、とは? どれの事でしょう?」

「ぃぃぃぃやぁぁぁっぁっ!!!」


それも一つや二つではなかった、あの調子だとおそらく全部


「良いではありませんか。少々過激に存じますが。分かる話だと」

「そんなフォローは要らないっ」


淡々と、諭すような言葉に声を上げて抵抗する

なら、最初から黙っていて欲しかった。それを言うなら、最初から見なかった振りをして欲しかった


しかし神風、ここで思いつく。暗澹たる妹の言動に反撃の一手


「ねぇ、旗風?」


急に落ち着き払った神風

その態度に不審と、先の言葉を促すように ? と首を傾げた旗風


「読んだわね?」


そう、間違いなくそうだ

それを評して「過激に存じます」と言える程には目を通した筈である

くっそ恥ずかしいが。姉の愛読書を黙って読み耽っていた妹の行動はどうなのだ?

よしんば、直前で閉じていたとしても。「どれ?」と言える程には数を稼いでもいる

言い逃れなんて出来はしない。姉の性癖が少女地味ているというのなら、あんたとてその一人だろうて


「もちろん」


あまりにも落ち着いていた

予定では「い、いえ、軽く流しただけと存じます…」とか言い訳をさせるつもりだったのが

「それがなにか?」と、すまし顔のままでさえあった


「でなければ、人の趣味の批評など とてもとても…」

「ぐぬぬぬ…」


それは確かにその通り。知りもしないで文句を言われようなら腹も立つが

理解の上からの小言では、何を言い返せたものか。せいぜい「放っておいて」と強がるくらいか


「そうですね。あの、折り目のついたページは一品だったように存じます

 司令がいつ戻られるか分からない不安の中、それでも止められない背徳感の表現は実に見事な…」


「やめてっ! これ以上私を恥ずかしめないでっ」


慌てて妹の口を塞ぎに掛かる

そっと頬を染めながらも、淡々と耽美な言葉を紡ぎ続ける姿に恐怖さえ感じ入る


「恥ずかしめるなど、とてもとても。わたくしはただ、お姉様の性癖を理解した上で…」

『だったら放って置いてよっ、お願いよぉっ」


もう泣きそうだった

妹の正気を疑うほどに、自分の正気が抉られていく

共有とかしないで良い、共感とかもっと要らない。だからせめて、ただただ単にそうして欲しかったのだ


「春姉さん」


廊下の片隅。そこで耳を塞いで蹲っていた春風の肩に手が置かれる


「あ、終わりました? 終わりましたよね?」


顔を上げた春風が、変わらぬ旗風と真っ白になっている神風の顔を交互に見比べる

どう声をかけたものか。落ち込む姉に対して、そうも思ったが掛ける言葉も見当たらず

おもむろに立ち上がると、溜まったホコリでも払うようにして、ぱんぱんっと胸の前で手を叩いた


「ささ、司令官様をおまたせしていますから…ね? 参りましょう、参りましょう、はい」


なにぶん わざとらしくもあったが、触れないで欲しいと言う姉の願いを叶えるには最善手に思いました




ようやくだ、ようやくと執務室の前にたどり着いた

たったそれだけの事なのに、姉は顔を赤くして、さらには赤疲労が3重くらいで張り付いている


「御姉様方? さあ、司令の御前ですよ?」


そこだ。そこだけを聞けばまともな指摘ではあるが

この様な状況を作った張本人が言うのだから、不満の一つだって浮かびもする


「分かってるわよ…」

「まあ、そうですね…はい、では」


息を整え、身だしなみを確認する御姉様方

ようやくと気を落ち着けたのを見届けると、旗風が、その扉に手をかけた



ー執務室ー


「はぁい(はーと」


大きな はーとまーくが付きそうな声音

それらしい格好をした少女が、机の縁に腰を掛け、届かない足を遊ばせている

満面の笑顔。それは確かに好ましいものであったが、何分と時と場所が噛み合わない


「ちょっとタンマ」


旗風の手に手を重ね、慌てて扉を閉めた神風

一旦と気持ちを落ち着けて、念のために部屋の表札を確認する


『執務室』


うん、それはそうだ。間違えるような場所にはないし

目をこすれば字面が変わるような不思議な細工はされてはいない


「春風?」


怪訝な視線を妹に向ける

それを心苦しく思いながらも、疑わずにはいられない


「砕けた方とは思いましたが…」


別れ際の印象から、そうだと思っていたが

戻ってみれば随分と砕けて…いえ、既に原型がなくなっていた

元が猫を被っていたなら、化け猫の類であったかとさえ思う程に


「神姉様。あまり人を見かけで判断するのは…」

「え、いや、そうなんだけど…」


こんな時ばかりまともな妹の気が知れない

ぐっと、重ねた手の平の上から伝わる力。ここを開けようという強い意志を感じる


仕方もないか


現実逃避をしていても埒もないのはそうなのだ

ここは妹の度胸に言い訳して話を進めるに越したことは


「うわっ!!」「きゃぁぁぁっ!?」


声が重なった


開いた扉の隙間から飛び出した影。それに驚いて尻もちを付いた神風

押し倒すような形で重なる体。おでこに掛かる互い赤毛

黒と赤の瞳の上には、お互いの顔が目いっぱいに浮かんでいた




「はい、では改めまして」


ようやくと部屋に入った4人

応接用のソファの上に居座った後。浮ついた空気を宥めるように、ぽんっと手を合わせる春風


自己紹介、それは最初に聞いた彼女の名前

桜色の着物に紅の袴、そして縦ロールな髪型が似合う女の子。ふんわりと、優しい雰囲気が魅力的な娘だった


「そして、こちらが姉の…」


指し示された手のひら

その名前を口にしようとした春風の言葉を遮り、手を挙げた あかね


「まってっ」


はて? と首をかしげる面々に「当てるから」と、珍妙な言葉が返ってくる


何処か楽しげに頬を緩ませる春風

対象的に、面倒くさそうな顔をした神風

その口から愚痴の一つも出る前に、旗風に袖を引かれて一応はと矛を収めていた


そうして考え始める あかね


さて、どうしたものか…


当てずっぽうで当たるほど、名前の選択肢は少なくない

何か取っ掛かりはないものかと、今までの会話を思い起こす


まずは春風、そして姉、最後に艦名…かな?


日の本の例に習うのなら、姉妹艦は似たような由来から付けられる事が多い様に思う

まぁ、ただし例外はあるという適当さではあるけれど

で、あれば。春風から広げていけば、何かしら引っかかるだろうとは思った

無難なところは、春夏秋冬に風をたす所からか? それとも春◯って線もあるけど


2・3の沈黙の後、正解を求めて顔を上げる


眼の前には件の少女

紅の着物に、桜色の袴。紅く流れるような赤い髪

それを纏める大きなリボンが、勝ち気な印象を受けた彼女にしては、可愛らしい選択だとも思う


だからといって答えは浮かばなかった

なんだったら紅風でも良くないかとさえ思い始めた頃。ふと、隣の春風に目が移る

やっぱり目立つのは肩に乗っかっている縦ロール

毎朝大変そうだとか思う中、ちょっと触ってみたいという欲求がムクムクと湧いてきた


その、怪しげな魅力を放つ髪に春風の小さな手が触れている


細い指先に遊ばれて、こそばゆく揺れる縦ロール

柔らかく、しなやかに、けれど身持ちを崩すこともなく淑やかに

ふと、春風と目が合うと、悪戯がバレた子供の様に可愛らしく微笑まれた


なるほどね。完全に理解したわ


最後のキーワードは髪…もとい…


「神風…そうでしょう?」


得意げな あかねの言葉。不満そうな神風

しかし正解は正解かと、諦めたように息を吐いていた


「そう…ね。神風型の一番艦の神風よ」


その答えに「お見事」と、春風が満足そうに小さな拍手を送っていた


「それじゃあ次はー」


これまで、割と無口でいた娘に狙いを定める あかね


大人しい娘なのかな? 落ち着いていると言い換えても良かったが

春風を見た後か、そんな印象が先に立っていた


白練の着物に、黒い袴ここにも見える大正ロマン。黄色の羽織に埋もれても見える小柄な容姿が愛くるしい

お姉ちゃんの真似をしたのだろうか? その首筋を飾る縦ロールが、軒を飾る風鈴の様に涼しげに連なっていた


「旗風と申します」


しかし、あかねの思考を打ち切ったのは 旗風と名乗ったその少女の言葉だった

出鼻をくじかれて、きょとんとする あかねに構わず「よろしくお願い致します」と頭を下げる旗風


「あなたねぇ…」


が、先に苦言を呈したのは神風の方だった

私の時には制しておいて、自分はどうなのだと非難の視線が向けられている


「いえ、日が暮れそうでして。私の場合ですと…」


事情の飲み込めない神風を素通りして、その視線は春風を見据えている

それに気づいた春風が、少し困ったような顔をした後、あかねに声を掛けていた


「ぱたぱた~…」


そんな擬音と共に、着物の袖を振って見せる春風


「司令? 何か思いつく言葉は御座いますでしょうか?」


何か? と問われれば何だろうか?

訳もなく袖を振り始めた春風。照れ隠しに染まっている頬

これを見て何か思えと言われれば、一つだけ浮かぶ言葉は無くもない


「可愛いわ」「存じております」


ほぼ同時。あかねの感想が口に付いた途端に首肯した旗風

そうして、ついには耐えきれなくなった春風が口元を袖で隠して俯いてしまっていた



ー休憩室ー


今後の方針を話し合って、執務室を出た後

疲れた足取りのまま、休憩室のソファに身を投げ打った神風


「はぁ…」


なんだかなぁ…と、大きく吐いた息は誰に憚るでもなく、部屋に広がっていく


期待はずれ。といえば そうかもしれない

司令官とロマンティックな思い出を…なんて考えなかったといえば大嘘だ

たとえ好みの司令官だったとして、そこまで発展するかどうかなんてのは分の悪い賭けでしか無い


だからって…


決して良いとは言えなかった第一印象

それでも溜飲を下げられたのは、とりあえずの行動指針がまともだったのもあるだろう


「可愛らしいねぇ…」


そう評した春風の言葉を思い出す

良く笑う元気な娘。こんな状況でさえ、笑って指示を出せる胆力を認めないでもないが

あくまで良く言えばだ。悪く言おうと思えば大雑把とか楽観的とか幾らかは思いつく


「神姉さん…お茶が入りましたよ」


静かに差し出された湯呑、立ち上る湯気と、緑茶特有の甘い匂い

唆られるものはあるけれど、体を起こす気にもなれずに、お茶請けに出された煎餅を転がったまま口に運んでいた


「はしたない…」

「ぃーのよぉ…」


苦言を呈する旗風に、煎餅を咥えたまま言葉を返す

これでは言われても仕方がないとは思うけど、出ないやる気に行儀を気にする余裕は残っていなかった


「旗風はさぁ…」


あんなんで良いの? とまでは言えなかった

兎角あったばかりで あれこれ言うのは気が引けたし、仕事さえしてくれるならまぁ…


「むしろ何が不満なのですか? 姉さんは?」


しかし、言葉尻は見逃されずに、逆に旗風に問われてしまった


「不満っていうか、不安っていうか?」


心中に掛かる靄。それはきっと時間が解決するものだろうけど、今は何とも言えずに言葉を濁す


「また少女趣味ですか? 夢を見るのも結構ですが…」

「うっさいわよ、蛸ロール。人の事言えるほど、まともでもないくせに」

「蛸…」


どんよりと、旗風から沈んだ空気が溢れ出した

言い過ぎた、とも思う。大好きな姉とお揃いの髪型を悪く言われればそうだろうとも思うけど

それはこちらも同じこと。何より、人の趣味をとやかく言えるほど、この娘もまっとうな趣味はしていない


「良いのぉ? 放っといたら司令官に取られちゃうかもよぉ?」


わざとらしく、からかうように声音を作る

自分で聞いていても鬱陶しい事この上ないが、人の御本を盗み見したこと、これでも結構根に持っていた


「春風が…しれいに…」


この世の終わりのような顔だった

蛸ロールと揶揄した時の比ではない。ぞっとする、そんな言葉を何倍にも濃くした絶望が魂を引き抜きに掛かっているようだった


「いや、違うのよ? 可能性よ? 可能性? 分かるわよね?

 ほら、何か司令官の事気にしてるみたいだったし? あ、でも、あの娘誰にでも優しいから…ね?」


何故か仕掛けた自分が狼狽えている

意味もない言い訳を並べて、どうしてか旗風をなだめていた


「そういえば…可愛いと、おっしゃってましたね…」


そんな当たり前の事実を…

見る目はあるだろうと思いましたが、なるほどどうして、その目線までは考えていなかった


「ねぇ、神風…明日は、新月だったかしら…」


その声音は、絶望的に冷ややかだった



ー執務室ー



二人が退室した後、部屋に残った あかね と春風

とりあえず、当面の秘書艦は春風でと、当人の希望もあって今は二人並んで書類をまとめていた


「あぁ、春風。さっきは有難うね」


ふと、思い出したような あかねの言葉に手を止める春風


「髪、触ってたでしょう?」

「出過ぎた真似、でしたでしょうか?」


やはりか、気づいてくれた事自体は嬉しかったが

自分で言い出した事、その面子を潰してはいないかと多少の気がかりもありはしたが


「ううん。むしろ格好が付いて良かったわ。あのままだと、紅風とか夏風とか言ってたもの」

「うふふ、ご慧眼ですこと」


もちろん司令官がそこまで考えていたとは思っていない

良い所が、見た目の色だったり、春の次を持ち出したくらいだろうけど


慧眼と言われた意味を求めて、小首をかしげる 司令官

そんな仕草にさえ、私の胸の内、その扉が叩かれた気がした


「御姉さま、神風はあれで情熱的ですから。紅色や夏というのはよく似合うと」

「もしかして、新任の司令官と熱い一時をとか?」


そういう話なら納得がいった

故意の事故とはいえ、初対面で押し倒したのは不味かったかとも思ったが

なるほどどうして、それならあの微妙に不満げな態度も分かる


「ふふっ。大体合っていますわ」


それは悪いことをした。そう言って あっけらかん と笑っている 司令官


今なら大丈夫だろうか?


もしかしなくても、冗談として流して貰えそうではある


「こういう環境ですもの。女性同士でも、良いとは思いますが、私は…」


互いの手が止まる。後は、腹の探り合いでした




司令官、あかねさん と初めて顔を合わせた正門前

それが女性だったことに安堵している自分がいた

多少、うら若いのが気にはなりましたが、それも個人的な範囲で言えば花丸でした


何の事はない


私とてその一人だというだけ


ただ、御姉さまと違っていたのは、その対象が内に向いていたというくらい


「あら、綺麗な娘」初めて合った時に、あかねさんはそう呟いた

その時は、社交辞令的なものだろうと理解して、冗談には冗談をと「お上手ですこと」と返していた

それが分からなくなったのは、「そりゃ、朝から晩まで」と笑っていた時


悪乗りする方なのだろうか?


そうも思った

だが、それも最初だけ。簡単に鎮守府の案内をしている間は、あくまでも紳士的、淑女的に振る舞っていた

多少のボロこそありましたが、あくまでも一司令官と その部下で、良い関係を築いていこうという姿勢は見て取れた

最初の戯言も、打ち解けるための方便かと霞んでしまう程に


ただ一つ、それを不満に思う自分が恨めしかった


そう思ったのは、初めて姉の肌に触れた時

そう信じたのは、初めて妹の肌に触れた時


あくまで姉妹愛だと自分に言い聞かせ。あくまで異性が苦手なだけだと思い込む


けれど、そうと評するにはあまりにも鈍重な感情でした


自分の肌だけでは飽き足らず。かと言って同姓の、まして姉妹に向ける感情でもないと

しかし私の理性は思っていたより脆弱のようだった

初めての感情に押しつぶされ、子供の悪戯の様に稚拙な触れ合いに手を伸ばす


それでよかった、最初のうちは


欲、というものは限りもなく

1を得れば10を、次は100と際限がなく膨らんでいく


何の事はない


私とてその一人というだけ


ただ、御姉さまと違っていたのは、少しだけ、自分に素直だったというくらい




「お上手…なのですよね?」


気づけば、あかねさんを押し倒していた

求めていた肌がそこにある、感じていたい温もりに触れている


まだ冗談で済むだろう。不信感こそは拭えないが、あかねさん なら笑って許してくれるだろう


片隅で、理性が泣いていた


それに気づいた時。急に怖くなり、思わず押し倒していた手が離れた


何をやっているのでしょうか、私は…

自分の欲求不満を、こんな形で他人にぶつけるなんて


軽蔑、その言葉を胸に突き刺す。許されざる甘えだと叱責する


「ふふっ、ごめんなさい…冗談が過ぎました」


無理やりに笑顔を作って あかねさん から体を離す

名残惜しい、口惜しい。何本もの手が伸びてきて、後ろ髪を袖をと捕まえにくる


そして、その中の一本が私の手を握っていた


「そう言えば明日、休みだったわよね?」


そんな筈はない。暦の上でも間違っているし、だとしても新任の司令官にそんな暇があるわけもない

けれどどうしてか、その言葉に胸が震える。次の言葉に期待が寄っていく


「いけません…これ以上は…」


言いながらも、大した抵抗はしなかった


掴まれた手ををそのままに、煽るような弱々しさのまま あかねさんに 押し倒されている自分

諌めもした、抵抗もした。それでもこうなったのだから仕方がないという諦め


卑怯な女。自分が此処まで弱い女だとは思わなかった

そんな自責の念が、泣いていた理性を泣き止ませる


それはとても甘かった


飴の様な甘い甘い誘惑

一つ、口をつける。接吻の様な愛おしさと、ほんの少しの躊躇いは物欲しさに溶けていく

伸ばした舌で絡め取ると、躊躇うように2度3度、口の中で転がして


「冗談で女の子が抱けますかって」

「…不束者ですが」

「お転婆ではなくて?」

「意地悪です…あかねさん…」


同意は互いの鼓動に変えて。言葉よりも先に手が伸びた…





それからしばらくは平穏だった

いや、平穏というには世界は殺伐としすぎているが、たまには笑ってたまには怒って

夜な夜な誰ともしれず、同衾するくらいの余裕はあったが、あったんだけど…


「やられたわぁ…」


広々とした机の上に、書類よりもまず自分を広げて いた あかね

どうにかこうにか顔を持ち上げるが、画面に浮かぶ文字列が変わる訳もなかった


戦艦ル級


ここに来てのイレギュラー

正面海域から足を伸ばして南西諸島。神風の達の頑張りもあってか、意外と楽に確保出来た様に思っていた

ここらで水雷戦隊でも錬成してから、精油所地帯のラインも抑えようと思ってた矢先の事だった


「さ、どうしましょうか?」


集めた3人の顔を見る

流石に晴々とした様子もなかったが、単に落ち込んでないだけマシではある


「もういっそ無視。一旦諦めるってのは?」


指を一つ立てての提案

駆逐艦3人娘でル級と殴り合えってのはちょっと怖い

で、あれば、という消極的選択。精油所地帯程度なら最悪取り返せもするが、艦娘までもそうとはいかない


「苦しい、ですね…」


眉根を寄せながら春風が口を開く


「辛うじて鼠輸送が成立している今ならともかく

 精油所地帯からの補給が完全に絶たれた場合、今後の影響は少なくないかと…」


なんて、可愛いらし言い回しをした後「付きましては…」と、最後に補足を入れて


「明日から、お風呂は水だけになるかもしれませんね」


口元に手を当てて小さく笑っている春風

冗談交じりにも見えるが、そうともなれば今日からでもお湯を止める気でいるだろう

仕方がない。湯水の如くと言うが、あれの燃料代もバカにならんのだし

私も含め、各所で不満が噴出するだろうが、おまんま食い上げるよりはマシなのだからしょうがない


なによりも、対抗して戦力を用意するだけの余力が消える、この時点でジリ貧だ

そこに泊地なんか作られて、勢力を増すに増しましたらたら ゲームオーバーに近い


「じゃ、とりあえず頭数だけでも揃えて見るってのは?」


ではと、もう一つ指を立てての提案


神風、春風、旗風。主力であるこの3人だけじゃ不安だというのなら、水増しをしようという作戦

比較的安全な近海警備をさせている娘だったり、ダッシュで行って帰ってくる鼠輸送をさせている娘だったり

言ってしまえば訓練生をぶち込もうって、戦争末期の退廃的な提案ではある


「恐れながら、死人がでるかと存じます」


それには旗風が淡々と答えてくれた


まあ、そうだろう

よーいのどん で6対1でタコ殴りに出来るなら…いや、それでも危ういか?

