蛇提督と追いつめられた鎮守府 Part6
「蛇提督と追いつめられた鎮守府」の続き、part6です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、提督と艦娘達が関わる中で彼にも艦娘達にも変化が……。
蛇提督の秘密も少しずつ明かされる中、物語は新しい出会いを通して新たな戦いを告げる。
*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。
それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。
―――硫黄島付近 海上―――
古鷹、加古、衣笠、青葉、天龍に夕張は、複縦陣で海上を進んでいた。
衣笠 「ハァ〜……」
そんな中、衣笠は任務中であるのにも関わらず、海上を走りながら憂鬱そうに溜め息をつく。
加古 「どうしたんだよ、衣笠?」
衣笠の様子が良くなさそうなのを見て、加古は衣笠に近づき、他の艦娘達も気づいて同じようにする。
青葉 「ここの所、ずっとこの調子なのですよ〜」
青葉がそう言った瞬間、衣笠はギロっと青葉を睨む。
「うっ…!」と青葉は衣笠のその目に一歩たじろぐ。
古鷹 「青葉が勝手に取材をした日、辺りからだよね?」
夕張 「もしかして、この前の提督の言葉を気にしている?」
ギクっと衣笠は体をビクつかせる。
天龍 「まぁ、あんな言われ方したら怒るのも無理は無いよな」
衣笠 「ま…まぁ……」
夕張 「そうよね〜、衣笠を下心ありありで見てたなんてちょっとショックよね〜」
加古 「提督は目の事があるんだとしても、ああいうところが無ければ、もっとモテそうな気がするけどな」
古鷹 「でも、そういうところも演技だっていう可能性もないわけじゃないし……」
天龍 「そうだぜ、龍田だって言ってたじゃねぇか−−あいつの場合は嘘と本当を混ぜるって−−いちいち真に受けてたら、身が持たないぜ?」
加古 「そういう天龍は、全然気にして無さそうだよね?」
青葉 「そうです。天龍さんも“からかいやすい人”認定されてたじゃないですか?」
天龍 「あー、なんか慣れてきたというか……いちいち食い下がったところで、どうもならんだろ」
加古 「……天龍の言葉とは思えねえ」
天龍 「どういう意味だよ!!」
夕張 「もしかして……!?」
天龍 「あん?」
夕張 「実は……また触られてもいいとか思ってる?!」
天龍 「んなわけあるか!!」
夕張のトンデモ発言に胸を触るジェスチャーを見て、天龍は顔を赤くして怒る。
落ち込んでいる衣笠を置いてけぼりに、話は別の方にヒートアップしていた。
古鷹 「と、とにかく! 気に病む必要はないってことだよ!」
古鷹も少し顔を赤くしながら、彼女らの話を止める。
青葉 「そうです! それにガサ、逆に考えるのです!」
衣笠 「……何を?」
青葉 「触れやすそうな相手ということは、司令官にとってハードルが低く身近な相手として親近感を感じやすいという意味でもあるということです!」
衣笠 「それは……絶対無いと思う」
青葉の提案に、衣笠の表情は暗くなる一方だった。
古鷹 「話はここまで! そろそろ報告にあった敵艦隊を捕捉できるはず−−みんな集中して!」
そう、彼女達は索敵させていた古鷹の水上機から、敵の輸送艦隊を発見した報告がなされ、その追撃をしている最中だった。
彼女達を気を取り直し、任務を続行するーーーー。
しばらく進んでいると、古鷹が「敵輸送艦を捕捉」と目視で発見する−−−−。
「ここで撃破します!」と古鷹の言葉を皮切りに艦隊は最大戦速で追いかける。
これに敵艦隊も気づいて反転し、やがて戦闘に突入する。
輸送ワ級が三隻、重巡リ級が二隻、軽巡ホ級が一隻。油断しなければ数も火力もこちらが上。
古鷹達は泊地棲姫の艦隊を倒した勢いから衰えることなく、これらも確実に仕留めて、それほどの被害を受けずに勝利を収めた。
夕張 「これから、どうする?」
周囲に敵がいないことを確認した上で、夕張が古鷹に指示を仰ぐ。
古鷹 「一度、硫黄島に帰投しようと思う。この事を元帥と提督に報告する必要があると思うの……」
青葉 「そうですね……彼らが進んでいた方向は、明らかにフィリピン諸島方面でしたからね〜」
実は輸送艦隊を見つけたのはこの一つだけではない。
ここまででも五つ以上の艦隊を発見している。全ての艦隊に輸送級がいて、皆全てフィリピン方面に進んでいた。追いつけられそうな艦隊を潰しながら、その規模を把握しようと彼女達は追っていたのだ。
敵の新たな動き……こればっかりは、いくら療養を言いつけられている蛇提督にでさえも報告しなくてはならない。
それほど、今回の敵艦隊の発見は重要な意味を持つと考えた古鷹は、哨戒任務の途中ではあったが、急遽戻ることを決断する。
そして一行は、少し足早に帰路につく。
艦隊は複縦陣で、先頭は左側から天龍と夕張、真ん中は衣笠と古鷹、後ろは青葉と加古だ。
加古 「それにしてもさ〜、ここんとこアタシ達負けなしだよね〜」
無線越しに加古が意気揚々にみんなに話しかける。
天龍 「あん? そりゃあ俺様がいるからな!」
加古に負けないくらい鼻高々に言う天龍。
夕張 「いやいや、私のデータが大いに活躍しているからでしょ」
夕張も自慢げに対抗してくる。
青葉 「青葉達の古参組が、これまでの経験を最大限に活かしているからですよ!」
青葉は彼女らの話に、楽しそうに便乗する。
衣笠 「……」
衣笠だけは彼女らの話がまるで聞こえていないのか、まだ思い詰めたままだった。
天龍 「そんな事言ったら、俺だってその古参組だろ」
青葉 「艦隊決戦に関しては、青葉達の方が上です」
夕張 「いやいや、それらも全て網羅している私のデータが−−−−」
話が段々喧嘩になりかねないところで、加古が割言って話す。
加古 「ともかくさ! アタシ達、無敵だよね!」
それを聞いた夕張、天龍、青葉は一緒に納得して同意する。
古鷹 「……でも油断は大敵だよ? 何があるかわからないんだから……」
加古 「大丈夫大丈夫! 何でも来やがれってもんさ!」
天龍 「そうそう! そこまで心配する必要はねぇぜ!」
古鷹 「そうかな……」
古鷹は心のどこかでざわついた感覚があった。
先程の敵艦隊を見たからなのか、それとも他の理由か……。
彼女の中で、見えない不安に駆られていた。
加古 「ふっふーん、アタシってば本当にやる時はやれるんだからね〜」
加古の浮かれ気分は上がる一方だった。
それに合わせるように他の三人も話を盛り上げる。
ここまで会敵することなく硫黄島まであと数十分もすれば帰れる地点にまで来たことが、彼女らの油断をさらに誘う要因になっていた。
そんな彼女らに三時の方角から数本の魚雷が迫っていることに、まだ誰も気づけなかった。
そして最初に気づいたのは古鷹だった。気づいたと同時に回避命令を出すが、警戒が緩んでいた彼女らはその対応が遅れる。
加古 「ぐわあぁっ!!」
魚雷の一本が加古に直撃してしまう。
古鷹 「加古っ!?」
爆発して倒れかかる加古の体を青葉が抱き止める。
古鷹と衣笠は辺りを警戒して、天龍が爆雷の準備、夕張がソナーを使って魚雷が来た方向を索敵する。
夕張 「数は……三……それ以上いるかも」
天龍 「どうする? オレ達、対潜装備はちゃんと積んでねぇぞ」
古鷹 「ここは撤退、振り切ります!」
分が悪いと判断して、即断で撤退を指示、逃げる事を優先した。
硫黄島まではもう少しだ。うまく動けない加古を抱えてでも逃げ切れる。
そう思っていたのだったが、現実はそう甘くなかった。
夕張 「前方に敵潜水艦! 数は六!」
ちょうど道を塞ぐように敵潜水艦が横一列に並んでいるのを夕張が発見する。
古鷹 「まさか……待ち伏せ!?」
そんなことを考えさせてくれる暇も無く、前方の敵潜水艦から一斉に魚雷が放たれる。
今度はこちらの発見が早かった為、回避行動が間に合った。
天龍 「今度も数が多いなーーでもやるしか無さそうだな!」
青葉 「突撃する気ですか?!」
天龍 「もたもたしてたら、後ろからも狙われるぞ!」
天龍の言う通りだ。このままでは前と後ろから挟撃される。
対潜能力の無い重巡四隻と内一隻は大破して連続で回避行動できるほど、船体の調子が良くない。
そして、あまり対潜装備が十分じゃない軽巡二隻だけでは、数に負けてしまう。
でももう迷っている時間もない−−−−絶体絶命だった。
加古 「古鷹……ここは私を置いて……先に……」
古鷹 「何を言ってるの?!」
加古 「この状況作ったのはアタシだ……だから責任を……」
古鷹 「加古を一人置いて行けるわけないじゃない!」
天龍 「そうだぜ! 弱音吐いている暇あるなら、とにかく動け!」
夕張 「私達がなんとか退路を作るから、他のみんなは隙を見つけて先に行って!!」
衣笠 「そんな……!」
青葉 「壁と魚雷処理ぐらいならできます!」
天龍 「戦えない奴がここにいたって邪魔なだけだ! さっさと行くんだな!」
衣笠 「そんな言い方……」
天龍 「死ぬ気はねえよ……オレ達も後から行く」
夕張 「そうそう、私もいるんだから平気! また会いましょう!」
天龍と夕張、二人は笑顔でグットポーズをして見せたあと、その古鷹達の前に堂々と出る。
古鷹 「二人とも……」
そんな彼女らの背中はとても大きく、そして勇ましく見えた。
衣笠 「かっこいい……」
青葉 「その勇姿、この青葉の目とレンズに焼き付けさせてもらいます!」
これから死地に行くとは思えないほど、二人は輝いていた。
夕張 「フフッ……さあ、行くわよ!」
天龍 「ああ、行くぜ!」
と、二人が走り始めようとした−−−−その瞬間だった。
ドゴーーーーン!!!
天龍 夕張「「…………あれ?」」
いつの間にかどこぞの艦隊が、正面の敵潜水艦群に爆雷を投げつける姿が見えた。
天龍 「嘘だろ!? 俺の見せ場が!?」
夕張 「それは私のセリフよ!! 私の活躍の場が〜」
ここのところ、戦闘においてほとんど良いところが無かったと言う二人が、地団駄を踏んでいる。
今の二人に先程の勇姿は微塵も残っていなかった。
衣笠 「アハハ……残念だったね……」
青葉 「でも面白いので撮っておきましょう!」
やがて、潜水艦群を素早く片付け終わった彼女らはこちらへと転進し、颯爽と近づいて来た。
卯月 「助けに来たぴょん!」
皐月 「間一髪だったようだね!」
鳥海 「間に合ったようですね。残りの敵潜水艦もよろしくお願いします」
五十鈴「対潜のコツ、教えてあげるわ。ついてきなさい」
矢矧 「お願いする!」
神風 「さあ、追い込むわよ!」
鳥海以外は、古鷹達の後ろから追いかけてきた潜水艦達をやっつけに向かう。
古鷹 「鳥海さん、お久しぶりです!」
鳥海 「お久しぶりです!」
衣笠 「鳥海達が助けに来るなんて……」
青葉 「鳥海さんがいるってことは大湊から代わりの艦隊が?」
鳥海 「当初はその予定でしたが、色々の都合と重なって他の鎮守府所属の艦娘も混ざってますよ」
夕張 「そうよね……五十鈴は確か舞鶴に……一緒にいたポニーテールの娘は初めて見た顔ね……」
鳥海 「彼女は阿賀野型三番艦の矢矧ですよ。同じく舞鶴にいたとか」
天龍 「なあ、さっき『間に合った』って言ってたけどよ。もしかしてこうなることを予想してたのか?」
加古 「……」
鳥海 「その事も含めて、帰りの道中でお話しします」
彼女らが話し終わった頃に、五十鈴達も敵を掃討して戻ってきた。
そして一同は、硫黄島への帰路につきながら、これまでの事を古鷹達に話すのだった。
―――数時間前 硫黄島沖―――
鳥海 「もうすぐ、硫黄島が見えてくるはずですよ」
鳥海含む重巡三隻、軽巡三隻、駆逐艦十一隻と合計十七隻の艦隊で、発動艇やドラム缶を輸送護衛しながら彼女達は硫黄島へと向かっていた。
霞 「やっと着くのね……ここまで長かったわ……」
浦風 「シンガポールからぶっつけじゃったから、ウチぶち疲れたわ〜」
高雄 「佐世保組の三人は休められるか聞いてみましょうか?」
磯風 「私は平気だ−−−−それより、横須賀鎮守府の提督に会うのが楽しみで仕方ない」
皐月 「僕も会うのが楽しみでしょうがないよ!」
潮 「でもその提督が、とても怖い方だと聞いたのですが……」
曙 「私は艦娘を平気で切り捨てるクソ提督って聞いたけど?」
霞 「艦娘の胸を平気で触るクズってのも聞いたわよ」
愛宕 「まあ……確かに、そういう情報が知れ渡っているけどー」
高雄 「情報元があの青葉さんなので、多少脚色があるかもしれませんが……」
矢矧 「だがその提督は、いつぞや呉襲撃に対していち早く艦隊を動かして窮地を救い、今回の硫黄島攻略の立役者でもあるのだろう?」
神風 「人としては最低だけど、提督の指揮能力はあるってこと?」
磯風 「待て待て、前に言ったではないか? 『俺にとって勝利とは、誰一人沈まぬこと』そう言ったのはその提督なんだぞ。霞にも朝潮からの手紙を見せたであろう」
皐月 「そうそう! 僕の所にも同じのが来たんだから!」
霞 「そりゃあ……姉さんの事は信じたいけど……」
磯風 「私はこれを見た時、確信した。やはりあれは中佐殿の息子なのだと」
神通 「前にもその話をされてましたね……?」
浦風 「そうなんじゃよ、中佐はええ人じゃったわ〜」
朝霜 「父親が良い人だからって息子がそうとは限んねぇじゃねえのか?」
清霜 「何が本当で、そうじゃないのかわかんないや」
鳥海 「横須賀鎮守府で待っていた元帥に聞いても、何も教えてくれなかったですね」
卯月 「会ってみればわかるぴょん!」
五十鈴「そうね、どんな奴かはともかく、五十鈴としては個人的に聞きたいことがあるわ」
初春 「妹のことじゃな? それなら妾もあそこには、たった一人残った妹がおるのでな。そんな提督の下でどうしておるか心配じゃ」
愛宕 「あ! 見えてきたわよー! みんな急ぎましょうー」
彼女達は硫黄島に着き、知らせを聞いて待っていた龍驤と大和が出迎える。
久しぶりに会った挨拶や互いの労を労うなどの私語は程々に済ませ、早速、蛇提督がいる部屋へと案内させてもらう。
そしてその道中、現在の蛇提督についての話を聞かされる。
彼はさきの作戦で負傷をし、まだベッドにいることが大半だが、未だ固定された右腕以外はある程度動くようになった為、この硫黄島基地の指揮に戻るようになった。
今後の作戦を踏まえ、本土に帰る前にある程度やる事をやってから帰るつもりだという事だった。
龍驤 「司令官、代理艦隊が来たで。入ってええか?」
ノックをしてから龍驤が尋ねると中から「入れ」と聞こえたので、龍驤を最初に艦娘達がぞろぞろと入っていく。
蛇提督はこちらに向くようにベッドに腰掛け、隣には武蔵と扶桑、山城がいた。彼らは龍驤達が入ってくるついさっきまで何か話していたような雰囲気だった。
代理艦隊の艦娘達は、蛇提督と会うのが初めてだったが、その大半は彼の鋭い蛇目にビクッと体を震わせる。
蛇提督「よく来たな。早速、ここでの任務内容を話したいとこだが、まずは簡単にお前達の自己紹介をしてくれ」
蛇提督がそう言うのを聞いて、武蔵達は一旦、部屋の端に移動し龍驤もそこへ。
大和だけが蛇提督のそばに残る。
高雄 「こんにちは、高雄です」
愛宕 「私は愛宕よ!」
鳥海 「私が鳥海です」
代理艦隊の全体の責任を任されてるのは高雄で、副官の役割は鳥海だそうだ。
高雄 「それと蛇提督に、玉椿提督から手紙を預かっています」
蛇提督が高雄の言葉にピクッと反応する素振りを見せたが、構わず手紙を受け取って読み始める。
読み進めていく蛇提督の顔は、ほんの僅かに微妙な顔つきになる。
蛇提督「大湊の提督が、私と同僚だったとは知っていたが、あちらがこちらの事を知っていたとはな」
高雄 「養成学校時代で会ったことないのですか?」
蛇提督「無いな」
玉椿(たまつばき)提督、現在、大湊の提督をしている人物で、あだ名は鼠提督。
その容姿が、小柄低身長で特徴的な出っ歯を持っていることが、養成学校時代からの通り名だった。
高雄 「鼠君はよくあなたのことを話すわ。いつか凄いことをやってみせる人だって」
蛇提督「この手紙にも、こちらにいかに友好的であるかを延々と綴られているよ」
愛宕 「嫌いなの?」
蛇提督「手紙だけで考慮するなら……あまり良い感じしない」
一体どんなことが書かれていたのか、その場の全艦娘はとても気になった。
鳥海 「鼠提督は蛇提督の指示をしっかり聞いて動くようにと、あなたに絶対の信頼を置いているようでした」
蛇提督「……まぁ、言うこと聞くなと言われるよりはマシだがな」
龍驤 「そういや摩耶は来とらんのか? アリューシャン作戦以来会ってないから気になっててん」
鳥海 「摩耶もこちらに来たがっていましたが、対潜メインだからあなたは要らないと言って置いてきました」
龍驤 「お、おう……そうなんか……」
鳥海の言葉遣いそのものは冷静なのに、口調はどこか怒っているのを感じて、龍驤は戸惑う。
そんな鳥海を蛇提督もじっと見ていた。
愛宕 「では蛇さん! よろしくお願いしまーす!」
蛇提督「……」
蛇提督の意味あり気なだんまりに高雄が「どうかしたのですか?」と尋ねると、
蛇提督「いや……その呼び名なんだが……」
高雄 「ああ、これですか?」
高雄が言うには、「提督」では誰のことか分からないといけないから、呼びやすい名前で呼ぶようにしているとのこと。
愛宕 「こっちも『鼠君』とか『鼠ちゃん』って呼んでるのよね〜」
高雄 「お嫌でしたら本名の方で呼びましょうか?」
蛇提督「……いや、それで構わん」
このやりとりを見ていた大和は、(“蛇”に関しての名前で呼ばれることにどこか抵抗があるのかな?)と思うのだった。
磯風 「陽炎型駆逐艦十二番艦、磯風だ」
浦風 「ウチ、浦風じゃ、よろしくね!」
霞 「朝潮型駆逐艦、霞よ」
磯風と浦風はその表情だけで「会えて嬉しい」というのが伝わってくる笑顔を見せるが、霞はぶっきらぼうに言う。
蛇提督「三人は佐世保鎮守府所属の艦娘だったな?」
磯風 「そうだ、輸送任務を兼ねて足りない人員を補う為にやってきた」
浦風 「まあ、任務内容を聞いてウチらから志願したんじゃけどね」
蛇提督「ん? どういうことだ?」
磯風 「朝潮から聞かなかったか?」
浦風 「ウチら、提督さんのおとったんにお世話なったんよ」
蛇提督「ああ、そういえば彼女の話からお前達の名前が出ていたな」
磯風 「あともう一人、皐月も一緒に来てるぞ」
磯風がそう話すのを聞いて、後ろの方にいた皐月が自分がここにいることをアピールするようにぴょんぴょんと跳ねていたが、我慢しきれずにタタッと走ってくる。
皐月 「僕も司令官に会うのが楽しみだったんだ!」
子供のようにはしゃいで蛇提督にググッと近づく。その勢いに蛇提督は少し困惑していた。
高雄 「皐月さん、ダメですよ。順番は守ってください」
皐月 「ちぇ……はーい」
高雄に怒られた皐月は渋々列に戻る。
磯風 「朝潮達に先を越されてしまったが、伝言を伝えられることができて良かったと思ってる」
浦風 「おとったんから話を聞いてから、会ってみたいと思うっとったんよ」
蛇提督は伝言が伝わっていることをどうして知っているのか二人に聞くと、磯風達は朝潮から手紙が届いたことを教え、さらに蛇提督から親子の話に首を突っ込むなということも聞いていることを言った。
その瞬間、蛇提督も彼を取り巻く空気も一変する。
蛇提督「……それを知って、なおも俺に関わろうとするのか?」
蛇提督の声が低くなった。その声だけでここにいる前艦娘の背中に緊張を走らせる。
磯風 「親子の問題にどうこういうわけじゃない。私はただ個人的な興味で司令と話してみたいのだ」
浦風 「ウチも同じじゃ。実際こうして会ってみて分かったじゃけえ−−こうしてよう見ると、おとっさんに似とるじゃけえ」
蛇提督「似ていると言われたことなんか無いがな」
浦風 「そうなんかあ? でもこっちの方が男前じゃけえ」
蛇提督「お!? おとこ!?」
浦風の突然の発言に、蛇提督が仰け反るほど面食らって驚く。
そんな姿に高雄と愛宕がクスっと笑ったのを大和は気づいた。
霞 「はぁ〜ばっかじゃないの!」
先程まで腕を組んで事の成り行きを見ていた霞が痺れを切らしたように口火を切る。
霞 「あんたがどんな奴かなんてどうだっていいわ! 私達は遊びで来てんじゃないのよ!」
それを聞いた蛇提督は咳払いをして気を取り直す。
蛇提督「霞の言う通りだ。本来の役目は忘れてはならん」
霞 「そうよ! だいたい、こんな自己紹介なんて時間の無駄よ! さっさと任務内容を話して出撃した方がいいわ!」
磯風 「私語が長くなってしまった事は悪かったと思っているが、それは言い過ぎではないのか?」
霞 「私は仕事に真面目なだけよ。任務以外の事で浮かれてるあんた達とは違うわ」
浦風 「浮かれてるとは聞き捨てならんなあ。ウチは前々から霞のその石頭もどうかと思うっとったんよ」
霞 「何よ?! 私が間違っていると言いたいわけ?!」
このまま口喧嘩になりそうなのを流石に止めるべきだと、すぐそばにいる大和や彼女らの後ろにいる高雄らも止めに入ろうとした時、蛇提督が怒号を飛ばす。
蛇提督「やめないか!!」
その場が静まり返り、蛇提督を見たまま誰一人動かなくなったところで、蛇提督はその鋭い目で霞を見る。
蛇提督「霞」
霞 「な……何よ……?」
その何とも言えない凄みと言い出すまでの間が、霞を緊張させる。
蛇提督「すまなかったな……私的な内容で本来の目的から逸れてしまった。申し訳ない」
霞 「……え?」
霞は豆鉄砲を喰らったように呆けてしまう。
磯風 「待て、関係ない話題を出したのは私で司令が謝ることでは−−」
だが磯風の言葉に蛇提督は、手を上げて制止する。
