2021-10-14 00:28:23 更新

概要

「蛇提督と追いつめられた鎮守府」の続き、part3です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、艦娘の中には聞いていた人物像と違うのではと戸惑う者も…。
果たして彼と彼女達の行く末は…?


前書き

*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。

それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。


第三章 胎動と蠢動




変わり始めた何か



―――横須賀鎮守府 食堂―――


間宮 「さあ皆さん、お昼ご飯が出来ましたよ。」


昼食時、鎮守府にいる艦娘全員が食堂に集まっていた。

今朝方、突如、鎮守府にやってきた間宮が皆に料理を振る舞っていた。

出された料理は肉じゃがをメインとした和風の定食もの。


天龍 「おほー!間宮さんの料理、何年ぶりだろうか!」

龍田 「すごく久しぶりねぇ。」


艦娘達各々が「いただきます」を言い一斉に食べ始める。


暁  「とっても美味しいわ!」

雷  「私、こんな美味しいの初めて食べたわ!」

電  「香りもいいのです!」

響  「ハラショー!」

初霜 「これはどんな味付けしているのでしょうか…?」

扶桑 「これが噂の間宮さんの味ですか…。」

山城 「ま…まあ…お姉様が作る料理の次に美味しいわね。」

夕張 「う〜ん。この味、懐かしい〜。」

龍驤 「ほんま、間宮さんの料理、なんべん食べても飽きへんわ〜。」

古鷹 「前より美味しくなってる気がする!」

加古 「やっぱり古鷹もそう思う?」


間宮の料理は好評だった。


間宮 「フフッ。まだ少し多めに作ってありますのでおかわりしたいかたはどうぞ。」


美味しそうに食べるみんなを見て、微笑む間宮。


天龍 「しかしよー。間宮さんが朝、ここに来た時は驚いたぜ。」


龍田 「本当にあの間宮さんなのですかぁ?」


間宮 「はい。お二人のことはよく覚えてますよ。よく小豆提督の所へ遊びに来ては小豆提督をおちょくったりして楽しんでいたではないですか。」


間宮は微笑みながら答える。


龍田 「それを覚えてるということは、間違いないのですねぇ…。」


天龍 「…。」


天龍は食事をしていた手を止めて、神妙な顔をして黙ってしまっている。


間宮 「どうしたのですか、天龍さん?」


天龍 「間宮さん…本当に…生きていてくれて良かったよ…。」


そう言う天龍の目には涙が浮かんでいる。


龍田 「あら、天龍ちゃん。また泣き出しちゃうのぉ?」クスッ


実は朝、間宮が皆と顔を合わせた時、一番泣いて喜んだのは天龍だった。

龍田もびっくりしていたが、他のメンバーも天龍の意外な一面を見て驚いていたのだった。


間宮 「私の方こそずっと生きていた事を隠していたこと謝らせてもらいます。」


そういう間宮もその時の天龍を見て、こんなにも自分の事を心配していた事に内心驚いていたが、覚えていてもらってた事にとても嬉しかったのであった。


天龍 「いや…あの時の事…。ずっと俺達も悔やんでいたんだ。あの時、異動せずに残っていれば、まだ何か出来たんじゃないかって…。」


間宮 「でも、異動のことは上からの命令ですよね?仕方がなかったのではないですか?」


天龍 「それはそうなんだが…。それでも…。」


龍田 「あの時、パラオ泊地が危ない事を知って、すぐに提督のもとへ行って、泊地へ戻りたいと訴えたのだけどぉ…そうさせてはもらえませんでしたぁ。」


間宮 「無理もありません…。そちらの任務の方が重要でしたから…。」


龍田 「ええ…。」


天龍 「…。」


三人のやりとりをそばで皆と見ていた扶桑はあの時の響の言葉を思い出していた。


『助けたくても助けられなかった人、死に損なった人、それぞれが不幸な目にあって、そしてここにいる。』


この三人もまたその内の一人なのだと扶桑は思っていた。


山城 「姉様、どうかされたのですか?」


扶桑の神妙な面持ちに気づいた山城が心配して尋ねる。


扶桑 「ううん…。なんでもないわ。大丈夫よ、山城。」


山城 「そうですか…。」


無理をしているような笑顔ではないため、山城はそれ以上は聞かなかった。


古鷹 「それにしても提督が会っていた若い女の人というのは、間宮さんのことだったんだよね?」


ギクッとする加古。


夕張 「嘘をついてたってことよね?」


うっ…と肩が縮こまる加古。


龍驤 「しかもツインテールっちゅうおおボラ吹きおってからに!」


やはりそこが一番気になっていた龍驤は激おこである。


加古 「ご…ごめん〜。」


頭抱えてしゃがみ込んでしまう。


間宮 「待ってください。私が口止めをお願いしたのです。加古さんは悪くありません。」


響  「どうして口止めをしてたんだい?」


間宮 「やる事があったの。小豆提督に託された約束を果たすために…。それでも、もしも私が生きている事を知られれば、強制的に戻されるって思ってたの。」


雷  「その約束、果たせたの?」


間宮 「ええ。ここの提督さんと加古さんのおかげで…。」


加古 「私は何もしてないよ〜。」


間宮 「それでもお二人には感謝しても仕切れません。もしもお二人に会わなかったら、私はきっとあの場所でずっと立ち止まったまま前に進むことも後に戻ることも出来なかったのですから。」


加古 「それに関しては、今朝提督が間宮さんに言ってた通りだと思うよ。」


間宮 「ええ…。」


電  「何を言われたのですか?」


間宮 「えっと…それはね…。」


間宮は今朝自分がこの鎮守府へとやってきた時の事を話し出した。



――――今朝 執務室――――


間宮 「間宮です。本日よりここでお世話になります。よろしくお願いします!」


加古 「やったぁー!これからずっと間宮さんの料理を毎日食べられるわけだ!」


間宮 「そういうことになりますね。」


蛇提督「…。」


加古 「あれ?提督、嬉しくないの?」


蛇提督「いや…どうしてここを選んだのだ?元帥から間宮自身が希望してここを選んだと聞いているが…。」


間宮 「元帥からお伺いしてますよ。食料や食材で悩んでる事を。だからそれについて私がお役に立てると思ったのです。」


間宮 「(本当は提督の事をもっと知りたいと思ったからというのは内緒です。)」


蛇提督「なぜ?」


間宮 「実は私の店に食材を提供して頂いた人達が、私がここに来ても引き続き提供してくれることになったのです。」


蛇提督「な!?それは本当なのか?」


間宮 「はい。元帥にも許可はもらってます。軍の経費で買い取ることにしてくれるそうです。もし無ければ提督の給料から天引きすればいいっと仰っていましたが…。」


蛇提督「(あいつ…。)」


間宮 「さすがにそれはお断りしようとしたのですが…。」


蛇提督「いや、むしろその方が良いだろ。それならば同じ軍の関係者から批判を浴びずに済む。後で元帥にそう伝えておこう。」


間宮 「すみません。私が勝手な事をしてしまったばかりに。」


蛇提督「いや、間宮には感謝してる。あの人達をよく説得出来たものだ。」


間宮 「あの方達も地域の人に売るだけでは、利益が少ないですから。軍という安定した顧客ができるのは、あの方達にとって悪くない話なのです。」


蛇提督「だが、あの店で会ったあの人も個人的に海軍に恨みがあるような感じだったが?」


間宮 「はい…。だから私は自分が艦娘である事を話しました。」


加古 「え!?話したの!?」


蛇提督「それで、どういう反応されたのだ?」


間宮 「最初は驚きを隠せないようでした。その後、私があの場所に店を構えて留まっていた理由も話して、受け入れてもらえたようでした。…間宮ちゃんが艦娘でも間宮ちゃんは間宮ちゃんだと。」


蛇提督「そうか。」


加古 「あの人がわかってくれて良かったよ。」


間宮 「ですから食料や食材の管理は私がします。もちろんあちらの備蓄を買い占めたりしないよう調整しながら発注します。」


蛇提督「助かる。間宮のおかげで、この食料問題を解決できそうだ。」


間宮 「いえ…。このくらい、私がお二人から受けた恩に比べたら微々たるものです。」


蛇提督「恩?」


間宮 「はい。お二人に出会わなかったら私はきっとあそこであのままずっと後悔をし続けたまま、動く事もできずにいたでしょう。」


加古 「私は何も…。」


間宮 「いえ、加古さんは変わらず明るく接して私を心配してくださいましたし、提督にはいろいろと諭してもらい、あの場所から引っ張り出してくださいました。もう一度前を向く事ができるようになったのは、お二人のおかげなのです。」


加古 「提督が引っ張り出したっというのは同感だな。」


蛇提督「いや、間宮が前を向けるようになったのは、別の理由だ。」


間宮 「?」


蛇提督「これから死ぬかもしれない戦いに身を投じる前だというのに、それでもあなたの事を心配して応援しようとした小豆提督の想いがあってのことだ。死んでしまった今でもその想いは消える事なく時を超えてあなたの心を突き動かしたのだろう。」


間宮 「はい…。その通りだと思います。」


間宮は嬉しそうに笑うのだった。

その隣で見ていた加古は、


加古 「(この人、こんな事も言うんだな…。)」


真顔で無表情でありながら、

意外とロマンチックな事を言った蛇提督に驚いていた加古だった。




―――現在 食堂―――


龍驤 「そないな事があったんか…。」


しばらく、そばにいた全員が沈黙していた。

各々、思うところがあるのだろう。


加古 「今回、私、あの提督のそばでずっと見てたけど、あの人の話す事ややること見てたら、なんだかそんなに悪い人じゃないんじゃないかって思ったよ。」


天龍 「だがよ、あいつはそれこそ、余計な詮索はせず俺の言うことだけ聞いていればいいんだと言ってたじゃないか。その時、加古もあの場にいただろ?」


加古 「そりゃあ…そうなんだけど…。」


響  「その話…私はその場にいなかったけど、本当なの?」


天龍 「ああ。あと俺のおかげでお前達は生きているんだ、その気になれば消す事も簡単にできるってぬかしやがった。これのどこが悪い人じゃないんだよ?」


加古 「それはあの時、私が間宮さんの事をバラしそうになったから、提督があえて大袈裟な演技をして誤魔化したんだって言ってたんだ。」


古鷹 「え?そうだったの?」


加古 「まあ…互いの立場をはっきりさせるためにあの場を利用したってのも本当なんだけどさ…。」


天龍 「やっぱり本当のことも言ってたんじゃねえか。」


間宮 「あの…私は加古さんから少ししかここの鎮守府で起きた事を聞いただけなのですけど、これまでの経緯、教えていただけませんか?特にあの提督がここに着任した時からの事を。」


龍田 「ええ…良いわぁ。」


その後、間宮はここにいる艦娘全員から口々にこれまでの経緯を聞いた。

そしてそのついでに蛇提督が罪を犯し、投獄されるきっかけとなった例の事件の事を知ってる限りの情報も聞いたのだった。


天龍 「そういうことだ。あいつは絶対に信用しちゃいけないんだ。」


山城 「お姉様も私も今回は解体を免れたけど、今度それが無いとは限らないわ。」


扶桑 「でも山城、あの方はそれこそ大ぴらに言ったわけではないけど、私を解体するつもりなんて最初から無かったのではないかと思うの。私を考え直させるようなことばかり質問してきたし…。」


山城 「ですが扶桑姉様…!」


龍驤 「ああ…その話やけど、ちょっと扶桑に質問してもええか?」


山城の反論を止めるように龍驤が話を遮る形で、扶桑に聞く。


扶桑 「なんでしょうか?」


龍驤 「あんな早朝に執務室にわざわざ行ったのは何をするために行ったんや?」


扶桑 「それは…解体申請書が本部から届いたから、申請書にサインをするために行ったのですが?」


龍驤 「ああ…やっぱし…。」


加古 「何がやっぱしなのさ?」


前に龍驤が言いかけたことであるから気になって仕方がないようだった。


古鷹 「それ!?本当なんですか!?」


古鷹は何かに気づいたようだった。


扶桑 「ええ…そうですが…。」


山城 「それがどうしたっていうの?」


龍驤 「秘書艦をやった事がない扶桑や山城は知らんかもしれんがな…。元々、解体は各鎮守府の提督が自己責任の下で行われるものや。本部に報告する義務はあるけど、それは事後報告で構わないはずや。」


天龍 「は?そうだったけか?」


龍田 「そういえばそうでしたわねぇ…。」


龍驤 「それにな…ウチら艦娘に人権はない。その鎮守府の提督の命令が絶対やから、解体を決めるときに解体される本人の同意は必要ないんや。」


扶桑、山城「「!?」」


夕張 「でもそれなら、あの提督が着任する頃に解体するための手続きが変わったって事ない?今少しでも戦力を残しておきたいだろうからさ。」


龍驤 「その可能性もあったやからな、ちょっと前に衣笠に頼んどいたんや。」


龍驤が衣笠の方へと顔を向け、


龍驤 「ほんでどうやったんや?返事は返ってきたんやろ?」


衣笠 「うん…返ってきたよ…。」


皆の視線が衣笠に向く中、衣笠はその視線を気にしながら話を続ける。


衣笠 「青葉を通して大淀に、今、解体の制度がそうなったのかって聞いてもらったんだ。解体の制限自体は本部から指示を出してるけど、申請書の発行とか艦娘のサインを必要とすることなんてしてないってさ…。」


その場で聞いていた皆が一瞬固まった。

にわかに信じがたい事だったが、元帥付きの秘書艦である大淀が言うのならば間違いはないはずだ。


扶桑 「では提督は嘘をついていたという事ですか?」


龍驤 「そういうことになるやろな。」


龍驤は腕組みをして肯定する。


山城 「でも一体何のために?」


初霜 「それはきっと考え直す時間を作るためですよ。」


暁  「どういうこと?」


初霜 「扶桑さんも言ってたではないですか。考え直させるような質問をしてきたって。即座に解体する話にならないように、その為の時間稼ぎをするため咄嗟に思いついて言ったのではないでしょうか?」


龍驤 「ほんならウチらに扶桑達のことを聞いて回った時のことも辻褄があうな。」


山城 「何があうのよ?」


龍驤 「あえて不審がられるように、わざと聞いていたんやな。扶桑の解体を匂わせることで、ウチらの方から扶桑を説得させようとしたか…。もしかしたら古鷹の時と同じ状況を作ろうとしたんやないか?」


古鷹 「え?私の時?」


龍驤 「あの時、真っ先に天龍と龍田が止めに行ったやろ?扶桑のことなら山城も黙っちゃいないはずと読んで、あの状況をもう一度作って扶桑を説得する場を設けようとしたのやもな。」


響 「もしかしたら扶桑の部屋で扶桑と司令官が二人だけで話してた時、山城がこっそり聞いていたのを気づいていたかもね。あの朝の時も私達が執務室の外で隠れているのを確認するようにチラッと見てから、扶桑に質問を始めていたから。」


山城 「…!」


そういえばあの時、解体という二文字を聞いたときについ驚いて音を立ててしまったが、

あいつは気づかなかったようだったからそのまま聞いていたけど…。

その後、翌朝に姉様が執務室に行くという話を聞いたんだった…。

と、山城は思い返していた。


天龍 「だけど、ちゃんと申請書はあったじゃんか?扶桑だって目の前で見たんだろ?」


扶桑 「はい…。それは確かに見ましたが…。」


龍驤 「嘘だとバレんように即席で作ったんやろな。最後、破いていたやろ?もしかしたらまた解体の話があるかもしれへんのに、わざわざ見せるように破いてしまうのは変やと思ったんや。あのゴミ探してもきっと見つからないで。見たらバレるやろから。」


扶桑 「ではやはり、あの方は最初から解体するつもりはなかったということですね?」


古鷹 「そういうことなんだろうね…。」


天龍 「でもそれなら、なんでそんな回りくどいやり方したんだよ?」


雷  「そうよ。その気が無かったんなら最初からダメって言えばいいじゃない。」


山城 「自分の言うことだけ聞いていればいいって言ってたのなら尚更ね。」


響  「それなら司令官。解体を強制的に否定する方法はいくらでもあるけど、それでは意味が無いんだって言ってた。戦意がない者を無理に出したところで、それこそ取り返しのつかない事が起きるって言ってた。説得をしたいのなら自分たちでしろって。」


夕張 「ちょっと待って!響、あなたそれどこで聞いたの?」


電  「そうです。私も知らないのです。」


響  「実はね…。」


響は朝、扶桑が執務室に行った日の前日の夜に、一人で蛇提督に扶桑の説得をお願いしに行った時の事を、その場にいる全員に話した。

そして、あの例の不死鳥の例えも蛇提督の受け売りであったことも話したのだった。


響 「私は思ったよ。司令官は本当は優しい人なんだって。少なくとも私達をただの兵器や道具って思ってるわけじゃない。ちゃんと心を持った存在なんだと思ってると思うんだ。」


扶桑 「そうだったのですか…。」


天龍 「…。」

龍田 「…。」

山城 「…。」


蛇提督に対して一番反抗的な三人も言葉が出なかった。


雷  「(響が変わった理由ってこれね。)」

電  「(司令官とそんな事が…。)」

暁  「(最近、響。明るくなったもんね…。)」


あの灯台の下での響と蛇提督のやり取りを思い出しながら、暁姉妹達はそれぞれが響の変化の理由に納得しているようだった。


加古 「そうだ。あとこんな事も言ってたよ。…傷だらけの状態から立ち上がろうとする時、とても勇気がいるんだって。でも手を引っ張ってくれたり支えてくれたりする仲間がいれば…いると実感できるだけで大きく違うんだって。」


間宮 「それは私の時に言ってくださった言葉ですね。」


古鷹 「それって…。」


加古 「それを聞いて私、扶桑と山城の事をどう思ってるのか他のみんなに聞いて回った理由って、これだって思ったよ。私達が本当に助け合える仲間かどうか試してたんだよ。」


龍驤 「ほう。そういうことやったか。」


古鷹 「私も…。」


古鷹が何かを言いかける。


古鷹 「私が取り乱して起こしてしまったあの件の後、謹慎処分にされたけど、あれは私を休ませるためにそうしたんだって思う。それにその事で謝りに行った時、あの人…恥じることはないって言ってくれたんだ。」


加古 「恥じることはない?」


古鷹 「悲しい事があってもそれを抱えて生きていかないといけないのは人間も同じ。だから恥じることはないんだって…。」


加古 「それが古鷹が変わったきっかけなんだね。」


古鷹 「うん…。」


加古はあの時、古鷹が提督に会いに行き、行く前と後で雰囲気が変わった気がしたのは気のせいではなかったのだと思った。


古鷹 「だからもう一度頑張ってみようって思ったの。樹実提督が私達のために戦ってくれたように私もその意志を引き継ぐんだって…。」


衣笠 「古鷹…。」


古鷹の目は強く決意に満ちた眼差しだった。


龍驤 「ああ…ウチもな…。」


バツが悪いのか、頭の後ろをかきながら龍驤も話し出す。


龍驤 「何ちゅうか司令官に励まされたことあるねん。」


夕張 「励まされた?」


龍驤 「昔のことで気になって悩んでた事あったんやけど、それをあの司令官の前でポロッと言ってしまったんねん。怒られると思うとったけど、真剣な顔で励まされたんや。」


初霜 「龍驤さんも私と似ていますね。」


加古 「初霜も?」


初霜 「私の時は慰めてくれた、と言った方がいいですかね。」


扶桑 「どのように?」


初霜 「私は時々昔の記憶を夢で見る事があるんです。それで夜中目が覚めてしまったのですが、偶然にも執務室に灯りが付いてるのに気づいて行ってみたんです。少しの間、提督の書類作業を手伝っていたんですが、急に私が悪い夢を見た事を言い当てました。その後、どこかに行ったと思ったら、ほうじ茶をご自分で持ってきて、怖い夢を見た時は温かいものでも飲んで落ち着くのが持論だと仰って私に飲ませてくれました。」


