2023-09-09 15:17:31 更新

概要

京都の高校に通う風川翔太。中学時代は無名のピッチャーだったが、周囲に刺激されてメキメキと成長していく。目指すは甲子園。

個性溢れる女性顧問。癖のある先輩。頼れる同級生。様々な人間に囲まれて翔太の高校生活は波瀾万丈?になるかもしれない。


前書き

この話は『沼島警備府の日常』の主人公の風川仁志の弟、風川翔太が主人公となる話です。『沼島警備府の日常』の登場キャラも、艦娘もあまり出てきません。あくまでもスピンオフ作品です。


午前6時30分。今日は高校生活最初の登校日。俺は玄関で荷物チェックを済ますと、スニーカーを履いて鞄を持った。


翔太「……っし。いってきまーす!!」

母「いってらっしゃい」


俺の名前は風川翔太。今日から高校一年生の華の男子高校生だ。俺がガレージに入ると、祖父ちゃんがバイクをいじっていた。


祖父「おぉ翔太。もう行くのか」

翔太「祖父ちゃん。こっから俺の高校まで何キロあると思ってんの?今から行かなきゃ間に合わねぇよ」


俺の通う高校は家から20キロも離れている。交通費を浮かすためにバスや電車は使わない。移動手段は自転車だ。


祖父「お前も早く免許を取らんとな」

翔太「もうすぐ取れるよ」


これだけ離れてるから、高校もバイク免許取得を許可している。ただし、通学に使っていいのは125ccまでだ。俺としても早く免許を取得したいところで、今月末辺りに教習所に通おうかと考えている。4月生まれでよかった。


俺は壁に掛けられた学校指定のヘルメットを被ると、あごひもをしっかり留めて、自転車に跨がった。


祖父「気をつけてな」


走り出す時、祖父ちゃんの声が背中越しに飛んできた。



・・・



翔太「だーくそっ!遠いんだよマジで!!」


家を出て20分後。俺は愚痴をこぼしながら坂道を登っていた。既に着ていた学ランとカッターシャツは脱ぎ、シャツ一枚だ。認識が甘かった。実家から高校までは坂道も多いし、カーブも多い。学校に着くまでに汗だくになってしまいそうだ。替えのシャツを用意しておいてよかった。唯一の救いはド田舎のお陰で交通量が少なくて、思う存分飛ばせること(平地と下り坂に限る)。そんな俺の後ろから、1台のバイクが追い抜いていった。


優「がんばー」ブィィィン

翔太「ちょ、姉ちゃんズリィよ!!」


俺の叫び声に、姉ちゃんは路肩にバイクを止めると、俺の方を見てきた。スカートだけだと風でめくれるから、スカートの下に体操ズボンを穿いている。


優「ずるくないわよ。私、ちゃんと免許取ったし、学校からも許可貰ってるし。じゃ、私も朝練あるから」

翔太「あ、ちょ……」


姉の優は高校三年生。頭脳明晰、スポーツ万能、眉目秀麗を取りそろえた、誰もがうらやむ才女で、姉に告白して玉砕した男は数知れず。今はバスケ部に所属していて、主将を務めている。


翔太「……くそったれ」



・・・



俺の通う高校は府立青龍高校。通称青高。つい10年ほど前にできた新設の共学校だが偏差値が高く、毎年有名大学に多くの生徒を現役合格させている。その駐輪場で、俺は自転車のハンドルに顔を埋めていた。


翔太「通学が筋トレになってるぞ……これがしばらく続くのか」

??「おい、大丈夫か?」


俺が顔を上げると、そこには見覚えのある男が立っていた。


翔太「清瀬か?」


清瀬光太郎。中学は違ったけど、お互い野球部に所属していた事もあって仲がいい。まさか同じ高校に入学するとは思わなかったけど。ポジションはキャッチャー。中学通算14本塁打を叩き出したこの辺りではちょっとだけ名前が知られている男だ。まぁお互い野球部は弱小で、あまり勝ち上がれなかったことを考えると、この本塁打数は凄い。キャッチャーとしての能力もそこそこだと思うが、如何せん組むピッチャーや守備があまりにもヘボすぎて、幾らホームランを打っても、盗塁を刺しても(清瀬の送球を大抵内野手が捕れず、外野のフェンス際までボールが転がっていた)勝てなかった。病院院長の跡取り息子で『野球は高校まで』と割り切っているから、強豪校からのスカウトを蹴ってこの高校に来た。ついでに俺と同じクラスだ。


