2016-11-01 19:35:39 更新

概要

「たとえ不幸でも・・・」水無月の章の続編です。 この章は、扶桑姉妹が好きな方には是非とも読んでいただきたいですね


前書き

再掲です


登場人物紹介

提督
酒が飲めないことが災いして不幸鎮守府にやってきた
料理が得意
まさかの非モテ脱却か?

卯月
提督とよく一緒にいる
どんなことでも玄人並みの活躍をするすごい子

文月
言動がませているが、自覚なし
一言で言って癒し担当
ちょっと今回出番が多目

睦月型駆逐艦 ※水無月を除く
提督の補佐を任された子達
やってることはほぼ秘書艦

扶桑姉妹
不幸鎮守府の看板娘
後は本文を読んで欲しいところ

古鷹
呪われた左目を失い(?)隻眼に
誰かと一緒でないと眠れない

早霜
割と謎が多い
特殊能力持ちだったり・・・

防空棲姫
何故かいる
秋月型と暮らしてる

伊勢型
提督が不幸鎮守府に来る以前から仲間
大きなお届けものならお任せ!

天龍
提督が出会う前までは荒れていた
でも、過去を明かし今では普通の天龍に
いい奴

教官
名ばかりの提督のお目付役
頼りになるいい男

概要にも書いた通り、今回は割と扶桑姉妹がすごいことになります。
気に入って頂けたら嬉しいなぁ





七月、梅雨も明けて一気に暑さが加速しどんどん真夏へと向かっていく時期。



ついこの間まで扇風機があれば十分だったのに、急な気温上昇のせいでエアコンが必要になって驚く。そんな感じの季節だったはずだが、今年はどうも勝手が違うようだ。



いつまで経っても去ることのない梅雨のせいで、暑くはないのに連日のように湿気がすごい。偶にからりと晴れてセミが鳴き始め、いよいよ梅雨明けかと期待するもすぐに雨がやってくる。まるで天が人を弄んでいるかのようだ。



とは言え、猛暑日のなか暑い暑いと連呼するよりはマシなので、しばらくは暑さを抑えてくれる雲に甘んじるのもアリかもしれない。



文月「しれいか〜ん、艦隊が帰投したみたいだよ〜。」



提督「ああ、ありがとう。もうそんな時間か。」



本日の補佐担は文月だ。(そこ、七月だけにとか言わない。狙ってるんだから)自分の名前の月になったということでかなり上機嫌である。今月一杯は一日置きに補佐艦をさせろとまで言ってきたあたり本当に嬉しいのだろう。



提督 (気持ちもわからないわけじゃないけどな。ちょっと違うかもしれないが、俺だって自分の誕生月になった時は未だに機嫌が良くなったりはするし。)



文月の進水日は確か二月だったはずだが、自分の名前というのはそれだけ大切なものなのだろう。日本全国に掃いて捨てるほどいそうな名前の提督は、そうして自分の名前を誇らしく思えるのが少し羨ましいと感じた。




コンコン



ガチャ



古鷹「失礼します。第1艦隊旗艦古鷹、ただいま戻りました。」



提督「おう、お疲れ様。早速だが、報告を聞かせてもらいたい。そこに掛けててくれるか?」



古鷹「はい、お気遣いありがとうございます。」



本日の出撃メンバーの古鷹が執務室にやってきた。彼女の表情からして悪い報告は無さそうだ。



ざっと大まかな戦果の報告を聞いてから、被害の有無を尋ねる。



古鷹「私とあと3人がかすり傷を負っただけで、あとの2人は無傷です。」



提督「そうか、大したことがなくて良かった。浴場内ドッグの使用を手配しておこう。今からでも後ででも構わないから、ゆっくり休むといい。」



古鷹「ありがとうございます、結構動いたので疲れてしまいました。」



そうは言っても、笑顔になるだけの元気はあるらしい。それだけ今回の結果に満足したということだろう。




提督「・・・それで、右目はどうだ。だいぶ慣れてきたか?」



先月の生霊騒ぎの時に何故か右目の眼球に傷がついてしまった彼女は、専門の軍医を呼んで診てもらったのだが、傷が深すぎて自然治癒はおろか、手術による治療は不可能だと診断された。



それにより、眼球の摘出を余儀なくされ彼女は隻眼となってしまった。だが代わりに、探照灯としてだけ機能する特別製の義眼を使用しており、普段は眼帯をして必要な時のみ眼帯を外して夜を照らしていた。



古鷹「偶に距離感が掴めなかったりと、不便だと感じることはありすが、訓練のおかげもあって乱戦じゃない限りは戦闘も問題ありません。」



提督「そうか…」



最初、軍医に再生はできないと診断されたときの古鷹の顔は絶望の色に染まっていた。それもそうだろう、片目を失うということはこれから先様々な苦労を強いられる可能性が高くなるということだ。提督が同じ立場であれば恐ろしくて堪らなくなる。



だが、何も悪いことだけではなかった。夜になると変色し、周囲で寝る者に悪夢を見せる呪われた目が無くなったことにより、今では加古と初雪が寝床としているツリーハウスに行って一緒に寝ることが多くなった。1人だとなかなか寝付けない体質の彼女は不眠症が改善されてホッとしている。



提督 (世の中、100%悪いことってないんだな。)



古鷹「どうかしましたか?」



提督「いや、古鷹が元気そうで良かったと思っただけだ。」



古鷹「提督には感謝しています。」



提督「おいおい、俺は特にこれといって何かしたわけじゃないだろ。」



古鷹「いえ、あの時助けていただいたからこそ、今の私があるんです。」



提督「その話は控えてくれるか…今思い出すと結構恥ずかしいんだ。」



古鷹「ふふ、なら粘着的に言い続けてあげます。」



提督「人で遊ぶな、まったく・・・」



口には出さないが、古鷹が楽しんでくれるのであらばそれでもいいだろう。



文月「ねえねえ、私にもかっこいい司令官のお話聞かせて?」



古鷹「聞きたいの?」



文月「うん!」



古鷹「ふふ、いいよ。」



文月「やったあ!」



提督「はあ・・・こりゃ参ったな。」



あまり誇れるものでもないので英雄譚のように語られるのは少々好ましくないのだが、古鷹が話したいのであればそれを止めさせる権利など持ち合わせてはいない。文月の好奇心も然りだ。




古鷹の話をできるだけシャットアウトするように外を眺める。降るのか降らないのかイマイチはっきりしない天気だが、すぐに降り出すようなことはないだろう。でも用心するに越したことはないので、洗濯を担当してくれている妖精さんには外干しの際はすぐに回収できるようにと言ってある。



提督 (にしても、ホント山だな。というか崖か・・・)



不幸鎮守府は、その秘匿性から鎮守府一つ建てるだけで精一杯なほど狭い、岩山に囲まれたすり鉢状の場所にひっそりと建っている。



そんな場所に建てて出撃が不便ではないのかとも思われるだろうが、この岩山一枚隔てた先にはすぐ海が広がっているので、艦娘達は鎮守府の裏の方にあるトンネルを掘って造られた水路を利用して日々海に繰り出していた。



恐らく、発艦港といった一部の場所以外から海を見ることのできない鎮守府など、日本全国どこを探してもここだけであろう。



提督 (最初は狭っくるしい所だと思ったけど、住めば都なんだな。)



外に出ることが少ないためか、今は窓を見れば殺風景な岩肌を拝むことになる生活にも慣れてきた。某人型巨大生物に人間が立ち向かう漫画の登場人物と同じような体験をしているのだと考えると、妙なお得感があるなと考えるようにまでには、この景色を受け入れている。



古鷹の話を右から左へ聞き流しながらぼんやりしていると、何やら眼下の大地が騒がしい気がしてきた。



提督「ん?なんだ・・・?」



何やら大勢の人間の放つ声に似ている気がするが、こんな所に大勢の人間が訪ねて来るはずもない。そう思いつつ半信半疑で窓から下を覗く。



群衆 ワー



提督「・・・」



ゴシゴシ



群衆 ワー



提督「・・・」



提督「はあ!?うわっととと!!」

ずべ



あまりにも驚き過ぎて、勢いあまって転んでしまう。



古鷹「どうかしましたか!?」



提督「痛って・・・そんなことより、あれ見ろあれ!!」



提督に言われるまま、古鷹も窓際に駆け寄る。



古鷹「いったい何が・・・ええ!?なんですかあれ!?」



流石の古鷹もびっくりしたらしい、驚きのあまり眼帯を引きちぎっていた。



古鷹「なんでこんなに人が!?こんなに大勢の人がここの場所を知るはずもないのに。」



提督「わからない、一体全体どうなってるんだよ・・・」



提督「兎も角、教官に連絡入れないと。俺個人が対処できるようなことじゃねえ・・・」



生憎スマホは自室に置きっぱなしだったので、急いで備え付けの固定電話を取りに行く。



だが、その途中提督の視界の端が窓の外から飛来する黒い影を捉えた。



提督「危ない!伏せろ!!」



古鷹の頭も巻き込んで床に伏せる。その直後、室内にガラス片が飛び散る音が響いた。



バリバリバリガッシャーン!!



スタタッ



幾つもの靴が床に着地する音が聞こてくる。どうやら、何人かのグループが窓を割って侵入してきたらしい。



謎の黒いローブ男A

「目標地点に到達・・・」



謎の黒いローブ男B

「ターゲットの現在地特定を急げ!」



見れば、ローブのフードを深くかぶった全身黒の如何にも怪しい男達である。




謎の黒いローブ男C

「やっと我らの悲願が・・・うっ!」



侵入者の目線が小さな呻き声を上げた男集まる。いや、正確に言うならばその背後を。



提督「全員、その場を動くな・・・!」

ジャキン



謎の黒いローブ男A

「くっ・・・まさか海軍の将校殿が火器を所持しているとは」



提督「お生憎様だな、陸にいるときは丸腰だとでも思ったか?まあ、一応俺の趣味なもんでね…」



実は違う。不幸鎮守府の先代提督、通称遊び人が趣味で集めていた物の一部が執務机の絨毯の下に隠されており、それを発見した提督がいつでも使えるようにと偶に点検と整備をしていただけである。



ナイショの話だが、因みに言うと今回は人が相手ということで万が一引き金を引いても大丈夫なように空砲しか出せないものをチョイスしてある。



提督「それで、お前たちは何者だ、何の用があってここに来た。」




謎の黒いローブ男A

「・・・わかりました、降参します。何でも話しますのでソレを仕舞って頂けますか?彼が怯えています。」



謎の黒いローブ男C

ビクビク



提督「・・・」



提督「いいだろう。」



謎の黒いローブ男A

「ありがとうございます。・・・全員フードを脱げ。」



リーダー格と思しき人物に命じられるまま全員がフードを脱いで集まり、その場に座る。顔を見れば、ほとんどの者が大学生くらいの若い男達だった。



提督「それで、まずはお前達が何者なのかを聞かせてもらおうか。」



謎の黒いローブ男A

「はい、我々は文月教の信徒、その筆頭幹部であります。」



提督「文月教・・・?」



謎の黒いローブ男D

「我らが敬愛する女神の名の下に集う勇士達の教団でございます。」



提督「・・・?」



意味がわからない。いい年をして何を寝ぼけたことを言っているのだろう。



提督「して、ここに来た理由は?」



そんなわけのわからないカルト集団が何故大勢の人間を引き連れてこんな所に態々やって来なければならないのだろう。



謎の黒いローブ男A

「先月、我らの女神がこちらにいらっしゃるという情報を手に入れまして、馳せ参じたという次第でございます。」



不幸鎮守府の名前を口にしないあたり、随分とこちらについて調べがついているらしい。ここの鎮守府にいる艦娘はその名前を嫌う、下手に言えばどうなるかよくわかっているようだ。



謎の黒いローブ男U

「なにぶん謎の多い鎮守府、位置をつきとめるのにひと月の時間を要しました…」



やれやれと言いたげな顔をして呟くあたり、本当に苦労したのだろう。当然だ、一般人が見つけようとして見つけられるほど海軍の情報セキュリティはザルじゃない。寧ろひと月で発見できたその手腕は、侵入者とは言えども賞賛に値する。



提督「話がイマイチ良くわかってないんだが・・・で、そのさっきから女神って呼んでるのは誰のことなんだ?ここにはそんな風に崇め奉られるようなやつはいないぞ。」



謎の黒いローブ男A

「いえ、間違いない。確かにおられます。しかも、今この部屋に・・・」



ばっ!



突然、そう言った男が見事なバク宙を見せながらその場を離れ、物陰に隠れて様子を窺っていた今日の補佐艦の元へ駆け寄る。



謎の黒いローブ男A

「お会いしとうございました。我らが女神、文月様・・・」



文月「え、ええ?なに、なに?」



提督「おい!文月に何を・・・」



怒鳴ろうとすると、他の者達も同様に文月の元へ駆けて行き、その場に跪いた。呆気に取られて声が出なくなる。



謎の黒いローブ男達

『お会いしとうございました、文月様・・・』



文月「なんで、なんで?どういうことなの?」



わけがわからずひたすら困惑する文月。だが、ローブを纏った男達はそんな彼女のことなど御構い無しに、既に自分の世界に入り込んでしまっていた。



謎の黒いローブ男B

「ああ、なんと美しい・・・」



謎の黒いローブ男D

「素晴らしき神々しさ…まさに美の女神アフロディーテに愛されたお子だ。」



謎の黒いローブ男A

「恐ることはありません。我らは文月様の使徒、貴女様を傷つけるような真似は決していたしませぬ。」



文月「そ、そうなの?」



謎の黒いローブ男U

「もちろんですとも!貴女様のその肢体は神より賜われた至高の宝、一体誰が傷つけることができましょうぞ。」




何とも気味の悪い人間がいたものである。よくもまあそんな言葉が滞りなく出てくるものだ。



提督 (古鷹、怪我はないか?)



古鷹 (はい、大丈夫です。)



お互い窓のすぐ側にいたのだが、運良く無傷で済んだらしい。



提督 (しっかしまあ変な奴らに入り込まれたものだよな。)



古鷹 (困りましたね、文月ちゃんも大変そう。)



提督 (文月をとっ捕まえてどうこうしようってわけじゃ無さそうだからまだいいが、こんなわけのわからない連中が大勢鎮守府に侵入してきたなんて大本営にバレたら俺首飛ぶんじゃないか?)



