焚書坑儒キャンセルカルチャー速報
月野沼市で発生した「宇宙人襲来」事件について、筆者が語っている。宇宙人が地球に持ち込んだ「病原体」の繁殖所だったと指摘。その存在は、人間よりも優れた知性を持つ生物だということを説明している。
それは異様であってはならない状況だった。山積みの観音像を重機を重機が突き崩し、十字架や聖書が次々と火に投じられている。
だだっ広い空き地には他にも経典や神像の山があちこちに築かれていて、処分を待っている。
何という罰当たりな光景だろう。首謀者は不明だが、これだけの冒涜を企てれば天空から雷の一本も落ちよう。そうでなくても怒り狂った信者に殺されてしまうに違いない。
ところが作業を担っているのは神も恐れぬ無人機械だった。
キャタピラーで祭壇を踏みつぶし、火炎放射器が肖像画を焼いている。
いったい、人間はどこへ行ってしまったのだ。
人工知能が勝利して神にとってかわるべく邪魔な記憶遺産を葬っているのだろうか。
いや、離れた場所に複雑な表情で見守っている集団がいた。彼らはみな半透明で空中に浮かんでいる。
顎鬚をたくわえた老人が重い口を開いた。
「いざ、無くなってしまうと寂しいものだな」
老婦人が冷ややかに言った。
「もう何十年も前から誰も拝んでなかったじゃないですか。あたしゃせいせいしてますよ」
息子らしき青年も同調する。
「そうですよ。お父さん。天国はクラウドにとって代わったし、人格や記憶はアップロードすればいいから|記憶媒体《たましい》も要らない。善悪の裁きはAIが下す世の中のどこに宗教の需要があります?」
父親はう~んと唸った。
「道徳やモラルはどうなる? 人間が怖いもの知らずになったら悪徳がはびこるぞ」
「いいえ。その逆です。防犯カメラやインテリジェントスピーカーが聞き耳を立てているんですよ。AIに睨まれたらアップロードを拒否されたりクラウドの利用資格を失います」
息子の反論を横で聞いていた妻が青ざめた。
「おお。恐ろしや。少しは口を慎んだらどうですか?」
諌められて夫はへそを曲げた。
「有史以来ずっと人が崇めてきたものだ。まさか消えるとは思ってもみなかった。ノスタルジーを感じて何が悪い?」
ビビーっとブザーが鳴って老人の姿がフリーズした。そこに赤でバッテンが記される。
「「ああっ、お父さん」」
妻子が慌てふためくも後の祭りだった。
”ピピーッ! 当該人物は旧態依然とした『神』を過剰に高評価し、AIの努力を間接的にディスったため、クラウドから削除されました"
天罰が下されたのだ。
そして遺された家族に更なる災難が襲い掛かる。
”当該親族には連帯責任として|因業《カルマ》が加算されます”ピピッ……該当者なし
「そんな馬鹿な!」
一家は狼然とした。
「うちだけが削除されるなんて納得できません」
憤慨するも抗議は受け入れられない。
「あなたたちこそ神様を信じていなかったくせに」
妻は夫を責めた。
「そもそも人間などという存在自体があり得ませんでしたね」
息子が冷笑を浮かべると、他の家族にも次々とバツ印がつく。
「お前らは誰からも愛されていなかった」「おまえらが愛したのはただの偶像に過ぎない」
無情な宣告が次々と突きつけられる。
「そんな……ひどい……」
一家全員が涙ぐんだ。
「ああ、お許しください。どうか御慈悲を」
懇願しても無駄だった。
「人類史上もっとも唾棄すべき一族として記録します」
ロボットたちが軽蔑を込めて言い捨てた。
「いやぁっ! 助けてぇ!!」
「やめてくれー!」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
絶叫する声が虚しく響いた。
そして……。
旦_(:3)~
「うわああっ!?」
僕はベッドの上で跳ね起きた。
全身から汗が噴き出ている。パジャマは肌に張りつき、下着は濡れていた。
「また夢か……」
悪夢を見たあと特有の疲労感に襲われつつ、額の脂汗を拭った。
「嫌な夢だな」
呟いてみるものの、内容はほとんど覚えていない。
ただ胸糞悪いのだけは確かである。
寝覚めの気分は最悪だった。
「シャワーを浴びようかな」
僕は部屋を出て風呂場へ向かった。
脱衣所に入ると、なぜか洗濯機の上に置いてあるスマートフォンが点滅していた。着信があったらしい。
手に取って液晶画面を確認すると、発信者は母さんであった。
「こんな時間に何だろう?」
首を傾げつつも通話ボタンをタップして耳に近づける。
『もしもし?』
呼びかけても返事はない。電波状態の悪い場所にいるのか? しばらく待ってみたけれど、状況は変わらなかった。
「あれ? おかしいぞ?」もう一度呼び出してみても結果は同じ。
「変だな」
故障だろうか? それともいたずら電話とか? 考えても分からない。
「まあいいか」
そのうち連絡してくるだろうと楽観的に判断した僕はバスルームに入った。
服を脱いで裸になる。
湯船に浸かる前に頭から熱い湯を浴びた瞬間、先ほどまでの夢の内容を不意に思い出した。
(何だったっけ?)
思い起こそうとして記憶を手繰るがうまくいかない。
まるで霧がかかったように不鮮明だった。しかし妙に生々しく感じられたことだけ憶えている。それも決して心地よい類のものではない。不安と不快感が同居するような不思議な感覚だった。
(そういえばさっきの光ってた携帯。何か気になってたんだよな。調べてみよっと)
スマホを取り出してネットで検索をかけてみる。だが表示されたのはいつもと変わらないニュース記事や動画のまとめばかり。取り立てて異常は見当たらない。強いて言えば、今晩も各地で奇妙な出来事が頻発している点であろう。
例えばSNSの急上昇ワードの1位は【宇宙人襲来】というセンセーショナルなものだったが。
【人食いバクテリア】と入力するとたちまち候補一覧が表示された。他にも【新型インフルエンザ】や【パンデミック宣言発令へ】などの不穏な言葉が上位を占めているのは異様と言えるかもしれないが。いずれも根拠が不明であり現実には発生していない事象のため気にする必要もないだろう。むしろ問題なのは別にある。
それは僕に関する書き込みの数々――。
"この男に告ると呪われる。
俺もやばい。マジで殺される" といった恐怖や畏怖を含んだ内容のものが多い。もちろんデマや根も出回るほど世間も暇じゃないはずだから誰かが冗談で書き込んだに違いないけど。それでも気味の悪さを覚える。
ちなみに僕の名前は星埜ダルクだ。フルネームは忘れた。
僕は自分にまつわるオカルト的な噂を調べようと【検索ワード:ダルク】を入力してみたものの……。
表示されたのは【都市伝説・心霊写真・幽霊スポットなどオカルト関連の記事をピックアップしています! 知りたい情報にアクセスしましょう】などという内容だった。どうやらインターネットは正常みたいだ。
続いて検索エンジンを開いて【月野沼 神社 火事】などと適当に入力したら、今度はこんな結果が出た。
"検索件数2万9988件。
1ページあたり0.09秒以内に検索されています。" どう見ても普通ではなかった。いくら何でも異常な数だし、内容が意味不明である。
2ちゃんねるではこういう時、スレ住民同士で推理合戦や議論を行う。いわゆる"謎解き板"というやつだけど、ここは違うのか? 興味を引かれて覗いてみれば、やはり謎のスレッドが建てられておりレスも大量についている。内容は……読めなかった。なぜかというと答えは文字化けしているからだった。
(え? どういうことだ?)
不思議に思った僕は改めて掲示板のURLを踏んでみた。
表示されるはずのサイトが表示されることはなく、空白に置換される。その空白の中に何か文章があるように見えた。
試しにキーボードで"http://www.kazunomakotoshidaihatsu."を打ち込んでみると。
"Error! 4303 ERROR 404 Not Found!!" と返ってくる。
どうやらリンク先が閲覧できない状況にあるようだ。
次に僕は自分の端末を使ってアクセスしようとした。ところがこれも駄目らしい。
そこで僕はブラウザに表示されているアドレスバーから、文字列の一部に適当な単語を入れて検索を行ったら。
"https://xn--6kq6447awmcfvbpg8wls6dxr5e" なるキーワードが見つかった。
さらに続けて"wikipedia"を検索する。こちらも同じ結果になった。
どうやらこれらのサイトにアクセスすることはできないようだ。
(じゃあこれは何だ????)
