ウマ娘雑誌対抗 ウマ娘育成プロジェクト奮闘記(3)
ようやく決まった担当ウマ娘・ナナコロビヤオキを得たトレーナーの奮闘記が幕を開ける。
GW中に企画を思いつき、すでに3万字程度。
ようやく3話完成です。
でも、後書きにもあるように、彼女を育成させ切るまでに何話必要なのか……
2021.5.13 3作目製作開始。
2021.5.20 トレーナー業一日目の様子。6000字弱。
2021.5.23 教官トレーナーとの会食。12,533字。
2021.5.27 脚質転換に成功。ゲート難解消に向けた流れで次回作に。13,970字
2021.6.25 トレーナー候補生登場順をそろえるため一カ所修正。字数変わらず。
2021.7.10 第4話上梓と同時掲載とするべく微修正。字数変わらず。
2021.10.19 第5話上梓と同時掲載すべく、微修正。14,024字。
2022.5.1 第6話上梓に伴い、日付のみ更新。字数変わらず。
2024.5.8 2024年度一斉見直し。数字の半角化など。14,178字。
【ここまでのあらすじ】
「ウマ娘雑誌対抗 ウマ娘育成プロジェクト」がURAの主催で計画された。主人公の根来俊一は、トップトレーナーである、桐生院アキラを教官にしていよいよ選抜レースを勝ったウマ娘……ナナコロビヤオキを得て、トレーニングを始めようとしていた。
11.
「はい、私が5番、ナナコロビヤオキです」
勝利したウマ娘の自己紹介を受けているのに、私の脳の中は、いろいろな感情が渦巻いている。
にこやかに微笑むナナコロビヤオキをついさっきまでDisっていた私は、彼女に会わせる顔がなかった。勝ってですら、評価しなかった私が、その彼女の育成をしないといけないとは!
私は"これは何かの間違いだ"と思いながら、隣りで笑っている先生……桐生院アキラに、
「あ、あのぅ、桐生院さん?これって何かの冗談ですか?」
と、思わずそう聞いてしまう。
ニコニコした表情のまま、先生はその問いに答えた。
「まあ、最後まで説明しなかったかもだが、理事長が発表した順番で、選抜レースの勝者を育成してもらう、ということにしたんだよ。つまり、この選抜レースが一番目に行われたから、その勝者を君が育成するというわけだよ」
目の前がブラックアウトしそうになる。
「不公平だ!」
と叫びそうになったが、「待てよ」と思いとどまった。
だいたいにおいて、候補生も、候補生をサポートする教官トレーナーも、今回育成する担当ウマ娘も、全員が同じスキル・同じレベルでそろえることは到底無理なのだ。教官トレーナーだって、桐生院師をAランクと仮定するなら、ほかのトレーナーは、よくてB+、大半がBランクだろう。そうなると、その彼に師事するトレーナー候補生のレベルも確実に教官トレーナーに準拠するだろうし、その影響はウマ娘にも反映される。
実はこの企画の最大の盲点はここにあった。当初私は"教官トレーナーが桐生院師でよかった"と安どしていたのだが、彼の立ち位置はよくてサポート、ほとんど放置状態での育成になるだろう。育成の主体は私であり、ヒントか、行き詰った時のアドバイスくらいしか会話もすることはないだろう。
私と先生の関係も、運命や必然ではなく、意外性の生み出した産物なのではないか、と思い始めたのだ。そうであれば、今、この娘を育成しなくてはならない、となっても、納得のいく流れになる。
「決められた順番で決まっていくんだ。彼女のこと、よろしくな」
ポン、と私の肩に手を置きつつ、先生は言う。
「あ、は、ハイ……」
ナナコロビヤオキが1着をかざったレースに続いて行われた選抜レースでは、2番目に呼ばれた、乙名史さんと安藤師のペアの育成ウマ娘が、今回の選抜レースの目玉といってもいいカンジュクトマトに決まる。その後、順に4レースが行われ、各々のレースを勝利した育成ウマ娘を担当することになったのだった。
選抜レースが終わり、トレーナー候補生と育成ウマ娘が対面を済ませたころに、たづなさんから招集がかかる。