そして霞への視線をそのままに、構わず話を続ける。
蛇提督「だが自己紹介は俺が必要としてやっていることだ」
霞 「それは……どうして?」
霞の声に反抗の意思は無くなっている。ただ理由を尋ねる。
蛇提督「一時的とはいえ、お前達を預かることになったんだ。預かる責任を請け負った以上、顔と名前、艦種は確認をしておきたい。今後の作戦の為にもな−−−−」
蛇提督の圧が物を言わせる。説得力も重なって反論する余地を与えない。
だがその圧は、先程の親子問題の時とは違うもののような気がした大和だった。
蛇提督「だから時間の無駄ではない−−わかったか?」
霞 「わ、わかったわ……勝手にすれば……」
霞は耐えられなくなったのか蛇提督から視線を逸らして、その場を引く。
蛇提督「二人も話したいのであれば、空いた時間の時にな」
磯風 「そうさせてもらう……すまなかったな、司令」
浦風 「ウチもちぃと頭に血が上ってしまったじゃけえ、ごめんなあ」
事が穏便に収まったところで、安堵した艦娘一同は自己紹介を再開する。
皐月 「やっと僕の番だ! 僕は皐月、よろしくな!」
卯月 「卯月でっーす! うーちゃんって呼ばれてまっす!」
神風 「神風型駆逐艦、一番艦、神風。推参です!」
神通 「あの……軽巡洋艦、神通です。どうか、よろしくお願い致します……」
蛇提督「四人とも大湊の所属だな」
皐月 「そうだよ! 僕も司令官に会ってみたかったんだ! 僕も空いた時に司令官とお話ししたいな!」
蛇提督の話もそっちのけでまたもや皐月はグイッと蛇提督に迫る。
蛇提督「朝潮達といい磯風達といい、お前達の考えはどうなっているんだか……」
蛇提督は呆れた様子で、ため息をつきやや項垂れる。
隣で見ている大和は(こういう強引なのは苦手なのかな?)と思っていた。
卯月 「これが皐月が言ってた、息子さんだぴょん?」
皐月に負けないくらい、いつの間にか卯月もかなり近づいて蛇提督をじっと見る。
隣で見ていた大和は、蛇提督が「ぴょん……?」と小さく言ったのが聞こえた。
卯月 「聞いていたとおり、本当に蛇みたいな瞳をしているぴょん! おもしろいぴょん!」
皐月 「ホントだね! 最初は驚いたけど、慣れればおもしろい!」
蛇提督「面白いってお前ら……」
キャッキャッと騒いでいる皐月達に、蛇提督は怒らず困惑気味だった。
龍驤 (あんな風に言われても、怒らないところが司令官の良い所やわな〜)
扶桑 (小さい子に好かれる提督も良いですね〜)
山城 (――とか姉様は考えてるのでしょうか……。どう見てもおちょくられてるだけなのに)
武蔵 (フフン、我が相棒の人徳のなせる業だな……)
そんな蛇提督達を山城以外は微笑ましい光景だと思っているようだった。
神通 「あ……あの……二人とも、そんなに騒いでは、迷惑ですよ……」
皐月達の後ろから神通が注意しようとするが、声が小さくて皐月達に届かない。
神風 「もう! 神通さん、もっとシャキッと言ってください! 仮にも水雷戦隊を預かる人なんですから!」
神通 「そ……そうは言っても……」
そんな彼女らの話を聞いていたのか、蛇提督が神通に話しかける。
蛇提督「神通……そうだ、樹実提督の戦歴でその名がよく出ていたのを思い出した」
神通 「!?」
樹実提督の名前が出た時、神通がビクッと体を震わせる。
だが蛇提督はそんな様子を見つつ、構わず話を続ける。
蛇提督「水雷戦隊の経験が多いのならば、その戦術について興味がある。空いた時間にでも話を聞かせてほしい」
神通 「あ……えっと……それは……」
神通は口を濁らせてしまい、何を言ってるか聞き取れなかった。
そんな時、助け舟を出すかのように傍から見ていた龍驤が代わりに話し始める。
龍驤 「水雷戦隊に興味があるんなら、ここに集まってる艦娘はうってつけやで」
蛇提督「確かに元帥には対潜をメインに艦隊を出して欲しいと言ったが……詳しく聞かせてもらおう」
龍驤によると、神通を始め、水雷戦隊で活躍したメンバーが揃っているとのこと。
水雷戦隊の旗艦なら神通とこれから紹介する五十鈴、付き従う駆逐艦は霞や曙、潮が該当する。
この名前を挙げた者達は、樹実提督や小豆提督の指揮下で活躍した熟練の艦娘達だ。
蛇提督「ふむ……それはありがたい。彼女らの経験は我が艦娘達にも良い材料となろう」
そんなことを言っている蛇提督の隣では、(考え事をする時、顎をさする癖があるんだよね……)と大和は思いながら彼をじっくり観察する。
神風 「駆逐艦の戦い方に興味あるの? それなら私にも聞いていいのよ」
胸に手を当てて勝気な態度で、蛇提督の前にズイッと出てくる神風。
蛇提督「――確か神風と言ったな? 君の名前は過去の戦歴で見た記憶が無いが?」
神風 「うっ……私は本土襲撃のちょっと前に就役したから大きな戦いには出てないけど……でも、船団護衛はよくやってたわ!」
蛇提督「うむ……これから前線を押し上げていく上で、前線への輸送作戦も多くなる。その時は神風の経験も大いに役立つだろう」
神風 「物分かりのいい司令官で助かるわ! 駆逐艦の戦い方を熟知しているのは私なんだから!」
蛇提督「ほう、自信満々だな?」
神風 「もちろんよ! 駆逐艦の実力はスペックじゃないんだから!」
蛇提督「それに関しては同感だな。駆逐艦に限らずだがな」
蛇提督と神風のやり取りを見ていた大和は(この二人……気が合うのかしら?)と今初めて会ったとは思えない会話をしていて驚いていた。
いや、蛇提督は口数は多いと言えないが、いろんな艦娘と話せるところが彼の長所でもあると改めて思ったのだった。
皐月 「もう! 僕を差し置いて二人で話しているなんてずるいのさ!」
卯月 「うーちゃんを無視するとは、いい度胸だぴょん!」
蛇提督「お前達は勝手に盛り上がってただけだろ……。磯風達にも言ったが、個人的に話したいことがあるならまた今度にな」
龍驤 (ほんま……司令官は着任した時に比べて柔らかくなったわな……心境の変化があったのはウチらだけやないかもしれへん)
ああいう輩には悪態をついても無意味だと諦めたか、それとも彼の中で艦娘に対する見方が変わったのか、何はともあれ自分と艦娘の間に作っていた壁が薄れつつあるのはウチらにとっては良いことだ、と龍驤は考えていた。
初春 「妾が初春じゃ」
曙 「特型駆逐艦、曙よ!」
潮 「特型駆逐艦、潮です……」
先程の皐月達と違い、こちらの三人には蛇提督に対する警戒心があるようだ。
蛇提督は三人は一度じっと見てから話しかける。
蛇提督「先ほど、龍驤の話で曙と潮が出たが、彼女らは小豆提督指揮下で活躍した艦娘だったな?」
龍驤 「おお、そうやで。よく知っとるなぁ?」
蛇提督「彼らの下で戦った艦娘は特に気にしているからな。貴重な経験をしているはずだ」
これを聞いていた大和は、(提督も、過去の提督達の戦略や戦術から自分なりに学んで今後の作戦に役立てているのですね……)と彼の精進ぶりを見習っていた。
矢矧 「あの……質問してもいいだろうか?」
突然、後ろで控えていた矢矧が手を挙げて蛇提督に質問する。
いつものごとく「構わん」と蛇提督は許可を出す。
矢矧 「まさかとは思うが、現存の艦娘を全て暗記しているのか?」
蛇提督「先程の神風のように戦歴にあまり載っていない艦娘は記憶に強く残っていなかったりするが、全ての鎮守府に所属している艦娘のデータは目を通し終えている。――こうして自己紹介をさせてるのも自分の記憶と照らし合わせるためだ」
武蔵 (『艦娘は希望』そうだからこそ一人一人を把握しようとするのだな。さすがだ相棒)
山城 (提督のあの考えは一種の執念みたいなのを感じるのよね……)
二人のように感じ方はそれぞれだが、皆共通して思うことは“変わり者”であることだった。
そしてこんな感じ方をする者もいる。
曙 「はっ! そんな大壮なことを言って、本当は単純に可愛い子はいないのかいやらしい目で探してただけじゃないの?」
潮 「あ、曙ちゃん……!」
曙の発言で部屋中、騒然とする。大和が否定しようとした時、この男はまた話をややこしくさせる。
蛇提督「フン……だったらどうだというのだ?」
曙 「何だって!?」
蛇提督「例え私がそのような目で見ていたとしてもお前には関係なかろう?」
曙 「あるわよ! そんな奴が近くにいると思ったら、キモくてたまらないわ!」
蛇提督「曙がどう言おうと今のお前の上司は私だ、命令は聞いてもらう。――安心しろ、私は公私をちゃんと使い分ける方だ」
ここでまた蛇提督特有のニヤッと気色悪い笑顔が出るのだから、曙の話に真実味を帯びてきてしまう。
潮 「ひいぃぃ!?」
蛇提督の笑顔を見た潮が青ざめて咄嗟に曙の後ろに隠れる。
大和 「提督……必要以上に脅かすのは良くないですよ」
大和は場を宥める為に敢えて優しく注意する。
大和なりに遠回しで蛇提督はそんな人ではないと他に教える為だった。
そんな大和に蛇提督はじっと大和を見てから「フン……事実を言ったまでだ」と大和から視線を逸らすのだった。
曙 「やっぱり聞いた通りね! あんたはロリコンで巨乳好きって聞いてんだから!!」
艦娘の大半はこの発言でびっくりしていた。
それは言われた本人も同じだったようで、
蛇提督「待て待て……それはどこからの情報なんだ?」
高雄 「えっと……それは私の方から説明しますね……」
高雄の話によると、鎮守府間での艦娘だけに伝わる情報は、その鎮守府の艦娘代表が個人宛に手紙を書いて情報を共有している。
情報を回して来てくれるのは主に青葉だ。横須賀鎮守府では衣笠がしていたように、大湊では高雄が代表して受け取っている。
横須賀鎮守府の事件も蛇提督のことについての情報も他鎮守府全てに届けられた。
『ロリコンで巨乳好き』はあの呉襲撃の際に蛇提督が天龍にやらかしてからの事を青葉が情報共有の為に手紙を送っていたのだった。
蛇提督「なるほど……そういうことか……」
ため息つきながら、納得がいったような感じの蛇提督。
龍驤 (あちゃあ〜、青葉が艦娘達を守る為にやってた事とはいえ、裏目に出てしもうたな……)
あの事件は紛れもない事実なので、青葉の手紙に多少脚色があったとしても否定しきれないだろうと龍驤は思った。
大和 「あの……でしたら皆さんも提督の事は既にご存知なのですか?」
と、代理艦隊全ての艦娘達に聞いてみると、皆「うん」と静かに頷くのだ。
扶桑 「まあ〜、提督の事をそれだけ多くの艦娘の皆さんが知って頂いてるというのは嬉しい限りですね♪」
山城 「いえ、姉様……そんな悠長な話ではないと思いますが……」
武蔵 「ふむ……」
武蔵は蛇提督の事が思った以上に伝わっているのだなと思っている。
これまでの彼の行跡、例の事件の事も……。
磯風 「だが司令が言ってくれた『俺にとって勝利とは、誰一人沈まぬこと』私はそれに感銘を受け、他の者達に教えたのだ。司令は噂で言われるような極悪人ではないと」
蛇提督「なに!? その話も伝わってるのか?!」
皐月 「僕の方にも届いたよ! だからみんなに教えたんだ!」
朝潮からの手紙は父との事だけではなく、武蔵達との一件も伝わっていたようだ。
あの場にいたのは呉鎮守府のメンバーが共にいたが、佐世保と大湊の方にも伝わっていたようだった。
蛇提督「ううむ……朝潮が……そうか……」
蛇提督の反応を見て大和は考えていた。
まず彼にとって予想外のことだったのだろう。頭を悩ませているのはそれが彼にとって良いことであり、一方では悪いことでもある。
彼は良いことだと思うことはすぐに認めたりたまに褒めたり、悪いことなら悪口なり否定的な事を言う。それだけ彼が本当は率直な人間であることを彼とのこれまでを踏まえた上で感じたことだ。
高雄 「そのおかげで青葉さんからの情報の蛇提督と朝潮さんからの蛇提督の情報は本当に同一人物なのかと疑う者も出てしまっている始末です」
横須賀鎮守府でも呉鎮守府でも、蛇提督の人物像が分かれる混乱はあったけど、まさか他の鎮守府でもそのような事態になっていたとは……と龍驤は驚いていた。
蛇提督「……私がどう見られようと、お前達が命令を聞ければそれでいい」
だけど当の本人は、有耶無耶にしてしまうのだからますます分からなくなる。
初春 「貴様のようなわけのわからない奴の下に、我が妹がいるとなると心配でならんのお」
それまでずっと黙って聞いていた初春が急に話しかける。
蛇提督「初霜の姉だったな?」
初春 「そうじゃ、久しぶりに初霜に会えると思うて来てみたというのに、なんじゃ聞けば今はおらんと言うではないか」
蛇提督「ああ、すまない。いない理由はこの後の任務の事について説明する時に一緒に話そうと思っていたのだ」
初春 「なんじゃ、そうだったか。なら早う進めてくれんかの。このようなくだらない事で立ち止まっていては時間の無駄じゃ」
そう言いながら手に持っている扇子を広げて口元を隠し、わかりやすくチラッと曙を見る。
それを見た曙は、何かを察してか押し黙るのだった。
大和 (初春さんは提督に対して、どう思っているのでしょう……?)
“くだらない事”というのは、蛇提督自身の事かそれとも蛇提督についての噂や情報についての事なのか、ただ言えそうなのは高飛車な彼女でも妹を持つ姉ならば、やはり妹が心配になるのだろうと自分自身と重ねて思うのだった。
五十鈴「先ほど紹介された、五十鈴です。水雷戦隊の事ならなんでも聞いて」
矢矧 「阿賀野型軽巡の三番艦、矢矧よ」
朝霜 「あたいは、夕雲型駆逐艦、十六番艦の朝霜さ」
清霜 「同じく夕雲型の最終艦、清霜です。よろしくお願いです!」
蛇提督は彼女達の顔を確かめるようにじっと見る。
特に五十鈴を見る時間が若干長かったような気がした大和だった。
蛇提督「お前達は舞鶴からの応援だったな?」
五十鈴「そうよ、佐世保からの輸送任務を手伝うついでに来たの」
矢矧 「さらにそのついでに、いずれ水雷戦隊を預かれるようになる為、その実戦経験を積む為に私は来たわ」
蛇提督「なるほど……五十鈴は指南役か」
五十鈴「ええ、こちらでの任務をこなす上で、矢矧に教えてほしいって頼まれたわ」
蛇提督「久奴木提督にか?」
久奴木(くぬぎ)提督、舞鶴鎮守府で長いこと提督を勤めている人物。
その大きな鼻と体格、つぶらな瞳や穏やかそうな容姿から“象提督”と呼ばれている。
五十鈴「それもだけど、どうやら元帥の意向らしいわよ。これから前線へのさらなる戦力投入が考えられるから、見込みのありそうな艦娘は今のうちに練度を上げておきたいんですって」
清霜 「横須賀鎮守府に着いた時に本人がいたのにはびっくりしたけどね〜」
蛇提督「えっ? 元帥が横須賀鎮守府にいたのか?」
高雄 「あっ……それは、後でお話ししようと思っていたのですが……」
高雄の話によると、佐世保と舞鶴組、そして大湊組が硫黄島へ行くまでにいったん補給も兼ねて横須賀鎮守府で合流した時、そこには元帥と護衛役の憲兵達がいたのだという。
元帥は、「任務内容と構成された艦娘達の再確認、それと蛇提督には伝言も兼ねてよろしく伝えておいてほしい」と艦娘達に言うために、わざわざ横須賀鎮守府で待っていたのだという。
蛇提督「……」
蛇提督は顎をさする癖をまたしながら、なにやら深く考えている。
大和 (確かに私が聞いても不可思議です……提督に伝えたいのであれば電文でも可能のはずですし……)
大和も元帥の行動に疑問を持ったが、でも自分が元帥に直接聞くときっと「そうでも言わなきゃ、可愛い艦娘達に会えないでしょう!」と言いそうだなと苦笑いする。
蛇提督「伝言とは何だ?」
高雄 「わざわざ皆さんの事を聞かれている提督なら大丈夫だと思うのですが……」
――――君の事だから言わなくてもいいと思うが、別鎮守府の艦娘だからといって存外に扱うでないぞ? 何かあればすぐわかるからな。……それとなるだけ早く本土へ帰還してほしい。状況は思った以上に動いているようだ――――
蛇提督「あの野郎……」
隣にいた大和だけが、小声で蛇提督が言ったのを聞き取った。
蛇提督にとってはやはり、元帥は厄介で嫌いな相手なのだろうか。
前に青葉さんや間宮さんが蛇提督と元帥の妙な関係について話していたけど、今はまだはっきりわからない。
わかることといえば、蛇提督にとって元帥は“契約と上下関係もあるからこそ、頭を悩ます相手”といった感じだ。
自分達が初めて提督と会った時も元帥と提督の会話がそんな感じだったからだ。
高雄 「今回の代理艦隊も、元帥のお考えもあって組まれたようです」
蛇提督「そうか……なら早く帰る為にも代理艦隊の君達にはなおさら協力してもらわねばな」
朝霜 「あたいらは輸送任務とあんたの帰還護衛って聞いてるぜ?」
清霜 「私も私も!」
蛇提督「そうなのか?」
さらに列の後ろに戻っていた神風も「私もよ!」と言うのが見えた。
鳥海 「はい、この三人は提督の帰還の際、その護衛と輸送物資の手伝いがメインだと元帥が仰っていました」
蛇提督「そうだったか……だが持って帰るものなんてそんなに多いとは思えないし、こちらの艦隊だけで事足りると思うのだがな」
武蔵 「元帥のことだ、提督が怪我したのを気にして少しでも護衛の数を増やしたいのでは?」
蛇提督「それは……過保護というやつじゃないか……?」
あるいは本当に元帥が提督のことを必要としているからと、ふと大和は思った。
龍驤 「三人は本土に戻った後も他の任務があるんやろ? それなら、ウチらと一緒に帰った方が安全やからやないのか?」
蛇提督「別鎮守府の艦隊と同行させるだけでも貴重な経験になるだろうからな。その為もあるかもしれん」
朝霜 「まあ、そういうことだ! それまで世話になっからな! あたいの名前、忘れんなよ!」
清霜 「私もお世話になります!」
これで一通り艦娘達の紹介が済んだことを確認した蛇提督は、次の話へと移行する。
蛇提督「……では、今後のここでの任務について話していこう」
一体何を言い渡されるのか、様々な噂や情報が飛び交うこの男が何をするつもりなのか代理艦隊の艦娘達は、期待や疑惑、緊張とそれぞれ違った思いを持つ中で蛇提督の話に耳を傾ける。
蛇提督「君達がここでやることは二つ、マリアナ沖への偵察任務そしてこの海域の対潜掃討だ」
高雄 「マリアナ沖ですか?」
愛宕 「どうしてまた?」
蛇提督「私の考えだが、敵は既に次の作戦の為に動いていると思っている。先ほどの伝言を聞く限り元帥も勘付いているようだ」
磯風 「その次の作戦とは?」
蛇提督「敵はフィリピン諸島に戦力を集めている可能性がある。理由は二つ、こちらの侵攻作戦迎撃の為と反攻作戦の為」
霞 「確かにフィリピン諸島のマニラ基地などは昔から交通の要衝でもあり、南西海域と南方海域をつなぐ大事な拠点だわ。戦力を集める理由は分かるけど、もうその為に敵が動いていると?」
蛇提督「今それを確かめるために、古鷹達には遠征に出てもらっている。もしも可能性が出てきたならば、マリアナ沖へ偵察に行く必要が出てくる」
矢矧 「なるほど、マリアナ沖はフィリピン諸島への中継地点になるのか」
蛇提督「その通りだ。敵は戦力をそこにも集め守っている可能性がある。鬼や姫クラスの存在も考慮して一度、敵状視察する必要があるだろう」
鳥海 「そういうことですか……それで私達の中からも選抜して艦隊を編成しようということですね?」
蛇提督「うむ……偵察だけとはいえ何があるかわからん、万全を期していきたいからな」
五十鈴(自己紹介の時点から、私達は品定めされてたってことね……)
怪我から復帰した直後だと聞いていたけど、既に敵の動きを予想しその為の情報収集をするため、私達が来ることを見越しながら既に段階的に作戦を進めていることを見てとれた。
これならこの硫黄島を攻略できたというのもまぐれでは無さそうだと五十鈴は思った。
蛇提督「艦隊編成の選抜は決まり次第伝える。……そして次の対潜掃討の話だが−−」
鳥海 「艦隊を送る前からその要望を元帥にしていたと伺っていますが?」
蛇提督「ああ、敵は次の作戦に移っていると仮定した上で、この硫黄島には潜水部隊を主軸にした艦隊を牽制と偵察目的で行なってくると私は読んでいる」
神風 「その根拠は?」
蛇提督「確かな根拠は無いが、強いていうのなら俺が敵の提督ならそうする、といったところか」
この蛇提督の「敵の提督の立場で考える」とその読みはよく当たるんだよなと龍驤は思った。
鳥海 「ですが、その読みは一理あります。硫黄島を制圧してから、敵が奪還するためのまとまった艦隊を今でも差し向けて来ないことが、それを物語っています」
蛇提督「うむ、それも一つの理由だ。よく調べているじゃないか」
鳥海 「い…いえ、このぐらい当然です」
鳥海はちょっと動揺しつつも、メガネを整えて謙虚に返答する。
蛇提督「潜水部隊を潜航させあわよくば……と考えてる可能性はある。今後の作戦でいずれここに艦隊を集結することを考えれば、この辺りの海域を完全に制圧しておく必要がある」
五十鈴「なるほど……それで私達の出番ってわけね」
その時、部屋のドアがノックされる。
間宮 「間宮です、入ってよろしいですか?」
蛇提督が許可をだし間宮が入ってくる。
代理艦隊の艦娘達が列に並んで固まっている中を通り抜け、蛇提督のところへまっすぐ向かう。
代理艦隊の艦娘達の大半は間宮を見て驚いた。
高雄 「間宮さん!? 生きていたというのは青葉さんからの手紙で聞いていましたが、本当に生きていたんですね?!」
間宮 「はい、運良く生き残りました。その話はまた後で」
と間宮はニコッと笑って、先に蛇提督への用事を済ませる。
蛇提督「どうした?」
間宮 「先ほど連絡が……」
それは古鷹達が敵輸送部隊を発見し撃滅した報告だった。
そして、その詳細を報告する為にも一旦、こちらへ戻るという内容だ。