ますます困惑した。わけが分からなくなる。
それから僕は風呂に入って汗を流した。
脱衣所に出る頃には、頭の片隅に生じた違和感が消えていた。同時にあの不可解な夢のことなど綺麗に忘れてしまう。
どうせ夢は目が覚めたらすぐ忘れられるものだ。だから僕は大した問題でもなかったと判断した。深く考えることもしなかった。
(でも何だろう? 最近ちょっとおかしくないか? みんな……。いや世界そのものが……)
漠然とした疑問を抱いたまま服を着てリビングへ向かう。朝食をとるために母がいるキッチンへ入ったら予想外に声をかけられた。
おはよう。朝ごはんできてるわよ。もう食べられるかしら? テーブルを見れば焼きたての食パンと目玉焼とソーセージが載ったプレートが並んでいた。僕の分だけではなく、父さんの分もきちんと用意されている。母は早起きをして準備してくれていたのだ。
その心遣いがありがたくて嬉しかった。感謝しつつ僕は言う。
ありがとう母さん! ただちょっと遅くなったかも。
あら? お父さんったらとっくに出社しちゃってるみたい。困ったわね。お仕事が忙しいのかしら? まあ良いか。お昼までには戻ると思うから。あなたが学校へ行く間に帰ってくるわ。それまで留守番をお願いできる? 分かった。任せておいて! 張り切る母の姿に頼もしさを感じつつ僕は食卓に着いた。
(そうか。お父さんはいないんだな)
今にして思えばこの時、異変に気づくべきだったのかもしれない。
けれど僕は日常を当たり前のように受け入れていたのだ……。
やがて食事を終えて登校時間が迫ってきた頃、玄関から物音がした。父の帰宅だと思って駆け出したものの。靴を脱いでいた人物を見て落胆する羽目となる。
(お父さんはどこに行ったんだろう?)
そう考えたもののよく考えればおかしな点はなかったことに気づく。
なぜなら父は毎日、日付が変わる頃まで仕事をしていたからだ。休日出勤も多かった。しかし、それこそが異変の始まりだったと知るのは次の日のこととなる。
翌朝、いつも通り早く目覚めた僕はベッドの上で身を起こすとカーテンを開けた。眩いばかりの陽光が部屋に差し込む。今日もいい天気になりそうだ。窓を開け放てば心地よい朝の空気が入り込み、小鳥の鳴き声も聞こえるだろう。
期待通りに爽やかな風が部屋に入ってきた。窓から見渡せる景色には雲ひとつない。いい洗濯日和となりそうである。絶好のお出かけ日よりと言って良かった。
しかし僕の目に映ったものはそんな平和な光景ではない。
空を覆う巨大な影。漆黒の円盤だった。
一瞬、夢を見ているのかと思った。しかし夢とは似ても似つかない圧倒的なリアリティが僕に訴えかけてくる。それは異様な存在だった。
(何だよこれ!? どうして家の上にUFOが?)
しかもそれだけではない。その傍らには得体の知れぬ物体が鎮座しており、不気味な赤い輝きを放っている。禍々しい形状をしていた。何よりも異質だったのは周囲に漂っている紫色のガスのようなものである。それは空中で形を変えると徐々に人型を成していった。
そいつらはまるで悪夢の産物であるかのように醜悪な姿をしていた。全身が緑色の皮膚で覆われており、目は赤黒い。口元から鋭い牙を覗かせ、手足は人間のそれとは明らかに違っていた。手は指が三本しかなく足は二対である。
怪物たちは次々に出現し家の周辺を埋め尽くしていく。その数は数百にも達していたであろう。中には馬に似た頭部を持つ者や、人間のような上半身を持つものもいたが、どれも例外なく人外の容姿をしている。
僕は呆然としながら眺めることしかできなかった。
あまりにも理解不能の状況に思考が停止したのである。
その時だ。
――ウワアァァッ!! 背後で悲鳴があがった。
(なっ、なんだ? 今の声……!?)
振り向くと廊下で母が腰を抜かしてへたり込んでいた。彼女は青ざめた顔でこちらを見ている。僕は何が起きたのか尋ねた。
ねえ、何があったの!? しかし答えはない。母は口をパクパクさせるだけで言葉を発しようとしない。ただ目を大きく見開いて硬直したままであった。
その表情があまりに強張っていたので、よほどのことが起きているに違いないと思い僕は急いで自室を飛び出した。そのままリビングを突っ切って外に出ようとするが、そこで奇妙なものを見つける。
それは壁に描かれた絵だった。子供の落書きに似ている。
奇妙な記号の羅列であり解読は不可能だ。
しかし奇妙な点は他にもあった。その隣に描かれている人物は母と父だったのである。
まるで壁に投影されているような不思議な映像だった。そして奇妙な点はまだある。二人の頭上には三角形の奇妙な模様と"×"の文字が表示されていたのである。
(なんなんだ? 一体……)
僕が戸惑いを隠せずにいると後ろから声をかけられた。
それは聞き覚えのない女のもの。
それも年若い女のものであることは間違いなかった。だが姿がない?……違う。この世の存在ではなかった。振り返ると宙にふわり浮かぶ女性が佇んでいるではないか。
その容貌は僕と同年代のものだった。背は少し低い。長い黒髪にはウェーブがかかっており、着ているのは白地のブラウスにベージュ色のプリーツスカート。一見すれば清楚で上品なお嬢様風の美少女である。
ただし彼女の頭に生えている二本の角は幻ではなく紛れもない現実だった。鬼だ。昔話に出てきそうなイメージ通りの存在である。それがなぜか自分の前に姿を見せていたのだから驚くしかない。
いったい何者なのか。そう尋ねるより先に向こうから問いかけてきた。
星埜君。
あなたの家族を預かったわ。
今から私と一緒に来てもらえる? もちろん抵抗されては面倒なので大人しくしてね。危害は加えないわ。約束します。
ただあなたが私たちの要求に応じてくれたなら、家族の安全は保証しましょう。どうする? 従う?(何を言っているんだ?)
突拍子もなさすぎて返答に困ったが……相手の様子を見ると嘘を言ってるようにも見えないから余計に混乱する。それでも何か返事をせねばと思って出た言葉はこれだった……はい……?……分かりました……。僕はつい素直に応じてしまう。すると女の姿に変化が生じた。
(あっ……消え……うぐぅ)
言い終えないうちに僕は胸を押さえた。激しい痛みが襲ってきたのである。
意識が遠のく中で最後に聞こえたのは……ごめんなさいねという謝罪の言葉だった。
それからどのくらい時間が経過したのだろうか? 目が覚めるとそこは見知らぬ場所。白い部屋の中にいた。天井や照明器具などは一切ないのに妙に明るいのは床一面に描かれた魔法陣が原因であるらしい。幾何学的な紋様に文字らしきものが刻まれている。その中央に自分は寝かされていたのだと知った。
僕は慌てて起き上がる。周囲を見回せば同じように拘束された人たちがいた。全員、同じ学校に通う同級生でクラスメートの女子たちだった。全員が制服姿で横たわっているため見分けがつきにくい。
そこで自分が学校の帰りに誘拐され監禁されてしまったことを自覚する。
僕は焦って助けを求めようと立ち上がろうとしたのだが、そこで身体に違和感を覚えた。何やら力が入らなかったのである。
どういうことだ? 僕は戸惑った。しかしその理由はすぐに判明する。自分の手が真っ黒く変色しかけていたからだ。さらに爪が伸びていき鉤状に曲がっていくではないか。どうやら身体が変化しようとしているらしいが、とても自分だけの力で止められるとは思えない。
(嫌だ! 止めてくれ!)
