蛇提督と追いつめられた鎮守府 Part3
「蛇提督と追いつめられた鎮守府」の続き、part3です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、艦娘の中には聞いていた人物像と違うのではと戸惑う者も…。
果たして彼と彼女達の行く末は…?
*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。
それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。
間違いがあった事に気づき修正。
雷の着任した日が雷の台詞では「三日前」
小田切提督の台詞では「昨日」になってたので、「三日前」に修正。ごめんなさい。2021/8?
更新のついでに所々あった誤字を修正。他にも見つかれば随時修正します。2021 11/11
怒張→怒号 などの誤字修正。
調べたら意味が全然違うやんけ…恥ずかしい…。2023 2/15
―――横須賀鎮守府 食堂―――
間宮 「さあ皆さん、お昼ご飯が出来ましたよ。」
昼食時、鎮守府にいる艦娘全員が食堂に集まっていた。
今朝方、突如、鎮守府にやってきた間宮が皆に料理を振る舞っていた。
出された料理は肉じゃがをメインとした和風の定食もの。
天龍 「おほー!間宮さんの料理、何年ぶりだろうか!」
龍田 「すごく久しぶりねぇ。」
艦娘達各々が「いただきます」を言い一斉に食べ始める。
暁 「とっても美味しいわ!」
雷 「私、こんな美味しいの初めて食べたわ!」
電 「香りもいいのです!」
響 「ハラショー!」
初霜 「これはどんな味付けしているのでしょうか…?」
扶桑 「これが噂の間宮さんの味ですか…。」
山城 「ま…まあ…お姉様が作る料理の次に美味しいわね。」
夕張 「う〜ん。この味、懐かしい〜。」
龍驤 「ほんま、間宮さんの料理、なんべん食べても飽きへんわ〜。」
古鷹 「前より美味しくなってる気がする!」
加古 「やっぱり古鷹もそう思う?」
間宮の料理は好評だった。
間宮 「フフッ。まだ少し多めに作ってありますのでおかわりしたいかたはどうぞ。」
美味しそうに食べるみんなを見て、微笑む間宮。
天龍 「しかしよー。間宮さんが朝、ここに来た時は驚いたぜ。」
龍田 「本当にあの間宮さんなのですかぁ?」
間宮 「はい。お二人のことはよく覚えてますよ。よく小豆提督の所へ遊びに来ては小豆提督をおちょくったりして楽しんでいたではないですか。」
間宮は微笑みながら答える。
龍田 「それを覚えてるということは、間違いないのですねぇ…。」
天龍 「…。」
天龍は食事をしていた手を止めて、神妙な顔をして黙ってしまっている。
間宮 「どうしたのですか、天龍さん?」
天龍 「間宮さん…本当に…生きていてくれて良かったよ…。」
そう言う天龍の目には涙が浮かんでいる。
龍田 「あら、天龍ちゃん。また泣き出しちゃうのぉ?」クスッ
実は朝、間宮が皆と顔を合わせた時、一番泣いて喜んだのは天龍だった。
龍田もびっくりしていたが、他のメンバーも天龍の意外な一面を見て驚いていたのだった。
間宮 「私の方こそずっと生きていた事を隠していたこと謝らせてもらいます。」
そういう間宮もその時の天龍を見て、こんなにも自分の事を心配していた事に内心驚いていたが、覚えていてもらってた事にとても嬉しかったのであった。
天龍 「いや…あの時の事…。ずっと俺達も悔やんでいたんだ。あの時、異動せずに残っていれば、まだ何か出来たんじゃないかって…。」
間宮 「でも、異動のことは上からの命令ですよね?仕方がなかったのではないですか?」
天龍 「それはそうなんだが…。それでも…。」
龍田 「あの時、パラオ泊地が危ない事を知って、すぐに提督のもとへ行って、泊地へ戻りたいと訴えたのだけどぉ…そうさせてはもらえませんでしたぁ。」
間宮 「無理もありません…。そちらの任務の方が重要でしたから…。」
龍田 「ええ…。」
天龍 「…。」
三人のやりとりをそばで皆と見ていた扶桑はあの時の響の言葉を思い出していた。
『助けたくても助けられなかった人、死に損なった人、それぞれが不幸な目にあって、そしてここにいる。』
この三人もまたその内の一人なのだと扶桑は思っていた。
山城 「姉様、どうかされたのですか?」
扶桑の神妙な面持ちに気づいた山城が心配して尋ねる。
扶桑 「ううん…。なんでもないわ。大丈夫よ、山城。」
山城 「そうですか…。」
無理をしているような笑顔ではないため、山城はそれ以上は聞かなかった。
古鷹 「それにしても提督が会っていた若い女の人というのは、間宮さんのことだったんだよね?」
ギクッとする加古。
夕張 「嘘をついてたってことよね?」
うっ…と肩が縮こまる加古。
龍驤 「しかもツインテールっちゅうおおボラ吹きおってからに!」
やはりそこが一番気になっていた龍驤は激おこである。
加古 「ご…ごめん〜。」
頭抱えてしゃがみ込んでしまう。
間宮 「待ってください。私が口止めをお願いしたのです。加古さんは悪くありません。」
響 「どうして口止めをしてたんだい?」
間宮 「やる事があったの。小豆提督に託された約束を果たすために…。それでも、もしも私が生きている事を知られれば、強制的に戻されるって思ってたの。」
雷 「その約束、果たせたの?」
間宮 「ええ。ここの提督さんと加古さんのおかげで…。」
加古 「私は何もしてないよ〜。」
間宮 「それでもお二人には感謝しても仕切れません。もしもお二人に会わなかったら、私はきっとあの場所でずっと立ち止まったまま前に進むことも後に戻ることも出来なかったのですから。」
加古 「それに関しては、今朝提督が間宮さんに言ってた通りだと思うよ。」
間宮 「ええ…。」
電 「何を言われたのですか?」
間宮 「えっと…それはね…。」
間宮は今朝自分がこの鎮守府へとやってきた時の事を話し出した。
――――今朝 執務室――――
間宮 「間宮です。本日よりここでお世話になります。よろしくお願いします!」
加古 「やったぁー!これからずっと間宮さんの料理を毎日食べられるわけだ!」
間宮 「そういうことになりますね。」
蛇提督「…。」
加古 「あれ?提督、嬉しくないの?」
蛇提督「いや…どうしてここを選んだのだ?元帥から間宮自身が希望してここを選んだと聞いているが…。」
間宮 「元帥からお伺いしてますよ。食料や食材で悩んでる事を。だからそれについて私がお役に立てると思ったのです。」
間宮 「(本当は提督の事をもっと知りたいと思ったからというのは内緒です。)」
蛇提督「なぜ?」
間宮 「実は私の店に食材を提供して頂いた人達が、私がここに来ても引き続き提供してくれることになったのです。」
蛇提督「な!?それは本当なのか?」
間宮 「はい。元帥にも許可はもらってます。軍の経費で買い取ることにしてくれるそうです。もし無ければ提督の給料から天引きすればいいっと仰っていましたが…。」
蛇提督「(あいつ…。)」
間宮 「さすがにそれはお断りしようとしたのですが…。」
蛇提督「いや、むしろその方が良いだろ。それならば同じ軍の関係者から批判を浴びずに済む。後で元帥にそう伝えておこう。」
間宮 「すみません。私が勝手な事をしてしまったばかりに。」
蛇提督「いや、間宮には感謝してる。あの人達をよく説得出来たものだ。」
間宮 「あの方達も地域の人に売るだけでは、利益が少ないですから。軍という安定した顧客ができるのは、あの方達にとって悪くない話なのです。」
蛇提督「だが、あの店で会ったあの人も個人的に海軍に恨みがあるような感じだったが?」
間宮 「はい…。だから私は自分が艦娘である事を話しました。」
加古 「え!?話したの!?」
蛇提督「それで、どういう反応されたのだ?」
間宮 「最初は驚きを隠せないようでした。その後、私があの場所に店を構えて留まっていた理由も話して、受け入れてもらえたようでした。…間宮ちゃんが艦娘でも間宮ちゃんは間宮ちゃんだと。」
蛇提督「そうか。」
加古 「あの人がわかってくれて良かったよ。」
間宮 「ですから食料や食材の管理は私がします。もちろんあちらの備蓄を買い占めたりしないよう調整しながら発注します。」
蛇提督「助かる。間宮のおかげで、この食料問題を解決できそうだ。」
間宮 「いえ…。このくらい、私がお二人から受けた恩に比べたら微々たるものです。」
蛇提督「恩?」
間宮 「はい。お二人に出会わなかったら私はきっとあそこであのままずっと後悔をし続けたまま、動く事もできずにいたでしょう。」
加古 「私は何も…。」
間宮 「いえ、加古さんは変わらず明るく接して私を心配してくださいましたし、提督にはいろいろと諭してもらい、あの場所から引っ張り出してくださいました。もう一度前を向く事ができるようになったのは、お二人のおかげなのです。」
加古 「提督が引っ張り出したっというのは同感だな。」
蛇提督「いや、間宮が前を向けるようになったのは、別の理由だ。」
間宮 「?」
蛇提督「これから死ぬかもしれない戦いに身を投じる前だというのに、それでもあなたの事を心配して応援しようとした小豆提督の想いがあってのことだ。死んでしまった今でもその想いは消える事なく時を超えてあなたの心を突き動かしたのだろう。」
間宮 「はい…。その通りだと思います。」
間宮は嬉しそうに笑うのだった。
その隣で見ていた加古は、
加古 「(この人、こんな事も言うんだな…。)」
真顔で無表情でありながら、
意外とロマンチックな事を言った蛇提督に驚いていた加古だった。
―――現在 食堂―――
龍驤 「そないな事があったんか…。」
しばらく、そばにいた全員が沈黙していた。
各々、思うところがあるのだろう。
加古 「今回、私、あの提督のそばでずっと見てたけど、あの人の話す事ややること見てたら、なんだかそんなに悪い人じゃないんじゃないかって思ったよ。」
天龍 「だがよ、あいつはそれこそ、余計な詮索はせず俺の言うことだけ聞いていればいいんだと言ってたじゃないか。その時、加古もあの場にいただろ?」
加古 「そりゃあ…そうなんだけど…。」
響 「その話…私はその場にいなかったけど、本当なの?」
天龍 「ああ。あと俺のおかげでお前達は生きているんだ、その気になれば消す事も簡単にできるってぬかしやがった。これのどこが悪い人じゃないんだよ?」
加古 「それはあの時、私が間宮さんの事をバラしそうになったから、提督があえて大袈裟な演技をして誤魔化したんだって言ってたんだ。」
古鷹 「え?そうだったの?」
加古 「まあ…互いの立場をはっきりさせるためにあの場を利用したってのも本当なんだけどさ…。」
天龍 「やっぱり本当のことも言ってたんじゃねえか。」
間宮 「あの…私は加古さんから少ししかここの鎮守府で起きた事を聞いただけなのですけど、これまでの経緯、教えていただけませんか?特にあの提督がここに着任した時からの事を。」
龍田 「ええ…良いわぁ。」
その後、間宮はここにいる艦娘全員から口々にこれまでの経緯を聞いた。
そしてそのついでに蛇提督が罪を犯し、投獄されるきっかけとなった例の事件の事を知ってる限りの情報も聞いたのだった。
天龍 「そういうことだ。あいつは絶対に信用しちゃいけないんだ。」
山城 「お姉様も私も今回は解体を免れたけど、今度それが無いとは限らないわ。」
扶桑 「でも山城、あの方はそれこそ大ぴらに言ったわけではないけど、私を解体するつもりなんて最初から無かったのではないかと思うの。私を考え直させるようなことばかり質問してきたし…。」
山城 「ですが扶桑姉様…!」
龍驤 「ああ…その話やけど、ちょっと扶桑に質問してもええか?」
山城の反論を止めるように龍驤が話を遮る形で、扶桑に聞く。
扶桑 「なんでしょうか?」
龍驤 「あんな早朝に執務室にわざわざ行ったのは何をするために行ったんや?」
扶桑 「それは…解体申請書が本部から届いたから、申請書にサインをするために行ったのですが?」
龍驤 「ああ…やっぱし…。」
加古 「何がやっぱしなのさ?」
前に龍驤が言いかけたことであるから気になって仕方がないようだった。
古鷹 「それ!?本当なんですか!?」
古鷹は何かに気づいたようだった。
扶桑 「ええ…そうですが…。」
山城 「それがどうしたっていうの?」
龍驤 「秘書艦をやった事がない扶桑や山城は知らんかもしれんがな…。元々、解体は各鎮守府の提督が自己責任の下で行われるものや。本部に報告する義務はあるけど、それは事後報告で構わないはずや。」
天龍 「は?そうだったけか?」
龍田 「そういえばそうでしたわねぇ…。」
龍驤 「それにな…ウチら艦娘に人権はない。その鎮守府の提督の命令が絶対やから、解体を決めるときに解体される本人の同意は必要ないんや。」
扶桑、山城「「!?」」
夕張 「でもそれなら、あの提督が着任する頃に解体するための手続きが変わったって事ない?今少しでも戦力を残しておきたいだろうからさ。」
龍驤 「その可能性もあったやからな、ちょっと前に衣笠に頼んどいたんや。」
龍驤が衣笠の方へと顔を向け、
龍驤 「ほんでどうやったんや?返事は返ってきたんやろ?」
衣笠 「うん…返ってきたよ…。」
皆の視線が衣笠に向く中、衣笠はその視線を気にしながら話を続ける。
衣笠 「青葉を通して大淀に、今、解体の制度がそうなったのかって聞いてもらったんだ。解体の制限自体は本部から指示を出してるけど、申請書の発行とか艦娘のサインを必要とすることなんてしてないってさ…。」
その場で聞いていた皆が一瞬固まった。
にわかに信じがたい事だったが、元帥付きの秘書艦である大淀が言うのならば間違いはないはずだ。
扶桑 「では提督は嘘をついていたという事ですか?」
龍驤 「そういうことになるやろな。」
龍驤は腕組みをして肯定する。
山城 「でも一体何のために?」
初霜 「それはきっと考え直す時間を作るためですよ。」
暁 「どういうこと?」
初霜 「扶桑さんも言ってたではないですか。考え直させるような質問をしてきたって。即座に解体する話にならないように、その為の時間稼ぎをするため咄嗟に思いついて言ったのではないでしょうか?」
龍驤 「ほんならウチらに扶桑達のことを聞いて回った時のことも辻褄があうな。」
山城 「何があうのよ?」
龍驤 「あえて不審がられるように、わざと聞いていたんやな。扶桑の解体を匂わせることで、ウチらの方から扶桑を説得させようとしたか…。もしかしたら古鷹の時と同じ状況を作ろうとしたんやないか?」
古鷹 「え?私の時?」
龍驤 「あの時、真っ先に天龍と龍田が止めに行ったやろ?扶桑のことなら山城も黙っちゃいないはずと読んで、あの状況をもう一度作って扶桑を説得する場を設けようとしたのやもな。」
響 「もしかしたら扶桑の部屋で扶桑と司令官が二人だけで話してた時、山城がこっそり聞いていたのを気づいていたかもね。あの朝の時も私達が執務室の外で隠れているのを確認するようにチラッと見てから、扶桑に質問を始めていたから。」
山城 「…!」
そういえばあの時、解体という二文字を聞いたときについ驚いて音を立ててしまったが、
あいつは気づかなかったようだったからそのまま聞いていたけど…。
その後、翌朝に姉様が執務室に行くという話を聞いたんだった…。
と、山城は思い返していた。
天龍 「だけど、ちゃんと申請書はあったじゃんか?扶桑だって目の前で見たんだろ?」
扶桑 「はい…。それは確かに見ましたが…。」
龍驤 「嘘だとバレんように即席で作ったんやろな。最後、破いていたやろ?もしかしたらまた解体の話があるかもしれへんのに、わざわざ見せるように破いてしまうのは変やと思ったんや。あのゴミ探してもきっと見つからないで。見たらバレるやろから。」
扶桑 「ではやはり、あの方は最初から解体するつもりはなかったということですね?」
古鷹 「そういうことなんだろうね…。」
天龍 「でもそれなら、なんでそんな回りくどいやり方したんだよ?」
雷 「そうよ。その気が無かったんなら最初からダメって言えばいいじゃない。」
山城 「自分の言うことだけ聞いていればいいって言ってたのなら尚更ね。」
響 「それなら司令官。解体を強制的に否定する方法はいくらでもあるけど、それでは意味が無いんだって言ってた。戦意がない者を無理に出したところで、それこそ取り返しのつかない事が起きるって言ってた。説得をしたいのなら自分たちでしろって。」
夕張 「ちょっと待って!響、あなたそれどこで聞いたの?」
電 「そうです。私も知らないのです。」
響 「実はね…。」
響は朝、扶桑が執務室に行った日の前日の夜に、一人で蛇提督に扶桑の説得をお願いしに行った時の事を、その場にいる全員に話した。
そして、あの例の不死鳥の例えも蛇提督の受け売りであったことも話したのだった。
響 「私は思ったよ。司令官は本当は優しい人なんだって。少なくとも私達をただの兵器や道具って思ってるわけじゃない。ちゃんと心を持った存在なんだと思ってると思うんだ。」
扶桑 「そうだったのですか…。」
天龍 「…。」
龍田 「…。」
山城 「…。」
蛇提督に対して一番反抗的な三人も言葉が出なかった。
雷 「(響が変わった理由ってこれね。)」
電 「(司令官とそんな事が…。)」
暁 「(最近、響。明るくなったもんね…。)」
あの灯台の下での響と蛇提督のやり取りを思い出しながら、暁姉妹達はそれぞれが響の変化の理由に納得しているようだった。
加古 「そうだ。あとこんな事も言ってたよ。…傷だらけの状態から立ち上がろうとする時、とても勇気がいるんだって。でも手を引っ張ってくれたり支えてくれたりする仲間がいれば…いると実感できるだけで大きく違うんだって。」
間宮 「それは私の時に言ってくださった言葉ですね。」
古鷹 「それって…。」
加古 「それを聞いて私、扶桑と山城の事をどう思ってるのか他のみんなに聞いて回った理由って、これだって思ったよ。私達が本当に助け合える仲間かどうか試してたんだよ。」
龍驤 「ほう。そういうことやったか。」
古鷹 「私も…。」
古鷹が何かを言いかける。
古鷹 「私が取り乱して起こしてしまったあの件の後、謹慎処分にされたけど、あれは私を休ませるためにそうしたんだって思う。それにその事で謝りに行った時、あの人…恥じることはないって言ってくれたんだ。」
加古 「恥じることはない?」
古鷹 「悲しい事があってもそれを抱えて生きていかないといけないのは人間も同じ。だから恥じることはないんだって…。」
加古 「それが古鷹が変わったきっかけなんだね。」
古鷹 「うん…。」
加古はあの時、古鷹が提督に会いに行き、行く前と後で雰囲気が変わった気がしたのは気のせいではなかったのだと思った。
古鷹 「だからもう一度頑張ってみようって思ったの。樹実提督が私達のために戦ってくれたように私もその意志を引き継ぐんだって…。」
衣笠 「古鷹…。」
古鷹の目は強く決意に満ちた眼差しだった。
龍驤 「ああ…ウチもな…。」
バツが悪いのか、頭の後ろをかきながら龍驤も話し出す。
龍驤 「何ちゅうか司令官に励まされたことあるねん。」
夕張 「励まされた?」
龍驤 「昔のことで気になって悩んでた事あったんやけど、それをあの司令官の前でポロッと言ってしまったんねん。怒られると思うとったけど、真剣な顔で励まされたんや。」
初霜 「龍驤さんも私と似ていますね。」
加古 「初霜も?」
初霜 「私の時は慰めてくれた、と言った方がいいですかね。」
扶桑 「どのように?」
初霜 「私は時々昔の記憶を夢で見る事があるんです。それで夜中目が覚めてしまったのですが、偶然にも執務室に灯りが付いてるのに気づいて行ってみたんです。少しの間、提督の書類作業を手伝っていたんですが、急に私が悪い夢を見た事を言い当てました。その後、どこかに行ったと思ったら、ほうじ茶をご自分で持ってきて、怖い夢を見た時は温かいものでも飲んで落ち着くのが持論だと仰って私に飲ませてくれました。」
山城 「あいつがそんな事を…。」
初霜 「まるで自分もそういう事があるような感じでした。」
その後のやり取りのことも話そうと思ったが、それはまたの機会にしようと思った。
あの時の言葉をまだ自分の中だけのものにしたいと初霜は思ったのだった。
夕張 「前にも言ったかもしれないけど、私から見ても不審なところはないわ。私の時に食料と食材の問題を解決しようとして動いて最初はダメだったけど、結局のところ間宮さんを説得してここに来てくれたことである程度解決したし…何だかんだで真面目にやってるのよね。」
実は古鷹の一件について、突っかかったこともあったけど、あの提督は怒ることも怒鳴ることもしなかった。
今思えばこちらの意見と思いを聞いた上で、冷静に自分の意見を言っていた気がした。
それに自分が発明の趣味がある事を知っても、それを咎める事をせず、黙認してくれている。
おかげで以前より罪悪感を感じたりするような気が重くなる事が無くなった気がする。
そう思うと以前古鷹が「そういう人かもしれない」と言った意味が、他の娘の話も聞いてわかるような気がする。
彼には確かに優しい部分がある。
また一同は静まり返った。
蛇提督に関わる今までのことをそれぞれが思い返してるようだ。
夕張 「そういえばもう一人、扶桑さんの件以来から様子がおかしいのがいるよねー?」
語尾が終わり切る前にその者に目をやる夕張。
皆も心当たりある娘を一斉に見る。
衣笠 「えっ!?」
皆が夕張の声に合わせて衣笠を見るので、本人はビックリして後ずさる。
夕張 「さあ、あの提督に何言われたのか、喋ってもらおうかしら。」
衣笠 「わ…私は…何も…。」
加古 「隠したって無駄だよ。みんなわかってるんだから。」
衣笠 「…。」
衣笠はしばらく言いたくないと黙っていたが、やがて皆の視線の圧に押され、
衣笠 「ああ!わかったわよ!言うわよ!」
観念して少しため息をしながら、いったん心を落ち着かせ、
衣笠 「そうあれは…一人で廊下を歩いてる時に提督と鉢合わせしてさ…。」
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蛇提督「衣笠か。ちょうど良かった。」
衣笠 「はい?なんでしょう?」
衣笠 「(うわぁ…なんだろう…出撃した時の事かな…嫌なこと言われなければいいけど…。)」
心の中で鉢合わせしてしまったことを後悔してる衣笠。
蛇提督「衣笠は扶桑と山城が不幸艦と呼ばれてる事を知っているか?」
衣笠 「(え?唐突に何を聞いているのこの人は?)」
衣笠 「はい。聞いたことありますが…。」
蛇提督「それについてどう思っているんだ?」
衣笠 「私はそんな悪い噂信じてません。迷信です。」
衣笠 「(まさか…この人…!)」
蛇提督「だが今回の出撃で響が命の危険にさらされた。しかもそれは扶桑を庇ってのことだと報告を受けてる。今回の出撃をその目で見てきて扶桑にはそれがないと断言できるのか?」
衣笠 「(やっぱり…今回の一件を扶桑さんの責任にするつもりかしら…!)」
衣笠 「当たり前です!そういうことは戦場に出ればよくあることです!そんな迷信があるからといって、決して扶桑さんの責任ではありません!私も不注意だったので私にも責任はあります。」
蛇提督「そうか…。では衣笠自身は扶桑の事をどのように思っているのだ?」
衣笠 「それは…扶桑さんは私達にとって大事な仲間ですし、あの主砲の火力はとても頼りになるし…。」
そう言いながら衣笠はあの出撃の最中、昼時に皆で輪になって話していた時のこと。
急な突風が吹いて、扶桑が髪を押さえつつも風で靡く扶桑の髪や扶桑のたたずまいを思い出していた。
衣笠 「扶桑さんってとても綺麗ですよね…。大人の女性というか、神秘的というか…。髪もだけど、雰囲気が良いっていうか、私もあんな風になれたらな…。」
今までずっと気にしていた事がつい言葉に出てしまっていた。
それだけ衣笠は扶桑に憧れていたし、ずっと自分とのギャップに悩んでいたのだった。
蛇提督「…!」
衣笠は気がつかなかったが蛇提督はピクッと妙な反応したあと、目を瞑って何か考え込んでいた。
衣笠 「あ!すみません!今のは忘れてください!」
衣笠 「(私ったら何してるんだろう…!さすがに怒られるよね…?)」
そう思って蛇提督の顔を覗き込む。
蛇提督「……衣笠には衣笠の良さがある。気にすることはない。」
衣笠 「え!?」
蛇提督「あ…。」
小声だったが、あ…という言葉まで衣笠にははっきり聞こえた。
ゴホンっとわざと咳払いをした蛇提督は、
蛇提督「出撃に支障がなければ、髪型は自由ということだ。では私は行くからな。」
そう言ってスタスタと振り返ることなくその場を去ってしまった蛇提督。
衣笠は去って行った蛇提督の方を見ながらしばらくその場でたたずんでいた。
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夕張 「ふぅーん。それで不覚にもときめいちゃったってこと?」
衣笠 「違うわよ!そんなんじゃないけど…。」
加古 「けど?」
衣笠 「あの時から提督に対する見方が変わったのは事実かな…。よくよく考えれば、あの人のおかげでこうして私達はここにいられてるわけだし。古鷹や響ちゃんの変わった感じとか、ユカリちゃんが来た時の提督の話とか、さっきも話を聞いてて問題解決に何かしら関わってるんだなって思ってさ…。」
加古 「そういえば私がとっさに嘘を言った時、変に驚いてなかった?」
衣笠 「あーあれはね…女性がツインテールって聞いて、まさか提督の好みはツインテールなんじゃないかって、ちょっとドキってしちゃったのよね。」
テヘヘと笑う衣笠。
龍驤 「まあそれは違ったやけどなー。」
雷 「こうして聞くと司令官は良い人ってことになるよね?」
響 「良い人なのさ。」
暁 「良い人なの?」
電 「良い人なのかもしれないのです。」
天龍 「おいおい、お前達忘れてないか?」
天龍の言葉に皆はそちらに目をやる。
天龍 「あいつは前の事件でその時の指揮していた司令官を殺しているんだぞ?それと軍法会議であいつが証言した内容も嘘のはずが無え。」
衣笠 「でも今のところ真面目に仕事してる感じじゃない?」
天龍 「じゃあ青葉や大淀が偽の情報を俺達に教えたって言うのか?」
衣笠 「そうは思わないけど…。」
加古 「改心した…ってことないかな?」
天龍 「あれが改心した奴の態度に見えるか?」
それは確かにそうであると一同は思うのだった。
龍田 「まあ…龍驤や加古達が見て聞いたことは事実だし、もしかしたらそう思った通りなのかもしれないわねぇ。」
天龍 「おいおい龍田までそっちの肩を持つのかよ?」
龍田 「そうじゃないわぁ。あいつは私達と同じく大規模作戦を前にして、その命運が分かれようとしているから、今はああなのかもしれないわぁ。」
天龍 「それは確かにそうだ。」
龍田 「それと…彼の言動はどこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからないところがあるわぁ。良い人の様に見えるところも大規模作戦で必要だからそうしてるだけかもしれないしぃ。現に騙された艦娘達も彼と何らかで関わったことがあって、そのショックが故に当時の事を話せないのかもしれないしねぇ。」
山城 「それは一理あるわね。」
龍田 「大規模作戦が成功するにしろ失敗するにしろその後はどうなるかはわからないわぁ。」
夕張 「そっかぁ。その結果次第で態度も変わるかもしれないって事ね。」
龍田の意見も一理あって、また皆が黙り込んで各々何か考えるのだった。
あの時の言葉、態度…あれは嘘ではなかったと思う者。
人間は皆が良い人ではない。いつかは自分達を裏切ることもあると思う者。
そんな中、間宮が口を開く。
間宮 「私は今回の小豆提督の件で、人は大切な人の為に嘘をつくこともあるのだと思いました。」
皆は間宮の言葉を黙って聞いている。
間宮 「あの方が嘘をついているのなら、それは一体何の為なのでしょうね…。」
間宮の疑問は最もだった。
それぞれがその事について考えたのか、その後の食事は静かなものだった。
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???「私もあんな髪形になれたら良いのにな〜。」
自分の隣を歩くその女性は、先ほどすれ違った黒髪の長いストレートヘアーをした女性を振り返りながら話す。
???「私のこれは生まれつきクセが強すぎてなかなかまっすぐならないのよね…。」
そう言いながら自分の栗色の長い髪を触る。
そうは言っても元々艶もあり綺麗な髪なので、毛先がフワッとした不思議な印象の美女に見える。
蛇提督「あなたにはあなたの魅力があるのだから、そんなに気にすることはないですよ。」
???「…!」
素直な感想を言ったつもりだった。
が、妙に驚いていたので何かまずい事を言ってしまったのかと内心焦る。
???「ンフフフ〜〜♪」
と思ったら急にニヤつくので、本当にこの人の心は読めない。
蛇提督「一体どうしたんですか?」
???「いやぁ〜。蛇くんがそんな風に思ってくれてたなんて、これはとても良い事聞いちゃったなーなんてね〜。」クスクス
蛇提督「っ!」
彼女のそれを聞いた途端、自分が言ったことがかなり恥ずかしい事に気づいた。
蛇提督「大した意味はありませんよ。」
そう言って彼女からそっぽを向いてしまう。
???「フフッ」
そんな自分を見る彼女はとても楽しそうだったと、
蛇提督が後からチラッと見た時はそう思ったのだった。
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―――現在 執務室―――
執務室では蛇提督が一人、提督机の椅子に座っていた。
左手で膝の上に乗ってる黒猫のユカリを撫でながら、右手で写真を眺めていた。
その写真を見ながら印象に残っていた記憶を思い出していたのだった。
コンコンコン
ドアがノックされるのを聞いた蛇提督は、提督机の脇にある引き出しに写真を急いで隠した。
蛇提督「誰だ?」
先ほど慌てていたのを悟られないように、冷静を装っていつものように返事をする。
衣笠 「衣笠です。」
蛇提督「入れ。」
衣笠は恐る恐る部屋に入ってくる。
今日から秘書艦は衣笠だった。
衣笠が部屋に入ってきて、先ほどまで蛇提督の膝の上にいたユカリは、仕事が始まる事を察知してなのか足元へと飛び降りて、衣笠の様子をじっと窺う。
だが前の時ほど警戒してるような素振りは見せないのだった。
衣笠 「昼飯を済ませてきました。」
蛇提督「そうか。では今朝に伝えた通り、書類作業の手伝いをお願いする。」
衣笠 「わかりました。」
衣笠はあんな事があってから蛇提督を直視できずにいた。
怖いのではなく、恥ずかしいのだ。
違う意味で気まずい雰囲気の中、二人だけで書類作業をする。
時々、蛇提督が衣笠をチラッと見ると既に衣笠が見ていたのか、慌てて手元に視線を戻す。これが何回かあるのだった。
蛇提督「(あの時から衣笠の様子がおかしい…。)」
恐れられて見られているのならまだしも、それとは違う雰囲気で見られるのは、それはそれでやりづらいものがあった。
蛇提督「(まぁ…あの時…あの人との会話を思い出してしまったがために…思わず同じように答えてしまった。しかも心の中で言ったつもりが声に出てしまっていたようだ…。)」
また失言をしたと、ハアーッとため息を漏らす。
それを聞いた衣笠は一体何だという顔で、驚いて蛇提督を見たが、別にこちらに対して何か言うわけでもなく、黙々と作業をしているため、ため息の意味はわからなかった。
衣笠 「(ああ…何なの…。私何かしたかしら…?それにしてもあの時思わず自分の気にしていたこと口走っちゃった上に、あんな回答が返ってくるんだから、何だか恥ずかしいのよね…。)」
自分があんな事をした事を悔いながら、今蛇提督にどう思われてるのか気になって仕方がない。
昼食の時のみんなとの会話もあってどう接したらいいのかわからない衣笠だった。
蛇提督「衣笠、明日は艦隊を編成して出撃をさせる。」
衣笠 「え!?そうなんですか!?」
唐突に話しかけられ、内容も含めて驚く衣笠。
蛇提督「ああ。出撃の目的は前と同じ、鎮守府近海の偵察と敵情視察だ。」
衣笠 「そうなんですか…。それでメンバーは?」
蛇提督「龍驤を旗艦に、山城、古鷹、天龍、暁、雷の六名だ。」
衣笠 「わかりました。」
前と同じ艦種の編成で龍驤を除くメンバーが入れ替わるのだなと衣笠は頭の中で理解する。
蛇提督「翌日、朝食を済ませ07:00に執務室に集合するように、後で出撃メンバーに伝えておくように。」
衣笠 「了解です。」
また出撃か…と、この前のようにならないか内心、心配になる衣笠だった。
そんな少し俯く衣笠をチラッと見た蛇提督はそれを察したのか…、
蛇提督「前の航路より少し短めにするつもりだ。燃料の問題もあるしな。」
衣笠 「はい…。」
俯いたままの衣笠を見て、蛇提督はさらに続ける。
蛇提督「私はお前達を演習などの様子を通じて見てきたが、決して弱いとは思わない。戦いの結果はどうなるか最後までわかるものではないが、そう簡単に負けはしないのだろう?艦娘というのは?」
ハッとして衣笠は顔を上げて蛇提督を見る。
蛇提督は書類の方に視線を向けたままだが、その瞳は真剣そのものだ。
この人はこういう所があるのだ。顔は無表情でも明らかに慰めている。
他の娘もこんな感じだったのだろうか…?
こういう事を言う彼はどこか言葉に力がある。
前の時は、小声だったけど確かに私を慰めるものだった。
しかも、「あ…」という言葉も言ってた所を推測するなら、最初は言うつもりではなかったという事になる。
それはつまり、思わず口から出てしまった事で、本人の意図する事から見れば、余計なものだったということ…。
でもそれなら、なぜ優しい言葉を言う事が余計な事なのだろう?
嘘をついてまで隠したい事につながるのだろうか?
衣笠は頭の中で龍田の言葉が蘇る。
どこまでが本当で嘘なのか?
今言った言葉は嘘なのだろうか?
それとも本当なのか?
間宮 『嘘をついているのなら、何の為なんでしょうね…。』
間宮の言葉も蘇り、一層混乱してしまいそうだ。
蛇提督「どうした?まだ何か心配事があるのか?」
またもや何か考えてるような顔をする衣笠を見て、蛇提督が訝しく思い衣笠に尋ねる。
衣笠 「いえ…そういうわけでは…。」
悩んでる事が目の前にいるあなたの事だとは言えないので、それ以上は何も言えない。
少しの間、互いに沈黙して蛇提督は衣笠をジッと見てる。
この状況に、いても立ってもいられなくなった衣笠はどうにか話を逸らそうと考えて、
思いついた話題は、
衣笠 「あの…この前、髪型の事で言ってた件なんですが…。」
今度は蛇提督がハッと目をやや大きくして、衣笠から視線を逸らす。
蛇提督「それがどうかしたか…?」
内心焦りつつも冷静を装う蛇提督。
衣笠はそうとは気づかず、話を続ける。
衣笠 「提督は堅物そうなのにそういうのは制限しないんですね?」
蛇提督「出撃に支障が無いほどに、だ。あまりに派手すぎて仲間の士気を下げたり、敵に目立つようなのは無しだ。」
衣笠 「(それってどんな髪型よ。)」クスッ
心の中でツッコミを入れながら、ちょっと笑ってしまった。
蛇提督「だが、戦いに出るのは衣笠自身だ。自分の士気をいかに高く保つかというのは、皆それぞれ違うからな。私が口出すことではない。」
衣笠 「(そういうのとはちょっと違うんだけどな〜。…でもこれってもしかしてあの時の台詞を誤魔化す為にとにかくそれらしい理屈を並べてるとも見れるわね。)」
実はあの時の蛇提督の心境を悟られないために言ってるのではないかと思う衣笠だった。
蛇提督「聞いているのか?」
衣笠が話を聞きながら考え事をしてるため、反応が薄くなっていたのを、蛇提督は気になって確かめる。
衣笠 「聞いていますよ。それでも…私…。」
蛇提督「何だ…?」
蛇提督が衣笠の次の台詞を聞くため、そちらに目を向け、耳を傾ける。
衣笠 「ちょっと嬉しかったです。あんな事言われたの初めてだったので!」
衣笠がニコッと笑う。ちょっと恥ずかしげだが、内心は凄く嬉しかったのだなと衣笠自身も自覚して素直に感謝を言う。
その笑顔はとても明るく、屈託の無い笑顔だった。
蛇提督「…!」
今度の蛇提督の反応は衣笠にもはっきり見て取れた。
蛇提督は書類に視線を戻して、
蛇提督「そうか…。」
そう言うだけで再び書類作業を始める。
それを見ていた衣笠は、
衣笠 「(今…驚いていたよね?あんな顔もするんだな…。)」
反応がなんか面白いと思った衣笠だった。
この人の事はまだよくわからないことも多くて、どうして嘘をつくのかとかどこまでが本当で嘘なのかとか、それはきっとこの後も彼を観察して焦らず解き明かしていくしかないなと衣笠は心の中で決めて、彼女も書類作業を再開させるのだった。
その少し後、蛇提督は黙々と書類作業をしながら、衣笠をチラッと見る。
彼女もまた黙々と書類作業をしている。
手元の書類に視線を戻し、書類にサインを書こうとした時に、彼の脳裏にある言葉が蘇る。
『艦娘は話せば話すほど、ただの女の子にしか見えなくなるんだから!』
蛇提督「(ええ…。その通りですね…。)」
いつか言われたあの人の言葉を、その時に自分が言う事が出来なかった言葉を、心の中で返す蛇提督だった。
翌朝、07:50。
出撃メンバーとその他の艦娘は出撃用のドックに集まっていた。
扶桑 「山城、気をつけていくのよ…。」
山城 「姉様ご心配なく、必ず戻ってきますわ。」
古鷹 「私達がいますから大丈夫です。」
天龍 「この俺様がいるんだぜ?心配するこたぁーねぇぜ!」
出撃メンバーがこれから出撃するのを他の艦娘達は見送りに来ていた。
龍田 「まぁ天龍ちゃんのことだから大丈夫だと思うけど油断は禁物よぉ?」
龍驤 「今度は前のようなヘマはせんし、無理はしないつもりで行くねん。大規模作戦の前に何かあったら大変やからな。」
電 「気をつけて行ってらっしゃいなのです。」
雷 「大丈夫よ!私に任せてもらえれば、ちょちょいのちょい!なんだから!」
響 「でも無理はいけないよ。」
雷 「それを響が言うの?まあ、自分よりも誰かを心配してあげられるところが響の良いところよね。」
響 「…。」
電 「…。」
二人は黙ったまま雷を神妙な顔で見つめている。
雷 「どうしたの二人とも?そんなに心配なの?」
雷は二人とは正反対にアハハっと笑っている。
暁 「安心して!一番上の姉である私がいるのだから大丈夫よ!」
雷 「そう言うあなたが一番危なっかしいじゃない!」
暁 「な…なんですってぇー!!?」
暁と雷のいつもの喧嘩が始まってしまう。
天龍 「こらぁー!お前達!油売ってないでそろそろ出撃だぞ。早く準備しろ!」
呆れた声で天龍は二人の喧嘩を止める。
天龍の声で暁と雷はひとまず喧嘩をやめた。
天龍 「それにしてもやっぱりあいつは来なかったな?」
と言って衣笠の方を見る。
衣笠 「ああー…やることあるから、見送りは衣笠さんが行けば良いよねって感じで…見送りに来る気はなさそうだったよ。」
天龍のジトッとした視線から逸らして、衣笠は蛇提督が見送りに来ない理由を説明する。
天龍 「はぁー…普通は見送りに来るべきだと思うんだがね。」
間宮 「提督も忙しいのでしょう。」
天龍 「そんなに忙しいのかね〜。前の龍田達が出撃するときも見送りに来なかったし、ちょっと席を外すだけじゃないか。」
夕張 「まぁまぁ〜。気にするだけ無駄よ。そんな事言ってたらみんなに遅いぞって言われちゃうよ?」
天龍 「うぐっ…。夕張には言われたくなかったな…。」
夕張 「ちょっと!それどういう意味よ!?」
それからというもの出撃メンバーは艤装を装備して出撃した。
龍驤 「よっしゃ!行くでー!」
龍驤を先頭に古鷹、山城、暁、雷、天龍の順で航行する。
山城は姉の扶桑の事が気になったのか、ふと出撃ドックの方を振り返る。
見送ってくれた扶桑達の姿はもう見えなかったが、山城は見送った時の扶桑や他の娘達の顔を思い浮かべて、今度こそ…と決意を固める。
そして前を向こうと視線を横へと移した時、人影が見えたような気がしたので視線をとめる。
以前、蛇提督と響達が話したあの灯台の辺りだった。
しかし、よく見ても人影はいなかった。気のせいだったのかもしれない、そもそもあんな所に人なんていないはずだ。そう思って探すのをやめようとするが、何故だか気になってそのまま見ていた。
暁 「山城、何かあったの?」
後ろから見ていた暁が気になって尋ねる。
山城 「なんでもないわ。」
暁の一言をきっかけに山城はすぐに前へと向き直る。
山城が何を見ていたのか気になった暁は山城が見ていた方を見ようとするのだったが、
雷 「こら!暁!よそ見してるとコケるわよ!」
その暁の後ろから見ていた雷が注意をする。
暁 「な!?コケないわよ!」
雷 「どうかしら?前にもよそ見しててバランス崩してた時があったじゃない?」
暁 「あ…あの時は…!」
天龍 「おいおい、こんなところでまたケンカか? 勘弁してくれよ…。」
彼女達がそんなガヤガヤとしていた頃、
あの灯台の影から一人、彼女達を見送る者がいた。
蛇提督だった。
既にかなり遠く、水平線に向かって走って行く彼女達を見ながら蛇提督はただ黙って見ていたのだった。
―――鎮守府 廊下―――
出撃メンバーが出撃してから数時間後、扶桑は一人、執務室へと向かっていた。
扶桑 「(あの時のこと、改めて提督にお礼を言わないと…。)」
いつもなら山城がいれば止められてしまいそうだが、今はいない。
それに響から聞いた話も含めて、最初から解体する気が無かったことを問いただせると思ったのだ。
嘘を暴きたいわけじゃない。ただ提督の真意を知りたいと思っていたのだった。
そして扶桑が執務室の前へとやってきた。
コンコンコン
ドアをノックする。しかし、中から返事がない。
扶桑 「扶桑です。いらっしゃいませんか?」
声をかけてもう一度ノックをしてみる。だがやはり中から返事はなかった。
扶桑 「(どうしましょう…。いらっしゃらないのでしょうか…?)」
ここは出直すしかないだろうと引き返そうとした時、廊下の向こうから龍田がやってきた。
龍田 「あらぁ扶桑、こんな所でどうしたのかしらぁ?」
扶桑 「あ、龍田さん…。」
山城と同じく、蛇提督に対してあまり良い印象を持ってないと思われる龍田であったため、
正直に話すか少し躊躇った扶桑であったが、ちょうど良い嘘なんて思いつかないので、
やはり正直に話そうと龍田の視線に合わせる。
扶桑 「私のあの時の事で、響ちゃんからも真実を聞かせてもらった上で改めて提督にお礼を言おうとここまで来たのですが…。」
と言って龍田の反応を見てみる。
龍田 「あらぁ〜そうなのぉ。それで今、ノックをしようとしてたのかしらぁ?」
扶桑 「(あれ…?)」
てっきり、そんな事をする必要はない、しても無駄、とか言われて止められてしまうと思っていた扶桑だったが、あっさりした対応で拍子抜けしてしまう。
龍田 「どうかしたのぉ?」
扶桑 「あ…いえ…それがノックとお声をかけたのですが、中から何も返事が無いのです。」
龍田 「衣笠もいないのねぇ。」
扶桑 「そのようです…。」
龍田 「ここで待ってるのもなんだから、中で待ってようかぁ〜。」
扶桑 「え!? 大丈夫でしょうか?」
龍田 「きっと大丈夫よぉ。提督に用があって待っているのだから、怒られる事ではないわぁ。」
扶桑 「そう…ですね…。」
そういうものなのかなと龍田の言うことに少し疑問を抱きつつも頷く扶桑だった。
龍田 「じゃあ入るわねぇ。」
龍田が執務室のドアをゆっくりと開け、中を覗く。
中に誰もいない事を確認した龍田は臆する事なく中へと入り、扶桑もその後に続く。
扶桑はキョロキョロと辺りを見てから少し残念そうな顔をしてボソッと呟く。
扶桑 「ユカリちゃんもいないのね…。」
一度は触ってみたい黒猫のユカリ、そもそも最近は出くわすこともほとんどない。
龍田 「ユカリちゃんなら提督と一緒に行動してるか、一匹だけでどこか歩いていたりするわぁ。この前も工廠の脇の道で見かけたわぁ。」
扶桑 「飼い主がいない所で何をしてるんでしょうか?」
龍田 「きっと今まで放し飼いにしてたのかもねぇ。ほらぁ、猫って縄張りを作ってその縄張りを見回りしたりするのよ。知らなぁい?」
扶桑 「そうなんですか?私、今まで猫そのものに触った事もなければ会った事もなかったので…。」
龍田 「まあ〜それが普通よねぇ。」
扶桑 「龍田さんはあったんですか?」
龍田 「昔、鎮守府の敷地に迷い込んできた野良猫に触ったりした事があったかなぁ。」
扶桑 「羨ましいですね。というより龍田さんって猫がお好きでしたのね。」
龍田 「え?…ええ…まあ…。」
龍田が少し恥ずかしそうに扶桑から目線を逸らす。
扶桑にとっては龍田のこの表情は初めてのものだった。
いつもは、澄ました顔をしてるかにこやかに笑っていながら、他の人になかなか本意を見せないところがあり、見た目と口調に反して結構クールな一面を持ち合わせている。
ここの鎮守府に来てからもう5年は経つが、扶桑にとって龍田という人は未だ分かりづらい存在なのだ。
扶桑 「龍田さんは提督のこと、本当の所はどう思っているのですか?やはりまだ信じるに足りない方ですか?」
一歩踏み込んだ質問をしてみる。
扶桑にとっては少し勇気のいる質問だ。
それだけ扶桑にとって龍田との距離感は微妙な所なのだ。
龍田 「みんなの話を聞いて、あの提督がそれなりに真面目にやってるようだと分かったから、こちらもそれ相応の態度を示さなくちゃいけないって思ったのは事実ね。でも何かをしでかすかもしれないから、警戒は続けるつもり。」
時々、いつもの口調と違って語尾を伸ばさなくなる時は、
扶桑でさえもドキッとするほどの怖さがある。
それは彼女がかなり真剣な話をする時になるのだと、扶桑は今までの経験で知っている。
龍田 「良い人だと思って気を許したら、怪しい行動も見逃してしまうかもしれないじゃない?」
扶桑 「そうですね…。では龍田さんは提督の事をまだ嫌ってるという事ですね?」
龍田 「それは…わからないわぁ…。」
扶桑 「え?」
龍田 「私はまだ…他の娘達のようにあの提督と話した事がないからぁ…。」
あ…と扶桑は気づいた。
龍田とどうして執務室の前の廊下で出くわしたのか、
別の所へ行く目的があったとしても構造上わざわざ執務室の前を通る必要はない。
そうではなく龍田も執務室に用があったのだと扶桑は思った。
龍田 「最初は天龍ちゃん達の方の話も聞いて、最悪なのが来たと思ってたわぁ。危険な奴だから他のみんなや駆逐艦の娘達を近づけさせたくなかった。でもいろんな事があって、あの提督と何かしらで関わった娘達が何か雰囲気が変わったのを見たら、確かめる必要があるじゃなぁい?」
扶桑 「ええ。その通りだと思います。」
龍田 「あなたや他の娘達の気持ちもわからなくもないの。人間の中には樹実提督や小豆提督のような良い人がいる。きっとあの提督ももしかしたらっていう希望を感じずにはいられない。けれど、前任の提督のように最初は良い人だと思っていたら、だんだんとその態度を変えて冷たくなっていた人もいるから、簡単に信じてはいけないと思う者。前者と後者、どちらが正しいとは言えないものなの。」
扶桑 「そうですね…。私はどちらかというと前者で山城は後者でしょう…。特に山城は、前任の提督が私に危害加えようとしたので警戒心が強いようです…。天龍さんも同じなのですか?」
龍田 「天龍ちゃんの場合、小豆提督との思い出が強すぎるのよ。そういった意味では以前の古鷹と同じね。当時、樹実提督と小豆提督の事を裏で非難する人達がいた事も天龍ちゃん知っているから。あの娘にとってその二人以外の人間は信頼できない対象なの。」
扶桑 「そうでしたか…。だからあんな頑なに…。」
龍田 「あの娘、とても純粋だから。間違っていると思った事に真正面からぶつかっていっちゃうもんだから、いつもいろんな提督と言いあいになってしまう。あの娘の気持ちを受け止められる人がなかなかいなかったの…。」
扶桑 「でも小豆提督は違ったのですね。」
龍田 「ええ…そうなの。天龍ちゃんにとって一番気兼ねなく話せる相手だったわ。」
扶桑 「龍田さんにとってはどうだったのですか?」
龍田 「…。」
龍田は少し考えていた。
きっと一言では言い表せないのだろう。
それだけ龍田にとっても思い出深い事が多かったのだ。
扶桑は龍田を見つめながらそう思うのだった。
龍田 「そうね…。小豆提督と過ごした日々はとても楽しかったわぁ〜。提督はいじり甲斐があったし、何より天龍ちゃんが幸せそうだったのが、一番嬉しかったわぁ〜。」
扶桑 「その気持ちよく分かります。妹思う者同士、通ずるところがありますね。」
龍田 「一応、私が妹なんだけどね〜。」フフッ
そう言う龍田はとてもにこやかに笑っている。
扶桑 「あら、そうでしたか?」フフッ
扶桑もわざと戯ける。
これまで以上に龍田との親近感を感じた扶桑は嬉しそうに笑う。
龍田 「それにしても二人とも遅いわねぇ〜。」
扶桑 「そうですね。」
二人揃って執務室のドアの方を見るが、人が来る気配は無い。
扶桑 「そうですわ!」
パンっと手を合わせて、何かを閃く扶桑。
龍田 「どうしたのかしらぁ?」
扶桑 「提督にお礼をするのも含めてこの部屋を少し掃除しましょう。」
龍田 「それは良い考えねぇ。」
扶桑 「えっと…掃除用具は…。」
龍田 「あそこの隅にある両開きの棚の中にあるわぁ。」
言われた通りに扶桑がその棚を開くと箒とちり取り、ご丁寧に雑巾も何枚か置かれていた。
扶桑 「龍田さんもされますか?」
箒とちり取りを取りながら、龍田に尋ねる。
龍田 「私は雑巾を借りるわぁ。でも私がやるのは掃除じゃないの。」
扶桑 「え?では何をされるんですか?」
龍田 「ンフ…何かを探してみるのよぉ。」
扶桑 「何かを、ですか?」
龍田 「そもそも私がいないのを承知で入ろうと言ったのは、ちょっと探ってみるチャンスだと思ったから。」
扶桑 「しかしその何かというのは…?」
龍田 「間宮さんもいってたじゃない?あの提督が何の為に嘘をついているのか。それを知る手がかりが欲しいの。」
扶桑 「私達が出入りできるこのような所にあるでしょうか?」
龍田 「確かに確率は低いわねぇ。あの申請書だって龍驤は証拠が残らないように処分してるはずだと言っていたけど、違う何かがあるかもしれないし…嘘であったと証明できるものであれば何でもいいのよ。とにかく今は手掛かりが欲しいの。」
扶桑 「そうですか。なら私も協力します。あの方の事を知るにはそういう事も致し方無いと思います。」
龍田 「というより、扶桑も本当は気になる所なんじゃなぁい?」
扶桑 「正直に言ってしまうと、そうですね…。」
今、提督がいない間に…なんて、泥棒のすることのようで気が引けるのであるが、
今の扶桑はそれよりも少しでも多くあの提督の事を知りたいという気持ちの方が上回っていた。
二人は早速行動を開始する。
扶桑は箒で床を掃きながら、気になる棚などをちょいちょい調べたり、龍田もまずは部屋の隅に置かれた棚から調べた。
以前、携行砲を保管する金庫の鍵を見つけた時の話で二重底になってる引き出しがあった事を聞いていたので、まずはそこから調べた。
しかし、調べてみると案外物は置かれてなく、特に提督の私物の類の物はまず無かった。
前任の提督が使っていた家具をそのままにしてほぼ手付かずにいるのだろう。
扶桑 「改めてこの部屋を見渡してみますと、何だか殺風景ですわね…。」
龍田 「私物は全部、私室に置いているのね。一応私室が開かないか試してみたけど、やっぱり鍵がかかっていたわぁ〜。」
だがここまでは龍田にとっては予想の範囲内。
やはり本命は執務机だ。
何かあるとしたらここしかないだろう。
龍田はひとまず机の周りをぐるっと一周して、何となく見渡す。
机の上には書類の山があり、まだこれからのものと処理積みの山に分かれているようだ。
他にはペン立てと朱肉の印鑑、それぞれきれいに揃えて置かれている。
特に怪しい所は無さそうだ。
龍田が執務机を調べ始めた頃、扶桑も箒で掃いて集めたゴミを一旦ちり取りで回収しゴミ箱に捨てた後、ちり取りは置いたが箒は持ったまま龍田のそばへとやってきた。
扶桑も一番気になっていた場所だったようだ。
その頃龍田は執務机の提督用の椅子から見て右側にある三段の引き出しを上から順に調べていたとこだった。
例の、これまでの深海棲艦との戦いの記録を綴ったあの本を見つけた事以外は、龍田の求めるような物は見つからなかった。
きれいに揃えて置かれている書類やファイルをめくって、怪しいのが無いか眺めてみたが、どれも執務において必要な表であったり、艦娘の分析データであったりと、特に今必要な物では無さそうだった。
もちろん引き出しの底を見たり、奥を覗いて隠しスペースのようなものも無いか調べたが、これも当てが外れた。
扶桑 「提督は几帳面な方ですね。」
整理された書類や資料だけでなく、直筆で書いた文字や書いてある内容などを見れば誰が見てもそう思うだろう。
龍田 「そうねぇ。仕事が真面目なのはこれだけ見てもわかるわねぇ。あとわかっていた事だけど、やっぱり日記帳も無さそうね。」
扶桑 「提督の日記帳ですか?」
龍田 「そうよぉ。どこの提督も日記帳を書くことは本部から義務付けられているから。例外なくあの提督も書いていると思うけど、この分だと私室にあるわねぇ。」
扶桑 「確かに日記帳を見れば、いろいろと書いてありそうですね。」
龍田 「本当の事を書いていたらの話だけどねぇ。適当に書く提督も少なからずいるから、あまり当てにできる物じゃないわぁ〜。」
扶桑 「そういうものなんですね…。」
龍田は二番目の引き出しを閉じて、一番下の引き出しに手をかけていた。
龍田 「きっとこの様子だと、何にも無いのだけど、調べるだけ調べてみましょうかぁ。」
一番下の引き出しは残りのスペースを全て使うように上の二つに比べて大きく、高さがある。
中を見てみると、これもまた資料やファイルが縦向きに並べてあった。
扶桑 「ここも似たような感じですね…。」
龍田は資料やファイルを少し取り出し、内容もパラッとめくって眺めたあと、下底を気にしたりして見てみる。
だがやはりそのようなカラクリはなく、気になる書類も見受けられなかった。
龍田 「やっぱり何も無かったわねぇ…。」
と諦めかけて一番奥にあったファイルを何となく持ち上げた瞬間、ファイルの隙間から一枚の長方形の紙がヒラリと落ちたのだった。
龍田 「ん?何かしらぁ〜?」
その紙を拾う。いや、一枚の写真だった。
裏側だったので裏返してその写真を龍田と扶桑は一緒に見る。
龍田 「こ…これって…。」
その写真には三人の若い人物が写っていた。
左から男性、女性、男性だ。真ん中の女性は左の男性の腕を絡めとりながら、
いかにも写真に写りたくないと嫌がっていた左の男性を無理やり引っ張ってきたという感じだ。右の男性はそんな二人を驚いた顔で見ている。
扶桑 「この左に写ってる方は提督ですね。」
龍田 「ええ。確かにそうだわぁ…。この服は養成学校の服じゃないかしら?」
この特徴的な蛇目は間違い無く蛇提督であろう。
蛇提督を楽しそうに無理やり引っ張っている女性は、栗色の長髪で毛先が少しクセがかった美人である。
そして右の驚いてる男性はいかにもチャラい感じの金髪の青年。蛇提督とそんな年齢は変わらないようだった。
蛇提督が養成学校の制服で他の二人は白衣を着ている。
扶桑 「真ん中の女性は提督と何だか親しげですね。一体どなたなのでしょう…?」
龍田 「…。」
龍田は扶桑の言葉に一切反応せず、じーっと写真を見たままだ。
扶桑 「龍田さん、どうかされたのですか?」
龍田 「あ…いえ…なんでもないわぁ。」
扶桑 「この女性の方は龍田さんの知り合いですか?」
龍田 「いいえ〜。知らない人よぉ。ただ…。」
扶桑 「ただ?」
龍田 「どこかで見たことある気がするのよねぇ〜。」
思い出せそうで思い出せない。
龍田にとってこの写真は蛇提督の秘密に大きく関わってるのではないかと彼女の勘がそう呼んでるような気がして、一層もどかしい感覚になる龍田だった。
扶桑 「…!」
その時、扶桑の耳には廊下側の壁の向こうから衣笠の声が微かに聞こえた。
廊下を歩く二人の足音も徐々に執務室のドアの方へとやってくる。
扶桑 「龍田さん!提督達が帰ってきたようです。」
龍田 「そのようね。」
龍田は急いで写真をもとあったファイルの中に戻した。
執務室のドアが開いた。
最初に蛇提督が入ってくる。その次に衣笠が入ってきた。
話をしながら部屋に入ると二人は驚いた。
扶桑と龍田が掃除をしているのだ。
蛇提督「どうしてお前達がいるのだ?」
扶桑 「提督、お疲れ様です。」
衣笠 「二人してどうしちゃったの?掃除なんかして?」
衣笠も珍しい組み合わせの二人がいる事が気になって質問している間、蛇提督は自分の執務机に行って椅子に座る。
扶桑 「以前の私と山城の解体の件でお礼を述べる為に…。この掃除はその感謝の印としてさせてもらってます。」
蛇提督「その事か…。あれはお前達が勝手に問題を起こして勝手に自分達で解決したではないか。私は特に何もし…」
扶桑 「響ちゃんから聞きました。解体を強制的に否定しようとしなかった理由、そしてあの不死鳥の例えの事も…。」
決してそうではないと、はっきり伝えたいのか蛇提督が言い終わる前に扶桑が話す。
真剣な表情で蛇提督の前に立ち、静かに、でも強い眼差しで蛇提督を見つめる。
蛇提督「そうか…。響からあの夜の事を聞いたのか…。」
扶桑 「以前から思っていましたが、本当は、提督は最初から私達を解体する気が無かったのではないですか?…響ちゃんの話も聞いてそれは確信に変わりました。私達が諦めてしまうところを提督は手を尽くして頂きました。だからこそ改めてお礼を述べたいと思い、提督のもとに参りました。」
扶桑を見てそして他の二人の表情も見て、彼女達も知っているという事を察した蛇提督は一度目蓋を閉じる。
蛇提督「バレてしまっては仕方ない。実はだな…。」
三人はドキッとしながら次の言葉に耳を傾ける。
蛇提督「あのタイミングで二人を解体してしまうと大規模作戦においての艦隊の編成を一から考え直さないといけなくなる…めんどくさくなるのが嫌なだけだったのだ。」
扶桑 「…え?」
蛇提督「戦艦である二人がいなくなれば、戦力の補強なりも考えないといけない。だが、大規模作戦も間近だ。そんな余裕もないかもしれないからな。私としては余計な仕事を増やして忙しくなるのが嫌だったのだよ。」
呆れたような声を出して少しうなだれて話す蛇提督。
扶桑 「そ…そうですか…。」
扶桑は少し残念そうな顔をする。
これが本当の真意なのだろうか…それともはぐらかせられただけだろうか…。
今の扶桑にはこれ以上問い詰める事ができないため、これ以上提督を知る術がないことに扶桑は少し悲しんだ。
一方で龍田と衣笠はただじっと蛇提督の様子を伺う。
以前なら、また冷たい事を言っている、素っ気ない奴だと思っていただろうけど、
今はただ蛇提督の言った事は本当の事なのか見極めようとする。
蛇提督「扶桑がここにいる理由はわかった。なら龍田はどうしてここにいる?」
ギロリと蛇提督が龍田の方を見る。
龍田 「私は個人的に提督に聞きたいことがあって執務室に来たのよぉ。そしたら扶桑が部屋の前で立ち往生していたから、提督が来るまでお礼を兼ねて掃除でもしながら待ってみればって言ったの。それに扶桑が賛成して私も一緒に執務室に入ったけど、扶桑だけが掃除してるのも忍びないので私もやってただけのことだわぁ〜。」
蛇提督「ほう…。そうか…。」
頬に手を添えながらしれっと話す龍田。
蛇提督はそんな龍田を、鋭い目でいつもより細めて見る。
今度は蛇提督が、龍田が嘘をついてないか見極めようとしていると、隣で見ている扶桑と衣笠は思った。
ただ衣笠は気づいた。
龍田がいつもの調子で話してること。敬語もさりげなく使っていない。
挑発のためにわざとしているのか…、ともかく様子を見ていようと思う衣笠だった。
蛇提督「その聞きたい事というのは何だ?」
龍田 「今さっき提督が大規模作戦についての編成の話をしたけど、まさにその事が聞きたかったの。今まで訓練や演習で夕張と一緒にデータを取ってきたり、今までの深海棲艦との戦闘記録を分析したりして、少しは勝算が上がったのかしら?」
蛇提督「うむ…。勝算が上がったかは別として、硫黄島攻略に際しての大まかな作戦は考えてある。だがあくまで可能性の域を出ないから作戦と呼べるものじゃない。それでも良いのならな。」
龍田 「衣笠も聞きたいでしょ?」
衣笠 「私も聞きたいです。提督がどんな構想を抱いてるのかは知っておいた方が、今後の訓練や演習、出撃した時もそれを意識して戦うことが出来ると思いますから。」
蛇提督「そうか。なら話そう。」
蛇提督は一旦、一呼吸空ける。
蛇提督「艦隊は全部で二。余った艦娘はドラム缶を引っ張って資源の輸送だ。」
衣笠 「輸送ですか?」
蛇提督「そうだ。洋上補給用と硫黄島の施設に持ち出す為のものだ。」
扶桑 「あのような所に鎮守府があるのですか?」
蛇提督「鎮守府と呼べるほどのものではないが、ちゃんと入渠施設と工廠があるらしい。寝泊まりできるほどの宿舎もあるそうだ。」
龍田 「それでも5年近く手つかずの施設が今も使えるとは到底思えないけどぉ〜?」
蛇提督「ああ。その辺りは望みの薄い賭けだ。もしも使えないようであるなら、作戦の結果次第で、その場での状況判断で艦隊を再編成して次に備えなければならない。施設の具合を見てもらうために輸送部隊の旗艦は夕張だ。だからあまり戦闘には参加できないだろう。」
龍田 「そう…。それで他の編成はどうなっているのかしらぁ?」
蛇提督「第一艦隊は龍驤を旗艦にした高速艦隊。先行してなるだけ多くの敵艦隊を蹴散らす露払いの艦隊と思ってくれていい。」
龍田 「硫黄島までの道を切り拓きつつ、囮も兼ねて…ってとこかしらぁ?」
蛇提督「察しが良いな。第二艦隊は扶桑と山城を基幹とした艦隊。こちらは本命である硫黄島海域付近にいるとされる泊地棲鬼を撃破することが最優先任務の艦隊だ。」
扶桑 「私達が泊地棲鬼撃破の要…。」
蛇提督「そうだ。目的の海域に着くまでは輸送部隊の護衛をすることになる。」
衣笠 「待ってください!それなら最初から第一と第二艦隊での連合艦隊。共に行動させて手堅く攻めた方が賢明なのでは?」
蛇提督「ああ、その方法も考えた。だがこの作戦は早期攻略が問われ、そして攻略後の事も考えなければならない。共に行動させない一つ目の理由として、共に行動させては足が遅くなり、複数の艦隊に囲まれる可能性も大きくなる。そうすれば被弾の可能性も上がる。そこで第一艦隊は敵が集まって来るまでに先に敵艦隊を各個撃破していくのが狙いだ。二つ目は輸送部隊を必ず守り切ること。これは硫黄島攻略後に現地で補給する為に必要なものだ。一切の支援物資が無い以上自分達で持っていかなくてはならない。また攻略に成功した後、敵が取り返そうと逆襲してくる可能性もある。その為の補給物資だ。」
龍田 「けど焦って第一艦隊だけ先行させれば、あちらに読まれて第二艦隊と輸送部隊の方が集中的に狙われる可能性だってあるわぁ。それじゃ本末転倒じゃないかしらぁ?」
蛇提督「その通りだ。だから第一艦隊は第二艦隊の速度を考えながら、つかず離れずの距離を保って戦う必要がある。場合によっては第一艦隊が危機に晒される事も想定して、第二艦隊がすぐ援護できるようにしないといけない。第一艦隊は出撃から硫黄島までの航路を蛇行して進む形となってしまうだろうな。」
扶桑 「第一艦隊の方々は大変忙しくなりますね…。」
衣笠 「けど補給物資を持って行くにしても、夕張とあと一人ですよね?そんなに持ち出せないんじゃないですか?」
蛇提督「言い忘れていたが輸送部隊には私も同行する。」
衣笠 「え!?提督がですか!?」
蛇提督「そうだ。一人で運転できる少し大きめのクルーザーを借りる事にしている。それになるだけ補給物資を積み込むつもりだ。」
扶桑 「それはさすがに危険です。提督に万が一のことがあったら…。」
龍田 「それに作戦司令室を空けてしまっては不味いのではなくて?」
蛇提督「連絡要員として間宮を置いていくつもりだ。それに作戦指示ならクルーザーの電信機器を使って行える。試しにクルーザーに艦娘が普段使っている艤装の中にある通信機器を組み込めないか検討してみるつもりだ。そうすれば妖精を介して通信ができる。」
衣笠 「それ、夕張に話したのですか?」
蛇提督「話した。だが夕張一人では難しいそうだ。元帥にも話してみた結果、呉にいる明石に相談してみるといいと言われた。なので日取りを決め次第、呉鎮守府に行くつもりだ。」
扶桑 「そうなのですか…。ですがやはり…提督ご自身が行かれるのは…。」
蛇提督「私自身が出るのはこの作戦をより確実にするという意味においても、必要なことだ。」
龍田 「それはどういう意味なのかしらぁ?」
蛇提督「ここにいる者達でも薄々勘づいている者もいるかもしれないが、深海棲艦の動きで大きく変わったのは樹実提督を初めとする司令官、提督狩りがされるようになった事だ。」
衣笠、扶桑、龍田「「「!?」」」
さすがにその言葉は衝撃的で三人はドキッとする。
蛇提督「特に海に出て前線を指揮していた優秀な提督は優先的に狙われている。樹実提督が戦死された戦いも最初から樹実提督が狙いだったと私は推測している。古鷹とかから当時の事を聞いて、これは間違いないと確信している。他の提督や司令官も同じように所在していた泊地や鎮守府が孤立無援になるように大規模に敵艦隊が動いている。小豆提督のケースはそのいい例だろう…。」
古鷹に樹実提督の最期の事を聞いたのはこれが理由であったのかと龍田は思った。
きっと一緒に聞いている二人も同じことを思っているだろう。
蛇提督「敵の将を討つというのは戦において当たり前の事だが、深海棲艦の中に人間と同じかそれ以上の知能を持った奴がいるのは確かだ。以前の出撃で起きた事がそれを裏づけている。だからこそ、私が自ら硫黄島へ赴き、奴らが察知すれば、硫黄島へ艦隊を差し向けるであろうとふんでいるわけだ。そうすればこの作戦の本来の主旨である囮の役目を叶えやすくするというものだ。」
蛇提督はここまで淡々と説明し、一切表情は動かない。
龍田も本気かどうか疑っているが、これまでの話に矛盾はない。
だが、自分自身を囮に使おうとする提督が今までいただろうか…。
ポーカーフェイスの龍田も驚きを隠せずにいた。
蛇提督「だがまだ圧倒的に敵の情報が少ない。作戦を確実にしていくにはもっと敵の情報を集めねばならん。」
衣笠 「今までの戦闘記録を分析しても、それでも足りないのですね。」
蛇提督「むしろ疑問は増える一方だな。」
龍田 「疑問というのは?」
蛇提督「まず一つ目に、奴らはどうして大規模な艦隊の数をこちらの裏をかくように的確に動かせるのか。」
衣笠 「人間以上の知能を持つ者が現れただけではないということですか?」
蛇提督「それだけなら良いのだがな…。その割にはこちらの動きを読まれ過ぎているようだ。」
龍田 「その話は以前に龍驤から聞いたわぁ。でも気になる事があるのかしらぁ?」
蛇提督「そうだ。ミッドウェーの時を例に上げるなら、龍驤が気づいた通り北方海域への陽動作戦は逆に陽動させられたと見ていい。最初から赤城率いる第一機動部隊が狙いだった。しかも龍驤達の部隊が離れ戦力が分散した所を待ってたかのように敵が現れた。これも最初から敵の計画のうちだったのだろう。だがそれでもタイミングが良すぎる。」
衣笠 「私達に気づかれないように偵察機や潜水艦が配置されてるのでしょうか?」
蛇提督「その可能性もある…。だがそれにしても奴らに伝わってる情報は正確なものだ。」
龍田 「と言うと?」
蛇提督「提督がどこの泊地や鎮守府に滞在しているかの情報、輸送物資の目的地とそこへ行くまでのルートなどこれを熟知した上で敵艦隊が動いてること、しまいには本土にいた熟練の艦娘達の大半を南西方面へと出撃させた直後の本土急襲だ。」
衣笠 「小豆提督が狙われた頃の事ですね。」
龍田 「そう言われてみると確かに敵の良いように事が運び過ぎている気がするわねぇ〜。」
蛇提督「そしてこの事を踏まえた上で浮かんでくる疑問がもう一つ、奴らはどうして本格的にこちらを潰しにかからないかということだ。」
扶桑 「え?どういうことですか?」
蛇提督「もしも私が深海棲艦側であったら、確実に潰すために大陸側から届けられる輸送物資を妨害するするために舞鶴と大湊の鎮守府を狙う。そうすればこちらが反攻作戦など考える余地もなくなる。だが本土を襲撃したのはその一回だけでそれ以降は一切無い。北方海域では輸送船の近くに深海棲艦が接近する報告もあるけど、大規模なものではない。」
扶桑 「それはつまり…?」
蛇提督「奴らは当時の時こそこちらより戦力があり、情報察知の能力があり、そして人間以上の知能を持っている。にも関わらず奴らはこちらを攻めて来る気配がない。これではまるで、奴らにわざと生かされているとしか思えないのさ。」
聞いていた三人はゾクっとする。
今の自分達が生きているのは敵によって生かされてるから。
それはとても気持ちが悪く、おぞましい事だった。
龍田 「弄ばれる…というのは嫌ねぇ〜。」ゴゴゴ
笑顔とは裏腹に龍田の背後から黒いオーラが見えるようだと隣にいた衣笠はそう見えたのだった。
扶桑 「そうすると今回出撃した皆さんも心配ですね…。」
そう言う扶桑は真っ先に山城のことが心配になる。
蛇提督「今回も前回のような危険を察知したら自己判断で撤退するように言ってある。まあ龍驤なら言わなくてもそうするだろうがな。」
龍田 「そういえば今回は司令室で敵の情報を随時聞かなくて良いのかしら?」
蛇提督「今回は事後報告でいいと伝えてある。念の為、無線封鎖して敵に気取られないようにしてある。」
龍田 「(以前より慎重になってるわね…。)」
あんな事があれば普通はそうかもしれない。
しかしこの提督はそういう普通な人なのかもしれない。
前は艦娘の事などきっと戦う道具ぐらいにしか思っていないのだろうと考えていたからだ。
大規模作戦を目前に控えているから、ということも考えられるが、
それでも作戦の内容を聞く限り、勝利する為にというより生き残る事を前提に考えているように思えた。
だからこそ作戦をより確実なものにするために、彼は敵の情報を欲しがっている。
だが、この提督は別の意味で普通ではないのかもしれない。
以前に夕張が、牢に舞い戻りしないように大きな損失と失態を避けるようにしようとするはずだと言っていた。
だったら響の一件の時は危うくそれになるところで、本人としても避けたかった事態だったはずである。
しかし少しも狼狽える事がなく、響にどこから持ち出したか分からない貴重な高速修復材を迷うことなく使った。
高速修復材を使わせたことも合わせて私達を叱責することができたはずだったのに、報告を聞いただけで特に咎められることも無かった。
ましてやそれを機に扶桑や響の心の中で抱えてきたものを彼は取り除いたのだ。
他にも驚いたことは間宮が戻ってきたことだ。
5年近くも生存していることを告げず海軍に戻らなかったのはそれ相応の理由があったのだと聞かなくてもわかる。
しかも後から加古に間宮さんがいた場所を聞いた時、あの小豆提督が最初に着任した鎮守府の近くだったというのだから、とても心苦しかった。
私達と同じように、いやそれ以上に、小豆提督が亡くなったことを悲しんだはずであるから。
それがここに来て、はっきりと間宮さんは言う。
『私が前を向けるようになったのは提督と加古さんのおかげなんです。』
彼は確かに彼女の心を変えたのだ。
その時から加古もなんだかいつもより元気になったようだ。今は前よりも古鷹と仲が良い気がする。
その古鷹はあのような事があったのに今は俯く事が減って提督の事をあんなに怖がっていたのに、今は積極的に話してるようだ。
龍驤と初霜ちゃん、夕張も秘書艦を務めてから提督に対しての態度や接し方が変わった。
今までここの鎮守府のみんなとは5年近く一緒にいるはずなのに、互いにある心の中に抱えた悩みや傷は癒す事が出来ず日々を過ごしてきた。
だがこの提督が着任してまだ間もないのに今様々な変化をもたらしている。
一つ言えることはこの提督は全然読めないということだ。
扶桑 「…しかし提督は凄いですね。」
蛇提督「…何がだ?」
扶桑 「提督として着任してからまだ日が浅いのに、膨大な情報から分析して、私達一人一人を考えた編成から勝つための作戦も考案なされて、私は凄いと思うのです。」
扶桑は先ほど蛇提督の執務机の引き出しを覗いて、そこに置かれていた資料を少しばかり見た時、その資料には艦娘のそれぞれの性格や戦いの傾向など緻密なデータが取られ、
それを考慮した編成例もいくつか書かれていたのを思い出しながら扶桑は蛇提督に対する思いを素直に話す。
扶桑 「衣笠さんもそう思いませんか?」
急に話を振られた衣笠は一瞬ピクッと驚く。
そういう彼女は先ほどまで蛇提督が作戦の内容などを話してる時、度々、樹実提督の面影と重なったのだった。
緻密な計算と分析で作戦を考案し、常に艦娘達を勝利に導いてきた彼は、どんな無理難題な任務を押し付けられても、決して諦めず勝つための作戦を考案し艦娘達を励ましながら勝利の為に邁進する。
この提督も表情は氷のように冷たくてもこの無謀と思えるこの作戦に諦めようとは微塵に思っていないのだと作戦の内容を聞きながら衣笠は思っていた。
衣笠 「…そうね。私もそう思うわ。とても初めて提督をやってるとは思えないよ。」
扶桑 「はい。その通りです。きっと提督としての才能がおありなのですね。もしかしてそれがきっかけで海軍に志願して提督になるための勉強をされたのですか?」
蛇提督は扶桑の言葉を聞いてピクッと目元を動かした。
その変化を三人は見逃さなかった。
蛇提督「提督としての才能…ね…。」
蛇提督はそれを小さな声で呟いて椅子から立ち上がったと思ったら後ろを振り返り窓から海を眺めはじめる。
その表情は扶桑達からでは見えない。
蛇提督「俺は…提督になりたくて海軍に志願したわけじゃない…。」
扶桑 「え…?」
衣笠 「では…どうして?」
蛇提督「俺は…航海士になりたかったのさ。」
龍田 「航海士?」
蛇提督「航海士になって船を操り、世界中の海という海を渡りたかった。だが、深海棲艦との戦争が始まり、船の勉強するにも海軍に入らなくてはいけなかったのさ。」
三人は蛇提督のただならぬ雰囲気に言葉を失う。
蛇提督は三人に振り返り話を続ける。
蛇提督「俺は艦娘なんて最初はどうでもよかった。だが今じゃ海を奴らに奪われ船を出せない。そんな奴らを倒すには艦娘の力を使わなくてはいけない。」
三人はただ黙って蛇提督の話を聴く。
蛇提督「そういった意味ではお前達と俺は利害が一致している。俺は海を取り戻す。お前達は艦娘としての名誉を挽回して再び戦えるようになること。そうだろ?」
これに対しても三人は黙ったままだ。
そうとも言えず違うとも言えない。
その様子を見た蛇提督はさらに続ける。
蛇提督「そもそも艦娘はどうして存在するのだろうな…。」
扶桑 「え…?」
蛇提督「またどうして艦娘は人間のために戦うのだろうな。いや、戦わされているのか?」
衣笠 「それは…。」
蛇提督「艦娘は外見だけ見れば10歳前後の幼い少女から20歳前後にも見える者まで様々だが建造されたばかりなどは幼児の知識とそれほど変わらないそうじゃないか?だが、海の上で戦う方法も箸の使い方も一度見ればというより思い出すようにできるようになる。それはまるで産まれたばかりの魚が教わらなくても本能的に覚えていて泳げるのと一緒だと。」
龍田 「…。」
蛇提督「人間の為に戦うのも本能だというのか?ましてや人間に保護され一宿一飯の恩義があるから命をかけて戦うというわけではあるまい?」
龍田 「…何が言いたいのですか?」
蛇提督「龍田…前任の提督に危害を加えた時、どうしてそれ以上人間に反抗しようとしなかったのだ?」
龍田 「!?…そ、それはどういう意味でしょう?」
思いもよらぬ質問に龍田は驚く。
蛇提督「お前達艦娘は、今は深海棲艦を倒す唯一の力として大切にされてるが、実際人権を認められておらず人間に虐げられていると言われても過言じゃない。軍の者でさえ艦娘をよく思わない者もいる。そんな人間に対して反逆心が湧かないのかと尋ねてる。」
龍田 「それは…。」
無かったわけじゃない。不当な扱いを受けてる艦娘はここだけではないのは知ってる。
反抗して自分達がどんなに辛い思いをしているか伝えられるのならそうしたかった。
衣笠 「それは…! 人間の中にも樹実提督や小豆提督のような良い人はいるって事を知っているからです!」
蛇提督「だがお前達は人間より遥かに身体能力があり、今いる数でも束になれば人間に勝つ事も逆に人間を虐げる事も可能なのでは?」
龍田 「提督も艦娘が怖いのかしらぁ?」
実際、人間達が艦娘をよく思わないのはそれが理由であると言える。
深海棲艦は人間の作った兵器では倒せないのだ。
深海棲艦を唯一倒せる存在ということは深海棲艦以外では艦娘を倒す方法はないということ。
つまりそれは深海棲艦と同じ人間の姿をした化物であることを皮肉にも彼女達自身がそれを証明してしまっている。
彼女達がいつか人間に牙を向く時が来るのではないかと恐れる者達がたくさんいるのだ。
それを知っていた龍田はそういう意味も含めて蛇提督に質問する。
蛇提督「いや…そうじゃない。」
龍田 「?」
蛇提督「あれだけの不当な扱いを長いこと受けてきたのに、今までそのようなことが無かったことの方が不思議なのだ。艦娘は人間の作った武器では戦えないということ、海軍側で艦娘達にそのようにさせないように色々な制限を設けてるとはいえな。そういう人間の歴史は自分達が虐げられたり自由を奪われれば、反逆や革命を繰り返してきたというのにな。」
扶桑 「…先ほど本能ではないかと仰っておりましたが、それこそ私達は生まれた時から深海棲艦を敵であると…倒さねばならない相手であると本能的に知っているのです。しかし人間の皆さんは敵ではないと知っているのです。」
蛇提督「ほう…。そうなのか?ならお前達は深海棲艦が何なのか知っているのか?」
扶桑 「…それは私達の敵で…。」
蛇提督「違う。奴らの正体さ。そして奴らの目的は何なのか。どこから生まれたのか。艦娘と深海棲艦が互いを敵であると本能で知っているのならどうして両者は戦う運命にあるのか…。お前達は何か知っているのか?それともあえて教えないのか?」
扶桑 「…いいえ。その質問は全て答えられそうにありません。」
蛇提督「龍田と衣笠も同じか?」
衣笠 「はい…。私達は深海棲艦が敵であると知っていますが、それ以上は本当にわからないんです。もちろん私達自身の事も…。」
龍田 「あいつらをどうすれば倒せるか…それしか考えてこなかったからねぇ〜。」
蛇提督「そうか…。嘘ではなさそうだな。」
蛇提督はそのまま顎に手を添えて考えに浸る。
互いに少し沈黙した後、扶桑が蛇提督に尋ねる。
扶桑 「提督は…艦娘がお嫌いですか?」
蛇提督「唐突な質問だな?」
扶桑 「今までの提督の話を聴いていてなんとなくそのように…。」
彼は提督ではなく航海士になりたいという夢があった。
しかし艦娘と深海棲艦というわけのわからない存在に自分の夢を邪魔されてしまった。
そして今はその存在のせいで、妖精が見えて話せるというだけでこうして提督にさせられている。それは決して本人が願ったことではない。
もしかしたら私達のことを恨んでいるのかもしれない。
だからこそ軍法会議でもあのような発言をしたのかもしれない。
蛇提督「そうだな。好きか嫌いかと聞かれたら………嫌い、だな。」
扶桑 「そう…ですか…。」
わかっていたことではあるが改めて言われるとやはり心が痛い。
だけど提督が艦娘を嫌う理由を知れたことは、勇気を持ってここに来た甲斐があったと、扶桑は思った。
ダダダダダダダダ!
