2020-10-25 16:13:43 更新

概要

元海兵が海軍に復帰。提督として歩んでいくお話しです。


前書き

元海兵の東雲。

今は農業や釣りをしながら、ゆったりのんびりした生活を送っていた。

そんな中……東雲の人生に転機が訪れた。


東雲 征野 ……『英雄』と呼ばれた男



 突如現れた謎の生物「深海棲艦」が現れて6年……

 

 当時の人類は深海棲艦に手も足も出ず、全世界が脅かさ、ほぼすべての海が侵略され続けた。

 

 しかし、深海棲艦が現れてから1年半後…かつての大戦で活躍した軍艦の魂を宿した女の子『艦娘』の台頭により事態は一転し、現在の勢力は均衡状態にある。

 

 そんな中。『東雲 征野(しののめ せいや)』は山口県北部にある広大な土地で暮らしていた。

 

 以前は海軍で軍人として活動していたが、軍を辞めてからはこの地に引っ越した。

 

 軍ではそれなりの功績を打ち立てたので、退役するとなった時には周囲から反対の声が出たが無理矢理押し切った。

 

 この土地はかつては廃村となった土地で、県が協力してリゾートホテルの開発とホテルに使われる米や野菜を作る農地を作る予定だった。

 

 しかし、深海棲艦の件で開発どころではなくなってその土地は放置された。

 

 とは言っても道路や農作地、電気、ガス、水道に関しては既に整備が完了していた。そして国と県がこの土地の利用について困っていた時、東雲が仕事を辞めて『のんびりくらしたい』と言ったのを県が知り、今までの功績に対しての褒賞としてこの広大な土地を貰った。


 とは言っても使い道が無くなった土地の押し付けにしか感じられないが、自由に使っていいならこれにこしたことなない。 


 それからは里山の麓に家を建てて、水田や畑の管理、里山に入って山菜やキノコを採ったりミカン畑の管理、川や海で釣りをする毎日。


 元海兵であり、海軍の中で最も生死がつきまとう部隊にいたこともあって収入も多かった。特に使う事も無かったのでかなりの額を貯金していたし、その金で家を建てたり、農機具や車といったものが余裕で買えた。


 死と隣り合わせだった毎日から解放されてのんびりと時間が過ぎていく毎日。東雲にとっては新鮮だった。


 そんな生活を始めて4年半が経とうとしていた。



東雲「さて……畑見に行くか」



 朝食を済ませた東雲はいつものように畑を見に行く。


 畑と言っても規模は家庭菜園のレベルで48㎡のなかに畝が4個あって今は大根、ほうれん草、白菜といった秋冬野菜を植えている。


 あと、野菜畑の隣には別にビニールハウスが1つあって、毎年イチゴを植えている。


 今日は白菜とネギを一部収穫して、一通り巡回して水やりを終えた。後はミカンの収穫をしようと家の倉庫から道具を取り出していると1台の軽トラックが来て一人の男が降りてきた。



?「東雲さーん」



 彼は東雲が住んでいる場所から一番近い所にある道の駅『はぎ』の職員であり、この辺りの農業組合の会長でもある『飯田さん』。

 たまに東雲の家を訪ねては農業の指導をしてくれたり、東雲が作っている農産物の加工品についてアドバイスをくれる。東雲にとっては農業の先生である。

 


東雲「どうしたんですか?」

  

飯田さん「えぇ。さっき道の駅にいたらですね、東雲さんを探してるって人がいまして…」


東雲「私をですか?」


飯田さん「はい。なので案内してきました」


 

 飯田さんがそう言って、軽トラックの方に手を振ると1人の女性が助手席から降りて東雲の方へと歩み寄ってきた。

 

 その女性は長髪黒髪でスラっとした体形で眼鏡をしている。一見して学級委員長風の女性だ。

  


?「東雲征野さんでよろしいでしょうか?」


東雲「そうだけど…」

 


 すると女性は少し頷くと、飯田さんの方へと視線を向けた。



?「よかった……会えました。飯田さん、道案内ありがとうございました」


飯田さん「いえいえ。それじゃあ僕仕事あるんで戻りますね。また後で来ます」



 飯田さんは軽トラックに乗って帰って行った。



東雲「……俺に何か用でも?」

 


?「今日は貴方にお願いがあって来ました。東雲征野さん…………いえ、『元海軍大佐 東雲征野』殿……それとも『英雄』とお呼びした方が

 よろしいでしょうか?」


東雲「……海軍の人間か。退役した者に今更何の用だよ…」


大淀「先程言った通りです。お願いがあって来ました。申し遅れました。私は日本海軍所属大淀軽巡洋艦『大淀』と申します」


東雲「……軽巡……大淀……艦娘か」


大淀「はい。艦娘です」


東雲「……一応話は聞くから、みかんを収穫しながらでもいいか?」


大淀「構いません。むしろ手伝わせてください、少し興味がありますので」


東雲「わかった…」



 東雲は準備を済ませて軽トラックの助手席に大淀を乗せ、みかん畑がある山に向かった。


 みかん畑に着くと大淀に収穫籠を渡した。



東雲「これにみかんを入れて溜まったらトラックの荷台にある採集コンテナに入れてまた収穫の繰り返し。OK?」



大淀「わかりました」



 東雲と大淀はみかんの収穫を始めた。しばらくは無言だったので東雲はさっきの話を切り出そうかと迷っていたが、大淀が話を切り出してくれた。


 

大淀「東雲大佐は現在の深海棲艦に関する情勢はご存知ですか?」


東雲「まぁ……一般人が知る程度はね」


大淀「では東雲大佐が退役した後の事情からお話します」  


 

 大淀は東雲が退役してからの事を詳細に話し始めた。


 東雲が退役した後の海軍では、世界各地の海域において艦娘の出現が認められたこと。しかも既に存在する艦娘と同じ名を持つ艦娘が出現することも認められた。


 それを基に日本では横須賀、呉、舞鶴、佐世保に鎮守府が設置された。その後は艦娘の着任数が増えたことから大湊に警備府。岩川には基地。鹿屋、宿毛湾、佐伯湾に泊地がそれぞれ設置された。


 艦娘の着任数が増えたことから深海棲艦との戦いも劣勢だったのが徐々に持ち直していった。


 そしてこの度、新たに山口県の柱島に泊地を設置することになったらしいが、基地建設の関係で軍と政府が揉めているらしい。


 柱島は島であり、本土からは連絡船しか通っていない。しかも1から建設すると山を切り開くことになる。


 となると建築資材や機材を運ぶ輸送コンテナを大量動員し、山を切り開くために大勢の人員も必要であることから建設費用が馬鹿にならない額になる。


 その為、建設予定だった基地の代替場所を探していたところ、東雲が今住んでいる土地ならという意見が出たらしい。


 そこで海軍と政府を代表して大淀がこの地に赴いて、この土地を持っている東雲を訪ねたということらしい。



東雲「なるほど。つまりは元リゾート開発の予定だったこの場所に基地を作りたいと」


大淀「ここなら人員や費用を少しは削減できます。それにリゾート開発のお陰で土地も広く、海岸部の基盤はほぼ出来ていますので」


  

 東雲はみかん畑がある里山の中腹と、家と田んぼ、畑がある麓の方にしか手を付けていない。海岸部の方にはホテルと商業街を作る予定だったであろう建物の基盤とそれに通じる通路、船が停泊できるように作られたであろう波止場がある。


 海釣りをする時は波止場から釣りをしているが、それぐらいしか海岸部へと行く用は無い。

 


東雲「良いよ。使い道ないし…たまに波止場で釣りさせてもらえたらそれでいい。海岸部から麓の方へは少し上りになってるから日当たりは

  大丈夫だと思うけど……野菜や米の栽培に影響が無ければ別にいい」



 別に断る必要も無い。それに使わない土地をそのままにしておくのは勿体ない。だったら誰かに使ってもらった方が良いと東雲は思った。



大淀「ありがとうございます。それと……」


東雲「まだあるのか?」


大淀「はい。実は……もう1つ。これは海軍からの要請です」


東雲「は? 海軍から?」


大淀「……新しい基地の提督に大佐……貴方が推薦されました」


東雲「……はぁ!?」



突然の事に脚立に乗ってた東雲は手に持っていたみかんを落としてしまった。それを下にいた大淀がキャッチした。



大淀「おっと……大事なみかんが」


東雲「あぁ…ありがとう……いや、そうじゃなくて! なんで俺なんだよ!」


大淀「軍令部総長からの推薦です。それと総長が『俺の名前を出せば、あいつは絶対に断れない』とも言ってました…」



 軍令部総長が推薦っておかしいだろうと東雲は思った。


 普通なら退役した人間をもう一度海軍に戻すなんてあり得ない。


 その時、東雲にはある予感がした…嫌な方の予感だ。



東雲「……今の軍令部総長って…」


大淀「はい。海軍大将『鞍馬 翔平(くらま しょうへい)』です」


東雲「……はぁ。マジか………」


大淀「明らかに嫌な顔をされましたが……総長は東雲大佐の元上司ですよね」


東雲「……そうだよ。少し休憩しようか。後でスマホ貸してくれる?」


大淀「はい。わかりました…」


 