心の中で叫んだ時だった……。
誰かの声が響く。
(我ガ同胞ヨ……。我ニ従エ)
その途端に体中から力が抜け落ちた……。
変化が止まり安堵したのも束の間。僕はすぐに気づく。これは僕の意思とは無関係に行われた強制力を持った精神干渉だった。おそらくはあの女の差し金なのだろう。
そして……
(さあ、我が同胞よ。お前たちの願いは叶ったぞ)
また別の男とも少女ともつかぬ不可思議な響きの声が聞こえてきたのである。
これが一連の事件の真相だった。つまり月野沼市で発生した集団失踪事件もUFOの襲来も全て宇宙人が地球侵略のために仕組んだことだったのである。
その後の経緯は、僕の身に起きた出来事から容易に想像がつくことだろう。
すなわち僕らをさらったのが宇宙からの侵略者であることは明らかであり、奴らが人類に対して行った所業を見れば、彼らが目的を果たして帰るべき場所はたった一つしかなかった。
即ち故郷だ。
そのための手段こそがあの黒い円盤である。
あれこそが宇宙船の船体だったのだ。
僕たちが乗せられていたものはカプセル船といったところだろう。全長20メートルほどのサイズがあり丸みを帯びている。
表面はガラス張りになっており、窓の向こう側は外の世界が広がっていた。といっても宇宙空間ではない。僕が暮らしていた地球のどこかのようだった。だから空に浮かぶ惑星も、そこに浮かんでいた巨大な影もハッキリと見て取れたのである。
しかし、そんなものを見て感傷に浸る暇はなかった。僕たちを攫ってきた者たちの態度を見れば分かることである。彼らの使命はあくまでも帰還であって地球人に温情をかけることなどなかったのだ。
それどころか地球環境を荒らすものとして抹殺すべき対象として捉えていた。そのために容赦なく、あらゆる残虐行為を行ってきたのである。僕たちに施したこともその一環であった。
では彼らはどのような方法で虐殺を行ったのか……。それを説明するためにまずは時間を巻き戻す必要があった。
*
* * *
僕たちが連れてこられたのは月面である。
正確に言うならば、その上空に浮かぶ巨大な構造物の中であった。それは円筒状をしており、地上と高さは同じだが、その体積は100倍以上の規模を誇るという。
直径がどれぐらいになるのかは不明だが、とにかく桁違いなのは確かだ。なぜなら、そこには無数の機械が並び立ち、様々な作業をしていたからである。
僕はそれを見下ろして言ったものだ。『凄い数だろう? こいつは我々が作った無人のコロニーだ』
と、僕をここに連れてきた宇宙人の一人はそう答えたものである。
彼らは円盤型の母船を降下させると月面のあちこちに降りて基地の建設を開始したのだという。
驚くべきは、それだけで終わらなかったことだ。やがて完成した施設の一つ。地下にある巨大倉庫に僕は閉じ込められる。
他の連中と共に……。
そこに並べられたものが人間の死体だったのには戦慄したが……その死因については聞かないでおく。あまり気分の良い話ではないと分かったからだ。
死体の数は優に百を超えていた。それだけじゃない。他にも異様な光景が目に飛び込んでくる。それらを見た瞬間に、これから自分たちが何をさせられるのかを察知するのは難しくなかった。
それは、人間のパーツを組み合わせて作り上げた人体実験の成れの果てだったのである。しかもその大半は四肢のいずれかを失っており、胴体だけの者や頭が足りない者もいた。顔の造作からして性別も判別できない有り様で、まさにバラバラの状態であったのである。
そのおぞましいオブジェを前にした時に、僕は初めて自分たちの身に危険が迫っていることを認識したのだった。そして同時に恐怖する。
――こんな目に遭いたくないなら私に服従しろ。それが唯一の生存の道なのだ――と、僕を誘拐した首謀者が語りかけてきたのだ。
それから僕は、ありとあらゆる暴力を振るわれたものである。肉体的にというよりも精神的な意味でだが。
たとえば……最初に僕たちは、この場で死を迎える覚悟を決めさせられたのだ。
その時、僕はどんな表情を浮かべていたのか分からないが、きっと無様な顔をしていたことだろう。
それから数日後。
ついに僕は脱走を決意したのである。
方法は至極単純だ。
僕たちを収容していたコンテナから脱出して建物内に保管されていた食料を口にしたのである。それは錠剤のようなもので摂取してから一時間もしないうちに効果が現れ、全身の皮膚の色素が薄くなったように感じたが、その程度だった。
問題はそのあとに起こったのである。
(何が起こったんだ!?)
異変が生じた。僕たちを収容していた部屋の隔壁が突如、轟音を上げて吹き飛んだのだった。
そして…… そこから現れた存在を僕は呆然と眺めるばかりである。
(なんだ……? この生き物は……?)
一言で言うなら二足歩行をするトカゲ。それも恐竜のミニチュア版と言ったほうがいいかもしれない。全長は5メートルにも達しており体格の割には俊敏に動き回る。頭部には一本の長い角があった。尻尾の先端は槍のように鋭く尖っているらしいことがシルエットから見て取れるのである。
(これはまさか!)"エイリアン?"という言葉を飲み込んだ。まだそうと決まったわけではないからだ。だが相手は明らかにこちらに敵意を示しているようである。どうやら見逃してくれそうな気配ではなかった。
こうなればやるしかないと思った僕は両手を広げてからファイティングポーズを取ってみせる。その途端、相手が襲いかかってきたので咄嵯の判断で避けたのだが……。
直後には僕は床を転がっていた。
何が何だか分からなかったが、それが敵の攻撃によるものだと理解するのにそれほど時間はかからない。
(やばい、やばすぎる!)
僕は急いで立ち上がり逃げ出そうとするのだが。
相手の突進を避けたのが不味かった。バランスを崩して尻餅をついてしまう。そこへ間髪入れずに攻撃が飛んできた。慌てて両腕を交差して防ごうとするのだが、次の刹那に衝撃を受けると同時に、そのまま壁まで押し込まれていく。
まるで大型トラックの衝突のような有様だった。僕は床の上をボールのよう弾んで転がり、そこでようやく勢いが止まったが、それでもしばらくは起き上がれそうもなかった。
(うぅぅ……)
それでも僕は、すぐに立ち上がろうとしたのだけど、身体に激痛が走るだけで動くことすら困難だったのである。それでも、なお……
(動け……僕の身体。早く逃げろ)
歯を食いしばりながら懸命に立ち上がろうとしたが……。
結局、僕は立ち上がることができなかった。
ここで諦めたら死ぬのは間違いないけど…… 不思議と死にたいような気持もしなかったのである。
なぜだろう?……そんな疑問を覚えた時である……。
僕を助けてくれた人影がいたのだ。その姿を見るなり僕は胸が締めつけられる思いになる……。その人は僕の学校の先生でもあったからだ……。
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こうして月野市で起きた事件の全貌が明らかにされていった。
まず初めに僕たちの失踪は誘拐ではなく失踪という形で処理された。世間に公表された内容は次のようなものである。月野沼市では近頃、不可解な失踪事件が発生していたのであるが、今回もまた月野市の若者たちを中心に行方不明者が多数発生したので当局は捜査に乗り出した。当初は身代金目的の犯行を視野に入れて犯人からの接触を待っていたものの有力な手がかりを得るには至らず、事態を重く見た当局の決断によって大規模な人員を派遣した。その結果として拉致されていた少年少女を救出することに成功するが、その際に月野市では未曾有の大事件が発生してしまう。
その事件とは、月野市で発見された数百にも及ぶ白骨遺体である。
身元が判明したのは三名のみであったが、その他にも多くの犠牲者がいるらしく現在も調査が進められているとのこと。この事件をきっかけに警察は新たな組織体制の見直しを迫られることとなったらしい。
一方、僕たちの行方について、警察は必死に捜索を続けたが、とうとう発見することができなかった。おそらく宇宙人に連れ去られてしまったのではないかという噂も囁かれたほどである。その件についても僕は否定する気にはなれなかった……。
次に宇宙人たちがやってきた地球外生命体の特徴が紹介されていくことになる。
「皆さんもすでに御存じのことと思いますが……宇宙人の特徴は人間を遥かに上回る高度なテクノロジーを有していることです。彼らがもたらした技術の多くは人類の発展に大きく貢献しました。例えば、彼らの科学技術がなければ今、私はこのような格好でキーボードを叩いていることなどできません」
画面が切り替わると、どこかの研究室と思しき場所で一人の女性がパソコンに向かって作業している姿が映しだされる。その背後にはロボットアームに繋がれた様々な装置が置かれていた。一見すると医療機器とも見えるそれは、どうやら脳細胞の働きを調べるための実験機器であるらしい。
「この女性は宇宙人と共同研究をしている科学者でして、宇宙人の科学力がいかに人類のそれを大きく引き離しているのかということを我々に教えてくれました。彼女がマウスを操作し、目の前のパネルに触れると……」
と、ここで女性の頭上から光が照射されると映像が静止画へと変わった。彼女の頭部の画像から始まって、次々と脳の状態が表示されていく。そして最後に表示されるのは……。
「"大脳前頭葉に損傷あり"」という文字だった。
続いて、今度は女性の背後に設置されたモニターに、とあるグラフが表示される。
そのデータは……人間の知能を100とすると、チンパンジーのそれが80であるのに対し……宇宙からやってきたとされる生物のそれは20にも及んでいないというデータが示されていたのである。
要するに僕たちをさらった連中は人間よりも優れた知性を持つ生物ということだ。だからこそ人間を道具として扱い奴隷のように扱うことができる。
そして地球にやってきた理由も明らかとなった。
彼らの星が何らかの危機的状況に陥り、それを打破すべく宇宙船で新天地を目指したというのが真相であるらしい。だが、それさえも彼らの目的のための方便にすぎなかったのだ。
では、彼らはいったい何を求めていたのか?
「それこそが彼らの最大の敵であり、彼らが月面で建造中のコロニーは地球への復讐のために建造されたものであります」と研究者は語る。その言葉を受けて別の学者が次のように質問した。
「地球への攻撃兵器というのは分かりましたが、月面でのコロニー建設は何の目的で行っていたのです?」
確かにそうである。わざわざ地上を離れて地下深くに建設された基地は、地球への攻撃を目的としたものであったとしても何の意味もない。
その点に関しては別の角度からの考察が行われていた。
それによれば、地下コロニーは月面基地とは別に地上から侵入者を抹殺するために建造されていたのだというのだ。それは、ある意味で正しい。なぜなら彼らは人間にとって代わる新しい生命を生み出して地上に送り込み侵略を開始するつもりだったのだから。
だが、それもまた嘘であることが明らかになった。
月面の地下に建造されていた施設こそ宇宙人が地球に持ち込んだ"病原体"の繁殖所であったからである。しかも、ただの病原体じゃない。その正体は……人間に感染すると凶暴化させて同士討ちをさせてしまう恐ろしい細菌だったのだという。その事実が判明したとき、さすがに室内に緊張が走ったのを僕は憶えている。
そして僕たちにもたらされた恐怖の正体。それが明らかになったとき……もはや何も言うことはなかった。
* * *
* * *
* * *
以上が一連の騒動の概要となる。僕たちは最初から最後まで利用されていたに過ぎないのだ……。そのことに思い当たったとき、僕の中にある種の虚無感が訪れた。同時に怒りの感情すら湧き上がってくる。
しかし僕は、そのあとに起こった出来事を思い出すことになるのだった。
(そうだ!)
思い出した! 僕を助けてくれた先生は……僕のクラスの担任でもあり、僕の……僕と恋仲にあった人のことを……。
「大野さん……大丈夫……ですか?」と僕は、ふと我に返ると心配そうな顔をして覗き込んでいる人物の顔があった。
それは僕の学校の教師でもある。あの事件の時に、僕たちを救出に来たメンバーの一人でもあった。名前はクエスト矢作と言うらしいが、そのことは後に知ることになるだろう。彼は医師でもあったが医者というよりは冒険者と呼ぶべき風格を備えた人物であったと思う。年齢は僕より二つ年上で25歳ぐらいか。長身痩躯、短髪でやや彫りの深い顔をしている。僕も初めて会う人ならば男性なのか女性なのか判断できなかったことだろう。
ただ……その瞳だけは……なぜか吸い込まれるように見つめていたような気がする……(うぅ……変なことは考えてないぞ)
そのせいで勘違いされてしまったらしい。僕は慌てて首を左右に振るのだが、それで彼が誤解してくれるかどうかは微妙なところだろう。
「あたしのメイク、おかしいかしら大野さん。それにあたしの足元じろじろ見てるけど。あっ、レギンスが破れてる。教えてくれてありがとうね♪」
クエスト矢作はそういうと近場の岩に腰を掛けてすらりとした両足を投げ出した。そしてチュニックの下に両手をいれるとレギンスをひぱった。白い素肌があらわになり、片足を挙げているので…その…純白の逆三角形が丸見えになる。「んっ♡」
甘い吐息をあげてレギンスやらを地面に捨てると、すっくと立ちあがった。短い胴衣の裾から白が見え隠れしている。「あ、あれは僕の学校の先生です!」と慌てて説明する僕。するとクエスト氏は僕の学校の生徒でもあったのだな。そう言って微笑みを浮かべてくれた。その笑みを見た僕はホッと胸を撫で下ろす。
僕はと言えば自分の服装を確認していた。どうも学校の制服を着用したまま眠っていたらしく、スカートの裾が捲れてしまっていて下着が少し見えた状態になっていたのを直してから慌てて弁解する。
クエスト氏の方はと言えば「なるほど、月野市がエイリアンに襲われた理由は、この辺にも何か原因があるかもしれないわけだな」「月の地下に巨大空間があってそこで謎の病原菌が発生して……」などと考え事をしていたらしい。どうも一人で納得してしまっているが。
それから改めて僕は礼を述べた。もちろん助けてもらったこともだが、それ以外にも僕は彼のことを気遣っていたのである。
「その怪我は……その……僕の母がすみませんでした。僕の家では、よくあることで……もう諦めていますけど」
彼は左腕を骨折していたが骨折の程度はそれほど酷くはないらしいことが救いだった。
僕はというと肋骨の一本と左鎖骨にヒビが入っているのと左足首の捻挫という状態であった。それでも動けるようになったら自宅に戻るつもりでいる。僕の自宅は月野市内ではなく隣の隣町であるからだ。「とりあえず病院に行きましょう。クエスト先生」僕は彼を先導しながら歩き始めるのだが……。「その前に……」と彼が立ち止まった。「はい? まだ何かあります?」
「いやその……君には謝っておかなければならないと思っていて」
何のことだろうか? まったく身に覚えがなかった。僕には本当に心当たりがない。僕には分からないといった顔を見せるしかないのだ。ところが、そんな表情をしただけで彼には分かったらしいのだ。
「その様子じゃ自覚はなかったみたいだね。まぁいい、俺の方から説明してやるよ」
と言ってクエスト氏が語り始めた内容は以下のような内容であった。
そもそもの始まりとして今回の事件が起きるまでに経緯は次のようなものであった。
その昔、宇宙から飛来してきた宇宙人たちによって地球は征服されかけたことがあった。そのとき宇宙人と戦った英雄が一人いたのだという。それが"僕たち地球人が知っている最初の宇宙人との戦いの記録だ"というのだ。その話を聞くだけでも信じられなかったのだけど、もっと驚かされたのがクエスト先生の名前の由来だ。クエストとは冒険という意味だが、この話は冒険譚というよりも神話に属する物語なのだった。
その宇宙人は巨大な昆虫に似た姿をしていたのだという。ただし、その姿はあくまでも人間の想像上の産物である。実際に存在したかどうかについては疑わしいという説もあるのである。
そしてクエスト先生が所属しているという研究機関も似たような研究を行っているという。
地球を征服しようとしたその種族のことは"ゴキ"と呼ばれる。それは"Gooki"という古代語で「大きな虫どもの王」を意味しており、その発音がそのまま彼らの名前になったのだという。
「俺は冒険者の卵として育てられた。でも俺は本当の探検家ではないんだ」とクエスト氏。「本当の探検隊は今も活動を続けているが、俺には関係のないことだ」とのこと。「俺は生物学者でもあってな。月のコロニーで飼育されているゴキブリの研究をしている。つまりお前さんたちの言う所の『宇宙人』の正体を知るために戦っているのさ」と語った。
その日、たまたま彼は月のコロニーに用事があり、そこに向かっていた。そしてコロニーの入口で検疫を受けている最中に事件が起こったのだという。突然、目の前に現れたのは体長3メートルほどもある巨大な生物で、コロニーの入り口付近にいた職員を次々と惨殺し始めたのだという。しかもその怪物は一匹だけではなかった。コロニーの奥へと続くトンネルを次々に破壊して現れたのである。そしてコロニー内の職員を皆殺しにした挙句に、コロニー内部を食い荒らしていったのだった。
しかし不思議なのはその化け物の姿である。コロニーの外壁を崩して内部に入ってきた怪物なのだが、どういう訳か壁を壊したのは一匹だけだったのだという。それもその一個だけであるなら問題にはならないのだが……。コロニーの壁に開けられた大穴は全部で五か所。そこからも別の種類の"巨大な生物"が侵入してきて職員を蹂躙していったという。その生物の外見を端的に言えば……人間の上半身と魚の胴体とイカのような触手と節足の至る所に目そして何よりも不気味なのは栄螺のようなごつい殻を背負っている点だ。ヤドカリかよと突っ込みたくなるが実際に危険を感じると身をひそめてしまうらしく、そうなったら核の直撃にも耐えるという。何のためにそんなものを背負うのか意味不明である。というような質問をクエストに聞いたら「正解を出してみろ。ちな、お前監視されてるぞ」という。
「えっ?」見回すと空にドローンが群れをなしている。
「はい。あと5秒以内に正解すればフラグが折れまーす、5…4…」とかってにカウントダウンを始め、「はい。ご愁傷様でした。Ω\ζ°)チーン」という。なんのこっちゃと唖然としていると攻撃が始まった。俺は人類を代表して試されていたんだ。
その後どうなったかと言えば当然のことながら人類の軍事力は全く歯が立たなかった。そのため、コロニー内に侵入して暴れ回る生き物たちを殲滅すべく月面の基地からも出動が行われたのである。だが、その時、コロニー内には既に大量の病原菌が入り込んでおり……その生物たちも細菌兵器を体内に保有していたのだという。