古鷹 (提督が情報を流したわけでもここに招き入れたわけではないので、そこまで重い罪には問われないとは思います。)



提督 (何かしらお咎めはありそうだよな、教官も然り。)



古鷹 (寧ろ海軍の重鎮が責任をとって辞職なんてことも・・・)



提督 (はあぁ…そうなったら相当マズイよな。)



気が済んだら大人しく帰ってもらい、何事も無かったかのようにことを片付けるのが一番楽だが、軍の第一級機密に足を踏み入れた以上このまま黙って帰すわけにはいかない。



だが、執務室に乗り込んできた自称幹部達だけならまだしも、外にはその他大勢の群衆が押しかけているのだ。



一人一人銃で脅迫して口封じするとしても、かなりの手間を要する上全員が全員従うとも限らない。



侵入者が出た場合の対処法としては、直ちに拘束し大本営へ強制送還するように言われていた。送られた侵入者は、軍専属の病院に連れて行かれそこで記憶操作措置を受けて返されるのだそうだ。(もちろん、侵入だけではなく鎮守府内で殺人を犯した場合などはこれに加え他にも様々な措置が採られる)



これが一番確実な方法なのだが、これだけ大勢いるとそれも難しいだろう。移送にかかるコストだけでなく、記憶操作に要する費用は目も当てられない額になる。いくら海軍とて、予算が無尽蔵に湧き出てくるのではないのだ。



提督 (参ったな・・・)



提督としてはもう白旗を揚げて投げ出したい気分だ。でもそうしたところで神様が代わりに解決してくれるはずもないので諦める。



謎の黒いローブ男A

「それでは文月様、こちらにどうぞ。」



文月「なに?どこに行くの?」



謎の黒いローブ男A

「我々だけが貴女様のお姿を拝見させていただくわけには参りません、それでは不公平です。我が同胞にも貴女様のお姿を・・・」



提督「させるかド阿呆。」

ゴン



謎の黒いローブ男A

「あいた!!」



謎の黒いローブ男A

「何故ですかお父様!」



提督「誰がお父様だ!表にいる連中もお前らみたいなのばっかりなんだろ?そんな奴らの前に文月出したら大騒ぎになるわ!ここの存在が一般市民にバレたらこの鎮守府諸共吹っ飛ばさないといけなくなるんだぞ!?」



多少というかかなりのハッタリをかましたが、過激な内容だけに効果はあったようだ。(実際、そうなったら本気でやりかねないのでハッタリでもないかもしれない。)



提督「だいたいだな、なんでここの文月なんだよ。他の鎮守府でもいいだろ。」



謎の黒いローブ男A

「文月様は文月様だ!いくら姿形が同じだろうとこの方はただお一人だけの存在だ!」



提督「お、おう。意外とわかってるのな。」



悔しいが、その意見には提督も同意見である。



提督「その意見には俺も異議を唱えるつもりはない。だが、どうしてこの文月なんだ?お前らとここにいる文月にはなんの接点がないだろ。」



謎の黒いローブ男B

「そんなことはない!我々は文月様がここに来られる前から文月様を知っている!」



提督「ほう・・・だ、そうだが。文月はこいつら知ってるのか?」



文月が首を横に振る。その表情からしても他意は無いようだ。



提督「文月は知らないそうだが、もしかしたら人違いじゃないのか?」



そういうと、ローブ集団は一斉に口を揃えて違うと言い放った。妙なところで団結力がある男どもだ、少々鬱陶しくなってきた。



謎の黒いローブ男D

「確かに、文月様は我々をご存知のはずがない・・・全てはあの男のせいだ…」



謎の黒いローブ男B

「そうだ、あの男が悪い…」



提督「あの男だ?」



謎の黒いローブ男A

「文月様がここに来られる前におられた鎮守府で提督を名乗っていた男のことです。あの男は文月様を監禁し、我々の目が届かないところに隠してしまった。」



どうも穏やかでない話だが、きっとかなり誇張され歪曲されている。



提督「文月、前いた鎮守府でお前の元司令官にどっかに閉じ込められたりしたか?」



文月「え、されてないよ?」



提督「じゃあ外に遊びに行くなって言われたりは?」



文月「うーん、おやつの時間には帰ってきなさいって言われてたけど、お外に遊びに行っちゃダメっては言われてないよ?」



提督「なんだ、じゃあお前らが勝手に考えたガセネタってことか。」



謎の黒いローブ男U

「そんなはずはない!その証拠に、ある日を境として我々は文月様にお会いするどころか一目も見ていないのです!」



提督「文月に会ってないって…お前その頃まだ高校生だったんじゃないのか?学生が午後3時にそこら辺をほっつき歩いてたらおかしいだろ。」



謎の黒いローブ男U

「う…」



謎の黒いローブ男A

「しかし、それでは休日はどうなのですか!」



提督「そりゃ、遠征にでも行ってたんじゃないのか?」



文月「うん、みんながお休みの日にわたし遠征がんばったんだよ!みんなわたしのことえらいってほめてくれるんだ〜。」



提督「ほら。」



謎の黒いローブ男A

「それでは、文月様はあの男に休みの日も与えられず、ずっとこき使われていたのではないですか!?」



ああ言えばこう言う。本当、相手にしてて馬鹿らしく思えてきた。



提督「あのなあ、平日の昼間から外で遊んだりできたんだぞ?それがなんでブラック鎮守府だって判断できるんだよ。」



提督「それに、文月とかの睦月型駆逐艦は昼の戦闘が苦手だから基本的に遠征に回されるんだよ。週2日3日の遠征しかしないところのどの部分がこき使うなんだ?」



ローブ集団の口がやっと止まる。次の言葉を探すもなかなか出てこないようだ。



提督「あと言っておくが、お前ら文月の元司令官がお前らから隠したって言ったな?それが当たり前だとは思わないのか?」



提督「もしも仮にお前らに文月くらいの娘がいるとする。そして、お前らのような変な輩が娘を見せ物にして楽しんでいる。そんな時、お前らは娘をそのまま変な男達の見せ物にするか?俺だったら絶対にしないぞ?」



流石に、ここまで言えば反論など無理だろう。度が過ぎた文月愛の男達だが、大衆倫理が理解できないほど狂っているわけではないはずだ。





提督「さて、気が済んだならもう帰れ・・・と言ってやりたいところだがここの存在は軍の第一級機密だ、踏み入れてしまった以上ただで帰すわけにはいかない。」



謎の黒いローブ男A

「となると、我々は一体どうなるのでしょう?」



提督「侵入してきたのがお前らだけなら、拘束して大本営に送りそこで記憶操作処置を行うことになっている。」




謎の黒いローブ男B

「そんなことが許されていいはずがない、人から記憶を奪うなどとはいくらなんでも非人道的過ぎます!」



提督「そうか?生きて帰れるならまだマシじゃねえか。」



この次の一言に、男達の顔が凍りついた。




提督「お前ら全員誰一人として逃さず殺してこの鎮守府で処分させる、そんな可能性は十分あるんだ。外にいる奴らの足元には、いったい何人分の人知れず処分された奴らの骨が埋まってるんだろうな。」



提督「勿論、大勢の人間が消えたってなればマスコミや世間は大騒ぎするが、警察が捜査したって無駄だ。だってここの存在を知る人間は軍の要人と俺たち、そしてお前達だけなんだからな。」



謎の黒いローブ男A

「そ、そんなことが・・・」



提督「あるはずないって?お前ら随分と海軍を買いかぶってるみたいだな。」



提督「いいか、軍のお偉いさんなんてのは自分達の都合の悪いことは全部、たとえどんな汚ねえ手段を使ってでも隠そうとするんだ。当然警察や国のトップもグルだし、やりたい放題さ。」



古鷹 (提督、流石にそれは盛りすぎでは・・・)



提督 (こういうときはインパクトが大事・・・ってのもあるけど可能性は無きにしも非ずってな。)



それに、もし海軍がマトモな組織であればこんな隔離施設のような鎮守府など作らなかっただろう。臭いものには蓋をする、それが自己正当化に適したやり方だ。



謎の黒いローブ男A

「我々は、いったいどうしたら良いのでしょうか・・・」



提督「ここに来たことを後悔しながら処刑されるのを待ってろ・・・なんて、俺もそこまで鬼じゃないからそんなことは言わないがな。」



提督「さて、どうしたものか・・・」



こんな所で提督なんぞをやってはいるが、市民を守るために自分がいるのだ、みすみす殺すようなことはしたくない。



卯月「司令官!何かお悩みぴょん?」



提督「うお!?」



突然、頭上からコウモリよろしく逆さになった卯月が登場してきた。



提督「おいおい、いったいどっから出てきてんだよ。」



卯月が自分の足元、もとい天井を指差す。何故かそこだけ切り取られたかのように四角く穴が空いていた。



上に視線を上げる途中、捲れたスカートの中がモロに見えていたが、ちゃんとオーバーパンツを着用していた。(安心して下さい、穿いてますよ)



ぶら下がっていた卯月が、くるりと空中で回り綺麗な着地をする。まるでくノ一のようだ、彼女は身体能力さえも見た目に反してかなりすごいらしい。



卯月「よっと・・・それで司令官、どうしちゃったぴょん?」



提督「もう知ってると思うが・・・こいつら侵入者なんだが、処分をどうしようかと。」



卯月「やっぱり侵入者だったぴょん?良かった〜、司令官のお友達じゃなくて。外にいる人達は全員捕まえちゃったぴょん。」



卯月「あ、でも司令官にあんな大勢リア友がいるはずないし、捕まえて大正解ぴょん!」



提督「さらっとボッチみたいな言い方するな…でも、あんなに友達いる方が俺としては気味が悪いと思うけど。」



まあ何にせよ、取り押さえてくれたのは上出来である。褒め言葉の代わりに頭を撫でてやった。



提督「あ〜、ここの事を話したくても話せなくなるような呪いとかねえかな。あれば一番楽で平和なんだが・・・」



早霜「ありますよ…」



提督 びくっ!



声がした上の方を見ると、先ほど卯月が出てきた穴から早霜がこちらを覗きこんでいた。



提督「早霜、お前までいったいどこから登場してんだよ。」



早霜「あら…司令官はこういう隠し通路みたいなものにはもう興味は無いのですか…?」



提督「いや、あるぞ。そりゃあるけど、普通に登場してくれた方が俺の心臓に優しいと思うんだ。」



早霜「そうですか・・・それより司令官…」



提督「ん、何だ?」




早霜「降りたいので手伝ってもらえますか…?」




降りられないならなんでそこを使ったんだ・・・




提督 (はあ、ツッコンでも仕方ないか…)



提督「具体的にどう手伝えばいいんだ?」



早霜「ここから落ちますので…受け止めて下さい…」



提督「ちょっ!人間って意外と重たいから受け止めるのって大変なんだぞ!?」



早霜も女性であるということで、そこら辺はちゃんと配慮しておく。



早霜「よいっ…しょ。やだ…やっぱり怖い・・・」



どうやら一気に飛び降りる気は無いらしく、出来るだけ床との距離を縮めてから飛び降りようとしているらしい。それなら受け止めるのは容易だ。だが、上手くいかないらしく腰から下が宙ぶらりんになっている。



早霜「そぉっと…そぉっと・・・」



見ているこちらが不安になるくらい早霜がプルプルと震えている。どうやら本当に高いところは苦手なようだ。



だんだん焦れったくなって、早く降りてくるように催促したくなるが、下手に慌てて変な落ち方をされても困る。



早霜「あとは…このままぶら下がるだけ・・・よいしょっと、あっ!」

スルッ



手が滑ってしまったらしく、早霜が落ちてくる。



提督「おっと!…よし、捕まえた。」



下で待機しておいて良かった。意外と重たかったが、上手いことキャッチできた。



提督「ふぅ、我ながらナイスキャッチ。」



早霜「どうしましょう…ロリコン提督に捕まってしまったわ・・・」



提督「おいおい、開口1番にそれかよ。」



早霜「冗談の通じない方ですね…」



提督「悪かったな。」



早霜「でもおかげで助かりました。ありがとうございます…」



提督「二度とあの通路を使うなよ。」



早霜「子供の楽しみを奪うと言うの…?」



提督「言うほどお前子供でもないだろ。いつも俺が受け止めてやれるわけじゃないんだからな。」



早霜「じゃあ司令官がいる時だけ…」



提督「はあ…好きにしろ。」



提督「でだ、ここに関することを一切話すことができるなんて呪いが本当にかけれるのか?」



正直、自分で言っておいてなんだがあまりそういうのは信じていないので疑問しかない。



早霜「司令官に理屈で説明しても無駄そうなので…実際に試してみた方がいいですね。」



提督「さらりと脳筋だって言われた…まあ、確かに言葉で説明されても信じられないのは事実だな。」



と言うか、この手のことは誰だって実際に体験しないと信じないと思う。きっと今時子供でも信じない。



早霜「それでは…司令官は昨日の夕食の献立を覚えていますか?」



提督「ああ、覚えているぞ。」



自分で作ったのだから覚えてないはずがない。



早霜「では…少し目を瞑っていて下さい・・・少しヒヤリとします…」



言われた通り目を瞑っていると、額に冷たい指が触れた。多分早霜の指だが、彼女は末端冷え性だったのだろうか。



早霜「・・・もう大丈夫です…目を開けて下さい。」



目を開ける。だが今の所、体には何の変化も見られない。



早霜「それでは…昨日の夕食の献立を私に教えて下さい…」



提督「昨日はムグッ!」





提督「・・・あれ?」




提督「昨日は・・・ムグッ!」




提督「ムグッ!ムグムグムグ!」




提督「?・・・どうなってるんだ?」



昨日は白米とワカメの味噌汁、トンカツと大盛りキャベツだったと言いたいのに、肝心の献立が言えない。言おうとすると勝手に口が塞がってしまう感じだ。



早霜「どうですか…?司令官に昨日の献立のことを話せなくなる呪いをかけてみました…」



提督「どうもこうもって・・・何か良くわからなくて怖いな。」



何者かに勝手に唇を操作されているような感覚なので、あまり気分が良いとは言えない。



早霜「それから・・・はい…これに献立のメニューを書いてみて下さい…」



早霜が紙とペンを差し出す。何も言わずに早霜の言葉に従い、夕食の献立を書く。



・・・書きたい




書きたいのだが手が固まって動かない。



早霜「お分かりになりましたか…?この呪いは正確には話せなくなるだけではなく…外部に情報を発信できなくなる強力な呪いなのです・・・ふふ…これならSNSで拡散することもできません。」



提督「なるほど、こりゃ恐ろしい呪いだよ。」



視聴率が取れるからと言って芸能人のケツを追っかけることしかしない日本のマスコミにかけたら傑作だろう。



これだけの効果があれば、侵入して来た男達も何事も無かったかのように家に帰す事ができる。



早霜「でも…一つだけ欠点が・・・」



提督「ん、なんだ?」



早霜「実はこの呪いには制限時間があって…おそらく、もう話せるようになっているでしょう。」



提督「え?つまり献立がなんだったか話せるようになっていると?昨日のメニューは白米と味噌汁、トンカツに・・・あれ、本当だ。」



早霜「目を閉じている時間に応じて効果時間が伸びる仕様なのです…先程のように少し目を瞑っただけでは数分しか保ちません…術をかけている間、数時間眠らせておけばこの方々が生きている間ずっと保ちますが…」



提督「うーん、一旦眠ってもらう必要があると・・・」



提督「・・・ん?」



目と目が合う♪瞬間好き〜だと気づ〜いた〜♪(気づいてないし、そんな感情を向ける対象でもないけど)



防空棲姫 (ヤッホー)



考えるついでに、なんの気なしに上を見上げると、例の穴にいる誰かと目が合った。



いや、当然知っている。知りたくもなかったが知っている。



提督 (なんでお前がいるんだよ、防空棲姫)



防空棲姫 (ウヅキタチガタノシソウナコトシテタカラツイテキチャッタ。)

※以下、読みづらいので漢字ありにします。



提督 (まさかお前も降りられないとか言わないよな。)



防空棲姫 (降リル気ハナイヨー、ソコニ普通ノ人間ガイルノニ降リタラマズイジャン。)




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お忘れの方も多いだろうからここで彼女について解説しておこう。



防空棲姫とは、提督の皆様なら知っているであろうあの悪夢の防空駆逐艦だ。

ほとんどの方が知っているだろうから、それ以上は言わないでおく。



で、不幸鎮守府に住まうこの防空棲姫はいったいどうしてさも当然のような顔をしてここに存在してのかと言うと、原因は秋月型三姉妹にある。



防空棲姫と同じ防空駆逐艦である秋月、照月、初月はひょんなことから防空棲姫と仲良しになってしまい、以前所属していた鎮守府に連れて帰ろうとした。



当然それが認められるはずもなかったのだが、三姉妹は断固として防空棲姫との関係を絶とうとはしなかった。



それが原因で三姉妹は不幸鎮守府へと転勤させられることになり、そのついでに防空棲姫も一緒についてきてしまったというわけである。



ざっくり過ぎて説明が不十分かもしれないが、大して重要なことでもないのでそんなことがあったのか程度の認識で問題ない。



ということで続きをどうぞお楽しみあれ。



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妙に人間慣れしているというか、人間との付き合い方を理解している彼女だが、ここ2ヶ月ほど監視している限り陸に侵攻しようとか、そう言った考えを持って行動しているようには見えなかった。



本当にただ普通にここで暮らしているだけで、そのために必要な知識などを教えてもらったり、自然と覚えていっただけなのだろう。



提督 (それで?お前が俺に何の用だ?)