 東雲と大淀は軽トラックに戻って休憩をとることにした。その間に東雲は大淀から軍用のスマホを借りてかつて元上司であった鞍馬総長に電話をかけた。



?『大淀か? 東雲には会えたか?』


東雲「……お久しぶりですね」


鞍馬総長『その声は……東雲か!久しぶりだな!!……ってことは大淀とは会えてるんだな!』

  

東雲「えぇ。みかんの収穫を手伝ってもらってますよ」


鞍馬総長『そうか! 大淀からは話は聞いたか?』


東雲「聞きましたよ。俺の土地に基地を建設するのは構いません。ですが……」


鞍馬総長『あぁ、やっぱりか……『あの戦い』に勝利して軍内では『英雄』とまで言われた男が退役なんてもったいないんだよ……復帰して

    くれないか?』


東雲「そんな昔の話は勘弁してくださいよ。それに勝利したと言っても……『あの戦い』における被害は甚大でした」


鞍馬総長『そうだな……生き残ったのは俺とお前を入れても5人だけだったな』


東雲「えぇ…あの部隊は全員で150人ぐらいはいました。しかし…生き残ったのはたったの5人…」


鞍馬総長『確かにな……まぁ、『あの戦い』があったからこそ、この地位になれたってのもあるけどな』


 

 東雲と鞍馬総長は、まだ艦娘の出現が無かった頃……深海棲艦と人間が戦っていた頃に最前線で戦っていた部隊にいた。


 戦闘になれば毎度死者が出ていた。


 そして『あの戦い』……過去最悪の戦いだった……この戦いによって東雲は『英雄』と称されるようになったが、正直、東雲はあの時の事は思い出したくない。



東雲「それに…皆は俺の事を『英雄』と言いますけど……それは『あの戦い』の後に起きた『真実』を知らないからで…」


鞍馬総長『東雲…あの時にも言っただろ。あれはお前の所為じゃない』

  

東雲「ですが…」


鞍馬総長『あの場に居た者は全員……命を懸けてでも国を守ろうと立ち上がった連中だ。たとえどんな形でも戦いで命を落とすことは覚悟し

    ていた……お前が悔やむ事ではない』


東雲「…そういってもらえるとありがたいです」


 

 『あの戦い』における真実。


 それはあの戦いに関わった者しか知らない……世間には公表されていない。


 世間には『姫級と称される深海棲艦を含む大艦隊が日本を襲撃。海軍がそれを撃破』と報道されているが、詳細については語られていない。



東雲「……何故俺なんですか。他にも優秀な奴がいるでしょう」


鞍馬総長『別に他の候補者に任せてもいいぞ。ちなみに、その候補者ってのはあの『腰抜け』だけどな』


東雲「……奴ですか」


鞍馬大将『あぁ、そうだ……俺たちがよーーーーく知ってるあの『腰抜け』だ』



 東雲は一気に不安になる。


 『腰抜け』とは、東雲と鞍馬総長が『とある男』に対して名付けたあだ名である。


 あだ名の通り、その男は『腰抜け』なのだ。


 あいつに任せると危ない。もしこの基地が深海棲艦に襲撃されたら基地が破壊されるどころか、確実に東雲の家や田畑にも危害を及ぶ可能性大だからである。


 はっきり言って、奴は信用できないのだ。


  

東雲「なぜ奴が候補者なんですか! もっと他にいるでしょうよ!!」


鞍馬総長『仕方ないだろ! 幹部連中が奴を推薦するんだ!! 外務大臣の孫だからってな!!』


東雲「はぁ……これだからご機嫌取りの腐れ幹部共は……」


鞍馬総長『おい……その中に俺は入って無いよな』


東雲「えぇ。経った今ランクインしましたよ。おめでとうございます」


鞍馬総長『ふざけんじゃねぇよ! 俺だって拒否できるなら拒否したいさ!! だからお前を推薦したんだよ!! 『英雄』が海軍に復帰するっ

    てなったら誰もがお前を推薦するだろうよ!!』


東雲「今更俺にそれ程の価値なんて無いでしょう…」


鞍馬総長『じゃあ、あいつにお前の土地を任せるか?』


東雲「……それは嫌」


鞍馬総長「じゃあ、お前がなるしかないな。それに……『約束』したよな」


東雲「………うげぇ……覚えてましたか」


鞍馬総長「忘れたとは言わせねぇぞ」



 東雲は海軍を辞める前、当時上司で大佐だった鞍馬総長と約束していた。

 