蛇提督「そうか……。確か、龍田達はまだ指示したエリアを哨戒中だったな?」
龍驤 「連絡がない所を見ると、まだいると思うで」
蛇提督「だな……それなら少し早めねばならぬな……」
磯風 「何か気になることでもあるのか?」
蛇提督「古鷹達の艦隊編成は少し遠めの偵察用として、重巡四、軽巡二の編成だ。しかも対潜装備は少なめときた」
神通 「それはつまり……」
蛇提督「俺なら……その帰路に潜水部隊を待ち伏せさせる」
清霜 「大変! すぐ行かなきゃ!」
蛇提督「慌てるな、古鷹達が報告してきた場所はここからまだ遠い地点だ。潜水部隊を待ち伏せさせるなら、ここに近い海域にするはずだ」
龍驤 「よっしゃあ、古鷹達がどこのルートを通って帰ってくるか割り出しとくで」
蛇提督「ああ、頼む」
そう言って龍驤は間宮から詳細を聞き始める。
卯月 「なら、うーちゃんが迎えに行くぴょん!」
皐月 「僕も行くよ! 司令官の大事な艦娘達だもんね!」
と、二人の勝手な発言を窘めるように鳥海が「決めるのは蛇提督ですよ。鼠提督にそう言われたじゃないですか」と言うのだが−−−−
蛇提督「いや、やる気があるのは良いことだ。任せるとしよう」
とあっさり承諾してしまったので、鳥海は拍子抜けして「て……提督がそう仰るなら……」と引き下がる。
それを見た高雄は、蛇提督にお願いをする。
そう、佐世保組の三人は約一週間ぶっつけでシンガポール方面からここまで輸送任務をして疲労が溜まっているという話だった。
高雄 「ですので、三人にはいったん休息の機会を頂けませんか?」
だが、この発言に反対したのは当の本人達だった。
霞 「何を言ってるのよ?! そんな悠長な事を言ってる場合?!」
磯風 「そうだ、私はこの程度でへこたれるわけなかろう」
浦風 「疲れが溜まっとるんは、ここの艦隊も同じじゃけえ。ウチなら大丈夫や」
と自分たちはまだやれると言い張っていたが、それを見た蛇提督は彼女らをじっと見つめてから少し考える。
蛇提督「いや、三人は休んで大丈夫だ」
と言った蛇提督に対して三人は驚く。
霞 「ちょっとぉ! この大事な時に私を待機させるってどういうことなの?!」
磯風 「我々を心配しているのか? 私はそこの皐月同様、早速提督の役に立てると昂っているというのに」
浦風 「心配いらんよ。ウチはこういうのに慣れとるけん、まかしとき♪」
と、霞は蛇提督に喰らいつき、磯風はやる気に満ちた表情で、浦風は逆に蛇提督を安心させようとする柔らかい笑顔を見せる。
だが蛇提督はそんな彼女らを見ても、冷静でかつ淡々と話す。
蛇提督「代理艦隊の数が思った以上に来たのでな。数を確認したところお前達が休める枠があると踏んだ。こちらの艦娘達も確かに24時間体制で哨戒させているが、疲労がたまらないようにうまく交代させている」
さらに付け加えて、本土などから持ってきた輸送物資を搬入する作業もあるから、三人にはそちらの方をやってもらうように言う。
霞 「で、でも!」
それでも霞は何を焦ってか、納得できない雰囲気だったが、蛇提督が「それにな……」と霞の反論を遮るように話を続ける。
蛇提督「疲労が溜まっていては、いざという時に本領を発揮できない。それが一番危険なことにつながる」
霞 「っ!?」
蛇提督「だからいいな? 今は私が管理している以上、命令は聞いてもらうぞ」
霞は目を大きく見開き動かなくなってしまった。
先ほどまでの威勢はどこかへ行ってしまったようだ。
そして同じく聞いていた艦娘達も静まり返っていたのだった。
龍驤 (でたでた、ウチの司令官のお得意技)
扶桑 (言い方は冷たく聞こえるかもしれませんが、そこには優しさが滲み出ているのですよね……)
山城 (わかるわ、悪いイメージがあるままだと、ああいう発言は驚くのよね。……まぁ、今はさほど違和感を感じなくなってきたけど)
武蔵 (相棒にとっては当然の事だと思っているだろうが、私達にとってはありがたいことなのだ)
大和 (そう……そんな提督に私達は救われてきたんです……)
彼女らは、今の代理艦隊の艦娘達の姿を見て、かつての自分達を見ているかのような気持ちになるのだった。
磯風 「わかった……司令がそう言うのならば甘えさせてもらおう」
浦風 「ほんならウチもそうさせてもらうけんね、ありがとう」
霞 「……」
磯風と浦風はほっこりした顔で納得する。
霞は何も言わず、蛇提督から視線を逸らしてしまってそのままだった。
蛇提督「ではあとのメンバーだが、舞鶴組はどうなのだ?」
蛇提督が質問をして話を再開させる。
五十鈴達の話では大丈夫だということで、五十鈴、矢矧、神風を加える。
そして旗艦を鳥海が買って出た。
高雄 「いいの、鳥海?」
鳥海 「高雄さん愛宕さんは別任務の直後でこの代理艦隊に参加してます。ですので休んでいて下さい」
愛宕 「そう? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな〜」
高雄 「ありがとう、よろしくお願いするわ」
古鷹達への艦隊は決まったようだ。
それを確認した蛇提督は次の話へと進める。
蛇提督「龍田達の事だが、彼女らは既に対潜哨戒中だ。彼女らの担当海域を変えるため、そちらの方にも入れ替わりの対潜艦隊を送りたい」
そして蛇提督はついでにそちらの艦隊の方に初霜が参加していることを初春に伝える。
初春 「そうか。なら妾はそちらの方へ行きたいのう」
蛇提督「良いだろう……ではあとは残ったメンバーで−−−−」
神通、曙、潮、朝霜、清霜、そして初春で艦隊を編成することが自然と決まった。
蛇提督「旗艦は神通だ。いけるか?」
神通 「あっ……はいっ……大丈夫、です」
蛇提督の質問にビクつきながらも神通は承諾する。
蛇提督「では作戦に移ってくれ。解散」
艦娘達は敬礼をしてそれぞれが動き出す。
最後残った大和は、蛇提督がこの後何をするかなどの話を軽く聞き、すぐ自分の仕事をするため部屋を出て行く。
一人残った蛇提督は腕を組んで、じっと何かを考え込んでいるのだった。
ーーーー現在 硫黄島東沖ーーーーー
神通 「……といった具合です」
古鷹達が鳥海達と合流を果たし帰路についている頃、神通率いる水雷戦隊も龍田達と合流を果たしていた。
神通も同じく、硫黄島に着いてからの出来事を簡単に龍田達に話していたのだった。
龍田 「そう、そんなことがあったのぉ」
神通 「とても緊張しました……」
龍田 「それで、どうだったぁ?」
神通 「え?」
龍田 「私達の提督を見た感想−−−−」
神通は少し考えてから龍田に答える。
神通 「ほとんど表情を動かさず、何を考えているのか分かりづらい人でした……」
曙 「それには同感、裏で何を考えてるか分かったもんじゃないわ!」
隣で聞いていた曙も賛同する。
潮 「怖かった……です」
潮は蛇提督のあの気色悪い笑顔をまたもや思い出してブルブルと震えている。
電 「見た目は確かに怖いのですが……」
雷 「慣れればどうってことないわ!」
暁 「私達のことをちゃんと見てくれるのよ!」
響 「司令官は優しい」
暁姉妹は口を揃えて反論をする。
初霜 「初春姉さんはどう思いました?」
初春 「得体が知れないのは本当じゃのう。妾はあんな男の下にお主がいることが心配じゃ」
初霜 「そうですか……」
初春の感想を聞いて残念そうな顔をする初霜。
神通 「ですが……」
龍田 「ん?」
神通 「責任感の強い方……なのかなと、少し思いました。一人一人を把握しようとしてましたし……大事をとって疲れている者は休ませたりと……そう言った点では樹実提督や小豆提督に似てる気がします」
曙 「あいつが!? 冗談じゃないわ!」
潮 「そう言われますと……確かに小豆提督はいつも私達の体調や心境を気にしてたから……」
曙 「そこが似てるからって一緒とは限らないわ! 私は認めないわよ!」
龍田 (相変わらずねぇ〜曙はぁ)
曙 「それから“ロリコンで巨乳好き”は否定しなかったんだからね!」
すると曙はズイッと潮に迫り、
曙 「だからあんたは絶対近づかないこと! 私のそばを離れちゃダメよ!」
潮 「う、うん……わかった……」
小豆提督の時代から全く変わっていないと、ある意味安心感をくれる子だと思う龍田だった。
暁 「ねえ、さっきから気になってたんだけど−−−−」
なんの脈絡も無く暁が唐突に曙に質問する。
そんな暁に皆が注目する。
暁 「ロリコンって何?」
それを聞いた途端、皆がギョッとする。
雷 「暁、知らなかったの?!」
暁 「わ、私にだって知らないことが一つはあるわよ!」
曙 「知らなくていい言葉かも知れないけど、今はそういう状況じゃないわね」
暁 「だから何なのよっ!」
電 「え……えっと……その意味は……ですね……」
暁 「何をそんなに赤くなっているのよ?」
潮 「私達から言わせると、ちょっと恥ずかしい……というか」
暁 「もう! もったいぶらないでよ!」
響 「暁、いいかい?」
響がじっと暁を見て、暁を落ち着かせてから話し出す。
響 「簡単に言うと、幼女が好きな人のことを言うんだ」
暁 「ようじょ?」
響 「幼い女の子のことさ、小さい容姿の子とか子供も入るよ」
暁 「なんですって?!」
暁は前の泊地棲姫を初めて見た時以上に顔が青ざめていた。
曙 「無理もないわ、自分とこの提督がそんな変態だったなんて知ったら−−−−」
暁 「それって暁のことは好きじゃないってこと!?」
暁の謎の発言に皆が揃って「……え?」と言う。
神通 「えっと……どうして、でしょうか?」
暁 「だって、司令官は暁のこと、立派な大人のレディって言ってくれたのよ!」
これを聞いた皆は「……?」という具合に理解が追いつかなかった。
でも龍田だけは(そんなことだろうと思った……)と頭を抱えてため息をつく。
雷 「いつ、そんなこと言ったのよ?!」
暁 「フフッ……司令官と暁だけの秘密よ!」
妙に焦っている雷に優越感を感じながら、暁はドヤ顔を決める。
電 「でも暁ちゃんはこの前、“からかいやすい人”に入ってたのです」
そう言う電はなぜかジト目だった。
暁 「はっ!? そうだったわ! 好きなの、そうじゃないの、どっちなの!?」
響 (結論、司令官にとって暁は好印象……響も暁のようになればいいのかな……)
響に至っては、怪しい思考を巡らせてしまう。
曙 (うまいこと口車に乗せられてるってことじゃない。やっぱり危険なのよあいつは……)
潮 (なるだけ関わらないようにしよう……)
神通 (私……ここでうまく、やっていけるでしょうか……)
暁姉妹がワーワーと騒いでる中、不安しか感じない三人だった。
それを少し困惑した表情で見ていた初霜だったが、突然何かを思い出したかのような仕草をしたと思ったら表情が暗くなり、初春に話しかける。
初霜 「初春姉さん……」
初春 「何じゃ?」
初霜 「呉で、那智さんを見かけました……」
初春 「ん? ああ、佐世保からの援軍で那智がおったのか」
初霜 「はい……」
初春 「話せたのか?」
初霜 「いえ……目を合わすことも……一瞬だけ合ったような気がしますが、私も那智さんもすぐ違う方へ目を向けてしまい……」
初春 「おおかた、あちらも気にしておるのじゃろ」
初霜 「本当は、お礼を言うべきなのですが、どうにもタイミングを見つけられなくて……」
初霜は以前、龍驤達と共にアリューシャンへの作戦を行った時、姉である子日を置いてけずに錯乱状態だった自分を強引にでも引っ張って助けてくれた那智に言いたいことが言えずにいたのを心の隅でずっと気にしていたのだった。
初春 「手紙では嫌なのじゃろ?」
初霜 「はい……」
艦娘同士の手紙のやり取りは認められている。初霜も一度は手紙で伝えようと紙を前に悩んだことがある。
だが、どうにも気が進まなかった。こういうのってやっぱり面と向かって話すべきではなろうか……そんな事をあれこれ考えていたら、ずっと筆が進まなかったのだった。
初春 「焦るでない、言える時は必ず来る」
初霜 「はい……」
ちょうどその時、龍田が「そろそろ行くわよぉ」と言ったので、皆の会話も一旦終わりにする。
初春 「それじゃまた後でな初霜よ、くれぐれも無茶をせぬようにな」
初霜 「はい! 皆さんと協力しながら艦隊をお守りします!」
初春 「お、おう……そうじゃな」
初春は一瞬、初霜が以前と何か違うような感じがした。
彼女が見せた笑顔も、子日や若葉を失った後の笑顔と違って陰りが無かったように見えたのもその理由だった。
そして二つの艦隊はそれぞれの任務の為、一度別れるのだった。
そんな中、龍田は−−−−
龍田 (また一波乱、ありそうねぇ〜)
呉鎮守府に行った時のことや明石とその護衛艦隊が来た時の事を思うと、今回もまた何かありそうな予感がする龍田であった。
―――硫黄島 入渠施設―――
加古 「ハアアァァァァーー〜…………」
加古は入渠のお湯に浸かりながら大きなため息を吐いていた。
武蔵 「まあ、そういう時もある。気にしすぎては治るものも治らんぞ?」
加古 「つーか……どうして武蔵も入ってんのさ?」
武蔵もまた加古が入っている隣の湯船に浸かっていた。
武蔵 「なあに、少し疲れた体を癒やすためにな。ちゃんと提督から許可はもらってるぞ」
鳥海達に助けられた加古とその艦隊は無事、硫黄島に到着。いつもながら報告より先に被弾した艦娘の入渠を優先した。
先ほどの戦闘で大破したのは加古だけ。他は大した被弾をしていないので、長くても小一時間程度で終わった。
最後にあがった古鷹は加古の落ち込みぶりを見て心配していたが、遠征の報告をしないといけない為、仕方なく出ていき加古だけがその場に取り残された。
だがなぜかその後に、かくも当然のごとく武蔵が入りに来て今に至る。
加古 「武蔵は出撃していないんだから被弾してないだろ?」
顔まで浸かるか浸からないかの辺りまで体を沈めながら加古は不機嫌そうに尋ねる。
武蔵 「いいではないか。それに加古一人では心細いと思ってな、こうして一緒に入っているのだ」
加古 「私は子どもじゃない……」
加古は口でお湯をブクブクさせる。
武蔵 「そんなにクヨクヨしていては、古鷹達や……提督にだって心配かけるだろう?」
加古 「そうなんだけどさ……」
加古はそう言いながら武蔵がいる方向とは反対の方の岸へ、腕に顎を乗せてぐったりする。
そんな時、加古の目の前に何かが降り立った。加古が凝視するとそこには大きなカマドウマがいた。
加古 「うわああぁぁぁ!!?」
さすがの加古もびっくりして大きな叫び声を上げながらひっくり返りそうになる。
だがその叫び声で駆けつけてきたのは、意外にも蛇提督だった。
蛇提督「なんだっ!? どうしたっ!!」
入渠施設は所々穴だらけで人一人入れそうな穴もある。そこから蛇提督が入ってきたものだから、さっきとは違い、恥じらいを含んだ叫び声を上げる加古だった。
加古 「ふあああ!? 提督どこから来てんだ?!!」
武蔵 「おお! 誰かと思えば相棒ではないか」
二人の裸体は、ちょうど白い湯の色で隠れていたため慌てて隠す必要は無かったが、加古は顔を真っ赤にさせている。反対に武蔵はほとんど気にしてなさそうだった。
加古 「こっの、変態ヤローが!」
蛇提督「それよりもさっきの叫び声はなんだ?」
怒っている加古をじっと見て、蛇提督はなんともなさそうだなといった感じに首を少し傾げる。
加古 「い……今のは、ちょっと……」
目の前に大きくて立派なカマドウマを見て驚いただけだと恥ずかしそうに加古が答える。
蛇提督「ふむ、そうだったか……」
一息、ため息を吐いた蛇提督。
呆れたようにも見えるし、安堵してホッとしているようにも見える仕草だった。
加古 (え?……もしかして提督、私のこと心配して−−−−)
少し目を丸くしている加古。羞恥と怒りで熱くなった顔よりも、胸の中から熱くなるような感覚を覚える。
蛇提督「まったく……世話のかかる奴だな」
加古 「あ……うぅ……」
ああでも、また提督に迷惑をかけてしまったと加古は思う。
古鷹達の役に立っていないと思ってた時以上に胸が締め付けられる思いがした。
俯いてしまった加古を蛇提督はまたじっと見た後、咳払いしてから話を切り出す。
蛇提督「加古、ちゃんと手足は動くか?」
唐突に聞かれて加古は「え?」と蛇提督を見て固まる。
蛇提督は続けて「自分が思う通りに手足を動かせるのか?」と加古に言うので、加古はできる範囲で動かせることを蛇提督に見せる。
蛇提督「うむ、大丈夫そうだな」
加古 「いったい何なのさ?」
蛇提督「ちゃんと生きている。思い通りに動かせる体がある。そうであれば、いつだってやり直せるってことさ」
加古 「あ……」
加古は言われて瞠目していた。瞳にも光が戻り始める。
蛇提督「今はよく休め、そして今回の反省を次に活かせ。いいな?」
加古 「うん!」
加古はすっかり元気を取り戻したようだ。
武蔵 「フッ……」
そんな様子をずっと見ていた武蔵が突然鼻で笑った。
加古が「な、なんだよ?」と武蔵に聞く。
武蔵 「いやなに……私は必要無かったなと思ってな」
加古 「どうして?」
武蔵 「私の言葉なんかよりもっと効き目があるものを見たからな」
加古 「そ! そんなことないよ!!」
顔を真っ赤にして大慌てで否定する加古だったが、恥ずかしそうにしながらも「武蔵も、……ありがとう」と言って、武蔵は満足そうな顔をするのだった。
武蔵 「ところで相棒よ−−−−」
と突然、武蔵が蛇提督に話しかける。
武蔵 「どうしてここにいるのだ?」
蛇提督「い…いや、叫び声が聞こえたから入ってきたわけで……」
武蔵 「にしては随分と早かったではないか? もしや……女湯を覗きに来てたのか?」
蛇提督「っっ!!?」
驚く蛇提督は言葉が出ず、聞いていた加古も「そうなの?!!」と真に受ける。
蛇提督「ち、ちが……! さっきの報告内容で考え事したい為に出歩いていただけだ。リハビリも兼ねてな!」
蛇提督は珍しく慌てているのか、いつもの冷静ぶりと先程までの淡白さが見受けられない。
武蔵 「私が許可をもらってからそれほど時間が経っていないからな、てっきり私の裸でも見に来たのかと思ったが?」
蛇提督「ち…違うわ!」
加古に負けないくらい顔を真っ赤にしている蛇提督は、夕張に入渠施設の補修が必要と言われていたのを思い出して、どれほどのものか遠くからでも外観を見ようとたまたま来ていただけと補足する。
武蔵 「なんだそうだったのかぁ、残念」
加古 「残念!?」
武蔵の言葉にまたもや顔を赤くする加古。
蛇提督「それでは俺はこれで……」
バツが悪くなったのか目を隠すように帽子を目深にかぶって退散しようと振り返ろうとした瞬間、悪寒がするほどの冷たい声で「提督……」と呼ぶ声に蛇提督は体をビクつかせる。
蛇提督「ま…間宮!?」
そこにはいつの間にか間宮が立っていた。
間宮 「報告が終わったと聞いて、お茶出しと様子をお伺いに行ったら忽然と消えていて……」
俯きながらいつもより少し低い声で話す不穏な姿は普段ではなかなか見られない姿だった。
間宮 「それがまさか、こんなところにおいでとは。無断でいなくなるわけですね」
ニコッと微笑む間宮から、その表情とは全く正反対な冷気を発し、蛇提督すらも戦慄させる。
蛇提督「!!?−−いっ、いや誤解だ! ここにいるのに理由があってだな……」
間宮 「言い訳ならベッドで聞きます。さあ、行きましょう」
蛇提督「痛たっ!? 耳は痛い! 耳は!!」
間宮は蛇提督の言葉に聞く耳持たず、蛇提督の耳を引っ張って入渠施設の出入り口の方へと連れて行く。
それと入れ違いに古鷹、衣笠と天龍が来た。
古鷹 「い…今のは一体何があったの?」
挙動がアタフタしている古鷹に、加古が蛇提督に励まされた事以外の顛末を話すと……。
天龍 「ここに龍田がいなくて良かったな。いたら……うぅ、考えただけで震えてくる!」
自分の両肩抑えてガクガクと震えてる天龍をよそに衣笠が加古に尋ねる。
衣笠 「ねえ加古、なんか良いことあった?」
衣笠は先ほどの加古の落ち込みぶりが無くなっていることに気がついて尋ねてみる。
加古 「い、いや、なんでもないよ!」
加古は顔を見られたくないのか衣笠達から慌てて視線を逸らす。
((((わかりやすい……))))
それを見ていた艦娘達は皆がそう思った。
だがその中で衣笠だけは何やら浮かぬ顔をするのだった。
―――硫黄島基地 工廠―――
磯風 「これで一通りのものは運び終えただろうか?」
こちらでは代理艦隊が輸送してきた資源やら資材やらを手の空いている者達で運び出していたとこだった。
高雄 「あとで青葉さん達が持ってくるもので最後のようですよ」
霞 「やっと一息つけるわね」
愛宕 「たまにはこういうので、汗かくのも悪くないわね〜」
工廠の奥からは扶桑や山城、大和がやってくる。
扶桑 「皆さん、お疲れ様です」
山城 「肩が凝ったわ……」
愛宕 「わかるわ〜」
高雄 「そうね、体を動かすのは良いことだけど……」
扶桑 「私も少し……」
大和 「艤装持って戦う時とはまた違った凝りかたしますよね」
そんな会話を聞いていた霞は(それ…肩が凝る理由って……)と思いながら、会話していた艦娘達のある一部の体の部位、その共通点をジトッとした目で眺めていた。
青葉 「へぇ…へぇ……青葉はこんなこと…している場合ではないというのに……」
青葉は息を切らせながら、重たそうな缶を運んできた。その両隣には、浦風と龍驤がいる。
龍驤 「ダメやで。青葉を一人にさせてはいかんってことになったやろ」
浦風 「さっきもそうやったけど、青葉に対してみんなえらく厳しいな?」
龍驤 「今度また何やらかすかわからんからな。監視はいつもおったほうがええねん」
青葉 「皆さんは提督がどこに行ったか気にならないんですか?」
