沼島警備府の日常
『やっと提督になれた!』そう言って喜ぶ煩悩にまみれ気味の男、風川仁志(かざかわ ひとし)。着任した先はのどかな島の警備府でした。
今書いてる作品の息抜きがてら書いてます。どこまで続くか未定。あと、この話の時間軸は現代から数十年進んだ未来です。それから登場する人物、建物、団体、地名は全て架空のものです。
横須賀提督養成所を卒業して半年。遂に辞令が下りて、俺は横須賀鎮守府の雑用係を卒業し、近畿地方に最近できた沼島警備府の提督になった。俺は大本営に辞令を受け取りに向かい、そこで元帥から言われた言葉は
元帥「沼島は船がないと不便だから、着任までの間に船の免許を取りなさい」
俺「(゜Д゜)」ポカーン
元帥「それから、向こうは島だから補給が途絶えることがあるかもしれん。資材の浪費を防ぐため、建造や開発する際は儂に連絡して理由も説明するように」
俺「(゜Д゜)」ポカーン
いや、マジかよ。俺、建造しまくろうと思ってたのに。巨乳の艦娘をいっぱい建造しておっぱいランドを作ろうと思ってたのに。つーかなんだよ船の免許って。船がないと生活できないってウッソだろお前。
元帥「煩悩にまみれた顔をしているぞ」
俺「そんなことないです」キリッ
元帥「ほら、さっさと教習所に行きなさい」
俺「失礼します」
パタン
元帥「……まったく。あいつは何時まで経っても馬鹿だな。でも、それがいい」フフッ
・・・
俺「わーれーはうーみnぼえぇぇぇぇぇ!!」オロロロロロ
漁師「兄ちゃん大丈夫か~?船首は揺れるから船尾の方に行った方がいいぞ~」
俺「わ、わかりまsおぼぇぇぇぇ!!」オロロロロロ
数ヶ月後。俺は船の上で朝食のステーキ定食を口と鼻から盛大に吐き散らして魚に餌を与えていた。1500円の肉は美味いか魚共。
船の免許を取得し、元帥が中古の漁船を用意していたけど、風が強くて波も高かったことを心配した沼島の漁師さん達が態々迎えに来てくれた。感謝しかない。多分来てくれなかったら船酔いでまともに船を操縦できずに今頃遭難してる。
胃の中にあったステーキ定食を全て吐き終え、胃液も出し切った頃、漁師さんが俺にスポーツドリンクを手渡しながら話しかけてきた。
漁師「兄ちゃん若そうだけど幾つだ?」
俺「22歳です」
漁師「22か!若いねぇ~。島にゃ若いのがあんまりいねぇから、提督さんとはいえ、若いのが来てくれると嬉しいねぇ」
うん。知ってる。ここに来る前に地図で見てみたら、めちゃくちゃ小さい島じゃん。小学校と中学校はあるけど高校ないし。ゲーセンないし。人口も1000人足らずだし。何なら人口分布も見てみたら2020年ぐらいまでは500人切ってたし。今も絶賛少子高齢化の場所だし。
漁師「うちは昔は集落全体が消滅するかもしれなかったのに、深海棲艦との戦争が始まってから島に引っ越してきた人達が居着いてくれたお陰で人口が回復して嬉しい限りだよ」
俺「そうですか」
漁師「ほら、もうすぐ到着だ」
漁師の指差す先には島の防波堤に並んで手を振る島民の方々が見える。いかん、船酔いしている場合じゃない。鼻をかんで、口をゆすいで、ブレス○ア食べて……よし。鏡で顔色確認……顔が死人のレベルで青白いけど問題ない。
漁師「ほい、じゃあこの縄を防波堤に向かって投げてくれ」
俺「わかりました」
防波堤に近づくと、漁師さんは俺にロープを渡してきた。俺が力一杯ロープを投げると、防波堤にいた方々がロープをキャッチして手際よく係留フックにロープを巻き付けてくれた。
漁師「到着だ。ようこそ沼島へ」
俺「本当にありがとうございました。そうだお名前は?」
漁師「あ、俺は淡島(あわしま)だ。これからよろしく」
俺「風川仁志です。よろしくお願いします」
淡島さんと俺は握手を交わすと、沼島に上陸した。上陸するなり島民の皆さんに囲まれる。若い女の子ばかりだったら最高なんだけど、残念ながらほぼお爺さんかお婆さんだ。
爺1「態々こんな所にまで来てくださって、ご苦労様です」
婆1「何にもないところですが、どうかよろしくお願いします」
……うん。マジで何にもない。全体的に建物は古めで、老朽化も目立つ。漁協もあるけど建物が錆だらけだ。
俺「あの、警備府は何処に……」
婆2「警備府はここから北にまっすぐ行ったところですよ」
爺2「艦娘の皆さんも待ってます」
俺「成程。ありがとうございます」
ふむ、既に艦娘は来てるのか。書面では戦艦、軽巡、正規空母がそれぞれ1。残りは駆逐艦5の計8人。艦名はわからない。元帥が教えてくれなかった。にしてもめちゃくちゃアンバランスな人選だ。普通こんな田舎の警備府だったら正規空母じゃなくて軽空母で十分だろ。火力も本土から程近いこの警備府では重巡で十分だ。ま、大本営がいいって言うのなら別にいいけどな。うん。戦艦と正規空母には巨乳の艦娘が多いって言うし。戦艦に関しては外れ無しだ。軒並みデカい。正規空母は……3人程ペッタンがいた気がする。その中でも特に絶壁なのは2人。まぁ確率は低いと言っていいだろう。
俺は島民の皆さんにお礼を言うと、荷物を持って警備府に向けて歩き出した。歩くこと10分。俺の着任する警備府の建物が見えてきた。3階建ての至ってシンプルな建物に、小さな工廠。そして山の斜面を掘って作ったらしい資材倉庫が見える。
俺「ここが俺の警備府か……」
正門の横には『沼島警備府』と墨書された木の板が掛かっている。今日から俺はこの警備府の提督になる。俺は大きく息を吸い込み、期待に胸を膨らませて正門をくぐった。
??「誰ですか?」
しばらく歩き回っていると後ろから声をかけられた。今この敷地内には艦娘しかいないはず。つまり、声をかけてきたのは艦娘。いったい誰なんだろうか。俺はクルリと向きを変えると声の主を見た。……うん、絶壁まではいかないけど、小さい。
俺「今日からこの警備府の提督を務める風川だ」
??「提督さんでしたか。私は夕張。軽巡洋艦です。この警備府の艤装の手入れや開発、設備維持をしています」
俺「よろしく頼む」
夕張の髪、銀髪って言うのかな。綺麗な髪をしてる。あとへそが見えててエロい。タイツもエロい。
夕張「どうかしましたか?」
俺「いや。さて、まずは執務室に行こうか」
夕張「では案内しますね」
夕張に案内されるままに俺は建物に入る。
夕張「警備府自体は地上3階地下2階です。地下1階には食料や水などを備蓄する倉庫、地下2階には屋内トレーニング場及び非常用シェルターとなってます。緊急時にはこちらに執務室や無線室を移して指揮を執ります」
俺「成程」
夕張「地上1階は食堂と入渠施設、それから物置。2階は艦娘居住区。3階は執務室と無線室、それから提督の部屋があります。提督の部屋には浴室もあります」
俺「ありがたいね」
正直自室に浴室があるのはありがたい。入渠施設が風呂場も兼ねてたりすると、艦娘達と時間の調整をする必要があったりするから大変なんだよね。横須賀にいるときに学んだ。うっかり艦娘が入っている時に入ったら大事件になりかねない。
夕張と共に3階に上がり、突き当たりにある少しだけ豪華な扉の前まで来ると夕張は立ち止まった。
夕張「ここが執務室です」
俺「案内ありがとう」
夕張「どういたしまして」
この扉を開ければ、俺は警備府の提督として働くことになる。どんな艦娘達が待っているのだろうか。俺は期待に胸を膨らませて扉を開いた。
俺「し、失礼するぞ」ガチャッ
俺が執務室に入ると、7人の艦娘達がソファーを囲んでトランプをしていた。
俺「……すまない。部屋を間違えたようだ」
夕張「あってますよ。ここが執務室です。皆、提督が警備府に着任したわよ。これより、艦隊の指揮に入ります」
夕張の言葉に、艦娘達は慌ててトランプを片付け、横一列に整列し、俺に向かって敬礼してきた。
艦娘達「「遠路はるばるありがとうございます!」」
俺「出迎えありがとう。早速だが、艦種、艦名、練度、改装状態を教えてほしい。夕張も改めて頼む」
夕張「はい。夕張型軽巡洋艦の夕張です。練度は88で、改装状態は改二。この警備府の副官を務めさせて頂きます」
俺「ありがとう。次」
??「金剛型戦艦、3番艦の榛名です。練度は35で、改装状態は第一次改装が終了しています」
榛名、胸デカいな……。他は……残念だな。つーか練度の落差が凄まじい。夕張や榛名はまとめ役という意味で配属されたんだろうか。夕張ほどの高練度艦がここに配属されるってのも珍しいけど。こんな田舎の警備府だったら普通は榛名ぐらいの練度の艦娘がまとめ役になるんだけどな。
??「あなた。何か嫌らしいこと考えてたんじゃない?」
俺「ソンナコトナイヨー」
??「はぁ……雲龍型航空母艦の葛城よ。練度は10。未改装よ」
……改装したらあの断崖絶壁は少しは膨らむのだろうか。駆逐艦と同等もしくはそれ以下なのは少し可哀想にすら思える。
俺「成程……残りは駆逐艦だな」
夕張「はい。駆逐艦は全員白露型で、練度は全員5です」
俺「成程。じゃあ皆自己紹介を頼む」
??「はーい!じゃあ私から!白露型駆逐艦1番艦の白露です!!よろしくお願いします!」
俺「よろしく」
すごい元気だな。
??「時雨だよ。提督、よろしくね」
俺「ああ。よろしく」
時雨は白露と違って落ち着いてる感じだな。駆逐艦達の中のまとめ役かな?
??「夕立っぽい!提督さん、よろしくお願いしますっぽい!」
俺「ああ」
一瞬犬に見えた。超人懐っこそう。不審者にでもホイホイ付いていきそうだから気をつけないと。
??「は、春雨です。よろしくお願いします……」
俺「こちらこそよろしく頼む」
時雨みたいに落ち着いてるっていうより、どちらかというと控えめっぽい感じの子だな。
??「海風です。よろしくお願いしますね」
俺「ああ。よろしく」
ザ・普通。何というか、すごく普通な子に見える。
俺「さて、俺だな。俺は風川仁志。階級は少佐。出身は京都だ。何か質問はあるか?」
白露「はい!」
俺「白露」
白露「何歳ですか!」
葛城「流石にいきなり年齢を聞くのは失礼よ……」
俺「いや、いいよ。歳は22だ」
榛名「随分若いですね。海軍には何時入隊したんですか?」
俺「中学卒業してすぐだな。だから15か。しばらくは一般兵として働いて、19の時に提督候補生として横須賀の養成所に入った」
実は俺の家、あまり裕福な方じゃなくて、勉強がよくできる妹や弟のために高校に行かなかったんだよね。高校に行かないって言ったら中学校の教師からは物凄く引き止められたし、親も反対したけど、それを振り切って中卒でも入隊できて、高収入の海軍に試験をくぐり抜けて入隊した。以来、給料の7割は実家に仕送り。2割は貯金。1割は自分のために使っている。養成所時代は衣食住は確保されていたからそれで何の問題もなかった。提督はそれより高収入だから、このままでも問題ないだろう。俺は弟も妹も大学まで行かせてやるつもりだ。
夕張「じゃあ中卒ですか?」
俺「いいや。一般兵時代に高卒認定を取ったから一応高卒だ」
海風「随分苦労されてるんですね」
俺「ま、この話は置いといてだな……他に質問は?」
榛名「じゃあ、特技は何ですか?」
俺「特技……か。釣りと日曜大工、それから家庭菜園かな。旋盤、溶接一通りのことなら何でも出来るぞ」
夕張「え?すごっ」
春雨「素人の域を超えてる気がするのですが……」
時雨「今までどんなのを作ったんだい?」
俺「え?う~んそうだな……箪笥とか、小物入れとか。バイクとか車も直したことがあるな。あと屋根の修理も」
夕立「提督さん、元々所属していたのは工兵隊っぽい?」
俺「ああ」
俺は一般兵時代、工兵隊に配属させられていた。元々物作りが好きだったこともあって、みるみるうちに色んな技術を習得して、気付けば業者に混じって兵舎の屋根の修理や水道、電気工事とかもしていた。『貴様、軍人であることを忘れてるな』と上官に呆れられたこともある。
俺「他に質問は?」
春雨「はい。京都ってお寺がいっぱいあるんですよね?よくお寺には行きましたか?」
俺「いや……よく皆が思い浮かべる京都のイメージって基本的に『京都市』のイメージだからな」
これ重要。一部の人はお茶で有名な宇治市や、日本有数の海軍基地のある舞鶴市を言ったりするが、8割方の人は京都と言ったら寺社仏閣を思い浮かべるだろう。しかし俺の生まれは京都市でも舞鶴でも宇治でもない。俺の出身は京都市に隣接する地方都市、南丹市だ。その南丹市の中でも福井県や滋賀県に近い旧美山町だ。冬は京都府内でもそこそこの豪雪地帯で、かやぶき屋根の有名な場所。でも……
時雨「じゃあ、何処出身なんだい?」
俺「当ててみろ」
榛名「舞鶴」
俺「違う」
夕張「宇治」
俺「違う」
夕立「あれ?他に何処があるっぽい?」
これだよ。とにかく知名度が低い。それはもう悲しくなるぐらいに。関西圏からでれば最早京都市、舞鶴以外は皆京都の市町村って知らないんじゃないかって疑うレベルだ。
俺「……南丹だ」
葛城「何処よそれ」
俺「京都市の隣だ。なんで知らないんだよ。南丹って結構広いぞ」
葛城「はぁ?あのね、私達は何時も海に出て深海棲艦と戦ってるのよ?そんなイノシシやシカ、サルしかいないようなクソ田舎、知ってるわけないじゃない。どうせ広いって言っても、山しかないんでしょ」
俺「(´・ω・`)」ショボン
白露「流石に言いすぎじゃない?事実かもだけど……」
事実なのが辛い……。
俺「と、とにかく、出身の話は置いといてだな、この警備府の目的は何だ?」
夕張「この警備府の目的は漁船警護及び救助、対潜警戒が主目的です。それから、遠方から帰投した艦隊の補給及び応急修理拠点という側面もあります」
榛名「この警備府の目の前の航路は神戸、淡路、瀬戸内、高松といった鎮守府の艦隊の通り道ですからね……」
海風「少し離れたところには徳島鎮守府もありますしね……」
うん、まぁ警備府の任務はこんなもんだろうな。この数、この練度で近海哨戒は無理だし。対潜警戒と言っても葛城は正規空母。対潜警戒には向かない。なんでここに送り込んだ。
俺「さて、こんなもんにして今日はお開きにしよう。明日からは本格的に任務を開始する。以上、解散」
今日はもう疲れた。任務依頼が来るのは明日からだから今日は警備府の敷地散策だな。
俺「さて、荷物を置きに行くか」
執務室を出た俺は執務室の隣にある『提督私室』と書かれたプレートが掛かった部屋のドアを開ける。
俺「思ってたより広いな」
部屋は大体10畳程の広さで、和室だ。押し入れに箪笥、本棚。小さめのテレビとちゃぶ台が置かれ、カセットガスのコンロが置かれた狭い台所にトイレと風呂が付いていた。窓を開けると、腰掛けられる程のスペースがある。丁度物干し竿を架ける場所もあるし、ここで洗濯物も干せそうだ。
俺「風呂もまぁまぁ広めだな。洗濯機まであるのか」
これならかなり快適に暮らせそうだ。必要な家具は最悪作ればいい。
・・・
俺「さて……と」
荷物を一通り片付けた俺はリュックサックを背負い、地下足袋を履いて、地図を片手に警備府の北側の山を歩いていた。警備府の敷地はかなり広大だが、大半が山になっている。沼島は島の中央部に住宅などが密集しているから、島の北部と南部はほぼ山になる。警備府のある北部も、警備府より北は山のみだ。
俺「島だから買い出しに苦労しそうだしな……」
もういっそ開墾して畑でも作ろうかな。現時点で警備府の人員は俺を含めて9人。皆で働けば畑の維持は可能だろう。実家のある南丹に比べてシカやイノシシもほぼいないだろうし、※連作障害と害虫と鳥さえ気をつけていればいいだろう。
※連作障害……同じ畑で同じ作物を作り続けると年々収量が減っていくなど、正常に栽培ができなくなること。一般的にトマトやナス、ピーマンなどは連作障害が起こりやすい。逆にタマネギやニンジン、カボチャ、サツマイモなどは連作障害が起こりにくい。
俺「流石にコメは作れないな……」
この島、一応水はあるにはあるけど、コメ作りを遠慮なくできる程の水量はない。すぐ隣の淡路島から水道やガス、電気、電話線を海底ケーブルで繋いではいるものの、やはり水は貴重だ。下手に使えない。雨水を溜めて使うことが前提だ。
俺「となると畑を作って何か育てるしかないか……後はニワトリでも飼うか」
ニワトリからは玉子が採れる。年老いて玉子が採れなくなれば、味は悪いが鶏肉にできる。
俺「早速準備するか……」
俺は山を下りると工廠に向かった。工廠には様々な機械が所狭しと置かれ、オレンジ色の作業着を着た夕張が1人でせっせと動き回っていた。
俺「夕張」
夕張「はい!何ですか?」
俺「チェーンソーを貸してくれ」
夕張「はい、どうぞ……って。着任早々何するつもりですか?」
俺「土地のリフォーム」
夕張「成程~ってなるわけないじゃないですか。説明してください」
俺「いや、万が一のことを考えて、食べ物を作ろうって思ってな。すぐそこの山を切り拓いて畑でもしようかと」
俺の言葉に夕張が疑いのまなざしを向けてくる。まぁ、着任早々畑を作るなんて言ったら普通そうなるよな。
俺「ここは離島だ。万が一敵に攻撃されたら、食料不足になるのは確実。それに備えるというわけだ。警備府の敷地内なら、多少のことは許される。住民の迷惑にならない程度にするつもりだ」
夕張「成程……そう言うのでしたら……」
そう言って夕張はチェーンソー2台にリヤカー1台、そしてロープを持って来た。
俺「おい、チェーンソーは1台でいいぞ」
夕張「私も手伝います。1人で山仕事は危険ですから」
俺「手伝ってくれるのか?」
夕張「着任早々怪我をされたら困りますから」
夕張は素早く地下足袋を身に着けると、壁に掛かっていたヘルメットを俺に押し付けてさっさと歩いていく。あ、俺がリヤカーを牽くのか。
・・・
夕張「で、どういうイメージで開拓するつもりですか?」
俺「大体のイメージはこんな感じだな」
俺は持っていた紙切れに畑の完成図を描く。地形的に斜面をならすのは難しいから、段々畑にすることにした。水は雨水に頼ることになるから、貯水タンクを作る必要があるな。山頂付近に貯水タンクを作ってみようか。
俺「一つ一つの畑の面積はそれ程大きくはならないが、それぞれの畑に違う作物を植えて栽培しようと考えている」
夕張「成程……住民の許可は?」
俺「警備府の敷地内で多少土地をいじることは許されている。問題ないだろう」
俺は早速倒しやすそうな木を見つけると、チェーンソーのエンジンをかけた。
夕張「提督。チェーンソーを使ったことは?」
俺「実家で何度か使ったぐらいだ」
実家にいた頃、親父が体調を崩していた時に台風で山の木が倒れて道路を塞いだことがあった。慢性的に若者が少ない地域ということもあって、仕方なしに近所の動ける爺さん達と一緒に木を切ったことがある。ただ『流石に子供に無理をさせるのは良くない』と周囲に言われて結局やったのは数回だけだ。
俺「あっちの方向に倒そうか」
夕張「わかりました」
俺は木の根元にチェーンソーの刃をあてて、切り込みを入れる。ある程度切ったところで夕張がくさびを打ち込み、艤装を展開して木を押し倒した。
俺「おお。すごいな夕張」
夕張「とはいっても、これでもかなり出力を抑えてますけどね」
俺「もういっそ艤装使った方が早く終わらないか?」
夕張「馬鹿言わないでください。艤装を使うと燃料を消費するんですよ?出撃も演習もしてないのに燃料が大幅に減ってるなんて大本営にバレたらただでは済みませんよ?」
俺「……確かに」
夕張「ですので、艤装の使用は最小限にしましょう」
俺「わかった」
その後も俺は夕張と共に木を伐採し、枝を全て切り落とした。目標の半分程の木を伐採したところで日が暮れたから今日の作業を終えることにした。
俺「こんなもんかな」
夕張「切った木はどうするんですか?」
俺「幹は段々畑の土留めに使う。枝は焼却処分だな。明日以降は書類作業の合間を見つつ木の伐採と根っこの除去だな」
とは言ってもこんな辺境の警備府の書類作業なんてたかがしれてるから、どうせすぐに終わる。1日の大半はこの作業に費やせるだろう。
夕張「じゃあ私はシャワーを浴びてきます」
俺「ご苦労さん」
工廠について道具を所定の場所に戻した後、夕張と別れた俺は私室にあるシャワーを浴びた。シャワーを終え、浴室から出て軍服に着替え終えたタイミングで内線が鳴った。
俺「はい。提督だ」
榛名「提督、榛名です」
俺「どうした?」
榛名「あの、警察の方達がお見えです」
俺「警察?」
俺、何かやらかしたっけ?心当たりないんだけど。
榛名「執務室にご案内してよろしいでしょうか?」
俺「ああ。お茶を出して待って貰ってくれ。すぐに行く」
・・・
俺「お待たせしました。沼島警備府提督の風川です」
数分後。俺は大急ぎで執務室に入り、ソファーでくつろいでいた警察の服を着た3人組に敬礼をした。パッと見た感じでは、2人はそれなりの立場の人達っぽいが、1人はまだ20代に見えるから、恐らく沼島を管轄している警察官だろう。
警察官1「兵庫県警本部長の永井です」
警察官2「南あわじ署署長の桑島です」
警察官3「灘駐在所の吾妻です」
俺「態々ご苦労様です」ペコリ
永井「早速話に入らせてもらいますが、実は風川さんに警察が持つ一部権限を貸し与えようと思い、本日は来ました」
……は?何で?
桑島「沼島は以前より警察が常駐していません。管轄は灘駐在所ですが、何せ沼島は離島で船で行く必要がある。天候によっては何かあっても急行できないという欠点がありました」
永井「そこで、警察の持つ一部権限を移管し、風川提督に実質的な駐在官となって貰いたいのです」
マジかよ。提督やりつつ警官もするのか俺。ちゃんとやって行く自信ないんですけど。
俺「しかし、それは私1人で判断できることでは……」
永井「既に海軍と協議をして、風川提督が承諾すれば構わないと許可は得ています」
それって拒否権ないって言ってるのと同じじゃん。
俺「そもそも、今までは灘駐在所で対応できていたんですから今のままでもいいのでは?私は警察の業務はさっぱりですよ?」
永井「そこは我々がフォローします。何か困ったことがあれば遠慮無くこちらに電話して頂ければ」
桑島「簡単な業務マニュアルも作成しましたので、こちらも参考に」
桑島さんから受け取った冊子は結構分厚かった。表紙をめくると、目次が数ページにわたってびっしりと書いてある。最早教本レベルだ。
俺「……わかりました。引き受けましょう」
最早俺に拒否権はない。
・・・
俺「……と言うわけでここ沼島警備府は警察的な役割も持つようになった」
葛城「唐突ね」
1時間後。俺は食堂に集まった皆に対して説明を行った。
榛名「でもまぁ、特段驚くことではないですね。十分あり得た話でしょうし」
俺「まぁな」
俺が承諾した後色々聞いた話によると、本当は警備府の一角を間借りし、駐在所のようにしたかったのだが、海軍が軍事機密の漏洩の可能性があるとしてこれを拒否。交渉を重ねた結果、警備府の提督に警官をやらせよう。となったらしい。
葛城「具体的には何をするの?」
俺「拾得物の保管、事故や事件のあった際の現場の維持、他には道案内とかかな。あ、あと飲み屋とかの喧嘩騒ぎの仲裁もやらないといけない。んで、毎日日報をつけて提出」
夕張「結構多いですね」
俺「普通の警察がやる仕事に比べれば遥かに少ないぞ。提督の仕事もあるけどそれも普通の鎮守府に比べりゃ午前中で終わるようなものだしな」
時雨「本業よりも副業の方が忙しくなりそうだね」
俺「どうだかねぇ。ま、俺からすれば一応手当がつくから別にいいけど」
白露「いいんだ……」
海風「ところで提督。挨拶を終えた後はどちらへ?」
俺「山で木を切ってた」
俺の言葉に食堂は静まりかえる。え?俺、何か悪いことを言った?
