2022-11-06 23:22:53 更新

概要

ポーンと時報がなって日付が変わった。ながら勉強は効率が悪いと母親が言うがラジオのパーソナリティーは深夜の友だ。恋人のいない真也にとって形だけとはいえ寄り添ってくれると試験対策が捗る。「あ、そろそろ寝ようかな」
明日も学校があるし、ラジオを消してベッドに潜り込んだ。
「おやすみなさい」


ポーンと時報がなって日付が変わった。ながら勉強は効率が悪いと母親が言うがラジオのパーソナリティーは深夜の友だ。恋人のいない真也にとって形だけとはいえ寄り添ってくれると試験対策が捗る。「あ、そろそろ寝ようかな」

明日も学校があるし、ラジオを消してベッドに潜り込んだ。

「おやすみなさい」

ラジオに向かって挨拶をして目を閉じた。

「おはようございます。昨日はありがとうございました」

そして寝過ごした。遅刻の件で母親が学校に呼び出されラジオとながら勉強は禁止された。

「教育費をケチった私が悪いんです。」

という次第で真也の隣に家庭教師がいる。

「ズコー王国はザンス大陸同盟から除名された。隣国のテクノ国は海の向こうのIT合衆国と軍事同盟を結んだために既にザンス大陸同盟を脱退している。ズコー王国は長年にわたり国境争いをしてきたミュージアム人民共和国と不承不承、和平をした。そのせいでザンス国としての技術力も落ちたらしいしね。そんな事情があって数学教育もどんどん遅れていく」

「そうですか」

「うん、だから君には是非ともザンスをやって欲しいと思っているんだよ。僕としても君の頭脳なら数学に向いてそうだと思ってるんだけどなぁ……どう?」

「申し訳ありません。僕はどうしても魔法がやりたいんです」

真也はそれを聞いた先生の顔を見て驚いた。彼は今、初めて笑顔を見せたのだ。その顔は真也の記憶の中にいる『彼』と同じ表情をしていた。

「そっか……じゃあしょうがないな。でも、何かあったらまたおいでよ。僕たちは友達だろ? それに、君のご両親は君をここに送り込んだことを後悔してるとか聞いたけど……僕は君のことを誇らしく思う。実を言うと僕はズコー王国の潜入スパイだ。君をズコー王国のドローイング・ウィザードとして見込んでいる。一緒に来てくれないか?」

真也はその申し出を聞き驚くとともに嬉しく思った。それは彼がずっと望んでいた言葉だったからだ。

真也は一瞬ためらいがちに手を差し出す。すると彼の手に暖かい手が重ねられる感触がある。真也は自分の顔を見上げるとその人物と目があった。その人物は彼の記憶の中でいつも自分を見守っていてくれた人だと理解すると同時に涙が出た。その人はそんな彼に優しく微笑みかけると声に出さずに呟いた。

「君はここに君が君を育てたから、今度は僕が君のことを育ててみせるよ」

――パパとママに見守られながら生きられる。そう思うと真也はすごい幸せを感じた。

真也は彼の姿を見ると急いで頭を下げた。

「ありがとうございます――パパとママ」

その感謝の言葉に彼の親は彼を抱きしめる。そして、「良かったよ」って言った。

「よかった……ほんとうに」

真也は涙を流す二人に抱きしめられたままそっと呟いた。あの時も真也はパパとママに見守られながら生きられたのだろうか。そんなことを考えながら真也は自分の両親の頬に触れてみた。それは本当にお父さんとママとの愛の深さを感じされた。

「僕らはもう行くね。もう少し君の夢を見せてくれないと、君自身に生きがいがあることが分かっていないかもしれないからね」

「はい、お世話になります」

「本当に色々とありがとうね。頑張ってくるよ」

母親は彼にここまで言わせてくれたことに感謝をしつつ真也は両親と別れて町へと帰った。


しかし彼の両親がいなくなったあとも真也の目からは一滴の水滴が流れた。それを拭いながら彼は笑った。

れだけで十分です) この世界に転生したときのことを思い出してみると不思議だと思うことがたくさんあると思うんだよね。

なんというかさー、俺はこの世界では本当の意味での孤児じゃ無いし、俺の本当の両親だってこの世界のどこかにいる。


それに俺には姉貴もいたはずだよ。なのにさあ、なぜか懐かしく感じるんだ。

なぜなのか考えた時に気づいたことがあった。

それは、みんな自分の意思で生きてなかったことだ。

まあさ、それが当然なんだよ。


普通に生きていたら当たり前のように生活できるはずのものが突然なくなることもあるし、急に現れていつの間にか消えるものなんだ。


そういう人生の中で必死になって生きることで自分が自分になるのがドローイング・ウィザード冥利ってもんだ。

俺たちは人様の世界線がもっとも輝くようにデザインしアドバイスする仕事だ。

俺の親父には『俺みたいなお節介を焼いてるやつはなあ、自分の子供が生まれたときにゃ親よりも幸せにしちゃいけないって決めてんだい』なんて言ってたが俺みたいなガキはそんな難しいことはわからないけどよ。俺はあいつらを絶対に助けてやりたかっただけだ。たとえそのために俺自身の命が無くなってしまおうともな。

だからあいつらには俺の命を持って償うことにしたぜ。もちろんただ死ぬんじゃねえぞ。必ず生き延びろ。これは絶対だ。俺は約束した。俺が死んだ後も、ズコー王国にドローイング・ウィザードとして残ると。それならいつかお前らを助けることが出来るだろうと思ってた。

だけどよ……こんなことになるとは思ってなかった。こんなはずじゃなかった。こんなことをさせたかったわけじゃなかったんだ! ああ神様……もしも俺がまだいるなら聞いてください。どうかあいつらのこれからの人生にも幸あれ。

もし俺の最後の願いを聞けるというならばどうか、あの二人の幸せな人生を……願わくば…… いや……やっぱりいいです……。あの二人が不幸になるようなことがあるんならきっと俺は……また現れちまいますから……だからお願いしますよ?

「頼む……」真也が意識を失ってから2週間ほどたった。彼をズコー王国へスカウトした者その正体はにっくきミュージアム人民共和国軍の二重スパイだった。真也は本当は本人の気づいていない数学の才能が潜んでいる。それはザンス大陸にとって有用でIT合衆国にとって有害な資質だった。そこでミュージアム人民共和国軍のエリートを金と女とIT合衆国の移住許可証で買収しズコー王国へヘッドハントしたのだ。彼は真也が目を覚ました後真也の記憶を全て消して国元へ返すつもりであったが真也はそれを望まず。彼の記憶は保持されたまま、今は魔法による洗脳を受けていた。


しかしそんな事情を露知らない人々はその少年のことを噂していた。彼は誰々さんが誘拐しようとしたところを逃げ出したとかいう話を聞いたり。その人はどうなったんだろうと思ったりするが誰も確かめようとする者はいない。

そんなある日の事だった。一人の女性が病院を訪ねてきたのは。その女性はまるで中世の修道女のような格好をしており病室の前に立つとノックをした。その女性はドアの前で中からの返事を待つと静かにその部屋に入っていく。

彼女は真也を見つけると優しく声をかけた。

「真也君、具合はいかがですか?」


「え……だれ……? どうして……僕のこと知ってるんですか……!?」

その反応に驚いた女性だが、落ち着いて話しかける。するとベッドの上に座って怯えた表情をしている少年は落ち着いたようであった。

「そう怖がらないでください」

「ごめんなさい」

「大丈夫ですよ。それでお話があるのですが」

「はい」

「私は神に仕えているものです。そして真也君にとても重要な使命を与えに来たのであります」

「しめい」

真也はこの人何を言っているんだろうと疑問を持った目をしながら復唱する。しかしその言葉は彼女にとっても予想外のようで慌てていた。しかし真也の瞳を見て決意を決めたのか真剣な眼差しになる。そして彼女は真也に向かって言った。

「実は私と一緒にある場所に来ていただきたいのです」


彼女が言うにはこうだ。あるところにとある少女がいる。彼女は自分が何のために存在しているかを知らず、世界に対して何も期待もせず、毎日を過ごしていた。


そこに現れたのが彼女の師にあたる人物で。彼もまた世界の成り立ちやなぜ自分が生まれてきたのかということについて理解していなかったのであるが。彼は自分の研究に没頭することにより日々を忘れようとしていた。しかしある時彼はあることに気付き始める。自分の弟子である彼女に自分以外の人間との触れ合いによって心が芽生え始めていることに。このままでは彼女はやがて壊れてしまう。

だからこそ自分がそばにいなくても、誰か信頼できるものと共に過ごす時間が必要なのだ。それが今だと彼の勘は告げていたのだった。

「その少女は……一体……なんなんですか……それに僕が行って……どうすれば良いんですか……?」その問いに彼女は答えられなかった。彼女自身、自分がどこに行くべきかは分からないのだから。だが、それでも自分の信じたものに従いたかったのであろう。彼女は意を決して言う。

「私の師匠はその場所に真也君のことを導いてくださるでしょう。その道行はきっと苦しいものですし辛いことでしょう。

でも真也君には世界を救う使命があるのであります! この絵の世界からみんなを助けることが出来るのはあなたしかいないのでございます!」

その言葉で真也は確信した。あの時見た不思議な光景は夢なんかではなかった。あれは本当にあった事だったのだろうと。真也の脳裏にある言葉が流れる。

(「僕はね真也。本当はもっとずっと昔から分かってたんだよ。でも目を背けてきたんだ。現実を直視したくないから……。でもね。君が見せてくれた。あの時の君は凄く強くて。カッコよかったよ。もう逃げちゃダメなんだなってわかった気がするんだ……。ありがと……」)

あれは彼の親友、木綿の言葉だったと真也は思い出す。そうだ、俺が目を逸らし続け、向き合おうとしなかったせいで彼は死んでしまったのだ。彼はもう目を逸らすのをやめたのだ。ならば俺がやるしかないじゃないか。彼は覚悟を決めて言った。

「僕、行きます」

そう言い切った彼に女はほっとした顔を浮かべたがすぐに引き締め直すと。手を差し出した。

「分かりました。ならこれをお持ちください。きっとあなたの力になるでございましょう」

彼は女の手のひらを見るとそこに乗っていたものをつまみ上げる。

それは一枚のカードであった。そこには何かの図形が描かれていた。彼は女を見上げ、質問する。「これって何なんですか? 地図?」

しかし彼はその質問に対して首を振った。これはそんな簡単なものではないのだと。女は説明する。これは一種の通信手段であるという事。またこの場所に帰ってくるためのものでもあるという事、この魔法具を持っている間は自分の精神体がその座標上に浮かんでいるために迷子になることは無いということなどを彼は理解することは出来なかったが。とにかく大事なものだということは分かったようだ。