先程、間宮が現れて「提督はこちらに来てないですか?」と探しに来たのだ。
皆は心当たりがなく、他を探しに行こうとした間宮に夕張と天龍も手伝うということで一緒に行ったわけだったが、あれからどうなったかわからない。
扶桑 「提督はどこに行かれたのでしょうか……?」
大和 「武蔵が提督と最後に話してたから何か知ってるかもと伝えましたが……」
ちょうどその時、夕張が戻ってきた。
高雄 「あ、夕張さん。どうでした?」
夕張 「見つかったよ、見つかったんだけどさ……」
大和 「どうかしたのですか?」
夕張 「それがさ……」
夕張は先程、蛇提督の耳を引っ張りながらご立腹状態の間宮とすれ違い、その後、入渠施設にまだいた古鷹達から加古が教えてくれた顛末を聞いたのだった。
青葉 「なんと! そんな特ダネ…あっいえ、面白いことが起きていたのなら写真に残しておきたかったのです!」
高雄 「パパラッチみたいなことやってると嫌われますよ?」
龍驤 「いや……既にしでかしてるからこんな目に遭ってるわけで」
呆れた顔で龍驤は青葉を見る。
青葉 「青葉は真実を探し求めてるだけです!」
山城 「今度何かしたら、それこそ終わりよ。わかってるの?」
霞 「何それ、どういうことよ?」
龍驤 「一番怖いのは龍田、とだけ言っとくわ」
青葉 「うう……あの時は女としての尊厳を失うとこでした……」
と青葉の怖がりようを見た霞は顔を引きつらせながら、「一体何があったんだか……」と少し恐怖していた。
磯風 「しかし、入渠施設にいたとはな」
扶桑 「たまたま近くにいたから入ったようですが……」
霞 「嘘に決まってるじゃない! 覗きに来てたのよ! やっぱり変態なのよ!」
山城 「さすがの間宮さんも怒るわけね」
磯風 「うむ、覗くのならちゃんと許可を取ってからでないとな」
霞 「そういう問題じゃないわよ!」
霞がツッコミを入れてるとこで、大和は恥ずかしそうに「むしろ、磯風さんは事前に許可を取りに来れば、許可するのですか?」と尋ねると磯風は「場合によってはな」とあっさり答えてしまう。
磯風 「男というのはストレス解消時にそういうのも必要だと何かで知ったぞ?」
霞 「何よ…それ……」
龍驤 「おおかた、昔に青葉が持って帰ってきた雑誌とかに書いてあったのを見たとかじゃないんか?」
磯風 「うむ、そうかもしれん」
浦風 「磯風、そんなん見てたんかぁ?」
磯風 「案外、面白いのだぞ、嘘かホントかは置いといて。提督…いや人間というのはどういうことに関心を向けやすいのか、とかな」
愛宕 「でもその考え、一理ありそうね〜。欲求不満ってやつ?」
大和 「よっ!? よよ、よっ……!?」
夕張 「そっ…それは、まさかそんな」
扶桑 「まあ……」
大和は顔を真っ赤にして動揺している。
夕張は驚きながらもすぐに否定できないでいた。
扶桑も驚いているが、どこか興味深そうである。
高雄 「私達が来る少し前まで寝たきりだったのですよね? 確かにありそうな話ですね」
霞 「だ、だからってやっちゃいけないことあるでしょ!」
浦風 「そうけぇ、お遊びが過ぎるとみんなに嫌われちゃうけん」
青葉 「いいですね! 『欲求不満解消に女湯のぞく蛇提督!』という記事を書けそうです!」
龍驤 「いやいや、ダメやろ!」
話がややこしくなりかけてきたとこで、その流れを止めるように夕張が「欲求不満だったかはともかく……」と、彼女が個人的に思ったことを話す。
夕張 「提督のことだからさ、考えごとしたいから外に出たのは半分本当なんだと思う」
山城 「もう半分は?」
夕張 「案外、大破した加古の様子を遠くからでも見に行こうとしてたかもしれないわ」
入渠施設が穴だらけだったのは既に蛇提督に伝えて知ってるはずだし、報告時に加古が大破して自分のせいだと気落ちしてるという話も古鷹が伝えていたようであったと夕張は補足する。
霞 「そんなこと……あるわけないじゃない!」
愛宕 「私としても、そこまでは……て思うけど?」
扶桑 「いえ、あの方ならそうしてもおかしくないって思います」
龍驤 「そうやな、そういや司令官ってな−−−−」
だいぶ前に電からこっそり聞いた話だ。響が大破した時、入渠して治した後、皆が寝静まった頃の夜に彼はこっそり響の状態を見に来ていたという。
呉鎮守府襲撃の時も硫黄島攻略途中でも少しでも被弾した艦娘の状態をわざわざ確認している素振りがあったところがあると龍驤は語る。
扶桑 「まあ……そうだったのですか?」
山城 「そういえば私も、ちょっとの被弾だったけど、入ってこいって言われたわね」
龍驤 「あれでも、結構気にしてるようやで。顔に出さんだけで」
磯風 「そうか、そのおかげで私もここにいるのだと納得できるな」
浦風 「そうやね〜」
高雄 「それは私達も同じですね」
愛宕 「そっかぁ〜なるほど〜」
四人が納得してる横で霞はフンッとそっぽを向く。
「あなた達の目がどうかしてるだけよ!」とあくまで認めない姿勢だ。
だが霞はすぐに浮かぬ顔をする。
霞 「まあ…そういう奴が……いなかったわけでもないけどね……」
ボソッと言ったつもりだったが、夕張には聞こえたらしく「それって小豆提督のこと?」って聞いてくる。
霞 「え? ええ…まあ……」
夕張 「霞は小豆提督がまだ初心者だった頃からの古い付き合いだって聞いたわ」
霞 「そうよ、初期艦の叢雲とそれほど大差ないんだから」
夕張 「小豆提督もなんだかんだで心配性な人だったよね。私が中破して帰ってきた時に『大丈夫か?!』って大袈裟に聞いてくるんだから」
霞 「肝が小さい奴だったのよ」
青葉 「ですが、その心配性はどの艦種相手に限らずだったので、特に駆逐艦達からの信頼が厚かったんですよね〜」
霞 「ま…まあね……」
先程まで腕組みしてムキになっていた霞も、視線を落として浮かぬ顔をする。
その姿を見た皆はそれ以上小豆提督の話をするのをやめる。
磯風 「搬入が終わったことだし、報告のついでに提督の様子でも見に行ってみないか?」
青葉 「賛成です! 私も聞きたいことが山ほど−−」
龍驤 「あんたはダメやで」
青葉 「ひどい!!」
磯風の提案に全員が賛成したとこで蛇提督達がいる部屋へと向かう。
その中、一番後ろでトボトボついてくる霞はふと昔のことを思い出していた。
―――過去 小豆提督の鎮守府―――
小豆提督「だあああ!!! 叢雲!! 大丈夫かあーーーっっ?!!!!」
霞 「だから大丈夫だって言ってるでしょっ!!」
入渠施設の扉の前で、取り乱している小豆提督を霞が必死にしがみついて止めていた。
霞 「艦娘はどれほど負傷しても入渠すれば治るんだってば!!」
小豆提督「だってよ! あんなボロボロになって帰ってきたじゃないか?! 本当に治るのか心配じゃねえか。だからこの目で確かめるまではっっ!!!」
霞 「だからやめなさいってば!!!」
しばらく二人で揉み合っているうちに叢雲が元通りになった姿で入渠施設から出てきた。
小豆提督「おお!! 叢雲! 大丈夫だったか?! 痛いとこはないかっ?!」
叢雲 「あんたね……」
ちょっと泣きそうになっている小豆提督だが、叢雲は随分とイラついている。
叢雲 「私が入っている二十分、どんだけ扉の前で叫び続けてるのよ!!!」
小豆提督「ぐはっ!?」
叢雲にグーパンされてひるんでいる小豆提督に叢雲の説教は続く。
叢雲 「あんたね、あんなに騒がしいと休まるものも休まらないでしょ! あと執務はどうしたのよ? あれだけの時間あったならいろんな仕事終えられたでしょ?!」
小豆提督「いや〜叢雲が大丈夫か心配で他のことに手をつけられる余裕がなくて……」
叢雲 「それでもあなたは提督でしょ! 執務は続けなくちゃダメって言ってるでしょ!」
そんな二人の様子を傍から見ていた霞は考えていた。
−−−−こんな提督の下で戦う私は大丈夫だろうか−−−−
−−−−やはり最後に頼りになるのは自分しかいない−−−−
−−−−自分がしっかりしなくちゃ−−−−
この時の霞はそう考えたのだった。
―――現在 硫黄島 蛇提督の部屋―――
磯風達が蛇提督の部屋の前までやってきてノックをするが、提督の代わりに入れてくれたのは古鷹だった。
間宮 「すみません! 本当に申し訳ありません!」
蛇提督「いや……誤解が解けたならそれでいい……」
部屋に入ってみると、そこには何度も謝っている間宮と間宮に引っ張られた耳を今も抑えながら間宮を落ち着かせようとしている蛇提督の姿があった。
古鷹 「私達が来て、間宮さんに事情話したら分かってくれたんですが……それからというものずっとあんな調子なんです……」
磯風達が来た時には既に入渠施設にいた加古以外のメンバーが集まっていた。
武蔵もいて、上がったばかりか髪も乾き切っていない部分がほんの少し残しながら、蛇提督達を腕組みしながら面白そうに眺めている。
間宮 「加古さんの悲鳴が聞こえて、提督がいましたので、てっきりそういう悲鳴かと……」
蛇提督「いや……間違ってはいないが……」
本来なら、上司の耳を引っ張り無理矢理連れて行く(そして一応、怪我人…)なんていうのは、暴挙ともいうべき行為だが、蛇提督は一切咎める気は無さそうだ。
間宮 「そしたらなんかこう……カッと頭に血が上って……」
蛇提督「いつも穏やかで冷静な間宮にもそういう事があるのだな……いや、まあ、全面的に悪いのは俺の方で……」
そういう会話を二人がしている中で、磯風は構わずズイズイと二人のそばに歩み寄る。
磯風 「取り込み中、すまないな。輸送物資の搬入が完了したぞ。次はどうする?」
聞かれた蛇提督は気を取り直すためかコホンと軽く咳払いをしてから答える。
蛇提督「ご苦労、他にやる事はない。次の出撃に備え休んでいて構わない」
磯風 「そうか。なら、今空いた時間を使って司令と話をしようではないか」
蛇提督「い、今か?」
蛇提督は少し驚いた顔をする。
浦風 「そうやね、ウチもそれに賛成や」
磯風の後ろから浦風がやってくるが、それだけではなかった。
高雄 「私も提督とお話ししてよろしいでしょうか?」
愛宕 「はいは〜い! 私も〜♪」
磯風達に便乗するように高雄と愛宕の二人も続く。
蛇提督「しかしだな……」
間宮 「良いではないですか−−−−」
乗り気じゃなかった蛇提督に間宮がニコリと微笑みながら話す。
執務を再開してからというもの、蛇提督は夜寝る時以外ほとんど何かしらしていて休む時間をちゃんと取っていないことを言いつつ、
間宮 「休みがてら、他の鎮守府の娘達と話をしてみるのも良いと思いますよ」
と、彼女らとの会話で気分転換を勧める。
大和 「そうです。提督もついさっき時間が空いたらと仰っていたではないですか」
離れた場所にいる大和も、代理艦隊の娘達が自己紹介してた時の高雄と愛宕の姿を思い出しながら勧める。
提督に否定的ではなかった彼女らなら大丈夫ではないかと。
龍驤 「そうやで。その方がええと思うで」
同じく後ろの方で見ていた龍驤も勧める。と同時に自分の近くにいる霞の方に目を配る。
否定的であった霞は、そんな事をしてる場合?と罵倒してくるかと思っていたが、今はただ蛇提督と磯風達をじっと見つめたままだった。
蛇提督「……もうすぐ龍田達が帰ってくるはずだ。それまでならば……」
蛇提督は少し考えた後、渋々許可を出す。
青葉 「それならこの青葉も参加したく!−−−−」
青葉がサッと蛇提督と磯風達の輪の中に入り込み、既にメモとペンを取り出している。
青葉 「あれ?」
だがいつの間にか衣笠と古鷹が青葉の両脇からガシッと腕を掴んでいた。
古鷹 「邪魔をしてはいけません」
衣笠 「はいはい、私達は後ろの方で黙って聞いてようねー」
「青葉もー!」と叫びながら青葉は二人に引きづられて、部屋の端の方へと移動する。
でも青葉が動けないように捕まえてるだけで、部屋から出ようとはしなかった。
磯風 「それじゃあ早速なんだがな、司令は父上のこと、良く思ってなかったのか?」
これを聞いた龍驤は(いきなりそこから突っ込むんか)と内心ちょっと驚く。
朝潮達と同じく『これはこっちの親子の問題だ』と言われて口止めされているのにも関わらず、随分思い切ったことを聞くとある意味感心してしまう。
きっと驚いたのはウチだけやないやろとなんとなく周りを見渡す。
蛇提督「それは……」
蛇提督が何かを言いかけた時、間宮がすかさず会話に入り込む。
間宮 「提督はお父様と同じ航海士になりたかったのですよね?」
蛇提督「なっ!?」
またもや驚いている蛇提督をよそに「どういうことだ?」と磯風が聞く。
間宮はそれを待っていましたと言わんばかりに、蛇提督から直接聞いた父の話をする。
夕張 (さすが間宮さんね……)
かつて父親と同じ夢を持っていたとなれば父上に対して好感を持っていたのは確実だし、そもそも本人が『仲は良かった方』と明言しているため、嫌いではなかった事は明白。
間宮さんにそれを話している以上、磯風達に知られてしまうのは時間の問題だから蛇提督が何かと誤魔化してしまう前に先手を打ったのだ、と夕張は推理する。
磯風 「おお! そうなのか!」
浦風 「素敵な話じゃけえ!」
高雄 「確かに陸からと海からではまた違った景色が見れるものね」
愛宕 「蛇君もそのお父さんもロマンチストなのね〜」
磯風と浦風はともかく、高雄と愛宕も間宮の話に好感を持つ。
磯風 「実は手紙の内容を読んでからずっと気になっててな−−−−」
こんな質問をした理由は、その内容から蛇提督と父上は仲が悪かったのかなと疑問に思ったのだと磯風は言う。
磯風 「もしそうであったなら、父上が子に思う心とかなり温度差があると思ってな」
蛇提督「温度差?」
浦風 「故郷の話してくれはった時、半分以上が提督の話やったんよ」
蛇提督「朝潮達からチラッとそんな話を聞いたが……具体的にはどんな話だったのだ?」
磯風は「そうだな……」と少し考えてから話し出す。
磯風 「司令よ、幼い時周りからどんなに化け物呼ばわりされても怒らなかったのに、自分の両親を化け物呼ばわりした奴を謝るまでボコボコにしたそうだな?」
蛇提督「ぶっっ!!?」
蛇提督は間宮から既にもらっていたほうじ茶を飲みかけた時に吹き出してしまう。
磯風 「父上はその時の事を内心凄く嬉しかったと言っておったぞ。やはり司令の母に似て心優しい子なんだと……って、その時の事を司令は覚えているか?」
蛇提督「そ…そそんな昔の事、覚えてない!」
古鷹 (あの提督がすごく動揺してる……)
誰が見てもわかるぐらいに動揺してる姿は珍しい。ムキになるなんてとても恥ずかしい話なのだろう。
古鷹がそんな事を考えながらふと隣を見ると、青葉が一生懸命何かをメモってるのを見る。
磯風 「私もそれを聞いてな、自分の事より誰かを大事にできる優しさと正義感を持ち合わせた立派な人格者なのだなと思ったのだ。うむ…さすが中佐殿の息子だ−−−−」
蛇提督「い…いや…それはどうかと……」
山城 (……ベタ褒めね)
たった一つだけの話でかなり持ち上げられてる感じはする。提督もきっと私と同じく褒められていないから、かなりドン引きしているのがよくわかる。
ああなるとどう対応したらいいか分からないのよね……。
それにしてもその中佐という方は、この話だけでもどんな人かわかる。確か、こういうのを“親バカ”って言うんだっけ?
相手をボコボコにしたことは置いといて、息子の良いところに感動しているのだから。
磯風もだが、父親も大概だ。
山城 (でも……姉様がなんだか楽しそうだから……いいか)
山城はなんとなく横を見ると、扶桑がクスクスと笑っている。
その笑顔を見て、こういうのも悪くないと思う山城だった。
気づけば高雄と愛宕も扶桑と同じように笑っているのに気づく。
磯風 「まだまだあるぞ。他にはな−−−−」
蛇提督「い、いや話さんでいい……」
浦風 「ウチはもっと話したいけん」
磯風 「そうだぞ司令、話したいことは山ほどあるのだ」
蛇提督「……なぜそこまで父の話をしたがる?」
怪訝な顔をする蛇提督。
磯風 「ん? それはだな−−−−」
一旦、間を空けてから磯風は堂々とその理由を話す。
磯風 「父上は司令に会う事なく亡くなった。話せなかった悔いをここで私が代わりに話してやりたいのだ」
龍驤 (いやぁ……それじゃあダメやで……)
蛇提督「言ったはずだぞ、これは親子の問題だ。首を突っ込むのはやめてもらおうか」
龍驤 (ああ…やっぱそうなるわな……)
そんな理由では蛇提督は聞かない。
磯風はどうするのかと龍驤は様子を見る。
磯風 「ああ、そうだ。確かに余計なお節介なのかもしれない−−−−」
蛇提督は「それならば−−」と言いかけた時、磯風はさらに続ける。
磯風 「だが、父上殿には多大な恩がある。だが感謝を言うこと叶わず、ろくな別れ方もできなかった−−−−だからこれは、私なりの弔いなのさ」
蛇提督「弔い?」
磯風 「そうだ、私達はあの日から二度とあのような事を起こさせぬと心に誓った。その為の努力も欠かさなかったつもりだ。だが拭えきれない心残りがあるのも事実。だからケジメをつける為にもどうか私のわがままを許してもらえないだろうか?」
蛇提督「……」
蛇提督は黙り込んでしまった。彼の中でどうするか考えてるのだろう。
彼が何と返すのか、その場に一瞬緊張が走る。
蛇提督「……良いだろう」
蛇提督がそう言ってくれた時、皆がホッと胸を撫で下ろす。
蛇提督「ただし、俺の子供の頃の話は無しだ」
磯風 「それでは意味がないではないか!」
浦風 「そうじゃ、まだ一割も話してないけん」
蛇提督「いや、どんだけあるんだ!?」
蛇提督はそれ以外には無いのかと呆れながら二人に聞くのだが、
磯風 「む? 言ったであろう。父上がどれだけ愛していたかを伝えねばとな」
蛇提督「はあぁ〜、勘弁してくれ……」
蛇提督は顔に手を当ててため息を吐く。
よっぽど恥ずかしいのだなと、間宮はクスクス笑う。
高雄 「それでは、私の方から質問してもよろしいですか?」
タイミングを見計らったように磯風達の後ろでずっと見ていた高雄とそれに便乗するように愛宕もススッと前に出る。
蛇提督「お前達も話したいことがあると言っていたな。何だ?」
高雄 「ここの娘達に聞いたのですが、提督は一人の艦娘を助けるために無謀な作戦を決行したと聞いています。よくできましたね?」
蛇提督「……少しでも可能性のある方法に賭けたかったからな」
愛宕 「私が知ってる限り、そんな事をした提督は蛇君だけよ〜?」
蛇提督「その方法がたまたまそうだったというだけだ……」
高雄 「−−−−でもどうしてそこまでする必要があったのですか?」
高雄のその質問は穏やかな口調であるにも関わらず、目は真剣だった。それを察してか蛇提督は少し考えてから回答する。
蛇提督「……ここで失うわけには…いかなかったからな」
天龍 (……え?)
思わぬ一言に天龍が驚く。
高雄 「あらあら、提督にとって天龍さんが大事な娘だからですか?」
フフッと笑いかけて、ちょっと意地悪に尋ねる。
天龍 (な!?…なっ、なっ!?)
天龍の顔が一気に赤くなる。
蛇提督「戦力としてだ。天龍の培ってきたこれまでの知識と経験はこれからにおいても必要とされるだろうからな」
蛇提督は腕を組んでそっぽを向く。
高雄 「あらまぁ、そうですか」
高雄はそれを見てクスッと笑いながら納得したような体裁をとる。
天龍 (そ…そうだぜ……もちろん戦力としてだ……な、何を焦ってるんだ俺は……)
そんなことを一人考え込んでいる天龍はうんうんと頷きながらそれで納得しようとしていた。
この時、霞は相変わらず黙ったまま聞いていたが、先ほどの高雄と蛇提督のやり取りで少し目を丸くしていたのは誰も気づかなかった。
愛宕 「はいはーい! 私からもいいですか?」
蛇提督「……何だ?」
元気よく手を挙げる愛宕に、少し引き気味の蛇提督。
愛宕 「助けた時の大怪我でここ三週間近く、ずっと動けずにいたのよね?」
蛇提督「……まぁ、元帥の命令もあって療養を言い渡されていたから尚更な」
愛宕 「そうかぁ。それならあんな事をしても無理はないわね〜」
蛇提督「何がだ?」
愛宕 「お風呂を覗き見したことよ〜」
蛇提督「なっ!!?」
今日の相棒は表情豊かだ、だがそれも良いと武蔵は満足そうに笑う。
蛇提督が「い…いや、あれはだな……」と言い訳をしようというところで、構わず愛宕は「あら、だって聞いてるわ」と続ける。
愛宕 「蛇君は艦娘の胸が好きなんだーって」
蛇提督「はっ!?」
愛宕 「だってー、天龍の胸を揉みしだいたって聞いてるしー。」
龍驤 (揉みしだいたって……。なんや話に尾ひれついとらんか……)
青葉が広げたことなら無理もないかと呆れる龍驤。その時ふと横を見ると、
天龍 (ぬわぁーっ! そうか、他の鎮守府に伝わっているということは、俺の痴態まで他に伝わってしまっているということかーーーーっ!!!!)
頭を掻きむしって真っ赤になっている天龍を見て、(さっきから忙しいやっちゃやな……)と龍驤は思う。
先程からの天龍は声を聞かずとも何を考えているのか表情と体の動きで分かりそうだった。
愛宕 「そんな人が一切身動きできなかったんでしょう〜? 生殺しってやつよね〜」
大和 (蛇提督だけに……蛇の生殺し……)
そんなことわざを元帥と過ごす日常の時にたまたま何かで知った。いやいや、そんな事を考えてる場合ではない。
私達はあくまで提督の性格を考慮した上での提督への気遣いでしたことだ。生殺しなんて心外だ。
そう、私達はあくまで提督の事を思ってしたことだ。その代わり提督を助けることならなんでもするつもりだった。
あの“あーん”もその一環としてやっただけのこと。他意は……無い。
蛇提督「……まあ、何もさせて貰えなかったのは事実だが……」
大和 (あれ……? もしかして提督は不満に感じてた……?)
提督が何もしなくていいように、みんなで徹底させていたけど、かえって窮屈な思いをさせてしまったのか。
いやむしろ本当に欲求不満を起こしていたんじゃないか!?
大和は蛇提督の反応を見て、いろんな感情が混ざって顔を赤くしていく。
愛宕 「欲求不満になるのも無理は無かったってことね!」
蛇提督「よっ!? い…いや、そういうわけでは……」
蛇提督が驚いたと同時に、他の艦娘達もギョッと一斉に驚く。
間宮 「提督!? やっぱりそういうことだったんですか!?」
蛇提督「だから違うぞ!? 落ち着いてくれ間宮!」
いつも落ち着いている間宮さんがあんなに取り乱す姿は初めて見たなーなんて高雄が思っている中、室内全体も騒然とする。
だが愛宕はそんな雰囲気にお構いなく「そんな蛇君に良い知らせです!」と言うので、皆は彼女に注目する。
愛宕 「ぱんぱかぱーん!」
蛇提督「っ! ぱん……なんだ一体……?」
蛇提督が狼狽していたので、高雄は「ああ、気になさらないでください。愛宕の常套文句みたいなものです」とフォローを入れる。
愛宕 「そんな蛇君には私が甘やかしてあげましょう!」
「「「「えっ!!?」」」と皆が驚いている中、
高雄は冷静に「甘やかすってあなた…具体的に何するのよ?」と尋ねる。
その質問にうーんと少し考えた愛宕は、蛇提督に上目遣いになるよう前屈みになって
愛宕 「うふっ♪ 私にだけ、お触り解禁……とか?」
「「「「「「「「「なにーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!????」」」」」」」」」」
高雄以外の艦娘達が叫ぶ。顔を真っ赤にして。
青葉 「なんという大胆発言!? 面白くなってきました!!」
衣笠 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
古鷹 「そ…それは、つまり…提督が愛宕さんの体を自由に……!?」
夕張 「いいの!? それっていいの!!?」
武蔵 (あ奴…ふわふわしているフリして……できる!?)
大和 「ああ……ええっと……」
間宮 「あわ……! あわわわ!」
扶桑 「……………」
山城 「ね…姉様が!? 真っ白に!?」
蛇提督以上に彼女らの方が取り乱していた。
龍驤 (なんや…話がえらいことになってるで……)
これはさすがに看過できない。どうにかしてやめさせなければ……。
他の娘達の雰囲気に流されそうになりつつも、龍驤は打開策を考える。
霞 「ば…ばっかじゃないの!? 高雄もなんか言いなさいよ!」
顔を赤くしている霞が高雄に呼びかける。
そや…! 高雄なら止めてくれる。龍驤は高雄の言葉に期待をかける。
高雄 「うーん、そうね……」
高雄は少し考えてから蛇提督をチラッと見る。
高雄 「愛宕では心配なので…私がお世話します」
そう言って蛇提督に迫る。
蛇提督は「な!?」と言って、口をあんぐりさせてしまった。
愛宕 「えええ〜。私だけじゃ心配ってどういう意味よ〜?」
高雄 「愛宕では提督に粗相しかねないので、私の方が適任だと思うのよ」
ああ…真面目そうな高雄なら健全なお付き合いをしてくれそう……。
いやいや、そういう問題やない!と龍驤は心の中でノリツッコミをする。
愛宕 「私だってちゃんと出来るもん!」
譲る気がなさそうな愛宕だったので、高雄は「じゃあ二人でお世話しましょう」と笑顔で完結させてしまう。
龍驤 (結局、二人でやるんかいっ!!)
龍驤はまたもや心の中でツッコミを入れる。
磯風 「待て! 二人とも!」
そこに磯風が割り入ってくる。
磯風が入ってきた時点で、龍驤はもう嫌な予感しかなかった。
磯風 「その役目、私に任せてもらおう!」
浦風 「お世話ならウチも得意けん」
ああ……また話がややこしくなると、龍驤は青ざめる。
磯風 「特に高雄は仮にも代理艦隊の皆をまとめる役目があるだろう? 忙しい身なのだから無理をしなくていいのだぞ?」
高雄 「あら、大丈夫ですよ。お世話しながら提督とこれからのことを話せばいいのですから。そういうお二人はこれから対潜掃討で忙しくなるでしょう? そちらこそ無理をしなくていいのですよ」
ムムッと磯風は高雄を睨むが、高雄は不適な笑みで磯風を見つめる。
なにやらバトルが始まってしまったと龍驤は顔を引きつらせる。
いつもこういう時に止めに入ってくれる間宮さんはというと……
間宮 「て…提督は、よ…欲求不満だから、艦娘達にあんなことやこんなことを……」
何やらぶつぶつ喋って自分の世界に入ってしまっている。
磯風 「司令よ! この二人より我らの方が良いに決まってるであろう?!」
どこからそんな自信が湧いてくるんだと思う龍驤。
蛇提督「い……いや、俺は……」
磯風 「なんだと!? やはり胸か? 胸なのか?!」
蛇提督「い、いや、そうじゃなくてだな……」
蛇提督は四人の勢いに呑まれているようだ。いつもの悪態も悪口も言う余裕が無さそうだ。
本人もどう収拾つけるか困っているのだろう。
高雄 「ふふふ……どうやら提督は私達のようなのが好みのようね」
愛宕 「大人しくしていなさ〜い」
磯風 「くっ…! こうなるのであれば、浜風を連れてくるんだった!」
浦風 「いやいや、浜風を巻き込まんといて」
彼女らを見て龍驤は思う。
こいつら一見落ち着いているように見えるけど、どこか興奮状態だ。
もう自分達の思惑を通そうとして、蛇提督に耳を傾ける素振りが見えない。
高雄 「そういう事なので、よろしくお願いしますね提督」
最後のダメ押しか、もはや蛇提督の是非すら聞いてない。
もう他の艦娘達では止められそうにない。全ては蛇提督に委ねられた。
蛇提督「い…いや、もう……」
蛇提督が何かを言いかける。
高雄や磯風達が「ん?」と耳を傾けた瞬間だった。
蛇提督「もう……間に合ってるっ!!」
一瞬、その場が凍りついた。そして、一気に顔を赤くしていく。主に蛇提督の艦娘達である。
間宮 (ま……間に合ってるって、どういう意味ですか!?」
衣笠 (普通のお世話の方!? それともそっちの意味!?)
青葉 (これはなんという問題発言!? そのお世話した艦娘は誰でしょう?!)
夕張 (う、うそ!? い、いつの間に!?)
扶桑 「………ふあぁ……」
山城 「お姉様!? 魂が抜けて!?」
艦娘達の荒れようは様々だ。
だが、共通して思ったことは抜け駆けした奴がいるかもしれないって事だ。
大和 (大勢で入らないようにしてたけど、誰かがこっそりやってたとしてもバレない可能性はあるのよね……)
大和のように考える輩は少なくなかった。
武蔵 「なるほど………だから、加古や私の裸を見ても動揺しなかったのか……」
「「「えっ!?」」」と武蔵の言葉を聞いていた艦娘達が驚く。
何より大和が(どうして今ここでそんなこと言うの!?)と武蔵に怒りを覚える。
武蔵 「だが既に……大和よ、まさかお前……」
大和 「ちょっ!? なんで私なの!? まだしてないわ!!」
古鷹 「まだ!?」
姉妹揃って似たところで似たように驚いている。
高雄 「あらあら、ここの娘達はサービス精神が旺盛のようです」
愛宕 「私達はお呼びじゃないってことね〜」
磯風 「ならばっ! 今からでも!」
浦風 「待ち! 甘やかすならウチの方が得意けん!」
もう部屋の中は混乱状態、蛇提督の動揺っぷりも今までに見たことがないものだ。
だがその時、部屋のドアが突然開かれる。入ってきたのは龍田だった。
龍田 「ノックをしても返事がないしぃ、外にまで響くこの騒ぎは一体何かしらぁ?」
天龍 「げっ!? 龍田!?」
龍田を見るなり一番驚いたのは天龍だった。
なぜなら彼女が一番、今この時に入ってきてはいけない人物だと知っていたからだ。
暁 「私達が帰ってきたことに誰も気づかないなんて失礼しちゃうわ!」
電 「こんなところにみんな集まっていたのです」
雷 「なんだか楽しそうね! 雷も混ぜて!」
響 「それよりも次の任務」
初霜 「皆さん、どうしたんですか?」
龍田に率いられていた彼女らも部屋の中に入ってきたところで、既に龍田は高雄からこれまでの大まかな話を聞いていた。
龍田 「ふぅーん……」
すると、龍田からメラメラと黒いオーラが見え始める。
天龍 「ひいっ!?」
それを見て真っ先に龍驤の影に隠れる天龍。
龍田 「提督、私のいない間に随分と好き勝手したわね……?」
蛇提督「い、いや!? そういうわけではなく!?」
龍田 「お世話ではなくお仕置きをしないといけないようね?」
蛇提督「ま、待て! 落ち着け!」
龍田の様子が尋常じゃないのは一目瞭然だった。殺意すら混ざったその視線は間宮が怒った時よりも怖い。
高雄 「そうですよ、提督は悪いことしてません」
磯風 「そうだぞ、私達は提督の身を心配してだな−−−−」
龍田 「そういうあなた達もお遊びが過ぎるんじゃなくてぇ……」
蛇提督を庇うつもりでの一言が龍田を逆撫でしまったようだ。
龍田の怒りの矛先が高雄達四人に向けられた瞬間、敵艦に砲身を向けられた時と同じくらいの恐怖が襲う。
愛宕 「あ……はは……これ、やばい感じ……?」
浦風 「地雷……踏んでもうた……?」
龍田 「あ……でもその前に……“間に合わせた”娘っていうのを先にお仕置きしないといけないかしら……?」
そう言いながら、他をゆっくり見渡す龍田。彼女の開きかけた瞳孔が見た者を戦慄させる。
間宮 (わ、私は“あーん”をしただけで他は何も……! あれはセーフですよね!?)
大和 (あれは決して、不埒な行為じゃありません……そのはずです!)
心当たりがないこともない二人は冷や汗かきながら思わず龍田から視線を逸らしていた。
他の者達も怖さで言葉が出ず、武蔵すら息を呑んでいる。
霞は、龍驤に『一番怖いのは龍田』と言っていた意味がよく理解したとこだった。
その中でも特に天龍の怖がり方は異常で、その様子に龍驤が「なんで隠れとんねん!? 自分の姉妹ならなんとかせい!」と言うのだが、
天龍 「最近の龍田はヤバいんだよ! 提督絡みになると特にな!」
龍驤の後ろで必死に隠れている天龍は体を震わせる。
その天龍の言葉に妙に気にしていたのは衣笠だった。
その時、ドアからノック音が聞こえる。
夕張がいち早く気がついて開けてみると、そこには神通と鳥海の姿が。
鳥海 「連絡をしたのに誰からも応答無くて、何かあったのかと戻ってきたとこよ」
神通 「こちらも同じくです……」
対潜掃討に出ていた二つの艦隊が戻ってきたしまったようだ。
皐月 「やっほー! 司令官、戻ってきたよー!」
卯月 「うーちゃん、帰還だぴょん!」
神風 「艦隊帰投よ。補給も万全、すぐに出られるわ」
朝霜 「なんだなんだぁ? みんなしてサボりかぁ?」
初春 「妾が出ている時に、お主ら何をしとるのじゃ……」
清霜 「ねえねえ? 何してるの? 私も入れてよ!」
鳥海と神通の他にも気になって来たメンバーも。
他のメンバーはどうやら出撃ドックで再出撃の準備を進めているそうだ。
龍田 「あら、天龍ちゃん……フフ…怖くないわよ……」
龍驤、天龍 「「ひいいぃぃぃ!!?」」
だが、ただならぬ雰囲気にすぐに気づいた鳥海達はどうしたのかと尋ねると、
暁 「な…なんか……高雄と愛宕が触って良いよって言ったら」
雷 「磯風と浦風が、私達の方が良いに決まってるって対抗したけど」
電 「し…司令官さんが『もう間に合ってる』って断ったらしいのです」
響 「羨ましい……響にも触れてほしいな……」
暁姉妹が簡潔に、けれどかなり曲解してるのではなかろうかと思う説明をしてしまう。
鳥海 「何やってるんですか?!」
さらに誤解が増して、こうなることはもうわかりきったことだった。
鳥海 「お二人とも! やっていい事とそうでない事を−−−−」
愛宕 「まあまあ、落ち着いて〜」
高雄 「これには訳があってですね−−−−」
皐月 「二人とも! 僕のいない間に抜け駆けしようとしたね?!」
卯月 「ぷっぷくぷー! 司令官はみんなのぴょん!」
磯風 「だが皐月よ、我々ではダメなのだ……やはり浜風がいればっ……!」
浦風 「まだそれ考えてたんか?」
青葉 「間宮さん! 『間に合ってる』という発言について心当たりありませんか?!」
間宮 「ど、どうして私に聞くんですか!?」
衣笠 「この状況でそんなこと聞いてる場合じゃないってば! 古鷹も何か言って……」
古鷹 「間に合って……間に合って……は…ははは……」
夕張 「ちょっと古鷹! おーい、元に戻ってー!」
龍田 「フフフ、やっぱり間違いがあってからでは遅いからぁ、提督から先にぃ」
天龍 「ひいいい!?」
龍驤 「怖がってないで、早う龍田を止めるで!」
暁 「響!? さっきのはどういう意味?!」
響 「どうもこうも、響は司令官にお近づきになりたいだけさ」
電 「はわわ! その気持ちはわからなくはないのですが……」
雷 「ダメよ! 司令官を甘やかすのは雷の役目だわ!」
神風 「司令官! どういうことなの? 説明して頂戴!」
初春 「破廉恥よの〜」
朝霜 「イイ覚悟だほら! 壁に手ぇつきなよ!」
清霜 「朝霜姉さん! それはマズいよ!?」
神通 「ど……どうしたら、いいのでしょう……」
霞 「…………見てらんないわ」
扶桑 「空は……どうしてあんなにも青いのでしょう……」
山城 「空は見えませんよ!? しっかりしてください姉様!」
もうカオスな状況すぎて、酷い有様だ。蛇提督も朝霜達の声も聞こえてないほどに、心なしか真っ白になりかけている。
初霜 「え、えっと……み、皆さん……!」
そんな中、初霜は皆に何かを呼びかけようとしていたが、周りがうるさくて彼女の声が届かない。
それに気づいた武蔵が大きく息を吸い込む。
武蔵 「静まれっ!!」
武蔵の一括に皆がピタッと止まり、武蔵に注目する。
武蔵 「皆の者、各々言いたいことがあると思うが、今は一度、内に収めてくれぬか」
武蔵の言葉に皆が受け入れてくれたのか、騒々しい雰囲気は静けさを取り戻す。
清霜 (武蔵さん、かっこいい!)
清霜だけは武蔵に尊敬の眼差しを向けていた。
大和 (いや……こうなった原因って……武蔵の発言から始まったんじゃなくて……)
でも大和は一人、元凶と思われる武蔵に内心ツッコミする。
武蔵 「それから、初霜が何か言いたいようだ。聞いてやってくれぬか」
と、武蔵が言ったので全員が初霜に注目する。
初霜は一斉に集まる視線に少したじろいだが、逃げずに口を開く。
初霜 「あ、あの皆さん……提督は怪我から復帰したばかりで、それでも次の作戦の為に動いています−−−−」
初霜の声は少し震えている。でもはっきりと一言一句その声が伝わる。
初霜 「で、ですから皆さん、提督に協力してもらえませんか? お願いします!」
初霜は頭を下げる。
それを見た艦娘達は、また少しの間、静まり返る。
高雄 「ごめんね。邪魔したつもりは無かったんだけど……」
愛宕 「やりすぎちゃったわね〜」
磯風 「うむ、些か自分を見失っていた。すまぬ、許してくれ」
浦風 「ウチからも、謝らせて」
初霜 「い、いえ、謝ってほしいわけでは……」
龍田 「ごめんねぇ、ここは初霜に免じて、今だけ矛を収めるとしましょう」
龍驤 「いやまだ、諦めてないんかい!」
天龍 「むしろやっぱり本気だったんだな……」
衣笠 「私達も止められなくてごめんね」
大和 「提督をお支えしたいというのは、皆、同じです」
そうしてその場の気持ちが一つに固まったところで、初霜は蛇提督に振り向く。
初霜 「では提督、指示をください」
蛇提督「あ、ああ……」
蛇提督も初霜の言葉で落ち着きを取り戻したらしく、テキパキ皆に指示を出す。
龍田、鳥海、神通は残って報告を。他の用の無い者は退室。それぞれが聞いて動き出す。
それを見ていた初霜は安心したような顔をして、部屋を出ていく。
初春 「ふむ……」
そんな彼女を、初春が後ろから眺めていたのだった。
―――硫黄島 出撃ドック―――
解散した後、その内の何人かは出撃ドックへと戻り、あるかもしれない再出撃の準備とその手伝いをする艦娘達がいた。
蛇提督の部屋で起きていたことをまだ知らない、待機していた艦娘達も戻ってきた仲間からその話を聞くこととなった。
矢矧 「ほう……執務室でそんなことがあったのか」
蛇提督のベッドが置かれているあの部屋を、そうでないにも関わらずいつの間にかそう呼ぶようになっていた。
神風 「そうよ、大変だったんだから」
執務室で起きたことを人伝に聞いた神風が話す。だが、その内容では明らかに誤解されてしまう為、夕張が所々、補足と修正を加えるような形になっていた。
夕張 「まあ……提督の方にも非はあるけど……事を大きくしたのは愛宕や磯風……いや、私達かな……」
夕張が苦笑するも、それを聞いて不機嫌な顔をするのは曙だった。
曙 「どちらにしろクソ提督だってのは変わらないわ! 絶対、近寄っちゃダメよ、潮」
潮 「う…うん……」
曙と潮の姿を見て、自分達も最初はこんな感じだったなと昔の自分を見るような目をする夕張。
五十鈴「……」
話を聞いていた五十鈴はしばらく黙ったまま何かを考えている。
矢矧 「どうしたんだ、五十鈴?」
気になった矢矧が尋ねるとため息を吐いてから答える。
五十鈴「あれこれ考えたって仕方ないわね」
夕張 「何を考えてたの?」
夕張には個人的に興味がある。なぜなら彼女は長良型二番艦、そう例の事件の当事者、由良の姉だ。そして彼女と同じ舞鶴にいたのなら何か知ってるかもしれない。
五十鈴「まあ、ちょっとね……。例の事件のことを考えてたのよ」
五十鈴の話ではそれこそ最初の頃、蛇提督に対して怒りを覚えていたという。
例の事件の後の由良と再会した時、彼女は驚いた。
食事もろくに喉を通らず少しやつれた姿の由良は見るに耐えなかった。時雨と夕立の二人も似たようなものだったそうだ。
何かの任務の後ということと時雨達と同じ白露型の何人かがその任務から帰って来なかったという話ぐらいしか当時は分からなかった。
少し時が経ってからやっと大淀や青葉の協力を得て、一人の男が起こした事がきっかけで艦娘達が無駄な囮にされてしまった事実、それゆえに帰って来なかった艦娘もその犠牲者であったことを聞いた。
自分の妹をあのようにした男、絶対に許さない、そう思っていた矢先だった。
五十鈴「ある日突然、由良は私に、『戦い方を教えてほしい』って言ってきたのよ」
それは、いくつも水雷戦隊の旗艦を務めた五十鈴にその培った経験全てを叩き込んでほしいというお願いだ。
断る理由は無かったが、ほんの数日前まで何も手をつけられず落ち込んでいた妹が突然言い出すのだから、どうしたのかと心配になるのも無理は無かった。
夕張 「そ、その時、何か言ってなかった?」
手がかりになりそうな事がないか夕張が聞く。
五十鈴「特にはっきりと理由を言わなかったわ。ただ……」
夕張 「ただ……?」
五十鈴「『いつまでも守られてるだけじゃダメだから』って、それだけ私に言ったわ」
例の事件の時から、沈んだ仲間に庇われて生き残ったと思ってきたから、そう言ったのだろうと五十鈴は思ったそうだ。
それを聞いた夕張は、そう考えるのが自然だけど、どこか気になる言い方だと思った。
五十鈴「でもね、気になる事はこれだけじゃないのよ」
五十鈴にとって考えが変わった一番の出来事だった。
それはそう、あの男が横須賀鎮守府の提督になったという情報を持ってきた青葉が、由良達に例の事件の真相を聞き出そうと舞鶴へやってきた時だった。
しつこく由良達に取材をしていたようだけど、結局、青葉は何の収穫も得られず帰っていった。その後、五十鈴は由良達を探した。
嫌な過去を蒸し返された上に元凶が帰ってきたなんて、彼女達にとって悪夢でしかなかろう。
彼女達が心配だ。せっかく元気を取り戻してきたというのに……。
鎮守府内を探し回っていると、いつものように出撃ドックにいる所を発見する。
あんな事があった後なのに今日も演習に出るというのか。
少し遠くから隠れて様子を見る。三人で輪になって何か話している。声までは聞こえない。
ただ不思議なことに、彼女達が落ち込んでいる風では無かった。かといって怒りをあらわにしている風でもない。
時雨は後ろ姿で顔は見えない。夕立は何かはしゃいでいるように見える。そして由良はさらにやる気に満ちているような目をしていたという。
五十鈴「それからまもなくだったわ。あの三人が揃って改二になったのは−−−−」
結局、当の本人達は例の事件の事を未だに話さない。
五十鈴「でも、思うのよ。あいつに対して恨み言一つ言わないあの娘達は、本当はあの提督に何の恨みも持っていないんじゃないかって……」
こっちの勝手な思い込みだったのではないかと、そういう可能性があるからこそ先程から蛇提督の話を黙って聞いていたのだ。
だがこれだけでわかるはずがない。なれば、元凶である蛇提督に直接話して確かめるしか無いと結論付けたとこだったという。
そこでさらに五十鈴の話に付け足すように矢矧も自分の体験談を話す。
矢矧 「私も彼女達のことは気になる。実は時々、演習に加えさせてもらうのだが−−−−」
演習をする時の彼女達は真剣そのものだ。その気迫といったら尋常じゃない。かなり自分達に厳しく課題をこなしていた。
訓練自体嫌いではない矢矧でも彼女達のスパルタぶりに途中から追いつけなくなることもしばしばだった。
矢矧 「まるで何かに突き動かされてるような感じだった。彼女達をああさせたものは何だったのか、私も気になる」
神風 「確かに気になるわね……」
曙 「か……関係あるとは限らないじゃない」
単に仲間を失った悲しみから奮起して、今さら元凶が帰ってきたところで彼女達の決意が揺るがなかっただけのこと、曙はそう主張する。
曙 「あのクソ提督が今見せてる姿だって、演じてるだけかもしれないわ! そのうち本性が出るんだから!」
それは私も最初はそう思っていた。夕張が蛇提督と出会った時から思ってた事だ。
でもその本性は、最初に思っていたのとは正反対だったから私自身、今でも戸惑うのだ。
曙 「あんたもそう思うでしょ?」
