2016-11-01 19:34:21 更新

概要

皐月の章の続編です しばらく再掲してます ※水無月ちゃん出ません!登場は葉月の章となってます!


前書き

覗いていただきありがとうございます


毎度恒例(にしてるつもり)人物紹介です


提督

上司に酒をぶっかけたことが原因で四月に不幸鎮守府にやってきた
情に篤いがなんか格好悪い


睦月型駆逐艦

秘書艦のような仕事を補佐という名目で交代交代行っている。卯月が筆頭らしい


古鷹と加古

仲は良いが、どうしてか加古は一緒に寝ることを嫌う。


初雪

加古とはサボり仲間
でもやる時はやる・・・多分


翔鶴

不幸鎮守府の主力であり唯一の空母
いつも明るく振る舞う彼女は実は…


天龍

提督に説教されて更生した
提督曰く、女子(食べ物の好みとか)

ポーラ

飲ますな危険
でも最近は加減を覚えたらしい

教官

提督のお目付役的な存在
でも肩書きだけ
口調はThe軍人
(素はお察し)

グロ描写はほんのちょこっとです




6月、それは春が終わり夏へ向けて空が準備を始める季節。水無月という名にも関わらず、梅雨に入ると毎日雨雲が空を覆い隠して幾千もの雫を落とし、大地の渇きを癒していく。



昔から恵みの季節と呼ばれ、美しい唄の題材にもされてきた日本ならではのありがた〜い時期なのだが、正直あまり歓迎されたものではない。



全国の奥様は洗濯物に苦労し、高い湿度のおかげでジメジメして気持ちが悪い。曇りであるというのに気温が高かったりすると、夏でもないのに気怠くなりヤル気が削がれてしまう。



体育会系の学生であれば、バスケット等の屋内競技はともかく、野球やサッカー等はグラウンドのコンディションが悪くなって思うような練習ができないだろうし、もちろん文化部だって悪影響を受けるところもある。吹奏楽部なんかはその最たるものだ、高い湿度下に置かれた楽器は、手入れを怠ればそれだけで壊れてしまうことだってあるのだ。




まあ、急に学校の部活動の話なんて持ち出して何を言いたいのかと言うと梅雨は本来あまり喜ばしい季節ではないということだ。毎年必ず訪れるこの嫌な季節に深い趣を感じとった昔の日本人は、きっとそうでもしないとやっていけなかったに違いない。



そして、いくら不幸鎮守府と呼ばれ、人の世からその姿をずっと長いこと隠されてきたこの鎮守府にも、そんな季節は分け隔てなくやってくる。




提督「はあ、毎日雨続きで嫌になるな〜。なんかすげー怠いし。」



初雪「こんな日はノンビリ寝てるに限ります・・・」



加古「スヤァ・・・」Zzz



提督「仕方ないこととは言え、腐ってもここは執務室だからな?お前らの寝床じゃないんだぞ。」



屋内なのに部屋の隅でテントを張って、更には応接セットのソファーを占領してゴロゴロしているのは初雪と加古だ。2人は、普段は鎮守府のすぐ側に生えている巨大な木の上にあるツリーハウスで寝泊まりしているのだが、食事、入浴などは態々こっちまで来てやっているので連日のように雨に降られては面倒極まりない。



だから豪雨の日や何日も続けて雨が降る時は特別に執務室に泊まることを許可していた。だが、この2人は基本寝るかPCをいじるか(加古は寝るだけ)しかしないので、風紀上の話で言えば問題しかない。



まあ、だからと言って提督もそこまで厳しくするつもりは毛頭ないし、そもそもこの鎮守府で風紀どうのこうのの話をする時点で無駄である。日本各地の鎮守府から送られてきた問題児が集う場所なのだ、提督は含めないとするとここにはマトモなものなどいやしない。睦月型駆逐艦の面々だって普通に見えて実はとんでもなかったりするのだ。

(酔って上司に酒をぶっかけた者をマトモと言うのかは微妙であるが、普段はいたってマトモである)




菊月「全く、司令官の言う通りだ…。双方とも少しは自重しろ…」



だらしない2人にの不満の声を上げたのは本日の補佐担当菊月だ。



提督がここに来ることになった「ワインぶっかけ事件」の原因は、無理やり飲めない提督に飲ませた上司にもあったということで、そのお詫び(?)の様な形で大本営から配属されることになった睦月型の駆逐艦達。彼女もそのうちの1人である。



あまり声を発することが多くないし、声も小さい彼女だが、実力派で事務能力に秀でている。完璧万能型の卯月と比べると少し見劣りするが、戦闘もそれなりによくこなしてくれるので姉妹の中ではかなり優秀だと言っても過言ではないだろう。



だが、彼女もまた不幸鎮守府にやってきてしまった者。当然の如く優秀なだけではなかった。




提督「ありがとうな菊月、そうやってお前からも言ってもらえると助かるよ。」




菊月「・・・」




提督「菊月?・・・おーい」




菊月「・・・」




提督「もしもーし・・・」




菊月「・・・」




提督 (やっぱりだめか)



いくらこちらから話しかけても、彼女は返事はおろかこちらを見ることすらしない。何故か一方的に無視されてしまうのだ。



卯月の話によると、このことは何も提督に限ったことではなく菊月が以前勤めていた鎮守府の提督に対しても同様の態度をとっていたらしい。



話の相手が艦娘であれば、型や艦種関係無しに誰とでも会話するのだそうだが、提督相手の場合だけ無視したり何も言わなかったりする。



そんなんでよく解体されずに済んだなとも思ったが、やはり着任して間もなく解体行きになったらしい。だが、色々な紆余曲折があって待機状態にされたまま長いこと存在を忘れられていたんだそうだ。



そして、出撃はおろか演習も遠征もないまま放置された彼女は、彼女の元司令官がセクハラ(艦娘に対してではない)で退職処分を受けたことでそこの鎮守府にいた他の艦娘共々大本営に転勤した。



そして、そこでも偶のレベリング目的の演習があるだけのあまり変わり映えしない日々を過ごし、今年の春にここへやってきたというわけだ。



提督 (悪いやつじゃないんだよな〜)



こちらの言うことを全て無視するとは言っても、本当のところ彼女はちゃんとこちらの話を聞いている。前にもダメ元で頼んだことをいつの間にかやってくれていたり、作戦内容を一度聞いただけで提督の期待以上の働きを見せてくれたこともあったのだ。



ただ、あまりにもリアクションが無さすぎるため本当に伝わったのかすごく不安になるし、声をかけようにもどのくらいの距離感を持ってすれば良いのか全然わからない。



卯月曰く、意外とスキンシップをとるくらい距離感が近くても平気なのではないかとのことだったが、いくら何でも流石に無理だろうし、そこまで女性と親しく接したことなんて5本の指で数えられる程しかないからそんな勇気はない。

(そのうち一回は先月でカウントされている)



せめて今年中には普通に会話をすることができるところまで持って行きたいと思って、補佐担当の日に限らずほぼ毎日話しかけているのだが、どうも手応えが全くないので軽く絶望的である。




だけど、1つだけ菊月が提督を無視しない時があった。




提督「なあ菊月、昼は何か食べたいものとかあるか?」



菊月「・・・」ピク



提督「好きなもの言ってくれよ、菊月の食べたいもの何でも作ってやるからさ。」



菊月「・・・」



菊月「・・・カレー」ボソ




提督「お、菊月もカレー好きだな〜。よし、じゃあ待ってろよ。初雪、加古、お前らも一緒に食べるか?」



初雪「・・・食べます、司令官のカレー美味しいから好き。」



加古「ムニャ・・・え、何?カレー?・・・うん、食べる〜」



提督「なら決まりだな。それじゃあ

菊月、ちょっと手伝ってくれるか?」



菊月 ニコ




普段は何を話しかけても応じようとしない菊月は、提督が手料理を振舞うとする時、このように食べたいもののリクエストに答えてくれたり、こちらを見て笑顔を見せてくれるのだ。



コミュニケーションなどとは程遠いわずかなやりとりだが、提督はこのわずかな時間を大切にしていた。彼女が補佐を担当する日は、どんなリクエストにも答えられるように冷蔵庫の中を需実させるように心がけている。





初雪 (・・・実は偶々担当の日の前日が、スーパーの安売りの日ってだけだったり・・・)



提督 (ちょ、流石にそんなことは・・・)



提督 (・・・)



提督 (そう言えば毎回セールやってたな。)



初雪 (うわー、唯の格好付けですね・・・)



提督 (いやいや偶々だからな!?)




菊月「〜♪」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ある雨の日




提督「はあ、今日は本当によく降るな・・・」



他人の足音さえ聞こえなくなるほどの豪雨の中、提督は1人鎮守府の外に出ていた。



提督「さて、あのバカはどこにいるのか・・・」



提督が向かっているのは、周りに巨大な足場が組まれている現在再建中の工廠だ。



外壁はそこそこ形になってきているものの、4月の下旬に作業を始めたのにも関わらず屋根すらまだまだ出来上がりそうにない。



と言うのも、工事の轟音が外部に漏れて、鎮守府の存在がバレてしまうのを防ぐために、出来る限り作業を小規模に行う必要があるからだ。



提督 (おかげでうるさくなくていいんだけど…ロクに設備も無いし、建造は・・・まあ別としてある程度開発もしたいよな〜)



戦艦レシピを回そうが何をしようが駆逐艦(しかも睦月型)が出てきてしまう建造は、早霜曰くこの鎮守府の1つの名物なのだそうだ。(全然嬉しくない)



開発ならばまあまあ悪くない結果を得られるのだが、こちらは何故か旗艦の艦種によって出やすい装備が普通と大きく異なるのだ。



どういうことかというと、普通であれば駆逐艦なら爆雷投射機や機銃が、空母であれば艦載機などが開発しやすいのだが、不幸鎮守府だと逆に駆逐艦が艦爆をバンバン引き当てたり、空母が魚雷を腐るほど出したりするのだ。



しかも艦娘一人一人で出やすい装備品が違うので、ある特定の装備を出したいならその装備を当てられる可能性のある艦娘を探すところから始めなければならない。



一応先代の残してくれたメモと数回の試行によりだいたい誰が何を作れるのかを把握することはできたが、それでも稀に確率の壁を越えてくる、またはゲリラ的にドラム缶大量発生イベントが起こるので提督は偶にしか開発をしないようにしていた。




提督 (まあ、色々考えるのはココが新しくできた時に考えるか)



提督「えーと、確かこの辺だったような・・・あ、いたいた。」



提督の視線の先には、ピンクの長髪を揺らしながら何やらゴソゴソやっている人影がいる。



もちろん怪しい者ではなく、工廠の主であり、工廠を崩壊させた張本人の明石だ。屋根しかないカーポートのようなものの下で、艤装と思われる鋼鉄の塊をいじっていた。



提督「よお明石、どうだ調子は。」



明石「ん・・・あれ?提督じゃないですか、こんな雨の日にお散歩ですか?」



提督「こんな日にのんびり散歩とかどこの風の子だよ。」



明石「それじゃあどうしたんですか?」



提督「お前の様子を見に来たんだよ。どうだ、進み具合は。」



明石「頑張って進めてはいるんですけど・・・最近雨が多いし湿度が高くて艤装が錆びないようにするのが大変で…」



4月の工廠崩落事件で工廠丸々1つを潰した彼女は、そのとき偶々鎮守府の全員からメンテナンスのために艤装を預かっていたのだが、その半数が瓦礫の下敷きになって唯のガラクタに、もう半数は無駄に耐久力が高い倉庫にしまわれていて安全だったものの倒壊したときの振動で精密な部分(よくわからない)がイカれたらしい。



本来小破程度しか修復できない明石が艤装の修理又は建造をするのは根本的に間違いではある。だけど・・・



提督「明石って、一から艤装作れるのか?」



明石「昔何度も壊したことがありまして自然とノウハウが・・・」



提督「・・・なるほど、それでここに来たのか」



どうも以前勤めていた鎮守府で、修理するどころか逆に壊すことを繰り返していたらしい、大方その度に修理させられていたのだろう。



提督「・・・大丈夫か?」



明石「大丈夫です、ここが壊れてしまったのは私の責任ですから。それにこの艤装も・・・今まで皆さんを支え続けてきた大切なものなのに…私が元どおりにしたくらいで全てが元に戻るわけではないですけど…」



艤装は艦娘が生まれた時からずっと使用者に付き従うものだ。



他と比べて劣る性能に物足りなさを感じたこともあれば、自分が危ない時に底意地を見せて助けてくれたこともあるだろう。

たとえ夜遅くても毎日欠かさず手入れをして明日の作戦に備え、敵の凶弾に傷つけられたときは我が身のように労わる。



そうやって何気ない様々な思い出を作ってきた皆の艤装を壊してしまったのだと彼女は言った。




明石「私がもっとしっかりしていれば良かったのに…そうすれば誰にも迷惑かけなくても良かったのに・・・」



提督「・・・」



そうして今まで自分を責めてきたのだろう。彼女の心には鋭く長い棘が刺さっている。



提督「そう自分を責めるなよ、過ぎたことをいつまでもくよくよ考えてても仕方ないぞ。」




明石「でも、私は『明石』なんです!なのに、なのに!こんな誰の役にも立てない私なんて、存在している意味なんかっ・・・」



なら普段からおかしな事をせずに普通にしていれば良いだろうというツッコミが頭に浮かんでくるが、それはそれ、これはこれなのだろう。あるいは、それを自覚した上で『明石』として生まれた彼女が守りたい信念というものがあるのかもしれない。



提督「こういう事言うのもなんだけどな・・・最初から存在に意味のある奴なんてこの世にはいやしないさ、極論すればこの世に人間や艦娘、深海棲艦だって・・・いや、生命そのものが現れた理由だってないんだ。」



明石「何でそんなこと言うんですか!命が無意味だって言うんですか!?」



提督「もしお前が命に意味があるっていうなら、明石にだって命があるんだから生まれた意味があるんじゃないのか?」



明石「それは・・・」




明石「・・・」




提督「・・・悪い、嫌な聞き方をした。お前が反論できないことを知ってて酷いことを言っちまったな。別に明石の存在を否定する気はないからそこは誤解しないでくれ。」



提督「でも、誰も自分の命の意味を知ってる奴なんてこの世にいないんだよ。俺もそうだ、もし俺が提督じゃなかったとしても俺の代わりなんてこの世にいくらでもいる。」




提督「だからさ、自分が存在する意味なんてそんなに重要じゃないんだよ、そんなの考えるだけ時間の無駄だ。どうせ後で自分で気づけるし、どうしても必要なら誰かに仮で決めて貰えばいい。」



