2022-07-31 07:02:05 更新

概要

迎えに来てくれる家族も彼氏もいない。

常連客とはプライベートで交流しない主義の咲花だ。


「プラハの嵐とブラバの嵐はどう違うのだろう」

風速40mの超大型台風が吹き荒れる夏の夕方。

ざぁざぁと窓ガラスが津波のような雨に洗われている。

強風波浪警報、大雨警報、暴風警報が出され公共交通機関も止まっている。

普段なら定時帰りの会社員で賑わうこの店も死んだように静まり返っている。

帰宅難民となった当店のマスターこと只野咲花《ただのさっか》は暇を持て余していた。

そしてあまりに退屈なあまり上記のようなしょうもない疑問を呟いたのだ。

迎えに来てくれる家族も彼氏もいない。

常連客とはプライベートで交流しない主義の咲花だ。

なのに、このやり場のない、そして出どころ不明の不思議な高揚感は何だろう。

ニュースは台風の接近と被害を報道しているのに、どこかときめいてしまう。

このワクワク感が不快だ。

だって人が傷ついて、大切な家族を失い、住む家も流されている。

他人の不幸が嬉しいなんて最低だ。

そんな自分に嫌悪を抱いた。

一人さみしく景色を眺めている。

「何でこんなバカな事いってるんだろう、わたし」

ブラバとはブラウザーバックの略だ。

常連客達が良く話題にしている。

小説の投稿サイトであまりにつまらない作品に遭遇した時の動作をブラウザバックというそうだ。

文字通りウェブブラウザーのバックボタンをクリックして前画面に戻る。

つまり、閲覧を中断し、その作品を読まなかったことにする。

常連客達は投稿サイトの常連でもあるらしかった。

只野咲花は小説やコミックの類に興味がない。

むしろK-POPやジャニタレの追っかけで忙しい。

音の出ない小説を読むぐらいだったら推しメンバーのMVを観てニヨニヨしていたい。

その時、どこかから声がした。

「私はプラハの嵐だ」

いきなり女の声。

咲花はお客さんだろうか、と玄関ドアを見やった。

誰もいない。

気のせいかしら、と店内を見回すとカウンターに黒いスマホが置いてあった。

お客さんの忘れ物だろうか。

それが「私はプラハの嵐だ」と言っている。

「もしもし?」

咲花は通話ボタンを押した。


「はい、もしもし私、只野咲花です」

「今、どこ」

抜けるように透き通った女の声。

歯切れよい。

テレビ業界の人間だろうか。

「こちら神保町の喫茶ふらわぁです。

お客様はスマホをお忘れではありませんか?」

咲花は発見した経緯と預かっている旨と相手の現在位置をたずねた。

「ここ。

プラハの嵐でございます。

私は…折り返しお電話いだけますか?」

「ちょっと待った、私に電話かけて来い、とおっしゃるのですか」

ずうずうしい落とし主だ。

「それもそうですね。

じゃあ、はい」

「ご都合がよろしい時にご来店ください」

大雨警報が出ている。

車で乗り付けるにしても危険だ。

どのみち受け渡しは明後日になるだろう。

「ああ、はいはい、ごめんなさい、じゃあ、今からそっちに向かうので」

通話ボタンを押すより早く咲花は扉に隠れた。

外に居る誰かに見つかる前に逃げ出したい。

生きた心地がしない。

この日は玄関口に植木鉢を並べカウンターの裏で息をひそめるように過ごした。

冷蔵庫の中身を空っぽにして身体はおしぼりで拭いた。


翌日は台風一過の後片付けという口実で臨時休業した。

地デジが被害状況を伝えている。

山手線は架線が切れたり土砂崩れで終日運休。

アパートに帰る気がしない。

ボックス席で寝ているとカウンターのスマホが鳴った。

プラハの嵐とは最近の流行りの曲で、歌っているのは若い女性だ。

テレビで「私はプラハの嵐です♪」と笑うと、咲花の心臓がバクンと大きく跳ねる。

この女性こそが世界の救世主と言われている、咲花は感じた。

彼女はプラハの嵐。

その名前を知らない者はもちろん、いない。

あの曲が好きじゃない人もあまり聞いたことがない。

「あなた、そういえば…ああら、いやだ。

あたしとしたことが」

咲花は昨日の非礼をわびた。

赤丸急上昇中の女性シンガーがいつの間にかお忍びで常連客になっていたのだ。

台風上陸でテンパってたせいですっかり失念していた。

プラハの嵐とブラバの嵐うんぬんは彼女の持ちネタだ。

「私は貴女の店を応援しますよ」

超有名人がカラコロ♪とカウベルを鳴らしに来た。



女性の笑顔が咲花の耳から離れていく。

咲花と女性はつないだ手をぎゅっと握りまくる。

「ありがとう」

「いいえ」

咲花は顔が赤くなりつつも、心の中では笑っていた。

「今度はわたしがあなたをおもてなしする番ね」

プラハの嵐は咲花を事務所に招待してくれた。


「お迎えに上がりました。

プラハの嵐は事務所で待機しております」

人形のように色白で無表情な黒髪美人がインプレッサで迎えに来た。

インドア系に見えてブリーチアウトのデニムミニスカート。

健康なのかメンヘラなのかわからない。

車は靖国通りをまっすぐ進み両国橋を渡って京葉道路に入る。

そして、ももんじやの裏で止まった。


咲花は女性の後をついて行く。

いつもいつも人気のない道を選ぶ。

女性は咲花の後を見ながら黙ってついて来る。

人気のない雑居ビルの中腹、入口の鍵を閉める。

二階、三階の芸能事務所と四階の住居を合わせて四階建てのビル。

この一階にはお店が一つしかなく、一階の受付を行っている女性は咲花の姿を見た後にその場を去った。

地下にお酒を出すラウンジがあるようで女性は階段を降りて行った。

お店の一階、事務所の一階に通された咲花はテーブルから顔を上げた。

白く滑らかな指先。

「今日、お仕事ですか?」

いつもの女性。

空気のように喫茶ふらわぁに咲いている。

芸人でなく常連の顔だ。

咲花はそう思いつつ訪ねた。

「はい。

仕事中ですけど、お話がしたいの」

彼女は脚本を閉じた。

「お話って」

急に振られて困る。

呼び出したのはそっちのほうだろう。

「私は貴方の事が好きです」

お店の中、女性はカウンターに向かって椅子から立ち上がる。

咲花は席を離れ、後を追う。

相手はすたすたと受付に行く。

「すいません」

咲花は背後から声をかけた。

「ん? 何かしら?」

ガサガサと女性は引き出しをまさぐっている。

「わたしはお話をしにきたのでは?」

呼び出しておきながら放置する。

咲花は芸人という生き物がわからなくなった。

「咲花さんのこと、好きですよ」

「ええ、そうなの」

「うん……」

プラハの嵐は子供のように頬を紅潮させた。

「え、本当ですか?」

「本当よ」

「本当に、ですか」

「はい、本当です」

「本当?」

「はい、本当です」

「本当なら嬉しいわ。

でも、なんで今なの?」

咲花はそろそろ帰りたくなった。

お人形のように弄ばれるのは嫌だ。

「はい、私はそろそろ次の仕事が決まる予定なので、ちょっと遅くなってしまいました」

「え……あ、そう……」

近況を報告するために呼んだのか。

「はい。

でも少しでも時間ができたので早めに来て下さっただけでも感謝です」

わけがわからない。

芸能プロダクションなんて一般女性に縁のない場所に入れてくれただけでも良しとするか。