山城 「あいつがそんな事を…。」


初霜 「まるで自分もそういう事があるような感じでした。」


その後のやり取りのことも話そうと思ったが、それはまたの機会にしようと思った。

あの時の言葉をまだ自分の中だけのものにしたいと初霜は思ったのだった。


夕張 「前にも言ったかもしれないけど、私から見ても不審なところはないわ。私の時に食料と食材の問題を解決しようとして動いて最初はダメだったけど、結局のところ間宮さんを説得してここに来てくれたことである程度解決したし…何だかんだで真面目にやってるのよね。」


実は古鷹の一件について、突っかかったこともあったけど、あの提督は怒ることも怒鳴ることもしなかった。

今思えばこちらの意見と思いを聞いた上で、冷静に自分の意見を言っていた気がした。

それに自分が発明の趣味がある事を知っても、それを咎める事をせず、黙認してくれている。

おかげで以前より罪悪感を感じたりするような気が重くなる事が無くなった気がする。

そう思うと以前古鷹が「そういう人かもしれない」と言った意味が、他の娘の話も聞いてわかるような気がする。

彼には確かに優しい部分がある。


また一同は静まり返った。

蛇提督に関わる今までのことをそれぞれが思い返してるようだ。


夕張 「そういえばもう一人、扶桑さんの件以来から様子がおかしいのがいるよねー?」


語尾が終わり切る前にその者に目をやる夕張。

皆も心当たりある娘を一斉に見る。


衣笠 「えっ!?」


皆が夕張の声に合わせて衣笠を見るので、本人はビックリして後ずさる。


夕張 「さあ、あの提督に何言われたのか、喋ってもらおうかしら。」


衣笠 「わ…私は…何も…。」


加古 「隠したって無駄だよ。みんなわかってるんだから。」


衣笠 「…。」


衣笠はしばらく言いたくないと黙っていたが、やがて皆の視線の圧に押され、


衣笠 「ああ!わかったわよ!言うわよ!」


観念して少しため息をしながら、いったん心を落ち着かせ、


衣笠 「そうあれは…一人で廊下を歩いてる時に提督と鉢合わせしてさ…。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



蛇提督「衣笠か。ちょうど良かった。」


衣笠 「はい?なんでしょう?」

衣笠 「(うわぁ…なんだろう…出撃した時の事かな…嫌なこと言われなければいいけど…。)」


心の中で鉢合わせしてしまったことを後悔してる衣笠。


蛇提督「衣笠は扶桑と山城が不幸艦と呼ばれてる事を知っているか?」


衣笠 「(え?唐突に何を聞いているのこの人は?)」

衣笠 「はい。聞いたことありますが…。」


蛇提督「それについてどう思っているんだ?」


衣笠 「私はそんな悪い噂信じてません。迷信です。」

衣笠 「(まさか…この人…!)」


蛇提督「だが今回の出撃で響が命の危険にさらされた。しかもそれは扶桑を庇ってのことだと報告を受けてる。今回の出撃をその目で見てきて扶桑にはそれがないと断言できるのか?」


衣笠 「(やっぱり…今回の一件を扶桑さんの責任にするつもりかしら…!)」

衣笠 「当たり前です!そういうことは戦場に出ればよくあることです!そんな迷信があるからといって、決して扶桑さんの責任ではありません!私も不注意だったので私にも責任はあります。」


蛇提督「そうか…。では衣笠自身は扶桑の事をどのように思っているのだ?」


衣笠 「それは…扶桑さんは私達にとって大事な仲間ですし、あの主砲の火力はとても頼りになるし…。」


そう言いながら衣笠はあの出撃の最中、昼時に皆で輪になって話していた時のこと。

急な突風が吹いて、扶桑が髪を押さえつつも風で靡く扶桑の髪や扶桑のたたずまいを思い出していた。


衣笠 「扶桑さんってとても綺麗ですよね…。大人の女性というか、神秘的というか…。髪もだけど、雰囲気が良いっていうか、私もあんな風になれたらな…。」


今までずっと気にしていた事がつい言葉に出てしまっていた。

それだけ衣笠は扶桑に憧れていたし、ずっと自分とのギャップに悩んでいたのだった。


蛇提督「…!」


衣笠は気がつかなかったが蛇提督はピクッと妙な反応したあと、目を瞑って何か考え込んでいた。


衣笠 「あ!すみません!今のは忘れてください!」

衣笠 「(私ったら何してるんだろう…!さすがに怒られるよね…?)」


そう思って蛇提督の顔を覗き込む。


蛇提督「……衣笠には衣笠の良さがある。気にすることはない。」


衣笠 「え!?」


蛇提督「あ…。」


小声だったが、あ…という言葉まで衣笠にははっきり聞こえた。

ゴホンっとわざと咳払いをした蛇提督は、


蛇提督「出撃に支障がなければ、髪型は自由ということだ。では私は行くからな。」


そう言ってスタスタと振り返ることなくその場を去ってしまった蛇提督。

衣笠は去って行った蛇提督の方を見ながらしばらくその場でたたずんでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夕張 「ふぅーん。それで不覚にもときめいちゃったってこと?」


衣笠 「違うわよ!そんなんじゃないけど…。」


加古 「けど?」


衣笠 「あの時から提督に対する見方が変わったのは事実かな…。よくよく考えれば、あの人のおかげでこうして私達はここにいられてるわけだし。古鷹や響ちゃんの変わった感じとか、ユカリちゃんが来た時の提督の話とか、さっきも話を聞いてて問題解決に何かしら関わってるんだなって思ってさ…。」


加古 「そういえば私がとっさに嘘を言った時、変に驚いてなかった?」


衣笠 「あーあれはね…女性がツインテールって聞いて、まさか提督の好みはツインテールなんじゃないかって、ちょっとドキってしちゃったのよね。」


テヘヘと笑う衣笠。


龍驤 「まあそれは違ったやけどなー。」


雷  「こうして聞くと司令官は良い人ってことになるよね?」

響  「良い人なのさ。」

暁  「良い人なの?」

電  「良い人なのかもしれないのです。」


天龍 「おいおい、お前達忘れてないか?」


天龍の言葉に皆はそちらに目をやる。


天龍 「あいつは前の事件でその時の指揮していた司令官を殺しているんだぞ?それと軍法会議であいつが証言した内容も嘘のはずが無え。」


衣笠 「でも今のところ真面目に仕事してる感じじゃない?」


天龍 「じゃあ青葉や大淀が偽の情報を俺達に教えたって言うのか?」


衣笠 「そうは思わないけど…。」


加古 「改心した…ってことないかな?」


天龍 「あれが改心した奴の態度に見えるか?」


それは確かにそうであると一同は思うのだった。


龍田 「まあ…龍驤や加古達が見て聞いたことは事実だし、もしかしたらそう思った通りなのかもしれないわねぇ。」


天龍 「おいおい龍田までそっちの肩を持つのかよ?」


龍田 「そうじゃないわぁ。あいつは私達と同じく大規模作戦を前にして、その命運が分かれようとしているから、今はああなのかもしれないわぁ。」


天龍 「それは確かにそうだ。」


龍田 「それと…彼の言動はどこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからないところがあるわぁ。良い人の様に見えるところも大規模作戦で必要だからそうしてるだけかもしれないしぃ。現に騙された艦娘達も彼と何らかで関わったことがあって、そのショックが故に当時の事を話せないのかもしれないしねぇ。」


山城 「それは一理あるわね。」


龍田 「大規模作戦が成功するにしろ失敗するにしろその後はどうなるかはわからないわぁ。」


夕張 「そっかぁ。その結果次第で態度も変わるかもしれないって事ね。」


龍田の意見も一理あって、また皆が黙り込んで各々何か考えるのだった。


あの時の言葉、態度…あれは嘘ではなかったと思う者。

人間は皆が良い人ではない。いつかは自分達を裏切ることもあると思う者。


そんな中、間宮が口を開く。


間宮 「私は今回の小豆提督の件で、人は大切な人の為に嘘をつくこともあるのだと思いました。」


皆は間宮の言葉を黙って聞いている。


間宮 「あの方が嘘をついているのなら、それは一体何の為なのでしょうね…。」


間宮の疑問は最もだった。

それぞれがその事について考えたのか、その後の食事は静かなものだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



???「私もあんな髪形になれたら良いのにな〜。」


自分の隣を歩くその女性は、先ほどすれ違った黒髪の長いストレートヘアーをした女性を振り返りながら話す。


???「私のこれは生まれつきクセが強すぎてなかなかまっすぐならないのよね…。」


そう言いながら自分の栗色の長い髪を触る。

そうは言っても元々艶もあり綺麗な髪なので、毛先がフワッとした不思議な印象の美女に見える。


蛇提督「あなたにはあなたの魅力があるのだから、そんなに気にすることはないですよ。」


???「…!」


素直な感想を言ったつもりだった。

が、妙に驚いていたので何かまずい事を言ってしまったのかと内心焦る。


???「ンフフフ〜〜♪」


と思ったら急にニヤつくので、本当にこの人の心は読めない。


蛇提督「一体どうしたんですか?」


???「いやぁ〜。蛇くんがそんな風に思ってくれてたなんて、これはとても良い事聞いちゃったなーなんてね〜。」クスクス


蛇提督「っ!」


彼女のそれを聞いた途端、自分が言ったことがかなり恥ずかしい事に気づいた。


蛇提督「大した意味はありませんよ。」


そう言って彼女からそっぽを向いてしまう。


???「フフッ」


そんな自分を見る彼女はとても楽しそうだったと、

蛇提督が後からチラッと見た時はそう思ったのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



―――現在 執務室―――


執務室では蛇提督が一人、提督机の椅子に座っていた。

左手で膝の上に乗ってる黒猫のユカリを撫でながら、右手で写真を眺めていた。

その写真を見ながら印象に残っていた記憶を思い出していたのだった。


コンコンコン


ドアがノックされるのを聞いた蛇提督は、提督机の脇にある引き出しに写真を急いで隠した。


蛇提督「誰だ?」


先ほど慌てていたのを悟られないように、冷静を装っていつものように返事をする。


衣笠 「衣笠です。」


蛇提督「入れ。」


衣笠は恐る恐る部屋に入ってくる。

今日から秘書艦は衣笠だった。

衣笠が部屋に入ってきて、先ほどまで蛇提督の膝の上にいたユカリは、仕事が始まる事を察知してなのか足元へと飛び降りて、衣笠の様子をじっと窺う。

だが前の時ほど警戒してるような素振りは見せないのだった。


衣笠 「昼飯を済ませてきました。」


蛇提督「そうか。では今朝に伝えた通り、書類作業の手伝いをお願いする。」


衣笠 「わかりました。」


衣笠はあんな事があってから蛇提督を直視できずにいた。

怖いのではなく、恥ずかしいのだ。


違う意味で気まずい雰囲気の中、二人だけで書類作業をする。

時々、蛇提督が衣笠をチラッと見ると既に衣笠が見ていたのか、慌てて手元に視線を戻す。これが何回かあるのだった。


蛇提督「(あの時から衣笠の様子がおかしい…。)」


恐れられて見られているのならまだしも、それとは違う雰囲気で見られるのは、それはそれでやりづらいものがあった。


蛇提督「(まぁ…あの時…あの人との会話を思い出してしまったがために…思わず同じように答えてしまった。しかも心の中で言ったつもりが声に出てしまっていたようだ…。)」


また失言をしたと、ハアーッとため息を漏らす。

それを聞いた衣笠は一体何だという顔で、驚いて蛇提督を見たが、別にこちらに対して何か言うわけでもなく、黙々と作業をしているため、ため息の意味はわからなかった。


衣笠 「(ああ…何なの…。私何かしたかしら…?それにしてもあの時思わず自分の気にしていたこと口走っちゃった上に、あんな回答が返ってくるんだから、何だか恥ずかしいのよね…。)」


自分があんな事をした事を悔いながら、今蛇提督にどう思われてるのか気になって仕方がない。

昼食の時のみんなとの会話もあってどう接したらいいのかわからない衣笠だった。


蛇提督「衣笠、明日は艦隊を編成して出撃をさせる。」


衣笠 「え!?そうなんですか!?」


唐突に話しかけられ、内容も含めて驚く衣笠。


蛇提督「ああ。出撃の目的は前と同じ、鎮守府近海の偵察と敵情視察だ。」


衣笠 「そうなんですか…。それでメンバーは?」


蛇提督「龍驤を旗艦に、山城、古鷹、天龍、暁、雷の六名だ。」


衣笠 「わかりました。」


前と同じ艦種の編成で龍驤を除くメンバーが入れ替わるのだなと衣笠は頭の中で理解する。


蛇提督「翌日、朝食を済ませ07:00に執務室に集合するように、後で出撃メンバーに伝えておくように。」


衣笠 「了解です。」


また出撃か…と、この前のようにならないか内心、心配になる衣笠だった。

そんな少し俯く衣笠をチラッと見た蛇提督はそれを察したのか…、


蛇提督「前の航路より少し短めにするつもりだ。燃料の問題もあるしな。」


衣笠 「はい…。」


俯いたままの衣笠を見て、蛇提督はさらに続ける。


蛇提督「私はお前達を演習などの様子を通じて見てきたが、決して弱いとは思わない。戦いの結果はどうなるか最後までわかるものではないが、そう簡単に負けはしないのだろう?艦娘というのは?」


ハッとして衣笠は顔を上げて蛇提督を見る。

蛇提督は書類の方に視線を向けたままだが、その瞳は真剣そのものだ。


この人はこういう所があるのだ。顔は無表情でも明らかに慰めている。

他の娘もこんな感じだったのだろうか…?

こういう事を言う彼はどこか言葉に力がある。

前の時は、小声だったけど確かに私を慰めるものだった。

しかも、「あ…」という言葉も言ってた所を推測するなら、最初は言うつもりではなかったという事になる。

それはつまり、思わず口から出てしまった事で、本人の意図する事から見れば、余計なものだったということ…。

でもそれなら、なぜ優しい言葉を言う事が余計な事なのだろう?

嘘をついてまで隠したい事につながるのだろうか?


衣笠は頭の中で龍田の言葉が蘇る。

どこまでが本当で嘘なのか?

今言った言葉は嘘なのだろうか?

それとも本当なのか?


間宮 『嘘をついているのなら、何の為なんでしょうね…。』


間宮の言葉も蘇り、一層混乱してしまいそうだ。


蛇提督「どうした?まだ何か心配事があるのか?」


またもや何か考えてるような顔をする衣笠を見て、蛇提督が訝しく思い衣笠に尋ねる。


衣笠 「いえ…そういうわけでは…。」


悩んでる事が目の前にいるあなたの事だとは言えないので、それ以上は何も言えない。

少しの間、互いに沈黙して蛇提督は衣笠をジッと見てる。

この状況に、いても立ってもいられなくなった衣笠はどうにか話を逸らそうと考えて、

思いついた話題は、


衣笠 「あの…この前、髪型の事で言ってた件なんですが…。」


今度は蛇提督がハッと目をやや大きくして、衣笠から視線を逸らす。


蛇提督「それがどうかしたか…?」


内心焦りつつも冷静を装う蛇提督。

衣笠はそうとは気づかず、話を続ける。


衣笠 「提督は堅物そうなのにそういうのは制限しないんですね?」


蛇提督「出撃に支障が無いほどに、だ。あまりに派手すぎて仲間の士気を下げたり、敵に目立つようなのは無しだ。」


衣笠 「(それってどんな髪型よ。)」クスッ


心の中でツッコミを入れながら、ちょっと笑ってしまった。


蛇提督「だが、戦いに出るのは衣笠自身だ。自分の士気をいかに高く保つかというのは、皆それぞれ違うからな。私が口出すことではない。」


衣笠 「(そういうのとはちょっと違うんだけどな〜。…でもこれってもしかしてあの時の台詞を誤魔化す為にとにかくそれらしい理屈を並べてるとも見れるわね。)」


実はあの時の蛇提督の心境を悟られないために言ってるのではないかと思う衣笠だった。


蛇提督「聞いているのか?」


衣笠が話を聞きながら考え事をしてるため、反応が薄くなっていたのを、蛇提督は気になって確かめる。


衣笠 「聞いていますよ。それでも…私…。」


蛇提督「何だ…?」


蛇提督が衣笠の次の台詞を聞くため、そちらに目を向け、耳を傾ける。


衣笠 「ちょっと嬉しかったです。あんな事言われたの初めてだったので!」


衣笠がニコッと笑う。ちょっと恥ずかしげだが、内心は凄く嬉しかったのだなと衣笠自身も自覚して素直に感謝を言う。

その笑顔はとても明るく、屈託の無い笑顔だった。


蛇提督「…!」


今度の蛇提督の反応は衣笠にもはっきり見て取れた。

蛇提督は書類に視線を戻して、


蛇提督「そうか…。」


そう言うだけで再び書類作業を始める。

それを見ていた衣笠は、


衣笠 「(今…驚いていたよね?あんな顔もするんだな…。)」


反応がなんか面白いと思った衣笠だった。


この人の事はまだよくわからないことも多くて、どうして嘘をつくのかとかどこまでが本当で嘘なのかとか、それはきっとこの後も彼を観察して焦らず解き明かしていくしかないなと衣笠は心の中で決めて、彼女も書類作業を再開させるのだった。


