2023-12-11 18:04:22 更新

概要

江ノ島鎮守府に着任した艦娘のクォーター、玉木清太。親友の亮太の着任や大鳳や赤城の復帰を喜んでいるのも束の間、江ノ島鎮守府に再び嵐が起ころうとしていた。

※ハーメルンで作者が上げていたものの大幅リメイク版の第二弾です。


前書き

この話は『クォーター提督がブラック鎮守府にやって来る』の続きとなります。

注意:淫夢語録や他作品のパロディが出てきます。あと、微量ではありますがボーイズラブ描写もあります。


ー江ノ島鎮守府 執務室ー



大淀「提督」

清太「何だ大淀」

大淀「ずっと言いたかったのですが、いい加減秘書艦を選びませんか?」

清太「大淀がいるしいいじゃん別に」

大淀「よくねぇよ若白髪野郎!!」バーン!!


突然大淀は大声で叫んで机を叩くと清太に1枚の紙を見せつけた。


清太「いきなり上司に向かって若白髪野郎ってどうなの?ちょっと傷つくぞ」

大淀「そんなことはどうでもいいです!これを見てください。私のタイムスケジュールです。私の睡眠時間!2時間ですよ2時間!!」

清太「2時間ちょっとの仮眠タイム……」

大淀「オラこんな仕事嫌だ~♪……じゃなくて!!主計業務に秘書艦業務のダブルワークでは私の体が持ちません!!ですから、直ちに、秘書艦を決めてください!!!」

清太「お、おぅ……そうだな」


こうして大淀の強い要望によって清太は秘書艦を決めることになったのだが……


清太「その前に意見箱でも設置しようか」

大淀「何故ですか?」

清太「いやな、何て言うか俺ちゃんと皆の意見聞けてるのかなーってちょっと心配になってきたんだよ」

大淀「今更ですか(呆れ顔)」

清太「ま、これはすぐに設置できるからいいだろ。テキトーにそこらにある段ボールを切り切り貼り貼りして……最後にマジックで意見箱って書けば……ほい、完成。投稿する時は名前じゃなくてペンネームか無記名で投稿するように注意書きも添えて、これを執務室前に置こう」


清太は手早く執務室にあったダンボールで意見箱を作ると、執務室の外に設置した。その横に大淀が1枚の張り紙を貼り付けた。


『秘書艦募集。立候補者は意見箱に自分の名前を書いて入れること。不正厳禁』


清太「秘書艦は7人がいいな」カキカキ

大淀「基本的に秘書艦は1名ですよ?」

清太「負担軽減のためにローテーション制にする。それから駆逐艦、海防艦、間宮、伊良湖、鳳翔、夕張、明石、亮太は除外だ」

大淀「理由は?」

清太「間宮達に関しては既に業務が多いから、秘書艦を任せるのは流石にきついだろ。あと業務が深夜に及んだ際に駆逐艦達はな……」


清太の脳裏に暁と響のことが浮かぶ(前作:クォーター提督がブラック鎮守府にやって来る参照)。とてもじゃないが任せる気にはなれなかった。


大淀「なる程。分かりました。しばらく待ってみましょうか」

清太「ああ。ところでもし誰も立候補しなかったらどうしようか」

大淀「提督1人で頑張ってください」

清太「……ちょっと酷くね」



~2時間後~

ー食堂ー



間宮「あ、提督」

伊良湖「お疲れ様です!」

清太「ボンジュールマドモゼアル。今日も君達の瞳が輝きすぎて、お月様が嫉妬していたよ」

矢矧「何馬鹿なこと言ってるの?」ジトメ

清太「おわっ!いたのか矢矧。もう9時半過ぎだぞ」


食堂が閉まるのは午後10時。この時間多くの艦娘は居酒屋鳳翔に行っているため、食堂は閑散としていて清太と矢矧以外に客はいない。駆逐艦や潜水艦、海防艦は清太が就寝時間を原則9時半に定めているため既に就寝している。


矢矧「何よその反応は。艤装の点検をしてたら遅くなったのよ」

清太「あぁそう。間宮、カツ丼くれ」

矢矧「私は山菜そばで」


清太は間宮からカツ丼を貰うと海の見える食堂の1番隅の場所に座った。清太が手を合わせてカツ丼を口に運ぼうとしていると、清太の隣に矢矧が座った。


矢矧「大淀から聞いたわ。秘書艦決めるのね」

清太「ああ。そうしないとそろそろ大淀が発狂しそうだからな」

矢矧「そう……」

清太「誰にすっかなぁ~」

矢矧「……私も立候補しよ」ボソッ

清太「ん?何か言ったか?」

矢矧「いいえ」



~1時間後~

ー阿賀野型の部屋ー



阿賀野「あ~さっぱりした~」

能代「阿賀野姉!部屋の中を裸でウロウロしないで!もし提督が来たらどうするつもりなの!」

阿賀野「だって暑いんだもん」


1時間後。阿賀野型の部屋では既に熟睡している酒匂の横で阿賀野と能代が言い争っていた。風呂から上がった阿賀野が部屋に戻るなり服を全て脱ぎ捨てて扇風機の前に仁王立ちしているからだ。


能代「全く……矢矧も何か言ってやってよ」

矢矧「……」

能代「何してるの」

矢矧「ひゃっ……」パサッ


反応のない矢矧を不思議に思った能代が机に向かっている矢矧の背後から声をかけると、矢矧はらしくない声を出して飛び上がった。その拍子に1枚の紙が能代の足下に落ちた。


能代「……これ、秘書艦申し込みの紙じゃない。矢矧、秘書艦になりたいの?」

矢矧「……」

能代「散々前の提督で酷い目にあったのに。今の提督は確かにいい人だけど、夜も安全とは限らないわよ?」

矢矧「提督はそんな人じゃないわ。現に私と翔鶴さんは提督と一緒に暮らしてたけどそんなことは一切なかったもの」

能代「そうやって安心させて油断した所を……」

阿賀野「いいじゃない能代。矢矧のやりたいようにやらしてあげたら。矢矧の言う通り、阿賀野も提督さんがそんなことするようには思えないし」

矢矧「阿賀野姉……」

阿賀野「そ・れ・に~。矢矧は提督さんが好きなんでしょ?いっつも川内から買った提督さんの写真を持ち歩いたり枕の下に入れたり、挙句の果てには提督さんの写真をおかずに夜な夜な……」ムフッ

矢矧「ぴゃぁぁぁぁぁぁあああ////」ゼンシンマッカ


夜の鎮守府に矢矧の悲鳴が響き渡った。



~3日後~

ー執務室ー



大淀「提督、秘書艦希望の艦娘の一覧です」

清太「え?いたのそんな物好き」

大淀「残念ながらいたんですよ」


そう言って大淀は1枚の紙を執務机に置いた。その紙に書かれてあった名前は以下の通りである。


金剛

榛名

長門

陸奥


赤城

加賀

翔鶴

瑞鶴


摩耶

古鷹


天龍

神通

川内

矢矧



清太「結構多いな」

大淀「ですね」

清太「とりあえず神通と川内は除外かな」

大淀「理由は?」

清太「神通は川内のストッパー役として必要だ。川内はありえない」

大淀「……あー」



=回想=

~清太着任直後~

ー清太の部屋ー


清太「あ~疲れた。寝よ」

川内「提督!夜戦しよ!!」

清太「人様のベッドに潜り込むな変態」

川内「夜戦は提督のたしなm……」

清太「そんな提督いねぇ」グリグリ

川内「痛たたたたたた!!頭が割れる~!!」



~別の日~



川内「さぁさぁ皆、提督の濡れ場動画どう?写真もあるよ!」

榛名「言い値で買います!!」

川内「30分(の無修正動画)で、5万」

榛名「買います!!」

清太「お前ら後で工廠裏な」

川内・榛名「\(^o^)/」オワタ


=回想終了=



大淀「提督が川内さんの盗撮に気付かれるまでにかなりの枚数の写真や動画が出回ってしまってるみたいですけどね……」

清太「幾らか没収したんだが、何せ数が多くてな。下手すりゃ鎮守府の外にも出回ってるかもしれん。そんな奴に秘書艦は任せられないだろ」

大淀「ですね」


清太はボールペンで川内と神通を二重線で消すと、小さくため息をついた。


清太「これでもまだ12人残ってるのか」

大淀「残りはくじ引きで決めたらどうですか?」

清太「そうするか」


クジの結果。選ばれたのは陸奥、赤城、加賀、瑞鶴、古鷹、摩耶、矢矧、天龍だった。


清太「大淀、この結果を執務室前に貼りだしておいてくれ」

大淀「わかりました」



~1時間後~


金剛「ヘーイテートクー!!何故ワタシが秘書艦に選ばれてないんデスか!!」ドアバーン

榛名「榛名、納得できません!」


1時間後。執務室に秘書艦に選ばれなかった金剛や榛名達が乗り込んできた。


清太「川内と神通以外は公平にするためにクジで決めた。別に意図的に外したわけじゃない」

川内「どうして私は外されたのさ!」

清太「胸に手を当てて考えろ盗撮魔」

神通「あの、私は何故……」

清太「この馬鹿の監視のためだ。申し訳ないが外させて貰った」

神通「……少し姉を借りますね」ギロリ

川内「え?何神通。どうしてそんなに怖い顔をしてこっちに近づいてくるの?」

神通「姉さんの所為で秘書艦になれなかったんですよ?」

川内「て、提督助けて。神通がヤバいよ!」

清太「神通。死なない程度にしろよ」

神通「わかってます。瀕死になれば入渠ドッグに叩き込んで引き上げて、また瀕死になるまでしばくまでです」

大淀「資材が死にかねないので程々にしてくださいね」

神通「善処します」

川内「あぁぁぁ嫌だぁぁぁぁ……ぐえっ」ガクッ

神通「では、失礼します」


川内を気絶させた神通は一礼すると川内の襟元を掴んで執務室を後にした。神通が去った後、清太は小さくため息をついて目の前にいる金剛達を見た。


清太「もう一度言うが、俺はくじ引きで決めた。誰が嫌だとか、そういうので決めたわけじゃない」

金剛「むー」ムスッ

清太「むくれるな。諦めろ」

榛名「ぶー」ブスッ

清太「ぶーたれるな」

翔鶴「不幸です……」ズズズ…

清太「不幸なオーラを出すな。あぁもう鬱陶しい!不採用者は全員出て行け!」


清太は不採用になった金剛達を追い払うと、グッタリした様子で椅子に座り込んだ。


陸奥「で?秘書艦に採用されたのはいいけど、7人も採用してどうするの?」

清太「ローテーションだ。曜日ごとに秘書艦は替わって貰う。勤務時間は平時で朝の6時半から夕方6時まで。どの曜日に入るかは各自で決めてくれ」

古鷹「6時まででいいんですか?」

清太「ああ。ただ、場合によっては遅くなることもあるからそこら辺は留意しておいて欲しい。残業手当も5分単位で出すし、夜10時以降も勤務させる場合は深夜手当も出す。無論秘書艦手当もな」

摩耶「随分待遇がいいな」

清太「それぐらいはしないとやりがいがないだろ?」

摩耶「ま、確かに言われてみればそうだな」

清太「と言うわけで、明日からよろしく頼む」


7人の秘書艦達に清太は頭を下げた。



~昼休み~

ー桟橋ー


亮太「清太」


昼休み。昼食を終えた清太が桟橋に寝転がっていると、亮太が桟橋にやって来た。亮太は清太の横に座ると空を見上げた。


清太「何だよ」

亮太「テッカリ」

清太「……ほらよ」ヒョイ


清太が投げたジッポーライターを受け取った亮太はしばらくの間眺めていたが、やがてポケットからピースを取り出して火を付けると清太に返した。


亮太「まだ持ってたんだな」

清太「捨てられるわけないだろ。これは鬼頭さんからの預かりもんだ。俺が死んだらちゃんと刀と一緒に棺桶に入れとけよ。渡せなくなる」

亮太「……ああ。そう言えば聞いたぞ。秘書艦、決めたんだってな」

清太「まぁな。そんなことよりもお前、いい加減タバコ、止めたらどうだ。医者がタバコ吸うってどうなんだよ」

亮太「鎮守府を統べる提督が健康を害するタバコを吸うのはいいのかよ」

清太「うぐっ……」


亮太の言葉に清太がタバコを咥えたまま顔を歪めていると、亮太はゆっくりと口から煙を吐き出した。


亮太「ま、いいんじゃねぇの。1日に2、3本しか吸わねぇし。ヘビースモーカーってわけでもないんだから」

清太「……医者の言うことじゃねぇな」

亮太「下手に楽しみを奪う方がストレスになるだろ。ま、結婚して子供ができたら止めないとだけどな」

清太「お互い結婚はまだまだ先の話だから当分は大丈夫だな」

亮太「だな」


清太と亮太は同時に口から煙を吐き出すと顔を見合わせて笑った。



~30分後~

ー執務室ー



清太「さて、秘書艦決めも終わったことだし、そろそろ城ヶ島鎮守府との演習するメンバーを考えないとな」


執務室に戻った清太はペン回しをしながら要らなくなった紙の裏に演習に参加する艦娘候補を書き出していた。清太自身、城ヶ島鎮守府がどのような鎮守府なのかよく分からないため、どうしようか迷っていた。


清太「戦艦1、正規空母2、重巡1、駆逐艦2でいいかな」


正規空母による先制航空攻撃で叩き、その後残りを戦艦や重巡で一掃する。逃せば駆逐艦に追跡させて倒す。しかし、相手に空母がいることも想定し、重巡や駆逐艦は対空能力が高い者がいい。重巡で対空能力が高いのは摩耶。駆逐艦なら秋月や照月が対空能力が高い。空母は搭載機数の多い加賀。そして加賀と相性のいい赤城が候補に入る。戦艦は火力重視ならば長門が第1候補だが、高速で動くことを考えれば金剛達も候補に入る。


清太「ま、戦艦は長門でいいか」


清太は書き出した紙を引き出しにしまうと大きく伸びをして書類作業に戻った。



ー大本営 執務室ー


大和「元帥。何故江ノ島鎮守府と城ヶ島鎮守府との演習を決めたんですか?着任したばかりの清太にはやや酷では?数ヶ月の猶予があったとはいえ、かなりバタバタしたみたいですし」

清一「清太がちゃんと艦隊指揮を執れるかを見るためだ。後は周りを黙らせるためだ。非人権派、人権派双方からの圧力もかなりキツかったからな」


清一が清太を特別推薦して海軍兵学校をすっ飛ばし提督にさせたことを快く思わない者は少なくない。特に江ノ島鎮守府は元々非人権派の勢力下にあった鎮守府であり、どちらにも属そうとしない清太の態度に苛立っているという噂も清一は耳にしていた。


清一「儂は立場が立場なだけに、身動きが取りづらい。動こうとすれば非人権派に妨害されるだろう。清太には自分の身は自分で守って貰う必要がある。今回の演習は、その意味も含まれる」

大和「……非人権派が清太や亮太君も演習させろと言ってますが」

清一「何処で情報が漏れたのか。まぁ非人権派の幹部連中はあの鎮守府のことを知ってる者も多いから何となく察しはつくが……」


清一(城ヶ島鎮守府の田所提督は人権派で儂もよく知る男。そこまで無茶なことはしないと思うが……万が一無理矢理演習させられたとしても、絶対に手を出すなよ。清太。亮太君)


清一は大和からの厳しい視線に目を合わせずに書類に目を落とした。



~3日後~

ー江ノ島鎮守府 執務室ー


大淀「提督。意見箱に意見書が入ってました」

清太「そうか。ちょっと見てみよう」


=意見書=


『夜間の照明が少し暗いと思うので、もう少し明るくしてもいいのではないでしょうか』by片目ライト

『検討しよう』


『もう少し提督らしい振る舞いはできないのか?あと駆逐艦に怖がられない接し方を教えてほしい』by栄光のビッグ7

『無理。諦めろ。以上』


『駆逐艦達がもっと提督に構って欲しいと言ってるぞ』by世界水準

『時間ができたら構ってやるつもりだ』


『最近居酒屋に来てくれません……』by鳳

『すまん。そのうち行く』


『遊べー!!』by5月

『そのうち』


『構えー!!』by7月

『そのうち』


『遊ばないとブッコロシテヤルノデス』byぷらずま

『遊ばせていただきます』


『最近、提督とお話しできなくて、榛名は大丈夫じゃないです』by榛名は大丈夫じゃないです

『モロに名前を出すな』


『ヘーイテートクー!!!』byイギリス帰り

『用件は何だよ』



清太「何か一部の奴は隠す気0だな」

大淀「ですね。……あれ?」

清太「何だ」

大淀「あと2枚意見書が入ってました」



『胸が大きくなるにはどうしたらいいですか?』by装甲空母

『私は対空戦闘が苦手です。どうしたらいいですか?』byカボチャ好き


清太「……大鳳と涼月か」

大淀「そうっぽいですね」

清太「で?大淀はどうしたら胸が大きくなると思う?」

大淀「聞き方が超どストレートですね。私にも分かりませんよ。提督は?」

清太「男の俺に聞く?……まぁ大淀も大してデカくないしな。揉めばいいんじゃねぇの(適当)」


ショウリュウケン!!アーッ!!!


大淀「全く。公然とセクハラ発言をするなんて何考えてるんですか」

清太「別に俺が揉むなんて一言も言ってないんだけど……」ボロボロ

瑞鶴「何やってんのあんたら」


大淀に制裁された清太が床に倒れていると、今日の秘書艦の瑞鶴が呆れた様子で執務室に入ってきた。清太は起き上がると瑞鶴をじっと見つめてため息をついた。


瑞鶴「な、何よ」

清太「瑞鶴……お前、胸の大きさって気にしたことあるか?」

瑞鶴「ふぇっ!?」

清太「いやな、意見書に『どうしたら胸が大きくなるか』ってのがあって、どう答えればいいか分からなくてな。ここは同じく胸の大きさで悩んでいそうな瑞鶴に……」

瑞鶴「全機爆装!!目標、目の前のセクハラ提督!!殺っちゃって!!!」ギソウテンカイ

清太「落ち着けぇ!!」



~1時間後~

ー食堂ー



清太「酷い目にあった」

矢矧「自業自得でしょ」


1時間後。左頬に特大の手形を付けた清太はネギトロ丼を食べていた。その向かいでは矢矧を筆頭に阿賀野型姉妹が呆れた様子で首を横に振っていた。


能代「提督。デリカシーなさ過ぎでしょ」

清太「俺が悪いのか?」

阿賀野型「「100%悪い」」

清太「解せぬ。男の俺にどうやったら胸が大きくなるかとかわかるわけないだろ。わかったら怖い」

阿賀野「ま~ね~。あ、妊娠したら少しは大きくなるそうよ」

清太「ふ~ん。じゃあそう伝えとくか」ガタッ

能代・矢矧「「待ちなさい!!」」ガシッ


清太が席を立とうとすると、能代と矢矧が清太の両腕を引っ張って椅子に座り直させた。


清太「何だよ」

矢矧「何だよ、じゃないわよ!本気でそう伝えるつもりだったの?」

清太「そうだよ」

能代「もっと他に方法があるでしょ」

清太「う~ん。あ、そうだ。亮太に聞けばいいじゃん。あいつ医者だし、何か知ってるだろ(適当)」

酒匂「確かに。新見少尉なら知ってるかも」

清太「亮太に相談があったし、丁度いいや」


清太は再び立ち上がると食器の返却口に向かった。



ー医務室ー



亮太「んなもんない」バッサリ

清太「そうなのか」

亮太「確かに阿賀野さんの言う通り、妊娠すればホルモンバランスが変わって大きくはなるが、出産して子供が母乳を飲まなくなるとほぼ同じ大きさに戻ることが多いぞ」


矢矧達と別れた清太は医務室に来ていた。白衣を着て海軍の略帽を被った亮太は呆れたように首を横に振ってる。そもそも、と亮太は言うと小さくため息をついた。


亮太「艦娘の場合は改装でもしない限りは体格も胸も変化することは余程のことがないとない。人間みたいに豊胸手術もできない。仮にしたとしても、入渠した時点で元に戻るだろうな」

清太「……だ、そうだが。これでいいか?大鳳」


清太が亮太の背後に視線を向けると、耳まで真っ赤にした大鳳が部屋の隅で清太達に背を向けて座り込んでいた。


大鳳「1番知られたくない人に知られてしまった」ボソボソ

清太「ん?何か言ったか?」

大鳳「何でもないです……」

清太「大体胸が大きいだとか小さいだとか、そんなに悩むことか?」

大鳳「悩みます!!胸は女の武器の1つです!!」クワッ

亮太「その武器は深海棲艦には使えないぞ」

大鳳「深海棲艦に使う武器じゃないです!胸、くびれ、お尻は女が男を落とす武器です!!」

清太・亮太「「……」」

大鳳「私は……その、胸はないですし、くびれもイマイチ……ですから、どれか1つは武器を……」

清太「そんなものよか他のとこを磨いた方が武器になると思うが。料理の腕とか、裁縫とか」

亮太「ま、清太の言うことは一理あるな。大鳳さん。体にコンプレックスを持つ人は男女問わず多い。でも、持った体はそうそう変えられない。だから、気になる異性がいるのならまず清太の言ったようなことを磨く方が武器になると思うよ」

大鳳「……わかりました」

清太「さ、この話はこれで完了。俺は次のお悩み相談に行ってくる」ガチャ

??「「あ……」」


清太は立ち上がって医務室の扉を開けると、金剛、榛名、古鷹、鳳翔、加賀、赤城、矢矧達がいた。


清太「……何してんだお前ら」

金剛「えっと……あ、ティータイムの時間デース。皆サン、ついてきてくだサーイ」スタスタ

榛名・古鷹・矢矧「「了解」」スタスタ

鳳翔「わ、私も今晩の仕込みをしないと」スタスタ

加賀「……赤城さん。出撃の準備をしましょう」スタスタ

赤城「そうですね」スタスタ

清太「何だあいつら?」

亮太「清太」


清太が首を傾げていると、亮太が清太に声をかけた。


清太「何だ?」

亮太「お前に言い忘れてたけどな、ブラック鎮守府を解放した提督は艦娘達に好かれやすい傾向にあるんだ。異性としての好意もあるし、敬愛、親愛種類は色々だけどな」

清太「ふーん(無関心)。あ、亮太。お前ちょっと一緒についてきてくれ」

亮太「はぁ?」



ー江ノ島鎮守府 農場ー



清太「涼月。ちょっといいか?」


亮太を連れた清太は農場に着くなり涼月に声をかけた。清太に声をかけられた涼月はジャージについた泥を軽く払うと清太に近づいてきた。


涼月「何でしょうか?」

清太「お前、噂で聞いたが対空戦闘が苦手なんだってな」

涼月「……はい。中々姉さん達のようにいかなくて……」

清太「なる程。ところでここに熟練軽空母の男がいるんだが、少し練習するか?」


清太が亮太を指差すと、亮太は慌てた様子で清太に近づいた。


亮太「お、おい正気か?俺もう長いこと……」

清太「大丈夫だろ(適当)」

亮太「えぇ……(困惑)」

清太「仕方ないだろ。練習に付き合ってくれそうな空母が出撃やら遠征やらでいなかったんだ。いいから準備してこい」


そう言って清太は演習場の方へスタスタと歩いて行ってしまった。


亮太「……マジかよ」



~数分後~

ー演習場ー



清太「つー訳で、涼月には亮太の飛ばす艦載機を撃ち落として貰う。亮太」

亮太「マジでやるのか?艦載機飛ばすの疲れるんだけど」

清太「五月蠅い。いいから早く飛ばせ」

亮太「わかったよ」


艤装を身に着けた亮太は巻物状の飛行甲板を広げ、指先から『勅令』と書かれた赤い火の玉を出すと腰にあるバッグから『訓練』と書かれたオレンジ色の式神を出して飛行甲板に置いた。すると一瞬のうちに式神はオレンジ色の零戦となって飛行甲板から発艦し、清太達の頭上を旋回し始めた。


清太「さ、撃ち落としてみろ」

涼月「え……し、しかし……」

亮太「訓練用だから撃ち落としても何の問題もないぞ」

涼月「そ、そうですか……」


亮太の言葉に涼月は少しホッとした様子で胸を撫で下ろすと、艤装を展開して上空を飛ぶ零戦に向けて砲撃を始めた。が、全く当たる気配がない。


清太「涼月。高度は合ってる。零戦の進行方向の少し先を狙え」

涼月「はい!」

涼月(零戦の進行方向の少し先……ここです!)


清太の助言を受けた涼月の砲撃は見事に零戦の尾翼に命中し、零戦は空中分解して墜落していった。


清太「何だ。できるじゃん」

涼月「て、提督は何もしてませんよね?私が撃ち落としたのですよね?」

清太「ああ。涼月が撃ち落としたんだ」

亮太「割とあっさり解決したな。今までどんな訓練をしてたんだ?」


亮太の言葉に涼月は俯くと小さな声で話し始めた。


涼月「その……1人でこっそり……」

亮太「1人で対空演習はできないでしょ。そりゃ上手くならないわけだ。秋月さん達はこの事を知ってるんですか?」

涼月「いえ、秋月型は対空特化。対空戦闘ができないなんて知られたくなくて、姉さんはずっと黙ってました」

清太「他にも対空戦闘が上手い奴がいただろ。摩耶とか」

涼月「摩耶さんは何というか……怖くて……」


涼月の言葉に清太は大きなため息をつくと涼月の方を見た。


清太「涼月は対空戦闘ができないまま出撃して、艦載機に為す術なく沈められるのと、怖い艦娘達に対空戦闘を教えて貰うのとどっちがマシなんだ?俺が涼月なら間違いなく後者のがよっぽどマシだ」

涼月「すみません……」

亮太「ま、いいじゃないか。出撃前にわかったんだし」


涼月はまだ練度が低く、出撃組には回していなかった。基本的に安全な海域の遠征にばかり出していたこともあり、今までは何の問題もなかったが、もし涼月が対空戦闘ができないまま出撃させていたら轟沈していたかもしれない。


秋月「あれ?新見少尉に提督、それに涼月も」

摩耶「何してんだ?」


清太達が片付けをしてると、丁度秋月と摩耶が通りがかった。


清太「涼月の対空戦闘の練習をしていたんだ」

摩耶「対空戦闘の練習だったらあたしや秋月と一緒にやった方が効率いいんじゃねぇのか?わからないとこがあったら互いに教え合えるし」

清太「涼月が摩耶は怖いから嫌だってさ」

摩耶「」ガーン

清太「ま、あと自分が対空戦闘ができないのを秋月達に知られたくなかったってのもある。今回の演習でコツは掴んだだろうから、後はひたすら練習あるのみだな」

涼月「黙っていてごめんなさい」

秋月「いや、いいのよ。気にしないで」

摩耶「あたしは怖い。あたしは嫌われてる……」ブツブツ

清太「一件落着だな」

亮太「1人心にダメージを負っている気がするが」


清太は体育座りをしてブツブツ何かを言っている摩耶に近づくと声をかけた。


清太「余り深く考えるな。今度鳳翔で飯奢ってやるから」

摩耶「……本当か?」

清太「ああ。今日は無理だけど、そのうちな」

摩耶「……わかった」



~数日後~

ー江ノ島鎮守府 食堂ー



清太「え~……城ヶ島鎮守府との演習が迫ってきたので、演習に参加するメンバーを発表しようと思う。艦隊編成は戦艦1、正規空母2、重巡1、駆逐艦2の計6人だ」


数日後。清太は食堂に艦娘達を集めて城ヶ島鎮守府との演習に参加するメンバーを発表しようとしていた。他の鎮守府との演習は初めてのため、艦娘達も嬉しそうだ。


清太「戦艦は長門。空母は加賀と翔鶴。重巡は摩耶。駆逐艦は秋月と照月で行く。選ばれたメンバーはそれぞれ演習に向けてコンディションを整えておくように。以上」

加賀「提督。1ついいかしら」


清太が席に座ろうとすると、加賀が手を挙げた。清太は少し面倒臭そうに立ち上がると加賀の方を見る。


清太「何だ?」

加賀「何故翔鶴と一緒なんでしょうか。それなら瑞鶴と翔鶴の五航戦で組ませるか、私と赤城さんの一航戦で組ませるのでは?」

清太「赤城や大鳳はまだ復帰して間もない。無理をさせたくないから今回は外した。で、空母は2人欲しいわけだが、搭載機数的に加賀は外せない。でも加賀は瑞鶴と仲が悪い。消去法で翔鶴と組んで貰うことになった」

翔鶴「消去法で私は選ばれたんですね……」ズーン

清太「五航戦の2人が改二になってたら五航戦で組んだけどな。とにかく、演習中に仲間割れすることがないように」

加賀「わかりました」

長門「提督。旗艦はどうするんだ」

清太「長門でいいだろ(旗艦にしろってオーラがすごい……)」

長門「そうか。私が旗艦か!胸が熱いな!!」

清太(わかりやすい奴……)



ーとある高級料亭ー



清太が江ノ島鎮守府で演習メンバーを発表している頃、帝都にある高級料亭では十数人の男達が食事を取っていた。


??1「江ノ島鎮守府と城ヶ島鎮守府の演習が1週間後に迫った訳だが、皆準備はいいか?」

??2「はい。何の問題もありません」

??1「江ノ島鎮守府は我々のものだ。あんな若造にのさぼらせるわけにはいかん」

??2「その若造も兵器上がりのくせに、随分と生意気ですね」

??1「全くだ。兵器は大人しく我々人間の奴隷をしていればいいものを……まぁいい。貴様にはしっかり働いて貰うぞ。あれこれと手を回して出してやったんだ。今度はしくじるなよ」

??2「重々承知の上です。奴が我々に付かねば、消す準備はできています」

??1「城ヶ島の田所も邪魔だ。もう一度我々に付かないか聞き、拒むようなら纏めて消してしまえ」

??2「はっ」


男達は盃を掲げると上座にいる男が口を開いた。


??1「我々非人権派に勝利を」

??達「「勝利を!!」」


~1週間後~

ー江ノ島鎮守府 演習場ー



清太「いよいよだな」

長門「もうすぐ演習だな」

清太「その前にちゃんと挨拶をしておかないとな」


演習メンバーを決めて1週間後。遂に演習の日となった。清太達が演習場で城ヶ島鎮守府の艦隊が来るのを待っていると、1隻の漁船を先頭にして、艦娘達がやって来た。漁船は演習場の岸壁に横づけるとエンジンを切った。しばらくすると、黒いブーメランパンツのみを身に着けた男が操舵室から現れた。


変態?「オッスお疲れ様で~す!!」

清太達「「……」」

変態?「おんおんおん?返事がないな~。じゃもう1回……」

??「何してんのよ馬鹿提督!!」バキッ

変態?「アォン!!」


ドン引きしている清太達の反応がお気に召さなかったのか、男がもう1度大声を出そうと深呼吸した所で白い髪の艦娘が男の鳩尾を殴った。男が鳩尾を押さえて呻いているのを無視し、艦娘は清太の方を見て敬礼した。


??「城ヶ島鎮守府所属の叢雲よ。うちのド変態提督が驚かせて悪かったわね」

清太「あ、ああ。江ノ島鎮守府提督の玉木だ。今日はよろしく頼む」

叢雲「ほら、何時まで呻いてんのよ」ゲシッ

変態?「オォン!!逝くっ!逝っちゃう!ヌッ(狸寝入り)」

叢雲「……少し待ってて」


叢雲は目の光を消すと男を操舵室に引き摺って行った。


<何してんのよ馬鹿!

<何ってアイスブレイクは大事だゾ

<相手をドン引きさせてどうすんのよ!!

<まぁまぁ落ち着けよ叢雲。そんなに怒ることに労力を割いてると胸も身長も大きくならないゾ

<馬鹿!!

<アアアアォン!!!やめろ!ケツの穴に酸素魚雷は入らな……オォン!!


清太達「「……」」


清太達が立ち尽くしていると、操舵室から返り血らしきものを顔に付けた叢雲が息を切らしながら出てきた。


叢雲「おま、たせ……この汚物が私達城ヶ島鎮守府の提督よ」

変態?「田所野獣丸中佐です。以後よろしく」

清太「は、はぁ。江ノ島鎮守府提督、玉木清太少佐です」

田所「早速だけど、演習の準備をさせて貰うゾ」

清太「わかりました」



ー清太側陣営ー



清太「相手は航空戦艦2に軽空母1。それから重巡1に駆逐艦2か」

加賀「単純な航空戦力ではこちらに分がありますね」

清太「ああ。ただ砲撃力ではあっちが上だ。航空戦艦とは言え戦艦。それが2人もいたらな。幾ら長門でもキツい」

長門「なるべく航空戦で削っておきたい所だな」

清太「加賀と翔鶴がいるからそうそう負けることはないと思うが……。摩耶と涼月は敵の偵察機に警戒するように」

摩耶「おぅ!」

涼月「お任せください」



ー田所側陣営ー



田所「ダメみたいですね(諦め)」

叢雲「ちょっと!何始める前から諦めてんのよ」

田所「いや、相手加賀と翔鶴だゾ。搭載機数で見ても瑞鳳では完敗だし、日向や伊勢の瑞雲を足しても負けるゾ」

瑞鳳「だから初霜ちゃんじゃなくて祥鳳姉を入れるべきだったのよ……そしたら……」

伊勢「いや、それでも無理じゃないかな」

田所「どっちにしても初霜ちゃんは固定枠だから外せない。だって可愛いから(鋼の意志)」

初霜「気持ち悪い……」

田所「……と、とにかく演習するゾ!」



ー演習場ー



明石「では、これより江ノ島鎮守府と城ヶ島鎮守府の演習を始めます」


明石の言葉とともに演習開始のサイレンが鳴る。サイレンが鳴ると同時に加賀と翔鶴が戦闘機を飛ばす。城ヶ島鎮守府の瑞鳳や伊勢、日向も各々の艦載機を飛ばす。


清太「加賀。翔鶴。相手の艦載機を散らしたら前進しつつ艦爆と艦攻を出せ」

加賀・翔鶴「「了解」」

清太「他は対空戦闘の用意。長門を中心に秋月、照月、摩耶で周囲を固めろ」


清太は無線を切ると椅子に座った。


航空戦は結局加賀と翔鶴の戦闘隊があっさり制空権を確保、秋月と照月、そして摩耶の対空射撃で瑞鳳達の艦載機は全滅した。


叢雲「艦載機全滅したわ」

田所「しょうがない」

叢雲「で、どうすんの?」

田所「そりゃお前、もう殴り合いしかないでしょ。瑞鳳を旗艦にしてるから、瑞鳳は後ろに下がらせてその他突撃」

叢雲「他に策はないの?」

田所「ない」

叢雲「……あんた、後で酸素魚雷だからね」

田所「ちょ、待ってくださいよ」

叢雲「無理」


叢雲は無線を切ると、瑞鳳を残して全艦突撃をするように指示を出して江ノ島鎮守府の演習艦隊に向けて突っ込んでいった。



~30分後~

ー執務室ー



田所「いや~負けた負けた。着任してたった数ヶ月なのに見事な艦隊指揮だゾ」

清太「皆が上手に立ち回ってくれたお陰です」


30分後。江ノ島鎮守府の執務室では全身アザだらけの田所中佐と清太が向かい合っていた。何故田所中佐がアザだらけかというと、演習が終わってすぐに叢雲達にボコボコに殴られたためである。


田所「まぁそれはさておき……今日俺が来たもう一つの理由を……」

清太「お断りします」

田所「……まだ俺は何も言っていないのだが」

清太「どうせ派閥に入れって言いに来たんでしょ。元帥の用意した演習だ。中佐は人権派でしょ?」


清太の言葉に田所中佐はしばらく黙っていたが、やがて頭を掻いて苦笑いを浮かべた。


田所「参ったね。全部お見通しだったか」

清太「ええ。それに、この演習を見物している方々もいるみたいですし」

田所「何?」

清太「鎮守府の演習場から少し離れた場所に無駄に豪華なクルーズ船に乗って見物している客人がいたんですよ。もうじき来るかもしれないですよ」


清太が笑っていると執務室のドアがノックされ、大淀の声が聞こえてきた。


大淀「提督。大本営の天草中将が……「どけっ!」きゃっ」


大淀を怒鳴る声が聞こえたかと思うと、執務室のドアが開き、10人程の憲兵、数人の黒装束の少年達、そして真っ白な軍服を来た初老の男が入って来た。


清太「……随分と荒々しい客人ですね」

天草「ふん、俺は中将だ。少佐の小僧が統べる鎮守府で多少手荒なことをしても幾らでももみ消せる」

清太「……」

天草「さて、早速だが玉木少佐。貴様には私の部下になって貰いたい」

清太「……非人権派の傘下に入れと?」

天草「そうだ。貴様には私を護衛する黒衣隊の隊長をして貰いたい」

清太「黒衣隊?」

田所「艦娘と人間の混血で艤装同調指数が高い者を選別して編成した特殊部隊だ。ここにいる少年達も黒衣隊だ」

清太「おかしいですね。8年前のあの出来事から混血の艤装所持は許可を得たもの以外は禁止で、部隊編成も禁止のはず。こんな部隊なんて作れないはずでは?」

天草「そんなもの、表向きの決まりに過ぎん。私に掛かれば幾らでもごり押しできる」


天草中将の部下である憲兵と黒衣隊は清太と田所中佐を取り囲む。が、清太は気にする様子もなくココアを一口飲むと笑った。


清太「随分と俺を買ってるみたいですね。俺はただの一提督ですよ」

天草「とぼけるなよ。貴様と新見少尉が大洗特別鎮守府にいたことも、8年前の深海棲艦による湘南海岸への大侵攻を食い止めたことも確認が取れている。貴様の姫級・鬼級の単独討伐数56、新見少尉が28。今でも生存する艦娘と人間の混血の中ではダントツの成績だ。貴様らを非人権派側に引き入れれば我々は勝ったも同然」

田所「なっ……あの時湘南を守ったのは君達だったのか?」

清太「……」

天草「こちらに付くのであれば、我々にした所業は水に流してやろう。言っておくが、これは命令だ拒否権は「断る」……何?」

清太「断ると言いました。何処で情報を得たのか知りませんが、くだらない派閥争いに与する気はないです」

天草「貴様……」


清太の言葉に天草中将は鬼のような顔になり、清太を睨み付ける。


清太「勘違いしないで頂きたい。この力は誰かをいたずらに傷つけるものではない。ましてや他人の私利私欲のために振るう力でもない」

憲兵「貴様……閣下に向かって何て口の利き方だ!大体軍服も着ずにジャージで応対とは……死にたいのか!!」


清太の発言に憲兵の1人が軍刀を抜いて清太の首筋に当てる。しかし清太は恐れる様子も見せずにココアを飲み干すと立ち上がった。


清太「お引き取りを。自分はこれから部下達と宴会の準備があるので。田所中佐も。もうお引き取り下さい」


清太はそのまま立ち上がるとカップを流しに置いて執務室から去ろうとした。


天草「待て。いいのか?どちらの派閥に付かずに鎮守府運営ができるとでも?」

清太「別にいいですよ。あなた方の負担が増えるだけですから」

天草「……後悔するぞ」

清太「今から犯行予告ですか?」

天草「……行くぞ」


天草中将の言葉に憲兵達がゾロゾロと出ていく。そんな中、1人の黒衣隊の1人が清太に近づいた。


??「臆病者め」

清太「……」


天草中将達が去り、執務室には清太と田所中佐だけになった。田所中佐はしばらく黙っていたが、やがて帽子を被ると執務室を後にした。清太が流しに置いたコップを片付けていると、執務室のドアが開き、大淀達が恐る恐る入って来た。


清太「……何だ?」

大淀「あの、大丈夫なんですか?」

矢矧「何だかかなり怒ってる感じだったけど……」

清太「気にするな。馬鹿が馬鹿なことを言いに来たから追い返しただけだ」

長門「相手は大本営の中将なのだが」

清太「んなもん知らん」

長門「知らんって……」

清太「そんなことより宴会だ。早く準備するぞ」スタスタ

長門「あ、おい!」


清太が早足で執務室から出て行くと、長門はため息をついた。


長門「全く提督は無茶なことばかりするな……」

大淀「相手は大本営のお偉いさんですよ。何をされることやら……」


長門と大淀は同時に大きなため息をついた。



~4時間後~

ー桟橋ー


4時間後。宴会の後片付けを終えた清太は、何時も漁をする時に飛び込む桟橋に腰掛けて夜空を見上げていた。空には綺麗な満月が浮かんでいる。


清太「……」



~回想~


??『鷹野君……お願いが……あるの……あの子を……あの子を護って……』

清太『妹は何処にいる』

??『大本営の人が連れて行って行方知れずなの。もし見つけたら……あの子を……護っ……て』

清太『おい!しっかりしろ!おい!!』


清太「約束を果たす時……か。ったく。お前に似て、手間のかかりそうなガキだ」

亮太「何してるんだ清太」


清太が振り返ると、亮太が桟橋に歩いてくる所だった。亮太は桟橋の杭にもたれかかると、清太の方を見た。


清太「……大本営にさ、喧嘩売っちまったよ」

亮太「はぁ!?馬鹿かお前?」

清太「正確には非人権派に、だけどな。派閥に属さない以上、人権派側からの援助も約束できない」

亮太「おいおい……」

清太「まぁ、収穫もあったけどな」

亮太「何だ?」

清太「混血部隊はまだ存在している」

亮太「何!?」

清太「黒衣隊って名前で、非人権派についてる。ぱっと見でもどいつもこいつも相当な実力がありそうだな。その中に西条の妹がいた」


清太の言葉に亮太が顔色を変える。


亮太「西条の?ずっと見つからなかった鈴音ちゃんがいたのか?」

清太「随分と俺を憎んでそうだったな。去り際に『臆病者』って言われたよ。まぁ言われても仕方ないけどな」

亮太「……」

清太「非人権派は多分俺を消そうとするだろう。消さないまでも、捕まえて利用するつもりだ。もし俺がいなくなったら、その時はここを頼む」

亮太「……お前が死ぬなんてのは想像できないな」

清太「誰だって死ぬときゃ死ぬ。正木さんも、鬼頭さんもそうだった。俺より強いにの死ぬなんて想像できなかった」

亮太「それは……」

清太「ともかく、1年経っても帰ってこなけりゃ諦めろ」

亮太「そう言って2年以上経って再会した前歴があるのは?」

清太「……ノーコメントで」



ー某所ー



??「せいっ!はぁっ!!」


ここは非人権派の所有する黒衣隊の拠点。その訓練場で訓練する影が1つ。鮮やかな緑色の髪をポニーテールにした少女は持っていた薙刀を置くと壁に掛かった写真を見た。


??「姉さん。遂に見つけたよ。姉さんの仇。絶対に討つから」

天草「精が出るな、鈴音」

鈴音「閣下」


鈴音が振り返ると、背後に天草中将が立っていた。


天草「江ノ島鎮守府の提督、玉木清太。旧姓鷹野。奴は海軍の面汚しだ。大洗特別鎮守府時代は大洗特別鎮守府が落ちても自決せずにのうのうと生き残り、8年前の湘南海岸での戦いではお前の姉、鈴美を見殺しにした。最低な男だ」

鈴音「は。必ず私の手で奴の首を取って見せます」

天草「うむ。程々にしておけよ」

鈴音「は。これで失礼します」


鈴音は天草中将に一礼して訓練場を後にする。その後ろ姿を見送った天草中将はニヤリと笑った。その背後には何時からいたのか黒装束を纏った男が立っている。


天草「単純な奴だ。扱いやすくて助かる。正直奴の持つ力は惜しいが、我々に反抗する以上、消えて貰う他無いな。このまま海軍に戻らねば見逃してやったかもしれぬというのに」

??「よいのですか?」

天草「ああ……隙を見て清太を消せ。新見亮太は清太程肝は座ってない。幾らでも懐柔できるだろう」

??「はっ」



~3日後~

ー居酒屋鳳翔ー


摩耶「なぁ提督。本当に提督の奢りでいいのか?」

清太「あぁ。遠慮せずに好きなもんを食え」


城ヶ島鎮守府との演習があってから3日後。仕事を終えた清太は摩耶を連れて居酒屋鳳翔に来ていた。清太と摩耶はテーブル席に座るとメニューを開いていた。柄にも無く遠慮がちな摩耶に清太はヘラヘラ笑いながら注文するように促す。


摩耶「じゃ、じゃあ無限キャベツと蛸わさ、それから中ジョッキ」

清太「俺はイカの塩辛、キュウリのたたき、刺身盛り合わせ。あと飯大盛りに日本酒。瓶で頼む」

鳳翔「了解しました。すぐにお通しを持って来ますね」


鳳翔が微笑みながら厨房に入っていくのを見送ると、摩耶は清太に顔を近づけた。


摩耶「お、おい。いくら何でも初っ端から飛ばしすぎじゃねぇのか?」

清太「俺がその気になれば赤城や加賀と同レベルの量を食べれる。そこまで食べる必要が無いから普段は食べないけどな」

摩耶「そ、そうか……まぁ、大和型の孫だしな」

清太「まぁな」


清太と摩耶が話していると、厨房から妖精達が酒とお通しの枝豆を持って来た。清太は早速枝豆に手を伸ばし、一升瓶からコップに酒を注いだ。


摩耶「……なぁ、提督はあたしのこと、怖いって思うか?」

清太「いいや全く。この鎮守府にいる奴で、心の底から怖いって思えるのは殺人的な量の書類を笑顔で持ってくる時の大淀くらいだ。もっと場所を広げるなら大和ババア」

摩耶「そうか。じゃあ他にどんな時、提督は怖いって思うんだ?」

清太「……そうだなぁ」


清太はしばらく悩んだ様子だったが、やがてふっと笑った。


清太「何だろうな」

摩耶「何だそりゃ?誤魔化すな!」

清太「んなこと言われても……」

摩耶「まぁいいや。で、なんで提督は何時もジャージなんだよ。軍服着てるところ見たことねぇぞ」

清太「俺の趣味。軍服とかスーツって嫌いなんだよね。ジャージとかの方が気持ち的にもリラックスできるから」

摩耶「提督が執務中にリラックスしてていいのかよ……」

清太「ガチガチに緊張しっぱなしの俺を見たいのか?」

摩耶「そういう意味じゃねぇよ」

清太「ま、そもそも俺には海軍の軍服を着る資格なんて無いからな」ボソッ

摩耶「ん?何か言ったか?」

清太「いや、何でもない」

鳳翔「お待たせしました」


清太が一升瓶からコップに酒を注いでいると、鳳翔が妖精達と共に料理を運んできた。


清太「お、美味そうだな」

摩耶「いただきます!」



~2時間後~

ー鎮守府廊下ー



清太「ったく。言いたいこと言いまくって寝やがって」


2時間後。清太は非常灯の明かりのみの薄暗い廊下を摩耶を背負って歩いていた。酒を飲んだ摩耶は色々な不満や愚痴を清太に言いたいだけ言い、そのまま眠ってしまったのだ。鳳翔では摩耶を運ぶことはできないため、仕方なく清太が摩耶を背負って部屋まで運んでいるというわけだ。


摩耶「ん……む……」

清太「気持ちよさそうに寝やがって」


清太は苦笑しながら歩き続けて摩耶の部屋に着くと摩耶をベッドに寝かし、布団を掛けると起こさないように忍び足で部屋を出た。


清太「さて、俺も寝るかな」



~翌日~

ー城ヶ島鎮守府周辺ー



田所「ふんふんふ~ん♪」


翌朝。城ヶ島鎮守府近くの農道をランドセルに黄色い帽子を被った田所中佐が楽しそうに日課の散歩をしていた。田所中佐は時折鎮守府を無断で抜け出しては散歩に出る。地元の住民からは『少し変わり者だけど面白い提督さん』と言われ、親しまれている。


田所「早く帰って宿題(書類作業)しなきゃ」


田所中佐が信号のない横断歩道を渡ろうとしたその時、黒い車が猛スピードで突っ込んできて、田所中佐は跳ね飛ばされた。


田所「あー痛い痛い痛いー!!何だよー!!(憤怒)」

男1「おいゴルァ!何余所見してんだよ。車に傷が付いたじゃねぇか。どうしてくれんだよ」

田所「し、知らん!俺はただ横断歩道を……」

男2「この落とし前きっちり付けて貰うからな」

田所「誰か助けて!!(届かぬ願い)」

男1「うるせぇ!!」ドゴッ

田所「アォン!!」ドサッ


男に殴られた田所中佐はゆっくりと地面に倒れ込んだ。


男1「気持ち悪い奴だな」

男2「コイツどうします?」

男1「あの島に捨てればいいだろ。そうすれば勝手に死ぬ」

男2「そうですね」


男達は田所中佐を車に押し込むと走り去った。男達の立ち去った場所には田所中佐の被っていた黄色い帽子が残されていた。



~数時間後~

ー無人(?)島ー



戦艦棲姫「今日モ平和ネ……」ジュースグビー


無人島では穏健派の戦艦棲姫が海底から拾ったジュースを飲みながら海岸沿いを歩いていた。この無人島は江ノ島鎮守府から30キロ離れた場所にある島で、江ノ島鎮守府の哨戒範囲。清太はこの島に戦艦棲姫がいることを知っているが、黙認してくれていることもあり、最近戦艦棲姫達はここに居着いている。


戦艦棲姫「……ン?」


戦艦棲姫が海岸を歩いていると、ヲ級とネ級が困った顔をして立っていた。戦艦棲姫が近づくと、そこにはブーメランパンツにランドセルという奇妙な格好をした男が倒れていた。


戦艦棲姫「……何ダコイツ」

??「ああぁぁぁぁぁぁああ!!」ガバッ

戦艦棲姫「ヒッ」

??「……あぁ、夢か。叢雲と衣笠にまたケツの穴に魚雷二本差しされたのかと……」


ヲ級(魚雷の二本差し……?痛そう)

レ級(またって事は何度もやられてるのか。人間って恐ろしいな)


??「まったく。夢の中ぐらい気持ちいい夢を見させてくれよ……ん?」

戦艦棲姫・ヲ級・レ級「「……」」

??「ふぁっ!?深海棲艦!?それも戦艦棲姫までいる!?うーん(気絶)」バタッ

戦艦棲姫「……マタ気絶シタナ」

レ級「レレレ?(訳:コイツどうします?)」

戦艦棲姫「ソノウチ起キルダロ」

??「う……」

ヲ級「ヲ?(あ、起きた?)」

??「ふぁっ!?うーん」フラッ

ヲ級「ヲッ(寝るな)」ベシッ

??「アォン!な、何するんだ!恐れ多くも日本海軍提督の田所野獣丸中佐に、何て事をするんだ!」

戦艦棲姫「成程。田所ト言ウノカ」

田所「そうだよ。それよかここ何処?」

戦艦棲姫「江ノ島鎮守府カラ30キロ程離レタ無人島ダ」

田所「えぇ……(困惑)俺、城ヶ島の方で散歩してたのに」

レ級「レレ、レレレ。レレ(訳:その格好で散歩して、よく捕まらなかったな。変態じゃん)」

ヲ級「ヲ(訳:変態)」

田所「ま、いいや」


田所中佐は起き上がると近くにあった板きれを拾い上げると、ランドセルの中からマジックを取りだして何か書き始めた。


田所「ここを新拠点とするっ!!(迫真)」

戦艦棲姫・ヲ級・レ級「「エェ……」」

田所「この島開拓して自給自足する!いいぞ~これは。名付けて『野獣島!田所中佐は無人島を開拓できるのか!?戦艦棲姫達を添えて』だ!」

戦艦棲姫「勝手ニ巻キ込ムナ!!」

レ級「レ(訳:激しく同意)」

ヲ級「……(楽しそう)」

田所「これからこの島の名前は野獣島な」

戦艦棲姫「チョット待テ。連絡手段ハナイノカ?」

田所「スマホ無くしたみたいだし、お前らが行ったら混乱させる。丁度休みが欲しかったから、ここでゆっくりさせて貰うよ」

戦艦棲姫「……我々ヲ見テ怖クナイノカ?」

田所「全然。だって俺を殺そうって雰囲気0じゃん。だから安全だって判断した」


田所中佐はヘラヘラと笑うと板きれを近くに落ちていた棒に括り付けて砂浜に刺した。板きれには『野獣島』と書かれていた。



~1か月後~

ー江ノ島鎮守府 執務室ー



矢矧「城ヶ島鎮守府の田所中佐、1か月経っても見つからないのね」

古鷹「今は叢雲さんと衣笠さんが仕切って運営してるみたいだけど……」

矢矧「非人権派の仕業って言う噂もあるし……」


1か月後。江ノ島鎮守府の執務室では矢矧と古鷹が書類を捌いていた。今日の秘書艦は矢矧だが、非番だった古鷹も書類作業に加わっている。


矢矧「提督も気をつけてよね」

清太「あぁ」

古鷹「何せ脅迫状が送りつけられたり、資材供給が思い切り減らされたりしましたからね……」

清太「天草のおっさんが犯行予告をしてたから予想できてたけどな」


天草中将との話し合いの後、大本営から送られていた江ノ島鎮守府への資材供給は以前の4分の1にまで減らされていた。清太は遠征強化艦隊を素早く編成し、資材の枯渇を防いでいる。また、資材の消耗が大きくなりそうな任務を押し付けられそうになったら断るなど資材の消耗も少なくなるように立ち回っていた。


清太「まぁ何にせよ、しばらくは様子見だ。今のうちに他所の鎮守府のことを構ってる余裕はない」


清太がため息を漏らしながら言うと、矢矧も古鷹も俯いてしまった。その様子を見て清太も書類に視線を落とそうとしたその時、執務室のドアがノックされ、大淀の声が聞こえてきた。


大淀「提督、大本営から大和さんが来られてます」

清太「帰れって言っといてくれ」

大和「失礼するわよ」ガチャ

清太「……人の話し聞いてた?」

大和「帰れなんて言われたら尚更帰れなくなるでしょ」

清太「何の用だよ」


大和は執務室に入るとソファーに腰掛けて清太の方を見た。


大和「早速非人権派に虐められているみたいね」

清太「大したことない。まだ何とかやっていける」

大和「……今からでも遅くはないわ。人権派の派閥に入りなさい。そうすれば伊豆鎮守府や横須賀鎮守府から……」

清太「必要ない。俺は派閥には入らない」

大和「あなたの我が儘で部下を困らせるつもり?」

清太「っ……」


大和の言葉に清太は言葉に詰まる。その様子を見た大和は更に言葉を続ける。


大和「あなたの采配一つでここにいる艦娘達は元の悲惨な生活に逆戻りする可能性がある。それこそ非人権派に殺されかねない。あなたも死ぬかもしれないわ」

清太「……」

大和「忘れたわけじゃないでしょ?8年前のあの時、あなたがもっと早く決断していれば……」

清太「その話はいい。ここですべき話じゃない。俺がどの派閥にも入らないのは、どっちの派閥も気に入らないからだ。信用がないんだよ。そもそも海軍自体に。人権派と謳っておきながら大して何もしなかったじゃないか。俺の時も。8年前のあの時も。俺からすればどっちもどっちだね」

大和「清太!!」


清太の言葉に大和は厳しい声を出す。しかし清太は気にするでもなく、椅子から立ち上がった。


清太「人権派に入れって言いに来たんなら帰れ。俺の回答はNoだ。既に俺はブラック鎮守府から艦娘の解放、提督着任、鎮守府運営。あんたらの望みを十分に叶えてるつもりだ。これ以上ホイホイとそっちばっかりが要求を後出ししてくるのは、少し虫が良すぎるんじゃないか?」

大和「……」


タバコを吸ってくる。と清太は言うと早足で執務室から出て行ってしまった。それを大和は一瞬追いかけようとしてすぐに立ち止まって俯いてしまった。


矢矧「大丈夫ですか」

大和「え、ええ……」

古鷹「お茶どうぞ」

大和「ありがとう」


古鷹からお茶を受け取った大和はお茶を啜ると矢矧達を見て苦笑した。


大和「どっちもどっち……か。確かにそうかもしれないわね。あの子の言う通り、要所要所で人権派は何もしてない。大洗特別鎮守府の時も、8年前の湘南海岸でも状況を打破できたのはあの子の力が大きいわ」

古鷹「あの、8年前の湘南海岸ってどんなものだったんですか?」

大和「当時は艦娘が度重なる大規模作戦で慢性的に不足していたの。で、艦娘と人間の混血児達を集めて艤装を背負わせて近海哨戒の任務をしていたのよ。そんな折、湘南海岸に大規模な深海棲艦の艦隊が押し寄せたの。当時は城ヶ島鎮守府も江ノ島鎮守府も無くて、一番近いのは横須賀鎮守府だったわ。でも、横須賀鎮守府は別任務で大半が別海域に出撃中で戦力が出せなかった。時間稼ぎで非人権派が混血児達を集めて作った『桜艦隊』が出動したの」

矢矧「結果は?」

大和「艦隊は30人だったけど、生き残ったのは1人だけ。殆ど実戦経験が無かったことと、複数の姫級がいたこと、それから私達大本営からの増援が想定よりも大幅に遅れたのが原因だったわ。結局、清太や亮太君をはじめ他数人が奮闘したお陰で深海棲艦は全滅できたけど、かなりの被害を出したわ」

古鷹「提督がもっと早く決断していればというのは?」

大和「当時の清太は今以上に海軍と関わることを拒絶していたの。だから深海棲艦が来ても知らん顔だったのよ。周りに諭されてようやく動いたって感じよ。清太がもっと積極的に動いていれば被害は少なかったかもしれないわ。これには清太も後々後悔していたわ」

矢矧「……桜艦隊で生き残った方は?」

大和「西条鈴美という子で、清太達と同級生だった。でも桜艦隊が壊滅したことに激高した非人権派に殺されてしまったの」

矢矧「そんな……」


大和はしばらく迷った様子で湯飲みに入ったお茶を眺めていたが、やがて決心したように顔を上げた。


大和「この事は他言無用でお願いするわ。下手をすれば清太は提督を辞めてしまうかもしれないから」

矢矧「は、はい」

古鷹「わかりました」

大和「あの子は決して艦娘に恨みを抱いていない。恨んでいるのは大本営の人間よ。それだけは間違えないでね」


大和がそこまで言ったその時、慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、大きな音を立てて執務室の扉が開いた。


金剛「ヘーイテートクー!!ティータイムにするネー!!!」ドアバーン

榛名「榛名もご一緒します!!」ドアバキッ

矢矧「金剛さん、榛名さん、執務室に入る時はノックを……」

金剛「No problem!テートクならそれぐらいのことは許してくれるネー!」

古鷹「えっと……提督はそうかもしれませんが……」チラッ

大和「金剛さん?榛名さん?」ピキピキ


金剛、榛名。ここでようやく大本営の大和がいることに気がつく。


金剛「Oh、大和祖母さんがいたんデスね。good afternoon!!」

榛名「こんにちは提督のお祖母様こと大和さん」

大和「」バキッ


金剛達の無駄にお祖母さんの所を強調した発言を聞いた大和は持っていた湯飲みを粉砕すると、ゆっくりとした足取りで金剛達に近寄った。


大和「金剛さん?榛名さん?誰が祖母さんですか?」ハイライトオフ

金剛「?事実デスよね?」

大和「……少しあなた達とお話がしたくなったわ。古鷹さん、矢矧さん。数日金剛さんと榛名さんを借りていくわね」ニッコリ

古鷹「え?」

大和「いいわよね?(抗えない圧力)」

古鷹・矢矧「「どうぞ持ってって下さい」」

大和「ありがとう。さ、2人とも、行きましょうか」ニタァ

金剛・榛名「「」」


大和の雰囲気が変わったことにようやく気付いた金剛と榛名は古鷹達に助けを求める視線を送ったが、古鷹も矢矧も金剛達から視線を逸らした。


大和「私がまだまだ若いって事を骨の髄まで染みこませてあげるわ。じゃ、私は帰るわね」

金剛「Nooooo!!」ズルズル

榛名「榛名は大丈夫じゃないです~!!」ズルズル

古鷹・矢矧「「……」」

古鷹「仕事、しましょうか」

矢矧「……そうね」



ー鎮守府桟橋ー



大和が金剛達を引き摺って行こうとしている頃、桟橋では清太がスマホを持って電話をしていた。


清太「真柴か。ちょっと頼みがある」

真柴『何だ?』

清太「何、調べもんだ。海軍の非人権派にいる黒衣隊とやらの拠点を知りたい」

真柴『それはまたとんでもないもんを調べたいんだな。幾ら情報屋で鳴らす真柴組でも、高くつくぜ』

清太「金の話をするあたり、できなくはないんだな」

真柴『まぁな。海軍の情報はいいネタになるからな。調べてあるよ。料金は……そうだな。特別特価で500だな』

清太「げっ。マジかよ……まぁいいや。回収法は?」

真柴『夕方に肝井をそっちに行かせるから、肝井に渡せ。情報は紙に書いて渡す』

清太「ん?直接手渡しじゃないのか?」

真柴『特別無料サービスだ。お前、非人権派から狙われているぞ。無論黒衣隊もお前を狙っている。気付いてるかもしれんが、城ヶ島の提督が行方不明になったのも非人権派の仕業だ。……俺の言いたいこと、わかるよな』

清太「わかる」


真柴が言いたいのは、真柴組にまで情報を聞きに行く道中で非人権派に襲われる可能性があるから出歩くな。と言うことだろうと清太は解釈した。


真柴『いいか?いくらお前でも非人権派の連中は粘着シート以上に粘着質だ。しばらく鎮守府からは出ないようにするのが賢明だぞ』

清太「わかった。じゃあ夕方だな」

真柴『ああ』


清太は電話を切るとポケットからタバコを出して火を付けた。


清太「……」



~数時間後~

ー正門ー



清太「そろそろ……か」


数時間後。清太が正門前で待っていると『肝井工業』と書かれた中型トラックが停車した。トラックのエンジンが切れると、中から眼鏡を掛けた小太りの男が出てきた。


??「毎度。肝井工業やで。久しぶりやな清ちゃん」

清太「ああ。久しぶりだな肝井」


肝井茂治(きもい しげはる)。清太や亮太、真柴と同級生で、清太とは中学からの付き合いだ。高校卒業後は母親の経営する解体業『肝井工業』で働いている。ちなみに既婚者で、子供もいる。過去には『リア充ブレイク工業』という歌を出して40万枚の大ヒットになったりもした。関西出身ではないのに何故か関西弁を使う。


肝井「まぁひとまず、今回の仕事内容の確認やで。サインとハンコを頼むわ」


そう言いながら肝井はバインダーに挟んだ紙を清太に見せる。これは非人権派に悟られないようにするためのもので、紙には真柴から送られた情報が書かれている。清太は紙にサインをし、ハンコを押したふりをして紙を受け取った。


清太「ご苦労さん」

肝井「ええってことや。ほなまた」


清太の言葉に肝井は笑って答えるとトラックに乗り込んで走り去った。肝井のトラックが見えなくなるまで見送った後、清太は真柴からの情報が書かれた紙を握りしめた。


清太「……」



~数時間後~

ー某所ー



鈴音「せいっ!!はぁっ!!」


夜。黒衣隊の拠点では鈴音が木刀を振っていた。今日はもう寝ようかと鈴音が稽古場の灯りを消して木刀を置いたその時、背後から声が聞こえた。


??「随分稽古熱心だな」


突然聞こえた男の声に鈴音は声のする方向から瞬時に距離を取り、側に置いていた2本の刀を手に取った。


鈴音「何者だ!!」

??「ただの通りすがりだ」


暗闇から現れたのは真っ黒な服を身に纏い、白狐の面を付けた人物だった。腰には刀を差している。


鈴音「通りすがりには見えないけれど?ここの警備をどうやってかいくぐった」

??「そんなこと、どうでもいいだろう?」


男はゆっくりとした足取りで稽古場を歩き回ると、鈴音の方を見た。


??「何でこんな所で稽古をしてるんだ?」

鈴音「答える必要があるの?それよりも名を名乗れ!!」

??「ん?んーそうだな……狐って呼んでくれ」

鈴音「狐。何故此処に来た」

狐?「世間知らずの美少女がいるって聞いたから会いに来たのさ」

鈴音「何?」

狐?「一つの考えに縛り付けられて、大きな勘違いをしているかもしれないと疑おうともしない」

鈴音「黙れ!!」


狐面の男の言葉に鈴音は素早く距離を詰め、刀を振りかざす。が、刀は男には当たらず、空を切った。


鈴音「なっ……速い」

狐?「刀の先から憎しみが感じるな」

鈴音「五月蠅い!」


その後何度も鈴音は刀を振るったが、男にはまるで当たらない。


狐?「お嬢さん。人を殺したことはあるかい?」

鈴音「……ない」

狐?「成程」

鈴音「何がよ」

狐?「人を何人も殺した奴の攻撃は迷いがない。相手が死ぬような攻撃でも平気でする。でもお嬢さんは相手が死なないように無意識に手加減をしている」

鈴音「だったら何?私は人を殺せないって言うの?」

狐?「そうだ」


そう言った瞬間、狐は目にも止まらない速さで鈴音に近づくと、一瞬で鈴音の両手から刀を奪い、鈴音を投げ飛ばすと切っ先を鈴音の首筋に当てる。


鈴音「なっ……」

狐?「本当の殺し合いなら、俺は躊躇無くお嬢さんの首を切り落としているところだ」

鈴音「……」

狐?「鈴音さん。君は刀を握るべきではない。君は今、上に踊らされているだけだ」

鈴音「え……?」

狐?「お姉さん……鈴美さんの死の真相、人から聞いた話を信じるのも良いが、1度ちゃんと自分で調べた方がいいかもしれないぞ」

鈴音「どうして姉さんのことを……」

狐?「さぁ?ただ、俺に負けるようでは君の倒したい相手は永久に倒せない。じゃ、俺はそろそろ失礼するよ」

鈴音「ま、待て!!」


鈴音は慌てて男に近づいて腕を掴もうとしたが、男は一瞬で消えてしまった。


鈴音「……何で私や姉さんの名前を知ってたの?それにあの強さ……黒衣隊でも三本の指に入る私をああもあっさり……」


鈴音は男の正体が誰なのかを考えていたが、ある男の名前が脳裏をよぎった。


鈴音「まさか……!」


鈴音は慌てて稽古場から飛び出して辺りを見回したが、すでに人影はなかった。


鈴音「逃げられた……か」


鈴音は肩を落として稽古場に戻ると、床に1枚の紙が落ちているのを見つけた。鈴音が拾い上げると、そこには電話番号が書かれ『姉の死の真相が知りたければここに電話するといい』と書かれていた。


鈴音「……」


鈴音はしばらく紙を眺めた後、スマホを取りだした。



~数日後~

ー帝都 某所ー



数日後。鈴音は帝都のとある喫茶店に来ていた。鈴音は普段は帝都にある中学に通う中学3年だ。今日は本来学校なのだが、サボっているため制服である。しばらくすると、喫茶店のドアが開き、艦娘と思われる女性と老人が入って来た。老人は鈴音の顔を見るとすぐに鈴音の向かいの席に座ってきた。


??「君が連絡をくれた西条鈴音さんだね?」

鈴音「え、ええ。そうですけど」

??「私は玉木清一。海軍元帥だ。玉木清太の祖父に当たる者だ。こちらは妻の大和だ」

大和「よろしくね。鈴音さん」

鈴音「……姉さんのことを知りたいのですが」

清一「そうだね。……単刀直入に言おう。鈴美さんは湘南海岸の件では死んでない」

鈴音「え……?」

大和「あの時の戦いでお姉さんは大怪我こそしたものの、一命を取り留めた。お姉さんが死んだのはその後。非人権派によって殺されたの」


大和の言葉に鈴音は信じられないという顔をした。


鈴音「私の聞いていた話では玉木清太に見殺しにされたと……」

清一「それは少し違うな。清太が戦いに遅れたという事実こそあるが、決してお姉さんを見殺しにはしていない。清太が遅れた理由も原因は我々にある」

鈴音「それはどういうことですか」

清一「あの時、儂等夫婦は死んだと思っていた清太が生きていたということで舞い上がっておった。更に戦艦に匹敵……或いはそれ以上の力を持っていると聞いて、既に別の家で特別養子縁組を組んでいた清太を無理矢理玉木家の戸籍に入れ直した。それだけじゃない。海軍に復帰させようとあの手この手を使った。結果としては清太は精神的に不安定になってしまった。海軍と関わるのをままで以上に拒んだ」

大和「湘南海岸の件も真っ先に清太に連絡はしたんだけど、清太は一切動かなかった。でも、あなたのお姉さんがいることを知ったのと、周りに説得されて動いたと言うのが真相よ」


清一と大和の言葉に鈴音は頭を抱えた。天草中将から聞いていた話とはまるで違う。姉は見殺しにはされていなかった。それどころか、姉がいると聞いて清太は動いた。そして姉は非人権派に殺された。まだ15歳になったばかりの鈴音は理解が追いつかなかった。


鈴音「私の聞いていた話と、まるで違う……」

清一「長年信じていたことと違う真実を聞かされれば誰だって混乱する。どちらの話を信じるかは君次第だ。何か相談があれば何時でも連絡してきなさい」


そう言うと清一と大和は席を立ち、喫茶店から出て行った。一方の鈴音はしばらく席を立つことができず、俯いたままだった。


鈴音「誰の言うことが本当なの?一体何が正しいの?教えてよ、お姉ちゃん……」


鈴音の言葉に答える者はいない。



ー江ノ島鎮守府 執務室ー



金剛「お陰で酷い目にあったんデスよ!」

榛名「榛名、大和さんが笑顔で主砲をこちらに向けて撃ってくるのが未だに夢に出てきます」

清太「お前らの自己責任だ」


鈴音が喫茶店で俯いている頃、江ノ島鎮守府の執務室では書類作業を終えた清太、金剛、榛名、陸奥がソファーに座って紅茶を飲んでいた。昨日ようやく大本営から帰ってきた金剛と榛名は相当大和に絞られたのか、ゲッソリしている。


清太「大和は孫以外からババア呼ばわりされるのが大嫌いだからな。物理的に解体されなかっただけマシじゃないか?」

榛名「怖いこと言わないでくださいよ……」

金剛「事実を言って何が悪いんデスカ!」

陸奥「いや、ババアってほぼ面識のない奴から言われたらそりゃ怒るでしょ……」


金剛の言葉に陸奥が紅茶を飲みながら苦笑する。


金剛「大体矢矧や古鷹も薄情デース。ワタシ達をあっさり引き渡して……」

清太「賢明な判断だな。巻き込まれるのを回避した、見事なリスク管理だ」

榛名「せめてもう少し擁護して欲しかったです……」

清太「いや、何処にも擁護できる箇所無いだろ。お前らが全面的に悪い」


清太は呆れたようにため息をつき、カップに残っていた紅茶を飲み干すと立ち上がった。


清太「これからちょっと出掛ける」

陸奥「あら?何処に行くの?」

清太「友人の墓参りだ。本当の命日はずっと前なんだけど、中々行く暇が無くてな」

金剛「それならワタシも一緒に行きマスヨ?」

清太「……いや、1人で行く」


金剛の言葉に清太は首を振ると、そのまま執務室を出て行った。



ー工廠ー



清太「よし」


執務室を出て、私服に着替えた清太は、リュックサックを背負って愛車のゼファーに跨がった。


明石「気をつけてくださいよ?」

清太「わかってる」

夕張「非人権派が提督を狙ってるこの時に行かないとダメ?」

清太「……ああ。行っておかないといけない場所があるんだ」


清太はエンジンをかけると、そのまま鎮守府を出て行った。そしてその様子を、黒い車に乗った男達がじっと見ていた。


男1「……行ったぞ」

男2「随分と頭が悪いようだな」

男3「とにかく追いかけろ」


男達の乗る車は発進すると清太の後を追いかけた。



ー路上ー



清太「やっぱりいたか」


清太はあえて目的地に直行せず、追いかけてくる車を炙り出していた。そのためすぐに尾行に気づくと、狭い路地を縫うように走り、あっという間に巻いてしまった。


男1「くそ!逃げられた」

男2「完全に気付かれてたな。どうする?」

男3「鎮守府に戻るぞ。奴は必ず帰ってくるんだからな」


男達は無駄に捜索することなく、江ノ島鎮守府のある方角に戻って行った。



~40分後~

ー墓地ー



清太「久々に来たな……」


男達の車を巻いて40分後。途中で花屋に寄り花を。スーパーで線香を買った清太は墓地に来ていた。墓地の入り口でバケツと柄杓を借りた清太は、墓地の奥に進み『西条家之墓』と書かれた墓石の前で立ち止まった。墓石の横には墓に入っている人の名前が刻まれている。清太は『西条鈴美』と書かれた場所にそっと手を触れると墓石を見た。