ドーーーン!!
急に廊下の方から誰かが走ってくると思ったら勢いよくドアが開かれる。
扶桑達三人は驚いて振り向く。
そこには加古がいたのだった。
加古 「提督――!…って、衣笠はともかく何で龍田と扶桑がいるの?」
蛇提督「加古…。入る時はノックをしろと言っているだろ。」
加古 「すみません。急いで来たもんで。」
イシシっと笑いながら謝る加古はあまり反省しているようには見えなかった。
提督の前だというのにあんな笑い方をするなんて、むしろ樹実提督と一緒にいた頃の自然体の加古だなと衣笠は見て思った。
龍田 「そんなに慌ててどうしたのかしらぁ?」
加古 「あ、そうだった!出撃してたみんなが今さっき帰投したんだ。」
衣笠 「え?予定よりなんか早くない?何かあったの?」
扶桑 「まさか山城に何かあったのでしょうか?」
加古 「いや…みんな無事だよ。何も無かったわけじゃないけど…とにかく出撃ドックに来て欲しいんだ。」
蛇提督と三人は加古に言われるまま出撃ドックへと向かった。
出撃ドックには既に他の留守番の艦娘達も集まり、何やら騒がしい。
雷 「暁があそこで邪魔しなかったら敵を倒せたのよ!」
暁 「私も倒せると思ったから撃ったんじゃない!」
その中で一際大きな声で言い合いをしているのは暁と雷だった。
それを見ている他の者達は、どうしたらいいかと困惑しているようだ。
衣笠 「一体何があったの…?」
衣笠が龍驤と古鷹に近づいて事の詳細を聞く。
その後ろに蛇提督と龍田、扶桑も一緒に聞く。
龍驤 「それが…暁と雷の喧嘩が止まらないんや…。」
古鷹 「戦いの途中からずっとあんな調子で…。」
龍田 「天龍ちゃんは? いつもならあの娘が止めるでしょうぉ?」
古鷹 「それが…。」
古鷹が喧嘩している二人の方を見る。
天龍 「おい、お前達いい加減そこまでにしておk…。」
暁、雷 「「天龍は黙ってて!!」」
天龍 「お…おう…。」
龍田 「あらぁ〜。天龍ちゃんもたじたじねぇ〜。」
古鷹 「あんな感じで誰も二人を止められずにいて…。」
暁と雷の喧嘩をすぐそばで見ている響と電も喧嘩の勢いに押されて止めようにもその為の声も出せないような雰囲気であった。
龍驤 「喧嘩してる内容は大した事ないねん…。ただ二人はそうではないようで…。」
衣笠 「一体何があったのよ?」
龍驤 「雷が言うには暁はずっと狙いをつけられずにいたらしいんや。」
扶桑 「それはどういうことですか…?」
龍驤 「狙いがあっちへいったりこっちへいったりということやな。そのせいで照準もずらして敵にあまり命中してなかったそうや。しまいには暁と雷がたまたま同じ敵駆逐艦を狙って魚雷を放ったんけど、やや先に放った暁の魚雷が敵から逸れて雷の魚雷に当たってしまったらしいんや。」
衣笠 「そういえば暁って演習や訓練時でもちょっと緊張気味だったよね?」
龍驤 「前はそうでは無かったって電や響が言うてたやけど、まあ暁がおっちょこちょいな所があるのは前から同じなんやけどな。」
古鷹 「今回の出撃は暁ちゃん達にとっても初めて出撃する仲間もいたし…それこそ天龍さんや龍田さん以外の艦種と共に出撃するのなんて何年ぶりの出撃になるかわからないし。それに暁ちゃんのような失敗も戦場に出れば起きないとは限らない事だから、何とも言えないのです。」
龍驤 「実際、仕留めなくてはいけない敵でもなかったわけやし、そないに気にする事もないはずなんやけど…。」
衣笠 「そういえば帰投するのが予定より早かったよね?…あの二人のこと以外に何か問題があったの?」
龍驤 「いやそれが…敵が全然、おらへんねん…。」
衣笠 「え!?何で!?」
龍驤 「そんなのウチにもわからん。会敵したのもほんの数回で敵も艦隊とは呼べるほどのものでも無かったやし。」
古鷹 「偵察機や水上機を飛ばして、索敵を続けましたがどこの方角にも艦影を発見できませんでした。これは逆に異常事態ではないかと思いましたので、龍驤と相談してこの事を提督に早く報告することにして帰投を決めました。二人の喧嘩も収まらずにいたのもありましたし…。」
龍驤 「少し嫌な予感するしな…。」
と、古鷹と龍驤は蛇提督の方を見る。
黙って聞いていた蛇提督は顎に手を添えて考えるポーズをとっている。
考えたままで返事をする気配がない。
扶桑 「そういえば山城は? 姿が無いのですが…?」
龍驤 「ああ…山城ならあそこにおるで。」
と、龍驤が指を刺した方を見た扶桑と、さりげなく同じ方を見た蛇提督。
隅っこの方で座り込んでうなだれている山城がいた。
扶桑 「山城!どうかしたの!?どこか痛いの?」
扶桑が山城に駆け寄る。
山城 「いいえ姉様…。私は大丈夫です…。」
と、扶桑の方に首だけ回して答える山城は涙目であった。
扶桑 「そのようね…。ならどうしたっていうの?」
山城 「私も姉様のように扶桑型戦艦の凄さをあの提督に見せつけようとしたのですが、よりによって敵が全然出ないなんて…やはり私は不幸です…。」
扶桑 「そう…では敵を撃沈できなかったのね…?」
山城 「いえ…駆逐級を一隻…やっつけましたが…。」
扶桑 「そうなの?なら立派に戦果を上げてるわ。」
山城 「ですが…私も多少被弾していますので…わりに合わないというか…。」
扶桑 「大丈夫よ。提督ならわかってくれるから。」
山城 「そうでしょうか…。」
扶桑 「私はあなたが無事に戻ってきてくれただけで安心だわ。」
そうして扶桑は山城の頭を自分の胸に抱き寄せて頭を撫でながら慰めるのだった。
その様子を遠くからしばらく見ていた蛇提督であったが、再び暁達の方に向き直った。
雷 「最初から私に任せてればあんなことにはならなかったのよ!」
暁 「そうはいかないわ!私は姉として…。」
雷 「そうやっていつもヘマしてるじゃない!」
暁 「う…それは…。」
彼女達の喧嘩はまだ終わらないようだった。
その時二人の喧嘩を見かねたのか間宮が二人の側まで歩み寄る。
間宮が近づいてきたことにまだ気がついてない暁と雷の二人はまだ喧嘩に夢中だ。
そして間宮が両手を上げたと思いきや二人の頭を同時にチョップした。
見ていた他の艦娘達は、あ…と驚く。
雷 「痛いじゃない!?間宮さんも天龍のようにぶつの!?」
間宮 「二人とも喧嘩はいいけど、周りを見てみなさい…!」
間宮の言葉は静かだが凄みがある。
二人は自分達の周りを見渡してみる。
それは自分達を心配そうに見つめる響と雷。
そしてその他の艦娘達の表情を見て暁達は我に返る。
間宮 「二人がずっと喧嘩して、他のみんなに迷惑をかけてるのよ。今はすべき事があるんじゃない?」
暁、雷 「「…。」」
間宮の二人を叱る姿はまさに母親のようだった。
二人は俯いて黙ってしまった。
そしてそこに蛇提督がやってきた。
蛇提督に怒られると思って二人は怯え始める。
そんな二人を蛇提督はしばらくそのまま見ていたが、
やがて片膝をついて暁達と同じ高さの目線にする。
蛇提督「この件については俺が預かる。」
雷 「…え?」
蛇提督「駆逐艦の戦い方をしっかりと確立していなかった私に責任がある。これを機に再考しようと思う。それまでこの件で争うのは無しだ。」
暁 「う…はい…。」
蛇提督「それと雷に聞きたいのだが…。」
雷 「?」
蛇提督「今回の暁の失敗を同じように響や電、他の艦娘がすれば怒るのか?」
雷 「えっ…それは…。」
雷は困惑するだけで答える事ができなかった。
それを見た蛇提督は、
蛇提督「わかった。十分だ。」
と言ってスクッと立ち上がる。
蛇提督「もしもこの件でまた喧嘩するようなら、その時は…。」
蛇提督のその威圧に二人は「ヒーー!!」と声にならない悲鳴をあげる。
蛇提督「わかったらさっさと入渠してこい。」
暁、雷 「「はい!」」
逃げるように二人は入渠施設へと向かう。
すると「私も入渠の準備しなくちゃ!」と夕張も慌てて二人を追いかける。
蛇提督「他の出撃メンバーも入渠してこい。」
と、天龍や龍驤達を見て蛇提督は指示をする。
すると天龍が間宮のそばまで近寄ってきた。
天龍 「間宮さん…すまねぇ…。」
間宮 「気にしないで下さい。」
天龍 「だけど…あいつらの面倒見てきたつもりだったのに俺は何も出来なかった…。」
間宮 「大丈夫ですよ。きっとあの二人も天龍さんがいつも気にかけてくれてる事を感謝していますから。響ちゃんと電ちゃんもそうでしょ?」
と、間宮は後ろに振り向いて響と電に尋ねる。
響 「もちろんさ。」
電 「はいなのです!」
二人は笑顔で答える。
天龍 「はあ〜…。」
天龍は、右手は腰に添えて左手で頭を掻きむしる。
響 「素直じゃないとこも天龍の良いところだよ。」
天龍 「響…一言余計だぞ。」
間宮 「フフッ…。」
間宮は、天龍が昔と変わらないな、と懐かしむ。
小豆提督の前でもよくしていたが、天龍が褒められたりした時に、恥ずかしさを隠す為のポーズだ。
この子達もわかっているのだな、とほくそ笑んでしまう。
そして天龍は間宮のそばにいる蛇提督に視線を向ける。
何か言いたげな顔であったが、しばらく蛇提督と天龍が互いに見合ったあと、
天龍 「さて…俺もひとっ風呂浴びてくるか〜。」
と独り言を言って行ってしまうのだった。
間宮 「(素直じゃないんですから…。)」
間宮は天龍が実はお礼を言おうとしたのではないかと思った。
喧嘩の案件を提督の責任ということで預かり、さらには二人がまたその事で喧嘩が始まらないように釘を刺しておく。
とりあえずこの場を彼の一言で収めたのは事実だった。
龍驤 「司令官…すまんかったな。ウチがいながら喧嘩すら止められへんかった…。」
龍驤が前任の提督の時の事も気にして、自分の無力さを感じて謝る。
龍驤 「本当はこういう事はウチらだけで解決できればええんやけど…。今まで見てみぬふりをしてきたからこうなったのかもしれへん…。」
そう言って俯く龍驤の言葉にその場にいた他の艦娘達もそうかもしれないと思って俯く。
そんな龍驤を見ていた蛇提督は、
蛇提督「…一つ言える事は、龍驤のせいではない。」
龍驤 「…え?」
蛇提督「ましてや他の誰かの責任でもない。誰でもないのさ。」
龍驤 「司令官…?」
蛇提督「たとえ見てみぬふりをしてきたのだとしても、それは逃げてきたのではないのだろう?だからこそお前達はまだここにいる事を選んだ。」
龍驤 「…!」
蛇提督「…俺にこんなつまらない話をさせるな…。今回の出撃の詳細は入渠が終わってからで構わないから早く入渠してこい。」
龍驤 「はい!」
蛇提督は龍驤の返事を聞いた後、帽子のつばで目を隠そうとしながら早々にその場を立ち去ろうとする。
と、そこに山城が蛇提督の前に立つ。
山城 「あの…私は…小破すらしていないので…入渠は…。」
小声だがかろうじて何を言ってるかはわかる。
山城なりに勇気を振り絞っているのだ。
蛇提督「でも被弾はしたのだろう?」
山城 「…はい。ですが資源が…。」
蛇提督「例外はない。早く入ってこい。」
山城 「は…はい…。」
山城は呆気に取られて言葉を失う。
蛇提督「そうだ…衣笠。全員にいつでも出撃できる準備をしておけと伝えろ。近々、また出撃することになるかもしれない。」
衣笠 「え?あ…わかりました!」
衣笠のすぐ横を通るついでにそう言い残した蛇提督はそのままその場を立ち去って行った。
蛇提督の姿が見えなくなった後、最初に口を開いたのは響だった。
響 「フフッ…天龍に負けないくらい、素直じゃないのかもしれないね。」
電 「え?あれはやっぱりそういうことなのですか?」
加古 「照れ隠しで憎まれ口を叩くってところ?」
古鷹 「それだけじゃないよ。」
衣笠 「帽子で顔を隠す仕草のこと?」
扶桑 「あの仕草は以前にも拝見しました。」
初霜 「私も覚えがあります。」
響 「逃げるようにその場から去っちゃうのもそうだよ。」
龍驤 「ほ〜う。そうやったんか〜。」
間宮 「提督も可愛いところがあるのですね。」
龍田 「…。」
龍田だけは黙ったまま何か一人考えているようだった。
扶桑 「山城…提督ならきっと許してくださると言ったでしょう…?」
山城にやさしく話しかけてその様子を窺う。
山城 「…はい。」
山城もまた何か思う所があるようで、俯いたままであった。
龍驤 「それだけでは無いで。」
扶桑 「どういうことですか…?」
龍驤 「司令官も敵側で何らかの動きがあると読んでいるんとちゃうんか?」
衣笠 「それが、近々出撃するかもしれないって言った理由ね。」
加古 「何があるっていうのさ?」
龍驤 「それはウチにもわからん。ただ何か起こる予感がするねん…。」
古鷹 「その何かが起きてもいいように全員が万全の状態にしておく必要があるということですね?」
龍驤 「そういうことや。」
山城 「…そういう事なら入らないわけにはいかないわね。」
扶桑 「戦いの前の休息も必要なことよ。」
山城 「はい、お姉様。」
龍驤 「ほな、ウチも入りにいこうか。終わった後に今回の出撃の報告もせなあかんし。」
古鷹 「では私も。」
響 「暁達が心配だから様子を見に行こうか。」
電 「はい。そうするのです。」
間宮 「私もお夕食の準備をしないと。」
初霜 「私、手が空いてるので手伝いましょうか?」
その場にいた艦娘達は皆、それぞれへと移動する。
だがその中で、龍田だけが何も話さず黙ったままであることが気になった龍驤は様子を窺いながら尋ねる。
龍驤 「龍田、どうかしたん?」
龍田 「ん?別になんでもないわ。ただ敵の動きが気になって考えてただけよぉ〜。」
龍驤 「ほ〜う。そうかいな。」
いつもと変わらない口調で話す龍田だが、それを見ていた龍驤は思った。
あれだけの事があったのに、蛇提督について何も触れてないという事だ。
龍驤としても気になったのであったがそれ以上は聞かず、先に行くのであった。
山城を除く龍驤達が入渠が終わった頃は夕食の時間となっていた。
龍驤と古鷹は先に報告を済ませに行く。
龍驤の読み通り、蛇提督も敵側に何らかの動きがある事を予測していた。
改めて何が起きてもいいように万全の状態にしておくと三人は再確認した。
その後に蛇提督が二人に尋ねる。
蛇提督「…暁達の事だが、彼女達がよく喧嘩するのは昔からそうなのか?」
龍驤 「暁と雷は元から喧嘩しやすい所はあったやけど、今の場合はちょっと違うかもしれへん。」
蛇提督「それは何だ?」
古鷹 「それはですね…。」
古鷹が話そうか悩んでるようだった。
蛇提督「前に響が雷のことを「前の」と呼んでいたのだが、それが関係しているのか?」
古鷹 「そうなのですが…。」
龍驤 「…ウチらがここで話しても構わへんけど、直接、本人達に聞く方がウチはええと思うで。」
古鷹 「龍驤…?」
蛇提督「そうか…。龍驤がそう言うのならそうしよう。」
龍驤 「ほな、ウチらは夕食に行くで。ええか?」
蛇提督「ああ、構わん。」
古鷹は「失礼しました」と礼儀正しくお辞儀をして二人は執務室を後にする。
食堂に向かう途中で古鷹は龍驤に尋ねる。
古鷹 「龍驤、どうして提督に話さずに、しかも本人達に直接聞いた方がいいって言ったの?」
龍驤 「ほら、響以外はまだあの司令官の事怖がってるやろ?今回の事をきっかけに少しでも良くなればええと思っておるんよ。」
古鷹 「なるほど。」
龍驤 「それに…。」
古鷹 「?」
龍驤 「あの司令官にどうしても頼ってしまいたくなるねん…。」
古鷹 「もしかして出撃ドックで提督に謝った時のことですか?」
龍驤は静かにうんと頷き話を続ける。
龍驤 「扶桑も響もましてや間宮さんも、他の娘達もあの司令官と関わって、みんな何かと変わり始めている。それはきっと、ウチらがずっと抱えてきた何かをあの司令官に話したやないかと思う。ウチらもそうやったろ?」
古鷹 「…ええ、その通りだと思います。」
龍驤 「ウチらはここに配属されてから、そこそこ長い付き合いなるけど、互いの抱えてるものに気付いていながら、見て見ぬふりをしてきた。」
古鷹 「でもそれは…。」
龍驤 「そうや。それは司令官が言った通りや。でも司令官はこの短い期間でウチらの何かを変え始めてる。ウチらが長いことできなかった事をやってるんや…。」
古鷹 「そうですね…。提督には不思議な力があるように思えます。」
龍驤 「雷の件は艦娘にとっては珍しくないことや。でも提督になったばかりの司令官にとってはそれを知る良い機会かもしれへん。」
古鷹 「そうですね…。提督はどうするでしょうかね…。」
そうして二人は話してるうちに食堂へと辿り着く。
食堂には何人かは残っており、食事も終わらせていた。
山城は先ほど入渠を終わらせて来たのか、食事の途中であった。
間宮 「あ、報告が終わったのですね。今、お夕飯お出ししますね。
龍驤 「お願いするで。」
古鷹 「あれ?暁ちゃん達は?」
初霜 「先にお部屋に戻りました。」
そう言いながら初霜は二人の分の片方の食事分を持ってきた。
加古 「さすがにあんな事があった後だったから、4人ともずっと黙ったままだったけどね。」
夕張 「いつも騒がしいけど、ああも静かすぎるとかえってこっちの調子が狂っちゃうわね。でもそれだけあの娘達がここを賑やかにしてくれてたんだなって改めて思ったわ。」
衣笠 「でも最近、響ちゃんよく話すようになってくれたよね?」
扶桑 「私の一件以来からですね。」
山城 「というより彼女の話からしてあの提督と話したことがきっかけのように思えるわ…。」
間宮 「響ちゃんの提督との話は私も聞かしてもらいましたが、皆さんが言うようにそんなに変わられたのですか?」
間宮も会話に参加しながらもう片方の食事分を持ってくる。
龍驤がそれを「おおきに」と言いながら受けとる。
龍驤 「あんな楽しそうで元気な響を見たのは久しぶりやわな。」
間宮 「ここの鎮守府に配属される前と後では違うという事ですか?」
龍驤 「ああ…そうや。その辺は龍田と天龍も同じ艦隊で時々一緒に出撃することもあったから、よう知ってるはずやで。」
と言って、龍驤は龍田と天龍の方をチラリと見る。
天龍 「…ああ。」
龍田 「…ええ。」
その返事はとても意味あり気に少し重く返ってくる。
扶桑 「あの…その話、もし差し支えなければ聞かしてもらえませんか?同じ仲間として聞いておきたいのです。」
あの日、響が自分達を説得するために語ってくれていた言葉の意味を知りたいと扶桑は思った。
衣笠 「私も聞きたいな。私が知ってる響ちゃんはここに配属されてからだし。その時から無口で、話してもハラショーぐらいしか言わなかった記憶しかないからさ。」
龍驤 「そういえば、ここにおる中でも知らないのがいるんやったな。」
古鷹 「私は龍驤から聞かしてもらったので、事情だけは…。」
加古 「あの4人に何があったのさ?」
龍驤 「良いで。話したる。そうあれはな…。」
一方その頃……、時は少し遡る。
響 「暁と雷は寝たようだね。」
夕食を早めに済ませて先に自分達の部屋に戻っていた暁姉妹は暗い雰囲気のまま、暁と雷はそれぞれ二段ベットの自分のベッドに入り、寝てしまったようだった。
電 「…。」
電は響の言葉に反応せず、俯いたまま何か思い詰めたままだった。
響 「電?どうかしたのかい?」
電 「響ちゃん…少し付き合ってもらって良いですか?」
響 「良いよ。」
電に連れられるまま二人は部屋を出て、他の空き部屋に入った。
電 「響ちゃん…。」
響 「なんだい?」
電 「私達のことでみんなに迷惑をかけたと思うのです…。」
響 「そうだね。でも電一人が責任を感じる事ではないよ。」
電 「そうなのですが…やっぱり電はあの時からなにひとつできないのです…。」
響 「司令官も言ってたじゃないか。それは逃げてきたのではないだろ?って。…あれは龍驤だけじゃなく他の人にも言った言葉に思えたよ。」
電 「…。」
響 「私達は私達のできる事をしよう。今はそれだけを考えるのが良いと思う。」
電はしばらく俯きながら考えた。
響は電からどのような回答が出るかじっと待った。
電 「……それなら…司令官さんに…あの時の話を聞いてもらいましょう。」
響 「うん。響もそう思う。」
電 「一番迷惑をかけてしまったのは司令官さんです。謝りに行くついでに事情を聞いてもらう方が司令官さんもわかってもらえると思うのです…。」
響 「きっと司令官も知りたがっていると思うよ。」
電 「でも一人では怖いので、一緒に来てもらって良いですか?」
響 「良いよ。」
そうして二人は部屋を出て蛇提督がいる執務室へと向かうのであった。
―――執務室―――
古鷹と龍驤が部屋を出て行ってから数分後のこと、蛇提督は一人、夕食を食べ終えた食器を机の端に寄せつつ、資料を眺めていた。
その資料は今までの演習や訓練の結果や詳細を書き記したデータだった。
特に暁達のを見ながら、彼は一人考えていた。
蛇提督「(やはり…この方法でならば…。)」
そんな蛇提督の目の前の机の上にユカリは寛いでいたが、ふと何かに気づき執務室のドアを方を見る。
コンコンコン
蛇提督「誰だ?」
響 「響だよ。」
蛇提督「…入れ。」
蛇提督「何か用か?…響と…電。」
電は響の後ろにやや隠れるようにしながら、響の後からついてくる。
蛇提督の前まで来たら響の後ろから出てきた。
電 「あ…えっと…その…。」
電は尻込みをして上手く話せずにいる。
響 「今日の暁と雷の喧嘩の事で、響達が代わりに謝りに来たんだ。」
蛇提督「なんだ、そんな事か。迷惑をかけたと思うなら他の者達に謝ればいいし、喧嘩を止めたのも間宮だろ?」
響 「それでも司令官に迷惑をかけたのは事実だし、司令官のおかげであれ以上喧嘩をする事が無かったんだ。」
蛇提督「まあ、あれだけ脅しとけばしないだろうと思っただけさ。」
電 「…いえ、司令官さんの場の収め方はとても優しかったのです。天龍さんでも止められなかったのに凄いのです。」
蛇提督「優しく見えたのは彼女達の喧嘩の理由に自分にも非があると思ったからそうしたまでだ。あれ以上して他を乱すなら容赦はしないところだった。」
と言いながら蛇提督は帽子のつばで目を隠す仕草をする。
電 「本当にすみませんでした。そしてありがとうございます…。」
電が深々とお辞儀するのに合わせて響も共にする。
蛇提督「…それで用は済んだのか?」
電 「…。」
蛇提督「…それだけではなさそうだな。」
電 「…。」
響 「…。」
電が自分から言い出せるまで響はあえて見守っている。
蛇提督もじっと黙ったまま電が話せるまで待つ。
電 「……その…司令官さんに…聞いて欲しいのです…。」
蛇提督「何を?」
電 「雷ちゃん達に何があったのか…その…事情を知ってほしくて…。」
蛇提督「それは私も知りたかった。話せる範囲内で構わんから話してみろ。」
電は隣にいる響に「話していいよね?」と言うように、少し不安げな表情でアイコンタクトを送る。
響はそれに対して、電の目を見ながら静かにうんと頷く。
電 「…あれは、南西諸島防衛の為にマニラ基地にいた時の話です。まだトラック基地が深海棲艦に攻撃されて陥落する前の話です…。」
―――5年前―――
電 「雷ちゃん、ただいまなのです!」
雷 「おかえり、電!」
出撃していた電が共に出ていた艦娘達と共に基地へと帰投していた。
電 「響ちゃんは?」
雷 「それがあの娘、派手に大破して帰って来たわ。」
電 「え!?それで大丈夫なのですか?」
雷 「大丈夫よ。命に別状は無いわ。今も入渠しててバケツが残り少なくて使えないからまだあと四時間は入ってなきゃダメみたいね。」
電 「そうですか…。そういえば暁ちゃんの事は司令官さんから何か聞けましたか?」
雷 「向こうでもちゃんとやれてるそうよ。ただやはり人手が足りないみたいで、こっちに戻ってくるのはまだ先みたい。」
電 「そうなのですか…。」
雷 「大丈夫よ、電。きっと無事に帰ってくるわ。」
電 「はいなのです。」
雷 「実は私もこれから出撃なの!」
電 「え?今からですか?もうそろそろ日が落ちるのです。」
雷 「急用の輸送任務だそうよ。トラック泊地に運ぶの。」
電 「あそこは今や最前線の泊地ですから、確かに足りないものがあるのはまずいのです。」
雷 「そ! でも今はここもほとんどの艦娘が出払っちゃっていないでしょ?それで手の空いてる私が行くってわけ。」
電 「そうなのですか。気をつけて行くのです。あの辺りの海域も今じゃ何があるかわからないのです…。」
雷 「大丈夫よ!私にかかればちょちょいのちょい!なんだから!」
この時の電は最前線への輸送任務なので雷の他に他の何人かの艦娘達と行くのであろうと思っていた。
輸送任務さえ済めば、すぐこちらに戻ってくるはずであると…。
雷 「そうそう。司令官が、電が戻ってきたらすぐに自分のところへ来るように伝えてほしいって言ってたわ。」
電 「え?一体何の話でしょうか?」
雷 「さあ、そこまでは聞かなかったわ。そろそろ私も出撃の準備しなくちゃ。じゃ、またね!」
電 「はい!またなのです!」
内心は不安だけど、雷の明るい笑顔を見ると自分もついつられて嬉しくなって、笑顔になる。
雷にはいつもそういったところで助けてもらってきた。
だからまた帰ってきて今と同じ笑顔で再会したい。
きっとその時には響もいる。できれば暁も帰って来てまた四人揃うことを思い描くのだった。
電 「え?異動なのですか?」
雷と別れた後、電は執務室へと来ていた。
小田切提督「そうなんだ。暁と同じ一時的なものだよ。」
電 「暁ちゃんと同じ所に行くのですか?」
小田切提督「いや、残念ながら違う所だよ。任務が済み次第こちらに戻ってくるということになっている。入渠と補給を済ませたらすぐに出発してほしいんだ。」
提督の名前は小田切という。
細身の体で軍人にしては少し頼りなさを感じる人柄ではあったが、
艦娘に対して蔑視する事はなく、事務的な仕事と管理は良い方だったので、主に後方の兵站基地で重要な基地を任される事が多い人だった。
電 「わかりました。では急いで入渠と補給を済ませて出発します!」
小田切提督「よろしく。」
小田切提督は「ええと…次は。」と一人呟きながら机で山盛りになっている書類やらの紙の山を見ながら、せわしなく動き始める。
電 「あの…司令官さん…。」
雷の事についてふと気になって提督を呼ぶのだが、彼が忙しくしているのを見てはっきりとは呼べなかった。
小田切提督「ん?今何か言ったか?」
電の方を見れないで返事だけ返す小田切提督。
電 「…いえ、やっぱりいいのです。…失礼します。」
小田切提督「ああ。」
その後、電はすぐにマニラ基地を出発した。
他の娘に雷の事を聞くことができず、自分の任地へと赴いた。
しかし、任地についてから戦局は大きく変わる。
トラック泊地が陥落したという知らせだった。
すぐさま雷の事を心配した電だったが、そんな余裕は無かった。
本部が前線の後退を決定したのだ。
それからの電は息のつく暇が無かった。
前線からの撤退支援の為に輸送任務や哨戒任務、それと間もなく深海棲艦の攻撃が始まり、あちらこちらで会敵しては戦いの日々となった。
パラオ泊地も陥落したことを人伝に聞いた電は、マニラ基地に残した響や雷、そしてきっとどこかで生き残って戦ってる暁の事を思いながら海上で青空を仰いだこともあった。
そんな中、本土への輸送任務の途中地点としてマニラ基地を経由する任務をすることとなった。
電は喜んだ。
一時的とはいえマニラ基地に帰れる。
皆が戻っているかもしれない。皆に会えるかもしれない。
もしいなくても小田切提督がまだいるのなら、彼女達の事を聞いているかもしれない。
電は小さな胸に大きな期待を抱いて、航路を進んだ。
マニラ基地に到着し同じ任務をしていた艦娘達に「少し用事がある」と言って、基地の施設内を探し回った。
真っ先に向かったのは自分達姉妹が寝床として使っていた部屋だった。
しかしそこには誰もいなかった。
暁は帰って来ていないのか、響もどこかへ任務で出撃していないのだろうか?雷は……。
そう思った途端、気付かぬうちに部屋を飛び出していた。
基地の施設内を全て見回ってみなければ、自分が納得できない。
そう思って焦りながら走ってまわる電だった。
そんな時、ふと廊下の先に見慣れた後ろ姿が歩いていた。
自分と同じ茶色の髪、そしてそれを自分とは違っておろしてる髪型。あれは間違いない。
電 「雷ちゃん!」
思わず叫んでいた。
その声に彼女は振り返る。
雷 「あら!電じゃない!久しぶりね!」
そう言って自分に見せる笑顔は、いつも自分を笑顔にしてくれるあの明るい笑顔だった。
電 「久しぶりなのです!」
雷 「元気にしてた?」
電 「この通り、元気なのです!」
本当は心細かった。戦いの無い日など無かったから正直心も体も疲弊している。
けれど、こうして生きて雷と再会できたことが嬉しすぎて、今はそんな事はどうでもいい。
電 「雷ちゃん一人ですか?暁ちゃんは?響ちゃんはどうしてますか?」
雷 「暁はまだ戻って来てないそうよ。まだ向こうで任務が立て続けに増えて終わらないみたい。そういう響もここから本土への物資の輸送の護衛で、昨日出撃したばかりよ。」
電 「そうなのですか…。」
暁姉妹全員が揃うことは叶わなかったが、健在であることを知れただけでも大きな収穫だった。
電は少しほっとして胸を撫で下ろす。
電 「…それにしてもトラック泊地が陥落した知らせはびっくりしたのです。」
雷 「ええ。最前線の基地で十分な戦力が揃ってたはずなのにね。」
電 「雷ちゃんはよく大丈夫でしたよね?」
雷 「何が?」
電 「(…え?)」
電は嫌な違和感を感じる。
電 「何がって…雷ちゃんはトラック泊地の方に行って…。」
雷 「何を言ってるの?私、三日前にここに着任したばかりよ?」
電 「え…。」
嫌な予感がよぎる。電にとって一番認めたくないことだ。
電 「でも今…久しぶりって…?」
雷 「ああ、それはなんだか長いこと会っていなかったような気がして、思わず言っちゃったのよ。それに姉妹なのに初めましてなんて変でしょ?」
そうして見せる笑顔は前と変わらないはずのものだった。
だけどその時の笑顔は電にとって全く別人の笑顔に見えてしまった。
雷 「ねえ?大丈夫?顔がなんだか青いわ?」
電はハッと我に帰る。
電 「だ…大丈夫なのです…!」
雷 「そうかしら?私が医務室まで連れてってあげようか?」
電 「平気なのです…!あ!それよりも司令官さんに用事があったのを忘れていたのです!」
雷 「そうなの?今、司令官なら執務室にいるはずよ?」
電 「わかったのです。ちょっと行ってくるのです。」
雷 「一人で大丈夫?」
電 「大丈夫なのです。」
雷 「そう?じゃあまた後で。」
雷はそうして無邪気に笑顔で手を振ってくる。
電 「はい…。」
電は少し控えめに手を振りかえしてその場を後にする。
急いで執務室へと向かう電。小田切提督なら事情をよく知ってるはず。そう思って走る。
そして執務室の扉をノックもせずに勢いよく開けて、そのまま中に入る。
電 「司令官さん!!」
小田切提督「…電か。帰って来てたんだね…。」
小田切提督は電の様子を見て「やっぱり来たね…」というような表情で電を迎える。
電 「司令官さん…雷ちゃん…の事なのですが…。」
息を整えながら質問する電。
小田切提督「雷にはもう会ったのかい?」
電 「……はい。」
小田切提督「…そうか。」
電の様子から質問の意味を察して、小田切提督は質問に改めて答える。
小田切提督「…そうだよ。あの雷は五日前に本土で建造されて三日前に着任したばかりだよ。」
電 「そんな…。じゃ…じゃあトラック泊地に行った雷ちゃんは?私達の知ってる雷ちゃんはどうしたのですか?」
小田切提督「彼女は…。」
食い入るように聞いてくる電。
小田切提督は一瞬躊躇ったが続ける。
小田切提督「雷が出撃してから数時間後、グアム島西沖から定時報告があったのを最後に消息を絶っている。」
電 「…え?」
自分がここを発った日からということは、もう既に二週間以上経っているということだ。
そして最近、艦娘達の中で囁かれてる事がある。
同名艦は建造されないという噂だった。
既にどこかで存在していれば工廠で新たに同じ娘が造られないということ。
つまり雷が生きていれば、新しく雷が建造されるはずがないという事だ。
今までそんな事はなかったから単なる噂話だと思っていたが、このような事態になるとそれを信じてしまいそうになる。
認めたくない事実を認めないといけない。
電の顔がまた段々と青くなっていく。
電 「トラック泊地から連絡は無かったのですか?」
小田切提督「トラック泊地が襲撃されたのは、その日の翌日の事だ。こちらから連絡を取ることさえできなかったよ。」
電 「他の娘達は?雷ちゃんと一緒に出撃した娘達はどうしたのですか?」
小田切提督「…いや、出撃したのは雷だけなんだ。」
電 「…な!?」
またもや耳を疑う話だった。
一人でなんて、そんな事があってなるものか、と。
電 「ど、どうして?どうして一人でいかせたのですか!?」
小田切提督「すまない!!電!!」
するといきなり電に土下座をする小田切提督。
電もいきなりのことで驚いてしまい、何事かと思い言葉を失う。
小田切提督「最初は止めたんだ…。だけど僕は…。」
床に擦り付けてた頭をあげ、四つん這いに近い姿勢のままで、雷が出撃したあの日の事を語り始めた。
―――二週間程前―――
小田切提督「(どうしよう…。手の空いてる娘がいない。)」
先ほどトラック泊地の提督から緊急の連絡があった。
燃料の輸送をしてほしいということだった。
本当は連絡を受けたその場で断りたかった。
だがトラック泊地の提督は小田切提督より階級は上で、今じゃ前線の総指揮を任されてるほどの実績の持ち主。
多少人格や性格に難がある人でも、実力と実績があれば認められ、それだけが物を言わせる世界。それが軍というもの。
根が臆病だった小田切提督には逆らうことができなかったのだった。
小田切提督が思い悩んでいると執務室の扉が開いた。
雷 「司令かーん?…あれ?元気ないわね、どうしたの?」
入って来たのは雷だった。
小田切提督の様子がおかしいのを気にして心配気に近寄ってくる。
小田切提督「雷か。いや…僕なら大丈夫だよ。」
雷 「全然そんな風に見えないわ!何かあったのなら私に話してみて!」
小田切提督「けど…。」
雷 「そんな元気ないままでは駄目よぉ?自分だけでは駄目ならもっと私を頼っていいのよ!さ!話してみて!」
小田切提督「わかった…。それが…。」
小田切提督は先程の事情を話しながら、ある事を思っていた。
こうしていつも雷にはいつも激励され、いつも勇気づけてもらえて来たこと。
臆病な自分なのにそれを咎める事なく、雷はこんな風に自分を支えてきたのだと改めて感じたのであった。
雷 「…なるほど。それで悩んでたのね。でもそれなら簡単よ!」
小田切提督「何が?」
雷 「私がいるじゃない!」
小田切提督「っ!?……それはダメだ。君は次の任務の為に共に出撃する娘達が帰投するまで待機しているという話だろ!?」
雷 「でも帰ってくるまでまだ予定ではまだ先でしょ?その間に行って帰ってくればいいだけの話じゃない?」
小田切提督「けど他は?君以外に一緒に出られる娘がいないじゃないか?」
雷 「私一人で行くわ!」
小田切提督「な!?」
雷 「輸送する量も大して多くないし、一人で運べる量だわ。」
小田切提督「そんなの許可できるわけないだろ!!いくらなんでも無茶すぎる!」
雷 「でも私の他に行けれる娘がいないんでしょ?」
小田切提督「それは…。」
雷 「それにその輸送任務も優先させないといけないんでしょ?」
小田切提督「それはそうなんだけど…。」
言い返す言葉が出ない小田切提督。
雷 「フフッ、大丈夫よ!私に任せてもらえればちょちょいのちょい!なんだから!」
小田切提督「しかし…。」
雷 「それにね…私は司令官にそんな顔でいてほしくないの…。」
小田切提督「え…。」
雷 「今までずっと司令官は目立った所がなくて他の司令官に比べたら地味だって言われてるけど、私は司令官がそんな駄目な人には見えないわ!」
小田切提督「雷…。」
雷 「司令官は陰でいつも私達のために頑張っているの、雷も…いや、ここのみんなは知ってるわ!」
小田切提督「…。」
雷 「司令官はあまり自分の気持ちを伝えることが少ないから、私達のこと正直どう思ってるかわからないけど…少なくともここのみんなは司令官の力になりたいって言って頑張っているわ!」
小田切提督「そうなのか…。」
小田切提督は自分に自信が無かったからか、艦娘達からも良くは思われていないだろうと思っていた。
親し気に話した事もないし、話す事と言っても仕事のことしか話さなかった。
だからきっと自分には興味が無いのだろうと。
しかし、雷の言ってる事が本当なら、もしかしたら興味を持てなかったのは自分の方だったのかもしれない。
もう少し艦娘達に歩み寄っていれば、また違っていたかもしれない。
ここの所、艦娘達にかなり無理させている。にも関わらず、不満を言う娘はいなかった。
でもそれは自分のいないところで陰口や不平不満を言っていると思っていたが、それは大変な思い違いだったのだ。
雷 「だから司令官!もっともーっと私に頼っていいのよ!私は司令官の力になりたいんだから!」
雷の、その小さい体のどこにあるのかわからない、とても元気で勇ましい言葉と雰囲気に小田切提督は圧倒される。
小田切提督「……。」
小田切提督はしばらく考えた。悩んだ。
苦渋の選択をしないといけない。
本当にそれでいいのか、そうするしかないのか…。
でもこの雷の姿を見ていると、きっと任務を成功させてくれると淡い期待を抱いてしまう。
小田切提督「…わかった。雷、君にこの任務の遂行を頼むよ。」
雷 「はーい!雷、司令官の為に出撃しちゃうねっ!」
小田切提督「だが、危なくなったら物資を捨ててでも生還することを優先だ。こまめに定時報告もすること。いいね?」
雷 「わかったわ!」
小田切提督「必ず…帰ってくるんだよ…。」
―――時は戻り、再び小田切提督と電―――
小田切提督「僕は…雷の強さと優しさに甘えてしまったんだ…!」
気づけば小田切提督から涙が出て来ていた。
小田切提督「僕の弱さが引き起こしてしまった事なんだ。本当にすまない…!」
電は、また頭を床に打ち付けて土下座する小田切提督を黙って見つめたままそれ以上何も言えなくなってしまった。
小田切提督と自分は同じだ。
雷にずっと、あの笑顔にいつも支えられてきた。自分が少し弱気になってもあの笑顔を見ると安心できた。
いや、つい頼って甘えて来たのかもしれない。
だから、雷がこれから無茶な事をするって時を見逃してしまった。
雷の強さと優しさに甘えてしまった、自分が弱かったのだと…。
小田切提督「でもこうして電に話せて良かった。響にはちゃんと話す事ができなかったんだ。」
涙を拭って小田切提督は立ち上がる。
電 「響ちゃんは雷ちゃんの事知っているのですか?」
小田切提督「知っているよ。消息を絶ったことも。ただそれを聞いた響がそれ以来、僕の話を聞かなくなってしまってね。恨まれて当然だと思って、そのまま見守ることにしたんだ。だから雷とどんな話をしたかまだ話せてなくてね。」
電 「そうなのですか…。」
小田切提督「これから本土へ行くだろう?もしも向こうで再会できたら響に話しといてほしい。あと暁にも。彼女には謝ることもしていない。」
電 「司令官さんもそろそろ本土へ移動するのではないのですか?ここも危ないのです。」
遠回しにそれは自分で伝えるべきだという意味も含めて聞く。
小田切提督「僕は…ここに残るよ。」
電 「ど…どうしてですか?」
小田切提督「雷が最後まで僕のこと信じてくれただろ?だから最後まで彼女が信じた僕でいたいのさ。」
電 「司令官さん…。」
小田切提督「ごめんよ。君達の健闘を祈ってるよ。」
それが小田切提督との最後の言葉となった。
電が本土の佐世保鎮守府に着いた頃、マニラ基地が襲撃され陥落したことを聞いた。
生き残った艦娘達から聞いた話によると、小田切提督は戦いの最後まで作戦指令室で指揮を取っていたということだった。
戦いが進むにつれ勝ちが見込めないと判断したのか、艦娘達に早めの撤退の指示を出した。
小田切提督を助けに行こうとする者もいたが、彼は救援を呼ばなかった。
既に基地が空襲を受けてた事もあったが、基地の守備をわざと手薄にして深海棲艦が目をつけるようにしたのだった。
そうすれば、艦娘達が逃げれる隙があると読んだ上での作戦だった。
今までの撤退戦で基地を失った事を除けば一番被害が少なかった戦いとなったのだった。
―――現在 執務室―――
電 「今思えば罪滅しの為に基地に残ったのではないかと思うのです。」
蛇提督「ああ。そうだろうな…。」
響 「小田切司令官には悪いことしちゃったな…。」
蛇提督「響は恨んでいたのか?」
響 「それは違うよ。雷とどういう成り行きでそうなったかというのは、だいたい察しがついていたよ。雷は誰かに頼ってもらおうとする時、無理をすること多かったから。」
蛇提督「そうだったか…。」
響 「だからこそ、あの時自分が大破して入渠していなかったら、一緒に出撃できたんだ。あの時ほど自分を恨んだ事は無かったよ。ショックで目の前が真っ暗になるような感覚だった。」
蛇提督「なるほどな…。」
電 「話が少し逸れてしまいましたが、私達にあった事を話させてもらいました。聞いて頂いてありがとうございます…。」
蛇提督「ああ、よく話してくれた。今後の事を考える上でその事情を考慮するとしよう。」
電 「はい…お願いします…。」
そのまま俯いた状態の電を蛇提督は見ていたが、ふと椅子から立ち上がり、二人のそばへと歩み寄る。
蛇提督「二人は…雷の事をどう思っているのだ?」
響 「変わらないよ。雷のことは大好きさ。たとえ前の記憶が無い別人でも姉妹であることに変わらない。そう思うようにしてきた。」
電 「私も同じなのです。ただ…。」
蛇提督「ただ?」
電 「雷ちゃんがどう思っているのかわからないのです。私達の口から前の雷ちゃんの事を話せていないのです。」
響 「5年近くも一緒にいるけど、正体がわからないわだかまりが雷と私達にあるのは事実だよ。」
電 「それと…前の雷ちゃんよりも頼られようとしているように見えるのです…。でもその度にあの時の事を思いだしてしまうのです…。」
蛇提督「ほう…。」
電 「それのせいなのか、暁ちゃんとはよく喧嘩をしてしまうのです。」
蛇提督「暁は雷の事をよく思っていないのか?」
響 「違うよ。むしろ暁は私達が仲良くなれるように明るく振る舞っているんだと思う。一番の姉だからとやたら誇張するようになったのも、ここの鎮守府に配属されて私達が再会してからしばらくしてからの事だったよ。」
電 「私も今の雷ちゃんと仲良くなれるように頑張って来ましたが、暁ちゃんと雷ちゃんの喧嘩の原因もよくわからず、結局見てるだけしかできなかったのです。」
蛇提督「…。」
電 「前の雷ちゃんの事を今の雷ちゃんに話そうと思ったことも何度もあったのですが、話せば今の雷ちゃんが深く傷ついちゃうんじゃないかって、怖くて話せなかったのです…。」
蛇提督「なるほど。」
電 「…司令官さん、ごめんなさい。私、何もできなくて…。お役に立てそうにないです…。」
蛇提督「いや、私の質問にもよく答えてくれた。もしもう話す事が無ければ部屋を退室しても構わん。」
電 「はい…。」
電は本当にこれだけで良いのかと少しその場で考えた。
両手を体の前で握りしめ、その手は震えている。
こうして自分の思いを言えた事はとても久しぶりだった。
本音をなかなか話せない引っ込み思案の電にとっては貴重な機会であった。
前任の司令官の時はそのような機会など来る事はなかった。
けど今の司令官は落ち着いて聞いてくれている。
もうこの後、二度とこのような機会は訪れないかもしれない。
そう思うと今、司令官に退室してもいいと言われたとしても素直にその足を動かす事ができなかった。
それを隣で見ていた響は、そんな電の気持ちを知ってか、
電の震える手にそっと自分の手をそっと添えて、ついでにぶるぶる震えてる背中ももう片方の手でさすってあげながら電に言う。
響 「大丈夫。電はちゃんと話せてたよ。」
電 「響ちゃん…。」
落ち込む電とそれを見て慰める響の姿を見ていた蛇提督は、
蛇提督「電。」
電 「はい…?」
蛇提督に呼ばれて、俯いていた顔を上げて蛇提督を見上げる。
蛇提督「君達姉妹の問題はすぐに解決できるかわからん。だがこれだけは電に言っておこう。」
電をじっと見つめたまま、少し間を置いて、蛇提督はさらに続けて言う。
蛇提督「よく…耐えてきたな。」
電 「…!!」
たったその一言は電の胸の中でドクンっと響かせる。
それと同時に目に涙が込み上げてくる。
彼女のそれを何かで例えるなら、
たくさんの水を堰き止めていた壁に穴が空き、そこから全ての水が流れ込もうとする。
水の勢いに壁が耐えきれず、空いた穴のまわりから少しずつひび割れ始め水が漏れだしかと思ったら、大きな水流へと変貌していく。
そして流れ出した水は、電がこれまで抱えて来たものと一緒に涙となって溢れ出るのだった。
電 「ううぅぅ…うわぁぁぁ!!」
泣き出した電は咄嗟に蛇提督の右足に抱きついて、彼の足の付根辺りに顔を埋めてしまった。
机の上で寛いでいたユカリも「何事だ!?」という感じに目を丸くして頭だけ上げて三人を後ろから眺めていた。
蛇提督「お…おい!電!」
蛇提督の声も聞こえないのか、泣きついたまま離れようとしない電。
さすがの響もその姿にびっくりしていたが、彼女はあることに気づく。
響 「(そういえば…私の時も…。)」
自分も扶桑の件の時、司令官に自分の思いを打ち明けて、やはり何も出来ないと落ち込んでいたら、あの言葉が司令官から聞こえてきた。
先程も電が落ち込んでいる時に司令官が言った。
もしかして司令官は、落ち込んでる人や困ってる人がいたら見過ごせずにはいられない人?
