2022-10-23 23:35:29 更新

概要

「蛇提督と追いつめられた鎮守府」の続き、part4です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、提督と関わる中で聞いていた人物像と違うのではと考えが変わる者も…。
彼と艦娘達の思惑が交差する中、果たして彼らの行く末は…?


前書き

*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。

それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。

・文章の記号の使い方などを若干変更。5/17


変化は形から?




横須賀鎮守府の艦娘達と蛇提督が自分たちの鎮守府へ帰ってきてから数日後、またもや事件は起きた。


古鷹 「ひゃっ!」


加古 「なっ!何なのさ!?」


なんと彼女達の体が突然、白く発光しだしたのだ。


扶桑 「まあ…これはどうしたことでしょう…」


山城 「こっ…これは!神々しい扶桑姉様がさらに神々しくっ!!」


衣笠 「な…なんか、恥ずかしい…」


龍驤 「これは…まさか…。」


発光しだしたのは、古鷹、加古、衣笠、龍驤、扶桑、山城の六人だった。



――――執務室――――


蛇提督 「改装の兆しだと?」


執務室で体が発光するわけを聞いていた蛇提督が少し驚いていた。

それについての相談役として夕張と龍驤、そして衣笠から秘書艦を引き継いだ龍田がそこにはいた。


夕張 「そうですよ!間違いありません!」


夕張が随分と熱心に蛇提督に訴える。


蛇提督「待て。扶桑と山城はともかく、他の艦娘達はとっくのとうに改装されているはずだろ?」


龍田 「あらぁ、提督は改ニをご存知無いのですかぁ?」


龍田が、これは意外、と思いながら蛇提督に聞く。


蛇提督「かいに?」


龍驤 「改装された艦娘が次なる段階へさらなる改装をすることやで」


体を発光させながら龍驤は答える。


蛇提督「ほう、そうなのか。一定の練度まで上がれば、艦娘はその成長に合わせて自然と改装されるとは聞いていたが、まだ次があったのか…」


龍驤 「司令官が知らんのも仕方あらへん。改ニはここ最近になって見つかったことやからな」


蛇提督は5年もの間、牢に入っていたのだから無理はないかもしれないと龍驤並びに他二人もそう思った。


蛇提督「改ニとは一段階目の改装とは違うことがあるのか?」


夕張 「明石の受け売りですが、艦娘自体の身体能力がさらに向上し、改装の際に新たな艤装を付ける者もいるそうです。それによって今までできなかったことができるようになったり、何かの能力が特化したりと艦娘それぞれ個体差があるそうです」


蛇提督「ほう…。それならば改装させることに越した事はないな」


龍驤 「あとそれとな、容姿もだいぶ変わるという噂もあるねん」


蛇提督「成長するから体も大きくなったりとかか?」


龍田 「まあ、そういう子もいたという話よねぇ」


龍驤 「フッフッフッ…。いよいよウチもこの幼児体型とおさらば出来る日が来たっちゅうことやな!」


龍驤は目を爛々と輝かせ胸を膨らませる。


夕張 (気にしてたんだね…。)


夕張と龍田はそんな龍驤に苦笑する。

蛇提督もそんな龍驤に心なしか戸惑いつつも、


蛇提督「……それで、改装はやれそうなのか?」


夕張 「それが…」


夕張が言うには、改装時に燃料や弾薬、鋼材を消費することは一段階目と変わらないが、その時より必要量が多いことと、まさかこれほど一挙に改装されることになるとは思ってなかったので、今の横須賀鎮守府の貯蓄量では少し出撃に響くことを話した。


夕張 「それとですね…」


蛇提督「なんだ?」


渋る夕張に構わないから話せと蛇提督が催促する。


夕張 「私…改ニの改装に携わった経験がないんですよ。妖精さんだけに任せても良いのですが、時間がかかってしまうと思うのです…」


蛇提督「他に改ニの改装に経験がある者は?」


夕張 「明石ならあるはずですよ。あの子、別の鎮守府の改ニ改装の手伝いに行ったことがあるそうです」


蛇提督「そうか…。ならばすぐに元帥に掛け合ってみよう。呉鎮守府の明石に来てもらえるか交渉して、ついでに資源の方も必要量を支給してもらえるかも聞いてみることにする」


龍田 「資源を支給してもらえるかしら?」


蛇提督「この前の戦いでの功績を考慮してもらえれば、できなくもないだろう。そもそも呉鎮守府を助けたのは、明石の協力を得るためや資源の供給を得るために、恩を売ったという狙いもあったしな」


こういうところも打算的にするのだから、抜け目がない人だと思う三人だった。


それから蛇提督は元帥に話をつけ、蛇提督の思惑通り、呉鎮守府の明石に協力を求めることと改装に必要な資源の供給を本部からしてもらえる事に成功した。


元帥からの要請により、呉鎮守府の榎原こと狐提督はそのための話を執務室で長門としているところだった。


狐「…ということだ。明石とその護衛及び資源を載せた発動艇を曳航する艦隊編成を考える」


金剛 「話は聞かせてもらったデース!!」


執務室の扉をバーンと勢いよく開けて入ってきたのは金剛だった。

そしてその後ろにちょこんと榛名もいた。


狐提督「こら!静かに入ってこんか!」


あちゃ〜と長門がため息をつきながら、金剛の行動に頭を抱える。

狐提督は行儀の悪い金剛を怒鳴り散らすが、金剛はお構いなく話を続ける。


金剛 「横須賀鎮守府に行くのなら、ワッタシが行っきまーす!」


金剛は前回での朝食会の時の事を挽回出来ずに蛇提督としばらく別れてしまうことが心惜しくてたまらなかったが、思いもよらない一大チャンスが来たと金剛は心の中で思うのだが…。


狐提督「ダメだ」


「Why?!」と驚きながら理由を聞く金剛。


狐提督「お前は何かと命令違反が多い。今回のことで横須賀鎮守府に行きたいのは別の目的があるのだろう?」


ジト…っと睨む狐提督に、金剛は図星をつかれて「OH…。そんな事はないネ〜…」と苦し紛れに否定する。


狐提督「そもそもお前はまだ謹慎の身だ。この前のこと許したわけじゃないのだからな」


フンッとこれ以上お前の話は聞かない、というように腕組みして目を金剛から逸らす。


それでも諦めきれないと体に表れている金剛を長門が横からこそりと話す。


長門 「金剛、また命令違反で横須賀鎮守府に来たとあちらの提督殿にバレてみろ。それこそお前はあの提督殿に嫌われてしまうのではないか?」


金剛 「うっ…。それは…」


最もな事を言われ、金剛も言い返せなかった。


長門 「では提督、艦隊は誰を?」


金剛が少し落ち着いたところで話を元に戻し、進める。


狐提督「明石は低速だが、足の速い艦隊で組もうと思う」


長門 「そうですか…」


ならば私も行けないな、と一瞬残念に思う長門だったが、すぐに誰が良いかを考える。


長門 「ならば、羽黒、朝潮、荒潮辺りはいかがですか?」


狐提督「うむ…。彼女達ならば任務を忠実にこなすはずだ。問題ないだろう。発動艇の曳航も問題なくできる」


長門は誰を行かせるかを考えるにおいて、まず蛇提督に対してあまり抵抗を感じてない者の中から選び、なおかつ比較的大人しいのを選べば、蛇提督に粗相をする事はないだろうと踏んだ。

それと先程挙げた三人は、蛇提督がこちらに来てからというもの、蛇提督の何かをずっと気にかけている様子だったと、足柄などから聞いていた為、今回の機会でそれが叶えばいいだろうと考えた。


長門 「翔鶴や瑞鶴は?」


狐提督「ただの輸送任務だぞ。そこまでしてやる義理はない」


やはり榎原提督も蛇提督の事を嫌っているのだろう。温情を与えるつもりもないし、また襲撃がある可能性も考えるなら、そこまで戦力は割けないかと、長門は思った。

それならばと長門は、


長門 「では…編成のバランスを考えて、北上と…こちらにいる榛名はいかがですか?」


榛名 「えっ!? 榛名が、ですか?!」


まさか自分の名が挙がるとは思っていなかったので驚く榛名。


狐提督「う〜む。榛名も本来ならば金剛と同じく謹慎の身であるが、今回の事情を考えれば適任やもしれん」


金剛 「私ではダメで、榛名はいいのデスか?!」


狐提督「お前よりはマシだ」


矛盾してないか、と抗議したかったが、狐提督に一蹴されて顔を膨らませて怒り顔の金剛。

その金剛にまたもや長門が横からこそりと話す。


長門 「金剛、榛名を代わりに行かせてやって、あの提督殿が金剛のことをどう思っているのか聞いてきてもらうのはどうだ?…朝食会のことでまだお前を嫌っていたら、無理に会おうとすれば逆効果だ。まずは提督殿の様子を見てきてもらうのが良いと思うが?」


金剛 「う〜ん…それも一理あるのデース…」


長門の意見に金剛が頷く。

許してもらっていればガンガン攻めたいとこだが、あの時のことで関わりたくないと思われているのなら、攻めれば逆効果となってしまう。何か別の策を考える必要があると、金剛は思った。


榛名 「ですが…金剛お姉様を差し置いて会いに行くなど…」


長門の意見を一緒に聞いていた榛名は遠慮がちだった。


それを聞いた金剛はハッと何かを閃くように榛名に言う。


金剛 「榛名!私の代わりに行ってくださーい」


金剛に改めて言われても榛名は依然として行く気になれないようだった。


金剛 「榛名、気になる人がいるなら勇気出して話しかけてみるネ!」


ウインクしながら人差し指を立てて榛名に言う。

まるで、「榛名のことは全部わかっているのデース!」と言ってるようだった。


榛名 「ふえっ!?べ、別に、そんなんじゃありません!」


急な話に榛名はあたふたして顔を赤くする。


金剛 「OH!榛名はそういう風に自分の気持ちに蓋をしてしまうところが良くないネ〜」


榛名 「そ…それは…」


自分でも自覚がないわけではないので、言い返すことが出来ない。


金剛 「私は榛名にも幸せになってほしいと思っているのデース!その為には榛名にもバーニングラヴが必要なのでありまーす!」


榛名 「お姉様…」


金剛の思いにうるっと来たのか、榛名はしばらく感慨に耽っていた。そして気を取り直したのか、


榛名 「はい!榛名、行って参ります!」


と、快く引き受けるのだった。


狐提督「…話は終わったか?」


完全に蚊帳の外にされていた狐提督は項垂れるように待ちくたびれていた。


榛名がその場で任務を承り、任務の内容と出撃する日取りを聞き終わった後、執務室を金剛や長門と共に出ていく。だが、その後ろ姿を見送る者が一人いた。


青葉 「ふむふむ、これは面白くなりそうですね。私も早速、準備を…」


狐提督「フン、やはりそこにいたか。」


青葉 「ほわっ!?」


出撃にこっそり自分もついて行こうかと画策していた青葉だったが、執務室の扉の隙間から覗いてきた狐提督に見つかってしまう。


青葉 「えっと…何か御用でしょうか…?」


狐提督「お前にちょうど話しておきたいことがあるんだ。執務室に入れ」


青葉 「は…はぁ…」


はて?一体なんの話だろう、と思いながら青葉は狐提督に言われるがまま執務室へと入っていった。



そして出撃当日…。


榛名「榛名!いざ、出撃します!」


明石「皆さん、よろしくお願いします!」


榛名をはじめとした輸送艦隊が横須賀鎮守府を目指して出撃する。


朝潮 (司令官と話せる機会が恵んで来るとは…。長門さんには感謝しきれません。)


朝潮は蛇提督に会いに行けることに、真面目な顔付きの裏側では心躍らせていた。


北上「まさかこんなに早くあの提督に会える日が来るとは思ってなかったよ~。楽しみだな~」


荒潮「でもよく一人で来れたわね~?」


北上「ん?」


羽黒「あの大井さんが許してくれると思わなかったのですが…」


北上「ああーそれね〜。大井っちには内緒で来ちゃった」


羽黒「えっ!?」


北上「だって大井っちに言うと、ダメダメってうるさく言ってくると思ったからさ〜」


羽黒 (今頃、荒れてるでしょうね…)


案の定、呉鎮守府では北上も横須賀鎮守府へ任務で行ってしまった事に気付いた大井が悲鳴を上げていた。


大井「きたかみさーーーん!!」


大井も行こうとするのを皆で必死に止めるのに苦労した話はまた別の話…。


朝潮 「向こうにはどのくらいいるのですか?」


明石 「私が向こうの改装の手伝いと向こうの提督に依頼されたことをしたりと、やることがそれなりに多いので、短くて五日、長くて一週間くらいになると思います!」


朝潮はそれだけの時間があるのならば、きっと話が出来ると考えていた。


青葉 「待ってくださーい!」


誰かの声かと皆が後ろを振り向くと青葉が後ろから追いかけてきた。


羽黒 「青葉さん!?どうかしたんですか?」


青葉は急いできたためか、荒い息を整えながら、羽黒の質問に答える。


青葉 「私も同行させてください」


朝潮 「青葉さんも護衛任務に?それとも別の何かの任務ですか?」


そんな事は榛名や狐提督から聞いてないはずだと、朝潮は思いながら青葉に尋ねる。


青葉 「あ、まだ皆さんには伝えてなかったですね。実は……」




――――横須賀鎮守府 執務室――――


呉鎮守府を出発した榛名達一行は昼過ぎに無事、横須賀鎮守府に到着していた。

龍田達に案内され、執務室で蛇提督にお目通りする。


衣笠 「えっ!?青葉がこっちの配属になったの?!」


ここにきて急な知らせを蛇提督が言うものだから、その場にいた横須賀鎮守府の艦娘達は驚いていた。


羽黒 「私達も出撃する時に初めて聞きましたから…。今でも驚いています…」


龍田 「急な話ねぇ?」


蛇提督「無理もない。二時間ほど前に届いた書類の束の中にその連絡書が入っていたからな」


青葉 「ども、恐縮です!もうご存知だと思いますが青葉です!提督から何か一言ございますか?」


蛇提督「…結果的に、一気に三人も新しく配属されたわけだが、元帥の命令ならば仕方ない」


と、やれやれ…という感じで蛇提督は青葉の言葉に返答する。


青葉 「ということで、これからお世話になります!」


ニシシっと笑いながら敬礼する青葉。


加古 「でも、また青葉と一緒に戦えるんだから嬉しいよ!樹実(たつみ)提督以来だよね!」


古鷹 「うん!私も嬉しい!」


青葉、衣笠、古鷹、加古の四人はキャッキャと騒ぎ始めるが、


蛇提督「…喜ぶなら後にしろ」


と言われて、ピシッと直立不動の姿勢に戻る。


明石 「では、提督。早速、改装の手伝いからさせて頂きますね!」


夕張 「所要時間の方は分かり次第お伝えします」


蛇提督「ああ、頼む」


蛇提督が龍田に、呉鎮守府の艦娘達が滞在出来るように用意した部屋に案内させるように指示すると、艦娘達一同は一度執務室を退室する。


退室する際、榛名、羽黒、朝潮、荒潮が蛇提督に何か話したそうな顔を一瞬見せるが、その場を大人しく出て行く姿を龍田は見ていた。



――――工廠――――


青葉は一人、持参したインスタントカメラを片手に工廠の中を歩き回っていた。

狙いはもちろん今、改装している艦娘達の取材だった。

これほど一斉に改装する例は少なく、さらに四隻も一斉に改二への改装となれば、他に例を見ない一件だった。青葉にとってこれほどのネタに遭遇する事はなく、自分は運が良いと思うしかないと青葉は胸を躍らせる。


青葉 (狐提督に依頼されたこともですが、今はこちらが優先事項です。)


愛しの我が妹、ガサの部屋はここかな〜と改装部屋の一室に入る。


衣笠 「ちょ…改装するところ見ないでよね!」


衣笠は下着姿で、青葉が来たとわかった途端、そばにあった布で恥ずかしいところを隠す。


青葉 「何を言ってるんですか!大事な妹の一生に一度のこの機会を見逃すわけないじゃないですか!」


と、早速インスタントカメラで衣笠の写真を撮ろうとする。


衣笠 「青葉なら来ると思ってたけど、やっぱり恥ずかしいからやめて!」


青葉 「いいじゃないですか、いいじゃないですか〜」


背も少し高くなって胸も大きくなったのでは〜と青葉があらゆる角度から撮ろうとするので、衣笠は防御に必死だった。


青葉 「お?髪型変えるんですね〜。そっちだと少し大人っぽくなって良いですね〜」


衣笠 「え?そう…?」


髪を撫でながら少し頬を赤くする。


青葉 「そうですそうです!なので、ガサの変化と成長をこの写真に納めねば…!」


と、明らかに髪以外も撮ろうとしてる青葉だった。

だが衣笠が自分の髪を気にして近くにあった大きな鏡で自分を見ると何やら不安げな表情をするのを見て、一旦写真はやめて衣笠に問いかける。


青葉 「どうかしたんですか?」


衣笠 「うん…」


煮え切らない返事で衣笠がそれ以上何も答えないので、青葉は「髪型を変えると良くないことがあるのですか?」と尋ねる。


衣笠 「そうじゃないんだけど…。ただ…提督がどう思うかなってね…」


青葉 「提督は髪型にも厳しいんですか?」


衣笠 「ううん…。戦いや士気に悪い影響が無ければなんでもいいって前に言ってくれてたんだけどさ…。」


青葉 「それなら心配する必要ないんじゃないですか?」


衣笠 「そうだけど…なんか気になっちゃうんだよね…」


それってまさか…いやいやそんなはずは無いだろう。

仮にそうであったとして、相手は何を考えてるかわからない犯罪者だぞ?

そういえば、ガサが蛇提督に対しての考え方が変わったような事を言ってた気がしたけど、何があったかはまだ詳しく聞いてない。

それでもわざわざ自ら蛇の毒牙にかかりに行くような事を妹にさせるわけにいかない。

これは狐提督に依頼されたことも早急に進めないと…。


青葉は、まだ鏡と睨めっこしてる衣笠を見ながら心の中でそう考えるのだった。



――――榛名、北上の部屋――――


北上 「なんか、暇だねぇ〜」


榛名 「はい…」


北上は部屋の椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら言う。

それに答える榛名は、何か他に考え事をしているのか、先程から俯いたままだった。


北上 「着いたばっかりだから休んでていいって言われたけどさ。ここまで大した会敵が無かったから正直疲れてないんだよね〜」


いつも怠そうな口調の彼女から「疲れてない」と言われても、説得力が無いような話だったが、かなり退屈そうにしている北上を見てそうなんだなと榛名はなんとなく思っていた。


北上 「榛名もあの提督に話があって、この任務を引き受けたんだよね?」


榛名 「えっ!?」


何の脈絡も無く、核心をつくような話を振ってくるのだから、榛名の心も不意打ちされるようにドキッとする。


北上 「きっとこの前の朝食会の時の事だよね?まだ怒ってるのか気になってるんでしょ?」


まさにその通りだった。


榛名 「先程の提督、まともに私達と目を合わせようとしませんでしたから…」


先程の執務室でのことだった。

到着してから執務室で蛇提督に迎え入れられるが、「護衛任務ご苦労」という一言言った時に榛名達と少し目を合わしただけで、今後の事などを話した時は、明石を見るか秘書艦の龍田か夕張ぐらいで、あとは目の前の書類に目を落としてるだけと、まともにこちらに目を合わせようとしてないことを感じ取っていた。


榛名 「やはり私の事も嫌ってるのでしょうか…」


そう思ったらなんだか怖くなってきてしまった。

さらに、金剛姉様に大事な任務を引き受けたのに出来そうにない自分を責めてしまい気持ちは落ち込む一方だった。


北上 「そんなの聞いてみなきゃわからないよ〜」


北上にそう言われても、そうすぐさま思えない榛名だったが、北上はそんな榛名の様子を見て急に椅子から立ち上がる。


北上 「うん、決めた。今から提督の所に行こう」


驚く榛名に構わず、北上は一人でも行こうとする。


榛名 「で…ですが、私達がいきなり押しかけては迷惑かと…」


と北上の考えを改めさせるような意見を言ってはみるものの、


北上 「暇だから何か仕事ちょうだいって言えば、大丈夫さ」


と、北上が言うものだから、榛名はそれ以上止めはせず、そのまま見送ろうとしていた。


北上 「榛名も行かないの?」


榛名 「わ…私は…」


榛名は心の中で揺らいでいた。

だからこそ「行かない」と言う言葉がすぐには出てこなかった。


北上 「私ってあんまり人から強要されるのって好きじゃないから、自分から他の人にもしないんだけどさ…」


そう話を切り出した北上は、なぜだか背中を向けたままその表情を見せない。


北上 「時間が経ったあとで、今度は何にもしなかったことに後悔して自分を責めるようになったら遅いからさ。たとえ結果が失敗になるとわかっていても、なんでもやってみた方がマシなのかなって思うんだ…」


そしてようやく榛名の方に振り向く。


北上 「ま、怖いんだったら無理にとは言わないけどね〜」


と、またいつもの怠そうな口調に戻る北上だった。


榛名はそんな北上を見て、何か考え事をするように視線を落とす。


榛名 「わ…私も、ご一緒します…!」


北上は榛名の返事を聞いて、「そっか」と軽く微笑むのだった。



榛名と北上が部屋を出ると、隣の部屋にいた羽黒と朝潮、荒潮も部屋から出てきたところだった。


羽黒 「あ、お二人はどちらへ?」


北上 「提督の所へ行くつもりだよ」


朝潮 「奇遇ですね。私達も司令官の所へ行こうと思ってたところです」


北上 「そっかぁ。じゃあ行きますか〜」


北上はあえて三人にその理由を聞かず、共に執務室へと行くのだった。



――――執務室――――


龍田 「改装は明日の08:00までには全て完了すると、夕張から連絡があったわぁ」


蛇提督「わかった。…思いの外かかるようだな」


新装備もだが、服が変わったり身につけている物も変わったりするものだから、それに必要な資材や資源を用意したりとしていると、時間がかかるものだと龍田は言う。


龍田 「女の子がおめかしする時、時間がかかるでしょぉ?そういうのと一緒なのよぉ」


蛇提督「そ…そうか」


龍田のその発言が蛇提督にとって「思いの外」だったようで、一瞬戸惑ったように見えたのだった。


コンコンコン


執務室の扉からノック音が聞こえる。


蛇提督「誰だ?」


北上 「北上とその他一同だよ〜」


「その他一同?」と思いながら、蛇提督は彼女達に入室の許可をすると、北上達が揃って入ってきた。


蛇提督「揃いに揃って、一体どうした?」


北上 「なんか退屈でさ〜。私達に出来ることないか聞きに来たんだ〜」


蛇提督は「それは配慮が足りなかった」と言い、龍田にここの鎮守府の中を案内させてやれと命じようとするが、北上がそれを断る。


北上 「そうじゃなくて、提督の手伝いをしたいのさ」


蛇提督「手伝いだと?だが今やってるのは書類仕事だけで…」


龍田 「いいんじゃなあ〜い?」


龍田が北上と蛇提督の会話に割り入るように話し始める。


龍田 「向こうに行って、だいぶ溜まってしまった書類を片付けるならその方が良いわぁ。書類の整理や押印をお願いすれば、この仕事も早く終わらせられるんじゃない?」


彼女達が蛇提督に近づく口実としてそうしたいと言ってきてるのだなと察しながら、彼女達を後押しする発言をする。


蛇提督「…わかった。ならば手伝ってもらおう」


それからというもの、皆で分担して仕事を始める。

時々、蛇提督と艦娘達の会話はあったが、「この書類はどちらか」とか「ここの部分はどう書くのか」などの仕事の話だけだった。

だが、艦娘達はそれぞれが抱く思惑を秘めながら、蛇提督を観察するのであった。


そんな時、執務室の扉からノック音が聞こえてきた。

蛇提督が「まだ誰か来るのか」と心の中で呆れつつも、誰かと問えば大和だった。

大和は蛇提督に入室許可の合図をもらい部屋に入ってくるが、部屋を見るなりたくさんの艦娘達がいて驚いていた。


蛇提督「どうした?」


大和 「…あ、ほうじ茶をお持ちしました」


間宮さんの代わりに持ってきたと大和は言いながら、蛇提督のそばまで近寄り、おぼんに乗せた急須と、龍田の分も合わせた二つの湯呑みにほうじ茶を入れる。


大和 「ですが…まさかこれほどの人達が手伝ってるとは思ってませんでした」


北上 「退屈だったからね〜」


朝潮 「待ってるだけでは、落ち着いていられませんでした」


大和 「そうでしたか。実は私もお茶をお持ちするついでに、何かお手伝いをと思ってましたが…」


龍田 「さすがに、人手が足りてるかなぁ〜」


大和 「そうですよね…」


残念そうな顔をする大和を見て、荒潮が気になって質問する。


荒潮 「お手伝いをしたかったの〜?」


大和 「はい…。ここに来てから皆さんにお世話になりっぱなしで、仕事らしい仕事をさせてもらっていませんので…」


北上 「その方が楽ちんでいいんじゃないかな〜?」


大和 「元帥の所でお世話になっている時も、元帥のお仕事をお手伝いするというのが条件で過ごしてましたので、やはり何もしないでいると…」


羽黒 「あ、わかります。なんだか迷惑をかけてばかりいるような気がしますよね」


そのやり取りを黙って聞いていた蛇提督が口を開く。


蛇提督「今はやることないが、明日は資材集めに出る。今朝、例の物も届いた事だしな」


大和 「例の物…と言いますと?」


蛇提督「2トントラックだ。」


前々から元帥に頼んでいたもので、今朝やっと届けられたものだそうだ。

助手席も二人乗せられるようになっているタイプだと蛇提督は言う。


蛇提督「それならば、大和と武蔵を連れて行けるだろう?」


大和 「はい。是非やらせて下さい」


ついでに蛇提督の事を近くで観察する絶好の機会だと大和は思った。

呉鎮守府から帰りの車に同乗させてもらった時、間宮さんとはよく話したが、蛇提督とは間宮さんを介して一言二言話しただけで、まだ彼を見極められるほどの何かがあったわけでは無かった。

横須賀鎮守府に着いて、ここで暮らすようになってからも、蛇提督とあまり関わる事もなく、また大した仕事を任されるわけでもなく、悪く言えばほぼ放置状態だったので、同じ部屋で寝泊まりしている武蔵も少し苛立っているのだった。


北上 「ここの娘達から聞いてたけどさ〜。本当に自分で資材集めに行ってるんだね〜?」


北上が蛇提督に尋ねる。


蛇提督「ここの鎮守府は他の鎮守府より本部からの資源や資材の供給が少ないからな。足りない分は自分達で補っている」


羽黒 「でも、それを提督自ら率先してなされてるなんて素晴らしいと思います…」


恥ずかしながらも羽黒は自分が思った事を素直に言う。


蛇提督「他にやる人がいないだけだ…」


羽黒から目を逸らすように話す蛇提督。

隣で横から見ている龍田は、何かを拒んでるように見えると思うのだった。


朝潮 「ただ資材集めに行くのではなく、瓦礫の中からリサイクルできる資源や資材のリストを作っていると聞きました。そのリストを元帥を通して政府に認定されれば、各地の被害地の復興もできるなんて凄いです!」


何故だか羽黒の言葉に乗るように朝潮も自分の思ったことを話す。


蛇提督「認められればな…。リストも納得させられるものでなければならないし、復興支援の為に政府と軍を動かすことは、そんなに容易い事じゃない」


あくまで調子に乗らず、慎重な見解を述べる蛇提督。

良く言えば謙虚なのだろうけど、先程の拒むような雰囲気のままだと龍田は思う。


荒潮 「でもそれって、提督の仕事じゃないよね〜?どうしてそこまでする必要が〜?」


確かにそうだ。大規模作戦のことで精一杯のはずなのに、そこまでする必要が蛇提督にあるのかと、龍田は自分も荒潮と同じ疑問を抱く。


蛇提督「…」


蛇提督はしばらく黙っていたが、やがてその質問に答える。


蛇提督「…5年だ」


荒潮 「え?」


蛇提督「故郷を焼かれて、生き残った人々が避難してから5年近く経つ」


ここ横須賀鎮守府の周りもそうだが、深海棲艦の攻撃を受け、メチャメチャになったこの土地に、かつて住んでいた人々が帰ってくることは未だにない。

間宮さんと会っていたおじさん達のようにあえて避難せず留まっている人達もいるが、ほとんどの人々は内陸部へと避難先を求めて移動した。

そして蛇提督の言った通り、ずっと故郷に帰れない人々が何万人もいるのだ。


蛇提督「国民が政府や軍に対してその不満を募らせている。だが、今は何もできない、いや、何もしないのが事実なのだ」


榛名 「提督は優しいのですね…。そのような方々の事も気にかけているのですから」


今までずっと蛇提督と口が聞けてなかったが。ドギマギしつつも今初めて話せたと榛名は思った。


蛇提督「…私も海軍の一員だ。当然のことをしてるまでだ」


それでも褒め言葉に対して、やはり否定するように素っ気なく答える蛇提督。

でも、ちゃんと会話できたことが、榛名の心をほっとさせた。


大和 (この方は、自分の為だけに戦ってるというわけではないようですね…。)


横須賀鎮守府の艦娘達が言っていた通り、真面目に仕事をしているというのは本当のようだ。それに加え、広い視野で物事を進めている。

今まで元帥と共に仕事をする中で、自分の功績や階級しか気にしない提督達や軍人達も珍しくなかったが、この提督はそういった人達と比べれば真面目である。

ただ、この提督に別の目的が無いとは言い切れないので、これがこの提督を選んだ元帥の理由にはならないだろうと、大和は思った。


蛇提督「明日で充分な資源や資材を入手できれば、後日、大和達にも演習に参加してもらう」


ここの鎮守府では、資源と資材の余分ができれば、演習に費やす。

そして艦娘達の戦闘データを夕張と共に取って、艦隊編成の材料にするのだと蛇提督は言う。


蛇提督「そんな事をしてるぐらいなら、出撃した方がいいんじゃないかと言う輩もいるが、私はそれを許さない。どう言おうとここのルールには従ってもらう」


大和 「…わかりました。演習といえど艤装をつけさせてもらうだけでも、私達にとって嬉しい事ですから」


まだ新米のはずだけど、自分のやり方にこだわりのある人なんだなと大和は思う。

だが実際、そのやり方で前回の呉鎮守府正面海域での戦いで横須賀鎮守府の艦娘達は実績を残している。従ってみる価値はあるだろう。

それに、演習で自分達の実力を示さねば、今後の出撃に影響するだろう。だから武蔵に伝えねばと思う。


北上 「いいな〜。私も演習に参加しちゃおっかな〜」


と、本気なのか冗談なのかわからない事を突拍子に言う北上。


羽黒 「そ…それは、無理ではないでしょうか…?」


朝潮 「そうです。資源や資材が不足していると言っている端から、他鎮守府の演習に参加するなど、迷惑をかけてしまうに決まっています」


荒潮 「私は〜演習見れるだけでも良い方だと思うわ〜。そういうのって凄く参考になるのよね〜」


龍田 「こっちでやってる演習方法は提督が発案したものが多いから結構新鮮よぉ。私も今までこんな凝った演習は無かったわねぇ〜」


榛名 「そうなのですか?榛名達はここしばらく演習をやっていないので、横須賀鎮守府の皆さんがとても羨ましいのです」


榛名の言葉に蛇提督が反応するように、榛名に話しかける。


蛇提督「呉鎮守府では演習をしていないのか?」


先程まで蛇提督の方から話しかけられる事なんて無かったものだから、榛名は内心驚きながら答える。


榛名 「は、はい!榎原提督は出撃と遠征に資源や弾薬を費やしたいからと、演習任務はなされないのです」


蛇提督「そうか…。」


何かまた考え始めたなと蛇提督を見て思った龍田は、蛇提督が何を考えてるのか気になった。

だから「どうかしたのぉ?」と聞いてみる。


蛇提督「ちょっと気になってたことがあってな…」


龍田 「何がぁ?」


蛇提督「呉鎮守府の艦娘達は皆、改二ではないよな?」


龍田 「ええ。そうだわぁ」


蛇提督「どこよりも練度が高い艦娘達を揃えた精鋭艦隊のはずなのに、何故いないのだろうかと少し疑問に思ってだな…」


龍田 「私の推測だけど…改二はまだ未知数なのよ。全ての艦娘が改二になれるとわかってるわけではないし、改二になれた艦娘もごく僅か。改二になったらすぐ強くなるのかというと、そういった話も聞かないから、海軍側で試みようとしていないんじゃないかしら…」


蛇提督「なるほど…。改二そのものがまだわからないものだから、それに頼るよりも艦娘それぞれで今までの実績と現段階での練度で振り分けてしまう方が良いということか…。」


龍田 「ええ…」


蛇提督は以前に艦娘が嫌いであると明言したにも関わらず、艦娘という存在自体には何かしらの興味があるのだ。

前に夕張から改二はさらなる改装をして艦娘の能力を向上させると聞いて、改二によって戦力強化の可能性がないかを考えてるのだろうと、

考えに耽っている蛇提督を見ながら龍田は思うのだった。


榛名 「…もしも改二について知りたいことがあるのでしたら、明石さんに聞いてみるといいですよ。明石さんなら私達でも知らない事を知ってるかもしれませんから」


蛇提督「ああ、わかった。そうさせてもらう」


皆の会話が一旦ひと段落したところで、黙って聞いていた大和が口を開く。


大和 「せっかくですので、呉鎮守府の皆さんもお茶いかがですか?」


榛名 「あ…では、頂きましょう」


すると、蛇提督は椅子から立ち上がる。


蛇提督「ならば休憩にするとしよう」


龍田 「どこかへ行くのぉ?」


蛇提督「ああ。少し外へ行ってくる」


龍田 「わかったわぁ」


そう言って執務室を出ようとするところで、もう一度振り返りながら、


蛇提督「私が戻ったら再開だ。15分位だと思ってくれ」


そうして部屋を出て行った。


大和 「では皆さんの分のお茶も今持ってきますね」


羽黒 「あ、一人では大変ですよね。私も行きます」


大和と羽黒も一旦部屋を出て行く。

部屋は一度静まり返り、少しして朝潮がふと立ち上がって、執務室の窓から外を眺める。

するとちょうど蛇提督が庁舎から出てきたところのようで、真っ直ぐ海の方へと歩いて行くのが見えた。


朝潮 「司令官はどこに行くのでしょう?」


尋ねられた龍田は、以前に響や暁から聞いた事を話す。

蛇提督は一人になりたい時や考え事をしたい時は海を静かに見る習慣があるのだと。

「外へ行ってくる」と蛇提督が言った時にその事を思い出したので、それ以上聞かなかったという。

その話は榛名もとても興味ありげに聞いていた。


朝潮は「そうですか…。」と答えて何か考えているかと思いきや突然モジモジしながら、「ちょ…ちょっと…お手洗いに行って参ります!」と言って、タタッと執務室を足速に出て行くのだった。


龍田 (提督の所へ行くつもりね…。)


相変わらず嘘がつくのが下手ね、と龍田は思いながら、部屋に残った荒潮を見る。

荒潮は執務室を出て行く朝潮を微笑を浮かべながら見送っていた。


龍田 「あなたは行かなくていいのかしらぁ?」


荒潮 「何のことですか〜?」


龍田の問いににこやかな顔で返す荒潮。


龍田 「気付いてないとでも?あなた達と提督には何らかの因縁があるのでしょう?」


荒潮はその表情を変えないまま黙ってしまう。


龍田 「何があったか話せないのならそれでも構わないけど。私達としては少しでもあの提督に関する情報なら欲しいから、気になるところなのよ」


荒潮は表情を変えて、うーんと首を傾げて考える。


荒潮 「龍田は…あの提督のこと、どう思ってるのかしら?」


龍田 「…」


今度は龍田が黙り込む。

二人のただならぬ雰囲気に北上は興味津々に様子を見て、榛名は息を呑んで見守る。


龍田 「……私はまだあの提督のこと、何も知らないわ。最初こそ警戒していたけど、ちゃんと知りもしようとしないで避けてしまうのは逃げだって思うわ」


龍田は真っ直ぐと荒潮を見る。


龍田 「だから今は、見極めるためにもただ知りたいだけ。できるのなら私達艦娘は怖い存在ではないということを伝えられたらと思うわ」


龍田の答えに荒潮は少し悩ましげな表情をしてから、その口を開く。


荒潮 「私達としても言いたくないわけではないわ〜。ただとてもプライベートでデリケートな話だから、他の人に言って良いかわからないの…」


龍田 「そんなに提督の秘密に関わる話なの?」


荒潮 「というより提督の家族の話…。提督の父とある任務で一緒だったことがあったの…」


龍田 「え…?」


蛇提督の父といえば、蛇提督が航海士を目指そうとしたきっかけを作った人物であり海軍の将校であった人だ。

だが戦死したと蛇提督本人が言っていたことを間宮さんから以前聞いた話を思い出す。


荒潮 「…提督のお父様、中佐は私達に良くしてくれたわ。でもその任務で最期を見届けることにもなってしまったけどね…」


まさか蛇提督の父親の事を知ってる人がこんな近くにいたとは驚きだった。

父親の事だったとしても、蛇提督自身を知る糸口になるなら、本当は聞いてみたいと思う龍田だった。


荒潮 「お父様から聞いた提督の事と事件で知られてる提督はまるで違うわ。それによって変な勘ぐりもされたくなかったし、提督がお父様の事どう思ってるかわからないし、何よりあの親子二人の問題だから、無闇に他の人達に言える話でもなかったの…」


榛名 「そうだったのですか…」


同じ鎮守府の艦娘達にも話せなかったのはそれでなのかと榛名は思った。

それこそ蛇提督に直接会う以前は、呉鎮守府の艦娘の大半が青葉の情報を信じて、蛇提督は艦娘の敵であると認識していたのだから…。


龍田 「でもここに来た理由は、お父様の事を話したいから来たのよね?」


荒潮 「そうよ〜。死なせてしまった責任もあるし、お父様に託されたこともあるからね」


龍田 「託されたこと?」


荒潮 「お父様から提督に対しての短い伝言よ。でもそれ以上にお父様の勇姿や言っていた事を提督に伝える必要があると私達にはあると思ったのよ」


龍田 「そう…」


そこまで思うようになるほど、思い出深く心に残る事だったのだろうと、龍田は少し親近感を感じていた。


北上 「んじゃあ、朝潮は提督とその話ができないか交渉しに行ったのかな?」


荒潮 「そうよ〜。隙を見て提督とお話ができないか交渉をしようと前もって決めてたから。そのために行ったと思うよ〜」


榛名 「お話…できると良いですね…」


そこで一同は静まり返った。

それぞれが思うところがあるような顔をしている。


龍田 (さてさて…あの提督はどうするのかしら?)


龍田はそんな事を思いながら、ふと窓の外を眺めるのだった。



―――横須賀鎮守府 海沿いーーー


蛇提督は鎮守府からちょっと歩いたすぐの所、海沿いの岸壁の上で一人静かに佇んでいた。


蛇提督(よりによって、あのメンバーで来るとは…。)


呉鎮守府から来た護衛の艦娘達を見て、誰かが狙って来させたんじゃないかと思う蛇提督だった。


そんな彼を、後ろの木陰から隠れて覗いている者がいた。


暁  (い…今なら…!)


暁だった。

珍しく一人だけで、蛇提督の様子を見ていた。

ちょっと慌ただしく、深く深呼吸して落ち着かせてから、帽子を整えるなどする。

そして意を決するように木陰から出ようとしたその時、誰かが走って来る足音が聞こえてきたので、慌てて戻ってしまったのだった。


朝潮 「司令官!」


蛇提督の後を追いかけてきた朝潮だった。

蛇提督は朝潮の方にチラッと振り向いただけで、すぐに海の方へと体を向ける。


蛇提督「……そんなに慌ててどうかしたか?」


その低い声で静かに朝潮に尋ねる。


朝潮は息を整えてから、問いかけに答える。


朝潮 「……司令官、お願いがございます」


蛇提督の様子を窺いながら、一呼吸置いてさらに続ける。


朝潮 「司令官とお話をする時間を頂けませんか?」


また一つ間を置いてから、今度は蛇提督が答える。


蛇提督「私の父の話か?」


朝潮 「はい…そうです…」


蛇提督「……」


海を向いていた蛇提督はそこでようやく振り返る。


蛇提督「なぜそこまでして話したいのだ?」


朝潮 「お父様を守れなかった責任と良くして頂いた恩義に報いる為です」


真っ直ぐ蛇提督を見つめながら、はっきりと答える朝潮。


蛇提督「報いる為…か…」


朝潮 「お父様の事は聞きたくないのですか?」


蛇提督「……そういうわけではない」


と、目を背ける蛇提督に朝潮は少し変だなと思う。

前に会って伝言を伝えた時は、また機会があれば話を聞くと言っていたのに、今は乗り気では無さそうだという事だった。

やはり、お父様とはあまり仲が良くなかったのだろうかと、荒潮が懸念していた事を思い出す。


蛇提督「…わかった。今夜、その為の時間を作れるように努めよう。夕食を終えて全ての艦娘が自分達の部屋へ戻る頃合いが良いだろう」


朝潮 「ありがとうございます。その為には今行ってる書類作業を終わらせてしまわないといけないのですね?」


蛇提督「ああ、その通りだ」


朝潮は約束を取りつけられた事が嬉しくて、少しテンションが上がる。


朝潮 「わかりました!朝潮、絶対に書類作業を終わらせる覚悟で参ります!」


蛇提督「そ…そうか…。」


朝潮の勢いと大袈裟なセリフに少し動揺する蛇提督。


朝潮 「休憩中、失礼しました!先に戻っています!」


と、朝潮は敬礼した後、ダダッと走り去って行くのだった。

そんな朝潮を呆気に取られた表情で見送った蛇提督は再び海の方へと向き直る。


蛇提督「さて…どうしたものか…」


誰にも聞こえない程度に小さく呟く。

その顔はどこか深刻な表情を浮かべていたのだった。


暁  (はあ〜。さっきのは何だったのかしら…?)


蛇提督と同じく朝潮を見て呆気に取られていた暁が木陰で隠れたまま考えていた。


暁  (それにしても…よく怖がらずに話せるわね…)


自分と同じ駆逐艦で背だって自分より少し高いぐらいで他と変わらないというのに、あの司令官相手によく堂々と話せるものだと感心していた。

だけど、段々と感心していた心は次第に劣等感へと変わる。

暁は何かを諦めたような顔をした途端、暗い表情へと変えてしまう。

そして蛇提督に気づかれないように、その場を静かに離れるのだった。


蛇提督は暁がいた辺りの方に気配を感じとっていたのか、そちらの方に視線だけ動かしていたが、気配が離れていくのを感じ取った後、彼もまた執務室へと戻るのだった。


蛇提督が執務室に戻り、書類作業は再開された。

朝潮、荒潮、羽黒は休憩前より妙に張り切っていたそうだ。

夕食時となり、一旦そちらを済ませてからその後も書類作業は続けられ、全て終わる頃には時計は20:00になっていた。


蛇提督「まさか…今日中に終われるとはな」


龍田 「みんなが手伝ってくれたおかげねぇ〜」


とても忙しくて艦娘達の顔にも疲労が出ていたものの、やり遂げた達成感が心を満たして安心させた。

その場で解散となり、艦娘達は自分達の部屋へと帰り始める。


蛇提督「朝潮、ちょっといいか?」


朝潮 「はい」


朝潮だけが呼び止められ、蛇提督のそばへと駆け寄る。

龍田や他の娘達は何の話なのか見当はついているが、気にしないフリをして先に部屋を出て行く。


蛇提督「この後、21:00からなら時間作れるが?」


朝潮 「大丈夫です!二人にも伝えておきます」


話の場を設けられた所で、朝潮はいそいそと部屋を後にする。


そして約束の時間、朝潮、荒潮、羽黒は再び執務室の前へとやって来ていた。


朝潮 「やっとこの時がやってきました」


荒潮 「いよいよね〜」


羽黒 「提督さん…どう受け止めるでしょうか…」


三人は入るのを少し躊躇ったが、考えてても仕方がないと朝潮は言う。

そして、ノックをする為に扉の前へと進み出るのだった。




―――翌日 執務室―――


明石 「さあ!やってきました、この時が!改装を終えた艦娘達のお披露目会です!」


朝、7:00。

改装が全て完了したと夕張と明石の報告があり、結果はどうなったのかと蛇提督が尋ねると、何故かいつの間にかお披露目会のようになっていた。

蛇提督が「そんな事をしなくてもいい」と止めようとするのだが、明石と夕張の勢いは凄まじく、横須賀鎮守府の艦娘達と呉鎮守府の艦娘達全てが見にくるという大所帯となっていた。


雷  「待ってましたー!」

電  「楽しみなのです!」

暁  「どんなふうに変わったのか、見届けてあげるわ!」

響  「ワクワク…」

青葉 「記録なら私にお任せください!」


暁姉妹を始めとした艦娘達が歓声を上げる。

明石が司会進行で、青葉がカメラマンのように待機していたり、他の艦娘達が近くにいる者同士で楽しそうに話したりと、執務室の中が妙な盛り上がるを見せる。

龍田は、こういうのもなんか久しぶり、とニコッと微笑みながら見ていたが、ふと自分の隣で執務机の椅子に座っている蛇提督を横目でチラッと見る。


いつもの無表情に見えるが、心無しか何か諦めたような顔つきで見ているようにも見えた。

止めようとしても言うこときかない自分達に怒っているかと思えばそうでは無さそうだったので、まずは一安心と龍田はお披露目会を見守る事にする。


明石 「ではでは始めていきますよー!まずはこの二人!夕張、よろしくー!」


執務室の扉の向こうで夕張の「はーい」という声が聞こえた後、扉が開かれた。


扶桑 「あ…あのう…私達はする必要あったのかしら…?」


山城 「扶桑お姉様はともかく何で私まで…」


入ってきたのは扶桑姉妹だった。

扶桑は苦笑しながら蛇提督の前まで歩み寄り、山城は扶桑の後ろに隠れようとしながら一緒に歩み寄る。


蛇提督「扶桑型の二人はただの改装だから特に変わったところは無さそうだな」


明石 「はい。ですがお二人が大きく変わったのは艤装の方です」


蛇提督「艤装だと?」


明石の話では、彼女達は普通の戦艦から航空戦艦に変わったという事だった。

空母と同じ艦載機を積めるわけではないが、航空戦力となる水上機を積めるとのこと。

そうすることで、航空戦力の補助はもちろん、航空戦艦一隻で制空権を取りつつ、弾着観測射撃も可能、対潜能力のある水上機であれば、対潜も可能と通常の戦艦ではできない芸当ができるという事だった。


蛇提督「何はともあれ、乏しかった航空戦力が増えた事は喜ばしい事だろう」


明石 「初めての方は瑞雲がおすすめですよ」


蛇提督「それなら確かうちの倉庫に残していたな?」


龍田 「ええ。あったはずだわぁ」


三人が扶桑達の運用方法について話していると、横から初霜が扶桑達に話しかける。


初霜 「できることが増えたのはとても良いことです!」


響  「これで二人はますます活躍できるようになるわけだね」


嬉しそうな初霜に続いて響も扶桑達にニコッと嬉しそうな表情で言う。


扶桑 「ありがとう二人とも。これも二人とみんなのおかげよ」


ここまでの道のりで、この二人に支えられなければこうなることは無かっただろうと思いながら感謝する。

そして扶桑は、もう一人感謝を述べたい人へ向き直る。


扶桑 「提督…。提督のおかげで私達はこうして無事に改装することができました。本当にありがとうございます」


感謝を述べる扶桑を蛇提督が一度見るが、扶桑の視線から逸らすように帽子で少し目元を隠しながら答える。


蛇提督「……私は別に何もしていない。改装ができたという事なら、扶桑達が努力して成長しているという証だろう」


蛇提督の思わぬ言葉に扶桑と山城もハッとする。


蛇提督「…だが、できる事が増えたということは、やることも増えたということだ。その辺りは覚悟するんだな」


扶桑 「はい。提督と皆さんのお役に立てますよう、これからもより一層の精進をして参ります」


扶桑は自分の後ろにいる山城に「ほら山城も」と催促する。


山城 「が…頑張ります…」


山城は恥ずかしいのか、扶桑の影に隠れつつもみんなに聞こえる程度には言う。


蛇提督「ああ、よろしく頼む」


(扶桑の素直な感謝の心はこの提督の心も動かすだろうか)と、やりとりを横から見ていた龍田は思った。

前任の提督ほど、資源の消耗が激しい戦艦であった扶桑達を蔑視する事はなく、今も彼女達の今後の運用方法を考えてくれる。

先程も彼女達の改装を、「本人の努力の結果」と労うほど、口調はぶっきらぼうでありつつも彼女達の事を褒めている。

こんなどこか優しい一面は何か理由があるのかと疑問に思う。


ただ龍田としては大和型の二人が加わった事で、大和型と扶桑型を比較されてしまうことが心配だった。

今後の提督の考え方によっては、どちらかを贔屓してしまうかもしれないからだ。

今は全ての艦娘を運用しようとしているようだが、今後の彼女達の功績や戦況に応じて変わるとも限らない。

ある程度は致し方ないかもしれないが、気掛かりではあった。

むしろ提督より本人達の方が気になるのではないかと龍田はチラッと大和型の二人の方を見る。


武蔵 「航空戦艦か…。私達とはまた違うな。だがそれが良い。なあ、そう思うだろ大和よ?」


大和 「ええ、そうね。私達も二人に負けないように頑張らなきゃ」


そこまで本人達は気にしていないのかなと龍田は二人の様子を見て思っていた。


明石 「では!次へ行きましょう!」


扉の隙間から顔だけ出して見ていた夕張がオッケーサインを出して、扉の向こうへと戻る。


明石 「さあ、ここからが本番!改二になった方々です!」


ではまず一人目と呼ばれて、扉を開けて入ってくる。


衣笠 「ど…どうかな…?」


「オ〜」という感嘆の声が執務室に響く中、

照れながら入ってきて恥ずかしそうにしてるのは衣笠だった。

ツインテールだった髪型は、髪を全て下ろして左側に小さくサイドテールを結っている。


龍田 (少し垢抜けた感じになったわねぇ…。)


体格はそんなに変わったわけでは無いはずなのに、髪型のせいか随分大人っぽくなったとも言えると、龍田は思った。

ふと、蛇提督の反応が気になって彼の方を見ると、彼は無言のまま衣笠を見たままだった。

少し違う所があるとしたら、彼の目がやや見開いたままだということだろうか。


衣笠 「て…提督…?」


衣笠もその姿を不思議に思ったようで、恐る恐る聞いてみる。


蛇提督は衣笠の声にやっと反応して、彼女から目を帽子で隠す。


蛇提督「……髪型を変えたようだな」


衣笠 「そ…そうなんだ。衣笠さんとしては良いと思うんだけど、提督はどう思う?」


蛇提督「……出撃に支障が無ければ、それで充分だ」


ちょっと残念そうな衣笠を見ながら龍田は、


龍田 (そこは可愛いとか綺麗になったとかは言わないのねぇ。)


むしろそんな言葉が出てきたらビックリだ。

だから最初からわかっていたことでもあるから当然といえば当然である。


自分と同じような事を考えた者が他にもチラホラいたようで、「あ〜やっぱりか〜」というような表情の者もいれば、少し不満気な表情をする者もいたりした。

だがその中でただ一人、青葉だけは衣笠をじっと見てたのを、龍田は気づいた。


青葉 「いやはや、我が妹ながら、ここまで華麗に変身するとは、青葉としても姉冥利に尽きるというものです!」


と、パシャパシャ写真を撮りまくる青葉。


衣笠 「こら、青葉!工廠でもたくさん撮ってたのにまだ撮るの?!」


青葉 「当たり前です!記事にして妹の変身ぶりを多くの人に知ってもらわなければ!」


そんなの恥ずかしすぎるからやめてと怒る衣笠にも全然動じない青葉のやり取りがなされる。

そんな二人の間に入るように扶桑が微笑みながら衣笠に言う。


扶桑 「ですが衣笠さん、綺麗になったのは本当だと思いますよ。私もそれ、とても似合ってると思います」


衣笠 「え!?…扶桑さんにそう言われると照れるな〜」


初霜 「前とイメージがガラリと変わりましたが、そちらもお似合いで良いと思います!」

間宮 「可愛らしくなって良いですよね!」

北上 「女の子って髪型変えるだけで、だいぶ雰囲気変わるよね〜」

榛名 「はい。髪を大事にしなければ、意中の人も射抜けないと霧島が言っていました」

朝潮 「なるほど!髪型を変えることで相手の度肝を抜くのですね!」

荒潮 「朝潮…間違ってないけど、何か勘違いしてなぁ〜い?」


艦娘達が口々に、衣笠の雰囲気が良く変わったのが好感を持ったらしく、それぞれがそれについての感想を言っている。

彼女達にとってそれはとても希望的な事なのだろう。


衣笠が蛇提督の方をチラッと見る。

蛇提督は明石と話していたが、その内容は主に衣笠の艤装の変化や性能についての事だったので、「やはりそれか〜」と内心、残念に思った。

だからなのか心切り替えて蛇提督に言う。


衣笠 「ま、生まれ変わった衣笠さんにお任せなんだから!」


と、ウインクをしてみせる。


蛇提督「あ…ああ、よろしく頼む…」


その姿に少したじろいだような反応する蛇提督だった。


天龍 「まぁ、お茶目な所は変わって無いようだがな」


龍田 「その方が衣笠らしくて良いけどねぇ」


天龍が少し呆れと皮肉の意味も込めて言うが、それに対して龍田は逆にそれが良いと言うのだった。


明石 「さてさて、会場も盛り上がってきたところで、次の方へと参りましょう!」


すっかり司会進行役をノリノリでやってしまっている明石の言葉を合図に、先程と同じように中を覗いていた夕張が扉の向こうへと戻る。


そして扉が開かれ、一人入ってきた。入って来た者を見た途端、衣笠の時のとはまた違う感嘆の声が艦娘達から上がった。


古鷹 「え…えっと…改二への改装、完了しました…」


蛇提督「……古鷹…なのか?」


古鷹 「はい。そうです」


いつも無表情の蛇提督も、いつもより目を見開いて驚きを隠せないようだった。

だがそれは無理もない話だった。

前の古鷹はまだ幼さを残したような10代半ばぐらいの見た目をした少女であったが、今の彼女は背も体格も大きくなり、体幹部の肉付きも良くなって3〜4歳ほど成長したように見えるのだった。

ボブヘアーだった茶色の髪は、髪型はそのままで髪の色合いが濃くなり、所々はねていた髪も綺麗に整えられ、本来の彼女の性格である落ち着いた雰囲気へとその姿を変えた。

彼女自身も艦歴はそれなりに長いので、それに相応しいお姉さんとなったのだ。


驚いていたのは蛇提督だけじゃない。他の艦娘達も古鷹を見てからその変わり様に驚いている。

皆が一瞬誰かと思ったが、彼女の特徴である髪とオッドアイ、そして本人曰く、常に輝く探照灯である左目から電気のようなものが時々ほとばしる、古鷹のトレードマークとも言うべきそれは依然と受け継いでいたので、古鷹だとすぐにわかったのだった。


蛇提督「驚いたな…。改二への改装というのはこれだけの変化をもたらすのか…」


明石 「皆がそうとは限りませんが、古鷹さんの場合はそうだったのでしょう。私もこんなに変わった娘は初めてです!」


龍田 「本当に驚きねぇ…」

天龍 「びっくりだぜ…」

初霜 「素敵です!」

衣笠 「私も初めて見た時は驚いちゃった…」


暁  「羨ましい…」

雷  「暁、なんか言った?」

暁  「べ、別に何も言ってないわ!」

響  「ハラショー…」

電  「なのです…」


いつも騒がしい暁姉妹も口をあんぐりさせて魅入ってるようだった。


古鷹 「みんなにこう注目されるのは恥ずかしいですね…。あの…おかしな所はありませんか…?」


北上 「全然無いよ〜。むしろ私も改二になりたくなってきたよ〜」

榛名 「はい。私も改二になれれば金剛お姉様に近づけるでしょうか…」

羽黒 「姉さん達にも教えたくなりました…」

朝潮 「改二になれれば、更なる性能向上を期待できます。そうすれば司令官のお役にも立てるというもの」

荒潮 「私も改二に興味が湧いてきたわ〜」


艦娘達はそれぞれで、古鷹に「とても似合ってる」「おかしな所はない」と言う者、個人の

感想を述べる者といたが、共通して言えることは改二に対して一種の憧れも抱くようになったという事だった。


古鷹 「あの…提督はどう思いますか?」


蛇提督「ん?いや…おかしな所はない…」


古鷹 「そうですか。それは良かったです」


蛇提督の素っ気ない回答でも古鷹は何故だか胸を撫で下ろす。

古鷹のちょっとしたその仕草も青葉は見逃さなかった。


青葉 「いや〜これも永久保存ものですね〜。記事にする写真とコレクションにする用に分けて撮らねばなりません!」


古鷹 「ちょ…ちょっと、コレクション用って何?!」


「まさか私のもあるの!?」と衣笠も青葉のそのセリフに聞き捨てならないと古鷹と共に青葉を問い詰める。

また騒がしくなりそうだったので、明石はそれを遮るように次の娘の紹介へと移ろうと催促する。


明石 「次も見ものですよ!ではどうぞ!」


明石の言葉を合図に扉が開かれる。


入ってきたのは、外見が古鷹と同じくらいの体格と年齢に見える美少女だった。

ツリ目で蛇提督を見るそれはどこか自信ありげで挑発的な表情はヤンキーのような雰囲気を醸し出す。古鷹とは対照的であった。

髪色は黒で、長い髪をこれまた地につくほどの長いリボンで束ねており、前髪が左目を隠すという特異な容姿をしている。


この美少女が誰なのか、消去法で考えれば察しがつくのだが、あまりの変わりように目を疑って信じられない艦娘も中にはいたようだった。

そしてこの男も…。


蛇提督「なあ…龍田」


龍田 「はい?」


目の前の謎の美少女を見たまま蛇提督は龍田を呼ぶ。

こんな時に急に呼ばれるので、龍田は驚きながら返事をしてしまう。


蛇提督「私は、書類の見落としをしてないか…?」


龍田 「え?」


今どうしてその質問をするのか、龍田は全く意図が読めない。


蛇提督「例えば…新任の艦娘が今日着任するような連絡書とか…」


その言葉を聞いた途端、室内が沈黙した。皆が呆気に取られたのである。

だが、その意味を理解したのか、古鷹が「プフッ」と失笑したのを皮切りにドッと皆が笑い出した。


加古 「酷いよ、提督!私だってわかんないの?!」


蛇提督「ふむ…やはりその声は加古か」


加古 「当たり前だよ!」


今のは蛇提督なりの冗談だったのか、それとも本当にわからなくて鎌をかけたのか…。

どちらにしろ今のはちょっと面白かったと龍田は思った。


加古 「ふふん。まあ、無理も無いよね。私のこの変わりように驚いただろう?」


加古は得意気になって自分の姿を自慢する。


古鷹 「加古、あんまり調子に乗るのは良くないよ」


加古 「大丈夫さ!今私は生まれ変わって凄く力がみなぎる感じがするのさ!」


蛇提督「ほう。改二になるとそのような変化もあるのか。古鷹や衣笠もそうなのか?」


古鷹 「はい。胸の内側から何かが湧き上がってくる感じはあります」


衣笠 「よし、やるぞ!みたいなやる気が出てくる感じかな〜」


蛇提督「ふむ…。そのような効果があるのか…」


蛇提督がそのことについて興味を示すと、明石に他の改二になった艦娘もそうなのかと尋ねた。


明石 「はい。個人差はあれど、なんらかの心境の変化のようなものはあるようです」


蛇提督「改二になった恩恵なのか、それとも…」


(また一人で考え込み始めちゃった)と、龍田は蛇提督を見ながら思った。


明石 「そんなに改二改装に興味があるのですか?」


蛇提督の様子を窺いながら明石が尋ねる。


蛇提督「ああ。資源を消費するとはいえ、戦力強化につながるのなら積極的にしたいものだ」


やはりそういう考えなのかと、龍田は自分の予想が大方当たっていたと思う。


明石 「嬉しいですね!今、そういう風に考えて下さる方がいなくて私も困ってます」


改二については明石自身も色々と研究をしたいと思っているそうだ。

だが以前に、龍田が改二への関心が低い理由を言っていたのとほぼ同じ理由で、改二改装に協力的な海軍の人間はいないという事だった。

現在の元帥にもお願いしたこともあったが、ひっ迫した現状ではそれほどの余裕がないと言われてしまったという。

「なれたらラッキーだな」程度に今は考えるしかないと元帥に納得させられてしまったそうだ。


蛇提督「そうか…。ならばこちらで独自にやっていくしかないか…」


と、呟いた蛇提督に青葉が急に真剣な顔で話しかける。


青葉 「では木村さんにその協力を求めるわけですね」


蛇提督「…!」


青葉の言葉にピクッと反応して青葉をじっと見る蛇提督。


衣笠 (青葉…?)


青葉のいつにない神妙な顔に衣笠は少し動揺する。

衣笠に限らず、青葉と蛇提督の空気が変わったことに艦娘達は戸惑いつつ二人に注目する。


蛇提督「何のことだ?」


青葉 「とぼけても無駄ですよ。現在、海軍特殊研究所の主任をしている木村さんとは海軍養成学校時代からの仲だということは調べがついているんですから。今でも繋がりがあると言えるのは、提督の飼い猫であるユカリちゃんが木村さんから届けられたのが証拠です」


蛇提督は少し黙ったままだったが、フッと笑って答える。


蛇提督「…そうだな。その方法が一番良いだろうな」


青葉 「随分とあっさり認めるんですね?」


蛇提督「隠すことでもないからな」


青葉 「ではついでに聞きますが、その方と何か企んでいるのではないですか?」


「企んでいる」という言葉にその場の空気が一瞬凍りつく。


蛇提督「人聞きの悪い言い方はよしたまえ。何か根拠があるのか?」


青葉 「…いえ。これは私のただの憶測です。ですが、小林さんもあなた方二人が協力関係である事は認めましたよ」


「小林さん?」と聞いたことのない名前の人が出て、周りの艦娘達が疑問に思う中、二人の会話は構わず続けられる。


蛇提督「ほう。あの蛙顔にも会ったか。あの人は他に何か言ってたか?」


青葉 「はい。言ってましたよ」


蛇提督「何だ、それは?」


息を呑んで見守られる中、青葉は答える。


青葉 「『人に知られてはいけない真実だってある。僕だって自分の命は惜しいよ。』…と言ってました。」


意味深な小林の台詞に皆がゾクっと背筋が凍る。

青葉がわざわざ名前を出して話すのだから蛇提督と何らかの関係があるのだろうと思われるのだが、今はそれを聞くタイミングではなさそうだ。

そんな中で蛇提督は無反応だったが、その鋭い目つきだけは変えなかった。


だが、固まってしまった場の空気を壊すように、青葉がいきなりアハハと笑いだす。


青葉 「…なので、記事を書くなら嬉しいことや楽しいことを書く方が良いと教えられました!いやいや、あの方と出会って記者としての心得を学べて良かったです」


急に話の方向性も変わり、青葉の雰囲気も和やかなものになる。

その青葉の雰囲気に合わせるように蛇提督が反応する。


蛇提督「ほう。先程も記事にすると言っていたが、記者になりたいのか?」


青葉 「そうなんです。いずれは私自身発刊の広報誌や新聞を作るのが夢なんですよ!」


それは艦娘達で共有できる情報誌ということだった。

深海棲艦と戦うことしかない日常の中で、他鎮守府での艦娘の話や鎮守府の外の話や戦い以外の話というのは艦娘達は疎いので、それらを知るための情報ツールが欲しいということだった。


蛇提督「ふむ。それは良い考えだな」


青葉 「お?司令官も興味がお有りで?」


蛇提督が言うには、昔から鎮守府は完全な縦型社会で地位も名誉もそれに伴う功績によって絶対視される実力主義であった。それゆえ自然とそれぞれの鎮守府の動向は秘匿され、本部からの大規模な作戦や共同作戦でも行われない限り、鎮守府同士の情報共有はされないのだという。


蛇提督「功を競わせることで、各鎮守府の実力の底上げと戦果の拡大を狙ったものだった。初期はうまくいっていたが、こちらの優勢が見えてきた頃、提督達に欲が出始めてな…。鎮守府同士の連携も失われるだけでなく、海軍の中にも派閥ができるようになって、今となっては仇になってるのが現実だ」


青葉 「ほうほう〜。司令官はその社会体制を変えようと言うわけですか?」


蛇提督「今までの体制を変えることは難しい。だが、情報の共有なら艦娘達の間だけでも何とかなるかもしれない」


戦いにおける戦術などの共有は、その鎮守府に留まらず他鎮守府でもするべきだということだ。また、作戦成功の実例や実体験なども入れれば、艦娘の勝率を上げることにつながるだろうとの事だった。


明石 「あ!それでしたら私からも提案が!」


会話に明石も入る。

艤装についての質疑応答が他鎮守府全ての艦娘相手にできるようにしたいなどの話から会話に弾みが出てくるようになった。

先程の凍りついた空気から一転して和やかになってきたところで、煮えを切らした加古が会話に割り入る。


加古 「ちょっと!今は私の話でしょ!そう言う難しい話はあと、あとっ!」


加古の怒りっぷりに青葉が笑う。


青葉 「いやいや、すみません。私の記者魂に熱が入ってしまいました。恐縮です!」


と、いつもの青葉に戻ったのを見て、衣笠や古鷹などがひとまず安心するのだった。


蛇提督「すまなかった。話を変えてしまったのは私の責任もある」


と、蛇提督も謝ったところで、明石に加古の性能について蛇提督が尋ねる。


衣笠、古鷹、加古の三名は、性能から比較すればどれも似たようなものだが、以前よりも砲撃や雷撃もバランスよく性能が強化されているだろうとのこと。

より重巡らしくなったと言えるが、彼女達の場合、重巡でありながらも燃料と弾薬の消費が他より少ないことが特筆すべき点であると明石は語る。


蛇提督「なるほど。彼女らはここの鎮守府にうってつけの性能ということか」


加古 「そういうことだから、私の出番が来たらすぐ教えてよ!いつでも出撃できるからさ!」


加古の言葉に皆が「おー」と頷く。

いつも眠そうでダメオーラを放っていた加古がこうも勇ましく変わるとは、これも改二になった恩恵なのだろうかと感心する。


加古 「だからさ…それまでいっぱい寝かせてー!」


龍田 (あら、やっぱり加古ね…)

天龍 (加古だな…)

衣笠 (だよね〜。)

暁  (いつもの…)

響  (加古に…)

雷  (戻った…)

電  (なのです…)

夕張 (あちゃあ〜)

間宮 (フフッ)

扶桑 (加古さんと言えば♪)

山城 (やっぱりこうなるのね…)


改二になっても、やっぱりそこは変わらないのだなと一同思うのだった。


古鷹 「もう…加古ったら…。」


古鷹は自分のことのように恥ずかしがるのだった。


蛇提督「…そこは変わらんのだな。」


蛇提督すらも呆れている様子だった。


青葉 (加古がここまで自然体なのも樹実(たつみ)提督以来でしょうか…。ですが、司令官は怒らないのですね。それとも呆れて見限っているのでしょうか…)


加古の態度に青葉は人知れず驚きつつも、蛇提督の腹を探る青葉。

ある意味で艦娘の扱いに長けているなら要注意だと思う青葉だった。

そんなことを考えて、神妙な表情に一瞬なっていた青葉を龍田は見逃さなかった。


明石 「ではでは、最後の方へと参りましょう!」


明石が次へと催促して、最後が誰なのかわかってはいるが、古鷹や加古の変わりようを見て、艦娘達は期待に胸を膨らませる。


そして、扉は開かれる。


龍驤 「みんな!待たせはったな!」


大きな声と共に勢いよく龍驤が部屋へと入ってくる。


龍驤 「どや!これが新しく生まれ変わったウチの姿や!」


と、決めポーズをとる龍驤だったが、室内はシーンと静まり返ってしまった。


龍驤 「何でや?!他の奴ん時はあんな歓声が上がっとったのに、ウチには何でないんやっ!!」


それもそのはず、なぜなら龍驤は改装前の姿と比べて容姿も体格もほとんど変わらず、パッと見ではどこが変わったのかわからなかったのである。

だがそれを口に言える艦娘はおらず、どうコメントしようか迷ってる最中、この男だけは違った。


蛇提督「……改二になってもほとんど変わらない艦娘もいるのだな」


龍驤 「がはっ!!」


本人としてもそれを言われることを覚悟はしていたが、やはり面と向かって言われると精神的ダメージが強かった。

特に体格のことを言われれば何も言い返すことができないのは本当で、当の本人も改装終わった後に見た自分の姿に驚いていたのだ。

体も成長するかもしれないという期待が大きかったのは、他の誰でもない彼女自身であったので尚更だった。


龍驤 「ま…まぁ、こ…この独特のシルエットを変えてしまったら、ウチがウチらしくならへんからな…。これはこれでウチのキャラ付けと特徴が他と比べてさらに際立ったちゅうことや」


龍驤は顔を引きつらせながらもポジティブな弁明をする。


龍驤 「でもな!変わったとこもちゃぁーんとあるんやでっ!!」


その後の龍驤の早口は凄まじかった。

黒の無地のスカートに白の二重線が追加されたことや首元の勾玉が三つに増えていること、ソックスの色が黒に変わっていること、さらには肩の砲台が「九三式十三粍四連装機銃」と呼ばれる機銃となって襟に沿ったコンパクトな配置に変更されてるなど、体全体の体格や色のバランスを考えられた上で、以前のチャームポイントとトレードマークを失わずにさらにおしゃれになったことを語る。

艤装も大幅に改良され、以前の飛行甲板の巻物も一回りも二回りも大きくなり、改二以前に首から下げてかけていた龍の宝珠を艤装につけることで、手から離れて空中浮遊するようになったこと。ついでに艦載機の搭載数も大幅に増えたことなど、本来明石が説明する所まで語ってしまう。

そして挙句の果てには、髪も肌も艶が前より増して、よりキュートになったと、本当かどうかわからないことまで言う始末だった。


龍驤があまりにも必死に言うものだから、止められる者はいなかった。

だが艦娘達が戸惑っている最中、この男だけはまた違った。


蛇提督「そうか…つまり…」


こいつはまだ話を拗らせるんかと、天龍はやや怒り気味で蛇提督を見る。

他の艦娘達も、今度は何を言うんだと、ドギマギして注目する。


蛇提督「可愛さと艤装に磨きがかかった事で、次の作戦に対する龍驤への期待がまた上がったということだな」


艦娘達一同はポカンとして、部屋はまた静まり返ってしまう。


天龍 (いやいや、その程度の言葉で、龍驤の機嫌は治らんだろ…)


と、今度は言われた龍驤の方を見る。彼女は俯いて黙ったままだった。


そういうことも言えるんだと驚きつつも、それでも今の龍驤をなだめらないだろうと龍田も彼女を見る。


龍驤 「いやぁ〜。司令官、照れるやんけぇ〜」


急にクネクネして照れだした龍驤を見て、

(あっれぅぇー!?)とその場にいた艦娘達は皆驚いた。


衣笠 (……龍驤ってこんなにチョロかったっけ?)


そう思ったのは衣笠に限らずだ。

龍驤は、艦歴も古鷹達と同じくらい長いこともあって、皆から頼られる存在であるが、一度機嫌を損ねたり怒ると、歯止めが効かなくなってしまう事がある。

普段からしっかりしてようと自分を律している分、我慢してた事が崩壊すると、なだめるのに一苦労する。

だからこそ、先程まで龍驤になんて言えばいいのか困っていたのだった。


だが実は龍驤が本当は場を盛り上げるために、演技でそうしているのかと龍田は今一度よーく見る。 


龍驤 「でへへへ〜。」


龍田 (あ、あれは…ホントだわね…)


頭の後ろをかきながら、思いっきりデレてる龍驤に龍田はただただ呆れるばかりだった。


古鷹 (龍驤、嬉しそう…)

加古 (私の時は何も言わなかったじゃん…)

衣笠 (ちょっと…羨ましい…)


周りは気づかなかったが、龍驤と同じく、何か変わっている者達はここにもいたのだった。


龍田はふと蛇提督を見る。

蛇提督は特に変わらなさそうだと思った矢先、一瞬、蛇提督がため息をついたのを見逃さなかった。

そのため息は呆れてものも言えないというため息だったのではなく、どこかほっと安堵したため息に、龍田は見えたのだった。


蛇提督「明石に一つ聞いておきたい事があるのだが…」


明石 「はい、何でしょう?」


蛇提督「改二になる条件は、やはり練度なのか?」


その質問は自分にとっても、とても気になる事だと龍田は思う。


明石 「それも一つの条件なのは確かなようですが、でもそれだけじゃないようなんです」


蛇提督「…と言うと?」


明石が言うには、以前、蛇提督が疑問に思った事と同じ、精鋭を揃えてる呉鎮守府の艦娘に改二がいない事だった。

もしも改二になる条件が練度だけならば、龍驤や古鷹達とそう変わらない艦歴と実績、練度を誇った彼女達の中で一人や二人現れてもおかしくないはずなのに、未だにその兆しがない事。

そう思うと、練度以外に改二になるための条件やきっかけがあるのではないかと考えている。

また改二になった艦娘の中には、彼女達ほど艦歴が長くなくても、なれた者が過去にはいたのだという。だがそのほとんどが、本土襲撃の際に沈んでしまったという。


明石 「ですから改二になれた良い参考例が、今はいないんですよね…」


蛇提督「なるほど…」


蛇提督と明石の会話に他の艦娘も興味津々で、黙って聞いている。


明石 「あ!ですが、ここ最近で改二になれた娘達が出たんですよ!呉鎮守府が襲撃されるほんのちょっと前に。その娘達の改二改装に携わったんですから」


蛇提督「ほう…ここ以外にもいるのか。その者達にも聞いてみたいものだ」


明石 「彼女達は異例ですよ。なんせほぼ単独演習だけで練度を上げてるうちになれたのですから」


蛇提督「こちらも演習には力を入れてやっていたが、やはり改二の条件に演習が関わるのだろうか?」


明石 「練度を上げるのならば、しないよりは良いですけど、それだけでは普通ありえません」


蛇提督「なぜ?」


練度というのは、単独演習などによる基礎練習と実戦を通して得る経験を総合したものだという。

基本的に艦娘にとって必要なのは後者の方で、艦娘は実戦をこなしていけば、自然と基礎の方も上達する。前者は建造されたばかりや配属されたばかりなどの理由による新人に限るのだという。

なので、ただの的当ての単独演習をやってるだけでは練度は上がらない。

しかも改二になれた娘達がいるのは舞鶴鎮守府で、あの周辺の海域はほとんど会敵することがない。

他鎮守府と合同で行われる模擬戦もここ数年行われていないので、ほぼ単独演習だけで改二になれたと言っても過言ではないのだと、明石は言う。


明石 「出撃して実戦が無かったわけではないそうですが、ほぼ毎日単独演習して腕を磨いていたそうです。そんな生活を四、五年、彼女達は続けていたんですよ…」


蛇提督「うむ…。それは凄いな…。」


聞いていた他の艦娘達もそんな強者がいたんだなと感心する。

長い努力の末にやっと身を結んだのだろう…と。


明石 「そうそう。その娘達が誰かというとですね…」


誰なのか気になるので、皆が明石に注目する。


明石 「軽巡の由良さんと駆逐艦の時雨、夕立の三人ですよ」


「提督はご存知ですか?」と明石が蛇提督を見ると、

彼は目を見開いて硬直していた。明らかに驚いていたのだった。

他の艦娘達も蛇提督がおかしい事に気づいた。

少しの間、そのままだった蛇提督はようやく明石の問いかけに答える。


蛇提督「ああ…。艦娘の資料にあったのを覚えてる」


明石 「凄いですよね!継続は力なりなんて言葉がありますが、あの娘達はそれの体現者ですよね!」


蛇提督「確かにな…。彼女達は改二になった感想を何か言ってたか?」


明石 「改二になれたことをとても喜んでいましたよ。『これで今度こそ守りたいものを守れる』、…そう言っていました」


蛇提督「そうか…。」


一体今のは何だったのだろうと龍田は蛇提督を見ながら思っていたが、ふと今度は青葉を見てみると、青葉が鋭い眼差しで蛇提督を見ていたことに気づいた。


蛇提督「さあ、これで全員だな。終わったのだからさっさと解散してくれ。まだ今日はやる事がたくさんある」


冷たくあしらうように、この場の全員に解散を促す。


明石 「忙しいところお時間取らせて頂いてすみませんでした!では皆さん、朝食に行きましょう!」


龍田 「どうしてあなたが仕切ってるのよ」


そうしてゾロゾロと艦娘達が執務室を出て行こうとする中、大和と武蔵だけが蛇提督に呼び止められる。

内容は昨日、大和に伝えた資材集めの件だった。

09:00までに工廠前に集合ということを伝えられる。ついでに携行砲の装備と使い方を聞いておけと命じられ、承諾した二人は執務室を後にした。



―――食堂―――


夕張 「提督達は出かけて行ったよ」


大和と武蔵に携行砲の使い方を教え、蛇提督達を見送ってきた明石と夕張が食堂へと戻ってきた。


龍田 「お疲れさま。提督は何か言ってた?」


夕張 「夕飯頃には戻るようにするってさ」


大和と武蔵以外の艦娘は、全員、食堂へと集まっていた。

朝食を既に済まし休んでいる者、まだ食べている者など、今は特にやることが無かったのでそれぞれがゆっくりしていた。


古鷹 「ねえ、青葉…?」


青葉 「ん? 何でしょうか?」


古鷹 「…小林さんって誰?」


その言葉が聞こえた何人もが、古鷹と青葉を一斉に見る。

あの場で聞けなくて、誰もが気になっていた事の一つだった。


衣笠 「そうだよ、誰なのその人?あの時、急に真剣な顔で、『何か企んでいるのでは』なんて聞くんだから驚いちゃったよ…」


青葉 「すみません。あれは司令官の腹を探るために不意打ちで聞いてみたんです。」


蛇提督と木村という人が、友人関係にあった事は調べがついていたので、あの場でたくさんの人の目がある中で聞いてみたのだという。何か動揺を見せるかと思ってやってみたが、結果は知っての通りである。

ついでに小林という人の意味深な発言についても、何かあるかと思ったが特にこれといった反応は見せなかった。


龍田 「前に呉鎮守府で協力者の話をした時に、木村さんという人の他にもいるようなことを言っていたけど、もしかしてその人が?」


青葉 「はい。その通りです。」


加古 「どんな人なんだ?」


青葉が言うには、小林という男は小柄で蛙のような顔をした人だという。

フリーライターをしており、主に政治家や名のある軍人、芸能界に関係した人達などの取材をしている。

取り上げる記事の内容は、そのほとんどがスキャンダルや不正、不倫など。

本人曰く、取材というの名の実態調査であると言っていたそうだ。


天龍 「おいおい、そんな奴があいつのことを知っているなんて、随分ときな臭い話じゃねえか?」


夕張 「それってもしかして例の事件の事で調べてたとか?」


青葉 「そのようです。あの方もそれについて調べていた時があったそうです。まあ、そのもっと前から司令官の事は知っていたような感じではありましたが…」


間宮 「その方とは一体どこでお知り合いに?」


以前、衣笠が手紙で頼んできた、蛇提督の故郷とその身内や友人関係についてできるだけ調べてほしいという依頼を青葉は受けた。

大淀からもたらされた情報を頼りに実際に現地に行ったのだという。


朝潮 「その話、私達も聞いていいですか?」


そばで聞いていた朝潮、荒潮、羽黒が近寄ってきた。

どこか不安気な表情をした彼女達を見て、昨夜、蛇提督と何かあったのかと龍田は思った。


榛名 「金剛お姉様に、あの方のことで新しい情報があったら聞いてきてほしいと頼まれていますので、私からもお願いします」


北上 「私はあんまりデリケートそうな話って聞かない方が良いかなって思ってる方だけど、今回は仕方ないかな〜」


響  「…聞かせてほしい」

雷  「私も聞きたいわ!」

電  「電も…なのです」

暁  「わ、私は…!別に…」


青葉の周りに続々と艦娘達が集まる。


青葉 「良いですよ!元々、お伝えしようと思ってましたし。」


そして青葉は、その時の事を語り始めるのだった。



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青葉 「ここが、そうですか〜」


青葉は蛇提督の故郷へとやってきていた。

海に面した小さな村で、とてものどかな場所だった。


青葉 「さてさて、取材と参りましょう!」


村の人達に聞き込みをしながら、蛇提督の生家を探してみることにする。

小さい村であるせいか、それとも村でかなりの有名人なのか、蛇提督の家族を知ってる人達は多かった。

そして教えてもらった通りに道を歩いていくと、目の前に見るからに古そうな家が見えてきた。


青葉 「聞いた通りなら、ここのはずですね〜」


家はその全てが木材で作られ、屋根は瓦と、古き良き日本の家屋といった感じだった。

聞いた通りなら、ここが蛇提督が幼い頃、住んでいたところだった。


青葉 (中に何か手がかりになるものがあれば…)


そうして玄関を開けて中に入ろうとするが、さすがに鍵がかかっていたため、横から小さな庭にまわって、縁側から入ってみる。


もう長いこと人が入っていないのか、あちらこちらホコリだらけ。人が出入りした様子は無かった。

家具などはそれなりに残っていたが、近所の人が言っていた通り、ほとんどの私物は蛇提督の母方の親戚が持っていたようなので、手がかりになりそうなものは無かった。

蛇提督は海軍に入隊するために家を出てって行ったきり、一度も帰ることが無かったというのだから仕方ないだろう。

これ以上ここにいて、誰かに見られても厄介なので早いとこ家から立ち去ることにする。


青葉は海とは反対側、村落を挟むようにそびえ立つ高い丘を目指す。木々に囲まれた坂を登ると、頂上の一角に墓地があった。

墓石が立ち並ぶそのひとつに、蛇提督の両親の墓がそこにはあった。

墓には一つのドッグタグが添えられており、蛇提督の父の名前が刻まれていた。


青葉は墓の前に立ち、手を合わせる。

彼女がそうしようとした理由は、蛇提督の両親の話を聞いたからである。


村の人々から聞いた話をまとめると、こうだった。

蛇提督の父は航海士で月に一度帰るか帰らないかの人だった。

母は専業主婦だが時々、絹織物を売るなどして生計を立てていたという。

蛇提督が生まれて幼少期まで生家にいた頃、蛇提督の不気味な目と性格が近所でも悪い噂の的で、その蛇提督を産んで育ててる夫婦も近所からは忌避される存在だった。


だが蛇提督が海軍士官学校へ行くため家を出て行って数年経った頃、事件が起きる。

この村で火事が起こり、一軒、家の中に一人取り残されてしまう事件があった。

消防士達の救助がまだ来ない中、人々が困惑していると、その時たまたま帰ってきていた蛇提督の父が己を顧みずに燃え盛る家の中に入って行き、取り残された人を担いで戻ってきたのだった。

さらに、その人の応急処置を蛇提督の母が自ら進んで行い、その努力も報われ、一命を取り止めることができたのであった。

その後も、蛇提督の母はその助けた人のお見舞いをする為に一週間に一、二回は病院へ通った。そんな面倒見の良い姿から、たちまちその話は村中に知れ渡り、彼ら夫婦を見直すようになったという。


そんな彼ら夫婦が村の有名人として、褒め称えられるようになった中、また悲劇が起こった。

蛇提督が起こした例の事件である。

軍が蛇提督の生家に家宅捜索をしにきた時は、村ではちょっとした騒動になったようで、機密情報に触れるからと詳しい経緯や内容は聞けなかったが、蛇提督が大罪人として捕まったことは聞いたのだという。

ただ、それを知って一番驚いたのは、やはり蛇提督の母で、泣き叫びながら、「息子はどうなったのですか?!どこいるのですか?!」と軍人一人一人に聞いてまわっていたのが印象的だったそうだ。

それから蛇提督の母は家を空けることが多くなり、村の人の推測では、息子が助かる方法を探していろんな所へ奔走していたのではないかということだった。

そのせいなのか彼女は日に日に痩せ細っていったという。


だが悲劇はそれに留まらず、それからしばらくして、蛇提督の父が任務で戦死した知らせが届いた。

それのせいか、それとも日頃の無理が祟ったのか、彼女は持病が悪化して床に臥してしまい、息子に再会することもできず、まもなく息を引き取ったのだという。


青葉 (せめて向こうでは安らかに…)


この話を聞いた青葉はとても心を痛めた。さぞ無念だったろうと思いながら、二人の冥福を祈る。


このような事があったためか、村人からの蛇提督に対しての評価は一段と悪いものとなっていた。

あれほど立派な両親を持っているのにも関わらず、一度も帰らなかったどころか大罪まで犯して親を泣かせるとは、とんでもない親不孝者だとか見た目通りの悪い奴だったとか、彼の悪評は一段と悪いものになっていた。


お参りを終えた青葉は、ふとすぐそばの崖になっている方を眺める。

その墓地は崖の上から海を一望できる。海からは穏やかな波音が聞こえ、潮風が青葉の髪を優しく撫でるのだった。


???「ここからの眺めは良いですよね」


突然、後ろから男の声がした。

誰だと振り返ってみると、そこには一人の青年がいた。

青葉と身長が同じかやや低いかの小柄な人だった。ただ印象的なのは、一度見たら忘れなさそうな蛙のような顔だということだった。


青葉 「えっと…どなたでしょうか…?」


???「申し遅れました。私はこういうものです」


彼の口調はどこか形式的でやや違和感を感じる。

そう思いながら、彼が胸ポケットから取り出した名刺をもらう。


そこで青葉は、その青年が「小林」という名で、主に有名人の取材をするフリーライターをしていることを聞いた。


青葉 「そんな方がどうしてこのような場所に?」


小林 「私も青葉さんと同じ、この方のお墓参りに来たのです。奥様とは生前に一度だけお会いしましたから」


青葉 (そうか…。もしかしたらこの人も例の事件について調べていたのか…。あれ?今、私の名前を言った?)


自然に名前を呼ばれていたので、最初はすぐに気がつかなかった。


青葉 「あの…私、名前言いましたっけ?」


小林 「いや〜失礼。あなたのことは以前から特徴も兼ねて聞いていましたので、見てすぐにわかりましたよ。艦娘の青葉さん」


青葉 「――っ!」


青葉は驚いた。名前だけではなく艦娘であることもバレている。

軍の規律で艦娘が一般の人間と関わってはいけないと決まっている。にも関わらず、こうして鎮守府の外を出歩いているのを見られてる上に、お忍びだとバレればいろんな問題が起きる。

相手が記者ともなれば、尚更だった。


青葉が急に慌て始めたのを見て、小林は言う。


小林 「ああーいやいや、そういうことじゃないんですよ! ここで会ったのも秘密にしますし、だからと言ってそれをネタにどうこうするということもしません」


青葉をなだめるように落ち着かせる小林。


小林 「それに、あなたの特徴と合わせて、いずれ会うこともあるだろうと教えてくれた人は…。まあ、誰なのかは青葉さんなら察しがつくんじゃないでしょうか」


ニヤリと笑う小林の顔を見て、青葉はすぐに蛇提督ではないかと考える。


小林 「あなたがここにいるということは、彼について調べるためでしょう?」


完全にお見通しだなと思った青葉は、いっそのこと開き直って小林に聞き返す。


青葉 「……例の事件の事、何か知っているんですか?」


直球で、核心に触れる質問をする。


小林 「知っているのなら、とっくのとうに記事にしてますよ」


ケロッとした顔でサラッと答える。

「知らない」とも取れるし、「知っているけど話さない」とも取れる回答だった。


青葉 「でも、蛇提督のお母様にはお会いしたんですよね?」


小林 「ええ、お会いしてお話を色々聞かせて頂きました。でもその内容は…」


主に蛇提督の幼少期、少年期の頃の話だったという。

とどのつまり、息子はこれだけ良い子なのだから、そんな大罪を犯す子ではありませんという母親視点の言い分だったそうだ。


青葉 「じゃあ他に手がかりになるような事はありませんか?」


なんでもいいから、何かを聞き出そうとする。


小林 「そうですね〜。これといって特には。ただ私の経験から言いますと…」


青葉 「な…なんですか?」


勿体ぶったように話す小林に、青葉は食い下がる。


小林 「人に知られてはいけない真実だってある。…僕だって自分の命は惜しいよ」


急に雰囲気が変わった小林に、青葉はゾクッと身の毛がよだつ。


小林 「青葉さんは人から何かを聞くのは好きかな?」


青葉 「は…はい」


急にニコリと微笑みながら質問をしてくる小林に不気味さを感じながら青葉は答える。


小林 「それは良いことだ。記者を目指す者として大事な資質だ。」


青葉 「あ…ありがとうございます…」


小林 「だが、真実を知ろうとすれば別だ。真実は時に残酷で、その当事者でなくとも知ってしまった者は、知ってしまったという責任と自分がこれからどうするかの選択肢が生まれる。『知る』ということはそういうことさ」


青葉 「…」


記者ならではの価値観だからか、その言葉には何とも言えない説得力を青葉は感じていた。


小林 「だから…生半可な覚悟で、やってはいけないよ」


その言葉は青葉の心に釘が刺さったかのような衝撃を与える。

それのせいなのか青葉は一言も喋れずにいた。


小林 「だからね、記事にするなら良いことを載せると良いですよ!」


と、また最初の口調にいきなり戻り、青葉は拍子抜けする。


小林 「うーん、私も記事の路線を変更しましょうか〜。ドキュメンタリー物とか良いかもですね〜」


などと、独り言を始めてしまった小林を見て、はぐらかされてしまったかなと思う青葉だった。


小林 「そうそう、事件の事はわかりませんが、あの方についてなら私が話せる範囲であれば話しますよ」


「え?それはいいのですか?」と青葉は呆れつつも蛇提督についての話を聞くのだった。


そこで聞けたのが、

蛇提督と木村は養成学校時代からの付き合いで、今も協力関係にあること。

どういう経緯かわからないが蛇提督と中森もその頃に知り合っていたこと。

ついでに小林も蛇提督と知り合ったのもちょうどその頃であったこと。

木村は中森の部下で、共に同じ班で研究をしていたこと。

研究内容は艦娘の生態と深海棲艦との関連性であったこと。

提督の資質があっても、蛇提督は輸送船の部隊への加入を志望していたこと。

学校内でも生徒の間では派閥によってグループ化されていたが、蛇提督はどこにも属さなかったこと。

などなど、蛇提督とその周りの人達についての情報を、青葉は聞くことができたのだった。


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―――現在 食堂―――


青葉が一通り話し終えたところで、聞いていた艦娘達はしばらく静まり返っていた。


青葉 「以前、協力者の話をしたと思いますが、この小林さんがそうであると私は思っています」


古鷹 「榎原提督を怒らせた、あの時の話だね?」


青葉 「そうです。ここの司令官の代わりに他の提督の事を調べているのではないかと思います」


天龍 「そんな奴がどうしてあいつと協力関係なんだよ?事件を起こしたのはあいつの方じゃないか?あいつの悪事を公表するべきじゃないか?」


青葉 「それはきっと例の事件の真相を知ったからでしょう」


加古 「どうしてそうなるのさ?」


青葉 「よく考えてください。小林さんは大物のスキャンダルを主に取材をする方なのですよ」


元々、小林と蛇提督は事件の前からの知り合いだったこともあって、蛇提督が捕まったことを何かで知ったのだろう。

小林自身もこの事件について独自で調べていたけど、昨今、蛇提督が牢から出てきて、その真相を聞くことができた。

蛇提督は例の事件となった謎の任務を知っている。その真相は海軍にとって箝口令が敷かれるほどで、他に知られてはいけない重要な内容。その海軍の最大の弱みを蛇提督が知っていると言ってもいい、と語る青葉。


青葉 「ですから、小林さんは『自分の命は惜しい』と言ったんです。この言葉は、知れば命を狙われるほどの重要な内容だったことを裏付けていると思います」


扶桑 「大淀さんの話でも、その任務の内容については同じことを仰ってたわね。もしも知れば無事ではいられないと…」


青葉 「はい。きっとそういうことなのでしょう。大淀さんの話を聞いて、小林さんの話と合点がいきました。そして…蛇司令官の狙いも…」


龍驤 「ね…狙いって…何なんや?」


青葉 「それは…海軍への復讐を企んでいると私は思っています!」


暁  「ふっ…復讐!?」


響  「随分と物騒な話だね…。根拠はあるの?」


青葉 「はい!十分にあります!」


蛇提督は、元々、養成時代から海軍には不信感があった。そのため、どの派閥にも属さなかったという。事件を起こしたのも、その不信があったため。だけど結局、目撃者がいて、当時の海軍上層部の者達に無期懲役の刑にされる。

さらには、少なからず何らかの親交があった中森も同じ任務で亡くし、その後、両親も亡くなったことも重なり、その理由が例え逆恨みであっても全て海軍のせいにしてもおかしくないと、青葉は断言する。


天龍 「それならよう、むしろ公表してしまえばいいじゃねえか?そうすれば、自分の行為も無実になる可能性だってあるんじゃないのか?」


青葉 「そこが彼の怖いところです。暴露するタイミングを見計らっているのではないかと思います。ただ暴露するだけでは効果は薄いし、確証のない話だと思われてしまわれては意味がないからです」


龍田 「なるほど。公表するのなら、海軍側にその確証がある時にしたいわけねぇ」


羽黒 「ですが…海軍の方達は、公表されるリスクがあるのに、わざわざあの方を提督として起用するでしょうか?」


青葉 「はい。なので実際は、起用の話を持ち出したのは元帥で、当初は上層部の人間達も反対したそうです」


山城 「当然ね。そんな自分達の弱みを握ってる者を呼ぶなんて、普通はありえないわ」


青葉 「そうです。ここで考えられるのは、元帥が実は、蛇司令官と協力関係にある可能性です!」


天龍 「おいおい!?どういうことだよ、そりゃあ?!」


青葉が言うには、元帥は当時、海軍大将として、事件の軍法会議に参加しており、大淀の話からでも分かる通り、事件の真相を知っているのは確実だった。

上層部の反対を押し切ってまで彼を起用させたのは、その時、彼自身も海軍の対応に不信感を抱き、ある意味被害者である蛇提督と協力、または利用しようとしているのではないかと青葉は推測する。


青葉 「元帥を尊敬している大和さんと武蔵さんには悪いですが、大淀さんの話を聞く限りでは、何か企んでる可能性は否めないのです」


間宮 「協力関係ですか…」


初霜 「間宮さん、どうかしたのですか?」


深刻そうな顔をする間宮を見て、初霜は気になって話しかける。


間宮 「実は、以前…」


間宮は以前、蛇提督に元帥との関係を尋ねた時の話をした。

その時の彼は『生き延びる為には、嫌いな奴とでも組む』や『元帥と私の利害が今は一致している』と言ったことを話した。


天龍 「青葉の言ってることも、あながち間違ってなさそうじゃないか」


青葉 「そうでしょそうでしょ!」


間宮 「提督と元帥の間で何かの話を進めると早いわけは、元帥が元々、提督に協力的であると考えるのは認めますが、海軍に復讐をしようとしていると考えるのは、無理があるのではないでしょうか?」


事件の真相が明かされて海軍組織そのものを揺るがすようなことであるなら、何より元帥自身もその立場が危ぶまれることになる。

海軍の重要ポストにいる彼としても、組織が崩壊するような事に加担するというのは、ありえないのではないか、と間宮は反対する。


青葉 「いえいえ、元帥自身も現在の海軍上層部の人達には手をこまねいています。今日に至るまでの海軍の腐敗は、現在の上層部の重鎮達が作り上げたと言っても過言では無いのです」


元帥も、今の海軍を変革するための何らかのきっかけが欲しいと思っているはずである。その中で、海軍に恨みを持つ蛇提督はまさに利用価値がある存在なのである、と青葉は説く。


夕張 「んまぁ…提督にとっても元帥が協力者となるなら、この上ない相手よね…。例え軍法会議で自分を牢に追い込んだ一人であったとしても…。そうすると間宮さんが聞いた提督の発言も意味が通じるわね…」


青葉 「狐提督の情報を得ていたのも、海軍へ復讐を果たす、その準備の一環だったということでしょう。けれど、あの方の恐ろしい計画はこれだけでは無いと私は思っています!」


衣笠 「まだ何かあるの?!」


青葉 「私は思ったんです、古鷹の時の一件といい、狐提督の時といい、蛇司令官は艦娘が嫌いで、むしろ『勝手な行動をするような部下は組織として不適切』とまで言った彼がどうして艦娘を解体しようとしないのか…」


夕張 「それは…資源無くて代わりを建造出来ないからでしょう?」


そんな夕張の回答に青葉は「ちっちっち」と人差し指を左右に振る。


青葉 「皆さんは忘れがちになっていると思いますが、私達、艦娘は海軍にとって何なのでしょう?」


加古 「そりゃあ…深海棲艦を倒す唯一の手段でしょ…?」


青葉 「そうです!そして同時に…最大の脅威であることです!」


国の方針で「打倒、深海棲艦」の目標がある以上、政治的にもその権限を強めてきた海軍。

その地位まで押し上げてきたのは、間違いなく艦娘の存在があればこそだった。

だが、今までの海軍と艦娘との歴史が告げる通り、海軍は艦娘を恐れている。

もしも彼女達が本気で人間に反乱をすれば、対処のしようがないのである。

だからこそ、艦娘達の自由に制限を設け、悪人に利用されることを避けるため、一般人には関わらせず、その情報も秘匿としてきたのである。


青葉 「蛇司令官もこの事をよくわかっているはずです。そこで私達を海軍に復讐するために利用しようとしているのではないかと私は考えています」


榛名 「まさか!?そのようなこと…」


青葉 「無いと言い切れますか?」


古鷹の一件の時は、龍田と天龍を軽い罰で済ませ、狐提督の時は無かったことにする。

どちらも一歩間違えば自分の命が危なかったはずなのに、である。

さらに、資材集めに行くとき、艦娘に携行砲を持たせていることも不自然であると青葉は言う。


明石 「それについては私も思いましたね。夕張から携行砲を使ってるんだと聞いた時、私も驚きましたが、理由を聞いて少し違和感を感じるんですよね〜」


携行砲を持たせる理由が、蛇提督が艦娘に何か変な事をしようとした時や逃亡を図ろうとした時などに使うといいと言われたと聞いた。

だが別に、それだけのためならば携行砲を使わずとも艦娘の身体能力があれば、駆逐艦の子などの小柄な艦娘は別としても、一人の人間相手なら簡単に制圧できる。

むしろ艦娘が反乱を起こそうとした時、蛇提督が圧倒的に不利になってしまう事を考えれば、ありえない条件と言える。


夕張 「あ!」


明石の説明を聞いている時、急に何かを思い出すように、思わず声を上げる夕張。


加古 「わっ!…急にどうしたのさ?」


驚いた加古が夕張に尋ねる。


夕張 「そういえばと思ってさ…」


実は夕張にだけ、蛇提督から携行砲を保管してる金庫の鍵を置いてある場所を聞かされていた事を話す。

必要な事態となれば、許可がなくとも使用を辞さないとのこと。


古鷹 「えっ!?そうなの?」


夕張 「理由を聞いたら、『もしもの時の為だ』って…」


明石 「それでも、そんな事をする提督なんていなかったなー」


携行砲はその鎮守府の提督が責任持って保管し、許可を出さない限り艦娘は自由に使えない。

軍規によって定められている規律をあえて破る形である。


青葉 「ほうほう〜。それはつまり蛇司令官に海軍への反発心がある証拠ではないでしょうか」


衣笠 「ちょ…ちょっと待ってよ!」


衣笠は、青葉の話がそちらへいってしまうのを止めるように入ってくる。

蛇提督は例の事件もあり軍でも一部の人間の中では、彼は有名な人物だった。

だからこそ、彼を恨んでる者もいる可能性があるし、密かに命を狙う者もそれこそいるのではないかと衣笠は言う。


衣笠 「だから、『もしもの時』ってのはそういう事じゃない?」


龍田 「確かにありそうな話よねぇ」


青葉 「いえいえ、その辺は憲兵の方々が警戒してますし、携行砲を使わせるほどのことではないはずです。それこそ自分の身が危険になったら、例の事件の時のように私達を盾にすればいいだけの事です」


しかも一人だけとはいえ、艦娘に鍵の場所を教えるということは、艦娘に勝手に使われてしまう可能性もある。

そういう事態は蛇提督にとっても望まない事態であるはずなのに、まるで、あえて隙を見せてるようであると、青葉は言う。


朝潮 「それならば、私達に何かあってはいけないからそうしているのでは? 陸上でも戦えるように」


青葉 「そう、それです!その矛盾です!」


荒潮 「矛盾?」


青葉 「艦娘を保護しようとしてることです!嫌いと言ってる割には、処罰が甘いのです!」


古鷹 「確かにそうだけど…」


天龍や龍田だけではない。

古鷹が取り乱してしまった事も、響が大破して高速修復材を使わしてしまった事も、隠れて発明をしていた夕張も、強いて言うなら、喧嘩して周りに迷惑かけた暁と雷も。

大した処罰や叱責もしなかったのである。


青葉 「にも関わらず、自分の鎮守府の艦娘に限らず、別の鎮守府の艦娘も助けるような真似をしたその狙いは、海軍への脅威を減らさないため…」


龍田 「まさか…私達が海軍へ反逆することを望んでると言うの?」


天龍 「ああ!そうだよ!あいつ、そんなこと言ってたじゃないか!」


呉鎮守府で蛇提督から叱責を受けた時、『やるならもっと計画的に』ということを言っていたことを、天龍は思い出した。


龍田 「それだけじゃないわ。前人の提督の時の話をした時も、人間に反逆の意思が無いか聞かれたわぁ」


青葉 「やはり、そうでしたか!これはいよいよ、私の推測が真実味を帯びてきたことになりました!」


加古 「ちょっと待った!そんな事をして提督に何の得があるんだよ?!」


青葉 「海軍に復讐する方法は、いくつかあるという事です」


間宮 「それは…どういう事ですか?」


青葉が言うには、海軍への復讐する方法をいくつか考え、その為の準備をしているのではないかと考えている。

自分が元帥などの上級階級にまで上り詰め、敵を蹴落としていく方法。

艦娘の力を使って海軍そのものを潰していく方法。

自分を貶めた連中に復讐を遂げられるのならば、どんな手段も構わないはずである。


艦娘の反逆に関しては、「例の現象」がある限り、艦娘には人間を襲うことができない。

そこで蛇提督は、海軍特殊研究所の一員だった木村と協力して、今までの研究を基に艦娘の特性を調べることで、「例の現象」のメカニズムの解明や対処法を調べているのではないかと考えている。

木村もまた中森の同じ班の部下だった事もあり、例の事件をきっかけに海軍に復讐を考えてもおかしくない、と青葉は付け加える。


龍田 「確かに、私達の事について聞いてくることは多いはねぇ」


改二についても興味があった理由は、本当はそれが目的だったといっても、おかしくはないだろうと考えてしまう。


天龍 「現象のことについても聞いてきたしな」


戦いに勝利するために艦娘の特性を聞いてくるのは建前で、自分の狙いが悟られないようにしながら、復讐を果たす手がかりを調べていたと思うと、今までの蛇提督の言動を考えれば、無いとは言い切れなかった。


衣笠 「で…でもさ…」


衣笠が何か言いたそうであるが、言えずにいる姿を青葉は見ながら、さらに続ける。


青葉 「そして呉鎮守府で実際に司令官を見た時は、危険な方だと思いました…」


あの分析力と判断力、思考の緻密性…。霧島の言っていたことも、あながち間違いじゃない。

さらに極め付けは、意図してかそうでないのかわからないあのカリスマ性。

樹実提督にも靡かなかった金剛を一目惚れさせ、他人に興味なさそうな島風や北上の興味を引き、ましてや堅物の長門にも好感を抱かれてるのは相当なことである、と青葉は続ける。


北上 「別に他人に興味がないわけじゃないけどさ〜。まあ、興味をそそられるというのは本当かな〜」


青葉 「それです!私達は彼が、艦娘を盾にして逃げるほどの悪人だとわかってるはずなのに。なぜだかそのミステリアスな雰囲気に思わず、魅かれてしまうのです!これを悪用されればこれほど怖いものはないです!」


扶桑 「ですが…あの方が仰る言葉は悪いものだけではありません。それこそ、私達を励ましたり、勇気づけたりするのです」


衣笠 「そ、そうよ!青葉は知らないだけで、時には良いことだって言うのよ!」


青葉 「だからそれも、先ほど言った通り、私達を復讐に利用するための偽善なのです!騙されてはいけません!」


そう言われてしまうと100%否定できない。

だから、蛇提督に好感を抱きつつある艦娘達も言い返すことは出来なかった。


龍田 (目的は他にもありそうねぇ…)


衣笠に対しての青葉の反応を見ながら、龍田は改二お披露目会していた時の青葉の様子を思い出していた。


青葉 「例の事件で犠牲になった艦娘達の二の舞になりたいのですか?好感を抱いた艦娘から、あり得ない命令だってするかもしれないのです」


朝潮 「それは、あり得ません!」


突然、朝潮が声を荒げる。


青葉 「ほう。どうして、そう言い切れるのか教えていただけませんか?」


挑発するように青葉が尋ねる。

よほど自分の推測に自信があるようだった。


朝潮 「そ…それは…」


条件反射で言ってしまったのか、先程とは反対に言えなくなってしまう朝潮。


龍田 (もしかして…)


朝潮が答えられないのは、昨夜、蛇提督と話した事なのだろうと龍田は察する。


朝潮の表情は困惑した顔だったが、手は強く握りしめて、わずかに震えてる。

その様子を見て言い出したのは、雷だった。


雷  「大丈夫だわ!」


何事かと皆が雷の方へと目を向ける。


雷  「どんなことでも、私は笑ったり怒ったりしないわ!どんなことでもちゃんと聞く!」


力のこもった眼差しで雷は朝潮を見る。


雷  「話すかしないかは、あなた次第だけど…。今、話したいと思ったなら、その心に従うべきだと思うの!」


暁  (あ…)


近くで聞いていた暁が雷の言葉に一瞬ハッとした表情をする。


雷  「あの司令官のことなら私も……私も色々と知っておきたいの!」


響  「響も…知りたい…!」


電  「電も…なのです!」


雷の言葉に呼応するように響と電が言う。


青葉 「青葉は一記者として、一人一人の意見を尊重するのです!」


と言うものの、半分そうであってもう半分は、あの司令官の情報を聞き出せるということなら歓迎するという、青葉の思惑もあった。


朝潮はまわりを見渡す。

他の艦娘達も沈黙と眼差しを以って朝潮に答える。


羽黒と荒潮、そして朝潮は、互いにアイコンタクトで、「話しても良いんじゃないか」と決めるのであった。


朝潮 「では…お話しします」


そうして、朝潮は昨夜の蛇提督との出来事を語り始めるのだった。




―――昨夜 執務室―――


昨夜、全ての艦娘達が就寝の準備を始めた頃。

朝潮、荒潮、羽黒の三名は蛇提督と事前に約束した時間に執務室へと赴いていた。


部屋へ入ってみると、蛇提督がユカリを抱きかかえながら、ユカリの頭を撫でて座っている。


蛇提督「そこのソファに腰掛けておけ」


蛇提督の言う通り、三人はソファに腰掛け、蛇提督もユカリを抱きかかえたまま、彼女達から見て向かい側のソファに腰掛けるのだった。


蛇提督「では聞かせてもらおう」


そうして朝潮達は蛇父と関わった任務の出来事を語り始める。



―――5年前 シンガポール基地―――


羽黒 「え…えっと…輸送艦護衛任務で参りました。重巡洋艦の羽黒と言います」


羽黒を始め、朝潮、荒潮、皐月、磯風、浦風が簡単な自己紹介を兼ねて敬礼をする。


蛇父 「うむ。よろしく頼むよ」


羽黒達と同じく敬礼で返す目の前の男性は、今度の輸送艦隊の司令官であり、三隻いるうちの一番艦の艦長である。階級は中佐だった。

かなり渋い顔つきだが、穏やかな雰囲気を纏っているので、不思議と怖い印象が無い。初対面の相手に億劫になりやすい羽黒でさえも、護衛任務の詳細を打ち合わせしている時はすんなり話を進められたという。


羽黒達と輸送艦隊がシンガポールを発ち、目的地である佐世保鎮守府を目指す。

途中で深海棲艦との会敵もあったが、難なく撃退し、航路を順調に進んだ。

そして、前から中継地点として予定していた高雄警備府に寄港する。

台湾政府との公約で、現在、台湾海軍が使用している軍港の一部を借りている場所だった。

目的の佐世保まで目と鼻の先である。


羽黒達は一旦、補給を兼ねて休息を取る。

補給を終え、行く所もない羽黒達六人は出撃ドックの側の岸壁の上で集まって休んでいた。

だがそこは、一般の海兵達も往来するところでもあったため、若い海兵達が好奇の眼差しで彼女達を見ていることも多かった。

その眼差しが明らかに尊敬とは無縁であることがわかるため、彼女達も居心地が悪い思いをしている中、彼女達を見ている集団に対して一人の男が怒鳴りつける。


蛇父 「何をしている!! 早く持ち場に戻らんか!!」


雷でも落ちたかのようなその雰囲気に圧倒された海兵達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


蛇父 「悪かったな、嬢ちゃん達。これでも食べて許してくれ」


そう言って渡してきたのは、煎餅が入った包みだった。

その時の表情は先程の怒った顔とは打って変わって、とてもにこやかになるものだから、彼女達も自然と笑顔がこぼれるのだった。


磯風 「中佐殿、先程は助かったぞ! 礼を言う」


浦風 「中佐、素敵だったじゃけえ〜」


蛇父 「困っていたようだったのでな。助けられて何よりだ」


皐月 「この煎餅、おいしいよ!」


荒潮 「なかなか、いけるわぁ〜」


朝潮 「何から何まで…お気遣いありがとうございます!」


蛇父 「気にしなくていい。助かっているのはこちらの方だからな」


羽黒 「そんな…私達はただ任務をこなしているだけですから…」


彼らのやり取りは、とても和やかなものだった。

彼女達がそうなれたのは、蛇父の父親のような雰囲気が、彼女達を安心させたのである。


そんな中、一人の海兵が蛇父のもとにやってきた。


海兵 「伝令です!」


敬礼して彼はその内容を伝える。


蛇父 「ふむ…そうか。目処は?」


海兵 「…小一時間ほどかと」


蛇父 「わかった。何かあれば、また連絡を頼む」


海兵 「了解です」


敬礼して彼は立ち去っていた。

羽黒達の方に向き直った蛇父は、どうしたのだろうという怪訝な表情を浮かべている彼女達に報告の内容を説明する。


蛇父 「三番艦がボイラーの不調で、しばらく修理にかかるそうだ。年代物だから仕方がないな」


羽黒 「そうですか…。でも航行途中で何かあっては大変ですから、現時点で見つけられたのは幸いです」


蛇父 「そうだな。早く直ってくれるといいのだが…」


穏やかで落ち着きのある蛇父が、少し焦りを見せている。

それを見た浦風が「どうかしたんけぇ?」と尋ねる。


蛇父 「この任務を終えたら、一度故郷に帰るつもりなのだ。ちょっとばかし問題があって、妻が心配なんだ…」


磯風 「奥さんの身に何かあったのか?」


蛇父 「厳密には、私の息子だがな…」


つい先日、蛇父の妻から手紙が届き、その内容に驚いた事を話す。

同じ海軍に入隊して間もない自分の息子が、海軍への反逆罪の罪で捕まったことが書かれていた。

だがそれ以外は詳しくわからず、手紙の文面からだけでも妻が酷く困惑し心配していることが見てとれた。

この手紙が書かれ自分の所まで届くのに、早くても一ヶ月近く経ってるはずなので、中佐は上官に無理を言ってでも、妻の様子を心配して早く故郷へ帰るつもりだったという。


朝潮 「それは一大事なのです!」


皐月 「そういう時って居ても立っても居られないよね…」


磯風 「しかし、中佐殿はこれほど立派な方であるのに、あなたの息子は親を心配させるとはな…」


荒潮 「ンフフ〜。やんちゃな子なのかしらぁ〜」


羽黒 「そ…そういうわけでは無いんじゃないでしょうか…?」


本気か冗談かわからない荒潮の言葉に羽黒が戸惑う。


蛇父 「私の息子は、安易に反逆などとする子ではない。あれはしっかりと自分の考えを持った子だからな」


磯風 「では、何か考えがあって、そうしたと思っているのか?」


蛇父 「いや…むしろ…」


何か思い当たる節があるのか考え込むように俯く蛇父。


浦風 「むしろ……何かあるんけぇ?」


蛇父 「いや……私の考えすぎだろ。どちらにしても事件の詳細を聞くためにも、一度本部へ行くしかない。妻と息子にも直接会いたいしな」


羽黒 「無事であるといいですね…」


皐月 「ねえ!中佐の故郷の話聞かせてよ!僕、興味あるな〜」


話が一段落したところで、切り替えるように元気な声で皐月が提案する。


浦風 「ウチも聞かせてほしいわー。中佐のこと、もっと知りたいんよお〜」


蛇父 「まだ時間はある。別に構わないぞ」


そうして、蛇父は自分の故郷のことを語る。

海がすぐそばにある、のどかな村で、海から吹く風はとても心地良いなどなど、最初こそ村の話をしてたのも束の間、段々と自分の家族の話をし始める。

特に息子の話が多く、その言葉には穏やかな蛇父でも熱がこもっていた。

息子は、自分に似て落ち着きがあり、妻に似て意志の強い子だという。

ただ、突然変異か何かで特異な目を持って生まれてきてしまったため、周りからは忌避されてしまう。

自分達もその子の親として、忌避される対象だったが、その事で一度だけ息子が激怒して相手を殴りつけることもあった。

でもそれからか、彼はより一層大人しくなり、時々、泥や怪我だらけで家に帰ってきても「転んだだけ」と言うだけで、口数も減り、感情を表に出すことも無くなったのであった。

それでも、いつからか自分と同じように航海士になって海に出たいと言うものだから、守ってやりたくて仕方なかったという。

だが、辛いことも苦しいことも言わなくなって、何もかも背負い込んでるような姿を見ると胸を痛まずにはいられなかった。

息子の為に何かしてやりたかったが、どうしてやれば良かったのか今もわからないのだという。

だからせめて、今回の事件についても、何か無理しているのなら助けてやりたいと、蛇父は語った。


蛇父 「そうだ…。もしもなんだが、伝言を頼まれてもいいか?」


朝潮 「はい。何でしょう?」


そうして聞かされたのは、例のあの伝言だった。


磯風 「なぜ、そのような事を私達に託すのだ?帰った時に直接言えば良いだけではないか」


蛇父 「それは、そうなのだがな…」


蛇父が言うには、妻の手紙によれば、妻は捕まった後の息子に会えていないそうだった。

自分が戻っても、もしかしたら会えないかもしれない。そうなれば息子に会える機会がまたいつ来れるかわからない。

だけど、息子の無実を信じてる。いつかきっと、それが証明されて釈放されるかもしれない。

そうなった時、息子に会える可能性があるのは、今の自分と同じように、艦娘達の方かもしれない。


蛇父 「ただ、君達が一番早く会えるかもしれないと思った。これを託せるのは君達しかいない。そう思ったのだ」


朝潮 「わかりました!必ずやお伝えします!」


蛇父 「ハハッ。会えたらでいいよ」


蛇父は真面目すぎる朝潮に対しても、子供を可愛がるような眼差しで笑うのだった。


海兵 「中佐、お取り込み中、失礼します!」


再びあの海兵が伝令を伝えに来た。

どうやら修理を終えたらしく、その報告に来たようだった。


蛇父 「そろそろ出港だ。」


皐月 「話、とても面白かったよ!」


浦風 「家族の話はいつ聞いてもええなぁ〜。ウチも同じ陽炎型の姉妹に会いたくなってきたわぁ〜」


磯風 「中佐の家族を思う心…しかと聞かせてもらった。良い学びの場になった」


朝潮 「中佐のお話、とても感動いたしました!」


荒潮 「また聞かせてほしいわ〜」


羽黒 「ご家族の方と再会できること祈ってます」


蛇父 「ああ、私も久しぶりに故郷の事を話せて、とても良かったよ」


そして彼女達は持ち場へと戻る。これが蛇父との最後の別れになるとも知らず…。

ここからは彼女達が後に生き残った海兵達から聞いた話を混じえて語ることとする。


高雄を発って数分後。電探に敵影を見つける。

輸送艦隊の進行方向から見て、五時の方角からいくつかの敵艦隊がこちらを追いかけるように迫ってくる。

積荷も多く、年代物の輸送艦ではすぐに追いつかれてしまうと判断した羽黒は迎撃体制をとることにする。


護衛の仕方であるが、三隻の輸送艦は縦一列の単縦陣で航行し、それを囲むように羽黒達が同航する。

敵が後ろから来るということで、一番先頭にいた羽黒と左舷側にいた朝潮が交替して、羽黒達五隻は後ろから来る敵艦隊の迎撃をする。

戦闘の巻き添いを食らわないため、艦隊は羽黒達を置いて先行する。佐世保までもうすぐだったからだ。


朝潮 (ん? あれは…)


遠目の海面に何かの影が見えた気がした朝潮。

今日の海は晴れているのにも関わらず、波が少し高い。だから目視ではなかなか遠くをじっくり見る事ができなかった。


朝潮 (あれは……魚雷!?)


酸素魚雷の類で雷跡が見えにくいタイプのようだった。だから発見が遅れてしまう。

だけどそれ以上に、数が尋常じゃない。少なくとも二艦隊分が一斉射撃した数はある。


蛇父 「全艦、回避!」


魚雷接近の報は、一番艦のブリッジで指揮を執る蛇父のもとにも伝わる。


朝潮も必死に魚雷処理にあたるが、魚雷が広範囲かつ大量のため、厳選して処理しなければならなかった。

そして敵の魚雷群の一つが、一番艦の左舷後部に直撃する。


ドゴーーーン!!!


大きな爆炎を上げる。

直撃した魚雷が、先ほど朝潮が処理していた魚雷の中で、あと一つ間に合わなかったものだったと思うと悔しくて仕方がない。


朝潮 「このままじゃ守りきれない!」


朝潮は魚雷が来た方向へと突撃する。

相手は間違いなく、かなりの数の潜水艦隊だろう。対潜装備が十分とは言い難いが、それでも敵の注意がこちらに向けばそれでいいと思った。

朝潮は自分が盾になるつもりだった。


ソナーに感あり。敵を捕捉。朝潮は最大戦速で近づき、爆雷を投げつける。

ドーンと命中した感触はあった。だが、再び敵の潜水級は一斉に魚雷を放つ。

目の前にいる朝潮はものともせず、全て輸送艦隊に向けて放たれる。やはり狙いは輸送艦だけのようだった。


そして放たれた第二波は、二番艦の左舷側の前部に、三番艦も二番艦とほぼ同じ場所に命中してしまう。


蛇父 「状況は?」


被害が広がり、海兵達に動揺が広がる中、蛇父だけは落ち着いていた。


海兵A「二番艦、三番艦共に被弾し炎上はしてるものの損傷は軽微、多少の減速はあれど航行可能だそうです!」


中佐 「この艦はどうだ?」


海兵A「鎮火には成功しましたが、推進部を損傷して、かなりの減速が予想されます!」


中佐 「具体的には?」


海兵A「第ニ戦速が限界だそうです…」


第二戦速……そのスピードでは後方から迫る敵艦隊どころか斜め前方から迫ってくる潜水艦隊すらも振り切れない速度だ。


蛇父 「後方の艦娘達はどうなっている?」


海兵B「迎撃にはある程度成功。駆逐艦三隻を前方の応援に向かわせると報告あり」


羽黒達は前方の潜水艦隊への対応をするために、羽黒と磯風が引き続き後方の迎撃に当たり、荒潮、浦風、皐月が最大戦速で追いかけていた。


蛇父 「ふむ…。後方はなんとかなりそうか…」


蛇父は少し考えたあと、決断を下す。


蛇父 「全艦に告げろ。本来の方角から二時の方角に転進。単横陣の形を取れ。一番艦の影になるように速度を調整しろと伝えろ!」


海兵C「まさか…この船を盾にするおつもりですか?!」


蛇父 「このままでは全艦、撃沈されるのも時間の問題だ。艦娘達の応援が来るまで時間を稼げればいい」


敵の潜水艦隊から見れば、縦一列に並び、一番艦を盾にすることで被害を最小限に抑えるつもりのようだった。


蛇父 「よって、この艦の乗組員全員に退艦命令を告げろ。…ここは私一人残れば十分だ」


今、戦いが起きていることを忘れてしまうほど、その場の空気が一瞬静まり返った。


海兵A「いえ、私も残ります。中佐のお考えを達成させるならば、お一人ではできません」


海兵B「私も残ります。エンジンの出力などは常に確認してなければなりませんから」


蛇父はすぐ断ろうと言いかけたが、彼らの目が既に覚悟を決めてることを、目を見て察する。


蛇父 「……すまない」


彼らの色々な思いを受け取ったかのように、低い声で返す。


海兵C「で…では、私も!」


海兵A「君は退艦だ」


海兵C「な…なぜですか?!」


自分だけ置いてけぼりを喰らったかのように思った海兵Cは問い返す。


海兵A「君はまだ若い。それに故郷に結婚したばかりの妻を残したままだろう?」


海兵C「家族がいるのは、皆さんも同じでしょ?!」


海兵B「残るべき最低人数はもう埋まってる。君は必要ないのさ」


海兵C「私がそんなに足手まといなのですか?!」


怒りの感情に流されそうになった海兵Cを諭すように蛇父は答える。


蛇父 「そうじゃない。君にはまだやるべき事があるということだ」


海兵C「やるべきこと…?」


蛇父 「これからの新兵を育てる必要もあるだろうし、私達が教えた航海術や艦の知識を他に教えていく必要もある。そして何より…」


海兵C「な…何ですか?」


蛇父 「私達がどのように戦ったのか、だ」


海兵C「…っ!」


その言葉で海兵Cは蛇父達の思いをわかったような気がしたのだった。

そして、その時の蛇父達の清々しい笑顔は忘れられないと後に語っている。


蛇父 「これを君に渡しておく」


そう言って、蛇父達は海兵Cに投げて渡す。

それは兵士一人一人が持っているドッグタグだった。


蛇父 「もしも、私の妻に会えたら伝えておいてくれ。すまない、息子を頼む。とな」


他の海兵達も海兵Cに一言言い残す。


海兵C「……わかりました。ご武運を…!」


噛み締めるように答え、敬礼で以って敬意を込めた別れの挨拶をする。


蛇父 「君にも」


同じく蛇父達も敬礼で返す。


海兵Cにとって、これが彼らとの最後の別れとなった。

そしてボイラーの調子を最後まで見届ける整備士達も何人か残り、それ以外の一番艦の乗組員達は艦を捨てて海へと飛び込んだのだった。



朝潮 「どうしたのですか?!こっちを見てください!私が怖いのですかっ?!」


朝潮は言葉が通じるかもわからない潜水級達に必死に挑発する。

だが、相手してくるのは攻撃されたものだけで、他は朝潮に見向きもしない。

波で揺れることもあって、なかなか爆雷が当てづらいこともあり、一人だけで全てを処理するのに困難を極めた。


朝潮 (このままじゃ…このままじゃっ…!!)


段々と焦りになっていくのが自分でもわかる。潜水級達はまた狙いを定め、発射体勢に入っているのがわかる。

そしてその悪い予感は現実になる。再び潜水級達が朝潮の目の前で一斉に魚雷を放つ。



荒潮 (お願い…間に合って!!)


皐月 (早く!早く!!)


浦風 (ウチは…ウチは中佐に生きててほしいんや!)


三人は急いだ。羽黒達に「中佐をお願いします」と託され、必死になっていた。


無線連絡でも聞いたが、遠目からでも輸送船の陣形が変わったことがわかる。

中佐が危ない。彼女達はただ祈る思いで走り続ける。


そしてやっと一番艦を目の前にするまで追いついたその時だった。


ドゴーーーン


大きな爆炎が一番艦を包む。

魚雷が命中したところは、こちらから見ても予想できた。

きっと左舷のほぼ真ん中、ボイラーのあるところに命中したのだろう。

誘爆も含めた爆発で、ブリッジも一瞬で吹っ飛んだのも彼女達には見えた。

そしてその爆発の音は、羽黒と磯風、朝潮にもよく聞こえたのだった。


そして三人は朝潮に追いつき、潜水級達の殲滅に成功する。

戦いは終わり二番艦、三番艦は犠牲者を出したものの生き残ることができた。

その後、一番艦の生存者を探し救助するため、一旦、その海域で留まった。


羽黒達も周辺を警戒しつつ、救助活動に当たる。

この時、朝潮は助けた海兵一人から中佐と何人かが艦に残ったことを知ったのだった。


救助活動は終わり、再び目的地へと出発する。

船体のほとんどが沈んでも、まだ黒煙を上げる一番艦に皆が敬礼して、その場を後にするのだった。


輸送艦隊は当初の予定とは違い、舞鶴へと向かった。

現在、本土が攻撃されているという連絡が伝わったのだ。佐世保では危険と判断し、比較的、敵の数が少ない舞鶴に航路も変更して向かうこととなった。


そして無事に輸送艦隊は舞鶴港へと到着する。

そこで偶然にも朝潮達は海兵Cに会い、ブリッジでの最後のやり取りを聞いたのだった。



―――現在 執務室―――


蛇提督「そうだったか…」


朝潮達は一通り話し終えた。話を聞き終えた蛇提督の様子を朝潮達は窺う。

一瞬悲しそう顔をしたように見えた気がしたが、やはりいつもの無表情の顔のままのようにも見えた。

彼女達が思っていたほど、蛇提督は動揺を見せることは無かったのである。


羽黒 「申し訳ありません…。私の判断ミスなんです…」


荒潮 「違うわぁ。後方の敵をもっと早く撃破していれば…」


朝潮 「私がいけないんです。私が焦りさえしなければ…」


蛇提督「やめろ。ここでその話をしても無意味だ」


呉鎮守府でも話したが、戦いに正解はない。絶対もない。

既に結果が出てしまっている事に対して、あれこれ悔いてもどうにもならないと、蛇提督は言う。


朝潮 「中佐の『息子を頼む』と言うお言葉は私達にも託されたような気がしました。私達が中佐への恩を返す方法は司令官をお支えすることだと、私は思っています」


蛇提督「……」


先程より蛇提督の顔が少し険しくなる。


羽黒 「わずかな一時でしたが…中佐が私達に下さったものはそれだけ大きいものなのです」


荒潮 「息子を助けられなかった中佐の無念を晴らすことにもつながるわぁ」


朝潮 「ですから…司令官が何か抱えていることがあるなら、私達にも教えてほしいのです」


「抱えていること」、それは例の事件の事についての話でもある。

蛇提督の父が息子の事で何か心当たりがあったように、彼女達も例の事件については何か裏があると思っているという意味でもある。

それが艦娘と関わる事であるならば、なおさらのことだった。

だからこそ、同じ艦娘である自分達に何かできることがあるのではないかと、彼女達なりの勇気をもって蛇提督に言う。


蛇提督「この際だから、はっきり言っておくが…」


だが、返ってきた言葉は彼女達の思っていたものと違った。


蛇提督「迷惑だ。確かに父が最後まで私のことを心配してくれていたことがわかったのは良かったが、それをお前達がやる道理はない。そもそも父はそこまで頼んだわけではないだろ」


朝潮 「そ…それは…そうなのですが…」


蛇提督「お前達の役目は伝言を伝えること。もう役目は終えている。」


羽黒 「で…でも…」


蛇提督「もうこれ以上は、私と父の親子の問題だ。他人が踏み込んでいい話ではない」


荒潮 「っ!」


そう言われてしまうとどうにもできなくなってしまう。

蛇提督の言葉に押し黙ってしまう三人だった。


蛇提督「…それと一つ、忠告をしておこう」


三人は何を言われるのか、緊張気味に待つ。


蛇提督「死人の為にやろうとすると、いつか死人に呼ばれるぞ」


三人はドキッとする。

意味深で、わかりそうでわからないその言葉に恐怖さえ覚えた。


蛇提督「もうだいぶ夜も更けた。自分達の部屋に戻るといい」


朝潮が何か言おうとするが、それに気づいた荒潮が止めるように朝潮の肩にそっと手を置く。


朝潮 「…はい。では失礼させて頂きます…」


朝潮はどこか納得しきっていない表情を浮かべつつも、その場を立ち去る事にする。


三人が執務室を出て行った後、蛇提督は、口からこぼれるように呟く。


蛇提督「フッ…俺も人のことは言えないな…」


それまでずっと蛇提督のそばで大人しくしていたユカリが「ニャア〜」と鳴きながら蛇提督に頭を擦りつけたりして甘えてくる。蛇提督はそれに対して頭を撫でて応える。


その時の蛇提督の表情はとても寂しい表情をしていた。

それはいつの時か夕張が見た、あの時の表情と一緒だったのであった。





―――現在 食堂―――


天龍 「なんだよ、それ…。思いを踏み躙るような事を言いやがって…」


天龍自身も自分と小豆提督とのこともあって、朝潮達の話は自分のことのように憤りを感じていた。


羽黒 「私達はいいのです…。実際、出しゃばったことをしているのは間違いありませんから」


初霜 「そんな事ないわ。役に立ちたいと思う心は誰にだってあると思います」


荒潮 「結局、中佐が息子をよく思っていたのはわかっても、息子の方が父をどう思っていたのかわからなかったわぁ。だから、余計なことをしたんじゃないかと心配…」


間宮 「そんな事は無いはずです。ずっとわからなかった親心を知れて良かったと提督は思っているでしょうから」


それについては自分も同じだと、間宮は心の中で思いながら朝潮達を励ます。


夕張 「『死人に呼ばれる』か…。気になる言葉よね」


加古 「普通に受け取ったら、お前達も死ぬぞ、って意味に聞こえるけどね…」


時々、蛇提督は意味深な言葉をふっと言う癖がある。それを知っている二人をはじめとする何人かの艦娘達はその言葉の意味を考える。


朝潮 「だから思うのです。そのような言葉を私達に言う司令官が、私達を利用して無茶な命令をするなんてあり得ないと思ったのです」


龍田 「確かにそうよねぇ。自分の為に働いてくれると言う艦娘は願ったり叶ったりだしぃ、それが他の鎮守府の艦娘となれば、価値があるものねぇ」


古鷹 「それを敢えて断るのは変だよね…」


衣笠 「ほ…ほらぁ、青葉の推測とは矛盾してるわ」


榛名 「それに…お姉様の好意に対しても、はっきりと提督は拒絶されました…。しかもお姉様に『自分の為に死ねと言われたらするのか?』と…。艦娘を利用して復讐を望むのであれば、あのような質問はされないと思うのですが…」


青葉 「ふむ…。なるほど〜」


かなりの反対意見を出されても、青葉は動じていなかった。


青葉 「そうですね。金剛さんのこともあって、確かにその線は薄いですね…。ですが、私達がもしも反逆するとして、あくまで艦娘達だけでやらせようと考えているなら、どうですか?」


加古 「どういうことさ?」


艦娘達自ら反乱を計画し実行に移してくれることの方が蛇提督にとって好都合だという。

蛇提督自身が主導して反乱を起こせば、それこそ本当に国からも世界からも追われる事になるが、艦娘達だけの犯行になれば、自分はあくまで被害者側になれるし、海軍が倒されればそのどさくさで自分だけ逃げることも可能だということ。復讐は果たされ自分は自由の身になれる。

これだけ好都合な事はないと、青葉は説明する。


青葉 「だから天龍さんにも、『もっと計画的にやれ』と言ったのではないでしょうか」


天龍 「うん…確かに…」


龍田 「一理…あるわねぇ…」


艦娘達が将来、人間に反逆するにしても、あの時点で狐提督を殺してしまえば、さらに艦娘達の立場は悪くなっていただろう。それを見越した上で二人を止め、我慢するように言いつけておく。いつかその不満を爆発させるために。

でも殺そうとしたことに対しては、本人にとっても咎める気が無かったから、不問にしたとも見て取れる。

携行砲もわざとチラつかせるように隙を見せているのは、いつでも反逆したい時に使わせるためと考えるならば、辻褄が合うと思ってしまうのだった。


朝潮 「で…ですが…」


朝潮としては、そんな事はないはずだと言いたかったが、それを裏付ける確証がないので言うことができなかった。

朝潮に限らず、他の者も同じような理由で黙ってしまう。

そんな重い空気の中、それを跳ね除けるように言う者がいた。


雷  「私は話を聞いてて、わかったことが一つあったわ!」


皆が少しびっくりして雷に注目する。


雷  「司令官は過去の事より今の方が大事だって言いたかったのよ!」


羽黒 「それは…どういうことでしょうか?」


雷  「中佐に恩返しするという思いは良いことよ!でも、それに囚われすぎて、今あるものを見失ってはいけないの!」


朝潮達は、中佐を助けられなかったという後悔する思いと中佐が息子に会えなかった思いを混同させてしまっているのだと、雷は語る。

さらに言えば、中佐を助けられなかった後悔を中佐が気にしていた息子を助けることで穴埋めをしようとしている。

でもそれは、過去に囚われたままになってしまい、その後悔によってできたその穴も、きっと埋めらることはなく、満足感も得ることはないだろう。


雷は朝潮達の話を聞いて思ったのだった。

かつての自分も「前の雷」になるために奔走していた。それは「誰かの役に立ちたい」という思いと混同してしまい、いつしか忘れてしまっていた。

そして、どんなに頑張っても「前の雷」になれなかったことを自分が一番よく知っている。

司令官は全て聞いた上で、「前の雷」になれない事をはっきりと言い、違うことを考えさせようとした。

きっと私の話を聞いて、私の根底に「役に立ちたい」という思いがあることに気づいていたのかもしれない。

司令官が、自分が今までしてきたことを一度やめさせ考え直す時間をくれたように、第二の自分になりかけてる朝潮達を止めることが、今の自分に出来ることだと思った。


雷  「司令官は過去のことを考えるのではなく、今を考えるように言うわ。今自分が何をやれるか、これからどうするか」


朝潮 「今…ですか…」


雷  「一見、冷たい言葉に聞こえる最後の言葉も、本当は父の思いに囚われる必要はない、他にすべき事があるだろうって言いたかったのだと思うわ!」


例え悪い感情ではなくとも、流されてはいけない感情があることを雷は知った。

周りはどうであれ、まず大事なのは本人の心の様相。

何が大切なことかを見極める心を持つことが必要であることを、司令官との会話をきっかけに自分が気づいたことだ。

吹雪が言っていたように、「本当に人を大切にすること」がどういうことかを教えてくれた司令官には感謝の気持ちもあったのだった。


響  「響も雷と同意見。司令官はいつも解決法を模索する人だよ」


電  「電も…そう思うのです!司令官さんは過去のことについて悪く言う方ではないですし、私達の思いも無下にする方でもありません!」


電と響も蛇提督と話した記憶から、はっきりと言う。


龍驤 「そうやな。それは間違いないで」


初霜 「はい。冷たい言葉だったかもしれませんが、皆さんのお気持ちだけは受け取っていると思います」


過去について是もなく非もなく、ただその事実を受け止めるだけ。具体的な何かの解決につながったわけではないけど、それでもきっとその悩みを解決するために行動する蛇提督の姿勢は彼女達にとってもいつの間にか大きなものとなっていた。


古鷹 「提督がこれからの事を大事にしている事は確かだよね。過去の事で俯く必要はないと教えてくれたのも提督だから…」


加古 「最終的な目的がどうであれ、胸を張れるようになったのは提督のおかげかな…」


夕張 「何が良くて何がダメなのか、自分の中ではっきりしてる人よね…。だから良いことを思いついたなら案外許してくれるかもよ」


間宮 「いろんな思惑があの方にあるのかもしれませんが、その中に私達に対するあの方なりの優しさがあると私は思っています」


実際、彼の言葉で過去の束縛から脱したことは、彼女達にとって紛れもない事実だった。


扶桑 「例え私達が利用されているのだとしても、提督は私達を見捨てずに、ここにいさせてくれる。それだけでも嬉しいことなのです。山城はどうですか?」


山城 「私は……姉様がよろしければ、それで…」


ただ置いておくわけではない。いつか活躍できるその時まで諦めきれない気持ちを保てたのも提督の言葉あればこそだと扶桑は付け加える。


衣笠 「提督のおかげで、確かにこの鎮守府では色々な事が変わりつつある。私が改二になれたのもその現象の一つかもって思ってる」


龍田 「そうねぇ。あの提督が来てから色々なことがあったものねぇ」


最初は心の無い人間だと思っていた。

でも皆の話や彼に直接関わる事で、本当のところはどうなのだろう、と気になる存在になってきた事は確かだった。


天龍 「フン……」


天龍は腕組みして皆からそっぽを向く。

この横須賀鎮守府の艦娘達が変わり始めたのは、本人もよくわかっている。

だからこそ、彼女達の言葉を否定することは無かった。

ただ、あの男のおかげだと認めたくないだけ。

小豆提督とは全く違う彼をまだ信じたくなかった。


朝潮 「そうなのですか…。」


荒潮 「私達がどうこう悩むより、ここの娘達に任せれば大丈夫そうねぇ〜」


羽黒 「はい。…大事なのは今ですね。もうあの悲劇をくり返さない為にも…!」


雷  「そうよ!その意気よ!」


励ます時の雷の笑顔と元気な声は、見るもの聞くものに元気をくれる。


電  「きっと大丈夫なのです!」

響  「司令官のことは任せて」


雷の言葉に呼応するように二人は言う。


間宮 (雷ちゃん…変わったわね。何か自分の中で見つけられたのかしら)


雷の言葉には間宮を始め、皆が驚いていた。

でもこれは良い兆しなのだと、少しホッとするような安心感を覚える。

そんな中、暁だけは俯いて一人何か考えているようだった。


朝潮 「ありがとうございます…。司令官とはもう少し話してみたいです。あの方を知るためにも…」


北上 「私も賛成〜。個人的に聞きたいことあるしね〜」


榛名 (私も…。怖がってばかりいられません…!)


榛名は朝潮達や皆の話を聞いて、一人心の中で「蛇提督と話すぞ」と決意をする。


青葉 「まあ、ここはそういう事にしておきましょう。とても良い話なので水を差す気にはなりません」


と、やれやれという感じに引き下がる青葉。

それを見ていた龍田が唐突に質問する。


龍田 「ねえぇ、どうして青葉はここの鎮守府に転属になったのかしらぁ?」


青葉 「言ってませんでしたっけ?」


呉鎮守府の作戦で艦隊を組ませるのに余ってしまったこと、加えて作戦内容から見て呉鎮守府より横須賀鎮守府の方が適任ということで急遽異動になったと、青葉は伝える。


龍田 「そう…。でも、本当にそれだけぇ〜?」


だが龍田は何かを見抜いているのか、一笑しながら圧のある質問をしてくる。


青葉 「や…やだなぁ〜。それだけに決まってるじゃないですか〜」


アハハっと笑って誤魔化す青葉。

でも、青葉をよく知っている者達は「何か隠してるな」と感づく。


青葉 「それにしても、大和さんと武蔵さんは大丈夫でしょうかね〜?」


明らかに話題を逸らした青葉だったが、それ以上他の娘達は追求しなかった。

大和と武蔵のことを心配する話題になりながら、食堂では彼女達の談話はその後もしばらく続くのだった。



一方その頃、大和と武蔵はというと………。



大和 「武蔵、本当に携行砲を持ってこなくて良かったの?」


武蔵 「ああ、大丈夫さ。一つは大和が持っているし、私ならばこの拳があれば充分だ」


二人は蛇提督が運転する2トントラックの助手席に座っていた。


大和は自分の右隣にいる蛇提督をチラッと見る。

横須賀鎮守府を出発した時から彼はずっと黙って運転をしている。


そもそもよく考えてみれば、横須賀鎮守府に来てから蛇提督とはまともに会話をしていない。

「待機中は自由だ」と言われたのが最後で、命令らしい命令はそれ以外無かった。

蛇提督は横須賀鎮守府に戻ってからは、執務室に閉じこもって溜まった日課を片付けつつ、他の何かをやっていたようだった。

秘書艦の龍田さんの話によれば、今後の艦隊運営に必要な資源と資材の割り出しをしつつ、艦隊編成の考え直しもしているという事だった。


そんなわけだから、自分達には仕事らしい仕事をまわしてくることはなかった。

だからあの時、思い切って執務室へと行ってみたのだ。

執務室へお茶を出しに行こうとしていた間宮さんを引き止め、わざわざ代わってもらったわけなのだが、既に他の娘達に先を越されてしまっていたので、彼と話す時間を設けることが出来なかった。

だけど、無駄では無かった。ほんの少しでも蛇提督と話してわかったことがある。

彼は、口が辛辣なだけで根は謹厳なのだということ。

ギリギリの資源と資材で艦隊運営をして、なおかつ敵に勝利するための作戦を考案し準備をする。

そしてそれが自分の為だけではないというなら、確かに他の提督より自分達を使ってくれる可能性はある。

でも本当にそれだけが、元帥が彼を選んだ理由なのか?

間宮さんから聞いた話によれば、元帥は蛇提督のやることに随分と協力的だそうだ。

元帥が認める何かを、彼は持っているのだろうか?


そんな事を考えていた大和はある疑問を思いつく。

そしてその疑問を思い切って蛇提督に聞いてみる。


大和 「…提督、今よろしいですか?」


蛇提督「何だ?」


大和が蛇提督に突然話しかけたので、武蔵は気になって静かに聞き耳を立てる。


大和 「提督が元帥と初めてお会いした時に、二人だけで何を話されたのですか?」


大淀から聞いていたことだったが、元帥は牢から出てきた蛇提督と会い、途中、大淀をその場から外させて二人だけで話していた時間があったそうだ。


蛇提督「私を提督として着任させるための取引とその交換条件についての話さ」


そこまでは大淀からも元帥からそのように聞いたと教えてもらっている。問題はその内容だ。


大和 「それは…どのような内容なのですか?」


蛇提督「なぜ、そんな事を聞く?」


一瞬、蛇提督が横目でとチラッと大和を見る。その姿と低い声は彼の牽制と威圧感を高める。

大和はそれを見て一瞬怯んでしまう。元帥から「君達の目で確かめてみろ」と言われたからと話すわけにもいかず、他の理由を用意してなかった事もあって、大和は戸惑ってしまう。


武蔵 「そりゃあ疑問にも思うだろ」


と、助け舟を出してきたのは武蔵だった。


武蔵 「いくら一生牢から出れない身だったからといって、無謀な作戦を引き受けてでも提督になるものなのかと」


睨み返しながら武蔵は言い放つ。


蛇提督「……」


蛇提督はしばらく黙っていたが、ようやくその口を開ける。


蛇提督「私が呼ばれたのはもちろん作戦を任せるためだけに呼ばれただけだ。だが成功した暁にはちゃんと報酬もある」


戦果によるが、それ次第では減刑したり、あわよくば無罪放免になれる。

それだけではなく、多少の監視下に置かれつつも自由の身になり、軍を辞めた後でもわずかながら生活の保障もついてくるという破格の内容なのだと蛇提督は続ける。


蛇提督「ただ何もせず死を待つだけならば、一世一代のこの賭けに乗ってもいいと私は思ったのさ」


横須賀鎮守府に来て蛇提督と話せない間、大和と武蔵は、蛇提督とこの横須賀鎮守府で起きた出来事や事件を艦娘達から聞いた。そして彼女達の中だけでもそれぞれいろんな憶測が飛び交っている事も知った。

そのひとつに、蛇提督と元帥の間には何らかの取引があった事は予想され、その内容についても考えられていたが、ある程度その予想は当たっているようだった。


大和 「…では、提督は硫黄島の攻略に成功した後は提督をお辞めになるのですか?」


蛇提督の話を聞く限りでは、大規模作戦だけ成功させれば良いだけで、それ以降は彼の自由という事になる。その可能性もあったため、その辺りの彼の意思を尋ねてみる。


蛇提督「それも作戦の結果次第だ。硫黄島攻略に限らず、大規模作戦全体のな」


蛇提督自身も元帥に硫黄島攻略の作戦後はどうなるのかと問いただしたらしい。

だが元帥は「結果次第」と言うだけで、詳しく言及しなかったという。


蛇提督「結局、私の進退は元帥と他の海軍上層部に握られたままだ。どうなるかわからん」


大和 「そのような不確かな約束事であるにも関わらず、賭けることにしたのですか?」


交換条件としては破格の内容なのだろうけど、そんな約束を果たしてくれるのかわからない相手に、それでも賭けようとするのかと少し違和感を感じた大和。


蛇提督「失敗すれば牢に戻るだけだし、他に方法も思いつかなかった。牢での生活にも飽きていたからな、やってみる価値はある。…だが、提督がここまで多忙だとは思わなかったがな」


と、自嘲気味に鼻で笑いながら話す蛇提督。


武蔵 (まるでゲーム感覚だな)


そんな蛇提督の態度に武蔵は嫌悪感を抱く。


大和 「そうなのですか…」


蛇提督には何かしらの目的があるから生き延びようとしてるのではないかと他の艦娘達から聞いていたが、不確かな約束に賭けたくなるほど、やりたいことがあるのかと大和は思った。


蛇提督「着いたぞ。降りる準備をしろ」


話しているうちに目的地に着いたようだった。

広い場所にトラックを停め、三人は資材集めを開始する。


数時間後、大和は一人、荒れ果てた鎮守府の壁を見ながら考えていた。

ここの鎮守府跡地は他に比べ規模はかなり小さい。

最低限の工廠と入渠施設はあるものの、鎮守府の庁舎も含めて全てが小さい。


樹実提督や小豆提督が活躍していた頃というのは、海軍にとって最盛期で若手の提督達も多く輩出していた頃だった。

資源や資材にも余裕があり、艦娘を新造させてはより多くの戦力と艦隊数を確保するため、今ある主要五カ所の鎮守府以外にも、即席で建てた鎮守府が本土各地に造られていたことは聞いていた。

その鎮守府もその土地に合わせ大小様々で、ここの鎮守府もまたその流れに合わせて建てられたのだろう。


だが、かの本土襲撃の際、その多くの鎮守府は艦娘以外の防衛機能をほとんど持っていないため、ほぼ一方的に、為す術なく攻撃されたのが事実だったそうだ。

それによって戦死した若手の提督達と轟沈した艦娘達は数知れず、生き延びた提督や鎮守府関連に携わっていた軍人も、それにおいての傷は深く、戦意を失う者も多かったという。


そのような事に思いを馳せていた大和だったが、どこからか現れた蛇提督に話しかけられる。


蛇提督「どうした、大和?」


蛇提督が近くまで来ていた事に気がついてなかった大和は少し驚きつつも、また荒れ果てた壁を見ながら大和は答える。


大和 「…すみません。この風景を見ていると、いたたまれない気持ちになって…」


蛇提督「……理由を聞いてもいいか?」


蛇提督は大和を見て一瞬黙っていたが、すぐに聞き返す。


大和 「ここには…私が守れなかったものが散乱しています。戦うこと叶わず、無惨に破壊されたものが、ここにたくさんあるのです……」


蛇提督「………そうか」


蛇提督は大和の言葉に深く追求しなかった。

そんな彼も大和と同じように、荒れ果てた惨状を眺めながら何かを思うような顔をする。


蛇提督「……ここはもう、そんなに目ぼしいものは無さそうだ。午後はもうひとつのところへ行くぞ」


大和 「…承知しました」


大和は返事をしながらも、未だ崩れかかった庁舎の壁を見ながら、心ここに在らずという感じだった。

蛇提督はその場を立ち去ろうとするが、大和のその姿が気になるようで他へ行けないでいた。


その時、ピキッと何かがひび割れるような音が聞こえた。

蛇提督はそれに気づき、辺りを見回して音の出所を探してみる。

そんな大和はそんな奇妙な音に気付いてないのか、立ち止まったままだ。

そして音の出所はその後すぐにわかる。

なんと、ちょうど大和の真後ろにあった、上の方がほぼ崩れて無くなったまま一本立っていた電信柱が大和の方へ倒れ始めてる事に気づいた。


蛇提督「大和!!危ないっ!!」


大和 「え?」


蛇提督の叫び声で我に返った大和が、やっと音に気づいて後ろを振り向く。

その時はもう既に、柱がこちらへ倒れ、目の前まで来てしまっていたところだった。

もう驚く暇も避ける時間もない。


だが、目の前にあったはずの柱は、自分の体を強く飛ばす衝撃と共に視界から消え、次に一瞬見えたのは、必死な顔で自分を押し出して庇う蛇提督の表情だった。


ズドーーーン!!


柱が庁舎の壁に当たって、壁もろともに崩壊する大きな音が鳴り響いたと同時に、大和達も共に地面に倒れる。


辺りが静かになったところで、蛇提督が四つん這いのまま体を起こす。


蛇提督「大和!無事か?!」


大和 「…はい。私は大丈夫です…」


大和も蛇提督の呼びかけで目を覚ます。


蛇提督「…ん? 何か手に……………あ…………」


大和 「………へ?」


大和も自分の胸に何かの感触を感じて、そちらを見た途端、顔を赤くしてそのまま硬直してしまう。


武蔵 「おい! どうした?! ものすごい音が聞こえたが?!」


少し遠くにいたのか、武蔵が音を聞きつけて現場へ駆けつけてきた。


武蔵 「……は?」


武蔵が二人を見た途端、唖然として一旦思考が止まる。

無理もない。傍から見れば、蛇提督が大和を押し倒して、しっかりと大和の豊満な胸を鷲掴みしているようにしか見えなかったのだから。


武蔵 「貴様……何をしているっっ!!!」


武蔵がその怒りを拳に込めて、物凄い速さで殴りにかかる。

多少の距離があっても、さすが艦娘の身体能力というべきか、一気にその距離を縮める。

大和が武蔵を止めるための声を上げようとしても間に合わない。


蛇提督「まずいっ!!」


だが蛇提督はそんな武蔵のパンチをギリギリに避けて、後ろ跳びで武蔵達から間合いを開ける。


武蔵 (あの体勢から私のパンチを避けただと!?)


不埒な行為を断罪する思いと大和を助けるつもりで、本気で殴ろうとしたはずなのに蛇提督の瞬発力と見切りの良さに驚く。

龍田や天龍からそのようなことを聞いた覚えがあったが、ここまでとは…と武蔵は内心驚いていた。


大和 「武蔵、落ち着いて!誤解なのよ!」


大和が立ち上がって、武蔵を止める。


武蔵 「何が誤解だ!」


怒りを収めきれない武蔵が大和に対しても強く当たってしまう。


蛇提督「せっかくお前の姉を助けてやったというのに、この仕打ちは理不尽だな」


武蔵 「何を言って…!」


大和 「待って!――本当なの…提督は私を助けてくれたの…」


武蔵 「え!?……本当なのか?」


武蔵の質問に大和は静かに頷く。


蛇提督「全く短気な奴だ。よく事情も聞かずに殴りにくるとは」


武蔵 「なんだと…!」


嫌味を言われ、また拳が怒りで震える。


蛇提督「まぁ……私にとっては不可抗力とはいえ、幸運ではあったがな」


と、ニヤッと笑いながら片手をワシワシ動かす姿は気持ち悪いの一言に尽きた。


武蔵 「貴様……よくも抜け抜けと…」


本当はもう一度殴りに行きたかったが、大和が助けられたという事実がある以上するわけにはいかなかった。


蛇提督「さて…こんな茶番は終わりにして、切りのいい所でトラックに戻るぞ。場所を変える」


いつもの冷たい無表情に戻った蛇提督はさらに続ける。


蛇提督「大和、ボーッとするな。あと、私の手を煩わせるな」


大和 「はい…。申し訳ありません…」


そして蛇提督はさっさとその場を離れて行くのだった。


武蔵 「大和、大丈夫か?」


大和 「うん…。私は平気…」


武蔵を安心させたいのか、大和は精一杯の微笑を浮かべる。


武蔵 「無理はするな。先に戻るか?」


大和 「ええ。もう少し休んだら戻るわ…」


と言ってる大和は何かを気にして、どこか落ち着かない様子だ。


武蔵 「どうした? 浮かない顔だな?」


大和 「ううん…。なんでもないの…」


それでも話さない大和を見て、武蔵はピーンと思いつく。


武蔵 「そうか大和、思いっきり触られたことを気にしているのだな」


大和 「えっ!? そ…そうじゃなくて…」


大和は顔を赤くしてアワアワと否定する。


大和 「そうじゃないけど…。それに…体を触られるのは、慣れてるじゃない?」


恥ずかしげに答える大和。


武蔵 「元帥にスキンシップと称されては、妙にボディタッチされた時の事を言っているのか?――あれとは全然違うだろ。元帥にもそういう下心のようなものは持っていたようだが、あんな気持ち悪いことはしなかっただろ?」


大和 「まあ…そうね。大淀さんはそんな元帥にいつも怒っていらっしゃったようだけど」


と、昔のことを思い出したのか、クスクスと笑う大和。

先程の無理して笑った顔ではなく、自然な笑みがこぼれていた。

それを見た武蔵は、少し安心したような微笑みを浮かべる。


武蔵 「さて、行くとするか。もたもたしていると、またあいつに怒られるからな」


大和 「ええ」


そうして二人はトラックへと戻っていった。


その後の蛇提督と二人は、あんな事があった為か、ほとんど会話をしなかった。

別の目的地に着いてから、間宮が用意してくれたお昼用のおにぎりを大和と武蔵は食べたが、蛇提督は一緒に食べることはなかった。

必要最低限のやり取りしかなされず、それぞれがせっせと資材集めをするだけだった。


だがそんな中、大和は一人、自分が蛇提督に助けられた時のことを思い出す。彼が一瞬見せた姿を忘れられずにいたのだった。


艦娘というのは、身体能力があるだけでなく銃弾に撃たれても、多少怪我をするだけで済む頑丈さを持ち合わせている。

駆逐艦のような小さい娘達や当たりどころによっては、命の危険に及ぶこともあるが、戦艦である自分は頑丈さという点においては優れている。

そして、どんなに骨折したり血を流したとしても入渠一つで直ってしまうのが艦娘の最大の特徴である。


そんなことは提督である彼も知っているはずだ。

だけど、あんな必死になって…。助ける時の表情も、自分を心配する呼びかけも…。あれが嘘だと思えない。

それとも他に目的があってなのか…。元帥から直接託されて、私達に何かあってはまずいと思ったからなのか…。

考えれば考えるほど、いろんな思いと考えが絡み合って、わけが分からなくなりそうだった。


帰りのトラックの中も三人は黙ったままだ。

大和を気遣ってなのか、行きとは違って武蔵が蛇提督の隣に座る。

時々、大和は蛇提督の横顔をチラッと見る。

今は、冷たくて無表情のいつもの顔だった。あの時の必死になっていた顔が嘘のようだった。

幻でも見たのかと、悩んでしまう大和。そのまま彼らは横須賀鎮守府に戻るのだった。

ただ資材集めの最中で起きた事件については大和の要望もあって秘密にすることにした。

武蔵は、仲間達に話しておいた方がいいと大和に言うが、「恥ずかしすぎるから」と拒んだのだった。



ーーー翌朝 執務室ーーー


龍田 「提督、今日の書類はこちらで全部よ」


蛇提督「わかった」


秘書艦である龍田は蛇提督の書類仕事を手伝っていた。


龍田 「今日は他の娘を手伝わさなくていいのぉ?」


蛇提督「手伝わせる程の量ではないし、私がやらねばならないものばかりだからな」


サラサラと手際よく進める蛇提督の姿を見ながら、龍田は昨日の事を思い出す。


資材集めから帰ってきた大和に会い、「たくさん集められたか?」と尋ねると、綺麗な微笑みで「できました」と答えた。

だがその後に、「提督について何かわかったか?」と尋ねると、


大和「い…いえ。その辺はなんとも…」


と、先程の微笑みと違って微苦笑を浮かべていたことが印象的だった。

その時それ以上聞くことはしなかったが、何かあったと思っていいと私は思った。

そして今、念の為にこちらにも探りを入れてみる。


龍田 「提督」


蛇提督「何だ?」


龍田 「昨日の資材集め、どうだったのぉ?」


ピクッと、蛇提督の筆が止まった。


蛇提督「……必要量まで集められたかが心配だ」


不自然に止まった手を見たのと大和達に触れない回答をするのを聞いて、もう少し突っ込んでみる。


龍田 「大和と武蔵はどうだったのぉ?」


蛇提督「どう…というと?」


質問の真意を探ろうとしているのだなと思いつつ、


龍田 「呉鎮守府から帰ってきて、まともに話す機会はなかったでしょう?彼女達をここに迎えて、改めてどう思ったか聞こうかと思ってぇ」


何かあったかという確証が欲しい為に質問をしているけど、実際、蛇提督が彼女達をどう思っているのかも気になるのは本当の所だった。


蛇提督「…確かにそうだが、仕事の話をしただけで、特にこれといった会話はしていない。彼女達がどうであれ、私に従ってくれればそれで問題ない」


これ以上聞いても答えそうには無さそうだ。

相変わらずの冷たい回答だが、それが本意かどうかは置いといて、あの反応見る限りは何かあったとみて間違いなさそうだ。


そうして蛇提督は書類仕事を再開する。

時々、書類の片付けや必要な資料を出してやったりとしながら、蛇提督の様子をずっと見る。


ふと、執務机の上の端っこで大人しく毛繕いしてる黒猫のユカリを見る。

時々蛇提督のやってる姿をじっくり見てるが、邪魔することはほとんどない。

きっと邪魔してしまうとご主人に嫌われてしまうことを何処かで覚えたのだろう。

そんなユカリに感心していると、ユカリがふいっと執務室の扉の方を見る。

自分も見てみると、扉がわずかに開いている事に気がついた。

その隙間からわずかに見えたのは、暁だった。


龍田 (また来てるわねぇ…)


呉鎮守府から帰ってきてから暁の様子がおかしい。

ああやって蛇提督を隠れて見ては何かを覗っている。

本人は他の艦娘達にバレていないと思っているようだが、モロバレである。

そもそも蛇提督を見つける度に挙動不審になるのだから気付かない方がおかしい。

響達に、暁が何をしようとしているのか、心当たりがあるかと尋ねると…。


響  「きっと喧嘩の時の事を謝ろうとしてるんだと思う」

電  「暁ちゃん、責任感強いですし…」

雷  「まあ、ああいう時は気付かないフリするのが暁の為ね」


と姉妹から思いっ切り気遣われている始末だった。

なのでここの艦娘達は皆、気付かないフリをすることにした。


だが、いつまでもああでいると、こちらとしても焦れったくなるわけだから、どうにかしてやらないといけない。


龍田 「提督、お茶はいかがですかぁ?」


蛇提督は「飲もうか」と答え、いつものほうじ茶を頼まれたので執務室を出ようとする。

というのは口実で外にいる暁に話しかけようと思ったが、暁は龍田が動き出した瞬間、慌てて逃げ出してしまった。執務室を出た頃には、もう暁の姿はどこにもなかった。


龍田 (う〜ん……やっぱり誰にも見られてない所で提督と話したいのかしらねぇ〜)


さてさてどうしたものか、と考えるながら食堂へ向かうと廊下の向こうから声が聞こえてきた。


北上 「おお、龍田じゃーん」


「丁度いいところに」と近づいてきたのは北上と、その後ろには榛名がいた。


龍田 「あらぁ、お二人はどうしたのかしらぁ?」


北上 「うーんと、提督はどうしてるかな〜って」


提督なら書類仕事をせっせと片付けているところだと答えると、


北上 「おお。じゃあ、また手伝えないかな〜?」


龍田 「今日は一人で充分だと言っていたわぁ」


榛名 「それなら…お邪魔するわけにはいかないですね…」


龍田 (ここにも提督と話したがってるのがいたわぁ)


暁といい朝潮達といい、彼と話す機会を窺う者ばかりである。


北上 「じゃあ、昼飯を一緒にするとか」


龍田 「提督は食事中でも何かしらやってるわぁ」


榛名 「お忙しいのですね…」


二人はどうにかして蛇提督と話したいのか、その方法で悩んでいる。


龍田 「……方法が無いわけじゃないわぁ」


ハアーっとため息をしながら言ったのは、自分にとってはとても面倒な事だからだ。


榛名 「あ! もしや海を見に行く時ですか?」


ご察しの通りであると答える。


北上 「おおー。それは良いね〜。それなら提督とゆっくり話せそう」


榛名 「ですが…いつ行かれるのか…」


龍田 「それなら、今までの提督の行動パターンからだいたいわかるわぁ。それに私がある程度誘導させるし」


北上 「それは助かるね〜。龍田にお願いしようかな〜」


そういう事で、今後の事を打ち合わせして、済ました三人はひとまずその場を解散するのだった。


龍田は再び食堂へと向かう。

食堂の厨房にひょこっと覗いてみると、間宮さんが昼食の準備をしていた。


間宮 「あら、龍田さん。どうされたのですか?」


蛇提督にほうじ茶を出す為に来たのだと伝えると、


間宮 「…そうですか。」


続けて間宮さんが自らお茶の用意をしようとするのを止めて、自分で用意すると伝えると、


間宮 「…わかりました。お茶の葉はそちらに」


と、教えられるままお茶を用意しながら、間宮さんの横顔を眺める。


龍田 (やっぱり気のせいじゃなさそうねぇ…)


先程のやり取りでもそうだったが、間宮さんは朝からどこか元気がない。

今、料理をしている横顔を見ても、目の前の料理に集中できていなさそうだった。


龍田 「間宮さん、どうかされたのですかぁ?」


「え?」と急な質問に間宮さんが少し驚いている。


龍田 「何か気になることでもあるのかしら?」


間宮さんはしばらく俯いて黙っていたが、ようやくその口を開く。


間宮 「昨日の青葉さんの話が気になってしまって……」


どうやら昨日の青葉の推測が間宮さんにとっては衝撃的だったのだろう。

無理もない。彼に救われた間宮さんにとっては信じたくない話だっただろうから。


龍田 「ガセネタも多い青葉にしては、的を射た話だったわねぇ」


間宮 「……龍田さんはあの話が本当だと思いますか?」


間宮の問いに対して理路整然と答える。

自分としては、まず賛成する側でも反対する側でもない。

ただ一つの可能性として聞いていた。

艦娘を利用する、という考えはその理由も含めて筋が通っている話だし、実際に彼も「その方が都合がいい」と言ったのは事実だ。

海軍に復讐をする機会を待っているのであれば、自分と同じように「もっと計画的にやれ」と言ったのも、一種の同情心からなのか。

いずれにせよ、憎いはずの海軍から呼ばれてなお提督を黙って請け負っている理由を考えれば、その線はあり得る話だと語る。


間宮 「そう…ですよね…。もしも中森さんという方が大切な方であったなら…なおさらですよね…」


それは自分にとっても共感するものがあった。

小豆提督が亡くなった時も、本人の意志が半分あったのもあるだろうが、当時、トラック泊地が落ちるや否や、とっとと前線を下げる判断を下し、小豆提督を見捨てた海軍のやり方に怒りを覚えたのは事実だった。

そして自分と天龍ちゃんの急な異動も海軍本部の判断によるものだった。

きっと樹実提督が戦死し、ミッドウェーで惨敗してから海軍の前線撤退は既に決定していたのだろう。

あの異動が無ければ、自分達もあの場に残って戦うことができたはずだった。

そういった意味では自分も海軍に恨みがないかと尋ねられれば、あると答えるだろう。


彼も例の事件で大切な人を失って悲しんだことがあるのだろうか。

今でも執務机の引き出しに、隠すように写真を忍ばせていたのも、そんな心を隠す為だからだろうか。

海軍を恨む理由も、艦娘を嫌う理由も、彼女を救えなかった怒りがあるからなのか。


龍田 「そうねぇ。充分にあり得る話だと思うわぁ。…でも、そうと決まったわけじゃないわ」


間宮 「え?」


そう、一つ疑問に思うのは艦娘に対する態度と接し方だ。

最初こそ、冷たくて見下したような目付きだと思っていた。

だが、青葉の言うように艦娘を擁護していずれ反逆させるにしても、自由にさせすぎではなかろうかと思う。

もしも艦娘に反逆をさせたいなら、自らもっと高圧的な態度で怒りを煽らせ、もっと罵倒や嘲笑を浴びせて、その気になるように誘導させるべきではなかろうか。

前任の二の舞を踏まない為に、そして自分の身が真っ先に危険にならない為でもあるのかもしれないから、そこまではしないのかもしれない。

それでも艦娘を嫌いと言い放つ彼は、彼と関わった艦娘達の話を踏まえて、今までのしてきた事を考えると不可思議な点は多い。

彼は確実に、自分達ではどうすることもできなかった艦娘達の悩みやトラウマを解決に導いている。すぐに解決できなくてもそれに努める姿勢を感じる。

でももし彼に艦娘に対して怒りや恨みがあるのだとしたら、艦娘の悩みやトラウマなんてどうでもいいことのはずだ。ただ勝つために自分の言うことに従わせればいいだけの話。

勝率を上げるためのメンタルケアなどせずとも艦娘を使い倒してしまえばいい。。

艦娘から好感を持たれるようならば、いっそ艦娘を思うままに操ればいいのに、榛名や朝潮達が言うように、艦娘からの好意に対して明らかな拒否反応を示す。

この矛盾して中途半端な行動に対して説明がいかないのも事実だと、間宮さんに話す。


間宮 「…確かにそうですね」


先程より心無しか間宮さんの目に輝きが戻ったように見える。


間宮 「ありがとうございます。これなら提督とちゃんとお話ができそうです」


朝食を蛇提督に渡す時、まともに顔を見れなかったと間宮さんは言う。

どうやら、艦娘に対しても恨みを抱いているかもしれないという推測に間宮さんも辿り着いていたのだろう。それゆえに元気が無かったのだ。


間宮 「ですが、龍田さんは本当によく見ていらっしゃいますよね。小豆提督の時もそうやって天龍さんをフォローしてましたものね」


天龍ちゃんを応援してたのもあって、小豆提督のことはよく観察して、彼の好きな事嫌いな事を把握して、天龍ちゃんにそれとなく教えていたこともあったと、その時の事を思い出しながら間宮さんに答える。


間宮 「フフッ、そうでしたか。小豆提督に対するいじりも、その観察眼あってこそですね」


間宮さんも当時を思い出したのか、笑みをこぼしながら楽しそうに話す。

まさにその通りだと、私は得意げになって答える。


間宮 「でも龍田さんがそのようにしている裏側で、小豆提督を支えてこられたのも私は知っていますよ」


龍田 「あらぁ、そうだったかしらぁ〜」


と、白々しく誤魔化す。


その後間宮さんと別れて、お茶を乗せたお盆を持って執務室へと向かう。


龍田 (そういえば私は、提督と誰かの間を取り持つことが多かったわねぇ…)


間宮さんに先程言われたことをきっかけに、何となく昔の事を思い出す。

天龍ちゃんをはじめ、小豆提督の良さが伝わるように、それとなく助けていたことはよくあった。

小豆提督は最初その要領の悪さから、艦娘からのダメ出しが多かったものの、自分が助けた甲斐があったのか徐々に認められるようになった。

特に駆逐艦の娘達から人気を得られるようになり、現在、呉鎮守府にいる叢雲や吹雪もその一人。

天龍ちゃんとは最初こそ喧嘩が絶えなかった二人だったけど、その後は互いを尊敬し合う仲にまで発展していた。


私はというと、そんな提督と艦娘達がみんな楽しく幸せそうにしている姿を見ているだけで良かった。

まだ艦娘達にダメ出しを喰らうことが多かった時だったというのに、艦娘の事を良い子達だと言って、いつか他の人間にも艦娘の良さをわかってもらいたいと言っていた小豆提督の“人となり”を知ったからこそ、艦娘達にもそれを早く知ってもらいたかった。

それが叶った姿をそばから見られることができたのは、自分にとって嬉しかったのだ。


龍田 (そして今回も私はその役目なのかしらねぇ…)


蛇提督の“人となり”はまだわからない。

だが、暁の事といい榛名達の事といい、今回もそんな役目をいつの間にか請け負ってしまっていることが、自然とため息を漏らせる。


執務室の前の廊下に至る曲がり角を曲がると、その先に見えたのは大和と武蔵だった。

二人はどうやら執務室の前で何かしていたようだった。


龍田 「あらぁ、お二人さん。提督に何かよう?」


武蔵 「おお、龍田か。」


話を聞くところによると、どうやらこの前の資材集めで出撃できる程度の資源や資材が揃ったかを直接聞きに来たという事だった。


龍田 「それならぁ、私の方から教えたのに…」


武蔵 「いや、奴が本当に私達を出撃させるつもりがあるのか、直接、見定めるつもりでもある」


龍田 「ああ〜なるほど」


そういう自分も、その辺りのことを直接、蛇提督に確かめたいという思いもあった。


大和 「私はそこまでしなくてもいいんじゃないかって言ってはいるんですが…」


大和の言い分もわからなくもない。

まだきっと昨日集めた資材がどのくらいの量になったか夕張から報告が無いため、今聞いても意味が無さそうである。


武蔵 「何を言うか、大和。私達にとって大事なことではないか?」


大和 「そ…それはそうなんだけど…」


大和はなぜだか乗り気ではないようだ。

意味が無いと思っているのか、それとも他に理由があるのか…。


それでも武蔵は半ば強引に大和を説得し、執務室の扉をノックする。

私達三人は中へ入ると蛇提督はまだ書類作業を続けているところだった。


蛇提督「一体、何の用だ?」


その低く冷たい声は、急に来た武蔵達を牽制してるようだと、持ってきたほうじ茶をコップに注ぎながら思う。


武蔵 「この前の資材集めで、出撃できる程の資材は揃ったのか聞こうと思ってな」


と、蛇提督は一瞬こちらをチラッと見る。

多分、「伝えてないのか?」という意味だったのだろうと思う。


蛇提督「まだ夕張から報告は受けてない。」


武蔵 「そうか。ならば聞くのだが、今後私達を出撃させる予定はあるのだろうか?」


遠回しな言い方もせず、単刀直入に聞く。

大抵の艦娘達は蛇提督を最初見れば怯えるのに、武蔵の場合は臆することなく清々しいほど堂々しているな、と横から眺めている私は正直に思う。


蛇提督「資源と資材の状況次第だ。それがわかるまでお前達は待機だ」


その時、武蔵の表情が少し歪んだのが見えた気がした。


蛇提督「それに、お前達はまず演習に出るのが先決だ。実力の程を確かめさせてもらう」


蛇提督がその一瞬の変化に気づいたかわからないが、続けて武蔵達に言い放つ。


武蔵 「そうか…。ならばその演習とやらで、この武蔵の実力を見せつけてやるとしよう」


蛇提督「ああ、そうしてくれ」


武蔵 「あと、資材が足りないであるのなら、またこの前のように資材集めを手伝うことを私達は厭わん、いつでも呼ぶがいい。……言いたいことはそれだけだ」


と、用件を済ました武蔵はサッと体を翻して颯爽と執務室を出ていく。

それまで蛇提督をじっと見つめていた大和だったが、蛇提督が大和を見るなりサッと目を背けたことが自分の目に留まる。

その後すぐに大和も軽くお辞儀をしてから武蔵について行くように執務室へと出ていった。


ただ、そんな二人を蛇提督がいつもよりも鋭い目付きで見ていたことが印象的だった。

それが何を意味するのか、今の私にはわからなかった。


龍田 (そういえば…ユカリちゃんがいないわねぇ)


武蔵達に気を取られて忘れていたが、部屋にユカリの姿がない事に気づいた。

(きっと散歩した後…いつものところねぇ)と気に留める事は無かった。


昼食も済ませ午後になっても、蛇提督は黙々と書類作業を続ける。

自分は相変わらず午前と変わらない作業であったが、その時とは違うことが一つ。

時計をチラチラと見ることが多くなったこと。榛名達と約束した時間が近いのだ。

昼飯に入る前、書類作業の進捗具合を見て、午後のこのぐらいの時間には終わるだろうと目処が立ったので、昼食の時にそれを二人に伝えといたのだ。


蛇提督「うむ。これで今日の書類は全部終わらせたな」


龍田 「お疲れ様です」


ふぅーっとひと息つきながら、すぐに表情を切り替え、


蛇提督「さて…次は…」


龍田 「まだ何かするのぉ?」


内心驚きつつ、蛇提督に聞く。


蛇提督「先程、夕張から報告書が届いたろ。あれも照らし合わせながら今後の予定と戦略も考えねばな」


それは良いことだが、ここまで休憩という休憩をしていない。

彼の集中力と体力には感心するが、いささか無理をしているのではないかと疑う。


蛇提督「ああ、そうか。さすがに龍田は疲れただろ?お前は休むといい」


勝手に勘違いされて話が違う方向にいってしまいそうなので、ここは強硬手段にでる。


龍田 「提督」


蛇提督「何だ?」


龍田 「そろそろ休まれてはいかがですかぁ?」


蛇提督「いや…だから私は…」


龍田 「休まれてはいかがですかぁ?」


蛇提督「……」


微笑みながら言葉にはしない圧をかけてみる。

これでもまだ何か反論するならその時はやり方を変えなばならないが…。


蛇提督「……わかった。そうする」


龍田 (あらぁ、意外と素直ねぇ…)


思っていたのとは違って、すんなりこちらの要望を受け入れたことにちょっと驚く。


龍田 「では、いつものように海でも見に行くといいですよ。今日はよく晴れていますからぁ」


ダメ押しも兼ねて場所も指定してみる。


蛇提督「……ああ、そうする」


と言って蛇提督は立ち上がり、ゆっくりと執務室を出て行く。


龍田 (あらあらぁ〜)


あんなに大人しく受け入れている姿は、むしろ不気味である。

どうしてなのか理由はわからない。彼は時々、ああいう読めない行動をする。

だが今はそれを考えるのは後だ。榛名達が待っているはずなので自分も急いで執務室を出る。


榛名達の部屋へ行こうとすると廊下でばったり榛名と北上に出くわした。

彼女らに蛇提督が休憩に行ったことを伝えると、三人は海へ行くため鎮守府の外に出た。


蛇提督を探して海沿いを歩いていると、遠くに蛇提督の影を見つける。

龍田が言った通り、この鎮守府に一つそびえ立つ灯台のところにいるようだ。

だが、影は一つじゃない。小さな影がもう二つ、蛇提督のそばにいる。

とても気になるので三人は足早に灯台へと行く。

今日は波が少し高いのか波の音がいつもより大きく聞こえる。そのおかげで自分達が近づいてくる足音を消してくれたと信じたいところだった。

そして灯台の影からそろっと覗く。そこには蛇提督の他に朝潮と荒潮が先に来ていたのだった。


蛇提督「………それで、どうしてここに来たんだ?」


しばらく三人で黙って海を一緒に眺めていたが、話を切り出したのは蛇提督だった。


荒潮 「ンフフ〜。ここは風が気持ちいいわね〜」


わざとなのか素なのか、楽しそうに話す荒潮。


蛇提督「答えになっていないのだが…」


荒潮 「海岸線もよく見えるし〜、景色もバッチリね〜。とっても最高だわ〜」


聞いているのか聞いてないのか、今にも一人で踊り出しそうな口調で話す。


蛇提督「おい…人の話を…」


朝潮 「すみません。荒潮はいつもこんな感じなのです」


怒るというよりか困惑気味だった蛇提督に朝潮がフォローする。


朝潮 「司令官と一緒に海を見ていれば、司令官のことが少しは理解できるかと思ってここにいます」


蛇提督「フン…そんなことをしても無意味なだけだ」


鼻であしらうように突き放す蛇提督だけど朝潮はそれを気にしない。


朝潮 「無意味ではありません。司令官について聞いてみたいことがありますので」


蛇提督「ほう…。それは何だ?」


朝潮 「ではまず、この間の『死人に呼ばれる』とはどういう意味だったのでしょうか?」


隠れて見ている龍田は(ずっと…気になっていたのかしらぁ)と朝潮の気持ちを心配する。


蛇提督「そのことか…。それなら単純に『死ぬぞ』という意味だ。遠回しな表現で逆にわかり辛かったな」


朝潮の質問に淡々と話す蛇提督。


荒潮 「本当にそうなのかしら〜?」


でもそれに釘を刺してきたのは、先程の能天気な発言をしていた娘とは思えないほど、半目で蛇提督を見つめる荒潮だった。その嬌笑は見た目の年齢に似合わない妖美な雰囲気を纏う。


蛇提督「何がだ?」


荒潮 「私はその言葉が、提督自身の体験談から出てきた言葉に思えるのよねぇ〜?」


蛇提督「……」


蛇提督は荒潮の言葉に一時、言葉を失っているように見えたが、海の方へ向き直って回答する。


蛇提督「…小さい頃は小説もよく読んでいた。物語の登場人物の中にはキザな台詞を言うキャラもいてな。その影響だろう…」


と、冷静に荒潮の追求に答える。


朝潮 「そうなのですか! 呉鎮守府には本といっても、戦術指南の本や軍規を記したような物しかないので、そういう物も読んでみたいです!」


蛇提督「ほう…。そういうのに興味があるのか?」


(あなたもそういうところを聞くのねぇ)と龍田は、蛇提督がたまに見せる艦娘への興味に対して心の中でツッコミを入れる。


朝潮 「はい! 時々、青葉さんが鎮守府の外から見てきたもの聞いたもののお話をされるのですが、とても興味があります!」


荒潮 「私も興味あるわぁ〜。なんだっけ〜? 新年で女の子が着飾るっていう…」


蛇提督「…もしかして晴着のことか?」


荒潮 「そうそう。青葉がたまたま持って帰ってきたファッション雑誌に載ってたのを見て、可愛いから着てみたいな〜って思ったのよね〜」


ウフフ〜とまた一人うっとりして笑う荒潮に蛇提督はまた困惑気味であった。


朝潮 「朝潮はファッションに関してはそれほどではないですが、あのような色々な本があるものかと驚きました」


蛇提督「ああ、いくらでもある」


朝潮 「そして司令官が読んだ物と同じ物を読めば、司令官のように強い人になれるのですね!」


蛇提督「俺が強いだと?」


急な話に蛇提督自身も驚いているように見えた。


朝潮 「はい。お父上の話を聞かれた司令官は、悲しむどころか顔色一つ変えなかったので、その強さの理由を知りたいです!」


蛇提督「……」


蛇提督はまたもや黙ってしまう。

何を考えていたのか、しばらく海を見てから話しだす。


蛇提督「…悲しくないわけじゃない。俺が初めて聞いた時は獄中にいた時だった。その時は信じられなくて、ずっとふせっていたさ」


朝潮 「そうでしたか…。お父上のこと、どう思われていたのですか?」


蛇提督「…尊敬していたさ。できるならば共に海へ出たかった」


荒潮 「物凄く悲しんだ後だから、もう悲しむ必要はないってこと〜?」


蛇提督「というより、父さんらしいな、と思っただけだ」


父は昔、海の上にいる時に限った話ではないが、嵐を乗り越える時は助け合いが重要なんだと、口癖のようによく話していたと蛇提督は言う。


荒潮 「やっぱり、良いお父様だったのね〜」


朝潮 「お父上の意志、朝潮も見習いたいと思います!」


蛇提督「見習うのは勝手だが、それで俺に関わろうとはするな。他にやるべきことがあるだろ」


と、腕組みしながら冷たく突き放す。

蛇提督が急に朝潮達から距離を取ろうとしたように見えた龍田だった。


朝潮と荒潮は一旦、お互いに見合ってから、何かを思い立つように再び蛇提督を見る。


朝潮 「では司令官。司令官は今、何の為に戦っているのですか?」


朝潮が改まって質問したことは、蛇提督の謎に迫る核心をつく一言だった。

陰に隠れて聞いていた三人は、その思いっきりの良さに瞠目する。


蛇提督「なぜそんなことを聞く?」


朝潮 「死人の為に戦わないのなら、今の司令官はお父上の敵討で戦ってるわけではないという事なのでしょう? それならば他の何かの為に戦っているという事になります」


蛇提督「……」


荒潮 「榎原提督相手でも臆さず、どこまでも勝利に拘るのはきっと理由があると思うのよね〜」


朝潮 「私の個人的な見解ですが、悲しくないのではなく悲しむ暇がないほど、その何かの為に戦っているように私は思います」


蛇提督は朝潮と荒潮を黙って見つめたままだ。


朝潮 「司令官の強さの秘密はそこにあるのではないかと思っています!」


ずいっと朝潮が蛇提督に迫る。

蛇提督は自分より背の低いはずの朝潮に、条件反射的に一歩下がってしまう。

その様子を龍田達三人は固唾を呑んで見守る。


蛇提督「理由か…」


蛇提督は目を閉じて何かを考えた後、その口を開く。


蛇提督「そんなの決まっている。自分の為さ」


朝潮 「自分の為…ですか?」


蛇提督「考えてみろ。私はずっと獄中にいて、死ぬまで獄中にいるはずだった身だ。にも関わらず、元帥から呼ばれたと思ったら、作戦を成功させれば制限付きでも自由の身になれるのだぞ? こんな一生に一度しかない出来事に自分の全てを賭けなくてどうする?」


荒潮 「それは…そうだけど…」


蛇提督「私の人生がかかっている。それならば否応なくやるしかなかろう。そういうものさ」


蛇提督は言い終わった後、波の音が虚しく聞こえてくるだけで、その場がしんと静まりかえる。

だが、朝潮の一言でその空気が一変する。


朝潮 「なるほど! いつの時も全力で取り組む。その姿勢が悲しみに負けない秘訣なのですね!」


フンスっと朝潮がなぜだか尊敬の眼差しを蛇提督に向ける。


蛇提督「い…いや、別にそのようには言ってないはずだが…」


朝潮の思わぬ反応に蛇提督がまたまた困惑気味である。


荒潮 「ンフフ〜。そうなのね〜。為になるわ〜」


面白そうに笑いながら、朝潮の言葉に賛同する荒潮。


蛇提督「いや…だから…」


面白い構図になったので、隠れて見ていた龍田達はクスクスと笑っていた。

朝潮は少し天然な所はあるが、真面目で謙虚なのが彼女の良い所だと、改めて思う場面だと龍田は思った。


朝潮 「お話を聞けて良かったです!休憩中のところお邪魔しました!」


嬉しそうにする朝潮とまだ面白がって微笑んでいる荒潮も蛇提督に敬礼してその場を立ち去る。

龍田達は朝潮達にバレないようにさらに回り込んで隠れる。

蛇提督はしばらく立ち去る朝潮達の後ろ姿を眺めていたが、ため息をしながら海へと向き直る。


蛇提督「それで…そこで隠れている者達は、何の用なんだ?」


ドキッとする三人。どうやらバレていたようだった。


北上 「なんだ〜気づいていたのか〜。いつから〜?」


と、テヘヘと笑いながら北上が出て行き、後から榛名と龍田が続く。


蛇提督「…そこで隠れて笑っていただろ?」


ああーそこで気づいたのか、と龍田はちょっと失敗したと思った。

だがこの提督のことなら、その前から私達が隠れて見ていたのだと感づいているだろう。


北上 「いや〜なかなか面白かったから、楽しませてもらったよ〜」


蛇提督「フン…」


機嫌を損ねたのかそっぽを向いてしまう蛇提督。

ちょっと子供っぽい一面もあるんだと思った龍田だった。


榛名 「す…すみません! そんなつもりは無かったのですが…」


北上があまりにも本当のことを言ってしまうため、慌てて榛名が執り成そうとするが蛇提督は聞く耳を持ちそうに無かった。

龍田は、さてどうしたものかと考えていると、足元から「ニャア〜」と鳴き声が聞こえる。


蛇提督「ユカリ!?」


龍田達三人も驚いたが、一番驚いていたのは蛇提督のようだった。

蛇提督は甘えてくるユカリを抱き抱えては撫でてあげる。


蛇提督「どこに行っていたんだ?昼前にはいなくなって…探したんだぞ?」


ユカリの事は随分と気にかけていて、無表情で艦娘と話す人と本当に同一人物なのかを疑うほど、彼のユカリに対する話し方は優しさが滲み出てくるのである。


北上 「あ〜それなら、私が昼食食べ終わった頃に、厨房の裏にある勝手口のすぐそばで、間宮さんがユカリちゃんに餌をあげてたの見たよ」


蛇提督「え?」


蛇提督が自分の耳を疑ったような表情をしていたので、龍田はさらに付け加えて説明する。


龍田 「それならぁ、提督が忙しそうにされてる時は、自分で勝手口の近くまで来て、間宮さんが気づいて出てきてくれるまで待っているそうよぉ」


それこそ呉鎮守府での出来事の後から、「間宮さんからなら餌をもらえる」とユカリが覚えてしまったのか、蛇提督が執務で忙しい時に限って、勝手口で待っていることがあると話す。

最初に気づいた間宮さんも、以前、厨房で出たゴミを捨てに行こうと勝手口から出た時に偶然待っているユカリちゃんに気づいたのだという。


蛇提督「そうだったか…。ユカリ、悪かったな」


と、本当に申し訳なさそうにユカリを撫でる蛇提督。

時々、餌を与えるのを忘れていたと思って餌を差し出したのに、食べずにどっかへ行ったりすることがあったのはそういうことだったか、と蛇提督は話す。


北上 「でもこの子、偉いよね〜。餌くれないから飼い主とかに噛み付いたりせず自分でなんとかするんだからさ〜」


と、ユカリにフッと近づいて手を差し伸ばす。


蛇提督「おい、無闇に触ろうとすれば…」


蛇提督が北上を止めようと台詞を言い切る前に、北上の手はユカリに届いた。

そのまま撫でるが、ユカリは大人しく撫でられている。


蛇提督「ユカリが…」


北上 「呉でも提督いなくても触れたんだよ。天龍の話じゃ、警戒して全然触れないって言ってたけど、ほとんどの艦娘は触ることができたんだよ〜」


蛇提督「そんなまさか…」


話を聞いても未だに信じれないようだ。


榛名 「あ…あの…! わ…私も良いですか?」


先程からウズウズしていた榛名が緊張気味に聞く。


蛇提督「いや…ユカリは…赤の他人には…」


龍田 「榛名なら触れると思うわぁ」


断ろうとした蛇提督を差し置いて、榛名の背中を押す。


蛇提督「なぜそう言い切れる?」


龍田 「まあまあ〜」


なんとなくユカリが触らせてもらえる艦娘の共通点を知っているのだが、蛇提督には敢えて教えない。


榛名が恐る恐る手をゆっくり近づける。

一瞬、榛名をチラッと見たユカリだったが、気に留めることなく欠伸をかいている。

そしてようやく榛名の手はユカリの頭部に届く。

ゆっくり撫で始めるが、それでもユカリは嫌がる素振りを見せなかった。


榛名 「ふわあぁぁ…」


毛並みの感触などに感動しているようで、榛名はとても嬉しそうだ。

蛇提督のすぐ目の前だというのにそれすら忘れて夢中になっているようだった。

そういう蛇提督はそんな姿に驚きながら黙って見つめていた。


榛名 「あ…あっ!すみません!つい…」


やっと気づいた榛名は慌てて蛇提督から一歩離れて恥ずかしそうに謝る。


蛇提督「…ひっ掻かれなくて良かったな」


ボソッと言った一言だった。だがその一言より気になるのは、先程より何故だか気が沈んでるように見えると龍田は思った。


龍田 「ユカリちゃんはわかってくれたのかもねぇ〜」


ユカリを見ながら龍田は話す。そんな龍田を蛇提督が見る。


龍田 「艦娘は危険な存在ではないって…」


小豆提督の受け売りではあるが、あの時、猫を通して教えてくれたように、自分も真似して言ってみる。


蛇提督「…俺の事を一番警戒していた奴の台詞とは思えないな」


龍田 「別に人間の事が嫌いというわけではないわぁ。私はみんなを守りたいだけ…。でも小豆提督は艦娘と人間が仲良くなってくれる事を夢に見てたわぁ…」


蛇提督「……」


蛇提督は何も言わず龍田をじっと見ているだけだった。


北上 「そうそう。みんな仲良くが一番だよね〜」


と、北上が意味ある視線を榛名に送る。その榛名も視線に気づいてコクッと頷く。

きっと、「言うなら今じゃない?」「はい」という会話をしたとこだろうと龍田は思った。


榛名 「あ…あの…提督。え…えっと…この間の事…なのですが…」


緊張してその後の言葉が続かない。

蛇提督がまだ怒ってるかもしれないという不安とどこから切り出せばいいかわからないということも相まって榛名は言葉を詰まらせてしまう。

助け舟を出した方がいいかと北上が何か言いかける前に、話し出したのは意外にも蛇提督だった。


蛇提督「……その後の金剛の様子はどうだ?」


思わぬ質問に三人が驚く。


榛名は、金剛が狐提督から謹慎処分を受け、反省しながら大人しく従っている事を伝えた上でこう続ける。


榛名 「それと…金剛姉様は提督に何か癇に障る事を言ってしまったのかとずっと気になっているようです…。今でもその理由がわからないけど謝れるのなら謝りたいと仰っていました」


蛇提督は榛名が話し終えた後、榛名達から視線を逸らすように俯いて何か考えた後にもう一度向き直る。


蛇提督「…あの時の事はもう怒っていない。――それに…さすがに意地悪な事を言ってしまったと反省している」


またもや予想外の返答に三人は驚く。

実は鎮守府に帰ってきてからも金剛のことを気にしていたのだろうか、と龍田は思った。


蛇提督「金剛の考えてる事を私が否定する権利なんて無いからな。金剛自身が戦うための理念とするならば尚更だ」


バーニングラブの事を言っているのだろう。

今の艦娘に足りないもの、それはバーニングラブだと豪語していた金剛の思想は否定しないということだとみて良さそうである。


蛇提督「だがな…私が言った、提督と艦娘の関係は命令する者とされる者だというのは撤回しない。…あと、金剛の好意を受け取るつもりもない」


そう言って蛇提督は海の方へ視線を逸らしてしまう。

そこは譲らないのだなと龍田は思ったが、彼が大体どの辺りから艦娘との境界線を決めているのかが感覚的になんとなくわかってきた。


榛名 「…でも嬉しいです」


榛名が何か話し始めたのを聞いて、蛇提督がピクッと反応して榛名を見る。


榛名 「提督はずっと金剛お姉様のこと、お気になさっていたということですよね?」


蛇提督「頭ごなしに言ったことを後悔してはいたが…」


榛名 「それと!お話を聞く限りでは、金剛お姉様の事、嫌いではないという事ですよね?!」


最初の質問より榛名のテンションが上がる。

ずいッと一歩、蛇提督に迫りながら目を爛々と輝かせる。


蛇提督「い…いや…好きとか嫌いとか…別に…」


榛名 「それを聞けて良かったです!金剛お姉様に胸張って報告できます!」


榛名は今にも飛び跳ねて喜びそうなほどの満面の笑みを浮かべる。

その笑顔は間違いなく、ここの鎮守府に来てからの最高の笑顔だろう。


蛇提督はそんな榛名の笑顔を見たせいか、何か言うのを諦めてしまう。

そんな姿を龍田はじっと眺めていた。


北上 「前々から気になってたんだけどさ〜」


前後の脈絡関係なく、その怠そうな口調で急に話し始める北上を皆が注目する。


北上 「提督ってさ〜、私達と話す時、肩に力入ってるよね〜。どうして〜?」


蛇提督「――っ!」


蛇提督の鋭い目が一瞬、今日で一番、見開かれていたことを龍田は見逃さなかった。


蛇提督「…それはだな」


ちょっとの間を置いて、蛇提督は回答する。


蛇提督「提督と艦娘は上司と部下の関係だ。その間でのやり取りは怠惰なものになってはいけないし、規律あるものでなければならないからな」


先程の動揺を隠して、淡々と簡潔に答えられる蛇提督は感心するものがあるなと、何となく思う龍田。


北上 「ええ〜。それじゃあ四六時中、力みっぱなしじゃ〜ん。そんなんじゃ疲れちゃうよ〜?」


蛇提督「…北上の方がいつも力を抜き過ぎではないのか?」


北上 「あ、それ言えてる〜」


イシシっと北上は笑う。


蛇提督「そこは否定しないのか…」


北上 「んあ? まあーアタシの場合、張り切る時は戦う時、というか魚雷撃つ時で良いわけだしー」


蛇提督「随分と限定的だな…」


北上 「およ? そうじゃなきゃ、ここぞというところで力を発揮できない気がするんだよね〜」


蛇提督「ま…まあ…確かにそうだが…」


といったように二人の会話は続く。


龍田 (随分と話が弾んでるわねぇ…)


傍から見ればそう見えてもおかしくはなかった。

北上のいつもの気怠そうな口調と蛇提督のそれに対する呆れた口調。

それでもとんとんと進む二人の会話はどこかテンポが良い。


龍田がふと横を見ると、榛名が二人の会話を羨ましそうに見ていることに気づいた。


北上 「う〜ん。提督がリラックスできる時間が無いのは良くないなー」


蛇提督「別にできないわけでは…」


北上 「そうだ。大井っちは胸大きいよ~」


龍田、榛名「!?」


北上の発言に驚く二人。


蛇提督「急に何を言うんだ!?」


でもそんな二人より動揺してるのは蛇提督の方だった。


北上 「ほらー、柔らかいものを触ると癒やされるって聞くじゃ〜ん」


蛇提督「いや…それは個人差があるのでは…」


北上 「あれー? でも天龍の時もあるし、提督は好きなんでしょう?」


蛇提督「ま…まあ…そうだが…」


蛇提督は北上から目を逸らして曖昧に答える。

会話を聞いてる榛名は段々顔が赤くなり、龍田は天龍の名が出たところで少し苛ついている。


北上 「でも提督は大きいのが好きだもんねー。アタシのはそんなんでもないしー」


自分の胸をポンポンと触っている北上。

冗談か本気かわからない発言に蛇提督は僅かに顔を引きつらせて絶句している。


北上 「そうだ!」


榛名 「え!?」


突然、北上は榛名の背後にするっと回り込み、後ろから榛名の胸を揉みしだく。

巫女のような服の上からでは、わかりづらかった榛名のそれが、北上が掴むことでその形が見て取れるようになる。


北上 「ふむふむ。大きさ良し、形良し」


榛名 「き…北上さん…!な…何を…?」


北上 「ここに揉み応えのある娘がいるよーって教えてるのさ」


榛名 「ええぇぇっっ!?」


北上のトンデモ発言に榛名は驚く。

蛇提督は硬直して動かなくなり、抱かれたままのユカリも目を丸くして北上と榛名を見ていた。


龍田 「ちょっと、それはやりすぎじゃない?」


さすがに止めた方がいいだろうと龍田が声をかけるが、


榛名 「ゆ…許しません…勝手は…」


龍田 「ほら、榛名もそう言って…」


榛名 「勝手に……お姉様より先にするなんて…!!」


龍田 「えっ!?そこっ?!」


普段しない龍田も思わずツッコミしてしまう。


北上 「おおー。つまり…求められれば応えると?」


ニヤッと笑いながら北上は榛名に尋ねる。


榛名 「は…榛名で…いいのなら…」


会話している間も北上の揉みしだきは止まらない。


北上 「ん? 力が抜けてきたね〜。大丈夫?」


榛名の耳元で北上が囁く。


榛名 「は…はい……榛名は……大…丈夫…です」


龍田 (全然、大丈夫そうじゃないわね…)


榛名の顔はすっかり上気して息が少し荒くなっている。

絵面としては完全にアウトである。


見入っていた蛇提督もやっと我に返って、


蛇提督「待て!落ち着け、榛名! 俺は触るとは言っていないぞ!――北上もやめろ!」


北上 「なぁーんだ、そうかぁ〜」


パッと手を離して、つまらなさそうにしながらあっさりやめる北上。

解放された榛名は、荒くなった息を整えるのに精一杯のようだった。


蛇提督が一歩近づき、「大丈夫か?」と尋ねる。


榛名 「はい……榛名は……」


が、突然、先程自分が口走った事を思い出したらしく、胸を触られていた時より顔を真っ赤にしながらバッと顔を上げると、


榛名 「て、提督! い、今のはそういう事では無くてですね!?ーーあの…その…つまり…!」


思うように言葉を出せないのか思いつかないのか、段々と焦ってどうしようもなくなる。


榛名 「あ、あの……。し…失礼しましたぁぁーーーー!!!」


恥ずかしさに耐えきれなかったか、顔を手で覆ってズキューーンと物凄い勢いで走り去ってしまった。


北上 「あららー、逃げちゃったか〜」


龍田 「あなたがやり過ぎなのよ…」


どこまでも呑気な北上に龍田は呆れながら言う。


北上 「いやいや、予想以上だったんでね〜。やっぱ姉妹で似た者同士ってことかなーてね」


あれだけのことをしたのに、なぜだか北上は嬉しそうだった。


北上 「じゃあーアタシもこの辺で。提督―、話せて楽しかったよー。またね〜」


蛇提督「俺はもう…ごめんだ…」


蛇提督が仕事を終わらせた時より疲れた顔をしているなと思った龍田。

手を振りながら別れを言う北上に、蛇提督はうんざりしているようだった。

それでもゆっくり帰っていく北上の後ろ姿は、満足そうに「今日は良いことあった」と言っている気がした龍田だった。


蛇提督「私もそろそろ戻るか…」


ため息を吐きながら戻ろうとする蛇提督に、龍田はこれだけは言わないといけないと思い、蛇提督を呼び止める。

呼び止められた蛇提督は、振り返って龍田を見た瞬間、ギョッと硬直する。


龍田 「……本来ならお触りは禁止です。そして私は天龍ちゃんの胸を触ったこと、許してはいませんので…!」


蛇提督「あ……ああ…」


抱かれたままのユカリも怯えて逃げるようにピョンと離れる。

その時の龍田は、綺麗な微笑みの後ろで黒い炎がゴゴゴと燃え上がっているように見えたのだと、蛇提督は後に語っている。



―――食堂―――


夕食時、龍田は食堂へとやってきていた。

時間通りに来たつもりだったが、既にここにいる艦娘達が全て集まっているようだった。

仲良しのメンバーでグループを作り、それぞれのテーブルに固まって一緒に食べる。

いつもの光景だが、大半の艦娘はどこか元気がないのは明白だった。

おそらく昼前の間宮さんのように、青葉の話を聞いて悩んでいるのだろうと思った。


龍田 (あらぁ? 青葉だけいないわねぇ…)


ただ、青葉の姿だけないことに気づいた龍田は、衣笠と古鷹、加古が固まって食べてるテーブルの所まで行く。

三人に青葉はどうしたのかと尋ねると、


衣笠 「まだ現像室にいるんだと思う」


加古 「そんな部屋あったっけ?」


古鷹 「資料室のすぐそばにあるじゃない」


と言われても加古は思い出せずにいるようだった。

加古にとってみれば縁のない部屋なので無理はないだろう。


龍田 「まだあそこ使えたのねぇ…」


古鷹 「青葉がこっちに来てから、真っ先に探したのはあの部屋だったから」


現像室は隣の資料室からも繋がっている部屋で、横須賀鎮守府でも一階の隅っこにある部屋だ。

ほとんど誰も出入りすることはないため、資料室に置かれている資料も本も印刷機も、あちらこちらが埃だらけだった。

現像室の機材も同じようなものだったが、明石と夕張に早速見てもらったところ問題なく使えることがわかって青葉は喜んでいたそうだ。


龍田 (つまり…何か現像しているってこと?)


青葉がいつも持ち歩いているインスタントカメラは、中にあるフィルムを取り替えさえすれば何度でも使える古いタイプだ。

樹実提督時代からいつも大切そうに持ち歩いている。提督や艦娘達の日常の風景を撮っていることが多かったが、今は何の為に使っているのだろう。


衣笠 「はあ〜〜」


急に大きなため息を吐く衣笠に、どうしたのかと龍田が尋ねると、


衣笠 「いや〜なんか、私が改二になってから青葉の様子が変でさ〜」


理由を聞いてみると、衣笠が言うには、

自分が部屋を出て行こうとする度に「どこへ?」と毎回青葉に聞かれるそうだ。

ある時、「執務室へ、演習において自分の練度の事について提督に聞きに行く」と言った時、


青葉 「それならば、夕張に聞きに行くのがベストです!」


といったように、何かとそれらしい理由を言っては、自分が提督のところへ行こうとするのを止めてくるのだという。


古鷹 「それなら私も…」


以前、資材庫の管理を主に任されていることもあり、それについての定期的な報告をしに執務室へ行こうとする際、廊下で青葉に呼び止められて、


青葉 「仕事上、致し方ないですが、あの提督の言動には注意ですよ!」


「決して気を許してはなりません!」と、念を押される始末だったという。


加古 「私もさ〜……」


今日の午前、昨日の青葉の話を思い出した後、なんとなく蛇提督の様子を見に行ってみようかと部屋を出た後、ばったり青葉に出くわし、


青葉 「おやおや? いつも寝ているだけの加古が何処かへ行くのは珍しいですね〜。一体どこへ?」


と聞かれ、その時は咄嗟に、


加古 「ちょ…ちょっと小腹空いちゃってさ〜。食堂の間宮さんに何かないか聞こうと思って…」


青葉 「そうでしたか〜。ならいいですよ!」


青葉のその一言に誤魔化して正解だったと加古は思ったそうだ。


衣笠 「どうしてあんなに警戒するのかなーってさ。本当はそうじゃないんだと言いたいんだけどさ…」


龍田 「私は青葉の気持ちが、わからないわけじゃないわぁ」


得体の知れない相手のところに、天龍ちゃんを一人で行かせたくはない。

そう思う心と変わらないと龍田は語る。


衣笠 「そりゃあ…私もわからなくはないけど…」


やっぱりモヤモヤしてならないといった感じでブスッとしている衣笠。


龍田 「まあ、目的はそれ以外にもあるようだわねぇ〜」


加古 「私でもわかるよ。なんか隠してる感じだよね?」


古鷹 「うん…。一体何があったんだろう…」


しばらく皆で考え込んでいたが、


衣笠 「考えたってしょうがないわね。私が青葉を見てなきゃ!! 青葉ったら時々、やりすぎちゃうことがあるから、そっちの方が心配!」


加古 「それ言えてる!」


詳しくはわからないが、二人ともなぜだか楽しそうなのは体験談からだろう。

古鷹もクスクス笑っていたが、表情が変わると同時に話題も変える。


古鷹 「提督はどう? 何か変化あった?」


そう聞かれて今日のことを思い出す。

一日だけのはずなのにたくさんのことがあった気がする。

彼だけのことにしても、気になる反応、面白い反応、仕草、視線、声…。

そこから読み取るだけでも、彼は感情を表に出さないだけで、いろんなことを考えたり、感じたりしているのではないかと思った一日だった。

変化というならば、彼が最初にここへ来た頃に比べて、艦娘への態度が柔らかくなった気がしなくもない。

例えるなら、棘だけに刺々しかった態度だったのが、その棘の鋭い部分が少しずつ剥がれて丸くなるような…。


でも、皆が集まってるこの場所で言うのは憚れるし、今はまだ何とも言えない感覚なのでそのことを話すのはやめとく。


龍田 「特に変わらないわぁ〜。ただ…」


古鷹 「ただ?」


龍田 「大和と武蔵の件で、何かありそうねぇ〜」


昼前に大和と武蔵が執務室へ来たことを話した。

その時の蛇提督とのやり取りが、互いに牽制し合うようなものだったので、もしかしたらまた何か起きるのではないかと、今までの事も踏まえるとそう思ってならないと話した。


古鷹 「そうなんだ…。実は昨日…」


昨日の夜、古鷹と龍驤で大和と武蔵に青葉の推測の話をしたのだそうだ。

さすがに元帥の話については反発があったものの、大規模作戦の事で、上層部との対立が深まっている事実を大和達自身が知っていたこともあり、一概に全てを否定することはできなかったという。


龍田 「なるほどぉ〜、そういうことね」


昨日の武蔵がどこか性急だったのは、それのせいかと龍田は思った。


加古 「提督なら、扶桑と山城の時と同じように、何とかしてくれるんじゃないかって私は思ってる」


衣笠 「私も…そう思いたい…」


話がひと段落したところで、「そろそろ自分の夕食を取りに行かないと」と言って、龍田はそこで古鷹達との会話を終わらせ三人から離れる。

だが取りに行く途中で、天龍に呼び止められた。

止まった場所は、偶然にも榛名と北上、羽黒、朝潮、荒潮が固まって食べてるテーブルのそばだった。


天龍 「龍田、ちょっといいか?」


龍田 「あらぁ〜天龍ちゃん、どうしたのぉ?」


天龍 「最近、秘書艦をやってて大丈夫かなってよ?」


龍田が秘書艦をやることに決まってから、こうして天龍がしきりに心配してくる。


天龍 「秘書艦ともなれば、奴と二人きりになる時も多いだろう? だからよ…」


龍田 「だからぁ?」


言いたいことはわかっているが、敢えて聞き返す。


天龍 「俺達は何かとやらかしてるだろう…。た…例えば…」


龍田 「例えばぁ?」


段々、顔を赤くしていく姿が可愛すぎて、ついこっちもニヤけてくる。


天龍 「お…脅されて……それで…さ…触って…」


龍田 「その辺をもっと具体的に」


顔を赤くしたまま俯いていく天龍の顔を覗き込むように、さらに迫る。


天龍 「だああぁぁーーーっっっ!!」


耐えきれなくなったようで、大きな声を上げて龍田を退かせる。


天龍 「龍田!わかってるのにわざとやってるだろっ?!」


龍田 「フフフ。何のことかしらぁ~」


彼が胸を触ったことは許せないけど、こういう天龍ちゃんを見るのも悪くないと思ってしまう龍田。


龍田 「私なら大丈夫よぉ〜。もしそうでも、その手を落とすだけだからぁ」


天龍 「まあ…そうだろうけどよ…」


「やれやれ…」といった感じに天龍は呆れる。


朝潮 「榛名さん? どうかしましたか?」


荒潮 「顔赤いわよぉ〜」


榛名 「え!?」


様子がおかしくなっている榛名に気づいた朝潮と荒潮が尋ねる。

ただ荒潮は面白いものを見るように微笑んでいる。


北上 「そういう羽黒も顔赤くなってる気がするけどね~?」


いつもの呑気な口調に、どこか意地悪な感じが混ざって聞こえる。


羽黒 「な…なんでもありません…」


羽黒も天龍が胸を触られた場面を思い出してしまったのか恥ずかしそうにしている。


朝潮 「お二人の体調が悪いのでしたら、この朝潮、明石さんに伝えて…」


榛名 「だ、大丈夫です!お気になさらず!」


羽黒 「わ、私も大丈夫ですから!」


二人は慌てて朝潮を止める。


明石 「私を呼びましたか〜?」


だが、かなり遠いテーブルにいたはずなのに、どうやって聞こえたのか、いつの間にか龍田達のそばまで明石が来ていた。


明石 「修理ですか〜?」


それを聞いた北上がフフフッと笑って答える。


北上 「ちょっと榛名がね〜。一度かかると治しにくいものにかかっちゃってさ〜」


榛名 「な、何を言っているのですか?!」


ニシシっと笑っている北上に榛名はアワアワと動揺する。

そんな二人を見ていた明石は何かを察して北上のように同じく笑い出す。


明石 「ほうほう〜、なるほど〜。ですが、この明石にできないことはありません。どんな相談にも乗りますよ〜」


明石のそれは、危ない勧誘をする胡散臭い人そのものだった。


朝潮 「なんと! 榛名さんがそんな病気を患っていたなんて! この朝潮にできることありましたら言ってください!」


羽黒 「いいんだよ、朝潮ちゃん…。二人の冗談だから…」


荒潮 「フフフ。楽しいわね〜」


変な賑わいを見せてる彼女らを見て、龍田もクスクスと笑う。

ふと、天龍の方を見ると、天龍が不満気な表情をしていることに気づいた。


天龍 「………あいつの、どこが良いんだか…」


誰にも聞こえないように小さく言った不満は、龍田の耳にだけ入る。


それを聞いた龍田は思った。

青葉の言っていた事も可能性として残るけど、今日見た蛇提督の姿は、正直そんな悪くは見えなかった。

むしろ彼も、艦娘の事をもっと知ってくれれば、わかってくれる存在かもしれない。

天龍ちゃんにとって自分を理解してくれる人は小豆提督だけだったかもしれない。

でも私達が理解してもらおうとする心を失えば、小豆提督の夢は本当に夢物語で終わってしまう。

その事に天龍ちゃんはわかっているのだろうか……。


夕張 「もう何やってるのよー。明石ったらまた何か企んでるじゃないでしょうね?」


先程まで明石と一緒に食べていた夕張が後から輪に入って来た。


明石 「何よ、その言い方! まるで私が悪人みたいじゃないですか!」


夕張 「自分の胸に手を当てて聞いてみなさいよ…」


詳しいことはわからないが、呆れて言う夕張の表情から、明石は過去に何度かやらかしているようだった。


龍田 「ここしばらく工廠に篭って二人でやっているようだけど、進捗具合はどうなの?」


夕張が来たところで、気になっていたことを聞いてみる。

明石と夕張は艦娘の改装作業の手伝いが終わった後は、蛇提督から依頼された通信機の改造と各鎮守府に設置する妖精専用の暗号通信機を並行して急ピッチで進めていた。

なので食事時以外、彼女らは工廠にずっといて、他の艦娘と会うことがほとんど無かった。


明石 「かなり進んでいますよ。こっちにしかない機材や材料もあるおかげで、思った以上に捗っています!」


あとは、本部に頼んだ蛇提督が乗るボートが来てくれれば、設置作業に加え必要あればボートの改造もすることで任務を達成できるということだった。


龍田 「大規模作戦までには間に合いそうぉ?」


明石 「間に合わせます! この明石の腕にかけて!」


いつもはお調子者の明石だが、こういう時だけは頼もしく見えるのよね、と龍田は思う。


彼女達との話を終え、夕食を取りに行こうとするが、ふと龍田は「そういえば…」と思い食堂を見回す。

そして見つけた先には暁姉妹達が固まって食べているテーブルだった。


この夕食の後、蛇提督は一人だけになる。

電なり響なり他愛の無い話をするふりをして、それとなくこの後の蛇提督の動向を暁に伝えてみることにする。

何の話題から切り出せばいいか考えながらテーブルに近づいていくと、暁姉妹のそばで食べていた初霜が龍田に話しかけてきた。


初霜 「龍田さん」


龍田 「なぁーに?」


初霜 「最近の提督は忙しいですか?」


ナイスタイミングと内心喜びながら暁姉妹に聞こえるように初霜と会話する。


龍田 「呉へ行ってる間に溜まってた書類作業は片付いたわぁ。あとは今後の戦略と予定を組んでいくって言ってたわぁ」


初霜 「そうなんですか…。私に何か できることがあるでしょうか?」


龍田 「特にないわぁ。提督一人で考えて決めていくみたいだしぃ。近々、演習をするから自分の艤装のチェックはしといて、いつでも使えるようにしてほしいくらいかしらぁ〜」


初霜 「…そうですか」


話を聞いて、なぜだか落ち込んでしまった初霜に「どうかしたのぉ?」と尋ねる。


初霜 「秘書艦をしていた時は書類仕事も手伝っていたのですが、他の方が秘書艦をされてる時は手伝いを頼まれることがめっきり無くなってしまって…」


前任の提督の時もそうだったが、初霜は本当に真面目だ。

今の蛇提督も一回だけ秘書艦を務めただけなのにその後も気にしているとは。


初霜 「私…秘書艦をしていた時に提督に不自由な思いをさせてしまったのでしょうか…?」


龍田 「そんなことないわぁ。他のみんなもそうみたいだし、彼は秘書艦を書類仕事の補佐とだけしか思っていないようねぇ。初霜ちゃんが気に病むことではないわぁ」


初霜 「それなら提督に、秘書艦でなくともお手伝いしますと言ってきます」


龍田 「そこまでする必要は無いわぁ。彼がそうすると言うのなら別だけど、言わないのなら邪魔しない方が彼の為よ」


初霜 「違うんです! 私が提督の為に何かをしたいんです」


龍田 「え?」


初霜が言うには、

提督には自分が願った通り、強くなるための演習をさせてもらい出撃の機会もくれた。

特に呉への援軍の際は、呉の仲間達を助けられたことと自分が強くなっている実感を持つことができたという。

でもそれは、どれもこれもあの提督が一人考えて作った編成と戦術、戦略があってこそ。

自分はこうして願いを叶えてもらっているのに、提督に何もお返しできていないことに心痛しているという。


初霜 「いつもお一人で執務をされて……一人で無理をされているのではないかと時々思うんです」


彼は最初の頃から、仕事に最低限必要な艦娘だけとしか手伝いを求めない。

それは艦娘が嫌いであまり関わりたくないから、そうしているのだろうと思っていた。

だが、近くで見ていて思ったが、自分の仕事とそれ以外の仕事、それらをはっきり自分の中で分けているようなので、良くも悪くも一人でこなそうとしているのではないだろうかと思う事も無かったわけじゃない。


初霜 「ですから頑張っている提督に、何かお手伝いして少しでもその苦労を減らしてあげたいのです!」


前任の提督の時は、執務の手伝いばかりされて海に出て戦いたいと言ってた彼女が、今度は逆に執務を手伝いたいと言い出すとは思ってもみなかった。

それだけ蛇提督に感謝の心があるということなのだろう。


電 「い…電も司令官のお手伝いしたいです!」


龍田と初霜の会話を聞いていた電が突然言い出す。


電 「秘書艦の経験なら、だいぶ前ですがやったことがあるのです!――だから、私も何かしたいです!」


響  「響も…! 秘書艦の経験ある…!」


雷  「私は無いけど…でも、私も力になれるならやりたいわ!」


電の言葉に呼応するように、響、雷も勢いよく言う。

それを見ていた暁はそんな姉妹達を見て、ただただ驚いていた。


龍田 (顔を見るのも怖がってた子達が…)


最初は蛇提督とまともに話すのもましてや近づくのもできなかった子達が、自分達から言い出すとは…。


この変わりように驚くばかりなのは龍田も一緒だった。


雷  「そうと決まったら、食べ終えた後にみんなで執務室に行くわよ!もちろん初霜もよ!」


初霜 「わかりました!」


龍田 「ちょ、ちょっと待って!」


このままだと本当に行きかねないので、どうにか止めないといけない。


龍田 「いきなり押しかけるのも良くないし、今日は今日で大変だったから今は一人でゆっくりさせてほしいのよ」


嘘ではない。実際、朝潮達や榛名達と話して、これまで以上に疲れた顔をして、その後執務をしていたことは見ていた。

だから一人でゆっくりさせる時間は必要だろうと考えた。


龍田 「だから、この後は私も執務室に行かないの。なるだけ一人にしてほしいって頼まれてるからぁ」


とチラッと暁を見る。暁が今の話を聞き取ったか確認したかったからだ。

だが無反応なので、少しばかり説明不足とタイミングが悪かったかもしれない。


でも、龍田のそんな仕草に響だけは何かに気づいた。


初霜達の思いを明日、自分の口から蛇提督に伝えると、彼女達に話した上で、


龍田 「もしも普段のことで何か気づいたり考えたことがあるなら、提案してみるというのも良いんじゃないかしらぁ」


演習の内容だったり日常での生活についてなり、彼が「艦隊の勝利につながること」であるなら話を聞いてくれるだろうと、初霜達に提案してみる。


初霜 「それは良いですね!」


電  「それなら司令官のお助けになりそうです!」


雷  「なるほど…。司令官の考えてることを一緒に考えるってことね…」


ただ何かないかと押しかけるよりも、前向きな意見を言いに行かせる方が、蛇提督も耳を傾けられるだろうし、仕事以外の話をしない蛇提督とこの子達の貴重な会話をする機会を増やせると、龍田は思った。


響  「もう一度聞くけど、この後の司令官の予定は?」


おや?と思いながら龍田は、この後の蛇提督は一人執務室で仕事してるだけ、と答える。


響  「じゃあ、聞きにいきたい事があるなら、行ってもいいの?」


その質問で響の狙いがわかった龍田はこう答えた。


龍田 「できれば一人にしてほしいって言ってたわぁ。…でもどうしても話したいことがあるなら、話ぐらい聞いてくれると思うけどぉ…」


と、龍田と響は暁の反応を見る。

暁はハッと何かに気づいて、俯いて考え込む。

その表情には「行くならその時では!?」と書いてあるようだと、龍田達は思った。


響  「それなら聞きに行くのはまた今度にしといた方がいいね」


電  「響ちゃんは何か司令官さんに聞きたいことがあったのですか?」


響  「あるけどまた今度で大丈夫。――それよりも司令官に響達も頑張ってるんだってアピールすることの方が大事だと思う」


雷  「響の言う通りね!それなら私達の部屋で集まって会議よ!」


初霜 「私も良いですか?」


雷  「もちろんよ!――暁も参加するわよね?」


暁  「えっ!?わ…私は…その…」


雷  「何よ、しないの?!」


おっと…雷はまだ私達の狙いに気づいてない、と思い龍田が雷を取り成そうとする前に響が先に動く。


響  「暁は最近、疲れているよね?」


暁  「え?」


響の思わぬ質問に暁が驚いている。


響  「だってなんだか最近、思い詰めてるような顔しているし、もしかして…」


響の言葉が出るまでに暁は息を呑む。


響  「呉に行った時、響が何かしてしまったかな?」


暁  「えっ!?」


またまた思わぬことを言われ、暁はまた驚く。


響  「暁がどこか元気無いのは呉から帰って来てからだし、暁が気に病むことがあるなら、きっと響のことだろうって思って…」


と、響はわかるように落ち込む姿を見せる。


暁  「ち、違うのよ響! そんなことないわ! 決して響のせいではないわ!」


暁が慌てて否定する。


響  「ホントかい…?」


響が顔を上げて、暁をどこかうるうるとした瞳で見つめる。


暁  「そ…そうよ! ただ、この前の戦いで……そ、そう!かなりの激戦だったでしょう?!」


ある程度戦えてはいたけど、それでも自分の限界を感じるものもあり、体力的にも精神的にもくるものがあったから、ちょっと疲れが出てしまったのだと暁は弁明する。


暁  「でも、心配しなくていいわ! 私がこうなのは今だけだから!…もう少し休めばすぐ元通りなんだから!」


と、心配させまいとする為か、堂々と胸を張って言い切る暁。


響  「そうなのかい? それなら響達の部屋で会議すると暁が休めないね。初霜の部屋で集まるとしよう。――そうすれば、暁が自由にできるね」


暁  「う、うん…。助かるわ響」


響の最後の言葉に、電と雷、初霜もやっと何かに感づいた素振りを見せる。


初霜 「そ…そうしましょう!」


雷  「あ…暁がそうだって言うんなら仕方ないわね。そうしましょ!」


電  「そ…それが良いのです!」


と三人も響の意見に賛同する。少し声音が上ずる違和感はあるが。


響  「どうせなら朝潮と荒潮も呼んで、駆逐艦会議をするのも悪くない」


雷  「さすが響! 名案ね!」


と、彼女達のその後の会話は異様な盛り上がりを見せた。


何はともあれ、これで暁が一人で執務室へ行きやすくなる場を整うことができたので一安心と思う龍田。

ふと自分を見てくる響の視線に気づいて見てみると、響がフッと笑ったのだった。


龍田 (あらあらぁ、おそろしい子…!)


響は演技派女優の素質でもあるんじゃないかと、龍田は内心驚いていたのだった。



暁達が食べ終わる頃に合わせながら、龍田は夕食を食べていた。

そして暁達が食べ終え、食堂を出ていくのを確認して、ちょっとした後から自分も出て行く。

本当に暁が一人で執務室へ来るか心配だったので、執務室の前の廊下、その端の角の影で見張ることにする。

暁達の部屋から尾行するという手段もあるわけだが、さすがにバレてしまう可能性もあるのでやめとく。


龍田は目的の場所まで赴き、あちらからでは見えづらいだろうと思える場所を探して、そして隠れて見張る。

あとは暁が無事、執務室に入っていってくれることを願うばかりだ。

暁の場合、目の前まで来てやっぱり怖くなって逃げてしまう可能性もある為、確認するまでは心配で仕方がなかった。


そう思いながら見張っていると、執務室の扉が開かれる音が聞こえた。

まさか、タイミング悪く蛇提督が何処かへ行ってしまうとこなのかと思い、それではまずいので止めに行くべきかと動いた時、出てきた人物を確認して咄嗟に影にもう一度隠れた。


龍田 (青葉…?)


なんと出てきたのは、結局食堂に現れなかった青葉だった。

どうやら現像室に行ったあと、執務室へ行っていたようだった。


廊下の向こうへと消えていった青葉の姿を見送りながら、本当は何をしていたか突き止めたい心ではあったが、今は暁の方が優先なので、グッと堪えてその場で待つことにした。



そして当の本人である暁はというと………。



雷  「じゃあ暁、行ってくるわね!」


妹達を見送った暁は、しばらくその場で立ち竦んでいたが、意を決したように歩き出す。


暁が向かった先は執務室だ。

自分の胸から聞こえてくる心臓の鼓動は、執務室に近づいていると思う度に高鳴るのを感じる。心臓の鼓動が体中に響く毎に足が竦みそうになる。

本当は怖い…逃げ出したい。

だがもう今の暁には逃げるわけにはいかなかった。


最初は呉鎮守府での長門の行動がきっかけだった。

相手は何を考えてるかわからない相手なのに、堂々とした振る舞いで自分達の非を認めて謝罪した。

その姿は暁にとって立派なレディの姿だったと素直に思えたのだ。

だからこそ自分も一番上の姉として、やはり謝罪はするべきだと思った。

でも、横須賀鎮守府に帰ってきてから何度か話そうと試みてみたものの、提督を前にするとアガってしまい、すぐ怖くなってしまう始末。

自分と変わらない駆逐艦の朝潮や荒潮は普通に話しているのに、どうして自分は話せないのだろうか…。

でも雷は、「話したいと思ったなら、その心に従うべきだと思うの!」って言っていた。

だから…そうしなきゃ…。やっぱり頑張らなくては…。

さらに最近の私を見て、響は自分のせいだと勘違いしてしまった。

自分がもたもたしているせいで、響や妹達に迷惑をかけてしまう。

そんなの一人前のレディとして、失格だわ!


暁がそう考えているうちに執務室の前へとやってきていた。

今日の執務室の扉はなんだかいつもより大きく見える。

心臓の鼓動は最高潮に達して、どうにかなりそうだったが、勇気を振り絞ってノックをする。


蛇提督「…誰だ?」


暁  「あ…あきゃつきよ!」


早速、噛んでしまった自分を恥じらいながら、中から「入れ」という言葉を合図に執務室へと入っていく。

中へ入ると、司令官は執務机で色々な資料を広げて、何やら作業をしているようだった。

机の上の端っこには、ユカリが蹲りながらこちらを見ている。


蛇提督「どうした?」


低く冷たい司令官の言葉は、たった一言でも心臓の鼓動を跳ね上がらせるようだった。

怖気付いてしばらく話せずにいたが、あの時の長門の姿を思い出して頑張って声を出す。


暁  「お……遅れてしまったのですが、い…雷と…け…喧嘩をした…時の事を…謝りたくて…」


司令官は特に反応せず、黙って聞いたままだ。


暁  「ご…ごめんなさい! レ…レディとして、良くない…す…姿…だったのです!」


怖いあまりに目尻から涙が滲み出てくる。


暁  「今後はレ…レディとして…い、一番上の…姉として…き、気をつけていくわ!」


頭は真っ白になりかけながら絞り出した言葉は敬語と普段の言葉が混じってしまう。

でもそれを気にするほどの余裕はない。


蛇提督「…そのことか」


そう言って司令官は椅子から立ち上がり、ゆっくり自分の前へとやってくる。

言いたいことは言えたはずだ。あとは、何を言われるか…。


蛇提督「…その時の事はもう気にしてない。別にお前達を咎めるつもりもない。安心しろ」


雷にも何も罰が無いとわかっただけでも喜ぶべきか。

でも、謝ることは謝れたはずなのに、どこか心が塞がっていく感じがする。

そのまま執務室を出ようと振り返ろうとした瞬間、司令官に呼び止められた。


蛇提督「…今後も、雷とやっていけそうか?」


突然聞かれた質問に驚くとともに少し困惑する。


蛇提督「雷だけじゃなく、他の姉妹ともだ」


そう聞かれると、今、心が塞ぎ込んでいるからなのかやっていける自信はない。


暁  「あ…暁は…」


今、それほどゆとりはないはずなのに、自然と口が動く。


暁  「暁は、姉妹の一番上の姉なのです…。一人前のレディなの…。だから、私が一番しっかりしてなくちゃいけないの」


段々と、今までのことを思い出しながら、口はなぜか動く。


暁  「でも…いつも失敗してばかり…。お姉さんらしいことはしてあげられなかったし、一人前のレディとしても失格だわ…」


先程とは違う涙が目尻からこぼれ始める。

涙と共に、ずっと抱え込んでいた思いもこぼれでるようだった。


暁  「何をやっても…ダメなの…。頑張っているのに…全部…空回り…してる感じで」


言葉の途中途中でグス、グス、っと泣きながら話す。

あふれ出る涙を手でゴシゴシ拭いても後から後から出てきてしまう。


蛇提督「…暁」


名前を呼ばれて、涙目で司令官を見ると、彼は跪いて自分と同じ目線の高さに合わせてきた。


蛇提督「暁の言う一人前のレディというのが、どういうのか分からんが…」


少し考えるために視線を落としていたが、やがて真っ直ぐこちらを見てくると、


蛇提督「大人と子供の一番の違いって何だと思う?」


なぞなぞみたいな問題だな、と思いながら答えを考える。

考えても考えてもなかなか思い付かず、うーんうーんと悩む。

気付けば考えることに夢中になって、いつの間にか泣き止んでいた。


そして、「ハッ!」と思い付いて答える。


暁  「身長!」


一瞬、司令官がそのまま固まってしまい、妙な空気が二人を包む。

すると、司令官はわざとらしい咳払いをしてから、


蛇提督「……まあ、それもまた一つの正解だな。――すまない、ちょっとばかし問題の出し方が悪かったな」


暁  (………あれ?…)


司令官の言葉で、実はかなり恥ずかしい解答をしたのではないかと今、気づく。


蛇提督「私が思う大きな違いは、自分で責任を持つか持たないかだ」


暁  「責任を…持つ…?」


理解が追いつかなくて「?」マークが増殖する。


蛇提督「艦娘だと分かりづらいかもしれないが、理屈はこうだ」


司令官の説明によると、

子供のうちというのは、その者の命の保障と衣食住の管理などの責任はその周りにいる親や先生などの大人達が請け負うことで守られる。

次第にその子供が成長するに従って、親などが持っていた責任を少しずつ子供に引き継がれていき、やがて、どんな責任も請け負い、果たせる大人へと成長するだろうという事だった。

子供と大人の最大の違いと境界線は、ここにあると教える。


蛇提督「ここまではわかるか?」


暁  「……つまり、一人で全部できるようにするってこと?」


蛇提督「できるようになるかは個人によって違うから、一概には言えないな。――俺が言いたいのは、大人ならば、責任を持つという自覚と果たそうとする意欲を持つことが大事だということだ」


暁  「ふむふむ」


自分でもわかりやすいと素直に思えた。


蛇提督「だがな…この“責任”というのがちょっとばかし厄介な代物だ」


自分の命や生活に関わることであるならば、誰しも抵抗なく持つだろう。

でも世の中生きていると、それだけとは限らない。

親から引き継いでしまった借金などの遺伝的なもの、自分に直接関係なくとも同じグループに属していることで関わってしまう連帯責任、はたまた自分とは全く関係無いのに他から理不尽に振りかかる責任もあるだろう。

それらを自分の責任として、甘んじて受けて果たそうとすれば、精神的にも体力的にも苦難を強いられることになる。

それでも時には、やらねばならない時もある。


蛇提督「“前の雷”のこと、姉妹から聞かせてもらってる。暁はその場に立ち会っていなかったそうだな?」


暁  「うん……。暁は別の部隊に異動してたから…」


蛇提督「あれは明らかに小田切提督の失態だ。でもそれを知る由もない暁にとってみれば、自分とは関係ないところで起きたことなんだから、暁と関係無いだろう?」


暁  「そ、それは違うわ! 私が任務を早く終わらせて戻っていれば…」


蛇提督「そんなのはもしもの話だ。実際は暁のいないとこで起きた、これが現実だ。暁は関係無い」


暁  「あ、あるわ!私はあの子達の一番上の姉なのよ!? 妹達が悲しんでて関係なくないわ!」


急に冷たい言葉を言い放ってくる司令官に恐怖を覚えつつも、断固とした思いで必死に抗う。


蛇提督「そう、それだ!」


暁  「……へ?」


またもや急に司令官の雰囲気が変わって、何の事だかわからない。


蛇提督「実際、事件に関しては暁のせいではない。それでも暁は姉妹に起きた悲劇を自分の事のように受け止め自ら引き受けようとしている。姉だからという理由だけで、バラバラになりそうな妹達を引き留めて、その責任を自ら一身に請け負っている」


ここで先程話した責任の話と繋がるのかと驚嘆する。


蛇提督「今でもその責任を持ち、問題を解決しようとする暁の姿は、まさに大人…一人前のレディではないのか?」


暁  「!?」


思ってもみなかった司令官の結論に声を呑む。


蛇提督「上手くいっていない気がするのは、暁が背負ったものが大き過ぎるのさ。その責任を果たせるまでに小さな失敗や成功を重ねていくこともある」


暁  「……」


驚きのあまり目を丸くしたままだ。


蛇提督「だがその過程で少しずつ成長していくのも事実だ。――つまり暁は、さらに立派なレディになる為の精進を欠かさずしているレディの鏡でもあるということだな」


うんうん、と頷いて、感心している態度を見せる司令官。


暁  「あ…暁が…一人前のレディ…なの…?」


言葉を失っていたが、やっと口から出てくる。

もう一度、聞きたかったことだ。


蛇提督「俺はそう思う。間違いなくな」


暁  「う……。ふええぇぇぇーーーーん!!!」


それを聞いた途端、もう、どうしようもなく泣きたくなった。

流す涙も先程流した涙とまた違う。とめどなく溢れ出る。

理由は簡単、「そんなこと言われたのは初めて」だったからだ。


怖い司令官の前だということも忘れて、子供のように泣いてしまう。

自分では、湧き上がってくる感情も含めて止められそうになかった。


ふと背中に温かい感触を感じた。

どうやら司令官が背中をさすってくれているらしい。

それが嬉しかったのか、それとも泣き顔を間近で見られたくなかったのか、思わず司令官に抱きついて、その胸に顔を埋める。

それでも司令官は怒ったりせず、ただ黙って背中をさすり続けてくれたのだった。



その後、暁は自室へ戻るため廊下を一人、トボトボと歩いていた。

俯きながら歩いて考えることは、先程、執務室を出てくる前の事だった。


やっと泣き止み、自分が今までどうしていたのかを再確認できるほど落ち着いてきた頃、自分がしでかしたことに顔が赤くなっていた。

泣き止んだのを見計らって、司令官は背中をさするのをやめて机に戻る。

とりあえずお礼は言っておかないと、と思って声を出そうとしたが、その前に、

「落ち着いたのなら部屋へ戻れ」と素っ気なく言われてしまい、大人しく帰ることにした。

大声で泣いた事、抱きついてしまった事、迷惑だったのかなと心配する。

でも、泣き止むまで待ってくれたし、何より……温かかった。


そんなことを考えてながら暁が惚けていると、後ろから自分を呼ぶ声がした。


雷  「暁じゃない! こんな所で何をしてるの?」


ちょっとビクッとして振り返ると、雷の他に電や響もいた。

どうやら彼女達も会議が終わって自室へ帰るとこのようだった。


暁  「え…えっと、お手洗いよ!お手洗いに行ってたの!」


なんとかここは誤魔化す。


雷  「え?トイレ? 暁、一人でトイレに行けたっけ?」


ニシシっと意地悪そうな笑みを浮かべながら雷は言う。


暁  「い、行けるわ!子供扱いしないで!」


「ぷんすか!」と怒る。すると響が、


響  「そうだね。暁はお姉ちゃんだもんね」


響から「お姉ちゃん」と呼ばれるのは何だか新鮮だった。


暁  「そうよ! 私は一番上の姉で一人前のレディなんだから!」


響のおかげか、はたまた執務室での事があったからか、今までで一番胸張って言えた気がする。


電  「暁ちゃん…。いつもありがとう、なのです」


暁  「きゅ…急にどうしたの、電?」


突然の事でちょっと驚く。


電  「暁ちゃんがそう言って、私達の為にいつも頑張ってきたこと、電は知っているのです。だからこの前のような激戦がこれからあっても、きっと乗り越えていけるのです」


どうやら食堂で話したことを電は気にしていたようだった。

「疲れている」と言った私を慰めてくれているのだろう。


響  「たとえ一人が難しくても、みんなで乗り越えれば大丈夫」


いつも落ち着いていて、はっきり言う時は言う響の言葉はとても心強い。


雷  「そうよ! 私達が頑張れば、できないことなんて無いんだから!」


こういう時の雷は本当に元気をくれるし、勇気もくれる。

“前の雷”と変わっても、ここだけは変わらない。


暁  「当然よ! だって、この暁がいるんだから!」


嬉しさのあまりかドヤ顔に気合が入る。


雷  「ちょっと!みんなでって言ってるところで、どうしてそうなるのよ?!」

暁  「私がいてこその姉妹なのよ!」

雷  「そんなんだから、いつまでもお子様なのよ!」

暁  「お子様言うな!!」


と、結局喧嘩が始まってしまい、響と電が二人をなだめながら仲良く四人で自室へと戻るのだった。


そんな姿を後ろの影から見守っている者がいた。


龍田 (しょうがない子達ね……)


またいつものをやっているなと呆れつつも、穏やかな表情で彼女達を見送るのだった。



―――翌朝 執務室―――


龍田は昨日と同じく、蛇提督の仕事を手伝っていた。

今日は今日で、朝から届けられた書類の束を処理しなくてはならない。


朝五時に執務室へとやってくれば、蛇提督は既に仕事を始めている。

通常より一時間早く来てるわけだが、やはり初霜達から伝えられている通り、蛇提督の朝は早い。

相変わらずの無愛想で、朝の挨拶と今日の予定の話を淡々と話しただけで、今もなお黙々と書類を片付ける。

そんな蛇提督と比べると、その姿からは昨夜の蛇提督を想像できない。


執務室の扉をわずかに開け、その隙間から暁と蛇提督の様子を覗っていた。

一部始終を見ていて、驚きの連続と心のどこかで面白いと思っている自分がいた。

蛇提督の何気ない最初の質問で暁が泣き始めると、彼は明らかな困惑の表情を浮かべていた。

例えるなら、娘が泣き出して、どうやってなだめようか悩んでいた父親のような姿だった。

そうして、跪いて話し出したことはあの「責任」の話だった。

でもそれが暁を褒める話に変わるとは思わなかった。

暁は嬉しすぎて泣いてしまい、これまで以上の大声を上げた。

さすがに彼では、どうしようもないだろうと執務室へ入ろうかと思った時、またもや彼の行動に驚かされる。

なんと暁の隣に回り込んで背中をさすってあげている。目を疑う光景だった。

その後、暁に抱きつかれても、そのまま泣き止むまで彼は背中をさすり続けた。

ただその時の表情が、どこか遠い目をして思い詰めているような表情だったのが印象的だった。


こうして朝から二人だけでいるのに、昨夜の話をしてこないところをみると、自分が隠れて覗いていたことに気づいていないのだろう。気づいていたのなら、何かしらの弁明をするはずだからだ。

昨日の朝潮達の時やまた前の扶桑の事件の時のように覗きにすぐ気づいたのに、今回の暁の時に気がつかなかったのは、それだけ、目の前の暁を気にして、他に意識を向ける余裕が無かったのかもしれない。


そうこう考えているうちに、蛇提督が筆を一旦止めて一息つく。

「お茶はいかがぁ?」と聞いて、「頼む」と言われたので食堂へと向かおうとする。

その時、蛇提督に呼び止められ、龍田は振り返る。


蛇提督「昨日、言ってた話だがな……」


(昨日?)と何の事だが察しがつかない。

彼は何故だかばつが悪そうな表情を一瞬見せて、さらに続ける。


蛇提督「…小豆提督の夢、半分は叶っているんじゃないか?」


龍田 「……え?」


もしかして、昨日、ユカリちゃんを見ながら一言言った事を気にしていたのだろうか。


蛇提督「…艦娘と人間が仲良くする為には、互いが分かりあおうとしなければできない。その半分である艦娘達が、個人それぞれではあれど、努力をしている。あれは小豆提督の努力の賜物であり、お前達がその思いをしっかり引き継いでいる証拠だろ」


龍田 「っ!」


昨夜の暁ではないけど、自分も思わぬことを言われて声を呑む。

正直なところ嬉しかった。その言葉を誰かに言ってもらえることを望んでいたのかもしれない。

だけど暁のように泣いたりしない。私は…子供じゃない。


龍田 「あらぁ〜、もしかして私のこと…慰めているのかしらぁ〜?」


余裕の笑みを浮かべて挑発的に聞き返す。半分、本音ではあるけれど。


蛇提督「バカ言え…。これまでの私の見解を述べただけだ。他意はない」


こちらから目を逸らしてムスッとしている。

腕組みまでして意地を張っているような姿は、ちょっと可愛いと思ったのは秘密だ。


龍田 「そう…。それなら、もう半分である提督はどうなんですかぁ?」


「これまでの私の見解」というのは、きっと着任してから今日まで艦娘達と関わってきた感想なのだろう。特に呉鎮守府に行って、そこでの出来事とそこでの艦娘達とも関わり、彼にとってはそこが大きな転換点だったのかもしれない。


蛇提督「私は最初の時から、お前達の考えていることやしていることに最大限許容しているつもりだがな」


龍田 「そうではなく、仲良くできるかという話よ」


蛇提督「私には関係ないな。私が艦娘達に必要とするのは、ベストなメンタルとコンディションで戦ってもらえれば、それで十分なのだからな」


やっぱりそこは譲らないのだなと、少し残念に思う。

だけど、昨夜の暁に対しての接し方を考えると、本当にそれだけなのか疑問が残る。

ただ単に彼が物凄く素直じゃないという線もあるわけだが、もしもそこまで頑なにさせるものがあるなら、それは一体何だろうと気になるのだった。


龍田 「それじゃ…取りに行ってくるわぁ」


蛇提督「ああ」


そうして執務室を出る。


龍田 「掴みどころがない人ねぇ〜」


これまでの彼の姿、言動を思い出して、思わず出た感想はそれだった。

でも良い意味で彼に興味が湧いてきた。

悪くない…。たまにはいじってみようかな…。


そして、どこで覚えたかわからない鼻歌を歌いながら、龍田は一人、廊下を歩いていくのだった。





譲れないもの



蛇提督(この頃…艦娘達の様子が変わった気がする…)


今、艦娘達が朝早くから演習訓練をしている最中で、その様子を監督しながら思う。


蛇提督(いや…紛れもなく変わっている…)


灯台での出来事からか明らかに自分に対する態度が、以前とだいぶ変わっていることに頭を悩ませる。


加古 「提督!どうだった?! 私もやるときはやるでしょ?!」


蛇提督「あ…ああ…前より気合が入っていたな…」


いつもの加古ならば、自分に怖がって仕方なくやるという感じだったのが、今日は何故だか気合の入り方が違う。

まあ、間宮の件以来から自分を怖がらなくなっていたのは分かってはいたが、改二になってから少し強気になったという感じか。


古鷹 「ダメだよ加古。改二になったからって、基本を怠ると重巡としての力を発揮出来ないんだから」


夕張 「前より気合があるのは良いけど、今までだらしなくやってた分、体の重心が偏って撃っちゃう癖は直ってないわね。提督もそう思いませんか?」


蛇提督「う…うむ…。そうだな」


何より違うと思うのは、今この時の自分と艦娘の距離感だ。

順番待ちの艦娘ほとんどが、自分と誰かが話していれば、何を話しているかわかるぐらいの距離にいる。

以前は夕張だけが自分の近くでデータを取っているぐらいで、話しかけてくるどころか他の者達はそれぞれ離れたところにいたのに、今日は皆、妙に近くにいる感じだ。


そういう夕張を例にとっても、最低でも俺から一人分は空けて離れていたのに、今はすぐ隣にいる。


暁  「司令官! 次もさっきと同じ配置で標的を用意すればいいのね?!」


蛇提督「あ…ああ…その通りだ」


暁  「わかったわ! すぐに準備するわ!」


雷  「ちょっと! 抜け駆けしないでよ!」

電  「あ! 急がば回れ、なのです!」

響  「ハラショー、やるさ」

初霜 「やっちゃいます!」


一足早く暁が走っていき、その後に雷と電、響と初霜が後を追っていく。


前に龍田から、暁を除いての彼女達四人が何か手伝いたいと聞いてはいたが、あそこまで張り切ってやるとは思わなかった…。


いや…それよりも暁のあの張り切り様は何だ?

元々、彼女は妹達の為に粉骨砕身するほどの真面目な奴だと前から思っていたが、その真面目さに拍車がかかっている。

しかも妹達の為ではなく、あれは明らかに俺の為にやっているようだ。

原因はわかっている。この前の一件だろう。

グズリ始めて下手に悪態をつけなくなってしまったと思ったら、今度は電のように泣き出してしまったのを見て、追い出すわけにもいかず、なんとか泣き止ませようとしたのが失敗だったのかもしれん…。

俺が前から小さい子が苦手なのは知っていたつもりだったが、改めて思い知らされた…。


古鷹 「……とく、提督! 聞いているんですか?」


蛇提督「な…何だ?」


暁のことで考えていたら、どうやら古鷹の話を聞きそびれてしまったようだ。


古鷹 「ですから、重巡だったら対艦、対空、雷撃、どれを取っても満遍なく出来るようになってこそ、重巡の価値を引き出せると思いませんか?」


蛇提督「ああ…その通りだな…」


古鷹 「なのに、加古ったら砲撃で敵を倒せれば問題無いって言うんですよ。提督の方から何か言ってあげて下さい!」


古鷹はあの一件以来から俺を怖がらなくなったばかりでなく、機会あれば仕事の話でも自ら話してくる様になったが、今日は一段と…というより、いつもより積極的な気がする。


加古 「あちゃあー。出たよ、古鷹の重巡洋艦の話。この話になると止まらないんだよな〜」


古鷹 「加古の為に言ってるんだよ?」


加古 「私は本番で燃えるタイプだから大丈夫!」


衣笠 「加古スペシャル!!って叫んだ時に、外してしまう癖は何とかしないとね〜?」


加古 「い、いや! 改二になったから、もうそんなヘマはしないよ!」


衣笠 「どうかな〜? ねねっ! 提督はどう?」


衣笠は改二になってから、その元気の良さと明るさがさらに上がったようだ。

それと……今日は妙に俺と親しげに話そうとしてるようにも見える。

最初の頃は、こっちの顔色を窺うような接し方していたのに……一体どういう心境の変化だ…。


蛇提督「うむ…。青葉型と古鷹型に関しては、呉で会った妙高型に比べれば火力が低いと聞いているぞ?」


加古 「うっ…それは…」


蛇提督「だから、一撃だけでは敵を倒せないこともしばしばあるだろう。改修で武器をさらに強化するにしても現在、資材が足りてない以上、とにかく練度を上げ、命中率も上げて敵にダメージを蓄積させることを考えることが先決だ。いいな?」


古鷹 「はい。それで良いと思います」

加古 「わかったよ。頑張るよ」

衣笠 「よし!どんどん強くなっちゃお!」


さっき自分で“青葉型”と言ったのを思い出して、ふと自分の周りを見回してみる。


青葉は少し離れた所からジトッとした目で、俺と艦娘とのやり取りを注意深く見ているようだ。

まあ…彼女の場合、俺の悪事を暴いて艦娘達に警告をしたいのだろうが、それとは裏腹に彼女達がこの有様だから下手に入り込んでこれないのだろう。

青葉と同じくらい離れた所に天龍もいる。

終始ムスッとしている感じだが、何かを言うつもりは無いようだ。

大和と武蔵も、静観している、といったところか…。



演習では北上達、呉鎮守府のメンバーも参加させた。

他鎮守府の艦娘もさせることで、やってみての感想と意見を聞かせてもらいたかったというのもあるからだ。


そして北上達は演習を終えて、こちらへと戻ってきた。


北上 「いや〜、なかなかやりがいのある演習だったよー」


怠そうでゆるゆるとした口調で話す北上はマイペースでどことなく掴み所がない。


前の灯台のそばでの会話をきっかけに、彼女は俺を見る度に軽い挨拶なり何かしら気軽に話しかけてくるようになった。

呉鎮守府で初めて会った時からそうだが、彼女は俺を怖がることがない。

まあ、まだ大した悪態も悪口も言ってないからそうなのかもしれないが、それにしては全然警戒する素振りを見せない。

気軽に何でも話してくるため、ある意味遠慮がないところがあって、俺としては少し苦手だったりする。


蛇提督「別の鎮守府の艦娘相手にも、効果があるとわかっただけでも収穫だな」


北上 「特に、あの最後の動く標的は良いね〜。魚雷の練習にもってこいだよ〜」


以前夕張が考案した、標的にスクリューつけて動かすというもので、より実戦に近い演習ができる。

だが本当の魚雷を使ってしまうと全て木っ端微塵になるので使い回しができない上にコストもかかると頭を悩ませていた。

ところが明石の考案した、爆発しても破壊能力を全く持たない練習用の魚雷を作ることで、この演習が実現したのだった。


夕張 「私達に感謝してもらいたいわね。この演習に間に合うように急ピッチで作業したんだから」


龍田 「本当、元々頼まれてた依頼も大変なのに、こっちもよくできたわねぇ〜?」


夕張 「まあ、あとはボートが来てからの作業がほとんどだから、手持ち無沙汰になってたのもあったんだけどね。でも、工廠担当の妖精さん達はみんなヘトヘトで倒れ込んでるわ」


龍田 「あらあらぁ〜。提督の無理なお願いで妖精さん達にも負担をかけるなんて、いけない人ねぇ〜?」


蛇提督(うっ……こいつ…俺に非がある事を利用して、わざと言ってきてないか…?)


前の灯台での会話で変わったのは、北上だけじゃない。

この龍田も以前とどこか違う。


最初の頃は、天龍と同じく反抗的で俺のやることに懐疑的だったが、近頃はそれをあまり感じない。

今の言葉のように、俺の痛い所を的確について言ってくるようになったが、その度に彼女の微笑む顔を見て、俺が困るのを内心、楽しんでるんじゃないかと思うようになった。


蛇提督「…夕張、すまない。無茶をさせてしまったようだ」


夕張 「いいんですよ! 私が考案したスクリュー付き標的が実装できると聞いて嬉しかったので、早く試してみたかったんです!」


蛇提督「あ…ああ…。そうか…」


反抗的だったと言えば、夕張も最初、俺に対してはそうだったが、いつしかそれが無くなっている。

古鷹の件で一悶着あったが、それ以来何か言ってくることは無くなった。

まあ、彼女の秘密を握っているため、それがバラされないように、今もこうして従順に従っていますよとアピールしたいだけだと思うのだが…。


羽黒 「標的を置く位置やルートを考えるだけでも結構違うんですね」


荒潮 「ンフフ〜。実戦をよく考えて配置してるのが、よくわかるわ~」


朝潮 「司令官、貴重な資源を使ってまで私達を参加させて頂き、感謝致します!」


朝潮と荒潮、そして羽黒の三人は俺の父さんと会ったことがある。

その父さんから俺のことについて聞いたせいか、例の事件について真相が違うのではないかと疑っている要注意人物達だ。


その為に「親子の問題に関わるな」と言って突き放したつもりだったが、それに臆している様には見えない。

それどころか、朝潮と荒潮にいたっては俺のことについて何かと踏み込んでこようとする。

しかも、どこか勘が鋭いところもあって、俺にとっては予断を許さない相手だ。


朝潮 「横須賀鎮守府の皆さんが強い秘訣はここにあるということですね。しかも司令官がほぼ一人で考案なさったと聞き及んでおります。さすが司令官であります!」


蛇提督「あ…ああ…。まあな…」


朝潮はこの前の話からずっとこの調子だ。

俺が強い秘訣を知りたいとかなんとかで、俺の言うことやること、そこから学び取っては隙あらば褒めてくる。ぐいぐいと来るのだ。


最初は父さんを失った負い目とどうしてもその恩返しをするために無理にやってるのではないかと思っていたが、その真っ直ぐな眼差しで見られるうちに、まさか…素なのか?と思うようになった。


荒潮 「うふふふ〜。楽しかったわぁ〜。…これで終わりなんて物足りないわぁ〜。提督、もっとやらせて〜」


こっちは朝潮とはまた違う感じでぐいぐい来る。

朝潮に言わせればこれが素の状態らしいが、最初に会った頃より遠慮が無くなっている感じがするのは俺だけだろうか…。


羽黒 「荒潮ちゃん…司令官さんが困ると思うので、そこまでにしといた方が…」


羽黒は突き放す言葉を言ってから、朝潮達のように関わろうとはしなくなったが、元々彼女は大人しくて控えめな性格であるため、内心どう思っているのかはまだわからない。

俺が見た限り、俺に近づこうとも離れようともせず、一定の距離を維持したままといった感じだ。


荒潮 「えー残念ね〜。ねー榛名、あなたも楽しかったでしょ〜? あんなに気合い入れてやってたんだから〜」


榛名 「あ…えっと…榛名は…」


俺の視点からでは、ちょうど羽黒の後ろに隠れるように榛名がいる。

羽黒が少し動いて、榛名が見えるようになると榛名は急に赤くなって恥ずかしがっている。


榛名 「は…榛名は……だ、大丈夫ですーーーー!!!」


(いや、何がだよ!)と俺は内心ツッコミを入れつつも、またもや物凄い勢いで逃げていく榛名の背中を見送る。……これで何回目だろう。

だが、このやり取りを他の艦娘達が見る度に冷たい視線で見られている気がする。


いや、これはこれで良いはずだ…。

これで彼女達の方から俺との距離を離してくれればいいし、最低限の命令さえ聞いてもらえれば、あとは俺の事を差し置いても構わない。

……間違っても、“あの時”の二の舞にはならないだろう。


そもそも、俺は昔から、何をしなくても周りが勝手に怖がって忌み嫌う。

男どもは意地と見栄を張るために都合の良い正義感を振りかざして俺を排斥し、女どもはこの世のものじゃ無いものを見るかのような目をして、見せつけるようにわざと逃げたり陰口を言う。

それが今までの俺にとって、当たり前の日常だった。今さらどうこう言うつもりはない。

まあ……それでも、“例外”というのは、世の中にはあるようだ…。


羽黒 「本当に…榛名さんはどうしちゃったのでしょうか…? この頃ずっとあんな調子ですよね…?」


北上 「フッフッ…。榛名はね、提督のせいで、もうお嫁に行けない体にされちゃったんだよ」


羽黒 「えっ!?」


蛇提督(おいおい、誤解されるような発言をするんじゃない…。というか全部、俺のせいにする気か…)


北上の発言で、羽黒が明らかに誤解して顔を赤くしている。

他からはさらに冷たい視線がこちらに向けられてる気がする。

榛名をあんな風にしたのは、ほぼ北上のせいなのに…。


朝潮 「なんと! 司令官自ら榛名さんの改装をされたのですか?! だから、あれほど演習に力が入っていたのですね…。この朝潮にも改装をお願いしていいですか?!」


荒潮 「それなら私も、か・い・そ・う! してもらおうかしら〜?」


羽黒 「い、いえ…そういうわけじゃないと思いますよ…」


古鷹 「それに…気合が入ってたんじゃなくて、照れ隠しだったんじゃないかな…」


蛇提督(まずい…このままでは北上のペースになる)


このまま話がややこしくなれば、北上の思う壺だろう。

他の艦娘達のやり取りを見ながら、ニヤッとしている彼女の顔を見て危機感を感じたので、無理矢理にでも話題を変える必要がある。


蛇提督「そういえば、先程の北上の魚雷の技術は見事なものだったな」


北上 「ん? ああー、そうでしょー。単装砲も嫌いじゃないけど、やっぱ魚雷だよねー」


朝潮 「はい! まさに百発百中でした! 前々から北上さんの魚雷技術をこの目でしっかり見たいと思っていたので良かったです!」


北上 「そ…そう…。それは良かったね…」


(およ?)と北上の反応に違和感を感じた。

調子の良い一面もあるので、いつもならば鼻を高くするのに、朝潮から目を逸らして遠ざかろうとしている。


すると、俺の怪訝な表情に気づいたのか、羽黒がそっと俺に耳打ちする。


羽黒 「北上さんは駆逐艦の子が苦手なんです…」


北上は駆逐艦が苦手なのか…これは使える。


蛇提督「ふむ…。これは北上から魚雷を撃つコツを聞くチャンスだな」


北上 「えっ!? いいよーそんなの無いよー。勘で撃つだけだからー」


蛇提督「初霜や暁達は特に教えてもらった方が良いんじゃないのか? 魚雷は駆逐艦の生命線とも言えるだろう?」


初霜 「はい! その通りだと思います!」

暁  「そ、そうよ! レ、レディのたしにゃみのひとちゅにしゅぎないのよ!」

電  「暁ちゃん、カッコつけようとして噛んでるのです…」

雷  「わかったわ! 魚雷の技術を学んでこいってわけね!」

響  「了解、響も魚雷の精度向上に努めよう…!」


俺の言葉に、物凄いやる気を見せる我が駆逐艦達。


蛇提督「よし、北上に指南してもらいにいけ。それがお前達の任務だ」


初霜、暁姉妹 「「「了解!!」」」


北上  「げっ!? わわっ、来るなーーー!」


朝潮 「あ! 私達もお願いします!」

荒潮 「うふふ〜。よろしく〜!」


北上 「くそー、提督―、覚えてろよー!」


そうして北上は駆逐艦達に追いかけられながら逃げていった。


羽黒 「あ…えっと…北上さんだけじゃ大変そうなので…私も行ってきます」


蛇提督「ああ、そうしてくれ」


先程、俺に顔を近づけても怖がる様子が無いのを見て、やはり怖くなったから距離を取っているというわけではないんだな…と思いながら、羽黒が後を追いかけていく姿を見送る。


龍田 「あなたも、意地悪な所があるわねぇ〜」


事情を知っているのに、楽しそうにわざと傍観しているお前に言われたくない、という意味を込めた目で睨み返すのだが、龍田は微笑みながら知らんぷりするかのように逸らしてしまう。


次の演習は対空戦闘を想定しての訓練が行われた。

いつもは演習用の艦載機を龍驤が飛ばしていたが、今日は航空戦艦となった扶桑と山城の訓練も兼ねて行われた。

発艦と着艦及び戦闘でのノウハウなど龍驤に指南してもらいながら、まだ慣れない動作を必死に覚えようとしていた。


そして一度、休憩に入り、扶桑と山城以下、対空演習に参加していた艦娘達が再びこちらへと戻ってきた。


龍驤 「いや〜、艦載機の飛ばし方を他の奴に教えるなんて、何年ぶりやろか〜」

扶桑 「見てるだけなら簡単そうなのに、実際やってみると難しいですね…」

山城 「疲れた…」


彼女達がどうであれ、我が鎮守府で数少ない貴重な航空戦力なので、できるようになってもらうしかない。

見てて大変そうなのはわかるが、慰めたり励ます言葉をかけるつもりはない。


蛇提督「習得できそうか?」


扶桑 「まだまだ練習を重ねる必要はありますが、必ず習得してみせます…!」


山城 「できそうも何も、できるようにしろって言うんでしょ?……ならやるまでよ」


二人の態度は対照的だが、反応を見る限り、割とやる気になっているようだ。


龍驤 「扶桑は戦闘での艦載機への指示、山城は発艦と着艦でそれぞれ課題が残った感じやな。まあでも、最初にしてはええほうやと思うで」


蛇提督「そうか…」


本当のところは、大規模作戦までに間に合うかどうか懸念していたが、この調子ならば大丈夫だろう。

だが、念に念を入れる為にできることはした方がいい。


蛇提督「夕張や古鷹と相談して、今後も艦載機の自主訓練をできるように、燃料や資材の捻出をしておいた。その範囲内でなるだけ練習に励むといい」


龍驤 「おう!ありがとう! 助かるでー!」

扶桑 「まあ! 私達の為に、なんとありがたいことでしょう!」

山城 「……」


ジトッとした目で見てくる山城はともかく、龍驤と扶桑の二人は随分と喜んでいるようだ。


扶桑 「提督がそこまで私達の事を考えてくださっていて嬉しいです」


あの一件以来、扶桑は俺の事を随分と好意的に捉えることが多い。

やはり咄嗟に思いついた嘘では穴が多い。バレてしまったのは痛かった。

というより、響に思わぬことを口走ってしまったのが原因だろうから、自業自得であるのだが…。


それのせいで、扶桑だけでなく響も俺を恐れるどころか、自ら近寄ってきては俺の事を探ろうとしてくる。突き放そうとしても全然効いてる様子が二人には無い。

今の扶桑の言葉だって、少し大袈裟ではないかと俺は思うのだが、ここで変に言ってしまえば、せっかくのやる気を削いでしまうかもしれないので、悪態をつくことはできなかった。


蛇提督「提督として当然の計らいをしたまでだ」


だから、これが今の俺にできる精一杯の反論だ。


龍驤 「いやいや〜。その用意周到と言えるまでの気遣いがさすがといったところや〜。やっぱりウチの凄さが分かる司令官だからこそやな〜」


そういえば……俺が幼い子が苦手と最初に教えたのはこの龍驤だと言っても過言じゃない。


ミッドウェーの戦いの時に、アリューシャン方面へ出撃していた彼女にその時の様子を聞こうと思って、知っている事を話してもらおうとしただけなのに、まさか彼女自身の悩みまで聞いてしまう羽目になるとは思わなかった。


だが泣かせたまま放置するのも罰が悪かったので、あのような事を言ってしまったが、あの時の事に関して彼女の方から何か言ってくる事は今のところ無い。


加古 「龍驤の凄さが分かるかどうかは関係ないんじゃないか?」


龍驤 「なんやと?! そんなことないで!」


そう言うと龍驤は俺を背にしてどーんと構える。


龍驤 「司令官はな、次の大規模作戦ではウチが必要不可欠で作戦成功の鍵を握っていると言ったんやで!」


唯一の航空戦力で、足の速い水雷戦隊とも行動を共にできるから必要であると言ったと思ったが……なんか話を盛っていないか?


龍驤 「そして! ウチの経験と勘がきっと次の大規模作戦で役立つと言ったんや!」


まあ、艦歴を見る限り、この鎮守府の中で実戦経験が一番多い。

そういった意味で頼りになる、と言ったような気はする…。


龍驤 「だから…ウチの事、それだけ期待してるっちゅうことやろ?」


龍驤がくるりと体を翻して、キラキラとした眼差しで俺を見つめてくる。


蛇提督「ま…まあ…だいたいそんな感じだ…」


とっても後退りしたい心境になった。

だが、とりあえず扶桑と同じく、やる気を削がない為に同意しておこう。


龍驤 「ほらぁ〜、ウチの言った通りやろぉ〜?」


また改二になった時のようにデレデレしている…。

どうやら最初に言った時の俺の言葉が随分と脚色されているのはよくわかった。


…というかその前に、龍驤に関西弁で話していいとは言ったが、ここまでフランクに話す奴だったか?


古鷹 「龍驤の事を高く評価してくれてるのはわかったけど……」


衣笠 「それとこれとは別よね〜。そもそも提督なら、一人一人それぞれに期待してて必要ない存在は無い、という考えでしょ?」


蛇提督「ああ、大規模作戦では各々がそれぞれの役目を果たせば勝利できると思っているからな」


龍驤 「なっ!?」


加古 「それじゃあ、みんな同じじゃん」


龍驤 「がっ!?」


山城 「結局、自分の自慢をしたかっただけよ」


龍驤 「ぐはっー!!」


そして龍驤は倒れ、チーンと沈んだ。


扶桑 「あ、龍驤さん! 大丈夫ですか?」


龍田 「あらあら〜、使い物にならないようだったら、ボーキと鋼材にしてしまった方が無駄が無くて良いんじゃないかしらぁ〜」


蛇提督(おいおい…それはさすがに酷いだろ…)


俺より酷い事言ってない?と思いながら、俺はこの状況をただ呆然と眺める…。


演習の項目は、いよいよ戦艦の砲撃演習となる。

射程距離も砲撃のタイミングもどの艦種に比べても全然違うので彼女達だけ標的の配置やルートも違う。

因みに榛名だけは火力面で少し劣り、高速戦艦ということもあって重巡の者達と一緒にした方が効果的と思い、彼女は参加させていない。


最初に扶桑と山城が、その次に今回で一番気にしていた大和と武蔵だ。


大和と武蔵の演習が始まり、早速一撃目、


大和 「第一、第二主砲。斉射、始め!」

武蔵 「さあ、行くぞ! 撃ち方…始めっ!」


ドーーーーン!!!


それは圧巻の一言だった。凛々しい彼女達から想像出来ないものだ。

扶桑と山城の主砲とはまた違う、雄々しくも猛々しい轟音が鳴り響く。

その威力も、標的を浮かせている船ごと一撃で粉砕する姿は、まさに「超弩級戦艦」の名に相応しい姿だった。


そして、二人が演習を一通り終えると、扶桑達と共にこちらへと戻ってきた。


大和 「提督、如何でしたか? 私達の演習の様子は」


蛇提督「ふむ…。ブランクを感じさせない結果だったな」


武蔵 「当たり前だ。おいそれと忘れるようなものではないからな」


「悪くない結果だった」という意味での言葉だが、他の艦娘との事もあって、あからさまな褒め言葉はやめた。

その為か武蔵には皮肉として受け止めたようだった。


大和 「では…私達は合格ということで、よろしいのでしょうか…?」


演習の結果次第で、自分達が出撃できる資格があるか問われると思っていたのだろう。

だからなのか、二人はどこか緊張した面持ちでこちらを窺ってくる。

俺が夕張に視線を変えて、夕張がその視線の意味に気づくと、微笑みながらOKサインを出す。


蛇提督「実戦に出る分には問題ないだろう」


そう言うと、大和はほっと一息つく。


武蔵 「フン、当然だ。この武蔵に出来ぬことなどない」


武蔵は誇らしげにしながら、鼻を高くしている。


この二人は姉妹のはずだが、似てないなと思わせることも少々ある。


武蔵 「私は元より覚悟を持ってここに来ている。皆の分まで戦うつもりだ」


俺は自分の体がピクッと反応したことを自覚できるくらい、武蔵の言葉に何故だか違和感を感じる。


武蔵 「次の大規模作戦が例え囮であったとしても、大和型の名に相応しい戦ぶりを見せてやる」


俺の顔を見て挑戦的に話してくる。

武人のようなかっこいい台詞なのだが、俺にはどうにも彼女の言葉に賛同できない何かがあった。


蛇提督「…編成はこちらで考える。その結果を待て」


だから、彼女の発言には一切触れず、伝えることだけを伝える。

だが、これが武蔵の何かに引っかかったらしく、


武蔵 「待て、それはどういう意味だ?」


蛇提督「意味も何もそのままだ」


武蔵 「私は戦艦なんだぞ? 前に出て戦う以外にないだろう。それに私ほど目立つ者もいない。囮としてはうってつけなのではないのか?」


蛇提督「目立つのは確かだが、こちらにも練りに練っている戦略と作戦がある。それに従ってもらわねばな」


武蔵はそれ以上反論して来なかったが、納得はしてないようで目はこちらを睨んでくる。

だからと言ってこちらも折れる理由は無いので、睨み返す。


睨み合ったままその場が静まり返っていることを、武蔵を睨んだまま俺は気づいた。

このまま睨み合ってても何も始まらないので、武蔵を無視して何か違うことをやらねばと思った時、ちょうど間宮がその場へとやってきた。


間宮 「皆さん、昼食の準備ができましたよ。切りの良いところで如何でしょうか?」


龍驤 「おおー! ウチ、もう腹減って死にそうなんや〜」

衣笠 「あ! わ…私もお腹減ったなー」

古鷹 「う、うん! みんなお昼しよう?」

夕張 「そ、そうね! 提督、一旦、昼食に入ってよろしいですか?」


蛇提督「ああ、そうしてくれ」


艦娘それぞれが先程の緊迫した状況を変える為か逃れる為か、口々に何かを言っては食堂へと向かう。


山城 「姉様、私達も行きましょう」

扶桑 「ええ。……大和さんと武蔵さんもご一緒にどうですか?」


大和 「はい、そうさせてもらいます」

武蔵 「ああ、いいとも」


扶桑が大和と武蔵を誘ったことで武蔵は睨むことをやめて食堂へと向かった。


艦娘全員が食堂へと向かい、自分は執務室へ一度戻ろうとする。のだが……、


間宮 「提督、提督の昼食も食堂でご用意してますよ。提督も食堂にいらっしゃっては如何ですか?」


蛇提督「いや…私はいつも通り執務室で…」


間宮 「いらっしゃっては如何ですか?」


おいおい…お前はさっきの様子を見ていなかったのか?

あんな状況になったにも関わらず、それでも艦娘達のいる食堂に招こうとは、どういうつもりだ。


だが、今回の間宮の笑顔はどこか怖い。

食堂で食べさせようと珍しく強引な手段を使っているのかもしれない。

だが、前の龍田のように「怒っているのに笑っている」女性は怖いと再認識された。

そもそもそれを教えたのは、“あの人”だったわけで、その経験からか龍田の時も素直に応じたわけだ。

ついでに言えば、断る理由も無かった、というのもあったので、今回も最もな理由を思いつかない為、やむを得ず、


蛇提督「……わかった。今日は食堂で食べよう…」


間宮 「ありがとうございます!」


これがまたとても嬉しそうに言うものだから、さらに断りづらくなったと思うばかりだった。



ーーー食堂ーーー


食堂へと来てみれば、艦娘達がそれぞれグループを作るように一塊になって食べている。

誰がどのように食べているのかが確認できるが、こうして艦娘が食事している風景をゆっくり見るのはここの鎮守府に来てから初めてだろう。


俺が食堂に入ってきて驚く艦娘は多かった。

無理もない。いつもは一人執務室で食べているのだから。


間宮 「お好きな所へどうぞ」


お好きな所と言われて、このだだっ広い食堂のどこに行けばいいと言うのだろう。

そもそも俺が食堂で食べないのは、せっかくの食事の時に俺がいることで艦娘達がゆっくりできないだろうと思って食堂には行かないようにしてるのだが…。


昼食を持たせたまま間宮を待たせつつも、端っこの方へ行こうかと思った矢先、いつの間にか響がこちらへと来ていた。


響  「司令官も食堂で食べるのかい?」


蛇提督「ああ、そうだ」


響  「なら一緒に食べていいかい?」


一瞬躊躇ったが、やはり断る理由は無い。

いや、それこそ強引にでも断って突き放せば、他の艦娘達にも悪いイメージを再度植え付けられるだろう。

だがそうしようとしない自分がいることをどこかで自覚しつつはある。


蛇提督「別に構わん」


だが、失敗したとすぐに思うこととなる。


雷  「司令官もここで食べるのね! なら私も一緒に食べるわ!」


蛇提督「え?」


電  「い、電もご一緒、なのです!」


蛇提督「い…いや…」


暁  「あ、暁の、レディとしての上品な食事の仕方を見せる時だわね」


蛇提督「だから…」


初霜 「あ、それなら私もご一緒させてもらっていいですか?」

雷  「良いわよ!」


蛇提督「……」


自分が言葉を挟む間もなく、あれよあれよと決まってしまい、何かを言う気も失せてしまった。


そして一つのテーブルに俺を入れて六人が座る。

自分から見て左隣に暁、右隣に響、向かい側向かって左から電、初霜、雷となぜか自分が囲まれるように座られてしまう。

間宮に至っては、昼食を置き終わったにも関わらず、何故だかテーブルから離れず、こちらの様子を窺っている。


今日の昼食は、ご飯に味噌汁とサラダ、そして厚焼き卵だった。

今日は皆が演習ということで、比較的消化の良いものを選んだのだろう。


響  「司令官、食べないのかい?」


蛇提督「ああ…」


箸を手に取り食べ始める。

食堂全体が妙に静かになっているのを食べながら感じ取る。

暁達だけじゃなく、少し遠くから眺めている他の艦娘達もこちらを気にしているようだった。

暁達も俺が食べ始めたのを見て、自分達も「いただきます」を言いながら食べはじめる。


間宮の料理は一つ一つが丁寧だ。

ご飯の一粒、味噌汁の汁の一滴、サラダの野菜の葉の先までとても洗練されている。

特にこの厚焼き卵は、噛むごとに口の中に溶け込んでいくような食感がたまらない。

味は蜂蜜を主体にしたほんのり甘くした仕上がりにしている。

この味付けが母の味に似ているのだが、そんなことは恥ずかしいので言うつもりはない。


間宮 「お味の方は如何ですか?」


蛇提督「…うむ、問題ない」


料理の味が気になっていたから残っていたのだろうか…。

いやいや、それだけではないだろう。

ここにこうして来させたのも他に狙いがあるのかもしれない。


朝潮達よりも警戒すべきは、この間宮と言っても過言ではない。

例の事件の事で疑いを確実に持っているし何かと探りを入れてくる、どんなに悪態をついても効かない。

艦娘達の母親的存在と呼ばれるのも伊達ではない。それに足りうる観察力と冷静さ、そして度胸を持っている。

ある意味一番、気が抜けない相手だ。


雷  「やっぱり司令官も間宮さんの料理は美味しいって思うの?」


蛇提督「まあな」


響  「司令官は何が好きなんだい?」


蛇提督「何がって言われても…」


そういうのは考えたことがない。“あの人”にもそういう類の話を振られたことは何回かあったが、聞かれる度に考え込んでしまうのが常だ。


蛇提督「ううむ…。まあ、この厚焼き卵は好きだ」


思いつかないので目の前にあったもので答える。


間宮 「それは嬉しいですね! 要望して頂ければいつでも作りますよ!」


いや、そこまで欲しいと言った訳ではないし、それよりも艦娘達の方の要望を優先してほしいと言いたいとこだ。


響  「そうなのか…。なら、間宮さんから厚焼き卵の作り方を伝授してもらおうかな」


蛇提督「え?」


どうしてそういう話になるのかと響を見る。


響  「司令官に何か作って食べさせてあげたいんだ。日頃のお礼も兼ねて」


初霜 「なるほど、その手がありました! 初霜もある程度料理ができるのでお役に立てそうです!」


間宮 「まあ、それは良いですね。協力しますよ響ちゃん、初霜ちゃん」


電  「い、電も! 教えてもらいたいのです!」

雷  「雷もやりたいわ!」

暁  「も、もちろん、暁もやるわ!」


蛇提督「いや…私は別に何もしてないし…。そんなことをしてる暇があるなら、今日の反省も踏まえて、自分達の戦術の見直しなどをするべきじゃないのか?」


この流れは危険だと直感して、冷たくあしらう。

実際、彼女達にそんな無駄な時間をかけさせたくないと思ったのも事実だ。


初霜 「それならちゃんと考えてますよ」


蛇提督「何?」


電  「前に保健室で、大破しない方法を考えろって仰っていたので」

雷  「私達なりに考えたのよ!」


蛇提督「ほう。なら聞かせてもらおうか」


ほんのちょっと考えただけではないのかと最初は疑っていたが、それなりの時間をかけて皆で考えたのが、彼女達一人一人の話を聞いてわかった。


今までの演習の結果から自分達の課題を見つけ、良い点はさらに伸ばし、悪い点は直す。

当たり前なことかもしれないが、この地道な作業が勝利へと少しずつ近づける。


それだけではない。彼女達は作戦の内容や編成に応じた戦略と優先順位、それに伴う有効な戦術と陣形について、思考と確認を巡らせたようだ。

それも龍驤や古鷹、夕張に扶桑や大和達にまで、別の艦種からの視点と考えもわざわざ聞いた上でだ。ついでに朝潮達にも意見を求めて参考にしたという。


雷  「頭が痛くなりそうだったけど、凄く勉強になったわ!」

電  「ある程度イメージは出来ても、まだまだそのようになるまでは遠いのです」

響  「それでも頑張るよ」

暁  「あ、暁はすぐにできるようになるわ!」

初霜 「毎日、精進あるのみです!」


蛇提督「……お前達なりに考えてやっているのならば、やってみるがいい」


正直、俺は彼女達を見くびっていたのだろう。

人を見た目だけで判断するのは良くないと改めて思った。


初霜 「ですので…やることはやっているので、大丈夫ですよね?」


と、初霜は俺に微笑みながら聞いてくる。

反論は出来なかった。やることはやっているし、元々、待機中は自由だと伝えている為、責める部分は無かった。


蛇提督「出撃と遠征に支障が出ないほどにな…」


そう言って俺の負けを認める形となった。


すると、間宮が声を出さない程度にクスクスとにこやかに笑っているのを発見する。

どうやら、この子達の為に間宮はここに残っていたのかと、直感で思ったのだった。


蛇提督「では、そろそろ一度執務室に戻る。次の集合時間に遅れんようにな」


食事を早めに終わらせた俺は、その場から逃げる為に席を立ち上がる。

とりあえず、誰にも何も言われずまた呼び止められることもなく、食堂を出られたことにちょっぴりホッとしてしまう。


間宮 「…あの、提督」


と思ったら急に背後から来た間宮に気づかず、少し驚いてしまう。

でもそれを悟られないように最小限に抑えて一旦落ち着く。


蛇提督「…どうした?」


振り返らずにそのまま聞いてみる。


間宮 「…実は相談がありまして」


今度は間宮かと思いながら振り返る。

すると、間宮はなんだかとても言いづらそうな表情をしていた。


蛇提督「言ってみろ。どんな事でも構わん」


先程の駆逐艦達の事もあって、この際なんでも聞いてやると、半分開き直りで催促する。


間宮 「では……普段の食事の量についてなのですが…」




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―――食堂―――


大和 (やっぱり……物足りないな……)


あっという間に食べ終えてしまった茶碗を憂鬱な気分で私は眺める。


扶桑 「大和さん、どうかされましたか?」


大和 「いいえ、何でもありません」


私は扶桑さんに心配させまいと微笑んで言うのだが、


山城 「量が足りないんじゃない?」


大和 「アハハ…やっぱり、わかっちゃいますよね…」


扶桑 「私達も他の方達に比べれば食べる方ではありますが、大和型のお二人はそれ以上ですものね」


武蔵 「確かにそうだが、私は食べれずとも戦える。そのように訓練しているからな」


大和 「私も少しくらい食べれなくとも戦えます」


武蔵 「大和は食い意地が張っているから無理だろ?」


大和 「張ってません!」


食い意地が張っているなんて失礼な…。

いや、でも…もしかしたら周りからはそう見えるのかも…。


扶桑 「国からの支給が元から少ないですので、腹一杯に食べるなんて、ここ何年も出来ませんでしたから…」


山城 「間宮さんが知り合いのおじさん達から食材を調達してくれるようになったから、その時よりかは増えたけどね」


元帥の所でお邪魔していた時もそうだったが、ここでも迷惑かけてしまうなと思ってしまう。


扶桑 「支給される食材もだいたい決まった物しか来ませんでしたので、その時はほぼ毎日カレーでしたね」


大和 「そうなのですか…。あ、でもカレーは私も好きですよ」


山城 「カレーが嫌いな子なんていなかったから、ずっとそうだったわ。でも何より前任のあいつがそれ以外ほとんど認めなかったのよ」


武蔵 「前任の提督がか?」


扶桑 「カレーが一番作りやすくて日持ちも良かったからです。食材も無駄なく温存できるようでしたので」


山城 「まぁ、あいつは夜にこっそりどこかに食べに行ってたようだけど」


武蔵 「話は聞いているぞ。前任も酷い奴だったと」


山城 「酷いというレベルでは無いわ! 姉様を悲しませただけじゃなく、弱みに付け込んで姉様の体で弄ぼうと…!」


扶桑 「山城、もう過ぎたことよ。そんなに怒らないで」


山城 「そんなわけにはいきません! 私は絶対に許さないんだから!」


大和 「あの…聞き辛いことをお聞きするのですが……どこまでされたのですか…?」


扶桑さんは何の話かとわからなかったようだが、こっちの様子で察したようで、


扶桑 「えっと……最初の頃は服の上から恥ずかしいところを…」


大和 「そ…それで…?」


扶桑 「それからある日、服も脱げと言われて…」


大和 「ま…まさか…そのまま…!」


扶桑 「いえ…そのタイミングで山城と天龍さんに助けられたので…それ以上はされていないのです」


大和 「そ…そうなのですか…」


ちょっと自分の想像が先走っていたことに恥ずかしく思った。


武蔵 「つまり割と早い段階で二人に助けられたということだな?」


扶桑 「はい…。脅されてから一週間もしない出来事でしたから」


山城 「姉様の異変にはすぐ気付くんです。あいつと扶桑姉様だけでいなくなる事が頻繁にあったので、それまで私達姉妹には関わろうとしなかった奴が急にそうなるなんて変だと思ったのよ」


武蔵 「うむ。さすがだな」


大和 「こんな時でもセクハラ行為に走ってしまう男の人っているのね…」


原則的に艦娘へのセクハラ行為というのは禁止である。

理由としては、もしも艦娘が妊娠してしまった時、その対応に困るからだ。

人間と艦娘の間に子供ができた事例は無いが、もしそうなってしまった場合、その艦娘は長期間戦えなくなると思われている。

それにそんな人間かもわからない子供が産み増えてしまう事態は、社会的にも法律的にも色々な問題を呼ぶことになる。

人権の無い艦娘が、唯一守られている事だと言える。

ただ、それは“海軍に所属している”限りでのこと。

海軍から除籍されてしまった艦娘の末路はどうなるかわからない。

以前に元帥に尋ねてみたことがあったけど、「聞かない方がいい」と言われ教えてはくれなかった。


武蔵 「ふむ。ずっと戦地に赴いている男も時には癒しが欲しくなるのだろう」


山城 「癒しって…私達は提督達の慰み者じゃないわ!」


武蔵 「もちろん限度はある。だが、日々努力している提督であるならば、気持ちを休められる機会というのは必要だと、元帥が言っていたな」


扶桑 「なるほど…」


武蔵の言葉にやけに真剣になって聞いている扶桑さんが気になる。


大和 「そんな元帥もスキンシップと言っては私達に軽く触れてくることはよくありましたけどね」


扶桑 「まあ、そうなのですか?」


山城 「それ、最もな事を言ってセクハラしたいだけなんじゃない?」


武蔵 「ああ、大淀にも同じことを言われてたな」


大和 「そうですね」


武蔵はアハハっと笑う。

私も苦笑しつつも元帥のお茶目な所を思い出していた。


山城 「セクハラと言えば…榛名が最近、提督を見る度に恥ずかしがって逃げるじゃない? あれ、また提督がこの前の天龍の時のように何かやらかしたんじゃないかって思うのよね」


あの逃げ方は私も尋常じゃないと思った。

なので前に、秘書艦である龍田さんに聞いてみた。

だが彼女は、「私も何があったか知らないのよねぇ〜」と言っていたことを話す。


山城 「絶対嘘ね…。この前、北上も入れて三人で何か話していたの見たもの」


扶桑 「そうと決まったわけじゃ…」


山城 「いいえ、姉様。榛名の好意に付け込んで何かしたとしか。姉様も気をつけてください!」


自分も、いわゆるセクハラをされたわけではあるが、

恥ずかしさで相手の顔を見れない気持ちはわからないわけでもない。


それよりも、武蔵が言ってたように、あの提督は自分の癒しが欲しいために最初から自分を狙っていたのだろうか…。

柱が倒れてきたのは本当に事故だったとしても、どさくさ紛れにセクハラしてきた。

今後もそんなことをされてしまうのだろうか…。


扶桑 「ですが山城。あの方は前任の提督と違って私達の事をちゃんと考えて下さる方じゃない。ただでさえ余裕の無い資源と資材からわざわざ練習用の為に捻出して下さったのよ?」


山城 「それは……私達が瑞雲を扱えるようにならないと話にならないからそうしているだけで、他に理由なんて…」


扶桑 「山城は嬉しくなかったの?」


山城 「私は嬉しいわけでも嫌というわけでも……」


そのまま押し黙ってしまった山城さんを見て、彼女もあの提督の事については複雑な感情を抱いているのだなと見てて思った。

そんな私も、本当はどうなのか、真実はどこにあるのか気になるばかりである。


武蔵 「二人はこの鎮守府で数少ない航空戦力を有するのだ。使われないことはないだろう」


武蔵の言葉に、どこか皮肉めいた雰囲気を私は感じ取る。


扶桑 「お二人もちゃんと戦力として数えてますよ」


武蔵 「それはどうかな」


やはり武蔵は、あの提督の事を信じていないようだ。

演習の後にあれだけ突っかかったのもその疑いからだろう。


扶桑 「お二人はまだ知らないからわからないと思います。あの方はちゃんと私達の事を考えて下さっている方なのだと。だからこそ私達姉妹もこうして捨てられずにいられるのです」


扶桑さんの眼差しには一点の曇りも無い。

私達が元帥の事を敬い信じている姿と同じだ。

彼女をこれだけ思わせるほど、彼には信頼に足る何かがあるのだろうか…。



昼食を食べ終えた後も、演習は続けられた。

ただ、提督は演習の途中で、「考え直したいことがあるから」と龍驤さんや夕張さんに任せて、一人執務室へと帰ってしまった。


龍驤さん達は少し残念そうな表情で会話してる中、彼の事を信じていない天龍さんはともかく、こういう時にいつも割り込んで来そうな青葉さんがずっと黙ったまま誰とも話そうとしなかった姿はある意味不気味と言える。

衣笠さんが気になって青葉さんに話しかけても、青葉さんはろくに話さず、さっさとどっかへ行ってしまうつれない姿は、私としても心配であった。





―――五年前 ミッドウェー海戦 前日 呉鎮守府―――



大和 「加賀さん、こんな所で何をしていらっしゃるのですか?」


もう日が沈み始め、黄昏色に空と海が変わり始めた頃だった。

人気の無い場所で、海に面した岸壁から海を眺めていた加賀さんが気になって私は話かける。


加賀 「別に…。ただ海を眺めていただけよ」


と、彼女はいつもと変わらないクールな表情で答える。


赤城 「フフッ。きっと五航戦の子達の事を考えていたのでしょう」


そこに微笑みながら自分の後から来た赤城さんが代わりに答えた。

その後ろには、二航戦の蒼龍さんと飛龍さんもいた。


加賀 「赤城さん、私があの子達の事を心配してるわけないでしょう」


赤城 「あら、私は“考えている”とは言ったけど“心配”とは言ってないですよ」


加賀 「うっ…」


珍しく加賀さんの顔が歪んだと私は思った。


飛龍 「もう加賀さんったら、素直じゃないんだから〜♪」

蒼龍 「そうそう♪」


加賀 「うるさいですよ、二航戦」


加賀さんがフンっとそっぽを向く。

その姿は普段とのギャップもあってちょっと可愛らしいと、自分も思わずクスッと笑ってしまう。


蒼龍 「でも、心配だよね。あの二人、珊瑚海で相当な痛手受けて治療中なんだって」


飛龍 「そのせいで、こっちの作戦に参加できなくなっちゃったんだよねー」


加賀 「好都合よ。あの二人がいては足手まといなだけ」


心配している割には随分と冷たいことを言うのだなと思っていたが、そんな疑問を抱いた自分を察したかのように赤城さんが私のそばに近寄って答える。


赤城 「加賀さんはああ言っていますが、元々、あの二人をこっちの作戦に参加することを反対していたんです」


樹実提督の最終目的は深海棲艦の本拠地を割り出し、殲滅する事だった。

彼の戦略と戦術で瞬く間にあらゆる海域を制圧して調査していく中で、敵の本拠地をハワイ方面またはソロモン海域の二つというところまで絞り出すことに成功した。


そしてミッドウェーはハワイへと進出するための足がかりとなるので重要な作戦と言える。その為、敵の激しい抵抗が予想されるのである。

五航戦はまだそれほど練度はなく、ミッドウェー攻略は彼女達には重荷でしかない。

それよりもソロモン海域攻略の為に彼女達が中核となって、重要な前線である南方戦線を支えてほしいという願いがあるのだと赤城さんは言う。


赤城 「樹実提督が亡くなってしまった今、彼が請け負っていた南方戦線の艦娘達は揺れているはずです。五航戦の二人にはそちらで頑張ってもらいたいですね」


大和 「ですがやはり…もう少し戦力が集まってからでも良いのではないでしょうか…?」


それだけの重要な戦いともなれば、敵だってそれ相応の戦力で迎え撃って来るだろうと心配して私は言った。


飛龍 「大丈夫だよ! 一足早く龍驤達がアリューシャン方面に出撃して、上手く敵を引きつけてるはずだよ」


蒼龍 「北方と南方、二つに戦力が分断して、ハワイ方面は手薄だろうって提督達は予想してるようだし」


と、二航戦の二人はとても明るい声で、むしろ心配する私を励ますように言ってくる。

それでもどうにも心配する心が取れない私が何かを言おうとした時に武蔵がやってきた。


武蔵 「皆、ここにいたか。提督達が呼んでいたぞ。明日の作戦について最終調整したいそうだ」


赤城 「そうですか。ありがとうございます」


どうやら武蔵が私達を探しに来たらしい。もうあまり話せる時間はなさそうだ。


蒼龍 「それにさ! 何せたって一航戦と二航戦が揃ってるんだよ! 負けはしないさ!」


飛龍 「そうそう。その通り!」


先程の続きで、蒼龍さんと飛龍さんが私を心配させまいとさらに付け加える。

その明るさが勇ましく見えてくる。


赤城 「慢心……してるつもりでは無いですが、この四人なら勝てるでしょう。樹実提督の無念を晴らすためにも、絶対に勝ってみせます。一航戦の誇りに懸けて…!」


加賀 「あの子達が頑張っているのに、こっちも弱音を言ってられないわ。……一航戦の誇りに懸けて、ここは譲れません」


大和 「皆さん…」


普段は温かくて穏やかな雰囲気の彼女達が、一瞬にして変わる。

その言葉と姿から、覚悟と気迫がひしひしと伝わってくる。


赤城 「それに、私達だけでは難しくなった時に、あなたが助けてくれるのでしょう?」


第一機動部隊の赤城さん達より一足遅く、私も長門さん達と共に出撃することになっている。いわゆる後詰めだ。


大和 「はい。制空権をある程度掌握した所で、私達が突入する手筈になっているはずです」


加賀 「なら、火力不足は心配しなくても良さそうね」


赤城 「期待してますよ」


大和 「はい」


まだ私と武蔵は建造されてから日は浅い。

海軍の最後の切り札と言われても練度の方はまだな所もあるので、後方支援となったといってもいい。

だからこそ、全ての艦隊の中核で、これまで多くの海域制圧に貢献してきた赤城さん達にそう言われると嬉しいものがあった。


武蔵 「私は本土の防衛の任務でここで待機となってしまったが、長門や大和が行くのであれば大丈夫だろう。お前達の武運を祈っているぞ」


本当は武蔵も作戦に参加したがっていた。

だけど、私と武蔵、二人のどちらかだけとなり、私が行くことに決まったのだった。


赤城 「ありがとうございます。本土の防衛、お願いします」


武蔵 「ああ! ここはこの武蔵に任せて、存分に戦ってきてくれ!」


加賀 「鎧袖一触よ。心配いらないわ」


本当に頼もしく見える。

夕日を背にした一航戦と二航戦の姿がとても勇壮だった。

私は、あの時の彼女達の姿を今でも鮮明に覚えている。

私も……誇りある存在として堂々とした勇姿を持てるようになりたかった。

明日の戦いに勝てれば、この人達のように誇れるようになるだろうか。


この人達とならば、きっと明日の戦いも勝利できる。



そう…信じていたのに………。




―――翌日 太平洋上―――



大和 「え………轟沈……?」


予期せぬ知らせが飛び込んできて、私の思考は止まってしまう。


長門 「馬鹿な…! いくらなんでも早すぎる!」


同じくその知らせにすぐに信じられなかった長門さんが本部からの連絡に抗議している。

だが、さらなる情報によると、最後まで残った飛龍の奮戦も虚しく、一航戦二航戦全てが轟沈したと再度連絡が伝わる。


大和 (そんな…昨日…あの方達は負けないと…そう言っていたのに…)


あの時見た彼女達の勇姿、表情、そして強くも優しいあの眼差し…。

もうあれを……もう一度見ることは…叶わない。――――彼女達はもう…いない…。


長門 「……大和……大和!」


大和 「は、はい!」


長門さんの声で私は我に返る。


大和 「いつでも戦う準備はできています! すぐに突入しましょう!」


そうだ……あの方達は負けられない戦いだと言っていた。

ならばやることは一つ…! 彼女達の代わりに悲願を達成することだ。



長門 「……撤退だ」


大和 「……え?」


今言ったことを理解できなかった。

どうして…? この戦いは重要な戦いなのだろう…?

あの方達が勝たないといけないって言ってたはずなのに……。


大和 「な…何を仰っているのですか?……戦わないのですか?」


長門 「……そうだ」


大和 「戦わずして逃げるのですか?」


長門 「その通りだ!!」


長門が怒りを露わにして答える。

彼女も不本意であるのだろうと察した。

だけど……。


大和 「ですが、機動部隊を護衛していた艦隊は残っているのでしょう? せめて彼女達を助けなくては…!」


そう報告では一航戦と二航戦が全滅したと言っていただけで、他は全滅したと言ったわけではない。まだ生き残っているはずだ。


長門 「ダメだ…。 私達はこのまま撤退する」


大和 「そんな…見捨てるのですか?!」


長門 「我々は対空戦闘を想定してないため、装備が万全じゃない。助けに行ったところで的にされるだけだ…」


大和 「で、でも!」


長門 「よく考えろ! あの四人が行っても叶わなかった航空戦力があそこで集結しているのだぞ! それを自分達がどうにかできると思っているのか?!」


大和 「うっ……」


言い返せなかった…。少し冷静を取り戻した頭ですぐにわかったからだった。


長門 「そもそも、この作戦は機動部隊が制空権を掌握することが前提だったのだ。作戦の中核であった彼女達が生きているのならばともかく、失ったとあればもうこの作戦は失敗に終わっているも同然なんだ…」


大和 「……」


その通りだった。

自分だって散々、作戦の内容を叩き込めれたではないか。


長門 「我々は一旦、トラック泊地を経由して本土に戻る。だが大和だけはトラック泊地で留まり待機だ。以後、トラック泊地の提督の指揮下に入るように」


それを聞いて、まだ反撃するチャンスを窺うためにそこで留まるのだろうと私は思った。


大和 「わかりました」


そうして私は大人しく従った。

きっと、あの方達の無念を、今度は自分が晴らすのだと、そう心に誓って航路を進む。



だけど……これをきっかけに、まるで崖から真っ逆さまに転げ落ちて行くような人生になるとは、この時の私は、知る由もなかった……。





―――現在 鎮守府跡地―――



武蔵 「大和よ、どうした? こんな所でボーッとして」


大和 「あ…武蔵…」


また私は瓦礫となって散在している建物の跡やガラクタを眺めていた。

演習を行った次の日、私達は提督に連れられ、またどこかの名もない鎮守府の跡地で資材集めに来ていたのだ。


大和 「ちょっと…昔のことを思い出してたの…」


武蔵 「そうか…」


何を思い出していたかを察してくれたのか、武蔵はそれ以上聞いてくることは無かった。

武蔵も私と同じように瓦礫をしばらく眺めていたけど、「こんな所で立ち止まっていると、また怒られるぞ」と言われて、私は作業を再開した。


しばらくしてから、集める場所を変えてみようと一人で移動していると、何かの建物の跡地のような所で、提督が一人、資材になりそうなものをガサゴソと仕分けしているようだった。


蛇提督「大和か」


私が提督に近づくと、その足音で提督が私に気づいた。


大和 「提督、こちらにいらしたのですね」


蛇提督「ああ」


相変わらずの素っ気ない感じだが、他のみんながあれだけ話しかけた効果なのか冷たい印象は無かった。


蛇提督「そちらの首尾はどうだ?」


大和 「順調です。ここは小さい鎮守府ですが、使えそうなものがわりかしあるようです」


蛇提督「ああ、そのようだ。このような時にここに来れたのは運が良かったというべきだろう」


もう一度来る必要があるなと言いながら考えている提督を私は見ながら、頭ではどうして私を助けたのか、その事で一杯だった。


蛇提督「…どうした?」


ずっと提督を見ていた私を不審がって尋ねてきた。

だからこの際、聞いてみようと思った。


大和 「……あの、提督はどうして私を助けたのですか?」


思い浮かべるのは、あの時の提督の必死な顔。


大和 「助けて頂いたのは感謝しているのです。…ですが、一歩間違えれば提督だって危なかったのですよ?」


蛇提督「その時のことか…」


提督は立ち上がるが、こちらには背を見せて表情を見せようとはしない。


蛇提督「戦場ではないのに、勝手に怪我されても困るからな」


ぶっきらぼうに答える。でもそれなら…。


大和 「私は艦娘です。多少の怪我は入渠で治ります。提督もご存知ですよね?」


蛇提督「その為に資源を使わせるつもりなのかっ!!」


怒って振り返った提督に私は驚いて後ずさる。

でも驚いた理由には、怒ったことだけではなく言い放った言葉に対してもだった。

やはりこの提督も私の事を邪魔者として扱っているのだろうと…。


武蔵 「フン…やはりそうだったか」


一体いつから聞いていたのだろう。瓦礫の影から武蔵が出てきた。


武蔵 「大和よ、やはりこの男は私達を出撃させる気は無いようだぞ」


蛇提督「出撃させないとは言ってないはずだが?」


武蔵も私と同じように受け取ったのだろうけど、提督はすぐに否定する。


武蔵 「どうだかな。元帥の事もある故、形だけ出撃させるだけかもな」


蛇提督「実際、扶桑や山城と同じく目的地に着くまでは後方支援という形にはなるが、戦況次第ではそうも言ってられない事にもなるはずだ」


武蔵 「信じられないな。後ろで待機、とでも言うんじゃないのか?」


蛇提督「その可能性もある」


武蔵 「私は“待機”という言葉が嫌いなのだ。それならば、例え囮でも最初から前に出て戦う方がよっぽど良い」


蛇提督「なら逆に聞くが、どうしてそこまでして前に出て戦おうとする?」


武蔵 「知れたこと、戦艦が戦わずして何が戦艦か!」


武蔵は“あの時”と同じ台詞を言う。

武蔵もずっと引きずっているんだなと私は隣で聞いていて胸が痛む。


蛇提督「……確かにな。だが、私の指揮下に入った以上、私の命令に従ってもらう。そうでなければ、出撃はできないと思え」


武蔵も私も、提督のその言葉には、はいとは言わず、反論することもせず、ただ受け止めるだけだった。


蛇提督「作業を再開するぞ。夕飯までは戻らねばならんからな」


そうして私達はまた作業を再開する。

日が暮れて帰る時になっても、私達は言葉を交わすことは無かった。






―――五年前 トラック泊地―――



補給を済ませ、呉へと帰る長門さん達を見送った私はその数日後、長門さん達と入れ替わるように武蔵がトラック泊地に到着した。


武蔵 「大和、久方ぶりだな」


大和 「ええ」


武蔵 「その様子ならば、大和は大丈夫そうだな」


大和 「ええ…私は大丈夫」


ここに来るまでも戦うことなく来てしまったので、無事と言えば無事だった。


武蔵 「あいつらのことは…本当に残念だった…」


私を慰めるつもりで言っているのかも知れないけど、武蔵の方が私より辛そうに見えた気がした。


武蔵 「私も…一緒に出撃していれば…」


やっぱり、戦うどころか作戦に参加出来なかったことも含めて、武蔵は悔しがっているようだ。


大和 「まずは提督にお会いしましょう。案内するわ」


武蔵 「ああ、頼む」


そうして私は武蔵を連れて、この泊地の提督がいる執務室へとやってきた。


提督の名前は、葦塚(あしづか)という。

見るからに筋肉隆々のがたいをしたゴツい人で、通称“ゴリラ”提督。

艦娘達や他の人達からそう囁かれているが、本人の前でそれを言うとさすがに怒るので、陰でそう呼ばれている。


葦塚提督「ほう。お前が大和型の二番艦、武蔵か。噂は聞いているぞ」


武蔵  「武蔵だ。これからよろしく頼む。出陣するのならいつでも出られるぞ!」


この泊地はハワイ方面と南方方面をつなぐ要衝だ。そして現時点の戦況から見て最前線の一つである。

きっと武蔵も私と同じようにミッドウェーでの雪辱を晴らすために、ここへ配属したと考えているのだろう。でも…、


葦塚提督「大和にも伝えたが、お前達は待機だ」


武蔵  「何?」


葦塚提督「お前達は性能から見ても遠征向きでは無いし、頻繁に出撃させることも難しい。ミッドウェーの作戦は大きな損害を被り、代わりに決行した熊野率いる夜戦艦隊も失敗に終わったと聞いている。これ以上、大きな損害を出さない為にも無闇な出撃は控えろとのことだ」


そう、私もここへ来て初めてこれを言われた時はとてもがっかりした。


武蔵  「ならば、私がここへ来た意味が無いではないか?」


当然、不満に思う武蔵も私と同じようにどうするのか問いただす。


葦塚提督「待て待て、落ち着け。何もするなと言っているわけではない」


葦塚提督の話ではトラック泊地から索敵を主とする艦隊を編成して哨戒させている。

本部でも敵はミッドウェーでの勝利を皮切りに、何らかの動きがある事を予想している。

敵の動きを察知次第、すぐに迎撃を取れるようにしたい方針のようだ。


葦塚提督「…というわけだから、その時になったらお前達に働いてもらう」


武蔵  「なるほど、わかった。その時が来た時、存分に私の力を見せてやろう!」


武蔵は話を聞いて、俄然やる気が出たようだ。

私もその時があることを信じるしかないと思うが、どこか心残りがあった。


葦塚提督「ふむ、意気込みは良いようだな。さすが海軍の切り札と呼ばれただけのことはある」


武蔵  「ああ、その名に恥じぬ戦いを見せてやろう」


葦塚提督「頼もしいものだな。…だが、一つだけお前達に言っておこう」


武蔵  「む? 何だ、提督よ」


葦塚提督「人間よりも強い艦娘でも、ましてや艦娘の中でも強いであろうお前達でさえも、自分の意思とは関係なく、どうしようもできなくなってしまう時というのは必ず来る」


ひとたび強い風が吹けば、どうすることもできず飛ばされてしまう。

我らはそのような弱い存在なんだと、葦塚提督は言う。

私はこの時の話が今でもとても心に残っている。


葦塚提督「樹実が良い例だ。奴はあれだけの勢いがあったにも関わらず、ポックリ逝きやがった。誰でも死ぬ時は死ぬ。…なのに、本部は奴が残したミッドウェー攻略作戦をそのまま採用しやがった。そしてその結果がこのザマだ」


私がこの泊地に着いてから、葦塚提督の樹実提督に対する愚痴は何度か聞いた。

後からここの艦娘達に話を聞いてみると、葦塚提督は樹実提督の事を良く思っていなかったらしい。

本人が一方的にライバル視してただけではあるようだが、樹実提督より提督歴は長く、前線の指揮を任せられるほど実力の伴った人だが、後から来た樹実提督に功績面で劣る為、彼の事を妬んでいたという。

また今回のミッドウェー作戦の総指揮に選ばれなかったことも根に持っているのだと艦娘達が教えてくれた。


武蔵  「それで? 提督はどうなのだ?」


葦塚提督「俺は違う! 俺にはそういう時に備えて、この鍛え抜かれた肉体と精神がある。誰にも負けないし、何者にも屈しない!」


自慢の筋肉を見せつけるようにポーズを取る姿も、前々からの癖なのだと艦娘達から聞いた。


武蔵  「フフッ…言ってくれるではないか。この武蔵も、風に吹かれて、おいそれと簡単に飛ばされるような弱者ではないぞ」


武蔵は葦塚提督と考えが通ずるところがあるからなのか、相手を少し認めた時に出る微笑を浮かべたなと、隣で見ていた私は思った。


葦塚提督「その意気だ、期待させてもらうぞ。俺の指揮下にあれば何も怖くない」


葦塚提督は、強襲作戦を得意とする提督だ。

圧倒的な数で攻め込むか、または少数精鋭の火力のある艦隊で短期決戦に持ち込み、素早く目標を撃破し海域を攻略する。他の提督達からも、その分野だけは一目置かれているようだった。

私達もここに配属された理由もきっとそういう事なんだろう。

だからこの泊地も重巡、戦艦、空母の割合が比較的多い。

ただ、前から私が懸念していることをここで聞いてみる。


大和  「あの…提督、他の子達から聞いた話なのですが…」


葦塚提督「何だ?」


大和  「この泊地は少々、燃料不足に陥っていると聞いたのですが、大丈夫なのでしょうか…?」


葦塚提督「おお、もうその話を聞いていたか。だが大丈夫だ、当てはある」


大和  「当てがあるのですか?」


葦塚提督「マニラ基地の小田切に燃料の輸送をしてもらうことにする。奴なら俺の言うことを聞いてくれるからな」


大和  「そ…そうですか」


引っかかる言い方だなと思いながら、その時はそれ以上聞かなかった。


武蔵  「…では、大丈夫なのだな?」


葦塚提督「ああ、心配せず待っているといい。いつでも出撃できるようにしておけ」


葦塚提督との会見を終わらせ、私と武蔵は執務室を出る。

二人だけになったところで武蔵が私に話してくる。


武蔵 「大和よ、私達の戦いはここからなのだ。あいつらの無念を晴らす為にも、私はこの身を賭して戦うぞ」


それを聞いた私は、やっぱり私達は姉妹だなと思わせる。

お互いの性格は全然違うのに、話さなくてもそういうところは一緒なんだと、その時の私はホッとした気持ちになった。


武蔵 「ん? どうした大和よ」


大和 「何でもない…。ええ、頑張りましょう、武蔵」



――――決して弱くはない。――――



私もどこかで、そう信じたかったのだと思う。


いつかあの方達のように誇れる者になれると、そう思っていたんだと思う。


だけど、葦塚提督が言っていた“どうしようもできなくなる時”というのがあることを、私達は思い知ることになるのだった。



数日後、索敵していた艦隊からトラック泊地へ連絡が入る。


ウェーク島沖に幾つかの敵艦隊群を発見。

本土方面へ向かっているとの情報から、狙いはまさかの本土襲撃ではないかと予想された。

早急にこれを迎撃、打破するため、私と武蔵が率いる艦隊でウェーク島北西沖へ出撃する。


武蔵 「よもや、これほど早くその時が来るとはな。行くぞ! 大和よ!」


大和 「ええ!」


私も武蔵も、最初はそのように意気込んでいた。

既に戦いを始めていた艦隊を助けるように合流し、私達にとっての初陣が開始される。

序盤は好調だったが、本土方面へ進んでいた敵艦隊が全て転進して、こちらを攻撃してくる。

戦況は一進一退の攻防戦となり長期化した。

私と武蔵も戦いの最中、小破以上中破未満の被弾をしつつも泥沼化し始めた戦いを続ける。


大和 (おかしい…。思った以上に航空戦力がいない…)


戦いながら疑問に思うことが一つあった。

ミッドウェー方面から来た艦隊なら、あの一航戦と二航戦を打ち破った航空戦力もいると思っていた。

だが、後から来る敵艦隊に、敵空母の姿はわずかだった。


悪い予感がよぎる。

艦娘達の疲労を考えると、本当はこんな戦いを早く終わらせ、トラック泊地に一度戻る必要があると考えていたが、今、撤退できる余裕はない。


でも後少しで殲滅できる、そう思っていた矢先、艤装の通信機を通して連絡が入る。



――――トラック泊地 敵、来襲 泊地に戻れーーーー



悪い予感が当たってしまう。

葦塚提督からの電文だった。


武蔵 「くそ! つまりこいつらは陽動なのか!」


武蔵の言った通りだ。本命はトラック泊地だったのだ。

今すぐにでも戻らないといけない。


私達は即席で戻る艦隊を再編成し、殿の艦隊を残してトラック泊地を目指す。

戦闘区域から離れた所で、葦塚提督に無線を使って戦況を聞いたところ、敵の大半は空母を主力とする大艦隊ということだった。

私はしてやられたと悔しい思いだった。唇を噛み締める。

でも残っている艦隊はこれまで葦塚提督と共に戦ってきた精鋭のはずだ。

そう簡単に負けはしないだろう。


トラック泊地まであと数十分ほどといったところで、再度、トラック泊地に無線機を使う。


大和  「こちら大和。葦塚提督、応答願います」


だが、向こうからの応答はなかった。

何度も呼びかけたが、やはり繋がらない。

通信機器にトラブルかと思っていたところに、今度は本部から電文が届いた。



――――トラック泊地 陥落 撤退せよーーーー



陥落…? なんで…?


それが私の素直な感想だった。

出撃する時、頼りになる仲間達が泊地防衛の為に残ったじゃないか…。

私よりいくつもの戦いを越えてきた練度の高い艦娘達だ。


それなのに…………どうしてこうなるの…………。



本部からの命令では逆らうことはできず、私と武蔵は撤退を余儀なくする。

ただ、私達と共に来ていた艦娘達と殿を務めてくれた艦隊の艦娘達は次の前線基地となるパラオ泊地へと撤退し、私と武蔵はなぜかさらに後方のマニラへと帰還することになったのだった。





―――現在 食堂―――



扶桑 「今日の資材集め、どうでしたか?」


大和 「……良かったですよ。資材になるものが思いの外、多かったんです」


資材集めから帰ってきた私と武蔵は、そのまま夕食を取りに来ていた。

私達の帰りを待ってくれていた扶桑さんと山城さんと共に食事をする。


山城 「そういう武蔵は、なんか嬉しそうではないわね?」


武蔵 「そんなことないぞ。…少々、張り切ってしまってだな。少し疲れているのさ」


武蔵は今日あったことを話さず、涼しい顔をしている。


扶桑 「そうなのですか。それは良かったです」


嬉しそうに微笑む扶桑さんを見て、とりあえず誤魔化せたようだと私は思った。

特にこの二人には話したくない内容だからこそ、今は話さない方がいいだろう。

武蔵もその辺りは考えが一緒なのだと思う。



加古 「それにしても、昨日の提督の反応、やっぱり面白かったな〜」


龍驤 「何度思い返しても、おもろいで〜」


夕張 「隣で見てて、笑いを堪えるの大変だったんだから」


私達が食べているテーブルから近くのテーブルでは他のみんなが話していた。

昨日の夕食時でもその時の話をしていたのに、今日もしているようだった。


明石 「なになに? 何の話ですか〜?」


あの時、あの場にいなかった明石さんに説明をしながら、皆が昨日の提督との出来事を話していた。


私は皆のその時の様子を少し遠くから眺めていたけど、皆の積極ぶりには驚かされた。

そんなにも話してみたかったのだろうか、それとも青葉さんの言っていた推測をそこまでして否定したかったのだろうか…。

とにかく私は不思議で仕方がなかった。

隣にいた武蔵も、「何が良いのかわからん」と呟いていた。


でも彼女達をああさせたのは間違いなく、“あれ”がきっかけだろう。


ちょっと前から、北上さんが提督と気軽に、しかも楽しそうに話す姿を目撃するようになった。

これが、北上さんの一方的なものだったなら変わらなかっただろうけど、提督の方も呆れた表情ではあったけど、それなりに話しているので最初見た時は驚いたものだった。

榛名さんの提督に対する態度が明らかに変になった事もあって、きっとあの二人の間で何かあったのだと思った。


それは私だけでなく、他の子達も同様だったようだ。

そしてそれを見ていて一番我慢できなかったのは青葉さんだったようで、ある日の食事時に青葉さんが北上さんに、以前の話のことを思い出させながら警告したのだった。


でも北上さんは従容な態度で、こう答えた。


北上 『アタシは人間や海軍に復讐しようと思ってないし、何かに負い目を感じてるからやってるわけじゃないよ』


青葉さんは「それでも危険だ」と言うけど、北上さんはさらに続けてこう言った。


北上 『あの提督ともっと話してみたいと思ったからそうしてるだけだよ。それの何がいけないの?』


この言葉に、周りで聞いていた他の子達が触発されたのだろう。

私もこれがあったから今日、彼に直接話したのかも知れない。


青葉さんはあれ以来、皆の行動を黙って見ているだけだが、皆の見てない所で何か嗅ぎ回っているらしい。



明石 「ヘェ〜、そんなことがあったんだ〜。私も見たかったな〜」


古鷹 「ちょっと…やりすぎたかなーって心配なんだけどね…」

衣笠 「なんか、私達にずっと振り回されてたって感じよね?」

龍田 「いいんじゃなぁ〜い? いつも振り回されてるのはこっちなんだからぁ」

龍驤 「いやいや…龍田が一番怒らせるようなことを言うてたやないか…」


あんなに楽しそうに話していたのに、本当はみんな心配していたようだ。

それだけ彼との距離感の取り方に悩んでいるのかもしれない。


天龍 「お前ら、あいつと話すのは別にいいが。酷く怒られても知らないからな」


天龍さんも皆の無茶な行動に思うことがあるのか、遠回しに注意している。


電  「司令官さん…迷惑に思ったでしょうか…」

初霜 「お役に立ちたい、と思う心は本当なのですが…」


話していたメンバーが少しシュンとしているところに北上さんが入ってくる。


北上 「いやいや、良かったよー。あのぐらいやらないと、あの提督は反応してくれないしー」


龍田 「あなたが一番やりすぎな気がするのよねぇ〜」


北上 「あれ? そう?」


龍驤 「龍田も人のこと言えへんって…」

龍田 「何か言ったぁ〜?」

龍驤 「いえ…何でもありません…」


すると今度は、朝潮達がやってきて、


朝潮 「朝潮には提督が怒ってるようには見えませんでした!」

荒潮 「そうそう〜。怒るならとっくにしてるわ〜」

羽黒 「ちゃんと話を聞いてくれているようでしたし…」


そんな話をしている中で、どこで聞いていたのか間宮さんも話の輪に入ってきた。


間宮 「私もあれで良かったと思います。」


龍驤 「どうしてそう思うんや?」


間宮 「皆さんの提督に対するお気持ちが少しは伝わったんじゃないかって思うんです。もし不十分なら、これから少しずつ話してみればいいのです」


雷  「そうよ! できることはしたわ!」

響  「ハラショー。伝えたいことも言えた」

暁  「ついでに、暁が立派なレディだってことも改めてわかってもらったはずだわ!」


皆は、あの提督とわかり合いたいとでも思っているのだろうか。

私もそういう気持ちはわからない訳ではない。

ただ、あの提督はそれほどの人格を持った人間なのか、それとも例の事件のように皆が騙されているのか。

今の私には、今日の提督との出来事を通して判断しかねるのだった。



夕食を終えて、武蔵と自室へ戻ろうとする。

すると、後ろから青葉さんが話しかけてきた。


青葉 「お二人さん、今日資材集めに行かれて、提督と何かありましたか?」


大和 「…い、いえ。何もありませんよ」


扶桑さん達と同じく、誤魔化そうとするのだが、


青葉 「本当ですか? 帰って来た時のお二人の顔を見て、私には“何かあった”と書いてあるように見えましたが?」


(自ら記者を名乗るだけのことはある)と私は思ったが、本当の事を言うべきか悩む。


武蔵 「ああ、あったさ」


大和 「武蔵!」


武蔵が急に話そうとするので、私は止めようとする。


武蔵 「いずれバレてしまうことだ。話してもよかろう」


と言うけど、武蔵がどういった思惑で話そうとしたのか私には分からない。


武蔵は提督との間に起きたことを話した。

私がセクハラされた事だけは話さないで、それ以外の事を話す。

青葉さんはとても興味深そうにメモを取りながら聞いている。


武蔵が一通り話し終えると、青葉さんが質問してくる。


青葉 「それで武蔵さん達は、これらの事があってどう思いますか?」


武蔵 「あれはやはり私達を出撃させるつもりはないのだろう。もしかしたら邪魔者扱いしてるかもしれん」


食い気味に聞いてくる青葉さんを相手に、武蔵は事ともせず答える。


青葉 「大和さんはどうですか?」


大和 「私は……」


答えに迷った。

私も武蔵と同じように、提督は私達を邪魔者扱いしていると思ったけど、

それでも心のどこかで、そうとは言い切れないんじゃないかという思いもあったのだ。


武蔵 「何を迷う必要がある? 大和も奴の言葉には腹が立ったではないか」


答えに迷っていた私を見かねたのか、武蔵が聞いてくる。


青葉 「まあまあ、無理にお話ししてとは言いません。大和さんもショックが強かったのでしょう。私にはその反応を見るだけで十分です」


私の姿を見てどう受け止めたのか、変に勘違いしてなければいいと思った。


青葉 「ではでは、これで。ありがとうございました!」


と言って嵐のように去っていく。


武蔵 「大和よ。さっきの反応は何だ?」


青葉さんを見送っていた私に横から武蔵が先程のことで聞いてくる。

その言葉にはどこか怒りが込められている。


武蔵 「忘れたわけではなかろう? あの日の屈辱を…。我らは今度こそ戦わねばならぬのだ」


大和 「……忘れたわけではないわ。忘れるなんてできない。今も同じよ」


それだけはあり得ないと、はっきりと言う。


武蔵 「それならばいいのだ」


それだけはわかってくれたのか、武蔵もそれ以上は言ってこなかった。


私達はそのまま自室へと戻る。

他愛の無い会話はしたけど、提督については一切触れなかったのだった。





―――五年前 マニラ基地―――



マニラ基地に無事帰還した私と武蔵は、ここの指揮官である小田切提督に会っていた。


小田切提督「君達が大和型の大和と武蔵だね。話は聞いてるよ、よろしく」


大和 「よろしくお願いします」


武蔵 「ああ、よろしく」


初めて彼を見た時、葦塚提督と比べて小田切提督はどこか頼りない印象だった。


小田切提督「君達には本部から既に命令が下されている。今から伝えるよ」


武蔵 「待ってくれ。その前に今、戦況はどうなっているのか教えてくれないか?」


普通、命令を言うところで、それを遮ることは良くないことなのだが、小田切提督は私達の顔を見てから話してくれた。


小田切提督「現在、パラオ東沖とマリアナ沖で戦闘が行われようとしている。トラック泊地を襲った敵艦隊が今度はパラオ泊地を狙おうとしているようだ。小豆提督がこれに対応している」


トラック泊地で一緒に戦った艦娘達も再び戦おうとしているのだなと、その時の私はふと仲間達を心配した。


武蔵 「そうか。ならば、我らはマリアナ沖に行くのだな」


武蔵の言う通り、マリアナ沖ならばマニラ基地からそう遠くない場所だ。

私達はここで傷を癒して再度出撃すると、そう考えていた。

いや、そう願っていたというのが正しいだろうけど、現実はそう甘くはなかった。


小田切提督「いや、君達は補給を終えた後、もうすぐ遠征から帰ってくる艦娘達と共に高雄警備府へ向かってくれ。そこで入渠して命令があるまで待機だ」


武蔵 「なっ!? 何だと?!」


私も耳を疑う内容だった。戦うどころか戦線から外されてしまう。


大和 「あの…どうしてここで入渠させてもらえないのですか? 資源ですか? バケツですか?」


考えられる理由としてはそれだったけど、小田切提督は黙って首を横に振る。


武蔵 「なら、何故だっ?!」


武蔵が執務机まで歩み寄って机をバンと叩く。

武蔵がここまで感情を露わにするのも珍しかった。


小田切提督「バケツも資源もあるが、そのほとんどを本土へ持って行き、最低限の数しか残さない…。そしてここも直に戦場になる。万が一を考えそうなった」


武蔵 「完治までに間に合わないと言うなら、私はこのままでもいい!」


小田切提督「無茶を言うな! 中破寸前の君達を出せるわけないだろう!」


怒った武蔵もかなりの迫力なのだが、小田切提督も一歩も引かない。


武蔵 「頼む! このまま戦いから外されるのは嫌なのだ!」


大和 「私からもお願いします! 本部に戦線に出られるよう具申していただけないでしょうか?」


私も必死な思いで訴えた。

それでも小田切提督は駄目だと首を横に振る。


武蔵 「このマニラも戦場になるのなら、私達をここに置かせてくれないか? 期待に応えてみせるぞ!」


武蔵も必死だった。

小田切提督にしがみついてもおかしくないほど懇願する。


武蔵 「シブヤン海辺りで敵を待ち伏せるのはどうだろうか? 待ち伏せならば燃料をそれほど消費しない」


小田切提督「ダメだっ!! 高雄警備府で待機! それ以外は認めない!!」


小田切提督はこれまでで最大の怒鳴り声で武蔵を圧倒する。

その声の荒げように、私も言葉を失った。


武蔵 「……私達は大和型。超弩級戦艦にして海軍の切り札と言われたんだぞ……」


圧倒されなおも、武蔵は小さい声で抵抗をする。

その手は強く握りしめ、ふるふると震えている。



武蔵 「戦わずして……何が戦艦かっ!!」



それが、諦めきれなかった武蔵の最後の抵抗だった。


私は武蔵の気持ちが痛いほどわかるから、噛み締めるようにその思いに浸る。


だけど、ふと小田切提督を見ると、彼もまた手を握りしめ、ふるふると震えていることに気づいた。



小田切提督「すまない…。でも僕はもう…誰かをみすみす死にに行かせるようなことは…したくないんだ…!!」


そう言った小田切提督の言葉を私は今でもはっきりと覚えている。

どうしてそんな事を言ったのか理由はわからなかったけど、何故か印象に残る言葉だった。


翌日、私達は高雄警備府へと出航した。

道中、会敵はほとんどなく高雄警備府に到着する。


到着して入渠施設へと向かう時、すれ違った兵士達の話し声をたまたま私は聞き取った。


兵士A 「おい、聞いたか? 数時間前に出港した輸送艦隊がいただろ。どうやら襲撃にあって一隻撃沈されたらしいぞ」


兵士B 「ああ、聞いたぜ。しかもそれって、今、本土を攻撃している敵艦隊と鉢合わせしたっていう噂だろ? 運が悪いよな」


兵士A 「ボイラーが直らず、ここにいればまだ違っただろうにな」


兵士B 「こんなところで言うな。死んだ兵士達の仲間が聞いたらどうすんだ?」


兵士A 「ああ、すまねぇ…」



私は話を聞いて、ただただ悲しくなった。

護衛していた艦娘達もいたはずだ。他の娘達は命を懸けて戦っているはずなのに、どうして私達だけがこのような目に遭うのだろう。



ーーーーーー思いも願いも、何もかもが、空回りする……。ーーーーーー



結局私達は、本土襲撃が終わった後も高雄警備府に留まり続けた。

そして、前の元帥から今の元帥に変わり、ようやく本土へと戻ることとなったのだった。




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―――現在 執務室―――



蛇提督「ボートの改造はどうなっただろうか…。見に行ってみるか…」


昨日、大和達と資材集めに行っている間、待ちに待ったボートが届いたのだった。

帰ってきた際にどんなものかを確認して、明石から改造の大まかな見立てと計画を聞き、明石と夕張に一任した。

どこまで進んだのかこの目で確かめに一人で行こうと思う。


龍田 「あらぁ、秘書艦の私を差し置いて、どこへ行く気かしらぁ?」


蛇提督「……」


誰もいない事を確認して廊下に出たはずなのに、いつの間にか後ろに龍田がいた。

俺は龍田に呼ばれて足を止めてもすぐに言葉は返さなかった。


(いや…お前が一番連れて行きたくないんだ)と心でツッコんでいたからだ。


何かと最近変に突っかかってくるので対応がしづらい上に、明石との会話ではそれなりに長くなりそうなので、彼女がいる前では何かと話しづらくなるような気がしてたまらなかった。


龍田 「もしかして…工廠に行く気なのかしらぁ?」


さすがにわかってしまうか…。

もうこうなると誤魔化しようもないので、正直に言うしかないだろう。


蛇提督「ああ…その通りだ」


龍田 「ならぁ〜、私も行くわぁ〜」


やっぱりそう来るか…。


蛇提督「ボートの改造の話だ。龍田は聞く必要ないだろう?」


龍田 「どうしてぇ?」


蛇提督「私が乗る船だ。私だけが管理するものであって、艦娘のお前には関係ない」


嘘ではない。実際にそうだと思ったからこの理由を述べるのであり、彼女を退かせるにはこれが良いだろうと思った。


龍田 「確かに乗る事なんてないかもしれないけど、知っておいて損は無いでしょう? ボートの性能知っとけば、私達もそちらに合わせて動けるわけだしぃ」


やはりこれだけの理由では駄目か…。龍田はやはり一筋縄ではいかない。

彼女の言っていることは至極真っ当な事であるし、反論の余地も無い。

怒鳴って無理矢理…というのもできないわけじゃないが、それはそれで変な問題になりそうだから、その手段は使いたくない。


……結局連れて行くしかなさそうだ。


蛇提督「そうか…。ならついてこい」


龍田 「はぁ〜い」


ただ、彼女の目的が本当にさっき言った通りなのかは定かではない。

今もにこやかに微笑んでいる顔を見ると、逆に怖い。

最初の頃はそんな顔を向けることなんて一切無かったのだから尚更だった。



工廠へやってくると、ちょうど明石が船台に上げられたボートの周りで何かの作業をしている最中だった。


ボートは今でいうと中型クラスのクルーザーとほぼ同じ大きさで、操舵室は二、三人が入れる広さがあり、前部の甲板の下には後部の機関室と隣り合わせで小さな地下室が設けられている構造となっていた。


足音で気づいたのかこちらに明石が気づくと、ズサーッと目にも止まらぬ速さで目の前にやって来た。


明石 「提督―っ! ちょうど良いところに来てくれました! 大方の取り付け作業と改造が終わった所なんですよ!」


蛇提督「昨日来たばかりなのに、もうそんなに進めたのか?」


明石「あらかじめボートの設計図も頂いていたので、先に作っておいた機械や器具にそれほど誤差が無かったのでスムーズに出来ました!」


蛇提督「そうだと言えども…」


俺は腕時計を見る。既に09:00を回っているわけだから、彼女達はこの時間まで夜通しやってたことになる。

(そういう夕張がいないな)と辺りを見回す。

その仕草で察した明石が、「夕張なら隣の工房の休憩室で寝ている」と教えてくれる。


明石 「起こしてきましょうか?」


蛇提督「いや、いい。寝かしてやれ」


と、俺が言った時、明石が嬉しそうな顔をしたように見えた。

でも俺は見なかったことにして話を続ける。


蛇提督「では進捗の具合を聞かせてくれないか?」


明石 「わっかりましたー!」


明石の報告をかいつまんで語ると、

まず、最初に提示した計画の九割は終わったとのこと。

当初の予定と目的だった、暗号通信機と妖精専用の通信機の取り付け作業はとうに終わり、

ついでに無線機の方も性能を向上させて、通信範囲の拡大と音質の向上もさせた。

そればかりではなく、エンジンを改造して馬力を上げたり、地下室を改造してより多くの物資を入れられるようにと現在進行中だそうだ。


明石 「…それとですね、ボートの強度を上げるために…」


蛇提督「待て待て。そこまでしろとは言ってないぞ」


あれもこれもと明石がどんどん提案してくるものだから、本当にやりかねないと明石を止める。


明石 「何を言っているのですか?! 提督が乗るのですよ! 徹底的に改造しなくては!」


何をそこまで心配しているのかと思いながら、予算と材料が不足しているからそこまではできないと明石に告げる。


明石 「そうですか…。残念です…」


本当に残念そうな顔をする。

初めて話した時もそうだったが、本当にこの子は物作りが好きなんだなと思う。


明石 「ですが、提督に万が一の事があったらどうするのですか?」


万が一があったら? そんなの決まっている。


蛇提督「その時は任務を最優先だ。目標の撃破及び海域の制圧と戦線の維持。それだけだ」


ついでに、もしも私が指揮出来る状態で無くなった場合は、元帥が一時、横須賀鎮守府の艦隊を受け持つことになってると伝えた。


それを聞いていた二人は、目を丸くしていた。


俺が囮として海に出るわけだから、過去に提督達が狙われた事例を考慮すれば、ほぼ生身で出撃することは自殺行為なんだと自覚はしている。彼女達と行動を共にするのなら尚更だろう。

それでもこの作戦を成功させるには、それが最善だと俺は考えている。


だがこの“考え”が、大和と武蔵に抱いている“考え”と比較すると、矛盾していると俺は心の中で自嘲する。


龍田 「そんな話、聞いてないわぁ」


声のトーンがいつもより少し低い。怒っているのか?


蛇提督「おや? 言ってなかったか。…だが元帥が請け負ってくれるのならば、お前達も安心だろ?」


どうせ俺のことを嫌っているのだから、そのようになった方が良いと思っているだろ?

と、皮肉を込めて言うのだが、


龍田 「それとこれとは別なの。そういう大事な事はちゃんと話さなきゃダメよ」


思っていたのと違った反応だった。

今度はこっちが目を丸くしていると、龍田はさらに続ける。


龍田 「今度、そういう大事なことを話さなかったら、その口……切り落としちゃうからぁ」


と、微笑みながら言う龍田の言葉に、背中がゾッとする。


(いや、なんで切り落とされなきゃいかんのだ)とちょっと反感を抱きつつも、この話をしていたらよくなさそうなので別の話に切り替えよう。


蛇提督「そういえば…明石に一つ聞きたいことがあったのだった」


明石 「はい、何でしょう?」


その話が何なのかというと、「基地航空隊を作れないか」という話だった。

艦娘達が使っている艦載機のように基地から直接、艦娘を介さず離着陸そして深海棲艦に攻撃できる航空戦力があれば、大きな助けとなると俺は話した。

基地の防衛だけに限らず、海域攻略中の艦隊の支援もできるので、これからにおいて必要な存在となるだろうと提案する。


明石 「それは良い考えです! やってみる価値はあります!」


明石でもその考えに今まで至らなかったという。

むしろ、今までそれがない状態でよく戦えてきたものだな、と内心思う。

提督達の戦略と指揮が良かったのか、それとも資源に余裕があったからいくらでも代わりが作れたからなのか…。

もしも理由が後者なら……反吐が出る。


龍田 「あなたって本当にいろんな事を思いつくのねぇ〜」


蛇提督「勝つためには何でもしなければな」


“目的”の為には手段を選ばない。それが俺のやり方だ。


明石 「では、妖精さん達に相談してみようと思います」


蛇提督「ああ、そうだがその前に…」


明石は、一体何だ?と言わんばかりにこちらを見る。


蛇提督「充分な休憩をしてからしろよ。隣で寝ている夕張もだ。必要であれば入渠もしてこい」


明石 「え? ですが、別に損傷したわけでは…」


蛇提督「入渠はお風呂の役割もあるのだろ? 汚れと疲れを取るのにうってつけではないか」


その日出撃がなくとも、規則で一日一回だけ決まった時間に艦娘達は入渠ができる。

修復する箇所が無くとも、やはり入渠施設を稼働させるだけで財政や資源に響く。

だから、鎮守府によっては経費削減の為に決まった曜日だけにするとこもあったようだが、こちらでは緊急を要する以外は例外なく毎日入れている。

もちろんこの鎮守府の財政から見て計画的に決めたものだ。


今もきっと必要だと思ったから、そのように指示したわけだが、何故だか珍しいものを見るような目で見られている気がする。


明石 「お心遣い、ありがとうございます!」


妙に感謝されたな、と思いつつも俺はあまり気にしなかった。

それよりも、いつも演習用の機材の製作や艤装の見直しなどをさせている夕張に途中で入渠させてやれてないなと気づいた。

もう少し鎮守府の財政と資源に余裕があればそうしたいとこだが、いつかそうさせてやろうと思う。


話すべきことはもう終えたので、そろそろ退散しようかと思った時、唐突に明石が「そういえば…」と切り出す。


明石 「改二になった三人の娘達の話なんですが、一つ思い出したことがありました」


俺はその話を聞いて、ピクッと止まった。

既に明石達から見て、後ろを振り向いていたので顔は見えてないはずだ。


明石 「彼女達に改二になれた理由で心当たりがないか聞いてみたことがあるんです」


蛇提督「…それで?」


明石 「『そう強く望んだから』と言っていました」


それを聞いて俺は“あの時の時雨や夕立”を思い出した。

彼女達もまた過去に囚われた者達だろう。だがそんな事を言えば、俺も同じだ。

ここの艦娘達の何人かにも、大事なのはこれからの事だと言った気がするが、本当に人のことが言えなくて笑えてくる。

それでも俺はそんな矛盾を抱えながらも、この道を歩まねばならないのだろう。


蛇提督「……そうか」


俺はその一言だけを言ってそれ以上は聞かなかった。

きっとその言葉について、触れたくなかったのだと思う。

だから龍田がついてきていようが、そうじゃなかろうが足早に去ることにしたのだった。



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―――資料室―――



青葉 (ダメですね…証拠になるようなものが見つかりません…)


資料室にある机の上に、ここ横須賀鎮守府に来てから撮ったいくつかの写真を広げて見る。その写真の中には、あの灯台での出来事の写真もあった。

少し遠目であるけれども、はっきりと北上が榛名の後ろから胸を触って蛇司令官に見せつけている写真もちゃんとある。


前にそれを持って、皆が夕食に行っている間に執務室にいた蛇司令官に問いただしたことがあった。

「あなたはやましい事を考え、艦娘をただ弄んでいるのではないか」と。


だけど、蛇司令官は否定した。脅してやったわけではないし、何なら当の本人達に聞いてみろと言った。

なので、北上や榛名達に聞いてみると、


北上 「あららー、バッチリ写ってるね〜。これは金剛や他の姉妹が見たらどう思うか〜」


榛名 「あ!わわっ!青葉さん!それだけは内緒にしてください!お願いします!」


と、何があったかは詳しく話してくれなかったけど、


龍田 「あなたが思っているようなことではないわぁ〜。…でもその写真は残しておいた方が、後々面白そうねぇ」


という具合に、本当に蛇司令官が何か命令して、卑猥なことをさせたわけではないようだと思った。

まあこの写真一枚では、蛇司令官が悪事をしているという証拠とするには、インパクトに欠ける。

みんなを説得するには、他に言い様がない決定的な瞬間を抑える必要がある。


これまで彼が何か隠れたところで不正や悪事を働いていないか、その調査に明け暮れていた。

資材集めに彼が鎮守府を留守にしている間に執務室をくまなく調べたり、資材庫を始めとする施設の全てを見回ったり。

主に古鷹が担当している鎮守府の資金と資源、資材の帳簿におかしな所がないかと、調べられる所は全て調べた。


でも怪しいところは何一つ見つけられなかった。

それどころか、鎮守府の運営を国からの少ない支給と資材集め、計画的な消費でうまく回していることがわかってしまう。


それのおかげで、毎日わずかであるが資源と資材の備蓄量は着々と集まっている。

それも大規模作戦用のものは、確実に溜まっているらしい。


浮いた金で何かを…という形跡もなく、全てが鎮守府運営と艦娘の日常生活に支障が出ないように無駄なく使われている。


ある時、月に一度工廠への経費として計上されている数字が、演習目的に使われる数字以外に余分に計上されているのに気づいたことがあり、古鷹に聞いてみたことがあった。

が、それは夕張が密かにいている発明の趣味の為のものだという。

夕張が明石と似て、そういう趣味がある事は既に知っていたので、そのことについては驚かなかったが、そんな余分な事と思えるそれを蛇司令官は知っていながら、わざわざ経費として捻出している。

ただそれは、夕張の秘密を握って自分の言う事を聞かせるためにやっている可能性もあるので、善意とは限らない。


それに海軍や艦娘に恨みを抱いているのは確かなはずだ。

自分が知り得る彼の境遇を考えれば、そう思うのが自然だ。

でも確かな証拠が見つからない。


青葉 (これだけでは…あの狐司令官にまともな報告ができないですね…)


横須賀鎮守府に転属になった本当の理由、それは蛇司令官の身辺調査、いわゆる諜報員だ。

あの時、榎原司令官に呼び出され、突然命令されて任された任務だった。


榎原司令官『奴は何かきっと企んでいる。何か不正や悪事を発見した時、私に報告しろ』


狐司令官はよっぽど蛇司令官を警戒しているようだった。

目上の自分を脅してくるほどなのだから、危険人物として認識しても無理はないだろう。

だけど、狐司令官は海軍大将に上り詰めただけの賢さは持ち合わしている。

だから恐怖心だけで、そんな事を言ったとは思えない。

彼もまた例の軍法会議で蛇司令官を知っているのだから。


青葉 (みんなを守れるのは…青葉だけなんです!)


そう言って、肌身離さず持ち歩いているカメラを、私は眺めながらあの日の事を思い出す。




―――七年前 横須賀鎮守府―――



青葉 「司令官、青葉にご用事とは何でしょうかー?」


樹実提督に呼ばれたので、執務室へとやってきた。


樹実提督「おお、青葉! 待ってたぞ!」


笑顔で迎えてくれる樹実提督を見ると、自分の心も躍る。

今、カメラを持っていたらすぐに写真に収めたい瞬間だ。


青葉 「気になる子の調査ですか? お相手は誰ですか?」


樹実提督「何でそんな話になるんだ…」


青葉 「多くの艦娘の皆さんが気になっている事なので!」


本当は、自分が一番聞きたい事だというのは内緒だ。


樹実提督「違う違う。俺は…青葉自身に用があるんだ」


青葉 「えっ!?」


急に真剣な表情になった樹実提督を見て思わずドキッとしてしまう。


青葉 「い…いや〜、なんか照れますね〜。青葉は取材するのは好きですが、されるのはちょっと〜……って、あれ?」


恥ずかしがっていた青葉をよそに、樹実提督は机の引き出しからガサゴソと何やら取り出そうとしている。


樹実提督「青葉にこれを贈りたかったんだ」


そう言って机の上に出したのは、新品のカメラだった。


青葉 「こ、これは!?」


樹実提督「前の出撃で壊してしまったって言ってただろ? 本部に赴いた時についでに近くの街で買ってきたんだ」


まさか新しいのを買ってくれるなんて思ってもいなかった。


青葉 「ほ、本当に良いのですか?!」


樹実提督「もちろんさ!」


カメラを手に取り、いろんな角度からカメラを夢中で眺める。

でもハッとある事を思い出す。


青葉 「でも青葉、司令官に渡すお金を持ち合わせていません!」


艦娘に給料制度は無いので当たり前だが、その代わりに払えるものも思いつかないと司令官に告げる。


樹実提督「いや、いいんだ。青葉が気に入ってくれればそれでいい」


青葉 「ですが……」


それでも何もお返しをしないというのは憚れる。


青葉 「あ! それでは、艦娘達のあられもない姿を樹実提督に提供しましょう! ご希望の艦娘はいませんか?」


樹実提督「いや! それは絶対ダメだぞ! 許さないからな!?」


必死に断ろうとする樹実提督を面白がりつつも、「えー、つまらないなー」と茶化す。

他に何かないかと考えていると、樹実提督が提案してくる。


樹実提督「それなら、俺のお願いを聞いてくれないか?」


一体何かと聞き返すと、樹実提督はさらにこう続ける。


樹実提督「俺は艦娘のみんなが幸せになれる事を願っている。でも仕事上、いつも見ていられるわけじゃない」


神妙な顔付きになった樹実提督を見て、こちらも真剣に話を聞く。


樹実提督「そこで、青葉のカメラで艦娘達の日常の風景を撮って欲しいんだ」


青葉 「日常を、ですか?」


樹実提督「そう。彼女達が楽しく過ごせているのか、笑っていられてるか…」


青葉 「それなら司令官と話している艦娘達を見れば、すぐにわかるじゃないですか?」


今までもカメラをそういう用途で使うことが多かったので、既にやっていると言えばやっている。


樹実提督「ある人が言ってたんだが、『艦娘は戦うことでしか自分達の価値を表現できない』と言っていたんだ」


その考えに否定はしなかった。

艦娘達は皆、戦いが好きかどうかはともかく、自分達が戦う為に生まれてきた存在なんだと、誰もがそう思っている。

日常でどんなに楽しく暮らしたとしても、いつかは戦場に出て、そしてその命を散らす。

自分のカメラだって、そういう戦闘の記録を取るためのものなのだから。


樹実提督「だがそれを言った人も俺もそうは思わない。それ以外でも艦娘達が幸せになる道はきっとある。それを教えるために写真は不可欠なのさ」


青葉  「写真がですか?」


樹実提督「そう! 日常での思い出を忘れないために、そして艦娘達の記憶が戦いの記憶ではなく、日々の暮らしの記憶で埋まれば、彼女達の意識も変わる。そこから始めようと思うんだ」


青葉  「なるほど〜。艦娘達が価値を置く場所を変えるという事ですね」


樹実提督「そうさ。彼女達の考え方も変わってくるんじゃないかと思うんだ」


青葉  「はい! 青葉もそう思います!


樹実提督「だから、この重要な任務を青葉に託したいんだ」


青葉 「そんな…恐縮です! 司令官のお役に立てるのなら、青葉、頑張って働いちゃいます!」


樹実提督「ああ、よろしく頼む」




―――現在 資料室―――



あの時から青葉はこの任務の為にずっと頑張ってきた。

樹実司令官はずっと艦娘の幸せを願っていた。いつしかその夢は青葉の夢にもなったのだ。

そして、樹実司令官が亡くなった今も青葉は頑張っている。

鎮守府をこっそり抜け出して、鎮守府以外の風景を写真に収めたり、普通の人間を装って街中に出ては、雑誌や本、アクセサリなど買ったり拾ったりして他の娘に見せたりすることで、戦い以外に興味を持てるようにしたりと細やかな努力を続けてきた。


でも、蛇司令官は違う。

艦娘の幸せを脅かす存在だ。みんな、騙されているんだ。

青葉が…青葉が何とかしないと…!


ふと、部屋の時計を見ると12:00を回っていた。

もう昼食の時間だと思い、今はひとまず食堂へ向かう事にする。




―――食堂―――



食堂へとやってくると、艦娘達がガヤガヤと何かを話していた。


明石 「いや〜、皆さんの言う通りですね〜」


どうやら明石さんが話題の中心になっているようだった。

皆の雰囲気から嫌な予感をしつつ、近くにいたガサに聞いてみることにする。


青葉 「……何かあったのですか?」


衣笠 「あ!青葉! 聞いて聞いて、それがさ!」


話を聞いたところ、先程、蛇司令官が工廠へやって来た時の話をしていたという。

そこでの蛇司令官の対応は感激ものだったと明石さんが楽しく話していたのだ。

寝ている夕張を起こさなくていいという気遣いも良かったが、何より嬉しかったのは休憩のついでに入渠をさせてもらえたことだった。


明石さんは工作艦なので、前線の基地や泊地に赴くことはあれど、基本的に工廠にいるのが当たり前である。自分の日課の大半が工廠での作業なので、体が汚れることも当たり前だった。

だからなのか、呉の狐提督も他の鎮守府の提督も汚れたから入渠させるなんてまずしない。

確かに自分が損傷することもなく、その日入渠せずに作業に没頭していることもよくあることだからそこまで気にはしないが、それでも一応女の子なので臭いや油汚れは気にすることもある。

だからと言って、このご時世で汚れたから入れさせてくれなんて言えない。

蛇司令官は、ここの鎮守府の資金や資源が余裕がないと知っていながら、それでも入渠させてくれる心遣いに感謝したいのだという。


夕張 「私まで入れさせてもらえちゃった…」

龍驤 「そうそう。ほんと、ウチの司令官はそういうとこがあんのや」

加古 「見てないようで見てるんだよね」

暁  「司令官はレディの扱いに長けているようね!」

間宮 「私は最初からあの方がお優しい方であると思ってますよ」


その話で、皆がそれぞれ感想を言ってはわいわい賑わっている。

このままでは、皆があいつの思うツボだ。


青葉 「皆さんは騙されているんですよ!」


話を聞いていた青葉は居ても立ってもいられなくなって、気づけば叫んでいた。


衣笠 「ど…どうしたのよ、青葉?」


青葉 「それも全て、彼の策略なのです! 惑わされてはいけません!」


それならばと、青葉は例の事件で騙されたとされる三人の艦娘はどうなるのかと皆に問いかけた。

もしも蛇司令官が皆さんの言うようなそんな人格者だと言うなら、なぜ三人は何も喋らないのか?

任務の内容は話せなくても、蛇司令官が悪い人ではないとなぜ言えないのか?


明石 「あのー…その三人って…最近改二になったあの娘達ですか?」


青葉 「はい、その通りです! でも皆さんもご存知の通り、彼はたまたま資料にあったのを覚えていただけだと嘘を言ったのです!」


古鷹 「あの時、提督の様子がおかしかったよね…」

龍驤 「やっぱ、そういうことやったんか〜」


夕張 「そうなると……彼女達が言っていたことも意味深よね……」


『これで今度こそ守りたいものを守れる』

そう明石に言った彼女達の言葉はどう意味だろうと夕張が投げかける。


天龍 「そりゃあ、沈んでしまったそいつらの仲間のことだろ」

山城 「そう考えるのが自然よね」


すると、少し遠くから話を聞いていた榛名が入ってきた。


榛名 「あの…そのことに関連するかはわからないですが…一つ気になることが…」


間宮 「あ、もしかして三人を助けた時の話ですか?」


榛名 「はい、そうなんです……」


それは、例の事件で援軍として駆けつけ、彼女達を助けた時の気になる行動だった。

それまで何も話さなかった彼女達が生存者の話を聞いた途端に、しきりにその人物が誰なのかを聞こうとしてきたことだ。


荒潮 「それって、もしかして〜」

朝潮 「司令官のことですか?」


榛名 「誰を探しているのかは答えてくれませんでした…」


天龍 「中森って奴のことかもしれないじゃないか」

龍田 「その可能性もあるわねぇ〜」


榛名 「あの方が出所した事を話しても、何も語らなかったと伺っていますが…?」


自分があの三人に話を聞きに行こうと、舞鶴鎮守府に行った時の事を聞かれてるようだ。


青葉 「そうです。そしてこうも言われました」



あの時、こんな風に青葉は質問したはずだ。


ーーーー「あの極悪人である方が、横須賀鎮守府の司令官として着任したそうです。それについて何か一言!」――――


すると、事件の内容を聞いても、蛇司令官とどう関わったのか聞いても「ぽいっ!」とそっぽを向く夕立が、バッと振り返って何かを言おうとした。

だがそれを時雨が、夕立の口を抑えて代わりに答える。


時雨 『さっきも言ったけど、その事について僕達から話す事は無いよ』


由良 『もうその事で、由良達に関わろうとするのはやめてくれないかな』


彼女達からなんとも言えぬ圧を感じたので、その時は大人しく引き下がることにした。



間宮 「それほどまでして、口をつぐむのにも理由があると思うのですが…」

響  「彼らにも何か言えないことがあるのかもしれない」


龍田 「それにもう一つ、情報を付け加えることがあるわぁ」


それは蛇司令官が先程の工廠に来た時のことだ。

明石が思い出して言った、彼女達の『そう望んだから』という言葉だった。


天龍 「それの何が不思議なんだよ? 守りたいものを守れるように強くなりたいって思っただけだろ」


龍田 「気になるのは提督の反応よ。改二になる方法について興味がある提督がその言葉についてどういう意味か追求しなかった。彼女達の真意を知っているからこそ聞かなかったとしたら?」


初霜 「え…それって…」


龍田 「あくまで推測よ」


でも聞いていた青葉はこう反論する。


蛇司令官について彼女達が何も話さないのは、彼に騙された時の話をするのが思い出すのも嫌だから言わなかったか、大淀さんが言っていたように、箝口令が敷かれている内容なので、彼のことを話そうとすると任務の内容まで話してしまうからだろう。それなら言えなくても仕方がない。

蛇司令官の気になる反応も考えすぎで、天龍さんの言った通り、そのように理解しただけだから聞かなかっただけだと言う。


衣笠 「どうしたのよ青葉! どうしてそこまでして…」


みんなを説得するのに少し必死になりすぎたか。

ガサが心配するけど、それに構っていられない。


青葉 「それなら…これならどうですか? 司令官は大和さんと武蔵さんを邪魔者扱いしてるようですよ!」


「「「えっ!?」」」とみんなが驚く。

この事実はもう少し伏せておきたかったけど、こうなったら止むを得ない。


大和 「青葉さん!?」


大和さんが、どうして言ってしまったの!?という顔している。


扶桑 「本当…なのですか…?」


大和さんは扶桑さんの顔を見て困惑していたけど、隣にいる武蔵さんは動揺している様子が無かった。

むしろそれどころか、泰然とした態度で「その通りだ」と言ってしまう。


扶桑 「そんな…」


扶桑さんには悪いけど、武蔵さん達から聞いた話を青葉が代わりに話した。


天龍 「やっぱりな。あいつはそういう奴なんだ」


電  「でも…助けてくれたのも事実なのです!」

雷  「そうよ! 邪魔者だと思ってるなら、身を挺して助けたりしないわ!」


天龍 「だから奴が言った通り、余計な資源を消費したくなかったからだろ」


青葉 「元帥から直接送られたお二人ですから、何かあっては自分の立場的にまずいと咄嗟に思ったのでしょう」


龍驤 「そうと決めるのは早いんとちゃうんか?」

朝潮 「司令官はそんなお人ではありません!」

荒潮 「そうそう〜」

加古 「青葉はろくに関わってないから、そんなことが言えるんだよ!」

間宮 「そうです。提督にも何かお考えが……」


扶桑 「私達のせいで大和さん達が出撃できないのでしょうか…」

山城 「他人を不幸にする不幸戦艦…。ははっ…笑えない冗談ね…」

大和 「お二人とも! そんなことは誰も思ってません! しっかりしてください」

初霜 「そうよ。気を落とさないで」


暁  「あわわ…あわわ…」

響  「……」アセアセ

羽黒 「あ…あの、皆さん…」

榛名 「どうしましょう…」

北上 「ありゃ…収拾がつかなくなってきたね〜」


気づけば艦娘達がそれぞれあーだこーだと騒ぎになってしまった。

そういう青葉もガサや他のみんなを説得するのに躍起になっていた。


武蔵 「静まれっっ!!!」


その時、武蔵さんの一喝が食堂内に響き渡る。

青葉もみんなも武蔵さんを注目する。


武蔵 「それほど揉めるのならば、白黒はっきりさせれば良いだけではないか」


大和 「どうするつもり?」


武蔵 「直談判しかあるまい。回りくどいことをするから、おかしくなるのだ」


天龍 「そんなの、最初からあいつが言ってくれるなら、こんなに苦労しないぜ」


武蔵 「単刀直入に聞けばいい。私も裏でコソコソしてるような奴は嫌いだからな」


龍田 「聞いても答えなかったら?」


武蔵 「隠そうとしたり逃げようとすれば、やましいことがあるということだ」


武蔵さんは本当に本気のようで、今から行くのか食堂の出入口へ向かう。


武蔵 「私はそんな奴は信頼に足る人物だとは、到底思えないな」


武蔵さんの考えは極端だけど、その方が今のみんなに分かりやすくて良いと思った。

信頼できない人物だと認定されれば、みんなの考えも変わる。

青葉もついて行こうと思ったその時、食堂の扉が開かれた。

なんというタイミングだろうか、蛇司令官が食器を持って食堂へやってきたのだ。


蛇提督「随分、騒がしいな。食事もまともに食えんのか」


入って来てそうそう嫌味を言う蛇司令官。

これはチャンスだと思い、いつでも証拠を取れるようカメラとメモを準備する。


武蔵 「これはちょうどいい。今、貴様の所へ行こうとしていたとこだ」


武蔵さんは腕組みをして不敵に笑う。


蛇提督「ほう。私に何か用なのか?」


蛇司令官は食器を一旦机に置き、堂々と立ち尽くして武蔵さんを睨み返す。

まるで武蔵さんの挑戦に対して、応戦する構えをとっているようだ。


武蔵 「単刀直入に聞こう。貴様の目的は何だ?」


蛇提督「目的? 何のことだ?」


提督として着任したその真の目的、そして艦娘をゆくゆくはどうするつもりなのか。

武蔵さんははっきりと蛇司令官に聞く。


蛇提督「そのことについては何度も同じことを言ってるはずだが?」


武蔵 「例の事件を起こしておいて、本当に他に目的が無いと言えるのか?」


蛇提督「大規模作戦を成功させるために提督として着任した。最初からずっとそのつもりだ」


蛇司令官は一歩たりとも引く様子が無い。


蛇提督「艦娘にいたっても、私の命令さえ聞ければ全員使うつもりだ。他にどうこうするつもりは無い」


武蔵 「全員か…。その割には我ら大和型に対しては随分と過敏ではないか? 出撃にしたって消極的にも見て取れるが?」


蛇提督「出撃させないとは言ってない。だがお前達を見ていたら気が変わった」


武蔵 「何?」


蛇提督「お前も大和も、作戦には参加させない。ここで待機だ」


武蔵 「何だとっ!!?」


聞いていた他のみんながどよめく。

これは青葉にとって良い流れだ。一言一句逃さないようにメモに書き留める。


蛇提督「それはそうさ。命令を聞けそうではなく、己の力を過信してる奴に出撃する資格は無い」


武蔵 「過信してるつもりなどない!!」


蛇提督「どうかな? 少なくとも、俺から見れば“死に急いでる”としか見えんがな」


武蔵 「私が…死に急いでいるだと!?」


蛇司令官の思わぬ言葉に皆が驚愕している。

メモを取っている青葉もどういうことかと目を見張る。


蛇提督「そうではないか? あれだけ前で戦おうとすのだから」


武蔵 「それの何がいけない?! 戦って傷つくのは当たり前だ!!」


蛇提督「間違ってはいない。だがお前みたいな考えを持った奴が艦隊を乱し、周りを巻き込む。そんな奴を出撃させるなど燃料と弾薬の無駄だ!」


武蔵 「貴様……!」


武蔵さんが拳を握り締め、ふるふると震わせている。


武蔵 「言わせておけばーーーっっ!!!」



突然、武蔵さんは拳を振り上げ、本気で殴ろうとする。

誰もそれを予期できず、止められるものはいなかった。




そして、拳は蛇司令官の目の前へとくる。




だが、間一髪、拳は顔面に当たる前に寸止めされた。

それでも風圧で蛇司令官の帽子が飛ばされる。



最初は武蔵さんが正気に戻って止めたと思った。

でも、武蔵さんの腕が、体が震えている様を見て、殴ろうとしたはずの武蔵さんの方が動揺していることに気づいた。

そういう蛇司令官は拳が直前まで来ているにも関わらず、最後まで微動だにせず、その鋭い蛇目を武蔵さんに向けたままだった。



武蔵 「貴様……なぜ避けない?」


蛇提督「避ける?……俺が逃げるとでも思ったのか?」



これまで以上の威圧だった。

目の前にいる武蔵さんも横から見ている青葉達も震撼させる。


蛇提督「俺は…嘘も、間違った事も言ってない。なのに、何故逃げねばならんっ!!!」


その怒号に武蔵さんも思わず拳を引いて後退る。


一部始終を見ていた青葉は理解が追いつかず、もう頭が真っ白だった。

他のみんなも、誰一人声を出さないところを見ると、驚愕しているのだろう。


蛇提督「それと…大和にも一つ聞いておきたいことがある」


突然、蛇司令官は大和さんを見て話しかける。

大和さんは聞こえているだろうけど、まだ返事を返せる余裕は無いようだ。

それでも蛇司令官は構わず話を続ける。



蛇提督「お前…瓦礫をよく眺めていたが、もしや……“こうなるのは自分のはずだった”とか思っているんじゃないだろうな?」



大和 「っ!?」



ただ驚いていた大和さんの顔が、面食らったような顔になったと青葉からはそう見えた。


蛇提督「もしも、そのように思っているなら、大和にも出撃する資格は無い」


そう言い放つと、蛇司令官は飛んだ帽子を拾い、深々とかぶる。


蛇提督「いいか? 俺にとって勝利とは……誰一人沈まぬことだ」


またもや思いがけない言葉に、みんなと自分は驚くばかりだった。

もう既にメモを取ることさえ忘れている。


蛇提督「その為にできること……それはお前達が互いの力を信じ、己の役目を果たすこと。俺から言えることは……それだけだ」


その言葉を最後に、蛇司令官は静かに食堂を出て行った。

ほんの僅かな時間での出来事なのに、いろんな事がありすぎて、みんながその場でしばらく立ち尽くしていた。


青葉 「一体……何なのですか……」


やっと口から出た自分の言葉がそれだった。

その後、みんなが、自分が、どうしていたのかは、ほとんど覚えていない。



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―――海上―――



武蔵 「大和よ、どうした?」


大和 「あ…」


それまで、物思いに耽っていた私は武蔵の言葉で我に返った。

青天井の下、海のど真ん中で、私達が停船してからしばらく時間が経ち、いつしか水平線を私はずっと眺めていた。


大和 「ごめんなさい。久々の出撃でちょっと緊張してるのかも」


武蔵 「しっかりしてくれ。この出撃でヘマすると、あいつから本当に出撃するなと言われるぞ」


大和 「ええ、わかってるわ……」


と言った私はその“あいつ”を見る。


視線の先には、明石さんが改造したあのボートがあり、それには提督と間宮さん、明石さんが乗っている。今回の出撃はあのボートの試運転を兼ねているのだ。


夕張 「でも…間宮さんまで一緒に乗るって言い出すなんて思いもしなかったな〜」


古鷹 「あんなに頑なになった間宮さんも初めて見たな」


私は知らなかったけど、間宮さんがかなり押し切る形で決まったという話だ。

もちろん提督も最初は反対していたけど、間宮さんが提督を説得して譲ろうとしなかったので、提督が渋々認めたそうだ。


古鷹 「それよりも第一艦隊の方は大丈夫かな?」


夕張 「今でも提督が指示して動かしているはずよ。大丈夫だと思うけど…」


そもそもどうして私達が出撃してここで留まっているのか、これまでの経緯をかいつまんで話すと、

提督は敵の暗号解読及び無線の盗聴状況を検証するために、第一艦隊とは電文による指示と戦闘中は無線での連絡を主にして、囮として出撃させている。

そして私達第二艦隊は、第一艦隊に何かあった時に助けに入る伏兵の役割としてここにいる。


私達に突然、出撃の要請が出たのは驚いた。あの食堂でのやり取りから数日後の事だった。


でも作戦の内容を聞けば、敵が来るとは限らず罠にかからない可能性もある。

その場合、私達の出撃は何の意味もなく何もせずに帰投する可能性もあった。

それでも私と武蔵は、出撃することを選び、指示を聞いて待機もすることにした。


蛇提督『それでも出たいか?』


執務室で提督と私、武蔵の三人だけで、提督は私達にそう聞いてきた。

きっと私達を試しているのだと、そう思った。


暁  「……」


夕張 「暁、響のことが心配?」


第一艦隊に響も参加している。

先程の私のように暁も水平線をボーッと眺めている。


暁  「心配だけど……。でも、暁は響と他のみんなの力を信じてるわ。それが一人前のレディとしての振る舞いだもの!」


そう私が先程、考えていたことはあの時の提督の言葉だ。


『自分もこうなるはずだったと考えているんじゃないのか?』


それを言われた時、私は返す言葉が無かった。

心のどこかで、いつしかそのように考えていたのだ。

一航戦や二航戦のようになりたいと思いながら、あの方達の後を追おうとしていた。

少しの間でも共に戦って散っていた仲間達のように、自分もそうではなくてはと…。



――――武蔵と同じく私は『死に急いでいる』のだと、教えられた。――――



そして極め付けは……



『勝利とは……誰一人沈まぬことだ』



提督の目的は未だにはっきりとはわからない。

『資格は無い』とはっきりと言い放ったのに、今度は出撃するかと尋ねてくる。

命令さえ聞ければそれでいいと思っている人なのだろうか。

それとも他に考えている事があるのか。


でも私はこれを聞いて信じてみようと思った。

“戦いで誰も沈まない”なんて、そんなのとても難しい事なのに、それを本気でやろうとしてるようだから、ひとまずそうしようと、そう決めた。


あれから武蔵は提督の事を何も話さない。昔の事も一切話さない。

いつも落ち着いて毅然とした態度でいるのが常だけど、それでも静かすぎるのだ。

武蔵は……どう思っているのだろう……。



青葉 「……」



それともう一つ、出撃してから全然しゃべらないけど、青葉さんもこの第二艦隊に加わっている。

ただカメラを持って、私達や提督の写真を撮っている。

古鷹さんが言うには、記録係でここにいるのだという。



蛇提督「今、第一艦隊から連絡があった。会敵して誘導している。こちらも既定のポイントへ向かうぞ」


出撃前の作戦会議で、あらかじめ決めたポイントへ第一艦隊が敵を誘き寄せて、私達が迎え撃つということになっている。

作戦を聞いている時は、そんなに上手くいくものかと半信半疑ではあったけど…。


古鷹 「了解! 第二艦隊、全速前進!」


第二艦隊の後ろをボートもついてくる。

しばらく進んで、そろそろ既定のポイントが近い所までやってきた。


暁  「機影、発見!」


皆がそちらの方へ向くと、艦載機と思われる機影が一つ、こちらへ向かってくる。

やがて、艦載機はこちらに見えるように宙返りを二回した。

あれは龍驤さんの艦載機がこちらを発見した時に合図として送るために考えた動作だ。


間宮 「龍驤さん達が近いようですね」


蛇提督「そのようだ。古鷹!」


古鷹 「了解! 全艦、警戒を厳とせよ!」


無線で伝えられ、古鷹さんが号令をかける。

龍驤の艦載機に先導してもらいながら、私達は航路を進む。


大和 「電探に艦影確認」


武蔵 「こちらでも確認した」


古鷹 「よし! 全艦、対艦戦用意!」


そして、目視でも艦影が見えるようになった。


龍驤さん達、第一艦隊が複縦陣で敵艦隊二つに追われてるようだった。

でも前回にあったような、敵に挟み撃ちされるような状態では無かったので、被害も少なそうだった。


こちらが単縦陣であちらの目の前を横切るように持ち込む。

いわゆるT字戦法だ。


古鷹 「主砲狙って、そう…。撃てぇー!」

武蔵 「先手を取らせてもらう!」

大和 「第一、第二主砲、撃てぇー!」

青葉 「…!!」


まず私達四人で射程ギリギリで主砲を放ち、敵艦隊の片方を狙う。


その弾は思いの外、命中したようで何隻かを沈めた。


蛇提督「よし、龍驤達も反転して反撃に移れ。第二艦隊も次弾装填、次は全艦一斉射撃だ」


古鷹 「了解です!」


こうして戦いは、あっけないほどあっという間に終わった。

いくらこちらが伏兵を忍ばせていたからと言っても、兵力としては同じくらいだった。

演習や訓練の成果でもあるけど、やはり大きな勝因は提督の予想がドンピシャだったことだろう。


周りの仲間達は互いの労を労うと共に喜びを分かち合っている。

私と武蔵は、敵艦を沈めて、まだいくつか炎と黒煙を立ち上らせている光景をじっと眺めていた。


武蔵 「大和よ……」


その光景を見ながら武蔵が私に話しかける。


武蔵 「私は……提督を一度、信じてみようと思う……」


大和 「……そう」


(性格は違うのにやはり姉妹だな)と私は思いながら、武蔵と一緒にしばらく眺めていたのだった。



―――横須賀鎮守府 港湾―――


私達は無事、出撃から帰投した。

出撃ドックで艤装を外した後、先に済ませ待っていた古鷹が、第二艦隊の艦娘を集めていた。


古鷹 「お疲れ様です! この後はすぐに入渠してくるようにとの提督の命令です」


多少の被弾をした私達も例外なく入渠させるようだった。


そういう提督は、船着場にボートを一旦横付けさせて、間宮さんと明石さんとで何かを話しているようだった。

やがて、提督と明石だけが再びボートに乗り込む。

私はその提督の後ろ姿を何となく見つめていた。


すると、残った間宮さんが振り返って、私に気付くと、「大和さーん」と駆け寄ってきた。


大和 「どうしたのですか?」


キョトンとしている私に間宮さんは嬉しそうな表情で私に言う。


間宮 「良い知らせですよ!」


何事かと話を聞いてみると、

以前、間宮さんにちょこっと話してしまった普段の食事の量についてだった。

間宮さんはそれを提督に相談してみたそうだ。


間宮 「食糧の方に予算を加算できるという事なので、前より増やすことができるかもしれません!」


この前はこの鎮守府の資金では、今の予算で限界だと言われたはずなのに、一体どういうことなのかと間宮さんに聞いてみる。


間宮 「それが……提督が元帥に掛け合ってみたところ、元帥の自費から出すという話になったそうです……」


大和 「元帥の自費で? 大丈夫なのでしょうか?」


元帥が特定の鎮守府に資金援助しているなんてバレたら、それこそ問題になるのではないかと間宮さんに話すのだが、


間宮 「そこは、元帥が裏から手を回して何とかする、だそうです」


元帥にはいつも迷惑かけっぱなしだなと思うので、今度会う時は必ずお礼をしないといけないなと思う私だった。


間宮 「ただ……」


「どうかしましたか?」と、間宮さんが何か気になることでもあるのかと聞いてみるけど、

間宮さんは何でもないと首を横に振る。


間宮 「でも提督も、ちゃんと相談さえすれば聞いてくださる方であるとわかっていただけましたか?」


大和 「そうですね……。悪い方では…ないような気がします……」


私がそう言うと、間宮さんは「今はそれがわかってくれただけでも嬉しいです」と答えてにこやかに微笑む。

それだけ彼女はあの提督の事を信頼しているのだろう。


今なら扶桑さんや他のみんなが、間宮さんのように言う気持ちがわかる気がする。

元帥はそれがわかっていたから、私達を彼に託したのだろうか。

それとも元帥にしか知らないことがまだ他にあるのだろうか。


もう既にボートを工廠の方へと移動させて、その姿が見えなくなってしまった提督。

私は彼がいるだろうと思われる方向をしばらく見つめていた。


何とも言えない不思議な気持ちに包まれたままの私。

そんな私を、潮風は優しく撫でるように吹くのであった。




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―――横須賀鎮守府 港湾―――



明石 「では、お世話になりました!」


蛇提督「ああ、こちらこそ」


今日は呉鎮守府のメンバーが帰る日だ。

俺は執務室で別れの挨拶をするだけでいいと言ったはずなのに、加古や龍田やらが「ちゃんと見送りしろ」と言うものだから、仕方なく来ている。


明石 「ボートの方や通信機の方は既存の状態から少しいじっているので、取扱注意の資料をよく読んでおいてください!」


ボートの最終調整を終わらせ、妖精専用の通信機の製作を終わらせた彼女は一旦呉に戻るのだが、大規模作戦に間に合うように通信機の設置をするため、他の鎮守府や警備府に行かなくてはならない。


蛇提督「ああ、よく読んでおく。――おかげで大規模作戦に臨める」


明石 「お役に立てて良かったです! また何かあったら呼んでください! いつでもかけつけますよ!」


まあ、基地航空隊の話もあるし、また何かと関わる機会があるだろう。

それにしても、そんなに今回の依頼は嬉しかったのだろうか…。

呉ではそれだけ彼女が退屈にしているということか。


夕張 「明石、またね! 久しぶりに一緒に仕事ができて良かったわ!」


明石 「こっちも楽しかったよ! そっちも元気でね!」


同じ趣味を持ち、感想を共有できる者同士。

俺にはそういう間柄は今まで持ったことはないが、さぞ楽しいものなのだろうな…。


朝潮 「司令官! 今度会う時は、その時は司令官の強くなる秘訣、ご教授お願いします!」

荒潮 「んふふ〜。楽しかったわぁ〜。また来るわね〜」


蛇提督「あ…ああ…」


(いや、お前達とはもうできれば会いたくないんだが…)と彼女らに対する苦手意識は残ったままだ。


羽黒 「司令官さん、あの…色々とご迷惑もおかけしたと思いますが、私達のお話も聞いて頂いて、ありがとうございました」


蛇提督「迷惑だとは思ってない。こちらも父の話を聞けて良かった。くれぐれも父の後を追うような真似はするなよ」


羽黒 「……はい!」


少しお節介だったろうか…。

わざと皮肉も込めて言ってみたけど、その割には嫌な顔をしなかった。


蛇提督「そちらの編成を考えたのは長門だと聞いたぞ。長門にも礼を言っとくんだな。俺からの礼も伝えておいてくれ。あいつなりに気を遣っただろうからな」


羽黒 「わかりました。伝えておきます!」


羽黒とはそんなに話すことは無かったが、見ていてわかったことはある。

彼女は一見、大人しく控えめで、誰かに迷惑をかけてないかと心配しやすい、戦いには不向きな性格のように見える。


でもそれは違う。彼女は自分より他人を優先する。

誰かの為ならば、その力を惜しみなく使うだろう。その時の爆発力はきっと凄まじいものになるはずだ。

ただ、俺の父との一件が尾を引いている。何らかの思いが、今でも彼女の足を引っぱっている。

それが今度の大規模作戦で影響を与えなければな、と思うばかりだ。


北上 「もっと提督と話したかったけどー、時間か〜。残念」


蛇提督「私はもううんざりだがな」


北上 「ありゃ? 嫌われちゃった? 参ったな〜」


全然そんな風に見えないぞ…。


北上 「でも楽しかったのは本当だよ。アタシの話にまともに付き合ってくれるの大井っち以外なら提督ぐらいしかいないんだから」


(お前はそんなに嫌われているようには見えないが?)と北上の話に付き合ってくれる相手の基準が今ひとつわからない。


北上 「提督みたいな人がいると、頑張りますかーって気になれるんだよ。これも本当」


俺みたいなというのは、どういうのだ?

ますますわからん…。


北上 「いやー、長生きしてみるもんだね〜」


蛇提督「お前はどこの婆ちゃんだ…」


北上 「へへへ……」


だから、なぜそんな嬉しそうな顔をするんだ…。


北上 「ほらー、いつまでそこで隠れてるんだよ? 早く挨拶しなよー」


大和の後ろに榛名は隠れていた。

北上に無理矢理、背中を押されて俺の前に突き出される。


榛名 「あ! えっと……」


結局、榛名とは灯台の出来事からまともに会話はしていない。

榛名が恥ずかしがり続け、今日を迎えてしまう。

だが今日は隠れてはいたが逃げようとはしなかったため、今何とか話そうと勇気を振り絞っているのだろう。


蛇提督「……金剛によろしく伝えておいてくれ。紅茶でお勧めの茶葉があれば紹介してほしいと」


そう言った途端、榛名の目の色が変わった。


榛名 「はいっ! 金剛お姉様に必ずやお伝えしますっ!」


かなり嬉しそうだった。

単純にこの前のお茶会で紅茶も悪くないと思っただけだ。

それにまだ、あの厄介そうな金剛にまた会うのは気が引ける。

だが今、榛名とこのまま何も言わないままにするのもばつが悪かったので、話の切り口として言ったまでだ。


蛇提督「大規模作戦、そちらとは目標が違うが、健闘を祈る」


榛名 「はい! 誰一人沈まぬように、榛名、頑張ります!!」


まさかここで、俺が前に言ったことを復唱されるとは思わなかった。

だが、俺の指揮下でなくともそうであって欲しいと思うばかりだ。


榛名 「あ…あの…それとですね…提督…」


蛇提督「何だ?」


急にモジモジし始めたなと思いながら、榛名が何を言うのか待つ。


榛名 「今度…またお会いできましたら…その時は、榛名とゆっくり…お話ししてくださいませんか…?」


その言葉を聞いて、俺は一瞬躊躇った…。


蛇提督「ああ……また…会えたらな」


それを聞いて榛名の目が一層と輝いた。


榛名 「……ありがとうございます!!」


そんなに俺と話せることが嬉しいのかはさておき……、


あんな約束をしてしまうとは……俺も焼きが回ったな……。


次にまた会える保証なんてどこにもない。

そんな約束をしたところで、最初、希望的なものであっても、返ってその者を苦しめる酷なものに変えることを、俺が一番知っているではないか。



横須賀鎮守府の艦娘達も呉鎮守府の艦娘達としばしの別れを惜しみながら、それぞれが話している。

俺は少し遠いところから、その様子を眺める。

これでやっと一人落ち着けると思ったのに、それも束の間だった。


衣笠 「お疲れ……のようですね、提督」


途中で敬語に言い直して俺に話しかける衣笠。

この前はあまり敬語を使わずなるだけ親しげに話そうとしていたようだったが、今もそうで、どこか緊張がある口調だ。

さすがに二人きりの時で、あの口調で話すにはまだ怖いのだろう。

それか本当に、俺が疲れているのを察したかもしれない。


衣笠 「呉鎮守府の娘達にも気に入られて良かったですね」


蛇提督「気に入られようとした覚えもないし、好かれたいとも思わん」


“艦娘は嫌い”と言っていた俺に対する皮肉を言いにきたのか?

龍田のような、そんな嫌味を言う性格では無かった気がするが…。


それはともかく、今、“にも”と言ったか?

それはここの艦娘達からも、ということか?


衣笠 「その……提督には…お礼を言っておきたいって思って……」


横目で衣笠を見るが、どこか恥ずかしそうにしている。


蛇提督「私が何かしたか?」


衣笠 「この前の食堂での出来事なんですけど……なんて言ったらいいのかなー…。あれからみんな良い意味で落ち着いたんです」


あの食堂の出来事からは数日経っている。

武蔵達の考えと俺の考えが違っているから、それを正そうと思わずやってしまった事だったが、それが他に影響を与えてしまったのか?


蛇提督「……というと?」


衣笠が言うには……、


まず俺のことを疑って止まなかった青葉の事だが、最初、衣笠にはもちろん他の者にも、俺との接触を避けるか注意しろと警告が多く、そうは思わない仲間達としばしば良くない雰囲気になっていたそうだ。


俺としては青葉の言うようになってくれる方が好都合だったのだがな…。


だが、食堂での事をきっかけに、それがポツンと無くなったのだという。

俺の事を認めるような発言はしてないが批判も言わずで、どう思っているのかはまだ衣笠自身はわからない。

それでも俺の事はあまり気にせず、大規模作戦に向けて皆で頑張ろうという意思は伝わってくるのだという。


衣笠 「衣笠さんの推測だけど…青葉は提督の“誰も沈まないこと”って言葉に感化されたんじゃないかな」


そちらの方か……。


俺の“目的”を果たすためには当然のことだが、言ってしまうと例の事件との矛盾を感じてしまうと思い、本当は言いたくなかった。


そもそも艦娘にとっては、それが願うところのはずだと思い、言う必要性は無いと思っていた。

だが、皆の話を聞く限り“沈むのが当たり前”のような考えを匂わせることが少なからずあった。


大和と武蔵に関しては……本当は彼女らもそう思っているという根拠は無かったのだが、

例えて言うなら“同じ匂い”を感じた、と言うべきか…。


蛇提督「そんなのお前達にとっては私からわざわざ言われずとも、そうするものだろ? 何も特別なことではない」


衣笠 「衣笠さんが知っている限りじゃ、そうはっきりと言ってくれる提督って少ないんだ……」


まあ、前任の提督の例もある。

彼女達はそうしたいのに、人間達はそういう風に考えてくれなかったのだろう。

人権が認められていない所以か…。


衣笠 「でも、青葉が変わったのはそこじゃないんだ」


蛇提督「じゃあ何だ?」


衣笠 「樹実提督が言っていたことと似てるんだよ」


蛇提督「…!!」


衣笠がその言葉を言うと同時に俺の方を真っ直ぐ見る。

その眼差しはどこか切なさがこもったものだ。


衣笠 「樹実提督はいつも言ってたんだ…。『勝利してまたここへ帰ってこよう』って。『戦う事だけが君達の幸せじゃない』、いつもそう私達に言い聞かせてた……」


蛇提督「……」


俺は“あの人”の影響でこうなったと言える。

今の俺があるのは、“あの人”のおかげだ。


だが、樹実提督は元からそういう人間だ。

なんせ“あの人”が憧れるぐらいなのだから。

“あの人”から樹実提督の話をよく聞かせてもらったが、俺は樹実提督にはなれない。

“あの人”から樹実提督に似ていると言われたこともあったが、

俺は…樹実提督とは……違う……。


衣笠 「青葉も樹実提督の為にいろいろ頑張ってたの。何を頑張ってたのかは教えてくれないんだけど、とても楽しそうで真剣にやってた。それだけ大事な事だったんだと思う…」


青葉があれだけ俺に批判的だったのは、樹実提督との事があったのだろう。

彼女もまた天龍や龍田と同じように、彼らの掲げる理想の為に戦っていただけなのだ。

だが俺は、彼らとは違う。反発するのも無理は無い。


衣笠 「あと、青葉だけじゃないんだよ。他のみんなもそうなんだ」


蛇提督「他も?」


衣笠 「ほら、さっきの言葉に続けて、『互いの力を信じて、己の役目を果たすこと』って言ったでしょう? それを聞いてみんなの雰囲気がまた一段と変わったんだ」


衣笠の話によると、


まず変わったのは、大和と武蔵だ。

まだここに彼女らが来てまもない頃、二人はその性格の違いで話し方や態度は対照的だが、当たり障りのない接し方だというのは姉妹一緒だった。

そしてもう一つ、どこか壁を感じるという所も似ていたのだという。

衣笠は最初、見知った顔も少ないしまだ私達に慣れていないからだと思っていたそうだ。

だが、話しているうちにどこか違和感を感じるようになったが、漠然としたものなのでその理由はわからなかった。


だが、食堂でのやり取りでその違和感の正体に気づいた。

彼女達は無意識に私達と自分を遠ざけようとしていたのだろうと。

失うことで自分が傷つくのが怖いのか、取り残されることでの虚無感から逃れる為か。

どういう理由かはわからないけど、きっと仲良くなることに臆病になっていた。

そういう気持ちもわからなくないと衣笠は言う。


そして誇り高い二人はきっと、自分達以外の誰かが傷ついたり失ったりするぐらいなら、自分達が傷つき犠牲になる方を選ぶのだろうと、衣笠は自分の考えを話す。


衣笠 「ねえ…提督って…もしかして…」


蛇提督「何だ?」


衣笠 「ううん…何でもない」


衣笠が何を言おうとしたかは、俺にはわからなかった。


衣笠 「あ! それでね!」


さらに衣笠の話を続けると、


その大和と武蔵も含めて、全体の意識が変わったのだという。

「誰も沈まないこと」を目標に皆が戦いに備え、一致団結し始めている。

駆逐艦の子達を見習い、艦種毎に戦略や戦術の見直し、個人の長所短所から課題を見つける。

夕張が取ってくれたデータや提督の考案した艦隊編成を考慮に、自分達で再確認し始めている。


大和と武蔵もその場に積極的に参加し、互いが力を合わせる事を意識し始めたという。

もう彼女らに以前のような壁を感じないそうだ。


そして呉鎮守府のメンバーもその話を持ち帰ることにし、他の鎮守府の艦娘達にも伝えていくつもりだという。


衣笠 「だから提督、本当にありがとう……。止まっていたみんなの時間が、動き出した気がするの…」


彼女のその言葉と姿から、哀愁漂うも嬉しさと感謝の心が滲み出てくる。

きっと彼女はずっとそれに悩み続けていたのだろうと、何となく感じ取る。


蛇提督「フン…そうか。これで少しは私も楽ができるというものだな」


いつものように皮肉と合わせて悪態をつく。

というより、今の衣笠を見て条件反射のように出てしまったといった感じだ。


衣笠 「あ、それとね…」


まだあるのかと俺は衣笠を見て、その衣笠と目が合う。


衣笠 「あの時の提督、格好良かったよ!」


蛇提督「…!!?」


そのとびっきりの笑顔に俺は圧倒された。声も出なかった。


衣笠 「私だけじゃなくて、みんなそう言ってた!」


その屈託の無い笑顔は前にも見せたことがあったけど、彼女が本当に嬉しい時に見せる笑顔なのだろうと、俺は思った。


青葉 「ガサー! そんなとこで何してるですかー? みんなそろそろ行くそうですよー!」


遠くから青葉がこちらを見つけ、衣笠を呼びに来た。


衣笠 「あ! ごめんごめん! 今行くー!」


衣笠が呼びかけに応じて青葉とすれ違うと、青葉も後を追いかけると思いきや、こちらを真顔で見つめたまま近づいて来た。

俺は腕組みしながら、何を言い出すのか待っていると、


青葉 「あなたは必ず、この青葉が暴きます!!」


そう宣言して足早に衣笠を追いかけていった。


蛇提督「何だ…やはりまだ疑っているようだな…。まあ、それでいいのだがな」


無理もなかろう。

彼女がこちらへ転属になったのは、榎原提督が青葉を諜報員として送りつけることが目的だったと、とうにわかっていた。

彼女がその任務を遂行するためには、そういう立場であらねばならない。


彼女が変な勘ぐりして、艦娘達に警戒させてくれれば、俺にとってはその方が好都合だ。

だから、わざとみんなの前で質問してくる彼女を逆に利用して、俺が何か企んでいると思ってくれれば、艦娘達が簡単に気を許すこともないはずだ。

とにかく、例の事件の真相さえ知られなければいい……。


だが当初の予定と違って、だいぶ艦娘達の態度が思わぬ方向に変わってきてしまっている。

これで本当に良いのだろうか……。


それでも、俺の“目的”は変わらない。


今、大規模作戦に向けて彼女らが心一つにしていこうというのなら止める理由は無い。


俺自身、彼女らにしてあげられることなぞ限られている。


あとは、この動きが勝利につながる事を願うばかりだ。






蛇提督「あなたとの約束…………必ず……!」 





俺は“あの日”と同じ、快晴の空に向かって、一人呟いたのだった。








後書き

次回は、いよいよ大規模作戦に突入。そして、真相も明かされ……。

……になると思います。Part5ですね


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2022-07-24 23:50:37

SS好きの名無しさんから
2022-05-28 13:02:50

SS好きの名無しさんから
2022-04-23 11:51:47

SS好きの名無しさんから
2022-04-12 22:43:43

SS好きの名無しさんから
2022-04-12 19:50:18

Dummyさんから
2022-04-12 18:13:42

2022-04-12 08:49:09

このSSへのコメント

5件コメントされています

1: サンショウ 2022-04-13 23:22:14 ID: S:Gal7DB

今後もコツコツと更新していって下さい。応援してます

2: 扶黒烏 2022-04-14 18:36:51 ID: S:rZ1tQt

>>>1
ありがとうございます。
ボチボチやっていきます。

3: SS好きの名無しさん 2022-04-23 05:45:43 ID: S:IWlbbJ

面白いです〜
一気に読んで気づけば朝になってもうた笑

4: 扶黒烏 2022-04-24 19:12:19 ID: S:J9Yyuv

>>>3
ありがとうございます。
楽しんで頂いてなによりです。

5: サンショウ 2022-07-26 11:05:43 ID: S:6KwvQA

更新サンクス!


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