沼島警備府の夏休み
概要
主人公の風川仁志が沼島警備府の提督になって早二年。様々な業務に追われているある日、警備府が火事になり、思わぬ休暇ができたことで、仁志は艦娘達(一部除く)で里帰りをすることに決めた。
前書き
夏が近づいてきて、ふと書いてみたくなった。相変わらずの見切り発車。
俺「へ……?夏休み……ですか?」
さぞかし今俺の顔はアホ面になっているだろう。だが、東郷少将からもう一度言い放たれた言葉は、迷うことなく俺の耳の鼓膜を振るわせる。
東郷「もう一度言うぞ。沼島警備府を改装する。それにあたり、事の当事者である白露、夕立を除いた者全員はこれから当面の間休みとする」
俺が沼島警備府に着任して2年の歳月が流れた。その間、出会いや別れ、色々あったが戦況がやや安定。俺達の業務も落ち着きはじめてきていた。そんな中、1週間前に沼島警備府の厨房で夕立と白露が揚げ物をした際に火事になった。初期消火を白露達がミスをしたものの、その後の懸命な消火作業のお陰で厨房と食堂が全焼しただけで済んだのが不幸中の幸いだったが、これでは生活ができないため、現在神戸鎮守府に身を置いている状態だ。
俺「そうですか」
正直、ホッとした。こんなやらかしを内地の、それも警備府でやらかせば解体もありえた。それを長期休暇で済ませて貰えるなんて、とんでもなく運がいい。
東郷「無論、当時は警官研修で島外に居た貴官も監督責任があるということで始末書を書いて貰ったが、これで問題なかろう。それと3か月の減給処分だ」
俺「ありがとうございます」
東郷「礼は沼島の人達に言うんだな」
そう言って東郷少将は俺の前に大きなダンボール箱を置く。中には大量の手紙が入っていた。
俺「……ファンレターですか?」
東郷「馬鹿者。貴官等の罰を軽くするようにと言う嘆願書だ。まともに字が書けない老人から子供まで書いてきている。今回、解体にならなかったことの一因と言っても過言ではないだろう」
俺「……」
東郷「愛されているな」
ヤバい泣きそう。
・・・
俺「……そうですか。ありがとうございます。宿泊代金は俺が出すんで……はい。ありがとうございます」
はい。提督です。今俺は宿の手配をしています。理由は簡単。艦娘達(白露・夕立は別)が俺の地元に付いてくることになったから、そのために宿を探している。余裕を持ってと考えて、何とか家の近くの民宿を貸し切ることができた。
パース「宿、取れたの?」
俺「ああ。何とかな。俺の知り合いのとこだし、俺の実家にも近いから、何かあったら言ってくれ」
隣に居たパースに、俺は汗を拭いながら答える。大所帯で、当面の間という具体的な期間も分からないような宿泊客を良く泊めてくれたと思う。俺の実家周辺の民宿は皆決して大きい宿じゃないから、20人も泊まれば満員になってしまうから。
夕張「提督の実家って結構な田舎だったわよね?」
俺「ああ。でもまぁ、免許持ってるし大丈夫だろ」
俺の実家は田舎。だから車かバイクと言った移動手段が必須となる。バスもあるけど、本数が滅茶苦茶少ない。現時点で車の免許を持っているのはパース、夕張、榛名、葛城、五十鈴。その他の面子は車の免許は無いものの、バイクか小型特殊免許を持っているから、レンタカーや実家のバイクを貸せば移動に困ることは無いだろう。
俺「出発は明日朝。2人は全員に急ぎ荷造りをはじめるように指示を出してくれ」
夕張「白露と夕立は?」
俺「あー……あいつ等は改装工事の手伝いだってさ」
白露と夕立。この2人、実は自分達が食べたいがために許可無く油を使用した。おまけに2人とも普段から揚げ物はしない。慣れない料理で、しかもバレたら怒られるといった状況下だったから、鍋から火が上がった際に誤って水を大量投入※。大火事になった。
(※:屋内、屋外関係なく火の付いた油が入った鍋等に水をぶち込むのは大変危険です。絶対にやめてください)
2人の処分は俺の渾身の土下座(勢いよく床に頭をぶつけて流血した)とこれまでの功績(2年連続で優良運営警備府)で何とか解体は免れ、罰として改装工事の手伝いをすることになった。解体は免れたものの異動の可能性もあったから、これで済んだのは奇跡だと思っている。
俺「さ、明日からの夏休み、楽しむぞー」
俺達の夏が始まるぜ。
・・・
俺「夏休みだよ!全員集合!!」
俺のかけ声に、沼島警備府の艦娘達が集まってくる。ちなみに白露と夕立は神戸鎮守府の陸奥達に抑えられている。どうやらどさくさに紛れて一緒に行こうとしていたらしい。残念だったな。そんなこともあろうと、事前に監視を頼んでいたんだ。あと何故か翔鶴が瑞鶴に抑えられていた。
翔鶴「離して瑞鶴!私も行くわ!!」
瑞鶴「ダメだってば!迷惑かけちゃダメ!!」
白露「提督の薄情者!!」
夕立「ぽい!!」
俺「いや、お前らは反省してマジで。ちゃんと罰受けないと俺もフォローできないぞ」
パース「人数、揃ったわ」
俺「うむ」
俺は壇上に立つと。陸奥から借りたメガホンで話し始めた。
俺「えー……これから俺の実家である南丹市に向かう。ここからだと4時間弱かかる。大人数だから、周りの迷惑にならないように気をつけること。それから休暇とは言え、自分達の立場を考えて行動するように」
今のご時世、SNSやらで何かと炎上する。艦娘達は目立つから結構行動が目に付く。艦娘達の休日を快く思わない人達も居るだろう。気を引き締めておくためにも言っておいて損はない。
俺「では出発する」
・・・
パース「久々ね。今年のお正月以来かしら?」
俺「そうだな」
提督になるまでは一度も実家に帰らなかったけど、今では数ヶ月に一度実家に帰省している。基本的に付いてくるのはパースか五十鈴だった。理由としては軽巡は夕張も居ることから何かと出張に出やすいと言うのと、駆逐艦に比べて大人しいからだ。
五十鈴「初めて実家に行った時、お母様が物凄い怖い顔で思いっきり司令官をビンタしたのはビビったわ……」
俺「誤解を解くのにわざわざパースに電話して取りなして貰ったからな」
パース「あれはね……」
パースの予定が合わず、初めて実家に五十鈴を付き添いとして連れて行ったとき、母さんと優がブチ切れ。母さんには強烈なビンタを貰い、倒れ込んだところを優に渾身の金的を食らい、俺K.O。慌てて五十鈴が説明して、パースに連絡。パースが電話で母さん達と話してようやく誤解が解けた。母さん達曰く『パースちゃんと結婚してると思ったから、浮気を疑った。私達は悪くない』だそう。解せぬ。
俺「今回は事前に連絡入れてるからな。大丈夫だ。問題ない。さ、電車が来たぞ」
俺達の乗った列車は、三宮駅を出ると芦屋、尼崎、大阪、新大阪と進む。大所帯だから、どうしても騒がしくなるが、途中で1番盛り上がったのが、高槻駅近くの巨大板チョコだった。
春雨「司令官!凄く大っきなチョコがありますよ!!」
時雨「ホントだ。凄いね」
俺「有名な菓子メーカーの工場だそうだ。聞いた話じゃ、工場の近くを歩いてるとかなりチョコの匂いがするらしい」
ぶっちゃけ、長い戦いで沿岸部は度重なる空襲や艦砲射撃で歴史的な建造物や、観光スポットは破壊されていることが多いけれど、高槻などは以外にもほとんど被害を受けることなく昔からの建物も結構残っている。だからこそこの板チョコ看板も残っている。
俺「あと20分ほどで乗り換えだからな」
・・・
葛城「しかし、本当に田舎ね」
俺「そりゃもう」
葛城の言葉に、俺は苦笑いをする。京都駅で乗り換えた俺達の視界に映るのは山か田んぼ。うん、田舎だね。間違いない。
夕張「でもこれはこれでいいわね」
瑞鳳「何だか旅してるって感じ」
夕張の言葉に、瑞鳳が嬉しそうに話す。
ちなみに、今の沼島警備府は夕張、パース、五十鈴、榛名、葛城、瑞鳳、白露、時雨、夕立、春雨、海風、江風、秋雲になる。瑞鳳、江風、秋雲は五十鈴の時の一見で異動してきた。
秋雲「これは画の参考になりそうだねぇ」
秋雲は絵が上手い。ついでに漫画とかを描くのも上手い。沼島で使用する啓発ポスターとかも秋雲が作ってくれる。ただ、どういう訳か本人曰く『R18の作品が上手く描ける』とのこと。
それを聞いた俺は秋雲にR18 作品の漫画を依頼したことがある。が、何処から情報が漏れたのか、出来上がった作品の受け渡しを行っているところをパース達に発見されて、即時焼却処分。作品は残らず灰になった。俺と秋雲は拷問……という方が正しいレベルの尋問を受けた後、死ぬほど説教をされた。
……いやね。俺、男じゃん。24の男じゃん?性欲凄いじゃん?それが美女だらけの警備府に放り込まれてみろよ。中々キッツいぞ。1人で済ませてもちゃんとしとかないと匂いでバレるし。(世の男子諸君。バレてないと思っても女性は匂いで勘づくことがあるぞ。出掛ける前にスルならシャワーを浴びるのがベストだ。部屋の換気も忘れずに)
でもうちってパソコンでネットってあんまりできないんだよ。情報漏えいの恐れがあるから。数少ないオカズで我慢するしかない。そこにR18作品描けますって子が出てきたら?そりゃもう『描いてくださいお願いします』ってなるじゃん?秋雲だって『提督も男だねぇ』って快諾してくれたぞ?
葛城「……何考えてるの?」ジトッ
俺「葛城の胸がどうやったら大きくなるk……『やかましい!!』」ドゴッ
前が見えねぇ。
・・・
海風「わぁ~すごい!」
江風「すげぇ!滅茶苦茶景色いいじゃん!」
俺「気に入ってくれたようで何より」
2時間後。俺達は美山に辿り着いた。バス停に降りると、事前に連絡していたから、母さん達が既に待っていた。
母「いらっしゃい」
父「ようこそ美山へ」
祖父「何にも無い所だが、ゆっくりしていってください」
艦娘達「「よろしくお願いします!!」」
母「宿泊施設へ案内するので、どうぞこちらに」
母さんが艦娘達を案内しているのをぼんやり見ていると、祖父ちゃんが俺の側に寄ってきた。
祖父「おい仁志」
俺「何だよグランファザー」
祖父「艦娘っていうのは、その、男もおるのか?」
俺「……は?いるわけないだろ」
ついに祖父ちゃんも認知症か。介護施設探さなきゃ。
祖父「いやな、何というか、明らかに女装した子がいるじゃろ?」
俺「誰だよ」
祖父「あの子」
祖父ちゃんが指差す方向には、母さん達の後ろを歩く葛城の姿が。あぁ、成程。
俺「祖父ちゃん。あの子は艦娘だって」
祖父「何と……あの身長であの胸だからてっきり男かと」
俺「違う」
祖父「ふむ……確かによく見ると腰回りは見事だ」
俺「わかる」
祖父「しかし、あの絶壁は頂けんな」ハハハ
俺「エクザクトマン(それな)」ハハハ
葛城「何が『エクザクトマン』だコラァ!!」ドゴォ
俺・祖父「「バストクリフ(胸絶壁)!!」」ベシャッ
葛城の渾身の一撃で、俺と祖父ちゃんは仲良く頭から田んぼに突っ込んだ。(うちの田んぼだから問題なし)
葛城「今しれっと『胸絶壁』って英語で言ったわよね!?フランス語から切り替えてバレないと思ったの?バレバレなのよ!!」ゲシゲシ
五十鈴「ちょ、ちょっと葛城!」
榛名「提督はともかく、お祖父様はマズいですよ!!」
母「いいわよ。ほっといてもその内復活するわ」
父「父さんも仁志も……」ハァ
この後本当に放置された。
・・・
俺「全く。酷いことこの上ない」
優「自業自得」
母「少しは反省しなさい」
30分後。全身泥まみれになった俺は、艦娘達に宿に荷物を置くように指示を出して、一度シャワーを浴びたあと、母さんと優に説教を受けていた。テレビでは高校野球の地方大会決勝が放送されていて、今年3年生になった翔太がマウンドで力投している。
俺「しかし、まさか翔太がドラフト候補になるまで成長するとはなぁ」
母「母さんはよく分からないけど、甲子園に出たらプロにいけるんじゃないの?」
優「流石に極端すぎるよ」
翔太の通う高校は1年の夏の甲子園、2年と3年の春の選抜に出場した。翔太はアンダースローながら最速142キロの速球に4種類の変化球を自在に操り、延長戦も投げ抜くスタミナを持つ技巧派ピッチャーに成長した。1年の夏は甲子園3回戦敗退、2年の春は甲子園初戦敗退、3年の春は甲子園ベスト4と成績を残している。翔太以外にも、高校通算50本もホームランを放っている選手もいる。この選手はピッチャーもでき、最速140キロに、3種類の変化球を持っている。
父「こんなに凄い選手が居ても、甲子園に出られないこともあるんだもんなぁ」
祖父「まぁそれが高校野球……いや、他の部活も一緒だな」
俺「プロに行くも行かないも翔太の自由だけどな」
本音は、大学までいって欲しい。学がないせいで自分が苦労した……というのもあるけれど、プロ生活は想像以上に過酷だと聞く。億プレイヤーなんてほんの僅か。野球用具やトレーニングで普通のサラリーマンの生活よりも出費がかさむという話だ。それにピッチャーでは30を超えればあと何年できるかの世界。40まで続けられれば奇跡のレベルだ。多くは数年で切られる。
切られた後は、運が良くて球団職員とかの野球関係の職に就ける。でも、多くはそうではない。そうなれば職歴無しに近い。プロ野球選手でしたという肩書きだけでは厳しすぎるし、何よりも高卒と大卒じゃ給料のスタートも差がある。できれば大学も卒業して欲しい。
『清瀬打ったー!!大きい!打球はぐんぐん伸びて、伸びて……バックスクリーン直撃ー!!逆転、サヨナラ、ホームランッ!!!青龍高校、2年ぶりに夏の甲子園の切符を掴んだー!!』
色々考えていたら、テレビから興奮気味のアナウンサーの声が聞こえてきた。顔を上げると、テレビには逆転勝ちを収め、号泣しながらグラウンドを走る選手と、これまた号泣しながらベンチを飛び出す翔太の高校の選手達が映っていた。
・・・
パース「弟さん、また甲子園に出場するの?」
俺「ああ」
五十鈴「凄いわね。地方大会を優勝するのだって大変なんでしょ?」
夕張「地域にもよるけど、何処も大変なのには変わりないかな」
翌日。俺は早朝からパース達と家の畑で野菜を収穫していた。近年は気温がアホほど上がってるせいで、朝早くに農作業をすることが多いらしい。実った野菜を収穫するのは、結構楽しい。
俺「本当に、時間の流れが違うな」
色んな所に行ったけれど、都会と田舎では、時間の流れが違うように感じる。都会は、何故だか気が急く。色々な騒音や情報が溢れんばかりの場所だと、自然とそうなるのかもしれない。
対するここや沼島は、ほぼ自然音……波の音や川の音、風の音や虫の音で溢れかえっている。今も空ではトンビが弧を描きながら鳴き、山では蝉が大合唱。田んぼではカエルが鳴いている。でも、不思議と耳障りには殆ど感じない。生まれ育った場所だからだろうか。
俺「よし、じゃあ帰るか」
??「すいません」
収穫を終えて、軽トラに野菜やら道具やらを積んでいると、若い女性に声をかけられた。見ない顔。最近ここへ引っ越してきたのだろうか。
俺「はい。何ですか?」
女「最近ここへ引っ越してきたんですけれど、お宅の田んぼで鳴くカエルの声に困ってるんです」
俺「……はい?」
女「主人も私も五月蠅くて夜眠れなくて……困ってるんです。何とかしてくれませんか?あなた達の田んぼですよね」
何言ってるんだこの人は。
俺「あの……えっと……それ言い出したらここに住めませんよ。この季節、カエルなんて何処でも鳴いてるし」
女「他所は他所でしょ?あなた達の田んぼのことを言ってるんです。改善されなければ訴えます。それか、毎日無料で野菜や米を渡しなさい」
余りに身勝手な言い草にブチ切れそうになる。が、俺よりも先にキレた奴がいた。
パース「それ、勝ち目がないと思いますけど」
女「何ですって」
パース「カエルは農家がわざと飼ってる生き物ではないですし、嫌がらせのために鳴かせている訳でもない。そもそも田畑がある田舎で暮らそうと思うなら、まずはその辺りのことを分かった上で引っ越してくるものでは?」
女「何を……」
五十鈴「大体ねあなた、さっきから黙って聞いてればやれ訴えられたくなければ野菜や米を無料で渡せなんて、アンタが脅迫で訴えられるわよ?」
そう言って五十鈴はスマホを操作する。そこにはさっきの発言や様子がバッチリ撮影されていた。
夕張「もう一つ。この辺、結構監視カメラがあるから、あんまり変なことをしたら、今以上に居心地が悪くなるわよ?」
俺「俺からも言わせて貰うが、気に入らないなら出て行ってくれて構わない。都会はいざ知らず、田舎じゃ協調性が皆無だとメリットゼロだ」
女「っ……もういいです!!」
女は怒り狂った様子で立ち去った。いや、ヤバすぎるだろ。ちなみに監視カメラは夕張の咄嗟のはったりだ。
・・・
祖父「最近は我が儘というか、無知な奴が増えたからなぁ」
家に帰って祖父ちゃん達に話すと、祖父ちゃん達も困った顔になった。
最近、田舎暮らしを紹介する番組が増えて、この美山にも移住する人が増えた。が、都会育ちの人達の中には農林業に対して理解が足りない人も結構いるらしい。
父「野焼きしてたらホースで水ぶっ掛けられたり、通報された人もいるな。臭いって」
祖父「肥料の匂いが臭いから使うなって言われたな」
母「竹藪を持ってる所なんて、『篠が敷地内に落ちてくる。毎日掃除に来い』って言われたそうよ」
俺「で、今回は野菜を無料で寄越せ、か」
テレビで良く移住してきた人が野菜を無料で貰ってるシーンがあるけど、あれは余程地域に馴染んでるか、地域の活動に積極的に参加してるからであって、何もしてない移住者に無条件で渡してる訳ではないからな?あと、当たり前だけど農地は私有地。よく勝手に立ち入ってる人居るけど、不法侵入だから。山も誰かしらの持ち物。山菜やらキノコを勝手に採るのは泥棒だ。テレビで映ってるのは、普通は許可を貰ってるか、自分の所有地だ。
俺「色々あるのな」
祖父「最近じゃ『こんなに先祖代々住んでるのに移住者の我が儘に振り回されるぐらいなら、もう移住者なんて望まず、緩やかに衰退してもいい』って言うのも出てきた」
??「御免ください」
重い空気が流れる中、玄関が開く音が鳴って、誰かの声が聞こえてきた。俺と祖父ちゃんが立ち上がって玄関に出ると、そこには軍服を着た男と、先程の女性が居た。男の腰には軍刀がぶら下がっている。
男「先程妻に手を出そうとしたと聞いたが……おい、どいつだ?」
女性「こいつよ!」
まさかこの女の旦那って軍人かよ。しかも陸軍。階級は少尉だ。男は俺の方に鋭い視線を向けると、いきなり胸ぐらを掴んできた。
男「おい。俺は陸軍だぞ?近畿軍管区京都支部、騎馬隊所属だ。軍人の妻に手を出そうとするなんて巫山戯た奴だ!!」
俺「あんた、こっちの事情も聞かずに何をいきり立ってるんだ」
男「黙れ!!」
祖父「お、おい。ちょっと落ちつかんか……」
男「たかが農民風情が調子に乗るなよ。大人しく底辺暮らししてろ」
男の言葉に、俺はキレた。こいつ。誰のお陰で飯が食えると。汗水流して農家が野菜や米を作るから飢えずに済んでるのに、何様だ。俺は男の胸ぐらを掴み直すと、男を睨み付けた。
俺「俺の事だけならまだしも、家族や村のもん馬鹿にしやがって。上等だ!表に出ろや!」
男「おうクソガキ、軍人に手を出したらどうなるか分かってんだろうな!!」
俺「お前もな」
そう言って俺はポケットに入れていた軍隊手帳を男の顔面に叩き付けた。男は怒りで顔を真っ赤にしたが、地面に落ちた軍隊手帳を見ると顔色を変えた。
男「は……え?」
俺「それ見てまだやる気ならとことんまでやってやる」
俺の言葉に、男は俺の軍隊手帳を開いた。苛立った様子だった顔色はみるみる真っ青になり、姿勢を正すと慌てて軍隊手帳を返してきた。
男「あ、あわわ……か、海軍少佐……提督でしたか」
俺「ああ。今は休暇で実家に居た。どうした?まだやるか?先に手を出したのは貴官だが」
男「い、いえ!滅相もありませんっ」
俺「海軍少佐をクソガキ呼ばわりに実家や地元農家を侮辱、妻は恐喝。陸軍は随分な教育をしているみたいだな。このことはしっかりと上の者に連絡させて貰う」
男「ど、どうかお許しを……」
陸軍と海軍の違いこそあれ、深海棲艦と戦う関係上海軍の方が格上になる。それも提督なら尚更だ。この無礼を上に報告すれば陸軍の少尉位なら最悪首が飛ぶだろう。
俺「……二度と下らないことで村のもんを困らせるな。妻にもしっかり言って聞かせろ。気に入らないのならここから出て行って貰っても一向に構わん」
男「はいぃ……」
女「……ちっ何なのよ。ガキのくせに生意気ね」
男「お、おい。やめないか」
女「調子に乗るな!」
葛城「はい、そこまで」
女が俺の事を罵倒しようとしたその時、女の肩を葛城が掴んだ。目が笑ってない。完全にキレてらっしゃる。葛城の後ろには沼島の艦娘達に、村の農家の方々が怒りの形相で立っている。
葛城「随分と好き放題言ってくれるじゃない。私達の提督にさ」
榛名「榛名、絶対に、許しません」
パース「Dead or deadね」
爺1「今まで散々無茶苦茶言いやがって。誰が底辺だ」
婆1「ヤキ入れたる!」
爺2「全員でしばいたるからこっちこんかい!!」
女「ちょ、何なのよ、離しなさいよ」ズルズル
女は引きずられて行くと、女性陣から容赦の無い往復ビンタを喰らい、悲鳴を上げはじめた。一方の男は、すがるような目で俺を見てくるが、俺は首を振った。こうなれば皆とことんまでやるだろう。駐在に駆け込んでも、先に仕掛けたのが分かれば相手にしない。
男「あ、あの……」
俺「今までの報いだ。諦めろ」
男「す、すみませんでした!!お許しください!!!」ズルズル
2人は30分ほどシバき回されて開放され、逃げるように帰って行った。ちなみに男はパン一にされて、軍服や軍刀を置いて走って帰った。住所が分からないから近畿軍管区京都支部の騎馬隊宛に送っておいた。
・・・
陸軍中佐「本当に申し訳ない!!」
俺「いや、もう済んだことですから」
翌日。騎馬隊隊長の中佐が我が家を訪ねてくるなり謝罪してきた。昨日送った軍服と軍刀が届くなり、隊内は騒然となったらしい。
陸軍中佐「事情は少尉から全て聞いた。ご両親や、近所の方々を侮辱したりと何かと困らせていたそうだな」
俺「ええ。今後はこの様なことがないように願いたいですね。貴隊も評判を落としたくないでしょう?」
陸軍中佐「その通りだ。少尉には減給処分に加え、強制的に兵舎周辺に引っ越すように上層部より命令が下った。もう迷惑を掛けることはないだろう」
俺「わかりました。なら業務の話はこれくらいにして、お茶でも飲んでいってください」
気温が30度を超える猛暑の中、クーラーの効かない玄関先で汗を流しながら直立不動で話すのは、流石にしんどい。俺は実家の和室に案内すると、氷の入った麦茶とスイカを出した。
俺「どうぞ」
陸軍中佐「すまない」
陸軍中佐は一礼すると一息に麦茶を飲み干した。このクソ暑い中、部下の尻ぬぐいに来たんだから、余程喉が渇いていたんだろう。
俺「よかったら従兵の方にも。スイカもあるので」
陸軍中佐「申し訳ない」
陸軍中佐は態々一礼すると、従兵を呼んだ。まだ20歳にもなっていなさそうな従兵も暑かったのか一息で麦茶を飲み干すと、勢いよくスイカにかぶりついた。
陸軍中佐「甘くて美味しいな」
俺「よかったです。このスイカ、うちで今朝採れたんですよ。結構あるので、よかったら持って帰ってください」
陸軍中佐「いいのか」
俺「ええ」
その後、俺は従兵も交えて談笑し、隊内で食べてくれと大きなスイカを3つ渡して帰らせた。余談になるけれどこの渡したスイカが大好評で、毎年夏になると陸軍から時折『お金は払うからスイカを納品してくれ』と依頼が来るようになった。
・・・
春雨「司令官。虫取りに行きませんか?」
ある日。春雨から意外な提案があった。夕立がいれば真っ先に言ってきそうだけど、まさかこの子が言うとは。
俺「別に構わないが、山に入るなら長袖長ズボンは必須だぞ」
良くあるイメージで半袖半ズボンで虫取り網持って野山を駆けまわる……のは、正直な話あまり良くはない。原っぱならまだしも山に入るのなら尚更だ。肌が弱いと草木に擦れるだけで痒くなったり、虫に刺されるリスクが上がる。蜂もいるから黒い服と柑橘系の匂いがする香水や整髪料などは絶対避けるべき。
春雨「わかりました」
江風「あたしも行くぜ」
俺「よし。じゃあ行くか」
俺は作業着に着替えると首にタオルを巻いて外に出た。目的地は艦娘達が宿泊している民宿のオヤジが持つ山だ。他人の山だし、一応声だけはかけておいた。
俺「確かこの辺りにカブトムシがいっぱいいる木があったな……」
春風「司令官、手慣れてますね」
俺「昔はそこら中の山に入って虫取りしたりして遊んでたからな」
江風「お、司令!クワガタいたぞ!!」
振り返ると、江風がクヌギの木に登ってクワガタを見せている。けどお前、いつの間にそんな高いところに登ったの?3mはあるけど。
俺「すごいな江風」
春雨「あ、危ないですよ?」
江風「平気平気……」
そう言いかけて、江風は真下を見ると動かなくなった。あ、これダメなやつ。登れはしたけど降りれなくなるやつだ。
江風「……」
俺「江風!俺に向かって飛び降りろ。受け止めてやる」
江風「え?で、でも……」
俺「心配すんな。もし受け止め損ねてもこの高さだったら死にはしない……多分」
江風「怖いこと言うなよ!!」
コッチも投稿を引き続き頑張ってネー