防空棲姫 (何カオ手伝イデキソウナコトアルカナ〜ッテ、ソウ思ッテ来テミタンダケド、早速出番ミタイダネ。)



防空棲姫がポケット(?)を弄り巾着袋を取り出した。チラッと中身を確認し、それを提督の方へ放る。



提督「おっと。」

パシ



提督「なんだこれ?」



中を見ると、青い色をした砂の様な粉末が入っている。シアンにも似た色鮮やかなそれは、触ると冷たくて不思議な感じがする。



防空棲姫 (吸イコムトタチマチ眠クナル、深海産ノ睡眠薬ダヨ。試シニバラ撒イテミタラ?)



防空棲姫の言った通り、粉をひとつまみとってローブ集団の頭上に振りまいた。



早霜「司令官…それは?」



提督「さあな…」



粉が空気中で煙のように細かく散って舞い、男たちの鼻腔へと吸い込まれていく。



すると、全員の目が虚ろになったかと思うと即座に一斉に眠ってしまった。



卯月「うわ、みんな寝ちゃったぴょん!司令官、いったいどんな魔法を使ったぴょん!?」



提督「いや、俺は魔法使いじゃないぞ。ただこれを撒いただけなんだが・・・すごいな、効き目バッチリだ。」



防空棲姫「デショ?スゴイデショ?」



提督「ああ…だが、深海にこんなのがあるってなると怖いな。」



本格的に敵の兵装として採用されたらかなりの苦戦を強いられることになるかもしれない。



防空棲姫「ア、大丈夫ダヨ。ソレ私シカ作レナイカラ。」



提督「ええ!?」



それはそれで如何なものだろうか。防空棲姫は深海棲艦のことは割とどうでも良かったりするのか?



防空棲姫「面白半分デ作ッタケド、使ウコト無カッタシ、深海ノ皆ノコトハ今ハドウデモイイヤ。秋月、照月、初月ノ三人ガイテクレルナラ何デモイインダー。」



つくづくぶっ飛んだ奴だが、まあ本人がそれで良いのであればこちらとしてはありがたいところである。



提督「じゃあ、これはありがたく使わせてもらうな。」



防空棲姫「イイヨー。ア、デモソノマエニ…」



提督「なんだ?」



防空棲姫「ココカラ降リタイ。」



提督「お前も高いところダメなのかい!!」



防空棲姫「イイジャン、人ニハソレゾレ得手不得手ガアルンダシ。」



お前が人を名乗るのかという意地悪な考えが浮かぶが、今言っても仕方ないだろう。深海棲艦にも色々いるということだ。



提督「はあ、さっきは降りるつもりはないって言ったの何処のどいつだよ。」



防空棲姫「別二今ハソコノ人間寝チャッテルシイイジャン。」



提督「なら勝手にしろ、お前の装甲クソ堅いんだから落ちても怪我しないだろ。」



防空棲姫「ソレデモ痛イノハ痛イモーン。」



提督「じゃあ座布団敷いてやるからそこに着地しろ。」



防空棲姫「エエー、早霜二ヤッテタヨウナコトシテヨー。」



提督「何でだよ!言っておくが、まだ俺はお前を信用仕切ってるわけじゃないんだぞ?」



防空棲姫「イイジャンイケズー。ソレアゲタンダシ、ソノクライヤッテー!」



子供のように駄々を捏ねる防空棲姫。流石に、これ以上は面倒くさくなるだけだ。仕方あるまい…



提督「わかった、受け止めてやるからどーぞご自由に。」



防空棲姫「ヤッター!!」

バッ!



提督「ばっか!いきなり飛び降りるなって・・・よしっ!」

ドサ



防空棲姫「ナイスキャッチ!アー楽シイ!モウ一回!」



提督「お前、高いところ苦手ってのは嘘か。」



防空棲姫「別二ソンナコト一言モ言ッテナイモン。」



提督「はあ…なんかしてやられた感がすごい。」



なんだかドッと疲れてしまった。どうも防空棲姫みたいなタイプは苦手らしい。




もっと遊びたがっている防空棲姫を秋月達を呼んで任せることにして、侵入してきた文月教信者達を眠らせて呪いをかける作業に取り掛かった。



眠らせるのはただ粉をぶちまければいいので楽だが、呪いは早霜が手作業でやるしかないので大変なのではないかと思ったが、額に一瞬触れるだけでOKということであまり手間はかからないらしい。寧ろ、かけ忘れや重ねがけしないように気をつけるのが手間だった。



全員に呪いをかけ終えた頃には、日が傾くまであと少しの時間しか無かったが、本当に大変なのはここからだ。



まず、防空棲姫がくれた睡眠薬は効き目が切れるまで8時間ほどの時間を要するのだが、それまでの間男共をその辺に転がしておくわけにはいかない。町の近くの安全な場所にでも移したいところなのだが、いかんせん人手が足りないし、輸送手段もない。



仕方ないので、教官に助けを求めるがありのままに起こったことを一切合切話さなければならないのでかなり面倒であるし、何よりも大勢の侵入者が出たと聞いてパニック寸前になった教官を鎮めるのは骨が折れる思いだった。



どうにかこうにかして助力を得ることに成功し、ようやく男達を運び出す準備が始まった。



教官のアドバイスで陸ではなく海を通り、ゴムボートに乗せられるだけ乗せて艦娘に曳航させることになった。運んだ後は町の近くのビーチにでも放っておいて警察に任せる予定だ。



日が落ちて、空が紅く染まった頃にようやく移送が開始された。教官から借り受けたゴムボートは数が限られており、一度に全員は無理だということでピストン輸送することになったが、そこまで往復する回数は多くなりそうにないし、教官の鎮守府から何人かが助っ人に来てくれたおかげで一往復にかかる時間も長くはならないようなので、夕食が少し遅れる程度で済みそうだ。



そして久しぶりに雲が晴れて星がよく見えるようになった頃、ようやく文月教による一連の侵入騒ぎに終止符が打てた。



※因みに、文月教の幹部が割った窓ガラス代はあとで大本営が経費として落としてくれた。




提督「はあ…とんでもない1日だったな。」



卯月「うーちゃんもちょっと疲れたぴょん。」



文月「わたしも〜・・・」



二人ともはりきって移送を手伝ってくれていたそうだ。馬力が低いから他の空母や戦艦に合わせるのはさぞ大変だったことだろう。それでも見事な働きぶりを見せていたと教官に言われたくらいだ、よく頑張ったと思う。



提督「あ〜、夕飯作るの面倒だな。間宮さんとこでも行くか?」



文月「わーい!行きたーい!」



卯月「うーちゃんもそれに賛成ぴょん。」



文月「間宮さんのカレー美味しいんだよね〜♪」



鎮守府ある所に甘味処間宮はある。それは不幸鎮守府であろうと例外ではなく、正面玄関の正反対に位置する裏門から出てすぐの所にある。



朝と昼は甘味がメインなので軽い軽食ぐらいしか出してないが、夜は定食などを出しているので、普段は習慣的に料理をしている提督も、忙しい時や疲れた時はよくお世話になっている。



提督「そうと決まれば行くか、今日は好きなもの食べていいぞ。」



卯月「おお!司令官の奢りぴょん!!」



提督「頑張ったご褒美だ、遠慮しなくていいぞ。」



偶にはこうして甘やかしてもいいだろう。普段から甘やかしているだろうと言われたら上手く言い返せないが、提督自身そこまで甘やかしているつもりはない。



文月「じゃあ、わたしは白玉餡蜜ぜんざいと、抹茶パフェと、アイスクリーム最中と…」



提督「デザートは飯をちゃんと食べた後だ。」



文月「ええ〜」



提督「ええ〜じゃない。」



まあ、気持ちはわからんでもない。提督も小さい頃はデザートばかり食べたがったものである。



外に出て空を見上げると、天の川が見えた。周囲を岩肌に囲まれ見える範囲が狭くなっているこの地でも、十分に大きいと感じた。



卯月「そろそろ七夕だぴょん。お願い事何にしようかな〜。」



提督「お、もうそんな時期か。じゃあ早めに準備しておかないとな。」



前いた鎮守府では鎮守府をあげて七夕の準備をしたものだが、ここではどうなのだろうか。いずれにせよ飾り付けを決行することには変わりないが。



文月「今年は何をお願いしようかな〜。」



提督「あー、それも考えないといけないのか。」



この行事がくる度に、「何を願っていいのかわからない」が発生するようになって随分久しい。どうしても人目につく所に吊るすため、見られて恥ずかしくない願いを考えなければならないのだが、よくつまらないと言われてしまうので辛い。



提督 (まあ、短冊に書くときでいいか。)



不幸鎮守府のような秘境の地でない限りなかなか見られないであろう見事な天の川をもう少し眺めていようとしていると、下の方から随分と可愛らしい音が聞こえてきた。



文月「・・・//」



見れば文月がうつむいてい地面を見ている。音の主は彼女だったようだ。



提督「悪かったな、早いところ行こうか。」



提督としてはそこまで気にならないが、文月も女の子なのであまり聞かれたくはなかったのだろう。しかも側に異性である提督がいるから尚更だ。



そんな文月をフォローするつもりで、いつもより多めに注文を取ったのだが、間宮さんがサービスし過ぎてくれたおかげでだいぶ辛い思いをしたのは自分の格好悪さの再確認にはもってこいだった。





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星に願いを





トラック ピー ピー ピー




提督「オーライオーライ、あと少し!」




トラック ピー ピー ピー




提督「オーライ…ストップ!もういいぞ!」



鎮守府からだいぶ離れた海岸近くで、朝から一台のトラックが訪れていた。すぐ近くには動力無しの小さな貨物艇があり、海上には何名かの艦娘が待機していた。



提督「ご苦労様、また世話になったな。」



伊勢「ううん、気にしなくていいよ。元々こっちが押し付けたみたいなもんだし。」



日向「それに、偶に走っておかないと仕事にも身が入らなくてな。いい息抜きの機会を頂戴している。」



提督が昨年度までいた彼の鎮守府の仲間である航空戦艦の伊勢と日向が、届け物をしに態々不幸鎮守府までトラックを走らせてきてくれたのだ。何故か大型車両のライセンスを取得している彼女等には、以前提督の愛車を運んできてもらったことがある。



提督「最近、そっちの調子はどうだ?新人は上手くやれてるか?」



日向「我々は問題ない、まあ上々といったところか。」



伊勢「若手さんも頑張ってるよ、まだまだドジなところもあるけどね。」



そう言って伊勢が荷台の方を見る。そこに積まれているのは何とも立派な竹だった。葉が青々と茂っており幹もがっしりしている。



伊勢「七夕だからって張り切り過ぎて、置き場所とか考えずにこんなの注文しちゃうんだから、困った司令官殿だよ。」



日向「あの慌てぶりは見ものだったな。今思い出しても…プッククク・・・」



日向をそこまで笑わせるとは余程滑稽に慌てふためいていたのだろう。



提督「置き場所に関しては、このくらいなら問題ないが…本当に譲ってもらって良かったのか?」



伊勢「平気平気、どうせこっちで置いておいても処分されるのがオチだから、有効利用してくれるならそれでいいの。」



日向「ククッ…『ぎゃーどうしよう!後先考えずにこんなことをしてしまうなんて僕はどうすればー!!』」



提督「どうした、日向…?」



伊勢「あー…」



日向「『お願いですから僕の首一つで許してくだWREYYYY!!』だって…はははは!!」



提督「どうかしたのか…?」



何故Dio様?



伊勢「多分、発狂した若手さんの様子を思い出して真似してるんだと思う・・・」



提督「あ、そういうこと…」



良かったな若手司令よ、師匠のお眼鏡にかなったぞ。



日向「『かくなる上は○$#¥1dsm#bj…』あはははははは」



提督「だ、大丈夫なのか・・・?」



伊勢「あはは…ほっとけばそのうち帰ってくるかな・・・」




一方



ポーラ「提督さんと話してる人どうかしたんですかね〜。」



古鷹「さあ…」



天龍「なんか、すげえ狂気を感じる・・・」



夕張「どっか修理してあげたほうがいいのかな・・・?」



まあ、そうなるな




戻って提督サイド



提督「そろそろ運び出そうか、海で待機してるやつらの視線が痛い。」



伊勢「うん、そうしよう。」



日向「あはははははは!!」

ジタバタ



笑い転げている日向をほっておいて、とっとと竹を荷台から降ろしてしまう。



改めて見てもすごく立派なシロモノだ、枝だけ切り取って使うほうが飾り付けなどを考慮するといいかもしれない。



貨物艇に積み込んで、沖に出してやる。そこからは古鷹達に任せることにして、先に鎮守府へ戻るよう指示を出す。後は彼女らが好きにやるだろう。



提督「よし、これでひと段落か。」



ごそごそ



提督「ほい、これ差し入れ。」



クーラーバッグからペットボトル入りのスポーツドリンクを手渡す。氷も一緒に入れていたからかなりいい感じに冷えている。



伊勢「ありがとう。日向、いつまで笑ってるの?そろそろ戻ってきな。」

ぴと



日向「うひゃあ!!」

ビクッ



日向「い、いきなり何をするんだ!」



伊勢「うひゃあだって・・・プッ」



日向「いきなりそんな冷たい物を当てられたら驚くに決まっているだろう。」



伊勢「ごめんごめんw はいこれ、提督さんの差し入れ。」



日向「まったく・・・ぷは、冷えてて美味いな。ありがとう。」



提督「本当はこっちに泊めて労ってやりたいところだが、そうもいかないんだろ?だから気持ちだけでもってな。」



日向「ああ、何かと我々も出番が多くてな。明日も出撃の予定が入ってる。」



伊勢「日向ったら『やっと時代が私に追いついたか・・・』って最近そればっかりなんだから。」



提督「はは、まあヤル気があるのは良いことだろ。」



飲み物を飲み終わると、2人はトラックに乗り込み始めた。早く帰らないと心配されるらしい。



提督「それじゃあな、お二人さん。今後とも俺が戻るまで新人を支えてやってくれ。」



伊勢「そりゃもちろん。」



日向「任せておけ。提督も来年になったらちゃんと戻ってこれるようハメを外すなよ。」



提督「わかってる、必ず戻ってきてやるよ。」



伊勢「それじゃ、またねー!」



提督がすぐそばにいるというのに、伊勢がトラックを急発進させる。危険極まりないが、一刻も早く立ち去りたいというよりかは、元気でやってることを言葉以外で伝えたかったのかもしれない。




提督「行ったか・・・あ、しまった。」



提督「あちゃー、叢雲に渡しておいてもらおうと思ったのに・・・まあ後ででもいいか。どうせ夏休みに入れば向こうから来るだろ。それか郵送するか。」



なんの気なしに空を見上げる。どうやら晴れなさそうだ。





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扶桑「・・・あら、何かしら?」



少々暇を持て余してしまったため鎮守府内を散歩していた扶桑が見つけたのは、普段なら置いてあるはずのない大きな植物だった。



扶桑「どうして竹がこんなところに?」



近づいてみると、ダウンサイジングされていたり、枝が所々切り落とされているのがわかったが、それでも立派なものであることはわかった。



山城「姉様、どうかしましたか?」



扶桑「あら山城…ちょっとこの竹が気になったものだから・・・」



扶桑「いったい何に使うのかしら?」



山城「竹・・・ああ、おそらく七夕の飾りに使うのでしょう。もうすぐ七夕ですから…」



扶桑「ああ・・・もうそんな時期だっのね…」



昔から七夕というと、あまり良い思い出がない。もちろん皆で飾り付けをしたりするのは楽しいから好きだ。それに、夜空では年に一度しか会えない2人が出会えるというこの上なくロマンチックな日なので、扶桑自身、七夕が嫌いというわけではなかった。



だが肝心なメインイベントは、一度も願いが叶った試しがない。酷い時は逆に不幸が訪れるので毎年本当に本当にささやかな願いだけを書くことにしている。



提督「おろ、お二人さんどうかしたのか?」



扶桑「あ、提督・・・少しこの竹を眺めていました。」



提督「ああ、これか。すごい立派なもんだろ?俺が勤めてた鎮守府で代行をやってる新人に譲ってもらったんだ。大きさを考えずに購入したみたいでな。」



提督「俺はあまりここの文化とか知らないからあれだけど、七夕とかいつもどうしてるのか教えてくれないか?」



山城「いくらここでも七夕ぐらい祝うわよ。こんなバカでかい竹を飾ろうとする酔狂な人はいなかったけどね。」



提督「俺もそんなつもりはなかったんだけどな。まあこれも何かの縁だろ。」



これでもある程度加工して飾りとして使えるレベルまでにしてある。それに一本じゃ物足りないだろうと切った枝を複数本あちこちに飾る予定だ。



山城「それにしても、あんたがこういう事ではしゃぐとはね。」



提督「いつも仕事仕事じゃつまらないだろ?・・・って、いつも机に向かってる俺が言っても説得力無いかもしれないけど。まあ行事は大切にするタイプなんだよ、昔から。」



子供の頃、町内で行われる夏祭りには中高生になっても必ず参加していたし、今では正月にはちゃんと挨拶だけでもするために実家に帰っていたりする。



艦娘との時間を優先的に作るために自分個人や身内とのあれはそっちのけにしてしまっている所があり心苦しいが、「そんなに気にしなくとも、仕事に熱心なのは良いことだ」と言われるあたりどうでも良いと思われてるのかもしれない。



扶桑「ところで提督?その手に持っている多量のティッシュは何に使うのですか?」



山城「姉様気をつけて、どうせヤラシーことでもするつもりです。」



提督「しない、断じてそんな目的には使わない。というかこれティッシュじゃなくて花紙だから。」



扶桑「花紙?」



提督「パーティーなんかで使う花飾りをつくる薄い紙。これで駆逐艦達と一緒にてるてる坊主を作ろうってことになったんだ、七夕の日に晴れるようにって。」



提督「良かったら2人も一緒にどうかな?」



扶桑「お気持ちは嬉しいのですけど…ごめんなさい、遠慮させていただきます。」



山城「私もパスさせてもらうわ。、」



提督「これから何か用事があったか?そりゃ残念・・・じゃあ、早く行かないと遅いって言われるから俺はこれで失礼するよ。」



そう言って提督が駆け出す。急いでいるというよりも、何だか楽しみにしているようだった。




山城「本当のことを言わなくて良かったんですか?」



扶桑「言ったら提督さんがどうやって一緒に作るか悩んでしまうわ…」



山城「確かに…あの人ならそうですよね。」



七夕の願い事もそうだが、扶桑型姉妹はてるてる坊主にも嫌われている。晴れて欲しい時に吊るしたら雨が降るし、逆の発想で逆さに吊るしても豪雨になるだけで意味がない。なら吊るさなければ良いと思うが、それでも天気予報は絶対なので雨が降る。



もし提督がこのことを聞いたらどうにかして解決できないかと頭を抱えることになりそうなので、是非とも参加したいところであったが遠慮したのだ。



扶桑「晴れるといいわね・・・」



山城「・・・そうですね。」




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7月7日の朝




提督「雨か・・・」



折角大量のてるてる坊主を作ったのに、その甲斐なく空は大荒れである。



卯月「土砂降りぴょん・・・プップクプー」



睦月「折角みんなで頑張ったのに・・・」



望月「作り過ぎたんじゃないのー?執務室の窓全部は多すぎっしょ。」



三日月「ええ!?そうなんですか?」



長月「多すぎて逆効果というのは聞いたことがないぞ。」



菊月「童謡に従うならこれからてるてる坊主大量殺戮事件が起こる…」



如月「そんなことしたらてるてる坊主さんが可哀想よ。ちり紙くらいなら役に立ってくれるわ。」



提督「利用価値の問題かよ・・・」



弥生「はぅ…弥生のてるてる坊主可愛くなかったからかな…?」



提督「いや、そんなことはないぞ?だからあまり気にするな、って泣くことないだろ。可愛いから、十分可愛いから、だから泣くなって。」



何にせよ、みんなで外で星を眺めながら食事でもしようかと思っていたがこれでは屋内で夕飯を摂るしかなさそうだ。




文月「ねえねえ、織姫さまと彦星さまは今日は会えないの?」



ものすごく心配そうな顔で文月がそう尋ねてきた。本気で心配しているようなので、そんな彼女を笑うことはできなかった。



文月「一年でたった一回なのに可哀想だよ・・・」



提督「そうだなぁ・・・晴れるといいな。」




無意識に文月の頭を撫でる。自分でも何故かはわからない、たぶん今にも泣きそうな彼女を慰めてやりたかったのかもしれない。



提督 (何だろうな…そうやって本気で心配してるの見てると笑うのが可哀想になってくるな。)



もういい大人なのについつい共感してしまいそうになる。それだけ文月の目に見えない力とやらがすごいのだろうか。



提督 (はあ、うだうだしてても仕方ないな。)



提督「よし、残りの飾り付けとっととやってしまうぞ!雨が降ろうが関係なし、そうだろ?」



望月「えー…」



提督「えーじゃない、えーじゃ。まだ終わってないし、折角やったんだから最後までやってまった方が気分がいいだろ。」




如月「そうね、折角だものね。そうよね、睦月ちゃん?」



睦月「そうだね!みんなで頑張ったもんね!」



長月「やるしかあるまい。」



菊月「私も…丁度このままで終わるのは嫌だったところだ。」



三日月「私もまだまだいけます!」



卯月「うーちゃんも、もっともっと張り切っちゃうぴょん!」



弥生「弥生も…頑張る…」



望月「はあ〜仕方ない。姉妹揃ってやる気出してるのに私だけ空気読まないワケにはいかないし、ちょっと本気出しちゃおうか〜。」



文月「じゃあみんなで頑張ろー!!」



文月の一言の後、睦月型駆逐艦全員の掛け声があがった。





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7月7日の夜




結局、雨は止んだものの雲が立ち去ることはなく、天の川を見ることは叶わなかった。



だが、雨が降らなかっただけマシと考える者が大勢だったのでそのせいで雰囲気が暗くなることはなかった。



雨が降った関係で、外での食事は中止になったが、代わりに食堂で軽い宴会みたいな形でパーティーが行われた。




卯月「ところで司令官、お願いごとは何にしたぴょん?」



提督「あ、しまった。まだ何も書いてなかった。」



卯月「あちゃー、そこ忘れちゃダメぴょん。」



提督「何書こうか迷ってるうちに忘れたんだよ。卯月は何にしたんだ?」



卯月「それはナイショぴょん。」



提督「別に隠さなくてもいいだろ。見ようと思えば誰でも簡単に見れるわけだし。」



卯月「こーゆーのは口で言えないからこそ、短冊に願いを託すんだぴょ〜ん。」



卯月「じゃあ司令官が書くときに教えてくれたらうーちゃんも教えてあげないこともないぴょん。」



提督「えぇ、教えないといけないのかよ。しかもすげえ上から目線。」



卯月「キブアンドテイクがこの世の常識ぴょん。」



提督「わかった、じゃあ俺は聞かないでおく。」



卯月「ええー。ちぇ、つまんないぴょん。折角先に聞き出してこっちは秘密にしようと思ったのに。」



提督「タチ悪いなてかこら、テーブルに突っ伏してコップをガジガジしない。」



卯月「でもこれが大人の作法だって前に・・・」



提督「どこ情報だよ。止めとけ、モテなくなるぞ。」



卯月「現在絶賛モテてない司令官に言われても説得力に欠けるぴょん。」



提督「ぐ、痛い所を突くな。だが一応言っておくけど、俺だってモテてないわけじゃないぞ。」



卯月「ええ!?」



提督「そんなドン引きしなくてもいいだろ、リアクションでかすぎ。」



卯月「だってあり得ないこと聞いちゃったんだぴょん。」



提督「酷い、何もそこまで否定しなくたっていいだろうに。」



卯月「それで?具体的に。」



提督「前までいた所で実は俺に好意を寄せている子がいるって以前電話で叢雲に。」



卯月「うっそ、それでお相手は!?」



提督「さあ、聞いたんだけど一向に教えてくれなくて、最終的には勝手に通話を切られてお終い。」



提督「・・・どうした、そんなニヤけた顔して。」



卯月「ふふーん、別に何でもないぴょ〜ん♪」



提督「なんかすごい怖いんだが。」



さっきの卯月の顔は、絶対何か良からぬことを考えているときのそれだった。



卯月「まあまあ、いずれ鈍感司令官にもわかるぴょん。」



提督「えっと…何がだ?」



卯月「はぁ・・・」



提督「ちょ!?何だよそのため息!」



卯月「なんでもないぴょ〜ん。」



提督「お前なぁ。」



一応無礼講な場とは言え、その態度はどうかと思うが仕方ない。理解できなかった提督も悪いのだろう。



提督「・・・さて、少し席を外してくる。」



卯月「どこ行くぴょん?」



提督「食べ覚ましに散歩、ついでに短冊書いてくる。」



卯月「あ、じゃあうーちゃんも行くぴょん。」



提督「来なくていい。」



卯月「ええ、司令官のイケズー。」



提督「見たけりゃ後で勝手に見ればいいだろ。でも書いてるところは見られたくない。」



卯月 ムス



提督「そんな顔してもダメだ。」



卯月 シクシク



提督「泣いてもダメ。」



卯月 www



提督「草生やして何になる。」



提督「とにかくついてくるなよ、俺のアイス代わりに食べてもいいから。」



ようやく納得してくれたらしい。大人しくアイスの到着を待つつもりのようだ。




提督 (実は待ってるフリしてるだけだったりするんだよな…後方に十分警戒されたしっと。)



だが、いくら警戒しても無駄な時は無駄なのでとっとと書いてしまって戻ることにした。




全員が飾る用にしていた竹は今現在玄関ホールに立てかけてある。雨が止んだらすぐに外に出せるようにと思ってそうしたのだが、意味を成さないままになってしまったようだ。



提督「雨が止んでれば今すぐにでも出すんだが・・・あれ、山城じゃないか。お前も書いてなかったのか?」



山城 ビクッ



山城「な、何で提督が!?」



短冊を書くために設置しておいた机に向かっていた山城に声をかける。どうやら驚かせてしまったようだ。



提督「俺もまだ書いてなかったから書こうと思って来たんだが、悪いな驚かせてしまって。」



山城「あ、そう。べ、別にそこまで驚いたわけじゃないわよ。」



提督「そうか、なら良いんだが。」



何やらソワソワしている彼女が気になるが、敢えて触れないでおいて自分の短冊を書き始める。



提督 サラサラ



山城「・・・ふーん、『自分が関わってきた艦娘達がみんなずっと笑って暮らせますよう』」



提督「ちょ、見られても仕方ないけど態々音読することないだろ。」



山城「ちょっと魔が差しちゃった☆」



提督「てへぺろとか止めとけ、お前のキャラでやられても反応に困るだけだぞ。」



山城「ちょっと!流石に失礼よ!・・・まあ、似合わないってわかってるしやって後悔したけど…」



普通に可愛いとか言ってあげれば良かったかと思うくらい傷ついた様子の表情を見せる。何だかすごい申し訳ない。



提督「え、えっと、山城は何て書いたんだ?」



山城「え、そ、そんなこと教えるわけないじゃない。」



提督「俺の見たクセして自分のは見せないのか。」



山城「な、何よ、女のプライバシーを侵害するつもり…?」



提督「こんな誰もが見放題な所に吊るすってのにプライバシーも何もあったもんじゃないだろ?」



山城「そ、それは…そうだけど・・・」



なんか、先程から山城の挙動がおかしい。手を後ろに隠してやたらモジモジしている。



提督「何でそんなに隠すんだ?・・・さては卑猥な事でも書き込んだのか?」



山城「そ、そんなことするわけないでしょ!?提督じゃあるまいし、それ以上言ったらセクハラで訴えるわよ!」



提督「じゃあ、そういうことじゃないなら見せても構わないんじゃないか?」



山城「そ、それは・・・」



何これ、小学生の悪ガキみたいなことしてる自覚あるけど楽しい。



好きだから悪態をつくとか流石にそういうことではないけど、普段と違って弱気な彼女を弄りたいという危険な欲望が脳と体を支配する。



提督「さあ、見せてくれないか?見られるのが嫌なら読み上げてくれてもいいけど。」



ジリジリと距離を詰めていく。その度に女性を追い詰めようとしていることからくる背徳感が鼓動を早めていく。



山城「ま、待って、これはさっき間違えたやつで、これから新しいのを書くつもりなの。」



提督「別にその間違えたやつでもいいぞ。途中まで書いて間違えたならわからなくて逆にいいんじゃないか?」



山城「え・・・」



明らかにしまったという顔をする山城。どうしようか必死に考えているみたいだった。



山城「お、お願いだから見ないで。さっき勝手に覗き見したことは謝るから。ね、お願い。」



提督「うーん、見せてくれたら許してやる。」



山城「そんな、いや、本当にお願い、止めて・・・っ!!」

ダッ



山城が180°後ろを向いて駆け出す。でも、急に動いたせいか足がもつれて転んでしまった。



山城「痛っ・・・あ!待って!」



ひらり



転んだ拍子に短冊が空を舞い、運悪く提督の足元に落ちる。



取りに行こうとするも間に合うはずがない。提督はひょいと短冊を摘み上げると、クシャっとなった短冊のシワを丁寧に伸ばして読み始めた。



けど、提督が見つけたのは文ではなかった。



提督 (これは・・・相合傘?)



傘の下の文字を注視する。



提督 (山城と・・・俺の名前!?)



柄のない傘の下に山城の字と共に並べられていたのは、提督の二文字ではなく、まごう事なきどこにでもいそうな平々凡々な提督の本名だった。しかも漢字まで一致している。



一瞬、同名の別の人物のことかと思ったが、不幸鎮守府の歴代提督に同じ名前を持つものはいなかったし、教官とは漢字も読みも全く似ていない。



山城が町で出会った人物である可能性も考えるが、彼女はそう滅多に外へは出歩かない。



提督「山城、これって・・・?」



先程の興奮が一気に冷め、今度は突然の事に驚きのあまり冷静さを欠いた。



どうして良いかわからないまま山城の方を見る。





泣いていた。





提督「山城?」



山城「だから言ったのに・・・」



いつもの悪態をついている彼女とは違い、今の山城はすごく儚く、弱々しく見えた。まるで今にも消えそうな感じすらする。



提督「えっと、その・・・」



山城「誰にも知られずに…いっそ一生叶わない願いにしてしまおうと思ってたのに…それなのに・・・提督のバカっ!」



山城がまた転びそうになりながらも全速で提督の傍を走り去って行った。




濡れた顔を、必死に隠しながら。





かける言葉も無かった、彼女を止める言葉も。



唖然とし過ぎて何も考えることができなくなっていた。




しばらくの間何もせずに山城が走って行った方向を向いていると、ここに来て3ヶ月近くで随分と見慣れた高さのピンク色の頭が近寄ってきた。



卯月「司令官?どうしちゃったぴょん?」



扶桑「なかなかお戻りにならないとのことでしたから、心配になって様子を見に来たのですが・・・何かあったんですか?」



扶桑も来てくれたらしい。でも、今はそれがあまり嬉しいとは思えなかった。



提督「いや、大した・・・ことあるか、あいつにとっちゃ一大事だよな。」



卯月 「?」



提督「すまん卯月、心配してくれたのは嬉しいが、少し扶桑さんと話がしたい。2人だけにしてくれるか?」



卯月の顔が悪戯っぽいものに変わる前に提督が先程書いた短冊を目の前に差し出した。



提督「読んでていい、その代わり・・・な?」



提督のただならぬ様子を察したのだろう。それでも何か言いたげだったが卯月は素直に頷いた。



卯月「わかったぴょん。みんなには何て?」



提督「食い過ぎて腹を壊したとでも言っておいてくれ。扶桑さん、少し時間いいかな。」



扶桑「はい…」



提督「俺の部屋に行ってるから、卯月は何か非常事態が起きたら呼びに来てくれ。その代わり誰も部屋に近づけるな。」



卯月「・・・わかったぴょん。」



提督「それじゃあ、行こうか。」



扶桑「・・・はい。」



提督の部屋と聞いて少し躊躇った様子をみせた扶桑だったが、提督にその気がないことは彼女も容易に察することができたのだろう。何も言わずついてきてくれた。



部屋に着くまで、お互いに何も話さなかったため大変気まずい雰囲気だったが、提督にはそんなことを気にしている余裕が無かった。本当は扶桑とだって出来れば話したくなかったのだから。



でも、提督には山城のことをどうすればいいのか全くもってわからなかった。あと、女性経験の偏差値が低いことも確かに関係しているが、扶桑の妹を傷付けたことを黙っておくわけにはいかないと思ったのも扶桑と話がしたいと言った理由だ。



考え過ぎたせいで途轍もなく長い道のりを歩いた気分になったが、それでも時間は進むのでちゃんと部屋に着いた。自分に与えられた私室に入りたくないと思った経験などこれが初めてかもしれない。



提督「・・・適当に掛けていてくれ、今茶を淹れる。」



扶桑「あ、私が代わりにやります。」



提督「気遣ってくれてありがとう、でも自分の部屋で人に茶を淹れさせるほど参っちゃいないさ。」



そう言うと、申し訳なさそうに扶桑がダイニングの椅子に腰掛けた。いくら提督が普段から気兼ねなく接しているとはいえ、上司に茶を淹れさせるのは彼女としても居心地の悪いことなのだろうが、招いたのは提督だ、それに私室の中でまでそういった上下関係を持ち出す気になど提督にはなれない。



ややあって淹れ終わった紅茶を自分と扶桑用のカップに注ぐ。本当は緑茶の方が、扶桑の好み的に良かったのかもしれないが、生憎よく飲むのは紅茶なので、私室には紅茶の茶葉ぐらいしか置いていない。執務室になら念のためにと用意してあるが、今は人目を避けたかった。



提督「どうぞ、淹れたてで熱いから気をつけて。」



扶桑「ありがとうございます・・・」



扶桑「あの…それで話とは一体なんでしょうか?」



扶桑としては何を言われるか気が気でないのだろう、できればもう少し言葉を整理するために待って欲しかったが、仕方ない。



まだ熱い紅茶をそっと一口含んでから、重たい唇を開く。




提督「まず・・・本当は先に本人に言うべきなんだろうけど、扶桑さんに謝らないといけないかもしれない。」



扶桑「え…どうしてですか?」



完全に予想外だったと言わんばかりに目をキョトンとさせている。それはそうだろう、扶桑は先程の提督と山城とのやりとりを見ていないし、神妙な顔持ちで何も話そうとしない提督に2人で話をしたいと言われたらそういう流れになるとは予想し難いはずだ。



取り敢えず、粗方の事情を説明する。そして、山城を泣かせてしまったことを詫びた。



そして、



提督「あんまり、見せて良いものかわからないけど・・・」



提督が躊躇いがちに先程の山城の短冊を扶桑に手渡す。



短冊を受け取った扶桑は、そこに書かれているものを見て驚いたようだったが、すぐに納得したような顔をした。



扶桑「そう…そうだったのね・・・」



提督「そうとは…?」



扶桑が短冊をこちら側に向けてテーブルの上に置く。



扶桑「山城は…きっと私に遠慮して…自分の気持ちを無かったことにしたかったのだと思います。」



提督「・・・そういえば、そんなことを言ってたような…」





提督「ん、ちょっと待った。扶桑さんに遠慮してって?」



扶桑がはっとした表情をする。そしてすぐに顔を赤らめてうつむいた。



提督「え、まさか・・・」



扶桑「・・・はい、その、提督のことをお慕いしてます・・・」



提督 ボンッ!



今度はこちらが赤面する番だ。まさかこんな唐突に告白されるとは思わなかった。



扶桑「すみません、急にこんなことを言ってしまって・・・迷惑だったでしょうか?



提督「いや、そんなことは・・・え、でも、なんで俺なんかを・・・?」



今までそんな素振りはちっとも見たことがなかった。単に彼女が隠していただけなのか、提督がどんかんなだけなのか、あるいは両方か。



扶桑「初めて出会ったときのこと…覚えていらっしゃいますか?」



提督「それは、もちろん。」



卯月と教官の策略にまんまとハマった割と忌まわしい思い出がある。暗い洞穴の中でたった1人で不安に思っていたときに扶桑が現れたのだ。



扶桑「あのとき、提督が『最初に会えたのが扶桑さんで良かった』と言ってくださったのがとても嬉しくて。だからそれからいつも、提督の力になろうと思っているうちに・・・」




提督 (し、知らなかった・・・!)



あまりにも衝撃的にすぎた。




提督「それで、その・・・こう言ったらあれだが、もし俺がプ、プロポーズしたら・・・」



自分でも何を言っているんだと思うが、思考が上手く制御できない。



扶桑「はい…こういうのは恥ずかしいですが、お受けします…」



提督「・・・!!」



思わずテーブルに突っ伏した。心臓が痛いほどに脈動し、今はこれ以上扶桑のことを見ていられなくなった。



扶桑「提督?大丈夫ですか?」



提督「ああ、大丈夫だ・・・でも、今ドキドキし過ぎて返す言葉がない…」



山城の短冊を見たときといい、今といい、こうして愛を告げられたことなど今までで一度もなかったのですごく緊張しているし、こうした場合は何を言っていいかわからない。



ようやく心臓が落ち着いたことを確かめながら、半身を起こす。



提督「その、まずは、礼を言いたい。ありがとう。」



提督「でも、こんなことは初めてで、俺自身扶桑さんをどう思っているのかとか、まだ全然ハッキリしてなくて、その…すまない、今は何も言えない・・・」



もちろん、提督は扶桑を好ましく思っていないわけではない。どちらかと言えば間違いなく好きな部類に入るだろう。だが、愛しているかと聞かれてもわからないというのが本音だ。



扶桑「いえ、私こそ提督のことを何も考えずに、すみませんでした。」



提督「いや、扶桑さんは悪くない。こんな大事なときに何も言えない俺がヘタレで不甲斐ないだけだから…」



女性が折角愛を伝えてくれたというのに、それに対して何も言えないなどと、自分でもかなり残酷だと思うし、扶桑にも大変申し訳ない気持ちで一杯だった。



それならば、いっそその気持ちを切り捨ててしまった方がいいのだろうが、自分を想ってくれている相手が傷つく顔など絶対に見たくはないという思いが、それすらも邪魔をする。



扶桑「・・・」



提督「・・・」



沈黙が続く。だが、提督はまだ他にやらなくてはならないことがあった。



提督「その、さっきの今でこんなことを言い出すのは、逃げてるって言われても仕方ないんだが・・・」



扶桑「山城のことですか?」



提督「ああ、そうだ・・・」



扶桑「構いません、本当はそのことを私に相談しようとして下さったのですから。」



提督「・・・恩にきる。」



何気に、扶桑には救われてばかりだ。そんな自分が情けなくなる。



扶桑「まず話をする前に、提督には一応知っておいていただきたいことがあります。」



提督「・・・なんだ?」



扶桑「実は…私と山城は、本当は七夕が・・・いえ、七夕自体は問題ではありませんね。星に願いごとをするのが好きではないんです。」



提督「…どういうことだ?」



扶桑「私達姉妹はどういうわけか、昔から星に嫌われているらしく、願い事をしても、ささやかなものであらば問題ありませんが、叶うことは絶対にありません。ひどい場合は逆に不幸を呼んでしまうのです。」



提督「・・・」



またまた初めて知った。自分はどうも、扶桑姉妹に関して知っていることが無さ過ぎる。



提督 (俺がこんななのに、2人に好かれる資格なんてあるのか・・・?)



知っていればもっと2人のことを気遣うこともできただろう。提督の知らない所で2人が苦悩することもぐっと減るはずだ。



2人のことをもっと知ろうと努めていれば、彼女達の大丈夫という言葉に甘えずに済んだというのに・・・




なんて自分はこうも怠惰なのだろうか。




来る日も来る日も周りに気を使うことなくただ机に向かっていただけで、そうしていれば免罪符になると思いこんでいただけなのだと初めて思い知った。



だが、悔いることが増えたとしても、勝手に問題が片付いてくれることはない。何とも理不尽だと思うが、そうやって自分を責めている場合ではないのだ。



提督の勝手な都合で山城を放ってはおけない。



提督「それで…どうしてあんな真似を?」



扶桑「山城は…おそらく私が提督に好意を寄せていることを知っていたのでしょう。でも山城も提督のことを想っていた…だから私の気持ちを優先して…自分は身を引こうとして短冊に代わりに願いを消し去ってもらおうとしたのだと…そう思います・・・」



いつの間にか、扶桑の目には涙が浮かんでいた。妹思いの扶桑のことだ、きっと自分のせいで山城に辛い思いをさせてしまったことを思うと、悲しいのだろう。



提督自身、とても悲しかった。姉のために自分の思いを犠牲にするのは、日本語特有の優美かつ便利な変換術を使えば、美しい姉妹愛と言えるが、こんなのはただの虚しい自己犠牲だ。当然、山城も人間なので自分のことだから何をしようが自由なのに変わりないが、だからといって自分の幸せになりたいという願いを捨てるのは違う気がする。




提督 (本人はそれで良くたって、納得なんかできるはずないだろ・・・)




明日の目覚めが悪いにも程がある。





提督「なあ、扶桑さん・・・」



扶桑「何ですか?」



提督「・・・山城の意思をくんで扶桑さんだけを選ぶ俺と…」





提督「傲慢にも扶桑さんと山城の両方に幸せになって欲しいと思う俺、どっちが扶桑さんは好きなんだ?」




一瞬、扶桑の頭の上に疑問符が見えた感じがしたが、すぐに微笑んでこう言った。



扶桑「理想的な男性としてはともかくですが、私は欲張りなくらい人を思いやる提督が大好きです。」



提督「う、そこは俺が理想像とか言う所じゃないのか。」



扶桑「堂々と二股かけようとしている殿方を理想的とは言えないと思いませんか?」

クス



提督「仰る通りで・・・」



提督「ありがとう、扶桑さん。おかげで決心がついたよ。」



提督が椅子から立ち上がり、扶桑の元へと歩み寄る。そして扶桑のすぐ側に立つと、その場に跪いた。



提督「好きだと言われたからには、俺も全力でその気持ちに応えたい。扶桑も、山城も、2人まとめて好きになるよう努力する。」




扶桑「・・・顔を上げてください。こんな大事な時にお顔を見せていただけないなんて、提督の気持ちを疑ってしまうかもしれません。」



提督「ああ、そうか。すまない・・・」



提督「じゃあ、俺はどうしたらいい?こういうのは正直初めてだからわからない・・・」



扶桑「そうですね、まずは立っていただかないと。提督は上司としてではなく、異性として気持ちを伝えようとしてくれているのはわかりますが、そんな騎士のようにされても恐縮してしまいます。」



提督「わかった。」

すく



提督「・・・それから?」



扶桑「私の目を見て、提督の言いたいことを伝えて下さい・・・あまり時間をかけないで下さいね、ずっと見つめられると恥ずかしいです。」



提督「あ、ああ・・・」



提督「えっと、その・・・」



悲しいかな、やはり恋愛偏差値の低い提督はこういう時の言葉もロクに出てこない。だが、あまり時間をかけるなと言われたし、提督自身ずっと見つめているのは気恥ずかしい。



だから覚悟を決めて口を開いた…




提督「不束者だけど、よろしくお願いします。」



扶桑「はい・・・こちらこそ。」



結局、出てきたのは酷く在り来たりなセリフだった。だが、ちゃんと心を込めて言ったつもりである。



顔を上げて見えた扶桑の目にはまた涙が溜まっていた。でも、それは悲しみからくる涙ではないことは簡単に理解できた。



提督「あ、ええと・・・」



やはり、この後どうすればいいのかわからない。だけどこのまま終わるのは流石にマズイだろう。




提督 そっ




躊躇いがちに扶桑の肩に手を回し抱きよせる。



扶桑「・・・!」



提督「悪い、何をすればいいか全くわからなかったから、このくらいしか思いつかなかった。嫌なら振りほどいて欲しい。」



扶桑「いえ、正解ですよ・・・」



扶桑も提督の背中に手を回すと、密着するように身体を寄せてきた。




扶桑「提督の鼓動が聞こえます…」




提督「俺も、扶桑さんがドキドキしているのがわかる。」




というか、実際提督は痛いぐらいに鼓動がバクバクいっていた。扶桑からすれば、聞こえるなんてレベルじゃないかもしれない。



だがそれほどまでに、全身で感じる扶桑の体は今まで体験したことのない心地よさだった。柔らかくて、暖かくて、強く抱きしめたくなるのに、どこか華奢で強く抱きしめると壊れてしまいそうなのですごくもどかしい。



呼吸の度に甘い香りが鼻腔をしびれさせ、指をくすぐる長い黒髪は雪の結晶のように繊細だ。



今まで異性として意識していなかったのに、どうしてか今はとても扶桑のことが愛おしくなってきた。



提督「・・・絶対に幸せにする。」



扶桑「はい、約束ですよ。」



このままずっと抱きしめていたい衝動に駆られるが、いつまでもこうしているわけにもいかない。



提督「そろそろ、行かないとだな。」




扶桑「・・・吉報を待ってます。」



提督「ああ任せろ。扶桑さん、申し訳ないけどちょっと行ってくる。」



扶桑「はい、山城のこともどうかよろしくお願いいたします。」



返事の代わりに手だけ振って私室を出て行く。一刻も早く山城の所に行かなくてはならなかった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






始まりは、全く大したことではなかった。




姉を取られまいとして、いつも物陰から彼を監視していた。4月頃は、少しでも手を出そうとする素振りを見たら殺してやろうとも思っていた。




でも、彼はそんなことをする様子を少しも見せなかった。話かけることはあっても、ほとんどが業務連絡だ。他愛のない話を振って姉に笑顔を見せることが何とも腹立たしかったが、そこには姉を異性として意識している感じはしなかった。




実際、彼よりも姉の方から声をかけることが多く、好意を寄せていることを察するのに時間はかからなかった。逆にそれを受け入れることに苦労したくらいだ。




監視を続けているうちに、彼は姉だけに明るく接しているのではないことがわかった(一部例外もあるが)。ある程度の態度の違いこそあれど彼は誰でも、部下として、仲間として、時には友人として等しく認めていた。




当然、それは自分も例外ではなかった。




いくら邪険に扱っても、彼はほとんど変わらず接してくれた。苦手意識もあっただろうに、自分を避けるどころか、より積極的に話かけようともしてくれたようにも思う。少なくとも、彼が自分を見て無視をしたことは一度も無かった。




そうして彼のことを見ているうちに、段々と自分が嫌になってきた。あんなに誠実な彼を、いつまでも曇った目で見続け必要なしに口先で傷つける自分が虚しくなった。




でも、やはり彼が姉と笑って話しているのを見ると、どうしようもなく憎くて、憤ろしくて、そして、怖かった。唯一無二の姉の心が自分のから遠ざかってしまうのではないかと思うと堪らなく嫌だった。




けれども…




それが本心でないことはすぐにわかった。




彼が姉と話している時に限らず、例えそれが常に彼の周りにいる睦月型駆逐艦や、その他の娘であろうとも、彼と笑って話をしているのを見るのが嫌になった。




そう、ただの醜い嫉妬だった。




同時に、彼に恋焦がれていることにも気づいてしまった。




必死に否定したができなかった。彼のことが嫌いなどと、好きとは言わないにしても口が裂けても言いたくなかった。




もしかしたらと、甘い妄想だって偶にはした。好意を寄せても良いだろうと開き直ってみたりもした。




でもやはり、姉のことを裏切ることなどできやしなかった。




自分が姉の幸せを奪うことなどしたくなかった。




だから短冊に願いを託して封印しようとした。そうすれば自分の願いが届くことなど一生無いと知っていたから。




だが、よりにもよって彼に邪魔されてしまった。




短冊に書いたものは見られたと思ってもいいだろう。彼が鳥頭であれば気にしなくも良かったが、そんな相手に好意を持つはずがないのは自明のことだ。




山城「提督…どうするんだろう。」




こんな状況でも彼のことが気になる。これからの提督の行動パターンを次から次へとシミュレーションするあたり、やはり彼のことが好きならしい。




何も見なかったことにし、そっと吊るしてその場を離れてくれていればそれが一番だが、書いた内容が内容だし泣き顔も見られてしまった。そんな状況では、提督ならばそんなことは絶対にできないだろう。




山城「姉様に相談してないといいけど・・・」



今頃、自分を泣かせてしまったことに負い目を感じて姉に相談しに行っているかもしれない。自分を可愛がってくれている姉なら、何で自分がこんなことをしようとしたのかすぐにお見通しだろう。




山城「本当のことを知ったら…提督はどうするんだろう・・・」




自分の元に来なければいいと願うが、良くも悪くも情に篤い彼のことだ、きっと・・・




コンコン




提督『山城、中にいるのか?』




やはり、来てくれた。




提督『そこにいるんだろ?お前と話がしたい。』




無視する。できれば、今は顔を見せたくなかった。




提督『・・・中に入ってもいいか?』




返事はしない・・・もう拒むはずがないと知っているくせに。




提督『すまん、開けるぞ・・・』




ガコ




開かれようとしたドアが背中に当たる。廊下の光が部屋に差し込んできた。





提督「・・・なんだ、そこにいたのか。」




何も言わない。提督が中に入りたそうにしているのが何となくわかるが、問答無用でそこに居座る。




提督「あの、山城さん・・・?」




山城「・・・」




提督「・・・」




のす




不意に、背中に掛かる圧が少し強くなった。提督が座って背もたれにしたらしい。ドア越しに彼の温もりが伝わってくるように感じるのは、自分の少し上がった体温のせいかもしれない。




提督「・・・小さい頃、俺には好きな人がいたんだ。幼馴染でさ、近所に住んでてすごく美人だった。」




急にどうしてと問うことはなく、相変わらず黙っていたが、耳を塞ぐ気にはならなかった。




提督「幼稚園の頃からずっと好きで、中学に入るまでずっとその人への想いは変わらなかった・・・でも、」




提督「高校に入った年、その人のご両親が仕事の都合で転勤することになって、もうご近所さんじゃなくなった。あんまりにも唐突な話だったから、俺は何も言えないままその人を見送ったよ。」




正直、その夜は泣いた。そう言った彼の声は、少しだけ湿っぽかった気がした。




提督「高校を出て、軍に勤めようと決めて実家を出てしばらくしても、いつかまた会えるんじゃないかって期待してた。引っ越し先も知らなかったのに、今思うとバカだったなって思う。」




自嘲気味に話す提督に、バカなんかじゃないと言い返そうとした。だが、言葉にはならなかった。




提督「でもある日、本当にまた会ったんだ・・・いや、偶然見かけたって言う方が正しいか。」




止めて、と小さく言った。提督が何を言おうとしているのかすぐにわかったから。




でも、提督は話し続けた。




提督「恋人がいたんだよ。俺なんかより格好良い、その人にすごく良くお似合いの彼氏がさ。」




提督「・・・すごく悔しかった、何で隣に立ってるのが俺じゃなくてあいつなんだって思った。それでもって、今までに無いってくらい悲しかったな。」




提督「それからその人を見かけることは一度もなかった。あの時は知らないフリしてすれ違ったけど、その人があの時俺に気づいていたかどうかはもう知る術もないな。」




提督「それから何年かして、俺が提督の肩書きを貰ったときのことだ。風の便りでその人が結婚したって聞いた。その時は、もう素直におめでとうが言えてたと思う。」




結婚式には呼ばれてないのだろう。その時の提督は、行きたかったと思ったのだろうか。




それを尋ねると、提督は曖昧に笑った。祝福こそすれ、会って言うのはやはり難しいらしい。




山城「それで、今もその人のことを・・・?」




提督「随分と買ってくれてるんだな・・・残念ながら、俺の恋心は今になって尚保つほどの耐久力は無かったみたいだ。」




流れ的に想定していた言葉が返ってこなくて、なんだか残念だが・・・少し安心した。




提督「まあ、結局何が言いたかったかといえば・・・山城はすごいなってこと。」




山城「どうして・・・?」




提督「姉のために身を引こうとして、短冊にあれを書いたんだろ?俺には到底真似できないな。もし俺が同じ立場で、俺の兄弟が恋敵だったら絶対譲らない。いや、誰が相手でもそんなことできやしないさ。」




提督「・・・扶桑さんに聞いたよ、2人は七夕がそんな好きじゃなかったなんて知らなかった。」




色々すまないという言葉には、勝手に姉様に相談したことも含まれているのだろう。




山城「いいわ、気にしないで・・・」




提督「気にする、気になって今日は眠れる気がしない。」




山城「・・・七夕のことは姉様が気を遣って黙ってたの、言ったら提督が困るからって。」




山城「・・・姉様に相談したのは仕方ないわ、提督に知られてしまったからもう隠す必要が無いもの。」




山城「それで、どうするの・・・?」




姉様に相談したのであれば、きっと姉様から想いを伝えられているはずだ。それを踏まえて、提督がどんな決断をしたのか・・・正直、すごく怖かった。




提督「それなんだが・・・俺は山城がそうやって自分を犠牲にするのを見ていられない。」



ほんの一瞬、嬉しかった。だがそれでは…



山城「それって私を選んで姉様を切り捨てるってこと?」



提督「いや、違う。扶桑さんに言われたよ、俺を慕っているって。俺はそんなこと言われたの人生の中で初だから、そんな初めての人の想いを無下になんてできない。」



山城「じゃあどうするって言うの?姉様を選ぶけど泣くなって私に言いに来たの!?」



提督「違う、そうじゃない。」



山城「じゃあなんだって言うのよ!」




本当はこんなに声を荒げたくはなかった。でも捻くれた心が勝手に暴れ出してしまった。



提督「・・・聞いたらきっと軽蔑されると思うんだが…」





提督「俺が選ぶのは扶桑さんとお前の両方だよ。」





山城「・・・?」




意味を掴みそこねた。




提督「俺は欲張りだから、誰か1人なんて選べない。できることなら、俺を慕ってくれる人全員に幸せになって欲しい。」




提督「俺は、扶桑さんと山城、2人を幸せにしてやりたい。」




提督「見下げ果てた男だって蔑んでくれても構わない、自分でも最低な選択をしているって自覚してる。だけど・・・」




提督「2人のことを好きになる努力をしたい。それでもって、愛しているといつか心の底から伝えられるようになりたい。」




提督「だから・・・おわっ!?」



急にドアが勢いよく開けられ、背中を預けていた提督の上半身はそのまま床に倒れた。



提督「痛っ」



山城「・・・本当、最低な男ね。二股宣言した挙句スカートを下から覗こうとするなんて。」



提督「!?」



提督が咄嗟にその場を離れる。そして流れるようにジャンピング土下座をキメる。



提督「すまん!でも見てない!見てないから!」



一瞬見えそうになったが、かろうじて見ていない。桃色の何かが見えたような気がしたがあれは気のせいだ。



山城「はぁ、別にいいわよ・・・提督がそんな変態みたいなことする人じゃないって知ってるから。」



どうやら計られたらしい。でもそれに文句なんて言えるはずがない。



山城「いつまでそうやって這いつくばってるの?私…私達姉妹の未来の伴侶がそんなみっともない男なんて願い下げよ。」




提督「・・・」



提督「え・・・今、なんて?」



山城「私達2人の相手をする気なら少しは余裕を見せてって言ってるの。」



提督「・・・本当に、いいのか?」



山城「こんな話…提督以外だったら絶対に承諾しないわよ・・・」



提督「・・・すまない、こういう時何をしたらいいか全然わからないんだ。」



山城「何よそれ・・・」




山城「じゃあ、抱きしめて・・・そのくらいできるわよね?」




提督「ああ、たぶ・・・いや、お安い御用だ。」



ギュッ



山城「・・・!」



提督「・・・あ、悪い。痛かったか?」



山城「そんなことないわよ、ちょっと驚いただけ…」



提督「そうか・・・」





提督「えっと、そのだな・・・」




山城「・・・何?」




提督「・・・頑張って好きになるように努力する。いつか絶対好きだって言う。」




山城「それ、さっきと同じ台詞…」




提督「同じでも構わない、これが俺の本心だ。絶対に2人を幸せにする。」




山城「そんなの当たり前よ。2人も相手するんだもの、それくらいできて及第点・・・」




提督「ああ、だから神に誓って…だな。」




山城「言っておくけど、私嫉妬深いから姉様とばっかりベタベタしてたら刺しちゃうかも・・・」




提督「なら同じくらい山城ともベタベタするさ。」




山城「他の子にデレデレするのもダメ。」




提督「なら俺にその気が起きないように、2人の魅力的なところを見つけていかないとな。」




山城「好きって言われてないとすぐに不安になるから・・・」




提督「こちらとしては察して欲しいところだが、山城がそう言うなら仕方ないな。」




山城「姉様にもちゃんと言ってあげて・・・」




提督「公平は守らないといけないもんな、了解した。」




山城「子供の数も姉様と一緒がいい・・・」




提督「んーまあ、大家族も悪くないかも…」




山城「・・・変態。」




提督「じゃあ1人ずつ?」




山城「それは嫌、せめて2人以上。」




提督「はは、頑張らないとだな。」




山城「・・・私達を遺して先に逝ったら許さないから。」




提督「それは俺も願い下げだ・・・それならいっそ桃園の誓いでもやるか?死ぬ時は同じ時を願わんってさ。」




山城「・・・それフラグよ。」




提督「かっこいいだろ?それに絆も深まりそうだ。」




山城「いい…あんなお別れなんてしたくない。」




提督「ファンが怒るぞ・・・って言いたいけど俺も御免だな。」








山城「・・・大好き。姉様に負けないくらい大好き。」

ギュッ




提督「待ってろ、いつかその言葉そっくりそのまま返してやる。」




山城「・・・うん。」





山城が顔をうずめている胸が、次第に彼女の涙で温められていく。制服を伝わってシャツにまで浸透しているらしいが、そんな程度のことなど今はちっとも気にならなかった。寧ろ心地良ささえ感じる。



涙の止まらない彼女を支えるために、先程より少し力を入れて抱きしめる。想像していたよりもずっと狭い肩幅、華奢な腰まわり、艶やかな髪の甘い香り、扶桑より少しだけ劣るが、それでも十分豊かな片手では収まりきれない乳房。そう言ったものがより一層五感を通して強く感じられ、抱きしめる腕に躊躇が生まれるが、そうしてできた隙間を埋めるように山城の方から身を寄せてきた。提督もそれに応える。




山城「・・・ねえ。」



提督「どうした?」



山城「ちょっと目を瞑ってて…」



提督「え、ああ、わかった。」



言われた通り目を閉じる。すると、山城が首に手を回してきた。そして気がつくと、頬に柔らかい感触が生まれた。



驚いて目を開けると、山城の顔がすくそばまで来ていた。どうやら背伸びをしているらしい、少し足が震えていた。



山城「・・・もう、目を瞑っててって言ったのに。」



提督「すまない、驚いてつい・・・」



山城「仕方ない人・・・」



そう言ってまた山城が頬に口付けをした。暖かくて柔らかく、そして少しだけ湿っていた。



山城が口付けをし終わってからも、しばらく抱きしめたままだった。気がつけば涙は止まったようだった。離れようか迷っているところに、丁度良く現れた人影があった。




山城「あ・・・姉様。」



扶桑「その様子だと、上手くいったのですね?」



提督「おかげさまで。」



扶桑「そうですか…良かった。」



山城「姉様、私・・・」



扶桑「いいのよ、山城。あなたを差し置いて私だけ幸せになんてなれないわ。」



山城「姉様・・・」



扶桑「でも、抜け駆けはズルいわよ。ね、提督?」



提督「え・・・あ、その。すみません。」



山城「ごめんなさい…」




多分口付けの事だ。そんなに前から見られていたのかと思うと少し恥ずかしい。




扶桑「謝らなくてもいいの、だって・・・」



扶桑が提督の元へ歩み寄り、提督の頬に手を当て、そのまま自分の顔へと引き寄せた。



提督「!?」



扶桑「・・・」



ふたりの唇が重なる。驚くほどに柔らかな感触が提督の口を襲う。普段の扶桑からは想像もできない大胆さに、目が瞬くことを忘れた。



扶桑「・・・これでおあいこ。ね?」



提督 ポカーン



山城「ズルいです姉様!ねえ、まさか今のファーストキス!?」



提督「あ、その・・・うん。」



扶桑「ふふ、早いもの勝ちよ。」



山城「それではフェアじゃありません!」



提督「いや、そういうのは流石に仕方ないだろ・・・」



山城「嫌!公平を守るって言ったのは提督でしょ!」



提督「無理があるだろ!」



いくらなんでも初めてを2人で共有するのは無理がある。もしそれが可能だとしても、時既に遅しだ。(まあ、とある書物には双子の美少女のファーストキスを同時に奪った男が登場するが。)




扶桑「それもそうね…確かに提督のファーストキスでは対価が大き過ぎたわね・・・なら、提督の初デートは山城に譲ってあげるとしましょう。」



提督「さらっと初めて宣言された・・・まあ、間違いないけど。」



山城「むー、仕方ないですね・・・そうと決まれば、来週の日曜日絶対に開けておいて。予定入れたら承知しないんだから。」



提督「わかった、今日中に確実に抑えておく…」



山城「絶対だからね!・・・ふふ、どこに行こうかしら♪」



このままだと、どうやら両手に花なんて言っていられなくなりそうだ。一瞬、早まったかなんて考えが頭を通過するが、こうして2人の笑顔が見られるなら悪くはない。寧ろ最高と言ってもいいだろう。




提督 (俺も、これから色々と頑張らないとな・・・)






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





不幸鎮守府




提督が扶桑型姉妹の両方と付き合うことになってから数日後、そこまで思っていたほど暮らしに変化はなかった。



世のリア充と言えば、普段から可能な限り一緒にいてイチャつき、それができないときはSNSなりを利用して画面越しにイチャつき、週末にはデートに行ってそこでもまたイチャつくという見ているだけで胸焼けがしそうなベタベタとした毎日を過ごすものだと提督は勝手に思っていた。



だが、実際にその肩書きを賜ってみるとそんなことは全くなかった。寧ろ普段とそこまで変わらない気さえする。



山城の提督に対する態度が急変したことは特筆すべきことなのだろうが、提督からしてみれば山城の態度が変わっただけで自分の山城に対する態度にはほぼ変化がない。



まあ、胃に負担がかかる言葉と目線が返ってこなくなったのはすごくありがたいことではある。



この頃2人は毎日1人ずつ交代で出撃に参加しいる。早く鍛錬を積んでケッコン可能なくらいまでになりたいのだろう。そういったモチベーション等も手伝ってか、最近の2人の活躍ぶりは目をみはるものがあった。



文月「ねえねえ司令官。」



提督「ん、どうかしたか?」



今日もやる気たっぷりな補佐艦殿が執務机に身を乗り出して話しかけてくる。



文月「山城さんとはどこまでいったの?」



提督「ブフッ!」



口に含んだ紅茶が盛大にばら撒かれる。だがどうにか顔を真横に逸らしたので文月にかかることは避けられた。(何?かければいいのにって?同感)



