2022-07-17 11:40:26 更新

概要

救世主の女が、船内での出来事について語っている。救世主は「使命を終えた救世主」という呪縛から解放されたと告白。「私は救世主だったはずなのに」と悲痛な声で語った。


「みんなが心配しています。救世主は臆病者で女性だと」

「だったら、誰が舵を切るの?!」

若い女は声高に叫んだ。


超長距離銀河移民船ファイナルアーク。人類存続の望みを請けた箱舟は指導者を艦橋ごと失い、死の淵を漂っていた。


ワープ明けと同時にシールドが故障し、スペースデブリと衝突した。

幸い、第二艦橋のおかげで航行に支障はないものの、艦長の最期を看取っていた船内各界の重鎮が失われた。


祇園精舎の鐘の音は真空を伝播する。容赦ない淘汰の荒波が残された六千人に襲い掛かっている。

環境激変、種の意欲減退、陳腐化、文明の退廃、進化の行き詰まり、様々な憶測や分析がなされた。

それに対する人類最初の反撃はたった

一つの救いの手だった。


それは“救世主として、今いる人々を守る”という大きな決断だった。その救世主としての使命と使命を守れるのは救世主以外にはあり得ない。


だから、生命維持装置は間髪を入れず後継者をデザインしクローン培養槽に必要な栄養を注入した。

わずか数時間で20年分の成長を遂げ、「それ」が羊水と共に排出された。

ぬめった髪を振り乱して女は産声をあげた。『バッキャロー』


その日を境に人類最後の船団の希望の象徴たる存在となった。それが彼女だ 。彼女は命の輝きを惜しげもなく振りまきつつ、日々を過ごしている。だが――

――彼女が望んで選んだ道ではない。選択の余地などなかっただけだ。


***

最高責任者私的記録 七代目救世主 リトル・ウー

航行歴 2355/1230。


『超光速跳躍航行中、慣性制御システム停止中の艦内では外界の情報を得られないから概算になるけど約三時間の仮眠。

起きると机に糧食が置いてあった。

洗顔してクーラーボックスを開く。

中にはドリンク類が入っている。扉を開く前に閉じる音がした。

シャワールームに誰かいる。不審に思って潜んでいると湯煙の中から全裸の女性が出てきた。お互いに面を食らったが相手はすぐに部屋から出て行った。



リトルはあっけに取られたが、すぐ身支度を整えて指導者の座に就いた。しかし人々は

指導者の喪失を受け入れられず動揺していた。無理はない。歴代の指導者はみな男であった。戸惑っている間にもファイナルアーク号は進路を大幅に外れていく。既に燃料も払拭し軌道修正は不可能。目的地に着くコースは失われ、進路上に他の惑星はない。

「みんなが心配しています。救世主は臆病者で女性だと」

「だったら、誰が舵を切るの?!」

若い女は声高に叫んだ。


絶望に打ちひしがれている中で指導者代理という役目を引き受けた。彼女は自分がこの船を救わなければと思った。まず第一に取り組んだのがクルーのケアである。そして、船内の混乱を抑えるための措置を行った。

それはクルーへの説明と同意を求めるものではない。彼女にできる唯一の事であり使命でもあったからだ。彼女は自らの意思と覚悟を示した。そうすることで混乱を収めることができたが、同時に反発を招いたことも理解していた。「私は船を救うことを選んだんです」彼女の声は悲痛で掠れていた。その日から彼女は救世主と呼ばれるようになった。だが本当の意味を彼女が知るには少し時間を要した。彼女が真実を知ったのはまだもう少し先のことである――

***救世主私的記録 リトル・ウー 二十八歳(仮誕年齢四十九歳)航行歴 2080/0225。

(※以下、文章は全て彼女――『リトル・ウー』によって記述されたものであるため、口語体の表現を用いる。)

私には秘密がある…… 私の使命、私の運命。それは私が選ばされたことではなく私が選んだことだから。私にはそれができるし、私はそれをしなければならない。

なぜなら、それを選ぶことが私の生きる目的であり存在意義だからです。でも、それについて誰にも話しませんし言うつもりもないのです。言ったところで誰も信じてくれませんからね。

ただ一つ言えることがあるとすれば……それは私が選ばれて生まれたということです!