加えて、道中の接敵に、護衛艦との戦闘。一人一殺で賄えるなら最悪、とも考えるが

観測されているだけの数も敵の方が多い上、これで戦いが終わる訳もない

それでは計算がまるで合わないし、何より心情的に御免こうむりたい


なんて、選り好みをするだけの余裕があるのは喜ばしいが。その結果、取れる選択肢はそう多くもなくなってきた


「じゃあ、神風?」


最後に三つ目、指を立てて提案する

いわんや、もう提案ですらない。確認か、あるいは当回しな命令ですらあっただろう


「準備、してくるわ…」


返答は行動で返された。席を立つと、一足先にと部屋を出ていく神風

渋々といった感じではあったが、仕方が無いと割り切って

そんな様子ではあったけど、今はその小さな背中が頼もしい


「司令官(あんた)は少しはマシな作戦考えてて」


一人の執務室。去り際に残された一言が、殊更に重くのしかかってくる


「どうしようねぇ、ホント…」


愚痴っても始まらない、私も神風を見習おうか

そう、渋々と言った感じで、仕方がないと割り切って



ー母港ー


「いってらっしゃい」


月明かりが雲で烟る中、神風達3人を見送った

それはいい。ここはあまり心配はしていなかった。ル級の前までたどり着けばどうとでもするだろうって

それくらいはやるだろうし、そのくらいやってみせると、妙な信頼は通っていた


じゃあ、どうやってル級の前まで連れて行こうかってなると


プランB。旗風に否定されたそれを採用するしかなかった

戦いは数だと良く言ったものだ。この作戦を片付けたら、先人に習おうかとも ぼんやり考えていた


「それじゃあ、吹雪」


振り返った先には女の子。緊張のためか、伸びた背筋も何処か危うく見える

The、セーラー服。そして一つ結びの髪型

派手な格好も多い艦娘の中でも これと言って特徴もなく、良く言えば素朴、悪く言えば野暮ったいような

それでいて、いやそれでこそと言えよう。むしろそれが良いと、そんな娘だった


そんな彼女の頭に手を乗せる

緊張を解そうと、2度3度と撫で続ける。その内に戻ってきた恥ずかしさも手伝って、頬に赤みが戻ってきていた


「あ、あの…司令官?」


困ったような顔で見上げてくる瞳

止めて欲しい様な、そうでもないような。自分でもさえおぼつかない感情を くすぐる様に、頭から頬へと手を滑らせていく

滑らかな肌、柔らかい輪郭を指先でなぞり、そのまま首筋に触れると、くすぐったさに負けて肩が震えだす

何か言いたそうに時折漏れる声、何も言えずに噤む口。そうしている内に、最後にはその膨らみを


「ひゃっ!?」


ようやくか、よく我慢したものだ。あるいは好きものなのかと疑いそうにもなったが

触られた場所を庇いながら、飛び退る吹雪。司令官の御前だとかそういった礼儀も一緒になって遠のいていった


「ど、どこ触ってるんですかっ!?」


何処か? そう問われて思い出す

さっきまで触れていた感触。残る柔らかさを思い返す様にして、指先を踊らせた


「ばかーっ!」


突然の暴言に、振り上げられた拳

「反芻しないでっ」とか「もう忘れてくださいっ」とか、そんな懇願に追い立てられて、控えていた初霜の背中にまで追い込まれた


「初霜ちゃんそこどいてっ」

「まぁまぁ吹雪ちゃん。落ち着いて、ね?」


そう言われて落ち着いた輩がどれほど居ただろうか?

あった筈の緊張なんて忘れ去り、顔を赤くして怒っている吹雪

それを可愛らしく思いながらも、殴られては敵わないと初霜を盾にしている あかね


挟まれた初霜としては迷惑な事この上ないだろうが

それでも落ち着きは忘れずに、はしゃいで回る二人を見事に捌いていた


「提督も、ほどほどにしてください、ね?」


強調される言葉尻。言いながらも後ろに手を回す初霜

だからといって あかねを引き剥がすでもなく、おもむろに伸ばされた手を払うに留めていた


真面目といえば吹雪もそうだけど、初霜はもう一つ落ち着いている

しっかりしている、とでも言えば良いか

それは服装からしてもそうで、黒のブレザーに赤いネクタイをきっちりと締めていた


初霜の柔らかい黒髪の中に顔を埋める。そうしてそのまま、ぼそぼそ と耳元で囁いた


「じゃあ、初霜が旗艦やってくれる?」

「え、私ですか?」


動揺と疑問


急に真面目になった あかねに対してもそうだったし、自分が旗艦を拝命したことにしてもそうだった

肩越しに見つめてくる瞳。頷く代わりに目を閉じて、思うままに顔を近づけていく

上手くいけば ほっぺに触れる頃だろうか。そんな期待を遮るように、やんわりと体が押し返された


目を開けば笑顔の初霜


怒るでもない代わりに、それ以上もさせる気はないようだった

まったく、吹雪にも見習って欲しい身持ちの固さではあるが。まぁ、それはそれで手の出しがいはあると内心ほくそ笑む


「司令官、よろしいでしょうかっ」


お固く響く声。それは、遮るもののない港の真ん中でもっても真っ直ぐに通っていく

なんのかんのと騒いでいる内に、3人一塊になっていたようで。気づけば、向こうで一人立ち尽くす朝潮


「ああ、ごめんごめん。朝潮もおいで?」


寂しかったのね? と手を広げて見せるけど「いえ」と一言だけで辞退される

問題だったのは、このやるせなさと、広げた両手の置き場所

仕方もなし、畳むついでに吹雪を捕まえる事で心に出来た隙間を物理的に確保する


些細な抵抗はあった


それも最初ばかりで、だんだんと諦めたように弱々しくなっていった


「それよりも、作戦時間に差し障ります。どうかお下知を」


真っ直ぐな言葉。それは正しさの塊を押し付けられたようだった

それ故か、ただただ丁寧であるその言い方でさえ、何処か責められているように感じてしまう


いやさ、その自覚はあるのだから反論の余地も無いのだけど

でもさ、それでもさ。あまり気負っては欲しくなかったのだ、それは無理な相談だとしても

出撃する。その一つ前の記憶には「楽しかったな」って思っていて欲しかった


じっと…


真っ直ぐに見据えてくる青い瞳に視線を返す

夜風に髪が揺れている。綺麗な黒髪、夜の帳の内でも輝きを失わず、街灯を照り返す波間の様でもあった


まるで人形の様


その容姿もそうであったし、つられてか、心根までもそんな風に感じてしまう


なにか、言おうかとも思った

けれど、時間が押していたのも事実であったし。これ以上茶化すと逆に機嫌を損ねそうだった


捕まえていた吹雪を開放すると、改めて居並ぶ3人の前で背筋を伸ばす


「じゃ、行ってらっしゃい」


ただの一言を笑顔と一緒に送り出す

当たり前の言葉を当たり前のように。ある種の願掛け、当たり前に「ただいまと」帰ってきて欲しかったから


返ってくる頷きと、重なる「出撃します」の声

小さくなっていく背中に一抹の不安を覚えないでもなかったが、だからこそ、やることはやる必要がある

練度の高い娘たちが 抜けた穴を取り繕わなければ。下の娘たちにはいい経験になるだろうとばかりは言ってられなかった



ー海上ー


暗い海を航行していた


それ自体は慣れたものではあったけど、あくまで鎮守近海での話し

そこから離れて、というのは流石に心細くはあったけど、タイミングが今だったと思えばそんなものかもしれない

いつまでも可愛い事は言ってられないのは分かるけど、心の準備ぐらいはしたかったと思う


「あ、でもでも、どうして初霜ちゃんが旗艦だったんだろ?」


いずれ来るだろうと思っていた疑問

それ自体は私にもあっただけに、あまり聞かれたくはなかった疑問でもあったせいか

曖昧に笑いながら吹雪さんの問いを誤魔化すに留めたていた


単純に、朝潮の方が先輩だというのもある

やはりその分だけ、私や吹雪よりも1歩2歩先をいっているのもある

順当に考えるなら、彼女が旗艦をやるべきだとは思うのだが


先を行く、朝潮さんの様子を伺ってみた


特に変化はない


黙々と、あるいは淡々と、その先に居るだろう敵を睨んでるかの様に前を見つめている


生真面目な朝潮が、提督をどう思っているのかが分からなかった

提督という立場の手前か、直立不動の姿勢を崩さない彼女。それが非番の時であっても揺らいでいるのを見たことがなかった

性格上、仕方のない面もあるのかもしれない。無理に崩した方がとまでは思わないけれど

ある時、そんな彼女を気遣って…いや、面白がってか、あかねさんが 朝潮をくすぐっていた時があった


廊下の片隅で、また女の子にちょっかいをかけている


いつもながらの行動に何を思うでもなくなってきた頃ではあったが

その分だけ、提督の奇行よりも朝潮の対応が気になった

流石に笑うだろうか? もしかしたら嫌がるかもしれない。も一つ越えれば怒るまでは予想できた


「それは新しい暗号でしょうか?」


直立不動からの言葉

何が可笑しいって、くすぐられてもない私が笑いそうになっていた

提督 でさえ「まじか」と一瞬真顔に戻ったほどだ

しかし、そこは流石と言うべきか、すぐに顔色を取り戻すと「じゃあ宿題ね」と言ってのけていた


あの時の答えは出てるのだろうか…


それがもし、不満の類であったなら、私はもう少し早く話題を変えるべきだったのかもしれない


「ねぇねぇ、朝潮ちゃんもそう思うよね?」


気づけば、先行していた朝潮に吹雪が並んでいた

誤魔化したのがいけなかったのだろう。必要な答えを求めて朝潮の所へ行くのは当然ではあった


やって欲しくはなかったけれど


これでもしも、朝潮の口から 提督への不満とか批判がでようものなら空気が悪くなる

せっかくここまで 提督の面白話で和んでいたのに。作戦前に、わざわざ士気が下がるような自体だけは避けたかった


「いえ、司令官にも何か考えがあるのでしょう」


随分と大人な対応だった。あくまで司令官を立ててつつ、自分の言葉には蓋をする

そこで何を察するかで、言葉の選びようもあるのだけれど


「えー? だって あかねさんだよ? 絶対、初霜ちゃんが可愛かったからとかそういうんじゃない?」


だんだんと、吹雪が可愛く見えてきた。分かっていて この話題を引っ張っているなら、いっそ敬服もする

けどあれは、提督 相手には何を言っても良いと、そんな空気を満喫しているようにしか見えなかった


もう良いか…


あまりこういう言い方は したくはないが

旗艦の権限だ「任務に集中しましょう」と言ってしまえば、吹雪を下がらせる事くらいは…


「そうは言いますが吹雪。あなたは先程から司令官の話ばかりじゃないですか?」

「え、あー、そういえばそうだね? えへへ、なんか話しやすくってつい」


ふと、朝潮の足が鈍る

その笑顔に何を思ったのか、その答えを聞く前に止めた方が良いかもしれないと


「大丈夫です初霜」


しかし、割って入ろうと歩を進めた所で制された

何が大丈夫なのか。その疑問に気づいたのか、小さく頷いて返される


「吹雪。あなた、これから戦闘がある事忘れていませんか?」

「あ…そう、いえば。あはは、そうだったね…ごめん」


戻ってきた緊張感

思い返す自分の言動への気恥ずかしさと、これから怒られるのだろうという気まずさが吹雪の体を固くする


「いえ、責めているわけでは」

「へ?」

「ただ。ここまで、あなたの緊張を解してくれていた司令官を悪く言うものでも、と」


そこで言葉を切る朝潮

いまだ思う所はあるように見えたけど、それ以上を語るつもりは無さそうだった

それを勝手に解釈するなら、あるいは、提督の事を好き勝手に言っている吹雪対しての不満の様にも見えた


意外といえばそう…


生真面目な彼女のこと、てっきり、提督への愚痴が溢れるかとも思っていたけど

聞こえてきたのは、そういう側面もあるかと順当な評価の一端ではあった

ただ一つ、私が付け加えたなら「度が過ぎる嫌いもありますが…」という点だけかもしれない


「そっか…そうだね、うん。後でお礼言わなきゃ…」


朝潮の言葉に うんうんと頷きを返している吹雪

可愛いと、ここに来て確信に変わる。流石に、素直なのは彼女の美点だった


「初霜」

「ええ」


朝潮の呼びかけに気を引き締める。気づけば、件の作戦地点に到達していた


「いざとなれば吹雪を連れて下がってください。殿は朝潮が努めます」


真面目な横顔に浮かぶ決意のような覚悟。それを、素直に受け入れることは出来なかった


「まさか、提督もそこまでは考えてないでしょう…」

「かもしれませんが…」


提督が私を旗艦にした理由。それは、朝潮を自由に動かすため

今となれば そう考えることも出来たが、だからと言って そこまでする必要もないだろうと首を横に振る


「朝潮がこうするだろうとは分かっているはずです」

「旗艦は私ですよ?」


だったら話は変わってくる。そうやって暴走しそうな朝潮を止めるための旗艦(わたし)だと、考え直さなければいけない


「二人よりは一人でしょう」


何が? なんて分からないことは言わない

ただ「怒るよ?」と、その意図を否定する


「覚悟を言ったまでです。どのみち、中途半端では神風さん達が危ない」

「分かるけど」


睨み合いのような沈黙。次の言葉からはケンカになるんじゃないかという予感

それを破ったのは、あどけない吹雪の声だった


「よーしっ、二人とも頑張ろうねっ」


両手でガッツポーズ。吹雪、頑張りますの構えと言ったところか


流石に、肩の力が抜けた


「はぁ…。可愛いですね彼女は、素直で…」

「分かるわ…」


朝潮の言葉に同意をした。これ以上いがみ合っていてもしょうがないと、冷えた頭が理解した


「配置に戻ります」


一言残して先行する朝潮。その背中に一つ問いかけてみる


「宿題の答え、分かったの?」

「ああ…そう…ですね…」


悩むような沈黙が波に揺られて伝わってくる。気にせずに、揺られるに任せて朝潮の答えを待った

聞いておいてなんだが、多分答えなんか無い

暗号かと聞かれたから、だったら問いてみて? その程度のノリだろう

そこに朝潮への好意や、お固い彼女への気遣いが含まれていたとしても、そこまで考えるのは過大に思う


「練習、付き合ってもらえますか?」


きっと精一杯悩んだんだろう。その声には若干の迷いが感じられた


「良いけど。練習するものじゃないと思うわよ?」


朝潮への評価を改めなければ

生真面目な彼女な事だ、不真面目な面も多い 提督の事を、あるいは苦手に思ってる部分もあるんじゃないかと思っていたが


「難しいものですね」


探照灯が灯る

まるで、こちらの方が簡単だと言いたげな切り替えよう。続いて、吹雪も2・3発、適当に主砲を打ち鳴らす

暗い夜、静かな海にはきっと目立つ事だろう。上手くいくかと、そんな事を考える暇も、もう少しで無くなりそうだった



ー執務室ー


「やっちゃったかなぁ…」


執務室。その机の上で あかねが突っ伏していた


思わず口をついたのはため息だった


後悔こそはしていないが、順番を間違えたようにも思う

作戦失敗とまでは考えないが、どれだけ被害が出るかは分からない


とりあえず、足場を固めるために駆逐艦を増やしすぎたかもしれない

おかげで近海の安定と、鼠輸送の効率は上がったが

軽巡、いや重巡くらいは…。戦艦は無理でも、これくらいの用意はしておくべきだった


「通商破壊に戦艦もってくるとかさぁ…」


世も末だ。遠方の航路なあらいざしらず、近海でさえ鼠輸送、それさえも通商破壊に狙われる


「珍しくもない。私だってそうするぞ?」


控えていた若葉が、静かにあかねの愚痴を拾い上げていた


「じゃあ私だってそうするもんっ」

「意地になるな。わかるだろう?」


それはあくまでも資源があっての話

近海での輸送もままならない現状で、戦艦を用いての通商破壊など出来ようはずもない


「なによー。若葉はどっちの味方なの?」

「すねるな。もちろん提督だ」

「…じゃあ良いけどー」


とても良さそうには見えないが、やはり不安なのだろう

この破天荒な提督にも、そんな感情を抱くことがあるのかと正直以外ではあったが


「みな…無事だろうか」


どうにも落ち着かない。苦し紛れにネクタイを緩めては見るが、息苦しさは変わらなかった

事態は動いているのに、自分はここで秘書艦の代わりとは、それが不満というのではなく

ただ、こんな感情を抱くなら代わって出撃した方が気は紛れたかもしれないと


「大丈夫よ。神風達の心配はもちろん。初霜だって引き際が分からんでもないでしょ」

「かもしれんが」

「そうね…」


隠しきれない若葉の不安に頷いて見せた

むしろ忙しいのはこれからだ。夜明け前、戻ってきた神風達の受け入れと状況の確認

追撃部隊の派遣と手薄になるだろう鎮守府周辺の警戒

深夜の時分。やけに静かに感じられたが、実際は嵐の前でしかなかった


「ん…光ったか?」


窓枠に腰を掛け、外を眺めていた若葉の目が開く


「みえるの?」

「…いや。気の所為、なんだろうが…」


それはそう。いくら艦娘の目が良くたって、目で見るとかいう距離じゃないもの

そうとうに気を詰めてるのは、何となくでも分かる

いつも言葉数の少ない若葉が、今日に限っては ちょいちょい口を挟んでくるのもそのせいだろう


とんとんとんとんとん…


手慰みに、手元にあった通信機に指を伸ばす

それを小気味良く叩いていると、ようやく若葉の視線がこっちに向いた


「何をしている」

「イタ電」

「また、無駄な電文を打ってるんじゃ…」


それ自体は良くあることだった

作戦中にラブレターが届いたことなんて一度や二度ではなかったし

今日は誰に届くのだろうかと、ロシアンルーレット的な様相まで呈してきている


「電源なら切ってるわよ」

「?」

「これは若葉宛だもの」

「そういう、話じゃ…ぁ…」


良い加減に解読も出来たのだろう

見咎めるようだった声音は、次第に歯切れを悪くしていた


立ち上がって若葉の傍へ。無造作に握られていた拳にそっと手を重ねた


「おい…」

「なぁに?」


弱々しい反抗の言葉は聞かないことにした


「まったく、お姉ちゃんなんだから、少しは身だしなみってものをね?」

「いまは…関係ないだろう」


それはそうかもしれないが、そんなのただの口実でしかなかった

開けたブレザーに指を伸ばして、下から一つずつ、これ見よがしにボタンを閉じていく

それが終われば襟元へ、だらしなく開いたシャツのボタンを閉めていき、その肌色を白で塗りつぶす

最後に、赤いネクタイに指を這わせ、その胸元へと滑らせていった


「き、きすか…」


逃げるように顎を反らす若葉

それではまるで、求められている様にしか見えないが、本人に気づく余裕は残ってないようだった


「するのか?」「いまか?」「まじか?」「いや、まて…」「ちょっ…」


栗色に揺れる瞳を見つめながら顔を近づける

短い言い訳の言葉と一緒に、逃げようとする頭に手を添えて、逃げ道を塞いでしまう


「きす じゃなくて ちゅーよ?」

「言い方じゃないか…」


そういう頃にはもう諦めた様子で、体から力を抜いていた



ー海上1ー


「見つけた…」


夜風に靡く髪を撫で付けながら呟く神風

その視線の先には戦艦ル級。取り巻きは ちらほらと確認できるが、それほど驚異にはならないだろう


「意外とあっさり辿り着けましたね」


途中、敵に見つかるかとも思っていたが、それほどもなく今に至る

拍子抜けといえば、お気楽かもしれないが、それだけに気がかりが一つ


「ダメよ春風…」

「ええ、分かっています」


見れば報告にあった重巡の姿もない

向こうがそれだけ派手に戦ってると言うなら、あまり悠長な事も言ってられなかった

そう、最悪を考え続けたら、何れは挟み撃ち、そんな展開もあり得るのだから


「では、神姉さん。作戦は?」


旗風に促されて口を開く

状況は実に簡単だ、戦艦を含む5隻の艦隊を強襲して戦艦だけでも潰して帰る

それだけでも分かりやすいのに、こっちの戦力は駆逐艦の3つだけ。やれることなんて さもありなん


「いい? このままびゅーって突っ込んで どかーんよ」


その言に、春風こそは頷いていたが、旗風の眉根が悩ましげに寄せられていく


「なによ? 他にどうしろって」


そりゃ、無茶無理無謀と言われればそうかもしれないが


「いえ、妥当な案かと存じます」


むしろそれ以外に しようもないとまで

付け加えるなら、私と春風御姉様とで 取り巻きの注意を引ければ尚良いかというくらい

恨み言があるとすれば、この身が艦隊決戦用で無いことと、司令の間の悪さくらいか

いや、言うまい。現状、戦艦を運用する余裕がなかったのもまた事実

駆逐艦数隻と引き換えに巡洋艦を用意したとして、それでも戦艦相手ではどうだろうか

むしろ、こうやって強襲という手段が取れている分だけ良い方。そう考えれば、やはり数も大事かと頷ける


結果


なんのかんも資源がないのが悪い

だいたいそう。いつの時代も争いの原因なんてそう変わらないもので


嘆息をこぼす


無茶無理無謀のやるせなさは胸にしまった後、どうしようもない もどかしさ だけを吐露していく


「ただ、随分とお可愛いな、と…」


仕方がないので、神姉さまを からかって気を紛らわせる事とにした


「びゅーっといって、どかーんって、そんなお歳でも無いでしょうに」


そう言って、笑ってみせるとあら不思議

月夜だと言いますのに どうしてか、夕日が浮かんで見えていた



ー海上2ー


敵の数が思ったより多い

それはいい。それだけ神風さん達が楽になるのなら、願ったり叶ったりではあるが


手間取る度に増えていく敵影と、積み重なる砲弾と雷撃

焦りばかりが大きくなって、次第に反撃する余裕も削れていく

遠くに重巡の影が見えた時には、流石に意地を張る場面でもなくなっていた


「初霜っ!」


そう叫ぶのが精一杯だった


「朝潮さんっ!?」

「言ってる場合ですかっ!」


説教なら後にして欲しい。いや、その後の為にも今は引いて欲しかった


一瞬の躊躇いと僅かの逡巡


被弾している吹雪に肩を貸して、後退を始める初霜


「え、まってっ、初霜ちゃんっ、朝潮ちゃんはっ」

「あなたがそれじゃ、逃げるに逃げれないでしょうっ」

「だったら私がっ」

「黙って。分からず屋は一人でいいから」


その、常に無い剣幕に押されて二の句が告げなくなる吹雪

そうして、何度も後ろ振り返りながら、苦し紛れの砲撃を繰り返していた





「やっと引きましたか…」


全く手のかかる…


きっと、向こうの言い分も同じだろうけど

それを聞くためにも、この場はどうにかしないといけない

だからといって、いま後ろを見せようものなら良い的なのも分かっている


「っ…」


堪らず声が出そうになり、痛む足に手を伸ばす

変に体を庇ったのが不味かったか、それで回避行動に遅れが出たんじゃ世話もない

せめて足が無事なら、残りの駆逐艦を片付けて全力で逃げるくらいは出来ただろうけど、今はそれも難しい


足の痛みはまあ我慢出来たが、問題は艤装だ

応急処置こそしてはいるけど、逃げ切れるほどでもない


ならいっそ、全部倒してしまおうか


「ふふっ…」


思わず笑ってしまっていた。我ながら、随分と格好いいことを考えたものだと


背中に感じる揺れの大きさに意識を戻す


盾代わりに使っていた軽巡の残骸が、いい加減に崩れ始めていた。もう考える時間も終わりのようだ


やるしか無いか…


まあ、このまま戻っても初霜に怒られるだけ、提督だっていい顔はしないでしょう


「やっぱり、嫌だな…」


初霜に怒られるのもそうだけど。あかねさんに 泣かれるのはもう少しばかり嫌だった




そんな弱音を最後にして、軽巡の影から飛び出す朝潮

同時に飛んできた重巡の主砲が、辛うじて浮かんでいた軽巡の半分を吹き飛ばす


間一髪…


そう息を吐く前に、残った半分に魚雷を撃ち込んだ

それが直撃すると、殊更 派手に爆炎を上げて、いい加減に沈んでいく軽巡の残骸


それで倒したと思ったんだろう

次に朝潮が発砲するまでに出来た僅かの隙間、轟々と燃え盛る軽巡が、照明弾の灯りの様に敵影を浮かび上がらせている


まずは一つ…


不用意に軽巡に近づいていた駆逐艦の横っ面を殴りつけた

火を吹き横倒しに倒れていくのを捨て置いて、次の目標に狙いを定める


夜陰に乗じて…とはまさに


無作法に発砲を再開する敵の主砲が、宵闇に点滅を繰り返す

あるいは、何も知らずに遠くから眺めていれば綺麗だと、そんな感想も浮かんだのかもしれないが

今はただ、体のいい的でしかなかった


無駄打ちは避けて、1つずつ、確実に、敵に当てていく

それでも確実に狭まってくる敵の狙い。ついには、重巡の主砲が横合いを掠めていった

そこから、回り込むように動きを変える。軽巡や駆逐を間に挟んで、重巡の射線を切るように


そこで油断をした


これで少しは敵も躊躇うんじゃないかって


何のことはない、だったら味方ごと撃てば良いだろうと

あるいは誤射だったのかもしれない。けれど、その砲弾は、駆逐艦の体を吹き飛ばして真っ直ぐに朝潮に向かって飛んでいく


まるで最初から、狙いがそこだけにあるように



華が開いた



夜桜に揺れる紅の華

くるりと舞うように弧を描くと、そこらで飛沫が上がっていく


一つ二つと歩を進め、三つ四つと打ち払う


最後に5つ、落ちる牡丹の如くにそれを放ると、一際大きい飛沫と共に、夜露に塗れて散っていく


優雅だと、状況を忘れるほどに息を呑みこんでしまう


月明かりに踊る赤い蝶、ふわりと髪を靡かせて、上がった飛沫が星明りの様に彼女を照らしている


「お怪我は…いっぱいですね」


そう言って、柔和に微笑む彼女


「春、風さん…?」

「はい。よく、頑張りましたね、朝潮さん」


ここが戦場だと忘れてしまいそうなほど嫋やかな微笑みは、はからずも朝潮の緊張を溶かしていった


「な、ま、待ってください。まだ、重巡がっ…」

「いえ、もう良いでしょう」


慌てる朝潮の口元に指先を重ねる春風。それだけで次の言葉を押し込まれる

春風に焦りの色はなかった。どころか、悪戯に笑ってさえいる


口元から指先が離れる頃、辺りは此処が海であると思い出したかのように波の音が広がっていた




「朝潮は…無事ね。他の二人は?」


掃除が終わった後のような気軽さで手を、払いながら戻ってきた神風

ところどころ煤けてはいたが、その当人自体に対した怪我は無いようだった


「先に引かせました。私は殿で…」

「ふーん…」


何も言われなかった

ただ、怪訝な視線だけを向けられて、その沈黙に耐えきれずに口を割る


「いえ、その、吹雪さんの方が被害が酷く…」

「へー…」


なんて言い訳。理由としてはそうだろうが、そこに自分のわがままを見つけられたような気がして先を続けられなくなった


「良いけど。明日の演習は覚悟なさい、こんな事しでかしても死ねないようにしてあげるから」

「はっ、ありがとうございますっ」


痛む足に鞭打って、姿勢を正す

見逃された訳もない。今までが楽だったとは言わないが、殺される覚悟は必要そうだった


「で、あんたは指でも怪我したわけ?」

「え? いえ? いえいえいえいえ? これはなんでも? 癖です、癖です、いやだわ、お恥ずかしい…」

「は?」


慌てる春風の様子が嘘くさい

指先を唇にもっていく。そんな癖、自分の妹にあったろうか

そりゃ、冗談言ってそんな仕草をした事はあったかもしれないけれど、それとは違う違和感があった


その姿、横顔、表情、雰囲気、吐息…


また、本の読み過ぎだと旗風に揶揄されるかもしれないが、つまりはそういう空気が漂っていた


いや、よしましょう…


あんまり突っついて、自分が突き返されるのは避けたい

まさかとは思うが、後輩の前であんなのを暴露されては敵わないと、背後の気配に視線をやった


「皆さん、無事なようで」


じゃらり、じゃらり…


鎖を引き連れてそれはやってきた


ぽたり、ぽたり…


握る錨の先端から、混濁した雫を点々と引き連れながら戻ってくる


「重巡はどうしたの?」


見慣れたものであると。その、命だったものを刈り取った後の無表情さに何を言うでもなく報告を求める神風


「詮無い事と存じます…」


神風の問に目礼を返し、じゃらりと鎖が打ち震えた

振るわれた錨から最後の雫を払い、こっそりと、隠すように羽織の奥へとしまい込む


自然、朝潮の視線がそこに向いていた


あの錨は何だったのか、あの雫は何だったのか

いや、分かってはいる。喉元まで出かかってはいる


艦娘CQC


緊急時の防衛手段としてか聞くことのなかったそれだろうと当たりは付く

自分とて、講義の合間に手習いはしたが、それが可能なようには思えなかった

いや、きっとトドメに使っただけなのだろう

弾薬だってただではないのだからと、最後に首を刎ねただけ、きっとそうだと思いたかった


「もう、旗風さんったら…こんなに汚れて…」

「いえ、洗えば落ちますから…ん、やだ、恥ずかしい…」

「良いから、動かないで…」


ぐずる旗風を捕まえて、ハンカチで汚れた頬を拭いていく春風


可愛らしく広がる姉妹の睦ごと。そんな姿を朝潮は何処か遠くに感じていた

自分を庇ってくれた春風さんもそうだし、何食わぬ顔で戻ってきた旗風さんにしても


そうして


「神風さん、明日はよろしくおねがいします」

「ええ。なんだったら初霜と吹雪も連れてきなさいな。まとめて面倒見てあげるから」

「はいっ」


この時点で、初霜と吹雪に拒否権はなくなっていた



ー執務室ー


「おわったー」


開放感、それが声になって あかねの口から逃げていく

一頻り背を伸ばし、首をぐるぐる、肩をぐにゃぐにゃ。そうして次の瞬間には


「追撃よ、若葉。好きな娘を選んでいきなさい」

「了解だ」


意地の悪い笑顔を浮かべる あかね


逃げる相手を後ろから討つ


それは彼女の好きな事の一つだった

別に戦争が好きという訳じゃない。だれが好き好んで仲間が傷つくのを見たいものか

ただし、それが敵であった場合は別。勝者の愉悦、それに抗える者がどれほどいるのか

あかねに言わせれば、そんなもの人ではない。自分の欲望を正しく認識し、それを叶えるための手を尽くす

なんて言い訳が好きだった。それは、自分の性癖に ちょっぴり 素直になれるから


「これでどうだ?」


若葉に渡されたリストに目を通す

文句を言うつもりはない。ただの確認、若葉が選んだなら間違いもないだろうし、実際私が思うに同じでもあった

ついでに若葉の性癖を確認も出来たことに満足をして、ただの一つの不満を口にする


「私が入ってないわね」

「お前は何を言ってるんだ?」


文字通り口に出して、表情までまさにと眉根をひそめる若葉


「好きな娘選んでって言ったじゃんっ。どうして私が入ってないのっ!? 私も若葉のハーレムに入れてよっ!」

「そんな基準で選んではないぞっ!?」

「私の事きらいなのっ!?」

「面倒くさいやつか、お前はっ!」


そこで一息、お互いに息を吐いて仕切り直す


「だいたいだ。お前を連れて行って何ができるんだよ」

「甘いわね、若葉。私にだって出来ることはあるもんっ」

「ほう?」


言ってみろと、顎で先を促され、そこかしこから湧いてきた自信を口から吐き出した


「足手まといになれるわっ」


バタンッ


閉じる扉。置いてけぼりにされる私


「自覚があるなら此処にいろっ」


去り際に若葉が残した言葉は、まったくの正論だった


「ちぇー」


少しは寂しそうにしてくれてもいいのにな。ま「面倒くさいやつ」と言うのも分かる話だが


気持ちを切り替えて席を立つ

そろそろ神風たちが戻る頃、頑張ってくれた娘達を迎えてあげないと



ー母港ー


「ふぶき~」

「あ、しれいかふぅっ!?」


とりあえず、と。そんな安直さで、戻ってきた吹雪を抱きしめた あかね

胸に埋まる頭に手を回し、猫だって嫌がるだろうって程に頭を撫でくりまわす


「ちょっ、しれっ、やめっ、やめっ、あふぅ…」


息も絶え絶えに、胸元から顔を上げ何とか呼吸をする吹雪

ただ、不思議と、わちゃくちゃんされて息苦しいはずなのに、それが思うよりも嫌ではなかった


「無事で良かったわ…」


ようやくと落ち着いて、しっかりと抱きしめられているのを自覚した頃、頭の上から掛かる優しい声


安心する


戦いの熱が冷めてきたってのは勿論あったんだろう

思い出すと怖くなって、一歩間違ったら沈んでたんだって、想像すると今更ながらに震えてくる

でも、こうして、こうやって、「抱きしめてもらって、喜んでもらって、抱き返して…

帰ってきて良かった、そう思えることが何より嬉しかった




多分力が抜けたせい。少しだけ、緩んだ目元が熱くなる

司令官は何も言わなかったけど、多分気づいてたんだとは思う

何も言わずに、頭を撫でてくれていて、私が落ち着くまでずっと、ずーっと…


「あの…あかね さん?」


恐る恐ると、声をかける

一度落ち着いてしまえば、気恥ずかしいのもあったし、改めてお礼を言うのもやっぱり恥ずかしい


「いろいろ、ありがとうございます…」

「いろいろ?」

「だって、ほら、私が緊張しないようにって…」


そんな事をしただろうか?


あかねの 頭の中には大量の疑問符が浮かんでいた

まずを持って何の話か分からない。順を追って思い返してみても、出撃前に撫でくりまわしたり、それ以前にもそうしてたり

一緒に御飯を食べて、着替えを覗いて、お風呂にはいって、ベッドに潜り込んだこともあったけど

それがどうして「緊張しないように」とそう言う話になったのだろうか?


まぁ、でも、確かに、ぶつぶつ文句は言いつつも、最後には付き合ってくれたわけだから

いやがられてはないにしろ、もしかしてウェルカムだったのかと邪推もできるか?


「ダメよ吹雪ちゃん。そこは知らない振りをして私を立ててくれないと」


とりあえず濁しておこう、誤解をしてるならさせておこう、そんな結論が言葉を結ぶ


「えへへ。でも、ちゃんとお礼を言いたかったから」


真っ直ぐな笑顔である

可愛い、可愛いが、何か素直な娘を騙している様な気がしてくるのは気のせいじゃないだろう



その笑顔を初霜は見逃さなかった

吹雪の真っ直ぐな笑顔を受けてのニヤケ顔。デレデレしてはいるものの、もう少しだけ どろどろもしている

なんだろう、悪い大人に騙されている女の子、そんな絵面の様な気がして いたたまれない


騙されてるわ


そう言ってもやりたいが、わざわざ仲違いをさせるのも気が引けるし

とりあえず様子見だろうか? どうせ騙すなら最後まで騙しきってしまえば本物と遜色はないだろうし


「はーつしもっ♪」


気づけば私の番だった

肩に掛かる重さと温もりを感じながら、さっと手を伸ばして やんわりとそれを払う


懲りないな


そうは思いながらも、近づいてくる顔を消極的に押し返していた


これがダメなんだろうとは思う


嫌なら嫌と言えばいいのに、なまじ好意の塊しか感じないので大げさには言いづらい

抱きつかれるだけならまだ良かったが、伸びてくる下心だけはどうにも慣れなかった


「司令官っ、そろそろよろしいでしょうか?」


まっすぐ、と言うには固すぎる声。耳を引っ張れて顔を上げれば、直立不動の朝潮の姿


「ああ、入渠ね入渠。細かいことはそこで聞きましょうか」

「そこ?」


浮かんだ疑問に首を傾げる朝潮

そんな彼女の背中に手を添えて、膝の裏を押し上げると、その小さな体を一気に持ち上げた


「わっ、あのっ、司令官っ!?」

「足、怪我してるんでしょう?」

「そ、れは…いえ、一人で歩けますから…」

「ふーん…」


意地っ張りめ。そうは思うが口には出さず、代わりに膝の裏から手を滑らせていく

まるでギターでも弾いてるみたい、そんな事を考えながら問題の箇所に指を伸ばしていた


「ぃっ」


突然の痛みに朝潮の体が引きつる。首に回されていた手にも力が入り、必要以上に抱きつかれる


「本当に大丈夫?」


ふと芽生えた被逆心に心が跳ねた


「へ、平気ですから…っ」


上げた声なんかなかった事にして、平静を装う朝潮

それはそれで良いんだ、私は私で楽しいから


「ぁっ、ぃぅ、やっ…ぅぅ…」


わざとらしく触診をくりかえしていると、朝潮の口から小さな悲鳴が増えてくる

しかし、触れば触るほどに分かるのは、無理して動かしてたんだろう事実


「あかねさん…あの、朝潮ちゃんが…」

「ん、あぁ…」


吹雪に袖を引かれてようやく気づく


「むぅぅぅ…」


朝潮がむくれていた

小さな悲鳴が心地よかったのも合わせてか、調子に乗り過ぎたらしい


「あはははっ」


笑って誤魔化す あかね

「もうっ、下ろしてくださいっ』と、朝潮にしては珍しい抗議の言葉を無視して振り返った


「さ、みんなでお風呂に行きましょっ」


腕の中でぐずる朝潮を抱えたまま「おっふろーおふっろー♪」と鼻歌交じりの あかねに続き


「あ、はいっ。吹雪もいっしょにっ」

「では、春風も…」

「御姉様が参るのでしたら…」


概ね素直な二人と、別の思惑で動く一人


神風、それを眺めて曰く


「どう思う? 初霜?」

「どうって…」


背中の流しっこ で済めば良いな、とかそう言う話だろうか


「皆さんが良いなら…とは思いますが」

「よねぇ…」


頭を掻く神風。数瞬迷ってはいたようだったけれど

やがて、諦めたようにため息を付くと、後について歩き出していた


「一応ね、一応…」


監視が目的だと、暗に示す言葉を何処まで信じたものだろうか


「まあ、そうですね…」


なら私の言い訳は、早くお風呂に入りたいからとかそう言うので良いかもしれない




ーおしまいー



初霜「あ、あのね…若葉?」

若葉「どうした?」

初霜「…あかねさん と、その…した、の?」

若葉「何をだ?」

初霜「なにって、だから…き、す…?」

若葉「っ!?」

初霜「ちがうの、ダメとかでもないし、誤解でもいいんだけど、でも、電信流してからっていうのは、風紀っていうか、ね?」

若葉「あいつはぁぁっ!!」


神風「なーんか、マジっぽいわね、あれ…」

初霜「あ、うん」



後書き

最後までご覧いただきありがとうございました
艦娘可愛いと少しでも思って頂いたなら幸いです

艦これで地域制圧型シュミレーションでもやりたいなと、ぼんやり考える今日このごろ


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