榛名「木を切るって……何のためにですか?」
俺「食費を浮かすために畑を作ろうと思ってな。山の一部分を段々畑にして作物を育てるつもりなんだ」
葛城「着任早々とんでもないことを始めたわね……」
俺「皆が出撃したら俺は殆どすることがない。警察業務も、提督としての仕事もたかがしれてる。つまり俺の暇つぶしという側面もある」
春雨「普通は暇つぶしに裏山を開拓したりしませんよ……」
俺「ま、極力迷惑にならないように気をつけるからさ、これぐらいはさせてくれ。もちろん、一緒にやりたいなら大歓迎だ」
皆でした方が楽しいし、効率も上がるから、皆でやった方がいいに決まってる。でも、やっぱり好き嫌いがあるだろうから強制するべきではないだろう。
夕立「面白そうだから、夕立も手伝うっぽい!」
白露「私もー!」
時雨「僕も」
春雨「私も」
海風「姉さん達がするのなら、私もお手伝いします」
……マジかよ。意外。正直無理かなって思ってたのに、この反応は意外だった。
夕張「ま、私も暇を見繕って手伝いますよ」
榛名「よく分かりませんが、榛名も手伝わせてください」
残るは葛城。さて、君はどうするのか。皆の視線が一斉に葛城に注がれる。葛城は大きくため息をつくと仕方なさそうに顔を上げた。
葛城「……わかったわよ。この状況で私だけ拒否したらおかしいじゃない。ただし、暇な時だけよ」
白露「わ、これ、ツンデレって言うんじゃ……」ニヤニヤ
葛城「し・ら・つ・ゆ~?」グリグリ
白露「わー!痛い痛い!ごめんなさい!!」
俺「おいおい……」
・・・
俺「さて。着任から1ヶ月が経ったわけだが……」
夕張「見事な段々畑が出来上がりましたね」
俺が着任して1か月。皆が協力してくれたお陰で山の斜面には見事な段々畑が完成していた。それぞれの畑に違う作物を植えているから、色んな作物が採れる。大きな丸太は土留めに利用し、枝は焼却処分した。
夕張「あとは山頂に貯水タンクを造るだけですね」
清太「それと水路だな」
今は水を下から上の段々畑まで運んでやっているけど、毎回それはキツい。そこで段々畑の中央に水を流す水路と、格段ごとに水を溜めるための穴を掘った。山頂には濾過機能を搭載した貯水タンクを設置する。栽培する作物によっては水はそこまでやる必要はないというものもあるけれど、いざという時のためだ。
清太「タンクは工廠にあるガラクタを溶かして造るか」
夕張「そうですね」
まず工廠で不要なガラクタをかき集め、溶鉱炉でそれらを溶かす。型に流し込んで形を形成して、取水口等を取り付け、それを夕張達に頼んで山頂に運ぶ。
夕張「すごく大きくなりましたね」
俺「デカいに越したことはないけどな」
出来上がった貯水タンクは容量が軽く500Lを超える代物になった。定期的に水を入れ替えたりすることも考えると、畑の面積的にも十分まかなえる水量だろう。
俺「水路はひとまず手掘りのままで様子をみようか。必要になったらU字溝を埋めよう」
夕張「そうですね」
榛名「提督~!」
俺が夕張と話し込んでいると、榛名が駆け寄ってくる。何かあったのだろうか。
俺「どうした?」
榛名「今無線が入って、南方作戦に出撃していた神戸鎮守府の艦隊がここに寄港するそうです。何でも大破した艦娘が複数いる上に燃料が足りないらしくて……」
俺「成程。で、どれぐらいで到着しそうだ?」
榛名「距離的に恐らく3時間程かと」
俺「そうか。夕張、入渠の準備をしてくれ。それから榛名は葛城に誘導の艦載機を飛ばすように指示を出してくれ。んで、葛城、白露、夕立、時雨を連れて何時でも救助に向かえるように準備。俺は春雨と海風とで補給の準備をする」
榛名・夕張「了解」
警備府に着任して1か月。こういうことが時たま起きる。遠方から帰投する艦隊は大抵疲弊しているから、うちみたいな補給拠点が必要になる。場合によっては2、3日休んでから帰ることもあるぐらいだ。ちなみに出撃体勢を整えるのは過去にうちに向かっていた艦隊が敵の襲撃に遭って危うく轟沈者を出すところだったから。あの時は本気で焦った。
俺は急いで山を下りると春雨と海風に声をかけ、燃料の補給体制を整えるように伝え、さらに警備府にある軽トラを飛ばして島の商店で食料を買い込んだ。俺の話を聞いた商店の店主は、周りにも声をかけて今日の競りで売れ残った魚を大量に分けてくれた。
俺「さて、いつ来るかな?」
俺は警備府の屋上に上がると、双眼鏡を使って艦隊が来るであろう方角を見る。
俺「流石にまだ見えないか……」
葛城「提督。艦載機が艦隊を見つけたわ」
俺が双眼鏡から目を離すと、後ろから葛城が歩いてきた。
俺「状況は?」
葛城「大破3名、中破2名、小破1名ね。大破の3名のうち、2人は空母。艦隊は先程大破者の主機が停止して小破者と中破者が曳航。かなりの微速で航行中」
俺「……艦隊、すぐに救助及び護衛に向かえ」
葛城「了解よ」
幾ら微速航行してるとはいえ、もし敵艦隊に遭遇すればひとたまりもない。そう判断した。
・・・
俺「お、来た来た」
待つこと5時間。榛名達に曳航されてようやく神戸鎮守府の艦隊が到着した。無線で聞いていた通り大破者は正規空母だった。正規空母2人は到着した途端、グッタリとした様子で座り込んでしまった。
俺「榛名、葛城、入渠ドッグまで肩を貸してやれ。他の皆も、動けそうにない者の手伝いを。入渠が終われば食堂に案内するように」
俺の指示に榛名達はテキパキと動いて入渠ドッグに負傷者を運んでいった。一方の俺は料理の準備の続きだ。上着を脱いでエプロンを身に着けて調理場に入る。皆腹が減っているだろうから大量に作るぞ。魚の刺身の盛り合わせ、アラ汁、煮付け、ポテトサラダ、フルーツポンチ、カレー、唐揚げ、トンカツ……勿論1人では全部できないから皆に手伝ってもらう。
時雨「提督、トンカツが揚がったよ」
俺「揚げ物はそこの大皿に順次盛り付けてくれ」
春雨「司令官、麻婆春雨できました」
俺「あれ?俺作ってって言ってたっけ?」
春雨「勝手に作っちゃいました」
白露「ポテトサラダできたよー」
こんな感じで大騒ぎしながらも次々に料理を作りあげ、神戸鎮守府の艦隊が入渠を終える頃には見事に料理が完成していた。でも中々当の艦娘達が来ない。
海風「おかしいですね。もう入渠は終わってるはずなのに……」
俺「道に迷ったのか?」
白露「まさか」
そんなことを言っていると神戸鎮守府の艦娘達がやって来た。何て言うか、皆元気がない。俺の経験で言えば、こういう時は大抵目的を果たせずに戻って来たパターンが多い。
俺「ようこそ沼島警備府へ。神戸鎮守府には俺から連絡を入れておくから、数日ゆっくり過ごしてくれ。飯はいくらでもあるから好きなだけ食べてくれ」
??「神戸鎮守府南方作戦艦隊旗艦、陸奥よ。この度は曳航に護衛までしてくれて感謝するわ。お言葉に甘えて数日間ここでお世話になるわね」
陸奥……か。色気がすごいな。大人のお姉さんって感じ。胸デカい。スタイルいい。パンツ見えそう。
俺「さ、皆飯食うぞ。今日は大盤振る舞いだ」
俺は調理場の奥からジュースや酒を引っ張り出して皆のグラスに注ぐ。任務に失敗して帰還しようが、成功しようが、生きて帰ってこれたことをまずは喜ぶべき。だから俺は必ず他所の鎮守府の艦隊を受け入れる時の最初の食事は乾杯をする。ちなみに俺は警察業務があるため酒を飲むことができない。
俺「皆グラスを手に取ってください……では、えー……ま、色々あったかと思いますが、今は任務とかそう言うことは忘れましょう。今日一日無事に生きられたことに乾杯!!」
一同「「乾杯!!」」
・・・
俺「ん?」
乾杯をしてすぐ。俺がカラオケで人生○ワタを熱唱していると、視界の隅に1人の艦娘がそっと食堂を出て行くのが見えた。
俺「じゃ、次は沼島警備府の歌姫(笑)、葛城による残酷○天使のテーゼだ。皆、心して聞くように」
葛城「は、はぁ!?ちょっと何言ってんのよ!!」
夕張「そうだそうだー!もっと提督のアホ歌聞きたいぞー!!」
夕立「ぽいー!!」
俺「馬鹿野郎。もう喉がカラカラなんだよ。水分補給させろ」
俺は壇上(食堂の長テーブルをつなぎ合わせたもの)から降りると、急いで食堂を出た。
俺「何処行った?」キョロキョロ
外に出て辺りを見回すと、艦娘達が出撃する浜辺に誰かがいるのが見えた。
俺「おいおい。俺の美声を聞かないで何をしてるんだ?」
??「……」
返事がない。ただの屍のようだ(ド○クエ並感)。俺の方を一切見ないもんだからちょっと心配になって近づいてみると、微かに体が震えているのに気がついた。
俺「泣いてるのか?」
??「……」
俺「……」カチッ
チッチッチッチッオッ○ーイ!!ボインボイ○ン!!
??「!?」ビクッ
俺「お、反応した」
こんな音楽大音量で流されたら誰だってビックリする。これは俺が小学校の頃動画サイトで見て以来心の師の1人となったアニメキャラの曲だ。とてつもない馬鹿キャラ。でも、芯が通っていてここぞという時はカッコイイ。そんなキャラだ。俺もそんな風になりたい。
??「なっ何ですか今の下品な曲はっ!!」
俺「パ○コ・フォルゴレの『チチ○もげ』だ。声をかけても反応しないから流してみた」
??「その場の空気というのが分からないんですか!?」
俺「鬼○ちひろの『月○』でも流して欲しかったのか?」
??「曲をかけるなということです!!」
俺「ま、いいじゃないかそんな細かいこと。で、本題に入るがなんで泣いてるんだ?」
俺の目の前にいる艦娘は神戸鎮守府所属。正規空母の翔鶴だ。陸奥に聞いた戦闘経過によれば、敵艦隊と戦闘状態に入った直後、敵戦艦の砲撃と航空攻撃で翔鶴は大破。正規空母の翔鶴が戦闘開始早々に行動不能になったために制空権を取られ、相手方に損害をほぼ与えることなく一方的にやられて撤退となったらしい。泣いている理由としてはこれが原因だろう。
翔鶴「ただ自分が不甲斐なくて……情けなくて……」
俺「ドンマイ。次がある次が」
翔鶴「聞くだけ聞いといて何ですかその反応は!」
俺「いや、真面目な話。翔鶴は運がいいぞ。本当に運が悪ければ今頃僚艦纏めて海の底だからな。生きて帰ってこれたってことは幸運艦じゃないか。んで、生きて帰ってきたってことは次があるってことだ。今は気の済むまでいじけて、泣いて、キレて、気分をスッキリさせて次の作戦に備えればいいんだよ。また次頑張ればいいんだ」
翔鶴「でも、次も生きて帰れるとは……」
俺「馬鹿野郎!生きて帰ってくるんだよ。生きて帰ってきて、ここで俺の用意した飯を腹一杯食う。これがお前が次に沼島に来たらすることだ。任務の成功とか失敗はこの島では関係ない。俺も咎めるつもりはない。何なら任務とか関係無しにプライベートで来ても全然構わない」
翔鶴「は、はぁ」
俺「さ、他の皆が心配するから食堂に戻るぞ」
翔鶴「はい」
その後、食堂に戻った俺と翔鶴が最初に目にしたのは耳まで真っ赤になった葛城と、その葛城にひたすらアンコールと言いまくる酔っ払い艦娘達だった。ちなみに葛城の歌はかなり上手かったらしく、滅茶苦茶好評だったそうだ。俺も聞きたかった(´・ω・`)。
・・・
俺「山田の爺ちゃん。もうお店閉店だから、そろそろ帰らんと」
爺「うるへぇ!女房の馬鹿野郎がよう……」
宴会がお開きになって2時間後。俺は島の居酒屋から『酔っ払いが居座って困っている』と連絡があり、現場に向かった。いや、深夜1時にこれはキツい。
現場に着いてみれば居酒屋のカウンターで見事に出来上がった爺さんがくだを巻いていた。最近半世紀以上連れ添った奥さんを病気で亡くし、1人で暮らしている爺さんだ。子供達は皆島から出て行ってしまっているからこういう時も引き取り手がいない。俺がこの島での警察業務で一番多いのがこの爺さんを家に送り届けることだった。
俺「爺ちゃん。家まで送るから。歩ける?」
爺「あるへるに決まってる!」ヨタヨタ
店主「ゴメンな提督さん。こんな夜中に呼び出して。今日は艦娘ちゃん達を迎えたりで忙しかっただろうに」
ふらつく爺さんに肩を貸しながら店を出ようとすると、居酒屋の店主が申し訳なさそうに頭を下げてきた。
俺「いえ、これも仕事なので。気にしないでください」
店主「今度飯タダで食わせてやるから、それで勘弁してくれ」
俺「それはありがたい。また今度改めて御邪魔させて貰います。では失礼します」
俺は店主に頭を下げると、乗って来た軽トラに爺さんを押し込み、自宅まで送った。
俺「爺ちゃん。家着いたよ」
爺「zzz...」
俺「爺ちゃん、着いたぞ」ユサユサ
爺「zzz...」
俺「駄目だこりゃ」
俺は熟睡している爺さんの懐から家の鍵を見つけると、爺さんを抱えて家に入り、寝室に布団を用意して爺さんを寝かせた。普通はここまでやったら不法侵入だの何だので完全アウトなことだと思うけど、流石に家の前で放置するわけにもいかないから仕方ないね。
俺「奥さん。爺さんこれで4度目だぜ。夢の中で叱ってやってくれよ」
俺は寝室の隣にある部屋にある仏壇の前に座ると手を合わせ、そっと家を後にした。
・・・
俺(結局爺さんの相手してたら殆ど寝れなかったな……)
警察業務は少ないとは言え、睡眠時間が削られるのは辛い。せめてもう1人ぐらい欲しいところだけど、無理な相談なんだろうなぁ。まぁ俺の場合は……
白露「およ?提督。顔色が悪いよ」
春雨「隈ができてます。大丈夫ですか?」
俺「大丈夫だ。問題ない」キリッ
彼女達がいるから頑張れる。彼女達の笑顔が俺に元気をくれる。
葛城「あなた夜遅くに出てったじゃない。殆ど寝てないんじゃないの?」
俺「何故それを知っている」
葛城「偶々私が無線番だった時間帯だったのよ」
俺「あ、そっかぁ」
夕張「今完全に忘れてましたよね?で、何してたんですか?」
俺「店に居座る酔っぱらいを介抱して、家に送ってた」
榛名「それはご苦労様でしたね」
俺「ま、それはどうでもいいとして……今日は自由にしてくれ。訓練するのもよし。遊ぶもよしだ。外に出掛けるなら外出許可証を出すから、ちゃんと言うように。俺は執務室か畑か工廠にいるから。もし俺が見つからなかったら電話するなり、夕張、榛名、葛城に相談してくれ」
・・・
俺「……」ゴソゴソ
俺は今、工廠で夕張達と柵を作っている。将来的にニワトリを飼った際に脱走しないようにするためだ。ネットで資料を漁って色々参考にしながら作っているが、山の斜面にも建てるから、結構面倒くさい。
夕張「本当に器用ですよね」
俺「そうか?俺は特別自分が器用だと思ったことはないけど」
夕張「十分器用ですよ」
海風「流石元工兵隊ですね」
俺「まぁな」
柵はある程度の高さが必要。ニワトリは種類にもよるけど、平屋建ての屋根ぐらいの高さなら飛べる。そこまで高くなくてもいいけど、ひとまず野良猫に捕食されたり、崖から転落するのを防ぐという意味でも大体1.5mぐらいの高さがある柵を建てるのは必須だ。まぁ仮に脱走してもニワトリは縄張りより外には余り出たがらないと言うし、戻ってくるだろう。
夕立「提督さん、今度はニワトリを飼うっぽい?」
俺「そうっぽい」
時雨「提督がぽいって言うと気持ち悪いね」
俺「……夕張、ちょっとロープを貸してくれ。首吊ってくる」
夕張「落ち着いてください。それぐらいのことで自殺しないでください」
俺は傷ついた。時雨に気持ち悪いって言われた。死ぬしかない。
時雨「ご、ごめんね提督。悪気はなかったんだ」
俺「そっか。じゃあいいや」
夕張「切り替え早っ」
俺「切り替えが早くないと軍隊じゃやってけない」
海軍に入ってすぐの頃、俺は高卒や大卒の同期に馬鹿にされた。中卒の海軍入隊者は倍率こそ高いものの、全体で見ればそんなに多くない。理不尽なしごきにもあった。何時までも落ち込んでたりすると更につけ込まれてもっとしごかれたり、馬鹿にされる。だから素早く気持ちを切り替える必要があった。このスキルは後々色んな場面で役立った。自分だけ馬鹿にされるなら、自分の心に押しとどめておけばいい。
俺「ニワトリはいいぞ。玉子が採れるし、鶏肉も手に入る。餌はその時次第だが、場合によってはタダで済むかもしれん」
夕立「豚や牛はダメっぽい?」
俺「豚や牛はまともな食料になるまでに、とんでもない量の水と餌が必要だ。とても飼えたもんじゃない。精々数匹のヤギが限界といったところかな」
夕張「あれ?じゃあ何でヤギは候補に挙がらないんですか?」
俺「確かにヤギは乳も採れるし、肉も手に入る。だが、ヤギの乳は癖があって万人受けしない。肉も同じだ。ここは色んな艦隊が立ち寄る場所で、様々な艦娘がうちで作る料理を食べる。一部の人にしか受け入れられない食材はそこまで必要ではないんだよ。羊も同じ理由で却下」
時雨「提督も色々考えてるんだね」
俺「1番の理由はニワトリが安いってのもあるけどな。ここで飼う位の数なら、もし病気とか何かで死んでも経済的ダメージはそれ程大きくない」
正直、ニワトリってビックリするぐらい安い。地域にもよるけど、犬や猫よりも安い。で、お値段はもうすぐ玉子を産めるという位のニワトリで何と1羽2000円を切ることも少なくない。場所によっては1000円ちょっとで買える。20羽買っても10万円にならないし、順調に玉子を産めば十分に元は取れる。非常にお得なお買い物だ。
夕張「で、どれぐらいのニワトリを購入するんですか?」
俺「畑の周りや裏山で買うつもりだからな……20羽ぐらいかな」
時雨「結構多いね」
俺「本当はニワトリ同士が喧嘩しないように飼育面積を考えないといけないんだが、この広さなら20羽ぐらいなら大丈夫だろう」
夕立「余った玉子は売るっぽい?」
俺「うちは海軍だぞ。ちゃんと上に報告して許可を得ないとそんなことはできない」
夕張「そういうところ、面倒くさいのよねぇ」
俺「ま、多少多くてもどうせ料理に使うから、早々余ることはないだろうけどな」
翔鶴「あ、あの~……」
俺達がそんなことを喋りながら作業をしていると、いつの間にか翔鶴が工廠の入り口から顔を覗かせていた。昨晩思い詰めていた顔とは打って変わって何処か表情が晴れやかだ。美しい。
俺「どうかしたのか?」
翔鶴「いえ、執務室を覗いても姿が見えなかったので……葛城さんに聞いたら多分ここだろうと」
夕張「提督、執務室よりも工廠に入り浸ってることが多いから……」
時雨「書類作業が終わったら脇目も振らずに畑か工廠だもんね」
夕立「服もお偉いさんや艦隊を迎える日だけは軍服で、それ以外は作業着に地下足袋……爺臭いっぽい」
俺「(´・ω・`)」ロープスタンバイ
夕張「落ち着いてください。そのロープしまってください」
俺「……で、どうかしたのか?」
翔鶴「いえ、何をしているのか気になったもので……」
俺「ニワトリを飼うために柵を作ってる」
翔鶴「へ?」
翔鶴が理解できないという顔で俺の方を見てくる。俺の行動はそんなに理解できないことなのだろうか。視線を夕張達に向けると、夕張達も困ったように首を傾げるだけだ。何だよお前ら。
夕張「まぁ、うちの提督は普通の提督とは少し思考回路が違いますから」
時雨「提督になってやれ畑だニワトリ飼うだの言ってるのは正直変わってるよね」
海風「でもまぁ、提督がこんな調子なお陰で私達も気楽にやっていけるんですけどね」
翔鶴「私達の鎮守府とは随分違いますね」
俺「そりゃ本土の鎮守府クラスにもなれば飯は好きなだけ食えるし、艦娘達の待遇もいいだろ。街にもすぐに出られるし。うちは島だから、ある程度自給できた方がいいんだよ。畑もニワトリもその一環だ」
翔鶴「いえ、そうではなく、皆さん雰囲気が穏やかだなと思って……」
翔鶴の話によると、本土の鎮守府は頻繁に各方面に遠征や出撃を繰り返し、常に緊張状態らしい。何時出撃するのかと艦娘達も気が抜けず、暇な時間も己を磨くために訓練に励むものが殆どで、少し殺伐としているらしい。
翔鶴「うちの鎮守府は提督のご尽力もあってまだマシなんですが、場所によっては誰の所為で撤退した、とかで戻って来てから喧嘩になったりすることもあるそうです……」
海風「うわぁ……」
夕立「夕立、この警備府に配属されてよかった」
時雨「ぽいが抜けてるよ夕立……」
俺「うちがのんびり穏やかなのは出撃が少ない上に、敵が雑魚ばかりなことと、穏やかな艦娘が多いからだな。出撃が少ないってことは、神経を張り詰める機会が少ない。穏やかな艦娘が多いってことはそれだけ艦娘達の間での喧嘩も起こりにくい」
夕張「葛城さんは?」
俺「俺からすればあんなのキツいの内に入らない」
俺が3日間ぐらい部屋に閉じこもって出てこなくなったり、ゲロ吐いてその場に崩れ落ちたり、胃潰瘍を起こして倒れるようなレベルにならない限り、俺からすれば性格がキツいとは言えない。
時雨「さっきまでちょっと言われただけでロープを準備してたのに、よくそんなことが言えるね」
俺「あれは嘘だ」
翔鶴「皆さんよく上官である提督にズバズバ言えますね」
夕張「言わないと何しでかすかわかりませんから。畑を作る時だって、伐採の知識もろくにないのに1人でチェーンソー片手に木を切ろうとしてたぐらいですし」
夕立「危なっかしくて、黙っていられないっぽい」
時雨「無視してたら構って欲しさに漁船で出撃しちゃいそうだからね」
俺「いくら何でもそんな無茶はしない……と思う」
海風「こういう所ですね」
うん。多分漁船で出撃なんてしない……と思う。
翔鶴「えっと……」
翔鶴がすごく困った様子で俺の方を見てくる。やめろ。そんな色物を見る目で俺を見るな。
夕張「しかしまぁ、提督も不幸ですね。普通、こんな警備府定年間近のお爺さんが着任するような場所ですよ」
俺「不幸?俺は全然そうは思ってないぞ」
仕事少ないし、時間の流れも緩やか。島の人達も協力的。好きなことに没頭できる。最高の警備府だ。これでベテラン提督のいた鎮守府に着任させられたら、きっと滅茶苦茶苦労してる。というよりも翔鶴の話を聞いてる限り、絶対に着任したくない。
夕張「ここで頑張っても昇進は絶望的ですよ?」
俺「……う~ん……それでも俺はこの警備府がいいかな」
昇進したら給料が増える。仕送りできる金も多くなる。でも、仕事も責任も増えるし、最前線にでも行かされたら命の危険も伴う。そう考えれば今のままが現状ではベストだ。
時雨「まぁ、深海棲艦の空襲や侵攻に常に神経を張り詰めておく必要もないから、確かに気が楽な場所だね」
俺「だろ?俺が最前線のラバウルとかに行かされりゃ3日も持たない自信がある」
翔鶴「そこまで言いますか……」
俺「ところで翔鶴は此処に何をしに来たんだ?」
翔鶴「あ、えっと……淡島という方が風川少佐に会いたいと……」
俺「それ、早く言ってくれ」
結構待たせてるんじゃないか?急いで行かないと。
翔鶴「あ、淡島さんは執務室に通してます」
俺「君、少し自由すぎない?ここ他所の警備府だぞ?」
走り出す俺の背中に飛んできた翔鶴の言葉に、俺は大声で返した。
・・・
俺「おま、たっしました」ゼェゼェ
淡島「お、おぅ。まずは落ち着いて深呼吸をするべきだな」
3分後。急いでシャワーと着替えを済ませた俺は猛ダッシュで執務室に飛び込む。息も絶え絶えの俺を見た淡島さんは、苦笑しながらソファーから立ち上がった。
淡島「少し気になることがあってきたんだが……」
俺「何でしょうか?」
淡島「提督さん。あんた自分の漁船、少しは乗らねぇと可哀想だぞ?」
俺「……あ」
そうだ。俺、漁船の存在を忘れかけていた。俺の漁船は現在沼島の漁港に係留されている。しかし、本業が漁師でない上、島を出なければいけないことがあまりないため、ほぼ乗ることなく繋がれっぱなしになっている。
淡島「せっかく船持ってるんだから、使わないと損だぞ」
俺「はぁ……で、使うとは?」
淡島「そりゃ提督さん。漁船は漁に使うものだろ」
……いや待て。提督兼警察官兼漁師とかマジで洒落にならん。トリプルワークとかありないんですが。
俺「いや、自分は……」
淡島「提督さん。あなたも漁師にならないか?」
俺「既にダブルワークしてるので間に合ってます」
淡島「ま、漁師になるかならないかはともかく、たまには乗らないと、操縦方法がわからなくなるぞ。と言うわけで早速GO!」
俺「えぇ……」
結局乗るのかい……。その後、俺は淡島さんにマンツーマンで漁船の操縦方法を教わった。今日は波が穏やかだったから船酔いはしなかった。そしてその日の夜、翔鶴達神戸鎮守府の艦隊は神戸鎮守府の提督から急遽呼び出しを受けて神戸に帰投した。
・・・
夕張「提督。大本営の元帥から指令です」
翔鶴達が帰投した翌朝。夕張が1枚の紙を持って現れた。
俺「読んでくれ」
