2020-08-28 01:27:23 更新

概要

“蛇提督と追いつめられた鎮守府”の続き、part2です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、艦娘の中には聞いていた人物像と違うのではと戸惑う者も…。
だが、そんな彼女達に構うことなく物語は進む…。


前書き

*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。

それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。




夕張の秘密




天龍 「ったく…何で俺たちがこんな事を…。」


龍田 「まあまあ、天龍ちゃん。そんなに怒ってたら、シワだらけになっておばあちゃんになっちゃうわよぉ。」


天龍 「なるか!」


いつもの姉妹漫才を繰り広げてる龍田と天龍は二人でトイレ掃除をしていた。


暁 「あ、いたわ!」

電 「ここにいたのです!」

雷 「探したのよ!」

響 「…。」

初霜「ご無事で何よりです。」

龍驤「ちゃんとやっとるか?」


天龍「お?なんだなんだ?ちびっ子勢揃いか?」


龍驤「誰がちびっ子やねん!」ムカー


暁 「そうよ!私は立派なレディーよ!」プンスカ


天龍「はいはい。んで、どうしたんだ?」


初霜「お二人だけでは大変なのでお手伝いをと。」


龍田「あらあらぁ、それは嬉しいけど…。」


天龍「良いのかよ?俺達は罰でトイレ掃除してるんだぜ?勝手にそんなことしたら…。」


初霜「大丈夫です。提督から許可を貰いましたから。」


天龍「許可をもらっただぁ?」


初霜「はい。貰えました。」


龍田「よく許可を貰えましたねぇ?」


初霜「今日はやることもないので、怒られてもいいから思い切って聞いてみたのです。そしたら意外とあっさり許してくれました。」


天龍「…。」


天龍は初霜達と会話をしながら、今から数時間前の事を思い出していた。



―――数時間前 執務室―――


朝から夕張に呼び出され、執務室の提督机の前に龍田と天龍は並んで立っていた。

その後ろには龍驤が控えるように立っている。

提督用の机には蛇提督が座り、その隣、少し離れた所に夕張が立っていた。

因みに黒猫のユカリは相変わらず机の上で寛いで寝ている。


夕張がいる理由は、古鷹が謹慎中の為、急遽、蛇提督から秘書艦をするように指名されたのだ。


天龍 「(こいつは一体、何をしてくる…。)」


龍田 「(天龍ちゃんが危ない目にあうようならその時は…。)」


夕張 「(せめて二人の罪を軽くする方法はないかな…。)」


龍驤 「(司令官はどないするつもりやろか…。)」


四人がそれぞれの思惑を抱きつつ、蛇提督が話を切り出すその時を固唾を呑んで待っていた。


蛇提督「では二人に処罰を言い渡す。君達には…。」


天龍 「…。」

龍田 「…。」

夕張 「…。」

龍驤 「…。」


蛇提督「トイレの掃除だ。」


天龍「……は?」


蛇提督「ここは広いからな。ここの北棟と南棟、入居施設と工廠の方だけをやってもらえればいい。」


蛇提督以外は唖然として、一時沈黙が支配した。


龍田 「あの…。質問してもよろしいですか?」


蛇提督「何だ?」


龍田 「それは何かの冗談でしょうか?」


蛇提督「冗談を言うような場面ではないと思うが?」


龍田 「仮にも提督の命を脅かしたにも関わらず、それだけで済ませるのですか?

それとも他に何かあるのですか?」


蛇提督「いや、それだけだ。」


夕張 「…。」

天龍 「…。」


夕張と天龍は目を見開き口をポカーと開けたままだ。


蛇提督「今回の件は私にも非がある。それを考慮した上での決定だ。」


蛇提督はそう言って椅子から立ち上がり、後ろにある窓から外を見る。


龍驤 「(司令官…まさか最初から…。)」


蛇提督「君達に言うことはそれだけだ。龍田と天龍は退室して構わん。」


龍田と天龍は、納得いかない感じではあるがこれ以上追及しても意味がないと判断し部屋を出ようとする。


蛇提督「夕張、今日は資材集めに行くため、鎮守府の外に行くぞ。」


夕張 「は、はい!」


ボーッとしていた夕張が慌てて返事をする。


蛇提督「私が不在の間の事だが、そこで龍驤、君に頼みがある。」


龍驤 「う、うちか?」


そんな会話を聞いたのを最後に龍田と天龍は執務室の扉を閉め、部屋を後にした。



―――現在 トイレ前の廊下ーーー


初霜 「提督に聞いたら『そうか。構わん。』の一言だけで終わりました。」


龍田 「そうなの? 手伝いをさせてしまったら罰にならない気がするけど…。」


初霜 「あの…。こうは考えられませんか?」


龍田 「?」


初霜 「提督は最初から罰を与えるつもりが無かったのではないでしょうか?」


龍驤 「(初霜も、うちと同じ考えか…。)」


天龍 「つもりが無かったなら、なんで処罰を与えるって言ったんだよ?」


初霜 「それは多分…あくまでも海軍の提督として、形だけでも軍規通りにしただけではないでしょうか?」


龍驤 「毎日の報告書にも書かなあかんからな。」


初霜 「天龍さん達が誤解をして古鷹さんを庇おうとしただけだということ、自分にも非があると考えたからこそ、トイレ掃除だけにした…という事ではないでしょうか。」


初霜の意見は辻褄が合っている。

初霜達にトイレ掃除を手伝わせることで、罰を軽くさせていると考えれば初霜の意見は筋が通る。


天龍 「ただ単純に誰でもいいからトイレ掃除をさせる口実が欲しかっただけじゃないのか?」


天龍はそれでも信じたくないという感じだ。

理屈は合ってても認めたくないのだろう。


天龍 「それに今回の事を利用して罰を軽くさせてやって俺達を信用をさせようとしているか、あるいは今回の事をネタに揺すってくるつもりかもしれないじゃないか。前の提督も最初は優しくしてたが、徐々に態度が変わっていっただろうが。」


誰も天龍の意見に対して反対する者はいない。

それが事実だからというのもあったが、それよりも天龍自身のことを周りが察し、気遣っているという理由の方が大きい。


天龍 「樹実(たつみ)提督や小豆提督は俺達のことを本当に気にかけてくれる数少ない人間だったけどよ…。」


この二人の名前が出ると、いつも空気はさらに重くなる。

それだけ彼らの存在は彼女達にとって大きかったのだろう。


天龍 「たいていの人間は俺達を嫌ったり怖がっている。

あいつもそうだ。いつも片言で笑いもせず、見下した顔で俺達を見る。きっとあいつも腹の中では俺達のことを嫌ってるのさ。」


天龍の蛇提督に対しての見解はごもっともだ。


天龍 「小豆提督は俺達を…友達の様に接してくれたのによ…。」


龍驤 「天龍の言うことはもっともや…。」


初霜 「…。」


龍田 「それでも龍驤ちゃんと初霜ちゃんは、あいつの秘書艦をしてから何やら考え方が変わったのでは?」


たびたび二人が見せていた蛇提督に対しての接し方が変わっていた疑問をここでぶつけてくる。


龍驤 「え…えっと…それは…。」


龍驤がどう言おうか悩んでる。


初霜 「あの方と接してみて、青葉さんから聞いた情報から思ってた人間像と違うと思ったのです。」


初霜は天龍達の気持ちを汲みつつ、素直な感想を述べる。


龍田 「例えば?」


天龍が少し苛立ちながら黙って聞いているのに対して、龍田は冷静だ。

初霜の意見に関心があるようである。


初霜 「演習の時も書類仕事も真面目に取り組んでいて、無愛想ではありますが、こちらの話もはっきり言えば聞いてくれる方です。」


個人的な事は言わず、初霜が蛇提督に対して思ったことを端的に伝える。


龍田 「ふぅ〜ん。」


納得したのか、それとも別の事を考えているのか、表情と合わせても読みづらい返事をする。


天龍 「お前達もあいつに上手い具合に騙されてるだけさ。」


呆れた顔で言う天龍は至って信じてない様子だ。


龍驤 「(せやけど…あれは気休めとか上辺だけとかじゃなくて…。)」


初霜 「(まるで私の傷みがどういうものかわかっているような…。)」


口には出さないが、二人が思った蛇提督の姿をあの時の事を思い出しながらそれぞれが考えていた。


雷 「何はともあれ罰が大したものじゃなくて良かったわ!」


それまで黙って聞いていた雷は話を切り替える。


暁 「その通りだわ!」


暁も合わせる。


電 「天龍さん達に何もなくて良かったです…。」


電は胸に手を当ててホッとした表情を見せる。


響 「ハラショー」


心なしか笑っているようだ。


天龍 「へっ!俺は別にどうでも良かったけどな!」


龍田 「私はともかく、天龍ちゃんに何かあればその時はヤってしまおうかと…フフッ…。」


天龍は腕組をして鼻で笑い、龍田は頬に手を添えて微笑む。

日常で見せるいつものその態度は、大した事ないとアピールするようだった。


雷 「どうでも良くなんかないわよ!」


龍田 「!?」

天龍 「!?」


だが、そんな二人を見た雷は急に怒鳴りつけた。


龍田と天龍は何事かと目を見開いて驚く。


雷 「心配だったんだよ!また天龍が憲兵に捕まって連れていかれちゃうって!」


電 「今度は解体されてしまうんじゃないかと思ったのです…。」


怒る雷と悲しむ電。

対照的な二人だが、涙目になっている事は共通している。


暁 「全く困っちゃうわ!どれだけ一緒に戦ってきた仲だと思ってるの!」プンスカ


響 「…。」コクコク


腰に手を当てて、ご立腹の態度を見せる暁。

響も心なしか珍しく怒っているようだ。


天龍 「お前ら…。」


龍驤 「まあ確かに…今回の事で皆に心配かけた事は間違いないわな。」


雷 「…。」

電 「…。」

暁 「…。」

響 「…。」


龍驤の言葉に「その通りだ」と目だけで訴えてくる暁姉妹。


天龍 「そうか…。悪かったな…。」


龍田 「ごめんなさいねぇ…。」


彼女達の気持ちを知って謝る。


暁 「わかってくれればいいのよ!」


腰に手を当てて、なぜかドヤ顔の暁。


雷 「って言ってるあんたが一番、泣きそうな顔して慌てふためいていたじゃない。」


暁 「なっ!? してないし!」


顔を真っ赤にして慌てて全否定する暁。


龍驤 「まあまあ〜。こうしてなんも無かったし、二人も反省してるようやし、良かったやんけ。」


初霜 「はい。」


またいつものケンカになりそうだったので、早めに止めて話を逸らす。


初霜 「そういえば、提督が不在の間、提督代理をすることになったんですよね?」


龍驤に合わせるように話を変えてゆく。


龍驤 「ああ、そうなんや。資材集めに出るもんやから、その間だけ緊急時に備えての事なんやと。」


龍田 「いよいよ行くのねぇ。同行するのは夕張が?」


龍驤 「そうや。」


天龍 「あいつと二人きりで大丈夫か?」


龍驤 「それが携行砲を許可してくれたんや。」


天龍 「えっ? マジかよ。」




携行砲。それは艦娘専用の護身用の銃と言っても良い。

陸上ではさすがに艤装を装着していくわけにはいかないので、小さな体の駆逐艦でも主砲や副砲を使い慣れてない空母や潜水艦でも持ち歩ける代物。

随分前に妖精と明石が共同で開発したと言われてる。

最初の頃は駆逐艦が使うような12.7㎝砲を小型化したような、手の甲より一回り大きいぐらいの物から始まり、今では人間が使う拳銃と対して変わらない形の物と、用途によってだいぶ種類がある。

だが、妖精が手掛けてるだけあって、その威力は一番小さい物でも車を吹っ飛ばす程の威力がある。


その為、例え提督が出張などの理由でその護衛の為に艦娘が付いて行く事になっても携行砲を所持する許可はまず降りることはない。

理由は簡単。艦娘の人間への反乱を恐れてるため。

または、あえて持たせない事でその意思がないことを証明する為にしている。

それでも人間より身体能力はあり(個体差はあるが)、頑丈な体をしているため、弾除けとして使われている始末。


ではなぜ、わざわざ護身用の武器が作られたのか?

なぜ人間が使ってる武器を使わせないのか?


その理由は、艦娘は「人間が作った武器が使えない」という謎の現象があるから。

いや、艦娘曰く「できない」らしい。


拳銃などの武器を持たせ、的に向けて引き金を引くだけという実験をやらせてみたところ、体が固まっていうことが利かなくなったり、持つことも怖がってしまう艦娘などが出るという結果になった。

他にも爆弾やナイフ、刀や弓なども試された。その結果も似たようなものとなった。


ナイフは誰でも持てるが、対人戦となると体がいうことを利かなくなる現象が起きた。

艦娘同士なら多少動けるが、人間相手にはそれが顕著になる。


弓も人間が作ったものは、例えそれを艤装にして使い慣れている一航戦と二航戦でも使うことができなかった。

だが、妖精が練習用に作った物は、普通に使いこなしていた。


この事から「人間が作った武器は使えない」という事はわかったが、

どうして使えないのかまでは、未だ解明されていない…。




天龍 「でもよ。確か携行砲を保管している金庫の鍵は前の提督が隠してしまっただろう?

どうやって開けるんだ? 無理に開けようとすると爆発する仕組みになってただろう?」


龍驤 「それが司令官が見つけてくれたようやで。」


天龍 「見つけたのかよ。」


龍驤 「つい先日、棚の引き出しに二重底になっていた所があって、開けてみたら鍵があったから夕張に尋ねてみたら、その鍵だったんやと。」


龍田 「古典的ですわねぇ。」


龍驤 「まぁ、そのおかげで使わせてもらえることになったんやから、結果オーライやな。」


初霜 「それで提督から代理として何を任されたのですか?」


龍驤 「緊急時においての対処法といったとこや。それ以外は何もせんといていいらしい。」


そう言いながら龍驤はポケットから紙を取り出す。


龍驤 「この紙にその方法が全部書かれてる。」


そうやって見せた紙には、あらゆる場面においての対処法が事細かに書かれていた。

迎撃する艦隊は敵の編成によって微妙に変えている。


初霜 「あらゆる状況に対応できるようになってますね。」


龍驤 「いつの間にこんなの考えてたんやか。」


雷 「それよりも夕張さん、一人で大丈夫かな…?」


電 「心配なのです…。」


龍田 「大丈夫よぉ。ちょっと間が抜けてるとこあるけど、根はしっかり者だから。」


天龍 「携行砲装備してても、出すのが遅かったりしてな。(笑)」


龍驤 「それ、言えてるで!(笑)」


アハハハっと天龍の冗談に皆が笑う。


初霜 「(提督の事を警戒している夕張さんでも、もしかしたら提督の何かを発見してくれるかもしれない。それが提督の見方が変わるきっかけになればいいけど…。)」


初霜は皆に合わせて笑いながら、何かしらの進展を内心願っていた。



一方その頃、蛇提督と夕張は…。



―――工廠―――


蛇提督「ほう…。これが携行砲か…。」


夕張 「はい。」


天龍が言っていた携行砲を保管している金庫を開けて、中を見ているとこだった。


中には駆逐艦が使う主砲ような形の物もあれば拳銃のタイプの物など、大中小様々な種類の携行砲が揃えられていた。


蛇提督「これならば持ち歩けるだろ。」


そう言って取り出したのはやはり拳銃タイプの物。


夕張 「はい…。」


夕張もあまり使ったことがないのか恐る恐る手に取る。


夕張 「あの…。本当に良いのですか…?」


蛇提督「万が一に備えてだ。…それに、それがある方が私と二人きりで出かける不安を少しは減らせるだろう?」


冷たい目線を向け、無表情のまま言い放つ蛇提督。


夕張 「(くっ…。こっちの考えがまるで見透かされてるようね…。)」


心を覗かれたような嫌悪感を感じる夕張。


蛇提督「まあ、二人だけではないがな…。」


そう言って近くにあったテーブルに近寄る蛇提督。


テーブルの上には尻尾を右へ左へ動かしながら座っているユカリと、ユカリの足下や頭、背中で遊んでる妖精達がいた。

ユカリは特に嫌がる事もなく、珍しい物を見るような目で妖精達を見ていた。


蛇提督「ふぅ〜ん。」


ユカリ達のそんな姿を蛇提督は顎に手を添えながら、考えるようなポーズで見ていた。


夕張 「あの…どうかしたのですか?」


蛇提督が何を思ったのか気になったので、なんとなく聞いてみる。


蛇提督「ユカリには妖精達が見えているようだな。人が嫌いでも妖精は平気なのだな…。」


言われてみれば妖精と動物が触れ合ってる姿は、初めて見たかもしれない。

妖精と呼ばれるだけに自然界の動物とかにも受け入れられる存在なのだろうか。

もしかして、動物とお話しできるとか?