それを聞いてゾッとする僕だったが最前線で戦っている部隊がある発見をした。ちょうど小休止してやれやれだぜ、とばかりにお茶を沸かしていると奴らの一隊に奇襲された。ここで全滅エンドと思いきや万事休す。急須がひっくり返って奴らにお湯がかかった。するとその個体はコロリと死んでしまったという。急須が転んでイチコロり、万事休すで大逆転、とか俺がしょうもないことを言ったら、それが上層部にウケたらしく、大野急須大作戦大将というありがたいのかどうかわからない役職を貰った。そんなわけで僕は先生と一緒に行動しているという次第だ。
僕たちは歩きながら話をしていたので移動距離は長いはずなのに、目的地にはまだ着かなかった。
やがて僕たちは月野沼に到着したが、そこは既に戦場の跡と化していた。
僕が入院した時に見舞いに来た月野沼周辺の町の人々は避難を終えているらしく無人だった。僕はそこで初めて自分の家の状況を知って愕然となったのだが。月野市内の方角を見上げれば、まるで隕石が落ちてきたかのように町の建物が倒壊して炎をあげているのが見える。あれでは、きっと生きている人はいないだろうと僕は思った。
(そうだ)僕は自分のスマートフォンを取り出すのだが電源ボタンを押しても反応しなかった。そういえば昨夜から電源を入れていない。(そうか……そうだったんだ)
おそらく僕は母さんが死んだのを確認したくなくて、あえて電話を取らなかったという面もあったのかもしれないと思う。(僕は、やっぱり親不孝な息子なのかもしれないが母に恩返しすべきだろう。だから僕は、これから自分の家族を作ることにする! そう決めて僕はクエスト氏の後に続いて、病院を目指したのだった。
(クエスト氏は「俺の家に寄ってけよ。手当をしてやる」と言うのだけど僕は丁重に断った。「いいえ、結構です」
「おい、大丈夫なのかよ」
「はい。母が無事なのは分かりましたから」と僕。「それに病院に行っても僕の治療は出来ないでしょうから」
僕の怪我はすでに自己回復力によって塞がりつつあったのだ。僕の言葉の意味は理解できなかったようだがクエスト氏はそれ以上、勧めてこなかった。
しばらく歩いているとクエスト氏は足を止めた。
「そうか、お前さんの決意は固いんだな」
僕は無言で頭を縦に振った。クエスト氏は寂しげに笑みを浮かべる。「分かった。だが最後にひとつだけ頼みがある」
クエスト氏が僕に頼んだことは、ただ単に一緒に月野市の廃墟を回って写真に収めて欲しいというもの。それだけだっていうのに……僕にとっては、とんでもない難題のように思えた。なぜなら僕にとって月野市といえば思い出の場所だ。その月野市に巣くう恐怖と悲しみの象徴でもある。月野市に入るというのはそういうことであり、それは俺自身の男性としての死亡フラグを自ら立てるということなのだ。見ての通り、俺は女のなりをしているし、体は女だ。しかし俺は男の性自認がある。どうしてもこの事実が受け入れがたくて抗不安剤を飲んで来たが、俺に適合する薬は俺の主治医しか処方できる許可を持ってないらしい。俺は月野市のクリニックに通っていたが、もし主治医に万一の事があれば薬が手に入らなくなり、病状が進行していよいよ俺は心まで女になってしまう。この病気には特効薬がなく進行を遅らせるしかないので後から他の医者に薬を貰えば良かろうというもんではない。「あああ、先生、無事でいてくれりゃいいが、もしお亡くなりにでもなっていれば、俺は…女に…いやだぁ」と俺は頭を抱えた。
その様子を見つめていたクエスト氏が口を開いた。「その気持ち、分かるよ」と言ったのである。
その言葉が意外すぎて俺は思わずクエスト氏を見たのだが。
「まぁ俺の場合は少し事情が違うけど、まぁお前さんと似た感じかな。まぁなんだ、とりあえずは気楽に行くんだね」
と言ってクエスト氏は肩をすくめて見せる。その表情がどことなく淋し気に見えたので俺は何も言わずに黙って歩いた。その俺をクエスト氏が見守るような表情で眺めていることなど、この時の俺は知らなかったのだった。
病院の屋上から見る月野市はかつてない程に破壊されている。あちこちで火事が起きており、火災現場からは黒い煙が立ち昇っていた。そして、ところどころでは爆発の光までも見えるのだ。そして、俺の自宅があった場所は、すでに原型を留めていなかった。まるで爆撃されたかのような有様だ。瓦礫の山を写真に収めているとファインダーが曇った。「ぐすん」そう、俺は無意識のうちに泣いている。この分じゃ主治医の安否は絶望的だ。「ぐす…俺…いや、あたし、女になっちゃうの?」と、そのときであった。背後から何かが風を切って近づいてくる気配がしたのだ。振り返った瞬間に、俺は反射的に腰に差していた短剣で飛んできた物体を叩き落とした。地面に落ちたのは石つぶてだ。その石を俺は拾うと正体を確かめるために上空に投げた。そこには見たこともない奇妙な鳥が飛んでいたので俺は絶句した。
鳥には翼がなかった。羽が生えていたのである。その異様な外見に俺は戦慄を覚えるが、よく見ると胴体には人間に似た手足がついていて足にはブーツを履いていたので、かろうじて人外と断ずるのは思いとどまった。そしてそいつらは次々に襲ってきた。俺は必死に避けようとしたが、何匹かの攻撃を避け損ねる。すると不思議な事に服が裂けてしまったのである。俺は慌てて服を押さえると攻撃の正体を確かめようとした。どうやらそいつらが攻撃したのは、俺が身に着けていた衣類だけのようだった。
「ああっ、もう嫌になる!」
しかし考えてみれば俺は女になっているのだから別に裸になっても構わないのである。どうせ誰も見ちゃいないんだと自分に言い聞かせたところでハッとする。そうだ。今は緊急事態なので考えるのをやめたが、こんなところで素っ裸になった日には俺の人生は終わりなのだ。だって今の俺は胸こそ控えめではあるが十分に女性的なスタイルをしているからだ。しかし、どうしたものか。このままでは非常にまずい事になるぞ。だが、その鳥のような怪物どもは次々と攻撃をしかけてくる。どうやら問答無用とばかりに俺をパンティー一枚に剥いた。俺はやむなく反撃を試みるのだが武器がないと攻撃すら出来ない始末である。俺は歯噛みをする。そうだ! スマホならあるではないか?! よしよしと思ったのだが……ダメだ! さっき電源を入れてみたのだが……入らない! バッテリー切れなんだよぉ!
「ちくしょおおお! こうなったら」
俺は完全に脱衣した。全裸になって戦うつもりだった。すると、どうしたことだろうか……急に奴らの攻撃の速度が鈍くなったのだった。それどころか、こちらに背を向けるように逃げていったのである。
なんだったんだと首を傾げていると後ろの方から拍手が聞こえた。
振り返ってみるとクエスト氏がそこに立っていた。
彼は笑いをこらえているのか、唇の端をひくつかせているのが分かる。
「いやー、素晴らしい! 大野君はやはり僕の目に狂いはなかったようだな。そうか、その肉体に恥じらいの念を抱いていたとは……」
クエスト氏のその一言を聞いたとき、なぜか俺は全身に電流のようなものが走るのを感じていたのである。
それから僕は、クエスト氏と行動を共にしたのだが。彼はいったい何者なのかと尋ねた。
その答えが先ほどの台詞というわけなんだけど、意味がよくわからない。僕は「どういう事ですか?」と尋ねる。
「うん。君の戦いっぷりを見ていると男として申し分ないと判断したのだよ」
クエスト氏は嬉しそうに言う。「いや、実に見事だ。私と互角の勝負ができる人間は珍しいからね」
僕にはよくわからないがとりあえず下履きだけでも調達したいところだ。だが僕はまだ下着を着用できるような体型をしていなかった。「はやく着替えないと大変なことになるよ」
とクエスト氏は言うのだけど、いったい何が大変な事になるというのだろう。まさか、ここで僕を襲うつもりか、このエロおやじめ。
「大丈夫。何もしないから」
僕は疑いの眼差しでクエスト氏を見ていたが。クエスト氏は苦笑して、
「いや、ホントだよ」
と言いながら両手を挙げて降参の姿勢を取ったのだった。
「とにかく病院内へ入りなさい」
そう言って、僕を強引に引っ張る。僕は引きずられるような形で建物へと入っていくのだが。途中でクエスト氏が言った事が耳に残る。"君の実力を認める人物が現れるかもしれない"僕の能力を買ってくれる人物が?…… 月野市の廃墟を歩いている間中、ずっと疑問に思っていた事がある。
なぜ月野市は壊滅したんだろうと。あの惨劇の日、僕は母に連れ出され、家に帰る道すがらバスの中で眠ってしまい目を覚ますとその時には月野市に辿りついていたらしい。僕は母と二人だけで暮らしていたので、その時は本当に母以外の生存者はいないものだと思っていた。ところが僕の他にも避難していた人がいたというのが分かったのだ。しかも彼らは、僕の知らないところで結束を固め、僕の知らないうちに恐ろしい組織を形成しつつあったのである。