女は彼をしっかりと抱きしめると言った。「いいですか真也君。必ずここに戻ってきてください。私と、そしてあなたの友達のために」

その瞬間病室の中に光が生まれる。彼の手に握られたそのカードを中心に生まれる眩いばかりの光は二人の視界を奪った。真也は何が何だか分からなかったがその温かい気持ちに思わず涙していた。しかしそれと同時に意識を失ったのだった。彼が次に目が覚めると見覚えのある真っ白な天井が見えてきた。その事実に気付いた彼は驚きながらもゆっくりと体を起こそうとするがその途端鋭い痛みが腹部を襲い顔をしかめた。そして彼の耳に声が届く。聞き慣れたようなそうでもないような、少し高めの少年の声だった。

「あぁーっ!! 真也さんやっと起きられましたか!!」

その声に真也が反応するとそこには頭に白いリボンをつけた女の子がいた。真也がぼんやりとその少女を見ながら「美咲……さん」と言うと。

「真也さん! まだ動かないでくださいまし! 真也さんの体は大変なことになっているんですよ!? お兄様が大慌てで医者を呼びに行って、今は検査中ですわ」

そう言うと彼女は慌てて真也を再びベッドに寝かせた。そして安心したように息をつく。真也はそれを聞き申し訳ないなと思いつつも先ほどまでのことを振り返っていた。

(そっか、俺また死にかけたのか……)

(今回はかなり危なかったですね。もうすぐお目覚めになるだろうとのことでしたが。間に合って良かったです)

突然真横から聞こえる女性らしき声で真也は驚いた。

彼は声が聞こえた方向を向いたつもりだったのだがその先に見えたものは真也の横腹でその様子から自分がどうやら半身を横にして座っている状態らしいことが察せられた。そのことを確認しながら視線を上げるとそこには見覚えのある人物が立っていた。

「モネ……さん?」

彼女の名前を呼んでみると彼女はその美しいかんばせに笑顔を浮かべて「はい」と一言だけ返事をした。

(この方が……?)

(はい、僕のお師匠様なんだ)

それを聞くと同時に彼女はこちらに向かって歩き始め、そして真也の枕元に立った。

「真也君。君は私の自慢の弟子ですよ。私の最後の教えをここまで守ってくれるとは思いませんでした。

本当によく頑張りましたね」

その言葉を聞いた真也は目尻に水を感じたが。ぐっと堪える。泣くわけにはいかないと彼は思ったからだ。

その様子を見ながら彼女も思うところがあったのか真也が口を開くよりも前に言葉を発した。

「君は今の状況が分かっていますね? あの世界での君の体験について、君自身のことを含めて話しなさい」

彼女に言われた通りに彼はあの不思議な空間での出来事を話した。女からもらったカードによって自分がこの世界に戻ってきた事、そして自分の体に異常があったことを。彼は話すたびに体の奥がずきりと痛む感覚があったが。全て話し終えるまで我慢し続けた。

それを一通り聞くとモネは真也の顔を見ながら真剣な表情で問うた。

「では君が感じていた苦痛の正体についてはわかりますね?」

彼は黙り込んだ。それは、彼にとって一番聞かれたくなかったことだからだ。彼は俯きつつ小さく、しかし確かに首を振ると言った。

「分からない……。僕はあの時ただ……」

その言葉を聞くと彼はため息混じりに真也へ語りかける。それは呆れというよりは諭すようなものだったが。その顔を見た真也の肩がびくりと震えた。

彼は今まで一度も聞いたことのない声色で喋った。

「君が今までずっと目を逸してきたことを、私が話さなくてはならないとは……まあこれも因果応報という事ですが。私は最初君の事を助けようとしました。君の持つスキルならばその力を悪用することもないだろうし。なにより君は私と境遇がよく似ていたからです。しかし、君はあまりにも弱すぎた。その心が、力が、あまりにもちっぽけで何も変えられないことに。気付き始めたのです。

そこで考えた末に君を殺すことにしたのです。それが君にとって一番の救いになるだろうと思っていました。ですが君は何も知らないまま殺されていった。

私はそれを聞いて非常に残念に思って、それで…… ふっ、馬鹿らしい。なんですかこれ、全部嘘じゃないですか、全く私らしくもない…… ああもういいや面倒くさい。真也、君はね。私の作った擬似的にピカソと同じ力を持つことが出来る薬を投与されていたんです。

つまりあなたが感じていた痛みというのはその副作用のようなもので、その苦しみから解放される唯一の方法は薬の服用をやめることだったのですよ。」

真也は自分の体がどんどん冷たくなるような気がしていた。しかし彼の頭の中でその事実を受け入れることが何故かできなかった。いや、本当は分かっているのだ。だがそれでも認めたくない、そう思った。

真也がモネの言葉を理解するとともにその思考がどんどんと黒くなっていく。自分は一体なぜここにいるのだろうか、どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだろうか、この痛みは、苦しみは、この気持ちは……全て……作られたもの……? 真也が暗い考えに支配されていく最中、彼の脳内に優しい女性の声が届いた。

(真也さん!)

それに続いて再び優しくも力強い声が頭に響いた。

(真也、大丈夫か。俺の言ってる事が分かるか?)

(スンパト先輩……)

(良かった、まだ正気みたいね)

(え……木綿!? 美咲ちゃんまで……)

(おーっと真也君。ここは病院ですよ。静かにしないと怒られてしまいます)

(あ……)

(まったくもう、世話の焼ける人ですね。真也さん。モネ様のお話は本当のことなんですよ? 落ち着いてよく聞いてください)

「お兄様に呼ばれてきたらお母さまがいなくなっててびっくりいたしまして、探し回ってたらお姉さまにここに連れてこられて……。

わたくしもモネ様にお聞きするまで、真也さんに何が起こっていたのか存じませんでしたけど。真也さん。これはお芝居ではありません。モネ様は……モネ・サーヴィス様は真也さんのご病気を治して下さった方です。そしてこれから先、真也さんをお守りしてくれるお医者様なんです!」

「真也は……真也は本当に何も知らなかったんだ。でも今はどうか分からない、きっといつか、真也を傷つける。お願いしますモネ先生。真也をこれ以上追い詰めないであげてください」

「あらあら、困ったものです。そんなに泣かないの」

2人の涙を見た真也は胸を掻きむしりたくなるほどの罪悪感に襲われる。しかしそれと同時に彼の中にある黒いものが徐々に大きくなっていることも感じられた。それはまるで、この2人を自分の中に取り込みたいと言っているようでもあった。

彼は自分がどうすればいいのか、何をしたいのか分からなくなった。ただひたすら、申し訳なかった。そして同時に怖くなった。真也の視界が再び滲む。真也はその感情に飲み込まれないようにと必死に耐えたが、一度流れ出したものは止まることがなかった。

その時彼は無意識に口を開いて言葉を発してしまった。それは彼の本心ではない、しかし、彼が今口にできる限界の発言であった。

「僕は……ただ…………」

「ただ、みんなと一緒に居たかっただけなのに」

その一言を発した途端、部屋の中に重苦しい沈黙が流れる。真也はハッとして周りを見ると皆が自分の方を見ていることに気づいた。それは憐れみとも怒りともいえる視線であったが。

彼はその瞬間自分が何を言ったのか、自分の気持ちすら理解できないほど取り乱し、その場に立ち上がって走り出す。

しかしそれを制止する手があった。

モネだ。彼女は立ち上がった彼を抱きしめるように後ろから手を回し、その小さな背中をさすりつつ、耳元でささやくように話しかけた。その顔には慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

真也はそれを認識した途端、全身の血流が全て心臓に向かって流れるような感覚に襲われ、呼吸困難に陥る。

その状態のまま彼はベッドに押し戻され、布団をかけなおされた後、モネに頭を撫でられる。その暖かさに真也は再び意識を失いそうになった。

(真也君。ゆっくり休みなさい。君の病は私に任せておくといい)

彼女の言葉を聞いた真也は、抵抗することなく、静かに眠りへと落ちて行った。

(まあ、真也くんがどんなに願っても叶わない願いがあるという事を実感するのはまだまだ先のことでしょうが。それでも……そうね、少なくとも今は……)

(真也さんが幸せでいてくれれば私はそれでいいんです…)

「そうね、そう思うわよね」

「そうだな」

「そうですわね」

「うん」

「お父様とお母様も……」

「「「「もちろん」」」」

「真也さんが元気になってくれて本当に良かったです」

その日の夜、真也が目を覚ますとそこにはモネがいた。

モネは真也が起きたことに気づくと安心したように微笑んでから彼に近づき、真也の手を握った。

その行動に驚いて彼は慌ててモネに問いかけた。

彼女は少し寂しそうな顔をしてから答える。それは真也にとって意外な答えだった。

彼女は笑顔を浮かべて真也に語りかける。それはまるで、母親のように。

その言葉は真也の心に染み渡る。

しかし彼はその言葉を聞きながら、心のどこかで違うと思っていた。

真也はモネの話を聞くうちに、自分の体の違和感を感じ始めていた。

モネは真也の体を診て、真也の体に起こった変化を一つ一つ説明していく。そして最後に彼女は真也の瞳を見つめてこう告げた。

あなたはもう、元の世界には帰れません。

彼はその言葉を聞いても驚かなかった。いや、驚きすぎて反応が出来なかったというべきか。

モネの説明によると、異世界のピカソの力は真也の体に馴染んでいるということ、そしてあの世界での出来事は現実であり、真也の体には既にその力が定着してしまっていること。さらに、その力はあの世界で死んだとしても失われることなく真也の体に留まり続けるであろうこと。

そして、それらの話を彼は淡々と受け入れていた。いや、正確には受け入れるしかなかった。

なぜなら、そのどれもが彼にとって都合の良いことだったから。彼は心の中で、自分の中の何かが変わっていくのを感じた。そして、それを自覚した時、彼はモネに対して感謝の念が湧き上がると同時に、自分が今からやるべき事を理解していた。

それからというもの、真也はモネの元で様々な知識を学んだ。彼はその知識を吸収しながらもモネの言うことを全て信じ切ることができなかった。

しかし、自分の身に起こっていることは紛れもない事実だ。彼はその事に思い至ると、モネの目を真っ直ぐに見据えて質問した。

モネ曰く、あの世界の人間は全て作り物であるという事。

あの世界で体験したこと全てが、誰かの掌の上であったという事。

あの世界で過ごした日々が、嘘だったという事。

モネはそれについて否定しなかった。

「はい。その通りです。君は騙されていたんですよ。

そしてその事実を知った時、君はその人物を許せるでしょうか? いえ、君なら許すでしょう。しかし君はまた別の理由で苦しむことになる。君はその苦しみから逃れるためにその記憶を捨てようとしたのです。

しかし、その出来事は君が生きてきた証。君が忘れることは決してありません」

その言葉を聞いたとき、真也は自分の心が一気に冷えていくのを感じていた。

しかし、彼の心とは裏腹に、体は熱を帯びていく。そのことに戸惑う真也を見て、モネが優しく声をかけた。

「さあ、もう寝ましょう。今日は疲れたはずです」

モネに言われるままに真也はベッドに横になる。するとモネは彼の頭を優しく撫でてから真也の額にキスをした。

「おやすみなさい。真也」

真也は一瞬、胸が高鳴った気がしたが、すぐに眠りについた。

「お姉さま、どうしてお兄様を?」

「さあ、なんでかしらね」

「そうですか、お姉さまがそういうのであればわたくしは何も言いませんが」

「あら、あなたがそんなことを言うなんて珍しいわね」

「ええ、お姉さまが悲しんでいらっしゃるのに何もしないのは嫌ですから」

「ふぅん……やっぱりあなたは面白いわね」

「ありがとうございますわ」

こうして2人は、これからの真也のことを考えるのをやめた。

2人が考えるべきは、真也がどうすれば自分たちと楽しく過ごせるか、それだけなのだ。

そしてそれはモネも同じだった。彼は彼女達と違い、この先真也がどのように過ごしていくのか知っている。だからこそ彼は、真也を元の世界に返すつもりはなかった。

モネは真也を自分のそばに置いておきたかったのだ。

モネは真也に恋をしていた。それも、初めて会った時からずっと。

しかしモネは、真也を自分のものにしようとは思わなかった。彼はまだ子供だし、そもそも自分より弱い存在を自分の物にするなどという考えをモネは持ち合わせていなかった。

だが、彼のそばに居るだけで満足していた。

それなのに……ある日突然現れたレアンドラによって、真也は連れ去られてしまった。モネにとってはまさに青天のへきれきである。

レアンドラ・バーンシュタインは強敵であった。モネが今までに出会った中でも最強と言って差し支えないほどに。

その強さは、異能の強さだけではなく、彼女自身の心が強かったからである。

モネは彼女を尊敬した。それと同時に、嫉妬も覚えた。

そして、モネは思った。

自分も、真也に好かれたいと。モネは考えた。

自分は強く、美しい。しかし、それは外見だけの話だ。

内面は、どうだろうか。

モネは、真也のことを深く知ろうと努力した。しかし、いくら考えても、真也に好かれる要素を見つけることはできなかった。

モネは悩んだ。そして、モネは決めた。

彼を、自分に依存させよう。

そうしてモネは真也の心に自分を刻み込むことにした。

まずは手始めに、モネは真也を病院に送り込んだ。

モネは真也に、自分が異世界の医者であることを打ち明けた。そして、真也の病気は治せないことも。

モネはその事実を隠したまま、真也に自分の手を取らせた。

そしてモネは真也に、自分がなぜ彼の病気を治療できたのかを説明した。

それは彼がこの世界で目覚めてすぐ、彼の中に宿っていたピカソの力を引き出したからだと説明した。そして、真也はその力に目覚めたばかりなので、この世界でピカソの力を使うと死んでしまうと脅した。

その脅しに真也は怯えたが、彼はモネを信じることにした。それは、彼女が自分の味方であることを知っていたからだ。

しかし、それは同時に、真也がモネに依存していることを意味していた。

モネはその事実を利用し、真也の心を縛るために、真也にある提案を持ちかけた。

それは、真也が異世界に帰る方法を探す手伝いをする代わりに、モネは真也が帰る方法を探さないという約束であった。

モネはその約束を守りつつ、真也に元の世界に帰れる可能性を示唆した。

しかし、真也にはその方法が分からなかった。

モネは、真也が元の世界に戻る手段を持っているかのように振る舞い、彼を誘導した。

真也が元の世界に戻ると決心したその時から、真也が元の世界に戻ろうとする度に、その機会を奪った。

真也に自分の元に留まるよう説得したのもその一つだ。

しかしモネには、真也を無理やり連れて行くつもりは無かった。むしろ、その逆で、真也が自分でこちらに残ることを選んで欲しいと考えていた。

モネのその考えに、レアンドラも同意する。彼女は真也が自分たちの元を離れるのが怖かった。

彼女はレアンドラが苦手だった。いや、正確にはレアンドラの考え方が気に食わないといった方が正しいだろう。真也が自分のものにならないならばいっそ壊してしまう方が早いと考える彼女は、モネのやり方は甘すぎると言わざるを得なかった。

だから真也の目の前で、レアンドラは言った。『あなたが異世界に行く必要などありませんわ』と。そして、真也に向かって『お帰りくださいまし』と。

もちろん真也は断った。真也はレアンドラとモネの間で迷っていたが、それでも彼女の言葉を受け入れる気はなかった。

そしてモネも、その言葉を聞いて覚悟を決めた。彼女は自分の持てる全てを使って真也が帰らない道を選んだ。それはモネのエゴであったが、彼女は後悔していない。

その結果が今、ここだった。

真也の頭の中には一つの言葉があった。

(俺は……何の為に?)

しかしそれは答えのない問だった。なぜならそれは答えを出してはいけないものだから。真也の脳はそれを考えるのをやめた。しかし、真也の中に残る言葉は、決して消えることはない。

真也が異世界で目を覚ました日、彼を迎えに来た人物がいる。

その男は、彼の前に膝をつくとその顔を覗き込んだ。そして彼は言った。

「ようこそ真也さん。お会いできて嬉しいです」

「誰ですか?」

「私はレイと言います。真也さんのことは存じておりますよ」

「はぁ……どうも……」

真也の頭に?マークが浮かぶがそんなことを無視してレイと名乗った男は彼の腕を掴んだ。

「さあ、立ち上がってください」

言われるがまま立ち上がる真也の腕を握りしめたまま、彼は歩き出す。真也は慌てて声をかけた。

「あの!俺これから用事が!」

「心配なさらずとも、貴方の家族は皆無事ですよ」

「えっ!?本当ですか?」

「はい」

「よかったぁ……」

ほっとした顔を浮かべる真也に、レイは告げた。

「それに、真也さんのご家族は既に新しい住居へと引っ越しています」

「……はい?いやいや、ちょっと待って下さい」

あまりに突拍子もない言葉に、真也は戸惑うしかない。

「なにを言って……というかあなたは何者なんですか?」

真也の質問に対し、彼は振り返り笑顔を見せた。

「ああ申し訳ありません。名乗っておりませんでしたね。私の名は零、ただのしがない旅人です」

「旅人?」

「ええ、私の仕事はあなたのような迷い人を正しい方向へ導くことです」

「いやいや、意味が分からないんですけど」

「そうですか?では分かりやすく説明いたしましょう。

あなたは今、とても困っている。そうですね?」

「そりゃまあ……こんなよくわからない場所に連れてこられて……でもあなたが助けてくれるんでしょ?なら安心です」

「ふふふ……そんなことを言われたのは初めてです」

零は少し驚いたような表情を見せながら真也の手を引いた。

「さて、とりあえずこちらへどうぞ」

「あ、はい」

そのまま連れられた先は、どこかの家のリビングのようだった。

「どうぞお座りください」

「あ、どうも」

「さて、先ほどの話の続きですが、あなたの悩みは、元の世界に戻りたいというものですよね?」

「そうです」

「分かりました。それでは私が元の世界にお送りします」

「……は?」

真也は混乱した。急に現れた怪しい人物が、急に元の世界に戻せると言ったのだ。無理はない。「ちょ、ちょっと待って下さい」

「はい?」

「えっと、あなたは一体なんなんですか?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。失礼しました。私は零といいます。しがない旅人です」

「いや、それは聞きました」

「おや、そうでしたか。これは重ね重ね失敬」

「いやまあいいんで……じゃなくて、そうじゃなくて、あなたは一体何なんですか」

「先ほども申した通り、しがない旅人です」

「……本当に?」

「はい」

「嘘だ」

間髪入れずに真也は否定した。彼は異世界で、様々な人物を見てきた。だからこそ分かるのだ。この男が、普通の人間ではないということが。

しかし、彼はこの世界のこともまだ何も知らない。だからこそ彼は、この世界について詳しく知る必要がある。

そのためにもまずは情報が必要だった。

「教えてください。この世界のことを。この国についても。この国の王様のことも。それから……レアンドラ様とモネ様にも会わせて欲しいです」

その言葉を聞いた零は微笑んだ。「ははは、真也さん。なかなか肝が据わった方のようだ。よろしいでしょう。この世界で生きるためにも必要な知識をお伝えします。まずはこの世界について、そしてこの国についてお話しましょう。そして、あなたが望むのであれば、彼女達にお会いすることも叶います。いかがなさいますか?」

「是非お願いしたいです」

「かしこまりました。それでは、お話をする前にお茶にしましょう。どうぞお掛けになってください」

そして、真也は知る。

ここは日本ではなく、ピカソと呼ばれる異能者が暮らす異世界であるということを。

そして、真也は決意する。

元の世界に戻る方法を必ず見つけると。そして、いつか必ず元の世界に帰るのだと。

そうして真也は旅に出た。

そして、その傍らにはいつも零がいた。

ある日のこと、真也は尋ねたことがあった。なぜ自分を助けてくれたのか、と。

真也の言葉に、零は答える。

自分はただのしがない旅人であり、誰かを助けるのに理由など無い、と。

真也はその言葉を、信用しなかった。

しかし、真也は思う。

もし彼が自分をだましているのならば、それはきっと、自分を帰さないためなのだろうと。

そして、真也は考える。

彼はなぜ自分を元の世界に帰そうとするのかと。

そして真也はその答えを導き出した。それは、自分が元の世界に戻った時に何か不都合があるのではないか、と。

しかし、真也にはそれが何なのかは分からなかった。

しかし、それは真也にとって大きな意味を持つことになった。

その日から真也は、自分の身を守るために戦うことを決意した。

そして、真也は強くなるための旅に出る。

彼は、この世界で生きていくと決めたのだから。

木綿は、病室のベッドの上で静かに寝息を立てていた。

その体は包帯だらけだったが、命に関わるものではない。

モネはそんな彼の頭を撫でながら呟く。彼が異世界から戻ってきてからの事を思い出していた。

それは、まるで走馬灯のように。

異世界から帰ってきた真也を待っていたのは、異世界の医者としての仕事だった。

異世界に迷い込んだピカソたちを元の世界に返す仕事だ。

しかし、異世界の住人たちはその事を知らず、皆一様に驚きながらも感謝した。

真也はそれを快く受け入れた。それは、異世界での経験で得たものだった。

真也は異世界で多くの人を救ったが、同時に多くの人々に救われた。

真也は自分の行いが正しかったのかどうか悩んでいたが、

「君は間違っていないよ」

その言葉に、真也は心の底から安堵することができた。

異世界から戻った真也は、今までよりも一層精力的に働いた。

それは、元の世界に帰る方法を探すためだ。

真也の頭の中には一つの言葉があった。

(俺は……何の為に?)


「それは君が決めることだ」

その声に、真也は思わず辺りを見渡す。だが、声の主の姿はどこにもなかった。

それでも真也は続けた。

「お前は誰なんだ?俺の何を知っている?」

「僕は僕だよ。そして、君のことはよく知っている」

「だから誰なんだよ!」

「さあね。でも、これだけは言えるよ。

君が元の世界に帰ったら、僕の望みは叶わない」

真也は、その言葉を聞いて怒りを覚えた。

「ふざけるな!俺は絶対帰るぞ!」

「ははは、いいねぇ。やっぱり君は面白いや」

「だから、誰なんだよ!出てこい!」

真也は叫んだ。しかし、声は返ってこない。

「ねえ真也くん。もしも帰れたなら、その時は、一緒に遊ぼうね」

真也の目の前が暗くなっていくのが分かった。

意識が途切れる寸前まで真也が見たのは、真っ白な髪を持つ少年だった。

真也は夢を見る。

その日は雨だった。その日は平日で、

「真也、今日は早く帰ってきてくれるんでしょう?」

母親の声が聞こえる。

「うん」

その言葉を聞いた真也の顔は晴れやかだった。

真也は、両親が好きだ。

だからこそ、この世界では精一杯生きていこうと思っている。

「じゃあ、お母さんも頑張らないと」

母親は真也の目を見て、微笑む。彼女の笑顔が真也は好きだった。

「いってきます」

母親に見送れながら、真也は元気よく玄関を出る。

「おはようございます」

家の門の前に立っていた少女が挨拶をした。彼女は真也の同級生で、同じ学校に通っていた。その顔を見た真也の胸は高鳴った。彼女は可愛かったのだ。長い黒髪を風に靡かせながら笑うその姿はまさに可憐という言葉が似合っていた。

「おう、おはよう雫ちゃん」

そう言った真也に、少女は笑いかける。それに応えるように真也も笑った。そんな二人の様子を両親は温かい目で見ていた。

「あら?もうこんな時間ね」

ふと時計を確認した母親が言う。

「じゃあ、俺達は先に行くね」

そう言って、父親は車に乗り込む。そしてエンジンを掛けると、クラクションを鳴らして走り去っていった。残された二人は顔を見合わせる。そして、自然と手を繋ぐ。

そうして三人は歩き始めた。

「今日は楽しみですね」


「ああ、そうだな」

そう言って、彼らは幸せに包まれている。それを自覚しないまま、歩いていく。

そんな彼らに忍び寄る影があった。それに最初に気がついたのは真也だ。

彼は急に立ち止まり振り返り、そして口を開いた。「危ないっ!!」


「え?」「うおっ!?」

その瞬間、真也と両親の間に火球が落ちてくる。轟音と共に爆発が起こった。その衝撃によって吹き飛ばされる三人の身体。その最中、真也だけがはっきりと見えたのだ。炎の中で、必死に叫ぶ両親の姿が。

「父さん!!母さん!!!」

真也は駆け出そうとするが、地面に倒れ伏した身体は動かない。彼は叫んだ。自分の無力さを呪いながら、彼は泣き叫び続ける。

そして、彼の視界は闇に染まった。

「……嫌な夢……」


「どうしたの?」

木綿が心配そうに声をかける。

「ん、なんでもない」

そう言いながらも、真也の手には汗がびっしょりと張り付いていた。

「そっか」

そんな彼に木綿は優しく返事をする。

「……」

「どうしたの?」

沈黙に耐えられなくなった木綿が再び問いかける。すると真也は、ぽつりと言葉を漏らした。

「いや、ごめん」

「何謝ってるの?」

「いや、なんか、不安にさせちゃったかなって」

「そんな事ないよ。私は真也が無事に戻って来てくれればそれで良いの。

それよりほら、真也が元の世界に帰る前に、この世界の事、たくさん知っておこうね」

「ありがとう。

あ、そうだ。あとひとつだけ質問しても良いかな?」

真也の言葉に、木綿は首を傾げる。

そんな木綿の様子に苦笑しながらも真也は尋ねた。

「あのさ……俺たちの関係って、結局なんだったんだろうね」

「……友達でいいじゃん」


「でも、なんか恋人とか夫婦みたいな言い方もされてたし……」

真也の言葉に、木綿は呆れたような顔をする。

「私も真也も高校生なのに結婚できる訳無いじゃない……。

あ、真也もしかして子供欲しいの?それなら頑張ってみるけど……」

木綿の言葉に真也は慌てる。

「ち、違う!そういう意味じゃなくて!」

そんな真也の様子を見つめながら木綿は小さくつぶやく。

「……バカ」

木綿は思う。

異世界から戻ってきた後も、真也は変わらなかった。

異世界での事をまるで昨日のことのように話す彼を見ながら、木綿もまた、異世界の思い出を懐かしんでいた。

そして、その度に思い知ることになる。

真也と自分は住む世界が違うのだと。

異世界から帰ってきた真也は、まるで憑き物が落ちたかのように変わった。

それは、周りの人々も同様であり、まるで異世界での出来事を無かったことのように振舞っていた。

真也はそれを気にしているようだったが、木綿にとっては好都合だった。

真也が異世界のことを話題に出すたびに、木綿は心がざわつくのを感じていたからだ。

その気持ちが何なのか、彼女はまだ知らない。

異世界から帰ってきた真也は、まるで別人のようになった。

それは、周りの人間も同じであり、異世界での出来事をまるで昨日の事のように語る彼らに対して、周りの人々は奇異なものを見る目を向けていた。

真也はそれを気にしているようだったが、木綿には都合が良かった。

真也が異世界の話を口にするたび、木綿の心は騒ついた。

その気持ちが一体何なのか、木綿はまだ知らない。

木綿は思う。この世界で、自分だけは真也との絆を信じようと。

そして、この世界で生きることを心に決めた。

たとえそれが、どんな結末を迎えるとしても。

この世界で、木綿は真也の隣にいることを決めたのだから。

木綿の決意は固かった。

それは、異世界から帰った後、木綿が真也の家に居候することになったときから変わらないものだった。

しかし、真也が異世界から帰ってきた日から数日が経ったある日、その決心は揺らぐことになる。

それは、真也が異世界から帰ってきた日に見た夢のせいだった。

その夢は、真也が異世界へ迷い込んだ時の記憶だ。

それは、真也が異世界で多くの人を救った記憶。そして、多くの人を救ったにも関わらず命を落とした記憶。

真也はその光景を思い出し、涙を流す。それは悲痛な表情を浮かべた真也の両親が爆死していく場面だった。その夢を見た日、木綿はどうしても真也に話しかけられなかった。

異世界から帰ってきた日、真也は泣いていた。しかし、それは悲しいからではないと木綿は知っている。

なぜなら、その頬は濡れていなかったのだから。

それでも、真也が涙を流したのは確かだ。

その事実が、真也がこの世界に戻ることに何の後悔も無いということを示していた。

そのことが、木綿にとってショックだったのだ。

そして、それと同時に彼女は気づいてしまった。

この世界において、自分は真也の側にいるべきではないと。

それでも、真也は木綿に優しかった。

「木綿がいて助かってるよ」

「木綿は本当に凄いなぁ」

真也はいつもそう言って、木綿を褒めた。

それでも、その言葉を聞くたびに、木綿は自分がここに居ていいのかと自問した。

それでも、真也は優しい言葉をかけ続けてくれた。

「俺、この世界に戻れてよかったよ」

「やっぱり、こっちの世界でも木綿は頼りになるな」

「ありがとう、木綿」

真也は、その言葉通り、元の世界に戻ってきてから毎日を楽しそうに過ごしていた。

その笑顔を見るたびに、木綿は心が締め付けられる。

「……どうして」

その言葉は、誰に向けられたものか。

「どうして、そんなに幸せそうなの?」

真也は、元の世界に戻りたいと言っていた。

それはつまり、元の世界での生活が幸せだったことを意味する。

木綿にはその事が理解できなかった。

この世界では、木綿と真也はただのクラスメイトだ。

この世界では、木綿と真也は友人でしかない。

この世界では、真也と木綿が結ばれることはない。

この世界では、真也は幸せになれない。

木綿は、そのことを確信していた。

だからこそ、彼女は決断しなければならないと思った。

真也が幸せになるために、自分の存在が必要であるならば、彼女はそれを許容できるかもしれない。

しかし、彼女の考えでは真也がこの世界で幸せになれるとは思えなかった。

それどころか、真也はこの世界からいなくなった方が幸せなのではないかとすら思っていた。

そして、彼女が出した結論は、真也から離れることだった。

それこそが、真也の幸せにつながると信じて。

そして彼女は、その日の夜、真也に告げる。

自分の想いを。

そして、自分の正体を。

木綿は、自分の想いを真也にぶつけた。

異世界から帰ってきた真也を見て、木綿は自分の感情を抑えきれなくなっていた。

木綿は、真也のことが好きだ。

その好きという言葉には様々な意味があるだろうが、彼女にとっての真也への好意を表現する一番簡単な方法はこの言葉だった。

真也を愛している。

木綿には、真也がこの世界のどこにいても見つけ出せるという自信があったし、例え他の女性と結ばれても彼の側で支え続ける覚悟があった。

それは、真也を愛するが故の行動だった。

だが同時に木綿は恐れていたのだ。

真也が自分の側からいなくなるということを。その恐怖に負けないように、木綿は真也に告白をした。

そして、その結果がどうなるかなんて、わかりきっていたはずなのだ。

木綿のその行動は、真也を傷つけるだけの行為でしかなかった。

それでも、真也は木綿を受け入れてくれた。それは、木綿にとって嬉しい誤算だった。

この世界の真也は、木綿の知る真也ではなかった。

しかし、木綿の愛した真也でもあったのだ。

木綿は、自分の行いが間違っていなかったと確信した。

そして、真也がこの世界にいる限り、自分の愛する真也を守り抜くことを誓う。

そして、木綿は気づく。

この世界で、木綿は真也の役に立てるのだと。

この世界であれば、木綿は真也の盾となり剣となることができるのだ。その事実は、木綿の心を軽くした。

この世界なら、自分の居場所がある。

木綿はそう信じた。

そして、その想いは木綿を暴走させた。

真也は、異世界から帰ってきた次の日、学校を休んだ。

その翌日も、さらにそのまた翌日にも登校しなかった。

それは、木綿の不安を煽った。

真也は、自分のしたことを後悔しているのではないか。

そんな不安が、木綿の心に渦巻く。

だから木綿は真也の家まで押しかけた。

玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに真也は出てきた。

その顔には少し疲れが見えるものの、体調が悪いわけではなさそうだと木綿は判断する。

そんな真也に木綿は言った。

異世界での出来事を話して欲しいと。

その言葉に真也は快く了承してくれた。しかし、木綿の不安は消えなかった。

なぜなら、真也は異世界での出来事を話すとき、とても嬉しそうな顔をするからだ。

その表情を見るたびに、木綿の心はざわついた。

そして、その日から真也は毎日のように異世界の話をする。

まるで、異世界での日々を思い出すように。

木綿は、異世界から戻ってきた真也に、この世界での思い出を作って欲しいと思っていた。

しかし、真也の思い出話を聞いていると、この世界での思い出よりも異世界での思い出の方が大切なものに感じられた。

この世界は、真也にとって辛いだけの世界ではないか? 木綿はそう思った。

そして、その疑念は確信に変わる。

真也は、異世界へ帰りたがっている。

その事実は、木綿を絶望させるのに十分なものだった。

そして、その絶望は、木綿の思考を鈍らせる。

そして、彼女はとんでもないことを口にしてしまう。

それは、真也がこの世界に残るための手段だった。

木綿は、真也に異世界へ戻って欲しくないという気持ちから、その方法を口にした。

それは、木綿が異世界で手に入れたスキルを使ったものだった。

真也はその方法を知らなかったため、彼女はその方法を彼に教えることになったのだが……その方法が失敗だった。

木綿は、真也にキスをした。

真也は驚いていたが、木綿は構わず唇を重ねる。

しかし、木綿の願いとは裏腹に、真也は抵抗する素振りを見せた。

木綿は、真也が自分を拒否することに耐えられず、咄嵯に言ってしまったのだ。

「私を抱きしめて」と。

真也には、木綿の言っている意味がわからなかったが、それでも言われた通りにする。

すると、木綿は真也の体を抱きしめ返した。

その瞬間、木綿の体は光に包まれる。

「え……!?」

木綿は困惑するが、もう遅かった。

木綿は光の粒となって、真也の腕の中から消えた。それは、異世界から帰ってきた時と同じ現象だった。

「木綿っ!」

真也は、突然姿を消した木綿の名前を叫ぶが、返事はない。

しかし、その声に応えるかのように、真也の目の前に魔法陣が展開される。

そして、その中心から現れたのは、異世界の衣服に身を包む木綿の姿だった。

「……え?」

真也は、その光景に驚きを隠せない。

「あ、あれ? 真也くん……だよね?」

木綿もまた、自分の姿を不思議そうに見つめながら言う。

「そ、そうだけど……木綿こそ……」

真也の言葉に、木綿は「やっぱり」と言って笑う。

「ごめんね、急にいなくなって。ちょっと訳があってさ。それより、真也くん大丈夫?」

木綿は、真也の体に触れようとするが、その手は空を切る。

木綿の手は、真也の身体を通り抜けたのだ。

それに驚いた木綿は、慌てて手を後ろに回す。

しかし、今度は何かに触れる感触があった。

それは、真也の服の一部だ。木綿は、自分の手が触れている場所を確認するために視線を下げると、そこには真也の顔があった。

木綿はその事に気づき、顔を真っ赤にして真也から距離を取る。

しかし、先ほどまであったはずの壁のようなものは無くなっていた。

木綿はそれを確認して、もう一度だけ真也の体に手を触れる。

やはりそこには何も無い。

どうやらこの世界において、自分は幽霊のような存在になっているらしいと木綿は推測した。

真也からすれば、いきなり女の子が現れたように見えるはずだ。木綿は、自分がこの世界に残れた理由と経緯を真也に話すことにした。

自分が、異世界からの帰還者の肉体を乗っとることのできる特殊なレギーナであること。

真也の両親を殺したのが、そのレギーナであるということ。

そして、自分の目的は、そのレギーナを倒すことだという事。

真也は、木綿の説明に納得がいかない部分もあったが、とりあえず理解することにした。

そして、真也は木綿に提案する。

それは、木綿の目的を達成するために協力したいというものだった。

木綿は、その言葉に驚く。自分の目的を果たすということは、この世界を捨てるということに他ならない。

真也には、そんな選択はできないだろうと思っていたのだ。

しかし、真也は真剣な眼差しで木綿を見つめていた。

その瞳を見て、木綿は確信する。

真也は、この世界で生きるつもりがないのだ。

そして、それは真也の決意が固いことを意味する。

その事実が木綿を苦しめる。しかし、彼女は諦めない。

例え、この世界で真也と共に歩めなくてもいい。

ただ、真也を守りたい。それだけを思って、彼女は自分の正体を明かしたのだ。

だからこそ彼女は迷わない。

真也のために、彼女は戦うことを決めたのだ。

そして、彼女は真也に協力を求める。

真也は自分の意思を伝えてくれた。ならば自分もそれに応えなければ、と木綿は思う。

だから彼女は自分の持つ知識の全てを使って真也をサポートすることに決めた。

まずは、自分の能力について説明しなければならない。

木綿はそう思い口を開くが、それよりも先に、聞き慣れた音が響いた。

真也のお腹の音だった。

「お昼まだだったんだね。じゃあ、一緒に食べようか。私の作った料理をさ」

木綿は笑いかける。

真也は、恥ずかしそうに頬をかいた。

それから二人は、昼食を摂るために食堂へと向かう。

その道中で、真也が倒れた。たちまち蜂の巣をつついたような騒ぎになり救急車が到着した。

搬送先の病院で残酷な診断が下された。真也の脳腫瘍が手の施しようがないほど進行していたのだ。ICUで真也は木綿に告げた。「俺はもう助からない。今夜が山だそうだ。だから一つ君にお願いがある。俺の分まで生きてほしい」


「そんなの嫌だよ!私は真也くんと一緒に居たいんだ!」

「わかってる。でも聞いてくれ。もし俺が死んだら、君は悲しむだろう。でも忘れないでほしい。君の心の中にはいつも俺がいることを。たとえどんなことがあっても、俺はずっと君の側にいるということを」

「真也くん……わかったよ。絶対に真也くんのことを忘れたりしない。約束する。必ず真也くんの分も生きてみせる」

「ありがとう木綿。最後にもう一つ頼みがある」

「うん。何でも言ってみて」


「木綿の笑顔を見せてくれないか?きっとこれから辛いことがたくさんあると思う。けど、木綿のその綺麗な顔はいつでも笑っていて欲しいんだ」

「真也くん……こんな時にずるいよ」

「ああ、そうだな。でも最後なんだ。頼む」

「……うん」

木綿は精一杯の笑みを浮かべて真也に見せた。

「これで安心できた。木綿、愛しているよ」

「私も真也くんを愛してる!」

「ありがとう。今まで本当に楽しかった。幸せだった。またいつか会える日が来ると信じている。その時はまた二人でいろんな場所に行こう。もっとたくさんの思い出を作ろう。木綿となら、どこに行っても楽しいはずさ」

「そうだね……そうだよね。真也くんと一緒ならどこにでも行ける気がする」


「はははっ、嬉しいこといってくれるじゃないか。それじゃあそろそろ時間だ。最期に木綿の笑顔が見れてよかった。ありがとう」

「うぅ……ぐすっ……」

木綿は泣きながら無理矢理に笑顔を作る。真也は眠る様に息絶えた。その顔はとても満足で安らかだった。

それは木綿に対する最高のプレゼントだ。先立つことはどんな言葉で飾っても残酷な仕打ちだ。しかし愛する人の心の中に生き、愛する人の想いと共に人生の苦楽を体験し、そしてあの世で再び巡り合う。これこそが美しい愛というものだ。

「真也くん……真也くーん!!」

木綿は涙を流しながら何度も真也の名を呼んだ。しかし真也は答えなかった。

木綿は、悲しみに暮れながらも、真也の願い通り前を向いて生きることを決意した。

真也の死を乗り越え、新たな人生を歩み始めた彼女だったが、その人生は順風満帆とは程遠いものだった。

木綿は、真也の死後、親戚の家に引き取られたが、その環境は劣悪で虐待を受けていた。

しかし、木綿は挫けず、真也との約束を守る為、笑顔を保ち続けた。その芯の強さが周囲の人々に伝わり、やがてわだかまりを解消した。木綿に辛く当たっていた親族の一人が土下座して謝ったのだ。

「すまなかった。真也君を失った悲しみを無意識のうちに君に転嫁していた。よくよく考えてみればそれって単なる八つ当たりじゃないか。人間として恥ずべきことだ。許してほしい。そして罪滅ぼしと言ってはなんだが木綿、君を養子に迎えたい。真也の分まで君を可愛がりたい」

「そんな……おじさん……」

「これは私の贖罪だ。受け入れてくれないか?」

「はい……よろしくお願いします」

こうして木綿は正式に家族の一員となった。

そして88歳で旅立った。木綿は遺影の中で真也と一緒にいつまでもいつまでも微笑んでいる。

おわり。『おしまい』

ふむ、なかなか面白い話であった。いやはや、まさかこのような結末を迎えるとは思わなんだが。

「ど、どうでしょうか?」

真也は不安げに問うてくる。まぁ当然の反応であろう。

「中々興味深い話ではあったぞ?しかし、我としてはもう少しこう、ハッピーエンド的な展開を期待していたのだがな」

「ハッピーエンドですか? 確かに、最後は少し悲しい終わり方かもしれませんね」

「そうではない。我は、その、あれだ。つまり……真也と木綿が結ばれる的な……」

「へ?」

真也は素頓狂な声を上げる。

「ま、魔王様?」

「いや、なんでもない。気にするでない」

「は、はあ。それで、この物語がどうしたんですか?」

「う、うむ。この物語は、真也の世界では有名なのか?」

「えっと、有名かどうかはわかりませんが、昔読んだ本に書いてありましたね」

「そ、そうか! ならば良いのだ。

ちなみにこの本は他にも何か書かれていないだろうか?例えば続編とか」

「すみません、わからないです」

「そうか……」

魔王は肩を落とす。

「あの、どうしてこの話を書こうと思ったのですか?」

「う、それはだな、我が暇つぶしに読んでいたら、その、感動してしまってだな。ま、まあ、そういうことだ。ところで、この話は実話なのか?」

「いえ、違います。作り話でした」

「そ、そうであるか。しかし、この世界のどこかにこの話が真実だと信じる者がいてもおかしくはない。その者にとっては現実となるのだからな」

「そうですね。そういえば、僕が小さい頃、祖父が同じようなことを言っておりました。人はいつ死ぬか分からないから、その瞬間まで懸命に生きるべきだと。それが真也の生き方なのだと」

「ほほう。真也の祖父は立派な人物のようだな」

「はい、僕の自慢の祖父です」

真也は誇らしげに答える。

「真也よ、お前の祖父の名はなんというのだ? もしよければ教えてはくれぬか? 我は今一度、その者と会ってみたい」

「そうですか、残念ながら祖父は亡くなりました」

「な!? 真也よ!それは誠であるか!?」

「はい……。もう随分前のことですが」

真也は、異世界に来る直前に亡くなったことを伝えるべきか悩んだが、伝えることにした。

「そ、そんな……」

魔王の顔色は青ざめており、目には涙を溜めている。それほどまでに、彼の言葉は魔王にとって衝撃的だったらしい。

「ま、魔王様!大丈夫ですか!」

真也は慌てて魔王のそばへと駆け寄る。

「うむ……真也よ。辛いことを思い出させてしまったな。申し訳ない」

「いえ、いいんですよ。それより、元気を出してください。僕はもう平気なので」

真也はそう言うが、魔王の表情は暗いままだ。

「真也、お主は強いな」

「そうでもないですよ。ただ、慣れただけです」

「慣れた? 何にだ?」

「死に慣れたと言った方が適切でしょうね」

真也の言葉に、魔王は目を丸くする。

「どういう意味だ?」

「祖父は老衰でした。80歳を超えてもなお、元気に過ごしていました。でも、ある日突然倒れてそのまま帰らぬ人となりました」

「そうか……それは辛いな」

「はい。でも、祖父の遺言があったからこそ、今の自分があると思っています」

「遺言か」

「はい。祖父の最後の言葉を今でも覚えています。

『人生は一瞬だ。だから自分の生きた証を残せ。後悔のないように生きろ。死んだ後なんて考えるんじゃねえ。生きろ。生きて生き抜け』

祖父は亡くなる直前、ベッドの上でこの言葉を僕に伝えました」

「なるほど……良き言葉だ。真也よ、その者の魂は今もお前を見守り続けているはずだ」

「はい!僕もそう思います!」

「うむ、きっとそうだとも」

魔王は力強く断定すると、真也の頭を撫でた。

「ちょ、ちょっと! いきなり何をするんですか!」

「ははは! よいではないか! 減るものでもあるまい!」

「減ります! 僕のSAN値がゴリゴリ削られていきます!」

真也は抵抗するが、魔王の手を振り払うことはできなかった。

「真也よ、もっと我に甘えるがよい」

「結構です」

「照れるな」

「照れてません」

「ふふ、可愛い奴よのう」

「むぅ……魔王様なんか大嫌いです!」

「はははは!」

魔王の笑い声が部屋中に響き渡る。真也は頬を膨らませながらも、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。

その後、二人は夕食の時間になるまで、他愛もない会話を続けた。

「真也、今日の夜は我と食事でもしないか?」

「え、魔王様とですか?」

「嫌か?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが……」

「なら決まりだ。今日は何を食べたい?」

「えっと……じゃあ、カレーライスで」

「わかった。では18時に玉座の間に来るが良い。待ってるぞ?」

「はい、分かりました。それではまた……」

こうして、真也の1日は終わった。

翌朝、真也はいつも通り朝早くに起きた。しかし、いつもと違うことが一つだけある。それは……

「おはようございます。魔王様」

「うむ、よく眠れたか?」

「はい! おかげさまでぐっすりです」

「それは良かった。さあ、朝食の準備ができた。冷める前に食べるとしよう」

魔王の態度である。真也に敬語を使わせないどころか、魔王自身がタメ口で話すようになったのだ。これには真也も困惑した。しかし、真也の戸惑いとは裏腹に、魔王はどんどん距離感を詰めてきた。そしてついに真也は諦め、今では魔王が砕けた口調で話しかけてきても何も言わなくなった。

そんな二人の様子を見て、周りの従者たちは驚愕した。しかし、その驚きは尊敬や憧れといった類のものであり、真也に対する嫉妬や妬みの感情は一切なかった。むしろ、魔王が真也に心を開いていることに喜びを感じている者すらいた。

その証拠に、真也が魔王と二人で食事をすることを知った時、従者たちの顔には安堵の色が浮かんでいた。そして、その日の夜、魔王が真也を自室に招いて二人きりで食事をするという話になった時には、歓喜の声が上がった。

そして現在、真也は魔王と共にテーブルにつき、料理を口に運んでいる。

メニューは白米、味噌汁、焼き魚、卵焼き、漬物だ。

どれも真也の口に合い、美味しくいただいているが、真也は昨日から疑問に思っていることがあった。

それは……

なぜ魔王はこんなにも自分に優しくしてくれるのか? ということである。

魔王は真也に様々なものを与えてくれた。衣食住はもちろんのこと、知識や娯楽まで幅広い。魔王曰く、真也の世界の文化や生活水準は高いらしく、それらの品々は真也にとって新鮮かつ興味深いものだった。

さらに、魔王は時折、真也を外に連れ出した。最初は城の敷地内だけだったが、徐々に行動範囲を広げ、城下町にまで足を運んだこともある。その時の真也は、まるで子供のように目を輝かせていた。

そして、今や真也は魔王城の中で自由に動き回ることができるようになっていた。

これは魔王が許可したからではなく、真也が自分でお願いしたからだ。魔王は最初こそ渋っていたが、真也の熱意に負け、条件付きではあるが了承した。

その条件とは、必ず誰かと一緒であること。一人で出歩かないこと。

この二つだった。真也はこの約束を守り、今もこの城にいる。

「どうした? 真也よ」

真也が考え込んでいるのを見て、魔王が心配そうに声をかけてくる。

「あ、いえ! なんでもないです」

「そうか? 何かあれば遠慮せずに言うのだぞ?」

「はい、ありがとうございます」

真也は魔王に感謝しながらも、思考を続ける。

魔王は優しい。しかし、優しすぎるのだ。

先日の、木綿の話を思い出す。彼女は、魔王の優しさは偽物であると言っていた。

真也は魔王の笑顔を見ながら思う。魔王のこの優しさは本物なのか?それとも……

「ん?どうした? 真也よ」

「あ、いえ、なんでもないです」

真也は再び考えるのをやめた。

朝食を終え、しばらくすると魔王は仕事があると言い、真也の元から離れていった。一人残された真也はすることもないため、あてもなく城内を彷徨っていた。

「あれは……モネさんか」

真也は廊下の曲がり角から見えた姿に、声をかける。

「モネさん」

「あら、真也様」

そこにはモネがいた。モネは真也に気づくと、駆け足で近づいてくる。

「あの、どうしてここに?」

「真也様にお会いするために」

「僕にですか?」

「はい」

真也は首を傾げる。真也に会いに来たというのであれば、魔王との食事の時に一緒にいればよかったのにと思った。わざわざここまで来る必要はなかったはずだ。

真也が不思議に思っていると、モネはクスリと微笑んだ。

「真也様は鈍いですね」

「へ?」

「私は真也様と一緒に居たかったから、ここに来たんですよ?」

「そ、そうですか……」

真也は恥ずかしくなり、頬を掻く。

「それよりも、真也様」

「はい」

「魔王様のお部屋にご案内します」

「え? 魔王様の部屋ですか?」

「はい。魔王様が真也様をお呼びになっています」

真也は驚く。まさか自分が来ることを魔王が予想していたとは思わなかった。

「あ、でも、僕まだ準備とかできてないですよ」

「大丈夫です。全てこちらで用意しておりますので」

「はぁ……」

真也は気の抜けた返事をする。しかし、魔王が呼んでいるとなれば断るわけにもいかない。

「わかりました。行きましょう」

「はい」

真也はモネについていくことにした。

魔王の私室に入ると、そこにはすでに魔王の姿があった。

「来たか、真也よ」

「はい。お待たせしました」

「気にするでない。さて、早速だが本題に入ろう」

魔王はソファに腰掛けると、向かい側の席を指差す。

「そこに座るがいい」

「失礼します」

「うむ」

魔王は満足そうに笑うと、話し始めた。

「さて、今日はお前にやってもらいたいことがある」

「何でしょうか?」

「まずは魔法だな」

「まほう?」

「ああ。真也よ、お前の能力はなんだ?」

「ピカソの力を使うこと、ですかね?」

「そうだ。その能力、我はあまり理解していないのだ。だから、お前の能力を調べさせてくれ」

「ええ!?」

魔王の申し出に真也は驚いた。自分の能力を知ろうとする人間など初めて見たからだ。

「嫌か?」

「嫌ではないんですけど……その……どうやって調べるんですか?」

「お前の体に直接触れればわかる。我の異能ならばな」

「なるほど……」

真也は少し考える。正直、自分の能力がどういうものなのか興味はある。しかし、未知の力を他人に触れられるというのは不安がある。

真也が悩んでいると、魔王は言葉を続けた。

「安心しろ。我も他人の力を見るのは初めてなのだ。だから上手くできる保証はない」

「……わかりました」

「よし。では、行くぞ」

魔王は立ち上がり、真也に近づくと手を差し出す。

「手を取れ。我の目を見ろ。そして、心の中で『我に見せよ』と唱えるが良い」

「はい……」

魔王は真剣な表情をしている。その様子に真也は緊張しながら言われた通りに行動する。

数秒後、魔王が目を開くと、その瞳が黄金色に輝き始めた。

「……っ!」

「……ふむ。やはり、真也の力は『強化型』か」

「……え?」

真也は自分の力を知った時よりも驚きながら魔王の言葉を聞き返す。

「……え?……えええええええええ!? 僕の力が分かったんですか?」

「うむ。お前は強化型の異能者だ。それで、どんなことができる?」

「ぼ、僕は……」

魔王の問いかけに真也は答える。

「僕の力は、『強化』です。ただそれだけです」

「……そうか」

魔王は短く呟くと、顎に手を当て、再び口を開いた。

「……なら、我が教えよう」

「え?」

「お主の異能の使い方を教えてやる」

「ほ、ほんとうですか?」

魔王は力強くうなづく。

「ああ。我を信じろ。さあ、時間が惜しい。今すぐ始めるぞ」

「はい!よろしくお願いします!!」

こうして、真也の特訓が始まった。

まずは魔王による魔法の講義から始まった。

魔王が真也の目の前で手のひらを広げると、そこから火球が現れた。

その大きさはバスケットボール大であり、真也はその火力に驚愕した。魔王は真也の反応に気をよくしたのか、さらに魔力を高め、火球を大きくする。真也が見上げるほどのサイズになったそれは、真也に向かって放たれ、真也の脇をかすめていった。

炎が消えると、真也は驚きの声を上げた。その横で、魔王は自慢げに語る。

これが魔法の初歩の初歩だ、と。真也はこの世界に来てから何度も驚いている気がするが、それでも驚くものは仕方がない。

続いて魔王は、手のひらの上に氷塊を生み出した。それは野球ボール程の大きさで、魔王がそれを握り潰すと水滴となって地面に落ちた。

これもまた、真也にとっては衝撃だった。魔王が生み出したものを魔王が砕き、魔王の手から水がこぼれ落ちる光景に、彼は感動すら覚えていた。

魔王はさらに続ける。次は土の壁を作り出したり、風を起こしたりといったことを実演してみせた。

真也はそれを目を輝かせながら見ていた。魔王の繰り出す数々の技は、真也にとってとても魅力的だったのだ。

真也は自分もやってみたいと懇願したが、魔王は首を横に振った。

魔王曰く、魔法には相性があり、真也の異能は強化系であるため、他の系統の魔法を使おうとしてもうまく発動しないらしい。

そのため、魔王は真也に基礎的なことだけを教えることにした。

真也は、自分の力が本当に役に立たないかもしれないということに落ち込んだが、そんな真也に魔王は言った。

その異能が役に立つ場面は必ずあるはずだと。

その言葉で真也は立ち直ることができた。

そしてその日から真也は、魔王のもとで毎日のように訓練に明け暮れた。

魔王は魔法だけでなく、剣や槍などの武術も教えると言った。真也は、その提案に喜んだ。

魔王は、真也の体に触ることはしなかったが、その分、口頭で真也に様々な知識を与えていった。

この世界の成り立ち。歴史。種族。文化。経済。政治。宗教。

そして、ピカソの持つ異能について。

真也はこの世界で生きていくために、それらを必死に学んだ。

魔王は真也の質問にも丁寧に答えてくれたため、この世界にきて2週間ほどたった頃には、真也は異世界の人間として恥ずかしくない程度の知識を身につけた。

しかし、真也はこの世界の住人ではないため、どうしてもわからないこともあった。

例えば、この国の名前である。

この国の名は、シンヤ・カザマ王国という。しかし、この国はどう考えても日本人の名前をしている。

それに、真也は魔王のことをモネから聞いており、彼女が元この国の王女だということを知っていた。

しかし、魔王はどう見ても外国人にしか見えない。

そこで、真也は思い切って魔王に訊ねることにした。

その日、いつも通り訓練を終え、夕食を食べ終えた真也とモネは、食後の紅茶を飲んでいた。魔王は用事があるらしく、まだ戻って来ていない。

モネに話をするチャンスだと真也は考えた。

カップをソーサーに置くと、意を決してモネに話しかける。

モネは突然のことに首を傾げたが、すぐに笑顔になり、彼の問いに答えた。

まずは、モネに確認をする。

モネによると、魔王の名前はレイラ・レオノワ。彼女はロシア人だという事だ。

真也は納得した。なぜモネが魔王をロシア語読みにしたのかを。そして、彼女の容姿についても疑問を解決することができた。

確かに、魔王は美しい女性だ。透けるような白い肌に金髪碧眼の美女だ。年齢は20代前半に見えるが、実年齢は不明だ。

魔王について他に何か知らないかと真也が聞くと、モネは少し悩んだ後に、ゆっくりと語り出した。

魔王はかつて、ロシア支部に所属していたピカソであること。

魔王はロシアの異能研究所で生まれたこと。

そして、その研究所はもう存在しないことを。

真也は、魔王の過去を聞いてしまったことを後悔しかけたが、それよりも先に、モネは話を続ける。

魔王の異能についてだ。

魔王の異能は、その身に流れる血液を操ることだ。

吸血鬼が血を武器に戦うように、魔王の血はあらゆる武器に変化する。

しかし、魔王はその力をあまり好んでいないようだ。

真也はそれに疑問を持った。モネの話では、魔王の力は素晴らしいものだと思ったからだ。

その真也の思考を読んだかのように、モネは言葉を発する。

魔王は自らの力を忌諱しているが、その理由は彼女自身にあるということを。

魔王は自分の力を制御できずに暴走させてしまうことがあり、その結果、研究所を破壊してしまったことがあるそうだ。

それが原因で魔王は研究から外されてしまい、ロシアを追放された。

その後、魔王はあてもなく世界を放浪していたのだが、その途中で出会った男によってこのピカソ学園へと連れてこられたそうだ。

その男は、モネの父だったそうだ。魔王は、自分を助けてくれた父に感謝しており、彼を尊敬していると言っていた。

その言葉を聞いたとき、真也は複雑な気持ちになった。なぜなら、魔王は父の恩人なのだ。

父が魔王を助けたからこそ、自分はここにいる。そう思うと、感謝すべきなのか、恨むべきなのかがわからなかったのだ。

真也はそのことを正直にモネに伝えた。すると、モネは少し悲しげな表情をしながら、言葉を紡ぐ。

魔王の父は、娘を救うことができずに悔やんでいたのだろう。だから、せめてもの娘のために、魔王の異能の制御方法を探して、この学校を作ったのではないだろうかと。

しかし、結局魔王の異能の制御方法は見つからなかった。

そして、魔王は力を抑えることができなかった。

だから魔王は、自分の異能を嫌うようになったのではないだろうかと。そこまで聞いた真也は、魔王に対して罪悪感を覚えた。

もし、自分が魔王の異能を抑えられるなら、助けることができるなら、全力で取り組まなければならないと強く感じた。

しかし、同時に真也は別のことも考えていた。魔王は力を嫌っていたが、それでもその力は絶大だった。

その力で、今までどれ程の敵を屠ってきたのだろうと。

魔王が本気になれば、きっと誰も敵わないのではないかと。

真也は、魔王の力を恐れていた。

モネの話が終わると、今度は真也が口を開く。

自分の力についてだ。

その日、真也はいつものように魔王の元で訓練を行っていた。

訓練の内容は様々で、剣術であったり、格闘術であったりと多岐にわたる。

その日は、異能を使った戦闘訓練を行うことになっていた。魔王の異能は強化系であるため、基本的に物理攻撃しかできない。

そのため、真也は異能を使い、魔王の攻撃を防ぐ必要があった。

訓練開始直後、魔王は真也に手をかざす。

すると、真也の体から力が抜けていき、その場に倒れ込んだ。

体に力が入らないどころか、指一本動かすことができない。

真也は恐怖を覚えながら、必死に声を出す。

魔王はそんな真也を見下ろしながら、口を開いた。

お前は何者だ? その言葉に真也は驚きながらも答える。僕は、シンヤ・カザマです。

魔王は真也の言葉を聞くと、無言でうなづき、再び手を伸ばす。

真也の体が持ち上がると、そのまま空中に浮かび上がった。

次に魔王は真也の背中に腕を回し、その体を抱きしめる。

そして耳元に口を近づけると、小さく呟いた。

これでお前は我のモノだ。

その瞬間だった。真也の意識が薄れていく。それと同時に、真也の中に温かいものが流れ込んできた。それは魔王の記憶であり、感情だった。真也の脳裏に、魔王の姿が浮かぶ。その光景はまるで写真のように鮮明で、真也は魔王の瞳に映る自分自身を見た。

魔王がこちらを見る視線は優しく、その顔には笑みが浮かんでいる。真也の頬に涙が流れた。それは、魔王に対する申し訳なさから来るものだった。

魔王は、真也に異能を使わせることで、真也の魂を吸収しようとしていたのだ。

真也の異能は強化系であり、相手の魂を吸収することで自身の肉体を強化することができる。真也は、魔王の異能で強化された状態で、さらに魔王の異能で魂を奪われることになる。それはすなわち死を意味することだった。