トレーナー候補生とウマ娘が理事長室に呼ばれたのだ。理事長室の前で、12人が一団となって待機している。号令をかけるのは理事長本人だ。
「それでは呼ばれた順に入ってくること。根来君とナナコロビヤオキっ!」
ようやくトレーナーが決まって満面の笑みのナナコロビヤオキと、まだ心にもやもやの残る私が入る。
「次!乙名史君にカンジュクトマトっ!」
今度は逆にウマ娘の方がやや不安を抱えているような表情で入っていく。
「次!沢井君にスイミングゴーグルっ!」
二人は、もう早くも友好関係を築いているのか、手をつなぎスキップしながら入ってきた。
「次っ!大川君にセルズアットワークっ!」
この二人は、やや積極的なウマ娘に引っ込み思案の大川、という図式が見て取れた。
「次っ!塚口君にキボウホウウインドっ!」
こちらは、やや険悪な雰囲気を隠そうともせず、理事長室に入ってきた。
「最後っ!斎藤君にヒラシャインっ!」
命名は「平社員」からではなく、比良……出身地の滋賀県由来だと後から聞いた。
12名が一列に並ぶ。理事長は、目を細めながら我々を一瞥して、語り始めた。
「今日から君たちは、3年間の育成期間に入る。期間中、思いのほか伸びないこともあるだろうし、ケガする可能性だってある。そもそも勝ち上がれて、君たちのトレーニング技術も磨かれていくものだ。勝つには何が必要か、何を補えばいいのか。それら一つ一つに答えを見つけてやってほしい。そして、3年後のグランプリレースで最高の結果を見せてほしい」
理事長は、そういって訓示する。
どうにも腹の虫がおさまらない私は、挙手せざるを得なかった。
「あの、理事長。一つよろしいですか?」
"あ、また不規則発言するつもりか?"
トレーナー候補生5人の目が私に集中する。
「この選抜レースで、担当が決まった意図は何ですか?」
今回ばかりは正鵠を射た私の発言。数人の候補生は私に同調したかのような表情を浮かべる。
「それは説明していなかった私の不徳の致すところだ。ここは謝らせてほしい」
「謝罪っ!」の扇子まで用意してあるとは!しかし、聞きたいのは謝罪の言葉ではない。
「すべての条件をそろえることは到底無理だとわかったので、あえてくじ引きとかにせず、組み合わせを呼ばれた順番、ということにしたのだ。その方が不公平さは薄らぐ、と思ったのでな」
やはり、全条件をそろえることの難しさが影響していたのだ。
それに呼応して、「Victory」の沢井が畳みかける。
「それに、この娘たち、全員が全員同じ適性ではない、と思うのですが……」
そう。中山グランプリは2500m。スプリンターには無縁の距離だ。
「ウム。いい質問だ」
「天晴っ!」の文字もまぶしく、理事長は扇子を開いた。
「距離適性については、すぐに答えはでなかろう。自分のウマ娘の素質を見抜き、トレーナーの見極めた最終育成レースでの着順で判断することにする。中長距離適なら「中山グランプリ」、短距離なら「スプリンターズステークス」、マイル路線なら「マイルチャンピオンシップ」に出てもらう。そこで育成は終了ということになる」
一応答えは用意していたのだろう、理事長はよどみなく答える。
「いや、そうなると、一着の価値も変わってしまうのですが……」
異を唱えたのは、塚口だった。彼の担当するウマ娘は、短距離しか用事の無い脚質とすでに見極められている。
「なるほど。雑誌対抗という限りは、同じレースを戦わせないと意味がない、ということかな……」
理事長は少し考える。
「ではこうしよう。全てのウマ娘が、全ての距離のレースを走る、というのではどうかね?もちろん、優劣は付くが、上位に重めの配点をして、下位になるほど加点されにくいスタイルをとり、トータルの得点で順位を決める、というのではどうかな?まあ、まだラフな考えなので、そういう方法もある、という認識でいてもらいたい」
理事長は、そう言うと、「考慮っ!」と書かれた扇子をぱっと広げた。
「わかりました」
我々はそう言っていったん引き下がるしかなかった。
12.