と、実はずっとそこにいた霞に聞く。だが彼女は何故かずっと黙っている。
霞 「え?……ああ、そうね……」
気のない返事だ。先程から話を聞きながら霞は時々思い詰めた表情をするのを夕張は見ていた。
曙 「ちょっと! さっきからどうしちゃったのよ?」
霞 「……な、何でもないわ! それにあいつがどんな奴かなんて私には関係ない」
霞は、提督がどんな奴だろうと任務をこなしていればいいだけだということ、自分達の邪魔をしなければそれでいいと話す。
霞 「陰口をついてる暇があるなら、自分に今何ができるか考えることね」
矢矧 「うん、その通りだな」
神風 「そうね、ここであーだこーだ言ってもしょうがないわ」
潮 「潮も……頑張ります……」
曙 「……」
納得していない曙だけを除いて、他の娘達は霞の一言で一段落つけたようだった。
五十鈴「そういうことで、この後どうするのか聞くついでに彼と話してみるわ」
矢矧 「それは良いな。私も行こう」
神風 「私も行くわ」
夕張 (え? 今から? どうしよう……)
夕張は五十鈴と蛇提督の会話が気になる。
でも、みんなの艤装の手入れや調整を手伝う為に、ここから離れる事ができない。
夕張は代わりに誰か行けないかキョロキョロ周りを見渡し、適任を見つけた彼女は急いでその艦娘に駆け寄った。
大和 「どうしたんですか、夕張さん?」
武蔵と一緒に自分達の艤装に手入れをしていた大和が、慌ててやってきた夕張に話しかける。
夕張 「大和さん、お願いが!」
夕張は先程のことを簡潔に説明し、大和に五十鈴達の同行をお願いする。
武蔵 「それは気になるな。大和よ、ここは私に任せて行ってくるといい」
大和 「ええ、そうするわ」
大和は夕張のお願いを快諾して、先に行った五十鈴達を追いかけるのだった。
初春 「なあ、初霜よ」
初霜 「何ですか?」
こちらのグループでは初春が初霜にあることを聞こうとしていた。
初春 「さっきのことじゃ。なぜ、あのような事をしたのじゃ?」
初霜 「あのような……と言いますと?」
初春 「なぜ、彼奴を庇うような事をしたのじゃ?」
初霜 「庇うなんて……私はただ提督が困っていると思ったので」
初春 「聞いた限りじゃ、あのような事態になったのは、ひとえに彼奴が招いたこと。助ける必要など無かったろうに」
少し冷たい言い回しの雰囲気に、初霜は困った顔をしつつも、慎重に、でもはっきりと話す。
初霜 「そうであったとしても、私は提督のお役に立ちたいです。困っているなら尚更です」
初春 「ふむ……わからぬ」
初霜 「何がですか?」
初春 「あれにそれほどの価値があるように思えん。お主がそこまでする必要があるのか?」
初春にそう言われた初霜は、どこか顔つきが変わる。
初霜 「姉さんは、まだ提督と会ったばかりだからわからないかもしれませんが……」
そう切り出した初霜の目は真っ直ぐと初春を見る。
初霜 「以前姉さんに、私は出来れば多くの人を救いたい、そう言いましたよね?」
初春 「ああ」
初霜 「でも気づいたんです。そうしたくば、まずは自分が生き残る力を身に付けなくちゃいけないんだと、体を張ればいいわけじゃないと」
初霜は真剣だ。それに応えるように初春も真剣な眼差しで彼女を見る。
初霜 「その上で周りと協力することの大切さも知りました。一人ではどうにもできない事を仲間と協力すれば乗り越えられる−−−−そう教えられた気がするんです」
初春 「彼奴にか?」
初霜 「はい」
初霜は、はっきりとした言葉と頷きで答える。
初春 「ほう……」
初春の表情はあまり変わらなかったが、内心は驚いていた。
初霜の性格は、姉でも手を焼くほどの頑固な所がある。それが彼女の悪いところでもあれば、強い意志を持ち続けられる理由であることを彼女はよくわかっていた。
しかしそんな彼女に、あの男は変化を与えたというのか……。
にわかに信じられなかったが、今、目の前の彼女は嘘を言っていないということだけは、はっきりと分かるのだった。
朝霜 「へぇ〜そうなのか〜。あいつがな……」
近くで何となく二人の会話を聞いていた朝霜が入ってきた。
呑気そうに上を向いている姿は先程の執務室でのことを思い出しているようだ。
だが彼女には、蛇提督がそんな風な印象には見えなかったのだろう。
清霜 「でもでも、そういうの、私も嫌いじゃないよ!」
朝霜と一緒に聞いていた清霜は初霜の話に好感を抱く。
清霜 「駆逐艦だと出来ることって限られちゃうよね。そういう時は仲間と協力しあうのが一番良いのかも」
清霜は楽しそうに話をする。
清霜 「でも清霜はいつか戦艦になるんだ。その時はどんどん私に頼ってよ!」
初霜 「せ……戦艦ですか?」
初霜が戸惑いながら聞き返す。
朝霜 「気にしなくていいぜ、できっこないことを懲りずにずっと言ってるのさ」
呆れながら朝霜が補足する。
それに対して清霜はプクーッと顔を膨らませる。
清霜 「なれるもん! いつか絶対なるんだから!」
怒る清霜に朝霜はハイハイと相手にしない。
武蔵 「何の話をしているのだ?」
そこに武蔵がやってくる。
初霜が説明しようかと思った時、先に清霜が武蔵に話しかける。
清霜 「あ! 武蔵さん! さっきの、とってもかっこよかったです!」
武蔵が何のことか聞くと、清霜は先程の執務室で、武蔵の一喝で騒ぎを止めた事だった。
堂々とした立ち振る舞いに感動した事を伝える。
武蔵 「ふっ……当然の事をしたまでさ」
腕を組んで謙遜しているみたいだが、顔は満更でもなさそうだった。
清霜 「それで武蔵さんに聞きたい事があるんですが−−−−」
武蔵 「何だ?」
清霜 「どうしたら武蔵さんみたいな戦艦になれますか?」
初霜 (その質問は……)
戦艦にはさすがになれない、そう思ったのは初霜だけではない。
だが武蔵はどう受け止めたのか、その辺りに関しては触れず、すぐに答えを返す。
武蔵 「なあに簡単なことだ。……胸を張り、誇りを持て。それだけだ」
朝霜 (いや……無理だろ……)
あまりにも簡潔としていて、本気で言ってるのか怪しいレベルだ。だが、武蔵の顔は見事なドヤ顔を決めているので、本気だったとすぐに気づけた。
そして清霜はというと…………
清霜 「そうなんだ! よおし! 武蔵さんに負けないくらいの誇りを持つぞ!」
こっちは思いっきり真に受けてしまっている。
さらに変な方向へ行かないか朝霜は心配するのだった。
初霜 「あ…あの、悩み事や相談事あるのなら提督に聞いてみるといいですよ」
朝霜と初春にとって意外な事を初霜が提案してきたので、二人は少し驚く。
初春 「彼奴がか?」
武蔵 「うむ、それは良い考えだ。私も勧めるぞ」
朝霜 「こんな話でもか?」
清霜 「こんな話って言うな!」
朝霜は内心思う。
清霜のこの悩みは自分も含めて艦娘でもまともに聞いてくれる者がいないというのに、ましてや人間なんて誰一人いなかった。それは自分よりも清霜の方が分かっているはずだ。
清霜 「……本当に、聞いてくれるのかな?」
でも清霜は興味がありそうだった。
初霜 「はい、提督はどんな事も聞いてくれます!」
初霜ははっきりと答える。その顔がどこか嬉しそうだと初春は思った。
朝霜 「戦艦になれる方法でも知ってるのかよ?」
武蔵 「知っているかは分からん。だがヒントはくれるかもしれん」
朝霜 「ヒント?」
武蔵 「ああ、現に私も提督のおかげで自分に足らないものを教えてくれた」
清霜 「武蔵さんでも、足らないものがあったんですか?」
武蔵 「ああ、私でもあるのさ。そしてそれに気づかせてくれた提督には感謝している。おかげで目が覚めたような気分だ」
初霜 「……私も武蔵さんと似た感じです。提督の言葉が考え直す機会をくれたのです」
初春達は、先程、初霜が言っていた、提督に教えられたことを思い出す。
その時の彼女の真剣な表情とそこから漂う凛々しさも。
初霜 「それに分からなければ一緒に考えてくれます。話してみる価値はありますよ」
初霜に合わせるように武蔵もうんと大きく頷く。
清霜 「そっかぁ〜。じゃあこの準備が終わったら提督の所へ行ってみよう!」
朝霜 「おいおい、本気かよ!?」
清霜 「武蔵さんと初霜がここまで言ってくれてるんだよ! 行かないわけにはいかないよ!」
朝霜 「ま……まぁ、そうだけどよ……」
初春 「その時は妾も行くぞ。良いか?」
清霜 「うん! 行こうよ!」
朝霜 「ったく、しょうがねえなー。あたいも行くよ」
初霜 「では、私もお供させてください」
そんなこんなで話がまとまる彼女達だった。
五十鈴達が蛇提督の所へ向かった後、曙と潮はどこかへ行ってしまい、残った霞は一人、自分の艤装の手入れをしていた。
だが彼女はずっと、何もないところを見つめたまま、昔のことを思い出していた。
―――過去 小豆提督の鎮守府―――
霞は次の出撃の為にいつもの廊下を歩いているところだった。
しかし霞の顔はキリッとしているはずなのに、どこかやつれているように見える。
小豆提督「待ってくれ、霞!」
霞の後ろから小豆提督が走って追いかけてくる。
小豆提督「お前、また出撃する気か! これで何回目の出撃だと思ってるんだ!」
霞 「いいじゃない! 私はまだいけるわ!」
小豆提督が止めようとして、その手が霞の肩に触れた時、その手を霞は振り払う。
霞 「まだここは入ったばかりの艦娘だけで練度が不足してるの! 私が出た方がいいに決まってるじゃない!」
小豆提督「だからって明らかに疲労が溜まってるお前を出すわけにはいかん!」
霞 「そんなんだから、あなたは甘いのよ!」
この頃は、多くの提督が輩出され、多くの鎮守府や泊地が本土やその他の島々に設置、本部の方針による功績競争が激化していた頃だった。
他の提督達は続々と難易度の高い海域を次々に攻略しようとしているのにも関わらず、小豆提督の鎮守府では簡単な輸送任務と難易度の低い海域での掃討戦を繰り返すのが日課となっていた。
より大きい功績を取れれば、本部からの報酬と支給が増え、鎮守府の規模を大きくする事も艦娘を増やして戦力を増強することもできる。
だが、小豆提督はその日課を繰り返すだけなので、霞が着任してから半年以上経った今でも、艦娘の数は少なく、戦艦すらいないという、新人提督の鎮守府と大して変わらない小さい鎮守府のままなのだった。
霞 「あんたの屁っ放り腰な方針のおかげで、この鎮守府は貧乏なままよ。なら、ほぼ最初からいる私が早く練度を上げて、他の娘達もついてこさせれば、難易度の高い海域に早く行けるようになるでしょ?」
小豆提督「いずれはそうするつもりさ。でもそんなに焦らなくたっていいだろ?」
霞 「あんたそれで、提督やる気あんの?」
後から出た新人提督にすら追い抜かれているにも関わらず、ここは相も変わらずのんびりと練度を上げるだけ。
この事は叢雲もよく知っているはずだが、彼女もそのやり方に対して何も咎めないため、
霞はますます小豆提督に不満を募らせていた。
小豆提督「他の所は強引なやり方が多いんだ。損失があっても報酬で元手が取れるみたいな考えをしている奴らだ。俺はそんな奴らと同じになりたくない!」
霞 「リスクだけを恐れてるだけじゃないの!!」
小豆提督への怒りが収まらない霞の猛攻は続く。
霞 「いまだに執務仕事は遅いし、優柔不断だし、名前の漢字すら間違えるじゃない!」
偉そうな事を言うのならば、まずは自分自身で実績を立ててから言えと小豆提督に言う。
小豆提督「ああ、そうだよ!! 俺はバカだし、優柔不断だし、女の子の扱いも分からん大馬鹿野郎だよ!!」
本当の事を言われすぎて、自棄を起こしたように見えるほど、大声で小豆提督は怒る。
霞 「は、はぁ!? それで逆ギレ? だらしないったら!」
小豆提督の荒れように引きながらも、怯まないために反撃する。
小豆提督「だけど……だけど俺は、それでも……!」
突然、小豆提督は霞の両肩をガシッと掴んで霞に真剣な眼差しを向ける。
小豆提督「俺は……お前を守りたいんだ」
一瞬、思ってもみなかった言葉に固まってしまった霞。
霞 「は……はあっ!!?」
急な告白に、顔を赤くして戸惑う。
小豆提督「霞……初めて会った時から、俺は……」
霞 (え……えーーーっ!?)
どこかで聞いたことあるシチュエーションに、急に入ってしまったことで頭の中はパニック状態になってしまう。
小豆提督「お前は、すげえ奴なんだって思ってた」
霞 「……え?」
小豆提督「霞は誰よりもしっかりしてて、小さい体の割にタフで、すごく頼りになる」
でも思ってたのとは違うとすぐに分かったことで冷静さを取り戻す。
そんな霞の感情に気づくことなく、小豆提督は話を続ける。
小豆提督「俺より艦娘達の面倒見が良いし、口が悪い事もあるけど、それを言えるだけの努力家だし。俺はそんな霞の姿が格好良くて羨ましかった……」
霞 「な……何よ……褒められたって、べ……別に、嬉しくもなんともないわ!」
聞いていて面映くなった霞は、突き放すつもりで言い返す。
それでも小豆提督は話をやめる様子はない。
小豆提督「だから、霞はそのうち凄いことを成し遂げそうな気がするんだ」
霞 「何よ、それ……妄想も大概にしてちょうだい……」
小豆提督「ごめんごめん、それは俺の勝手な思い込みなんだけどな。でも霞だけじゃない、他の娘達も同じだ」
艦娘一人一人、それぞれ違えど、何かしらの強みを持っている。そしてそれはいつか花開く時がくる。今はそれを大切に育てている時なのだと、小豆提督は話す。
小豆提督「だから誰一人、失うわけにはいかないんだ。今失ったらきっと後悔する」
霞 「……」
小豆提督のその言葉は執務している時より真剣で、どこか切実だった。
霞 「本当に……甘いのね、あんた」
小豆提督「そう言われても構わない。俺はこの考えだけは曲げるつもりはない」
霞 「そう、分かったわよ……」
もう怒るのもバカらしくなってきたと、霞は呆れる。
小豆提督「そうと決まれば、入渠だ!」
霞 「なっ!? こんなのかすり傷よ!」
小豆提督「ダメダメ! 疲れを癒す意味もあるんだから。さあ、入ってこい!」
霞 「わ、分かったわよ……行けばいいんでしょ、行けば」
小さい駆逐艦の子より子供のように笑う小豆提督を見て、霞はもう言い返す気もなくなる。
だが、この出来事がきっかけで、彼女は小豆提督に対する考えを改めた。
彼が甘いのは、艦娘のことを大切にしているからであると。
そして彼のその気持ちは、本当に最期まで変わらなかったことを彼女はよく知っている。
後から聞いた話だが、叢雲は既に知っていたようだ。
だからこそ彼女は、小豆提督にダメ出しははっきりと言いつつも、彼のやり方だけは口を挟まなかったそうだ。
―――現在 硫黄島 執務室―――
龍田 「報告は以上よぉ」
蛇提督「うむ、そうか−−−−」
龍田達から報告を聞き終えた蛇提督は、今後の方針を考えていた。
彼女らの報告内容を要約するなら、敵の数はかなり減り、古鷹達が発見した輸送船の艦隊も発見できなかった。
会敵もほとんど無くなった以上、出撃回数も見直す必要が出てきたのだ。
蛇提督「もう夜に哨戒する必要は無さそうだな。出ても潜水艦の的になるだけだ」
鳥海 「ではもう、今日のところは、出撃は無しですか?」
蛇提督「いや……念の為、対潜哨戒をあと一回、日没まで出てもらう。その代わり四隻編成だ」
さらにマリアナへの強行偵察を考えて、燃料と弾薬の温存も視野に入れた上での判断であると、蛇提督は補足する。
龍田 「誰が出るのかしらぁ?」
蛇提督「うむ……万全な状態であれば、誰でもいいが……神通、旗艦としてもう一度出られるか?」
蛇提督はなんとなく神通に尋ねる。
神通 「わ……私ですか?」
急に話を振られたせいか、神通は体をビクッとさせる。
蛇提督「どうした? 調子が悪いのか?」
神通 「いえ……そんなことは……」
神通の様子を見ながら、蛇提督は続ける。
蛇提督「何か不安であれば、他の者に任せるが?」
神通 「いえ、大丈夫です。なんでもありません……」
蛇提督「……」
この報告で終始、伏し目がちの神通を、蛇提督が何かと気にしているのを龍田と鳥海は気づいていた。
龍田 「それじゃあ、今夜は全員がこの鎮守府にいるのねぇ」
蛇提督「? ああ、そうだが……」
意図が読めない蛇提督は龍田の言葉に不思議がっている。
龍田 「寝る場所、あるかしらぁ……」
蛇提督「あ……」
蛇提督の顔が少しずつ青ざめていくのが見てとれた。
蛇提督「しまった……俺としたことが……全く考えていなかった……」
蛇提督が頭に手を当てる姿を見て、今日は動揺してばかりだな、と龍田は思った。
龍田 「この部屋と司令室を使えば、ギリギリに入るんじゃないかしらぁ」
蛇提督「そうか……このベッドも退かして、部屋いっぱいに使えばなんとかなるだろうな」
龍田 「ダメよぉ、あなたは怪我人なんだから、ちゃんとしたベッドで寝なきゃ」
蛇提督「いや、ベッドも退かさなければ入らないだろう……」
なぜか妙に譲らない龍田のおかげか、ちょっとした喧嘩が始まってしまいそうな予感がした鳥海は割って入ることにする。
鳥海 「あの……提督のは一番上質の布団で寝てもらえばいいのではないでしょうか……?」
鳥海の提案に、龍田は「まあ、仕方ないわねぇ」と、とりあえず引いてくれた。
蛇提督「それと俺が寝る場所は司令室だ」
これを聞いた龍田は、司令室は怪我人を寝かせるのに良い環境と言えないと反対する。
だが蛇提督は、何かあった時にすぐに指揮できる場所にいた方が都合が良いからと譲らなかった。
結局、龍田が渋々承諾することになった。
鳥海 (龍田さん……随分と気にかけるのね)
まだ右腕を包帯で固定してるほど全快とは言えない蛇提督だけど、それ以外は特に不自由してる様子ではない。にも関わらず、龍田は随分と心配している。
ちょっと不思議に思う鳥海だった。
蛇提督「誰がどこで寝るかはそちらに任せる」
龍田 「わかったわぁ」
なんとか話がまとまったようだ。
蛇提督はここいらで解散しようと提案し、三人も承諾する。
蛇提督「神通だけは、少しここに残ってもらえるか?」
神通 「……え? 私ですか?」
急な事に少し驚いている神通に静かに頷く蛇提督。
龍田 「なら、私達は先に行ってるわぁ」
龍田は特に気にする様子なく先に出ようとする。
鳥海は気になって出るのを躊躇っていたが、龍田に催促されたため、彼女も龍田と共に執務室を出ていく。
神通 「……あ、あの、御用は何でしょう?」
二人きりになった気まずい状況に耐えかねて、神通は恐る恐る蛇提督に尋ねる。
しばらく蛇提督は何かを考えてる様子だったが、考えがまとまったのか神通を見てその口を開ける。
蛇提督「樹実提督の話を出した時から、何かにずっと怯えているような気がするが、違うか?」
神通 「……」
蛇提督に質問され、また目を伏せて、神通は押し黙ってしまう。
蛇提督はそんな彼女の様子を窺いながら、話を続ける。
蛇提督「神通から樹実提督時代に築いた実戦経験を聞きたいと思ったことは本当だ。これからの作戦や戦術の検討に役立てたいと思っている」
神通は聞いているのかそうでないのか、目を伏せたまま、うんともすんとも言わない。
蛇提督「何らかの理由で話せないことがあるなら強要はしない」
その時、神通は一瞬、顔をあげて蛇提督を見る。でもまた、顔を伏せてしまう。
何か話すのかと思ったが、結局、口を開きそうになかったのを見て、蛇提督は体の力を抜くように姿勢を崩す。
蛇提督「……まぁ、話す相手が得体の知れない相手なら尚更だな」
聞いてみたかったのは、それだけだ。
蛇提督がそう言って話を切り上げようとしたその時、神通の口が開く。
神通 「いえ……そうではないんです」
弱々しくも何かを否定する。
蛇提督「何が、そうではないんだ?」
蛇提督が聞き返してから、また少し黙っていた神通だったが、彼は彼女が話し始めるまで待っていた。
神通 「わ、私は……言われた通りの事をしてきただけなんです……」
一方、その頃………………
大和 「では、五十鈴さんは最初から提督に会うのが目的で?」
出撃ドックから執務室へ、大和、五十鈴、矢矧と神風が歩いていた。
その道中で、大和は五十鈴と矢矧がここへ来た目的を聞いていたのだった。
五十鈴「いずれは彼に直接会ってみたいとは思ってたの。でも鎮守府も違うし、どこかの作戦で共にやる事になれば……そう思っていた矢先に硫黄島への輸送任務の話が久奴木提督から来たの」
これはきっとチャンスだ、五十鈴はそう思った。
実戦経験を積ませたいということで矢矧と彼女の姉、能代のどちらかが行くことも決定していた為、指南役も買って出たのだそうだ。
矢矧 「私も噂の提督に会ってみたいと密かに思っていたのさ」
悪い噂しか聞かない彼だったが、呉襲撃事件の功労者であり、そしてここ硫黄島海域攻略の立役者となった。
由良達の事もあり、実際のところ一体どんな男なのか、矢矧は自分の目で確かめたくなったのだそうだ。
矢矧 「そういうことで、能代姉には私に行かせて欲しいと頼んで譲ってもらったんだ」
大和 「そうだったのですか……」
矢矧 「大和……さんは、提督のこと、どう見ているんだ?」
「呼び捨てでも構わないですよ」と大和が優しく微笑み返すと、いったん質問に対して考えこむ。
頭に思い浮かぶことは、これまでの蛇提督との思い出、彼と話したこと、彼の振る舞い、そして「死に急いでいる」と言われた時の青天の霹靂。
他の艦娘達に比べれば、共に過ごした時間は短いはずなのに、その内容はとても濃かった気がする。
大和 「あの方は……一言で言うなら、不思議な方です……」
神風 「それは、どういう意味なの?」
大和はまず、自分も最初こそ、皆さんと同じ、彼には疑念をずっと持っていたと話す。
厳しく表情も怖く、何を考えてるかわからない人であったと。
大和 「けれど、私達の事を見てないようで見ているんです。私達の表情、その裏側までを見るかのように」
矢矧 「裏側?」
大和 「私達の思いや求めているものです。それが彼の“目的”に沿うものなのかどうか」
五十鈴「“目的”って何なの?」