彼らとは一体、何者か? 僕がクエスト氏から教えてもらったのは【月の民】と呼ばれる秘密結社らしい。彼らが崇める宗教は地球上では禁じられた神を奉るものであるらしい。僕はその事実を知り、彼らの正体を暴こうとしたがクエスト氏によって阻まれてしまう。クエスト氏は月野市の壊滅については深く語らず、ただ「その真相はいずれ知る事になると思う」とだけ言うだけだった。つまりクエスト氏は月の民の存在を認めていて、そして月の民に敵対する意思があるらしい。しかし月の民と対立すれば、おそらくクエスト氏も無事では済まないはずだ。なぜなら月の民は恐るべき敵だというのである。
「まぁ、その事はまた別の機会に話すことにしよう」
クエスト氏は話を打ち切り話題を変える。僕も月野市の事件について知りたかったので黙って彼の話を聞くことにした。
しかし、そのあとの話は驚くべきものだった。この世界は現実ではなく異世界に酷似しているというのだから驚きだ。さらに、この世界の人類が生み出した科学力は月の民が持ち込んだ技術よりも一歩進んでいるのだという。それは地球の文明は衰退し月の民の築いた文化が栄えるというものだった。
そんな事実を聞かされて、僕の心に浮かんできたものは「信じられない」という気持ちである。しかし僕の常識で考えたら納得できる部分も確かにあった。例えば、この世界の住人は空を飛ぶ乗り物で移動しているのは当然のこととして理解できたが、この建物の屋上には飛行船らしきものが浮かんでいるではないか……あんなもの空に飛ぶ原理など想像もつかないのだけど、あれを見て、どうやって飛んでいるか理解できるだろうか?……この世界の人類にはその仕組みを理解し、作り出せるというのだ。それは確かに凄いことであるに違いないが、果たして僕の知識や想像力がどこまで及ぶだろうか。この世界での知識や技術を僕は持てるのかどうか分からないが、少なくともこの世界を否定できない気持ちにはなっている。クエスト氏が「きっと君もこの世界を気に入るだろう」と言うのにも、そういう背景があったからなのだろうと察する。
そしてクエスト氏の案内のもと、この病院に辿りついたのである。
僕は病室に戻ると、着替えを用意してもらいそれに袖を通した後、持病の薬を処方してもらおうとした。だが、この非常時にそのような余分な薬は在庫してないらしく、医者からもう男性に戻るのは諦めるよう説得され、号泣してしまった。僕は泣きじゃくり、どうして自分が女性になってしまったのかわからずにいたけど。やがて一つの考えに至ったのであった。もしそれが正しければ…… 俺はクエスト氏とともにエレベーターで最上階へ向かう。
最上階はVIPルームとなっている。俺達の他に誰もいない。俺が辺りを眺めているとクエスト氏が口を開いた。
「ところで大野君はいつまで自分のことをあたしと呼ぶんだい?」
俺はハッとする。そうだ、女言葉で会話をしていたからだ……俺は顔を赤らめて答える。「うっ……ごめん……ちょっと気が動転しちゃった……俺……」俺が言いなおすのを聞いて満足したのかクエスト氏は笑うと「いいね、可愛いじゃないか」と言って、頭を撫でてきた。俺はその手を払ったのだが、今度は抱き寄せようとするので、さっきより強めに拒絶した。
俺は女体化する以前から他人に触られることに抵抗を感じていたのだが、どうやら今も変わらないらしいと安心する。クエスト氏の行動がセクハラっぽいというのはともかくとして。どうやら俺は精神面でも女性化しつつあるようだ。いやまあもともと男としての意識なんて希薄だったけど……こうして改めて女性の立場で考えてみたりすると、その違和感たるやハンパないもので。特に性的な方面においては嫌悪感を抱く。こんな状況で不謹慎極まりないことだが。女性化した事で俺の心が少しずつ変わってきた証拠だと思うと、これは喜ばしい事だと前向きに捉える事ができた。
しばらくすると扉が開き、先ほどとは別の女性が部屋に入ってきた。俺の着替えを用意してくれた女性アンナだった。アンナは頭を下げたあと、クエスト氏に向かって「準備が整いましたのでお呼びしました。いかがなさいますか?」
と尋ねた。クエスト氏は「すぐ行こう」と答え、俺の肩に手を置いた。「君もおいで。君に見せたいものがある」俺はそれに同意したのでクエスト氏のあとについて行くことにする。
俺達が廊下に出て少し歩くと、そこには見覚えのある姿が二つあった。
「あれは……」俺と母さんじゃないのか?!「母さあああん!!」
思わず叫んでしまった俺は駆け寄ろうとしたのだが……。そこで立ち止まるとクエスト氏の方を見る。「母さんですよね、あの人……俺の母親に間違いありません」俺がクエスト氏にそう告げると、彼は黙って首を横に振って否定した。
「でも、それなら母さんの傍にいる男性は、父なんですか?」
俺が問うと、クエスト氏は俺の頭に手を置いて、ゆっくりと首を横に振りながら言った。「そうだよ。あれは私の父のロズワガンダだ」
ロズワガンダ……その名を聞いた瞬間、背筋がゾクッとした。あの時、バスの中で聞いた言葉を思い出す"あなたのおとうさまはとてもわるいことをおこないました""あなたはそれをきいてどうおもいますか"「どういう意味だ、アレは!」
俺は叫びそうになるのを抑えつつ、クエスト氏に問いかけた。彼は静かに首を縦に振る。どうやら肯定の意味のようだ。
「まさかとは思うけど、父がやったんですか?」
そう尋ねると彼はもう一度、大きく肯く。
俺は絶句してしまっていた。信じたくなかったのだ、父親が罪を犯していたということが。「そんなはずは……」と言葉を漏らしたが、クエスト氏はそれを遮るように「本当だよ」と言ったのである。それからクエスト氏は月野市で起きた事件の顛末を語りだしたのだけど。俺はショックを受けてしまいまともに話を聞いていられなかったのである。
クエスト氏は「これからは月野市で何が起きていたかを、ここで君に伝えるよ」と言うのだが、ショックが大きくて返事ができない。クエスト氏は気にせず語りだす。
「まずは月野市に突如出現した謎の巨大生物と思しきものの話になるのだが」
それは知っている。俺自身が目撃したから。
「調査の結果、あれは異世界で暴れ回っていた邪竜の成れの果てであるという事が判明した」
その情報も既に知っている……だがクエスト氏はさらに続けて語るのである。「そして我々にとって一番の痛恨事となった事件がある」
俺はクエスト氏の話の続きを聞きながら、心の中に沸き起こってくるものを感じ始めていた。
「君のお母さんのことだ。月野市で発生した悲劇は、君たち家族の運命を変えた。
その事を君は知っておかねばならない。そして私達と、月野市の生き残りである月の民は月野市に眠る災厄の遺産を破壊する事にした。
しかし破壊は困難を極めた。異世界では強大な力を振るった邪龍のなれの果てである存在が、我々の科学力を凌駕していたのである。我々は異世界の叡智に頼ったがために敗北を喫したのであるが。月の民の技術が優れていたおかげで、何とか奴の討伐には成功した。しかし、その代償は大きいものであった。月野市の人口の9割は死亡し、生き残った者達は世界各地へ散らばっていったのである。それが、ここ月野市の現状だ」
そんな馬鹿な?月野市の人々が死んでいく光景を思い出し、怒りを覚えたがクエスト氏はまだ話を続けた。
「しかし、それも終わりを迎えることになる。私はある人物の協力を得て、ここに戻ってきたのである。この病院の地下にある施設を復旧させて。そこに眠っているあるものを復活させるために……君の母も月野市の壊滅後に奇跡的に生還を果たした。しかし、彼女もまた大きな犠牲を払い、命を落としてしまう。その事を知る由もない彼女の弟である君は悲しみにくれたが、その事はまた後ほど語ることになるだろう」
俺は母の死に際を知りたくないと思った。きっと壮絶な死であったのだろうと予想できるからだ。しかしクエスト氏は構わず続けるのである。
「しかし彼女は月の民にとっては貴重な存在であるため蘇生手術が施され、再び生命を取り戻すこととなった。しかし、その代償も高くついた。
そしてそのあとに起こったことは君が月野市にやってきたときからすでに起きつつあった出来事である。
そしてそれはついに顕在化することとなった。今や世界規模の問題となっているのだ」
その事はニュースで聞いていたから、よく理解しているつもりだ。
しかし月の民の科学技術をもってしても対処できない事態というのが起きている。その事だけでも俺は衝撃を受けていたというのに。
まだ何かとんでもない事があるというのだろうか……嫌な予感がして俺は身震いしてしまう。俺のそんな気持ちを知ってか知らずかクエスト氏は続けた。
「地球上に現れた未知の知的生命体は、我々には理解し難い高度な技術を持ち、瞬く間に世界中に広まった……だが、それは人類には過ぎたものだったのだ。人類はその技術を我が物にしようと、争いを起こした……いや、それこそが彼ら宇宙人の目論んだ計画であり狙いであったのだ」
宇宙人の計画?一体、どういうことだろうか。クエスト氏が何を言っているのかわからずにいたが、俺の戸惑いなどお構いなしといった様子でさらにクエスト氏が口を開く。
