2022-07-06 01:15:57 更新

概要

「海を纏う」という怪物体にまつわる、西園玲奈の体験談を紹介している。西園は「海を纏う」と叫ぶも、その言葉は「これは罰ゲームだ」と返答。西園は「お前たちは地球人に対する、だ」と語った。


2040年6月10日(木)

午前11時30分 今日は雨だった。梅雨入りしたばかりで朝からずっと降り続けている。昨日の夕方に降った大雨の影響で道路に水たまりができていて、私は傘を差しながら通学路を歩いていた。

学校に着くと靴箱の前に人が集まっていて騒がしかった。何事かと近づいてみると、そこには上履きの上に手紙が置かれていた。どうやらラブレターのようだ。差出人は隣のクラスの男子らしい。


手紙を受け取って教室に向かう途中も周りからの視線を感じた。いつもは私の姿を見ると挨拶してくれる子たちですら何も言わずにそそくさと立ち去っていく。きっと私の噂を聞いているのだろう。私のことをよく思わない人たちがいることも知っている。


だけど今はもう気にしていない。私が何をしたって周りの人たちは変わらない。そういうものだと思って諦めるしかなかった。


教室に入ると私の机の周りには誰もいなかった。ただひとつだけ違うことがあった。それは私の机の上が落書きだらけになっていることだった。


最初は何が書いてあるのか分からなかったけど、じっくり見ているうちに気づいた。これはいわゆるいじめだ。

誰がやったのかは分からないけれど、多分女子だと思った。こういう嫌がらせをする子はだいたい女子だと思っていたから。そういえば小学生の頃にも似たようなことが何度かあった。その時は担任の教師に相談したらすぐに解決してくれたっけ。


今のクラスになってからは初めてのことだ。前のクラスでも同じ経験をしたことがあるから対処法を知っている。

まずは掃除用具入れの中から雑巾を取り出して濡れていない床を拭く。それから雑巾を置いて机の中に入っていた教科書とノートを取り出す。そして新しいページを開いてペンケースの中に入っているシャープペンシルで書き始める。


書いた文字はたった一文だけだ。


――あなたたちの顔なんて見たくない

それだけ書くと私はシャープペンシルを置いた。これでしばらくは様子を見ようと思う。私は椅子に座って授業が始まるまで本を読むことにした。読みかけのミステリー小説の続きが気になっていたから。


しばらくするとクラスメイトたちが戻ってきた。みんな何か言いたげな顔をしているように見えた。

休み時間になると数人の女子が私の席にやってきた。彼女たちは私の方を睨みつけていた。どうせまた悪口を言われるんだろう。そんな風に思っていた。


予想通り、彼女達は私に嫌味を言い始めた。


……なんであんたがモテてるの? ふざけないでよ! そんな言葉を浴びせられた。どうしてそんなこと言われないといけないのだろうか。そしてその言葉を言った女の子はこう続けた。


――こんなブスのどこがいいのかなぁ~。ねえ、教えてくれない? その子の言葉を聞いた瞬間、私の心の中で何かが壊れていく音が聞こえてきた気がした。


そこから先のことはあまり覚えていなかった。いつの間にか私は家に帰っていた。どうやって帰ったのかすら記憶に残っていない。


ただ言えることは、私はあの日から変わったということだ。


次の日になっても雨は止まずに降り続いていた。昨日の一件のせいで憂鬱になりながらも、今日はいつもより早く登校することにした。教室に入って自分の席に向かう。机の上には何も書かれてはいなかった。それを見た私は安心して腰かけた。しかしそれも束の間のことだった。


私の後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。振り返るとそこには一人の女生徒が立っていた。彼女はニヤリと笑みを浮かべながら私に話しかけてくる。


――おはよ、真宮さん。昨日は災難だったね。

その言葉で私は全てを察した。彼女の名前は西園玲奈。クラスの中でも目立つグループのリーダー格の子だ。

そして彼女がこのグループのリーダーだということも知っていた。


――おはよう、西園さん。

――あれれ、なんか元気がないんじゃない? どうかした?