夕張「近畿軍管区の定例会合が急遽明後日に変更。秘書艦1人を連れて出席するようにとのことです。場所は近畿軍管区本部です」
俺「定例会議か……神戸鎮守府の艦隊が急遽帰投したのは多分この所為だな」
定例会議。現在の各地の戦局とかを報告する会議で、毎月1回開かれている。鎮守府の提督は毎月。警備府の提督は3か月に1回出席を求められる。戦局と言っても、比較的戦闘の少ない警備府の提督は何も言うことがなく、ただ座っているだけだし、場合によっては鎮守府の提督達から馬鹿にされるという謎イベントだ。やれ連れてきた秘書艦が駆逐艦とは情けないだとか、養成所での出来が悪いから警備府なんだとか、果ては俺は鎮守府の提督、警備府の提督とは格が違うと言いがかりを付けてくる。超面倒臭いイベントなのだ。
夕張「初の定例会議ですね」
俺「行きたくないなぁ」
夕張「……秘書艦はどうするんですか?」
俺「う~ん……」
ここで問題発生。『沼島警備府秘書艦問題』である。沼島の秘書艦は実質夕張だ。が、鎮守府及び警備府内で最も練度の高い艦娘は、提督不在の際には原則提督代理を務めることが決まっている。つまりは夕張を定例会議に連れて行けないのだ。で、その次に高い艦娘は榛名、葛城となっていくわけだが、どちらも沼島には必要な戦力。万一の時のことを考えると秘書艦として連れて行くのは怖い。
夕張「榛名さんも葛城さんも秘書艦として連れて行くのは……という顔をしてますね」
俺「まぁな」
夕張「では、時雨さんか海風さんはどうですか?この2人なら落ち着きもありますし、常識も備えてますから、問題はないかと」
俺「……それしかなさそうだな」
白露と夕立は普段からハイテンションだし、街に出るとなるとはしゃぎすぎて粗相をする可能性がある。春雨は……何というか目を離したら迷子になりそうで怖い。となると時雨か海風になるわけだが、はて、どちらがいいか。
俺「……今回は海風にするか」
夕張「適当ですね」
俺「仕方ないだろ」
・・・
海風「わぁー!すごいですね提督!!」
俺「そうだな」
3日後。俺は海風を連れ立って近畿軍管区本部がある大阪に来ていた。何時も思うけど、大阪って大都会だよな。建物が高い。人多い。騒音がすごい。田舎育ちで田舎暮らしの俺には合わない場所だ。
大阪は深海棲艦との戦いが始まったばかりの頃、大空襲で焼け野原になったが、瞬く間に復興した。その際に区画整理がなされ、地上は道路が碁盤の目のように張り巡らされ、地下には地下鉄が。高架には高速道路や電車が走る。
俺「しかし、此処まで来るのに6時間。これはキツいな……」
海風「会議の終わる時間にもよりますが、泊まる場所も考えた方がいいですね」
漁船で沼島から淡路島に移り、そこからバスに乗り、高速を使って淡路島を抜ける。その後は鉄道を使って此処まで来たわけだが、滅茶苦茶時間が掛かる。交通網が比較的弱い兵庫の北部や、和歌山の南部、三重県の一部鎮守府や警備府で水上機や小型飛行機が使われる理由が良く分かる。俺自身、免許こそ持ってるものの、飛行機の維持管理をする予算がないし、そもそも飛行機を置いておく場所がないから無理だけど。
俺「会議が長引けば終電か終バスを逃しちゃうもんな」
近くのビルに取り付けられた時計は午前10時半を回ったところだ。会議が始まるのは12時。15時までに終わらなかったら漁船の泊めてある場所に行く終バスを逃す。多分泊まり確定だろう。交通宿泊費はしっかり請求してやる。此処まで来るのに片道8000円を超えている。宿泊費が幾らになるか知らんが、間違いなく2、3万は行くだろう。震えて眠れ大本営。
海風「皆さんへのお土産、買って帰らないとですね」
俺「大阪バ○ナとミルク饅頭月○粧でいいだろ」
海風「適当すぎますよ。少し調べてきたので、じっくり考えましょう」
俺「わかった」
こうして俺と海風は大阪城内にある、近畿軍管区本部に足を踏み入れた。入り口で身分証を見せると、従兵が丁寧に会議場所まで案内してくれた。
従兵「では、会議が始まるまでしばらくお待ちください」
俺「わかりました」
会議をする場所は、イメージとしては国会議事堂の議会みたいになっている。俺の席の隣には秘書艦用の席が作られている。
海風「あと30分程ありますね」
俺「しばらくのんびりしようかな」
俺が机に置かれた今日の会議の内容が書かれている資料に目を通していると、入り口の方が騒がしくなってきた。視線を移すと、何だか偉そうな態度の男達が通路一杯に広がりながら歩いてくる。
??1「ったく、定例会議に警備府を呼び出す必要はないだろうに。あんな負け犬共と話を聞くと、俺達にも負け犬根性が移りそうだ」
??2「本当だよな」
俺(うわ、エリート組か。苦手なんだよなぁ)
一流大学、または一流高校を卒業し、海軍士官学校に入隊。卒業と同時に少尉になり、成績優秀かつ、提督適性者の者は養成所に入り、卒業と同時に大佐になる。これをエリート組と呼んでいる。中には親が国会議員だったり、海軍の将校だったりするから、後ろ盾があることをいいことに態度も悪い。
エリート組は俺達の方に近づいてくると、わざと大声で話し始めた。
??1「おや、おやおやぁ~?なんだか臭い匂いがするな~」
??2「オイルかな、汗かな?何の匂いかなぁ~。あ、ゴミの匂いだ!」
??1「誰かと思えば負け犬中の負け犬、風川少佐じゃないですかぁ~。中卒低学歴でよくここまで来ましたねぇ~。何か必死で高卒認定を取ったみたいですけど。僕なら恥ずかしすぎて仮病を使って休んじゃいますよ」
??2「それに今日の秘書艦は駆逐艦!普通戦艦か正規空母でしょ!惨めったらしい。しかも未改装の雑魚!!」
エリート組の言葉に海風が下を向く。流石の俺も我慢の限界。怒りの臨界点を超えた俺ならこの2人を再起不能にすることは簡単だ。工兵隊時代に鍛えた喧嘩術は伊達じゃない。
俺「おい」
俺は立ち上がるとエリート組の1人の胸ぐらを掴むと自分の方に引き寄せた。
俺「俺は中卒の低学歴だから、何がいいことで何が悪いことか良くわかんねんだわ」
??1「な、何?」
俺「あんたらをこの場でボコボコにするのが良いことか悪いことかもわからねぇってことだ!!俺を馬鹿にするだけならいい。俺は俺の秘書艦を馬鹿にしたことが許せんっ!!」
??3「そこまで!!」
俺の拳がエリート組の顔面にめり込む直前、鋭い声が議会内に響いた。俺が振り返ると、初老の男が厳しい顔をして立っていた。襟章を見ると、階級は少将だ。
??1「と、東郷少将閣下……」
東郷「山岡大佐。川口大佐。議会でもめ事を起こすとは何事か。出自の違いで人を貶めるとは海軍の恥さらしだぞ。貴官らはただ、運が良かっただけだ」
山岡「し、しかし、彼は先程私に暴力を……」
東郷「黙れ!!」
山岡「ひっ……」
東郷少将の怒声に山岡大佐は思わず悲鳴を上げる。何とも情けない声だった。
東郷「貴官らが先に言葉の暴力で攻撃したのだろう。この東郷、全て見ていたぞ。今は深海棲艦との戦いで足並みを揃える時。それなのにこの様なことをしでかすとは。どれほど貴官らは浅はかなのだ」
川口「お言葉ですが閣下。私はこの様な低学歴者と足並みを揃えたくありません。我々の意図、言動を理解をできないような……」
東郷「学のある者にしか理解のできない言動や態度を取るようではまだまだ三流だぞ。それ以前に、相手の学歴であからさまに態度を変えるのは論外だ」
東郷少将の言葉に、2人のエリート組はバツが悪そうにそっぽを向く。その様子を見て、東郷少将の視線は今度は俺に注がれた。
東郷「風川少佐」
俺「はっ」
東郷「貴官の気持ちもわかるが、暴力に出るのは褒められんな」
俺「申し訳ございません」
東郷「貴官は今提督なのだ。以前のような工兵隊の兵卒ではない。貴官に何かあれば、貴官の部下にも影響する。以後気をつけるように」
俺「はっ」
東郷「それと、貴官の警備府。実に評判がいい。明るい雰囲気、美味い飯、所属艦娘も皆穏やかで、島民達との関係も非常に良好だと聞く。良い警備府だ」
俺「ありがとうございます」
東郷「貴官の警備府は華々しい活躍は少ないかもしれん。しかし、補給拠点は重要なもの。貴官もそれは工兵時代に身に染みているはず。今後も励んでくれ」
俺「了解致しました」
俺が敬礼すると、東郷少将はうんうんと頷きながら背を向けて立ち去ろうとした。けど、数歩歩いてから再びクルリと向きを変えて俺の方を見た。
東郷「言い忘れていた。先日はうちの艦隊を助けてくれてありがとう。感謝するぞ」
俺「?」
東郷「儂は神戸鎮守府総提督。東郷矢七だ。山岡、川口。貴官らにはまだ話すことがある。付いてこい」
俺「あっ……」
神戸鎮守府の提督だったのか。よく見れば少し離れたところに陸奥がいる。俺や海風に気付くと、軽く手を振ってくれた。
海風「まさか神戸鎮守府の提督があそこまで偉い方だったなんて」
俺「総提督って言ってたから、神戸鎮守府はかなりの規模だ」
大規模な鎮守府になると、業務や派遣艦隊も多くなるから、提督適性者が数人在籍しているところもある。その提督適性者達を纏めるのが総提督だ。総提督は将官しかなることができない上に、様々な条件がある。総提督がいるのは佐世保、呉、舞鶴、神戸、横須賀、函館位だったはず。しかし、東郷少将。俺の経歴を随分詳しく知っていたな。何でだろ?工兵隊に居た頃には会ったことはなかったはず。
その後、会議が開かれた訳だけど、まぁ、何というか、正直俺には関係ねぇって内容が殆どだった。南方の戦線が依然厳しいこと、レイテ鎮守府が陥落して提督をはじめ、多くの艦娘や将兵が戦死したこと、ハワイが深海棲艦に再奪還され、アメリカとの連携が取りにくくなっていること……などだった。
俺が関係あるとすれば、今後はハワイやレイテ奪還作戦を行うため、以前以上に艦隊派遣回数が増加する。それに伴い、補給拠点となる各鎮守府や警備府は万全の準備をしておくことといったことぐらいだ。
海風「レイテが陥落したんですね」
俺「南方の拠点は取って取り返しての繰り返しだからな。そこまで驚くことじゃないな」
海風「そうなんですか?」
俺「南方は途中の海でも深海棲艦がウヨウヨいるから、補給物資が届きにくい。拠点を奪うのはいいけど、維持していくだけの物資が不足しがちなんだよ」
海風「成程」
実際、南方では常に物資不足に悩まされている。食料は何とか畑を作れるとして、医薬品や艦娘達の艤装がないとどうしようもない。デング熱、マラリアにかかってしまう者も多い。南方戦線が何時まで経っても安定しないのは我が軍の補給に課題があるからだ。
俺「本来、南方戦線はオーストラリアとかオランダ、アメリカが受け持つはずだった場所。でも、戦力の問題から大部分を日本が受け持ってるんだ」
アメリカはハワイや東西沿岸、ヨーロッパでも展開しているせいで南方に戦力を割けない。オランダは国力的課題から自国領のヨーロッパで手一杯。オーストラリアは艦娘の数が足りず、戦力としてあまり期待できないという有様だ。かといって放置すれば危険だから、日本が戦線を受け持っている。
その後も会議は進んでいったが、途中から俺は話を聞くのをやめた。自分のことならともかく、南方や北方、東方戦線の話をされても困る。内地の一補給拠点の提督に過ぎない俺からすれば、淡々と艦隊を出迎え、送り出すだけのことだからだ。おまけに全部事前に配付された資料に沿って話しているから、大体の内容がわかる。周囲を見ても、帽子を目深に被り、居眠りをする者、船をこいて秘書艦に起こされる者もチラホラいた。何のための会議なのか。
・・・
海風「結局、今日は泊まりですね」
俺「ああ」
会議が終わったのは午後4時。沼島に帰るのは不可能になってしまったから、現在俺は海風と共にお土産を購入して回っていた。
俺「できるだけ沼島の近くまで行って宿を借りるか、もうこの辺りで宿を借りるか、どっちかだな」
海風「個人的には淡路島に渡ってからホテルを探した方がいいかと思うのですが……」
俺「今から予約できるとこ探さないとな」
東郷「なら私のところで泊まるか?」
突然の声に俺と海風が振り返ると、東郷少将と秘書艦の陸奥が立っていた。全く気付かなかった。
俺「え、いや、そんな急に泊まるなんて、他の皆さんの迷惑に……」
東郷「構わん。今うちは半数以上が鎮守府を離れておる。貴官らを招いて一泊させるぐらい何の問題もない。それに私は貴官とゆっくり話をしたい」
俺「は、はぁ……?では、お言葉に甘えて泊まらせていただきます」
・・・
俺・海風「「……」」
<ちょっと何あの2人
<ほら、こないだ沼島のド田舎に着任した提督よ
<噂じゃ余りにも馬鹿だから初っ端から出世コース外れたらしいわよ
<え~じゃあもうお先真っ暗じゃない
俺(なんなんだここは。地味に貶されてるのも辛い)
東郷少将の車に乗って二時間後。俺は東郷少将の神戸鎮守府に来ていた。が、何というか、ひそひそ話がダイレクトに聞こえてくる。つーか馬鹿って言った奴誰だよ。出てこい。
東郷「部屋は空き部屋があるから、そこを使ってくれるといい。陸奥。案内してやってくれ。荷物を置いたら風川少佐を執務室に案内してくれ」
陸奥「わかったわ。さ、付いてきて」
陸奥に連れられて俺と海風は部屋に向かった。神戸鎮守府は沼島警備府よりも遥かに広大な敷地に、充実した施設がある。部屋の数も滅茶苦茶多い上に、すごく綺麗だ。埃一つない。
陸奥「先日はありがとう。お陰で助かったわ」
俺「礼には及ばない。うちの警備府の役割を果たしただけだからな」
陸奥「あら。意外と謙虚なのね」
俺「意外って何だ意外って」
陸奥「私、あなたの顔を見るまで、どんな大馬鹿が提督をしてるんだろうって正直馬鹿にしてたのよね。そもそも工兵隊出身の中卒入隊者が提督になるなんてのがレアケースだしね」
俺「そうか」
陸奥「でも、蓋を開けてみれば的確な艦隊指揮による艦隊救助活動、近隣住民や艦娘達との良好な関係、着任したての提督としては大したものだと思うわ」
俺「……あれは偶々上手くいっただけだ。本土で、かつ大した強敵が現れない海域だからこそできたんだ」
陸奥「そう。ただ、うちの提督は褒めてたわよ。『着任したての若造だが、よくやっている』ってね」
着いたわよ。と陸奥が足を止める。扉を開けると、俺は荷物を置いた。
陸奥「海風ちゃんは隣の部屋を使って」
海風「わかりました」
陸奥「じゃあ、行きましょうか」
陸奥に連れられ、俺は執務室に向かった。
陸奥「提督、風川少佐を連れてきたわ」
東郷「入れ」
俺「失礼します」
執務室はうちの2倍以上広い。その最も奥にある執務机に東郷少将は座っていた。すごい威圧感。おしっこ漏れそう。こんな人と一緒の鎮守府で働いてたらストレスヤバそう。
東郷「陸奥は下がって良し」
陸奥「じゃあ失礼するわね」
陸奥がでていったのを確認すると、東郷少佐は椅子から立ち上がって、応接セットのソファーに自ら座った。
東郷「座りなさい」
俺「はっ。失礼します」
俺がソファーに腰掛けると、東郷少将は大きなため息をついた。
東郷「君は、ラバウルと硫黄島にいたな」
俺「はい。しかし、何故閣下がそれをご存じで?」
東郷「ラバウル、硫黄島と配属されて生き残った一般兵は君ぐらいだからな」
俺は兵学校を卒業してすぐ、ラバウルに配属。ラバウルが陥落後には硫黄島に配属になった。その後、硫黄島が陥落してからは横須賀鎮守府でお世話になっていた訳だ。
東郷「君は、ラバウルやレイテのような南方戦線をどう見ている?」
俺「日本では守れませんね」
俺の言葉に東郷少将は一瞬目つきが鋭くなった。
東郷「理由は?」
俺「補給の難易度が高すぎます。また、基地奪還や防衛に伴う提督や艦娘達といった優秀な人材を殺すようなのもいかがなものかと。自分が配属されていた時でも、優秀な指揮官、熟練工兵、高練度の艦娘が失われています」
東郷「ふむ……では、君ならどうする?」
俺「防衛ラインを再度設定して、前線基地を台湾……もしくは石垣島まで下げ、補給航路の安全確保、戦闘を最小限に抑えつつ、人材、艦娘達の練度向上に努めますね」
東郷「……」
俺「本土から遠く離れすぎた場所を護るのは、今の戦況では無理があります。もし仮に深海棲艦の資源が有限ならば、何時か必ず息切れを起こします。その時までは、我慢すべきかと」
まぁ、深海棲艦の資源が無限ならどうしようもないわけだけど、それならそもそもこの戦争は勝てない。周辺国には悪いが、ここは日本ファーストで行くべきだろう。
東郷「なる程な……」
俺「自分はラバウルや硫黄島の惨状を目の当たりにしてるので、補給の大切さや、それに割かれる人材損失がどれほどの痛手になるかわかっているつもりです」
東郷「君のいうことはもっともだ……が、残念ながら最早我々は引けん」
俺「……というと?」
東郷「我々日本が南方から手を引くとなると、国内だけではない。国外からも非難されるのは間違いないだろう。今までやって来たことを急に方針転換するのはそれなりの犠牲が伴う」
俺「その犠牲とは?」
俺の言葉に東郷少将はしばらく床に視線を落としていたが、やがて意を決した様子で顔を上げた。
東郷「他国からの援助が打ち切られる可能性がある。燃料や資材だけではなく、生活必需品もだ。我々だけでなく国民の生活にも打撃を受ける。そう考えると、南方戦線の放棄はまず不可能と言っていい」
俺「……」
東郷「無論、君のような考えは大本営上層部の多くの者が持っている。だが、色々な問題が多すぎてそれを実行に移すことはできない。それ以前に、出世争いに忙殺されがちな大本営だ。余り有能すぎる面を見せると、それこそ口封じに南方に飛ばされかねん」
俺「……」
東郷「元帥が君を僻地の警備府に着任させたのは、そういうことを避けるためだったのかもしれん」
俺「まさか。俺は工兵時代から問題児ですよ」
東郷「まぁ、確かに問題行為も少なくはないが……儂が見ても、君は十分有能な提督だ。儂よりも人を見る目がある元帥のことだ。恐らく君の才を見抜いているだろう」
俺「そうでしょうか」
東郷「ここだけの話……神戸鎮守府は今後、レイテ奪還やハワイ奪還に艦隊を派遣する予定になっている。他の鎮守府も同様だ。君の警備府も多忙になるだろう。もめ事も増えるかもしれん。気をつけるように」
俺「はっ」
東郷「さて、真面目な話はこの辺にして、酒でも飲もうか」
東郷少将はそう言いながら執務室の隅の床板をめくり、高そうなウイスキーとコップを取り出した。いや、何処に隠してるんですかあなた。
東郷「部下達からは歳だから酒は控えるように言われてるのでな。こうしないと全て没収されてしまう」
俺「は、はぁ。しかし、いいのですか?バレたら怒られますよ?」
東郷「大丈夫だ。問題ない。今日は来客のために飲んだと言えばいい」
俺「フラグですね」
東郷「馬鹿を言うな」
陸奥「フラグ回収に来たわよ」ガチャ
ワオ。フラグといった瞬間に陸奥がフラグ回収に来た。余りに早いフラグ回収。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。陸奥は真っ直ぐ東郷少将に近づくと、ウイスキーのボトルを取り上げた。
陸奥「これは没収よ。こないだの健康診断で酒を控えるように言われたばかりでしょ」
東郷「断るっ!!儂の数少ない娯楽を奪うな!!」
陸奥「酒が娯楽ってあなたね……」
東郷「儂は昔から色んなところに出向いて地酒やクラフトビールを集めるのが好きだった。なのにっ!!年老いて、立場もそれなりになった途端、休暇は取れんわ、健康診断に引っ掛かって酒と塩辛いおつまみ系を控えろと言われるわ、増えるのはストレスだけだ!!」
東郷少将、ストレス溜ってるな~。昼間に見た威厳溢れる立ち振る舞いは何処に消えてしまったのか。今俺の目の前にいるのは駄々をこねる普通の爺さんだ。
陸奥「あら。じゃあ私でストレス発散する?」
一瞬、陸奥の色っぽい声に『俺も混ぜてください』って言いそうになった。危ない危ない。一方の東郷少将は表情が固まっている。
東郷「……却下。だってお前、儂より歳が……ひっ」
陸奥「あら?そこから先は言わせないわよ」ギュゥゥゥゥ
東郷「じ、事実を……言おうと」
陸奥「何が事実?」メキメキ
東郷「ああぁぁぁぁ!!」
東郷少将が何か言いかけた瞬間、陸奥が東郷少将の股間を思いっきり鷲掴みにした。嫌な音もしたし、これは痛い。間違いない。東郷少将も苦悶の表情を浮かべている。この後も東郷少将はしばらく抵抗していたが、陸奥が東郷少将の股間を掴んでいる手に更に力を込めると、そのまま口から泡を噴いて失神した。
陸奥「見苦しいものを見せたわね」
俺「あ、い、いえ。では、自分はこれで……」ソソクサ
陸奥「待って」ガシッ
俺「」
ひえっ。俺も東郷少将みたいに、股間を握りつぶされるのか?すいません。それだけは勘弁してください。何でもしますから。
陸奥「あら?今、何でもするって顔をしたわね?」
俺「気のせいです」メソラシ
陸奥「冗談よ。客人……それも世話になった人にあんな事はしないわ。うちの鎮守府、間宮さんがいるから、秘書艦の娘と一緒に食べていったらどう?」
俺「いいのか?」
陸奥「もちろんよ」
間宮と言えば、海軍内でも争奪戦が起きる程人気の艦娘だ。戦闘力はほぼないが、料理が得意であり、その腕前は和洋中それぞれの道を極めた一流シェフ達も降参する程と言われている。余談だがおっぱいもデカい。横須賀にいたときには間宮がいたけど、常に食堂は満杯で、並ぶだけで昼休みが終了してしまうために、食事にありつくことができなかった。
俺「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
陸奥「そうして。あ、さっきの会話だけど……」
俺「?」
陸奥「他言無用よ。もし誰かに言ったりしたら……」
そこまで言って陸奥は俺の耳元に顔を寄せてきた。やばい。いい匂いがする。
陸奥「男としての人生、終わらせちゃうから」
俺「」
怖すぎて大小纏めて漏らすかと思った。
・・・
海風「美味しかったですね」
俺「ああ。今まで色んなものを食べてきたけど、ダントツで美味しかったな」
海風「提督、食後すぐに間宮さんにレシピや調理方法を聞いてましたね」
俺「そりゃ、自分ができないことをできる人がいれば、聞きたくなるもんだろう?」
陸奥に脅されてから2時間後。俺は海風と廊下を歩いていた。間宮の作る料理はとても美味しくて、思わずレシピや調理方法を質問してしまったが、間宮も嫌な素振りを見せずに全部答えてくれた。お陰で今度からうちの警備府の料理のレベルも少し上がりそうだ。
俺「海風。明日は早朝に出発するから、早めに寝るように」
海風「わかりました」
明日は朝一で出発して警備府に戻る。朝が早いから、今日はもう風呂に入って寝よう。海風を部屋に送って、自分の部屋に戻った俺は、すぐにシャワーを浴びて眠りについた。
・・・
俺「お世話になりました」
東郷「うむ。困ったことがあれば相談してくれ。話ぐらいは聞いてやろう」
俺「ありがとうございます。では、これで失礼します」
翌朝。俺は海風と共に東郷少将に礼を言い、神戸鎮守府を後にした。高速バスで淡路島に渡り、その後バスを乗り換え、自分の漁船を操縦して沼島に帰ってきた。
俺「お~い。今戻ったぞ~」
執務室のドアを開けると、グッタリした様子の夕張と榛名、そして葛城がいた。何この地獄絵図。
俺「……今からまた出掛けるよ~」ソソクサ
葛城「逃げるな」ガシッ
榛名「榛名、大丈夫じゃありません!」ガシッ
夕張「提督がいない間、大変だったんだから!!」ガシッ
俺「ええい(葛城は)離れろ!何があったか知らんが、(葛城は)離れろ!!」
1日留守にしただけでこの3人が疲弊するなんて、マジで何があったんだ。あと葛城さん。そろそろ離れてくれませんか?あなたの薄い胸部装甲の下にあるあばら骨がゴリゴリ当たって痛いです。榛名と夕張はそのままで良いよ。2人とも柔らかいなりぃ。ぐへへ。
時雨「それは僕が説明するよ」シュタッ
俺「うわっ。いたのか時雨」
ヘブン状態になってたら、突然天井から時雨が降りてきた。親方。空から艦娘が……じゃなくて、何で天井から登場するんだよ。
時雨「提督が出張するって聞いて、白露と夕立が駄々をこねたんだ」
俺「それだけ?」
時雨「いいや。それは何とか夕張さんが抑えたんだけど、居酒屋で喧嘩があって、それを榛名さんと葛城さんが止めに行ったりしてたんだ」
俺「ふむ」
どれもまぁ大変かもしれないけど、ここまで疲労困憊になりそうなことではないな。じゃあ、何が最大の問題だったんだ?