夕張はそんな事をふと考えていた。


夕張がそうしているうち、蛇提督はさらにテーブルに近寄り


蛇提督「建造や開発担当の妖精はいるか? 頼みがあるのだが…。」


そう話を切り出して、しばらく交渉をしていると…


蛇提督「四人の妖精が付いてきてくれるそうだ。…私は出発の準備の為に一度私室に寄ってから、軽トラックを準備する。準備が出来次第、門の前に集合だ。」


夕張 「了解です!」


敬礼をして返事をする夕張。

妖精達も同じように敬礼をして、蛇提督が先に行くのを見送った。


夕張 「行ったようね…。」


ふう〜と安堵の息を漏らしながら、心の声が出た夕張。


夕張は工廠の奥へと進む。

途中途中、工具やら部屋の点検をしつつ、出かける支度をする。

渡された携行砲は大腿に着けるタイプのホルスターを見つけたので、それに入れることにした。

ちょうど夕張のスカートの中に隠れるような形となる。


そして夕張はある部屋の扉の前に立つ。

扉を開け中を少し覗き見る。


夕張 「(よし。ここも大丈夫そうね。)」


扉を閉め鍵をかける。


夕張 「(ここの中の物だけは、誰にも見られないようにしないと…!)」


鍵がかかったかドアノブを回して念入りに確認する。


夕張 「(これで誰にも入られないわね。)」


確認が終わり、その部屋の鍵だけは腰に巻いているウエストポーチの外側のポケットの中に入れた。


だが、夕張のそんな姿を少し離れたところからユカリがジーっと見ていたのだった。



夕張が準備を終え、鎮守府の正門の方へと走る。

夕張の肩や頭には妖精達も乗っていた。


門の側には軽トラックが停めてあり、運転席に蛇提督が座っていた。


夕張が助手席側へとまわり、車に乗り込む。

蛇提督は軍服を着たままだった。


夕張 「お待たせしました。」


蛇提督「よし…では、行くぞ。」


夕張と妖精達が乗り込んだのを確認した蛇提督は軽トラックにエンジンをかけ、鎮守府の外へと走り出したのだった。


鎮守府を出てからというもの、車内はエンジン音と車が道の段差に乗り上げた時の音が鳴るだけで、

夕張と蛇提督は何も話すことはなかった。


そんな空気とはお構いなしに妖精達はそれぞれが思い思いの場所で楽しんでいるようだ。


ある者は夕張の頭の上で外を眺め、ある者は蛇提督の肩の上で運転する様を興味津々に見ていたり、

またある者は車のハンドルの上で落ちないように動き回る遊びをしている。

ちなみに蛇提督はハンドルにいる妖精の事は全く気にしていないという感じだ。


そんな個性豊かな妖精達の姿は見ていて飽きないので、

夕張にとって緊張が支配するこの時間を少し和らいでくれるものでもあった。


ふと車からの外を眺める。

先ほどまで道路の周りは木々や草花が生い茂っていたが、人が住んでいる気配のする土地へと入った。


いや…正しくは人が『住んでいた』であろう。

そこには元は住居が建ち並んでいたのであろうと思われる瓦礫の山が散乱していたからだ。


夕張 「(そういえば…鎮守府の外の景色を見るのは、横須賀鎮守府に配属が決まって移送されてた時に見たとき以来か…。)」


あの時もこんな景色があった事を思い出す。


4年前の艦隊再編成の時に呉鎮守府から横須賀鎮守府の転属が決まった時のことだ。

海軍が深海棲艦に押されはじめて、敗北が続く中ついに本土にまで深海棲艦が襲来してしまった。


当時、まだ前線で艦娘達が撤退戦を繰り広げていた頃、残存の艦隊も把握できない状態での本土への奇襲だったそうだ。

今よりも多くの鎮守府がまだあり、各鎮守府が各々の判断で防衛するように本部から指令が下されたが、

ほとんどが前線の応援に出払っていたか練度の低い艦娘が残っていた為、対応が遅れた。


そのせいで深海棲艦に本土の沿岸部、特に太平洋側はほとんどが爆撃や砲撃によって蹂躙され、防衛しきれなかった鎮守府もほとんどが壊滅。

多くの提督と軍関係者、艦娘達が戦死したという。


そんな事を思い出しながら、通り過ぎる瓦礫の山を見て夕張は


夕張 「(あの時から何一つ変えられていないのね……。)」


と、心の中で嘆くのであった。


蛇提督「夕張に聞きたいことがあるのだが…。」


夕張 「な…何でしょう?」


突然蛇提督が話しかけてきたため、咄嗟に身構える夕張。


蛇提督「樹実提督が死んだ時の事だが、その時迎えの艦隊として合流地点に向かって行ったと聞いた。あの時何があったのか聞かしてくれないか?」


夕張 「あの時の事ですか…。」


古鷹にもこんな風に聞いてきたのだろうと思った夕張。

あの時の事を古鷹が話したのなら自分も話さないわけにはいかない。


夕張 「ラバウル基地で小豆提督から指令を受け、私を旗艦とする水雷戦隊で合流地点に向け出撃しました。そしてその途中で敵艦隊と会敵したのです。」


蛇提督「敵艦隊の規模は?」


夕張 「敵も私達と同じ水雷戦隊の編成で軽巡級と駆逐級、潜水級も混ざったりしていて5、6以上の艦隊が編成できる数であったと思います。」


蛇提督「数の方が随分と曖昧だな。」


夕張 「全てが全て、隊列を組んで現れたわけではないのです。」


蛇提督「どういう事だ?」


夕張 「ある程度集まってた艦種が軽巡と駆逐級だけの構成であった事から推察しただけということもありましたし、何より敵があちらこちらに点在するような形で現れたので、はっきりとした数はわからないのです。」


蛇提督「ふむ…。」


夕張 「敵を発見して小豆提督に指示を仰いだ時、ラバウル基地を背後から奇襲する艦隊が集結しようとしてるのではないかと予想されたので、なるだけ敵艦を撃沈させながら合流地点に向かえと言われました。私達は樹実提督に何かあってはまずいと思って焦りを感じながら、射程距離に入った敵艦は全て攻撃して進撃しました。」


蛇提督「…。」


夕張 「ですが…合流地点付近に来ても樹実提督の乗ってる船は見つからず、辺りを捜索してやっと見つけた時には…。」


蛇提督「既に船は木っ端微塵になってたということか…。」


夕張 「…はい。」


その時の事が鮮明に思い出される。

あれだけの敵を、右舷に今度は左舷にと現れては妨害してくる敵艦を撃ち倒し、多少無理してでも助けなくてはならない人を助ける為、突き進んだのに…。

自分達を待っていたのは、船の無惨な姿。

夢である事を願うが、生々しい焦げくさい臭いが一気に自分を現実へと引き戻す。

他の艦娘達は怪我してようが必死になって辺りを捜索した。

その内の一人が見つけたのは、焼け焦げた海軍章。夕張も見たことのある樹実提督が身につけていた物。

それでも彼女は、目の前の現実を受け入れきれず、ただずっと木っ端微塵になった船を目の前に佇んでいた。


しかしその後しばらくして、古鷹がやってきた。

心ここに在らずという状態で古鷹に自分がわかってることだけ伝えた。

だけど、古鷹の顔は段々と青ざめていき、海軍章を見せたら、絶望に満ちた声で悲鳴を上げ、取り乱してしまった。

その声に夕張も我に返った。いや、無理矢理戻されたと言うべきか。

自分よりも古鷹の方がやばい状態となったからだ。このままではまずい。

なんとか落ち着かせてから、小豆提督に報告した。

衣笠や加古達を迎えに行き、その後はラバウル基地へと帰還した。

その頃には他で起きていた戦いも終わっていたようであった。



蛇提督「そろそろ着くぞ。」


夕張 「…!」


記憶の世界から現実に帰ってきた夕張。

前を見れば、何やら門のようなものがあった。


蛇提督「ここで待っていろ。」


そう言って車から降り、車の向いている前方へと歩き出す。


夕張 「(ちん…じゅふ…?)」


夕張の目の前にあったのは、門であったろう瓦礫が立ち塞がり、壁の貼り付けていた石版に『鎮守府』の文字が刻まれてるのがわずかに見え、ちょうどその文字の上が壁ごと崩れてしまっている。


鎮守府であるならば納得だ。

ここに来る途中、所々崩れてしまっている長い塀が続いていたのを思い出す。

そしてこの門に辿り着いたので、鎮守府があった場所なのだろう。

壊滅した鎮守府跡地から、何かしら資材や資源の足しになるものを探すつもりなのかもしれない。


夕張がそうこう考えてるうちに蛇提督が車に戻ってきた。


蛇提督「もう少し中に入れそうだ。行くぞ。」


再び車を走らせ、ちょうど車一台分ぐらいのわずかな幅の道をゆっくり走らせた。


少し開けた場所に辿り着き、車を真ん中に停めることにした。


夕張は車から降り、辺りを見渡す。

大方、今いる場所は運動場の一部分だろう。

鎮守府によるが艦娘の訓練とトレーニング目的にどこにでも設置される。


自分たちのいる横須賀鎮守府より半分くらいそれよりも狭い敷地ではあるが、入渠施設と工廠施設がしっかりと設置されているようなので、必要最低限の設備はあったのではないかと思う。


蛇提督「夕張は妖精二人を連れて入渠施設と工廠施設の方を探ってくれ。まだ使えそうな艤装や兵器を探すんだ。」


夕張 「わかりました。」


気づけば全部で4人付いてきていた妖精達も二人の肩にそれぞれ二人ずつ分かれていた。


蛇提督「それと今言った物以外で、再利用可能な物を見つけたらメモっておけ。」


そう言って紙とペン、書きやすいように小さなボードも渡してくれた。


蛇提督「持ち帰られそうなものがあれば持ち帰るが、どんな物が再利用できるかの調査がメインだ。妖精によく聞いてリストを作るぞ。」


夕張 「あの…聞いてもよろしいですか?」


蛇提督「何だ?」


夕張 「リストを作るのはどうしてですか?」


蛇提督「今後、拾い集める時の作業効率化といずれそのリストを大本営に提出するつもりだ。」


夕張 「大本営にですか?」


蛇提督「そうだ。大本営、そして政府にも提案が採用されれば他の鎮守府や陸軍も協力してくれるかもしれない。だからリストは細かく書いておけ。」


夕張 「わかりました。」


蛇提督「それと…。」


夕張 「?」


蛇提督「瓦礫の下敷きになってる物とかで無理に取ろうとするな。怪我には気をつけろ…。」


夕張 「は…はい。気をつけます…。」


意外な言葉に少し驚く夕張を置いて、蛇提督は鎮守府の庁舎の方へと向かった。




夕張 「意外と再利用できる物、多いのね。」


夕張は妖精達と協力しながら作業を進めていた。


夕張 「(でも…よく考えたらこういう事を考えて実行する提督って今までいなかったのよね…。)」


現在、資源や資材の調達はそのほとんどが外国からの輸入に頼った状態だ。

政府もそういう外国との交渉や裏で何かしらの取引がなされて、現状を賄っているのだろう。

また今は沿岸部から内陸部の方へと避難してきた住民達の対応に追われている。


本土が攻撃された後、海軍に対する民衆からの信頼は地に落ちた。

またいつ攻撃されるかわからない状況で、この瓦礫だらけの現状をどうにかしようとする者は、一人としていなかったのである。



夕張 「あ…この艤装もまだ使えるかもしれないわね…。」


所々破損しているが直せば使えそうな物を見つけた。

そうでなくても廃棄して資材にすることもできる。


夕張 「これも使ってた形跡があるわね…。」


だが、艦娘の誰かが使っていたものだと思うと、居たたまれない気持ちになるのだった。



入渠施設と工廠を一通り見終わった夕張は


夕張 「ここはもう良さそうね…。あいつの様子を見に行ってみようかしら…。」


何か怪しい事をしてるかもしれないし…。

自分からあいつの所へ赴くのは何か気が引けるが、仕方なく蛇提督が向かった庁舎の方へと歩いてみる。


庁舎の側まで来た時に、物音が聞こえてきた。

どうやら物音は庁舎の二階からだったようだ。


庁舎の中に入れそうな場所を探し、崩れた壁の隙間から中へと入る。

廊下は床も天井も攻撃による被害で穴だらけだった。


こんな所を通ったのかあいつは…

そう思いながら通れる場所を探しながら先に進むと階段を見つけた。

階段を昇り二階の廊下に着いて、右左と確認してみる。


物音がまた聞こえた。

どうやらあのドアの無い部屋からするようだ。


夕張はそぉーっと部屋の中を覗いてみる。

部屋は見たところ執務室のようだった。

外側の壁の半分は崩れ落ちて、外がよく見える。

それでも提督用の机や執務に使ってたと思われる棚なども残っていた。

蛇提督は提督用の机でガサゴソと漁っているようだった。


夕張は意を決して中へと入る。


足音に気づいたのか机の裏から顔を出した蛇提督は夕張が何をしているのかを聞くより先に話しかけてきた。


蛇提督「夕張か。そちらの方は終わったのか?」


夕張 「はい。こちらは大方見終わりました。リストもこちらに…。」


蛇提督は夕張が差し出した紙を受け取る。


蛇提督「ふむ…。」


夕張が書いたリストを眺める蛇提督。


夕張 「さすがに燃料はありませんでしたが、まだ使えそうな艤装なども見つけました。手で持って持ち帰られそうなものは一ヶ所に運んでまとめておきました。」


蛇提督「そうか。ご苦労。」


夕張 「あの…提督はこちらで何を…?」


蛇提督「使えそうな物を探しつつ、何か情報となる物があればと思ってな。ここの提督の遺品とかを探していた。」


蛇提督は夕張から渡されたリストを夕張に返すと同時に机の上に置いてあった黒いノートを手に取り夕張に渡した。


夕張 「これは…?」


蛇提督「日誌だ…。」


よく見れば黒く見えるのは灰と煤まみれになっているからのようだ。

ノートの表紙に日誌の二文字が僅かに見える。


夕張 「中を拝見してもよろしいですか?」


蛇提督「構わん。」


そう言って蛇提督は、再び机の引き出しなどの物色を再開する。


夕張は日誌を開いて読んでみる。


日誌はこの鎮守府に提督として着任した日から丁寧に書かれていた。

どうやらこの日誌を書いたのは若手の提督だったらしく、几帳面な性格だったのか作戦の事や艦娘達との日常を些細な事でも書かれている。

艦娘の事を最初は怖かったようだが、日常を共にする事で割と友好的になっていったような感想が綴られている。


そして本土が攻撃された最後の日も書かれ、数少ない戦力で迎撃するが『必ず守る』という言葉を最後にこの日誌は終わっていた…。


夕張 「(ここの提督も…きっと…。)」


日誌を閉じてやるせない思いになる夕張。


蛇提督「その日誌は貴重な遺品だ。持って帰るから傷つけぬようにな。」


夕張 「(そういえば情報だとか言ってたわね…。)」


こいつは確か龍驤や古鷹から聞いた話によると、わざわざ元帥に頼んでまで貴重な資料を借り、過去の戦歴を調べているという事だった。

古鷹の時も樹実提督が死んだ時のことを聞きたかったということだった。

そうやって当事者の話を聞いて、その時の話を詳しく調べているのだろう。

もしかして龍驤や初霜ちゃんも?

秘書艦をしてから何やら様子が変わったのはそのせい?


だとしても古鷹の事は許せない…。

古鷹はあの時の事が辛すぎて一時は戦いに出ることも出来なかったというのに…。

加古や衣笠、異動してしまった青葉も古鷹を必死になって慰めて…。

樹美提督の名前を出さないように、思い出さないようにしてきて、やっといつもの古鷹になってきたというのに…!


蛇提督「夕張。そろそろ部屋を出るぞ。持ち帰れそうな物をトラックに積んだら出発だ。今日は他にも寄るところがある。」


夕張 「あ…は、はい! わかりました。」


夕張が物思いにふけってる時に、急に話しかけられたため少し慌てて返事をする。


夕張 「(ん? 寄るところ?)」



その後、二人は拾い集めた物を軽トラックの荷台に積み、鎮守府跡を後にした。


車は沿岸部から内陸方面に走らせていた。


夕張 「あの…提督…どこへ行くのですか?」


蛇提督「行けばわかる。」



そう言ってしばらく車を走らせていると人が住んでる気配のする民家が所々見えてきた。

深海棲艦の攻撃の爪痕が多少見えるが、比較的少ない地域のようだ。


そう思いながら景色を眺めていた夕張だったが、蛇提督がある家の前で軽トラックを停めた。


夕張 「(八百屋…?)」


蛇提督はエンジンを切り車のドアを開ける。


蛇提督「ここで待っていろ。」


夕張 「はい…。」


蛇提督は八百屋の中へと入り、「ごめんください」と店の人を呼んだ。


???「へい!いらっしゃい!」


奥の方から元気のいい男の声が聞こえてきたと思ったら、50代くらいのおじさんが出てきた。


おじさん「お客さん!何をおさが……っ!!」


そんなおじさんは蛇提督を見るなり、驚いた顔でその場に立ち止まってしまった。


その姿は車の中にいる夕張にもはっきりと見えた。

窓も少し開けているため声も聞こえる。


おじさん「あんた…軍人かい?」


さっきの明るい声と笑顔とは打って変わり、低い声で少し睨みつけるような顔で尋ねてきた。

きっと警戒しているのだろう。

そしてその理由が蛇提督の眼の事だけではないようだ。


蛇提督「見ての通りです。つい先日横須賀鎮守府に配属されて提督をしています。」


ついでに名前と顔写真入りの海軍証を見せる。


おじさん「ふん…そんなあんたがこんなしがない八百屋に何の用だい?」


腕を組みぶっきら棒な態度で続けて質問をする。


蛇提督「ここの野菜などを売って頂けませんか?」


おじさん「…。」


おじさんは蛇提督を睨みつけたまま少しの間黙っていたが、


おじさん「嫌だと言ったら…?」


相手を試すように聞いてきた。


蛇提督「理由を聞きましょう。」


八百屋のおじさんの態度に臆することなく、淡々と返事をする蛇提督。


おじさん「見ての通り、ここで売ってる品数も在庫もそう多いものじゃない。だけどここら辺りに住んでる人達はここにある食材を買い求めてくる。だが、軍人に売ってしまったらここいらの人達の分が無くなってしまうじゃないか。」