龍驤や初霜、間宮さんや衣笠も同様のシチュエーションだったのではないか?
また一つ良い発見をした。
響は心の中でクスッと笑ったつもりだったが、
本人も気づかずにそれは表情に出ていた。
蛇提督「響!電をなんとかしてくれないか?」
蛇提督は響がそんな事を考えてる事に気づく事はなく、それよりも電の事でそれどころではないようだった。
表情はいつもと変わらないにも関わらず、明らかに困惑している珍しい蛇提督を見ながら響はある事を思いつく。
響 「じゃあ…私も…。」
と言ったと思ったら、電と同じように彼の反対の足に抱きついてしまう。
蛇提督「おい!?響まで何をしている!?」
響 「…今、電を無理に引き剥がさない方が良いと思っただけさ。」
と、抱きついたまま顔だけ上げて、しれっと話す。
蛇提督「だからってお前までする理由は…!」
響は聞こえかったフリをして、顔を埋めてしまう。
蛇提督「……。」
蛇提督が少し黙った後、深い溜息を吐く。
響はそれを聞いてさすがに怒られるかと体をビクッとさせるが、何も起きず何もされなかった。
しばらくしていると、自分の肩に何かが触れられる。司令官の手のようだった。
電の方をチラッと見る。電も同様のことをされてるようだった。
その時の司令官の顔を見ることはできなかったが、ただ一つ気になったのは、
その触れられる手がわずかに震えていることだった。
―――食堂―――
龍驤 「響もその頃から話さなくなったらしいで。」
古鷹 「あの娘達、それぞれが自分の事を責めていたのだと思います。以前の私のように…。」
扶桑 「響ちゃん達にそんな事があったのですね…。」
一方こちらは電達に起きたことを龍驤から聞き、それが終わったところだった。
衣笠 「私…全然知らなかった…。知らなかった事が情けないくらいだよ。」
龍驤 「すまんな。電があまり他の皆に迷惑かけたくないから言わんといてって頼まれたからな〜。」
古鷹 「私もだいぶ前ですが、偶然知れただけなんです。」
加古 「でも普段のあの娘達見てるとそんな感じに見えなかったけどな〜?」
龍驤 「そうなるように彼女達が努めてたんや。…けど、お二人さんは気づいておったんやろ?」
そう言うと龍驤は龍田と天龍の方を見る。
龍田 「ええ…。」
天龍 「ああ…。」
二人は俯いたまま答える。
初霜 「…でも凄いですね。私は姉さん達が新たに建造されて会えたとしても、前のように接する自信がありません…。」
山城 「私は姉様が沈んだ後なんて考えたくないわ。というか正気でいられるかがわからないわ…。」
夕張 「あの娘達は見た目以上にずっと大人なのかもね…。」
間宮 「いえ…それ以外の方法を見つけられずに、今までそうすることしかできなかったのでしょう…。」
龍驤 「そやな。それはウチらも同じや。見てるだけしか出来へんかった。」
一瞬その場は沈黙する。
少し重い空気の中、初霜がその空気を払うかのように発言する。
初霜 「でも提督が言ってたではないですか。それは逃げてきたわけではないと。そうだからここにいる事を選んだのだろうって。」
夕張 「え?提督がそんなこと言ってたの?」
加古 「そうそう。あの人って時たま、私達が感心してしまうほど良い事言ってくれたりするよね。」
衣笠 「ああ見えて、私達の事をよく見てるのかもしれないね。」
古鷹 「見てるだけじゃない、私達が話すことの裏側や真意まで見ようとしてるんだと私は思うな。」
他の娘達が話す中、腕組みをして珍しく黙って聞いている天龍を見ていた間宮は言う。
間宮 「それにしても提督さんの暁ちゃんと雷ちゃんの喧嘩の止め方はとても良かったです。おかげであれ以上喧嘩をする事が無くなりましたから。そう思いませんか、天龍さん?」
と、天龍の今の心境を見極める為にわざと話を振る。
天龍 「別に…提督ならあれぐらいできて当然だ。けどあいつ、結局最後はあいつらを脅す形で喧嘩を止めてたじゃないか。」
と、反論をするも間宮の視線からは目を逸らす。
龍驤 「んでも、あの場合、あれで良かったと思うで。」
加古 「どうして?」
龍驤 「喧嘩の件は司令官の責任として請け負いつつ、罰をチラつかせながらの高圧的な態度で黙らせる。前半は喧嘩の原因は司令官にあるようにしたということと、後半は権力を振りかざす司令官になる。つまり二重の意味で自ら悪役になったんや。」
扶桑 「自ら悪役…ですか。」
龍驤 「喧嘩の原因もその後の喧嘩の決着がつけられないのも司令官のせいにしておけば、しばらく黙っているしかできへんからな。間宮さんが二人の喧嘩が周りに迷惑をかけてると気づかせてくれたおかげもあって、二人のどちらかがまた蒸し返すような事にもならへんだろうし。」
天龍 「だけどそれは単なる時間稼ぎで、何も解決してないじゃないか?」
龍驤 「時間稼ぎでええんや。その間に解決法を模索するのやろ。扶桑ん時と同じやり方や。」
扶桑 「もしも血も涙も無い方であるなら、喧嘩をする二人をすぐさま切り捨てているでしょう。前任の提督ならそうであったと思います。しかし、あの方は時間稼ぎをしてでも解決法を模索する。それだけでも賢明な方であると私は思います。」
扶桑のこういう発言にいつもなら反論をする山城は珍しく黙って聞いている。
目の前の虚空を見つめながら、何かを考えているのであった。
龍田 「でも扶桑、言ってたじゃない?今さらメンバーが変わるような事があると、大規模作戦に参加する艦隊の編成も考え直さないといけなくなるからめんどくさいって。駆逐艦でさえも替えを用意するのが困難な状況下だから、解体にする事ができないだけって事もありうるわぁ。」
扶桑 「そ…それは…そうですが…。」
天龍 「ちょっと待てよ。それ、なんの話だ?」
衣笠 「ああ、実は…天龍達が帰って来るまでにね…。」
衣笠、扶桑、龍田は、蛇提督と衣笠が執務室に戻ってきてからの事をその場にいる艦娘達に話した。
龍驤 「ほ〜う。それは興味深い話やな。」
初霜 「もう既に大規模作戦の艦隊編成もそこまで考えていたのですね。」
夕張 「私…責任重大だな…。」
加古 「私は第一と第二、どっちに組まれるかな…。」
山城 「話を戻すけど、提督が扶桑姉様に言った言い訳も本当の事ってなるのかしら?」
ここでも蛇提督が扶桑に言った事に対して山城が怒りそうな場面であるが、その山城はやけに落ち着いていると、その場にいる皆がそう思った。
衣笠 「真偽の程はわからなかったわね〜。」
龍田 「私も本当に本音を言ったのと思うのは早計だと思うわぁ。」
龍驤 「ほ〜う。珍しく慎重な意見やな?」
龍田 「ねえ?嘘をつく時にバレないようにするコツって知ってる?」
間宮 「嘘の中に本当の事を混ぜる事ですか?」
龍田 「そう、その通り。そして今回、あの提督と話して思ったことは、彼は彼なりの目的があるって事。」
扶桑 「今の私達と提督は利害が一致しているという話ですか?」
龍田 「あの話はきっと本当の事だと思ったわ。もちろん扶桑に言った言い訳の方も。でもそれに関してはあらかじめ用意していた嘘も混ざってると思うの。」
扶桑 「あらかじめ用意していた…?」
龍田 「そう。響ちゃんの件もあって、きっと他の誰かに扶桑の一件の事を聞かれる事を予想してたと思うわ。」
山城 「それなら利害が一致するという話が全て、あらかじめ用意していた作り話という可能性は無いの?」
龍田 「無いわけじゃないけど、その可能性は低いわ。」
夕張 「どうして?」
龍田 「あの時…扶桑に提督の才能があると言われて、一瞬動揺したように見えたのよ。」
加古 「それって褒められてドキッてしちゃったとか?」
扶桑 「いいえ。むしろ逆のようです。その後に提督は本当は自分が航海士になりたかったという話をしました。後ろ向きだったので表情は見れませんでしたが、あの時の提督はなんだか寂しそうというか悲しそうな雰囲気でした…。」
これを聞いた夕張は自分にも覚えがあると思った。
車の中、資材集めを終えた帰り際で古鷹の事について話していた時、
『忘れようとするのが土台無理な話なのだ。…その思い出が大切であればあるほどな…。』
その言葉を言った提督の横顔は、一瞬とても寂しそうな顔をしたように見えた。
最初は気のせいだったかもしれないと思ったが、もしかしたら扶桑達が見た提督の雰囲気はその時と同じだったのかもしれない。
龍田 「そういうわけで、その時の話は本当だったと思ってる…。でも…。」
古鷹 「でも?」
龍田 「利害が一致しているなら、どうして私達とは意図的にどこか壁を作るような話し方をするのだろうって思ったのよ。」
天龍 「そりゃあ…艦娘が嫌いだからだろ?いくら自分の夢を取り戻す為とはいえ、自分の夢を奪った片側と手を組まなくちゃいけない屈辱があるからだろ?」
龍田 「確かにそうとも言えるわぁ。けど、言い訳の話の方も含めて、本当にそれだけなのか?って思ったのが、私の本音かしらねぇ。」
山城 「それだけなのかって言うのは?」
龍田 「まだ何か肝心な事を隠してる気がするのよ。本当に嫌いなら、艦娘と深海棲艦の事をあれだけ深く考えるかしら?」
夕張 「元々、学者肌な所はあるわ。仕事ぶりからそう思える。だからそういう性分なだけというのもありえるわよ?」
龍田 「そうね。それもありえると思うわぁ。それでも彼がそこまで気になる理由があると思うの。」
夕張 「それもそうね…。」
それぞれが考えているのか一時、皆が沈黙する。
古鷹 「これ以上考えても進展は無さそうですね。」
扶桑 「せめてあの写真に写っていた方達がどなたなのかがわかればいいのですが…。」
衣笠 「写真って何のこと?」
龍田 「衣笠達が執務室にいない間、ちょっと調べてたのよ。」
龍驤 「おいおい…それって机の引き出しの中やらを漁ってたってかいな?」
扶桑 「はい…。」
加古 「勇気あるね〜。」
山城 「ね…姉様…。」
扶桑 「いけないってわかっていたのよ…。でも…。」
龍田 「何でもいいから手がかりになるようなものが欲しかったのよ。」
初霜 「手がかりって提督の事を知るための何かって事ですか?」
龍田 「そう。望みは薄かったけど思いがけない物を見つけたわぁ。」
夕張 「その写真には何が写ってたの?」
龍田 「提督とその他に二人の人物が一緒に写ってたわ。どこか自然豊かな所に遊びに来ている写真だったわね。」
扶桑 「とても親しそうだったのですが、その御二方がどなたなのかがわかれば提督の事をもっと知る事ができるのでしょうけど…。」
古鷹 「どんな人達だったの?」
龍田 「男性と女性の二人で、男性は金髪のチャラい感じで女性は栗色の長髪の人だったわぁ。」
古鷹 「!?…そ…その女性って少し癖っ毛で髪が全体的にフワッとした印象の人じゃなかった?」
龍田 「ええ、そうよ。よく分かったわねぇ?」
衣笠 「そ、それって!?」
加古 「嘘でしょ!?」
古鷹 「繋がった…!だからあの時…。」
夕張 「ちょっとちょっと!?勝手に話を進めないでよ!?」
天龍 「そうだぜ。一体どういうことだよ?」
古鷹 「その女性が私達の知ってる人であるかもしれないんです。」
加古 「樹実提督がここにいた頃に何度かここに来たことがあるんだよ。」
扶桑 「え?ここにですか?」
衣笠 「そうそう。青葉の話だと樹実提督の幼馴染らしいの。」
古鷹 「その方は艦娘と深海棲艦について研究している方だと樹実提督が仰っていたの。」
龍田 「あ…思い出したわ。確か私達の鎮守府にも一度だけ来たことがあるのよ。」
天龍 「え?そんな奴、小豆提督の時に来たのか?」
龍田 「天龍ちゃんはその時遠征に行ってたかもしれないわねぇ。その時は艦娘達の検査をしたいって話で採血やら何やらをしたわぁ。それと…。」
天龍 「それと?」
龍田 「なんだかいろんな事聞かれたのよねぇ〜。食欲はあるかとかの健康状態を確認する話から私の頭に浮かんでるこのリングの仕組みとか、趣味はあるのか出撃しない日はどうして過ごしてるのかとかぁ…。」
天龍 「な…なんだそりゃ…。」
衣笠 「それ、私達もそうだったよ。」
加古 「途中から質問の内容が脱線し始めて、結局、樹実提督に止められてたけどね。」
古鷹 「艦娘に凄く興味がある人で熱が入ると暴走するんだって樹実提督に聞いたよ。」
初霜 「それなら提督が艦娘や深海棲艦について深く考える理由はきっとその方の影響でしょうね。」
自分に言った『本当にそれで幸せなのか?』という質問もきっとその人の影響かなとふと思った初霜。
龍驤 「さっき古鷹が、だからあの時…なんて言うてたのは何のことなんや?」
古鷹 「以前私が秘書艦をしてた時に、提督から前任の提督のその前は誰だったのかと尋ねられて樹実提督の名前を言ったら一瞬動揺したように見えたの。どうしたのかと私が尋ねたら学校時代に聞いていた英雄だからと仰っていたんだけど…。」
龍驤 「ほう〜。もしかしたらその女性から樹実提督の事を色々と聞いていたのかもしれへんな〜。」
夕張 「実は恋のライバルとかだったとか?」
山城 「あの提督が恋をするような人には見えないけどね…。」
間宮 「ともかくその御二方を、特に女性の方を調べてみれば提督の事で何かもっと情報を掴めるわけですね。その女性の方は名前は何て言うのでしょう?」
古鷹 「中森…そう言ってたよ。」
衣笠 「じゃあ私の方から青葉に手紙で聞いてみるよ。大淀にも協力を仰いでもらって調べてもらうようにお願いしてみる。」
間宮 「それと、もう一つ付け加えてもらえませんか?」
衣笠 「何をですか?」
間宮 「提督の家族とか故郷がどこなのか調べられないでしょうか?」
加古 「そういやそうだよね…。その辺りからも調べてみたら何かわかるかも。」
衣笠 「それなら既に青葉に頼んでるよ?」
古鷹 「え?そうなの?」
衣笠 「ほら、古鷹が前に樹実提督の家族の事とか聞こうとしたじゃない?あの時私もそれで思いついてその後に手紙で頼んどいたの。」
間宮 「それで何かわかりましたか?」
衣笠 「故郷がわかったら鎮守府を抜ける目処を付けて直接行ってみるって。まだ行ったっていう返事は来てないんだけどね。」
加古 「例の事件に関わった艦娘に会いに行った時もそうだけど、どうやってお忍びで呉鎮守府から抜け出してるんだか…。あそこの提督って結構厳しくて黒い噂もあるっていう人だって話じゃないか?」
衣笠 「呉は佐世保と並んで今の精鋭部隊を集めた鎮守府だけど、青葉自身は数合わせで所属しているようなもんだから出撃回数も少ないんだって、自分で言ってた…。だから鎮守府をこっそり抜け出す機会は結構あるんだって。」
それを語る衣笠はどこか悲しそうだった。
衣笠 「でも青葉が外で人間の街からとかもらったり買ったりした物が、鎮守府から出た事がない艦娘達にとって、凄く珍しかったりして喜ばれるんだって。そっちの方が性に合ってるって書いてあったよ。」
そう言って先ほどの悲しい表情から明るく着丈に振る舞うがどこか切なそうである。
間宮 「そうですか…。私も艦娘であることを隠して人間の方と接していたことありましたが、皆さんとても良い方達でした…。」
天龍 「でもそれは艦娘だと知らないからだろ?知ったらみんな恐れおののくさ。」
間宮の言葉に冷たく突き放すように言う天龍。
扶桑は龍田が言っていた天龍が人間嫌いになった理由を思い出していた。
間宮 「いえ…実はここに来る前に一部の方ですが私が艦娘であることを打ち明けました。」
天龍 「は!?本当かよ!?」
間宮 「はい…。ですが私の事を受け入れてくれました。今まで騙していたのにそれを咎められることもなく…。今じゃ色々な食材を届けてくれるのですよ。」
龍田 「そうなのぉ?その人には感謝しないとねぇ。ね、天龍ちゃん?」
天龍 「…ああ、そうだな。」
素直じゃないのかそれとも認めたくないのか、龍田からもそっぽを向いて返事だけする。
扶桑 「それでは青葉さんの連絡待ちという事ですね?」
龍驤 「当分はそうやろな。」
初霜 「何かわかるといいですね…。」
天龍 「俺はそろそろ部屋に戻るぜ。」
龍田 「なら私も行くわぁ。」
天龍と龍田は席を立ちその場を先に別れる。
夕張 「私も工廠で用事済ましてから自分の部屋に行こう。」
間宮 「私もそろそろ食器を片付けないと。」
古鷹 「なら私も手伝います。」
加古 「古鷹がやるなら私もやろうかな〜?」
衣笠 「私は早速手紙を書くね。」
古鷹 「あれ?秘書艦の仕事は今日はもう無いの?」
衣笠 「それが夕食の前に、提督に今日はもういいって…。一人で考えたいことがあるからって言われちゃってさ〜。」
扶桑 「今日の暁ちゃん達の事でしょうか…?」
衣笠 「そうだと思うけど…。なんか行きにくくてさ〜。」
龍驤 「まあそれでええんとちゃうんか?司令官も一人でじっくり考えたいことがあるのかもしれへんし。」
衣笠 「そうだね…。そうしとくよ。」
そうしてその場は解散となった。
しかし皆が動き始めても何故か山城だけは座ったまま何やら考え事をしてるようだった。
扶桑 「山城、どうかしたの?」
山城 「いえ…何でもないです。私も部屋に戻ります。」
扶桑 「そう…。」
山城にとっても今日は提督に対しての見方が変わったかもしれない一日であったと思う。
どうしても姉である自分に固執してしまう性格なのだが、これを機に他の人にも興味を持ってくれたら、姉として安心できるのに。
っと扶桑は今日の山城のちょっとした変化を思い出してそう思うのだった。
―――執務室―――
響 「落ち着いたかい?」
電 「はい…。」
やっとのことで泣き止んだ電は蛇提督から離れて、響から渡されたハンカチで顔を拭いていた。
電 「あ…あの…すみませんでした…。見苦しい所をお見せしたのです…。」
自分がした事を思い出すと恥ずかしくなって、泣いて赤く腫れた目のまわりとは別に顔が赤くなるのが自分でもわかる。
蛇提督「構わん。泣いたことは秘密にしておくから、俺にしがみついたことは秘密にしておけよ。」
響 「(司令官も恥ずかしかったのかな?)」
蛇提督「響もいいな?悪ふざけも今回だけ見逃しておく。」
響 「嫌だったのなら私だけ引き剥がしても良かったんだよ?」
ちょっと意地悪な事を聞いてみる。
怒られるのを承知でどんな反応をするのか試したいという好奇心からだ。
蛇提督「ぅ…。無理に引き剥がそうとすれば、隣にいる電にも被害が及ぶ。そう思っただけだ…。」
やはりこの人は優しい人だなと思った。
電の為に恥ずかしいのを我慢していたのかもしれない。
最もなことを言われたからなのか最初に一瞬動揺したのも面白かった。
電 「あの…すみません…。その…私のせいですよね…?」
おどおどしながら再度謝る電。
蛇提督「だから構わないと言っただろ。誰にだって泣きたい時はある。そうであろ、響?」
響 「う…うん…そうだね。」
響 「(あれ…?もしかして私も泣きたくなったのだと思ってくれたのかな…?)」
半分は悪ふざけだ。
片側半分空いていたので、電と同じことをしようと思っただけだ。
だけどもう半分は、確かに悲しくなったのだと思う。
電を見ていたら自分も泣きたくなったのかもしれない。
涙は伝染するとどこかで聞いたことがある。
電のように泣いたわけじゃないけど、慰めてほしくなったのは本当かもしれない。
そんな些細な思いもこの司令官は気遣ってくれたのだろうか…。
蛇提督「さあ、用が済んだのなら、そろそろ自分達の部屋へ戻れ。」
響 「了解。電、そろそろ行こうか。」
電 「はいなのです。」
そうして二人は行こうとするのだが、電はハッと思い出すように、もう一度蛇提督の方へと向き直り、
電 「あ…あの…!」
蛇提督「何だ?」
電 「ありがとう…なのです…。」
電は少し恥ずかしげに微笑んで言うのだった。
そんな電を見た蛇提督は、
蛇提督「ああ…。」
と言うだけで、後ろに振り向いてしまった。
電と響は蛇提督の背中を見ながら、
一体今どんな顔をしているのだろうと気になったが、そこは大人しく部屋を出るのだった。
間宮 「(提督は食堂に来てないはずだから、まだ食器はあちらにあるはずだわ。)」
その頃、間宮は執務室へと向かって廊下を歩いていた。
艦娘達が使った食器は古鷹達に任せて、間宮は蛇提督の分の食器を取りに行くとこだった。
間宮 「(提督は一体何を考えているのでしょうか…?)」
先程、食堂で皆と話した事を思い出していた。
今回で知ったことは提督の事を知る重要な手がかりとなる。
間宮 「(写真に写っていた方達と提督が敢えて本音を言わない理由と関係があるのでしょうか…?)」
特に気になることは古鷹の話で出た中森という女性のこと。
樹実提督と幼馴染というその女性は提督とどういう関係だったのか。
もしも彼女が提督に大きな影響を与えているのなら彼女から聞けば何かわかるはずだ。
まずはその中森という女性のことがわかるまで今は待つしかない。
…けれどこんな遠回しな方法しかないのだろうか?
一番良い方法はやはり本人から本当の気持ちを聞くこと。
それが小豆提督との出来事で学んだことだから。
階段を上りすぐそこの角を曲がれば、執務室前の廊下に差し掛かる。
間宮が角を曲がった所で、間宮は咄嗟に隠れる。
電と響がちょうど執務室から出て来たところだった。
間宮 「(あれ…?)」
遠目ながら電の目元が赤く腫れてるように見えた。
間宮 「(さっきまで泣いていた?)」
そのように見えただけだが、彼女も艦娘の端くれ。目は常人より良い方だ。
それにあの腫れ方は先程までまで泣いていたものではないかと、彼女の経験も合わさってそう思ったのである。
電と響が間宮がいる方向とは反対の方向へと行く。
響 「(そういえば聞きそびれてしまったな…。まあ…また今度聞いてみよう。)」
今は電が心配なので彼女の様子を見ながら、共に部屋へと戻ることにする。
廊下の角で隠れていた間宮はきっと自分達の部屋に戻るのだなと思いながら間宮は二人を見送ると、彼女達が見えなくなってから執務室の前へと足を運ぶ。
コンコンコン
間宮 「間宮です。」
蛇提督「入れ。」
ドアの向こうから蛇提督の声が聞こえ、失礼しますと言いながら執務室に入る。
中へ入ると窓のそばで立ったまま既に暗くなっている窓の外を眺めていた。
間宮 「(…どうして窓の外を見ているのでしょうか?)」
少し不可思議な光景だなと間宮が思っていると、蛇提督は振り返らないまま間宮に話す。。
蛇提督「どうした?」
間宮 「あ…食器を下げに参りました。」
蛇提督「そうか。すまないな。」
間宮は食べ終わった食器を持って行こうと机に近づく。
よく見ると机の上にはユカリが丸くなって寝ている。
間宮は寝ているユカリをじっと見ながら思う。
間宮 「(…かわいい。)」
実は最初にここに来てからまだユカリに触れたことが無かった。
だから触りたくてたまらない。手の届く距離にユカリちゃんがいる。撫でたい…。
だけどおこしてしまうのもよくない。
そもそも提督に怒られるかも…でも触りたい。
しばらくモジモジしていたが、さすがに蛇提督に不審に思われたのか間宮に振り返る。
蛇提督「どうかしたか?」
振り向いた瞬間に間宮はハッと我に返る。
間宮 「い…いえ!なんでもございません!」
慌てて否定する。
蛇提督は無表情ながらキョトンとしていたので、バツが悪くなった間宮は照れ隠しのついでに自ら話しかける。
間宮 「先程、響ちゃんと電ちゃんが執務室から出て行くのを見ました。…もしかして提督さんも電ちゃん達の過去の事を聞いたのですか?」
蛇提督「ああ。」
やっぱりそうだったんだなと思った間宮は、あの時電は泣いた後だったんだなと確信に変わった。
しかし、ここで何があったかは敢えて聞かない方がいいと思った間宮は別の話題を出すことにする。
間宮 「実は私も先程、食堂で龍驤さんからあの娘達の過去の話を聞かせてもらった所なんです。」
蛇提督「そうだったか…。」
間宮 「艦娘の運命(さだめ)ではありますが、いつもやるせない気持ちになります…。」
蛇提督「姿形は一緒なのに記憶があるか無いかでまるで別人だからな…。」
間宮 「はい…。」
今までも似たような事はよくあった。
慣れたつもりでもやはり辛いものは辛い。
間宮は少し感傷に浸っていたが、ふとある事を思い出し蛇提督に尋ねる。
間宮 「一つ気になっていた事があるのですが、あの時雷ちゃんにどうしてあのような質問をされたのですか?」
蛇提督「暁以外の者が同じ事をしてもそのように怒るのかという話か?」
間宮 「はい。」
響も聞こうと思っていた意図が読めない質問。
結局、雷は答えることができなかったわけではあるが、蛇提督はわかったと言って引き下がっている。
あれで何がわかったのかが不思議だったのだ。
蛇提督「雷が何に対して怒っているかを確かめたかったのだ。」
間宮 「何に対して…ですか?」
蛇提督「そう。演習や訓練の時でも彼女があれほどまでに暁に反発する理由はなんだろうって思ってたこともあってな。」
間宮 「それは…やはり暁ちゃんがあたふたしているのが、本人にとって我慢できないのではないですか?」
蛇提督「何故、我慢できないのだと思う?」
間宮 「何故…ですか?」
間宮はそこまで考えたことは無かった。
だから当然その答えもすぐには浮かばない。
蛇提督「仮に暁自身のことが嫌いであれば、会うことも嫌だろうし同じ部屋に寝泊まりすることも拒否するはずだ。」
間宮 「ええ。その通りだと思います。」
蛇提督「では他の理由として、戦術や戦い方に関してこだわりがある可能性だ。」
間宮 「暁ちゃんのやり方を認めたくないから反発すると?」
蛇提督「そうだ。人間社会に例えるなら、あの人の仕事のやり方は合わない、どうしてそうするのか理解できない、と言った感じだ。よくある話だ。」
間宮 「艦娘でも似たようなことはあります。」
蛇提督「だから聞いたんだ。暁と同じ事を他の娘がすれば同じように怒るのかと。」
間宮 「しかし雷ちゃんは…。」
蛇提督「そう。彼女は答えることが出来なかった。やり方が気に食わないから怒っているわけではない。かと言って暁が嫌いだから反発したいわけではない。」
間宮 「それではどういう事でしょうか?雷ちゃんが怒る理由というのは…?」
蛇提督「答えることが出来なかったという事は、本人にとってもどうして怒るのかわかっていないか、何かを隠していて言えないかのどちらかだろう。この辺りは本人に直接聞いた方がいい。」
間宮 「そうですね。変な勘繰りしてしまうのもいけないですね。」
蛇提督「ちょうど電から過去の事情を聞かしてもらったからな。おかげで雷に話を聞きやすくなった。」
間宮 「雷ちゃんが素直に話してくれればいいのですが…。」
蛇提督「さあ…どうだろうな。それは彼女次第だ。」
自分の時もそうであったがこの提督はその観察力と洞察力には驚かされる。
さらには慎重な性格なのか物事を確実に見極めようとする。
そこに隠れてる真実やそれに関わる人の真意も含めて。
今だって雷の怒る原因をすぐ何かに決めつけず、必ず本人に確かめようとする。
しかも相手の意思にも配慮するほどの気遣いも見てとれる。
扶桑が「提督としての才能がある」という言葉にはとても同意する。
でも自分が思う彼の才能は…、
間宮 「ですが提督なら雷ちゃんの…いえ、あの娘達の関係を改善できると思ってます。」
蛇提督「何故だ?」
間宮 「提督になら話してもいいなと思わせてくれるのです。提督は私達の事をよく見ているようですから。」
蛇提督「…仕事上で必要な事をしているだけに過ぎん。」
間宮 「ですがそのおかげで私もあの場から抜け出て来れたのです。提督が引っ張り出してくれたのです。」
蛇提督「だからそれは…。」
間宮 「いいえ。提督が仰った事もそうでございますが、私が提督に感謝したいという心は変えるつもりはありませんから。」
間宮は笑顔でキッパリと言う。
そうでなければこの人にちゃんと伝わらないと思ったからだ。
そんな間宮を見た蛇提督は間宮の視線から目を逸らして、
蛇提督「なら…勝手にしろ。」
と、また窓の方へと振り向いてしまう。
蛇提督の背中を見ながら間宮は思う。
確かに龍田の言う通り、この人はどこか私達との間に壁を作ろうとするところがあると。
けれど壁を作るというより避けてるというべきか。
ある一定の距離から自分のテリトリーの中へと入れさせようとしない。
間宮はそんな風に感じ取った。
それでも間宮はこの提督の事をもっと知りたいと思う。
もしも引き下がってしまったら小豆提督の時と同じようにすれ違ったままということになるかもしれないからだ。
その後悔だけはもうしたくない。
間宮 「…提督が元帥に牢から出してもらう代わりに提督としてやっていく事を決めたのはやはり航海士の夢を叶えたいからなのですか?」
蛇提督「ん?」
「何故それを知っている?」という感じに間宮に少しだけ振り向いて横目で間宮を見る。
間宮 「あ…すみません。実は電ちゃん達の過去の事を聞いた事の他に、ここで提督と龍田さん達との会話の内容も彼女達からお聞きしたもので…。」
黙ったままだが納得したような顔をした蛇提督は、間宮から見て横を向いたまま先程の問いに答える。
蛇提督「そうだな。私が生きてるうちにこの戦争が終わるのかわからんが、牢の中にいるよりはマシだろうと思っただけだ。」
この答え方だと夢を叶える事にそこまで執着してるようには見えないと思った間宮。
間宮 「でも航海士になって色々な海を渡りたいというのは、とても素敵じゃないですか。その夢を持つようになったのは何がきっかけだったのですか?」
蛇提督「…。」
蛇提督は何故だかすぐに答えなかった。
言うか言うまいか考えてるのかもしれない。
少し沈黙した後、
蛇提督「俺の父がそうだったから…。」
間宮 「え?」
先程より小さい声でボソッと言ったので少し聞き取りづらかった。
蛇提督「俺の父も航海士だった。幼い時から海を渡ってきた話を父から聞いて自然と俺もそれに憧れるようになったんだ…。」
間宮 「へぇ〜そうだったのですか。お父様とは仲がよろしかったのですね。」
微笑ましい話だ。
この提督のどこか温かい人柄はそれがあってこそかもしれない。
やはりこんな人が人を殺すなんて信じられないなと、間宮は思う。
蛇提督「そうだな。会える機会は少なかったが、親子仲は良かった方だ。」
間宮 「今、お父様はどうしていらっしゃるのですか?この御時世では航海士はできないでしょう?」
蛇提督「深海棲艦との戦争が始まってから父は本来の仕事を辞めて海軍に入隊した。航海士の腕を見込まれてな。」
間宮 「ではお父様は海軍にいらっしゃるのですね?」
蛇提督「いや…戦死したと聞いている。」
間宮 「え…?」
蛇提督「俺が服役している間だったのでな。ある輸送船団の一部隊の指揮官をしていたらしいが、深海棲艦の襲撃にあって戦死したそうだ。」
自分の父親の事なのに淡々と話す。
むしろ感情を押し殺してるようにも見える。
間宮 「…すみません。お辛い事を聞いてしまいました。」
蛇提督「気にするな。深海棲艦の攻撃で家族を亡くした人は何も俺だけじゃない。むしろ父なら立派に戦って亡くなっただろうさ。」
服役中だったということは、父親の死に目に会うことが出来なかったどころか、お葬式すら出れていないということだろうか。
先ほどの言い方では人伝に聞いただけのようである。
間宮 「では提督は、提督を引き受けた理由はお父様の仇を討つためでもあったということですか?」
利害が一致する理由の本当の理由はそれなのではないかと間宮は確かめる。
蛇提督「結果的にはそうなるな。」
間宮 「結果的には…ですか?」
曖昧な表現で間宮もどう受け取ったらいいか戸惑う。
蛇提督「今思えば俺が提督になることは、運命だったのかもしれない…。」
そんな意味深な言葉を言ったあと、また窓の外の方を見るのだった。
その背中をしばらく見ていた間宮だったが、「そろそろ食堂に戻らなくていいのか?」と蛇提督に言われて我に返る。
間宮 「はい。食器をお下げしますね。」
と言ってそろそろ行こうとした時に、
蛇提督「そうだ…まだ言ってなかったな?」
間宮 「何をですか?」
蛇提督「…暁と雷の喧嘩をよく止めてくれた。礼を言う。」
窓の方を見たままだがその声ははっきり聞こえた。
間宮 「いえ…大した事ではありませんが、提督のお役に立てて良かったです。」
蛇提督には見えないが、穏やかな笑みを浮かべて答える。
間宮 「それでは失礼します。」
蛇提督「ああ。」
執務室を後にした間宮は食堂に戻りながら、先程話した時の蛇提督の表情や声を思い返す。
少しだけ提督の事を知れた貴重な時間だった。
なかなか本心を見せないけど、その一端を見れたような気がする。
自分の料理を初めて食べた時に泣いた小豆提督のように、あの提督もまた悲しい過去があるということか…。
父親の死は提督にとって悲しかったはずだ。
でもそれだけではなさそうだ…。
艦娘達の悲しい心を理解できる懐の深さはいくつもの悲しみを知っているからだろうか…?
ならあの方には何があったのだろうか?
いつか話してくれる日が来るだろうか?
答えの見つからない疑問が浮かぶ中、ふと廊下の窓の外を見てみようとする。
無意識ではあったが提督と同じ事をしてみる。
それでも真っ暗な外と同じ、まだ見えることは無かったのだった。
―――暁姉妹の部屋―――
響と電は自分達の部屋へと戻ってきた。
部屋に戻る頃には電もすっかり落ち着いていた。
暁と雷を起こしてはいけないと思い、二人は静かにそれぞれの布団へと入る。
響 「(今日も司令官の面白いところを見れたな…。もっと司令官と話してみたいな。)」
いつ以来だろうか、姉妹以外の人でこんなに楽しいと思えたのは。
つい最近まで過去のことで塞ぎ込んでいたと思えないほどだ。
響 「(それと電を司令官のところへ行かせたのは正解だったな。電も少しスッキリしたようだ。)」
そういう自分もどこかスッキリした気分だ。
今夜は良い夢が見れそうな気がする。
今度は司令官に何を話そうか考えながら目を閉じる響だった。
電 「(少し胸が軽くなった気がするのです…。あんなに泣いたからでしょうか…?)」
結構、大声で泣いた気がする。
今でも思い出すとやはり恥ずかしくて顔が熱くなる。
しかもよりによって、抱きついた相手が司令官にしてしまうのだから尚更で…。
泣いている顔を見られたくないために咄嗟にしてしまったが、何であんな事をしてしまったのだろうと後悔して、掛けている布団をさらに上にあげて思わず顔を隠す。
電 「(でも…司令官…温かたかったのです…。)」
抱きついたときの感触や自分の肩に触れていた手の温もりを思い出しながら電も静かに目を閉じるのだった。
そんな中、一人布団で寝ていたはずだった雷が目だけを開けていた。
雷 「(私の代わりに謝りに行ってくれたのかな…?)」
二人に迷惑かけてしまったと思う雷。
雷 「(私も司令官に謝りに行かないと…。)」
そう思った雷は、もうしばらく待つことにするのだった。
―――執務室―――
蛇提督はまだ何も見えない窓の外を眺めている。
いや、彼としてはその先に広がっているはずの海を眺めていた。
中森 『やっぱりあなたには提督の才能があるのよ。』
かつて共に海を眺めながら隣で座っていた彼女の言葉を思い出す。
蛇提督「(俺がここにいるのも…あなたの導きなのでしょうね…。)」
ふと自分の手のひらを見る。
電と響の肩を触った感触がまだ残っている。
蛇提督「(だが俺に…彼女達に触れていい資格は無いはずだ。)」
そうして再び見えるはずの海を眺めるのだった。
―――暁姉妹の部屋―――
皆が寝静まった頃、雷は姉妹達に気付かれないように起き、部屋を出て行く。
向かうは執務室。蛇提督に謝りに行く。
雷 「(司令官はまだ起きてるかしら…?)」
起きていなかったらまた今度にすればいい。
雷はそう考えながら、他の誰かに出くわさぬように周りを確認しながら廊下を歩いていく。
誰にも出くわすことなく執務室の前までやってきた雷。
雷 「(大丈夫…よね…?響だって一人で来たことがあるんだし…。)」
いざ来てみて執務室を前にすると、不安からなのか今さら緊張し始める。
けれど、響の時の事例があるおかげで、一人でもここまで来ることができた。
そして何より自分の事で他の姉妹やみんなに迷惑をかけられない。
謝ってどうなるかわからないけど、しないままも良くない。
だからここで立ち止まっては本当に動けなくなってしまうから、勇気を持って一歩前に足を踏み出す。
コンコンコン
蛇提督「誰だ?」
雷 「雷…です。」
蛇提督「入れ。」
ドアの向こうからの蛇提督の許可をもらったのを合図にゆっくり部屋に入る。
雷 「…失礼します。」
蛇提督「どうかしたか?」
とりあえず逆撫でしないように、なるだけ敬語で話す。
雷 「あ…あの…。」
緊張のせいかうまく言い出せずにいる雷。
それでも蛇提督はただ黙って待っている。
雷 「今日の喧嘩のことで…司令官に謝りに来ました。」
蛇提督「ほう。」
雷 「ごめんなさい!全部、雷がいけないのです!もしも響や電に罰を与えるようなら全部、私がします!」
蛇提督「落ち着け。響や電には何もしない。」
雷 「でも…響と電はさっきここに来ていたのですよね?」
蛇提督「ああ、ここに来ていた。暁と雷の代わりに謝りにな。」
雷 「二人やみんなに迷惑かけてしまったわ。今度はみんなに頼られるように頑張ります。」
蛇提督「…。」
蛇提督は雷の言葉を聞いて、雷をじっと見たまま意味ありげに黙ってしまった。
それを見ていた雷は少し不安になる。
雷 「ど…どうかしたのですか?」
蛇提督「雷。」
雷 「はい…。」
次に何を言われるのか、それが怖くて思わず一歩後ろに下がる。
蛇提督「俺は喧嘩することに関して、それほど咎める事ではないと思っている。」
雷 「…そうなのですか?」
蛇提督「内容によるがな…。大事なのはなぜ喧嘩するかだ。…むしろ思ってることや言いたいことを、胸の内に仕舞い込んで、気づいた時にはもう伝えることが出来なくなることの方がよっぽど辛い。」
雷 「…。」
蛇提督「いつ戦いで消えてしまってもおかしくないこのご時世なら尚更だろ?」
雷 「…はい。」
どうしてこんな話をするのか?
司令官はまるで経験があるように話すことが気にかかる。
蛇提督「戦いは一人で戦ってるわけじゃない。他の仲間と共に出撃するのなら、仲間のことで怒ることもあるだろう。」
こちらの様子をじっと伺うように見てくる蛇提督に少し怯えつつ、
何を言いたいのかと疑問に思いながら雷は大人しく聞く。
蛇提督「だが俺には、雷が一人で戦ってるように見えるがな。」
雷 「っ!!」
蛇提督「それと暁もな。俺から見たら二人は似た者同士だ。」
雷 「そ…そんなことは!!」
蛇提督「じゃあなぜ暁にはあれだけ強く反発してしまうんだ?」
雷 「それは…。」
雷は俯いてそれ以上、言葉を出せなくなってしまった。
少し待ってみた蛇提督は、このままでは埒があかないと思い違う質問をし始める。
蛇提督「電達が覚えてる雷と今ここにいる雷が違うことが関係しているんじゃないのか?」
雷 「…!」
俯いたままだが目を丸くしてその驚きは隠せない。
いや、少し考えればわかることだ。
誰がその話をしたかなんて…。
蛇提督「電達から聞かせてもらった。その時の事件の話を。だがお前はその反応をする限りとっくのとうに気づいているんだろう?」
雷 「……はい。」
落ち込むように弱い返事が返ってくる。
そこまで知っているのならもう隠し通すわけにはいかない。
しばらく黙ったままだった雷は、決心がついたのかその重く閉ざしていた口を開いた。
雷 「…私が建造されてすぐさま小田切司令官がいるマニラ基地へ転属した時の話です。」
そうして彼女はその時の話を語り始めた。
―――5年前―――
雷 「(やっと着いたわ。ここの司令官はどんな人かしら?)」
本土からマニラ基地を経由して任務を遂行中の艦娘達と同行して雷はこの地へと来た。
今がかなり困窮した情勢である事を、本土を出発する前に聞かされたけど、だからこそ司令官や他の艦娘達に頼られるくらい活躍する事が急務であると、雷は息巻いていた。
同行した艦娘達と共に執務室へと向かう雷。
艦娘達はこの基地の提督に、少しお世話になる挨拶と今後の作戦の確認などのため、
雷は提督と初顔合わせのために赴く。
執務室の扉が開かれ、中へと入る。
そこで見た司令官は、なんだか頼りなさそうというのが第一印象だった。
と思っていると雷と目が合った時、彼は固まってしまった。
幽霊でも見たかのような顔をしていた。
他の艦娘が、それを気にしたのか小田切提督に呼びかける。
その声にハッとした小田切提督はその艦娘に話しかける。
小田切提督「ああ…すまない。もしかしてここに新しく着任する駆逐艦というのは、そこの彼女かな?」
小田切提督がそのように言ったので、今が言う時だと雷は思い、
雷 「初めまして!司令官!今日付けで着任した、雷よ!」
小田切提督「…初めまして。悪いけどもう少しだけ待ってもらえるかな?こちらの案件を確認する必要があるから。」
雷 「私なら大丈夫よ!終わるまで待ってるわ。」
と、笑顔で答える。司令官にちゃんと命令が聞ける娘であるとアピールも兼ねてだ。
その後、小田切提督と他の艦娘達は簡単な挨拶と今後の段取りを確認し、それを終えた艦娘達だけ先に執務室を退室した。
小田切提督「さて…待たせてすまなかったね。」
雷 「私なら大丈夫よ!」
小田切提督「…。」
何故だか雷を黙ったままただ見つめる小田切提督。
その顔はどこか寂しそうな表情だった。
雷 「どうしたの、司令官?」
雷のその言葉に小田切提督はハッとする。
小田切提督「なんでもないよ…。今日から僕の指揮下で働いてもらうよ。これからよろしくね。」
雷 「こちらこそよろしくだわ!」
小田切提督「まずは雷の部屋に案内してあげるよ。僕についてきて。」
雷 「わかったわ。」
笑顔で答える雷。
小田切提督の後をついていき、執務室を出る。
小田切提督「今はほとんどの娘がこの基地から出撃してて、他の娘を紹介したくてもいなくてさ。」
廊下を歩きながら雷に説明する小田切提督。
小田切提督「そうそう。実はここに暁と響、電も所属しているんだよ。」
雷 「え!?本当に!?わあ、嬉しいわ!姉妹が揃ってるなんて!…ねえ、今どこにいるのかしら?」
自分以外の姉妹が揃ってることに歓喜する雷。
小田切提督「それが彼女達全員、今は任務で遠いところへ出撃しちゃって、ここにはいないんだ。」
雷 「そうなの?残念ね、せっかく会えると思ったのに…。」
小田切提督「落ち込まなくていいよ。彼女達は今も元気でいるよ。でももしかしたら響がもう少しで帰ってくるかもしれない。」
雷 「そうなの?会うのが楽しみね!」
小田切提督の後ろで嬉しそうに笑う雷とは裏腹に、自分の表情を見せないように前を向いた小田切提督の顔はどこか寂しげな笑顔を浮かべていた。
小田切提督「さあ、ここが君の部屋になるよ。」
そうやって連れてこられた部屋を雷は楽しそうに見渡す。
雷 「ここは他に誰か使ってるのかしら?」
二段ベットが部屋の両端に二つ。
定員四名が寝泊まりだけに使われるようなやや少し狭い部屋となっている。
小田切提督「いや、まだ誰も使ってないよ。」
雷 「そうなのね。暁達の部屋もみんな別々なのかしら?」
小田切提督「いや…三人は同じ部屋にいるよ…。」
雷 「私もそこにできないの?三人部屋とか?」
小田切提督「いや…違うんだ。近々、暁達がいる部屋を変えさせようと思ってて、今回来る駆逐艦が雷だとは知らなかったけど…この機会に暁型で同じ部屋に移そうと、今さっき思ったんだ。」
小田切提督はやや震えながら、雷から視線を逸らして、目が泳ぎつつもそれらしい理由を話す。
雷 「そうだったのね!姉妹が揃うのが楽しみだわ!」
雷は小田切提督の不審な様子をあまり気にせず、それよりも姉妹が同じ部屋に住めることの方が楽しみだった。
??? 「司令官…そこにいるかい…?」
廊下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
小田切提督「…!!……響、帰ってきてたのかい?」
妙に驚いている小田切提督の声を聞いて、雷はハッと振り返る。
雷 「響なの?あら!響!久しぶりね!」
思わぬところで響に会えたことに雷は歓喜する。
響 「!?…雷…本当に雷なのかい?」
響の驚き方は少し変だった。
目を丸くして目の前の光景が信じられないというような表情だった。
雷 「何を言ってるの?この通り、正真正銘、雷よ!」
両手を腰に当てて、ドヤ顔でアピールする雷。
響は驚いた表情のまま小田切提督に視線を移す。
その視線の意味に気づいた小田切提督はこう答えた。
小田切提督「響…。今日からここに着任した雷だ…。」
響はその言葉を聞いて俯いてしまった。
雷 「どうしたの、響?」
響の様子がおかしいのを気にして、覗き込むように見る。
響 「…ごめん。遠征から帰ってきて少し疲れてるんだ。ここには司令官を探すために来たんだ。執務室に戻ってきて欲しいのと入渠の許可を貰いたくて…。」
小田切提督「ああ、そうだったか。響、すぐ入渠するといい。ついでに他の遠征した娘達にもすぐ入るように伝えといて欲しいんだ。」
響 「了解…。」
雷 「響、大丈夫?心配だから入渠施設の所まで一緒に行っていいかしら?」
やけに元気を失くしている響が気になる雷。
声も随分と弱々しい。
響 「いや…私は大丈夫…。」
雷 「でも…。」
そんなわけにはいかないと思って、無理やりにでも行こうかと思った時、
小田切提督「ああ…雷はまだこの基地の使い方やルールとか今後の事について話しておきたいことがあるから、また執務室に来て欲しいんだ。」
雷 「え?そうなの?ごめんね、響。」
響 「大丈夫…。雷もここに来るまで大変だっただろうから、今日はよく休んで。」
雷 「うん…ありがとう…響。」
響はそのままそれ以上話さず、その場から去って行った。
その元気の無い後ろ姿を雷は見ながら思う。
雷 「(入渠して今日ゆっくり休めば響も元気になるよね…。)」
願う気持ちも込めながら、響が見えなくなるまで見送るのだった。
その夜、小田切提督から響達の部屋を聞いた雷は響達の部屋へと行く。
昼間の響の様子がよろしくなかったので、心配で見に行くのだ。
響達の部屋まで来た雷はドアをノックする。
雷 「私よ。響いる?」
響 「ちょっと待って。」
中でガタゴトと音が聞こえた後、響が扉を開けて雷を出迎える。
響 「どうしたんだい?」
雷 「昼間、響の調子が良くなさそうだったから、様子を見にきたのよ。あれからどう?」
響 「…入渠も済まして、一休みしたら良くなったよ。」
雷 「それは良かったわ!響にもしもの事があったら気が気でいられないわ。」
響 「うん…。」
雷はチラッと部屋の中を覗く。
そこは雷に割り振られた部屋とほとんど変わらない部屋だった。
雷 「ここで話すのもなんだから部屋に入ってもいい?」
一瞬躊躇ったような素振りをする響だが、「いいよ」と答えて雷を中へと入れる。
雷 「司令官から部屋を引っ越しさせる話は聞いてる?」
響 「…うん。聞いてる。」
雷 「見たところ私の部屋と変わらないのにどうして引っ越しさせるのかなーって思って。…ちゃんとベットだって四つあるのに。」
響 「この部屋は執務室からちょっと遠いんだ。出撃する事が多くなった私達の為に呼び出しがかかってもすぐに行けるようにしたいんだと思う。」
雷 「そうなのね。ここの司令官は優しそうな人で良かったわ!」
響 「…ああ、そうだね。」
雷 「響は次に出撃する予定ってあるの?」
響 「あるよ。本土へ物資を輸送する任務がある。」
雷 「そうなのね。私もそれに参加するかしら?」
響 「どうだろう…。」
雷 「それならいっそ、敵を倒す為に出撃したって構わないわ!どんな敵でも私が…。」
響 「!?…それだけはダメだ!」
雷 「ど…どうしたのよ…急に…?」
なかなか感情を表に出すことの無い響が急に怒ったので雷はビックリする。
響 「あ…いや…。ほら、雷はまだ建造されたばかりで練度も低いだろ?最近、深海棲艦の動きが活発化して何より強くなってきてる。とっても危険なんだ…。」
雷 「そうなの?ここに来る前、本土で大まかな戦局の話を聞かされたけど、そんなに危うい状況なんだ。」
響 「そうだよ。だから無茶だけはしてほしくないんだ…。」
雷 「わかったわ!…それなら、暁と電が心配ね。暁はおっちょこちょいだし、電はしっかりしてるようでどこか抜けてるしね。」
響 「そうだね…。」
雷 「どうかしたの?」
響 「あ…いや…。」
やはり様子がおかしい響を見て、雷はふと思いつく。
雷 「わかったわ!」
ビクッと肩を震わした響は雷を見て、その後に続く言葉を待つ。
雷 「二人が長い事いなかったから寂しかったんでしょ?」
響 「…え?」
雷 「二人の話をした時もそうだし、私が出撃するって聞いて、また離れ離れになるのが嫌なんでしょ?…響ったら、素直じゃないんだから〜。」
少しだけ間が空いたが、響は笑みを浮かべながら答える。
響 「そ…そうだよ…。やっぱり雷には敵わないね。」
そんな響を見て、雷は少し安心する。
雷 「そうでしょ!姉妹なんだから当然じゃない!」
ドヤ顔でアピールする雷。
雷 「それなら響が次に出撃する時に私も一緒に行ければいいわね。」
響 「私から司令官に頼んでみようか?」
雷 「良いの?」
響 「叶えてもらえるかはわからないけど…。」
雷 「それでも良いわ!」
響 「わかった。」
話がひと段落して雷は何となく部屋を見渡した。
そこで部屋の端にあったタオル掛けに目が留まる。
そこには四枚のタオルだ。
きっと風呂や入渠から上がった後に使うためのものだ。
一人一つで使っていたのなら、一枚余る。
いや、何も不思議な事ではない。
ここは四人部屋だ。
雷以外の姉妹達ともう一人いたのだろう。
だからそう思って新しい話題がてらになんとなく響に尋ねてみる。
雷 「ねえ…この部屋にもう一人誰か一緒にいたの?」
響 「…!?」
響が一瞬目を丸くして驚く。
雷は響のそれを見たが、あまり気にせず回答を待つ。
響 「…どうしてそう思うんだい?」
雷 「あそこにタオルが四枚あるから、四人で部屋を使ってたのかなって。私がいなかったのなら別の誰かよね?」
響 「…。」
響が少しの間黙っていたが、雷はその沈黙の意味がわからなかった。
響 「…そうなんだ。もう一人いたんだ。…でも急な異動で少し前に違う鎮守府に行っちゃったんだ。」
雷 「そうだったんだ〜。響達がお世話になったのなら、私からも挨拶とお礼を言いたかったな〜。」
と、少し残念がる雷。
響 「気にしなくて大丈夫さ。…そうだ、前に司令官が…。」
響は違う話を持ち出しながらも、雷との会話を続ける。
その後の二人は、今までの事や他愛のない話で盛り上がったのだった。
長話となり夜も更けた頃、雷は響にお休みの挨拶をして自分の部屋へと戻るところだった。
廊下を歩いていると角の向こうで話し声が聞こえてきた。
きっと響と共に遠征に出ていた艦娘達だろうと思い、雷ははじめましての挨拶も兼ねて話しかけようと角に差し掛かった時、
艦娘A「ねぇ…。今日見た雷ちゃんって…。」
その言葉でピクリと雷はその場に立ち止まる。
艦娘B「新しく来るって言ってた駆逐艦の娘だよ。」
艦娘A「じゃ、じゃあ…あの噂は本当だったって事!?」
「あの噂?」と思いながら雷は角に隠れて会話を聞く。
艦娘B「うん…。既にその艦娘の娘が存在していれば、新しくその娘と同じ同名艦の娘は新造されないって話ね。」
艦娘A「つまり逆を言えば…新造艦の娘が現れたら、既に存在してた同名艦の娘は既にこの世にはいないって事だよね?」
「え!?」と雷は心の中でドキッとする。
艦娘A「じゃあ二週間程前に一人で出て行っちゃた雷ちゃんは…。」
艦娘B「…。」
雷は大きな衝撃を受け、気づいた時にはその場から逃げるように走り出していた。
雷 「(どういう事なの?…どうして!?)」
あの話はつまり…そうだ…自分の他に『もう一人の雷』がここにいたのだ。
そう思えば司令官と響の気になる態度や部屋での違和感も納得がいく。
そう…あの部屋には暁姉妹が『既に揃っていたのだった』。
それならどうしてそうだったと教えてくれないのだろうか…。
そう思った途端、雷の足が止まる。
司令官もその事はわかっていたはず…。
でも司令官も響もあえて私に隠していた。
それは彼らにとって『前の雷』が雷であって、『今の私』は雷ではない…。
それを隠したかったのだろうか?
そう思うと心の隅から恐怖が湧いて出てくる。
二人はとても優しく接してくれた。
でもそれは私に気付かれないようにするための『優しい嘘』。
あくまで他人行儀で接していたのだろうか?
響を疑いたくないけど、響の言った事がどこまでが嘘でそうではないのか、会ったばかりの私ではわからない…。
『前の雷』ならわかったのだろうか…。
そしてこれからどうすればいいのか…。
司令官や響に『前の雷』がいた事を問いただすのか?
それではただ彼らの嘘に対して、私が責めてるだけのようで嫌だ。
嘘だと暴いたところで何になるのだろう…。
逆に彼らに対して酷なことを強いているだけになりかねない。
『前の雷』を本当の雷だと思っていたのなら尚更だ。
先程、響が今までの事を話してくれた。
そのほとんどは『前の雷』は知っていて『今の私』は記憶にない。
彼らにとって、何も知らない私は、『他人』なのである。
そう思って当然なのである…。
このまま大人しく部屋に戻ろう。
気づいてないふりをしよう。
きっとその方が良いから…。
その後、響は本土への輸送任務で出撃して行った。
司令官の指示で私が一緒に出撃する事はなかったけど、心のどこかで一緒に行かなくて良かったと思ってしまってる私がいた。
その翌日、今度は電が帰ってきた。
実は電が帰ってくることはその前から司令官から聞いていた。
でも、それも知らないふりをした。
『前の雷』の存在も知らないフリをして電の質問に答える。
電の顔はどんどん青ざめていった。
私が『前の雷』じゃないと気づいて、驚きを隠せないのだろう。
響と違って電は顔に出やすい。
電は急いで司令官の所へ行った。
きっと『前の雷』の事について聞きに行ったのだろう。
それにしてもとても変な感じだ。
私は『雷』のはずなのに『雷』じゃない気がしてきた。
電は補給のためにマニラに立ち寄っただけだったので、すぐにまた本土へ向けて出発した。
程なくして私も別の艦隊の撤退支援と輸送物資の護衛で別の鎮守府を経由して本土へと出撃する任務をする事になった。
マニラ基地を発つ時、小田切司令官に見送られたのが最後の別れとなってしまったけど、あの時の司令官の穏やかな笑顔は、どういう意味だったのだろうと今でも時々考えるのである。
―――現在 執務室―――
雷 「でも後でよくよく考えたら、私の目的は結局最初の時と変わらないと思ったんです。」
蛇提督「…どういうことだ?」
雷 「皆に頼られるように強くなることです。」
蛇提督「ふむ…。」
雷 「頼られるくらい信頼されれば、姉妹や他の皆に私を雷として見てもらえるはずです。」
蛇提督「…。」
雷 「そうすれば…前の雷と同じように皆が私を見てくれるはずだもの…。」
その言葉は顔を俯かせながら話している為、音量が小さかったが、蛇提督はしっかりと腕組みをしながら聞いている。
雷 「でも今でも響と電は心配そうに私を見つめる事があるし、暁なんかいつもお姉さんぶって私が頑張ろうとするのを邪魔するんです。そのくせにいつも空回りしてばっかり…。最初から私を頼ってくれればそんな事にはならないのよって言いたいのですが…。」
暁に対して少し怒りながら文句を言っているように見えたが、急にまた自信を無くしていくように声が弱々しくなり、
雷 「きっと私がまだ頼られるほどになれていないのね…。」
そうして黙ってしまった雷を見て、蛇提督は腕組みを解く。
蛇提督「雷…お前にははっきりと言った方が良いだろうから言うぞ。」
雷 「はい…?」
顔を上げて蛇提督を見上げる雷。
蛇提督「お前は『前の雷』にはなれない。絶対にな。」
雷 「…!!」
雷は目を丸くして絶句してしまう。
何かを言いたげな表情を一瞬見せるが、すぐ諦めたようにまた俯いてしまう。
雷 「……そう…ですよね。…本当は…心のどこかで…わかって…いたんです。」
だんだんグズりはじめ、今にも泣き出しそうになる。
蛇提督「…だがな。」
それを言った蛇提督は雷と同じくらいの目線になるまでしゃがみ込んだ。
蛇提督「それでも雷にはこれからを自分で決められる自由がある。」
雷 「…え?」
意味がよくわからないと涙目になりながらも、蛇提督の方へと顔を向ける雷。
蛇提督「私から提案出来る事は二つ。ここから別の鎮守府に異動するかここに残るかだ。」
雷 「え!?どうしてそんな話になるの?」
あまりの驚きについ素が出てしまう雷。
蛇提督「話を聞いた限り、今の雷にとって『前の雷』と比べられてしまう事が心の負担になっているようだ。」
雷 「…。」
蛇提督「だがそんな負担を抱えたままでは、この先雷が意図せずとも周りに迷惑をかける可能性もある。今日の喧嘩のようにな。」
雷 「う…。」
確かにそうかもしれないと思ってしまう雷。
蛇提督「ならば姉妹達から一旦距離を取ることも必要であろう。」
雷 「でもそんな事できるの…ですか?」
蛇提督「私の方から元帥に他の鎮守府に異動できないか取り合ってみよう。事情を話せば融通をきかしてもらえるかもしれない。」
雷 「…。」
呆けた顔で蛇提督を見つめる。
蛇提督「…どうかしたか?」
雷 「いえ…その…なんか意外というかなんというか…。」
蛇提督「何がだ?」
雷 「司令官に従えなければ、解体か若しくはどこか艦娘として扱ってもらえない所に飛ばされてしまうと思ってたので…。」
蛇提督「従っているではないか。」
雷 「…え?」
蛇提督「ちゃんと今、私の話を聞いている。」
雷 「でも…最初の時にも自分に従わなかったらって話してたじゃないですか…?」
蛇提督「あの時は…お前達が今後も戦うかわからない事態だったからな。ストライキの意味での蜂起だった可能性も踏まえてああしたのだ。現に当時の山城と天龍は解体を望んでいたしな。戦意があるかどうか見極めるためだったという意図がある。」
雷 「…。」
雷は拍子抜けしてしまう。
確かに響や扶桑達の件、天龍や龍田、間宮さんや他の人たちの話を聞いて、ちゃんと謝れば何かしらの罰を言い渡されてそれで許してもらえると思っていたのだったが、まさかここまでの対応をしてくるとは思っていなかった。
そして、雷の思う『従う』と蛇提督の言う『従う』は少し意味合いが違うことをなんとなく感じ取ったのだった。
蛇提督「前から言っているが、私は戦意があるものであれば、誰彼問わずちゃんと運用するつもりでいる。今回の雷の場合は戦意はあるものの、そんな負担を抱えたまま戦い続ければ、いずれ精神だけでなく体にも支障をきたす。その為の処置だ。」
雷 「司令官は…私がこのまま戦い続ければ、ダメになってしまうと思うのですか?」
蛇提督「ああ、そのままならな。」
雷 「そう…ですよね。私はやっぱり皆に迷惑をかけてばかりなのね。このままいても…。」
俯く雷はここから離れるという提案に、心が傾く。
情けなくて弱い自分がここにいない方がいいと思わせる。
蛇提督「俺は…『そのまま』ならと言ったはずだぞ。」
雷 「…え?」
蛇提督「今のお前はもう『前の雷』にはなれないと改めて知った。だからこそそれを知った上で、これからを決める必要がある。」
雷 「…でも…『前の雷』になれないなら私はもう…。」
蛇提督「そうやって自分を『前の雷』と比べてきて、いつの間にか自分で自分を追い詰めるようになってしまったのが、そもそもの原因だ。だけど、たとえ周りが『前の雷』と同じだと見てくれるかそうでは無いかなんて、重要なことではない。」
雷 「どういうこと…?」
蛇提督「いいか?…確かにお前が建造される前の『前の雷』の記憶なんてものはない。だが、建造されてから今日まで頑張ってきた記憶は『前の雷』には無いお前だけのものだ。」
雷 「でもそれは…私が『前の雷』になるためにしてきたことで…。」
蛇提督「本当にそうなのか?『雷』として見てもらいたかったのは本当だろうが、本当にそれだけだったか?」
雷 「それは…。」
正直、蛇提督が何を言いたいのかわからなくて、回答が出てこない。
蛇提督「残るかそれともここを離れたいか、答えは急がなくていい。どちらを選ぶにしても踏ん切りをつけないままではどちらも良い結果は得られないだろう。」
雷 「どうしたらいいの…ですか?」
蛇提督「できれば『前の雷』の存在を知っていた事を姉妹達に打ち明けられればその方がいい。言うのが怖いならまだ秘密のままでもいい。まだ電達は雷が知っている事を知らないようだったからな。」
雷 「…。」
蛇提督「もしも自分から言うのが怖いなら、俺から伝えるか?若しくは龍驤と古鷹は事情を知っているようだったから、彼女達を介して伝えてもらうのもいいだろう。」
雷 「…それは…もしも打ち明けるなら…自分から言い…ます。」
それだけはそうした方が良いと何故だかはっきり思うのだった。
蛇提督「そうか。」
雷 「…他にした方が良いことはあるのですか?」
蛇提督「いや、特別なことはしなくていい。いつもと同じように姉妹達と接すればいい。」
雷 「そんなんでいいの…ですか?」
蛇提督「大事なのは接している時の自分の心だ。どうしても苦しい思いしか湧いてこないなら、一度距離を取ることも止むをえんだろう…。だがもし…。」
雷 「もし…?」
蛇提督「違う感情が湧いてくるようなら、また俺に報告しろ。…どんなものでも聞いてやる。」
雷 「…!」
ピクッと最後の言葉に反応する。
胸の中で何かの波紋が広がったような感覚だった。
蛇提督「時間はたくさんある。打ち明けるかどうかの事も含めてゆっくり考えるといい。」
雷 「…わかりました。」
蛇提督「俺からは以上だが…何か聞きたいことはあるか?」
雷 「いえ…特に…。」
蛇提督「もう遅い。部屋に戻るといい。」
雷 「はい…。」
力の無い返事をして、トボトボと部屋を出て行くのだった。
自分の部屋へと戻る雷は執務室に行く時とはまるで違っていた。
いろんな事がありすぎて許容オーバーした時のように、頭の中も胸の中も空虚なものとなっていた。
でもそれは心地良いものでもなければ、苦しいものでもない。
文字通り「真っ白」になっていたのだった。
自分の部屋へと着いた雷はドアをそっと開ける。
姉妹達はよく寝ているようでスヤスヤと寝息も聞こえてくる。
大きな音を立てないように自分のベッドへと戻る。
雷のベットは二段ベットの下側、雷はベッドに横になり布団をかける。
頭の中はまだ空虚なままだったが、仰向けで寝てそのまま天井を見るとその上でぐっすり寝ている電のことが頭に浮かぶ。
私を初めて見た時の電はとても嬉しそうだったのに、私が『前の雷』ではないと知った時の顔はとても青ざめ絶望でもしたかのような顔だった。
だからこそ私が『前の雷』になれば、きっと最初の時の笑顔になってくれるとずっと思っていた。
だけど、今までも時々電はあの青ざめた顔を見せる事がある。
響も私に頼らず一人で無理してしまうのは、果たして私が来る前からそうだったのだろうか…。それとも私が『雷』じゃないからお節介されたくないのかな…。
暁は何かとお姉さんぶって私に任せようとしない。偉そうな事を言ってる割には何だかんだで失敗ばかり…あの姿を見てるととても苛立ってしょうがない。
でもやっぱり…私がここにいるからいけないのだろうか?