明石「・・・提督は、自分の生きる意味って何だと思ってますか?」



提督「さあな、さっきのは俺の祖父の言葉だから俺もまだわからないことばっかりだよ。」



提督「一応、軍人視点だったら人々の笑顔を守るためって決めてるけどな。」



明石「じゃあそうでない視点は?」



提督「何だよ、俺にこっぱずかしいこと言えと。」



明石「先程のセリフは別に平気ということですか?十分こっぱずかしいこと言ってましたけど。」



提督「そりゃ、そうだけど・・・恥ずかしさのベクトルが違うと言うか、面と向かって言うのに抵抗があるというか。」



明石「そう言われるとますます・・・」

ジー



提督「頼むからそんな目で見ないでくれ、というかもう元気出たんじゃねえか。ならこの話は終わりでいいな。」



明石「ええ、自分から思わせぶりにいっておいたくせに伏線を回収しないんですか?」




提督「・・・わかったから、ちゃんと聞かせてやるから。」



提督「でもまた今度な、今はそんなことを話す気にならねえ。」



明石「お預けなんてズルいですね、そうやって適当にお茶を濁してうやむやにする気じゃないんですか?」



提督「大丈夫、流石に約束は守るから。」



明石「・・・もし破ったら?」



提督「そんなことはしないって、もししたら桜の木の下に埋めてくれたって構わねえよ。」



明石「それはフラグでいいんですよね?」



提督「おいおい、フラグはへし折るために存在するって言葉を知らないのか?」



明石「桜の木の下に埋めるネタでフラグを建てた人物がそのフラグをへし折ったところを見たことがないので。」



提督「じゃあ俺が見せてやるよ。男に二言は無いからな、絶対聞かせてやる。」



明石「埋めるのに丁度いい所を探しておきますね。」



提督「殺す気満々かよ!?」



明石「頭だけは出しておいてあげます。」



提督「それだと完全に植物扱いされそうなんだが。」



明石「なら水やりしやすいジョウロが必要ですね。」



提督「どんなジョウロだよ!?対人間用ってジョウロには絶対に必要ないタグだよな!?というか、絶対そんなことはさせないからな。」



明石「ふふ、冗談ですよ。期待して待ってますね。」




提督「え…お、おう」



何だか遊ばれた気分になったが、明石が笑ってくれたのならまあいいだろう。お返しは、こんど明石にツッコミ役をさせる状況を作ってやればいいのだ。




提督「さて、そろそろ行くか。明石、今から執務室に来い。」



明石「え、今からですか?でも艤装の修理・・・」



提督「それ持ってだ。手伝ってやるよ、こんな所で作業してたら錆びるしな。」



明石「いいんですか?」



提督「幸い居候みたいな奴が2人いるからな、俺も手伝うけどそいつらを好きに使ってくれていい。」



明石「・・・あ、ありがとうございます!」



提督「別に礼なんてしなくても、お前の仕事が終わらないと艦隊運用が捗らないから言ってるだけだよ。」



そのとき、雨の音に混じってだれかの足音が聞こえてきた。



三日月「司令官ー!!」



提督「お、三日月来てくれたか。」



後ろに大きな四角い箱のような影を連れてやってきたのは本日の補佐担当の三日月だ。



三日月「言われた通り二輪車持ってきました!」



三日月が引っ張ってきたのは古式ゆかしい二輪車を近代化改修して屋根を取り付けたものだ。



だが、実はこれ夕張製の超高性能二輪車で、冷暖房完備、耐震耐衝耐爆性はもはや戦艦並み、耐冷耐暑は勿論のこと炎雷水にも完璧に耐えることができ、進行補助機構も搭載している頭のオカシイ仕様となっている。

元はメロンを輸送するのに使うつもりだったらしいが、そもそも二輪車が必要なほどの機会がほとんど無かったためお蔵入りにしていたのだそうだ。



提督「ありがとうな。それより傘だけで大丈夫だっか?濡れてズブズブになってないか?」



三日月「はい!大丈夫です!・・・司令官こそ、ズボンがすごいことになってますけど…」



提督「戻ったらちゃんと乾かすから平気だ。それより早く積むもの積んじまうか。明石、どれを持っていけばいい?」



明石「えっと、じゃあこれと、それと、あそこのやつをお願いします。」



提督「字面じゃ何言ってるかゲフンゲフン・・・何でもない、了解した。」




早速お化け二輪車に艤装を積み込むと、鎮守府の本館へと歩いていく。



二輪車の性能がこれまた素晴らしいもので、数百キロもの艤装を積んでいるというのにたった1人で軽々と運べてしまうのだ。

流石の明石もこれには驚いたようで先ほどから二輪車を色んな角度から眺めている。




それから、早速執務室に戻って艤装を運び込むと提督達は作業を開始した。



初雪と加古は最初結構ブーブー言ってたが、結局なんだかんだとちゃんと手伝ってくれたので目論見通りである。



この日1日ではまだまだ全ての艤装を修復することは叶わなかったが、大分多くの者に艤装を返却することができた。






提督 (軍人ではなく個人としての俺の生きる意味・・・こうして、こいつらと過ごす何気ない時間を守ること・・・ってのはなかなかこの年になると言い出しづらいな。)




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



眠れぬ夜の恐怖




時計の針が0時をとっくの昔に過ぎ、何者も音を立てることがない無音の時間。



今宵は曇り空の上に新月なのであたりには一欠片の光も確認できない完全な闇が鎮守府を支配していた。



いつもなら誰彼構わず全てのメンバーが眠りに就いているはずだが、今夜はちょっと違った。



睦月 (もう如月ちゃんったらひどいよ〜、睦月を1人だけで行かせるなんて。)



暗い廊下をただ1人で歩いているのは睦月だ。どうやら寝る前に柑橘系の清涼飲料水を飲みすぎてしまったせいで尿意が我慢できなくなってしまったらしい。無理に寝ようとしたが、とてもじゃないが眠りに就けず仕方なくお手洗いへ行く羽目になったのだ。

※ちゃんと部屋にユニットバスが備わっていたりするのだが、基本的に大浴場を利用するのであまり浴槽は必要ない。ということで現在浴槽を取っ払ってシャワーとトイレを別々にするための工事を行っている。



いつもならそう何分もかからずに行って帰ってこれる距離のはずだが、暗すぎるため視界が極端に悪く、そのせいで何かいるのではないかという恐怖心が歩調を遅くする。



睦月 (うう、この年にもなってオバケが怖いなんて如月ちゃんに知れたら笑われちゃうよ〜。)



割と怖がりな所がある睦月は、ちょっとしたことでびっくりしてしまいがちなのでよく如月に笑われていた。



睦月 (この前だって提督と3人でいるときにカエルさんにびっくりしちゃっただけで2人に笑われちゃったし、そんなに私変なのかな〜)



笑うと言っても、この場合はただ可愛らしくて仕方ないからつい笑ってしまったというだけなのだが、睦月的にはあまり面白くはなかった。



睦月 (如月ちゃんはあまり弱みを見せるタイプじゃないし、提督は大人だから怖いものなんてないんだろうけど・・・だからって私ばっかり笑われちゃうなんて不公平だよ。)



そう考えていると、だんだん恐怖心は薄れていった。逆にほんのちょっとイライラしてきたと言うのが妥当だろう。



少しおこっている時の歩調は意外と速いもので、いつの間にかお手洗いのドアの前まで来ていた。



無事に何事もなく用を済ませると、早く戻って寝ようとドアを開ける。



すると、向かって右側から通じる廊下から足音が聞こえてきた。



睦月 (え、誰?みんな寝てるはずなのに・・・)



絨毯の床なのでそこまで大きな音は聞こえてこないが、こちらに近づいて来ることはわかった。



睦月「だ、誰ですか・・・」



姿の見えない者に向かって声をあげるが、声が震えてしまった上に全然音量が出てない。足音の主が気付いた様子もないのがそれを裏付けていた。



ただ近づいて来る足音を聞いていると、廊下の床に懐中電灯のものと思われる丸い光が見えた。



睦月「ひっ・・・!」




もうすぐそこまで来ていたということだろう、咄嗟に逃げたくなったが足が動かない。突然足の動かし方を忘れてしまったかのような感覚に陥る。



睦月「い、いや…こっちこないで・・・」



だがそんな睦月の願いは届くはずもなく、確実にこちらに近づいてくる。



一歩一歩の間隔はほんの短い時間のはずなのに再び襲ってきた恐怖心のせいで嫌にゆっくりに思えてしまう。



睦月 (怖い、怖いよぉ・・・嫌だよぉ・・・)




そして、ついに足が見えてしまった。



睦月「・・・!!」




睦月 (だ、大丈夫まだ気づかれてない・・・)



息を潜めてできるだけ影になる所に移動しょうとする。今ならまだバレずにいられる可能性かあったのだ。




睦月 (そーと、そーと・・・)




確実に音を殺して移動していた睦月だったが、運命というのは時に非情だ。




カシャ



睦月 (しまった・・・!)



足が菓子かなんかの包み紙のような物を踏んでしまったのだ。無駄に大きな音が廊下中に響いてしまう。



睦月 (なんでこんな所に・・・)



一瞬落とし主を恨んだが、そんなことをしても何も意味がない。音があちら側にも聞こえたようで、コッチに明かりを向けてきたのだ。



睦月「ひっ・・・!!」




睦月「い、いや、やめて、コッチにこないで、いやだ・・・」




睦月の声が聞こえたのか、それとも聞こえていないのかわからないが、相手がこちらに向かって歩いてくる。



??「おい」



睦月「いや!やめてよ、怖いよ!助けて!助けて如月ちゃん!」



??「おい大丈b・・・」



睦月「いやぁぁぁ!あっち行ってこっちこないでぇぇ!!」



??「その声は睦月か?大丈夫だって俺だy・・・」



睦月「いやぁぁぁ!やめてぇぇぇぇぇぇ!!」



??「・・・ったくよ〜」



睦月「いやぁぁぁムグ!?」



??「そんなに騒ぐなよ、みんなが起きちまうだろ。」



睦月「ム?ムググムグ?」



天龍「何言ってるかわからねえけど言いたいことはわかった。その通り、俺は天龍だよ。」




どうやら、足音の正体は天龍だったらしい。いきなり口を塞がれたときはどうなることかと思ったが、彼女だとわかると安心できた。




天龍「で、こんな夜中に何をしてたんだよ。あんなに叫ぶくらい見られたらマズいことでもしてたのか?」



聞かれた以上答えないわけにはいかないので一応ほとんどの事を話す。そして案の定笑われた。そんなにおかしいのだろうか。



一方の天龍はただ単に偶然目が覚めてしまったから眠くなるまでブラブラと散歩していただけらしい。余計に眠れなくなるのではないかとも思ったが、本人はそうは思っていないようだ。



天龍「まあ俺が凶悪な侵入者じゃなくてよかったな。」



睦月「もう、あまりからかわないで下さい〜。」



天龍「睦月は臆病なんだよ、幽霊に遭遇したら本物かどうか見極めようとするらくらいの気概がないとな。」



睦月「なら天龍さんはできるんですか?」



天龍「そんなの簡単だろ、ただ殴りかかってやればいいだけだからな。」



天龍「殴りかかって当たれば人間、当たらなければ幽霊ってだけだからな、ものすごく簡単だぜ?」



睦月「ええぇ、もし当たらなかったらどうする気ですか!?」



天龍「そんなもん、念仏唱えとけば勝手に成仏するだろ。人間よりずっと手間がかからないから楽だぜ。」



まあそんなこんなでもう遅いから寝ようということになり、睦月は天龍についてきてもらって部屋に戻ることにした。



だが、歩いている途中天龍が突然歩みを止めた。



睦月「どうしたんですか?」



天龍「静かに、誰かいるぞ・・・俺の電探に何者かの反応があった。それに声も聞こえたしな。」



睦月「ええ!?」



天龍「しっ、声が大きい。」



睦月 (ご、ごめんなさい)



睦月 (でも、別にそこまで警戒しなくてもいいんじゃ・・・)



天龍 (確かにそうだけどな・・・もしそいつがここの人間なら。)



睦月 (ええ!?どういうことですか!?)



天龍 (俺の電探はこの鎮守府の全域ぐらいならそいつが誰なのかも正確に探知できる。だけど今捉えた奴は、誰かもわからないし、部屋でも何でもない、ただの廊下から急に出てきやがった。)



睦月 (そ、それってもしかして・・・)



天龍 (バカ、そんなわけあるはずねえだろ。もし本物だとしても電探に引っかかるはずがねえ。)



睦月 (で、でも目に見えなくてもカメラとかに写るって・・・)



天龍 (あんなのコラに決まってるだろ。今の時代パソコンでいくらでもいじれるだから。)



そうは言っても、天龍自身手が震えている。どうやら彼女もビビりらしい。



睦月 (およ?天龍さん震えてる )



天龍 (ばっ、そんなわけねえだろ。それに、別に怖くなんかねえし。)



睦月 (え?別に怖いかなんて聞いてないですけど。)



天龍 (るっせ、あと俺のセリフ取るな・・・とりあえず早く戻るぞ、大して害はなさそうだしな。)



誤魔化された気がするが、その意見には睦月も同感だった。誰も好き好んで得体の知れない相手と遭遇したいはずないだろう。



睦月 (天龍さん、ちょっとくっ付き過ぎじゃ・・・)



天龍 (いいだろちょっとくらい、あと別に怖くなんかないからな。)



睦月 (別に聞いてませんよ〜、歩きにくいからもう少し離れてください〜。)



天龍 (そんなこと言われても・・・ひっ!!)



突然、天龍が引きつった悲鳴をあげる。



睦月 「何!?どうしたんですか!?」



天龍「い、今そこで何か動いた・・・」



睦月「ええ!?」



だが、睦月が視線を送った先には何もない。



睦月「な、何もいませんけど・・・」



天龍「今はいないかもしれねえけど、本当にさっき銀色の髪が見えた・・・」



天龍が自分の探照灯であたり一面を照らすが、やはり何も見つけられなかった。



睦月「大丈夫大丈夫、何もいませんよ・・・さ、早くお部屋に・・・」



天龍「あ、ああそうだな・・・っ!!」



天龍「おいおい、冗談だろ?」



睦月「どうかしたんですか?」



天龍「・・・さっきの反応が一瞬で消えた。どこにもいねえ。」



睦月「ええ!?まさか、本物の・・・」



天龍「そ、そんなわけねえだろ、第一そんなもん人の思い込みが勝手に作り出すただの幻で・・・」



割と必死になって誤魔化そうとする天龍だが、既にそんなことを言っていられる場合では無くなってきていた。



??「・・・ね・・・・・・」



睦月「天龍さん、今何か言いましたか?」



天龍「いや、俺は何にも・・・」



??「フフ・・・・・・たの?」



どこからともなく誰かの声が聞こえる、後ろから聞こえたような気もすれば前方のずっと先、かと思えばすぐ隣から聞こえたかのような距離感が曖昧な声。



天龍「今の、睦月じゃねえよな・・・?」



睦月「こ、こんな時に悪ふざけなんてしませんよぉ〜」



コツ・・・コツ・・・



天龍「・・・ど、どこだ 」



コツ・・・コツ・・・



睦月 ガクガク



コツ・・・コツ・・・コ・・・



足音が止む。廊下に静寂が戻ってきた。



天龍「・・・だ、大丈夫か・・・?」



睦月「もう、行ったみたい・・・」



探照灯 バイバイ



天龍「うわ、なんだ!?」



突然天龍の持っていた探照灯が何もしていないのに消える。そのせいで、途端に辺りが真っ暗になってしまった。



睦月「ま、真っ暗で何も見えない・・・」



天龍「くそ、こんな時にどうなってるんだよ!」



??「フフフ、やっと見つけたわ・・・」



天龍 ゾク



睦月「あ、あわわ・・・」



探照灯 復活



??「こんなところにいたの?・・・✖️✖️✖️・・・・」



天龍、睦月

「ピャーーーーーーーーーッ!!!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




翌日




提督「それで、天龍が睦月から離れないと・・・」



如月「そうなんです、今朝起きた時からずっとカタツムリみたいに・・・」



天龍 ガタガタ



皆が朝食を終えて本日の業務を始めようとしている頃、睦月と天龍が2人して部屋に閉じこもってしまったのだ。

何か恐ろしいものでも見たらしく、一言も話さず部屋の隅で震えている。



提督「はあ、こりゃどうしたものか。確か今日の補佐担当は睦月だったよな?」



睦月 ブルブル



提督「・・・まあ、睦月も似たような状態だし今日は仕方ないな。如月、代わりに引き受けてくれるか?」



如月「睦月ちゃんには悪いけど・・・でも1日増えてなんか得した気分ね、よろこんで交代するわ♪」



提督「ああ、ありがとう。・・・それでお二人さん、何があったんだ?その分だと、夜中になんかあったんだろ。」



睦月「・・・ぎ、銀の…」



提督「銀?」



睦月「銀の髪の女の人が・・・」

ガタガタ



提督「銀の髪の女だ?」



天龍「あ、あれはこの世のものじゃねえ・・・モノホンの幽霊だ…」

ビクビク



提督「はあ・・・何を見たか知らねえけど、そんなもん存在するわけねえだろ。いい歳して幽霊なんていると思ってるのか?」



天龍「う、嘘じゃねえ・・・睦月とこの目でしっかりと見たんだ。」



睦月「天龍さんの電探だっておかしなことになってたし・・・」



天龍「何もしてねえのに探照灯が急に消えたんだよ。」



提督「うーん」



正直言って、どちらも故障なんじゃないかと思うし、いくら不幸鎮守府の通り名を持つここでも今まで幽霊の目撃例など聞いたことがない。どうせ誰かが間違ってそう見えてしまった程度だろう。



だが、2人の様子からして嘘をついているようには到底思えないし、あまり頭ごなしに否定し続けるのもなんだがかわいそうだった。



エイプリルフールではないからと言って信じてあげたい気もするが、やっぱりそういうのは聞いて「はいそうですか」と信じられるものでもない。



?? コンコン



如月「あら、誰かしら。」



提督「俺が見てくる。」



おそらく卯月か今日の出撃メンバーの誰かだろう。というのも、卯月は補佐担の日だろうがなかろうが割とその辺りに関係無く提督の所にやってくるし、それに丁度今は出撃メンバーの集合時間だ、出航前に声をかけに来てくれたのかもしれない。



ガチャ



提督「はい・・・お、翔鶴だったか。おはよう。どうかしたのか?」



翔鶴「おはようございます、執務室にいらっしゃらなかったものですから、卯月ちゃんが多分ここだろうと教えてくれまして。」



提督「そりゃ悪かった、もうすぐ出撃の時間だもんな。少ししたら向かうから待ってて貰えるか?」



翔鶴「はい、了解しました。」



提督を迎えにきたのはここの鎮守府唯一の空母である翔鶴だ。こんな言い方をするのは翔鶴の手前気が引けるが、どうも空母にはあまり欠陥や不良艦娘が現れることがないらしく(赤城のアレは欠陥でもなんでもない、仕様だ)、ここに送られてきた者は記録上数人しかいない。



実は翔鶴自身も、特別何かあるわけでもなく、ただ単にダブって放置(改二甲育成完了待ち)されていたときに手違いで送られて来てしまっただけなのだ。

(ある意味、不幸鎮守府に似合った経歴かもしれない)



普通と言ったらそこまでだが、やはり曲者揃いのこの鎮守府では常識人かつ正常な部類の艦娘なので(少々不幸体質なのが玉に瑕だが)提督も前線で徴用することが多い。



だが、他と比べて中途半端に高い練度のおかげで彼女に頼ることがどうしても多くなってしまう。なので提督自身、彼女の運用にはかなり気を使って、なるべく彼女にばかり負担をかけないように努めていた。



提督「今の2人は俺じゃどうにもできそうにないな。如月、先に執務室に戻っているからあの2人にせめて朝食だけでも摂るように言っておいてくれ。」



如月「ええわかったわ、いってらっしゃい司令官。」



別に外出するわけでもないのだが、まあこれはこれで悪くないので、返事の代わりにポンと軽く頭を撫でてやった。割と彼女はこうした気軽なスキンシップをされるのが嬉しいらしく、恥じらいの混じった幸せそうな笑顔を見せてくれる。本人は自覚がないみたいだが、彼女はかなりの癒しスキル持ちだ。こんな所に来なければ提督なんかよりもっとずっと『イケメン』な提督と幸せな時を過ごしているかもしれない。





・・・まあ、腐ってもここは不幸鎮守府だ。彼女にだってここに来たそれなりの理由がある。





提督 (いや、今はいいか。)



提督「よし、待たせたな翔鶴。そろそろ行こうか。あまり待たせるのも提督として示しがつかないもんな。」



翔鶴「提督が真面目な方なのは皆さん存じ上げていますから、多少の遅刻なら大した問題でもないかと思いますよ。」



提督「いや、流石にそうもいかないだろ。それにしても、翔鶴も大分ここに毒されてるな。」



翔鶴「ふふ、ここに来ていつの間にか2年も経ってしまいましたからね、もし転属になったら困ってしまうかもしれません。」



提督「確かに、俺も元の鎮守府に戻っても昔みたいにやれるか不安だよ。」



ここに来てから、若干仕事に手を抜くことを覚えてきてしまっているようだ。それにやる仕事があまりないので、前のようにあれもこれもとスケジュールに詰め込むことができない。そのことを聞いて、叢雲は安心したような顔を見せていたが、これでは元の鎮守府に戻った時皆に迷惑をかけてしまうかもしれない。



翔鶴「提督はあちらに戻りたいと思うことはありますか?」



提督「それは・・・勿論、ここに来て以来何度も思ってる。でも、4月の時みたいにとっととここからオサラバしたいって気持ちにはならないかな。何だかんだでここも俺にとって大切な場所だよ。」



翔鶴「私たちも良かったと思っていますよ、そう言って下さる提督さんで。」



提督「う、なんだ、その、そうやって言われると照れるな・・・と、ところで翔鶴は?翔鶴も前の鎮守府に戻りたいとか思ったりするのか?」



翔鶴「私、ですか・・・そう、ですね、あまり思い出を作れないままここに来てしまいましたから、戻りたいとは思いません。」



翔鶴「でも、あそこに私の他に正規空母の方が沢山いたのは覚えています。だから、もしここに来ていなかったらどんな日々を過ごしていたのだろうかと想像することはありますね。」



提督「そうか・・・翔鶴って意外と妄想癖があるのか?」



翔鶴「いえ、そんな!・・・って、あまり茶化さないで下さい!」



提督「はは、冗談だよ。すまなかったな、折角いい話をしていたのに。」



翔鶴「もう、その通りですよ。」



翔鶴が彼女にしては珍しいムクれた顔をみせる。普段は大人びている彼女の意外と子供っぽい一面は、新鮮でなんだか可愛らしかった。



提督「そうか、そうだよな・・・」



姉妹艦はおろか同種の艦が一隻もいないというのは、経験したことがないからあまりよくわからないが、たとえどれだけ違う艦種の者と仲が良かったとしても心のどこかで寂しく思うことがあるのだろう。



提督 (どうにかしてやりたいが・・・)



正規空母は一点狙いさえしなければそこそこ入手しやすいし(虹ホロは別)、ドロップを狙って低難度海域に出撃することでも入手可能だ。(建造に関しては封印しているので考慮しない)



だが、不幸鎮守府だからかなんなのか知らないが、出撃において狙った艦種がドロップすることは滅多になく、たとえ裏をかいて他の艦種狙いで出撃させたとしても裏の裏をかかれてちゃんと狙い通りの艦が出てきてしまう。



なかなかに鬼畜過ぎるので、過去にドロップで狙った艦を引き当てることができたここの提督は嬉しさのあまり元の鎮守府へ戻る際はお持ち帰りしたのだそうだ。



提督 (流石にお持ち帰りなんてしないけどな・・・まあ、出てきてくれたわけでもないのにこんなことを考えるのはおかしいか。捕らぬ狸のなんとやらだな。)



提督「翔鶴にはあまり寂しい思いをさせたくないんだがな・・・」



翔鶴「・・・え?」



提督「あ、いや何でもない。ただの独り言だと思って聞き流してくれ。」



翔鶴「・・・」



翔鶴「・・・やっぱり私、寂しがっているように見えてしまうんでしょうか?」



提督「え、いや、別にそんなつもりで言ったわけじゃ・・・悪い、勝手な憶測を口にしたな。翔鶴が大丈夫なら俺はそれでいい。」



翔鶴が曖昧に笑う。返す言葉に困っているのかもしれない。2人の間に気まずい空気が流れてしまった。



提督 (はあ、弱ったな。執務室までそう遠くないけど、この空気は結構メンタルに響くぞ。)



先に走って執務室に向かってしまいたいが、翔鶴が迎えに来てくれた手前あまり良い手ではない。



どうにか空気を変えられそうな話題を見つけようと、見られていると誤解されないようにコッソリ翔鶴の方を見る。



提督 (銀色の髪か・・・)



つい先ほど震えている睦月が口にしていたワードだ。数多いるの艦娘の中でも比較的珍しい部類の色だが、ここの鎮守府だとその髪の色をしているのは彼女ぐらいなものだ。



提督 (まさか翔鶴が睦月達に・・・いや、翔鶴がそんなことするはずが無いよな。)



翔鶴「どうかしましたか?私の顔に何か付いています?」



提督「へ?いや別に何とも、ただ翔鶴の髪って綺麗だなと思って。」



とっさに誤魔化そうとするが、我ながら歯が浮くようなセリフである。言い終わって少し後悔した。



翔鶴「あ、ありがとうございます。そう言われると毎日ちゃんと手入れしている甲斐がありますね・・・//」



意外と好印象だったようだ。女性に対して何か誤魔化そうとするなら、取り敢えずはさりげなく相手の容姿を褒めるのが手っ取り早いのかもしれない。

(あまり露骨だと『女の勘』と言う名の特殊センサーにひっかかるので注意)



提督「本当、よく手入れされてるのが男の俺でもわかるな。髪を大事にする女性はすごく好感が持てる。」



翔鶴「ふふ、私も一応女として生まれ直した身ですから、当然のことをしているだけですよ。」



どうやらこちらの考えていたことを悟られずに済んだようだ。でも、今思えば馬鹿馬鹿しい事を考えていたようだ。彼女が他人を怖がらせるようなことをするはずが無いし、もしかしたら酔って徘徊しているポーラをお化けと間違えた可能性だってある。天龍の電探だって調べてみないことにはわからないが、偶々不調だったのかもしれない。




そうしてできる限りネガティブなことを考えないようにして執務を始めた提督だが、この後恐ろしい夜を迎えることになるとは思いもよらなかった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



眠れぬ夜と求める者




提督「それで、お二人さん気分は良くなったのか?・・・うーん、少し薄いか

。」



睦月「おかげさまで、もう大丈夫です。」



天龍「えー、とんだご迷惑をおかけしました。」



提督「別に謝らなくてもいいぞ。俺は怒ってないし、2人が立ち直ってくれたのならそれでいいさ・・・お、悪くないな。」



如月「本当、睦月ちゃん達が元どおりになってくれて良かったわ。あのままだったらどうしようかと心配だったもの。」



睦月「ごめんね、如月ちゃん。」



天龍「本当、如月には感謝してる。」



如月の看護(?)のおかげで立ち直ることができた睦月と天龍は、如月とともに提督の私室に来ていた。提督が如月へのご褒美と2人のためにいつもより豪勢な夕食を振舞うと言ってくれたのだ。



因みに、何故か執務室で寝泊まりしている初雪と加古も一緒だ。そしてさらに加古と一緒にいた古鷹もいる。



提督「さて、その話はその辺にしてできたから運ぶの手伝ってくれるか?」



古鷹「えっと、本当に私もご一緒してよろしいのでしょうか?」



提督「もちろん、この部屋じゃ誰も拒んだりしないって。それにこういうのは人数が多めな方が作りやすいんだよ。」



初雪「ところで奥さん、今日のメニューは?」



提督「簡単魚介のカルパッチョとチキンソテーのハーブ添え、オニオンココットにコーンスープ、デザートは間宮さん製のアイスだ・・・って、誰が奥さんだよ。」



初雪「うーん、ノリツッコミにしてはすごくイマイチ・・・」



提督「なんでそこまで言われないといけないんだよ。」



と、その時ダイニングのドアが開けられて誰か入ってきた。



ポーラ「ボナセ〜ラ♪美味しそうな香りにつられて来ちゃいましたポーラで〜す♪」



提督「おっと、ポーラを呼んだつもりはなかったんだが・・・」



ポーラ「えへへ〜、まあそんな固いこと言わないで下さいよ〜。ほら、ちゃんとワイン持ってきましたから。」



案の定ポーラだ、なんとな〜くメニュー的に飲める人はワインが欲しくなるのかなとか思っていたらこれである。しかもポーラが持参したのは白だ。一体誰が彼女にご丁寧にメニューまで教えたのだろう。



古鷹 ジー



ポーラ「?」




ボトル上げて↑



古鷹 キョロ↑



ボトル下げて↓



古鷹 キョロ↓



ボトル上げ下げ↑↓



古鷹 キョロキョロ↑↓



ポーラ「あ、わかりました。もしかしてワイン飲むの初めてですか〜?」



古鷹 コクコク



古鷹がまるで初めて見るものを目の前にした子供のように興味深々でボトルに見入っている。



提督「気をつけろよ古鷹、日本人は西洋の人間に比べてアルコールを分解する酵素の分泌量が少ないんだ。ポーラと同じノリでワインなんて飲むとぶっ倒れるぞ・・・」



ポーラ「どうですか?初体験のお味は♪」



古鷹「あ、日本酒とは全然違う独特な味ですね、でもとっても美味しいです。」

くぴくぴ



提督「食べる前から飲むな、というか俺の話を聞きなさい!」



加古「ん、提督にはまだ言ってなかったっけ?」



提督「何を?」



加古「まあそりゃそっか、古鷹ってこう見えてすごくお酒強いんだよ。この間なんか一升瓶全部1人で飲んだのにケロッとしてるんだもん。」



古鷹「か、加古それはあんまり言わない約束…!」



古鷹「…あの、提督どうかしましたか?」



提督「いや、ちょっとな・・・」



ポーラ「テートクはお酒飲めませんもんね〜、でも今思えばそんなに気にすることでもありませんよ〜♪」



提督「頼むから敢えて伏せていたことを言わないでくれ・・・それにポーラ、なんでこどもビールを取り出すんだ?」



ポーラ「お酒の飲めないテートクのために何かできないかなって思ってマミーヤに相談したんですよ〜、そしたらこれが丁度いいって。」



提督「間宮さんひどい、俺を子供扱いする人とか何年ぶりだよ。」



正直言ってこれはかなり精神的にダメージが大きかった。何故もういい歳なのに背伸びをしたい子供のように思われなければならないのだろう。



初雪「司令官…」



提督「ん、どうした初雪。」



初雪「良いことあるって(多分)」

グッ



提督「やめてぇぇ、それ本気で惨めになる。」



多分とも言われてしまっては本気で落ち込みたくなる。



睦月「提督〜、そうやって凹んでないで早く食べましょ〜よ〜。」



如月「私もお腹空いたわ。」



提督「ちょっとくらい同情してくれてもいいだろうに・・・」



まあそんなことを言っても仕方ないことはわかっていたのでここは素直に睦月に従う事にした。



それなりに凝っただけあってみんなの反応はかなり良かった。素直に褒められるとちょっとくすぐったい気持ちにはなるが、作って良かったと思えるので言われて気分が悪くなることはない。



ポーラはピザかパスタも食べたいと言っていたがそれは後で作ってやると約束した。多分軽めの赤を持ってくるのでカルボナーラあたりが良いかもしれない。



提督 (まあ、今考えるのも気が早いか。来年のことを言えばなんとやらだもんな。)



だが、他にポーラの行動パターンが見つからないことに気がつくと、結局カルボナーラ案は提督の脳内会議で可決されてしまった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




提督「ふー、これで洗い物は全部か・・・片付け手伝ってくれてありがとうな古鷹。」



古鷹「いえ、あんな美味しい夕食をご馳走になったのに何もしないわけにはいきませんから。」



夕食の後、満足したのか先に寝てしまった加古と天龍、それとポーラ。自分達の部屋へと戻って行った初雪と睦月、如月の6人以外・・・と言っても提督と古鷹だけになるが、2人は夕食の後片付けをしていた。



提督「そう言えば、珍しくポーラは脱ぎださなかったな・・・」



いつもならワインを飲むたびに暑いといって服を脱ぎ始めて色々と大変なことになるのだが、今回はそんなこともなく普通に夕食が終わり、今は安らかな寝息を立てている。



古鷹「ぬ、脱ぎだすですか・・・」



提督「そうそう、ポーラは酒飲むと大体そうなるからな。いつも大変なんだよ、この間レストランで飯奢った時は本気でどうしょうかと思った。」



しかも丁度ウェイターさんがデザートを運んできたタイミングだったので、大慌てポーラの手を引っ張って多目的トイレに連れ込んでしまい、どうにかポーラをなだめて、それから席に戻ろうとしたのだが、戻るのにかなり苦労した。(もちろん一切手を出してはいない)



提督「それにしても、古鷹と加古がいてくれて良かったよ。」



古鷹「?」



提督「いや、別にあの時偶々呼んだのは間違いじゃなかったってだけ。ポーラはまだこの鎮守府じゃ新顔だし、あまり仲の良いやつって少ないだろ?でも2人と話してる時、すごく楽しそうに笑ってたからそれで。」



提督「・・・」



提督「ポーラのこと、もっと気にかけてやってくれるか?あいつ、初めて来た異国の地で頼れる姉もいないのにすごく頑張ってると思う。当然大変なことだって沢山あるだろうに、いつも明るく振舞って見せて、周りに心配をかけないように気を遣って・・・」



ポーラ「・・・アヘヘ〜、ポーラまだまだ飲めますよ〜…ムニャ・・・」

Zzz



古鷹「あ・・・」



提督「おいおいそりゃないだろ・・・」



折角人が心底心配しているというのにこれでは心配するだけバカに思えてしまう。



提督「あ、その、今のはノーカンでたのむ。」



古鷹「提督がそう仰るなら・・・でも、たとえ無かったことにしなくても私は引き受けますから、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。」



提督「ありがとう・・・でも、頼んどいてなんだが本当にいいのか?」



古鷹「はい、勿論・・・私もここに来た時とても心細かったから。加古もまだ着任していなくて、周りには怖い人達も沢山いて毎日が辛かったんです。だから、そういう気持ちは人一倍知ってるつもりです。」



提督「・・・」



提督「・・・」

ポン



古鷹「ど、どうかしましたか?」



提督 なでなで



古鷹「あ…その、えっと、今はもう大丈夫ですし、それに加古もいてくれてますから、別に撫でていただかなくても・・・」



提督「あ、悪いつい撫でずにはいられなくなった・・・でもまあ頑張った艦娘に正当な評価をしてやるのも提督の務めだからな、古鷹はよく頑張ったと思うぞ。」



古鷹「そ、そういうことでしたか・・・なら、もう少しだけ・・・」



少し子供扱いし過ぎたかと思ったのだが、意外とこのくらいは平気らしい。やっぱり人間誰しも褒められて嬉しくない者はいないということなのだろう。



提督「さて、加古達をどうにかしてやらないとな、いつまでもあんなあられもない格好のまま寝かせておくわけにもいかないし。」



古鷹「すみません・・・あと、あまり見ないであげてくれますか?」



提督「わかってる、あんな寝相嫁入り前の女子が男に見せるもんじゃないもんな。」



どんな格好で寝ているかはご想像にお任せするが、一言付け加えるなら女性であれば男性にだけは絶対に見られたくない寝相であることは間違いないだろう。酔っていたとは言え起きた時のことを考えると少し不憫である。



提督「古鷹、悪いんだけど俺のベッドに3人を運んでおいてもらえるか?着替えは・・・早霜がまだ起きてるはずだから今連絡して持ってきてもらうかな。」



古鷹「え、いいんですか?」



提督「部屋に連れて行くのも面倒だろ(駆逐と違って重ゲフンゲフン)、それに俺はべつにソファーでも寝られるからな。」



リネンは日中に洗濯に出して新しいものに取り替えているし、枕も予備がいくつかあったはずなので丁度良かった。



古鷹「すみません、いつも加古がご迷惑をおかけして。」



提督「古鷹が謝らなくていいだろ、それに俺は気にしてないからこのくらい平気。」



本当は後で何らかの方法で初雪諸共イジってやろうかと思っていたりしたのだが、彼女にも良い姉がいるのだと思うと何だかバカらしく思えてしまった。持つべきものは良き兄弟姉妹ということなのだろう。



提督「それじゃあ、俺は残ったしごとがあるのを思い出したから古鷹は3人のこと頼んだぞ。」



古鷹「はい、わかりました。提督も頑張ってくださいね。」



提督「ありがとう、じゃあちょっと行ってくる。」



それから、早霜に連絡を取って3人の着替えを持ってきてもらうように頼み、執務室へ向かう。



残っているとは言っても、然程時間を要することなく片付けることができたので、丁度良いタイミングを見計らって部屋に戻ることにした。(着替え中に突入等のラッキースケベだけは非モテは絶対にやってはいけないのだ)



そんなこんなで部屋に戻ると、丁度古鷹が3人を寝かし終わった後だったようだ。我ながらナイスタイミングである。



提督「今戻ったぞ、お疲れ様。」



古鷹「あ、提督お疲れ様です。随分とお早いお戻りですね。」



提督「そんなにやることも無かったからな、飯の前にあらかた片付けておいて正解だった。」



提督「ところで、古鷹はどうする?自分の部屋に戻るか?なんならここで寝ていってもいいぞ。」



古鷹「私は最初から戻るつもりでいたんですけど・・・それにベッドはもう既にうまってるし、寝る所なんて。」



提督「実はもう1つあるんだよ・・・えっと、確かここの物置に…あったあった、折りたたみ式のベッドが何故かしまわれてたんだ。」



提督が取り出したそれは、いたってシンプルではあるもののなかなかにしっかりとしたものだった。乗ってもあまりギシギシと不快な音をたてないので意外と値の張るシロモノなのかもしれない。



古鷹「え、でもそれなら提督が使えばいいのではないですか?」



提督「もしも誰かに俺が女と同じ部屋で寝たなんて言いふらされたら俺の立ち場ヤバイだろ。だから俺は執務室のソファーで寝てるさ。」



提督にその気がなくとも、噂には尾ひれはひれ付くのが常だ。男性が女性と同じ部屋で寝たということを聞いただけで頭の中でどんな捏造が行われるかわかったものではない。


最悪の場合、性欲の権化などと言われすれ違う度に冷たい視線を浴びせられるような生活をおくることにだってなりかねないのだ。



古鷹「わかりました、そういうことならお言葉に甘えさせていただきますね。」



提督の言った言葉の真意まで理解してくれたのかは疑問だが、素直に古鷹は承諾した。別に古鷹を部屋に戻すのもありだが、なんだか彼女を1人で寝かせるのは抵抗があった。



ただ単にどうせなら一緒に寝れば良いだろうと考えていただけだったというのも実は本当のことだが、まあ理由などいくらでも絞り出すことができるのだからそんな気にすることはないだろう。



提督「それじゃあ、俺はそろそろ寝る。お休み古鷹、明日に備えて早く寝ておけよ。」



古鷹「はい、おやすみなさい提督。」



なんだか、寝る前の挨拶を親族以外の女性と交わしたことがないので無性に気恥ずかしくなってきてしまったようだ。

そのことをできるだけ悟られないようにして提督は私室を出た。



提督「・・・あ、布団持ってくるの忘れたな。初雪達のテントに余った寝袋でもあればいいんだが…」



結局、寝袋は初雪と加古の2人分しかなく使用中のものを借りるのもしのびなかったので制服の上着を掛け布団代わりにしてねることにした。

起きた時にシワになっていないかが少々心配ではあるが、今のアイロンは無駄に性能が良いので多少ならばすぐに元どおりになるだろう。



提督「それにしても、今日は誰も天龍と睦月みたいにならないといいが・・・何事もないことを願うか。」



その時、外から小さな稲妻の光が入ってきた。夜中の天気予報など気にも留めてないのでわからないが、今夜はどうやら大シケになりそうだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




丑の刻



提督「・・・う、んーなんだ?妙に寝苦しい…」



外が雨のせいでうるさいとか、湿気のせいで起きてしまったということではなく、提督を起こしたのは体にまとわりつくような圧迫感だった。



一々確認するのも面倒なのでそのまま寝てしまおうと思ったが、寝返りもうてないままでは寝ようにも寝られるはずがない。



睡眠をとることを最優先にしようとする頭をどうにか言うことをきかせて目線を腹部へと向ける。



一瞬暗がりでよく見えなかったが、何か黒いものが自分の体にしがみ付いているのが確認できた。



だが所詮は深夜の寝ぼけた思考回路、制服が巻きついたとしか認識できなかった。



ほとんど考えることなくその黒い物体を引き離そうとする。だが、手で触れて初めてそれが無機物ではないことがわかった。人肌特有のムニッとした感触と生物の持つ熱が手からダイレクトにこれが人だということを脳に伝えてきた。



提督「ん、誰だ・・・?」



頭の近くに置いてあるスマホを手に取り明かり代わりにして頭らしきフワフワを照らす。



提督「・・・」



提督「・・・古鷹?」



髪の色と多少チョンチョン跳ねてる髪の感じから推測するに多分古鷹だ。いつもの制服姿ではなく、寝巻きを着ているから確証はないが、記憶の中の彼女の背格好と照らし合わせるとほぼ一致する。




提督「なんだ、古鷹か・・・」






提督「・・・」






提督「・・・はあ!?」



提督「ちょ、なんで古鷹がここに!?しかもなんで俺に抱きついて寝てんだよ!!」



あまりにも急な出来事なので、さっきまで睡眠モードだった脳が一気に覚醒する。



提督「とにかく離れてくれ…離れ…離れろぉぉぉ!」

ジタバタ



胴体をがっちりホールドされていて引き離せない。それにジタバタと多少暴れても古鷹が起きる気配がない。



提督「頼むから、離れてくれ。こんな所を見つかったらシャレにならないって・・・」

グググ



古鷹 スースー



提督「・・・」



提督「はあ、仕方ないな。どうなってもしらないからな・・・って、俺が眠れなくなることとバレたらやばいってことだけなんだよな。」



つくづく不運である。まあ、こうなっては致し方ない。だから多少の恨みも込めて寝顔を拝見かつ写真に収めることにした。

(良い子は絶対に真似しないよう)



提督「俺ばっかり害を被るのもシャクだからな・・・どれどれ。」



頭をどうにかこちらに向けさせて顔を覗き込む。






だが、そこには提督の知っている古鷹の顔はなかった。



提督「ひっ!!」



右目には目玉が無く、あるのは窪んだ眼窩だけだった。いつも絶えず光を放っているはずの左目は真ん中にひびが入り血で紅く染まっている。



提督「う、うぁ、ああ・・・古鷹、どうしたんだよ。」



提督「ぐっ、苦し・・・っ!!」



古鷹の腕が見た目からは想像もできない力で締め付けてくる。



提督「や、やめろ古鷹・・・うあぁぁぁ!!」



胴を締め付ける腕が、顔の皮膚が、足がすさまじい速さで朽ちていく。鼻腔を鉄の生臭い臭いと腐敗したタンパク質が発する死の臭いが通り抜けて胃の腑がせり上がってくる。みるみるうちに肉塊となった腕が力を増して腕が締め付けてきた。



提督「やめろ、やめてくれ・・・」



古鷹「ああぁぁぁあ…」



気がつけば限界を超えて開き血を垂らす口が提督の顔に喰らいつこうとして近づいてきていた。



提督「やめろ、やめてくれぇぇぇぇ!!!」



古鷹「ああああああ!!」
















提督「うあああああ!!!」

ガバッ





提督「はあ、はあ・・・」





提督「・・・?」





提督「・・・な、なんだ夢だったか。」



額に手を当てると、びっしょりと汗をかいているのがわかった。心臓も、全力でスズメバチから逃げた時と同じくらい激しく脈動している。



提督「はあ、ゾンビものは映画かバイオ◯ザードだけで十分だぞ・・・」



気分を落ち着かせるためにスマホで現在時刻を確認する。2時46分、なんとも嫌な時間帯に見たものだ。



提督「外は大荒れか・・・」



提督「・・・ん、うあああ!!」

ばっ



スマホの光が何かを照らしたのが見えたので確認してみると、夢と同じような位置に人間がいた。今度は拘束されてなかったので咄嗟にソファーから脱出する。



古鷹「ん、んんっ・・・ていとく?…どうかしたんですか?」



どうやら本物の古鷹らしい。眠たげに目を擦っている姿は紛れも無くゾンビではない。



提督「なんだ、古鷹か…良かった・・・」



安堵し過ぎたあまり床に膝が付く。さっきの今なので何故そこにいるかより生きている古鷹だったことについての喜びが勝っていた。



古鷹「・・・?」



提督「ああ、悪い…気にするな、少しばかりタチの悪い夢を見た。」



思い出すと今にもあの臭いが漂ってきて、古鷹が再び襲いかかってくるかもしれないという考えが頭をよぎるが、流石に夢オチを2度も繰り返すはずがない。本当にリアルすぎて嫌な夢だった。



古鷹「・・・やっぱり見てしまったんですか?」



提督「やっぱり?どういうことだ?」



古鷹「実は・・・」

スッ



髪留めがなく、加古と同じように左目を隠してしまっていた前髪を掻き上げると、そこには普段とは異なる光を放っている目があった。まるで鬼火のように青く揺らめくそれは、神秘的なようでいてとても妖しく見えた。



提督「その目、どうしたんだ?」



古鷹「昔から夜になるとこんな色になるんです。私には何も異常は無いんですが、こんな風に光っているときに私の周りで寝ると悪夢を見てしまうらしくて、前いた所では君悪がられてしまったんです。」



古鷹「だから普段は一人で寝ているんですけど、私一人だとどうしても眠れなくて。」



提督「なるほどな、ちょくちょく不眠症治療のために医務室に通っていたのはそのせいか。」



執務室へやってきた経緯については、提督が出ていった後彼女もベッドで寝ようとしたが、丁度そのとき左目の色が変化して、先に寝ていた3人の表情が急に苦しそうなものになった。仕方ないので部屋を出て提督ならばいいかとお詫びの代わりに布団を持参して執務室へとやってきたというわけだ。



提督「なるほどな、それでいつの間にか布団が・・・」



他の者はだめで、自分なら悪夢を見せても構わないというあたりがとてつもなく腑に落ちないが、ここは敢えて不問にしておこう。古鷹だってかなり大変な思いをしているのだ、このくらいのことを許せないなどとぬかしていてはいくら何でも器が小さ過ぎる。



提督「大体の事情はわかった・・・少し寝心地は良くないがここで寝てていいぞ、俺が朝まで側にいてやる。」



古鷹「え、でもそんなことしたら悪夢が・・・」



提督「俺なら悪夢を見せても大丈夫だとか言って勝手に潜り込んできたやつのセリフじゃないと思うけどな。」



古鷹「そ、それは… 」



提督「なんてな、そんな酷い事言わねえよ。今日は完徹して明日の分の仕事でもしてるさ、だから気にすることはない。」



古鷹「別に、何もそこまでしていただかなくても。」



提督「明日の出撃メンバーにお前の名前があるのを忘れたか?大破撤退の理由が寝不足だなんて軍人の風上にも置けないセリフをお前に言わせるわけにいかないだろ。」

ガチャ



古鷹「提督?こんな時間にどちらに?」



提督「汗かいたからシャワー浴びてくる。汗臭い男の側でなんか寝たくないだろ?すぐ戻ってくるからちょっとばかし待ってろ。」



加古達が寝ているので私室のシャワーを使うことができないので浴場を利用しなければならない。完全に時間オーバーの利用だが、幸いにして浴場の鍵は提督の管理下にあるのでシャワーだけならばいつでも使える。

(そこ、職権乱用とか言わない)



提督 (そういや明日の補佐担は・・・あ、卯月だ。でもそれならいいか、多少の指示ぐらい勝手にやってくれるだろうし昼間は寝てても平気だろ。)



ただ1つの不安要素は、寝ている間に顔に落書きされないかだ。上手いことこちらが起きないよう油性ペンでこれまた腹立たしいほどご丁寧に書かれるのでオチオチ仮眠もとれないことが多い。前に、なんのジョークでもなく額に達筆で『肉』と書かれたことがあり、その時はその日の業務が終わるまで気が付かなかったのだ。



提督 (三日月でも一緒にいさせれば何とかならないものかな・・・いや、それなら長月か菊月かな)



そんなことやその他様々なことをぼんやりと考えながらシャワーを浴びてくる。寝る前に浴びたばかりなのでなんだか損した気分になるが、気持ちが良いのですぐに忘れた。



提督「まだ鎮守府が明るければ間宮さんの所にでも行って何か飲むんだがな。(無論アルコールじゃないやつ)まあ別にいいか、ウォーターサーバーあるわけだし。」



脱衣所にあるこれは家庭に置くには少々難があるサイズの大型浄水機だ。教官の鎮守府にあった物を譲り受けたお下がりだが、いつでも美味しい水が飲めると艦娘達の間でも好評を博している。



水の本来の味わいを堪能し終わったあたりで、今頃待ちぼうけをくらっているであろう古鷹が気がかりになったので手早く服を着て早めに浴場を出る。あんまり待たせると暇すぎて執務室を物色し始めるかもしれない。(当然見られて困るようなものは置いていないが、卯月のイタズラの残骸が残っていたりしたら大変気まずいことになりかねない。)



だが、浴場を出ると目の前に古鷹が待っていた。しゃがみこんでいるあたり待ちぼうけをくっていたことに変わりはないようだが。



提督「悪いな古鷹、待たせた・・・どうかしたのか?部屋で待っていれば良かったのに。」



古鷹「そ、それが、急に怖くなってきてしまって。」



提督「ん、ああ外酷い天気だもんな。あの部屋やたら外の音が聞こえてくるから怖くもなるか。」



古鷹「いえ、それだけじゃなくて・・・」



古鷹「部屋が一瞬すごい音でギシギシ鳴ったんです、地震でもあった時みたいに。」



提督「この鎮守府も新しいわけじゃないからな、強い風が吹けばそんな風に鳴ったりするだろ。」



古鷹「でも外は風なんか吹いてなかったんです、隙間風の音も聞こえなかったし。」



提督「ふむ・・・」



執務室の隙間風の音は、嵐が来ようものなら騒音に近いレベルのうるささを誇る。ちょっと強いくらいの風でもビュービュー鳴るので、建物をギシギシ鳴らすほどの風が吹いていればすぐにわかる。



なのに古鷹は風の吹いていない時の出来事だと言っていた。これはどうも、只事で済ませるには少し難がありそうだ。気のせいで片付けても良いが、古鷹がその程度でわざわざここまで来るはずもない。



提督「なんか、嫌な予感がするな。」




提督がそう呟いたそのとき・・・





ガシャン!!



