一色いろは・被害者の会2 ~野望篇(前半)~
いろはすSSです。三年生になった八幡のオリジナル展開です。いろいろ変なところもあると思うので、優しい心でリラァックスして読んでください。
~前回までのあらすじ~
一色いろはの苛烈な支配により笑顔を失った総武高校。
その暴虐に対抗すべく、八幡・戸部・副会長は『一色いろは・被害者の会』を結成した。
手始めに受けた予算報告会についての依頼で、なんかいろいろあったけど、
なんやかんやでいろいろアレして上手くいったのであった……
前回 ~一色いろは・被害者の会 黎明篇(後半)~
※※※※※※※※※※※※
人と人の繋がりが生まれると、自然、日常にも変化が及ぶ。
それがたとえ、どんなしょうもない繋がりでも変わってしまうのだ。
学年が変わったすぐ後。
なし崩しに『一色いろは・被害者の会』を結成し、
一色の魔手から書記ちゃんを救いつつも、予算報告会を円満に解決して、まもなくのことだ。
俺の日常にある変化が及んでいた。
「せ~~んぱいっ!」
「いや、だから、なんで来んの……?」
「またまた、そんな事言ってー!」
やですよーもーなどと言いながら、ちょこりんと隣に腰掛け、可愛らしい弁当をいそいそと広げ始める。
俺が独り思索を深めつつ、静かに昼食を摂る場であるところの、このベストプレイスに一色いろはが侵略を開始したのだった。
校舎横の階段には、今の時期ちょうどいい塩梅の風が吹く。
少し先にあるテニスコートでは、マイエンジェルであるところの戸塚が時折、テニスの自主練という名の舞を俺に披露してくれることもある。
そんな俺の、俺だけの癒やし空間に、ズカズカと土足で侵入してきたこの小悪魔は何がそんなに楽しいのか、べらべらと独りしゃべくっている。
「も~~!先輩ってば、聞いてますー?」
あ、すんません、聞いてませんでした。
……と、そうではない。
心をONIにして、いかにも鬱陶しげに目だけで先を促す。
「進路のことですよー!先輩なんかでも、さすがに志望校ぐらいはあるんですよねー?」
「……ん、まあ、そりゃな」
言われて志望校に思いを巡らせる。今年は俺もいよいよ受験生だ。
進路と聞いたその瞬間、やらなければいけない事のリストが脳内にずらりと走る。
やだ、憂鬱……
しかも、この子さっき「なんか」って言いませんでしたかね……
「先輩って確か私立文系志望でしたっけ?」
「ん?ああ、まあそうだな」
……というか理数系が壊滅的な俺には、それしか選択肢がない。
どれぐらい壊滅的かというと、由比ヶ浜のそれに匹敵する。
だから壊滅的というより、無いに等しいまである。あいつ受験大丈夫なのかね……
「前に先輩言ってましたよね、私立はセンター受けなくても良いって……私も理数系って苦手で……」
「まぁ、センター利用できる所も多いけどな……国公立志望の連中なんかは、滑り止めで私立受けるのに使ったりするみたいだぞ」
「へー」
なに、その興味ない反応……
まあこいつの成績なんて全然知らんが、今の反応からするとパラメータ配分が俺に近いのかもしれない。
「どうでもいいんですけどー、先輩はどこ受けるんですか?」
「……教えねぇ」
「……参考にしたいなーって」
「どうでもいいって言ったじゃねぇか」
「先輩の志望はどうでもいいんですけど、私の参考にはなるじゃないですかー!」
「意味わかんねーよ、それ聞いて、どうする気だお前……」
「どうするって、聞いてるだけじゃないですかー!ちっ……なんで、そう頑なに教えてくれないんですかー?」
会話を続けるごとに不機嫌な顔になっていく一色。例のごとく、頬があざとく膨らんでいく。……ふぐなの?
あとね、その舌打ちね、聞こえてますからね……
恨めしげな視線で睨みつける一色だったが、はたと表情が一変し今度は、ははーんと、からかうような視線を俺に向ける。
「あ、もしかして先輩……志望校教えたら、私が追いかけてくるんじゃないか、とか思ってます?それって自意識過剰じゃないですかねー?」
うぷぷ……と手で口を抑えながら、いやらしい笑みを浮かべる。
き、きー!
……そんなわけ……ないじゃないっ!!
とは言え、こいつがもし実際に追いかけてきたら、俺の麗しきキャンパスライフが忌々しきいろはす奴隷ライフになりそうな気がして、想像するだに憂鬱になってしまう。
「……ばっかちげぇよ。だいたい、そういう『先輩に憧れてー、同じ大学目指しますっ♪』なんてのは、俺の一番嫌いなやつだ」
「むー……なんでですか……良いじゃないですか、そういうのだって」
「まあ、それで落ちて、結局、離れ離れになったら最高の見世物だが」
薄ら笑う俺に、うっわ、と虫を見るような目を向けてくる。
その目だけは堪えるので、やめてもらえないでしょうか……
「……だいたいだな、進路なんてものは基本的に個人だけのものだ。他の誰が行くとか、本来一切関係ねーんだよ、そんなんで決めるもんじゃねぇ」
「それは、そうかもですけど……」
「よしんば合格したとしても、在学中に別れでもしてみろ、爆笑モンだぞ。後悔なんてもんじゃない。軌道修正してる間に人生の転落が始まる」
「……そ、それは、どうか分かんないですけど……」
「そうに決まってる。そういうわけだから、誰が入ったかじゃなくて、自分がどうして行きたいか、何になりたいかで決めるのが正しい」
「じゃ、じゃあ、先輩はどうして行きたいんです?その志望校に、何になりたくて行くんですか?」
これは……一色さんにも、そろそろお伝えしておかないといけませんね……
「そういえば、ちゃんと言ってなかったな……俺の夢は……専業主夫だ」
「……は?」
やだ……早くもこの後輩、すごい蔑んだ目で私を見てくる……
あと、ちょっと格好つけて言ったが、全部無駄だったようだ。
俺はけぷこむと小さく咳払いして続ける。
「お、俺の狙う大学はそこそこ偏差値が高い……そこには将来キャリアウーマンとして活躍するであろう女性が数多くいるはずだ」
「はぁ、それで先輩を主夫として養ってくれる女性を探すと……」
「……お、おう」
察しがいいな、一色……
さすが俺が生徒会長に推しただけある。
「でも、それってー、順番が逆なだけで、結局『誰が入ったか』で決めてるんじゃないんですかねー……」
「……」
「……」
「……まあ、お前じゃわからないか、この領域の話は」
「は、はぁ……わかりたくもないですけど……」
爽やかな風が二人の間を駆け抜けた。初夏の訪れを、その匂いからわずかに感じることができる。
「……で、結局、どこの大学に行くかは教えてくれないんですね」
依然、ぶーたれたままの一色。
……前にこういう話をしたよう気もするんだが、確かあの時は葉山の進路の前振りにされたんだっけ……
「……実際のところ、たいして興味ねーだろ、お前」
「そうなんですけどー……」
「教えてたまるか。俺を参考にするな、自分で決めろ」
「むー……」
「……」
以後、少し険悪な雰囲気で昼休みを終える。
――俺と一色には、少しズレがある。
きっと進めば進むほどに、その距離は離れていく。
それは根本的に相容れない価値観の相違であり、
元々、互いに仲良く出来るような種族ではないのだ。
例えて言えばエルフとドワーフ。エルフとゴブリン。エルフとオークぐらい違う。だんだん酷くなってる。
とまれ、この距離感こそが本来の位置なのだと思う。
……まあ、こんな調子でやっていれば、やがて飽きて、ここには来なくなるだろう。
戸塚が自主練を始める時までには、完全に追い出しておきたいところだ……
……と、まあここまでが変化のあった日常その1。うん、どうでもいい。
続けて、日常その2をご覧頂きましょう。
※※※※※※※
時は少し進んで、放課後。
生徒会のすぐ隣にある空き教室、一色により充てがわれた我ら同好会の活動拠点である。
中に入ると使われていない机と椅子が、後ろの壁が見えないほどに高く積み上げられている。
いくつかの机は前に並べられており、会員の一人である戸部はその中央辺りに置いた椅子にどっかと腰をおろしている。
俺はというと、廊下側に椅子を配置し、そこに腰を落ち着けて、ひたすら文庫本を読み進めている。
……特に会話はない。戸部と共通の話題など殆ど無いのだから仕方がない。
ただ、それで居心地が悪いかというと、そうでもない。
戸部はこの会話の無い空間を、特に不快に思ってるわけでもないようで、スマホを楽しそうに弄りながら、時折、……っしょ!とか、っべー……とか呻いている。
うん、ちょっと五月蝿いですね……やっぱり不快だわ……
週二回、活動を課せられた新設同好会『一色いろは・被害者の会』の一景である。
だが、ここにも一色の影が及んでいる辺り、俺の日常は確実に彼女に侵食されているのを認めないわけにはいかなかった。
「お前……練習行かなくていいのかよ、活動報告は俺が適当にでっちあげとくから、とっとと行っていいんだぞ……」
いっそのこと、俺はこの同好会を早く形骸化させたかったので、そんなことを宣ってみると……
「んーー?あー別にいいっていいって、ヒキタニくーん!あと三十分もしたらタルい基礎練終わっからさ?
……そのタイミングで顔出して、ミニゲームでぶっちぎるってパーフェクトプランなわけ!」
「そ、そうか」
「まあ、週二回なら大して遅れは出ないし……大丈夫っしょ!」
ニカッと笑いながら、ずびしとサムズアップで応える戸部に、俺は適当に返す。
……ようするにサッカー部サボってるわけですね……
最後の試合も近いと聞くのに、レギュラー争いとか大丈夫なの……?
俺は俺で今年は受験生だというのに、こんなにのんべんだらりとしてていいのかしら……と思わなくも無いが、大丈夫、まだ慌てるような時間じゃない……
読みかけた文庫の続きを追おうと、再び文字列に目を落とすと、やがて、もう一人のメンバーが入ってきた。
「やぁ、遅れたかな?」
「……うす」
「副会長~!おい~~~っす!」
同好会の三人目の男。ザ・サード副会長である。
その優しげな、そして頼りなげな雰囲気は、いかにも一色の毒牙にかかりやすそうに思える。
普段から生徒会で一色の近くに居るため、もっとも間近で被害を受けている人間の一人といえよう。その扱いの酷さたるや戸部と並んで総武校の竜虎と称されるほどである(俺に)。
彼は指定席である窓際の椅子の方に歩を進めるが、すぐには席にはつかず、脇に設置されてある冷蔵庫から取り出したる麦茶を、紙コップに注いで、皆に回してくる。
気が効いてますね……
回し終えると、生徒会の仕事を持ってきたのか、書類を机の上に広げて何やら書物を始めていく。
ここに相募った3人が『一色いろは・被害者の会』の全メンバーである。
リア充系の戸部。
真面目系の副会長
そして孤高のロンリーウルフ、俺
普通に生きていれば、まず交わることなど無いであろう俺達三人は、一色という触媒の元、よく分からないコミュニティを形成するに至ったのだ。
しかし先に行われた予算報告会以降、特に何が起きるわけでもなく、こうやって小一時間、戸部に限っては部活があるため、二~三十分ほどダラダラ時間を過ごす……
これが新たに生まれた俺の日常、その2である。
いや、本当になんなの……この同好会……
誰だよ認可したやつ……
※※※※※※※※
一色以外に共通の話題の無い俺達だ。三人揃えばなんとやらとも言うが、会話が弾むこともなく、誰かから依頼が来るわけでもなく、相変わらず何もすることがない……
だが今日に限っては話は別だ。
メンツが揃ったところで、俺は以前からの懸念事項だった「とある問題」を解決すべく、練っていたプランを実行に移すことにした。
戸部がスマホいじりを一段落させたタイミングを見計らい、俺は音楽でも聴こうかという体で、鞄からゴソゴソと見せびらかすようにイヤホンを取り出す。
「……あれ?ヒキタニくん?そのイヤホン、もしかしてRHAのいいヤツじゃね?」
……気付いてくれたか……!
副会長も持ってきていた書類仕事を中断し、こちらに顔を向ける。
「ああ、そう見えるか……でもな、これ実はパチもんなんだ……」
「えー!そうなん!?でもこれロゴとかデザインとか間違いないっしょ!?」
「見た目はほとんど同じなんだけどな……オークションで掴まされちまったんだよ……」
「マジかよー!?それマジ災難だべー!ないわー!」
「へぇ……俺もそういうのオクで欲しいなと思ったことあるけど……怖くて買ったことがなかったんだ……やっぱりあるんだなぁ、偽物って」
興味津々と、いい感じに食いついてくる二人。やはり失敗談は人を引きつける何かが有るのだ。ネットに書いてあった通りだな!
そこで俺は少し大袈裟にため息をつく。
「そんでさ……いざ聞いてみたら、音は割れるわ、シャシャリ音が出るわ、箱もペチもん臭いわで、偽物掴んだってすぐに気づいて……
んで、出品者に文句言ってやろうと思ったら、アカウントが消えてやがるんだよ……」
あっちゃー!と大袈裟に額を叩く戸部に、首を振りながら苦笑する副会長。すっかり同情してくれたようだ。
「メールしても、電話しても繋がらなくって『ぐわー本物がほしいー!』って騒いでたら、一色にそれを見られててな……
その時の様子がよっぽどおかしかったのか、以降そのネタでずっとからかわれてんだよ……」
「ははは、それは災難だったな。彼女そういうの、しつこくやりそうだもんなぁ……」
「も~~!しょうがねぇな~!いろはすってばよ~~!」
戸部も副会長も苦笑しつつも、その眼差しには俺への憐憫が含まれている。
俺は俺で、更なる同情を買うために「はあ~~」と重ねてため息などついてみたり。
……さて、この話。偽物掴んだのは本当だが、一色のくだりはもちろん嘘である。
はい、偽物を掴んだのは本当なんですね……くそ、本物が欲しい……
とまれ、こいつらの前で「本物がほしい」ネタで一色に脅迫されるのを防ぐための、いわば予防措置。
ま、まあ、大丈夫だとは思うんだけどね……一応ね……備えあれば嬉しいな、みたいな?
※※※※※※※※※※※
一色の「本物が欲しい」対策を済ませると、いよいよやることがない。
文庫に戻ろうかと本を開けると、はたと、副会長が何やら不穏なことを口にする。
「そうだ、一色会長と言えばあの話……もしかしたら、被害者の会に関係する……のかな……?」
「え?何、副会長……それヤバイ系の話?」
「いや、まだ実際に何が起こったって話じゃないんだけどね……再来週に、関東の進学校で生徒会の交流会が有るんだ。結構大きいやつ」
ほう……そんなものがあるのか。
またもや俺の知らない行事である。
「去年は東京の議員会館でやったそうなんだけど、今年は新宿だか、どこかの大学だかのホールを借りて行うそうなんだ」
俺と戸部は未知の行事にへーとか、ほーとしか言い様がない、
だが不穏な気配は既に漏れており、危機を感じてか、どことなく俺達の顔は引き攣っている。
「それで演目の中にスピーチがあるんだけど、総武高校からも生徒を一人出すことになったんだ」
「……ヒキタニくん、俺、ちょっと展開が読めてきちゃったんだけど」
さすが戸部。一色にこき使われてる年季が違うのか、俺より先に震えが始まっている。恐怖で歯をカチカチ鳴らす人、生まれて初めて見た……
「そのスピーチ、別に一般生徒でも良いんだけど、立候補者が出ない限りは、生徒会長の一色がやるのが妥当だろうな……まあ、そういう話をさっき顧問から聞いたんだ」
「はあ、スピーチねぇ……そんなもん立候補する奴の気がしれんわ……」
俺のぼやきに、あははと苦笑する副会長。
……だが危機感が足りないように俺には思える。
戸部も似たような感想を抱いたのだろう。
「いろはすだって、そんなん嫌がるに決まってるっしょ!?」
「……そ、そうかな?」
「ああ、まず100%嫌がるだろうな。そんで、あいつ、誰かに押し付けるために頼んで回ると思うぞ」
「それ絶対あるべ!」
戸部の悲痛の叫びが教室に響き渡った。
「ん?そうかな……言われてみれば、そうだよな……」
副会長も、今更ながら事態の深刻さに気付いたようだ。
被害者の会の主旨から言えば、真っ先に話題に出して欲しかったところだ。
ちょっと呑気なところもあるんですね……彼……
「……その話、一色の耳には?」
「さっき廊下で顧問から聞いた話だから、まだだと思うけど……」
「戸部、今日あいつはマネージャーか?」
「へっ!?俺知らねーんだよなぁ……いろはすってば、俺のスケジュールは管理してるっぽいとこあるけど、自分の予定は教えてくれねーべ……」
管理!なんて恐ろしい後輩なんだ……、そして、なんて悲しい先輩なんだろう……
世界はこんなに悲しみに満ちている……
俺と副会長は、戸部の不憫さに一瞬涙ぐんだが、まあそれはどうでもいいや。二秒で振り切った。
とにかく、間違いなくその交流会のスピーチの件、周りに被害が及ぶに違いない……
自然と、俺達は黒板に書かれた『一色いろは・被害者の会』の行動指針であるところの三箇条に視線を移す。
一、一色いろはの被害者を救済する。
一、一色いろはによる被害を今以上に拡大させない。
一、一色いろはには、魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教える方向で。
……いや、これ誰がわざわざ黒板に書いたの?便利ですけども……
「俺……スピーチとか絶対無理っしょ……歴史に残る失言する自信あるわー……」
「お、落ち着けよ、戸部、そのための被害者の会だろ?」
「……副会長!」
副会長にひっしと抱きつく戸部。新たな友情がここに……
誰かが鼻血を吹きそうな絵面である。とべふくキマシタワー!
っていうか、瞬時に自分にお鉢が回ってくると予想する辺り、普段どんだけ一色に酷使されてるんだろう……
だが早く手を打たないと、その累は周りに及ぶやもしれぬのだ……などと考えていると突如、ノックもなしに扉がガッシャーンと開かれた。
「せ~~んぱいっ!こんにちはー、遊びに来ちゃいましたー!」
噂の一色が突然現れて、恐怖に怯える俺達。
「ひっ!」
などという声を上げる奴までいる始末。どうも俺です。
部屋に入るなり、俺の反応が気に食わなかったのか、それとも、昼に損ねた機嫌を引きずっていたのか。
むう、と不満気な顔を俺に向けつつ、副会長に気付いてパタパタ駆け寄っていく。
「あ、副会長ー、聞きましたー?関東の生徒会交流会の件、ちょっとそのことで相談があるんですよねー」
「ん!?あ、ああ、会長も聞いたのか?」
そのやり取りを聞いて、げっ、げぇっ!?とビビる戸部。
既に一色の耳に入っていたのか……!?俺の顔も思わず強張ってしまう。
こちらが対策を打ち出す前に、一色の来襲があったものだから、途端にキョドりだす副会長。
「スピーチの件で、ちょっと私考えたんですけどー……」
俺達三人の動揺ぶりなど知ったことではない一色は、それはもうグイグイ話を進めてくる。
なんとか……なんとか時間を作らなければなるまい。
俺はさりげなく一色の背中に回りこんで死角にポジションを取る。そして意を込めて副会長に視線を送った。
――なんとか、相談時期を引き伸ばせ
被害者の会メンバーは以心伝心。心と心の奥深いところで繋がっている。
欲しいのは言葉じゃないのだ。
通じたのか、副会長はコクリと小さく頷いて言葉を繋げる。
「か、会長はスピーチとか……得意なのかい?」
うん、ひとっかけらも通じてませんねー……っていうか、今更そんな分かりきったこと聞いて何になるんでしょうか……
「苦手に決まってるじゃないですかー!絶対やるの嫌ですよー!
だからー、早速、誰か他にスピーチしてくれる人を探そうかなーって思ってるんですよねー」
うっわ、もう分かってたけど、本当いろはす最低だな。
自分がやるのは絶対嫌なことを、躊躇なく他人に押し付ける。
誰だよ、こいつ生徒会長に推した奴……
しかし、一色の疾きことといったら風のごとしである。事は一刻を争うようだ。
アイコンタクトは俺には難し過ぎたので、こうなったら直接伝えよう。
ノートにガシガシ書いて、ひとまずの対応を副会長に伝える。
『――なんとか、引き伸ばせ』
今度こそ通じたのか、副会長はコクリと頷いて一色に語りかける。
「えーーーと……その……かい~~~~ちょう……、おれーがーー、あーー
思うにーーこんかいのーーーせいとかいのーー」
「……ふ、副会長?」
突然間延びした声で話し始めた副会長に、一色がドン引きしている。
うん、会話を引き伸ばして、どうしようっていうんでしょうね……この人……
牛歩戦略のほうが、まだ理解できるわ……
俺はノートをペッと破って、次の頁にこう書いた。
『―― 一色が身代わり探すのを、なんとか遅らせろと言ってる』
「……こほん、会長。まだ俺もスピーチの傾向って掴んでなくって、どんな内容でやるべきなのかも、さっぱり分かってないんだよ。次の生徒会までに調べておくから、人に頼るにしても、それまでもう少し待ったほうが良いんじゃないかな?幸い、まだ日があることだし……」
急にすらすら喋り出す副会長に、依然ドン引きの一色だったが、もっともな提案に首肯する。
「それもそうですねー、じゃあ早速、明日にでも会議をしましょう。スピーチの方針を決めるってことで」
「う、うん、良いんじゃないかな?」
「私は今日、この後サッカー部のマネージャーなので、明日の件、みんなに連絡、よろしくです☆」
きゃぴるん☆と敬礼を決める一色。だがそこに尊崇の念など欠片もない。
先輩相手であろうとも、容赦なく指示を下す一色さん。マジぱねぇっすわー……
……それに、出来ればもう二、三日引き伸ばして欲しかったところだが、まあこれは仕方がない。
「あ、私サッカー部行きますけどー、戸部先輩も一緒に行きますー?」
いかん、ここで戸部に抜けられると困る。フォローしなくては……!
俺は再び一色の背後に回りこみ、対角線上の戸部に紙でメッセージを送る。
『――残れ』
「そんな事言わないでさ~、いろはすも残れよ~!オナシャス!」
「……は?何言ってんですか?」
可哀想なものを見る目で、戸部を伺う一色。
いや、本当に何言ってんだ……
アホかこいつ……一色を残してどうすんだよ……
俺はノートを破り、素早くゴミ箱に投じる。
そして一色の背後をキープしたまま、素早く次の頁に主語を付け足して再送する。獅子奮迅の働きである。
『――戸部は残るように』
「え!?あー、俺まだ用があっからさー?いろはす先に行っていいべ?」
……ふう、通じたか……
しかし、俺の書き方も悪いんだろうが、副会長にしろ、戸部にしろ、ちょっと咄嗟の判断悪いんじゃないですかね……
「ふーん?そうですか?……まあ、どうでもいいですけど」
というなり、一色がいきなり後ろをぐりん!と振り返った。
慌ててノートを後ろ手に隠す、は、はぁ、っぶねぇ……!
「先輩さっきから、やたら私の後ろに回りこんで、どうしたんです?」
「ふぁ?あ、あの、あれだよ、ほら、おお前の後ろ姿が、なんだか可愛くて、ついな」
それは無いわーと、一色の向こうで、ないないと手を振る戸部と副会長。
で、ですよねー、咄嗟に出ないですよねー!
「えっ?そ、そうですかね……」
しかし一色は、まんざらでも無いのか、えへーと照れながら自分の後ろを覗きこもうとしている。そんなんしても見えねぇよアホ。
ある伝説的なモテ男の助言によれば、とにかく馬鹿みたいでも何でもいいから、女を褒めて褒めて褒め倒せばハートをガッチリキャッチできるらしい。
でも、後ろ姿を褒められて喜ぶとか……この子アホなんじゃないかしら……?
とりあえずバレずに済んで、ホッと胸をなでおろしていると、
「それでは、先輩!」
まさに部屋を出ようとする一色が俺に声をかけてくる。
「また明日でーす!」
俺を一瞥もせず、背中で語って出て行った。
……あの子、アホなんじゃないかしら……
※※※※※※※※
……という訳で、我々に残された時間は少ない。
被害者の会は、本格的なプランを建てるにあたって、すぐ隣にある生徒会室に河岸を変えることにした。
まだ生徒会室には書記ちゃんも、会計くんも残っており、休憩中だったのか、それぞれの席でお茶菓子などをつついている。
「そういうわけで、今回の作戦会議を始めるぞ」
「ここでやるんですね……」
鬼のいぬ間になんとやら。敵の本拠地ともいえる場所で、突如、作戦会議をおっ始める俺達に、書記ちゃんの突っ込みが入った。
いや、ブレイク中、本当に申し訳ない。
だが生徒会室に場を移したのは意味があるのだ。
「副会長、今回のミッションだが、最終的にどうなれば良いと思う?」
「えーと、それはこうかな?会長にスピーチを押し付けられる人がいなくて、それで会長自らスピーチをしてくれればいい」
「その通り。もっと煎じ詰めれば、一色が誰の助けも得られないような状況を作り出す……それだけだ」
「そうだな……誰も立候補しなければ、会長がやるしかないからね……」
「したっけ、ヒキタニくんー?それって難しくね?いろはすの口塞いで回るわけにもいかねーべ……」
「まあ、そうだ。……かといって、全校生徒に当たっていくわけにもいかないわな、だからまず一色が頼みそうな奴を絞り込む、そこで生徒会室という訳だ」
去年の文化祭実行委員での社畜ライフで知ったことだが、生徒会には、各クラスの名簿と、所属クラブのデータを収めた端末がある。
「あ、それはこの端末のことですね……」
察しのいい書記ちゃんが自分の机にあるノートPCを指さす。早速の目当てのブツに、俺達はどやどやと書記ちゃんの後ろを囲んだ。
副会長はともかく、妙に馴れ馴れしい俺達にビビる書記ちゃん。(可愛い)
しかし、今まで無言を保っていた会計くんが、顔を上げて、端末に群がっている俺達に苦言を呈する。
「あのー、部外者の方が端末に触るのはちょっと……」
「すまん、俺達『一色いろは・被害者の会』なんだが、今回は訳あって……」
「ああ、そっか、会長の被害者の会ね……そういうことなら、どうぞ」
……え、いいんだ……ここの生徒会のプライバシーポリシーって、どうなってるのかしら……
っていうか、この人もまた一色の被害者の一人なんじゃ……
「それじゃ書記ちゃん、まずは全校生徒から一年生を全員、対象から外してくれ」
「私が操作するんですね……」
苦笑しつつも、言うとおりにカタカタとデータベースを操作してくれる。
さすがの一色も、年端のいかぬ一年生を誘うなどといった、鬼畜な真似はしないだろう。初っ端、対象から外してしまうことにする。
書記ちゃんにより、よくわからない構文が入力されると、画面に検索結果がずらりと表示された。
「まだ、何百件もあるべ?」
「絞り込めるものかなぁ……」
「……やりながら考えたらいいんじゃねぇの」
一色は顔が広い方だとは思うが、それでも知り合いが何百人もいるわけじゃないだろう。
「……次は同学年の女子を全て対象から外してみてくれ」
「あ、なるほど……」
「比企谷、どういうことだ?」
「スピーチの依頼なんて重たいもの、女子に頼んで回ってたら、あっという間に悪評が立っちゃうだろ」
「……そういうものか?」
怪訝な顔の副会長に、書記ちゃんが俺に代わって首肯する。
「はい……比企谷先輩の言う通りかもしれません……」
「生徒会長っていっても所詮は人気商売だ。評判が悪くなれば仕事はしにくくなるし、まして一色はその辺に敏感だ。まず同学年の女子に頼むことはないと見て良い」
色恋沙汰(主に葉山)で女子を敵を回すことには、割と躊躇のない一色だが、それは鈍感ということではない。
こんな事で進んで敵を増やすような愚は犯さないはずだ。
「……なるほど、いや、すまん、俺はこういうのに疎くて……今回もあまり役に立てそうにないな……こんなことじゃいかんとは思うんだが……」
「で、でも副会長さんは、そういう朴訥としたところが魅力っていうか……だからそんな気にしないでください……」
書記ちゃんが照れながらそんな事を言う。副会長も顔を赤くしながら、俺達に弁解じみたことを言う。
「は、はは……彼女、ちょっと俺への評価が甘いみたいで」
「爆裂四散しろ」
「え?」
「いや、まだ漠然としてんなーと思ってな……よし、三年も全部抜いてしまって構わんだろ」
「ちょ、ちょいちょい、ヒキタニくん、それってまずくね?いろはすなら隼人君にまず頼むでしょー!」
「いや、さっきも言ったがこのスピーチ、頼むには重すぎる。おそらく一色は葉山には頼まないだろう、ソースは俺達」
これは自信を持って言える。もっとも実際に頼まれたら葉山は引き受けちゃうんだろうけど……
「んー……まあ、いろはすって、そういうとこあっかもだけど……でも年上で他に当たることも……」
「それって、もしあるとしたら、俺達のことなんじゃ……」
「う……」
副会長の指摘に、ずーんと暗くなる俺達。
「あ、あはは……それじゃ三年生の先輩方は全部抜いちゃいますね。女子の先輩は二年と同じ理由で頼めないでしょうし」
なるほど……書記ちゃんは賢いなぁ……
これでざっくり、二年男子に絞り込まれたことになる。
「ここから、去年同じクラスだった男子と、今年同じクラスの男子に絞れるか?
あ、あとサッカー部はクラスで絞らずに対象に入れときたい」
トップカーストは、自分のクラスとクラブを確実に固める。これ常識。
「わ、わ、ちょっと待って下さいね」
複雑な操作が必要なのだろうか?言いながらも、パチパチと操作を進める書記ちゃん。
更に絞られて、もうこの時点で三十人ほどになっている。
サッカー部系の男子とクラス系の男子、被っている者も多く、それらを全部サッカー部として数えると、2:3ぐらいの比率だ。
「……これぐらいなら、全部回れるべ」
「そうですねー、それに私が知る限り……会長の交友関係と殆ど合致しています……」
はー……と、なんだか尊敬の眼差しっぽいものを俺に向けてくる書記ちゃん。ま、まあ、この程度はね……?お兄さんも分かっちゃうんだよね……
っていうか最初から、ずばっとクラスとクラブに絞れば、もっと格好良かったんですけどね……
「ん……でも待ってくれ、比企谷。対象者はこれでいいかもしれんが、肝心のスピーチを断ってもらうにはどうすればいいんだ?」
「それあるわ~、いろはすって結構お願いするの上手いからさ~、俺らがこいつらに『いろはすの誘いに乗るな』って頼んで回っても、直接いかれたら、コロッとやられちゃうこともあるんでね?」
ふむ、確かに一色は自他ともに認める、ゆるふわビッチだけあって、その内面を見抜けない愚鈍な一部男子には、魅力的に映ることもあるのかもしれない。
。
事前に一色に乗せられるなと釘を差しても、後で本人に交渉されればコロッとその色香に騙される恐れがある。俺にはその気が知れんが、戸部の言うことも、もっともだ。
つまり最初の発想が間違えているのだ。そもそも、一色の誘いに乗るな、などという提案が不自然過ぎる。
――だが方法はある。しかも簡単だ。
「そんな交渉はしなくていい。逆だよ、むしろ俺達の方からスピーチに出てくれないか?と誘うんだ」
「……へ?ヒキタニくん、それどういうこと?」
「縁もゆかりも無い、訳わからん奴に、スピーチに出てくれないか?とか頼まれたら普通は断るんじゃねぇの」
「なるほど、そこに会長が後から交渉しても、以前に一度断っているから、覆す可能性は低くなる」
察しの良い副会長の言葉にウンウンと頷く。
その通り。一度断ると、人間というのは突っ張り力(造語)が高くなる。
自分の中の辻褄を合わせるために、突っ張って突っ張って、突っ張りまくるのだ。
あとは、その突っ張る理由を、こちらが与えてやればいい。
「その際、スピーチのハードルも高くしてしまえばいい。『関東屈指の進学校の集まりで、めちゃくちゃレベルが高いから、良い内容のものを求めている』とかな」
ちょっと興味があるぐらいの奴でも、これで尻込みしてしまうだろう。
そして一旦理由が付けば、そこに芯が通る。断固たる突っ張り力が身につくのだ。
「要は断る理由を、こちらから与えてやればいいんだ。……そうだな、ついでに『スピーチ要員を探しているから友達にも声をかけて欲しい』……とでも頼めば、口コミで広がる。今しがた絞ったターゲットに漏れがあっても、そいつらの耳に入るかもしれん……」
さあ、いかがかしら、この作戦は……?と見渡すと、四人共ぽかーんと口を開けてこちらを見ている。
会計くんもいつの間にか参加してたのね……
「……よく咄嗟に思いつくな、そんなの」
「ヒキタニくん、マジ軍師だわ……クロカンだわ……」
被害者の会の二人にも好評だが、生徒会の二人も乗り気のようだ。
「でも、それなら簡単そうですね……私でも出来そう……」
「ふむ、ここの文系のクラブの生徒、僕が担当してもいいかな……知らない仲でもないが、仲が良いわけでもないから上手くやれそうだ……」
さっきから何故か妙に協力的な書記ちゃんと会計くん。
同志なんだね……やっぱり……っていうか、一色、人望無さ過ぎるんじゃ……
「じゃあ私は、この辺りの二年男子を受け持ちます。たしかこの人いろはちゃ……会長と仲良かったと思うし……」
「戸部、お前は野球部やラグビー部、体育会系を中心に回ってくれないか?」
「おっけーよっ!」
「じゃあ比企谷、どうする?残りはもう数えるほどしか居ないけど」
「俺はテニス部を受け持つ。邪魔はさせん」
「あ、ああ……それじゃ俺は、サッカー部のここら辺か……うん、顔も知らない子のほうが、ある意味やりやすいな……」
「サッカー部と交渉するときは、一色に気付かれないように気を付けろよ。戸部と協力したほうが良いだろうな」
頷く副会長。律儀なことに印刷したリストに、いちいち赤丸やら注釈を付けている。
「時間は今日と明日の昼までしか無い、急な用件で悪いが、各自早速動いてくれ」
「「「御意!」」」
戸部はうっほーと部活に走り、生徒会役員達はしぱぱーと散開した。
もう俺の目の前には誰も居ない。
そっかぁ、生徒会は先代の忍者スキル引き継いじゃったかー……
しかし、なんだろうか?この通りの良さ……
思いっきり指示を出して、人を動かしてしまっている。
何だかんだでブラック社畜生活を重ねている内に、いつの間にかブラック管理職にランクアップしたのだろうか。いつしかブラック店長になって、ブラックチェーンの経営者になった一色にこき使われ過労死するところまで見えた。
どこまでもブラックな未来しか見えなくて、一人愕然とする。
……ところで、これ、戸締まりとかどうしたらいいんでしょうね……?
※※※※※※※
さて、俺の担当は戸塚部、じゃなかったテニス部である。
ちょっとスキップっで走っているように見えるかもしれないが、決して浮ついているわけではない。
歩法は心の所作。
胸の内に溢れる戸塚への想いが、この情熱が、ただ前へ進めと足を突き動かしているのだ(錯乱)
「……フフ、無様だな、比企谷八幡」
だが、戸塚と話をするのも久しぶりだ。忙しい時期だろうし、二年部員にいきなりこんな事を頼んで嫌がられないかしら?
……というか、気心知れた戸塚なのだから、事情を詳細に話し、しかるのち部員たちに戸塚を通してお願いをするという手続きを踏んだ方がいいだろうか?
「あの……八幡?我だよ?……去年まで、修練場で血の契約を互いに交わした相棒を忘れたのか?」
あまり形に拘る必要もない気がする。姑息な手を使うより、開けっぴろげに事情を説明し、真っ当に一色の色香に惑わされないよう説得したほうがいいのかもしれない。
「……」
さっきから羽音が煩わしかったので、こちらも積極果敢に無視していたのだが、見れば材木座がどべっと地面に寝そべり、地面に『の』を書きながらいじけていた。
いじける場所が俺の進行方向であるところが、いちいち鬱陶しい。
……とは言えさすがに、知らない顔でもない奴が、地面に寝そべっているのを放置し続けるのも社会的にどうかと思うので、心底嫌だったが声をかけることにした。
「……どうした材木座?今帰りか?」
「フフン、見くびるなよ八幡。何を隠そう、我は受験勉強をすべく今までずっと図書館に篭っていたのだ……」
なん……だと……
また例のごとくラノベやら、その設定集の束を渡されると思っていた俺は、真っ当といえばあまりに真っ当な材木座の行動に言葉を失う。
「……それで、もう帰るのか?」
「ふむん、体育会系の脳筋共が、スポーツにうつつを抜かしている間に差をつけようと思ってな……この時期に圧倒的な学力を身につけ、最後は鼻の差で受験戦争を勝ち抜こうというのが我の建てたパーフェクトプランよ」
最後の方、追いつかれてんじゃねぇか。
しかし体育会系の連中って、なんか火事場の馬鹿力みたいなので、いざ受験勉強開始したら伸び率凄いと聞く。
意外とこいつなりに考えての発言なのかもしれない。
「まあ、とにかく、それじゃ気をつけて帰れよ」
「そんな思いで図書室に篭もり、書き上げたラノベの設定が、これだ」
「結局書いてんじゃねぇか」
根負けしました。
こいつは材木座義輝……、去年まで体育の時間でペアになっていた男である。
今年はクラスが離れたので……他人である。すっかり他人である。
他人であるのだが、ちょくちょくこうして自作のラノベの感想やら、校正を頼まれている。
「すまんが俺はこれから重大な要件がある。お前に関わってる場合じゃないんだ」
差し出されたラノベの紙束を手で払い、俺は約束の地へと足を早める(スキップで)
「……ほむん?貴様、なんだ、また何やら動いておるのか?我で良ければ相談に乗ってやるぞ」
くそ、こいつ付いてきやがる……(スキップで)
競うようにしたのがいけなかったのか、しばらくガシガシ争いながら進んでいると
考えもまとまらないまま、あっという間にテニスコート前に到着してしまう。
しかも誂えたようにテニス部は休憩中であった。なんて、優しい世界……
目の腐った男と、酒樽のような体躯の持ち主が、スキップで高速で近づいてくるのは、さぞ衝撃的だったのか、部員の何人かが怯えながら指差すのを受けて、戸塚もこちらに気づいたようだ。
見るなり、ぱっと花が咲くような笑顔で迎えてくれる。
「はちまーん、材木座く~ん!」
……守りたい、その笑顔。……だが出来れば俺だけに向けて欲しかった。
「二人共、久し振りだね~!今日は一体どうしたの?何か用なのかな?」
以前と変わらず、ニコニコウキウキと歓迎してくれる戸塚に、俺のハートもモニョモニョウニウニしてくる。
さあ、何からから話そうか……大事な戸塚との会話だ。言葉を慎重に選ぶ。
「うむ、戸塚氏、実はこの八幡がな、何やら重要な案件があるとのことで、ここに共に参った次第。風の噂で耳にしたが、この男、妙な同好会を作ったようでな『一色いろは・被害者の会』といったか……フハハハハハハハ!けぷこむ、ふざけた名称だが、察するにとどのつまりは、生徒会関連の仕事で奔走するような機関ではないかと我は予想した。おそらくテニス部に、それ関連でなにか伝えたいことが合ったのではないか?なあ、八幡よ?」
「……お、おう」
「へー、そうなんだぁー、わかった!ちょっと待っててね、みんなー!集合ー!」
……材木座、貴様……
「えーと、俺、お前にそこまで喋ったことあったっけ?人の考えを、よくそこまで勝手に自信満々に言えるもんだな……」
思わず皮肉が突いて出る。
「フム、八幡の考えていることなどお見通し……我と貴様は一心同体……ということかな……?」
都合のいい耳を持ってるようだった……
実に過不足無く説明してくれた材木座に、この先、死よりも辛い試練を神が与え給うことを祈りながら、俺は戸塚が集めてくれたテニス部員を前に説明を始めるのだった。
※※※※※※※
結局、当初の予定通り、スピーチへの参加を俺が勧誘するという体をとった。
反応は「うげ……」とか、「ぜってぇやるか……」といった期待通りのもので、俺は内心満足する。
「……ごめんね、八幡。みんな、あんまり乗り気じゃないみたい」
力になれなかったことに呵責があるのか、しゅんと項垂れる戸塚。
ああ、そんな顔をしないでおくれ!と男役のように慰めたいところだが、戸塚には言ってしまおう。
「気にすんな、これも計算通りというか、話通す事自体が目的だからな。テニス部の練習時間を奪わないための、なんつーか……」
目をぱちくりとして、俺の顔を覗き込む。
やだ……久しぶりだけど、この子本当に可愛い……これまで出てきた登場人物の中で一番かわいい、つまり、とつかわいい……
「あ、や、すまんかったな。せっかくの休憩に……お前からも謝っといてくれ」
「いいよ、八幡。それより……ちょっと嬉しいんだ。何をしているのかは、よく、わからないけど……、でもまたそうやって、いろいろ動いているみたいだし。……そういう八幡が僕は好きだし……」
俺のことが好き……無駄な言葉を省いて要約するに、俺を愛している?
……そうか、俺と戸塚は相思相愛だったようだ。すると、残る障害は社会環境だけか……
「うむ、そういう八幡が……我も好きだぞ」
残る障害は材木座と社会環境だけか……
「じゃあ、頑張ってね、八幡!いつでも相談してくれていいよ!」
休憩が終わったのか、手をちょこちょこ振ってたったかと練習に戻る。
「……ふむ、では拙者も帰るとするか。役に立ったようで何よりだった、ではな八幡」
もう、本当、お前なんのために現れたの……?
コートをはためかせながら、ふははと去っていく材木座を呆然と見送る。
……とはいえ、変わらず好意を示してくれる二人に、なんだか面映ゆくなる。
もう少し微妙な態度を取られると思ったんだがな……
変わる日常と、変わらない日常が有る。
荷が降りた気がして、帰宅に向かう、その足どりは少し軽かった。
※※※※※※※
数日が過ぎた。
結論から言うと、作戦は非常に順調なようだ。
一色が忙しそうに、ぱたぱたとスピーチの勧誘に奔走していたのを、頻繁に見かけるが、その顔は日に日に焦燥を帯びるようになった。
ベストプレイスにも足繁く通いつめる一色だが、思うようにいかないのか、訪れる度にその顔色は暗くなっていく。
実に、実にいい気味である。
そんなしょんぼりされると、俺……俺、もう……!
「はー……また今日もダメでした……」
肩を落としながら、とすんと何時もより若干重たげに腰を下ろすその姿に、さすがの俺も哀れみが湧いてこないでもないことはない。
「ん?どうした?またダメだったのか?あ、今日は紅茶を用意したぞ、小町が作ってくれたんで魔法瓶に入れてきたんだ、さあ、飲めよ、元気出せ、ん?どうした?」
「な、なんで先輩は日に日にテンション上がってるんですかね……」
せめて元気付けようとする俺に対して、一色が向ける視線は冷たい。
「はー……なんで誰も引き受けてくれないんでしょうねー……?」
目を瞑り考えこむ一色。その姿に些かの哀れみを感じなくもない。
「……っかしいなぁ……ちっ、あの子なんて、完全に私に落ちてたはずなのに……」
不穏な言葉を耳にした気がする。その姿に些かの戦慄を感じないでもない。
「ま、まあ、そりゃ気後れしちまうわな、なんたって関東の有名校が揃うんだからなぁ……」
「そーなんですけど……ん!?」
膝に沈めていた顔を、急にガバっと起こす。
「ど、どうした……?」
「あ、いや、なんでもないですけど……」
「ほら、食って元気出せよ。まだ時間は有るんだ、出来る限り頑張ってみろ」
まあ、頑張っても意味ないんですけどねっ!
「……なんか、先輩、私が元気なくすと嬉しそうなんですけど……」
「ば、ばっか、ちげぇよ、何いってんの、お前……おお前がブルーになるごとに、俺もなんとか元気になってもらおうとだな」
「何いってんですか、もう……」
言いつつも、少し微笑む。……そういう顔されると、本当に悪いことをしているようで罪悪感みたいなものが生まれてこないでもないこともない。
だが許せ、一色。これも一つの愛の形なのだ。
きっといつか俺の深謀遠慮に気付く時が来るはずだ。もっともその頃には接点ゼロになってんでしょうけど!フヒ!
あー、ダメだ、やっぱり面白いわ。
……ほら、一色さん……紅茶にしましょ?冷めてしまってよ……?
※※※※※※※※※※
とぼとぼ歩く一色を傍らに、いつもより少し早めに教室に戻る道すがら
偶然、戸部が向こうから歩いてくる。
戸部は俺達の姿を見て、にかっと微笑むと、意を込めて視線をこちらに向ける。
――どうよ?そっち
――まずまずだ、そっちは?
――こっちも上々っしょ!
などと視線で会話しながらすれ違う。
だいぶ心が通じてきたのだろうか、悪巧みはやはり互いの信頼感を生むのだ。
悪巧みで生まれる信頼感!
……って、一色さん?今同じ部活の先輩が通りがかったんだから、挨拶なさったら?
などという俺の心配など、埒外といわんばかりに、とぼとぼ歩き去っていく。
一色は意気消沈のまま、自分の教室に入っていってしまった……
俺のことも埒外らしい……まあ、戸部がそうなら、俺もそうなんだろうなー……
一色とめでたく自然消滅後、俺は俺で自クラスに向かう途上、またもや見知った顔が向かってくる。
顔は見知っているのだが、しかし咄嗟に名前が出てこない。
川……なんとかさんだ。
「あ……」
と向こうはこちらに気付いてしまったようだ。
まずい、邂逅まであとわずか……!
俺は脳をフル回転させて、失われたワードを探し求める。
こいつの弟は知ってるんだよなぁ……そう、たしか川崎大志。小町に近づく毒虫だ。そして俺の携帯の電話帳に名を連ねる数少ない人間の一人でもある……
そいつの姉ってことになるから、えーと、なんだ、八幡、しっかりして!えーと、えーと……ピコーン!
「……よう、川崎」
「お……あ、おはよ」
ビクッと肩をいからせる。まさか話しかけてくるとは思わなかったという顔だ。
そんならこっちも、無視したら良かったよ!
昼下がりに朝の挨拶をしてくる、この可哀想な子をどうしたものかと思案するも、はたと気づく。
……知らん仲ではないのだ、一応、今回の件、伝えておいた方がよろしかろう。
確かこいつ、一色と何度か顔を通してる。あいつが川崎に声をかけないとも限らない。
「川崎、ちょっといいか?」
「え?あ、いや、そのいいけど……なに?」
キョドりまくる川崎。んー……この子もあんま変わってませんねぇ……
出会い初めの頃は、雪ノ下とも小粋な舌戦トークしてたのに、どうしてこうなってしまったのか……
「いやな、来週早々、関東の高校同士で生徒会の交流会をやるんだが……お前に総武高校代表としてスピーチするよう、お声がかかるかもしれんのだ」
「え!?なんで!?あ、いや、それ困るんだけど……」
「生徒会長の一色……知ってるだろ?あいつがお前をスカウトするかもしれん」
「……そ、そうなの?」
「ああ、立候補者がいない状況でな。なんせ、関東屈指の進学校がひしめきあう猛烈スピーチ対決が予想されててな、一色のことだ、お前を頼りにするかもしれんのだ」
こいつは見た目とは裏腹に、国公立志望――予備校のスカラシップをあっさり獲得するほどの学力の持ち主だ。
トータルの成績に至っては、俺なぞ勝負にならない。実際そういうことになっても不思議はないのだ。
「迷惑かけるといかんからな……上手く断ってくれ」
「そんなことになってんだ……、でも、なんでそんなこと私に……?
「お前が(一色に拐かされないか)心配なんだ」
「……え、えっ!?」
何を驚いているのだろうか?こいつのことは相変わらずよく分からん……
「ま、そんだけだ。気をつけてくれよ」
「……あ、ありがと、そ、それじゃ……!」
顔を真っ赤に染め上げて、九〇度のお辞儀を見せたかと思えば、ぐるんと身を翻し豪快に走り去っていく川崎を呆然と見送る。
なんなの、あの人……
まあ、しかし、これで俺のノルマは果たしたといえよう。
テニス部の二年に、戸塚に……川崎……、ついでに材木座……
……
……これで盤石だ。
他の面子も、どうやら上手くやってくれているようだし……
いち早く動いたのが良かったのか、これにて一色は孤立無援。
自分がスピーチをするしか無い状況に追い込まれたはずだ。
勝利を確信し、思わず頬が緩む。
あぁ、今、俺、充実してるわー……
ここまで、ここまで、ずっと俺のターン!
※※※※※※※※※
放課後、図書館で目ぼしい本の物色を終えると、俺は帰宅を決意した。念願の帰宅……!
昇降口への道すがら、上機嫌で歩いていると、向こうに一色と川……川崎さんの邂逅の瞬間をたまたま目撃してしまう。
このまま進むと、俺まで二人とかち合ってしまう。さりとて露骨に引き返すと、かえって気付かれるかもしれない……
俺は冷静に状況を判断すると、掲示板のある壁に手をつき、内容に目を通す振りをする。
同時に、固有スキル『パーフェクト・モブ』を発動。
この状態にある俺は、数少ない知り合いでさえ認知せず通り過ぎてしまうほど、存在感を希薄にすることが出来る。
汎用性の高い万能スキルで、唯一欠点があるとしたら、それは自らの意志で解除できないことぐらいだろうか。
目が合ったから、こっちは会釈してるのに、無視してくる奴って本当になんなの……?
とまれ背景セットの一部と化し、俺は二人の話に耳を傾ける
「川……っきゃ、先輩、こんにちはー!」
「あんた……一色」
「急にすみません、実はお願いがありましてー……来週に関東の生徒会で交流会が有るんですよー」
一色の奴……わざと躓いて、名前覚えてないのを誤魔化しやがったな……今度俺も使わせてもらおう。
しかし、生徒会イベントによく顔を出しているので、何度と無く面識はあるのだろうが、決して仲良しという間柄ではないはずだ。
そんな川崎に頼む辺り、本当に追い詰められているようだ。
「うん、交流会だね、聞いてるよ」
「……え?」
「えっ?」
訝しげな一色の視線に、慌てる川崎。
何かまずいことを言ったのかとキョドっている。
「あ、いえ、ご存知でしたか…、それでー、実はその交流会でー」
「スピーチ有るんでしょ?ウチから一人出すって」
「……えっ?」
「えっ?」
またも先回りする川崎に、今度こそ疑わしげな一色。
……これはまずい……あと、川崎さん……コミュ力低い……
「ごめんね、あたしそういうの苦手だから……それに関東の有名な高校がたくさん参加するんでしょ?私がやるより……あんたの方が向いてると思う」
「そ、そうですかねー……ところで川…う、うん、コホン!先輩はその話……誰から聞きましたかねー?」
「えっ?あ…、いや、誰っていうか」
暫く思案する。
「……別に、噂で聞いたから」
何か思うところがあるのか、俺の名前を伏せる川崎。
クライアントの秘密は守るものだ……みたいな、何故か誇らしげな顔をなさっていますけど、これ、もうなんか手遅れっぽいんだよな……
お時間取ってすみませんーと、手を振って川崎と分かれた一色は、そのまま、まっすぐこちらに向かってきた。
「せーんぱいっ!」
「げっ、お前気付いていたのか!?」
「いや……先輩、こっち見過ぎですから……」
何言ってんのこいつ……みたいな蔑んだ目で見てくる。
かと思えば、今度は去っていく川崎と俺を交互に見比べている。
……明らかに一色は答えに近づいている……
……ボロが出ないうちに退散するのがよろしかろう。
「じゃあな、一色。生徒会頑張れよ」
「はいっ、さようならー!いやー明日が楽しみですねー!せんぱい!」
はて、明日何かあったかしら……
見やると、一色は嫌な顔で微笑んでいる。
普段よりやや挑発的な眼差しに、もう全てが手遅れになっていることを考えないでもなかったが……
……そうだ、もう帰ろう。帰れば何も無かったような気分になれる。(逃避)
しかしながら、明日は必ずやってくるし、
昼休みも必ずやってくる。
時はあらゆる人間に平等に流れている。
それがどんな残酷なことかも知らずに……
※※※※※※※※※※※※※※※
一色いろは・被害者の会2
野望編・前半【了】
→後半
このいろはと八幡の距離感好きです!面白いssありがとうございます。
面白いです。
後編楽しみにしてます。
いやーほんとに面白いです!
後編楽しみにしてますっ!!!
うーん、素晴らしい。
笑いまくりでした。
「とまれ」ってなに?
「ともあれ」のこと?
>>5
そうだよ!「ともあれ」と脳内で変換してね!
あとちょっと無駄に使いすぎてるきらいがあるね!
でも癖みたいなものだから直せないと思う。だから、その、あの……慣れてね!
前の章から一気に読んだ。
ほんとおもろい。次が楽しみなシリーズだわ
っべーわぁ、っべーって!ヒキタニ君もすっげー軍師だけど、この作者も相当頭いいっしょ!!マジリスペクト!
はよ続きが読みたいのぉ