2022-07-08 10:07:29 更新

概要

追憶都市「ポリス」で、自動小銃を帯びたメイドが新人などお構いなしに談笑している。女は「メル・リンド。適応偏差75。優秀な士官と聞いてがっかりだよ」と語った。女は「もう少...し...け...」と叫び、魔術を唱えたという。



「負けられない戦いと聞いて…」

セクター35に降り立ったメルは現場と募集条件がまるっきり違う事に戸惑い、安堵した。|追憶都市《ポリス》の求人にありがちな齟齬だ。

自動小銃を帯びたメイドが二人、新人などお構いなしに談笑している。罠なのか本気で怠けているのかわからない。だが油断は禁物だ。最後の肉体が地上から消えて百年。戦争は仮想化されて続いている。

徴募局で支給された銃は本物だ。当局の認証がなされ引き金を絞ればプレイヤーキルできる。ただ、いきなり初陣でそれは御免被りたかった。彼我の戦力は十年前から拮抗してて、朝三暮四の和平協定が兵士たちの眠気覚ましに落ちぶれている。完全な停戦合意に至ってないが散発的な発砲はいい刺激になる。そこは向こうの歩哨も承知のうえで、わざわざ次の協定破棄を教えてくれる。

「あのう…」

メルはロックを解除しつつも慎重に銃を構えた。二人が潜入者であれば無傷で自分を招き入れた意図がある筈だ。見極めて先手必勝あるのみ。

突然、スカートの裾が揺れた。次の瞬間、世界が驚くほどの速さで明滅した。

バリバリと鼓膜が震える。ズシンと大地が揺れた。と、同時に叱責が飛ぶ。

「メル・リンドだっけ? 少尉ならアムの隊を率いておくれ」

メイドの片割れがすぐ脇にしゃがんでいる。片膝を立てて、ドレスの裾をめくり、太腿に巻いたベルトから鉄鋼焼夷弾を抜く。

「アム…さん?」

「そこに血だるまで転がってるだろ。20人が指示待ちで孤立してる。ボヤッとしてないでさ!」

女があごをしゃくると岩陰に肌色のボールが見えた。ブロンドの尻尾が生えていて、白目を剥いている。小隊長の襟章がどくどくと血を吸っていく。

「ひっ…」

メルは咄嗟に目を逸らした。「メル・リンド。適応偏差75。優秀な士官と聞いてがっかりだよ」

アムの相棒に言われたくない。メルの闘争心に火が付いた。転がりながら掃射を避け、マイクを握る。同時に視野が欠け、等高線と赤外映像が被さる。

「第七小隊。メル・リンドに継承」

言い終わる前に輝点が岩場を迂回する。

「射点を検索、除去せ…」

メルが命令を口にすると矢継ぎ早に報告が入る。

「言われなくてもやってる」

「ほいさ」

「終了~」

だるそうな女たちの声。たちまち三次元マップから敵影が消えた。最後にドカンと一枚岩が砕けて、砂粒が目に入った。

「あんたのせいで忙しくなりそうだよ」

黒煙の晴れ間から第七小隊の一人が歩み出た。

「あの…す、すみませ。ひゃん!!」

強烈なビンタが挨拶になった。

いかつい目で女が睨んでいる。意図せずとは言え引き継いだ階級に照らして自分の方が上司だ。

「今は…私が小…隊長です…よ。も…もう少…し…け…敬意を払っ…てくれませんか」

どもりながらメルが何者であるか言い聞かせる。しかし、相手はピクリとも反応しない。仕方ない。震えながら呪文を唱えた。魔法でなく階級が担保する不条理な呪文。通用するだろうか。すんなり効いてくれるだろうか。不安と恐怖と不信と興奮が胸中を駆け巡る。

その時、アムの遺体が視界をよぎった。躊躇している時間はない。

そしてメル本人の自覚と使命感が背中を押してくれた。すぅっと深呼吸し、吐き出す。

「これは命令です」

女の目がハッと見開いた。

「すまん。小隊長の命令だから我慢するよ」

女はすごすごと隊列に戻った。★当番GMタスクは6面ダイスを3つ振ってメル・リンドの駒を進めた。


「で、では。失礼します」

メルは踵を返して小隊長のポジに戻ろうとした。その際、自分が持つ槍の先端がさっきの女に当たった。衝突判定と分岐が起きる。

「ん?」

女がメルを睨み付けた。

「何が……」

メルが戸惑っていると女が興味を示した。

「この槍。あなた『ギフト』を持ってるね?」

女の表情からは喜色や媚びは読み取れなかった。

「『ギフト』て何?」

メルが女の顔に目を向けた。その左半分は血がにじんでいる。

「あなた、ちょっとそのアイテム、見せてもらえない?」

メル・リンドは女の声に耳を傾けた。

「うぐ」

女がメルの両手に槍を押し付ける。メルは槍を見入っていたが、何とか言いあぐねて、女の顔を見上げた。

「メル、今の、本当なの?」

女はメルの青い瞳の向こうに光る火を見た。

「………うん。たぶん。」

メルは、もう一度女に槍を差し出した。

「ここの……」

柄の赤い突起に軽く触れる。

「うん」

促されて女は握ってみた。

「………!?」

女は、メルの手から槍を引き戻そうとした。

「これは、お前、【ホワイトプレインズ】のメルか…」

「【ホワイトプレインズ】…」

メルは笑みを見せた。今まで以上の笑顔だ。

「その白い目。白い肌。その耳。その尻尾。……まさしく『天賦《ギフト》』よ」

「いいえ、これは小隊長の属性《あかし》よ!!」

二人の目の前で、小さな炎が渦巻き、そして小さな白い尾が流れた。








☆当番GMの視界には、新しいメッセージが現れていた。"新ミッション『天命の果てまで進め! 第二層、クリア』"「メル。あなたの属性は?」

女は自分の手を凝視している。まるでメルの熱さに驚いているようだ。だが、次の瞬間には、女は自分の頬の傷に触れて笑いかけた。

「ふ、私のはこんなもんじゃないぞ」

そう言うと立ち上がりドレスの裾を払って言った。

「ようこそ、我らが軍旗の下に!」

メルも慌てて立ち上がる。それから自分の手を握ったり、開いたりした。

「あの、これって……」

その時、女が背後から声を掛けてきた。

「お嬢様~?どこですかぁ~」

はっと振り返るとアムを抱えたもうひとりの女が駆け寄ってきたところだった。アムの首に腕を回し、頭を胸に抱え込みながらこちらを見る。目が合った。

「この子は私が引き受けますんでぇ、行ってくださいぃ、さ、早くぅ」

(何者なんだ……)と首を捻ったときメルはまたも閃光と轟音に包まれた。

☆一方、セクター35の地表では、三人の戦闘用機械が地上部隊の指揮を執っていた。

「こっちはどうなってる」

「第三、第五ともに沈黙。残敵の掃討に入りました」

「第四、第七、共に健在です」

「第一は、今、移動中」

メルが降り立った地点から、岩陰に潜んでいた四人の戦闘用機械が立ち上がったのだ。全員が、黒いドレスを身にまとい頭頂部でまとめたブロンドの髪にヘッドバンドを乗せている。

「お、やっと出てきたな」

リーダーらしき一際小柄なメイドが、腰に手を当てた仁王立ちで見下ろしてくる。

その視線が自分を捉え、すっと横に動いた時メルは何が起きているのか理解した。スカートの裾の先に焼け焦げた地面がある。さっきの射撃で弾けた土塊だろう。

一瞬でメルの背後に回り込んだ四人のうちの一人が声を上げた。

「おや、スカートの裾をお直しになった方が良ろしゅうございます」

「あら、ありゃ。うっかりしていたね」

メイドたちは大げさに顔を覆った。メルも思わず苦笑してしまう。それから、はっと気を取り直して訊いた。

「ここは、第ニ層なのですか?私はてっきり第三層の……」

そこでメルは口を閉じた。四人の表情を見て息を飲む。彼女たちの顔には見覚えがあったからだ。それは先日会った徴募局の女兵士と同じ顔つきだ。つまり、目の前でニヤリと笑いかけたのも同じ種族に違いない。

そしてメルは自分の失敗を悟った。自分は騙された。おそらくは罠の中に放り込まれたのだ。それも二重に巧妙なワナだ。恐らくは、他のエリアでも同じようにして、自分と同じ人類を拉致してきたのかもしれない。

メルの中で怒りと不安が混ざる。これはどういう状況なのだ?これからどうすればいい? そんなメルの思いを知ってか知らずにかメイドの長が告げた。

岩山は所々が陥没している。

そこに二百五十人近い男たちがいた。いずれも筋骨隆々とした肉体を誇る屈強な男だ。ただ彼らは一様に沈んだ表情をしている。いささかも希望が見えないのだろうか。あるいは自分たちを待ち受けている運命を予測してのことなのか。いずれにせよ、それは彼らに限った事ではない。ここにいる全ての兵士が同じだ。

彼らが今いる場所――、かつて"旧都市"と呼ばれた場所は廃墟だ。かつては無数の建造物が建ち並んでいたが今は残骸しかない。辛うじて原型を止めているのは中央の巨大なタワービルだけであろう。それでも、これが建造されてから三百年を経ていることなど知る由もない。そもそもここが地上のどこに位置しているかすら分からないのだ。

男たちを束ねるリーダー格が手を挙げた。全員を注目させる合図だ。

彼は静かに言った。

「今日もまた同胞たちが連れ去られた」

「……」

一同は無言で聞き入る。リーダーの視線がゆっくりと動き、一人ずつに目線を配る。誰もが無気力であり、絶望に打ちひしがれている。しかし次の一言が彼らの心を突き刺す。それは現実という凶器であった。

「もう、この惑星上で生き延びる事は難しいだろう」

全員がうなだれて黙っていた。

「俺は、こんなところで朽ち果てたくはない」

沈黙は続いている。誰もがその気持ちを理解しているのだ。だからと言って何も出来ない事も知っている。

再び男が口を開いた。

「俺らは弱い。弱すぎる。連中が相手ならともかくも、人間相手の戦争で負け続けた。だがな……、このまま終われねぇだろ? 俺たちがやられっぱなしでいいのかよ!」

拳が握りしめられると、ポツリポツリとつぶやく声が上がり始めた。それは徐々に大きくなって集団の熱気となっていく。

男はその様子を冷静に観察していた。内心を表には出さないが彼の胸中には激しい焦りがあった。この数か月間というものは、もはや死と同義であるとすら思えたからだ。

男は言った。「"奴ら"はいつもそうやって我らを追い立ててきた。時には家畜のように扱ってきた。それが何世紀もの永きにわたって続いてきたんだ。いい加減、我慢の限界ってモンじゃねえのか?」

再び集団の空気が変わった。それもこれまでのような虚脱感からではなく明確な怒りへと変わっていった。リーダーが右手を上げると喧騒がピタリと止む。それを見届けてから、さらに言葉を重ねた。

「いいぜ、俺たちでこの糞ったれの世界を変えてやろうじゃないか。連中に思い知らせてやる。お前らが虐げていたのが何か、って事を!」

男は再び手を叩いた。そして大声で宣言した。

「我はここに誓う! いつか、どこかの未来で、我らの故郷を取り返す日が来ることを! そのために、我々は今一度立ち上がり、戦おうではないか!!」

おお、おおおぉぉー、という地鳴りに似た歓声が上がった。誰からともなく立ち上がって、互いの肩を叩きあい、手を取り合って、天を仰ぎながら叫んだ。男たちの顔にはまだ生気が残っていた。

*

「あぁん!? そりゃ本当かい?……へぇ、そんなことが」

アニッシュの驚きに満ちた顔を見てマージは苦笑した。通信スクリーンの向こうでは彼女の母船がゆっくりと航行を続けている。アロンド湾はすぐそこだった。

『まったく無茶を言うよ。あんなところ、もう百年も人が行ってないっていうのに』

アニッシュの言葉を聞き流しながらマージはさらに説明を加えた。

「あの惑星の住人とコンタクトをとるためにはね、とにかく目立つこと。つまりこちらが先方に認知されることが大事だから、私達も一役買うことにしたの。まあ、見ててごらんなさいな」

そう言ってスクリーンを閉じると、傍らにたたずんでいる少年に声をかけた。

「メイ。あなたはそっちに乗ってくれるかしら。あとでまた紹介するけど、ロイド博士の息子さんで……今は、うちの新人。ちょっと操縦教えてくれるかな」

「はい。えっと、ロイドは、僕の父です……」

おどけた調子でメイナードが答えた。

「その若さであれだけの腕を持ってるのには驚いたよ。まるで昔のアルヴヘイムを思い出すようだ」

それから、少し間をおいて言った。

「……ところで、本当にいいのかね。この船を降りるということは、君は」

言いかけて口をつぐみ、咳払いをしてごまかすと話題を変えた。

「すまない、愚問だな。ともかく、これからは君にも大いに働いてもらうつもりだ。期待しているぞ」

「あの、ロイドは僕のことを……」

「ああ、もちろん知っている。彼はとても喜んでいた。息子が立派になって、とね」

はにかみつつ、それでもうれしげにうなずくと、ヘルメットのシールドを上げた。

「よろしく頼む」

マージは差し出された右手を握った。


* * *

二機のASMは降下速度を増しながら一直線に飛び去った。その後ろ姿があっと言う間に小さくなっていくのを見届けてから、ミランジュ中尉は大きく深呼吸した。肺が酸素を求めている。全身が強ばっていたことに、やっと気づいた。

(何よ、これじゃただのピクニックだわ)

だがそれは間違いでもなかったのだ。着陸したポッドのまわりには誰もいない。マージの言うとおり、自分ひとりの力で何とかやっていくしかないのだ。

とはいえ、やるしかあるまい――彼女は覚悟を決めた。

シートに腰かけベルトで体を固定すると、コンソールのスイッチを押した。ハッチが開き始めると同時に機体後部がせり上がる。空気の流れを背中で感じながら、計器類のチェックをした。

問題なし。エンジン始動。出力上昇。フラップ下げ。姿勢制御翼作動。すべて異常なし。

(それじゃ、行ってくるからね)

心の中で呼びかけると、発進シーケンスを進めた。メインエンジンが回転を始めた瞬間、ミランジュの心は再び空に向かった。

重力カタパルトの勢いを借りて一気に上昇すると、シャトルは徐々に高度を下げ始めた。

窓の外に地上の様子が映し出された。森だ。深い緑と褐色の森がどこまでも広がっている。

大気圏突入時に発生した乱流が機体の振動となって伝わった。だがそんなものはもう気にならなかった。

緑の絨毯に横一文字の赤い帯が加わったとき、それが水平になったらすぐにブレーキをかけようと思った。そうでなければ止まらないような気がした。そして思った通りに機体は減速して、滑走路の手前五〇〇メートルあたりに白い影を見かけた。同時に誰かがダイレクトに語りかける。「わたしはメル・リンド。貴方の心に直接話しかけています。この惑星は見せかけです。騙されてはいけません。私はホワイトプレインズのメル・リンド」嘘つけ! 声に出そうになった。その途端、目の前の風景が変わった。森も川もない、灰色の大地が広がる。そこが着陸地点なのだと直感した。ミランジュはスロットルを前に倒しながらフットバーを蹴った。地表がぐんぐん迫ってくる。地面までの距離は約四キロだ。

衝突寸前、右に傾くように機首を引きつける。地面に鼻先を向けたまま数秒静止して、それから徐々に引き起こしていった。地上に平行に戻ったのを見て、ほっとした。接地まであと数十センチ、というところで急停止させ、エンジンを止めた。

(……?)

何かが変だった。だがその理由はすぐにわかった。

機体が浮揚している。まるで空を飛んでいるみたいに、わずかに。ミランジュはその状態で機外に出た。

大地があるべき場所に立ってみるとそこは平坦な草地で草木一本ない、ただの地平線だった。見回しても何の変化もなかった。本当にこれは仮想なのだろうか? 疑いたくなるほどリアリティーがあった。それにあの黒い太陽だって現実にしか思えないのに。でもそれは錯覚なのかもしれなかった。きっと自分の心の奥底ではずっとこうなる事を望んでいたのだろう。こんな世界が来ることを、夢見ていたに違いない。しかし同時に、どこか恐い気持ちもあった……。

*

「メル・リンド少尉。統合参謀本部への出頭を要請します」

ミランジュの操縦席で目を覚ましたメルは自分の置かれた状況がわからず混乱した。統合参謀本部とはなんぞや。とりあえず、ヘッドマウントディスプレイとヘルメットを外した。

「少尉殿。ただちにご支度をお願いいたしま……」

パイロットスーツ姿の下士官が敬礼していた。まだ若く、背丈はミランジュの座席より小さいくらい。だが表情のない顔には威圧感がある。

メルは反射的に「了解」と答えた後で、慌てて付け加えた。「すみませんが……ここがどこなのか教えていただけますか」

「えっ?」と驚いた顔をされて、自分が恥ずかしくなった。「ああっいえ、なんでもありません。ここはホワイト・セクターの惑星軍本部基地です。少尉殿は、あの……」一瞬口籠もったのち、「記憶喪失と聞いておりますが、大丈夫ですか」

(記憶喪失?)

言われて思い出した。

確か自分は昨日もここに来た。それで、統合参謀会議とかなんとかで、この下士官に質問された。答えられなくて、そしたら今度は尋問室に連れて行かれた。そこで……そうだ。セクター35という地名に聞き覚えがある。そう思ったんだ。あれ、それじゃあ俺は、やっぱりここに居てはいけないのではないか?……。

いかん。どうにも頭がぼんやりして思考が定まらない。

その時ドアを叩く音がした。続いて「入れ!」と男の声。メルはハッとして背筋を伸ばし、直立不動になった。それから改めて室内を見回すと、先ほどの男が一人ともう一人がいた。

男は机を挟んで正面に座っている。三十代の半ば、短い髪に細い顎髭、灰色の軍服を窮屈そうに身を着こんでいた。

もう一人は対照的にほっそりとしていて、まるで少年みたい。長い髪を首のうしろでまとめて白いリボンを結んでいる。そのリボンと同じようなデザインのスカーフが胸元の階級章を隠してた。ただ不思議なことに、よく見るとそれが星形を二つ重ねたものだという事がわかった。つまりそれは少佐を意味する。

「ようこそ。メル・リンド」と大佐らしき人物から声をかけられた途端、メルの中で疑問が解消された。

彼は椅子を立ち敬礼した。

「おはようございます、閣下。統合参謀司令部へお呼びいただき光栄であります」

「うん。まあ楽にしたまえ」と言って上官は再び席についた。メルもつられて座ったが、内心で舌を出した。偉そうなことを言ってるけれど、目の前にいる人間はただの制服だ。しかも軍人ではなく官僚の匂いがぷんぷんする。きっと大した仕事もせずに勲章だけ集めてきたタイプに違いない。

もう一人の少女は黙って立って、メルの事を値踏みするように眺めた。やがて、くすっと笑いを漏らす。メルは思わず睨み返した。しかし、すぐに自分の失態に気づき、慌てて頭を下げた。

「これは申し訳ございません! 部下への教育がまだ行き届いておりませぬ」

すると相手も笑いだした。

「なるほど」と短く言うと手を上げた。

「では、君が副官のメル・カヴァリエリだね」と今度はメルの方を向き直った。

「はっ!」

「私の仕事部屋で二人も立たれてちゃかなわん。そこにかけてくれるか」

「はあ……」メルは言われるまま腰掛けたが、「失礼ですがその、お二人はいったい?」と訊かずにはいられなかった。

「私の事は気にせんでいい」と言うや否や「ああ、これかね」と大佐の顔に笑みが広がる。指先でちょいと髪を上げて耳を見せた。

小さな三角形が二つ並んでいた。どうみても人間のものではない。

メルは驚いて息を呑んだ。アンドロイドの耳には何度も触っているが、本物を見るのは初めてだ。この世に存在するとは信じていなかったものが今目の前にある。

だが当の本人は涼しい顔でこう言った。

それは紛れもなく機械の声だった。「私はサイボーグなのだよ」


「それで……私が呼ばれた理由はなんでしょう? そのメルと申した少女が何か?」

『お前たちの力を借りたい』という一言で始まった作戦会議だったが、話は長引きそうだった。

まず司令官はメルを指名した理由について述べた後、改めて名乗った。

「失礼しました、司令殿」

「君は確かメルと言ったな……。リンド少尉はどうだね」と、こちらにも声をかけるが、反応はなかった。ただ直立不動の姿勢を取っているだけだった。そして時折、口の端から泡のような音を出すだけだ。

司令はそれを咎めなかった。「まあいい。彼女は戦闘支援に特化したオペレーターなのでしょう?」

サイボーグの表情は全く動かなかったのだが、メルの目には何故か満足げに映った。司令はさらに話を続けた。曰く、メルは優秀であると評価するが、一方で重大な欠落があるとも付け加えた上で。

そして更に話を遡らせる事で、何故、彼女を指揮官に任命したのかを語り出した。

要約すると、次のような事情があったらしい。

事の起こりは百年前の開戦当初にさかのぼる。戦争は当初こそ人類側に有利であった。だがそれは緒戦だけに過ぎなかった。戦線が伸びれば伸びた分、兵站の負担は増す。最前線の兵士達が補給の不備を訴えた頃にはすでに遅かった。

兵士一人が十万人分の労働力を提供できるとしたら? もちろん物資の集積も移動も不可能な戦場においてだ。

人手不足を補う為に前線では自動化と省人が進められた。例えば歩兵の自動小銃が一丁なら一人の兵卒でも運用が可能となり、戦車と随伴歩哨も減らせた。しかしこれが数万挺、数十億発になればどうか?……結局のところ人的損失を最小化する代償は大きかった。機械化した部隊は、機械化した部隊でしか維持できなくなったのだ。つまり人間と機械の戦いとなった。

一方、敵の陣営にも同じことが言えた。

ロボット兵士が三百万体投入されていたら? もちろん十年でそんな数は揃えられないだろうが、百年後に実現するのは可能だ。そして彼らは人間と同じ思考回路を備えていて高度な判断能力を持っていたとしたら? それに対する対処は簡単ではない。だが戦争が始まってすぐに答えは出た。

人間の指揮者が必要なのだと。

司令部には常に膨大な量のデータと情報が蓄積され、処理されている筈だ。それらを把握しつつ、状況に応じて最適解を導き出し、行動に移す。それは人間にしか出来ない仕事だ。

ならばと司令部はアンドロイドをテストする事にしたのだった。

司令が話し終えてもメルは微動だにしなかった。

その間ずっと自分の心音が聞こえていたからだ。

まるで時限爆弾を抱えているような気持ちだった。

心臓のポンプが動くたびに何か悪い予感めいたものが胸を刺してくるのを感じていた。

だがそれが爆発する前に話は終わった。

司令は最後にもう一度メルの肩を叩き、去っていった。

あとは現場の判断だ。と、いったところだ。

※ 数日後、 第二期選抜の志願者たちが集められている場所へ、 また例によって軍服の男が二人やって来た。

その片割れ、禿頭の男は、 メルともう一人のメイド、アムの顔を交互に見比べて、言った。

どうだ? お眼鏡には叶いそうかね

「合格」メルが答える。

やった!という表情のアムはさっと右手を差し出した。

メルはそれをしっかりと握る。

これから長い付き合いになるからな。よろしく頼むぞ こうして彼女たちの「初陣」が決定した。


次話『戦

争:第7ターン』

■主な登場人物(年齢未定)

●リンド・ラスト/メル 女性/15歳

(肉体年齢18歳。ロストテクノロジーによる精神同調により、成長を停止している)

男性/172cm 68kg 外見的特徴=銀髪、蒼眼 本作の主人公。追憶都市ポリス出身。戦闘では銃火器を使うが本領ではない。

職業は情報屋。「リターナー」の一員。

性格は極めて明るく、楽天的。一方で冷静沈着で計算高く、打算的である一面も持つ。

人見知りの傾向もあるが、慣れると非常に懐きやすく、甘え上手でもある。

他人の恋愛事情や性的な事柄に対してやや興味津々であり、あけすけに聞く癖がある。

反面自分の事は余り喋らず、秘密主義的である。

趣味のお菓子作りは腕前がなかなかで、甘いものは全般的に好みだが特にクッキーが得意。

「戦争は嫌。でも人が死ぬのはもっといや……そんなことを思っていました」

「この手は血塗られていますけどね」

「わたしが生きている理由は――戦うためです」

「だからもう逃げません」

「ご主人様のために。そして何より自分と家族のため、平和を勝ち取る戦いをするつもりでいます」

この一言で志願した兵士は多かったという。だが、戦場では誰もそんな生易しい事は言わなかった。

メルは歩兵銃を携え、瓦礫の街を歩いた。

街角には花が咲き乱れていた。煉瓦造りの家々の壁にもたれて、少女が一人、眠っている。そっと手を触れてみる。冷たく硬くなっていた。

「ごめんなさい……」

彼女の頬には涙の跡が残っていた。

メルは少し迷って、その手に唇を寄せた。

「さよなら」

そして、ゆっくりと立ち上がった。

「……あ……」

メルは夢から覚めた。

寝ぼけまなこを擦りながら上半身を起こす。

辺りを見回すと、そこはベッドの上だ。

「ああ、そうか」

メルは思い出した。

昨日、このセクター35に到着したばかりだった。

ここは前線からかなり離れた辺境の地だ。

しかし、それでも敵はやってくる。「敵……か」

メルは呟いた。

この世界は仮想空間だ。現実とは違う。

そうわかっていても尚、この世界の住人は血を流し、傷つき、死んでいく。

「あの子たちはどんな思いで戦ったんだろう……」

今さら考えても詮無いことなのに考えてしまう。

メルはベッドから起き上がると大きく伸びをした。

「んーっ」

カーテンを開けると眩しい朝日が差し込んできた。

「今日もいい天気」

メルは大きく深呼吸すると、着替えを始めた。

「おはようございます」

食堂に入ると、給仕のアンドロイドが頭を下げた。この店の主人はもういない。

「お好きな席へどうぞ」

店内は閑散としていた。客は一人だけだ。カウンターの奥で若い男がグラスを傾けている。

「隣に座ってもいいですか?」

男は顔を上げた。まだ少年の面影が残る優男だった。口元には穏やかな微笑みを浮かべている。

「どうやら、僕たちだけになったようですね」

「ああ……そのようだな」

「では、始めましょうか」

「何を始めるというのだね?」

「もちろん、この世界の真実についてですよ。貴方と僕の二人で」

「君は一体?」

「僕は運営です」

「君たちの言うとおりにすれば、我々は助かるのかね」

「ええ、もちろん」

「わかった」

メルは静かに目を閉じた。

「……戦争を終わらせるために、私に力を貸してくれ」

「いいでしょう」

「……さっきの話の続きだが、私は何故こんなことになったのか、わからないままなのだ」

「わかりますよ。誰だって最初はそうなんです」

「そうなのだろうか」

「ええ、そうですとも。ところで、お名前は? いつまでも"貴公"とお呼びするわけにはいきませんから」

「メルだ」

「メルさん。それでは改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

メルは握手を求めた。

「……」

だが、相手は妙によそよそしかった。

「どうしたのかね」

「いえ、なんでもありません」

男はにっこりと笑った。

「ただ、手が汚れてるのを思い出しまして」

メルは思わず吹き出してしまった。

「ふはははは」

「あははは」

「確かに、君の手は真っ黒だ」

「そういうことです」

二人は笑い合った。

「では、まずは朝ごはんにしましょう」

「賛成だ」

メルはテーブルにつくと、朝食を注文し、再び目を閉じるのだった。


「うわぁ、凄い」アムが感嘆の声をあげた。

「これが本当の最前線か」

「噂に違わない光景だね」

リンド・ラスト率いる第二期選抜の志願者たちは、荒野を行軍していた。

彼らの目の前に広がるのは、廃墟と化した街並みだ。

かつて繁栄を誇った大都市の成れの果てであった。

「ここが、追憶都市ポリス」

メルは呆然としながら、その風景に見入っていた。

「なるほどな」

「こいつはひどすぎる」

「まるで地獄じゃないか」

他の志願者たちも口々に感想を言い合っている。

それは、ある意味当然の反応と言えた。このセクター35は追憶都市ポリスから遠く離れた僻地にあった。

つまり、敵味方の戦力の空白地帯にあることになる。

そんな場所で戦闘を行えばどうなるか。

結果は火を見るよりも明らかである。

「みんな! 聞いてくれ!」

メルは大声で呼びかけた。

「この街にはまだ生存者がいるかもしれない」

「どういうことだ」と誰かが聞いた。

「この都市は放棄されてから百年以上が経っている」

「それがどうかしたのかい」と別の誰かが尋ねた。

「敵はその間、ずっとこのセクターを監視していた筈だよ」

「まさか……」

「うん、そのまさかだ」

「生き残りがここに潜んでいる可能性がある」

「俺たちの役目はその捜索と救助だ」

「さすが少尉殿」

「頼りにしてるぜ」

「よし、行動開始だ」

メルは号令をかけると、部隊を率いて歩き出した。

「目標はこの先だ」

「了解」

「警戒を怠るな」

メルは油断なく銃を構えた。

このセクターに敵が潜伏しているとしたら、どこにいるか。

答えは一つしかない。

「奴らは恐らくこのセクター35にいる」

メルは断言した。

「何故わかる?」と質問したのはリンド隊の副官だ。彼はメルより年長だが階級は同じ中尉である。

「私の勘だ」

メルは事も無げに言った。だが内心冷や汗ものだった。根拠などない。単なる当てずっぽうである。しかし、ここで嘘をつくことは得策ではない。何故なら敵はこの世界に紛れ込んだ異物だからだ。正体不明の存在に自分の居場所を教えることはないだろう。ならば、相手の思考をトレースして動く他はない。

(さて、どこから攻めるべきか)

その時、通信が入った。

『こちら司令部』と男の声が流れてきた。

「なんだ?」『目標の座標を送った。確認してくれ』

「確認とはどうやって」

メルが尋ねると、『マップを開いて、そこにピンを立てて欲しい』と指示された。

「わかった」

メルは網膜に投影されている地図に意識を向けた。

すると、視界に矢印が表示された。その先は赤い点になっていた。

(あれか?)

メルは慎重に狙いを定めた。

次の瞬間、銃声が鳴り響いた。

敵は建物の陰に隠れていたが、弾丸が命中し、敵は倒れ伏した。

「やったぞ」

「敵の増援が来る前に、一気に突入する」

メルは突入部隊を急かした。「待ってくれ。負傷者が出た」

リンド隊が担架を担いで戻ってきた。負傷兵は肩を撃ち抜かれ、苦悶の表情を浮かべている。

「大丈夫か!」

メルはすぐに駆け寄った。出血がひどい。

「応急処置はしたけど、早く医者に見せないと」とリンド隊の一人が言った。

「私が行こう」とリンドが申し出た。「君は負傷者を連れて先に脱出してくれ」

「わかった」

「ここは我々に任せろ」「頼んだぞ」

リンド隊は負傷した兵士を連れると、撤退を開始した。

「敵が逃げるぞ!」

「逃がすな」メルは追いかけようとしたが、「ダメだよ、少尉」と止められた。

「何故だ」

「これ以上、死者を出すわけにはいかないんだよ」

「このままでは全滅してしまうぞ」

「そうだよ。でも、今無理をして犠牲を増やすこともない」

「……」

メルは無念さを滲ませながらも、引き下がった。

「ごめんね。もう少しだけ我慢していて欲しい」

「……」

「すぐに終わらせるからさ」

「……」

「それじゃ、また後でね」

そう言って、リンドは走り去っていった。

※ メルは一人になると、大きくため息をついた。「私は一体何をやっているのだ」

メルは自問したが、答えはなかった。

「……」

しばらく考え込んで、それからメルは顔を上げた。

「まあ、いいか」

メルは頭を切り替えることにした。

「それよりも、これからどうするかだ」

メルが考え込んでいると、不意に背後から声を掛けられた。

「あのぅ」

メルが振り向くと、メイド服の少女がいた。

「何だ君は」

メルが身構えると同時に、少女は頭を下げた。

「初めまして、メルさん」

「……何者だ」

「私の名前はアムです」「ちょ、なんで生きてるのよ? 戦死したはずでは?」「そう簡単にくたばりませんよ。しぶといのが取り柄ですから」

「アムのアカウントで不正ログインしてるんでしょ。どういうチートを使ったのか知らないけど運営に通報する」「いえ、そんなことしてないですよ」

「じゃあ、なんであなたがここにいるのよ」

「だって、この体は本物の体じゃないし」

「えっ」

「ちょっと、これ見て下さい」

「うわぁ、本物じゃん」

「はい。バーチャル空間にダミーボディを繋いで、そこに精神を転送したんです」

「そんなことできるの?」

「できます。この手の技術は進んでるんですよ」

「うーん、よくわかんないけど、とにかくすごいわね」

「ところで、さっきから気になってたんだけど、そのコスプレは何ですか?」「ああ、これはね」

メルはこれまでの経緯を説明した。

「なるほど、それでこんな格好をしている訳ですね」

「そうなの」

「お似合いだと思います」

「ありがとう」

「それより、そろそろ本題に入りましょう」

「本題って?」

「決まってるでしょう。このゲームをクリアする方法についてです」

「クリアねぇ」

メルは首を傾げた。

「もうとっくにクリア条件を満たしてると思うよ」

「そんなことはない。まだ敵は残ってるし、街も復興していない」

「いや、そもそもゲーム自体終わってるし」「どういうことだ」

「そのままの意味よ」

メル・リンドは仮想世界に閉じ込められていた。

「いつまで経ってもこの世界は終わらないし、私はいつまでもこのセクターにいる」

「……」

「そして、敵はどんどん強くなっていっている」

「……」

「さすがに疲れてきたから、さっさと終わらせたいのよね」

「……」

「あんまり長く留まると、現実にも影響が出そうだし」

「……」

「ねえ、どうしたらいいかな?」

「……」

「なんとか言いなさいよ」

「一つだけ方法があります」

「どんな方法だ!」

「この世界に干渉できないように、私の体を消します」

「それが一番楽だけど……」

「……」「やっぱり、だめか……」

メル・リンドが目を伏せた。「……」

「ごめんね」

アムは申し訳なさそうな顔をした。「私なんかを助けてくれたから……」

メルは黙ったままアムの手を握った。アムもまた無言のまま、メルと向き合った。

二人の沈黙を破ったのはメルの方だった。メル・リンドの目つきが変わっていた。その瞳に迷いの色はない。メルはゆっくりと口を開いた。

「君の提案は魅力的だ」

「だが」

「断る」

メルはきっぱりと言い放った。アムの顔に落胆が走った。だが、メルは言葉を繋いだ。「なぜなら、それは本当の意味で勝利とは言えないからだ」


『メル少尉より本部へ』メルの声だ。『敵部隊、残存戦力を撃破』

『了解。ただちに作戦を終了して帰還せよ』

『了解』メルは回線を切断して、「さて、あとひと仕事しますか」と言った。『アムの体』は消えかけていた。「さよなら、アム。本当にありが……」その時、突然銃声が轟いた。メル・リンドの脇を銃弾が通り抜けた。次の瞬間、目の前にアムが現れた。撃たれた筈のアムが無傷の姿で現れた。

(なんで?)

一瞬、状況を忘れ、アムは立ち尽くした。

(まずいっ)

次の瞬間、メルは身を翻した。メルはアムを抱え込み、地面を転がった。「ぐあっ」背中から衝撃を受けた。「痛っ……」メルは苦痛に顔を歪めた。だが痛みはすぐに治まった。

(まさか、これがゲームのバグ?)とアムは思いつつ、「大丈夫、メルさん」と尋ねた。「問題ない」メルはアムに覆いかぶさっていた。「アムこそ大丈夫なのか」

「はい」

「なら、良かった」

メルはほっとした顔を見せた。アムはその笑顔に見惚れた。と、同時に心拍数が上がるのを感じた。

(な、なんでドキドキしてるんだろう……)

「……」

「あの……」

「……」

「……」

「……」

「……なに?」

「なんでもありません」

※ メルとアムは戦闘後の処理を行った。

「これでよしっと」メルが言った。

「……」アムは何も言わなかった。

「どうかしたか」メルは怪しげな顔を向けた。「どこか怪我でも……」

アムが目をそらした。「なんでもないです……」

メル・リンドは自分の体に視線を下ろした。胸の谷間に一筋の血が流れていた。「出血……」

メルが呟いた。

「えっ」

「出血しているぞ!」

メルの声に慌ただしい空気が流れた。

メルが応急処置を行う間、周囲が静寂に包まれた。

メルが言った。「さて、と」

「そろそろ帰らないと」「」

二人は顔を見合わせた。「」「そうだよな」メルは困った顔で微笑みかけた。「……」アムは俯いた。「あー」とメルは頬を掻いて「また会えるかわからないが、それまで元気で」と片手を挙げた。

「」アムは泣き出しそうになったが、どうにか涙をこらえた。「」そう言うとメルの腕を掴んで「あの」と囁くと、少し離れた。メルとアムの目が合って、メルは微笑むと手を振った。

※ アムの体が薄れていく。

「それじゃ」「うん」

メルは空に手を伸ばし、何かを掴むような仕草をした。アムの目に涙が浮かんでいた。「バイバーイ」アムの唇が震えていた。メル・リンドの意識が薄れていった。

こうしてメル・リンドの魂は肉体を離れ、天へと旅立ったのである。


「あれ……」気がつくとメル・リンドは荒野に立ちつくしていた。辺りには瓦礫やスクラップの山が散乱し、砂埃が舞い上がって視界が不明瞭だ。「なんだ、ここは」見慣れた光景だ。セクター7から転送された先はいつも戦場のど真ん中だ。

(確か、自分は敵の弾丸を避けきれず死んだはず)とメルは考えた。ならば、これは夢か。

「いや、そんなことは無いはずだ」

記憶にある感触は紛れもなく生々しいものだ。だとすると、ここはまだ仮想空間の中という事か。メルの推測は正しかった。ここは現実のメルが転送されていた。

メルの思考を遮るように無線連絡が入った。「こちら本部、どうした」雑音の向こうに聞き覚えのある女性隊員がいた。

『応答しろ、メル!』

「あぁ、聞こえている」メルは通信機を握りなおすと状況を確認した。『アムとの同調に不具合か? 今どこにいる』

「敵部隊の殲滅完了後だ」『了解した。直ちに帰投して休息をとるといい。今回の戦果によりメル・リンドは勲章を授与されることになった』『分かった。ありがとう」

メルは回線を切ろうと息を吸ったが止めた。「……」少し考えると言った。「すまないが、もうしばらく付き合ってくれ」

メル・リンドの表情が険しくなった。「この戦場は俺一人しかいないのか」『ああ』


「……」

『メル、どうした?』女性の問い掛けに対して「何でもない」と返してからメルは目を閉じ、呼吸を整えた。(俺はどうしてしまったんだ)

『おい、メル。聞いてるか』

(アムは無事か。生きているんだろうか)『メルっ』

(そうだ、きっと生きてるさ)『メルってばっ!!』

『いい加減に目を覚ませ』女性は怒号に近い口調で言った。「うぅ……」メルの耳にノイズ混じりの言葉が届いた。

メル・リンドはようやく目を開けるとあたりを伺った。目の前に広がる風景にメルは唖然とした。

(こんなに、荒廃しきっていたのか……)

そこは現実だった。メルと仲間の傭兵部隊が廃墟の中で倒れ込んでいた。その周囲に死体と思しき白骨が散乱している。

(まるで悪夢のような場所だな。だが、まだ終わらない)メルはゆっくりと体を起こすと、周囲を観察した。生存者がいるのかどうかを確かめたかったのだ。

「生き残りは?」メルは呼びかけた。しかし返事はない。

(仕方ない。行くしか……)

『敵部隊だ』無線機越しに男の声が届くと同時に銃撃音が響いた。

※ アムは崩れ落ちる建物の中から脱出しようと必死だった。

『大丈夫か』と、無線が入るが、すぐに銃声が鳴り響く。

(誰か助けて)とアムは願った。『動くんじゃねぇ』アムは肩を捕まれた。『お前の頭、吹っ飛ばすぞ』「……」アムは恐怖に顔をひきつらせた。

『死にたくなければ、そのままじっとしてろ』男はアムの髪を鷲づかみにして強引に引き倒した。

アムは泣きながら「ごめんなさい」を繰り返した。

※ 戦いの最中、男は倒れたアムを見つけると、舌打ちを漏らした。

「ったくよぉ、なんで女ってのはこういうのが多いんだ」

男が言った直後、銃撃が止んだ。男は振り返るとメルを見た。

「……」無言のまま銃を構えるメルを見て、男が慌てて立ち上がった。「ちょっと待てよ。誤解すんなって」と言いつつも、男は腰の拳銃を引き抜いた。

1 0

「女子供を撃っても気が引ける」

メルは構えていた小銃を下げた。「」

「お礼なんて期待しないでくれ」と男は続けた。

「助かりました。あの……」とアムが立ち上がり、男を見つめた。男は面倒くさそうに鼻を鳴らしてから「……」と沈黙を保った。

「私はアムと言います」アムはぺこりと頭を下げると、「あの、私と一緒に戦えませんか」と提案した。「無理」男はあっさりと断った。「でも、」アムは諦めずに言った。

メルが割って入った。「あんたの名前を聞いてなかったな」

「名前なんかねぇよ」

「……」

「……」二人は睨みあった。男の年齢は三十歳前後。髪も髭もない。黒い外套に防弾ベストを着て、ベルトには無数のナイフが刺さっている。

「あんたはここで何をしてる」メルが質問を絞り出した。

男はため息をついた。「仕事だよ」とだけ答えるとメルを押し退けて歩き始めた。「どこに行くんです」アムが言ったが無視された。

「くそっ」メルが追い掛けた。「おい、待てよ!」

「うるせぇ」

男はメルの手を掴むと、地面に投げ落とした。受け身を取ると、すかさず馬乗りになり、拳をふり上げた。「な、なんだよ、くそっ」メルは無我夢中で男の顔面を殴りつけた。何度も殴るうちに相手の歯が折れ、肉が裂け、血飛沫が飛んだ。それでも手を止めることができなかった。メルの目が霞んで、意識が失われる間際に男の姿が消えた。

(なんだ、あれ)メルが顔を上げると男はすでに遠くまで移動していた。男は立ち止まっており、背中を向けたまま言った。「これでわかっただろう。戦場で戦うことは無駄な行為だ。無意味に命を賭ける価値がないと気づけ。じゃあな」


「……」メルはアムを抱き起こすと優しく抱き締めた。

「ありがとう」とアムが呟いた。「気にすることはない」メルが微笑むと、アムは涙を流した。

『二人とも聞こえるか?』

二人の前に女性の声が流れた。「はい」「」二人は同時に応えた。

『作戦終了だ。帰還しろ』


「」メルとアムは荒廃したセクター35に降り立った後、「それでは」と言って互いに別れたはずだった。メルは任務完了の旨を本部に報告すると戦場を離れたのだ。そして次の日、セクター34への再降下命令を受けて現場へと赴いた。「」メルは混乱した状態で自分の肉体に魂を戻し込んだのである。「くそ、何なんだ」メルは自分の身体から抜け落ちようとする精神を追い求めていた。だが、うまくいかない。


「どうして」アムが言った瞬間、メルの姿が消えた。

同時に無線が入った。『撤退しろ、アム。ここはもうじき崩壊する』「……」『おい、どうした』と女性の声がする。「……」アムは震えながら耳を押さえたが、『聞いているのか。おい、アムッ』「うわあぁぁぁ」アムが絶叫した直後、通信が切れた。

(まさか)

アムは目の前に広がる光景を呆然と見つめていた。

メル・リンドが巨大な瓦礫の下敷きになっていたからだ。

アムはメルを引きずり出そうとしたがビクともしなかった。

「いやだ、いやだ、こんなの嘘だ」アムが叫んだ途端、地面が大きく揺れた。崩れた岩が降ってくる。逃げ場のない場所に立っていた。岩はゆっくりとだが確実に近づいてきている。「助けて、メル!」アムの悲鳴にメルは答えず、瓦礫の奥へ姿を消してしまった……。

11

――――――

「」

「」アムが目を覚ました時、最初に見えたのは岩壁だった。

視界の先にメルがいた。メルのそばでアムの分隊に所属する仲間が倒れていたのだ。「」

どうすればいいのかわからないまま、岩壁に寄り掛かったまま座り込むと、 しばらくして敵部隊が現れた。「敵だ、隠れようぜっ」アムの仲間が叫ぶと岩陰に隠れた。しばらく経つとメルは倒れた味方を見つけ、応急処置を施す。その間ずっと敵が近くに潜んでいることを警戒したままだったのだが、ついに動きはなかったらしい。

「大丈夫だ、心配ないよ。俺に任せておきな」と男が告げた後にメルと仲間の二人が立ち上がった。「よし、逃げるぞ」男は岩場から出ると廃墟に消えた。敵部隊は散り、敵部隊の動きからメルたちが逃げ出したと判断したらしく追跡を諦めたようだった。(助かった)アムたちは廃墟に隠れることに決めたのだが、「ちくしょう」男が悪態を吐いた直後に銃撃を受けた。「」

メルとアムは咄嵯に身を屈めながら物影に飛び込んでやり過ごすことに成功したが、銃撃の音はやまなかった。メルは応射しかけたもののアムに制され、じっと身を縮めてやり過ごした。アムは泣き出しそうになりながらも必死に耐えた。そして「」敵の足音が聞こえなくなるまで息を殺し続けていた。「助かっ…………」安心感からか、急に立ちくらみを起こしたアムはその場に倒れ込み、気絶した。メルの腕の中で、アムの呼吸音が次第に小さくなっていく。「……」メルの顔から血の気が引いたのはこの時からだろう。

(この娘が死ぬ? ありえない! 俺はまだ何もやってねえ。なのに、なぜ!?)メルは心の底で嘆き、絶望しながら、なんとかアムを死守しようと、彼女を岩陰まで運びこんだのだった。その後の記憶はない。おそらく死んだのだと思う。

メル・リンドの肉体と記憶を持った魂は、肉体を失った後もセクター31で戦い続ける。

「……」

「」

アムは夢を見ていた。それは自分が兵士となり戦場で戦っている場面であり、その相手はいつも同じだった。

――あの男。

敵がメルなら話は早い。アムはメルが敵であることに躊躇することはなかった。敵は敵なのだ。殺せば良い。それが当たり前の行動だと思っていた。

メル・リンドに恋をしているなどと自覚した時から自分は壊れていたんだと思う。

「」

夢は唐突に終了した。現実に戻された瞬間、メルは反射的に岩を掴んでいた。「はっ、」と我に返ったメルは、岩に指先をかけながら周囲を観察した。アムがどこにいるか探るためだ。しかし岩に阻まれ、視界が悪い上に敵兵と鉢合わせするのは避けたいので慎重に移動するしかなかった。「……」メルが顔をしかめ、岩に身体を擦らせる度に皮膚に赤い筋が残る。「ちっ」と舌打ちをすると再び岩を掴み、ずるりと動くとアムを捜す作業を続けるが、なかなか成果が上がらないようだ。

「……っ」アムの声が小さく聞こえると、「いた!」と声を上げた。メルの目線の先は岩に開いた穴の向こう側にあり、岩肌が砕けて土煙が立ち昇っていた。敵兵は見当たらないので岩に張り付き中に入ると「!」血溜まりの中に倒れるアムが見えた。

「」アムを抱き起こし、「おい、おい」と頬を張るも返事がなかった。「畜生!」と叫び、涙が零れた。メル・リンドには感情などなかった。だが今の彼には自分の意思があり、言葉があった。

「……」

メルは自分の身体を確認するとアムを抱え上げてその場を後にした。


12

※ アムは薄目を開け、ぼんやりとした世界を見た後、「うーん」と背伸びをして「ふぁ~あ」あくびをしてから、目の前にいる人物が誰であるか確認した。

金髪の少女が立っていた。

年齢は自分より下に見える。身長は160センチほどで胸が少し大きめの童顔少女だ。彼女は自分の顔を見て何かを言った。「えっと?」聞き返す。

「おはよう、って言ったんだよ」「ああ、おは……うぇ?」と慌てて起き上がったが「……」アムは絶句した。「なんだい、その変な顔は」目の前の女の子に訊かれた。

「あ……」とアムが言いかけると「私はエルだ」と金髪の子が言ったので、「あっ、うん。あたしは……」と答えようとしたら、「お前さんの名前は聞いてるよ。メル・リンド」と言われて「」メルが振り返るとそこに軍服姿の青年がいて、

「メルは僕だよ」と微笑む。

「じゃあ、こっちのあなたが」とアムが言うと「僕はメル・リンドだよ」とメルが言った。

「あれ、おかしいね」とメルが首を傾げた。「でもさ、この子」とエルがアムを指差すと「君こそ、どこから来たのさ」とメルが返した。

「あ、いや……」とアムが口ごもり、二人の視線が自分に集まると「あはは」と笑う。

「まあいいや」とメルが立ち上がり、「とりあえず、ここから脱出しよう」とアムに手を差し伸べた。「あ、うん」とアムが手を取ろうとしたが、

「おっと、ちょっと待ってくれ」とエルが遮った。「なんだい、エル」とメルが尋ねると、「あんたら、私の質問に答えてないよね」とエルが告げた。「うっ……」とメルが怯む。

「いいかい、メル。私達は仲間なんだ。隠し事はなしだ。だから教えてくれ。あんたは何者だ? あんたの素性を教えてくれたら、私達も素直に話すよ」

「……わかったよ」とメルが答えると、「ありがとう」とエルが言い、二人に向き合うように座ると「で、メル・リンド。君はどうして、この惑星にいたんだい?」と問い質した。アムは不安げな表情を浮かべながら「……」と無言になるのを見て、「……」とメルも同じように押し黙るのだが、

「ごめん」とメルが言い、「実は」とアムが話し出そうとした瞬間、「……」メルは言葉を詰まらせたが、「やっぱり無理みたいだ」と苦笑する。

「どういうことだい?」と怪しげにエルが尋ねると、「俺は、」メルは一度目を伏せた後、「俺はメル・リンドだ」と静かに語った。そして目を見開き、両手の拳を握って立ち上がる。アムは驚いて、ビクッとしたが、メルはアムに構わず続けた。

メルの身体に異変が起きていたのだ。髪の色が白く染まり、肌が焼け焦げる匂いがする。服の一部が溶けている。彼は全身から蒸気を発していた。そして次の瞬間、彼を中心に暴風が吹き荒れる。それは彼の怒りが爆発寸前であることを意味していた。メルが叫ぶ。すると嵐が収まる代わりに、岩場が崩れ、岩壁が崩壊して大きな岩が落下して来た。それはまるで爆弾のようで岩が落ちて行く先にあるのはアムたちがいた場所だ。メルはアムを助けるべく飛び出したが間に合わなかったようだ。しかし……

――ゴトン! 轟音が鳴り響き、岩が大地に転がる。岩の下敷きになったのはアムたちではなく、黒い塊だった。それは機械だった。人間を機械化したものではなく機械でできた人型だ。しかもかなり精巧なつくりで人間に見えなくもない。だが、頭部にはカメラのような物が取りつけられていて人間の脳に当たる部分は存在していなかった。また腕には機関砲が搭載されており戦闘用なのは明らかであった。そんなロボット兵器が突如現れたのである。

アムは状況について行けずに固まっていたがすぐに動き出してロボットに近づいた。すると……。

――ピピッ! 警報が鳴ると同時に銃声がした。アムが振り向く間もなく肩に被弾する。

弾けた肉片と鮮血を撒き散らしながら倒れると、今度は背中を撃ち抜かれ、

――ズバンッ! 胴体が切断され地面に転がる。すると間を置かず四肢が切り刻まれ、首が落ちた。するとロボットは動きを止めたが、しばらくすると頭だけが勝手に動き、辺りを見渡すような仕草を見せる。「ひっ」アムが恐怖で顔を歪めるがロボの首から下の部分がアムに近づき、「うわぁ!」アムは悲鳴を上げる。しかし、よく見ると首だけの状態であり、ロボの目がこちらを向いた。すると……、

――ピーッ! 突然の甲高い電子音。そしてロボットの目から光が消えると首から下の部分が爆発した。


13


* * *

*

「おい、メル!」とアムの叫び声を聞き、「な、何!?」とメルは振り返るが何もなかった。

「……」

気のせいかな。メルが不思議そうにしているとアムが手招きして、指差す。その方向にメルが向かうと、アムの仲間が数人いたが皆倒れ伏している。

「これはいったい……」メルが尋ねると、仲間の一人が震え声で答えてくれた。「あいつだ。あの化物だ。あいつが来てからみんなおかしくなったんだ」「え……」メルが絶句して立ち尽くすと、「うぐっ」と誰かのうめき声が聞こえた。

「大丈夫か?」と駆け寄ると、「うぅ……」と返事があった。「メルか?」と訊かれ、メルが「ああ、俺だよ」と言うと、「お前、生きてたのか……」と安堵の声が上がる。「ああ、なんとかね」とメルが言うと、「それより、ここは危険だ。早く逃げよう」とアムが促した。

「そうだな」とメルが同意し、仲間たちに「立てるか?」と訊くと、「あぁ……」と力のない返事が返ってきた。アムと二人で一人ずつ担ぎ上げる。

「重いぞ……」

「ごめん……」

メルとアムの二人が歩くと砂埃が上がり、足跡がついていく。すると……、

「……」

何かいる。そう思ってメルが立ち止まるとアムがどうした? という表情をしたので、「いや、今……」と言いかけて言葉を飲み込んだ。「なんでもない」と答えて進むが、確かに何かがいた気配が残っている。

砂煙の向こうから聞こえる足音は一つじゃないし複数人のものだ。しかも、砂煙の合間からちらりと見えたのは……二足歩行する生物ではないし、もちろん人でもない何か。それが群れになって迫ってくるようだ……。メルは嫌な気分になった。こういう予感だけはいつも当たってしまう。

*

「あの……ここは……」

廃墟の都市には誰もいなかったが、「この道でいいのか?」と思う方向に歩いているうちにどんどん薄暗くなっていった。やがて視界は真っ暗になり、メルは手探りで進むしかなかった。

「おい! 誰かいるんだろう!?」

大声で呼びかけるが返事はない。しばらく行くと前方に明かりが見えてきた。光は徐々に大きくなり、ついにメルは建物の中へと足を踏み入れた。「……」

建物の中には机や椅子が乱雑に置かれていて、床には紙束や本などが散乱していた。

「ここって……」

メルが呟くと、「おぉ……」と背後から感嘆する声がした。

「なんだ、まだ生き残りがいたのか」

振り返ると男が立っていた。「誰だ?」とメルが問うと、「私の名前はエル・ヴァン・セクター35。君たちの敵だ」と男は言った。

「敵……?」メルが困惑すると、「そうだ」とエルは言い、「ところで君はなぜここに来たんだ?」と尋ねた。

「俺は……」とメルが言いかけると、エルは遮るように「いや、言わなくていい」と言った。

「どういうことだ?」

「君は我々の同胞を殺しすぎた。だから、ここで死んでもらう」エルが言うと、「なんだよそれ……」とメルは言い、そして、「ふざけんなよ……」と吐き捨てた。

「……」エルは何も答えず、ただじっとメルを見るだけだった。

するとメルがいきなり走り出した。

「待て」エルの声がするが、メルは無視して走った。

「……」

メルはエルを無視して建物を出た。そして、敵を探した。

敵の数は十人程度で、メルが一人になるのを待っていたらしい。全員が武装しており、銃口を向ける。「死ねぇぇ」

一斉に発砲する。しかし、銃弾はメルに届く前に弾かれた。

「なにぃ……」

男達が驚くが、メルは構わずに突進した。そして、まずは手前にいた男の頭を掴んで握りつぶすと、隣に立っていた男を殴り倒した。「うぎゃあ」と断末魔の声を上げながら倒れた男は動かなくなった。

「こいつ、強いぞ」

残った男たちは警戒し、メルを取り囲むように散開した。

「死ねえ」一人の男がライフルを構える。

メルは避けようとせず、そのまま突っ込んでいく。

「馬鹿め」

男が引き金を引く。

――ズドンッ! 轟音が鳴り響くが、メルは止まらなかった。

弾丸はメルの横を通り抜け、後ろの建物に着弾する。

「なに……」

男が驚き、メルを見ると、メルはもう目の前まで来ていた。

「うわぁ」

慌てて逃げ出すが、メルの方が速かった。メルが拳を振り下ろすと、男の頭が潰れ、血飛沫が舞った。

「ひ、怯むな」

別の男が銃を構え、メルに向かって撃ちまくる。しかし、メルは微動だにしなかった。

「化け物……」

メルに銃弾が効かないと悟ったのか、今度はナイフを抜いて襲いかかる。

「……」

メルは無言のまま、向かってくる男を殴り倒す。

「うぐっ」

男が倒れ込むと、他の男たちも後ずさりする。

「撤退だ」

リーダーらしき人物がそう言うと、メルに背を向けて逃げ出した。

「残念だ」とエルが言った。すると……

――ドゴオォン! 激しい音と共に建物が崩壊し、崩れ落ちた瓦礫が退路を断った。

「これで、逃げられないな」とエルは言って、剣を構えた。


14

「い、今の爆発……」とメルが呆然とすると、「爆発音だ」と答える者がいた。「まさか……」メルが声の方を見ると、そこに見知った顔の少年が座っていた。「お前……」と声を出すと、「メル少尉か」とその子供、いや少年が立ち上がった。そして、「久しぶりだな……」と言って、微笑んだ。「お、お前は誰だ……」とメルが動揺しながら尋ねると、「俺のこと、忘れちゃった?」と子供が笑うと、「覚えているわけがない……」とメルは苦笑した。

少年の姿に心当たりがあったが、メルはその記憶を否定した。それは……、 それは自分がかつて殺した子供のはずだったからだ。

すると「じゃあ、教えよう」と言い、「俺の名は……アルフォンス・セクター34・ナンバー3。メルの兄貴だよ」と、そう名乗った。

メルの記憶の中で、確かに自分と兄の面影が重なった気がした。

「なぁ、なんで……」とメルが尋ねようとすると、

「今は戦闘中だ」と、アルフォンスが遮って、「おしゃべりはあとだ」と言うと、剣を抜いた。

「さて、やるか」

メルとアルフォンスは睨み合ったまま動かない。

「どうした? かかってこいよ」

「……」

「怖いのか?」

「……」

「おい、なんとか言えよ」

「……」

「チビの頃からずっと一緒だったろ」

「……」

「まあいいさ」

「……」

「最後にもう一度だけ言うぜ」

「一思いに殺すことはできるけど、言い残すことはそれだけかい?メル・リンド」

「いいや、違う」

「僕はお前を絶対に許さない」

「覚悟しろ」

「僕の命に代えてでも殺してやる」

「僕が死ぬときは、お前が先に殺してから死んでやる」

「わかったら、早く来い」

「今すぐその首を切り落としてやるから」

「そうそう、そうやって、いつもみたいに威勢よく吠えろよ」

「さあ、行こうか」

「さようなら、メル」

――ズドオオオン!!再び、建物が崩壊する。

メル・リンドは死んだ。あっけない最後だった。

15

「ふぅ……」と息を吐くと、エルは構えを解き、剣を収めた。

「終わったな」

エルはメルの死体に近づき、懐から拳銃を取り出すと、躊躇なく自分の頭に向けた。

「さらばだ」

そして、引き金を引こうとした瞬間、

「させるか!」

メル・リンドの亡骸が動き出し、エルの拳銃を蹴り飛ばした。

「なに!?」

エルが驚いている間に、メルはエルにタックルする。

「ぐおっ……」

二人はもつれ合いながら倒れる。

「離せ!」

エルだったものが叫ぶと、亡骸が崩れてどす黒い瘴気が立ち込めた。それがもぞもぞと竜を形作る。「我は調整神アコルディウス。世界の歪みを正し調和を守護する者だ。お前は大宇宙の法則を乱し神の意志に背く輩だ。裁きを受けよ!」「くそっ」


アコルディウスの背にはバッドエンドと読める文様が描かれている。そして「ピーケー!ピーケ―!」と鳴きながら、その場にいる者どもを次から次へと食い殺していく。

「この野郎!!」

エルは回避スキルを全開しつつ周囲に助けを求めた。「誰か手伝ってくれ。あいつを何とかしないと!」

「もうどうにもならない。この世界は崩壊する。お前も早くログアウトしろ」

「いや、まだ諦めない。俺は……俺はまだ戦えるはずだ。きっと何か方法があるはずなんだ」「無理だ。お前はここで死ぬんだ」

エルは泣きそうな顔で言った。

「そんな事はない。絶対にあきらめたりしないさ。だって俺たちは主人公だからな」そう言うと彼は再び剣を構えなおした。

その時、空の彼方から声が響いた。

「その意気ですわ。それでこそ私のご主人様♪」

上空に突然現れた光の中から美しい女性が現れた。彼女はゆっくりと降りてくると、エルの前に立った。「あなたがこの世界を救ってくださるのですね?」

「そうだ」とエルが言うと、「私の名前はエルカリア。あなたのお名前は?」と女性が尋ねた。「俺は……」エルが言いかけると、「エル・ヴァン・セクター35だ」と、背後にいた男が言った。「あら、そうでしたか」と女性は言った。「それでは、よろしくお願いしますね」

エルは一瞬迷ったが、女性の問いに答えた。「ああ、任せておけ」

そして、エルはエルカリアと共に、アコルティウスと戦い始めた。しかし、それは罠だった。その体に100ボルトという文様が浮かび上がった。

「やめるんだ。攻撃をやめろ。エル。そいつは敵じゃない。電源だ。そいつを壊したらこのオンラインが…」

人々の制止もむなしくエルの剣がアコルティウスにとどめを刺した。

ブン!

鈍い唸りがして世界のとばりが落ちた。

ゲームは終わった。これで世界に真の静寂が訪れた。その一時間後「ニルヴァーナ・オンラインサービス終了のお知らせ」が公式サイトに掲載された。エルは泣きながら返金処理を申し込んでいる。手元に残ったいくばくかのゲームコイン。

そこに涙がこぼれ落ちていく。




1 6





そして、画面は暗転する。

エンディングロールが流れ、スタッフの名前が表示されていく。

最後にクレジットが表示されると、そこにはエルの名が刻まれていた。

――Fin.

※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

「」

「」

エンドロール

「負けられない戦いは勝たねばならぬ」

作詞:山田ど根性

作曲:ピーター・ウー

編曲:ピーター・ウー

歌 :山田ど根性(CV:山寺宏一)&ピーター・ウー(CV:緑川光)


男一匹、浜茶屋の


親父 波に揺れるは女郎の肌

海風に吹かれて 海の男は裸一貫

浜の女房に惚れた 口説いて

振られて それでもめげずに

通いつめ ようやく夫婦に なったが……



「お客さん、もう帰っとくれ」

「えぇ~! また来たのかい?」

「うーん、やっぱり駄目だねぇ」

「あんまりしつこいと嫌われるよ」

「まぁ、待ってくれ」

「もう、しょうがないねえ」

「よし、俺も男だ。根性決めるぜ」

男泣きをぐっとこらえ 歯を食いしばり 逆風、荒波、なんのその立ち向かう 男前な顔に 女房もほれ直した さぁ、今日も張り切って稼ぎますか! だが、世の中は厳しい 金が無いなら稼ぐまでよ

「旦那ぁ、もっといい仕事があるんだけど、やってみないかい?」

「ほう、じゃあここに筐体がある。ワンコインやってみねえか?」

「望むところだ! うりゃ六文銭!!」

ドッシュゥン!(投入音)


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