提督「けほっ、いきなりなんてことを聞くんだよ。」



文月「え?この間のデートでどこまでお出かけしたか聞いちゃダメなの?」



提督「そっちか・・・」



吹いて損した。



提督「ダメではないんだが、他の人にそんな聞き方するなよ?」



文月「え、なんで?」



提督「それは・・・」



そんな純粋な顔をして尋ねられても困る。返答の仕方次第ではただの性犯罪者になりかねない。



提督「えっとまあ・・・ダメなんだ。」

えへん



無駄に威張ってみる。だが、文月はさらに不思議そうな顔をするばかりで全く効果がない。



提督「はぁ・・・あー、大人になればそのうち嫌でも知るようになるから、別に今は知らなくてもいいんだ。とにかくさっきみたいな聞き方したらダメ、約束だぞ?」



文月「うーん・・・わかった。」



まだまだ気になって仕方ない様子だったが、素直に了解してくれた。親でもないが、一生このままピュアでいて欲しいと願う。



文月「じゃあその代わり、どこまでお出かけしたのか教えて?」



提督「電車でちょっと遠出して、水族館に連れて行ったんだ。すごく楽しそうにしてたなー、あんなにはしゃいでる山城を見たのは初めてだ。」



文月「いいなー、私水族館に行ったことないんだー。」



そう言えば、山城も初めて来たと言っていた。そういったレジャー施設に行ったことがある艦娘は案外少ないのかもしれない。



提督「なら、夏休みになったら睦月型全員でどっか遊びに行くか?水族館でもいいし、他には遊園地とか動物園でも好きな所に連れて行ってやるよ。」



文月「本当!?」

ガタッ



提督「ああ、約束する。」



文月「やったー!!」



文月が嬉しさのあまりピョンピョン跳ねだす。このぶんだと、ここに10人全員いたらお祭り騒ぎになるかもしれない。



提督 (そう言えば、もうすぐ夏休みシーズンか・・・今年はどうするかな。)



提督になって以来、ろくに夏休みをとったことはなかった。休みといっても、偶に海に行ったりプールに行ったりしたぐらいで、後はほとんど仕事だ。



昔から長期休みが明けてしまうとダラけてしまう癖があるので、提督になった以上それはいけないと思い暇な日には仕事を詰めるようにしていた。



提督 (でもそのせいで叢雲にいらない心配かけてたな…)



提督がここに来る前にいた鎮守府で長いこと秘書艦として頑張ってくれていた叢雲は、長期休みに入っても全然休もうとしない提督に、しょっちゅう休んだ方がいいと言ってくれていた。



その度に断っては強情っぱりなどと言われ説教されたが、それでも自分のスタイルを変えることをしなかった。



提督 (それで一度大喧嘩して、愛想を尽かされそうになったこともあったっけかな・・・)



それでも、結局はなんだかんだ言ってついてきてくれた。彼女には言葉では足りないほどの恩義がある。



提督「なあ文月。」



文月「ほえ?どうしたの、司令官?」



提督「いや別に大したことじゃないんだが、出かける人数1人増やしてもいいか?」



文月「私は平気だけど…誰を連れて行くの?扶桑さん?それとも山城さん?」



提督「あ、いやその2人じゃないんだ。それとこの鎮守府の人じゃない。」



文月「じゃあ司令官のお友達?」



提督「友達…うーん、なんというか・・・」



提督「俺の相棒…かな?」



文月「すごい!相棒さんがいるなんて司令官かっこいい!」



提督「はは、そんなにかっこいいか。」



文月「男のゆーじょーだよね!」



提督「いや、相棒っていっても男じゃないぞ!?」



文月「え、そうなの?」



どうやら、相棒は同性の者同士だけの関係だと思っているらしい。まあ確かに、異性同士が相棒というのは、ほぼ恋人と言っても過言ではない部分があるのかもしれない。



提督「まあなんだ?恋人ってわけじゃないけど、親友より深い仲っていうのか?・・・どちらにせよ、俺の大切な人に変わりない。」



文月「へぇ〜、そんなすごい人なんだぁ・・・あれ、でもそれじゃあ司令官!文月達のことは大切じゃないの?」



提督「いやそうじゃないぞ?ちょっと大切の意味合いが違うというかなんというか・・・」



提督「・・・まあいい、今はみんな大切だ。お前達も、扶桑姉妹も、ここにいる全員も、俺の帰るべき鎮守府のみんなも。今はそういうことにしておいてくれ、いつか大人になれば本当の意味がわかってくるさ。」



文月「本当?」



提督「多分、間違いなく。」



文月「じゃあその時まで・・・ううん、その時になっても司令官は文月の司令官でいてくれる?」



提督「その台詞はもっと大人になってから使わないといけないやつなんだが・・・そうだな、俺としてもできればそうありたいよ。」

なでなで



文月「えへへ〜」

ポワポワ



こうして頭を撫でてやると、まだまだ子供なのだなとあらためて実感する。



提督 (叢雲も、強がりだけど案外まだまだ子供なんだよな〜)



別に身体的特徴のことを言っているわけではない。さすがに文月のようにとはいかないが、時折撫でてやると猫みたいに気持ちよさそうな顔を見せることがあるのだ。(いや、何を言っているのだ。身体的特徴の話ではないと言ったはずだが?)



会ったら久しぶりに撫でてやるかとか考えながら文月の頭を撫でていると、文月の頭が突然グラつき始めた。



提督「どうした、文月?」



文月「私、眠くなって・・・きちゃ・・・」



提督「そうか、ならソファーで横になっててもいいぞ。この時間帯ならそんな仕事も多くないし、今のうちに休んでおけ。」



文月「ん、そうする・・・」



今にも寝そうだ。余程撫でられるのが気持ちよかったのだろうか。仕方ないのでソファーまで一緒について行って寝かせてやる。



横になるや否や、すぐに寝息を立て始めた文月に上着をかけてやると、提督はまた執務机に向かって書類仕事を再開した。



夏休みの約束を取り付けたことだし、この際叢雲にちゃんと休んでいる所を見せようと決める。だから、そのために今のうちにやれる仕事を消化しなければならない。



そうして提督は机に向かっていることがまた増えたせいか、だんだんと猫背になりつつある姿勢を伸ばして再びペンを走らせていった。






書類と格闘すること数時間、そろそろ休憩でも挟もうかと思っていると、どこからともなく爆発音がして、床から振動が伝わってきた。



提督「ん、なんだ?」



また明石が妙な実験でも行っていたのだろうか。だが、火薬の爆発音というよりかは破砕音に近かった気がする。



提督「音は下から聞こえたな・・・一階で何かあったのか?」



取り敢えず窓から一階の方を見下ろしてみる。あり得ないことはわかっているが、もしかしたら玄関にトラックなんかが突っ込んだのかもしれない。



まあ、当然そんなことはなかった。そもそも車が進入することなど不可能なので、まったくもって愚かな考えだった。



提督「でも事実は小説より奇なりって言うんだよな〜。」



実際、この世には艦娘やら深海棲艦やら妖精やら突飛な存在で溢れている。玉入れよろしく鎮守府が建つ岩山に車を放り投げて攻撃してくる魔法使いがいてもなんらおかしくはないはずだ。



提督「まあ、なんかあれば卯月が飛んでくるだろうし今は様子見だな。」



そう言って机に座ろうとしたとき、今度は軽い破砕音と共に誰かの悲鳴が聞こえてきた。



提督「…なんだ、襲撃か?」



だとすれば相当派手に暴れているらしい。だが、悲鳴は1人のものだけだったので、偶々運悪く遭遇した者が襲われたのだろう。



バン!!



卯月「司令官大変!敵襲ぴょん!!」



案の定卯月が飛び込んできた。



提督「ああ、どうやらそうらしいな。何人だ。」



卯月「えっと、一人と・・・1匹?一頭?一台?」



提督「馬にでも乗ってきたってことか?」



卯月「なんか普通の動物じゃないんだぴょん!全身真っ黒でモンスターみたいなやつ!」



提督「なんだよそれ、マッドサイエンティストが生物兵器持ち込んできたってか。」



卯月「化け物だけじゃないぴょん!人みたいな方は人みたいだけど人じゃないのだったぴょん!」



提督「なんだその曖昧なやつ・・・まさか深海棲艦か!?」



卯月「似てるけどうーちゃんあんなの初めて見たぴょん!」



提督「まさか新種?まあいい、進入経路はどこだ?増援が来たら面倒だぞ。」



正面玄関と岩山の裂け目にに異常は見られなかった。敵が新種の深海棲艦であるならば水路からだろうか。



卯月「床から出てきたんだぴょん!きっと地下から!」



提督「地下!?まずいぞ、トンネル掘られてたら引っ切り無しに敵が湧いてくる!」



こうしてはいられない。すぐに執務机へ駆け寄ると、そのまま机を蹴飛ばしてどかす。そして絨毯に隠された、実弾装填済みの対物ライフルと、ロケットランチャーを取り出す。



卯月「ええ!?これどうしたぴょん!?司令官ってミリオタ!?」



提督「いや、先代の忘れ物。裏のルートで集めてたんだと。見つかったら即銃刀法違反だな。」



卯月「きっとそんなんじゃ済まされないと思うぴょん。」



提督「まあな、これから撃つわけだし・・・ほれ、お前もこれ持ってろ。」



卯月「う、ちょっとどころかかなり重いぴょん…ていうか、深海棲艦にこんなの効かないし、うーちゃんの機銃の方がよっぽど扱いやすくて効果あるぴょん。」



提督「今お前に積んでるのは酸素魚雷だろ。陸で魚雷投げるつもりか?言っておくが換装してるヒマはないぞ。」



提督「それに、そんな深海棲艦からしたらオモチャみたいなシロモノでも、目玉に当てれば多少は怯むだろ。」



卯月「でもうーちゃん銃なんて使ったことないぴょん。」



提督「完全無欠の筆頭補佐艦様が何弱音吐いてんだ。お前の腕を見込んで持たせるんだぞ。」



卯月「・・・もう、そこまで言われたら食い下がれないぴょん。」



提督「食い下がられたら面倒だからな、今は時間が惜しいし。」



提督「さ、早く行くぞ。場所は?」



卯月「一階の廊下、食堂の方へ向かって行ったぴょん。」



提督「ちっ、広い所に出られたら面倒だな。先回りして廊下を塞ぐぞ!」



卯月「了解ぴょん!」



食堂に通じる渡り廊下のすぐ側には階段が設えられているので、急げば敵が通過する前に塞ぐことができるだろう。後はそこで時間を稼いで避難と迎撃の準備をさせれば良い。




階段を一階まで降り終わる。敵はまだ着いていないようだ。だが、代わりに向こうからこちらに走ってくる数人の人影が見える。



提督「あれは・・・天龍じゃないか、おおい!」



天龍「・・・あ、おい提督こんなところで何やってんだ!早く逃げないとマズイぞ!」



睦月「こっちに来るよ!!」



睦月が指差す方向を凝視する。成る程、廊下を塞ぐほど大きな黒い怪物が見てとれた。



提督「おーおー、随分とデカイな。」



天龍「デケエ音がした後で睦月の叫び声が聞こえたから駆けつけたんだ。そしたらあいつが・・・」



睦月「急に襲いかかってきたんだよ!天龍さんに助けてもらったから逃げられたけど。」



提督「なるほどな…ところで、なんで望月は天龍に抱えられてるんだ?」



望月「急に後ろから襲いかかってきてそのまま攫われた。」



天龍「ぼさっとしてるから連れてきてやったんだろ。」



提督「はは…この階で他に逃げてないやつはいるか?」



天龍「たぶん、ここにいるのは俺たちだけだと思う。」



提督「なら良かった。そうだ、逃げるついでに執務室の文月を回収しておいてくれ。」



卯月「ええ!?あそこに文月ちゃんもいたぴょん!?」



天龍「おいおい!なんで置いてきたんだよ!」



提督「いやぁ、あまりにも静かに寝てるもんだから忘れてた。」



天龍「しかも寝てるのかよ!」



天龍「ああもう、わかった!それで、提督は何する気なんだ?」



提督「俺らはここで少々あいつらの足止めをする。」



天龍「おいおい正気か!?生身の人間があんなの相手にできるわけねえだろ!」



提督「だからロケラン担いでるんだろ。それに、俺たちが担当するのは時間稼ぎだ。体制を立て直したらすぐに応援に駆けつけてくれとみんなにも伝えてくれ。」



卯月「天龍さん、任せたぴょん!」



天龍「はぁ・・・ああわかった勝手にしろ!その代わり死ぬなよ!」



提督「当然だろ。」



天龍「よし二人共、先に上に行って文月を回収するぞ!」



そう言って天龍達は階上に上がって行った。



提督「よし…卯月、対物ライフルのセッティングできたか?」



卯月「あと少し・・・司令官、これ脚低いけどうつ伏せで撃つやつ?」



提督「他の姿勢で撃てるわけないだろ。」



卯月「ええ・・・うーんとじゃあ、こうして…こう?」



提督「お、なかなか様になってるじゃないか。」



卯月「えへへ〜なんだか歴戦のスナイパーになった気分がするぴょん。」



提督「いざとなったらそれ捨てて逃げていいからな、すぐに離脱できるようにだけはしておけよ。」



卯月「その前に援軍が来てくれることを願うぴょん・・・」



提督「大丈夫だろ。最悪天井を崩してやれば生き埋めとまではいかなくても、行動を制限できる。」



卯月「本音は?」



提督「できれば建物の損害を最小限にしつつ、ロケランの一撃で絶命してくれないかな…なんて。」



提督「まあ、建物を壊すのは本当に最終手段だな。」



卯月「そう言われると外せないぴょん。」



提督「絶対に当ててもらうつもりでいるからな。」



提督「・・・さて、そろそろ始めるぞ。」



いよいよもって、化け物の足音が近づいてきた。そして、先程は遠目で見えなかった化け物を先導する人影も見える。



提督「まだ撃つなよ、話せる相手なら無駄に撃たなくてもいいかもしれない…」



だけど臨戦状態は解除するなという一言も付け加えておき、提督が一歩前に出る。



提督「止まれ!!無駄な争いはしたくない!!大人しく停止しろ!!」



すると、声が届いたらしくゆっくりと歩いていた人影と化け物が動きを止めた。



よく見ると、人影は全身が雪のように白い少女で、患者が着る手術着のようなものをまとっている。そして、髪が異常に長く、後髪を床に引きずり、うつむいているせいか前髪は顔の半分を覆い隠していた。



対して化け物の方は、白い少女に反して全身が業火に焼かれたように真っ黒で、体高は2.5mほどだろうか。バランスの悪い巨大な口が見て取れる。



見るからに異形な存在だが、今は取り敢えず話が通じることを信じて語りかける。



提督「俺はここの提督だ!!お前達が何者で、何を目的にして来たのかはわからないが、何もするつもりがないのであればこちらもそれに応じる!!もしこの鎮守府に危害を加えるつもりなら容赦はしない!!」



向こうから声が返ってくることはないが、どうやら聞こえているようではある。だが、全くもって何を考えているかは想像できそうになかった。



やがて、うつむいていた少女がおもむろに顔をあげた。そして、前髪をかきわけて隠されていた目を晒す。



その目を見た瞬間、一瞬にして視界が少女の目に吸い込まれたかのような錯覚に陥り、激しい立ち眩みが襲ってきた。



提督「うっ・・・くそっ、なんだこれ…!」



卯月「頭が…痛い…!」



脳に何かが食い込んでくるような激痛が襲いかかり、立っているのがやっとになる。



??『ミツケタ…』



提督 (なんだこの声!?)



