2022-10-23 23:35:29 更新

概要

「蛇提督と追いつめられた鎮守府」の続き、part4です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、提督と関わる中で聞いていた人物像と違うのではと考えが変わる者も…。
彼と艦娘達の思惑が交差する中、果たして彼らの行く末は…?


前書き

*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。

それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。

・文章の記号の使い方などを若干変更。5/17


変化は形から?




横須賀鎮守府の艦娘達と蛇提督が自分たちの鎮守府へ帰ってきてから数日後、またもや事件は起きた。


古鷹 「ひゃっ!」


加古 「なっ!何なのさ!?」


なんと彼女達の体が突然、白く発光しだしたのだ。


扶桑 「まあ…これはどうしたことでしょう…」


山城 「こっ…これは!神々しい扶桑姉様がさらに神々しくっ!!」


衣笠 「な…なんか、恥ずかしい…」


龍驤 「これは…まさか…。」


発光しだしたのは、古鷹、加古、衣笠、龍驤、扶桑、山城の六人だった。



――――執務室――――


蛇提督 「改装の兆しだと?」


執務室で体が発光するわけを聞いていた蛇提督が少し驚いていた。

それについての相談役として夕張と龍驤、そして衣笠から秘書艦を引き継いだ龍田がそこにはいた。


夕張 「そうですよ!間違いありません!」


夕張が随分と熱心に蛇提督に訴える。


蛇提督「待て。扶桑と山城はともかく、他の艦娘達はとっくのとうに改装されているはずだろ?」


龍田 「あらぁ、提督は改ニをご存知無いのですかぁ?」


龍田が、これは意外、と思いながら蛇提督に聞く。


蛇提督「かいに?」


龍驤 「改装された艦娘が次なる段階へさらなる改装をすることやで」


体を発光させながら龍驤は答える。


蛇提督「ほう、そうなのか。一定の練度まで上がれば、艦娘はその成長に合わせて自然と改装されるとは聞いていたが、まだ次があったのか…」


龍驤 「司令官が知らんのも仕方あらへん。改ニはここ最近になって見つかったことやからな」


蛇提督は5年もの間、牢に入っていたのだから無理はないかもしれないと龍驤並びに他二人もそう思った。


蛇提督「改ニとは一段階目の改装とは違うことがあるのか?」


夕張 「明石の受け売りですが、艦娘自体の身体能力がさらに向上し、改装の際に新たな艤装を付ける者もいるそうです。それによって今までできなかったことができるようになったり、何かの能力が特化したりと艦娘それぞれ個体差があるそうです」


蛇提督「ほう…。それならば改装させることに越した事はないな」


龍驤 「あとそれとな、容姿もだいぶ変わるという噂もあるねん」


蛇提督「成長するから体も大きくなったりとかか?」


龍田 「まあ、そういう子もいたという話よねぇ」


龍驤 「フッフッフッ…。いよいよウチもこの幼児体型とおさらば出来る日が来たっちゅうことやな!」


龍驤は目を爛々と輝かせ胸を膨らませる。


夕張 (気にしてたんだね…。)


夕張と龍田はそんな龍驤に苦笑する。

蛇提督もそんな龍驤に心なしか戸惑いつつも、


蛇提督「……それで、改装はやれそうなのか?」


夕張 「それが…」


夕張が言うには、改装時に燃料や弾薬、鋼材を消費することは一段階目と変わらないが、その時より必要量が多いことと、まさかこれほど一挙に改装されることになるとは思ってなかったので、今の横須賀鎮守府の貯蓄量では少し出撃に響くことを話した。


夕張 「それとですね…」


蛇提督「なんだ?」


渋る夕張に構わないから話せと蛇提督が催促する。


夕張 「私…改ニの改装に携わった経験がないんですよ。妖精さんだけに任せても良いのですが、時間がかかってしまうと思うのです…」


蛇提督「他に改ニの改装に経験がある者は?」


夕張 「明石ならあるはずですよ。あの子、別の鎮守府の改ニ改装の手伝いに行ったことがあるそうです」


蛇提督「そうか…。ならばすぐに元帥に掛け合ってみよう。呉鎮守府の明石に来てもらえるか交渉して、ついでに資源の方も必要量を支給してもらえるかも聞いてみることにする」


龍田 「資源を支給してもらえるかしら?」


蛇提督「この前の戦いでの功績を考慮してもらえれば、できなくもないだろう。そもそも呉鎮守府を助けたのは、明石の協力を得るためや資源の供給を得るために、恩を売ったという狙いもあったしな」


こういうところも打算的にするのだから、抜け目がない人だと思う三人だった。


それから蛇提督は元帥に話をつけ、蛇提督の思惑通り、呉鎮守府の明石に協力を求めることと改装に必要な資源の供給を本部からしてもらえる事に成功した。


元帥からの要請により、呉鎮守府の榎原こと狐提督はそのための話を執務室で長門としているところだった。


狐「…ということだ。明石とその護衛及び資源を載せた発動艇を曳航する艦隊編成を考える」


金剛 「話は聞かせてもらったデース!!」


執務室の扉をバーンと勢いよく開けて入ってきたのは金剛だった。

そしてその後ろにちょこんと榛名もいた。


狐提督「こら!静かに入ってこんか!」


あちゃ〜と長門がため息をつきながら、金剛の行動に頭を抱える。

狐提督は行儀の悪い金剛を怒鳴り散らすが、金剛はお構いなく話を続ける。


金剛 「横須賀鎮守府に行くのなら、ワッタシが行っきまーす!」


金剛は前回での朝食会の時の事を挽回出来ずに蛇提督としばらく別れてしまうことが心惜しくてたまらなかったが、思いもよらない一大チャンスが来たと金剛は心の中で思うのだが…。


狐提督「ダメだ」


「Why?!」と驚きながら理由を聞く金剛。


狐提督「お前は何かと命令違反が多い。今回のことで横須賀鎮守府に行きたいのは別の目的があるのだろう?」


ジト…っと睨む狐提督に、金剛は図星をつかれて「OH…。そんな事はないネ〜…」と苦し紛れに否定する。


狐提督「そもそもお前はまだ謹慎の身だ。この前のこと許したわけじゃないのだからな」


フンッとこれ以上お前の話は聞かない、というように腕組みして目を金剛から逸らす。


それでも諦めきれないと体に表れている金剛を長門が横からこそりと話す。


長門 「金剛、また命令違反で横須賀鎮守府に来たとあちらの提督殿にバレてみろ。それこそお前はあの提督殿に嫌われてしまうのではないか?」


金剛 「うっ…。それは…」


最もな事を言われ、金剛も言い返せなかった。


長門 「では提督、艦隊は誰を?」


金剛が少し落ち着いたところで話を元に戻し、進める。


狐提督「明石は低速だが、足の速い艦隊で組もうと思う」


長門 「そうですか…」


ならば私も行けないな、と一瞬残念に思う長門だったが、すぐに誰が良いかを考える。


長門 「ならば、羽黒、朝潮、荒潮辺りはいかがですか?」


狐提督「うむ…。彼女達ならば任務を忠実にこなすはずだ。問題ないだろう。発動艇の曳航も問題なくできる」


長門は誰を行かせるかを考えるにおいて、まず蛇提督に対してあまり抵抗を感じてない者の中から選び、なおかつ比較的大人しいのを選べば、蛇提督に粗相をする事はないだろうと踏んだ。

それと先程挙げた三人は、蛇提督がこちらに来てからというもの、蛇提督の何かをずっと気にかけている様子だったと、足柄などから聞いていた為、今回の機会でそれが叶えばいいだろうと考えた。


長門 「翔鶴や瑞鶴は?」


狐提督「ただの輸送任務だぞ。そこまでしてやる義理はない」


やはり榎原提督も蛇提督の事を嫌っているのだろう。温情を与えるつもりもないし、また襲撃がある可能性も考えるなら、そこまで戦力は割けないかと、長門は思った。

それならばと長門は、


長門 「では…編成のバランスを考えて、北上と…こちらにいる榛名はいかがですか?」


榛名 「えっ!? 榛名が、ですか?!」


まさか自分の名が挙がるとは思っていなかったので驚く榛名。


狐提督「う〜む。榛名も本来ならば金剛と同じく謹慎の身であるが、今回の事情を考えれば適任やもしれん」


金剛 「私ではダメで、榛名はいいのデスか?!」


狐提督「お前よりはマシだ」


矛盾してないか、と抗議したかったが、狐提督に一蹴されて顔を膨らませて怒り顔の金剛。

その金剛にまたもや長門が横からこそりと話す。


長門 「金剛、榛名を代わりに行かせてやって、あの提督殿が金剛のことをどう思っているのか聞いてきてもらうのはどうだ?…朝食会のことでまだお前を嫌っていたら、無理に会おうとすれば逆効果だ。まずは提督殿の様子を見てきてもらうのが良いと思うが?」


金剛 「う〜ん…それも一理あるのデース…」


長門の意見に金剛が頷く。

許してもらっていればガンガン攻めたいとこだが、あの時のことで関わりたくないと思われているのなら、攻めれば逆効果となってしまう。何か別の策を考える必要があると、金剛は思った。


榛名 「ですが…金剛お姉様を差し置いて会いに行くなど…」


長門の意見を一緒に聞いていた榛名は遠慮がちだった。


それを聞いた金剛はハッと何かを閃くように榛名に言う。


金剛 「榛名!私の代わりに行ってくださーい」


金剛に改めて言われても榛名は依然として行く気になれないようだった。


金剛 「榛名、気になる人がいるなら勇気出して話しかけてみるネ!」


ウインクしながら人差し指を立てて榛名に言う。

まるで、「榛名のことは全部わかっているのデース!」と言ってるようだった。


榛名 「ふえっ!?べ、別に、そんなんじゃありません!」


急な話に榛名はあたふたして顔を赤くする。


金剛 「OH!榛名はそういう風に自分の気持ちに蓋をしてしまうところが良くないネ〜」


榛名 「そ…それは…」


自分でも自覚がないわけではないので、言い返すことが出来ない。


金剛 「私は榛名にも幸せになってほしいと思っているのデース!その為には榛名にもバーニングラヴが必要なのでありまーす!」


榛名 「お姉様…」


金剛の思いにうるっと来たのか、榛名はしばらく感慨に耽っていた。そして気を取り直したのか、


榛名 「はい!榛名、行って参ります!」


と、快く引き受けるのだった。


狐提督「…話は終わったか?」


完全に蚊帳の外にされていた狐提督は項垂れるように待ちくたびれていた。


榛名がその場で任務を承り、任務の内容と出撃する日取りを聞き終わった後、執務室を金剛や長門と共に出ていく。だが、その後ろ姿を見送る者が一人いた。


青葉 「ふむふむ、これは面白くなりそうですね。私も早速、準備を…」


狐提督「フン、やはりそこにいたか。」


青葉 「ほわっ!?」


出撃にこっそり自分もついて行こうかと画策していた青葉だったが、執務室の扉の隙間から覗いてきた狐提督に見つかってしまう。


青葉 「えっと…何か御用でしょうか…?」


狐提督「お前にちょうど話しておきたいことがあるんだ。執務室に入れ」


青葉 「は…はぁ…」


はて?一体なんの話だろう、と思いながら青葉は狐提督に言われるがまま執務室へと入っていった。



そして出撃当日…。


榛名「榛名!いざ、出撃します!」


明石「皆さん、よろしくお願いします!」


榛名をはじめとした輸送艦隊が横須賀鎮守府を目指して出撃する。


朝潮 (司令官と話せる機会が恵んで来るとは…。長門さんには感謝しきれません。)


朝潮は蛇提督に会いに行けることに、真面目な顔付きの裏側では心躍らせていた。


北上「まさかこんなに早くあの提督に会える日が来るとは思ってなかったよ~。楽しみだな~」


荒潮「でもよく一人で来れたわね~?」


北上「ん?」


羽黒「あの大井さんが許してくれると思わなかったのですが…」


北上「ああーそれね〜。大井っちには内緒で来ちゃった」


羽黒「えっ!?」


北上「だって大井っちに言うと、ダメダメってうるさく言ってくると思ったからさ〜」


羽黒 (今頃、荒れてるでしょうね…)


案の定、呉鎮守府では北上も横須賀鎮守府へ任務で行ってしまった事に気付いた大井が悲鳴を上げていた。


大井「きたかみさーーーん!!」


大井も行こうとするのを皆で必死に止めるのに苦労した話はまた別の話…。


朝潮 「向こうにはどのくらいいるのですか?」


明石 「私が向こうの改装の手伝いと向こうの提督に依頼されたことをしたりと、やることがそれなりに多いので、短くて五日、長くて一週間くらいになると思います!」


朝潮はそれだけの時間があるのならば、きっと話が出来ると考えていた。


青葉 「待ってくださーい!」


誰かの声かと皆が後ろを振り向くと青葉が後ろから追いかけてきた。


羽黒 「青葉さん!?どうかしたんですか?」


青葉は急いできたためか、荒い息を整えながら、羽黒の質問に答える。


青葉 「私も同行させてください」


朝潮 「青葉さんも護衛任務に?それとも別の何かの任務ですか?」


そんな事は榛名や狐提督から聞いてないはずだと、朝潮は思いながら青葉に尋ねる。


青葉 「あ、まだ皆さんには伝えてなかったですね。実は……」




――――横須賀鎮守府 執務室――――


呉鎮守府を出発した榛名達一行は昼過ぎに無事、横須賀鎮守府に到着していた。

龍田達に案内され、執務室で蛇提督にお目通りする。


衣笠 「えっ!?青葉がこっちの配属になったの?!」


ここにきて急な知らせを蛇提督が言うものだから、その場にいた横須賀鎮守府の艦娘達は驚いていた。


羽黒 「私達も出撃する時に初めて聞きましたから…。今でも驚いています…」


龍田 「急な話ねぇ?」


蛇提督「無理もない。二時間ほど前に届いた書類の束の中にその連絡書が入っていたからな」


青葉 「ども、恐縮です!もうご存知だと思いますが青葉です!提督から何か一言ございますか?」


蛇提督「…結果的に、一気に三人も新しく配属されたわけだが、元帥の命令ならば仕方ない」


と、やれやれ…という感じで蛇提督は青葉の言葉に返答する。


青葉 「ということで、これからお世話になります!」


ニシシっと笑いながら敬礼する青葉。


加古 「でも、また青葉と一緒に戦えるんだから嬉しいよ!樹実(たつみ)提督以来だよね!」


古鷹 「うん!私も嬉しい!」


青葉、衣笠、古鷹、加古の四人はキャッキャと騒ぎ始めるが、


蛇提督「…喜ぶなら後にしろ」


と言われて、ピシッと直立不動の姿勢に戻る。


明石 「では、提督。早速、改装の手伝いからさせて頂きますね!」


夕張 「所要時間の方は分かり次第お伝えします」


蛇提督「ああ、頼む」


蛇提督が龍田に、呉鎮守府の艦娘達が滞在出来るように用意した部屋に案内させるように指示すると、艦娘達一同は一度執務室を退室する。


退室する際、榛名、羽黒、朝潮、荒潮が蛇提督に何か話したそうな顔を一瞬見せるが、その場を大人しく出て行く姿を龍田は見ていた。



――――工廠――――


青葉は一人、持参したインスタントカメラを片手に工廠の中を歩き回っていた。

狙いはもちろん今、改装している艦娘達の取材だった。

これほど一斉に改装する例は少なく、さらに四隻も一斉に改二への改装となれば、他に例を見ない一件だった。青葉にとってこれほどのネタに遭遇する事はなく、自分は運が良いと思うしかないと青葉は胸を躍らせる。


青葉 (狐提督に依頼されたこともですが、今はこちらが優先事項です。)


愛しの我が妹、ガサの部屋はここかな〜と改装部屋の一室に入る。


衣笠 「ちょ…改装するところ見ないでよね!」


衣笠は下着姿で、青葉が来たとわかった途端、そばにあった布で恥ずかしいところを隠す。


青葉 「何を言ってるんですか!大事な妹の一生に一度のこの機会を見逃すわけないじゃないですか!」


と、早速インスタントカメラで衣笠の写真を撮ろうとする。


衣笠 「青葉なら来ると思ってたけど、やっぱり恥ずかしいからやめて!」


青葉 「いいじゃないですか、いいじゃないですか〜」


背も少し高くなって胸も大きくなったのでは〜と青葉があらゆる角度から撮ろうとするので、衣笠は防御に必死だった。


青葉 「お?髪型変えるんですね〜。そっちだと少し大人っぽくなって良いですね〜」


衣笠 「え?そう…?」


髪を撫でながら少し頬を赤くする。


青葉 「そうですそうです!なので、ガサの変化と成長をこの写真に納めねば…!」


と、明らかに髪以外も撮ろうとしてる青葉だった。

だが衣笠が自分の髪を気にして近くにあった大きな鏡で自分を見ると何やら不安げな表情をするのを見て、一旦写真はやめて衣笠に問いかける。


青葉 「どうかしたんですか?」


衣笠 「うん…」


煮え切らない返事で衣笠がそれ以上何も答えないので、青葉は「髪型を変えると良くないことがあるのですか?」と尋ねる。


衣笠 「そうじゃないんだけど…。ただ…提督がどう思うかなってね…」


青葉 「提督は髪型にも厳しいんですか?」


衣笠 「ううん…。戦いや士気に悪い影響が無ければなんでもいいって前に言ってくれてたんだけどさ…。」


青葉 「それなら心配する必要ないんじゃないですか?」


衣笠 「そうだけど…なんか気になっちゃうんだよね…」


それってまさか…いやいやそんなはずは無いだろう。

仮にそうであったとして、相手は何を考えてるかわからない犯罪者だぞ?

そういえば、ガサが蛇提督に対しての考え方が変わったような事を言ってた気がしたけど、何があったかはまだ詳しく聞いてない。

それでもわざわざ自ら蛇の毒牙にかかりに行くような事を妹にさせるわけにいかない。

これは狐提督に依頼されたことも早急に進めないと…。


青葉は、まだ鏡と睨めっこしてる衣笠を見ながら心の中でそう考えるのだった。



――――榛名、北上の部屋――――


北上 「なんか、暇だねぇ〜」


榛名 「はい…」


北上は部屋の椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら言う。

それに答える榛名は、何か他に考え事をしているのか、先程から俯いたままだった。


北上 「着いたばっかりだから休んでていいって言われたけどさ。ここまで大した会敵が無かったから正直疲れてないんだよね〜」


いつも怠そうな口調の彼女から「疲れてない」と言われても、説得力が無いような話だったが、かなり退屈そうにしている北上を見てそうなんだなと榛名はなんとなく思っていた。


北上 「榛名もあの提督に話があって、この任務を引き受けたんだよね?」


榛名 「えっ!?」


何の脈絡も無く、核心をつくような話を振ってくるのだから、榛名の心も不意打ちされるようにドキッとする。


北上 「きっとこの前の朝食会の時の事だよね?まだ怒ってるのか気になってるんでしょ?」


まさにその通りだった。


榛名 「先程の提督、まともに私達と目を合わせようとしませんでしたから…」


先程の執務室でのことだった。

到着してから執務室で蛇提督に迎え入れられるが、「護衛任務ご苦労」という一言言った時に榛名達と少し目を合わしただけで、今後の事などを話した時は、明石を見るか秘書艦の龍田か夕張ぐらいで、あとは目の前の書類に目を落としてるだけと、まともにこちらに目を合わせようとしてないことを感じ取っていた。


榛名 「やはり私の事も嫌ってるのでしょうか…」


そう思ったらなんだか怖くなってきてしまった。

さらに、金剛姉様に大事な任務を引き受けたのに出来そうにない自分を責めてしまい気持ちは落ち込む一方だった。


北上 「そんなの聞いてみなきゃわからないよ〜」


北上にそう言われても、そうすぐさま思えない榛名だったが、北上はそんな榛名の様子を見て急に椅子から立ち上がる。


北上 「うん、決めた。今から提督の所に行こう」


驚く榛名に構わず、北上は一人でも行こうとする。


榛名 「で…ですが、私達がいきなり押しかけては迷惑かと…」


と北上の考えを改めさせるような意見を言ってはみるものの、


北上 「暇だから何か仕事ちょうだいって言えば、大丈夫さ」


と、北上が言うものだから、榛名はそれ以上止めはせず、そのまま見送ろうとしていた。


北上 「榛名も行かないの?」


榛名 「わ…私は…」


榛名は心の中で揺らいでいた。

だからこそ「行かない」と言う言葉がすぐには出てこなかった。


北上 「私ってあんまり人から強要されるのって好きじゃないから、自分から他の人にもしないんだけどさ…」


そう話を切り出した北上は、なぜだか背中を向けたままその表情を見せない。


北上 「時間が経ったあとで、今度は何にもしなかったことに後悔して自分を責めるようになったら遅いからさ。たとえ結果が失敗になるとわかっていても、なんでもやってみた方がマシなのかなって思うんだ…」


そしてようやく榛名の方に振り向く。


北上 「ま、怖いんだったら無理にとは言わないけどね〜」


と、またいつもの怠そうな口調に戻る北上だった。


榛名はそんな北上を見て、何か考え事をするように視線を落とす。


榛名 「わ…私も、ご一緒します…!」


北上は榛名の返事を聞いて、「そっか」と軽く微笑むのだった。



榛名と北上が部屋を出ると、隣の部屋にいた羽黒と朝潮、荒潮も部屋から出てきたところだった。


羽黒 「あ、お二人はどちらへ?」


北上 「提督の所へ行くつもりだよ」


朝潮 「奇遇ですね。私達も司令官の所へ行こうと思ってたところです」


北上 「そっかぁ。じゃあ行きますか〜」


北上はあえて三人にその理由を聞かず、共に執務室へと行くのだった。



――――執務室――――


龍田 「改装は明日の08:00までには全て完了すると、夕張から連絡があったわぁ」


蛇提督「わかった。…思いの外かかるようだな」


新装備もだが、服が変わったり身につけている物も変わったりするものだから、それに必要な資材や資源を用意したりとしていると、時間がかかるものだと龍田は言う。


龍田 「女の子がおめかしする時、時間がかかるでしょぉ?そういうのと一緒なのよぉ」


蛇提督「そ…そうか」


龍田のその発言が蛇提督にとって「思いの外」だったようで、一瞬戸惑ったように見えたのだった。


コンコンコン


執務室の扉からノック音が聞こえる。


蛇提督「誰だ?」


北上 「北上とその他一同だよ〜」


「その他一同?」と思いながら、蛇提督は彼女達に入室の許可をすると、北上達が揃って入ってきた。


蛇提督「揃いに揃って、一体どうした?」


北上 「なんか退屈でさ〜。私達に出来ることないか聞きに来たんだ〜」


蛇提督は「それは配慮が足りなかった」と言い、龍田にここの鎮守府の中を案内させてやれと命じようとするが、北上がそれを断る。


北上 「そうじゃなくて、提督の手伝いをしたいのさ」


蛇提督「手伝いだと?だが今やってるのは書類仕事だけで…」


龍田 「いいんじゃなあ〜い?」


龍田が北上と蛇提督の会話に割り入るように話し始める。


龍田 「向こうに行って、だいぶ溜まってしまった書類を片付けるならその方が良いわぁ。書類の整理や押印をお願いすれば、この仕事も早く終わらせられるんじゃない?」


彼女達が蛇提督に近づく口実としてそうしたいと言ってきてるのだなと察しながら、彼女達を後押しする発言をする。


蛇提督「…わかった。ならば手伝ってもらおう」


それからというもの、皆で分担して仕事を始める。

時々、蛇提督と艦娘達の会話はあったが、「この書類はどちらか」とか「ここの部分はどう書くのか」などの仕事の話だけだった。

だが、艦娘達はそれぞれが抱く思惑を秘めながら、蛇提督を観察するのであった。


そんな時、執務室の扉からノック音が聞こえてきた。

蛇提督が「まだ誰か来るのか」と心の中で呆れつつも、誰かと問えば大和だった。

大和は蛇提督に入室許可の合図をもらい部屋に入ってくるが、部屋を見るなりたくさんの艦娘達がいて驚いていた。


蛇提督「どうした?」


大和 「…あ、ほうじ茶をお持ちしました」


間宮さんの代わりに持ってきたと大和は言いながら、蛇提督のそばまで近寄り、おぼんに乗せた急須と、龍田の分も合わせた二つの湯呑みにほうじ茶を入れる。


大和 「ですが…まさかこれほどの人達が手伝ってるとは思ってませんでした」


北上 「退屈だったからね〜」


朝潮 「待ってるだけでは、落ち着いていられませんでした」


大和 「そうでしたか。実は私もお茶をお持ちするついでに、何かお手伝いをと思ってましたが…」


龍田 「さすがに、人手が足りてるかなぁ〜」


大和 「そうですよね…」


残念そうな顔をする大和を見て、荒潮が気になって質問する。


荒潮 「お手伝いをしたかったの〜?」


大和 「はい…。ここに来てから皆さんにお世話になりっぱなしで、仕事らしい仕事をさせてもらっていませんので…」


北上 「その方が楽ちんでいいんじゃないかな〜?」


大和 「元帥の所でお世話になっている時も、元帥のお仕事をお手伝いするというのが条件で過ごしてましたので、やはり何もしないでいると…」


羽黒 「あ、わかります。なんだか迷惑をかけてばかりいるような気がしますよね」


そのやり取りを黙って聞いていた蛇提督が口を開く。


蛇提督「今はやることないが、明日は資材集めに出る。今朝、例の物も届いた事だしな」


大和 「例の物…と言いますと?」


蛇提督「2トントラックだ。」


前々から元帥に頼んでいたもので、今朝やっと届けられたものだそうだ。

助手席も二人乗せられるようになっているタイプだと蛇提督は言う。


蛇提督「それならば、大和と武蔵を連れて行けるだろう?」


大和 「はい。是非やらせて下さい」


ついでに蛇提督の事を近くで観察する絶好の機会だと大和は思った。

呉鎮守府から帰りの車に同乗させてもらった時、間宮さんとはよく話したが、蛇提督とは間宮さんを介して一言二言話しただけで、まだ彼を見極められるほどの何かがあったわけでは無かった。

横須賀鎮守府に着いて、ここで暮らすようになってからも、蛇提督とあまり関わる事もなく、また大した仕事を任されるわけでもなく、悪く言えばほぼ放置状態だったので、同じ部屋で寝泊まりしている武蔵も少し苛立っているのだった。


北上 「ここの娘達から聞いてたけどさ〜。本当に自分で資材集めに行ってるんだね〜?」


北上が蛇提督に尋ねる。


蛇提督「ここの鎮守府は他の鎮守府より本部からの資源や資材の供給が少ないからな。足りない分は自分達で補っている」


羽黒 「でも、それを提督自ら率先してなされてるなんて素晴らしいと思います…」


恥ずかしながらも羽黒は自分が思った事を素直に言う。


蛇提督「他にやる人がいないだけだ…」


羽黒から目を逸らすように話す蛇提督。

隣で横から見ている龍田は、何かを拒んでるように見えると思うのだった。


朝潮 「ただ資材集めに行くのではなく、瓦礫の中からリサイクルできる資源や資材のリストを作っていると聞きました。そのリストを元帥を通して政府に認定されれば、各地の被害地の復興もできるなんて凄いです!」


何故だか羽黒の言葉に乗るように朝潮も自分の思ったことを話す。


蛇提督「認められればな…。リストも納得させられるものでなければならないし、復興支援の為に政府と軍を動かすことは、そんなに容易い事じゃない」


あくまで調子に乗らず、慎重な見解を述べる蛇提督。

良く言えば謙虚なのだろうけど、先程の拒むような雰囲気のままだと龍田は思う。


荒潮 「でもそれって、提督の仕事じゃないよね〜?どうしてそこまでする必要が〜?」


確かにそうだ。大規模作戦のことで精一杯のはずなのに、そこまでする必要が蛇提督にあるのかと、龍田は自分も荒潮と同じ疑問を抱く。


蛇提督「…」


蛇提督はしばらく黙っていたが、やがてその質問に答える。


蛇提督「…5年だ」


荒潮 「え?」


蛇提督「故郷を焼かれて、生き残った人々が避難してから5年近く経つ」


ここ横須賀鎮守府の周りもそうだが、深海棲艦の攻撃を受け、メチャメチャになったこの土地に、かつて住んでいた人々が帰ってくることは未だにない。

間宮さんと会っていたおじさん達のようにあえて避難せず留まっている人達もいるが、ほとんどの人々は内陸部へと避難先を求めて移動した。

そして蛇提督の言った通り、ずっと故郷に帰れない人々が何万人もいるのだ。


蛇提督「国民が政府や軍に対してその不満を募らせている。だが、今は何もできない、いや、何もしないのが事実なのだ」


榛名 「提督は優しいのですね…。そのような方々の事も気にかけているのですから」


今までずっと蛇提督と口が聞けてなかったが。ドギマギしつつも今初めて話せたと榛名は思った。


蛇提督「…私も海軍の一員だ。当然のことをしてるまでだ」


それでも褒め言葉に対して、やはり否定するように素っ気なく答える蛇提督。

でも、ちゃんと会話できたことが、榛名の心をほっとさせた。


大和 (この方は、自分の為だけに戦ってるというわけではないようですね…。)


横須賀鎮守府の艦娘達が言っていた通り、真面目に仕事をしているというのは本当のようだ。それに加え、広い視野で物事を進めている。

今まで元帥と共に仕事をする中で、自分の功績や階級しか気にしない提督達や軍人達も珍しくなかったが、この提督はそういった人達と比べれば真面目である。

ただ、この提督に別の目的が無いとは言い切れないので、これがこの提督を選んだ元帥の理由にはならないだろうと、大和は思った。


蛇提督「明日で充分な資源や資材を入手できれば、後日、大和達にも演習に参加してもらう」


ここの鎮守府では、資源と資材の余分ができれば、演習に費やす。

そして艦娘達の戦闘データを夕張と共に取って、艦隊編成の材料にするのだと蛇提督は言う。


蛇提督「そんな事をしてるぐらいなら、出撃した方がいいんじゃないかと言う輩もいるが、私はそれを許さない。どう言おうとここのルールには従ってもらう」


大和 「…わかりました。演習といえど艤装をつけさせてもらうだけでも、私達にとって嬉しい事ですから」


まだ新米のはずだけど、自分のやり方にこだわりのある人なんだなと大和は思う。

だが実際、そのやり方で前回の呉鎮守府正面海域での戦いで横須賀鎮守府の艦娘達は実績を残している。従ってみる価値はあるだろう。

それに、演習で自分達の実力を示さねば、今後の出撃に影響するだろう。だから武蔵に伝えねばと思う。


北上 「いいな〜。私も演習に参加しちゃおっかな〜」


と、本気なのか冗談なのかわからない事を突拍子に言う北上。


羽黒 「そ…それは、無理ではないでしょうか…?」


朝潮 「そうです。資源や資材が不足していると言っている端から、他鎮守府の演習に参加するなど、迷惑をかけてしまうに決まっています」


荒潮 「私は〜演習見れるだけでも良い方だと思うわ〜。そういうのって凄く参考になるのよね〜」


龍田 「こっちでやってる演習方法は提督が発案したものが多いから結構新鮮よぉ。私も今までこんな凝った演習は無かったわねぇ〜」


榛名 「そうなのですか?榛名達はここしばらく演習をやっていないので、横須賀鎮守府の皆さんがとても羨ましいのです」


榛名の言葉に蛇提督が反応するように、榛名に話しかける。


蛇提督「呉鎮守府では演習をしていないのか?」


先程まで蛇提督の方から話しかけられる事なんて無かったものだから、榛名は内心驚きながら答える。


榛名 「は、はい!榎原提督は出撃と遠征に資源や弾薬を費やしたいからと、演習任務はなされないのです」


蛇提督「そうか…。」


何かまた考え始めたなと蛇提督を見て思った龍田は、蛇提督が何を考えてるのか気になった。

だから「どうかしたのぉ?」と聞いてみる。


蛇提督「ちょっと気になってたことがあってな…」


龍田 「何がぁ?」


蛇提督「呉鎮守府の艦娘達は皆、改二ではないよな?」


龍田 「ええ。そうだわぁ」


蛇提督「どこよりも練度が高い艦娘達を揃えた精鋭艦隊のはずなのに、何故いないのだろうかと少し疑問に思ってだな…」


龍田 「私の推測だけど…改二はまだ未知数なのよ。全ての艦娘が改二になれるとわかってるわけではないし、改二になれた艦娘もごく僅か。改二になったらすぐ強くなるのかというと、そういった話も聞かないから、海軍側で試みようとしていないんじゃないかしら…」


蛇提督「なるほど…。改二そのものがまだわからないものだから、それに頼るよりも艦娘それぞれで今までの実績と現段階での練度で振り分けてしまう方が良いということか…。」


龍田 「ええ…」


蛇提督は以前に艦娘が嫌いであると明言したにも関わらず、艦娘という存在自体には何かしらの興味があるのだ。

前に夕張から改二はさらなる改装をして艦娘の能力を向上させると聞いて、改二によって戦力強化の可能性がないかを考えてるのだろうと、

考えに耽っている蛇提督を見ながら龍田は思うのだった。


榛名 「…もしも改二について知りたいことがあるのでしたら、明石さんに聞いてみるといいですよ。明石さんなら私達でも知らない事を知ってるかもしれませんから」


蛇提督「ああ、わかった。そうさせてもらう」


皆の会話が一旦ひと段落したところで、黙って聞いていた大和が口を開く。


大和 「せっかくですので、呉鎮守府の皆さんもお茶いかがですか?」


榛名 「あ…では、頂きましょう」


すると、蛇提督は椅子から立ち上がる。


蛇提督「ならば休憩にするとしよう」


龍田 「どこかへ行くのぉ?」


蛇提督「ああ。少し外へ行ってくる」


龍田 「わかったわぁ」


そう言って執務室を出ようとするところで、もう一度振り返りながら、


蛇提督「私が戻ったら再開だ。15分位だと思ってくれ」


そうして部屋を出て行った。


大和 「では皆さんの分のお茶も今持ってきますね」


羽黒 「あ、一人では大変ですよね。私も行きます」


大和と羽黒も一旦部屋を出て行く。

部屋は一度静まり返り、少しして朝潮がふと立ち上がって、執務室の窓から外を眺める。

するとちょうど蛇提督が庁舎から出てきたところのようで、真っ直ぐ海の方へと歩いて行くのが見えた。


朝潮 「司令官はどこに行くのでしょう?」


尋ねられた龍田は、以前に響や暁から聞いた事を話す。

蛇提督は一人になりたい時や考え事をしたい時は海を静かに見る習慣があるのだと。

「外へ行ってくる」と蛇提督が言った時にその事を思い出したので、それ以上聞かなかったという。

その話は榛名もとても興味ありげに聞いていた。


朝潮は「そうですか…。」と答えて何か考えているかと思いきや突然モジモジしながら、「ちょ…ちょっと…お手洗いに行って参ります!」と言って、タタッと執務室を足速に出て行くのだった。


龍田 (提督の所へ行くつもりね…。)


相変わらず嘘がつくのが下手ね、と龍田は思いながら、部屋に残った荒潮を見る。

荒潮は執務室を出て行く朝潮を微笑を浮かべながら見送っていた。


龍田 「あなたは行かなくていいのかしらぁ?」


荒潮 「何のことですか〜?」


龍田の問いににこやかな顔で返す荒潮。


龍田 「気付いてないとでも?あなた達と提督には何らかの因縁があるのでしょう?」


荒潮はその表情を変えないまま黙ってしまう。


龍田 「何があったか話せないのならそれでも構わないけど。私達としては少しでもあの提督に関する情報なら欲しいから、気になるところなのよ」


荒潮は表情を変えて、うーんと首を傾げて考える。


荒潮 「龍田は…あの提督のこと、どう思ってるのかしら?」


龍田 「…」


今度は龍田が黙り込む。

二人のただならぬ雰囲気に北上は興味津々に様子を見て、榛名は息を呑んで見守る。


龍田 「……私はまだあの提督のこと、何も知らないわ。最初こそ警戒していたけど、ちゃんと知りもしようとしないで避けてしまうのは逃げだって思うわ」


龍田は真っ直ぐと荒潮を見る。


龍田 「だから今は、見極めるためにもただ知りたいだけ。できるのなら私達艦娘は怖い存在ではないということを伝えられたらと思うわ」


龍田の答えに荒潮は少し悩ましげな表情をしてから、その口を開く。


荒潮 「私達としても言いたくないわけではないわ〜。ただとてもプライベートでデリケートな話だから、他の人に言って良いかわからないの…」


龍田 「そんなに提督の秘密に関わる話なの?」


荒潮 「というより提督の家族の話…。提督の父とある任務で一緒だったことがあったの…」


龍田 「え…?」


蛇提督の父といえば、蛇提督が航海士を目指そうとしたきっかけを作った人物であり海軍の将校であった人だ。

だが戦死したと蛇提督本人が言っていたことを間宮さんから以前聞いた話を思い出す。


荒潮 「…提督のお父様、中佐は私達に良くしてくれたわ。でもその任務で最期を見届けることにもなってしまったけどね…」


まさか蛇提督の父親の事を知ってる人がこんな近くにいたとは驚きだった。

父親の事だったとしても、蛇提督自身を知る糸口になるなら、本当は聞いてみたいと思う龍田だった。


荒潮 「お父様から聞いた提督の事と事件で知られてる提督はまるで違うわ。それによって変な勘ぐりもされたくなかったし、提督がお父様の事どう思ってるかわからないし、何よりあの親子二人の問題だから、無闇に他の人達に言える話でもなかったの…」


榛名 「そうだったのですか…」


同じ鎮守府の艦娘達にも話せなかったのはそれでなのかと榛名は思った。

それこそ蛇提督に直接会う以前は、呉鎮守府の艦娘の大半が青葉の情報を信じて、蛇提督は艦娘の敵であると認識していたのだから…。


龍田 「でもここに来た理由は、お父様の事を話したいから来たのよね?」


荒潮 「そうよ〜。死なせてしまった責任もあるし、お父様に託されたこともあるからね」


龍田 「託されたこと?」


荒潮 「お父様から提督に対しての短い伝言よ。でもそれ以上にお父様の勇姿や言っていた事を提督に伝える必要があると私達にはあると思ったのよ」


龍田 「そう…」


そこまで思うようになるほど、思い出深く心に残る事だったのだろうと、龍田は少し親近感を感じていた。


北上 「んじゃあ、朝潮は提督とその話ができないか交渉しに行ったのかな?」


荒潮 「そうよ〜。隙を見て提督とお話ができないか交渉をしようと前もって決めてたから。そのために行ったと思うよ〜」


榛名 「お話…できると良いですね…」


そこで一同は静まり返った。

それぞれが思うところがあるような顔をしている。


龍田 (さてさて…あの提督はどうするのかしら?)


龍田はそんな事を思いながら、ふと窓の外を眺めるのだった。



―――横須賀鎮守府 海沿いーーー


蛇提督は鎮守府からちょっと歩いたすぐの所、海沿いの岸壁の上で一人静かに佇んでいた。


蛇提督(よりによって、あのメンバーで来るとは…。)


呉鎮守府から来た護衛の艦娘達を見て、誰かが狙って来させたんじゃないかと思う蛇提督だった。


そんな彼を、後ろの木陰から隠れて覗いている者がいた。


暁  (い…今なら…!)


暁だった。

珍しく一人だけで、蛇提督の様子を見ていた。

ちょっと慌ただしく、深く深呼吸して落ち着かせてから、帽子を整えるなどする。

そして意を決するように木陰から出ようとしたその時、誰かが走って来る足音が聞こえてきたので、慌てて戻ってしまったのだった。


朝潮 「司令官!」


蛇提督の後を追いかけてきた朝潮だった。

蛇提督は朝潮の方にチラッと振り向いただけで、すぐに海の方へと体を向ける。


蛇提督「……そんなに慌ててどうかしたか?」


その低い声で静かに朝潮に尋ねる。


朝潮は息を整えてから、問いかけに答える。


朝潮 「……司令官、お願いがございます」


蛇提督の様子を窺いながら、一呼吸置いてさらに続ける。


朝潮 「司令官とお話をする時間を頂けませんか?」


また一つ間を置いてから、今度は蛇提督が答える。


蛇提督「私の父の話か?」


朝潮 「はい…そうです…」


蛇提督「……」


海を向いていた蛇提督はそこでようやく振り返る。


蛇提督「なぜそこまでして話したいのだ?」


朝潮 「お父様を守れなかった責任と良くして頂いた恩義に報いる為です」


真っ直ぐ蛇提督を見つめながら、はっきりと答える朝潮。


蛇提督「報いる為…か…」


朝潮 「お父様の事は聞きたくないのですか?」


蛇提督「……そういうわけではない」


と、目を背ける蛇提督に朝潮は少し変だなと思う。

前に会って伝言を伝えた時は、また機会があれば話を聞くと言っていたのに、今は乗り気では無さそうだという事だった。

やはり、お父様とはあまり仲が良くなかったのだろうかと、荒潮が懸念していた事を思い出す。


蛇提督「…わかった。今夜、その為の時間を作れるように努めよう。夕食を終えて全ての艦娘が自分達の部屋へ戻る頃合いが良いだろう」


朝潮 「ありがとうございます。その為には今行ってる書類作業を終わらせてしまわないといけないのですね?」


蛇提督「ああ、その通りだ」


朝潮は約束を取りつけられた事が嬉しくて、少しテンションが上がる。


朝潮 「わかりました!朝潮、絶対に書類作業を終わらせる覚悟で参ります!」


蛇提督「そ…そうか…。」


朝潮の勢いと大袈裟なセリフに少し動揺する蛇提督。


朝潮 「休憩中、失礼しました!先に戻っています!」


と、朝潮は敬礼した後、ダダッと走り去って行くのだった。

そんな朝潮を呆気に取られた表情で見送った蛇提督は再び海の方へと向き直る。


蛇提督「さて…どうしたものか…」


誰にも聞こえない程度に小さく呟く。

その顔はどこか深刻な表情を浮かべていたのだった。


暁  (はあ〜。さっきのは何だったのかしら…?)


蛇提督と同じく朝潮を見て呆気に取られていた暁が木陰で隠れたまま考えていた。


暁  (それにしても…よく怖がらずに話せるわね…)


自分と同じ駆逐艦で背だって自分より少し高いぐらいで他と変わらないというのに、あの司令官相手によく堂々と話せるものだと感心していた。

だけど、段々と感心していた心は次第に劣等感へと変わる。

暁は何かを諦めたような顔をした途端、暗い表情へと変えてしまう。

そして蛇提督に気づかれないように、その場を静かに離れるのだった。


蛇提督は暁がいた辺りの方に気配を感じとっていたのか、そちらの方に視線だけ動かしていたが、気配が離れていくのを感じ取った後、彼もまた執務室へと戻るのだった。


蛇提督が執務室に戻り、書類作業は再開された。

朝潮、荒潮、羽黒は休憩前より妙に張り切っていたそうだ。

夕食時となり、一旦そちらを済ませてからその後も書類作業は続けられ、全て終わる頃には時計は20:00になっていた。


蛇提督「まさか…今日中に終われるとはな」


龍田 「みんなが手伝ってくれたおかげねぇ〜」


とても忙しくて艦娘達の顔にも疲労が出ていたものの、やり遂げた達成感が心を満たして安心させた。

その場で解散となり、艦娘達は自分達の部屋へと帰り始める。


蛇提督「朝潮、ちょっといいか?」


朝潮 「はい」


朝潮だけが呼び止められ、蛇提督のそばへと駆け寄る。

龍田や他の娘達は何の話なのか見当はついているが、気にしないフリをして先に部屋を出て行く。


蛇提督「この後、21:00からなら時間作れるが?」


朝潮 「大丈夫です!二人にも伝えておきます」


話の場を設けられた所で、朝潮はいそいそと部屋を後にする。


そして約束の時間、朝潮、荒潮、羽黒は再び執務室の前へとやって来ていた。


朝潮 「やっとこの時がやってきました」


荒潮 「いよいよね〜」


羽黒 「提督さん…どう受け止めるでしょうか…」


三人は入るのを少し躊躇ったが、考えてても仕方がないと朝潮は言う。

そして、ノックをする為に扉の前へと進み出るのだった。




―――翌日 執務室―――


明石 「さあ!やってきました、この時が!改装を終えた艦娘達のお披露目会です!」


朝、7:00。

改装が全て完了したと夕張と明石の報告があり、結果はどうなったのかと蛇提督が尋ねると、何故かいつの間にかお披露目会のようになっていた。

蛇提督が「そんな事をしなくてもいい」と止めようとするのだが、明石と夕張の勢いは凄まじく、横須賀鎮守府の艦娘達と呉鎮守府の艦娘達全てが見にくるという大所帯となっていた。


雷  「待ってましたー!」

電  「楽しみなのです!」

暁  「どんなふうに変わったのか、見届けてあげるわ!」

響  「ワクワク…」

青葉 「記録なら私にお任せください!」


暁姉妹を始めとした艦娘達が歓声を上げる。

明石が司会進行で、青葉がカメラマンのように待機していたり、他の艦娘達が近くにいる者同士で楽しそうに話したりと、執務室の中が妙な盛り上がるを見せる。

龍田は、こういうのもなんか久しぶり、とニコッと微笑みながら見ていたが、ふと自分の隣で執務机の椅子に座っている蛇提督を横目でチラッと見る。


いつもの無表情に見えるが、心無しか何か諦めたような顔つきで見ているようにも見えた。

止めようとしても言うこときかない自分達に怒っているかと思えばそうでは無さそうだったので、まずは一安心と龍田はお披露目会を見守る事にする。


明石 「ではでは始めていきますよー!まずはこの二人!夕張、よろしくー!」


執務室の扉の向こうで夕張の「はーい」という声が聞こえた後、扉が開かれた。


扶桑 「あ…あのう…私達はする必要あったのかしら…?」


山城 「扶桑お姉様はともかく何で私まで…」


入ってきたのは扶桑姉妹だった。

扶桑は苦笑しながら蛇提督の前まで歩み寄り、山城は扶桑の後ろに隠れようとしながら一緒に歩み寄る。


蛇提督「扶桑型の二人はただの改装だから特に変わったところは無さそうだな」


明石 「はい。ですがお二人が大きく変わったのは艤装の方です」


蛇提督「艤装だと?」


明石の話では、彼女達は普通の戦艦から航空戦艦に変わったという事だった。

空母と同じ艦載機を積めるわけではないが、航空戦力となる水上機を積めるとのこと。

そうすることで、航空戦力の補助はもちろん、航空戦艦一隻で制空権を取りつつ、弾着観測射撃も可能、対潜能力のある水上機であれば、対潜も可能と通常の戦艦ではできない芸当ができるという事だった。


蛇提督「何はともあれ、乏しかった航空戦力が増えた事は喜ばしい事だろう」


明石 「初めての方は瑞雲がおすすめですよ」


蛇提督「それなら確かうちの倉庫に残していたな?」


龍田 「ええ。あったはずだわぁ」


三人が扶桑達の運用方法について話していると、横から初霜が扶桑達に話しかける。


初霜 「できることが増えたのはとても良いことです!」


響  「これで二人はますます活躍できるようになるわけだね」


嬉しそうな初霜に続いて響も扶桑達にニコッと嬉しそうな表情で言う。


扶桑 「ありがとう二人とも。これも二人とみんなのおかげよ」


ここまでの道のりで、この二人に支えられなければこうなることは無かっただろうと思いながら感謝する。

そして扶桑は、もう一人感謝を述べたい人へ向き直る。


扶桑 「提督…。提督のおかげで私達はこうして無事に改装することができました。本当にありがとうございます」


感謝を述べる扶桑を蛇提督が一度見るが、扶桑の視線から逸らすように帽子で少し目元を隠しながら答える。


蛇提督「……私は別に何もしていない。改装ができたという事なら、扶桑達が努力して成長しているという証だろう」


蛇提督の思わぬ言葉に扶桑と山城もハッとする。


蛇提督「…だが、できる事が増えたということは、やることも増えたということだ。その辺りは覚悟するんだな」


扶桑 「はい。提督と皆さんのお役に立てますよう、これからもより一層の精進をして参ります」


扶桑は自分の後ろにいる山城に「ほら山城も」と催促する。


山城 「が…頑張ります…」


山城は恥ずかしいのか、扶桑の影に隠れつつもみんなに聞こえる程度には言う。


蛇提督「ああ、よろしく頼む」


(扶桑の素直な感謝の心はこの提督の心も動かすだろうか)と、やりとりを横から見ていた龍田は思った。

前任の提督ほど、資源の消耗が激しい戦艦であった扶桑達を蔑視する事はなく、今も彼女達の今後の運用方法を考えてくれる。

先程も彼女達の改装を、「本人の努力の結果」と労うほど、口調はぶっきらぼうでありつつも彼女達の事を褒めている。

こんなどこか優しい一面は何か理由があるのかと疑問に思う。


ただ龍田としては大和型の二人が加わった事で、大和型と扶桑型を比較されてしまうことが心配だった。

今後の提督の考え方によっては、どちらかを贔屓してしまうかもしれないからだ。

今は全ての艦娘を運用しようとしているようだが、今後の彼女達の功績や戦況に応じて変わるとも限らない。

ある程度は致し方ないかもしれないが、気掛かりではあった。

むしろ提督より本人達の方が気になるのではないかと龍田はチラッと大和型の二人の方を見る。


武蔵 「航空戦艦か…。私達とはまた違うな。だがそれが良い。なあ、そう思うだろ大和よ?」


大和 「ええ、そうね。私達も二人に負けないように頑張らなきゃ」


そこまで本人達は気にしていないのかなと龍田は二人の様子を見て思っていた。


明石 「では!次へ行きましょう!」


扉の隙間から顔だけ出して見ていた夕張がオッケーサインを出して、扉の向こうへと戻る。


明石 「さあ、ここからが本番!改二になった方々です!」


ではまず一人目と呼ばれて、扉を開けて入ってくる。


衣笠 「ど…どうかな…?」


「オ〜」という感嘆の声が執務室に響く中、

照れながら入ってきて恥ずかしそうにしてるのは衣笠だった。

ツインテールだった髪型は、髪を全て下ろして左側に小さくサイドテールを結っている。


龍田 (少し垢抜けた感じになったわねぇ…。)


体格はそんなに変わったわけでは無いはずなのに、髪型のせいか随分大人っぽくなったとも言えると、龍田は思った。

ふと、蛇提督の反応が気になって彼の方を見ると、彼は無言のまま衣笠を見たままだった。

少し違う所があるとしたら、彼の目がやや見開いたままだということだろうか。


衣笠 「て…提督…?」


衣笠もその姿を不思議に思ったようで、恐る恐る聞いてみる。


蛇提督は衣笠の声にやっと反応して、彼女から目を帽子で隠す。


蛇提督「……髪型を変えたようだな」


衣笠 「そ…そうなんだ。衣笠さんとしては良いと思うんだけど、提督はどう思う?」


蛇提督「……出撃に支障が無ければ、それで充分だ」


ちょっと残念そうな衣笠を見ながら龍田は、


龍田 (そこは可愛いとか綺麗になったとかは言わないのねぇ。)


むしろそんな言葉が出てきたらビックリだ。

だから最初からわかっていたことでもあるから当然といえば当然である。


自分と同じような事を考えた者が他にもチラホラいたようで、「あ〜やっぱりか〜」というような表情の者もいれば、少し不満気な表情をする者もいたりした。

だがその中でただ一人、青葉だけは衣笠をじっと見てたのを、龍田は気づいた。


青葉 「いやはや、我が妹ながら、ここまで華麗に変身するとは、青葉としても姉冥利に尽きるというものです!」


と、パシャパシャ写真を撮りまくる青葉。


衣笠 「こら、青葉!工廠でもたくさん撮ってたのにまだ撮るの?!」


青葉 「当たり前です!記事にして妹の変身ぶりを多くの人に知ってもらわなければ!」


そんなの恥ずかしすぎるからやめてと怒る衣笠にも全然動じない青葉のやり取りがなされる。

そんな二人の間に入るように扶桑が微笑みながら衣笠に言う。


扶桑 「ですが衣笠さん、綺麗になったのは本当だと思いますよ。私もそれ、とても似合ってると思います」


衣笠 「え!?…扶桑さんにそう言われると照れるな〜」


初霜 「前とイメージがガラリと変わりましたが、そちらもお似合いで良いと思います!」

間宮 「可愛らしくなって良いですよね!」

北上 「女の子って髪型変えるだけで、だいぶ雰囲気変わるよね〜」

榛名 「はい。髪を大事にしなければ、意中の人も射抜けないと霧島が言っていました」

朝潮 「なるほど!髪型を変えることで相手の度肝を抜くのですね!」

荒潮 「朝潮…間違ってないけど、何か勘違いしてなぁ〜い?」


艦娘達が口々に、衣笠の雰囲気が良く変わったのが好感を持ったらしく、それぞれがそれについての感想を言っている。

彼女達にとってそれはとても希望的な事なのだろう。


衣笠が蛇提督の方をチラッと見る。

蛇提督は明石と話していたが、その内容は主に衣笠の艤装の変化や性能についての事だったので、「やはりそれか〜」と内心、残念に思った。

だからなのか心切り替えて蛇提督に言う。


衣笠 「ま、生まれ変わった衣笠さんにお任せなんだから!」


と、ウインクをしてみせる。


蛇提督「あ…ああ、よろしく頼む…」


その姿に少したじろいだような反応する蛇提督だった。


天龍 「まぁ、お茶目な所は変わって無いようだがな」


龍田 「その方が衣笠らしくて良いけどねぇ」


天龍が少し呆れと皮肉の意味も込めて言うが、それに対して龍田は逆にそれが良いと言うのだった。


明石 「さてさて、会場も盛り上がってきたところで、次の方へと参りましょう!」


すっかり司会進行役をノリノリでやってしまっている明石の言葉を合図に、先程と同じように中を覗いていた夕張が扉の向こうへと戻る。


そして扉が開かれ、一人入ってきた。入って来た者を見た途端、衣笠の時のとはまた違う感嘆の声が艦娘達から上がった。


古鷹 「え…えっと…改二への改装、完了しました…」


蛇提督「……古鷹…なのか?」


古鷹 「はい。そうです」


いつも無表情の蛇提督も、いつもより目を見開いて驚きを隠せないようだった。

だがそれは無理もない話だった。

前の古鷹はまだ幼さを残したような10代半ばぐらいの見た目をした少女であったが、今の彼女は背も体格も大きくなり、体幹部の肉付きも良くなって3〜4歳ほど成長したように見えるのだった。

ボブヘアーだった茶色の髪は、髪型はそのままで髪の色合いが濃くなり、所々はねていた髪も綺麗に整えられ、本来の彼女の性格である落ち着いた雰囲気へとその姿を変えた。

彼女自身も艦歴はそれなりに長いので、それに相応しいお姉さんとなったのだ。


驚いていたのは蛇提督だけじゃない。他の艦娘達も古鷹を見てからその変わり様に驚いている。

皆が一瞬誰かと思ったが、彼女の特徴である髪とオッドアイ、そして本人曰く、常に輝く探照灯である左目から電気のようなものが時々ほとばしる、古鷹のトレードマークとも言うべきそれは依然と受け継いでいたので、古鷹だとすぐにわかったのだった。


蛇提督「驚いたな…。改二への改装というのはこれだけの変化をもたらすのか…」


明石 「皆がそうとは限りませんが、古鷹さんの場合はそうだったのでしょう。私もこんなに変わった娘は初めてです!」


龍田 「本当に驚きねぇ…」

天龍 「びっくりだぜ…」

初霜 「素敵です!」

衣笠 「私も初めて見た時は驚いちゃった…」


暁  「羨ましい…」

雷  「暁、なんか言った?」

暁  「べ、別に何も言ってないわ!」

響  「ハラショー…」

電  「なのです…」


いつも騒がしい暁姉妹も口をあんぐりさせて魅入ってるようだった。


古鷹 「みんなにこう注目されるのは恥ずかしいですね…。あの…おかしな所はありませんか…?」


北上 「全然無いよ〜。むしろ私も改二になりたくなってきたよ〜」

榛名 「はい。私も改二になれれば金剛お姉様に近づけるでしょうか…」

羽黒 「姉さん達にも教えたくなりました…」

朝潮 「改二になれれば、更なる性能向上を期待できます。そうすれば司令官のお役にも立てるというもの」

荒潮 「私も改二に興味が湧いてきたわ〜」


艦娘達はそれぞれで、古鷹に「とても似合ってる」「おかしな所はない」と言う者、個人の

感想を述べる者といたが、共通して言えることは改二に対して一種の憧れも抱くようになったという事だった。


古鷹 「あの…提督はどう思いますか?」


蛇提督「ん?いや…おかしな所はない…」


古鷹 「そうですか。それは良かったです」


蛇提督の素っ気ない回答でも古鷹は何故だか胸を撫で下ろす。

古鷹のちょっとしたその仕草も青葉は見逃さなかった。


青葉 「いや〜これも永久保存ものですね〜。記事にする写真とコレクションにする用に分けて撮らねばなりません!」


古鷹 「ちょ…ちょっと、コレクション用って何?!」


「まさか私のもあるの!?」と衣笠も青葉のそのセリフに聞き捨てならないと古鷹と共に青葉を問い詰める。

また騒がしくなりそうだったので、明石はそれを遮るように次の娘の紹介へと移ろうと催促する。


明石 「次も見ものですよ!ではどうぞ!」


明石の言葉を合図に扉が開かれる。


入ってきたのは、外見が古鷹と同じくらいの体格と年齢に見える美少女だった。

ツリ目で蛇提督を見るそれはどこか自信ありげで挑発的な表情はヤンキーのような雰囲気を醸し出す。古鷹とは対照的であった。

髪色は黒で、長い髪をこれまた地につくほどの長いリボンで束ねており、前髪が左目を隠すという特異な容姿をしている。


この美少女が誰なのか、消去法で考えれば察しがつくのだが、あまりの変わりように目を疑って信じられない艦娘も中にはいたようだった。

そしてこの男も…。


蛇提督「なあ…龍田」


龍田 「はい?」


目の前の謎の美少女を見たまま蛇提督は龍田を呼ぶ。

こんな時に急に呼ばれるので、龍田は驚きながら返事をしてしまう。


蛇提督「私は、書類の見落としをしてないか…?」


龍田 「え?」


今どうしてその質問をするのか、龍田は全く意図が読めない。


蛇提督「例えば…新任の艦娘が今日着任するような連絡書とか…」


その言葉を聞いた途端、室内が沈黙した。皆が呆気に取られたのである。

だが、その意味を理解したのか、古鷹が「プフッ」と失笑したのを皮切りにドッと皆が笑い出した。


加古 「酷いよ、提督!私だってわかんないの?!」


蛇提督「ふむ…やはりその声は加古か」


加古 「当たり前だよ!」


今のは蛇提督なりの冗談だったのか、それとも本当にわからなくて鎌をかけたのか…。

どちらにしろ今のはちょっと面白かったと龍田は思った。


加古 「ふふん。まあ、無理も無いよね。私のこの変わりように驚いただろう?」


加古は得意気になって自分の姿を自慢する。


古鷹 「加古、あんまり調子に乗るのは良くないよ」


加古 「大丈夫さ!今私は生まれ変わって凄く力がみなぎる感じがするのさ!」


蛇提督「ほう。改二になるとそのような変化もあるのか。古鷹や衣笠もそうなのか?」


古鷹 「はい。胸の内側から何かが湧き上がってくる感じはあります」


衣笠 「よし、やるぞ!みたいなやる気が出てくる感じかな〜」


蛇提督「ふむ…。そのような効果があるのか…」


蛇提督がそのことについて興味を示すと、明石に他の改二になった艦娘もそうなのかと尋ねた。


明石 「はい。個人差はあれど、なんらかの心境の変化のようなものはあるようです」


蛇提督「改二になった恩恵なのか、それとも…」


(また一人で考え込み始めちゃった)と、龍田は蛇提督を見ながら思った。


明石 「そんなに改二改装に興味があるのですか?」


蛇提督の様子を窺いながら明石が尋ねる。


蛇提督「ああ。資源を消費するとはいえ、戦力強化につながるのなら積極的にしたいものだ」


やはりそういう考えなのかと、龍田は自分の予想が大方当たっていたと思う。


明石 「嬉しいですね!今、そういう風に考えて下さる方がいなくて私も困ってます」


改二については明石自身も色々と研究をしたいと思っているそうだ。

だが以前に、龍田が改二への関心が低い理由を言っていたのとほぼ同じ理由で、改二改装に協力的な海軍の人間はいないという事だった。

現在の元帥にもお願いしたこともあったが、ひっ迫した現状ではそれほどの余裕がないと言われてしまったという。

「なれたらラッキーだな」程度に今は考えるしかないと元帥に納得させられてしまったそうだ。


蛇提督「そうか…。ならばこちらで独自にやっていくしかないか…」


と、呟いた蛇提督に青葉が急に真剣な顔で話しかける。


青葉 「では木村さんにその協力を求めるわけですね」


蛇提督「…!」


青葉の言葉にピクッと反応して青葉をじっと見る蛇提督。


衣笠 (青葉…?)


青葉のいつにない神妙な顔に衣笠は少し動揺する。

衣笠に限らず、青葉と蛇提督の空気が変わったことに艦娘達は戸惑いつつ二人に注目する。


蛇提督「何のことだ?」


青葉 「とぼけても無駄ですよ。現在、海軍特殊研究所の主任をしている木村さんとは海軍養成学校時代からの仲だということは調べがついているんですから。今でも繋がりがあると言えるのは、提督の飼い猫であるユカリちゃんが木村さんから届けられたのが証拠です」


蛇提督は少し黙ったままだったが、フッと笑って答える。


蛇提督「…そうだな。その方法が一番良いだろうな」


青葉 「随分とあっさり認めるんですね?」


蛇提督「隠すことでもないからな」


青葉 「ではついでに聞きますが、その方と何か企んでいるのではないですか?」


「企んでいる」という言葉にその場の空気が一瞬凍りつく。


蛇提督「人聞きの悪い言い方はよしたまえ。何か根拠があるのか?」


青葉 「…いえ。これは私のただの憶測です。ですが、小林さんもあなた方二人が協力関係である事は認めましたよ」


「小林さん?」と聞いたことのない名前の人が出て、周りの艦娘達が疑問に思う中、二人の会話は構わず続けられる。


蛇提督「ほう。あの蛙顔にも会ったか。あの人は他に何か言ってたか?」


青葉 「はい。言ってましたよ」


蛇提督「何だ、それは?」


息を呑んで見守られる中、青葉は答える。


青葉 「『人に知られてはいけない真実だってある。僕だって自分の命は惜しいよ。』…と言ってました。」


意味深な小林の台詞に皆がゾクっと背筋が凍る。

青葉がわざわざ名前を出して話すのだから蛇提督と何らかの関係があるのだろうと思われるのだが、今はそれを聞くタイミングではなさそうだ。

そんな中で蛇提督は無反応だったが、その鋭い目つきだけは変えなかった。


だが、固まってしまった場の空気を壊すように、青葉がいきなりアハハと笑いだす。


青葉 「…なので、記事を書くなら嬉しいことや楽しいことを書く方が良いと教えられました!いやいや、あの方と出会って記者としての心得を学べて良かったです」


急に話の方向性も変わり、青葉の雰囲気も和やかなものになる。

その青葉の雰囲気に合わせるように蛇提督が反応する。


蛇提督「ほう。先程も記事にすると言っていたが、記者になりたいのか?」


青葉 「そうなんです。いずれは私自身発刊の広報誌や新聞を作るのが夢なんですよ!」


それは艦娘達で共有できる情報誌ということだった。

深海棲艦と戦うことしかない日常の中で、他鎮守府での艦娘の話や鎮守府の外の話や戦い以外の話というのは艦娘達は疎いので、それらを知るための情報ツールが欲しいということだった。


蛇提督「ふむ。それは良い考えだな」


青葉 「お?司令官も興味がお有りで?」


蛇提督が言うには、昔から鎮守府は完全な縦型社会で地位も名誉もそれに伴う功績によって絶対視される実力主義であった。それゆえ自然とそれぞれの鎮守府の動向は秘匿され、本部からの大規模な作戦や共同作戦でも行われない限り、鎮守府同士の情報共有はされないのだという。


蛇提督「功を競わせることで、各鎮守府の実力の底上げと戦果の拡大を狙ったものだった。初期はうまくいっていたが、こちらの優勢が見えてきた頃、提督達に欲が出始めてな…。鎮守府同士の連携も失われるだけでなく、海軍の中にも派閥ができるようになって、今となっては仇になってるのが現実だ」


青葉 「ほうほう〜。司令官はその社会体制を変えようと言うわけですか?」


蛇提督「今までの体制を変えることは難しい。だが、情報の共有なら艦娘達の間だけでも何とかなるかもしれない」


戦いにおける戦術などの共有は、その鎮守府に留まらず他鎮守府でもするべきだということだ。また、作戦成功の実例や実体験なども入れれば、艦娘の勝率を上げることにつながるだろうとの事だった。


明石 「あ!それでしたら私からも提案が!」


会話に明石も入る。

艤装についての質疑応答が他鎮守府全ての艦娘相手にできるようにしたいなどの話から会話に弾みが出てくるようになった。

先程の凍りついた空気から一転して和やかになってきたところで、煮えを切らした加古が会話に割り入る。


加古 「ちょっと!今は私の話でしょ!そう言う難しい話はあと、あとっ!」


加古の怒りっぷりに青葉が笑う。


青葉 「いやいや、すみません。私の記者魂に熱が入ってしまいました。恐縮です!」


と、いつもの青葉に戻ったのを見て、衣笠や古鷹などがひとまず安心するのだった。


蛇提督「すまなかった。話を変えてしまったのは私の責任もある」


と、蛇提督も謝ったところで、明石に加古の性能について蛇提督が尋ねる。


衣笠、古鷹、加古の三名は、性能から比較すればどれも似たようなものだが、以前よりも砲撃や雷撃もバランスよく性能が強化されているだろうとのこと。

より重巡らしくなったと言えるが、彼女達の場合、重巡でありながらも燃料と弾薬の消費が他より少ないことが特筆すべき点であると明石は語る。


蛇提督「なるほど。彼女らはここの鎮守府にうってつけの性能ということか」


加古 「そういうことだから、私の出番が来たらすぐ教えてよ!いつでも出撃できるからさ!」


加古の言葉に皆が「おー」と頷く。

いつも眠そうでダメオーラを放っていた加古がこうも勇ましく変わるとは、これも改二になった恩恵なのだろうかと感心する。


加古 「だからさ…それまでいっぱい寝かせてー!」


龍田 (あら、やっぱり加古ね…)

天龍 (加古だな…)

衣笠 (だよね〜。)

暁  (いつもの…)

響  (加古に…)

雷  (戻った…)

電  (なのです…)

夕張 (あちゃあ〜)

間宮 (フフッ)

扶桑 (加古さんと言えば♪)

山城 (やっぱりこうなるのね…)


改二になっても、やっぱりそこは変わらないのだなと一同思うのだった。


古鷹 「もう…加古ったら…。」


古鷹は自分のことのように恥ずかしがるのだった。


蛇提督「…そこは変わらんのだな。」


蛇提督すらも呆れている様子だった。


青葉 (加古がここまで自然体なのも樹実(たつみ)提督以来でしょうか…。ですが、司令官は怒らないのですね。それとも呆れて見限っているのでしょうか…)


加古の態度に青葉は人知れず驚きつつも、蛇提督の腹を探る青葉。

ある意味で艦娘の扱いに長けているなら要注意だと思う青葉だった。

そんなことを考えて、神妙な表情に一瞬なっていた青葉を龍田は見逃さなかった。


明石 「ではでは、最後の方へと参りましょう!」


明石が次へと催促して、最後が誰なのかわかってはいるが、古鷹や加古の変わりようを見て、艦娘達は期待に胸を膨らませる。


そして、扉は開かれる。


龍驤 「みんな!待たせはったな!」


大きな声と共に勢いよく龍驤が部屋へと入ってくる。


龍驤 「どや!これが新しく生まれ変わったウチの姿や!」


と、決めポーズをとる龍驤だったが、室内はシーンと静まり返ってしまった。


龍驤 「何でや?!他の奴ん時はあんな歓声が上がっとったのに、ウチには何でないんやっ!!」


それもそのはず、なぜなら龍驤は改装前の姿と比べて容姿も体格もほとんど変わらず、パッと見ではどこが変わったのかわからなかったのである。

だがそれを口に言える艦娘はおらず、どうコメントしようか迷ってる最中、この男だけは違った。


蛇提督「……改二になってもほとんど変わらない艦娘もいるのだな」


龍驤 「がはっ!!」


本人としてもそれを言われることを覚悟はしていたが、やはり面と向かって言われると精神的ダメージが強かった。

特に体格のことを言われれば何も言い返すことができないのは本当で、当の本人も改装終わった後に見た自分の姿に驚いていたのだ。

体も成長するかもしれないという期待が大きかったのは、他の誰でもない彼女自身であったので尚更だった。


龍驤 「ま…まぁ、こ…この独特のシルエットを変えてしまったら、ウチがウチらしくならへんからな…。これはこれでウチのキャラ付けと特徴が他と比べてさらに際立ったちゅうことや」


龍驤は顔を引きつらせながらもポジティブな弁明をする。


龍驤 「でもな!変わったとこもちゃぁーんとあるんやでっ!!」


その後の龍驤の早口は凄まじかった。

黒の無地のスカートに白の二重線が追加されたことや首元の勾玉が三つに増えていること、ソックスの色が黒に変わっていること、さらには肩の砲台が「九三式十三粍四連装機銃」と呼ばれる機銃となって襟に沿ったコンパクトな配置に変更されてるなど、体全体の体格や色のバランスを考えられた上で、以前のチャームポイントとトレードマークを失わずにさらにおしゃれになったことを語る。

艤装も大幅に改良され、以前の飛行甲板の巻物も一回りも二回りも大きくなり、改二以前に首から下げてかけていた龍の宝珠を艤装につけることで、手から離れて空中浮遊するようになったこと。ついでに艦載機の搭載数も大幅に増えたことなど、本来明石が説明する所まで語ってしまう。

そして挙句の果てには、髪も肌も艶が前より増して、よりキュートになったと、本当かどうかわからないことまで言う始末だった。


龍驤があまりにも必死に言うものだから、止められる者はいなかった。

だが艦娘達が戸惑っている最中、この男だけはまた違った。


蛇提督「そうか…つまり…」


こいつはまだ話を拗らせるんかと、天龍はやや怒り気味で蛇提督を見る。

他の艦娘達も、今度は何を言うんだと、ドギマギして注目する。


蛇提督「可愛さと艤装に磨きがかかった事で、次の作戦に対する龍驤への期待がまた上がったということだな」


艦娘達一同はポカンとして、部屋はまた静まり返ってしまう。


天龍 (いやいや、その程度の言葉で、龍驤の機嫌は治らんだろ…)


と、今度は言われた龍驤の方を見る。彼女は俯いて黙ったままだった。


そういうことも言えるんだと驚きつつも、それでも今の龍驤をなだめらないだろうと龍田も彼女を見る。


龍驤 「いやぁ〜。司令官、照れるやんけぇ〜」


急にクネクネして照れだした龍驤を見て、

(あっれぅぇー!?)とその場にいた艦娘達は皆驚いた。


衣笠 (……龍驤ってこんなにチョロかったっけ?)


そう思ったのは衣笠に限らずだ。

龍驤は、艦歴も古鷹達と同じくらい長いこともあって、皆から頼られる存在であるが、一度機嫌を損ねたり怒ると、歯止めが効かなくなってしまう事がある。

普段からしっかりしてようと自分を律している分、我慢してた事が崩壊すると、なだめるのに一苦労する。

だからこそ、先程まで龍驤になんて言えばいいのか困っていたのだった。


だが実は龍驤が本当は場を盛り上げるために、演技でそうしているのかと龍田は今一度よーく見る。 


龍驤 「でへへへ〜。」


龍田 (あ、あれは…ホントだわね…)


頭の後ろをかきながら、思いっきりデレてる龍驤に龍田はただただ呆れるばかりだった。


古鷹 (龍驤、嬉しそう…)

加古 (私の時は何も言わなかったじゃん…)

衣笠 (ちょっと…羨ましい…)


周りは気づかなかったが、龍驤と同じく、何か変わっている者達はここにもいたのだった。


龍田はふと蛇提督を見る。

蛇提督は特に変わらなさそうだと思った矢先、一瞬、蛇提督がため息をついたのを見逃さなかった。

そのため息は呆れてものも言えないというため息だったのではなく、どこかほっと安堵したため息に、龍田は見えたのだった。


蛇提督「明石に一つ聞いておきたい事があるのだが…」


明石 「はい、何でしょう?」


蛇提督「改二になる条件は、やはり練度なのか?」


その質問は自分にとっても、とても気になる事だと龍田は思う。


明石 「それも一つの条件なのは確かなようですが、でもそれだけじゃないようなんです」


蛇提督「…と言うと?」


明石が言うには、以前、蛇提督が疑問に思った事と同じ、精鋭を揃えてる呉鎮守府の艦娘に改二がいない事だった。

もしも改二になる条件が練度だけならば、龍驤や古鷹達とそう変わらない艦歴と実績、練度を誇った彼女達の中で一人や二人現れてもおかしくないはずなのに、未だにその兆しがない事。

そう思うと、練度以外に改二になるための条件やきっかけがあるのではないかと考えている。

また改二になった艦娘の中には、彼女達ほど艦歴が長くなくても、なれた者が過去にはいたのだという。だがそのほとんどが、本土襲撃の際に沈んでしまったという。


明石 「ですから改二になれた良い参考例が、今はいないんですよね…」


蛇提督「なるほど…」


蛇提督と明石の会話に他の艦娘も興味津々で、黙って聞いている。


明石 「あ!ですが、ここ最近で改二になれた娘達が出たんですよ!呉鎮守府が襲撃されるほんのちょっと前に。その娘達の改二改装に携わったんですから」


蛇提督「ほう…ここ以外にもいるのか。その者達にも聞いてみたいものだ」


明石 「彼女達は異例ですよ。なんせほぼ単独演習だけで練度を上げてるうちになれたのですから」


蛇提督「こちらも演習には力を入れてやっていたが、やはり改二の条件に演習が関わるのだろうか?」


明石 「練度を上げるのならば、しないよりは良いですけど、それだけでは普通ありえません」


蛇提督「なぜ?」


練度というのは、単独演習などによる基礎練習と実戦を通して得る経験を総合したものだという。

基本的に艦娘にとって必要なのは後者の方で、艦娘は実戦をこなしていけば、自然と基礎の方も上達する。前者は建造されたばかりや配属されたばかりなどの理由による新人に限るのだという。

なので、ただの的当ての単独演習をやってるだけでは練度は上がらない。

しかも改二になれた娘達がいるのは舞鶴鎮守府で、あの周辺の海域はほとんど会敵することがない。

他鎮守府と合同で行われる模擬戦もここ数年行われていないので、ほぼ単独演習だけで改二になれたと言っても過言ではないのだと、明石は言う。


明石 「出撃して実戦が無かったわけではないそうですが、ほぼ毎日単独演習して腕を磨いていたそうです。そんな生活を四、五年、彼女達は続けていたんですよ…」


蛇提督「うむ…。それは凄いな…。」


聞いていた他の艦娘達もそんな強者がいたんだなと感心する。

長い努力の末にやっと身を結んだのだろう…と。


明石 「そうそう。その娘達が誰かというとですね…」


誰なのか気になるので、皆が明石に注目する。


明石 「軽巡の由良さんと駆逐艦の時雨、夕立の三人ですよ」


「提督はご存知ですか?」と明石が蛇提督を見ると、

彼は目を見開いて硬直していた。明らかに驚いていたのだった。

他の艦娘達も蛇提督がおかしい事に気づいた。

少しの間、そのままだった蛇提督はようやく明石の問いかけに答える。


蛇提督「ああ…。艦娘の資料にあったのを覚えてる」


明石 「凄いですよね!継続は力なりなんて言葉がありますが、あの娘達はそれの体現者ですよね!」


蛇提督「確かにな…。彼女達は改二になった感想を何か言ってたか?」


明石 「改二になれたことをとても喜んでいましたよ。『これで今度こそ守りたいものを守れる』、…そう言っていました」


蛇提督「そうか…。」


一体今のは何だったのだろうと龍田は蛇提督を見ながら思っていたが、ふと今度は青葉を見てみると、青葉が鋭い眼差しで蛇提督を見ていたことに気づいた。


蛇提督「さあ、これで全員だな。終わったのだからさっさと解散してくれ。まだ今日はやる事がたくさんある」


冷たくあしらうように、この場の全員に解散を促す。


明石 「忙しいところお時間取らせて頂いてすみませんでした!では皆さん、朝食に行きましょう!」


龍田 「どうしてあなたが仕切ってるのよ」


そうしてゾロゾロと艦娘達が執務室を出て行こうとする中、大和と武蔵だけが蛇提督に呼び止められる。

内容は昨日、大和に伝えた資材集めの件だった。

09:00までに工廠前に集合ということを伝えられる。ついでに携行砲の装備と使い方を聞いておけと命じられ、承諾した二人は執務室を後にした。



―――食堂―――


夕張 「提督達は出かけて行ったよ」


大和と武蔵に携行砲の使い方を教え、蛇提督達を見送ってきた明石と夕張が食堂へと戻ってきた。


龍田 「お疲れさま。提督は何か言ってた?」


夕張 「夕飯頃には戻るようにするってさ」


大和と武蔵以外の艦娘は、全員、食堂へと集まっていた。

朝食を既に済まし休んでいる者、まだ食べている者など、今は特にやることが無かったのでそれぞれがゆっくりしていた。


古鷹 「ねえ、青葉…?」


青葉 「ん? 何でしょうか?」


古鷹 「…小林さんって誰?」


その言葉が聞こえた何人もが、古鷹と青葉を一斉に見る。

あの場で聞けなくて、誰もが気になっていた事の一つだった。


衣笠 「そうだよ、誰なのその人?あの時、急に真剣な顔で、『何か企んでいるのでは』なんて聞くんだから驚いちゃったよ…」


青葉 「すみません。あれは司令官の腹を探るために不意打ちで聞いてみたんです。」


蛇提督と木村という人が、友人関係にあった事は調べがついていたので、あの場でたくさんの人の目がある中で聞いてみたのだという。何か動揺を見せるかと思ってやってみたが、結果は知っての通りである。

ついでに小林という人の意味深な発言についても、何かあるかと思ったが特にこれといった反応は見せなかった。


龍田 「前に呉鎮守府で協力者の話をした時に、木村さんという人の他にもいるようなことを言っていたけど、もしかしてその人が?」


青葉 「はい。その通りです。」


加古 「どんな人なんだ?」


青葉が言うには、小林という男は小柄で蛙のような顔をした人だという。

フリーライターをしており、主に政治家や名のある軍人、芸能界に関係した人達などの取材をしている。

取り上げる記事の内容は、そのほとんどがスキャンダルや不正、不倫など。

本人曰く、取材というの名の実態調査であると言っていたそうだ。


天龍 「おいおい、そんな奴があいつのことを知っているなんて、随分ときな臭い話じゃねえか?」


夕張 「それってもしかして例の事件の事で調べてたとか?」


青葉 「そのようです。あの方もそれについて調べていた時があったそうです。まあ、そのもっと前から司令官の事は知っていたような感じではありましたが…」


間宮 「その方とは一体どこでお知り合いに?」


以前、衣笠が手紙で頼んできた、蛇提督の故郷とその身内や友人関係についてできるだけ調べてほしいという依頼を青葉は受けた。

大淀からもたらされた情報を頼りに実際に現地に行ったのだという。


朝潮 「その話、私達も聞いていいですか?」


そばで聞いていた朝潮、荒潮、羽黒が近寄ってきた。

どこか不安気な表情をした彼女達を見て、昨夜、蛇提督と何かあったのかと龍田は思った。


榛名 「金剛お姉様に、あの方のことで新しい情報があったら聞いてきてほしいと頼まれていますので、私からもお願いします」


北上 「私はあんまりデリケートそうな話って聞かない方が良いかなって思ってる方だけど、今回は仕方ないかな〜」


響  「…聞かせてほしい」

雷  「私も聞きたいわ!」

電  「電も…なのです」

暁  「わ、私は…!別に…」


青葉の周りに続々と艦娘達が集まる。


青葉 「良いですよ!元々、お伝えしようと思ってましたし。」


そして青葉は、その時の事を語り始めるのだった。



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青葉 「ここが、そうですか〜」


青葉は蛇提督の故郷へとやってきていた。

海に面した小さな村で、とてものどかな場所だった。


青葉 「さてさて、取材と参りましょう!」


村の人達に聞き込みをしながら、蛇提督の生家を探してみることにする。

小さい村であるせいか、それとも村でかなりの有名人なのか、蛇提督の家族を知ってる人達は多かった。

そして教えてもらった通りに道を歩いていくと、目の前に見るからに古そうな家が見えてきた。


青葉 「聞いた通りなら、ここのはずですね〜」


家はその全てが木材で作られ、屋根は瓦と、古き良き日本の家屋といった感じだった。

聞いた通りなら、ここが蛇提督が幼い頃、住んでいたところだった。


青葉 (中に何か手がかりになるものがあれば…)


そうして玄関を開けて中に入ろうとするが、さすがに鍵がかかっていたため、横から小さな庭にまわって、縁側から入ってみる。


もう長いこと人が入っていないのか、あちらこちらホコリだらけ。人が出入りした様子は無かった。

家具などはそれなりに残っていたが、近所の人が言っていた通り、ほとんどの私物は蛇提督の母方の親戚が持っていたようなので、手がかりになりそうなものは無かった。

蛇提督は海軍に入隊するために家を出てって行ったきり、一度も帰ることが無かったというのだから仕方ないだろう。

これ以上ここにいて、誰かに見られても厄介なので早いとこ家から立ち去ることにする。


青葉は海とは反対側、村落を挟むようにそびえ立つ高い丘を目指す。木々に囲まれた坂を登ると、頂上の一角に墓地があった。

墓石が立ち並ぶそのひとつに、蛇提督の両親の墓がそこにはあった。

墓には一つのドッグタグが添えられており、蛇提督の父の名前が刻まれていた。


青葉は墓の前に立ち、手を合わせる。

彼女がそうしようとした理由は、蛇提督の両親の話を聞いたからである。


村の人々から聞いた話をまとめると、こうだった。

蛇提督の父は航海士で月に一度帰るか帰らないかの人だった。

母は専業主婦だが時々、絹織物を売るなどして生計を立てていたという。

蛇提督が生まれて幼少期まで生家にいた頃、蛇提督の不気味な目と性格が近所でも悪い噂の的で、その蛇提督を産んで育ててる夫婦も近所からは忌避される存在だった。


だが蛇提督が海軍士官学校へ行くため家を出て行って数年経った頃、事件が起きる。

この村で火事が起こり、一軒、家の中に一人取り残されてしまう事件があった。

消防士達の救助がまだ来ない中、人々が困惑していると、その時たまたま帰ってきていた蛇提督の父が己を顧みずに燃え盛る家の中に入って行き、取り残された人を担いで戻ってきたのだった。

さらに、その人の応急処置を蛇提督の母が自ら進んで行い、その努力も報われ、一命を取り止めることができたのであった。

その後も、蛇提督の母はその助けた人のお見舞いをする為に一週間に一、二回は病院へ通った。そんな面倒見の良い姿から、たちまちその話は村中に知れ渡り、彼ら夫婦を見直すようになったという。


そんな彼ら夫婦が村の有名人として、褒め称えられるようになった中、また悲劇が起こった。

蛇提督が起こした例の事件である。

軍が蛇提督の生家に家宅捜索をしにきた時は、村ではちょっとした騒動になったようで、機密情報に触れるからと詳しい経緯や内容は聞けなかったが、蛇提督が大罪人として捕まったことは聞いたのだという。

ただ、それを知って一番驚いたのは、やはり蛇提督の母で、泣き叫びながら、「息子はどうなったのですか?!どこいるのですか?!」と軍人一人一人に聞いてまわっていたのが印象的だったそうだ。

それから蛇提督の母は家を空けることが多くなり、村の人の推測では、息子が助かる方法を探していろんな所へ奔走していたのではないかということだった。

そのせいなのか彼女は日に日に痩せ細っていったという。


だが悲劇はそれに留まらず、それからしばらくして、蛇提督の父が任務で戦死した知らせが届いた。

それのせいか、それとも日頃の無理が祟ったのか、彼女は持病が悪化して床に臥してしまい、息子に再会することもできず、まもなく息を引き取ったのだという。


青葉 (せめて向こうでは安らかに…)


この話を聞いた青葉はとても心を痛めた。さぞ無念だったろうと思いながら、二人の冥福を祈る。


このような事があったためか、村人からの蛇提督に対しての評価は一段と悪いものとなっていた。

あれほど立派な両親を持っているのにも関わらず、一度も帰らなかったどころか大罪まで犯して親を泣かせるとは、とんでもない親不孝者だとか見た目通りの悪い奴だったとか、彼の悪評は一段と悪いものになっていた。


お参りを終えた青葉は、ふとすぐそばの崖になっている方を眺める。

その墓地は崖の上から海を一望できる。海からは穏やかな波音が聞こえ、潮風が青葉の髪を優しく撫でるのだった。


???「ここからの眺めは良いですよね」


突然、後ろから男の声がした。

誰だと振り返ってみると、そこには一人の青年がいた。

青葉と身長が同じかやや低いかの小柄な人だった。ただ印象的なのは、一度見たら忘れなさそうな蛙のような顔だということだった。


青葉 「えっと…どなたでしょうか…?」


???「申し遅れました。私はこういうものです」


彼の口調はどこか形式的でやや違和感を感じる。

そう思いながら、彼が胸ポケットから取り出した名刺をもらう。


そこで青葉は、その青年が「小林」という名で、主に有名人の取材をするフリーライターをしていることを聞いた。


青葉 「そんな方がどうしてこのような場所に?」


小林 「私も青葉さんと同じ、この方のお墓参りに来たのです。奥様とは生前に一度だけお会いしましたから」


青葉 (そうか…。もしかしたらこの人も例の事件について調べていたのか…。あれ?今、私の名前を言った?)


自然に名前を呼ばれていたので、最初はすぐに気がつかなかった。


青葉 「あの…私、名前言いましたっけ?」


小林 「いや〜失礼。あなたのことは以前から特徴も兼ねて聞いていましたので、見てすぐにわかりましたよ。艦娘の青葉さん」


青葉 「――っ!」


青葉は驚いた。名前だけではなく艦娘であることもバレている。

軍の規律で艦娘が一般の人間と関わってはいけないと決まっている。にも関わらず、こうして鎮守府の外を出歩いているのを見られてる上に、お忍びだとバレればいろんな問題が起きる。

相手が記者ともなれば、尚更だった。


青葉が急に慌て始めたのを見て、小林は言う。


小林 「ああーいやいや、そういうことじゃないんですよ! ここで会ったのも秘密にしますし、だからと言ってそれをネタにどうこうするということもしません」


青葉をなだめるように落ち着かせる小林。


小林 「それに、あなたの特徴と合わせて、いずれ会うこともあるだろうと教えてくれた人は…。まあ、誰なのかは青葉さんなら察しがつくんじゃないでしょうか」


ニヤリと笑う小林の顔を見て、青葉はすぐに蛇提督ではないかと考える。


小林 「あなたがここにいるということは、彼について調べるためでしょう?」


完全にお見通しだなと思った青葉は、いっそのこと開き直って小林に聞き返す。


青葉 「……例の事件の事、何か知っているんですか?」


直球で、核心に触れる質問をする。


小林 「知っているのなら、とっくのとうに記事にしてますよ」


ケロッとした顔でサラッと答える。

「知らない」とも取れるし、「知っているけど話さない」とも取れる回答だった。


青葉 「でも、蛇提督のお母様にはお会いしたんですよね?」


小林 「ええ、お会いしてお話を色々聞かせて頂きました。でもその内容は…」


主に蛇提督の幼少期、少年期の頃の話だったという。

とどのつまり、息子はこれだけ良い子なのだから、そんな大罪を犯す子ではありませんという母親視点の言い分だったそうだ。


青葉 「じゃあ他に手がかりになるような事はありませんか?」


なんでもいいから、何かを聞き出そうとする。


小林 「そうですね〜。これといって特には。ただ私の経験から言いますと…」


青葉 「な…なんですか?」


勿体ぶったように話す小林に、青葉は食い下がる。


小林 「人に知られてはいけない真実だってある。…僕だって自分の命は惜しいよ」


急に雰囲気が変わった小林に、青葉はゾクッと身の毛がよだつ。


小林 「青葉さんは人から何かを聞くのは好きかな?」


青葉 「は…はい」


急にニコリと微笑みながら質問をしてくる小林に不気味さを感じながら青葉は答える。


小林 「それは良いことだ。記者を目指す者として大事な資質だ。」


青葉 「あ…ありがとうございます…」


小林 「だが、真実を知ろうとすれば別だ。真実は時に残酷で、その当事者でなくとも知ってしまった者は、知ってしまったという責任と自分がこれからどうするかの選択肢が生まれる。『知る』ということはそういうことさ」


青葉 「…」


記者ならではの価値観だからか、その言葉には何とも言えない説得力を青葉は感じていた。


小林 「だから…生半可な覚悟で、やってはいけないよ」


その言葉は青葉の心に釘が刺さったかのような衝撃を与える。

それのせいなのか青葉は一言も喋れずにいた。


小林 「だからね、記事にするなら良いことを載せると良いですよ!」


と、また最初の口調にいきなり戻り、青葉は拍子抜けする。


小林 「うーん、私も記事の路線を変更しましょうか〜。ドキュメンタリー物とか良いかもですね〜」


などと、独り言を始めてしまった小林を見て、はぐらかされてしまったかなと思う青葉だった。


小林 「そうそう、事件の事はわかりませんが、あの方についてなら私が話せる範囲であれば話しますよ」


「え?それはいいのですか?」と青葉は呆れつつも蛇提督についての話を聞くのだった。


そこで聞けたのが、

蛇提督と木村は養成学校時代からの付き合いで、今も協力関係にあること。

どういう経緯かわからないが蛇提督と中森もその頃に知り合っていたこと。

ついでに小林も蛇提督と知り合ったのもちょうどその頃であったこと。

木村は中森の部下で、共に同じ班で研究をしていたこと。

研究内容は艦娘の生態と深海棲艦との関連性であったこと。

提督の資質があっても、蛇提督は輸送船の部隊への加入を志望していたこと。

学校内でも生徒の間では派閥によってグループ化されていたが、蛇提督はどこにも属さなかったこと。

などなど、蛇提督とその周りの人達についての情報を、青葉は聞くことができたのだった。


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―――現在 食堂―――


青葉が一通り話し終えたところで、聞いていた艦娘達はしばらく静まり返っていた。


青葉 「以前、協力者の話をしたと思いますが、この小林さんがそうであると私は思っています」


古鷹 「榎原提督を怒らせた、あの時の話だね?」


青葉 「そうです。ここの司令官の代わりに他の提督の事を調べているのではないかと思います」


天龍 「そんな奴がどうしてあいつと協力関係なんだよ?事件を起こしたのはあいつの方じゃないか?あいつの悪事を公表するべきじゃないか?」


青葉 「それはきっと例の事件の真相を知ったからでしょう」


加古 「どうしてそうなるのさ?」


青葉 「よく考えてください。小林さんは大物のスキャンダルを主に取材をする方なのですよ」


元々、小林と蛇提督は事件の前からの知り合いだったこともあって、蛇提督が捕まったことを何かで知ったのだろう。

小林自身もこの事件について独自で調べていたけど、昨今、蛇提督が牢から出てきて、その真相を聞くことができた。

蛇提督は例の事件となった謎の任務を知っている。その真相は海軍にとって箝口令が敷かれるほどで、他に知られてはいけない重要な内容。その海軍の最大の弱みを蛇提督が知っていると言ってもいい、と語る青葉。


青葉 「ですから、小林さんは『自分の命は惜しい』と言ったんです。この言葉は、知れば命を狙われるほどの重要な内容だったことを裏付けていると思います」


扶桑 「大淀さんの話でも、その任務の内容については同じことを仰ってたわね。もしも知れば無事ではいられないと…」


青葉 「はい。きっとそういうことなのでしょう。大淀さんの話を聞いて、小林さんの話と合点がいきました。そして…蛇司令官の狙いも…」


龍驤 「ね…狙いって…何なんや?」


青葉 「それは…海軍への復讐を企んでいると私は思っています!」


暁  「ふっ…復讐!?」


響  「随分と物騒な話だね…。根拠はあるの?」


青葉 「はい!十分にあります!」


蛇提督は、元々、養成時代から海軍には不信感があった。そのため、どの派閥にも属さなかったという。事件を起こしたのも、その不信があったため。だけど結局、目撃者がいて、当時の海軍上層部の者達に無期懲役の刑にされる。

さらには、少なからず何らかの親交があった中森も同じ任務で亡くし、その後、両親も亡くなったことも重なり、その理由が例え逆恨みであっても全て海軍のせいにしてもおかしくないと、青葉は断言する。


天龍 「それならよう、むしろ公表してしまえばいいじゃねえか?そうすれば、自分の行為も無実になる可能性だってあるんじゃないのか?」


青葉 「そこが彼の怖いところです。暴露するタイミングを見計らっているのではないかと思います。ただ暴露するだけでは効果は薄いし、確証のない話だと思われてしまわれては意味がないからです」


龍田 「なるほど。公表するのなら、海軍側にその確証がある時にしたいわけねぇ」


羽黒 「ですが…海軍の方達は、公表されるリスクがあるのに、わざわざあの方を提督として起用するでしょうか?」


青葉 「はい。なので実際は、起用の話を持ち出したのは元帥で、当初は上層部の人間達も反対したそうです」


山城 「当然ね。そんな自分達の弱みを握ってる者を呼ぶなんて、普通はありえないわ」


青葉 「そうです。ここで考えられるのは、元帥が実は、蛇司令官と協力関係にある可能性です!」


天龍 「おいおい!?どういうことだよ、そりゃあ?!」


青葉が言うには、元帥は当時、海軍大将として、事件の軍法会議に参加しており、大淀の話からでも分かる通り、事件の真相を知っているのは確実だった。

上層部の反対を押し切ってまで彼を起用させたのは、その時、彼自身も海軍の対応に不信感を抱き、ある意味被害者である蛇提督と協力、または利用しようとしているのではないかと青葉は推測する。


青葉 「元帥を尊敬している大和さんと武蔵さんには悪いですが、大淀さんの話を聞く限りでは、何か企んでる可能性は否めないのです」


間宮 「協力関係ですか…」


初霜 「間宮さん、どうかしたのですか?」


深刻そうな顔をする間宮を見て、初霜は気になって話しかける。


間宮 「実は、以前…」


間宮は以前、蛇提督に元帥との関係を尋ねた時の話をした。

その時の彼は『生き延びる為には、嫌いな奴とでも組む』や『元帥と私の利害が今は一致している』と言ったことを話した。


天龍 「青葉の言ってることも、あながち間違ってなさそうじゃないか」


青葉 「そうでしょそうでしょ!」


間宮 「提督と元帥の間で何かの話を進めると早いわけは、元帥が元々、提督に協力的であると考えるのは認めますが、海軍に復讐をしようとしていると考えるのは、無理があるのではないでしょうか?」


事件の真相が明かされて海軍組織そのものを揺るがすようなことであるなら、何より元帥自身もその立場が危ぶまれることになる。

海軍の重要ポストにいる彼としても、組織が崩壊するような事に加担するというのは、ありえないのではないか、と間宮は反対する。


青葉 「いえいえ、元帥自身も現在の海軍上層部の人達には手をこまねいています。今日に至るまでの海軍の腐敗は、現在の上層部の重鎮達が作り上げたと言っても過言では無いのです」


元帥も、今の海軍を変革するための何らかのきっかけが欲しいと思っているはずである。その中で、海軍に恨みを持つ蛇提督はまさに利用価値がある存在なのである、と青葉は説く。


夕張 「んまぁ…提督にとっても元帥が協力者となるなら、この上ない相手よね…。例え軍法会議で自分を牢に追い込んだ一人であったとしても…。そうすると間宮さんが聞いた提督の発言も意味が通じるわね…」


青葉 「狐提督の情報を得ていたのも、海軍へ復讐を果たす、その準備の一環だったということでしょう。けれど、あの方の恐ろしい計画はこれだけでは無いと私は思っています!」


衣笠 「まだ何かあるの?!」


青葉 「私は思ったんです、古鷹の時の一件といい、狐提督の時といい、蛇司令官は艦娘が嫌いで、むしろ『勝手な行動をするような部下は組織として不適切』とまで言った彼がどうして艦娘を解体しようとしないのか…」


夕張 「それは…資源無くて代わりを建造出来ないからでしょう?」


そんな夕張の回答に青葉は「ちっちっち」と人差し指を左右に振る。


青葉 「皆さんは忘れがちになっていると思いますが、私達、艦娘は海軍にとって何なのでしょう?」


加古 「そりゃあ…深海棲艦を倒す唯一の手段でしょ…?」


青葉 「そうです!そして同時に…最大の脅威であることです!」


国の方針で「打倒、深海棲艦」の目標がある以上、政治的にもその権限を強めてきた海軍。

その地位まで押し上げてきたのは、間違いなく艦娘の存在があればこそだった。

だが、今までの海軍と艦娘との歴史が告げる通り、海軍は艦娘を恐れている。

もしも彼女達が本気で人間に反乱をすれば、対処のしようがないのである。

だからこそ、艦娘達の自由に制限を設け、悪人に利用されることを避けるため、一般人には関わらせず、その情報も秘匿としてきたのである。


青葉 「蛇司令官もこの事をよくわかっているはずです。そこで私達を海軍に復讐するために利用しようとしているのではないかと私は考えています」


榛名 「まさか!?そのようなこと…」


青葉 「無いと言い切れますか?」


古鷹の一件の時は、龍田と天龍を軽い罰で済ませ、狐提督の時は無かったことにする。

どちらも一歩間違えば自分の命が危なかったはずなのに、である。

さらに、資材集めに行くとき、艦娘に携行砲を持たせていることも不自然であると青葉は言う。


明石 「それについては私も思いましたね。夕張から携行砲を使ってるんだと聞いた時、私も驚きましたが、理由を聞いて少し違和感を感じるんですよね〜」


携行砲を持たせる理由が、蛇提督が艦娘に何か変な事をしようとした時や逃亡を図ろうとした時などに使うといいと言われたと聞いた。

だが別に、それだけのためならば携行砲を使わずとも艦娘の身体能力があれば、駆逐艦の子などの小柄な艦娘は別としても、一人の人間相手なら簡単に制圧できる。

むしろ艦娘が反乱を起こそうとした時、蛇提督が圧倒的に不利になってしまう事を考えれば、ありえない条件と言える。


夕張 「あ!」


明石の説明を聞いている時、急に何かを思い出すように、思わず声を上げる夕張。


加古 「わっ!…急にどうしたのさ?」


驚いた加古が夕張に尋ねる。


夕張 「そういえばと思ってさ…」


実は夕張にだけ、蛇提督から携行砲を保管してる金庫の鍵を置いてある場所を聞かされていた事を話す。

必要な事態となれば、許可がなくとも使用を辞さないとのこと。


古鷹 「えっ!?そうなの?」


夕張 「理由を聞いたら、『もしもの時の為だ』って…」


明石 「それでも、そんな事をする提督なんていなかったなー」


携行砲はその鎮守府の提督が責任持って保管し、許可を出さない限り艦娘は自由に使えない。

軍規によって定められている規律をあえて破る形である。


青葉 「ほうほう〜。それはつまり蛇司令官に海軍への反発心がある証拠ではないでしょうか」


衣笠 「ちょ…ちょっと待ってよ!」


衣笠は、青葉の話がそちらへいってしまうのを止めるように入ってくる。

蛇提督は例の事件もあり軍でも一部の人間の中では、彼は有名な人物だった。

だからこそ、彼を恨んでる者もいる可能性があるし、密かに命を狙う者もそれこそいるのではないかと衣笠は言う。


衣笠 「だから、『もしもの時』ってのはそういう事じゃない?」


龍田 「確かにありそうな話よねぇ」


青葉 「いえいえ、その辺は憲兵の方々が警戒してますし、携行砲を使わせるほどのことではないはずです。それこそ自分の身が危険になったら、例の事件の時のように私達を盾にすればいいだけの事です」


しかも一人だけとはいえ、艦娘に鍵の場所を教えるということは、艦娘に勝手に使われてしまう可能性もある。

そういう事態は蛇提督にとっても望まない事態であるはずなのに、まるで、あえて隙を見せてるようであると、青葉は言う。


朝潮 「それならば、私達に何かあってはいけないからそうしているのでは? 陸上でも戦えるように」


青葉 「そう、それです!その矛盾です!」


荒潮 「矛盾?」


青葉 「艦娘を保護しようとしてることです!嫌いと言ってる割には、処罰が甘いのです!」


古鷹 「確かにそうだけど…」


天龍や龍田だけではない。

古鷹が取り乱してしまった事も、響が大破して高速修復材を使わしてしまった事も、隠れて発明をしていた夕張も、強いて言うなら、喧嘩して周りに迷惑かけた暁と雷も。

大した処罰や叱責もしなかったのである。


青葉 「にも関わらず、自分の鎮守府の艦娘に限らず、別の鎮守府の艦娘も助けるような真似をしたその狙いは、海軍への脅威を減らさないため…」


龍田 「まさか…私達が海軍へ反逆することを望んでると言うの?」


天龍 「ああ!そうだよ!あいつ、そんなこと言ってたじゃないか!」


呉鎮守府で蛇提督から叱責を受けた時、『やるならもっと計画的に』ということを言っていたことを、天龍は思い出した。


龍田 「それだけじゃないわ。前人の提督の時の話をした時も、人間に反逆の意思が無いか聞かれたわぁ」


青葉 「やはり、そうでしたか!これはいよいよ、私の推測が真実味を帯びてきたことになりました!」


加古 「ちょっと待った!そんな事をして提督に何の得があるんだよ?!」


青葉 「海軍に復讐する方法は、いくつかあるという事です」


間宮 「それは…どういう事ですか?」


青葉が言うには、海軍への復讐する方法をいくつか考え、その為の準備をしているのではないかと考えている。

自分が元帥などの上級階級にまで上り詰め、敵を蹴落としていく方法。

艦娘の力を使って海軍そのものを潰していく方法。

自分を貶めた連中に復讐を遂げられるのならば、どんな手段も構わないはずである。


艦娘の反逆に関しては、「例の現象」がある限り、艦娘には人間を襲うことができない。

そこで蛇提督は、海軍特殊研究所の一員だった木村と協力して、今までの研究を基に艦娘の特性を調べることで、「例の現象」のメカニズムの解明や対処法を調べているのではないかと考えている。

木村もまた中森の同じ班の部下だった事もあり、例の事件をきっかけに海軍に復讐を考えてもおかしくない、と青葉は付け加える。


龍田 「確かに、私達の事について聞いてくることは多いはねぇ」


改二についても興味があった理由は、本当はそれが目的だったといっても、おかしくはないだろうと考えてしまう。


天龍 「現象のことについても聞いてきたしな」


戦いに勝利するために艦娘の特性を聞いてくるのは建前で、自分の狙いが悟られないようにしながら、復讐を果たす手がかりを調べていたと思うと、今までの蛇提督の言動を考えれば、無いとは言い切れなかった。


衣笠 「で…でもさ…」


衣笠が何か言いたそうであるが、言えずにいる姿を青葉は見ながら、さらに続ける。


青葉 「そして呉鎮守府で実際に司令官を見た時は、危険な方だと思いました…」


あの分析力と判断力、思考の緻密性…。霧島の言っていたことも、あながち間違いじゃない。

さらに極め付けは、意図してかそうでないのかわからないあのカリスマ性。

樹実提督にも靡かなかった金剛を一目惚れさせ、他人に興味なさそうな島風や北上の興味を引き、ましてや堅物の長門にも好感を抱かれてるのは相当なことである、と青葉は続ける。


北上 「別に他人に興味がないわけじゃないけどさ〜。まあ、興味をそそられるというのは本当かな〜」


青葉 「それです!私達は彼が、艦娘を盾にして逃げるほどの悪人だとわかってるはずなのに。なぜだかそのミステリアスな雰囲気に思わず、魅かれてしまうのです!これを悪用されればこれほど怖いものはないです!」


扶桑 「ですが…あの方が仰る言葉は悪いものだけではありません。それこそ、私達を励ましたり、勇気づけたりするのです」


衣笠 「そ、そうよ!青葉は知らないだけで、時には良いことだって言うのよ!」


青葉 「だからそれも、先ほど言った通り、私達を復讐に利用するための偽善なのです!騙されてはいけません!」


そう言われてしまうと100%否定できない。

だから、蛇提督に好感を抱きつつある艦娘達も言い返すことは出来なかった。


龍田 (目的は他にもありそうねぇ…)


衣笠に対しての青葉の反応を見ながら、龍田は改二お披露目会していた時の青葉の様子を思い出していた。


青葉 「例の事件で犠牲になった艦娘達の二の舞になりたいのですか?好感を抱いた艦娘から、あり得ない命令だってするかもしれないのです」


朝潮 「それは、あり得ません!」


突然、朝潮が声を荒げる。


青葉 「ほう。どうして、そう言い切れるのか教えていただけませんか?」


挑発するように青葉が尋ねる。

よほど自分の推測に自信があるようだった。


朝潮 「そ…それは…」


条件反射で言ってしまったのか、先程とは反対に言えなくなってしまう朝潮。


龍田 (もしかして…)


朝潮が答えられないのは、昨夜、蛇提督と話した事なのだろうと龍田は察する。


朝潮の表情は困惑した顔だったが、手は強く握りしめて、わずかに震えてる。

その様子を見て言い出したのは、雷だった。


雷  「大丈夫だわ!」


何事かと皆が雷の方へと目を向ける。


雷  「どんなことでも、私は笑ったり怒ったりしないわ!どんなことでもちゃんと聞く!」


力のこもった眼差しで雷は朝潮を見る。


雷  「話すかしないかは、あなた次第だけど…。今、話したいと思ったなら、その心に従うべきだと思うの!」


暁  (あ…)


近くで聞いていた暁が雷の言葉に一瞬ハッとした表情をする。


雷  「あの司令官のことなら私も……私も色々と知っておきたいの!」


響  「響も…知りたい…!」


電  「電も…なのです!」


雷の言葉に呼応するように響と電が言う。


青葉 「青葉は一記者として、一人一人の意見を尊重するのです!」


と言うものの、半分そうであってもう半分は、あの司令官の情報を聞き出せるということなら歓迎するという、青葉の思惑もあった。


朝潮はまわりを見渡す。

他の艦娘達も沈黙と眼差しを以って朝潮に答える。


羽黒と荒潮、そして朝潮は、互いにアイコンタクトで、「話しても良いんじゃないか」と決めるのであった。


朝潮 「では…お話しします」


そうして、朝潮は昨夜の蛇提督との出来事を語り始めるのだった。




―――昨夜 執務室―――


昨夜、全ての艦娘達が就寝の準備を始めた頃。

朝潮、荒潮、羽黒の三名は蛇提督と事前に約束した時間に執務室へと赴いていた。


部屋へ入ってみると、蛇提督がユカリを抱きかかえながら、ユカリの頭を撫でて座っている。


蛇提督「そこのソファに腰掛けておけ」


蛇提督の言う通り、三人はソファに腰掛け、蛇提督もユカリを抱きかかえたまま、彼女達から見て向かい側のソファに腰掛けるのだった。


蛇提督「では聞かせてもらおう」


そうして朝潮達は蛇父と関わった任務の出来事を語り始める。



―――5年前 シンガポール基地―――


羽黒 「え…えっと…輸送艦護衛任務で参りました。重巡洋艦の羽黒と言います」


羽黒を始め、朝潮、荒潮、皐月、磯風、浦風が簡単な自己紹介を兼ねて敬礼をする。


蛇父 「うむ。よろしく頼むよ」


羽黒達と同じく敬礼で返す目の前の男性は、今度の輸送艦隊の司令官であり、三隻いるうちの一番艦の艦長である。階級は中佐だった。

かなり渋い顔つきだが、穏やかな雰囲気を纏っているので、不思議と怖い印象が無い。初対面の相手に億劫になりやすい羽黒でさえも、護衛任務の詳細を打ち合わせしている時はすんなり話を進められたという。


羽黒達と輸送艦隊がシンガポールを発ち、目的地である佐世保鎮守府を目指す。

途中で深海棲艦との会敵もあったが、難なく撃退し、航路を順調に進んだ。

そして、前から中継地点として予定していた高雄警備府に寄港する。

台湾政府との公約で、現在、台湾海軍が使用している軍港の一部を借りている場所だった。

目的の佐世保まで目と鼻の先である。


羽黒達は一旦、補給を兼ねて休息を取る。

補給を終え、行く所もない羽黒達六人は出撃ドックの側の岸壁の上で集まって休んでいた。

だがそこは、一般の海兵達も往来するところでもあったため、若い海兵達が好奇の眼差しで彼女達を見ていることも多かった。

その眼差しが明らかに尊敬とは無縁であることがわかるため、彼女達も居心地が悪い思いをしている中、彼女達を見ている集団に対して一人の男が怒鳴りつける。


蛇父 「何をしている!! 早く持ち場に戻らんか!!」


雷でも落ちたかのようなその雰囲気に圧倒された海兵達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


蛇父 「悪かったな、嬢ちゃん達。これでも食べて許してくれ」


そう言って渡してきたのは、煎餅が入った包みだった。

その時の表情は先程の怒った顔とは打って変わって、とてもにこやかになるものだから、彼女達も自然と笑顔がこぼれるのだった。


磯風 「中佐殿、先程は助かったぞ! 礼を言う」


浦風 「中佐、素敵だったじゃけえ〜」


蛇父 「困っていたようだったのでな。助けられて何よりだ」


皐月 「この煎餅、おいしいよ!」


荒潮 「なかなか、いけるわぁ〜」


朝潮 「何から何まで…お気遣いありがとうございます!」


蛇父 「気にしなくていい。助かっているのはこちらの方だからな」


羽黒 「そんな…私達はただ任務をこなしているだけですから…」


彼らのやり取りは、とても和やかなものだった。

彼女達がそうなれたのは、蛇父の父親のような雰囲気が、彼女達を安心させたのである。


そんな中、一人の海兵が蛇父のもとにやってきた。


海兵 「伝令です!」


敬礼して彼はその内容を伝える。


蛇父 「ふむ…そうか。目処は?」


海兵 「…小一時間ほどかと」


蛇父 「わかった。何かあれば、また連絡を頼む」


海兵 「了解です」


敬礼して彼は立ち去っていた。

羽黒達の方に向き直った蛇父は、どうしたのだろうという怪訝な表情を浮かべている彼女達に報告の内容を説明する。


蛇父 「三番艦がボイラーの不調で、しばらく修理にかかるそうだ。年代物だから仕方がないな」


羽黒 「そうですか…。でも航行途中で何かあっては大変ですから、現時点で見つけられたのは幸いです」


蛇父 「そうだな。早く直ってくれるといいのだが…」


穏やかで落ち着きのある蛇父が、少し焦りを見せている。

それを見た浦風が「どうかしたんけぇ?」と尋ねる。


蛇父 「この任務を終えたら、一度故郷に帰るつもりなのだ。ちょっとばかし問題があって、妻が心配なんだ…」


磯風 「奥さんの身に何かあったのか?」


蛇父 「厳密には、私の息子だがな…」


つい先日、蛇父の妻から手紙が届き、その内容に驚いた事を話す。

同じ海軍に入隊して間もない自分の息子が、海軍への反逆罪の罪で捕まったことが書かれていた。

だがそれ以外は詳しくわからず、手紙の文面からだけでも妻が酷く困惑し心配していることが見てとれた。

この手紙が書かれ自分の所まで届くのに、早くても一ヶ月近く経ってるはずなので、中佐は上官に無理を言ってでも、妻の様子を心配して早く故郷へ帰るつもりだったという。


朝潮 「それは一大事なのです!」


皐月 「そういう時って居ても立っても居られないよね…」


磯風 「しかし、中佐殿はこれほど立派な方であるのに、あなたの息子は親を心配させるとはな…」


荒潮 「ンフフ〜。やんちゃな子なのかしらぁ〜」


羽黒 「そ…そういうわけでは無いんじゃないでしょうか…?」


本気か冗談かわからない荒潮の言葉に羽黒が戸惑う。


蛇父 「私の息子は、安易に反逆などとする子ではない。あれはしっかりと自分の考えを持った子だからな」


磯風 「では、何か考えがあって、そうしたと思っているのか?」


蛇父 「いや…むしろ…」


何か思い当たる節があるのか考え込むように俯く蛇父。


浦風 「むしろ……何かあるんけぇ?」


蛇父 「いや……私の考えすぎだろ。どちらにしても事件の詳細を聞くためにも、一度本部へ行くしかない。妻と息子にも直接会いたいしな」


羽黒 「無事であるといいですね…」


皐月 「ねえ!中佐の故郷の話聞かせてよ!僕、興味あるな〜」


話が一段落したところで、切り替えるように元気な声で皐月が提案する。


浦風 「ウチも聞かせてほしいわー。中佐のこと、もっと知りたいんよお〜」


蛇父 「まだ時間はある。別に構わないぞ」


そうして、蛇父は自分の故郷のことを語る。

海がすぐそばにある、のどかな村で、海から吹く風はとても心地良いなどなど、最初こそ村の話をしてたのも束の間、段々と自分の家族の話をし始める。

特に息子の話が多く、その言葉には穏やかな蛇父でも熱がこもっていた。

息子は、自分に似て落ち着きがあり、妻に似て意志の強い子だという。

ただ、突然変異か何かで特異な目を持って生まれてきてしまったため、周りからは忌避されてしまう。

自分達もその子の親として、忌避される対象だったが、その事で一度だけ息子が激怒して相手を殴りつけることもあった。

でもそれからか、彼はより一層大人しくなり、時々、泥や怪我だらけで家に帰ってきても「転んだだけ」と言うだけで、口数も減り、感情を表に出すことも無くなったのであった。

それでも、いつからか自分と同じように航海士になって海に出たいと言うものだから、守ってやりたくて仕方なかったという。

だが、辛いことも苦しいことも言わなくなって、何もかも背負い込んでるような姿を見ると胸を痛まずにはいられなかった。

息子の為に何かしてやりたかったが、どうしてやれば良かったのか今もわからないのだという。

だからせめて、今回の事件についても、何か無理しているのなら助けてやりたいと、蛇父は語った。


蛇父 「そうだ…。もしもなんだが、伝言を頼まれてもいいか?」


朝潮 「はい。何でしょう?」


そうして聞かされたのは、例のあの伝言だった。


磯風 「なぜ、そのような事を私達に託すのだ?帰った時に直接言えば良いだけではないか」


蛇父 「それは、そうなのだがな…」


蛇父が言うには、妻の手紙によれば、妻は捕まった後の息子に会えていないそうだった。

自分が戻っても、もしかしたら会えないかもしれない。そうなれば息子に会える機会がまたいつ来れるかわからない。

だけど、息子の無実を信じてる。いつかきっと、それが証明されて釈放されるかもしれない。

そうなった時、息子に会える可能性があるのは、今の自分と同じように、艦娘達の方かもしれない。


蛇父 「ただ、君達が一番早く会えるかもしれないと思った。これを託せるのは君達しかいない。そう思ったのだ」


朝潮 「わかりました!必ずやお伝えします!」


蛇父 「ハハッ。会えたらでいいよ」


蛇父は真面目すぎる朝潮に対しても、子供を可愛がるような眼差しで笑うのだった。


海兵 「中佐、お取り込み中、失礼します!」


再びあの海兵が伝令を伝えに来た。

どうやら修理を終えたらしく、その報告に来たようだった。


蛇父 「そろそろ出港だ。」


皐月 「話、とても面白かったよ!」


浦風 「家族の話はいつ聞いてもええなぁ〜。ウチも同じ陽炎型の姉妹に会いたくなってきたわぁ〜」


磯風 「中佐の家族を思う心…しかと聞かせてもらった。良い学びの場になった」


朝潮 「中佐のお話、とても感動いたしました!」


荒潮 「また聞かせてほしいわ〜」


羽黒 「ご家族の方と再会できること祈ってます」


蛇父 「ああ、私も久しぶりに故郷の事を話せて、とても良かったよ」


そして彼女達は持ち場へと戻る。これが蛇父との最後の別れになるとも知らず…。

ここからは彼女達が後に生き残った海兵達から聞いた話を混じえて語ることとする。


高雄を発って数分後。電探に敵影を見つける。

輸送艦隊の進行方向から見て、五時の方角からいくつかの敵艦隊がこちらを追いかけるように迫ってくる。

積荷も多く、年代物の輸送艦ではすぐに追いつかれてしまうと判断した羽黒は迎撃体制をとることにする。


護衛の仕方であるが、三隻の輸送艦は縦一列の単縦陣で航行し、それを囲むように羽黒達が同航する。

敵が後ろから来るということで、一番先頭にいた羽黒と左舷側にいた朝潮が交替して、羽黒達五隻は後ろから来る敵艦隊の迎撃をする。

戦闘の巻き添いを食らわないため、艦隊は羽黒達を置いて先行する。佐世保までもうすぐだったからだ。


朝潮 (ん? あれは…)


遠目の海面に何かの影が見えた気がした朝潮。

今日の海は晴れているのにも関わらず、波が少し高い。だから目視ではなかなか遠くをじっくり見る事ができなかった。


朝潮 (あれは……魚雷!?)


酸素魚雷の類で雷跡が見えにくいタイプのようだった。だから発見が遅れてしまう。

だけどそれ以上に、数が尋常じゃない。少なくとも二艦隊分が一斉射撃した数はある。


蛇父 「全艦、回避!」


魚雷接近の報は、一番艦のブリッジで指揮を執る蛇父のもとにも伝わる。


朝潮も必死に魚雷処理にあたるが、魚雷が広範囲かつ大量のため、厳選して処理しなければならなかった。

そして敵の魚雷群の一つが、一番艦の左舷後部に直撃する。


ドゴーーーン!!!


大きな爆炎を上げる。

直撃した魚雷が、先ほど朝潮が処理していた魚雷の中で、あと一つ間に合わなかったものだったと思うと悔しくて仕方がない。


朝潮 「このままじゃ守りきれない!」


朝潮は魚雷が来た方向へと突撃する。

相手は間違いなく、かなりの数の潜水艦隊だろう。対潜装備が十分とは言い難いが、それでも敵の注意がこちらに向けばそれでいいと思った。

朝潮は自分が盾になるつもりだった。


ソナーに感あり。敵を捕捉。朝潮は最大戦速で近づき、爆雷を投げつける。

ドーンと命中した感触はあった。だが、再び敵の潜水級は一斉に魚雷を放つ。

目の前にいる朝潮はものともせず、全て輸送艦隊に向けて放たれる。やはり狙いは輸送艦だけのようだった。


そして放たれた第二波は、二番艦の左舷側の前部に、三番艦も二番艦とほぼ同じ場所に命中してしまう。


蛇父 「状況は?」


被害が広がり、海兵達に動揺が広がる中、蛇父だけは落ち着いていた。


海兵A「二番艦、三番艦共に被弾し炎上はしてるものの損傷は軽微、多少の減速はあれど航行可能だそうです!」


中佐 「この艦はどうだ?」


海兵A「鎮火には成功しましたが、推進部を損傷して、かなりの減速が予想されます!」


中佐 「具体的には?」


海兵A「第ニ戦速が限界だそうです…」


第二戦速……そのスピードでは後方から迫る敵艦隊どころか斜め前方から迫ってくる潜水艦隊すらも振り切れない速度だ。


蛇父 「後方の艦娘達はどうなっている?」


海兵B「迎撃にはある程度成功。駆逐艦三隻を前方の応援に向かわせると報告あり」


羽黒達は前方の潜水艦隊への対応をするために、羽黒と磯風が引き続き後方の迎撃に当たり、荒潮、浦風、皐月が最大戦速で追いかけていた。


蛇父 「ふむ…。後方はなんとかなりそうか…」


蛇父は少し考えたあと、決断を下す。


蛇父 「全艦に告げろ。本来の方角から二時の方角に転進。単横陣の形を取れ。一番艦の影になるように速度を調整しろと伝えろ!」


海兵C「まさか…この船を盾にするおつもりですか?!」


蛇父 「このままでは全艦、撃沈されるのも時間の問題だ。艦娘達の応援が来るまで時間を稼げればいい」


敵の潜水艦隊から見れば、縦一列に並び、一番艦を盾にすることで被害を最小限に抑えるつもりのようだった。


蛇父 「よって、この艦の乗組員全員に退艦命令を告げろ。…ここは私一人残れば十分だ」


今、戦いが起きていることを忘れてしまうほど、その場の空気が一瞬静まり返った。


海兵A「いえ、私も残ります。中佐のお考えを達成させるならば、お一人ではできません」


海兵B「私も残ります。エンジンの出力などは常に確認してなければなりませんから」


蛇父はすぐ断ろうと言いかけたが、彼らの目が既に覚悟を決めてることを、目を見て察する。


蛇父 「……すまない」


彼らの色々な思いを受け取ったかのように、低い声で返す。


海兵C「で…では、私も!」


海兵A「君は退艦だ」


海兵C「な…なぜですか?!」


自分だけ置いてけぼりを喰らったかのように思った海兵Cは問い返す。


海兵A「君はまだ若い。それに故郷に結婚したばかりの妻を残したままだろう?」


海兵C「家族がいるのは、皆さんも同じでしょ?!」


海兵B「残るべき最低人数はもう埋まってる。君は必要ないのさ」


海兵C「私がそんなに足手まといなのですか?!」


怒りの感情に流されそうになった海兵Cを諭すように蛇父は答える。


蛇父 「そうじゃない。君にはまだやるべき事があるということだ」


海兵C「やるべきこと…?」


蛇父 「これからの新兵を育てる必要もあるだろうし、私達が教えた航海術や艦の知識を他に教えていく必要もある。そして何より…」


海兵C「な…何ですか?」


蛇父 「私達がどのように戦ったのか、だ」


海兵C「…っ!」


その言葉で海兵Cは蛇父達の思いをわかったような気がしたのだった。

そして、その時の蛇父達の清々しい笑顔は忘れられないと後に語っている。


蛇父 「これを君に渡しておく」


そう言って、蛇父達は海兵Cに投げて渡す。

それは兵士一人一人が持っているドッグタグだった。


蛇父 「もしも、私の妻に会えたら伝えておいてくれ。すまない、息子を頼む。とな」


他の海兵達も海兵Cに一言言い残す。


海兵C「……わかりました。ご武運を…!」


噛み締めるように答え、敬礼で以って敬意を込めた別れの挨拶をする。


蛇父 「君にも」


同じく蛇父達も敬礼で返す。


海兵Cにとって、これが彼らとの最後の別れとなった。

そしてボイラーの調子を最後まで見届ける整備士達も何人か残り、それ以外の一番艦の乗組員達は艦を捨てて海へと飛び込んだのだった。



朝潮 「どうしたのですか?!こっちを見てください!私が怖いのですかっ?!」


朝潮は言葉が通じるかもわからない潜水級達に必死に挑発する。

だが、相手してくるのは攻撃されたものだけで、他は朝潮に見向きもしない。

波で揺れることもあって、なかなか爆雷が当てづらいこともあり、一人だけで全てを処理するのに困難を極めた。


朝潮 (このままじゃ…このままじゃっ…!!)