「さあて、明日から僕がトレーナーだ。よろしく頼むね」
ウマ娘たちの寮は、トレーナー宿舎より数百メートル離れている。この距離もトレーニングに使える、という配慮から、離してあるのだ。宿舎の玄関で私は、担当のウマ娘になった、ナナコロビヤオキに告げる。
「はい。分かりました。それで、私はどうすれば……」
彼女がそう聞いてくる。
「うーんと、そうだな。明日は、軽めのトレーニングで君の力量を計りたいんだ。そのつもりで」
正直、彼女のことをなにも知らない私が、これからを見据えるためには、"彼女を知る"事しかないと思ったのだ。雑誌社を出るときに元トレーナーだった富田の助言が記憶から呼び起こされたことも影響していた。
「はい、わかりました。ご指導、よろしくお願いいたします」
深々と礼をするナナコロビヤオキ。その後ろ姿を見送ったのだが、そこから漂う、喜びと不安を感じ取らずにはいられなかった。
「うーん。いい関係が紡げそうだな、お二人さん」
そう言って声をかけてきたのは、私の師匠といってもいい先生だった。
「私の見立てでは、そこそこまでは行ってくれると思うよ」
先生は私たちを保護者よろしく見ていたのだ。ベテラントレーナーの一言は、少しだけ不安を解消してくれる。
「そうでしょうか……」
それでも、私は納得いかないものを抱えている。勝ってですら彼女を評価できなかった私が、彼女にまともに対峙できるだろうか……
「私が危惧するのは、彼女を信じてやれていない、君の本心だよ」
先生は私の心の中をズバリと言い当てる。
「決まったのだから、そこに向き合うことが大事だよ。私も時々、デビュー前でどれほどの力を持っているかわからない娘を預かって育成することがあるけど、そんな場合は、彼女を気持ちよく走らせることしか考えないね。だって彼女たちは走るためにここに来たのだから」
先生はだてにトップトレーナーをやっているわけではない。経験がものを言っている。そう思い知らされた。
「そうですね。一晩寝て、フラットにして、彼女に対峙したいです」
雑念を取り払うには、睡眠が一番。そう思い立った私は、先生に礼を言って、すぐさま寝床に入った。
午前3時。
目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。昨日までの怠惰な自分とはおさらばして、トレーナーとしてやっていく覚悟を示すべく、まだ朝も暗いうちから私は起き出した。
シャワーを浴びて、体を起こした後、向かったのは、朝練をするウマ娘たちがよく来る坂路コースだ。さすがにまだ練習をやっているウマ娘は来ていないだろう、と思って行ってみると、タッタッタッタッ、と心地よいギャロップ音が耳に入ってくる。
単走でゆったりとした歩調から、ラスト1ハロンできつめの指示が出ていたのだろう、ぐんぐんと加速し、ラストは11秒前半台の好時計が出ている。
「おお。これなら次も勝利間違いなしだな、スペシャルウィーク」
その名前に戦慄を覚える。我々はまだ実践デビューもままならないところだが、スターウマ娘たちは、ビッグレースに向けたトレーニングを怠りなくやっていたのだった。彼女、こんな朝早くからトレーニングしているんだ。それに付き合うトレーナーもすごい。
「ありがとうございます、トレーナーさん」
スペシャルウィークの澄んだ声が、まだそれほど込み合っていないコースに響き渡る。
スターウマ娘たちを管理・トレーニングするトレーナーの心境は毎日が胃の痛む思いではなかろうか?ケガでもしようものなら、翌日のスポーツ紙にあることないこと書かれてしまう。それくらい、ウマ娘たちの一挙手一投足が注目されているのだった。
「まあ、練習と本番はまた違うからな。緊張を切らさずに、本番を迎えよう。あ、それから、今日と明日は、少し食事は控えてくれ」
食べるとすぐさま体重増につながる体質は如何ともしがたい。彼女の食欲を承知の上で、トレーナーは指示を出す。
「ええっ……わ、わかりました。その代わり、勝ったら回転寿司おごりですよ」
彼女にとって食を引き換えに勝利をもぎ取ることなど、今の力量からすればいと易い所業だ。
「任せとけ。それじゃあ、もう一本、キャンターいっとくか」
「はいっ!わかりました」
二人の間に、隙間とか、不信とか、そういうネガティブなものは何一つ見当たらなかった。
"こういう関係を築いていかないとな……"
私は、少し、気合を入れ直す。
5時を少し回った。
ナナコロビヤオキの凄いところは、朝の寝覚めがいいところだろう。
「あ、トレーナーさん。もう来ておられたのですね」
本人としては、自分である程度身体を作っておきたいと思っての朝練なのだろうが、私が来ていたことが意外だったのだろう、少しびっくりしたようなそぶりを見せる。
「あ、いや。君目当て、ではないんだよ。まだぼくは入って日が浅いだろ?どんな一日をみんなが過ごしているのかな、が気になって、ね」
実際、彼女とは、放課後にトレーニングを見るつもりでいたからだ。朝練で顔を合わせることは私が予想していなかった。
「そうですか。では、私は自分でメニュー、こなしていいですね?」
積極的にナナコロビヤオキは言う。
「いいとも。自分の思うままにやるといいよ」
トレーニングメニューは、単走、併走、3人追い、坂路、ダート、そして筋トレと、プール調整がある。朝の、身体が起きていないタイミングでは、たいてい全員が軽いランニングやストレッチ、器械トレーニングもハードなものは基本やらない。ナナコロビヤオキも、その流れに沿っている。
"ふんふん。特筆すべき所は見当たらないなぁ"
ごく普通のトレーニングを見せられるのだが、ここで私は少しだけ彼女の行動に目を奪われる。
彼女が、ほとんど人の寄り付いていない、ゲートの方向に向かって歩き始めたからだ。
"もしかして、出遅れ癖でもあるのか?"