時雨「一番の問題は、海風が提督と神戸鎮守府に泊まった時に食べた、間宮の料理だよ」
俺「成程。何故それがこんな事になるのかがわからん」
夕張「海風ちゃんの送ってきたLi○eを見た白露ちゃんや夕立ちゃんが駄々をこねて『この料理を食べたい』って聞かなくて……」
葛城「食材探しに、調理法を調べたりして、足りない分は買い出しに行って」
榛名「何とか作ったものの、間宮さんのレベルにはほど遠くて暴れ回られて、それを沈静化するのに時間が掛かって書類作業が進まず、今の今まで徹夜で作業をしてました」
時雨「ということだよ」
俺「で、白露と夕立は?」
葛城「春雨が監視してるわ」
俺「……全員に命令。今日の昼飯は各自外で食べるように。それから夕方俺の指示があるまで食堂の出入りを一切禁止にする」
夕張「え?」
・・・
=Side春雨=
白露「うぅ……間宮の料理、食べてみたかったなぁ……」
夕立「ぽぃぃ……」
春雨「反省してくださいよ。姉さん達のせいで、夕張さん達にどれだけ迷惑を掛けたかわかってるんですか?」
司令官さんの命令があってから30分後。私は姉さん達を連れて畑でお説教をしていました。この2人は何時も何かしらやらかしては、私や海風に尻ぬぐいをさせるので、今日という今日は許しません。今まではあまり表だってなかったものの、司令官に伝わってしまった以上、今まで以上に厳しく注意しなければなりません。
白露「そもそも私を連れて行ってくれれば万事解決だったんだよー!!」
春雨「日頃の行いが悪いから連れて行って貰えないんですよ」
夕立「じゃあなんで春雨は連れて行って貰えなかったっぽい?」
春雨「姉さん達の監視役です」
白露「ほんとかなぁ?」
春雨「ほ、本当ですっ!」
とは言ったものの、実際に直接司令官に監視役を命じられたわけではないですし、なんで私が選ばれなかったんだろうって思うところもあります。でも、ここで怯んだら姉さん達は畳みかけてくる。絶対に隙は見せられません。
時雨「まだお説教してたのかい?」
春雨「時雨姉さん」
白露「来るのが遅いよ時雨~」
夕立「ぽいぃぃ~」
時雨「春雨、今日はこれぐらいでもういいんじゃないかな」
春雨「で、でも……」
時雨「どうせこれ以上怒っても何も変わらないよ」
白露「ちょっとそれ、どういうこと?」
時雨「そのままの意味だよ」
時雨姉さんの言うことは最もです。確かに、この2人にこれ以上説教をしても何も変わらない気がします。司令官に頼まれたわけでもないですし、このあたりで切り上げた方がいいのかもしれません。
春雨「わかりました。今日のところはこのくらいにしておきます。ただし」
白露・夕立「「ただし?」」
春雨「次に何かやらかしたら砲撃演習の的になって貰いますから」
白露・夕立「「」」
時雨(春雨、怖いこと言うなぁ)
春雨「さ、お昼ご飯は外で食べるように言われてますから、何処に行くか決めましょうか」
白露・夕立「「はい」」
=春雨Sideout=
・・・
俺「よし。これでいいだろ」
春雨達に命令を出してから6時間。食材調達や神戸鎮守府の間宮に色々質問をしながら何とか完成させた。予算の潤沢な大規模鎮守府で使われる食材なだけに、結構値の張るのが多いし、手に入れるのにも苦労したけど、何とか完成した。
俺は食堂を出て、放送で全員食堂に集合するように伝えると、放送が終わると同時にバタバタと走ってくる音が聞こえ、5分程で全員が食堂に集まった。
俺「晩ご飯ができたぞ」
榛名「何だかいい匂いがしますね」
俺「今日の料理は俺の本気と書いてマジってやつだ」
葛城「何よそれ」
俺「これだ」
俺が作っていたもの。それは神戸鎮守府の間宮が作る、神戸牛100%のデミグラスハンバーグだ。作り方は間宮に聞いて、食材は神戸鎮守府御用達の所に電話で頼み込んで、妖精達に輸送して貰った。俺と海風が神戸鎮守府で食べたものの1つだ。
夕張「わぁ!すごい美味しそうね!」
海風「提督、これって……」
俺「昨日、神戸鎮守府で俺と海風が食べた間宮特製ハンバーグだ。食材も神戸鎮守府御用達の所から貰ったし、作り方は間宮直伝だ」
時雨「これ、提督が1人で作ったのかい?」
俺「一部は妖精に手伝ってもらったが、ほぼ俺1人で作った」
春雨「言ってくれれば手伝ったのに……」
俺「すまん。ビックリさせたかったから、今回はあえて手伝わせなかったんだ」
春雨が頬を膨らませてくるから、反射的に頭を下げる。でも、今回は誰にも知られたくなかったから、1人で作りたかったんだよ。
俺「どうだ白露、夕立。これで満足か?」
白露「まだ食べてないからわからないわよ。見た目はいいけど」
夕立「見た目は合格っぽい」
葛城「あんた達、どんだけ我が儘なのよ……」
葛城の呆れたような声を尻目に、早速白露と夕立はハンバーグを口に運ぶ。ハンバーグを口に入れた瞬間、白露達の表情が変わった。
白露「美味しい~!!何これ!?口の中で溶けてるみたい!!」
夕立「物凄く美味しい!!」
どうやら満足して貰えたみたいだ。2人の様子を見て、他の皆もハンバーグを口に運ぶ。
夕張「ん~美味しい!!」
榛名「榛名、感激です!」
葛城「すごい……食材と作り方が違うだけでこんなに変わるものなの?」
よかったよかった。皆に満足して貰えたようだ。提督嬉しい。
海風「あの、提督は食べないんですか?」
俺「ん?俺はさっき食べちゃったからな。ほら、冷める前に食べろ」
嘘である。実は食材調達時の費用がかなり掛かって、想定していた予算をオーバー。何とか手持ちのポケットマネーで艦娘達の分の食材は用意できたが、俺の分まで食材を用意できなかった。でもまぁ、俺は神戸鎮守府で食べてるから、ここは我慢だ。
俺「あぁそうだ。俺は少しやることがあるから、後片付けはやっておいてくれよ」
夕張「わかりました」
俺「それから白露、夕立。今回は大目に見たが、今後はこんな駄々をこねるなよ?毎回こんな事をされてちゃ困るからな」
白露「はーい」
夕立「提督さん、ありがとうっぽい!!」
俺「よし、じゃあ皆、明日からもよろしく頼むぞ」
艦娘達「「はい!!」」
・・・
艦娘1「あんたのせいで撤退したのよ!司令官にどう説明するのよ!」
艦娘2「はぁ!?あんただってすぐに的確な指示が出せなかったじゃない!!偉そうにしないで!」
数日後。俺はとある鎮守府の艦隊を迎えていた。南方の補給路に居座る潜水艦の撃滅作戦に参加した艦隊だったが、敵の潜水艦隊と接触する前に敵機動部隊とかち合って、惨敗。他所の艦隊に助けられ、這々の体でうちに逃げ込んできた。
ここまではいいんだが、うちに着くなり艦娘達は大声で喧嘩を始め、遂にはつかみ合いにまで発展した。流石にこれは見過ごせない。
俺「その辺にしないか」
艦娘1「五月蠅いわね!この屑!!」
俺「」
艦娘2「あんたみたいに、警備府でぬくぬくしてるわけじゃないのよ!こっちは私達の戦果が提督の評判や名誉に直接関わってくるの。能なしはすっこんでて!!」
俺「」
艦娘達の口撃。俺は9999のダメージを受けた。俺のメンタルはブレイクした。もう立ち直れない。
夕張「ちょっと。こっちは快く受け入れたのに、その態度は何なの?そんなに気に入らないなら出て行ってくれてもいいわよ」
夕立「気にいらないっぽい」ガルル……
海風「うちの提督を侮辱したこと、断じて許せません」
榛名「榛名、全力でお相手致します!」
メンタルがブレイクされた俺の代わりに、夕張達が鬼のような形相で艦娘達に詰め寄ると、艦娘達は苛立った様子で最低限の補給だけ済ませて出て行ってしまった。
夕張「もう、しっかりしてくださいよ。今みたいなのが大量に来たらどうするんですか」
俺「辞表」スッ
葛城「させるかぁ!!」シュバッ
ビリビリポイッ
俺「」
葛城「あのね、艦隊の受け入れは任意なの。あなたが受け入れることができないと判断すれば、拒否できるのよ。さっきみたいに現地の指揮官に従わない。暴言、暴行等を働いた場合は、本当なら補給もなしにたたき出せるのよ。教本にも書いてあったでしょ」
俺「それはそうだが、流石に補給もなしに叩き出すのは可哀想だろ」
時雨「提督は本当にお人好しだね」
春雨「そこが良いところであり、悪いところでもあるんですけどね」
その後、件の艦隊の提督から電話があり、謝罪された。
提督『少し艦娘達を追い込みすぎていたようだ。迷惑を掛けて済まない』
俺「いえ、もう気にしてないので」
提督『申し訳ない』
この後も、様々な艦隊を迎える機会があったが、南方戦線から戻ってくる艦隊の多くは言い争いや喧嘩が絶えなかった。俺達沼島警備府はそんな艦隊を黙々と受け入れ、うちの艦娘達に危害を及ぼす可能性がある時など、余程の場合だけ拒否するようになった。
・・・
榛名「提督。香川鎮守府から艦隊を泊めて欲しいと連絡がありました。どうしますか?」
俺「許可してくれ」
榛名「わかりました」
会議があってから、2か月が過ぎた。季節は夏。気温も上がり、蝉の鳴き声も五月蠅くなってきた。色んな蝉の鳴き声が入り交じると、ただの雑音に聞こえてしまうのは俺だけなんだろうか。
白露「提督ー!!スイカ採っていい?」
俺「もう少し待て。まだ小さいだろ」
執務室のドアを破壊しそうな勢いで入ってくる白露に、俺は呆れたように話す。警備府の斜面に作った段々畑は5段。カボチャやサツマイモの他に、艦娘達の意見も聞いて、スイカやキュウリ、枝豆を栽培している。
白露「え~まだダメなの~?」
俺「クソマズいスイカを食いたいなら採ってもいいぞ」
白露「……我慢します」
俺「よし。それでいい」
夕立「提督さん見て見て!スイカの近くでこんなにカブトムシが捕れたっぽい!!」
カブトムシ「「」」ワサワサ
白露「ひえっ」
俺「」
夕立の手には蠢くカブトムシ。首から提げている虫かごにも大量のカブトムシ。麦わら帽子に虫網を手に持って笑う姿は、田舎の子供さながらだ。しかし、実家にいた時にもよく見て、捕まえて飼育していたカブトムシ。ここまで大量だとちょっと気持ち悪い。
俺「……夕立、逃がしてやれ」
夕立「ぽい!?」
俺「そんなに飼えないだろ。そんな狭い虫かごに詰め込んでおくのは可哀想だ。もし飼うのなら、1匹だけにしなさい」
白露「そ、そうだよ夕立、逃がしてきなさい」
夕立「はーい……」
夕立が立ち去ると、白露はホッとしたようにソファーに腰掛けた。
白露「あービックリした」
俺「白露。虫が苦手なのか」
白露「当たり前よ!乙女は虫が苦手なの!」
俺「乙女?」
じゃじゃ馬の間違いじゃないか?
白露「乙女なの!!」ギュウウウ
俺「イテテ!ほっぺたを引っ張るな。ま、ここではいいとして、いざとなったらカブトムシは食用になるぞ」
白露「えぇ……」
俺「幼虫は不味いが、食えなくはない。成虫はビタミン豊富。タンパク質も取れる。今でも食用で食べられているぞ」
昆虫食があるんだから、カブトムシやクワガタを食べるのは不思議なことではない。……実際俺もラバウルや硫黄島では食べたことがある。尚、野生のカブトムシを食べる場合、寄生虫がいる可能性が高い。あと、餌の樹液のせいで不味かったりする。
白露「もしそんなことになったら餓死する道を選ぶかも……」
俺「心配するな。そんなことになったら無理矢理食わせる」
白露「恐ろしいことを言わないでよ……はぁ、失礼します」
苦手な虫を見てテンションが下がったのか、白露は大人しく退出した。
榛名「あの、提督」
俺「何だ?」
榛名「今までうちに寄港した艦隊の所属を見ていたんですけど、香川鎮守府は初めてですね」
俺「ん?別に変な話じゃないだろ?ここから香川鎮守府はすぐだし、態々沼島に……」
ちょっと待て。だったら何で今回はうちに泊まるんだ?目の前に自分達の鎮守府があるのに。
俺「榛名。香川鎮守府の要請内容を教えてくれ」
榛名「はい。1週間後、南方戦線に向かう準備の都合で艦隊を泊めて欲しいとのことです」
俺「……」
榛名「いかがいたしましたか?」
俺「その電話、提督がしてきたか?」
榛名「いえ、秘書艦でした。それがどうかしましたか?」
俺「榛名。整備不良や天候不良以外で、行きしなにうちに寄った艦隊って今まであったか?」
榛名「……記憶の限りではありませんね」
俺「まだはっきり決まったわけじゃないが、何だか嫌な予感がするな。普通、寄港するのなら提督が連絡を入れるはず。なのに秘書艦が連絡してきているのも気になる」
榛名「では、今からでも断りの電話を入れますか?」
俺「いや、寧ろ受け入れた方がいい」
榛名「?」
・・・
俺「ようこそ沼島警備府に。何もないところだが、ゆっくりしていってくれ」
艦娘達「「はいっ」」
1週間後。俺は香川鎮守府の艦娘を受け入れた。俺の言葉に艦娘達は笑顔で返事をしていたが、やはり何か引っ掛かる。
俺「夕張。香川鎮守府の艦娘達の艤装整備を手伝ってやってくれ」
夕張「わかりました」
艦娘「いえ、大丈夫です!私達で何とかするので……」
俺「そ、そうか」
夕張が艤装に触ろうとすると、香川鎮守府の艦娘達は艤装を隠すようにして断ってきた。怪しい。
俺「成程。確かに自分の艤装は自分で手入れするものだな。いい心がけだ」
艦娘「ありがとうございます」
俺「榛名。この子達を部屋に案内してやってくれ」
榛名「わかりました」
榛名が艦娘達を連れて行くと、俺は夕張を見た。
俺「夕張、あの艦娘の中に大規模改装が済んでいるのは何人だ?」
夕張「見る限り0ですね。旗艦ですら一次改装が終わってません。少ししか見ていませんが、艤装も初期装備で、貧弱です。とても南方戦線で戦えるとは思えません」
俺「……ダブり艦娘の処分……かもしれんな」
鎮守府を運営する際、建造作業というものがある。建造によって艦娘を生み出すのだが、既に所属している艦娘と被ってしまうことがある。それがダブり艦娘だ。基本的にダブり艦娘は大本営に送られ、新たな着任先に向かうのだが、その作業が結構手間らしいし、1度に大本営に送ることができる数が決まっている。隠れて建造している鎮守府や、多忙を極める鎮守府ではその手間を面倒臭がり、高難易度の海域に出撃。轟沈させ、なかったことにする。更に悪質な場合だと、艤装に姫級をも吹き飛ばす特殊爆弾を取り付けて、突撃させる。
夕張「もしそうだとしたら、どうするんですか?」
俺「証拠を掴み次第、大本営に報告……なんだが、上手くいくかどうか。本人達から言質を取れればいいが、まぁ難しいだろう。唯一の救いは、香川鎮守府の提督が、艦隊が今どういう動きをしているか把握してない可能性が高いってことだ」
夕張「え……?」
俺「此処に泊まるように連絡を入れてきたのは秘書艦だった。普通は行きにこの警備府に立ち寄ることはない。もしこの出撃がダブり艦娘の処分が目的なら、バレるリスクを恐れて絶対に寄らせないだろ?恐らくこの警備府に寄ることは提督の指示ではないだろう」
夕張「秘書艦の目的は時間稼ぎ……ですか?」
俺「欲を言えば俺達に助けを求めようって考えなのかもな。賭けに出たのかもしれない」
夕張「提督、どうしますか?」
俺「執務室に旗艦を呼んでくれ」
夕張「わかりました」
夕張が立ち去ると、俺はすぐに香川鎮守府に電話をした。
??『はい。こちら香川鎮守府です』
俺「ご苦労様です。自分は沼島警備府提督、風川少佐であります」
電話に出たのは若い女性。確か香川鎮守府の提督は男だった。となると秘書艦の可能性が高い。
??『あ……すみません。今立て込んでいるので、折り返し電話をしてもいいでしょうか?』
俺「ええ。構いませんよ」
どうやら近くに話を聞かれてはマズい人物がいるようだ。俺は1度電話を切ると、執務室に向かった。
・・・
夕張「提督。香川鎮守府の旗艦を連れてきました」
俺「通してくれ」
数分後。執務室で待っていると、夕張が香川鎮守府の旗艦を連れてきた。長い髪をツインテールにしている。確か軽巡洋艦の五十鈴だ。
俺「部屋に着いたと思ってすぐに呼び出して悪かったな」
五十鈴「いいわ。で、何の用?」
俺「いや、少し業務的に気になることでな……出発は何時だ?」
五十鈴「明日にでも出るわ」
俺「未改装な上にその貧弱な装備でか?他所の鎮守府の任務にあまり首を突っ込みたくはないが、流石に首を突っ込ませて貰うぞ。その装備と練度で南方に行ったら間違いなく死ぬぞ」
五十鈴「……」
俺の言葉に五十鈴は一瞬動揺したのか、俺から視線を逸らした。こりゃ旗艦の五十鈴はこのまま行ったら死ぬってことがわかってるな。俺が畳みかけようとしたその時、執務室の電話が鳴った。
俺「すまない。先に電話に出るぞ。……はい。こちら沼島警備府」
??『先程は失礼致しました。香川鎮守府の秘書艦。長良です』
俺「さっきはいきなり電話して済まなかったな。時間がないから単刀直入に聞く。うちに艦隊を宿泊させるのは提督の指示か?」
??『……』
俺「どうなんだ?」
??『いいえ。私の独断です』
電話越しから、少し怯えた様子で長良が答える。やはりか。
俺「艦隊の装備、練度を見るに、とても南方戦線に行くことはできないが、これはダブり艦娘の処分のための出撃と受け取っていいか?」
長良『……はい』
俺「……わかった。答えづらいことを聞いてしまって申し訳ない。それだけで十分だ。後は任せて欲しい」
長良『お願いします。幾らダブり艦娘とはいえ、大事な妹です。それに、この判断は私だけではなく、ダブった艦娘達の総意でもあります』
俺「わかった。何とかしよう」プツッ
電話を終えると、俺は五十鈴の方をもう一度見た。そして、この艦娘達を意地でも助けると覚悟を決めた。
俺「今、君の所属する鎮守府から電話があった。君達はダブり艦娘のようだな」
五十鈴「……そうよ」
俺「で、ダブり艦娘の処分のために出撃させられると」
五十鈴「何が言いたいのよ」
俺「俺は君達を出撃させることを許可できない」
五十鈴「は、はぁ?何言ってんの?」
俺「低練度に貧弱装備、任務も曖昧。そんな出撃は認められない。どうしてもと言うのなら、ここで練度を上げろ」
五十鈴「馬鹿なこと言わないで。私達には……」
俺「言っておくが、爆弾抱えて突撃……何てことも許さんぞ。それは俺が一番嫌いな戦術だからな。もし艤装に取り付けてあるなら即刻撤去する」
図星だったのか、五十鈴は下を向く。
俺「どのみちこのことは大本営に報告させて貰う。大本営から指示が出るまでは出撃を認めることはできないから、練度を上げるしかないぞ」
五十鈴「……わかったわ」
五十鈴はクルリと向きを変えて執務室のドアを開けると、一瞬立ち止まった。
五十鈴「ありがと……」ボソッ
俺「?」
何か言ってた気がするが、良く聞こえなかった。
夕張「いいんですか?他所の鎮守府の問題ですよ」
俺「これは流石に見過ごせない」
夕張「でも……」
俺「最前線では慢性的に艦娘が不足して苦しんでいる。例え練度が低くても、いるだけで心強く、頼りになる。時間が少なくても、可能な限り練度を上げるんだ。なのに、本土では馬鹿みたいにダブり艦娘の処分をする鎮守府が多い。最前線で散った提督達が見れば、激怒するだろう」
夕張「……」
俺「面倒事に巻き込んでしまって申し訳ないとは思う。だが、このことは絶対に無視できない。ここで俺達が止めなければ、香川鎮守府の提督は同じことを繰り返すだろう」
夕張「……はぁ、相変わらずお人好しですね。いいですよ。私も協力します」
・・・
俺「で、あれから3日が過ぎたんだけど……うちの艦娘含めて、皆練度上がりすぎじゃない?」
夕張→変化無し(88)
榛名40→50
葛城26→34
白露15→21
時雨14→30
夕立20→33
春雨16→20
海風12→20
うちの艦娘達はともかく、香川鎮守府の艦娘達は何とか第1次改装まではできるようになった。驚異的な速さだ。
五十鈴「全員、何とか練度が20まで上がったわ」
俺「正直、俺も驚いてる」
五十鈴「寝る間も惜しんでの猛訓練だから、当然よ」
俺「成程」
何だかんだで、五十鈴をはじめとする香川鎮守府の艦娘達は沼島に馴染んでいた。3日経つのに香川鎮守府の提督が何も言ってこないのは、余程興味がないのだろう。五十鈴に聞いても『無線機は持たされなかった』と言っていたし。
この3日間のうちに、俺は元帥に香川鎮守府の現状を電話越しに訴えた。元帥は『証拠が固まり次第、こちらから動く。艦隊はそのまま沼島に留めておくように』と指示を出してきた。だから、ひたすら演習をしていたのだが……。
俺(思っていた以上に成長の伸びが早い。五十鈴は軽巡の中でも早熟な方ではあるけど、もう練度が40だ)
五十鈴「どうかした?」
俺「いや、何でもない」
夕立「提督さん、沼島中学校の校長先生が来てるっぽい」
俺「今度する交通安全教室の日程調整だな」
海風「提督。漁港で喧嘩が発生したそうです」
俺「夕立。校長に急ぎかどうか確認して、急ぎでなければ待って貰ってくれ」
夕立「了解っぽい」
榛名「提督、神戸鎮守府の艦隊が明日立ち寄りたいとのことです」
俺「手の空いてる者で買い出し準備だ。買い出しする食品はメモAでいく」
メモAとは、買い出しする食品のパターンだ。AからEまで全部で5つのパターンがある。毎回同じものを出すのはよくないと考えて、幾つものパターンを用意した。これで一々考えなくても、メモさえ見れば簡単に買い出しができるようになった。
五十鈴「……」
・・・
俺「柴田のおっちゃん落ち着いて……」
柴田「提督さんは黙っててくれ!!あん野郎、絶対許さねぇぞ!!」
俺「丹羽の爺さんも……」
丹羽「儂は謝らんぞ!先に手を出したのはそっちだ!!」
俺「まぁまぁ……」
漁港に着くと、大勢の人だかりができていて、その真ん中で爺さんとおっさんが派手に喧嘩していた。2人とも漁師で、漁の仕方で揉めて喧嘩になったらしい。周囲の漁師と協力して何とか引き剥がし、お互いに落ち着くように宥めているけど、一向に怒りのボルテージが下がらない。こうなったら最終手段だ。
俺「すみません。淡島さん」
淡島「どうした?」
俺「お2人の奥さんを呼んできて貰っていいですか?」
淡島「わかった」
この2人の奥さんは鬼嫁と言われている。だからこの2人は奥さんにだけは頭が上がらない。程なくして般若の顔をした2人の奥さんが淡島さんに連れられてやって来た。
柴田嫁「すみません提督さん。うちの馬鹿旦那がご迷惑を……」
丹羽嫁「申し訳ございません」
俺「いえ。態々すみません。どうにも怒りが収まらない様子でして……」
柴田嫁・丹羽嫁「「任せなさい」」
<ちょっとあんた!何また喧嘩してるのよ!!
