2023-12-31 06:54:55 更新

概要

「蛇提督と追いつめられた鎮守府」の続き、Part5です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、提督と関わる中で聞いていた人物像と違うので、考えが変わる者も…。
彼と艦娘達の思惑が交差する中、大規模作戦は始まり……。


前書き

*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。
・作品要素に「シリアス」「ラブコメ」と表記しましたが、作者側からの主観で比率としては7:3 な感じです。

それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。

雷  「もどかしいですが、これも大切な役目なのです!」
             ↓
電  「もどかしいですが、これも大切な役目なのです!」名前が間違えていたので修正。2023/12/31



第四章  決戦、そして




決行! 大規模作戦



衣笠 「では、改めまして! 四人の新規加入を祝いましてー、かんぱ〜い!!」


「「「かんぱーい!!」」」と衣笠の音頭に合わせて、艦娘達が叫ぶ。


今、彼女達は大和、武蔵、青葉、そしてちゃんとやれてなかった間宮の歓迎会を食堂で行っていた。

横須賀鎮守府の艦娘達が全員揃ってはいるが、蛇提督の姿だけは無かった。


大和 「皆さん、ありがとうございます」

武蔵 「感謝するぞ」

間宮 「わざわざ私まで入れなくても良かったんですが……なんか恥ずかしいですね」


艦娘達の中心でお祝いを言われながら嬉しそうにする大和と武蔵、間宮は皆と共に食事をする。


衣笠 「ほら、青葉! 青葉も主役なんだからこっちで食べなよ!」


青葉はあっちへこっちへ、お気に入りのカメラを持って写真を撮りまくっていた。


青葉 「いえいえ、青葉はこの風景を写真に収めたいので、ガサ達は存分に楽しんでください!」


衣笠 「それじゃ意味ないでしょ!」


「せっかく出た料理も勿体無いじゃない!」と怒りながら、衣笠は青葉を無理矢理引っ張ろうとする。


そうするのも無理はない。

食堂のテーブルをつなげて、その上に並べられた料理は今までにないほどの豪勢なもので、量もたくさんあるのだ。


天龍 「それにしてもよ、よくこんなに食材を揃えられたな?」


間宮 「今まで保存してたものもありますが、提督が食費の予算を増やして頂いたおかげでもあるんですよ」


だがその食費代は元帥が出していると間宮が付け加えて話すと、天龍が苦い表情をする。


天龍 「なんかそれ、元帥があいつにいい様に利用されてるだけじゃねえのか?」


天龍が大和と武蔵の前で、わざとそんな話をする。

横で聞いていた龍田は、天龍を止めるために叱るが、天龍は気にしていない。


武蔵 「経緯はどうあれ、元帥にはまた迷惑をかけてしまったな」

大和 「はい、いつかお礼をしないといけません」


だが、二人は蛇提督に関しては何も言わず、元帥の事だけを気にかける。

それを見た天龍は、つまらなさそうな顔をしてそれ以上は何も言わなかった。


龍驤 「まあ、ええやないか。こうして久しぶりにたらふく食べられるわけやし。この歓迎会だって、司令官が許してくれなかったら、できなかったんやぞ?」


前に古鷹が、呉鎮守府から帰って来てから何やかんやいろんな事があり、歓迎会をやれなかった事を蛇提督に話したという。

その許可を貰おうと蛇提督に聞いてみると彼は、


蛇提督『構わん。ただし出撃と遠征に支障が出ないようにな』


と、いつの時だか夕張が予想した言葉そのままで、あっさりと了承を得てしまった。



天龍 「まあ…そうだけどよ…」


そう言いながら腕組みして、天龍はそっぽを向いてしまう。


加古 「提督も参加すれば良かったのになー」


とても残念そうに言う加古に古鷹が応じる。


古鷹 「もちろん提督も誘ったよ。でも……」


『大規模作戦直前だから最終確認と調整を済ませておかなくては』と言われて、断われてしまったことを、古鷹が話す。


加古 「100%嘘だね。私達といるのが恥ずかしいだけさ」


初霜 「私達といるのが恥ずかしいのですか?」

雷  「何で?」


加古 「何でって、そりゃあ……私達が苦手だから?」


響  「前に響達と食べた時も落ち着かない感じだった」

電  「電達と食事するのが嫌なのでしょうか…?」


夕張 「というより、私達に振り回されるのが嫌なんだと思うわ」

古鷹 「やっぱり、やり過ぎたのかなぁ?」


山城 「そもそも元から私達と一緒に食べようとしないじゃない」


龍驤 「最初の頃、溜まりに溜まっていた書類を片付けるのに、秘書艦が執務室でそのまま食事を取った時ぐらいしかないやろな」


夕張 「あの頃は私達の方が警戒していたから、話すことなんて無かったしね」


そんな雑談を話している時に、古鷹は「あ、そういえば…」と何かを思い出す。


加古 「どうしたんだよ、古鷹?」


古鷹 「もう一つ、言い忘れてたんだけど……」


蛇提督が先程の理由で断った時、古鷹もそれならばと、

「こんな時にそんな事をやっている場合ではないですね」と言って取り下げようとした。

だが…、


蛇提督『いや、やっておくといい。英気を養っておくことも重要なことだ』


それでも古鷹は気が進まなかったのだが、それを見た蛇提督がさらに続ける。


蛇提督『……そういうことはできる時にしておくものだ。私に遠慮する必要はない』





夕張 「何だかんだで、私達のやりたい事を許してくれるのよね」


夕張は自分の経験も兼ねて、感想を言う。


扶桑 「戦いに身を投じる私達だからこそ、気を遣ってくれているのでしょうか?」


雷  「雷には、楽しめる時は楽しんでおけって言ってるように聞こえるわ」

電  「電も、なのです」


蛇提督の言葉には、いつもその裏があって、聞いた通りの言葉そのままではないことを知っている扶桑、雷、電はそう考えているようだ。


間宮 「私達と食事をしないのは、邪魔しないためではないでしょうか?」


暁  「どういうこと?」


間宮 「提督がいると、皆さんは気になって落ち着いて食べられないじゃないですか。提督はそれを気にして一緒に食べようとしないのかもしれません」


古鷹 「あ、私もそう思います。歓迎会を断ったのも、それじゃないかと思います」


龍田 「そんな理由で一緒に食べないのぉ?」

山城 「考えすぎよ」


でもこの予想が、まさか当たっていることを彼女達が知るのは今後の話だ。


衣笠 「うーん……。でも、なんかありえそう…」


と、衣笠はチラッと自分の横にいる青葉の様子を見る。

彼女はメモ帳を取り出して、何かを書き留めている。


龍驤 「んじゃあ司令官の言う通り、ウチらはウチらで楽しもうやないか!」


その後、普段出ない料理の効果もあるのか、皆のテンションは高めだった。

大和と武蔵もたらふく食べられたことにご満悦の様子でいつももてなす側の間宮も会話に花を咲かせる。


いつもは食事の時に、あんまり話さないメンバーでも会話は弾む。

彼女達は大いに楽しんだのだ。


だが、彼女達の内には共通して思うことがあった。


――――「全員が必ず生きて帰ってくること」――――


戦いを終えて、またみんなで、このような事ができるようにと。

一人一人が願い、誓うのだった。



―――執務室―――


一方その頃蛇提督は、ユカリを撫でながら誰かと電話をしていた。


蛇提督「……ああ、その日に来てくれ。頼んだ」


まだ電話のスピーカーから誰かの声が聞こえるにも関わらず、早々に切ってしまう。

と思いきや、蛇提督は大きなため息を吐いた。


蛇提督「これで、準備するべきものは揃えたな」


そう一人呟いて、どこか愛しそうにユカリを撫でる。


蛇提督「人事を尽くして天命を待つ…。わかってはいるが、落ち着かないものだな…」


両手を顔の前で組む。

その手は僅かに震えていたのだった。





―――大規模作戦 出撃当日―――



早朝、艦娘達は出撃ドックに集まっていた。


夕張 「艤装の手入れや調整は既に済ましてあるけど、動かして気になることがあるならチェックしていくわよ」


夕張からそのように聞いた皆は、艤装を付け外に出る。

艤装の調子を確かめながら、一旦、集合場所である港湾の船着場付近に集まるためだった。


龍田 「天龍ちゃんも念の為に見てもらったらぁ?」


天龍 「あん? ちゃんと動いてるし、平気だろ」


龍田は夕張に艤装の弾薬庫や機関部を見てもらいながら天龍に聞くが、天龍は聞く耳を持たなかった。


大和 「いよいよ……ですね」


武蔵 「何だ? 臆したのか?」


大和 「怖くない……と言えば嘘になるけど、逃げたいわけじゃないわ」


この二人の会話を聞いていた他の艦娘達も会話に入る。


扶桑 「私にとってもこのような大きな戦いに出るのは初めてですから、不安と言えば不安です」


山城 「姉様、大丈夫です。この山城、姉様をお守りしますので安心してください!」


こちらの姉妹も、こういう所で違いが出る。

どこか不安げな扶桑に対して、山城はかなり強気のようだ。


扶桑 「フフッ……。やっぱり山城がいると安心するわね。……でも、それは私も同じよ」


山城 「姉様!」


扶桑と山城、二人の会話に「やれやれ」と呆れながら、龍驤が来る。


龍驤 「いやいや、みんなを守るのはウチやで。なんせたって、ウチは皆の頭上を守るんやからな」


山城 「それなら、私達にだってできるようになったんだから」


努力の末、水上戦闘機を扱えるようになったことを誇らしく言う山城に対して、龍驤は本場の戦闘機とでは戦闘力に差があると釘を打ちつつも、


龍驤 「ほんでも、ウチから見たら艦載機の扱いはまだまだってところやな!」


山城 「くっ…!」


偉そうにしている龍驤を見て、反論できない山城は悔しそうだった。


初霜 「でも龍驤さん、艦攻や艦爆をあまり積んでいないから、敵艦への攻撃能力はあまり無いと仰ってたではないですか?」


キョトンとした顔つきで初霜は純粋に聞く。

それがかなり刺さったようで、龍驤は「ギクッ」と顔を引きつらせながら、


龍驤 「それは……ウチの艦載機は少数でも精鋭揃いなんや…。数で劣るところは技術でカバーや」


そう龍驤は言い返すが、初霜はさらに、


初霜 「でも、艦載機の数は正規空母並みではないから、撃ち漏らしも多いだろうって、自分で仰ってたではないですか?」


龍驤 「グフッ……。そ…それは…そうなんやけどな……」


あくまでも無垢な瞳で尋ねてくる初霜に、龍驤にとってはそれが逆に痛い。


初霜 「でも大丈夫です! 撃ち漏らしは私に任せてください!」


龍驤 「あ…ああ、任したで……」


初霜に悪気は無いが、初霜に全部持ってかれたような気がした龍驤だった。


初霜 「皆さんが砲撃戦に集中しやすいよう、私が戦艦の皆さんをお守りするので、ご安心ください!」


と、戦艦の四人に元気付けるように言う。


武蔵 「ああ、任せたぞ。友よ!」

大和 「フフッ、心強いですね♪」

扶桑 「また初霜ちゃんにお世話になるわね」

山城 「あなたも無理しないのよ」


戦艦の彼女達は目標である泊地棲鬼を倒す大役を任せられている。

彼女達を無事に目標まで送り届けることも、この作戦の重要な部分だ。


古鷹 「提督の言う通り、皆が自分の役目を果たせば結果的にみんなを守れるように、この作戦と編成はできています」


加古 「そうそう。その通り!」


古鷹の隣で、堂々と同意している加古だったが、


古鷹 「もう、加古はほとんど寝てたじゃない」


加古 「あれ? そうだっけ?」


作戦会議の時はほとんど寝ていたではないかと古鷹に怒られる加古だが、「アハハ」と笑って何とかとぼける。


青葉 「まあ、自分の部屋に戻ろうとせず、その場にいただけでも進歩しているのですがね」


衣笠 「うーん、そう言われるとそうよね〜」


青葉の意見に衣笠が納得する。


加古 「でしょー? やっぱそうだよね」


古鷹 「そうだよね、じゃないよ!」


加古の反省のなさに古鷹は怒る。

そんな古鷹をなだめようと衣笠が間に入る。


衣笠 「まーまー、加古もその分、演習や訓練で頑張ったんだから大目に見てあげてよ」


古鷹 「うーん……」


青葉 「そうですよ。怠けてた分は実戦で返してもらうことにすればいいじゃないですか?」


加古 「それで頼むよ〜、古鷹〜」


情けない声で懇願する加古を見て、呆れたようにため息を吐く古鷹。


古鷹 「もう…今度だけだからね」


そう言って古鷹が折れる結果となる。


響  「心配ないさ。加古がミスっても響がちゃんとカバーする」


加古 「お? 言ってくれるねー、響」


響  「不死鳥の名は伊達じゃない」


響の表情は普段と変わらないように見えるが、かなりやる気に満ちていることをどの艦娘の娘達からでも見てわかった。

それだけ、彼女からオーラが溢れてるように見えたのだ。


暁  「その意気よ、響!」

雷  「私だって負けてないわ!」

電  「電も、なのです!」


響きに呼応するように、暁姉妹達が叫ぶ。


雷  「あれだけ私達で、作戦を練りに練って、特訓を重ねてきたのよ!」

電  「電の本気を見せるのです!」


雷はともかく、心配性の電もその気になっているのだから、見ていた艦娘達はちょっと驚いている。


暁  「そうよ! 暁だって、レディとしてさらに“エレファント”になったのよ!」


腰に手を当てて「えっへん!」と見事なまでのドヤ顔の暁。

それを見て、皆が「え?」と、会話も動きまでも止まってしまう。



…………………………今日も海は穏やかだ。



電  「暁ちゃん……それを言うなら、“エレガント”ではないでしょうか…?」


暁  「うっ! そ…そうとも言うわ!」


何と言うか……暁は相変わらずだな、とその場の皆が思ったのだった。



響  「司令官とみんなで考えた作戦だ。抜かりはないさ」


龍驤 「まあ、司令官が作った編成と作戦案にウチらがそれに沿って考えただけやからな」


古鷹 「それでも、作戦に合わせて訓練と演習を重ねてきたんです。負ける気はしません!」


その通りだ、と皆が意気込む。


その傍らで夕張に点検をしてもらい終わった龍田が、真剣な眼差しで夕張に聞く。


龍田 「夕張、わかってるわよね?」


龍田の雰囲気から、何の事か察する夕張。


以前、蛇提督が明石達に言った、万が一の時の話だ。

指揮権が元帥に移ることもそうだが、そのこと以外にも誰が現場の指揮を取るか、編成はどうするか、他の鎮守府との連携はどうなっているか等、彼は作戦会議でその内容を話した。


艦娘達はただ黙ってその話を聞いていたが、彼女達の中で思うことがあった。


蛇提督が、自分が死んだ後の事を想定しているということは、

裏を返せば、死ぬ覚悟をしているということであり、もしかしたら死ぬつもりなのではないかという懸念だった。


さすがに後者は考え過ぎで、本人に何かの目的がある以上それはないだろうという意見もあったが、

考えてみれば、彼は仮釈放している身で、大規模作戦に成功して帰って来れても彼の罪が消えることは無い。

元帥との取引で報酬の話をしていたが、そもそもそれが全て本当かわからない。


ただ可能性が無いとは言い切れない現状で、彼が何か不穏な動きをしないかと警戒しておくことに越したことはない、と皆との話で決まった。


――――皆が無事に帰ってくることーーーー


その“皆”には、しっかりと蛇提督も彼女達の中で入っているのだった。



夕張 「わかってるわ。あの子達もそんなことは絶対させないって息巻いてたし、私も提督の動きには注意するわ」


夕張は物資と資源の曳航が任務の第三艦隊の旗艦として、この作戦に参加する。

基本的に第三艦隊は蛇提督が駆るボートの後を追いかける。ボートの護衛も兼ねているからだ。


夕張は思い出していた。樹実提督を迎えに行く任務の時だ。

もうあの時のような悲劇は二度と起こさせない。

彼女はそう心に再度誓うのだった。


そうこうしているうちに、その本人がボートを操作して船着場へとやってきた。

蛇提督と間宮はボートから降り、蛇提督は船着場の岸壁の上から艦娘達を見下ろす。


蛇提督「皆、集まったな」


蛇提督の言葉に皆が注目する。


蛇提督「いよいよこの日が来た。作戦については今まで散々話したから、この場で話す必要は無いだろう……」


蛇提督は艦娘達の顔を一つ一つ見ていく。

そこに迷いのある者は一人もいなかった。


蛇提督「俺から言うことは一つ、持てる力を全て出せ。それだけだ」


艦娘達 「「「「「了解(です)!!」」」」」


彼女達は敬礼をして答える。

彼女達の声は、出撃の日とは思えないほど穏やかな海に響き渡る。


「にゃあ〜」


間宮 「あ! ユカリちゃん!?」


と、いつの間にか蛇提督の足元にユカリが擦り寄ってきた。


蛇提督「ユカリ、お前は留守だ」


蛇提督がユカリの頭を撫でてから離れようとするが、蛇提督が一歩歩く毎にその前を遮るようにユカリが体全体を使って擦り寄る。


電  「ユカリちゃん、どうしちゃったのでしょう?」

雷  「司令官が行こうとしているのを止めようとしているように見えるわ!」

初霜 「寂しいのでしょうか?」


そう言っている三人に答えるように、心無しか物悲しげにしている龍田が話す。


龍田 「きっと…飼い主が遠くへ行こうとしているのを察知しているのよ」


そう聞いた艦娘達、皆が、ユカリを見ながら寂しそうな顔をした。


間宮 「餌はいつでも食べられる場所に置いといたのですが、ダメでしょうか…?」


間宮はそう言いながらユカリを蛇提督から離そうとするが、わかっているのかユカリが逃げてしまう。


間宮 「困りましたね……。どうしましょう……?」


蛇提督「本当は間宮が残ってユカリの面倒を見てくれれば安心なのだがな……」


間宮 「……申し訳ありません」


最初、蛇提督は間宮に残ってもらうつもりのようだった。

彼女の強い要望により、間宮はボートに同乗することになってユカリを見る者がいない。


龍驤 「ほんなら、どうするんや?」


蛇提督「案ずるな。代わりを呼んでいる」


(代わり……?)と皆が首を傾げる。


するとその時、


??? 「よおー! 待たせたなー!」


急な大きな声に艦娘達が驚いて、その声の主を見る。


それはいかにもチャラい感じの金髪の青年だった。

だがその雰囲気に似合わない白衣を身に纏っている。


扶桑 (あっ! あの方は!?)


それはまさに扶桑達が見た、執務机の引き出しに入っていた写真の一番右にいた青年だった。


蛇提督「遅いぞ、木村。予定の時間よりどれだけ遅れている?」


怒鳴ってはいないが明らかに怒っている蛇提督に、


木村 「いやー、俺、主任だから! 忙しいのよ!」


と、爽やかな笑顔で詫びれる様子も無い。

ちょっと悪く言うのなら、軽薄そうな印象だった。


古鷹 「なんか……加古みたい……」


加古 「えっ!? 私、あんなんなのっ!?」


思わず古鷹が口走った言葉に加古は愕然とする。


蛇提督「よりによって、出撃直前に来るとわな」


木村 「おいおい!? これでも研究所を抜けて来るの大変なんだぞ!? 少しは感謝しろ!」


彼がユカリをサプライズで郵送してきた張本人だが、その経緯を鑑みると二人の関係はこういうものだと予想はできたかもしれない。

だが、二人のやり取りに艦娘達は呆気に取られていた。


青葉 「き、木村さんじゃないですか!? どうしてここに?!」


ただ青葉は別の意味で驚いているようだった。


木村 「よおー、青葉ちゃん。久しぶりだね! もうあれこれ七年ぐらいになるのか〜」


旧知の友のような話し方で青葉に話しかける。


青葉 「青葉は、研究所にも何度か行ったんですよ?! なのに全然会えなくて……」


木村 「いや〜、ごめんね! 俺も何かと忙しくて。今日はこれを持ってきたのさ」


と、気づけば彼の手には、ペットを入れる為の動物籠があった。


木村 「ユカリちゃんをまた預かってくれって頼まれちゃってさ〜。ホント、困るよね〜」


蛇提督「俺が提督をやっている間もユカリを預かってもらう話に、最初からなってただろ?」


木村 「出所したにも関わらず、俺に会いに来る事もなければ、ユカリちゃんにも会いに来ない奴がいけない! 俺がどれだけ苦労したか……」


蛇提督「お前がユカリとおさらばしたかっただけだろ……」


この二人の会話を聞いていると、そんなに仲が良くないのかな…?と艦娘一同は思うのだった。


青葉 「木村さん! あなたには聞きたいことが山ほどあるのです!」


青葉の言葉で艦娘達がハッとする。

こんな人間でも蛇提督の秘密を知っている数少ない重要人物だ。

彼ならば、事件の事もこれまでの蛇提督の不可解な言動の理由もわかるはずだ。


木村 「なんだい? 俺に興味があるのかい? いやー俺もこんなにモテるとは自分が怖いぜ〜」


彼のちょっとしたナルシストな発言に、彼女達はちょっと引いたが、今はその感想を心の中にしまっておくことにした。


古鷹 「……やっぱり、加古みたい……」


加古 「違うよ、古鷹! 私はああじゃないよ!!」


古鷹だけはどうしてもそっちに思ってしまった。

心の声が漏れてしまった古鷹に、加古は必死に否定する。


木村 「可愛い君達の為なら、なんだって答えちゃうよ〜」


蛇提督「……木村」


少し調子に乗っている木村を、殺気にも近い威圧で蛇提督が睨みつける。

木村はまさに蛇に睨まれた蛙のように怯んでしまう。


木村 「ま…まあ、そういうわけだから、質問によるかな……」


明らかに蛇提督に「余計なことは言うな」と口止めされたと艦娘達一同は思った。

だがこれで、蛇提督がバラされたくない秘密を木村が持っていると、確信できるやり取りでもあった。


木村 「さあ、ユカリちゃ〜ん。この中に入って〜」


籠の入り口を開けて、ユカリを誘う。

籠の奥には、既に餌を入れてあるようだった。


ユカリ 「にゃー」


だがそれでも、ユカリは籠の中には入ろうとはしない。

蛇提督の影に隠れてしまう。


蛇提督「ユカリ、お前を連れていくことはできない……。わかってくれ」


蛇提督はユカリを優しく撫でる。

それから籠に無理に入れようとはせず、ユカリが渋っている姿を今しばらく様子を見ていた。


蛇提督「必ず戻る。信じてくれ」


蛇提督がそれを言ってからまたしばらくして、ユカリはわかってくれたのか、ゆっくりと籠の中へと入っていく。

完全に中に入ったのを見届けて、木村はゆっくり入り口を閉める。


木村 「じゃ、ユカリちゃんは預かっとくぜ」


蛇提督「ああ、頼む」


ひとまず、ことが済んでホッとする艦娘達。

そして、蛇提督が「必ず戻る」と言った言葉に対しても、死ぬ気は無さそうなんだと少し安心する。


蛇提督「では……全艦隊、出撃!」


艦娘達「「「「「了解(です)!!」」」」」


彼女達はそれぞれ動き出し、隊列を組みながら水平線を目指す。


青葉 「で、では一つだけ!」


木村 「ん? なんだい?」


青葉はどうしても聞きたいことがあるのか一人残って木村に問いかける。


青葉 「司令官は青葉に、会うのは二回目だと言っていたのですが、一回目はどこで会ったのかわかりません! 何か知りませんか?!」


青葉にとって、どうしても解決できない問題の一つだった。


木村 「会ってるじゃないか。わからないかい?」


青葉 「全く記憶にありません!」


あんな印象深い目をした男を見れば一生忘れるはずないと青葉は付け加える。


木村 「まあ、青葉ちゃんにとっては“見た”かもしれないけど、“話して”はいないんだよね〜」


「え? どういうこと?」とますます分からない青葉は首を傾げる。


木村 「じゃあヒント! 忘れるはずないのなら、その目を見ていないんだよ」


目を見ていない……?

顔を見ていないというのか……?


いや、待て…!

そういえば、中森さんに会いに一人で行った時、中森さんとの一方的な会話の最中に、養成学校の生徒が部屋へ入ってきた気がした。

その青年は不自然にも帽子を目深に被っていたのだ。


青葉 「ああーーーー!!!!!」


青葉は思わず叫んだ。

全ての合点がいったのだ。


木村 「ハハッ、そういうこと。さあ行ってきな!」


そうして木村は、蛇提督とその艦娘達を見えなくなるまで見送った。


木村 「必ず、帰ってこいよ……!」


木村のその言葉は力強くも、どこか切なさがあった。

ユカリ以外、誰もいなくなった船着場で木村の言葉は誰かに聞かれることも無かった。

ただ、その言葉と込められた思いを、彼らに送り届けるように、風は吹くのだった。




蛇提督率いる艦隊は全部で三つ。

先頭を走る第一艦隊は、龍驤を旗艦として衣笠、青葉、加古、龍田、響。

第二、第三艦隊より先行して露払いの役目をする。


その第一艦隊より少し離れた後方には、古鷹を旗艦とする扶桑、山城、大和、武蔵、初霜の第二艦隊がいる。

戦闘は、こちらに向かってくる敵だけか蛇提督達を守ること以外はなるだけ避け、硫黄島にいると思われる泊地棲鬼を倒すための主力艦隊である。


その後ろには蛇提督のボートが続き、艦隊の指揮を取る。

操舵室には蛇提督の他に、通信士の役割で間宮もいる。


そして、ボートの後方には第三艦隊が。

夕張を旗艦とする天龍、暁、雷、電の編成。

発動艇を引っ張りながら、艦隊の洋上補給、硫黄島への物資と燃料の輸送がメイン。

敵潜水艦への対応も任せられている。



青葉 「やっと、間に合いました……」


息を切らせながら遅れてやってきた青葉が隊列に戻る。


衣笠 「何か分かったことあった?」


青葉の近くに寄って衣笠が話かける。


青葉 「はい……青葉に会ったのが二回目だという意味がやっと……」


少しやつれた声で青葉がそう言うと、それに構わず「えっ!?本当!?」と、さらに青葉に迫って聞き出そうとする衣笠だが、


青葉 「……それと共に、ちょっと苦い思い出も思い出したので、今はあまり話す気になれないですね……」


衣笠 「そう……」


青葉の表情を見て無理に聞くことをやめる衣笠。

そしてそのまま大人しく自分の持ち場に戻る。


青葉は心が落ち着いたところで、改めて考える。


中森に会いに行った時、木村に会ったのもその時が最初だったけど、まさかあの場にまだ養成学校の生徒だった蛇提督もいたと思うと、ちょっと怖い。

これが因縁というものなのかと、青葉はうーんと唸る。


だがこれで、あの蛙顔の小林が言っていた事が本当だということが分かった。

今から逆算すれば、蛇提督が18歳くらいの頃だろう。

例の事件があったのは彼が20歳の頃なので、中森や木村とは少なくとも2年以上の付き合いがあることになる。

きっとその時から、蛇提督は中森から何かしらの影響があったのは確かだろう。


青葉がなぜそのような事を考えるのか。

それは蛇提督が何を考えているのか、それを知るためには、きっとこの三人の関係を調べれば、何か分かると踏んでいるのだ。それが青葉にとって一番の近道なのだ。


それと青葉にはもう一つ気になっていることがあった。

きっかけとなった出来事は呉鎮守府の榛名達が自分達の鎮守府へ帰る前の頃、諜報員として狐提督に定期報告をした時の事だ。


蛇提督が資材集めをしに外出する日を狙って、執務室の電話で呉鎮守府に直接かける。

蛇提督と武蔵の一件があって、彼女としてもどう報告すればいいかと悩み、結局「まだ尻尾は掴めていない」とだけ報告すればいいと思い、狐提督にそのようにした。


まだ掴めていないのか、と嫌味を言われると青葉は思っていたが、思いの外そんなことは無かった。

それどころか、青葉にそれ以上報告することがないと分かったところで、電話越しでそのまま狐提督はしばらく黙っていた。


謎のだんまりに、青葉は刻々と時間が過ぎるのを感じる度に、何か言うべきかと戸惑い始める。

すると彼は、突然、青葉にこんな事を言い出す。


狐提督「――――奴は、あいつに似ているのか?」


「はい?」と青葉は何の話なのか分からなかった。

だから、狐提督はこう続ける。


狐提督「そこにいる蛇野郎は、樹実提督に似ているのか?という意味だ」


これを聞いた瞬間、青葉は「えっ!?」と声が思わず出てしまっていた。

彼女にとって、意外すぎるからだ。


狐提督「あいつのすぐ近くで働いていた君なら、なんとなく分かるのではないのかね?」


青葉は、答えに迷ったーー。


性格や顔は似ても似つかない…。


樹実提督の方が爽やかで、どんなに辛い時もいつも笑顔で私達と接してくれる。

彼の語る言葉はとても優しく、聞く者全てに癒しをくれる。


それに対して蛇提督は、いつも無表情というか仏頂面で、何を考えているか分からない。

彼の使う言葉は辛辣で、たまに威圧感だって感じる。


ただ……武蔵達の一件で、後から考えて気づいたことがある。


――その二人は艦娘に対して、真っ向から向き合おうとする所が似ているーー


偏見や差別無く、ただ私達の姿を見て、言葉を聞き、そして理解する。

そこから次への行動を決める。ちゃんと私達に配慮した上で。


それは、性格と顔が全く違う二人の共通点ではなかろうか。

蛇提督があのような人間であるにも関わらず、好感を抱く艦娘がいるのはその為ではなかろうかと、青葉はそう考えたことがあった。


でもそれが青葉の中では、樹実提督と同じかと聞かれると、確信の持てるものではなかった為、その話を狐提督に話すことはしなかった。

「まだ日が浅く、もう少し関わってみなければ分かりません」とだけ答えることにした。


狐提督は「そうか……」と言うだけで他に聞いてくることはなく、次の報告も必ずしろとだけ言って、電話を切られた。


(一体、何だったんだろう……)と考えながら、その時の青葉はしばらくその場で佇んでいた。



それからというもの、青葉の記者魂が燃えてきたのだ。

あの狐に似ているのかと言わしめるほどの人物、青葉はそれ以来、蛇提督が何者なのか気になって仕方がない。

彼に直接、「この青葉が暴きます!」なんて言ってしまったのも、そんな感情の勢いでやってしまったものだった。


だが、今度のこの戦いの結果次第で、彼の本性が分かると踏んでいる。

そして何を考えているのか、それもはっきりするだろう。


それは青葉に限らず、全ての艦娘が心で思っていることだ。

皆、口には出さなかったけど、この大規模作戦の結果以上にそちらを気にしている。


私達の思っていた通り、信頼に足る人物なのか、それとも例の事件の如く最後の最後で裏切るのかーーーー。

だからこそ皆が、蛇提督の一言一行をいつも以上に気にしている。

きっとそれを口に出したり考え出したら、出撃前より緊張してしまう。


だから今は……目の前の事だけを、己の役目を果たすことだけを……。

皆が無事に帰って来れるように、互いの力を合わせること。

それが、今の彼女達の心を支えているものだった。



加古 「早速、来たよ!」


加古の水上偵察機が敵を発見したようだ。


龍驤 「お出ましやね! 間宮さん聞こえとるか?」


間宮 「はい、大丈夫です! どうぞ!」


龍驤からの報告を間宮が聞き、蛇提督に指示を仰ぐ。


蛇提督「了解した…。第一艦隊は迎撃に当たれ。対応はそちらに任す」


蛇提督からの指示が第一艦隊に伝わり、戦闘態勢に入る。


間宮 「いよいよですね……」


蛇提督「ああ……。第二、第三艦隊は第五戦速へ移行! 警戒を厳とせよ!」


間宮 「了解です!」


まずは初戦。

第一艦隊だけで敵をなるだけ追い払わなくてはならない。


敵の編成は軽巡級が二隻、駆逐級四隻。偵察艦隊だと思われた。


衣笠 「ちょちょいって片付けてやるんだから!」

加古 「生まれ変わった私達の力を思い知れ!」

龍田 「魚雷がウズウズして、たまらないわぁ〜」

青葉 「青葉も頑張っちゃいますよ!」

響  「了解。敵を殲滅する…!」


龍驤 「まずはセオリー通り、制空権取ってくでー!」


第一艦隊が戦闘に入る。

他の艦隊は、周辺を警戒しつつ第一艦隊の戦果報告を待つばかりだが、砲撃戦が始まってから数分としないうちに第一艦隊の勝利の報告が蛇提督のもとに届く。


間宮 「第一艦隊の損害なし。完全勝利です!」


蛇提督「まずは、といったとこか。これで敵にも知られたわけだな」


間宮 「はい、そうであると思います」


蛇提督「なら、戦いはこれからだ。気を引きしめていくように伝えろ」


間宮 「了解です」



この後も第一艦隊は会敵した。

当初の予定通り、第一艦隊は航路に沿って蛇行する形で蛇提督達と付かず離れずの距離を取りながら、敵を排除していく。


数々の連戦と蛇行しながらの航行は、弾薬と燃料を激しく消耗させる。

さすがの彼女達も疲れが見え始めた頃、それは起きた。


間宮 「第一艦隊の前方に敵艦隊発見。第一艦隊に真っ直ぐ向かってるとのことです」


蛇提督「迎撃だ。勢いを止めてはいけない」


間宮 「あ! 待ってください!」


ちょうど間宮に第二艦隊からの報告が入ったようだ。

古鷹の偵察機が別の所で敵艦隊を発見したとの報告だった。


蛇提督「どこだ?」


間宮 「二時の方角に進んでいる第一艦隊の後方。第一艦隊に向けて真っ直ぐ進んでるそうです」


蛇提督「なるほど……」


第一艦隊を挟み撃ちにするつもりか。

蛇提督はそう考えた後、間宮に強気な口調で指示を出す。


蛇提督「第一艦隊に対空警戒を怠らず、こちらへ最大戦速で後退しろと伝えろ」


間宮がその指示を聞いた時、察したように「それでは……!」と返す。



蛇提督「ああ、第二艦隊に後方の敵艦隊の対応をさせる。最大戦速へ移行し同航線に持ち込め」


間宮 「わかりました」


蛇提督「第三艦隊にも砲雷撃戦の準備をさせろ。必要あらば第一艦隊のカバーに入らせる。こちらも第三艦隊の後を追うぞ」


間宮 「了解です! 全艦に伝えます!」


第二艦隊に蛇提督からの指示が届く。

それを聞いた第二艦隊の艦娘達は、


武蔵 「そう来なくてわな!」

扶桑 「ようやく…私達の力を役立てる時が来ました」

山城 「このまま戦わずに一日終えるのかとヒヤヒヤしたわ……」

大和 「大和、推して参ります!」

初霜 「サポートはお任せください!」


古鷹 「みんな、行くよ!」



第一艦隊の方では…………、


龍驤 「司令官の判断に従うで!」

龍田 「私はまだまだやれるわぁ〜」

加古 「私も、こんな所で音を上げるつもりはないよ!」

青葉 「青葉はどちらでも……」

衣笠 「ダメダメ! ちゃんと指示は聞かなくちゃ!」

響  「無理は禁物……!」



そして第三艦隊では……、


天龍 「はっ! 必要も何も、すぐに駆けつけて敵を早く倒せばいいだけのことじゃねぇか」


雷  「ダメよ、天龍! 私達は輸送物資も守らなくちゃいけないんだから!」

暁  「そうよ! 勝手なことはしちゃいけないわ!」

電  「なのです!」


天龍 「守るくらいならオメェらでなんとかなるだろ」


雷  「そりゃあ、やってみせるわ。……けど!」


天龍 「大丈夫だ。ちょいと第一艦隊の砲撃戦に混ざってくるだけさ」


そうして天龍は雷達より先行して走っていく。


夕張 「ちょっと、あなた達! 旗艦は私なのに、どうして置いていくのぉー!?」



第三艦隊がそんな事をしていた時から数十分後、第二艦隊は敵艦隊を目視で確認。

あちらも第二艦隊に気付き、ジリジリと近寄ってくる。

敵の編成は、重巡リ級が三隻、軽巡ホ級が一隻、駆逐ロ級が二隻だ。


武蔵 「肩慣らしにはちょうどいい相手だ。そう思うだろ、大和よ?」

大和 「ええ。主砲の調子を確かめさせてもらうわ!」

扶桑 「山城、大丈夫? 砲戦よ!」

山城 「姉様、了解です。砲戦用意!」


まずは長距離から戦艦組が砲撃の用意をする。


古鷹 「最初の砲撃のタイミングは、扶桑さんにお任せします!」

初霜 「皆さん、頑張ってください!」


そして敵艦隊が射程内に入ってくる。


扶桑 「主砲、てぇーーーーーッ!!」


四人が一斉に砲撃する。

それを皮切りに第二艦隊は戦闘状態へと入った。


戦いは古鷹の指示の下、敵との絶妙な間合いを維持しながら、ほぼ一方的に敵を壊滅せしめる。


戦闘が終わり、古鷹が戦果報告をすると、蛇提督の方から指示が返ってきた。


――近くの島に隠れて停船、待機。第一艦隊の補給が済み次第、再び航路を進む。――


どうやら第一艦隊の方の戦闘も終わったとこのようだった。


武蔵 「つまり提督達は第一、第三艦隊と共にいるということか?」


古鷹 「うん、そうみたい」


扶桑 「私達がこれだけ体力温存して戦えるのも、第一艦隊の皆さんのおかげですね……」

山城 「みんなの頑張りを無駄にできないわ……」

初霜 「大丈夫でしょうか……?」

古鷹 「予定より会敵が多いから、補給をするんだと思う」

大和 「これから日が落ちて夜戦になりますものね……」


大和がそう言うと皆が空を見上げる。

もう既に空は橙色に染まっている。日が落ちようとする太陽もそちらを見ようとすれば、とても眩しい。


武蔵 「だが敵が多いということは、私達の囮としての役目を果たせているということだろう?」


古鷹 「そうだと信じたいね」


初霜 「呉や佐世保の皆さんの出撃は明日でしたよね?」


山城 「そのはずよ」


大和 「長門さん達……成功するといいのですが……」


扶桑 「きっと大丈夫です。皆さん、お強いですから」


初霜 「私達はやれるだけの事をやるだけですね」


初霜の言葉に、皆が静かに頷く。


戦いの時だというのに、夕焼けに染まった海は静かで波は穏やかだった。

その落ち着いた波のせせらぎは、彼女達の心を表しているようだった。



一方その頃、蛇提督達は第二艦隊の艦娘達とは別の島で補給を済ませながら、休憩していた。


暁  「響! あなた大丈夫なの?!」

雷  「小破したって聞いたわ!」


響  「問題ない。かすり傷さ」


左肩部分の服がやや黒く破けている箇所を摩りながら、響は平然とした顔で答える。


電  「その様子なら大丈夫なようですが、それでも心配です……」


暁姉妹が話しているそのすぐそばでは、龍驤達が話している。


夕張 「あなたも小破したって聞いたけど、大丈夫なの?」


龍驤 「甲板の方は無事やから、艦載機は使えるで」


全然問題無いという感じに胸を張って答える龍驤。


衣笠 「これはマズイでぇー!って叫んでたけどね」


加古 「そうそう。結構慌ててたよねー」


青葉 「それを見た響さんがすかさずカバーに入ったんですよね」


龍田 「おかげで響も巻き添いに……これは旗艦交代かしらぁ〜」


龍驤 「うっ……それは言わんといてぇーなー!」


みんなに責められて、龍驤は頭を抱える。


龍驤 「これでも一瞬取り乱してしまったのは悪かったと思っているんやで……」


グスッと泣きながら龍驤は反省の色を見せる。

それを見ていた衣笠が龍驤を少し庇うように話をそれとなく変える。


衣笠 「まあ、途中から敵艦が龍驤を狙うようになったのもあるよね」


青葉 「それは言えてますね〜。こちらの航空戦力が乏しいのを分かった上での狙いでしょうけど」


加古 「龍驤が大破していなくなると、私達も厳しくなるからな〜」


龍田 「龍驤に気を取られているうちに沈めてあげればいいだけよぉ」


そこでこの話が終わると思いきや、


龍驤 「フッフッフッ…………」


夕張 「急にどうしたのよ……?」


急に不敵に笑い出した龍驤を気味悪がりながら夕張が質問する。


龍驤 「敵さんも分かっとるちゅうことや」


衣笠 「な…何が…?」


この後、何を言うのかだいたい察しがついていても、敢えて聞いてあげる衣笠。


龍驤 「ウチがこの艦隊の主力ということや!」


ハァ〜と呆れる声がみんなの口から漏れる。


龍驤 「なんやなんや!? どうしてそうなるん!?」


夕張 「……その調子なら全然大丈夫そうね」


夕張の言葉通り、いつも通りな龍驤を見て、艦娘達はある意味安心するのだった。

どこまでもマイペースな龍驤はさておき、龍田は別の話を持ちかける。


龍田 「龍驤を守るために響が無理矢理割り入ったけど、そんな響が小破で済んだのも天龍ちゃんが突撃してくれたおかげなのよねぇ〜」


加古 「いつの間に来たのかと思えば、一人で敵艦の中に突っ込むんだから驚いちゃったよ」


青葉 「敵の陣形が崩れた隙を狙って、青葉達は各個撃破できましたけど……」


夕張 「命令違反の上に、無茶な事をしたからね……」


そう夕張が言うと、その当の本人がいる方を皆が見る。


そちらには蛇提督のボートがあり、天龍はそのすぐそばにいた。

今ちょうど、天龍は蛇提督からその事で呼び出されていたのだった。


蛇提督「どうして命令を聞けなかった?」


蛇提督が船の上から見下ろして、その鋭い視線が天龍を捉える。

だが天龍は、その視線からそっぽを向いて「急いだ方がいいと思っただけさ」と答える。


蛇提督「だからと言って、一人で突っ走るとは無謀ではないのか?」


天龍 「第一艦隊の奴らは連戦で疲弊していた。助けるなら早い方が良いと思っただけさ」


蛇提督「お前の持ち場は第三艦隊で輸送物資の護衛が任務だ。それを放棄しただけでなく、私どころか旗艦の言葉も聞かずに行ってしまうのは、勝手が過ぎるのではないか?」


天龍 「誰一人沈ませないんだろ? 俺はその時で最善の行動を取っただけだ!」


天龍は真っ直ぐ蛇提督の目を見てはっきりと言い返す。

蛇提督はその天龍の目を、ジッと見て黙ってしまう。


その横では間宮が二人を見ているが、どうしたものかと困惑していた。


天龍 「命令違反で処罰したければ、どうなったっていいさ。でも俺はこの大規模作戦を成功させる為に最後まで戦い続けるぜ」


さらに天龍が蛇提督に対して言い放つと、彼はハァーと小さい溜息をついて、


蛇提督「……わかった。お前の処罰はこの戦いが終わってからにしよう……下がっていい」


補給と休息をちゃんと取るようにと付け加えて、蛇提督はボートの中へと戻って行く。

天龍もボートから離れるが、その後ろ姿を、間宮は心配そうな表情で見つめていた。


龍田 「天龍ちゃん」


こちらへと戻ってくる天龍を見て、龍田は話しかけようとするが、それより先に天龍の方が話し始める。


天龍 「よお、龍田。お前は大丈夫そうだな」


龍田 「私は平気だけどぉ……」


天龍 「だろうな。なんせ俺様と同型艦なんだから、このくらい屁でも無いわな」


天龍の言い草に夕張がムッとする。


夕張 「ちょっと! 言うことはそれ?! 他に言うことがあるんじゃないの?」


天龍 「あ? 何があるんだよ? 結果的に良かったんだから、それでいいだろ」


天龍の言葉に夕張以外もムッとする。


加古 「そんな言い方ないだろ?」


龍驤 「そうやで! 命令違反どころか打合せになかった動きまでしおって、こっちは合わせるの大変やったんやで」


天龍 「それでも、ちゃんと合わせてくれたじゃねぇか?」


衣笠 「それはそうだけど……」


青葉 「助けてくれたのは感謝していますが、少々無理があったような……」


天龍 「そう見えたのは、響がやられたとこを遠くながら見えたんでな。ちょっと急いだせいだ」


天龍はあくまでも淡々と答える。

自分のしたことを謝ることはしないが、だからといって自分のおかげだと威張ることもなく、仲間を責める様子もない。

天龍にしては妙に落ち着いているせいで、怒るにも怒りづらいと天龍以外の艦娘達は感じる。


その異変に察知したかのように近くにいた響達が天龍達のところへやってくるが、


天龍 「助かってよかったな、響。お前がやられちゃ、暁がピーピー泣いちゃうところだったぜ」


響  「……う…うん…」

暁  「ピーピー泣いたりしないわ!!」


響は突然の天龍の言葉に当惑しながら、とりあえず頷く。

その隣ではプンスカッ!と暁が怒っている。


雷  「響が助かったのはいいけど、天龍だって危なかったんじゃないの?」

電  「そうなのです。司令官さんの話はよく聞いた方がいいのです……」


天龍 「俺はまだ奴のこと、認めたわけじゃねえ」


夕張が「あなた、まだ、そんなことを」と言って、そちらの方へと話がいってしまいそうなところを天龍は遮るように話し出す。


天龍 「だけど補給は済ましておけって言われたのは、俺も同感だから従っとくぜ。夕張、頼む」


夕張 「ハァー、人使い荒いんだから……」


夕張は何を言っても聞く気がないのだなと、諦めることにした。


夕張と天龍は、燃料を置いている発動艇の方へと行く。

島の岩陰に二人が見えなくなったところで、それまで黙って天龍を見ていた響が口を開く。


響  「天龍……なんか変……」


暁  「そう? いつもの調子で私を馬鹿にしてたけど?」

雷  「いつもと同じ感じもするし、なんか違う感じもするわ」

電  「口で表現するには難しい感じなのです」

衣笠 「うーん……なんか、そうなのよねー」

青葉 「青葉としても、今の心境はいかに、と聞きたいとこでしたが、聞きづらい感じでした」

加古 「天龍にしては、ちょっと張り合いが無いっていうか……」

龍驤 「ああだと、ウチらも調子狂うでー」


まだ目的地まで距離がある。

この調子で大丈夫なのかと皆が不安を感じる。


龍驤 「そっちから見て、天龍はどうなんや?」


誰よりも一番、天龍のことを見てきて、天龍の事を分かっていそうな龍田に龍驤が尋ねる。


龍田 「心配ないわぁ〜。提督と張り合ってるだけだと思うわぁ」


岩陰で天龍の姿が見えなくなっても、そちらの方を見たまま立ち止まっていた龍田は、

いつもの、にこやかな笑顔で皆に言う。


龍驤 「そ…そうなんかぁ? それならええんやけど……」


龍田の言葉は、皆が思っていたような回答では無かった。

少し目を丸くして驚いていたのは、龍驤だけではない。


だが龍田は、それ以上何も言わず、再び天龍の方を見る。

その顔は、どこか切なそうな表情をしていた。



すっかり日は落ち夜になったところで、補給を済ませた艦娘達は再び航路を進む。

蛇提督達は第一艦隊と別れ、後から来た第二艦隊と再度合流。

編成と作戦は変更せず、進撃する。


途中、やはり会敵をしては交戦するが、思いの外、順調に歩を進める。

夜戦の経験は、横須賀鎮守府に配属されてから計算して、決して多いと言えなかったが、艦娘達の事前の打ち合わせと準備が功を奏でる。


夜通し進み続け、ついに夜が明ける。

近くで小島を見つけ、全ての艦隊の補給と休息を済ませて、また先を急ぐ。


二日目の朝を迎え、一日目と同じ作戦で進撃する。

会敵すれば、蛇提督の指揮の下、その場の判断で敵を駆逐していく。


一日目であれだけのことがあったにも関わらず、何事もなく艦隊は快進撃する。

疲れはあれど、艦娘達は好調続きで勢いづく。

だが一人、蛇提督だけはその険しい顔を崩すことは無かった。

敵を薙ぎ払い、勝ち進めていくほどに、時々物思いに耽っている蛇提督の姿を間宮は見た。


そしてまた日が落ち始めた頃、夜戦に備えて全艦隊が、とある島の付近で停船する。


艦娘達が休んでいるところ、蛇提督はまだ何か考えているのを見た間宮は話しかける。


間宮 「提督、何をお考えなのですか?」


蛇提督「あ? ああ……」


間宮に話しかけられて、やっと我に返ったという感じの蛇提督。


蛇提督「……どうにも上手くいきすぎている気がしてな」


間宮 「どういうことですか?」


蛇提督「誘い込まれているのは、こっちなんじゃないかと思ってな」


間宮 「えっ!?」


蛇提督の不穏な一言に間宮は驚く。

会敵する敵の数は決して少なくないと間宮は言うが、


蛇提督「確かにそうだが……どの敵艦隊も決定打に欠ける編成と動きだ」


蛇提督の話によると、呉鎮守府を襲撃してきた時と同じ、波状攻撃をしてくるように仕掛けてくるが、こちらに少し余裕を持たせていること。

敵の編成や動きに多少の変化はあれど、行動パターンがほぼ同じで敵の狙いに変化がないこと。

蛇提督をこれらの理由を並べて、間宮に話す。


間宮 「ですが、そんなことをして、あちらにどのような得があるのでしょうか?」


蛇提督「ある。――こちらを消耗させることだ」


間宮 「あ……!」


現に予定より燃料や弾薬を消耗していることを、蛇提督はさらに付け加えて言う。


間宮 「では……この先で罠が仕掛けられているとか?」


蛇提督「その可能性は高いな」


間宮 「そんな……何か他の方法はないのでしょうか?」


蛇提督は罠があることなんて、最初から予想の範囲内であることを話した上でこう続ける。


蛇提督「それに罠があるとわかっているとしても、私達は目標の撃破と海域の制圧が最優先だ。飛び込んでみるしかない」


間宮 「そう……ですか……」


蛇提督「皆をここへ集めてくれ。話す必要があるだろう」


蛇提督はボートのところへ艦娘達をを呼び集め、先ほど間宮に話した内容を他の艦娘達にも話した。

驚く者や薄々勘づいていた者がいる中、その艦娘達の表情を蛇提督は話しながらじっくり見る。

そしてその上で、蛇提督は今後のことを話す。


蛇提督「いよいよ、目的地までわずかとなった。明日の昼までには硫黄島が目視で確認できるだろう」


皆が蛇提督をまっすぐ見る。

それぞれが様々な思いを抱えながらも、この時が来たかと気を引き締めるような面持ちだ。


蛇提督「俺達にどのようなことが待ち受けていたとしても、やることは変わらない」


低く静かに、だがどこか力の込もった蛇提督の言葉は、皆の胸を振るわせる。


蛇提督「己と皆の力を信じろ! 培ってきたもの全てを使え! そうすればきっと勝利する!」


艦娘達「「「「了解!!」」」」


蛇提督の言葉に皆が一斉に答える。

迷いはない。皆が一つとなった瞬間だ。


ただ天龍だけは蛇提督をじっと見て、何か違うことを考えているような感じだったのである。

それに気付くことができたのは、たまたま横から天龍を見た龍田だけであった。



そして、最後の休息を終えた艦隊は再び航路を進む。


夜の海は、真っ暗で数メートル先からはよく見えない闇の世界だ。

先がよく見えないその暗闇は、彼女達の今の心境もあって、いつもより恐怖を煽ってくる。


だけどーーーーーー


(逃げちゃダメ……しっかりしなくちゃ……!)

(これまで溜めてきた無念、今こそ晴らす時……!)

(みんなと一緒なら……大丈夫!)

(絶対に負けないんだから!)

(沈んでいった娘達の為にも……!)

(必ず……みんなを守ってみせる……!)

(樹実提督、見ていてください……!)

(私達の逆襲はここから始まるのよ!)


それぞれが心の中で、その恐怖に立ち向かう。


そしてこの男も…………


蛇提督(必ず守ってみせる……必ずな……!!)


その目はいつもの冷たい目ではなく、小さくも雄々しい炎を瞳に宿していたのだった。




どこまでも暗闇が広がる世界を艦隊は進撃した。

途中、会敵することもあったが、取るに足らない敵だった。

今の勢いに乗った彼女達なら造作もない。


だが、それで彼女達が喜ぶわけではない。むしろますます、彼女達の緊張が高まる。

敵が自分達を倒そうとしているわけではないというのが分かるからこそ、蛇提督の言っていた「誘き寄せられているのは、こちらかもしれない」という言葉が、真実味を帯びてくるからだ。


そして気づけば空が明るくなり始め、あっという間に夜明けを迎える。

朝日を見た彼女達はほんの少し安心した。

だが、進撃の手は緩めず、硫黄島へ一直線に向かう。

目的の海域にはもう既に入っている。

何が起こるかわからないこの状況で、止まることはできなかった。


龍驤 「もうそろそろや……あと少しで見えてくるはずやで」


既に出させている偵察機から泊地棲鬼の存在を確認している。

いよいよ硫黄島を、その影だけでも目視で確認できる距離にまでやってきた。


青葉 「今日は晴れていますので、よく見えますね〜」


きっとこれから激しい戦いになるというのに、青葉の言う通り、空は澄み切った青が広がり、雲も僅かしかない。

だが、それのせいなのか、硫黄島だけ異様な雰囲気を際出させている。


衣笠 「とうとう、ここまで来たわね」


加古 「腕が鳴るよ! うん、燃えてきた!」


響  「さて、やりますか」


龍驤 「司令官から指令やで。第一艦隊、突撃や!」


既に泊地棲鬼周辺にかなりの数の敵艦隊を確認している。

第一艦隊はそいつらの排撃。第二艦隊の花道作りの指令が言い渡される。


そして、手始めに龍驤が艦載機を飛ばす。制空権を取れるとは思っていない。

だが、敵が空に注意を逸らしている間に一気に懐へ入り込む。

艦載機が飛び立ったと同時に最大戦速で第一艦隊は突き進む。


やがて、龍驤の艦載機が深海棲艦と交戦を始める頃、島の浜辺近くに他の深海棲艦とは風格が明らかに違うモノが空を見上げる。


泊地棲鬼「キタノカ……!」


戦いの火蓋は切って落とされたーーーーーーーーーーーー。



第一艦隊が敵艦隊と交戦を開始した報せが届く頃、第二艦隊も既に最大戦速で向かっていた。


古鷹 「私達も第一艦隊に続きます!」


山城 「あそこに泊地棲鬼がいるのね……」

扶桑 「この戦いの鍵は私達に……」

大和 「私はずっと……この瞬間を待ちわびてきました……」

初霜 「絶対に負けられないわ!」

武蔵 「よし、行くぞ!」


さらに後方、第三艦隊と蛇提督達も先陣を切った第一艦隊の報せを聞きながら、戦いの行く末を見守る。


間宮 「第一艦隊が交戦を開始したそうです」


蛇提督「そうか。こちらは第三艦隊と共に周囲の警戒をしつつ硫黄島に接近するぞ」


間宮 「了解です」


蛇提督「天龍にはくれぐれも出張るなと伝えておけ」



天龍 「やるかよ……」


夕張 「全艦、第四戦速を維持!」


電  「いよいよ始まったのですね……」

暁  「あ、ああ暁がいれば、だだ大丈夫よ!」

雷  「来るなら来てみなさい! 雷がやっつけるんだから!」



その頃、第一艦隊では硫黄島付近にいる敵艦隊を一つずつ潰しながら、泊地棲鬼に近づいていた。


龍驤 「見えたで! あれが泊地棲鬼や!」


龍驤の無線に皆が見ると、そこにはおぞましい姿の泊地棲鬼が見えた。

美しくも妖しい女がそこにいるが、その足は鯨のような化け物が口を大きく開け、さらにその体を四つの巨大な手が支えているという姿をしている。


衣笠 「あれが……泊地棲鬼!」


衣笠をはじめ、他の艦娘達も泊地棲鬼を目視した頃、その泊地棲鬼も第一艦隊を捉え、背中に背負っている主砲を前へと出し、狙いをつける。


泊地棲鬼「コノサキヘハ…トオサンゾ…!!」


ドーーン!!


轟音とともに主砲が放たれる。

だが、まだ距離があるため、その砲撃は誰にも当たることは無かった。


龍驤 「ウチらはとりあえず奴からは距離を取って、他の敵艦隊を優先するで!」


青葉 「三時の方角から、敵艦隊が来るようですよ」


響  「了解、迎え撃つ……!」


最初の一撃で、泊地棲鬼の主砲の射程距離を測った龍驤は、そのラインより遠く泊地棲鬼から距離を取る。

時々放たれる艦載機の対応だけに集中するためだ。

龍驤の艦載機に加え、後から扶桑、山城の瑞雲も航空戦に参加し、制空権は何とか拮抗させていた。

あとは砲雷撃戦に集中して、確実に邪魔者を仕留めていけばいい。


だが最初は好調だった第一艦隊だったが、泊地棲鬼の艦載機と次々に現れる敵艦隊に、次第に押され始める。


龍驤 「うーん、これはちょっちまずいで……」


衣笠 「五時の方角からも来るよ!」


加古 「さすがのアタシも、対応しきれないよ!」


龍田 「うふふ、私に沈められたい船がたくさん来て嬉しい限りだわぁ!」


青葉 「そんな悠長なこと、言っている場合ではないと思いますが!?」


響  「問題ない……いける……!」


その時だ。五時の方角の敵艦隊の幾つかが砲弾を喰らって爆発を起こす。

もしかしてと思い、飛んできた方向を見れば、第二艦隊のみんなが見えた。



初霜 「良かった、間に合いました!」


山城 「まだ大丈夫そうね……」


大和 「仲間は……やらせません!」


武蔵 「私達が来たからには、もう心配ないぞ!」


扶桑 「主砲、発射準備!」


古鷹 「こちらは私達が引き受けます! 正面の敵をお願いします!」


古鷹からの通信を龍驤は受け取り、


龍驤 「よし、態勢を立て直して、一気に行くで!」


第一艦隊と第二艦隊が協力して、敵艦隊の掃討をしている頃、第三艦隊と蛇提督達も近寄って来る敵を退いては、第一と第二艦隊の様子を窺う。


蛇提督「第二は間に合ったようだな」


間宮 「はい、大破した艦娘もいません」


蛇提督「予定通り、近すぎず離れすぎずの距離を保つぞ」


間宮 「はい!」


第三艦隊は敵がまとまって来ることはないが、こちらを発見した敵がちらほらとやってくる。

その対応を天龍が中心に暁と雷が対応する。


雷  「資源も司令官もやらせないわ!」


暁  「この暁が守るんだから!」


天龍 「お前達、無茶すんじゃねえぞ?」


雷  「それはこっちのセリフよ!」


暁  「天龍もいきなり突っ込んだりしないでよ?」


天龍 「ああ……わかってるよ」


夕張 「私達は身動きできないけど、やられた時はいつでもカバーに入るわ!」


電  「もどかしいですが、これも大切な役目なのです!」



そして、第一と第二艦隊はあらかた敵艦隊を蹴散らし、その数をだいぶ減らしたところで次の段階へと入る。


古鷹 「そろそろ、泊地棲鬼へ攻撃を開始しようと思います!」


龍驤 「任せたで!」


古鷹は自分の艦隊のみんなに泊地棲鬼攻撃の指示を出す。


武蔵 「やっとか!」


大和 「いざ、参ります!」


扶桑 「ここからが本番ね……!」


山城 「嫌な予感しかしないわ……」


第二艦隊は泊地棲鬼に仕掛けるため、第一艦隊とは一旦分かれ、その距離を詰める。

それに気づいた泊地棲鬼は艦載機を飛ばす。


初霜 「私が、守ります!」


初霜がすかさず皆の前へと躍り出て、艦載機に狙いをすまし迎え撃つ。

半分近くを落とし、残りも他が迎撃する。

多少の被弾があったにせよ、戦艦の彼女達ならかゆい程度だ。


扶桑 「主砲……!」


扶桑達、戦艦組が射程距離に入るところで、主砲を撃つ構えをする。


扶桑 「撃てーーっ!!」


戦艦達が一斉射、その轟音が響き渡る。

まだかなりの距離があるためか着弾地点はバラつきがあるものの、泊地棲鬼に確かに届いたものもあった。

だが、それは泊地棲鬼の目の前を守るように浮いている球形の深海棲艦に阻まれてしまう。


武蔵 「今の見えたか?」


大和 「ええ、砲弾を防いだようです」


扶桑 「泊地棲鬼の周りに浮いている何かが盾になりました……」


山城 「何なのよ、あれ?」


古鷹 「あれが……話に聞いていた浮遊要塞だと思います」


初霜 「あれがあっては、泊地棲鬼に直接、攻撃が当たらないのですね」


武蔵 「フン! ならば、そいつごと貫けばいい」


古鷹 「そうするには、もっと近づかないと!」


戦艦の射程ギリギリの範囲を航行していた第二艦隊はその進路を変え旋回、さらに泊地棲鬼へと近づく。

今度は古鷹の主砲の射程距離に入るためだ。そうすれば初霜は魚雷の射程範囲に入るので、上と下から同時に攻撃できると考えたからだ。


泊地棲鬼「シズメ……!」


だが、そう簡単に思い通りにはさせてくれない。

泊地棲鬼はその動きに勘づいたように主砲を放つ。


山城 「きゃあああーーっっ!!」


扶桑 「山城!」


砲弾は山城に直撃し中破させる。


山城 「うう……最初にやられるのが私なんて……不幸だわ……」


扶桑 「山城、しっかりして!」


初霜 「あ! 二時の方角、敵艦隊来ます!」


初霜の通信に皆が見れば、新手がやってきたのが見える。

敵の六隻のうち、二隻は戦艦ル級、三隻は重巡リ級、残り一隻は軽巡ホ級と無視できない相手だ。


武蔵 「くっ! まだ来るのか!」


大和 「これでは……切りがありません」


古鷹 「それでも……私達は泊地棲鬼の撃破を優先しないと……!」


そう古鷹が腹を括ろうとしたその時、敵艦隊に味方の艦載機が飛んできて、攻撃するのが見えた。

龍驤の艦載機だ。決して数が多いとは言えないが、うまく敵を引きつけている。


龍驤 「ウチらのこと! 忘れんといてや!」


龍驤の無線が入ったと思えば、第一艦隊が三時の方角から猛スピードで追いかけてきたところだった。


加古 「私達を無視するなんて、許せねー!」


龍田 「逃がさないわよ〜」


龍驤 「主砲、撃てーーーっっ!!」


龍驤と響以外が主砲を一斉射。

その攻撃はリ級二隻、ホ級一隻を撃沈させる。


古鷹 「よし、これなら!」


古鷹は今だと思い、泊地棲鬼へ攻撃の合図を出す。


古鷹 「主砲狙って、そう…。撃てぇー!」


確実にダメージを与えるための一撃。息を合わせた主砲が放たれる。


初霜 「これで……!!」


初霜も魚雷を撃つ。そのコースは確実に泊地棲鬼に命中するコースだ。


放たれた砲弾は泊地棲鬼へと降り注ぐ。

直撃する砲弾だけ、浮遊要塞が盾となる。


泊地棲鬼「キシャアアアアアアーーーー!!!!」


大きな爆発とともに悲鳴にも似た泊地棲鬼の声が響く。

防ぎきれなかった砲弾や浮遊要塞を貫いた砲弾が泊地棲鬼に命中したようだ。

さらにまた、初霜の魚雷も到達する。

さらなる爆炎を上げ、煙の中へ泊地棲鬼の姿が見えなくなる。


武蔵 「手応えはあったぞ!」


爆煙でしばらく泊地棲鬼の姿は見えない。

まだ本当に倒したか確認はできない。


龍驤 「ル級がそっちに行くで!!」


龍驤の通信に第二艦隊の皆がハッとする。

泊地棲鬼の方に気を取られていたため、気づくのが遅れてしまう。

古鷹が気づいて対応するより先にル級二隻が第二艦隊へ一斉射する。


扶桑 「きゃあああ!!」


山城 「姉様!!」


その砲撃は扶桑に当たって中破させてしまう。

するとその直後に、ル級達はその背後から来た魚雷攻撃で爆発して沈んだ。


加古 「くっ……魚雷がもう一足早く当たってれば……!」


だが、彼女達に悔しがっている暇は無かった。


泊地棲鬼「……!!」


爆煙を振り払うようにその姿を現した泊地棲鬼が反撃とばかりにすかさず砲撃する。


古鷹 「ああああっ!!!」


古鷹がその砲撃にもろに当たってしまい、大破してしまう。


大和 「古鷹さん、大丈夫ですか?!」


古鷹 「このくらい……平気……態勢を立て直して……」


第二艦隊が一旦泊地棲鬼から距離を取ろうと回避行動へ移る。

それを逃がさんとばかりに生き残った浮遊要塞、三機が追い打ちするように砲撃をする。


初霜 「きゃっ!?」


武蔵 「ぐっ……この程度……!!」


大和 「これくらいで……私達は……!」


武蔵と大和以下、第二艦隊が被弾をする。

その最中、初霜も小破してしまう。


その時、先ほど沈めたル級達を追いかけていたスピードのまま第一艦隊が、第二艦隊と泊地棲鬼の間に割り込むように入ってくる。

泊地棲鬼達にかなり接近する思い切った行動だった。


加古 「よくも、古鷹を!!」


青葉 「これでも!」


衣笠 「食らえ!!」


響  「ウラーー!!」


勢いに任せて、第一艦隊が砲撃をする。

その砲弾は、残り全ての浮遊要塞を撃墜。泊地棲鬼にも命中した。

だが、泊地棲鬼は第二艦隊の時のように怯みはせず、お返しに魚雷を放つ。

第一艦隊へ泊地棲鬼から扇形へと進み、その数も尋常じゃない。


龍驤 「ま、まずい! 全艦回避!」


龍驤の指示が皆に届いた直後には、もう魚雷は目の前に来ていた。

距離をかなり近づけたのが、逆に仇となる。


響  「くっ……」


加古 「うわああ!!」


青葉 「しまった!」


衣笠 「っ! この程度!」


龍驤 「あっかーん! ちょっちピンチすぎやー!」


この攻撃で、響と加古が中破、青葉と衣笠が小破、龍驤が大破してしまう。


古鷹 (まずい……こっちが押しているはずなのに、損傷が激しい……)


傷だらけの体を何とか保ちながら、冷静に戦況を分析する古鷹。

泊地棲鬼を倒した後も何があるかわからないのに、これ以上の損害は良くないと危機感を感じる。


そして、泊地棲鬼はさらに畳み掛けるように艦載機を飛ばしてきた。

狙いは古鷹達、第二艦隊だ。


古鷹 「うっ…みんな、対空準備!!」


対空装備がないわけではない。

だが、自分も含め第二艦隊の損傷が激しい中で、どれだけ防げるかわからない。

龍驤や扶桑達の艦載機もまだ違うところで、敵と交戦中でこちらに回す余裕も時間もない。

これ以上の損傷は泊地棲鬼撃破に支障をきたす。

それでもやるしかない……!


敵の艦載機が接近し、その数機は海面スレスレまで降下する。魚雷攻撃をしてくる艦攻だろう。

他の残りは古鷹達の直上へと回り込む。こちらが、爆弾を落としてくる艦爆だ。

そして、余裕があれば敵の艦載機を落とすための艦戦も撹乱も兼ねて機銃で攻撃してくる。


艦載機は主にこの三種類だ。

よって、それぞれ落ち着いて見極め対処するのが、対空戦闘の基本だ。


横須賀鎮守府で、対空戦闘はみっちり演習した。

龍驤の話では、艦載機の飛び方というのは艦娘も深海棲艦も機体の性能に違いがなければほとんど変わらない。

回避の仕方や撃ち落とすタイミングというのは、だいたい決まっている。

古鷹達の歴戦組による経験談も兼ねて、皆で対処の仕方を話し合った。

演習を重ねて、一人一人の癖や弱いところを夕張がデータにして改善した。

蛇提督が着任した当初から、対空戦闘が肝だと言っていたその瞬間が今ここにきたのだ。


古鷹 「もっと引きつけて……撃てっ!!」


皆が一斉に対空砲火を始める。

砲門数が多い大和と武蔵は、その圧倒的な弾幕で主に直上へ回り込む敵機を、扶桑と山城は大和と武蔵ほどの弾幕は張れないが、射程距離はあるため海面を飛ぶ敵機を狙う。

古鷹と初霜は放たれた魚雷の処理と弾幕をすり抜けてきた敵機をなるだけ撃墜することを狙う。


敵艦載機と第二艦隊が交戦する。この一瞬が今後の命運を分ける。


武蔵 「このーー!!」


大和 「当たって……!」


激しい戦闘の中、多少の被弾はあったが、致命傷はしていない。

敵艦載機が攻撃を終わらせ、第二艦隊を通り過ぎていく。

パッと見た感じ、先ほどの半数を落とせたようだ。

だが、すぐに旋回してもう一度攻撃してこようとするのが見える。


扶桑 「私達は、まだ……!」


山城 「また来るのね……でも……!」


先ほどの攻撃を防ぎ切った。

演習の成果が今確かにあったことを彼女達は自信につなげる。


古鷹 「撃てーー!」


第二艦隊が対空砲火を再び開始する。

するとその時、第二艦隊とは別の方角から、対空攻撃をするのが見えた。

そのおかげで敵艦載機をほとんど落とすことに成功した。


古鷹達が対空砲が飛んできた方角を見れば、天龍と暁、雷の姿が見えた。


天龍 「苦戦しているようだなー。やっぱ俺の力が必要か?」


古鷹 「天龍!」


いつの間にか、蛇提督のボートと夕張達も目視できるところまで来ていたことに第二艦隊の皆が気が付いた。


蛇提督「古鷹、大丈夫か?」


古鷹 「提督! こんなところまで来ては危険です!」


無線のやり取りで二人が話し、それを他の艦娘も傍受する。


蛇提督「あと一押しだ、後の事は考えるな。ここで泊地棲鬼を倒せなければ、どちらにしろ任務は失敗だ」


まるで自分の考えていたことがわかっていたような口振りだな、と古鷹は少し驚く。


蛇提督「第一艦隊も一度こちらへ合流させろ。態勢を整え、もう一度仕掛けるぞ!」


蛇提督の指示はこうだった。

大破した龍驤、古鷹は艦隊を抜け、夕張、電と共に後方で待機。

第一艦隊の旗艦を衣笠に、第二艦隊の旗艦を大和に変更。

それぞれ一隻ずつ減ってしまうが、天龍を旗艦に、暁、雷の第三艦隊も攻撃に参加して再攻撃するという内容だった。


蛇提督「やれるか?」


大和 「はい。必ずや、成し遂げてみせます!」


衣笠 「衣笠さんにお任せ!」


無線を通して大和と衣笠の声を聞けたところで、再び突入する。

第一艦隊と第三艦隊が第二艦隊の前へと並ぶ。形としては蜂矢の陣に近い。


泊地棲鬼「ナンドコヨウトモ……!!」


泊地棲鬼は近づいてきた艦娘達にまたもや艦載機を放つ。


天龍 「へっ! そんなのはお見通しさ!」


衣笠 「対空射撃、用意!」


全艦が対空砲火を開始する。

今度は砲門の数がある。泊地棲鬼も何度か放った艦載機もその数を減らし、もはや彼女達の敵になるほどの脅威では無かった。


泊地棲鬼「シズメ!」


今度は砲撃をしてくる。

この攻撃は運が良かったのか、誰一人にも直撃せず回避に成功する。


だが第二艦隊の戦艦組はまだ撃たない。

確実に決めるためにもう少し近づいてから全艦で一斉射撃を狙っていたからだ。

そして、その時が来る。


衣笠 「今よ! 砲雷撃戦……!」


天龍 「いけーーーっっ!!!」


重巡、軽巡の射程距離に入ったところで、第一、第三艦隊が一斉射撃をする。主砲が届かない駆逐艦は魚雷攻撃だ。


泊地棲鬼 「グッ……」


泊地棲鬼に効果があったようで、明らかによろめいていた。


そして、第一、第三艦隊がすかさず散開、離脱。第二艦隊の前を開ける。


大和 「全艦、主砲。斉射、始め!!」


ドゴーーーン!!!


戦艦組が一斉射。

その勢いのある砲弾は泊地棲鬼に直撃した。


泊地棲鬼「ギシャアアアアア!!!!」


泊地棲鬼は、体の至る所から次々に爆炎を上げ、最後に大きな爆発をして煙の中にその姿が消えていった。


夕張 「やった! 倒した!!」


龍驤 「これは決まったやないか?!」


電  「ついにやったのです!」


古鷹 「これでまずは一安心」


蛇提督達と共に待機していた夕張達が歓声を上げる。

他の艦娘達も確かな手応えを感じていたので、表情に笑顔がでる者もいた。


蛇提督「いや! まだだ!」


双眼鏡を使って様子を眺めていた蛇提督は、爆炎の中に影が動いたのを見つける。

無線での蛇提督の言葉に、今一度、艦娘達に緊張が走る。


泊地棲姫「オノレ…イマイマシイ、カンムスドモメ……!」


煙がパッと晴れ、生まれ変わったように舞い降りてきたのは泊地棲姫だった。

脚部にあった鯨のような化け物はいなくなり、彼女自身の二本の足でスタッと着地する。

そして、さらに禍々しいオーラを放ち、艦娘達を戦慄させる。


蛇提督「先程と違うな……」


間宮 「何なのですか……あれは」


すると無線を使って夕張が答える。


夕張 「明石や他の仲間達から聞いたことがあります。あれが鬼から上位種へと進化した姫クラスの深海棲艦ではないかと……」


蛇提督「この戦いの中で進化したというのか?」


夕張 「現状、見る限りは……。私も見るのは初めてです」


蛇提督「深海棲艦にも改二のようなものがあるということか……」


無線は全体に伝わるようになっている。

他の艦娘達にも伝わり、明らかな動揺を見せる。


雷  「う、嘘でしょ? ここまで来たというのに……」


暁  「あ、あ、暁は……こ、こわくないももん……!」


山城 「あれだけ頑張って……これだけ被弾して……なのに、不幸だわ……」


そして泊地棲姫から、一体どこで作られたのか、再び浮遊要塞が五機現れる。

泊地棲姫の目の前を、まるで艦娘達を嘲笑うかのようにぷかぷかと浮かぶ。


天龍 「げっ!? あれも復活するのかよ!?」


龍田 「あらあらぁ〜。防御は完璧ってことかしらぁ〜?」


青葉 「青葉、今年最大の記者生命の危機!?」


動揺が広がる中、泊地棲姫はさらに恐怖を植え付けようとするかのように、大量の艦載機を飛ばしてくる。

あれだけ撃ち落としたにも関わらず、また数が増えていることを見せつけるかのようだ。


泊地棲姫「イマイチド……ミナゾコニカエルガイイワ……!!」


蛇提督「全艦、対空迎撃!」


敵艦載機は全ての艦隊に向け散開し、攻撃をしてきた。

蛇提督達の方にも何機か行ってしまう。


間宮 「きゃああああ!!」


ボートのそばで爆発と水柱が立つ。ボートと輸送物資への直撃は、奇跡的に免れた。

夕張達の踏ん張りと、龍驤と扶桑達の残りわずかの直掩機を直上へ呼び戻していたおかげだった。


だが、直掩機を回していない他の艦隊には、苦戦を強いられた。


武蔵 「くっ! まだだ!」


大和 「この程度で……!」


衣笠 「はわわっ!? 艦橋はやばいって!」


暁  「きゃあっ!」


雷  「いったぁ〜い!」


天龍 「ぐうっ!」


龍田 「やだ〜お洋服が〜」


初霜 「うあっ!!」


大和と武蔵が小破、その他も中破寸前の小破と被害が及ぶ。

艦隊の陣形も足並みも崩れ始めてしまう状況を見た龍驤は、


龍驤 「これはかなりアカンやつやわ……。司令官だけでも、ここから離脱せんな」


と、蛇提督達だけに電文で伝える。

今の状態では蛇提督を守りながら戦うのはさらに難しいと判断した上での龍驤の意見だったが、蛇提督はこれに対して、あえて全艦に聞こえる無線で答える。


蛇提督「ここで逃げたとこで何も変わらん。今こそ、立ち向かわなくてはならない時だ!」


この言葉で弱気になりがちだった艦娘達がハッとする。


蛇提督「皆、何の為にここまで来たのか思い出せ! ここで終わるお前達じゃないだろう!」


艦娘達は思い出す。

様々な過去があって、それぞれが色々な思いを抱えてここに立っていることを……。

苦渋を味わい、我慢に我慢を重ねてきた。

今、それらを変えていく第一歩が、ここであると……。


蛇提督「もう一度、立て直すぞ。次で決める!」


今度は第二艦隊が先陣を切る。

泊地棲姫に向かって左から右斜めへと切り込む。その後ろに第一、第三艦隊が続く。

そして初霜だけ天龍達、第三艦隊に移動した。


艦隊の陣形が整い、もう一度突撃する準備ができる頃に蛇提督が間宮に言う。


蛇提督「夕張と電だけに伝えてくれないか?」


間宮 「何でしょう?」




大和率いる戦艦だけとなった第二艦隊が攻撃体制に入る。

だがそれよりも先に泊地棲姫が仕掛ける。


泊地棲姫「シズメ!!」


まずは艦砲射撃、続いて魚雷も放つ。

艦娘達の中核が第二艦隊だとわかっているからこそ、火力を集中させる。


扶桑 「っ!!」


山城 「痛い!」


武蔵 「っ! まだまだぁー!」


大和 「やられた……でも!」


砲撃で扶桑と山城が大破、大和と武蔵が中破する。

でも、誰も怯まなかった。


山城 「さっきはよくも、やってくれたわね……姉様の分も叩き込む!!」


扶桑 「提督とみんなが繋いでくれたこの一瞬……今こそ!」


武蔵 「武蔵の主砲は……伊達ではない!!」


大和 「敵艦補足、全主砲、薙ぎ払え!!」


戦艦達による一斉射。

砲弾が飛ぶ先は泊地棲姫だが、狙いはそれを守る浮遊要塞だ。


ドドドーーーーン!!


浮遊要塞を全て一掃することに成功した。

泊地棲姫にもダメージがあったようで一瞬よろめいたのが見えた。

すかさず第一艦隊が、一旦後退した第二艦隊と入れ替わって前へと詰め寄り仕掛ける。


衣笠 「ほら、もう一発!!」


青葉 「青葉もいっちゃいますよ!」


加古 「加古スペシャル!! 食らいやがれ!!」


龍田 「声も出せなくさせてあげる!」


響  「ウラーー!!」


第一艦隊の主砲と魚雷の一斉射撃。ありったけの数を叩き込む。


泊地棲姫「ワタシハ……ホロビヌゾ……!!」


泊地棲姫に直撃して効果があったようだが、奴はまだ立っている。

怒りの感情を露わにし、禍々しいオーラがさらに放出されているかのようだ。


泊地棲姫がすぐさま反撃に出ようと、再び主砲を構えた時、ふと気づいた。

泊地棲姫から見て、左から蛇提督のボートがかなり近づいてきていることに。

泊地棲姫は狙いを変える。ボートに照準を合わせ、狙いを澄ませる。


大和 「どうして、あんな所に!?」


衣笠 「あ、危ない!!」


泊地棲姫が狙いをつけたところで、砲撃をしようとした瞬間、その主砲が爆発する。


泊地棲姫「っっ!!?」


主砲の先は折れてしまい、使いものにならなくなっていた。

泊地棲姫も何が起こったのだと言わんばかりに振り返れば、いつの間にか夕張と電が泊地棲姫の目の前まで接近していたのだった。


夕張 「どうせなら、全部撃ち込む!!」


電  「なのです!!」


さらに魚雷も放ち、泊地棲姫に直撃させる。


泊地棲姫「グッ!!」


泊地棲姫はかろうじて立っているという感じだ。


天龍 「このチャンス! 逃さないぜ!」


初霜 「これで!」


暁  「やぁ!」


雷  「ってー!」


第三艦隊も怯んだ隙をついて、接近してからの一斉射撃。

これも直撃して、泊地棲姫に片膝をつかせた。


蛇提督「今だ、全艦、砲戦用意、――――撃てーーーーっ!!!」


蛇提督の号令の合図に全艦が総攻撃。連続で撃ち込む。


泊地棲姫「ガアアアアアアアアアッッッ!!!!」


全ての火力を集中させた攻撃に泊地棲姫の装甲も保たなかった。

体のいたる所が爆発をあげ、少しづつ体が崩れていく。


泊地棲姫「ソウカ……ソウイウコトダッタ…ノカ」


泊地棲姫は自分を倒した艦娘達を見ながら、さらに呟く。


泊地棲姫「タトエ……アオイウミノウエニ……モドレテモ……ケッキョク……ハ……」


そして泊地棲姫を支える脚部も無くなり崩れ去る。と同時に大きな爆発を起こして、跡形もなく消え去るのだった。


龍驤 「や……やったんか……?」


古鷹 「そう……みたい……」


衣笠 「や、やったーー!!」


加古 「うおおお!! やったぞーー!!」


艦娘達が喜びの歓声を上げる。


大和 「私達……勝ったのですか……?」


武蔵 「ああ……大和よ、そのようだぞ」


山城 「姉様!」


扶桑 「山城!」


大和ように勝ったことを実感できずにいる者もいれば、扶桑と山城のように互いに抱き合って喜ぶ者達もいる。


青葉 「この風景……樹実提督にも見せてあげたかったです……」


初霜 「子日姉さん、若葉姉さん……私……みんなを守れましたよ……」


また中にはその場で立ち尽くして、感慨にふける者もいた。


間宮 「良かったです……みんな、無事で……」


無線に聞こえてくる仲間の声で、間宮もうるっと来ていた。


でもそんな中、この男は違った。


蛇提督「お前達、喜ぶのはまだ早いぞ」


無線で全艦に伝えられる。

怒った声ではなく、低く落ち着いた声で、それで尚且つ力のある声だった。

その為か、艦娘達がすぐそれに耳を傾ける。


蛇提督「新手が来る可能性がある。まだ戦える者だけで再編成するぞ」


武蔵 「提督よ、まだ私は戦える。良いか?」


大和 「私も、弾薬と燃料はまだ残っています」


雷  「私だって、まだいけるわ!」


暁  「暁もよ!」


電  「電も、なのです!」


蛇提督「ああ、任せたぞ。――夕張と戦えない者は、硫黄島に寄港して手筈通りに動いてくれ」


夕張 「わかったわ」


古鷹 「了解です」


龍驤 「まだ施設が生きてれば、ええんやけどな……」


夕張は施設の工廠や入渠施設が稼働するか調べる。

大破した者や弾薬や燃料が底をつきかけている艦娘は、物資の運搬と再出撃するための準備だ。

動ける範囲内でどうにかするしかない。


蛇提督「俺達も寄港するぞ」


間宮 「はい!」


蛇提督達も小さな船着場らしき場所を見つけて硫黄島に入る。

その時が、既に日は天辺から西へ傾き始めた頃の時間となっていた。




大和 「索敵開始。全艦、潜水艦には十分注意して」


引き続き硫黄島防衛に残ったのは、

大和を旗艦とする第一艦隊で、武蔵、衣笠、青葉、加古の五隻。

天龍を旗艦とする第二艦隊で、暁、雷、電、響の水雷戦隊だ。


青葉 「おや? 早速来たようですよ」


青葉の偵察機から連絡があった。

二つの敵艦隊がこちらを目指して侵攻中。

その中に正規空母と軽空母が一隻ずつ発見。他は軽巡や駆逐で編成された比較的速さを重視した編成だ。


大和 「そうすると……提督のお考えでは、施設を狙った編成ではなく、私達のようですね……」


武蔵 「だが、空母がいる以上、ここを突破したら施設を攻撃するつもりだろう」


予め蛇提督から敵の編成での狙いを読む方法を、作戦前に聞いていた時の話を思い出しながら大和は考える。


大和 「なら私達は空母を優先して攻撃します。天龍さん達はその他をお願いします」


天龍 「ああ、わかったぜ」


加古 「敵艦載機、発見!」


大和 「全艦、対空戦用意!」



―――硫黄島 入渠施設内―――


蛇提督「どうだ? 動かせそうか?」


夕張 「驚きました……。老朽化はしていますが、まだ生きています!」


大和達が戦いを始めた頃、蛇提督と夕張は施設の状態を確認していた。

入渠施設は小さい場所で、さすがに年月が経っているせいか施設の中も草木が生え、汚れが目立つ。

壁や天井は所々穴があって外が見えてしまっている箇所もあるほどだった。


蛇提督「動けばいい。どのくらいで直せる?」


夕張 「数十分はかかります…。でも、一秒でも早く再稼働させてみせます!」


蛇提督「頼んだぞ」


するとそこに、間宮がやってくる。


間宮 「提督、ボートにあった優先したい物資の運搬、終えました」


蛇提督「そうか、ならここにバケツを持ってきてくれ。あとは夕張の手伝いを頼む」


間宮 「わかりました!」


古鷹 「て、提督!」


今度は古鷹が傷だらけの体を無理させながら、施設へ入ってくる。


蛇提督「どうした?」


古鷹 「こちらに敵艦隊が向かって来てます!」




―――硫黄島海域 海上―――



大和 「別の部隊が?!」


大和達は最初に現れた敵艦隊は殲滅したが、断続的に現れる敵艦隊を相手に戦っているうちに、島から随分と引き離されていることに気づいた。

その敵の現れ方もまとまってくるのではなく、あらゆる方向から二隻、三隻ぐらいの数で囲むように現れる。艦種も重巡、軽巡、駆逐と足の速い艦隊だけで構成されていた。

完全に囲まれてしまえば危険だったので、対応に精一杯の状況だった。

そんな中、念のために別の方面を飛んでいた衣笠の偵察機から報告が舞い込んできたのだ。


武蔵 「これではまるで、あの時と一緒ではないか!」


大和と武蔵はトラック泊地での悪い記憶が蘇る。


天龍 「ここはいいから、お前達が行け!!」


大和 「しかし……」


天龍 「このぐらいなら、俺達でなんとかなる!」


雷  「こっちは任せて!」


暁  「わ、私はこんなの、余裕よ!」


響  「心配ない」


電  「なのです!」


天龍 「それにそっちは弾薬尽きかけてるだろ。ついでに補給してさっさと戻ってくればいいさ」


大和 「っ…! すみません、お願いします!」


武蔵 「ああ、任したぞ!」


衣笠 「みんな、無理しないでね」


青葉 「青葉達が来るまで、持ち堪えるのです!」


加古 「すまない、みんな!」


天龍 「いいから早く行け! 後ろは任せろ!」


そうして第一艦隊は包囲網を突破しながら、硫黄島に接近する敵艦隊へと急ぐ。



―――硫黄島 司令室ーーー


蛇提督「敵の編成は?」


古鷹 「戦艦ル級が三隻、重巡リ級が二隻、軽巡ホ級が一隻です」


蛇提督「なるほど……」


重い編成だ。施設を直接攻撃する部隊に見える。

だがそれは見せかけで、本当は迎撃に出てくる艦娘を叩きのめす為の艦隊だと、蛇提督は思った。

だが、だからといって出なければ、施設を直接砲撃される。


初霜 「提督、私はいつでも出れます!」


龍田 「私も、いけるわぁ〜」


蛇提督「いや、お前達だけでは……。龍田に至っては脚部の推進装置が調子悪いと聞いているぞ」


龍田 「でも出なければ、ここにいるみんなが危ない。わかっているんでしょ〜?」


蛇提督「それは……そうなのだが……」


龍田 「あらぁ〜、私達には何も言わず、勝手に囮をする人はどこの誰だったかしらぁ?」


蛇提督「うぐっ……」


痛いとこを突かれて、たじろぐ蛇提督。


龍田 「しかも間宮さんまで巻き込むだなんて〜。間宮さんに何かあったら、どう責任を取るつもりだったのかしらぁ?」


魅惑的な龍田の微笑みは、逆にその怖さを引き立たせる。


蛇提督「そ……それは……だな……」


蛇提督が何も言えずに、顔を引きつらせる。

きっと珍しく焦っているのだと、見ていた艦娘一同がそう思った。


間宮 「龍田さん、提督をあまり責めないで下さい。私は承知の上で、提督の案に乗りましたから」


龍驤 「うちらも夕張達も止めたんやで。けど、泊地棲姫の意表を突くのに、これしかないと言われてな〜」


古鷹 「夕張と電ちゃんを、艦隊の影に隠れて移動させて、泊地棲姫の死角から飛び込ませようなんて、無茶な作戦に納得出来ませんでしたが……」


山城 「上手くいってしまったのね……」


扶桑 「良かったではないですか。こういうのを結果オーライって言うのですよね?」


龍驤 「今はこの話している場合やないで!?」


蛇提督「……俺の事については後に責任を取る。今は向かってくる敵をどうするかだ」


扶桑 「提督、私も出ます。二人だけで行かせません」


山城 「な!? なら私も!」


蛇提督「お前達はダメだ。その損傷では次喰らえば沈む。許可できない」


古鷹 「それなら私が、と言いたいとこですが似たようなものです……」


龍驤 「同じく……」


龍田 「心配ないわぁ。奴らを倒そうとせず、引きつければいいのだから」


初霜 「私もまだ動けます! みんなを守ってみせるわ!」


蛇提督「第一艦隊が来るまで、保たせられるか?」


龍田 「私を誰だと思ってるのぉ?」


蛇提督「……わかった。お前達に託す」


間宮 「お二人とも……お気をつけて」


龍田 「ええ」


初霜 「はい!」


そうして龍田達はまだダメージが残った体のまま迎撃の為に再出撃する。




―――硫黄島近辺 海上―――



初霜 「龍田さん、大丈夫ですか?」


初霜は龍田の近くに寄って、その様子を窺う。


龍田 「このくらい平気よぉ」


と、いつものような微笑みと口調で言う龍田だったが、初霜にはそれが少し無理しているように思えた。

それに脚部の推進装置が調子悪いというのは予想以上で、明らかに変な音も聞こえ、ボイラーの出力も悪そうだ。

これでは最大戦速で駆け抜けることが難しそうだ。


龍田 「それよりも初霜ちゃん、やることはわかってるわね?」


あくまで自分達は第一艦隊が助けに来てくれるまで、敵を引きつけること。

出撃する前にも確認したことを初霜は答える。


初霜 「ですが、もしも敵が私達を無視して行ってしまったら……」


龍田 「その時は……何が何でもこちらへ振り向かせる必要があるわ……」


そうなった場合、こちらがかなり不利になるのは目に見えていた。


龍田 「もしもそうなった時は、こうしましょうぉ」


龍田はある提案を出し、初霜はそれに承諾した。

そして、情報通りならもうすぐ敵艦隊と接触する地点まで来た。


龍田 「敵艦を発見したわぁ」


目視で敵艦隊を発見する。

戦艦ル級を先頭に単縦陣で来ているようだった。

見えるようになれば、すぐ敵の戦艦の射程距離に入るはずだ。

二人は砲撃音が鳴らないか注意深く耳を澄ます。


ドーーーン!!!


龍田 「今よ!」


音が聞こえたと同時に出来うる限りの戦速で駆け抜ける。

そして自分達が通り過ぎた場所辺りに敵の砲弾が着水したのを確認する。


龍田達は敵艦隊の左舷側に回り込み、相手の出方を窺う。

だが敵艦隊は進路も陣形も変えず、龍田達を追いかけてくる素振りを見せなかった。


初霜 「やはり、そうなりますね」


龍田 「それなら、仕掛けるまでよぉ」


そして先程、二人が打ち合わせた通りに行動を開始する。


目の前を単縦陣で横切る敵艦隊に対して、龍田を先頭に直角に切り込む。

T字有利になった敵は案の定、龍田に対して集中砲撃をする。


龍田 「いくわよぉ!」


敵の砲撃をギリギリでかわしながら龍田は魚雷を放つ。

狙った先は奴らの進行方向より先の方だ。そのまま奴らが進めば魚雷に当たるが、まだ方向を変えればかわせる。

それが龍田達の狙いだ。

敵がどうかわしてくるのか、それ次第で次の動きが決まる。


敵艦隊は速度をやや落としながら急旋回、龍田達の方へと向かってくる。

やはり数と火力面で有利であるため、ゴリ押ししてくるつもりだろう。

これも龍田達にとっては予想の範囲内だった。


初霜の主砲が射程距離に入るか入らないかのところで、龍田達は仕掛ける。


龍田 「初霜ちゃん!」


初霜 「やっちゃいます!」


初霜が龍田の真後ろから魚雷を放つ。と、同時に龍田が敵艦隊の右舷側へ、初霜が左舷側へと別れる。


初霜の動作が見えず、急に現れたような魚雷に対して一番先頭にいたル級は防御するしか選択肢が無かった。

この攻撃で仕留められるとは思っていないけど、敵の意表を突いて判断を遅らせるには充分だった。


龍田 「フフッ、見つけたわぁ」


初霜 「いきます!」


二人が砲撃する。最初から狙いは一番後ろにいた軽巡ホ級だった。

他の奴より装甲は薄いし、二人なら倒すのに事足りる。

第一艦隊が来るまでに少しでも数を減らしていく作戦だった。


ホ級「ホギャアアアア!!!」


ホ級の撃沈を確認して、二人はすぐさま旋回、再び合流する。

今度は後ろから追いかける状態になりながら、敵艦隊の一番後ろにいるものから仕留める算段だ。

けれど、敵艦隊はさらに速度を落として、龍田達から見て右へ流れる。

無理矢理T字に持ち込み、龍田達に追いつかれても至近距離から確実に沈めるつもりなのだろう。


先に敵の戦艦達の砲撃がくる。狙われたのは龍田だった。

直撃は免れたが、龍田は被弾して中破した。


龍田 「服を切らせて骨を断つ……。うふふふふふっ♪」


もう充分に敵を引きつける役目は果たしている。

でも、龍田は逃げるつもりが無いようだった。


初霜 (このままじゃ、龍田さんが危ない……!)


危険を感じた初霜は思い切った行動に出る。


初霜 「龍田さん! 援護お願いします!」


龍田 「え!? 初霜ちゃん!?」


最大戦速で龍田よりも速く、前へと躍り出て突撃する。

敵の重巡リ級達はちょうど魚雷を放とうとしていた。

だがその前に初霜が魚雷をリ級達に向け放つ。

互いに放った魚雷のいくつかは目の前で爆発して、一瞬視界が見えなくなる。

爆発と水飛沫で目を眩ましていたリ級達は、もう一度敵を捉えようと、霧のような視界が晴れるのを待つ。


が、突然、初霜がその霧の中から現れる。

リ級達が気づいた頃には、初霜はもうリ級二隻の間に割り込んできた。


初霜 「そこです!」


初霜は両腕の主砲をそれぞれに向け、撃つ。

駆逐艦の主砲といえど、至近距離から命中したリ級達は中破する。


初霜 「やりました!」


だが、三隻目のル級は初霜を逃さなかった。

初霜を捉え、主砲を放つ。


初霜 「ああっ!!」


龍田 「初霜ちゃん!!」


初霜は被弾して大破してしまう。

被弾した衝撃で、意識が飛びそうになった初霜は、なんとか体を保たせる。

それでも、初霜にさらなる追い討ちをかけるように、他の敵艦が全て初霜を狙う。


初霜は自分に向けられた銃口を見ながら、ある事をふと思い出していた。

それは先程、再出撃する直前の出来事だった。




蛇提督『初霜』


補給が終わり、いざ出撃というところで、初霜だけ蛇提督に呼び止められた。


初霜 『はい、なんでしょう?』


蛇提督『……初霜の任務は、生きて戻ることだ。忘れるな』


初霜 『?』


初霜はどういう意図で自分にだけ言ったのか、その時はわからなかった。


蛇提督『まあ、そもそも作戦前からそのように言ってあるから、言う必要は無いかもしれないが……念の為だ』


自分から言い出したのに、決まりが悪くなったのか、ちょっと目が泳いでいた蛇提督の表情が印象的だった。


初霜 『……わかりました。必ず、戻ってきます!』


と、はっきり答えると、それを見た蛇提督は少し安心したような顔をして


蛇提督『ああ』


とだけ言ったのだった。




初霜 「わ……私は……まだ……沈まないわ」


ここで挫けてはいけない。なんとしても生き残る。

自分を生かしてくれた姉さん達の為にも。


蛇提督『本当にそれで幸せなのか?』


あの時の質問にだって、まだ答えてない。

だから、それまでは……!


初霜が体を奮い起こし、敵の攻撃に身構える。


初霜 「来るなら……来なさい!!」


敵の砲撃が来ると思った瞬間、敵艦隊が攻撃を受けて爆発する。

初霜はもしかしてと思っていると、無線に通信が入った。


大和 「お二人とも、今のうちに離脱を!」


第一艦隊が間に合ったようだ。

初霜と龍田は巻き込まれないようにすぐさま離脱した。


衣笠 「間に合ってよかった!」


加古 「今度はアタシ達が!」


青葉 「好き勝手させませんよ!」


武蔵 「大和よ、いくぞ!」


大和 「主砲、一番二番、ってーーーー!!!」


そして大和達の活躍によって、敵艦隊を殲滅。

龍田と初霜は、第一艦隊と共に一時、硫黄島へと帰還するのだった。



―――硫黄島 波止場付近―――


間宮 「皆さん、大丈夫ですか?」


大和 「ええ、私達の方はなんとか」


無事に戻ってきた第一艦隊のみんなを、間宮や扶桑達が迎える。


扶桑 「初霜ちゃん、龍田さん!」


龍田 「私は中破したけど、特に問題ないわぁ」

初霜 「私は……この通り、大丈夫です」


龍田はいつもの口調で微笑む。

初霜は龍田におんぶされながらも、健気に答える。


山城 「大破したって聞いたから、心配したわ」


初霜 「ご心配をおかけして、すみません……」


扶桑 「いいのよ……。あなたが無事で何よりです」


扶桑をはじめ、皆が和やかな笑顔になっていると、そこに蛇提督がやってきた。


蛇提督「初霜!」


初霜は龍田にお願いして、下ろしてもらう。


初霜 「提督、無事に戻るという任務、完遂しました」


蛇提督「……ああ、よくやった」


初霜は敵を倒したことではなく、無事に帰って来れたことを褒められるのは、なんだか変な感じだなと思った。でも、悪い感じはしない。


蛇提督「ん? その格好では寒いだろう」


初霜は胸を大きくはだけさせてしまっている状態だった。

それが気になった蛇提督はすぐさま上着を脱いで、初霜の肩にかける。


初霜 「い、いえ! 私は平気ですから!」


初霜はちょっと顔を赤くして、慌てて返そうとするが、


蛇提督「遠慮するな。風邪を引いては元も子もないぞ」


初霜 「そ……そうですか……」


初霜は大人しく従った。

提督の温もりが残った上着を着て、(あったかい……)と思ってしまったことが恥ずかしくなって、それ以上は何も言えなくなってしまったからだった。

そんな二人の様子を他の艦娘達は、じっと見ていたのだった。


古鷹 「提督! 大変です!」


またもや古鷹が息を切らせながら、走ってきた。


蛇提督「今度はどうした?」




時間は少し遡る。

事の発端は、第一艦隊と別れて、奮戦していた天龍達、第二艦隊だった。



―――硫黄島沖 海上―――


天龍 「よし! これで最後!」


次々に現れていた敵艦達も、ようやくその数を減らし、あらかた片付け終わったところだ。


電  「他の敵艦は見当たらないのです」

響  「そのようだ」

雷  「私にかかれば、こんなのお手のものよ!」

暁  「ふぅ……あ、疲れたわけじゃないんだからね!」


やっと一息つけると思い、速度を落として今後を考える。


天龍 「ひとまず、俺達も硫黄島へ戻るか。燃料、弾薬ももう余裕ないからな」


雷  「さんせい―!」

電  「その方がいいと思いのです」

暁  「やっと帰れるのね……あ、疲れたわけじゃないのよ!」


そうして第二艦隊は一旦戻ろうとした、その時だった。


響  「! ソナーに感あり!」


天龍 「なんだって!?」


辺りを見回して、気づいた頃には彼女達の目前まで魚雷が接近していた。


天龍 「まずい! 避けろ!」


回避行動を取る第二艦隊だったが一足遅かった。


雷  「きゃあああ!!!」

電  「ひゃあああ!!!」


雷と電の回避が間に合わず、直撃してしまう。

大破した二人を暁と響がそれぞれ倒れないように支える。


暁  「ちょっと大丈夫なの?!」


雷  「くう、私としたことが……」

電  「うう……」


雷と電は当たりどころが悪かったのか、思うように立てないようだった。

支えがないと思うように動けそうにない。


天龍 「このままじゃ、まずい! 逃げるぞ!」


天龍が殿を務め、暁達を守りながら敵潜水艦から逃げる。

幸い、奴らは足が遅いため、魚雷攻撃に気をつけていれば大丈夫だと踏んだのだ。

だが、それも甘い考えだったと、すぐに知らされてしまう。


暁  「見て! 敵艦よ!」


暁が、別の方角から新手が近づいてくるのを視認する。

潜水艦だけならともかく、奴らからは大破した二人を抱えながら撤退するのは難しそうだった。

そう考えた天龍は、暁達に提案する。


天龍 「お前達、先に行け」


暁  「はっ!? 天龍はどうするのよ?!」


天龍 「俺が囮になって奴らを引きつける」


響  「なら、響も……!」


天龍 「お前も大破寸前だろ! 足手まといだ!」


天龍の剣幕に響は黙る。


暁  「それだったら、私は被弾が少ないわ!」


天龍 「硫黄島に戻る途中で、潜水艦の待ち伏せがあったらどうすんだ?」


暁  「そ……それは……」


暁はどうにかできないかと考えたが、何も思いつかずに戸惑ってしまう。


天龍 「……妹達を、今度こそ守りたいんだろ?」


暁  「……っ!」


さっきの怒り口調と打って変わって、切実に問いかけてくる天龍。


天龍 「ここは任せな!」


雷  「天龍!」


暁  「うっ……すぐ戻って、応援呼ぶから!」


そう言って暁達は振り返らないようにしながら、走り始める。


天龍 「へっ……期待しないで、待ってるぜ……」


そう呟いた天龍は新手の敵艦隊を迎え撃つため、一人そちらの方へと走っていくのだった。


暁  「硫黄島にいるみんな! 司令官! 聞こえるなら返事して!!」


今にも泣きそうになっていた暁は、必死に無線で呼びかけたのだった。

こうしてこの事が、司令室にいた古鷹がキャッチして、蛇提督達のもとへ走ってきたのだった。



―――硫黄島 波止場付近―――


蛇提督「あいつ……また勝手なことを……」


古鷹 「提督、どうしましょう?」


蛇提督「入渠施設の方はどうだ?」


古鷹 「まだ修理に時間がかかるそうです……」


蛇提督「すぐに出られそうなものは?」


大和 「第一艦隊は、弾薬と燃料の補給が必要です。それからならば……」


だが、補給は時間を要する。

それに蛇提督が見ただけでも、皆の損傷が激しいのは一目瞭然だった。

そのまま沖の方へ再出撃させるのは、かなりのリスクがあった。


龍田 「私はまだ、補給をしてもらって、まだ残りがあるわぁ」


初霜 「ですが、龍田さんは脚部が……」


龍田がここへ戻る頃には、脚部の推進装置がほとんどイカれてしまい、誰かに引っ張ってもらわないといけない状態だった。


龍田 「そうでなければ……」


この状況で一番に駆けつけたかったのは龍田だった。

だが一人で出られない以上、どうすることもできなかった。

龍田は自分の服を、もどかしそうに強く握った。


打つて無しかと皆が思った時、この男は違った。


蛇提督「なら俺のボートに乗れ、龍田」


龍田 「はっ!?」


蛇提督の発言に、皆も驚く。


古鷹 「どうするおつもりですか?!」


蛇提督「ボートで、あいつを連れ戻しにいく」


龍驤 「無茶や! 危険すぎるで!」


蛇提督「だが、あいつ一人では無理だ。今はこれしかない」


大和 「で…ですが!」

衣笠 「そうよ! ダメだよ!」

武蔵 「ああ、無謀にも程が……」

扶桑 「ですから、提督!」

加古 「行っちゃダメだよ!」


皆に止められる蛇提督だが、やや俯いて拳を握りしめる。


蛇提督「言ったはずだ……」


そして目をカッと開いて、皆に言い返す。


蛇提督「誰も……沈ませないと!!」


その覇気に、もう誰も反対する者は出なかった。


間宮 「……それなら、せめて私も共に」


間宮が一緒に行こうとするが、蛇提督は首を横に振る。


蛇提督「いや、間宮も残ってくれ」


間宮 「ですが……」


蛇提督「間宮……最初は共に来ることに反対してたが、今は連れてきて良かったと思っている」


間宮 「提督……?」


急にどうしてそんな話をするのか、間宮は戸惑う。


蛇提督「今は少しでも動ける者が、ここにいる必要がある。彼女達が一秒でも早く再出撃できるように手伝ってやってくれ」


間宮 「…………わかりました」


間宮は蛇提督の考えを汲み取って、渋々、承諾する。


蛇提督「では行くぞ!」


龍田 「は、はい!」


ボートに乗り込む二人を皆は黙って見送る。

今の彼女達にできることは、彼らが無事に帰還できることを祈るだけだった。



蛇提督「龍田、甲板に出てロープで体と船をつなげて固定しろ! 振り落とされたら終わりだ!」


龍田は頷く。

上半身は艤装を装着したまま、甲板で砲台の役割をしろという事だろう。


蛇提督「あとこれも持っとけ」


渡されたのは片方の先に重りを括り付けておいた長いロープだ。

これで天龍に渡して釣り上げるつもりらしい。


蛇提督「あとはこれを準備しておけば……」


蛇提督は機関室の隣の倉庫から、発煙筒のような少し大きい物を四つほど持ってきた。

こればかりは龍田もなんなのかわからなかったが、きっと明石が用意した物だろうと推測する。


蛇提督「よし、行くぞ!」


ボートは出港する。

その速度は、明石が改造したため、艦娘達の最大戦速にも追いつける程の速さを誇る。


龍田 (天龍ちゃん、死んじゃだめよ……!)


ボートは、穏やかな海を切り裂くように駆け抜けていく。




暁  「あ…あれって、司令官のボート?」


暁達が辺りを警戒しながら進んでいると、明らかに深海棲艦ではない船を見つける。

すると、無線に通信が入る。


蛇提督「お前達、大丈夫か?」


暁  「司令官なの!? どこへ行くの?!」


蛇提督「天龍を連れ戻しに行く。お前達も気をつけて戻れ!」


暁  「あ、ちょ、ちょっと!」


言うだけ言って、蛇提督は無線で応答しなくなる。


響  「司令官が……」

電  「行っちゃったのです……」

雷  「うそ……」


信じられない光景が通り過ぎて、暁姉妹達は呆気に取られる。


暁  「は、早く戻るわよ! 司令官が危ないわ!」


雷電響「「「うん!」」」


硫黄島を目指して、暁姉妹は無理をしてでも急ぐのだった。




天龍 「へへっ! 追いつけるものなら追いついてみな!」


天龍は敵艦隊に追われながらも、うまいこと敵を引きつけていることに成功していた。


天龍 「おっと! これでも食らえ!」


敵の砲撃をかわしながら、たまに後ろを振り返っては砲撃をする。

そしてここぞというところで、敵の進行方向に魚雷を放つ。

敵が回避行動を取っている間に、さらに距離を遠ざける。


天龍 (あいつら……うまく戻れたんだろうな……)


少し心に余裕ができたのか、天龍はふと暁達の安否を気にする。

だが、その一瞬の隙が仇となる。


天龍 「うあっっ!!!!」


なんと敵の砲弾が天龍のすぐ足元に着弾したのだ。

爆風で天龍は飛ばされ、一回転二回転と海面に叩きつけられる。


天龍 「クソがっ!」


最後はなんとか足から着水して、すぐに立つことができた。

止まってはいけないと思い、走り始めようとする。


天龍 「はっ!? おい、どうなってんだ!?」


だが、思うように進まない。

どうやら先程の衝撃で、龍田と同じように脚部の推進装置がイカれてしまったことに天龍は気づいた。


天龍 「チィッ……。これじゃ前にも後にも進めねぇな……」


そうして天龍は、迫ってくる深海棲艦の方に振り返る。


天龍 「いいぜ……来な! 最後まで相手してやるぜ!」


抜刀して身構える。

敵の砲撃音が聞こえたと思ったら、自分のそばで、いくつもの数が着弾する。


天龍 「どうした!! 俺はここだぜ! 当ててみろよ!!」


わざと砲弾を外されたような気がして、怒りに任せて吠える。

でも刀を握る手はカタカタと震えていた。

ほとんど動けない状態で、ゆっくり迫ってくる深海棲艦にたった一人で挑む。

天龍は威嚇する犬のように、歯を食いしばって己が敵を睨む。


そしてまた敵の砲撃音が鳴る。


天龍 「ぐあっっ!!!」


刀で捌ききれなかった砲弾が、天龍の体に直撃する。


天龍 「へへっ……俺も、ここまでやれば……充分…だよな……」


たった一人で、今までにない奮闘をしたと、天龍は思った。

雷と電を大破させた潜水艦の奴らに仕返しし、敵艦載機の攻撃を潜り抜けて軽空母を撃沈させたり、その際に被弾して中破したけど、ここまで引きつけて時間稼ぎもした。

申し分ない働きだったと、天龍は苦笑する。


天龍 「結局……艦娘は死ぬまで戦い続ける運命なんだよな……」


――――ずっと自分が抱いてきた思いだった。



一つでも多くの任務をこなし、一つでも多くの敵を倒す。

俺達は深海棲艦を倒すために生み出され、戦いにその命を散らす。

自分が生き残れなくても、仲間を助けて次につなげれば上等。

人間達も、俺達を使い捨ての兵器のように使って、そして勝利のために消えていった。

そんな仲間を、たくさん見てきた。

理不尽な扱いに憤るも、心のどこかでは、これが当たり前だと思う自分がいた。

だから艦娘にそれ以外の価値なんて、無いって思ってた。


『お前達は俺にとって、かけがえのない仲間なんだ!』


だけど、それを真っ向から否定する奴が現れた。


『艦娘はみんな、いい子達ばかりだ! 俺が保証する!』


最初は信じなかった。俺達を都合良く従わせるための方便だと思った。


『約束する! お前達がもっと、生きやすくなるように!』


でも、一緒にいるうちに本気なんだと知った。


『だからそれまで、死なないでくれ!!』


樹実提督に比べたら、まだどこか餓鬼っぽいところがあるというのに、がむしゃらに頑張る姿に惹かれた。

他の艦娘達に叱られたり、ため息つかれても、あいつはヘコたれなかった。


小豆提督『よ! 天龍! 今日も元気か?』


いつしか俺にとって、あいつは……希望になってたんだ……。


天龍 「あいつらの気持ち……わからなくはないんだよ」


絶望に伏している時に、一筋の光明が見えたような時って、それにすがりたくなるもんさ。

だから、何を考えているのか分からないあの蛇目でも、皆が信じてみようと言うのなら俺は止めないさ。


天龍 「でもよ、俺の希望は……もういないんだ……」


あいつが……小豆が死んだって聞いた時から、俺の光明は消えた。

俺にできることは、あいつを勝利者にすることで、願いを叶える手伝いをすること。

それが、俺達に違う何かを見せてくれると信じていたんだ。


それなのに……ちょっとそばを離れた隙に死んでしまうなんて……。

これほど皮肉なことがあろうか。


天龍 「あいつは今の俺を、褒めてくれるかな……」


あいつも最期は、他の艦娘達と共に最後まで残って死んだ。

偶然にも、今の俺と似たような境遇だ。


天龍 「人間と同じように、艦娘にもあの世があるんならよ……」


昔、青葉が持って帰ってきた、ある物語の本に書いてあった一節を思い出す。


天龍 「死んだあいつに、また会えるかな……」



天龍は空を仰ぎ見た。

もう暮れ始めた空は、自分が死ぬ瞬間にしては綺麗すぎると、


――――――そう思った、その時だった。



ププーーツーーザーーー



天龍 「……何だ?」


無線が音を拾おうとしていた。

撃たれた衝撃で調子が悪くなって、雑音が激しかったが人の声らしきものが聞こえた。

それに耳を傾けていた天龍は、次に聞こえた瞬間、驚いた。


蛇提督「艤装を捨てろっ!! 天龍!!!」



ドカーーーーーン!!!!!



声が聞こえたとほぼ同時に深海棲艦の何隻かが爆発を起こす。


何が起きたんだと天龍はそちらの方をハッと見ると、深海棲艦達の斜め後方から蛇提督のボートがこっちへ突っ込んで来るではないか。しかも一隻だけで。

よく見れば、ボートの甲板から砲撃が見える。誰か一人乗っている。


天龍 「何やってんだ、あいつら!?」


予想外の出来事に天龍は呆然とする。




蛇提督「よし! ここで!」


蛇提督は舵を固定するボタンを押し、操縦室の後ろへ。

後ろの甲板に用意されていたのは、あの大きな発煙筒のようなものだ。


蛇提督「うまくいってくれ!」


ポケットに入れていたライターで点火する。すると、ブワッと黒い煙が吹き荒れた。


龍田 「なるほど、煙幕ね」


前の甲板にいた龍田は、蛇提督の考えを察する。

敵の視界を眩ませて、このまま天龍をかっ攫って逃げるようだ。


龍田は蛇提督から渡された、重りを取り付けたロープを手にして、海を見る。


天龍 「龍田!?」


龍田 「天龍ちゃん! これにつかまって!」


蛇提督がボートを天龍にギリギリまで近づけ、龍田がロープを投げる。


天龍 「うおっ!?」


しっかり掴むことはできたが、勢いよく引っ張られ、ボートの横に体をぶつけてしまう。


龍田 「天龍ちゃん、頑張って!」


龍田がロープを離すまいと踏ん張る。


天龍 「うぐっ!」


天龍もロープから手を離さないのでやっとだ。

ボートの端に手が届けば自力で上がれるが、今はまだそんな余裕がない。

龍田が引っ張り上げてくれるのを待つしかないかと思った時に、上から声が聞こえる。


蛇提督「掴まれ!!」


蛇提督が手を差し伸ばしてきた。

天龍は一瞬驚いていたが、ここは素直にその手を取る。

蛇提督に引き上げられ、何とかボートに乗ることができた。


龍田 「天龍ちゃん!!」


龍田が天龍に駆け寄り、抱きしめる。


天龍 「お、おい! 龍田!?」


龍田 「良かった……良かったわぁ!」


天龍 「ああ……ごめんよ……」


龍田らしくない喜び方で、それを見た天龍は、それ以上何も言えなかった。


蛇提督「まだ喜ぶのは早いぞ」


蛇提督は二人に前の甲板に戻って、船に体をつないでおけと再度告げる。


天龍 「お、おい!?」


蛇提督「話は後だ!!」


まだ敵の砲撃音と着弾音が聞こえてくる。闇雲に撃ちまくっているようだ。


蛇提督は操縦室に戻り、煙幕でこっちが見えないように動かしながら逃げる。


しばらくすると、敵の砲撃音が聞こえなくなる。

諦めたのかと思った時、龍田は空を見て気付いた。


龍田 「敵機発見!」


天龍 「あれは……」


どうやら先程、天龍が撃沈した軽空母の艦載機のようだった。

さすがにボートの速さでは、飛行機には敵わない。どんどんとその距離を縮められる。

そしてボートを捉え、機銃を放ってくる。


龍田 「伏せて!!」


無線で蛇提督に伝えながら、自分達も伏せる。

いくつもの弾丸がボートに降り注ぐ。前にも後ろにも操縦室にも。


天龍 「龍田! 大丈夫か?!」


龍田 「私は、大丈夫」


すると、ボートのエンジンが不自然な音を立てる。

心なしか速度も落ちてきている気がする。


天龍 「やばいぜ! 今のでエンジンがやられたか!?」


龍田 「今のは足を遅くするための牽制……次は」


天龍 「ってことは!」


二人は頭上を見る。

敵の艦載機が一機、回り込んできていることに気づいた。


龍田 「提督! 上から来るわ!」


爆撃機が既に降下して、爆弾を落とす態勢に入っていた。


天龍 「くっ! 間に合わねえか!」


絶体絶命かと思ったその時、爆撃機は何者かに撃ち落とされた。


天龍 龍田「「!?」」


砲撃が来た方を見ると、そこには夕張がいたのだった。


夕張 「お待たせ〜」


天龍 龍田「「夕張!」」


手を振ってくる夕張に、龍田達は喜んだ。


龍田 「遅かったじゃなぁい?」


夕張 「遅くないわよ! ちゃんと助けたでしょ?」


龍田 「フフッ、そうねぇ」


無線でやり取りして、龍田はクスクスと笑う。


蛇提督「……夕張一人か?」


夕張 「いえ、後からすぐに応援が来ます。みんな入渠と補給を終えています!」


蛇提督「……そうか。なら、このまま掃討戦といく。皆に伝えよ」


夕張 「了解です!」


蛇提督「……指揮は旗艦に任せる。深追いはするな」


夕張 「はい!」


無線で蛇提督が話しているのを聞いた夕張と龍田は、蛇提督も無事であることをホッとした。


それからすぐに他の艦娘達も夕張に追いついた。


大和 「提督達の後ろの敵は私達が……!」

武蔵 「この武蔵の恐ろしさ、奴らに刻んでやるとしよう!」

扶桑 「大破して、あまりお役に立てませんでしたが……!」

山城 「ここで取り戻すわ!!」

青葉 「時間的にも、そろそろ夜戦ですね〜」

衣笠 「衣笠の夜戦、見せてあげる!」

古鷹 「私、夜戦は得意なんだからっ!」

加古 「暴れるぜー!」

初霜 「完全復活です!」

暁  「突撃するんだから!」

雷  「逃げるなら今のうちだよー?」

電  「命中させちゃいます!」

響  「司令官は……やらせない……!」


次々にボートとすれ違って、一気盛んに走っていく艦娘達だった。

龍田と天龍は、そんな彼女達を見送り、一同、硫黄島へと戻る。


硫黄島の船着場にボートが止まり、龍田が天龍を支えて降りようとすると、間宮と龍驤がやってきた。


間宮 「お二人とも! 大丈夫ですか?!」


天龍 「ああ、見ての通り……生きてるぜ……」


間宮 「天龍さん……良かった……良かった……」


間宮は目に涙を浮かべる。


龍驤 「言いたいことは山ほどあるんやが……まあ、今は生きているのがわかっただけでも良しとしますかー」


天龍 「ああ……すまねぇ……」


龍驤 「感謝を言うなら、司令官に言うてな!」


天龍 「ああ……」


天龍は俯いて、チラッとボートの方を見る。

蛇提督はまだ艦隊の指揮をとっているのか、操縦室から出てくる様子が無い。


間宮 「入渠施設の準備ができています。お二人とも、どうぞ入ってください!」


龍驤 「そや、とりあえず話は後にして、体を治してからにしようやないの」


龍田 「そうするわぁ」


龍田がニコッと微笑む。


龍驤 「ほな、もう片方、肩貸すで!」


天龍を龍田と龍驤が両側から支えて、施設へと入っていく。

それを見送った間宮は、ボートへと足を運ぶ。


間宮 「提督、どうぞ司令室の方へ。そちらの方が、安全……」


と、操縦室の中を覗いた間宮は驚愕した。


間宮 「提督!!」


蛇提督は、服も床も血まみれにして舵の前で倒れていた。

間宮はすぐ蛇提督のそばに駆け寄り、意識を確かめる。


間宮 「提督! しっかりしてください!」


蛇提督「うぐ……ぁ……」


意識も脈もまだあるようだ。


間宮は、ふと周りを見る。

舵やエンジンレバー、他のボタンにも血の跡がべったりついているのを見て、撃たれてからもしばらく操縦していたことがうかがえた。


蛇提督「うぅ……間宮……か?」


蛇提督が目を覚ましたようだ。


間宮 「提督、私の声が聞こえますか?」


蛇提督「うう……俺としたことが……気を失っていたか……」


すると蛇提督は起きあがろうとしているのか、手をあげて体を動かそうとする。


間宮 「いけません! 動いたら、死んでしまいます!」


蛇提督「まだ……死ねない……まだ……俺は……」


間宮の声が聞こえているのかそうではないのか、独り言のように蛇提督は話す。


蛇提督「まだ……約束を……だから……」


間宮 「約束?」


何の事だろうと間宮が疑問に思った時に、蛇提督はバタンと力尽きて再び意識を失ってしまう。


間宮 「提督!!!」


間宮の声に、蛇提督の反応は無かった。


間宮 (……そうだ! 確か持ってきた物の中に緊急医療セットが!)


間宮はボートから降ろした物の中に、それがあったのを思い出し、ついでに龍驤に助けを求めるのも含めて施設内へと急いだ。


やがて、蛇提督の負傷は他の艦娘達にも伝えられた。

驚愕した彼女達だが、当初から蛇提督が言っていた通り、提督不在でも硫黄島防衛に専念する。


意識不明の蛇提督が、目を覚ましてくれるのを待つしかなかったのだった。





戦いを終えて……





中森 「やっぱりあなたには提督の才能があるのよ」


蛇  「やめて下さい……そんなのありませんよ」


夕日に染まった海を二人で眺めながら、俺は話をする。

大切な人を亡くして傷心状態の彼女に、何かしてあげられないかと悩みながら、隣で話を聞いていたはずなのに、気づけば妙な話になっていた。


中森 「でもあなたは、あの娘達を自分と対等に見てる。違う?」


蛇  「よく知りもしないで批判や否定をする奴らと一緒になりたくないだけです」


中森 「そう? さっきのあなたを見ていたら、それだけじゃないように見えたわよ?」


蛇  「……どういうことですか?」


中森 「ねえ、蛇くん」


その時の、中森さんが俺を見る瞳は今も忘れられない。

夕日に照らされているせいか、いつもより儚く切ない。それでも曇りのない純粋な瞳で俺の心を覗き込もうとしてくる。


中森 「あなたは本当の所、あの娘達をどう思ってるの?」



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蛇提督「……ぅ……う……」


蛇提督が目を覚ました場所は、きっと最初の頃は綺麗な白で統一されていたのだろうと思われる部屋だった。所々、壁が剥がれ落ちて傷んでいる。

ベッドで寝ていると気づいた蛇提督は首だけ動かして、今の状況を把握しようと努める。


すぐに目に留まったのは、ベッドの傍らで椅子に腰掛けて、腕を組んだまま眠りこけてる天龍だった。

どうやらこの部屋には、天龍と蛇提督しかいないようだ。

蛇提督の右腕は包帯に巻かれ固定されている。

頭に何かを巻かれてる感触があるが、これも包帯だろう。


再び蛇提督は天井を見る。

どうして自分がこんな所で寝ているのか思い出そうとしていた。


蛇提督(そうか……撃たれて倒れたんだっけか……)


天龍を助けた際に深海棲艦の艦載機に撃たれたことを、まるで他人事だったように振り返る。

そして今、蛇提督は怪我人であることも自覚した。

どうりで体が重いはずだ。自覚するようになったら、体が痛みはじめた気がする。

そんな事をただボーッと天井を見ながら考えていた蛇提督だったが、部屋のドアが開く音が聞こえたので、そちらの方に首だけ回して見る。

どうやら入ってきたのは、間宮と大和、武蔵の三人だった。

三人が何か話しながら入ってきて、そのうちに蛇提督と目が合った。


間宮 「て、提督! お目覚めになったのですね!」


三人がベッドに駆け寄る。


武蔵 「気がついたか、提督よ!」

大和 「良かった……本当に良かった……」


武蔵と大和は対照的な喜び方をする。

駆け寄った拍子に天龍もピクッと動いて気がつく。


天龍 「な……なんだ?――あっ! 目が覚めたのか?!」


蛇提督と目が合った天龍も、眠そうだった顔から一変して、ベッドに乗り上がってくる勢いで、蛇提督の様子を窺う。


蛇提督「あ……ああ……」


四人の様子にびっくりしながら、蛇提督は返事をする。


間宮 「体のお加減は如何ですか?」


いつの間にか取り出していた体温計をスルッと脇に入れたり、脈を取りながら間宮は蛇提督の状態を尋ねる。


蛇提督「……特に問題は無い」


間宮の手際の良さに感心しながら、蛇提督は答える。


天龍 「本当かよ?! あれから一週間寝てたんだぞ?」


蛇提督「一週間……一週間だと?!」


蛇提督は声を荒げる。


蛇提督「こうしちゃいられない!」


思うように動けないにも関わらず、無理に起きあがろうとする。


間宮 「いけません、提督! そのお体では!」


天龍 「そうだぜ、無茶だ!」


蛇提督「戦況はどうなった?! 作戦は?!」


明らかに慌てた様子の蛇提督は、間宮と天龍の制止も振り払おうとする。


武蔵 「提督よ、らしくないぞ? そのように慌てていては聞くに聞けぬぞ?」


武蔵の言葉で蛇提督は動きを止める。


大和 「聞きたいことは山ほどあると思いますが、まずは元帥からの指令を聞いていただけませんか?」


蛇提督「元帥からだと?」


蛇提督がようやく落ち着いた所で、大和は元帥からの指令を伝える。


その内容というのは、――大湊から代わりの艦隊を出すので、それと入れ違いに横須賀鎮守府の全艦娘と共に、一旦本土へ帰投してほしい。今後の作戦を練るために本部で話し合いたい。ーーという内容だった。


そしてさらに……


大和 「『そういうことだから、傷が治るまでは仕事禁止。養生に専念すべし』……だそうです」


蛇提督 「うっ……そうか……」


蛇提督は渋々と応じたような感じだった。

動こうとしたのを諦め、俯いてしまった。


間宮 「……私は他の皆さんに、提督が目を覚ましたことを伝えてきますね」


蛇提督を一通り見て、異常が無いことを確認した間宮は、俯いたままの蛇提督を気にしながら部屋を出て行った。


蛇提督「……なら、せめてここの状況だけでも聞かせてくれないか?」


蛇提督の問いに大和と武蔵は答えた。


蛇提督が倒れた後、龍驤や古鷹が代わりに指揮して、硫黄島海域の防衛に専念した。

予め蛇提督や艦娘達で考案した艦隊編成に乗っ取り、哨戒任務を遂行。

重巡、軽巡、駆逐艦中心に編成した哨戒艦隊で、朝から夜まで休むことなく任務を継続。

途中、艦娘の状態や時間を考慮しながら交代させた。

時々、まとまった敵や戦艦クラスなどの重量のある敵艦隊が現れれば、それに応じて迎撃艦隊を編成、出撃したこともあった。


最初の頃は、頻繁に敵艦隊の襲撃があり、迎撃に成功させていた。

次第にその数は減り、今はもう敵らしい敵が現れなくなったという。


蛇提督「ふむ……」


蛇提督は顎に手を添えて考える素振りをする。


蛇提督「本命はどうなった?」


蛇提督が呉や佐世保鎮守府の作戦の方を尋ねる。

大和は少し難しい顔して答える。


大和 「一言で言いますと……半分成功、半分失敗だそうです……」


蛇提督「どういうことだ?」


大和は蛇提督に大規模作戦の大まかな結果報告をした。

その話を要約すると、まずブルネイ及びシンガポールまでの海上ルート、その周辺海域の制圧に成功したということ。これで南西諸島海域制圧への足掛かりは半分成功したことになる。

だが、戦略的に一番重要なマニラ基地奪還が叶わなかったため、半分失敗ということらしい。


蛇提督「なぜ、マニラだけ取れなかった?」


大和 「詳しい話は元帥から直接聞いてほしいのですが、どうやら新たな敵が現れたとのことです」


蛇提督「新たな敵?」


大和 「未確認の深海棲艦です。途中で撤退を余儀無くしたとだけ伝えられました」


蛇提督「そうか……。敵は作戦を変更して、既にその準備をしているのだろう」


蛇提督は左手のこぶしを強く握りしめる。


蛇提督「ここで油を売っているわけにはいかないというのにな……」


珍しく悔しそうな態度を取る蛇提督を見て、大和と武蔵は困惑と心配気な表情を浮かべて、互いに顔を見合わせる。


天龍 「どうしてだよ……」


それまでずっと黙って蛇提督を見ていた天龍は、肩を震わせながら深刻な表情を浮かべて話し出す。その声には怒りも込められた口調だ。


天龍 「どうして……もうお前は、元帥との契約は終わったんじゃないのかよ?」


すると、蛇提督は何かにハッと気づくように、パッと握り拳を止める。


蛇提督「……終わってはいないさ。大規模作戦は予定を変更するだけでまだ途中だ」


今思いついたかのように、蛇提督は天龍の問いに答える。


蛇提督「先ほどの元帥の指令が証拠さ。俺をまだ使うつもりだろう」


フッと自嘲が込もった笑いをして話を終わらせようとしたようだが、今度は天龍が拳を握り締める。


天龍 「それだったらよ……そこまで頑張る必要なんかねえだろ?」


蛇提督「ん?」


天龍 「お前、死にかけたんだぞ?! 生きたいんなら、あんな危険なことをしなくても良かったじゃねえか!!」


蛇提督「……」


蛇提督は天龍をただ黙って見つめる。

そういう天龍は怒っているにも関わらず、俯いたまま蛇提督を見ようとしない。


蛇提督「……それだけ怒れるのなら、天龍は大丈夫のようだな」


皮肉めいた言い方が刺さったのか、それとも逆に気遣いされるようなことを言われたからか、天龍はカッと顔をあげて反論する。


天龍 「バカやろうっ!! そんなボロボロになってまで助ける必要なんて無いんだよ!!」


横で二人を見ていた大和が止めようとするが、それを武蔵が無言で止める。


天龍 「俺はな! 俺が沈んだところで代わりはいくらでもいるんだよ!! お前が命を賭けて助けるほど、俺にはもうそんな価値は無い!!」


蛇提督は、怒鳴ってくる天龍に対して、ただただ見つめる。


天龍 「お前……艦娘が嫌いなんだろ……?」


蛇提督「……ああ」


少し落ち着いた天龍がさらに質問をして、蛇提督は静かに答える。


天龍 「それだったら、なおさら……!」


続けて言おうとした天龍だったが、蛇提督が違う方向を見て、その雰囲気をガラリと変えてしまったので一旦止める。

その蛇提督の目が、どうにも遠い目をして、様子がおかしかったからだろう。

その様子を少し見ていると、蛇提督は呟くように話し始める。


蛇提督「……ある人が言ったんだ。艦娘は“希望”であると……」


天龍 「は?」


唐突な話に、天龍は唖然とする。

その天龍に代わって、話を聞いていた武蔵が質問で返す。


武蔵 「その“希望”とは、艦娘が深海棲艦に対抗できる唯一の手段だからか?」


蛇提督「そうだ。だが、それだけではないと、あの人は言った……」


大和 「では、他にどんな意味が……?」


蛇提督の言う“あの人”とは、中森さんの事だろうかと考えながら、大和も質問をする。


蛇提督「……俺も同じことを聞き返したが、本人にもわからないそうだ」


武蔵 「わからない、だと?」


蛇提督「直感……というやつだな」


大和 「直感、ですか……」


蛇提督「だがな……俺にはわかったことが一つだけある」


天龍 「な……なんだよ……?」


蛇提督は遠い目をやめ、再び天龍に向き直る。


蛇提督「“希望”なら、簡単に捨てていいものじゃない」


天龍 「…ッ!?」


蛇提督「……だから、価値が無いなんて言うな。生きているなら、最後まで足掻いてみろ」


蛇提督の目はまっすぐ天龍の瞳を捉えるが、その目は堂々としているようで、どこか切なさを醸し出す。


天龍 「う……うっ……!」


天龍の目から涙が少しずつ溢れてくる。

堪えようとしているが、次々に出てくる涙を隠すように、眼帯も外して腕でゴシゴシ拭く。


武蔵 「おや? 天龍、泣いておるのか?」


ククッと笑って、天龍を茶化す。


天龍 「泣いてねえーよ! 目に油が入っちまっただけだ!」


そんな天龍の言い訳に大和もクスっと笑う。


そんな中、蛇提督は天龍の姿をじっと眺め、それからすぐにまた遠い目をして、物思いに耽るような顔つきになってしまう。


武蔵 「提督よ、私からも一つ言わせてもらっていいだろうか?」


武蔵の言葉に、一瞬ピクッとして我に返った蛇提督が、「何だ?」と聞き返す。


武蔵 「提督が私達の事を“希望”と言うなら、私達にとっても提督は“希望”だ」


蛇提督「俺がか?」


まるで実感が無いと言わんばかりの蛇提督。


武蔵 「そうだ。だから、あまり無茶なことはしないでくれ。このようなことは今回限りだけであって欲しい」


きっと、蛇提督にはこれまで一度も見せたことがないであろう優しい顔で武蔵は語る。

隣で見ている大和が、(こんな表情の武蔵も珍しい……)と思ったほどだ。


武蔵 「それこそ提督は、私達と違って“代わり”はいないのだからな」


蛇提督「……」


蛇提督は少しの間固まっていたが、武蔵から目を逸らして、「……善処する」とだけ答える。


大和 「私達も、他の皆さんも、提督のことをすごく心配してたのですよ?」


蛇提督「心配、だと?」


大和 「皆さん、出撃から帰って来るたびに、空いた時間を見つけてはここへ来て、提督が起きないかと、ずっと見守っていたんです」


武蔵 「そうだぞ。そこにいる天龍も帰ってくれば、補給と入渠の前に必ずここへ来て、提督の顔を見てだな……」


天龍 「ばっ!? バカやろう! そんなことしてねえよ!!」


顔を真っ赤にさせながら、武蔵の言葉を遮る天龍。


武蔵 「何を恥ずかしがる? あんなにも熱心に看病してたではないか?」


ククッと笑いながら、武蔵のいじりは止まらない。


天龍 「そうじゃなくてだな! こいつの間抜けな顔を拝みに来てただけで……!」


二人の言い合いは止まらず、隣の大和は笑いを堪えきれていない。


そんな三人を呆然と眺めている蛇提督だったが、部屋の扉の向こうからドタドタと大きい音が近付いてくることに気がついて、そちらに視線を向ける。


夕張 「提督の目が覚めたって本当!?」


扉をバーンと開けて入ってきたのは夕張だった。

蛇提督と目が合った瞬間、他に目もくれずダダッと駆け寄る。


夕張 「良かった! 目が覚めたのね?!」


蛇提督「あ……ああ……」


夕張の勢いに目を丸くして、やや仰け反る蛇提督。


夕張 「私……艤装や装備の修理は出来ても、人は修理できないから……」


蛇提督「ああ……そうだな」


喜んだ顔から段々、萎れていく夕張を、蛇提督はどうしたのかと顔を覗き込む。


夕張 「もう…助けるのが遅かったなんて……言われたくなかったから」


それを聞いた蛇提督は、ピクッと目を一瞬見開く。

そしてすぐに申し訳無さそうな表情をして、夕張に言う。


蛇提督「ああ……すまなかった……」


二人のやり取りでその場がしんみりとしていた所で、また誰かが部屋に入ってくる。


扶桑 「失礼……致します」


中を覗き込むようにしながら入ってきたのは、扶桑と山城だった。


山城 「提督が起きたというのに、随分と静かね?」


扶桑と山城は、艦娘達の様子を眺めながら、蛇提督に近寄っていく。


扶桑 「提督、お加減は如何ですか?」


蛇提督「特に問題ない」


すると、これを聞いた山城がすかさず、


山城 「その格好で問題無いなんて説得力無さすぎるわ」


「うっ…」と、これには蛇提督もさすがに苦い顔をする。


扶桑 「こら、山城。そんな言い方したら失礼でしょ」


山城 「うっ……すみません」


逆に姉に怒られてしまって、シュンとしてしまう山城。


扶桑 「すみません、提督」


蛇提督「いや、山城の言うことも最もだ。まだ思うように動かせないのは本当だしな」


扶桑 「そうですか……。でもこうしてお目覚めになって、お話できることが何より嬉しいですわ」


そう扶桑が微笑むと、蛇提督はちょっと恥ずかしそうに目を逸らして、「そうか……」と答える。


そんな二人の様子を見ていた山城は、


山城 「ふ…ふん! 私は、あなたがこのくらいで死ぬような奴じゃないって思ってたから、別になんとも思ってないわ!」


何故か妙に機嫌が悪そうな山城だったが、今度は扶桑が、


扶桑 「山城だって、提督が目覚めなくて、ずっとソワソワしてたじゃない」


と、言われると


山城 「なっ!? そ、それは、こいつが起きないと扶桑姉様がずっと落ち込んでしまうからであって、別に、他に理由は……!」


なんだか誰かさんと同じような慌て方をしていると、見ていた大和と武蔵は思った。


山城 「そ……それなら、ここにいる夕張だって、ずっとソワソワしていましたし、さっきだって物凄い慌てようで私達を追い抜いていったわ!」


と、夕張に話を振る。


夕張 「そりゃあ、ずっと目を覚まさなかった提督が覚ましたと聞いたから、いち早く確かめに行きたかったのよ」


当然ね、と言わんばかりに腕組みして、うんうんと頷く夕張。


天龍 「つーかお前、西側の哨戒任務に出てたはずだろ?」


夕張 「そうよ。一度、帰投しようと思ってたところで間宮さんから連絡があったの。こうしちゃいられないって最大戦速で帰ってきたんだから!」


天龍 「暁達も一緒だったろ?」


夕張 「一緒に帰投したわ。ただ暁が慌てすぎて、艤装を外せずにいるのを姉妹みんなで手伝ってたわ」


天龍 「それで、置いてきたんか?」


夕張 「私は艤装を付け慣れてるから、外すのも一番早かったわ!」


と、ドヤ顔をする夕張に天龍は、


天龍 「……こういう時は早いんだな」


夕張 「何よ、こういう時はって!? いつも遅いみたいに!」


すると、ドタドタと複数の足音が一斉に近づいてくる。


雷  「司令官が目覚めたって本当!?」


扉をドーンと開けて、最初に入ってきたのは雷。続いて響、電、暁が入ってきた。


天龍 「ぐはっ!?」


廊下を走ってきたそのままの勢いで入って来たため、逃げ遅れた天龍だけ突き飛ばされる。


響  「司令官、調子はどうだい?」

電  「目が覚めて良かったのです!」

暁  「ずっと覚めないんですもの……心配したわ!」

雷  「痛い所はない? 私がさすってあげるわ!」


蛇提督「し……心配するな……この通り、大丈夫だ……」


四人でベッドに乗り上げてくる程の勢いでくるものだから、蛇提督もそれに圧倒されてかなり引き気味だった。


雷  「ホントに? 最初の頃は大変だったのよ!」

電  「司令官さん、苦しそうだったのです……」

響  「熱も上がって、息も荒かった」

暁  「落ち着くまで間宮さんが付きっきりで看病しててくれたのよ!」


蛇提督「そうか……間宮には後でちゃんと礼を言っておかねばな」


ふむふむと蛇提督が頷く。


響  「三日ほどで熱が下がって、落ち着いたのは良いものの……」

電  「それからずっと、目を覚まさないままで……」


蛇提督「ふむ」


雷  「それで思い出したの! 前に青葉が持って帰ってきた絵本に描いてあったこと!」


蛇提督「絵本?」


雷  「それにはね、眠り続けたままのお姫様と他国から来た王子様の話でね!」


蛇提督「……え?」


雷  「王子様がお姫様に口付けをしたら目覚めたのよ! これしかないって思ったわ!!」


響  「口づけにそんな力があったとは、響も知らなかった」


キラキラとした眼差しの雷と響の顔を見れば、冗談ではなく真面目にそう思っているようだった。


蛇提督「まさか……したのか?」


蛇提督の顔はちょっと青ざめているようにも見える。


夕張 「さすがに止めたわ。個人的には検証してみたい気持ちはあったけど……」

扶桑 「間宮さんが、『架空のお話なので真に受けてはいけません』と言ってました」

山城 「それに、青葉が写真撮って一生ネタにするだろうから、やめてあげた方がいいって古鷹達が慌てて止めてたわ」


蛇提督「そうか……」


蛇提督は心無しかホッとしているようだ。


電  「そ、そうなのです! 司令官さんが王子様ならともかくお姫様ではないのです!」

暁  「レ、レディからするなんて、は…恥ずかしすぎるわ!」


(気にするところがそこなんだ……)と、大和や武蔵など、突き飛ばされて倒れたままの天龍と暁姉妹を除いたその他一同は思った。


雷  「するのは暁じゃないんだから、いいじゃない!」

響  「司令官を助ける為なら、王子様でもなんでもなってみせるさ」


だがこの二人は、納得していなかったようだ。


電  「そ…それでは司令官さんに迷惑なのです!」

暁  「そ…そうよ! 電の言う通りだわ!」


すると段々、ワーワーと姉妹で喧嘩が始まってしまう。


天龍 「だあーーーーッッ!!! うるせぇーぞ、おめーらッ!!」


騒がしい姉妹喧嘩で気がついた天龍は怒鳴る。


天龍 「喧嘩するなら外でやれ!!」


雷  「何よ?! 今、大事な話をしてるのよ!」

暁  「そうよ! 天龍は引っ込んでて!」

電  「司令官さんの貞操が守られるかどうかの瀬戸際なのです!」


何やら話が変な方向に向かっていると、あんぐり状態の蛇提督以外のその他一同は苦笑いする。


響  「ところで天龍は、どうしてそんなに目元が赤く腫れているんだい?」


夕張 「あ、それ! 私も思った! さては泣いてたな〜」


天龍 「バ、バカ言え! これは目に油がだな……」


夕張 「眼帯を着けている目の方にも入ったって言うの?」


プププーっと夕張は天龍を笑う。


雷  「なんだー、天龍もなんだかんだで泣きたくなるほど嬉しかったのねー!」

響  「全然心配なんかしてないって強がってたけど……」

電  「やっぱり凄く心配してたのです!」

暁  「素直じゃないなんて、一人前のレディとは言えないわ!」


天龍 「なっ!? こいつと一緒にすんじゃねーー!!」


山城 「それはこっちのセリフよ!!」


やがて、事態は収拾つかなくなるほど騒がしくなってしまう。


蛇提督(どうしてこうなった……)


思うように体を動かせず、怒ることもできなかった蛇提督はただその様子を見守ることしかできなかった。


龍驤 「な……なんやこれ!? どないなっとんのや!?」

青葉 「おおー! なんだか面白い……いえ、大変なことになってますね〜」

間宮 「こ……これは、一体……」


遅れてやってきたのは、まだ来ていなかった艦娘全員と間宮が戻ってきた。


龍田 「あらあらぁ〜、天龍ちゃんがいつになく荒れてるわねぇ〜」

古鷹 「あ……あの……そんなに騒いでは提督に……」

加古 「提督はどうなったのさ〜?」

衣笠 「というか、私達も提督と話したいんだけどー!」

初霜 「わ……私も提督にお話したいことが……」


困惑している間宮達一行に大和が事の顛末を話した。


龍田 「……」


それを聞いた途端、真っ先に龍田の様子が変わる。

無言のまま突き進み、まだワーワー怒っている天龍の背後へとやってくる。


龍田 「……天龍ちゃん」


天龍 「ひっっ!!!??」


龍田の声と同時に、背筋から悪寒を感じた天龍は恐る恐る振り返る。

そこには、綺麗な笑顔を崩さないまま、凄まじいオーラを放つ龍田がいた。


天龍 「た……龍田?」


龍田 「せっかく看病していたはずなのに、怪我人の前で、少しばかりおいたが過ぎると思うのよねぇ」


天龍 「ま…待て! 俺の話を聞いてくれ!」


龍田 「天龍ちゃんには……お仕置きが必要のようねぇ〜」


天龍は龍田にガシッと肩を掴まれる。


龍田 「そうそう、天龍ちゃんの次は……あなた達だから……」


暁姉妹「「「「っっ!!!?」」」」


龍田 「覚悟……しておいてね」


暁姉妹「「「「ひえーーーっっ!!」」」」


暁姉妹は一目散に逃げて、部屋を出ていった。


それを見送った龍田は、今度は無言で夕張に振り向く。


夕張 「あー、えっと……そうだわ! 私、工廠の整備の途中だった〜」


身の危険を感じた夕張は、声を震わせながら部屋を出ていく。


山城 「わ、私は……そ、そう! お花摘みに行ってくるわ!」


扶桑 「山城、その意味は……」


山城 「姉様、先に行ってますわ!」


山城も龍田の視線から逃げるように、足早に部屋を出ていく。

その後扶桑も「失礼しました」と軽く挨拶をして、山城を追いかけるように部屋を出て行った。


龍田 「それじゃ私達も行きましょうねぇ?」


天龍 「ま、待て! 龍田!」


天龍に構わず龍田は首の後ろを掴んで、天龍をひきずって行く。

それをずっと見ていた蛇提督は、龍田が一瞬だけこちらに振り返ったことに気づく。

その時の龍田は、蛇提督を見て優しく微笑むような、そんな表情をしていた。


天龍 「待てー! 俺は悪くないんだー!」


天龍は最後の言葉を言い残して、龍田と共に部屋を出て行った。


蛇提督「ふぅ……」


蛇提督は安堵のため息をする。

それを見た大和と武蔵は蛇提督の心中を察して、


大和 「すみません、提督……」

武蔵 「私もすまなかった。あまりにも面白くて、つい、な」


蛇提督「からかうのも程々にな……」


間宮 「すみません、提督……こうなることは予想できたことでしたのに……」


蛇提督「気にするな……間宮の責任ではない」


間宮達の後ろにいた他の艦娘達もぞろぞろとベッドに近寄る。


古鷹 「提督……本当に……本当に、良かった……」

青葉 「司令官! 写真一枚と今の心境を一言、お願いしてもいいですか?!」

衣笠 「凄く心配したんだよ……」

加古 「本当に……目が覚めて良かったぜ……」

初霜 「大丈夫ですか? どこか痛みませんか?」

龍驤 「思いの外、元気そうで何よりやわ〜」


蛇提督の左右から、それぞれが話しかけてくるため、蛇提督は目を丸くしておどおどしているため、それを見た間宮は、これではさっきの二の舞になりかねないと思い、


間宮 「皆さん、提督にお話ししたいことがたくさんあるとは思いますが、まだ安静が必要なので今日のところはこの辺で……」


衣笠 「うーん……間宮さんがそう言うなら、仕方ないか〜」


他の艦娘達も渋々それに従う。


龍驤 「ほな、また来るで〜」

古鷹 「提督、無理しないでくださいね」

加古 「大人しくしてるんだぞー」

初霜 「提督、また伺います」

武蔵 「よく休んでおくのだぞ」

大和 「お邪魔しました」

青葉 「で、では! せめて一枚だけ!」


それぞれが蛇提督に一言言っては、部屋を出ていく。

青葉だけはカメラをパシャパシャ撮りながら、衣笠に引きづられて出ていく。

そして部屋には、間宮と蛇提督だけとなった。


間宮 「提督、包帯を交換しますね」


蛇提督「ああ……頼む」


そうして間宮は蛇提督の包帯を交換していく。

下半身、上半身、右腕、頭という順番で手際良く替えていく。


蛇提督「怪我の治療も間宮がしてくれたのか?」


間宮 「はい」


蛇提督「どこで覚えた?」


間宮 「五年前、パラオから一人で本土へ帰還した時です……」


当時、深海棲艦の本土襲撃直後だったため、まだ多くの死人と怪我人で溢れ返っていた時だった。

間宮は軍の人間以外と関わっていけないという規律を知ってても、見ているだけなんてというのは我慢できず、救助活動に参与した。

そこで、現地で出会った一人の男性医師と女性看護師がいて、応急処置から簡単な医術まで、見様見真似で覚えたのだという。


間宮 「その御二方には感謝しているのです。素性の分からない私を特に怪しむことなく、忙しい中でもその技術を熱心に教えてくださいました」


蛇提督「そうだったか……」


国からの支援も入り、救助活動が盛んに行われ、そのほとぼりが覚めた頃、その医師達とは別れたという。彼らが内陸部に移った避難民を診たいということで、現地に残ることを決めた間宮とは別れることとなったのだ。


間宮 「提督、“医食同源”という言葉をご存知ですか?」


蛇提督「確か……“病気を治療することと日常の食事は、その目的から見れば源は同じ”だったか……」


間宮 「はい。それも学ばせてもらいましたので、私の料理のメニューも増えたのです。本当にあのお二方には感謝しているのです」


蛇提督「ふむ……間宮は良い出会いをしたようだな」


間宮 「はい……それがこうして提督の命もお救いできた事……本当に、良かったです……」


蛇提督「ああ……世話をかけてしまった、すまない……いや、ありがとう……」


間宮の事情がわかっている分、蛇提督は少し恥ずかしながらも、慎重に言葉を選んでいるようだった。


間宮 「あの……提督……」


蛇提督「何だ?」


包帯の取替えを一通り終えた間宮は、畏まったような態度を取り、何か言うのを少し躊躇っているようだった。

そして意を決したようにその口を開ける。


間宮 「約束…とは、何ですか?」


蛇提督「…っ!」


蛇提督の目は一瞬見開いて、すぐさま間宮から視線を逸らす。


蛇提督「……何の事だ?」


間宮 「提督が意識を失う直前、『まだ……約束を……だから……死ねない』と仰っていました……どういう意味でしょうか?」


蛇提督「……」


蛇提督は間宮の問いにすぐに答えず、黙ったままだったがようやくその口を開く。


蛇提督「……遠い昔に、ある人としたことだ。だが、お前達には関係ない」


間宮 「そう……ですか……」


間宮は蛇提督にそう言われ、ひどく悲しい顔をした。でもそこから切り返すように「その…それは……」と言い出した時に、


蛇提督「すまない、間宮……一人にさせてくれないか?」


と遮られてしまう。


蛇提督「いろんな事を聞いたのでな。自分の中で少し整理したい」


間宮 「……わかりました。では……私はこれで」


そう言って間宮は、どこか残念そうな顔をしながら、軽く挨拶して部屋を出て行った。


それを見送った蛇提督は、天井を仰ぎ見る。

遠い目をしながら、しばらく物思いに耽るのだった。




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蛇提督「暇だ…………」


自分が目覚めてから一週間ぐらいになる頃、もはや口癖になり始めている言葉を俺はまた呟く。


蛇提督「こうも何もしていないと、退屈で死にそうだ……」


絶対安静と言われているが、普段から何かをしていないと落ち着かない質であるため、俺にとっては、ほぼ拷問と言っても過言ではない。


蛇提督「体が思うように動かせるようになるまでは、我慢せざるをえんか……」


これも何度も辿り着いた結論であるが、こうして自分に言い聞かせないと本当に落ち着かないのが現状だった。


体の状態はというと、壁に寄りかかりながらなら何とか歩けるようにまでなった。

まあ、それを間宮に見つかってしまい「まだ早いです!」と怒られてしまったのではあるが。


例え寝たきりであったとしても、戦況を報告してもらい、艦隊の指揮や指示、今後の戦略や作戦を練ることは可能なはずなのに、定期報告に来てくれる古鷹に言うと、


古鷹 「艦隊運営は万事、つつがなく行われています! ご心配には及びません!」


と、ちょっと圧を感じる笑顔ではっきりと言われてしまう。


蛇提督「い、いや……俺は提督としての職務を……」


古鷹 「もしも何かあれば、元帥の方から指示を仰ぐようにと、元帥直々の命令が伝えられていますので、私達はそれに従います!」


蛇提督「ぐ……つまり……提督としての職務を一切やらせるなと……奴が言ったのか?」


古鷹 「さすが提督、察しが早くて助かります!」


妙に溌剌(はつらつ)として、笑顔を見せる古鷹から圧を感じる。

俺が無茶な事をしたのを今だに怒っているのではないかと推測している。


そんな訳だから、俺はこうして食事と睡眠をするだけの退屈人間になってしまってるわけだ。


蛇提督(今は眠くないし、食事の時間もまだ先……。はてさて、どうしようか……)


こういうときは、何か物思いに耽るのが当たり前。

というより、癖というか習慣のようにもなってしまっている。


蛇提督(そういえば……)


この一週間、他の艦娘達もこの部屋へやって来るのだが、作戦を終えてから何かが変わっている。


俺は彼女達にとって、憎まれ、恐れられ、警戒される存在であるべきだ。

だが、深海棲艦を倒すという目的が一緒である以上、互いの使命と職務を共に果たさないといけない間柄で、軍という組織の中で“命令する者”と“命令される者”という関係に過ぎない。

今までも、そしてこれからも、ずっとその関係でいるつもりだった。


それが……互いの為になると、提督になることを決意した時から……いや……きっとあの事件から、俺はそう考えた。

当初は思惑通りに進んでいたはずなのに、どこかで変わってきてしまっている。


とりあえず、状況把握だ。

艦娘達一人一人の会話と彼女達の表情などをもう一度思い返してみよう。


そうして俺は、今までのことを振り返ってみることにした。




・暁姉妹、初霜の場合



その時は寝ていた俺だったが、自分の顔の近くで気配を感じて目を覚ました。

横を見てみると、雷が覗き込むように俺を見つめていた。


雷  「あ、起こしちゃった? ごめんなさい」


蛇提督「……大丈夫だ、問題ない」


俺は体を起こそうとするが、雷に止められる。


雷  「いいのよ、無理しないで。そのままでいていいのよ」


雷の言葉に従うつもりなんて無かった俺だが、そんな気持ちとは裏腹に「ああ…」と言いながら、俺はいつの間にか大人しく従っていた。


雷  「何か欲しいものある?」


蛇提督「……いや、特に無い」


雷  「そう? 遠慮無く言っていいのよ!」


(熱心だな…)と思いながら俺は「そんなに気にかけなくていいぞ」と雷に言う。


雷  「ダメよ、こういう時こそ私達に頼ってくれないと!」


胸に手を当てて、「私に任せなさい!」と言っているようだ。


蛇提督「――どうしてそこまでする?」


彼女には「前の雷」の件がある。

これまでで彼女に、何かあったのか気になったのだ。


雷  「……司令官、前に何か分かったら聞いてくれるって言ってたわよね……?」


やはり何かあったのだなと思い、雷の話に耳を傾ける。


雷  「あたし……気がついちゃったの……」


蛇提督「……それは、何だ?」


深刻な顔をする雷に引き寄せられるように目が釘付けになりながら、俺は息を呑む。


雷  「それは…………みんなの役に立つ方法よ!」


蛇提督「……ん?」


俺は一瞬、理解が追いつかなかった。


雷  「そう! 困っている人の話をしっかり聞いてあげるだけで、その人の為になることもあるって知ったの!」


蛇提督「え?」


雷  「もちろん、悩み解決に尽力するわ! でも、私一人じゃ無理そうな時は、誰かできそうな人に繋げてあげることもするんだから!」


蛇提督「いや……あの……」


雷  「戦い以外でも役に立つ方法が、私にあったのよ!」


蛇提督「待て待て……雷、忘れてないか?」


そう、彼女は「前の雷」と同じになる為に、他のみんなから頼ってもらうようにしようとしたが、結果それが空回りして悩んでいたはずだ。


雷  「いいの! だって、結局私は誰かの役に立ちたかっただけなんだから! それが私の願いだって気づいたの」


蛇提督「……」


雷の顔を見る限り、彼女の中で実感として残ったのだろう。


雷  「それに……それを教えてくれたのは、司令官なのよ」


蛇提督「俺だと?」


雷  「そう! 私の話を聞いてくれた姿勢は、まさに私の理想だわ!」


蛇提督「り、理想!?」


雷  「うんうん……きっと、司令官はあんな感じで他のみんなの悩みも解決してるのね」


蛇提督「フン……過大評価だな……」


俺としては仕事の一環としてやっているだけだ。

俺の目的を果たす為にも、そうせざるを得なかっただけに過ぎない。


雷  「ともかく、私は司令官のようになるのが目標。その前に、古鷹や初霜、そして間宮さんのようになるのが先決ね!」


蛇提督(間宮の方が俺よりはるかにハードルが高い気がするのだが……)


雷の中でどのような順位をつけているのか、とっても気になるところだった。


雷  「でも、司令官には恩返しも兼ねて、何かしてあげたいわ! なんなら、甘えてくれてもいいのよ!」


蛇提督「あ、あま!?」


雷  「司令官はいつも根を詰め過ぎてる時があると思うのよ。そういう時は、甘えさせてあげると気持ちがリラックスするんだって、間宮さんが言ってたわ!」


蛇提督(間宮……)


俺は顔に手を当てて、ガクッと落ち込む。

間宮としては丁寧に教えたつもりなのだろうが、これは……なんか前より悪化してるように見えるのは、俺だけだろうか……。

だが、自分で「なんでも聞いてやる」と言っただけに、ここで彼女が決めたことを否定するわけにもいかなかった。


雷  「と言っても、まだ司令官にとって私は頼れる相手じゃないかもしれないから、無理強いはできないけど……」


雷はベッドに少し乗り上げて、俺に顔を近づける。


雷  「司令官に感謝を言ったり、励ますのはできると思うの!」


雷の瞳は爛々と輝いている。


雷  「そうそう、よくやったねって頭を撫でるのも効果があるとか!」


蛇提督「なっ!?」


それは恥ずかしすぎるから、「やめろ」と言いたいが、あまりの驚きでタイミング悪くむせてしまう。


雷  「だ、大丈夫?」


と、雷が俺に手を伸ばしてきて、(まずい!)と俺が思ったその時だった。


電  「……しれいかんさん?――あ! 雷ちゃん、やっぱりここにいたのですね!」


電が部屋に入ってきたようで、その声に雷が振り返ってベッドから降りる。

俺は間一髪のところで免れたのだった。


電  「雷ちゃん、司令官さんの眠りを邪魔してはいけないのですよ」


雷  「大丈夫よ! 司令官はとても落ち着いているわ」


その俺はというと、恥ずかしさのあまりドギマギした心臓が、今だに鼓動を早めたままだった。

なんとか落ち着かせようと、彼女達に気づかれないように頑張っているとこだ。


電  「司令官さん、体の具合はどうですか?」


蛇提督「ああ……問題ない」


電  「本当に……問題……無いですか?」


蛇提督「ん?」


随分と心配しているなと思った俺は、「何か気になることがあるのか?」と聞いてみる。


電  「司令官さんは……一人で無茶する時も、問題ないって一言で片付けてしまうような気がするのです……」


電の妙に心配した表情を見た時に、俺を通して「前の雷」のことを思い出しているのかなと、直感で思った.

だから俺は、寝ていた体を起こした。


電  「あ! まだ無理に動いては……!」


蛇提督「……右手が使えない状態でも、体を起こすぐらいなら造作もない程度にはなった。だからちゃんと回復に向かっている」


電を心配させないために、あえてパフォーマンスしたわけだ。

俺の事を気遣うより、まだ任務の合間だろうから、そちらに集中させたかっただけだ。


電  「そ……そうですか。わ、わかったのです……」


納得したのかそうじゃないのか、どこか歯切れが悪い電は、まだどこか落ち込んでいるようだ。


雷  「どうしちゃったのよ? 何かあったの?」


見ていて焦ったくなってきたのか、雷が電に問いかける。


電  「……電は、司令官さんが倒れる前もその後も、何もお役に立てていないのです……」


天龍が囮になったのも、元はと言えば自分の被弾がきっかけだったし、俺の治療も間宮さんに頼らざるをいけなくて、その間、自分は何もできなかったと電は言う。


電  「怖かったのです……また、いなくなってしまうことが……。自分の目の前で起きていることなのに、慌ててしまうばかりで……」


やはり「前の雷」の時の自分と今の自分を重ねてしまっているのだろう。

まあ、そう簡単にトラウマを克服できるものではないし、誰だって「失う」ことは怖い。

むしろそれに慣れてしまったら、何事も動じない強い心が手に入るかもしれないが、その代わり大切な何かを失うことになるだろう。


蛇提督「電、今のお前は躍動しようとしているところなんだ」


電  「え……え?」


無理も無い。俺が急にわけの分からないことを言い出すのだから、電が困惑するのも仕方がない。


蛇提督「今お前は失うことの恐怖で震えているのではなく、何かしたくてたまらなくて足踏みしている。いや、武者震いかもしれん」


電  「そ、そうなのですか?」


蛇提督「そんな風に考えてみたらどうだ、という提案なんだがな」


雷  「自分に言い聞かせろってこと?」


蛇提督「事実は変わらないが、考え方一つで見方が変わるということさ」


確かに天龍が囮になったのも、間宮に頼らざるを得なかった時も、電が見て思った通りだろう。

でもそれを通して、自分に足りないことや逆に良かったことも見つけられるはずだ。


蛇提督「今の電は、目的の為なら新しいことにも挑戦できるほど、電の心は動き出そうとしているのだよ」


電  「電が、ですか?」


蛇提督「ああ、落ち込んでいる場合ではないぞ。自分の心の奥底から湧き上がるものを見逃してはいけない。心の声に従って動くこと、これは大事なことだ」


電  「わ…わかったのです!」


蛇提督「それとだな……」


電  「はい?」


蛇提督「役に立ってないと言っていたが、そんなことないぞ」


泊地棲姫に俺が囮となった時に見事な不意打ちを決めてくれたおかげで、確かに泊地棲姫撃破に貢献しただろう。むしろあそこで決まらなかったら、俺がそこで死んでいた。

それと天龍が囮をやる時までの間、戦線を維持してしていたのは事実だし、食い止めてくれていたおかげで、第一艦隊が帰投して補給をすることができた。

そもそも、その補給物資だって電が守り抜いたからあるわけで、これもなかったら今回の勝利はなかっただろう。これも間違いなく電の努力あってこそだ。


蛇提督「まだまだあるぞ。硫黄島までの道中においてでもな……」


電  「も、もうわかったのです! 大丈夫なのです!」


蛇提督「あ、すまなかった。つい長々と話してしまったな」


気づけば電の顔は真っ赤になっていた。

さすがに長すぎる話に怒らせてしまったかなと思った俺だった。


蛇提督「ともかく俺が言いたいのは……電はよく頑張っている、心配ない、だ」


電  「は、はい!」


これで彼女も、俺のことに構わず任務に集中してくれるようになれれば、願ったり叶ったりだ。


電  「あの……司令官さん」


蛇提督「ん?」


電  「……あ、あのっ!…………ありがとう、なのです」


蛇提督「お…おう」


やっと口にできた電の最後の「ありがとう」はとても穏やかな笑顔だった。

その表情に俺はちょっと驚いていた。


雷  「ふむふむ、なるほど、勉強になるわ」


電  「何がですか?」


電が首を傾げて雷に聞くが、


雷  「ううん、なんでもないわ! こっちの話!」


と言われて電はキョトンとしてしまう。


雷  「うむ、それならまずは、今の電が何を願っているのか考えるところからね」


電  「それなら、すぐにわかります。電はとにかく司令官さんのお役に立ちたいのです!」


雷  「それなら私と同じだわ! 私も何かないかって司令官に聞きに来たところよ!」


電  「そうなのですか。雷ちゃんと同じ考えなのですね!」


蛇提督(……あれ?)


何やら雲行きが怪しくなってきた。


雷  「そういうことになるわね! そこでね、今さっき司令官を労うために頭をなでなでしようとしてたとこなのよ!」


蛇提督(っっ!?)


電  「な……なでなで、ですか……むしろそれは…やってもらいたいというか……」


雷  「ん? 電、何か言った?」


電  「な、なんでもないのです! 電もやるのです!」


まさかここで、この恥ずかしい話に戻ってくるとは思いもよらなかった。

ここにきて仲間が増えてしまうとは、自分で自分の首を絞めたようなものではないか。


雷  「じゃあ、そういうことだから、司令官大人しくなでなでされて!」


蛇提督「いや、ちょ…おまっ……!」


電  「え、えっと……失礼します!」


二人がベッドに乗り上がろうとした、その時だった。


暁  「あ! 入渠終わってからいなくなったと思えば、やっぱりここにいたのね!」


今度は部屋に暁と、それに続いて響も入ってきた。


響  「二人とも、抜け駆け……ずるい」


雷  「べ、別にそういうつもりじゃないわ!」

電  「そ、そうなのです!」


ジト目の響に言われて、振り返った雷と電は慌てて否定する。

俺はまたもや間一髪、危機を免れたのだった。


暁  「司令官、起きていたのね!」

響  「体の具合はどうだい?」


蛇提督「うむ……問題ない」


これで姉妹揃ってしまった……また前のように騒がしくならなければいいが、と俺は心配になる。


暁  「さすが間宮さんね! 治療の方がうまくいったようね!」

響  「響も治療の仕方、今度、教えてもらおうかな」

電  「あ、それなら私も教えてもらいたいです」

雷  「それは良い案ね! 雷も教えてもらおうかしら」


やはりこの四人が揃うと、賑やかになる。

静かな時があるのだろうかと疑いたくなってしまう。


暁  「料理以外にも得意なことがあったなんて、びっくりだわ」

電  「裁縫関係も得意だと聞いていますので、元から手が器用なのです」

雷  「間宮さんから色々と教えてもらえれば、役に立てる幅が広がりそうね」

響  「司令官にしてあげる幅が広がる……うん、悪くない」


そうこうしているうちに、また騒がしくなってきた。

これは止めた方が良さそうだ。


蛇提督「お前達……これからの事を話すのは構わないが、出撃から帰ってきたばかりなのだろう? こんなところで油を売ってないで、次に備えて休んできたらどうだ?」


と、呆れたように話して、冷たくあしらったつもりなのだが、


響  「ここにいる方が、落ち着くのさ」


蛇提督「え?」


雷  「私達が使ってる部屋は窮屈に感じるし、ここが一番なのよね!」

電  「こ…ここの方がホッとするというか、なんというか……」

暁  「そ、それにちょくちょく見に来ないと、司令官がまた何かしてないか気になっちゃうのよね! レディとして放って置けないわ!」


俺は彼女達の返答に唖然としてしまっていた。

最初こそ彼女達は、俺に怯えてろくに会話ができなかったはずだ。暁に至っては立ちながら気絶していた。

だが今はどうだ? そんな面影は一切見当たらない。


響  「出撃中でも、気になる……」

雷  「ホント、目が離せないわ!」

電  「そういうわけですから、みんな交代で見にきてるのですが……」


まずい、選択を誤ったか。さっきよりも騒がしくなる予感がする。

彼女達に違う話を持ちかけねば。


蛇提督「だが、あんまりここで騒ぐと、龍田にまた見つかるぞ」


と言った瞬間、ピタッと暁姉妹は動きを止める。


雷  「そう……龍田お姉様の言うことは絶対よ……」

暁  「龍田お姉様は立派なレディよ……」

電  「なのです……」

響  「絶対服従……」


こいつら急に生気を失った目付きになって、さっきまでとは別人だぞ……。

一体どんなお仕置きされたらこうなるんだ……。


すると、扉をノックする音が聞こえた。俺が許可を出すと、開けて入ってきたのは初霜だった。


初霜 「あの……失礼します……」


初霜は何かを大事そうに抱えながら、俺のそばに寄ってくる。


初霜 「提督、お身体の方は如何ですか?」


蛇提督「見ての通り、問題ない」


初霜 「良かったです……それと、これがまだでしたので、お返ししておきます」


と言って抱えていたものを見せられる。

それは、前に初霜が大破して戻ってきた時に、寒くないようにと着せてやった俺の制服の上着だった。かなり丁寧にたたまれている。


初霜 「あの……ありがとうございました」


蛇提督「大したことではない」


なぜか顔を少し赤くしながらお礼を言われたが、お礼を言われるほどではない。


響  「うらやましい……」


初霜 「ふえ!?」


いつの間にかズイッと初霜に迫ってきた響の圧に初霜が動揺する。


響  「聞いたよ……司令官に着せてもらったんだってね?」


初霜 「は……はい……」


響  「どうだった?」


初霜 「っ!?……ど、どうって?」


響  「着心地、とか」


初霜 「え、えっと……あ……温かった、よ……」


まるで尋問のように続く響の質問に、顔を赤くしながら初霜は答えた。


響  「それ……」


初霜 「え?」


響  「ちょっといいかい?」


すると、響は突然、初霜の手の上に置かれた俺の上着に顔を埋める。


暁雷電「「「っ!!?」」」


暁姉妹が声にならない驚きをあげているようだった。


響  「うう……洗剤の匂いしかしない……」


初霜 「間宮さんが持ってきてくださった洗剤で洗いましたので……」


響  「残念……」


蛇提督「いや……人の服で何をやってるんだお前は……」


響  「司令官の匂いがどんなのか気になったのさ」


蛇提督「えぇ……」


真顔でこういう事を言うのだから、時々、響の考えがわからないことがある。

悪気があるような感じがないので、純粋な興味ではないかと俺は推測してはいるが、定かではない。


初霜 「えっと……もう一回、洗ってきましょうか?」


蛇提督「その必要はない」


響  「フフ……今なら響の匂いだけがついている……」


電  「し、司令官さん!? まさかそれが狙いなのですか!?」

暁  「変態……変態がここにいるわ!」

雷  「そういうのが欲しいなら、雷のもあげるわよ?!」


蛇提督「違うわ! 変な誤解するんじゃない!」


いやー待て待て、こいつらのペースに乗らされてはいかん……。

段々、俺がおかしくなっていく……。


俺は自分にそう言い聞かせながら落ち着かせる。

初霜に、ベッドのすぐそばに置いてある台の上に、「とりあえずそこに置いといてくれ」と頼みながら、こいつらの話にまともに対応しないようにしようと心で決める。


初霜 「あの……それと……私が言ったお礼のことなんですけど……」


初霜にはまだ話したいことがあったようで、彼女は少し恥ずかしそうにしながら話しだす。


初霜 「今までの事、全部を含めてのお礼なんです」


蛇提督「全部?」


それは、鎮守府を出発する時から、硫黄島に辿り着くまでのこと。

泊地棲鬼が姫クラスへと進化を遂げて絶望感が漂い始めた時のこと。

撃破後の防衛戦で龍田と二人だけで出撃する前に言ってくれたこと。

その全ての局所において、俺の言葉があったことだった。


初霜 「提督の言葉が私……いや、私達を勇気づけてくれました。もし無かったら私もどこかで諦めていたかもしれません」


その時の初霜は、内にしまっていた思いを打ち明けるような印象だった。


初霜 「だから……提督に感謝してるんです。提督のおかげで生き残る事ができたのだと私は思っています。本当にありがとうございました」


初霜は何を思ってか、俺に深々とお辞儀をする。

彼女が“勝利”ではなく“生き残る”と言った事にも気づいた。彼女の中で戦いにおいて意識している事が変わったのかもしれない。

だが今はそれについて考えるよりも、俺がそこまでされるほどの事をしたとは思えないという考えと気持ちの方が俺の中の大半を占めていた。


電  「そ、それなら、電も同じなのです!」


蛇提督「ん?」


雷  「私だって同じだわ! 司令官の言葉がみんなを鼓舞させたのよ!」


暁  「お、おかげで……動けなかった体も不思議と動かせるようになったのよ……。あ! べ、別に怖かったわけじゃないんだからね!」


蛇提督「――勝つためには、必要だっただけのことだ」


初霜 「提督のお気持ちは例えそうであったとしても、提督に勇気づけられたというのは、変わりませんから……」


蛇提督「フン……」


俺は自然と彼女達から視線を逸らしていた。

普通の人間なら、ここで喜ぶものなのだろう。

だが今の俺には、胸がざらつくような、複雑な感情しか湧かなかった。


その後も彼女達は、雑談も兼ねて色々な事を話していたようだったが、もう何を話していたか記憶に残らなかったのだった。




・古鷹、加古の場合



加古 「ていとく〜、入るよ〜?」


蛇提督「……もう、入っているではないか」


ノックはしたもののすぐに入ってきている加古に、俺は呆れながらも(一体こいつ、何しに来た?)と様子を伺う。


加古 「起きてたんだね〜、寝てなくていいのか?」


蛇提督「ずっと寝ているからな。今は眠くない」


加古 「いいな〜。アタシもずっと寝てたいよ〜」


蛇提督「好きで寝ているわけじゃないんだが……」


(お前と一緒にするな)と心の中でツッコミを入れていたが、加古はそんな気持ちを知ってか知らずか、


加古 「でもさ、提督にはアタシみたいに、ずっと寝てる時間も必要なんだと思うんだよ」


蛇提督「それは……俺に提督としての職務をやるなと言っているのか?」


加古 「そうじゃなくてさ……なんて言うか……こう……」


加古が腕組みして難しい顔をする。

顔の眉間などにシワを寄せるなんて普段はまずない。

こういう時は普段使わない脳を使おうとしている時なんだと、なんとなく理解している。


加古 「いつも気張ってて……いつも何かを考えてて……提督っていつもそんな感じじゃない?」


まあ、否定はできない。


加古 「だからさ、長期休暇も必要じゃないかなーって、思うんだ。そうでもしないと休んでくれなさそうだし」


蛇提督「俺にはやる事がたくさんある。長く休んでる暇なんてない」


加古 「そうそう、だからこそさ」


蛇提督「ん?」


加古 「いざっていう時に動けないとまずいでしょ? その時の為に英気を養う必要があるわけよ。提督もよくアタシ達に言うでしょ?」


蛇提督「まあ……確かに……」


加古 「だから今はそういう時なんだよ。提督も頑張ったんだから、アタシみたいにだらっとしてればいいんだよ」


蛇提督「お前みたいになったら、ダメ人間になりそうだがな」


加古 「ハハハ! それもいいかも!」


皮肉を言われたはずなのに、なぜ満更でもないような顔をするんだか……。


蛇提督「ふむ……。まあ、加古の言う事にも一理あるな。加古もちゃんと考えている事があったのだな」


加古 「むー、なんだよそれ! まるでアタシがいつも考えなしのアホみたいじゃないかー」


やっと食いついてきたか。


蛇提督「いや、違ったな。寝ることだけはいつも考えているんだったな」


俺はククッと笑いながら、加古を嘲笑する。


先程から加古が、俺に対しての接し方が軽すぎると気になっていたのだ。

もう俺を警戒する素振りがない。砕けすぎていて俺と加古の距離感がおかしいと思っていた。

だがら反射的に、嫌味と皮肉を言う。

これで幻滅してくれれば、少しはこの距離感が修正されるだろう。

俺と艦娘の距離感なんて、そんなぐらいで十分なのだから。


加古 「……うーん、その通りだな。アハハハ!」


蛇提督(あれ?)