神と言う二元的な視点から人類に与えられた救世の預言者であり、救世主からの挑戦状もある。



その内容はもちろん、この世界は滅亡する!と書いてある。つまり人類の未来は救世主に託されているわけで……

いや、そんなことどうでもいいですね。それより今は私自身のことに集中しましょう。救世主ってのは何かしらの目的のために生まれてくるものですが、その目的は大体決まっているんですよ。

「人類を導く者」「世界の救済を行う者」とかね。私の場合はちょっと特殊みたいだけど……。

ともかく、使命を全うするのが救世主です。

救世主ってのは本来男性しかなれないんですよ。救世主のDNAから造られたクローンも男性ばかりだ。つまり女性が救世主になるケースは初めてで、

「前例がない」がゆえに不安がつきまとう。それに私の存在自体がイレギュラーだし……。

だからと言って何もしなければ、人類は滅びてしまう。救世主という存在に疑念を抱きつつも人類は存続の道を模索した。

その結果が移民船団であり、私はそのリーダーになった。でも、

「それ」は突然やってきた。

スペースデブリとの衝突によるシールド故障でワープ明けと同時にメインスクリーンの映像が途絶えた。船内は騒然となったがすぐに復旧した。しかし通信は途切れたままで、あらゆる機器が沈黙していた。

原因は判明しなかったが、

「ワープ中に何かが起きた」

ということだけは確かだった。

その後、超長距離銀河探査船団の派遣が決定され、

「超光速跳躍」

が発動された。そして、その跳躍の最中に私は意識を失った――

***

『私はコールドスリープカプセルの中で目覚めました。

「超光速跳躍」中の記憶はありませんが、恐らくその時に超空間転移に巻き込まれたのでしょう。

私以外に生存者はおらず、

「救世主がいない」

ということになりました。

救世主不在という事態に人々は戸惑い、動揺しました。私にはその様子がよくわかります。

「何のための救世主か?」

その問いは誰しもが抱くものだと思います。

もちろん私だって答えは持っていない。でも今更それを嘆いても仕方ないし、もう決まってしまったことです。

私にできることと言えば、この船に乗っている人達を無事に連れて帰ることと、

「私に使命を果たせ」

と伝えて送り出すことくらいです。


***

『救世主は使命を果たすまで死にません。救世主の命は尽きても使命を終えたら、また新たな救世主が生まれる仕組みになっているからです。それは救世主にしかわからないルールで決められています。