 まさか覚えてるとは思わなかったが……



東雲「……分かりましたよ。戻ればいいんでしょ戻れば!!」


鞍馬総長『くそっ…相変わらず素直じゃなねぇなおい』


東雲「はいはい。『上司の命令には絶対服従』ですからね!」


鞍馬総長『なぁそれ理解して言ってるか? 現代じゃあそれ『パワハラ』って叩かれるやつだぞ!』


東雲「叩かれろクソが!!」


鞍馬総長『てめぇ…基地が完成したら突撃してやっからな!!』


 

 ぶつっ!!………と勢いよく電話が切れた。



大淀「・・・。」


東雲「……あ」


 

 鞍馬総長と話し込んでいたら大淀の事をすっかり忘れていた…

 

 大淀は口をポカンと開けて、呆然としていた。

 

東雲「すまん……」 


大淀「いえ気にしないでください。総長があんなに砕けて会話をされていたのは久しぶりでしたので……それに執務の連続で少し元気が無か

  ったものですから」


東雲「そっか……大変なんだな、総長って」


大淀「いえ。総長が執務をサボった分が溜まっていた所為です」


東雲「……なるほど」



 大将になっても相変わらずだと思った。東雲が海軍にいた当時も鞍馬総長は少将でありながら、執務仕事が苦手で、東雲に全部押し付けていた。


 その東雲本人も執務が苦手で、さらに下の部下に押し付けていた。


 東雲と鞍馬総長は執務……と言うよりデスクワークが苦手で…2人は上司部下の関係だったがかなり気が合う仲だった。



東雲「それで、今から俺は何したらいいんだ?」


大淀「明日から基地建設の準備に取り掛かります。大佐は基地が完成するまで、農作業の合間で基地運営に関する全ての事を覚えていただき

  ます」


東雲「うぇ……マジか」


大淀「マジです。総長からも大佐は執務が苦手だから教えてやれと言われております」


 

 あの野郎。自分も苦手な癖に…と東雲は思った。



東雲「……はぁ。やるしかないか」



 海軍を辞めて4年半……まさか『提督』として海軍に戻ると東雲は予想もしていなかった。




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 夕方になり、東雲と大淀はみかんの収穫を終えて自宅に戻った。


 収穫用に使う軽トラックを車庫に戻す。車庫には東雲が普段乗っているC〇‐8とR〇5G〇‐Rの2台。それとM〇Z〇A 2が停まっていた。

 

  

東雲「なんだ、帰ってきてたのか」


大淀「え? 1人暮らしじゃないんですか!?」


東雲「1年半前からだったかな…同居人がいるんだよ」


大淀「総長からは何も聞いてませんが……大佐に彼女がいたなんて…」


東雲「いや、彼女じゃないけど?」


大淀「へ?」


東雲「まぁいいや、会えばわかるさ。大淀もよく知ってる奴らだろうし…」


大淀「それは一体どういう??」


東雲「まぁ。会えばわかる」



 軽トラックからみかんが入った採集コンテナを下ろして、倉庫に運んだ。


 倉庫を開けると2人の女の子が昨日収穫したみかんを仕分けていた。



東雲「やっぱり帰ってたのか。おかえり」


?「はい! 先程、飯田さんがいらっしゃいましたので、みかんジュースの出荷をお願いしました! あと、前に出荷したポン酢が人気らしく

 て再出荷の依頼がありました!」


東雲「わかった。寝かせてる分を少し出荷用に分けとくよ」


?「はい!」


?「東雲さん。本日分の仕分けお手伝いします。それと今日の晩御飯の買い出しも終っています」


東雲「ありがと。まだ軽トラックにみかんが残ってるから、それを全部運んでからだな」


?「でしたら運ぶの手伝います」


東雲「助かるよ」


 

 彼女たちは大淀と同じく長髪の黒髪で、和装が似合う大和撫子である。


 今から1年半前に沖で貨物船の爆発事故が発生した。


 その翌日、東雲が海岸へと赴いた時に彼女達が海に浮かんでいるのを発見して引き上げて、病院へと運んだ。


 しばらくして意識が戻って目を覚ましたものの、当時は記憶喪失で身元も分からなかったことから、東雲が引き取って世話をすることになった。


 この家に来てからは米や野菜、みかんの収穫や加工品作りを手伝ってもらっている。


 それに洗濯や料理といった家事を一通りしてくれるので、すごく助かっている。


 

大淀「な……な……なんで………」



 大淀が驚くのも無理はない。


 さっき東雲は言った。『大淀も良く知ってる奴らだろう』と……


 彼女たちは一時期、記憶喪失だった。


 あの後、少しずつ記憶を取り戻して今は過去の記憶を完全に思い出している。


 東雲は記憶喪失になる前の話を2人から聞いていたので、彼女達の正体を知っている。


 彼女たちは……



?「え!? 大淀さん!? どうしてここに……」


?「あら、大淀さん。なぜ東雲さんと一緒なのですか?」


大淀「それはこっちのセリフですよ!! 『赤城』さん!! 『榛名』さん!!」



 飯田さんの対応をしてくれた娘は金剛型巡洋戦艦3番艦『榛名』。仕分けを手伝ってくれると言ってくれた娘は赤城型航空母艦『赤城』。


 ……艦娘だ。


 そして、大淀は『ある事件』によって消息不明になっていた2人……『赤城』と『榛名』を思い出した。



大淀「2人とも……まさか…佐伯湾泊地にいた2人では…」


榛名「はい…」


赤城「そのまさかです。私と榛名さんは『元』佐伯湾泊地の艦娘です」


大淀「あれ程捜索して見つからず、轟沈と判断されて除籍扱いされたのに……まさかこんなところにいたなんて…」



 大淀が呆れている。無理もない……



大淀「大佐! どうして言わなかったんですか!?」


東雲「いや……その……」


榛名「大淀さん! 東雲さんを責めないでください!!」


赤城「ここにいさせて欲しいとお願いしたのは私達なんです」


大淀「え?? それはどういうこと……」



 東雲は彼女達から艦娘だということを知らされた時、元いた泊地に戻った方が良いのではと話したことがある。


 しかし、彼女達は泊地には戻らずここにいると言い出した。


 それでも海軍には一言連絡を入れた方が良いのではと提案したが、2人から却下された。


 その時、東雲は2人に理由を聞こうとしたが、2人は黙秘した。東雲も深くは聞くまいと思い2人が話してくれるまで聞かないことにした。



大淀「……はぁ。もうこの際どうでもいいです。既に所属艦娘がいるのなら助かります」


榛名「大淀さん? それは一体どういうどこですか?」


大淀「本日付けでこの地に新しい海軍基地の建設が決定しました。そして、その基地には提督として東雲征野元海軍大佐が着任することにな

  りました」


榛名「えっ!!」


赤城「まぁ…」



 突撃の報告に榛名は驚いていた。


 赤城は驚いたより『とうとう来たか』と言うような表情だった。



大淀「と言う訳でお2人も一緒に復帰していただきます」


榛名「はい……分かりました」   


赤城「ふふっ…東雲さん、やっぱりこうなりましたね」


東雲「赤城の言う通りになったな」



 彼女達が東雲に正体を明かした時、東雲は2人に対して自分が元海兵だったことを伝えている。


 その時に赤城から『このご時世です。いつか、海軍に戻されるのでは?』と言われた。


 当時の東雲は一度辞めたんだし、もうそれは無いだろう。それに、この場所を離れるのは嫌だとその時は答えていた。



赤城「まぁ良いじゃないですか。結果海軍には戻りますけど、この地から離れることは無くなりましたよ」


東雲「まぁ……確かに」


榛名「着任はいつなんですか?」


大淀「予定では明日から基地の建築に入ります。それと同時に辞令が下るかと」


東雲「準備が早くないか?」


大淀「はい。総長が『恐らく断れることは無い』ってことで県内に資材と建機、人員を待機させてますので」



 用意周到だと東雲は思った。もし断ってたらどうするつもりだったのだろうか…



大淀「では、私は一度軍令部に戻ります。艦隊指揮・運営の資料や人材等諸々準備してからまた来ます」


東雲「わかった。駅まで送るよ」


大淀「ありがとうございます」



 その後、東雲は大淀を最寄りの駅まで送った。




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 家に戻った東雲は、寝かせていたポン酢を出荷用と今日の夕食用に少し取り分けて夕食の準備に取り掛かった。