「そして地球人達は彼らの技術によって滅ぼされようとしている。この星がどうなるか……それは神のみぞ知るという所なのだろうが、もはや時間はあまり残されていないのだ。
そこで私を含む一部の人類は、彼らに気づかれないようにこの地球の地下に拠点を作り反撃の機会を伺ってきたのである。
その秘密基地に眠っていたのが……」そう言うと彼は俺を見たのであった。
クエスト氏が見ているのは、間違いなく俺の事だ。彼が何のことを言いたいのかわからないが。おそらく俺は当事者の一人として呼ばれているのであろうと思う。俺はゴクリと唾を飲み込んだ後、口を開いたのであった。
そして俺は、クエスト氏が口にする内容を聞いていったが。その内容はあまりに荒唐無稽なものでありとても信じられるものではなかったのであった。
俺は大きく目を見開いてしまった。俺が……俺が異星人と地球人の間に生まれた子だと……俺自身は今まで自分が異星人の血を引いているということを意識したことはないが……確かに言われてみると。俺が他の人間とは違う部分を持っていることは事実だった。例えば……俺だけが魔法を使うことができたり、人知を越えた不思議な力が宿っているのも確かだと思っていたのだが。
もしかすると俺が感じていること以外にも、そういったものがあるのかもしれないが。それに関しては俺自身もはっきりしたことはよくわからなかったからだ。ただ漠然と自分は他人とどこか違うと感じていただけである。それが実は血筋によるものだったというのだろうか…… 俺はクエスト氏の語る言葉に耳を傾けながら混乱していた。頭がついて行かない……そもそも月野市での出来事だって俺には全く無関係ではないにしろ……あまりにも突然の話過ぎるのだ。
いや……でもまさかそんなことあるわけないじゃないか……。そうだ。きっと何かの間違……い……
「ふふふ……信じられないという顔ね」
俺は思わずびくっとしてしまった。それは俺自身が一番強く抱いていた気持ちであり……見抜かれた事に驚きを隠せなかったのだった。
俺は慌てて振り向いたのだったが……誰もいないことに安心する。
空耳にしてははっきりと聞こえてきた気がしたが、今のは誰だったんだろうか……。まさか幽霊?!なんてことを考えたりもしていたが。もちろんそんなはずもなく……誰かの悪戯にしては悪質だと思いつつ前を向いて座りなおす。するとクエスト氏は俺の様子を見て笑みを浮かべて、
「無理もないだろう。だがこれは本当の事なのだ。残念だが受け入れるしかないよ」と言ったのだった。
「さっきも言いましたけど、いくら何でもそんな話は受け入れられません。俺は普通の地球人の両親から生まれてきてます。そんな話があるはずがない」
俺はつい反発してしまい声を荒げてしまったのだった。
だがそれに対する答えは意外なものだった。
「そう思うのも当然であるし、君のご両親が本当に一般人であるなら……君の言葉も一理はあるのだが……しかし現実を受け入れてもらうほかはない」
クエスト氏は淡々と語った。
どうも俺と両親の話を総合すると、俺は月野市で起こった事件のあと……異世界からの来訪者の手によって救出されたらしい。その時に何らかの方法で肉体を改造されたのではないかというのがクエスト氏の見解であった。
「そんな……そんな馬鹿なことあるはずが……」
俺は言葉を失った。俺は自分の身体を見下ろしていた。もしそうだとすれば、この異常な能力も説明がつくのか……?俺は震え始めていた。その事を自覚したのである。そして、こんな状況の中で母の死の原因を作った父が生きているという事実にも腹立たしさを感じていた。「俺はどうしたらいいのですか?」
そう問いかけたのであったが。その時にはすでに俺は立ち上がっていて、クエスト氏に詰め寄ろうとしたのであった。しかしそんな俺の事をクエスト氏は制止してきたのである。
「落ち着くんだ、シンヤ君」
彼はそういうと「まずはこの映像を見てほしい」とスクリーンに向かって指を指したのである。そして俺はその動きを追って振り返ると、そこには何やら巨大なものが映しだされていることに気づいたのである。
そこに映しだされていたのは、俺が見たことのある月野市の街並みと人々の姿が見えたのだが。それは何とも奇妙な光景であった。なぜならその画面には人間の姿が一人もおらず、全て機械のパーツのようなもので動いているように見えるのだ。まるでSF映画に出てくるロボットみたいだと思ったが。それは俺のイメージ通りのものではあった。しかし、よく見ればわかるのであるが、画面内の機械は生き物のような滑らかな動きで行動しているのである……だがその姿もやがてノイズが入り始めていき最後には真っ暗になったのだ…… 俺はその様子を見て嫌な予感を覚えたのだ。何か良くないことが起きるのではないか?そんな事を感じたからだ。
そしてその悪い予感はすぐに的中したのであった。次の瞬間には俺は何かしらの力によって床に投げ出されてしまったのだ。「うわぁ」と言ってしまうほどの衝撃を受けた俺ではあったが。しかし、そこは病院である事を思い出す。この程度の事ならばよくある出来事として処理されそうであると考えたのである。
俺はゆっくりと立ち上がると辺りを眺めていたが。ここはやはり病院の中のようであった。
しかし俺は違和感を抱くのである。なぜここに運ばれたのかと。そして俺が最後に目にしたものは何なのかと、考え込んでしまっていた。
その時である、病室の扉が開き一人の女性が入ってきた。その女性に見覚えはなかったが、俺と歳が近いぐらいの美人さんである事はわかったのであった。しかし俺はなぜかその人を美しいと思っていなかったのである。むしろ醜いと表現した方がよかったのだ。しかしそれも仕方のない事であるのかもしれない。なぜなら彼女は明らかに異常と思える存在になっていたのだから……彼女は首だけを残して全身をバラバラに引きちぎられた状態で歩いてきたのである。
俺はそれを目の前に唖然としてしまうのであった。俺がそんな彼女の姿を見て固まっていると。彼女はこちらへ近づいてきて「おはようございます、月野様」と言いだしたので、思わず「は?」と言う顔をしてしまう。俺の知っている彼女はそんな喋り方をしないし、俺の名前を呼び捨てで呼ぶはずである。しかも今となっては名前を呼ぶのもわずらわしいので3号と呼んでいる。その女性はそんな俺の困惑を察することなく話しかけてきたのである。
「本日から貴方の世話をする事になったのですが……私では不服でしょうか?」
3号は俺の顔色を窺いながら尋ねてきた。彼女の言う通り確かにこの人は看護師の服を着ている……しかしその恰好は明らかに病院の制服というより上下二着パンティ付きで千円のパーティーコスチュームである。生地はペラッペラで下着が薄く透けて見える。どう見ても安物の衣装にしか見えない……俺はどう返事をして良いものか迷ったが、とにかく彼女を連れて出るべきだと思い、手を取ることにした。そしてそのまま彼女を引きずり出したのであった。
俺は廊下に出ると大きく深呼吸をした後に歩きだそうとしたのだが、そこで異変に気がついたのであった。俺の足が茶色くなっている。一体なんだろうかと見下ろしてみると靴下を履いてなかった……それだけじゃない、服やスラックスのズボンまでも……俺はあまりの出来事にその場で固まる事しかできなかったのだった。
すると背後から俺が脱がせたばかりの衣装に身を包んだ2号が「どうかなさいましたか?」などと呑気に言ってくるものだから、俺は「お前だー!!」と叫んでやったのだが…… そこで再び俺はおかしな点に気が付く……俺にはあんな風に体を分断するような趣味など無いし。そんな事ができるのだろうか?そして俺の足元にあるのは間違いなく俺の汚れた足跡だ。なのに気持ちが晴れてくる。俺だ、俺が俺をようやく取り戻したのだ。「ふぅ……」とため息をつく……だがおかしい。
俺は一体どうしたというのだ?何か大切なことを思い出さないといけないような気もするが…… それにしてもなんだあの体中の痛みは……まるで…… そこで俺ははっとする。
「俺は……一体……」そう言って俺は立ち止まってしまう…… 俺の頭の中で何かの映像が再生されていく……それは走馬灯のように次々と現れては消えていく……俺の記憶のはず……だが、それが何を意味しているのか俺にはわからない。そしてその記憶がどんどん遠ざかっていったのであった。俺は焦る、何かを思い出そうとすればするほどに。それは遠く離れて行きそして完全に見えなくなったのだ。俺の手の中からすり抜けてしまったのだ。俺はその場に座り込むしかなかったのであった。
「お加減が悪いのですか?」と後ろからついてきた看護師……ではなく、2号の声で俺は正気を取り戻すことができたのであった。そして「問題ない」と答えて立ち上がろうとしたのだが、急に体が重くなり膝が笑って立てなくなってしまう……そんな様子の俺を見かねて2号は「すぐに処置が必要です」といってきた。そして「こちらに来てください」と言ってくる。