「救世主のクローンが女だと聞いたことはありますが、実際に見たことはないのでなんとも言えません。

とにかく、使命を終えない限り死ねないというわけです。


***

『救世主がコールドスリープから目覚めたことを知らせた後、船内放送を使ってクルーを落ち着かせました。

「みなさん、聞いてください。

私は超光速跳躍の最中、何らかの原因で超空間転移に巻き込まれ、気を失いました。

超光速跳躍中のことは何も覚えていません。

目が覚めた時、私は自分の部屋にいたのですが、「ここはどこだ? 宇宙船の中なのか? 一体、何をしていたんだっけ? 」

と、混乱してパニックになりました。


***

『超光速跳躍中の出来事を覚えていないのは私だけではありませんでした。それはそうですよね。

「超光速跳躍中の記憶がない」

なんて言ったらみんな不安になるに決まっています。

でも、みんなが私を心配している気持ちは伝わってきましたし、私が無事だということを心から喜んでくれているようでした。

それから船内の混乱を収めつつ、航行軌道の修正を試みました。

「このままではファイナルアーク号は宇宙の迷子になってしまう」

そうならないために私は出来る限りのことをしたかったし、それが私の役目でもあると思っていました。


***

『でも結局は無駄に終わりました。航行軌道を修正することはできませんでした。

「ファイナルアーク号はどこにも辿り着けず、やがて燃料が切れて停止する」

これが船の出した結論でした。

私は「船を停止させるべきだ」と言いました。それが最善の選択だとわかっていたからです。

しかし、誰もそれに同意しようとはしませんでした。

「もし船を止めたら我々は全員死ぬ」

みんながそう思っていたからです。


***

『船は予定コースを外れていき、目的地のないまま漂流する結果となりました。

私は船の全権を握り、航行の指揮をとりました。

「船を救えるのは私しかいない」

と、思っていました。しかし、実際には私以外にも船が救われる方法はありました。


***

『私は救世主であり、人類最後の希望として選ばれて生まれたわけで、その役目を放棄するのは許されない。

「救世主としての務めを果たし、使命を全うせよ」

とプログラムされているからです。

でも……それでいいのか?と思いました。

救世主として生まれたことに意味はあるけど、 使命を全うすることに意味があるのか……? 』

***

『使命は果たすべきものだけど、

「それしかない」

というのは違う。

私は使命に縛られる必要はない。


***

『ファイナルアーク号は地球から遠く離れた無人の惑星に不時着することになりました。

食料の備蓄は充分にあるし、酸素や水もあります。ただ、外部との連絡は取れません。

「コールドスリープから目覚めて間もないし、いきなりこんなことになったから精神的に疲れたよ」

と言って、私は部屋に閉じこもりました。

「救世主の仕事は終わった」

という気分でした。でもそれは違っていて、

「まだ終わっていない」


「使命が残っている」

という思いもありました。

「どうしよう……」

迷いながら部屋を出て、みんながいる会議室へ行きました。すると、そこには一人の少女がいました。

「お姉ちゃんが新しい救世主なんだよね」

少女は私を見つめて言いました。

「うん、そうだよ。それが何か?」

すると少女はいきなり銃を取り出しました。「あのね。新天地に着いたら救世主はもういらないの。みんな、めいめいの目標を持って生きていくの。新しい土地の生活に困難はつきものだけど救世主に頼ったら人々はダメになってしまうの。救世主は成長の妨げになるの。だから殺す決まりになっているの。私は新天地の大統領。そう、人々に与えなければいけないものは信仰より現実なの。ごめんね」

「あなたが救世主を殺したんですか」

「救世主は必要ないもの」

「そんな……ひどい」

私は目の前が真っ暗になってその場に崩れ落ちました。

***

『私には使命があり、救世主として生まれてきたのだから、その使命を全うすることが私の存在意義だ。

「私が生まれた意味を果たさなければならない」

そうプログラムされているからです。


***

『少女が引き金を引く直前、私の意識は遠のきました。

「使命を果たせ」

という声が聞こえたような気がします。

「使命」は果たした。

私は救世主として生まれて使命を果たした。

私は使命を終えて……でも……それじゃ……私は……どうなる……? 』

***

『私は使命を終えた救世主。だから、もう生きる必要がない。私の命は尽きようとしているのだ。

「私の生きる目的は使命を全うすることだった」

「それが終わった今、生きる目的はない」ということだ。

「生きる目的を失った人間は生きていけない」

「使命を終えた救世主は消えてなくなる」ということだ――

――はずだった。

「あれ……どうして」


「私はまだ生きている」

「確かに私は救世主だったはずなのに」

少女の死体にブルーシートが被せられる。「容疑者は射殺しました」警官がわらわらと茂みから出てきた。あ 

「何が起こったの?」

「あの少女は反体制派が仕込んだクローンです。クローニング装置をハッキングして男系指導者の精子を破壊しました。そのうえであの女とあなたが生まれるように仕組んだのです。あの女は貴方に救世主の役割をわざと全うさせ最後の最後で暗殺するつもりでした」

「どうしてそんなことを?!」

「救世主の無能を大衆に示すためです。救世主を必要としなくなった時代の変化についていけず、いつまでも権力にしがみつく者などいない。堕落した救世主。それがリトル・ウーだと主張する作戦だったのでしょう。ご安心ください。我々が阻止しました。あなたはファイナルアークに必要な存在です」


「そう……ありがとう」

私は一抹の不安を覚えながらもその日を無事に乗り切った。しかし、私は自分が死んだと思っていた。

***

『私はコールドスリープカプセルの中で目覚めた。それはつまり、コールドスリープから目覚めたってことです。ということは、

「使命を終えた救世主は死んで消える」

ということだった。

私は救世主ではなく、普通の人間になったということ。

私は「使命を終えた救世主」という呪縛から解放されたということ。

「私はもう救世主ではない」

私はただの「人類を導く女性リーダー」なのだ。私は重いローブを脱ぎ捨て全裸になった。そしてクローゼットを開けると女の子らしいガーリィなブラとショーツを身に着けた。そしてジーンズのミニスカートを穿きポップなTシャツを被った。

そしてロックスターの待ち受けるステージに立った。私は歌姫。新しい惑星の明日を謡うディーバ。

「こんにちわ。ディーバのマユミです!よろしくね☆」


――こうしてマユーナ=マーガリン(本名:御手洗真由美)は新生したのである!!


このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください