2022-06-18 18:05:55 更新

概要

異星人の工場プラントを掃除する女バオバブに、少年ジャンが驚愕した。バオバブの頭をわしづかみにし、自分の身体を見回したというジャンは、バオバブの指示に従い宇宙空間へ飛び出した。


「…っつわ! びくりした」

いきなり波打つ衣服と濃紺の肌着が降ってきたら誰でも驚く。

少女は裾から砂を払いながら振り向いた。ここは枯れた水路でへりのすぐそばを武闘派がパトロールしている。

「ジャン、あなたの力が必要なの」

そういわれてもバオバブという名前しか知らない。それも肌着のネームタグに書かれていた情報だ。ジャンはどぎまぎしつつ女の子を見つめた。

「あのね、あなたにはこの船に乗ってもらって……」

少女は早口で説明し始めた。

だが、その声は遠くなっていく。

ジャンの意識が薄れていくのだ。

ジャンはまた夢を見た。今度は先ほどより鮮明な夢だった。減税日報はいつも通り一面トップで、しかも今回は二ページにわたって特集が組まれている。『税法上重要なポイント』という見出しの下には『今さら聞けない? 税法の基礎知識』『課税の公平性を確保するためには?』といった文字が並ぶ。

夢の中でジャンは納税者になっていた。

そして、ファイナルアークは……。

***

「ん?」

ジャンは目を覚ました。

薄暗い天井が見える。どうやらベッドの上にいるらしい。

見覚えのない部屋だったが、なぜか安心感を覚えた。

(ここってどこだろう)

起き上がってあたりを見回すと、減税日報本社ビルが爆発炎上する映像が目に飛び込んできた。

(そうだ! 俺、爆弾を仕掛けて……)

記憶を取り戻したジャンの顔から血の気が引いた。

(あれ?)

よく見ると、部屋の調度品はかなり高級なものばかりだ。窓の向こうに見える景色も都会のものとは思えない。

(ひょっとしたら、ファイナルアークの中枢部かも)

だとするとまずい。早く逃げなければ。

ジャンはドアの方に向かった。ノブに手をかけるとあっさり開く。鍵がかかっていないようだ。

廊下に出ると左右に長い通路が伸びていた。突き当たりに大きな扉がある。

(あそこから出られるかな)

ゆっくりと近づいていく。だが、足音を聞き付けたのか扉が開いた。

「あっ!」

中から出て来た人物を見てジャンは驚いた。

「お兄ちゃん!?」

「お前、ジャンか!?」

出てきたのは兄貴分のラモギだった。

「どうしてここに?」

「それはこっちのセリフだよ」

ラモギは苦笑しながら答えた。

「ここは俺たちの家さ」

「えっ?」

「俺たちはみんなファイナルアークの住民になったんだ。もう税金なんか払わなくていいんだよ」

「そっか……」

ジャンは胸を撫で下ろした。だが、次の瞬間、大きな疑問が頭に浮かぶ。

「でも、それなら何でお兄ちゃんだけ家に帰らないの?」

「それが、俺には莫大な税金が駆けられているんだ。家族を課税対象にするわけにはいかない」「じゃあ、他の人たちは?」

「みんなそれぞれの家に帰ったよ。もちろん、俺の家族も含めてな」

「そう……」

ジャンは少し寂しくなった。しかし、自分がここにいても仕方がないと思い直す。

「あの、僕、帰りますね」

「おい、それだけか。今生の別れだぞ。もっと他に言うことはないのか。最後なんだぞ」「ううん、特にはないですけど……」

「そうか、わかった」

ラモギは肩を落とした。

「お前とは一生友達でいようと思ったんだけどなぁ。残念だよ」

「ごめんなさい」

ジャンは心底申し訳なさそうな顔をした。「さよなら、お兄ちゃん」

「ああ、元気でな」

「お兄ちゃんもね」

二人は軽く手を振り合った後、別れた。

ジャンが外に出ると、そこは広い庭になっていた。ところどころに噴水があり、中央には小さな池まである。

ジャンはその脇を通り抜けようとした。

「ちょっと待ったー!」

突然、背後から声をかけられた。振り向くと、そこには人影があった。

「あんた、誰だい?」

声の主は少女だった。年齢は十歳前後だろうか。白いワンピースを着ており、背中まで伸びた黒髪と相まって清楚な雰囲気を感じさせる。短い裾が風に吹かれて純白の布地が見え隠れする。

「僕はジャンといいます」

「ふぅん、変わった名前だねぇ」

「君は誰ですか?」

「あたしかい? あたしゃねえ……」

少女は少し考えるような素振りを見せた。

「……バオバブっていうんだよ」

「えっ?」

ジャンは耳を疑った。この子は何を言っているのだろう。

(まさか、ファイナルアークの関係者なのか?)