もしも私がいることで皆の心を乱しているのなら、私はここを離れるべきじゃないか?
雷はゴロンと体を横にして姉妹達から顔を背けるように壁側へと寄る。
どんどん頭の中は悪い方へと引きづられるかのように考えてしまう。
また涙が出そうなのか目の周りが熱く感じる。
蛇提督『本当にそうなのか?』
ふと司令官の言葉がよぎる。
どういう意味だったのかよくわからない。
蛇提督『本当にそれだけだったか?』
だからわからないよ…今の私には何もわからない。
蛇提督『答えはすぐ出さなくていい。……違う感情が湧いてくるようなら俺に報告しろ。どんなものでも聞いてやる。』
雷 「…!」
その時、不思議と雷の思考はストップした。
悪いことを考えなくなり、また空虚なものとなった。
だが震えていた体は自然に止まり、その後雷も気づかないうちに眠りにつくのだった。
―――翌朝 執務室―――
蛇提督「…ということだ。」
間宮が蛇提督に朝食を届けにきた際に昨晩の雷とのやり取りを間宮に話していた。
蛇提督は執務机のとこの椅子に座り、その足下にはユカリが寝ていた。
間宮 「そうでしたか…。雷ちゃんにそのような事が…。」
蛇提督「結局のところ、あの姉妹は互いが互いを傷つけないようにしようとして、微妙な距離感ができてしまったのだろう。そして『前の雷』の存在を今の雷と他の姉妹双方共言わなかった事がすれ違いの原因になっているのさ。」
間宮 「そうですね…。電ちゃん達は雷ちゃんが『前の雷ちゃん』の事を既に知っているんじゃないかという気がしても、きっと本人に言えずじまいで今日まで来てしまったんだと思います…。」
蛇提督「最初は本当に些細な事だったが、時間が経つにつれて大きくなってしまったのだろう。雷に至っては心の奥底で姉妹達に対して疑念が湧いてきてしまっている可能性がある。暁に対する反発はそれがゆえに起こるのだろう。」
間宮 「前に話していた雷ちゃんが怒る理由ですね。」
蛇提督「もっとも暁に怒る理由は…自分を見ているようだから…ということでもあるだろう。」
間宮 「それはどういう意味ですか?」
蛇提督「私に任せてと言っては失敗する情けない姿が自分もそのようになっているのではないかと思ったのだと思う。」
間宮 「あ…。」
目から鱗が落ちるように間宮は驚く。
蛇提督「雷は自分を認めてもらう為、皆に頼ってもらえるように努めていた。でもそれが叶わないのは暁のようなああいうみっともない姿を晒しているかもしれないと無意識に感じていたのかもしれない。だけどそれを認めたくないから、私ならそうはならないと反発してしまった結果、暁に対して厳しく当たってしまうのだろう。」
間宮 「それが暁ちゃんが嫌いではないのに辛く当たってしまう原因だったのですね。」
蛇提督「まあこの辺りは私の想像も混じえているがな。」
やはり提督の見解は凄い。
今まで自分も艦娘のナイーブな話などはよく聞いてきたが、ここまで考えた事があっただろうか。
蛇提督「まあそれで先程も話した通り、彼女にはここに残るか異動するかの二択を提案した。時間制限も設けていない。『前の雷』になれないと頭でわからせても心はそれをすぐには受け入れられないだろう。何かあった時は私に報告しろとは伝えておいた。」
今回の事で凄いなと思ったことはもうひとつこれだ。
時間制限を設けない事と異動という逃げ道を作った事である。
考える時間がたっぷりある事、どうしてもダメならば逃げても良いんだと思わせる事で彼女の中ではだいぶゆとりが出来たと思う。
それで雷ちゃんの心も少しは落ち着けば良いのであるが…。
蛇提督「あとは彼女次第だ。今後の経過を周りの者達が見守って行く必要があるだろう。龍驤と古鷹にも伝えてほしい。」
間宮 「わかりました。私達で雷ちゃんの様子を見守っていきます。…ですが提督。」
蛇提督「何だ?」
間宮 「本当に異動なんて出来るのですか?」
間宮でも異動させる話は信じられなかった。
何故なら上からの命令で強制的に異動になることはあっても、艦娘の個人的な事情で異動する例はほとんど無いからである。
蛇提督「それなら朝、元帥に聞いてみた。そういう事情ならばと許可をもらう事ができた。」
間宮 「え!?許可を貰えたのですか?」
こればかりは素直に驚いた。
提督の行動の早さもだが、元帥の度量の広さにも驚く。
だが自分もそのおかげで今ここにいられるのだと改めて思った。
蛇提督「異動させるなら大湊が良いと言っていた。そこなら雷の事情を知ってる者もいるし、初霜の姉である初春と交換という手立てもあると言っていた。」
しかも既に異動させる場合の対応も考えているとは…。
元帥と提督がかなりのやり手である事が窺い知れる。
でもそれと同時に気になる事がもう一つ。
間宮 「あの…少し気になっていたのですが、元帥と提督は仲がよろしいのですか?」
蛇提督「それは断じてない。」
声のトーンが低くなった。
気に触る事を言ってしまったかと間宮は少し慌てて、
間宮 「すみません。差し出がましい事を言いました。」
蛇提督「どうしてそう思った?」
間宮「えっと…私の時や今回の件も元帥と提督が話を進めるととても早い上に、艦娘の本当に個人的な内容で普通は取り合ってもらえる事のない難しい話なのに、なんの差し支えなく事が進むので、それだけ御二方が話しやすい関係にあるのかと思いまして…。」
蛇提督「ふむ…。まあ言われてみればそうだな。だが元帥と初めて話したのは牢から出されて提督として働けと言われたのが最初だ。」
間宮 「では元帥と関わるようになったのは、ついこの間、提督になられてからという事ですか?」
蛇提督「そういう事だ。」
間宮 「ではそうしますと、元帥は提督の事をずっと前からかなり信頼されているという事になりますね。」
蛇提督「信頼…ね…。私としては手の平の上で踊らされてる様にしか思えんがな。」
間宮 「提督がですか?」
蛇提督「ひとつ確かのは、元帥と私の利害が今は一致している。…という事だろうな。」
と、蛇提督は結論づけたが間宮の中では疑問が浮かぶ。
この提督でもかなり先の事を考えながら動いてる人なのに、元帥はそんな提督をも上回るほどの力量の持ち主なのか…。
でもそれならば気になる事がある。
元帥がそれだけの力量の持ち主なら、そもそも何故この提督をわざわざ呼んだのだろうか。
妖精と会話できる稀少な素質の持ち主だが、それまで提督としての経験も皆無だった者に今回の大規模作戦の一端を任せるだろうか。
ましてや艦娘に対して明らかに蔑視する発言もしており、犬死にも嫌であのような事件を起こしたような者であるにも関わらずだ。
元々、この鎮守府の大規模作戦での役目は囮であるから最初から捨てられているようなものだ。
だから他にやろうとする者、候補がいなかった為、元々犯罪者の彼を起用する事で、罪をなすりつけやすい上に、釈放などの交換条件を持ち出せば無理難題を押し付けられても彼がやらざるを得ないのだから扱いやすい人材なのであろう。
でも私が元帥に会った時、そんな冷酷で狡猾な人には見えなかった。
それに最初から捨て駒として呼んだだけの人材ならば、元帥が提督に対して信頼したような対応も矛盾が生じる。
利害が一致していたとしても、ここまで協力的にするだろうか。
まるで彼が、このような人柄であった事を知っていたかのようだ。
間宮 「そういえば、『元帥と話したのは』と仰いましたが、その前に会ったことがあるのですか?」
蛇提督「それは…あの時だ。」
間宮 「あの時…?」
蛇提督「私が軍法会議にかけられた時だ。」
間宮 「あ…。」
間宮はハッとその言葉の意味を察した。
蛇提督「当時、上層部の人物に関して多少の知識があったから、審議に立ち会った人物は何人か覚えている。その中に当時海軍大将だった元帥がいたのを覚えてる。」
間宮 「…そうでしたか。」
蛇提督「その様子ならば、詳しい話を他の者から聞いたようだな。」
間宮 「…はい。」
例の事件の話を聞いた時は内心かなり驚いた。
自分の場合はここの鎮守府の娘達と違って提督との出会いはとても優しいものだった。
最初はあの目を見た時は驚いたしきっと自分を捕まえにきたのだと怖がっていたが、しばらく話してみればどんなに無愛想でぶっきらぼうな所があっても中身はすごく優しい人なのだと気づいた。
だからこそ彼が人を殺したなんて信じられなかったのだった。
間宮 「あの…。」
蛇提督「どうした?」
間宮 「提督は本当に…あの事件で指揮していた提督を殺したのですか?」
一呼吸の沈黙が置かれたあと、静かに蛇提督は答える。
蛇提督「ああ、その通りだ。」
間宮 「しかし私には…。」
蛇提督「信じられないか?」
間宮 「…はい。」
蛇提督「フッ…。まあ今は大人しくしてるからな。変な失敗をすれば私の命もまた危なくなる。」
間宮 「事件の時は自分の命が惜しくてしたのですか?」
蛇提督「ああ、そうだ。逃げ切れる状況でも無かったし援軍の話も信じられなかった。ならば艦娘や戦闘員を動かして囮になってもらいながら少しでも逃げるための時間稼ぎをしてもらわんとな。」
間宮 「その為に指揮官を脅して皆を騙したのですね…。」
蛇提督「あの時はあれで上手くいくと思っていた。戦力差もかなりあって泊地が直接攻撃されるのも時間の問題だった。だからほとんどが死んで私の行いがバレることもないだろうと踏んでいたのに。まさか生き残りがいたとはな…。」
間宮 「そこまでして生き残りたかったのは提督の航海士になりたいという夢を叶えたかったからですか?」`
蛇提督「それもある。犬死はごめんだ。その為にはどんな事をしてでも生き延びてやると、そう思っただけだ。」
間宮 「今、提督をされているのも自分が生き延びる為であると…?」
蛇提督「その通りだ。終身刑で牢の中で死に逝くはずだった私に思いがけないチャンスが来たと思ったさ。生き延びる為には嫌いな奴とでも手を組む。」
嫌いな奴…。
これはきっと艦娘の事だけでなく海軍に対しても言っているのだろうか。
実際、自分を終身刑に追いやった海軍の上層部の者達が今度は自分を都合良く使おうとしているのだから、嫌いになるのは当たり前であろう。
ただ提督の話は筋が通っているようだけど、それでも腑に落ちないことが幾つかある。
まず彼がそれほど生にしがみつくタイプの人間にはあまり見えないこと。
確かにどんな人でも死を目前にすると怖くなって感情的になったり我が身可愛さに他人を押しのけて逃げ出すケースはあるけれども、彼はそういう感じではなさそうということ。
夢のため、と言っていたが夢の話を最初にした時、今はそれほど執着していなさそうであったこと。
また龍田が言っていたように彼も彼なりの目的を持って行動しているということ。
生き延びたいだけならば、しなくていいことまで自ら進んでしているような気がする。
ちゃんと仕事をしているとアピールする為という可能性も否めないが、艦娘を見る観察眼と洞察力は尋常じゃない。才能はあるにしても努力無しでできるものじゃない。
仮に生にしがみついているのなら、きっとしがみつかなければならない理由と目的を持っているはずなのである。
今も…そして事件の時も…。
そんな考え事をしていた間宮に蛇提督は唐突に質問をする。
蛇提督「…怒らないのか?」
間宮 「何がですか?」
蛇提督「私は私情のために躊躇無く艦娘を犠牲にさせた男だぞ?」
嫌がらせするかのようにわざわざその事で煽ってくるなんて…。
もしかして私を試している…?
間宮 「いいえ。確かに犠牲になった娘達は可哀想だと思いますが、それとこれとでは話は別です。私はこれまで色々な人と関わって、人には誰にも秘めた思いがあることを知りました。悪い事だとわかっていてもそうせざるを得ない人達も見てきましたから…。今さら提督の罪に対して責める気はありません。」
蛇提督「…私にも人には言えない秘密があるだろうから責めないと?」
少し険しい表情になる蛇提督。
間宮 「はい。正直私は事件の内容が、軍法会議で明かされた事が全てだと思ってはいません。…私の思う提督はそんな方ではありません。」
蛇提督「……随分と甘く見られたものだな。」
間宮 「え…?」
蛇提督「私だってこんな所にいつまでもいたいわけじゃない。だが元帥との取引で何がなんでも大規模作戦を成功させねばならない。本当はもっと使える艦娘に取り替えてもらいたいとこだが、生憎今のこの戦力でやるようにと言われているのでね。だからここの者達の扱いには細心の注意を払っている。変に上から押しつければ前任の二の舞だからな。」
言葉には低いトーンでありながら凄みがある。
こちらに威圧をかけてくるが怯まなかった。
間宮 「それでは私の時はどう説明するのですか?大規模作戦に私が必要だったのですか?戦力にならない私を説得しても提督に利があると思えませんが?」
蛇提督「フッ…なら教えてやろう。今だから言えることだから言わせてもらうが、私は元帥の命令で貴女に接触し、なるだけ穏便に海軍へ連れ戻す任務を任されていたのだよ。」
間宮 「え!?」
蛇提督「この任務を受けなければ牢に逆戻りだと脅されてね。受けざるを得なかった。間宮は前々から憲兵に目撃されていてしばらくマークされていたのさ。」
間宮 「ではあの時見た黒服の方々は…。」
蛇提督「そうだ。そのマークしていた憲兵だ。まあ、あの時は私が任務をしっかりやっているか監視も兼ねてだがな。間宮に見られた時は少し焦った。計画がバレる可能性があったから私の監視だと言って後であの者達にもそう見えるように行動しろと言っといたのさ。」
間宮 「…提督が選ばれた理由はなんなのですか?」
蛇提督「間宮が目撃されてる場所から一番近い場所にいた事と資材集めをしていることを使って自然を装って接触できると判断したからだそうだ。」
間宮 「加古さんは知っていたのですか?」
蛇提督「いや全く知らないはずだ。たまたま加古を秘書艦に起用した時だったが、彼女の能天気な性格は使えると思ってな。まさか任務で来ているなんて思わせないためのカモフラージュになると思ったのさ。」
間宮 「…でも何故憲兵が直接来なかったのですか?そんな回りくどい事をしなくても…。」
蛇提督「目撃した時は既に間宮は一般人と深く関わっていたからな。無理矢理連れて行って突然いなくなった間宮に気付いて一般人に騒がれるのも面倒な事態になりかねないし、万が一、連れて行くところを見られたりすれば大事だ。それに連れて行く際に間宮が激しく抵抗するなどして事件が起きてもまずい。給糧艦とはいえ艦娘の端くれだからな。」
間宮 「そう…でしたか…。」
蛇提督「自分の仕事だけでも大変だというのに余計な事まで押しつけてくるのだから元帥には困ったものだ。」
間宮 「…。」
間宮にたたみかけるように話す蛇提督を見て、間宮は黙り込んでしまう。
蛇提督「これでわかっただろ?私が間宮の思うような…。」
間宮 「いいえ!それでも私の提督に対する見解は変わりません。」
蛇提督「な!?」
間宮 「形や経緯はどうあれ私が救われた事実は変わりませんから。」
蛇提督「…貴女は私が思っていた以上に強情のようだな。」
間宮 「そうなんですよ。そうでなければ艦娘は務まりませんから」ニコッ
その間宮の笑顔は蛇提督の威圧も皮肉も包み込んでしまうかのような母性溢れるものだった。
それを見た蛇提督はそれ以上何も言えなくなってしまうのだった。
間宮 「私はこれにて失礼いたします。雷ちゃんの様子ももう一度見ておきたいですので。」
蛇提督「……ああ。」
間宮は軽く会釈して足早に執務室を出て行った。
蛇提督「(少し躍起になってしまったか…。)」
その時足下で寝ていたユカリが起き机の上に飛び乗ると蛇提督の腕にゴロゴロと甘えてきた。
そのユカリの頭や体を撫でながら、蛇提督は先程のやり取りを思い出しながら考える。
蛇提督「(それにしても間宮は勘が鋭いようだな。今後は注意せねばならない…。特にあの事件の事についてはな…。)」
―――食堂―――
一方その頃食堂では朝食を摂るため、執務室に行っている間宮以外の全ての艦娘達が来ていた。
暁姉妹はいつものように四人でひとつのテーブルを囲って食べていたが、しーんと静まり返っていた。
他の艦娘達は彼女達から少し距離を置いた位置で各々食べていたが、やはり心配であったためチラチラと様子を窺っていた。
雷 「暁…昨日はごめんね…。」
暁 「…え?」
雷 「昨日は言い過ぎちゃったわ。本当にごめん…。」
暁 「そんな…私の方こそ…ごめん。」
雷 「言い過ぎたせいで皆にも迷惑かけちゃったわ。電も響もごめんね。」
電 「き…気にしなくていいのです!電は気にしていません!」
響 「私も大丈夫。」
雷 「…でも昨日暁と私が寝た後に司令官の所に行ってたんじゃないの?」
電 「ふえ!?し…知ってたのですか?」
雷 「私の代わりに謝りに行ってたのよね。本当にごめん…。」
電 「だ…大丈夫なのです!司令官からは何も咎められなかったです。だから心配することは無いのです。」
暁 「うぅ…私…全然気が付かなかった。」
響 「暁はよく寝ていたからね。」
暁 「うぅ…。」
響 「そういう雷も響達の後に司令官の所へ行ってたんじゃない?」
雷 「え?…知ってたの?」
響 「雷が夜遅くにどこからか帰ってきた事に気づいて、もしやと思ってね。」
雷 「そう…。」
電 「な…何か司令官から言われたのですか?」
雷 「え?」
雷は蛇提督から残るか異動するかを提案されてることを言おうか言うまいか一瞬戸惑ったが、
雷 「ううん…私は少し注意されただけでそれ以上は何も無かったよ。」
首を横に振って何もなかったかのように振る舞う。
電 「そうですか…。」
電 「(…ということは司令官さんは前の雷ちゃんの事を話していないのでしょうか?)」
響 「(司令官の所に行って何もないはずは無いと思うけどな…。)」
暁 「な…なら私も司令官に謝りに行かないとね。」
雷 「暁は行かなくていいんじゃない?」
暁 「そ…そんなわけにはいかないわ!妹達が行って姉たる私が行かないなんt…。」
雷 「…。」
暁 「あ…えっと…。」
雷の暁を見る視線に暁はピクッと言葉を失う。
昨日も姉だからと言い張るも失敗ばかりの自分を指摘された事を思い出して、またやってしまったと思ったのだった。
雷 「…行ってもきっと何もないわ。だって暁はちゃんと頑張ってるもの…。」
暁 「え…?」
思わぬセリフが返ってきたため豆鉄砲を食らったかのような顔をする暁。
雷 「暁は何も悪いことはしてないわ。むしろ私が暁を邪魔しているのかもしれないわね…。」
暁 「そ、そんなこと無いわ!」
電 「い…雷ちゃんどうしちゃったのですか?」
響 「やっぱり司令官に何か言われたのかい?」
雷 「…注意を受けて、頭を冷やして考え直してみただけよ。今回の事は明らかに私が悪いもの。今回の事だけじゃなくて今までも私が良かれと思ってやっても気づかないうちに皆の邪魔や心を乱してたんじゃないかって…。」
電 「ど…どうしてそんな事言うのですか!?電はそんな事思ったこと無いのです!」
響 「響も雷の事を邪魔だなんて思ってない。」
雷 「たとえそうでも、結果的にそうなっているなら私はいない方が良いのかなって…。」
電 「雷ちゃん…。」
響 「…。」
電と響はどう言ってあげたらいいか、何を言っても傷つけてしまうのではないかと困惑してしまう。
暁姉妹達の様子がおかしいのを見て、間に入るべきかそうでないかで他の艦娘達もそわそわしてる中、天龍が我慢しきれず席を立って行こうとした時、
暁 「わ…わたしも!」
その時、暁が急に立ち上がって、緊張しつつも大きな声を上げた。
その声に姉妹達も少し遠くから見ている他の艦娘達も、ちょうど食堂に帰ってきた間宮もその場で立ち止まった。
暁 「私も…一番の姉だからって言って、ずっと妹達を助けれるように頑張ってきたけど、雷が言った通り私はいつも失敗ばかり…。」
電 「暁ちゃん…?」
暁 「妹達が苦しいって思ってる時に姉たる私がしっかりしなくちゃって言い聞かせてきたけど、その度に失敗と空回りしてばっかり…。前任の司令官の時も結局私は妹達に助けられてばっかりなの。電にも響にも…もちろん雷にもよ。」
雷 「暁…。」
暁 「だからずっと心のどこかで私は姉として何もしてやれてないんじゃないかって…。」
響 「…。」
暁 「でも…それでも…どうにか力になってあげたかったのよ…。」
雷 「…!」
「力になりたい」という言葉に雷は何故だかピクリと反応する。
暁 「だってそうじゃない…?妹達が一番苦しかった時に姉の私が一緒にいられないなんて悲しいじゃない…。」
電 「あ…。」
響 「!」
暁のその言葉に電と響はハッとした。
暁がどうして姉であることを誇示するようになったのか。
暁はあの時自分がその場にいなかった事をずっと悔やんできたのだと、二人は初めて知ったのだった。
暁 「だ…だから…えっと…雷も何か苦しいなら私に話してみて。頼りないかもしれないけど…雷も大事な私の妹だもの!」
雷 「…!!」
雷は目を丸くして固まってしまった。
そんな暁と雷を見ながら響は思った。
暁が姉を強調してた理由はもうひとつ。
事件で姉妹の心がバラバラになりかけていたのをまとめようとしていたのかもしれない。
自分が一番の姉で貴女達は私の妹。
これを違う言い方にすると私達は『姉妹』であると強調していることになる。
新しく入ってきた雷も例外なく『姉妹』として迎え入れるために…。
でも本人はそんな事を意図してやったわけじゃないだろうな。
電 「雷ちゃんにはもうどこにも行って欲しくないのです!」
暁に影響されたのか電も大きな声を上げる。
雷 「い…電?」
電 「もう離れ離れは嫌なのです!どこにも行かないので欲しいのです!」
雷 「わ…わかったわ。わかったから電落ち着いて…。」
電 「だからいなくなった方がいいなんて言わないで下さい…。」
雷 「電…。」
響 「私も電と同じだよ。姉妹はやっぱり皆一緒が良い。」
雷 「響まで…。」
暁 「そういうことよ!辛かった事があったなら私達に話してみて!」
雷は自分を笑顔で見てくる姉妹達をそれぞれ見渡す。
雷 「ありがとう…。話したらなんか楽になったわ。」
暁 「え!?そこは素直に話すとこじゃない?何かないの?司令官に酷いこと言われたとか?」
何故だか焦る暁だが雷は静かに首を横に振る。
雷 「本当に何も無いの。…ただ考え直す機会をくれただけよ。」
響 「(考え直す機会か…。)」
響にはとても意味深な言葉に聞こえた。
雷に対して心境を変える何かを言ったのは間違いなさそうだった。
電 「雷ちゃんがそれで良いって言うならいいのですけど…。」
暁 「大丈夫よ! 何かあってもその時は私にまかしぇなしゃい!」
響 「…噛んだ。」
雷 「噛んだわね。」
電 「噛んだのです。」
ドヤ顔で胸に手を当ててかっこよく見せようとしたのが仇になってしまった。
暁はそのままのポーズで顔だけ赤くなる。
暁 「し…してないわ!ちゃんと言えたわ!」
見苦しくもちゃんと出来たと言い張る暁は子供が見せるあれ、さながらである。
雷 「プフッ!ウフフフフ!」
すると途端に雷が堪えきれなかったように笑い出した。
暁 「も…もう!雷!笑わないで!!」
雷 「だって暁…フフフフフフ!!」
やっぱり吹き出してしまう雷を見てそれに釣られるように電と響も笑い出す。
暁 「ああ!皆して笑って!」
暁はとても恥ずかしそうだった。
それを見ていた他の艦娘達は、彼女達の楽しそうな雰囲気を見て安堵した。また近くの者と互いに安心したことを確認し合うように笑うのだった。
天龍 「お前ら、もう大丈夫なのか?」
雷 「あ!天龍!」
やはり一番心配していたのか他の誰よりも先に暁姉妹に話しかける。
天龍の後ろには龍田もついてきていた。
雷 「天龍…ごめんなさい。皆に迷惑かけてしまったわ。」
暁 「私も謝るわ。天龍に酷いことを言ったもの…。」
天龍 「別に俺も他の奴らも気にしてねぇさ。むしろ静かなお前達を見てるとこっちが調子狂うぜ。」
暁 「何よそれ!?いつも私達が騒がしいみたいじゃない!?」
雷 「私は暁ほど騒がしくないわ。」
響 「うん。」
責任を暁だけに押し付けられ、響も「私も」という意味で頷く。
暁 「ええ〜。裏切り者〜。」
少し涙目になる暁。
電 「(…実際、私達は騒がしいと思うのです。)」
龍田 「でも二人に怒られてオドオドしてる天龍ちゃんもなかなか可愛くて良かったわぁ。」
頬に手を当てて満面の笑みの龍田。
天龍 「おい!龍田!」
オドオドなんかしてねえと言おうとした矢先、それよりも早く、
電 「あんな天龍さん、なかなか見れないのです!」
雷 「確かにそうだわ!ビビってたもの!」
響 「可愛いというのは、なんかわかる気がする。」
暁 「私にも大人のレディとしての威厳が現れたのかしら?」
天龍 「オドオドもしてねえしビビってもねえ!」
今の天龍の姿は先程の暁とよく似ていた。
間宮 「はいはい。そこまでね。そろそろ食べ終わるかしら?」
収拾がつかなくなりそうな状況の中にパンパンと手を叩きながら割り込んできたのは間宮だった。
雷 「あ!間宮さん!」
間宮を見てハッとする。
雷 「間宮さん昨日はごめんなさい…。」
暁 「あ!わ…私もごめんなさい!」
間宮 「気にしないで。むしろ頭をぶってしまってごめんなさい。痛かったでしょう?」
雷 「大丈夫よ!あのおかげで私達目を覚ましたんだもの。むしろお礼を言わなくちゃ!」
間宮 「フフ…ありがとう。」
暁 「間宮さんは大した事ないわ!天龍はいつも容赦なくぶつのよ!」
天龍 「お、おい!?」
ビクッとする天龍。
間宮 「あら、そうなの?…だったら天龍さんにもお説教しないといけないわね。」
楽しそうに冗談を言う間宮を見て、その場にいた皆はワッと笑った。
天龍 「おいおい…勘弁してくれよ…。」
天龍は最初はあきれた表情であったが、暁姉妹が笑ってるのを見て次第にニイっと笑うのだった。
その後、暁姉妹は間宮さんにお礼したいということで、食器洗いをした後に食堂と厨房の整理と清掃を手伝った。
手の空いていた他の艦娘達も手伝いに入り、暁姉妹を中心にそれはとても賑やかなものとなった。
そんな中、雷はふとひとり考えた。
雷 「(私はまだここにいて良いんだよね…?)」
ちょっと離れた所で忙しなく手伝ってる姉妹達を見る。
雷 「(いつか『前の雷』の事ちゃんと話せるかしら…?」
やや俯きながら雷はひとり思考の世界に入る。
雷 「(皆と一緒にいて、また苦しくなるかもしれないけど…。でも違う何かを見つけられるかな…?)」
蛇提督が言った言葉を思い出す。
雷 「(特別な事はしなくていいんだ。いつかきっと今の私がこれからをどうするか、決められるように…!)」
暁 「雷!何をそこでボーッと突っ立てんの?早くこっちを手伝って!」
雷 「今行くわ!」
そして雷は暁達の下へ、前へと走り出した。
彼女のそれは心の中でふと思った些細な事だった。
すぐ忘れてしまうかもしれない些細な事だ。
でもそれは前には無かった感情だった。
その感情は確かに彼女の中で何かが変わり始めようとしていたのだった。
それは突然の出来事だった。
暁と雷の喧嘩があった日から数日後、艦娘達が昼飯を食べ終えて待機時間という名の自由時間の頃に、蛇提督に一本の電話を通してそれは伝えられた。
秘書艦の衣笠を通して、龍驤と古鷹を先に執務室へと集合させ、他の者達はいつでも出撃出来るよう準備をさせて出撃ドックに集まるように手配させた。
龍驤 「何やて!?かなりの敵艦隊が呉基地を目指しとんのか?」
古鷹 「これまでずっと無かったのに…また本土への襲撃でしょうか?」
龍驤 「いや…前と少し違うんとちゃうんか?」
古鷹 「どうして?」
龍驤 「女の勘や!」
古鷹 「え…えぇ…。」
ドヤ顔できっぱり言う龍驤に古鷹はたじろぐ。
蛇提督「ああ…私も龍驤の勘に同感だ。」
龍驤 「そうやろそうやろ!!」
何故だか飛びつくように嬉しがる龍驤を見ながら古鷹は蛇提督にそれは何故かと質問をする。
蛇提督「今現在、海岸付近で復興が進んでいる都市や街は無い。攻撃するならやはり鎮守府を直接攻撃するのが目的と見て間違いないだろう。」
古鷹 「では呉基地に向かってる部隊は陽動で本当はこちらの大陸側からの輸送ルートを叩くために舞鶴や大湊に向かう別働隊が来てるのでは?」
蛇提督「そうだった場合、我々は呉基地に向かう艦隊より大湊の方へ援軍として出撃せねばならぬだろうが、きっとそれもないと私はふんでいる。」
古鷹 「それはどうしてですか?」
蛇提督「確かな根拠は無いのだが…強いて言うとしたらこれまでの敵の動きを分析してみた結果、そうなるとだけ言っておこう。」
古鷹 「そうですか…。」
提督自身もほとんどが本人の勘なんだなと思った。
だけど彼があれだけ過去の戦歴を分析した上での結論なら、当てずっぽうというわけではないだろうし、何より信じてみたいと素直に思った。
龍驤 「それでどうするんや?」
蛇提督「呉基地に援軍として出撃する。」
古鷹 「出撃させる艦娘はどの娘ですか?」
蛇提督「全員だ。」
古鷹 「ぜ…全員ですか?」
蛇提督「そうだ。大規模作戦の予行演習が出来そうだ。」
龍驤 「大規模作戦のっちゅうことは、艦隊を二つに分けるんか?」
蛇提督「その通りだ。」
古鷹 「ま…待ってください。ここの防衛はしないのですか?」
蛇提督「ああ、ここの守りは不要だ。ここを失っても後の戦略的価値を考えれば大したことではない。それよりも大規模作戦の要である呉の精鋭艦隊に何かあった時の方が危険だ。」
龍驤 「それなら司令官はどうするんや?一人ここに残るのも危険やで。」
蛇提督「それはだな…。」
ちょうどその時、執務室のドアをノックする音が聞こえたと思ったらすぐさま間宮の声が聞こえた。
蛇提督が許可して彼女が中へと入ってくると足早に三人のもとへと歩み寄る。
間宮 「提督、私に何か出来ることはございませんか?」
落ち着いてるように見えるが何かをしたくて居ても立っても居られないという感じというのは三人にはすぐにわかった。
蛇提督「ちょうど良かった。間宮に頼みたいことがあったのだ。」
間宮 「何でしょうか?」
蛇提督「間宮の艤装の準備と艤装にある通信機器が使えるか今一度確認して欲しい。」
間宮 「えっと…私も出撃する…ということでしょうか?」
蛇提督「いや、間宮は私と共に陸路で呉基地に行くぞ。」
龍驤 「な〜るほど。車の中で間宮さんに通信士の役割をやってもらおうってことかいな。」
蛇提督「そうだ。」
間宮 「なるほど。それなら移動しながら艦隊への指示が出来ますね。」
蛇提督「ああ、よろしく頼む。」
間宮 「私に出来ることでしたらなんでもします。」
古鷹 「ですが、いくらここに残るのが危険だと言えど、わざわざ呉まで提督自ら行かれるなんて…。」
蛇提督「元々、呉とそこの提督には用があったからな。ちょうど良い機会だ。それに間宮を呉に連れて行く必要があるだろうしな。」
間宮 「私がですか?」
蛇提督「この戦いの結果がどうであろうと終わった後は、艦娘のかなりの疲弊が予想される。それに備え間宮は戦った艦娘達の応急処置と料理による慰労が必要になると判断したまでだ。」
間宮 「提督…。」
間宮が何に感動しているのか隣にいる古鷹は察しがついた。
元々、間宮は伊良湖と共に本部直属の命令で動く給糧艦部隊として各地の鎮守府に食糧を運び、料理を振る舞う任務を担っていた。
後に本部の代わりに小豆提督が請け負うようになった間宮のそれは艦娘達の士気を影から支えてきた。
かつてのそれを今まさに復活させようとしている。
そう思うと本当に間宮が帰って来たんだなっと実感がするけど、
間宮に至っては提督が間宮のより多くの艦娘や人々を助けたいという願いを汲み取った上で間宮を必要としていることが嬉しいのではなかろうか。
龍驤 「それで編成の方はどうするんや?」
蛇提督「第一艦隊は龍驤を旗艦に衣笠、加古、天龍、暁、響。第二艦隊は古鷹を旗艦に扶桑、山城、龍田、初霜、電で行く。」
古鷹 「残った夕張と雷はどうしますか?」
蛇提督「彼女達は発動艇を引っ張って弾薬と燃料を呉基地に輸送してもらう。」
古鷹 「呉基地に支援物資ということですか?」
蛇提督「戦いの状況次第では長期戦になることもあり得る。大した量を持っていけないが無いよりはマシだ。第二艦隊共に行動させて現地に赴き輸送が完了次第被弾した艦娘の撤退支援と救護活動を優先して行わせる。」
古鷹 「わかりました。」
蛇提督「第一艦隊は先行して近寄ってくる敵艦隊を撃破しつつ呉へ急行する。」
龍驤 「おっしゃ!うちに任しとき!」
蛇提督「我々も準備出来次第、私の車で呉へと急行する。」
間宮 「はい!すぐに準備に取り掛かります。」
蛇提督「では出撃ドックへ行こう。」
蛇提督が執務室でした作戦の内容を出撃ドックで待機していた艦娘達にも同様に説明し、それぞれ彼女達は出撃して行った。
龍驤率いる第一艦隊は呉へとまっすぐ向かい、第二艦隊は念の為に近海を哨戒、索敵しつつ艦影が無いことを確認し、後から出撃してきた夕張と雷の輸送部隊と途中で合流、共に呉へと向かった。
蛇提督達もそれと同じ頃に車に乗り込み陸路から呉基地へと向かった。
龍驤 「敵艦隊発見!10時の方向!」
第一艦隊が出撃してから数十分後、早速、第一艦隊より先行させていた龍驤の偵察機が敵艦隊を捉え、通信が入った。
衣笠 「敵の編成は?」
先頭を走る龍驤の後ろで走る衣笠が問いかける。
龍驤 「重巡級1、軽巡級2、駆逐級3や。」
衣笠 「戦艦や空母がいないだけ突破が楽そうね。一気に行っちゃいましょう!」
龍驤 「そうやな。早く現地に行くことが最優先や。一気に行くで!」
と、龍驤の艤装である巻物甲板を広げようとしながら、彼女はふと疑問に思う。
龍驤 「(変やな…。随分と早い会敵でこっちに来る艦隊なんやからてっきりウチの鎮守府を攻撃するために本隊から別れてきた別働隊やと思ったんやけど、鎮守府を攻撃するには火力が無さすぎる編成や。むしろウチらが呉へ向かってくることをわかってた上で差し向けてきた足止め用の艦隊のようやな…。)」
輸送ルートもこっちの鎮守府も攻撃する気がないのなら出撃前に感じた勘は当たってたことになるかもしれない。
でもそれなら援軍が来ることを既に敵側が察知していたのか元から読んでいたのか、
援軍が来ることを気取られているなら、むしろそちらの方が不味いのではなかろうか…。
それともあれは先遣隊で後続で本隊が来るのかなどと龍驤はあれこれ考えていた。
天龍 「どうしたんだ、龍驤?」
無線で天龍が龍驤に問いかける。
龍驤はその声にハッと考えるのをやめた。
龍驤 「すまん!ちと気になることがあってな。」
天龍 「考えてる暇ないぜ?さっさとやっちまって先を急ごうぜ!」
龍驤 「おう!行くで!」
気を取り直して再度巻物を広げる。
龍驤 「(今は考えてもしゃあない。目の前の敵を倒してからや!)」
その後龍驤率いる第一艦隊はこの敵艦隊を難なく撃破。
思った以上にスムーズに倒せたので、本人達も驚いていた。
加古 「凄いや!あっという間に倒しちゃった!」
単縦陣を維持しつつ無線でやり取りしながら先程の戦いを皆で振り返っていた。
龍驤 「皆、訓練と演習の成果が出て来たとちゃうんか〜?」
天龍 「ま、俺がいれば当然だけどな。」
衣笠 「特に暁ちゃんと響ちゃんが凄かったわ。二人が駆逐級を早めに撃破してくれたおかげで、重巡級や軽巡級に狙いを絞れて戦いやすかった!」
暁 「ふふん!当然の結果ね!」
響 「…というより司令官のおかげさ。」
龍驤 「どういうことや?」
響が気になることを言ったので龍驤が尋ねる。
響 「それはだね…。」
―――出撃前 出撃ドックーーー
蛇提督「暁と響、ちょっといいか?」
暁 「ひゃ、ひゃい!」
響 「なんだい司令官?」
急に呼ばれて暁は驚きと緊張が同時に襲って声が裏返りかけるが、
響に至っては心無しか嬉しそうに蛇提督に駆け寄る。
蛇提督「これから出撃するに当たって駆逐艦の戦い方である提案をしたいと思う。」
響 「前に暁と雷が喧嘩した時に司令官が預かった件だね。」
暁 「…!」
暁が一瞬ピクッとする。
まだ未だにあの時の事を謝りにいけてない事とこれから何を言われるのかで不安になったのだった。
蛇提督「ああ、そうだ。まずは暁…。」
蛇提督が暁の方を見る。
暁はそれに対して思わず一歩後退りした。
蛇提督「駆逐艦の主砲は火力が低い。そこでまず敵の装甲が薄い奴を優先的に狙う。」
響 「駆逐級から狙っていくのかい?」
蛇提督「ああ、その通りだ。敵の編成によっては軽空母級から狙うことも必要になることもあると思うがそこは臨機応変に。基本的には駆逐級、軽巡級、重巡級という優先順位になるだろう。」
暁 「…それなら今までもそうしてきた…ですよ。」
緊張気味で慣れない敬語を使う。
蛇提督「ああ、そうであるならそれでいい。今一度確認の為に言ったまでだ。…それなら暁、」
駆逐級が複数いた時、全て撃破しようとして弾を散らばせていなかったか?」
暁 「…!」
思えばその通りだった。
その時は当たると思って放った弾であるが、当たればそれでいい。だが実際当たらない事も多い。当たらずにいると後にズルズルと引きずって狙いが段々甘くなっていくのだ。
蛇提督「その様子なら思い当たることがありそうだな。だから暁にはまず狙いを一つに絞れ。撃破するまでは他に目をくれるな。」
暁 「…はい。」
蛇提督「大事なのは次からだ。そこで響。」
響 「はい。」
蛇提督「響は暁の後ろから暁が狙う敵艦と同じ敵艦を狙え。」
響 「同じ敵艦を?集中攻撃するってことかい?」
蛇提督「ああ、なるだけ間髪入れずにな。」
暁 「あ…えっと!それは響には難しいんじゃっ…ないでしょうか?」
響 「(普段の話し方で大丈夫だよ。試しにしてみれば?)」
暁のそれは歯切れの悪い台詞なので見かねた響が暁にそっと耳打ちした。
蛇提督「いや、今まで演習の時に響の動きを見ていて思ったが、よく周りを見ながら上手く立ち回っている。特に姉妹達と共に行動している時が一番良くてな、姉妹それぞれの癖がわかってるのか陣形を維持する時、変える時の自分と相手の距離感や位置に気を配ってる。砲撃戦する時も他の娘と狙う標的が被ることが少ない。」
響 「(司令官に褒められた…。)」
響は唐突に褒められたので少し頬を赤らめる。
暁 「(私…気付いてなかった…。)」
反対に暁はがっかりしている。
響の事をちゃんと見ていなかったのではないかと…。
蛇提督「そういうことだ。やれるか響?」
響 「やれるよ、やってみせるさ。…だけど司令官?」
蛇提督「何だ?」
響 「駆逐級が複数いるなら暁が狙う敵艦とは違う駆逐級を狙う方が効率が良くないかい?」
蛇提督「確かに一人一隻ずつ撃破すれば効率が良いし、弾薬も無駄遣いしなくて済む。だがそれはあくまで理想論だ。残念ながら我々の装備は良いものでもないしな。それなら敵を確実に仕留める方法でいきたい。」
響 「なるほど。了解した。」
蛇提督「そしてここぞというところで魚雷だ。魚雷は装甲の高い艦種相手でも当たりどころによっては致命傷を与えられる可能性がある。集中攻撃を中心にして魚雷も放て。当てて怯ませられれば充分。例え外れても敵の回避行動の動きを限定できれば後続の砲撃や魚雷を当てる事も可能なはずだ。」
響 「うん。」
蛇提督「暁、そういうことだ。狙った敵は確実に仕留める。これでいくぞ。」
暁 「…はい。」
暁は先程の事がショックでやや元気が無い。
それを見た蛇提督は暁達と同じ目線の高さにまで跪く。
蛇提督「…暁、気負うな。」
暁 「え…?」
蛇提督「最初から自分のしたい事、全てができるわけではない。いろんなものを背負ったままでは体も重くなっていくものだ。」
暁 「…。」
暁の頭の中では蛇提督の言ってることが理解できないようでそうでも無いようでと曖昧なものだった。
でも自分に対して真剣に語りかけてるということだけははっきりわかった。
蛇提督「だからまずは目の前の自分のできる事をこなせ。与えられた任務を確実にこなしてみろ。難しい事をあれこれ考えるのはそれからだ。」
暁 「…うん。」
暁がコクリと頷く。
蛇提督「ではお前のやるべきことは何だ?」
暁 「狙いを一つに絞って確実に仕留めるよ!」
蛇提督「そうだ。それ以外は考えるな。外しても構わない、響もついてる。」
暁 「でも…響には負担をかけてばかりね…。」
響 「私なら大丈夫だよ。むしろとてもいける気がするんだ。」
蛇提督「妹を信じることも姉の務めだろ?」
暁 「そうね!後ろは任せたわ響!私についてきなさい!」
響 「ウラー!」
その時響は、自分と暁が拳を掲げて気合を入れてる姿を見て、蛇提督がフッと笑ったように見えたのだった。
―――現在―――
加古 「そんな事があったんだ。」
衣笠 「それが上手くいったわけね!」
龍驤 「ほう…。そういうことやったか…。」
蛇提督の指示のおかげで暁は良い意味で迷いが無くなったようだ。
というより初めからそれが狙いだったのだろう。
暁 「どう、天龍?私だってやるのよ?」
暁はいつも雷と天龍に貶されているので、こういう時こそ言ってやらないと思うのだが、
天龍 「あん?…まあ良かったけど、戦いは始まったばかりだぜ?調子に乗ってると痛い目見るぞ。」
と、つれない態度で返されてしまう。
暁は、もうちょっと褒めてくれてもいいのにっと怒って顔を膨らませていた。
衣笠 「(厳しいというか…ちょっと冷たいわね。何かあったのかな?)」
衣笠の予想はあながち間違いではなかった。
実は天龍は龍田と共に蛇提督と暁達のやり取りを隠れて聞いていたのだった。
暁が上手くいったのは良かったが、それがあの男の指示で上手くいったことがどこか認めたくなくて少しばかり冷たくなっていたのだった。
響 「あと潜水艦による待ち伏せがあるかもしれないから気をつけろって言ってたよ。」
龍驤 「おう。それはウチも聞いたで。」
加古 「何でそう思うんだろう?」
響 「私が深海棲艦の提督ならそうするって言ってたよ。」
龍驤 「(じゃあ司令官もこっちに陸上を攻撃する為の艦隊は来なくてウチらの足止めをしようとする艦隊が来ると予想しているのやろな。そないならウチが最初に感じた勘は当たってるかもしれへん。)」
天龍 「おい、龍驤。さっきの報告したのか?」
龍驤 「せやせや。報告せんとな。」
今は待ち伏せだけに気をつけて進むしかないと思いながら、龍驤は先程の戦いの報告を蛇提督に打電する。
―――蛇提督の車 車内―――
間宮 「提督、第一艦隊が敵艦隊を撃破に成功こちらの損害は無し、だそうです。」
蛇提督「うむ、わかった。引き続き進撃せよ、と伝えてくれ。」
蛇提督が運転して、間宮は後部座席で座り、彼女の艤装を彼女の隣に乗せて艦隊からの報告と伝達をさせていた。
艤装は大きいので車内にギリギリ入れることができた。
艤装の中には妖精さん達がおり、通信機器も彼女達を通して間宮に伝えられ行われている。
間宮 「第一艦隊は順調のようですね。」
蛇提督「そのようだ。」
間宮 「しかし第二艦隊の方は連絡を取らなくていいのですか?第一艦隊の方は定期的に連絡をさせているのに。」
蛇提督「ああ、第二艦隊の方は進撃に支障があった時だけにしろと言ってある。報告が無ければ順調に進んでいるという事にすると互いに決めたからな。」
間宮 「無線封鎖もさせているのですよね?」
蛇提督「ああ。」
間宮 「何かお考えがあってのことですか?」
蛇提督「まあな。」
それ以上は答えてくれそうになかったので間宮は質問をそこまでにした。
通信機器を使うか使わないかで何かを試してるのだろうというのだけは予想がつく。
蛇提督「スピードを上げる。揺れるぞ。」
蛇提督の車は人気も車通りも無い広い海岸沿いの道路をさらに速度を上げて走り抜けて行くのだった。
―――海上 第二艦隊―――
こちらでは古鷹を旗艦とする第二艦隊が縦二列で並ぶ複縦陣で走り、その後ろに夕張と雷が発動艇を引っ張っていた。
しかしこちらは不気味なくらい海が静かであった。
古鷹 「(おかしいな…。全然敵の気配がない。もう呉の方では戦いが始まってるはずなのに…。)」
水上機を飛ばして索敵させているが艦影が一つもない。
敵が本土へ攻撃しに来ているのにここまでいないものなのか…。
こうなってくると提督と龍驤の勘が当たってたことになる。
古鷹 「(この事を提督に報告しなくても大丈夫かな…。)」
少し悩む。
ふと後ろを振り返って皆の様子も見てみる。
山城だけが少し俯いて元気が無さそう(いや、いつもそうな気が…)であったので隊列から外れて山城のそばへと寄る。
古鷹 「山城さん、大丈夫ですか?」
山城 「不幸だわ…。」
ブツブツと言っているがいつもの「不幸」という言葉は聞こえた。
古鷹 「何が不幸なんですか?」
山城 「私が出撃すると敵が出ないのよ。この前もそうだったし…やっぱり私が…。」
古鷹 「(確かに前もそうだったけど…それだけとは限らないし…。)」
前と同じなら、無線封鎖と打電をしていない事もそうだった。
これは偶然だろうか…。
扶桑 「大丈夫よ山城。今はいなくても呉では戦いが始まってるはずだわ。だから必ず会敵するわ。」
山城 「そして向こうに着いた頃には戦いが終わってるパターンだわ…。」
古鷹 「いくらこちらの精鋭が揃った呉の艦隊でも報告にあったほどの敵の戦力であるなら容易に退けられるはずはないです。だから私達がこうして援軍として行くのです。」
山城 「そうなの…?」
初霜 「むしろここで敵の妨害に遭わないのは好都合です。弾薬と体力を温存したまま現地に行けるのですから。良い方に捉えましょう!」
電 「そうなのです!焦らなくても向こうに行けばたくさん敵がいるのです!」
初霜と電が後ろから山城を励ます。
山城 「それもそうね…。」
山城が納得してくれた所で古鷹は龍田に近づいて聞いてみる。
古鷹 「敵が出ないこと、提督に報告した方がいいかな?」
龍田 「あの人は進撃に支障がでたら報告しろと言ってたわぁ。だからしなくていいんじゃないかしらぁ。」
古鷹 「そうだよね…。そう言ってたもんね。」
龍田 「それに極力通信機器を使わないことに意義があるような言い方だったわぁ。きっとそこに狙いがあるのよ。」
古鷹 「そうだね…。このまま進撃するね。」
龍田 「ええ。」
古鷹達が話してる頃、彼女達の後ろを走る雷は何やら思い詰めてるような雰囲気だったので、隣で走る夕張が話しかける。
夕張 「雷、どうかしたの?」
雷 「え?…あ…うん…。」
雷は夕張の言葉に一度反応するが、また俯いてしまう。
夕張 「何か気になることでもあるの?」
雷が蛇提督との間で何があったのかは間宮から古鷹、龍驤、そして夕張や他の娘達にも伝えられた。
知らないのは暁、響、電の姉妹達ぐらいだろう。
その事もあって雷の様子は皆が気にしている。
夕張もまたその一人で雷の今の状態は放っておけない。
雷 「私…第一にも第二にも配属されなかったな…ってちょっと思っちゃって。」
夕張 「そんなに輸送任務が嫌?」
雷 「そうじゃないの…。私…演習や訓練で成績悪かったから…この前のこともあるし…司令官から見たら私は頼りにならないって事かなって思って…。」
夕張 「そんな事ないわよ。それなら私だって成績悪かったから輸送任務なのかもしれないし。」
雷 「夕張は違うってわかる。夕張はいざとなれば艤装の調整もできるし工廠や入渠施設の設備に詳しいわ。…少なくとも私よりはちゃんとした目的があってここに配属されてるわ。」
夕張 「そうかもしれないけど…。輸送任務も撤退支援も大事な任務よ?」
雷 「そうだけど…。」
なんか気になってしょうがないという雷だった。
夕張 「提督も言ってたじゃない。まずは目の前の自分のできる事をやってみろ、与えられた任務をこなしてみろって。…雷もそうしてみたら?」
たまたま夕張と雷も少し離れたところから蛇提督と暁達のやり取りを聞いていた。
その時の雷がとても気になって暁達と一緒に聞いているのではないかのように釘付けになっていた事も…。
雷 「うん…。そうね、私もそうしてみる。あれこれ考えるのはこの任務をこなしてからね。」
夕張 「うん、そうしよう。私も頑張るから。」
蛇提督の言葉は本当に説得力があると改めて思った。
その言葉は暁に対して言った言葉であったけど、表情を見る限り雷にも効果があったようだ。
これで彼女が余計な事を考えず、今はただ目の前のやるべき事をこなせればいいと夕張は思ったのだった。
その後、第二艦隊は進撃を続けた。
第一艦隊の方も何度か会敵しその中に蛇提督の言う通り潜水艦隊の待ち伏せもあったが、暁達の備えもあって難なく突破。順調に進撃した。
そして彼女達は激しい戦いが今まさに繰り広げている呉の鎮守府近海の領海内に入って行くのだった。
―――呉鎮守府正面海域 外海―――
瑞鶴 「翔鶴姉!大丈夫!?」
翔鶴 「ええ…。私は大丈夫よ…。」
ここは呉鎮守府より沖の方へと出た場所。遠くの方で主砲や爆音が鳴り響いてるのが聞こえる。
瑞鶴 「金剛さん達は!?」
翔鶴 「もう…目視では判別できないわね…。」
瑞鶴 「くっ…もうそんなに先へ行ってしまったの。」
翔鶴 「瑞鶴…私達も行くわよ…。」
瑞鶴 「でも翔鶴姉!その体で行くのは…」
翔鶴 「ダメよ!五航戦の誇りにかけて…ここで負けるわけにはいかないわ…!」
普段はおっとりとした性格の翔鶴であるが、鬼気迫るものを感じて瑞鶴は圧倒される。
翔鶴 「このまま金剛さん達を行かせたら、袋叩きにされるのは目に見えてるわ…。一航戦の先輩方ならそんな事はさせないわ…!」
瑞鶴はハッとする。
姉の一言で思い出させてくれた事と姉もまた自分と同じ気持ちであった事を…。
瑞鶴 「(そうよ…ここで諦めたら、きっとあの一航戦の青いのにバカにされるわ…。)」
一瞬、瑞鶴の脳裏にその彼女の背中姿が見える。
追いつきたいけど追いつけなかった相手。追い抜いた時に「どうだ!」と言ってやりたかった相手。その時彼女はどんな顔を浮かべてくれるか見たかった…。
そんな彼女にとっての戦友(ライバル)。
もう今はそれが叶わないけど今でもあの背中を追いかけている。
瑞鶴 「わかったわ。私も翔鶴姉についてく。」
翔鶴 「随伴艦の皆さんにも伝えなくては…。でも私の無線の調子が良くなくて…。」
瑞鶴 「私も妖精さんに呼びかけてもらってるけど、ノイズが酷くてうまく繋がらないの。」
翔鶴 「こうなったら私達だけでも…。」
その時、彼女達を呼ぶ声が聞こえた気がした。
二人は声のした方向へと見てみると、こちらに向かってくるポニーテールの艦娘がいた。
青葉 「いやいや〜やっぱりお二人でしたか〜。遠くから見た時にこの艦影はと思って来てみましたが正解ですね〜。」
瑞鶴 「青葉!」
翔鶴 「良かった…。あの乱戦の中、陣形が崩れて皆バラバラになってしまって心配してたのです。」
瑞鶴 「他の皆は?」
青葉 「今こちらに向かってますよ。ですが、その前にお二人共!」
瑞鶴 「な…何?」
急に怒りだした青葉に驚きながら質問で返す瑞鶴。
青葉 「いくら金剛さん達を援護する為とはいえ敵艦隊のど真ん中を突っ切ろうなんて無茶苦茶ですよ!しかも空母を護衛するはずの私達を置いて行くなんて言語道断です!」
瑞鶴 「ご…ごめん…。」
青葉 「お二方の気持ちはわかりますが、焦りは禁物ですよ!」
翔鶴 「青葉さんの言う事は最もだわ…。」
その時、青葉を追いかけてきた他の艦娘が3人やってきた。
鈴谷 「やっと追いついた〜。」
熊野 「わたくし達を置いて行くなんてあんまりですわ。」
満潮 「どうせ私達じゃ力不足って事よね?」
瑞鶴 「みんな!無事だったのね?」
翔鶴 「皆さんごめんなさい…。焦ってしまっていたようです。今後は気をつけます…。」
傷だらけの体で精一杯の謝罪をする翔鶴。
満潮 「ま…まあ…反省しているなら…別にいいけど…。」
鈴谷 「そういうこともあるじゃ〜ん。気にしなくていいんじゃな〜い?それよりもさ、なんかヌメヌメするんだよねェ〜。」
熊野 「お洋服が少し汚れてしまいましたが…大したことはありませんわ。」
青葉 「だ、そうですよ。」
瑞鶴 「みんな…ありがとう。」
翔鶴 「ありがとうございます…。私達は金剛さん達を援護するためもう一度突貫します!」
鈴谷 「でもそろそろ日が暮れちゃうよ?そしたら翔鶴と瑞鶴は戦えなくなっちゃう。」
翔鶴 「それでも今の金剛さん達を狙う艦隊をこちらが叩く必要があります。そうすれば金剛さん達の作戦の手助けになるし敵艦隊の後続をなるだけ減らす事にもつながります。」
青葉 「そうですね。取りこぼして抜けていった敵艦隊は最終防衛ラインで頑張ってる長門さん達に任せましょう!」
その時、彼女達に数発の砲弾が飛んできて、すぐそばを爆発音と共に水柱が立つ。
満潮 「敵艦隊、発見!」
砲弾が飛んできた方を見れば、深海棲艦が数隻こちらに向かってくる。
鈴谷 「熊野、行くよ!」
熊野 「わかりましたわ!」
鈴谷と熊野が前に躍り出る。
その二人の後ろに翔鶴と瑞鶴、さらにその後ろに青葉と満潮が続く。
鈴谷 「このー!」
熊野 「ひゃぁあっ!」
鈴谷と熊野は前方から来る敵艦隊を退ける。
青葉 「そう簡単には近づけさせませんよ!」
満潮 「撃つわ!」
青葉と満潮は周辺を警戒。
側面や後方から近づいてくる敵艦や敵機を退ける。
瑞鶴 「よし!ここからなら…!」
翔鶴 「全航空隊、発艦始め!」
瑞鶴と翔鶴は先程先行させた攻撃隊から金剛達の艦隊を捕捉した連絡を受け、今とばかりに彼女達の艤装である弓矢を射る。
翔鶴 「直掩隊も攻撃隊の援護に回って!」
自分達の守りをさせていた直掩隊も金剛達の援護に行かせる。
こちらもほぼ捨て身での突撃となる。
混戦となる中、味方機からの情報で真っ直ぐ金剛達を追いかけてしばらく進んだはずだが、
未だに金剛達を捉えることができない。
瑞鶴 「まだ追いつかないの!?」
翔鶴 「攻撃隊の報告では、なんとか敵艦を撃破して金剛さん達も健在のはずなんだけど…。」
少しばかり焦りが出始める。
ここで金剛さん達を失う事になれば、今後の大規模作戦に大きな影響が出る。
いや…それ以前にもう誰かを失うような事はしたくない。
先を急ぎたくなる気持ちがまた込み上げてきた時、後ろにいる満潮が叫ぶ。
満潮 「九時の方向!敵機発見!」
その声に皆が振り向いた時、10機ほどの敵航空機が攻撃態勢に入っていた。
翔鶴 「全艦、回避!」
翔鶴が指示を出した直後、敵機の機銃や魚雷が放たれる。
翔鶴 「きゃあ!」
瑞鶴 「くっ!」
ほとんどの狙いは正規空母である翔鶴と瑞鶴だった。
だが多少の被弾はしたものの奇跡的に大きなダメージは受けなかった。
満潮 「ウザいのよッ!」
通り過ぎる敵機に負けじと応戦するが、彼女にも焦りがあるのかうまく当てられない。
熊野 「また来ますわ!」
先程の10機の半分が分かれ、正反対に旋回する。
今度は斜め前と斜め後ろから同時に狙って回避しづらくさせる魂胆であろう。
翔鶴 「(ダメだわ…。今もう直掩隊をこちらに戻す時間もないし、迎撃させる味方機もいない。)」
敵の攻撃に今はただ耐えるしかない。
少しでも生き残って金剛達を援護しなくてはならないからだ。
そして敵機が攻撃態勢に入る頃、回避のために身構えたその時、突然横から味方機が割り込んで、ほとんどの敵機を撃墜したのであった。
青葉 「おお〜、さすが翔鶴さん。敵が来ると予想して直掩機を戻してたのですねぇ。」
翔鶴 「いえ…あれは私の航空隊ではありません…。」
青葉 「え?では瑞鶴さん?」
瑞鶴 「…私も違うわ。」
鈴谷 「なんでもいいけど助かった〜。」
その時、翔鶴に無線が入る。無線を受信すると、
龍驤 「どうやら間に合ったようやな。」
翔鶴 「その声は龍驤さんですか!?」
無線が入る距離ということは近くまで来てることになる。
翔鶴は辺りを見回してみる。
龍驤 「こっちやこっち。」
すると翔鶴達の進行方向から見て左後ろの方からツインテールの艦娘が一人、彼女達に追いつくようにやってきた。
龍驤 「皆さん無事そうで何よりやわぁ。」
翔鶴 「龍驤さん!」
瑞鶴 「本当に龍驤なの!?」
龍驤 「幽霊に見えるんか?」
すると驚いた勢いで慌てて青葉が質問する。
青葉 「いやいや、どうしてここにいるのですか?龍驤さんは横須賀鎮守府の所属ではないですか?」
龍驤 「だから助けにきたんや。そこからここまで。」
熊野 「つまり…援軍ということでございますか?」
鈴谷 「やったー!あ…でもでも!一人だけ?」
龍驤 「他にもいるで。君らを捕捉していた敵艦隊をやっつけてるとこや。もうそろそろこっちに合流するはずやで。」
すると遠くから「おーい」と呼ぶ声が聞こえてきた。
龍驤 「お、噂をすれば。」
衣笠 「こっちは片付けてきたよ。」
青葉 「おお!ガサではないですか!」
衣笠 「あ!青葉じゃなぁい!久しぶり!」
ハイタッチをして姉妹の再会を喜ぶ衣笠と青葉。
加古 「青葉じゃんか!久しぶり!」
青葉 「加古もいたのですね〜。お久しぶりです!」
翔鶴 「援軍として来て頂けるなんて本当に感謝です。」
龍驤 「でも、もたもたしてる暇ないやろ?早いとこ金剛達を助けな。」
瑞鶴 「状況を知ってるの?」
龍驤 「知ってるで。呉の提督からウチの司令官に。そんでウチらに連絡があっての、翔鶴達を追いかけろと指令があったんや。」
翔鶴 「そちらの提督の指令で…ですか…?」
実は青葉を通じて、他の鎮守府の艦娘達にも蛇提督の噂は回っている。
天龍 「…その調子だと知ってるようだな?」
その空気を察した天龍が問いかける。
青葉 「ええ。私が話しちゃいました。横須賀鎮守府の事は天龍さんと山城さんの事件があってから他の鎮守府の艦娘の皆さんも気にかけていたんですよ。私もですがかつて共に戦った仲間がいるのですから。」
天龍 「そうか…。」
心配をかけていたのは自分の所の鎮守府だけでは無かったのだなと天龍は知った。
熊野 「怖い人だと伺いましたわ。」
鈴谷 「私達を囮に使うような悪い奴って聞いてるじゃん!」
満潮 「何でそんな奴が配属されたんだか。」
各々に蛇提督の悪口を言う。
少しその場が静かになった後、後ろの方にいた響が前へと出る。
響 「司令官は皆が思ってるような悪い人じゃないよ。」
響のそれは怒ってるわけではないが、静かに、でもはっきりと言うその言葉には凄みがある。
翔鶴 「響ちゃん…?」
青葉 「およ?興味深いご意見が出ましたね?そこの所を詳しく…。」
記者魂が反応して聞き出そうとする青葉だったが、
衣笠 「ま…まあまあ、今はそれより金剛さん達でしょ。」
間に割って入るように衣笠が青葉を止める。
龍驤 「そうやで。もう日が傾いてる。あと45分もあれば完全に日が落ちてウチらの航空隊は出せへん。それまでにこっちはこっちでカタをつけるで。」
瑞鶴 「そうだわ。翔鶴姉、行きましょ!」
翔鶴 「ええ…そうね。行きましょう!」
そうして彼女達は隊列を組み直して、金剛達を追いかけた。
金剛 「全砲門!Fire!」
こちらでは金剛達が傷だらけになりつつも敵艦隊に突撃をはかっていた。
榛名 「主砲砲撃開始!」
大井 「海の藻屑となりなさいな!」
北上 「大井っちに続くよ〜。」
綾波 「てぇえええ〜い!」
島風 「五連装酸素魚雷!いっちゃってぇー!」
次々と目の前に現れる敵艦を打ちのめしながら、ある敵艦だけを追いかける。
金剛 「あのヲ級だけはこの先に行かせてはいけないネー!あれがきっと全ての艦隊の旗艦なのデース!」
榛名 「はい!…ですが、なかなか当たらないのです。」
金剛達、戦艦の主砲の射程圏内であるが、ヲ級とそれに付き従う敵艦はその距離を保ちながら金剛達から逃げ回っているようだった。
北上 「なんか遊ばれてる感じだよね?」
大井 「こんな戦い早く終わらせて北上さんとイチャイチャ…じゃなくて楽しく過ごしたいのに!忌々しいわ!」
島風 「私が行けばすぐ追いつけるよ!」
綾波 「島風ちゃんだけ行ったら危ないですよ!」
それぞれに焦りが出てくる中、その状況にさらに追い討ちがかかる。
ドゴーーーン
被弾した音が鳴り響く。
被弾したのは金剛だったようだった。
金剛 「Shit!こんなところで!」
榛名 「金剛姉様!!」
大破して倒れかける金剛を榛名が急いで支える。
榛名 「お姉様!しっかりしてください!」
榛名が抱き抱えながら金剛を呼びかけるが、思った以上にダメージは大きいようで痛みを堪えるのに必死で榛名の言葉に返事を返せないようだった。
北上 「ああ…こりゃあ…旗艦が大破したら撤退だよねー。」
大井 「でも私達は囮の役目なら十分にこなしたわよね?」
金剛 「No―!ここで撤退はいけないネー!…榛名!私の代わりに旗艦になって奴らを追いかけるのデース!」
榛名 「それはお姉様をここに置いていけということですか!?」
金剛 「そうネー!」
榛名 「そんな事できません!」
金剛 「Oh…翔鶴達の直掩機もいるネ…。ここは一人で何とかできるネ。」
榛名 「勝手は許しません!榛名が背負ってでもお姉様をお連れします!」
綾波 「あわわ…。皆さん!あれ!」
綾波が指差した方に皆が見ると、先程よりも多くの敵艦隊がじわじわと迫ってくる。