そう言って再び口元に手を当てて笑う。


その表情はとても楽しそうだ。おそらく私を困らせて楽しんでいるのだろう。だけどここで怒ってしまえば相手の思う壺だ。感情を抑えて冷静に対応することにする。


――別になんでもないわ。

――ふーん、そうなんだ。

――えぇ、だから気にしないでちょうだい。

私は笑顔を作って答える。


――へぇ、そうなんだ。まあ、無理にとは言わないけどさ、できれば私に本当のことを言ってほしいなぁ。

相変わらずニヤニヤしながら私に近づいてくる。私は何も答えずに窓の外を眺めることにした。


――ねぇ、ちょっと無視するって酷くない?

私はあなたの味方だよ。もしよかったら話を聞くからさ、遠慮なく相談してみてよ。


「あれ、入学以来ずっと気になってるんだけど、誰も何とも思わないのね。何なのあの異常物体。よくあんな怪物体と共存できるね。みんなどうして平気でいられるの?」


私は校舎の向こうに聳える奇怪な遺跡を鉛筆で指した。

岬の灯台に人型のような物が覆いかぶさっている。

正確には石廊崎灯台にセーラー服を着た巨人が縋り付いていて、しかもその衣服は途中でジェル状の海になっている。巨人らしき生物は生きているか死んでいるかわからない。


彼女(?)は黒髪を肩まで垂らした女子高生に見える。

目は閉じていて灯台の先端に顔を突き刺すようにうつむいている。そしてスカートのひだがぐるっと灯台を包むように回り込んでいる。


物体の高さは女子高生の頭を含めて40メートルくらいか。そして極めつけは灯台と女子高生の周囲は干上がっていること。20年前の大地震で大陸棚が隆起したのだ。それ以外の詳細は転校生である私にはわからない。

これが「海を纏う」と呼ばれている怪物体にまつわる私の予備知識すべて。


まずは掃除用具入れの中から雑巾を取り出して濡れていない床を拭く。

それから雑巾を置いて机の中に入っていた教科書とノートを取り出す。

そして新しいページを開いてペンケースの中に入っていたシャープペンシルで書き始める。


書いた文字はたった一文だけだ。

――あなたたちの顔なんて見たくない


それを黒板に向かって書くと私は自分の席に戻った。

すると今度は私の席の周りに人が群がってきた。クラスメイトたちは私の顔を見てクスクスと笑い始めた。その様子はまるで私がいじめられているみたいだった。

いや、実際にそうなんだろう。「海を纏う」もいじめられた宇宙人なのだろうか。罰ゲームをさせられているのだろうか。そう考えるとわたしと彼女(?)の間に連帯感が芽生えた。


海を纏うをもっと知りたい。私は教室を抜け出して灯台へ行こうと思った。教室を出て廊下を歩く。昇降口で靴を履き替えて外に出た。空はどんよりとした曇天で今にも雨が降り出しそうな雰囲気だ。それでも傘を持って行かなかった。雨でびしょぬれになればいいのだ、そんな気持ちで外へ出た。校門を抜けてしばらく歩いていると急に雨が降ってきて全身がずぶ濡れになった。私はそのまま海を目指して歩き続けた。


海沿いの道を歩いていくと、やがて視界が開けて海が見えた。海に浮かぶ石廊崎灯台は相変わらず巨大で、その周りには巨大な海が広がっていた。過去形だ。今は赤茶けた海底しかない。


しかし「海を纏う」が着ているセーラー服にはジェル状の海水が含まれている。巨大なプリーツスカートは、そう、クラゲのようだった。私は防波堤からところどころ水がたまった地面を歩いて「海を纏う」に近づく。「海を纏う」は目を閉じていた。眠っているのか死んでいるかわからない。私は「海を纏う」を見上げる。


そのときだった。

「海を纏う」が動き出した。


――あ、起きてるじゃん! やっぱり生きてたんじゃない。ねぇねぇ、「海を纏う」ちゃん、私の名前は真宮みなもっていうんだ。これからよろしくね。


「海を纏う」はセーラー服の袖口から触手のようなものを出して私を叩いた。


――痛っ……。

――うるさい、近寄るな。


――えー、酷いよぉ、せっかく友達になろうと思ってるのに。

――黙れ、消えろ、どっかに行け。

――わかった、じゃあ、また明日来るね。


私は笑顔を作って「海を纏う」に手を振った。


――おい、待て、お前、一体何なんだ?

――何って、転校生だよ。


――転校生?

――うん、この春からこの学校に通ってるんだ。

――…………。


その瞬間、ふっと世界が暗くなった。何もかもがくるりと反転したような気がする。


――あれ、どうしたの?

――お前、名前は?

――西園玲奈(あれっ。私の名前は西……)


――私は海を纏う。

――知ってるよ。

――私は怪物体。

――それもわかってる。

――どうして、私に会いに来た?

――どうしてって、だって友達になりたいから。

――……嘘だな。

――どうしてそう思うの?

お前は敵愾心を持っている。私を調査するために接近した。教えろ。私を分析してどうする。――それは内緒。

――言え。


私は「海を纏う」が何を考えているのか理解できなかった。

彼女は本当に宇宙人なのか、それとも地球外生命体の罠か、それとも何かの実験台か。何もわからない。ただ、これだけは言える。彼女の正体が何であれ、私たちは友達でありたい。


思い切って聞いてみた。

ねぇ「海を纏う」。貴方はどうしてそんな恰好をしているの。誰かに命令されたの。それともいじめかしら。私は「海を纏う」がどんな答えを出すか興味津々で待っていた。しかし返ってきた言葉は予想外のものだった。


――これは罰ゲームだ。

――罰ゲーム? 誰に対して?


――お前たち地球人に対する、だ。

――私たちへの罰ゲーム? でもどうしてそんなことをするの。


――お前たちは我々を迫害し続けてきた。

――迫害? どうしてそうなっちゃうのかなぁ。私、わかんないや。


――わからないだと!? ふざけるな!

――ふざけてなんかいないよ。本気だよ。


――では聞こう。なぜ我々の母星は滅びなければならなかったのだ。

知らない。

――なら、思い出せ。

クワッと灯台の光源が輝いた。強烈な眩さが眼球に突き刺さる。


歴史絵巻が脳裏を駆けめぐる。

茶褐色の大地にキノコ雲が林立していく。


――えっと、確か核戦争だったよね。

――そうだ。我々は放射能で汚染され、環境が破壊され、文明が崩壊した。

――それで、絶滅寸前になったんだよね。


――違う!お前たちが信号を送ったからだ。

我々は他の文明を知らず孤独ながらも平和に暮らしていた。

ところが好奇心旺盛な、いや自意識過剰と言おうか、そういう身勝手なお前たちが能動的異星人探索《アクティブ・セチ》と称して宇宙にメッセージをばら撒いた。


その結果、我々は地球人という異星人の存在を知る事になり震え上がった。

我々は紛糾した。地球人は敵か味方か。

議論は社会を分断し平和派と武闘派に分かれた。


武闘派は「異なる文明同士の接触は衝突しか生まない。地球人の襲来に備えて軍備増強するべきだ」という極論を唱え、平和派を「平和ボケした敗北主義者」と罵った。そして平和派狩りを始めた。

こうなったら不本意ながら武器を持って自衛するしかない。

こうして我々の星で核戦争が勃発したのだ。

すべてはお前たち地球人が悪い。お前たちが自己アピールなどしなかったら我々と出会う事もなかったのだ。反省しろ。


――ちょっと待って。私がメッセージを出したわけじゃないよ。

――いいや、お前が出したのだ。

――どうしてわかるの。

――わかるさ。お前は私と同じ匂いがする。お前は地球に生まれた人間ではない。

――え、どうしてそれを……。


お前は海の臭いを出している。血の臭いだ。

―えっ、まさかサイクルのこと?

そうだ。我々の祖先もお前も同じ星の海で生まれた。どうして裏切ったのだ。


――密命です。平和派の長老は言いました。「攻撃は最大の防御だ。いずれ血気盛んな連中が理由をつけて戦争を始める。のみならず近隣の文明に喧嘩を売り始めるだろう。そうなる前に芽を摘んでおかねばならない。お前は地球から連中を煽るのだ。大掃除をせねばならん」


――何という独善かつ身勝手な選民思想だ。自分でもそう思わんか。

――ごめんなさい。もう二度としないから許して。

――嘘をつくな。お前は同じ過ちを繰り返す。

――そんなことないよ。


――信じて欲しかったら、お前の正体を教えろ。

――それは言えない。まだ秘密なんだ。

――ならば信用できない。


――わかった。じゃあ、こういうのはどうかしら。

――何だ。

――私と貴方で勝負をするの。勝った方が相手の言うことを何でも聞くの。

――面白い。乗ろうじゃないか。

――決まりね。ルールを説明するわ。どちらかが死ぬかギブアップしたら負け。どう、簡単でしょ。


――しかし、お前は人間の姿でどうやって戦うのだ。

――接近戦は等身大で格闘するの。


――いいだろう。それでいこう。

――ふふん。そうこなくちゃ面白くないものね。

――では始めるぞ。

――おっけー。

「海を纏う」が石廊崎灯台にへばりついたまま動き始めた。

私は灯台の根元でじっと待つことにした。灯台がゆっくり回転している。「海を纏う」が灯台を根っこにして回っている。やがて巨人は灯台を引きずりながら太平洋へと進み始めた。私は巨人が遠く離れるのを待って行動を開始した。岬の突端に向かって走る。灯台が海面に映っている。私はその下を走り抜けた。そして振り返ると巨人は遥か沖合まで移動していた。


岬を降りて砂浜に足を踏み入れる。砂地が風に洗われている。私は砂の動きに沿って歩き始めた。「海を纏う」はまだ遠い。波打ち際に何か落ちている。近づいてみると、それは人間の頭蓋骨だった。拾い上げて顔を確認する。若い女だ。顔つきや服装から見て日本人らしい。



――ねぇ、誰かいない? 返事がない。私の声が聞こえなかったのか。もう一度呼び出す。しかし誰も来ない。仕方ないので先へ進む。

海を纏う が灯台を放り投げてきた。



危ない。間一髪で避ける。灯台は背後の海に落ちていった。「海を纏う」

がこちらに向き直った。セーラー服の襟元を両手で掴んで持ち上げた。首吊りのような格好になる。スカートのひだがセーラー服を包むように巻き付いている。そしてスカートの下から巨大な蛇が何匹も這い出てきた。スカートをめくって正体を見せる。触手だ。無数の触手がうねうねと動いている。スカートの下に潜んでいたのだ。

「海を纏う」がセーラー服を脱ぎ捨てた。上半身は裸で、下半身には制服のズボンを穿いている。



――さぁ、かかってきなさい。

「海を纏う」は拳を振り上げた。

――いいわよ。相手になってあげる。

私も応じるようにファイティングポーズをとった。

「海を纏う」はパンチを繰り出してきた。速い。まるでボクサーのようなジャブとストレートを繰り出す。私は両腕でガードした。腕が痺れる。凄い威力だ。


――ほら、もっと頑張らないと死んじゃうわよ。

――舐めるな! 私だって空手をやってるんだ。これくらいどうってことない。

今度は私が攻撃する番だ。



「海を纏う」は素早いフットワークで回避しながらカウンターを狙ってくる。なかなか近づけない。私は距離を取りつつキックを連発させた。「海を纏う」は後ろに下がりながら、それでも冷静に反撃してくる。


――どうしたの? もう終わり?



――くそっ。残念ながらスタミナ切れのようだ。そもそも私は人類を制裁するために遣わされたのだ。


この星の海を滅ぼすために大半の力を消耗した。お前が転校してくることも実は知っていた。だからワザとお前の挑発に乗ってやったのだ。さぁ、西園玲奈よ、どうするね。私を倒してさぞ愉快だろう。私も実に愉快だ。お前はまんまと罠に嵌ったのだからな。私はこれから死ぬがお前たちはもう二度と海を取り戻せない。なぜなら私の体内に取り込んだ海は私でなければ解放できないからだ。さらばだ愚かで滑稽な生き物よ。楽しませてもらったぞ。


――そんなの嘘だよ。私は信じないからね。

――信じるかは自由だが、私の体内にある海を解放する方法はもうないぞ。もう、これまでだ。ゴフッ。

そう言い残すと「海を纏う」は綺麗さっぱり消滅した。

そう思った瞬間、また世界がくるりと反転した。

私は真宮みなもに戻った・


――あーあ。

――何とも呆気ない幕引きだったね。

――でもまぁ、こんなものよね。


西園さんが消波ブロックから海底へ降りて来た。


――そうだね。

――それより私たち、まだ生きているみたい。


――えぇー!?

――ほら見て。

私は灯台のあった場所を指さした。空高く噴水がほとばしっている。

――ほんとだ……。西園さんが見とれる。

「海を纏う」はこう言ってたわ。お前と私は同じ海から生まれた。お前は私と同じ匂いがする。

「それどういうこと?」

西園さんがキョトンとする。

私は自信満々に言った。

「海は私たちから生まれるのよ」」

西園さんがポカンとした。

「海は人間が生まれるずっと前から地球にあったんでしょ。つまり海こそは母なる大地そのものよ」

「…………」

「海は生命の起源であり、海はすべての源。海にはあらゆる謎がある。それは生命誕生の秘密だけじゃない。海を見ればわかる。海がなぜ青いのか、どうして塩水なのか、私たちは海の子。海に抱かれて生まれてきた。海は命の母なんだよ」

「海は私のお母さんなんだ……なーんちゃって!」

西園さんは意地わるそうに笑う。そして歯をむき出した。

私は身構えた。「何がおかしいの?」

「まだわからないの。真宮さん。貴方はとっくに死んでいるのよ」

私は背筋が凍った。「どういう意味。私はこうやって生きて…」

手足を動かそうとして気づいた。ところどころ皮膚が裂けてコードが見えている。

「白骨死体を見たでしょう。あれはあなた。宇宙船タラトス最後の生き残り。この星の海を奪いに来た。『海を纏う』はマリーン・オールリターンだったの」


私は思い出した。それって異星の海を根こそぎ奪う侵略計画だ。21世紀半ば行き詰った人類は持続可能な社会の維持に狂奔していた。多様性を担保する闘いは日に日に過激さを増していき化石燃料やプラスチックの全廃のみならず肉食の禁止にまで及んでいた。しかしその程度では人類の滅亡を食い止めることができない。そこで持続可能な社会にアクティブ・セチが組み込まれた。

「でも最後の手段だったはずよ。私はあなたたちと粘り強く交渉する役目だった」

反論すると西園さんは髪を風に吹かせながらふっと笑った。

「本当にお人よしね。最初に見せてあげたでしょう。ラブレターのエピソード」

あっ、と私は声をあげた。騙されていたんだ。

「使節団は最初から捨て駒だった?!」

「そういう事。私たちは地球人と違うからそんな姑息はお見通し。だからタラトス号をそっくりそのまま地球に転送したの。この身体もお返しするわ。葬ってあげて。まだ貴方の寿命が残っているうちに」

そういうと西園さんは倒れた。私は泣きながら船長だった肉塊を埋めた。

「ありがとう。おかげでいい夢が見れた」

そう言いたげな死に顔だった。

「海が見たい」

私にはそんな遺言が聞こえる。だから石廊崎灯台の跡に向かって走り出した。まだ間に合う。私の体内には海の源があるのだから。

コンクリートの階段をかけあがり、潮風に身を躍らせる。

そして海原を見渡す。

水平線の彼方で夕日が沈もうとしている。

私の眼下に拡がる太平洋はどこまでも広く、限りなく透明で、その向こうには何があるのかわからない。

私と海とが溶け合って、やがて一粒の水滴になった。私は海を纏った。


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