大和 「私達にもはっきりわかりません。ですが確かに提督には何らかの“目的”があるようです」
その“目的”を知る最大の手掛かり、それは間宮さんが聞いた、彼が倒れる前に口走った“約束”がきっとそうであると。
でもこの事は、五十鈴達には秘密にしておきたい。
一番知りたがってるのは私達だが、一番恐れていることでもある。
大和 「あの方は厳しいかもしれませんが、それは私達を貶めるためではないということは今までの出来事でわかったんです−−−−むしろ、私達が戦いに集中できるように、そして……」
矢矧 「『俺にとって勝利とは、誰一人沈まぬこと』だな?」
大和 「はい! それがあったからこそ私達は一致団結できたのです」
五十鈴「まあ、聞いてる限り良い話よね」
大和 「良い話はこれだけではないんですよ」
大和は、蛇提督が天龍を助けた時の話をした。そして目を覚ました後の天龍とのやりとりも。
一緒にその場で聞いていた大和にとっても、『艦娘は希望』の件は嬉しかったようだ。
五十鈴「ふぅ〜ん、そうなの」
矢矧 「『希望なら簡単に捨ててはいけない』、良い事を聞いたな」
神風 「最後まで諦めないことは、大事なことよね!」
五十鈴は大した反応は示さなかったが、矢矧と神風は大和の話にとても好感を持ったようだった。
すぐそこの角を曲がれば、執務室の前にというとこまで来た彼女達は、角を曲がったところで何ともおかしな光景を目の当たりにする。
龍田 「……」
鳥海 「……」
龍田と鳥海がドアに耳を当てて、じっとしているではないか。
大和 「龍田さん、何を……?」
そう呼びかけようとしたとこで、龍田と鳥海にシーっと言われてしまう。
音を立てないように二人に近寄った大和は小声でわけを聞いた。
どうやら中で、蛇提督と神通が何か話しているらしい。大和達四人も、流れでそのまま一緒に盗み聞きする事になってしまった。
―――執務室内 神通と蛇提督―――
蛇提督「言われた通り? どういう事なんだ?」
少し体を震わせながら神通は少しずつ話をしていく。
神通 「わ……私は、昔から心配性というか不安に駆られやすくて……」
昔から自分に自信を持てず、引っ込み思案な性格をしている。
姉と妹がいるけど、姉ほどイケイケで強気な性格では無いし、妹ほど楽天的ではない。
そんな姉妹とも比較して、ますます自信を失ってしまうのだそうだ。
神通 「特に戦う時が一番怖くて……」
蛇提督「どういう風に怖いんだ?」
神通 「敵が全て……私を、狙っているような……そんな恐怖が……」
例えそうでなくても、複数の敵を目の前にするとそう見えてしまうらしい。
蛇提督「そんな状態でよく戦えていたな?」
神通 「はい……そんな私をずっと支えてくれていたのが、樹実提督でした……」
それはどんな感じなんだ?と蛇提督が尋ねたので、
神通は思い出深い樹実提督とのエピソードを話し始めるのだった。
―――過去 樹実提督の鎮守府―――
神通 「神通です。提督、少しよろしいですか?」
執務室のドアをノックした神通は、中から聞こえた樹実提督の許可をもらい、部屋へと入る。
樹実提督「やあ、神通! どうしたんだい?」
神通 「あ……あの、次の出撃のことなのですが……」
次の出撃で自分が旗艦になったことに不安を感じた神通はその相談、できれば変えてもらおうと思い、提督に言いに来たのであった。
樹実提督「そうかぁ、また不安なんだね?」
神通 「はい……」
樹実提督「でもこの作戦は神通が適任だと思って組み込んでいるんだけどな」
神通 「わ……私では、荷が重すぎます……」
今回の出撃は南西海域の制海権をかけた作戦だった。神通が旗艦を務める艦隊も数ある艦隊の中でその一役を担っている。
神通 「夜戦も想定しての編成でしたら、川内姉さんの方が適任では……?」
樹実提督「あるかもしれない程度の出撃じゃあ、あいつのやる気を削ぎかねない」
樹実提督は苦笑いしながら神通の提案を断る。
神通 「ですが私では……駆逐艦の子達が聞いてくれるか……」
樹実提督「きっとそう思うだろうから、神通と似て、落ち着いた子達だけで組んどいたよ」
神通 「で…ですが……」
それでも不安で承諾できない神通だったが、樹実提督は片手を神通の肩にそっと置く。
樹実提督「大丈夫、神通ならできる」
神通を真っ直ぐに見ながら、静かに言う。こういう時の樹実提督は不思議な力がある。
樹実提督「今回の編成は、神通が旗艦をすることに意味があるんだよ」
神通 「そ…それは……何ですか……?」
樹実提督の話によると、川内のような突っ走りがちな艦娘には頼めないのだという。
そういう娘達は戦いを勢いで勝ちたい時にとても頼りになるが、神通が任された役目は違う。
神通の役目は他の艦隊の行動や状況に合わせて、的確に立ち回ることだった。
補助に回ったり、挟撃に使ったり、追撃に回ったり、とにかく細かい動きが多い。
その場合、敵を見つければ下手に攻撃しようとせず、指示を聞いて落ち着いて動ける艦隊が一つは欲しいと言う。
樹実提督「大丈夫、俺の言う事を聞いていれば、上手くいくはずだ」
神通 「……」
樹実提督の作戦もさることながら、戦いの途中での指示だしも的確だ。彼の指揮能力の高さはこれまで見てきた神通にとってもよくわかっているからこそ反論はできなかった。
樹実提督「でももし危険な状況になった時はすぐ撤退してくれたって構わない。神通の判断に任せるよ」
神通 「て……撤退だなんて……それでは提督の顔に泥を塗ることになります」
神通にとってもう一つの悩みはこれだった。
今の樹実提督は勢いに乗り始めた頃の事だった。周りの艦娘達も凄い者ばかりが揃い、その勢いに乗らんとしている。でも自分だけが不安と恐怖を拭いきれず、依然と変わらぬままなので、この艦隊にいていいのかと悩んだこともしばしばだった。
樹実提督「泥を塗られるなんて思っていないよ。それに俺はそれよりも艦娘の誰かが沈むことの方が悲しい」
神通 「提督……」
樹実提督「その為には作戦も指示も完璧である必要がある。みんなの勝利の為にもね……」
樹実提督も提督という重責と轟沈という恐怖に耐えながら、日々、戦っているんだなと、この時の樹実提督の切実な思いを感じ取ったのだという。
樹実提督「だからきっと大丈夫。神通だからこそやれる任務だって俺は思っているから」
神通 「……わかりました」
そしてその後、神通は出撃した。結果から見れば、快勝だった。
見事な艦隊行動と連携、特に神通達の立ち回りが、敵の撹乱につながったのだ。
結局、樹実提督の指示に合わせて戦い、危機という危機に会わずに戦うことができた。
この戦いに限らず、神通はその後もこのような方法でもって、勝ち残ってきたのであった。
―――現在 硫黄島 執務室―――
神通 「私は今まで、樹実提督に支えられながら、なんとか戦うことができました……」
さらに言うならば、樹実提督の気遣いだったのか、それほど危険な任務に出されることも少なかったのだという。
蛇提督「ふむ、なるほど……樹実提督は本当に天才だったんだな……」
蛇提督は一言感想を述べて、また考え込んでいる。
神通 「水雷戦隊を預かることも多いのに、こんなネガティブではダメですよね……」
神通がそのように言って落ち込んでいると、何かを思いついたように顔を上げた蛇提督が唐突に「俺が聞いた、ある学者達の仮説の話だ」と話し始める。
蛇提督「大昔、まだ原始時代と呼ばれる頃の人間の話だ」
神通 「え……?」
さっきまでの会話からどうしてそんな話が出るのか、意味が分からないと思ったのは神通に限らず、ドアのすぐそばで聞き耳を立ててる五十鈴達も同じだった。
蛇提督「その頃の人間をポジティブな者達とネガティブな者達に大きく二つに分類させたとして、どちらがより多く生き残ったと思う?」
そんな問題を出す蛇提督の意図も読めず、神通は少し考えてから答える。
神通 「ポジティブな方じゃないでしょうか……」
蛇提督「どうしてそう思う?」
神通 「今と違って何もない時代だったんですよね? その中で生き残ろうと思うなら、前向きな気持ちが無ければ生きていけないのでは?」
蛇提督は「それも一理ある話だ」と神通の考えを否定しなかった。
特に絶望的な状況でも、根拠があろうがなかろうが前向きな人間というのは他の者からしたら頼りになる存在だ。ちょうど、樹実提督や小豆提督がそうであったように。
蛇提督「だが学説では、ネガティブな人間の方が多く残ったと言われている」
神通 「えっ!? どうしてですか?」
神通にとって意外だったのか、驚いた表情でその理由に興味があるようだ。
蛇提督「不安や恐怖を払拭する為に、生き残るための新しい知恵や技術を生み出したからではないかと言われている」
蛇提督の話によると、常日頃から不安と恐怖に苛まれていた人達は少しでもその要因やリスクを回避するために知恵を振り絞ったのではないかという。
狩猟を例にとれば、獲物を仕留める際にその時間が長引くことの危険性を回避する為に、彼らが使う武器の性能向上に頭を使ってきた。
獲物の抵抗による危険を回避するためには罠を作ることを考え、一人ではとてもできそうになければ、複数の仲間を集めて役割分担をしたのだろうと語る。
蛇提督「そう、ネガティブな人間達が思う不安は、生き抜くのに必要なものを揃えるきっかけとなりヒントになったのさ。そしてその努力を惜しまなかったのもそういう人達だったのだと」
神通 「なるほど……」
聞けば納得する内容で、神通は感心していた。
蛇提督は、この学説はかなり極論だから、もちろん頭の良いポジティブな人間もいただろうし、現代にもポジティブな人間が少なくないことを考えれば、多い少ないというのは愚考かもしれないと改めて断りを入れる。
蛇提督「だが、俺がこれで思うことはこうだ」
神通 「何でしょう?」
蛇提督「ネガティブな者というのは、生きようとする意思が強いんじゃないかと」
神通はギョッとする。
蛇提督「執着にも近いが、だからこそ人一倍、命の危険には強く反応する」
身近な危険なんて戦いに限らず、考えれば考えるだけ思いつくものだと蛇提督が付け足す。
蛇提督「その危険に対して、何の対策も講じていなければ、結局、自分の中に不安と恐怖が残るだけだからな。呑まれればさらに負の連鎖に陥って、どんどんと落ち込んでいく」
神通 「今の……私のように、ですか?」
蛇提督は静かにうんと頷く。
だが切り返すように、蛇提督はさらに話を続ける。
蛇提督「だからこう考えるのはどうだろうか。今抱えている不安と恐怖は、自分が自分に足りないものを教えようとしているのではないか、と」
神通 「自分が、自分に……ですか?」
蛇提督「そうだ。神通自身が言おうとしている。自分に今、何を必要としているのか」
神通 「ですが……それでわかったとして、必要なものを手に入れたら……本当に不安や恐怖が無くなるでしょうか?」
蛇提督「いや、無くならないだろう。無くならない方がいい」
神通 「それでは、努力したところで……」
蛇提督「それでも……立ち向かう勇気はできるはずだ」
神通はハッとして、蛇提督を瞠目する。
蛇提督「敵に一斉に狙われても、対策があるのとないのとでは大きな違いがあると思わないか?」
神通 「……」
神通はまた黙り込んでしまった。両手を握りしめ震えている。
そんな神通を蛇提督はじっと様子を見る。
神通 「……してですか?」
蛇提督「ん?」
神通 「どうしてですか?」
蛇提督「何がだ?」
神通 「どうしてそのようなアドバイスをしてくださるんですか?」
蛇提督は神通を見たまま少し黙っていたが、その回答をする。
蛇提督「艦娘は戦うのが使命なんだろ。ならば、提督としてそれをやるようにさせるのは当然のことだと思うが?」
神通 「私が戦えるようになったとしても、提督のご期待に応えられるほどではないかも知れませんよ?」
蛇提督「かもな」
神通 「そんな保障の無い私を気になさるよりも、少しでも見込みのある子を出撃させて経験を積ませるのが良いのでは?」
蛇提督「……確かに強くなる保証は無い。だがダメになる保証もない」
神通 「え?」
誰にも結果は分からない。最高の結果が出るかもしれないし、最悪の結果になるかもしれない。もしかしたら自分達が思っていたのと全く違う結果が出るかもしれない。
そう蛇提督はもしもの話をしながらさらに続ける。
蛇提督「それでも、神通に限らず、戦って生き残ることができたのなら、俺としてはそれで十分だと思っている」
神通 「提督は生き残ることを重視するそうですね……どうしてそこまで?」
蛇提督は何かを考えたのか、それとも何か躊躇ったのか、少しの間を空けてから回答する。
蛇提督「これからも新しい艦娘は増える。戦力を増強してあらゆる海域に対応させるために」
今の大規模作戦がある程度成功して資源を確保できたら、そこから本部は艦娘の増強をするだろうと予測をしつつ、蛇提督はこう続ける。
蛇提督「その艦娘を育てるのは、他でもなく今戦っているお前達だからな」
神通 「私達が? ですが提督達でも戦略や戦術の指南はできるのではないですか?」
蛇提督「確かにできる。だが、実戦においての感覚は、体験したものにしか分からない」
神通 「あ……」
蛇提督「いろんな場面に応じた予測と様々な対処法、それを考えるのは容易い。でも……実戦で使えなければ、机上の空論だ」
命を取り合う戦いの最中の独特な体感、まとわりつく空気、一歩間違えれば死、そんな極限状態の中でどう精神を落ち着かせ、希望を絶やさぬか。そして切り抜けるための戦術、技術、連携。
それを教えられるのは、やはりそれをくぐり抜けてきた者にしか伝えられないと蛇提督は強調する。
蛇提督「それを後の者達に教えていくには、やはり生き残らなければならない。結局、生き残ることが目的になるのさ」
神通は驚きのあまり言葉を失っている。
蛇提督「神通もまだこれからたくさんの艦娘と出会うだろう。その時、生き残り方を教え、または共に考えることもあるだろう。そうやっていった先にふと立ち止まって後ろを振り返ると、前の自分より強くなっていることに気づけるかもしれんぞ」
ああ……この方は今の私だけではなく、未来の私と私に関わる艦娘のことも考えているのだろうか……。
神通は蛇提督の考えの深さに感服していた。
最後のセリフで蛇提督が心なしかほんの一瞬だけ微笑んだように見えたのが印象的だった。
気づけば握っていた両手の震えも消えていた。手を解き、神通は一度目を瞑る。
神通 「わかりました。次の出撃、快く引き受けさせてください」
次に目を開けて言った時は、不安に怯えた目はもう無かった。
蛇提督は少し安心したように「ああ」と返す。
神通は敬礼して「ありがとうございました。失礼します!」と言って執務室を出る。
執務室を出ていく、前より少し自信がついたような神通の後ろ姿を見て、蛇提督は何故だか後ろめたそうな表情をするのだった。
神通は、ドアを開けて廊下に出る。ふと横を見ると、エヘヘっと微笑む龍田達と目が合った。
案の定、神通が驚きの悲鳴を上げようとした瞬間、龍田達に口や手を取り押さえられてしまう。
そしてそのまま、もがき苦しんでいる神通を引きずりながらドアからいったん離れるのだった。
神通 「はぁ…はぁ……あの、もしかして、聞いていたんですか?」
呼吸を整えながら、神通は恥ずかしそうに皆に質問する。
すると、龍田が「聞いてたわぁ」と答えると、神通は顔を一気に顔を赤くする。
神通 「うぅ……恥ずかしいです……」
矢矧 「だが代わりに良い話を聞かせてもらった」
神風 「聞き応えのある話だったわ!」
鳥海 「実戦の感覚は戦った者にしか分からないものですものね……」
五十鈴「……」
それぞれが感想を述べている中、五十鈴はまたもや一人考えているようだった。
龍田 「あなたはどう思ったの?」
龍田が神通にふいに尋ねる。
神通は顔を少し伏せて目を瞑る。それはまるで今の自分の心を見てるような仕草だった。
神通 「……何故かは分かりませんが−−−−」
そう言って、神通は顔を上げて龍田を真っ直ぐ見る。
神通 「今なら……頑張れそうな気がします……!」
その表情を見た龍田は、「そう」と満足そうに微笑む。
鳥海 「そろそろ私達は行きましょう。さっきの話、皆さんにお伝えしなくては」
大和 「さっきの話とは何の事ですか?」
鳥海 「詳しいお話は後でさせて頂くのですが……」
今夜の出撃が無いこと、その為に皆の寝床をどうするかという件について、皆で話し合わないといけない、の事だけ鳥海は伝える。
龍田 「そういう事だからぁ、私達は先に行くわねぇ」
大和 「わかりました。こちらの用事が終わりましたら、そちらに合流しますね」
話がついたとこで龍田と鳥海、神通の三人は出撃ドックの方へと歩いて行った。
大和達は改めて執務室へと向かい、大和がドアをノックする。
蛇提督が許可する声を聞いて、四人は入る。
蛇提督「揃いに揃って、一体どうしたんだ?」
大和が入った時は何でもなかった蛇提督が、続いて五十鈴や矢矧が入って来たのを見た瞬間、ピクリと反応があったのを大和は見逃さなかった。
やはりどうやら蛇提督は最初に会った時から五十鈴の事を警戒してるようだと大和は思った。
大和 「皆さんが提督にお話したいことがあるそうなので、お連れしました」
蛇提督「ほう……」
蛇提督が五十鈴達を見て目を細める。
五十鈴「さっき、龍田達に会ったわ。出撃が無いって聞いたけど、どういうことかしら?」
蛇提督「うむ、ある程度龍田達に話したが、さらに補足するなら……」
敵もこちらの動きに合わせ、作戦を変えて来るかもしれないし、この辺り一帯の潜水艦を倒したのなら、次の部隊が来るまで時間があるだろうと予測したそうだ。
つまり、今が皆を休ませるのにちょうどいい頃合いのなのだと蛇提督は言う。
蛇提督「こちらは編成を考えておき、いつでも誰かが迎撃に行ける体勢を作っておく。その為の時間だと思ってくれていい」
五十鈴「ふーん……」
矢矧 「なるほど、そういう事か」
神風 「よく考えられてるのね」
大和 「提督の判断はいつも凄いです!」
五十鈴はあまり反応してないが、反論はしない。それと違い矢矧と神風はかなり感心しているようだ。
大和はなぜかちょっと大袈裟に褒める。
蛇提督「……ま、まあ今は無理をする必要はないと思っただけだ……。話ってのはそれだけか?」
大和の反応を敢えてスルーした蛇提督は他の話があるのか催促する。
五十鈴「それじゃあ、紹介の時に言わなかったけど、私は長良型二番艦なの……そう言えば、どういう意味か分かるわよね?」
早速切り込んできたと思った大和。
彼女の話を蛇提督はどう反応するのか、より彼を注意深く見ることにする。
蛇提督「さあ、どういう意味かな。私には分からないな」
五十鈴「あら? 現存の艦娘を一通り見たというのは嘘だったのかしら?」
確かに、初春を見て初霜の姉だとすぐに気づいていたので、そういう姉妹関係も把握してるように大和は思えた。
でも、蛇提督は「全部を全部、覚えているわけではない」と当たり前のように話す。
五十鈴「長良型四番艦、由良……」
五十鈴のその一言は、相手に突き刺すかのような少し冷たい印象だった。
五十鈴「私の妹がお世話になったそうだから、そのことで挨拶したかったのよ」
怒りも憎しみも混ざったような五十鈴の台詞だったけど、
蛇提督は「ああ、そういえば、そうだったな〜」とケロッとしている。
蛇提督「じゃあ、妹に代わって復讐にでも来たのか?」
遠回しに言うことなくストレートに聞いてくる蛇提督はもう既にその挑戦を受けようとしているように思った大和。
ほんの少しの会話だけで、この場が息をすることを忘れるほどかなり緊迫感に包まれる。
五十鈴「最初はそう思っていたけど……当の本人がそんなつもりじゃないから困っちゃうのよ」
と五十鈴が言った瞬間、蛇提督の目元が一瞬ピクっと動いたように見えた大和。
その直後の蛇提督の返しにも気になるものがあった。
蛇提督「あいつが……何か言ってたのか?」
五十鈴に言われるまで忘れていたという蛇提督が彼女の発言を気にしている。
しかも「あいつ」という言い方から、単に“騙した相手”だけでは無いような気がした大和。
五十鈴「何も言わないわ。何も言わないからこそ私も困ってるのよ」
肩をすくめながら答える五十鈴。
五十鈴「何があったのかを話さないどころか、あなたに対しての恨み言一つも無いんだから」
蛇提督「……」
蛇提督は何の反応もなく五十鈴を見たまま黙っている。
でも皮肉も悪口も言わない辺りが、何かあるように思えてならない大和だった。
五十鈴「そういうわけだから、ただあなたがどういう奴なのかこの目で確かめる為に来ただけよ。今は一応、直属の司令官なわけだし、どうこうするつもりは無いわ」
そう言って五十鈴はいったんこの話と空気を区切らせる。
彼女としてもここで言い争うのは本望ではないのだろうと、ここまで来る時に聞いた彼女の話からも踏まえて大和は思う。
蛇提督「そうか−−−−聞きたかったことはそれだけか?」
五十鈴に合わせるように蛇提督も違う話を促す。
五十鈴「そうね、今日会ったばかりだけど、あなたを見ていていくつか思うことはあったわ」
蛇提督「何だ?」
五十鈴「あなた、艦娘が沈まない事を目標にしているわよね?」
蛇提督「……ああ、そうだ」
五十鈴「軍法会議で言ってた事と随分違うようだけど、どういうことかしら?」
きっとそれは私に限らず、誰もが疑問に思っていることだろう。
確か「艦娘というのは人間のために戦って然るべきだから、戦って沈むのは当然だろう」と聞いたはずだった。
でも先程の神通に対しての接し方ひとつ見ても、ここにいる彼女達も同じ事を思ったかもしれない。
蛇提督「それはもちろん、あの時とは立場が違うからさ」
でも蛇提督は迷うことなく返答をする。
彼の話によると、あの時は既に少尉の位を貰いながら、航海士または艦長候補、ゆくゆくは輸送船団を預かれる程のエリートコースを順調に進んでいた頃だった。
蛇提督「だが今は提督だ。私が指揮していた艦娘が一隻でも沈めば、私にとって死活問題だからな」
決して許されない罪でありながら、それでも超法規的措置でいる今の立場は下手をすればすぐにでも首が飛びかねないのだと彼は語る。
蛇提督「思いつきで悪いことはするもんじゃないな。その時は上手くいくと思っても、どこかしらに穴があるものだ」
今度は蛇提督が肩をすくむ。
あまりの開き直り方に、事件を起こした事を反省していないような発言だった。
でも五十鈴や矢矧達はその態度に特に気にせず、話を続ける。
五十鈴「じゃあ、次−−−−艦娘の疲労状態を気にする理由もその一環なのだろうけど、艦娘を強くしようとしてるのもその一環なのかしら?」
「自分の言葉に従っていれば」とそのような発言を今までに何度も発言していることは、他の仲間達からも聞いていた大和。
でも彼は改二への興味などでも見て取れるが、彼は艦娘達の強化に力を入れている。艤装や装備だけならともかく艦娘自身の心の状態にまで干渉してくる。
「従っていれば」という発言とはどこか違和感を感じて、疑問を感じざるを得ないのだ。
蛇提督「まあその通りだ。だがやはり、一番の理由は楽をしたいからさ」
五十鈴「楽をしたいですって?」
蛇提督「ああ、そうさ。毎回、戦いの度に指示をしていてはキリがないからな」
艦娘達が経験を積み、各自の自己判断で動けるようになってくれれば、こちらでそのような面倒をかけなくてすむと蛇提督は話す。
蛇提督「何より、現場の判断が動きやすいだろうしな。そうすればこちらは、編成と大まかな作戦を考えるだけで終わるのだからな」
矢矧 「まあ、確かに……そのように出来たら理想的かもしれないけど……」
神風 「大きな戦いになったらどうするのよ? 全体を見てくれる人がいなきゃ困るわ」
蛇提督「それはもちろんやるさ。やらなきゃ上から言われるのは当然だしな」
今回の提督は「実は俺は不真面目なんだ」と言わんばかりだ。
思えば蛇提督は、自分に対しての悪いイメージを否定しようとはせず、むしろその疑惑をさらに広めるか深まるような発言や態度を取ることで、こちらを惑わそうとしてくる。
でも何度も言うように、先程の神通とのやり取りからでも、彼は艦娘強化に内外共に余念が無い。
これを「真面目」と言わずして、何と言うのだろう。
蛇提督「ただでさえ提督というのは雑務が多すぎる。国会議員並みの給料が支払われたところでそれを使う暇なんて無いのさ」
五十鈴「あなたがどれだけ楽をしたいかってのはよく分かったわ」
五十鈴はそれ以上話を聞きたくないのか、話を切り上げる。
矢矧 「私からもいいだろうか?」
ずっと様子を見ていた矢矧が軽く手を上げて質問をする。
矢矧 「艦娘が強くなる上において、今一番何が必要だと思う?」
神通の話に影響されたのか、艦娘強化の事で興味があるのかなと大和は思う。
蛇提督「私にとっては何もかもが足りない。装備も演習の回数も−−−−だが今欲しいのは情報だ」
矢矧 「情報?」
神風 「何の?」
蛇提督「艦娘個人のデータだ」
五十鈴「個人データならあなたが持っていると言ってたじゃない」
蛇提督「性格や戦歴はある程度な。だが、特性や能力に関してはほとんどない」
つまり何が得意で何が苦手なのかが分からないのだそうだ。
編成を考える上において、大事な所だと蛇提督は強調する。
蛇提督「長所と短所はどんな作戦が向いているか、どんな役回りが向いているかを考えるのに必須だ。一艦隊六隻の構成には様々な可能性を作り出せる」
矢矧 「可能性か……良いことを言うのだな、提督は」
感銘を受けたのか矢矧は少し微笑んで言うと、蛇提督はキョトンとする。
蛇提督「……いや、当然の事だと思うが?」
それは挑発しているわけではなく、本当に矢矧の言葉に不思議がっているという雰囲気だった。
蛇提督のそんな姿に一瞬固まっていた矢矧だったが、
矢矧 「……フフッ…そうか、当然の事だったか。それは、失礼した」
一体何がツボだったか、失笑した矢矧は謝った後もまだ笑っている。
神風 「私もいいかしら?」
矢矧を放置して、今度は神風が前に進み出てくる。
蛇提督も矢矧を訝しそうに見ながらも、いったん神風の相手をする事にしたようだ。
神風 「もしもよ、もしもの話なんだけど−−−−」
それは輸送作戦を仮定にした話だった。
艦娘の輸送作戦といったら、大抵はいくつも繋げたドラム缶を曳航(えいこう)する。普通であればその役目の艦娘に護衛の艦娘をつけて作戦が行われるが、人手が足りない上、曳航する艦娘だけで編成される場合が多い。
そんな状況下であった場合の質問だった。
神風 「そんな中、仲間の一人が敵の攻撃を振り切れずピンチになっているとするわ−−−−」
助けようにも手には貴重な資源を抱えている。さらには輸送が少しでも早くできるように軽くなるよう装備もろくに積んでいない可能性もある。助けられるかも分からない。
例え仲間を助けても輸送物資がやられては本末転倒。
このような判断しづらい環境に立たされたとする。
神風 「あなたならどうする? 理由も兼ねて聞かせてほしいわ」
自分が考えても解答に困る内容だと大和は思う。
任務か仲間か、究極の選択って言っても過言じゃない。
輸送作戦に限らず、似たような場面はあるはずだ。
でもこれはいい質問だ。蛇提督の人となりを知れる内容だと思うからだ。
大和はそう思いながら、蛇提督の反応を見る。
蛇提督は顎に手を添えながら少しの間考えていたが、思いの外あまり悩むことなく解答をする。
蛇提督「うむ、その場合なら真っ先に仲間を助けるべきだな」
その解答に迷いは無かった。
あまりにもはっきりと言うため艦娘達は驚きで言葉を失っていた。なかでも、特に五十鈴は目を丸くしている。
神風 「随分はっきり言うのね……輸送物資はどうするのかしら?」
輸送物資に関しては、大抵はドラム缶をひと繋ぎにしているのだから端と端を繋げてまとめてしまえばいいと蛇提督は言う。
全てが無理なら何かにだけ絞って最低必要人数に任せて、あとの者は仲間を助けにいく。
最悪、輸送物資を諦め捨ててしまっても構わないという。
その時の艦娘達の判断次第になってしまうだろうけど、とにかく艦娘の生還が優先らしい。
蛇提督「あくまで私個人の考えだがな……。だが、こういうことは基準がはっきりしてる方が決断するまでの時間を短縮出来ると思っている」
矢矧 「輸送作戦が主旨なのに、それでも艦娘を優先するのか? 輸送作戦をするのならば何かの攻略作戦の前だったりするだろう? 失敗すれば大きな影響を与えかねない」
矢矧もこの話に興味があるのか、食い入るように聞く。
蛇提督「そもそもこの話、護衛を付けない時点で間違ってる。人手不足なんて言い訳にならん」
蛇提督の話によると、
兵站の確保は前線での戦いと同じくらい重要である。攻略作戦前の輸送なら尚更。
樹実提督の凄い所は、この両方を同時に展開させていたこと。
前線の海域攻略が始まった頃に別の海域で輸送ルートを確保させるために動かしていたり、その輸送ルートが、攻略している海域のその次を見越した動きであったり、必要あらば前線の部隊を陽動にしている動きも見られる。
彼が攻略した海域、素早い前線の拡大は彼の作戦立案と指揮能力が卓越していたからこそ。
五十鈴「まあ、そうね。彼の作戦には異議が無いくらい素晴らしいものだったわ」
蛇提督「五十鈴も彼の下で戦っていた経歴があるのだったな」
五十鈴「ほんの少しの間だけよ」
因みに蛇提督は小豆提督と小田切提督についても言及した。
小豆提督は前線を支える兵站基地に素早く移動しながら、樹実提督の立てた兵站確保の作戦に大きな成果を挙げている。
小田切提督は、提督として働いた時間、その後半はほとんどがマニラ基地の担当であったが、輸送作戦を行う上での中継地点として、艦娘の配分が的確だったことが輸送作戦をスムーズにしていたと話す。
蛇提督「兵站は前線への生命線。その輸送途中で不意打ちを喰らうような状況は絶対にダメだ」
五十鈴「まあ、当然よね」
神風 「でも、人手不足は本当よ。その辺りはどうするの?」
確かに樹実提督達が活躍していた頃は、艦娘の数もあまりあるほどだった。今とでは雲泥の差がある。
ドロップ艦娘も出てこない以上、この人手不足はなかなか改善されないだろうと神風は話す。
蛇提督「その辺りは少し考えがある」
矢矧 「おお、考えているのか。それは一体何なんだ?」
蛇提督「今は言えん。確定した話ではないし、今後の作戦がどうなるかで変わってくる」
五十鈴「勿体ぶらせるわね?」
蛇提督「今のお前達に話すことじゃない。今はとにかく動員できる人数で出来そうな範囲の中で輸送作戦も攻略作戦もしていかなければならんのだ」
蛇提督がここでこの話を終わらせようとした時、五十鈴が不意に質問をする。
五十鈴「わかってると思うけど、資源が無ければ艦娘は海で戦えないのよ。あなたの話を聞いていると、資源より艦娘を優先するように聞こえるんだけど?」
五十鈴のその言葉はどこか冷たかった。何の意図があってのことか、艦娘の立場からそれを言うのは辛いことであるはずなのに、どうしてそう言ったのか分からない。
大和は五十鈴の言葉に少し傷ついていた。
でも蛇提督は全然動じる様子が無く、真顔で返す。
蛇提督「その通りだが、何か?」
不意を突かれたのは艦娘達の方だった。
特に五十鈴がそうだったろう。言葉を聞いた瞬間、驚きで一瞬体を後退しようとしたのが大和には見えたからだった。
五十鈴「ちょ、ちょっと、本気? 陸にいるだけの艦娘なんて価値なんてないのよ?」
蛇提督「資源が一切無くなるなんて本気でそう思っているのか? そうなったら一番大変なのは人間の方だ。その辺はお偉い政治家達がやるさ」
五十鈴「他人に丸投げしているだけじゃない」
蛇提督「それに資源も艦娘も双方があることでやっと価値がある。どちらが上なんて愚考の極みだと思うが?」
五十鈴「それはそうかもしれないけど−−−−それに資源は人間の生活に必要な物でもあるでしょ? なら二者択一ともなれば−−−−」
蛇提督「どちらかと聞かれれば、迷わず艦娘と答える。海が深海棲艦に支配されている時点で既に人間の生活に大きな影響を与えてる。ならば、生活がどうとか言ってる場合ではない」
五十鈴はいたって冷静ではあったが、その口調にはどこか何かを認めたくないという怒りがあったように大和は見えた。
かつて自分が一航戦達の戦いに参加できないどころか戦いそのものを出来なかったことが認められなかった時のように。
五十鈴「まあ、百歩譲って資源はそんなすぐに無くならないとして、艦娘が海で戦えなければ意味が無いというのは、あなたも同感でしょ?」
大和にとってもそれについては同感だった。自分自身もそれに悩んでいたのだから。
元帥の下で居候してた頃も、海に出て戦いたいという思いは日に日に募るばかりだった。
やはりそれは、艦娘が海で戦うことを生きる目的としているからだろうと大和も納得している。
でも目の前にいる提督は、思ってもいないところで予想を裏切ってくる。
蛇提督「俺は海の上で戦うことだけが全てでは無いと思うがな」
これで一体何回目だろうか……この提督に対して言葉を失うのは。
五十鈴「何よそれ? まさか提督の書類仕事や雑務をやることだとか言わないわよね?」
蛇提督「まあ、それも必要なことだと、後から知った。だがそれだけでは無いだろう」
大和 「そ…それは、何ですか?」
その時の大和はとても気になって仕方なかった。
蛇提督「さあ、何だろうな。それに考えるのは、きっとお前達自身でやらないといけない」
五十鈴「自分から言い出しといて、今度は私達に丸投げする気?」
蛇提督「そうじゃない。ただ一人一人違うと思うのさ。−−−−誰かが言った事だが、一人一人の人間にもそれぞれ役目というのがあるのだとな」
神風 「役目……」
蛇提督「ああ、誰しもに与えられた宿題みたいなものさ」
大和 「提督は……自分の役目はなんだと思いますか……?」
蛇提督「……」
その時の蛇提督はいつもの考える素振りを見せず、ただじっと大和を見つめていた。
大和 「?」
その時の表情は、いつもの無表情とは違った気がした。
冷たい感じでもなければ圧をかけてるわけでもない。真顔と言えば真顔だ。
意味深なものに思えたし、ただ回答する為にたまたまこちらを見ていただけかもしれない。
蛇提督「さあ、なんだろうな」
蛇提督は肩をすくめて答える。はぐらかされてしまった気がした。
矢矧 「ではせめて、そう考えるようになった経緯だけでも教えてくれないか?」
横から矢矧の顔を覗き込むと彼女は真剣そのものだった。
蛇提督「……」
でも蛇提督は先程の大和の質問の時のように、またも黙ってしまう。
矢矧を見つめながら、今度は何を思っているのだろう。
蛇提督「別に……今までお前達を見ていて何となく思ったことさ……」
やっぱりというか、またもやはぐらかされた気がした。
蛇提督「だがな、これだけは言える。……艦娘達にとっての敵が海の上にいるとは限らん」
それは深海棲艦の事ではなく、人間の事を言っているのだろうか。
神風 「それは、どう……」
蛇提督「悪いがそろそろ執務に戻りたいのでな。お前達もやる事があるのではないか?」
と、話を遮るように蛇提督はここで中断、いや打ち切りにしたいのだろう。
大和 「そうでした。龍田さんが今後の事でお話があると仰っていました。そろそろ戻りましょう」
これ以上は聞いても答えてくれそうにないという意味を込めながら、大和は三人に催促する。
三人は分かってくれたようで、三者三様に承諾する。
矢矧 「またあなたとは話してみたいわ。機会あれば良いだろうか?」
神風 「私もしたいわ。まだまだ聞きたいことはあるんだから!」
蛇提督「あ…ああ、機会があればな……」
去り際に二人がそう話すと、ちょっぴり目を丸くして驚く蛇提督。
五十鈴は少しだけ蛇提督を見つめていたが、「失礼しました」と一言言っただけでスタスタと部屋を出ていく。
大和 「提督、部屋割の件はこちらでお任せください。決まり次第報告に上がります」
蛇提督「ああ、面倒をかける」
大和 「面倒なんて言わないでください……今は私が秘書艦なんですよ? 何かあればすぐお呼びください!」
蛇提督「ああ……」
大和の気合いの入り方に少したじろぐ蛇提督。
大和はニコッと微笑むと部屋を出て行った。
一度ドックへと戻る大和達四人はしばらく何も話さなかった。
先程の蛇提督の話が気になっているのか、それとも他の事なのか、俯いたまま口を開こうとはしなかった。
その気持ちはよく分かる。今の自分もそうだけど、一度気になるとなかなか抜けられない。
悪く言えば中途半端で勿体ぶった言い方。でも、蛇提督の言葉にはどこか惹きつけるものがある。
だからこうして私と一緒にみんなも考えている。
でもまたそんな光景が微笑ましいものだと最近思えるようになった。
大和がそんな事を考えながら横の三人を見ていると、前から誰かが来るのに気づく。
朝霜 「おう! どうした? そんな辛気臭い顔して?」
声をかけてきた朝霜、その隣には清霜と初霜、初春に龍驤がいたのだった。
清霜 「ねえねえ! もしかして司令官の所に行ってたの?」
清霜が尋ねると大和が「そうですよ」と微笑む。
清霜 「何か聞きに行ったの? 何聞いたの?」
今にもその辺をぴょんぴょんと飛び跳ねるんではないかというほど、ちょっと落ち着きがない清霜だったが、大和達がうーんと悩めるような顔をするので「ん?」と止まる。
初霜 「何かあったのですか?」
初霜の質問に大和達四人は顔を見合わせる。
五十鈴「あったも何も」
神風 「思うところ多すぎて……」
矢矧 「かつ、わからない事も多い……」
大和 「なので、それぞれで整理していたとこ、でしょうか……」
龍驤 「ほう……けったいななぞなぞでも出したんか?」
大和 「当たらずとも遠からず……ですね」
初春 「一体、何じゃというんじゃ?」
大和達はそれぞれの口でこれまでの事を簡潔に話す。
龍田達と共に神通の話を盗み聞きしたことから、五十鈴とのやり取り、そして艦娘達にとっての敵が海の上にいるとは限らないと蛇提督に最後言い残された事まで。
龍驤 「ほっほー、そらまたおもろい事聞いたなー」
初霜 「提督は本当に色々考えているのですね」
龍驤と初霜は彼の良さを分かっているため、話の内容に感心している。
ただ、他の三人、初春、朝霜、清霜すらなぜか黙ってしまう。
その様子を真正面から見ていた大和は、信じ難い事だから言葉を失っているのか、それとも他に思う事があるから黙っているのか、表情からは読み取れなかった。
矢矧 「ああ、私としては聞き応えのある話だと思った。もっと提督の考えてることを聞いてみたいと思ったのは事実だ」
神風 「正直……艦娘の方が大事って言ってくれるのは嬉しいのだけど……私が思ってたより甘い人なのかなって思ったりもしたわ」
矢矧は途中笑いが止まらなくなっていたこともあって、蛇提督に対してかなり好感を持ったようだ。ただどうして、そこまで思うようになったのかその理由が分からない。
神風の感想からは、最初持っていた蛇提督に対してのイメージが違った事が読み取れる。
初春 「そなたはどうだったのじゃ?」
初春が五十鈴に尋ねる。
五十鈴「別に……今は何とも言えないわ」
腕組みをしながら五十鈴は答える。
きっと思うことはあるはずなのに、意見を言うのを控えたなと大和は思った。
五十鈴「これからマリアナ沖へ行くに当たって、彼の作戦と采配がどうなるか見ものね」
あくまで静観を決め込むつもりなのだろうと初霜は見ていて思う。
朝霜 「いろんな提督を見てきたんだろう? 五十鈴なら今回の事で色々と分かったんじゃねえのか?」
朝霜が五十鈴に突っ込んだ質問をした。
五十鈴「バカね、こういうのは自分の目と耳で確かめるものなのよ」
肯定的な事も否定的な事も言わない彼女は、これから蛇提督に何か聞きに行こうと思ってる清霜らに先入観を与えないようにしてるのかもしれないと、龍驤は思った。
清霜 「うん、わかった! 直接、話してみるよ!」
五十鈴の言うことに素直に従う清霜に、大和は何を聞きにいくのか尋ねる。
清霜 「戦艦になる方法を知っているか聞きに行くんだ!」
大和 「せ……戦艦ですか……?」
朝霜 (まあ、そういう反応になるわな)
清霜がこれを言えば、初めて聞いた艦娘の反応は大抵二つ。
ありえない事を言う奴だなと思って呆れるか、どう返したらいいか分からないという困惑。
大和や初霜の反応は相手を気遣ってあげられる優しい人のタイプだ。
なので武藏のようなちゃんと聞いてたのか分からない返し方はある意味レアだった。
清霜 「大和さんは戦艦になる方法、わかりませんか?」
大和 「うーん……私は知らないですね」
龍驤 「そら、そうやわな〜」
ハハッと笑いながら龍驤も同意する。
清霜 「む! 私は絶対になるもん!」
龍驤にバカにされたと思った清霜が少し怒る。
大和 「ですが、提督なら何かのヒントをくれるかもしれませんよ?」
清霜 「ん? 大和さんも武蔵さんや初霜と同じ事を言うんですね?」
大和 「同じ? 初霜ちゃんも?」
初霜 「はい、私もそのように考えたので……」
大和 「そう……提督なら何か知っているかもしれません」
朝霜 「戦艦になる方法を知ってるってのか?」
大和 「そうとは限りませんが、提督はいろんな事を知っています。そしてそれはいろんな事を私達に考えさせようとしてくるんです」
初春 「自分がはっきり答えられないから、それらしい話題を出して有耶無耶にしてるだけではないのか?」
大和 「提督は的外れな話はしません。そして一人一人観察した上でそれに合った話をされる方です」
先程なら神通にした仮説が良い例と言えると大和は付け加える。
矢矧 「私も間近で提督を見て、それは思うぞ。決して適当な話をしているわけではない」
神風 「決めたいことははっきり決めてるし、考えなくてはならない所は考えようとしている意思は見えるわ」
矢矧と神風が大和の味方をする。
彼女らの言葉を聞いても、初春は微妙な顔付きをする。
大和 「……それに、今回の最後の言葉も、私にはなんだか分かる気がするんです」
清霜 「『艦娘達にとっての敵が海の上にいるとは限らん』って言ってたこと?」
大和 「はい……私も提督に言われて気付かされた事があります−−−−」
建造当初、“海軍の切り札”と謳われ、決戦に備え演習などの準備を重ね、一航戦達の後に続き、その名に恥じぬ戦いをしようと決めていた。
だがいざ戦いに出れば、満足に戦うことすら許されず、わずかなチャンスもものにできない。
そればかりか自分の必死の努力とは裏腹に守りたかったものは消え失せていく。
そんな喪失感とやるせなさを抱え生き続けていくうち、戦って沈めればそれでいいと思うようになっていた。
十分に戦えなかったことへの自棄かそれとも沈んだ仲間達への罪悪感か、きっとその心がいつの間にか自分をそう考えさせるようにさせていたのだと。
大和 「私はきっと逃げていたんです……戦うべき現実から。そんな私を提督は見抜いていたのかもしれません」
それを語る大和は最初こそそうであったが、今は悲しそうな顔をしていなかった。
微笑みを浮かべるその表情はどこか安心感すらあるように見えたのだった。
そんな大和を他の皆はしばらく見つめていた。
五十鈴「まあ、何はともあれ百聞は一見にしかず。早いとこ行きなさい」
ここで話してても仕方ないと言う五十鈴。蛇提督は執務に戻りたいと言っていたから、話を聞いてくれる時間がなくなるかもしれないと清霜達に催促する。
大和 「あとそれと、龍田さん達が今後の事でお話があると仰っていました」
龍驤 「おう、それならさっき会ったで」
寝床がなんとかとか話していたのは龍驤達も聞いたばかりだそうだ。
大和は「ではまた後ほど」と言い、皆はそれぞれの向かう所へと向かうのだった。
あまり進んでませんが、更新。
艦娘達と蛇提督のやり取りを描くと、なかなか次に展開しにくいのがネックです。
ダラダラとした会話にならないように注意ですかね〜。
このSSへのコメント