「ありがとうございます……」

そろそろ辞去しよう、と咲花は真剣に考える。

「まあ、もう時間だわね。

それに仕事が忙しいのにわざわざ来てくれたのに、こんな事をして少し驚かせたようね」

「そ、そんな事はないですよ、プラハの嵐さん。

それを言えば……」

スマホの礼をまだしてもらってない。

「私、誰かにお願いされたことないのよ」

「ああ、そうでしたね」

「ええ。

だからあまり詳しく知らないの」

「そんな、どうしてですか?」

「私は人の好意に甘えるのが好きなの。

私にはこれから私の為に頑張ってる彼女さん達がいるのよ。

彼らにとっても私の為にこういう事をするのは当たり前じゃないわ」

「そんな……」

咲花は絶望した。

デニムミニの女はコレクションの一人だったのか。


「私はそれが良いと思ってる。

だからきっともっと上手くやれるよ」

「そう……ですか……」

「ええ。

だから、これでも頑張りたいんだけど」

「あの……プラハの嵐さん、わたしそろそろ」

玄関に向かおうとして懇願する目線に咲花は絡めとられた。

「お話がある時って時間がないんだよね」

「はい……」

だから、さっさと要件を言え。

「そうよ。

だからせめて貴女にはちゃんとお仕事を頑張ってほしいわ」

「す、すみません、あたし、本当に……」

「だから……うん」

プラハの嵐の白魚のような指が署名欄をツンツン叩いている。

芸能プロダクションの契約書、案内書、注意事項、そして番組の台本らしき書物。

咲花にとって青天の霹靂だった。

「はい……」

「ありがとう!」

「いえ……」

「ふふっ、でも、そう言う意味じゃないからね?」

「……」

どういう意味だろう。

「そういえば、貴女は何処に住んでるの?」

「え……」

「いや、それは流石に私のプライベートに踏み込むわけにはいかないから……」


と、その時。

壁越しに怒鳴り声が聞こえてきた。

ものすごい剣幕で何やら言い争ってる。


「うるせぇよ」

「俺のプラバはブラバの嵐だ」

「お前のブラバはどうだ」

「俺のブラバはこうだ!」

「うるせぇよ、そのテンションはどうしたんだ?」

「うるせぇ!!プラハでテンション高いのもプラスじゃない!!」

「うるさいったら!」

「うるせぇんだよ!!」

「うるせぇっていってるだろ!」

「そう思われているの?」

「うるせぇっていってるだろ?!」

「今でもそう思ってる方」

「そのテンションもプラセボなんだろ!?」

「うるせぇわ!!」

「だから、うるせぇっていっってるから気をつけなさい」

「お前のプラバは悪いテンションだったのかよ!?」

「うるせぇっていってるだろが!!」

「だから、そんなんじゃなかったっていってるだろ!」

「うるせぇっていってるだろ!?」

「うるせぇっていってるだろ…………」

「うるさいったらあ!!」

「そう、うるせぇっていってるだろ!?」

「うるせぇっていってるだろ、プラバのテンションだったろ!」

「うるせぇっていってんだろ!?プラセボだろ!」

「そんなもん俺に気にすることねぇ!!」

「うるせぇっていってるだろが!!」

「あー、もううるせぇって!!!!」

「うるせぇっていってんだろ!!!わかったから!!わかったから!!!」

「うるせぇっていってんだろ!?プラセボだろ!?うるさいっていってるから言ってんだろうが!?」

「えー、うるさい、うるせぇっていっただろ!?うるせぇっていったからってうるせぇとは言えないだろ!?」

「うるせぇっていうならちゃんとうるせぇって言えよ!!」

「うるせぇっていってんだろうが!!」

「そんなにうるさかったら言えよ、言えって!!」

「うるせぇって言いたいけど、言えないだよ!!!!!!」

「お前のせいで言えないだろうが!!!!!!!」

「うるせぇっていったんだろうが!!!言いたいから口出ししてんだろ!!!!!」

「お前のせいじゃねぇ!!!!!俺のせいだ!!!!!!お前のせいだよ!!!!!」

「言いたいことがあるならもっとちゃんと言えばっ、言えばっ!!!!!」

「お前が余計なことも言うから余計なことが言う、もういい?」


咲花はじっとやりとりに聞きほれていた。

「あの人たちは何なんですか?」

プラハの嵐はポツンと一言。

「人じゃないわ」

「えっ…」

咲花は首を傾げ少しばかり考え込む。

そして思い出した。

「ああ、物まねをする動物ですか? 鳥とか」

「ペットでもないわ。

機械よ」

プラハの嵐は素っ気ない。

「隣は機械室よ」

それはどういうことなのか、と言うまでもなく案内された。

扉を開けると真っ暗な応接室は誰もおらずLEDがほんのり2つ灯っていた。

「あ…KONOZAMA HELLO…」

咲花は拍子抜けした。

常時接続型スピーカーがのべつ幕無しに喋っている。

対するはGyaaOHoo Kennel。

ライバルの検索エンジン企業が売り出し中のスマートスピーカーだ。

互いが罵りあっているのだ。

「電気代がもったいなくありません?」

咲花はプラハの嵐が理解できない。

「ああ、あれはね。

ああやって相方を養殖してるの」

「よ、養殖?」

その言葉にプラハの嵐は目尻をきらめかせた。

「…そう。

わたしね…末吉興業の第8世代なの。

粗製乱造とか劣化コピーとか散々いわれた世代よ。

わたしはピンで難波の舞台に立たなきゃいけなかった。

同期はみんな辞めていった。

わたしが干されずに済んだのはあの子たちのおかげよ」


彼女は耐え切れずシクシクとスカートを濡らしはじめた。

聞けば涙抜きには語れない世代だ。

個人事務所を設立してやると甘い誘いに乗って架空債務を含め莫大な借金をこさえられた。

彼女は懸命に営業して利子を払い続けたがそれも何度目かの不況で立ち行かなくなる。

夜の商売を考えたこともあった。

しかし、彼女は芸で身を立てようと病死した母に誓った手前、爪に火を点すような暮らしをしてようやく売れないながらも仕事が軌道に乗り分割払いで完済に近づいている。

それもこれも有形無形の支援があってこそだ。

昔取った杵柄がある。

末吉養成所時代に愛嬌をふりまいていたおかげだ。

「わたし、ね。

絶対に後ろ暗い事だけはやるなって母に言われたの」

プラハの嵐の母親は人格者だった。

まず元夫を責めなかった。

養育費を滞らせたまま新しい女と心中した。

それでも彼女は恨み節ひとつ言わなかった。

「母は言いました。

貧すれば鈍する。

それだけは絶対にするな。

どんなに困っても正しい行いをして笑顔でいれば世間が救いの手を差し伸べてくれる。

後ろ暗い事をすれば顔が曇る。

そして怯えて暮らすようになるの。

そうなったら疑心暗鬼に陥って誰も信じられなくなる。

救世主すらね。

それに最後はお天道様が見てるから」

その言いつけをしっかり守り、身体や仲間を売るような真似をせず、モヤシを啜って生きて来た。

「反社勢力の闇営業をしたり薬を売った子もいるわ。

どうなったかニュースでご存じ?」

「ええ…少し…は」

余りに重たい話で咲花も覚えていない。

興味すらわかなかった。

闇の深い話は嫌いだ。

「それであの子たちを相方にしてしゃべくりを磨いてきたの。

今はお歌の仕事が増えちゃって」

プラハの嵐は洗いざらいぶちまけたらしく仏のような顔に戻った。

「わたしたちってホントにいいコンビだと思うんだけど、ね。

そう思わない?」

「思います!」咲花は力強く断言した。

この人の相方になる人がうらやましい、そんなことを思うくらいだ。

「でも、私にはお店が…」

咲花は芸能界に興味を魅かれながらも後ろ髪を引かれる思いだ。

人付き合いは苦手ではない。

しかし疲れを癒す孤独の空間が欲しくて店を持った。


今はまだ小さな店舗ながら常連も増えてきて、このまま軌道に乗れば独立も夢ではないように思われた。

それなのに、こんなに早く引退するのは惜しい。

プラハの嵐はじっくり考えろと言った。

咲花はじっと返事を待ったが沈黙に耐え切れず口を開いた。

「わ、私は……」

プラハの嵐の答えは早かった。

「あなた、お客さんを取らないつもりなの?ダメよ。

あなたの武器はそこなんだから」

「私の、強み……ですか」

咲花の脳裏に今までのお客が浮かぶ。

男もいたが大体は若い女の子だ。

年上の女性を相手にするのは慣れていなかった。

「それはもう充分あると思うけど、わたしたちはコンビだから二人で一個のキャラを演じなきゃいけない。

それが無理なら辞めなさい」

「分かりました、やってみます!」咲花は意気込み勇んで返事をした。

とはいえ、プラハの春師匠も閉店を強要するほど鬼ではなかった。

むしろ、すじけじゅーるの合間に歌姫としてステージに立ってくれる。

なんて優しい女性なの、と咲花は落涙した。

それからの毎日は慌ただしく過ぎた。

咲花はただ座っているだけだというのに緊張して吐き気がするほどだった。

だが、本番になると気丈な顔をしていた。

「あ……う、うん、そうだよね、もっと優しくしてくれると嬉しいなぁ……なんて」と愛らしい笑みまで浮かべる。

末吉興業の理解もあって、喫茶ふらわぁはコンセプトカフェとして存続することになった。

店の経営は末吉興業がスタッフを派遣する。

コンビは交代で店に顔を出す。

ある日、プラハの春はこういった。

咲花は客に対して気負い過ぎだと。

店主然とし過ぎていて、舞台の上でもサービス過剰気味だ。

その熱意は認めるが、それが本当に観客の求めるのだろうか。

客先目線を養う必要がある。

そのためには自分も客と同じ気分になり切って演じることだ、そうすれば演技が自然ににじみ出てくるはずだ。

「そう……でしょうか」咲花は懐疑的だった。

確かにプラハの春のアドバイスを受けて以来、自分の中におぼろげにイメージが出来上がりつつある。

それを具現化したいとは思っていた。

しかし……。

そして、いよいよ当日を迎えた―――

プラハの春はステージで愛らしく歌った。

客と一緒に歌う。

咲花が遠慮して注文を取りに行って戻ってくると「ああいう時はこっちにも持って来て」と言われて焦ってしまったり、「ありがとう」と言って手を握りしめられた時なんかは恥ずかしさで全身の血液が沸騰してしまうような心地だった。

それでも彼女は何とか笑顔で対応出来た。

お見送りの時間になってプラハの嵐が客席に向かう。

そしていつも通りキスをしようとしたらお約束のように突き飛ばされてしまった。

しかし次の瞬間、 ガバッ!!(効果音)「へっ!?」咲花はベッドの上に押し倒されマウントポジションを取られてしまっていた。

何が起こったのか理解できない。

「咲ちゃん!」「はい!咲ちゃんですけど?」

プラハの嵐は目を輝かせて叫んだ。

「わたしの相方になるってこういう事なのね!!」「……」「これから一緒にお仕事していっぱい楽しい思い出を作っていくの。

もちろん、咲花ちゃんもそういう気持ちなんでしょう」「はい、あの……私も頑張ります!」「よしっ決まりね」

彼女は嬉々として言った。

咲花は呆気に取られたままである。

一体、どうしたというのだろう?こんなはずでは…… プラハの嵐の頭の中には既にコンビでの輝かしい未来のヴィジョンが描かれ始めている。

一方で咲花は混乱しているようだ。

「私に……そんなこと……」

「何を言ってるの。

わたし、こう見えても女の子大好きだし、咲花ちゃんのこと可愛くてたまらないくらい好きよ。

大丈夫。

優しくするから……」

咲花は恐怖した。

自分がこの人にとって都合のいい存在でしかないことを悟って。

こうしてコンビとしての新たなる日々がスタートしたのであった。

**二人の新コンビは順調に売れ始めた。

咲花はプラハの嵐に弟子入りという形で稽古を付けてもらっている。

舞台上でもプラハの嵐の演技を目の当たりにした。

彼女が演じた場面は記憶が鮮明だ。

それはまさに現実にあった出来事を追体験する感覚だった。

舞台袖で待機中、彼女はそっと耳打ちしてきた。

咲花の耳に熱い息がかかる。

彼女の声に背筋がゾクッとした。

それは嫌悪感によるものではなかった。

寧ろ逆だった。

それは今まで味わったことのない感情だった。

(私は……今……)

**舞台は無事に終了。

拍手が会場に響く。

二人は楽屋に戻った後、二人で並んで立った。

お疲れさまでした、と挨拶を交わした後、握手をした。

その時だった。

ガバッ!!! またもや押し倒されたのだ ドサッ ベッドの上で仰向けになった二人 見つめ合ったまま動かない 先に沈黙を破ったのは咲花の方だった 震えながら呟くように言葉を発した。

私には…… プラハの嵐が覆いかぶさってくる。

私の気持ちが分からないんだ だから、ずっと、黙ってきた。

咲花も薄々勘づいてたんじゃないのか プラハの嵐の目に熱情の色が見える。

それはかつて咲花に注がれていたものだ。

でもあの時のプラハの嵐の眼差しとは微妙に違う気がする。

今は獲物を見つけた蛇のような感じ。

そう……捕食される直前のウサギみたいな気分 私だって……あなたが好きです!……でも怖いんです。

自分を見失いそうになるの じゃあ、お互い初めて同士、ゆっくり始めようか? そう言い終わると、プラハの嵐の顔が迫ってきた チュッチュツチューーーッ!!!(舌を吸われる音)

(え、嘘、キスされて……ん~~っ)

長い長い口づけの後でようやく解放され、ハァッとため息をつく その隙にプラハの嵐の手がブラウスの下に潜り込み背中をさすり出した あっ! ビクッとする。

咲花の声 チュ、ヂュルル~レロ、レロッ(胸を吸う)

アッン……ヤダぁっ……恥ずかしい…… プラハの嵐はお構いなしに攻め続ける 咲花は顔を手で覆っているが隙間から見てしまう プラハの嵐の唇が自分の乳房を捉え、それをチュウウッと思いっきり吸い上げてる光景が嫌でも目に入ってしまった そしてもう一方の胸に手が触れる。

ブラの上から揉みほぐしてくる

「フワアアアーーッ」

思わず叫んでしまう。

生まれて初めての感覚、咲花は頭がボーっとしていた そして遂に下着の中へと手を突っ込んで直接触れられてしまう。

最初は優しく円を描くような動き、徐々に激しく、そして乳首をコリッコリッとしごき始める アッアン!、ウソォッ!?イヤァ プラハの嵐は満足気だ そして再び深い口付け、今度は咲花も自分の方から舌を差し出し絡めていく プラハの嵐の息も次第に荒くなってきた。

手は更にスカートの下に履いているブルマに伸び、パンティ越しに触れてくる。

そこはグッショリ濡れており咲花は羞恥心に顔が赤くなる。

同時に恐怖心もこみ上げてくる。

この先に進んでいったら一体自分はどうなってしまうのだろうか?そんなことを考えているうちにプラハの嵐が指を動かし始める。

ピチャ、ヌププ……クッチャ、クッチャ……グチョオオオ……ズブゥ……ズ

頭を咲花のスカートに潜らせ、唇を濡れたブルマに近づける、鼻から思い切り息を思いっきり吸い上げる「ハアッ!」溜まらず声を上げる ブルマー越しに感じるプラハの嵐の吐息、生温かい チュル、チュク、ピチュ、ジュッポジュポッ、レロン 激しい水音が聞こえる、ブルマが愛液を吸収し切れずに溢れ出たものだった。

やがてプラハの嵐は一旦口を離すと、右手の指で咲花のスカートを破り取った。

そして下に履いているブルマーをつかんだ「咲花ちゃん……咲花ちゃんのココ、もうこんなになってる……」

は、はい、すみません……。

謝るしかない咲花 そして咲花の両脚を広げさせる クチュッ、ピトッ、ヌルルルッ とうとう直接触られてしまった クチャクチユクチッ、ヌポポポ……ニュポン、クチャ…… プラハの嵐は自分のショーツを脱ぎ捨てるとゆっくりと腰を落とし始めた クチャクチユ、クッチャヌププ、クッチュ 咲花の秘所の入り口辺りを彷徨いながら探っていく、そのうち咲花の中のいいところにヒットしたようだ。

そこを中心に執拗に攻め立てた クッチャクッチュ、ネバァッ……ニュプン……チュプ、ニチャ……ヌパッ 咲花の顔の上に跨ったまま暫く。

「もう我慢できない。

咲花ちゃん、あたしと貝合わせしましょう」咲花をベッドに横になるとそのまま股間を押し付けてきた クッチョクチョ……ニュルルル……

「ウワ!、凄い……何これぇ……ひゃあ……気持ちイイッ! あぁっ、ダメ、わたしも……ん……おかしくなりそう!!」

「ウフン……ウヒィン……あぁあ!、……あん……ああ、イクッ

膣同士がぶつかりあう。

その度にお互いの脳裏に閃光のような衝撃、快感のパルスが流れ、それが増幅されて全身に広がる。

咲花の中でプラハの嵐の熱と鼓動が高まって、咲花もまた同じであった。

咲花の方がより強くそのパルスを感じていた。

二人の喘ぎ、切ない呼吸音……絶頂の予感……プラハの嵐の身体はビクビクンと痙攣を始めた、咲花は「プラハの嵐さん、あたしのお嫁さんになって!」

「……えっ!?咲花ちゃん、あなた何言って……そんな……うそよ、う、う、うれ、嬉しい、うれしぃー!!わっしょい! じゃなくて、おおおぉ、おおぉぉおぉっ!!」

咲花は激しく痙攣する。

プラハの嵐も同時に そしてその瞬間がやって来た

「いっぐぅーーーーー!!!咲花ちゃんこと私の奥さんになって、ね!」

咲花の脳裏には何か熱い塊が飛び散る感覚があった。

そしてそれはプラハの嵐も同じようだった、咲花はその日、生まれて初めて絶頂を経験した そして次の日。

いつも通りに稽古を終え帰宅した。

昨夜のあれは何だったのか?今思うと信じられない。

でもあのプラハの嵐が自分のことを好きだと言った、それに自分も彼女のことが……そこまで考えて我に帰る。

いや違う!これはただの女友達としてだ、恋愛感情など微塵も無い そうだ、これからだって一緒に芸事に励む同志だ、それくらいしか無いのだ 自室に戻るとベッドに仰向けになる。

しかしプラハの嵐とはどんな話をしたら良いのだろう、やはり男について話すべきなのか?自分はそんな話題を持ちかけられて楽しいか?色々考えているうちに夜も更けていった(ウィーン……ガチャ)扉が開く音がした。

ハッと身を起こす。

しかし、入って来たのはプラハの嵐ではなかった。

パンツが見えそうなほどのミニスカートを履いた女。

「咲花さん、私ですよ。

マネージャーです」声が震える なっ!何しに来たの?

「今日はプラハの嵐と二人だけで話がしたい。

明日は私もご一緒しますから、今夜は一人きりにさせてください」

嫌だと言おうとした時。

「ではお願いします!」と電話が鳴り響く「もしもし。

……はい。

わかりました」「あのっ!……なんですか?」つい聞かずに居られなかった、すると相手は無表情で「あなた達のマネージャーを解雇するよう言われたんです。

事務所からも。

もうこの劇場にも来るなって」

そして無造作に紙切れを手渡されるそこにはこう書かれていた。

「末吉興業を辞めろ。

お前の借金は全て肩代わりする。

但し今後二度と咲花の前に顔を見せるんじゃねぇぞ 尚、お前には前渡し金がある その金額一千万円 期限は無期限とする 利子は毎月五パーセントを支払うこと ただし利息分のみとし、遅延金及び残額は一括払いとする 尚、利率の上限については別途連絡する。

以上」呆然とする咲花。

「どうも失礼しました」と去っていく後ろ姿を見ながら

(こんな借金誰が払うか!もう沢山だ!!あたしはこの劇団を旗揚げして一人でやって行くんだ!)そう決心していた咲花はしかし、すぐに考えを改めることになる「もし宜しかったら私が立て替えますけど……いかほど必要ですか?」突然話しかけられ振り向く

「あっいえ結構でございます ご心配ありがとうございました 大丈夫でございますので」慌てて答える咲花

(一体どうしたというのだろう? あんなこと、いきなり……まるで自分が借金の保証人になったような)そう思っているうちに彼女は出ていき、その後を只野が続く、その手には大きなトランクケースをさげていた。

翌朝は早くから劇場前でビラ配りをした 劇場の玄関に咲花の等身大看板が設置されている それを見ていると何故か嬉しくなる咲花。

そこにプラハの嵐が通りかかる「おっ咲花ちゃん、朝から張り切ってるな。

こっちも負けちゃいられないな」そこへ只野もやって来る「あっ咲花ちゃん、お早う。

ちょっといいかな?」

「はい、どうされました?」「うん実はね、昨日から君の公演ポスターとチケットを各劇場や施設で貼ってもらってるんだけど。

今日あたりでかなり集まると思うんだ、それでね、もうすぐここの楽屋入り時間なんだ、その時に見てもらっても良いかどうかと思って。

駄目なら別の場所に貼りなおしてまた頼むつもりだけど……」「ええ!勿論構わないと思いますよ、どうぞこちらこそよろしくお願い致します。

それとこの前の話ですけど……」「分かってる。

もう忘れてるよ。

でも一応契約書を交わしておいた方がいいからサインして欲しい、いいかな?」「はい、ではペンをお借りしてもよろしいでしょうか」「はい、じゃこれに記入してくれ」と手渡されたのはかなり立派な契約書 しかも隅から隅まで読み込んだが不備は一切なかった 咲花は只ならぬ予感がしてきた「これで全部ですね。

あとここに押印すれば宜しいのですか」只野は「そうだ」と言うと朱肉に親指を押し当て、咲花の方に差し出した「判子持って来てるのに何でわざわざ指で押すのでしょう?それに朱付け過ぎません?」「いいんだよ。

早くしないと時間がもったいないから」そして押しつけられた朱いハンコ。

契約書をバッグに入れて立ち上がる。

その時ふと壁時計を見るとそろそろ朝のミーティングの時間だ 急いでいる咲花は気にしない。

只野と咲花、二人の会話を聞いて顔を赤らめていた者が居ることも気づいてはいなかった 舞台挨拶が始まる前に楽屋を覗く咲花。

「おはようございます」「あ、咲花ちゃん、丁度良かったわ、今皆を集めてるとこだから手伝って頂戴」

プラハの嵐、他の役者達が揃う中。

只野だけは居ないようだが?と尋ねる咲花に

「それがね咲花ちゃん……彼って本当に優秀だったわよね。

でも昨日の夜に電話が来たの……辞めたい……辞めたいと……何度も泣いて謝られたけど……許すわけにいかない……でも彼はまだ若いのよ。

可哀想だとは思う……でも契約を守らせるためにもきつく叱ったわ。

それからは何も喋ってくれなくなった」

「……」咲花は絶句してしまった「あの……それじゃ今日の演目とか台詞覚える時間ないですよね……その辺は如何なさるおつもりでしょう?私達はみんな素人ですし、とても不安なのですが」プラハの嵐は腕を組んで目を閉じながら考えていた

「そうねえ。

それじゃ咲花さんだけ残りなさい。

他のメンバーはそのまま練習始めてて」咲花が退室すると 他の者全員を集めた理由が明かされた「実はね、この中にも咲花さんと同じ境遇の人が居たの、その子は咲花さんより少し先輩だったんだけどね。

私も一緒に説得したけど……ダメだった……この劇場に居ても未来はない、むしろ今のうちに離れた方が良い。このまま居たらいずれ不幸が訪れるって。

私もその子の言うとおりだと思う。

だってもう何人もの女の子が辞めさせられているのよ。

そしてその殆どの子が不幸な目に遭っている。

でもね咲花さん、この劇場に残ればきっと辛いことが待ってる、それでも残る覚悟があるの?私はね、どんなに辛くてもここを出て行けばもっと辛いことが待っていると思うの。

だから咲花さんはここで頑張って欲しいの。

あなたはまだ若くて将来がある、私みたいになるのは絶対に嫌」プラハの嵐は咲花を抱きしめ、そのまま耳元で囁いた「私の言った意味分かるわね。

じゃ……これからのこと話しましょ」

「あの……それは私一人だけでですか? その……プラハの嵐さんも来られるのでは……?」「ごめんね。

私にはあなたを救えない。でも咲花さんと二人だけで話し合って決めた方が納得すると思うの」

「分かりました。

お時間を下さい」咲花は深々と頭を下げ部屋を出た。

プラハの嵐は廊下を歩きながら考えていた。

私にできることはないのだろうか? 私にできることは……そうだ!あのことを咲花に伝えよう。

そうすればきっと救われる。

私にとってもあのことは心苦しいが、でもあの子のためだ、そうしよう。

そしてその夜。

劇場に一人の女性がやって来た。

それは昼間会った女性だった。「どうしたんですか? こんな時間に」と咲花が聞くと

「あの……あなたにどうしても伝えなければならないことがあるの」と彼女が言い出す。

「今更何を言われようと、もう決心は変わりません。

それよりあなたの方が心配なんです、あんなことをしておいて今更何を言うんですか? 私達の間に何も無いとは思っていましたけれど、こんなことをされたからと言ってあなたを信じるわけにはいきません。……さようなら!」

扉を閉めて鍵をかけようとするが ガチャガチャと音を立てるだけだった(嘘!開かない!どうなってるの?)と扉をドンドンと叩くが返事は無い。

(まさか……そんな……)と青ざめる咲花。

その頃、扉の外では只野が立っていた。

彼の右手には咲花のバックが握られている そしてそれを開け中身を取り出す。咲花とプラハの嵐が写っている写真。

二人仲良くポーズを取っている。

一枚の写真の裏には文字が書かれていた プラハの嵐と咲花 愛し合う仲(^O^)/ 咲花に電話をかけるも留守電になってしまっている。(仕方がない、明日また来るしか)

劇場を後にする只野 次の日 扉を開けるとプラハの嵐と咲花が話している最中 咲花に話しかけるが無視されてしまう。そこで再び電話をかける 咲花が出ると

「あんたの借金だけどな、もうすぐ全額返済できそうだぞ」

「どうしてそれを?」「俺だよ。

俺は咲花ちゃんの新しいマネージャーだ。

この前も一緒だっただろう」「……あっ、あの時の」咲花の顔に生気が戻った「ところでな、実は今日中にここを出なきゃならない。

借金も全部返済できたしな。

もう二度と会わないと思うから言っとく。

お前に惚れちまったんだ。

お前の借金全部払ってやる。

但し、条件がある。

咲花ちゃん、お前、俺の女になれ! な、良いだろ?」

「何馬鹿なこと言ってるのよ! 借金の肩代わりなんて、どうせ体目当てなんでしょ! ふざけないで!この前だって変な手紙送ってきたくせに!気持ち悪い」

そう言って電話を切られてしまった。

その後何度もかけるが咲花につながらなかった プラハの嵐に話を聞きに行くと

「咲花さんの借金の件、どうなりましたか?」

只野は答えずに話を続けた「咲花さんはここに残られるんですよね。良かった、これで私にも希望が持てます。

それで咲花さん、私と一緒にお芝居の世界でやりませんか? もちろん二人で力を合わせて頑張りましょう。……あのう?聞いてます?もしもーし?もしーもし?」

「はっ! あ、すみません。

咲花さんなら残られますよ、ここに。

でも、どうされました?何かあったのですか?」

只野は事の経緯を話し始めた 昨夜劇場に泥棒が入ったこと、そして咲花の部屋から自分の名刺が見つかったことから 劇場をクビになったこと、咲花に振られたことなどを。

話を聞いたプラハの嵐は只野を慰める言葉も出てこなかった。

只野は咲花にメールを送る。

咲花さん、お元気ですか? 私は今、新しい仕事を見つけて忙しく働いています。

この前のことですが、あなたとの約束を守りませんでした。

あなたの言う通り、私が間違っていたのかもしれません。

しかし、やはり無理でした。

もう会うこともないと思います。

さようなら。

と送信したが、返信はなかった。

只野が帰った後、プラハの嵐が部屋に入ると、咲花が床に座り込んでいた。

プラハの嵐が咲花に近寄ると彼女は泣き崩れていた。

咲花の話を聞くと、只野は咲花に好意を寄せていたこと、そして咲花も彼を憎からず思っていたことを知った。プラハの嵐は咲花に、只野さんと付き合えば良かったのに、何故断ったのかと聞いた。

咲花はただ、彼を信じてみたかったのだと答えた。

プラハの嵐は咲花を抱きしめ、大丈夫、きっと上手くいくから、と励ました。

それからしばらくして只野から電話がかかってきたが、咲花は出てはやらなかった。

数日後 咲花は劇場に足を運んだ。

そこには既に唯野が待っていた。咲花が挨拶をする間もなく彼は口を開いた。

実は私、プラハの嵐さんと別れてきたのです、だからもう遠慮はいりません。私とお付き合いしてください、と。咲花は只野の言葉にショックを受けた。自分がプラハの嵐を愛していることを伝えたが聞き入れてもらえない。すると咲花の手を只野が握った瞬間。咲花は手を振り払った。

その時、劇場の入り口の方を見てみると そこに居たのは咲花とプラハの嵐であった。

二人は楽屋に入る。

すると、只野が駆け寄ってきて、咲花を抱き寄せようとした。だが、

「触らないで下さい。私、あなたとはおつきあい出来ません。それに……プラハの嵐さんとはお付き合いさせていただいています。」と言った。それを聞いた只野は呆然と立ち尽くしていた。

「そうそう。

私、先月の給料も頂きました。お陰様で無事に完済いたしました。

本当にありがとうございました」と咲花が礼を言った。それを聞いても只野はしばらく放心状態であった。

「咲花さん……

私のどこがいけなかったのでしょう? あなたに嫌われることは何もしていないはずですが」と、やっと出た言葉がこれだった。

咲花はため息をつく

「そうですね……あなたが私にしたことは……確かに褒められるべきものではないかもしれません。でもね、あなたは知らないでしょうけど、私だって苦しかったのですよ? この生活から抜け出したい、夢を諦めたくない、その一心だけで歯を食いしばって生きていました。

でもね、もう限界だった。

そんな時、プラハの嵐さんが現れた。彼女、こう言ったんです。

あなたが劇場を出るまで待っててあげる。だから必ず出なさい。きっと辛いことがあると思うけど、きっと幸せになれる。あなたを待っている人が居るからって。

私、その言葉を真に受けて今日まで待っていました。いつか迎えに来てくれると思って。……結局来てくれはしなかったけれど。

私には彼女の言うことが理解できなかったけれど、あなたが彼女に何をしたか知った今となっては、よく分かる。でもあなたがした行為は許されない。許さない。私達の間に何もありませんでしたが、あなたのせいで私は傷つけられました。そのことは忘れていません。……さようなら」と告げ、部屋を出て行った。

一人になった部屋で只野は思った。

自分は一体何を間違えたのだろう? と。

「ねぇ、プラハの嵐……あの人、どうなったのかな?あれから一度も来ていないよね?」と咲花が聞くと「……うん」とプラハの嵐が答える。

「……でもね、咲花さん。彼がああいうことをした理由、私、少し分かるの。

咲花さんはあの人に騙されてる。あの人はきっと咲花さんの優しさにつけ込んで、咲花さんにひどいことをした。

あの人は咲花さんが思っているような優しい人間じゃない。

咲花さんはきっとあの人のことを誤解してる。

あの人は咲花さんにあんなことをしたけれど、それは咲花さんのことが好きだったから。

あの人は私と違って純粋な気持ちを持っているのよ。

あの人を信じる必要は無いの。……あの人はあなたを裏切ったんだもの」

「プラハの嵐……」咲花が呟く。

「私には……分からないわ。でも、あの人はきっと間違っている。間違いを正すのは正しいことよ。……それがたとえ間違った方法だとしても。私は間違っていない。そう思うの。……咲花さん、私は咲花さんのことを愛している。

それは本当よ。でも……ごめんなさい。今は……一人で考えたいの」

そう言ってプラハの嵐は出ていった。

咲花も自分の気持ちをどう整理していいか分からず、ただ黙っていた。

その夜、咲花が眠っていると、突然、耳元で声が聞こえた。「咲花ちゃん」

驚いて目を覚ますと目の前にはプラハの嵐が立っていた。

「プラハの嵐!どうしてここに?」「咲花さん、落ち着いて聞いてね。今から私達が話すことは全て真実。私はあなたの味方であり続ける。どんなことがあっても」「何の用?もう私に関わるな!」「咲花さん、あなたのお母さまは、あなたのお父様に殺されたのよ」「嘘だ! お父さんがお母さんを殺すわけがない」「でもね、本当のこなの」「……どういう意味?」「……私が知っている限りの事実をお話しします。まず最初に言っておきます。あなたの父親はあなたのお父様ではありません。

お父様はあなたの本当のお祖父様なのです」「え?お爺ちゃんがお祖母ちゃんを殺したってこと?」「はい」「なんのために?」「あなたの存在を抹消するためです」「なんでそんなことするの?」「あなたの存在が邪魔だったのですよ」「じゃあ、どうして私が生まれたの?」「お母様はお父様と結婚する前から、お母様のお腹の中にあなたがいた」「なんで分かったの?」「私、超能力があるの。あなたの居場所なんてすぐわかる」……信じられない! プラハの嵐は続けた「あなたのお母様はあなたのお父様と結婚して幸せになるはずだった。しかし、あなたのお母様があなたの父親に犯されたことを知ると怒りに震えた。お父様がやったと知って。あなたは自分の意志に関係なく生まれた。

自分の血を引いた子供が自分と同じ運命を辿ることに堪えられなかったのでしょう。……お母様はあなたを殺そうと考えた。そして……あなたを連れて逃げ出した。お母様はあなたを守るために必死で生きた。

そして……お母様は病に倒れた。そして……死んだの。お医者様の見立てでは、長くはもたないだろうとのことだった。

その時のショックが祟ったのか、あなたが5歳の時に病気で亡くなった。

それからというもの、あなたは祖父母に育てられた。しかし……あなたの本当の親の消息は分からなかった。そしてあなたの存在は誰にも知られることはなかったの。

お婆様はお母様の死を悲しみながらもあなたを我が子のように育てた。でもあなたはずっと寂しかった。お母様の記憶が薄れて行き、自分が誰の子なのか知りたかった。だからあなたは女優になったのでしょう?あなたのお爺様、つまりあなたにとっての曾お祖父様、彼があなたのことを知ったのはある劇団員の噂話だった。彼はあなたを探し出し、調べさせたの。

彼の執念の賜物か、それとも偶然の産物かはわからないけれど、お父様はあなたのお母様の失踪後すぐに結婚し、子供を作っていたことが分かったの。そのお子さんは、お嬢さんが生まれていたのだけど、お嬢さんが幼い頃に事故で亡くなり、お孫さんがいたということがわかったの。あなたが産まれてから8年経った頃ね。そしてその孫が、あなただったということが分かってしまった。

あなたの存在を知ったお爺様はすぐにあなたを見つけ出したの。お父様とお母様を殺し、あなたを攫おうとしたの。……もうわかったでしょう?」

「うそ……」「お爺様の狙い通りあなたは誘拐され、このマンションに閉じ込められた。そして……私の力を使ってあなたを催眠術にかけ、操ろうとしたの」……そうだったのか。私、今まで……

「そして私は、あなたが私と一緒に暮らすようになった後も、あなたがこの部屋にいるように仕向けた。全てはあなたを守るため。でも、そのせいであなたは傷つけられた。ごめんなさい。でも、それも今日までです。これからは私達二人で生きて行こうね。……もうあなたを傷つける者は居ないわ。」

プラハの嵐の目からは涙が流れていた 彼女は咲花の頬に触れようとしたが咲花は振り払った。「プラハの嵐、私は騙されない!あなたも本当はお父さんと同じように私の体だけが目当てなのでしょう!?」

そう言い放つと咲花は部屋を飛び出した。……そんな、私、咲花さんを愛しているのに……信じて下さい! そう叫んだ彼女の叫びは咲花の耳に届かなかった。

数日後、プラハの嵐と唯野の楽屋を訪ねた。

プラハの嵐は「咲花さん……来てくれたのですね」と言った。「ごめんね、プラハの嵐、私……」「謝ることないわ。私は嬉しい。……私もあなたもお父様から逃れられない宿命にある。お父様から逃げることはできないし、逃れようとも思わない。でも……私達は二人なら大丈夫よ。咲花さんは、お父様の娘ではなく、お母様の子供でもなく、私のお友達になってくれるのよね?私は……それが嬉しいの。」プラハの嵐の言葉に咲花は泣き崩れた。