古鷹「きゃ!!」



提督「なんだ!?」



まだ明かりが点いていたはずの脱衣所が突如として真っ暗になった。二人の視界が一瞬にして闇に染まる。



提督「古鷹大丈夫か?」



古鷹「はい、私は大丈夫です。」



古鷹がいるはずの空間を凝視すると、彼女の左目の青い光が強まっていくのが確認できた。悪夢を見せる光と言ってもやはり元はただの探照灯だ、光無き所では本来の役目を果たそうとするらしい。



古鷹「私の顔に何か付いてますか?」



提督「いや、ちょっとだけ目が気になってな。」



古鷹「すみません、こんなの気味が悪いですよね。」



提督「何とも思わないって言うと嘘になるけど、その目も捨てたもんじゃないな、この状況じゃすごく助かる。」



提督「・・・早いところもどるか、あまり長居するのも何だか気味が悪い。」




古鷹の目の明かりを頼りに執務室へ向かう廊下を歩いていく。



提督「・・・おかしいな、常夜灯だけじゃなくて非常灯が1つも点いてない。」



古鷹「近くに雷でも落ちたんでしょうか。」



提督「その可能性はあるだろうけど・・・妙だな。」



例え停電になろうが、本来暗くなればどんな時でも点いているはずだが、今は微かな明かりすら見つけられない。



古鷹「・・・」



古鷹「・・・?」



提督「…どうかしたのか、古鷹?」



古鷹「提督、今何か言いましたか?」



提督「俺か?俺は何も言ってないが、何か聞こえたか?」



古鷹「いえ、それならいいんです・・・風の音かな…」



廊下は雨が窓に当たる音で満ちており、そのおかげであまり暗さを感じない。だが、暴力的な音は誰かに責め立てられているかのような轟音なので無音の空間と同様心細さが脳を支配する。



古鷹「あの…提督、」



提督「どうした?」



古鷹「その…服を掴んでいてもいいですか?」



提督「別にそのくらいなら構わないけど、怖くなったか?」



古鷹「いえ、別にそういうわけでは・・・でも、何だか逸れてしまいそうで。」



提督「おいおい、遊園地に来た子供じゃないんだから別に平気だろ。」



古鷹「主に提督が・・・」



提督「俺かい!」



提督「・・・まさか古鷹にまで子供扱いされるなんて。俺ってそんなに餓鬼なのか…?」



古鷹「いえ、そういうことではなくて・・・その、気がついたら音もなく何処かに消えてしまうんじゃないかって怖くなってきて…」



提督「・・・」



古鷹「は!すみません!急に変なこと言っちゃって。そんな提督が急にいなくなるわけないですよね、幽霊でもあるまいし。第一そんなホラー映画みたいなこと現実に起きるはずないですもんね。」

あたふた



古鷹が小っ恥ずかしいかつくさいセリフを口走ってしまった幼馴染キャラのような挙動を見せる。こんな状況なので見ていて何だかシュールである。



古鷹「・・・」

チラ



提督「・・・」



提督「・・・はあ、手を貸してみろ。」



古鷹「?」



提督 ぎゅっ



古鷹「あ、」



戸惑う古鷹と少し強引に手を繋ぐ。その時、初めて古鷹が若干震えているのがわかった。



提督「怖いなら怖いと最初から言え。俺だって小学生じゃねえんだからそのくらいで馬鹿にしたりしない。」





古鷹「・・・」

ぎゅっ




古鷹が提督の後ろに体を寄せてくる。まるで人見知りの激しい幼児のようだ。



古鷹「・・・すみません、実は結構怖くて…」




提督「謝らなくてもいい、俺だって今絶賛不安だ。雨の音はうるさいし、雷だって鳴ってる。」



依然として外は暴風が吹き雨が窓を叩いている。雷が光ってから鳴るまでの時間差もかなり短いので閃光が見える度に床を振動させる程大きな雷鳴が轟く。まるで安っぽいホラー映画のワンシーンだ。



そんな荒れた天気にビクビクしながら執務室へと歩いていく二人。眠気などとっくに何処かに行ってしまったが、早く眠りに就いてしまいたくてたまらなかった。




だが、そういう時に限って不幸は訪れる。




提督「なあ、古鷹・・・」



古鷹「・・・どうかしましたか?」



提督「風呂場から執務室ってこんなに離れてたか?」



もうかれこれ5分以上は歩いている気がする。不幸鎮守府は規模が大きい方の部類の鎮守府ではないし、普段であれば会話を楽しみながらのんびり歩いたところで3分もかからないはずである。



古鷹「多分私が足を引っ張ってしまっているから歩調が遅くなっているだけだと思いますけど・・・やっぱり私普通に歩いた方がいいですか?」



提督「普通に歩けるならそれでいいけど、怖いんだろ?なら無理しなくてもいい。」



古鷹「提督も結構無理してると思いますけど・・・」



提督「怖がってるお前の前でみっともない弱音吐けるわけないだろ、そのせいでいざという時に守れなかったら困る。」



それから再びひたすら歩いて行く。だが、やはりいくら進んでも執務室へは一向にたどり着けそうにない。道を間違えたのかと一瞬疑うが、流石に提督だって二月もここに勤め住っているのだ、どんな状況でも間違えることが無い自信があった。



提督「くそ、どうなっているんだ。」



古鷹「行けども行けども廊下ばかりですね。」



その時、今日一番の雷が雷鳴を天に轟かせた。



古鷹「きゃっ!!」




提督「・・・」



古鷹「はあ、びっくりした〜…どうかしたんですか?」




提督「・・・嘘だろ」



古鷹「?」




提督「一瞬だが・・・廊下が永遠と続いてるのが見えた。」



古鷹「え、そんなまさか。いくら何でもそんなことあるわけないじゃないですか。」



提督「そうだと信じたいが・・・とにかく、今言えることと言えば絶対ヤバいことが起きるってことだな…」



再び雷が鎮守府の廊下を照らす。すると、無限に続く廊下の途中で何者かがこちらを見ているのが確認できた。



古鷹「え、何ですか、あれ・・・」



ゆっくりとだが人影がこちらに歩いてくるのが闇夜の中でもわかる。それを可能にするのは人影から発せられる蓄光板のような微弱な光だった。



提督「さあな・・・っ、逃げるぞ!」



古鷹「え!?」



突然、提督が古鷹の手を引いて元来た道を逆走していく。



理由は簡単だ、歩いているように見える人影の速度が全く歩いていない・・・つまりまるで走っているかのようなスピードでこちらに向かってきたからだ。



提督「っ・・・こっちもか。」



またしても無限に続く廊下だ。完全に閉じ込められたかのような状況に陥ってしまったらしい。



古鷹「どうして逃げるんですか!」



提督「早くあいつから遠ざからないと…捕まったらヤバいことになる。」



古鷹「でもどこに逃げるんですか!?どこまで行っても終わりなんて・・・」



提督「ゴタゴタ言ってる場合じゃねえ、もう既にすぐそこまで来てるんだぞ。」



古鷹が後ろを振り返ると、いつの間にか二人の10mほど後ろを『歩いて』いる先程の人影が目に映った。




提督「くそっ、追いつかれる」




提督「…こっちだ!」



とっさに、右側に曲がって突然現れた廊下に入り物陰に隠れる。間一髪、すぐ真後ろにいた人影はそのまま直進し通り過ぎて行った。



提督「・・・はあ、行ったみたいだな。…大丈夫か?悪い、無理に引っ張った。」



古鷹「痛た…おかげさまでびっくりしました。」



提督があまりにも急に曲がるものだから勢い余って古鷹が転んでしまったのだ。軽口を叩いて余裕を見せようとしているが、どうもそのせいで足を痛めてしまったらしい。



提督「どうやらその様子だと走るのは無理そうだな…すまなかった、俺がお前を庇うことを忘れなければ怪我なんかさせなかったのに・・・」



古鷹「そんな大丈夫ですよ、私まだまだ走れますから謝らずとも…ほら、ちゃんと普通に立てまs痛っ」



提督「無理するな、そんな強がらなくても足手まといだなんて思ったりしない。」



提督「とりあえずもう少し落ち着くまでここにいるとしよう、下手に動いてまた追っかけられたら適わない。」



古鷹「・・・どうして、そんなに責めたりしないんですか…?」



提督「ん、別にさっきのは俺のせいだろ。逆に古鷹は被害者なんだからそんな筋合いは無いさ。」



古鷹「それだけじゃなくて、他の皆にもすごく寛容というか激しく怒ったりしたところを見たことがないので。」



提督「俺だって怒るときは本気で怒るさ。」



古鷹「それって、どんな時ですか?」



提督「まあ、前に秘書艦・・・ここに来る前のことなんだが、そいつが町に出かけたとき運悪く不良に絡まれてな、艦娘だと知られるや聞くに堪えない悪口言われたり、殴られたり、挙げ句の果てには性的暴行を受けそうになった…一緒にいたやつが連絡してくれたからどうにか助けられたけど、その時は本気で殺そうと思ってた。怒りに任せて全員立てなくなるまで殴り続けた…」



古鷹「それで、その後は・・・」



提督「叢・・・あ、口が滑ったな。まあいいか、その時は叢雲が止めてくれた。自分を助けてくれたやつが人殺しだなんて呼ばれたくないって言って・・・」



提督「その言葉のおかげで頭が冷えてな、後は警察に任せた・・・でも当然俺も出頭するように言われた、軍人が一般人に手を出したんだからあたりまえだけどな・・・言いたくないが殴った理由は艦娘を助けるためっていうのも結構不利に働いた。」



古鷹「・・・」



艦娘は今現在の日本では法律上、人であると認められていない。ごくごく最低限の人権は認められているが人と同程度の権利を有してはいない。また、最近まで人ではなく兵器として扱われていたので、法律で禁止されたとは言え未だに差別は日本中どこでも根強く残っている。



提督が叢雲を助けた一件でさえ、世間一般からすれば飼い犬を虐められたからと言って悪ガキを一方的に殴ったことと同じようにしか捉えられないのだ。



提督「その時はちょっとした裁判になったよ、お偉いさんが良い弁護士見つけてくれたから軽い謹慎処分で済んだけど・・・もしもあの時不良達を殺してたら今の俺は無いだろうな。」



因みにその事件の後、叢雲は一週間近く塞ぎこんでしまった。彼女が専属の秘書艦だったというのもあるが、徹底的に避けられたのは正直かなり苦痛だった。

(こんな言い方をするのはちょっとアレだが)いつもの罵声が隣から飛んでこないのも何だか調子を狂わせ、そのおかげで執務に身が入らなかった。



終いにはこちらから土下座をして泣く泣く説得までしたのは、今思い出すと苦笑いがでてくる思い出である。(叢雲自身その時のことを口に出すのを嫌う程度には二人の間では黒歴史認定されている。)



提督「悪い、話が逸れたな。まあ俺だって聖人じゃないから当然怒ることもある。そう言えばここに来て日が浅い日にも天龍をぶったしな。」



古鷹「あ、急に大人しくなったっていう。」



提督「クサイ台詞で説教したって自覚があるからあまり何があったかは聞かないでくれ。」



古鷹「あ、ごめんなさい。実は既に卯月ちゃんに…」



提督「あいつ…ちゃんと口封じしておくべきだった。」



もう既に鎮守府中の皆が知っているのだろう。卯月の情報拡散能力は時にツ◯ッター並みの域に達することさえある。



提督「まったく、困った補佐担当だよ。」






パラパラ…




提督「ん・・・?」



ガラッ…




提督「危ない!!」

ガバッ



古鷹「きゃっ!!」





ガラガラガラ!!ズドオーン!!





パラパラ…




提督「危ねえ、危機一髪か。」



突然、二人の頭上の天井が崩れ落ちてきた。提督は咄嗟の判断で古鷹を抱えて回避したが、ほんの少し遅れていれば二人とも生き埋めになっていただろう。



提督「今ので怪我とかしてないか?」



古鷹「大丈夫です、ありがとうございます。」



提督「なら良かった・・・しっかしまたなんで天井が崩れるんだよ。そこまでここってガタがきてたかのか?」



古鷹「一年程前に建物の点検を行ったばかりですのでまさかそんなことはないと思いますが。」



提督「何にせよ、あちら側には行けなくなったということか・・・」



またあの無限廊下に戻る気にはなれないが、ここがどこであるかわからないし、またいつ襲われるかわからない状況で行き止まりができるというのはあまりよろしくないように思われた。



提督「仕方ない、取り敢えず現在地がどこなのかわかるところまで歩こう。立てるか?」



古鷹「はい、もう立てるくらいにはなりました…でもまだ歩けそうには…」



提督「なら肩を貸してやる、俺に掴まれ。」



古鷹「ありがとうございます。」



提督「悪いが、あまりお前のペースに合わせられないかもしれない。早い所どうにかしねえと・・・」



古鷹「私のことはお構いなく、頑張って提督に合わせます。」



提督「すまない、できるだけ負担をかけないようにはするから。」



取り敢えず、今はまだ安全なので古鷹に合わせてゆっくりと歩いて行く。だが、すぐにでもまたあれが襲ってくるのではないかという思いが焦る気持ちを増幅させていく。



提督 (柄にもねえけど…もしもの時は古鷹だけでも・・・)



古鷹「痛っ・・・うう…」



提督「どうした!?」



古鷹が急に左目を抑えてうずくまってしまった。



古鷹「うっ、ああああ・・・!!」



提督「大丈夫か?痛むのか?」



見ると、古鷹の左目の青い光が消えていってしまっていっている。指の間からは黒い色をした液体(おそらく血液)が流れ落ちていた。



提督 (くそ、俺に何かできることは・・・)



コツ・・・



提督「!?」



コツ・・・コツ・・・



提督「こんな時に・・・!!」



暗がりの向こう側から足音が聞こえてくる。間違いなく先程追いかけてきた人影のものだろう。



古鷹「うううっ、痛い…痛い…」



提督「古鷹、しっかりしろ。立てるか?…いや、立てるわけないよな。俺の声が聞こえるか?」



古鷹 コクコク



提督「よし、ならいい。」




コツ・・・コツ・・・コツ・・・




提督「来るなら来い、ただし古鷹だけは守らせてもらうぞ。」




コツ・・・コ・・・




・・・フフフ




もう…お終いなの…?




提督「誰が諦めるk…」




じゃあ…今度は私の番ね・・・




今度も…負けないわよ・・・フフフ




提督「・・・?」



提督「誰と話している…?」




突然、提督の目の前に人影が現れた。だが、提督を驚かせたのはそのことではなかった。




?「さ、続きをはじめましょう・・・」




提督「まさか、お前は…」




優しくどこか儚い声音、闇夜に輝く銀の髪、提督が見間違うはずがなかった。何故なら彼女はこの鎮守府で唯一の正規空母である・・・翔鶴だったのだから、




翔鶴「ね…瑞鶴?」




提督「なんで…翔鶴が・・・くっ!逃げるぞ古鷹!」

ダダダ!



古鷹の右手を引き翔鶴の横を全速で駆け抜ける。翔鶴に恐れをなしたからではない、彼女の周囲の壁や天井から真っ黒な手がいくつもこちらに伸びてきていたからだ。



提督「まさか、天龍と睦月が言っていたやつが翔鶴だったなんて・・・」



二人の話を信じてはいたものの、絶対に違うだろうと信じていた相手だけに衝撃は大きかった。



提督 (だが、妙だな…なんで呼んだのが俺たちの名前じゃなくて瑞鶴なんだ?)



古鷹「はあ…はあ…」



提督「大丈夫か古鷹、痛みはどうだ?」



古鷹「だいぶ、落ち着きましたけど・・・左目が全く見えないです。右目を開けると左目が痛いし。」



提督「そうか、だが今は気遣ってやれるような状況じゃない。辛いだろうが、俺が代わりに目になってやるから頑張ってついてきてくれ。」



古鷹「はい、了解しました。」



提督 (どうする、どうすれば逃げられるんだ…)



提督「くっ、こっちだ!」



前方の壁に黒いシミができ、そこからまたあの手が生えてきたので右手側の廊下に逃げ込む。



提督「なんなんだあれは、心霊現象にしてはおかし過ぎるだろ。」



提督「ちっ、またか…」



またしても前方に手が出現する。これではいくら逃げてもキリがなさそうだ。



提督「まずいな、そのうち取り囲まれるかもしれない…」



悪い予感というものはこういう時に限ってよく的中するもので、ついに一本道の途中で黒い手に行く手を阻まれてしまった。



提督「まいった・・・完全に挟まれたか。」





翔鶴「フフフ・・・やっと追いついたわ。」



黒い手を伴って翔鶴が後方から迫ってくる。先ほどの様に突破できないかと隙を窺うが、どこにもそんなものは見当たらない。



翔鶴「そろそろ終わらないと・・・ずっと遊んでいるわけにもいかないでしょう?」



提督「ふざけるな、こんな遊びがあってたまるか!」



少しでも恐怖心を払拭するために声をあげるが、翔鶴には聞こえていないようだ。



提督 (霊同士で会話しているとでも言うのかよ・・・)



古鷹「提督っ…」



提督「絶体絶命な状況で安心しろなんて到底言えたもんじゃないが・・・何があってもお前だけは守ってやる。」



古鷹「いえ、私はどう足掻いても足手まといになるだけですから、どうにかして突破口を作ります。そのうちに・・・」



提督「馬鹿なことを言うな!そんな勝手は俺が許さねえぞ!」



古鷹「しかし、仮に私だけ逃れても両目が使えない以上結果は・・・」



提督「結果なんて知るか、たとえ万に一つの確率だろうと俺はお前を生かす方を選ぶ。俺は、お前の妹の、加古のためにもお前を生かさないといけねえんだよ!」



古鷹「提督、何を!?」



提督「うおおおおおお!!」



古鷹を抱きかかえ翔鶴と反対側の手の壁に向かって突進する。



翔鶴「逃がさないわ…」



提督「ぐっ、なんだこれ…すごい力だ…!」



手の間を通り抜けようとするが、黒い手は提督を捉えると凄まじい力で引っ張ってきた。



提督「すまん古鷹!」

ポイッ



古鷹「きゃっ!」

ドサ



抱きかかえていた古鷹を放り投げ、空いた手で黒い手を引き剥がそうとする。



提督「待ってろよ、すぐに…抜け出してそっちに行く…から…な!!」

バリッ



提督「おっとっと、危ねえ…行くぞ!」



多少なり服を犠牲にしてどうにか脱出に成功すると、そのまま古鷹の手を引いて走り始める。



翔鶴「ああ…折角捕まえたと思ったのに…フフフ、待ちなさいってば…♪」



提督「待てと言われて待つほど俺はお人好しじゃねえよ!」



できる限り翔鶴との距離を離すために再び全力で走る。だが、距離を離したところで何度も何度も黒い手が二人の行く手を阻み続ける。



提督「ちっ、ここもダメか。」



既に迷宮と化した鎮守府でどこに逃げればよいのかもわからずに、ただひたすら逃げ回る。今はそれしかできなかった。このまま夜が明けるのを待てば助かりそうな気もするが、あまり現実的ではない。かと言って打開策の一つも浮かんでこないのだ。



古鷹「はあ…はあ…提督、ごめんなさい…もう限界です・・・」



提督「流石に疲れたか、どこかに隠れられたら良いんだが…」



丁度その時、今まで何も無かったと廊下に部屋番号の書かれたプレートが付いているドアが現れた。あまりにも突然で何だか胡散臭かったが、古鷹も疲れ切ってしまっているため休憩は必要だ。何もない廊下で休むよりかは断然良いだろうと判断する。



番号を見れば、確か現在空き部屋になっている部屋だった。少し身を隠す分には丁度良いのかもしれない。



提督「少し休もうか、ここならちょっとくらい大丈夫だろう。」



周囲を十分に警戒して中に入り、気休めかも知れないが一応鍵もかけておく。中は思った通り二段ベッドが複数置かれているだけのただの空き部屋だった。



提督「はあ…できるだけ長く休めれば良いんだが、いつまでここにいられるか・・・古鷹、眼の具合はどうだ?」



古鷹「痛み出したときよりは大分良くなったというか、だんだんと慣れてきました…でも、正直まだ痛いです。」



提督「そうか、本来なら急いで医務室に連れて行くべきなんだろうけど・・・もしくは俺が眼科医だったら診てやれたんだがな。」



古鷹「もしそうだったら、提督がここに来ることなんて絶対になかったと思いますけど。」



提督「はは、それもそうだな・・・俺もどうやら疲れてるらしいな、上手く頭が回らない。」



古鷹「私はもう歩けそうにないです。」



提督「逃げる時になったら担いでやるよ。」



提督「・・・翔鶴、何があったんだろうな。そう言えば天龍達より前に似たような報告って上がってたりするのか?」



古鷹「夜中に不思議な人影を見たという話は何度か耳にしましたけど…少なくとも今回のような事は初めてのはずです。」



提督「そうか・・・」



古鷹「でも、あまりここの皆さんはそう言った話で怖がったりすることは当事者でない限りあまりないんですよ。」



提督「え、それってどういうことだ?」



古鷹「はっきり言って、ここ幽霊が出る事自体が珍しくないほどよく出るんです。」



提督「ええ…」



ここに勤め始めてまだ2ヶ月と少し程度だが、そんな話は初めて聞いた。おそらく、提督の予想では態々教えなくとも良いほど周知の事実なのだろう。



古鷹「提督はまだ幽霊とか見た事ないんですか?なら夏になったら百物語とかいいかもしれませんよ。」



提督「いや、出るってわかってて態々ヤバいことする馬鹿はいないだろ。」





提督「それに…既に幽霊より達が悪いやつ追っかけられてるからな。」



古鷹「あ、そうでした…」



提督「・・・」




コツ・・・コツ・・・




提督「・・・来たか」



古鷹「え、大丈夫でしょうk…」



提督が古鷹の口に人差し指を当てる。つまり、扉のすぐ外にいるということなのだろう。




翔鶴『あら…どこに行っちゃったのかしら…どうしましょう、見失ってしまったわ・・・』




提督「・・・」




古鷹「・・・」




コツ・・・コツ・・・コツ・・・




足音が遠ざかっていく。どうやら発見はされなかったらしい。



提督「はあ…危なかったな。」



古鷹「こ、怖かったです・・・」



提督「いつまでもここにいるわけにもいかないだろうな…」



実際、本当にその通りだった。部屋の隅が急に真っ黒く染まり始め、黒い手が次々と湧き始める。



提督「くそ、バレたか。」



古鷹「早く外に逃げましょう!私はもう大丈夫ですから!」



提督「ああ、わかっt・・・」




ガチャリ…




翔鶴「…やっと見つけたわ・・・こんな所にいたのね…♪」



古鷹「え、うそ・・・」



提督「くっ・・・」



勝手に開かれたドアの近くには既に翔鶴が立っていた。しかも彼女の後方では黒い手が完全に道を塞いでいる。



古鷹 ギュッ



提督 (どうする、もう今までのように無理やり突破するなんてできないぞ・・・)



一歩、また一歩と二つの勢力に挟まれジワリジワリと追い詰められていく。



提督「はは、わかった・・・俺の負けだ。」



古鷹「提督!?」



提督「ただし・・・捕まるのは、俺だけだ!」



提督が翔鶴に向かって走り出す。そしてそのまま翔鶴に飛びつくとそのまま黒い手の海に押し倒した。




翔鶴「何を・・・」



提督「残念だったな、悪いが俺は意外と諦めが悪いんだよ。」



古鷹「提督!!」



提督「逃げろ古鷹!早く!」



古鷹「でもっ、それじゃあ提督が!」



提督「いいから早くしろ!これは命令だ!」



古鷹「・・・っ」



古鷹「ごめんなさい…」

ダダダ



わずかに残された隙間を縫って古鷹が逃げ出す。




提督「よし、それでいい・・・うぐっ」



黒い手が提督の体にまとわりつき締め付けを始める。しかもそのまま奥深くへと引きずり込もうとしている。



提督 (くそ、これ本気でマズイな。だが、これで古鷹が助かるなら・・・)



翔鶴「どうしてこんなことをするの・・・?」



提督「どうしてって・・・何!?」



信じられないことに、両腕でしっかりと抱きかかえていた翔鶴の体がふっと煙のように消えてしまった。



提督「ど、どこにいって・・・」



翔鶴「フフフ…さて、早くまた捕まえにいかないと・・・」



提督「・・・っ!?」



気がつけば、先程まで立っていた位置に翔鶴が再び何事もなかったように立っていた。どうやら、古鷹も捕らえようとしているらしい。



提督「やめ・・・ぐっ」



黒い手が提督の喉元にまで迫ってきた。このままでは引きずり込まれる前に絞殺されてしまう。



提督 (苦しいっ、死ぬ・・・くそっ、これじゃあただの死に損じゃねえか…守るって、あんな偉そうに、言ってたくせに・・・!)



提督 (・・・マズイ…もう意識が限界・・・)



提督「・・・すまな・い…ふる・た・か・・・」



意識が途切れる一瞬前、翔鶴がこちらを振り返った気がした。閉ざされようとしている視界が最後に捉えたのは先ほどまで彼女が見せていた無邪気な笑顔とは違う今にも泣きそうな顔だった。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーー







古鷹「はあ…はあ…」




古鷹「・・・っ!」

ポロポロ



暗い廊下をあてもなくたった一人でひたすらに逃げ続ける。痛む目が上手く機能せず何度も壁にぶつかってしまうが、それでも走るのを止めるわけにはいかない。



自らを犠牲にしてまで守ろうとしてくれた提督に古鷹ができることはこれしかなかったのだ。



古鷹「誰か、助けて・・・!」

ボロボロ



自分ではない、自分の代わりに犠牲になって黒い手に飛び込んだ提督をだ。



出撃の時に一言二言話したくらいでだけでちゃんと話したのは今日が初めてで、ロクに互いを知っているわけでもない自分を、彼が昨年までいた鎮守府に所属する艦娘よりずっと関係の浅いはずの自分を最初からずっと諦めずに守ろうとしてくれた。



人間である提督は本来なら艦娘である古鷹が守るべきなのに、それができないばかりか、自分を守って命を落とそうとしている。



古鷹「そんなの、そんなの・・・」



頭の理想はそのことを許してはいない。だが、現実の彼女は何もできなかった、初めて自分が無力であることを思い知った。



古鷹「どうして私ばかりいつも・・・っ」



自分が不幸だと言いたかった。だが、そう言ってただ自分を慰めたいだけだと頭の中で言ってる別の自分がいる。随分とお節介なことだ、何がいけないというのだろうか。何度も振り払おうと努力しても報われたことなんて一度もない。だったら他に救いを求めても構わないだろう、それで現状が改善されることだってあるかもしれない。




古鷹「うわっ!」

バタン



古鷹「痛っ・・・!」



足がもつれて転んでしまう。どうやら転んだ拍子に足首を捻ったらしい。動かそうとすると鋭い痛みが走った。



古鷹「そんなっ、今は立ち止まってる場合じゃないのに・・・」



一刻も早く走り出さなければまた追いつかれてしまう。



古鷹「どうしよう、どうすれば・・・」



必死に考えるも、現実は待ってくれなかった。古鷹を取り囲むようにして重油のような粘性のある液体が床に広がる。それと同時に例の手が液体の中から生え古鷹にまとわりついてきた。



古鷹「いやっ、やめて、離して・・・!」



古鷹の声を聞くはずもなく、黒い手はどんどん本数を増やしていき確実に古鷹の体を拘束していく。全身を抑えられた古鷹は、もう足掻くこともできなかった。




翔鶴「やっと捕まえたわ…♪意外と時間がかかってしまったわね…」



古鷹「どうしてこんなことをするんですか!優しい翔鶴さんがなんでこんな・・・」



翔鶴「はあ…今日も楽しかったわ…またこうして遊びましょうね♪」



古鷹 (聞こえてないの?)



目線は古鷹だが、翔鶴に古鷹の声は届いていない。なんだか古鷹のいる場所に別の誰かを見ているようだった。



古鷹 (さっき言ってた瑞鶴さんかな…)




翔鶴「鬼ごっこがしたいなんて瑞鶴ったら…でも、子供の気分になるっていいものね…久しぶりにはしゃいじゃった♪・・・でもそろそろお終いにしましょうか…」





翔鶴「おやすみなさい…」



古鷹「え、いや、やめて!うぐっ・・・」



古鷹の首にも提督と同じように手がかけられ、細い指に不釣り合いな力で締め付けられる。



酸素を取り込もうとして必死にもがくが、全身を取り押さえられてはどうすることもできない。



古鷹 (苦しい、いや、死にたくない・・・提督、ごめんなさい、助けてもらったのに、私何もできない・・・っ)



ひどい頭痛に頭が悲鳴をあげ、視界がグラグラする。目を開いていても自分が何を見ているのかなんて確認することができない。



古鷹 (もう、限界・・・)




永遠に感じられた苦しみにも慣れ、聴覚や肌の感触がわからなくなり、感情までもがどこかに行ってしまう。今にも閉じようとする瞼が降りてくるのを見ながら遠い昔に経験したこれと同種の感覚を思い出す。



冷たくて暗い静かな水底、自分の他には誰もいない孤独な空間。




あの時と同じようにまた目を閉じて眠りに就こうとする。そして、古鷹は2度と戻ってこられない暗闇に落ちていった・・・
















どれ程時間が経っただろうか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。



いつも眠たそうにしてて、起きてるときは危なっかしくて見ていると心配になる。でもそれがいつもいつも杞憂に終わる少し変わった、本当は自分の姉になるはずだった妹…



加古「古鷹、起きてよ古鷹!」




古鷹「ん、あれ・・・加古?」



加古「良かったぁ、何とか間に合った。」



古鷹「何で加古が・・・あれ、何で私死んでないの…はっ、提督は!?私翔鶴さんに捕まって・・・」



加古「まあまあ、取り敢えず落ち着きなって、そんなに心配しなくても提督なら大丈夫だったよ。ちょっと危なかったけどね。」




加古「・・・お、噂をすれば」




提督「古鷹!無事だったか!」



加古の目線の先から提督がこちらに向かって走ってくる。何ともなさそうなその様子に思わず安堵の息が出る。



提督「良かった、生きていてくれて何よりだ。」



古鷹「提督こそ、本当に良かった・・・」

ボロボロ



提督「うお、泣くなよ。お互い生きてたんだし、それに泣かれたってこっちが困るだけで・・・」



古鷹「だって、私を逃がすためだけに自分の命を捨てるようなことをして・・・提督の命は提督だけのものじゃないんですよ!?もし提督が死んだらここにいる人だけでなく、元々いた鎮守府の方々やご両親、ご親戚の方々だってみんな悲しむんですよ!?」



提督「あ、はい、そのことについては本当に反省させられました・・・」



卯月「まったくその通りだぴょん!今回ばかりはうーちゃんも黙って見過ごすことはできないぴょん!!」



提督「面目ねえ…」



先ほど助けられた時に卯月から叩かれ怒られして説教させられたばかりなのだが、古鷹も加わっての説教タイムがまた始まってしまった。



一通り終わったらしい所を見計らって、先ほどからずっと気になっていた疑問を口にする。



提督「あの、話は変わるんだがなんで加古と卯月が俺たちのことを助けに来てくれたんだ?」



古鷹と卯月

『勝手に話を進めない!!』



提督「あ、はい・・・申し訳ございません。」



終わってなかったようだ。






古鷹「はあ…まあいいです、これ以上は出てくる言葉もありませんし、助けてもらっておいて小言しか言わないのは気が引けますから。」



古鷹「助けてくれて、ありがとうございました。」

ペコリ



提督「いや、古鷹を助けたのは加古だろ?俺だって卯月に助けられたわけで・・・結局俺は約束破って勝手に死のうとしただけみたいになって、古鷹を危険に晒した。すまn・・・」



加古「はいはい、ちょっとストップ。古鷹を助けてくれたことは、あたしからもお礼を言わせてもらうよ。本当にありがとね。」



提督「でも…」



加古「目が使えない古鷹をずっと庇いながら逃げてたんでしょ?最後まで古鷹を守ろうとしてくれてたなら、そりゃお礼しないわけにいかないよ。」



古鷹「そうですよ!」



提督「あ、うーん…」



卯月「はあ、司令官って本当にヘタレだぴょん。こういう時は素直に受け取っておくのが男だぴょん。」



提督「卯月に男を語られた・・・まあ、そうなのかもな。なら、どういたしまして・・・か?」



加古「そうそう、それでいいのいいの。」



提督「でも、二人にもお礼を言わないとな。俺と古鷹を助けてくれてありがとう。」



加古「えへへ、どういたしまして。」



卯月「司令官がピンチの時はいつでもうーちゃんに頼っていいぴょん♪」



提督「あ、それでだ。なんで2人が俺たちのことを助けてくれたんだ?動機とかじゃなくて、こんな時間に偶然起きてたってのはどうも考え辛い。それに翔鶴のいる気配もないみたいだし、おかしくなってた鎮守府もいつ通りになってる。」



そう言い終わると、加古と卯月が仕方ないなとでも言いたげを顔をしてアイコンタクトをとった。




加古「まあ、提督の疑問もごもっともだよね。」



卯月「そんなに知りたいなら仕方ないぴょん。」



何度も使い古されたであろう『フッフッフ』とかいう笑い声を上げながら加古と卯月が古鷹と提督の前に立つ。



加古「何を隠そう、あたし達は悪しき常世の住人を成敗する者!」



卯月「その名も!」



加古と卯月

『ゴーストデストロイヤーズ!』

バアァァァン!



そう言って2人が戦隊モノのヒーローよろしく決めポーズをとる。だが、2人の立ち位置はどこか変で、ポーズにも対称性が感じられない。というか、そもそもどこかで聞いたことがあるどころかネタとしてはかなりタイムリーではなかろうか。



提督「えっと、ツッコミたいことが多すぎて逆にツッコめない。」



古鷹「私も同感です…」



卯月「ええ!反応薄っ!!」



提督「お前らが反応に困るようなことするからだろ!だいたいなんだよデストロイヤーズって、そこはバ○ターズじゃないのかよ!それに決めポーズが明らかにおかしいだろ!」



卯月「司令官、加古さんが言ったようにうーちゃん達は悪いお化けを退治するんじゃなくて懲らしめて追っ払うのが役目なんだぴょん。」



提督「おう、それがどうしたよ。」



卯月「司令官はうーちゃん達駆逐艦の英名を知ってるぴょん?」



提督「あ、もういいです。わかったので次、決めポーズについてどうぞ。」



卯月「早!?折角うーちゃんがかっこよく説明しようと思ってたのに、そこはちゃんと聞くところだぴょん!」



提督「どうせ、幽霊を追っ払う=駆逐する=駆逐艦=デストロイヤーってことだろ。」



卯月「な、何故そこまで・・・!?」



提督「いや簡単に理解できるわ!」



加古「ちょっと〜、そこまでわかったならなんで重巡なのに駆逐艦なんだよってツッコんでくれないのさ?」



提督「確かに思ったけど、どうせ聞いたところで大した答えが期待できるとは思えなかった…」



加古「あ、バレた?」

てへペロ☆



提督「・・・知ってた。」



提督「まあいい…それで、あの変な決めポーズは何なんだ?」



加古「ああ、あれのこと?フッフッフ・・・実はあたし達が2人だけじゃないことを提督は知らないな?」



卯月「実はなんとなんと!」



加古「あたし達ゴーストデストロイヤーズは本当は全員で6人なのだ!」



卯月「つまり、あのポーズは実はまだ真の姿を見せてないんだぴょん!」



提督「へー、そんなもの好きがあと4人もいるのか。」



加古「フッフッフ・・・甘いよ提督、餡蜜ぜんざいに生クリームとハチミツをかけたのよりも甘いよ。」



提督「その笑い方いい加減飽きたし、例えがわかりづらすぎるんだが!?」



加古「あとの人はまだ募集中、つまり団員はまだあたしと卯月ともう1人初雪だけなんだよ!」



提督「あ、何気に初雪もメンバーなのか。ていうか…」



提督「さっきはツッコめって言ったクセに今度は無視かよってかまだ集まってもないのに6人用のポーズ考えてたのか!?」



卯月「ポーズあってこそのチームだぴょん!」



提督「はぁ、左様で…」



聞いておいてなんだが、流石にこれ以上は付き合いきれないのでとっとと話を進めてしまうことにする。



提督「つまるところ、お前達は夜な夜なお化け退治をしていて、偶然翔鶴に襲われている俺たちを助けてくれたんだな?」



卯月「流石、司令官飲み込みが早いぴょん。」



提督「ある意味ここに来たおかげかもな。で、翔鶴はどうしたんだ?あの黒い手も襲ってこないみたいだが。」



加古「あたしらがどっちも祓っておいたよ。前々から探してたんだけどなかなか手が出せなくてさ、電探に提督達が引っかかってくれて良かったよ。」



提督「祓った…ということはあの翔鶴はここにいる翔鶴とは別人、言うならば他の翔鶴の幽霊ってことか?」



加古「普通ならあたしらが本当にお祓いをする力を持ってることにビックリするところだと思うけど・・・まあいっか、でもそうじゃないと思うな。」



提督「え、じゃあ翔鶴が俺の知らないなうちに死んでたってことか!?」



加古「それとも違う。言ったじゃん、前々から追っかけてたって。」



提督「ああ、そうか。すまない、続けてくれ。」



もし提督が言った通りであれば、提督が毎日会って話をしている翔鶴はすでにこの世のモノではないことになってしまう。まだ先程の恐怖が抜けきっていないのか、少し焦ってしまったようだ。



加古「多分、あれは翔鶴さんの意思が具現化したもの。翔鶴さんの生霊みたいなやつなんじゃないかと思うんだ。」



提督「生霊・・・翔鶴が誰かに怨みを持ってるとか?」



加古「さあ、でも根本的に解決しないことには祓ってもまた出てくるだろうからちょっと行ってみよう。」



古鷹「加古、行くってどこに?」



加古「翔鶴さんの所だよ。原因を探るなら直接が一番!」



そう言った加古は提督に翔鶴の部屋の番号も場所を聞く。普段はツリーハウスにいるからあまりそう言ったことには疎いのだそうだ。



提督は卯月に古鷹を任せると、加古について行くことにした。医務室に行けば卯月でも簡単な手当ぐらいできるだろうし、翔鶴のことも気がかりだった。意思が生霊となって現れるほど苦しんでいるとすれば、やはりどうにかしてあげたいと思う。



部屋に行く途中、前方から探照灯らしい灯りがこちらに向かってくるのが見えた。一瞬体が震えたが、恐ることは何もない。正体は初雪だった。



初雪「ごめんなさい・・・遅くなっちゃった…」



寝巻きにスリッパ姿で現れた初雪は今にも倒れてしまうんじゃないかと思うほど眠そうで、黙って立っているだけでもフラフラしている。



加古「遅いよー、もうあたしと卯月で生霊祓い終わっちゃった。」



初雪「え、あれお祓いできたの?・・・よし、また一つ仕事が減った…」



提督「初雪もブレないな・・・それにしても、加古は珍しく元気だな。こんなバッチリ起きてるとこ初めて見たぞ。」



加古「え、あたし?あたしは夜はいつもこんな感じだけど?」



提督「ああそうか、毎夜毎夜こんなことをしてるから日中ずっと寝てるのか…」



これで「不幸鎮守府の眠り姫(提督命名)」の謎が解けたことになる。



提督「一応お前も戦力扱いしてるんだから、偶にはちゃんと寝て出撃してくれよ?」



加古「いやー、それがもう既に夜行性になっちゃったみたいでそれは無理かなー。」



提督「野生の小動物かよ…わかった、お前のシフトはこれから夜戦の方に回しておく。」



古鷹を昼組にしていたから加古も同じ方が良いかと思っていた(というか夜も普通に寝ていると思ってた)ので今までそうしてこなかったが、そうした気遣いは別に要らなかったようだ。



加古「えー、夜戦かぁ。まあいいよ、あたしにお任せ!」



提督 (あれ、加古ってこんなヤル気あるやつだったか?)




そんなこんなで、会話をしていたらいつの間にか翔鶴の部屋に着いた。鍵が掛かっていたが、提督特権のチートアイテムであるマスターキーがあるので問題はなかった。(そこ、羨ましいとか言わない。悪用したら屈強な憲兵さんに以下略。)



ガチャ


加古「お邪魔しまーす。」



初雪「・・・あれ、提督は入らないの…?」



提督「いや、流石に女性の部屋に堂々と入れるほどの図太い神経は俺にはなかった。」



加古「大丈夫、暗いから下着が落ちてたりしても気付かないって。」



提督「気付かないで踏んだりするのもそれはそれで翔鶴に申し訳ないんだが…」



加古「その時はその時だって、早く入った入った。」



提督「おいおい、手を引っ張るなって…」



提督「ん、初雪どうした?」



初雪が歩みを止めてベッドのある方を見ている。



初雪「止まって…これ以上近づいたらダメ・・・」



提督「え?」



提督「・・・っ!」



ベッドの上に寝ている翔鶴の周りがドス黒い重油のような粘性の液体らしきもので覆われている。



加古「やっぱり、翔鶴さんが元凶ってことか…」



初雪「祓える…?」



加古「祓うだけなら簡単、でもどうしてこうなったのかを知りたい。」



初雪「任せて…そっちは得意だから・・・」



提督「どうするんだ?」



加古「まあ見てなよ。」



加古が翔鶴の側まで慎重に歩いていく。初雪がこれ以上行くなと言った先では、足元にも重油のようなものが広がっておりあまり踏んで歩くのはよろしくないように思われた。



提督「だ、大丈夫か加古?」



加古「へーき、このくらいならゆっくり行けば大丈夫。」



だが、彼女の顔はそこまで大丈夫といった感じではなかった。彼女自身、重油(仮)に恐れを抱いているのだろう。



綱渡りをしているかのような足取りでようやく翔鶴の側に立つと、加古が何やら紙切れのようなものを取り出す。



加古「さぁてと、一気に大技で終わらせるよ!!」

キュイーン



紙切れを中心として巨大な方陣が宙に描かれる。



提督「なあ初雪、加古は何をする気なんだ?」



初雪「呪符から出るビームでボーン…吹き飛ばしちゃう。」



提督「ちょ!?待て待て加古!翔鶴を殺す気か!?」



加古「え?ああ大丈夫大丈夫、そこで見てなって!ちょっと派手なことするだけだから。」



提督「いや大丈夫じゃないだろそれ!?ビームで吹き飛ばすとかちょっとの次元を超えてるよな!?」



加古「加古スペシャルをくらいやがれー!!」



提督「話を聞け、ってうおわ!?」



キュイーン チュドーン!!



一瞬、あたりが眩い光に包まれたかと思うと、すぐにまた暗い夜が戻ってきた。



だが、それだけではないようだ。翔鶴にまとわりついていた重油が綺麗サッパリ消えて無くなっている。



加古「ふう…よし!」



提督「よしじゃねえだろ、大丈夫なら大丈夫だとちゃんと説明してからにしろよ、こちとら心臓が今バックバクよ・・・」



加古「え?言ったじゃん、大丈夫だって。」



提督「あれだけで安心できるかってんだそのくらい配慮してくれ・・・」



本来なら、男としてビームだの呪符だの方陣だのにロマンを感じて興奮すべきなのだろうが、生憎この時の提督にそんな余裕はなかった。



加古「ふう、久々に最大出力でやったからちょっと疲れちゃった。あとは任せたよ、初雪。」



初雪「うん…頑張る・・・」



初雪が加古と同じように呪符を取り出す。またビームを出すつもりなのかと思ったが、加古が各々違う呪符を持っていて効果のみならず使用法やエフェクトも異なるのだと教えてくれた。



初雪が取り出した呪符を翔鶴の額に貼り付ける。正直な感想、見た目がすごくキョンシーみたいだ。写真に収めて翔鶴に見せたらしばらく口をきいてくれなくなるかもしれない。




翔鶴「・・・っ」




翔鶴「・・・い」



寝ている翔鶴が微かな声をあげる。とても小さ過ぎてよく聞こえない。



提督「翔鶴、起きたのか?」



加古「いや、寝たままだよ。」



初雪「静かに…」



初雪が注意深く翔鶴の声に耳を傾ける。



翔鶴「さみ・・しい・・・」



提督 (・・・?)



翔鶴「寂しい・・・」



そう言った翔鶴の目から一筋の涙が零れた。



初雪「・・・聞こえた?」



提督「ああ…でもこれは・・・」



加古「寝言だよ…って言ってもただの寝言じゃないけどねー、あれを寝ている人に貼るとその人の心の底の声が聞けるんだよ。」




翔鶴「寂しい…どうしてここには私だけなの・・・」



先程よりハッキリと、鮮明に翔鶴が訴えてくる。



提督 (どうして、ここには俺だっているし、翔鶴以外にも沢山の艦娘がいるのに・・・)



翔鶴「瑞鶴…あなたに会いたい・・・」



その言葉が終わると同時に、彼女の目から涙が止まることなく流れ始めた。



加古「・・・きっと、辛かったんだろうね。遠慮して自分の本音を隠し続けて、大丈夫だって言い続けて・・・多分、それが積もりに積もり過ぎてあんなのが生まれたんだと思う…」



提督「そう…なのか・・・」



それを聞いたら、どうしようもなく堪らなくなった。自分の本音を殺して周囲に気取られないようにするのはどれほど辛いことであっただろうか。



提督の追いかけられたことによる彼女への恐怖は、既にどこか遠くに消えていた。



提督「・・・すまない、もっとお前のことを考えてやれば良かったな…」



提督「・・・もう、翔鶴が寝ている間にアレが出てくることは無いのか?」



加古「いや、一度祓ったからしばらくは力が溜まるまで大人しくしているだろうけど、このままだとまた現れるだろうね。」



提督「根本的解決が必要か・・・」



しばらく、翔鶴にしてやれることが何かないかと思案にふけっていると、部屋の窓から一筋の光が漏れてきた。



提督「・・・もう、朝か…」



嫌な夢で起こされたかと思えば翔鶴の生霊に襲われ、気が付けば朝になっていたらしい。思えば長い長い夜だった。





提督「・・・決めた」




初雪「・・・?」



加古「どうしたの、決めたって何を?」



提督「いや、今は翔鶴はここにいるべきじゃないってことがわかったんだよ。」



初雪「え…つまり追い出すってこと?」



提督「言い方は悪いけど、そうだな。それが翔鶴にとって今一番必要なことだ。」



加古「でもここを出て行って行く所なんて・・・」



ここ、不幸鎮守府は必要とされなかった艦娘を引き取る場所だ。そんな所から出た艦娘を引き取ってくれる所など、存在するはずがない。必要ないものに用は無いのだ。



提督「そうだな・・・でも、アテがないわけでもないから俺がなんとからしよう。」



初雪と加古が怪訝そうなここ顔をする。自分だって自分の言動が馬鹿のそれだと自覚はしている。



提督 (たとえ何とかならなくとも、艦娘のために何とかするのが俺等の仕事だからな・・・)



そう考えているうちに、大きな欠伸が出てきた。何だか、頭も痛い気がする。



提督「そろそろ執務室戻るぞ、眠くてぶっ倒れそうだ。」



加古「賛成、あたしももう眠くなってきた・・・」



初雪「うん…それがいい・・・」



提督「なあ2人とも、お前等のテントで俺も便乗して寝かせてもらっていいか?」



加古「ええ、あたしら2人まとまて襲う気?」



初雪「流石にそういうのは良くない・・・」



提督「違う、そうじゃなくてだな。」



提督「俺の部屋はまだ天龍とポーラが寝てるし、誰かに見られて私室に連れ込んだって思われるのはまずい。かと言って仮にも提督である俺が執務室で朝からグースカ寝てるわけにいかないだろ。」



提督「だから、人目に付きにくいテントで寝かせてもらいたかったんだが・・・」



初雪「バレたら結局司令官が夜這いしたってなりそうだけど・・・」



提督「そこはどうにか補佐艦殿にどうにか根回ししてもらう。」



担当が卯月なので相当な口止め料、または脅は(ゲフンゲフン)が必要だろうが、卯月も鬼ではないので何とかはなるはずだ。



加古「まあいいや、その代わり我が団に入ってもらうということで特別に許可してあげるよ。」



提督「うっ・・・わかった。」



背に腹はかえられない、それほどまでに提督の頭は睡眠を欲していた。



結局、これから先何度も振り回される度にこの時の自分を呪うことになるのだが、それはまたそのうち別の機会にするとしよう。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





その後





提督に呼び出された翔鶴は、1人執務室に向かっていた。何やら大事な話があると卯月に伝えられ、少々不安である。



翔鶴 (何か、提督に失礼なことをしたかしら・・・)



もちろんそんな覚えは無いし、提督が翔鶴と話しているとき翔鶴の言動で彼の表情が不快を表すようなことは無かったはずなので、その心配はあまりなさそうだが、彼からの個人的な呼び出しなど初めてのことだったのでどうもネガティブな考えばかり浮かんでくる。



そうやってあれこれ考えているうちに、執務室へ到着してしまった。だが、ここまで来たからには仕方ないと深呼吸をしてドアをノックする。



ドアの厚さ的に、あちら側の返事は聞こえないことが多いのでノックしたらすぐに入るのがここでは習わしとなっていた。



翔鶴「失礼します。提督、お呼びでしょうか?」



提督「ああ、わざわざ呼びだしてすまなかったな・・・」



出迎えた提督の目は隈で輪郭がなぞられており、まるで徹夜で激務をこなしたかのようだった。



翔鶴「あの、大丈夫ですか?ご無理をなさっているように見えますが・・・?」



提督「いや、このままで大丈夫だ。気遣いありがとう・・・」



笑おうと努める提督だが、あまりその努力は報われていない。



提督「まあ、あまり体調が優れないのは事実だ。だから単刀直入に用件を言わせてもらおう。」



穏やかな口ぶりで提督がこう続けた。



提督「しばらく、お前を転勤させることに決めた。」



一瞬、何を言っているのかわからなかったが、すぐに理解できた。



翔鶴「そんな、私が何か提督に失礼なことを?それとも私では役不足でしたか!?」



提督「そうじゃない、翔鶴はとても優秀でいいやつだと思っている。できればこんなことは言いたくはなかった。」



翔鶴「では、どうして?」



提督「それは…それが今のお前に必要なことだとわかったから・・・」



翔鶴「必要なこと・・・?」



提督の目が一瞬空を泳ぐ。次に繋ぐ言葉を選んでいるのだろう。



提督「その…翔鶴は今の暮らしに満足しているのか?」



翔鶴「はい、それは勿論。皆さんとてもよくしてくれていますし、提督も私のことを大変気遣ってくれていますから。」



そう言うと、提督が何も言わずに椅子から立ち上がり翔鶴の元へ歩み寄ってきた。



翔鶴「提督・・・?」



提督「そんなに無理しなくてもいい。俺はわかっているから・・・」



提督が自分の頭に手を置く。だが、意図がわからないのではその手を振りほどくしかない。



翔鶴「どうして、そんなことを言うのですか?」




提督「・・・はあ…」



提督が観念したかのような溜め息をついた。



提督「翔鶴、お前は本当は寂しいと思ってるんじゃないのか?」



翔鶴「いえ、そんなことは。前にも言いましたけど、そのことに関しては私大丈夫です。」



提督「本当か・・・?」



提督が真っ直ぐにこちらを見てくる。どこまでも自分の身を案じている目で。



提督「もう、自分の思いに嘘をつき続けるのは止めてくれ。これ以上は無理をしているお前を見てられないんだ。」



提督「もっと、自分に素直に生きてくれ。」

ギュ



提督の手の平が、こちらの手を包む。大きくてしなやかさに欠けるが、とても暖かい。その感触が原因なのか、ふと気付けば涙腺が緩んでいた。



翔鶴「え・・・なんで…どうして?」



提督「・・・なんだ、ちゃんと泣けるじゃないか。」



涙は、止まる気配を見せなかった。いくら拭おうともどんどん頬を濡らしていく。次第に嗚咽までもが出てきてしまう。



こんな風に泣くのはいつ以来だろうか。



提督がソファーまで連れて行ってくれ、そのまましばらく側で頭を撫でてくれた。まるで子供をあやしているようで恥ずかしい思いもあったが、今はその優しさが心地よかった。



ややあって涙が止まると、ティッシュの箱が差し出された。そんなにヒドイ顔になってしまっているのかと思って、できるだけ顔を伏せようとしたが最早あまり意味を成さないだろう。



提督「・・・少し待ってろ。」



そう言って提督が部屋の隅に設けられているキッチンへと向かった。少しして戻ってきた彼の手には、彼にはあまり似合わない花模様のティーポットとカップがあった。



提督「泣いた後って喉が乾くだろ?スポドリのほうが良いのかもしれないが、取り敢えず飲んでおけ。」



提督が注いでくれたカップに口を付けると、驚くほど甘かった。だが、この甘さが逆に泣疲れた心を癒してくれる。



提督「どうだ?少し砂糖を多めに入れたんだが、甘すぎたか?」



翔鶴「いえ、とっても美味しいです。」



提督「それは良かった、まだあるから気の済むまで飲んでくれ。」



翔鶴「ありがとうございます。ところで、何度かここでお茶を淹れさせていただいたことがあるのですが、このポットとカップは初めて見た気がします。」



提督「え、ああそれは・・・この前淹れようと思ったらいつの間にかヒビが入ってて…」



語尾がゴニョる。



翔鶴「ヒビが入っててどうされたんですか?」



提督「・・・買い直した」



翔鶴「え…買い直した、ですか?」



提督がこの華やかなティーセットを?



提督「仕方ないだろ、町に行ってもそのくらいしか無くて・・・」



赤くなってそっぽを向いた提督がおかしくて、自然と笑ってしまった。



提督「わ、笑うなよ。正直結構恥ずかしいんだぞ…」



翔鶴「すみません、でも私はこういうの嫌いじゃないですよ。」



提督「う、素直に喜べない…」



暫しの間紅茶の香りと甘みを楽しみ、提督と他愛もない話をする。見た目的にあまり女性慣れしてなさそうな彼は意外と話せる口だった。ここに来る以前から提督だったというので、仕事柄そういう面も鍛えられたのだろう。



そして、話がひと段落ついたところで提督が件の話を切り出してきた。正確にはその続きを。



提督「翔鶴は俺の、毎年ここにやって来る提督の教官役の人を知ってるよな?」



翔鶴「はい、こちらにいらっしゃるときはよく声をかけていただいていますから。」



提督「今回の件は教官が仕切ってる鎮守府にお前を預けて息抜きをさせるのが狙いだ。あそこはここと違って空母が多く在籍している。俺にはあまりよくわからないが、同じ艦種同士だから語り会えることなんかがあるんだろ?」



提督「あ、先に断っておくがあそこには何故か五航戦がいないんだそうだ。だから、当然瑞鶴もいないことになる。それでも、そういった経験って大切だと思うんだ。だから・・・」



提督「ああもう、周りくどいのは止め。とにかく、こんな閉じた場所に引きこもってないで偶には外の空気を吸ってこいってことだ。」



提督「・・・というわけなんだが、やっぱり嫌か?」



翔鶴「・・・もう、そこまで言われたら流石に断るわけにもいきませんよ。私のことをこんなに考えてくださり感謝します。」



提督「それじゃあ」



翔鶴「はい、この翔鶴しばらくこの鎮守府を留守にさせていただきますね。」



提督「良かった、なら早速向こうに行く準備を整えておいてくれ。教官には既にアポも取ってある。空母組共々お前のことを歓迎してくれるそうだ。」



翔鶴「お手数おかけします・・・でも、私がいなくなって大丈夫でしょうか?」



提督「そんなの気にせずに楽しんでこい。こちらのことは心配しなくてもいい、欠けたお前の分まで努力するさ。」



提督「・・・まあ、少し寂しくはなるがな。」



翔鶴「え?」



提督「なんでもない、今のは空耳だ。」



恥ずかしくなったのか、提督がそっぽを向く。わかりやすい態度になんだかまたおかしくなってきた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




それから翔鶴の転勤はすぐに準備が整い、出発は彼女と話をした次の日になった。



引っ越しではないので必要な物だけを持って行くようにと言ったのだが、彼女も女性であることに変わりはない。造り終えた荷物は1人で運ぶのはかなり大変そうだった。



まあ、元より彼女1人で行かせるつもりもなく車で送っていく予定だったので、そのことが影響を及ぼすことはない。



荷物を車に積んだ後、鎮守府のメンバーを集めて見送りをさせる。そこまでいけばあとは翔鶴を送り届けるだけだ。




だが・・・




提督「まったく、なんで2人まで付いてくるんだ?」



卯月「うーちゃんは司令官のお供だぴょん。」



ポーラ「まあまあ良いじゃないですか〜、ポーラだって教官さんに挨拶しておかないと〜♪」



提督 (こいつ、絶対翔鶴の歓迎会が目的だ。)



ぱっと見、絵に描いたような真面目軍人の教官だが、実はお祭り好きだったりとユーモラスに溢れる人だ。



連絡をした時、宴をせねばならないだのどうのこうの言った上で自分を頼ってくれて嬉しいから一緒に飲まないかと誘われていた。



提督 (俺が飲めないの知ってるから酒を飲ますようなことはないと思うから良いんだけど。)



まさかポーラが一緒に来るとは思わなかった。彼女には酒に反応する第六感でもあるのだろうか。



翔鶴「まあ、人が多い方が楽しいじゃないですか。」



提督「翔鶴がそういうなら、仕方ないか。」



卯月とポーラ

「わーい!」



心配になったので、くれぐれもはしゃぎ過ぎて迷惑をかけないようにと釘を刺しておく。(ポーラは一回教官の鎮守府でトンデモなことをしでかしていたことを思い出したのは到着する直前だった。)





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





教官の鎮守府に着くと、門の所で教官が直々に待っていてくれた。案外待ちきれなかったのかもしれない。



教官「久しいな、翔鶴よ。よく来てくれた。」



翔鶴「お久しぶりです、教官さん。」



教官「遠いところを態々ご苦労・・・と思ったが、大した距離ではなかったな。」



提督「歩くなら話は別ですけどね。それにしても教官直々に出迎えてくださるとは、思ってもいませんでしたよ。」



教官「椅子に座って待っていられるほど私は偉くなった覚えはないのでな。肩書きは別としての話だが。」



提督「はは、教官らしい。」



教官「まあ、立ち話もなんだ。手伝いの者を呼ぶから荷物はここに置いて先に部屋に案内しよう。」



翔鶴「しばらくご厄介になります。」



提督「自分からもよろしく頼みます。それと、翔鶴の荷物は自分達3人で持って行きますのでご気遣いは無用です。」



教官「ん?3人だと?」



卯月「じゃじゃーん!ご無沙汰してます、うーちゃんでーす!」



ポーラ「お久しぶりです教官さん♪」



教官「あ、ああ、なるほどそういうことだったか。」



提督「勝手について来てしまいまして。」



教官「そうか、まあ双方とも元気そうでなによりだ。」



提督 (ふう、ポーラのことはあまり問題ないみたいだな。良かった良かった。)



正直どんな反応をされるのか気が気ではなかったのだ。前にお見舞いに行ったお陰なのかもしれない。



教官「それでは中を案内しよう。先に翔鶴の部屋に荷物を置いてから執務室に向かうので構わないな?」



提督「問題ありません。」



教官「よし、では行こうか。」



翔鶴「あ、私も持ちます。」



提督「いや、俺等3人で十分だ。そのかわり翔鶴はこれからお世話になる鎮守府の地図を少しでも頭の中で作っとけ。」



翔鶴「すみません。ありがとうございます。」



卯月「おお、大っきい玄関だぴょん。」



ポーラ「なんだか懐かしい感じがしますね〜♪」



提督「一応忠告するが、お前等が遊びに来たわけじゃないからな?」



教官「はは、まあ好きにさせても良かろう。」




それから、翔鶴の荷物を運び終えて夜の宴会まで執務室で教官と談笑して過ごした。途中、何人か軽母も含めた空母メンバーが訪ねてきて話に加わったりしてこれもなかなかに盛り上がった。翔鶴もかなり打ち解けた様子を見せていたのでここでの生活に問題はあまりなさそうだ。



そして、夜に催された宴会はこれまた随分と派手なもので祭りと言っても過言ではなかった。これに乗じてポーラが暴走するのではないかと心配したが、前回ので反省したのか、飲みすぎるようなことはなかった。(それでも、ワインボトル一本はアッサリ飲み干したようだが)



珍しく晴れて星空となった騒がしい夜の宴は、参加した者全員を大いに楽しませ大いに笑わせた。








後書き

お手にとって頂き、この場をお借りしてまことに感謝申し上げます


遅い投稿ペースですが、コツコツ頑張っていきますので作品を見かけたら読んでいただけると幸いです

ついでに、コメント待ってます
(コメ返しはコメント欄に書きますので、良ければ後々確認お願いします。)

ついでのついでに、お手数かもしれませんが少しでも面白いと感じていただけたのならツイッターでフォローしていただけると嬉しいです

月ノ神with影乃
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2016-09-17 17:31:40

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1: SS好きの名無しさん 2016-08-17 11:41:25 ID: Io_5KfAk

加古がどこかの夜戦バカみたいになってるけど、、、、以外にオッケーだな。水無月だから出てくるのかな?と思ったけどまだイベ途中だからしょうがないよね~。これからも応援してます~
誤字の報告 「睦月を一人で生かせる」 左程→然程だと思う
あと一箇所あったけどどこかわからない

2: 影乃と月の神 2016-08-17 11:55:58 ID: bODhvKu6

コメントありがとうございます!!
態々誤字の報告までしていただいてすみません、もう一度見直してきます。

水無月ちゃんに関しては書き始めたのが七月だったので、仰る通りです。登場は葉月の章、次の次になると思います。

頑張って書いていきますので、よろしくお願いしますm(_ _)m

3: 素早いおじさん 2016-09-09 01:04:14 ID: tcrkgof_

設定とか書いてあるの見ると読む気なくすわ
別のとこに書いとけよといつも思う


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1: SS好きの名無しさん 2016-08-23 18:41:35 ID: glr_fWAV

続きが気になるー


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