北上「年末」
大井っちと北上さまが年末を迎えるお話。
みんな分かっていた
もう勝てないことを
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「しっかし年末に夜戦とはね…まぁいいけどさ」
静かに北上はつぶやく。月の光すらもない漆黒の夜、二人の艦娘が海を駆けていた。
「提督は何を考えてるのかしら…まったく…」
大井もどこか不満そうな口調で暗闇の北上に相づちを打つ。『いつもなら』年末に出撃となればどの艦娘たちも愚痴をこぼすのは当たり前だった。
だが、今は違った。戦争の終結は確実なものとなったのだ。
我々の敗北によって。
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2年前、深海棲艦が再び侵攻したことにより、奇襲に近い攻撃を受けた艦娘たちは劣勢を強いられることとなった。
今日に至るまで負けを重ねてきたが、ついに今一矢が報われようとしていた。
ようやく実戦配備にこぎつけた『重雷装巡洋艦艤装』…これを施された北上と大井は艦娘…いや、人類にとっての最後の望みなのかもしれない。
だが、彼女たちが希望の光となるには、費やした時間と払った犠牲があまりにも多すぎた。
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北上「…まだプロトタイプの艤装なのに試験も何もかもスッ飛ばしてちゃうなんてね」
大井「しかもよりによって私たちが選ばれるなんて…ツイてないわ…」
北上「でもさ大井っち、なんかワクワクしない?」
大井「え?」
北上「だって誰も使ったことない装備を一番乗りで使わせてもらえたんだよぉ?」
改装が決定したとき、北上は内心大喜びしていた。誰よりも一足先に新装備を使うことができる、ただそれだけではなかった。彼女がこの艤装を一目見て気に入ったのには理由があった。
主砲を捨て、代わりに夜戦においての我々の切り札である酸素魚雷の発射管を40門も装備する艤装。北上はそこ惹かれたのだ。
北上「あー早く撃ちたいなー」
大井「本当に動作するんでしょうね…これで動かなかったらアイツぶっ潰してやるんだから!!」
そう、この艤装は正式に認可されたものではない。もちろん、公表もされていない。それどころか、同じ部隊の者にも知らされていないのだ。そのためこの艤装の存在を知っているのは北上と大井の2人だけだった。
元を辿れば、これの開発・製作を指示したのは『提督』だった。
「魚雷をありったけ抱いて奴らにブチ込んでこい」
その一言で出来上がったのがこの艤装である。
北上「『目標がいるはず』のところまであと15分ってところかな?暗くて分かんねーなぁ…」
大井「そうね…なんだか不安になるわ…」
単純とも適当ともいえる艤装のコンセプトの裏にはこの状況を打破し得る『提督』の秘策があった。
我が海軍に不足していたもの、それは『物量』であり、敵の圧倒的な隻数による飽和攻撃を前に艦隊は手も足も出なかった。
これにより、相手と正面から殴り合って消耗するよりも、少数精鋭部隊をもって敵中枢への夜中肉薄必殺攻撃を仕掛けた方が効果的だという結論に至った。
そして今夜『重雷装巡洋艦艤装』を用いて、最近特定した敵総旗艦ー通称【戦艦棲姫】を暗闇に紛れて肉薄雷撃を敢行、これを一撃で葬ろうとしていた。
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「大和さん…無事かしら…」
戦闘海域に足を踏み入れた2人は、潮風に混じる硝煙の匂いと海面にゆらめく炎に、意識が戦いへと切り替えられてゆく。
「あの人ならきっと大丈夫」
ここまで2人が何事もなく辿り着けたのは、合計80門の発射管から放たれる雷撃を成功させるために囮となった戦艦大和を旗艦とした『第一戦隊』のおかげであった。
『第一戦隊』———数々の修羅場をくぐり抜けた者のみが選ばれる精鋭集団であったが、今となってはかつての威厳を見ることはない。
連日の出撃と敵の圧倒的な物量に、猛者たちは一人、また一人と水面へ引きずり込まれてゆき、残された練度の低い駆逐艦と辛うじて生き残った大和を加えた第一戦隊とは名ばかりの寄せ集め集団なのだ。
彼女たちの任務はただ一つ。「敵を食い止めること」である。もっとも、それ以外のことを命令されてもできるわけがないのだが。
そして今、北上と大井の前には目を覆いたくなる光景が写っていた。
北上「これは…」
大井「『第一戦隊』の駆逐艦たち…?」
そこにはもう誰かも分からない駆逐艦『だったモノ』が海面をドス黒く染め、散らばり、浮いていた。
北上「この感じだと…全滅…だよね…」
大井「ごめんなさい…皆さん…」
その謝罪の意味は、大井にも分からなかった。ただ、「言わなくてはならない」というどこからともなく湧き出た感情の結果だった。
さらに2人は、暗闇に浮かぶ炎に照らされる「彼女」の姿を捉えた。
大井「北上さん!!あれを…!」
北上「そんな…」
「彼女」の艤装はこれまでの戦艦の砲撃を簡単に弾き返す鉄壁の要塞だった。しかし、それが目の前で大穴を穿たれ、鉄のガラクタと化していたのだ。
「ありえない」
2人はその現実を受け入れられなかった。我が海軍の切り札にして最強の戦艦、それがあっけなく敗北したのだ。
彼女の名は—— 大和
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北上「間違いない、ヤツだよ」
大和の背後に新たな艦影が浮かび上がる。
戦艦棲姫だ。
大和をやったのは戦艦棲姫で間違いないだろう。幸いこちらの姿には気づいていないようだ。
北上「大井っち、やるよ」
大井「えぇ、やりましょう」
北上「ここで仕留める。絶対に」
2人の眼差しは立ちのぼる火柱よりも鋭く、熱かった。
北上「雷撃戦用意」
大井「了解」
北上の指示と同時に2人の発射管が一斉に回転し、目標へ指向する。
北上「ギリギリまで近づいて」
この一撃で、全てが決まる。
大井「魚雷、調定完了。いつでもいけるわ」
当たれば回天、外せば亡国。
北上「発射用意ッ…!!」
でも絶対に外さない。
だって、
私たちなら、できるもの
北上「撃てぇぇぇぇッ!!」
合図と共に40本の魚雷が暗黒の海を疾駆する。
北上「反転ッ!!…撃てッ!!」
そしてすかさず反転し、残りの40本を発射する。
合計80本の魚雷が戦艦棲姫を粉砕せんと一直線に向かっていった。
自発装填はない。こうして、2人の攻撃はあっという間に終わった。
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大井「…時間ね」
大井がストップウォッチを見つめながら呟いたのと同じだっただろうか、遠方で巨大な摩天楼ほどの火柱が確認された。
「—————————!!!!!??!?!?!!!」
戦艦棲姫が声にならない断末魔を上げ、身を捩らせながら大爆発を起こした。
あの大和の艤装をゴミに変えた戦艦棲姫をたった2隻の軽巡洋艦が沈めてしまったのだ。
戦場は、敵も味方もあっけにとられた。
北上「…やった、ね」
大井「えぇ…」
不思議と喜びは湧かなかった。一撃で敵を倒してしまったのもあるが、それ以上に自分たちがこれを成し遂げるまでにどれほどの艦娘が犠牲になったかと考えると、喜ぼうという気には到底なれなかった。
北上「……」
大井「……」
しばしの沈黙があった後、北上が思い出したように口を開いた。
北上「そういえば…年末だったね…」
大井「あっ、確かにそうね…忘れてたわ」
北上「これからどうなるのかな、私たち」
大井「分からないわ。でも、これだけは言えると思うの」
北上「…?」
大井「ずっと北上さんと一緒だってこと」
北上「…やだなぁもう…照れるじゃ〜ん!」
大井「ふふっ、私は嬉しいけどなぁ」
北上「私たちもだよ、大井っち」
大井「…ふふっ」
北上「ふふふっ」
自然と2人に笑みが広がる。
北上「年、明けたかな」
大井「どうかしら…」
北上「ま、いっか。ねぇ大井っち」
大井「?」
北上「あけましておめでとう」
大井「…今年もどうぞ、よろしくお願いしますね。北上さん」
北上「…帰ろっか、みんなのところへ」
大井「そうね…」
北上「みんな…仇はとったよ…」
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この夜戦において、大井・北上は戦艦棲姫を撃破。さらに全深海棲艦が活動を停止したとの報告があり、これにより人類は初めて深海棲艦に勝利したのだった。
また、今回初めて使用された『重雷装巡洋艦艤装』の実用性とその絶大な破壊力が証明された。
『提督』はこの事実を海軍上層部に公開し、艤装は直ちに正式に認可された。
【北上「年末」】〜完〜
お読みいただきありがとうございました。今回は登場キャラを絞り、初めて真面目に地の文を入れて書いてみました。
※なお、このSSは【太平洋戦争 超兵器大全(宝島社)】中に掲載されている『最後のソロモン大水雷戦(文:伊吹秀明氏)』という文章を参考に執筆しました。
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