清瀬「ああ。で、何してんのお前」

翔太「朝から筋トレだよ。下半身強化兼スタミナ作り」

清瀬「はぁ?」

翔太「教室行こうぜ。それまでに話すわ」


~翔太説明中~


清瀬「はぁ!?20キロ離れた実家からチャリで来た!?」

翔太「うるせぇよ。頭に響くだろ」

清瀬「親は?そんだけ離れてたら普通送り迎えすんだろ」

翔太「無理だっての。親父もお袋も祖父ちゃんも仕事で忙しいし」


我が家は結構カツカツな生活だ。親父、お袋、祖父ちゃんが働いて何とか暮らしている。あと、6歳年上の兄ちゃんが海軍で働いている。中学卒業と同時に『中卒でも高収入って素敵やん!!可愛い優と翔太のためにも行くしかないじゃんアゼルバイジャン!!!』と海軍に入隊して、以後ほぼ消息不明。最前線のラバウルで大怪我をしたけど、唯一生き残ったという新聞記事と、その後またもや国防の要である硫黄島に行ったという話を聞いた。少なくとも毎月かなりの仕送りをしてきてるから、多分生きてはいるんだろうけど。姉ちゃん曰く『最近仕送りの金額が倍以上になったから、昇進したのか、またどこか最前線に放り込まれたのかもしれない』のだそう。


正直、兄ちゃんは馬鹿だ。いや、勉強が出来ないとかそう言う馬鹿じゃなくて。兄ちゃんは俺や姉ちゃんよりも勉強も運動もできた。母ちゃんが忙しい時には料理も作ってくれた。幼稚園や小学校の弁当も作って貰ったことがある。模擬試験でも府内で1番難しい難関高校でもA判定を叩き出していた。何かと問題行動も引き起こしていたけど(お陰で俺と姉ちゃんは中学時代は生徒指導から目を付けられ、上級生や同学年のヤンキー達からは『関わると兄貴にどんな復讐をされるかわからねぇ』と避けられた)、大学までいったらきっと医者とか、弁護士とか、凄い人になれるかもしれなかった。でも、兄ちゃんは俺達を優先した。『何、上手く行かなきゃ実家に帰って家の農業でもして生きてくよ。俺長男だし。学歴も高卒認定取りゃいいしな。その代わり、お前らが頑張って勉強して、偉くなって俺を養ってくれ』と笑っていた。


清瀬「だったら、下宿すればいいじゃん」

翔太「金がねぇんだよ。家にそんな余裕ねぇよ。お前、家賃から光熱費、食費やら出してくれるのか?」

清瀬「いや、無理。何かゴメン……ところでさ、部活決めたか?やっぱ野球部だよな?」

翔太「ああ」


俺の返事に、清瀬の顔が一気に明るくなった。わかりやすい。


清瀬「だよな。俺と組めば甲子園は無理でも、いいとこまでいけるって。お前、アンダースローなのに中学でMAX120キロだしてたんだ。俺が保証する。俺達は最低でもベスト16には入れる。くじ運さえ良ければ」

翔太「最後は神頼みかよ」


中学の時、俺はピッチャーだった。それも珍しいアンダースローの。アンダースローの理由は、昔読んだ漫画の主人公がアンダースローで、格好良かったから。それだけ。家族は兄ちゃんと俺以外は野球に疎くて、キャッチボールの相手もいないから、兄ちゃんが海軍に行ってからは神社の境内にある塀の壁に向かって投げる毎日だった。で、気付けばこの球速になっていた。目標は漫画の主人公のように高校1年で140キロを出すことだ。