榛名「あ! 今日は鍋ですね!」


東雲「水炊きだけどね。後は簡単なのを2品ぐらい作ろうかな」


榛名「お手伝いします!」


東雲「3人しかいないのに、かなりの量を作らないといけないからなぁ…」


榛名「確かにそうですね。東雲さんも食べる方ですけど……それ以上に食べる人もいますから」



 榛名がくすっと笑う。


 確かに彼女は大食らいだ。男である東雲をも凌駕する食欲だ。



赤城「あら? それは私の事ですか?」


 

 すると赤城がふらっと榛名の背後から現れて、榛名の横腹をつまんだ。



榛名「ひゃっ! 赤城さん!?」


赤城「榛名さん一見細身に見えますけど……やっぱり……身体はなまってますね」


榛名「!! そういう赤城さんもじゃないですか!!」


赤城「また私達も鍛えなおさないといけませんね」


榛名「うぅ……農作業とかで身体動かしてるのに………東雲さんが美味しい料理を作るのが悪いんです!」


東雲「俺の所為か!?」


赤城「私も弓の練習しないといけませんね……」


東雲「でもお前らの艤装……壊れたままだぞ」


榛名・赤城「「あ……」」





 彼女達を保護した後、何か記憶を取り戻す方法は無いかと考えていた。


 そんな時、東雲たちが住んでいる場所から10km離れた沖合で地引網漁をしていた漁師が、弓や砲塔等の壊れたガラクタが網に引っかかっているのを見つけた。


 東雲は、たまたま漁業組合の組合長と世間話をしていた時にその事を聞いた。


 東雲はそのガラクタを見せてもらった。それを見た東雲はこれらは艦娘の艤装だと推測した。


 艦娘についてはテレビや新聞で見ない事が無いが、東雲は軍人だった頃に艦娘を一度だけ見たことがある。


 東雲は記憶を失った彼女達の容姿を見て、艦娘ではないかと薄々は思っていたが、徹底的な証拠が無かった。


 東雲は漁業組合長の許可を貰い、ガラクタを家に持ち帰って彼女達に見せた。その途端、彼女達はハッとした顔をして一瞬固まったと思ったら、急に気を失って倒れた。


 東雲は急に倒れる2人を見てかなり焦ったが、すぐに彼女達を部屋まで運んで医者を呼んだ。


 医者からは安静にするよう言われたので、休ませることにした。


 しばらくすると目が覚めたのか2人とも東雲の所に来て記憶が戻ったこと。自分たちが艦娘だってことを俺に教えてくれた。


 記憶を取り戻すきっかけになったガラクタ……『壊れた艤装』は、外にある倉庫2階の奥にしまっている。


 少しコケが付いていたので、ある程度は落とせたけど修復はできなかった。



東雲「大淀が次来た時に聞いてみるか」


赤城「そうですね」


東雲「それじゃ、飯にしようや」


赤城・榛名「「はい!」」



 3人で料理を台まで運んだ。


 すると、赤城が押入れから一本の酒瓶を持ってきた。



東雲「珍しいな。赤城が進んで酒を持ってくるなんて」


榛名「しかも芋焼酎です。いつもならチューハイですよ」


赤城「私だって焼酎ぐらい飲みますよ。それに佐伯湾にいた時加賀さんや二航戦、五航戦の皆さんと鍋を囲んで飲んだりしてたんですから」


東雲「だったら……」


赤城「いえ………あの場所には…………」


榛名「そうですね……」


 

 東雲が何を言おうとしたのかを2人は理解したのか、一気に顔を暗くする。


 悪手だった…彼女達が記憶が戻っても佐伯湾泊地に帰らない理由……それについては東雲は知らない。


 だが、これだけは東雲にも理解できる……地雷踏んだということを……

  


東雲「……すまん、野暮だった」


赤城「いえ……さぁ! 鍋が冷めてしまいます。早く食べましょう」


東雲「あ、あぁ…」


榛名「あ! 囲炉裏にやかん置いたまました! すぐ外しますね!」



 鍋の持ち手を囲炉裏の自在鉤に引っ掛けた。


 東雲と赤城は囲炉裏を囲う様に設置している座卓に他の料理を並べる。


 その間、榛名は台所から皿と箸、おちょこを持って来てくれた。



赤城「では……私達の再出発を祝して」


東雲「…乾杯」


榛名「乾杯です」



 東雲は新たに設置される泊地の提督として、赤城と榛名は艦娘として…再出発をすることになった。




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 2時間後……


  

東雲「Zzz………」



 東雲は決して酒が弱く無い。むしろ強い方である。


 ただ、今日は飲む量とペースが早かったのか、食べ終わるころに酔いつぶれて寝落ちしてしまった。


 

榛名「あら…東雲さん寝ちゃいました」


赤城「今日はかなりのペースで呑んでましたからね……酒好きの東雲さんにしては珍しい光景ですね」


榛名「では私、食器を片付けてきます」


赤城「お願いします。私は東雲さんを部屋まで運んできますね」


 

 赤城は座卓に伏せて寝ている東雲を抱え上げて部屋まで運んだ。


 女の子と言えど艦娘。筋力や体力は男性と引けを取らない程……いや、それ以上である。


 成人男性の平均的体重の東雲は簡単に持ち上げる事が出来る。



東雲「……む……くぅ………」


赤城「ふふっ…おやすみなさい」



 赤城は東雲を部屋まで運び終えて、居間に戻ると榛名がテーブルに座って待っていた。



榛名「お茶、飲みますか?」


赤城「えぇ。いただきます」



 赤城は榛名の横に座ると榛名がお茶を淹れて赤城に渡した。



榛名「……まさか東雲さんが海軍に戻るとは思いませんでした」


赤城「そうですか? 私はいつかは海軍に戻ることになるとは思ってましたよ」



 榛名は以前、赤城が東雲に言った言葉を思い出す。




『いつか、海軍に戻されるのでは?』




 もしかしたら、赤城は東雲が海軍に戻ることになるのを予知していたのではないかと思った。

 

 そして……海軍に戻るよう仕向けたのではないかと…



榛名「…赤城さん。もしかして……」


赤城「ふふっ……やっぱりそう思いました?」


榛名「いえ、別に疑っている訳では……」



 赤城はズズッっとお茶を飲んで、一息つく。



赤城「……正直な所。佐伯湾泊地の皆や軍令部、海軍省の方々と連絡を取ろうと思えばそう難しくはありません」


榛名「確かにそうですね……けど、それをすれば私達が生きていることが佐伯湾の提督にバレてしまう可能性があります」


赤城「その通りです。『佐伯湾の裏』を知っているのは私達だけです。ですが、今はまだ動くべきではないんです。むしろ、動かない方が良

  いかと」


榛名「それでも急がないといけません。でないと……」


赤城「えぇ。私達が姿を消す前に青葉さんに協力をお願いして正解でした。恐らく今は私達の代わりに情報を集めてくれてると思います」


榛名「はい! 青葉さんの情報収集能力は凄いですからね」


赤城「その分、迷惑を受けたことも多々ありましたけどね」


榛名「あはは……」



 2人は佐伯湾泊地にいた頃に受けた青葉からの仕打ちを思い出して、苦笑した。



赤城「それに…東雲さんの復帰は大きいです。恐らくですが……東雲さんはあの『英雄』だと思うんです」


榛名「えっ!? あの『英雄』ですか!? 東雲さんが!?」



 東雲は『あの戦い』における『英雄』と呼ばれていることは、彼女達に伏せていた。

 