段々と焦りになっていくのが自分でもわかる。潜水級達はまた狙いを定め、発射体勢に入っているのがわかる。

そしてその悪い予感は現実になる。再び潜水級達が朝潮の目の前で一斉に魚雷を放つ。



荒潮 (お願い…間に合って!!)


皐月 (早く!早く!!)


浦風 (ウチは…ウチは中佐に生きててほしいんや!)


三人は急いだ。羽黒達に「中佐をお願いします」と託され、必死になっていた。


無線連絡でも聞いたが、遠目からでも輸送船の陣形が変わったことがわかる。

中佐が危ない。彼女達はただ祈る思いで走り続ける。


そしてやっと一番艦を目の前にするまで追いついたその時だった。


ドゴーーーン


大きな爆炎が一番艦を包む。

魚雷が命中したところは、こちらから見ても予想できた。

きっと左舷のほぼ真ん中、ボイラーのあるところに命中したのだろう。

誘爆も含めた爆発で、ブリッジも一瞬で吹っ飛んだのも彼女達には見えた。

そしてその爆発の音は、羽黒と磯風、朝潮にもよく聞こえたのだった。


そして三人は朝潮に追いつき、潜水級達の殲滅に成功する。

戦いは終わり二番艦、三番艦は犠牲者を出したものの生き残ることができた。

その後、一番艦の生存者を探し救助するため、一旦、その海域で留まった。


羽黒達も周辺を警戒しつつ、救助活動に当たる。

この時、朝潮は助けた海兵一人から中佐と何人かが艦に残ったことを知ったのだった。


救助活動は終わり、再び目的地へと出発する。

船体のほとんどが沈んでも、まだ黒煙を上げる一番艦に皆が敬礼して、その場を後にするのだった。


輸送艦隊は当初の予定とは違い、舞鶴へと向かった。

現在、本土が攻撃されているという連絡が伝わったのだ。佐世保では危険と判断し、比較的、敵の数が少ない舞鶴に航路も変更して向かうこととなった。


そして無事に輸送艦隊は舞鶴港へと到着する。

そこで偶然にも朝潮達は海兵Cに会い、ブリッジでの最後のやり取りを聞いたのだった。



―――現在 執務室―――


蛇提督「そうだったか…」


朝潮達は一通り話し終えた。話を聞き終えた蛇提督の様子を朝潮達は窺う。

一瞬悲しそう顔をしたように見えた気がしたが、やはりいつもの無表情の顔のままのようにも見えた。

彼女達が思っていたほど、蛇提督は動揺を見せることは無かったのである。


羽黒 「申し訳ありません…。私の判断ミスなんです…」


荒潮 「違うわぁ。後方の敵をもっと早く撃破していれば…」


朝潮 「私がいけないんです。私が焦りさえしなければ…」


蛇提督「やめろ。ここでその話をしても無意味だ」


呉鎮守府でも話したが、戦いに正解はない。絶対もない。

既に結果が出てしまっている事に対して、あれこれ悔いてもどうにもならないと、蛇提督は言う。


朝潮 「中佐の『息子を頼む』と言うお言葉は私達にも託されたような気がしました。私達が中佐への恩を返す方法は司令官をお支えすることだと、私は思っています」


蛇提督「……」


先程より蛇提督の顔が少し険しくなる。


羽黒 「わずかな一時でしたが…中佐が私達に下さったものはそれだけ大きいものなのです」


荒潮 「息子を助けられなかった中佐の無念を晴らすことにもつながるわぁ」


朝潮 「ですから…司令官が何か抱えていることがあるなら、私達にも教えてほしいのです」


「抱えていること」、それは例の事件の事についての話でもある。

蛇提督の父が息子の事で何か心当たりがあったように、彼女達も例の事件については何か裏があると思っているという意味でもある。

それが艦娘と関わる事であるならば、なおさらのことだった。

だからこそ、同じ艦娘である自分達に何かできることがあるのではないかと、彼女達なりの勇気をもって蛇提督に言う。


蛇提督「この際だから、はっきり言っておくが…」


だが、返ってきた言葉は彼女達の思っていたものと違った。


蛇提督「迷惑だ。確かに父が最後まで私のことを心配してくれていたことがわかったのは良かったが、それをお前達がやる道理はない。そもそも父はそこまで頼んだわけではないだろ」


朝潮 「そ…それは…そうなのですが…」


蛇提督「お前達の役目は伝言を伝えること。もう役目は終えている。」


羽黒 「で…でも…」


蛇提督「もうこれ以上は、私と父の親子の問題だ。他人が踏み込んでいい話ではない」


荒潮 「っ!」


そう言われてしまうとどうにもできなくなってしまう。

蛇提督の言葉に押し黙ってしまう三人だった。


蛇提督「…それと一つ、忠告をしておこう」


三人は何を言われるのか、緊張気味に待つ。


蛇提督「死人の為にやろうとすると、いつか死人に呼ばれるぞ」


三人はドキッとする。

意味深で、わかりそうでわからないその言葉に恐怖さえ覚えた。


蛇提督「もうだいぶ夜も更けた。自分達の部屋に戻るといい」


朝潮が何か言おうとするが、それに気づいた荒潮が止めるように朝潮の肩にそっと手を置く。


朝潮 「…はい。では失礼させて頂きます…」


朝潮はどこか納得しきっていない表情を浮かべつつも、その場を立ち去る事にする。


三人が執務室を出て行った後、蛇提督は、口からこぼれるように呟く。


蛇提督「フッ…俺も人のことは言えないな…」


それまでずっと蛇提督のそばで大人しくしていたユカリが「ニャア〜」と鳴きながら蛇提督に頭を擦りつけたりして甘えてくる。蛇提督はそれに対して頭を撫でて応える。


その時の蛇提督の表情はとても寂しい表情をしていた。

それはいつの時か夕張が見た、あの時の表情と一緒だったのであった。





―――現在 食堂―――


天龍 「なんだよ、それ…。思いを踏み躙るような事を言いやがって…」


天龍自身も自分と小豆提督とのこともあって、朝潮達の話は自分のことのように憤りを感じていた。


羽黒 「私達はいいのです…。実際、出しゃばったことをしているのは間違いありませんから」


初霜 「そんな事ないわ。役に立ちたいと思う心は誰にだってあると思います」


荒潮 「結局、中佐が息子をよく思っていたのはわかっても、息子の方が父をどう思っていたのかわからなかったわぁ。だから、余計なことをしたんじゃないかと心配…」


間宮 「そんな事は無いはずです。ずっとわからなかった親心を知れて良かったと提督は思っているでしょうから」


それについては自分も同じだと、間宮は心の中で思いながら朝潮達を励ます。


夕張 「『死人に呼ばれる』か…。気になる言葉よね」


加古 「普通に受け取ったら、お前達も死ぬぞ、って意味に聞こえるけどね…」


時々、蛇提督は意味深な言葉をふっと言う癖がある。それを知っている二人をはじめとする何人かの艦娘達はその言葉の意味を考える。


朝潮 「だから思うのです。そのような言葉を私達に言う司令官が、私達を利用して無茶な命令をするなんてあり得ないと思ったのです」


龍田 「確かにそうよねぇ。自分の為に働いてくれると言う艦娘は願ったり叶ったりだしぃ、それが他の鎮守府の艦娘となれば、価値があるものねぇ」


古鷹 「それを敢えて断るのは変だよね…」


衣笠 「ほ…ほらぁ、青葉の推測とは矛盾してるわ」


榛名 「それに…お姉様の好意に対しても、はっきりと提督は拒絶されました…。しかもお姉様に『自分の為に死ねと言われたらするのか?』と…。艦娘を利用して復讐を望むのであれば、あのような質問はされないと思うのですが…」


青葉 「ふむ…。なるほど〜」


かなりの反対意見を出されても、青葉は動じていなかった。


青葉 「そうですね。金剛さんのこともあって、確かにその線は薄いですね…。ですが、私達がもしも反逆するとして、あくまで艦娘達だけでやらせようと考えているなら、どうですか?」


加古 「どういうことさ?」


艦娘達自ら反乱を計画し実行に移してくれることの方が蛇提督にとって好都合だという。

蛇提督自身が主導して反乱を起こせば、それこそ本当に国からも世界からも追われる事になるが、艦娘達だけの犯行になれば、自分はあくまで被害者側になれるし、海軍が倒されればそのどさくさで自分だけ逃げることも可能だということ。復讐は果たされ自分は自由の身になれる。

これだけ好都合な事はないと、青葉は説明する。


青葉 「だから天龍さんにも、『もっと計画的にやれ』と言ったのではないでしょうか」


天龍 「うん…確かに…」


龍田 「一理…あるわねぇ…」


艦娘達が将来、人間に反逆するにしても、あの時点で狐提督を殺してしまえば、さらに艦娘達の立場は悪くなっていただろう。それを見越した上で二人を止め、我慢するように言いつけておく。いつかその不満を爆発させるために。

でも殺そうとしたことに対しては、本人にとっても咎める気が無かったから、不問にしたとも見て取れる。

携行砲もわざとチラつかせるように隙を見せているのは、いつでも反逆したい時に使わせるためと考えるならば、辻褄が合うと思ってしまうのだった。


朝潮 「で…ですが…」


朝潮としては、そんな事はないはずだと言いたかったが、それを裏付ける確証がないので言うことができなかった。

朝潮に限らず、他の者も同じような理由で黙ってしまう。

そんな重い空気の中、それを跳ね除けるように言う者がいた。


雷  「私は話を聞いてて、わかったことが一つあったわ!」


皆が少しびっくりして雷に注目する。


雷  「司令官は過去の事より今の方が大事だって言いたかったのよ!」


羽黒 「それは…どういうことでしょうか?」


雷  「中佐に恩返しするという思いは良いことよ!でも、それに囚われすぎて、今あるものを見失ってはいけないの!」


朝潮達は、中佐を助けられなかったという後悔する思いと中佐が息子に会えなかった思いを混同させてしまっているのだと、雷は語る。

さらに言えば、中佐を助けられなかった後悔を中佐が気にしていた息子を助けることで穴埋めをしようとしている。

でもそれは、過去に囚われたままになってしまい、その後悔によってできたその穴も、きっと埋めらることはなく、満足感も得ることはないだろう。


雷は朝潮達の話を聞いて思ったのだった。

かつての自分も「前の雷」になるために奔走していた。それは「誰かの役に立ちたい」という思いと混同してしまい、いつしか忘れてしまっていた。

そして、どんなに頑張っても「前の雷」になれなかったことを自分が一番よく知っている。

司令官は全て聞いた上で、「前の雷」になれない事をはっきりと言い、違うことを考えさせようとした。

きっと私の話を聞いて、私の根底に「役に立ちたい」という思いがあることに気づいていたのかもしれない。

司令官が、自分が今までしてきたことを一度やめさせ考え直す時間をくれたように、第二の自分になりかけてる朝潮達を止めることが、今の自分に出来ることだと思った。


雷  「司令官は過去のことを考えるのではなく、今を考えるように言うわ。今自分が何をやれるか、これからどうするか」


朝潮 「今…ですか…」


雷  「一見、冷たい言葉に聞こえる最後の言葉も、本当は父の思いに囚われる必要はない、他にすべき事があるだろうって言いたかったのだと思うわ!」


例え悪い感情ではなくとも、流されてはいけない感情があることを雷は知った。

周りはどうであれ、まず大事なのは本人の心の様相。

何が大切なことかを見極める心を持つことが必要であることを、司令官との会話をきっかけに自分が気づいたことだ。

吹雪が言っていたように、「本当に人を大切にすること」がどういうことかを教えてくれた司令官には感謝の気持ちもあったのだった。


響  「響も雷と同意見。司令官はいつも解決法を模索する人だよ」


電  「電も…そう思うのです!司令官さんは過去のことについて悪く言う方ではないですし、私達の思いも無下にする方でもありません!」


電と響も蛇提督と話した記憶から、はっきりと言う。


龍驤 「そうやな。それは間違いないで」


初霜 「はい。冷たい言葉だったかもしれませんが、皆さんのお気持ちだけは受け取っていると思います」


過去について是もなく非もなく、ただその事実を受け止めるだけ。具体的な何かの解決につながったわけではないけど、それでもきっとその悩みを解決するために行動する蛇提督の姿勢は彼女達にとってもいつの間にか大きなものとなっていた。


古鷹 「提督がこれからの事を大事にしている事は確かだよね。過去の事で俯く必要はないと教えてくれたのも提督だから…」


加古 「最終的な目的がどうであれ、胸を張れるようになったのは提督のおかげかな…」


夕張 「何が良くて何がダメなのか、自分の中ではっきりしてる人よね…。だから良いことを思いついたなら案外許してくれるかもよ」


間宮 「いろんな思惑があの方にあるのかもしれませんが、その中に私達に対するあの方なりの優しさがあると私は思っています」


実際、彼の言葉で過去の束縛から脱したことは、彼女達にとって紛れもない事実だった。


扶桑 「例え私達が利用されているのだとしても、提督は私達を見捨てずに、ここにいさせてくれる。それだけでも嬉しいことなのです。山城はどうですか?」


山城 「私は……姉様がよろしければ、それで…」


ただ置いておくわけではない。いつか活躍できるその時まで諦めきれない気持ちを保てたのも提督の言葉あればこそだと扶桑は付け加える。


衣笠 「提督のおかげで、確かにこの鎮守府では色々な事が変わりつつある。私が改二になれたのもその現象の一つかもって思ってる」


龍田 「そうねぇ。あの提督が来てから色々なことがあったものねぇ」


最初は心の無い人間だと思っていた。

でも皆の話や彼に直接関わる事で、本当のところはどうなのだろう、と気になる存在になってきた事は確かだった。


天龍 「フン……」


天龍は腕組みして皆からそっぽを向く。

この横須賀鎮守府の艦娘達が変わり始めたのは、本人もよくわかっている。

だからこそ、彼女達の言葉を否定することは無かった。

ただ、あの男のおかげだと認めたくないだけ。

小豆提督とは全く違う彼をまだ信じたくなかった。


朝潮 「そうなのですか…。」


荒潮 「私達がどうこう悩むより、ここの娘達に任せれば大丈夫そうねぇ〜」


羽黒 「はい。…大事なのは今ですね。もうあの悲劇をくり返さない為にも…!」


雷  「そうよ!その意気よ!」


励ます時の雷の笑顔と元気な声は、見るもの聞くものに元気をくれる。


電  「きっと大丈夫なのです!」

響  「司令官のことは任せて」


雷の言葉に呼応するように二人は言う。


間宮 (雷ちゃん…変わったわね。何か自分の中で見つけられたのかしら)


雷の言葉には間宮を始め、皆が驚いていた。

でもこれは良い兆しなのだと、少しホッとするような安心感を覚える。

そんな中、暁だけは俯いて一人何か考えているようだった。


朝潮 「ありがとうございます…。司令官とはもう少し話してみたいです。あの方を知るためにも…」


北上 「私も賛成〜。個人的に聞きたいことあるしね〜」


榛名 (私も…。怖がってばかりいられません…!)


榛名は朝潮達や皆の話を聞いて、一人心の中で「蛇提督と話すぞ」と決意をする。


青葉 「まあ、ここはそういう事にしておきましょう。とても良い話なので水を差す気にはなりません」


と、やれやれという感じに引き下がる青葉。

それを見ていた龍田が唐突に質問する。


龍田 「ねえぇ、どうして青葉はここの鎮守府に転属になったのかしらぁ?」


青葉 「言ってませんでしたっけ?」


呉鎮守府の作戦で艦隊を組ませるのに余ってしまったこと、加えて作戦内容から見て呉鎮守府より横須賀鎮守府の方が適任ということで急遽異動になったと、青葉は伝える。


龍田 「そう…。でも、本当にそれだけぇ〜?」


だが龍田は何かを見抜いているのか、一笑しながら圧のある質問をしてくる。


青葉 「や…やだなぁ〜。それだけに決まってるじゃないですか〜」


アハハっと笑って誤魔化す青葉。

でも、青葉をよく知っている者達は「何か隠してるな」と感づく。


青葉 「それにしても、大和さんと武蔵さんは大丈夫でしょうかね〜?」


明らかに話題を逸らした青葉だったが、それ以上他の娘達は追求しなかった。

大和と武蔵のことを心配する話題になりながら、食堂では彼女達の談話はその後もしばらく続くのだった。



一方その頃、大和と武蔵はというと………。



大和 「武蔵、本当に携行砲を持ってこなくて良かったの?」


武蔵 「ああ、大丈夫さ。一つは大和が持っているし、私ならばこの拳があれば充分だ」


二人は蛇提督が運転する2トントラックの助手席に座っていた。


大和は自分の右隣にいる蛇提督をチラッと見る。

横須賀鎮守府を出発した時から彼はずっと黙って運転をしている。


そもそもよく考えてみれば、横須賀鎮守府に来てから蛇提督とはまともに会話をしていない。

「待機中は自由だ」と言われたのが最後で、命令らしい命令はそれ以外無かった。

蛇提督は横須賀鎮守府に戻ってからは、執務室に閉じこもって溜まった日課を片付けつつ、他の何かをやっていたようだった。

秘書艦の龍田さんの話によれば、今後の艦隊運営に必要な資源と資材の割り出しをしつつ、艦隊編成の考え直しもしているという事だった。


そんなわけだから、自分達には仕事らしい仕事をまわしてくることはなかった。

だからあの時、思い切って執務室へと行ってみたのだ。

執務室へお茶を出しに行こうとしていた間宮さんを引き止め、わざわざ代わってもらったわけなのだが、既に他の娘達に先を越されてしまっていたので、彼と話す時間を設けることが出来なかった。

だけど、無駄では無かった。ほんの少しでも蛇提督と話してわかったことがある。

彼は、口が辛辣なだけで根は謹厳なのだということ。

ギリギリの資源と資材で艦隊運営をして、なおかつ敵に勝利するための作戦を考案し準備をする。

そしてそれが自分の為だけではないというなら、確かに他の提督より自分達を使ってくれる可能性はある。

でも本当にそれだけが、元帥が彼を選んだ理由なのか?

間宮さんから聞いた話によれば、元帥は蛇提督のやることに随分と協力的だそうだ。

元帥が認める何かを、彼は持っているのだろうか?


そんな事を考えていた大和はある疑問を思いつく。

そしてその疑問を思い切って蛇提督に聞いてみる。


大和 「…提督、今よろしいですか?」


蛇提督「何だ?」


大和が蛇提督に突然話しかけたので、武蔵は気になって静かに聞き耳を立てる。


大和 「提督が元帥と初めてお会いした時に、二人だけで何を話されたのですか?」


大淀から聞いていたことだったが、元帥は牢から出てきた蛇提督と会い、途中、大淀をその場から外させて二人だけで話していた時間があったそうだ。


蛇提督「私を提督として着任させるための取引とその交換条件についての話さ」


そこまでは大淀からも元帥からそのように聞いたと教えてもらっている。問題はその内容だ。


大和 「それは…どのような内容なのですか?」


蛇提督「なぜ、そんな事を聞く?」


一瞬、蛇提督が横目でとチラッと大和を見る。その姿と低い声は彼の牽制と威圧感を高める。

大和はそれを見て一瞬怯んでしまう。元帥から「君達の目で確かめてみろ」と言われたからと話すわけにもいかず、他の理由を用意してなかった事もあって、大和は戸惑ってしまう。


武蔵 「そりゃあ疑問にも思うだろ」


と、助け舟を出してきたのは武蔵だった。


武蔵 「いくら一生牢から出れない身だったからといって、無謀な作戦を引き受けてでも提督になるものなのかと」


睨み返しながら武蔵は言い放つ。


蛇提督「……」


蛇提督はしばらく黙っていたが、ようやくその口を開ける。


蛇提督「私が呼ばれたのはもちろん作戦を任せるためだけに呼ばれただけだ。だが成功した暁にはちゃんと報酬もある」


戦果によるが、それ次第では減刑したり、あわよくば無罪放免になれる。

それだけではなく、多少の監視下に置かれつつも自由の身になり、軍を辞めた後でもわずかながら生活の保障もついてくるという破格の内容なのだと蛇提督は続ける。


蛇提督「ただ何もせず死を待つだけならば、一世一代のこの賭けに乗ってもいいと私は思ったのさ」


横須賀鎮守府に来て蛇提督と話せない間、大和と武蔵は、蛇提督とこの横須賀鎮守府で起きた出来事や事件を艦娘達から聞いた。そして彼女達の中だけでもそれぞれいろんな憶測が飛び交っている事も知った。

そのひとつに、蛇提督と元帥の間には何らかの取引があった事は予想され、その内容についても考えられていたが、ある程度その予想は当たっているようだった。


大和 「…では、提督は硫黄島の攻略に成功した後は提督をお辞めになるのですか?」


蛇提督の話を聞く限りでは、大規模作戦だけ成功させれば良いだけで、それ以降は彼の自由という事になる。その可能性もあったため、その辺りの彼の意思を尋ねてみる。


蛇提督「それも作戦の結果次第だ。硫黄島攻略に限らず、大規模作戦全体のな」


蛇提督自身も元帥に硫黄島攻略の作戦後はどうなるのかと問いただしたらしい。

だが元帥は「結果次第」と言うだけで、詳しく言及しなかったという。


蛇提督「結局、私の進退は元帥と他の海軍上層部に握られたままだ。どうなるかわからん」


大和 「そのような不確かな約束事であるにも関わらず、賭けることにしたのですか?」


交換条件としては破格の内容なのだろうけど、そんな約束を果たしてくれるのかわからない相手に、それでも賭けようとするのかと少し違和感を感じた大和。


蛇提督「失敗すれば牢に戻るだけだし、他に方法も思いつかなかった。牢での生活にも飽きていたからな、やってみる価値はある。…だが、提督がここまで多忙だとは思わなかったがな」


と、自嘲気味に鼻で笑いながら話す蛇提督。


武蔵 (まるでゲーム感覚だな)


そんな蛇提督の態度に武蔵は嫌悪感を抱く。


大和 「そうなのですか…」


蛇提督には何かしらの目的があるから生き延びようとしてるのではないかと他の艦娘達から聞いていたが、不確かな約束に賭けたくなるほど、やりたいことがあるのかと大和は思った。


蛇提督「着いたぞ。降りる準備をしろ」


話しているうちに目的地に着いたようだった。

広い場所にトラックを停め、三人は資材集めを開始する。


数時間後、大和は一人、荒れ果てた鎮守府の壁を見ながら考えていた。

ここの鎮守府跡地は他に比べ規模はかなり小さい。

最低限の工廠と入渠施設はあるものの、鎮守府の庁舎も含めて全てが小さい。


樹実提督や小豆提督が活躍していた頃というのは、海軍にとって最盛期で若手の提督達も多く輩出していた頃だった。

資源や資材にも余裕があり、艦娘を新造させてはより多くの戦力と艦隊数を確保するため、今ある主要五カ所の鎮守府以外にも、即席で建てた鎮守府が本土各地に造られていたことは聞いていた。

その鎮守府もその土地に合わせ大小様々で、ここの鎮守府もまたその流れに合わせて建てられたのだろう。


だが、かの本土襲撃の際、その多くの鎮守府は艦娘以外の防衛機能をほとんど持っていないため、ほぼ一方的に、為す術なく攻撃されたのが事実だったそうだ。

それによって戦死した若手の提督達と轟沈した艦娘達は数知れず、生き延びた提督や鎮守府関連に携わっていた軍人も、それにおいての傷は深く、戦意を失う者も多かったという。


そのような事に思いを馳せていた大和だったが、どこからか現れた蛇提督に話しかけられる。


蛇提督「どうした、大和?」


蛇提督が近くまで来ていた事に気がついてなかった大和は少し驚きつつも、また荒れ果てた壁を見ながら大和は答える。


大和 「…すみません。この風景を見ていると、いたたまれない気持ちになって…」


蛇提督「……理由を聞いてもいいか?」


蛇提督は大和を見て一瞬黙っていたが、すぐに聞き返す。


大和 「ここには…私が守れなかったものが散乱しています。戦うこと叶わず、無惨に破壊されたものが、ここにたくさんあるのです……」


蛇提督「………そうか」


蛇提督は大和の言葉に深く追求しなかった。

そんな彼も大和と同じように、荒れ果てた惨状を眺めながら何かを思うような顔をする。


蛇提督「……ここはもう、そんなに目ぼしいものは無さそうだ。午後はもうひとつのところへ行くぞ」


大和 「…承知しました」


大和は返事をしながらも、未だ崩れかかった庁舎の壁を見ながら、心ここに在らずという感じだった。

蛇提督はその場を立ち去ろうとするが、大和のその姿が気になるようで他へ行けないでいた。


その時、ピキッと何かがひび割れるような音が聞こえた。

蛇提督はそれに気づき、辺りを見回して音の出所を探してみる。

そんな大和はそんな奇妙な音に気付いてないのか、立ち止まったままだ。

そして音の出所はその後すぐにわかる。

なんと、ちょうど大和の真後ろにあった、上の方がほぼ崩れて無くなったまま一本立っていた電信柱が大和の方へ倒れ始めてる事に気づいた。


蛇提督「大和!!危ないっ!!」


大和 「え?」


蛇提督の叫び声で我に返った大和が、やっと音に気づいて後ろを振り向く。

その時はもう既に、柱がこちらへ倒れ、目の前まで来てしまっていたところだった。

もう驚く暇も避ける時間もない。


だが、目の前にあったはずの柱は、自分の体を強く飛ばす衝撃と共に視界から消え、次に一瞬見えたのは、必死な顔で自分を押し出して庇う蛇提督の表情だった。


ズドーーーン!!


柱が庁舎の壁に当たって、壁もろともに崩壊する大きな音が鳴り響いたと同時に、大和達も共に地面に倒れる。


辺りが静かになったところで、蛇提督が四つん這いのまま体を起こす。


蛇提督「大和!無事か?!」


大和 「…はい。私は大丈夫です…」


大和も蛇提督の呼びかけで目を覚ます。


蛇提督「…ん? 何か手に……………あ…………」


大和 「………へ?」


大和も自分の胸に何かの感触を感じて、そちらを見た途端、顔を赤くしてそのまま硬直してしまう。


武蔵 「おい! どうした?! ものすごい音が聞こえたが?!」


少し遠くにいたのか、武蔵が音を聞きつけて現場へ駆けつけてきた。


武蔵 「……は?」


武蔵が二人を見た途端、唖然として一旦思考が止まる。

無理もない。傍から見れば、蛇提督が大和を押し倒して、しっかりと大和の豊満な胸を鷲掴みしているようにしか見えなかったのだから。


武蔵 「貴様……何をしているっっ!!!」


武蔵がその怒りを拳に込めて、物凄い速さで殴りにかかる。

多少の距離があっても、さすが艦娘の身体能力というべきか、一気にその距離を縮める。

大和が武蔵を止めるための声を上げようとしても間に合わない。


蛇提督「まずいっ!!」


だが蛇提督はそんな武蔵のパンチをギリギリに避けて、後ろ跳びで武蔵達から間合いを開ける。


武蔵 (あの体勢から私のパンチを避けただと!?)


不埒な行為を断罪する思いと大和を助けるつもりで、本気で殴ろうとしたはずなのに蛇提督の瞬発力と見切りの良さに驚く。

龍田や天龍からそのようなことを聞いた覚えがあったが、ここまでとは…と武蔵は内心驚いていた。


大和 「武蔵、落ち着いて!誤解なのよ!」


大和が立ち上がって、武蔵を止める。


武蔵 「何が誤解だ!」


怒りを収めきれない武蔵が大和に対しても強く当たってしまう。


蛇提督「せっかくお前の姉を助けてやったというのに、この仕打ちは理不尽だな」


武蔵 「何を言って…!」


大和 「待って!――本当なの…提督は私を助けてくれたの…」


武蔵 「え!?……本当なのか?」


武蔵の質問に大和は静かに頷く。


蛇提督「全く短気な奴だ。よく事情も聞かずに殴りにくるとは」


武蔵 「なんだと…!」


嫌味を言われ、また拳が怒りで震える。


蛇提督「まぁ……私にとっては不可抗力とはいえ、幸運ではあったがな」


と、ニヤッと笑いながら片手をワシワシ動かす姿は気持ち悪いの一言に尽きた。


武蔵 「貴様……よくも抜け抜けと…」


本当はもう一度殴りに行きたかったが、大和が助けられたという事実がある以上するわけにはいかなかった。


蛇提督「さて…こんな茶番は終わりにして、切りのいい所でトラックに戻るぞ。場所を変える」


いつもの冷たい無表情に戻った蛇提督はさらに続ける。


蛇提督「大和、ボーッとするな。あと、私の手を煩わせるな」


大和 「はい…。申し訳ありません…」


そして蛇提督はさっさとその場を離れて行くのだった。


武蔵 「大和、大丈夫か?」


大和 「うん…。私は平気…」


武蔵を安心させたいのか、大和は精一杯の微笑を浮かべる。


武蔵 「無理はするな。先に戻るか?」


大和 「ええ。もう少し休んだら戻るわ…」


と言ってる大和は何かを気にして、どこか落ち着かない様子だ。


武蔵 「どうした? 浮かない顔だな?」


大和 「ううん…。なんでもないの…」


それでも話さない大和を見て、武蔵はピーンと思いつく。


武蔵 「そうか大和、思いっきり触られたことを気にしているのだな」


大和 「えっ!? そ…そうじゃなくて…」


大和は顔を赤くしてアワアワと否定する。


大和 「そうじゃないけど…。それに…体を触られるのは、慣れてるじゃない?」


恥ずかしげに答える大和。


武蔵 「元帥にスキンシップと称されては、妙にボディタッチされた時の事を言っているのか?――あれとは全然違うだろ。元帥にもそういう下心のようなものは持っていたようだが、あんな気持ち悪いことはしなかっただろ?」


大和 「まあ…そうね。大淀さんはそんな元帥にいつも怒っていらっしゃったようだけど」


と、昔のことを思い出したのか、クスクスと笑う大和。

先程の無理して笑った顔ではなく、自然な笑みがこぼれていた。

それを見た武蔵は、少し安心したような微笑みを浮かべる。


武蔵 「さて、行くとするか。もたもたしていると、またあいつに怒られるからな」


大和 「ええ」


そうして二人はトラックへと戻っていった。


その後の蛇提督と二人は、あんな事があった為か、ほとんど会話をしなかった。

別の目的地に着いてから、間宮が用意してくれたお昼用のおにぎりを大和と武蔵は食べたが、蛇提督は一緒に食べることはなかった。

必要最低限のやり取りしかなされず、それぞれがせっせと資材集めをするだけだった。


だがそんな中、大和は一人、自分が蛇提督に助けられた時のことを思い出す。彼が一瞬見せた姿を忘れられずにいたのだった。


艦娘というのは、身体能力があるだけでなく銃弾に撃たれても、多少怪我をするだけで済む頑丈さを持ち合わせている。

駆逐艦のような小さい娘達や当たりどころによっては、命の危険に及ぶこともあるが、戦艦である自分は頑丈さという点においては優れている。

そして、どんなに骨折したり血を流したとしても入渠一つで直ってしまうのが艦娘の最大の特徴である。


そんなことは提督である彼も知っているはずだ。

だけど、あんな必死になって…。助ける時の表情も、自分を心配する呼びかけも…。あれが嘘だと思えない。

それとも他に目的があってなのか…。元帥から直接託されて、私達に何かあってはまずいと思ったからなのか…。

考えれば考えるほど、いろんな思いと考えが絡み合って、わけが分からなくなりそうだった。


帰りのトラックの中も三人は黙ったままだ。

大和を気遣ってなのか、行きとは違って武蔵が蛇提督の隣に座る。

時々、大和は蛇提督の横顔をチラッと見る。

今は、冷たくて無表情のいつもの顔だった。あの時の必死になっていた顔が嘘のようだった。

幻でも見たのかと、悩んでしまう大和。そのまま彼らは横須賀鎮守府に戻るのだった。

ただ資材集めの最中で起きた事件については大和の要望もあって秘密にすることにした。

武蔵は、仲間達に話しておいた方がいいと大和に言うが、「恥ずかしすぎるから」と拒んだのだった。



ーーー翌朝 執務室ーーー


龍田 「提督、今日の書類はこちらで全部よ」


蛇提督「わかった」


秘書艦である龍田は蛇提督の書類仕事を手伝っていた。


龍田 「今日は他の娘を手伝わさなくていいのぉ?」


蛇提督「手伝わせる程の量ではないし、私がやらねばならないものばかりだからな」


サラサラと手際よく進める蛇提督の姿を見ながら、龍田は昨日の事を思い出す。


資材集めから帰ってきた大和に会い、「たくさん集められたか?」と尋ねると、綺麗な微笑みで「できました」と答えた。

だがその後に、「提督について何かわかったか?」と尋ねると、


大和「い…いえ。その辺はなんとも…」


と、先程の微笑みと違って微苦笑を浮かべていたことが印象的だった。

その時それ以上聞くことはしなかったが、何かあったと思っていいと私は思った。

そして今、念の為にこちらにも探りを入れてみる。


龍田 「提督」


蛇提督「何だ?」


龍田 「昨日の資材集め、どうだったのぉ?」


ピクッと、蛇提督の筆が止まった。


蛇提督「……必要量まで集められたかが心配だ」


不自然に止まった手を見たのと大和達に触れない回答をするのを聞いて、もう少し突っ込んでみる。


龍田 「大和と武蔵はどうだったのぉ?」


蛇提督「どう…というと?」


質問の真意を探ろうとしているのだなと思いつつ、


龍田 「呉鎮守府から帰ってきて、まともに話す機会はなかったでしょう?彼女達をここに迎えて、改めてどう思ったか聞こうかと思ってぇ」


何かあったかという確証が欲しい為に質問をしているけど、実際、蛇提督が彼女達をどう思っているのかも気になるのは本当の所だった。


蛇提督「…確かにそうだが、仕事の話をしただけで、特にこれといった会話はしていない。彼女達がどうであれ、私に従ってくれればそれで問題ない」


これ以上聞いても答えそうには無さそうだ。

相変わらずの冷たい回答だが、それが本意かどうかは置いといて、あの反応見る限りは何かあったとみて間違いなさそうだ。


そうして蛇提督は書類仕事を再開する。

時々、書類の片付けや必要な資料を出してやったりとしながら、蛇提督の様子をずっと見る。


ふと、執務机の上の端っこで大人しく毛繕いしてる黒猫のユカリを見る。

時々蛇提督のやってる姿をじっくり見てるが、邪魔することはほとんどない。

きっと邪魔してしまうとご主人に嫌われてしまうことを何処かで覚えたのだろう。

そんなユカリに感心していると、ユカリがふいっと執務室の扉の方を見る。

自分も見てみると、扉がわずかに開いている事に気がついた。

その隙間からわずかに見えたのは、暁だった。


龍田 (また来てるわねぇ…)


呉鎮守府から帰ってきてから暁の様子がおかしい。

ああやって蛇提督を隠れて見ては何かを覗っている。

本人は他の艦娘達にバレていないと思っているようだが、モロバレである。

そもそも蛇提督を見つける度に挙動不審になるのだから気付かない方がおかしい。

響達に、暁が何をしようとしているのか、心当たりがあるかと尋ねると…。


響  「きっと喧嘩の時の事を謝ろうとしてるんだと思う」

電  「暁ちゃん、責任感強いですし…」

雷  「まあ、ああいう時は気付かないフリするのが暁の為ね」


と姉妹から思いっ切り気遣われている始末だった。

なのでここの艦娘達は皆、気付かないフリをすることにした。


だが、いつまでもああでいると、こちらとしても焦れったくなるわけだから、どうにかしてやらないといけない。


龍田 「提督、お茶はいかがですかぁ?」


蛇提督は「飲もうか」と答え、いつものほうじ茶を頼まれたので執務室を出ようとする。

というのは口実で外にいる暁に話しかけようと思ったが、暁は龍田が動き出した瞬間、慌てて逃げ出してしまった。執務室を出た頃には、もう暁の姿はどこにもなかった。


龍田 (う〜ん……やっぱり誰にも見られてない所で提督と話したいのかしらねぇ〜)


さてさてどうしたものか、と考えるながら食堂へ向かうと廊下の向こうから声が聞こえてきた。


北上 「おお、龍田じゃーん」


「丁度いいところに」と近づいてきたのは北上と、その後ろには榛名がいた。


龍田 「あらぁ、お二人はどうしたのかしらぁ?」


北上 「うーんと、提督はどうしてるかな〜って」


提督なら書類仕事をせっせと片付けているところだと答えると、


北上 「おお。じゃあ、また手伝えないかな〜?」


龍田 「今日は一人で充分だと言っていたわぁ」


榛名 「それなら…お邪魔するわけにはいかないですね…」


龍田 (ここにも提督と話したがってるのがいたわぁ)


暁といい朝潮達といい、彼と話す機会を窺う者ばかりである。


北上 「じゃあ、昼飯を一緒にするとか」


龍田 「提督は食事中でも何かしらやってるわぁ」


榛名 「お忙しいのですね…」


二人はどうにかして蛇提督と話したいのか、その方法で悩んでいる。


龍田 「……方法が無いわけじゃないわぁ」


ハアーっとため息をしながら言ったのは、自分にとってはとても面倒な事だからだ。


榛名 「あ! もしや海を見に行く時ですか?」


ご察しの通りであると答える。


北上 「おおー。それは良いね〜。それなら提督とゆっくり話せそう」


榛名 「ですが…いつ行かれるのか…」


龍田 「それなら、今までの提督の行動パターンからだいたいわかるわぁ。それに私がある程度誘導させるし」


北上 「それは助かるね〜。龍田にお願いしようかな〜」


そういう事で、今後の事を打ち合わせして、済ました三人はひとまずその場を解散するのだった。


龍田は再び食堂へと向かう。

食堂の厨房にひょこっと覗いてみると、間宮さんが昼食の準備をしていた。


間宮 「あら、龍田さん。どうされたのですか?」


蛇提督にほうじ茶を出す為に来たのだと伝えると、


間宮 「…そうですか。」


続けて間宮さんが自らお茶の用意をしようとするのを止めて、自分で用意すると伝えると、


間宮 「…わかりました。お茶の葉はそちらに」


と、教えられるままお茶を用意しながら、間宮さんの横顔を眺める。


龍田 (やっぱり気のせいじゃなさそうねぇ…)


先程のやり取りでもそうだったが、間宮さんは朝からどこか元気がない。

今、料理をしている横顔を見ても、目の前の料理に集中できていなさそうだった。


龍田 「間宮さん、どうかされたのですかぁ?」


「え?」と急な質問に間宮さんが少し驚いている。


龍田 「何か気になることでもあるのかしら?」


間宮さんはしばらく俯いて黙っていたが、ようやくその口を開く。


間宮 「昨日の青葉さんの話が気になってしまって……」


どうやら昨日の青葉の推測が間宮さんにとっては衝撃的だったのだろう。

無理もない。彼に救われた間宮さんにとっては信じたくない話だっただろうから。


龍田 「ガセネタも多い青葉にしては、的を射た話だったわねぇ」


間宮 「……龍田さんはあの話が本当だと思いますか?」


間宮の問いに対して理路整然と答える。

自分としては、まず賛成する側でも反対する側でもない。

ただ一つの可能性として聞いていた。

艦娘を利用する、という考えはその理由も含めて筋が通っている話だし、実際に彼も「その方が都合がいい」と言ったのは事実だ。

海軍に復讐をする機会を待っているのであれば、自分と同じように「もっと計画的にやれ」と言ったのも、一種の同情心からなのか。

いずれにせよ、憎いはずの海軍から呼ばれてなお提督を黙って請け負っている理由を考えれば、その線はあり得る話だと語る。


間宮 「そう…ですよね…。もしも中森さんという方が大切な方であったなら…なおさらですよね…」


それは自分にとっても共感するものがあった。

小豆提督が亡くなった時も、本人の意志が半分あったのもあるだろうが、当時、トラック泊地が落ちるや否や、とっとと前線を下げる判断を下し、小豆提督を見捨てた海軍のやり方に怒りを覚えたのは事実だった。

そして自分と天龍ちゃんの急な異動も海軍本部の判断によるものだった。

きっと樹実提督が戦死し、ミッドウェーで惨敗してから海軍の前線撤退は既に決定していたのだろう。