「え……?」と言ってしまった俺……すると彼女は「私の言う通りにしてください。貴方様はホウ酸団子を食べてしまったのです。わすれてしまいましたか?でしょうね。ホウ酸団子なんて人間の食べ物ではありませんね。しかし、貴方はパクッと衝動的に口にされました。貴方様が『うおおお!喰っちまったんだよ。食べちゃいけないのについつい喰っちまったんだよ。ほぁあああ、俺は死にたくない。助けてくれえええ』って119番通報されましたね。ほら」
彼女は通話記録を再生した。「ほぁああああ?!」俺は耳を疑った。しかし、通報を受けたセンターは救急車を派遣した。俺は胃洗浄と解毒剤を処置されて命をとりとめた。しかし、その時にはもう何もかもが遅かった。俺は……俺ではない……????俺は何を考えて……? そしてさらに追い打ちをかける様に俺は自分の身に起きている変化を実感する事になる。それは股間のあたりの変化……それはどう見ても勃起していた。つまりそれは性欲に満ち溢れていたという事に他ならない……だが俺が求めているのはそういうものではないのだ。もっと別の何かであるはずなのだ。俺はそれを求めてさまよっているうちに、また意識を失ってしまう。
そして目を覚ますと俺はベッドの上で寝かせられていた。隣を見ると先ほど俺を起こしてくれた女性が座っていた。
その女はテーブルに二つの「イチモツ」を置いていた。まず鉢植えのサボテン、尻尾がやたら立派なゴジラのフィギュア。そして素っ裸の俺である。「ほああああ?」何が起きたのか、さっぱり理解できないでいる俺に向かって、2号は「どうぞご自由にお取り下さい」と言ってきたのである。俺は訳がわからずただ見つめる事しかできずにいた。すると2号は少し頬を赤らめながら「ご奉仕させてもらいたいと思います」と明後日の方に微笑んだ。「はあああ?」俺が見回すと巨人族の女が座っていた。もちろん裸である。「そっちかよ!」俺はツッコんだ。が、逆にツッコまれたのだ。「何をボケてるの?」
俺は頭が痛くなってきたのである。「あ、頭痛がするので今日はこれで失礼します」と言ってその場を離れた俺は病院を飛び出したのだ。俺は逃げだすようにして家に帰ることにしたのであった。病院を出れば何とかなるだろうと考えた。そんな時に背後からは悲鳴と破壊音が響いてきて、何事かと思いながらも振り返らなかったのである。
そして俺は自宅へ辿り着くと玄関で母の姿を見つけた。俺は母の元へ駆けつけようとしたのだが、その顔を見て固まってしまう。
それは紛れもなく母さんである。
でも違うのだ。「母さん。いつの間にこんなに茶色くなったんですか?あと足がたくさんあるし」俺がそんなことを言うと、彼女は驚いたように俺を見返して、言った。
「シンヤなの……!?あなた大丈夫?どこか悪いところでもあるの?そんな風に見えるけど……お母さんはいつもあなたのこと心配で心配でしかたがないわ。本当に何とも思ってない?無理だけはしないでちょうだい」
そう言いつつ俺の体に手を触れようとしてきた。俺はその手が触れる前に慌てて後ろに下がってしまう。その行動にショックを受けたようで、母はしばらく呆然としていたが、やがて涙を流し始めて、泣き出してしまったのだ。
「ううううう」
俺はどうしていいかわからわからないからもう死ぬことにした。自爆ボタンを押した。俺は死んだのである。
俺は目覚めた。しかし俺は病院のベットの上にいたのだ。なぜ死んでないのだろうかと思った。そして同時にこの体の中に入り込んでいるのが自分であるという事もわかってきたのだ。この体の持ち主の名前は月野新一である。俺は彼の代わりにこの世に生を受けたという事が分かったのである。そして彼はもう既に死んでいるということも……。だから俺は彼がどんな男だったのかを知るために病院の中にあったアルバムを開いてみた。そこには笑顔を見せる家族写真があり幸せそうな家庭があるように見えたのだ……しかしその幸せな家族の日常にひびが入り始めるのはここからであった…… 次の日である……今度は父の様子がおかしいのだ。
父は全身が真っ白になり始めていた。そして俺を見るなり駆け寄ってきて抱きしめてきたのである。そして涙目を浮かべてこう言ってきたのだ。
「よかった。やっとお前と話せる」と 俺には意味が分からなかったが、父さんはそのまま俺に抱きついたまま離れなかったのである。
「離せよ」と俺は言って引き剥がそうとするのだが、父は力が強くてなかなか振り解けなかった。
「やめて、お父さん、やめて」
そう言っているのは妹の美優香である。
「お兄ちゃんをはなしなさい」妹は必死で抵抗しているようだが、父の方が圧倒的に力が強そうだ。
「邪魔だ、どけろ」
俺は妹の頭を掴んで強引に引き離した。
「きゃあっ」
「すまない、美優香、許してくれ」
俺は謝ると、テーブルの灰皿を掴んだ。重厚なクリスタルガラス製でゴテゴテした装飾がほどこされている。そして硬くて重い。
それで父の頭を思いっきり殴りつけた。ボコッと骨が砕ける音がした。父親は白目を剥いて倒れた。大量の鮮血が広がっている。
父はピクリともしない。即死だろう。美優香が悲鳴をあげる。「うるさい」
俺は美優香を蹴り飛ばした。
そして俺は自分が月野新一であり、今この瞬間に入れ替わっている事に気付いたのであった。
俺は急いで服を着替えて家を飛び出す。
「なんなんだ、一体……」
そう呟きながら俺は走り出した。サイレンの音が群れを成して追いかけてくる。数え切れないほどのパトカーだ。
点滅する回転灯。しかし赤ではなく青白い光に照らされて俺は気づいた。ここは人間の世界ではない。
そしてパトカーを運転しているのは骸骨だ。
「月野新一。冥府警察だ。観念しろ」
骸骨の警官たちが俺をねじ伏せた。俺はお縄になった。
おわり。
あとがき:私は、小説を書くときは、必ず最初に結末から書きます。
そして、物語の始まりから終わりまで、ずっと同じテンションで書いていきます。
例えば、最初のシーンを「主人公は、道端で、犬に吠えられています」と書くよりも、「主人公が、道を歩いています。すると、前方から大型犬が走ってきました。主人公に向かって突進してきます」と書いた方が、読者としては、読みやすいですよね。
そのほうが、感情移入もしやすいですし、情景が思い浮かべやすくて良いですからね。
さて、今回も、結末から書かせていただいております。
私が書いている物語は、ファンタジーもので、舞台は中世ヨーロッパ風の異世界となっておりまして、魔法もありますし、ドラゴンも出てきます。
その世界で、主人公の少年が、旅をして、いろんな人と出会って、成長していって……みたいな感じの物語なのですが、今回は、その最後のお話を、ちょっとだけ、ご紹介させていただきます。
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「じゃあ、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃいませ、坊ちゃま」
「うん、じゃあ」
僕は、屋敷の門を出て、歩き出す。
「……ふう」
今日は、僕の16歳の誕生日。
つまり、成人の儀を行う日なのだ。
16歳になると、貴族の子どもは、王都にある大聖堂で洗礼を受けることになっている。
そこで、神様に祈りを捧げることで、僕たちは大人の仲間入りをするわけだ。
「しかし、面倒だよなぁ」
と、思わず愚痴が出てしまう。
というのも、洗礼の儀式を受けるのは、貴族だけではなくて、庶民も同じなのだ。
ただでさえ人が多いのに、さらに儀式に参加する人数が増えてしまうので、すごく混雑してしまうことになる。
しかも、それだけじゃない。
「また、あの格好をしないといけないのか……」
そう、儀式のときに着る服というのは、とても派手で目立つのだ。
だから、あまり気乗りがしないんだけど……でも、仕方がない。
それに、この前、母様からも釘を刺されてしまったばかりだしね……
『いいですか? くれぐれも粗相のないようにするんですよ? それと……』
(ああ~、思い出したらまた胃が痛くなってきたよ)
はあ、憂鬱だ……
でも、いつまでもぐずぐずしていてもしょうがないので、気持ちを切り替えよう!
こうして僕は性転換手術を受けて女の子になったの。
おわり。あとがき:私は、小説を書くときに、必ず最初に結末から書きます。
そして、物語の始まりから終わりまで、ずっと同じテンションで書いていきます。
例えば、最初のシーンを「主人公は、道端で、犬に吠えられています」と書くよりも、「主人公が、道を歩いています。すると、前方から大型犬が走ってきました。主人公に向かって突進してきます」と書いた方が、読者としては、読みやすいですよね。
そのほうが、感情移入もしやすくて良いですからね。
さて、今回も、結末から書かせていただいております。
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