 榛名は赤城の発言を聞いて驚いた。


 赤城は以前から『東雲』という名から、もしやとは思っていた。



赤城「以前……鳳翔さんに聞いたことがあるんです。『英雄』について……」


榛名「鳳翔さん……ですか。今、岩川基地にいるんですよね」



 岩川基地の『鳳翔』……軍や艦娘達の中では『始まりの艦娘』、『唯一、同一艦がいない艦娘』として有名である。


 『鳳翔』と言えば、その名を指す艦娘は1人しかいない。各鎮守府や泊地に所属する空母は全員、鳳翔の指導を一度は必ず受けている。


 そして鳳翔は海軍から特別待遇として扱われており、海軍の幹部連中でも軍令部総長以外は彼女には命令できない。


 赤城も着任してすぐ、鳳翔から弓の指導をうけており、その際に鳳翔から『英雄』について話を聞いていた。



赤城「あくまで恐らくです。鳳翔さんに聞いた『英雄』の話を思い出しまして……人物像が東雲さんと少し似ている所がありますし…その人

  について1つヒントをくれたんです」


榛名「ヒントとは……」


赤城「『名前に方角が入っている』ということです」


榛名「……東雲さんです。バッチリ方角が入ってます」


赤城「それに、東雲さんが海軍を辞めたのは今から4年半前……ちょうど『あの戦い』があった頃なんです。あくまで推測ですが…東雲さん

  も『あの戦い』にも参加してると思うんです。それに…ただの海兵が褒賞として、これ程の土地を与えられる方がおかしいと思いません

  か?」


榛名「確かにそうかもしれません……でも確か……」


赤城「えぇ…一度、東雲さんに『貴方は『英雄』と呼ばれていませんでしたか』と聞いた時は否定されました。しかし、その時に東雲さんは

  一瞬でしたが私達から目を逸らしたんです。否定するのにも少し間がありました。東雲さんが『英雄』である可能性はあります。もし東

  雲さんが『英雄』では無くても、それに関する情報は知っていると思います」


榛名「私、『英雄』と呼ばれた人の事は噂程度しか知りません。けど………確か『英雄』には別の呼び名もありましたよね……」


赤城「えぇ……『災厄』……です。恐らく『あの戦い』での出来事から来ているんでしょう。一部の海兵や将校が広めたとされてますが、鳳

  翔さんはそんな事は無いと強く否定されましたが……一体その名が何を指しているのかは分かりません」


榛名「……調べる必要がありそうですね」


赤城「そうですね……」


榛名「皆無事だと良いんですけど…」


赤城「えぇ……そろそろ私達も寝ましょう。明日もみかんの仕分け作業ですから、体力を残しておかないとね」


榛名「はい……このような生活をしていると自分が艦娘だということを忘れることがあります…」


赤城「あら奇遇ですね。私もです」



 2人はくすっと笑った。艦娘として海を駆けていた時とは真反対の生活を今は送っている。


 争いのない…平和な生活……彼女達がいつかは送りたいと願っていた生活。



榛名「佐伯湾泊地のこと……東雲さんには話した方が…」


赤城「そうですね…東雲さんが海軍に戻るのなら、話した方が良いのかもしれません。その時は私から話を切り出しますよ」


榛名「はい…東雲さんなら協力……してくれますよね」


赤城「えぇ…優しい方ですから」


榛名「そうですね…」


赤城「では私寝ますね。おやすみなさい」


榛名「はい。おやすみなさい。私もそろそろ寝ます」



 赤城は自分の湯吞みを洗った後、棚に戻して自分の部屋へと戻って行った。


 榛名も急須と自分の湯吞みを洗い、棚に戻して部屋に戻る。


 部屋の電気を点けると、榛名は箪笥の上にある写真立てを手に取る。写真立ての中には一枚の写真が置いてある……


 写真には同じ服装をした4人の女の子が写っている。これは東雲が榛名を保護した時、榛名が着ていた袴からビニール袋で保護した状態で落ちてきたものだ。


 一度、東雲はこの写真を預かることにした。


 すぐに渡したら榛名が動揺すると思った東雲は、しばらくして榛名の記憶が少しずつ戻ってきた時に渡そうと考えていた。


 結局は『壊れた艤装』を東雲が、榛名や赤城にそれを見せたことで動揺を誘ってしまったのだが……


 記憶が戻ったその日の夜、東雲は写真を写真立てに入れて榛名に渡した。



  榛名「金剛お姉さま……比叡お姉さま……霧島……ううっ………会いたい……会いたいです………」



 榛名は写真立てを抱きしめる。彼女の目からはぽろぽろと零れていた。


 元居た泊地の皆に会いたい……姉妹に会いたい……

 

 でも、会いに行けば皆や姉妹に危険が及びかねない………


 榛名は理解している。記憶が無くなる前に何が起きたのか…なぜこのような事になったのか……


 だからこそ、今自分があの場所には帰れない。帰ってはいけない……


 だとしても、大切な姉妹に会いたいと思う気持ちが榛名は抑えきれない…



赤城「……榛名さん」



 榛名が泣いている声を赤城は部屋の扉越しから聞いていた。


 赤城も榛名同様、自分がなぜこのような事になったのかは理解している。


 『佐伯湾の裏』については当時、秘書艦だった赤城がある事をきっかけに知ってしまう。


 そして、それを何とかしなければと動いていたところを榛名に見つかってしまい、赤城は榛名に協力を頼んだ。


 そんなある日、赤城と榛名は『事故』と言う名の『事件』に巻き込まれて消息不明。轟沈扱いになった。



赤城「私だって…加賀さんや空母の皆に会いたいですよ……」



 赤城も涙をグッと堪えて自分の部屋に戻る。


 東雲の海軍復帰が今後どんな影響を与えるのか。そして『佐伯湾の裏』とは一体なんなのか……




ー続ー


後書き

次回。新基地の建設に入って行きます。
そして、榛名と赤城は……


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