プラハの嵐は優しく微笑みながら咲花を抱きしめた。「……プラハの嵐、一つだけお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」「なに?遠慮なく言ってね」「あのね……」「え?……うん、もちろんいいよ。咲花さんが望むことだったら、なんだってやってあげる」その日から二人は一緒に暮らし始めた。

「プラハの嵐!ご飯出来たから運ぶの手伝って!」「うん!」

二人の仲睦まじい姿は誰が見ても幸せな家庭を築いているようだった。

プラハの嵐が家に帰る時は、いつも駅まで咲花が送ってくれる。咲花の姿が見えなくなるまで手を振り、姿が消えるのを確認して自宅へと向かう。咲花からもらった指輪を眺めて、プラハの嵐は呟いた。

「あなたは私が守るわ」

咲花がプラハの嵐の部屋を尋ねたのはその翌日のことであった。「ねぇ、プラハの嵐。今日も泊まって行ってもいいかな?」

突然の申し出だったが、彼女の顔を見た瞬間にプラハの嵐は全てを察した。「咲花さん……また何か言われたの?」

そう尋ねると咲花が首を横に振る「いいよ。おいで。私が慰めてあげる」

咲花をベッドに寝かせると、彼女の頭を撫でた。「ねぇ、咲花さん。咲花さんには私がついている。だから安心してね」「うん、ありがとう」咲花が眠ってしまった後に寝室を出るとプラハの嵐は電話をかけた。「あ、もしもしお父様ですか?今晩咲花さんがそちらに伺います」それだけ言うと電話を切る。

しばらくするとインターホンが鳴る「開いてますよ。入って来て」「お邪魔します」リビングのソファーに腰掛けるとプラハの嵐がコーヒーを運んで来た。

プラハの嵐は向かい側に座るとコーヒーを一口飲んだ「どうぞ」「うん、おいしい。ところで、お父さんは?」「お父様?今週中に帰って来るみたいよ」プラハの嵐が答えた後、咲花が「そう……」と呟く。

「咲花さん、咲花さんのお父さんって、咲花さんのことを恨んでいるの?」「……分からない。でも、お父さんが私を恨んでいないわけがない。だって私は……」「咲花さんは何も悪くないよ。悪いのは咲花さんを産んだお母様よ」「プラハの嵐、私はお母様が憎いわけじゃないの。……でも、やっぱり許せないの。……どうして私を生んだの?」「ごめんなさい。それは私にも分からないの。でも……咲花さんのことは私が守ります」

プラハの嵐が咲花にキスをする「プラハの嵐……私もあなたを守る」

二人は互いの舌を絡ませ合い、激しく抱き合った 咲花とプラハの嵐の生活が始まってから3ヶ月が過ぎたある日のこと。

「お父様から電話がありました」「お父さんから?」「咲花さんに一度会いたいと言っていました」「分かった」「……でもね、お父様はもうすぐ戻ってきますよ」「そうなの?」「はい。今週末辺りに戻って来ると思います」「……どうしてわかるの?」

「お父様の部下が、こちらに向かっているらしいです」「部下?」「そう。部下の方は、お父様の代理として仕事をして下さっている方」「ふーん」

プラハの嵐は「……お父様に何を言われても気にしないでね。きっと……悪いことにはならないはず」「そう?でも……一応、気をつけるようにする」「うん。約束」「じゃあ……行ってくるね」「行ってらっしゃい」「ただいま」「おかえりなさい」「ただいま、って、あれ?お父様がもう居る!」プラハの嵐は苦笑いを浮かべていた。

プラハの嵐は咲花との同棲生活で浮かれていたが、実は咲花の両親への復讐計画も同時進行していた。

まず最初に行ったのは咲花の両親の実家へ挨拶に行くことだ。咲花の父親は既に他界しているが母親は実家に暮らしているという情報は既に掴んでいたので母親に会うために出向いたが、彼女は家にいなかった。仕方なく留守電にメッセージを残すことにした。

数日後、母親の返事があったので、その電話番号にかける。相手が出ると名を名乗り、要件を言った。すると母親が受話器の向こう側で慌ただしくしている様子が聞こえてきた。そしてすぐに母親が出て用件を尋ねて来た。

彼女が不在の間、娘を預かっていること、自分の仕事の都合で当分会えないことを丁寧に説明した上で最後に咲花を必ず無事に送り届けることを告げた。彼女は電話越しに何度も礼を言っていた。これで、とりあえずの目的は達成できただろう。

しかし、プラハの嵐は念のために、もう少し様子を見ることにした。

それから数日後、咲花は父親の元を訪れる。目的は父親との対面である。

しかし父親は既に帰宅しており、咲花は彼に抱きしめられた。

咲花は嫌がり、抵抗したが、それでも彼は離そうとしなかった。咲花は必死に抵抗するが彼の腕から逃れることはできなかった。しかしその時に彼はプラハの嵐に連絡を入れたのだ。プラハの嵐はすぐに駆けつけた。

そして彼はすぐに咲花を解放した。しかし、咲花は泣いていた。その様子を見て彼は少し悲しそうな顔をする。

咲花はプラハの嵐の元に戻ると彼女の胸に顔を埋めて泣いた。

咲花が落ち着いた頃に彼女は父親に問いかけた。

あなたは何をしに来たのかと。

その問いに対して彼は謝罪をした。お前の気持ちを無視してすまなかったと。

そしてこう続けた。

私はお前を愛せなかった。

だから離婚しよう。

私達の関係は終わった。

彼は咲花の手を握るとプラハの嵐と共に去って行った。

プラハの嵐は父親が帰って来たことを知って、慌てて家に戻った。そして、彼が帰るまでに準備を整えなければならないと思った。急いで部屋に戻り、机の上に書類を広げる。

咲花には事前に別れる旨を伝えているが、彼の口から咲花に伝えて貰うように説得するつもりだ。その為の準備もしてきた。後はタイミングを窺うだけだ。しかしプラハの嵐は知らなかった。

咲花とプラハの嵐は血の繋がった姉妹であることを。

プラハの嵐は咲花と二人で暮らしていたが咲花が大学に通い始めるとその学費の為にプラハの嵐は働きに出かけるようになっていた。そして生活費は咲花が稼いでいた。そんな生活を続けて1年、ある日プラハの嵐は思いも寄らない出来事に遭遇する。咲花に彼氏ができたからだ。プラハの嵐は複雑な心境になりながらも笑顔を作り祝福した。

そんなある日のことだ。突然、咲花から連絡が来た。内容はプラハの嵐に会いたいというものだ。

プラハの嵐は咲花に会ったら何を言われるかと不安になったが覚悟を決めて彼女のマンションを訪れた。

彼女は嬉々としてプラハの嵐を迎え入れた。

プラハの嵐は内心ホッとした。だが、次に発せられた言葉によって彼女の安堵は一瞬にして崩れ去ることになる。咲花の部屋に通されると彼女は突然泣き出したのだ。プラハの嵐が事情を聞くと咲花の彼氏は彼女の身体目当てで近づいてきただけということだった。プラハの嵐はそれを聞いて唖然とした。咲花は彼の要求を拒み切れず、肉体関係を持った。

そしてその結果、子供ができてしまったと言う。

プラハの嵐にはそれが嘘だと分かったが咲花の話を全て信じることにして、彼女を抱きしめた。すると咲花はプラハの嵐の胸の中で嗚咽を漏らしながら泣き続けていた。しばらくして咲花は泣き止むと今度はプラハの嵐が泣き出してしまった。咲花を抱きしめながら泣き続け、咲花もまたプラハの嵐を抱きしめながら泣き続けるのであった。