何人かのウマ娘たちが、ゲートをいろいろ触りながら、開くタイミングや、開閉の度合いをワイワイ言いながら見ている。
そうして、何人かのウマ娘たちがゲートに納まる。ナナコロビヤオキもゲートの中だ。
「パッカン!」
いい音がゲートからする。だが、ナナコロビヤオキは、コンマ5秒程度出遅れたように思われた。
「あー、また遅れたね」
ほかのウマ娘たちからもそう言われている。
「これが私の課題だよぅ」
少し泣きごとを言っているように私は感じたのだが、彼女にとってみれば、勝つことに対して渇望感が出てきたからではないか、と思う。
「ほほう。もう担当のウマ娘を見守ってますか、感心感心」
隣りにやってきて、声をかけてきたのは、ベテラントレーナーの、四ツ位師。「ウマ娘ビューティ」誌からやってきた大川の教官トレーナーだ。
「ああ、これは、四ツ位さん。おはようございます」
挨拶は基本だ。深々と頭を下げる。
「いやあ。今回の雑誌対抗企画って、海のものとも山のものともわからないから、参加に及び腰だったんですよ、私」
四ツ位師はそう言って話し始めた。
「でもね。やっぱりウマ娘たちに関わっている人たちだから、熱量が違うんですよ。現にあなたは、こんな朝早くから、ここに立っておられる。現役トレーナーでも、ここまで早く起きている人って一握りですよ」
笑みをたたえた表情で四ツ位師は続けた。
「大川君でしたか。出会った時はそれほどでもなかったですが、印象的な名レースを相当覚えておられたのにはびっくりしました。僕のトレーニングであの娘はもっともっと強くなれるんだ、と思ったともいってましたね」
すでに彼の目は、自分の担当するウマ娘の走る軌跡を追っている。彼女の名は、オオテヒシャトリ。ストライドの大きい、飛翔するような走法は、良では必殺技になるのだが、少しでも渋ると途端に効かなくなる諸刃の剣だ。
「そうですか……」
私は、ぽつりと感想を漏らした。雑誌対抗という名目がある以上、大川がどう思おうが、どういうトレーニングしようが、私の中ではどうでもよかった。
「今日は、彼、彼女と座学をやるんだって息巻いてましたよ。みんなが研さんして、高みを目指す。良い企画だなあって思いましたよ」
そう言うと、四ツ位師は一礼して、ウマ娘の方に歩いていく。アドバイスでもするのだろうか……
私が、方々で、ウマ娘たちの活動ぶりに感動したり、感心したりしていくうちに、登校時間がやってきた。
ほとんどの生徒は、体操服から制服に着替えて登校する。一時間目が体育の生徒は着替えを携え体操服のままで登校している。
親バカ、とでも言うのだろうか、ナナコロビヤオキがきっちりと登校するのかどうか、校門で見守ってみる。
するとやや遅れて、斎藤が、駆け足で校門までやってくる。ただ、彼から醸し出される雰囲気は、何かの異常事態をうかがわせた。
「はぁ、はぁ……うちの……うちのウマ娘、見ませんでしたか?」
胸ぐらをつかまれんばかりに、私のところに縋り付いてきた斎藤。確実に"なにか"が起こった。
「いったいどうしたんです、斎藤さん?」
ただならない斎藤の行動に、その理由を聞く。
「今日、朝イチでトレーニングの打ち合わせをしようと思って、連絡を取ろうとしたんですが、繋がらなくて……で、寮長にも確認してもらったんですが、自室にはいないって……」
一息にこういいながら、斎藤は、肩で息をしている。
「行方不明か……で、行き先の心当たりは?」
全てのトレーニングスペースを見たわけではないが、私の見た限りでは彼女を見ていない。そもそも朝練をしたのは6人のウマ娘の中ではナナコロビヤオキだけだった。
「昨日会ったばかりで、彼女の行動範囲はよく知りません。ただ、何かに巻き込まれたんじゃないかと、不安で不安で……」
と言っているそばから、ナナコロビヤオキの隣で談笑しているヒラシャインが校門に向かって歩いてくる。
「あ、ヒラシャイン!」
泣き出さんばかりに斎藤はヒラシャインの元に駆け出していく。
「どこ行ってたんだよぅ」
いや、実際斎藤は泣いていたのかもしれない。
「あ、私、早朝、新聞配達のバイトを学校公認でさせてもらっているんです。私、お知らせしてませんでしたか?」
ヒラシャインがこともなげに言う。
「いや。寮長さんはそんなこと言ってなかったぞぉ」
斎藤の声は、明らかに上ずっている。
「ああ。夜のバイトじゃないのであえてお知らせしてないんです。門限に関わらないことは寮長に知らせる必要ないので」
「そうなんだぁ、良かったぁ」
安堵の表情が、斎藤の顔をくしゃくしゃにさせている。
二人を横目に見ながら、ナナコロビヤオキが私に近づいてくる。
「おはようございます、トレーナー」
朝練で会っているのに、ここでも礼儀正しくお辞儀をしてくれる。
「あ、あぁ、おはよう」
律儀な性格だな、とその一言で気づかされ、私の方がドギマギしてしまう。
「今日も一日、頑張って勉強してくれよ」
どう声をかけていいかわからず、ありきたりの言葉が口に出る。
「ハイ。アカ点取らないように頑張ります」
私の言葉に、笑みを浮かべてナナコロビヤオキは答えてくれた。
13.
その日の午後。
「ちょっとそこまで食事取りに行きませんか」
先生のトレーナー室で、今後の育成方針を打ち合わせしているさなかに、先生は私を誘ってきた。
「え?基本学園内で完結するのがルールなんじゃないんですか?」
違反ではないとしても、少し気になる。
「植物性のものばかり食べて、そろそろ動物性のものも恋しくなるころじゃないですかね、根来さん」
にんまりとした表情を先生は浮かべる。
「ああ、なるほど」
先生のいいたいことはよくわかった。"肉"を食べるなら、学園外でないと無理なのだ。
「まあ、私と会食なんて、普通の人はなかなかできないし、実際これ一回きりになるかもしれない。まだ知り合ってまなしの、このタイミングって重要だと思うんですがね」
ヒントでもくれるのだろうか……知識欲より、肉に対する切望が勃興した私は、一も二もなく先生に付いていく。
先生が私を案内したのは、学園校門から歩いて5分ほどの、普通の喫茶店だ。
先生が入るなり、マスターは、目を合わせて、にんまりとし、先生は歩様も大きく、一番奥の席めがけて突進する。そこが指定席のようだった。ウエイトレスさんも手慣れたもので、我々が着席する前から水の入ったコップを2個、テーブルの上に置いて万全の態勢だ。
「ハイ、イラッシャイ」
常連である先生に対して、フランクに接している。
「先生は……」
オーダーを取ろうとするウエイトレスに、
「いつもの。で、根来君だっけ?君も私と同じのを食べるといいよ」
と、先生は早口で言ってしまう。
「え、あ、は、ハイ」
私はメニューに手をかけようとする暇もなかった。
「心配しなさんな。絶対君もこの味のとりこになるから」
太鼓判を押す先生の自信に満ちた表情が、やってくるであろう食事の期待値をグンと上げてくれた。
料理を待つ間、先生は、水を少し飲んでから、私にこう話しかける。
「改めて聞くけど、この企画の趣旨は何だっけ?」
実に唐突だった。いきなりその言葉を聞くことになるとは思わなかったからだ。
「え、ええっと、雑誌対抗ですから、どの娘が一番いい成績を出せるかどうかが、カギなんじゃないですか?」
私は順位を明確にするものだ、という観点で臨もうとしているのだが、昨日の理事長室での会話も気になっていた。
「実は昨日君たちが理事長室に目通りした後に6人のトレーナーが呼ばれてね。全員が同じ土俵での育成はどだい無理なんじゃないか、その基準がバラバラの状態の雑誌対抗育成マッチは、どれほどの意味があるのか、と、こういう話題になってね」
先生の表情は深刻だ。
「その点については私も同意見だった。距離適性ひとつとっても、バラバラだし、レース選別だってG1クラスに出て掲示板に載る方がすごいのか、G2・G3クラスにとどめてバンバン勝利する方が偉いのか……我々がレギュレーションをしっかり決めておかないといけないと、気づかされたんだよ」
「そうですよね」
コンペティションだから、余計に平準化が求められたことに、トレーナーも、URAも気が付いたようだった。
「まあ、昨日の会議内容は後々詰めることになるだろうけど、わかっていることは、まず君たちは半年間かけてどの距離で攻めるかを決める。距離が決まったら、指定レースに出走させる。その際の着順をポイント制にする。1位なら10点、2位なら8点、という具合だ。それで何とかランキングを確定させたいと思っていたりするんだ」
「着順をポイントに……F1みたいなやり方ですね」
ポイント制は妙案だった。
「これなら、レースそのものの持つ距離や芝ダートの優劣も解消されるし、クラスが上になればなるほど、付加点やボーナスポイントも追加される。レースも指定にすれば、そのレース内での優劣も際立つ。なかなかいい具合に仕立てられたと思うよ」