逃げていたヲ級もこちらの様子を窺いながら近づいてきているようだった。
北上 「さすがにこれは…ちょっとヤバいんじゃない?」
大井 「このままじゃ私達囲まれるわ!」
いつもマイペースで大抵の事は動じない二人だが、さすがに焦りの表情が浮かぶ。
金剛 「くっ…万事休すネ!」
その時、敵艦隊に向けて砲弾が飛んできた。
敵艦隊も新たに現れた援軍に対応するように進路を変えてくる。
金剛達が飛んできた方向を見るとそこには翔鶴を始めとする呉鎮守府のメンバーを見つける。
榛名 「お姉様!翔鶴さん達が来てくれたようです!」
金剛 「Oh!さすが翔鶴達ネー!」
綾波 「助かりましたー!」
北上 「それにしてはさ…。」
大井 「ええ…なんだか少し多いわね…?」
そんな彼女達に無線が入る。
翔鶴 「金剛さん!大丈夫ですか!?」
金剛 「こっちは平気ネー!…と言いたいとこですが、私がしくじちゃったですネー。」
翔鶴 「まだ動けますか?」
金剛 「まだなんとか動けるネ。」
翔鶴 「では私達でそちらの護衛をさせながら、この海域からの撤退を…。」
金剛 「待つネ!正面の奥に見えるヲ級をやるネ!それが今回の全ての艦隊の旗艦ネ!」
翔鶴 「…あれですか。わかりました。では金剛さん達は私達と合流して後方からの援護を、榛名さんだけ龍驤さん達の艦隊と合流して敵旗艦のヲ級の艦隊に突撃をします!」
金剛 「What?龍驤ですか?」
龍驤 「そうや。助けに来たで!」
榛名 「援軍ですか?助かります!」
龍驤 「喜んでる暇無いで!早いとこ片付けるんや!」
龍驤達は榛名を加えてヲ級の艦隊に突撃。翔鶴達は金剛達と合流して龍驤達を後方から援護。
最初は囲まれつつあった戦況は押し返し形勢を変えていくが、ヲ級を守るように居座る戦艦ル級二隻が龍驤達を悩ませる。
龍驤 「(アカン…。榛名だけや火力が足りん。ウチも攻撃隊は全部出してしもうてあれを沈める数があらへん…。翔鶴達の航空隊でも攻めきれんか。どないする…?)」
天龍や衣笠、加古などが砲撃で周りの敵を退けながら、ル級やヲ級を狙うがかすめるだけで決定打を出せずにいた。暁と響は近寄ってくる駆逐艦を撃破するのに定一杯のようだ。
ここぞとばかりに魚雷も放つが、それだけは回避されてしまう。
敵もそれを喰らえば致命傷になるという事をわかっているのだろう。
だからあちらからも無理な突撃をせず、一定の距離を保ちながらわざと戦いを長引かせているようだった。
翔鶴 「(まずいわ。日も暮れ出している。そろそろ航空隊を戻さなくては…。でもこのまま夜戦に持ち込んだら私達の方が不利になる。)」
戦況を見極めながら制空権だけは取られないように配慮していた翔鶴は、既に水平線上に差し掛かった太陽を見ながらそう考えていた。
探照灯などの夜戦に対する備えはあるが、戦況を覆しつつあったこの状況で夜戦に突入すれば戦いの勝敗は五分五分に、いや自分達空母と金剛が夜戦に参加できず、他の艦娘に守らせながらの夜戦は不利になるといえる。
大規模作戦の事も考えば、これ以上の危険は冒せない。
瑞鶴 「あとちょっと…もう一押しなのに…!」
金剛 「Hey!やっぱり私が前に出るネ!」
青葉 「ダ…ダメですよ!今出たら確実に狙い撃ちされますから!」
ヲ級達以外の敵艦隊は龍驤達よりも金剛や翔鶴達を執拗に攻撃してくる。
一番弱ってる者達から狙いを絞っているようだった。
鈴谷 「なら私が出るしかないじゃん!」
熊野 「わたくしを忘れてもらっては困りますわ!」
そう言って二人が息巻くと、
大井 「いいえ!行くのは私よ!まだ奴に酸素魚雷をお見舞いしてないわ!」
北上 「大井っちが行くなら私も行くよ〜。一人で行かせるわけには行かないしさ
〜。」
それに反論して大井と北上が言う。
大井 「き…北上さん!それほど私のことを…!!」
北上 「だってぇ、そっちの方が面白そうでしょう〜?」
顔を赤くして喜ぶ大井だったが北上の本音を聞いた途端、がっくしと肩を落とす。
島風 「私の方が速いよ!」
綾波 「わ…私だって!」
満潮 「…というかみんな、ボロボロじゃない。…まぁ私もだけど。」
満潮が呆れるのも無理はない。
皆が金剛ほどではないとはいえ、そのほとんどが中破以上大破未満と危ない状況であった。
執拗に攻撃される中、互いに守りあってるからこそ退けているようなものだった。
その中、誰かが飛び出して行こうものなら集中攻撃されるのが目に見えていた。
誰一人龍驤達の隊に加われそうな者はいなかった。
ドゴーーーン
だがその時、味方の誰でもない砲撃がヲ級達に直撃する。
天龍 「おい?なんだよ今の?」
加古 「どこから撃ってきたんだ?」
衣笠 「ね…ねえ!あれって!?」
衣笠が教える方向、ちょうどヲ級達の後方から艦娘の艦影が見える。
???「速度、距離、よし!全門斉射!!」
???「気合、入れて、いきます!」
そして再び放たれた砲撃は先程の攻撃で怯んでいたヲ級達にもう一度直撃する。
ヲ級 「キシャアァァァァァ!!」
雄叫びをあげながら、ヲ級とル級二隻は撃沈される。
金剛 「Oh!あれは、我が愛しの姉妹達ネー!」
ヲ級達を仕留めたのは、金剛の姉妹艦である比叡と霧島だった。
比叡 「金剛姉様―!!」
霧島 「私達が来たからにはもう安心です!」
妙高 「羽黒と足柄はこちらにいないようですね。」
那智 「ああ、そのようだな。」
陽炎 「やっと私達の出番ね!行くわよ不知火!」
不知火「ええ!」
比叡と霧島の他に妙高、那智、陽炎、不知火が援軍として駆けつけてきたのだ。
青葉 「まさか佐世保からも援軍が来るとは…思いもよらなかったですね。」
龍驤 「今や!敵さんの頭がいなくなって、他の敵艦が浮き足立っとる!一斉にかましたれ!!」
龍驤の号令と共に皆が一斉射する。
包囲網を作っていた敵艦のほとんどが撃沈され、残った敵艦は蜘蛛の子を散らすように撤退していく。
翔鶴 「勝った…勝ったの、私達?」
瑞鶴 「やったよ!私達、勝ったんだ!」
綾波 「やりましたー!」
ほんの数分も経たずに、あの苦しい状況を一転させて勝利を得られたことをまだ実感できない翔鶴のような反応の艦娘もいれば、綾波のように素直に喜んでいる艦娘もいる。
龍驤 「とりあえず、追撃は無しや。状況の確認と隊列を組み直す為に一旦全員集まるで。」
戦いは終わったが、周辺の警戒は怠らずひとまずこの場に集った艦娘達が集合する。
比叡 「金剛お姉様―――!!!」
集まるなり真っ先に金剛のもとへ全力疾走して飛びつく比叡。
比叡 「お姉様!久しぶりに会えて嬉しいです!大丈夫ですか!?お怪我は!?」
金剛 「比叡!喜ぶのか心配するのかどっちかにするネ!あとそれとそんなにしがみついたら傷に響く…。」
比叡 「ひえ〜っ!ごめんなさいお姉様!」
霧島 「榛名も大丈夫ですか?」
榛名 「はい…。榛名は大丈夫です…。」
那智 「とても大丈夫そうに見えないがな。」
妙高 「すみません…。私達がもっと早く出撃できていれば良かったのですが…。」
青葉 「佐世保の方は大丈夫なのですか?」
不知火「当初、こちらの司令も佐世保にも敵が来ると予想していたのですが…。」
陽炎 「これが全然来る気配がなくてさ。」
霧島 「元帥からの援軍要請もあって、私達だけがこうしてここに来たんです。」
響 「司令官の読みは当たってたのかもしれない。」
天龍 「ちぇっ…。またあいつの言う通りになったのかよ…。」
翔鶴 「それって…敵の狙いは呉だけだと、そちらの提督は最初から読んでいたのですか?」
暁 「そうなの。横須賀鎮守府の防衛はしなくていいって言ったぐらいなんだから。」
鈴谷 「わーお!大胆。」
熊野 「だから駆けつけるのが早かったのですね。」
瑞鶴 「防衛しなくていいってことは…。」
龍驤 「そうや。ウチ達の他にもう一艦隊、援軍として派遣しとる。もう長門達がいる防衛ラインの方に駆けつけているはずやで。」
衣笠 「古鷹が旗艦を務めてるんだ。」
青葉 「古鷹が来ているのですか?久しぶりに会いたいですね〜。」
その時妙高が話の流れを一度切るようにパンパンと手を叩いて皆を注目させる。
妙高 「ともかく呉へと参りましょう。積もる話はたくさんあると思いますが、まずはこの戦いを終わらせてからです。それぞれの鎮守府の提督に報告もお願いします。」
翔鶴 「ええ。長門さん達が心配です。陣形を組み直して呉へと戻りましょう。」
そうして彼女達は帰路につく。
比叡は金剛を、霧島は榛名をそれぞれ肩を貸してる形で共に走る。
満潮 「横須賀鎮守府の例の提督はできる奴なの…?」
全員が聞ける無線越しで満潮が聞いてくる。
誰もが気になっているのかその話を止めようとする者はいなかった。
響 「そうさ。司令官は頭が良いんだ。それに本当は優しい人さ。」
この空気の中で無線越しに堂々と言う響は我が妹ながら凄いなと暁は素直に思った。
妙高 「佐世保でも例の提督の噂は聞いています。艦娘を物のように扱うお人だと…。」
意外にも話に食いついてきたのは妙高だった。そのように内心驚いた艦娘は那智をはじめとして彼女をよく知る者なら誰もが思うことだった。
理由を言うならば、今この場では場の空気を乱しかねない関係のない話だからだ。
規律や秩序を重んじる教師のような性格の彼女だが、やはり艦娘の敵になると思われる相手には警戒の意味で関心があるのだろう。
那智 「頭が切れるのなら、なおさら警戒すべきと思うが?」
天龍 「俺は今でもそう思ってる…。」
瑞鶴 「煮え切らない返事ね?」
衣笠 「まあ私達もあの提督が来てから色々あったんだよ…。」
加古 「…うん。着任してからそんなに時が経ってないのに、いろいろありすぎてさ〜。」
青葉 「おや?手紙の内容からしてガサも加古も凄く怖がってる風だったじゃないですか?」
衣笠 「う〜ん…そうなんだけど…。なんだかわからなくなってきちゃって…。」
加古 「一言で言うなら不思議な人、としか言えないかなぁ…。」
陽炎 「はっきりしないんですね?」
響 「だから優しい人なんだ。暁もそう思うだろ?」
暁 「わ…私は…。」
響に急に振られて焦る暁だった。
だが暁の中でも蛇提督に対する見解は変わってきたようで、良いと悪いともはっきり言うことが出来なかった。
不知火「駆逐艦には優しいのでしょうか?」
そんな暁や唯一はっきりしている響を見て、不知火は思った。
龍驤 「いや、そういうのとはちゃうんやけどな。」
苦笑しつつもそこは否定する。
龍驤 「まあ一つ言えることは、噂だけで人柄は判断できそうにないってことやな。」
青葉 「ほうほう〜。ガサと加古の心境の変化も含めてそこは詳しくお聞きしたいですねぇ。」
とても興味深そうに頷きながら、既にどこからか取り出したペンとメモ帳を持っている青葉である。
霧島 「私の分析では人相悪く狡猾で秘密主義者と思っていましたが、皆さんの話を聞いて、ますます実際に見てみたくなりました。会えないのが残念です。」
メガネをクイッと上げながら話す霧島。
その関心は妙高のそれとは違い、噂の珍獣を見てみたいというような関心であった。
龍驤 「会えるかもしれへんで。」
霧島 「え?」
龍驤 「今、陸路で呉鎮守府に向かっとる。今日の夜には着くはずやで。」
「「「「「えええっ!!?」」」」」
横須賀鎮守府以外の艦娘一同、皆が驚く。
騒然とする中、彼女達は呉へと急ぐ。
まだまだ波乱が起きそうな予感を携えながら…。
時は少し遡る。
龍驤達が翔鶴達と合流して、金剛達を追いかけていた頃。
呉鎮守府正面海域、その最終防衛ラインと位置付けた場所、と言ってももうほぼ呉鎮守府の目の前と言っても過言ではない内海のこの場所でも呉の提督の指揮の下、長門を中心とした艦娘達が熾烈な攻防戦を繰り広げていた。
長門 「皆!耐えるんだ!じきに援軍が来る。それまで持ちこたえろ!」
既に大破して傷だらけの長門は後方からまだ使える主砲を使って支援しつつ艦隊に指示を出す。
陸奥 「本当に来るのかしら?」
長門のそばで長門を気遣いながら主砲を放つ陸奥は言う。
今しがた呉の提督から知らせがあったが、陸奥にとっては半信半疑だった。
陸奥 「だって、元帥は最初、各鎮守府にそれぞれの防衛を命令させたのでしょう?来るのだとしてもそんなに早く来れないんじゃない?」
長門 「気持ちはわかるが、今は提督を信じるしかない。」
現在の戦況としては艦隊決戦だけに持ち込み、五分五分といったところまで持ち込んだ。
隊列は組まずに二隻一組で散開して対応している。
敵が襲来してきた当初、敵空母の数が多かった事もあり、対空戦の戦いがメインとなった。
呉鎮守府全艦隊で、翔鶴、瑞鶴、最上の航空戦力で落としきれずに抜けてきた敵航空機を主砲や機銃の弾幕で防ぐという戦術で戦った。
が、しかし、敵の水上打撃艦隊が前へと出て来て、鎮守府へ艦砲射撃による直接攻撃を仕掛けてくる様子であった為、長門や金剛などの戦艦が中心となって対応するが、対空と対艦両方は無理があり、敵の後続が切れる様子も無かった。
長門が直撃を受け中破した事を機に、勝機の見えない一方的な防衛戦に痺れを切らした金剛は敵艦隊のど真ん中へ突貫を決意。呉の提督の制止も無視して艦隊をその場で編成して突撃する。
優先的に狙うは後続の敵空母、そして自分達になるだけ注意を向けさせ、敵艦隊の陣形を崩すのが目的だった。
これに呼応するように翔鶴と瑞鶴の艦隊も続く。金剛達だけでは出張った所を叩かれるだけだと判断した為、その援護に回った。
戦艦も空母も関係無くなるほどの肉薄したかなりの乱戦となり、金剛達や翔鶴達はいつの間にか沖の方へ、外海の方まで進んでいた。
だがそのおかげか内海に残った敵艦隊は少なくなり、後続の数も減った。
鎮守府防衛に残った数少ない彼女達だけでもなんとか対応できる数になったのだった。
最上 「僕の水上機から連絡。ル級四隻、それを囲んで防衛するように進撃してくる敵艦隊を発見!敵の本命じゃないかな?」
無線を通して最上から連絡が入る。
長門 「うむ。それが最後であることを願いたいな。ならば私が前に…。」
陸奥 「ダメに決まってるでしょ!」
長門 「だがしかし…!」
陸奥 「あなたはここで指揮を取ってて。私が前に出るわ!」
長門 「すまない…! 皆、聞いていたな?陸奥を援護するため散開した全艦隊は新手の敵艦隊に集中攻撃を行う!」
指示通り、皆が目の前の敵艦を撃破しつつ標的の敵艦隊へ攻撃を開始する。
足柄 「いいわ!どんどん来なさい!どんなに雁首揃えたところで私達の勝利は揺るがないんだから!」
羽黒 「あ…足柄姉さん、無茶はいけません。姉さんもボロボロなんですから…!」
足柄 「なぁに、羽黒?疲れたのなら下がっても良いのよ?」
羽黒 「…いいえ!姉さんと皆さんの背中は私が守ります!」
叢雲 「でも、敵の護衛が多くてなかなか突破口が開けないわね…。」
朝潮 「こういう時こそ駆逐艦の出番です!肉薄して一発必中です!」
荒潮 「ウフフフ〜。暴れまくるわよぉ〜。」
吹雪 「私がやっつけちゃうんだから!」
戦いは一進一退となる。前に出た陸奥は、そばまで寄ってきた羽黒と足柄の援護をしてもらいつつ戦艦ル級四隻に主砲の照準を合わし、攻撃を開始する。
だが射程圏内に入ったのはあちらも同じで四隻一斉に陸奥達を攻撃する。当然、数と火力に差があるため、不利な戦いとなる。致命傷を貰わないだけマシだった。
長門 「くっ…。やはり私が前に…!」
最上 「長門さんダメだよ!」
長門 「だがあのままでは…!」
大破した長門はもう使える主砲は一門だけ。速度も落ちた状態で前に出るのは無謀だった。
長門は見ていることしかできない非力な自分に怒り、拳を強く握りしめることしか出来なかった。
吹雪 「(どうしよう…。なんとかしなくちゃ…!)」
打開策がないか吹雪は戦況を見ながら考えた。
その時、味方の攻撃のおかげもあって敵の陣形に穴が見えた。ル級まで直接行ける距離だった。
吹雪 「(今だっっ!!)」
吹雪が一人突貫する。
叢雲 「あっ!待ちなさい!吹雪!!」
叢雲の声も虚しく吹雪は行ってしまう。敵の護衛艦の攻撃もものともせず目にもくれずル級目掛けて走り、そして魚雷も確実に当てられる距離まで迫る。
吹雪 「一隻だけでもっっ!!」
ル級達の内の一隻が吹雪に気付く。主砲の照準を吹雪に合わせられるより先に吹雪が先手を撃つ。
吹雪 「いっけぇー!!」
温存していた魚雷を一斉に放つ。
ル級は回避する余裕は無く、数発魚雷が命中し爆炎と水飛沫が舞う。
吹雪 「(やった!?)」
手応えはあった。撃沈まではいかずとも大破はしているはず…。
そう吹雪がそう思った矢先、煙の中からル級が唸り声をあげて姿を現す。
吹雪 「嘘!?浅かったの!?」
期待が落胆へと変わる。吹雪の気が抜けてしまった隙にすかさずル級は反撃する。
吹雪 「しまった!?」
ドゴーーーン
直撃を貰ってしまい吹雪が大破する。
叢雲 「吹雪―――!!」
爆発の衝撃で気絶しかかってる吹雪を後から追いかけてきた叢雲が抱き起こす。
吹雪 「…ご…ごめん…叢雲ちゃん。また…失敗しちゃった。」
叢雲 「今はそんなことを言ってる場合じゃないわ!すぐここから離脱して…!?」
だが、ル級が逃がさないとばかりに再び叢雲と吹雪に照準を合わす。
砲弾を装填してからもう一度砲撃がくる時間まで感覚的にもうすぐだろう。
後ろからは敵の護衛艦が逃げ道を塞ぐように迫ってくる。
まさに絶体絶命だった。
吹雪 「叢雲ちゃんだけでも…逃げて…。」
叢雲 「そんなことできるわけないでしょ!!」
そうこうしているうちにル級の主砲が止まる音が聞こえた気がした。
もう一撃くる!っと叢雲が身構えた瞬間、そのル級が爆発する。
叢雲 「え?」
一瞬何が起こったか分からなかった叢雲だったが、気づけば他のル級も攻撃されてるようだった。
陸奥の砲撃かと思ったがル級達が向いてる方向が陸奥のいる方向ではない。
その方向に叢雲が見る。
陸奥達よりも少し遠く、別の艦影が見えた。
扶桑 「主砲、副砲、撃てえっ!」
山城 「主砲、よく狙って、てぇっーー!」
扶桑と山城が二人並んで主砲を放つ。その攻撃はル級二隻に直撃し、叢雲達を狙っていたル級一隻を撃沈に成功させる。
最上 「あ…あれって…。」
長門 「おお!援軍が間に合ったのか!」
陸奥 「あの距離から当てるなんて、やるわね…。」
形勢が傾いた。その流れを読んだ古鷹は無線を使って伝える。
古鷹 「こちらはル級を目標に突撃します!援護をお願いします!」
長門 「了解した。全艦、この機にたたみかけるぞ!」
やることは最初と変わらない。今度は扶桑達がル級三隻だけを狙えるように呉の艦隊と古鷹達が援護する。扶桑達を邪魔してこようとする敵艦だけ薙ぎ払う。
扶桑 「山城、大丈夫?もう一撃いくわよ!」
山城 「はい!扶桑姉様!」
陸奥 「私も続くわ!全砲門、開け!」
射線に邪魔する者がいなくなった所をすかさず攻撃する。
陸奥も加わった事で砲撃の弾数も増え、ル級達にさらに打撃を与える。
吹雪 「…。」
吹雪は傷ついた体であることも忘れ、扶桑姉妹の勇姿をボーッと見つめていた。
叢雲 「吹雪!なにボーッとしてるの!?今のうちに離脱するわよ!」
吹雪を抱えてその場から逃げようと試みる叢雲。彼女達のいる場所は、先陣を切って叢雲達を目指してる朝潮と荒潮でさえもまだ距離があり、危険な場所であることに変わりはなかった。
叢雲 「くっ!また来た!」
彼女一人ならばなんとか凌いでいたが、後から後からと駆逐級や軽巡級が襲ってくる。
さすがの彼女でも一人を庇いながら戦うのにも限界が近かった。
吹雪 「ごめんね…叢雲ちゃん。またあの時と同じ…。」
叢雲 「落ち込んでる暇があるなら、少しでも抵抗して!あの時だってそうだったでしょ!」
吹雪 「…うん!」
全身を走る痛みに耐えながら、あえて自分の体に鞭を打つように自分の体を動かし、目の前の敵に主砲の照準を合わす。近寄ってくる一番近い敵だけに絞り、反撃する。
あともう少し…逃げ切ればこちらの勝利となる。そう思いながら次々に現れる敵を退ける。
そしてまた一隻、駆逐級を捉え、主砲を放とうとする。だが、
吹雪 「そ、そんな!?」
撃てない、弾薬切れだった。魚雷も先程のル級で全て使い切ってしまった。
ここまで来たのに最後まで私は足手まといなのかと恨んで吹雪は目を瞑った。
ドギャーーーン
爆発音が鳴り響いた。でも自分に衝撃も痛みもなかった。むしろ音は目の前から聞こえた気がしたと、ゆっくり目を開けてみる。
先程目の前にいたはずの駆逐級は、火を上げる肉塊ならぬ鉄塊になっていた。
雷 「助けるわ!」
夕張 「敵はこっちで引き受ける!」
叢雲 「うそ…?まだ援軍がいたの?」
輸送を終えた夕張と雷が戦線に参加してきたのだった。
援軍は扶桑達だけだと思っていた叢雲は唖然とする。驚きと同時に張り詰めていた神経も途切れてしまったようだった。
雷が吹雪のそばへ寄り、夕張は周辺を警戒する。
雷 「肩を貸すわ!掴まって!」
吹雪 「あ…ありがとう。」
夕張 「私が援護するわ。叢雲も一緒に!」
叢雲 「ええ…。助かったわ…。」
叢雲も雷の反対側に回って吹雪を庇いながらその場を離脱する。
吹雪は泣きそうになるのを我慢していた。まだ戦いは終わってないのに泣き出したらさらに自分が惨めになってしまうと思ったからだった。
山城 「これで終わりよ!!」
山城が主砲を放つ。最後に一隻残っていたル級に命中させ、大きな爆発と共に爆炎と煙が上る。
まるでそれを合図にしたかのように残存の深海棲艦は足早に撤退していった。
朝潮 「敵が…撤退していきます…。」
荒潮 「どうやら勝ったようね〜。」
足柄 「大勝利!!」
羽黒 「なんとか…凌ぐことが出来ましたね。」
扶桑 「山城!やったわね!」
山城 「はい!お姉様!」
初霜 「お二人とも大活躍でしたね!」
電 「凄かったのです!」
龍田 「あらぁ、もう終わりなのかしらぁ?」
古鷹 「はは…。ともかく援軍が間に合って良かったです。」
ホッと息をついて安堵する者、素直に喜ぶ者、物足りなさを感じる者、悔しくてたまらない者…。
それぞれ思うことは違うが、ひとまず勝利を得られたことをその場の全ての艦娘達は享受していた。
叢雲 「終わったようね。」
夕張 「また攻めてきたりしないよね?」
叢雲 「あったとしても、すぐに仕掛けては来ないと思いたいけどね。」
吹雪 「…。」
雷 「吹雪、どうしたの?どこか痛いの?」
吹雪 「…ううん、大丈夫。」
雷 「……そう?」
それでも雷は吹雪の様子がおかしいので、気になって仕方なかった。
長門 「全艦に告ぐ。提督からの指令だ。全艦、呉へ帰投せよ。横須賀鎮守府の艦隊も寄港しろとの事だ。」
古鷹 「わかりました。」
陸奥 「長門、手を貸しましょうか?」
長門 「いや…私は大丈夫だ。」
実際は立ってるのも辛い状態だったが、半分以上はプライドと意地だった。
これ以上、陸奥に迷惑をかけたくないという思いからだった。
最上 「あ、今、打電があったよ。翔鶴達がこっちに向かってる。全員無事だって。」
長門 「そうか…。今は誰も轟沈しなかった事を喜ぶべきか…。」
空を仰ぎ見る長門。気づけば辺りは暗くなり始め、水平線に半分近く落ち始めた陽の光が、空を赤く染めていた。
―――蛇提督の車 車内―――
間宮 「提督、第一艦隊並びに第二艦隊から打電。深海棲艦への迎撃作戦、敵全艦の撤退を確認、作戦は成功しました。呉鎮守府、佐世保鎮守府、そしてこちらの全艦隊、損傷が激しい者もいるようですが、轟沈した艦娘は0とのことです。」
蛇提督「そうか。こちらの艦隊は呉に歓迎してもらえたのか?」
間宮 「はい。例外なく呉へ寄港しろとの呉鎮守府の提督が指令をなさったそうです。」
蛇提督「そうか。」
間宮 「皆さん…無事で良かったです…。」
間宮も結果の報告が来るまで緊張していたのか、思わず口から安堵の息が出る。
蛇提督「詳細は着いてから聞くと伝えておいてくれ。」
間宮 「はい。」
蛇提督「呉まではもう少しだ。飛ばすぞ。」
戦いは終わったにも関わらず、車のスピードを緩める気配がないと間宮は思った。
私を早く到着させるためなのか、それとも他に何か心配しているのか、
蛇提督の後ろ姿を見ながら、間宮は考えていた。
ーーー呉鎮守府 出撃ドックーーー
もうすっかり日が落ちた頃、呉鎮守府防衛をしていた長門、古鷹達は呉へ帰投し、出撃ドックに集まった。それと程なくして、沖の方へと出ていた翔鶴、金剛、比叡、龍驤達艦隊一行も呉に帰投する。
出撃ドックへ来た時、呉所属の明石と伊良湖が出迎えた。
皆の無事を確認した二人はそれぞれ自分の仕事を始める。
伊良湖は長い戦いの疲労で空腹になった艦娘のために晩飯と合わせて料理の準備を。
明石は夕張と共に入渠施設の準備と工廠施設の艦娘修復用の部屋の開放と準備をする。
出撃ドックに残った者達は呉鎮守府の提督が来るまで待機と明石から伝えられていた。
入渠するにしても提督の許可が無ければ入ることはできない。
主に損傷が酷いのは呉鎮守府の艦娘達だが、その中で特に酷いのは長門、金剛、吹雪。その次に酷いのは翔鶴、瑞鶴、榛名だった。
他の艦娘が彼女達を心配しながら提督が早く来てくれないかと思いながら待つのであった。
そんな中、龍田と天龍だけは彼女達から離れたところにいた。
天龍 「おお…龍田。そっちは大丈夫なのか?」
龍田 「私は平気よぉ。むしろ物足りないくらいかしらぁ。」
天龍 「そうか…。」
龍田 「天龍ちゃんも大丈夫そうなのになんか浮かない顔ねぇ?どうかしたのぉ?」
天龍 「ああ…。」
天龍は、龍田の問いにすぐには答えず、少し遠くから艦娘達を眺める。
傷ついた長門、金剛、榛名を陸奥、比叡、霧島のそれぞれがそばで心配そうに見守っており、その近くには妙高、那智、足柄、羽黒がいた。
長門達を挟んで妙高達とは反対側に翔鶴、瑞鶴、龍驤がいて、その近くには最上、鈴谷、熊野がいる。
そんな彼女達を中心にして、その周りに散らばるように、扶桑と山城、北上と大井、古鷹と加古と青葉と衣笠、朝潮と荒潮と満潮、不知火と陽炎が。
島風は傷だらけの体に構わず走り回り、それを止めようと綾波があたふたしている。
施設の端っこの方ではうずくまっている吹雪とそれを心配そうにそばで見守る叢雲と雷がいるのであった。
天龍 「あんな激しい戦いだったのに、みんな生き残れたなって思っててよ…。」
龍田 「ええ…。」
天龍 「あいつの…予想した通りになったな…。」
龍田 「そうね…。」
天龍 「おまけにあいつら…あんなに、はしゃいじゃってよ…。」
天龍が見ている先には暁と響、電がいた。
三人は勝ったことが嬉しかったのか、とても楽しそうに話している。
龍田 「出撃前のあの指示がうまくいったみたいね。」
天龍 「だけど俺は…まだあいつのこと、認めたくない。」
龍田 「小豆提督とは違うから?」
天龍 「ああ…。小豆は艦娘の事、第一に考えていつも頑張ってた。」
龍田 「うん…。」
龍田にもそんな姿の小豆提督が脳裏に思い浮かべる。
天龍 「あいつ言ってたんだ。こんな俺でも支えてくれた艦娘達だから、もっといろんな人に知ってもらいたいって。」
龍田 「そうね…。」
天龍 「深海棲艦に勝って英雄扱いされれば、艦娘達も認めてもらえる。それを信じてあいつは最期まで頑張ったんだ。」
龍田 「ええ…その通り…。」
天龍 「だけど、今の俺達の提督は艦娘を盾にして自分だけ助かろうとする奴だ。俺はそういう奴が一番大嫌いだ。」
龍田 「よく知ってるわ…。」
天龍 「今はどんな事情があるか知んねえけど、いつ豹変するかわかんねえし裏切るかもしんねえ。」
龍田 「うん…。」
龍田もひたすら天龍の言うことに同意し続ける。
自分も同じ思いがあるからというのもあったが、それ以上に天龍の味方でありたいという気持ちの方が強かった。
天龍 「だから…認めるわけにはいかないんだ。あいつが叶えたかった夢を叶えるためには…!」
その時、ドックの出入り口の方から誰かが入ってくる足音が聞こえてきた。
龍田と天龍がそちらの方に目をやると、一人の軍服姿の男が入ってきた。
長身でガタイがいいが、何より特徴的なのは鼻の下から横に伸びるちょび髭。
まるで一昔前の英国紳士を思わせる顔立ちだった。
天龍 「(あれがここの提督か…。)」
以前、衣笠を通して青葉から得た情報によると、
現在は海軍大将で次期元帥候補と呼ばれている。何かと黒い噂を持っているが、その証拠は見つからず、海軍の中でもかなりの影響力を持っている。
その見た目と腹黒い性格のおかげで、「悪髭」とか「狐提督」なんて周りから呼ばれているらしい。
現在の元帥とは同期で、先代の元帥の後継者争いをしたそうだ。
艦娘に対して酷い扱いをしたというはっきりとした経歴は無いものの、かと言って友好的でもなくむしろかなり厳しいので呉鎮守府の艦娘からは慕われていないという話だった。
その辺りは先程まで走り回っていた島風が狐提督を見た途端、綾波の後ろに隠れてしまったことからでも、それはうかがい知れた。
そんな男が天龍達に目もくれず横切っていくと、まっすぐ金剛達の前へと歩いていく。
狐提督「金剛、なぜ私の命令を無視した?」
金剛 「…。」
高圧的な態度で金剛を責める。
狐提督「なぜ無視したかと聞いている!」
黙ったままの金剛に対して、先程よりも強い口調で尋ねる。
金剛 「あのままでは私達に勝機は無かったネ!」
怪我の痛みと疲労に耐えながら、なんとか言い返す金剛。
狐提督「その結果がそのザマとはな。」
長門 「お言葉ですが提督!金剛の判断がなければ、もっと鎮守府に被害が及んでいたでしょう!彼女達の決死の行動が皆を救ったのです!」
金剛を庇うためにも長門も体の痛みに耐えながら反論するのだが、
狐提督「戦いが始まってから真っ先に中破したお前に言われたくないわ。」
と、一蹴されてしまう。
長門も一番気にしていた事を言われ、ぐっ…と歯を噛み締めて黙ってしまう。
狐提督「それと翔鶴と瑞鶴!」
少し離れたところにいる彼女達にも怒号を飛ばす。
狐提督「お前達は次の大規模作戦での中核なのだぞ!それを忘れて金剛達を追いかけるとは!」
忘れていたわけではないが、「失いたくない」という思いが焦りになって取り乱していた事は事実だったので、翔鶴もその気持ちを知っていた瑞鶴も黙ったままだった。
狐提督「お前達に何かあれば大規模作戦の計画が全て泡となる。わかっているのだろうな!」
陸奥 「ですが提督、彼女達も金剛達を援護したことで金剛達も守られ、結果的に作戦も成功しました。長門も的確な指示と後方支援があったからこそ守りきれたのです。」
狐提督「そうだ…あくまで結果的にだ。あの乱戦の中で翔鶴と瑞鶴にもしもの事があれば、金剛一人の責任では背負いきれない問題になってたかもしれんのだぞ!」
金剛 「…。」
金剛は反論せず黙ったまま俯いているが、それでも納得できないという感じで、狐提督からやや顔を背けている。
狐提督「そうでなくとも、金剛の行動は立派な軍規違反、上官に対する敵対行動だ。この処罰だけでも解体ということになる。」
「解体」という言葉を聞いて、金剛に限らず、その場にいた艦娘全員がピクッと反応する。
榛名 「提督…私も金剛姉様に賛同して行きました。処罰を与えるなら私にもして下さい。」
狐提督「無論だ。」
金剛 「What?! 榛名は関係ないネ!私が一人で決めてやったことね!」
北上 「そういう事なら私もだよね〜。」
大井 「それなら私だって…!」
北上 「大井っちは私に誘われただけじゃん。」
大井 「そんなことありません!」
二人が口論しているそばでは、綾波が何か言いたげだったが、後ろでビクビク震えている島風が心配で言うのをやめる。
比叡も我慢できないという顔だったが霧島が比叡の肩に手を置いて、顔を横に振る。
これはあくまで他鎮守府の問題。口出しをすればさらなる問題に発展しかねないのだった。
他の艦娘達も同様の理由で言うことが出来なかった。
ただその中でこの状況に憤慨する者が一人いた。
天龍 「(なんでいつもこうなんだ…。)」
俺達は頑張っているはずなのに、なぜそれほどまで責められなければならないのか。
軍規違反をしたにせよ、勝つための行動をしたのだから、なぜそれを汲み取ってくれないのか。
いや、それよりもどうしてこうも人間と艦娘達は互いに分かり合えないのだろうか。
自分は今までいろんな人間と真正面からぶつかっていった。
でも、衝突するばかりでわかりあうことも何かが変わることもなかった。
でもそれは小豆と出会うまでのことだ。
だからこそ、小豆と樹実提督が思い描いた夢を叶えたいと本気で思った。
人間と艦娘がわかりあえるその時を…。
でも、それはどんどん遠ざかっていく気がした。
小豆と樹実提督が死んでから、それはどんどん遠のいていく。
天龍は自分がいつも身につけている刀を手で握る。
手が震える……。艦娘特有の現象だ。
人間に危害を加えようとすると起こるあの現象だ。人間の武器を使わずとも、人間に対して殺意でも起これば、この現象は現れる。
この現象があるにも関わらず、それでも人間は艦娘を恐れる。
それでも危害を加えようと思えば出来なくはない。前任の提督に対しても刀から拳に変えたら殴ることができた。殺すことまでは出来なかったけど…。
それでも今、目の前の出来事はそうもできない。
その現象で震えるより怒りで震えている気がする。
こんな人間がいるから、こんなのがたくさんいるから…。
龍田 「天龍ちゃん…。」
龍田は隣にいた天龍の異変に気づいた。
天龍 「龍田…止めるなよ。俺はもう決めた。これは俺一人で勝手にすることだ。」
天龍の目を見て、もう止められないのだと龍田は悟る。
本気になった時の天龍の勢いは凄まじい事をよく知っているからだ。
龍田 「ううん…止めないわ。私も同じ気持ちだから…。でも前のように一人ではいかせないわよ。」
天龍 「龍田…。」
天龍も龍田の眼差しで、彼女が本気である事を悟る。
天龍はどうしてかその眼差しがとても心強く思ってしまった。
天龍は鞘から刀を抜く。
まだ手は震えている。そのせいで狙いを外してしまうかもしれない。
だが天龍は目を瞑って、その脳裏に思い浮かべる。
小豆やその周りにいた艦娘達。毎日の辛い任務に追われながらも楽しそうに過ごしていたあの日々。いつか小豆の夢が叶うと信じて戦った日々。
天龍 「(あいつの…ためにも!!)」
そう思った途端、不思議と体の震えが消えた。
これならいける!と天龍は思った。
龍田も愛用の薙刀を持ち、天龍と共に、狐提督に気付かれぬように背後から回り込む。
龍田も天龍のような震えが既に無くなっていた。
龍驤 「(なっ!?何やっとんのや、あの二人!まさか殺る気か!?)」
いち早く気づいたのは龍驤だが、他の何人かも気づいた。
だがもう既に武器を取って、態勢に入ってしまい、狐提督のすぐ近くまで来ていた。
今の時点で狐提督にバレれば、それこそ謀反の罪は免れない。
青葉 「(お願いです!二人ともやめてください!)」
衣笠 「(ああ…!どうしたらいいの?!)」
彼女達を始め、何人かが心の中で叫ぶ。
でもどうやって止めればいいのかわからない。
長門 「(こうなったのも…私の不足の至る所…。ならば…この提督の盾になってでもあの二人を止める…!)」
自分への罪悪感からそのように考えて動こうとする長門だったが、体を支えてもらっている陸奥に、逆に抑えつけられる。
陸奥 「(あなたはダメよ!…私が止める!)」
狐提督にバレない程度に耳打ちする。
その狐提督はまだガミガミ説教していて背後の天龍達に気づいていなかった。
天龍達はジリジリと近寄り、いよいよ間合いに入った。人間にとってみれば、かなり遠くかもしれないが、艦娘の身体能力ならその距離でも一気に飛びかかれば確実に仕留められる。
天龍は息を整える。剣を構え、狙いを定める。
一瞬の無の状態からタイミングを見つけ、大きく振りかぶった。
……ポヨン。
……………………………………
……………………………………
……………………………………
……………………………………ん?
飛びかかろうと思った瞬間、変な違和感を感じた。
そういえば一緒に飛びかかろうとした隣の龍田も、何故か変に静かだな…?
いや、それよりも胸に妙な感触が……。
そう思って自分の胸を見た天龍は目を疑った。
自分の胸をしっかりと後ろから鷲掴みにされていたのだった。
そして、その手の主は誰なのかは、後ろから聞こえてきた声ですぐにわかった。
蛇提督「何をしているのかな、君達は?」
天龍 「ぎゃああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」
その声にさすがに気づいて振り返った狐提督が見たものは、
顔を真っ赤にして叫びながら蛇提督に対して刀を振り回している天龍とそれを遊ぶように避け続ける蛇提督。すぐそばにいる龍田はただただ唖然とその様子を眺めているという光景だった。
でも、唖然としていたのは龍田だけでなくその一部始終を見ていた他の艦娘全員も同じだった。
蛇提督「ほら、どうした?当ててみせろ。」
天龍 「てめえっっ!!!やっぱりそれが狙いだったか!!! いよいよ本性を現したなっ!!!」
蛇提督にさらに煽られる天龍だったが、本気で殺そうとしているより、
恥ずかしさと驚きとその他諸々の感情がぐちゃぐちゃになって、飛び回る蝿を叩き落とそうとするような動きで刀を闇雲に振り回している。
蛇提督「龍田、何をしている?天龍を取り抑えろ!」
龍田 「は、はい!」
蛇提督の圧に押され、思わず従う。
天龍 「龍田、何すんだ?! 離せ!!」
龍田 「天龍ちゃん、ごめん!でも今は堪えて…!」
必死に天龍を抑える龍田は訴える。
今はこの男に任した方がいいと直感で思ったからだ。
狐提督「思っていたよりも早いお着きで何よりだ。…だが来て早々、一体何をしているのかね?」
高圧的な態度は依然として変わらず、今度は蛇提督に向ける。
蛇提督「いつもは隙を見せない私の部下が珍しく隙だらけだったので、少しばかりイタズラをしてみただけですよ。」
不気味な笑顔を浮かべて、淡々と質問に答える蛇提督は、狐提督の態度に全然怯む様子がなかった。
長門「(良かった…。提督は天龍と龍田の事に気づかなかったようだ…。うまく誤魔化したもんだ…。)」
長門のように心の中でホッとする者は多かった。
蛇提督のおかげで龍田と天龍の愚行を止めただけでなく、うまく誤魔化す事もできたのだから。
衣笠 「(隙を見せたらあんな事するつもりだったの!?)」
鈴谷 「(あれで少しなの!?)」
だが中には顔を赤くして、とんだ誤解をする者も少なくなかった。
狐提督「今回の援軍の早さは称賛に値するだろう。だが何故、貴官もこちらへわざわざ来たのだ?」
蛇提督「今回の事も含めて、敵に関する情報を報告しようと思って参上した次第です。」
狐提督「ほう…敵に関する情報。それは聞く価値のあるものなのかね?」
蛇提督「ええ。少なくとも大規模作戦を実行に移す前に、元帥にも伝えねばなりません。」
狐提督「ほう、そうだったか。てっきり私は恩を売るためにわざわざ来たのだと思っていたがね。」
蛇提督「と、言いますと?」
狐提督「私が誰なのかを既に知っているのだろう?貴官は元帥に無理矢理、提督にさせられた。なんとかして提督を辞めて逃げる方法を作るために私を頼ろうとしている。違うかね?」
龍驤 「(こんなところでそんな話をするんかいな…?いや…あのちょび髭提督もウチの司令官を警戒しとんのか…。)」
蛇提督「実のところ、あわよくば…と考えてはいましたが、この程度では取引材料にはならないと私は思っています。」
狐提督「殊勝な心がけで結構。同僚や艦娘を騙して見殺しにして、自分だけ逃げようとした男とは思えんなぁ。」
狐提督もきっと例の事件の事は知っているのだろう。
だからこそ蛇提督に対しては牽制も込めてこのような事を話すのだと、龍驤や他の艦娘も思っていた。
ただ、この二人の会話は異様な雰囲気を漂わせる。
他の誰をも介入させない張り詰めた空気で、二人の間を何かがぶつかり合っている。
今は二人の様子を見ている事しか出来なかった。
蛇提督「いやいやそれにしても、さすがは呉の精鋭艦隊。あれだけの敵艦隊を相手にしても誰一人沈まず、敵を退けさせるとは素晴らしい限りです。」
不自然にそしてまた不気味な笑顔を浮かべる蛇提督。
狐提督「フン…お世辞のつもりかね?だがこれは当然の結果だ。」
狐提督もその笑顔に不愉快さを感じたのか、鼻であしらうように答える。
蛇提督「ですが先程、解体、という言葉を耳にしましたが、どうかしたのですか?」
またその場にいた艦娘達がピクッと反応する。
狐提督「それはだな。ここにいる者達は私の命令を無視して戦った挙句、この有様で帰ってきたのだ。」
狐提督が手を広げて金剛達を指す。
蛇提督は金剛や長門達と目があった。
傷だらけの金剛達は息を呑んで押し黙る。
一瞬、蛇提督が、彼の後ろにいる龍田と天龍を気にかけるように、目だけをそちらに動かしたように見えた。
狐提督「命令の聞けない部下はいらない。そうは思わないか?」
まるで試すように問いかけてくる狐提督に対して、蛇提督は一瞬目を瞑って、そして解答する。
蛇提督「ええ、もちろん。勝手な行動をするような部下は組織として不適切でしょう。厳罰に処すべきです。」
やはりこいつも同じなんだな、と天龍は悔しくて手を強く握る。
他の艦娘達も同様だった。命令違反は変えようのない事実であるため、どうすることもできない。
蛇提督「ですが提督殿。あなたではいささかまずいのではないですか?」
狐提督「なに?」
え?と思ったのは、天龍に限らずだ。
蛇提督「私が最近、耳にしたことなのですが…。」
そう言って狐提督にかなり近づいて蛇提督は話す。その内容は誰も聞けなかった。
ただ、狐提督の顔が歪む。
狐提督「貴様!一体どこでそれを!」
狐提督は急に怒鳴りちらす。
蛇提督「おや?あくまで風の噂ですよ?それとも心当たりが?」
不気味な笑顔をやめない蛇提督は余裕そうに聞き返す。
狐提督「バカめ!ただのデマだ!どこの誰から聞いたのか、知りたかっただけだ!」
蛇提督「そうですか。ですがそれなら尚更、解体はおやめした方がよろしいかと…。」
狐提督「何故だ?」
蛇提督「また何かを隠すためにしたのではないかと思う者が出てくるでしょう。それなら先程の噂も信憑性が増してしまいます。」
狐提督「貴様…私を脅すつもりかね?」
顔が引きつったまま狐提督は問う。
蛇提督「いえいえ、提案ですよ。解体となると、貴方にとっての政敵が動き出します。例えこちらに非が無いとしても彼らはそうは思わないです。」
狐提督「だがしかし…。」
蛇提督「それに政府も陸軍もこちらの艦隊保有数は把握しています。大規模作戦前に減るような事態ともなれば、むしろこの機にあなたを失脚させようとする輩もいるでしょう。」
狐提督「ぐっ…。」
狐提督が悔しそうに押し黙る。彼にとってもそのような状況は好ましくないようだ。
蛇提督「それと私からのお願いなのですが、今回の戦いでの詳細を報告してもらう為に各艦隊から代表で一人ずつ選出してほしいのですが?」
狐提督「それも必要な事なのか?」
蛇提督「ええ。とても必要な事です。」
狐提督「フン…ならば長門と大井、翔鶴を出させる。……聞いていたな。三名は高速修復材を使って入渠した後、準備出来次第、執務室に集合だ。」
長門 「わかりました…。」
狐提督「金剛と榛名はしばらく謹慎の意を込めて通常の入渠だ。さっさと連れて行け。」
長門達は陸奥達に支えられながら、その場を後にする。
金剛と榛名は蛇提督とすれ違う時、既に限界が近い体で比叡と霧島に支えられつつも、薄目を開けて蛇提督を見ながら入渠施設へと向かった。
狐提督「では私は先に執務室へ行く。元帥を迎えねばならんからな。」
と言って、狐提督はさっさと行ってしまった。
翔鶴も静かにお辞儀をして、瑞鶴と共に入渠施設へと向かう。
その後をついて行こうとした龍驤は蛇提督に呼び止められる。
蛇提督「悪いが佐世保から来た艦娘の中からも代表で一人、執務室に報告に来るように伝えておいてくれ。」
龍驤 「その…司令官…さっきの事なんやが…。」
龍田と天龍について話そうとしたが、それを遮るように蛇提督は話を続ける。
蛇提督「こちら側からはお前と古鷹が代表で報告に来い。元帥もいる場での報告だから話す内容はよく整理しておけ。」
龍驤 「お…おお…わかったで。」
話させてはくれなさそうな雰囲気だったので、渋々その場を後にする。
その後すぐに衣笠が蛇提督に近寄る。
衣笠 「あの…私はどうしましょうか?何かお手伝いありますか?」
今は衣笠が秘書艦であるため、それを気にした質問だった。
蛇提督「衣笠も入渠を優先だ。他の者達の入渠を手伝いつつ自分も入れ。高速修復材は夕張達が持ってきたものと私の車に積んだものがある。入渠時間が三時間以上いくものは迷わず使え。」
衣笠 「え?中破以上の娘達だけじゃないんですか?」
通例では衣笠が言った通りだ。
蛇提督「今か明日にでも、また敵が来ないとも限らない。その為の処置だ。」
衣笠 「わかりました…。」
蛇提督「龍田と天龍は連れていく。私の手伝いだ。」
衣笠 「あ…はい。」
何かを察した衣笠は大人しく従う。
今回はどうなるかわからないけど、それでもこの件は蛇提督に任せるしかないと思ったのだ。
蛇提督「天龍、龍田、私の手伝いだ。ついてこい。」
龍田 「はい…。」
天龍 「ああ…。」
そして三人はその場を後にする。
しばらくの間、三人は黙ったまま廊下を歩いていた。
きっと外に向かってるのだろうと思いながら、蛇提督の後をついていくのだったが、やがて周りに人の気配が無くなった所で蛇提督は立ち止まった。
蛇提督「さっきのあれは一体何のつもりだ?」
振り返りながら質問するそれは、感情の無い恐ろしく不気味なものだった。
その雰囲気に二人は一度圧倒されるが、天龍が負けじと返答する。
天龍 「あのままにしていたら、金剛達が解体されてしまうって思ったんだ。」
蛇提督「それであのような行動に出たわけか?それで一人消したところで金剛達の解体が覆ると思ったのか?」
龍田 「以前に仰ったではないですか。人間に反逆する気はないのかと。私達はそうしたまでです。」
龍田が天龍を庇うために以前の蛇提督の話を取り上げる。
蛇提督は一旦、龍田を見ながら何かを考えたようだが、それについて返答する。
蛇提督「ああ…確かに言った。だが今回は明らかに金剛達に非がある。それはどう説明する?」
天龍 「確かに命令違反をしたかもしれねえ…。でもおかしいだろ!あれは戦いに勝つ為に捨て身になって起こした行動だ。敵前逃亡じゃない!間違った行動はしちゃいない!」
蛇提督「それでも命令違反は命令違反だ。」
天龍 「ちっ…そうかよ。お前もあの提督と一緒だな。俺達の事を理解しようとしない。」
蛇提督「それが本当の理由か?」
天龍 「ああ、そうさ!お前達みたいな奴らがいるから、俺達は蔑まれ憎まれ認められない!戦いに勝てなければずっとこのままなんだ!」
蛇提督「あれ一人消しても、お前達の評価がさらに下がるだけだ。それをわかっていたのか?」
天龍 「わかっていたさ!それでも…それでもあの時はああするしかなかったんだ!!」
蛇提督と龍田は黙ってしまった。
天龍が抱えた怒りをぶちまけて、それに対する言葉が見つからない。
天龍は感情が昂りすぎて、ハアハアと息を荒げている。
蛇提督「俺が言うのもなんだが…人間に反逆するのならば、もっと同志を集めた上で、計画を念入りに練って行動するべきだ。」
龍田 「なぜ…そのような事を言うのですか…?」
突拍子もない事を言うので、龍田は聞いてみる。
それにピクッとした蛇提督は咳払いをしてから答える。
蛇提督「…例えばの話だ。それにそうなった方が私にとって都合が良い。それを口実に逃げれるからな。」
なんだそんなことか…と天龍は思うが、
龍田はただジーッと蛇提督の真意を探るように見つめる。
蛇提督「だが…お前達のやり方は頂けない。一時の激情に身を任せ、あの者を殺ったところで、どれだけの艦娘が喜ぶのだ?」
龍田はハッとした。きっとこの提督が一番言いたかったのはこれなんだと…。
天龍 「それなら結局、俺達はどうしたらいいんだ?!ずっとこのままなのかよ?!」
それでも納得ができないと天龍は食い下がるが、その問いかけに蛇提督は答える事はなく、彼女達に背を向けるように前へと向き直る。
自分達への具体的な処罰は言い渡されなかったが、どこか悔しさが残ってしまうものとなってしまった。
そんな思いを抱えながら二人が歩き始めようとした時、また突然、蛇提督がこちらに振り向いた。
蛇提督「そういえば先程思ったのだが、二人が殺ろうとした時、艦娘特有に見受けられるあの現象が無かったように見えたが、あれはどうなっていたのだ?無理矢理、震えを止められるわけではないのだろ?」
こいつはおかしな事を聞くな…と思いながら、天龍は少し恥ずかしげに答える。
天龍 「それは…だな…。小豆のことを考えてだな…。」
蛇提督「小豆提督のことか?」
天龍 「ああ…。艦娘と人間が互いに認めあって、仲良くできることがあいつの夢だったからな…。」
蛇提督「龍田もそうなのか?」
龍田 「…はい。」
蛇提督「ほう。それは興味深い話だな。」
顎に手を添えて考え込む仕草をする蛇提督。
天龍 「一体何のことだよ?」
蛇提督「気にするな。こちらの話だ。」
気にするっつーの、と天龍は心の中で突っ込む。
蛇提督はまたそのままスタスタと歩き始めて行ってしまった。
呉鎮守府の外に出て、正門の方へと行くと蛇提督達が乗ってきた車が置いてあった。
車の所まで来ると、何故だか間宮が車のそばでソワソワしているようだった。
疑問に思ったのは、蛇提督も同じだったらしく間宮に話しかける。
蛇提督「間宮どうした?まだ食堂へ行ってないのか?」
質問を聞く限り、車で蛇提督と間宮はそれぞれ分かれて仕事を始めるつもりだったのだろう。
間宮 「…すみません、提督。少しばかり覚悟を決められずにいて…。」
蛇提督「それはどうしてだ?」
間宮 「こちらの鎮守府でもそうですが、何かと知り合いが多くて…特に伊良湖ちゃんはかつて共に任務をよくこなしていた仲ですが、私が生きていた事を告げず、ずっと騙して隠れていた事を話したらどう思うだろうと考えてしまったら、足が動かなくなってしまって…。」
そういうことか、と蛇提督は腕組みをして、目を閉じて考えていた。
やがて何か話そうと口を開けるが、それより先に後ろにいた天龍が話す。
天龍 「何言ってんだよ、間宮さん!そんなはずねえじゃねぇか!」
間宮 「天龍さん?」
天龍 「俺は間宮さんが騙していたことより、生きてくれていたことの方が嬉しかったんだ!」
間宮は横須賀鎮守府に来た時に天龍が泣いて喜んだのを思い出した。
天龍 「だってそうだろ?誰だって…いなくなってしまうことの方が悲しいだろ?」
その時、天龍は心の中で、あ…と気づく。
間宮 「…そうですね。私が小豆提督を失って悲しんだように、私がいなくなって悲しんでくれる人達がいるのですよね。私はそんな人達に支えられてきたからこそ、今、前を向くことができると…。」
蛇提督「……行けそうか?」
間宮 「はい。…ご心配をおかけしました。行ってまいります。」
間宮は感謝の意も込めてお辞儀をすると、食堂へと向かっていった。
その後ろ姿を見ながら、天龍は思う。
天龍 「(俺…また同じことをしようとしてたんだな…。)」
古鷹の件の時に、暁達が怒ってくれたことを思い出した。また怒られるかもしれない。
牢から出て、提督に連れられ帰ってきた時は、龍田が嬉しさと悲しみが混ざった顔をしていた。今度は龍田まで巻き込んでしまう所だった。
みんな自分の事を心配してくれていた。
そんなみんなを自ら悲しませようとしてたんだと、改めて思い知った。
蛇提督「高速修復材が車の後ろのトランクに入ってる。必要ならば使えと衣笠に持っていって伝えろ。私は執務室へ行く。」
そう言って蛇提督は鎮守府へと戻った。
龍田 「さあ、私達も入渠しに行きましょう。」
そう天龍を促して、先にトランクを開けた瞬間、中から黒い何かが飛び出してきた。
龍田 「きゃあ!!」
天龍 「あ…。あいつ…。」
龍田が開けた瞬間に出てきた何かをしっかり見ていた天龍は驚いた。
それは黒猫のユカリだったのだ。
龍田 「まさかこの子…。」
龍田は怒ることなく、むしろ心配な眼差しでユカリにそっと近づく。
龍田 「あなた…もしかしてあの提督を追ってきたの?」
しばらく龍田とユカリは互いに見つめ合っていたが、ユカリは鎮守府の方へと走り去ってしまった。
龍田はそんなユカリを見送りながら思う。
龍田 「(飼い主がまたいなくなってしまうって思ったのかしら…。)」
知っている限りで考えれば、蛇提督が事件を起こして捕まった時、家にいたユカリにとっては突然飼い主が帰らなくなってしまったはずである。きっとそれを木村という人が預かったのだろうと思う。
やはり猫も突然飼い主がいなくなれば、心配するのだろうか…。
飼い主が亡くなれば、猫も悲しむのだろうか…。
そんなあるかわからない猫の気持ちに、龍田は今の自分の心を投影するのだった。
―――呉鎮守府 出撃ドックーーー
一方その頃、出撃ドックにまだ残っていた雷と叢雲は、うずくまったまま動こうとしない吹雪を心配して、ずっとそのそばから離れないでいた。
叢雲 「あんた、いつまでそうしてるつもり?」
吹雪 「私のことは放っておいて…。」
雷 「そんな怪我だらけで放っておけないわ!」
吹雪 「いいの…。私なんて治すだけ無駄だもん…。」
叢雲 「あんた…まだ気にしてるの?」
吹雪はそうだとも違うとも言わず、顔を伏せてしまう。
雷 「どういうこと?」
雷が叢雲に尋ねる。
けれど叢雲は吹雪の様子を窺いながら、話すか話すまいか悩んでいる。
雷 「話せないことなら無理にとは言わないわ。けど話してみたら心が落ち着いて少しは楽になるかもしれない。もしかしたら違う発見もあるかもよ?」
自分の体験も兼ねてそう吹雪に話しかける。
蛇提督に話を聞いてもらい、別の視点から自分を見てくれた。
何もかも解決したわけではないけど、八方塞がりになっていた自分の心に一つの光明が差し込んだような、そういう感じであったからこそ吹雪に勧める。
吹雪 「……前にね、小豆提督から最後の任務だと言われて、任された任務があったんだけど…。」
雷の想いが届いたのか、吹雪が話し始める。
雷 「どんな任務だったの?」
吹雪 「護衛任務…。ある人を佐世保まで送り届けてほしいって、私と叢雲ちゃんに任せたの。」
雷 「たった二人だけ?」
叢雲 「迫る深海棲艦に対して迎撃準備しないといけなかったから、艦隊を割いても、頼めるのは私達だけしかいなかったのよ…。」
叢雲が捕捉してくれるが、その声に力が無い。
本当は残りたかったのだと雷は察した。
吹雪 「私達だけにしか頼めないからって言われて、その期待に応えようとしたの。でも…。」
叢雲 「敵があまり出ないはずのルートに思った以上の敵と遭遇してしまった。だから守り切れる保証が無かったからその人を先に行かせたのよ。」
雷 「そうだったんだ…。」
吹雪 「そこまでは良かったの。敵を倒したら後から追いかけるつもりだった。でも私がヘマして大破しちゃったの…。」
あ…と雷は心の中で何かが刺さるような感じがした。
吹雪 「叢雲ちゃんは私を庇いながら戦わないといけなくなっちゃって、なかなか敵を振り切れなかった。だからその人を追いかけることもできなくて、自分が生き残ることで精一杯だった。その人が無事に佐世保に着いてることを祈るしかできなかったの。」
雷は静かに吹雪の話に耳を傾ける。
その顔はとても悲しい表情だった。
吹雪 「その後は運良く味方の艦隊と合流して佐世保に着いたの。…でもその人は佐世保に到着してないって言われて……私はッ…私はッ!!」
急に声を荒げ始める吹雪を雷が優しく背中を撫でる。
雷 「大丈夫、大丈夫よ!」
吹雪 「私のせいで…私のせいであの人は…。」
叢雲も辛かったのだろう。
吹雪から視線を逸らして、握り拳を強く握っている。
吹雪 「さっきの戦いだって、私がヘマして大破して…また今度も叢雲ちゃんを危険な目に合わせて…。私あの時から何も変わっちゃいない…。」
あの人が誰なのかはわからないが、きっと小豆提督にとっても、この二人にとっても大切な人だったのだろう。
提督に期待され、それに応えようとしたのに応えることができなかった悲しみは大きなものだったはずだ。
雷 「私も…期待に応えたくて頑張ったことがあるわ。そうすれば、みんな私のことを頼ってもらえるし認めてもらえると思ってたの…。」
姉妹として認めてもらいたくて、「雷」として認めてもらいたかったからこそ、そうしてきた。
雷 「けど、ダメだった。最初の時よりも全然変わらなかった。誰の期待にも応えることができないどころか、誰も期待してくれないんじゃないかって思ってくるようになったわ。」
強くなった実感も無ければ、「雷」として認めてもらえてる実感も得ることはなかった。
雷 「…だけど期待に応えることが全てじゃないって教えてくれる人がいたの。」
俯いていた吹雪が、その言葉が気になったのか雷の顔を見る。
雷 「その人は自分がどうしたいかが大事なんだって…自分でそれをこれから決めていかないといけないんだって教えてくれたの。」
叢雲もその話をまるで自分のことのようにじっくり聞いている。
雷 「今はどうしたいかわからないし、何も決めてないけど、でもそう考えるようになったら、前より少し気持ちが落ち着くようになったの…。」
吹雪 「その人は…。」
雷はまだ何か言うべきか考えていたが、吹雪が何か言いかけたので、そちらを聞いてみることにする。
吹雪 「すごく優しい人なんだね…。」
ピクッと雷が反応する。
雷 「…どうして?」
吹雪 「だって…その人でもなく他の誰かでもなく、まず自分の心が大事だって言ってくれてるんだよね?それってすごく大切にされてるってことじゃないかな〜。」
そうなのかもしれない…と雷は思う。
全くの無表情で何を考えてるかわからない司令官。
でも自分に語りかけてきたその言葉は真剣そのものだったことはよくわかっている。
即座に解体するのではなく、考える時間をわざわざ作ってくれた。
何かまた新しく思うことがあれば、また聞いてやると言ってくれた。
やっぱり響や他のみんなが言うように、本当は優しい人なのかもしれない。
雷 「……うん、そうなのかもしれない。」
吹雪 「そうなんだ…。なんだか小豆提督を思い出すな〜。あの人はいつも私達を気遣って、今どう思ってるのかとか、どうしたいかとか…よく聞いてくれたな〜。」
吹雪の顔は、今にも泣き出しそうだった表情から昔を懐かしむような穏やかな表情へと変わっていた。
叢雲 「そうね。あいつの方がいつも危なっかしいのに、一丁前に私達のことを心配してたわね。」
それを聞いていた雷は、ぶっきら棒に言う叢雲のその言葉が何故だか恥ずかしさと嬉しさがこもってる気がした。
吹雪 「そうよ…。小豆提督はいつもそう言ってた…。自分の期待に応えられるようにするためじゃなくて、私達がいつも万全の状態で戦えるようにしてくれてたんだ。だから私達は小豆提督にいつも感謝していたんだ。」
吹雪の目に光が戻ってきた。
吹雪 「今、こんな私を見たらきっと心配するよね…。こんなんじゃダメだよね!」
吹雪は自分に言い聞かせるように言う。
雷 「元気が出てきたようで良かったわ!」
吹雪 「ありがとう!雷ちゃんのおかげだよ!」
またもやその言葉にピクッと反応する雷。
雷 「わ…私はただ話を聞いただけだわ…。むしろ立ち直りが早くて驚いているくらいだわ。」
さっきの自分の話もほとんどがあの司令官の受け売りだ。
本当に大したことはしていないと思う雷だった。
吹雪 「そんなことないよ!だって親身に私の話を聞いてくれたもん!それにさっきの話だって、私に大切なことを思い出させてくれたんだから!」
雷の頭の中は一瞬真っ白になる。
本人もどうしてそうなったかわからない。
雷 「そ…そう。…それは良かったわ!」
なんとか言葉が出た。
先程のおかしな自分は気づかれていないはずだ。
叢雲 「まあ吹雪は普段からこのくらい能天気だから、いつもと変わらないけどね。」
吹雪 「能天気だなんて酷いよ〜。」
意地悪な叢雲にプンスカする吹雪は、なんか楽しそうだと雷は思う。
叢雲 「ほら!そんなこと言ってる暇があるなら早く入渠してきなさい!」
吹雪 「ふえぇ〜。叢雲ちゃんが怖い〜。」
いつの間にか漫才みたいなやり取りになっている二人を見て、雷はクスクスと笑う。
叢雲 「さあ、さっさと行くわよ。」
雷 「あっ…そうだ。」
行こうとしていた二人を雷は呼び止める。
雷 「その…ある人って誰なの? 護衛して送り届けなきゃいけなかった人。」
吹雪と叢雲は一瞬暗い顔して、そしてその者の名前を言う。
吹雪 「間宮さんだよ…。」
雷 「え?」
吹雪 「小豆提督からも、艦娘のみんなからも慕われていた人なんだ。」
雷 「(え?あれ?)」
叢雲 「艦娘だけど給糧艦だったから私達と違って戦闘能力は無かったのよ。だから一人で敵艦に遭遇したら生き残れる確率は極めて低いわね…。」
間宮さんって…あの間宮さんだよね?
と、若干頭がこんがらがってしまう雷。
叢雲 「そっちにいる天龍と龍田はよく知ってるはずよ。聞いてない?」
やっぱりうちの間宮さんだと頭の中で一致する。
雷 「間宮さんなら私達のところにいるわ。」
しれっと言ってしまう雷を見て、叢雲と吹雪の挙動はピタッと止まってしまう。そして、
叢雲 吹雪 「「えええぇぇっっっ!!!!!!!??????」」
まあ当然の反応である。
叢雲 「何を言ってるのよ?! もう行方をくらましてから4年以上経つのよ!!そんなはずないじゃない!!!」
雷 「ほ…ホントなのよ。」
今にも胸ぐらを掴んできそうな勢いの叢雲に襲われ、雷はタジタジである。
吹雪 「新任の間宮さんとか?新しく建造されたなんて話あったかな〜?」
雷ちゃんが嘘を言うはずがないと、吹雪はそうやって言うが、
雷 「天龍と龍田のことも、もちろん小豆提督のことも覚えてるわ!」
叢雲 「う、嘘よ!!」
雷 「最近、司令官が見つけたの。私達のところで着任することになったんだけど。…あ、そうだ。今日、司令官と一緒にここに来てるはずだから、今はもしかしたら食堂に…。」
雷の話が終わる前に、吹雪と叢雲はビューっと走っていってしまう。
雷 「あ!待ってー!」
雷も慌てて後から二人を追いかけていくのだった。
―――食堂―――
伊良湖「(そろそろ最初の順番で入渠を終えた娘達が来るはずね。)」
食堂と厨房を忙しなく行き来する伊良湖は夕食の準備に追われていた。
呉鎮守府の艦娘達だけならともかく他の鎮守府の艦娘の分もなると、かなりの量である。
一人ではなかなか大変だが、彼女は少しも嫌とは思わない。
これだけ忙しくなると、何故だかいつも昔のことを思い出す。
間宮さんと共に本土各地の鎮守府と前線に設置された鎮守府や泊地、あらゆる所へ行っては美味しい料理を振る舞う。
辛く苦しい日々であっても食事の時間だけは艦娘や提督達に喜んでもらいたい、そんな信条で料理を作り続けてきた。
できれば艦娘達に、「もう一度あの味を」と思ってくれるように頑張ってきた。
間宮さんがいなくなった後も帰らない人になったという話を聞いた後も、めげずに頑張ってきた。
間宮さんと共に歩み、そしてその意志を引き継ぐためにも…。
ただ…心のどこかで「あの頃は楽しかったな…」と思う自分がいるのだろう。
口からそれが思わずでるのは、その為だろうか…。
「いけない、いけない…。頑張ろう。」
そうやって料理と向き合う。
伊良湖が大忙しに動いているためか、食堂に一人静かに入ってきた者に気づかなかった。
その者が伊良湖の後ろ姿を見つけると、静かに小さく深呼吸してから彼女に話しかける。
間宮 「何か手伝えることある?」
伊良湖はハッとその場で止まる。
忘れるはずがないその声に動揺する。
落ち着いてゆっくりと振り向く。
そこには当時と全く変わらない間宮さんがいた。
わっと涙が出そうになる。グッと堪えて止める。
あの時の間宮さんだとは限らない。新造された間宮さんかもしれない。
艦娘ならよくあることじゃないか…。
伊良湖「間宮さんですか?」
間宮 「ええ。そうよ。」
伊良湖「そうですよね…。おかしいですね…提督さんから間宮さんが新任で来るとは聞いてないのですが…。」
「新任の」と言った伊良湖の言葉で間宮は察した。
間宮 「伊良湖ちゃん、またそんな慌てていたらお皿ひっくり返しちゃうわよ。」
間宮さんにある「伊良湖」の記憶はやはりそんなにおっちょこちょいなのだろうか…。
でもそんな風に微笑みながら話す間宮さんは前と全然変わらない。
必死に涙を堪えてる私の気持ちも無視して…。
伊良湖「は…はい。すみません。」
伊良湖の反応を見てこれではまだ伝わらないかと間宮は微笑みながらさらに続ける。
間宮 「そんなだと、また明石さんの顔にスパゲッティぶちまけちゃうわよ。」
伊良湖「え?」
その事は前の間宮さんと明石さんと夕張さんしか知らないはず。
そんな事があった事を他の人には言わないでと明石さんと夕張さんにも言ったはず。
ということは…つまり、
伊良湖「ほ…本当に…間宮さんなのですか?」
間宮 「ええ。そうよ。」
我慢していた涙がブワッと湧き出る。すると咄嗟に走り出し間宮に抱きつく。
伊良湖「間宮さん!生きていたんですね!」
間宮 「そうなの。今までごめんね…。」
ちゃんと生きていることを確認する為にしっかりと抱き合う。
伊良湖「いいんです!生きてさえいれば、それで…!」
間宮 「伊良湖ちゃん…。」
伊良湖の涙に釣られるように間宮も一筋の涙を浮かべる。
そんな時、食堂の扉が勢いよく開く音が聞こえた。
何かと二人がそちらの方を見ると、吹雪と叢雲が息を荒げながら飛んで入ってきたところだったようだ。
間宮 「吹雪ちゃん!叢雲ちゃん!」
自分達を知ってるような呼び方をする者の方を見れば、間宮さんと、さっきまで涙を流して抱きしめていたであろう伊良湖を見て、二人は察した。
吹雪 「間宮さん…間宮さぁぁぁん!!!」
子供のように泣いて間宮に飛びかかる吹雪。
間宮はしっかりと抱き止めてあげる。
間宮 「二人共、生きていたのですね!!」
あの時別れてしまい、二度と会うことが出来なかった。
生きているかさえ分からず、互いに後悔だけを残したまま別れてしまった。
今こうして生きて再会できたことは何より嬉しい。
叢雲 「間宮さん…ごめんなさい…あの時…一人にしてしまって…。」
吹雪の後からトボトボと歩み寄る叢雲。
ずっと抱えてきた罪悪感をやっと本人に言えた。
彼女の目にも涙が浮かぶ。いや、浮かばずにはいられないのだろう。
間宮 「いいのよ…気にしないで。むしろ二人には感謝してる。おかげで小豆提督から預かった任務は無事に遂げることができたわ。」
叢雲 「そう…良かったわ。あいつもこれで浮かばれるわね…。」
その後しばらく4人はただ泣いていた。
後から追いついた雷はその光景を見て、
雷 「うん…これは…一件落着、ってところかしら。」
と、その光景を満足気に見ているのであった。
その頃、最初の順番で入渠を終わらせて、龍驤、古鷹、長門、翔鶴、大井、霧島の6人は執務室へと向かっていた。
龍驤 「あの司令官二人のところに元帥までおって…なんやヤバいところに行くようで嫌やわ〜。」
かったるそうに龍驤は言う。
古鷹 「ドックでの御二方は凄かったよね…。」
出撃ドックでの事を思い出しながら話す古鷹は、どこか感心してるようだ。
大井 「私も嫌です!…北上さんと1分1秒でも長く一緒にいたいのに…!」
グググと握りこぶしをして、なんだか黒いオーラが出ている大井。
長門 「すまない、大井。金剛達の代わりをさせてしまって。大井ならば戦闘の報告を詳細に話せるだろうから、安心して頼める。」
長門の傷は入渠によって完治して元通りのようだ。
大井 「わかっていますよ!」
フンッと膨れてそっぽを向く大井だが、さり気なく褒められたせいか恥ずかしさも混ざってるようだった。
霧島 「私としては噂の提督を先程よりも間近で拝見できるので楽しみです!」
霧島はメガネをクイっと上げて、ワクワクが顔と体から滲み出てきている。
翔鶴 「私は…正直、怖いです…。あの榎原(えのきはら)提督さえも脅して自分の思うままに操ろうと企んでるのかと思いました。」
榎原提督とは狐提督の名前だ。
あの異様な蛇提督の笑顔を見て翔鶴は怯えてしまったようだ。
長門 「だが…あれのおかげで解体の話が覆った。今後も無闇に出せなくなっただろう。」
古鷹 「そんなに榎原提督は解体の話を出すのですか?」
長門 「本気ではないと信じたいところだが、命令を聞けない艦娘に対しては解体を仄めかすようなことはよく言っている。あれで怯える艦娘も多いのだ。」
龍驤 「なんや大変やな〜。」
長門 「そちらはどうなのだ?」
翔鶴 「そ…その…あんな悪戯をいつもされてるのですか…?」
蛇提督が天龍にした悪戯を思い出しているのか、やや顔を赤くして聞いてくる翔鶴。
大井 「そうよ!完全にセクハラじゃない!」
龍驤 「いやいや、あんな悪戯をしたのは初めてや!」
古鷹 「むしろ最初の頃からとても近づき難い方でしたから。私達としてもびっくりです。」
長門 「そうなのか。…ではあの時のあれは誤魔化すためだけにしたということか…。」
龍驤 「そういうことやろな〜。あれなら天龍が刀振り回しててもなんも不自然やない。」
霧島 「それに何を言ったかわかりませんが、あの方の言葉でお姉様達を入渠に行かせられました。あれはとても凄かったです。」
長門 「私もあれに関しては、感謝を伝えたいところだ。私はともかく金剛達は一刻も早く入渠させたかったからな。」
翔鶴 「わ…私も…それは同じです…。」
大井 「まあ、そうだけど…。」
そうこう話してるうちに一行は執務室の近くまでやって来た。
執務室のドアの前には大淀が待っていた。
大淀 「皆さんお疲れ様です。」
長門 「大淀も来ていたか。」
大淀 「はい。元帥付きの秘書艦ですから。」
古鷹 「提督の件はありがとうございました。」
龍驤 「なんや色々と調べてもろうて悪いな。」
大淀 「いえ…私も個人的に気になって調べていましたから。それに…気になることもいくつか…。」
古鷹 「気になること?」
大淀 「いえ…この話は後ほど。元帥と提督達がお待ちです。お入りください。」
大淀に案内され一行が執務室へ入ると、元帥が執務机の椅子に座り、その正面の両側に蛇提督と狐提督が立って待っていた。
狐提督「やっと来たか。遅いぞ!お前達!」
腕組みしている狐提督は待ちかねたのか長門達を叱りつける。
長門 「申し訳ありません。」
元帥 「まあまあ、昴(すばる)君。彼女達も我々が相手だから入り辛かったのだろう。許してやりたまえ〜。」
狐提督「その名前で呼ぶのはやめてもらいたいと言ったはずですが。」
元帥 「良いではないか。私達は同期なのだから。」
龍驤 「(このちょび髭提督…昴って言うんかいな…。)」
昴とは狐提督の下の名前である。
世の中には名前と実際の性格のイメージが違う者が少なくなかったりするのだが、狐提督の場合、かなりのギャップを感じずにはいられない。
だがそれよりもこのちょび髭提督を相手にあんなふざけた調子でよく話せるものだと龍驤は感心してしまう。
元帥という立場だからなのか、それとも同期という付き合いがあるからなのか…。
そんな事を考えてしまう龍驤だった。
蛇提督「あの…そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」
少し呆れた様子で元帥に催促する。
元帥 「おお、すまない。早速始めてくれたまえ。」
蛇提督「では…。」
長門 「(これで一体何がわかるのだろうか…。)」
霧島 「(お手並み拝見です!)」
蛇提督はまず長門に戦いが始まったところからル級達を撃破するまでの報告を聞いた。
その次に二手に分かれ外海の方へと進撃したところからヲ級達を撃破するまでの報告を翔鶴と大井にしてもらい、龍驤と古鷹、霧島は自分達の鎮守府から出撃してから戦線に参加するまでの道中について詳しく聞かれた。
ついでに大淀から今回の襲撃での損害と被害の報告を明石からの報告も合わせて話をしてもらった。
蛇提督「ふむ…やはりそうだったか…。」
元帥 「報告を聞いて戦いの全容がだいたいわかったが、これで他に一体何がわかるというのかね?」
蛇提督「いえ、確かな証拠は無いにしろ、今回の戦いではっきりとしたことはあります。」
狐提督「一体それはなんだね。勿体ぶらずに話してみろ!」
元帥 「まあまあ落ち着きなさい。」
蛇提督「では一つめ。今回の敵の狙いですが……威力偵察だったと思われます。」
元帥 「な!?」
艦娘達「「「「!?」」」」
狐提督「バカな!あれだけの数が来たというのに偵察だというのか?!」
蛇提督「理由はいくつかあります。ひとつはあれだけの数が来たのに、被害が少ないことです。」
狐提督「それは我らの力で防ぎ切ったからであって…。」
蛇提督「その割には被害を受けた箇所が散乱しています。もしも鎮守府自体の機能停止を狙うならば、心臓部である工廠と入渠施設を攻撃するべきです。」
長門 「(た…確かに…。)」
蛇提督「だがその肝心な工廠はほとんど攻撃を受けてない。入渠施設は海側から見て奥の方にあるから攻撃しづらいとしても、工廠は空からならすぐわかります。」
元帥 「うむ…確かにそうだ。」
蛇提督「二つめは敵の攻撃の間隔が緩いことです。」
元帥 「なに!?それはどういうことかね?」
蛇提督「今回の敵の攻撃はセオリー通りの波状攻撃でした。しかし、その間隔にだいぶ開きがあります。」
狐提督「まさかそんなこと!」
蛇提督「いいえ。本気で鎮守府を潰すつもりならば、援軍が来る前に潰したいはずです。しかしこちらの態勢が整っても構わないような動きを見せています。例えば、金剛達が追っていたヲ級も編成だけ見れば、陸地を攻撃するのに必要な艦隊なのに、金剛達に付かず離れずの距離を維持してずっと戦っているのも不自然です。」
翔鶴 「(言われてみれば、他の艦隊を盾にして自分達だけ鎮守府を目指すこともできたはずよね…。)」
大井 「(あのヲ級に弄ばれてるような感じがしたのは、気のせいじゃなかったのね…。)」
蛇提督「三つめは、結局襲撃してきたのは呉鎮守府のみであること。この時間になっても他の鎮守府から襲撃の連絡が来ないところをみても、やはり最初から呉鎮守府だけが狙いだったのでしょう。」
元帥 「待った!そこだ…どうして呉鎮守府だけなのだ?威力偵察ならば、なおさら全ての鎮守府に攻撃して敵の戦力を把握するべきではないのか?」
蛇提督「それはきっと今回の威力偵察の目的が関わっていると思います。」
狐提督「目的だと?」
蛇提督「そうです。敵の目的…それはこちらの艦娘の数と練度、そして我々、司令官の能力を見ていたのではないかと。」
元帥 「我々の能力?」
蛇提督「そうです。あえて呉鎮守府だけを狙うことで、他の鎮守府がどう動くか見ていたのかもしれません。」
元帥 「他の鎮守府には攻撃しないことを、どれだけ早く見抜けるかを計ってたとでも言うのかね?」
蛇提督「ええ、その通りです。大規模作戦を遂行する呉、佐世保、横須賀鎮守府の動きを見ていたとみて間違いないでしょう。」
元帥 「待て。それでは奴らはこちらが大規模作戦をすることを察知しているようではないか?」
蛇提督「その通りです。」
狐提督「まさか…作戦の内容が漏れているのか?」
蛇提督「作戦の内容まで把握しているかはともかく、近々こちらが大きな動きをするだろうとわかった上で、そのタイミングでの威力偵察だったと思われます。」
元帥 「なんと…。わかっていながら動かれる前に潰しにかかるのではなく、戦力を計るためだけに襲撃して来るとは…。」
狐提督「それではまるで我らを挑発しているようではないか…。」
蛇提督「その意味もあると思います。」
一旦、その場が静まり返った。
蛇提督の言うことが本当なら恐ろしいことであると一人一人が思ったからだ。
狐提督「バカな…ありえん。そもそも奴らはそれほど知能の高い存在だったか?」
蛇提督「最初の頃はそうではなかったかもしれません。ただ目の前のものを破壊するだけの存在でした。ですが樹実提督が戦死されたあの時の戦いの頃、あるいはその前から敵側で大きな変化があったと思われます。」
元帥 「その変化というのは、以前私に話した、敵側に人間ほどの知能を持った司令官クラスの存在がいる可能性があるということかね?」
蛇提督「私はそう睨んでいます。」
狐提督「だがそれはあくまで憶測だろう?」
蛇提督「ですが、そう仮定した方が今回の戦いも今までの敵の妙に統率の取れた動きも説明がつきます。」
元帥 「確かに…それは一理ある。…ならばそうだとして、なぜそれほどまでに余裕があるのだ?それだけ戦力に余力があるからなのか?」
蛇提督「それもそうですが、考えうる理由がひとつあります。」
元帥 「なんだね、それは?」
蛇提督「打電で使われている我々の暗号が敵に解読されてしまっているようです。」
元帥 「なんだと!?」
驚いたのは元帥だけじゃない。
その場にいる全員が耳を疑った。
蛇提督「それについては龍驤達が証明してくれました。」
元帥 「龍驤君と霧島君の艦隊は道中でいくつか会敵しているのに対して、古鷹君達は会敵しなかったことが関係しているのかね?」
蛇提督「あります。前者は通常通りの定期報告と無線連絡をさせているのに対して、後者は一度も通信機器を使わせていません。」
狐提督「なんだと…。」
蛇提督「それにより、龍驤達には進行方向に待ち伏せるように敵が現れたのに対して、古鷹達は呉鎮守府海域に到達するまで会敵することはなかった。これは十分な証拠となりうるのではないでしょうか?」
元帥 「たまたま気がつかなかった…という線は無いのか?」
蛇提督「おそらく敵は、別の鎮守府から援軍を出したとしても一艦隊のみと読んで警戒していなかった可能性があります。なので龍驤達を途中から翔鶴達を追いかけさせるために沖の方へ進路を変える指令の暗号を解読し、敵は暗号を頼りに先回りさせた。ですから第二艦隊の存在を察知できなかったのでしょう。暗号の中に第二艦隊を示唆させるような文は入れませんでしたからね。」
元帥 「元々、龍驤君達が援軍として来ることを察知した敵は沿岸付近に配置させたが、進路変更の情報をもとに、艦隊を全て動かした。それで古鷹君達は会敵することがなかった、そういうことかね?」
蛇提督「ええ、そのように考えられます。」
元帥 「う〜む…なるほど。」
蛇提督「おそらくミッドウェーの戦いの頃から読まれていたでしょう。我々の動きは完全に把握されていたのはこのせいと考えるのが妥当であると思います。」
元帥 「なんてことだ…。」
元帥が考えこむポーズを取った頃、他の艦娘達もそれぞれが考えていた。
大淀 「(ウソ…この人、こんなに凄い人だったの…。)」
古鷹 「(凄い…暗号が読まれてること…いつから疑ってたんだろう…。)」
龍驤 「(これが本当なら、ウチの司令官、どえらい功績もんやで…。)」
翔鶴 「(なんか…思ってたのと違う方ですね…。)」
長門 「(まさか…こんな話になるとは…。)」
霧島 「(フフフ…あの方はデータ以上の方です!)」
大井 「(なんだか凄い話になってきたけど…。ああー!それでも北上さんに早く会いたい!)」
心の中では激しい感情を抱きつつも、外見は平静を装っている大井だったが、
蛇提督が大井の方を一瞥すると、その心を知ってか知らずか、
蛇提督「元帥、そろそろ彼女達を下がらせてもよろしいですか?こちらは聞きたいことは全て聞いたので。」
元帥 「うむ、そうだな。彼女達もお腹を空かせているだろう。大淀君、彼女達を外へ。」
大淀 「かしこまりました。」
大淀が龍驤達を連れて外へと案内する。
翔鶴 「…。」
翔鶴は蛇提督を少しじっと見てから、何も言わずに退室する。
艦娘達が全員、部屋を出て行ったところで話は再開する。
狐提督「だが、暗号が読まれていると、はっきり決まったわけじゃない。」
蛇提督「ええ。なので今後もいくつか検証を試みようと思います。」
元帥 「うむ、そうしてくれたまえ。やり方は任せる。」
蛇提督「了解です。」
元帥 「榎原提督も、可能性が出てしまった以上、そのつもりで艦隊を動かしてほしい。」
狐提督「承知した。」
元帥 「だが、それでも暗号が読まれてるいる可能性があるのは痛手だ。大規模作戦に支障をきたす。何か対策をせねば。」
蛇提督「それならば、暗号の全面的な変更を提案します。」
狐提督「待て。それでは大規模作戦を行う日取りが後になってしまう。暗号を作り直すのと覚えなおすのにどれだけの時間がいると思っている。」
蛇提督「いいえ。あくまで暗号を使っているのは妖精達です。幸いにも大規模作戦を行う提督達は妖精の声が聞こえます。彼女らを介して連絡のやりとりをすればいいのです。」
すると、いつの間にか蛇提督の肩に一人の妖精がよじ登ってきていた。
予め蛇提督の胸ポケットに待機していたのだろう。
蛇提督「暗号を作り変えて妖精達だけで暗号を覚えなおすなら、どのくらいかかる?」
妖精はうーんと少し考えてから、蛇提督の肩の上でピョンピョン跳ねて何かを言う。
ちょうどその時と同じく、大淀が執務室に戻ってきた。
蛇提督「どうやら三週間ほどあればできるそうです。」
元帥 「意外と早いな。」
蛇提督「妖精専用の通信機器を作らせてもらえれば、作戦司令室で直接提督に伝えることも可能だそうです。」
元帥 「おお、そのようにできるのであれば願ったり叶ったりだな。」
蛇提督「その為にはここにいる明石の協力も必要だと言っています。」
元帥 「うむ、そうか。明石君は君の直属の部下だ。どうかね?」
狐提督「そのような理由であれば断る理由はありません。」
蛇提督「私も個人的に明石に頼みたいことがあります。よろしいですか?」
狐提督「好きにしたまえ。」
蛇提督「ありがとうございます。」
元帥 「大規模作戦の計画の内容はまた改めて後日練り直すとしよう。今日のところはここまでだ。私も本部へ一度戻らねばならん。」
蛇提督「急ですね?」
元帥 「まだ仕事を残していてね。しかも今回でさらに仕事が増えた。他の上層部の者達にも伝えねばならん。」
蛇提督「お手数をおかけします。」
元帥 「気にしなくていい。私の仕事だ。」
大淀 「元帥が行かれるのでしたら、私も…。」
元帥 「いや、大丈夫だ。大淀君はここに泊まって明日またいつもの時間ぐらいに来てくれればいい。」
大淀 「ですが…。」
大淀が言いかけるが、それを否定するように元帥は続ける。
元帥 「君も積もる話があるだろ?」
「全てわかってるよ」と言いたげな口調で大淀に言う。
大淀はそれに対して否定することは出来なかった。
元帥 「最近、忙しかったからね。またこれからも忙しくなるが、しばしの休息だと思ってほしい。」
大淀 「……ありがとうございます。」
大淀は深々とお辞儀をする。
大淀 「それならせめて間宮さんの夕食を頂いてから行くのはいかがですか?彼女の料理
はとても美味しいのですよ?」
元帥 「うむ、それは食べてみたい。だが、ここで食べる時間もあまり無くてな…。」
大淀 「でしたらお弁当を作ってもらうように頼んでみましょう。」
元帥 「そうか。ではそれで頼むよ。」
二人の話がひと段落したところで、それを見計らった蛇提督は、
蛇提督「では私も自分の執務に戻ります。」
と、部屋を退室しようとするのだが、
元帥 「あ、まだ君には話したいことがあるのだ。」
と呼び止められる。
元帥 「そういうことだから、悪いのだが榎原提督は席を外してもらえるかね?」
狐提督「私も執務に戻ろうと思っていたところです。この部屋はご自由にお使いください。」
と、機械的に言って部屋を出て行った。
狐提督を見送った元帥は、大淀に言う。
元帥 「よし、それでは大淀君。彼女達をここへ。」
大淀 「…かしこまりました。」
蛇提督は、一体何なんだ?と言いたそうな表情を見せながら大淀が帰ってくるのを待っていると、ガチャっと再び執務室のドアが開く音が聞こえた。
蛇提督がそちらの方を見ると、大淀とその後ろからついてくる女性が二人いた。
一人は腰に届くほどの長い赤みがかった茶色のポニーテールの髪と赤いスカートを靡かせて歩いてくる。その優雅さは正に「大和撫子」を彷彿とさせる背の高い女性が一人。
もう一人は背は同じくらいだが、褐色肌に銀髪、ツインテールで釣り目で眼鏡をかけていて…。
そして何より上半身の殆どが白いサラシしか巻いてないといういろんな意味でワイルドな女性が入ってきた。
元帥 「うむ、それでは二人とも自己紹介をしてくれ。」
そう言われるとまずポニテの少女の方が一歩前へと進み出る。
大和 「大和型一番艦、大和です。」
そして今度はツインテの方が前へと出る。
武蔵 「同じく大和型二番艦、武蔵だ。」
蛇提督「……この二人は?」
蛇提督は少しだけ彼女達を見て、元帥に尋ねる。
もう既に察しがついてるのか、少し嫌な顔をしたようにも見えた。
元帥 「単刀直入に言おう。彼女達を君の鎮守府に配属させる。」
蛇提督は、やっぱりか…と言いたそうなため息をつく。
蛇提督「彼女達は確か戦艦でしたよね?ミッドウェー以降、戦歴には名前が載っていませんでしたが。」
それを言った途端、大和は蛇提督から視線を逸らすように俯き、武蔵は皆には聞こえない程度に舌打ちする表情を見せる。
元帥 「そうだ!やはり知っていたか。話が早くて助かるよ!」
蛇提督「い…いえ、そうではなく、今まで戦いに出てなかった彼女達をどうして私の鎮守府に?」
元帥にガハハと笑われながら、話がそれで終わってしまいそうになるのを蛇提督は質問で止める。
元帥 「彼女達は長門型を超える火力と色々な可能性を持った海軍秘密の切り札なのだよ!」
蛇提督「はー…?」
元帥 「その切り札を君に託そうと思ってね。」
蛇提督「それで、本当のところはどうなのですか?」
元帥 「君が一番彼女達を扱えると思ったのだよ。」
蛇提督「…。」
蛇提督はいつものように無表情で沈黙する。
何か肝心な事だけはぐらかせられて、それでもこれ以上聞いても答えてくれそうにないと察した沈黙だったのかもしれない。
蛇提督「こちらは扶桑と山城を出すだけでキツキツなのですよ。それをわかっているのですか?」
元帥 「何を言ってるんだね?!彼女達は超弩級戦艦なんだよ?!」
蛇提督「いや…それはわかって…。」
元帥 「超弩級だよ?!ほら超弩級!!」
蛇提督「わ…わかりましたから…落ち着いてください…。」
「何が」とは言わない意味深な元帥の言葉に蛇提督はあえて突っ込まない。
蛇提督「まあ…最初からこれに拒否権なんて無いのでしょうね…。」
元帥 「わかっているではないか。そういうことだから、よろしく頼むよ。」
かなり強引なやり方に三人の艦娘達も呆れた表情をする。
大淀 「(この提督じゃなくても、やっぱりこういう反応になるわよね…。)」
ここにくる前に、元帥から大和型の二人を横須賀鎮守府に配属させることは聞かされていた。
だがその時の大淀は反対した。
どの鎮守府も超弩級戦艦を扱えるほどの資源の余裕も無く、ましてやあの提督のところに行かせるのは彼女達が不憫でならない。
それに横須賀鎮守府の作戦に参加させるということは、もう既に彼女達を捨て駒にしようとしてるとしか思えなかった。
先程の蛇提督の分析報告を聞いて、少しは彼に対する評価が変わった今でもやはり気持ちは変わらない。
蛇提督「私が横須賀鎮守府提督の○○だ。以後よろしく。」
大和 「よろしくお願いします。」
武蔵 「よろしく頼む。」
蛇提督「横須賀鎮守府に帰るのは明日だ。私の車で間宮とともに乗せる。私が呼ぶまで待機だ。それまで自由にしていて構わない。」
大和 「わかりました。」
大和型の二人に、簡単な挨拶と指示を済ませ、再び元帥に向き直る。
蛇提督「では私はこれで失礼します。」
元帥 「そうそう。今回の功績に対する報酬として資源と弾薬、バケツを本部の貯蔵から送ろう。と言っても今回の消費分しか送れないだろうがね。どのくらい消費したか後日報告したまえ。」
蛇提督「わかりました。ありがとうございます。」
そう言って敬礼した蛇提督は部屋を出て行った。
元帥 「不安かね?」
元帥が大和と武蔵の表情を見ながら話しかける。
大和 「やはり歓迎されてるようではなかったので…。」
元帥の思った通り大和はやや俯いて不安を露わにする。
武蔵 「誰のところであろうとこの力を振るえればそれでいい。」
武蔵は少し意地を張っているように見える。
元帥 「ふむ…。ならば君達の目で彼がどんな者なのか見極めてくるといい。私は普段の彼を見れないのでね。もしも酷い奴だったら、大淀君を通してでもいいから私に言いなさい。その時はなんとかしてあげよう。」
大和 「元帥のお心遣いにはいつも感謝しています…。」
武蔵 「本当に…元帥には世話になった。」
元帥 「私は特に何もしてないよ。」
大和 「いえ…5年前、私達を引き取って、今日までおいて頂いたこと、本当に感謝しています。」
武蔵 「あのままであったら、我らは解体だったかもしれんからな…。」
元帥 「当時の海軍は君達を解体するか決めかねて、いつまでも決まりそうになかったからね。だが、いつまでも残しておくにはいかなかったのさ。」
武蔵 「本当に元帥には迷惑をかけっぱなしだな。」
元帥 「いや…私の方こそ、いつか必ずどこかの鎮守府に配属させて海に出させてやると約束したのに、もうあれから5年も経ってしまったか…。本当に申し訳ない。」
大和 「それでも元帥には本当に感謝しています。」
元帥と二人の会話を横で聞いていた大淀は二人に聞く。
大淀 「二人はよろしかったのですか?あの提督の下に行くことを。」
武蔵 「元帥が選んだのなら、私はとやかく言わない。戦えるのならば、どんな扱いを受けても構わない。」
武蔵の言葉に隣の大和は複雑な表情で武蔵を見つめてから、自分も答える。
大和 「私も武蔵と同じです。こうして生かして頂いているだけで感謝ですから。」
二人の言葉を聞いた大淀は、もう既に覚悟の上であることを悟る。
大和 「…ですが、ひとつだけお聞きしたいことが。」
元帥 「なんだね?」
大和 「元帥はどうして彼を選んだのですか?」
「(そう、そこだ)」と大淀も心の中で同意する。
元帥 「フフ…それも君達の目で確かめてくればいいさ。」
だけど元帥はその答えを、意味深な笑顔と一言ではぐらかしてしまうのだった。
―――――――――――――――――――
執務室を出た蛇提督は、工廠へと向かっていた。
外観だけ見れば呉鎮守府の工廠は横須賀鎮守府の工廠より大きく見える。
中の構造に関してはどの鎮守府も基本的な構造は変わらないが、大型機械や器具の数、艦娘収納用の部屋の数が工廠の大きさによって違いがある。
蛇提督は入口からから入り、一旦止まって見回すが、人影が全くないので奥へと進む。
蛇提督がやってきた場所は、目の前にまっすぐ伸びた廊下に、その両脇にはいくつか部屋が設置されて入口にはカーテンがかかっている。
一昔前の野戦病院の廊下を思わせる景観だ。
ここに一人一人艦娘が入り、修理したり改装したりするのである。
部屋の中では艦娘が服を脱いでいることもあるので、蛇提督は部屋に入らず廊下に誰か出てくるのを待つしかなかった。
すると一人、部屋から出てきた。
夕張 「あ!提督!どうしてこちらに?」
夕張だった。蛇提督に駆け寄り話しかける。
蛇提督「明石に会いに来た。」
夕張 「あー、あの件ですね。すぐ呼びましょうか?」
蛇提督「まだ手が離せないようなら後でくるが?」
夕張 「大丈夫だと思います。今、ひと段落したところなので。」
蛇提督「そうか。なら頼む。」
夕張は早速、明石を呼びに行く。
しばらくすると夕張と共にピンク色の長髪でセーラー服をまとった少女がやって来た。
明石 「はじめまして!工作艦、明石です!」
そう言って元気に挨拶する明石だったが、蛇提督の目を見た途端、ビクッと驚く。
明石 「(うわ…青葉や夕張から聞いてたとはいえ…思った以上に鋭い目してるんだな…。)」
蛇提督「横須賀鎮守府の○○提督だ。よろしく。」
蛇提督が簡単な挨拶をしたところで、明石がハッと物思いにふけっていたのをやめる。
明石 「どうぞ!よろしくお願いします!」
蛇提督「早速だが明石に話したい事があってだな…。」
明石 「あ、ではこちらにどうぞ。」
明石が蛇提督と夕張を案内したのは工廠の中にある一室。
作業用の机などや機械などが置かれ、おおかた明石の工場といったとこだろう。
蛇提督を椅子に座らせ、コーヒーかお茶かと明石が尋ねると蛇提督はお茶と答えたので、明石がそれを準備し蛇提督に渡した。
明石 「ではお聞きしましょう。」
蛇提督「ではまず…。」
蛇提督はまず妖精専用の暗号通信機のことについて話した。
妖精だけで暗号のやり取りをできるようにするために妖精と話して考案してほしいということを伝えた。
そして次に横須賀鎮守府で行う作戦において、蛇提督自ら海に出る為に借りたボートに暗号通信機を設置できないかを話した。
明石 「…。」
明石は蛇提督の話を黙って聞いていたが、何やら目を丸くしてボーッとしてるように見えた。
蛇提督「ん?どうかしたか?」
気になった蛇提督は明石に聞いてみる。すると…
明石 「なんですか、それ!?とても面白そうじゃないですか!?」
明石は急に飛び上がって喜んだ。
今度は蛇提督が目を丸くして驚いていた。
明石 「いや〜こんな依頼が来るなんて久々ですね!腕がなりますよ!」
隣にいた夕張は楽しそうな明石と驚いたまま止まってしまってる蛇提督を見てクスクスと笑っている。
蛇提督「……それならば出来そうなんだな?」
我に返った蛇提督は明石に尋ねる。
明石 「はい!なんとかなると思います!」
明石が言うには、妖精専用のと言っても既存の通信機をいじればいいことであり、妖精サイズの物を作るとなったら、使っていない艦娘の艤装を分解して取り出せばいいとのこと。
ボートにつける通信機も、元々ボートに設置されてる通信機があれば、暗号でやり取りできる通信機も取り付けてしまえばいいことで、既存の使えそうな物で代用すればいいとのこと。もしも妖精だけで通信機を使わせたいなら、以前蛇提督が思った通り、これも艦娘の艤装から取り出して使えばいい。あとはボートの中の電気系統を改造すれば繋ぐことが出来ると言っている。
明石 「それにしても小型のボートに暗号通信機もつけて海に出るなんて思い切ったことを考えますね。まさに動く小さな司令室です。」
蛇提督「硫黄島の鎮守府の様子を自ら見に行くのと道中を艦娘に護衛させる目的もあるがな。」
明石 「それに加えてなるだけ多くの資源も持って行けると…。いやはやこんな発想、樹実提督ですら考えつかなかったですよ。」
蛇提督「樹実提督の時では必要なかっただけさ。」
明石 「ご謙遜を!まあ何はともあれ忙しくなりますね。すぐ準備に取り掛かります!」
蛇提督「ああ、よろしく頼む。」
明石 「お任せください!」
蛇提督「では私は別の仕事を残しているのでね。これで失礼する。」
明石 「了解です!」
立ち去る蛇提督を明石は敬礼して見送る。
夕張 「…うちの提督、どう?」
蛇提督が去ってから明石に蛇提督に対する感想を聞いてみる。
明石 「あの方は、見た目はアレですが、きっと物凄く良い方ですよ!」
夕張 「えっ!? ど…どうして?」
今までと何ら変わらない蛇提督だったはずだ。
無表情で控えめに言っても素っ気ないだけの人なのに、明石にしかわからない事があるのかと気になった。
明石 「だって、あんな依頼をしてくれる提督なんて、きっと良い人に決まってるよ!」
夕張 「あらっ…。」
その場でコケて「どういう基準よ!」と突っ込みをする夕張。
明石 「えーだって、こっちの榎原提督、全然楽しそうな依頼してくれないんだよ。いっつも小破以下の艦娘を資源と資材を最小限に抑えて治せとか、艤装や作業機器の手入れを怠るなって言うだけだし…。」
プンスカと怒ってとても不満気に明石は言う。
夕張 「そうね。修理と整備って嫌いじゃないけど、ずっとやってると飽きてくるのよね〜。」
「ああ…わかるわかる」と頷きながら、夕張も同感する。
明石 「それに比べてあの方は私の特技をわかった上で依頼してくれてるようで、本当にありがたい。」
夕張 「(最初に明石のことを言ったのは私だったかな…。)」
そういえばと思い出してみれば、発明のことがバレた時に明石のことも少し話した気がしたなと思う。しかもその時、彼も知っているような口振りだった。
明石 「そういう夕張はどうなのよ?」
夕張 「ど…どうって…?」
急に自分に振られ動揺する。
明石 「決まってるじゃん、あの提督のことだよ。満更でもなさそうな雰囲気に見えたよ。」
夕張 「そ…そんなことは…。」
明石とはそれなりに長い付き合いだ。
だからこそ自分では気づかない自分のことに明石が気づくこともある。
実際、蛇提督の事をそんなに悪い人じゃないんではないかと思う自分がいて、あの時も榎原提督を脅してるように見えるあの言動も見方を変えれば天龍達の代わりに金剛さん達を助けたようにも見えるのである。
他にそう思った娘達がいたんじゃないかと思う。
明石 「で?どうなのよ?」
ニヤつきながら聞いてくる明石は何か勘違いしているんではないかと思う。
夕張 「そんなんじゃないけど…でもあの人、私が発明の趣味があること知っても、とやかく言わないんだよね…。」
むしろ発明する為の資源や資材が足りないかどうかを聞いてくる始末だ。
あの時の一回限りだが、今でも気にしているのだろうか…。
明石 「何それ!?むしろ羨ましい!!」
一体どういうことかと明石が迫ってくる。
夕張は発明がバレた時のことや演習用の的や艦載機を作ってることなど話して、さらに明石に根掘り葉掘り聞かれることになるのだった。
―――食堂―――
明石と夕張の所に蛇提督が来てから数十分後、食堂では入渠と修復を終わらせた艦娘達が夕食を取っていた。
だが金剛と榛名はまだ入渠を終えておらず、入渠してからずっと寝てしまっている二人を比叡は心配だからとそばで見守っている。
また明石と夕張は仕事を終えていないのか食堂にまだ姿を見せていない。
久しぶりに会えた者達もいて、最初こそ今までの積もる話をしていた。
だがそれも束の間、執務室から帰って来た長門達六人と少し後からやってきた大淀、大和、武蔵を加え、話題は執務室での出来事で皆が持ちきりだった。
加古 「えっ!?執務室でそんな話になってたの!?」
青葉 「ふむふむ、あの提督はネタに尽きないですね。」
瑞鶴 「大規模作戦、どうなっちゃうんだろう?」
大淀 「若干の変更はあるかもしれませんが、暗号通信機に関しての対策をして、予定通り行われると思います。」
陸奥 「そもそも私達はもう後がないから、今更止めることもできないわけだし。」
長門 「だが作戦を遂行する前に、敵の情報を知れたことはとても大きい。」
翔鶴 「はい…。もしも知らないまま作戦を決行してらと思うとゾッとします…。」
大井 「まあ、元々無茶な作戦だったのが少しはマシになっただけですがね。」
霧島 「ですが、今回の戦いを敵の威力偵察だと予想したこと、呉鎮守府しか標的にしないと敵の狙いを見抜いたこと、それを見越した上での素早い艦隊編成とその派遣、しかも敵が暗号通信を解読している可能性があることを踏まえ、その検証をさせるために第一と第二とで通信の有無も分ける。素晴らしい判断力と分析力であると私は評価します。」
那智 「ああ、頭が切れるのは本当のようだ。」
妙高 「ですがよくそこまで敵を分析できましたね?」
龍驤 「司令官は着任した時から、元帥から借りた今までの艦娘と深海棲艦の戦歴をまとめた本をずっと読んではったんや。わざわざ世界の海域地図を広げて動きを確認するほどにな。」
陽炎 「それってすごく大変じゃない?」
不知火「今までの全てとなったら、かなりの時間を要したはずです。」
古鷹 「提督のしたことはそれだけじゃないよ。私達に訓練と演習をさせてそのデータを夕張と取って艦隊編成の材料にしたり…。」
加古 「足らない資材や資源は自ら鎮守府の跡地や廃墟へ行って、瓦礫の中から資材や資源になりそうなのを拾い集めたり、使い回しできそうな家具やゴミはわざわざリストにして記録してるし。」
初霜 「通常の提督の業務もこなしています。朝早くから起きられて夜遅くまでされています。」
足柄 「それを聞く限りじゃ、随分と仕事熱心…むしろ真面目すぎない?」
羽黒 「はい…とても立派だと思います。」
荒潮 「とても噂で聞いていた人物とは思えないわね〜。」
朝潮 「所詮、噂は噂です。」
衣笠 「だから私達も聞いていたことと最初の印象が違って見えてきて、正直なところ困惑してるのよね。」
霧島 「ですがあの優秀さはかつての樹実提督を想起させます。」
満潮 「それ、比叡さんが聞いたら全然似てないって言われちゃうんじゃない?」
古鷹 「私も樹実提督に似てるって思う時があります。」
最上 「一番、樹実提督のそばにいた君が言うなんて驚きだね?」
加古 「うーん…なんかね…そう思う時あるんだ。」
鈴谷 「えー!全然似てないじゃん。」
熊野 「そうですわ。樹実提督の方があんなのよりよっぽど紳士的でしたわ。」
衣笠 「それはそうなんだけど…。私達でもどうしてそう思うかわからないんだよねー。」
大和 「ですがあの提督は、優秀な方という点においては一緒なのでしょう。」
武蔵 「ボンクラではないだけマシだな。」
長門 「それにしても二人がここに来ていたとはな。」
大和 「はい、お久しぶりです。長門さん。」
武蔵 「お前も元気そうで何よりだ。」
陸奥 「それはこっちのセリフよ。ずっと前に今の元帥に引き取られたと聞いて、それから会えなかったんだから。」
大和 「元帥の家に住まわせてもらって、仕事の日は本部で大淀さんと共に元帥のお手伝いしていましたから。」
長門 「私は提督と共に本部へ行く機会があったから、二人にも何度か会うことが出来ていたがな。」
長門や大和達が話しているのを少し遠くから見ていた扶桑は隣にいた龍驤に聞く。
扶桑 「龍驤さん、あの方達はどなたなのですか?」
龍驤 「あ〜、あれは超弩級戦艦の大和と武蔵やで。」
扶桑 「超弩級戦艦…。」
山城 「私達と何が違うの?」
隣で聞いていた山城が興味あり気に尋ねる。
龍驤 「長門型を超える火力と長射程の46cm砲を搭載できることやな。」
扶桑 「えっ!?私達は35.6cm砲を搭載してるのに、それを超える主砲ですか!?」
山城 「長門型でも41cmだったわよね…。」
龍驤 「そうや。だからな、建造当初は海軍の秘密兵器なんて呼ばれやってん。」
山城 「そんな人達がどうしてここに?」
大和 「それはですね…。」
と、いつの間にか扶桑達のそばまで大和と武蔵が来ていた。
扶桑達は大和達が急にこちらへ来たので少し驚いていた。
大和「驚かせてすみません。扶桑型のお二人とは初めてでしたので、ご挨拶をと思いまして。」
扶桑 「そうでしたか。ご丁寧にありがとうございます。私は扶桑型一番艦姉の扶桑です。こちらが…。」
山城 「同じく二番艦、妹の山城です…。」
山城は少し人見知りをしているのか、扶桑の影に隠れるように寄りながら、小さな声で話す。
大和 「私は大和型一番艦、大和です。そしてこちらが…。」
武蔵 「二番艦、武蔵だ。よろしく。」
扶桑 「よろしくお願いします。」
山城 「……お…お願いします。」
扶桑の言葉に山城が後から慌てて合わせる。
大和 「戦艦同士、これからお世話になりますので仲良くして頂けるとありがたいです。」
龍驤 「ん?これから?」
長門 「おい…まさか…お前達がここにいる理由というのは…。」
大和 「本日付で横須賀鎮守府に着任することになりました。先程、執務室で提督と初顔合わせしました。」
聞いていた龍驤や扶桑達、その会話が何となく聞こえていた周りの他の者達も驚いていた。
青葉 「何と!これもスクープですね!」
天龍 「マジかよ、これほど頼りになる奴が来てくれるのはありがたいぜ!」
龍田 「また賑やかになりそうねぇ。」
大和 「あの…本当は…嫌ではないのですか?」
大和が恐る恐る口にした言葉は、盛り上がっていた横須賀鎮守府の艦娘達を一旦止める。
加古 「どうしてさ?」
大和 「それは…やはり私達は戦艦…ですから…。」
その言葉を聞いた扶桑と山城は察する。
戦艦であるが故の悩み、そうかつて彼女達も抱えていた「燃費」の問題だ。
その問題は自分だけじゃなく、周りにも多大な迷惑をかけることを身に沁みてわかる。
初霜 「そんなことはないです!」
だが真っ先に否定したのは初霜だった。
初霜 「仲間が増えることはとても良いことです!運命を共にする者同士、お互いに助け合っていこうではないですか!」
武蔵 「フッ…運命共同体というやつか。悪くない、気に入ったぞ。」
初霜 「はい。私もなるだけお二人の力になれるように頑張りますね。」
加古 「なんか…初霜に言いたいこと全部言われちゃった感じだな〜。」
加古は少し照れながらも、言いたいことを初霜より遅れをとってしまったことを自分の情けなさも混じえながら言う。
暁 「私も頑張るわ!」
初霜に負けじと暁も言う。
暁 「私がいれば安心よ!」
雷 「暁だけじゃ心配だわ。私もいるから困った時は何でも言って!」
暁 「ちょっと!それどういう意味よ!」
またいつもの喧嘩が始まりそうになるのを電が割って入る。
電 「ここで揉めるのは良くないのです!…ですが電もいるので、大丈夫なのです!」
雷 「ちょっと!それって私達二人でも心配ってこと!?」
電 「ち…違うのです!誤解なのです!」
今度は電が二人から睨まれてしまう。
アタフタしながら電は否定している。
大和 「フフ…皆さん、とても頼もしいのですね。」
そんな彼女達を見て、大和は思わず笑みがこぼれる。
衣笠 「帰ったら歓迎会とかした方がいいかな?」
加古 「いいね〜。間宮さんに特製の料理作ってもらおうよ!」
間宮 「私がどうかしましたか?」
間宮と伊良湖がたまたま大皿に乗せた追加の料理を持ってきたところだった。
加古 「大和と武蔵が俺達の鎮守府に来ることになったから、歓迎会をしようかって話になったんですよ。」
間宮 「まあ!それは嬉しいですね!」
夕張 「なになに?なんか盛り上がってるわね?」
ちょうどその時、夕張が食堂へとやってきていた。
加古が夕張に歓迎会の話をしていると、明石も入ってきていた。
だが明石は流石に疲れたのか輪の中心に入らず、外側でクタッと椅子に腰かける。
またワイワイと話が盛り上がり始めた頃、「あ!」と思い出すように天龍が声を上げる。
天龍 「だけどよ、あいつが許すと思うか?歓迎会なんて…。」
古鷹 「そもそもお二人が着任すると知った提督の反応はどうでしたか?」
大和 「微妙な感じでしたね…。」
武蔵 「めんどくさそうな顔をしてたようにも見えたぞ。」
大淀 「元帥に逆らえずやむ無し、といったとこでしょうか。」
龍驤 「まあ、司令官にとってはまた忙しくなる要因が増えたっちゅうことやな。」
天龍 「だからよ、歓迎会なんてやってる暇があったら資材集めてこいとか言いそうじゃんか。」
古鷹 「それは無いですね。むしろ許してくれると思います。」
天龍 「は?」
間宮 「あの方ならサラッと許してしまいそうですね。」
衣笠 「そうそう。」
加古 「私も同じく。」
初霜 「私も同意見です。」
龍驤 「ウチもそう思うで。」
雷 「うん…そんな気がする…。」
響 「間違いない。」
電 「なのです。」
暁 「あ!わ…私も!」
扶桑 「ええ。そのようになるかと。」
山城 「まあ…多分…そうじゃない…。」
天龍 「おいおい、お前ら。揃いに揃ってよ…。」
古鷹達が揃ってあまりにもサラッと言うので、天龍は少したじろぐ。
夕張 「構わん、ただし出撃と遠征に支障が出ないようにな、とか言うんじゃないかしら。」
ちょっとした蛇提督の物真似をしながら夕張もサラッと言う。
天龍 「夕張もかよ…。」
ポカンとした艦娘は天龍に限らず、龍田を除いたほとんどがそうなっていた。
そんな皆の気持ちを代表するように大和が尋ねる。
大和 「あの…あの方は…その…見た目と違って心の広い方なのですか?」
すると、ススッと響が大和に近づいて答える。
響 「司令官は優しい人さ。響はそう思ってる。」
間宮 「私もそう思います。私がここにいるのもあの方のおかげなのですから。」
長門 「大和と武蔵もだが、間宮がここにいたのも驚いたな。」
陸奥 「ホントよ〜。死んだと思ってたんだから。」
実は先程、入渠を終わらせ食堂へ入ってきた者達と執務室から帰ってきた長門達は間宮を見るなり、皆が驚いた。
最初は幽霊を見るような目だったが、本物だとわかった途端、
歓喜する者、涙する者、はしゃぐ者とそれぞれだったが、皆が間宮の帰還を喜んだ。
間宮 「私もここまで皆さんに喜ばれると思ってませんでした。」
明石 「えっ!?間宮さんがいるんですか!?」
疲れ切っていた明石が、間宮の存在に気づいて驚くと、それが嘘のように立ち上がってズイズイと輪の中心の方へ入り、間宮の存在を確認する。
間宮 「はい、そうですよ。お久しぶりです!」
明石 「え、えっと…じゃあ!伊良湖が私の顔にスパゲッティぶち撒けたことも覚えてる!?」
伊良湖「ひゃあああ!!! 明石さん!こんなとこでそれを言わないでください!!」
顔を真っ赤にして伊良湖が叫ぶ。
夕張 「懐かしい〜。そんなこともあったわね〜。」
言われて今思い出したような夕張はその思い出に浸ってるようだ。
龍驤 「伊良湖〜。そんなことしたんか〜。」
と、龍驤は意地悪そうに笑う。
他の艦娘達もそんな面白いやり取りを見て笑っている。
間宮 「ええ、覚えてますよ。でもあの時、明石さんが早く食べたいと伊良湖ちゃんを急かしてたことも原因のひとつだと思いますよ?」
微笑む間宮も楽しそうだ。
明石 「ほ…ホントに間宮さんだあぁぁーーー!!!」
明石は歓喜している。嬉しくて堪らないのか、間宮の手を握ってブンブンと上下に動かしている。
そんな子供みたいに喜ぶ明石を見ていた伊良湖は「(しょうがないなー)」と苦笑しつつ、少し心が落ち着いたとこで話を戻す。
伊良湖「…間宮さん、先程も少し聞いたのですが、その…提督さんは、そんなにも優しい方なのですか?」
間宮 「はい。確かに最初は鋭い目と氷のような表情に戸惑うこともありましたが、その裏に隠された優しさに触れて、私はここに帰ってくることが出来たのです。提督と私の話を聞いて下さった加古さんには感謝しても仕切れません。」
加古 「ほとんど提督のおかげだけどね〜。」
青葉 「ほうほう。その話も是非詳しく聞かせてほしいですね〜。」
加古 「長くなるからまた今度ね。」
伊良湖「(間宮さんにこれだけ感謝されるなんて…。間宮さんの言う提督さんは青葉さんから聞いた提督さんと別人なのでしょうか…。)」
叢雲 「(ドックで見た時は、やっぱりというか何というか…噂以上の奴だったけど、それでも私にとっては間宮さんを助けてくれた恩人なのよね…。)」
吹雪 「(人は見た目に寄らないって本当なんだな〜。)」
大和 「(元帥はあの提督の人柄を既にご存知だったのでしょうか…。)」
予め蛇提督の噂を聞いていた艦娘達にとって、間宮の言葉は信じ難いものだったが、間宮がいえばそうなのだろうと思うほど、彼女の影響力は大きい。
大和 「そういえば先程、あの提督のことで何かあったのですか?皆さんの口から、しばしば、ドックでとか、あの時とかなど話されてるようでしたけど…。」
青葉 「おお!よく聞いて下さいました!私の方からご説明させて頂きましょう!」
何故だか楽しそうに説明役を買って出た青葉が、出撃ドックで起きた事件を話した。
大和 「そんな事があったのですか…。」
青葉 「はい!そうなんですよ!なのであの提督は胸が大きい女性が好みなのではないかと予想しているのですが!」
天龍 「ブホッッッッ!?」
天龍は食事中だが口の中にあるものを吹き出しそうになる。
衣笠 「ちょ、ちょっと青葉!よくそんな話を恥ずかしげも無く言えるわね?!」
青葉 「いえいえ、間宮さんに対しても優しかったのは、そういうことではないかと。その方が辻褄が合うので。」
間宮 「まあ…!」
さすがの間宮も頬を赤らめて、両手で口を隠して驚いている。
青葉 「なので、胸部装甲が大きい方々はお気をつけ下さい。」
「ひい!?」と翔鶴や鈴谷は思わず、手で胸を覆い隠す。
武蔵はフンッと鼻であしらうような態度だが、大和は少し引き気味である。
天龍も胸を掴まれた時のことを思い出しているのか、すごく顔を真っ赤にしている。
北上 「大井っちも気をつけないとね〜。」
北上は呑気な口調で大井に言う。冗談なのか本気で言ってるのかわからない。
大井 「そんな事してきたら酸素魚雷をぶちかますだけですよ。…北上さんだったらいくらでも…。」
北上 「ん?大井っち、なんか言った?」
大井 「いえ!なんでもありません。」
アハハと笑いながら誤魔化す大井だった。
その場にいた艦娘達は青葉の言葉に一理あると納得しかけてしまうのだが、
響 「響は天龍や間宮さんほど大きくないけど、優しくしてもらった!」
と、青葉に真っ向から反対する。
青葉 「ほ〜う。それはどういった風に…?」
また新しいネタが手に入るとニヤニヤしてしまいそうなのを堪えながら下心ありありで聞いてくる。
響 「こう…手で、肩を…。」
電 「ワワッ!何でもないのです!」
電は自分が泣き出した時のことを響がバラしてしまうと思い、慌てて響の口を抑える。
それを見ていた暁と雷はキョトンとしている。
間宮 「(あの時の事でしょうね…。)」
間宮だけは心当たりがあるが、まだ知らない龍驤や古鷹達は「(また何かあったんだな)」と心の中で呟いていた。
青葉 「なるほど…つまり…。」
青葉がドラマに出てくる探偵のように顎を手で撫でる。
衣笠 「つまり?」
青葉 「提督はそっちの気もあると…。」
衣笠 「こらっ!!無茶苦茶よ!!」
青葉の推測が段々暴走してきたため、衣笠は叱る。
北上 「でもさー。その巨乳好きの提督のおかげで難を逃れたわけでしょ?」
いつの間にか巨乳好きということに関してはもはや誰もツッコミを入れず、それよりも北上の言ったことはその場の艦娘達を黙らせるには十分だった。
長門 「そもそも最初の頃から気安く体を触ってきたりするような男では無かったのだろ?」
衣笠 「そ…そうよ!むしろ近寄るなオーラが出てた感じなんだから!」
武蔵 「では天龍が既に刀を抜いていたのを誤魔化すためにわざとしたというのか?」
龍驤 「そう考えるのが自然やろな。」
瑞鶴 「そうよね…。あれであの髭にバレることがなかったのよね。」
長門 「ああ、全く、お前達二人があのような行動に出るとは思わなかったぞ。自分たちがやろうとしていたことが、どんなに愚かなことかわかっているのか?」
そう言って天龍達を睨んで叱る長門だったが、天龍達は肩を落として俯いたまま、
天龍 「ああ、よくわかっているよ…。」
龍田 「ごめんなさい…。」