その少し後、蛇提督は黙々と書類作業をしながら、衣笠をチラッと見る。

彼女もまた黙々と書類作業をしている。

手元の書類に視線を戻し、書類にサインを書こうとした時に、彼の脳裏にある言葉が蘇る。


『艦娘は話せば話すほど、ただの女の子にしか見えなくなるんだから!』


蛇提督「(ええ…。その通りですね…。)」


いつか言われたあの人の言葉を、その時に自分が言う事が出来なかった言葉を、心の中で返す蛇提督だった。



翌朝、07:50。

出撃メンバーとその他の艦娘は出撃用のドックに集まっていた。


扶桑 「山城、気をつけていくのよ…。」


山城 「姉様ご心配なく、必ず戻ってきますわ。」


古鷹 「私達がいますから大丈夫です。」


天龍 「この俺様がいるんだぜ?心配するこたぁーねぇぜ!」


出撃メンバーがこれから出撃するのを他の艦娘達は見送りに来ていた。


龍田 「まぁ天龍ちゃんのことだから大丈夫だと思うけど油断は禁物よぉ?」


龍驤 「今度は前のようなヘマはせんし、無理はしないつもりで行くねん。大規模作戦の前に何かあったら大変やからな。」


電  「気をつけて行ってらっしゃいなのです。」


雷  「大丈夫よ!私に任せてもらえれば、ちょちょいのちょい!なんだから!」


響  「でも無理はいけないよ。」


雷  「それを響が言うの?まあ、自分よりも誰かを心配してあげられるところが響の良いところよね。」


響  「…。」

電  「…。」


二人は黙ったまま雷を神妙な顔で見つめている。


雷  「どうしたの二人とも?そんなに心配なの?」


雷は二人とは正反対にアハハっと笑っている。


暁  「安心して!一番上の姉である私がいるのだから大丈夫よ!」


雷  「そう言うあなたが一番危なっかしいじゃない!」


暁  「な…なんですってぇー!!?」


暁と雷のいつもの喧嘩が始まってしまう。


天龍 「こらぁー!お前達!油売ってないでそろそろ出撃だぞ。早く準備しろ!」


呆れた声で天龍は二人の喧嘩を止める。

天龍の声で暁と雷はひとまず喧嘩をやめた。


天龍 「それにしてもやっぱりあいつは来なかったな?」


と言って衣笠の方を見る。


衣笠 「ああー…やることあるから、見送りは衣笠さんが行けば良いよねって感じで…見送りに来る気はなさそうだったよ。」


天龍のジトッとした視線から逸らして、衣笠は蛇提督が見送りに来ない理由を説明する。


天龍 「はぁー…普通は見送りに来るべきだと思うんだがね。」


間宮 「提督も忙しいのでしょう。」


天龍 「そんなに忙しいのかね〜。前の龍田達が出撃するときも見送りに来なかったし、ちょっと席を外すだけじゃないか。」


夕張 「まぁまぁ〜。気にするだけ無駄よ。そんな事言ってたらみんなに遅いぞって言われちゃうよ?」


天龍 「うぐっ…。夕張には言われたくなかったな…。」


夕張 「ちょっと!それどういう意味よ!?」



それからというもの出撃メンバーは艤装を装備して出撃した。


龍驤 「よっしゃ!行くでー!」


龍驤を先頭に古鷹、山城、暁、雷、天龍の順で航行する。

山城は姉の扶桑の事が気になったのか、ふと出撃ドックの方を振り返る。

見送ってくれた扶桑達の姿はもう見えなかったが、山城は見送った時の扶桑や他の娘達の顔を思い浮かべて、今度こそ…と決意を固める。

そして前を向こうと視線を横へと移した時、人影が見えたような気がしたので視線をとめる。

以前、蛇提督と響達が話したあの灯台の辺りだった。

しかし、よく見ても人影はいなかった。気のせいだったのかもしれない、そもそもあんな所に人なんていないはずだ。そう思って探すのをやめようとするが、何故だか気になってそのまま見ていた。


暁  「山城、何かあったの?」


後ろから見ていた暁が気になって尋ねる。


山城 「なんでもないわ。」


暁の一言をきっかけに山城はすぐに前へと向き直る。

山城が何を見ていたのか気になった暁は山城が見ていた方を見ようとするのだったが、


雷  「こら!暁!よそ見してるとコケるわよ!」


その暁の後ろから見ていた雷が注意をする。


暁  「な!?コケないわよ!」


雷  「どうかしら?前にもよそ見しててバランス崩してた時があったじゃない?」


暁  「あ…あの時は…!」


天龍 「おいおい、こんなところでまたケンカか? 勘弁してくれよ…。」


彼女達がそんなガヤガヤとしていた頃、

あの灯台の影から一人、彼女達を見送る者がいた。

蛇提督だった。

既にかなり遠く、水平線に向かって走って行く彼女達を見ながら蛇提督はただ黙って見ていたのだった。



―――鎮守府 廊下―――


出撃メンバーが出撃してから数時間後、扶桑は一人、執務室へと向かっていた。


扶桑 「(あの時のこと、改めて提督にお礼を言わないと…。)」


いつもなら山城がいれば止められてしまいそうだが、今はいない。

それに響から聞いた話も含めて、最初から解体する気が無かったことを問いただせると思ったのだ。

嘘を暴きたいわけじゃない。ただ提督の真意を知りたいと思っていたのだった。

そして扶桑が執務室の前へとやってきた。


コンコンコン


ドアをノックする。しかし、中から返事がない。


扶桑 「扶桑です。いらっしゃいませんか?」


声をかけてもう一度ノックをしてみる。だがやはり中から返事はなかった。


扶桑 「(どうしましょう…。いらっしゃらないのでしょうか…?)」


ここは出直すしかないだろうと引き返そうとした時、廊下の向こうから龍田がやってきた。


龍田 「あらぁ扶桑、こんな所でどうしたのかしらぁ?」


扶桑 「あ、龍田さん…。」


山城と同じく、蛇提督に対してあまり良い印象を持ってないと思われる龍田であったため、

正直に話すか少し躊躇った扶桑であったが、ちょうど良い嘘なんて思いつかないので、

やはり正直に話そうと龍田の視線に合わせる。


扶桑 「私のあの時の事で、響ちゃんからも真実を聞かせてもらった上で改めて提督にお礼を言おうとここまで来たのですが…。」


と言って龍田の反応を見てみる。


龍田 「あらぁ〜そうなのぉ。それで今、ノックをしようとしてたのかしらぁ?」


扶桑 「(あれ…?)」


てっきり、そんな事をする必要はない、しても無駄、とか言われて止められてしまうと思っていた扶桑だったが、あっさりした対応で拍子抜けしてしまう。


龍田 「どうかしたのぉ?」


扶桑 「あ…いえ…それがノックとお声をかけたのですが、中から何も返事が無いのです。」


龍田 「衣笠もいないのねぇ。」


扶桑 「そのようです…。」


龍田 「ここで待ってるのもなんだから、中で待ってようかぁ〜。」


扶桑 「え!? 大丈夫でしょうか?」


龍田 「きっと大丈夫よぉ。提督に用があって待っているのだから、怒られる事ではないわぁ。」


扶桑 「そう…ですね…。」


そういうものなのかなと龍田の言うことに少し疑問を抱きつつも頷く扶桑だった。


龍田 「じゃあ入るわねぇ。」


龍田が執務室のドアをゆっくりと開け、中を覗く。

中に誰もいない事を確認した龍田は臆する事なく中へと入り、扶桑もその後に続く。

扶桑はキョロキョロと辺りを見てから少し残念そうな顔をしてボソッと呟く。


扶桑 「ユカリちゃんもいないのね…。」


一度は触ってみたい黒猫のユカリ、そもそも最近は出くわすこともほとんどない。


龍田 「ユカリちゃんなら提督と一緒に行動してるか、一匹だけでどこか歩いていたりするわぁ。この前も工廠の脇の道で見かけたわぁ。」


扶桑 「飼い主がいない所で何をしてるんでしょうか?」


龍田 「きっと今まで放し飼いにしてたのかもねぇ。ほらぁ、猫って縄張りを作ってその縄張りを見回りしたりするのよ。知らなぁい?」


扶桑 「そうなんですか?私、今まで猫そのものに触った事もなければ会った事もなかったので…。」


龍田 「まあ〜それが普通よねぇ。」


扶桑 「龍田さんはあったんですか?」


龍田 「昔、鎮守府の敷地に迷い込んできた野良猫に触ったりした事があったかなぁ。」


扶桑 「羨ましいですね。というより龍田さんって猫がお好きでしたのね。」


龍田 「え?…ええ…まあ…。」


龍田が少し恥ずかしそうに扶桑から目線を逸らす。

扶桑にとっては龍田のこの表情は初めてのものだった。


いつもは、澄ました顔をしてるかにこやかに笑っていながら、他の人になかなか本意を見せないところがあり、見た目と口調に反して結構クールな一面を持ち合わせている。

ここの鎮守府に来てからもう5年は経つが、扶桑にとって龍田という人は未だ分かりづらい存在なのだ。


扶桑 「龍田さんは提督のこと、本当の所はどう思っているのですか?やはりまだ信じるに足りない方ですか?」


一歩踏み込んだ質問をしてみる。

扶桑にとっては少し勇気のいる質問だ。

それだけ扶桑にとって龍田との距離感は微妙な所なのだ。


龍田 「みんなの話を聞いて、あの提督がそれなりに真面目にやってるようだと分かったから、こちらもそれ相応の態度を示さなくちゃいけないって思ったのは事実ね。でも何かをしでかすかもしれないから、警戒は続けるつもり。」


時々、いつもの口調と違って語尾を伸ばさなくなる時は、

扶桑でさえもドキッとするほどの怖さがある。

それは彼女がかなり真剣な話をする時になるのだと、扶桑は今までの経験で知っている。


龍田 「良い人だと思って気を許したら、怪しい行動も見逃してしまうかもしれないじゃない?」


扶桑 「そうですね…。では龍田さんは提督の事をまだ嫌ってるという事ですね?」


龍田 「それは…わからないわぁ…。」


扶桑 「え?」


龍田 「私はまだ…他の娘達のようにあの提督と話した事がないからぁ…。」


あ…と扶桑は気づいた。

龍田とどうして執務室の前の廊下で出くわしたのか、

別の所へ行く目的があったとしても構造上わざわざ執務室の前を通る必要はない。

そうではなく龍田も執務室に用があったのだと扶桑は思った。


龍田 「最初は天龍ちゃん達の方の話も聞いて、最悪なのが来たと思ってたわぁ。危険な奴だから他のみんなや駆逐艦の娘達を近づけさせたくなかった。でもいろんな事があって、あの提督と何かしらで関わった娘達が何か雰囲気が変わったのを見たら、確かめる必要があるじゃなぁい?」


扶桑 「ええ。その通りだと思います。」


龍田 「あなたや他の娘達の気持ちもわからなくもないの。人間の中には樹実提督や小豆提督のような良い人がいる。きっとあの提督ももしかしたらっていう希望を感じずにはいられない。けれど、前任の提督のように最初は良い人だと思っていたら、だんだんとその態度を変えて冷たくなっていた人もいるから、簡単に信じてはいけないと思う者。前者と後者、どちらが正しいとは言えないものなの。」


扶桑 「そうですね…。私はどちらかというと前者で山城は後者でしょう…。特に山城は、前任の提督が私に危害加えようとしたので警戒心が強いようです…。天龍さんも同じなのですか?」


龍田 「天龍ちゃんの場合、小豆提督との思い出が強すぎるのよ。そういった意味では以前の古鷹と同じね。当時、樹実提督と小豆提督の事を裏で非難する人達がいた事も天龍ちゃん知っているから。あの娘にとってその二人以外の人間は信頼できない対象なの。」


扶桑 「そうでしたか…。だからあんな頑なに…。」


龍田 「あの娘、とても純粋だから。間違っていると思った事に真正面からぶつかっていっちゃうもんだから、いつもいろんな提督と言いあいになってしまう。あの娘の気持ちを受け止められる人がなかなかいなかったの…。」


扶桑 「でも小豆提督は違ったのですね。」


龍田 「ええ…そうなの。天龍ちゃんにとって一番気兼ねなく話せる相手だったわ。」


扶桑 「龍田さんにとってはどうだったのですか?」


龍田 「…。」


龍田は少し考えていた。

きっと一言では言い表せないのだろう。

それだけ龍田にとっても思い出深い事が多かったのだ。

扶桑は龍田を見つめながらそう思うのだった。


龍田 「そうね…。小豆提督と過ごした日々はとても楽しかったわぁ〜。提督はいじり甲斐があったし、何より天龍ちゃんが幸せそうだったのが、一番嬉しかったわぁ〜。」


扶桑 「その気持ちよく分かります。妹思う者同士、通ずるところがありますね。」


龍田 「一応、私が妹なんだけどね〜。」フフッ


そう言う龍田はとてもにこやかに笑っている。


扶桑 「あら、そうでしたか?」フフッ


扶桑もわざと戯ける。

これまで以上に龍田との親近感を感じた扶桑は嬉しそうに笑う。


龍田 「それにしても二人とも遅いわねぇ〜。」


扶桑 「そうですね。」


二人揃って執務室のドアの方を見るが、人が来る気配は無い。


扶桑 「そうですわ!」


パンっと手を合わせて、何かを閃く扶桑。


龍田 「どうしたのかしらぁ?」


扶桑 「提督にお礼をするのも含めてこの部屋を少し掃除しましょう。」


龍田 「それは良い考えねぇ。」


扶桑 「えっと…掃除用具は…。」


龍田 「あそこの隅にある両開きの棚の中にあるわぁ。」


言われた通りに扶桑がその棚を開くと箒とちり取り、ご丁寧に雑巾も何枚か置かれていた。


扶桑 「龍田さんもされますか?」


箒とちり取りを取りながら、龍田に尋ねる。


龍田 「私は雑巾を借りるわぁ。でも私がやるのは掃除じゃないの。」


扶桑 「え?では何をされるんですか?」


龍田 「ンフ…何かを探してみるのよぉ。」


扶桑 「何かを、ですか?」


龍田 「そもそも私がいないのを承知で入ろうと言ったのは、ちょっと探ってみるチャンスだと思ったから。」


扶桑 「しかしその何かというのは…?」


龍田 「間宮さんもいってたじゃない?あの提督が何の為に嘘をついているのか。それを知る手がかりが欲しいの。」


扶桑 「私達が出入りできるこのような所にあるでしょうか?」


龍田 「確かに確率は低いわねぇ。あの申請書だって龍驤は証拠が残らないように処分してるはずだと言っていたけど、違う何かがあるかもしれないし…嘘であったと証明できるものであれば何でもいいのよ。とにかく今は手掛かりが欲しいの。」


扶桑 「そうですか。なら私も協力します。あの方の事を知るにはそういう事も致し方無いと思います。」


龍田 「というより、扶桑も本当は気になる所なんじゃなぁい?」


扶桑 「正直に言ってしまうと、そうですね…。」


今、提督がいない間に…なんて、泥棒のすることのようで気が引けるのであるが、

今の扶桑はそれよりも少しでも多くあの提督の事を知りたいという気持ちの方が上回っていた。


二人は早速行動を開始する。

扶桑は箒で床を掃きながら、気になる棚などをちょいちょい調べたり、龍田もまずは部屋の隅に置かれた棚から調べた。

以前、携行砲を保管する金庫の鍵を見つけた時の話で二重底になってる引き出しがあった事を聞いていたので、まずはそこから調べた。

しかし、調べてみると案外物は置かれてなく、特に提督の私物の類の物はまず無かった。

前任の提督が使っていた家具をそのままにしてほぼ手付かずにいるのだろう。


扶桑 「改めてこの部屋を見渡してみますと、何だか殺風景ですわね…。」


龍田 「私物は全部、私室に置いているのね。一応私室が開かないか試してみたけど、やっぱり鍵がかかっていたわぁ〜。」


だがここまでは龍田にとっては予想の範囲内。

やはり本命は執務机だ。

何かあるとしたらここしかないだろう。


龍田はひとまず机の周りをぐるっと一周して、何となく見渡す。

机の上には書類の山があり、まだこれからのものと処理積みの山に分かれているようだ。

他にはペン立てと朱肉の印鑑、それぞれきれいに揃えて置かれている。

特に怪しい所は無さそうだ。


龍田が執務机を調べ始めた頃、扶桑も箒で掃いて集めたゴミを一旦ちり取りで回収しゴミ箱に捨てた後、ちり取りは置いたが箒は持ったまま龍田のそばへとやってきた。

扶桑も一番気になっていた場所だったようだ。

その頃龍田は執務机の提督用の椅子から見て右側にある三段の引き出しを上から順に調べていたとこだった。


例の、これまでの深海棲艦との戦いの記録を綴ったあの本を見つけた事以外は、

龍田の求めるような物は見つからなかった。

きれいに揃えて置かれている書類やファイルをめくって、怪しいのが無いか眺めてみたが、どれも執務において必要な表であったり、艦娘の分析データであったりと、

特に今必要な物では無さそうだった。

もちろん引き出しの底を見たり、奥を覗いて隠しスペースのようなものも無いか調べたが、

これも当てが外れた。


扶桑 「提督は几帳面な方ですね。」


整理された書類や資料だけでなく、直筆で書いた文字や書いてある内容などを見れば誰が見てもそう思うだろう。


龍田 「そうねぇ。仕事が真面目なのはこれだけ見てもわかるわねぇ。あとわかっていた事だけど、やっぱり日記帳も無さそうね。」


扶桑 「提督の日記帳ですか?」


龍田 「そうよぉ。どこの提督も日記帳を書くことは本部から義務付けられているから。例外なくあの提督も書いていると思うけど、この分だと私室にあるわねぇ。」


扶桑 「確かに日記帳を見れば、いろいろと書いてありそうですね。」


龍田 「本当の事を書いていたらの話だけどねぇ。適当に書く提督も少なからずいるから、あまり当てにできる物じゃないわぁ〜。」


扶桑 「そういうものなんですね…。」


龍田は二番目の引き出しを閉じて、一番下の引き出しに手をかけていた。


龍田 「きっとこの様子だと、何にも無いのだけど、調べるだけ調べてみましょうかぁ。」


一番下の引き出しは残りのスペースを全て使うように上の二つに比べて大きく、高さがある。

中を見てみると、これもまた資料やファイルが縦向きに並べてあった。


扶桑 「ここも似たような感じですね…。」


龍田は資料やファイルを少し取り出し、内容もパラッとめくって眺めたあと、下底を気にしたりして見てみる。

だがやはりそのようなカラクリはなく、気になる書類も見受けられなかった。


龍田 「やっぱり何も無かったわねぇ…。」


と諦めかけて一番奥にあったファイルを何となく持ち上げた瞬間、ファイルの隙間から一枚の長方形の紙がヒラリと落ちたのだった。


龍田 「ん?何かしらぁ〜?」


その紙を拾う。いや、一枚の写真だった。

裏側だったので裏返してその写真を龍田と扶桑は一緒に見る。


龍田 「こ…これって…。」


その写真には三人の若い人物が写っていた。

左から男性、女性、男性だ。真ん中の女性は左の男性の腕を絡めとりながら、

いかにも写真に写りたくないと嫌がっていた左の男性を無理やり引っ張ってきたという感じだ。右の男性はそんな二人を驚いた顔で見ている。


扶桑 「この左に写ってる方は提督ですね。」


龍田 「ええ。確かにそうだわぁ…。この服は養成学校の服じゃないかしら?」


この特徴的な蛇目は間違い無く蛇提督であろう。

蛇提督を楽しそうに無理やり引っ張っている女性は、栗色の長髪で毛先が少しクセがかった美人である。

そして右の驚いてる男性はいかにもチャラい感じの金髪の青年。蛇提督とそんな年齢は変わらないようだった。

蛇提督が養成学校の制服で他の二人は白衣を着ている。


扶桑 「真ん中の女性は提督と何だか親しげですね。一体どなたなのでしょう…?」


龍田 「…。」


龍田は扶桑の言葉に一切反応せず、じーっと写真を見たままだ。


扶桑 「龍田さん、どうかされたのですか?」


龍田 「あ…いえ…なんでもないわぁ。」


扶桑 「この女性の方は龍田さんの知り合いですか?」


龍田 「いいえ〜。知らない人よぉ。ただ…。」


扶桑 「ただ?」


龍田 「どこかで見たことある気がするのよねぇ〜。」


思い出せそうで思い出せない。

龍田にとってこの写真は蛇提督の秘密に大きく関わってるのではないかと彼女の勘がそう呼んでるような気がして、一層もどかしい感覚になる龍田だった。


扶桑 「…!」


その時、扶桑の耳には廊下側の壁の向こうから衣笠の声が微かに聞こえた。

廊下を歩く二人の足音も徐々に執務室のドアの方へとやってくる。


扶桑 「龍田さん!提督達が帰ってきたようです。」


龍田 「そのようね。」


龍田は急いで写真をもとあったファイルの中に戻した。


執務室のドアが開いた。

最初に蛇提督が入ってくる。その次に衣笠が入ってきた。

話をしながら部屋に入ると二人は驚いた。

扶桑と龍田が掃除をしているのだ。


蛇提督「どうしてお前達がいるのだ?」


扶桑 「提督、お疲れ様です。」


衣笠 「二人してどうしちゃったの?掃除なんかして?」


衣笠も珍しい組み合わせの二人がいる事が気になって質問している間、蛇提督は自分の執務机に行って椅子に座る。


扶桑 「以前の私と山城の解体の件でお礼を述べる為に…。この掃除はその感謝の印としてさせてもらってます。」


蛇提督「その事か…。あれはお前達が勝手に問題を起こして勝手に自分達で解決したではないか。私は特に何もし…」


扶桑 「響ちゃんから聞きました。解体を強制的に否定しようとしなかった理由、そしてあの不死鳥の例えの事も…。」


決してそうではないと、はっきり伝えたいのか蛇提督が言い終わる前に扶桑が話す。

真剣な表情で蛇提督の前に立ち、静かに、でも強い眼差しで蛇提督を見つめる。


蛇提督「そうか…。響からあの夜の事を聞いたのか…。」


扶桑 「以前から思っていましたが、本当は、提督は最初から私達を解体する気が無かったのではないですか?…響ちゃんの話も聞いてそれは確信に変わりました。私達が諦めてしまうところを提督は手を尽くして頂きました。だからこそ改めてお礼を述べたいと思い、提督のもとに参りました。」


扶桑を見てそして他の二人の表情も見て、彼女達も知っているという事を察した蛇提督は一度目蓋を閉じる。


蛇提督「バレてしまっては仕方ない。実はだな…。」


三人はドキッとしながら次の言葉に耳を傾ける。


蛇提督「あのタイミングで二人を解体してしまうと大規模作戦においての艦隊の編成を一から考え直さないといけなくなる…めんどくさくなるのが嫌なだけだったのだ。」


扶桑 「…え?」


蛇提督「戦艦である二人がいなくなれば、戦力の補強なりも考えないといけない。だが、大規模作戦も間近だ。そんな余裕もないかもしれないからな。私としては余計な仕事を増やして忙しくなるのが嫌だったのだよ。」


呆れたような声を出して少しうなだれて話す蛇提督。


扶桑 「そ…そうですか…。」


扶桑は少し残念そうな顔をする。

これが本当の真意なのだろうか…それともはぐらかせられただけだろうか…。

今の扶桑にはこれ以上問い詰める事ができないため、これ以上提督を知る術がないことに扶桑は少し悲しんだ。

一方で龍田と衣笠はただじっと蛇提督の様子を伺う。

以前なら、また冷たい事を言っている、素っ気ない奴だと思っていただろうけど、

今はただ蛇提督の言った事は本当の事なのか見極めようとする。


蛇提督「扶桑がここにいる理由はわかった。なら龍田はどうしてここにいる?」


ギロリと蛇提督が龍田の方を見る。


龍田 「私は個人的に提督に聞きたいことがあって執務室に来たのよぉ。そしたら扶桑が部屋の前で立ち往生していたから、提督が来るまでお礼を兼ねて掃除でもしながら待ってみればって言ったの。それに扶桑が賛成して私も一緒に執務室に入ったけど、扶桑だけが掃除してるのも忍びないので私もやってただけのことだわぁ〜。」


蛇提督「ほう…。そうか…。」


頬に手を添えながらしれっと話す龍田。

蛇提督はそんな龍田を、鋭い目でいつもより細めて見る。

今度は蛇提督が、龍田が嘘をついてないか見極めようとしていると、隣で見ている扶桑と衣笠は思った。


ただ衣笠は気づいた。

龍田がいつもの調子で話してること。敬語もさりげなく使っていない。

挑発のためにわざとしているのか…、ともかく様子を見ていようと思う衣笠だった。


蛇提督「その聞きたい事というのは何だ?」


龍田 「今さっき提督が大規模作戦についての編成の話をしたけど、まさにその事が聞きたかったの。今まで訓練や演習で夕張と一緒にデータを取ってきたり、今までの深海棲艦との戦闘記録を分析したりして、少しは勝算が上がったのかしら?」


蛇提督「うむ…。勝算が上がったかは別として、硫黄島攻略に際しての大まかな作戦は考えてある。だがあくまで可能性の域を出ないから作戦と呼べるものじゃない。それでも良いのならな。」


龍田 「衣笠も聞きたいでしょ?」


衣笠 「私も聞きたいです。提督がどんな構想を抱いてるのかは知っておいた方が、今後の訓練や演習、出撃した時もそれを意識して戦うことが出来ると思いますから。」


蛇提督「そうか。なら話そう。」


蛇提督は一旦、一呼吸空ける。


蛇提督「艦隊は全部で二。余った艦娘はドラム缶を引っ張って資源の輸送だ。」


衣笠 「輸送ですか?」


蛇提督「そうだ。洋上補給用と硫黄島の施設に持ち出す為のものだ。」


扶桑 「あのような所に鎮守府があるのですか?」


蛇提督「鎮守府と呼べるほどのものではないが、ちゃんと入渠施設と工廠があるらしい。寝泊まりできるほどの宿舎もあるそうだ。」


龍田 「それでも5年近く手つかずの施設が今も使えるとは到底思えないけどぉ〜?」


蛇提督「ああ。その辺りは望みの薄い賭けだ。もしも使えないようであるなら、作戦の結果次第で、その場での状況判断で艦隊を再編成して次に備えなければならない。施設の具合を見てもらうために輸送部隊の旗艦は夕張だ。だからあまり戦闘には参加できないだろう。」


龍田 「そう…。それで他の編成はどうなっているのかしらぁ?」


蛇提督「第一艦隊は龍驤を旗艦にした高速艦隊。先行してなるだけ多くの敵艦隊を蹴散らす露払いの艦隊と思ってくれていい。」


龍田 「硫黄島までの道を切り拓きつつ、囮も兼ねて…ってとこかしらぁ?」


蛇提督「察しが良いな。第二艦隊は扶桑と山城を基幹とした艦隊。こちらは本命である硫黄島海域付近にいるとされる泊地棲鬼を撃破することが最優先任務の艦隊だ。」


扶桑 「私達が泊地棲鬼撃破の要…。」


蛇提督「そうだ。目的の海域に着くまでは輸送部隊の護衛をすることになる。」


衣笠 「待ってください!それなら最初から第一と第二艦隊での連合艦隊。共に行動させて手堅く攻めた方が賢明なのでは?」


蛇提督「ああ、その方法も考えた。だがこの作戦は早期攻略が問われ、そして攻略後の事も考えなければならない。共に行動させない一つ目の理由として、共に行動させては足が遅くなり、複数の艦隊に囲まれる可能性も大きくなる。そうすれば被弾の可能性も上がる。そこで第一艦隊は敵が集まって来るまでに先に敵艦隊を各個撃破していくのが狙いだ。二つ目は輸送部隊を必ず守り切ること。これは硫黄島攻略後に現地で補給する為に必要なものだ。一切の支援物資が無い以上自分達で持っていかなくてはならない。また攻略に成功した後、敵が取り返そうと逆襲してくる可能性もある。その為の補給物資だ。」


龍田 「けど焦って第一艦隊だけ先行させれば、あちらに読まれて第二艦隊と輸送部隊の方が集中的に狙われる可能性だってあるわぁ。それじゃ本末転倒じゃないかしらぁ?」


蛇提督「その通りだ。だから第一艦隊は第二艦隊の速度を考えながら、つかず離れずの距離を保って戦う必要がある。場合によっては第一艦隊が危機に晒される事も想定して、第二艦隊がすぐ援護できるようにしないといけない。第一艦隊は出撃から硫黄島までの航路を蛇行して進む形となってしまうだろうな。」


扶桑 「第一艦隊の方々は大変忙しくなりますね…。」


衣笠 「けど補給物資を持って行くにしても、夕張とあと一人ですよね?そんなに持ち出せないんじゃないですか?」


蛇提督「言い忘れていたが輸送部隊には私も同行する。」


衣笠 「え!?提督がですか!?」


蛇提督「そうだ。一人で運転できる少し大きめのクルーザーを借りる事にしている。それになるだけ補給物資を積み込むつもりだ。」


扶桑 「それはさすがに危険です。提督に万が一のことがあったら…。」


龍田 「それに作戦司令室を空けてしまっては不味いのではなくて?」


蛇提督「連絡要員として間宮を置いていくつもりだ。それに作戦指示ならクルーザーの電信機器を使って行える。試しにクルーザーに艦娘が普段使っている艤装の中にある通信機器を組み込めないか検討してみるつもりだ。そうすれば妖精を介して通信ができる。」


衣笠 「それ、夕張に話したのですか?」


蛇提督「話した。だが夕張一人では難しいそうだ。元帥にも話してみた結果、呉にいる明石に相談してみるといいと言われた。なので日取りを決め次第、呉鎮守府に行くつもりだ。」


扶桑 「そうなのですか…。ですがやはり…提督ご自身が行かれるのは…。」


蛇提督「私自身が出るのはこの作戦をより確実にするという意味においても、必要なことだ。」


龍田 「それはどういう意味なのかしらぁ?」


蛇提督「ここにいる者達でも薄々勘づいている者もいるかもしれないが、深海棲艦の動きで大きく変わったのは樹実提督を初めとする司令官、提督狩りがされるようになった事だ。」


衣笠、扶桑、龍田「「「!?」」」


さすがにその言葉は衝撃的で三人はドキッとする。


蛇提督「特に海に出て前線を指揮していた優秀な提督は優先的に狙われている。樹実提督が戦死された戦いも最初から樹実提督が狙いだったと私は推測している。古鷹とかから当時の事を聞いて、これは間違いないと確信している。他の提督や司令官も同じように所在していた泊地や鎮守府が孤立無援になるように大規模に敵艦隊が動いている。小豆提督のケースはそのいい例だろう…。」


古鷹に樹実提督の最期の事を聞いたのはこれが理由であったのかと龍田は思った。

きっと一緒に聞いている二人も同じことを思っているだろう。


蛇提督「敵の将を討つというのは戦において当たり前の事だが、深海棲艦の中に人間と同じかそれ以上の知能を持った奴がいるのは確かだ。以前の出撃で起きた事がそれを裏づけている。だからこそ、私が自ら硫黄島へ赴き、奴らが察知すれば、硫黄島へ艦隊を差し向けるであろうとふんでいるわけだ。そうすればこの作戦の本来の主旨である囮の役目を叶えやすくするというものだ。」


蛇提督はここまで淡々と説明し、一切表情は動かない。

龍田も本気かどうか疑っているが、これまでの話に矛盾はない。

だが、自分自身を囮に使おうとする提督が今までいただろうか…。

ポーカーフェイスの龍田も驚きを隠せずにいた。


蛇提督「だがまだ圧倒的に敵の情報が少ない。作戦を確実にしていくにはもっと敵の情報を集めねばならん。」


衣笠 「今までの戦闘記録を分析しても、それでも足りないのですね。」


蛇提督「むしろ疑問は増える一方だな。」


龍田 「疑問というのは?」


蛇提督「まず一つ目に、奴らはどうして大規模な艦隊の数をこちらの裏をかくように的確に動かせるのか。」


衣笠 「人間以上の知能を持つ者が現れただけではないということですか?」


蛇提督「それだけなら良いのだがな…。その割にはこちらの動きを読まれ過ぎているようだ。」


龍田 「その話は以前に龍驤から聞いたわぁ。でも気になる事があるのかしらぁ?」


蛇提督「そうだ。ミッドウェーの時を例に上げるなら、龍驤が気づいた通り北方海域への陽動作戦は逆に陽動させられたと見ていい。最初から赤城率いる第一機動部隊が狙いだった。しかも龍驤達の部隊が離れ戦力が分散した所を待ってたかのように敵が現れた。これも最初から敵の計画のうちだったのだろう。だがそれでもタイミングが良すぎる。」


衣笠 「私達に気づかれないように偵察機や潜水艦が配置されてるのでしょうか?」


蛇提督「その可能性もある…。だがそれにしても奴らに伝わってる情報は正確なものだ。」


龍田 「と言うと?」


蛇提督「提督がどこの泊地や鎮守府に滞在しているかの情報、輸送物資の目的地とそこへ行くまでのルートなどこれを熟知した上で敵艦隊が動いてること、しまいには本土にいた熟練の艦娘達の大半を南西方面へと出撃させた直後の本土急襲だ。」


衣笠 「小豆提督が狙われた頃の事ですね。」


龍田 「そう言われてみると確かに敵の良いように事が運び過ぎている気がするわねぇ〜。」


蛇提督「そしてこの事を踏まえた上で浮かんでくる疑問がもう一つ、奴らはどうして本格的にこちらを潰しにかからないかということだ。」


扶桑 「え?どういうことですか?」


蛇提督「もしも私が深海棲艦側であったら、確実に潰すために大陸側から届けられる輸送物資を妨害するするために舞鶴と大湊の鎮守府を狙う。そうすればこちらが反攻作戦など考える余地もなくなる。だが本土を襲撃したのはその一回だけでそれ以降は一切無い。北方海域では輸送船の近くに深海棲艦が接近する報告もあるけど、大規模なものではない。」


扶桑 「それはつまり…?」


蛇提督「奴らは当時の時こそこちらより戦力があり、情報察知の能力があり、そして人間以上の知能を持っている。にも関わらず奴らはこちらを攻めて来る気配がない。これではまるで、奴らにわざと生かされているとしか思えないのさ。」


聞いていた三人はゾクっとする。

今の自分達が生きているのは敵によって生かされてるから。

それはとても気持ちが悪く、おぞましい事だった。


龍田 「弄ばれる…というのは嫌ねぇ〜。」ゴゴゴ


笑顔とは裏腹に龍田の背後から黒いオーラが見えるようだと隣にいた衣笠はそう見えたのだった。


扶桑 「そうすると今回出撃した皆さんも心配ですね…。」


そう言う扶桑は真っ先に山城のことが心配になる。


蛇提督「今回も前回のような危険を察知したら自己判断で撤退するように言ってある。まあ龍驤なら言わなくてもそうするだろうがな。」


龍田 「そういえば今回は司令室で敵の情報を随時聞かなくて良いのかしら?」


蛇提督「今回は事後報告でいいと伝えてある。念の為、無線封鎖して敵に気取られないようにしてある。」


龍田 「(以前より慎重になってるわね…。)」


あんな事があれば普通はそうかもしれない。

しかしこの提督はそういう普通な人なのかもしれない。

前は艦娘の事などきっと戦う道具ぐらいにしか思っていないのだろうと考えていたからだ。

大規模作戦を目前に控えているから、ということも考えられるが、

それでも作戦の内容を聞く限り、勝利する為にというより生き残る事を前提に考えているように思えた。

だからこそ作戦をより確実なものにするために、彼は敵の情報を欲しがっている。


だが、この提督は別の意味で普通ではないのかもしれない。

以前に夕張が、牢に舞い戻りしないように大きな損失と失態を避けるようにしようとするはずだと言っていた。

だったら響の一件の時は危うくそれになるところで、本人としても避けたかった事態だったはずである。

しかし少しも狼狽える事がなく、響にどこから持ち出したか分からない貴重な高速修復剤を迷うことなく使った。

高速修復剤を使わせたことも合わせて私達を叱責することができたはずだったのに、報告を聞いただけで特に咎められることも無かった。

ましてやそれを機に扶桑や響の心の中で抱えてきたものを彼は取り除いたのだ。


他にも驚いたことは間宮が戻ってきたことだ。

5年近くも生存していることを告げず海軍に戻らなかったのはそれ相応の理由があったのだと聞かなくてもわかる。

しかも後から加古に間宮さんがいた場所を聞いた時、あの小豆提督が最初に着任した鎮守府の近くだったというのだから、とても心苦しかった。

私達と同じように、いやそれ以上に、小豆提督が亡くなったことを悲しんだはずであるから。

それがここに来て、はっきりと間宮さんは言う。

『私が前を向けるようになったのは提督と加古さんのおかげなんです。』

彼は確かに彼女の心を変えたのだ。

その時から加古もなんだかいつもより元気になったようだ。今は前よりも古鷹と仲が良い気がする。

その古鷹はあのような事があったのに今は俯く事が減って提督の事をあんなに怖がっていたのに、今は積極的に話してるようだ。

龍驤と初霜ちゃん、夕張も秘書艦を務めてから提督に対しての態度や接し方が変わった。

今までここの鎮守府のみんなとは5年近く一緒にいるはずなのに、互いにある心の中に抱えた悩みや傷は癒す事が出来ず日々を過ごしてきた。

だがこの提督が着任してまだ間もないのに今様々な変化をもたらしている。


一つ言えることはこの提督は全然読めないということだ。


扶桑 「…しかし提督は凄いですね。」


蛇提督「…何がだ?」


扶桑 「提督として着任してからまだ日が浅いのに、膨大な情報から分析して、私達一人一人を考えた編成から勝つための作戦も考案なされて、私は凄いと思うのです。」


扶桑は先ほど蛇提督の執務机の引き出しを覗いて、そこに置かれていた資料を少しばかり見た時、その資料には艦娘のそれぞれの性格や戦いの傾向など緻密なデータが取られ、

それを考慮した編成例もいくつか書かれていたのを思い出しながら扶桑は蛇提督に対する思いを素直に話す。


扶桑 「衣笠さんもそう思いませんか?」


急に話を振られた衣笠は一瞬ピクッと驚く。

そういう彼女は先ほどまで蛇提督が作戦の内容などを話してる時、度々、樹実提督の面影と重なったのだった。

緻密な計算と分析で作戦を考案し、常に艦娘達を勝利に導いてきた彼は、どんな無理難題な任務を押し付けられても、決して諦めず勝つための作戦を考案し艦娘達を励ましながら勝利の為に邁進する。

この提督も表情は氷のように冷たくてもこの無謀と思えるこの作戦に諦めようとは微塵に思っていないのだと作戦の内容を聞きながら衣笠は思っていた。


衣笠 「…そうね。私もそう思うわ。とても初めて提督をやってるとは思えないよ。」


扶桑 「はい。その通りです。きっと提督としての才能がおありなのですね。もしかしてそれがきっかけで海軍に志願して提督になるための勉強をされたのですか?」


蛇提督は扶桑の言葉を聞いてピクッと目元を動かした。

その変化を三人は見逃さなかった。


蛇提督「提督としての才能…ね…。」


蛇提督はそれを小さな声で呟いて椅子から立ち上がったと思ったら後ろを振り返り窓から海を眺めはじめる。

その表情は扶桑達からでは見えない。


蛇提督「俺は…提督になりたくて海軍に志願したわけじゃない…。」


扶桑 「え…?」


衣笠 「では…どうして?」


蛇提督「俺は…航海士になりたかったのさ。」


龍田 「航海士?」


蛇提督「航海士になって船を操り、世界中の海という海を渡りたかった。だが、深海棲艦との戦争が始まり、船の勉強するにも海軍に入らなくてはいけなかったのさ。」


三人は蛇提督のただならぬ雰囲気に言葉を失う。

蛇提督は三人に振り返り話を続ける。


蛇提督「俺は艦娘なんて最初はどうでもよかった。だが今じゃ海を奴らに奪われ船を出せない。そんな奴らを倒すには艦娘の力を使わなくてはいけない。」


三人はただ黙って蛇提督の話を聴く。


蛇提督「そういった意味ではお前達と俺は利害が一致している。俺は海を取り戻す。お前達は艦娘としての名誉を挽回して再び戦えるようになること。そうだろ?」


これに対しても三人は黙ったままだ。

そうとも言えず違うとも言えない。

その様子を見た蛇提督はさらに続ける。


蛇提督「そもそも艦娘はどうして存在するのだろうな…。」


扶桑 「え…?」


蛇提督「またどうして艦娘は人間のために戦うのだろうな。いや、戦わされているのか?」


衣笠 「それは…。」


蛇提督「艦娘は外見だけ見れば10歳前後の幼い少女から20歳前後にも見える者まで様々だが建造されたばかりなどは幼児の知識とそれほど変わらないそうじゃないか?だが、海の上で戦う方法も箸の使い方も一度見ればというより思い出すようにできるようになる。それはまるで産まれたばかりの魚が教わらなくても本能的に覚えていて泳げるのと一緒だと。」


龍田 「…。」


蛇提督「人間の為に戦うのも本能だというのか?ましてや人間に保護され一宿一飯の恩義があるから命をかけて戦うというわけではあるまい?」


龍田 「…何が言いたいのですか?」


蛇提督「龍田…前任の提督に危害を加えた時、どうしてそれ以上人間に反抗しようとしなかったのだ?」


龍田 「!?…そ、それはどういう意味でしょう?」


思いもよらぬ質問に龍田は驚く。


蛇提督「お前達艦娘は、今は深海棲艦を倒す唯一の力として大切にされてるが、実際人権を認められておらず人間に虐げられていると言われても過言じゃない。軍の者でさえ艦娘をよく思わない者もいる。そんな人間に対して反逆心が湧かないのかと尋ねてる。」


龍田 「それは…。」


無かったわけじゃない。不当な扱いを受けてる艦娘はここだけではないのは知ってる。

反抗して自分達がどんなに辛い思いをしているか伝えられるのならそうしたかった。


衣笠 「それは…! 人間の中にも樹実提督や小豆提督のような良い人はいるって事を知っているからです!」


蛇提督「だがお前達は人間より遥かに身体能力があり、今いる数でも束になれば人間に勝つ事も逆に人間を虐げる事も可能なのでは?」


龍田 「提督も艦娘が怖いのかしらぁ?」


実際、人間達が艦娘をよく思わないのはそれが理由であると言える。

深海棲艦は人間の作った兵器では倒せないのだ。

深海棲艦を唯一倒せる存在ということは深海棲艦以外では艦娘を倒す方法はないということ。

つまりそれは深海棲艦と同じ人間の姿をした化物であることを皮肉にも彼女達自身がそれを証明してしまっている。

彼女達がいつか人間に牙を向く時が来るのではないかと恐れる者達がたくさんいるのだ。


それを知っていた龍田はそういう意味も含めて蛇提督に質問する。


蛇提督「いや…そうじゃない。」


龍田 「?」


蛇提督「あれだけの不当な扱いを長いこと受けてきたのに、今までそのようなことが無かったことの方が不思議なのだ。艦娘は人間の作った武器では戦えないということ、海軍側で艦娘達にそのようにさせないように色々な制限を設けてるとはいえな。そういう人間の歴史は自分達が虐げられたり自由を奪われれば、反逆や革命を繰り返してきたというのにな。」


扶桑 「…先ほど本能ではないかと仰っておりましたが、それこそ私達は生まれた時から深海棲艦を敵であると…倒さねばならない相手であると本能的に知っているのです。しかし人間の皆さんは敵ではないと知っているのです。」


蛇提督「ほう…。そうなのか?ならお前達は深海棲艦が何なのか知っているのか?」


扶桑 「…それは私達の敵で…。」


蛇提督「違う。奴らの正体さ。そして奴らの目的は何なのか。どこから生まれたのか。艦娘と深海棲艦が互いを敵であると本能で知っているのならどうして両者は戦う運命にあるのか…。お前達は何か知っているのか?それともあえて教えないのか?」


扶桑 「…いいえ。その質問は全て答えられそうにありません。」


蛇提督「龍田と衣笠も同じか?」


衣笠 「はい…。私達は深海棲艦が敵であると知っていますが、それ以上は本当にわからないんです。もちろん私達自身の事も…。」


龍田 「あいつらをどうすれば倒せるか…それしか考えてこなかったからねぇ〜。」


蛇提督「そうか…。嘘ではなさそうだな。」


蛇提督はそのまま顎に手を添えて考えに浸る。

互いに少し沈黙した後、扶桑が蛇提督に尋ねる。


扶桑 「提督は…艦娘がお嫌いですか?」


蛇提督「唐突な質問だな?」


扶桑 「今までの提督の話を聴いていてなんとなくそのように…。」


彼は提督ではなく航海士になりたいという夢があった。

しかし艦娘と深海棲艦というわけのわからない存在に自分の夢を邪魔されてしまった。

そして今はその存在のせいで、妖精が見えて話せるというだけでこうして提督にさせられている。それは決して本人が願ったことではない。

もしかしたら私達のことを恨んでいるのかもしれない。

だからこそ軍法会議でもあのような発言をしたのかもしれない。


蛇提督「そうだな。好きか嫌いかと聞かれたら………嫌い、だな。」


扶桑 「そう…ですか…。」


わかっていたことではあるが改めて言われるとやはり心が痛い。

だけど提督が艦娘を嫌う理由を知れたことは、勇気を持ってここに来た甲斐があったと、扶桑は思った。



ダダダダダダダダ!

ドーーーン!!


急に廊下の方から誰かが走ってくると思ったら勢いよくドアが開かれる。

扶桑達三人は驚いて振り向く。

そこには加古がいたのだった。



加古 「提督――!…って、衣笠はともかく何で龍田と扶桑がいるの?」


蛇提督「加古…。入る時はノックをしろと言っているだろ。」


加古 「すみません。急いで来たもんで。」


イシシっと笑いながら謝る加古はあまり反省しているようには見えなかった。

提督の前だというのにあんな笑い方をするなんて、むしろ樹実提督と一緒にいた頃の自然体の加古だなと衣笠は見て思った。


龍田 「そんなに慌ててどうしたのかしらぁ?」


加古 「あ、そうだった!出撃してたみんなが今さっき帰投したんだ。」


衣笠 「え?予定よりなんか早くない?何かあったの?」


扶桑 「まさか山城に何かあったのでしょうか?」


加古 「いや…みんな無事だよ。何も無かったわけじゃないけど…とにかく出撃ドックに来て欲しいんだ。」


蛇提督と三人は加古に言われるまま出撃ドックへと向かった。

出撃ドックには既に他の留守番の艦娘達も集まり、何やら騒がしい。


雷 「暁があそこで邪魔しなかったら敵を倒せたのよ!」

暁 「私も倒せると思ったから撃ったんじゃない!」


その中で一際大きな声で言い合いをしているのは暁と雷だった。

それを見ている他の者達は、どうしたらいいかと困惑しているようだ。


衣笠 「一体何があったの…?」


衣笠が龍驤と古鷹に近づいて事の詳細を聞く。

その後ろに蛇提督と龍田、扶桑も一緒に聞く。


龍驤 「それが…暁と雷の喧嘩が止まらないんや…。」


古鷹 「戦いの途中からずっとあんな調子で…。」


龍田 「天龍ちゃんは? いつもならあの娘が止めるでしょうぉ?」


古鷹 「それが…。」


古鷹が喧嘩している二人の方を見る。


天龍 「おい、お前達いい加減そこまでにしておk…。」


暁、雷 「「天龍は黙ってて!!」」


天龍 「お…おう…。」


龍田 「あらぁ〜。天龍ちゃんもたじたじねぇ〜。」


古鷹 「あんな感じで誰も二人を止められずにいて…。」


暁と雷の喧嘩をすぐそばで見ている響と電も喧嘩の勢いに押されて止めようにもその為の声も出せないような雰囲気であった。


龍驤 「喧嘩してる内容は大した事ないねん…。ただ二人はそうではないようで…。」


衣笠 「一体何があったのよ?」


龍驤 「雷が言うには暁はずっと狙いをつけられずにいたらしいんや。」


扶桑 「それはどういうことですか…?」


龍驤 「狙いがあっちへいったりこっちへいったりということやな。そのせいで照準もずらして敵にあまり命中してなかったそうや。しまいには暁と雷がたまたま同じ敵駆逐艦を狙って魚雷を放ったんけど、やや先に放った暁の魚雷が敵から逸れて雷の魚雷に当たってしまったらしいんや。」


衣笠 「そういえば暁って演習や訓練時でもちょっと緊張気味だったよね?」


龍驤 「前はそうでは無かったって電や響が言うてたやけど、まあ暁がおっちょこちょいな所があるのは前から同じなんやけどな。」


古鷹 「今回の出撃は暁ちゃん達にとっても初めて出撃する仲間もいたし…それこそ天龍さんや龍田さん以外の艦種と共に出撃するのなんて何年ぶりの出撃になるかわからないし。それに暁ちゃんのような失敗も戦場に出れば起きないとは限らない事だから、何とも言えないのです。」


龍驤 「実際、仕留めなくてはいけない敵でもなかったわけやし、そないに気にする事もないはずなんやけど…。」


衣笠 「そういえば帰投するのが予定より早かったよね?…あの二人のこと以外に何か問題があったの?」


龍驤 「いやそれが…敵が全然、おらへんねん…。」


衣笠 「え!?何で!?」


龍驤 「そんなのウチにもわからん。会敵したのもほんの数回で敵も艦隊とは呼べるほどのものでも無かったやし。」


古鷹 「偵察機や水上機を飛ばして、索敵を続けましたがどこの方角にも艦影を発見できませんでした。これは逆に異常事態ではないかと思いましたので、龍驤と相談してこの事を提督に早く報告することにして帰投を決めました。二人の喧嘩も収まらずにいたのもありましたし…。」


龍驤 「少し嫌な予感するしな…。」


と、古鷹と龍驤は蛇提督の方を見る。

黙って聞いていた蛇提督は顎に手を添えて考えるポーズをとっている。

考えたままで返事をする気配がない。


扶桑 「そういえば山城は? 姿が無いのですが…?」


龍驤 「ああ…山城ならあそこにおるで。」


と、龍驤が指を刺した方を見た扶桑と、さりげなく同じ方を見た蛇提督。

隅っこの方で座り込んでうなだれている山城がいた。


扶桑 「山城!どうかしたの!?どこか痛いの?」


扶桑が山城に駆け寄る。


山城 「いいえ姉様…。私は大丈夫です…。」


と、扶桑の方に首だけ回して答える山城は涙目であった。


扶桑 「そのようね…。ならどうしたっていうの?」


山城 「私も姉様のように扶桑型戦艦の凄さをあの提督に見せつけようとしたのですが、よりによって敵が全然出ないなんて…やはり私は不幸です…。」


扶桑 「そう…では敵を撃沈できなかったのね…?」


山城 「いえ…駆逐級を一隻…やっつけましたが…。」


扶桑 「そうなの?なら立派に戦果を上げてるわ。」


山城 「ですが…私も多少被弾していますので…わりに合わないというか…。」


扶桑 「大丈夫よ。提督ならわかってくれるから。」


山城 「そうでしょうか…。」


扶桑 「私はあなたが無事に戻ってきてくれただけで安心だわ。」


そうして扶桑は山城の頭を自分の胸に抱き寄せて頭を撫でながら慰めるのだった。

その様子を遠くからしばらく見ていた蛇提督であったが、再び暁達の方に向き直った。


雷 「最初から私に任せてればあんなことにはならなかったのよ!」

暁 「そうはいかないわ!私は姉として…。」

雷 「そうやっていつもヘマしてるじゃない!」

暁 「う…それは…。」


彼女達の喧嘩はまだ終わらないようだった。

その時二人の喧嘩を見かねたのか間宮が二人の側まで歩み寄る。

間宮が近づいてきたことにまだ気がついてない暁と雷の二人はまだ喧嘩に夢中だ。

そして間宮が両手を上げたと思いきや二人の頭を同時にチョップした。

見ていた他の艦娘達は、あ…と驚く。


雷 「痛いじゃない!?間宮さんも天龍のようにぶつの!?」


間宮 「二人とも喧嘩はいいけど、周りを見てみなさい…!」


間宮の言葉は静かだが凄みがある。

二人は自分達の周りを見渡してみる。

それは自分達を心配そうに見つめる響と雷。

そしてその他の艦娘達の表情を見て暁達は我に返る。


間宮 「二人がずっと喧嘩して、他のみんなに迷惑をかけてるのよ。今はすべき事があるんじゃない?」


暁、雷 「「…。」」


間宮の二人を叱る姿はまさに母親のようだった。

二人は俯いて黙ってしまった。

そしてそこに蛇提督がやってきた。


蛇提督に怒られると思って二人は怯え始める。

そんな二人を蛇提督はしばらくそのまま見ていたが、

やがて片膝をついて暁達と同じ高さの目線にする。


蛇提督「この件については俺が預かる。」


雷  「…え?」


蛇提督「駆逐艦の戦い方をしっかりと確立していなかった私に責任がある。これを機に再考しようと思う。それまでこの件で争うのは無しだ。」


暁  「う…はい…。」


蛇提督「それと雷に聞きたいのだが…。」


雷  「?」


蛇提督「今回の暁の失敗を同じように響や電、他の艦娘がすれば怒るのか?」


雷  「えっ…それは…。」


雷は困惑するだけで答える事ができなかった。

それを見た蛇提督は、


蛇提督「わかった。十分だ。」


と言ってスクッと立ち上がる。


蛇提督「もしもこの件でまた喧嘩するようなら、その時は…。」


蛇提督のその威圧に二人は「ヒーー!!」と声にならない悲鳴をあげる。


蛇提督「わかったらさっさと入渠してこい。」


暁、雷 「「はい!」」


逃げるように二人は入渠施設へと向かう。

すると「私も入渠の準備しなくちゃ!」と夕張も慌てて二人を追いかける。


蛇提督「他の出撃メンバーも入渠してこい。」


と、天龍や龍驤達を見て蛇提督は指示をする。

すると天龍が間宮のそばまで近寄ってきた。


天龍 「間宮さん…すまねぇ…。」


間宮 「気にしないで下さい。」


天龍 「だけど…あいつらの面倒見てきたつもりだったのに俺は何も出来なかった…。」


間宮 「大丈夫ですよ。きっとあの二人も天龍さんがいつも気にかけてくれてる事を感謝していますから。響ちゃんと電ちゃんもそうでしょ?」


と、間宮は後ろに振り向いて響と電に尋ねる。


響  「もちろんさ。」

電  「はいなのです!」


二人は笑顔で答える。


天龍 「はあ〜…。」


天龍は、右手は腰に添えて左手で頭を掻きむしる。


響  「素直じゃないとこも天龍の良いところだよ。」


天龍 「響…一言余計だぞ。」


間宮 「フフッ…。」


間宮は、天龍が昔と変わらないな、と懐かしむ。

小豆提督の前でもよくしていたが、天龍が褒められたりした時に、恥ずかしさを隠す為のポーズだ。

この子達もわかっているのだな、とほくそ笑んでしまう。


そして天龍は間宮のそばにいる蛇提督に視線を向ける。

何か言いたげな顔であったが、しばらく蛇提督と天龍が互いに見合ったあと、


天龍 「さて…俺もひとっ風呂浴びてくるか〜。」


と独り言を言って行ってしまうのだった。


間宮 「(素直じゃないんですから…。)」


間宮は天龍が実はお礼を言おうとしたのではないかと思った。

喧嘩の案件を提督の責任ということで預かり、さらには二人がまたその事で喧嘩が始まらないように釘を刺しておく。

とりあえずこの場を彼の一言で収めたのは事実だった。


龍驤 「司令官…すまんかったな。ウチがいながら喧嘩すら止められへんかった…。」


龍驤が前任の提督の時の事も気にして、自分の無力さを感じて謝る。


龍驤 「本当はこういう事はウチらだけで解決できればええんやけど…。今まで見てみぬふりをしてきたからこうなったのかもしれへん…。」


そう言って俯く龍驤の言葉にその場にいた他の艦娘達もそうかもしれないと思って俯く。

そんな龍驤を見ていた蛇提督は、


蛇提督「…一つ言える事は、龍驤のせいではない。」


龍驤 「…え?」


蛇提督「ましてや他の誰かの責任でもない。誰でもないのさ。」


龍驤 「司令官…?」


蛇提督「たとえ見てみぬふりをしてきたのだとしても、それは逃げてきたのではないのだろう?だからこそお前達はまだここにいる事を選んだ。」


龍驤 「…!」


蛇提督「…俺にこんなつまらない話をさせるな…。今回の出撃の詳細は入渠が終わってからで構わないから早く入渠してこい。」


龍驤 「はい!」


蛇提督は龍驤の返事を聞いた後、帽子のつばで目を隠そうとしながら早々にその場を立ち去ろうとする。

と、そこに山城が蛇提督の前に立つ。


山城 「あの…私は…小破すらしていないので…入渠は…。」


小声だがかろうじて何を言ってるかはわかる。

山城なりに勇気を振り絞っているのだ。


蛇提督「でも被弾はしたのだろう?」


山城 「…はい。ですが資源が…。」


蛇提督「例外はない。早く入ってこい。」


山城 「は…はい…。」


山城は呆気に取られて言葉を失う。


蛇提督「そうだ…衣笠。全員にいつでも出撃できる準備をしておけと伝えろ。近々、また出撃することになるかもしれない。」


衣笠 「え?あ…わかりました!」


衣笠のすぐ横を通るついでにそう言い残した蛇提督はそのままその場を立ち去って行った。

蛇提督の姿が見えなくなった後、最初に口を開いたのは響だった。


響  「フフッ…天龍に負けないくらい、素直じゃないのかもしれないね。」

電  「え?あれはやっぱりそういうことなのですか?」

加古 「照れ隠しで憎まれ口を叩くってところ?」

古鷹 「それだけじゃないよ。」

衣笠 「帽子で顔を隠す仕草のこと?」

扶桑 「あの仕草は以前にも拝見しました。」

初霜 「私も覚えがあります。」

響  「逃げるようにその場から去っちゃうのもそうだよ。」

龍驤 「ほ〜う。そうやったんか〜。」

間宮 「提督も可愛いところがあるのですね。」

龍田 「…。」


龍田だけは黙ったまま何か一人考えているようだった。


扶桑 「山城…提督ならきっと許してくださると言ったでしょう…?」


山城にやさしく話しかけてその様子を窺う。


山城 「…はい。」


山城もまた何か思う所があるようで、俯いたままであった。


龍驤 「それだけでは無いで。」


扶桑 「どういうことですか…?」


龍驤 「司令官も敵側で何らかの動きがあると読んでいるんとちゃうんか?」


衣笠 「それが、近々出撃するかもしれないって言った理由ね。」


加古 「何があるっていうのさ?」


龍驤 「それはウチにもわからん。ただ何か起こる予感がするねん…。」


古鷹 「その何かが起きてもいいように全員が万全の状態にしておく必要があるということですね?」


龍驤 「そういうことや。」


山城 「…そういう事なら入らないわけにはいかないわね。」


扶桑 「戦いの前の休息も必要なことよ。」


山城 「はい、お姉様。」


龍驤 「ほな、ウチも入りにいこうか。終わった後に今回の出撃の報告もせなあかんし。」


古鷹 「では私も。」


響 「暁達が心配だから様子を見に行こうか。」


電 「はい。そうするのです。」


間宮 「私もお夕食の準備をしないと。」


初霜 「私、手が空いてるので手伝いましょうか?」


その場にいた艦娘達は皆、それぞれへと移動する。

だがその中で、龍田だけが何も話さず黙ったままであることが気になった龍驤は様子を窺いながら尋ねる。


龍驤 「龍田、どうかしたん?」


龍田 「ん?別になんでもないわ。ただ敵の動きが気になって考えてただけよぉ〜。」


龍驤 「ほ〜う。そうかいな。」


いつもと変わらない口調で話す龍田だが、それを見ていた龍驤は思った。

あれだけの事があったのに、蛇提督について何も触れてないという事だ。

龍驤としても気になったのであったがそれ以上は聞かず、先に行くのであった。


山城を除く龍驤達が入渠が終わった頃は夕食の時間となっていた。

龍驤と古鷹は先に報告を済ませに行く。

龍驤の読み通り、蛇提督も敵側に何らかの動きがある事を予測していた。

改めて何が起きてもいいように万全の状態にしておくと三人は再確認した。

その後に蛇提督が二人に尋ねる。


蛇提督「…暁達の事だが、彼女達がよく喧嘩するのは昔からそうなのか?」


龍驤 「暁と雷は元から喧嘩しやすい所はあったやけど、今の場合はちょっと違うかもしれへん。」


蛇提督「それは何だ?」


古鷹 「それはですね…。」


古鷹が話そうか悩んでるようだった。


蛇提督「前に響が雷のことを「前の」と呼んでいたのだが、それが関係しているのか?」


古鷹 「そうなのですが…。」


龍驤 「…ウチらがここで話しても構わへんけど、直接、本人達に聞く方がウチはええと思うで。」


古鷹 「龍驤…?」


蛇提督「そうか…。龍驤がそう言うのならそうしよう。」


龍驤 「ほな、ウチらは夕食に行くで。ええか?」


蛇提督「ああ、構わん。」


古鷹は「失礼しました」と礼儀正しくお辞儀をして二人は執務室を後にする。

食堂に向かう途中で古鷹は龍驤に尋ねる。


古鷹 「龍驤、どうして提督に話さずに、しかも本人達に直接聞いた方がいいって言ったの?」


龍驤 「ほら、響以外はまだあの司令官の事怖がってるやろ?今回の事をきっかけに少しでも良くなればええと思っておるんよ。」


古鷹 「なるほど。」


龍驤 「それに…。」


古鷹 「?」


龍驤 「あの司令官にどうしても頼ってしまいたくなるねん…。」


古鷹 「もしかして出撃ドックで提督に謝った時のことですか?」


龍驤は静かにうんと頷き話を続ける。


龍驤 「扶桑も響もましてや間宮さんも、他の娘達もあの司令官と関わって、みんな何かと変わり始めている。それはきっと、ウチらがずっと抱えてきた何かをあの司令官に話したやないかと思う。ウチらもそうやったろ?」


古鷹 「…ええ、その通りだと思います。」


龍驤 「ウチらはここに配属されてから、そこそこ長い付き合いなるけど、互いの抱えてるものに気付いていながら、見て見ぬふりをしてきた。」


古鷹 「でもそれは…。」


龍驤 「そうや。それは司令官が言った通りや。でも司令官はこの短い期間でウチらの何かを変え始めてる。ウチらが長いことできなかった事をやってるんや…。」


古鷹 「そうですね…。提督には不思議な力があるように思えます。」


龍驤 「雷の件は艦娘にとっては珍しくないことや。でも提督になったばかりの司令官にとってはそれを知る良い機会かもしれへん。」


古鷹 「そうですね…。提督はどうするでしょうかね…。」


そうして二人は話してるうちに食堂へと辿り着く。


食堂には何人かは残っており、食事も終わらせていた。

山城は先ほど入渠を終わらせて来たのか、食事の途中であった。


間宮 「あ、報告が終わったのですね。今、お夕飯お出ししますね。


龍驤 「お願いするで。」


古鷹 「あれ?暁ちゃん達は?」


初霜 「先にお部屋に戻りました。」


そう言いながら初霜は二人の分の片方の食事分を持ってきた。


加古 「さすがにあんな事があった後だったから、4人ともずっと黙ったままだったけどね。」


夕張 「いつも騒がしいけど、ああも静かすぎるとかえってこっちの調子が狂っちゃうわね。でもそれだけあの娘達がここを賑やかにしてくれてたんだなって改めて思ったわ。」


衣笠 「でも最近、響ちゃんよく話すようになってくれたよね?」


扶桑 「私の一件以来からですね。」


山城 「というより彼女の話からしてあの提督と話したことがきっかけのように思えるわ…。」


間宮 「響ちゃんの提督との話は私も聞かしてもらいましたが、皆さんが言うようにそんなに変わられたのですか?」


間宮も会話に参加しながらもう片方の食事分を持ってくる。

龍驤がそれを「おおきに」と言いながら受けとる。


龍驤 「あんな楽しそうで元気な響を見たのは久しぶりやわな。」


間宮 「ここの鎮守府に配属される前と後では違うという事ですか?」


龍驤 「ああ…そうや。その辺は龍田と天龍も同じ艦隊で時々一緒に出撃することもあったから、よう知ってるはずやで。」


と言って、龍驤は龍田と天龍の方をチラリと見る。


天龍 「…ああ。」

龍田 「…ええ。」


その返事はとても意味あり気に少し重く返ってくる。


扶桑 「あの…その話、もし差し支えなければ聞かしてもらえませんか?同じ仲間として聞いておきたいのです。」


あの日、響が自分達を説得するために語ってくれていた言葉の意味を知りたいと扶桑は思った。


衣笠 「私も聞きたいな。私が知ってる響ちゃんはここに配属されてからだし。その時から無口で、話してもハラショーぐらいしか言わなかった記憶しかないからさ。」


龍驤 「そういえば、ここにおる中でも知らないのがいるんやったな。」


古鷹 「私は龍驤から聞かしてもらったので、事情だけは…。」


加古 「あの4人に何があったのさ?」


龍驤 「良いで。話したる。そうあれはな…。」



一方その頃……、時は少し遡る。


響  「暁と雷は寝たようだね。」


夕食を早めに済ませて先に自分達の部屋に戻っていた暁姉妹は暗い雰囲気のまま、暁と雷はそれぞれ二段ベットの自分のベッドに入り、寝てしまったようだった。


電  「…。」


電は響の言葉に反応せず、俯いたまま何か思い詰めたままだった。


響  「電?どうかしたのかい?」


電  「響ちゃん…少し付き合ってもらって良いですか?」


響  「良いよ。」


電に連れられるまま二人は部屋を出て、他の空き部屋に入った。


電  「響ちゃん…。」


響  「なんだい?」


電  「私達のことでみんなに迷惑をかけたと思うのです…。」


響  「そうだね。でも電一人が責任を感じる事ではないよ。」


電  「そうなのですが…やっぱり電はあの時からなにひとつできないのです…。」


響  「司令官も言ってたじゃないか。それは逃げてきたのではないだろ?って。…あれは龍驤だけじゃなく他の人にも言った言葉に思えたよ。」


電  「…。」


響  「私達は私達のできる事をしよう。今はそれだけ考えることが良いと思う。」


電はしばらく俯きながら考えた。

響は電からどのような回答が出るかじっと待った。


電  「……それなら…司令官さんに…あの時の話を聞いてもらいましょう。」


響  「うん。響もそう思う。」


電  「一番迷惑をかけてしまったのは司令官さんです。謝りに行くついでに事情を聞いてもらう方が司令官さんもわかってもらえると思うのです…。」


響  「きっと司令官も知りたがっていると思うよ。」


電  「でも一人では怖いので、一緒に来てもらって良いですか?」


響  「良いよ。」


そうして二人は部屋を出て蛇提督がいる執務室へと向かうのであった。


―――執務室―――


古鷹と龍驤が部屋を出て行ってから数分後のこと、蛇提督は一人、夕食を食べ終えた食器を机の端に寄せつつ、資料を眺めていた。

その資料は今までの演習や訓練の結果や詳細を書き記したデータだった。

特に暁達のを見ながら、彼は一人考えていた。


蛇提督「(やはり…この方法でならば…。)」


そんな蛇提督の目の前の机の上にユカリは寛いでいたが、ふと何かに気づき執務室のドアを方を見る。


コンコンコン


蛇提督「誰だ?」


響  「響だよ。」


蛇提督「…入れ。」


蛇提督「何か用か?…響と…電。」


電は響の後ろにやや隠れるようにしながら、響の後からついてくる。

蛇提督の前まで来たら響の後ろから出てきた。


電  「あ…えっと…その…。」


電は尻込みをして上手く話せずにいる。


響  「今日の暁と雷の喧嘩の事で、響達が代わりに謝りに来たんだ。」


蛇提督「なんだ、そんな事か。迷惑をかけたと思うなら他の者達に謝ればいいし、喧嘩を止めたのも間宮だろ?」


響  「それでも司令官に迷惑をかけたのは事実だし、司令官のおかげであれ以上喧嘩をする事が無かったんだ。」


蛇提督「まあ、あれだけ脅しとけばしないだろうと思っただけさ。」


電  「…いえ、司令官さんの場の収め方はとても優しかったのです。天龍さんでも止められなかったのに凄いのです。」


蛇提督「優しく見えたのは彼女達の喧嘩の理由に自分にも非があると思ったからそうしたまでだ。あれ以上して他を乱すなら容赦はしないところだった。」


と言いながら蛇提督は帽子のつばで目を隠す仕草をする。


電  「本当にすみませんでした。そしてありがとうございます…。」


電が深々とお辞儀するのに合わせて響も共にする。


蛇提督「…それで用は済んだのか?」


電  「…。」


蛇提督「…それだけではなさそうだな。」


電  「…。」

響  「…。」


電が自分から言い出せるまで響はあえて見守っている。

蛇提督もじっと黙ったまま電が話せるまで待つ。


電  「……その…司令官さんに…聞いて欲しいのです…。」


蛇提督「何を?」


電  「雷ちゃん達に何があったのか…その…事情を知ってほしくて…。」


蛇提督「それは私も知りたかった。話せる範囲内で構わんから話してみろ。」


電は隣にいる響に「話していいよね?」と言うように、少し不安げな表情でアイコンタクトを送る。

響はそれに対して、電の目を見ながら静かにうんと頷く。


電  「…あれは、南西諸島防衛の為にマニラ基地にいた時の話です。まだトラック基地が深海棲艦に攻撃されて陥落する前の話です…。」



―――5年前―――


電  「雷ちゃん、ただいまなのです!」


雷  「おかえり、電!」


出撃していた電が共に出ていた艦娘達と共に基地へと帰投していた。


電  「響ちゃんは?」


雷  「それがあの娘、派手に大破して帰って来たわ。」


電  「え!?それで大丈夫なのですか?」


雷  「大丈夫よ。命に別状は無いわ。今も入渠しててバケツが残り少なくて使えないからまだあと四時間は入ってなきゃダメみたいね。」


電  「そうですか…。そういえば暁ちゃんの事は司令官さんから何か聞けましたか?」


雷  「向こうでもちゃんとやれてるそうよ。ただやはり人手が足りないみたいで、こっちに戻ってくるのはまだ先みたい。」


電  「そうなのですか…。」


雷  「大丈夫よ、電。きっと無事に帰ってくるわ。」


電  「はいなのです。」


雷  「実は私もこれから出撃なの!」


電  「え?今からですか?もうそろそろ日が落ちるのです。」


雷  「急用の輸送任務だそうよ。トラック泊地に運ぶの。」


電  「あそこは今や最前線の泊地ですから、確かに足りないものがあるのはまずいのです。」


雷  「そ! でも今はここもほとんどの艦娘が出払っちゃっていないでしょ?それで手の空いてる私が行くってわけ。」


電  「そうなのですか。気をつけて行くのです。あの辺りの海域も今じゃ何があるかわからないのです…。」


雷  「大丈夫よ!私にかかればちょちょいのちょい!なんだから!」


この時の電は最前線への輸送任務なので雷の他に他の何人かの艦娘達と行くのであろうと、思っていた。

輸送任務さえ済めば、すぐこちらに戻ってくるはずであると…。


雷  「そうそう。司令官が、電が戻ってきたらすぐに自分のところへ来るように伝えてほしいって言ってたわ。」


電  「え?一体何の話でしょうか?」


雷  「さあ、そこまでは聞かなかったわ。そろそろ私も出撃の準備しなくちゃ。じゃ、またね!」


電  「はい!またなのです!」


内心は不安だけど、雷の明るい笑顔を見ると自分もついつられて嬉しくなって、笑顔になる。

雷にはいつもそういったところで助けてもらってきた。

だからまた帰ってきて今と同じ笑顔で再会したい。

きっとその時には響もいる。できれば暁も帰って来てまた四人揃うことを思い描くのだった。


電  「え?異動なのですか?」


雷と別れた後、電は執務室へと来ていた。


小田切提督「そうなんだ。暁と同じ一時的なものだよ。」


電  「暁ちゃんと同じ所に行くのですか?」


小田切提督「いや、残念ながら違う所だよ。任務が済み次第こちらに戻ってくるということになっている。入渠と補給を済ませたらすぐに出発してほしいんだ。」


提督の名前は小田切という。

細身の体で軍人にしては少し頼りなさを感じる人柄ではあったが、

艦娘に対して蔑視する事はなく、事務的な仕事と管理は良い方だったので、主に後方の兵站基地で重要な基地を任される事が多い人だった。


電  「わかりました。では急いで入渠と補給を済ませて出発します!」


小田切提督「よろしく。」


小田切提督は「ええと…次は。」と一人呟きながら机で山盛りになっている書類やらの紙の山を見ながら、せわしなく動き始める。


電  「あの…司令官さん…。」


雷の事についてふと気になって提督を呼ぶのだが、彼が忙しくしているのを見てはっきりとは呼べなかった。


小田切提督「ん?今何か言ったか?」


電の方を見れないで返事だけ返す小田切提督。


電  「…いえ、やっぱりいいのです。…失礼します。」


小田切提督「ああ。」


その後、電はすぐにマニラ基地を出発した。

他の娘に雷の事を聞くことができず、自分の任地へと赴いた。


しかし、任地についてから戦局は大きく変わる。

トラック泊地が陥落したという知らせだった。

すぐさま雷の事を心配した電だったが、そんな余裕は無かった。

本部が前線の後退を決定したのだ。

それからの電は息のつく暇が無かった。

前線からの撤退支援の為に輸送任務や哨戒任務、それと間もなく深海棲艦の攻撃が始まり、あちらこちらで会敵しては戦いの日々となった。

パラオ泊地も陥落したことを人伝に聞いた電は、マニラ基地に残した響や雷、そしてきっとどこかで生き残って戦ってる暁の事を思いながら海上で青空を仰いだこともあった。


そんな中、本土への輸送任務の途中地点としてマニラ基地を経由する任務をすることとなった。

電は喜んだ。

一時的とはいえマニラ基地に帰れる。

皆が戻っているかもしれない。皆に会えるかもしれない。

もしいなくても小田切提督がまだいるのなら、彼女達の事を聞いているかもしれない。

電は小さな胸に大きな期待を抱いて、航路を進んだ。


マニラ基地に到着し同じ任務をしていた艦娘達に「少し用事がある」と言って、基地の施設内を探し回った。

真っ先に向かったのは自分達姉妹が寝床として使っていた部屋だった。

しかしそこには誰もいなかった。

暁は帰って来ていないのか、響もどこかへ任務で出撃していないのだろうか?雷は……。

そう思った途端、気付かぬうちに部屋を飛び出していた。

基地の施設内を全て見回ってみなければ、自分が納得できない。

そう思って焦りながら走ってまわる電だった。


そんな時、ふと廊下の先に見慣れた後ろ姿が歩いていた。

自分と同じ茶色の髪、そしてそれを自分とは違っておろしてる髪型。あれは間違いない。


電  「雷ちゃん!」


思わず叫んでいた。

その声に彼女は振り返る。


雷  「あら!電じゃない!久しぶりね!」


そう言って自分に見せる笑顔は、いつも自分を笑顔にしてくれるあの明るい笑顔だった。


電  「久しぶりなのです!」


雷  「元気にしてた?」


電  「この通り、元気なのです!」


本当は心細かった。戦いの無い日など無かったから正直心も体も疲弊している。

けれど、こうして生きて雷と再会できたことが嬉しすぎて、今はそんな事はどうでもいい。


電  「雷ちゃん一人ですか?暁ちゃんは?響ちゃんはどうしてますか?」


雷  「暁はまだ戻って来てないそうよ。まだ向こうで任務が立て続けに増えて終わらないみたい。そういう響もここから本土への物資の輸送の護衛で、昨日出撃したばかりよ。」


電  「そうなのですか…。」


暁姉妹全員が揃うことは叶わなかったが、健在であることを知れただけでも大きな収穫だった。

電は少しほっとして胸を撫で下ろす。


電  「…それにしてもトラック泊地が陥落した知らせはびっくりしたのです。」


雷  「ええ。最前線の基地で十分な戦力が揃ってたはずなのにね。」


電  「雷ちゃんはよく大丈夫でしたよね?」


雷  「何が?」


電  「(…え?)」


電は嫌な違和感を感じる。


電  「何がって…雷ちゃんはトラック泊地の方に行って…。」


雷  「何を言ってるの?私、三日前にここに着任したばかりよ?」


電  「え…。」


嫌な予感がよぎる。電にとって一番認めたくないことだ。


電  「でも今…久しぶりって…?」


雷  「ああ、それはなんだか長いこと会っていなかったような気がして、思わず言っちゃったのよ。それに姉妹なのに初めましてなんて変でしょ?」


そうして見せる笑顔は前と変わらないはずのものだった。

だけどその時の笑顔は電にとって全く別人の笑顔に見えてしまった。


雷  「ねえ?大丈夫?顔がなんだか青いわ?」


電はハッと我に帰る。


電  「だ…大丈夫なのです…!」


雷  「そうかしら?私が医務室まで連れてってあげようか?」


電  「平気なのです…!あ!それよりも司令官さんに用事があったのを忘れていたのです!」


雷  「そうなの?今、司令官なら執務室にいるはずよ?」


電  「わかったのです。ちょっと行ってくるのです。」


雷  「一人で大丈夫?」


電  「大丈夫なのです。」


雷  「そう?じゃあまた後で。」


雷はそうして無邪気に笑顔で手を振ってくる。


電  「はい…。」


電は少し控えめに手を振りかえしてその場を後にする。


急いで執務室へと向かう電。小田切提督なら事情をよく知ってるはず。そう思って走る。

そして執務室の扉をノックもせずに勢いよく開けて、そのまま中に入る。


電  「司令官さん!!」


小田切提督「…電か。帰って来てたんだね…。」


小田切提督は電の様子を見て「やっぱり来たね…」というような表情で電を迎える。


電  「司令官さん…雷ちゃん…の事なのですが…。」


息を整えながら質問する電。


小田切提督「雷にはもう会ったのかい?」


電  「……はい。」


小田切提督「…そうか。」


電の様子から質問の意味を察して、小田切提督は質問に改めて答える。


小田切提督「…そうだよ。あの雷は五日前に本土で建造されて三日前に着任したばかりだよ。」


電  「そんな…。じゃ…じゃあトラック泊地に行った雷ちゃんは?私達の知ってる雷ちゃんはどうしたのですか?」


小田切提督「彼女は…。」


食い入るように聞いてくる電。

小田切提督は一瞬躊躇ったが続ける。


小田切提督「雷が出撃してから数時間後、グアム島西沖から定時報告があったのを最後に消息を絶っている。」


電  「…え?」


自分がここを発った日からということは、もう既に二週間以上経っているということだ。

そして最近、艦娘達の中で囁かれてる事がある。

同名艦は建造されないという噂だった。

既にどこかで存在していれば工廠で新たに同じ娘が造られないということ。

つまり雷が生きていれば、新しく雷が建造されるはずがないという事だ。

今までそんな事はなかったから単なる噂話だと思っていたが、このような事態になるとそれを信じてしまいそうになる。

認めたくない事実を認めないといけない。

電の顔がまた段々と青くなっていく。


電  「トラック泊地から連絡は無かったのですか?」


小田切提督「トラック泊地が襲撃されたのは、その日の翌日の事だ。こちらから連絡を取ることさえできなかったよ。」


電  「他の娘達は?雷ちゃんと一緒に出撃した娘達はどうしたのですか?」


小田切提督「…いや、出撃したのは雷だけなんだ。」


電  「…な!?」


またもや耳を疑う話だった。

一人でなんて、そんな事があってなるものか、と。


電  「ど、どうして?どうして一人でいかせたのですか!?」


小田切提督「すまない!!電!!」


するといきなり電に土下座をする小田切提督。

電もいきなりのことで驚いてしまい、何事かと思い言葉を失う。


小田切提督「最初は止めたんだ…。だけど僕は…。」


床に擦り付けてた頭をあげ、四つん這いに近い姿勢のままで、雷が出撃したあの日の事を語り始めた。


―――二週間程前―――


小田切提督「(どうしよう…。手の空いてる娘がいない。)」


先ほどトラック泊地の提督から緊急の連絡があった。

燃料の輸送をしてほしいということだった。

本当は連絡を受けたその場で断りたかった。

だがトラック泊地の提督は小田切提督より階級は上で、今じゃ前線の総指揮を任されてるほどの実績の持ち主。

多少人格や性格に難がある人でも、実力と実績があれば認められ、それだけが物を言わせる世界。それが軍というもの。

根が臆病だった小田切提督には逆らうことができなかったのだった。


小田切提督が思い悩んでいると執務室の扉が開いた。


雷  「司令かーん?…あれ?元気ないわね、どうしたの?」


入って来たのは雷だった。

小田切提督の様子がおかしいのを気にして心配気に近寄ってくる。


小田切提督「雷か。いや…僕なら大丈夫だよ。」


雷  「全然そんな風に見えないわ!何かあったのなら私に話してみて!」


小田切提督「けど…。」


雷  「そんな元気ないままでは駄目よぉ?自分だけでは駄目ならもっと私を頼っていいのよ!さ!話してみて!」


小田切提督「わかった…。それが…。」


小田切提督は先程の事情を話しながら、ある事を思っていた。

こうしていつも雷にはいつも激励され、いつも勇気づけてもらえて来たこと。

臆病な自分なのにそれを咎める事なく、雷はこんな風に自分を支えてきたのだと改めて感じたのであった。


雷  「…なるほど。それで悩んでたのね。でもそれなら簡単よ!」


小田切提督「何が?」


雷  「私がいるじゃない!」


小田切提督「っ!?……それはダメだ。君は次の任務の為に共に出撃する娘達が帰投するまで待機しているという話だろ!?」


雷  「でも帰ってくるまでまだ予定ではまだ先でしょ?その間に行って帰ってくればいいだけの話じゃない?」


小田切提督「けど他は?君以外に一緒に出られる娘がいないじゃないか?」


雷  「私一人で行くわ!」


小田切提督「な!?」


雷  「輸送する量も大して多くないし、一人で運べる量だわ。」


小田切提督「そんなの許可できるわけないだろ!!いくらなんでも無茶すぎる!」


雷  「でも私の他に行けれる娘がいないんでしょ?」


小田切提督「それは…。」


雷  「それにその輸送任務も優先させないといけないんでしょ?」


小田切提督「それはそうなんだけど…。」


言い返す言葉が出ない小田切提督。


雷  「フフッ、大丈夫よ!私に任せてもらえればちょちょいのちょい!なんだから!」


小田切提督「しかし…。」


雷  「それにね…私は司令官にそんな顔でいてほしくないの…。」


小田切提督「え…。」


雷  「今までずっと司令官は目立った所がなくて他の司令官に比べたら地味だって言われてるけど、私は司令官がそんな駄目な人には見えないわ!」


小田切提督「雷…。」


雷  「司令官は陰でいつも私達のために頑張っているの、雷も…いや、ここのみんなは知ってるわ!」


小田切提督「…。」


雷  「司令官はあまり自分の気持ちを伝えることが少ないから、私達のこと正直どう思ってるかわからないけど…少なくともここのみんなは司令官の力になりたいって言って頑張っているわ!」


小田切提督「そうなのか…。」


小田切提督は自分に自信が無かったからか、艦娘達からも良くは思われていないだろうと思っていた。

親し気に話した事もないし、話す事と言っても仕事のことしか話さなかった。

だからきっと自分には興味が無いのだろうと。

しかし、雷の言ってる事が本当なら、もしかしたら興味を持てなかったのは自分の方だったのかもしれない。

もう少し艦娘達に歩み寄っていれば、また違っていたかもしれない。

ここの所、艦娘達にかなり無理させている。にも関わらず、不満を言う娘はいなかった。

でもそれは自分のいないところで陰口や不平不満を言っていると思っていたが、それは大変な思い違いだったのだ。


雷  「だから司令官!もっともーっと私に頼っていいのよ!私は司令官の力になりたいんだから!」


雷の、その小さい体のどこにあるのかわからない、とても元気で勇ましい言葉と雰囲気に小田切提督は圧倒される。


小田切提督「……。」


小田切提督はしばらく考えた。悩んだ。

苦渋の選択をしないといけない。

本当にそれでいいのか、そうするしかないのか…。

でもこの雷の姿を見ていると、きっと任務を成功させてくれると淡い期待を抱いてしまう。


小田切提督「…わかった。雷、君にこの任務の遂行を頼むよ。」


雷  「はーい!雷、司令官の為に出撃しちゃうねっ!」


小田切提督「だが、危なくなったら物資を捨ててでも生還することを優先だ。こまめに定時報告もすること。いいね?」


雷  「わかったわ!」


小田切提督「必ず…帰ってくるんだよ…。」



―――時は戻り、再び小田切提督と電―――



小田切提督「僕は…雷の強さと優しさに甘えてしまったんだ…!」


気づけば小田切提督から涙が出て来ていた。


小田切提督「僕の弱さが引き起こしてしまった事なんだ。本当にすまない…!」


電は、また頭を床に打ち付けて土下座する小田切提督を黙って見つめたままそれ以上何も言えなくなってしまった。

小田切提督と自分は同じだ。

雷にずっと、あの笑顔にいつも支えられてきた。自分が少し弱気になってもあの笑顔を見ると安心できた。

いや、つい頼って甘えて来たのかもしれない。

だから、雷がこれから無茶な事をするって時を見逃してしまった。

雷の強さと優しさに甘えてしまった、自分が弱かったのだと…。


小田切提督「でもこうして電に話せて良かった。響にはちゃんと話す事ができなかったんだ。」


涙を拭って小田切提督は立ち上がる。


電  「響ちゃんは雷ちゃんの事知っているのですか?」


小田切提督「知っているよ。消息を絶ったことも。ただそれを聞いた響がそれ以来、僕の話を聞かなくなってしまってね。恨まれて当然だと思って、そのまま見守ることにしたんだ。だから雷とどんな話をしたかまだ話せてなくてね。」


電  「そうなのですか…。」


小田切提督「これから本土へ行くだろう?もしも向こうで再会できたら響に話しといてほしい。あと暁にも。彼女には謝ることもしていない。」


電  「司令官さんもそろそろ本土へ移動するのではないのですか?ここも危ないのです。」


遠回しにそれは自分で伝えるべきだという意味も含めて聞く。


小田切提督「僕は…ここに残るよ。」


電  「ど…どうしてですか?」


小田切提督「雷が最後まで僕のこと信じてくれただろ?だから最後まで彼女が信じた僕でいたいのさ。」


電  「司令官さん…。」


小田切提督「ごめんよ。君達の健闘を祈ってるよ。」


それが小田切提督との最後の言葉となった。

電が本土の佐世保鎮守府に着いた頃、マニラ基地が襲撃され陥落したことを聞いた。

生き残った艦娘達から聞いた話によると、小田切提督は戦いの最後まで作戦指令室で指揮を取っていたということだった。

戦いが進むにつれ勝ちが見込めないと判断したのか、艦娘達に早めの撤退の指示を出した。

小田切提督を助けに行こうとする者もいたが、彼は救援を呼ばなかった。

既に基地が空襲を受けてた事もあったが、基地の守備をわざと手薄にして深海棲艦が目をつけるようにしたのだった。

そうすれば、艦娘達が逃げれる隙があると読んだ上での作戦だった。

今までの撤退戦で基地を失った事を除けば一番被害が少なかった戦いとなったのだった。



―――現在 執務室―――


電  「今思えば罪滅しの為に基地に残ったのではないかと思うのです。」


蛇提督「ああ。そうだろうな…。」


響  「小田切司令官には悪いことしちゃったな…。」


蛇提督「響は恨んでいたのか?」


響  「それは違うよ。雷とどういう成り行きでそうなったかというのは、だいたい察しがついていたよ。雷は誰かに頼ってもらおうとする時、無理をすること多かったから。」


蛇提督「そうだったか…。」


響  「だからこそ、あの時自分が大破して入渠していなかったら、一緒に出撃できたんだ。あの時ほど自分を恨んだ事は無かったよ。ショックで目の前が真っ暗になるような感覚だった。」


蛇提督「なるほどな…。」


電  「話が少し逸れてしまいましたが、私達にあった事を話させてもらいました。聞いて頂いてありがとうございます…。」


蛇提督「ああ、よく話してくれた。今後の事を考える上でその事情を考慮するとしよう。」


電  「はい…お願いします…。」


そのまま俯いた状態の電を蛇提督は見ていたが、ふと椅子から立ち上がり、二人のそばへと歩み寄る。


蛇提督「二人は…雷の事をどう思っているのだ?」


響  「変わらないよ。雷のことは大好きさ。たとえ前の記憶が無い別人でも姉妹であることに変わらない。そう思うようにしてきた。」


電  「私も同じなのです。ただ…。」


蛇提督「ただ?」


電  「雷ちゃんがどう思っているのかわからないのです。私達の口から前の雷ちゃんの事を話せていないのです。」


響  「5年近くも一緒にいるけど、正体がわからないわだかまりが雷と私達にあるのは事実だよ。」


電  「それと…前の雷ちゃんよりも頼られようとしているように見えるのです…。でもその度にあの時の事を思いだしてしまうのです…。」


蛇提督「ほう…。」


電  「それのせいなのか、暁ちゃんとはよく喧嘩をしてしまうのです。」


蛇提督「暁は雷の事をよく思っていないのか?」


響  「違うよ。むしろ暁は私達が仲良くなれるように明るく振る舞っているんだと思う。一番の姉だからとやたら誇張するようになったのも、ここの鎮守府に配属されて私達が再会してからしばらくしてからの事だったよ。」


電  「私も今の雷ちゃんと仲良くなれるように頑張って来ましたが、暁ちゃんと雷ちゃんの喧嘩の原因もよくわからず、結局見てるだけしかできなかったのです。」


蛇提督「…。」


電  「前の雷ちゃんの事を今の雷ちゃんに話そうと思ったことも何度もあったのですが、話せば今の雷ちゃんが深く傷ついちゃうんじゃないかって、怖くて話せなかったのです…。」


蛇提督「なるほど。」


電  「…司令官さん、ごめんなさい。私、何もできなくて…。お役に立てそうにないです…。」


蛇提督「いや、私の質問にもよく答えてくれた。もしもう話す事が無ければ部屋を退室しても構わん。」


電  「はい…。」


電は本当にこれだけで良いのかと少しその場で考えた。

両手を体の前で握りしめ、その手は震えている。

こうして自分の思いを言えた事はとても久しぶりだった。

本音をなかなか話せない引っ込み思案の電にとっては貴重な機会であった。

前任の司令官の時はそのような機会など来る事はなかった。

けど今の司令官は落ち着いて聞いてくれている。

もうこの後、二度とこのような機会は訪れないかもしれない。

そう思うと今、司令官に退室してもいいと言われたとしても素直にその足を動かす事ができなかった。


それを隣で見ていた響は、そんな電の気持ちを知ってか、

電の震える手にそっと自分の手をそっと添えて、ついでにぶるぶる震えてる背中ももう片方の手でさすってあげながら電に言う。


響  「大丈夫。電はちゃんと話せてたよ。」


電  「響ちゃん…。」


落ち込む電とそれを見て慰める響の姿を見ていた蛇提督は、


蛇提督「電。」


電  「はい…?」


蛇提督に呼ばれて、俯いていた顔を上げて蛇提督を見上げる。


蛇提督「君達姉妹の問題はすぐに解決できるかわからん。だがこれだけは電に言っておこう。」


電をじっと見つめたまま、少し間を置いて、蛇提督はさらに続けて言う。


蛇提督「よく…耐えてきたな。」


電  「…!!」


たったその一言は電の胸の中でドクンっと響かせる。

それと同時に目に涙が込み上げてくる。


彼女のそれを何かで例えるなら、

たくさんの水を堰き止めていた壁に穴が空き、そこから全ての水が流れ込もうとする。

水の勢いに壁が耐えきれず、空いた穴のまわりから少しずつひび割れ始め水が漏れだしかと思ったら、大きな水流へと変貌していく。

そして流れ出した水は、電がこれまで抱えて来たものと一緒に涙となって溢れ出るのだった。


電  「ううぅぅ…うわぁぁぁ!!」


泣き出した電は咄嗟に蛇提督の右足に抱きついて、彼の足の付根辺りに顔を埋めてしまった。


机の上で寛いでいたユカリも「何事だ!?」という感じに目を丸くして頭だけ上げて三人を後ろから眺めていた。


蛇提督「お…おい!電!」


蛇提督の声も聞こえないのか、泣きついたまま離れようとしない電。

さすがの響もその姿にびっくりしていたが、彼女はあることに気づく。


響  「(そういえば…私の時も…。)」


自分も扶桑の件の時、司令官に自分の思いを打ち明けて、やはり何も出来ないと落ち込んでいたら、あの言葉が司令官から聞こえてきた。

先程も電が落ち込んでいる時に司令官が言った。

もしかして司令官は、落ち込んでる人や困ってる人がいたら見過ごせずにはいられない人?

龍驤や初霜、間宮さんや衣笠も同様のシチュエーションだったのではないか?

また一つ良い発見をした。


響は心の中でクスッと笑ったつもりだったが、

本人も気づかずにそれは表情に出ていた。


蛇提督「響!電をなんとかしてくれないか?」


蛇提督は響がそんな事を考えてる事に気づく事はなく、それよりも電の事でそれどころではないようだった。

表情はいつもと変わらないにも関わらず、明らかに困惑している珍しい蛇提督を見ながら響はある事を思いつく。


響  「じゃあ…私も…。」


と言ったと思ったら、電と同じように彼の反対の足に抱きついてしまう。


蛇提督「おい!?響まで何をしている!?」


響  「…今、電を無理に引き剥がさない方が良いと思っただけさ。」


と、抱きついたまま顔だけ上げて、しれっと話す。


蛇提督「だからってお前までする理由は…!」


響は聞こえかったフリをして、顔を埋めてしまう。


蛇提督「……。」


蛇提督が少し黙った後、深い溜息を吐く。

響はそれを聞いてさすがに怒られるかと体をビクッとさせるが、何も起きず何もされなかった。

しばらくしていると、自分の肩に何かが触れられる。司令官の手のようだった。

電の方をチラッと見る。電も同様のことをされてるようだった。

その時の司令官の顔を見ることはできなかったが、ただ一つ気になったのは、

その触れられる手がわずかに震えていることだった。



―――食堂―――


龍驤 「響もその頃から話さなくなったらしいで。」


古鷹 「あの娘達、それぞれが自分の事を責めていたのだと思います。以前の私のように…。」


扶桑 「響ちゃん達にそんな事があったのですね…。」


一方こちらは電達に起きたことを龍驤から聞き、それが終わったところだった。


衣笠 「私…全然知らなかった…。知らなかった事が情けないくらいだよ。」


龍驤 「すまんな。電があまり他の皆に迷惑かけたくないから言わんといてって頼まれたからな〜。」


古鷹 「私もだいぶ前ですが、偶然知れただけなんです。」


加古 「でも普段のあの娘達見てるとそんな感じに見えなかったけどな〜?」


龍驤 「そうなるように彼女達が努めてたんや。…けど、お二人さんは気づいておったんやろ?」


そう言うと龍驤は龍田と天龍の方を見る。


龍田 「ええ…。」

天龍 「ああ…。」


二人は俯いたまま答える。


初霜 「…でも凄いですね。私は姉さん達が新たに建造されて会えたとしても、前のように接する自信がありません…。」


山城 「私は姉様が沈んだ後なんて考えたくないわ。というか正気でいられるかがわからないわ…。」


夕張 「あの娘達は見た目以上にずっと大人なのかもね…。」


間宮 「いえ…それ以外の方法を見つけられずに、今までそうすることしかできなかったのでしょう…。」


龍驤 「そやな。それはウチらも同じや。見てるだけしか出来へんかった。」


一瞬その場は沈黙する。

少し重い空気の中、初霜がその空気を払うかのように発言する。


初霜 「でも提督が言ってたではないですか。それは逃げてきたわけではないと。そうだからここにいる事を選んだのだろうって。」


夕張 「え?提督がそんなこと言ってたの?」


加古 「そうそう。あの人って時たま、私達が感心してしまうほど良い事言ってくれたりするよね。」


衣笠 「ああ見えて、私達の事をよく見てるのかもしれないね。」


古鷹 「見てるだけじゃない、私達が話すことの裏側や真意まで見ようとしてるんだと私は思うな。」


他の娘達が話す中、腕組みをして珍しく黙って聞いている天龍を見ていた間宮は言う。


間宮 「それにしても提督さんの暁ちゃんと雷ちゃんの喧嘩の止め方はとても良かったです。おかげであれ以上喧嘩をする事が無くなりましたから。そう思いませんか、天龍さん?」


と、天龍の今の心境を見極める為にわざと話を振る。


天龍 「別に…提督ならあれぐらいできて当然だ。けどあいつ、結局最後はあいつらを脅す形で喧嘩を止めてたじゃないか。」


と、反論をするも間宮の視線からは目を逸らす。


龍驤 「んでも、あの場合、あれで良かったと思うで。」


加古 「どうして?」


龍驤 「喧嘩の件は司令官の責任として請け負いつつ、罰をチラつかせながらの高圧的な態度で黙らせる。前半は喧嘩の原因は司令官にあるようにしたということと、後半は権力を振りかざす司令官になる。つまり二重の意味で自ら悪役になったんや。」


扶桑 「自ら悪役…ですか。」


龍驤 「喧嘩の原因もその後の喧嘩の決着がつけられないのも司令官のせいにしておけば、しばらく黙っているしかできへんからな。間宮さんが二人の喧嘩が周りに迷惑をかけてると気づかせてくれたおかげもあって、二人のどちらかがまた蒸し返すような事にもならへんだろうし。」


天龍 「だけどそれは単なる時間稼ぎで、何も解決してないじゃないか?」


龍驤 「時間稼ぎでええんや。その間に解決法を模索するのやろ。扶桑ん時と同じやり方や。」


扶桑 「もしも血も涙も無い方であるなら、喧嘩をする二人をすぐさま切り捨てているでしょう。前任の提督ならそうであったと思います。しかし、あの方は時間稼ぎをしてでも解決法を模索する。それだけでも賢明な方であると私は思います。」