清太「……あんまり掃除されてないな」


墓に訪れる人がいないのか、墓石の周りは草が生え、墓石も汚れている。清太はバケツに水を汲んでくると柄杓で水をかけ、雑巾で墓石を磨き、草むしりを始めた。


??「おや、珍しい客人だな」


清太が1度立ち上がって体を伸ばしていると、竹箒を持った坊主が近づいてきた。この墓地を管理する寺の住職だ。


清太「住職。お久しぶりです」

住職「久しぶりだね。……また来たのかい?」

清太「ええ。たまには綺麗にして参っておかないと」

住職「君も健気だね。もう無縁仏になってもおかしくないお墓の管理をするなんて。ここで眠ってる方々は君とは血が繋がってないんだろ?幾ら初恋の人だったとは言え、ここまですることはないんじゃ……」

清太「ええ。でも、まだこの墓を潰すわけにはいかないんです」

住職「……そうか。丁度私も手が空いた所なんだ。手伝うよ」

清太「ありがとうございます」


その後、清太と住職は1時間程かけて草をむしり、最後に花を供え、お経を読み上げた。



~30分後~

ー寺ー



住職「そうか。提督になったんだね」

清太「どうにも海軍からは縁が切れないようで……」

住職「そのようですね」


30分後。清太は住職に招かれ、寺でお茶を飲んでいた。


住職「……君が亡くなった鈴美さんに代わって墓の管理料を払うと言って来てからもう8年も経ったのか。時の流れは速いものだね」

清太「そうですね」

住職「ところで清太君は結婚は考えてないのかい?」

清太「俺、まだ24ですよ?結婚なんてまだまだ先の話です」

住職「わからないよ。案外あっさりいい人を見つけて結婚するかもしれない」

清太「どうなんでしょうね」


苦笑しながら清太は煎餅に手を伸ばす。その様子を見ながら、住職はゆっくりと口を開いた。


住職「鈴美さんの遺影や遺品、まだ預かっていた方がいいかい?」

清太「ええ。最近鈴美の妹が見つかりまして。近いうちに渡すつもりです」

住職「そうですか。では、もうしばらく預かっておきましょう」

清太「お手数をかけます」ペコリ

住職「いえいえ」

清太「では、そろそろ行きます」

住職「お気をつけて」


清太は立ち上がってジャケットを羽織ると住職に頭を下げ、寺を後にした。清太がバイクで走り去るのを見送ると、住職はため息をついて後ろを振り返った。


住職「……若、もう行きましたよ」


住職が声をかけると、部屋の掛け軸の裏から真柴や真柴の手下達が出てきた。真柴はため息をつくと住職に封筒を渡す。


真柴「住職、手間をかけたな。もうヤクザから足を洗ったのにこんなことをさせて」

住職「いいえ。私は別に何もしていませんよ」

真柴「あの馬鹿、出歩くなと言ったのに出歩きやがって。墓参りなんていつでもできるだろうが。念のためと部下を使って見張っていたが、やっぱり追われてんじゃねぇか。住職が寺に入れなかったらヤバかったかもな。おい、お前らは急いで鎮守府周りの掃除をしておけ」

男衆「「へい!!」」


真柴の言葉に、真柴の後ろにいた男達は一斉に走り出す。


真柴「間に合えばいいけどな……」


真柴がハイライトを咥えようとすると、住職がタバコを取り上げる。


住職「若、ここは禁煙ですよ」

真柴「……」



ー江ノ島鎮守府 正門前ー



清太「さて、どうするかねぇ……」


数十分後。寺を出た清太は、江ノ島鎮守府の正門前付近まで来ていた。その正門の近くの物陰では、先程清太を逃がした男達がサイレンサーを付けたスナイパーライフルを構えていた。


男1「おい、絶対に外すなよ」

男2「わかってる。……で、仕留めたらどうする?閣下には生け捕りにするように言われて麻酔弾を渡されたわけだが」

男3「あの変態と同じく島に捨てよう。生け捕りにしたところで、手に余るのがオチだ」


男達は狙いを定めると立て続けに清太に向けて発砲した。考え事をしていた清太は反応が遅れ、男達の銃弾をモロに受けてしまった。清太はバランスを崩し、バイクごと転倒した。


清太「痛ってぇ……」


すぐに清太は起き上がろうとしたが、フラフラと数歩歩いたところで倒れ込んだ。


男1「やったな」

男2「まさかヒグマでも1発で眠る麻酔弾を使っても立ち上がるとはな……」

男3「とにかく急いで運ぶぞ。見られたら厄介だ」



~数時間後~

ー野獣島ー



清太「ん……ここは?」ムクッ


数時間後。目が覚めた清太の視界に入ってきたのはランタンが吊された茶色い天井だった。起き上がって見回すと、どうやら簡易的な小屋のようだった。


??「おんおんおん?目が覚めたか?」


清太が周囲を見回していると、入り口のドアが開き、田所中佐が入って来た。


清太「田所中佐!?」

田所「そう、皆大好き田所です。ここは江ノ島鎮守府から30km離れたところにある無人島だゾ」

清太「以前此処に来たことがありますが、その時にはこんな建物はなかったんですけど?」

田所「俺の手作り。真心込めて建てたゾ♡」

清太「」ゾワッ

田所「いや、そんなにドン引きしなくてもいいだろ。君、ここの浜辺に捨てられてたゾ。艦娘と何かあったのか?」

清太「いえ、実は……」


斯く斯く然々丸々××……(清太説明中)


田所「成程……それでここに」

清太「早く戻らねば、非人権派に鎮守府を蹂躙されかねません」

田所「そうは言ってもな……移動手段が今ないんだよ。ここにいた深海棲艦達は今用事で不在だし……」

清太「どれぐらいで戻りますか?」

田所「1週間くらいだったかな」

清太「1週間……」


田所中佐の言葉に清太は腕を組んだ。1週間もあれば、非人権派は江ノ島鎮守府に自分達の手先を送り込むだろう。


清太「なるべく早く帰りたいのですが……」

田所「待つしかないな。深海棲艦の力を借りるにしても、人目を考えると夜間でないとまずい」

清太「……ところで田所中佐、深海棲艦を見て驚かなかったんですか?」

田所「2回程気絶したゾ。でも、向こうに敵意がないってわかったから、仲良くなった」

清太「えぇ……(困惑)」

田所「玉木少佐は知ってて放置してたんだろ?」

清太「ええ。人類や艦娘に敵意がないのに、深海棲艦だからと殺す必要はないと思ったので」

田所「それでいいんだよ。これは俺と江ノ島鎮守府の機密事項だな」

清太「ええ」

田所「さ、飯でも食おう」

清太「はい」


田所中佐はテキパキと清太の前に乾パンと缶詰を並べ、缶詰の蓋を開け始めた。



ー某所ー



鈴音「どういうことですか閣下!玉木清太は私が……」

天草「事情が変わった。大体、お前が奴と戦って勝つ見込みはない。被害を最小限に抑えて排除するタイミングがあったから実行したまでだ」


清太が田所中佐と飯を食べている頃、非人権派黒衣隊の拠点では鈴音が天草中将に食ってかかっていた。


天草「それよりも江ノ島鎮守府が今空白だ。今のうちに代理提督を立てて、そのまま掌握する。お前には抵抗する奴等を片っ端から捕まえて拷問して欲しい」

鈴音「……」

天草「返事は?」

鈴音「……はい」

天草「よろしい。では、私は仕事に戻る」

鈴音「はっ」


鈴音(私はやっぱり間違っているの?玉木元帥達の話が本当なら、閣下の言っていることは間違い?でも、閣下は身寄りのない私を育ててくれた人……)


天草中将が立ち去った後、鈴音が考え込んでいると、突然激しい頭痛が襲ってきた。余りの痛みに思わず鈴音はしゃがみ込み、そのまま失神してしまった。


鈴音「うぅ……」


=回想=


鈴音『きゃははは!!』

??『鈴音!気をつけないと転ぶわよ!』

鈴音『大丈夫だよお姉ちゃ……あっ』

??『よっと。危ねぇな。ちゃんと前を見て走らないとダメだぞ鈴音ちゃん』

鈴音『ごめんなさい……兄ちゃん』

??『ありがとう……君』

??『いいんだよ』

鈴音『ね、バイク乗りたい!』

??『お、乗るか?』

鈴音『うん!』


鈴音「……い、今のは何?」ムクッ


気がついた鈴音は頭を軽く振った。失神している間に見た夢には、姉の鈴美ともう1人、誰かがいた。でもその顔はぼやけ、名前も出てこない。ただ、鈴音と親しくしているようだった。でも、鈴音は思い出すことができなかった。


鈴音「私は……」



~翌日~

ー江ノ島鎮守府 執務室ー



矢矧「提督が帰ってこない?」

加賀「ええ。昨日何処かへ出掛けたきり帰ってきていません」

翔鶴「ひょっとして、準子さんの家に泊まってるのかも」

長門「提督は自由奔放だからな。ありえる」


翌日江ノ島鎮守府の執務室には矢矧達が集まって話し合っていた。


矢矧「仕方ない。探しに……」

大淀「み、皆さん……」


矢矧がソファーから腰を上げかけたその時、入り口の方から青い顔をした大淀が入って来た。その後ろには満面の笑みの天草中将と黒衣隊がいる。


長門「な、何故ここに……」

天草「玉木少佐が行方不明と聞いて駆けつけたんだ。すぐにでも代理提督が必要だろう。代わりを呼んで来た。来なさい」

??「よぉ。久しぶりだな」


天草中将達をかき分けて長門達の前に現れたのは、前任の提督だった。長門は驚いて天草中将に詰め寄る。


長門「どういうことですか!この男は更迭されたはずでは……」

天草「私の采配で更迭を取り消しにした。前野大佐には玉木少佐が戻るまでの間、江ノ島鎮守府の提督代理を務めてもらう」

前野「よろしく」ニタァ

天草「それからこの鎮守府には今憲兵がいないそうだな。何かあってからでは遅い。黒衣隊を常駐させる」

大淀「なっ……待ってください。そんな勝手なことをして許されるはずが……」

前野「許されるんだよ。天草中将程の力があればな」

天草「3か月経っても玉木少佐の行方がわからないようなら玉木少佐の軍籍は抹消。前野大佐にそのまま正式な提督になって貰う。私からは以上だ」


天草中将が立ち去ると、前野大佐はニコニコしながら矢矧と翔鶴に近づき、2人の首に肩を回した。


前野「よくも俺を追い出してくれたな。覚悟しておけよ」

矢矧・翔鶴「「」」カタカタ



ー医務室ー



比叡「新見少尉!大変です!!」

亮太「何だ?敵襲か?」

霧島「それが、前任の提督が提督代理として着任して、一緒に黒衣隊というのが……」

亮太「……元帥に連絡するか……」


亮太はスマホを取りだして連絡を取ろうとしたが、画面を見てすぐにスマホをポケットにしまった。


比叡「どうしたんですか?」

亮太「スマホが使えない。圏外になっている。恐らく天草中将達の仕業だ」

霧島「では、直接大本営に出向くのは……」

亮太「俺がここを出たら2度と戻ってこれないだろう。俺も消される恐れがある。しばらくは研修医の仕事を休んで、ここに常駐することにしよう。もし皆に何かあったらここに来るように知らせてくれ」

比叡「わかりました」


比叡達が出ていくと、亮太は椅子に腰掛け。ため息をついた。


亮太「面倒なことになったな……」


コンコン


亮太「どうぞ」


入り口のドアをノックする音が聞こえ、亮太が入室を促すと、黒装束に2本の短刀を身に着けた鈴音が入って来た。


亮太「黒衣隊か」

鈴音「大本営黒衣隊の西条鈴音です。少尉……いえ、元大洗特別鎮守府第4艦隊旗艦、新見亮太さん。お話しがあります」

亮太「話……ね。その肩書き、何処で調べてきたのか知らんが……んじゃ、外に出て話そうか」


亮太は立ち上がると鈴音を連れて医務室を後にした。



ー桟橋ー



亮太「それで?何を知りたいんだ?大洗特別鎮守府に関しては話す気はないぞ」

鈴音「いえ、その話ではなくて……その、玉木少佐について知りたいんです。私の姉と面識があったみたいなので……」

亮太「……君のお姉さんは玉木少佐と仲が良かった。よくバイクに乗ったり、街に遊びに出掛けていた。大本営に所属してて、何かと多忙なお姉さんに代わって君の面倒も玉木少佐は見ていたよ」

鈴音「……」

亮太「8年前、湘南が深海棲艦に攻め込まれた時、君のお姉さんは俺と玉木少佐に『来るな』と言ったんだ」

鈴音「どうして……」

亮太「お姉さんは俺や玉木少佐の実力を知っていた。もしここで俺や玉木少佐が出てきて暴れ回ったら、海軍に目をつけられ兼ねない。そうすればまともな生活が送れなくなる。そう考えたんだろう。玉木少佐は海軍と関わることを嫌がっていたからな。だから自分達だけでは対応しきれないということも理解した上で、あえてそんなことを言ったんだと俺は思う」

鈴音「……」

亮太「無論、当時は今以上に海軍が嫌いだった玉木少佐はお姉さんに言われなくてもあまり行く気はなかった。だが、どう見ても負け戦だと俺や周りが言って、玉木少佐も助けに向かった。結果的にはギリギリの所でお姉さんは助かった」

鈴音「じゃあ、なんで姉さんは死んだんですか」


鈴音の言葉に、亮太はしばらく黙り込んだ後、ポケットからピースを取り出して火を付けた。


亮太「一瞬だった。お姉さんが入院している病院に俺は玉木少佐と一緒に君を連れていった。で、お姉さんに買い物を頼まれて俺達が買い物に行った10分ほどの間に襲われたんだ。何故あの時俺か玉木少佐が病室に残らなかったのか、今でも悔やんでる。それはきっと玉木少佐も同じだろう」


亮太の言葉に鈴音は口を押さえる。あり得ない。清一、大和、亮太から話を聞く限り、姉は決して見殺しにされたり何てしていない。憎んでいた清太は姉を助けようとし、守れなかったことを悔いていると聞いて、自然と涙がこぼれ落ちた。


鈴音「でも、なんで私は……」

亮太「病院には君もいた。でも、俺と玉木少佐が戻った時には君の姿はなかった。色々と探し回ったが、結局見つけられないまま、これだけの年月が過ぎてしまった」


すまなかった。そう言って亮太は鈴音に向かって帽子を取り、頭を下げた。


亮太「お姉さんは君のお母さんやお父さんと同じお墓に入っている。場所を教えるから、尋ねてみるといい」

鈴音「わかり……ました……」

亮太「できたら今すぐにでも行って欲しい。ついでにお墓のすぐ側にある住職に『Nから。これからプランMで行く』と伝えてくれ」

鈴音「?わかりました」



~1時間後~

ー墓地ー



鈴音「ここ……ね」


亮太と会話をして1時間後。鈴音は姉、鈴美の眠る墓がある墓地に来ていた。墓地を歩き回り、ようやく西条家之墓を見つけた鈴音は、自身の母親や父親、そして姉の名前を確認し、そっと墓石に触れた。墓の周りは綺麗に掃除がされ、墓石もピカピカだった。


鈴音「パパ、ママ、お姉ちゃん。遅くなってゴメン……」


鈴音の父親は元提督。母親は艦娘の鈴谷だった。しかし鈴音が産まれて間もない時に父親の鎮守府が深海棲艦の攻撃を受けて壊滅。最早これまでと悟った父親は拳銃で自決。母親は満身創痍のまま敵に突撃し、捕らえられた後に惨殺された。鈴美と鈴音は鎮守府にいた軍医に連れられ、命辛々脱出したが、既に高齢だった軍医は鈴音達を引き取った2年後、急病で亡くなった。


軍医が亡くなった後、鈴美は幼い鈴音の面倒を見つつ、軍医や両親の遺した遺産で生活を始めた。まだ鈴音は2歳。鈴美も13歳だったが、児童相談所などがまともに機能していなかったこともあり、家賃が2万円の狭いアパートで姉妹2人で慎ましく暮らしていた。やがて、大本営の職員が鈴美を勧誘し、鈴美は大本営で働くこととなった。


住職「おや?そのお墓を尋ねるなんて珍しい」


鈴音が振り返ると、坊主頭の住職が竹箒を手に立っていた。


鈴音「このお墓に、両親と姉が入ってるんです」

住職「そうですか。では、彼が言っていた鈴美さんの妹とはあなたのことですね」

鈴音「……彼?」

住職「ええ。亡くなった鈴美さんの代わりにお墓の管理料をずっと支払っていましたよ。もし妹さんが墓参りに来たときに墓がなくて悲しまないようにって」

鈴音「それは……誰ですか?」

住職「玉木清太という方です。お姉さんの学友だったそうで。こないだも墓参りついでにお墓の掃除をしていました」

鈴音「玉木……さんが?」

住職「ええ。ああそうだ。あなたにお渡しする物がありますので、お寺にどうぞ」


住職に勧められるまま、鈴音は寺に上がった。住職は鈴音を本堂に座らせると、奥から大きな風呂敷包みを持って来た。


鈴音「それは?」

住職「お姉さんの遺品と遺影です。玉木さんに残しておくように頼まれて、ここで保管していました」


住職が風呂敷を広げると、そこには鈴美の遺影に、鈴音の使っていた髪留めや香水、そしてアルバムが入っていた。鈴音はアルバムを手に取ると、表紙をめくった。


鈴音「……え?」


アルバムには産まれたばかりの鈴音と共に写る両親と鈴美の写真から始まり、姉妹の成長をたどるように写真が貼られていた。そして、最後の方の写真には仲良く写る清太と鈴美の写真や、清太と共にバイクに乗り、笑顔で手を振る鈴音の写真もあった。


鈴音「何で……」


何故自分が清太と共に写真に写っているのか。既に物心が付いているはずの年齢で、これだけ親しくしていれば覚えているはずなのに、鈴音には全く記憶がない。


鈴音「何で……覚えてないの……?これだけ親しくしていたら、覚えていても……」

住職「……」


頭を抱えて蹲る鈴音を、住職は黙って見つめていた。しばらく蹲っていた鈴音だったが、やがて顔を上げると住職を見た。


鈴音「すみません。取り乱してしまって」

住職「いいんですよ。誰にだって取り乱すことはあります。鈴音さん。もしかしたらあなたは部分的に記憶喪失なのかもしれませんね」

鈴音「記憶喪失?」

住職「ええ。どうやら幼い頃の記憶が一部抜け落ちてしまっているみたいですし、その可能性があるかと」

鈴音「は、はぁ……あ、そうだ。住職に伝言が」

住職「何でしょうか?」

鈴音「えっと……『Nから。これからプランMでいく』と」


鈴音の言葉に住職の目がすっと細くなる。住職は一瞬考え込むような仕草をしたが、すぐに顔を上げた。


住職「わかりました。その言伝、受け取りました」

鈴音「では、失礼します」


鈴音が立ち去ったのを確認すると、住職は自分の部屋に戻り、押し入れの奥からモールス信号機を引っ張り出した。


住職(NよりのNは新見君。プランMはモールス信号を使った連絡。真柴組の特別周波数でするだろうから、何か連絡があれば真柴組が中継役になる。恐らく江ノ島鎮守府は今、電話が使えない状況なんだな)


現在、陸海軍共にモールス信号を使っていない。電話やパソコン、文書で済ませてしまうことが多く、また民間人が多く利用していることから機密情報の連絡には適さないと判断されたためだ。そのため、真柴組は電話やパソコンが使用できない緊急時には独自の暗号を使ったモールス信号を使用するようにしている。


住職「若に常時緊急体勢の用意をするように知らせなければ」



~3日後~

ー野獣島ー



清太「田所中佐」

田所「何だ」

清太「自分は一体何をしているんでしょうか?」

田所「農作業だ」


野獣島に清太が流されて4日。清太は田所中佐と共に島に作られた畑を耕していた。野獣島は水がないため、あちこちに深海棲艦が海底で拾ってきたドラム缶や湯船が地面に埋められ、そこに雨水を溜めることで農業用水として使用している。


田所「いや~深海棲艦に頼んで色んな野菜とか穀物の種を持って来てもらったけど、やっぱりサツマイモとかは育つね」

清太「サツマイモは連作障害の危険性が低いですから。逆にトマトは連作障害を起こしやすいそうですよ」

田所「それ程広くない島だし、肥料を持ち込むのも大変だから、なるべく連作障害は避けたいところだ」

清太「しかし……短期間で色んな食べ物が島に持ち込まれてますね」


清太が周囲を見回すと、今作業している畑の周辺には数本のミカンの木が植えられ、いつの間にか竹も群生している。その竹の中では10羽ほどの鶏が歩き回っている。


田所「いや~ミカンの木は戦艦棲姫が何処かから引っこ抜いて持って来たみたいでさ、竹はレ級が持って来て地面にぶっ刺したらこの1か月で一気に増えたんだよ。鶏はヲ級が持って来た」

清太「泥棒ですか?」

田所「ファッ!?違いますよ……多分」

清太「多分って……」

田所「しかしまぁ、深海棲艦の助力のお陰で何にもないこの島に畑やら建物やらを建てることができたわけだしな」


田所中佐は汗を拭うと腰を下ろす。その視線の先には海が見える。


清太「少し非人権派の動向が気になりますが……」

田所「まぁ、確かにな……これまでのことを考えると元帥も全く手をこまねいているとは思えないけど……何せ今まで何度も重要局面で動けない……何てことがあって、今度もそんなことになったら信用を完全に失いかねないからな」

清太「元帥の下には非人権派が多く配置されて、元帥も身動きが取れないんですよね……」

田所「今非人権派は少数派とは言え、1人1人の階級が高かったり、要職持ちのベテランばかり。対する人権派は多数派ではあるが、要職に就いてないヒラ提督が多い」

清太「そろそろ一掃しないと本格的に面倒なことになりそうです……」

田所「ま、非人権派を一掃したところで他の派閥ができるだけだろうけどな。古今東西派閥のない世界はないから」


田所中佐はそう言ってため息を漏らすと、ゴロリと寝転んだ。清太も寝転ぼうとしたが、頭を倒しかけた瞬間視界の端に何かが映り、素早く身を起こした。


田所「どうした?」

清太「砂浜に誰かいます」

田所「何?」


田所中佐も素早く起き上がると清太の横に座る。清太達はしばらく草むらから様子を見ていたが、やがて清太が立ち上がった。


清太「……どうも動きませんね」

田所「マネキンじゃないのか?」

清太「いや、そんな風には……」

田所「ちょっと見てくる」

清太「あ、ちょっと!」


田所中佐は素早くブーメランパンツから拳銃を取り出すと草むらから出て走り出した。近づいた田所中佐はしばらく様子を伺っていたが、やがて清太に向かって手招きをした。


田所「これ、マネキンだゾ。しかも体型的に女性だな」

清太「カツラまで付けてますね」

田所「背中に『キャサリン・キャロライン』って書いてあるな。他にも色々……」

清太「落書きだらけですね」


マネキンの背中には油性マジックで落書きがされてあり、その他にも陰部は黒く塗りつぶされ、乳首まで書かれていた。


清太「落書きした人はド変態ですね」

田所「このマネキン、貰ってもいいか?」

清太「どうぞご自由に。発散の道具に使ったら病気になりそうですけど。ここ、病院ないんでナニが腐り落ちても知りませんよ」

田所「怖いこと言うなよ」


清太の言葉に田所中佐はさっと前を隠す。その様子に清太がため息がてら視線を別の所に移すと、少し離れたところにまた人らしき物が漂着していた。


清太「また似たような物がありますね」

田所「イイゾ~これは。一杯集めよう!」

清太「俺は要らないんですけど」

田所「そう言うなって。早速回収しよう」


田所中佐と清太は歩いて漂着物に近づいたが、清太は途中で違和感を覚えた。


清太「田所中佐。あれ、マネキンじゃないんじゃないですか?」

田所「何故?」

清太「何て言うか、滅茶苦茶人みたいなんですけど」

田所「精巧なラ○ドールかもしれないだろ?」

清太「いやでも……」

田所「第一、ここまで綺麗な銀髪の人間、そんな都合良くこんな無人島に流れ着くわけないない」

清太「艦娘か、艦娘と人間の混血、もしくは深海棲艦の可能性がありますが……」

田所「……」


清太の言葉に田所中佐はピタリと歩くのをやめると、素早く清太の後ろに隠れる。


清太「……何してるんですか?」

田所中佐「君が確認してくれ」


清太は軽くため息をつくと、漂着物に近づいた。服はボロボロではあるが、本当に生きているようだった。清太は軽く肩を揺すってみることにした。


清太「おい」ユサユサ

??「ん……む……」


清太が揺すると、漂着物はモゾモゾと動き出し、目を開けた。しばらくは焦点が定まらないのかぼんやりしていたが、突然飛び退くと艤装を展開し、清太に向けた。


??「だ、誰だ貴様!銃殺刑にされたいのか!?」

清太「いきなり砲口を向けるだなんて穏やかじゃねぇな」

??「うるさい!何が目的だ?私の体か?」

清太「ボロボロの女性に発情する程腐っちゃいねぇよ」

??「……後ろの奴は?」


清太が振り返ると、先程のマネキンを抱えた田所中佐がじっと清太達を見ている。


清太「……知らない人だ」メソラシ

田所「おい!何でそんな酷いことを言うんだ!」

??「やっぱり知り合いじゃないか!」

田所「そうだよ(即答)。俺とこの青年は一つ屋根の下、一夜を共に過ごした仲だ♡」

??「き、貴様らそういう仲なのか」ゾワッ

清太「いや違『そうだよ』……田所中佐。少しお話しがあります。こちらへ」

田所「え?ちょっ、玉木少佐。流石に女性が見ている前でそういうことは……」

清太「何誤解を生むような発言を連発してるんですか」グググ


清太は草むらに田所中佐を連れ込むと、アイアンクローを極め、持ち上げる。余りの激痛に田所中佐は悲鳴を上げる。


田所「あぉぉぉぉおおおん!!死ぬ!脳味噌ぶちまけて死んじゃうから!止せ!」

清太「……次、変なこと言ったら許しませんよ?次は……」


そこで清太は田所中佐の持っていたキャサリンの顔を掴むと、一息に握りつぶした。


清太「こうしますから」ニッコリ

田所「はい……(玉木少佐怖すぎる)」ガタガタ

??「話は済んだか?」

清太「ああ。まず誤解しているようだが、俺とこの人は特別な関係じゃない。俺は日本海軍の少佐で、この人は中佐だ」

??「馬鹿な。どう見たってこの絵に描いたような変態が少佐だろう?貴様が少佐なのか?」

田所「玉木少佐は最近提督になったばかりだからね。仕方ないね」

??「しかし貴様ら海軍と言ったな。どうしてこんな所にいるんだ?」

田所「それはな……」


斯く斯く云々アォン!オォン!!……


??「……そうか。なる程な」

清太「所で君は?見たところ艦娘のようだが?」

田所「見たこと無い艤装だな。砲のサイズ的に戦艦みたいだが……」

??「無理もない。私は日本の艦娘ではなくロシアの艦娘だからな。名前はオクチャブリスカヤ・レヴォリューツィヤ。戦艦だ」

清太「オクチャ……覚えにくいな」

田所「奥ちゃぶ台か・レヴォリューション?変な名前だな」

オクチャブリスカヤ「……覚えにくいか?ならガングートでいい。一々そこの変態に変な名前で呼ばれるのは敵わん」

清太「まぁ名前のことは置いといて……何でロシアの艦娘がこんな所にいるんだ?」

田所「確かに。北海道や青森、秋田とかの日本海側ならまだわかるんだが……」


ここは太平洋側の神奈川県。どう考えてもロシアの艦娘が漂着する場所ではない。清太達が不思議そうな顔をしていると、ガングートはため息を漏らした。


ガングート「私は脱走兵なんだ。ロシアの鎮守府で酷い目にあってな。単艦出撃して撃沈したように見せかけ、命辛々日本に来た」


ガングート曰く、日本に辿り着いたのはよかったが、最初に拾われた鎮守府では日本語が話せず、艦娘達と連携が取れず抜けだし、次の鎮守府はブラック鎮守府で襲われかけたのをきっかけに逃げ出したが、燃料が尽きて漂流していたところ、ここに流れ着いたらしい。


清太「脱走してきたロシアの艦娘を日本の鎮守府が在籍させてたって結構まずくないですか?」

田所「う~ん……まぁ、過去にも似たような事は相互であったからな……本人が祖国に帰りたくないと強く希望しているのなら問題はないかな。ただ、やっぱりちゃんとした手続きはしておくべきだと思うゾ。あ、ちなみに着任先は基本的に本人が望む鎮守府になるゾ」

清太「そうなんですか?」

田所「性能次第だけど、大和型とか長門型みたいに余程ぶっ飛んだ性能じゃない限りは普通は大丈夫のはず」

ガングート「そうか。なら、私は貴様の鎮守府に着任したいな」


そう言ってガングートは清太を指差して笑う。


清太「いいのか?」

ガングート「そこの変態が提督をする鎮守府よりかはマシだろう」

田所「酷すぎるっ!!(憤怒)」

清太「怒る前に身だしなみをちゃんとしてください。ブーメランパンツにランドセルとか、論外ですよ」

田所「上官が来るのにジャージで出迎えた玉木少佐も大概だろ」

ガングート「まともに服を着ていない貴様の方がダメだろう」

田所「ぐぬぬ……」

清太「まぁいいじゃないですか。ひとまず休憩しましょう」


清太はガングートを連れて小屋に向かった。



~同じ頃~

ー真柴商会ー



真柴「清太は行方不明で、鎮守府との連絡手段も限られている……か」

部下1「へい。鎮守府周辺も天草少将の手下と思われる憲兵達がうろついて、地元暴走族と衝突するなどで治安が悪化しています」

部下2「住民達も不安がってるようです」


同じ頃、真柴商会では真柴を上座にして会合が開かれていた。部下達の報告を聞きながら、真柴は腕組みをする。机の上には『強力ナ後ロ盾求ム』と書かれた


部下3「若、どうしやす?」

真柴「……うちが単独で動くのはまずい。相手はお上だ。まともに当たっても最終的には向こうが勝つだろう。やはり強力な後ろ盾が必要だ」

部下1「というと?」

真柴「恐らく亮太は大本営にいる元帥や大和を頼りにしている。実際に元帥や大和は江ノ島鎮守府の強力な後ろ盾だ」

部下2「しかし、新見さんにはご実家の伊豆鎮守府にツテが……」

真柴「もう伊豆鎮守府はあいつの実家じゃないからなぁ。伊豆鎮守府の現提督も艦娘も亮太のことをかなり気に掛けてるが、亮太がそれを望んでいない。要らん問題を増やす可能性がある」

部下3「では……」

真柴「引き続き情報収集を続けてくれ。俺は大和とコンタクトを取る。亮太の伝言を伝える必要がある。親父には許可を取ってる」


真柴は立ち上がると部屋をでた。



~2時間後~

ー帝都 某所ー



2時間後。帝都に来た真柴はタクシーに偽装した車に乗っていた。真柴が清一達の家の前に停車していると、家から私服姿の大和が出てくる。


大和「久しぶりね」

真柴「どうも。適当に都内を流して、最後は大本営で降ろしますね」

大和「お願い」


真柴は帝都を走りながら、大和に江ノ島鎮守府の現状を詳しく伝え、亮太の頼みを伝えた。一通り聞き終えた大和は大きなため息をつくと頭を左右に振った。


大和「そう……そんなことになってるのね」

真柴「江ノ島周辺の治安も悪化していますが、警察も相手が海軍とわかって動くに動けないみたいです」

大和「……近いうちに江ノ島鎮守府にアポなし訪問をするわ。今回は真柴組に協力を仰ぎます。江ノ島周辺の治安維持をお願い。警察には私から話を通しておくわ」

真柴「しかし、俺達はヤクザですよ?親友の頼みでこうやって動いてますが、本来こういうのは御法度では……」

大和「真柴組は指定暴力団に指定されてないし、影で動く分には大きな問題にはならないでしょう」


そう言って大和はスマホを操作し、ある記事を見せた。そこには『これぞ極道!神奈川真柴組!!』という題で始まり、日頃の地域でのゴミ拾いや地域の防犯活動、消防団としての活動といった慈善活動の内容が書かれていた。


大和「多少違法行為をしている部分があるとはいえ、麻薬や違法風俗、人身売買をしてないだけ他のヤクザ達に比べれば可愛いレベルよ。湘南海岸の件での危険を顧みない人命救助活動や、日頃の慈善活動で真柴組は世間的には人気が高いわ。今回の非人権派の横暴をマスコミが暴露して、真柴組が治安維持に一役買ったと世間に知らせれば問題ないでしょう」

真柴「……」

大和「いずれにせよ、今元帥や私達の周りで自由に動けるのはあなた達位なのよ。お願い」


大和に頭を下げられた真柴はしばらく悩んでいたが、やがて顔を上げた。


真柴「わかりました。ただ、相手が憲兵である以上治安維持は我々にも危険が伴います。1度組長と掛け合ってみるので考えさせてください」

大和「ありがとう」


真柴は大本営の前で大和を降ろすと、そのまま走り出した。



~翌日~

ー江ノ島鎮守府 医務室前ー



黒衣隊員1「そこを退け!」

黒衣隊員2「俺達は黒衣隊だぞ」

亮太「黒衣隊だろうが白衣隊だろうか知らないね。こっから先は俺の仕事場であり、医療現場だ。お前らには関係ない」


翌日、既に日が暮れて暗くなった医務室の前では亮太と黒衣隊員達が揉めていた。黒衣隊の隊員達は腰につけた軍刀や拳銃に手をかけて怒鳴るが、亮太は全く臆する様子はない。


黒衣隊員3「ここに頻繁に艦娘が出入りしている。何かよからぬことをしているんじゃないのか?」

亮太「悩みの相談に乗っているだけだ。勝手な想像をするな」

黒衣隊員1「少尉風情が粋がってんじゃねぇぞ!」

亮太「は?そっちこそ階級もねぇガキが粋がってんじゃねぇよ。言っておくが俺の提督は玉木少佐だ。前野大佐や天草中将ではない。俺に言うことを聞かせたかったら玉木少佐を連れてこい」

黒衣隊員2「何だと!?」


亮太の言葉にカッとなった隊員の1人が亮太の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした瞬間、隊員の手が払いのけられた。


黒衣隊員2「誰だ!……って西条さん」

鈴音「あなた達、こんな所で油を売ってないで訓練でもしたらどうなの?」

黒衣隊員1「しかし、こいつ、医務室の中を覗かせないので怪しいと……」

鈴音「……放っておきなさい」

黒衣隊員3「いや、でも……」

鈴音「いいから!」

黒衣隊員達「「は、はいっ!!」」


鈴音の大声に黒衣隊の隊員達は大急ぎで走り去って行く。その後ろ姿を見送ると、鈴音は亮太の方を振り返り、呆れたようにため息をつく。


鈴音「その気になればボコボコにできるだろうに、なんで戦わないんですか?」

亮太「あのな、今俺は天草中将達にとって厄介者なんだ。もし暴れたりしてみろ。間違いなく俺は鎮守府を追い出される。そうなったら誰があの馬鹿中将と変態大佐を止めるんだよ」

鈴音「確かに……」

亮太「ま、助かったよ。ありがとうな」

鈴音「別に、大したことじゃ……」


亮太の言葉に鈴音はそっぽを向く。


亮太の後ろにある医務室には大勢の艦娘が避難している。前野大佐や黒衣隊、憲兵達の暴力やセクハラから逃れるためだ。前野大佐達が来てから現時点で1度も鈴音を除く黒衣隊や憲兵に侵入されていないのは医務室と亮太の私室のみだった。


亮太「それから清太の部屋の私物、避難しておいてくれたんだってな。助かるよ」

鈴音「幸い私物が少なかったので。……所で新見少尉」

亮太「何だ?」

鈴音「玉木少佐が帰ってくる保証はあるんですか?」

亮太「ない。ただ、あいつはしぶといからな。ゴキブリ並みの生命力だよ」

鈴音「生きてるとしたら、何故すぐに帰ってこないんですか?」

亮太「すぐには帰れない場所にいる。もしくは帰れない理由があるんだろ」

鈴音「そう……ですか」

亮太「……ま、心配しても仕方がない。今は待つしかできないからな」



~同じ頃~

ー野獣島 小屋ー



田所「酒を飲~む酒を飲~む酒が足りんゾ~♪」

ガングート「酒が足りん足りんゾ~酒が足りんゾ~♪」


同じ頃。野獣島では顔を真っ赤にした田所中佐とガングートが肩を組みながら歌を歌っていた。田所中佐の手には日本酒が。ガングートの手にはウォッカの瓶が握られている。


清太「ガングートは泥酔するとああなるのか」

戦艦棲姫「オ前ノ周リハ無茶苦茶ナ奴バカリダナ」

清太「淫乱棲姫の周りには変態ばっかりだな」

戦艦棲姫「誰ガ淫乱ダ!」

ヲ級「ヲ!ヲヲ!!(訳:そうですよ!露出の高い姫やビキニにパーカーだけのレ級はともかく、私は露出が少ないじゃないですか!!)」

レ級「レ!?レレレレ!!(訳:はぁ!?その体型がはっきりわかるぴっちりスーツは明らかに変態だろ!!)」


朝方戻って来た戦艦棲姫達は土産として大量の酒と缶詰を持ち帰ってきた。それを見た田所中佐が『酒盛りをしよう!そうしよう!』と言い出して、現在に至る。


清太「しかしまぁ、戦艦棲姫達も帰ってきたことだし、そろそろ俺も自分の鎮守府に戻らねぇとな」

戦艦棲姫「ソウダロウナ。正直、酒盛リシテナイデサッサト帰レト言イタカッタ」

清太「で、相談なんだが、艦娘の艤装ってないか?」

戦艦棲姫「流石二ナイナ……」

清太「ダメか……じゃあ戦艦棲姫達に送って貰うか……」

レ級「レ(訳:艤装ならあるぞ)」

戦艦棲姫「何?」


レ級は突然立ち上がると清太の手を取り、グイグイと引っ張っていく。レ級に連れられ清太がしばらく歩いていくと、島の最南端の岸壁に大きな洞窟があった。


清太「こんなとこに洞窟があったのか」

戦艦棲姫「此処ハ緊急時ノ避難所ダ。岩盤モ厚イシ、電探デモ見ツカラナイ」


清太達が洞窟の奥に進むと、広い場所に出た。そこには整然と並べられた艦娘の艤装が所狭しと置かれていた。


清太「何だこりゃ。凄い数だ」

レ級「レレッ(訳:すごいだろ?海底にある艤装を回収して直して眺めるのが趣味なんだ)」

清太「これ、好きなものを使っていいのか?」

レ級「レ(訳:いいよ)」

戦艦棲姫「イイト言ッテイルゾ」

清太「じゃ、遠慮なく……」


清太は艤装の間を歩き回り、1番価値が低そうなものを選んだ。鎮守府に帰るための艤装であるため、最低限動けばいいというのが清太の考えだった。


清太「こんなもんかな」


36.5cm連装砲

12.7cm連装高角砲

二式水戦×4


清太「よし。ひとまずこれでいいだろ。ありがとうなレ級」

レ級「レ(訳:いいってことよ)」

清太「明日にでも田所中佐とガングートを連れて帰る」

戦艦棲姫「ワカッタ」


~深夜~

ー江ノ島鎮守府 廊下ー



その日の深夜。江ノ島鎮守府の廊下を作業をしていて遅くなった矢矧と翔鶴が歩いていた。2人は暗い廊下を懐中電灯の灯りだけで進む。


矢矧「早く提督帰ってこないかしら……」

翔鶴「いたらいたで色々問題を起こしそうですが……(苦笑)」

矢矧「そうは言っても、今の江ノ島鎮守府には提督がいないとダメよ。このままじゃ折角戻って来た赤城さんや大鳳さんにも良くないわ」

翔鶴「そうね。新見少尉だけでは流石に厳しいですし……」

矢矧「何よりも、私達は今目を付けられているわけだし」

翔鶴「そうですよね……んむっ!?」

矢矧「翔鶴さ……うむっ!?」


翔鶴の異常に矢矧は素早く振り返ったが、口元に薬の染みこんだ布を当てられ、そのまま意識を失った。



~翌朝~

ー野獣島 海岸ー



清太「世話になったな」

田所「また遊びに来るゾ」

戦艦棲姫「貴様ハ二度ト来ルナ」

田所「ファッ!?……所で俺はどうやって帰るんだ?」

清太「問題ありません。田所中佐にはこちらを用意しています」


そういって清太は錆びたドラム缶を持ってくると、蓋を開けた。


清太「さぁこの中にどうぞ。自分が引っ張っていくので」

田所「いやちょっとこれ、どういうこと?」

清太「ボートでもあればと思ったのですが、見つからなかったのでこれで我慢してください」

田所「いやいやいや!!これどう見ても穴開いてるじゃん!!溺れ死ぬって!!」

ガングート「それはそれでいい気がする。不謹慎だが」

田所「ちょっと!?」

戦艦棲姫「地球ヲ害スル汚物ガ1ツ消エルナ」ニッコリ

レ級「レ(訳:素晴らしいな)」

ヲ級「ヲキュ……(訳:いや、寧ろ溺れられたら海が穢れそうなんだけど……)」

田所「お前ら分かってる!?俺が死んだら、この世界の笑いの4割は消滅するゾ」

清太「いいんじゃないかなぁ?(適当)」

ガングート「うぬぼれるな変態(無慈悲)」


ここまで言われた田所中佐は、かなりショックを受けたのか、地面に座り込んでしまった。


田所「だったらもう俺ここにいるっ!!定住してやるっ!!」

戦艦棲姫「イヤ、貴様何言ッテ……」

田所「やーや!!穴の開いたドラム缶に詰められるぐらいなら、この島を開拓しながら暮らす方がいいー!!」バタバタ

戦艦棲姫「アーモウ五月蠅イ!!チョット待ッテロ」


駄々をこねる田所中佐の声に耳を塞ぎながら戦艦棲姫は海に入ると、海底から1隻のボートを持って来た。


戦艦棲姫「コレナラ文句ナイダロ?」

田所「……はい」

戦艦棲姫「スグニ帰レ。イイナ?」

清太「すまないな」

戦艦棲姫「イインダ。コノ変態ニ何時マデモ居座ラレル方ガ面倒ダ」

清太「そっか。んじゃな」


清太はそう言うと艤装を身に着けて海に入った。続いてガングートが入り、田所中佐の乗るボートはレ級とヲ級に押されて入った。


戦艦棲姫「万ガ一ノタメニ変態ニハレ級トヲ級をツケテオク。エンジン代ワリダ」

田所「感謝するゾ」

清太「じゃあ、行きますよ」


そう言うと清太は江ノ島鎮守府に向けて進み始めた。



~同じ頃~

ー江ノ島鎮守府 医務室ー



亮太「今日も1日頑張るぞい……っと」

能代「新見少尉!!」バタバタ


清太が野獣島を出発した頃、江ノ島鎮守府の医務室で亮太が伸びをしていると、慌てた様子で能代と瑞鶴が駆け込んできた。


亮太「どうかしたのか?」

能代「矢矧と翔鶴さんを知りませんか?昨日から姿を見て無くて……」

瑞鶴「昨日部屋に戻ってこなかったのよ」

亮太「……嫌な予感がするな」

酒匂「少尉さん!大変だよ!!」


亮太が腕組みをしたその時、酒匂が息を切らしながら医務室に駆け込んできた。


亮太「酒匂。どうした?」

酒匂「矢矧お姉ちゃんと翔鶴さんが……処刑されるって……」


ただならぬ様子に、能代と瑞鶴が不安そうに亮太の方を見る。亮太は大きく息を吐くと、背を向けた。


亮太「皆は先に行っててくれ。俺も準備をしたらすぐに行く」

瑞鶴「新見少尉……」

亮太「皆は少しでも時間を稼いでくれ。俺もすぐに行くから」

能代「わかりました」


能代達が医務室から出て行くと、亮太は首から提げているロケットペンダントを引っ張り出し、開いた。中には幼い亮太と、両親の写真が入っている。


亮太「母さん。父さん。皆。俺に力を貸してくれ」


亮太はペンダントを握りしめると、ポツリと呟き、モールス信号機を手に取った。



ー江ノ島鎮守府 演習場ー



長門「おい、どういうことか説明しろ!玉木提督の許可なしに艦娘を処刑するなんて正気とは思えんぞ!!」

前野「下らん。玉木少佐の行方が知れない今、この鎮守府の最高責任者は俺だ。矢矧と翔鶴は鎮守府の秩序を著しく乱した。故に黒衣隊によって処刑する。これでいいだろう」


演習場では長門達艦娘と、黒衣隊に護られて余裕の笑みを浮かべる前野大佐が言い合いをしていた。


前野「大体貴様らは何を勘違いしとるんだ?艦娘は兵器であり、人間ではない。生かすも殺すも人間様の匙加減なんだよ。全く。玉木少佐は一体どんな鎮守府運営をしていたんだ。ま、いくら元帥の孫とは言え、族上がりのヤンキーに鎮守府運営なんてできるわけがなかったか」


前野大佐の言葉に、黒衣隊の隊員達が笑う。長門は拳を握りしめ、歯ぎしりをしながら睨み付けていた。艤装を奪われている今、黒衣隊と戦っても勝てない。それどころか無駄に怪我人を出してしまう。


長門「……それ以上……我々の提督を愚弄するな」

前野「うるせぇんだよ」ドガッ

長門「うっ」


前野大佐に蹴られ、長門が膝をつくと、前野大佐は長門の頭を踏みつける。


前野「お前も随分偉くなったな長門」グリグリ

長門「ぐっ……やめっ……」

前野「おい。さっさと処刑をするぞ。黒衣隊、構えろ」


前野大佐の言葉に、黒衣隊の隊員達が艤装を持って狙いを定める。全員準備ができたことを確認すると、前野大佐は手を挙げて振り下ろそうとした。しかし……


前野「うt……ひゃあっ!!」


号令をする瞬間、前野大佐の前を艦載機が猛スピードで飛び去り、前野大佐は思わず悲鳴を上げた。艦載機は上空で急旋回すると前野大佐の足下目がけて射撃を始める。


前野「あわわわわ……だ、誰だ!!」

亮太「俺ですよ。前野大佐」


その場にいる全員の視線が一気に声の方向に移る。そこには艤装を纏った亮太が立っていた。周囲には艦載機が亮太を守るように飛んでいる。


亮太「まだ生死の判定が出ていない玉木少佐の艦娘達を勝手に処分するのは問題では?」

前野「黙れ!!もうあいつは死んだんだ!!田所諸共何もない無人島に捨ててきてやったんだからな」

亮太「……成程。やったのはあんたらの一味って事だな。いやはや安心した。俺の予想があってれば、そのうち帰ってくるよ玉木少佐は」

前野「何!?」

亮太「前野大佐。あんたは玉木少佐や田所中佐を捨てたって言ってたよな?てことはその場では殺してない……そうだろ?」


亮太の言葉に前野大佐の顔が引きつる。その様子を見て、亮太はふっと笑う。


亮太「残念だったな。あいつは無人島に捨てたぐらいでくたばる程ヤワじゃないぞ。何もない無人島なら、海に入ってサメとかウミガメで筏を作って戻ってくるだろうよ」

前野「そ……そんな馬鹿な話があるか!!」

亮太「それがあるんだよなぁあいつに限っては。ま、いずれにせよ、この処刑、俺は認めるわけにはいけませんね」

前野「少尉風情が……黒衣隊!コイツをまず殺れ!!そのうち天草中将と黒衣隊総隊長の西野に副隊長の浦辺もここに来る。そうなればお前はお終いだ」

亮太「ゴチャゴチャ言ってないでかかってこいこの野郎!!」



ー江ノ島大橋ー



亮太と黒衣隊が激突している頃、江ノ島と本土を結ぶ江ノ島大橋の手前で天草中将達の乗る車が立ち往生していた。


天草「……おい。どうした。さっきからちっとも進まないじゃないか」

運転手「それが……暴走族が道路に広がってたむろしてて進めないんですよ」

天草「何?」


天草中将が車の窓から身を乗り出して前を確認すると、遥か前方に暴走族の旗と大勢の特攻服を着た集団が見えた。天草中将は舌打ちをすると隣に座る青年に声をかけた。


天草「西野。片付けろ」

西野「はっ」


西野は素早く車から降りると、渋滞をすり抜けて暴走族の集団に近づいた。暴走族はある男を中心にして大きな円陣を組んでいる。


西野「退けっ」


西野は数人の暴走族を殴り飛ばすと、中心にいる男に声をかけた。


西野「おい。大本営海軍中将、天草閣下のお通りだ。通行の邪魔だ。そこを退け」

??「俺達の方が先にここで集会を開いている。早く行きたきゃ船で行きな」

族1「ちょ、権堂さん……」

族2「相手は海軍ですよ。ヤバいですって」

西野「そこの連中の言う通りだ。俺達に刃向かうとどうなるか……」

権堂「知らねぇな。どうなるんだ?」


権堂が不敵に笑うと、西野は目にも止まらぬ速さで権堂の顔面に強烈なパンチを繰り出した。権堂は一瞬ふらついたが、踏ん張ると西野の方を見た。


西野「ほぅ……でかい口を叩くだけの事はあるようだな」

権堂「そっちこそ。あんたらに逆らったらこの程度で済むのなら、余裕で刃向かえるな」

西野「よっぽど死にたいようだな」

権堂「言ってくれるぜ。人はな、そう簡単に死なねぇんだよ」


権堂(真柴に頼まれて無理矢理ここにたむろしたが、海軍の足止めをしろなんて無茶なことを頼むなぁ。しかし、久々のど派手な喧嘩も悪くないな)


西野「何にやついているっ!!」

権堂「うるせぇっっ!!」バコッ

西野「ぐっ……このぉっ!!」


西野が激しい殴り合いを始めたのを見て、天草中将は舌打ちをした。


天草「西野め……熱くなりよってからに……」

浦辺「閣下。恐らくこれは陽動かと。自分は先に徒歩で江ノ島鎮守府に向かいます」

天草「頼む」


浦辺は天草中将に敬礼をすると走り去って行った。その直後、天草中将の座る後部座席が突然ノックされた。


天草「ん?誰だ?」

??「すみません。海軍の方でしょうか?」

天草「ああ。君は?」

??「いえ、通りすがりの者ですが……やらないか?」

天草「は?」


青いつなぎを着た男は突然車のドアを破壊すると、天草中将を引き摺り出した。突然の行動に、天草中将も驚きを隠せない。


天草「な、何だ君は。一体何をする!」

??「お前が噂の変態ド腐れ外道の天草中将だな。俺は阿倍。早速だが、俺とやらないか?」

天草「ふ、ふん。喧嘩か?言っておくが儂はこう見えても若かりし頃は……アーッ」ブスリ

阿倍「誰も喧嘩をするなんて言ってないぞ」


阿倍は気絶した天草中将を麻袋に入れて担ぎ上げると、そのまま歩き出した。




~2時間後~

―江ノ島鎮守府沖合30km地点の海上―


ル級「マ、待テ!」

清太「待てねぇな。こっちは急いでるんだ」


その頃、海上では清太が深海棲艦の旗艦のル級に止めを刺していた。清太が返り血を拭っていると、ガングートが近づいてきた。


ガングート「無事か?」

清太「ああ。問題ない。連中も数の割には対して強くなかったから、多分移動中か輸送船狙いの艦隊だったんだろう。そっちは?」

ガングート「大破寄りの中破だ。少し速力が落ちるが、航行には問題ない」

清太「そうか。時間がない。急いで江ノ島に向かう。場合によっては、一番近い陸地に上陸する」

ガングート「わかった」

清太「……の前に、偵察機を飛ばして伝礼するか」


清太は艤装から偵察機を飛ばすと、ゆっくりと動き始めた。しかし、すぐに顔色を変えるとガングートを抱えて物凄い速度で走り出した。主機はうなりを上げ、激しい水しぶきが上がる。


ガングート「おい!どうしたんだ急に!」

清太「事情が変わった。急いで江ノ島鎮守府に向かう。今のガングートの足に合わせてたら間に合わないかもしれない」



~同じ頃~

ー江ノ島鎮守府 演習場ー


亮太「ぜぇ……ぜぇ……流石に久々の実戦はキッツいな……」


黒衣隊と戦闘を始めて1時間。亮太はボロボロになりながらも黒衣隊と憲兵を全滅させていた。


前野「な、ななな……黒衣隊が……」

亮太「残ってるのはあんただけか」


亮太は不気味に笑うと、前野大佐に歩み寄る。前野大佐ははじめは怯えていたが、開き直ったのか、大声を出した。


前野「大体貴様、艤装は何処から持ってきた!艤装を所持できるのは大本営に届け出をして、許可を得られた限られた者のみだ。貴様の名前はなかったはず……」

亮太「そりゃ申請してないからですよ。もう一生使うことはないと思ってましたし」

前野「元大洗特別鎮守府第4艦隊隊長にしては、随分いい加減だな」

亮太「あんたら随分色々調べてるみたいだな。その様子じゃ清太のことも詳しく知ってそうだ」

前野「天草中将が大洗特別鎮守府に少し詳しくてな。お前の母親や正木舞の具合、それから実験台になったお前の親友のこともな。最後の頃は慰安所って言った方がいいレベルだったそうだぞ。正木と清太、それからもう1人で、随分稼いだそうだ」


前野大佐の言葉に亮太の顔色が変わる。


亮太「……テメェら、一体お袋達に何をしてやがった」

前野「あれ?玉木少佐から何も聞いてないのか?お前が大洗特別鎮守府を去る前から、お前のお袋さんは俺達の慰み者になってたんだよ。死んでからは正木が1人でやってたけど、つまらないから薬を使って追加でな。すごくよかったぞ。いい実験データも取れたしな」

亮太「っテメェ!!」


不気味な笑みを浮かべる前野大佐に激高した亮太は、目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、殴りかかろうとした。が、亮太の拳が前野大佐の顔面にめり込む前に亮太の背中に砲弾が命中した。


亮太「がっ……」

前野「遅いぞ浦辺」

浦辺「申し訳ございません。橋を族が塞いでいたので遅れました」

亮太「ちっ……まだ残ってたのか」


亮太が振り返ると、浦辺をはじめ、数十人の黒衣隊と憲兵が立っている。


浦辺「コイツが元大洗特別鎮守府第4艦隊の隊長ですか」

前野「ああ」

浦辺「隊長1人で姫級をも葬る最強の部隊って聞いてましたけど、大したことなさそうですね」

亮太「へっ。まともに実戦経験もねぇ奴が偉そうなこと言ってんじゃねぇよ」

前野「ふん。口はまだ達者みたいだが、体はもう限界みたいだな」


前野大佐は勝ち誇った顔をすると、浦辺の方を見た。


前野「殺すなよ。コイツにはまだ利用価値がある」

浦辺「あそこで縛られている艦娘は?」


浦辺の視線の先には演習用の的に縛り付けられた矢矧と翔鶴がいる。前野はチラリと目を向けたが、すぐに視線を戻した。


前野「処分しろ」

浦辺「御意。黒衣隊整列!!」


浦辺の号令に動ける黒衣隊が一列に整列し、矢矧達に主砲を向ける。


矢矧「い、嫌!!」

翔鶴「やめてください!!」

前野「撃てっ!!」


前野の号令と共に、黒衣隊隊員達の持つ砲が火を噴く。演習場は砲煙で一時的に視界が悪くなった。煙が消えると、先程まで矢矧達が縛られていた的は跡形もなかった。


前野「ふん。裏切り者が消えてスッキリしたわ」

浦辺「まだです」

前野「何?」


浦辺の声に前野は眉を動かす。それを見た浦辺は、演習場の隅を指差した。そこには矢矧と翔鶴を抱える銀髪に白狐のお面を着けた者がいた。白狐のお面を着けた人物は、陸に上がると矢矧と翔鶴を寝かせた。


白狐「怪我はない?」

矢矧「え、ええ……」

翔鶴「ありがとうございます」

白狐「そう。よかった」

矢矧「その声……あなた、まさか鈴音さん?」

白狐→鈴音「ええ」


鈴音は立ち上がると、前野達をお面越しに睨み付ける。


前野「貴様……玉木少佐か?」

鈴音「……」

浦辺「好都合だ。ここで貴様にも消えて貰う」

前野「殺れ!」


前野の声に、黒衣隊員と憲兵が一斉に襲いかかる。それを鈴音は次々に倒していく……しかし


浦辺「ふんっ!」

鈴音「あぐっ」


浦辺の強烈な一撃を食らい、遂に鈴音は膝をついた。黒衣隊員達に一斉に銃を突きつけられた鈴音は、持っていた刀を降ろした。


浦辺「貴様……玉木じゃないな」


浦辺は白狐のお面を取り、髪の毛を引っ張ると、鮮やかな緑色の髪が現れた。


前野「西条……貴様ぁ。裏切ったのか!!」

鈴音「黙れ!!私に嘘の話をずっと教えた癖に!」

前野「ほぅ……どうやら真実を知ってしまったようだな。そのまま騙されてれば良かったものを」

鈴音「何で姉を殺した!!」

前野「奴は幾度も任務に失敗していた。我々は出来損ないは要らない。だが我々の情報を持って寝返られるのは厄介だ。殺す以外の選択肢があるかね?」

鈴音「そんな……」

前野「まぁそんなことはどうでも言い。貴様も裏切り者。用済みだ」


そう言いながら前野は鈴音の眉間に拳銃を当てる。その時、浦辺達の大声が飛んできた。


浦辺「大佐!砲撃です!お逃げください!!」

前野「何!?」


その瞬間、激しい轟音と共に砲弾の雨が降り注いだ。砲弾は地面を抉り、木々を吹き飛ばし、海面に大きな水柱を立てる。砲撃が収まった頃には、黒衣隊や憲兵の殆どが倒れていた。


前野「く、くそっ。一体何が起きた」

浦辺「大佐、ご無事ですか」

前野「ああ」

清太「そうか。生きてたのか。残念」


突然聞こえた清太の声に、前野と浦辺は身構える。煙が晴れてくると、そこには鈴音の前に立ちはだかる清太の姿があった。


清太「待たせたな鈴音。遅くなった」

鈴音「清太……兄ちゃん?」

清太「久々に呼んでくれたな」


清太は鈴音に笑いかけると、一転して鋭い目つきで前野大佐達を睨み付けた。


清太「前野大佐。これは一体どういうことですか?」

前野「き、貴様の教育がなってないからどいつもこいつも儂の命令を聞かなくなったんだ!!」

清太「それで彼女らを殺そうと……ってか」


清太は鼻で笑うと鬼の形相になり、前野大佐に詰め寄る。


清太「この鎮守府の長は俺です。あんたじゃねぇ。勝手なことをしてくれて…ドウ落トシ前付ケル気ダ?」

前野「そんなもん、付ける気はない!俺には黒衣隊と憲兵がまだ沢山残っている。一声かければ絵の島中から……」

真柴「出てこないんだよな。これがまた」


前野大佐の声を遮り、真柴組の羽織を身に纏った真柴達が建物の影から現れた。後ろには肝井の姿も見える。


肝井「ホンマに、江ノ島にどんだけ憲兵潜ませとんねん。もう少しでワイ、細切れ肉になって精肉店に並ぶとこやったわ」

真柴「安心しろ。誰も買わねぇから」

肝井「それは酷いで。誰か購うてんか」

前野「な、何だ貴様らは……」

真柴「真柴組若頭、真柴次郎だ。大本営の玉木元帥と、神奈川県警警察署長から江ノ島の治安維持を頼まれた。あんたらを潰すぜ」

前野「戯れ言を……こいつらを蹴散らせ!」


前野の言葉に浦辺達は真柴に斬りかかったが、真柴は浦辺に向かって無数の小さな投げナイフを放った。浦辺は身をよじってナイフを躱したが、それ以外の者達は腕や手、足にナイフが突き刺さり、その場に転げ回った。


真柴「心配しなくてもそのナイフじゃ死にはしねぇよ。刃が短ぇからな。代わりにしびれ薬をたっぷり塗っておいたから、掠っただけでもしばらくは動けないぞ」

浦辺「ふん。この程度の攻撃で俺を止められると……」

真柴「思ってねぇよ」


真柴は浦辺が投げナイフに気を取られている間に一気に距離を詰め、長ドスを抜き払った。浦辺は飛び退いたが、防具として身に着けていた胸当てが見事に割られ、地肌が見えていた。


真柴「おっと。流石に肌までは切れなかったか。惜しい惜しい。もうちょっとでお前もしびれて地面に這いつくばるところだったのにな」ニヤニヤ

浦辺「……ただの人間風情にしてはやるじゃないか」

真柴「おいおい。年上には敬語を使うもんだぞ?それに、何時俺がただの人間って言った?」

憲兵1「チンピラが我々の邪魔をするな!」

肝井「それはこっちの台詞じゃ!」

憲兵1「おうふ」


真柴に斬りかかってきた憲兵に対して割って入った肝井は素早く飛び上がると、両足で憲兵の頭を挟み、そのまま投げ飛ばした。コンクリートの床に叩き付けられた憲兵は泡を噴いて失神した。


肝井「おぅクソ雑魚憲兵!ワイらが相手や!ワイの親友に手ぇ出してみぃ!!いてこましたるわっ!!!」クワッ

憲兵達「「言ってくれるなこの野郎!」」

肝井「あ、ちょ、1人ずつ来てんか?」アセアセ

憲兵「舐めてんのかコラァ!!」


肝井の言葉に激怒した憲兵達は猛スピードで肝井を追い回し始めた。あまりの数に、肝井は逃げ回りながら艦娘達に助けを求めた。


肝井「ひぃぃぃ!!……ちょ、ちょ!そこの艦娘達、ぼーっと突っ立てないで戦わんかい!」

榛名「え?」

古鷹「で、でも……」

肝井「鎮守府の一大事に、鎮守府の連中が棒立ちとかあり得へんやろ!はよ戦わんかい!」

瑞鶴「言ってることは正論だけど、無性に腹立つわね」

加賀「頭にきました」


肝井の言葉に、艦娘達も手に手に角材や鉄パイプを持って憲兵達に襲いかかる。一方の清太は艤装を外して前野大佐と対峙していた。


清太「あんたの負けだ。大人しく投降しろ。そのうち城ヶ島鎮守府からも増援が来る」

前野「まだだ!まだ俺には天草中将閣下がいる。黒衣隊総隊長の西野も残っている!」

権堂「おい。西野ってのはコイツか?」


前野が振り返ると、顔を腫らした権堂が気絶した西野を前野大佐の前に放り投げた。


前野「げぇっ!?西野!?」

権堂「強いにゃ強いが、湘南の族を舐めてもらっちゃ困るぜ。気合と根性の入り方が違うんだよ」

清太「くっさい台詞吐くなよ」

真柴「元族の俺らも恥ずかしくなってくる」

権堂「うるせぇ!俺にも格好つけさせろ!」

前野「ま、まだだ。黒衣隊がまだ残っている。黒衣隊が押し切ればこんなチンピラ……」

黒衣隊隊員「ぐあっ!?」


前野大佐が言い終わらないうちに、黒衣隊員達が吹き飛んだ。


準子「全く。こらガキ共!!どんだけ大騒ぎしてんだい。うちの店からも聞こえる位にドンパチして……」

清太「いや、それは俺じゃねぇ」

準子「嘘つけ。こうなったからにはあたし達も混ぜな。久々に暴れてやる」

清太「達?」


清太が首を傾げていると、準子の背後から小柄な女性が出てきた。その姿を見るなり、権堂の顔色が真っ青になる。


権堂「げ、か、母ちゃん!」

亮太「神風さん!?病院に入院してたんじゃ……」

神風「最近ようやく退院したのよ。全く。真面目に働き出したと思えば……何してるのよこのバカ息子は」

権堂「い、いや……頼まれて……つーか母ちゃん無理すんなよ。また倒れたらどうすんだよ」


権堂の養母、神風型一番艦神風。多忙だった権堂の両親の代わりに幼い頃から子育てを行っていた。しかし権堂の両親が南方で戦闘に巻き込まれて亡くなり、収入が途絶えてからは海軍を除隊し、心ない人達からの差別に苦しみながらも必死に権堂を育て上げた。その無理が祟ってか、最近は入退院を繰り返している。


神風「あんたのことを考えてると、おちおち入院してられないわ」

準子「さて、こいつらが事の元凶のようだね。うちのガキ共に喧嘩を売ったこと、後悔させてやるよ。清太。この黒装束はあたし達で何とかするから、さっさと片付けちまいな」

清太「言われなくてもそのつもりだ」


清太はゆっくりと前野大佐に近寄る。しかし、その途中で真柴の攻撃を振り切って浦辺が立ちはだかった。


清太「どけ」

浦辺「断る。俺は黒衣隊副隊長の浦辺。元大洗特別鎮守府第3艦隊隊長の玉木清太。手合わせ願う」


そう言って浦辺は腰に指していた刀を抜いたが、清太は腕を組むと鼻で笑った。


清太「手合わせ?何でそんなことしないといけないんだ?」

浦辺「正木舞、鬼頭英治が死んだ今、この世で一番強い混血は間違いなくあんただ。そこの新見亮太もかなりのものだが、あんたは生活に支障をきたすほど強大な力に、優れた武術を持つと聞く。あんたを倒せば、俺は『最強の男』として名を馳せることができる」

清太「最強……ね。最強になったら、次はどうするんだ?」

浦辺「何?」

清太「最強になって、その先は?ただの最強じゃ、宝の持ち腐れだ」

浦辺「なっ……ふ、ふざけるなっ!!」


清太の言葉に激高した浦辺は、近くで気絶していた黒衣隊員から刀を奪うと、清太の足下に投げ、自ら持つ刀の切っ先を清太に向けた。


浦辺「抜け!俺と戦え!!」

清太「……」

浦辺「どうした!海軍から離れて、剣の振り方も忘れたのか?」

清太「……例え武勇を轟かせても、権力者に疎まれたら最後だ。権力者の前には無力だ」ボソッ

浦辺「そっちが来ないなら、こっちから行くぞ!」


浦辺は刀を振りかざしながら清太に襲いかかったが、清太は刀を躱すと浦辺の側頭部に強烈な回し蹴りを叩き込み、更に顔面に右ストレートを叩き込んだ。


浦辺「げぶっ……」


まともに攻撃を食らった浦辺は、宙を舞い、そのまま海に転落した。浦辺が海に転落したのを見届けた清太は、軽く手を叩くとゆっくりと前野大佐に視線を移した。


清太「さて……と。じゃ、いよいよフィナーレといこうか」

前野「ぐ……ぐぬぬ……ここまでか……なら。お前ら!ここにいる玉木清太は、大洗町の空襲の時、戦わずに傍観して、多くの犠牲者を出したんだ。それも1度だけじゃなく、何度もな!それだけじゃねぇ!遡れば、大洗特別鎮守府に入る直前には小学校の教員児童合わせて100人以上に重傷を負わせる事件も起こしてるんだ!!」

真柴「あ~それな。悪いけど、ここの艦娘ちゃん達以外、ほぼ全員知ってるんだわ」


真柴の言葉に、前野はキョトンとした顔をする。


真柴「大洗の空襲は、非人権派の所は見事に焦土になっていたが、そうじゃない地域は多少被害はあったものの、犠牲者は少なかった。この差は空襲警報を非人権派の連中が聞かなかったことと、清太をはじめとする大洗特別鎮守府の隊員を迫害した所為だ。小学校の事件は、清太に異常なレベルのイジメをしていて、その報復だ。ま、因果応報って奴だ。清太にだけ非があるもんじゃねぇよ」


情報屋で鳴らす真柴組を舐めんじゃねぇよ、と真柴は長ドスを一振りすると鞘にしまった。それと同時に、真柴の懐から『仁義なき戦い』のテーマソングが流れた。真柴の着メロだ。


真柴「おう。俺だ……おう。わかった。じゃあもうすぐ来るんだな。わかった。こっちももう終わる。怪我人はいるが、死人は出てねぇ……ああ、ああ。わかった。じゃあな」


真柴は電話を切ると前野大佐の方を見た。


真柴「天草中将はこっちで身柄を預かってる。もうじき到着する。元帥と大和も一緒にな」

前野「……くそっ」

清太「年貢の納め時だ」

前野「お前がいる所為でこうなったんだこの化け物め!!俺は少しでも深海棲艦からこの国を護るために身を粉にして働いてきた。なのに今まで海軍を避けて隠居老人みたいになっていたお前が!お前がいきなり出てきて全てが狂った!!最初から海軍に戻るつもりなら激戦地のラバウルやハワイにでも行くことを志願して戦えば良かったんだ!この非国民!!」


前野大佐は軍刀と拳銃を構えると、清太に向けて大声で叫ぶ。さらに前野大佐は乱れた息を整えて何かを口走ろうとしたが、その口に真柴の拳がめり込んだ。真柴の攻撃で、前野大佐は2mほど吹き飛ばされた。


真柴「身を粉にして働いた?好き勝手やって私財を肥やしてただけの癖に、どの口が言うんだ。海軍の物資横領をはじめ、多数の軍規違反をしておいて、よくもまぁそんなことが言えたもんだ。あぁ証拠は大本営の元帥に渡しておいたからな」

前野「ぐぶっ……貴様……」


口の中を切ったのか、前野大佐は口を押さえながら物凄い目で真柴を睨み付ける。が、真柴は全く怯むことなく前野大佐の髪の毛を掴んだ。


真柴「俺のお袋は親父と婚約して海軍を除隊する直前、お前みたいな屑共に手籠めにされて、俺を産んだ。お袋はその時のことがトラウマになって、俺を愛することができないのを苦にして自殺した。真柴組としちゃ、組長の正妻を間接的に殺されたんだ。非人権派の連中を殺す理由は十分にある」

肝井「次郎ちゃん……」

真柴「正直、今すぐにでもお前の首を切り落としてやりたいところだけど、今回この一連の騒動は清太の鎮守府であったことだ。清太。お前がケリを付けろ」

清太「……おぅ」

前野「ま、待て。そうだお前ら纏めて非人権派に入れ。金も女も名誉も簡単に手に入る。今までの行動も水に流す。だから……」

清太「……お前、今まで俺達を見てきて、まだそんなもんで靡くと思ってんのか?」


清太は前野大佐の胸ぐらを掴んで立たせると、強烈な蹴りを入れ、更に顔面に渾身のストレートを叩き込んだ。前野大佐は宙に浮き上がりながらコマのように回転し、歯と血と唾液を撒き散らしながら海に転落した。


清太「……ゲスが。一生沈んでろ」


吐き捨てるように言った清太は、振り返ると頭を掻いた。


清太「さぁ~て。これ、どうすっかな……」


清太の前には砲撃で半壊した鎮守府だった。そんな清太の肩を肝井が叩く。


肝井「建物の解体はワイに任せろや。安くしとくで」

清太「悪いが基本は妖精がやるから、あんまし出番はないかもな」

肝井「さよか。まぁ必要になったら呼んでくれや。安くしとくで」

清太「ありがとうな」

準子「さて、憲兵共も片付いたし、後始末は清太に任せるとするかね」

神風「そうしましょうか」

清太「おいおい。こんだけやっといて帰るのかよ」

準子「悪いけどガキ共のお迎えがあるからね」

権堂「俺も帰るかな。折角の休日を潰して出てきてやったんだ。感謝しろよ」

神風「あんたは帰って説教よ」

権堂「何でだよ!」


準子や神風、権堂が帰っていくと、肝井や真柴も軽くため息をついて清太の方を振り返った。


肝井「んじゃ、ワイらも帰るか。清ちゃん、亮ちゃん。また飲みに行こな」

真柴「ったく。自分から俺に関わるなと言っといて、ガッツリ関わっちまったな。おうお前ら、引き上げるぞ」

真柴組組員「「へい!」」


真柴は組員を纏めると正門の方に歩き出したが、途中で急に踵を返して戻ってくると、長門に声をかけた。


真柴「あんたがこの鎮守府の艦娘纏めてるのか?」

長門「?ああ。艦娘間でのまとめ役は一応私だ」

真柴「じゃあ言っとく。あんましあの2人に無茶させるなよ。特に清太。生き急いでる気があるからな。自分の身は自分で守れる程度にはなっとけや。今回みたいに誰かに言われないと動けないんじゃ話にならない」

長門「……申し訳ない」

真柴「じゃあな」


真柴組が引き上げると、入れ替わるように1台の車が入ってきた。


清太「店長」

阿倍「おう清太。ここにクソゲスな男がいると聞いて、回収しに来たんだ。何処にいる?」

清太「それなら今海底に沈んでますよ」

阿倍「何?それは大変だ」


阿倍は素早く服を脱ぐと海に飛び込み、浦辺と前野大佐を引き上げた。


阿倍「おい起きろド腐れ提督」ペチペチ

前野「……ん?ひ、ひひゃまわ!!(訳:き、貴様は)」

阿倍「お?覚えていてくれたのか。さぁ俺とやらないか?」

前野「ひ、ひぃ……」

阿倍「お仲間も一緒だぜ?」


阿倍が車に視線を向けると、車の中で天草中将が白目を剥いていた。


前野・浦辺「「ひっ……」」

阿倍「さぁ、新しい世界の扉を開こうじゃないか。あ、清太。終わったらこいつら何処に捨てとけばいい?」

清太「大本営にでも捨てといてください」

阿倍「わかった」


阿倍は素早く前野大佐と浦辺、それから気絶していた西野を簀巻きにすると、車に詰め込み走り去った。その様子を、江ノ島鎮守府の面々は呆然とした様子で見送った。


清太「……はーもう今日は疲れたわ。大淀―」

大淀「はい。何でしょう?」

清太「後片付けは明日からでいいか~」

大淀「ええ。まだ皆さん動揺してますし」

清太「亮太。お前は1週間休養な」

亮太「あぁ!?このぐらい入渠すりゃ治るぞ」

清太「うるせぇ提督命令だ。ガタガタ言ってると全治1か月の怪我負わすぞ」

鈴音「あ、あの!」


清太と亮太が言い合いを始めそうになったその時、鈴音が声を挙げた。清太と亮太が視線を鈴音に向けると、鈴音は遠慮がちに目を伏せた。


鈴音「私は……これからどうしたら……」

清太「……」

鈴音「今までは天草中将達の援助で生活していました。まだ中学生だからバイトもできないし、両親の遺産も天草中将達に取られてしまってお金もないんです。家も天草中将名義で借りてたので、近いうちに追い出されてしまいます」

清太「あぁ!?あの野郎、金むしり取ってたのか」

亮太「ま、それに関しては恐らく戻ってくると思うけど、問題は家だな」

清太「家は心配ない。最悪俺の借りてたアパートを使えばいい。準子さんには俺から言っとく」

亮太「あーそう言えばお前、解約してなかったな」

清太「そういうこった。鈴音ちゃん。心配しなくても俺達が何とかする。学校行く金がないなら俺達で出す。何も心配せずに生活してくれ」

鈴音「そんな、悪いですよ。それに私も来年には中学卒業するので、すぐに働きます」

清太「ダメだ。ちゃんと大学……せめて高校は卒業しろ。絶対に後々後悔する」


ま、小中とまともに学校行ってない上に、大学も行かなかった俺が言うことじゃないか。と清太は苦笑する。


鈴音「じゃ、じゃあ私も戦うから……」

清太「ダメだ。君は戦力にならない」

鈴音「どうしてよ!!」

清太「それ以上自分の手を血で染めるな。君が前に出て戦う必要性は海でも陸でも、今の日本にはない」


清太はそう言ってポケットからHOPEを出して火を付けた。その時、1台の黒塗りの高級車が鎮守府に入って来た。車は清太の前で停車し、中から清一と大和が降りてきた。


清一「また派手にやりおったな」

清太「うるせぇほっとけ」

大和「真柴組の情報のお陰で、非人権派の軍人や国会議員達を一斉に逮捕できそうだ。明日からは逮捕ラッシュね」

清太「一体幾ら金を積んだ?」

清一「随分と取られた。総額億は下らん。組長や先代組長には今更動くのかと睨まれた」

清太「あっそ」

大和「……で、天草中将達は?」

清太「あーそれならそのうち纏めて大本営に帰ってくる。今はお仕置きされてる頃だろ」

大和「……何をしたの?」

清太「心配しなくても死んだりはしない」


怪訝な顔をする大和に対し、清太は背を向け、地面に腰を下ろすとポツリと答えた。


大和「しかしまぁ……元帥の言う通り、また派手にやったわね。前は工廠だけだったけど、こりゃ地元住民に説明しないと無理ね。ついでに始末書も」

清太「はは……全く、俺の評価ダダ下がりだな」

清一「そんなもん、元より無いわ。お前の場合、出自等や無試験着任の問題があるから、マイナスからのスタートだ。最近やっと0に持って来れたのに。またマイナスだな」

清太「その原因を作ったのは何処の誰だよ」

清一「私だ☆」

清太「うぜぇ……あぁそれと、この子は俺が引き取ることにしたから」


清太は背を向けながら、タバコを持った手で鈴音の方を指差す。


清一「お前正気か?まだ24のお前が……」

清太「身寄りも無し。学校に通う金も無しな奴をほっとけないだろ?どうせ俺も当分結婚する予定はないし、養える収入はあるし」

大和「あなたね……」

清太「じゃああんたらが引き取るか?無理だろ普通に考えて。施設も混血じゃ難しいだろうよ。中学卒業と同時に放り出されるのがオチだ」


人間と艦娘の間に生まれた子供は孤児になりやすい。施設が受け入れを拒否してしまうことも多く、受け入れられても施設内でのイジメや虐待も頻繁に起きている。以前ほどでは無くなりつつあるが、混血や艦娘に対する差別の目は色濃く残っている。


清太「……それに、約束だからな」

大和「誰との……あ……」


清太の言葉に大和は尋ねようとしたが、すぐに約束の相手を察して両手で口を塞ぐ。


清太「鈴音が独り立ちできるまでは、俺が……面倒を……」

大和「清太?」


大和が清太の異変に気付き、近づいたその時、清太はゆっくりと倒れ込んだ。よく見ると、目、口、鼻から大量の血が噴き出している。


大和「清太!」

清一「どうした大和」

大和「清太が、急に……」

清一「おい、急いで入渠ドッグに運べ!それから大至急帝都の大本営付属病院に連絡。本間先生を呼んでくれ」

大淀「わ、分かりました」


清一は周囲を見回すと、ガングートに目を留めた。


清一「君、見たことのない艦娘だな。何処の所属だ」

ガングート「一応江ノ島鎮守府だ。とは言っても、正式には決まってないが。少し前から訳あって玉木少佐と行動を共にしている」

清一「ふむ……すまないが、後で詳しく話を聞く必要がある。大本営まで同行願えるか?」

ガングート「構わん。それよりも、玉木少佐はどうした?何故こんな状態になっている」

大和「艤装装着時間の限界を超えていたのよ。全身……特に脳に負担が掛かってる危険な状態よ。早く処置しないと死ぬかもしれないわ」

ガングート「何だと?そんなこと、一言も……」

清一「出会って間もない奴に自分の弱点は言わんだろ。とにかく今は、急いで入渠ドッグに運べ」


清一の言葉に、艦娘達は大急ぎで清太を入渠ドッグに運び、高速修復材で満たされたドッグに入れた。



~5分後~

―江ノ島鎮守府 執務室―



清一「何?それは本当か?」

鈴音「ええ。自分の見間違いかもしれませんが……」

大和「元帥……」


難しそうな顔をする清一を、心配そうに大和が見つめる。清太が倒れて5分後。清一と大和、そして鈴音は執務室にいた。清太には高速修復材で治療した亮太がついている。


鈴音「私が前野大佐に撃たれそうになった時に玉木少佐が来たんですけど、その時に一瞬だけ目に青い炎が見えて、言葉も何だか変に聞こえたんです」

清一「目に青い炎は深海棲艦の中でも上級に位置する連中の特徴に似ている。ついでに言えば、一部の深海棲艦は我々と同じ言語を話すことができる」

大和「清太が深海棲艦だって言うんですか?」

清一「まだそうとは言ってない。確信も持てんし。まさかとは思うが、大洗で何かされていても不思議ではない。検査をして、清太を取り調べねば判断を下せん」

大和「……っ」


清一の言葉に、大和は唇を噛みながら下を向く。その様子を横目で見ながら、清一は腕を組んで宙を眺めた。


清一「今はまだ、判断できん。そもそも清太が後遺症無く回復するかも分からんからな」

大和「滅多なことを言わないでください!!」

清一「……すまん」


大和に怒鳴られて、清一は下を向いた。そしてすぐにあっという声を出し、顔を上げた。


清一「完全に忘れていた。いるじゃないか。清太のことをよく知る者が」

大和・鈴音「「え?」」



―入渠ドッグ―



亮太「清太……」


清一達が話し合っている頃、亮太は入渠ドッグで清太の様子を見ていた。そばには清太によくくっついている飛行帽を被った妖精と作業着を着た妖精もいる。清太は外傷は治っているものの、意識は戻る様子がない。顔色も悪く、状況は良くない。


亮太(殆どの奴は見ていないと思うが、一瞬だけ清太は深海棲艦化していた。青い目に深海棲艦特有のイントネーション。恐らく間違いない。前に鈴美が死んだ時にも似たような事があった。あの時は後ろ姿だけで声しか聞いてなかったけど、今回は顔も見えた)


亮太「なんで話してくれないんだよ……」


深海棲艦化。海軍だけでなく、民間でも囁かれている噂。艦娘が何かしらの理由で深海棲艦になるという。亮太自身も間近で見たことはないが、有力な深海棲艦を倒すと、近くで艦娘が発見されることがごく稀にあるため、あながち間違いではないのかもしれない。しかし、救出した艦娘は全員救出される前の記憶が無いため、確証には至らないというのが現実だ。


亮太(深海棲艦化しているから、無闇に話せなかった?海軍に戻りたがらなかったのもこれが原因か?いや、でもそれなら今回提督になる話は意地でも受けなかっただろう……)


亮太はしばらく考え込んでいたが、ふと前野大佐の言葉が脳裏をよぎった。


亮太(実験データとか、慰み者、薬……まさか……)


長門「失礼するぞ」


亮太が自分なりの結論を出したと同時に、入渠ドッグに長門が入って来た。


亮太「長門さん」

長門「さんはいい。少尉。貴方は軍医とは言え軍人だ。私達よりも目上だ。敬語もいい。……提督はどうだ?」

亮太「わからん。意識が戻るかも、戻らないのかも。戻ったとしても……」

長門「何だ?」

亮太「……いや、何でもない。今言うべきことじゃない」

長門「……話したくないのなら、聞かないでおこう。話は変わるが、今回の件、本当に申し訳なかった」


そう言うと長門は亮太に向かって頭を下げた。


亮太「何で頭を下げるんだ?」

長門「私は……いや、我々は何もできなかった。鎮守府が荒らされていくのに、怖がって少尉に頼ってばかりだった。そして、何時か提督が戻ってきて、何とかしてくれると期待していた。結果はどうだ?軍人ではない一般人の力まで借りる始末。恥ずかしい話だ」

亮太「仕方がない。以前に散々酷い目にあっていたんだ」

長門「提督や少尉は強いな。一歩も引かずに強大な敵に立ち向かっていく」

亮太「……そんなことはない。俺も清太も逃げたことはある。戦闘力だけ見れば確かに強いかもしれない。でも、メンタル面で見れば、特別強くない」

長門「そんなことは……」


長門が否定しようとしたが、亮太はそれを小さなため息で遮ると、清太の方を見た。


亮太「腕っ節が強い=メンタルも強いってはならないんだ。体の強さとメンタルの強さは比例しない。清太はそれの最たる例かもな。確かにメンタルは並みの人よりかは強いだろう。でも、それだけだ。戦闘力とは違って、人間としての範疇を超えない。メンタルに負担が掛かり続ければ、何時かは壊れる。そして、人間は艦娘以上にメンタルがやられれば回復しにくい」

長門「……」

亮太「もし長門が今回の件、もっとこうしておけばと思うところがあるのなら、次はそうならないようにすればいい。清太に負担を掛けすぎていると思うのならフォローすればいい。清太と同じぐらいになれなんて言わないけど、実力を付けろ」


亮太(実際、清太が何でもかんでも解決しちまうから、艦娘達が清太に頼りっきりになるのはマズいしな。ある程度は自分達で対処できるようになってくれないと)


長門「……矢矧と翔鶴が、気にしていた」

亮太「何故?」

長門「自分達が不覚を取った所為で提督が無理をしたのではないかと」

亮太「それは違う。本当は十分間に合う時間で到着できるはずだった。でも、途中で深海棲艦の大艦隊と戦闘になって、時間が掛かったらしい」

亮太「気に病む必要はないと言っておいてくれ。元は俺が不覚を取った所為でこうなった」


そこまで言うと、亮太は入渠ドッグの入り口の方に視線を向けた。


亮太「大淀。何か用か?」

大淀「え?あ、す、すみません。お話し中だったみたいですから……」

亮太「いい。何か用か?」

大淀「元帥が、少尉とそこにいる妖精達を連れてくるようにと」

飛行帽妖精(以下飛妖精)「?」

作業着妖精(以下作妖精)「われわれに?」



ー執務室ー



亮太「失礼します」

清一「入りなさい」


長門と大淀に清太を任せた亮太は、2匹の妖精と執務室に入った。執務室の応接ソファーには清一、大和、鈴音が座っている。


清一「座ってくれ」

亮太「はい」

清一「君と妖精を呼んだのは、清太の過去について聞きたいことがあるからだ」


清一の言葉に、亮太の目つきが鋭くなる。


亮太「……俺は昔あんたらに大体話しましたが」

清一「だろうな。だから、常に清太の側にいた妖精に聞きたい。大洗特別鎮守府で何があった」

亮太「ちょっと待ってください。なら俺がいる必要は……」

大和「清太は私達よりもあなたのことをずっと信頼しているわ。だから、清太の理解者として知っておいて欲しいの」

亮太「……」

飛妖精「申し訳ありませんが、お答えするわけにはいきません」

作妖精「こればかりは私もできません」


亮太が黙っていると、亮太の肩に乗っていた2匹の妖精達は首を横に振った。


清一「何故?」

飛妖精「もし答えたら、清太さんが海軍に戻れなくなる可能性があります」

作妖精「最悪、あなたたちが清太さんを殺さなくてはならなくなります」

大和「それって……」

鈴音「じゃあこれには答えて。……玉木少佐は深海棲艦化してる。そうだよね?」


鈴音の言葉に、飛行帽を被った妖精は飛行帽を目深に被り、視線を逸らした。作業着を着た妖精も、俯く。


亮太「……嘘だろ?マジなのか?」

飛・作妖精「「……」」

亮太「おい!何とか言えよ!!何でそうなった!?何時からだ!!俺が大洗特別鎮守府から出て行く時にはそんな様子はなかったぞ!!」

清一「新見少尉!!」

亮太「っ……」

清一「落ち着きなさい」

亮太「……すみません」


清一は興奮して立ち上がった亮太を一喝して座らせると、飛行帽を被った妖精を見た。


清一「君は元々大和の偵察機パイロットだったね。長い付き合いだ。教えてくれないか?」

飛妖精「……できません。清太さんがこうなったのは、あなた達にも非があります」

清一「……」

飛妖精「南方戦線という最前線で戦っていて、海軍内部の派閥争いにまで手が回らず、本土にいる海軍軍人達を疎かにした結果、非人権派の暴走を許した」

大和「それは……反省してるわ」

飛妖精「反省?反省して、清太さんの大切な人達は還ってきますか?亮太さんのお母様は還ってきますか?我々妖精と違って、人間や艦娘達の命は1度限りなんですよ。わかってますか?」


そこまで言い切ると、飛行帽を被った妖精はふぅ、とため息をついて、ポケットから飴を取り出して舐め始めた。


飛妖精「そもそも、我々よりも清太さんの体の状態を知っている人がいるのでは?」

清一「それは……」

作妖精「その様子を見る限り、その方達にもこっぴどく言われたようですね」


作業着を着た妖精に指摘され、清一はバツの悪そうな顔をすると、机に置かれてすっかり温くなった緑茶を啜った。


清一「確かに今の清太の状態は気になるが……」

大淀「元帥。大本営付属病院から本間先生が来られています」

清一「……すぐに行く。案内してくれ。大和。行くぞ」

大和「はい」


清一に促され、大和も席を立った。残された鈴音と亮太、それに2匹の妖精はしばらく黙ったまま下を向いていた。


亮太「……そう、か。なら、あの人達に聞くしかないな」

鈴音「あの人達って?」

亮太「鈴音ちゃんは知らないだろうな。茨城の大洗に、俺や清太が世話になった人達がいる。神社の神主と医者を兼任してる人なんだ。俺の予想が当たってれば、清太のことについて知っているはずだ」

鈴音「成程」

飛妖精「あの、りょうたさん。すずねさん」


亮太と鈴音が振り返ると、飛行服を着た妖精が心配そうな顔で見ていた。


作業着を着た妖精の言葉に、亮太は顎に手をやり、考え込んだ。もしこれから妖精達から清太の秘密を聞いたとして敵になり得る要素が何処にあるのか気になったのだ。


亮太(深海棲艦化しているのは既に知っている。清太が暴走しない限りは少なくとも俺や鈴音ちゃんが敵になることは有り得ないし……何処にそんな要素があるんだ?)


亮太が考え込んでいると、飛行帽を被った妖精はため息交じりに亮太の方を見た。


飛妖精「大洗特別鎮守府だけの話ではないんです。今の言葉の意味には、大洗特別鎮守府から去った後の清太さんの足取りも含まれますから」

亮太「ホームレス時代の話は少しは聞いている。汚れ仕事も引き受けていたことがあったんだろ?」

作妖精「かなりぼかした言い回しですよ。それ。本当はもっと血にまみれた話ですから」

亮太「……いい。話してくれ。あいつが話さないのなら、聞くべきではないと思ったが、今後のためだ。知っておいた方がいい」

飛妖精「覚悟を決めたんですね……いいでしょう」


そこから聞いた話は、亮太を驚かせた。まず、清太は大洗特別鎮守府で正木舞と共に人体実験をされていた。人体実験の副産物が性別転換薬だったという。大洗特別鎮守府の提督達は、薬を清太に注射し、正木舞と共に民間の非人権派達に売って玩具にしていたのだ。


さらに清太は深海棲艦化した亮太の母である飛鷹を殺していた。厳密には、一瞬理性を取り戻した飛鷹がわざと清太に殺されるようにしたというのが正しいようだが、今まで玩具にされてきた精神的なストレスに加え、この時のショックがとどめとなって清太は錯乱。理性をコントロールできなくなり、大洗特別鎮守府の職員を皆殺しにし、自身も自殺しようと実験室ニ保管されていた飲めば死ぬと言われていた深海棲艦の血液を大量に服用した結果、深海棲艦化した。妖精達の話では、深海棲艦化したと言っても、髪の毛が真っ白になり、瞳に青い炎が宿っただけで、角や尻尾はなかったという。ただ、戦闘力が跳ね上がっただけでなく、艤装装着時間の制限もなくなっていたらしい。


大洗特別鎮守府が崩壊してから、清太は空襲の隙を見て非人権派の家に侵入。空襲泥棒を繰り返し、食いつないでいた。そして、しばらく経ってから鹿島灘に出現した深海棲艦の大艦隊を相手に単独出撃。50人以上の深海棲艦をほぼ全滅させたが、増援に来た姫級に敗北。本来なら清太はここで死ぬはずだったのだが、何故かその姫級はボロボロの清太を安風神社近くの砂浜に置き、空砲を使って神社の人を呼び寄せた後、その場を去ったという。


作妖精「その後の清太さんは悲惨でした……」


清太は安風神社で治療を受け、どうにかそれ以上の深海棲艦化を防ぐことはできた。神谷達の懸命な治療の結果、性別も元の男に戻ったが、まだ12歳だった清太の心には深い傷ができた。毎晩のように魘されて眠ることができず、仕方なく睡眠薬を使って眠る始末。そしてある日、清太は神社にいる1人の艦娘の嘆きを聞いてしまったのだ。


飛妖精「当時、安風神社には雲龍型三姉妹がいました。雲龍さんと神谷さんが夫婦で、雲龍さんの妹の天城さんと葛城さんと一緒に暮らしていました。その中で、天城さんは大洗特別鎮守府の鬼頭英治さんと付き合っていました」

作妖精「鬼頭さんは亮太さんが大洗特別鎮守府を去ってすぐに、病気に罹り、療養していたんですが、当時の提督達が無理矢理出撃させた結果、帰らぬ人になりました」

亮太「でも、なんで天城さん達はそれを知らなかったんだ?普通は知ってるだろう?」

飛妖精「情報隔離がされていて、詳しい情報が得られなかったんです。大洗特別鎮守府が火災で崩壊した際は真っ先に駆けつけましたが、清太さんとは入れ違いで会うことができませんでした」飛妖精「一方の清太さんも、全く助けに来てくれなかった安風神社の皆さんに不信感を募らせてましたから。その後何度か接触はあったんですが、薬のせいで少女の姿になっていた清太さんに神谷さん達も気付かなかったんです」

鈴音「すれ違いになってたのね……」

亮太「んで、清太は何を聞いたんだ?」


亮太の言葉に、飛行帽を被った妖精と作業着を着た妖精は、互いに顔を見合わせると少し言い辛そうに話し出した。


飛妖精「それが……『あなたにも生きていて欲しかった。清太が生きていたことも嬉しいけれど、それ以上にあなたにも生きていて欲しかった』と、天城さんが鬼頭さんの写真を抱きしめて泣いている姿を見てしまったんです」

亮太「……」

作妖精「恋人だったのだから、そう言うのも仕方がないことかもしれませんが、精神面が不安定になっていた清太さんは『自分は生き残るべきではなかった。ここにいるべきでない』と思い込んでしまったんです」


その後、清太は安風神社を飛び出し、日本各地を放浪した後帝都に流れ着いた。帝都に着いた清太は、まず自分の戸籍を調べた。が、戸籍は自分が大洗特別鎮守府に入ってすぐに抹消されていた。更に自分の家に向かった。立派な家にはピカピカの高級車が並び、ブランド物の洋服やアクセサリーをこれでもかと着飾った両親と実の弟、そして妹を見つけた。家族同然の仲間を喪い、金も無く、旅塵に汚れ、ボロボロの自分の心と服装とは対照的な幸せそうな生活に、清太はこの家族に自分の入り込む隙間はもうないと悟り、その場を後にした。


以降、清太は酒と金と暴力に溺れた生活を送った。日中は駅でピアノを弾いて小銭を稼ぎ、夜になれば高額な報酬で暗殺などの汚れ仕事を行った。報酬を払わなければ、相手も殺す。暇さえあれば酒に溺れる。荒んだ生活だった。


そんな生活を送る清太の将来を憂い、清太と共に生活をしていたホームレス達が協力し、真柴組の先代組長。真柴の祖父に頼み込み、その話が巡り巡って鷹野準子に引き取られることに繋がった。


飛妖精「清太さんの今の性格は、準子さんや中学からの同級生である肝井さんや真柴さん達のお陰なんです。あの方達が支え続けたから、今の清太さんがあるんです」

鈴音「……」

亮太「俺に話せなかった理由は、深海棲艦になった母さんを殺した罪悪感からか。軍人としての誇りを捨てたからか」

飛妖精「それもあるでしょうが、1つは『亮太さんが持っていた楽しく賑やかに暮らしていた大洗の思い出を、自分が話すことで汚したくなかった』からでしょうね。亮太さんに気を遣ったのは間違いないでしょう」

亮太「軍服を着たがらないのは、殺人や強盗という罪を犯して軍人としての誇りを捨てているから……軍人としての資格がないから着ることはできないということか……」

作妖精「恐らくは」

亮太「そう……か」

鈴音「新見さん……」


鈴音が亮太の方を見ると、亮太は肩を震わせ、声を押し殺すようにして泣いていた。家族に捨てられ、何処にも居場所がなかった自分を受け入れてくれた場所。多くの思い出があった場所を自らの手で破壊し、血で汚し、燃やし尽くした。深海棲艦化してしまっていたとは言え、育ての親で、親友の母を殺した。散々酷い目にあわされていたとは言え、生きるために非人権派の家で強盗や空襲泥棒を繰り返した。


誰かに言えば楽になれたかもしれない。でも、当時の清太の精神状態ではとても相談できるようなことではなかったのか、或いは今以上に混血に対しての風当たりがきつい時代。自分が罪を告白することで、他の混血達の立場が危うくなると考えると言えなかったのかもしれない。


亮太「俺はもしかしたら、あいつに酷なことをしていたのかもしれない。『何も言ってくれない』なんて言って……もしかしたら、あいつに嫌なことをその度に思い出させてたのかも……」

鈴音「……」

大淀「新見少尉、鈴音さん。提督が搬送されますよ」


突然聞こえた大淀の声に、亮太は慌てて涙を拭うと立ち上がった。


亮太「清太は?」

大淀「かなり深刻な状態です。脳にダメージを負った可能性もありますし、内蔵の機能も低下しています。急いで大本営付属病院に搬送して治療をするそうです」

亮太「そうか」



~???~



清太「……ん?」


清太が起き上がると、そこには一面に真っ赤な彼岸花が咲き誇っている草原だった。


清太「俺、確か鎮守府にいたよな?つーか何処だここ?」


清太はしばらく悩んでいたが、軽く伸びをすると立ち上がった。周囲に建物は無く、緩やかな風がまるで道案内のように一定の方向に吹いている。舗装されていない道がただ真っ直ぐに続き、その道を人々が歩いている。


清太「おい……」


清太は道行く人に声をかけようとしたが、皆一様に無視していく。泣いている者、怒っている者、うつろな表情の者……様々な人に声をかけるが、皆清太を無視して歩いて行く。


清太「……意味分からん。とりあえず、変な世界に飛んだことは何となく分かる」


清太は頭を掻くと、人々の向かう先へ歩き出した。道はかなり長く、狭い。清太は時に駆け足時に早歩きとペースを変えながらも進んでいく。皆一方向に向かって歩いているが、不思議なことに誰ともすれ違わない。


清太「ここには逆走してやろうって天邪鬼な奴はいないのな」


しばらく歩いていると、河原に辿り着いた。皆船に分乗して対岸に渡っていく。対岸は光り輝いていて、人々が楽しそうに笑っている。清太も一瞬乗ろうかと思ったが、ふと立ち止まった。この川を渡ってはいけない気がする。本能的に感じたのだ。


清太「あーそういうことね。なーんとなくここが何処か分かったのはいいけど……どうやって帰ろうかね。他の思考回路が死んでる連中と違うってことはまだ一応生きてるってことなんだろうけど、あんまりチンタラしてたら火葬場に持ってかれそうだな」


清太は頭を掻いて河原に腰を降ろすと、元の場所に戻る方法を考えはじめた。その時、背後から清太は肩を叩かれた。


??「清太」

清太「誰だ?俺は今河原の石を数えるのに忙しいんだ。用があるなら後にしてくれ」

??「へぇ……私のこと、忘れちゃったの?」


清太は気怠げに後ろを振り返ると、固まった。目の前にいたのは、亮太の母親であり、清太の育ての母親でもある新見飛鷹だった。


清太「ひ、飛鷹さん……」

飛鷹「あんた。こんな所で油売ってる暇じゃないでしょ」

清太「戻り方がわかんねぇんだよ。しょうがないだろ」

飛鷹「口の利き方は相変わらずね」ハァ

清太「……」

飛鷹「自分の歩いてきた道、まだ見える?」

清太「ああ。見える」

飛鷹「見えるのならあなたはまだ死んでないわ。急いで自分の来た道を辿っていけば帰れると思う。かなりしんどいかもしれないけれど」


私達はもう戻れないけどね。と飛鷹は寂しそうに言った。清太が飛鷹の足下を見ると、飛鷹の足下は透けていた。


清太「……俺のせいだよな」

飛鷹「……」

清太「まだちゃんと話せてないんだ。亮太に。飛鷹さんの死んだ理由とか、自分のこととか」

飛鷹「そう」

清太「怖いんだ。全部言って、亮太や、周りの見る目が変わるのが。今の環境に馴染んでる。目が合ったら誰彼構わず殴りかかるような……誰からも嫌われても平気なメンタルはもう俺にはないんだ」


気がつけば、清太は涙を流していた。そんな清太を見て、飛鷹は優しく清太を抱きしめ、背中を軽く叩いた。


飛鷹「大丈夫よ。あなたの大事な人達は例えそれを話したとしても、あなたを蔑んだりはしないはずよ。それよりも、あなたが戻ることを待っている人達がいる。早く戻ってあげなさい。約束、忘れたわけじゃないでしょ?」


飛鷹は清太を離すと、背中を押した。清太は数歩歩いて後ろを振り返ったが、すぐに元来た道を走り出した。


飛鷹「それでいいのよ」

??「飛鷹さん。鷹野君……いや、清太はもう行きましたか?」


飛鷹が頷いていると、草むらの影から綺麗な緑色の髪をした少女が現れた。その後ろには銀髪で、褐色肌の青年が立っている。


飛鷹「鈴美ちゃんか。今行ったところだよ」

鈴美「そう、ですか」

??「飛鷹さんズリィよ。自分だけ話してさっさと帰らすなんてよ。俺も清太と話したかったぞ」

飛鷹「バカね。あんたと話してたらあの子はきっと戻らなくなるわよ」

??「……舞のこと、言わなかったのか?」

飛鷹「ええ。あの子がこのまま海軍に居続けるなら、いつかきっと会える。それに、今の清太に伝えるべきではないでしょう?違うかしら?英治君」


英治と呼ばれた青年は困ったように頭を掻くと、飛鷹の方を見た。


英治「まぁ、そうだけどよ……」

飛鷹「心配してるの?」

英治「当たり前だろ。弟同然なんだから」

飛鷹「そうね。それに関してはあなたも舞ちゃんも一緒だったけど」

英治「あいつに関してはブラコン拗らせてただろ。普通10歳前後の異性が入ってる風呂場に突撃したり、添い寝するかよ」

鈴美「えぇ……」


やや引き気味の鈴美に対し、英治と飛鷹は苦笑いをした。


飛鷹「まぁ、舞ちゃんは弟が欲しいって常々言ってて、そのタイミングで清太が来たからね」

英治「母性と姉性を爆発させた結果、超の付くブラコンになったんだ。清太がはじめて姫級と戦った時、ちょっと砲弾が清太の顔を掠っただけでブチ切れて、素手で姫級の顔面貫通させたんだぞ」

鈴美「素手で!?」

英治「俺も清太もできなくはないだろうけど、絶対やりたくねぇわ」

飛鷹「一方の清太は初めての姫級討伐を邪魔されて、しばらく口も利かなかったわね」

英治「舞もそっちの方で大ダメージ受けてたな。『口も利いてくれない……』って。まさに『心が大破』って奴だ」

鈴美「で、でも、そんなんでも実力は確かなんですよね?」

飛鷹「大洗特別鎮守府の中では1、2を争う実力者よ。清太も殆ど勝ったことがないわ」

英治「俺も舞とは37戦15勝13敗9分だな。ちなみに清太は舞とは57戦5勝50敗2分。俺とは62戦2勝55敗5分だな」

鈴美「どんだけ勝負してるの……」

飛鷹「あの頃の清太は好戦的だったからねぇ」


鈴美の言葉に、飛鷹は昔を懐かしむ様子で笑ったが、すぐに真剣な表情に戻った。


飛鷹「まだどう転ぶか分からないけれど、清太の進む道の先には必ず彼女が待ち構えているわ」

英治「……だな。ほっといても、舞の方から来るだろうし、清太達が動かなきゃ日本が終わる。何にせよ、死者の俺達はこっから見守るくらいしかできないんだ」


そう言って英治は清太が走って行った道を見つめた。



ー大本営付属病院ー



清太「……」


江ノ島鎮守府での騒動から3か月後。清太はようやく意識を取り戻した。何度も生死の境を彷徨い続けたが、奇跡的に脳に後遺症もなかった。ただ、1つ問題があった。


清太「……」プルプル


筋力が大幅に低下し、まともに歩けない。箸も持つのがやっとという状況だった。そしてその介助をしているのが


ガングート「ほら、潔くあーんしろ」

清太「絶対に嫌だ」


清太の祖母、大和から清太のお目付役を言い渡されたガングートだった。ガングートは騒動の後、大本営に出頭。性能検査の後、江ノ島鎮守府に着任したが、元帥や大和の後押しで一時的に大本営預かりとなっている。


何故お目付役を言い渡されたのか。それは江ノ島鎮守府の他のメンバーが鎮守府の復興やメンタルケアで忙しいことと、下手に人選をミスすると清太の貞操が危ないと大和に判断されたからだった。


ガングート「貴様……餓死したいのか?」

清太「それなら今頃三途の川で水泳大会開いてるっての。まさかここまで筋力が落ちてると思わなかったんだよ」

ガングート「つべこべ言わずに食え。それともまた看護婦にぶっとい注射針で点滴されたいのか?」

清太「……お願いします」


大本営預かりとなりとなったガングートは、かつて清太の借りていたアパートに住み、権堂の務めるスーパーでパートとして働いている。心配になった清太が肝井に頼んで様子を見に行かせたところ『問題なく働いている』とのこと。後日権堂も見舞いに清太の病室にやって来た際、ガングートのお陰で売上が伸び、更に面倒なクレーマーが消えたと話していた。


清太(こいつ、まさか職場でクレーマーに拳銃とか向けて脅したりしてないだろうな?)


流石にないとは思いつつも、クレーマーが消えたという権堂の言葉に、清太は少し心配になった。まさか本当に消されてはいないだろう。でもガングートの性格だとあるいは……


清太(ダメだ。容易にクレーマーの口に拳銃の銃口を押し込んでるガングートの姿しか想像できない)


ガングート「ん?何を難しい顔をしている?不味かったか?」

清太「お前……職場でクレーマー殺したりしてないだろうな」

ガングート「貴様は私をどういう目で見てるんだ!?」

清太「じゃあ、口に拳銃を突っ込んだりはしてないよな?」

ガングート「当たり前だ!幾ら腹が立っても丸腰の一般人に拳銃なんて見せるわけがないだろう」

清太「ならいいが……」


清太の言葉に機嫌を損ねたのか、ガングートは不機嫌そうに清太の口に病院食をハイペースでねじ込むと『パートに行ってくる』と病室から出て行った。それと入れ替わるように軍服姿の亮太が病室に入ってきた。


亮太「ガングート、何か随分と不機嫌そうだったが、何かお前やらかした?」

清太「ちょっとな。で、何の用だ?」

亮太「調子はどうだ?」

清太「まだまだだ。箸もまともに持てねぇよ。医者曰く『かなり時間が掛かるかも』だってさ」

亮太「そうか……」


亮太はベッドの横にあった椅子に座ると、しばらく黙りこんでいたが、意を決したように清太の方を見た。


亮太「お前、深海棲艦化してるんだってな」

清太「……あぁ」

亮太「何で言わなかった」

清太「言えるわけねぇだろ。それに言ってどうなる?深海棲艦化した事実はなくならないだろ?現時点で俺が深海棲艦になって、お前らを襲うこともない。見た目もほぼ深海棲艦だなんて分からないんだ」

亮太「……言って楽になろうとは思わなかったのか?」

清太「楽に……か。なっちゃいけない気がしたんだ。俺のせいで死んだ人達のためにも。楽になってはいけないって」

亮太「そうか……」


亮太は立ち上がると見舞い品の果物籠からリンゴを取るとそのまま囓りはじめた。


清太「鎮守府はどうだ?」

亮太「まぁ、何とかやってるよ。気にしなくていい」

清太「そうか」

亮太「何時退院するんだ?」

清太「わからねぇな。筋力が大分落ちてるから、リハビリに相当時間が掛かるだろうし」

亮太「わかった」



~数時間後~

ー江ノ島鎮守府 執務室ー



亮太「何とかやってる分けねぇだろぉぉ!?」


数時間後。江ノ島鎮守府の執務室で亮太は叫んでいた。周囲には書類の山が並び、艦娘達がせっせと書類作業に勤しんでいる。


亮太「意味不明だよこの書類の量。何これ?」

大淀「前野大佐達が全く書類作業をしていなかったツケですね」

吹雪「それに加えて資材や資金横領を隠すために書類改竄も行っていたようで、やってもやっても大本営からやり直せとかなりの枚数が返ってきてます……」

亮太「ふざけんな。何であの汚物共の尻ぬぐいをしなきゃいけないんだよ」

大淀「仕方ありませんよ。当の本人達は今頃檻の中ですから」


江ノ島鎮守府を占領していた天草中将をはじめとした非人権派達は、清太が倒れた日から1か月後。大本営の正門前に全裸で捨てられているところを発見された。当然事情聴取を受けたのだが、『やらないか☆』や『2人はムキムキ。マッスルハート♡』と言ったりと意味不明な言葉を繰り返して、尋問官達が匙を投げた。現在では極刑か終身刑が妥当だろうという結論に至っている。


古鷹「元帥や大和さんも他の業務に追われてこちらにまで気に掛ける余裕はないみたいですし……」

亮太「上は大体そんなもんだ」

榛名「提督はまだ意識が戻られないんですか?」

亮太「……ああ」


嘘である。今ここで意識が戻ったなんて言ったりしたら、鎮守府は大騒ぎになるし、見舞いに殺到して病院にも迷惑が掛かる。何よりもこの執務室から溢れんばかりの書類を捌かないことには余裕も生まれない。艦娘達総出で取りかかっているような現状ではとても言えたものではない。


亮太「……胃が痛い。誰か、胃薬を持って来てくれ」



~1か月後~

ー江ノ島鎮守府 執務室ー



1か月後。亮太は度重なるストレスで錯乱し、執務室の床に寝転がって駄々をこねていた。


亮太「もうやだもぉぉぉぉおおん!!もう辞めるもぉぉぉおおん!!何で俺が全部やらなきゃいけないのぉぉぉぉおお!!!」バタバタ

大鳳「お、落ち着いてください新見先生」

赤城「大鳳さん。どうしたんですか?」

大鳳「赤城さん。いえ、あの、それが……」

大淀「連日の徹夜に加えて、上から『早く書類出せ』と言われ続けて、おかしくなってしまったんです」

赤城「うわぁ……」


大の大人が床で転げ回りながら駄々をこねる状況に、赤城は思わず引いてしまった。


亮太「ぬわぁぁぁああんもうやだもぉぉおおおん!!!」ダッ

大淀「あ、新見少尉!」

大鳳「そっちは窓で、崖……」


パリーン


窓ガラス「」アカン


突然立ち上がって走り出した亮太は、窓ガラスを突き破ると、そのまま崖から飛び降り、綺麗な着地をした。


亮太「アディオス」キリッ

大淀・赤城・大鳳「「少尉ぃぃぃぃ!?」」



・・・


~2時間後~

ー大本営付属病院 清太の部屋ー



清太「え?亮太が消えた?」

真柴「ああ。何でも窓を突き破って崖から飛び降りて走り去ったみたいだ」

清太「何それ怖い。消されたの間違いじゃないの?」

真柴「ちげぇよアホ。全く……俺らの中でも常識人の方だったあいつがそんなことするなんて、おまえの鎮守府どうなってんだよ」

清太「知るか」


清太はそう言って窓の外を見る。既に日は傾きはじめている。暗くなれば視界も悪くなるし、何処かに隠れられたりしたら見つけるのは困難だろう。


真柴「今うちのもんが探してるけど、見つけたらどうする?」

清太「数日ゆっくりさせて、鎮守府に返却しといてくれ」


1か月で清太の状態は少しずつ良くなっていた。以前程の筋肉量はないものの、何とか食事やトイレ、本を読んだりすることができるようにはなった。ただ、走ったりすることはまだできないし、歩くのも短距離だ。


真柴「あとどれぐらい掛かりそうなんだ?」

清太「早くても2か月だってさ。ついでに言えば、まだ俺の処分が決まってない」

真柴「はぁ?お前処分されるようなことしたっけ?」

清太「鎮守府半壊に、戦闘で近隣住民の不安を煽ったとかで上の方で問題になってるらしい。死刑とか無期懲役にはならないらしいが、謹慎は確実だろうってババアが言ってた」

真柴「懲戒免職とかにはならないのか」

清太「そこはジジイとババアが死守したらしい」


清太の言葉に、真柴は清太が懲戒免職になった時のことを想像した。艦娘達が暴動を起こす様子がまず浮かび、更には何故か亮太が鬼の形相で艤装を展開して暴れ回る姿も想像できた。


真柴「……正しい選択かもな」

清太「?」

真柴「お前、間違っても国外に逃げたり、提督の仕事投げ出したりするなよ。日本が終わる」

清太「……ちょっと見てみたいかも。謹慎中にアメリカでも行ってみるか密航で」テヘッ☆

真柴「」ドスッ


清太の言葉に真柴は背中に隠し持っていたドスを抜くと、清太の目の前に突き刺した。


真柴「お前が提督から逃げる方法はない。いいな?」

清太「」



ー城ヶ島鎮守府 執務室ー



亮太「……」


清太が真柴に脅されている頃、亮太は城ヶ島鎮守府の執務室に居た。何故城ヶ島鎮守府に居るかというと、鎮守府を飛び出してから色んな所で遊び回り、砂浜でぼんやりしているところを田所中佐に拾われたのだ。


田所「お疲れ~!!アイスティーしかないけどどう?」

亮太「あ、じゃあいただきます」

田所「ん、じゃあ作るからちょっと待っててくれ」


田所「えーっとアイスティーの素と、水と、氷と、粉末睡眠薬と……」

叢雲「何してんのアンタ」ガシッ

田所「ふぁっ!?い、いや、違うぞ叢雲。俺は見るからにしんどそうな新見少尉のためにスペシャルアイスティーをだな……」

叢雲「変なもん入れるな!!」

田所「でもアイスティーに睡眠薬入れてみろよ。飛ぶぞ!!」

叢雲「アンタの意識を三途の川の向こう側に飛ばしてあげようか?」

田所「まぁ落ち着け。怒ると皺が増えるゾ?」

叢雲「誰のせいで皺が増えると思ってんのよ!!」ギュゥゥゥ

田所「オォン!!アォォォン!!やめてぇ!!」

衣笠「失礼するわよ~……って何してるの2人共」


叢雲が田所中佐の口に酸素魚雷を突っ込もうとしたタイミングで、衣笠が入って来た。衣笠は田所中佐と叢雲を見ると軽くため息をついて亮太の方を指差した。


衣笠「客人、寝てるけど」

田所・叢雲「「え?」」

亮太「」zzz……


衣笠の指差す先にはソファーに横になって熟睡する亮太の姿があった。


田所「……そっとしとくか」



ー真柴組 組事務所ー



真柴「そうか。亮太は城ヶ島鎮守府にいるのか。……いや、そっとしとけ。亮太が戻る意思を見せるまではな。江ノ島鎮守府には連絡するな。……ああ、わかった。じゃあな」

組員「よかったですね」

真柴「ああ。非人権派の過激団体に誘拐されてないかちょっと心配したが、杞憂だったな」

組員「しかし、江ノ島鎮守府はどうするんです?」

真柴「あそこはこれから嵐が吹くな」

組員「?」


首を傾げる組員を他所に、真柴はポケットからスマホを出して電話をかけた。


真柴(嵐っつっても血の嵐が吹かなきゃいいけどな)


真柴「あ、もしもし大和さん?実は……」



~30分後~

ー江ノ島鎮守府 執務室ー



大和「……さて、言い訳を聞きましょうか?」ギロリ

真柴「何故に俺まで同行させられてるの……」


30分後。真柴は大和と共に江ノ島鎮守府の執務室にいた。目の前には真っ青になった大淀が正座している。


大和「大淀さん?私は新見少尉のサポートをあなたに任せたはずだけれど」

大淀「は、はい……あの、その、でも……」

大和「でも、何ですか?」

大淀「私も鎮守府の経理の仕事があり、全てをカバーするのは……」

大和「……」


大和に怯えて話にならない。真柴は軽く咳払いをすると大和を見た。


真柴「大和さん。あなたのせいで皆さん怯えて話にならないので、少し散歩してきてください。その間に何とか話を纏めますので」

大和「でも……」

真柴「いいですから」


真柴は大和を執務室から追い出すと、扉を閉めて更に鍵をかけた。どのみち艦娘が本気を出せば吹き飛ぶような扉だが、かけないよりかはマシだろう。


真柴「さて、今後の事だが……まずその前に自己紹介だ。大体の奴は……知ってるか。まぁいいや。俺は真柴次郎。関東真柴組若頭だ。ここの提督と軍医とは学生時代からの友人だ」

大淀「それは知ってます。何故ヤクザと大本営の大和さんと繋がりが?」

真柴「俺の祖父が元帥と友人でな。それで知り合いなんだよ」

大淀「で、今後のことは……」

真柴「ひとまず亮太……軍医殿には気の済むまで休んで貰う。その間は大和さんに江ノ島鎮守府に常駐。艦娘達だけでもある程度鎮守府運営ができるように指導して貰う。これでいいだろう?」


今までは提督である清太や、その代理の亮太に負担が集中していた業務を、最重要案件などを除き艦娘達に分担する。そうすることである程度仕事の負担は減少するだろう。


真柴「江ノ島鎮守府は特殊だからな。普通なら鎮守府に少数ながら一般兵がいて、業務分担をするのが普通だ。憲兵がその役割を担ってたりもするが……ここはそういった奴等がいないからな」

大淀「随分詳しいんですね」

真柴「俺達の事業の1つが情報屋だからな。海軍の内部事情なんて関東圏内なら余程の機密事項以外は大体知ってる」

大淀「恐ろしい話ですね」

真柴「心配しなくても、あんまり重要事項過ぎると売る相手がそういない。持ってるだけで意味ないんだよ。先代組長や現組長の意向で他国の政治家とかにも売るつもりもないしな。ま、今後の運営の具体案を俺は出した。あとはアンタが戻って来た大和さんに説明して許可を貰えばいいだけだ」


その後、戻って来た大和に大淀は真柴の出した具体案を話し、大和も納得した。その後は3人で鎮守府を歩き回り、帰路についた。



ー車内ー



大和「江ノ島鎮守府も大変ね」

真柴「大和さんの方が大変なんじゃないですか?江ノ島鎮守府と大本営の往復なんて」

大和「あら。あの具体案を出したのはあなたでしょ?」

真柴「……バレてましたか」

大和「直前まで私に怯えきっていた大淀さんが突然スラスラと具体案を出した。あなたが何か入れ知恵をしないと難しいんじゃない?」

真柴「仰るとおりで」

大和「……あなたがヤクザの家に生まれていなければ、即座に江ノ島鎮守府に配属させたいところなのだけれど……頭も切れるし」

真柴「祖父や親父、ブチ切れ待ったなし。俺も今更堅気の仕事に就く予定はないですよ。自分の会社もありますし、若頭が組み抜けたら大騒ぎになります」

大和「諦めきれないから、真柴商会を立ち上げて続けてるんでしょ?」


真柴商会。堅気の仕事への憧れを捨てきれなかった真柴が、祖父や父親の反対を押し切り、真柴自身で20歳の時に立ち上げた会社だ。やむを得ないときには違法なこともするが、限りなく堅気に近い会社運営をしている。ありがたいことに、初年度以外は黒字経営だ。真柴自身も各地を周り、営業活動を行っている。売上も順調に伸びてきている。


真柴「堅気に憧れているとかそう言うのを抜きにしても、今ここで投げ出したら折角付いてきてくれた組員達に申し訳が付きません。俺ができるのは、清太達のフォローです。本来俺みたいなのは光を浴び過ぎちゃいけない存在なんですから」

大和「大したものね。……ところで、清太の話なんだけれど」

真柴「何ですか?」


真柴の言葉に、大和の雰囲気が変わる。どうやら、ここからは真面目な話のようだ。


大和「採血した血を調べた結果、やっぱり清太は深海棲艦化している……に近いかしら」

真柴「何だかはっきりしない言い方ですね」

大和「深海棲艦の血液の特徴によく似た成分が倒れた当日に採血したものには多く含まれていたわ。でも、1週間前に採血したものはそれが大幅に減っていたの」

真柴「一時的に深海棲艦になっていたってことですか?」

大和「私達の見解はそうね。感情が高ぶったり、何かしらのことが引き金になって深海棲艦化するのかもしれないわ」

真柴「それで、海軍の判断は?」

大和「清太を殺す……というのは流石になかったわ。我が国の最終兵器となり得るって面で殺すには惜しいって言うのが上層部の判断よ。ただ、監視の目は付くかもしれない。錯乱でもしたら殺されても文句は言えないわ」