と二人の反省してる姿を見て、長門はそれ以上の言葉が出ることはなかった。
衣笠 「…なんかあの後、提督に叱られたみたいで、あんまり元気ないんだ。」
衣笠が長門に、天龍達に聞こえない程度に二人のことを教える。
陸奥 「二人が無事だったんだから良しとしましょう?」
長門 「まあ…そうだな。我々のためにしたことだというのはわかっている。だが二人とも、提督からお前達に対しての行為に処罰はあるのか?」
無事と言うにはまだ早い。
長門が懸念していたのは、狐提督から罪を問われることは無かったが、蛇提督は天龍達がやろうとしていたことを知っている。
明らかな禁則事項だ。重罪になってもおかしくない。
現にあの時提督は『勝手な行動をするような部下は組織として不適切でしょう。厳罰に処すべきです』と言ったはずだった。
だから長門としては別鎮守府の案件であっても心配なのだった。
龍田 「特に何も言われなかったわ。」
長門 「そうか…。」
処罰の内容をまだ考えてるのかもしれない。
今しなくても帰ってから伝える可能性もある。
いずれにせよ何もないなんてあるはずないだろう。
北上 「それとさー。あの狐提督を脅し返すなんて凄いよねー。どこでそんなこと調べたのかなー?」
言われてみればそうだ、と古鷹は思う。
あんな激務の中でどうしてそんな事ができたのか。
着任する前から知っていた情報だったのか。だとしても牢から出て元帥に会い、横須賀鎮守府に着任するまででそんな時間があるのだろうか。
若しくは牢の中にいた時に知ったのだろうか。
結局どれであっても蛇提督に情報をもたらした協力者がいることになるだろう。
青葉 「それはですね…。協力者がいたのではないかと、私は思います。」
青葉も同じ考えか、と古鷹は思う。
青葉 「しかもその人物に心当たりがあります。」
古鷹 「えっ!?」
これは意外、と驚く古鷹。
加古 「誰なのさ!?」
加古も驚いて興味津々だ。
龍田 「もしかして木村っていう人?」
あの蛇提督の飼い猫であるユカリを預かっていた人物だ。
龍田の脳裏に真っ先に浮かんだ。
青葉 「いえ、その方ではないのですが、その方もあの提督の協力者であり、深いつながりがある方と踏んでいます。」
間宮 「どうしてそう思うのですか?」
青葉 「なぜなら彼は、海軍特殊研究所の主任だからですよ。」
最上 「それ、どっかで聞いたことあるな…。」
長門 「艦娘と深海棲艦を調査、研究している海軍の機関だ。」
瑞鶴 「長門さん、知ってるの?」
長門 「だいぶ昔だが、私も艦娘の代表として検査もかねて関わることがあったからな。だがあの時の主任は中森という女性でなかったか?」
「中森」という名詞が出た途端、横須賀鎮守府の艦娘の大半はピクッと反応する。
古鷹 「長門さん!その方をご存知なのですか?!」
長門 「ん?ああ…数回だが会ったことあるぞ。艦娘に対して随分と熱意のある人だった。」
加古 「その人からいろんなこと聞かれなかった?」
長門 「ああ…青葉以上にマシンガントークで根掘り葉掘りに…。プライベートな事とか色々とな…。」
陸奥 「ふーん。結構、偏屈な人だったのかしら?」
長門 「いや、とても良い人だというのはすぐに分かったよ。我々、艦娘の事を好意的に見てくれる数少ない人間で、良き理解者だったと私は思っている。」
霧島 「懐かしいですね〜。樹実提督とは小さい頃からの幼馴染だったそうで。私と比叡姉さんが一時期、樹実提督の下にいた頃に横須賀鎮守府に艦娘の検査ということで来た事がありましたね。あの時の比叡姉さん、中森さんと樹実提督がすごく仲良さそうなの見てすごく焦ってたのを思い出します。」
青葉 「私はそんな事があった後に、個人的に中森さんに会いに一回だけ特殊研究所にお邪魔させてもらった事があります。」
衣笠 「あっ!思い出した!確かあっちと樹実提督から許可をもらって青葉一人で行ったのよね?」
青葉 「もう六、七年前ほどになりますかね〜。特殊研究所でどういった研究をしているのかという事などを聞くのを建前に、樹実提督との関係の事とか聞きに行きましたから。」
霧島 「でも帰ってきて収穫を聞いたら、あんまり無かった感じでしたよね?」
青葉 「逆に質問攻めにあいましたから…。」
衣笠 「青葉が質問攻めされるなんて、やるわね…。」
青葉 「ですが、秘密にしていた情報もあるんです。中森さんは樹実提督のこと小さい時から好きだったようですよ。ずっと一方的な片思いだったそうですが。」
古鷹 「そうだったんだ…。」
なんか自分と似ているなと古鷹はそれとなく思う。
長門 「話していたらまた会いたくなったな。今は研究所の所長でもしているのか?」
青葉 「いえ…。最近調べて知ったんですが、どうやらある任務で既に亡くなっているそうです…。」
間宮 「え…?」
加古 「そうだったの!?」
古鷹 「それ、いつの話…?」
青葉 「今から5年前くらいだそうです…。」
扶桑 「その任務は何だったのですか?」
青葉 「すみません…。そこまでは…。」
大淀 「それなら私が知っています。」
「えっ!?」と意外な人物が名乗り出るので皆が驚いて大淀を見る。
龍驤 「そういや、執務室の前で気になる事があるっちゅうて言うてたな?」
大淀 「はい。それと関連している事です。」
長門 「一体何なんだ?」
大淀 「例の事件の事ですよ。中森さんの名前もその任務の戦死者名簿の名前に記載されていましたから。」
古鷹 「えっ!?」
蛇提督が事件を起こしたあの任務に中森さんも参加していた。
これは偶然じゃないはずだ。
中森とは事件とも密接な関係があると古鷹は思った。
大淀 「私が気になったのはその任務の内容です。その内容を探すとどこにも記載が残っていないのです。」
加古 「それがそんなに気になる事なの?」
大淀 「事件の裁判記録ではあの提督のしでかした罪状が載っているだけで、どんな任務で起きた事件なのか、その経緯を記した物はなく、今までのありとあらゆる任務の記録を残した書籍にもそれについてのものはありませんでした。」
霧島 「それは変な話ですね。」
大淀 「むしろ意図的なものを感じます。」
長門 「それを知っていそうな人は今はいないのか?」
大淀 「当時の海軍上層部の方々、さらにその一部でしょう。今の元帥と榎原提督もその中に含まれます。」
「(あのちょび髭提督も知っとんのか…。)」と龍驤は心の中で思う。
大淀 「ですから元帥に直接聞いてみることにしたのです。」
加古 「どうだったの…?」
大淀 「それが…。」
元帥 『話してもいいが、その任務内容に関しては箝口令が敷かれていてね。もし君がそれを知ったと他の者にバレたら解体だけじゃすまないだろうね。私でも庇いきれないし、私自身もどうなるのかわからないから知らない方が身のためだよ。』
鈴谷 「ぅえ…。何それ…怖い。」
大淀 「元帥にも迷惑をかけてしまうと思い、それ以上は聞く事ができませんでした。ですがこうも言っていました。」
元帥 『だけど時が来たら艦娘の皆にも真相を話さないといけないことだ。だが今はその時ではない。』
間宮 「どういう事でしょうか…?」
大淀 「今わかることは元帥は任務の内容だけではなく、事件の真相も知っているのではないかということです。」
大和 「真相…ですか?」
大淀 「はい。裁判記録には載っていない内容がまだあるのではないかということです。今日の執務室でのあの方を見ていましたら、そんな気がしました…。」
明石 「大淀のそういう勘ってよく当たるよね。」
翔鶴 「私も…大淀さんと似ていますね…。」
瑞鶴 「何が?」
翔鶴 「あの方の印象の話…。最初は怖い人だなって思ったのだけれど、執務室では何というか…言葉にしづらいけど、噂で聞いたような感じでは無かったような…。」
瑞鶴 「なんかパッとしないねー?」
翔鶴 「本当はもう少し陰険な方だと思ってたの…。でも思った以上に真っ直ぐしているというか…。何より私達に対する人間特有の嫌悪感みたいなのが無いのよ。」
それは言えてる、と龍田は思う。
艦娘が嫌いな人間達はよく見てきたけど、あの提督からは必要以上に近づけさせない壁を感じるだけで、私達を気持ち悪い存在だと思っているようではない。
天龍 「だけどあいつ、艦娘は嫌いだって言ってたぜ。」
その嫌いな理由も思い返してみればはっきりと聞いたわけじゃない。
翔鶴 「そうなのですか?…ですが執務室で私達の退室を促したのはあの方でした。しかも一度私達の様子を見てからされたようで。もしかして立ちっぱなしの私達を気遣ってくださったんじゃないかと思いました…。」
古鷹 「うん…そうだったね…。あの方はそういうところがあるんです。」
龍驤 「そうやな〜。なんか細かいことによう気づくっちゅうか。」
北上 「大井っちはどう思ったのさー?」
大井 「わ…私ですか…。」
重大な話をしていると思ったけど、それ以上に北上さんに早く会いたかったなんて言えない…。
だが、出撃ドックでの印象とは違い、執務室での蛇提督の話は勝利への努力を感じさせるものがあった。
その勝利というのは自分の名誉とかの下らない目的のためではなく、ただ純粋に勝利を求める。勝率を上げる確かな情報収集と作戦立てと準備。彼からはそれが滲み出ていた。
戦う前から戦った後まで、視野を広く、戦いを全体的な視点から見れる人はそうはいない。
艦娘の事をどう思っているのかなんてこの際関係ない。
そういう勝利への執念がある強かな人というのは結果的に私達に良い影響がある。
大井 「まあ…悪くは…ないんじゃないですか。」
が、そんな事を話すのは恥ずかしいしめんどくさい、何より北上さんに好印象を与えたくなかったので、はぐらかしてしまう大井だった。
北上 「そうか〜。大井っちもそうなんだ〜。」
大井 「な…何が、そうなのですか?」
だがそんな大井の気持ちとは裏腹に、いつになく楽しそうな北上を見て大井は嫌な予感する。
北上 「やっぱりあの提督と話してみたいな〜ってさー。」
大井 「えっっ!!!???」
「そんな…北上さん!」と大井は真っ青になる。
北上 「だって、みんなの話を聞いてるだけじゃわからないし、実際に話してみた方が良さそうじゃない?なんか面白そうじゃん?」
響 「ハラショー。あなたもそう思うかい?」
同志が増えたと響は喜ぶ。
霧島 「私も直接話をしてみたいですね。入渠に行かせてもらった感謝も伝えたいですし。」
北上 「だよね〜。何を聞いてみよっかな〜。」
「まさかそんな…」と大井はすごく焦った。
あの北上さんが自分以外の人に、しかも男の人に興味を持つなんて由々しき事態だ。
あの樹実提督にすら靡かなかった北上さんなら流石に恋まではしていないだろうと思うが、
だがそれでも話しかけた事をきっかけに急接近!!なんて事も無いとは言えない。
災いの種は早めに握り潰すに限る。
大井 「北上さん!それは危ないです!」
北上 「どうしてさ〜?」
大井は北上の目の前に回り込んで、完全阻止の態勢に入る。
大井 「北上さんが心を許した素振りを見せれば、あいつに体を触れられる可能性だってあるでしょ?!」
北上 「う〜ん。それは困るなぁ〜。」
大井 「そうです!それにそもそもあいつは何を考えてるかわからないですし、北上さんもあの髭提督のようにどんな弱みを握って脅してくるかわからないでしょ?!」
北上 「そういう人かどうか確かめに……。あ…。」
北上だけじゃない。他の艦娘も大井の後ろにその視線を集める。
大井 「そもそも、あいつは胡散臭いし…。」
蛇提督「私がどうかしたって?」
大井 「え?」
この低く冷たい声は…と大井が振り返る。
そこにはいつの間にか食堂へ入ってきていた蛇提督の姿があった。
蛇提督「私の話をしていたようだが?」
大井 「いえ!そんなことありませんことよ。オホホ…。」
かなりわざとらしく大井は笑いながら誤魔化す。
そんな大井をジトっとした目で蛇提督は見ていた。
間宮 「て…提督、どうされたのですか?」
間宮の問いかけに蛇提督は答える。
蛇提督「私の夕食の分と元帥の弁当をもらいにな。できているか?」
「あ!」と大淀は弁当の件をすっかり忘れていたことに気づいた。
それだけ蛇提督の話のことで今までずっとすっかり聞き入ってしまっていたのだった。
間宮 「はい、ご用意しております。提督はこちらでお食事されますか?」
蛇提督「いや、借り受けた部屋で食べる。」
間宮 「承知しました。少々お待ちください。」
間宮はそのまま厨房へと走って行った。
大淀 「申し訳ありません!お弁当が来ましたら私が…。」
蛇提督「いや、構わない。元帥も話に夢中になってるのだろうからゆっくりさせてほしいと言っていた。見送りも兼ねて私がやっておく。」
大淀 「そうですか…。」
元帥が優しいことはよくわかっている。こんな時も私のことを気遣ってくれるのだから、時々、変な事を言っても憎めない人なのだ。
大淀 「それでしたら元帥に、申し訳ありませんお体にお気をつけて、とお伝えください。」
蛇提督「ああ、わかった。伝えとこう。」
元帥から言われてるからというのもあるが、自分が忘れていたことに叱る事もしなければ、嫌な顔せずに、こんな伝言もあっさりと引き受けてしまうんだなと大淀は思った。
もしも少しでもプライドの高い人ならば、そんな雑用みたいな仕事は嫌がる。特に艦娘嫌いの提督なら尚更のはずだった。
霧島 「提督、先程はありがとうございました。」
蛇提督「何の話だ?」
霧島 「出撃ドックでの事です。傷が深かった金剛姉様達の入渠に行かせてもらえた事です。そればかりではなく、榎原提督の解体の話も取りやめにしていただいたことも。」
蛇提督「フン…。私は執務室での話を早く元帥に伝える必要があったからな。あんなくだらない事で時間を潰すのが勿体無かっただけだ。」
ほらやっぱり自分のためじゃねえか、と天龍は心の中でぼやく。
横須賀鎮守府の艦娘達が困惑するのはこれのせいだろうなと長門は思った。
これでは良い人なのかそうじゃないのか分かりにくいわけだ。
霧島 「いえいえ!理由はどうあれ助けられたのは事実です!本当に感謝しています!」
だが霧島はそんな蛇提督の悪態にも怯まず、さらに目を爛々と輝かせる。
霧島 「それと先程の執務室での提督のお話、とても感激しました!見事な分析力と判断力、推論もなかなか筋が通っていて素晴らしいと思いました!」
蛇提督「あ…ああ、そうか…。」
おや?っと長門は思う。
霧島の大袈裟な評価に蛇提督が少し狼狽えてるようにも見える。
間宮 「お待たせしました。」
間宮が戻ってきた。
間宮の左手には風呂敷に包まれた弁当箱が、右手にはおぼんに乗せた親子丼が一膳置かれている。
北上 「はーい。質問いいですか〜?」
蛇提督「何だ?」
北上が蛇提督に話しかけるのを阻止出来なかった大井はアワアワとしている中、
長門は北上の軽いノリな口調を咎める事をしないのだなと思う。
北上 「提督は凄そうなのに、他人から褒められ慣れていないんですか〜?」
艦娘達「「「!?」」」
今さっき何人かが気づいて思ったことを、そのまま言ってしまう北上。
かなり勇気のある質問をサラッと言ってしまった北上に大半の艦娘が驚く。
長門 「(おいおい…もう少し言い方というものがあるだろ…。)」
北上も私と同じように感じたのだなと思った長門だったが、あまりにも単刀直入に聞いてしまうので呆れてしまう。
蛇提督「…。」
蛇提督もあまり驚いているわけではないようだが、絶句してしまっている。
蛇提督「まあ…そもそも人から話しかけられる事も少なかったからな。」
それでもこんな失礼な質問に対しても普通に返すのだなと陸奥は思う。
しかも褒め慣れていないということに対して否定しない。
蛇提督「だが私は仕事として当然の事をしているまでだ。別に凄いわけではない。」
「あ…否定するところはそこなんだな」と思ったのは長門や陸奥に限らずだ。
島風 「はいはーい!私もしっつもーん!」
綾波 「島風ちゃん!?」
いつの間にか島風が蛇提督のすぐ隣まで来ていた。
先程まで他の艦娘達と違って、夕食を早く食べ終えたかと思いきや、皆の周りを走り回ったり一人で遊んでいたはずだったので、驚いたのは綾波だけじゃない。
島風 「その怖い目は元からなの?」
「ぎゃあああ!!!」と大半の艦娘達が心の中で叫ぶ。まだ強者がいたと。
きっとそれは一番触れてはいけないもののはずだ。
響 「(あ…それ、私が次に聞こうとしてたのに…。)」
だが響だけは先を越された悔しさで、プクーッと顔が膨れているようだ。
蛇提督「……ああ、そうだ。生まれつきのものだ。」
だがこれも思った以上に普通に答えを返す蛇提督に拍子抜けしてしまう大半の艦娘達。
島風 「そうなの?見えないものが見えたり、相手を凍りつかせたりするような特殊能力は無いの?」
絶対煽ってるとしか思えない島風の質問に他の娘達はハラハラする。
蛇提督「残念ながら無い。至って普通の目だ。両目とも視力は1.5。」
だがやはり怒ることなく淡々と答えを返す。
島風 「じゃあどうしてそんな風になったの?」
蛇提督「俺を担当した医者の話によると、一種の突然変異らしい。瞳孔とその周りの角膜の色合いの関係で、瞳孔が人よりも細く見えるだけらしい。元々、目自体も細いのも原因らしいがな。だが目の機能上、問題は無いそうだ。」
島風 「ふ〜ん、変なの〜。でも面白〜い!」
何故だか島風は面白がっている。
人間とあんな風に楽しそうに話す島風を見るのは久しぶりだと、呉鎮守府の艦娘なら誰もが思った。
蛇提督「変だというなら、お前のその服装も随分と変わっている。いささか露出が多い気がするが?」
衣笠 「(げっ!?まさか本当に!?)」
衣笠は青葉の言う通り、蛇提督はロリコンであるという推測が本当に当たっているかもしれないと思ってしまう。
島風 「違うもん!これは速さを追求して考えられた、洗練されたデザインなんだよ!」
蛇提督「ほう、そうだったか。さすがは駆逐艦の中でも最速を誇る島風だな。」
島風 「あれ?私、名乗ったっけ?」
蛇提督「他の鎮守府の艦娘のデータも目を通している。…たまたま覚えていただけだ。」
自分の鎮守府だけではなく、他の鎮守府の艦娘のことも調べているんだなと夕張は思った。
だが明石のことも知っていたような口ぶりでもあったので、やはり着任する前またはその直後にそういう資料に目を通していたんだなと思った。
でもどうしてそこまで調べているのか、そこの真意はわからない。
青葉 「どもども!私からも提督にはたくさん聞きたいことがあるのですが!」
蛇提督「青葉か、衣笠の姉だったな?」
青葉 「はい!その通りです!いつも妹のガサがお世話になっています!」
蛇提督「それほどでもない。」
青葉 「いや〜、それにしても私のことも知って頂いてるとは光栄です。」
内心、ネタの塊と思ってる蛇提督を見て記者魂が燃え上がる青葉。
お世辞を言いつつ、蛇提督にこれから色々と質問で切り込んでいくつもりだった。
蛇提督「知ってるも何も、青葉と会うのはこれで二回目だがな。」
青葉 「え?」
最初、あまりにも衝撃的すぎて言葉の意味がわからなかった。
質問しようと思ってた事も信じ難い言葉で全て吹っ飛んで茫然としている。
加古 「えっ!?どういうこと!?」
衣笠 「ちょっと青葉!聞いてないわよ!そんなこと!!」
青葉が逆に衣笠達に迫られ質問攻めにあってしまう。
青葉 「わ…私も…何のことやら…。」
青葉はこんなはずじゃなかったとアタフタしながら衣笠達を落ち着かせようとする。
そんな彼女達がワーワーと騒いでる中、今度は長門が蛇提督に近づく。
長門 「私からもいいだろうか?」
蛇提督「ああ。」
長門 「越権行為だという事を承知で聞かせて頂きたい。天龍と龍田はどうなるのだ?」
長門の質問に皆が注目する。
長門に限らず、天龍と龍田の処遇については気になっている者が多くいた。
蛇提督「ん?何のことだ?」
だが蛇提督は、艦娘が思っていたのと違う反応をする。
蛇提督「ああ、そうか。私に刃を向けたことか。ならば安心しろ、あれは立派な正当防衛だ。天龍に非はない。」
口調にはわざとらしさが滲み出る。
長門 「い…いや、そっちの事ではなくてだな…。」
蛇提督「ほう。そうでは無いのなら一体何のことかね?彼女達はそれ以外何もしていない。そうだろ?」
長門とそして他の艦娘達も蛇提督のその言葉を聞いてハッとした。
長門 「…いえ。私は何も見ておりません。」
蛇提督「そうか。それならばいい。」
つまり文字通り『無かったことにする』ということなのだろう。
蛇提督「私はそろそろ行くぞ。元帥を待たせているからな。」
蛇提督は間宮が持ってきた自分の夕食と元帥の弁当を持って、颯爽と艦娘達に背を向けその場を後にし食堂を出て行った。
龍驤 「良かったやんけ。なんもお咎め無しで?」
龍驤が天龍達に話しかける。
彼女達の心境を聞くためだ。
天龍 「単にもみ消したかっただけだろ?自分に都合が悪いから…。」
龍田 「…。」
天龍はあくまで否定的だった。でもその言葉に力は無く精一杯の意地を張っているのだろう。
一方、龍田はノーコメントで何か物思いにふけっているようだった。
霧島 「なんと素晴らしいのでしょう!優秀なだけでなく、部下の過ちも爽やかに許してしまうほど、懐が広い方であるとは!」
霧島の中では蛇提督に対する好感度が上がったようだ。
鈴谷 「爽やかだったか〜?」
「全然そんな感じでは無かっただろー」と少し挑発的に聞き返す。
熊野 「天龍さんの言う通り、ご自分の都合の悪いことをもみ消すために、私達に無かった事にしろと圧をかけてきてたようにも見えましたが…。」
足柄 「う〜ん…そう見えなくも無いわね。」
那智 「バレれば自分の首も飛びかねないからな。」
妙高 「確かにあれでは何を考えてるかわからないですね。」
瑞鶴 「なんかあまり気軽に話しかけられるような人じゃなかったけどさ。ただ…。」
翔鶴 「ただ?」
瑞鶴 「そんなに警戒するほど悪い人にも見えないな〜って、ちょっと思った。」
鈴谷 「あ!私もそんな感じ!」
瑞鶴 「あ、でも翔鶴姉はダメだよ!胸とか触られちゃうかも!」
翔鶴 「そ…それは…。」
どうやら瑞鶴の中では、蛇提督は巨乳好きというイメージがついてしまってるようだ。
熊野 「それにしても、島風があの人に話しかけるなんて驚きましたわ。」
綾波 「そうだよ。…島風ちゃんは怖くないのですか?」
島風 「怖い?何が?」
島風のキョトンとした反応に他の艦娘は驚く。
綾波 「だ…だって、あの人…何を考えてるのかわからないし…。」
綾波にとっては考えてることがわからない得体の知れない人と思ったのだろう。
島風 「何を言ってるの?ドックでも私達を助けてくれたじゃん。」
島風にはあの行動が自分達を助けたヒーローのようにでも見えたのだろうか。
綾波 「それに島風ちゃんの服についても聞いてくるし、なんか怪しいというか…。」
島風 「そんなのただ気になっただけだから聞いてきただけかもしれないよ。」
綾波の言う通り、どうしてそんなことを聞いてきたのかわからないから、怪しむこともする。そして衣笠のようにロリコン疑惑を抱いた艦娘も少なくはない。
けれど、島風は全然気にしてないようだった。
島風 「それに何を考えてるからわからないからって、それだけで嫌うのは変だと思うよ。」
島風の言ってることは正しい。
誰もがそう思ったから、誰も反対することはなかった。
陸奥 「(この子って時々、核心をついたことを言うのよね…。)」
島風は駆逐艦の中でも「長生き」の方だ。
だから見た目に反して、結構いろんなものを見てきている。
それに見てないようで案外人のことを見ている。
言うことも回りくどい言い方はせず、はっきりと言いたいことを言う。
的外れではないからこそ、彼女の言葉には皆が納得するのである。
北上 「だよね〜。私ももう少し話してみたいな〜。」
大井 「な…何を言ってるんですか?!全然面白い話なんてしてなかったじゃないですか?!」
北上さんとは別段、楽しそうに話したわけでもなく、蛇提督が北上さんを口説くようなこともしていなかったはずだと大井は思っていたが、
北上 「そう?なんか〜反応が面白いというか、もう少し深く聞いてみたくなった感じはあったかな〜。」
大井 「北上さん!あんなのと関わってはダメですよ!!」
北上 「ええ〜、なんでさ〜?」
北上や大井が騒いでる中で他の艦娘達も皆それぞれ先程のことで話し始めた。
龍驤 「(それにしても司令官は変わりもんやから、変わりもんな艦娘から興味を抱かれるんやな。そう言うウチもその変わりもんかもしれへん。)」
間宮 「(皆さんの提督に対する印象は良くも悪くもそれぞれね…。本当はもっとあの方が良い方だと伝えたいとこだけど。でも、それよりも…。)」
古鷹 「(中森さん…亡くなってたんだね。樹実提督が亡くなった年と同じ年だったのかな…。)」
間宮と古鷹は中森のことについて考えていた。
蛇提督の秘密を知っていそうな彼女がもし生きていたら聞き出せたかもしれないのに、また振り出しになる。
そういえばと古鷹はあることが気になって青葉に聞いてみる。
古鷹 「そういえば木村っていう人はどんな人なの?」
青葉は衣笠と加古にまだしつこく先程の「会ったのはこれで二回目」という蛇提督の言葉について追求を受けてるとこだった。
青葉 「あ、えっと…研究者にしては合わないチャラい感じで髪を金髪に染めています。年齢もあの提督とほぼ同じだったと思いますよ。」
扶桑 「(あ、それって…!)」
近くでその会話を聞いていた扶桑は、三人で写っていたあの写真の一番右に写っていた男性が木村という方なのだなと扶桑は思った。
中森さんがいないとわかった今、彼から蛇提督について聞いてみるしかないようだ。
だが、今でも亡くなった人も写っているあの写真を持参しているということは、それだけ大切な思い出であり、大切な人達なのだろう…。
妙高 「あれ?羽黒の姿がありませんね…。」
足柄 「本当だ!あの子ったらどこへ行ったのかしら?」
陽炎 「そう言うなら朝潮と荒潮もいないわ。」
不知火「本当ですね。どこに行ったのでしょうか?」
―――呉鎮守府 廊下―――
蛇提督「(まさかまた、あんな場面に出くわすとはな。)」
解体をすると脅す提督とそれに怯える艦娘。
これで二回目だなと、自嘲するように鼻で笑う。
蛇提督「(だがあれは何だったんだ…。)」
艦娘は自分を一目見れば、怖がって近づくこともないと思っていた。
横須賀鎮守府の艦娘達はともかく他の艦娘達はそうであろうと思っていたはずなのに…。
長門の質問は予め予想していたことだったからいいとして。
あれは金剛型の霧島だったか、俺のどこをどう見たらそんな評価が出てくるのか…。
あと大井と一緒にいたのは北上という名前だと思ったが、全然怖がっている様子ではない。
そして島風は…、この目について堂々と聞いてきたのは中森さん以来だったか…。
おかしい…。こんなはずでは無かったはずなのだが…。
蛇提督「(だが最後のあれならば、いかにも悪者のように見えたはずだ。)」
いかにも面倒事をもみ消してしまう悪役に見えたはずだ。
天龍の胸を触ってしまったのは誤算だったが、かえってそれを利用することでさらに良かったと言えるはず。
不本意ではあるが周りから変態として見られることになるだろうが、この際致し方ないだろう。
??? 「あ…あの!」
それまで蛇提督は考え事をしていて、後ろから誰かが近づいてくることに気づかなかった。だから後ろにいる者達にはバレない程度に驚いていた。
後ろを振り返ると先程まで食堂にいたはずだった艦娘三人がそこにいた。
羽黒 「あ…えっと…ごめんなさい!妙高型、羽黒です。」
朝潮 「駆逐艦、朝潮です。」
荒潮 「同じく荒潮よ〜。」
蛇提督「…私に何の用だね?」
「(今度は一体なんだ)」と思いながら蛇提督は彼女達に問いかける。
羽黒 「え…えっと…あのですね…。」
怖がってしまっているのか、それとも恥ずかしがっているのか、羽黒はテンパって言い出せずにいる。
蛇提督はどうしたものかと見ていると、それを見かねた朝潮が代わりに話はじめた。
朝潮 「司令官に伝言があります。」
ハキハキとした喋り方でいかにも「真面目くん」というのがすぐわかる朝潮。
蛇提督「伝言?私にか?」
元帥であるはずないだろう。ともなれば榎原提督か。
荒潮 「そうよ〜。でももうずっと前になっちゃったけどね〜。」
荒潮は幼い容姿に関わらず妖艶さを思わせる独特な喋り方だが、今の言葉には寂しさが見え隠れする。
蛇提督「ずっと前?」
さらに意味がわからないと首を傾げる蛇提督。
羽黒 「あの…提督のお父様、中佐からなんです…。」
蛇提督「なんだって…!」
思ってもみなかった人物だったので、これには蛇提督もびっくりしてやや声を荒げる。
羽黒 「お伝えしてもよろしいですか…?」
蛇提督「ああ、構わない。」
取り乱してはいけないと蛇提督は一度冷静に戻る。
羽黒 「では…。」
一度小さく咳払いをして喉を整えてから、伝言を伝える。
羽黒 「お前がどうなっても父さんと母さんは信じている。だからどうか無事で元気でいてほしい。…だそうです。」
蛇提督「…!」
蛇提督はその言葉を聞いた途端、硬直してしまった。
驚いているのは確かだが、うんともすんとも言わない。
朝潮 「中佐とは輸送艦隊の護衛任務でご一緒させて頂きました。提督のことも中佐から聞いていまして、もしも生きて息子に会えたならば、どうか伝えてほしいと託されました。」
荒潮 「けど…その任務で中佐は亡くなったわ…。」
羽黒 「私達がいけないのです。敵の攻撃から守り切ることができませんでした。ご…ごめんなさい!」
羽黒が頭を下げるのとあわせて朝潮と荒潮も頭を下げる。
しばらくそれを見ながら、それでも固まっていた蛇提督はやっと我にかえり、心を切り替えるためか、少し息を吐いて彼女達に話しかける。
蛇提督「そうか…。だが君達が謝る必要はない。軍人ならばそれも運命(さだめ)だ。」
朝潮 「ですが…!」
蛇提督「今は急いでるのでね。父の話はまたの機会に聞かしてもらおう。」
それでは納得できないと続けて言おうとする朝潮だったが、蛇提督にそれを遮られる。
蛇提督「伝言ご苦労だった。確かに受け取った。」
そう言いながら蛇提督は帽子で目元を隠しつつ、三人に背を見せてその場を後にする。
荒潮 「やっぱり…辛そうだったわね…。」
朝潮 「無理もないです…。あの方にとっては遺言となってしまったのですから…。」
羽黒 「…。」
三人は蛇提督が廊下の角を曲がってその姿が見えなくなるまで、その背中を見ていたのだった。
その蛇提督は元帥に間宮の弁当を渡し元帥を見送った後、自分が借りた部屋へと向かっていた。
その足取りは先程まで元帥に会っていた時と比べ、どこか力が無く、トボトボと歩いている。
部屋の近くまで来ると蛇提督は驚く。
黒猫が一匹、その部屋の前で待っているのだった。
蛇提督「まさかユカリなのか?」
そうやってユカリの名前を言うと、ユカリはニャア〜っと鳴いて蛇提督の足下までトコトコと歩み寄ってくる。
蛇提督「お前、どうしてここに…!」
ユカリを抱き抱えながら尋ねるがユカリはまたニャア〜っと鳴くだけだった。
まさか車のトランクに忍び込んでついてきてしまったのだろうかと蛇提督は考える。
だが今はもうそれ以上考える余裕は無く、部屋へと入る。
部屋の中にあるテーブルの上にユカリを放し、自分は椅子にドサッともたれるように座り込む。
ユカリは何かを察したかのようにテーブルの上に置かれた蛇提督の手を舐める。
蛇提督は何も言わず、舐めてくれるユカリの頭を撫でる。
だが次第に蛇提督からすすり泣く声が聞こえてくる。
誰に聞かれることもなく、ただ一人、蛇提督は泣き続けるのだった。
―――???―――
ここは薄暗い洞窟のような場所。
そこで少し広くなっている区画に一人の影があった。
空母棲鬼「ドウヤラ敵モ少シハヤルヨウネ。面白クナッテキタワ。」
そう美しくも妖しく笑う彼女は、かつて古鷹達を苦しめた空母棲鬼だった。
空母棲鬼「貴方モソウ思ワナイ?」
するともう一人光が全然届かない一角に誰かがいる。
??? 「アア、艦娘ノ練度ハソコソコニアルヨウダ。…ダガ司令官ノ能力ハソレホドデモナイ。」
空母棲鬼「ソレハ貴方カラ見レバ、敵ノ司令官ナンテミンナ大シタコトハナイワヨ。」
??? 「…デモ、横須賀鎮守府ノ司令官ダケハ別格ダ。モシカシタラ、コチラガ暗号ヲ解読シテイルコトヲ見抜イタカモシレナイ。」
空母棲鬼「アラ?ソウナノ?デモ今サラ分カッタトコロデ奴ラハ勝テナイワ。」
??? 「ソレハ分カラナイ。戦イニ絶対ハ無イ。」
空母棲鬼「アラ、イツニナク慎重ネ?」
??? 「違ウンダ。嬉シインダ。」
空母棲鬼「嬉シイ?」
??? 「ソウサ。久々ニ全ウナ勝負ガ出来ル相手ガ現レタカモシレナクテ、楽シミナンダ。」
空母棲鬼「ソウ。貴方ガ楽シソウデ何ヨリダワ。」
???「ソシテ教エテヤルノサ。例エ勝利シテモ抗エナイ運命ガアルコトヲ。戦ウソノ先ニハ絶望シカナイコトヲ。」
空母棲鬼「ソウネ。」
二人は静かに笑う。
その冷たくておぞましい笑い声は、洞窟に響き渡るのであった。
―――翌日―――
蛇提督「(どうしてこうなった…。)」
翌朝、蛇提督は朝食を取っていた。…が、一人ではない。
金剛 「Hey!テイトクー!こっちの茶葉で作られた紅茶は美味しいネ!飲んでみて下さーい!」
呉鎮守府の中庭のような所で蛇提督と金剛姉妹達はいた。
蛇提督の目の前には洋風の大きな丸テーブルにずらりと洋風の朝食が並べられている。
テーブルの中央には三段式のケーキスタンドも置かれ、デザートはまださすがに無かったが、代わりにイチゴやリンゴ、パイナップルなどのフルーツがきれいに並べられてる。
霧島 「さあさ、遠慮せずに召し上がって下さい!」
榛名 「あの…おかわりもありますので、欲しければいつでも言って下さい。」
比叡 「はあ〜。久々の金剛お姉様との朝食なのに、どうしてこの男がいるの…。」
蛇提督から見てすぐ右隣にかなり元気な金剛がいて、その奥に肩を落としてため息をつく比叡がいる。
反対に蛇提督の左隣にはかなりウキウキな霧島がいて、その奥には少しモジモジしている榛名がいる。
蛇提督「(一体、何なんだ…。)」
未だに現状を受け入れられないのもあって、理解が追いつかない蛇提督は動揺したままだった。
彼が落ち着くまでの間、どうしてこうなったのか時を遡ることにしよう。
―――小一時間ほど前―――
金剛 「…!!」
金剛が目を覚ますと、そこは呉鎮守府の医務室だった。
横になっていた体を起こしてみると、どうやらベッドで寝ていたらしく、ベッドの傍らには看病していてそのまま寝てしまったと思われる比叡の姿があった。
ふと隣のベッドを見てみると、自分と同じように榛名がスヤスヤと寝ているようだった。
金剛はどうしてここにいるのか考えるため昨夜の事を思い出そうとする。
戦いで怪我と疲労が蓄積して流石に無理した体が限界に達しようとしてる時に、あの髭に命令違反を咎められ、自分だけではなく関わった者全員、解体されそうになった。
だがそんな時に颯爽と現れた一人の青年。最初は髭の味方なのかと思った。
でも彼は暴力を使わず、あの髭を言葉だけで追い詰め、遂には解体の話も無しにしてしまう。
そして入渠に早く行くように促してくれた。
わずかな意識の中でも分かる鋭い眼差しと凛々しい低い声。
他人を安易に近づけさせないような迫力があるのに、自分達を入渠へ行かせようとする優しさを持ち合わせている。
そう思うと、あの目も合わせてとてもCoolでGreat……。
霧島 「あ!金剛お姉様!起きていたのですね?」
霧島が医務室へ入ってくると、金剛のもとへ足早に近寄る。
だが霧島の言葉に反応せず、金剛は上の空だった。
霧島 「ど…どうされたのですか?どこか悪いのですか…?」
金剛の様子が明らかにおかしいと思った霧島はさらに声をかけてみるのだが、やはりうんともすんとも言わない。
霧島の声で気がついたのか、寝ていた比叡も目を覚ます。
比叡 「うん……あ!お姉様!おはようございます!調子はどうですか?」
起きている金剛に気がつくと、比叡は喜んで声をかけるのだが、
それでも金剛は上の空のままだった。
比叡が霧島に振り向いて、「一体お姉様はどうしちゃったの?」、「私にも分からない」とアイコンタクトとジェスチャーだけで二人は話す。
すると突然、
金剛 「こうしちゃいられないネー!!!」
と急に叫ぶ。
これには霧島と比叡も驚いて一歩下がる。
そして隣で寝ていた榛名もその大きな声にビクッと目を覚ます。
金剛 「霧島!あの人はどこネ?!」
霧島 「あの人と言いますと…?」
金剛 「あのCoolな目をした男の人ネ!!」
比叡 「ク…クール!?」
霧島 「あの方なら…東側の棟の二階、二〇三号室の部屋を借りられてるはずですが…。」
金剛 「そうデスか!なら今すぐに行くネ!」
そう言いながら金剛はベッドの上で立ち上がる。
「お…お姉様!?」と比叡は金剛の言動にただただ驚くばかり。
正直、何が何だかわからない。
金剛 「霧島!Breakfastの準備ネ!金剛sisters 総出であの方を招待するでありまーす!」
その言葉を聞いた途端、霧島は一体何を察したのか、
霧島 「わっかりましたー!この霧島、伊良湖さんにも協力して頂いて豪勢な朝食をご用意させましょう!」
金剛 「頼んだのデース!!」
そう言うとベッドから飛び降りるや否や、
金剛 「バーニング!ラーーッブ!!」
そう叫びながら金剛はダダダと勢いよく走り去ってしまった。
「待って下さ〜い」と言いながら比叡も 慌てて金剛の後を追いかけて行った。
そんな二人を、既に体を起こしていた榛名は目を丸くしたまま見送る。
霧島 「榛名も起きたのですね?調子はどうですか?」
起きていた榛名に気づき、霧島が話しかける。
榛名 「はい…。榛名は大丈夫です。」
霧島 「そうですか。それは何よりです。」
榛名 「はい…。」
そう言う榛名もやや俯いて何か物思いにふけっている。
金剛姉様ほどではないが、こちらも何か様子がおかしいので霧島はどうしたのかと尋ねる。
榛名 「あの…。昨夜、私達を助けて下さったあの方はどなたなのですか?」
霧島 「あの方は横須賀鎮守府の提督ですよ。」
榛名 「あ…やっぱりそうなのですね…。青葉さんから聞いていた特徴とよく似ていたので、もしやと思っていたのですが…。」
霧島 「榛名はどう思いましたか?」
蛇提督について、榛名の感想を聞いてみる。
個人的な興味だが、蛇提督についての印象をいろんな艦娘から聞いてみたいのだ。
榛名 「思っていた以上に鋭い目で怖い印象の方でした…。」
霧島 「そうですか…。」
やはり控え目で姉妹の中でも割と怖がりの榛名ならば、それが当然か…。
と、霧島が思った直後、
榛名 「ですが思っていた以上に、勇ましくて…。」
霧島 「え?」
最後の方だけ声が小さくて聞き取りづらかったが、聞き間違いでなければ「勇ましい」と言った気がした。
榛名 「い、いえ!なんでもありません!」
霧島は榛名の反応を見て、「はは〜ん、なるほど。もしかしてのもしかすると」と思いつつ榛名に話す。
霧島 「姉妹揃って朝食をするんですが、そこにあの方をお呼びしようという話になったのですよ。良かったら榛名も手伝って頂けませんか?」
榛名 「えっ、えっ!?そうなのですか!?」
やはり別の意味でかなり驚いてるなと榛名の反応を見ながら霧島は思う。
榛名 「わ…わかりました。榛名もお手伝いします。」
これは面白くなってきた、と霧島は一人クスクス笑いながら、医務室を榛名と共に出るのだった。
一方その頃、蛇提督は…。
蛇提督「(ユカリは一体どこに行ったんだ…。)」
朝の支度を済ませ、ユカリと自分の朝食をもらいに行こうと食堂へ向かおうと思った矢先、ユカリがどこかへ行ってしまった。
蛇提督は近くを探し回るが見つからない。
その内に姿を現すだろうから見つからなければ先に行ってしまおうかと考え始めた時、ふと廊下の奥の突き当たりで誰かが座り込んでるのが見えた。
後ろ姿から察するに、昨夜、最後に天龍達の処遇について聞いてきた長門ではなかろうか。
ちょうどいい、黒猫を見かけなかったか聞いてみるとしよう。
そう思って歩き出すのだが、何やら向かってる先から声が聞こえる。
長門 「かわいいでちゅね〜。君はどこからきたんでちゅか〜?」
赤ん坊を可愛がる女の子のような声が長門の方から聞こえてくる。
少し遠くの後ろから見ている蛇提督は、もう一人いるのか?と思ってしまうほど、昨夜の長門の声とは違う声だった。
長門 「赤い首輪に鈴をつけているでちゅね〜。飼い主さんとはぐれちゃったんでちゅか〜?」
いや、やはり声の主は長門のようだ。それに他に人影は見当たらない。
もう少し近づいて長門のやや斜め後ろから覗いてみると、どうやら話しかけていた相手はユカリのようだった。
壁際で壁を背にして座ってはいるが、長門から少しだけ距離を取って、警戒して動けずにいるようだ。
長門 「大丈夫でちゅよ〜。私が一緒に探してあげるでちゅよ〜。」
と、言うや否や長門はユカリを捕まえようと目にも止まらぬ速さで動く。
が、いつの時だかのようにユカリは手と手の隙間をすり抜けるように見事にかわす。
長門 「がっ!!!」
勢い余った長門は壁に顔をぶつけてしまう。
長門 「痛た…。なんと素早いのだ。私の手を避けるとは…。」
あ…声が戻った、と蛇提督は思った。
ユカリはそのまま蛇提督の足下に隠れる。
長門もユカリが逃げた方向に振り向く。そして後ろにいた蛇提督と目が合った。
「あ…」と長門は硬直した。
蛇提督の顔は無表情だが、内心では「こういう時どう言えばいいのか…」と結構困っていた。
長門はしばらく硬直していたが、ハッとしてスクッと立ち上がる。
ゴホンと咳払いをして心を落ち着かせてから、何事もなかったかのように、
長門 「これはこれは、提督殿。おはようございます。」
蛇提督「ああ…おはよう。」
少しの間を置いて、長門が質問する。
長門 「その…そこにいる猫は提督殿の飼い猫ですか?」
ユカリをチラチラ見ながら長門は聞いてくる。
蛇提督「ああ…そうだ。」
長門 「困りますな。鎮守府では動物の立ち入りは禁止。ペットの持ち込みも禁止なのはご存知でしょう?」
あくまで事務的に聞いてくる長門は無理に平静を装ってるようにも見える。
というか、昨夜はこんなに丁寧に話していたか?
蛇提督「すまない。ユカリがここにいるのはちょっとしたアクシデントでな。勝手についてきてしまったらしい。…だがユカリを飼うことは元帥から許可をもらっている。」
長門 「あ…その猫はユカリというのですか?」
蛇提督「え?」
長門 「いえ!気にしないで下さい!…そうですか。元帥からわざわざ許可を。それならば、大丈夫ですね。」
蛇提督「ああ…。」
また会話が終わり、気まずい沈黙の時間が流れる。
長門 「それで…。」
蛇提督「ん?」
少し長門が俯いて言ったせいか、さっきより随分と声が小さい。
長門 「…どこから、見ていたのですか?」
そう質問されたので、ここは下手に嘘をつかない方が良いだろうと、「かわいいでちゅね〜」と声が聞こえた辺りからと話すと、
長門 「ほぼ、最初からではないか…。」
と、手をおでこ辺りにに当てて悩み出した。
やはり見てはいけない場面だったのだなと察すると、足下にいたユカリが「ニャア〜」と蛇提督に向かって鳴く。
またこいつは抱っこしてもらいたくなったのかと、いつものようにユカリを抱き抱える。
その時、長門が「あ…」と声を出したように聞こえた。
蛇提督が長門の方を見ると、長門が羨ましそうにこちらを見ていたような気がしたが、こちらが長門を見た瞬間、長門はすぐさま元の顔に戻った。
蛇提督はもしやと思い長門に尋ねる。
蛇提督「……触ってみるか?」
長門 「へ!?」
長門にとっては意外な提案だったのか、驚きを隠せずにいる。
蛇提督「ユカリは俺に抱かれてる時は比較的大人しい。嫌われてなければ触れるぞ。」
長門 「わ…私は触りたいなどと一言も言ってないぞ!」
腕組みをして興味ないとアピールしたいようだが、わずかに片目だけチラッとユカリを見たのがわかった。
ユカリは長門をジーッと見つめたままだ。
長門 「ですが、提督殿のせっかくの申し出なので、断るわけにはいきますまい。」
やっぱり触りたいんじゃないか、と蛇提督は心の中で思いつつも、そっと長門に近づく。
普通、猫は警戒してる相手には一定の距離を空けたがる。
けれどユカリに逃げようとする仕草が見受けられなかったので、これならいけるかもしれないと思った。
蛇提督「ほら、触ってみろ。」
長門は固唾を呑んで、ユカリに触れてみようと恐る恐る試みる。
少しずつ手はユカリの頭部へと近づく。
ユカリは長門を見たまま動かない。
あと15cm…10cm…と徐々に近づく。
今の長門はもうユカリを見るだけで、他を気にする様子がない。
あと数cm…。引っ掻かれたりされることもない。
そしてついにユカリの頭部に指先が到達。指先から毛並みの質感が直に伝わる。
長門が「ほわぁ…」と感動しているようだ。
ユカリはというと大人しく触られている。
今度は手の触れる面積を広げてみる。
さらに滑らかな毛並みの感触が伝わってくる。
長門はとても幸せそうだった。
蛇提督「耳の後ろだ。ユカリはそっちの方が気持ちいいみたいだ。」
蛇提督に言われた通りに長門が撫でてみると、ユカリは目を瞑ってとても気持ちよさそうにしている。
そんな長門もとても和んでいるようだった。
初霜 「あ!提督!」
長門 「ッッッ!!!」
ビクーーッッッと声を出さずに全身が逆立つように驚きまくる長門。
それを見ていた蛇提督は難儀な奴だなと思った。
初霜 「提督、おはようございます!」
蛇提督「ああ…おはよう。」
初霜 「あ、長門さんもいたのですね。おはようございます。」
長門 「おはよう。」
長門の挨拶は、堅物の部長の挨拶みたいだ。
先程まで猫にデレデレしてた奴とは思えない。
初霜は蛇提督の後ろからやってきた。
なのでその向こうにいる長門には近くまで寄らなければ気が付かなかったようだ。
初霜 「あれ!?ユカリちゃんじゃないですか。どうしてここに?」
横須賀鎮守府の艦娘に会う度に同じことを聞かれそうだなと思いつつ、ユカリが勝手についてきたしまったことを話す。
初霜 「そうでしたか…。ユカリちゃんも寂しかったのですね…。」
と、初霜は背伸びしながらも手慣れたようにユカリを触る。
蛇提督「おい…いつの間にそんなに気安く触れられるような関係になったんだ?」
初霜 「えっと…結構前からですよ。それこそユカリちゃんが初めて鎮守府に来た時から。」
蛇提督「あの時はまだそーっと触れるような感じだったが、もう俺とほとんど変わらない触り方でしてるではないか。」
初霜 「それは、その後も鎮守府の敷地内で度々見かけた時に、ユカリちゃんがどこにも行こうとしなければちょくちょく触らせてもらえましたよ。」
いつの間にしていたんだか…と驚く蛇提督。
それにしてもユカリがそんな風に触らせてあげてるなんて、中森さんの時以来ではないだろうか。
俺の代わりに飼っていた木村でさえ、餌はもらっても体に触れさせるようなことはしなかったのだから。
初霜「それにしてもお二人はこんな所で何をされてたんですか?」
蛇提督「それは…。」
と、長門の方を見てみると、長門がわずかに首を横に振るのが見えた。
蛇提督「ユカリを連れていることに注意されてな。元帥から許可を貰っている事を話していたんだ。」
初霜 「そうでしたか!長門さん、ユカリちゃんは賢くて大人しい子なんです。迷惑をかけるようなことはないと思います!」
初霜は長門にユカリをいさせてもらえるようにハキハキと物申す。
長門 「うむ、そのようだ。見ていれば何となくわかる。」
この長門の大人びた感じが普段から振る舞っている姿なのだろうと思うが、先程のユカリに対する口調と比べれば、かなりのギャップがあるなと思いながら蛇提督は長門を見ていた。
長門 「ん?提督殿、どうかされたか?」
蛇提督「別になんでもない。」
そう言って蛇提督はそっぽを向く。
ダダダダダダダ!!!
その時、何処からか物凄い音が聞こえてくる。
音が凄すぎて最初は誰かが走ってくる音だとは気付かなかった。
そのうち、その音は蛇提督と初霜がやってきた方向と同じ方向からすることに気が付き、三人と一匹はそちらの方へと体と視線を向ける。
誰か一人、物凄い勢いでこちらに走ってくる。
金剛 「Hey!テートクー!」
長門と初霜、そして蛇提督に抱かれたままだったユカリは蛇提督から離れる。
金剛の標的が蛇提督であるとわかって安全なところへ避難したのだった。
蛇提督「い…一体なん…」
金剛 「バーニング!ラーーッッブ!!」
そしてその勢いのまま金剛は蛇提督に飛びつく。
驚いた蛇提督は咄嗟の反応でギリギリに避ける。
避けられた金剛はそのまま奥にあった壁に激突してしまう。
これであの壁に激突させた奴は二人目か…と思いながら、呆然とする蛇提督であった。
やがて金剛が、顔のぶつけた所を摩りながら立ち上がる。
金剛 「OH〜。痛かったネ〜。私のburning love attackを避けるとは流石ネ〜。」
蛇提督「(バーニン…何だって…?)」
何が何だかわからないと珍しく表情に困惑が浮かび上がる蛇提督を長門と初霜はしっかり見ていた。
長門 「金剛…提督殿に対していきなり失礼ではないか。お前はまだしっかり挨拶してないだろ?」
長門はため息をしながら金剛を叱る。
金剛 「OH!Yes!自己紹介がまだだったネー!」
そうして身なりを整えつつ蛇提督へ改めて向き直る。
金剛 「英国で生まれた帰国子女の金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」
右手を腰に当て左手を前にバッと広げて元気よく挨拶する金剛。
その金剛に圧倒されながらも、あいさつを蛇提督は返す。
蛇提督「ああ…私が横須賀鎮守府の提督だ。よろしく…。」
帰国子女…?ああ、そうか。彼女達は一昔前の軍艦の名前を受け継いでいる。そしてその中には軍艦の時の「記憶」をまるで生きていたかのように話す艦娘もいるのだと、中森さんが言っていたな…。
蛇提督は以前、中森からそんな話を聞かされたことをその時の彼女の姿と合わせてふと思い出す。
長門 「それで、提督殿に何か用があるのか?」
金剛 「Yes!テートクをMy sistersのbreakfastに招待するのデース!」
蛇提督「ちょ…朝食?」
金剛 「そうネ!早速行くデース!」
と、いつの間にか蛇提督は金剛に手を取られ、物凄い勢いで引っ張られる。
蛇提督「なっ!?」
その勢いに抗えず、蛇提督はヒラヒラと連れられていく。
比叡 「ひえっ!?お姉様!?」
やっと追いついたと思った比叡だったが、蛇提督を連れて走り去る金剛とすれ違う。
比叡は息を上げながらもまた追いかけていくのだった。
蛇提督「初霜!ユカリに朝の餌をやっといてくれ!」
そのセリフが聞こえた頃にはもう蛇提督の姿は見えなくなっていた。
走り去ってしまった金剛達を見て、しばらく二人は呆然と立ち尽くしていた。
初霜 「嵐のような人でしたね…。」
長門 「あいつは一度こうと決めて走り出したら止まらないからな。」
やれやれ…と長門も呆れるばかりだった。
陸奥 「金剛型の朝食会にあの人を呼ぶんだ?面白くなりそうね。」
長門 「うわっ!?」
急に現れた陸奥に長門は驚く。
初霜 「あ、陸奥さん!おはようございます。」
陸奥 「おはよう〜。」
長門とは違って愛想のいい笑顔で挨拶を陸奥はする。
長門 「陸奥、いつからいた?急に出てきて驚いたぞ…。」
陸奥 「う〜んとね…。」
人差し指を顎に添えて考えていた陸奥は、その艶めかしい声でコソッと答える。
陸奥 「…触ってみるか?」
長門 「んぐッッ!?」
不意打ちされたように赤面して狼狽える長門。
初霜 「ん?陸奥さん、何か言いましたか?」
陸奥 「ううん、何でもないわ。」
ニコッと笑って誤魔化す陸奥を見て、初霜は首を傾げる。
長門 「(こいつ…そんな時から見てたのか…!いや…もっと前から見てたんじゃ…!?)」
自分の恥ずかしいシーンをずっと見られていたと思うと、気が気でいられなくなりそうだ。
陸奥 「あらあら?どうかしたの?」
クスッと笑いながら長門の顔を覗き込むように聞いてくる。
長門 「な!何でもない!わ…私は先に行くぞ!」
赤面したままズンズンと長門は行ってしまう。
初霜 「長門さん…どうかしたのでしょうか…?」
陸奥 「フフ…気にしなくて大丈夫よ。いつもの事だから。」
そう言いながら長門の後をついていく陸奥を見ながら、初霜の「?」は増える一方だった。
ーーーそして現在ーーー
呉鎮守府の中庭のような場所で蛇提督と金剛姉妹達は、テーブルを囲って朝食を取る。
蛇提督は金剛に言われるがまま、とりあえず勧められた紅茶を飲んでいる。
金剛「どうデスか?紅茶のお味は?」
蛇提督「ああ…美味しい…。香りも良い。」
霧島 「紅茶の嗜みがあるのですか?」
蛇提督「…嗜む程では無いし、どっちかと言えば日本茶が好きだが、時々気分で紅茶を飲むこともある。」
金剛 「この茶葉は英国から取り寄せてもらった本場の味なのデース!」
蛇提督「あ…ああ…。そうなのか…。」
あまり紅茶は飲まない方だと伝えたと思ったが、金剛がそれを全然気にしてなさそうだったので、逆にたじろいでしまう。
金剛 「スネークテートクならお茶の味がわかりそうなので、No problemデース!」
蛇提督「す…すねーく?」
聞き間違いで無ければ、蛇の意味の「snake」に聞こえた気がする。
金剛 「そうネ!青葉からテートクのあだ名がsnakeって聞いたネ!」
そう、周りの人間が皮肉と恐れを込めて付けたあだ名だ。
やはりこいつも俺の事を怖がって…。
金剛「頭が切れるテートクにぴったりのcoolな名前ね!」
蛇提督「…は?」
霧島 「お姉様の言う通りです!」
榛名 「は…榛名は…かわいい名前だと思います。」
比叡 「私は別になんとも。」
どういう事だ…。本当にそう思っているのか?
俺のあだ名に対して、楽観的な感想を述べた人なんて中森さん以外にいなかった。
中森 『じゃあ蛇君ね。フフッ、なんだか可愛い名前よね。』
蛇提督の脳裏にその言葉を言われた時の事がよぎる。
あの時が初めての出会いの時であったと…。
夕張 「フフ…スネークだって。ダンボールにの中に隠れたりするのかな。」
加古 「それ何の話さ…。」
中庭の端にある茂みの中から何人かの艦娘達が覗き見をしている。
早朝、金剛があれだけの勢いで鎮守府の中を駆け回ったので目撃した者は多くいた。
もちろん青葉がこれを見逃すはずがなく、食堂で伊良湖や間宮、霧島達に会ってその情報を入手すると、他の艦娘達にも早速伝えてまわる。
話は瞬く間に広がり、気になった者達だけ来ている始末だった。
龍驤 「それにしても司令官も大変な奴に好かれてしまったな〜。」
扶桑 「何が大変なのですか?」
金剛達の事をよく知らない扶桑は龍驤に尋ねる。
龍驤 「金剛は好意のある相手に全力でアタックするところがあってな。お決まりの台詞はバーニングラブや。」
山城 「何それ…。」
山城の顔は引きつっていた。
龍驤 「でもあの『金剛』は大人しい方やったんやで。あの樹実提督にも惚れなかったんやから。」
扶桑 「樹実提督という方は随分モテる方だったのですね?」
古鷹 「そうだよ。凄く人気があって、あの人に対して好意を持つ人は多かったの。比叡さんや霧島さんも好意があったようだけど、金剛さんや榛名さんは二人をむしろ応援する側だったかな。」
衣笠 「そういえば金剛さんは樹実提督に一回もバーニングラーーブって叫ばなかったもんね?」
青葉 「金剛さんはどうやら変わった人がタイプだったようですね。これはこれで良いネタ…いえ、大発見です!」
龍驤や青葉、扶桑達がいる茂みの隣の茂みには、別のグループがいた。
羽黒 「司令官さん…大丈夫でしょうか…?」
心配そうに見つめている羽黒と朝潮、荒潮の姿があった。
荒潮 「一応、落ち込んでる風には見えないわね〜。」
朝潮 「ですが、ここからでは声は聞こえても顔の表情は見えません。」
三人は昨日の蛇提督の様子がおかしかったのを気にして見にきていたようだ。
朝潮 「本当はお父上の事、もう少しお話ししたいですがあの方が聞きたいかどうかわかりませんし…。」
荒潮 「父の話はまたの機会に、と言ってたけどね〜。お父様の事どう思ってたか分からないし…。」
羽黒 「ですが、もし嫌いであればあんな表情にはならないと思いますが…。」
三人が話してる中、それを少し離れた所から見守るグループがいた。
那智 「昨日から羽黒の様子がおかしい…。」
足柄 「今だってあの提督のこと、あんなに気になっちゃって。」
妙高 「昨夜、朝潮達と一緒にどこかにいなくなったと思ったら、食堂に戻って来るなりなんだか元気がなかったというか…。」
こちらでは一番下の妹を案ずる姉達が集まっていた。
那智 「やはりあの三人はあの提督の後を追いかけて、会って何か話したのではないか?」
足柄 「昨夜のお礼を伝えにでも行ったのかしら?羽黒と朝潮は真面目だから。」
那智 「ああ、その可能性はある。」
妙高 「その時にあの提督から何か言われたと思うのが自然ね。」
と言う妙高だが、あくまで推測。実際は本当にそうか分からないと慎重な考えだった。
妙高 「羽黒はそもそもあの提督のこと噂を聞いた時からどう思ってたのですか?」
蛇提督の噂を聞いたのは、姉妹が佐世保と呉に配属がわかれての事だろうから羽黒のその時の反応を足柄に確かめる。
足柄 「それがちょっと変だったのよ。」
妙高 「何がですか?」
足柄 「青葉があの提督の蛇目の話を聞いた時、凄く興味を持ったのよね。今どこにいるとか、どうしているのかとか。」
那智 「あの羽黒が人間に対して興味を持つのは珍しいな。」
足柄 「朝潮と荒潮もその時に凄く青葉に聞いてたわよ。彼が起こした事件の事とか。」
妙高 「青葉さんから聞く以前から彼の事を知っていたのでしょうか?」
那智 「あの男と直接関わった事は無いはずだ。」
あの三人が一緒だった任務は何回かある。もしかしたらその時に関わった軍人から聞いた可能性もあると妙高は思った。
足柄 「そうそう。だからいっそ本人に聞いた方が早いと思って、だいぶ前に聞いたのよ。」
那智 「それでなんて?」
足柄 「な…なんでもないの!気にしないで!…の一点張りよ。」
羽黒の真似をしながら足柄は答える。
妙高 「そうですか…。それなら羽黒の方から話してくれるまで待つしかありませんね。」
那智 「うん。そうだな。」
話がこれで終わりかと思いきや、足柄が急に焦りだすように話しだす。
足柄 「私が心配してるのはそこじゃないのよ!」
那智 「い…一体何だ?」
足柄 「あの子があんな悪い男にコロッと引っかからないか心配なのよ!」
妙高 「どういう事ですか?」
足柄 「ほらあの子って私と同じで純粋じゃない?しかも妙高姉さんに負けず劣らずの真面目で頑張り屋さんでしょ?」
那智 「あ…ああ。」
今さり気なく自分の事を「純粋な子」というアピールをしていたなと思いながら、足柄の言う事に同意する。
足柄 「だけどああいう子ほど、ちょっと悪い男にコロッと騙されるのよ。わがままなのにかっこよく見えちゃったりして、昨夜の事だって島風のように助けてくれたって思ったのなら尚更よ。」
那智 「いや、例の事件が全て本当ならちょっと悪い程度じゃないぞ。」
足柄 「そうよ。私なら騙されないけど、羽黒はハッキリ嫌とは言えない性格だし心配だわ。」
任務に出る度に、関わる軍人でいい男がいないかいつも探している足柄に言われたくないだろうなと妙高が思うと同時に、足柄の言う事にも一理あると思ってしまう。
妙高 「ま、どういうわけなのか、本人の方から言うまで下手な事はいけませんよ?」
足柄 「わかったわ。私が羽黒を守ってあげなくちゃ。」
本当にわかってるのだろうかと妙高と那智は心配になるのだった。
鈴谷 「お!面白そうな事になってるじゃーん。」
また別の茂みには鈴谷、熊野、最上、満潮の姿があった。
熊野 「金剛さん達は確かに助けられた当事者ではありますが、あれほど大袈裟にする理由がわかりませんわ。」
最上 「でも姉妹が全員揃ったのって何年ぶりだろう。すっごく楽しそうだよね。」
こちらはどちらかと言えば、面白見たさで来た野次馬に近い。
満潮 「どうして私がここに…。」
だが、満潮だけ来たかったわけではなさそうで、ひどく落ち込んでいるようだった。
鈴谷 「満潮は朝潮達のこと、気にならないの?」
最上 「そうそう。あそこにいる羽黒の事を心配して見に来てる妙高達のようにさ?」
蛇提督のことはともかく、姉妹達の事は普通気になるんじゃないかと思うところだが、
満潮 「別に気にならないわ。」
と、満潮は興味ないという風に否定する。
熊野 「もしかして事情を知っているのですか?」
満潮 「知らないわ。」
鈴谷 「じゃあどうしてそんなに興味ないのさ?」
満潮 「下手に詮索しない方がいいと思ったのよ。誰にだって秘密にしておきたいことはあるでしょ?無理に聞き出すものではないわ。」
最上 「それはそうだけどさ…。」
満潮 「それに朝潮も荒潮も私達に何かあればいつかちゃんと話すわよ。根はしっかりしているから変な事に気を取られたりしないんだから。」
満潮の言葉に鈴谷、熊野、最上三名は一度動作が止まる。そして互いに見合ったと思ったらニコッと笑う。
満潮 「な…何よ…?」
満潮にとってその気持ち悪い様子が彼女をしかめた顔にさせる。
そんな彼女の質問に軽い感じで最上が代表して答える。
最上 「いやー。満潮もなんだかんだで姉妹のことを深く信頼してるんだなーって思ってさ。ちょっと微笑ましいっていうかさー。」
満潮 「べっ!…別にそんなわけじゃ…!」
顔を赤くして慌てて否定する満潮。
鈴谷 「いいじゃんいいじゃ〜ん。照れることないっしょ〜。」
イシシっと鈴谷は笑う。
満潮 「だっ…だから…違うってば!」
鈴谷の言葉は満潮の恥ずかしい感情を煽らせるだけだった。
熊野 「あ!何か動きがありそうですわよ。」
満潮が続けて何か弁明をしようとした矢先、熊野に止められてしまう。
ひとまず一同は金剛達の方を見るのだった。
蛇提督「それで?私を招待した理由は何だ?」
紅茶をコトンと受け皿に置き、先程より落ち着いたので金剛達に問いかける。
金剛 「それはもっちろん!昨夜のお礼ネー!」
金剛は胸を張って答える。
蛇提督「昨夜の事がそんなに良かったのか?」
顔をしかめて問い返す。
金剛 「Yes!テートクはとってもcoolだったね!」
蛇提督「ク…クール…?」
金剛 「そうネ!あの髭を言葉だけで言い負かして解体を取り消しただけでなく、それとなく私達が入渠へ行けるようにしてくれたネ!救ってくれたも同然ネ!」
霧島 「天龍さん達を機転を利かして止めたのも素晴らしかったです!」
金剛 「Yes!その通りね!」
金剛と霧島のテンションは凄まじい程に上がっている。
榛名 「は…榛名も…凄いと…思います…。」
榛名はなぜだか蛇提督を直視できずモジモジしながら話す。
比叡 「まあ…それに関しては感謝してないわけじゃないけど…。」
テーブルに肘をつけてうなだれながら話す比叡。
そんな比叡は差し置いて、
「しかも天龍さん達の罪を不問にしたのですよー!」
「なんと寛大なのネー!」
と、金剛と霧島はさらなる盛り上がりをみせ、それを見ている榛名は慎ましく拍手をしている。
そんな中、蛇提督はあからさまなため息を吐いて機嫌悪そうに話す。
蛇提督「言ったはずだ。私はあんなくだらない事で時間を潰されたくなかっただけだと。」
金剛 「その通りネ。少し命令違反したぐらいで解体にさせるなんて、くだらないですネ。」
蛇提督「いや…そういう事じゃなくてだな…。」
悪態をつきながら否定したつもりだったが、効果が無いと思った。
霧島 「私も昨夜申し上げましたが、提督の事情がどうあれ大切な姉様達を助けて頂いたことに変わりはありません。」
金剛 「そうネ!だからこうしてスネークテートクをもてなすのデース!」
蛇提督「まあ、勝手にすればいいさ。私はお前達を助けたかったわけではない。」
比叡 「金剛姉様にこれだけもてなされて、なんて言い草ですか!!」
やっと食いついてきたな、と思いながらここぞとばかりに悪態をつく。
蛇提督「私が頼んだわけではないし、こういうことされて嬉しいわけではないからな。」
挑発するように鼻で笑いながら話す。
できればここで打ち切って席を外したい。
金剛 「OH…。どうやらテートクに私達の感謝の心が伝わっていないようネ…。」
さすがに金剛もこの言葉に応えたようで、明らかに落ち込んでいる。
その姿に霧島と榛名も落ち込んでいるのか言葉を失っている。
比叡 「金剛姉様!こんな失礼な人に構う必要はありません!」
比叡がさらに催促するのを見て、頃合いだと思う。
蛇提督「そういうことだ。私はここら辺で…」
金剛 「う〜ん。それならどうしたらいいネ〜。」
立ち上がりかけた俺を制止させるように、明らかにわざとらしく言ってくる。
考え込む素振りをする金剛を見ながら、まだこいつは何かあるのか…と思いつつ、椅子に座り直す。
そして何やら思いついたようで、金剛は蛇提督に言う。
金剛 「それなら…私の体をお触りしてもいいって言ったらどうネ?」
蛇提督「なっ!?」
茂みの艦娘達「「「「ッッ!!!?」」」」
言われた蛇提督も金剛姉妹達も、もちろん茂みで聞いている艦娘達も皆が驚く。
比叡 「なっ…何を言ってるのですか!?」
霧島 「おーっとここで!金剛お姉様が大胆発言!」
霧島は一体どこから取り出したのかわからないマイクを片手に実況中継が始まる。
榛名に至っては、口を両手で覆いながら顔を赤くして固まっている。
蛇提督「どうしてそういう事になる?!」
金剛 「テートクは天龍に大胆にも胸を触ってたネ。そういう方が好みなのかと思ったネ。」
蛇提督 「あ…ああ、その通りだ…。」
自分でそういう事にすると決めたではないかと心の中で言い聞かせる。
実はあの時、天龍達を慌てて止めようとして足を滑らせた結果があれだったと、口が裂けても言えなかった。
金剛 「どうデス?触りますか?」
胸を寄せて挑発的に迫ってくる金剛。
蛇提督「ばっ!……そういうのは時と場所を選んでだな…。」
金剛 「OH―!さすがテートーク。わかっているネー!」
蛇提督「う…。」
思わず言ってしまったが、逆効果だったと後悔する。
ちょうどその時、間宮と伊良湖が追加の料理を持ってきた所だが、蛇提督達がただならぬ雰囲気だったので、少し離れた所で様子を見ていた。
蛇提督「フン…自ら体を差し出してくるなど、艦娘の品性を疑うものだな。」
得意の悪口で反撃をしようとする。
比叡 「なんだと…!」
比叡が怒って立ち上がるが、金剛がそれを片手だけで静止する。
金剛 「OH―。違うね、テートクー。私は好きな人の為ならなんでもできるって事ネ!それが私のバーニングラヴなのデース!」
蛇提督「なんでも…?」
金剛 「そうですネー。私に限らず、艦娘は好きな人の為なら力が湧くのデース!」
霧島 「(おお!お姉様が押しますね!しかもほぼ告白までしてます!)」
榛名 「(お姉様…素敵です!)」
比叡 「(お姉様の目が輝いて見える!でも私は複雑です!)」
金剛 「樹実提督や小豆提督がいた頃は、みんな輝いていたネ!今の艦娘に足りないもの!そう、それはバーニングラヴなのデース!」
大見得切って蛇提督にウインクしながら堂々と語る。
蛇提督「…。」
蛇提督は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして、しばらく金剛達を見て固まっていた。
だが彼の目には、金剛達が「彼女達」の面影と重なる。
蛇提督は俯く。ただならぬ雰囲気を纏って。
金剛 「スネークテートク?どうしたデスネ?」
蛇提督「なんでもか…。」
金剛 「What?」
蛇提督「仮にそうだったとして…もしもその好きな人が自分の為に死んでくれと言ってきたらどうするんだ?」
殺気にも近い鋭い眼差しで金剛を睨む。
金剛 「そ…それは…そんなことを言う理由にもよるネ!」
蛇提督「ほう…。理由次第では死んでもいいと?」
金剛 「で…でも、そんな事を言う人をそもそも好きにはならないネ。」
蛇提督「そうだな…。ではもう一つ、自分が嫌いな奴の命令は無視してもいいのか?」
金剛 「それは……。」
蛇提督「金剛の言ってる事はそういう意味にも捉えられる。現に榎原提督の命令を無視して勝手に艦隊を編成し、突貫を図った。その無茶な行動が多くの者を危険に巻き込んだことを自覚しているのか?」
比叡 「なっ!?あなたもあの髭と同じことを言うの?!」
蛇提督「俺はそれに関して許した覚えはないが?」
比叡 「このっ!」
金剛 「やめるネ!」
「でもお姉様!」と比叡は金剛に我慢出来ないことを訴えるが、金剛が静かに首を横に振る。
金剛 「確かにテートクの言う通りネ…。」
金剛は俯きながら、蛇提督の指摘を認める。
蛇提督「所詮、提督と艦娘は命令する者と命令されて動く者というだけの関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。」
そう言って蛇提督は席を立ち、その場を去って行った。
去っていく蛇提督を見送りながら、間宮と伊良湖は金剛達に歩み寄る。
間宮 「あの…大丈夫ですか?」
俯いたままの金剛を心配して間宮が聞く。
金剛 「私は大丈夫ネ。心配はいらないデース…。」
そうは言ってもかなり応えてるのか、金剛の言葉に先程のような元気は無い。
比叡 「もうこれでわかりましたでしょ?金輪際、あの男に関わるのはやめましょう。」
榛名 「姉様…。」
霧島と榛名は、深く傷ついただろう金剛を心配そうな眼差しで見る。
比叡 「それと!あんな奴に体を触るかなんて言うのも、絶対にやめてください!」
金剛 「OH―。比叡、それは誤解ネー。」
比叡 「え?」
霧島 「そうですよ、比叡姉様。あれは試されたのですよね?」
金剛 「Yes!」
比叡 「どういうことですか?」
金剛 「あのテートクが本当に艦娘にそういう下心がある人なのか見極めていたですネ!」
榛名 「そうだったのですか?!」
霧島 「フフン。私のデータから分析するに、あの反応はそういう下心はあまり持ち合わていない、いえ、かなり堅物であると私は推測します。」
一体何のデータなのかは誰も突っ込まないが、メガネをクイっと上げてドヤ顔の霧島。
金剛 「私もそう思いまーす!」
比叡 「で…でも、時と場所を選べばやるようなことを言ってたではないですか?!」
霧島 「確かにそうですが、あのような大胆な悪戯をした方がそんなことを言う時点でおかしいですよ。むしろ金剛姉様が迫った時に乗り気にならず、下がり気味だったのが証拠です。」
榛名 「た…確かに…!」
霧島 「お姉様の色気に動揺して、思わず本音が出てしまったのでしょう!」
金剛 「そういうことネ!…んまあ、半分、本気だったけど…。」
比叡 「お姉様!」
照れながらとんでもないことを言う金剛に比叡は怒る。
金剛「まあ、だからスネークテートクは比叡が思ってるほど、酷い人ではないのデース!」
比叡 「な!?まさかまだ諦めてないんですか?!あれほど冷たくされたのに。」
金剛 「私は諦めるとは一言も言ってないネ。むしろ始まったばかりデース。これから互いの事をよく知っていけばいい事なのデース!そうやって愛は育むものデース!」
霧島 「よ!さすが金剛お姉様!」
先程まで落ち込んでいたのが嘘のように元気になり、暗い雰囲気だったのもいつの間にか楽しげな雰囲気に変わっている。
間宮 「で…では、先程はどうして落ち込んでいたのですか?」
金剛 「それはですネー。私が何か気に障ることを言ってしまったのかと考えていたデース…。」
間宮 「ああ…なるほど。」
あんな事を言われたのに、気にするところがそこなんだなと思う間宮。
金剛は普段の姿から想像する以上に強かで愛情深いのだなと間宮は心の中で感心する。
比叡 「いいえ!お姉様は全然おかしな事は言ってませんでした!」
霧島 「ですが、今思えばあれは気になりますね。」
榛名 「何がですか?」
霧島 「感情をほとんど表さないあの方が金剛お姉様の発言に反応して、あれだけ感情的になるとは…。」
間宮が何か気になる事があるのか物思いにふけっているのに気付いた伊良湖が間宮に問いかける。
伊良湖「間宮さん、どうかしましたか?」
間宮 「以前にもあれに近いことがありました。ですが、あれほどまでに怒りを露わにしなかったのですが…。」
比叡 「きっと、お姉様の事が鬱陶しくなって、苛立ったのですよ!」
比叡は金剛を諦めさせようと必死のようだ。
金剛 「アプローチの仕方が悪かったのなら、やり方を変えるまでネ!」
が、金剛は聞く耳を持たないようだ。
霧島 「榛名はどう思いましたか?」
霧島が先程から何やら考えてる榛名にも意見を仰ぐ。
榛名 「えっと…。」
榛名は少し躊躇ったが、霧島の質問に答える。
榛名 「提督と艦娘の関係が命令する者と命令される者だけの関係なんて、榛名は思いません…。」
比叡 「そうです!あんなことを言う奴なんて許せません!榛名も嫌ですよね?!」
比叡は金剛の説得に榛名も引き込もうとしているようだが、比叡の予想とは違う答えが返ってくる。
榛名 「いえ…提督はあくまで提督と艦娘の関係性についてそれ以上でもそれ以下でもないと仰ってたので、私達自身を貶めるつもりで言ったわけではないと思うんです。」
霧島 「言われてみれば確かにそうですね。」
榛名 「ですから…あの言葉は私達と必要以上の接触を避けるために言ったような気がします…。」
横須賀鎮守府の艦娘も何人かは同じようなことを感じ取っていたが、ここにもそれを感じ取る者がいたと間宮は思った。
榛名 「そう思うと、あの方がとても孤独な人に見えました…。」
金剛 「I see…。」
金剛は榛名の意見を真摯に受け止めて考えているようだった。
伊良湖「そうですか?私はただ独りよがりな人に見えましたが…。」
間宮 「人によって感じ方はそれぞれだから、どれが正しいか私達でもわからないのが現状ね…。」
すると榛名が何かを思い出したかのように金剛に尋ねる。
榛名 「金剛お姉様、例の事件で生き残った三人を覚えてますか?」
金剛 「Yes!覚えているネー!あの娘達、今は元気でいるでしょうか。」
間宮 「例の事件ってあの?」
榛名 「はい…。あの提督が起こした事件の時に、援軍として駆けつけた艦隊の中に私と金剛お姉様もいたのです。」
間宮 「えっ!?そうなのですか?」
金剛 「残ってた敵艦隊を掃討して三人を保護したけど、何があったのか尋ねても何も言わなかったネ。酷く傷ついてるようだったから無理には聞けなかったですが。…後から聞いた話で保護した三人の他にもう三人任務に参加してたらしいけど、その戦いで轟沈したと聞いたネ。」
それが蛇提督に騙されて沈んだ艦娘の事だと間宮は思った。
榛名 「ですが、黙っていた三人が生還者が二人いると聞いた時に、必死にそれが誰だったのかを聞いていました…。」
一体誰の事を聞こうとしたのだろうと、間宮は不審に思う。
金剛 「青葉が言うには、まだあの三人は事件の事は何も話さないそうネ。スネークテートクが牢から出所した話を聞いても、彼のことについても一切何も話さないそうネ。」
考えてみればそれもおかしな話だった。
蛇提督のせいで不毛な戦いをさせられ仲間が沈んだとなれば、恨み言の一つや二つあったってもおかしくはない。
それでも三人は沈黙を貫いている。
蛇提督のことについても何も話さないのは何かを黙秘してるのではないか。
間宮はまた一つ、事件についての疑問が増えたと思った。
榛名 「私はあの三人が、まだこのような複雑な思いを抱いたまま、今も過ごしているのかなと思ったのです…。」
それぞれが蛇提督の事について考え始めたのか、皆が黙ってしまった。
そんな中、ずっと黙って皆の話を聞いていた伊良湖が恐る恐る話しかける。
伊良湖「あの…お取込み中、申し訳ないのですが、追加の料理どうしましょう?」
金剛 「OH―!すみませーん、忘れてたネ!気を取り直して金剛sistersだけでbreakfast を楽しむネ!」
金剛がオーと号令をかけると姉妹達も嬉しそうにオーと従う。
そんなめげない元気な彼女達を見て、間宮と伊良湖は思わず笑みがこぼれるのだった。
時は少し遡る。まだ間宮と伊良湖が金剛達のもとに追加料理を持ってくる前、
蛇提督と金剛達が朝食会をしていた頃では、食堂に残った他の艦娘達は朝食を取っていた。
大淀は他の娘達が来るより先に来て、簡単に朝食を済ませると元帥を追いかけるように本部へと一足先に戻って行った。
初霜 「さあ、ユカリちゃん。ご飯ですよー。」
初霜は間宮に作ってもらった餌をユカリに与えていた。
牛肉を細かく刻んでミンチにしている。
ユカリは少し匂いを嗅いでから、その餌にありつく。
間宮 「初霜ちゃん慣れたものね。私が来る前からユカリちゃんに餌を?」
初霜 「いえ、実は今回が初めてです。」
間宮 「え?そうなの?」
初霜 「はい。提督はどうやらいつも同じ銘柄のキャットフードを取り寄せているようでして。」
間宮も蛇提督から同じように聞かされていたため、ならばとユカリの餌作りもしようかと蛇提督に提案したのだが、「ユカリは私以外からの餌を食べようとしない。」と断られてしまったと言う。
初霜 「え?でもちゃんと食べてますよ?」
間宮 「そうなのよね。提督の思い過ごしかしら?」
と、話してるうちにユカリは食べ終えてしまったようで、まだ欲しいと言わんばかりにこちらを見つめてくる。
伊良湖「ならまだ残りがあるのでユカリちゃんにあげましょう。」
伊良湖がそう言うと厨房の奥から同じ餌を取ってくる。
伊良湖「はーい、ユカリちゃん。どうぞー。」
と、ユカリの前に餌を置くがユカリは逃げて初霜の後ろに隠れてしまう。
伊良湖「あ、あれ?ユカリちゃん、さっきと同じものですよ?」
が、ユカリは見向きもしない。
陸奥 「あらあら、伊良湖ちゃん。猫ちゃんに何かしたの?」
伊良湖「いえいえ、私は何もしていませんよ!」
間宮 「では、何か臭うとかでしょうか…?」
伊良湖「へっ!?私、匂います?」
そう焦って自分で服の臭いを嗅いでみる。
明石 「いやー、お腹減りましたー。いらこー、あさめしー!」
他のみんなより遅く食堂へとやってきた明石は、早朝だというのに子供みたいな軽いノリで朝食を注文する。
瑞鶴 「なんかテンション高くない?」
他の艦娘達に比べて入り口近くにいた瑞鶴と翔鶴は明石の様子が気になって、明石と一緒に入ってきた夕張に尋ねる。
夕張 「ああ、昨夜からずっと徹夜してて。そんな私も…。」
と話しながらあくびが出てしまう夕張。本人も眠たそうである。
翔鶴 「眠そうですね…?」
夕張 「私はまだ仮眠をしたけど明石は一睡もしてないわ。」
陸奥 「どうしてそんな遅くまでしてたの?」
夕張は蛇提督が明石に注文した依頼をこなす為、その設計と図案を考案、作成をしていたことを教える。ついでに使える機材があるかどうか倉庫を漁り、選別していたそうだ。
そんなに急ぐものなのかと聞けば、夕張曰くあまりにも熱が入りすぎて止まらなかったのだという。
長門 「しかしあの提督がそんな作戦を…。」
作戦のことについて長門が少し考えていると、明石達の方が何やら騒がしい。
明石 「ダーハッハッ!!いらこー、猫ちゃんに嫌われたんですかー?」
伊良湖「うっ…。今日会ったばかりなんだから仕方ないじゃないですか〜?」
明らかに伊良湖を馬鹿にした明石の声が食堂に響く。
馬鹿にされた伊良湖は少し泣きそうだった。
伊良湖「そんなこと言うなら明石さんはこの子に触れるのですよね?」
負けじと明石に挑戦状を叩き込む。
明石 「そんなのできるに決まってるじゃないですか〜。」
相当眠いのとテンションが上がってるせいで、彼女にほとんど理性はなくその場の勢いで誘いに乗ってしまう。
夕張 「ちょ、ちょっと明石、それはやめといた方がいいわ…。」
明石 「どして〜?」
酔っ払いみたいに聞き返す明石に夕張はユカリの気難しさについて語る。
近づけば逃げるだけではなく、引っ掻かれたりすることもしばしば。
ご主人である蛇提督にしか心を開かず、それ以外は飼い主に似てかなりの塩対応。
おまけに妙に賢いところがあり、かなり厄介だ。
自分の発明の趣味が蛇提督にバレたのもそもそもユカリのせいなので、それも伝えたかったが皆が聞いてる手前、それだけは話さなかった。
明石 「ええ〜、こんなに可愛いのに触らないのは勿体無いですよ!」
初霜 「怖がらなければ大丈夫ですよ。私だってこの通り触れます。」
餌を食べてる最中のユカリの背中を撫でる。
ユカリは撫でられても餌をバクバクと食べている。
間宮 「凄いわね、初霜ちゃん。」
初霜 「そうですか?」
感心してる間宮は、どこか羨ましそうだ。
明石 「ほら〜、大丈夫そうじゃないですか〜。では早速…。」
夕張 「あ、ちょっと!」
明石は夕張の制止も無視してユカリに近づく。
初霜にゆっくり触るのだとコツを教えてもらいつつ、明石はなんの警戒もなくユカリの背中を撫でようとする。
その時、ユカリが一瞬、明石の方を見るが、気に留めることなく餌を食べるのを続行する。
明石はそれを見てから初霜が先ほど触った場所と同じ場所を触った。
夕張 「う…うそ…。」
ユカリは何をするもなく明石に触られている。
その一部始終を見ていた龍田と天龍も驚いていた。
天龍 「おいおい、マジかよ。俺達は最初こそ触れるのだってできなかったんだぜ?」
長門 「そんなに触らせてもらえなかったのか?」
天龍 「まあ…最初はユカリを追いかけ回したってのもあるから、悪いイメージはついてるかもしれないんだけどよ…。」
長門 「なんだそれは…。小動物を追いかけ回すとは言語道断。」
陸奥 「(あなたがそれを言うんだ〜。)」
朝、ユカリを飼い主探しという名目で、捕まえようとしていたのはどこの誰だったか、と陸奥は一人思うのだった。
天龍 「だがあいつの話じゃ、人見知りが凄くて飼い主以外は絶対に触らせないらしいんだ。」
長門 「あんなに大人しそうなのにな。」
天龍 「でも初霜だけは何故だか触れたんだよな。それにはあいつもびっくりしてたぜ。」
長門 「ほう。そうなのか…。」
実は自分も触れたんだ、と本当は言いたかったが恥ずかしすぎるので言わない。
にしてもあの提督が抑えてくれていたとはいえ、よく自分も触れたもんだと長門は自分で自分の事を褒めるのだった。
伊良湖「食べてる最中ならいけるのでしょうか?」
と、もうすぐ終わってしまいそうなユカリの食事の途中で触ってみようと試みる。
だが伊良湖が近づいた途端にユカリは食べるのを止め初霜の後ろに隠れてしまう。
それを見た伊良湖はまた泣き出しそうになり、明石はケラケラと笑っている。
そんな姿を見ながら龍田は、何やらずっと考えに耽っていた。
間宮 「伊良湖ちゃんがダメなら私もダメでしょうね…。」
気づけばユカリは食べ終えていたが、まだ食べ足りないらしく食べたそうにこちらを見つめてくる。
さすがに食べ過ぎではないかと思うが、どうしてもこの瞳に抗えず、思わず間宮自ら餌を与える。
だがどうしたことか、伊良湖のように逃げたりせず、むしろまた餌にありつき始める。
もしかしてと思った間宮は、ユカリに触ってみようと試みる。
すると難なく触ることができたのだった。
夕張 「うそ!?間宮さんも!?」
夕張もさることながら、龍田と天龍も驚いている。
伊良湖「ぅええ〜?間宮さんも嫌がられないじゃないですか。どうして〜。」
間宮 「さあ、どうしてでしょう?」
伊良湖の言葉に反応するも間宮はユカリに触れたことが嬉しかったのか、まだ冬毛が残ったフサフサした毛並みを撫でるのに夢中になっていた。
響 「ユカリがどうかしたの?」
少し離れたところにいた暁姉妹や他の艦娘も話題に参加する。
夕張 「間宮さんがユカリちゃんに触れるみたいなのよ。」
電 「凄いのです!まだ私は触らせてもらったこと無いのです!」
吹雪 「間宮さんは誰からも愛される人なんです!猫ちゃんなんて朝飯前ですよ!」
叢雲 「どうしてあなたが自慢するのよ…。」
ドヤ顔の吹雪に呆れた表情をする叢雲。
暁 「吹雪っていつもこんな感じだったっけ?」
叢雲 「昨夜からこんな感じよ。朝起きる時も間宮さんの朝食が食べられるって言って、出撃する時より早かったんだから。」
綾波 「それだけ間宮さんに再会できたことが嬉しかったんだと思います。」
吹雪 「ンフフ〜。」
叢雲 「な…何よ…、気持ち悪い笑い方して…?」
綾波の言葉に反応するようにニタニタと笑う吹雪を叢雲は気色悪く思いながら、まだ他にあるのかと聞く。
吹雪 「間宮さんのこともさることながら、今の私はやる気に満ちているのです!」
島風 「どうしてどうして〜?」
どこで聞いてたのか急に話題に入ってくる島風に皆が驚くも、吹雪は構わずに語り始める。
吹雪 「昨日、雷ちゃんが私の話を聞いてくれて、大切な事を思い出させてくれたんです。間宮さんの料理の美味しさとの相乗効果で今とっても何かをやらずにはいられないんです!」
暁 「やるじゃない!雷!」
自分のことのように喜ぶ暁を見て、雷は小恥ずかしくなる。
雷 「わ…私はだから、何も…。」
間宮 「そんなことないわ、雷ちゃん。」
照れ隠しからか否定しようとする雷に間宮がはっきりと言う。
間宮 「人は時に、親身になって自分の話を聞いてもらえるだけで救われる人もいるのよ。それに雷ちゃんがふと何かを思って言った言葉は、雷ちゃんにとってはそうでなくても相手にとってとても嬉しいものだったりするのよ。」
自分も体験したことであるからこそ、雷に真っ直ぐな目で言えるのである。
吹雪 「さすが間宮さん!まさにその通りです!」
叢雲 「まあ…私も…昨日の雷の言葉には思い知らされるところがあったわ。それまであのバカが言ってくれた大切な言葉を忘れてたことに気づいたんだから…。だから、私からも礼を言わせてちょうだい。……あ…ありがとう。」
だんだん恥ずかしくなったのか最後の言葉だけやけに声が小さかったが、ちゃんと雷達には聞き取れた。
雷は一言頷いて言葉を返すと、それと同時にある事にハッと気づいた。
強くなる以外にもみんなを助ける方法があるじゃないかと。
誰かが困ってたり悲しんでいたら、親身に聞いてあげる。
解決できるかわからないけど、解決するために一緒に考えることもできる。
別に「雷」として見られなかったとしても、叢雲や吹雪の「ありがとう」に嬉しく思っている自分がいる。
きっと姉妹達にもこの「ありがとう」を言って貰いたかっただけかもしれない。
雷 「(そうか…。司令官の言っていた別の感情はこれだったのね。)」
姉妹達の力になりたかった。誰かの力になりたかった。
「雷」として認められたいという願いは、その思いが根本にあったのだ。
たとえ自分の力が非力であっても、一緒に考えることで自分のできることを探す。
地道なことではあるが、それで自分を頼ってもらえるようになるなら、それだけで私は嬉しく思えるだろう。
雷 「(なんか…司令官のやってたことと変わらないわね。)」
無愛想だけども彼は私の心の声にずっと耳を傾けていた。
私がわめいていても、ただ静かに私の心に語りかけていた。
あの姿は今私がなりたいと思った姿、そのものではなかろうか。
電 「雷ちゃん…ボーッとして、どうかしましたか?」
傍から見ると雷が固まってしまったように見えたので、電が心配して話しかける。
雷 「大丈夫よ!なんかこうして感謝されるのがすごく久しぶりに感じただけよ。」
電 「そうですか…。」
自分の思考から切り替えて、電に心配されないように元気に答える。
電は雷の言葉の意味を少し考えたが、雷が元に戻った感じがしたので少し安心した。
響 「響もこの際、ユカリと仲良くなっておこう。司令官ともっと話を出来るようにする為には、ユカリという外堀を埋めていく必要がある。」
北上 「お?そう言うんなら私もしないわけにはいかないな〜。」
響の言葉に賛同して乗ってくる北上。
隣で聞いていた大井はギョッと驚く。
大井 「えっ!?あいつに興味が無くなったわけじゃないんですか!?」
さっき蛇提督が金剛達と朝食会をするという話を聞いて、覗き見しに行った艦娘がほぼ半分いたにも関わらず、昨夜、蛇提督に興味を持ってた北上が行かなかったのを見て、大井は安心していたのだった。
北上 「ん?何言ってるのさ〜。私は覗き見したいんじゃなくて、あの提督と話がしたいんだ。それに覗き見して金剛達を邪魔しちゃいけないって思ったしさ〜。」
ええっ!?っと驚く大井だったが、その理由も至極真っ当であったため、言い返すことが出来なかった。
雷 「それなら誰がユカリちゃんに触れるか、みんなで競争ね!」
瑞鶴 「あ!私も私も!」
翔鶴 「もう瑞鶴ったらそんなにはしゃいじゃって。」
楽しそうな瑞鶴に翔鶴もついていく。
陽炎 「お!面白そうだね。私も参加しよう。不知火もするでしょ?」
不知火「わ…私は…。」
不知火は興味なさそうな返事をするが、その目はとても触りたいと言ってるようにしか見えなかった。
吹雪 「叢雲ちゃん、私達もやりましょう!」
叢雲 「ちょ、ちょっと!」
吹雪は半ば強引に叢雲の手を取って一緒に参加する。
島風 「私も私も〜。」
綾波 「それなら私も…。」
ピョンピョン跳ねながら島風も加わり、綾波も実は触りたかったと言わんばかりに参加する。
陸奥 「長門はいいの?」
長門 「何の話だ…。私はやらんぞ。」
意地悪そうに笑いながら陸奥が長門の顔を覗き込んで聞くが、長門はそんな陸奥から目を背けるように断る。
武蔵 「大和は行かなくていいのか?」
大和 「ふえ!?」
ユカリ達の方をポケーっと覗いていた大和が武蔵の一言で我に返る。
武蔵 「大和も行きたそうな顔をしているではないか。」
大和 「わ…私は…まだ食事中だから…。」
下を俯いて目の前の料理に集中する。
でもその顔はとても恥ずかしそうだった。
そしていつの間にかユカリの周りは随分と賑やかになり、ユカリお触り大会が始まる。
伊良湖「うう…。どうして…。」
間宮 「伊良湖ちゃん、そろそろ金剛さん達に追加の料理を持っていかないと。」
既に頼まれていた次なる料理を持っていく時間となり、間宮はまだ悲しんでる伊良湖を呼ぶと、伊良湖はシクシク泣きながら料理を間宮と共に運び出しに食堂を出て行くのだった。
天龍 「…ったく何やってるんだか、あいつら。」
龍田 「…。」
天龍はユカリのことで騒いでいる彼女らを見ながら、機嫌悪そうな呆れた顔で眺めている。
だが、隣の龍田はそんなユカリ達と戯れている艦娘達を見て、あることを思い出していた。
それはまだ、小豆提督が最初の鎮守府にいた頃のことだった。
―――――小豆提督の鎮守府 敷地内 庭―――――
早朝、まだ朝の光が眩しい頃、龍田は鎮守府の庁舎から少し離れた庭を歩いていた。
誰かを探すように辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていると、その目的の人物の後ろ姿を見つける。
座り込んでいる彼を後ろからゆっくりと近づきながら、何をしているのか見ていると、彼は数匹の野良猫に餌をあげていたのだった。
龍田 「こんなところにいたのねぇ〜。」
龍田の言葉に猫達はビクッと反応して、そのまま急いで近くの林や木の後ろに隠れてしまう。
龍田はその姿を目だけで追った。
小豆提督「龍田か。おはよう!」
龍田 「おはよう〜。」
無邪気に笑う小豆提督に釣られるように、龍田もフフと微笑む。
小豆提督「こんな朝早くどうした?」
龍田 「他の娘から提督がここにいるって聞いて。」
小豆提督「執務室で待ってくれればいいのに…。」
龍田 「待つのは性に合わないのよぉ。」
小豆提督「そっかぁ。」
そう小豆提督が言うと振り返って隠れている猫達に、「大丈夫だ。怖くないぞ〜。」と餌を皿に追加して誘う。
猫達は恐る恐る影から現れるが、龍田の方を見て警戒しているようだった。
龍田がそれに気がつくと一、二歩下がる。
すると猫達はゆっくりまた餌が入れてある皿に近づくのだった。
小豆提督「これが終わったら執務室に戻るからな。」
龍田 「わかったわぁ。私がいるとかえってお邪魔みたいだから戻るわねぇ〜。」
そう言って龍田は振り返って戻ろうとするが、小豆提督は龍田を見ながら何を思ったか呼び止める。
小豆提督「もしかしてお前、猫に触りたいんじゃないか?」
龍田 「っ!?」
小豆提督に見せなかったが、目を丸くして驚いていた。
龍田 「な…何を言ってるのぉ?私は猫は苦手なのよぉ…。」
表情を見られないようにするためか背中を向けたまま否定する。
小豆提督「そうなのか?他の娘から聞いたって言ってたから、俺が野良猫に餌をやってると聞いて、お前も見てみたいから来たんじゃないのか?」
龍田 「そ…それは…。」
図星だった。本当に言われたそのままだったので、隠しきれずにソワソワしている。
小豆提督「それならそうと、最初から…。」
龍田 「できないわ。」
小豆提督の言葉を遮るように否定する。
小豆提督「どうして?」
龍田 「あなたも見たでしょ。私が来て猫達が怖がって逃げる様を。」
龍田が小豆提督に振り向きながら、その理由を話し始める。
龍田 「艦娘は恐れられる存在だということをあなただってよくわかってるはずでしょ。得体が知れず、気味が悪い存在だと。」
小豆提督「龍田…。」
龍田 「きっとその子達も動物の勘でそう感じたのよ。やはり私達は忌避される存在だってことよ…。」
小豆提督は龍田を見ながら悲しそうな表情を見せるが、何かを思いつき気を取り直した表情になったと思いきや龍田に近づく。
小豆提督「龍田もあの子達に餌を与えてみてよ!」
子供のように提案してくる小豆提督を見て驚く龍田。
龍田 「な…何言ってるの!?さっきの話聞いてたの?!」
小豆提督「いいからいいから!」
小豆提督に半ば強引に押し付けられるように餌の入った箱を持たされ、背中を押される。
猫達は近づいて来た龍田に後退りする。
やっぱり無理だと、龍田が小豆提督に懇願するも小豆提督に頑張れと応援される。
龍田は仕方なく頑張って皿に少し餌を入れて、少しだけ離れる。
すると猫達は最初は警戒しつつも皿に近づき、先程と同じように食べ始める。
みるみる餌は無くなり猫達は平らげてしまう。
すると今度は、小豆提督は餌を自分の手の平に乗せて猫達に近づいて与える。
猫達は我先に食べ始めてこれもすぐに食べ終えてしまう。
そして同じことを龍田にしろと言う。
龍田は、最初は無理と断っていたが、渋々引き受ける。
手の平に乗せた餌を緊張気味に猫達に差し出す。結果が怖いのか思わず目を瞑ってしまっている。
猫達は、これも最初は警戒していたものの、その中の一匹が龍田の手に口を近づける。
龍田の手の平に猫の舌の感触が伝わる。
目を開けてみれば猫が餌を食べてくれていた。
あっという間に無くなり、ボーッとしていた龍田を小豆提督が「次、次!」と催促するとそれに押されるように同じことをする。
すると食べてくれた猫とはまた別の猫が食べてくれた。
また次もするとまた別の猫が、とだんだんリズムよく与えられるようになり、いつしか龍田も楽しくなってきたようだった。
次に小豆提督が餌を皿に多めに入れろと言うので、その通りにして猫達が食べ始めたところで食べてる最中の猫の一匹に触り始める。猫は嫌がる仕草をしない。
龍田もしてみろと小豆提督に言われ、恐る恐る触ってみる。
すると触ることができた。フサフサの毛並みの感触を初めて味わった龍田は感動している。
食べ終えた後も猫達に触れることができた。
小豆提督に教えられながら、気持ちいい箇所や加減も覚えられるほど、龍田は夢中になっていた。
小豆提督「どうだ、龍田。猫達に自分は危険な存在じゃないとわからしてあげれば懐いてくれるだろ?」
龍田 「え?」
小豆提督が言った言葉は先程の龍田の言葉に対する返答だった。
その返答をするために強引に猫の餌やりを頼んできたのだと今知ったのだった。
小豆提督「確かに人間は猫達とは違って、知能や偏見がある分、なかなかわかってもらえないとは思うだろうけどさ。」
頭をポリポリかきながら少し恥ずかしげに語り出す。
小豆提督「だからって俺達が何もしなかったら何も変わらない。怖がってちゃ何も始まらないのさ。」
小豆提督の言葉にいつになく真剣になる龍田。
小豆提督「でも、猫達に勇気を出して餌をあげてみたのと同じように、アピールとアプローチをし続ければ、きっとわかってもらえる日が来るって俺は信じてる。だから龍田、心配するな!」
そうなると確証できることなんて、いまひとつない話だったが、その時の龍田は小豆提督のその無邪気な笑顔を見た時、きっとその日が来ると強く信じたのだった。
―――――現在 呉鎮守府 食堂―――――
天龍 「おい、龍田!どうかしたか?」
さっきからずっとボーッとしている龍田を天龍が呼ぶ。
龍田 「大丈夫よぉ。ちょっと、思い出してただけよぉ。」
天龍 「何をさ?」
龍田 「小豆提督のこと。野良猫に餌をあげてたことがあったでしょ〜?」
天龍 「んあ?…ああ、そうだったな。あいつ動物が好きだったよな。特に猫がな。」
龍田 「そうそう。」
天龍 「それがどうかしたのか?」
龍田 「別にないわぁ。ただ思い出しただけ。」
天龍は龍田の表情を見るが、結局、何だったのかわからないままだった。
そういえば、龍田は小豆提督と一緒に野良猫の餌やりをしていたな、と思い出す。
小豆提督がいない日も野良猫達に餌をあげていたことも思い出した。
きっとその時のことだろうと、それ以上深くは考えなかったのだった。
暁 「う…うそ!?私も逃げられるの?!」
いつの間にかユカリ触り大会はさらに盛況となっていた。
雷 「アハハ!あかつき〜、逃げられてる〜。」
暁 「どうして妹達はできて私はダメなの〜!」
どうやら伊良湖の他にも触れなかった艦娘はいたようで、参加したメンバーの中では、暁と大井、叢雲と綾波だった。
驚きなのは暁以外の横須賀鎮守府の艦娘達以外も触れたこと。
蛇提督のユカリは人見知りするという情報は嘘だったのだろうか。
北上「猫は落ち着きのない人には近寄らないって聞いたことあるよ。」
暁「うぐっ!」
ただ知ってる知識を言っただけだった北上だが、暁には精神的ダメージが抜群だったようだ。
陽炎「そう言うなら島風と綾波の結果が反対なら納得だけど、そうじゃないようだしね。」
島風「う〜ん、それもそうだよね~。」
不知火「自覚あったんですね…。」
夕張 「猫は臭いで好みとそうじゃないのがあるって聞いたことあるけど…。」
と夕張が言ってるのを聞いた吹雪は急に叢雲の体をクンクンと嗅ぎ始める。
叢雲 「ちょ!ちょっと?!何してるのよ?!」
赤面して吹雪を怒鳴る叢雲。
吹雪 「叢雲ちゃんは相変わらず良い匂いなんですが、猫ちゃんにはキツいのかな〜って。」
「なに気持ち悪いこと言ってるのよ!」と叢雲は吹雪を押しのけようとする。
夕張 「明石や私が触れて、間宮さんと伊良湖はそれぞれ違って、共通点がわかりにくいわね…。」
みんなでその共通点を考える。
悩める艦娘達をよそにユカリは呑気そうに後ろ足で耳をかいている。
大井 「(え…?私が触れないのはみんな納得なんですか…?)」
ただ一人、ユカリを触れない大井について、誰にも触れられないので、大井は唖然としてしまっていた。
そんな彼女達をを見ていた龍田があることに気づく。
そしてそれを確かめるためなのか陸奥に話しかける。
龍田 「ねぇ陸奥、ユカリちゃんに触ってみてくれる?」
陸奥 「え?私が?」
陸奥は思いもよらぬ相手から思いもよらぬ頼みごとをされて驚く。
長門 「ふむ…陸奥ならばいけるだろう。」
落ち着きはあるし臭くはないはずだろうと長門に言われ、自分も猫を触るのは満更でもないと思いながら龍田の言うとおりユカリに触ってみようと近づく。
ユカリは前足を舐めて毛づくろいしていたが、陸奥が近づいてきたことに気づくと陸奥をじっと見る。
陸奥は一旦止まるが、ユカリが逃げる様子でもなければ怖がってる風ではないので、ゆっくり手を近づける。
だが、ユカリはその手から逃れるようにヒョイっと陸奥から離れてしまった。
陸奥 「あら?」
タイミングが悪かったのかもしれない。また毛づくろいを始めるユカリに触ってみようとするが、またもやヒョイっと避けられて逃げられてしまう。
陸奥 「あらあら…私も嫌われてるのかしら?」
夕張 「陸奥さんがダメなんて…ますますわからないわね〜。」
夕張に限らず、陸奥が触れなかったのは意外だったようで、さらに皆の頭を悩ましていた。
龍田 「(まさかね…。)」
ただ龍田だけは一つの共通点を見つけたが、確かな確証もなくあまりにも信じ難い内容だったので、言葉に出すことはなかった。
古鷹 「ねえ…こっちに提督来なかった?」
いつの間にか朝食会を覗き見しに行ってた艦娘達全員が食堂へと帰ってきていた。
夕張 「来てないわよ。…何かあったの?」
古鷹達から金剛達の朝食会での出来事を聞かされる。
古鷹 「…それで、どこかに行ってしまった提督を探してたんだけどいなくて、こっちに来てたりしないかなって…。」
夕張 「そうなんだ…そんなことが…。」
食堂は一旦静まり返る。
天龍 「だから言ったろ。あいつはそういう奴なんだよ。」
わかってたことじゃないかとわざと大きな声で皆に聞かせる。
響 「そういう司令官に助けられたのは天龍じゃないか。」
響は天龍の痛い所をはっきりと言う。
その響は怒ってるのがわかるぐらい珍しく表情に出ている。
雷 「そうよそうよ!」
電 「大人げないのです!」
子供に大人気ないと言われる天龍。
天龍 「お…お前らなぁ…。」
雷 「暁もそうよね?!」
暁 「ふえ!?わ…私は…。」
急に自分に振られた暁は戸惑っていた。
響 「暁も司令官のおかげで、今回の出撃の戦果も良かったんじゃないか。」
暁 「そ…それは…そうなんだけど….」
暁は複雑な気持ちでいた。
司令官は確かに能力としては優秀なのだろう。
けれど優秀なのと自分達を一人前のレディとして見てもらえるかは別物だ。
さっきの話で金剛達に言ったことが本当なら自分達はいつか捨てられてしまうかもしれないという危険もあるということ。
そうなった時、真っ先に姉妹達を守らなければならないのは自分である。
だから天龍や龍田の言ってたことが理解できないわけではなかった。
だからと言って司令官を信じ始めてる姉妹達を責めるつもりではないし、むしろどこか元気を取り戻してきていることはとても良いことだった。
でも自分は、心のどこかでまだ司令官を怖がっているから、前の雷との喧嘩の事を未だ謝りにいけないのだった。
大井 「ほら!やっぱり、あの人は最低な人なんです!北上さんが気になるほどの相手じゃないですよ!」
北上の説得をまだ諦めていない大井は北上に諦めさせようとする。
北上 「ふ〜ん、そうか〜。」
北上が俯いて残念そうにしているのを見て、大井はこれはいけるとさらに続ける。
大井 「そうですよ!能力は優秀でも人格は樹実提督達には遠く及びません。」
綾波 「やっぱり榎原提督みたいに怖い人なのかな…。」
陸奥 「形はどうあれお礼をしたいと言ってる相手にそんな突っぱね方はどうなのかなって思うわね。」
また食堂が静まり返った時、食堂の出入り口の扉が開く音が聞こえた。
皆がそちらの方へと目をやると、今まさに話していた当の本人がそこにいたのだった。
蛇提督「お前達に連絡だ。」
蛇提督は本部からの通達があったのをその場にいる艦娘全員に聞こえるように話す。
佐世保鎮守府及び横須賀鎮守府の艦隊全てはそれぞれ自分達の所へ帰投するようにとの指示があったこと。
呉鎮守府を出発する時間までに支度を済ませ、艦隊を編成して慎重に戻ること。
そして蛇提督と間宮、新たに配属された大和と武蔵も蛇提督達が乗って来た車に乗車して帰投するとの連絡だった。
蛇提督「…以上だ。」
先程のことがあったせいなのか、蛇提督の口調は怒ってるわけではないようだが、それでも冷淡に聞こえるそれは、艦娘達に有無を言わさず、連絡以外の話をさせないような威圧を感じさせた。
そんな雰囲気だったのに、連絡を済ませて振り返ろうとする蛇提督を長門が呼び止めた。
何も言わず長門の方へと向き直る蛇提督は目のせいでもあるのか艦娘達をゾクっとさせる怖い印象があったが、長門はそれに怯えることなく話す。
長門 「今回は提督の迅速な判断と行動が無ければ、大きな被害が出ていただろう。もしかしたら轟沈する者もいたかもしれない…。」
蛇提督は長門の話を黙って聞いている。
他の艦娘達も固唾を飲んで見守る。
長門 「我々が未熟だったが故に、提督から見ても危険な戦いであったと提督は思われていただろうと思う。だがその未熟を提督がカバーしてくれたから勝てたと思っている。本当に感謝してやまない。」
長門は深々とお辞儀をする。
「未熟」と言うのは金剛達のことや吹雪のこともあるが、何より戦いの前半で中破した自分に対しても言ってる言葉だった。
長門 「それでも我々は今回のことを反省し次へ精進していく。例え最後の一人になっても我々は最後まで戦う所存だ。」
ビッグセブンと呼ばれた誇りが故か、それとも艦娘全ての代表という責任感からなのか、
長門自身もどうしてこのタイミングで話したのかわからない。
命令する者と命令されるだけの関係だと言い放った蛇提督に対して、このような謝罪と感謝はただ従順の意を示すだけで、相手をつけ上がらせてしまうだけかもしれないというのに。
その長門の言葉に蛇提督は口を開く。
蛇提督「戦いに絶対は無い。今回の私の判断はたまたま上手くいっただけだ。最初から何が正しくて何が間違いかなんてわかるのなら、この戦争はとっくのとうに終わっていたはずだ。」
低く冷淡な口調は変わらないが、先程よりやや落ち着きがないように見える。
蛇提督「だが、勝利を得られたのは、今回の戦いに参加した艦娘全てが奮戦したからこその結果だ。それだけは間違いない。」
蛇提督は言いたいことだけ言って済ませるとさっさとその場を立ち去る。
ユカリもその後を追いかけていくのだった。
その場にいた艦娘達はただただ蛇提督が去って行く姿を見送る。
ただ暁だけは長門をしばらく見ていたと思ったら、俯いて何か考えているようだった。
その中、陸奥は長門にそっと近寄って周りに聞こえないように話す。
陸奥 「長門はちょっとあの提督に心を開きすぎじゃない?」
陸奥から意外な言葉をかけられたので、長門は静かに驚く。
陸奥 「長門はあの提督のことを良く評価してるのだろうけど、だからって今朝のはちょっと無防備だと思ったのよ。あの提督の目的なんてまだわからないんだから。」
長門 「陸奥はあの提督が信頼できないのか?」
陸奥 「本音がどこにあるのかわかるまでは…って言ったところかしら。火遊びをするような性格ではないとわかっただけでもマシなんだけどね。」
長門 「そうか…。」
長門は腕組みをして蛇提督が去って行った方を見ながら考え込む。
今朝のことからの蛇提督との出来事、話したこと、わずかな表情の変化など、「本音がどこにあるのか」という陸奥の問いかけに、その答えを探すように。
北上 「うーんやっぱり、機会があったら話してみよう。」
大井 「えっ!?」
北上の発言に対して大井が青ざめるこの流れは昨日と今日で一体何回目だと思うぐらいやってる。
大井 「ど…どうしてですか?」
北上 「私達があーだこーだって言うよりも、本人と直接話した方が何を考えてるのかわかりそうでしょ?」
大井 「それは…そうですが…。」
北上 「怖がって何もしなかったら、ずっとそのままの関係でしょ?」
北上の話を聞いていた龍田は小豆提督と同じことを言った北上の言葉にハッとする。
北上 「それに向こうだって何か誤解があるかもしれないし、それが解けたら案外私達の味方をしてくれるようになるかもよ?その方が私達にとって得になるしね〜。」
鈴谷 「それ言えてるじゃん。頭が切れるなら尚更だし。」
熊野 「本気で言ってますの?」
また鈴谷の悪い癖が出たのかと熊野が呆れた声で鈴谷に言う。
妙高 「まあ…根は悪い人では無いんだと、それだけは分かりましたが…。」
那智 「脈なし…では無いだろうな。」
それでも蛇提督に対して微妙な感じが残ってる妙高と那智。
羽黒 「私は良い方であると思います。」
足柄 「どうしてよ?」
羽黒が思わず口に出ていたのを足柄が聞き逃さずに聞いてみる。
羽黒 「えっ?えっと…なんとなくです。」
それでもやっぱり誤魔化されちゃうかー、と足柄は残念がる。
朝潮 「得になるかはともかく、私はもっとあの方のこと、もっと知りたいです。」
荒潮 「私も同感。」
真っ直ぐとした瞳で朝潮と荒潮は言う。
満潮 「そんなに気になるの?」
朝潮 「うん。私も話してみたいことがありますから。」
満潮 「そうなんだ…。」
満潮は朝潮と荒潮を見ながら、それ以上は聞かなかった。
朝潮 「(中佐との約束は必ず果たしてみせます。)」
朝潮は心の中でそう自分に言い聞かせるのだった。
叢雲 「でも私はやっぱりあれが間宮さんの恩人とは思えないのよね…。」
吹雪 「間宮さんが嘘を言ってるっていうの?」
叢雲 「そうは思ってないわ。間宮さんを引き入れるために優しく接しただけかもしれないじゃない。」
加古 「私はそばで提督が間宮さんに語るところを見てたけど、とてもそんな下心だけだったような話じゃなかったよ。」
叢雲 「あなたも騙されやすい質じゃない。」
加古 「なんだと!」
食ってかかりそうな加古と喧嘩を買いそうな叢雲の間を割り入るように青葉が入ってくる。
青葉 「まあまあ、落ち着いてください。真偽のほどはこの青葉が解き明かしていきますよ!」
意気揚々と語る青葉に島風が真顔で言う。
島風 「でも青葉の記事ってみんなの気を引くために事実より大袈裟に表現してたり、脚色してたりするよね?」
青葉 「うぐっ…!!」
心臓を杭で打たれたかのような表情になる青葉。
最上 「というか島風ってそういうのに興味なさそうなのに意外と読んでたんだね…。」
島風の容赦無い一言に最上は苦笑していた。
衣笠 「まあともかく、例の事件についても含めて、真相を見極めていくことには変わらないんだけどね。」
武蔵 「見極める、か…。」
陸奥 「どうかしたの?」
武蔵 「ああ、実はだな…。」
武蔵は、昨日の夜、執務室で大和が元帥になぜあの提督を選んだのかと尋ねた時、その理由も自分達で見極めてこいと言われたことを話した。
大和 「つまりあの方を知ることは元帥の真意を知ることにも繋がります。」
武蔵 「ああ…。他ならぬ元帥に頼まれたことだ。やっていくさ。」
翔鶴 「私も、それには賛成です。」
大和達の話を聞いていた翔鶴は真相を探るということに賛成する。
瑞鶴 「翔鶴姉はあの提督さんのことやっぱり良い人だと思ってるほう?」
翔鶴 「良い人かどうかはわからないけど…。でも金剛さん達の朝食会の時もそうだったけど、どこかあの方は私達を避けてるようにも見えるの…。それが北上さんの言う誤解からくるなら、もう少し話せるようになるんじゃないかって思ったの。」
瑞鶴 「ふ〜ん。」
翔鶴の意見に肯定も否定もせず、ただ頷く。
翔鶴 「瑞鶴は?」
その興味が無さそうな返事に翔鶴は気になったので聞いてみる。
瑞鶴 「私は別にどっちだっていいんだけどさ。翔鶴姉やみんなを困らせなければそれで。ただ…。」
翔鶴 「ただ?」
瑞鶴 「本当に巨乳好きなら許さない…。」
翔鶴 「そ…そこなんだ…。」
意外と根に持ってたんだ…と翔鶴は苦笑するのであった。
近くで聞いていた扶桑は少し頬を赤らめながら、話題を変える。
扶桑 「そ…それにしても、私達の奮戦のおかげで勝てたと仰っていました。あの方はあのようにそれとなく褒めるのですよね。」
龍驤 「そうやで。あんな口の聞き方やけど、ちゃんと褒める時は褒めるんやで。」
うんうんと頷きながら、扶桑に同意する。
加古 「そうそう。あんな怖い顔しなかったら普通に良い人なんだから。」
不知火「あれで褒めてるつもりなら、無愛想にも程がありますね。」
陽炎 「不知火が言えたことじゃないでしょ。」
澄まし顔で話す不知火を見て陽炎がツッコミを入れる。
不知火「ですが、今回の戦いの功績者を自分だと自慢するわけではなく、私達の功績であると仰ったことは評価しても良いと思います。」
陽炎 「素直に嬉しいと言えばいいのに…。」
不知火「何か?」
駆逐艦でそれなりにまだ幼い容姿でありながら、彼女のギロッとした目はかなりの圧がある。
陽炎 「いえ!なんでもありません!」
陽炎はビクッと直立不動になって答える。
明石 「私は楽しそうな依頼をしてもらって自由にさせてくれれば、それでいいんですけどね〜。」
夕張 「あなたは単純でいいわよね〜。」
明石 「夕張だって私と大して変わらないでしょ!」
夕張 「な!?一緒にしないでよ!」
明石と夕張は言い合いが始まってしまうが、またいつものじゃれ合いが始まったと誰も止める者はいなかった。
そんな二人をよそに古鷹が話題を変える。
古鷹 「そうだ。提督に今回のMVPが誰なのかを言うの忘れてた!」
暁 「言う必要あるの?」
古鷹 「これがあるんだ。」
何やら嬉しそうに古鷹が微笑む。
初霜 「今回はどなただったのですか?」
古鷹 「第一艦隊は衣笠で、第二艦隊はなんと山城さんだったのよ!」
山城 「へ?私が活躍したの?」
急なことで山城は自分の耳を疑う。
雷 「凄いわ!」
電 「やったのです!」
響 「初めてじゃないかな。」
三人が山城を褒め称える。
山城 「ウソ、そんな…ホント?」
山城は狼狽えながらも確認をする。
古鷹 「間違いありません。」
すると、みるみる山城の表情が明るくなる。
山城 「姉様、見ててくれた!?」
今の感喜する心を他の誰よりも姉の扶桑に伝えたい気持ちだった。
戦艦としての本分を、自分の長年の願いを今やっと果たせたようなそういう思いだった。
扶桑 「ええ。見ていましたよ、山城。」
扶桑は微笑みながら嬉しそうな山城を見て自分もとても嬉しそうだった。
吹雪 「私も見ていました!」
突然、吹雪が扶桑姉妹に駆け寄って言う。
叢雲 「間宮さんのことで言う機会を逃しちゃってたけど、昨日の戦いでは本当に助かったわ。」
後から叢雲もついてきて、お礼を言う。
山城 「でも、それはたまたまで…。」
山城は少し遠慮がちだ。
吹雪 「いえ!あの戦う姿から溢れ出る勇姿、凛とした姿に美しさも兼ね備えて…。私、扶桑さんと山城さんのファンになりました!」
山城 「え…ええ…。」
扶桑 「まあ…。」
目をキラキラと輝かせて話す吹雪に扶桑と山城は驚くばかり。
吹雪 「なので、お二人を目標にしてこれからもっと精進させて頂きます!」
山城 「そ…そう…。」
他の者から尊敬されるなんて初めてのことだったが、これはこれで悪くないと思う山城だった。
吹雪 「それで早速なんですが…。」
と、青葉並みの聞き込みで扶桑と山城は吹雪に色々と聞かれるのだった。
――――呉鎮守府 廊下――――
蛇提督「最後まで戦う、か…。」
食堂を出た蛇提督は独り言を呟きながら歩いていた。
ユカリも蛇提督の後ろをピッタリくっついて静かに歩いている。
蛇提督は長門が言った言葉をきっかけに、蛇提督が昔、中森から聞いた話を思い出していた。
中森 『あの娘達は生まれた時から戦うことが宿命づけられている。彼女達自身がそう言うのよ。…あの娘達は戦うことでしか自分達の価値を表現できないの。』
ああ…自分も扶桑達から聞いた。
深海棲艦が敵であると初めからわかっているのだと。
初霜も、海の上で戦い、仲間の為に戦って沈むのなら本望だと。
中森 『私はそんなあの娘達を見て、不憫で仕方なくて…とても悲しくなるの…。』
金剛達を見ていた時、「彼女達」と面影が重なりずっと頭から離れない。
???『少尉さんには…生きててもらいたいから…。』
そう自分に言ったのは、黒髪の少女だったか…。
ダメだ…どうにも心が落ち着かない。
蛇提督「俺は…どうしたいんだろうな…。」
こういう時は一人海を見るに限る、と蛇提督は廊下の分かれ道で一旦止まる。
そして借りた自分の部屋へと続く廊下ではなく、外に通じる廊下の方へと進路を変えるのだった。
艦娘達はそれぞれがしばらく話していたが、それも束の間、出発の時間が迫ってきたので、横須賀鎮守府と佐世保鎮守府の艦娘達は帰る支度を始める。
まだまだ話していたいところだったが、彼女達は別れを惜しみながら、帰路につくのだった。
今回の事で感じた、思いや感情を、心に抱きながら…。
――――舞鶴鎮守府――――
日本海側に位置するこの鎮守府の港湾では二人の艦娘が、水上に浮かべた的を相手に演習をしていた。
???「これで終わりっぽい!」
白に近い金髪の長髪を揺らしながら、駆逐艦である彼女の主砲が放った一撃は、小さな演習用の的のど真ん中に命中する。
???「一旦、陸に上がろうか?」
すぐそばでその様子を見ていたのは、同じく駆逐艦である黒のセミロングを赤いリボンで三つ編みにしている少女だった。
???「うん、いいよ!」
演習の後とは思えないほど元気よく答える。
二人が陸へ上がると、終わるのを待っていたかのように少女がもう一人やってくる。
???「今日も精が出るね、二人とも。」
???「由良、待ってたの?」
???「由良もやるっぽい?」
軽巡の由良と呼ばれる少女は薄いピンクの長い髪をポニーテールでまとめており、そのポニテールを茶色の長いリボンで巻いているのが特徴だった。
由良 「そう。時雨と夕立が終わったら今度は私がしようかなって。」
時雨 「由良も改ニになったのに頑張るよね。」
由良 「二人だって改ニになってからますます活気づいた感じだよね?」
夕立 「なんか改ニになってから、力がみなぎるっぽい!うずうずするっぽい!」
白に近い金髪の少女、夕立は、額にある蝶結びした黒いリボンと頭頂部の垂れた犬耳にも見える髪を揺らしながら、まだ有り余る力を持て余す。
時雨 「そうさ。立ち止まってなんかいられない。もう二度とあんな悲劇を繰り返さないためにも。」
三つ編みの少女、時雨は、頭頂部のアホ毛と夕立よりやや下にある犬耳のように見える跳ねた髪を風で揺らす。
夕立より落ち着いて大人びた印象の雰囲気の時雨は、その言葉に強い意志を感じさせる。
由良 「少尉さんか…。元気にしてるかな…。」
時雨 「横須賀鎮守府の提督として戻ってきたのを初めて聞いた時は僕も驚いたよ。」
夕立 「でも、悪い噂は広まったままっぽい…。」
由良 「それでも早く少尉さんに会いたい…。会って今度はちゃんとありがとうって伝えたい。」
由良がふと見上げる空は、まだ寒さが残る乾燥した気候でどこまでも青く、広く澄み渡っていた。
夕立 「象提督さんにお願いしてみる?」
象提督とは舞鶴鎮守府の提督のことだ。
かなりの巨漢なのにつぶらな瞳が象を彷彿とさせるため、周りからはそんな風に呼ばれている。
時雨 「ダメだよ。それじゃ逆に怪しまれちゃうでしょ?」
由良 「今の私達じゃ何もできない。どうにかしたいけど…。」
時雨 「手がないわけじゃないよ。大淀さんに手紙を出してみようと思う。元帥にかけあってもらって、前線に参加したいって言うのさ。」
由良 「今の元帥って信頼できそうな人なの?」
由良の質問に対して時雨は答える。
象提督や他の艦娘から聞いた話では、今の元帥は温厚で頼りになる人。艦娘に対しても友好的だということ。
蛇提督を牢からわざわざ出して横須賀鎮守府の提督にしたのも本人の独断で、上層部の反対も押し切っての決定だったと大淀から聞いている。
今の元帥もまたあの事件の軍法会議に参席していた一人であり、つまりは何か知ってるからこそそうしたと考えるのが自然なのだという。
時雨 「元帥が少尉さんのことをどう思っているかはわからないけど、話は聞いてくれると思うんだ。」
由良 「ほぼ賭けね…。」
夕立 「可能性があるならそれに賭けたい!」
夕立の言葉に由良と時雨は同意する。言葉に出さずとも目が物語っていた。
由良 「そうと決まったら演習に行かなくちゃ。いつでもあの人のもとに行けるように、ね。」
夕立 「夕立もやる!まだやり足りないっぽい!」
時雨 「僕もやるよ。夕立に負けてられない。」
三人は海の方へと歩く。
時々、強く吹く海風が彼女達の心を奮い立たせる。
時雨 「そういえば象提督が言ってたけど、演習であんまり資材を使わないでって言ってたよ?」
夕立 「そんなの関係無いっぽい!」
由良 「ここの鎮守府でこれだけ毎日、演習をやってる艦娘なんて私達ぐらいだしね。」
時雨 「けど僕達はやめられない。あの時、決意したんだから…。」
由良と夕立は何も言わず、ただ頷く。
少し風の音を聞いていると、今度は由良が話し始める。
由良 「ほとんど出撃してないにも関わらず、演習で鍛えた練度だけで改ニになった艦娘なんて、きっと私達ぐらいだろうね。」
時雨 「僕達が自ら願って頑張ったから、手に入れることができた新しい力だって僕は思うよ。」
夕立 「少尉さんのためなら強くなれるっぽーい!」
わざわざ海に向かって叫ぶ夕立を見て、時雨と由良はクスクスと笑う。
笑い終わってしばらく三人が海を眺めていると時雨が空を仰ぎ見ながら話す。
時雨 「少尉さんは僕達のこと、どう思ってるだろうね…。」
時雨はどこか寂しげな雰囲気を纏う。
由良 「私達は会いたいけど、少尉さんはそうじゃないかもしれない…。」
夕立 「うん…。」
由良と夕立は少し俯いて時雨と同じような雰囲気になる。
時雨 「少尉さんのことだから、もしかしたら自分のことを責めてるんじゃないかって思うんだ…。」
夕立 「優しい少尉さんならありうるっぽい…。」
時々吹く風が先程より冷たく感じる。
由良 「…だから必ず会うんだ。もしそうなってたら、救われたのは私達の方だって…絶対に伝えるんだよね…。ね…!」
由良は夕立と時雨に意思を確かめるように言うので、二人は一緒に「うん」と答える。
そして三人は遥か彼方の水平線を見る。
その表情は何かに思いを馳せるような遠い目をしていた。
そんな彼女達の思いをすくい取るように海風は吹くのであった。
次回作はpart4へ。
なんとか進行中。
あけましておめでとうございます。
ご更新ありがとうございます。
蛇提督と艦娘の距離の変化と蛇提督の核心に触れる展開に
驚いたとともに今後が余計楽しみになりました。
>>1
いつもありがとうございます。
更新は不定期になるかもですが、頑張っていきます。
更新ありがとございます