扶桑のこういう発言にいつもなら反論をする山城は珍しく黙って聞いている。

目の前の虚空を見つめながら、何かを考えているのであった。


龍田 「でも扶桑、言ってたじゃない?今さらメンバーが変わるような事があると、大規模作戦に参加する艦隊の編成も考え直さないといけなくなるからめんどくさいって。駆逐艦でさえも替えを用意するのが困難な状況下だから、解体にする事ができないだけって事もありうるわぁ。」


扶桑 「そ…それは…そうですが…。」


天龍 「ちょっと待てよ。それ、なんの話だ?」


衣笠 「ああ、実は…天龍達が帰って来るまでにね…。」


衣笠、扶桑、龍田は、蛇提督と衣笠が執務室に戻ってきてからの事をその場にいる艦娘達に話した。


龍驤 「ほ〜う。それは興味深い話やな。」


初霜 「もう既に大規模作戦の艦隊編成もそこまで考えていたのですね。」


夕張 「私…責任重大だな…。」


加古 「私は第一と第二、どっちに組まれるかな…。」


山城 「話を戻すけど、提督が扶桑姉様に言った言い訳も本当の事ってなるのかしら?」


ここでも蛇提督が扶桑に言った事に対して山城が怒りそうな場面であるが、その山城はやけに落ち着いていると、その場にいる皆がそう思った。


衣笠 「真偽の程はわからなかったわね〜。」


龍田 「私も本当に本音を言ったのと思うのは早計だと思うわぁ。」


龍驤 「ほ〜う。珍しく慎重な意見やな?」


龍田 「ねえ?嘘をつく時にバレないようにするコツって知ってる?」


間宮 「嘘の中に本当の事を混ぜる事ですか?」


龍田 「そう、その通り。そして今回、あの提督と話して思ったことは、彼は彼なりの目的があるって事。」


扶桑 「今の私達と提督は利害が一致しているという話ですか?」


龍田 「あの話はきっと本当の事だと思ったわ。もちろん扶桑に言った言い訳の方も。でもそれに関してはあらかじめ用意していた嘘も混ざってると思うの。」


扶桑 「あらかじめ用意していた…?」


龍田 「そう。響ちゃんの件もあって、きっと他の誰かに扶桑の一件の事を聞かれる事を予想してたと思うわ。」


山城 「それなら利害が一致するという話が全て、あらかじめ用意していた作り話という可能性は無いの?」


龍田 「無いわけじゃないけど、その可能性は低いわ。」


夕張 「どうして?」


龍田 「あの時…扶桑に提督の才能があると言われて、一瞬動揺したように見えたのよ。」


加古 「それって褒められてドキッてしちゃったとか?」


扶桑 「いいえ。むしろ逆のようです。その後に提督は本当は自分が航海士になりたかったという話をしました。後ろ向きだったので表情は見れませんでしたが、あの時の提督はなんだか寂しそうというか悲しそうな雰囲気でした…。」


これを聞いた夕張は自分にも覚えがあると思った。

車の中、資材集めを終えた帰り際で古鷹の事について話していた時、

『忘れようとするのが土台無理な話なのだ。…その思い出が大切であればあるほどな…。』

その言葉を言った提督の横顔は、一瞬とても寂しそうな顔をしたように見えた。

最初は気のせいだったかもしれないと思ったが、もしかしたら扶桑達が見た提督の雰囲気はその時と同じだったのかもしれない。


龍田 「そういうわけで、その時の話は本当だったと思ってる…。でも…。」


古鷹 「でも?」


龍田 「利害が一致しているなら、どうして私達とは意図的にどこか壁を作るような話し方をするのだろうって思ったのよ。」


天龍 「そりゃあ…艦娘が嫌いだからだろ?いくら自分の夢を取り戻す為とはいえ、自分の夢を奪った片側と手を組まなくちゃいけない屈辱があるからだろ?」


龍田 「確かにそうとも言えるわぁ。けど、言い訳の話の方も含めて、本当にそれだけなのか?って思ったのが、私の本音かしらねぇ。」


山城 「それだけなのかって言うのは?」


龍田 「まだ何か肝心な事を隠してる気がするのよ。本当に嫌いなら、艦娘と深海棲艦の事をあれだけ深く考えるかしら?」


夕張 「元々、学者肌な所はあるわ。仕事ぶりからそう思える。だからそういう性分なだけというのもありえるわよ?」


龍田 「そうね。それもありえると思うわぁ。それでも彼がそこまで気になる理由があると思うの。」


夕張 「それもそうね…。」


それぞれが考えているのか一時、皆が沈黙する。


古鷹 「これ以上考えても進展は無さそうですね。」


扶桑 「せめてあの写真に写っていた方達がどなたなのかがわかればいいのですが…。」


衣笠 「写真って何のこと?」


龍田 「衣笠達が執務室にいない間、ちょっと調べてたのよ。」


龍驤 「おいおい…それって机の引き出しの中やらを漁ってたってかいな?」


扶桑 「はい…。」


加古 「勇気あるね〜。」


山城 「ね…姉様…。」


扶桑 「いけないってわかっていたのよ…。でも…。」


龍田 「何でもいいから手がかりになるようなものが欲しかったのよ。」


初霜 「手がかりって提督の事を知るための何かって事ですか?」


龍田 「そう。望みは薄かったけど思いがけない物を見つけたわぁ。」


夕張 「その写真には何が写ってたの?」


龍田 「提督とその他に二人の人物が一緒に写ってたわ。どこか自然豊かな所に遊びに来ている写真だったわね。」


扶桑 「とても親しそうだったのですが、その御二方がどなたなのかがわかれば提督の事をもっと知る事ができるのでしょうけど…。」


古鷹 「どんな人達だったの?」


龍田 「男性と女性の二人で、男性は金髪のチャラい感じで女性は栗色の長髪の人だったわぁ。」


古鷹 「!?…そ…その女性って少し癖っ毛で髪が全体的にフワッとした印象の人じゃなかった?」


龍田 「ええ、そうよ。よく分かったわねぇ?」


衣笠 「そ、それって!?」


加古 「嘘でしょ!?」


古鷹 「繋がった…!だからあの時…。」


夕張 「ちょっとちょっと!?勝手に話を進めないでよ!?」


天龍 「そうだぜ。一体どういうことだよ?」


古鷹 「その女性が私達の知ってる人であるかもしれないんです。」


加古 「樹実提督がここにいた頃に何度かここに来たことがあるんだよ。」


扶桑 「え?ここにですか?」


衣笠 「そうそう。青葉の話だと樹実提督の幼馴染らしいの。」


古鷹 「その方は艦娘と深海棲艦について研究している方だと樹実提督が仰っていたの。」


龍田 「あ…思い出したわ。確か私達の鎮守府にも一度だけ来たことがあるのよ。」


天龍 「え?そんな奴、小豆提督の時に来たのか?」


龍田 「天龍ちゃんはその時遠征に行ってたかもしれないわねぇ。その時は艦娘達の検査をしたいって話で採血やら何やらをしたわぁ。それと…。」


天龍 「それと?」


龍田 「なんだかいろんな事聞かれたのよねぇ〜。食欲はあるかとかの健康状態を確認する話から私の頭に浮かんでるこのリングの仕組みとか、趣味はあるのか出撃しない日はどうして過ごしてるのかとかぁ…。」


天龍 「な…なんだそりゃ…。」


衣笠 「それ、私達もそうだったよ。」


加古 「途中から質問の内容が脱線し始めて、結局、樹実提督に止められてたけどね。」


古鷹 「艦娘に凄く興味がある人で熱が入ると暴走するんだって樹実提督に聞いたよ。」


初霜 「それなら提督が艦娘や深海棲艦について深く考える理由はきっとその方の影響でしょうね。」


自分に言った『本当にそれで幸せなのか?』という質問もきっとその人の影響かなとふと思った初霜。


龍驤 「さっき古鷹が、だからあの時…なんて言うてたのは何のことなんや?」


古鷹 「以前私が秘書艦をしてた時に、提督から前任の提督のその前は誰だったのかと尋ねられて樹実提督の名前を言ったら一瞬動揺したように見えたの。どうしたのかと私が尋ねたら学校時代に聞いていた英雄だからと仰っていたんだけど…。」


龍驤 「ほう〜。もしかしたらその女性から樹実提督の事を色々と聞いていたのかもしれへんな〜。」


夕張 「実は恋のライバルとかだったとか?」


山城 「あの提督が恋をするような人には見えないけどね…。」


間宮 「ともかくその御二方を、特に女性の方を調べてみれば提督の事で何かもっと情報を掴めるわけですね。その女性の方は名前は何て言うのでしょう?」


古鷹 「中森…そう言ってたよ。」


衣笠 「じゃあ私の方から青葉に手紙で聞いてみるよ。大淀にも協力を仰いでもらって調べてもらうようにお願いしてみる。」


間宮 「それと、もう一つ付け加えてもらえませんか?」


衣笠 「何をですか?」


間宮 「提督の家族とか故郷がどこなのか調べられないでしょうか?」


加古 「そういやそうだよね…。その辺りからも調べてみたら何かわかるかも。」


衣笠 「それなら既に青葉に頼んでるよ?」


古鷹 「え?そうなの?」


衣笠 「ほら、古鷹が前に樹実提督の家族の事とか聞こうとしたじゃない?あの時私もそれで思いついてその後に手紙で頼んどいたの。」


間宮 「それで何かわかりましたか?」


衣笠 「故郷がわかったら鎮守府を抜ける目処を付けて直接行ってみるって。まだ行ったっていう返事は来てないんだけどね。」


加古 「例の事件に関わった艦娘に会いに行った時もそうだけど、どうやってお忍びで呉鎮守府から抜け出してるんだか…。あそこの提督って結構厳しくて黒い噂もあるっていう人だって話じゃないか?」


衣笠 「呉は佐世保と並んで今の精鋭部隊を集めた鎮守府だけど、青葉自身は数合わせで所属しているようなもんだから出撃回数も少ないんだって、自分で言ってた…。だから鎮守府をこっそり抜け出す機会は結構あるんだって。」


それを語る衣笠はどこか悲しそうだった。


衣笠 「でも青葉が外で人間の街からとかもらったり買ったりした物が、鎮守府から出た事がない艦娘達にとって、凄く珍しかったりして喜ばれるんだって。そっちの方が性に合ってるって書いてあったよ。」


そう言って先ほどの悲しい表情から明るく着丈に振る舞うがどこか切なそうである。


間宮 「そうですか…。私も艦娘であることを隠して人間の方と接していたことありましたが、皆さんとても良い方達でした…。」


天龍 「でもそれは艦娘だと知らないからだろ?知ったらみんな恐れおののくさ。」


間宮の言葉に冷たく突き放すように言う天龍。

扶桑は龍田が言っていた天龍が人間嫌いになった理由を思い出していた。


間宮 「いえ…実はここに来る前に一部の方ですが私が艦娘であることを打ち明けました。」


天龍 「は!?本当かよ!?」


間宮 「はい…。ですが私の事を受け入れてくれました。今まで騙していたのにそれを咎められることもなく…。今じゃ色々な食材を届けてくれるのですよ。」


龍田 「そうなのぉ?その人には感謝しないとねぇ。ね、天龍ちゃん?」


天龍 「…ああ、そうだな。」


素直じゃないのかそれとも認めたくないのか、龍田からもそっぽを向いて返事だけする。


扶桑 「それでは青葉さんの連絡待ちという事ですね?」


龍驤 「当分はそうやろな。」


初霜 「何かわかるといいですね…。」


天龍 「俺はそろそろ部屋に戻るぜ。」


龍田 「なら私も行くわぁ。」


天龍と龍田は席を立ちその場を先に別れる。


夕張 「私も工廠で用事済ましてから自分の部屋に行こう。」


間宮 「私もそろそろ食器を片付けないと。」


古鷹 「なら私も手伝います。」


加古 「古鷹がやるなら私もやろうかな〜?」


衣笠 「私は早速手紙を書くね。」


古鷹 「あれ?秘書艦の仕事は今日はもう無いの?」


衣笠 「それが夕食の前に、提督に今日はもういいって…。一人で考えたいことがあるからって言われちゃってさ〜。」


扶桑 「今日の暁ちゃん達の事でしょうか…?」


衣笠 「そうだと思うけど…。なんか行きにくくてさ〜。」


龍驤 「まあそれでええんとちゃうんか?司令官も一人でじっくり考えたいことがあるのかもしれへんし。」


衣笠 「そうだね…。そうしとくよ。」


そうしてその場は解散となった。

しかし皆が動き始めても何故か山城だけは座ったまま何やら考え事をしてるようだった。


扶桑 「山城、どうかしたの?」


山城 「いえ…何でもないです。私も部屋に戻ります。」


扶桑 「そう…。」


山城にとっても今日は提督に対しての見方が変わったかもしれない一日であったと思う。

どうしても姉である自分に固執してしまう性格なのだが、これを機に他の人にも興味を持ってくれたら、姉として安心できるのに。

っと扶桑は今日の山城のちょっとした変化を思い出してそう思うのだった。



―――執務室―――



響  「落ち着いたかい?」


電  「はい…。」


やっとのことで泣き止んだ電は蛇提督から離れて、響から渡されたハンカチで顔を拭いていた。


電  「あ…あの…すみませんでした…。見苦しい所をお見せしたのです…。」


自分がした事を思い出すと恥ずかしくなって、泣いて赤く腫れた目のまわりとは別に顔が赤くなるのが自分でもわかる。


蛇提督「構わん。泣いたことは秘密にしておくから、俺にしがみついたことは秘密にしておけよ。」


響  「(司令官も恥ずかしかったのかな?)」


蛇提督「響もいいな?悪ふざけも今回だけ見逃しておく。」


響  「嫌だったのなら私だけ引き剥がしても良かったんだよ?」


ちょっと意地悪な事を聞いてみる。

怒られるのを承知でどんな反応をするのか試したいという好奇心からだ。


蛇提督「ぅ…。無理に引き剥がそうとすれば、隣にいる電にも被害が及ぶ。そう思っただけだ…。」


やはりこの人は優しい人だなと思った。

電の為に恥ずかしいのを我慢していたのかもしれない。

最もなことを言われたからなのか最初に一瞬動揺したのも面白かった。


電  「あの…すみません…。その…私のせいですよね…?」


おどおどしながら再度謝る電。


蛇提督「だから構わないと言っただろ。誰にだって泣きたい時はある。そうであろ、響?」


響  「う…うん…そうだね。」

響  「(あれ…?もしかして私も泣きたくなったのだと思ってくれたのかな…?)」


半分は悪ふざけだ。

片側半分空いていたので、電と同じことをしようと思っただけだ。

だけどもう半分は、確かに悲しくなったのだと思う。

電を見ていたら自分も泣きたくなったのかもしれない。

涙は伝染するとどこかで聞いたことがある。

電のように泣いたわけじゃないけど、慰めてほしくなったのは本当かもしれない。

そんな些細な思いもこの司令官は気遣ってくれたのだろうか…。


蛇提督「さあ、用が済んだのなら、そろそろ自分達の部屋へ戻れ。」


響  「了解。電、そろそろ行こうか。」


電  「はいなのです。」


そうして二人は行こうとするのだが、電はハッと思い出すように、もう一度蛇提督の方へと向き直り、


電  「あ…あの…!」


蛇提督「何だ?」


電  「ありがとう…なのです…。」


電は少し恥ずかしげに微笑んで言うのだった。

そんな電を見た蛇提督は、


蛇提督「ああ…。」


と言うだけで、後ろに振り向いてしまった。


電と響は蛇提督の背中を見ながら、

一体今どんな顔をしているのだろうと気になったが、そこは大人しく部屋を出るのだった。



間宮 「(提督は食堂に来てないはずだから、まだ食器はあちらにあるはずだわ。)」


その頃、間宮は執務室へと向かって廊下を歩いていた。

艦娘達が使った食器は古鷹達に任せて、間宮は蛇提督の分の食器を取りに行くとこだった。


間宮 「(提督は一体何を考えているのでしょうか…?)」


先程、食堂で皆と話した事を思い出していた。

今回で知ったことは提督の事を知る重要な手がかりとなる。


間宮 「(写真に写っていた方達と提督が敢えて本音を言わない理由と関係があるのでしょうか…?)」


特に気になることは古鷹の話で出た中森という女性のこと。

樹実提督と幼馴染というその女性は提督とどういう関係だったのか。

もしも彼女が提督に大きな影響を与えているのなら彼女から聞けば何かわかるはずだ。

まずはその中森という女性のことがわかるまで今は待つしかない。

…けれどこんな遠回しな方法しかないのだろうか?

一番良い方法はやはり本人から本当の気持ちを聞くこと。

それが小豆提督との出来事で学んだことだから。


階段を上りすぐそこの角を曲がれば、執務室前の廊下に差し掛かる。

間宮が角を曲がった所で、間宮は咄嗟に隠れる。

電と響がちょうど執務室から出て来たところだった。


間宮 「(あれ…?)」


遠目ながら電の目元が赤く腫れてるように見えた。


間宮 「(さっきまで泣いていた?)」


そのように見えただけだが、彼女も艦娘の端くれ。目は常人より良い方だ。

それにあの腫れ方は先程までまで泣いていたものではないかと、彼女の経験も合わさってそう思ったのである。


電と響が間宮がいる方向とは反対の方向へと行く。


響  「(そういえば聞きそびれてしまったな…。まあ…また今度聞いてみよう。)」


今は電が心配なので彼女の様子を見ながら、共に部屋へと戻ることにする。


廊下の角で隠れていた間宮はきっと自分達の部屋に戻るのだなと思いながら間宮は二人を見送ると、彼女達が見えなくなってから執務室の前へと足を運ぶ。


コンコンコン

間宮 「間宮です。」


蛇提督「入れ。」


ドアの向こうから蛇提督の声が聞こえ、失礼しますと言いながら執務室に入る。


中へ入ると窓のそばで立ったまま既に暗くなっている窓の外を眺めていた。


間宮 「(…どうして窓の外を見ているのでしょうか?)」


少し不可思議な光景だなと間宮が思っていると、蛇提督は振り返らないまま間宮に話す。。


蛇提督「どうした?」


間宮 「あ…食器を下げに参りました。」


蛇提督「そうか。すまないな。」


間宮は食べ終わった食器を持って行こうと机に近づく。

よく見ると机の上にはユカリが丸くなって寝ている。


間宮は寝ているユカリをじっと見ながら思う。


間宮 「(…かわいい。)」


実は最初にここに来てからまだユカリに触れたことが無かった。

だから触りたくてたまらない。手の届く距離にユカリちゃんがいる。撫でたい…。

だけどおこしてしまうのもよくない。

そもそも提督に怒られるかも…でも触りたい。


しばらくモジモジしていたが、さすがに蛇提督に不審に思われたのか間宮に振り返る。


蛇提督「どうかしたか?」


振り向いた瞬間に間宮はハッと我に返る。


間宮 「い…いえ!なんでもございません!」


慌てて否定する。

蛇提督は無表情ながらキョトンとしていたので、バツが悪くなった間宮は照れ隠しのついでに自ら話しかける。


間宮 「先程、響ちゃんと電ちゃんが執務室から出て行くのを見ました。…もしかして提督さんも電ちゃん達の過去の事を聞いたのですか?」


蛇提督「ああ。」


やっぱりそうだったんだなと思った間宮は、あの時電は泣いた後だったんだなと確信に変わった。

しかし、ここで何があったかは敢えて聞かない方がいいと思った間宮は別の話題を出すことにする。


間宮 「実は私も先程、食堂で龍驤さんからあの娘達の過去の話を聞かせてもらった所なんです。」