「本当にいいですね。賛成ですよ」
私は賛意を露わにする。そうこうするうちに、旨そうな匂いが近づいてくる。
「はい。お待たせしました。桐生院スペシャルですよ」
マスターが直々に、私の元にそこそこ豪勢に盛られた一枚の大皿を、目の前に置いた。
一見すると普通の定食のように見えるのだが、そこにあったのは、肉・肉・肉のオンパレードだ。
厚切りとんかつは切り口がこちらを向いて、その厚みを誇示、もう一つの揚げ物はメンチカツ。少し奥には、牛のハラミと玉ねぎが特製たれで炒り付けられた焼肉。動物性たんぱく質に満ち溢れた一皿だった。
「今日はカツだったけど、メンチは時々ハンバーグになっているんだよ。あ、もちろんにんじんハンバーグじゃないよ」
そう言いながら、先生は、これまた同時に配膳されたとんかつソースをドロッとカツたちにぶっかける。
「ソースはこれじゃないと、食べた気にならないんでね」
どうやら地方のソース会社から取り寄せたもののようだ。聞いたことのないブランド名が記してある。
私も食べ始めるのだが、味そのものはいたって普通だった。だが、動物性たんぱく質を身体が欲していたのだろう、一口ごとに味わいが増していくのだ。
「先生も、時々、ここで召し上がるのですか?」
私は2切れ目のとんかつを箸で持ちながら先生に問いかける。
「週3日は来てるなあ。一回はディナーで。もちろん、私のためだけの特別メニューで、だよ」
「そうですか……」
あとで聞いた話では、ウマ娘たちを引き連れて、ここでパーティーもやったりするようだ。その時は当然全員が食べられる特製料理が出されるそうだ。
「私も、もっともっと彼女のことを知らないといけないな、って思ったんですけど、先生とナナコロビヤオキの関係ってどうだったんですか?」
私とナナコロビヤオキが繋がったのは、何か裏があるんじゃないか、とふと思った私は、先生に聞いてみる。
顔色こそ変えなかったが、先生の持つ箸の、微妙な震えを私は見逃さなかった。
「うーん。まあ、普通気が付くわな。あのレース展開、君が言ったとおりだったんだから」
仕組まれていた、とまでは思わなかったが、凄い末脚を見せたわけではなく、流れに乗って勝ったナナコロビヤオキのスムーズすぎる勝ちが気になっていたのだった。
「もしかすると、今回、我々が担当するウマ娘たちって……」
言い切る前に、先生にその先を封じられてしまう。
「まあ、皆までは言わないでくれたまえ。全員それなりの"お荷物"だったってことだよ」
先生は苦渋に満ちた表情を浮かべる。
「そう、なんですか……」
私もそれ以上聞こうとは思わなかった。そんなネガティブな話をいくら聞かされても、実際の彼女のレベルアップにはつながらない。
「だから、私はあえて、君にアドバイスするよ」
ほぼ完食間近になった先生は、最後の焼肉の一切れを持って言う。
「彼女のこだわりである、追い込み資質を変えないと勝ちにはつながらない。彼女はどうして追い込みで無いと走れないのか……私はとうとうそれに対する答えを見つけてやれなかった。それを今回の育成で見つけてやってほしいんだ」
大トレーナーであっても、全員の育成に成功するわけではない。天賦の才に恵まれている娘などごく一部で、ほとんどが道半ばで斃れ、表舞台から姿を消す。ナナコロビヤオキも、今回の勝ちがなければ、下手すると自主退学すら考慮しないといけなかったかもしれない。
先生の弱音は、私にとっては驚きでしかなかった。しかし、いくら天才トレーナーでも、かなわないことだってある。彼もまたにんげんである、ということの証でもあった。私が担当するからには、ナナコロビヤオキに少しでもいい"景色"を見させることが自分の責務だと思い直した。
「ハイ。そのアドバイス、肝に銘じます」
私はそう言うと、残っていたみそ汁を一気に飲み干した。
その日の放課後。
ナナコロビヤオキが、先生のトレーナー室にやってきた。私の部屋を使うこともできたが、待ち合わせやミーティングには程よい広さがあった方がいいだろう、ということで間借りさせてもらっているのだ。
「やあ、お帰り。今日の授業はどうだった?」
私はナナコロビヤオキに話しかける。
「ハイ。何とか追試は免れました。そんなことになったら、トレーニングもできませんし」
頼もしそうに聞こえるが、学力の方は下から数えた方が早そうだった。
「え、そうなんですか、先生?」
そばで「ウマっ娘通信」を読んでいる先生に聞いてみる。
「まあまあ。彼女だって一生懸命なんだよ。そこはあんまり突っ込んでやってくれるなよ」
ちょっとにやけた表情で先生は答える。
「あ、そうなんですね……」
だが、やはり根っこの部分で、地頭の悪いのは走行スタイルにも影響する。
「さあて、それじゃあ、私が付ける初のトレーニングと行きますかね」
私は腰を上げてナナコロビヤオキのそばに近づく。
「ああ、ちょっと待った、根来さん」
雑誌を読む手を止めて、先生が、何やら私に手渡そうとする。
「え?これは……」
一見するとただのオペラグラスだ。
「ああ、『ステータスファインダー』って言う代物さ。彼女の基礎的な部分はもとより、今日のトレーニングでどれだけ伸びたか、どこを伸ばさないといけないか、が一目でわかる優れものさ。私も含めて多くのトップトレーナーが使っているよ」
「え?全員持っているものじゃないんですか?」
受け取りながら私は聞く。
「最新型は、ね。今君に手渡したのは、全てのトレーナーが持っている一個前のモデルなんだ。だから、君に贈呈するよ。この学園の中で使う分には誰にも文句は言われないだろうからね」
確かに調子やステータスのすべてが一覗きすれば丸裸になるチートな器械は門外不出だろうし、一度存在が知れれば、レース予想など無意味になってしまう。ちなみに、自分の管理するウマ娘しかデータが開示されないようになっている。別のトレーナーのウマ娘のステータスは見ることができないあたり、セキュリティもしっかりしている。
「今、使ってみても、いいですか?」
興味本位で私は先生に聞く。
「どうぞどうぞ。そこにちょうどいい被写体もいるし」
ああ、と思って、私はナナコロビヤオキをステータスファインダー越しに見る。
身体からいくつもの矢印が伸び、「賢さ G 80」とか「スタミナ F100」といった具合にステータスが表示されている。さっきの授業で賢さが少しだけアップしたような表記も見える。横の方に表示されてあるバ場適性は驚くべきことに芝BダートBとなっている。
"ここにも改善の余地あり、だな"
注目の距離適性はやはり、中距離でA、長距離でB。脚質も、Aランクに位置するものはなく、逃げ以外はすべてBなのだ。
「彼女の育てにくさが、これでわかったと思う。まあ、そういうことなんだよ」
先生が、私の小難しそうな顔を見てそう言う。
今日のランチの際の話が頭をよぎる。彼女の勝ちきれなさは、突出したものがどこにもないことが原因だったのだ。
「それを見つけるのが、私の最大のミッション、ですね」
「まあ、そういうことになるな。トレーニング、頑張ってくれよ」
そう言って先生は、私とナナコロビヤオキを送り出す。
14.