ジャンの心に警戒心が生まれた。

「君、ファイナルアークの関係者なんじゃないのか?」

「へぇ、どうしてわかるんだい?」

「そのコスチュームだよ。どこで手に入れたのか知らないが乗務員の制服だ」

「ああ、これのことかい」

バオバブと名乗った少女は自分の服を見下ろした。「これはね、お姉さんがくれたものなんだ」

「お姉さん?」

「そうさ」

「ひょっとして、ラモギのお姉さんか?」

「おっ、知ってるのかい?」

「いや、そういうわけじゃ……。それで、ラモギはどうしているんだ?」

「さあ、どこかで生きてはいるんじゃないかね」

「えっ? どういう意味?」

「そのままの意味だよ。生きているかどうかはわからないってこと」

「そんな……」

ジャンの顔から血の気が引いた。(俺はなんてことをしてしまったんだろう)

ジャンは目の前の少女に土下座して謝りたい衝動に襲われた。

「どうかしたのかね?」

「実は……」

ジャンはすべてを話し始めた。

***

「そうか、お前も大変な目にあったんだな」

話を聞き終えたバオバブは同情的な視線を向けた。

「でも、私は気にしていないよ。だって、今が最高だからね」

「そう言ってもらえると救われます」

ジャンは安堵のため息をついた。「ところで、ラモギはどこに住んでいるんですか?」

「さあ、どこに行けば会えるのか、私にもわからんのだよ」

「そうですか……」

ジャンは肩を落とした。

「ラモギに会いたいかい?」

「はい、会いたいです」

「なら、ついてきな」

「えっ?」

「いいから早く来な」

「は、はい」

ジャンは慌ててバオバブの後を追った。

(ラモギは本当に生きているのかな)

ジャンは不安を抱きながら、彼女の背中を追いかけていった。

***

「着いたぜ」

バオバブは立ち止まると、ジャンの方を振り向いた。

「ここは……?」

ジャンは辺りを見回した。

周囲には木が生い茂っており、地面には雑草が生えている。

「ここはファイナルアークの森の中だよ」

「森?」

「そうだよ」

「でも、さっきまで庭にいたはずじゃ……」

「ああ、あれはあたしが造った幻なのさ」

「えっ?」

「あのね、あたしは魔法でいろんなことができるんだよ。だから、あんなこともできるのさ」

「そっか……」

ジャンは納得すると、バオバブに続いて歩き出した。しばらく進むと前方に建物が見えた。それは大きな洋館だった。

「ラモギの家だ」

バオバブは嬉しそうに言った。

「えっ!?」

ジャンは驚いて声を上げた。「ほら、あそこに見えるのがラモギの家だ」

「う、嘘だろ」

ジャンは信じられないといった表情を浮かべた。

「どうしてそんなことを言うんだい?」

「だって、僕が見た家はもっと小さかったぞ!」

「ああ、小さかったさ。だが、税金を払わないからだんだんと肥大化しているんだ。税金が欠乏しているのさ」「そうなのか……?」

「それに、ラモギの家族も税金を払うために働きに出ちまったから、今は誰もいないんだ」

「そ、そんな……」

ジャンはショックのあまり言葉を失った。

「どうだい、これでわかっただろう?」

「は、はい」

「税金を納める代わりに死ぬまで奴隷になれ。お前の身柄を差し押さえる」

「わ、わかりました……」

ジャンは力なく返事をした。

「じゃあ、まずは服を脱いで裸になるんだ」

「えっ?」

「聞こえなかったのか? 服を全部脱げと言ったんだよ」

「ど、どうしてですか?」

「まず利子だけでもお前の服で払ってもらおうか」

「そんな! 僕は借金なんかしていませんよ!」

「何を言っているんだい?」

バオバブは呆れたような顔になった。「ファイナルアークで金を借りたら利息がつくだろうが」

「えっ?」

ジャンは耳を疑った。(それじゃあ、この子は何も知らないのか?)

「まさか、知らなかったのか?」

「は、はい……」

「まったく、とんでもなく馬鹿な男だね」

バオバブは深いため息をつくと、説明を始めた。

「いいかい、よく聞きな」

「はい」

「ファイナルアークは債務不履行なる。そうならないように異星人の下働きをしてファイナルアークに課せられた『通行税』を払うんだ。目下のところ船に金目の物は積んでいないから肉体労働で払うんだ」

「えっ? じゃあ、僕の体を売るんじゃなくて……」

「あんたが売るのは命さ。その前に死ぬかもしれないけどね」

「そんな……」

ジャンは絶望的な気分になった。(俺、死んだも同然じゃないか)

「さて、お前の番だ。服を脱ぎな」

「は、はい……」

ジャンは観念して上着に手をかけた。しかし、どうしても決心がつかない。

「おい、いつまで待たせる気なんだ?」

「ごめんなさい、すぐに脱ぐので許してください……」

ジャンは泣きそうになりながら、シャツのボタンを外していった。そして、ズボンのベルトを外すと下着ごと一気に下ろした。

「ほう、なかなか立派なモノを持っているね」

バオバブはジャンの一物をまじまじと見つめると感心した様子を見せた。

「あ、肉体労働ってそういう事ですか?」

ジャンが顔を引きつらせるとバオバブは赤面した。「そ、そういうことじゃない。バカ。この池に漬かるんだ」

バオバブは彼を森のはずれに案内した。そこは小さなオアシスになっている。

「さ、寒いじゃないですか」

「水温は生暖かいさ。それで一日6時間ここにじっと漬かるんだ。そうしたら十日ほどでお前は人間スープになる」「じゅ、十分です。それだけあれば大丈夫です」

「ふん、まあいいだろう。でも、少しでも早く出たいならあたしの言うことをちゃんとききな」

「はい、なんでもします!」

ジャンは覚悟を決めた。


***

それから数日後のこと。「おや、お前さんは最近見かけないと思ったが、ここで働いているのかね?」

一人の老人がジャンに声をかけてきた。

「あっ、マスター」

ジャンは笑顔を浮かべた。彼はこの惑星に来て初めてできた友人である。

「ところで、今日は何をしているんだい?」

「はい、今から水を汲もうと思っています」

ジャンはバケツを手に取ると、オアシスから水を組み始めた。

「おお、そうかそうか」

「えへへ」

ジャンは照れ笑いを浮かべた。

「ん? どうしたんだい?」

「いえ、僕、ようやく仕事を貰えたんです」

「ほう、どんな仕事だい?」

「それがですね……」

ジャンは嬉々として答えた。

「それはよかったねえ」

マスターと呼ばれた男は相槌を打った。

「はい! 毎日頑張っているんですよ」

「だが、あまり無理をしちゃいけないよ」

「わかってます。それじゃあ、また来ますね」

「ああ、頑張るんだよ」

ジャンは元気良く挨拶すると再び作業に戻った。

(そうだ、僕はもっと働こう。いつかきっと解放されるんだ。それまでは……)

ジャンはそう自分に言い聞かせていた。

それからさらに数日後。

「お前さんにはそろそろ働いてもらうとするかな」

ジャンはバオバブから呼び出された。

「えっ、本当ですか?」

「ああ、明日はここの清掃をしてもらう」

「わかりました!」

ジャンは張り切って返事をした。

「ふむ、その意気込みがあれば大丈夫だろう」

バオバブは満足げにうなずいた。

「それで、何をすればいいのでしょうか?」

「それは明日まで秘密だ。楽しみにしておきな」

翌日。

「さて、掃除を始めるぞ」

ジャンはバオバブの指示に従って、部屋の隅からモップをかけていく。

「おい、そこじゃない。こっちだ」

「はい!」

こうしてジャンは異星人の工場プラントをきれいに掃除し終えた。

「よし、ご苦労。これで異星人はファイナルアークの燃料を生産できる。そして彼らはファイナルアークで母星に帰っていく」

「一寸待ってください。バオバブ。僕らはどうなるんですか」

「ジャン。お前は奴隷だ。どうなろうと知ったことか。せいぜいこの星に骨を埋めるんだな。はーっはっはっは!」

高笑いをするバオバブを見てジャンは絶句した。

「さあ、お前の仕事は終わりだ。もう帰っていいぞ」

「……」

ジャンは呆然としたまま、その場に立ち尽くしていた。


***

それから一週間後。「おい、ジャン。仕事だ」

「はい……」

ジャンは暗い表情で立ち上がった。

「何をしている? 早く行くぞ」

「……」

「おい、どうしたんだ? 早くしろ!」

「は、はい」

「大変なことになった。異星人の脱税がバレた。宇宙税務署の査察が入った。異星人は容疑者として身柄を拘束された。お前は早く逃げろ」

「逃げろったって?」

「バカ。ファイナルアークだ。船に乗ってお前だけでも逃げろ。元気でな」

「バオバブはどうするんですか?」

「あたしは逃げるわけにはいかない。最後まで見届けないといけないんだ」

「そんな……」

「ほら、さっさと行け! そして二度と戻ってくるんじゃないよ」

「バオバブ、今までありがとう」

ジャンは涙ぐみながら言った。

「ふん、バカめ」

こうして、ジャンは宇宙船に乗り込んだ。しかし、船は発進しない。

「あの、バオバブが乗って行かないと動かないんですけど」

「何だと? ふざけやがって。あいつ、あたしを売る気だったのか?」

怒り心頭のバオバブだったが、すぐに考え直してジャンの方を振り向く。

「仕方ない。お前も一緒に来るんだ」

「ええっ!?」

「文句あるのかい?」

「いえ、ありません」

かくしてジャンはバオバブと共に惑星脱出することになった。

「おい、ジャン。よく聞け」

バオバブはジャンに語りかけた。

「なんでしょう?」

「これからあたしらは惑星外に逃げることになる。だが、そこで問題が発生する。わかるか?」

「はい、わかります」

ジャンは神妙な面持ちで答えた。

「じゃあ言ってみな」

「この船が動きません」

「そうだ。この船の動力源はファイナルアークだ。だから、エネルギーがないと動かんのだ」

「どうしたらいいんですか?」

「うむ、それなんだが……」

バオバブはしばらく思案していたが、やがて意を決したように話し始めた。

「ジャン。お前、ファイナルアークのエネルギーになりなさい」

「えっ? 僕が、ですか?」

「ああ、そうだよ」

「でもどうやって?」

「それはだな……

こうやってだ!」

バオバブはジャンの頭をわしづかみにした。

「ちょ、ちょっと何を……

ぎゃぁぁぁっ!」

ジャンの身体に異変が起こった。彼の全身から緑色の粘液状のものが染み出してきた。

「わ、私は一体どうなったんだ?」

ジャンは自分の身体を見回した。その瞳からは光が消えている。

「ふふふ、お前は今からファイナルアークになるのさ」

バオバブはジャンを指差しながら笑った。

「バオバブ様。これはどういうことでしょう?」

「うむ、実はな、この星には特殊な鉱石があるんだ。その石には生物を無機物に変える力が備わっているんだよ」

「な、なんてことだ……」

「さて、ジャン。お前は機械になった。もう人間ではない。お前はファイナルアークなのだ!」

「私が……

ファイナルアーク?」

「そうさ、さあ、行くぞ!」

こうしてジャンはファイナルアークに変身した。

***

「バオバブ様。どこに行くのでしょうか?」

「まあまあ、黙ってついて来い」

バオバブはジャンを連れて宇宙空間へと飛び出した。そして、惑星から遠く離れたところで停止し、ジャンの背中を押した。

「さあさあ、ジャン。行ってこい!」

「了解しました」

ジャンは宇宙の彼方に向かって飛び立った。

「さあて、うまくいくかな?」

バオバブはジャンが飛んで行った方角を見ながらつぶやいた。


***

一方、その頃。惑星では異星人たちが捕まっていた。

「おい、異星人ども! 観念しろ! お前たちの悪事は全部わかってるんだ」

警官隊のリーダーらしき男が叫んだ。

「くそっ、俺たちは何もしていない!」

「嘘をつけ!」

「本当だ!」

「うるさい!」

リーダーは銃を構えた。

「おい、やめろ!」

異星人たちは必死になって抵抗したが、多勢に無勢で全員逮捕された。

その後、異星人の工場プラントは閉鎖され、惑星には平和が戻った。


***

それからしばらくして、惑星の上空を一人の巨人が通り過ぎた。「あれは何だろう? UFOか?」

「いや、違うみたいだぞ」

人々は空を見上げてざわついた。巨人の頭上にはバオバブの姿があった。

「バオバブだ! バオバブが戻ってきたんだ」

「おーいっ! みんな、戻って来たよーっ!」

バオバブの姿を見つけた人々が歓喜の声を上げる。バオバブはゆっくりと降下し、地面に降り立った。

「バオバブだ。バオバブが帰ってきた」

「バオバブ、おかえりなさい」

「バオバブ、バオバブ、バオバブ」

人々に囲まれながら、バオバブは笑顔を浮かべていた。

「バオバブ、何でこんなところに来たんだ?」

「そうだ、何か用事があるんじゃないのか?」

「うん、実はね……」

バオバブはジャンのことを説明した。「な、なんだと!? あのジャンがファイナルアークに!?」

「ああ、そうなんだ。だから、あたしはジャンを探しに行かなくちゃいけない」

「なるほど、そういうことだったか。よし、俺も手伝おう」

こうして、バオバブは仲間を引き連れてジャンを探す旅に出た。

――完――



このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください