2022-10-26 02:33:34 更新

概要

宇宙からやってきた「怪獣」が、私の前で土下座していたという。その男は私の前に、ほとんど膝もつかぬほどの平伏ぶりを示していた。「この変な臭いのある物はいらないよ」と話し、その瞬間の出来事を振り返った。


「俺は、地球に生まれた、男だ、って。俺は愛する女性を守るため、神となる運命を背負わされた男だ!」

宇宙怪獣は目を血走らせながら吠えた。

だが次の瞬間にはまたいつものような笑顔に戻っていた。そしてこう言った……..。

俺の名はアベル・デラ・モチニラというんだ。

宇宙怪獣の口から白い煙が流れた。それはまるで吐瀉物のようであった。しかしその匂いは甘く柔らかかった。そしてそれが怪獣の名前だった。

(中略)

宇宙からやって来た侵略者の名は『カドモン』と言った……..。角もんは大阪本町糸屋の娘、姉は十六で妹は十四、戦国武将は弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す――(笑)。

(以上、『別冊太陽 世界SF百科全書 1』(平凡社刊、昭和57年4月発行号)より抜粋引用したテキストである)

4 そのあとの会話については省略しておこうと思う。ただ一つ書き落としてはいけないことは、私がこの奇妙な宇宙からの来訪者と初めて対面したとき、その男は私の前に、ほとんど膝もつかぬほどの平伏ぶりを示していたことだ……つまりそれだけ、彼は緊張していたということかもしれないのだけれどもね……まあそういうことだったのだと思うことにしようか……いや? そうじゃないよ……私は今でもちゃんと覚えているんだ、彼の声だけは!……。

5……そしてその男は言った……、「お前さんは何時でも此処に居るじゃありませんかね?」

6……そしてその男が言ったとき……私の心はすでに糸屋の娘にすっかり奪われていた。長堀橋の三太の嫁に来ないかと言われているのも関わらずだ。だから何と答えたものだろうか。

7……しかし、そんなことが本当に可能なんだろうか。もしそうだとすればこれは夢に違いないのだが、夢の中の女を現実の女の代りにして、それで間に合わせることが出来るのか……いいえ? いいんだよ、もうこれで。

7……そして、今こうして書いていて、気が付いたのだが、実は、あの男の容貌はほとんど記憶していないんだ……なぜなんだろう……ああいうものは木戸銭にもなりゃあしないからだと言うことになろうが……いや待ってくれ……確かに何か見たはずなのだ……思い出せないのはその顔色ばかりなんだから……そうじゃないかしらねえ。

8……それから、あの男の態度とは正反対に無愛想な態度を示したもう一人の男は一体どんな奴だったろうか。

9……それにしても、こんなことをしているうちに私は自分の妻になってしまっているんじゃないかしら……。

10大阪本町糸屋の姉妹は本当に罪作りだ、男のホルモンを貪る

* * *

11……しかし、それだって、あんまり無理があるわけじゃないだろうな……つまり私は今ここで書いているように、すでに一度結婚をしたような気がしていて……それを夢と思い込んでいるだけで……そうなんじゃあるまいかな? 12……ところがまた困ったことにはね……私はどうやら自分が糸屋の亭主のような気分になっているらしいんだよ、それもまだ若いころの話だよ…… 13 私は今ようやくこの手紙を炉にくべて蟲毒を呑む覚悟ができた。本当はお前さんと一緒に心中できたらどんなに幸せだか。だが長堀橋の三太に義理立てしなくっちゃあならない。俺は一人で逝くよ。こんな宿六の事なんか綺麗さっぱり忘れちまって色男を探しな。それが出来ないというなら早く死んじまえ。俺の方こそお前を忘れてみせるぞ 14 しかしどうしてこういうことになったんだろうな、あの時は。

15……そしてその男は私の前でもう一度土下座をしながら、「ご免」と言ったきりだった……その時ふっと私の脳裏に浮かび上がって来たものは「大経師物語」の一節だったが……。

16……するとその時、今まで黙っていた女中が吠えた。おまいさんは何というふしだらな女だい。妾たち姉妹の眼前に裸体を曝したあげく、今度はあたしゃあ人殺しですかいなんて言うつもりかえ!

(以上、『新潮文庫――落語全集一〇巻』昭和48年5月30日付より転載したもの)

十七夜草子(二)

1

「あなた様は今日から七十二侯の一人となりました」

2……それはつい先日のことである金星記録全集の挿絵がポロっと抜け落ちまして、転がり出てきたのは地獄のゲルマニウム大王です。そ奴が申すのです。「地獄は窮屈でたまんねえや。どれ、人間界の女とでもまぐわって面白おかしく暮らそうじゃありませんか?」

3……ところがその翌々日の朝になると、「昨夜のことは嘘ですよう」と書いた貼り紙を残して例の大女の姿がいっぺんに消え失せて……いやその跡形もなかったのだ。その翌日もまた次の朝まで同じことだった……そこでいよいよ、これはどういうことになっているんだろうと頭をひねることに相成って……。

4……私はそれから何日間も、何遍も頭痛に悩まされてついには気が狂ったように思った。そのせいか頭の中で何かが弾けてしまったらしく五芒星の形を描いていたり、または突然耳鳴りがしたり、ひどいときには夜中にうとうとしているうちにハッキリとした言葉になって、「あ、そうそう!」などと言って目を覚ましてみるとそれは寝言ではなく実際に叫んでいたのだ。

『――だから私はその度に「そうそう!……そうですよね!」などと応じているうちに「お怪獣様」とあがめられるようになりましてね。今ではこうして立派な宇宙神社の鳥居まで普請していただきまして、ありがたいことです。……いやまあ、とにかく、私もこれでめでたく極楽往生させて頂きましょう。これも偏えに貴方の御加護のお陰と感謝しております……ありがとうございます。

しかしまあ、よく考えてみりゃあ不思議じゃありませんかねえ。

そもそも私は人間であるはずだったんですよ、それがいつの間にこんなところに連れてこられたんですかな? どうも見当つかない、まったく解せない話でして……

――ところで話は変わりますが皆さん方にはいわゆる霊視とかいう能力はお有りですか。私は残念ながら持ち合わせていませんので、あの時何が起きたのかを今ここで皆様に語って聞かせることは出来ないんですけどねえ。まあそれでもこの七十二侯という仕事を与えられたことだけでも神様に感謝しなくちゃいけないとは思いつつ日々過ごしております次第ですなあ……はい。さて、そんな訳でして……私がこうして話せるようになったということ自体不思議なものだと思いませんか? いや、もう喋れなくなって随分経つような気がいたしますんでね。まあそういうもんでしょう。……はい?……ああ、そうですねえ。確かにそうかもしれません。それではひとつ私の思い出話をさせていただきましょうか。

* * 私がこの世に生を受けましたのは大正十五年の二月九日、つまり二年前のことでしたな。……えっ?……いや違いますよ。私はその頃はまだ生きていてね、ちゃんと赤ん坊だったんです。いやいや冗談なんかじゃなくてね、本当ですよ。その証拠を見せましょうか。ちょっとそこにある新聞取って来てください。そうそうそれでいい。

「何だよお前は……こんな時に」

「いいから早く読んでくださいよ」

「わかった、分かった。えーと……二月八日、昨夜未明、○○市××町の××家において……」

「その記事じゃないです」

「…………」


「ほら、その次の行を読んで下さい。……いいから早く」

「何だよ一体……えーと……『……二階の書斎にて××氏(四十歳)と長男(十歳)の二人を絞殺。凶器と見られる紐状のものは現場付近にはなく、現在も行方知れずのまま……』」

私はその時その新聞記事を読み上げた夫の横顔をジッと見つめていた。そして彼の瞳に映る自分の顔を見詰めながら、私は今更のようにその日が自分の誕生日であったことに気づいた。そのせいか私は、彼の口から読み上げられる新聞記事の断片を、まるで自分の過去を振り返るかのように眺めていた。

(以下省略。続く部分は事件の概要を記したものであるため割愛させていただく)

4 そしてその男は私の前でもう一度土下座をしながら、まるで呪文でもかけるような調子でこう言ったのだ。

――おまはんもほんま、災難やなあ。こんな阿呆な親を持ったばかりに……。

だが、そう言ってからすぐ後で、彼は私に向かって微笑を見せたような気がする。

5 しかしまあその晩は大変だったね。お前もあの爺さんから聞いとったと思うがなあ、書庫の中にあったあの奇怪な道具箱の中身がねえ……いやあ、あれをお前に見せんと済んだだけ良しとせにゃいかんのだろうが、それにしてもお前に怪我がなかったのは奇跡だったかも知れんのう。だってな、

「お父ちゃん、なにこれ? なによ、こっちのは」

「おお、それはな、こっちのが金づちだ。それでこの鉄の塊を叩くんだ」

「なんで?」

「まあそれはだな、この中のものを潰す為だ」

「ふうん」

「それでこれはだな、こうして針金をぐるっと巻き付けてだな、この火箸の先でだな、これでグリグリするとな、ほら、お前、この中にこんなものが詰まっているのが見えるだろう」


「あっ、本当だ、すごいや。ねえ、この中は何なの?」

「それはな、昔ここに住んどった偉い人の、脳味噌だ」

「うわあい、脳味噌だあ」

「それからこれはだな、こっちはだな、脳味噌を掻き出した後の空っぽの脳味噌だ。こいつは捨てずに持って帰って、お墓の上に撒いてお祈りをするんじゃ」

「じゃあ僕、これ欲しいなあ」

「そうはいかねえ、駄目だ。これはな、お父ちゃんの大事な大事なお宝なんだからな。これはな、このお家の代々のご先祖様の脳味噌だ。だからな、お仏壇の上に置いておくんじゃ」

「でもこんな汚いものはいらないなあ」


「何だと、お前! 汚いとはなんだ! 馬鹿野郎! それはだな、お前、脳味噌ってのはな、人間の身体で一番大切なもので、それを綺麗にするということはな、一番大切なお前が綺麗にされるっていう意味だ。お前が大きくなったら分かる」

「でもさ、この変な臭いのある物はいらないよ」

「何を言うか! それはだな、お前、この匂いだってお前にとっては大切じゃないか。脳味噌ってのはこの世でたった一つしかないものだぞ。それをお前、臭いだなんて、何てことを言うんだ!」

「でもさ、お母ちゃんも、こんなものはいらんて言うよ」

「お母さんが? 何て?」

「こんなものは燃してしまえって」

「ふん、それなら安心しろ。それはお父さんが何とかしてやる。だがもし、もしも万が一、お前がまたそんなことを言いやがったら、その時は、その時はお仕置きだからな!」

「お父ちゃん、お仕置きって、どんなお仕置き」

「それはな、お尻ぺんぺんだ」

「お尻ぺんぺん、痛いよう」

「ばか! 当たり前だ。お仕置きってのは、そんなもんじゃねえ」

「じゃあ、じゃあどんなお仕置き? お父ちゃん」

――そこで私はハッと我に返って、その声の主の顔を見たんだ。

「お、おまえは誰だい?」

6……するとそいつは、

「はい、私はあなた方の言葉で申しますと宇宙人ということになりますでしょうか。もっとも宇宙というのは我々人類が誕生するずっと以前から存在している訳ですから、そういう言い方が正しいかどうかは疑問ですが、まあ便宜上そのようなことにさせて頂きます」

私はもう唖然としてその男を凝視しているほかなかったのだ。

7……私はそのあと、自分がどういう行動をしたのか覚えていない。気が付いてみれば布団の中で朝になっていた。

8……さて、それから三日目のことだったかな。

「ああ、そうそう、そう言えばこの前の日曜日のことなんだけどね。あんた、あの時のことを覚えているかい?」

「日曜? ああ、あの時は確か……」

「そうそう、あの時だよ。あの時、あんたが妙なことを言い出してね。何か、誰かと約束があるとかなんとか……」

「ああ、そうそう、思い出した。そうだった。あれは確かに夢だったのかなあ。でもなあ、あんなにハッキリと……」

「何を言っているのかね。寝ぼけているのかしらね。それより、あの時あんた、あたしに何か言おうとしていたみたいだけど、何だったの? え? ちょっと教えてちょうだいよ」

「え? ああ、いや、何でもないよ。……ああ、そうだ。思い出した。思い出しましたよ。実はですね、私は、その、ちょっと出かけなければならない用事を思い出しましてね」

「へえ、どこへ行くつもりなの? え? ちょっと、どこに行こうとしているのよ。待ちなさいよ」

「いえ、その、私は、あの、ちょっとそこまで……」

「ちょっと、待ってよ。その、ちょっとってのはどのくらいなのよ。え? そんな中途半端な答え方はないでしょう。ねえ、一体どうするつもりなのよ」

――私はその問い掛けに答えることが出来ず、そのまま家を飛び出して来てしまった。

9……しかし、私の心はもう決まっていたのだ。

「おい、そこの君。君は、糸屋の娘さんのお嫁に行くことになっているのだろう? それでいいのかね? それで満足なのか? 本当にそれでいいのかね。君の本当の気持ちはそれじゃないだろう? そうだろう? 本当はもっと別のところに行きたいんじゃないか? そうなんだろう? え? そうなんだよな? そうに違いない。違うか? 違わないだろう? そうだよ。そうに決まっている。いや、絶対にそうに決まってるよ。なあ、そうだろう? なあ、そうだろう? そうに決まった!決めたんだ。だから俺は行くよ。行かなくちゃならないんだ。俺には行かなくてはならない理由があるんだ。それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……それは……これは……俺の使命だからだ。な? そうだよな? そうに違い無いよ。絶対だよ。だから俺は……行かなくては……。……そうして今私はここに立っているのだ……。

10……だが、一体、この男は私にとってどのような存在となるのだろうか……。

11……いや、それは分からない。だが少なくとも今私が考えているようなものではないだろう。

「なに言ってるんです。この先どうなるかは、すべてあなた次第ですよ」


「何だそりゃ」

12……とにかく私はこの男と一緒に行動することに決めたのだ。

13……そして、これから書くことは、その後の出来事である。

14

「ところで、この男は一体何者なんですか?」

「はあ?」

「いや、だからこの男はいったい何者で、なぜこんな恰好をしているのかということについてなんですよ」

「さあねえ。それが分かればいいんだけどねえ」

「さあねえって……。この男が何者かということも知らずに一緒に行動していたのですか?」

「だって仕方がないじゃないか。この男はうちの玄関の前でうずくまっていたんだから」

「うずくまっていても、うなだれていても、地面に突っ伏していても、あるいは逆立ちをしていても、この男の素性については分からなかったのではないのですか」

「いやあ、そう言われてもねえ。だってこの人、何も喋らないんだもの」

「それにしても、この人はどうしてこんな格好をしていたのでしょうか」

「さあねえ。この人が自分で選んだのかも知れないしねえ」

15……しかし、その日を境にこの奇妙な二人連れの姿は見えなくなってしまった。

「なあ、お前、この前ここに来たあいつらは何処に行ったんだろうなあ」

「さあねえ。きっとどこかに遊びに行ってしまったんじゃあないかしら」

16……だが、この二人の姿が見えなくなってからというもの、私は何だか不安でたまらなくなった。17……この二人のことが気になって、仕事にも手がつかない。

18……この二人はいったい何者であったのだろう。

19……この二人は何故姿を消したのだろう。

20……私はこの二人が何者であるのかを知りたくて、必死に探したが、見つからなかった。

21……結局、私はこの二人が何者であったのかを知ることが出来なかった。だがその代わりに分かったことがある。それは私が思っていた通りであったということだ。やはり二人は最初からこの世界の住人ではなかったらしい。つまりこの世とは違う世界の存在であったということが分かったのであった。

22……だからといって、それがどういう意味を持つのかについては分からない。

23……だが、それでも良い。

24……だからこの日記を書くことにする。

25 26……そう、この世は現実の世界だ。


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