<げっ!な、なんでお前が此処に……
<あなた!いい年こいた爺が喧嘩なんて……恥ずかしいったらありゃしないわ!!
<て、亭主を爺呼ばわりするなんて……
<今日はご飯抜き!家にも上げないからね!
<そ、そんな殺生な……
<あなたもよ。今日は晩御飯抜き。家にも入れません。外で反省しててください
<こ、こんなか弱い老人を外に放り出すのか?
<ええ。喧嘩ができる程元気いっぱいのようですから。飲みに行ったりでもしたら、老人ホームに放り込みますから
俺・淡島「「……」」
その後、1時間に渡り2人の男達は嫁に言葉でボコボコにされて呆気なくKO。皆に謝罪をした後、意気消沈した様子で嫁に引き摺られて帰って行った。
俺「淡島さん。ちょっと俺、結婚が怖くなりました」
淡島「世界中全ての嫁が皆ああではないから安心しろ」
俺「……」
俺、結婚するなら優しい人にしよ。
・・・
俺「だー疲れたっ」
夕張「お疲れ様です」
喧嘩を収めた後、校長と交通安全教室の日程調整をして、その後警察に出す報告書作成。それが終わったら晩ご飯の準備。晩ご飯を食べ終わったら警備府の書類作業の残りをして、さらに猫が迷子になったという通報があって出動して、帰ってきたら22時を回っていた。それでも夕張は寝ずに待っててくれた。優しい。
夕張「あ、今の時間は私が無線番なんで、これで失礼しますね。明日も早いので早く寝てください」
俺「へーい」
……何だ。俺を待ってたわけじゃないのか。ちょっとショックだ。
俺「寝よ」
明日は神戸鎮守府の艦隊を迎えないといけない。忙しくなるだろうし、少しでも睡眠時間を確保しないと。俺は執務室を出て、自分の部屋に向かおうとしたその時、夕張が物凄い速さで駈け寄ってきた。
夕張「提督!」
俺「どうした」
夕張「大変です。香川鎮守府の提督が話をしたいとのことです」
俺「こんな夜更けにか」
俺は執務室に戻ると、受話器を手に取った。
俺「こちら沼島警備府提督、風川です」
??『貴様か!!俺の艦娘を無断で宿泊させているのは!!!』
俺「無礼を承知でお尋ねしますが、どなたですか?」
??『俺は香川鎮守府提督、金原だ!!そんなことはどうでもいい。何故勝手に俺の艦娘を宿泊させている』
俺「そのことについては大本営を通して貰っていいでしょうか?」
金原『何ぃ?』
俺「宿泊させているのは元帥からの指示です。何かあるなら元帥に言ってください」
金原『ふざけるな!明日にでも貴様の警備府に……』
俺「申し訳ありませんが今立て込んでおりまして……これで失礼します」
金原『あ、おい、貴様f……』ブツッ
耳鳴りがしそうな勢いで怒鳴ってくるものだから、面倒臭くなって切ってしまった。確か香川鎮守府の提督って中佐のはずだったから、俺より階級が上なんだけど、まぁいいや。
夕張「いいんですか?明日にでも乗り込んできそうな勢いでしたが……」
俺「明日は神戸鎮守府の艦隊が来る。格で言えば、神戸鎮守府の方が香川鎮守府寄りも上だ。もし乗り込んできて暴れ回ったりでもしたら、東郷少将の耳に入って、益々香川鎮守府の提督の立場が悪くなる」
もっと言えば、更迭する決定的な理由になるかもしれない。
俺「夕張。金原提督の軍歴はわかるか?」
夕張「はい。確か今年で3年目で、階級は中佐。大学卒業後に海軍士官学校に入学。両親は海軍関係者みたいです。父親は元提督で、現在は隠居しているみたいです」
俺「ありがとう。よく調べたな」
夕張「こういう時のために、事前に調べておいたんです」
俺「流石だ。じゃ、俺は寝るから」
明日は忙しくなりそうだ。
・・・
翌日。俺は葛城や榛名を連れて畑仕事に従事していた。収穫時が近づいてきているから、こまめな手入れが大切になってくる。収穫間近の作物は虫や鳥が寄ってくるから、その対策もしないといけない。
俺が畑の側にある木陰で休憩していると、白露の大声が聞こえてきた。
白露「提督、神戸鎮守府の艦隊が来たよ」
俺「負傷者はいるか?」
白露「中、大破者はなしだって」
俺「よし。白露は入渠の準備。榛名と葛城は警備府にいる艦娘を調理場に集合させてくれ」
葛城・榛名「「了解」」
神戸鎮守府の艦隊が先に着いたか。なら、都合がいい。もしこれで金原提督が乗り込んできて暴れ回ったりした時の目撃者が増えるってわけだ。
俺「さーてどうなるかな」
俺は大きく伸びをすると農機具をリヤカーに乗せて歩き出した。
・・・
翔鶴「お久しぶりです風川少佐!」
俺「久しぶりだな。元気そうで何より。今回は無事に帰ってきたようだな」
翔鶴「はい!聞いてください。私、敵戦艦を5隻も沈めたんですよ」
俺「それはすごいな」
シャワーを浴びた俺が調理場に向かっていると、廊下の角から翔鶴が飛び出してきた。戦果を挙げたことが余程嬉しかったのか、目を輝かせている。可愛い。
陸奥「はいはい。風川少佐はこれから用があるみたいだから、話は後にしましょ」
俺「すまないな。後でゆっくり聞くから、まずは入渠して疲れを癒やしてくれ」
翔鶴「はい!では失礼しますね!」
翔鶴が走り去って行くのを見送り、誰もいないことを確認した俺は、陸奥の方を見た。
俺「すまん。あのままだとしばらくは話を聞かなければならなかったから、正直助かった」
陸奥「いいのよ。それよりも聞いたわ。風川少佐、今香川鎮守府と揉めてるそうじゃない」
俺「……何故それを」
陸奥「既に神戸鎮守府にまで話が降りてきているわ。香川鎮守府は本来四国軍管区だけど、神戸鎮守府の方が近いということもあって、今回はうちに話が回ってきてるの。で、本来なら今回は寄る予定じゃなかったのだけれど、万が一に備えて数日間ここで待機するようにと提督から命令されたの」
東郷少将にまで話が行ってるのか。となると俺が何もしなくても、事は収まったかもしれない。でも、昨日の様子を考えると、早い方がいいし……
俺「もしかしたら皆の力が必要になるかもしれない。その時はよろしく頼む」
陸奥「わかってるわ。じゃ、私も入渠してくるわね」
俺「ああ」
さて、料理を作るかな。
・・・
俺「いや~完食してくれると嬉しいもんだな」
時雨「それだけ僕らの腕がいいって証拠だね」
数時間後。食事を終えた俺は皿洗いをしていた。他にも時雨、海風、春雨もいる。
春雨「あの、司令官さん」
俺「何だ春雨」
春雨「司令官さんは、苦手な料理ってあるんですか」
俺「う~ん……そうだな……ある程度は何でも作れるけど、手の凝った料理は無理だな。高級料亭とかで出されるようなやつとか」
海風「流石に補給拠点でそこまでのものは求められないかと思うのですが……」ニガワライ
時雨「でも、提督の腕なら定食屋さんとかだったら十分やっていけると思うよ?」
俺「そう言ってもらえると嬉しいな。もし提督をクビになったら地元に帰って定食屋でも開くよ」
弟と妹の学費が十分に溜ったら、提督を辞めて、地元で定食屋を開くというのも悪くないかもしれない。でも、やっぱり今の環境がいい所為もあって、今すぐにこの仕事を辞めようとは思えないな。
そんなことを話していると、慌ただしい足音が聞こえて来て、葛城が飛び込んで来た。
葛城「た、大変よ!」
俺「何事だ」
葛城「香川鎮守府の金原提督が『俺の艦娘を返せ』って漁港で騒いでいるわ!」
俺「来たか。ちょっと行ってくる」
いよいよ来たみたいだ。俺は軍服に着替えると、軍刀に拳銃を装備して漁港に向かった。
・・・
金原「此処の提督を出せ!俺自ら処断してやる!!」
爺1「何言ってんだあんた?」
婆1「1度病院で診てもらった方がいいわね」
金原「喧しい!!早く提督をださんか!!」
爺・婆「「あ~?何だって?」」
金原「貴様ら!ふざけてるのか?」
漁港に着くと、軍服姿の男が軍刀を振り回しながら叫んでいた。が、近くにいる爺さん婆さん達に行く手を阻まれ、更に爺さん婆さん達が耳が遠いフリをしているせいで、話が一向に進まない様子だ。
俺「金原中佐」
俺が声をかけると、金原中佐は物凄い形相で俺の方を睨んできた。が、全く怖くない。激戦地ラバウルや硫黄島でもっと恐ろしい経験を積んできてる俺からすれば、屁でもない。
金原「貴様風川ぁ!!俺の艦隊を勝手に宿泊させるなんてどういう了見だ!!」
俺「俺は軍規に沿った行動をしただけです。艦娘達から話は聞きました。ダブり艦娘の処分が目的の出撃及び無駄な特攻作戦は禁忌のはずですが?そこはどう説明するおつもりですか?」
金原「貴様……」
俺「ついでに言えば、無駄な建造は控えるように通達があったはず。そちらこそそのあたりの説明をしてほしいものですが」
金原「何を……」
俺「……おい!!名ばかり中佐!!」
俺の大声に金原中佐は一瞬動揺する。が、すぐに元の表情に戻ると、益々ヒートアップする。
金原「貴様……上官に向かってなんて口の利き方だ!!」
俺「あんた。一流大学を出て、海軍士官学校に入ってすぐに少佐になっているな。で、提督着任と同時に中佐になってる」
金原「だったらなんだ」
俺「あんたの階級は戦果や実績で得たものじゃない。親と学歴によるもんだ。俺からすれば、あんたはタダの3年兵だ。それも出来の悪い」
金原「黙れ!!」
俺「あんたみたいな間近で戦闘をしたことがない温室育ちがいるから、こんな事が起きるんだ」
金原「だったら貴様はどうなんだ!」
俺「俺は15で海軍に志願入隊。ラバウル、硫黄島では実戦に参加した、苔の生えた7年兵だ。軍隊は階級が絶対だと言うけどな、戦場に出れば経験がものをいうんだ。そんな薄っぺらい階級章が戦場で何の役に立つんだよ。お守りにもならないぞ」
金原「もう……もう許さんぞ。俺を侮辱しやがって。この場で叩き斬ってやる!!」
金原中佐は軍刀を引き抜くと、俺に向かって突進してくる。俺も軍刀を抜いて刀を受け止めると、激しい斬り合いが始まった。軍刀同士が当たるカッ、カッと音が響き、火花が散る。
金原「実戦を経験してると言うからどんなものかと思えば、剣に関しては俺の方が上だ!!」
金原中佐は俺の軍刀を弾き飛ばすと、俺の脳天目がけて刀を振り下ろしてきた。
金原「俺は小さい頃から親父に剣術を教わっていたんだ。貴様のようなチンピラに負けるわけがないっ」
俺「言ってろこの野郎っ!!」
俺は金原中佐の足下目がけてタックルをして、金原中佐に馬乗りになると、軍刀を奪い取り、遠くに投げ捨てた。
金原「この野郎っ!!」
俺「うっ」
軍刀を投げ捨てる時に体勢が崩れた瞬間、金原中佐に殴られて、後ずさってしまった。
金原「素手なら勝てると思ってるのか?」
俺「俺は剣よりこっちの方が向いてるんで」
金原「抜かせ!!」
俺は金原中佐の繰り出してきた右ストレートをかわすと、そのまま後ろ回し蹴りを金原中佐の側頭部に叩き込んだ。金原中佐は白目を剥くと、そのまま崩れ落ちた。
爺1「流石儂らの提督さん」
婆1「見事な蹴りだったわ」
俺「いえ、それ程でも……褒められるもんじゃないですよ」
東郷「そうだな。全く褒められたものではない」
ビックリして俺が振り返ると、厳しい表情の東郷少将に元帥、更に知らない人が立っていた。ヤバい。これはヤバい。
東郷「陸奥から連絡を受けて駆けつけてみれば。幾らもめ事とは言え、暴力は褒められんな」
俺「も、申し訳ありません」
元帥「全くお前は。そんなんだから馬鹿を卒業できんのだ」
俺「……あの、えっと……ところでそちらの方は……?」
??「申し遅れた。私は四国軍管区のまとめ役をしている高知鎮守府提督、佐伯巴。階級は大佐よ」
俺「は、はぁ。どうも」
元帥「香川鎮守府の内情は先程香川鎮守府の艦娘達から聞いた。金原中佐。度重なる軍規違反で貴様は更迭だ。それなりの処分は覚悟しておくように……ま、今は聞こえておらんだろうが」
そこまで言うと元帥は俺の方を見て肩を叩いてきた。
元帥「風川少佐は暴力沙汰がなければ表彰ものだったんじゃが……暴力は頂けないな」
俺「いや、向こうが先に……」
元帥「暴力沙汰は暴力沙汰じゃ。更迭こそないが、貴様にも処分が下ると思っておいてくれ」
俺「……はい」
東郷「しばらくは謹慎するように」
俺マジで無罪なのに……。
・・・
俺「……さて、行くか」
数日後。俺は淡路島から本土に渡ってすぐの駅で電車を待っていた。結局、俺が言い渡されたのは1ヶ月間の謹慎及び、沼島への立ち入り禁止だった。島の方々や艦娘達が『謹慎期間が長すぎる』と抗議したが、認められなかった。ただ、俺は元帥から直接1か月にした理由を聞かされていた。その理由は『俺が海軍に入ってから7年間、実家に帰っていなかったから』だ。表向きは謹慎となってるが、要は長期休暇なのだ。
俺「島のことは夕張や神戸鎮守府がフォローしてくれるし、大丈夫だろ」
あの騒動の後、結局金原中佐は更迭。提督の資格は剥奪された。香川鎮守府は現在高知鎮守府の傘下に入り、再建作業が進められている。ちなみにうちで預かっていた五十鈴達は、沼島警備府に異動することを望んだため、そのまま沼島警備府に異動になった。
そんなことを考えていたら、電車が来た。ここから実家までおよそ4時間。長い旅になりそうだ。途中で何度か乗り換えもある。
・・・
??『あなたって本当に変わり者ね』
俺「そりゃどうも」
??『だってそうじゃない。普通、小銃で深海棲艦の艦載機の爆弾を撃ち抜いて撃墜しよう何て考えつかないわよ。おまけに砲口に小銃弾を叩き込んで砲弾を爆発させて敵艦を内部爆発させるなんて前代未聞よ』
俺「一か八かでやったらできたんだよ」
??『でも、百発百中。お陰で私は空にまで神経を使わなくていい。本当に助かってるわ』
俺「そう言ってもらえると嬉しいね」
??『……あなたが提督になったら、きっとすごい指揮官になるわね。色んな意味で』
・・・
アナウンス『次は京都。京都です……』
俺「……ん。もう京都か」
夢を見ていた。昔、ラバウルに居た頃の夢だった。部隊も鎮守府も壊滅して、1人生き残った俺は、艦娘達の艤装を改造して要塞砲にして、妖精達と連携して上陸して来る深海棲艦と戦っていた。でも、1週間もしないうちに弾薬が尽きて、終いには敵の不発弾を使った地雷やトラップを仕掛けてゲリラ戦に持ち込んだ。空からの襲撃は、敵の艦載機の持っている爆弾は小銃弾でも破壊可能だと分かってからはほぼ全て撃退した。
そんな生活を続けること1か月。ある日、敵の攻撃を避けてジャングルに逃げ込んでいると、1人の艦娘を見つけた。金髪で、紫色っぽい瞳。その艦娘は戦闘で艤装が壊れて戦うことができず、部隊も壊滅してからは1人ジャングルを彷徨い続けていた。
その後しばらくの間、俺とその艦娘は行動を共にしていたが、ある日の空襲で俺は大怪我を負い、次に意識が戻った時にはアメリカの病院船に乗せられていた。怪我をしてから意識が戻るまで1か月。俺が艦娘の事を聞くと、しばらく俺と共に船に乗って俺を看病していたが、1週間程前に母国の船に移ったと聞いた。
俺「もうあれから随分立つんだな……」
俺は荷物を持つと、京都駅のホームに向けて歩き出した。京都駅は様々な路線と接続している。京都市内に張り巡らされた地下鉄のみならず、奈良方面や京都の山間部や、舞鶴に向かう路線も接続している。俺が乗るのは山陰線だ。
ホームで待っていると、3両の客車を連結した気動車が入って来た。電気節約のせいか、一部の地方路線では、電車ではなく、旧来の気動車を走らせている。俺の地元も例外じゃない。
俺「流石にこの時間帯は少ないな……」
始発駅というのもあるけれど、客がほとんどいない。通勤ラッシュが落ち着いている時間というのもあるけれど、何だか寂しい。ここから更に1時間程客車に揺られることになる。
俺「この路線の景色は、何年経っても変わらないな」
トンネルの合間に見える景色は、とても綺麗に見える。汽車は亀岡市を抜けると、そのまま俺の最寄駅に滑り込んだ。
・・・
俺「ここも変わらないな」
古びた駅舎に、小さなバスロータリー。駅前に広がるシャッター街。前に来た時と何も変わらないように見える。
俺「バスは……もうちょい先か」
バスが来るまで少し時間がある。俺は駅舎にあった自販機でお茶を買うと、近くのベンチに腰掛けて空を見上げた。青空に鳶が円を描くように飛んでいる。耳をすませばウザいレベルの蝉の鳴き声が聞こえる。
俺「帰って来たんだな……」
田舎という点では沼島もここも一緒だけど、ここはここで沼島とはまた違う雰囲気だ。
運転手「お兄さん。どちらまで行くつもりで?」
ぼんやりとしていると、運転手に声をかけられた。
俺「美山まで行こうと思ってます」
運転手「美山?観光ですか?」
俺「帰省ですよ。実家が美山なもので」
運転手「そうでしたか」
しばらく俺と運転手は黙っていたが、やがて運転手が再び口を開いた。
運転手「……帰省前と、どこも変わってないでしょ?」
俺「ええ」
運転手「帰省して来る人は皆そう言います」
俺「個人的には変わっていないとホッとしますね。自分の知らないところで変わっていってしまうと、きっと取り残されたような気分にるんじゃないかと」
運転手「そうですね。さて、そろそろ行きましょうか」
俺「はい?」
運転手「そろそろ美山行きバスの出発時刻ですよ。私が運転しますので」
俺「は、はぁ……お願いします」
俺がバスに乗り込むと、運転手はバスの扉を閉めた。どうやら客は俺1人らしい。真っ昼間のローカル路線。ただでさえ車社会のこの田舎で、バスを利用する人なんて限られている。車が運転できない高齢者か子供、後は移動手段を持たない観光客や帰省客だ。
ガラガラのバスは次々にバス停を通過していく。決してスピードは速くないのに、何処にも停車しないせいか、とてつもなく速く感じる。でも、そんなバスの横を物凄い速度でバイクが走り抜けていく。
俺「……こういう光景も変わらない……か」
運転手「速度の取締もかなり強化されてるんですけどねぇ」
そうこうしているうちにバスは道の駅を通過して細い道路に入っていく。しばらく走ると、茅葺きの屋根の家が増えてきた。この辺りが俺の生まれ育った場所だ。地域には小学校どころか中学校すらない。だから通学はバスか親の車での送り迎えだった。
運転手「ほら、着きましたよ」
俺「どうも」
俺はバスを降りると、大きく深呼吸をした。バス停周辺は観光名所で、休日は多くの観光客が訪れる。大昔は海外からの観光客で賑わい、深海棲艦が現れてすぐの頃は沿岸の空襲や、大都市空襲から焼け出された人達が移り住んだ。深海棲艦の所為で海外からの観光客はほぼいなくなり、移住してきた人達の多くも交通、学業といった数多くの不便さと、この田舎社会に耐えきれずに去った。今では国内からの旅行者が訪れる位である。
俺「今日は観光客が少ないな」
何時もはそこそこいるはずなのに、今日は観光客が少ない。俺は周囲を見回して、バス停の側にある食堂に入った。食堂の中もあまり客はいない。腹も減ってたし、此処で食べていこう。
俺「御免ください」
女将「はいはい。今行きまーす」
俺の声に、厨房から女将さんがパタパタと出てくる。
俺「1名で、盛りそばと鹿肉のしぐれ煮をお願いします」
女将「はーい。じゃあお好きなところに……って仁志君!?」
女将は俺の顔を見るなり、素っ頓狂な声を挙げた。その声に、奥から熊みたいな大男が2人出てきた。
熊1「どうした美奈子」
女将→美奈子「ちょっとあなた、幸一!風川さんとこの仁志君よ!」
熊1「何!?仁志君か!?」
熊のような大男の1人はこの食堂のオーナー薫さん。もう1人は俺と同級生の幸一だ。薫さんは俺を見るなり背中をバシバシ叩いてきた。痛い。滅茶苦茶痛いです。
薫「全く連絡を寄越さないもんだから皆心配してたんだ。元気にしてたか?」
俺「ええ。この通り」
幸一「ラバウルで大怪我をしたって聞いて、皆心配してたんだ」
俺「ちょっと跡は残ったけど、後遺症もないから大丈夫だ」
嘘だ。普段は服で隠れて見えないけれど、実際には背中から右肩にかけて大きな傷跡がある。左足にも大きな傷跡がある。百発百中だった銃の腕も、怪我の影響で大きく落ちてしまった。でも、正直に話して皆を心配させたくない。
俺「そう言えば幸一、今は何してるんだ?」
幸一「専門卒業してからはここで働いてるんだ。将来はこの店継ぐつもり」
俺「そっか」
薫「ま、色々積もる話はあるだろうけどよ、まずは飯食ってけよ」
俺「はい」
その後、食事を済ませた俺は店を出ると自宅に向かった。もう何年も帰っていなかった実家。小さかった弟は高1、妹も高3だ。妹は今年大学受験だし、弟もすぐに大学受験だ。兄ちゃん頑張ってお前らの分の学費を稼ぐからな。
そうこうしているうちに、実家に着いた。木造2階建てに屋根裏収納の茅葺き家屋。大昔はそれなりの名家だったらしいけど、何代か前の爺さんが超の付くレベルでの浪費家に加え、晩年にはボケて滅茶苦茶してしまったらしく、あっという間に没落。今では親父が一応当主だけど、あまり体が強くないから、今でも祖父ちゃんやお袋が頑張ってる。
俺「本当に久々だな……」
俺は敷地内に足を踏み入れ、玄関の引き戸に手をかけるて開けると、来客を知らせるガラガラという大きな音が響く。インターホンもあるけれど、顔見知りが多いこの地域ではインターホンを鳴らさずに入ってくる人も多いから、このからくりは結構便利だった。
俺「皆いるみたいだな」
玄関にはサイズの違う靴が並んでいる。多分皆家にいると判断した俺は大きく息を吸い込むと、大声を出した。
俺「おーい!兄ちゃん帰ったぞー!!」
俺が大声を出してすぐに、ドタドタと大きな音が聞こえて、お袋が出てきた。
母「仁志!!」
お袋は俺に駈け寄ると、腕を大きく振りかぶって、俺に強烈なビンタを放った。いや、ここは抱きしめるとか、そういう反応なんじゃないの?何故にビンタ……超痛い。
母「どれだけ心配したと思ってるの?連絡は殆ど寄越さないし、家にも帰ってこない。送られてくるのはお金だけ。新聞でラバウルの部隊が全滅したって聞いた時は……」
俺「ごめん……」
母「ラバウルで生きてたと聞いて安心したのも束の間、すぐに硫黄島に行ってでそこでもまた部隊が全滅したって……」
俺「ごめんってば。色々あって連絡する暇がなかったんだよ」
母「本当に、この馬鹿息子は……」
そこまで言うと、お袋はその場にしゃがみ込んで泣きだしてしまった。正直、ここまで心配させてしまっているとは思わなかった。あんまり頻繁に送るのも良くないと思ったのと、忙しいのもあってたまに手紙やメールを送っている(それも1年に1回あるかないか)だけで十分だと思っていた。
俺「お袋、悪かったって……」
??「兄ちゃん?」
俺がお袋を立たせていると、奥の方から声が聞こえた。振り返ると、弟の翔太が驚いた様子で俺の方を見ていた。前に見た時に比べて背も伸びて、真っ黒に日焼けしている。
俺「おぉ翔太。大きくなったな」
翔太「そりゃ7年も経ってるから当たり前だろ」
俺「優はどうした?」
翔太「部活。もうすぐ帰ってくる」
俺「そっか。親父とかは?」
翔太「さっきまで畑仕事してて、今シャワー浴びてる」
俺「あ、そう。んじゃ、遠慮なく上がらせて貰うわ」
俺は靴を脱ぐと、そのままリビングに向かった。リビングは俺のいた頃と大きく様変わりしていた。テレビとか冷蔵庫といった家電は置き換わってるし、家具の位置も微妙に変わってる。俺のいた頃になかった物も置いてあったりして、何だか実家なのに実家じゃないような気分だ。
俺がぼんやり立ってると、翔太がお茶を出してきてくれた。
翔太「何ぼんやり突っ立ってんだよ」
俺「いや、7年も経ってるから色々変わっててビックリしてたんだよ」
翔太「そりゃな」
俺「そういえば翔太。お前、部活は入ってるのか?」
翔太「野球部に入ってるよ。今日は休み」
俺「おお。野球部か。どうだ?レギュラーにはなったか?」
翔太「聞いて驚け。ピッチャー兼ライトでベンチ入り」
俺「マジかよ。で、部員は何人だ?」
翔太「……20人」
……聞かなかった方がいいかもしれない。
(※高校野球は地方予選で20人。甲子園では18人まで選手登録が可能。部員が20人ということは、地方予選では全員ベンチ入りしていることになる)
翔太「で、でも、今俺背番号11番だぜ?試合にも出てるし、先発ピッチャーで勝ったこともあるんだ」
俺「そうかそうか」
母「翔太、一昨日の公式戦でライトで先発出場して、6回からはピッチャーで投げてたわよ。で、9回まで無失点で勝利」
俺「マジかよ。あ、俺1か月此処にいるから、今度応援に行くぞ」
翔太「本当!?」
俺「約束だ」
母「そういうことは先に言いなさい。というか帰る前に連絡しなさい」
??「何だ何だ?随分騒がしいな」
再び俺がお袋にしばかれていると、風呂場から親父と祖父ちゃんが出てきた。久々に見た親父は白髪が増えている。祖父ちゃんは更に年を取って、皺が増えて、少し背が縮んだ気がする。頭は見事なつるっ禿だ。
俺「親父、祖父ちゃん」
父「ん?お前、帰ってくるって連絡入れたか?」
俺「いや、入れてない」
父「ちゃんと連絡してたら準備してたのに。なあ父さん」
祖父「全くだ。仁志は昔からそういうところが抜けておる」
俺「あはは……」
母「あなた。仁志1か月程此処にいるらしいわ」
父「……まさかお前、海軍クビになったんじゃ」
俺「違うっての。ちょっと気に入らない上官をぶん殴ったら……あ」
ヤバい。うっかり口が滑った。親父とお袋、祖父ちゃんの顔が固まってる。
母「あんた……上官を殴ったのかい?」
父「いくら何でもそれはヤバいだろ」
祖父「処分を下す前の無期限謹慎か」
俺「いや、あのな、これにはワケがあって……」
俺は一から事の経緯を説明した。高卒認定資格を取って、工兵隊から提督になったこと。今は警備府の提督をしていること。そこで他所の鎮守府の問題行動を見つけ、元帥と交渉中に相手の鎮守府の提督が乗り込んできて殴り合いになったこと。このことから、元帥が表向きは謹慎処分として俺に休暇を与えたこと……。
俺が一通り話すと、皆大きなため息をついた。
母「あんたが仕掛けたわけじゃないのね」
俺「ああ」
祖父「ま、いいんじゃないか。その屑はぶん殴られて当然だろう」
父「……というよりも仁志。お前、提督になってたのか」
俺「ああ」
翔太「提督ってさ、艦娘と一緒に戦うんだろ?艦娘って美人揃いだっていうし、ハーレムじゃん」
俺「あのな、遊びじゃねぇんだからな」
確かにハーレムで、艦娘達は可愛くて、おっぱいデカいの多くて、むふふな生活だけど、そんな下心丸出しで接すること何て信頼をなくすから無理。多分俺が股間に従って行動したら即座に夕張か葛城あたりに粛清される気がする。着任当初は下心まみれだったけど、段々そういう気持ちが薄れて、最近では彼女達を沈めないようにしないといけないって使命感の方が先立ってる。
祖父「儂的には艦娘の嫁さんを貰って、此処に帰って来て継いで欲しいのが理想なんじゃが……」
父「父さん。もう今は家を継ぐとかどうのって言う時代でもないだろ?うちはもう名家じゃないんだ」
翔太「兄ちゃん。心配しなくても最悪俺がこの家継ぐからな」
俺「……いや、結婚するかは別にして、将来的には俺は此処に戻るつもりなんだ。何時になるかは分からないけど」
俺の言葉に、4人が目を丸くして俺の方を見てくる。でも、俺が海軍に入った理由。それは弟や妹の学費を稼ぐため。弟や妹の学費をしっかり払えるだけ稼いだら、定食屋でも開くか、退役軍人枠で公務員にでもなろうかと考えていた。でも、憧れの提督にようやくなれたこと、その憧れの職をどのタイミングで辞めるのか。艦娘達はどうするのか。色々課題が多くて、仮に学費を稼げてもすぐには難しそうだというのが現状だ。
母「別に無理はしなくていいのよ?自分のやりたいことをすればいいんだから」
父「そうそう。老い先短い祖父ちゃんの言うことなんかほっといてさ」
祖父「老い先短い!?儂まだ60代だぞ!?」ガーン
俺「まぁ、ゆっくり考えるよ」
父「こんな田舎だ。娯楽もないし、病院とか学校とか買い出しとか……生活していくのにも何かと苦労する。無理に帰って来なくてもいい」
俺「……ああ」
そんな会話をしていると、がらがらという玄関の戸が開く音が聞こえ、妹の優の声が聞こえてきた。
優「ただいま~。暑~……」
優は汗を拭いながらリビングに入ってきて、俺の姿を見るなり部活用のエナメルバッグを落とした。かなり重いのか、ドンッって音がした。一体鞄に何入れてるんだうちの妹は。
優「嘘。お兄ちゃん!?」
俺「おう。ただいま優。久しぶりだな~」
優「いつ帰ってきたの!?」
俺「さっき。何もなければ1か月程此処にいるから」
優「そうなんだ」
俺「しっかし翔太も優も大きくなったな。昔はもっとちっちゃかったのに」
翔太「前にあったのいつだと思ってるんだよ」
翔太は身長が170位ありそうだし、優も翔太程ではないけどかなり伸びてる。特に優は美人になった。
父「さ、今日は寿司でも取るか」
祖父「いいのぅ。酒も用意せんとな。もう仁志は飲めるし。儂、孫と酒を飲むのが夢じゃったんじゃ」
俺「じゃ、そうしようか」
・・・
~仁志が実家に帰省する2日前~
元帥「……疲れた」
どうも。日本海軍の元帥です。今、儂の目の前にはゲロを吐きたくなるような書類の山、山、山……。毎日全国各地の鎮守府や警備府から送られてくる戦況報告、戦果、揉め事等の書類が朝から晩まで届く。腱鞘炎になっても、疲労骨折しても期日は待ってくれない。でも問題を放置してると即マスコミに詰められるから、気が抜けない。
元帥「毎日毎日同じような事ばかり。つまらないことこの上なし……ってうわっ。これ1週間前までの書類!何でこんな所に……」
机の下に落ちたボールペンを取ろうとして見つけた茶封筒を開けると、回答期限が先週までの書類が入っていた。おまけに書類の中でも超重要な国際書類。国を跨いでの交渉だったりすることが殆どで、最悪国家全体に悪影響を及ぼす。
元帥「えーっと……ふむふむ。期日までに無回答の場合は1度使者を送る……か。珍しい対応方法だな」
相手国はオーストラリア。艦娘が慢性的に不足気味で、アメリカやイギリス、日本から時折援助を受けているが、太平洋での作戦では重要な国家だ。
元帥「内容は……」
内容を読んだ儂は驚いた。はっきり言って、オーストラリアにメリットがない。何故こんなことをするのか理解ができなかった。
元帥「オーストラリアの艦娘を1人異動させたいだと?それも本人が熱望しているだなんて……」
儂が首を傾げていると、執務室の扉がノックされた。
元帥「はい」
秘書「失礼します。元帥。オーストラリアから使者が来ています」
元帥「……マジで?」
早過ぎない?いや、儂が書類を見るのが遅すぎただけなんだけど、心の準備が……何て言ってられないな。
元帥「通してくれ」
秘書「かしこまりました」
秘書が下がるのと入れ替わるように、1人の艦娘が入って来た。金色の髪に紫色っぽい瞳。艦娘は儂の前に来ると敬礼をした。
艦娘「オーストラリアより参りました。軽巡洋艦パースです」
元帥「私が日本海軍を統べる元帥だ。君が使者という解釈でいいかね?」
パース「ええ。回答がないので、直接出向きました」
元帥「すまない。手違いがあったようで返答ができなかった。こちらの不手際、お詫びする」ペコリ
パース「いいえ。問題ありません。異動するのは私ですから」
元帥「何?となると君が我が国に異動を熱望している艦娘か?」
パース「ええ」
これはまた驚いた。まさか自分から出向いてくるとは。
元帥「しかし、オーストラリア海軍からは相当嫌がられたのではないか?」
パース「ええ。しかし、どうしても会いたい方がいたので、無理を言って許可を得ました。既にオーストラリア海軍の軍籍からは外れています」
元帥「ふむ……して、その会いたい者とは?民間人かね?」
パース「いいえ。確か海軍の工兵隊に所属していたかと」
元帥「工兵隊か……名前は?」
パース「カザカワです」
工兵隊……カザカワ……儂の脳裏にあの男の顔が浮かぶ。7年前、あいつはラバウルにいた。確か当時のラバウルには小規模ながらオーストラリア海軍の基地もあった。接点があっても不思議ではない。
元帥「ふむ……まさかその男とラバウルで一緒だったのではないか?」
パース「……!!はい、そうです!」
儂の言葉にパースの目が輝く。わかりやすい娘だ。
元帥「残念だが、彼は今工兵隊にはいない」
パース「え……」
元帥「あの後紆余曲折があって、今は沼島という小さな島で提督をしている」
パース「本当ですか!?」
元帥「ああ。所で君の配属する鎮守府だが……」
パース「沼島がいいです」キッパリ
元帥「え?いや、あのね、沼島は先日人員が……」
パース「沼島がいいです」ズイッ
元帥「でもね、ほら、君、書類の練度を見る限り沼島には勿体ない……」
パース「……(無言の圧力)」
元帥「あ、はい。君は沼島警備府に配属ね」
パース「ありがとうございます!」
元帥「ただ……」
パース「ただ?」
元帥「彼は今謹慎中でね。1か月程実家に帰ることになってるんだ。だから、君の配属も1か月後でいいかな?その間、日本に馴染むための期間と言うことで。しばらくは原則大本営で寝泊まりするように」
パース「分かりました。……これでようやくあの人に会える」ボソッ
元帥「?」
・・・
俺「ふ~ん。ここをこうして……よし、これでエンジン掛かるだろ」
実家に戻った翌日。俺は朝早くから家にあるトラクターを修理していた。かなり年季が入っていて、俺が海軍に入る前からいつ壊れてもおかしくないポンコツだったけど、俺が帰る3日前までは普通に動いていたらしい。
色々調べて、色々いじった結果、無事にエンジンが掛かるようになった。原因は点火プラグだった。バッテリーも古いからついでに交換して、細かいところの掃除もしておいた。
俺「親父。直ったぞ」
父「本当か?いや~流石工兵隊だっただけのことはあるな」
俺「流石にエンジンがダメだったら諦めろって言ってたけどな」
復活したトラクターを嬉しそうに撫でる親父の背中を見て、俺はホッとした。農業機械はかなり高額なものだ。価格にはかなり幅があるけど、乗用タイプだと少なくとも100万以上はする。おまけにトラクターを買えば済むわけでもない。例えばコメを作るとなると、トラクター、田植え機、コンバイン。これに加えてコメを乾燥させて貯蔵する乾燥機など色々な機械が必要になることが多い。そうなると総額はとんでもない金額になる。だからこそ、多くの農家は農業機械を大事にする。使い方次第ではあるものの、長いと20年、30年と使う農家もいるぐらいだ。
今のうちの経済状況を考えても、トラクターを一台買うだけでも大打撃だっただろうから、直って本当によかった。
母「あなた~仁志~。ご飯できてるわよ~」
俺「今行く~」
お袋の声に、俺と親父は急いでリビングに向かう。途中で俺は作業着を脱ぎ、顔を洗うとジャージに着替えた。俺がリビングに入る時には、翔太や優も席に着いていた。
俺「ごめん。遅くなった」
優「朝から何してたの?」
俺「トラクター直してた」
翔太「直ったの?あのおんぼろトラクター」
俺「直った。まだ当分は使えそうだな」
祖父「仁志のいる間に壊れてる機械とか全部見てもらおうかな」
俺「無茶言うな」
母「確か軽トラックの調子も悪かったわね」
優「私の通学用のカブも」
翔太「俺のも~」
俺「優と翔太はメンテの仕方を教えるから、自分でやれ。カブの全バラメンテナンスは淑女の嗜みだぞ」
優「そんな淑女いないわよ!!」
・・・
俺「お前らのバイク見てみたけどな……何だよこの悲惨なバイクは!!」
朝飯を食べ終わってガレージに置いてある2人のカブを見てみると、それはもう悲惨だった。色々な場所は錆びてて、プラグコードは外れかけ。タイヤの空気は全然入ってない。目も当てられない惨状だった。
俺「祖父ちゃん!!何でこいつらにメンテの仕方教えなかったんだよ!!」
祖父「いや、だってそれぐらいできると……」
俺「できてねえだろうが……ったく。あのな、2人とも。バイクに乗るんだったら最低限のメンテナンスと知識は必須だ。ただでさえここは田舎なんだから、バイク屋に持ち込もうにも時間が掛かる」
俺は丸1日使って2人にメンテナンスの仕方を徹底的に教えた。教えているうちに俺もつい熱が入ってしまって、タイヤ交換や電装系の取り回し知識。エンジン全バラシからの組み立てまで教えてしまった。
優「疲れた……」グッタリ
翔太「でもまぁ、これで多少のことは何とか自分でできそうだし、いい経験になったかも。兄ちゃん、海軍ではこんな事ばっかりやってたのか?」
俺「最初はな。トラックとか、軍用バイクとかだったんだけど、色々学びたくて色んな事に手を出してたからな。道具と機材があれば多少の故障とかなら直す自信がある。屋根の修理もできるし」
優「恐ろしいレベルの探究心……」
俺「さーて次は軽トラの修理だな~。お前らは先に晩飯食って寝ろ」
翔太「え?まだするの?」
俺「軽トラは毎日使うからな。道ばたで故障でもしたら大変だし、今から見るよ」
俺が先に晩ご飯を食べに行くように手を振ると、優達はそそくさとガレージから出て行った。
・・・
俺「あー見つけた。これが原因だな。えーっと工具工具……」
母「はい」
俺「あ、ありがと」
母「あんた。何時だと思ってるの?夜食持って来たから少し休憩しなさい」
数時間後。軽トラの下に潜り込んで作業をしていたら、パジャマ姿のお袋が夜食を持って来てくれた。俺は軽トラの下から這い出ると、近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。
俺「あれ?今何時?」
母「夜中の1時よ。全く。優達のバイクを見てあげたと思ったら軽トラの修理をするって言って晩ご飯も食べに来ないんだから」
俺「ゴメンゴメン。つい夢中になってさ。もうちょいで終わるから」
母「あんたは……」
俺「何せ俺にできる孝行ってこういうのぐらいだからさ、俺の気の済むまでやらせてくれよ」
母「馬鹿ね。あんたは親孝行って言うのがまるで分かっちゃいない」ハァ
そう言うとお袋は突然俺を抱きしめた。
俺「ちょ、お袋。俺作業着だし、服が汚れるって」
母「私からすれば、こうやって無事に生きててくれるだけで十分に孝行息子よ」
俺「……」
母「優や翔太に不自由させたくないからって高校も行かずに命をかけて頑張ってお金を稼いでくれる。2人とも公立高校だけど、私達の稼ぎだけじゃ学費はギリギリ出せても部活はさせてやれなかったし、通学に必要なバイクも買ってやれなかった。あんたが頑張ってくれるから、あの子達は今楽しく学校に通えてるの」
俺「お袋……」
母「ごめんね。高校に行かせてやれなくて。大学だって行きたかっただろうに……」
肩を震わせるお袋の背中を、俺は優しく撫でる。お袋達は何も悪くない。海軍に入って優や翔太の学費を稼ごうと思い立ったのは俺自身だ。
俺「お袋。泣くなよ。俺、高校や大学に行けなかったの、そんなに後悔してないんだ」
母「……」
俺「色んな人と出会ったし、色んな事を学んだ。嫌なことや、悲しいことも沢山あったけど、今は提督になって、すごく良い部下にも恵まれてる。俺は今、何も不自由してないんだ」
母「仁志……」
俺「心配するなよ。今の勤務地は内地だから、余程のことがないと死なないよ。さ、お袋も早く寝て。俺もすぐ寝るから」
俺の言葉にお袋は頷く。お袋はいつも気丈に振る舞おうとしているけど、元々の性格は心配性で涙もろい。親父が病弱で、祖父ちゃんばかりに頼ってられないと無理している。昔から変わらない。
・・・
俺「結局、3時頃まで作業してたな……」ゲッソリ
お袋を寝かしてからも作業を続けていた俺が軽トラの修理を完了させたのは深夜3時頃だった。そのままちゃんと動くか試運転もしていたら、朝の5時になってしまった。
俺「親父、軽トラ直ったぞ」
父「本当か?いや~もうダメかと思ってたけど、何とかなるもんだな」
祖父「これでもうしばらくは使えそうだな」
母「あんた、結局何時まで起きてたの?」
俺「色々あって徹夜した」
母「……」ジトメ
俺「あ、俺はこれから寝るから。起こさないでくれ」ソソクサ
母「今日は翔太の試合の日だけど?」
俺「それを早く言えよ!応援に行くぞ!!」シュバッ
大事な弟の晴れ舞台だ。ベッドで寝てる場合じゃねぇ。
・・・
俺「うわぁ……相手校のベンチはぎっしりなのに、こっちはスカスカだな……」
優を連れて球場に着いた俺は、相手校との差にビックリした。相手校側の観客席は部員や保護者、吹奏楽部、一般生徒で埋まってるのに、こっちは保護者と一般生徒のみ。一部楽器を持ってる保護者はいるものの、吹奏楽部はいない。
優「仕方ないよ。翔太の高校、毎年2.3回戦ぐらいで負けちゃう学校だし、相手はいっつもベスト4に入る強豪校だもん。今日は吹奏楽部、諸事情で来られないみたいだし」
俺「むぅ……何とも悔しい話だな」
そうこうしているうちに試合が開始された。翔太の高校の先発はエースナンバーを背負った先輩らしい。序盤は抑えていたが、4回以降相手打線に捕まり、5回終了時点で7対1とリードされていた。引き上げてくる部員達は殆どが諦めムードで肩を落としている。
俺「このままじゃこっちがコールド負けしちまうな……よし、景気づけに俺が一肌脱ぐか」
優「ちょ、お兄ちゃん、何するつもり?」
俺は翔太達のいるベンチまで駆け足で近づくと、肩を落とす部員達に大声で叫んだ。
俺「馬鹿野郎!!まだ5回だぞ!!何試合終了みたいな顔してるんだ。最後の最後まで堂々と戦え!!6点差が何だ。それぐらいひっくり返してやるって位の勢いを持てよ」
翔太「に、兄ちゃん……」
俺「見てろ」
俺の大声に翔太が焦った様子で見てくるけど、やめない。俺は観客席側を見ると、懐に隠していた扇子を開き、笛を持った。
俺「皆さん。野球部は応援の声が少なくて打線に元気がないようです。ここで1つ、より大きな声で応援してやりましょう!!俺の声に続いて、大きな声で復唱してください」
その後、俺は先頭に立って応援した。保護者の応援団もどんどん声が大きくなって、勢いも出てきた。それに比例するように翔太の高校の打線は相手投手を捉えはじめ、6回から替わった翔太の力投もあって1点差にまで点差を縮め、最終回を迎えた。
俺「さぁ最終回です。泣いても笑ってもこの回点を取らなきゃ試合終了。そうならないためにも、今まで以上の声援で応援してやりましょう!!」
保護者達「「おおーっ!!」」
その後、打線が繋がり、ツーアウト満塁。打席には翔太が入った。
保護者達「「かっせ!!かっせ!!翔太!!!かっせ!!かっせ!!翔太!!!」」
保護者達の大声援を受けた翔太の振ったバットはキィン、という快音を出した。かなり高い外野フライ。センターがゆっくりと後ずさりをしていくが、段々センターの顔色が変わり、後ずさりから早歩きに、最後は駆け足になったが、打球はセンターの頭上を飛び越え、フェンス直撃のサヨナラ打になった。どうやら上空で吹いていた風に乗り、飛距離が伸びたらしい。
優「すごい……勝っちゃった」
俺「だっはっはっは!!見たか応援の力を!!!」
試合結果は10対9。相手がベスト4常連だった事を考えると、完全にジャイアントキリングだ。新聞に載るかもな。
その後、俺と優はミーティングを済ませた翔太を連れて帰宅の途についた。
俺「いや~いい試合だったな」
優「お兄ちゃん、扇子に笛を持って踊るんだもん。ちょっと恥ずかしかった」
俺「あれぐらいしないと盛り上がらないだろう?」
翔太「でも、兄ちゃんが盛り上げてくれなかったら、今日の試合負けてたかもしれない。ありがとう」
俺「いいってこと。それよりさ、翔太勝ち祝いに何か奢ってやる。何食いたい?」
翔太「いいのか!?じゃあ寿司食いたい」
俺「よし。じゃあそこの回転寿司に入るか」
優「回ってる寿司屋なのね」
俺「この辺で回ってない寿司屋なんてねぇよ……贅沢言うな」
・・・
どうも皆さん。お久しぶりです。沼島警備府副官の夕張です。提督が謹慎になってからというもの、色んな業務が私に降りかかってきて本っ当に過労死しそう。
榛名「夕張さん。少し休まれては……」
夕張「ダメよ。書類作業がまだ残ってるわ。この後は皆の艤装のメンテナンスが……」
救いは五十鈴達が加わったことで、出撃ローテーションに支障をきたさなくなったことと、警察業務を分担できるようになったことぐらい。でも、島の皆はやっぱり提督がいないと落ち着かないのか、老若男女問わず『提督さんは何時帰ってくる?』と聞いてくる。
榛名「書類作業なら榛名がやっておきますよ。少し休んでから、艤装のメンテナンスをお願いします」
夕張「わかったわ。じゃあ、お願いね」
こうやって皆も手伝ってくれるけど、やっぱり副官という肩書き上、プレッシャーはすごい。そして大きな問題が……。
海風「すみません。また白露姉さんと夕立姉さんが……」
夕張「またか……はぁ、わかったわ。今行く」
海風「すみません」
白露と夕立がしょっちゅうご飯について駄々をこねるのよね……今の警備府、料理ができる艦娘も何人かいるんだけど、提督以上もしくは同等レベルの腕前ではない。だから、今までほぼ提督の指示に基づいて作られた料理か、提督が直々に作った料理しか食べてこなかった駆逐艦達はどうしても違和感があるみたい。で、特に感情を爆発させやすい白露や夕立が暴れるというわけ。
夕張「全くもう。早く帰って来ないかな……」
提督の謹慎が明けるまであと2週間以上ある。それまでこの警備府は持つのかしら?