清瀬「あの伸び上がってくるようなストレートに、抉るようなカーブ、それにスライダー。あとサークルチェンジ……だっけか?十分だろ。特にお前のカーブ。頭に当たるかと思えば、ギリギリストライクゾーンに入りやがる。守備と打撃がまともだったら最低でも地区代表ぐらいにはなれただろうよ」

翔太「そっちこそ。守備がちゃんとしてて、回ごとに大炎上するようなピッチャーじゃなきゃいいとこまでいけただろうな」

清瀬「26戦6勝15敗5分」

翔太「何だそれ?」

清瀬「中学時代のお前との勝負の結果。練習試合も含むけどな。好打者の俺をこれだけ負け越させたんだ。保証できる十分な理由だろ?」

翔太「……数えてたのかよ」



・・・



担任「え~では、今日はこれで終わりになります」

清瀬「おし。風川、部活見に行こうぜ」

翔太「部活じゃなくて野球部だろ?」

清瀬「そうとも言う」


放課後。俺と清瀬はクラブ見学をするためにグラウンドに向かった。グラウンドではサッカー部や陸上部、ラグビー部などが大きな声を出しながら練習をしていた。でも野球部の姿はない。


翔太「いないな」

清瀬「野球部はあっちだろ?第2グラウンド」


清瀬が顎でしゃくる先には、第2グラウンドと呼ばれている今いるグラウンドよりも少し小さいグラウンドでランニングをする野球部員達が見えた。


翔太「……何か人数少ないな」

清瀬「知らねぇのか?うち、野球部弱小だぞ。勝っても大体3回戦止まりだ。おまけに俺の調べでは野球部員は20人いないらしい。これならレギュラーは無理でもベンチ入りはできるぜ」

翔太「そこはレギュラーになれるって言えよ」

清瀬「先輩第一主義だったらどうすんだよ」

先輩1「おい、お前ら入部希望者か?」


清瀬と騒いでいると、一人の先輩が気付いて近づいてきた。身長は170cmぐらいで、細い。髪は坊主じゃ無くて、ツーブロックだ。


翔太「あ、はい。風川翔太です。山之上中学出身。ポジションはピッチャーです。外野経験もあります」

清瀬「清瀬太一です。谷野下中学出身。ポジションはキャッチャーです。一応ピッチャーとファーストの経験もあります」

先輩「あー俺は西大路奏太(にしおおじ かなた)。キャプテンの3年生。ポジションはキャッチャーだ」


西大路先輩は軽く頭を掻くと、後ろを向いた。


西大路「おい、新入部員だ!!」

先輩「マジかよ」

先輩「今年は早いな」

先輩「去年なんて入って来たの5月だぞ」


西大路先輩の言葉に、わらわらと先輩達が集まってくる。ある程度集合したのを確認した西大路先輩は、俺達の方に振り返る。


西大路「うちは現状3年7人、2年4人の11人。それにマネージャーの女子1人で合計19人。戦績は去年の夏が3回戦敗退、秋が2回戦敗退だ。ちなみに最高成績は創部3年目夏の予選ベスト8。俺達はこのベスト8を目指す」


甲子園は流石にデカすぎるからな~と西大路先輩は笑う。まぁ、そうだろう。これといった戦績のない普通の公立高校が、多額の金をかけて環境を整備して、他所から名のある選手達をかき集めた強豪私学に敵う訳がない。


西大路「んじゃ、早速なんだけど、実力が見たいからちょっとマウンドから投げてくれないか?」

翔太「え?今ですか?」

先輩「うちは慢性的に投手不足でね~。あ、俺は3年の赤星。今うちで唯一のピッチャー。よろしく」

翔太「はぁ」

西大路「じゃあ、風川君と清瀬君。キャッチボールして肩が暖まったら投げて」

清瀬「わかりました」


俺と清瀬は軽くキャッチボールをした後、先に俺がマウンドに立った。打席には赤星先輩が。キャッチャーは清瀬。清瀬の後ろにスピードガンを持った西大路先輩が立った。


翔太「じゃ、いきまーす」

赤星「あ、待て待て。風川君、球種は?」

翔太「あ、ストレート、カーブ、スライダー、サークルチェンジです」

西大路「多いな」

赤星「技巧派って所だな」


俺は軽くマウンドをならすと、清瀬を見た。


清瀬(最初だ。ど真ん中にストレート)

翔太(わかった)


清瀬のサインに頷いて、投球動作に入ると先輩達がざわつく。


先輩「うおっ。アンダースローか」

先輩「珍しいな」


俺の手から離れたボールは、吸い込まれるように清瀬のキャッチャーミットにスパンという音を立てて収まった。


赤星「……110位か?」

西大路「ああ。115だ。1年生……アンダースローにしては速い方だな。よし、どんどん投げてくれ」


清瀬(次は?内角高め一杯にするか?)