プラハの嵐が咲花から相談を受けてから数日、事態が大きく動く。なんと咲花と彼氏がホテルから出て来たのだ。それを目撃した咲花はその場から逃げ出した。追いかけようとするが時すでに遅く見失ってしまった。

プラハの嵐は呆然となった。

しかし、よく考えると当然かもしれない。自分は咲花が悩んでいるのを知っていて何もせずにいた。咲花に恋人ができれば喜んであげた方が良いと思い、彼女から言い出すまで待っていた。でも本当は分かっていたはずだ。

自分が傍に居なくても咲花は自分のことを一番に考えてくれる。自分より他人を優先してしまう性格だという事を。

だからこそ彼女の幸せを祈った。その相手が例えどんな人間であっても……。

咲花と咲花の恋人の交際は続いているようだ。どうやら結婚を前提に付き合っているらしい。プラハの嵐はその話を聞いた時は複雑な気分になった。正直、あまり良い印象は持てなかったが咲花自身が決めた事なので口を挟むべきではないと考え、敢えて黙っていた。

咲花がプラハの嵐にこんなことを言って来た。

私は彼と籍を入れることにした。だから、今までのように頻繁に会うことはできなくなるけど、心配しないで欲しい。それと私は今、幸せなんだ。だから、プラハの嵐には本当に感謝している。だから、プラハの嵐が私のことで責任を感じる必要は全くない。私達はお互いに支え合える関係でしょ?と、咲花が笑みを浮かべるとプラハの嵐は泣きそうになった。

でも、ここで泣くわけにはいかない。

プラハの嵐は涙を堪えた。そして、自分も今とても幸せなのだということを伝えると、咲花も涙を流していた。

「お姉ちゃん、どうして……」

プラハの嵐は目の前の現実を受け入れることができずにいた。どうして、こんなことになってしまったのか? 咲花は死んだはずではなかったのか?

「どうして、お母様が……」咲花は震え声で尋ねる。「どうして?決まっているじゃないですか?私が殺ったんですよ」

そう言うと、咲花の母-桜子は包丁を手に取った。

それは今から少し前のこと、咲花の家に咲花の友人達が訪ねて来た。彼等が帰った後、咲花が一人でいるところに、突如現れた人物が居た。

「お久しぶりですね。咲花さん」

「どうしたの? こんなところで」

「実はあなたに残念なお知らせがおしらせがあるのです。私はあなたがお付き合いしている男性と会社を共同経営しておりまして、あっ、私、黒田アキラと申します」

その男によれば会社の経営が傾いており、資金調達のため咲花に連帯保証人になって欲しいらしいのだ。

咲花が躊躇っていると、彼は言った。

この前、あなたのお父様から連絡がありましたよね。

あなたがお父様の会社の負債を抱え込んだと聞きましたが……お父様はお元気でしょうか? そう尋ねられ、咲花は何も答えられなかった。

お父様は私共の会社の返済をするために海外に出稼ぎに行ったようですが、お父様はお忙しいので、代わりに借金の件について私共にお任せくださいませんか?そうすればあなたにも迷惑がかからないでしょう。そう言われた咲花は、その提案を受けることに決めた。

それからしばらくして、咲花は咲花の恋人と結婚した。

しかし結婚式当日、花嫁姿の咲花が向かった先は病院だった。

そこには既に、彼女の父が息を引き取っていた。咲花は父の最期の言葉を聞くとその場で気を失ってしまった。それから数時間後、目を覚ますとそこに咲花の母は居なかった。そして彼女は一人取り残された。

プラハの嵐は、自分の母親が死んだ理由を知った途端、頭が真っ白になっていた。しかし直ぐに咲花の元へ駆けつけることを決意する。咲花もプラハの嵐に電話をかけるが、その時には既に手遅れだった。

咲花は既に何者かに刺されて死んでいた。

そしてその数日後、プラハの嵐の元に警察がやって来た。

警察はプラハの嵐に事情聴取を行うと咲花が死んだことについて心当たりはないかどうか尋ねた。それに対して彼女はこう言った。

自分の母親を殺した奴を殺してやった。

そしてその日の夜に咲花の母親である桜子が現れた。

咲花は私の手で殺したと彼女は語った。そして、プラハの嵐はそんなことを信じたくはなかった。咲花は自殺だと聞かされていたからだ。

だが、その後、咲花の父親から聞いた話で全てを悟った。

咲花は父親に多額の生命保険をかけていたのだ。

しかも受取人は咲花ではなく、父親の方になっている。その理由は、父親の会社は倒産しており、父親は職を失うどころか生活がままならない状態だそうだ。

そこで父親は考えた。もし自分が死んでしまえば咲花は困ってしまうだろう。だから、もしもの時のことを考えて保険をかけているのだと。しかし、それが仇となって、父親は殺されたのだと語った。

プラハの嵐はその話を聞いて納得するしかなかった。そして彼女の元にやってきた咲花に謝った。

だが、そんな彼女に咲花は笑いかけた。大丈夫、私は後悔していないから。それに私はプラハの嵐に会えて良かったと思っています。プラハの嵐と一緒に過ごした日々はとても楽しかったし、プラハの嵐が私にとって大切な存在だったことに変わりはありません。

プラハの嵐は泣いた。そして咲花を抱き締めた。咲花も泣いた。

そして咲花の葬儀が終わった直後、プラハの嵐の携帯電話が鳴る。咲花の父からの電話の着信だ。

彼女はその電話を取るとこう尋ねた。娘は死にたいと思ったことはないかと。プラハの嵐はこう返した。

自分は何度思ったかしれない。でも咲花が生きていればそれでいいと思っていたと。だが彼女はこう続ける。

でもね、私は咲花が幸せになれなかったことをとても悔いているのよ。私は娘の人生を変えてしまった、私の娘のせいで不幸になってしまったの。でも私はもう死ぬしかできない、でも私が死んだ後に、咲花を苦しめる可能性があるならば、私を消し去りたいと思ったの。

そして彼は続けた。

だからどうか私の頼みを聞き入れて欲しい。そう言って彼は咲花が遺書を書き残したノートを差し出した。そこにはこう書かれていた。

私は母を愛しています。でも、同時に憎んでいました。

だから私は母の人生を狂わせてしまったことを後悔しています。

だからこそ私はこの先、どんな辛い目にあっても決して生きることを諦めない。それが、私が自分に課した償いだと思うから。

だから、プラハの嵐。これからはあなたがお姉ちゃんとして私の分まで生きて下さい。そして願わくばお姉ちゃんも幸せになって下さい。これが最後のお願いです。

咲花の死後数年が経った頃、彼女は仕事の関係で日本に帰国した。そして、偶然通りかかった公園で、ベンチに座る半透明な咲花を見かけて声をかけた。すると彼女は笑顔を浮かべて立ち上がり、プラハの嵐の手を引いて走り出した。

その光景はまるで子供の頃に戻ったみたいだった。そして、プラハの嵐は咲花が幸せな人生を送ったことを理解した。

彼女は今、幸せですか? 咲花は笑顔で答えた。

えぇ、もちろん! そして、二人はお互いを抱きしめた。

それはきっと誰だってあるはずの日常。当たり前でいて、とても尊い日常。

それは決して誰にも奪われてはならないものだ。

それを汚そうとする者には、相応の報いを受けてもらうしかないのだ。

咲花の墓前には今日も新鮮な花が添えられている。


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