夕張「大本営からは意味不明な異動通知書が来るし、また一波乱ありそうね……」
今朝届いた大本営からの書簡。そこには海外艦娘が提督の謹慎明けと同日沼島に異動してくること。そしてその艦娘が提督と過去に関係があることが書かれていた。
・・・
俺「……暇だ」
実家に帰って1週間が経った。粗方の機械を直した後は、農作業を手伝ったり、幸一の実家の食堂を手伝ったりしているけど、それ以外の間は暇だ。暇を持て余している。まぁ田舎だから仕方ないんだけど。
祖父「仁志。暇なら儂のバイク貸してやるから何処かに行って来たらどうじゃ?」
俺「じゃ、遠慮なく」
俺は祖父ちゃんからオフロードバイクを拝借するとエンジンをかけ、早朝の夏の道路に繰り出した。とは言っても……
俺「暑い~……死にそ~……」ゲッソリ
気温は30度越え。風は生暖かくてお世辞にも気持ち良いとは言えない。おまけにプロテクター入りのジャケットにズボンのお陰で、停車したら汗がどっと噴き出してくる。1時間程走って日本海まで抜けた俺は、とある砂浜の木陰に腰掛けて休憩していた。この辺りは深海棲艦の目撃情報が少ないことと、舞鶴鎮守府を筆頭に複数の警備府が監視の目を光らせているためか、海水浴客もチラホラいる。
俺「流石に夏場にバイクはキッツいな……一歩間違えば熱中症か脱水状態になる」
しばらく休憩した俺は、再びバイクに乗ると近くの道の駅に滑り込んだ。今日の昼ご飯はここで済ませる。ジャケットを脱いでバイクに括り付けて道の駅の入り口に立つと、涼しい風が吹いてくる。
俺「涼しい……」
道の駅にはお土産や観光案内所、食堂が併設されている。少し離れたところには温泉もある。まず俺は食堂に入ると、季節の海鮮丼を注文した。
俺「おー。美味しそうだな」
出てきた海鮮丼は旬の魚をふんだんに使用していて、見た目も豪華だ。魚のアラを使った味噌汁に漬け物、更にはスルメイカのゲソから揚げまで付いている。
俺「うん、美味い!」
あっという間に平らげ、俺は次に温泉に向かった。熱いからあまり湯船には浸からなかったけど、悪くなかった。
俺「さて、次は何処に行こうかな」
一通りお土産も買って腕時計を見ると、まだ時計は11時前だ。高速を使えばもっと遠くに行ける。俺はバイクに跨がるとエンジンをかけて走り出した。
~遡ること数時間前~
ー大本営ー
元帥「え?出掛ける?何処ヘ?」
パース「とーじんぼー?と言うところに行ってみたくて」
元帥「何故そんなところに……ここからだと行って帰ってくるだけでも相当時間がかかるぞ?」
ここは東京。東尋坊のある福井県までは車の場合、高速を使っても7時間以上は掛かる。深海棲艦の出現以来、東京の多くの企業が内地の岐阜や長野に拠点を移したせいで交通渋滞も発生しやすいから、もっと掛かるかもしれない。
パース「なので、外泊許可を頂きたいのです」
元帥「うぅむ……」
どうも。元帥です。今、目の前で新しく来た艦娘が儂に外泊許可を求めている。正直、あまり気は進まない。日本語はある程度堪能だが、万一の事がある。それにまだ日本に来て日も浅い。場合によっては文化の違いに戸惑うこともあるかもしれない。ただ、観光なんて沼島に配属されればほぼ不可能なのもまた事実。ここは3日ぐらいなら許可してもいいのだろうか。
元帥「……まぁ、いいだろう。ただし、必ず宿泊先は伝えるように。場合によっては途中で引き返して貰うこともあり得ると思っておいてくれ」
パース「わかりました」
元帥「で、どうやっていくんだ?」
パース「レンタルバイクを借りていくつもりです」
元帥「そうか。気をつけてな」
彼女のフットワークの軽さにはちょっとビックリだ。ついこの間までオーストラリアにいたとは思えないぐらい、テキパキと動き回っている。大本営の職員とも積極的に会話し、関係も良好。よくできた艦娘だ。
元帥「……あの馬鹿、良い艦娘を引っ掛けよってからに」
部屋から出て行くパースを見ながら、儂は書類に目を落とした。
・・・
俺「おー。中々の絶景だな」
道の駅を出てから1時間後。俺は三方五湖を見渡せる山頂公園に来ていた。有料道路を使わないと来れないし、リフトも有料だけど、折角だから寄ってみたんだけど、晴れているお陰か物凄く景色がいい。唯一の欠点は、すぐ近くに陸海協同の監視塔施設があることだ。できる限り配慮したんだろうけど、どうにも目立つ。山頂公園でホットサンドを買って、近くのベンチで食べ終えると、俺はさっさと次の目的地に向かった。次は東尋坊だ。
・・・
パース「あっつ……」
どうも。軽巡洋艦のパースです。今現在、高速のSAで休憩中です。日本の暑さはオーストラリアの暑さと違って、ジメジメしている暑さなのね。バイクで行くのは失敗だったかしら?
おまけに若い女性のバイク乗りが少ないからか、行く先々でおじさん達に声をかけられてうんざり。まぁ身分証を見せたら何故かビビって逃げていったけど。
パース「まだ結構距離があるのね……」
地図を見る限り、私がいるのは滋賀県。まだあと2時間ほど掛かりそうね。
・・・
俺「着いた~」
山頂公園を出て数時間。遂に東尋坊に着いた。周囲にはそこそこ広い駐車場に、お土産屋。食堂がある。断崖絶壁から海を見下ろすと波が岸壁に打ち付けられているのが見える。海面までの高さはおよそ20m。自殺の名所としても知られているが、ボランティアの見回り強化をはじめとした頑張りもあって、近年ではかなり自殺者は減ったらしい。
俺「しっかし本当にすごい場所だな」
荒々しいゴツゴツとした岩場。一体どれだけの時間を使ったらこんな地形になるのか。自然ってのはすごいなほんと。
崖のギリギリの所まで歩いて行って、腰掛けてスマホを手に取った。折角だし自撮りした写真を家族に送ろう。題名は『東尋坊ナウ』でいいか。
俺「さぁ~て、後は軽くなんか食って帰るか。ケツも痛ぇし」
オフロードバイクはシートが細いせいか、尻に優しくない。車種や乗り手によっても変わるけど、このバイクは2時間乗ってると痛くなってくる。まぁ、長時間乗ってると尻とか腰とか手首とか首が痛くなるのってあたりまえっちゃあたりまえなんだけれど。
軽く食べ物を腹に入れて駐車場に戻って来ると、何やら俺のバイクの近くで小さな人だかりができていた。何かあったんだろうか?
<ね、ね。あの人すっごい美人ね。
<外国人かな?珍しー!
<バイクもすごくかっこいいし。まさに美人ライダーだな
何だって!?美人ライダーだって!?それも外国人!?どんな人だろう。見てみたい。
俺は人混みをかき分けて自分のバイクに近づくついでに、件の美人ライダーの顔を拝もう……としたところで目が点になった。
パース「え?」
俺「え?」
時が止まったように感じた。
・・・
パース「まさか、同じ場所を目指してツーリングしてるとはね」
俺「それ以上に、君が日本にいること自体が驚きなんだが」
数分後。俺とパースは東尋坊から少し離れたカフェに入っていた。東尋坊にも飲食店はあるが、俺と会うなりパースがいきなり抱きついて周囲の空気がとんでもないことになった所為で、いられなくなったからだ。
パース「パースでいいわ。あ、そうそう。今度貴方の警備府に配属になったから」
パースの言葉に、俺は思わず飲みかけのココアを吹きそうになった。マジかコイツ。
俺「いや、あのさ、パース。俺のいる警備府はほぼ何もないぞ?出撃も少ないし、離島だから娯楽も少ないし」
パース「あなたがいるからいいの」
パースは俺の方を見ると、ホッとした様子で微笑んでくる。やだ。滅茶苦茶美人。
パース「あの時の怪我も、後遺症もないようだしホッとしてるわ」
俺「まぁ、流石に銃の腕は落ちちゃったけどな」
パース「私はそれでいいと思うわ。深海棲艦と直接戦うのは艦娘なんだから。仕事を奪われちゃ敵わないもの」
俺「ごもっともだな。それはそうと、パースは今何処で生活してるんだ?」
パース「今は大本営にいるわ」
俺「……まさか、大本営からここまでバイクに乗ってきたのか?」
パース「ええ。流石に少し疲れたわ」
いやいや。幾ら高速を使ったとしても、大本営から東尋坊って相当キツいぞ。どんだけタフなんだよ。そう思って外に駐めてあるパースのバイクを見る。大型のアドベンチャーバイクに、荷物を入れることができるパニアケースが付いている。更にパースは大きなリュックサックも背負っているから、相当な荷物だ。
俺「話は変わるけど、これからどっか旅行にでも行くのか?」
パース「いいえ。目的地が東尋坊だったから、これから何処かのホテルにでも宿泊するつもり」
俺「そうか」
パース「ねぇ。今、貴方実家にいるのよね?」
俺「ん?そうだけど、それがどうかした?」
パース「いえ、もし構わないのなら貴方の実家に行ってみたいな……って」
んんんんん?今なんて言った?実家に行ってみたい?
俺「待て待て。どうしてそうなる。それに、今は大本営にいるんだろ?謹慎中の提督の実家に泊まるとか絶対アウトだって」
パース「それもそうね……じゃあ、貴方の実家の近くにホテルはあるかしら?」
俺「んなもんねぇよ。田舎舐めんな」
パース「本当かしら?」
嘘である。実は俺の実家近くには民宿が数件ある。この季節はクソ暑い上に、美山の観光シーズン(雪が面倒だけど、冬がオススメ)から少しずれているから満室はないだろう。
じゃあなんで俺が嘘をついたか。単純に面倒だからだ。パースは後に沼島に配属されるとはいえ、今はまだ大本営所属。謹慎中の提督の実家、もしくはすぐ近くでお泊まりなんて頭の固い大本営幹部の爺さん達の事を考えれば、問題の火種になりそうな予感しかしない。パースが嫌いなわけじゃない。面倒が嫌いなんだ。
パース「ふーん……貴方の実家って確か美山って所よね?」
俺「ああ。南丹のな」
パース「今調べたら、民宿が何軒かあるんだけど?」
俺「……」
パースにスマホを見せられて、俺は沈黙する。動かぬ証拠を見せられては、最早何もできない。
・・・
パース「わぁ!これが日本の伝統家屋、茅葺き屋根ね!!すごい!囲炉裏もある」
数時間後。大本営に宿泊場所を連絡し、許可(というか脅しに近かった)を得たパースは俺に連れられて美山の民宿に来ていた。一応顔見知りなため、挨拶がてら俺もついていった。
俺「いきなりすいません」
主人「いいよ。丁度キャンセルが入って料理とかどうしようか困ってた所だったんだ。ありがとうね」
俺「あの、彼女海外から来たばかりなので、何かと分からないことが多いかと思うので……」
主人「あー気にしなくていいよ。大丈夫」
俺「すいません」
主人「でもいいの?君の家に泊めた方がお金も掛からないと思うんだけど?」
俺「色々事情があるので……お金は経費で落ちるみたいなので、ご心配なく」
俺は民宿の主人に頭を下げまくっていた。対するパースは伝統家屋に感動したのか、スマホで写真を撮りまくっている。何というか、初めて会ったときは物凄く冷たかったのに、今ではすっかり明るい魅力的な女性になっている。まぁ、元々口下手で不器用なだけだったんだけど。
主人「あ、そうだ仁志君。今度夏祭りがあるんだけど、仁志君出られないかな?」
俺「俺がですか?」
主人「ああ。ここ数年、若い子が殆ど出ないから、何だか爺婆臭くってさ。ちょっとフレッシュにしたいんだ」
夏祭りは毎年やっていて、その中で小さいながらも野外ステージもある。俺も中学を卒業するまではバンドを組んでステージに立っていた。でも、元々子供の少ない地域だから、どうしてもお年寄りの演歌や民謡が多い。何とかおっさんおばさん連中がバンドをしているが、確かに若々しさはあまりない。
俺「わかりました。昔のバンド仲間に声をかけてみます。無理ならソロで出ます」
主人「ありがとう。助かるよ」
一応謹慎って形だけど、海軍のお偉いさん達は実質休暇って知っているから、多少羽目を外しても大丈夫だろう。
俺「もし何かありましたら、連絡してください」
主人「大丈夫だよ。伊達に宿泊業やってないからね」
俺「あはは……パース、俺は帰るからな」
パース「わかったわ」
俺はスマホのカメラを連写するパースに声をかけると、自宅に帰ろうと民宿の玄関を開けた。
翔太・優「「あ……」」
玄関を開けると、そこには翔太と優が立っていた。更にその後方では村の方々が物陰に隠れて視線を送っている。あ、これ勘違いされている可能性大だ。
俺「……何してんだお前ら」
翔太「だって兄ちゃんが金髪美人と一緒に帰ってきたから……」
優「何処であんな人捕まえたの?」
爺1「仁志が嫁連れて帰ってきたぞ」
婆1「珍しい。金髪の外人さんよ。何処で口説いたのかしら?」
俺「ちょ、あの、違いますから……」
爺2「巨乳を選ぶとは。仁志も爺さんや親父に似て巨乳好きじゃのう」
婆2「ちょっとあんた。その小屋の裏まできな」
爺2「おぉ怖いペッタン鬼婆が……」
婆2「誰がペッタン鬼婆じゃ!垂れる程度にはあるわ!!」
爺2「ぎゃぁぁぁ!!」
俺「いやだから皆俺の話を聞けぇ!!」
・・・
俺「酷い目に会った」
パース「私の所為でごめんなさい」
翌日。家の近くを流れる川で俺はパースと釣りをしていた。あの後俺は村の皆にパースとの関係を説明したが、村の皆の結論は『仁志の嫁候補』に収まった。祖父ちゃんは『これで我が家も安泰だ』と嬉しそうに言い。直後に『曾孫は何時できる?来年?』と聞いて母さんにしばかれてた。その後何度説明しても『場所がラバウルだろうが、何夜も共に過ごしたのならそれはもう夫婦だろ?』と言われる始末だった。いや、まだそういうことはしてないし。
パース「まぁ、私は全然構わないけど」
俺「え?」
パース「え?」
暫しの沈黙。川の流れる音とウザい蝉の鳴き声。それに加えて上空からアクセントのように降ってくる鳶の鳴き声だけが周囲に響く。マジかよ。こんなド田舎に嫁ぐとか正気の沙汰じゃねぇぞ。いや、俺は全然構わないんだけど……。
パース「何難しい顔してるの?」
俺「へ?あぁいや、何でもない……あ、おい、魚掛かってるぞ」
パース「うそっ!」
俺の言葉にパースが慌てて竿を引くと、30cm程のヤマメが水面から勢いよく飛び出した。でも、勢いが付きすぎていたからか、空中で針が外れ、自由になったヤマメはそのままパースの顔面に着弾した。
パース「ひゃっ」
俺「おぉ。ギャグ漫画みたいだな」
パース「う~」
パースは顔をしかめながらも、地面で跳ねるイワナを水を張ったバケツの中に入れた。
俺「ラバウルに居た頃はちょっと掠っただけで大騒ぎしてたのに、成長したな」
パース「あんなサバイバル生活していたら、誰だって慣れるわ……」
ラバウルに居た頃、パースは生魚が苦手だった。それはもうすごくて、食べることは勿論、触ることすら無理と言った状態だった。でも、その時のラバウルの状態はと言うと、基地は壊滅、増援も補給も無し、な状態だったわけで、とにかく魚を食べられるだけでもありがたい状況だった。難なら敵機が飛び交うのをかいくぐって俺が捕まえてきた魚を俺が調理して、パースに食べさせ、俺はトカゲやら芋虫を食べてた。何もできない人間よりも艦娘に美味しくて栄養のあるものを……と思っていた。
~回想~
『Nooooo!!No!!生魚なんて無理!!』ブンブン
『五月蠅いな。川魚じゃねぇし今捕ってきたばっかだから寄生虫も湧いてない。そもそも今火を起こしてみろ。敵に見つかって、今に砲弾の雨が降ってくるぞ』
『No!!Please keep away!!(訳:嫌!!お願いだから近づけないで!!) 』ブンブン
『食わなきゃ死んじゃうだろ!?食わなきゃ死んじゃうだろぉ!!』ズイズイ
『No!! You crazy!!(涙目)』
『喧しい!!俺の苦労を無駄にするな!!』ズボッ
『むぐぅぅぅ!!』
~回想終了~
……とまぁこんな感じで無理矢理食わせたりしてたら、慣れたのか生魚も食べられるようになったし、魚も触れるようになった。
パース「あの時は貴方のことを本気で悪魔が化けてると思ったわ」
俺「ひでぇな。そんなに芋虫とかトカゲの方がよかったのかよ」
パース「……やっぱり魚の方がいいわ」
俺「全く」
幸一「お~い仁志~」
俺がため息をついていると、土手の上から幸一の声が聞こえた。振り返ると、同級生の磯野と中島もいる。懐かしい面子だ。
俺「おぅ。2人とも久しぶりだな」
磯野「本当だよ。全然連絡寄越さないから死んだかと思ってた」
中島「僕も最近まで君の存在を忘れかけてたよ」
俺「お前ら大概酷いな……」
幸一「2人とも、今は大学を卒業して京都市の方で働いてるんだ」
俺「そうなのか」
中島「祭りでバンドするんだろ?7年越しの復活だね」
磯野「久々に大暴れできるな」
パース「……そのお祭り、私も参加していい?」
俺達「「え?」」
パースの言葉に俺を含めた4人が固まる。
パース「いや、私、日本のお祭りって初めてだから、楽しみだし……風川が野外ステージに参加するのなら、私も参加しようかなって」
パースは顔を少し赤らめながら、前髪をクルクルと指でいじって話す。破壊力抜群の仕草。こんなの男なら誰でも堕ちる。
磯野「いいんじゃないかなぁ」
中島「僕も」
幸一「参加制限もないし、寧ろ歓迎されると思うよ。難なら俺達も一緒に出るし。何せメンバー間で被って出ても何も言われないから」
俺「今はそんなに自由なのか。昔は被りはアウトだっただろ」
幸一「それがなぁ……」
幸一曰く、年々参加者が減少しているせいで、例えばバンドの場合、ドラムが2つのバンドを掛け持ちしてたりするらしい。
中島「去年は3つのバンドを掛け持ちしてるボーカルもいたね」
磯野「案の定喉を壊してしばらくだみ声になってたけどな」
幸一「1つのバンドで大体3曲から4曲歌うんだ。それを3つとなると、最低でも9曲は歌ってるしな。ボーカルじゃなくても重労働だ」
俺「ま、とにかくエントリーしたら歌う曲を考えて、練習するだけだな」
幸一「曲の構成は?」
俺「全部若者向けの計4曲」
磯野「攻めるなぁ」
俺「どうせ他の面子が年寄り向けの歌を歌うんだから、若者向けの曲ばっかでも問題ないだろ。パースは?」
パース「えっと……まずどういう参加形態があるのか知りたいな」
幸一「じゃあ、説明するぞ」
幸一は軽く咳払いをすると、祭りについて説明を始めた。
祭りの野外ステージは大きく分けて俺達のように楽器を持ち込んで演奏するバンド形式。音源を流し、自分は歌を歌うだけのカラオケ形式。音楽に合わせて民族舞踊やダンスを踊るダンス形式。そして漫才や落語などをする漫談形式の4つがある。エントリーの多さはカラオケ形式、バンド形式、ダンス形式、漫談形式になる。ダンスは民族舞踊の教室やダンス教室の発表会の側面もある。俺が海軍に入る前の祭りではおよそ祭りには合わないであろうフラダンス教室が参加していた。
パース「成程……じゃあ私はカラオケ形式になるわね」
俺「じゃ、何を歌うか考えて、決まったら運営に何を歌うのか伝えておかないとな。音源の問題もあるし」
パース「分かったわ」
俺「さて、そろそろ行くか。悪い皆。俺これから行くところがあるんだ」
中島「何処ヘ行くんだ?」
俺「翔太の応援。今日が準決勝だ」
磯野「え?滅茶苦茶勝ち上がってるじゃん」
俺「勢いづいて一気に準決勝まで行ったんだよなぁ」
強豪校に逆転勝利した翔太の高校は、続いて準々決勝をあっさりと勝ち準決勝にコマを進めていた。今日の相手は超の付く古豪だ。かつて何度も甲子園にも出場したこともある。近年はあと一歩の所で甲子園を逃しているが、実力は健在だ。
・・・
俺「おぉう……見事に男だらけだな。相手校」
パース「もしかして、相手校って男子校?」
俺「ああ」
優やパースを連れて球場に着くと、既に多くの学生や保護者で観客席は埋まっていた。相手校は男子校で、野球部員も多いからかとにかくむさ苦しそうだ。とにかく殺気がヤバい。女子のいる学校には負けないっていう揺るぎなき意思を感じる。それだけじゃなく相手校はスポーツ推薦で入学している生徒も多いだろうから甲子園の掛かったこの大会への思いは凄まじいものがあるのだろう。
パース「何だか相手校、すごく殺気立ってません?」
優「……うん」
俺「男子校だからしょうがない」
結果的に言うと、試合はシーソーゲームで延長にまでもつれ込んだ。翔太の高校が点を取れば、相手校も必死に取り返してくる。リードがないまま延長タイブレークに入り、結果は6対5で翔太の高校が勝った。翔太も8回から試合終了の延長15回まで投げきり、無失点に抑える好投を見せた。打っては5打数3安打2打点の大活躍。今日の試合、確か相手校にはプロ注目の選手がいたはずだから、スカウトも来ているはず。強豪に勝ったことで、翔太がスカウトの目に止まることがあるかもしれない。
優「今日の翔太、絶好調だったね」
俺「今日の最速は134キロ。弱小校とはいえ、1年生でこの球速は大したもんだ。打っても良かった」
毎年プロ注目として雑誌に載るような1年生は140キロ越えが当たり前だけど、実際殆どの高校の野球部は3年のエースでも140キロも出ないことが多い。ましてや弱小校にもなると、最速が130キロに届かないなんて事もある。だから1年生の時点で130キロを超えている翔太は十分に逸材だ。順調に成長すれば140キロだって夢じゃない。
パース「すごく面白い試合だったわ。貴方の弟さんってすごいのね」
俺「元々運動神経は良かったからな」
優「流石にお兄ちゃんほどじゃないけどね」
パース「そんなにすごいの?」
優「体育は基本全部オール5。中学の時は遊びでパルクールをやって呼び出しを食らってたこともあったな~」
俺「おい、俺の黒歴史を晒すのはやめろ」
中学2年の時。近所のゲーム好きのお兄さんから借りた(と言うか勝手に拝借した)アサシン○リードっていうゲームをして、その主人公に憧れた俺はパルクールに一時期はまってた。山とかでやったり、人気のない神社でやったりしたけど味気なくて、学校の昼休みに校舎を使ってやった。
屋上からパイプとか使って一気に降りたり、柵を跳び越えたりしてたら生徒指導の先生に捕まって、死ぬほど怒られた上に、親呼び出しで母さんにも死ぬほど怒られた。ついでに言えば俺の借りたそのゲームは18禁だったらしく、近所のお兄さんもとばっちりでこっぴどく怒られた。
パース「失礼な話だけど、あなた結構バカなのかと思ってたわ」
俺「安心しろ。ラバウルの頃からバカと思われてたのは気付いてる」
優「お兄ちゃん、賢いんだけど、その賢さが別方向に驀進しちゃってるから……」
パース「例えば?」
優「理科室から拝借した素材で黒色火薬を作って、自作の火縄銃を作ったり、学校の先生が乗るバイクを族車に魔改造したり、技術室にあった機械を駆使して、鉄パイプを加工して刀を作ったり、数学の授業中に黒板アートを作成したり……成績はほぼオール5なのに」
パース「……」
俺「あはは……」
優「あははじゃないわよ!!私や翔太が入学したとき、お兄ちゃんが散々やらかしてた所為で、どれだけ色物扱いされたか分かってんの!?」
俺「ま、いいじゃないかそんなすぎたことは。それよか翔太の決勝進出を祝って、何か食べに行こうか」
パース「私、スシがいいな」
優「私も」
俺「翔太の意見も聞いてからな」
・・・
翔太の準決勝から1週間後。遂に夏祭りまで一週間を切った。ついでに言えば、俺の休暇もあと10日ほどだ。俺は夏祭りの本番に向けて幸一達とバンド練習をしていた。まぁ、歌うのは殆ど歌ったことのある曲だから、そこまで音を合わせるのには苦労しなかった。
磯野「久々に合わせてみたけど、やっぱり1度合わせたことのある曲だとすぐに合うな」
中島「皆で草野球しようぜ。昨日の翔太の決勝戦見てたらさ、やりたくなった」
幸一「そこ、関係ない事を提案しない」
昨日は翔太の決勝戦だった。勝てば初の甲子園がかかっていた。相手は5年連続で夏の甲子園出場の高校。試合は序盤から白熱した投手戦になった。お互いに無失点のまま延長戦に入り、最後は翔太のサヨナラツーランホームランで勝利した。翔太は6回から延長14回まで投げ抜き、失点1、奪三振12を数えた。今翔太の高校は想定外の甲子園出場にパニック状態で、マスコミ対応や費用の捻出に奔走している。見かねて俺も匿名で自分の貯金の7割を送っておいた。総額数百万円。少しは足しになるだろう。
中島「そう言えばパースさんは練習できてるのか?」
俺「何かカラオケに行って練習してるみたいだな」
パースはカラオケ形式での参加だから、歌えればいい。だから、街の方にあるカラオケに行って練習しているみたいだ。一応曲名は教えて貰っているけど、意外にも邦楽が多かった。英語の曲は一曲だけだった。
幸一「しかしまぁ、夏祭りが終われば皆戻っちまうんだもんなぁ」
磯野「まぁ、俺も中島も戻ってこようと思えばすぐ戻ってこれるけど……」
中島「仁志はなぁ。沼島だっけ?淡路島の隣の」
俺「ああ。ま、休暇申請して通れば帰ってこれると思うけど、年末年始とか、お盆とかのピンポイントで戻ってこれるかと言われると難しいだろうな」
幸一「異動はないのか?」
俺「今のところはまずないだろうな。もっと経験を積んだらあるかもだけど」
提督の異動はあまりない。これは艦娘達との信頼関係的な問題から、提督を異動させにくいということからきている。とは言っても、鎮守府で優秀な戦果を挙げ続けていれば南方に送られたりすることもあるし、戦果を挙げられなければ小規模な警備府に送られることもある。場合によっては大本営などでの内勤になることもある。
俺の場合、戦果を挙げにくい警備府ではあるけれど、艦娘、地元民双方から評価されているし、何よりも警察業務も兼務している都合上異動はまずないと思ってる。
幸一「皆出て行っちゃうんだよな……集落の若い奴」
磯野「ここじゃ仕事っていう仕事もねぇし、高校も遠いしな……」
中島「僕達だってバイク通学だったしね。冬は雪が積もるわ滑るわで大変だったよ」
俺「そりゃあまぁ大変だな」
幸一「ま、砲弾やら銃弾が降ってくる訳でもねぇし、食べるもんに困るようなことは無いから、お前よりは随分マシだ」
俺「ラバウルといい、硫黄島といい、色々とんでもなかったからな……」
磯野「仁志も苦労してるな……」
俺「そもそも中卒ってだけで随分虐められたからな。お陰で喧嘩術が磨けたよ」
中島「そんなの磨いてどうするんだよ……」
幸一「さ、その話はその辺にして続きをするぞ~」
・・・
祭り当日。近所の神社に続く道には縁日の屋台が建ち並び、すぐ横の空き地にはステージが組まれている。祭りは二日間にわたって行われる。午後4時から始まり、午後11時に1度お開き。翌日午後3時に再開し、午後10時に終了する。始まる際には神社にある舞台で未婚の娘が舞を奉納するのが習わし……何だけれど……
俺「3年連続で優がやるってマジかよ」
幸一「マジだよ。この辺で今舞を舞えるの、今は優ちゃんしかいねぇんだよ。皆高校進学とか大学進学でここを離れるもんだから、舞なんてまともに教わらないんだよ。そもそも、この舞って2人でするもんだろ?それができない時点でお察しだ。つーか、優ちゃんの前なんて8年連続で磯野のとこの姉ちゃんが舞ってたんだぞ」
実はこの舞は1人で舞うものじゃない。本来は2人で舞うものなのだが、若い女性がほぼ皆無の地域の所為で、もう何年も2人では舞っていないのだ。遙か昔には何十年もそもそも舞すらやってない時期もあったぐらいだ。
俺は幸一、磯野、中島と一緒に神社の舞台の正面に陣取ると、舞が始まるのを待っていた。やがて、音楽が鳴り始め、ゆっくりと本堂から舞を奉納する女性が歩いてくる……のだけれど、俺は目を疑った。
俺「ぱ、パース?なんで?」
何と神主の後ろに優と共に並んでパースがいたからだ。優もパースも鮮やかな衣装に身を包み、手には神楽鈴を持っている。まさかの金髪美人の登場に、観客達もざわつく。俺は主催者のいるテントに走ると、主催の爺さん連中に声をかけた。
俺「ちょっと、なんでパースがいるんですか?」
爺1「ああ。風川さんとこの坊主か。パースちゃんが『自分も出たい』って言ったから出したんだ」
俺「んな急に……練習とかは?」
爺2「心配せんでも君んとこの優ちゃんが教えてたぞ?知らなかったのか?」
知らなかった。
そうこうしているうちにも舞が始まり、優とパースは優雅に踊り、神楽鈴を鳴らす。舞の間、舞台の周りにいた人達はその美しさに息をのんでいた。美人2人による5分間に渡る舞。舞いきった後、2人に大きな拍手が沸き起こった。
・・・
優「あ~緊張した~」
パース「でも、楽しかったです」
母「2人とも、凄く綺麗だったわ!」
父「うんうん。華があって凄く良かった」
翔太「毎年見てるけど、今年は一段と良かったよ」
舞を舞い終わった優達は、本堂裏に作られた控え室で汗を拭っていた。俺が入り口に立っていると、優と視線が合った。
優「あ、お兄ちゃん。どうだった私?綺麗だった?」
俺「ああ。綺麗だった」
優「今年こそは見てもらいたくて、いつも以上に頑張ったんだから」
翔太「何せ今まで音信不通同然だったからな。選ばれたことを報告しようにも、祭りに来るように言おうにも言えなかったからな」
俺「それは悪かったな……じゃ、せめてものお詫びとして、出店で何か奢ってやるよ。翔太とパースも」
優・翔太「「やったー!!」」
・・・
俺「……とは言ったけどな」
優・翔太「「」」モグモグ
俺「食い過ぎだろお前ら」
数分後。俺の前では浴衣に着替えた優と翔太がたこ焼きやかき氷、焼きそばとかを広げて食べていた。いや、高校生の食欲を舐めてた。めっちゃ食うじゃんお前ら。特に優。お前、昔は小食だったのに、何時からそんなに食うようになったんだ。
翔太「体育会系の部活やってる高校生を侮るなよ」
優「まだまだいけるよ。この調子で出店制覇しちゃうよ」
俺「既に半分以上制覇してるだろうが……お前ら、そんなに食うと腹壊すぞ」
こんなに食うとは思わなかった。明日にでも銀行でお金を下ろさないと手持ちの現金がなくなる。こんな田舎だからか、カードが使えない地域もまだまだある。現金は必須だ。
パース「楽しいわね」フフッ
俺「俺の財布は瀕死だけどな」
俺の横では母さんから浴衣を借りたパースが嬉しそうに綿飴を食べている。頭には何故か狐のお面を着けている。いや、そのお面祭りが終わったらどうすんの?
パース「オーストラリアのお祭りと、日本のお祭りって雰囲気が全然違うわね」
俺「国が違えば雰囲気だって変わるだろ。日本だって祭りによっちゃ雰囲気が全然違うし、やることも違う」
パース「そうなの?」
俺「ああ」
うちのお祭りは舞というメイン行事があるけど、地域や祭りの種類によってはそういう行事がないところもある。ただ出店やステージがあるだけなんてのもある。極端な話、うちの地域の祭りと大阪のだんじり祭や様々な地域にある喧嘩祭、京都の葵祭なんかのような祭りじゃ雰囲気は全然違うだろう。
パース「でも、このユカタ?はお祭りの日に着るのは何処のお祭りでも一緒でしょ?」
俺「まぁ、そうだな。それよりも、よくサイズが合ったな」
パースと母さんをぱっと見比べると、身長はほぼ同じだけど胸が少しパースの方が大きい。小学校の頃、実家で洗濯物を干している時に下着を確認したことがある。その時はDだった。不可抗力でパースの下着を見た時は、確かEだったはず。
パース「身長は一緒だったから問題なかったわ。でも胸が少し窮屈だったから、応急処置で今サラシを巻いてるの」
ー祭りの2日前ー
母「どうパースちゃん?サイズは合う?」
パース「す、少し胸が窮屈です……」
母「あら。本当ね。パースちゃんの方が私より大きいのね……って」
祖父・父「ほうほう……」|・ω・*)チラ
母「あなた?お義父さん?」ギロッ
祖父・父「」ビクッ
母「何覗き見してるんですか!!」
祖父・父「待て!」
母「待つか馬鹿たれ!!」バチーン
祖父・父「」チーン
パース「あ、あははは……」
母「さて、待たせたわねパースちゃん。仕方ないからサラシを巻いて対処しましょ」
パース「は、はい」
ー祭り当日ー
パース「……はぁ」
俺「パース?」
パース「え?あ、何かしら?」
俺「いや、急に黙り込んだからどうかしたのかと思って」
パース「何でもないわ」
俺「そっか」
その後も出店を周り、1日目は終了した。優と翔太は食べ物系の出店を制覇し、俺の財布がとても軽くなった。翌日2日目は、俺達もステージに上がって演奏した。俺達の演奏は観客に大きく受けて、アンコールが飛ぶほどだった。パースも歌を披露し、かなりの高評価を貰っていた。途中、パースに呼ばれてデュエットをしたところ、観客から『もうお前ら結婚しろ』という声が飛んできた。
・・・
パース「じゃ、また沼島で」
俺「ああ」
祭りの3日後。パースは1度大本営に帰ることになった。沼島警備府着任の準備があったりと色々しなければならないことがあるあらだそうだ。俺も後数日で沼島に戻らないといけない。何せ電話連絡も禁止されてたから、どうなってるかがちょっと気になってる。
パース「皆さん、本当にお世話になりました」
父「体には気をつけてな」
母「このバカが何かしたらすぐに電話して。シバきに行くから」
優「また来てね」
翔太「甲子園に行った帰りにでも寄ろうかな」
祖父「それはいいのう。ところで早く曾孫を「お祖父ちゃんは黙ってて」……はい」
パースは何度も頭を下げると、バイクに乗って大本営に帰って行った。俺もそろそろ荷造りをしないとな。
・・・
俺「んじゃ、そろそろ行くわ」
母「体には気をつけてね」
父「今度は帰ってくる時には連絡を入れろよ」
祖父「儂の生きてるうちに曾孫を見せて「黙ってて」……はい」
優「今度はいつ頃になりそう?」
俺「わからない。ま、仕事が落ち着いたらまた来るよ」
翔太「兄ちゃん、甲子園見てくれよな」
俺「ああ。テレビで応援しとく」
パースが大本営に帰って数日後。俺も謹慎期間が明けて沼島に帰ることになった。家族に駅まで送って貰い、荷物とお土産を詰め込んだ鞄を持って始発電車に乗り込むと、皆見えなくなるまで手を振ってくれた。
・・・
俺「パースなんでここに」
パース「せっかくだし、一緒に行こうと思って」
数時間後。俺が漁船の泊めてある場所に行くと、パースが待っていた。本来なら俺が先に警備府に戻って、その後パースが来る予定だった。しかし、パースは大本営に相談し、警備府までの護衛という名目で俺と一緒に沼島に行くことになったらしい。
俺「じゃ、行くぞ」
パース「ええ」
俺は船のエンジンをかけると、沼島に向けて舵を切る。艤装を展開したパースも、漁船の横を並走している。
パース『あなた、船も動かせるのね』
俺『ここに着任する前に取ったんだよ。他にも小型飛行機も動かせるぞ』
パース『何処を目指してるのあなたは……』
船のエンジン音が大きいから、会話は無線だ。パースと会話をしていると、無線に反応があった。
淡島『おぅ提督さん。帰ってきたのか』
無線の相手は淡島さんだった。しばらく会っていなかったから、声だけでも随分懐かしい気がする。丁度用事で沖に出ていたらしく、淡島さんは俺に位置を確認すると、自分の漁船に乗って近づいてきた。
俺『ええ。今日からまた沼島で働きます』
淡島『本当か。いや~よかったよかった。艦娘ちゃん達も頑張ってくれてたけどよ、やっぱあんたがいないと締まらなくってな』
淡島さんは無線越しでも分かるくらい喜んで、周囲にいる漁師仲間達にも俺が帰ってきたことを知らせた。すると、沼島の漁師達が一斉に大漁旗を掲げながら集まってきた。いや、何の祭りこれ?
淡島『提督さんのご帰還だ!!今日は盛大に行くぞ!!宴会の準備だ!!いつも世話になってるからな。今日は俺達で全部準備するぞ!!』
漁師達『『おうよ!!!』』
俺『え?ちょ……』
淡島『ん?提督さんの船の横にいる艦娘は?』
俺『今日付で沼島警備府に着任する艦娘です』
パース『け、軽巡洋艦パースです』
淡島『はえー外人さんか!よし、提督さんの帰還祝いとパースちゃん着任祝いの宴会だ!』
漁師達『『うぉぉぉぉ!!!』』
あーもう滅茶苦茶だよ(諦め)
・・・
沼島に到着すると、俺は島民達に盛大に迎え入れられた。俺が戻ってきたことでただでさえ喜んでくれていた島の方々は、パースを見つけると更にヒートアップ。一部の人は俺の嫁と勘違いしてくる始末だった。
一通りもみくちゃにされた後、俺とパースは1度荷物を置きに警備府に向かった。パッと見た感じ畑は綺麗に整備され、ニワトリが鳴いている。夕張達がしっかり管理してくれていたんだろう。
パース「いよいよ警備府の皆さんと顔合わせですね」
俺「ああ。開けるぞ」
そう言って俺は執務室の扉を開けた。執務室には沼島警備府の艦娘達が勢揃いしていた。
艦娘達「「お帰りなさい提督!」」
俺「ただいま」
ー沼島警備府の日常 完ー
~ここからは作者がお送りします~
どうも。作者です。沼島警備府の日常、これにて終了となります。『何だか中途半端じゃね?』って思う方も多いと思いますが、作者としてはここが着地点かなぁと考えてます。まぁ、途中後半からはタイトル詐欺みたいになっちゃいましたが(苦笑)。
元々『クォーター提督がブラック鎮守府にやって来る2』のデータが飛んだ事による繋ぎの役目もあった作品なので、大したプロットもなく着地点も途中まで定めてなかったため、途中で未完になることもあり得た作品でした。しかし、何だかんだでこちらの作品を楽しみにしてくれる読者の方々もいて、何とか自分が納得のいくところで終わらせることができました。
この作品を読んで応援、お気に入り登録してくださったり、感想を送ってくれた皆様、本当にありがとうございました!!
~追記~
クォーター提督がブラック鎮守府にやって来る2は……もう少し待ってください。作業が難航してるんです。許してください。何でもしm(
2021/06/20 活動報告にてご報告(という名のアンケート)があります。時間に余裕があればご一読ください。
2021/09/01 アンケートは締め切りました。
なんでだろー?
クォーター提督より、こっちの方が気になってしょうがない( ・◇・)?
コメントありがとうございます。
まぁ、読み手の好みもあると思うのでそこは……ね。できれば両作品読んでいただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いします。
磯野・・・中島・・・
どうしても「野球しようぜ」がよぎってしまうwww
クォーター提督も沼島鎮守府も楽しみにしてます
コメントありがとうございます。
名前が思い浮かばず、ついあの苗字が浮かんでしまいました。
これからもよろしくお願いします。
とても面白かったです、完走お疲れ様でした。
個人的にはパースと榛名と五十鈴の提督争奪戦
みたいなのを期待してたんですが、外伝とかで書いてくれてもいいのよ?(チラッ
クォーター提督の方も頑張ってください。
ご投稿ありがとうございます。
ひとまず完走お疲れさまでした。
元帥との関係やキャリア組との確執といった
話が膨らみそうな要素がもったいないような気もしますが
楽しい作品を拝読できて光栄でした。
重ねて、ありがとうございました。
これで終わりなんて残念です。
息抜き程度で良いので、続き期待してます😣