「さあて、今日のトレーニングなんだけど……」
さっきまで、先生と二人で固めたトレーニングメニュー表を見ながら、それを発表しようとする私の手が止まった。
「どうかしましたか?トレーナー?」
固まってしまった私に、ナナコロビヤオキは気になって声をかけた。
まだ決意が固まっていなかった私は、それでも、ようやく口を開く。
「その前にいくつか確認しておきたいことがあるんだ」
私は彼女をじっと見つめた。
「何なりと、お聞きください。トレーナーさん」
その一言で私は少し気分が和らいだ。
「ではちょっと聞かせてくれないかな?君の名前の由来」
最後は起きることになる「ナナコロビヤオキ」。だけど、転ぶことが前提になっていることに疑問を覚えたのだ。
「私、足腰があまり強くなくて、転んでばっかりだったんです。それで両親が付けたって聞いてます」
そう彼女は答える。
「ここに来られているから足腰は大丈夫なんだろうけど、脚力って平均値よりやや低めなんだろ?」
ここでもステータスファインダーが活躍する。脚力B-表記はやはり応える。
「え、ええ。筋トレとかも欠かさずしているんですが……」
いろいろと問題点も見えてきた。そして止めの質問。
「それなのに、どうして、追い込み脚質にこだわるんだい?」
先生でも変えられなかった彼女の脚質。こだわる理由はどうしても知りたかった。
「やっぱりそう来ましたか……」
追い込み脚質は、後方の位置取りになるから、勝ちから一番遠い脚質だ。ペースが遅い、あるいは、前が総崩れになるなど、展開が勝利をもたらせるところがあっても、常に先頭集団の逃げ脚質、好位追走で抜け出しを図る先行脚質、一瞬の切れ味にかける差し脚質に比べると、勝率は断然下がる。しかもステータスファインダーでみても、彼女には抜きんでた得意脚質がない。どの脚質でも伸ばせるという利点にも変わりうることだが、名伯楽をもってしても、勝たせられないこだわりがそこにあるに違いなかった。
「勝つために、脚質を変えたい、と、トレーナーはお考えですか?」
真相に迫ろうとしている私を拒絶するかのように、ナナコロビヤオキは言う。
「それもある。ただ、君の覚悟がどの程度のものか、知らないでトレーニングはできないだろう?」
ここまでは常識的な会話だ。
「私、ゴールドシップさんにあこがれているんです」
追い込み脚質の代名詞がここで出て来ることは想定内だったが、彼女にあこがれている、という言葉は気にかかった。
「あのGIウマ娘に?いや、あこがれるのはいいけど、あの脚質は彼女ならではの戦法なんだよ」
後方から長い足を使って一気に蹴散らす。確かに展開がはまればこれほど痛快なことはないが、気性が荒く、ムラッ気が多い彼女にとってその脚質が命取りになるシーンも何度か見てきた。
「もちろん、わかってます」
ナナコロビヤオキがそういう。
「それに君の脚力、スタミナ、追い込みに不可欠なパワー、いずれも不十分だ。もちろん本格化すれば勝てるかもしれないけど、今のままでは勝ちには程遠いよ」
現状を知らせるべきと悟った私は、ありのままを彼女に伝える。
「追い込みで勝てるようにするには、どうしたらいいですか?」
まだ、その脚質にこだわっているナナコロビヤオキ。
「違う。順番が逆だ。勝つことが重要だ。脚質はどうとでも変えられる。現に君はオールラウンドで走れるじゃないか」
あえて追い込みである必要性はない、と私は説いた。
「え? どの脚質でも、ですか?」
恐らく桐生院師は、彼女の自主性を尊重したのだろう。無理やり脚質を変えるような指導はしなかったようだ。それならつじつまは合う。彼女がこだわっている戦法で勝てなくても、放置したのはそういうことなのだ。
「勝つことの喜びを君も知ったはずだ。今までの下積みは無駄じゃない。追い込みがダメ、ではなく、勝てない水準だから向いてないだけなんだよ」
彼女の目が泳いでいるのがわかる。揺れ動いている彼女にとどめの一撃を食らわせる。
「1着が欲しければ勝てる脚質で攻めるべきだ。成績が安定してきたら、君のやりたいようにレースをしてくれればいい。今は、私も勝ちが欲しい。お互いの目的のために、今は追い込みを封印してほしい。出来るか?」
勝つことが、より重要だという説得はやや効いた。
「……わかりました。で、トレーナーは、どのようなレース運びを望まれますか?」
今度は私が問われる番だ。
「瞬発力はそこそこあると思うので、私的には差し脚質で攻めてもいいと思っている。それでも勝ちを呼び込める切れ味があるとはまだ思ってないんで、次のレースは先行でやってみてはどうかな?」
私のアドバイスは至極普通のものだった。
「ハイ。追い込みにとらわれず、一度走ってみます」
今までのかたくなな態度はどこへやら、ナナコロビヤオキは素直に受け取った。
「さあ、そうなると、君の最大の難点を克服しないと、だね」
私はにんまりとする。
「え?」
私の発言が意外だったんだろう、ナナコロビヤオキは驚いた表情を見せる。
「さあ、では行こうか」
私は、練習用のゲートに向かって歩を進めた。こうして、ナナコロビヤオキとの3年間が幕を開けたのである。
すでにウマ娘二次界隈では、登場しているウマ娘たちの関係性を利用した作品が上梓され始めています。本サイトは「艦これ」メインということもあり、当方がいくら出しても埋没しかかっているわけですが、PIXIVを主戦場にしているフォロワー氏が精力的に出しているみたいです。
私の中では、オリジナリティーを出していくことが生きる道、だと理解してますので、本作はオリジナルウマ娘との交流をメインに書こうと思っているのに、まだ導入レベルでこのありさま……
3話まで来たのに、ようやくトレーニング。大長編になりそうな予感がプンプンしています。
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