蛇提督「買い占めるつもりはありません。必要な分が足りなかったら別の店で買います。」


おじさん「そんな事をしたって同じだよ。それにこういう店で買おうとするだけ無駄だ。他の所も断るだろう。それにあんたらは国からの支給を貰っているんだろう?」


口調は相変わらず低く落ち着いた感じではあるが、今の質問にはどこか怒りのようなものを感じた。


蛇提督「ええ。その通りです。」


おじさん「ならそれで我慢するんだな。国のお達しがあるのなら別だが、それがないうちはあんたらに売る野菜なんか無いよ。ほらっ、さっさと帰んな。」


取りつく島もないというのは、こういう事をいうのだろうと夕張は蛇提督と八百屋のおじさんのやり取りを聞きながらそう思ったのだった。


蛇提督「わかりました。」


蛇提督は大して表情を変えず、八百屋のおじさんにお辞儀をして車へと戻ってきた。

車に乗り込みエンジンをかける。


蛇提督「他を当たるぞ。」


そう言って軽トラックを発車させる。

八百屋のおじさんは軽トラックが見えなくなるまで、見続けていたのであった。



そんな事があったにも関わらず、妖精達は最初の時と同じくそれぞれが遊んでいた。

その中の一人が夕張のウエストポーチの上にいたのだが、車の揺れでバランスを崩し下へと落ちた。

落ちた先は夕張が出かける前に念入りに施錠の確認をした、あの部屋の鍵を入れたウエストポーチの外側のポケットの中だった。

先ほどの資材調達してる際に何かの拍子に開いてしまったのかチャックが半分に満たない程度に開いていた。


夕張が思い出したようにウエストポーチの外側のポケットを外側から手探りで確認する。

中にいた妖精は潰されかねなかったので、慌てて隅に逃げる。


夕張 「(うん。あるわね。)」


鍵の感触を確かめ中に入ってる事を確認した夕張。


夕張 「(あら?少し開きかけてるじゃない。危ない危ない…。)」


そう思って中に妖精がいることに気づかずチャックを締めてしまう。


妖精は、これはマズイ…という表情だ。

チャックの裏側に手が届かないか手を伸ばしてみるが、ポケットの中思いの外深い為、わずかに届かない。

夕張や他の妖精が気づかないかと、ピギャーっと声を上げてみたり、ポケットの中から内側を叩いてみたり暴れたりしてみたが、車の揺れと音で気づいてもらえないようである。

辺りを見回しても鍵しかない。

鍵をポケットの裏側にうまく立てかけて、それを足場にもう一度チャックに手を伸ばしてみる。

手は届いたが車の揺れでうまくバランスを保てない。

車が止まるのを待つしかないと、ポンと座り込んで待つことにした。



その後も蛇提督は、二、三件店を回ったのだが結果は最初とほぼ同じ。

首を縦に振るものはいなかったのである。


蛇提督「もうそろそろ日が暮れるな…。仕方ない、帰るとしよう。」


そうして車は帰路を走り始めたのである。


横須賀鎮守府を出発した時と同じ車内は沈黙していたが、夕張は違った。


夕張 「(それとなく聞いてみようかな…。)」


この男が何を思っているのか、確かめるのは今が良いと夕張は思った。


夕張 「海軍の軍人というだけで、かなり嫌われているようでしたね…。」


蛇提督「市民を守るはずの軍が頼りないのだからな。予想範囲内の反応だ。」


夕張 「軍人であることを隠せば良かったのではないですか?」


蛇提督「隠したところでいつかはバレる。それにバレた時のいざこざの方が面倒な事になりかねない。」


夕張 「(それはそうよね…。)」


そういったことが起きて一番立場が危うくなるのは、こいつであろう。

余計な火種は作りたくないのかもしれない。


夕張 「ダメ元で元帥に頼んで食料の支給を増やせないか交渉してみてはいかがですか?」


蛇提督「それはもう既にした。鎮守府に配給されてる食料は各鎮守府の艦隊規模に合わせて設定されている。政府との約定で取り決められているから勝手な変更はできないそうだ。」


この男が着任してから間もない頃、食料の事も考えると言っていたことを聞いたのだが、既にそういうこともしていたのだと、夕張は蛇提督の話を聞きながらそう思った。


蛇提督「また違う場所を訪ねてみるだけのことだ。」


だが、食料の件はあまり期待しない方が良さそうだ。


夕張 「資材集めの調査はまだ続けるのですか?」


蛇提督「当たり前だ。リストの方もまだこれだけでは足りない。特に人間が使ってる日用品の物がどれだけ再利用できるか、もっと調べねばな。」


夕張 「それは何故ですか?」


蛇提督「住民が住んでた民家の瓦礫の片付けにも使えるからだ。」


夕張 「…!!」


夕張はハッとした。


夕張 「提督…それはまさか…。」


蛇提督「資材調達を理由に住居の瓦礫駆除をする為、政府や軍が動いてくれるかもしれないという事だ。」


驚いた。この男はそれも視野に入れてこの調査をしようとしていたのか…。

まさに目から鱗が落ちる、といった感じだった。


蛇提督「海軍がやらなくてはならない事は、何も深海棲艦を倒すだけではないということだ。」


真面目に仕事をするどころか、先のことまで考えて動いている。

元帥に脅されてるからなのか…、それとも…。

夕張は困惑するばかりだった。


蛇提督「それに調査のついでに、鎮守府の跡地などでは貴重な資料となる物も見つかったりする。今度の日誌もそうだ。大本営に渡して当時のあの鎮守府の提督が誰なのかを探してもらえれば、すぐに持ち主もわかるはずだ。」


夕張はドキッとする。

この男は過去の戦いの事を調べているようだけど、でもこいつのすることは土足で踏み入って来るような気がして…。

私にも聞いてきたが、こいつは興味本位だけで聞いてくるようで…。

私は別に構わない…。私は他の子に比べれば大した事ではない…。

でも古鷹のように消えることのない傷となって残ってしまう子もいる。

彼女達が再び悲しみに暮れる姿は見たくない。


夕張は拳を握りしめ、自分が心の底に抱いてきた感情がふつふつと湧いて出てきた。


夕張 「…それでも…許せないです…。」


蛇提督「何がだ?」


夕張は湧き上がる感情を胸の中にしまいきれず、言葉となって出てくる。


蛇提督は夕張の口調の変化に気づいたのか、運転しながら夕張の横顔をチラッと見た。


夕張 「提督はそうやって過去の事を調べているようですけど、でも古鷹のように過去に心の傷を負って、思い出したくない事だってあるんです。」


蛇提督「…。」


夕張の口調は段々と強くなってくる。

それに反して蛇提督は冷めた表情で黙って聞いている。


夕張 「あの古鷹の叫びようを見てわかりますよね? あの時も樹実提督が死んだ後は古鷹は出撃すらできない状態だったんですから!」


蛇提督「…。」


夕張 「今回の事で少しでも自分に責を感じているのなら自重して下さい。古鷹が今の状態に戻るまでどれだけかかったと思いますか?加古や衣笠達が必死に慰めて、私達も古鷹の前では樹実提督の名前を出さないようにしてきたというのに…!」


蛇提督「そんな事をしても無駄だ。辛かろうが悲しかろうがそれをどう受け止めて生きていくかは本人次第だからな。」


夕張 「そんな他人事のように言わなくても!」


くあっと蛇提督を睨みつける夕張。


蛇提督「それに…。」


こいつはまだ何か言うのかと夕張は心の中で怒りの声を上げていたのだが、


蛇提督「忘れようとするのが土台無理な話なのだ。……その思い出が大切であればあるほどな。」


夕張の怒りは気づけばフッと消えていた。

何故なのか夕張本人にもわからない。

ただ、蛇提督のその時の横顔がとてつもなく寂しそうな表情をしていたように一瞬見えたのであった。


蛇提督「着いたぞ。」


蛇提督に言われ一瞬前を見る。

気づけば自分達の鎮守府に着いたようだった。

夕張はハッと思い出し、蛇提督の横顔を再び見た。

だが、蛇提督の横顔はいつもの冷たい無表情な顔に戻っていた。

いや…さっきのは気のせいだったのかなと夕張は首をかしげるのであった。


蛇提督は軽トラックを工廠へと走らせ、その前で停めた。


蛇提督「持ち帰ったものを工廠に運ぶぞ。どこに集めるかは決めてあるか?」


夕張 「はい。事前に言われた通り妖精達と決めた部屋がございますので、そちらにお願いします。」


古鷹 「私達もお手伝いします…。」


声がした方に蛇提督と夕張が振り向くと、古鷹の他に衣笠、加古、扶桑に山城が来ていた。

おそらく帰ってきたのを見ていたのだろうと夕張は思った。

だけど、その中に古鷹がいるのは想定外だった。


夕張 「古鷹!?」


夕張が古鷹の下まで駆け寄り、心配気に古鷹を見やる。


夕張 「出てきて大丈夫なの?」


古鷹 「大丈夫だよ。」


ニコッと笑う古鷹。


夕張 「それでも無理しちゃダメよ!………どうして止めなかったの?」


古鷹の後ろにいた衣笠と加古を見て問いつめる。


加古 「止めたさ。でも古鷹が休んでるだけでは嫌だからって…。」


加古もかなり心配なのはその困り顔でよくわかる。

その隣でうんうんと頷く衣笠も難しい顔をしている。


扶桑 「私達も止めはしたのですけど…。」


さらにその隣にいた扶桑も山城も衣笠達と同様のようだ。


蛇提督「まだ謹慎処分中のはずだが…?」


その場にいた艦娘全員がビクッとして、蛇提督の方を一斉に見る。


蛇提督は冷たい視線を古鷹に向けて、ジッと見ていた。


古鷹を心配する理由は、何も心身の状態だけではない。

この二人が会する事が正直一番緊張する場面であろう。


古鷹 「はい。そうです。」


だが古鷹は以前のように蛇提督の目を怖がる様子がない。


蛇提督「ではなぜここにいる?」


蛇提督の無慈悲と言うべき冷たく低い声が彼女達に響く。


古鷹 「心配は無用です。少し体を動かしたくなっただけですから。」


蛇提督に対して真っ直ぐな眼差しで答える古鷹。


そんな古鷹を何も言わずしばらく見ていた蛇提督は


蛇提督「そうか。勝手にしろ。」


と言って古鷹から視線を逸らし、夕張に近づく。


蛇提督「携行砲を返却しろ。金庫に戻してくる。あと、遺品の類を執務室に持っていく。荷台の物をここにいる者達で運んでおけ。」


夕張 「あ、はい。わかりました。どうぞ。」


蛇提督と古鷹のやり取りが意外にもあっさり終わって驚いてる夕張のところにまた急にきたもんだから、またしても慌てて返事をして、携行砲もすんなり返してしまった夕張。

このようなくだりを今日一体何回してるんだ?と自分にツッコミを心の中でいれていた。

それはともかく、思えば結局、携行砲を使うような事にはならなかったのだなと今さら気づいた夕張は、今日あった出来事をなんとなく思い返していた。

その間、蛇提督は携行砲を金庫にしまい、さっさと執務室へと行ってしまったのである。


加古 「凄いよ古鷹! あいつを退けるなんて!」


古鷹の姿に感銘を受けた加古が飛びつくように言う。


古鷹 「退けたなんて大袈裟だよ…。」


加古の言葉に少し遠慮がちになる古鷹。


扶桑 「でも、駆け引きを持ちかけた初霜ちゃんの時のように堂々としてたわ。」


山城 「あんなにあいつの事怖がってたのに。」


衣笠 「なんかあったの?」


古鷹 「私はただ…私が思ったことを素直に言っただけだよ。」


夕張 「そうなの?」


古鷹 「それに…。」


少し俯き、何か考え事をしているようだ。


加古 「それに?」


古鷹 「うん…なんでもない!」


考え事をしているような顔から一変して天使のような顔を見せる古鷹。


加古 「ちょっとなんなのさ〜。」


勿体振らずに話してくれよという感じの加古であったが、


古鷹 「いつかまた話すよ。」


そんな加古をなだめるように打ち切ってしまう古鷹。


古鷹 「…まだ始まったばかりだからさ。」


夕張 「(始まったばかり?)」


意味深な事をボソッと言った古鷹の言葉を聞き取った夕張。

一体古鷹に何があったのだろうと、心境の変化に疑問を抱いていた。


古鷹 「さあ、早く片付けてしまおう。」


古鷹の言葉に皆が従う。

いつか話すと言っているのでその時に聞ければいいかと、夕張は追究することを諦める事にした。



皆が片付けをしてる際、山城がしきりに辺りを見回している事に気づいた夕張は気になったので聞いてみる。


夕張 「何をそんなに気にしているの?」


山城 「え?ああ…あの黒猫がいないかと思って…。」


あの黒猫…ユカリの事だ。

あの一件以来、山城にとってトラウマになっているのだろうか。


扶桑 「そんなに怖がることはないわ、山城。とっても可愛いじゃない。私もいつかは触ってみたいわ。」


山城 「お姉様!触るなんて止してください。」


扶桑 「あら?どうして?」


そんなに怖いのかと隣で聞いている夕張も思いながら扶桑姉妹の会話を聞く。


山城 「触ろうとした途端に引っ掻かれるかもしれませんし。それに…。」


扶桑 「それに?」


山城 「ほら言うじゃないですか。黒猫は不幸を告げる凶兆だとか…。」


夕張 「それは確か西洋での言い伝えでしょ? そんなに気にすることないんじゃない?」


聞いたことのある話だが、あくまで言い伝え。

そこまで気に病まなくてもいいのでは?と思う夕張だったが、


山城 「だってあの男が連れてきた黒猫でしょ。艦娘を不幸にする男と不幸を告げる黒猫…不吉極まりないわ。」


厳密に言えば連れてきたわけではないが、確かにお似合いの組み合わせだと夕張は思った。

想像してみれば、蛇目と猫目。呼び方は違えど似たような目つきだ。

違うところがあるとするなら、猫は真ん丸の目だが蛇提督は細くて鋭い目つきなのだ。


山城 「とにかくあの男と一匹は私達に不幸をもたらす存在なのです。」


そう言って軽トラックの荷台にある物を取ろうとした時、荷台の物の山の中から何かが急に山城の目の前を飛んだ。


山城 「キャアーーッッ」


ビックリして仰け反ってしまった山城。その後ろにいた夕張もぶつかり巻き添いを食らう。

二人は倒れ勢いよく尻餅をついた。


夕張 「痛ったあ〜。なんなのよ、もう〜。」


辺りを見回し原因を探せば、すぐにわかった。


扶桑 「あら?ユカリちゃんがあんな所に…。」


夕張と扶桑が見ている先にいたのは、先ほどまで話題にしていたユカリだった。


ユカリは尻餅をついた二人をツーンとした顔で見ていた。


山城 「ほら、やっぱり不幸だわ!」


扶桑 「まあ、さっきの会話を聞いていたのかしらね。」クスッ


山城は泣き叫び、扶桑はちょっとばかし脳天気な事を言う。


古鷹 「一体どうしたの?」


加古 「なんだ?さっきの叫び声は?」


工廠の方に行ってた古鷹、加古、衣笠が駆けつけてきた。


それと同時にユカリも何事も無かったかのようにフラッとその場を立ち去るのだった。



ようやく工廠への持ち運びも終わり、荷台に積まれていた物も片付いた。


蛇提督「終わったようだな。」


偶然にも良いタイミングでそれとも終わるのを待っていたのか蛇提督がいつのまにか戻ってきていた。


蛇提督「車を片付けておく。君達は夕飯を食べに行け。」


気づけば日は沈み、日のわずかな光が空を照らしていた。

30分もしないうちにすぐ周りは暗くなってしまうだろう。


夕張 「わかりました。」


蛇提督は軽トラックに乗り込み、駐車場所まで移動させるために車を走らせその場を去った。


衣笠 「ああ〜腹減った〜。」

加古 「満腹になった後の睡眠は快適なんだよな〜。」

山城 「すぐに寝たら牛になるわよ。」

扶桑 「フフッ…さあ行きましょう。」


彼女達は蛇提督がいなくなった緊張が解けたように、ガヤガヤ話しながら食堂へ向かうのだった。

その中で古鷹は、夕張が一緒に行こうとしていないのに気づいた。


古鷹 「あれ?夕張は夕食行かないの?」


夕張 「私はまだやる事あるから。後から行くわ。」


そう言って古鷹に先に行ってもらうように促す。


古鷹 「そう? じゃあ先に行ってるね。」


蛇提督に何か仕事を任されてるのだろうと思いあまり気に留めず、加古達の後を追っていた。


夕張 「(さて私は工廠の方を見ておかないとね。)」


夕張は工廠の奥の方へと入っていく。

真っしぐらに向かった先はやはりあの部屋だった。


夕張 「(鍵は閉まってるようね。)」


ドアが開けられてないことを確かめる。


夕張 「(まあ当たり前よね。ここの唯一の鍵は私が持ってるんだから。念のために中も見とこうかしら。)」


まだ腰に巻いてたウエストポーチの外側のポケットに目をやると、夕張はギョッと驚く。


夕張 「(えっ?ウソ、開いてる? 鍵は!?)」


手探りでポケットの中をゴソゴソと探してみる。感触がない…。

焦ってチャックを全開にしてガバッと開く。目視で中を確認してみるものの、


夕張 「(な…無い。どうして? どこで落としたの…?)」


冷や汗がにじみ出てきそうだ。

とにかく冷静になって思い出してみよう…。

そしてハッと思い出す。


夕張 「(そうだ! 山城に押し倒された時だ!)」


荷降ろしするために軽トラックを停めてた場所に急いで行く。

辺りはだいぶ暗くなっただろうから懐中電灯も一緒に持ってく。


夕張 「(無い!……ここにも無い! どうして見つからないの…?)」


軽トラックが置かれてた付近を念入りに探し回ったが見つからない。


夕張 「(落としたのはここじゃないということ…? 車の中とか…?)」


思い当たる場所はそこしか見つからない。というより無ければ困る。

だが車の鍵はあの男が持ってる。

なんて言って鍵を借りればいいか…、あの部屋の存在は誰にも知られたくないし…。


仕方ないので車の外からでもいいから探すことにした夕張は軽トラックを駐車させてる所へと走った。


周りに誰もいないか警戒しながら、軽トラックのところまで来た夕張。

車の窓越しに懐中電灯を照らしながら両側の座席、その下、念のために荷台も見てみるが、

夕張の願いも虚しく鍵は見つからなかった。

本当は座席の下わずかな隙間とかも見たいが、もう辺りは暗く、懐中電灯一つでは影になるところが多く、見れそうな所も暗くて見にくい。


夕張 「(仕方ないわね。今度、資材調達に行く時にそれとなく調べてみるか…。)」


不本意だが断念して工廠に戻ることにする。


夕張 「(でもやっぱり中は見ておきたいからな。ピッキングに使える道具はあったっけ?)」


工廠に戻り、ピックやらなにやらの工具を入れた工具箱を持って、例の部屋へと行く。

だが、その部屋のドアが見えた時、夕張にとって信じられない光景を目にする。


夕張 「(あれ? ドアが開いてる?)」


外開きのドアは閉まりきらずに開いてるのがわかった。

先ほどまで鍵がなくて、開かないはずのドアが開いているなどありえなかった。


夕張 「(ま…まさか…空き巣…?)」


そう思うのも無理はない。

夕張がやろうとした事と同じ、ピッキングで開けたとしか思えない。


夕張は工具箱の中から金槌を取り出し、ゆっくりと部屋の前へと歩み寄る。

中から音は聞こえない。見て確認するため気づかれないようにそろそろとドアを開け中を覗いてみる。


だが、中にいたのはなんと蛇提督だった。


夕張 「て、提督っ!! どうして!?」


思わず驚いて声を出してしまう夕張。


蛇提督「夕張か。ちょうどいい、君を探していたとこだ。」


なんて事だろう…。よりにもよって一番見られたくない相手にこの部屋にある物を見られてしまうとは…。

夕張は人生最大のピンチを迎えたような顔して、蛇提督を見ている。


夕張 「あ…あの提督…。ここは鍵がかけられてたはずでしたよね…?」


どうして蛇提督がここに入られたのか、まずはその疑問を明らかにしたい。


蛇提督「鍵? これのことか?」


そう言って左手の親指と人差し指で挟んで持っていた物は、間違いなくここの部屋の鍵だった。


夕張 「そ…それを、どこで!?」


蛇提督が持っていた理由、その経緯を話すなら時は遡り、

妖精が夕張のウエストポーチの中に閉じ込められたあたりから話さねばならない。


妖精が閉じ込められた後、蛇提督達が別の店に訪ねる度に車は停止した。

それをチャンスと思い、もう一度ポケットの中で暴れてみたが気づいてもらえない。

なら自力で、ということで鍵を足場にチャックに手を伸ばし開けてみようと試みる。

だがそう長く車は止まらず、また動き出したりしてと困難を極めた。

やる度に少しずつ開けられているようだったが自分が出られるほどの隙間にはなっていなかった。


そうして車は鎮守府に帰ってきた。

車が止まり、夕張自身が動き出したようだったが車ほどの揺れではない。


これならいけると思った妖精は最後のチャンスだと思って、チャックを開けようとする。

そして、チャックが十分に開き「やったぁー」っと喜んだその時だった。

急に体が宙に浮く。そしてポケットの中をあっちへこっちへと転がされる。

ちょうど夕張が山城にぶつかり、尻餅をついた時だった。

妖精はいつのまにか鍵にしがみつき、そのまま外へと放り出された。


そんな時、荷台から飛び降りて着地したユカリが妖精と鍵に気づいた。

妖精はというとその時には目を回して気絶していた。

鍵と妖精を口に咥え、夕張から離れる。

ちょうどそれをしていた時は、扶桑から見て夕張の影に隠れていたため、扶桑も気づかなかったようだ。


気絶したままの妖精を、いつのまにか工廠に戻ってた他の妖精達の仲間の元に送り届ける。

妖精達がユカリにお礼を言ってるような仕草をしている。

その中の一人が、一緒に持ってきた鍵が誰のか伝えているようだ。


ユカリは鍵を再び咥え、その場を去る。

工廠の入り口に来た時、夕張が視界に入るが、ユカリは何を思ったのか鎮守府の中へと入っていったのだった。



―――執務室―――


蛇提督「あっ、しまった。夕張に今日のリストを渡してもらうように言うのを忘れていた。」


蛇提督が執務室で遺品などを大切に保管するために透明な袋の中に入れていたりしていた。


その時、執務室のドアが少しだけ開いたことに蛇提督は気づいた。

開いたドアの隙間からユカリが中に入ってきた。

ユカリは賢いもので内開きのドアなら、外からだけドアノブを回して自力で入ってくる。(開けたドアは閉めない)


ユカリは蛇提督の足下に駆け寄り、体を擦り付けてきた。


蛇提督「ユカリか。留守番させて悪かったな。…うん? ユカリ、何を咥えているんだ?」


ユカリが咥えていた鍵を取り、眺めてみる。


蛇提督「(携行砲の金庫の鍵とはまた違う鍵だな…。どこの鍵だ?)」


見覚えもなければ心当たりもない。


蛇提督「(まあどうせ、夕張に会いに行くつもりだったのだ。ついでに聞けばいい…。)」


鍵をズボンのポケットに入れ蛇提督は執務室を出る。夕張がいると思われる工廠に向かった。

何故だかユカリもその後をトコトコと付いていった。


蛇提督は工廠に来たものの夕張の姿はなかった。

ちょうど夕張はその頃、軽トラックの方へ鍵を探しに行ってる最中の時だった。


蛇提督「(いないな。夕飯に行ったか…。念のために奥も探してみるか。)」


本当は妖精に聞けば早くわかるのだが、その妖精達も何故だか見当たらない。

仕方ないので自分で探すことにする蛇提督。


工廠の奥へ進み、所々まだ見ていなかった箇所が多いことに気づいた蛇提督はついでに色々と見回りながら歩いていた。


蛇提督「(そういえば、ここまで入ったことなかったな。)」


途中、作業台と思われる机が置かれているところに来た。夕張が使っている作業台であろう。

机の上には工具箱や筆記具。何かを計測して書いた図面や数字が書かれた紙などが置かれていた。

目の前の棚には色々なファイルがあり、さしずめ机の上に置いてある図面のようなものを他にも保管しているのだろう。


蛇提督「…。」


蛇提督は工具箱を開き、工具を一つ一つ見てみる。

どれも使い込んでるような感じだ。それと同時に手入れもされているようで、使い古している物のはずなのに妙にどれも綺麗だ。


蛇提督は見たことをバレないように、元の状態に戻した。

そしてその場を離れ、さらに先へと進む。


色々な部屋がある所に着く。

中を覗いてみるとそんなに広くない部屋に人が横たわれるようなベッドのような物が置かれているので、どうやら艦娘自体を収納させておくための場所らしい。

なんとなく一つ一つ覗いていき、どんどん奥へと進むと他の部屋よりかは大きいと思われる部屋のドアの前に立った。

夕張が誰にも中を見られないように鍵を閉めたあの部屋だ。


他の部屋と同じく、中を見てみようと思ってドアノブを回す。


蛇提督「(うん? ここだけ鍵がかけられている?)」


ノックをしてみる。だが返事はない。

夕張がいるかもと思ってしてみたが、いなさそうなので他へ行こうとした時、


ニャア〜


ユカリが開かないドアを引っ掻きながら鳴いた。


蛇提督「ユカリ、引っ掻いてはいかんぞ。…あ、そういえば。」


ユカリを見て思い出した。ユカリが咥えてた鍵だ。

ズボンのポケットから鍵を取り出して試してみることにする。


蛇提督「(まさかな…。)」


鍵を鍵穴に入れ、回す。

ガチャっと音が確かにした。


蛇提督「(あ…開いた。)」


蛇提督もさすがに驚いたのか、少しだけ目を見開いた。

そのままドアを開け、中に入った蛇提督はまた驚くことになる。


中にあったのは見慣れない兵器?だった。


大きな盾のようなもの、棘付き鎖鉄球、片耳だけにつけるゴーグル?などなど、

見方によってはガラクタにしか見えない物の山がそこに置かれていた。


蛇提督「(なんなんだ、これは…。)」


さすがの蛇提督も呆然としてその場にいた時、


夕張 「て…提督! どうしてここに!?」


そして話は今に至る。



蛇提督「鍵はユカリが口に咥えていてな。どうして持っていたかわからんがな。」


夕張が蛇提督の足下を見たら、ユカリもいた事に初めて気づく。

夕張がユカリを見た瞬間、まるでそっぽを向いて知らんぷりするように、後ろ足で耳の裏側をかくユカリだった。


夕張 「(またこの子にやられた〜。)」


ユカリの仕業だったと、悔しがる夕張。


蛇提督「そんなことよりこれはどういうことだ? ここにある物は前に渡された工廠の兵器リストに入ってないものだろう?」


夕張 「こ…これは…その…。」


もう誤魔化すことも隠すこともできない。

夕張は諦めて本当の事を話す事にした。


夕張 「そ…その…私は、発明するのが好きでして…。」


蛇提督「発明だと?」


怒られる!と思って体がさらに縮こまるのだが、


蛇提督「いいから続けろ。それで?」


意外にも怒らず、聞いてくれるようなので夕張は続ける事にする。


夕張 「呉鎮守府にいた頃、私はよく明石と一緒に艤装の手入れとかを手伝いながらその傍、発明品を作るのが趣味でした。」


蛇提督「明石と言えば、工作艦の明石か?」


夕張 「はい。明石と一緒に共同作業でしたり、時には競ったりしていました。こちらに転属してからもやはり発明品を作ってみたい衝動は抑えられなくて…。」


蛇提督「前任の提督にバレなかったのか?」


夕張 「なんとかバレずにいました。資材から気づかれない程度にクスねたり、廃棄が決まった物を廃棄せずに使い回したりとか…。」


蛇提督「それは私が着任してからもしていたのか?」


夕張 「演習用の艦載機とか作ってる時に少し…。」


蛇提督「…。」


夕張は正直に答える。どちらにしろすぐわかってしまう事だから、自分の解体も覚悟で話す。


蛇提督「それで…この大きな盾はなんだ?」


夕張 「え?」


これは夕張には予想外な質問。まさか作った物が何かを聞かれるとは…。


蛇提督「なんだと聞いている。」


夕張 「そ…それはですね。艦娘は敵艦の攻撃に耐えられる装甲はあっても、やはりそういうのがあれば安心かと思って作ってみました。」


蛇提督「どのくらい、これは耐えられるんだ?」


夕張 「まだ実験してないんです。こういうの作ってるの他の子達に知られたくないので…。」


蛇提督「なに?他の艦娘は知らんのか?」


夕張 「はい。私がこういう事をやってるって知ってるのは妖精さん達だけです。」


蛇提督「そうか。んでこっちのモーニングスターもどきは何だ?」


蛇提督が棘付き鎖鉄球の方を持って聞こうとするが、重くて持てなさそうだ。


夕張 「艦娘は弾薬が無くなると戦えなくなりますよね? そこで艦娘にも消費しない近接武器でなおかつ深海棲艦を倒せそうな物をと思って作ってみました。」


蛇提督「なるほど。…それにしてもこの盾といいモーニングスターといい、これじゃまるでガ○ダム…。」


夕張 「えっ?提督、知っているんですか!?」


先ほどまでおどおどしていた瞳が急に光りだす。


蛇提督「あ…ああ、知っているぞ。昔はどっちかというとインドアだったから、アニメとかよく見ていたぞ。」


夕張が蛇提督に迫る勢いだったので、思わず少し後ずさりする蛇提督。


夕張 「そうなんですか!? 良いですよね、ガ○ダム!」


夕張の喜び方はいわゆる周りに自分の好きなものを理解してくれる者がいなくて話せなかったが、ようやく話がわかりそうな人に巡り会えたような、そういう喜びだ。


蛇提督「ああ、そうだな。…まさかビームサーベルとかビームライフルも作るつもりではなかろうな…?」


夕張 「本当は作ろうと思って、妖精さんにビームを作る技術があるか聞いてみましたが、さすがに無理みたいでして。」


蛇提督「ほう…。そうなのか。」


蛇提督にとっては貴重な情報だったのか興味があるようだ。


夕張 「そうそう。そこにあるゴーグルですが…。」


夕張が蛇提督が聞いてもいないのに話を続ける。随分と浮かれてきているようだ。


蛇提督「これか…。さっきから気になっていたのだ。」


蛇提督も興味があるようだ。

ゴーグルを手に取る。


夕張 「それ、スカウターですよ。」


ニコニコと笑っている夕張。


蛇提督「なに?スカウターだと?」


夕張 「はい。電探の進化として作ろうと思ったのです。敵の位置だけではなく敵の練度とかがわかれば、より戦略や戦術に役立つと思って。」


蛇提督「確かに。敵が強いとわかれば、早めに撤退させて轟沈も未然に防ぐ事もできるだろうに。」


そんなことを言いながら、頭の左側に装着してみる。

夕張に教えられ、電源スイッチを入れる。


蛇提督「ほう…。夕張をさしてちゃんと数字が出るではないか。」


夕張 「でもそれ、どうにも練度を表す数字ではないんですよね。」


蛇提督「ん? なら何の数字なんだ?」


夕張 「それがよくわからないのです…。」


蛇提督「わからないだと…?」


夕張 「練度ではないのは確かですが、何かまではまだ…。」


蛇提督「……なんだかどれも実用性には程遠いようだな。」


夕張 「う…。それは…その通りですね…。」


痛いところを突かれて、シュンとなってしまう夕張。

そんな夕張を見た蛇提督は質問を変える。


蛇提督「ではここにあるものは、そういう漫画やアニメに影響されて実際に作ってみようとしたものが多いということか?」


夕張 「そうなんです!」


また夕張の瞳が輝き始める。


夕張 「漫画やアニメの世界のだって、きっと実現できると思うんです! そうなったら凄く嬉しいじゃないですか!」


聞いてもいないことを話し始めてしまう夕張。

だが蛇提督は黙って聞いている。


夕張 「そこには夢があるんです。夢をそのまま現実にすることだってできるんだと伝えたいんです!」


だんだん話が勢いに乗って行く。


夕張 「他にもですね…念じただけで見えない壁を作る心の壁発生装置とか遠隔操作で飛ばせてオールレンジ攻撃可能の機動砲台とか………。」


どんな発明に挑んだか苦労したところとか嬉しかったところとか次々に出てきて、

まるでそれは自分の趣味の自慢をする人、そのものだった。


夕張 「それからですね………っ!!?」


ようやく自分が現状を忘れて暴走していた事に気づいた。

皆んなに遅いと言われるのが、昔から気にしているのだが

まさか気づくという事も遅くなるとは、と夕張は心の中で自分のしでかした事を悔いる。


蛇提督は先ほどから何も話さず、ジッとこちらを見ている。

笑ってはいない。怒っているようにも見えるようなその無表情な顔は不気味でしかない。


夕張 「あの…すみません…。つい調子に乗ってしまいました…。罰を受ける覚悟はできてます。」


とりあえず謝るしかない。

もしかしたらこれをネタに揺すられるかもしれない。

蛇提督の顔を見ることはできず、俯いてしまう。

不安と恐怖が体を駆け巡り、手の先の震えが止まらない。

蛇提督が何を言うのか、今はただ待つしかなかった。


と、急に蛇提督は、はぁーと溜息を吐く。

夕張はその声にビクッと反応する。


蛇提督「わかった。ここに置いてあるものは処分しなくていい。置いておけ。」


夕張 「え?」


耳を疑った。まだ信じられないのか蛇提督の顔を見て、口がポカンと開いてしまう。


蛇提督「演習用の弾薬や艦載機の製作は怠らず、普段の日課をこなしているならば、空いてる時間を使って発明とやらをすれば良い。」


夕張 「…。」


蛇提督が並べる言葉はどれも夕張にとって信じられないものだった。


蛇提督「必要あらば備蓄している資材や資源を使っても構わんが…ただし!」


蛇提督の目がより一層鋭くなり、夕張の目の前に人差し指を一本つき立てる。


蛇提督「使う場合は必ず申請書を出せ。まあ、許可を下ろせるかはその時次第だがな。」


次にと、中指もつき立て二本にする。


蛇提督「それと資材の管理は古鷹がしている。古鷹には必ずこの事を正直に話せ。彼女とよく相談して決めろ。足りない分は自ら志願して資材調達を積極的に手伝うのだな。」


つき立てていた指も腕も下ろし、


蛇提督「何か質問はあるか?」


夕張は目を丸くしたまま、その場で硬直していた。


夕張 「え…えっと…聞いてもいいですか?」


ようやく口から言葉が出せた。

条件を聞きながら心の中で浮かんだ疑問だった。


蛇提督「何だ?」


夕張 「あの…どうして…私が隠れてしていた事を罰しないのですか? そもそも今は資材や資源は必要不可欠なものなので、私のする事は良くないことでしょう…?」


今まで発明をするのが楽しいからやってきた。

だけど…今、私の周りはそんな感じではない。

大切な人が亡くなり、それでも傷を抱えたまま戦い続ける仲間がいる。

普段見せる顔はそんな事を微塵に感じさせないけど、本当は苦しみながら戦っている。

にも関わらず、自分だけこんな良い思いをしていて良いのだろうか…?

最近では発明に限らず、何かを作っている時にもそんな楽しさの裏側に罪悪感を感じてしょうがなかった。


あれ…? 私は罰せられたかったの?

許されない事をしているとずっと思ってきたから?

よくわからなくなってきた…。


夕張が頭の中で様々な思いが巡る。

その中、蛇提督は夕張の質問にすぐに答えず、夕張を見ながら何かを考えているようだ。

そしてようやくその口を開く。


蛇提督「今までの戦争の歴史を見ても、新しい兵器や技術が生まれ実用化されることで、戦争自体の大局を変えた事実は数多くある。」


急に壮大な話になったなと夕張は素直に思った。


蛇提督「今の局面を変えるために、新しい何かを生み出して起死回生を図る事も念頭において海軍は動かないといけない。そういった意味では夕張のやってる事は正しい。」


夕張 「そ…そうですか…。」


そう言ってもらえれば、自分のしている事も海軍にとって必要な事をしていると思えば、少しは意味があると思える。


蛇提督「そもそも資源や資材が無いのは夕張のせいではない。海軍の失態が招いたことだ。気にすることはない…。」


そう言って蛇提督は部屋を出ようとして、ドアノブに手をかけて止まった。


蛇提督「それとな…。」


夕張 「…?」


蛇提督が変なところで止まって、背中を向けたまままだ何か言おうとするのだから、

夕張は気になって全ての意識をそちらに向ける。


蛇提督「発明すること自体は悪いことではないだろう? 好きなことなら思いのままやってみるんだな…。

だが、出撃や遠征に支障が出ないほどにな。」


そう言って蛇提督とユカリは部屋を出ていくのだった。


最後の言葉は夕張にとって、一番の衝撃だったようだ。

またしばらくその場で硬直していた。

その後古鷹が、いつまで経っても夕食を食べに来ない夕張を心配して、工廠に呼びに来るまでそのままであった。



翌日、夕張は古鷹に、隠れて発明をしていた事を話した。

だが古鷹は前任の提督の時から気づいていたらしい。

そればかりではなく、夕張が資材庫の資材に手を出した時、前任の提督に気づかれないように資材の帳簿を誤魔化してくれていたらしい。さすがと言うべきか。

これには夕張も驚き、しばらく古鷹に土下座しながら謝罪と感謝の言葉を繰り返し言っていた。


恥ずかしがっていた古鷹は夕張に、どうして正直に話すことにしたのか聞いてきたので、

昨日起きた蛇提督とのやり取りを素直に話すことにした。


一通り聞いた古鷹は、


古鷹 「そうなんだ…。提督に許してもらえて良かったね。」


夕張 「一時はどうなるかと思ったよ…。でもまさか、こんなことになるなんて…。」


古鷹 「そうかな? 私は夕張の話を聞いてちょっと納得したかも。」


夕張 「え? それってどういうこと?」


古鷹 「あの人は…そういう人かもしれないってこと。」


意味深な古鷹の言葉があまり理解できず、首をかしげる。


古鷹 「私もまだ…あの人がどういう人かってよくわからないけど、でももう一回頑張ってみるって決めたの。」


夕張 「ねえ…古鷹。」


昨日の古鷹を思い出し、頭の中でふと言葉となった疑問を古鷹に聞いてみよう。


夕張 「古鷹の心が変わったきっかけって、提督が絡んでるの?」


古鷹 「うん…そうなんだと思う。」


夕張 「それって、どんな事?」


古鷹 「それは…またいつか話すよ!」


ニコッと笑って誤魔化されてしまう。

でもその時の笑顔は、樹実提督と共に歩んでた時の古鷹の笑顔とよく似ていたような気がした夕張だった。


余談だがこの日からもっと後に、大本営にいる大淀から聞いた事だが、

あの名前のわからない鎮守府の執務室で見つけた提督の残した日誌などの遺品は、

身元が判明しその提督の遺族のもとに無事に届けられたという。





不幸の果てに



夕張 「え? 出撃ですか?」


夕張が蛇提督と初めて資材調達に行った日から数日のことだった。

朝、いつものように秘書艦として来た夕張に蛇提督は告げた。


蛇提督「そうだ。目的はこの鎮守府近海の哨戒だ。敵の戦力もどの程度いるかも把握しておきたい。」


夕張 「艦隊の編成は、いかが致しましょう…?」


夕張に少しだけ緊張が走る。

最初に出撃するのは一体誰だろうか…。


蛇提督「龍驤を旗艦として、扶桑、衣笠、龍田、初霜、響の6名だ。」


夕張 「(良かった…。私は入ってないみたい…。)」


心の中でそっと胸を撫で下ろす夕張。


蛇提督「作戦の内容は、今の6名に直接伝える。朝食を済ませた後、執務室に集合するように伝えろ。」


夕張 「わ…わかりました!」


夕張は蛇提督と共に雑務を少しこなした後、食堂へと向かった。


食堂に来てみれば既に全員揃っていた。

古鷹と加古が食事当番の今日は、二人が作ったいつものカレーが机に並べられ、艦娘の何人かは先に食べ始めていた。


古鷹 「あっ、夕張、おはよう。提督と夕張の分はこっちに置いてあるよ。」


夕張 「おはよう。朝食ありがとね。…いやっ、それよりも大変なんだってば!」


天龍 「なんだよ朝から。前みたいな早とちりはごめんだぜ?」


天龍が自分の分のカレーを持って、自分の席に座る途中だった。

その後ろに同じように龍田もいた。


龍田 「一体、何が大変なのぉ?」


夕張は、朝、蛇提督から出撃の話があった事、その出撃する艦娘の名前をあげた。


夕張 「…と、いうことよ。朝食が済んだら執務室に集合だって。」


天龍 「なんだよ? 俺は出撃しねぇのか? ったく…つまんねぇな…。」


龍田 「あらあらぁ。久しぶりの出撃ねぇ。」


衣笠 「私が出撃するのか〜。大丈夫かな〜?」


加古 「衣笠なら大丈夫だろ? 演習訓練の時だって全然腕落ちてなかったじゃん。」


古鷹 「いよいよ出撃ね。でも編成に覚えがあるような…?」


龍驤 「それはあれやで。提督不在時の対処法の中に書いてあった編成や。敵の編成が何であっても対応できるようにしてる警戒用の編成やな。」


電 「はわわ…。響ちゃんが出撃なのです。」


響 「…。」


雷 「響、もしも嫌なら私が代わってあげるわよ!」


暁 「代わるって、あの司令官が許してくれるとは思えないわ。」


初霜「大丈夫です。私が響ちゃんも守ってみせますから。」


出撃の事について皆が話している中、その傍らで食事の手が止まり、俯いている扶桑の姿があった。

その手はわずかに震えている。


山城 「お姉様! これはチャンスですよ!」


扶桑 「な…何がチャンスなの…? 山城。」


山城の言葉にハッと我に返り、何事もないように微笑みながら扶桑は尋ねた。


山城 「あの男にお姉様の凄さを見せつけるチャンスです。前任の提督の時は失敗しましたが、今度こそ、お姉様がこの鎮守府に必要な存在であることを思い知らせるのです!」


扶桑 「え…ええ、そうね。その通りだわ。山城。」


天龍 「お? 珍しく前向きじゃねぇかよ、山城。」


山城 「珍しくとは失礼ね。私はお姉様の事しか考えてないのよ。」


扶桑 「…。」


古鷹 「でもここしばらく、鎮守府近海すら出撃してないから、今、どういう深海棲艦がいるのかわからないから油断は禁物だよ?」


龍驤 「フッフッフ〜。それは大丈夫やで。」


夕張 「どうして?」


龍驤 「ウチがいれば、どんな艦隊も主力。しかもウチが旗艦となれば安泰や。ま、ウチに任しとき。」


天龍 「まあ、樹実提督と小豆提督の下で戦ってきた衣笠と龍田がいれば、安心だな。」


龍驤 「いや…だから、ウチが…。」


龍田 「まあ、天龍ちゃんったら嬉しいこと言ってくれるじゃなぁい。」


衣笠 「衣笠さんにお任せ!」


龍驤 「ウチが…。」


古鷹 「二人と初霜ちゃんがいれば、安心だね!」


加古 「そうだな。戦い慣れてない扶桑さんも、それで大丈夫だろ。」


龍驤 「なんでや…なんでウチの話、聞いてくれへん…。」


天龍達がガヤガヤと話してる傍らで龍驤が肩をガクッと落として、涙目で呟いていた。


夕張 「ドンマイです。龍驤さん。」アハハ・・・


それとなく慰める夕張だった。




朝食を済ました出撃のメンバーは執務室へと集まった。


蛇提督は提督机の椅子に座り、その隣に夕張が立つ。

その二人の前に出撃メンバーが横並びになるように立っていた。


一通り作戦の内容を伝え終わった蛇提督は


蛇提督「…作戦内容は以上だ。何か質問のある者は?」


出撃メンバーの中で、衣笠は手を挙げた。


衣笠 「はい。質問良いですか?」


蛇提督「なんだ?」


衣笠 「近づいて来る敵艦を攻撃するだけに留めるって言ってましたが、もしも逃げる敵艦がいるようなら、追撃しなくていいということですか?」


蛇提督「そうだ。あくまで近海の敵の状況が知りたい。龍驤が索敵範囲を広げつつ、どのような艦種の艦隊がうろついてるのか、発見した場合は随時報告せよ。」


龍田 「随分と消極的なのねぇ?」


龍田が挑発するように質問する。


蛇提督「今回の作戦は海域の攻略ではなく、偵察という目的が優先される。よって、余計な戦いはなるだけ避け、予め決めたルートを通り、この鎮守府に帰投する事がこの作戦の主旨だ。」


龍田 「…。」


龍田の挑発に乗らず、淡々と作戦の主旨を述べる蛇提督を見て、龍田は面白くないという顔をする。


龍驤 「なるだけ情報を集めてこい、というわけやな。」


蛇提督「それと今回の編成では、この鎮守府に配属されてからまだ一度も共に出撃した事も無い者もいるはずだ。演習である程度互いの戦い様を見てるとは思うが、実践に出ればまた違う事も発見できよう。この編成にはそういう狙いもある。」


衣笠 「(そういえば、龍田さんや初霜ちゃんと出撃するのは初めてかな…。)」


夕張 「(前任の提督が誰を出撃させたかまで確認していたのね…。あれ?でも何から知ったのかな?日誌?それとも誰かから?)」


蛇提督「編成を考える上で大事なのは偏りがない事だ。誰と誰が相性が良くて悪いかなんて戦場に出れば関係ない。どんな編成だろうと、自分の力をいかんなく発揮できるようにしろ。」


龍驤 「わかったで。ウチに任しとき!」


蛇提督「期待している…。」


龍驤 「(おお!期待しているなんて、いつぶりに聞いたやろか!)」


声に出さずとも、浮かれている龍驤を他の艦娘達は、引き気味で見ていた。


蛇提督「他に質問が無ければ解散して構わない。」


龍田 「では、失礼します。」


龍田の言葉に合わせ、出撃メンバー一同は敬礼する。

龍驤は浮かれた顔から慌てて敬礼をした。


そうして静かに執務室を立ち去っていくのだが、出ていく順番が最後になった扶桑だけは扉の前で立ち止まってしまった。

扶桑以外の出撃メンバーが部屋を出たあと、扶桑は蛇提督の方に向き直り、再び蛇提督の前へと歩み寄ってきた。

その扶桑の顔は、何か思いつめてるようであった。


夕張 「(扶桑さん…一体どうしたんだろう?)」


怪訝な顔で扶桑の様子を見る夕張に対して、座ったまま顔の前で手を組み扶桑をジーっと見つめる蛇提督。


蛇提督「扶桑。どうかしたか?」


扶桑 「あの…提督…。聞いてもよろしいですか…?」


蛇提督「何だ?」


扶桑 「どうして…今回の出撃メンバーに私が組み込まれているのでしょうか…?」


蛇提督「…。」


蛇提督はすぐには答えなかった。

扶桑を見つめたまま、黙ったままだ。

何かを考えているのだろうか…ともあれ、この会話を黙って聞く事にしようと夕張は思った。


扶桑「この作戦はあくまで偵察が目的…なんですよね? 足の遅い私を入れるのは、作戦目的にそぐわないのではないですか…?」


扶桑の意見は一理ある、と夕張は心でそう思いながら、この会話の様子を窺う。


蛇提督「扶桑を出撃メンバーに入れた理由は二つある。ひとつは鎮守府近海とは言え、どのような敵がいるかわからない。ここの鎮守府の艦娘達は火力が低めなのが難点だ。戦艦級などの固い装甲を持った敵に対しての対策だ。」


蛇提督は淡々と話し始める。

それを不安げな表情で扶桑は聞いている。


蛇提督「二つ目は、先程も言ったが偏りが無いようにしたいということだ。それは出撃回数から見ても同じだ。」


出撃回数という言葉に、ピクッと反応する扶桑。


蛇提督「演習や訓練をどんなにさせても、やはり実戦経験を積ませてやらなければ意味が無い。よってここにいる者には平等に実戦経験を積ませてやりたい。その時の資源や資材の備蓄量で、多少の出撃回数に偏りが出てしまう可能性もあるが、硫黄島海域攻略にここの艦娘全ての力が必要だと踏んでいるため、それまでに出来る準備はなるだけしておきたいのだ。」


扶桑 「提督は…。」


扶桑は喉に何か詰まるような仕草をして、もう一度息を整え質問する。


扶桑 「私や山城が、前任の提督の時にあまり出撃しなかったことをご存知なのですか…?」


蛇提督「ああ、古鷹から少し聞いている。」


扶桑 「その理由もですか…?」


蛇提督「ああ、そうだ。」


しばらく二人の間に沈黙の時間が流れる。


夕張 「(扶桑さん…前任の時の事を気にして…!)」


扶桑 「そうでしたか…。事情を知っておられながら、それでも出撃の機会を下さった事に感謝します…。」


感謝という言葉を使ってるわりには、あまり嬉しそうな顔をしていない。


扶桑 「では失礼します…。」


蛇提督「演習と訓練を思い出しながらやれば、できるはずだ。」


扶桑 「わかりました…。」


丁寧にお辞儀をして執務室を出て行った扶桑。


そんな扶桑を出て行った後も心配そうな顔で見送る夕張。

そして蛇提督も手を組んだままじっと見つめていたのだった。



12:00、出撃メンバーは海上で周囲を警戒しつつ、扶桑や衣笠の艤装の中にある格納庫に入れてあった、おにぎりを食べつつ(自分達で作って用意しておけば後で妖精さんが入れといてくれるがどういう原理で入るのかは不明)休憩を取っていた。


数時間前に彼女達は出撃した。

出撃して早速、龍驤の艦載機や衣笠の水上機を飛ばして周囲の索敵をしつつ予定の航路を進んだ。

途中、会敵はしたものの、そのほとんどが駆逐級で多くても二隻か三隻程度の規模の艦隊しか現れず、艦隊と呼べるほどの敵艦隊は見受けられなかった。

近づいてくる気配のない敵艦はあえて見逃した事もあった。

それからしばらくして、敵艦を察知する事が無くなったので龍驤の判断で停船して休憩を取ることにした。


龍驤 「思ったほど敵が見当たらんな〜。」


初霜 「そうですね。」


衣笠 「私はそれで良かったと思うよ。久しぶりに出撃していきなり強いのと当たったら、大変だもん。」


龍田 「でもなんだか、物足りないわねぇ〜。」


扶桑 「…。」


扶桑は皆が話している中、俯いていた。


そんな扶桑の様子をちらちらと伺っていた衣笠が気になって、思わず話しかける。


衣笠 「扶桑さん、そんなに気にしなくてもいいですよ。駆逐級は戦艦から見たら小さい的ですし、当てづらいものです。でも、そのうち慣れて簡単に当てられるようになりますよ。」


扶桑の気にしていることは、きっと先程の戦いで敵にうまく砲撃を当てられなかった事を気にしているのだと、衣笠は考えていた。


扶桑 「あ…はい…ありがとうございます。久しぶりの実戦だから、なんだか緊張して…。」


龍驤 「まあ〜出撃前にあれだけ妹に期待込められて『頑張って!お姉様!』なんて言われたら、逆に緊張してしまうわな〜。」


山城の真似をして、わざとおどける龍驤。

そんな姿を見て扶桑や他の艦娘の笑みがこぼれる。

ただ響だけが扶桑の顔を見てジーっと見つめていた。


その時、少し強い風が吹いた。

皆が髪やスカートを抑える。

その中、衣笠は扶桑の艶やかな長い髪がなびくのをポーッと見つめていた。


扶桑 「衣笠さん、どうかされたのですか?」


衣笠の視線に気づいた扶桑が問いかける。


衣笠 「あっ…いや…その…扶桑さんの髪って綺麗だなーって思って…。」


少し照れながら答える衣笠。


扶桑 「衣笠さんの髪だって綺麗ではないですか?」


衣笠 「扶桑さんは髪もさることながら髪型とかも…何と言うか大人っぽいっていうか…。」


扶桑 「あら、衣笠さんのツインテールだってよく似合ってるではないですか。」


龍驤 「そうや。ツインテールの何が悪いんや?これはこれでええやないか。」


衣笠 「龍驤はいいのよ。見た目どうりっていうかそのままというか…。」


龍驤 「なんやと!?それはつまり子供っぽいって事かいな!」


衣笠 「い…いや…そうじゃなくて…。」


こんなつもりではなかったんだけど…っと困った顔をして、龍驤をなだめる方法を考える。


響  「今の怒ってる龍驤、暁によく似ている。」


プッと皆が吹き出して笑う。


龍驤 「うぐっ……響、それは今言っちゃあかん…。」


響  「そうかい?素直な感想を言っただけだよ?」


衣笠 「(ふぅ〜響ちゃんに助けられたわね。それにしても響ちゃんが話したところ、久しぶりに見た気がする…。)」


皆の笑いが収まってきた頃、初霜が扶桑に向かって話しかける。


初霜 「扶桑さん、安心してください。私達がサポートしますから、扶桑さんは砲撃に専念して下さい。」


扶桑 「ありがとう、初霜ちゃん。次、頑張ってみるね。」


龍驤 「ほな、そろそろ行きまひょかー? 任務終わらせて早く帰るで。」


衣笠 「うん、そうしよう!」


そうして彼女達は龍驤を先頭に衣笠、扶桑、初霜、響、龍田の順番で、単縦陣を取りながら再び予定の航路を進んだ。



しばらく進んだ後、またもや龍驤が飛ばした偵察機から敵艦発見の報せが届く。

駆逐イ級が三隻。

距離はまだ遠いが接近してきているようだった。


龍驤 「(本当やったらウチの攻撃機飛ばして攻撃したいとこやけど…。)」


出撃する前での作戦内容を伝えられたときに龍驤の艦載機についても話があった。

艦載機を入れるスロットの殆どを攻撃機と偵察機に当てがい、艦攻や爆撃機は牽制できる程度の数までにしておけと命じられていた。

理由は制空権を取るための確率を上げるためだ。

龍驤の艦載機の搭載数は決して多くない。空母も龍驤一人だけということもあり、敵に正規空部級が二隻以上現れれば、制空権の取り合いでまず勝てない。

だが逆に制空権が完全に取られず、砲雷撃戦に持ち込めれれば勝機はある。


硫黄島海域攻略の時もこの方法で行くことをすえての判断であったため、

龍驤も蛇提督のこの提案に同意したのだった。


そうこうしているうちに敵艦が見えてきた。

八時の方角から現れた駆逐級達はこちらの速度に追いつき、互いが平行して進む同航戦の形となった。


既に扶桑の射程距離に入り、扶桑並びに他の艦娘も砲撃準備をする。

だが敵の動きがおかしい…。

そう見た龍驤がまだ砲撃開始の合図をしないのだった。


龍田 「龍驤、敵が目の前にいるのに何を躊躇っているのかしらぁ?」


痺れを切らした龍田が龍驤に砲撃許可を促す。


龍驤 「よく見てみ〜。奴ら一定の距離を保ってこっちに仕掛けてこようとせん。こんなの初めてや…。」


扶桑の射程距離に入っているにも関わらず、攻撃してくる気配もなければそれ以上に近づいてこようとしない。

こちらの動きに合わせて付かず離れずの距離を保っているようだった。


衣笠 「ホントね。なんだか気持ち悪いな。」


初霜 「こちらを挑発…いや、監視しているのでしょうか…?」


響 「…。」


幾多の戦いを経た龍驤以外の艦娘も今までにない敵の動きに対して、困惑の表情を隠せない。


龍驤 「(敵がこちらを発見したら真っ先に攻撃してくるのに、あんな様子見する姿なんて初めてや…。駆逐級にそんな知能があったんかいな…。それとも、誰かに指示されて動うとる?)」


龍驤が目の前の敵に対して、あれこれと考えてる間に衣笠に報せが入る。


衣笠 「敵艦隊発見!10時の方角。距離40。」


無線で他の艦娘にも伝えられる。


龍驤 「数は?」


衣笠 「軽空母ヌ級が2、戦艦ル級が1、軽巡ホ級が2、駆逐イ級が1。こっちにまっすぐ向かってきてるみたい。」


龍驤 「そっちが本命やろな。ほな、さっさと目の前の駆逐を始末して…。」


初霜 「龍驤さん! 駆逐級が離れていきます!」


龍驤 「なんやて!?」


先程までいた駆逐級達が離れていく。


龍驤 「攻撃して来ないなら好都合や。あっちはほっといて軽空母がいる艦隊に集中するで!」


そう言って龍驤は自分の艤装である巻物を勢いよく広げる。


龍驤 「行っくで〜!攻撃隊!発進!」


巻物に描かれた空母の甲板から次々に艦載機が飛び立つ。

それとほぼ同時に敵のヌ級からも艦載機が飛び立った報告が入る。


龍驤の艦載機に乗った妖精が飛び立ってからまもなく敵の艦載機の一団を見つけた。

その方向へ進路を変え、突撃する。

交戦が始まった事が龍驤に無線で知らされる。


龍驤 「撃ち漏らしがこちらに来るかもしれへん。念のために輪形陣に変更する。」


龍驤の指示で輪形陣へと素早く変える。

迎撃する術を持たない龍驤と対空戦闘を得意としない扶桑が真ん中に、衣笠と龍田は陣の前後を、響と初霜は左右に配置した。


そして龍驤に報せが届く。


龍驤 「敵の攻撃隊がこっちに来るようやで。全艦、対空戦闘用意や!」


敵の艦載機が見えてきた。

数は20足らずといったとこか。

敵に照準を合わせる。


龍驤 「今や!迎撃開始!」


一斉に撃ち始めた。

敵の艦載機をみるみる撃ち落としてゆく。


残った敵機は散開し、そのうちの数機が龍驤達からみて左舷の海面近くまで降下した。


衣笠 「左舷!魚雷確認!」


龍驤 「全艦、回避行動! 響、龍田!魚雷処理頼むで!」


降下した敵機が魚雷を投下するのを衣笠が確認した。

龍驤は陣形の左舷側にいた響と後ろにいる龍田に指示を出す。


響 「…!」

龍田「任せてぇ。」


魚雷処理を二人に任し他の者は魚雷回避の為に他との間隔を少し空けていたとき

初霜がふと上を見上げた。


初霜 「あっ!扶桑さん危ない!」


扶桑のほぼ直上から爆撃機と思われる敵機が1つ、急降下してきていた。

先ほどの散開したうちの一機のようだ。


扶桑 「っ!!」


無線越しの初霜の言葉で扶桑は気付いたが回避は間に合わない。


初霜 「…!」


初霜が狙いを絞り主砲を放つ。


ドオオオォォン!!


爆弾を投下される前に、見事に仕留めた。


扶桑 「ありがとう。初霜ちゃん。」


初霜 「はい!」


仲間の危機が救えた事が嬉しかったのか、ある程度離れた距離からでも扶桑の目には初霜の嬉しそうな顔がはっきりと見えたのだった。


敵の艦載機は一通り撃ち落とし、ほとんど被害を受ける事なく乗り切った。


龍驤 「(あっさりと撃墜しおったな〜。ウチの特訓の成果が出たか?響も最初に比べて落ち着いて出来るようになっとったし、特に初霜の腕が著しく上がっている気がするで。)」


龍驤が感心していると先頭を走る衣笠から報せが入る。


衣笠 「敵艦隊、見ゆ!」


衣笠が見てる方向を龍驤達も見る。

龍驤達から見て10時の方角に艦影が見えた。


龍驤 「単縦陣に戻して艦隊戦に移るで!」


敵の陣形も単縦陣で、

前から軽空母2隻、戦艦、軽巡2隻、駆逐の順だ。

互いの艦隊は徐々に近づき、戦艦の射程距離にまで差しかかった。


先に仕掛けたのは深海側だった。

戦艦ル級が砲撃を始めたのだった。

だが、龍驤はまだ砲撃開始の合図はしない。


龍驤 「まだや、もうちょい引き付けるんや。」


戦いは反航戦となり、互いが互いの距離を縮めようとするため、円を描くように動く。


龍驤達の周りで敵の攻撃による水柱が立ち上がるが、慌てず龍驤の合図を待つ。

そして、軽巡の射程に入る頃を見越してここぞとばかりに龍驤が砲撃開始の合図を出す。


龍驤 「今や! 一斉にかましたれ!!」


ドオオン、ドゴオオン!


合図とともに衣笠、扶桑、龍田が一斉射する。狙いは軽空母だ。



ヌ級 「っ!!」


砲撃は見事にヌ級二隻に命中した。

一隻は撃沈、もう一隻は大破に追い込んだ。


龍田 「フフフ…逃がさないわよぉ。」


龍田が生き残ったヌ級を仕留めるために魚雷を放つ。


ヌ級 「キシャャャァァアア!!」


魚雷は見事に命中し、ヌ級を撃沈させた。


龍驤 「よしっ!空母は潰したで!あとは残った敵を畳みかけるだけや!」


空母を先に潰したのは理由がある。

現在、最初に発進させた攻撃隊が龍驤達がいる空域とは別の空域で戦闘中だった。

そのため第二波に対する直掩機の援護が期待できないために、最短距離で近づいて撃沈するのが最初からの狙いだったのだ。

潰してしまえば後は目の前の敵艦に集中するだけ。

急回頭して無理矢理同航戦に持ち込みながらさらに近づいてこちらの駆逐艦2人の火力も合わせれば、多少の被害があっても殲滅できる算段だった。


龍驤 「これで駄目押しにウチの残りの攻撃隊も発進させれば…!」


そうして彼女の巻物を取り出して発進させようとした、その瞬間、

ドオオォォン!


龍驤 「うわっ!」


龍驤に敵の砲弾が命中した。


衣笠 「大丈夫!?」


龍驤の後ろにいる衣笠が無線越しに声をかける。


龍驤 「平気や…。小破といったとこや…。でも砲弾が右から来たような…。」


初霜 「右舷に敵艦、発見!」


龍驤 「えっ!?」


右を見れば確かに駆逐イ級三隻がこちらと同航するように迫ってきていた。


龍田 「あれって…さっき撤退した駆逐艦達じゃない?」


龍驤 「まさか…!」


空母がいた敵艦隊とは反航戦となり、円を描くように動いて、今は最初の立ち位置とはほぼ反対になっていた。

つまり龍驤達がいる方は先ほど駆逐イ級達が撤退した方向と同じ方向にいるのだ。

撤退したと見せかけた駆逐級達は、龍驤達がこちら側に来るのに合わせて密かに近寄って来ていたのだった。


ドン!ドオン!


龍驤 「うっ!」


右舷側の駆逐級達は龍驤に集中砲火を浴びせてくる。

左舷の敵も容赦無い砲撃を他の艦娘にも浴びせてくる。


初霜 「龍驤さん! 右舷の敵はこちらで引き受けます!」


初霜と響が前に龍驤達の右側に並び、陣は複縦陣のような形となる。


龍驤 「助かる!そっちは任せたで!」


龍田 「龍驤、左舷の敵が急回頭してくるわ!」


龍驤 「しまった。先を越されてしもうたか…!」


龍驤のやろうとしていた事を敵側に先にされる。

弾幕を張りながら、急回頭して龍驤達からやや後から追いかけてくるような同航戦となる。


龍驤 「(まずいで…!このままじゃ挟み撃ちや…!)」


戦いは不利な方向へと持っていかれ、だんだん押されはじめる。

両側から攻撃され、なんとか応戦するも状況が好転しない。


右舷側では初霜と響が龍驤達を庇いながら、なんとか駆逐級を一隻撃沈している。

左舷側では衣笠、龍田が軽巡級を一隻撃沈に成功している。

だが、全員被弾して小破以上中破未満。

致命的なダメージを受けていないのが、奇跡に近いがこのままでは時間の問題だった。


扶桑 「(ああ…これも私のせいなのね…。)」


扶桑は応戦しながらも思い悩んでいた。



ああ…思えば私が最初から最大射程からでも敵艦に主砲の砲弾を当てられれば…、

あの駆逐級達が撤退する前に倒していれば…、

挟み撃ちにあう前に、命中させて少しでも敵を撃沈させていれば…、

少なくともこんな状況にはならなかったはず…。

でもどうしても当たらない…。

撃つ瞬間に体の軸がブレるような…。

これじゃ私が完全にみんなの足を引っ張ってる…。



初霜 「キャアアァ!!」


初霜に敵の砲弾が命中する。


龍驤 「大丈夫か!?」


初霜 「大…丈夫…です…。中破しましたが、まだ戦えます!」


傷つきながらも闘志を絶やさない初霜の姿を見て扶桑はある記憶が蘇る。


―――1年程前―――


扶桑 『初霜ちゃん、最近どこか思いつめたような顔をする事があるけど…大丈夫?』


初霜 『あ…いえ、ご心配には及びません。』


扶桑 『古鷹さんのお手伝いで秘書艦の仕事が大変なの?誰かに交代してもらいましょうか?なんなら私が…?』


初霜 『いえ、違うんです。秘書艦の仕事のことでは無いのです。ただ…。』


扶桑 『ただ?』


初霜 『最近…出撃させてもらえないのです…。』


扶桑 『確かに…ずっと秘書艦の仕事をしていますものね。』

扶桑 『(私と同じね…。)』


初霜 『秘書艦の仕事が嫌なわけではありません。むしろ提督のお仕事の手伝いも必要な事だと思います。でも私は…戦って強くなって、一人でも多く救いたいのです。』


扶桑 『救う?』


初霜 『はい。ただでさえ私達は負け続けているのです。辛い思いや苦しんでる仲間達を救えるように、強くなって救いたいのです。』


扶桑 『初霜ちゃんは強いのね…。』


初霜 『? 私は強くないですよ? 時々、扶桑さんのような戦艦のような力があればなって思ったりもします。』


扶桑 『違うの。そういう強いではなくて、ここのこと。』


胸に手を当てて諭す。


初霜 『でも私はいざというときに助けられなかった事があったんです。何もできなかったんです。』


扶桑 『それでもなお戦おうと思えることはとても素晴らしい事だわ。』


初霜 『そうですか? いつかきっと、より多くの仲間を救います。それがきっと艦娘として生まれた私の使命ですから。』


―――現在―――


扶桑 「(使命…か…。)」


あの時の…私を助けた時のあの笑顔は、

自分の願いを、自分がここにいる価値を自ら勝ち取った、

そういう嬉しさが彼女のあの笑顔を作ったのね。

あれは私にとって、とても眩しく見えたわ…。


『救いたい』


でもここで何もせずに朽ちてしまうのなら

きっと大きな後悔を残すだけね…。

それならいっそのこと…!!


龍田 「扶桑!?」


扶桑は急に列から離れ、左舷の敵に近づく。

狙いを戦艦ル級に絞り、再び照準を合わせる。

だが、その姿は隙だらけで、左舷側の敵は扶桑に狙いを集中する。


龍驤 「龍田!衣笠!扶桑の援護や!」


衣笠 「言われなくても!」

龍田 「任せてぇ!」


軽巡と駆逐に魚雷を撃たれる前にこちらで先に弾幕で邪魔をする。

扶桑がル級に集中できるように。


龍驤 『初霜、響!ウチの事はいい!龍田と衣笠をカバーするんや!』


初霜 「わかりました!」

響  「了解…!」


龍田と衣笠を守るような位置どりに2人が動く。


案の定、右舷の駆逐級達は魚雷を衣笠達に向けて一斉に放つ。

初霜達は魚雷処理をしながら、衣笠達を回避コースに誘導させる。


扶桑は慎重に照準を合わせている。

敵の攻撃によって近くで水柱が立とうとも微動だにしない。

この一撃でル級を倒せれば戦局を覆せる…。

だから扶桑はいつにも増して慎重になっていた。


ル級も扶桑に砲撃するが、かすめたりするも扶桑が怯む様子がないので、再度照準を合わす。

次は確実に当てようとする動作だ。


ル級と同じ側の軽巡ホ級と駆逐イ級は扶桑に気を取られていた。

その隙を衣笠と龍田は見逃さなかった。


衣笠 「そこよ!」

龍田 「そぉーっれ!」


ズドーン!!


衣笠はホ級を龍田はイ級を撃沈した。


そしてル級の照準合わせが終わる頃、動作が止まるその瞬間、


扶桑 「(今だっ!!)」


ドゴオオーン!!


扶桑の主砲の轟音が轟く。


ル級 「キシャャァアア!!」


扶桑の撃った弾はル級に見事に命中し撃沈させた。


扶桑 「…。」


扶桑は目の前で起きたことを口を開けて呆然としていた。


龍驤 「よし!これならウチの攻撃隊も出せる。行くでー!」


龍驤が艦載機を飛び立たせる。

二、三機の爆撃機しかいないが右舷側の駆逐級をやるなら十分だ。


飛び立ってから龍驤たちの進行方向と同じ方向に飛びそのまま上昇する。

そして右舷側の駆逐イ級一隻に集中して急降下、爆弾を落とす。

爆弾は命中し撃沈に成功。

残った右舷側の駆逐級に対して響が主砲を撃ち込む。これも命中し撃沈させたようだ。


龍驤は周りに敵がいないか確認し、一旦停船した。

皆の状態を確認するためだ。


龍驤 「みんな、大丈夫か?」


龍田 「私は平気よぉ。」

衣笠 「私もこの通り♪」

扶桑 「心配には及びません…。」

響  「異常なし。」


龍驤 「一番損傷しているのは初霜か?」


初霜 「その様ですが航行に支障は無いです。」


龍驤 「せやけど、みんななんだかんだでボロボロやし、さっきの戦いで疲労が溜まってるやろから、ここは予定を変更して帰投しといた方がええやろ。」


初霜 「でもまだ予定の航路を全て回ったわけではないですし、もう少しこの辺りの海域の調査を続行した方が…。私の事はいいですから…。」


龍驤 「ダメやダメや!戦えるかもしれへんが、今度もさっきの様な奴らに出くわすかもしれへんし、それ以上かもしれへん。無理しないようにと言われておったやろ?」


初霜 「そうですね…。あくまで偵察、無事に帰投することでしたね。」


龍田 「でも余計な戦いはするなっていう指示のせいで、逆に危険に晒されたことも事実よねぇ?」


龍驤 「あの駆逐級の事かいな?あれはウチの判断ミスで…。」


龍田 「その判断ミスを誘ったのはその指示があったからでしょう?あそこで軽空母の艦隊が来る前に沈めてしまえばあんな危ない目にはならなかったわよねぇ?。」


龍驤 「そ…それは…そうかもしれへんけど…。」


皆の空気が少し重くなる。


衣笠 「でも扶桑さんのおかげで勝つことが出来たわ!」


扶桑 「え…?」


衣笠が空気の重さをはねのけるように、話題を扶桑の話に切り替える。


初霜 「はい!凄かったのです!」

龍驤 「おお!あれは凄かったやのう!」


話題に飛び込むように二人が扶桑を褒める。


扶桑 「いえ…、私はただ無我夢中でやっただけですので…。」


衣笠 「列から離れて前に出たときはどうなるかと思ったけど、ああやって敵の注意を引きつけてくれてたんだよね。おかげで落ち着いて狙いを定めることが出来たわ!」


扶桑 「そうなんですか…?」


龍田 「ええ。それだけに限らず、ル級を一撃で倒した。間違いなく今回のMVPだと思いますわぁ。」


響  「ハラショー。」


扶桑 「皆さん…。」


龍驤 「あの山城も、さすが私のお姉様!って大喜びすること間違いないで。」


皆がワッと笑った。

扶桑の喜びと勝利の喜びを共に味わうように…。


扶桑もみんなの笑顔を見てホッとしたのか肩の力が抜け自然な笑顔をしていた。

そんな姿を見た響も同じようにホッとした表情をして微笑んでいた。


駆逐イ級 「グギギ……。」


だがそんな彼女らの知らぬところで、今にもボロボロで沈みそうなイ級の姿があった。

ちょうど扶桑の真後ろの所、少し離れた位置から扶桑達を見ていた。


そして最後の力を振り絞るように魚雷を放ち、力尽きた。

魚雷は扶桑を目掛けて走ってくる。

だが扶桑達は気付く気配がない。

魚雷がまもなく到着する頃、響が魚雷に気付いた。


響 「魚雷…!」


魚雷処理も回避も間に合いそうにない。

響がとっさに扶桑の盾になる。


ズドオオーン!


大きな爆音と光で、扶桑達は一瞬何があったのか理解出来なかった。

だがそれが終わった後、爆発による煙の向こう側を皆が見てすぐにわかることになる。

響がボロボロで大破して、そして海面に倒れたからだ。


龍驤達 「「「響(ちゃん)!!」」」


扶桑以外が響に駆け寄る。


龍驤 「ま…まだ息はしている…けど、これはちょっとヤバいで!」

衣笠 「当たりどころが悪かったのかも…すぐに入渠しないと!」

龍田 「ならすぐに艤装を強制解除して運ばないと。」

初霜 「響ちゃん…頑張ってください…!」


皆が話している後ろで扶桑は目の前で起きた光景を目の当たりして立ち尽くしていた。


龍驤 「おい!扶桑!」


扶桑 「は…はい。」


龍驤の呼びかけに我にかえる。


龍驤 「響を抱きかかえて連れて行けるか?」


扶桑 「任せてください。」


龍驤 「よし!響の艤装は龍田と衣笠で。周囲を警戒しながら早めに母港に帰投するで!」


そうして龍驤達は帰路についた。

龍驤は戻ってきた艦載機を収容させ、龍田、衣笠、初霜は周囲の警戒に細心の注意を払った。


扶桑は抱きかかえて運んでいる響の様子をジッと見て考え事をしていた。

その響の感触は、今にも消えてしまうのではないかと思うほどの弱々しいものであった。


扶桑 「くっ…。」


そんな響を見る扶桑の表情は悔恨の念に駆られていたのだった。



鎮守府の港では夕張の他、山城や暁達など鎮守府に残ってた艦娘全員が龍驤達の帰りを待っていた。

既に龍驤から連絡を受け、響が大破したことや他の者もだいぶ被害を受けていることを聞き、皆落ち着かない様子だった。


天龍 「おい!まだ帰ってこねぇのかよ?」

夕張 「報告ではもう見えてくるはずです…。」

暁  「響が…響が…!」

古鷹 「暁ちゃん落ち着いて。」

電  「はわわ…響ちゃん…。」

雷  「響…。」

山城 「姉様…。」

加古 「あっ!見えてきたぞ!」


龍驤達の姿が見えてきた。

だんだんとその姿がはっきり見える頃になると、

抱きかかえられている響以外は無事であることが確認できた。

到着を待っていた艦娘達の後ろにいつの間にか蛇提督の姿もあった。


暁  「ひ…響!」


港に着いた扶桑は響を抱きかかえたまま陸に上がる。

そこに暁達が真っ先に駆け寄るが、そのすぐ後ろから夕張と天龍が割って入ってきた。


夕張 「ちょっと見せて!」


天龍が扶桑から響を受け取り、夕張が傷の具合を見る。

ちょうどその後から蛇提督が響が見える位置まで来ていた。


天龍 「どうだ?」


夕張 「私は専門じゃないからはっきりとは言えないけど、入渠すれば治るよ。でも打ちどころが悪いのか意識がほとんど無いわね。治っても後遺症とか残る艦娘もいるって聞いたから、それを考えたら高速修復材を使った方が後遺症を残す可能性を減らせて良いんだけど…。」


天龍 「チッ…。今バケツは無いからな。とにかく早く入渠させてやんないと!」


夕張 「天龍!」


夕張が目配せで蛇提督の方を指す。

入渠させるのにも提督の許可は必要だからだ。

天龍がめんどくさいと思いながら蛇提督に言おうと振り向いて言おうとした時、


蛇提督 「早く連れて行け。」


きっと夕張と天龍のやり取りを聞いていたためか、天龍が聞く前に先に答えたようだ。


龍驤 「あ…あの…司令官?」


蛇提督「報告は後だ。お前達も入渠の準備をしろ。傷を治してからだ。」


そう言ってさっさと鎮守府へと戻ってしまった。


天龍 「ったく、なんだよアイツ…。」


天龍や龍田、山城は去っていく蛇提督を睨みつけていた。


衣笠 「帰ってきた私達に何か一言あってもいいと思うよね。」


さすがの衣笠も蛇提督の態度には不服のようだ。


夕張 「とにかく早く入渠させて!もう準備は済ませてあるから。」


龍驤 「お…おう、そうやな。ウチらも早いとこ入渠せやな。」


天龍 「悪い!龍田!初霜!響を先に連れてく!」


龍田 「私は大丈夫よぉ。早く入れさせてあげてぇ。」


初霜 「はい。響ちゃんをお願いします。」


天龍と夕張は響を連れて入渠施設へと急いで行った。


雷  「あっ!私達も行くわ!」

電  「なのです!」

暁  「ま、待ってー!」


暁達も急いで後を追う。

その後から龍驤達も古鷹達共に入渠施設へと向かった。


扶桑だけはその場で立ち止まったまま響達が見えなくなるまで見送った後、

先ほどまで響を抱きかかえていた手の平を見ながら、愕然としていた。


山城 「お姉様!」


扶桑 「や…山城…。」


山城の声にハッとして山城の様子を窺う。


山城 「響も心配ですが、扶桑姉様も心配で…。先ほどから何やら顔色が良くないです!もしかしてどこか怪我されているのですか!?」


よほど心配なのかぐいぐいと扶桑に迫るように聞いてくる。


扶桑 「山城、大丈夫よ…。心配しないで…。響ちゃんの事も重なって、久しぶりの実戦でちょっと疲れてしまっただけ…。」


山城 「そ…そうですか…。」


姉様がそう言うのでしたら…という風に一旦引き下がる山城。


扶桑 「私よりも響ちゃんや他のみんなの方が怪我しているの…。あちらを気にかけてやって…。私の事はいいから…。」


山城 「姉様…?」


扶桑は入渠施設へと歩き始めた。

山城は扶桑から何か違和感を感じたが、それがわからないまま扶桑の後を追いかけた。



―――入渠施設―――


夕張 「とりあえずこのまま安静ね。」


響の服を脱がし入渠という名の風呂に入れる。

入れた時に傷口に染みたのか少し辛そうな顔をしたように見えた。


暁  「響!しっかりして!」

雷  「私が一緒にいてあげるわ!」

電  「響ちゃん、頑張るのです!」


天龍 「だあー!お前ら!静かにしろ!」


雷  「天龍の方がうるさいわ!」

暁  「そうよ!」

電  「あ…えっと…ここでケンカはマズイのです…。」ボソボソ


天龍 「お前らがギャアギャア騒いでるからだろ!?」


夕張 「みんな出てってください!!」


そう言われて天龍達は夕張に摘み出された。


天龍 「ほらぁ!うるさいから出されちまったじゃないか!」


雷  「何ですって!」

暁  「私は響のお姉さんなのよ!そばで見守る権利はこっちにあるはずだわ!」


天龍 「そんなお前達の面倒見てきたの誰だと思ってんだ!」


電  「(はわわ…。ここに来てもまだケンカが止まないのです…。だ、誰かを呼ばないと…。)」


そうして誰かを探しに行こうと振り返った時、電は驚いた。

驚きのあまり開いた口が塞がらない。


蛇提督「うるさいぞ、お前達。くだらない事でケンカしてるんじゃない。」


天龍 「ああ?誰がくだらないって!」


そこに来たのは蛇提督だった。だが逆に違うケンカが始まってしまいそうだった。


蛇提督「電、中にいる夕張にこれを渡してくれ。使えるはずだ。」


と思ったが蛇提督は天龍を全く相手にせず、手に持ってた物を電に渡す。


電  「は、はい! えっ?こっ…これって!?」


渡された物を見た時、電だけではなくすぐそばで見ていた天龍や暁達も自分の目を疑った。

それはこの鎮守府にはもう残っていないはずの高速修復材、通称バケツであった。


蛇提督「それとこの鎮守府に保健室もあったろ?あそこのベッドを使えるようにしとけ。響の修復が終わったらそちらで寝かすんだ。医療用の道具が一通り備わっているはずだから何かあった時のためにすぐに対応させられるようにな。」


電  「は…はい…。」


蛇提督はそのまま向き直り立ち去ろうとする。

天龍は思わず蛇提督を呼び止め、


天龍 「お、おい!これ、どこで手に入れたんだ?」


蛇提督「今はそんなことを聞いてる場合ではないだろ。早くそれを響に届けて、あとは他の者も入渠させられるように手伝ってやれ。」


そう言って蛇提督はさっさと言ってしまった。


天龍 「くそっ!あいつ話をはぐらかしやがって…。」


電  「と、とにかくこれを夕張さんに届けるのです!」


バケツを持っていき、それを見た夕張も驚いていたが、理由はどうあれ響に早速使われた。

響の怪我はみるみる治り、響の顔も先ほどよりも楽な表情をするようになった。

それを見た天龍達もホッと安堵したのである。


後から龍驤達も入渠しに来たが、蛇提督がバケツを持ってきたことを聞かされ、皆が目を丸くして驚いていた。



―――21:00 執務室―――


夕張 「えっ?明日の予定は無しですか?」


蛇提督「ああ。全員休息の日とする。まあ、毎日訓練が出来るほどの資材があるわけでもないし、次に出撃するメンバーを考えるのと、書類仕事をメインにしようと思う。」


夕張 「そうですか…。」


蛇提督「それと今日の出撃の戦果報告と詳細だ。聞きたい事はいくつかあるからな。」


夕張 「わかりました。龍驤さんにその旨を伝えときます。」


蛇提督「今日はもう休んでいい。」


夕張 「えっ?でもまだ就寝時間ではないですが?」


蛇提督「構わん。私が疲れただけだ。夕張も早めに休んでおけ。」


夕張 「わ…わかりました…。」

夕張「(本当は高速修復材をなぜ持ってたか聞きたかったところだけど、なんか聞きづらい雰囲気だし、明日にしよう。)」


夕張 「では私はこれで…。お休みなさい。」


蛇提督「ああ。」


夕張は執務室を出て行った。

だが夕張が執務室から出て行ったのを後ろから見ていた者がいた。

その者は夕張が戻ってこないか、他に人がいないか確認して、執務室のドアの前に立つ。



コンコンコン


蛇提督「誰だ?」


扶桑 「扶桑です…。」


蛇提督「扶桑か。入れ。」


扶桑が部屋に入り蛇提督の前までやってきた。

その表情は何やら暗い感じである。


蛇提督「どうした?私に何か用か?」


扶桑 「提督…折り入ってお願いがございます…。」


蛇提督「何だ?」


扶桑 「私を…解体して下さい。」


蛇提督「ほう…。解体か。」


扶桑 「はい…。」


蛇提督「もう戦う気力が失せたと?」


扶桑 「…。」


扶桑は俯いたまま話そうとはしない。


蛇提督「だが今は解体するのにも少々手間でね。今の海軍の現状のこともあり、勝手に解体する事はできない。大本営に解体申請書を発行してもらわねばならない。今からしても明後日の朝になってしまうだろう。」


扶桑 「そうですか…。それでも構いません。」


蛇提督「だが良いのか?私が着任する時にも話したと思うが、解体になるとは限らないのだぞ?お前を別の用途で使おうとするかもしれない。それもとても屈辱的な扱いをな。」


扶桑 「それでも私がここにいるよりはマシでしょう…。」


蛇提督「…。」


蛇提督は扶桑の顔をじっと見た。

俯いたままそれ以上何も話す気配がないので、蛇提督は話を続ける。


蛇提督「そうか。申請書の発行を頼んでおく。申請書が来た時にまた呼ぶ。本人のサインが必要だからな。」


扶桑 「はい…。ありがとうございます…。」


扶桑は軽く会釈する。


蛇提督「明日はちょうど艦娘全員休みということにしてある。本当に解体するのかもう一度考え直すか、仲間に別れを告げる日にでもするのだな。」


扶桑 「その…できれば私が解体を希望した事を他の人に伝えないで頂けないでしょうか…? 特に…山城には…。」


蛇提督「何か理由があるのか?」


扶桑 「他の子達もそうですが…特に山城は私が解体されると聞いたら絶対に止めてくるでしょう。自分が代わりになるとか…最悪、前と同じ事をしかねません。そうすれば提督の身も危険となります。」


蛇提督「そのような事態になるとわかっているにも関わらず、それでも自分の解体を希望するのか?」


扶桑 「私は…。」


扶桑が何かを言いかけたが、また俯いてしまい口を閉じてしまう。


蛇提督「わかった。私からはこれ以上特に無い。そちらにまだ用があるのなら聞くが?」


扶桑 「いえ…もうございません…。それではお暇させて頂きます。」


蛇提督「ああ。」


扶桑は軽く会釈し部屋を出て行った。

蛇提督はその後ろ姿を、扶桑が部屋を出て行き見えなくなっても、そちらの方に視線を置いたまま手を組んで考え事をしているようだった。



―――23:00 保健室―――


修復が終わった響を保健室のベッドで寝かせ、そのままそばを離れずに見守っていた暁と電、雷はそのまま眠ってしまっていた。


電 「(う…うん?)」


電が自分のそばで何やら気配を感じて、寝ぼけながら目を覚ます。


電  「(し…れい…かん?)」


うっすら開けた視界で見たものは、蛇提督が暁達を起こさないようにしながら、響の様子を窺っていた。

電が起きていることには気付いてないようだった。


蛇提督「…。」


響の様子見が終わったのか、今度は暁達を見回し始めた。

電はバレないように目を閉じる。

その後、蛇提督が保健室の出入口とは違う方向に歩き始めた。

足音から察するに他のベッドや毛布を置いてた場所のようだが…。

コツコツ

その時廊下の方から誰かが来る足音が聞こえた。

蛇提督はそれに気付いたのか、自分の足音を最小限に立てないようにしながら急いで動く足音が電の耳では微かに聞こえた。


ガラガラガラ


誰かが保健室に入ってきた。


??? 「ったく…こいつら…。」


声からして天龍のようだ。心配して見にきたのだろう。

電はまだ寝ているフリをする。

天龍は先ほど蛇提督が行った方向と同じ方向に歩き始めた。

蛇提督がいることがバレてしまうかと思ったが、天龍は気づかなかったようで、持ってきた毛布を暁達にかけてやった。

暁達を起こすことなく天龍は保健室を出て行った。

足音も遠ざかり聞こえなくなった頃、部屋の隅でゴソゴソと動く音が聞こえた。

蛇提督が隠れていた所から出てきたのだろう。

蛇提督もそのまま音を立てないように部屋を出て行った。


電 「(司令官も響ちゃんが心配で見にきたのでしょうか…?)」


まだぼんやりとした意識の中で電はそんな事を考えながら、再び寝てしまうのだった。



―――翌日 10:00 執務室―――


蛇提督「そうか。そのようなことがあったか…。」


昨日の戦果報告をするために龍驤と龍田が来ていた。

他にも秘書艦の夕張と話を聞くために古鷹や天龍も来ていた。


龍驤 「危ないところではあったやけど、扶桑のおかげでなんとか切り抜ける事ができたんや。」


龍田 「でもぉ、提督の余計な戦いはするなという指示のおかげで、あのような事態を招いたと思うのですよねぇ。」


龍驤 「お…おい…。それはウチの判断ミスということでって言ったやろ…?」


龍田 「でもそれが、判断を鈍らせる要因になったとも言えるわぁ。その辺りのこと提督はどのように思っているのですかぁ?」


挑戦的に蛇提督に聞く龍田。緊張の時間が流れる。


蛇提督「龍田の言う通りだろう。龍驤や共に出撃した艦娘には重い荷を背負わせたと思っている。」


龍田 「ではお認めになるのですかぁ?」


蛇提督「だが現状を考えた上での決定だった。作戦の主旨を忘れさせないようにするためのものだったこともある。…それに、たとえ困難な任務であってもそれを成し遂げるのが艦娘というものではないのか?現に今回、それをしっかりお前達は成して無事に帰投したのだからな。」


龍田 「…。」


上手い事を言われ、自分の失態を誤魔化されたような感じもするが、ここで争い事にしても自分達には利がないので、龍田はそれ以上追及しなかった。


それに今回の事で、咎められる事が無かったのが意外だった。

響の大破はこちらの油断があったこと、今ではかなり貴重な高速修復材を使わせてしまったこと、予定の航路を全て通れずに任務の途中で帰投したこと。

こちらの非を責めようと思えば、いくらだってあるだろうにこの男は一切触れようとはしない。

前任の提督の時は、何もかもこちらの責任だとわめき散らしていたのに…。

前の古鷹の一件の時もそうだが、この男が一体何を考えてるのか分からなくなる時がある。


龍驤 「それに悪いことだらけやない。司令官の指示のおかげでわかったこともある。」


夕張 「何ですか?」


龍驤 「あの時の駆逐級三隻の動きや。あれは明らかに誰かによって統率された動きや。」


古鷹 「誰かの命令で動いていたということですか?」


龍驤 「そうや。あんな動き、以前の駆逐級ではまずやらない動きや。あんな良いタイミングで挟み撃ちに持ち込んだり、ル級達の方もその前提で動かなければ、ああはならんかったやろ。」



その時、古鷹の脳裏に鮮明に思い出す、あいつの冷酷な笑み。

空母棲鬼の仕業ではないかと、古鷹は思った。


蛇提督「ここにいる者たちに一つ聞きたい事があるのだが。」


龍驤 「な…何や?」


蛇提督「扶桑と山城についてのことだが…。」



―――15:00 保健室―――


目を開ければ、見慣れない白い天井がそこにあった。

いや、覚えはある。保健室の天井だ。

響は目を覚ました。自分がいつもと違う部屋で寝ていたことに気づく。

どうしてここにいるのかわからない。

布団の端っこで重みを感じるので起き上がってそちらに目をやると、暁達が寝ていた。

まるで自分が看病されていたようだ。そう思った瞬間、意識を失う前の記憶が蘇ってきた。

そう…魚雷が来ていたことに気づいて…とっさに扶桑を庇って…。

体に大きな衝撃が走った途端、目の前が真っ暗になったのが最後で…。


電  「あっ!響ちゃん、気がついたのですね。」


電がいつのまにか目を覚ましていた。


雷  「うう……あっ!響!起き上がって大丈夫なの?」


電の声に起こされるように雷も起きた。


暁  「zzz……。」


暁は涎を垂らしてまだ寝ている。


電  「痛いところはないですか?」


響  「大丈夫。」


雷  「ホントに?あれだけの大怪我だったのよ?頭が痛いとかない?」


響  「そんなに酷いもんだったのかい?」


電  「はい…。帰投した時は酷い怪我で、意識もほとんど無くて…。高速修復材を使った方がいい状況だったのです。」


響  「でも高速修復材は無かったはずだよね?それなら、あれから随分と日にちが経っているのかい?」


電  「いえ…一晩寝てただけですよ。」


響  「? それならどうして?」


雷  「実はね…。」


雷は蛇提督が高速修復材を持ってきて、響に使わせた事を教えた。


響  「そうだったのか…。」


電  「高速修復材は今ではかなりの貴重品なのです。駆逐艦の私達に使われることなんて、もう無かったのに…。あの司令官は使えと言いました。喜んでいいのか…、謝るべきなのか…。」


響  「…。」


駆逐艦は損害を受けても、他の艦種より修復する為の資材や資源の消費が少なく修復時間も短い。

高速修復材を使うなんていうもったいない事は絶対にしない。

だからこそ前任の提督の時は私達を毎日遠征に行かせ、私達より修復に使う消費が多い天龍や龍田を守りながら資材資源の調達をしていた。

でも時々、入渠させてもらえるだけ、まだありがたい方だった。

それこそまだ資材資源に余裕があり、ドロップ艦も見受けられた頃は鎮守府の数がどんどん増え始め、いろいろな提督がいた頃。

実力と戦果主義、そして提督同士で功を争う風潮が現れ始め、駆逐艦や潜水艦を沈むまで囮にして、海域の攻略や任務の遂行を優先させた戦い方が蔓延した。

いわゆる捨て艦戦法なんて呼ばれ方をしていたが、樹実提督や小豆提督が台頭してた頃は、その流れも抑制されていた。


暁  「ふ、ふわぁ〜。 あっ、響! 起きていたのね!」


暁がやっと起きた。雷と電は呆れた顔をして


雷  「ちょっと!起きるの遅いわよ!」


暁  「しょ…しょうがないじゃなーい!」


電  「ふ…二人ともここで騒いでは…。」アセアセ


ガラガラガラ


保健室の部屋のドアが開いた音がしたので、誰が来たのかとそちらの方に目をやると、


蛇提督「気がついていたか。」


意外な人物の来訪に先ほどの騒ぎが嘘のように暁と雷、電は固まってしまう。


蛇提督「お前達、あんまり騒いで響の体に障ったらどうする?」


電  「あ…あの…響ちゃんを心配して見に来てくれたのですか…?」


昨日の夜中に蛇提督が来ていた事を思い出しながら電は恐る恐る聞いてみる。


蛇提督「心配というほどではない。修復材も使ったからな。治ってもらわなくては困るだけだ。」


響  「(ああ…この司令官もか…。)」


蛇提督「それと扶桑を庇ったそうだな。見事な働きだったと言っておこう。」


暁姉妹「…。」


響達は察した。この司令官も駆逐艦を盾にして使うタイプだと。

前任の司令官と変わらない。


響  「ご…ごめんなさい…。」


蛇提督「何がだ?」


響  「修復材を使わせてしまったこと…です。」


普段の響は誰に対してもあまり敬語を使わない。

だがこの司令官相手には敬語を使った方がいいと、とっさに敬語に切り替える。


蛇提督「いざという時のために持っていたものだ。気にすることはない。」


響  「でも本当は大規模作戦の時に使いたかったものですよね?」


蛇提督「本当はそうだな。」


響  「でも私は駆逐艦だから、戦艦である扶桑を守りました。修復材を使わせてしまったことの代わりにはならないかもしれませんが、許して下さい。」


こうやって従順の意を示せば、大抵はやり過ごせる。

波風を立たせてしまうと、他の子にも悪い影響がいってしまう。

前任の司令官の時もそうしてきた。

天龍や龍田、姉さん達を守るために…。


暁 「…。」

電 「(響ちゃん…。)」

雷 「…。」


3人はわかっていた。

前任の提督をなだめる時に使っていた方法を響はしていることを。

そうやっていつも落ち着いている響に助けられてきてしまったことを…。


蛇提督「何か勘違いしていないか?」


響  「え?」


蛇提督「俺が褒めたのは自分の身を顧みずに仲間を庇ったということだ。」


響  「え…えっと…。」


蛇提督「それに駆逐艦が盾になると言うのは前任の提督の教えか?俺は言った覚えはないし、作戦の内容を伝えた時もそんな風に伝えたか?」


響  「い…いえ…。」


蛇提督「前任がどうであれ、今は俺の考えに従ってもらう。」


蛇提督がいつもより少し強い口調で感情をあらわにして話す。

その勢いに暁姉妹達は呆気に取られていた。

蛇提督はその姿を見て、ハッと我にかえって


蛇提督「……すまない。少し感情的になってしまった。」


響  「いえ…大丈夫です…。」


自分が思っていたことと違ったことが起きたので思考がストップしながら

条件反射のように答える響。


暁  「(はぁ〜びっくりした〜。それにしても…)」

雷  「(司令官が怒ったのって盾になるということなのかな…?)」


蛇提督「盾になったところで艦娘といえど命がいくつあっても足りんだろ。そんな事を考える前に、大破しないよういかに戦うかだけ考えてればいい。」


電  「(遠回しに自分の命は大事にしろって言ってるような気がするのです…。)」


蛇提督「とにかく響はもう少し休んでおけ。」


響  「はい…。」


蛇提督「それと話が変わるのだが…」


暁姉妹「?」


蛇提督「扶桑と山城についてだが……。」



―――17:00 扶桑と山城の部屋―――


山城 「姉様、夕食のお時間ですが今回も食事を取りに行ってまいりましょうか?」


扶桑 「ええ…お願い…。今日はずっと調子が良くないの…。」


山城 「…きっと昨日の出撃でまだ疲れが残ってるのですよ。無理は禁物です。」


扶桑 「ありがとう…。ここで横になってるわ。」


山城 「はい。では取りに行ってまいります。」


山城は部屋を出て行った。

それを見送った扶桑は布団に潜り込んだ。


扶桑 「(ごめんなさい…山城。明日か明後日か、私はいなくなる。もうここにはいられないの。)」


扶桑 「(思えば山城にはいつも心配をかけてしまったわね…。)」


今からもう3年前になるのね。

私達が姉妹一緒に建造され、共に同じ鎮守府に配属されることになった。

とても嬉しかった。

普通はどちらか一方が先に建造されるかドロップで出会うかなどで、

ほぼ同時期にというのは、わずかな確率、奇跡でも起きない限りはなかなかそうはならない。

でもそれが叶った。

同じ時、同じ場所で共に過ごせると思っただけで、

山城の笑顔を見るだけで、胸が温かくなった。


聞けば、今、海軍は窮地に立たされてるようだった。

これから行く鎮守府には戦艦は私達しかいないという事だ。


それなら山城、私達が活躍して鎮守府を支えて行きましょう!

そんな事も言ったような気がする。


横須賀鎮守府の提督と艦娘の仲間達は温かく迎えてくれた。

その時から贅沢なんて、とてもできない状況だったけど、

それでも山城と、皆といるだけで楽しかった。


けど、現実はそう甘くなかった。

最初は良かったけど2回目、3回目と出撃したとき、

大した戦果を上げられず、そればかりか余計な被弾を被るようになり、

傷だらけの私や山城を見た提督は回数を重ねるごとに顔色が変わり、

いつしかほとんど出撃させてもらえず、他の子達が出撃するのを見送る側になってしまった。


ある時、山城は言ったわ。

山城 『提督に出撃してもらえるように言ってみましょう!』


山城、あなたは他の子達が出撃する時の、それを見送る私の顔を見てそう思ったのよね。

本来なら姉である私が言うべきだったのに…。

私が提督の顔色を気にして言い出せないのを、気にしてくれていたのね。

私の背中を押そうとしてくれたのよね…。


勇気を振り絞って、提督の所へ。

提督に、私の口から「出撃させてほしい」と伝えた。

やっと言えた。

山城が背中を押してくれたから、隣にいてくれたから。


だけど、提督は最初の頃に見せた優しい笑顔が嘘のように…、


前任提督『ダメだ。』


扶桑 『ど…どうしてですか? 次こそは必ずお役に…。』


前任提督『お前達を出せば、せっかく集めた資源や資材がパーになるのだよ。』


扶桑 『私の被弾が原因でしたら、今度はしないように…。』


前任提督『次はしないという保証がどこにあるのかね?』


山城 『低速の戦艦なら、多少の被弾は致し方ないのでは…?』


前任提督『多少だと! お前達を出撃させるだけでも、かなりの資源と弾薬を使わすのに、さらに修理の分でどれだけ使っていると思ってるのかね?』


山城 『くっ…。』


そう…。それは戦艦などの大型艦ならどうしても付きまとう問題。

とても言い返すことはできない。


前任提督『それにお前達は、噂通りの不幸艦だったな。』


扶桑 山城 『…!』


それは私達にとって、他人から聞きたくない言葉だった。

確かにその言葉は、私達が建造された時から、自分の心の中でずっと気にしてやまないもの。

山城がいつも「不幸だわ」と口ずさむのもそれがあるから。

私は口に出さずも、心の中に得体の知れない憂いがあって拭いきれない。

いつ誰が言ったかわからないその言葉は、

私達「扶桑型」姉妹に生まれた時から背負ってる、ある意味宿命のようなもの。


だけど、あの時…。

私達が共に建造された時、きっとその『不幸』も振り払えると、

この鎮守府に来て提督と皆と出会って、きっと幸せになれるとそう信じたのに…。


前任提督『お前達が来てからというもの、資材は集まらんし戦果は上がらんし…。』


山城 『そ…それは私達とどういう関係が!』


前任提督『それにだ。…お前達は建造された時から不幸だったのさ。』


扶桑 『え…?』


耳を疑う言葉だった。


前任提督『海軍は残り猶予がない資材と資源をなんとか捻出して、失った正規空母を建造しようとしたのさ。予定では二隻な。』


山城 『そ…それって…。』


前任提督『妖精の気まぐれで建造されるとはいえ、だいたい決まった資源と資材を投入する事で、狙った艦種が建造されることはわかっていた。』


やだ…。これ以上は聞きたくない…。


前任提督『だがどういうわけか、建造されて蓋を開けてみればお前達だった。』


扶桑 『っ!!』


前任提督「そうさ。失敗したのさ。あろうことか『不幸艦』が建造された。これを皮肉としてなんと言うんだ。」


扶桑 『う…あぁ…。』


私は頭が痛くなりそうだった。

変な声が出て、でも喉が詰まって…。


山城 『あなたはっ!!』


前任提督『おっと、だがそれを引き取ってやったのは誰のおかげだと思ってる?

元帥の指令でやむなく引き取ることにしたが、あの時お前達を引き取ろうとする鎮守府なんて無かったんだ。』


山城 『っ!』


前任提督『むしろ私には感謝するべきだろうね。解体させずにここにいさせてもらってるのだから。』


山城 『くっ! あなたって人は!』


扶桑 『すみません…。気分が優れないので…失礼致します…!』


山城 『あっ! お姉様!待って下さい!』


私は逃げるようにその場から立ち去った。

山城が私を心配して色々と何かを言ってくれてたけど、

ほとんど聞き取れる状態では無かった。


私が描き抱いた思いや希望が、足下から崩れさっていくような…。

全てが真っ黒に塗り潰されていくかのような…。

そう…これが………絶望というのね…。


その後、前任の司令官が、日頃の鬱憤を晴らそうとして私に迫った時も、

山城の解体の撤回を条件に受け入れようとしたわ…。

あの時の私には提督やみんなの役に立つにはそれしか無いと思ったのに…。

結局、山城や天龍さん達を危険な目に合わせてしまった。


今回の響ちゃんも同じ…。

もうこれ以上私の不幸にみんなを巻き込むわけにはいかない。

やっとみんな揃って、またこれからやり直そうとしてる時に、

私がみんなの足を引っ張るわけにはいかない…。


扶桑 「(でもせめて…山城だけはここに置いてもらえるように、提督に頼んでみましょう…。)」


コンコンコン


扶桑 「はい…。どなたでしょう?」


山城が戻ってきたのかとドア越しに尋ねる。


蛇提督「私だ。入っても大丈夫か?」


扶桑 「て…提督…! どうぞ…お入りになってください。鍵は開いております。」


布団から起き上がり、部屋に入ってきた蛇提督を正座で迎える扶桑。


扶桑 「わざわざこちらに来て…どうなされたのですか?」


蛇提督「申請書が明日の朝には届くことがはっきりしたから、それを伝えに来た。」


扶桑 「そうでしたか…。わざわざ足をお運び頂き恐縮です…。」


俯いたまま答える扶桑。


蛇提督「今日はずっと部屋で休んでるそうだな?」


扶桑 「はい…。」


息苦しい…。

喉に何かつまる感覚はあの時からずっとだ。

提督を前にすると、この症状が出てくる。


蛇提督「その調子では、まだ誰にも自分が解体されることを言っていなさそうだな。」


その時、部屋のドアの向こうでガタっと微かに音が鳴った。

蛇提督はチラッとドアの方を見る。

ドアが僅かに開いているのに蛇提督が気づいたが、そのまま見て見ぬ振りをした。

扶桑は俯いたままで音に気付いていないようだった。


蛇提督「それとも解体することにまだ迷っているのか?」


扶桑 「いえ…。そうではありません…。」


蛇提督「そうか…。」


扶桑 「提督…。厚かましいですがひとつお願いがございます。」


蛇提督「何だ?」


扶桑 「山城を…山城は何があってもここに置いていただきたいのです。」


扶桑が顔を上げて真剣な表情で蛇提督を見る。


蛇提督「なぜ、そのようなお願いをする?」


扶桑 「山城は提督に対しても、あのような失礼な態度で、口も悪いところもございますが、あの子はいざ戦いになれば、とても頼りになる子です。」


蛇提督「それで?」


扶桑 「私がいなくなった分、山城の出撃回数を増やせると思います。あの子の活躍の機会を増やしていただきたいのです。」


蛇提督「それならば、扶桑がいなくならずとも、扶桑より山城の出撃回数を増やせばいいだけなのでは?」


扶桑 「いいえ…。それではあの子は私の事を気にかけてしまい、戦いに集中できません。本当は私よりも海に出て戦いたいはずなのに…。私を心配するあまりに自分の事は後回しにして…。前任の時もそうで…。」


蛇提督「…。」


扶桑 「だからいっそのこと私がいなくなれば…。不幸が付きまとう私が一緒にいてはいけないのです…!」


蛇提督「……そうか。扶桑がそこまで言うのなら、私からは特に言うことはない。山城の事は願いが叶うように努力しよう。」


扶桑 「ご理解頂き、ありがとうございます。」


蛇提督「では明日の6:00までに執務室に来い。秘書艦の夕張には8:00に来るように言ってあるから、お前と鉢合わせしないはずだ。」


扶桑 「ご気遣いありがとうございます…。」


蛇提督「では私はこれで失礼する。」


扶桑 「はい…。」


部屋を出てドアを閉めた蛇提督は、廊下の角を一度見るがそちらとは反対の方向に歩き、その場を去っていった。

その角の影にいたのは山城だった。



―――18:00 食堂―――


食堂では扶桑以外の艦娘全員が集まって食事をしていた。

山城はドアの隙間から聞いていた蛇提督と扶桑のやり取りを他の艦娘に教えた。

その話を聞いた皆は、一時黙り込んでしまっていた。


夕張 「思えば扶桑さんが提督に作戦について質問してた辺りから変だったのよね…。」


山城 「いや、もっと前からよ。私と天龍が牢から解放されて帰ってきて、あの時から既にお姉様の様子が所々おかしいところがあったわ…。」


天龍 「あいつが扶桑に何か言って自ら解体を選ぶように唆したんじゃねえのか?」


龍田 「ありえるわねぇ。いらない子をうまく排除できるようにしたとかぁ?」


龍驤 「せやったら、どないして扶桑と山城のことをウチらに聞いたんや?」


山城 「えっ? どういうこと?」


龍驤 「昨日の戦果報告してる最中に突然聞かれたんや。扶桑と山城のことをどう思うかって?」


天龍 「あと不幸艦なんて呼ばれ方たまにされるようだが、お前達はどう思っているのかって。」


山城 「何よ…それ…。」


天龍 「聞いた時は驚いたぜ。てっきり今回のことをそのせいにするつもりなのかと思ったけどよ。」


山城 「あいつは何て?」


龍田 「聞いてみただけって言っただけよぉ。」


古鷹 「提督の意図はともかく私達は否定的なことは言いませんでした。今回のことは扶桑さんのせいではないと。決して不幸を招き寄せたなんて思っていません。」


初霜 「皆さんも提督に聞かれたのですね?」


衣笠 「『も』って初霜ちゃんも?」


初霜 「はい。同じような質問でした。」


加古 「その時私も初霜と一緒にいて聞かれたんだ。」


雷  「私達も聞かれたわ!」


電  「それも保健室にわざわざ来たのです!」


暁  「まさに大人のレディだって言ってあげたわ!」


雷  「主砲撃つ姿もかっこいいっていうのも言ったのよ!」


響  「…。」コクコク


加古 「私達も古鷹達や暁達と変わらないよ。いつも怠惰な私に優しくしてくれるし。」


初霜 「むしろ今回のことは改めて感謝を言いたいと。」


衣笠 「そうだったのね…。」


加古 「衣笠は聞かれなかったのかよ?」


衣笠 「えっ!? わ…私も聞かれたわ! 一人で廊下歩いてる時にね。」


急にビクッと反応して慌てている衣笠。


加古 「なんでそんな動揺してんのさ?」


衣笠 「そんなことないわ!」


加古 「そ…そう。それで? なんて答えたのさ?」


衣笠 「わ…私も似たようなものよ。優しいとかかっこいいとか…。」


加古 「ふぅ〜ん。」


龍驤 「山城の話でも言ってたやけど、夕張に鉢合わせしないように明日の6:00に執務室に来いって言われたんやろ? バレないようにしないといかなはずなのに、なぜ扶桑と山城のことを唐突に聞いたんやろな?」


古鷹 「それもそうですね。秘密にしておきたいのなら、私達に感づかれないようにしないといけませんから。」


龍驤 「(本当はもうひとつ気になることがあるんやけど、今は置いとくか…。)」


天龍 「にしてもよ、山城。お前がその場で聞いてたんなら真っ先に乗り込んで無理やりにでも止めようと思わなかっのか…?」


山城 「止めたかったわ!止めたかったけど…。」


一瞬声を荒げるがすぐにシュンとなってしまう山城。


山城 「姉様がそんなにも思い悩んでたなんて…私は気づくことが出来なかった。そればかりか私は姉様に、追いつめるようなことばかりしてしまったわ…。」


古鷹 「でもそれは扶桑さんのことを思って…。」


山城 「それに姉様は私のしたことに深く傷ついて、それを自分のせいだと思ってるようだったわ。そうじゃないと言いたいのに、どう言えばいいのかわからなくて…。」