あっけなくスルーされた?

初めて秘書艦に任命した頃は、自分が難しいことが苦手で、すぐにでも寝てしまうのは彼女の悩みだったはずだが……。

彼女の中で、何かが変わったということか?


加古 「まあ、そんなわけだから……」


と言いながら、加古はベッドに近づき、俺の足元らへんでポスッとベッドに腰掛ける。


蛇提督「な…何だ?」


加古 「だから、寝ることは大事ってこと。アタシも次の出撃時間まで時間あるから……お休みーっ!」


そしてバタッと横になって寝てしまう。


蛇提督「おいーーーっ!!!?」


思わず叫んでいた。

「どうしてここで寝るんだ?」と加古に尋ねてみると、


加古 「ええーだってさー、このベッド割と大きくてスペース余ってるし、ここら辺なら邪魔にならないでしょ?」


蛇提督「寝るのならば、自分達の部屋があるだろ?」


加古 「みんなで使ってる部屋だから、狭いしあんまり綺麗じゃないし、伸び伸び寝られないんだよねー。ここなら提督だけだから大丈夫でしょ」


蛇提督「ならば、外で寝やすい所を探せばいいではないか? 鎮守府でもそうしていたろうに」


加古 「確かにこの島って自然が豊かだから気持ちいいけど、今、警戒態勢中じゃん? いつでも出撃できるように、出撃ドックから近いところでゆっくり寝られる所って言ったら、ここが一番なんだよー」


蛇提督「いや、しかしだな……」


加古 「そういうことで、じゃあお休みー!」


俺が他の諦める方法を考えてるうちに加古は強行してしまう。


蛇提督「おい! まだ良いとは……!」


と言いかけたところで、加古がクカーッと寝てしまう。

試しに足で体を揺すってみるのだが、ビクともしなかった。


蛇提督(こいつは、の○太か!!)


本当に寝てしまったようで、もう俺には溜息を吐く事しかできなかった。


ちょうどその時、扉からノックが聞こえた。

古鷹だった。いつもの定期報告に来たようなので、部屋に入る許可を出した。


古鷹 「失礼します……」


古鷹が部屋へ入ってくると、堂々とベットで寝ている加古に気づいて、目を丸くして驚いた。


古鷹 「加古!? 入渠と補給、終わっていなくなったと思ったら、こんな所に!?」


あわあわと慌て出した古鷹は、何度も俺に頭を下げて、


古鷹 「ご、ごめんなさい! す、すぐに起こして退室させますから!!」


だが俺は、静かに「待て」と合図をする。


古鷹 「い…いいんですか?」


蛇提督「起こそうとすれば、余計に騒がしくなりそうだからな……このままでいい……」


俺の角度から寝顔までは見えないが、スースーとういう声が聞こえてくる加古の姿を見て、別に害は無いと思った。ただそれだけだ。


古鷹 「……ここのところ、加古は凄く頑張っているんですよ」


蛇提督「ほう、どんな風にだ?」


古鷹が言うには、以前の加古というのは大事な作戦以外は基本的に出撃したがらず、演習も訓練もあまり積極的にやるタイプでは無かったのだという。

だが泊地棲姫を倒し、ここの防衛任務をやるようになってから、かなり張り切って自分から進んでやるようになったのだという。

出撃の順番があるのだが、他の艦娘で疲労が見られる者が出れば、我先にと交代しようとしてくる。

艤装や装備の準備も夕張に教えてもらいながら自ら行うようになり、他の艦娘の手伝いもするようになった。以前より出撃に対して念入りになったのだ。


古鷹 「加古がいつも言ってるんです。『提督が安心して休んでいられるように、私が頑張るんだ』って」


だからあんなに、俺に寝るように勧めていたのか。


古鷹 「加古なりの感謝の仕方じゃないかなって思ってます」


蛇提督「感謝だと?」


古鷹 「はい、今回の作戦、提督のおかげで勝利ができたと皆が思ってますから」


蛇提督「……運が良かっただけさ」


俺は古鷹から目を逸らして、その一言でやり過ごすつもりだった。


古鷹 「……提督を見ていますと、時々、樹実提督を思い出すんです」


だが俺は、「樹実提督」の名が出た時、ピクッと体が反応するのを自覚した。


古鷹 「緻密な計算で作戦や戦略を考える時や指示を出される時などもそうですが……」


俺の胸にモヤモヤとした感情が湧き上がってくる。


古鷹 「特に……口調は違えど、私達を鼓舞される時が一番……」


蛇提督「やめてくれ!」


思わず叫んでいた。

驚いていた古鷹の顔を見て、俺は我に返る。


蛇提督「……冗談はよしてくれ。あの樹実提督とは似ても似付かぬ」


平静を装って、鼻であしらう。


古鷹 「す…すみません……出過ぎたことを言いました……」


古鷹はシュンとしていたが、すぐに立ち直って、


古鷹 「ですが、私も他のみんなも提督に感謝しているのです……それだけは知っててもらいたいです!」


蛇提督「あ…ああ……そうか」


古鷹 「すみません。それでは気を取り直して、今回の報告をさせて頂きます」


その後、古鷹の報告を聞きながら、俺は別の事を考えていた。


「樹実提督に似ている」それは、あの人にも同じことを言われた。

樹実提督と幼馴染だったというあの人が言うのだから説得力がある。

そして、おそらく樹実提督に、最も近くで共に戦ったいた一人である古鷹に言われれば、また真実味を帯びてきてしまう。

だが俺は、それでも認めなかった、認めたくなかった。


樹実提督は、艦娘の“味方”であろうとした人だ。

だからこそ、いつも彼女達を勇気づけ元気づけて、いつも共に戦っていると艦娘達に思わせることで、そのモチベーションを維持してきた。小豆提督もこの部類だ。


だが俺は違う。じゃあ何なのかと逆に聞かれると、しっくりくる単語は思いつかない。

強いていうなら、艦娘を“利用する者”だろう。

だがそれは、あの人と交わした“約束”と矛盾する事になる。とてもじゃないが、樹実提督と似ているとは言えない。

もしも、樹実提督のような艦娘との関係性を築いてしまったら、また“あの事件”のようになりかねない。

先日、天龍に「艦娘は希望だ」と言ったが、艦娘一人一人が皆、持っているものなのに自ら捨ててしまいかねない。

現にその天龍だって、小豆提督とそういう関係性を築いていたからこそ、自らを投げ出す行為に走ったのではなかろうか。

“約束”を果たす為には、“今は利害関係が一致している”というぐらいの関係性で十分なのだ。


古鷹 「――以上で、報告は終わりです」


蛇提督「……ああ、ご苦労」


話し終えた古鷹は、まだ寝ている加古を見る。


蛇提督「こいつの事は気にするな。このままにしておけ」


古鷹が起こした方がいいか悩んでいると思ったから、必要ないと古鷹に言う。

すると、古鷹が俺の方を見て微笑みながら、


古鷹 「……そういうところが、提督の優しいところだと思います」


蛇提督「優しい?」


俺としては、実感が湧かない指摘だ。

今の加古は無害、そう判断しただけだ……そのはずだ。


古鷹 「私が昔のトラウマを思い出して落ち込んでしまった時も、提督はさりげない言葉と行動で私達を気遣ってくれます。提督にとって些細なことかもしれませんが、私はそこに優しさを感じるんです」


気遣いなんて、家族とあの人にしかした覚えがない。

だが考えるより先に、体が動いてしまっている自覚もあるので否めない。


古鷹 「そしてその気遣いは、いつも私達をよく見てくださるからこそできること。私はそういうところも提督に感謝しているんです」


艦娘達を観察するのは、仕事上必要なだけでそれ以上の意味は無い。

彼女達の心境の変化は、戦いにおいて大きく影響するからだ。


古鷹 「……あ、すみません! また余計なことを話してしまいましたね」


古鷹の話に無反応だった俺を見て、迷惑をかけたと勘違いしたのか古鷹は謝ってしまう。


古鷹 「では私はこれで……加古をお願いします」


そう言って古鷹は部屋を出て行った。

俺が自分で言ったのもあるが、本当に加古を俺に託して退室するとは……。

以前の古鷹なら、例え提督の許しがあっても、絶対迷惑だろうと思って加古を引きずってでも行こうとするだろう。

そんなことを思いながら俺は、まだ気持ちよさそうに寝ている加古を眺めるのだった。




・間宮、夕張、龍驤の場合



夕張 「――――そういうわけで修理の甲斐もあって、入渠風呂をさらに一基稼働できるようになりました」


俺は今、夕張が部屋に訪れてきたので、この硫黄島基地の現状を聞いていた。


夕張 「工廠及び入渠施設の設備と稼働状況、これだけで見ても、基地として十分に機能していると言えそうです」


蛇提督「なるほど、ここを拠点として使っていくには申し分なさそうだな」


夕張 「問題点は居住性ですね。艦娘の収容と保管性がよくありません」


艦娘の収容と保管性、砕いて言うなら艦娘の住みやすさのことだ。

夕張の話では、工廠と入渠施設は原型がある程度残ってるほどの損傷率だったが、居住区に関しては損傷が激しい。

艦娘達がまともに寝泊まりできそうなのは、ここを除いてもう一部屋だけ。横須賀鎮守府全艦娘が一人分の寝るスペースを確保して、ギリギリ全員入るほどの広さだという。

硫黄島基地の居住区は、小さな建物がある程度の範囲の中に点々と存在して、人間用と艦娘用に分かれていたようだった。

そして、そこから少し離れた海側に、工廠と入渠施設、出撃ドックが存在する。


夕張 「ここを拠点としていくには、これらの改善は不可欠ですね。明石と共に建替計画案を作っても良いですか?」


蛇提督「別に構わないが、建築図面の設計までできるのか?」


夕張 「明石は図面設計に留まらず、材料さえ揃えられれば、建築自体も可能ですよ。私は専門外ですが補助はできます」


(何でもありだな……)と俺は内心驚いていた。


夕張 「もう少しで、この辺りの地図作成と測量も終わりますので、それを参考に建築計画を。提督も実際にご覧になって、何か要望があれば聞きたいところです」


測量は大和や武蔵、間宮までも手伝いながら、朝から夕方までの空いた時間を使ってやっていたそうだ。


蛇提督「ふむ……そうか。まあ、だいたい使用するのは艦娘だろうから、そちら主体で良かろう」


ここまでの会話は良かった。ただの仕事の話だから、夕張も事務的に、俺もやっと職務に戻れた気がした。このぐらいの方が俺にはちょうど良かった。

だが、そう思ったのも束の間だった。


夕張 「ああん、ダメよ! 地図とかできたらちゃんと感想聞かせて欲しいの!」


蛇提督「え?」


夕張の態度が急変したことに、俺は唖然としてしまう。


夕張 「せっかく、提督と私達で勝ち取った基地なんだから、提督の主導のもと、みんなで一緒に作り上げる方がいいに決まってるんだから!」


蛇提督「そ……そういうものなのか?」


夕張 「それとね、今回の作戦、泊地棲姫を倒すまでとその直後までの戦闘データ、妖精さんの記録を元に整理しといたの。その見解とか聞いてもらって感想を聞かせて欲しいのよ!」


蛇提督「それならば……ここに持ってきて見せてもらっても構わないが……」


夕張 「ダメなのよ! そしたら提督と私が、一日中考えだしちゃって休めなくなっちゃうでしょ? 古鷹達に止められて出来ないのよー!」


夕張はとても悔しそうで、今にも地団駄を踏みそうな勢いだ。


夕張 「だから明日にでも早く、全快して! そして私に感想を聞かせて!」


蛇提督「えぇ……」


最終的に無茶な懇願を聞く羽目になり、俺は唖然としたままだった。

態度が変わるまでは、夕張のいわゆる仕事モードだったのだろうか。


龍驤 「ちょっくら、失礼するで〜」


ノックをしてからすぐ中を覗きこんで入ってきたのは、龍驤だった。


龍驤 「声がすると思ったら、夕張やったか〜」


夕張 「ここの施設の現状報告をしてたとこよ」


龍驤 「あんまり、話しすぎるなや。前に話した通り、みんなで決めたとこまでやからな?」


夕張 「わかってるわよー! だからこうして我慢してるんだから!」


蛇提督(みんなでって、こいつら俺に職務をさせないために、どれだけ徹底させてるんだ……)


元帥から指令があってから、艦娘達に何があったのか、俺はそちらの方が凄く気になった。


龍驤 「倒れた後はしんどそうな顔しとった時があったけど、今は平気そうで何よりやわ。まあ、ウチが見込んだキミがこんなところでくたばるようなタマやないって信じとったがな」


蛇提督(……ん?)


今、『キミ』と言ったか? 聞き間違いか?

それにしても、夕張もそうであるのだが、この二人に関しては随分とフランクに話すようになった。

最初の頃は、かたや怯え、かたや警戒心バリバリだったにもだ。

だが今は、良く言えば親しみやすく、悪く言えば馴れ馴れしい。

俺が最初に予定した艦娘との関係性と距離感はこうではなかったはずだ。


龍驤 「お? どうしたん? ぼーっとしてからに」


蛇提督「いや……そういえば、俺の不在時は古鷹と共に艦隊の指揮を取ってたそうだな。礼を言う」


自分の考えた事が悟られないように、あえて話を変える。


龍驤 「大したことやないって。キミが作ってくれた作戦通りに艦隊を動かしてるだけやしな」


やっぱり、俺の事を『キミ』と呼んでいる。

どうして、そうなった……。


龍驤 「まあ、ウチらんとこの仲間はみんな個性豊かなんがええとこなんやけど、やる気に満ちすぎて突っ走りやすいとこが何とも。よくもまあ、司令官はあんな連中をまとめられるわな……」


一人でうんうんと頷いている龍驤。


龍驤 「せやから、キミには、はよう戻ってきてもろうて……」


と、龍驤が言いかけたところで彼女はハッとする。


龍驤 「ち、違うんやで! ウチじゃ務まらないからとか、キミが指揮を取ってないから寂しいとか、そういうのじゃあらへんで!」


正直、どうして龍驤が慌てて弁明しているのか俺にはわからなかった。

ただ隣にいる夕張だけは分かっているのか、クスクスと笑っている。


龍驤は他の艦娘に比べたら、彼女は艦歴も長く、それに似合った堂々とした立ち振る舞いと話し方をする。

が、今の彼女の慌てようは、どこか暁を思い出す。それのせいもあって、こういう時だけ見た目相応に見えるのだ。


蛇提督「なあ……気になったんだが……」


龍驤 「なんや?」


蛇提督「その……なぜ、『キミ』と呼んでいるんだ?」


龍驤 「ほわああ!……ああーえっと……」


先程まで堂々と言ってたにも関わらず、指摘された途端、龍驤が何やら恥ずかしがって、口をもごもごし始める。


龍驤 「えっと……その……」


まだ言えずにモジモジしている。それとも言おうか言うまいか悩んでいるのだろうか。


龍驤 「ああーー! もうー! ウチがそう呼びたいって思っただけや! 深い意味はあらへん!」


と思っていたら急に逆ギレされてしまった。

俺は何も言えず、ただ呆然とするばかりだった。


龍驤 「め、迷惑やったら……やめるけど……ダメか……?」


今度は急にシュンとなって、せめてものお願いを叶えてもらおうとする子犬のようになってしまった。


蛇提督「……」


俺は龍驤を見ながら悩んでいた。

隣の夕張もどこか緊張した面持ちで見ているようだ。


このまま龍驤をそのままにしておくと、また前のように泣き出してしまうんじゃないかと思った俺は、仕方がないとばかりに「ハァ〜」と深いため息を漏らしつつも、


蛇提督「……別に構わん」


龍驤 「!? 良いんか?! ありがとうな〜」


蛇提督「だが、仕事中は司令官と呼ぶようにな……」


フンとそっぽを向きながら、条件を付け加える。

そっぽを向いたのは、龍驤があまりにも子供っぽくはしゃいでいるものだから、見ていられなくなったというのが理由だった。


それにしても、本当に自分は甘くなったと思うばかりだった。

こういうのは許してはいけないだろうと思う自分がいるのにも関わらず、彼女達の顔を見ると、どうにもそれが揺らいでしまうことが多い。

これもあの人から散々、艦娘の話を聞かされてたからだろう。


間宮 「提督、お食事をお持ちしました」


扉がノックされたと思ったら、聞こえてきたのは間宮の声だった。

俺は許可を出し、間宮が部屋に入ってくる。


もう慣れた動きで、間宮特製の病院食、もとい雑炊をベッドすぐそばの台に置き、間宮自身はベッドの端、俺のすぐ隣の少し空いたスペースに腰掛ける。

その態勢になったのを見た俺は、少し焦りながら間宮を止めようとする。


蛇提督「ま…間宮、何度も言うようだが、俺は一人で食べれる」


間宮 「ダメですよ、これはとても熱いのでひっくり返したりでもしたら大変なんですから」


間宮の笑顔はとてもにこやかなのに、なぜか逆らいにくい圧を感じる。


蛇提督「左手が使えれば十分だろ。箸だって使えるのだぞ」


間宮 「右手が固定されて動かしにくい現状、左手が使えたところで、ちゃんとお皿を固定できないうちは危険です」


蛇提督「だから、それならば安定しそうなテーブル代わりの板を持ってくるとか……」


間宮 「探しましたが良さそうなものはありませんでした。ですので諦めてください」


俺の抗議に微笑みながらも淡々とあしらわれ、まるで最初から相手にされてないような感じだった。

見つからないのではなく、探してはいないんじゃないかと疑ってたりもする。


そんな事を思っている間にも、間宮はスプーンを取って、一口分掬うと、それをフーフーと冷ましてから俺の口元まで運ぶ。


間宮 「はい、提督。あーん」


これだ、俺が防ぎたかったのは……。

しかも今日は夕張と龍驤が見ている前でだ。これほど恥ずかしい事はない。

こういうのを公開処刑と呼ぶのだと、前に木村から聞いた話の中で思い当たる言葉を思いつく。

夕張は顔を少し赤くして驚いているようで、龍驤はニヤニヤしながら眺めている。

前に一回、大和にも見られたな。彼女は不思議な表情をしていて感情を読みづらかった。

顔を少し赤くしながらも、食べさせている姿に釘付けになっていた。


蛇提督「う……」


笑顔のままの今の間宮に、やはり抗える術はなく、仕方なく差し出されたものを口の中へと入れる。


間宮 「……お味は、どうですか?」


これで不味いのであれば、文句の言う余地ができるというものだが、とっても美味しいのだから言えるわけがない。


蛇提督「問題ない」


だから俺には、この回答しかできない。


間宮 「それは良かったです!」


褒めたつもりはないのに、それでもなぜか喜ばれてしまう。


龍驤 「ほっほー……ウチらが頑張っている間、キミはお楽しみだったちゅうことやな〜」


ニマニマしながら茶化してくる龍驤には、後で軽くお仕置きしてやろうかと、ちょっと思ってしまう。


夕張 「こ…これが噂の……間近で見たのは初めてだわ……。ねえ、そういうのをされると嬉しいって聞いたことあるけど、本当のところはどうなの?」


夕張に関しては、変な興味を持ち始めてしまった。

だが、そんな質問にまともに答えたくはなかったので、


蛇提督「なら、夕張が食べさせてもらえばいいだろう?」


夕張 「えっ!? 提督が食べさせてくれるの?!」


蛇提督「違うわ!」


あらぬ誤解をされてしまって、思わず叫んでしまう。


龍驤 「キミは幸運やで〜。それこそ多くの提督達がいた頃、間宮さんは人気やったから、その間宮さんに『あーん』なんちゅうシチュエーションは、提督諸氏の夢のまた夢、喉から手が出るほどに思われていた事なんやから〜」


間宮 「なんか……聞いてて恥ずかしくなってしまいますね……」


蛇提督「俺は望んでいない……」


その後も、俺は間宮から食べさせられ続ける。

龍驤達はその姿を見ながらも雑談が始まる。

その内容は先程の間宮の話から発展して、当時の提督達や艦娘達の反応などだった。


俺はなんとなく話を聞きながら、頭では別のことを考えていた。

目の前にいる間宮の事だ。

彼女は俺の看護もあって、一番この部屋に出入りする。

二人きりの時なんていくらでもあったが、あの事について聞かれたのは、俺が初めて目覚めてから直後のその時だけ。そう、俺が口走った“約束”についてだ。

意識が朦朧としてる中で、そんな事を言っていたとは俺も驚きで、不覚であったと思ったが、幸い内容までは言ってなかったようだ。

あの時は苦し紛れに誤魔化して、それ以上追求されないようにした。

また次も聞いてくると対策を練ってはいたのだけども、約束についてもそれどころか事件の事もそれに関しての事も、まるで聞いてこようとしないのだった。

これはこれで、彼女が何を考えているのか分からないのだから、逆に怖いのである。


夕張 「ん? 提督、間宮さんをじっと見て、どうかしたの?」


蛇提督「いや、別に……」


龍驤 「はは〜ん、さては間宮さんに惚れてしまったんやろ?」


間宮 「えっ!?」


蛇提督「どうしてそうなる……」


間宮が異様に驚いている気がしたが、見て見ぬふりをする。


龍驤 「そりゃあ間宮さんに惚れない男がいるとは思えんからな〜」


蛇提督「……んまぁ、間宮なら良いお嫁さんになるだろうなとは思うがな」


間宮 「…っ!」


家事もできて、料理もできる。自分以外の者達への面倒見も良い。まさに母親的存在。

…が、恥ずかしいので本人には直接言わない。


間宮 「え…えっと……提督にそう仰られると、嬉しい…ですね」


間宮が少し恥ずかしそうに縮こまっている姿は、案外初めて見た気がする。

彼女の反応を見る限り、他から言われたことが無かったのだろうか。


蛇提督「実際、この艦隊を裏で支えているのは間宮だと言っても過言じゃない」


栄養に気をつけた食事管理もさることながら、ほとんどの家事雑用をこなし、時には艦娘達の心のケアもする。艦娘達の疲労を長引かせず、再び戦場に士気を維持させて出撃できるのも彼女の功労あってこそだ。

そんなことを俺は間宮達に話す。


夕張 「ホントよね〜、間宮さんには頭が上がらないのよ〜」


龍驤 「せやな〜」


間宮 「そんな……別に私は……」


夕張と龍驤は俺の話にうんうんと頷いて、同意している。

間宮は恥ずかしながらも満更でも無さそうだった。


夕張 「それに間宮さんがいなければ、提督も無事じゃなかっただろうし、助けられてばっかりだよね〜」


龍驤 「ほんま……間宮さんには敵わんわ〜」


間宮の事を褒めている二人は、見た目は特に変わったとこが無いのであるが、

俺からしたら、気になる言い方だったので、さらに付け加えることにする。


蛇提督「何を言っている? お前達も同じだろ?」


夕張、龍驤「「…え?」」


蛇提督「お前達も、他にできない事をやってのけてる」


夕張は輸送任務をやってのけただけでなく、何よりはこの硫黄島基地施設の復旧作業だ。

そもそも夕張がここに到着してから、あの少ない時間の中で、入渠施設の修復を終わらせてなかったら、俺も死んでいて、艦隊も全滅していただろう。

今もこうして、わずかな材料と資材の中で、基地として機能し維持させていられるのも、夕張の技術なくしてはできなかっただろう。

そして彼女達が艦隊として互いの連携が取れるようになったのも、夕張が一人一人の緻密なデータを取り分析して訓練に活かしたこと。

これがあまり実戦にでなくとも、成果を上げられた要因となった。


龍驤は、この艦隊にとって貴重な航空戦力であるが、それ以上に特筆すべきは、その艦隊統率力だ。

経験が豊富な事もあって、彼女自身の戦い方のみならず、他の艦種の者達の戦い方も把握していること。それによって現場に合った最適な判断をする。硫黄島に着くまでの道中は特に彼女のそれが光った。それがなければ、途中で大破する者だっていただろう。

さらには、彼女が指導した対空戦闘は、泊地棲姫戦で如何なく発揮された。全艦隊の対空レベルが初期より格段に上がったからこそ、あの強敵相手に空からの強襲を掻い潜り、懐に入って撃滅するチャンスを確実に作ったと言える。

そして付け加えるなら、扶桑と山城の艦載機運用技術もあの戦いに十分通用するほど仕上がっていたことだ。これは龍驤の熱心な指導による賜物だ。

こうして見るなら、龍驤には他艦娘を育成する才能もあるようだ。


俺はこういう話をする時、つい長く話してしまう傾向があるけど、案の定、語ることに夢中になってしまっていて、彼女達の表情を見た時は、話があらかた言い終わった時だった。

そんな彼女達は、目を丸くして少しの間固まっていたのだが、


龍驤 「お、おう〜そうか〜、そうなんか〜。いやいや、ウチは〜」


夕張 「わ、私も…大したことは……。えへへ……なんか照れちゃうな〜」


龍驤はいつの時だかと同じ、体をクネクネさせて照れくさそうにしている。

夕張は顔をポリポリかいて、恥ずかしそうにしている。

間宮は何を思ってか、今だに真剣な表情でこちらを見つめている。


蛇提督「前にも言ったが、一人一人が役目をこなせば、必ず勝てると言った。その通りになっただけさ」


夕張 「確かに、そう言ってたわね〜」

龍驤 「うんうん……」


この時の俺は、いつになく彼女達が聞いてくれるので、語りに熱が入り始めていた。


蛇提督「俺はな、一人一人が“歯車”だと思ってる」


龍驤 「歯車?」


蛇提督「ああ……誰かが回れば他も回り出す。互いが互いを回し合い有機体そのものを動かすのさ」


夕張 「それって、個々に価値の差は無いの?」


蛇提督「やっていることが大きい小さいの差はあるかもしれんが、全体から見れば同じ価値さ」


龍驤 「ほっほ〜、キミはそういう風に考えとったんか〜」


蛇提督「だが、注意しないといけないのは歯車の凹凸が合わなければ回らない、そこが難しいところだ」


間宮 「それでしたら、それを調整するのが提督のお役目ということですね」


先程までずっと黙っていた間宮が、唐突に俺の話にするのだから、少し驚いた。


蛇提督「…んまぁ、そうとも言えるのかな」


間宮 「ええ、きっとそうですよ!」


蛇提督「随分ときっぱり言うのだな?」


間宮 「私から見て、料理で例えるなら、提督は調味料なのです」


蛇提督「調味料?」


間宮 「はい、食材というのは同じ味がありません。そんなバラバラだった食材が鍋の中で一つの調和を生み出す時、そうそれが調味料が入った時です」


夕張 「下味に出汁、香辛料! どれも欠かせないものよね〜」


間宮 「はい、そして調味料の役割はそれぞれの味を引き出すこと。そうすることができた時、初めて料理という形になるのです! まさに提督はこれをしているのです!」


ここまで間宮が、熱弁する姿も初めて見た気がする。


蛇提督「う…うむ…言いたいことはわかったが、少し大袈裟ではないのか?」


俺がそう言うと、今度は間宮の話を腕を組んでうんうんと頷いていた龍驤が話し出す。


龍驤 「そんなことないで。バラバラだったものが一つ一つの良さを引き出して、調和を生み出すーーウチもそれには同意するで」


蛇提督「どうしてそう思う?」


龍驤 「ウチらはな、提督が来るまでは四年も共に過ごしていたのに、どこか互いに遠慮しあっていて、微妙な距離感があったんや」


互いの痛みが分かるからこそ、あまり深入りしないようにしていたが、それがかえってジレンマとなって皆の時間を止めていたのだと、龍驤は言う。


龍驤 「せやけど、キミが来てからは、一人一人に巣食っていた悪いものが取り除かれて、本当の意味で前を向けるようになったんや」


殻に閉じこもっていた者は周りが見えるようになって、互いの気持ちに気づけるようになったんだと、龍驤は続ける。


龍驤 「そして今回の戦いは、今までの中で一番仲間との一体感があったんや。それを作ったのは間違いなくキミのおかげだと思っとる!」


龍驤はこの鎮守府のメンバーの中で一番最長の艦娘だ。そんな彼女が言うからこそ説得力があった。


夕張 「龍驤の言う通りだわ! こんな事言うのも変だけど、とっても楽しかったもん!」


間宮 「はい、皆さんの良さを最大限に出すことができたからこそ勝てた戦い。提督のおかげだと思います!」


龍驤 「ほんまに…ありがとうな!」


満面の笑顔で三人に感謝される。

自分で言い出したことが、こういう形で返されるとは思わなかったので、下手に反論できず、むず痒くなってきた。


蛇提督「フン……俺はただ…仕事をしただけだ」


だから俺は、その視線から逃げるために、そっぽを向く。


龍驤 「お? 照れとるのか? 照れとんのか?」


蛇提督「そういうわけではない!」


ニマニマしながら聞いてくる龍驤に少しイラッとした俺だったが、今はただひたすらそっぽを向くだけだった。

今は提督としての職務を外されている立場である上、お仕置きしたくてもできないからだ。


そしてそのうち、龍驤、夕張、間宮の三人は今回の戦いで、皆一人一人の活躍がどういったものだったかという話で盛り上がるようになった。


蛇提督(……話をしたければ、ここでなくても良かろうに…)


傍らで溜息を吐きながら呆れている俺は、三人が話している姿を見ながら考えていた。


蛇提督(俺は……あの人との“約束”を守る為にしているだけだ……彼女達から感謝される為にしているわけじゃない……)


間宮の言う通り、一人一人の良さを引き出さねば、一つ一つの戦いに勝利はできない。そして何より“約束”を守る為には、避けては通れない道であろう。

だから俺はそれを仕事としてやっているだけだ。目的を果たす為にどんな嘲笑や罵倒を受けても成し遂げる覚悟だ。

だから……俺と艦娘達は“命令する者”と“命令される者”であって、それ以上でも無ければそれ以下でもない。そういう関係でいるべきだ。

そうでなくては、またあの悲劇を繰り返すことになる。

生き残ることができた彼女達の為にもな……。





・扶桑、山城の場合



扶桑 「提督、お休み中失礼します。体のお加減は如何ですか?」


部屋には扶桑と山城が訪れていた。


蛇提督「問題ない、順調に回復している」


扶桑 「それは良かったです」


嬉しそうに喜んでいる扶桑とは対照的に隣にいる山城はツーンとした表情で扶桑と俺を見ている。


扶桑 「皆、一日も早い提督のお戻りを願っています。私達はやはり提督が指揮してこその我が艦隊ですから」


蛇提督「……」


扶桑の言葉に俺は素直には喜べなかった。

どこか心の中でひっかかるものを感じるからだ。


扶桑 「あの……提督……」


急に扶桑が恥ずかしそうな態度をするようになって、ここの艦娘達全般に言えることだが、こういう時は大抵ロクなことがない。

でも、とりあえず「何だ?」と聞いてみる。


扶桑 「今、何か欲しいものとかありますか? いつも間宮さんがお世話して、やる事なさそうですが……」


そう聞かれて、質問の意図にそれほど深く考えなかった俺は、正直に「特にない」と答える。


扶桑 「そう…ですよね……すみません……」


と逆に、落ち込んで何故だか謝られてしまう。

本当に最近、俺を前にして艦娘達の感情の浮き沈みが激しくないかと思ったりする。


そう思いながらふと隣を見ると、俺は戦慄した。

山城が怒りで顔を歪めて、まるで「空気読めよ、ゴルァ!」とでも言ってるような視線をこちらに向けてくる。


蛇提督「あー…えっと………そういえば、喉が渇いてきたなー。いつも間宮に頼んでるほうじ茶を持ってきてもらえないか……?」


この時の俺はきっと顔を引きつらせていただろう。声もほぼ棒読みだ。


扶桑 「…! わかりました! 今すぐお持ちしますね」


パアァっと急に顔を明るくした扶桑が嬉しそうに快諾する。


扶桑 「台所へ取りに行ってくるけど、山城はどうする?」


扶桑が振り返って山城を見る頃には、山城の表情は元に戻っていた。


山城 「ここで待ってますわ、姉様」


扶桑 「そう、じゃあ行ってくるわね」


そうして扶桑がウキウキしながら出て行くのを見送ると、山城はハァ〜っと深い溜息を吐く。


山城 「最近のお姉様を見ていると、心配でしょうがないわ」


独り言のように言ってる割には、俺によく聞こえる声で喋るので、ここは聞かないといけない場面かもしれない。


蛇提督「扶桑がどうかしたのか?」


そう聞くと、山城はこちらに振り返り、


山城 「最近お姉さまは上の空になることが多いの。出撃している時以外はずっと空を眺めてて、時々こっちの呼びかけにも気づかないんだから」


蛇提督「任務に支障はないのか?」


山城 「出撃の時はむしろ張り切ってる方よ。まあ……お姉様も私も、泊地棲姫との戦いではあまり活躍できなかったと思ってるから、それを取り戻したいというのもあるけど」


ちょっとブスッとした表情で、山城は答える。


蛇提督「それが理由で上の空になるのか? なんか想像できないが……」


山城 「いいえ、別の理由だと思うわ」


山城は分かってるいるのか、やけにきっぱり答える。

でも俺には、見当がつかない。


蛇提督「仲間達と何かあったわけでもないだろう?」


山城 「何言ってるのよ、原因があるとしたら、あなた以外ないでしょう」


蛇提督「俺!?」


もっと意味が分からなかった。


山城 「お姉様はあなたの事を考えてて落ち着かないのよ」


蛇提督「俺の何を考えているんだ?」


山城 「詳しいことは私にだって分からないわよ。ただ一つ分かってる事は、提督にどう役に立つか。そればかり考えているのは間違いないわ」


どうも扶桑をはじめとして艦娘達の多くは、どうにか俺の役に立とうと考える者が多い。


山城 「出撃の時だって、『提督のお休みを邪魔されないように、降りかかる火の粉はなるだけ払ってくる』って言っては、いつもより張り切って戦いに出るわ」


出撃の度に、そんなことを毎回自分に言い聞かせてしているのならば、かなり自分に負担がくるはずだ。


山城 「さっきの見てても分かるでしょう? 姉様が恥ずかしげに、何かできる事ないかって頑張って聞いてくるなんて……私なら卒倒ものだわ」


役に立とうとする為に、そこまで頑張る必要があるのだろうか。


山城 「全く……あんなお姉様を目の前から見れるなんて、うらや……じゃなくて、何も思わないあなたは万死に値するわ!」


勝手に俺が罪な人間扱いされて、理不尽極まりないし、俺が望んだわけでもない。


山城 「だから…あなたには…扶桑姉様の為にも、もう少しお願いを聞いてもらってだわね……」


だが、そういう感情は……そういう関係になるのは、俺は望んでいない。


蛇提督「フン……無意味だな。俺の役に立とうなんて、必要の無いことだ」


山城 「なっ!? ちょっとそんな言い方無いでしょう?!」


蛇提督「そんな事に悩ますための時間があるのなら、今後いかに効率よく任務をこなしながら生き残る確率を上げられるかを考えて欲しいものだ」


山城 「…っ! ホント、あなたは仕事人間なんだから。でもそんな事言ったら、扶桑姉様だけじゃなく、他のみんなも……」


俺としては山城も、どうしてそこまで怒るのか疑問だった。

明らかに最初から俺の事が嫌いだった山城なら、「俺の事を考えなくていい」と言えば、「そうね、あなたの事で頭を悩ますなんて私も馬鹿げてると思う」と言って返してきてもおかしくないと思うのだが。

自分の姉が、俺の事を考えなくなれば、彼女としても願ったり叶ったりなのではないか?


山城 「ともかく、みんなの思いを頭ごなしに否定するのもどうかと思うわ!」


否定したのは間違いないかもしれないが、俺はただ否定したいわけじゃない。


蛇提督「違うーー俺はな、お前達には自分の為に戦って欲しいんだ」


山城 「自分の為……?」


蛇提督「ああ、そうだ。この戦争はあくまで艦娘と深海棲艦の戦いだ。そしてお前達は深海棲艦に勝たなければ、その存在意義を失う」


山城 「そ…そんなの……誰だって分かって……」


蛇提督「それはどうかな……皆の話を聞く限り、人間の為に戦っている者も少なくない。仲間の盾になるのは致し方ないとして、一人の人間の為に自分の命すら投げ打つ者もいる」


山城 「そ…それは…!」


山城の反応を見る限り、彼女にも思い当たる事があるのだろう。

実際、うちの鎮守府でも、古鷹や天龍をはじめとする何人かはそうである。


蛇提督「逆に聞くのだが、現に俺は死にかけたわけで、もしも俺が死んでいたら、役に立とうとした相手がいなくなって、また前に逆戻りするんじゃないのか?」


山城 「そんなことは……」


山城でも「ない」とは言い切れないようだ。


蛇提督「この戦いの怖いところは、いつ終わるか分からないことだ。艦娘よりも貧弱な人間は、何かあればすぐに死ぬ。戦争の間に提督なんてころころ変わってしまうのさ」


山城 「それなら古鷹達が抱えてきたものは無意味だったって言うの?」


蛇提督「全てを無意味とまでは言わんが、それが彼女達の足枷になっていたのも事実だろう?」


そんな事を言ってしまえば、自分も人のことを言えないのだが、これもあの人との約束を守るためだ。


蛇提督「同じ過ちを繰り返さない為には、艦娘達は自分の命を最優先すること。生き残って経験を積み練度を上げる事こそが、この戦いに勝つ為の最大の近道なのさ」


そう……天龍のように虚しささえ覚えてしまう者もいる。古鷹も同様だ。

理由はどうあれ、命を簡単に投げ打ってしまう性分が艦娘達にはある。

俺もこの前、「艦娘は希望」だと言ってしまった事もある為、この事態だけは絶対に避けたい。


蛇提督「それにな、その戦い方がより有効的であることを、樹実提督達は自ら立証している」


過去の戦歴を見て、あらゆる提督達の戦略と戦術を垣間見た。

その中でも、「捨て艦戦法」なるものも存在した。

まだ、偵察も行き渡らせていない情報の少ない地に、駆逐艦などのコストの低い艦隊で沈没ギリギリまで情報収集と敵の戦力を削る方法。

最悪なのは捨て艦による波状攻撃作戦だ。コストの低い艦隊で目標海域の敵戦力を削り、最後に本命を出していく作戦だ。捨て艦艦隊は相当の被害が出るが、最終的な戦果で見れば微々たるものとして処理されてしまう。多くの資源と資材を有していた鎮守府の提督がよく使っていた戦法だ。

この風潮は、人間側でも艦娘側でも艦娘の命を軽んじる価値観が生まれてしまった可能性がある。


でもそれに真っ向から否定したのは、樹実提督と小豆提督だった。

二人はこの戦法に重大な欠点があることを指摘したのだ。

それは、まさに「練度」だった。捨て艦にされる艦娘はもちろん、最後の後詰めをする本命の艦娘達も大した実戦経験が積めないということ。

さらに艦娘達一人一人には、同じ艦種であっても能力に差があることを発表、練度を積むことで、それがより鮮明になる。これが艦種による差別と偏見を見直すきっかけとなった。


それができたのは、彼らが捨て艦戦法を使わず、卓越した戦術と作戦で轟沈艦を出さず、確実に任務をこなしてきた故だった。

練度が上がることで艦娘達の海域攻略の効率性が上がり、被害を最小限に抑えながら修復と補給にだけ資源を使う。かなりの時間を要するが、結果的にコストを抑えられるのだ。

これが資源大量消費による捨て艦大量生産の風潮を変えたのだ。


蛇提督「彼らの残したものは偉大だ。彼らの死も敵が指揮官クラスを狙っているという事にも気づけたのだから、無駄では無いさ」


山城 「あなたの言いたいことは分かったわ……。でも逆に……あなたは人間の命を軽んじているんじゃないの?」


それを聞いた途端、俺は驚きのあまり、一瞬思考が止まっていたと思う。


蛇提督「……まさか山城がそんな事を言うとはな。てっきり前任の件で、人間嫌いになっていると思っていたが?」


山城 「別に…人間自体が嫌いってわけじゃ……。それに……悪い奴だけじゃないって分かったわけだし……」


蛇提督「ん? 最後何か言ったか?」


山城が人間自体が嫌いではないというのは初耳だ。

ただその後に、急にモジモジしてゴニョゴニョと何か呟いているようだったが、聞き取れなかった。


山城 「それと……人間だってピンからキリまでいるわ。提督のように考える人間なんて早々いないし……。私達にだって命を賭ける相手を選ぶ権利くらいあるわよ……」


そう、問題はそこだ。

樹実提督達が立証させたとはいえ、戦いに絶対が無い以上、「誰一人沈ませない」なんてのはまだ夢物語でしかない。


蛇提督「そうだな。他の提督達にも艦娘を沈ませない戦い方を浸透させていかなければならんな。これからの課題になりそうだ」


山城 「あーもう! そうじゃなくて! 私が言いたいのは……!」


頭を掻きむしって、かなりイライラしているようだ。


山城 「あなたホンっと真面目人間、いや鈍感なのかしら!? とにかくめんどくさいわ!」


どうしてそこまで山城がイライラしているのか俺には分からなかった。

というか、お前だけに「めんどくさい」は言われたくない。


扶桑 「提督、お茶をお持ちしました」


ドアをノックする音が聞こえたと思ったら扶桑が戻ってきたようだった。

入ってくるように告げると、扶桑はスーっと入ってきて、ほうじ茶を淹れてくれる。

俺は、まだ熱いほうじ茶をフーフーと冷まして、一口飲む。


扶桑 「お味は如何ですか?」


蛇提督「うむ、悪くない」


扶桑 「それは良うございました」


嬉しそうににっこりと微笑む扶桑を見て、俺はたまらず視線を逸らす。


扶桑 「少しばかりですが、提督のお役に立てて良かったです」


俺はその言葉にピクッと反応した。


蛇提督「……これで満足か?」


扶桑 「いいえ、まだとても物足りなくございます」


蛇提督「まだ俺に、どうしろと言うんだ?」


扶桑 「提督……私は…いえ、私達は提督に感謝しているのです」


蛇提督「それで?」


扶桑 「感謝の言葉だけなら、一言で終わってしまいます。でも私達は、それだけでは足りないのです」


この言い方からして、扶桑はさっきまでの山城との会話を聞いていた可能性がある。


扶桑 「だからこそ皆が提督のお役に立とうとしているのです。それぞれのやり方で感謝の意を伝える為に……」


蛇提督「……感謝は良いとして、そこまで時間を掛ける必要性があるようには俺には思えんな」


それでもやはり艦娘達はもっと自分の事を考えるべきだ。

他人に構っている場合ではない。


扶桑 「提督、私は思うんです。人が感謝をするのは、もう一度前を向くためにするのだと」


蛇提督「ほう」


思わぬ意見が出たので、それに耳を傾けてみることにする。


扶桑 「ここに至るまで、たくさんの辛いことがありました。目を背けたくなった事もたくさんありました……ですが、それも全て、この勝利の為にあったと感じています」


まあ確かに、前任の件が無かったら、俺は牢から出ることも、横須賀鎮守府の提督として配属される話も無かっただろう。


扶桑 「今の私達がこうしていられるのは、他の皆の努力、そして他ならぬ提督が私達を導いて下さったおかげ」


蛇提督(導くか……)


確かあの人にも、似たような事を言われたな。


扶桑 「ですが、この勝利はきっと始まりなのでしょう。やっと私達はスタート地点に立っただけなのです」


それまで穏やかな表情で語っていた扶桑がキリッとした表情を見せた。


扶桑 「これからまた新たな戦いが始まる予感があるからこそ、過去に起きた全てに感謝して、改めて前を向くために私達はしているのです」


蛇提督「ふむ……」


切々と語りかける扶桑を見て、そういうことなら許してもいいのかなと、ふと俺は思ってしまった。


扶桑 「ですからどうか……例え今、一時の感情であったとしても、私達の思いを受け止めてもらえないでしょうか?」


山城 「姉様……」


蛇提督「……」


俺は少し躊躇ったが、正直反論する余地は無かった。

扶桑は俺が思っていた以上に、自分の事、艦娘達の事を考えていたからだ。


俺はフゥーっとため息にも似た息を吐いてから、返答した。


蛇提督「……わかった。善処しよう」


扶桑 「ありがとうございます!」


内心は複雑だった。

けれども、山城が心なしか微笑んでいるようにも見えたせいもあるのか、

言葉を交わさないその場でも、和やかな雰囲気が漂っていたのだった。





・天龍、龍田の場合



蛇提督「……ん?」


それまで、珍しくぐっすり寝ていたようだった俺は、微かに気配を感じて目を覚ます。


天龍 「うお!? やべっ!?」


なんだか妙に距離が近かったような天龍が、俺が目を覚ましたことに驚いて一歩下がったように見えた。


天龍 「すまねぇ、起こしちまったか?」


蛇提督「いや、そんなことはない」


そう言いながら俺は上体を起こす。


天龍 「おい、無理して起きなくていいんだぞ?」


蛇提督「ずっと横にしたままだと、体が痛くなるからな。問題ない」


やれやれ、という感じに呆れている天龍を見ながら、俺は気になった事を質問する。


蛇提督「で、今さっき何をしていたんだ?」


天龍 「ふえっ!? な、何の話だ?」


蛇提督「俺の顔を覗き込んでいたようだったが、何か顔についているのか?」


と、俺は左手で顔のあちこちを触ってみる。


天龍 「い…いや、別に…だな……」


天龍は、ばつが悪そうにして答えられない。


蛇提督「どうした?」


俺から見たら、天龍のそれはどこか怪しいので、追求してみる。


天龍 「いや、その……お前の寝顔って……案外普通だよな……」


蛇提督「……は?」


何を言っているのか理解できなかった。


天龍 「べ、別に! 他に意味は無いぞ! 無いからな!?」


そんなに怒られても、本当に意味が分からないので考えようがない。

だが天龍は妙に焦っている。何かやましいことでもしていたのだろうか。

しかも、寝顔の事を言っていたが、俺が寝ている間にしばらく見ていたというのだろうか。

だが、何の為に?――そうして俺はある一つの答えに辿り着く。


蛇提督「まさか…お前……」


天龍 「な、何だ……?」


一瞬、天龍がビクッとする。間違いない。


蛇提督「俺の顔に……いたずらでもしようとしたのか?!」


天龍 「何でだよっ!!」


おや? この感じはハズレか?


天龍 「オレを何だと思ってるんだ?!! ガキじゃねえんだからよ!!」


蛇提督「うむ……それもそうか……」


どうやら俺は、まだ寝ぼけているようだ。


天龍 「プフッ……ハハハ!」


今度は急に笑い出した……。

一体全体どうなってるんだ?


天龍 「いや〜わりぃわりぃ……前にもな、似たような事があって思い出しちまったんだ」


蛇提督「似たような事?」


天龍 「ああ、あいつと一緒にいた時にな……」


「あいつ」それはきっと小豆提督の事だろう。失笑してしまうほど、それだけ彼女にとって彼は大切な人であり、彼との日々はかけがえのないものだったのだろう。

それを裏付けるように、今の彼女は、懐かしむ表情をしており穏やかな笑みを浮かべている。


天龍 「なあ……気づいたんだ、オレ……」


蛇提督「ん?」


天龍 「この前、オレ達のこと、希望って言ってくれたろう?」


蛇提督「厳密には俺の知人だがな」


自分で言ったこととはいえ、蒸し返されると恥ずかしい。


天龍 「あいつは最後まで、艦娘と人間の仲が良くなることを願ってた。その為にオレ達を大切に扱うことで、オレ達の凄さと強さをアピールしようとしたんだ」


蛇提督「樹実提督も実践した方法だったな」


天龍 「ああ、使い捨てのように使っては艦娘の真の力を引き出せない。人間と同じように、一人一人を大切に育てれば、艦娘自身の良さも分かるようになる。そう思ってあいつらは自ら示そうとしてたんだ」


蛇提督「彼らの功績も相まって、他の提督にも同じように実践する者が現れるようになった」


天龍 「そうなんだ。あれを見てて、最初の頃は夢物語だと思ってたことが、本当に叶うんじゃないかって思ったんだ」


なるほど……そう彼らが見えたのなら、艦娘達にとって彼らは希望だな……。


天龍 「でもな……先に希望を見出していたのは、あいつの方だったんだ」


蛇提督「一体、何を?」


天龍 「前にあいつ、オレにこんな事を言ってた事があったんだ」




小豆提督『だからな、まず第一に考えないといけないのは、艦娘達が元気かどうかだ。いつも前向きな奴って魅力的に見えるだろう?――辛い戦いが続く中で、それでもひた向きに頑張っているお前らを見れば、心打たれるものがあると思うんだ。……俺もその一人だったから』




天龍 「最初にあいつは、オレ達を見て希望を見出していたんだ……あいつがどんなに辛くても最後までめげずに戦えたのも、きっとそれがあったからなんだ……」


小豆提督もまた、あの人と同じように艦娘から何かしらを感じ取っていたのだろうか……。


天龍 「オレ……あいつが信じていた可能性も、希望も、自ら断とうとしていたんだな……あまつさえ、あいつの叶えようとした夢すら切り捨てようとしていた」


自分のしてきたことを悔いるような表情を見せたが、パッと切り替え、こちらを真っ直ぐ見つめる。


天龍 「だから……ありがとうな。提督のおかげで、オレは大事なもの、見失わずに済んだんだ」


蛇提督「別に……一人で勝手に突っ走って、勝手に死んでもらっては困るだけだ」


ああ、それだけだ。それだけのはずなんだ。


天龍 「へへっ! お前も本当、素直じゃなえな!」


ニシシっと天龍に笑われる。

でも、この笑顔は知っている。嘲笑う笑いではなく、人を見て楽しんでいる笑いだ。


天龍 「お、そろそろ出撃の時間かな。んじゃあ、行ってくるわ!」


蛇提督「ああ、油断はするなよ」


天龍 「わかってるって! オレは、世界水準軽く超えてる性能と装備を持ってるんだからな!」


(そんな情報初めて聞いたぞ……)と思いながら、天龍が元気よく部屋から出ていくのを俺は見送った。


それから俺はしばらくしてから、また眠りについた。

どれだけ眠っていたか分からないほどの時間が経った頃、俺はまた、何となく自分の近くに気配を感じる。


蛇提督「……んあ?」


まだ、まどろみの中、ボヤけた視界に入ったのは、黒い制服と紫がかった黒髪。


蛇提督「……天龍、またお前、人の顔を覗いて……」


と、起き上がってみると、


龍田 「あらぁ〜、誰と勘違いしているのかしらぁ〜?」


蛇提督「え?」


声が全然違うことに驚いた俺は、目を擦ってもう一度見ると、そこには天龍ではなく龍田が立っていたのだ。


蛇提督「ああ…龍田の方だったか、すまない」


龍田 「いいのよぉ〜、起こしてしまった私の方もいけないしぃ。ねえ、それより……」


と言って俺に一歩近づいて、顔を近づけて迫ってくる。


龍田 「さっき、天龍ちゃんがどうのこうのって言っていたけど…何のことかしらぁ?」


その微笑みには、誰も逆らえそうにないな、と思いながら、天龍が俺の寝顔を覗いていたこととその感想を龍田に話した。


龍田 「ふぅ〜ん、そんな事があったんだぁ。これは良い事を聞いたわぁ♪」


その悪い意味で楽しそうな、妖しくも艶めかしい龍田の微笑みを見た俺は、(やべ…話さない方が良かったか……)と思った。


蛇提督「あまり天龍をいじめるなよ。再起したばかりなのだろう?」


と言ったら、龍田は不意を突かれたように目を少し丸くして、こちらを見ている。


龍田 「あなたが、そんな事を言うとわねぇ〜」


そう言われて俺もハッとする。

自分でも思ってた以上に、天龍の事を気にしていたことに驚いた。

この前に天龍の話を聞いたせいだろうか。


龍田 「まぁ、そんなに驚くことでもないわねぇ。むしろ良い傾向なのかしら」


(良い傾向って何だ……)と龍田の意味深な言葉に、理解ができなかった。


龍田 「それよりも、あなたにはちゃんとお礼を言わなくちゃって思ってたのよ」


蛇提督(龍田がお礼だと…!?)


他の艦娘にはともかく、俺に対しては絶対に言わないって思っていたのだが。


龍田 「なぁ〜んか、今、とても失礼なことを言われた気がするのだけれどぉ?」


蛇提督(ギクッ!? こいつ、俺の心でも読んだのか!?)


こういう時でも微笑みを崩さない龍田の表情は怖いの一言に尽きる。


蛇提督「そ…それで、礼というのは?」


龍田 「その天龍ちゃんのことについてよ」


龍田が言うには、天龍は以前よりも元気になったそうだ。

他から見れば、大して変わった様には見えないが、一言で言うのならば、自棄(ヤケ)にならなくなった、だそうだ。

古鷹の時と同じく、小豆提督のことを思い出せば、悲しい表情を見せることが多かったが、今は彼の事を思い出しても楽しそうなのであると。


龍田 「武蔵達から聞いたわぁ。私達は希望なんだって? 天龍ちゃんがそれに感動して泣いちゃったことも聞かせてもらったわぁ」


蛇提督「…え? 聞いてしまったのか?」


龍田 「私に限らず、ここのみんなは、もう知ってるわよぉ〜」


何ということだ……ここ最近、艦娘達の様子がおかしいのは、それが原因ではないだろうか……。


龍田 「きっとその言葉で、天龍ちゃん自身も小豆提督に大切にされた存在であったことを思い出したようね。小豆提督が亡くなってから、無茶ばかりするようになってたから心配だったのよ」


蛇提督「フン……まあ、一番問題児だった奴が大人しくなったことは、俺としても嬉しい限りだな」


龍田 「だから……仕方がない状況だったとはいえ、天龍ちゃんが一人残ったって話を聞いた時、凄く…怖かった……」


さっきまで微笑んでいた龍田は、急に俯き暗い表情を見せた。

その変わりぶりに、俺は驚きながらも耳を傾ける。


龍田 「きっとあそこで……天龍ちゃんを失っていたら……今度こそ私は……二度と立ち上がれなかったと思うの……」


そして龍田は俯いていた顔を上げて、俺を真っ直ぐ見る。


龍田 「だから……本当に、ありがとう……あなたには、感謝しています」


そう言うと、龍田は深々と頭を下げた。


龍田の気持ちは分かったけども、見ていた俺はどうにも体中がむず痒くなってきた。


蛇提督「そこまでする必要なんてない。あの場はあれしか方法が無くて、たまたま俺だけしかできなかっただけのことだ」


龍田 「それでも、一人の艦娘の命を助けるのに全力をかけてくれたことに、私は嬉しかったの」


蛇提督「これからも必要な戦力、それだけだ」


俺は鼻であしらいながら、そっぽを向いた。

というより、今、龍田の顔を見たくなくて、条件反射でそうしたかもしれない。


龍田 「フフ……あなたって本当に、素直じゃないわねぇ」


蛇提督(いや、だから……どうしてお前らは……)


天龍もだったが、どうやら俺は、素直じゃない人間として思われているようだ。

自分で正直な人間だとまでは言わないが、言っていることと思っていることが違うと思われて、妙な解釈されるのも癪に触るのである。


蛇提督「だがまあ、これで間宮を勝手に危ない目にあわせたツケはこれでチャラということだな」


龍田 「あらぁ〜、誰がそんなこと言ったのかしらぁ?」


蛇提督「……え?」


龍田 「それとこれとは別よぉ。私はあなたに借りができたけど、間宮さんの件に関しては別の形でツケを払ってもらわないと」


ウフフッと笑っている龍田は、明らかに楽しんでいる。


蛇提督「いや、なぜだ!? そもそも間宮はその件に関しては気にしてないって当の本人が言ってただろ?!」


龍田 「間宮さんが許しても、私は許さないわぁ」


蛇提督「お前が俺を脅したいだけしか見えないがな……」


龍田 「フフ……そうそう天龍ちゃんの胸を触ったこともあるから、そっちも含めないとねぇ」


蛇提督「ぐっ……」


龍田 「借りが一つ、貸しが二つ、かしらぁ。さて、どうしましょうかぁ〜」


何だか力関係すら変わり始めている気がする。

この先も龍田には骨が折れそうだ……先が思いやられる……。

それにしても、「借り」や「貸し」の話をすると、あの人とのやり取りを思い出す。

あの人も、目の前の龍田のように、楽しそうにしていたな……。


そして、その日の夕食は、どうにも喉が通らなかった俺だった。





・大和、武蔵の場合




大和 「提督、大和です。昼食をお持ちしました」


退屈を極めていた俺の所に大和がやってきた。

部屋に入ってきたのは、本当に大和一人で、いつも持ってくる間宮の姿が無かった。


蛇提督「間宮はどうしたんだ?」


大和 「あ…えっと…今、他の方達の昼食作りで手が離せない状況なので……」


蛇提督「そうなのか?」


間宮はどんなに忙しくとも、俺の食事時間は欠かさずやってきていた。

他の艦娘の話を聞く限りじゃ、ここに来てからかなり忙しそうだということだ。

掃除、洗濯、料理、はたまた夕張の手伝いまで。

俺の見ていないところで、せっせとやってくれているらしい。


そんな間宮が大和に頼むなんて珍しい。

もしかしたら今、艦娘達が帰還していて追加で作っているのかもしれない。


大和 「はい、ですから今回は私が作ってみました。もちろん間宮さんからご指導させてもらいました」


と、出された料理は、いつも間宮が作ってくれている雑炊のようだ。


良かった……。今回は大和だから、いつも間宮に食べさせられている恥ずかしいひと時はないであろう。これでゆっくり一人で食べられる。


大和 「では、冷めないうちに……」


そう言っておぼんに乗せた雑炊を、間宮の時と同じく台の上に置く。

そして俺の隣のちょっと空いたスペースに大和がちょこっと座る。


蛇提督(ん!?)


間宮がすぐそばで座ってくる時もドキッとしてしまうが、大和もまた別格だ。

一瞬ではあるが、彼女の匂いとかがふんわり鼻に入ってくる。

いつも艤装をつけ、ひと度砲撃が始まれば、硝煙の臭いを纏わせて戦う姿と打って変わり、

今は本当に……一言で言うなら女の匂いだ。芳しい匂いは触ってもいないのに柔らかい感触すら感じさせる。


いや! 今はこれに浸っている場合ではない!


蛇提督「……大和、まさかとは思うが」


そう言った瞬間、それとなくやろうとしていた大和がピクッと止まって、急に緊張した態度を見せる。


大和 「あ、えっと……いつも間宮さんがこうしてらっしゃるようなので、私もそうした方が良いと思った次第で……」


大和は何故か妙に畏っていて、声も上ずっている。


蛇提督「いや…間宮にも言っているが、俺は一人でも食べれる」


大和 「で、ですが…まだ右手は使えないのでしょう?」


蛇提督「ま、まあ、そうだが……」


大和 「右手が使えるようになるまでは、提督には一人で食べさせないでと、間宮さんが仰っていました」


どこまで彼女は過保護なのだろうと、呆れてしまう。

だが、あんな事もあった後だ。本人の事情もあって、少々、過敏になっているのだろうけど。


大和 「で…ですから、きょ…今日は、わ、私がさせてもらいますね……」


さっきよりも緊張しているようだ。というより、何かを意識しすぎている気がする。

あー、そういうことか!


蛇提督「ふむ…大和よ、もしかしてお前、恥ずかしいんじゃないのか?」


大和 「ふえ!?」


うむ、この驚き方。間違いない。


蛇提督「やはりそうか。わかるぞ、その気持ち。俺も間宮に散々されて慣れてきてしまったが、恥ずかしいことに変わりはない」


大和 「え…えっと……」


蛇提督「だが、大和よ、無理する必要はない。そんな恥ずかしいことをしなくて良いのだ」


大和 「……」


よし! 何も言い返さなくなったぞ。このまま押し切って一人で食事できるように説得してしまおう。


蛇提督「間宮はああいうことが得意なのかもしれないが、大和は不得意そうだから無理してやらなくていいのだ」


大和 「…!」


蛇提督「さあ、そのスプーンをこちらに渡すのだ。あとは戻っていいぞ」


と、手を差し伸べて、これで終わり………………に、なるはずだった。


大和 「……いいえ」


蛇提督「え?」


大和 「やります。私だって…できます!」


上ずった声ではなくなり、何故だか今度は、覚悟を決めたような顔付きになってしまった。

いや、意地になっている?

ともかく、今の大和の心境が読めない。


そうこうしているうちに、大和はスプーンで一口分掬うと、それを俺の前へと差し出す。


大和 「そ…それでは提督、ど…どうぞ」


蛇提督「あ……ああ……」


もう何というか、間宮の時とは違う意味で逆らってはいけない雰囲気だ。

スプーンを持っている大和の手は、わずかに震えている。それでも大和は、真剣な表情で真っ直ぐ俺を見るのだ。


そうして俺も意を決して、スプーンを口の中へと招き入れる。


蛇提督「……ん……」


モグモグして味わうことに集中して、「あーん」して入れられたことは考えないようにした。


大和 「ど…どうですか?」


蛇提督「うん……美味いな」


大和 「そうですか!? 良かった〜」


大和の表情がパアァっと明るくなって、とても嬉しそうだ。

どうやら、味が合うかどうかも気になっていたようだ。


大和 「まだいけるのでしたら、どうぞ」


嬉しくてたまらないのか、先程のような緊張も無くなり、また次の一口を差し出す。

もうこうなってくると、嫌とは言えず、大人しく食べさせられるのだった。


武蔵 「お! 楽しそうにしているではないか!」


いきなり部屋の扉が開かれ、武蔵が堂々と入ってくる。

俺と大和は二人して、武蔵の言葉にビクッと驚く。


武蔵 「間宮から、大和が食事作りを買って出たと聞いてな」


買って出た? 間宮が忙しいから代わりを頼まれたのではなくて?

俺は武蔵の言葉と大和が言っていたことに差異を感じる。


大和 「もう! 武蔵! 入るならノックをしてから入ってよ!」


武蔵 「ノックをしようがしなかろうが、変わらんだろ? それに決定的瞬間を見たくてな」


大和 「やっぱりそっちが目的じゃない!」


話を聞く限りでは、武蔵は大和を茶化しに来たということだけは分かった。

その証拠に、ククッと笑っている武蔵に対して、大和が顔を赤くして怒っている。


武蔵 「して、提督よ。体の具合はどうだ?」


蛇提督「順調に回復している。一人でも歩けるようになってきたからな」


武蔵 「それは良かった! また、提督の下で戦えるのが待ち遠しいからな。近頃は気がはやって仕方がないのだ」


待ち遠しい? 天龍に次いで、人から命令されるの嫌いそうなタイプに見える武蔵が?


蛇提督「俺のことは、気に食わなかったんじゃないのか?」


武蔵 「フフ…最初はな…。だが、元帥が言っていた通り、提督は我らを一番うまく扱えると信じることにしたのだ。やはり元帥の目は間違っていなかった」


蛇提督「どうだろうな……一番押し付けやすい相手だっただけかもしれんぞ?」


正直、押し付けてきたのが元帥だったということが、俺は気に食わない。

時々、奴の考えが分からないからだ。


武蔵 「あの男はいつもあんな調子だが、本当はかなり合理的な男だぞ? それに誰かに責任を押し付けたいだけに安易なことをする奴でもない」


蛇提督「そうだな……」


ああ、わかっている……。牢から出され、初めて奴と対面した時から薄々感じていた。


武蔵 「それに私も、これまでの提督を見て信頼に足りうると判断した。私が相棒と呼ぶに相応しい!」


蛇提督、大和「「相棒!?」」


俺はともかく、大和まで驚いていた。


武蔵 「ああ、これからはそう呼ばせてもらうぞ! 命を預けてもいいと思った相手ならば相棒と呼ぶのに、何ら違和感は無いであろう」


俺は大アリだ。いくら武蔵が前に俺の事を「希望」だと思ったとしても、相棒と呼び合うほどの間柄ではなかろう。

それに簡単に命を預けてもらっても困る。指示に従うことは大事だが、指示をする相手に盲信的になるのは度がいきすぎている。


蛇提督「……良いのか? 私は元帥と艦娘達とは、今だけ利害が一致しているに過ぎないのだ。例の事件のように見捨てるかもしれんぞ?」


だから俺は不安を煽ることにした。例の事件についての不安は払拭してないはずだ。

武蔵がここで怯めば、俺の為に命を賭けようなどと馬鹿げた考えを改めさせ、相棒呼びもやめさせよう。


武蔵 「フフ……ハハハハ!」


だが武蔵は、そんな俺の思惑を吹き飛ばすように笑う。


武蔵 「その時は、この武蔵の人を見る目が無かったと潔く諦めて、腹を切るとしよう!」


蛇提督「な……」


こうも清々しく言われてしまうと、人としても男としても、何か負けた気がした。

この後の武蔵への言葉責めの計画が総崩れになってしまった。


大和 「腹を切るって…あなた…」


武蔵 「ん? 昔の日本武士は、責任を取る時は腹を切っていたと聞いたぞ」


大和 「ああ…元帥の家にいた時の影響ね……」


前から武蔵の事をどこか「豪傑な侍」と呼んでもいいなと思うことがしばしばあったが、どうやら彼女の元々持ってたものに、さらに外からの刺激でそうなったようだ。


武蔵 「私が言いたかったのはそれだけだ。あとは二人でゆっくりしていてくれたまえ。またな、相棒!」


颯爽と立ち去る武蔵に、俺は呆然としていた。


大和 「んもう……武蔵ったら……」


大和も呆れている様子だが、俺とは違って、満更でもない顔をしているように見えた。


大和 「あの……提督……」


武蔵がいなくなって部屋が静かになったところで、大和は何故か態度を改める。


大和 「私は提督に……謝らないといけません……」


蛇提督「何だ、突然…?」


大和 「私達は最初、提督が邪魔者扱いしているのだと思っていたんです……」


蛇提督「まあ……めんどくさい奴らが来たとは思っていたがな……」


大和 「そう思われるのも無理はありません。提督に指摘されて初めて気づいたのです……私達は死に急いでいるのだと……」


俺がそれに気づくきっかけとなったのは、今話している大和だ。

彼女が瓦礫を眺めるその雰囲気が、かつての自分によく似ていたのだと、後で気づいた。


あの時……身代わりが俺であったならば、どんなに良かったか……。

そう何度も考えたことがあったからな。


武蔵についても、最初は「超弩級戦艦」とか「海軍の切り札」などと呼ばれていたせいもあって、名誉や肩書きにこだわる奴かと疑ったこともあったが、むしろ大和と同じであることに気づいた。

違うのは、後悔の念に囚われた時に対する感情表現が違っただけなのだと。


大和 「ですが、提督は私達がそんな後悔の念に囚われているのを見抜き、払拭して頂いたばかりではなく、私達がどうすればちゃんと戦えるのか、本当に考えてくださいました」


蛇提督「フン……元帥から直接言われ預けられたのだ。存外に扱ったら、何言われるか分からんだろ……」


元帥もこっちの作戦内容を先に把握した上で、大和達をこちらに託したのだから、考えあってのものだと俺は思っている。


大和 「本当に……提督には感謝の念に堪えません」


そう言って大和は深々と頭を下げる。


蛇提督「……やめてくれ、それは大袈裟だ。俺はあくまで仕事としてやっただけなのだからな」


そのはずだ。決して、大和の姿を見て、同情したわけではない。


大和 「ですが、提督は私達の事を希望だと仰ってくれましたーー嬉しかったんです…本当に…」


蛇提督「――それならば、感謝するなら俺ではなく、それを言った人にするんだな」


大和 「フフ…そうかもしれませんね」


俺の突っ張った態度にも、大和は優しく微笑んでくる。


大和 「提督、不束者ですが、これからもよろしくお願いします」


蛇提督「ぐっ…!」


未熟な部下が上司に対して言う挨拶でも使われる言葉だが、目の前の美しくも優雅な女性に言われると、そっちの話にも聞こえてしまって、一瞬、頭と胸に強い衝撃が走った。


大和 「どうしたのですか?」


蛇提督「――なんでもない!」


そんな事を悟られたくなくて、ちょっとムキになってしまう。


大和 「あ、すみません、話が長くなってしまいました。料理が冷め切ってしまう前に召し上がって下さい」


蛇提督(げっ!?)


しまった、食べさせられている途中だってこと、すっかり忘れていた。


大和 「はい、では提督、どうぞ」


ニコニコしている大和の顔を、俺は恥ずかしくて見ていられなかった。


この分だと、先程の武蔵同様、例の事件に対して不安を感じていないのだろう。

つまりそれは間宮と同じく、彼女達も事件の真相が違うことを勘付いているのかもしれない。

まあ、「艦娘は希望」なんて言ったしまったら、そりゃあ、事件の内容とは矛盾を感じても無理からぬこと。

――やはり、言ったのは失敗だったかもしれん。自分で自分の計画を壊しているのだからな。


それに元帥も……奴もまた真相に気づいているのだろう。

そう考えれば、奴のこれまでの俺に対する対応も納得する。

そう思うと、奴がいつかは艦娘達に真相をバラすんじゃないかと心配になる。


大和 「提督……お一つ、疑問に残っていることが……」


唐突に大和が、神妙な顔つきで何かを聞こうとしてくる。


大和 「あの時――私に怒った理由ってーー」


蛇提督「ん?」


大和 「――いえ、やっぱりいいです! さあ、もう一口」


蛇提督「――ああ」


なぜ助けたかという話の時か……。

そんなの……貴重な資源を無駄に使いたく……。

いや、そうではないのだろうな。

俺が条件反射のように怒ったのは、俺があの人から受け継いだ思いからだ。

元から俺にあったものではないが、あの人との約束を守る為には必要なことだったと、それだけは後悔していない。


今も楽しそうに俺を見ている大和を見ながら、(今の大和を見れば、あの人も喜ぶだろうか……)と思いながら、俺は食事をするのだった。






・青葉、衣笠の場合



青葉 「ではでは、貴重な時間を頂けたので、早速、質問をしていこうと思います!」


昼食を食べ終えた後ぐらいだった。

前日に青葉が一人で部屋にやってきて、自分が出撃しない時間の時に、一対一で取材をしたいと言うものだから俺は承諾することにした。


蛇提督(青葉は俺の事を疑っているようだからな……)


おおかた、この取材も当初の目標だった硫黄島攻略が終わり、大規模作戦の一段落したところで、直接、俺に探りを入れようという魂胆だろ。

腹の探り合いになりそうだなーーーー。


青葉 「ではまず一つ目、無事に作戦を終えて、今後はどのようにしていく考えですか?」


至って普通の質問だが、今後の俺の行動を探ろうとしているのだろうな。


蛇提督「今回の戦いで、新しい課題も見つけられたからな。今後の作戦を遂行していく上で更なる練度向上を図りつつ、艦隊を動かしていくつもりだ」


青葉 「その課題とは?」


蛇提督「夜戦だ」


ここまでの道中で、昼戦はうまく戦えていたものの夜戦に関してはまだ不安点が多いことに気づいた。

泊地棲姫戦では夜になるまでに撃破できたものの、あのまま夜戦に突入していたら危なかったかもしれない。

今後もあのような敵を相手にすることを考えれば、夜戦の戦術をもう一度見直すべきと踏んだ。

幸い古鷹や加古、青葉に衣笠は、樹実提督の下、夜戦を主体に戦ってきた経歴があるため彼女達が中心となって話を進めようと思う。


青葉 「確かに、ここのメンバーの中で夜戦の経験が多いのは私達ですね〜」


蛇提督「そうだろ? 夜戦はリスクも大きいが、駆逐艦でも活躍できる可能性を秘めている。これからの作戦に欠かせないものとなるだろう」


青葉 「そういうことでしたら、お任せください! 青葉、頑張っちゃいます!」


蛇提督「あ…ああ……」


なんだ? 随分と嬉しそうにしている……。

それとも、こちらを油断させるための演技か?


青葉 「では、次の質問………………」


この後の質問は、今回の戦いでMVPは誰かとか、良かった点や悪い点など、特に俺の秘密にしていることに関しては直接聞いてくることは無かった。


青葉 「ではでは、今度は質問の内容を変えていきましょう」


蛇提督「ん?」


青葉 「木村さんとは、どんな関係なんですか?」


蛇提督(来たな……)


普通の質問である程度、俺が話してくれるようになったところで、本題に入ってくるつもりか。


蛇提督「あいつは俺にとって、悪友だな」


青葉 「ほう、それはどうしてまた?」


蛇提督「あいつはお調子者で女の尻ばかり追いかける癖がある。見ての通りのいわゆるチャラ男だ。俺はああいう性格が軽い奴は嫌いだ」


青葉 「そうですよね〜。見た感じ、木村さんと司令官は性格が反対な気がしますね〜」


蛇提督「ああ、その通りだ」


青葉 「それは、女性であっても同じですか?」


青葉の思いもよらぬ質問に俺は意図が読めず、「どういうことだ?」と聞き返す。


青葉 「軽い感じの女性は嫌いって事ですか?」


蛇提督「まぁ…そうだな。話すことはあっても、好きにはならんだろ」


青葉の意図が読めないまま、とりあえず俺は正直に思った事を話す。


青葉 「そうですか……。あ、すみません。話が逸れてしまいました」


一体何だったんだろうと俺は訝しむが、追求はしなかった。

それよりも次の青葉の質問に備えることに考えを集中させる。


青葉 「小林さんから、木村さんは中森さんがいた時は彼女を狙っていたという話を聞きましたが?」


小林の奴……昔の俺達の事、どこまで話したんだ……。


蛇提督「ああ、あの人に想い人がいると知っていても、きっとチャンスがあると狙っていたのは本当だ。あいつにとって、本命だったようだからな」


他の女には抱かない特別な感情があったからこそ、今でもあいつはあの人の意志を引き継いで戦っている。


青葉 「木村さんと知り合った頃に中森さんとも知り合ったのだと伺っていますが?」


蛇提督「ああ…中森さんは養成学校の保険医も兼任していたからな。木村もよく仕事の話で養成学校の方に足を運んでいたんだ」


本当はあの人に会ったのが最初だったが、ここで話す気はない。


青葉 「そういう提督は、どうだったのですか?」


蛇提督「何がだ?」


青葉 「中森さんのこと、どう思っていたのですか?」


蛇提督「……」


俺はそう聞かれて少し考えていた。

思い浮かべるは、あの人のいろんな表情だったーーーー。

楽しそうな顔、怒っている顔、面白がっている顔、悲しい顔、切なそうな顔…………。

どれも忘れられない表情だーーあの人の一つ一つが、俺にとって新鮮だった。


蛇提督「不思議な、人だな」


青葉 「それは…どういう意味ですか?」


蛇提督「他の人に比べて変わった考えを持った人だったな。やはり研究者であるが故か」


青葉 「どういうところが変わっていると?」


随分と突っ込んでくるな……。

青葉は“あの時”に、散々、中森さんとはどういう人かというのを知ったと思うがな。


蛇提督「そういうことなら、俺より青葉の方が知っていると思うがな」


青葉 「それもそうですが、青葉としては司令官から見た中森さんの印象を知りたいのですよ」


蛇提督「どうしてまた?」


青葉 「先日の司令官が仰った『艦娘は希望』という言葉、あれは中森さんが話したことなのではないかと推測しているのですが?」


うーん……やはり分かってしまったか……。

小林から俺の交友関係を聞ければ、自ずと誰が言った話なのか想像がつく。

やはり、天龍に話したのは失敗だったかもしれん……。


青葉 「青葉はそれを聞いた時、すぐに中森さんを思い出しました。あの方は第一に艦娘、第二に艦娘と考えていらっしゃる方でしたから」


蛇提督「ああ…その通りだ…」


青葉 「彼女からそのような話を聞いていたということは、司令官と中森さんもまた、それなりの深いつながりであったと、私は思っています」


青葉は真剣な眼差しで、俺をまっすぐ見つめて自分の考えを言う。

その眼差しは、最初の頃、俺の粗を探すような目付きとは違っていたような気がした。


でもこれで彼女の狙いが分かった。

どうやら俺と中森さんの関係がどういうものだったかを調べたいようだ。


あの事件の戦死者名簿は今も残っていると木村が言っていたし、俺が木村と関わりがあると分かれば、俺と中森さんにも何かしらの関係があると、自然と辿り着くはずだ。

実際、どんな関係だったか深く聞かれたくないところだ。


蛇提督「……確かに付き合いはあったが、あの人もかなりおしゃべりなタイプだったから、延々と彼女の話に付き合わされていただけの関係にすぎんよ」


大した繋がりは無いと誤魔化すつもりだが、多分これでは諦めないはずだ。


青葉 「彼らの研究内容ですが……艦娘の生態と能力、そして……深海棲艦との関連性。そう聞きましたが、間違いないですか?」


蛇提督「ああ…俺が聞いた限りじゃ、そのはずだ」


青葉 「司令官もそれに一枚、関与しているのではないですか?」


この質問……まさかとは思うが、例の事件と関係していると気づいているんじゃないだろうな……。


蛇提督「――この前も木村と何か企んでいるんじゃないかって聞いてたな?」


青葉 「はい、司令官は改二の事や艦娘特有のあの現象についても随分な興味を示しているではないですか。司令官もその研究に協力しているのではないですか?」


蛇提督「適切な艦隊運営をする為に、艦娘そのものを知る必要があったからな、その一環に過ぎんさ。まあ、散々あの人から艦娘の話を聞かされていたのが、今は役に立っているわけだがな」


青葉 「その割には、『艦娘は希望』なんて中森さんの勘なのでしょう? それすらも信じているのなら、相当、司令官は彼女を信頼していたのではないですか?」


蛇提督「彼女が話していたことは、こうして提督として艦娘と関わるようになってその内容のほとんどが合っていると実感できているからな。よく参考にさせてもらっているだけさ」


ああ……俺が艦娘に甘いのも、散々あの人に艦娘の話を聞かされたせいだと信じたい。


蛇提督「それにな、天龍の時は彼女がこれ以上勝手な行動を取らないようにする為に、彼女の言葉を借りただけ……方便に過ぎんさ」


フッと笑って見せて、彼女との関係も誤魔化しながら、ついでに自分の都合の良いように言葉を使っているだけだと思わせる。

これで、「艦娘は希望」なんて言った提督はやはり自分の為に使ったんだと、青葉を通して他に伝えてもらえれば、それで良し。

これまでの彼女達との距離感も少しは修正されるはずだ。


青葉 「……そうですか。――それではまた、ちょっと話を変えさせてもらいましょう!」


よしよし…この件についてはこれ以上の追求を諦めたな……。

今度はどんなことを聞いてくる?


青葉 「それでは……司令官の好みのタイプは何でしょうか?!」


蛇提督「…………は?」


青葉 「理想の女性像って奴ですよ! 結婚相手や恋人にするならズバリ?!」


俺は意味不明すぎて呆然としていた。話の変わり方がちょっとどころじゃない。

これは……何かを狙っての質問なのか?

それとも俺を油断させる為の罠なのか?


青葉 「樹実提督にも、よく聞いた質問ですが、なかなか答えてもらえないんですよね〜」


蛇提督「……そもそも、俺を見た女は皆逃げていってしまうから、結婚どころか恋人すらできないと思っているがな」


青葉 「それでも、もしできるとしたら、なんて考えた事がなかったんですか?」


蛇提督(…んまぁ、あの人に対して抱かなかったわけじゃ……)


いや、待て!? これはそういうことか!

青葉はあの人の事をよく知っている……つまり俺が、こういう女性ならばというような回答をした時に、それがあの人と該当するものが多ければ、少なくとも俺があの人に対して特別な感情を持っていたと言質を取る事ができる質問だったのか。

ふむ……危うく罠に引っかかるところだった。


青葉 「もしも思いつかないのであれば、艦娘の中から理想に近い娘を選ぶのはどうでしょう?」


つまり……あの人に近い性格の艦娘を選ぶと、アウトということか。

だが、誰がアウトか分からない……。あの人は色んな面を持ち合わせていたから、今の彼女達に似ているとも言えば、違うとも言える。

それに、俺が思っているあの人と青葉が思っているあの人は印象が違うかもしれない。

そう考えると益々正解が分からない。

さて…どうしたものか……。


青葉 「我が鎮守府の艦娘だけでも、個性豊かな性格が勢揃い!――1人くらいはいるんじゃないでしょうか〜?」


ニマニマと笑う青葉は、明らかに怪しい企みをしている。

やはり、この質問はそういったものだろう。


だがどうする……。

そもそも俺は隙あれば、胸やら何やら触ってくる変態という認識が、あの時の天龍の時から彼女達にはあるはずだ。

そうなると、「無い」と答えると、それはそれで矛盾をきたすのではないか?

自分の“役目”を全うしようとする以上、少しでも嫌われる要素を増やしといた方がいい。

そうなれば、少しふざけ気味に言うのもありか……。


そう考えて、今か今かと待っている青葉を見て思いつく。


蛇提督「そうだな…………衣笠とかかな」


青葉 「なんと!? それはまたどうして?!」


蛇提督「うーん…なんだかんだ言えば、触らせてもらえそうだからかな」


ここで俺お得意の、ニヤッと笑う。

俺の笑顔は、誰が見ても不気味だと思うだろうと、木村が言っていたからな。


青葉 「っ!?」


フッ…絶句しているな、思惑通りだ。

自分の身内に魔の手が迫っていると思えば、いろんな意味で危機感と気味悪さを感じるはずだ。

ここの艦娘達は、揃いに揃って姉妹仲が良い。効果はかなりあるはずだ。


青葉 「なるほど……一理ありますね〜」


蛇提督「……え?」


なんか……思っていた反応と違う。


青葉 「ガサは、ああ見えて肉食ですからね〜。司令官が見抜いていたとは……」


肉食? 肉が好きなのが、何か関係しているのか?


青葉 「でも、そういう理由でしたら間宮さんでもいけそうな気がしますが……意外でしたね……てっきり司令官の好みは間宮さんだと思っていたんですが……」


え? なぜここで間宮の名前が?

青葉にとってのあの人の印象は、間宮が一番近いということだったのか?


青葉 「つまり司令官はーーいつも元気いっぱいで、気遣いができて、隣で励ましてくれる人という事ですか……」


いつの間にか、変な解釈をされている。

このままでは、俺の思惑とは違う方向へ行きかねないな。

ここは一つに絞らず、ただ弄びたいだけなんだと思わせる方がいいだろう。


蛇提督「違うな、からかいやすい奴がいいなって話だ。そういった意味では、天龍や暁、龍驤は恰好の的だな」


ニィっと笑って、いかにも面白がっているだけだと思わせようとするのだが、


青葉 「なるほどーー弄りやすい娘の方が、親近感が出やすいという事ですね……」


おい……本当に、目の前にいるのは、青葉なのか……。

さっきから解釈がおかしくないか? 俺の言葉に随分真剣に考えて、メモまで取っているが、逆に俺の話をちゃんと聞いているのか危ういんだが……。


衣笠 「青葉っっ!!!」


扉をバーーンと開けて入ってきたのは、衣笠だった。

かなり顔を赤くして、既に御立腹のようだ。


青葉 「ふえっ!? ガサ!!? どうしてここに?!!」


衣笠 「怪しいと思って帰ってきてみれば、やっぱりここにいた!」


衣笠の話では、なんと青葉は哨戒任務中に艤装の故障を偽って艦隊から抜けてきたらしい。

共に出撃していた龍田も出撃前から青葉の行動を不審に思っていたので、衣笠にこっそり帰ってみろと言い、衣笠は先に戻ってきたようだ。


衣笠 「みんなとの話し合いで、青葉は取材禁止って決まったの、忘れたのっ?!」


え? 禁止? なぜそんな取り決めを?


青葉 「青葉から取材を取ったら、何も残らないじゃないですか!! 青葉だけあんまりです!!」


彼女の言い分も分かる気がするが……。

確かに言われてみれば、青葉だけ、俺が目覚めてからここ数日、この部屋に来ることが無かったな。


衣笠 「青葉、龍田から言われてるんだ。もしこの部屋にこっそり来ているようなら……最上級のお仕置きをしなくちゃってね……」


青葉 「ヒイィィィッッ!! それだけは遠慮しておきますぅぅ!!」


最上級のお仕置きってなんだ……。


衣笠 「間宮さんも古鷹も珍しく、かなり怒ってたよ……あとでみんなから尋問受けるかもね。――そうそう私も聞きたいことがあるんだ〜」  


そう言って衣笠はポンと両手を青葉の両肩に置く。

衣笠にしては珍しい笑い方だ。口角は上がってるけど、目が全然笑っていない。


青葉 「へ…へえ〜……ガサが聞きたい事があるなんて……一体何でしょう〜」


衣笠の表情に気圧されて、青葉の顔が引きつっている。

その青葉に、さらに顔を近づけて衣笠は言う。


衣笠 「『ああ見えて肉食』って、どういうことかな〜?」


青葉 「っ!? 聞いてたんですか!? 一体いつから!?」


衣笠 「そんなことはどうでもいいでしょう!! さ、行くよ!!」


青葉 「あっ! ああああぁぁ! お助けぇぇぇ〜!!」


なぜか青葉は俺に助けを求めながら、衣笠に引きづられて行った。

俺はただただ、その様子を呆然と眺めるだけだった。


嵐が過ぎ去った後のような静けさが、部屋を包む。

しばらくすると、誰かが扉をノックする。


衣笠 「あの……提督……入ってもいいかな……?」


どうやら衣笠が戻ってきたようだ。俺は許可する。


衣笠 「……」


なぜか扉越しに顔だけ覗かせてから、恐る恐る入る。

さっきとは全然違う雰囲気だ。


衣笠 「えっと……提督……その……」


いつもの元気が無く、何かを言おうとしているようだが、どこか恥じらっている。


そういえば衣笠は、先ほどまでの俺と青葉との会話を聞いていた節があった。

もしかしたら、そのことかもしれないな。


衣笠 「何か勘違いをしているようだから、言うんだけど……」


蛇提督「何だ?」


衣笠 「き…衣笠さんは……提督が思ってるほど、軽い女じゃないからねっ!!」


ようやく出てきた言葉は、俺に対する抗議だった。


蛇提督(ふむ……効果はあったようだな……)


元々、彼女達との距離感が近すぎると思った上で、嫌な言葉を青葉に送ったのだ。

衣笠は自分が甘く見られていることに怒っているようだ。

そういう衣笠もここ最近、他の艦娘に比べても、妙に距離感が近かったから、ちょうど良かったかもしれない。

俺が良からぬ事を考えているからと、再度警戒してくれれば、それでいいはずだ。


衣笠 「――ねぇ? 提督、聞いてるの?」


蛇提督「ああ、聞いているとも。まさか聞かれてたとは思わなかったがな」


衣笠 「――ま、まぁ……衣笠さんも盗み聞きなんて、らしくないことをしたとは思ったけどさ……」


そう言う衣笠は、俺から目を逸らして、なぜか申し訳なさそうな顔をする。


衣笠 「うーん…………」


衣笠は急に唸りながら何かを考え始めたと思ったら、そばに置いてあった椅子をベッドのそばまで持ってきて、そのまま座り込んでしまった。


蛇提督「…………何をやっているんだ……お前は?」


衣笠の行動に唖然としていた俺は、衣笠の不可思議な行動の目的を聞こうする。

だが、その質問を聞いているのかそうじゃないのか、「ねぇ…提督ってさ……」と

衣笠は切り出す。


衣笠 「……趣味…とかある?」


また突拍子もない質問に、俺はちょっと引きながらも「どうしてそんなことを聞く?」と尋ねる。


衣笠 「ほら…その……よく考えてみたら、私達って提督の事、よく知らないでしょ?――これからも互いにお世話になるし、そういうのも必要かなって……」


蛇提督「そんなの必要のないことだ」


そう……俺と艦娘は“命令する者”と“命令される者”だけであるべきだ。

それ以上でもそれ以下でもないーーそれが互いの為になると俺は思っている。


衣笠 「いや! 必要のあることだよ!」


やけにきっぱり反論する衣笠に、俺は少し冷たく「どうしてそう思う?」と問う。


衣笠 「え…えっと……それは……」


衣笠の狼狽ぶりに、(勢いだけで口から出任せだったか)と俺が思っていた時に、

衣笠はハッと思いついたような表情を見せてから言い返してくる。


衣笠 「ほら、私達が提督の話や指示をいちいち聞き返さなくても、提督がどういう事を考える人なのかをよく理解していれば、余計な説明は要らなくなるじゃない?――意思疎通が早ければ、作戦遂行時も普段の日課でも早くできるようになると思うのよね!」


衣笠のちょっと無理した笑顔が、この意見が苦し紛れに思いついたものだと何となく予想がつく。

が、しかしーー衣笠の言うことにも一理ある。


蛇提督「……まあ確かに、俺の言っている事を瞬時に理解してくれるようになってくれれば、余計な負担が少しは減るというものだ」


衣笠 「でしょでしょ!? だからさっきの質問はその一環なのよ!」


蛇提督「うーむ……」


それでも俺は気が進まなかった。


衣笠 「――提督だって、私達一人一人の事を把握しようとするよね。それはどうして?」


蛇提督「それは……艦隊編成の材料、戦略と戦術の考察に欠かせないものだからだ」


衣笠 「そうでしょ、その為に提督は私達一人一人の性格や考えていることを知ろうとする。提督だって、もう既にやっている事なんだよ!」


そう言われてしまえば、その通りだ。思いつきで言った割には筋が通っている。

自分が既に実践してしまっているのに、自分以外の者がやろうとするのを一方的に止める権利はないということだ。


蛇提督「……そういうことなら、仕方ない」


結局、俺が折れる形となった。


衣笠 「よしっ!」


蛇提督「何か言ったか?」


衣笠 「ううん、何でもない!」


衣笠が小さくガッツポーズを取ったようにも見えたが、そんなに俺に、口で勝ったことが嬉しかったのだろうか?


蛇提督「……暇な時は読書をしていることが多いかな」


衣笠 「どんなジャンルの本を読むの?」


蛇提督「――主に、哲学や心理学の類だな」


衣笠 「う……難しそうなの読むんだね……?」


蛇提督「個人的に興味があるからな。――それにそういうのを読んで、いろんな人の考え方を学んでいるのさ。そこに科学的な根拠もあれば、なお説得力がある」


衣笠 「ああ〜なるほど〜。提督がいろんな人や出来事の本質を見抜こうとするのは、そういうところで育んでるんだ〜」


蛇提督「まぁ……そうとも言える」


衣笠 「他のジャンルは読まないの?」


蛇提督「子供の頃は、時々、小説を読んでいたがな」


衣笠 「へぇ〜、どんなもの?」


蛇提督「推理ものや冒険ものだな。人の感情を理解するなら物語を読むのが手っ取り早いからな」


衣笠 「ああ……なるほどねぇ……」


何故だか、衣笠が妙な反応をする。

気になったが、本人に直接聞こうとまでは思わなかった。


衣笠 「他に好きなことは?」


蛇提督「将棋が好きだな……もう最近はやる相手がいないから久しくやってないが……」


衣笠 「あ! そうなんだ! 懐かしいな、樹実提督と小豆提督もよく将棋指してたよ」


蛇提督「っ!!」


俺はまた樹実提督と一緒にされるのかと過剰に反応してしまった。


衣笠 「あっ、違うよ! そういう意味じゃないよ!」


衣笠は俺が何に反応したのかわかっているのか、「……そういう意味ではないというのは?」と聞き返してみる。


衣笠 「えっと…前に古鷹が、樹実提督と似てるって話をしたら怒られたって聞いたからさ……」


どうやら先日、古鷹に『樹実提督に似ている』と言われたことで、俺が感情的になった時の事を衣笠は聞いたようだ。


しかし怖いものだ。

あの時の事は俺にとって些細な事だと思っていたが、彼女らはそういうことも共有したくなるのだろうか。

女性というのは、そういうところがあると聞いたことがあるが、今の俺にとって、そうやって悪い噂を広めてもらえれば好都合なのだが……。


衣笠 「――あと……それとね……」


衣笠が急にモジモジし始める。

今度は何を言うのだろうか……。


衣笠 「衣笠さんは……樹実提督の事を尊敬はしてたけど、それ以上では無かったし……むしろ古鷹や青葉を応援してたわけで……」


それはつまり、衣笠は樹実提督に対して特別な感情を抱いていたわけではないということかーーまあ、その方が古鷹達のように執着することが無いのであれば、それに越したことはない……。

というか、何故俺はこんな話を聞いているんだ……?


衣笠 「だからね……男なら誰に対してもこんな感じじゃ……な、無いからね!」


ふむ……つまり、俺が思っているほど、ガードが固いという話か。

まあ、そもそも提督の艦娘に対するセクハラ行為は禁止されているとはいえ、艦娘側が隙を見せるような行為はして欲しくない。

艦娘が皆、金剛のようであると思いたくはない……。


蛇提督「ふむ…そうか」


衣笠 「じゃ…じゃあ、今度はね……!」


それからというもの、俺はしばらく衣笠から質問をされ、回答をし、その事についてまた話す、ということを繰り返した。

その内容は、(本当にこれが役に立つのか?)と内心思うばかりだったが、衣笠の質問に対応し続ける。


だが俺はふと思い出した。

あの人も、こんな風に俺の事についてよく聞いてきた気がする。

女性と話したことなんて母以外ほとんど無かった俺だったからこそ、あの人との会話も新鮮な事ばかりだった。

そして何より覚えていることは、その話している時の顔が、今の衣笠と同じく、とても楽しそうだということだ。


女性は話すこと自体が好きなのだと、何かの本に書いてあった。

こんな俺と話して何が面白いのかと疑うばかりだが、一つ言えることは人間の女性も艦娘も変わらないということだ。

『話せば話すほど、艦娘は普通の女の子にしか見えないんだから』というのはあの人の受け売りだが、今も同感せざるを得ない。


――『あなたは本当の所、あの娘達をどう思ってるの?』――


あの日、そんなことをあの人から聞かれた気がする。

あの時もそうだったが、俺は今もその質問に対して答えることができない。

でもそんなの、俺には関係ない。

今俺がこうして生かされているのも、提督としてここにいるのも、あの人との“約束”を守る為にあるのだと強く感じている。

だからそこに、俺の感情なんて必要ない。

“約束”を果たすまでは、この命ある限り、戦い続けるつもりなのだから……。





――――海軍本部 元帥の部屋――――




元帥 「こんにちは。よく来てくれたね、ここまで来るのは大変だったろう」


元帥は爽やかな笑顔で、彼の目の前にいる三人の艦娘を歓迎する。


時雨 「元帥、この度は僕達のわがままを聞いて頂き、ありがとうございます」


その三人とは舞鶴鎮守府にいたはずだった時雨、夕立、由良であった。


由良 「ありがとうございます」

夕立 「ありがとう、っぽい……じゃなくて、です!」


元帥 「ハハハ、大丈夫だよ! 君もそこまで畏まらなくていいからね」


時雨 「は…はい。ありがとうございます……」


時雨達は今の元帥に会うのは初めてだった。

初めて会った元帥を見て、少し気後れしている雰囲気だった。


大淀 (まさか、この日が来るなんて……)


例の事件に関わった彼女達が、その時の真相を知っているであろう今の元帥とこうして邂逅する時が来るなんて、思ってもみなかった大淀。

ただそれよりも、大淀が驚いていることがもう一つ。

この会見が、“元帥の方から彼女達を呼び出した”事になっていること。

表向きの理由としては、元帥が改二になった噂の艦娘を一目見てみたいからというもの。

それは、大淀に届いた時雨からの手紙に書いてあった提案だった。

そうまでして、この会見をカモフラージュしたい理由があるという事だった。


時雨 「元帥…こうしてお会いして頂いたのは、直接お願いしたいことがありまして……」


元帥 「ほう、それは奇遇だ。私もちょうど、君達にお願いしたいことがあったんだ」


由良 「……お願いしたいこと?」


時雨 「命令ではなくて、ですか?」


元帥 「そう! だから君達の意思次第で断ることもできる。――だがまずは君達の話を聞かせてもらおう」


時雨 「はい……それでは……」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




元帥 「……よし、大淀君。早速、手配を頼む」


大淀 「畏まりました!!」


指示を受けた大淀は、まるで一刻を争うように急いで部屋を出て行った。


時雨 「でも元帥……本当に良いんですか?」


そう聞かれた元帥は、静かに瞼を閉じて深刻な顔をする。


元帥 「……あの事件に関しては、私にも責任がある。今さら罪滅しができるとは思っちゃいないが、人間何事もけじめは必要だ」


元帥の言葉に、三人は黙って真剣に聞いていた。


元帥 「君達も我慢できなくなったんだろ? このままではいけないと……」


元帥はゆっくり目を開けて、三人を見る。

その目には確かに、強い意志が宿っているように見えた。


元帥 「前を向いて歩き出すために……その覚悟を持って、私に会いに来たーー違うかね?」


そう聞かれた三人は一度、再確認するように互いの顔を見つめてから、元帥に再び向き直る。


時雨 夕立 由良「「「はい!!」」」


元帥 「うむ、良い目だ」


元帥はそんな彼女達を見て、満足そうな笑顔を見せるのだった。













後書き

続きをこちらに載せようと思ったけど、動作が重くなるのと文章が長くなってしまいそうな予感がしてPart6へ移行。
誤字修正だけに留めました。
次回は新章突入といった感じになり、蛇提督の秘密や真相も明かしていけたらなと思います。


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