翔太(ここで先輩達の心象を悪くさせんのカヨ)

清瀬(ダメか?なら外角低め一杯)

翔太(……わかった)


サインと首の動きだけでのやり取りだが、俺も清瀬もお互いが喋っているかのような感覚だった。初めてバッテリーを組むのに、ここまで意思疎通ができるのかと、お互いに少し驚いていた。


俺は清瀬のサインに頷くと、外角低め一杯に投げ込む。赤星先輩はバットを振ったが、バットは空を切った。赤星先輩は苦い顔をすると西大路先輩の方を見た。


赤星「マジかよ。当てにいったのに」

西大路「何やってんだよ。ストレートだったぞ」

赤星「アンダースローの球筋に慣れないんだよ。こう、何て言うか、思ったよりも伸びがあるんだよ」

西大路「いいから打席に入れ」


西大路(確かに赤星の言った通り思った以上に伸びがあるし、球速の割りにはかなり速く見える。アンダースローの投手はそんなに多くない上に一般的な投げ方のオーバースローと球の出所が違うから、流石に強豪校はキツいかもだけど弱小校の初見殺しぐらいはできるだろう)


清瀬(次は何にする?スライダーでもするか?)

翔太(わかった)


その後、俺は変化球も交えて投げ込み続けた。赤星先輩のバットは悉く空を切り、最後の方はゲッソリとしていた。投げた球数は30球。ちょっと投げすぎたと思う。


翔太「あの……すみません」

赤星「燃えたよ……燃え尽きたよ……真っ白にな……」サラサラ

清瀬「真っ白になってる……」

西大路「はぁ、こいつは……おい、清瀬か風川、どっちでも良いから赤星の投げる球を見てくれ。打てそうなら打っていいぞ」

清瀬「あ、じゃあ俺が先に行きます」


清瀬は持って来ていた金属バットを持つと数回素振りをしてバッターボックスに立った。西大路先輩はキャッチャーマスクを被り、俺はスピードガンを持って審判に回る。エースの球筋を間近で見られるなんてラッキーだ。


赤星「よーしいくぞー」

清瀬「お願いします!」


赤星先輩は振りかぶると、勢いよく腕を振った。ストレート。だけど球速は目を見張るほどの速さではない。赤星先輩から離れたボールは吸い込まれるように西大路先輩の構えていたキャッチャーミットに収まった。外角一杯。ストライクだ。


翔太「ストライク。外角一杯」

清瀬「……」

西大路「どうだ清瀬。うちのエースの球は」

清瀬「……今のでどれぐらい?」

翔太「128」


清瀬に聞かれ、反射的に球速を答える。


清瀬「ふぅん……西大路先輩、赤星先輩って球種はどれだけあるんですか?」

西大路「ん?んーそうだな……カーブ、スライダー、チェンジアップ、フォークだな。一応シュートも投げられるぞ。あ、ちなみに最速は132な」

翔太「多いですね」

西大路「ま、投げられるだけで殆ど実戦ではそんなに使えないんだけどな。暴投されちゃたまらないし。今の時点で使えるのはスライダーとチェンジアップ。あとカーブぐらいだな」

清瀬「……これ、打ってもいいんですよね?」

西大路「ああ。打てるならな」


清瀬は本気で打つつもりなのか、大きく息を吐いて数回素振りをするとバッターボックスに入った。


清瀬「お願いします」

赤星「うし、行くぞ」


赤星先輩が振りかぶると、清瀬はバットを強く握った。赤星先輩の手から離れたボールがキャッチャーミット目がけて飛んでくる。スライダーだ。そう思った直後、清瀬の持っていたバットが消えたように感じた。清瀬がバットを振ったのだ。清瀬の振ったバットはボールを芯で捉え、快音を響かせる。


赤星「げ」


打球はあっという間に外野やネット柵を飛び越し、林の中に消えていった。打球の行方を追っていた赤星先輩は渋い顔をすると、清瀬の方を見る。まだ入部も確定していない一年生にホームランを打たれたのだ。先輩としてはちょっと嫌だろう。


清瀬「さぁ、どんどん来てください!」

赤星「えぇ……」


その後も清瀬は容赦なく5球連続で長打性の当たりを打ち、どんどん笑顔になっていった。それに対し、赤星先輩は顔面蒼白になっていった。


赤星「」ゲッソリ

清瀬「さぁ、まだまだいけま……」

翔太「清瀬、チェンジ」


このままやらせたら赤星先輩の心が折れかねないと判断した俺は、清瀬からバットを取り上げてバッターボックスから押し出した。


清瀬「んだよ。もっと打たせろよ」

翔太「アホか。今の調子でガンガン打ってみろ。赤星先輩の心が折れるだろうが。初日から干されかねないだろ」


抗議してくる清瀬の頭をバットで軽く小突くと俺は打席に立った。正直、清瀬がここまで打つとは思ってなかったけど、これは本当に守備と投手陣がしっかりすればベスト8ぐらいまでは行くんじゃないかと思ってしまう。甘い考えなのかもしれないけれど。


翔太「お願いします」



~15分後~



赤星「ギブ……ギブ……もう許して……」ショボン

西大路「完全に心が折れてやがる」

翔太「すみません」

清瀬「お前も大概酷いことしたな」


15分後。ヒット性の当たりを連発し、更にはホームランを打ったことで赤星先輩の心が折れてしまった。ただ、1つ分かったこともあった。


翔太「……何か、軽くないですか?赤星先輩の球」

清瀬「それな。球速の割りには軽く感じたな。ついでに言えばストレートはそれなりの速さだけど棒球。変化球は変化球ごとに微妙にフォームやモーションが変わるからバレバレだったし。弱小校なら抑えられるか知らないけど、俺らでこれなら強豪校なら最悪初回でノックアウトだろ」

翔太「球が軽いのはともかく、変化球ごとに変わるフォームやモーションは直した方がいいかも」

赤星「」グサッ

西大路「ごもっともな意見はありがたいが、今日はそれぐらいで勘弁してやってくれ後輩達。泣くぞ、コイツ」

赤星「もう俺投手辞める……風川がエースでいいよ」


ホームベース付近にしゃがみこんでいじける赤星先輩を見て大きなため息をついた西大路先輩は、俺と清瀬をグラウンドの隅に連れて行くと小声で話し始めた。


西大路「アイツ、元々はセカンドだったんだ。でも投手がいないからって1年の秋からずっと我慢してピッチャーをやってるんだ。ピッチャー未経験で、まともな指導者もいない中、嫌々でもこれだけやってるんだよ。理解してやってくれ」


それから、と西大路先輩は俺達を見るとため息をついた。


西大路「お前等、打つだけは間違いなくスタメンに入れるよ。風川に至っては二番手確定だ。赤星の癖の修正具合によっちゃお前がエースになる。んで、ピッチャー経験のある清瀬は三番手確定。今からお前の実力も見る」

清瀬「はい」


清瀬のピッチングは何度か見たことがある。元々選手層の薄い学校だから、色んなポジションをこなしていた。でも、ピッチングは清瀬以外のキャッチャーがヘボすぎて傍から見てもかなり手を抜いていたのを覚えている。


本気を出せばどうなるのか。気になるところだ。


西大路「球種は?」

清瀬「スライダーとチェンジアップ。あとカーブです」

西大路「わかった。風川は打席に入れ。赤星。お前は審判な」


俺は打席に入ると、マウンドの清瀬を見る。そもそも清瀬が変化球を投げているのは殆ど見たことが無いし、全力投球も見たことが無い。


清瀬「準備いいっすよ!!」

西大路「よしこい!!」


清瀬が振りかぶる。独特なフォームのオーバースローから放たれたボールは外角高めに僅かに外れた。


赤星「ボール。球速133キロ」

清瀬「あちゃーちょっと逸れたか」


苦笑いしながらも清瀬は楽しそうに振りかぶって投げる。打てそうなボールは振っていったけど、とにかく球が重い。変化球はそれ程でもないけれど、ストレートはかなり重い。中々前に飛ばない。しばらく投げると、西大路先輩がタイムをかけた。


西大路「お前、球がかなり重いな」

清瀬「あざっす」

西大路「荒れ球が多いのが気になるけれど、十分試合で投げれそうだな。次にキャッチャーをしてくれ。送球をみたい」

清瀬「はい」


マウンドから降りた清瀬はキャッチャーミットとマスクを西大路先輩から受け取ると、二塁への送球をはじめた。何度か試合で清瀬が二塁へ送球をしているのを見たけど、大抵は相手が捕れずに外野へ転がり、そのまま失点するというパターンだった。だけど、流石にそれはなく、清瀬の投げたボールはセカンドのグラブに収まった。真っ直ぐ、矢のような送球だ。


西大路「ヤバい。俺のポジション取られる……」マッサオ

赤星「引退、早まったな……(遠い目)」

清瀬「何か悪いことしたかな?」

翔太「赤星先輩の時点で手遅れだ」

??「ワオ!!素晴らしいデース!!」


俺と清瀬が顔を見あせていると、女性の大声が背後から飛んできた。振り返ると独特な髪型をした若い女性が興奮気味に走って来た。


??「さっきから見ていマシたが、2人とも素晴らしいデース!!」

翔太「は、はぁ。どうも」

西大路「金岡先生、まず自己紹介しましょうよ」

??「オゥ、そうでシタ。私は金岡リサ。英語教師で、顧問兼引率教員デース!!」


……癖が強い!溢れ出る元気に謎の鈍り。そして側頭部に付いた意味不明な髪型に、アホ毛。後美人で巨乳。何となく察してしまうけれど、この人、艦娘何じゃないか。


西大路「金岡先生は艦娘だ。今は予備役だけどな。基本的に引率は金岡先生がしてくれる」

清瀬「あれ?監督は?」

赤星「……そこで寝てる」


赤星先輩の指差す先には、外野の隅のベンチでうたた寝をする初老の男だった。たしか、社会科の苗代先生だった気がする。


清瀬「つーか、風川んとこの兄貴、海軍だろ?関わりあんじゃね?」

翔太「知るか」

金岡「ワォ!!お兄さん、海軍でスカ!?どーりで親近感が湧くと思いまシタ!!」

翔太「そうですか」

金岡「ンー……もしかして、お兄さんはテートクですか?」

翔太「いえ……多分工兵?だったと思います」

赤星「おいおい……自分のお兄さんだろ?」

翔太「中学卒業と同時に海軍に行ってから、ほぼ音沙汰無しで消息不明なんですよ。ラバウル行って大怪我して、その後どうも硫黄島に行った見たいですけど……」

西大路「どっちも激戦地だな」

翔太「一応毎月振り込みがあるので、生きてはいると思うんですが……」


本当にうちの兄貴は……と軽くため息をついていると、金岡先生が俺の肩を叩いてくる。


金岡「生きているのなら、大丈夫デース!」

翔太「は、はぁ……」

金岡「何せ戦場では砲弾で体が消し飛んで、そのまま生死不明……何てこともありますカラ」

翔太「……」

金岡「ま、その話は置いといて……練習試合、決めてきマシター!!」

部員「「はぁぁぁぁああ!?」」


満面の笑みで言い放った金岡先生に、俺と清瀬を除いた全野球部員が素っ頓狂な声を挙げる。


西大路「金岡先生!先週練習試合したばっかじゃないですか」

赤星「しかも相手は龍宝大付属だったし……練習試合どころか恥さらしに行った気分でしたよ。出された相手は二軍の補欠だし、ボロ負けするし。投手俺しかいなかったのに、何球投げさせられたと思ってるんですか」


龍宝大付属。夏の甲子園に5年連続出場をしている超強豪校。一時期低迷していたが、近年は凄まじい盛り返しを見せている。現在3年生でエースの川上は、最速158キロのストレートに鋭く曲がるシュートをはじめとする多才な変化球を持つ。4番の張本は高校通算50本塁打に、高校通算打率7割を記録する化け物スラッガーだ。


金岡「No problem!!今回の相手はしっかり実力を考慮して決めマシタ!」

部員達「「……」」

清瀬「相手は何処っすか?」

金岡「ズバリ!男子校デース」

翔太「洛聖か。まぁ、あそこなら妥当……」

金岡「南山高校デース!!」

部員「「やりやがった」」


南山(みなみやま)高校。府内で数少ない男子校の1つで、体育会系の部活では京都府でも指折りの強豪校。バスケ、サッカー、野球は特に有名で、全国大会にも出場している。野球部に関しては長く甲子園から遠ざかっているものの、実力は健在で、毎年必ずと行っていいほどベスト4に入ってくる学校だ。ちなみにもう一校の男子校、洛聖(らくせい)高校は府内でも有数の進学校。こっちはスポーツはそれ程だ。


西大路「何で相談してくれないんですか!」

赤星「まーた恥さらしに行くのか……夏の府予選前にモチベ下がるなぁ」

西大路「全力出しても勝てない相手だし……去年も似たような事何度もして、新入部員がドン引きして辞めたのに、学習してくださいよ……」

金岡「What’s!?初耳デース!!」

部員「「アンタに退部届出しても、何か言っても拒否されるから苗代先生に退部届出したり意見言ったりしてたんだよ!!」」

金岡「Oh no!!」

清瀬「……何か、不安になってきたんだけど。ちょっと入部遅らせるか?」

翔太「奇遇だな。俺もそう思った」

清瀬「でも、何か逃がしてくれそうにないよな」


清瀬と一緒に先輩達の方を見ると、物凄い形相の先輩方がこっちを見ている。


赤星「おいぃぃ~……お前ら、こんだけ実力見せといて、まさか今更入部しませんとかないよなぁ?」

西大路「絶対に逃がさないからな。お前らも今度の練習試合、道連れだ」


どうやら逃げることはできないらしい。


・・・


翔太「ホントにやらされるのか」

清瀬「腹括るしかないよな……」


数日後。俺達は近くの河川敷球場を借りて練習試合をすることになった。当然、南山高校の野球部も来る訳だけど……


西大路「ま、ほぼ二軍だろうな」

赤星「二軍でもうちより強いしな。普段試合に出られない選手に実戦積ませるって意味じゃ向こうとしてはありがたいのかもな」

西大路「そうなれるレベルかよ」


相手の一軍はほぼ出てこない。まぁ、精々3回戦がやっとの学校に府内有数の強豪校が態々全員一軍レギュラーを連れてくることはないんだろう。


俺達は準備をすると、ベンチ前に整列して西大路先輩から今日の作戦を聞いていた。


西大路「まぁ、作戦って言う作戦はないが……最初の打席は相手投手の球種とか知りたいから、様子見をしてくれ。んで、打てそうなら打ってくれ。制球が悪そうなら待球作戦。よさげなら2巡目からは狙っていくぞ。守備は手堅くいく。先発は赤星」

赤星「うわ~……」

西大路「うわ~じゃねぇよ。今日は後ろに風川と清瀬がいるから、初っ端から全開でいいぞ。風川と清瀬は……そうだな。最初はベンチスタートで」

清瀬「え~……」

翔太「アホ。キャプテンに言われたなら仕方ないだろ」

西大路「本来ならスタメンに入れたいところだけど、まだ仮入部のお前らをいきなりだす訳には行かないからな」

赤星「どっかの先生のせいでな」


そう言って赤星先輩はベンチの奥で縮こまっている金岡先生を睨む。そう。俺も清瀬もまだ仮入部。理由としては入部届けをうっかり金岡先生が紛失したことが昨日発覚したからだ。幸いにもユニフォームやゼッケンは未使用のものがあったため、着ることができた。


金岡「う~……悪かったデスから、それ以上責めないでくだサーイ……」

西大路「よし行くぞ!!」

部員「「おーっ!!」」


両方のベンチから選手が飛び出してくる。整列して礼をすると、俺と清瀬はベンチに引っ込んだ。先攻は南山高校だ。


清瀬「何点取られると思う?」

翔太「初回2点、2回に5点。3回に5点でノックアウト」

赤星「おい!聞こえてるぞ!!もうちょっと先輩に優しくなれないのか!!」


赤星先輩の声に、俺達はため息を漏らした。相手校のバッターは、1番から既にスイングがうちとは桁違いだ。鋭いスイングをしている。1番だから脚も速いだろうから、セーフティバントも視野に入れないと行けない。


翔太「……あれ?赤星先輩、フォーム変えた?」

清瀬「ホントだな。前は変化球投げるときバレバレだったのに」


この回、赤星先輩は1番を三振。2番をキャッチャーフライ。3番を内野ゴロで、0点に抑えた。


赤星「どうよ1年!!」

西大路「アホ。偶々だろうが」

赤星「あのな、俺だって練習したんだぞ!お前らに指摘された内容の改善に取り組んで、付け焼き刃だけどフォームも少し変えたんだ。流石に軽い球はすぐには直せないからな」

清瀬「1週間ちょいでフォームを付け焼き刃でも直したのか」

翔太「すごいなそれ」


その後も2回、3回、4回とヒットを許すことはあっても、赤星先輩は多才な変化球と緩急を活かした投球で相手打線を翻弄し、相手のランナーが走ってる途中でベースに躓いて転けるなどの運も重なって何とか0点に抑えた。が、一方のうちの打線は相手ピッチャーに完全沈黙。4回までノーヒットだった。


そして5回。流石に全開で飛ばしすぎたのか、付け焼き刃のフォームが崩れて赤星先輩が捕まり、連打を浴びてさらにホームランまで打たれて一気に6失点した。歯止めが利かなくなったところで俺と清瀬がグラウンドに入った。俺がピッチャー。清瀬がキャッチャーだ。赤星先輩と西大路先輩はそれぞれ外野に入った。


清瀬「最悪な状況で回されたな」

翔太「ああ」


5回。ワンアウト二、三塁。相手は4番。最悪のタイミングで交代を告げられた訳だけど、まぁ、仕方ない。


何度か試し投げをすると、相手ベンチからも意外そうな声が聞こえてくる。


<おい、次のピッチャーアンダーだぞ

<珍しいな。1年だろ?2年はいないのか?

<球速は……1年のアンダーなら速い方かな?

<いや、高校のアンダースローだけで見たら1年どころか、3年含めても普通に速いぞ


俺はマウンドを慣らすと、清瀬が構えているキャッチャーミットを見つめた。初球。清瀬が求めたのは内角高めのストレートだった。


清瀬(ボールでもいい。一球見せてビビらせろ)

翔太(了解)


俺の手から離れたボールは、真っ直ぐ左打ちの相手打者の胸元を抉るようにして清瀬のミットに収まった。アンダースロー独特の球筋もあってか、相手打者は思わず仰け反った。


審判「ストライク!!」



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2023-08-25 19:29:49

SS好きの名無しさんから
2023-05-03 09:08:25

SS好きの名無しさんから
2023-01-23 21:42:11

花芽 美咲さんから
2022-08-15 22:40:40

このSSへのコメント

4件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2023-08-25 19:29:02 ID: S:PazucA

l’m looking forward to it
続き楽しみにしてるネー

2: SS好きの名無しさん 2023-08-25 19:29:41 ID: S:THcQpZ

l’m looking forward to it
続き楽しみにしてるネー

3: SS好きの名無しさん 2023-08-25 19:31:03 ID: S:KvnogW

oh sorryネ
連投しちゃったヨー

4: SS好きの名無しさん 2023-08-25 19:37:52 ID: S:TLE3d5

面白い話しをありがとネ
thank you for the funny story


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