真也は涙を流しながら、心の中で叫んだ。

ごめんなさい! ごめんなさい!! 僕が弱かったから……。

その言葉を最後に、真也の意識は途絶えた。

魔王は真也の異能を封じることには成功したものの、予想外の事態に陥った。

それは、真也の異能が強く発動してしまったことだ。

真也に異能を使うよう促した後、魔王は真也を抱きかかえるようにして、その異能を待った。

真也の異能は、魔王が予想した通り、その効果を発揮した。

しかし、その強さは彼の想定を遥かに超えていた。

最初は、真也の異能によって魔王の魔力が吸われているだけかと思われた。

しかし、魔王が真也に抱きつくと、その異能はさらに強力になっていく。

魔王は自身の体に異変を感じ、真也を放り投げると距離を取った。

その次の瞬間、魔王の体は光に包まれた。

その光は一瞬で消え去ったが、魔王は体の不調を感じていた。

魔王の左胸のあたりに、火傷のような跡が残っていた。

魔王はそれに目を向けるが、傷自体は既に治っているようで、痛みなどはない。

魔王はその傷を不思議に思いつつも、真也の異能を解除する方法を探るため、真也の異能の分析を始めた。

そして、魔王は気づいた。

この異能は、ただ単に魔王の魔素を吸い取るのではなく、魔王そのものを侵食しているということに。

真也は、魔王の魂を取り込み、魔王を乗っ取ろうとしているのだ。魔王は焦燥感を覚えた。

このままでは、自分も真也の異能に取り込まれてしまう。

しかし、どうすればいいのかわからない。

真也の異能を解くために、魔王は考えた。

そして、一つの結論を出した。魔王は真也の異能を打ち消すため、自身に眠る膨大な魔力を開放する。

その瞬間、魔王の全身に激痛が走る。

魔王は歯を食いしばり、その痛みに耐えた。

魔王の異能は、その身に流れる血液を操ることだ。魔王の血は武器となり、あらゆるものに干渉することができる。

真也の異能は、その血さえも飲み込み始めた。

真也の異能が魔王の血液を飲み込むほどに、魔王の体にも変化が現れる。まずは、魔王の右腕に赤い鱗が現れた。そして、その肌が赤く染まる。

魔王は構わず、自らの異能を全開にした。

魔王の血はやがてその形を変え、剣となった。魔王はそれを握りしめる。

魔王は、その剣に自らの血を流し込んだ。そして、その剣を真也に向けて振り下ろす。

その刃に触れたものは、全て両断された。

魔王は次々にその剣を振り回す。その度に斬撃が飛び交い、周囲の木々を切り刻んでいく。魔王は自らを傷つけながら、ひたすらに剣を振るい続けた。

そしてついに、真也の異能は解除された。

魔王は荒く息をしながら、空を見上げる。月は沈みかけており、夜明けまでそう時間は無いことが見て取れた。魔王は考える。

この世界において、ピカソの力は絶対だ。

しかし、その力も無限ではない。

いずれ限界は訪れる。そしてその時に魔王の異能は失われるだろう。

その時に、魔王は殺される。

魔王は自らの運命を悟った。この世界に、魔王という存在の居場所は無くなるだろう。

そう思った時、魔王はふと疑問に思う。

ならばなぜ自分は生きているのだろうかと。

魔王はこの世界で最強の存在であるはずだ。

その自分が、ピカソとしての力を失ったら、一体何が残るのだろうか。

魔王は自嘲気味な笑いを浮かべた。

魔王はゆっくりと立ち上がると、城へと歩き出す。

真也の異能によって破壊された道を通り抜け、魔王は城の中へと消えた。

真也は、モネの話を聞き終えた。その話を聞いて、真也は思う。魔王の力になりたいと。

自分が弱いせいで、魔王に迷惑をかけてしまった。

真也は、魔王に恩返しがしたいと思ったのだ。

真也はモネに言う。

僕にできることを教えてください。

モネは微笑むと、真也の頭を撫でる。

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、彼女は口を開いた。

モネは真也の手を握ると、彼の顔を覗きこむ。

君はね、私と一緒にロシアに来てもらうよ。

え? どういうことですか? 困惑している真也に、モネは説明する。

私はこの学園を、魔王様のためだけに創った。でもそれだけじゃダメだ。この学校の生徒達も救わなくちゃいけない。

真也はモネの言葉を真剣に聞いていた。

真也にとって、

「みんなを助ける」という言葉は心に響くものがあった。

モネは続ける。

真也くんの異能で、私の『記憶継承』を使ってほしいんだ。君も知ってるでしょ? 自分の持つ力なら……ってさ。

真也はそれを聞いて納得するとともに、あることに気がつく。

「それならわざわざロシアの学校なんか作らずに、日本でやればよかったんじゃないんですか?」

モネは笑うと、「まぁまぁ、それはおいおい説明していくからさ。とりあえず今はついてきてくれるかな? 準備はもうできてるんだけど……」

そう言って、

「じゃあ行こっか!」

と、真也の手を引っ張り歩き出した。

その様子は、年相応の少女に見える。

真也はモネに引かれるまま歩く。

(この人が、僕のお母さんなのか?)

しかし、彼女の見た目は自分よりもずっと若く見えた。真也は自分の母親というものがどのような人か想像しようとしたが、結局うまくイメージできずに諦める。

真也の母は、彼を生んですぐこの世を去っていた。

そのため真也の記憶にある母の姿は幼い頃に見た写真だけであり、実際の母の年齢を知らない。

真也は今まで一度も、本当の親に会いたいと思わなかった。そのため、彼の中では未だに母親の年齢は小学生くらいの女の子なのだ。

彼は、これからその少女と旅をするのかと内心少し緊張していた。

真也は彼女に着いて行きながら考える。この世界のことについてだ。

真也はまだ、この世界をあまりよく知らない。それはつまり、この世界について何も分かっていないということだ。

そして、真也が知っていることはあまりにも少ない。

真也にはこの世界で、もっと知るべきことがあるのではないかと考えたのだ。

真也は思い切って質問をしてみることにする。

あの、一つ聞きたい事があるんですけど……。

なーに? 真也は、この世界に来た時に、モネから受けた忠告を思い出した。

それは、異能のことを他人に喋ってはいけないということだった。

もし喋ったら、元の世界には帰れないと。だが、今の真也にそんなことを考えている余裕は無かった。それよりも重要なことを思い出したからだ。

実は、僕の能力なんですが……。

うん。

その………………まだ使えないみたいなんですよ。

真也は、この異世界に来て初めて、本当のことを言う決心をした。それは、自分が弱すぎて異能を使うことができていないという事を正直に伝えるためだった。

異能というのは、使うためには訓練が必要なのだという事は理解できたが、実際にどうやって訓練をすればいいのか分からない。

真也がモネの方に目を向けると、彼女もこちらを見ていたようで目が合った。すると彼女がにっこりと微笑みかけてくるので思わず目をそらす。

どうしたの? なんでもありません。それよりその……僕の異能ですが……全然使えなくて……ごめんなさい! 真也は深く頭を下げて謝った。それはもう勢い良く。その様子を見かねたモネは、真也の肩に手を置く。

顔を上げて。

モネは優しい声で真也に語りかける。

大丈夫だよ。誰だって最初はそうだもん。だから気にしないで。

真也がおずおずと顔を上げると、モネは真也の頭を撫でた。

その手つきは優しく、まるで母親が子供にするようなものだった。

僕は、あなたの子供じゃないですよ? ふふっ、わかってるよ。でも、君の事を大切に思ってるのは本当なんだ。真也は恥ずかしそうに俯いた。

しばらく歩いていると、大きな扉の前にたどり着いた。

モネはその前で立ち止まると、振り返り真也に話しかけた。

ここが、今日から君が住む場所になるんだよ。ようこそ、レギンレイブ・アーミィへ。

「そんな話は聞いてないぞ?! さっきからベタベタと気持ち悪い」

真也はさっと身をかわした。「ひどっ!? ウチはこんなに一途なのにぃ……ぐぬぅ……まあいいッス。先輩、そっちの子はどーするんすか?」

「お前には関係ない。失せろ」

「うわっ、冷たいっすねぇ。その子、なんか可愛いっすね。どうっすか? ちょっとお茶とか飲みません?」

「断る。消えろ」

「ちぇー、つれないっすね。じゃあまた今度遊んでくださいよぉ。それじゃあ、さよなら〜」

レギンレイブは真也の方を向いてウインクを飛ばすと、そのまま走り去っていった。

「……なんですかあれ」

「あいつはいつもあんな感じだ。いちいち相手してたらキリがない。行くぞ」

「は、はい……」

「間宮マヒロ、俺はお前の面倒なんて見ない。自分でどうにかしろ。死にたくなければな」

「はい……」

そう言い残し、白衣の男——九重透が去って行った後、真也は一人残された。

「どうしようこれ……ってか、俺をどうこう弄るのキモイんだよ。どいつもこいつも俺をもてあそびやがって」

真也は壁の刀掛けからバスタードソードを外すと腰に差した。

「今度はこっちからいじりに行ってやるわ。魔王、首洗っとけ!」

そう叫ぶと一気に魔王の城へ向かった。邪魔する物はモネであろうと容赦しない。

「ちょっと、どうしたの?真也」

とまどうモネをバスタードソードで斬り殺す。「きゃあああっ!」

モネの悲鳴が響き渡る。

魔王の城にたどり着き、中に入る。そこには、先ほどのモネがいた。

モネは魔王の格好をしている。

「真也くん? 何の用かな?」

魔王のふりをしているが、バレバレだ。「死ね!」

真也は大上段に構えた。「ちょ、ちょっと待った! 僕だよ僕!」

モネが両手を上げながら一歩下がった。

「ああ?」

「ほら、この声忘れちゃったのかい? ひどいなぁ」

モネは真也に近づくが、「うるせえ!」と言われ右腕を切り落とされた。

「ひどい…真也」

モネは腕から血を流しながら倒れ込む。

「魔王、とどめだ。死ねやぁ!」

真也はモネの首を刎ねた。ギャッという悲鳴がしてモネの生首が転がった。

「あと一仕事。何もかも終わりにしてやる」

真也はちからまかせにピカソを全開した。ゴゴゴゴゴゴゴ。地面が揺れて亀裂が走った。

地割れが王国中に広がっていく。人々が大地の狭間に飲み込まれていく。

世界の崩壊が不可逆的になった。「これで全部終わったか。……帰るか」

そして真也は異世界を去った。

異世界から帰還した真也は、自宅のベッドの上で目覚めた。異世界での戦いを夢のように思っていたが、自分の体の痛みで現実だと認識した。

「くっ、いてえ」

真也は体を起こすと、全身に走る激痛に顔をしかめた。

「おはようございます、真也さん」

「ああ、おはよう、美咲」

「真也、起きたの?……大丈夫? すごくうなされてたけど」

「あ、ああ。もう大丈夫」

「お兄ちゃん、具合悪いの? 熱あるよ」

「マジで? 気づかなかったな。今日は学校休むかな」

真也は妹に体温計を取ってもらい、測る。

ピピッという電子音が鳴ると、真也は液晶に表示された数字を見た。

39°C。

「完全に風邪だな。寝るよ」

「分かった。私、学校休んで看病するから」

「ありがと。でも大丈夫だよ。父さんの会社、土日休みだし。それに…」

そこまで言いかけて玄関のチャイムがピンポーン!と鳴った。

「あらっ?」

妹が嬌声をあげた。

「真也ー。あがるよ~」

聞き覚えのある女の声。それも二名だ。「うわああっ!」

真也は布団に潜り込んだ。すると妹がそれをガバッと外した。

「モネと魔王がお見舞いに来てくれたよ」

「うわあああ」

「うわああって何よ。奥さんじゃないの。何が怖いの?」

キョトンとする妹の横にかわいらしい女性が二人並んだ。

「ま、魔王に、モネ」

真也はゆでだこの様に照れる。

「そうよ。真也の大好きなお嫁ちゃんズでーす」

モネが茶化すと、魔王は苦笑した。

「やめてくれ。真也君、体調が悪いと聞いたんだが……顔が赤いようだが、もしかして」

「だ、大丈夫です! 元気です! だから帰ってください!」

するとモネが布団の上に乗ってきた。まるで猫のようだ。そして真也を抱きしめる。

「ずーっと看病してあげる」

すると魔王も真也を抱きしめた。「私もずっと側にいるからな」

「あの、ちょっと、困ります」

「真也が心配だったのよ。ねえ、美咲」

モネは真也に頬ずりする。

「うん。真也、本当に大丈夫なの? 」

すると妹が言った。「知らないっ。お嫁さんたちで決めれば?」

プイっと拗ねて部屋を出た。

「お、おい」

戸惑う真也に魔王とモネが積み重なった。


やれやれである。こんな調子で末永くリア充爆発しろ。

めでたしめでたし。

おわり。※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

「はい、どうも皆さんこんにちは。『まおうさまのおしろ』作者の紅緒です」

「こんにちは! 主人公の間宮マヒロです」

「今回は本編の補足説明回です」


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