2021-08-27 16:10:33 更新

概要

アークナイツ本編6章の感想のような妄想

注意

二次創作にありがちな色々
ちんちくりんのドクター





話は少し前


アーミヤがドクターを引っつかまえて、輸送機から飛び降りた時からもう少し遡った頃


「いった…もう、何なのよ一体…」


ドクターが目を覚ましたのは、廃墟というよりは瓦礫の中

上手いこと瓦礫同士が食い合って、なんとか人が居られる空間出来ているような場所だった


なんだったか、どうだったか、何が起こったのか


ふらつく頭を振り払って、記憶に指を伸ばしてみると

泣きそうな顔をしたアーミヤと、その隣には猫耳のお姉さん


名前はえーっと…?


それを思い出すまもなく崩れ始めた足元、猫耳のお姉さんが叫ぶ声

今にも飛び出しそうなアーミヤを抑えながら、さて…なんといってたのだったか


正直それどころではなかった


いきなり足場が崩れたんだもの、怖く怖くて仕方がなかった

反射的に手元のなにかに捕まって、それと一緒に下に落ちていった辺りで記憶は飛んでいる


一応、無事では居るらしい


体は痛むが死ぬほどでもない


ただし、生き埋めというこの状況は、下手をすれば死んだほうがマシな展開を連想させて

とても「よかった」だなんては思えなかった


「アーミヤっ、ジェシカっ、まーとーいーまーるーっ」




ダメか


響いてきた自分の声は近いところで反響して、とてもじゃないが外に届いてる風には思えない

慣れてきた視界に、なんとなくでも周りが見えてくる程度には、どこかしら光が差し込んではいるんだろうけど


「…あら?」


そんな時、そこの暗がりに見つけたのは白い白い女の人

こんな薄暗がりにでも目立つ白さは儚げで

人形のようなその白さは、命の灯から大分に遠ざかっているようにも見える


業務用冷凍庫…もとい、フロストノヴァとか呼ばれていたっけ

なにかの必殺技を自分の名前にしたようなこの女の人は


忌々しいな…


こんなところで凍えさせられたら、今度こそ凍死してしまいそうなもんだけど


でもなぜ? 一緒になって落ちたのか? 


そう言えば、やっとアーミヤ達に追いついたと思ったら、この人の小隊に回り込まれたんだっけ?

戦闘するもまもなく下に落ちたのは確かなんだろうけど


一歩…一歩…恐る恐るに、女の人…フロストノヴァへと近づいていく


私に気づく気配もなく、ただ、その胸を小さく上下させている

遠目にみた儚さは、かろうじて命を繋いでいて、安心…そう思うのもおかしな話だ

そりゃ、死体と二人っきりってのもゾッとはしないけど


この人は敵でしか無いし…


泣いて見せたら、見逃すくらいはしてくれるかしら?


話は、出来るみたいだったけど…どうかな? 氷みたいに頑固そうだったし

初雪なんて無邪気さはなく、降り積もって踏み固まった生き方が、そんな簡単に変わるとも思えない


かちゃ…


ごそごそと、ジェシカからくすねていた銃を取り出して、無感情に銃口をフロストノヴァに向ける

なんでも覚えておくものだ。不器用にも撃鉄を起こし、不格好でも引き金に指がかかればそれでいい


「こんにちは、フロストノヴァ…」


こんな暗殺みたいな方法、アーミヤならきっと止めるんだろうなぁ

悲しそうな彼女の顔が思い浮かぶけど、同時に、そんな彼女の顔が凍りつくのも重なってしまう


間違っている? そりゃあ、正しくはないのだろうけど


「ねぇ、アーミヤ…」


あの子がなんで私を慕ってくれるのかは分からない

私じゃないもの。私に、私の知らない私を見ているだけで、それでこうも簡単に引き金を引けてしまうんだ


「ねぇねぇ、アーミヤ…」


貴女はいったい、私に何を期待しているのかしらね


自嘲…なんかよりも、よっぽど冷たい笑顔が張り付いて「さようなら…」と、引き金に指をかけた時だった


「…お父さん」

「…」


眠り姫から漏れたのは、随分と可愛らしい寝言だった


毒気を抜かれる、呆気に取られる、やってらんないったらしょうがない


「はぁ…なによ、もう…なんだって…」


悪役なら最後までそれっぽくしてればいいのに、命乞いでもされる方がまだマシだ

そんな当たり前の、誰でも夢に見るみたいな、普通の寝言なんて聞かされたって


「撃たないのか?」


気づけば、フロストノヴァの 氷のように透き通った瞳が私を見つめていた


「なによ、お父さんって…子供みたいにさ」

「ふんっ…。なるほど、余計なことを言っていたらしいな私は」


銃口をおろした私の問いかけに、フロストノヴァは黙考したように目を閉じて

凍ったままに見えた薄い唇は、氷で滑ったかのように動き始めていた


「私が父と呼ぶのは、かつてウルサスの尉官だったボジョカスティという男だ」


遠回しなものの言い方。それじゃ、そんな言い方ではまるで


「本当の父親ならとうの昔に死んでいる」


その疑問を私が口にする前に、慣れた口調でフロストノヴァは答えていた


それも心の整理はついているのか、散々聞かれて答え飽きていたのかは知らないが

本当の両親は自分をかばって死んだと、あんまり聞きたくもないことまで追加してくれたけど


そのままつらつらと、彼女は自分の身の上を語りだしていた

聞くでもないのに聞かされて、手持ち無沙汰になった銃をしまい込むと

いつしか私も彼女の隣に腰を下ろし、ただなんとなくでも相槌を打ちながら話の先を求めていた


生まれ、その生い立ちと…


特にボジョカスティの、彼女の育ての親の話をするときは何処か誇らしげで

仲違いをしてると言う割には、よくある親子喧嘩の一幕に遭遇した気分にさせられる


「…」


さて…なんと言ったものか


つまらなくはなかったけども、面白い話ではもっと無い

感染者の…いってしまえば、この大地にはきっとよくある不幸だと

ロドスにいてもいなくても、きっとそんな話はいくらでも聞こえてくるんだろう


同情したってしょうがない、適当な慰めだって傷を逆撫でるだけだろうし

そもそも、同情するにも私は恵まれすぎていた



ついた話の一区切りは沈黙で締められる


返す言葉もなくなった私も、黙るに任せてしばらく考えを遊ばせていると


ごほっ!!


飛び込んできたのは咳き込む声

それも、血を噛んだようなくぐもり方は、尋常じゃ無い気配を漂わせていた


「ちょっと…もう…」


あんまりにも苦しそうな様子に、思わず伸ばしかけた私の手は「待てっ」と、彼女の鋭い声に止められる


大丈夫だと、いつもの事だと


白い肌の裏側に血を滲ませながら、口元を抑えたその手には今にも赤黒い何かが広がりそうで気が気じゃない


「いい加減…アーツを使うのやめなさいよ。死んじゃうわよ、本当に」

「それは無理な話だ。私の代わりにお前が戦ってくれるとでも?」

「それは無理な話ね。あなたの代わりにはなれないわ。でもアーミヤなら上手くやってくれるわよ、ええ、きっとね?」

「ふふっ、なるほど。あの子ウサギも苦労していそうだな」

「なによ。人を手のかかる子供みたいに」

「ああ、すまない…だが、うっ…ぐっ…」


咳き込む喉を押さえながら、フロストノヴァが視線を落とす


「少し手を貸してもらえるか?」

「なぁに?」

「私のコートの左ポケットに、キャンディが入っているはずだ。それを一つ取ってくれ」

「…いいけど、それは良いんだけど。もちろん、私の分もあるのよね?」

「…ふふっ。いいさ、一つでも二つでも好きに食べると良い」

「そんな事言って。ぜーんぶ食べちゃっても知らないんだからね」


悪戯紛れに伸ばした手で、フロストノヴァのポケットに手を突っ込むと

冬の冷たさか、あるいは冷凍庫の空気に触れたような心地にさせられる


そのまま、恋人の写真でも入ってやしないかと、あるいは彼女の言う「お父さん」でもよかった

見えない何かを弄って、けれど、そこには確かに、ドロップの入っていそうな缶があっただけ

カラカラと、まるで音の鳴る玩具みたいに それを引き出すと、甘い期待でよだれが溢れてくる


「構わないが、一つはこっちにくれないか?」

「もちろん。それは当然あなたのだもの、はい、あーん」

「まてまて、私の肌には触れないようにしてくれ」


取り出した赤い飴玉を摘んで、子供扱いでもするようにそれを近づけていくと

照れるでもなく、フロストノヴァはわずかに顔を背けてしまう


「なに? 関節キッスとか気にするタイプ?」

「バカを言うな。そうじゃない、そうではないが…お前の指が凍る」

「…そういうことはもっと早くに言いなさいよ」

「だから言った」


そうか…


そういうもんだと、最近冷えてばっかりで気にするのも忘れていたが

彼女のポッケがやけに冷たかった理由がそれかと、妙に納得もしてしまった


「そっか。それなら次はアイスでも入れておいて、きっと子どもたちに大人気になれるわ」

「すごいな…そんな下らない使い方を…。いや、そう出来れば良いのだろうが…」

「そうでしょうそうでしょう。人間凍らせるよりよっぽど有意義だわ」


決して褒められてはいないのだろうけど、それでも得意げに頷いてみせると

呆れたように、フロストノヴァの薄い唇が笑みを作る


「さあ、お口を開けて。私があーんしてあげる」

「ああ、たのむ…」


観念したように、というよりは

まるで子供に付き合うような面持ちで、フロストノヴァの口が開いていく

その唇に触れないように、飴玉を摘んだ指先をそっと近づけて


「やっぱ、あーげないっ」


ひょいっと、既の所で取り上げた飴玉を、そのまま自分の口の中に放り込んだ


赤い飴玉、甘い飴玉、きっと苺の味がするんだろう

甘酸っぱく広がるその風味に思いを馳せながら


ガリっ…


いつもの調子で、まぁるいまんまの飴玉を、なんの躊躇いもなく噛み砕いていた


「おいっ、ちょっとまっ…ぁぁ」


驚いたのはフロストノヴァの方だった。いやさ、それに驚いたのも私の方だった


途端に訪れた甘さとは程遠い刺激に目を丸くして

慌てて吐き出そうにも、粉々になった飴玉はすでに口の中いっぱいに溶け出していて


「なぁぁぁっぁ…ぁひっ…!?」


じわり…


目尻に涙が浮かんでくる


辛い…


辛い辛い辛い辛い辛い辛い…


それはもう痛いくらいに、私の舌を刺激し始め

それを手伝うかのように、酒精の混じった独特のエグさが口の中をひっかき出す


「けほっ、がはっ…あっ…あっ…!?」

「だ、だいじょうぶか…」


咳き込み具合で言えば、フロストノヴァといい勝負をしていただろう

吐きそうで、死にそうで、目が回る

慌てて水で流し込もうにも、こんな瓦礫の隙間に水なんかあるはずもなく

泥で汚れた氷の残骸が、こんなにも魅力的に見える日が来るなんては思わなかった


「な、なによぅ…あなた、なんで、こんな…私…だって、聞いてなっ…」

「すまない…。悪戯を…黙っていたのは悪かったが…いきなり噛み砕くなんて…」


それはそう、きっと彼女の言い分も分からないでもないけども


「だからもっと早く言ってってっ!」

「それでは悪戯にならないだろう…」

「しなければいいじゃないっ!!」

「キミが言うか…」

「私は良いのっ!」

「理不尽な…」


口の中で暴れる辛味が腹立たしい

些細な言葉でも癪に障り、その勢いで伸びた手は ぽかぽかと

アーツの使い過ぎで身動きの出来なくなっていたフロストノヴァを責め立てる


「こら…やめないか。キミが怪我をすることになるんだ」

「うぐっ…」


振り上げた手が空中で固まっていた

肌には直接触れてはいなかったはずなのに、それでも私の手は熱を奪われ始め

かじかんだ握りこぶしを、開くことでさえ ぎこちない


「なによっ…なんだって、こんな」


鼻を鳴らし、固まりかけた手を振り払う

ようやく抜けてきた辛さは、それでも私の気を苛立たせていた


「温かいものが食べたくてな…」


食べればいいじゃない


というのは簡単だった


けれど彼女は、その感覚を懐かしむように何処かを見つめ

もうそれが敵わないことは、嫌でも見て取れてしまう


「…触った拍子に凍っちゃうとか?」

「それもあるが…。一番は、私の体が耐えられない、すぐに火傷をしてしまってな」

「それにしたって、コレはないでしょう…」

「そうだな。私も、これを作ってくれた友人も、料理の才能はなかったらしい」

「そうみたいね…。ほら、お口開けて…」

「ん…」


あーん…


今度は素直に飴玉を口に運び、それを口に含んだ彼女は満足げだった

まるで大切な思い出を反芻するみたいに、ゆっくりと口に含んだ飴玉を舐め続けている


「お前は…いや、なんと呼べばいい? ロドスの…」


私からすれば毒物でしか無い飴玉も、彼女にしたらいい薬にはなっているのか

飴玉を舐め終えたフロストノヴァは、少し落ち着きを取り戻した声で話しかけてきた


「しずく よ、ドクター・し ず く 。どうぞ、しずくちゃんと呼んで ちょうだい」

「では、ドクター」

「なんでよっ」

「なんでもだ」


調子に乗るんじゃないと釘を差した彼女は、肩を怒らせる私を置き去りにしたまま言葉を続ける


「お前は…私が怖くはないのか?」

「は? そんなの怖いに決まってるでしょう?」


もう忘れてしまったのか


目が覚めたフロストノヴァに銃を向けていたのは間違いなく私で


「自分を殺しに来た相手が怖くない奴なんて、そっちのがよっぽど怖いでしょうよ」

「それは…そうだが」


むしろこうやって、普通におしゃべりが出来ている今のほうが不思議なくらい


「あなただってそうではないの? レユニオンの連中だって、私達ロドスにしたって

 みんな何かが怖くってさ、それを怖くなくするために戦って…ううん、藻掻いてるだけか…」


敵が怖い、鉱石病が怖い、死ぬのが怖い、奪われるのが怖い

傷つくのが嫌だって、みんなみんな怖くって、いつか怖いばっかりが大地に広がってって


「ねぇ、フロストノヴァ? 私達と一緒に来ない? 別にレユニオンじゃなきゃダメってこともないのでしょう?

 それともやっぱり裏切れない? いくら道を踏み外してても、それが感染者の誇りだってさ…」


あなたのお父さんみたいに


そう、口にして良いものかどうかは少し迷う


話にこそ聞いてはいたが、だからってそれを私が語っていいかは別の話

なんなら、彼女の誇りに直接触れるような 言葉を前に 私が言い淀んでいると

先に口を開いたのはフロストノヴァの方だった


「裏切りというなら向こうが先だ。その代償はもちろん払ってもらうが…」


そこで出来た空白は、それにお前たちは関係ないと言いたげで

それだけで、ふられちゃったなぁっと肩を竦めるには十分で


「お前たちはアレックスを殺したな」


続く言葉は恨み言だった


「あら? それを言うの? 戦場での話を持ち出すのね…なんなら同じ言葉を返すわよ?」

「分かっている。だからこそだ…お前は私を許せるというのか?」

「うん、無理」


答えは即答


よくも私にミーシャを殺させたわねって、皆をひどい目に合わせたわねって、今すぐ蹴り飛ばしてもやりたいくらい


「けど、そんなの言い続けていたら、私は一人ぼっちになっちゃうじゃない? それは寂しいわ」

「…そうだな。だが、だからこそ落とし所が必要なんじゃないか?」

「そうね。お互い意地はあるでしょうし。じゃんけんでもする? 最初はグーで良い? ウルサスでは何ていうのかしら?」

「ふふっ…。バカを言うな、そんなものに自分の命運を掛けられるか」

「あら? 運否天賦もたまには良いものよ?」

「なら一つ、掛けでもしないか?」


フロストノヴァが億劫に体を起こすと、その上から瓦礫の崩れる音が聞こえてくる


「どうやら向こうも私達を見つけたらしい」

「そうみたいね。アーミヤったら、今頃きっとべそかいてるはずよ」

「泣き虫には見えなかったが?」

「人前ではね。立場があるもの」


だんだんと大きくなる音に合わせ、ずれ始めた瓦礫の隙間から差し込む光も大きくなってくる


「それで? ルールはなぁに? 私はどんな勝負を受ければいいの?」

「どっちが先に私達を見つけるかだ」

「ふむ…私達が先だったら?」

「私がお前たちを殺す」

「あなた達が先だったら?」

「私がお前を殺す」

「それは…」


賭け? なんだろうか?


もともと殺し合いをしていた間柄だし…

まあ、アーミヤ達を守るって意味なら自分を生贄に捧げるのも選択肢の内ではあるが


けど、それはイヤ


自己犠牲だなんてのは私には無理

だって自分が一番可愛いもの「誰だってそうじゃない?」て言い切れるくらいには自信がある

だからってアーミヤ達と心中するのもイヤだし

私が無事で、私を可愛がってくれる子達も無事でいられる選択肢が欲しい


なら賭けをしなければいい


そうなると話は簡単だが、それで彼女は納得しないだろう

彼女の言う落とし所が何処にあったもんかは知らないが、こちらから彼女の遊びを無碍にするわけにもいかなかった


声が近づいてくる


聞き慣れない男の声と、聞き慣れた彼女の声

揺れ始める天井は、私に考える時間与えてはくれなかった


「どうだ? 乗るか?」


その最後の問いかけに、私は一つ頷きを返すと、そのまま彼女の隣へと寄り添った


別に何を考えていたわけでもないし、最後にアーミヤの顔を見たいだなんて可愛いことを言うつもりもなかった

言ってみれば悪あがきの屁理屈で、それでも皆で無事に済ませるにはコレくらいが丁度いい


これは私の賭けだ


何にと言えば、アーミアに賭けた

あの子の私に対する、依存にも似た愛情に掛けてみようと思う


光が差し込み、視界が開ける


それと同時に、私はフロストノヴァの頭をぎゅっと抱え込んだ


「姐さんっ」「ドクターっ!」


降り注いできた声はほぼ同時

『へ…?』と、間の抜けた声が重なったのものほぼ同時だった


「何をやっているっ、ドクターっ。離さないか!?」


お腹にぶつかってくるフロストノヴァの声

服越しにとは言え、氷を抱きかかえた以上の痛みに耐えながら、私は彼女に問いかける


「さあ、フロストノヴァ。賭けの時間よ? 答え合わせの時間だわ」


私達を先に見つけたのは…


「さあ、どっち?」

「…」


わかるか? そんな訳がない


聞こえた声は同時で、その時には私は彼女の頭を抱えていた

せいぜい私の柔らかいお腹を堪能していた彼女には、明確にコレと言わせる情報は無いはずだ


賭けの一つには勝った


血相変えたアーミヤが、我先にと顔を出すんじゃないかって期待と、フロストノヴァの子たちも同じような面持ちで合ったこと

後の不確定要素は、フロストノヴァとその子達の情の深さか、アーツの繋がりか

まさか、当てずっぽうで癇癪は起こさないだろうとは思うけど、それも全くゼロではないくらい


「そろそろ離すんだ。霜焼けでは済まなくなる」


落ち着いた彼女の声に頷いて、その頭を開放すると開いた天井を仰ぎ見る

すでにそこにはどっちの顔も覗き込んでいて、今から答え合わせをするには遅すぎるようには見えた


「ふっ…ふふふっ」


肩を震わせ くつくつと


訳が分からないままの私と、覗き込むアーミヤ達を置いてけぼりにして しばらく

ようやく落ち着いたのか、フロストノヴァはゆっくりと立ち上がった


「ありがとう、ドクター」


その、思いもよらなかった言葉に「どうして?」と、私は首を傾げて返すしかなかった


「いい暇つぶしになった」

「そっか、そうね。私も楽しかったわフロストノヴァ」


彼女の手が伸びてくる


それは私の頭に重なって…


しかし、触られることはなく、遠ざかっていくその指先が少しばっかり名残惜しそうに見えてしまった





「ただいま、アーミヤ」

「ドクターっ!!」


それを言い終わるかどうか、瓦礫の中から引き上げられた私は、アーミヤに抱きしめられていた


「もう…苦しいわアーミヤ。甘えん坊なんだから…」

「どこか怪我は? 痛いところはないですか? 苦しかったり…なにか怖いことなんかは…」

「平気。へいき、へいき、へーきだってば。何処にも怪我はないし、それにフロストノヴァも私に優しかったのよ?」

「へ、そうなんですか?」


振り返った私に合わせ、アーミヤも彼女の方に視線を向ける

しかし、目があったフロストノヴァは何を言うでもなく、なんでも無いように、ただ軽く肩をすくませて見せただけだった


「ど、どうも…うちの子が、お世話に…」


ぺこり…


萎縮したのか、それとも自分の取り乱しように気づいたのか

恥ずかしそうに頭を下げるアーミヤが、とっても可笑しくって


ついつい…


私は悪戯をしたくなってしまっていた


「それにねそれにね? 飴玉だって貰ったんだから、アーミヤも一緒に食べましょう?」


返しそびれていた缶から、赤い飴玉を一つ取り出してアーミヤに差し出してみせる


ちらり…


さり気なく後ろに向けた私の視線が、フロストノヴァと重なって

呆れたように、それでも拭いきれない興味がアーミヤへと向けられる


「それじゃあ、私も頂きますね…」


その沈黙を肯定と受け取ったのか、おずおずとアーミヤは口を開き

「あーん」なんて決り文句と一緒に、アーミヤの口の中に赤い飴玉を差し込んだ


キスでもされたみたい。私の指先から飴玉と一緒にアーミヤの唇が離れていく

そのまま舌で転がしながら、感想の一つでも言おうかとアーミヤが視線を泳がせた瞬間だった


「っ!?」


アーミヤの長い耳が、驚いたように跳ね上がっていた

声にならない声を上げながら、それでも飴玉を吐き出そうとしないのは偉かったと思う

何事かと皆の視線が集まる中、キョロキョロと辺りを見回して、見つけた水筒に飛びつくと


ごくごく…ごっくん…


小さな喉が鳴り響く


「なっ、なぁぁ…!? なんなんですか、これ…えぇぇぇ…からっ…ていうか、痛い…」


驚きに目を白黒とさせながら、私と、フロストノヴァを交互に見やる姿がたまらなく可愛くって


ふっ…


私達は同時に吹き出すと、声を上げて笑いだしていた


「あ、あぁぁぁ! 騙したんですねっ、騙したんですよねっ、二人して私をからかったんだーっ!!」


気づいたアーミヤに責められても、笑い声を抑えられず

笑いながらでもハイタッチ…の代わりに、投げ返した飴玉の缶がカランと、彼女の手の中で小気味のいい音を立てていた



その後は三々五々


思い思いに言いたいことを言い合って「またね」と手を降ったら振られてしまった

とはいえ、目的地も一緒なんだから、近いうちに顔を合わせることになるんだろうと思いつつ


程なくしてアーミヤに捕まった私は、輸送機の上へ

高層ビルよりもっと上のお空から飛び降りる事になるなんて思いもせずに、まあ、のんきなものだった





メフィストを追い払ったとは言え、それで壊れた町並みが元に戻るでもなし

ひっちゃかめっちゃか になった龍門の街の中、私はアーミヤから距離をとって歩いていた


「ねぇ…ドクター? もうちょっとこっちに来ませんか? ほら、何かあったら大変ですし…」

「イヤ…。だって、アーミヤ飛び降りるでしょう」

「だからそれはぁ…。それにもう、地面の上じゃないですか…何処に飛び降りるって」

「そんなのわかんないじゃないっ! また穴ぼことか出来るかもしれないじゃんっ」


ふかーっと、肩を怒らせて、私は そのまま近くにいたグレースロートの影に逃げ込んだ


「まかせて、アーミヤ。ドクターはちゃんと守るから」

「いえ…そうではなく、そうじゃなくって…。まあ、はい…よろしくおねがいします」


何か間違ったのだろうか?


不思議そうな顔を見せたグレースロートを前にして、結局アーミヤは何も言い返せずに肩を落としてしまった



今後の予定を話しながら、散らばった瓦礫をボール代わりに遊んでいると

アーミヤがきょろきょろと辺りを気にし始める


「あの、ドクター? ガヴィルさんを知りませんか?」


言われてみれば確かにそう

声も存在感もデカイ彼女のこと、居なくたって居るのが分かるくらいなのに

探しても見つからないというのはつまり、どっか行ったんじゃない? なんて結論につながった


「さあ? 怪我人を作りに行ったとか? 殺してでも助けるくらいはやりそうだし」


まあ、レユニオンのバカどもに付ける薬なんてあったもんか

そうじゃないなら、黙ってグーな人だもの、きっと元気にやっているとは思う


「もうっ、ダメですよドクター。そりゃ、彼女にはそういう部分もありますが…」


不味い…お説教の空気だ


真面目なのはアーミヤの良い所だが、言い換えればコレで頑固だ

本気で言ってるわけじゃない。そうは分かっていても、間違った風聞で生まれる不和を知っているだけに

言わずには居られないというのも性分なんだろう


面倒だなぁ…


普段の私なら、だってジェシカがって、彼女の後ろに隠れたもんだが

今は近くに居ないし…居る人といえばグレースロートくらいなものだけど…どうかしら?


真面目な人なのはそうなんだけど、問題は…冗談が通じるのか

いや、もっと言えば私のことを甘やかしてくれるのかどうかだが


「なに?」


見上げていたのに気づいたグレースロートが、少し首を傾けて視線を落としてくる


「だって、グレースロートが…」


物は試しか。彼女を捕まえた私は、アーミヤの前に押し出すようにして その背中に回り込んだ


「まあ、言いたいことは分かるけど…」

「もうっ、グレースロートさんまで。ドクターの冗談を真に受けないで下さい」

「でも、あの人 包帯巻くのキツイし」

「わかるわかる。わざと痛くやってるわよね、絶対」

「それでも腕は確かなんです。それに、怪我の痛みだって分かるじゃないですか」


意外か? そうでもないものか?


「言ってない」て、一蹴されるのも覚悟していただけに、同意が得られたのはちょっと嬉しい


そんなささやかな共感が、わずかにグレースロートへの依存心を持ち上げる

それでも、まだ言い足りないアーミヤの説教を背中に聞きながら


「あっ、ブレイズだわ。やっと追いついた」


一足先にと、呼び止めるアーミや振り切って、ブレイズの背中に駆け寄っていった



「あ、ドクターこっちっ!」

「なんかすごい有様ね、ブレイズ? 私のマトイマルといい勝負だわ」


辺りには、人、人、人、と、レユニオンの残党だったものが辺り一面に転がっていて


「いやいや、あの人と一緒にしないでくれないかな? 私はもっと大人しいよ」

「絶対ウソ。だって、貴女ってそういう枠組みでしょう? 暴れん坊っていうかさ?」

「そりゃ少しはね? 大立ち回りもやって見せないと、汗水たらして働く価値も無いでしょ?」

「だから暴れん坊だって言うのに」

「心外だなぁ。この人達が話しを聞いてくれてれば、私だって此処までしなくてよかったんだよ…」


ブレイズが、馬乗りになっているその人の腕をぐいっとひねると、その下からくぐもった声が聞こえてくる


「ねぇ、知ってるドクター? 腕をさ? こうやって、こうすると、折らずに逆側に90度曲げられるんだよ?」

「ドクターに変なことを吹き込まないでください。ただでさえ、変なことばっかり覚えちゃってて…」

「ウサギちゃんっ!」


後から聞こえてくるアーミヤの小言にブレイズがぱっと顔をあげると、一目散に駆けていってしまった

そのままの勢いで飛びついて、嫌がるアーミヤのほっぺを撫で回し、抱き上げて

やりたい放題のブレイズに、怒ったアーミヤがそっぽを向くと、まるでこの世の終わりのような顔さえしていた


「…」


なんか、もやもや する


この感情に名前をつけるならきっと嫉妬なんだろう

子供みたいな言い掛かりで、自分からアーミヤを遠ざけておいて人に取られるのは嫌だという

「それは我が侭というものだ」だなんて、きっとケルシー辺りならいいそうで

いくら図星であっても、アイツから言われて面白い言葉でもなかった


「なぁ、嬢ちゃん…。なんだか知らねーが、とりあえず俺から降りてくれないか?」


世の中には不思議なことが一杯ある


摩訶不思議なアーツが飛び交うような世界なんだから

突然に椅子が喋りだしたとしても、思っていたほども驚きはしなかった


「あら? 男の人ってこういうのが好きって聞いたけれども?」


椅子…というよりは、今しがたまでブレイズに組み敷かれていたレユニオンの一人だが

特に抵抗する余裕もなさそうだったので、その上に私が座っていただけ


「しらねーよ、ちんちくりんが。さっきの怖い姉ちゃんくらいになってから出直してこいや」

「うっさいおっぱい星人。そんなに揉みたきゃ、かーちゃんのでも揉んでりゃ良いでしょう」

「口の悪いガキだな。いいか、こんな状態でも…お前一人くらい道連れに…」


それも意地か…いや、自棄だな


ゆらゆらと、壊れた安楽椅子みたいに動き出した男の人の腕を取ると

全身を使って、その太い腕に抱きついた


「ねぇ、知ってる? こうやって、こうすると、折らずに曲がるんだって…試してみよっか?」

「おい、待て待て待て、違うっ、そうじゃっ…あだだだだだっ。まてまてまてっ、折れる折れる折れるっ!?」

「あれ? でもさっきブレイズはこう…」


そうやって、曲げた腕をもとに戻し

覚束ない抵抗を押し切って、ブレイズの真似をしようと再び体重をのせて腕を押し曲げていく


「だーっ、まて! わかった、降参をする。そうだ、ポケットにチョコレートが入ってるんだ、それで手を打たないか?」

「あはっ♪ あなたきっと長生きできるわね」

「ふざけろ、こっちは感染者だぞ」


ごそごそと、男の人のズボンを漁ると、そこには確かに銀色の包装に包まれた物が入っていて、開いたそれから甘い匂いがこぼれてくる


「感染者でもよ。そうじゃなくたって死ぬ人は死ぬわ。あなた達が殺したりね? もしかしたら、私だってそうかもしれないし」

「だから降りろって…くそ、なんでこんな事に」


黒い欠片を口に放り込むと、チョコレート特有の風味が鼻から抜けていき、口の中に甘さが溶け出していく


「なんでって、自分で決めなかったからでしょう? 誰に唆されたの? 何に流されたの?

 やられたから、やり返すの? なら、命乞いは筋が違うでしょう? やるなら、どうぞ? あなた達の憎む普通の人よ? 私は?」

「違う…俺は、俺たち感染者は…」

「感染者だなんて勝手に一括にしないでさ。そんなんだから、こんなんなのよ」

「くそっ…」


悪態が一つでそれっきり、男の人は抵抗をやめていた


チョコ美味しい


残った余韻は甘く溶けていき、それもそろそろ終わろうかという頃


「ブレイズさん!」


聞こえてきたのはアーミヤの怒声


いい加減ブレイズがやりすぎたのかと思えば、そのブレイズは怖い顔をしてどっかに歩いていくし


「何、あれ?」

「さあな。向こうの銀髪の女は感染者じゃないんだろう…なら、そういうことなんじゃねーの?」

「だから、あんたはそうなのよ。ケンカなら誰だってするでしょう。チョコ、ありがとね」

「けっ、さっさといっちまえ」


丸めた銀紙を男のポケットに詰め直し

立ち去っていくブレイズと入れ替わりに、私はアーミヤの所へ駆け寄っていく


「なになに? ケンカ? このおっぱい星人とかいっちゃったの? グレースロートは?」

「言ってない…。流石にそんな事は言わない…」

「楽しそうに言わないでください、ドクター。なんですか、その…ぉ、ぉぉ…」


その言葉を前にして、アーミヤの言葉が途切れた

しかし、その続きをなんでも無いようにグレースロートが引き継ぐと


「おっぱい星人」

「言わないでっ! はしたないですよっ、グレースロートさんっ」

「そう? こんな程度スラングにもならないでしょ?」


慌てたアーミヤがグレースロートを嗜めるが、それさえもよくわからないと首を傾げていた


「もうっ、ドクターが変なこと言うから」

「私じゃないわっ、違うんだから。だって、向こうの人が言ってたんだもん、ブレイズのこと見ながらさ」


私が指先をそこへ向けると、グレースロートと二人、冷めた視線がそちらに向いていた

それもまた、一部の人が喜びそうな雰囲気ではあったんだけど


「なんか、彼…すっごく首を振っていませんか?」

「違うわ、アーミヤ。あれでも喜んでいるのよ、蔑まれるのが好きな大人もいるものよ。よーく覚えておいてねグレースロート」

「まあ、参考には…」

「しないで。グレースロートさんに変なこと吹き込まないでください、ドクター」

「大丈夫任せて? ゆくゆくは私色に染めてみせるから、きっと上手に出来るのよ、いい子に育て上げるのだわ」

「絶対やめてください。じゃなくってっ…もうっ、ブレイズさんですよ、ブレイズさん」


逸れに逸れまくった話題を強引に戻し、アーミヤが立ち去っていブレイズの背中へと視線を向ける


「お願いできませんか、ドクター?」

「私に足かせになれと? 足手まといがお似合いだって?」

「そうじゃなくって…えーっと、心のケアといいますか…この機会に彼女のことをもっと知って欲しいと言いますか」

「つまり、アニマルセラピーってわけ?」

「そうっ、それですっ!」


我が意を得たり


けれど、ぴしっと指先を向けてきたアーミヤの顔は、すぐに「ん?」と首を傾げ


「違いますっ、違いますっ! そこまでは言いません

 それは私がして欲しい…じゃなくって、ドクターをペット扱いしたいわけじゃ決して…」

「あはははっ。わかっているわ、一杯甘えて来いって言うのでしょう、たくさん可愛がって貰えって」

「むぅ…まだ違い ますけど。まあ、それでお願いします」


うなだれるアーミヤに背を向けて、立ち去る前にグレースロートの手を握る


「アーミヤの事をお願いね。私がいないとすぐ泣いちゃうんだから」

「わかってる。ドクターの方こそ気をつけて」

「ええ、もちろんだわ」


指切りげんまん、握った手を振りあって

ひとつ、アーミヤ達から離れると、私はそのままブレイズの背中を追いかけ始めた



「あの、グレースロートさん? 私別に、甘えん坊ってわけじゃ…」


ドクターの小さな背中を見送って、その足音が通りの向こうに消えた頃

神妙な顔をしたアーミヤが、おずおずと、グレースロートに声をかけていた


「…?」

「不思議そうな顔をしないで下さい」


けれど、返ってきたのは不思議そうに首をかしげる彼女の仕草

そんな可愛らしい仕草で、まっすぐに見つめられると、自分の方が間違ってるんじゃないかと不安にもなってくる


「ううん。ただ、変な子だなって…」

「私がですか?」

「いいえ、あの子も…」

「も…って」


その言葉にがっくりと力が抜けてしまう

何処から訂正をしようか。そもそも、どうして私が変だって…ちっとも普通にしてるはずなのに

なんか、ドクターに言動に巻き込まれた気がしないでもないんだけど…そんなに、頼りないかな私


「それより、アーミヤ。私達も次に行こう」

「あ、はい、そうですね…」


ただ…


それでも、この場で一番しっかりしてたのは、グレースロートさんに違いはなかった





じゃんけんぽんっ!


私がパーで、ブレイズがグー


勝った私は けんけんぱって、足を踊らせながら先へと跳ねていく


「あー、あ、み、やっ」


じゃんけんぽんっ!


私がチョキ、ブレイズがグー


勝ったブレイズは けんけんぱって…


「ねぇ…この遊び楽しい?」

「ううん。全然おもしくない」


勝利の栄光と共に、私の隣まで一足飛びにやってきたブレイズが、ようやくになって愚痴をこぼしていた


「ドクターはさぁ…そういうとこあるよね…飽きっぽいっての?」


呆れとともに、吐き出すため息は熱っぽく

彼女が飛び跳ねた反動か、周囲の気温にまで熱が伝わっていく


一応はと、アーミヤに頼まれた手前もあるんだろう


追いついた私の手を引いて、バカみたいな遊びにも付き合ってはくれたけど

流石にそろそろ、辟易とした態度を隠せなくなってるみたいだった


「それじゃあ次は…」

「まだやんの? そろそろ仕事しない?」

「大丈夫、次は謎々よ? ただのクイズなのだわ。歩きながらでも出来るんだから」

「りょーかい。それじゃ、歩きながらね」


差し出された手を繋ぎ、ブレイズの後に続いて歩き出す


問題


「もし、私だってロドスを信じてるわけじゃないって、言ったらブレイズはどんな顔をするでしょう?」


それを言った その途端


私の体は宙に浮いていた


ぶらんと揺れた足ははずみをつけて、硬いコンクリートの感触に背中を叩かれる


「こんな顔するんじゃないの?」

「っぁ…。ふふ、ひどい顔…ね」


行き過ぎた感情は、表情も失わせていた

凍てついた瞳とは裏腹に、周囲の気温はぐっと温度を上げ

息を一つ吸い込むだけで、口の中が乾いてしょうがない


「まるで自分たちが世界で一番不幸みたいじゃない? 人の気も知らないで、なんてのはお互い様よ?」

「ドクター…」

「そんな顔してグレースロートにも噛み付いたわけ? それでは あの子が可愛そう「どうして?」それさえも問えないのだから」

「ドクターっ!」

「どうしたのブレイズ? そんな迷子みたいな顔をして?」

「…そろそろ良い子にしてようか? お姉さんが笑ってられるうちにさ?」

「笑いもしないで…」


ぐっと、力のこもった指先が服を巻き込み、首元を締め付けていく


「っぅ…んっ。でも、いい子にするのは貴女の方よブレイズ? こんな時にまで私のアーミヤにいらない心配かけないでちょうだい」

「あんた…ここでアーミヤちゃんの名前だすわけ?」

「それはそう、そりゃそうよ。だって、今の私と貴女で共有できる唯一の感情でしょう?」

「恋敵と仲良くしろって?」

「いけないこと?」

「いけなかないけどさ…」


伺うような視線を受け止めて、それでも涼しい顔をしてみせる

サウナに押し込まれたような空気感の中、締まる首元に息を吸うのも甚だしい


やせ我慢も限界か…


目元から涙が溢れてきて、それさえもすぐに乾いて消えていく中


「分かった。分かりましたよ、お姫様…」


ふと…


首元が緩み、宙ぶらりんだったつま先が、ゆっくりと地面に下ろされる


「けほっ…こほっ…はぁ、はぁ…あー、死ぬかと思ったわ」

「そんな様でよくケンカを売るもんだ」

「ケンカするほど仲が良いっていうでしょう?」

「ケンカ…ね。そんなんじゃないでしょ…あんなのは」

「ふふっ、そうね、ただの意地悪だったもの。あなたのは」


私に向かない言葉に、からかうような調子で声を踊らせてみせると

立ち上がろうとした体が また宙に浮かび上がっていく


すっと…


ブレイズに両脇を抱えられて、それはそれで楽ちんだったけど

つい今しがたまで、首を締め上げられていた身にとっては、まだ続きがしたいのかと不安にもなってくる


「怒ったの? またケンカする?」


正直、これ以上我慢できる自信は無かったし

うなずかれた瞬間、ごめんなさいをする用意は出来ていたが、意外にもブレイズは首を振っていた


「しません。てか、しそうだからこの話はもうおしまい。OK?」

「良いわよ。私も苦しいのはごめんだし」

「結構…それじゃあ」


抱き上げられたまま抱きしめられて、抱かれ心地はふかふかで

ちょっと熱いのが難ではあったけど、半日前まで凍えていたのを思えば、その熱さも温らしい


「私達はアーミヤちゃんを裏切れない。そうだったわね、ドクター?」

「ええ、ええ。それはもちろんそうでしょう? そのためだったら何でもできるわよ? たぶん」


今更ながらの確認に、大げさに頷いてみせると、さらに私を抱きしめる力が強くなる


「じゃ、ケンカして遅れた分は取り戻さないといけないわけよ」

「…」


嫌な予感がする


近しい記憶が、私に嫌な予感を呼び起こさせた

震えた背中が逃げ出そうと、ブレイズの腕の中で身じろぎを始め

しかし、その頃にはガッチリと捕獲されていた私は、藻掻くのもやっとのこと


「いい、歩く。ちょっと走れば平気でしょう?」

「それじゃ、もう足りない。アーミヤちゃんに怒られるよ? がっかりされちゃうんじゃない?」

「それもいいのっ、だってアーミヤ優しいもん」

「それはそれで腹立たしいよね。もう少し私にも優しくしてくれてもいいっていうかさ」

「それは自業自得ではないの?」

「…」


藻掻く、足掻いて、それでも無理で


もぞもぞと、彼女の胸のうちに沈んでいく私はまるで蟻地獄にでも囚われた虫のよう

生殺与奪を握られたまま、しかし無慈悲にもカウントダウンは始まってしまった


「はい、ごーっ」

「ちょっ、まってよっ、待ちなさいよっブレイズ」

「よーんっ」

「まって、待ちなさいったら、降ろしてっ、はーなーしーてーっ!」

「さーんっ」

「やだやだやだやだっ」

「にーっ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」

「いーちっ」

「ひぃっ!?」


瞬間足が浮いた


エレベーターに乗った時の不快感が、何倍にも膨れ上がって私を空へと連れて行く

言葉もない、涙もない、下を見るのも只々怖い

覚束ない足元の代わりに、目いっぱいに広げた両手でブレイズにしがみついた私は

落ちないように、落ちませんようにと、呪うように祈り続けるしか出来なかった





なんだかコアラにでもなった気分


しがみつくドクターを抱えながら、ビルの間を飛び回っているブレイズ

意地悪が無かったとは言わない。嫌がるドクターを無理やり抱えてさ

それでも遅れた時間を取り戻すには、この方法が一番手っ取り早くて


「ブレイズさん、今何処ですか? 急がないと此処一年の風紀違反を…」


耳元に入る雑音が開けると、予想通りにアーミヤの声

この子に言い訳をするためにも、必要な時間稼ぎというのはある


「慌てないでもうすぐ着くから」


普段から良い子にしてないと、こういう時に困るもんだが

それで自分の気質が変えられるほど器用でもないし、まあそれでも何とかなるもんだ


いぃぃやぁぁぁぁっ!?


「ちょっ!? 悲鳴? ドクターっ! 何をやってるんですかっブレイズさん!!」

「何って言うか…少し急いでるだけだって」


きーんとする程の叫び声は、もちろん通信機越しの アーミヤちゃんの耳にも届いて

慌てた彼女が、少し怒ったような声を向けてくるのも当然ではあった


「ケンカも良いですけど、少しは加減を…」

「ビルの上を走ってるだけだから、ホントマジで…っと」


ビルの端に差し掛かり、苦もなくその狭間を飛び越える


なんてこともない距離を、パルクールというにも まだかわいい挙動のはず

むしろ小さな子供なら、飛び跳ねまわって喜びそうなもんだけど


ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!


うるさいなぁ…


アーミヤちゃんと通信中なのも忘れて、思わず口に出てしまいそうだった


流石に疲れも見えてきたものの、ふわりと体が浮くたびに騒がれるのも鬱陶しい

じりじりと重心がズレていくドクターの体を抱え直し

通信中くらい静かにして欲しいと、その口に手を当てたのが失敗だった


「あの、気をつけてくださいね? ブレイズさん…」

「気をつけてって? 別に落っことしやしないよ? アーミヤちゃんより軽いんだもん、この子」


むしろ心配になるレベルで柔い


ちゃんと食べさせろって、アンセルにも言っておかなきゃいけないが

あの真面目が健康管理を怠ってるとも思えないし、それでもこの軽さなんだろう


「いえ、そんな心配をしているんじゃなくって…」


歯切れの悪い言葉


アーミヤちゃんが何を躊躇っていたのかはわからないが、そういう事はもっと早くに言って欲しかった


「いっ…」


途端、指に走ったのは強烈な痛みだった


不意打ちに飛び出しそうなった悲鳴を押し込んで…


「てぇぇぇぇぇっ!?」


やっぱり無理と声が上がる


「チョッ、まっ、ドクター!? いたいいたいいたい、こいつっ、このっ…なんで噛むのっ!

 まって、ほんとまってっ! 血が、血が出るからっ、ドクターっ口の中火傷するって…」


危うく振り払ってしまいそうだった

取りこぼしそうになるドクターの体を抱え直して、間の悪さに舌打ちをする


動揺する体、崩れた態勢、ビルの谷間の頂点で、すぐにも次の屋上が迫ってきていた


「ごめんアーミヤちゃんっ、また後で」


もう通信どころじゃない


慌てて通信を切って、急いで態勢を立て直す


それで間に合うかどうかは


「こんのっ…」





唐突に切れた通信を後にして


はぁ…


以前に噛まれた指先に視線を落とし、心配そうに声を漏らすアーミヤ


「だから言ったのに…」


とは思えど、気をつけてと…曖昧な一言は、言うほど何かを伝えられてる訳でもなかった


「すごい悲鳴…」


はたして、グレースロートさんが聞いたのはどっちの悲鳴だったのか

どっちもか、通信機から漏れるには十分な悲鳴ではあったけど


「気をつけてくださいね? グレースロートさんも、うかつにドクターの口元に指をやると」


ぱくぅって


愛らしさを装って、両手で噛み付く真似をしてみせる

やってしまった後から、恥ずかしさが増してくる仕草ではあったけど

重なった心配事を紛らわすためにも、今は茶化しておきたい気分だった


「驚いた…。うちのドクターは、ピラニアかなにかなの?」


ただ、まあ…


私の子供っぽい仕草に何を言うでもなく、果たしてそれが見ない振りだったのか

私の顔を見つめていたグレースロートさんが、まったく驚いてない顔で、ぽつりと言葉を返してきた


「いえ…ピラニアよりは可愛らしいですよ?」

「…?」


首を傾げられてしまった


何を言ってんだこいつって、言われているような気がしただけに


「それはそう。さあ、私達も急ごう」

「え、あ…はい。あれ、でも、いつのまにそんな仲良くなったんですか?」

「仲良くは…どうかな? あの子が人懐っこいだけでしょ」


呆気に取られるほどの肯定は、アーミヤのヤキモチを刺激するには十分だった





「ほら、口開けてドクター。もう噛まないでよ…」


ブレイズに促されてドクターが口を開くと、水筒の先っぽを押し付けられる


ぶくぶくぶく…


応急処置なら氷も欲しいが、無い物ねだりもしょうがない

おえーっと、纏わりつく不快感と共に吐き出した水が屋上に広がって、ひりひりとする口元を拭いながらドクターは顔を上げた


「で、もうついたの?」

「まだ半分」


熱さが残る舌に鞭打って、一つの言葉を期待しては見たものの、返ってきたのは無慈悲な答え


もう泣きそう…


諦めか絶望か、憔悴に身を焦がして、これ以上と言えない代わりに


「ぁぁぁぁぁぁ…」


私の喉から、絞り上げるような悲鳴が這い上がっていた


「泣くのはやめてよ。流石に気まずいったら…だから提案」


「あー」だの「もー」だの、首を振り頭を掻いて

屋上の端へと移動したブレイズが「みえる?」と、構えた親指をその向こうへ差し向けていた


「見えるって…?」


涙を拭って恐る恐る


フェンスの代わりにブレイズの足にしがみついた私は、そのまま向こうを覗き込む


「何、あれ? ゾンビ映画?」

「みたいなもんかな?」


見下ろした先でうごめいていたのは、メフィストの生み出した家畜の群れ

今やそれはレユニオンの残党も、近衛局の兵士たちをも飲み込みながら、襲った相手を家畜に変えて、その勢いを増していた


「ふーん…」


意外と、感想としてはそんなもんだった


対処しろって言われたら、そりゃあ面倒だけども

こうして眺めてる分には、私にとっては邪魔な障害物というか、見た目には鬱陶しく思える


「ふーんって…もうちょっとなんか無いの?」

「なにかって?」

「そりゃ…ジェシカーの仇だーとか、今度こそメフィストを…だとか? いや、違うか…あんたが一番いいそうなのは…」


一つや二つ、その時時では確かに私がいいそうな言葉ではあったけど

それよりなにより、ブレイズの納得を得られた想像は


「バクダンムシとか、そのへんにいない? かな…」


よくお分かりだ


確かに、アレらを処理しろと言われれば私が一番に使いそうな手段はそれだ

大概、アーミヤに止められて実現したことは無いけども


「失礼な子。ブレイズは私の事を何だと思っているのよ?」

「何って? まあ、小動物みたいだなとは思ってる」

「そんなに可愛い? 私って?」


「きゃっ♪」と、頬に手を当てて、わざとらしく照れ隠しをしてみたものの


「見た目はね。けど、その割に凶暴だって話をしてんのね、噛み付いてくるし」

「あはは。ブレイズはだって見た目通りだもんね」


その瞬間体が浮いた


冗談を冗談と取れない子はモテないと思う

思いながらも、ドクターの体はフェンスを越えて、屋上の向こう側で枯れ葉のように揺れ始めていた



あぁぁぁぁぁぁっ!!


上がる悲鳴が耳に痛い


首を傾けて、少しでも耳を遠ざけようとしながらも、ブレイズは一つの確信を得ていた

ケンカの原因を作った言葉といい、今のは私の短気が過ぎた部分もあるが


「あんた、こうなるって分かってて言ってるでしょう? 」

「良いブレイズ?」


それを言った途端、うるさいくらいの悲鳴はピタリと止んで


「なにさ?」

「猫の毛並みを逆立てて遊ぶのが、私のライフワークなの」


指を一つ立てて見せたドクターは、キリッとした表情を作っていた


なんだろう?


自殺がしたいのかな?


私なら許してくれると思われても困るんだけど


アーミヤちゃんはドクターに甘すぎるな


不公平だ


単純に嫉妬だと分かっている


なにせ相手は恋敵


必要以上に仲良くしなくたってねぇ


「はい、ごーっ」


あぁぁぁぁぁぁっ!!


上がる悲鳴が耳に痛い


本当に、分かっててなんでやるんだろう?

私なら落としやしないと、高を括られているのにも腹が立つ


「言い訳は?」

「ありません」


「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」


「何か作戦は?」

「無視したいと思います」

「それはナシで」

「面倒な」

「分かるけどさ。今の私はロドスのオペレーターで、あんたはその指揮官なの」


引き戻したドクターを屋上に下ろすと

またぞろ、コアラの子供みたいに私の足にしがみついてきた


置いてかれる想像でもしたのか

アーミヤちゃんの時見たく、手の届かないところにいかれる寄りは良いけれど


「で…近衛局も、レユニオンの生き残りも助けたいと?」

「欲張りでわるぅござんした」

「はぁ…。ぜぇったい感謝なんかされないわよ、貧乏くじなんだから」


ドクターが大きく息を吐く


それで、喉元まででかかった悪感情を吐き出したのは確かだった

私だって、そうだろうなっては思うけど、だからって言えないから ここにいる


「そういえば提案って言ってたわね?」

「ああ、それ? 向こうのビルまで飛びたくなければ、効率的な人助けの方法考えてって話し」


出来ないなら急ぐしか無い


こっちの戦力は私だけで、しかも足手まとい付き

あんなところに飛び込んでいけば、私達の安全だってわからなくなる


「それ、上手にできたら褒めてくれる?」

「え? まあ、そりゃもちろん…頭ぐらいは撫でたげるよ?」

「ふーん」


つまらなそうに鼻を鳴らしたドクターが、私の足から離れていった


「じゃ、私向こうの階段から下に降りるから」

「ちょっとちょっと。私一人に頑張らせるつもり?」

「そんなことはないのよ? ブレイズが良い子にしてくれれば見なくても楽勝だって言ってるの?」

「ふーん」


今度は私のほうが鼻を鳴らす番だった


その自信はどこから来るのか、あまりに私の力を過大評価してないかとも思ったが

それはそれで、出来ませんというのも癪にさわる


「じゃあ競争だ。ドクターが下に降りるまでに…」

「ブレイズが私の言うことをちゃんと終わらせられるかって?」

「簡単なんでしょ?」

「ええ、ええ。それはもちろんよ…それじゃあブレイズ」


ドクターが小さく手を降って、階段の向こうへ消えていく

それを見送ったブレイズがフェンスを飛び越えた瞬間


ざっと、遊ぶような声音で、ドクターの声が通信機に割り込んできた





それから戦闘、戦闘、戦闘、と、間に感謝もされない人助けを重ねて

アーミヤ達と合流してからも、漏れなく続いた戦いは、気づけば拍子抜けした様に終わっていた


「…お知り合い、ですか?」

「分からない。私とあいつが知り合いと呼べるかは…」


戦いの後、一人ぽつんと佇むグレースロートにアーミヤが話しかけていた

その向こうには誰かが倒れていて、向けられていた表情は泣いてるようにも見えた


たしかあれは、ファウストとか言ったけ?


メフィストの子飼い…友人、はてまた依存先? いや、どういう関係だか知らないけども

少なくとも、特別扱いはされてた奴のはずで、なんども私達の邪魔をしてくれた人でもある


わーいって


せっかく強敵を倒したんだ、喜んじゃえばいいのにっても思うんだけど

やることはやったんだ、そういうことにもなるでしょうって


まぁ…


いけないんだろうなぁ…


そんな事を言おうものなら、今度こそブレイズにぶん殴られそうだし

アーミヤには悲しい顔をさせそうで…。なにより、人を殺して喜ぶってのも


「ねぇ、ロドスはなんのために戦ってるの?」


涙の代わりか、グレースロートがこぼした言葉に、周囲の気温が少しだけ上がったような気がした

途端噛み付いてくるブレイズを制したアーミヤは、まっすぐにグレースロートを見つめ返していた


なるほど…


出会い頭から、ブレイズに噛みつかれていた理由もこれか

きっと何か余計な事を言ったんだろう。素直なのね彼女は、私は好きだけど…


短気だもんなぁブレイズは、せっかちなんだもの


「どうかしましたか、ドクター?」


耳の痛い言葉にも、決して目を背けることもなく

そういう所はかっこいいなぁって、アーミヤを見つめていると


話の区切りがついたのか、視線に気づいたアーミヤが私の顔を覗き込んでくる


「いいえ、なんでも。ただ、さすが私のアーミヤだなぁって」

「え? そう…ですか? えへへ、褒められちゃったなぁ…」


じり…


アーミヤとの距離が詰まってくる


年頃のように頬を染め、照れ隠しを隠しもせずに

音もない足取りが、強かに にじり寄ってきていた


「それじゃあ、ドクター。今度は私と…」

「ゃ」


一言にも満たない一文字で、アーミヤの手を躱した私は、グレースロートの後ろに逃げ込んだ


「もう許してあげたら?」

「ダメ、アーミヤったらすぐに調子に乗るんだから」


それにって、あなただってって、私が言葉を返すと

だってって、今度はグレースロートが顔を背けた


「…ブレイズがすぐに怒るから。ケンカにもなんないよ、仲直りなんてさ」

「じゃあじゃあ、先に仲直りしたほうが優勝するゲームをしましょうよ?」

「不戦敗で」

「なーんでーよーっ」

「言ったでしょう? ケンカじゃないんだよ」


嗜めるように私の頭を撫でると、グレースロートは倒れ伏したファウストの方へ歩いていった

乱れた髪を私が直しているその間にも、彼の隣にしゃがみ込み

拾い上げたのは、形見にするには随分と物騒なクロスボウだった



ぴゅーっと、音がする


ぱーんって、音が広がっていく


グレースロートの背中から、音に釣られるように顔を上げると

あんまり面白くない花火が空に広がっていて、真面目ぶったアーミヤの声に肩を叩かれた


「ドクター、ガヴィルさんから連絡が」

「なに? 敵を全員のしてしまっただとか?」

「い、いえ…それなら、まだ良かったんですが」

「あら残念。流石のガヴィル先生でも手に余るのね…」


苦笑と苦笑


見上げた空から目を背け、くるっと踊るように踵を返す


「まったく…久しぶりとは言わせてくれないのね、フロストノヴァは」

「はい。会いに行きましょう、もう一度…」


話をしに


決してそうはならないだろうと、アーミヤにだって分かっているだろうに

それでもと言い続ける彼女は何処か子供っぽくと、私なんかよりずぅっと大人だった





「ねぇ、アーミヤ」

「はい、なんでしょうドクター?」

「ブレイズに何か言った?」

「なにもは。私はただ、グレースロートさんの境遇は私達と対して変わらないという話をしただけで」

「ふーん。それにしたって…」


変われば変わるもんだ


先行していたグレースロートから連絡があって

急いで追いついてみれば、感染者の子供を庇いながら一人戦う彼女の姿

「まあ、大変」と言ってる間にも、ブレイズは飛び出しちゃって


ごめん…って


場を収めた後。グレースロートに向き直ったブレイズが、素直に頭を下げている姿はなんとも腑に落ちない


そんなものなのか?


彼女に食って掛かっていたブレイズは、一線を越えるギリギリだったように見えたのに

感染者の子供を助けている。そんなものアーミヤと一緒にいたら当たり前に見える行動一つなんかで


「口下手ですから、ブレイズさんは」

「口下手ぁ? 怒りっぽいっていうのよ、ああいうのは」

「それは…。そういう一面もありますけど、そういった誤解や偏見を内省できるのも彼女なんですよ」


あ、不味い。そう思った時には、お説教が始まってしまった


要は、もっとブレイズさんを信頼して上げて欲しいってさ

これでもしているつもりなんだけど、アーミヤはそれでも足りないという


お見通しか


信頼しているとはいえ、それはあくまでアーミヤが信頼しているからで

きっとブレイズだってそうでしょう。私を計りかねている、犠牲をだしてまで救出した私に価値を求めている

今はアーミヤの信頼が担保になっているのはお互い様


傍目は陽気なお姉さんで、怒りん坊のセンチメンタリスト


それ以上の理解がいるっていうのだろうか、アーミヤは

それともその理解が間違っているっていうのだろうか、アーミヤは


アーミヤはいつも難しいことを言う


「ねぇ、アーミヤ。私はアーミヤが好きよ。目が覚めてからずぅっとそうだもの、きっと目覚める前からもそうなんでしょうね」

「へ? あ、はい…ありがとう、ございます?」


突然の告白に戸惑いながらも、アーミヤは緩む頬を抑えきれずにいた


「で、ブレイズにも言ってきていい?」

「んん? いえ、それは…でも、だって…」

「アーミヤが言ったのよ? もっと信頼してあげてって?」

「い、言いましたけどぉ…っ」


ぴょん…


一歩、彼女の間合いに踏み込んだ


今までわざと開けていた距離をゼロにして、ぎゅっと抱きつくその手前からアーミヤの顔を見上げてみせる


「ねぇ、アーミヤ? アーミヤったら。アーミヤは私にどうして欲しい? ねぇねぇ…アーミヤっ」

「うっ…くぅぅぅぅ…」


体が震えている、壊れた人形みたいに不格好に広がった手が

そのまま私を抱きしめるでもなく、宙ぶらりんとぎこちなく


「良いの? 私がブレイズのとこ行っちゃっても? また一人で泣いちゃわない?」

「泣きませんよ、もうっ。ドクターっ、私のことからかっているんでしょう」

「それは誤解よ、偏見なのだわ…くすっ」

「あーっ、いまっ、ほらっ、笑ったじゃないですかぁ」


ドクターっ


意外と大きなその声は、仲直りの途中だった二人の耳にも届いていた


「何をやっているの、あの二人は?」


急な大声に視線を向けたグレースロートは、不思議そうな顔をして首を傾げる


「ん? あっちも仲直りできたんじゃない?」

「あっちも?」

「なにさ?」


やっとかと、肩をすくめた見せたブレイズだったが

グレースロートの一言に、思わず視線が引き戻された


「別に、私達ケンカしてたんだなって」

「…何だと思ってたわけ、あんた?」

「一方的な言い掛かり?」

「ドクターもだけどさぁ…人を怒らせないと死んじゃう病気なわけ?」

「なにそれ怖い。…そろそろ行こうか」

「…ほんと、もうっ」


涼しい顔で先行するグレースロートの背中には、わざとらしい悪態が向けられていた





肌寒いな…


急にと、身震いする頃には既にうんざりしていて

半日前にも、氷漬けにされかけたことを思えば、今更でも逃げ出したくなっていた


スノーデビル小隊…よりもフロストノヴァ個人か、問題なのは

しかし、彼らがいるのに、彼女がいないというのは…?


「ブレイズさんには落ち着いて行動してくださいと…」


通信機の向こうに話しているアーミヤの声も何処か急いているようで

途端、近づいた以上に聞こえてくる戦闘の気配が激しさを増していく


「無理なことは言わないものよ、アーミヤ?」

「言いましたって、事実は必要なんですよ、ドクター」


それもそっか


後でお仕置きにするにしても、だってと言われないために釘を差すのは大事なこと

たとえそれが、糠に打ってるようなものだとしても、後の面倒を考えれば必要な手間なんだろう


仕方がないと、アーミヤは気持ちを切り替えるように息を吐だし


「急ぎましょう、ドクター。ブレイズさんが心配です」

「そうね…それはそう…」


何かはあったんだろう


あの廃墟で私が埋まってる間にも、フロストノヴァとお喋りしていた間にも

同情からじゃなく、いっそ友情にも近しいくらいの交流がアーミヤ達にもあったみたい

そのきっかけがたまたまだったとしても、ブレイズにとってはもう他人ではなくなってるみたいだった


なんか、色々手遅れな気はするけども…


それでも、急ぐアーミヤに遅れないように私も足を急がせて

温かいアーミヤの手に、冷えた指を包まれながら


急いだつもりなんだけど…



案の定かそれ以上か、少し温かさを取り戻した戦場跡で、ブレイズがどうしてか近衛局に噛み付いていた

赤色で金色で、偉そうな外套とフードを深々と被るその姿は、チェンが引き連れていたのは見るからに別物で

いかにも正体不明といった偉そうな連中に、躊躇なく斬りかかったのは流石としか言いようがない


アレとも違うものなのかしら?


見上げたビルの屋上には黒い影

黒々としたローブを纏い、それもすぐに居なくなってはしまったけれど


監視されて監督されて、合格点は頂けたのかと気にもなるが

それよりも、茶番に突き合わされた徒労感が凄まじい


ブレイズの憤慨は、まあ、私のものとは別の所からなんだろうけど

意外にもそれを宥めていたのがチェンで、おっかけアーミヤにもあやされると、逆だっていた毛もようやく落ち着いてきたみたいだった


あーあ…


「つまんないの…」


ブレイズにかまけているアーミヤに視線を戻すのも億劫だったし

ちらりと、視線を投げてきたチェンから逃げるような形で

崩れたビルと、千切れた電線に切り取られた空を見上げ、見上げ続けて、そのままひっくり返りそうになった体ごと後ろに倒れ込む


「…何かよう?」


しかし、それもそれで失敗だった


瓦礫にぶつかった頭が痛かっただとか、寒さの残る地面が背中いっぱいに広がるのが気持ち悪かっただとか

そんな物理的な話なんかじゃなく、倒れ込んで見上げた先で、ケルシーに見下されていたのが堪らなく嫌だった


「たまたま通りかかっただけだ」

「そりゃ結構。私だって、ケルシー見たくぶらぶらしてらんないし」

「同意はするが。憎まれ口まで叩いて、人の気を引こうとするのはキミの悪い癖だな」

「気味の悪いことを言わないで。誰が貴女の気を引こうとなんか」

「…それもそうか。昔から私達の仲なんて、こんなものだったな」

「また昔話? せめて思い出話にしてちょうだい、分かる話をしなさいよ」

「キミと語るほどの思い出はないよ、しずく。それよりも、どうするつもりだ?」


どうって言われても、どうとでもって感じだった


そんな事はアーミヤにでも聞いて欲しい


ケルシーの言うように龍門の企てなら、これでほとんど片はついたはず

騒ぎにかこつけて、スラムにとどまっていた感染者たちも居なくなって

逃げるだけのレユニオンをわざわざ追い立たてるよりも、他にやることはあるんだろうし


お優しいこと


そこに関しては意外と言えば意外だった

私だったらと少し考えただけでも、まるでアーミヤには聞かせられない


「さあ? まだ野暮用が残ってるから、それを済ませるくらいじゃない?」

「ほうっておけば? つきあってらんないのよ…とは言わないんだな?」

「昔の私なら言っていた?」

「今でも言いそうなものだが」

「言わないわ。せっかく出来たお友達なんだもの「さようなら」ぐらい言いたいじゃない?」


見上げる私と、見下ろしてくるケルシー


こっちから視線を外すのも なんか負けた気がして、しばらくそうしていると

ふと、瞳を閉じたケルシーが踵を返していた


「ケルシー? 貴女こそ、どうするつもり?」


去りゆく背中に声を掛けたは良いものの


「休めるうちに休んでおけ。そこから先は、そんな暇もないだろう」


答える気はないと、案じる気もない言葉で誤魔化して

荒れたスラムの路地に、その姿を隠していった






あ、いるんだろうなぁって


予感ではなく実感でそれが分かってしまう


スラムの最下層に向かって、一歩一歩と進んでいくほどに、冷凍庫かそれ以上

あの時、チェルノボーグの廃墟で戦った時は、屋外だっただけまだマシだったのかもしれない

あるいは、あれでも手加減されていたのか


最後の階段を降りきって、たどり着いたその場所で


「こんにちは、フロストノヴァ」

「こんにちは、ドクター」


ああ、イヤだなぁ


言葉を交わせる相手ってのは、指をかけた引き金が重くって仕方がない

だからって、ためらうものではもっと無く


パンっと、唐突に響いた音にアーミヤが目を丸くしている

そうして、そうやって、追い打ちをかけるように、スパコーンっと私の頭が叩かれていた


「いったーっ!? 何をするのよっブレイズ! 痛いじゃないの!!」

「このアンポンタン! いきなり撃つやつがあるかっての!!」

「だってそういう約束だったじゃないっ。そういう風に別れたんだから、こうもなるでしょう!」

「少しは躊躇えって言ってんだよっバカ! 話し合う余地くらいあるでしょうが!!」

「瓦礫の下で済ませたわよっそんなものっ。落とし前をつけてもらうんだからってっ」

「わーたーしーたーちーがーまーだーなーんーだーよーっ!!」

「いたいたいたいたいたい!? 引っ張らないでって、耳が取れちゃうでしょうっ」

「取ったろかこのやろうっ!」


くすくすと、笑い声が聞こえてくる

これ以上に無いくらい、私達以上に場違いに、戦場に似つかわしくもない涼やかな笑い声だった


「そろそろ離してやってくれ」


一頻り笑ったフロストノヴァが、ブレイズに声をかける


「離してって…。あんた、どっちの味方よ? いきなり撃たれといてさぁ…」

「味方をする気もないが。だが、ドクターの言うように、そいつとの話はあの瓦礫の下で終わっている

 気持ちのいい不意打ちだったと、思い切りの良さに感心こそするがな」


苦笑をする彼女の体に怪我はなく

それどころか、私が撃ち込んだ弾丸は凍って砕けてバラバラと、その足元に散らばっていた


こりゃダメだな


呆れたのか、諦めたのか

ブレイズの指先が緩んだ隙きをついて逃げ出した私は、グレースロートに迎えられていた


「おかえり、ドクター。銃なんて…どこで使い方を?」

「説明書を読んだのよ。今度グレースロートにも教えてあげるわ」

「ええ、それはまあ今度で…」

「そうね、それよりも…どう思う? あんな近くで撃って届きもしないなんてね」


とりとめもなく投げた問いかけに、グレースロートは眉根を潜める

難しいというより無理だと言いたげで

鋭くなった視線は針の穴を探すように、フロストノヴァを見つめていた


「ブレイズに手伝ってもらう?」

「試しては見るけど、多分…」


冷気には熱気を、その当然の発想にも返ってくる返事は固いまま


「あの冷気をブレイズは一瞬でも上回れるものなの?」

「出来るんじゃない? 理屈の上ならね…」


そう、理屈の上ならだ。ようはフロストノヴァみたいに、命を削る勢いで出力を上げればいいんだけど

ただ、それがやろうと思ってやれることなのかは分からない



「痛くないのっ!?」向こうで、取り乱すように叫んでいるブレイズの声

胸にも響くその声は、その力の影響が尋常でないのを悟るには十分だった


あんな顔するんだ…


なんて思うくらい、怒ってるか笑ってるかの印象しかなかったブレイズの顔が悲痛に歪んでいた


狂気が滲み出している見たい


その怒りが形になるように、フロストノヴァの体から源石が浮かび上がっていく

それがどれほどのものか、ブレイズやアーミヤの様子から想像するしか無いけれど


なぜ? なぜ? なぜ?


重ねられるフロスノヴァの問いかけ

感じ取ったその感情の重たさに、アーミヤでさえ押しつぶされそうになっていた


チェーンソーが唸りを上げる


話の段階は終わったのだろうか、熱気とともに斬りかかったブレイズだったが

その刃の切っ先すらもフロストノヴァに届くことはなく、簡単に弾き飛ばされてしまっていた


「ドクターっ!」

「なぁに、アーミヤ?」


焦る彼女の呼びかけに、私は普段の装いのまま声を返す


「なぁに? じゃなくって…。ドクターも早く避難して下さい」


周囲の小隊にも、退去の指示を出し終えて

遅ればせながらにも、私にもその通達がやってくる


どうして? と可愛らしく首を傾げている間にも、室温はどんどんと下がり続けていた

吐き出した息から霜がおり、冷気を吸い込んだ喉は凍りつく

ブレイズに喉を焼かれそうになったこともあったかと、思い出せばアレとどっこいか、加減がない分それよりキツイ


「どうしてって、意地悪をやってる場合じゃっ」

「仲間はずれにしようっていうの、私を? ねぇ、アーミヤ?」


問を重ねる間にも、私の体は冷えていく

ついには耐えられなくなって、体を丸めて見たものの

体が小刻みに震えた分だけ、体温が奪われていった


「何故だ?」


フロストノヴァのその問は、今度は私にも向けられた

残った所で何が出来ると、その選択は無意味だと糾弾されている気分にもなる


「何故って? 可愛い子に応援されればさ、アーミヤ達だってやる気も出るでしょう?」

「それが言えるなら大したものだが…手心はないぞ…」

「冷たい人。少しくらい躊躇ってもいいじゃない」

「挨拶代わりに銃弾を撃ち込んできた娘の言葉じゃないな」


苦笑と苦笑


少しばかり緩んだ空気はすぐにでも、バッキバキに凍りついていく


「ブレイズっ! アーミヤになんかあったら許さないんだからねっ!!」

「ドクターこそっ、先に死なないでよ寝覚めが悪いからさっ!」


否応もなし、良くも悪くもブレイズは話が早くて助かる


「と、言うわけでアーミヤ。私が死ぬまでにどうにかして?」

「…分かりました。ドクターは絶対に…」

「死んでもなんて思わないでね? 貴女が死んだら私も死んじゃうんだから」

「うっ…分かってますよ。みんなで、ですね」

「ええ、もちろん」


きっとそこにはフロストノヴァも入ってるんだろう

自分たちでさえ生き残れるかわからないのに、薄氷のような希望ではある


「グレースロートも残ってくれるの? じゃあ、一緒に雪だるまでも作ってる?」

「それも後でね…。それよりドクター」

「うん。ブレイズがぶつかった瞬間…ちょっとだけ冷気が揺れるから」

「やってみる」


指示とも言えない頼りなさ

しかし、それでもう、私が出来ることはなかった


死ぬ気のやつには、こっちだって死にものぐるいでやるしかない


アーミヤの好意に漬け込む形で悪いけど

私は私を人質にして、彼女の理性を少しでも壊すので精一杯だった

私が無事ならって、せめて思わせないこと。最後の瞬間まで私の影をチラつかせて釘を刺す

あるいは、火事場の馬鹿力にでも期待しないと いけないような分の悪さ


もともと、素っ裸で吹雪の中を歩くような無謀さだ

単純な賭けなら、あの廃墟でフロストノヴァとした賭けの方がまだマシにも見える

戦いにもならない戦いに、せめてもの勝機はフロストノヴァの命がそう長くは無いことだけだった





「チェックメイトだな、ドクター」


張り付いた氷を踏みしめながら、フロストノヴァが一歩一歩と近づいてくる

戦闘の音はとうになく、アーミヤも、ブレイズも、グレースロートも、生きてはいるようだけど

寒さとダメージでロクに動けるような状態じゃなかった


「そうね、そうみたい」


じゃあ、観念しましょうか

なんて言えるほど、私の往生際は悪くない


べろっと、口の中に突っ込んでいた指を引き抜いて

涎でベットベトになった手で銃を握りしめる


寒い、冷たい、痛い…


順繰りに変化していく指先の感覚

それが凍りついてしまう一瞬の間だけ、ただの一発、引き金が引ければそれでいいと、思ってはいたのだけど


私の指がそれ以上に凍りつくことはなかった


喉元に突きつけられた氷の切っ先が、雫になって崩れていく

暑いくらいに感じていた冷気も和らいで、むしろ戻ってきた寒さに体が震えるくらいだった


視界が煙る


途端に発生した蒸気の出どころに目を向けると


「あはははははっ♪ みてみて、フロストノヴァ。ブレイズが煙吹いてるわ、一人でゆでダコみたいになってんの」


もともと体温の高い彼女の事

その上、戦闘で飛び散った血液がアーツの影響を取り戻すと、瞬時に沸騰を始めていた


「ドクターさぁ…意外と元気そうじゃない?」

「おかげさまでね。良いから、アーミヤを温めてあげて、ブレイズは」

「そうするよ…」


フラフラと、いの一番に立ち上がって

覚束ない足取りでも、こっちに向かってくれたのは嬉しいけども

ご覧の通り、見ての通り。今のブレイズ達に比べたら、私なんてほぼ無傷みたいなものだ


「へっくち…」


なんて、くしゃみをする程度の元気はあったのだけど

当然といえば当然で、先に私をと遠慮したアーミヤは、すぐにもブレイズに揉みくちゃにされていた


「グレースロートは平気かしら?」

「うん…一応」

「そう、お疲れ様」


肩に回された腕に手を重ねて、肩越しに彼女の顔を覗き見る

ほっと一息ついた顔。マフラーにするには触れた肌はまだ冷たかった


「ブレイズの方が温かくない?」

「邪魔しちゃ悪いし。それに、ドクターだって、私よりは体温高いでしょう?」

「誰が子供よ」

「そうは思わないけど」


回されていた腕の力が温かさを求めて、きゅっと強くなる

そのうちに、背中越しに広がっていく彼女の冷たさが、私の体温に馴染んでいった



一段落、小休止


動けるくらいには体温も戻り、じゃれつくブレイズを押しのけながらアーミヤが立ち上がる


「ドクター…その」

「先に行っていて、アーミヤ、二人もよ。やることがあるのでしょう? 私はフロストノヴァともう少しお話していくから」


もう敵意は無いと、いくらフロストノヴァが示した所で、心配なものは心配なのか

2度3度、何かを言おうとして、それでもやっぱり「…はい」と、小さく頷く


「それでは、フロストノヴァさん…」

「ああ。アーミヤ、後は任せる。何でも良い、お前たちは価値あることを成せ」

「はい」


頷き、遠ざかっていくアーミヤ達を二人で見送っていると


「行ったか?」

「遺言にしては、格好つけすぎじゃない?」

「最後くらい良いだろう」


ふらり…


崩れたその痩躯は、寄る辺をなくして私の方へ倒れ込んできた


「え、あちょっ…きゃっ!?」


当然、私なんかが支えきれるはずもなく

そのまんま、フロストノヴァに押し倒される形で地面に倒れ込んでしまった


「おーもーいーっ」

「くくっ…。そうか、重いか…私は」

「何を笑って…」

「いや、すまない。少し我慢をしてくれ…」

「…良いけど」


その少しがいつまでなのか…


でも、そんなにかかんないんだろうって思えば、私の口からは拗ねた様な声が漏れていた


慰めるものでもないんだろうけど

例えばそう、猫の頭を撫でるような気安さだった


気づけば、フロストノヴァが私の頭を撫でている


「一度こうしてみたかった。意外と冷たいんだな…ドクターは」

「それは貴女がキンキンに冷やすから。というか子供扱いしないでよ…」

「言うだろうが…。わがままだ、許せ…」

「ふん…氷の女王みたいな顔しといてさ」

「そんな顔をしていたか?」

「そんな顔をしていたわ」


そうか…と、戯れに吐き出す息は温かく


「なぁ、ドクター…。少し、休んでもいいだろうか? 流石に疲れた…」

「だめよ、私のものになってくれるって言ったでしょう」

「そこまでは…いや、まぁ…それもいいか」


ドクター…


「1つ賭けをしないか?」

「なぁに?」

「次に、私が目を覚ましたなら…」


「嘘つき。私に勝たせてなんかくれないくせに…」





10秒か、1分か…あるいは、1時間はたっただろうか…


そうやって、しばらくぼーっとしていて


フロストノヴァが残してくれた温もりも、今や私のものになった頃


「エステル…。いつまでそこにいるつもり?」


いい加減、というか、私が声を掛けなければいつまでもそうしていそうだった


「あ、うん…ごめんね、ドクター? 近くに私しかいなくって…すぐに他の人…」

「良いから、いらっしゃい。貴女が来てくれてよかったわ、エステル」


おずおずと…か


それでようやく、向こうの影から顔を出し

それでもやっぱり、ためらいがちに近づいてくる


「一人じゃどうしようもなくってね…」

「あの…この人は…」

「うん…。ロドスまで連れて帰って上げて欲しいのよ」


きょろきょろと、困ったように辺り見回すエステル

その視線はフロストノヴァに向けられて、最後に私の方に戻ってきた


事情を知ってるだけに踏ん切りがつかないのだろうか?


それでも、私が彼女に言えることは1つだけ


「お願い…」


ただ、小さな願いを口にした


「うん。ほら、ドクターも…」


フロストノヴァを抱き起こし、私に背中を向けたエステルが腰を屈めてみせる

おんぶに抱っこ。乗って? と言わんばかりに尻尾が揺れて、起き上がった私は


「ううん、平気。大丈夫だから…」

「え、でも? 子供扱いだなんて言わないよ? ドクターも疲れてるだろうし。ほら、わたし力ばっかりはあるから…」


変な心配をされてしまっている


よっぽど口癖みたいに言っていたのか、それを内省するのも後にして


「違うの。その分彼女を優しく運んであげて、そんな気持ちよさそうに寝ているのだもの、起こしたら可愛そう」

「…うん、わかったよドクター。でも、疲れたらちゃんといってね?」

「ふふ、優しいのねエステルは」

「そんなんじゃ…私は別に…」


照れ隠しかな


顔はこっちに向けないまま、エステルが立ち上がると

ゆっくりと歩き出した彼女に並んで、私達はロドスへと帰ることにした



ーおしまいー



おまけのボツシーン供養



フロストノヴァ「だから今言った」

ドクター   「今じゃなくって、もっと早くよもっとっ」

フロストノヴァ「もっとって…出会い頭じゃないか…」

ドクター   「そうそう、目があった瞬間くらいにさ、私にふれるなーって」

フロストノヴァ「それは…なんというか」

ドクター   「あー…あれね」

       『完全に痛いやつ』



ドクター   「子ウサギ」

アーミヤ   「ドクターまで、子ウサギって言わないで…」

ドクター   「子ギツネ」

フロストリーフ「なんだよ」

ドクター   「それから…」

ジェシカ   「なんで私を見るんですか…? なんでニヤニヤしてるんですか…?」

ドクター   「子ネコちゃんっ!」

ジェシカ   「言わないでっ。なんで私だけちゃん付けなんですか、そんな如何わしい感じにしなくてもっ」

ブレイズ   「ジェシカさぁ、まずそれが如何わしいって発想に行き着く点から、議論が必要になるよ」

ジェシカ   「それは…ほら、一般論と言いますか…」

ドクター   「そうよそうよ。ブレイズなんて子ネコどころか、なんか女豹ってかんじだもん」

ブレイズ   「…」

ドクター   「…って、ジェシカが言ってた」

ジェシカ   「ちょっ!? やめて、まって、言ってない、ブレイズさんっ、ストップストップっ!!」



ジェシカ「あれ…私の銃…どこ?」

ヘイズ 「どったの、ジェシカにゃん?」

ジェシカ「ジェシカにゃんって言わないで…。それより、ヘイズさん…またとりましたか?」

ヘイズ 「ううっ、ひどいよぉ。疑うのも分かるけど…私は盗ってなんか…」

ジェシカ「ああ、ごめんなさいっ。そんなつもりは…ただ、一応、確認っていうか…」

ヘイズ 「んや、まあ盗ったんだけどにゃ」

ジェシカ「…なんか色々返して下さい…」

ヘイズ 「それは無理。だって今ドクターが持ってるもの」

ジェシカ「ちょっとっ! 一番渡しちゃいけない人にっ、オモチャじゃないんですよ」

ヘイズ 「だからだよー。ま、使わないと良いけどにゃぁ」



ブレイズ   「ほら、アーミヤちゃん。私はドクターなんていらないから、そろそろ行くよ?」

アーミヤ   「いらないってなんですかっ、こんなに可愛いのに」

ブレイズ   「ぇぇぇ…じゃあ、もらっとく?」

アーミヤ   「あげませんーっ。ドクターは私の何だから、へっへーんだっ!」

ブレイズ   「ああもうっ…」

グレースロート「めんどくさい子…」

ブレイズ   「同感、あんたでもそう思うんだ」

グレースロート「それはまあ…」

ブレイズ   「まあ、そんなところも可愛いんだけどねっ。アーミヤちゃん、ワガママばっかり言ってると」

アーミヤ   「え、ちょっ、ブレイズさんっ、やめ…あ、あぁぁぁっ」


グレースロート「行こうか、ドクター」

ドクター   「そうね、長引きそうだし。先に向こうまで見てましょうよ」

グレースロート「手を」

ドクター   「うん」



近衛局の人「おい、待て下で何があった?」

ドクター 「なにもないわよ。少なくても、あんたらには関係のない話」

近衛局の人「な、なんだその態度は。それに、その抱えている奴は…」

ドクター 「ああ、もぅ…エステルっ」

エステル 「が、がおぉぉぉっ!」

近衛局の人「な…ぁ…」

ドクター 「ふんっ、雑魚め…」

エステル 「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ちょっとだけ通るだけから、許してぇぇ」



ドクター「ぜぇ…はぁ…ひぃひぃ…」

エステル「ねぇ、ドクター…ほら、掴まっていいよ?」

ドクター「つ、疲れたわけじゃ…エステルがいうから…」

エステル「うん、それで良いよ。だから、もうちょっとだけ頑張ろうね」

ドクター「うん…」



後書き

最後までご覧いただきありがとうございました

5章で一区切りついたと思ったら、そのまま続いててちょっと焦った

前日:


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