激痛の最中、頭の中で声が聞こえた気がした。気のせいかとも思ったが、すぐにそうでないとわかった。



??『ユルサナイ…ゼッタイニユルサナイ…』



??『オマエヲ…ワタシカラスベテヲウバッタオマエヲ…!!』



提督「何のことだ!!俺はお前に何かした覚えはないぞ!!」



??『コロス…ゼッタイコロス…』



??『コロス…コロス…コロス…コロス…コロス…コロス…コロス…コロス…!!』



呪いのように言葉が脳内で繰り返される。「コロス」という単語を聞くたびに心臓が鷲掴みされているような痛みが体を襲ってくる。



どうにか目を開いて白い少女の方を見やると、まるで怒りを代弁していふかのように髪が蛇のようにのたうちまわり、荒ぶっていた。



また、そんな少女に呼応するように後ろの化け物もその容貌を変化させていた。



体の至る所から突起物のようなものが生えたかと思えば、砲身のようなシルエットを形どっていく。



そして、今までずっと黙っていた化け物が聞く者の耳を壊そうとするかのような咆哮を放ち、その大きな口から炎のようなものが漏らしく始めた。



提督 (くっ、まずい。あいつが化け物のセオリーに従うとすれば・・・っ)



あの口から強大な熱を持った破壊の奔流が放たれるのだろう。狭い通路ならば防衛しやすいと思っていたが、これでは逆に自分の達がただの的となってしまう。



そうすれば後に残るのは自分の灰だけだろう、卯月でさえ耐えられるとは思えない。



どうにか化け物が攻撃を仕掛ける前に牽制したいところだが、激しい頭痛のせいでランチャーを構えることはできそうだが、狙いを定めることなど到底できそうにない。



それは卯月も同様で、彼女も必死に痛みをこらえている。



視界の中で白い少女が片手を上げるのが見えた。それがあの化け物に対する合図なのだろう、化け物の口が開き始める。



提督 (このままだと死んじまう…こうなりゃ…一か八か・・・)



半ばヤケクソになってロクに目も開けないままランチャーを化け物がいると思われる方へ向け、すぐさま引き金を引いた。



弾が放たれる時の衝撃を感じると、すぐにランチャーを放り投げて動けないでいる卯月を巻き込んで廊下の隅に転がる。





ドオオオオオン!!!



??『キャーーーーーーーーーーーー!!』



爆音と共に、頭が引き裂かれるんじゃないかと思う程の悲鳴が脳内に響き渡る。かと思えば、途端に頭痛が治まった。



提督「はぁ…大丈夫か、卯月?」



卯月「・・・死んじゃうかと思ったぴょん。」



提督「急にどうしたんだ、まさか殺った・・・てことはないらしいな。」



化け物は未だ何とも無かったかのように立っている。だか、よく見ると化け物の足元で白い少女がぐったりと倒れている。



恐らく、我武者羅に撃った弾は少女に当たったのだろう。爆風で吹き飛ばされたせいで気絶しているのかもしれない。



だが、弾が当たったにしては全くもって外傷らしいものが見当たらない。恐ろしい堅さだ、やはり普通の人間ではないことは間違いないのだろう。



一方、化け物は主が倒れたからか何も攻撃をしようとしてこない。完全に独立した存在ではないらしい。



提督「さて、どうしようか。できれば鹵獲したいところなんだが・・・」



できれば、白い少女が一体どういう存在なのかを知っておきたかった。少女だけを捕らえて化け物は応援に来た者に片付けさせるのがベストなのだろうが、いつあの化け物が少女を捨てて単独で動きだすとも限らないので今は迂闊に手を出せない。



提督「化け物だけを上手いこと倒すのは・・・まあ、無茶な注文か。」



恐らく攻撃は少女も巻き込んでしまうだろう。



そんなことをあれこれ考えていると、うんともすんとも言わなかった化け物が小さな唸り声を上げたかと思うと、首を倒れている白い少女に向け、口を開いた。



提督「なんだ、何をする気だ?」



卯月「起こそうとしてるのかな?」



主の身を案じているのかと思われた化け物だが、そんなことでは決してなかった。





化け物「グルルル…」




グシャッ



ビチャビチャッ



提督「うっ…!!」



卯月「きゃっ!」




信じられないことに、化け物は少女の体を咥えて持ち上げたかと思うと、そのまま噛み砕いたのだ。




腹の辺りを噛み砕かれた少女は、真っ黒い粘着質の体液を辺りに撒き散らすと、そのまま絶命したようだ。完全に力なく口からぶら下がっている。



化け物はそのまま少女の骸を口の中に納め、バリバリと音を立てて咀嚼し、ついには飲み込んでしまった。




卯月「た…食べちゃったぴょん。」



提督「共喰い…だと・・・」



あまりの出来事に唖然とするしかない2人だったが、化け物の奇行は終わらなかった。



まるで人間のようにニタリと笑ったかと思うと、再び凄まじい音量で咆哮した。しかも咆哮の最中、化け物の真っ黒な体色はどんどん白く薄れていき、あの白い少女の色をそのまま写しとったかのように、少女の体液がへばり付いた口の周りを残して真っ白く変色した。




提督「なんだってんだよ…」



変色が終わり、化け物が体を震わせる。そして、眼球を持たない顔でこちらを見た。



提督「やばいな…」



化け物の体から何門も生えている砲が回転して、一斉にこちらを向き始めている。



提督「卯月!砲撃用意!」



卯月「了解ぴょん!」



卯月が咄嗟に床に伏せてライフルを構える。提督もすぐに放り投げたランチャーを回収して、弾を装填すると今度はちゃんと狙って化け物に向けて放った。




化け物「グオオ…」



卯月「司令官無理ぴょん!撃っても堅すぎて全然効いてないぴょん!」



提督「ああ…一番脆そうな砲身に対物ライフルくらわせてもちっとも曲がってないのは、少々ショックが大きいな・・・」



ロケットランチャーの砲撃も、多少嫌がるだけで全く効いている様子がない。



だが、応援が駆けつけるまで多少なりあちこち壊しても平気なここで時間を稼いでおきたかった。



提督「砲身の中を狙え!多少は詰まったりして撃てなくなるだろ!」



卯月「初心者相手に無茶な注文されても困るぴょん!」



とか言いつつ、ちゃんとやってのけるのが卯月だ。正確に砲身の穴へとライフル弾を叩き込んでいる。



化け物「グオオッ!」



提督「いいぞ、思ったより効いてる!」



砲身の穴に中に入った弾が、内部で弾薬を炸裂させ暴発を起こしているらしい。いくら皮膚が堅くとも、内部まではそうはいかなかったようだ。



化け物が怯んだ隙に、提督も負けじとロケットランチャーをぶっ放していく。足を狙えば、爆風で少しはバランスを崩すし、どんなに堅い物体でも1点に集中して衝撃を加え続ければ破壊することが可能だ。



化け物「ガアアア!!」



小賢しい攻撃に、だんだん化け物の怒りが高まってきたようだ。その場で地団駄を踏み、狙いも定めずに砲撃を始めた。



提督「ちっ、卯月!流れ弾に当たったら事だ!すぐにその場を離れろ!」



卯月「了か・・・きゃあっ!」



対物ライフルから離れようとしたその時、流れ弾がライフルに直撃した。



卯月「か、間一髪だったぴょん・・・」



提督「大丈夫か?怪我は?」



卯月「大丈夫、ちょっとびっくりしたくらいぴょん。」



提督「なら良かった…ひとまず離脱するぞ。」



卯月「それが良さそうぴょん。でもあれを残したままでいいぴょん?」




化け物「グガアアアアアア!!」




提督「流石にあそこまで怒ってるのに手を出すほど俺も無謀じゃないぞ…」



今や化け物の白い体には幾筋もの赤い線がほとばしっていた。激昂したことで内部器官が熱を持って膨張しているのだろう。



化け物「グガガガ…」

ボコボコ



卯月「え、何?何が起こってるぴょん?」



化け物 ギロ



化け物「ガアアア!」



提督「うぇ、何なんだよあいつ。どんな体してんだ。」



ばの頭部と胴体が何箇所も隆起したかと思うと、今まで無かったはずの目が開かれた。どれも血走っており、得体の知れない化け物が更にグロテスクになる。



初めは急に開けた視界に少なからず動揺したようだが、それもつかの間。すぐに慣れたらしく、全ての目でこちらを見た。



提督「まずい、早く逃げるぞ!」



卯月「こっちに来るぴょん!!」



化け物「グアアアアアアア!」

ドスドスドスドス



獲物の姿を確認したからだろう、化け物がこちらに向かって突進を始めた。しかも、重鈍そうな見た目に反してかなり足が速い。



提督「くそ、早く外に出ないと!」



もうこうなっては、防衛も何もない。狭い廊下ではあの巨体を回避することなど不可能だ。



提督は咄嗟に卯月の体を抱きかかえ、できる限り彼女の体を庇いながら窓に体当たりをした。



ガシャァァン!!



軍の基地だと言うのに防弾仕様になっていない窓が呆気なく破られ、幾片もの欠片をばら撒く。提督は勢い余ってそのまま倒れてしまった。



提督「ぐっ…はぁ、危ないとこだったな。」



窓が張り替えられていなくて良かった。もし防弾ガラスだったら今頃化け物の巨体に轢かれていたことだろう。



できる限り距離を取るために、すぐに立って建物から離れる。窓に突進した際にぶつけたせいか、右肩が痛んだ。




卯月「あ、司令官!腕怪我してるぴょん!」



見れば右腕から血が流れていた。おまけに制服の袖もボロボロ、ガラスを破ったときに切ってしまったらしい。



提督「少し痛むけど、このくらいなら後でちゃんと手当をすればいい。」



心配してこちらを見ている卯月の顔を見ると、どこにも怪我は見当たらなかった。年端もいかない少女の顔を守れたのだ、それだけで上出来である。



卯月「本当に大丈夫ぴょん?帽子もボロボロだし、頭切ってないぴょん?」



提督「痛むのは腕だけだからな、詳しく診ないことにはわからないけど、大丈夫だろ。」



提督「それより、自分の体を心配したらどうだ?一生モノの傷が付いてたら嫁に行けなくなるぞ。」



卯月「うーちゃんは治せるからいいぴょん、でも司令官は・・・」



提督「そんなに心配するな、俺だってこのくらいで死ぬほどヤワじゃない。傷だってそのうち治るだろ。」



まだ尚不安そうな卯月の頭を撫でてやる。こういうときに限って身を案じてくれるのだから、よくできた補佐艦である。




提督「さて、そろそろ決着だな。化け物・・・」



いつの間にか化け物は外に出てきており、こちらを見ていた。壁を破壊して出てきたらしい。ポッカリと赤レンガに大穴が開いている。



白い制服に付いた土埃を払い、再び化け物を見据えると、後方から足音が聞こえた。



提督「・・・お、やっと来たか。」



天龍「おい提督!卯月!無事か!?」



ようやく援軍が到着したらしい。セオリー的にも最高のタイミングだ。



提督「よお、遅かったじゃないか。」



天龍「遅かったじゃねえよ!こちとら駆逐艦2人も担いで走り周ってたんだぞ!・・・てかおい、提督怪我してんじゃねえか!」



提督「ちょっとヤンチャし過ぎただけだ、心配すんな。」



天龍「まったく、こっちは2人が気掛かりで換装どころじゃなかったってのに・・・卯月は怪我してねえか?」



卯月「司令官が助けてくれたから大丈夫ぴょん。」



天龍「そうか、なら良かった。卯月守って自分怪我するとか世話ねえな。」



提督「返す言葉もないな。」



天龍「・・・まあ、良くやったと思うけど。」



提督「え、何だって?」



天龍「何でもねえよ・・・あいつか。」



そっぽを向いた天龍は、そのまま化け物の方を見た。



天龍「あれ、あいつだけか?もう1人いたよな?」



提督「あのデケエのが食っちまったよ、骨まで残さずバリバリと。」



天龍「はあ!?」



天龍「じゃあ仲間じゃなかったってことか?」



提督「さあな、ロケランで吹っ飛ばしたら気絶したから、死んだと勘違いしたのかもしれないが・・・わからないことが多すぎて何も言えないな。」



天龍「確かに・・・そう言えば、随分と見た目が変わってるな。俺が見たときは黒かった気がしたけど、何かしたのか?」



提督「もう1人の方を食べたらああなった。単なる捕食じゃなくて、融合したって考えてもよさそうだ。」



天龍「食ったら融合ね…的が一つになったと考えれば有難え話だな。」



提督「あいつ下手すればダイソンのお供の倍はあるけど、いけるか?」



天龍「そう言うのを愚問って言うんだぜ。クソみてえに何度も何度も姫狩りさせられてきた百戦錬磨の天龍様をなめんなよ・・・まあ、とは言っても俺の出番はなさそうだけどな。」



天龍が親指を立てて後方を指差す。



指のさす方を振り返ると…





扶桑「ねえ山城、提督に怪我を負わせた化け物はどこにいるのかしら…」

ゴゴゴゴゴゴ




山城「あそこにいますよ姉様、私達姉妹の愛しい提督に傷を付けた劣等生物が…」

ゴゴゴゴゴゴ




途轍もなく恐ろしいオーラを放つ扶桑型姉妹が46cm砲を積んで立っていた。今しがた出撃から帰ってきたらしい。



どこまでも冷たく、そして激しい怒りを隠した笑顔を見せる扶桑。対して、一切の感情を隠すことなく地獄の閻魔にも勝るとも劣らない怒りの表情を見せる山城。



2人はゆっくりと提督達の横を通ると、化け物の方へと歩いて行った。



提督 (ガチギレしてる山城も怖いけど、笑ってるのに笑ってない扶桑さん怖え・・・)



卯月と天龍

ガタガタブルブル



化け物も、ただならぬ気配を感じたのだろうか。2人の姿を確認すると、すぐさま臨戦状態に入った。



だが、姉妹は全く化け物に恐れを抱いている様子はない。




山城「姉様、こいつどうやって倒してあげましょうか。」



扶桑「そうね…たっぷりと長い時間をかけて痛ぶってから殺してあげたいところだけど、あまり長く生きられても気持ちが悪いわ。」



山城「なら一撃で仕留めましょうか。」



扶桑「そうね、一撃で跡形もなく粉砕しましょうか…」




提督 (2人とも言ってる事が怖過ぎる・・・)




化け物がまた例の如く凄まじい咆哮を上げる。屋外だからか、さっきよりは多少マシだった。



化け物が生き残っている砲門を総動員し、砲撃を開始する。何十という砲弾が一斉に姉妹に降り注ぐが、そのうちのたった一つでさえも2人に当たることはなかった。



山城「その程度の攻撃しかできないの?」



扶桑「命中精度が低いわね…」




提督 (ええ!?あんなに回避能力高かったかあの2人。)



普段の出撃は必ずと言って良いほど中破になるまで被弾して帰ってくるのだが、陸の上とてそれは変わらないはずである。



化け物「ガアアアアアア!!」



全弾はずしても尚撃つことを止めようとはしない化け物。今度は砲撃だけではなく、撃ちながらさらに突進してきた。




扶桑「無駄な悪足掻きね・・・山城。」



山城「はい、姉様。全砲門、砲撃よーい!!」



扶桑と山城

『放て!!』



ズドォォン!!




化け物「ゴアアアアアアアアア!!」





ドッゴォォォォォォォォォォォン!!!




扶桑「終わりね。」



山城「汚い花火です。」




2人の砲撃をその身に受け断末魔の声をあげた化け物は、見事その体をあますところなく粉微塵に爆散した。




天龍「す、すげえ・・・」



提督「あ、ああ・・・」



卯月 パクパク




圧倒されすぎて、脳が考えることを放棄した。視界の先で煙を上げて燃える化け物の残骸をただ見つめることしかできなかった。




扶桑「皆さん、どうかされましたか?」



提督「いや、ただすごいなって・・・」



天龍と卯月

コクコク



山城「それよりも提督、早く腕の手当てをしないと!いつまでもそんなボロボロなまま放っておいたら大変!」



提督「あ、そうだな。すっかり忘れてた。」



山城「忘れてたじゃないの!提督の体はもう提督のものだけじゃないんだから!」



提督「面目ない…」



山城「謝るのは後、早く医務室に行きましょ。」



扶桑「待って山城、私もついていくわ。」



卯月「ああ、うーちゃんも行くぴょん!」



天龍「おい待てよ卯月、俺も行く!」




この後、提督はちゃんと手当てを受け、全治三週間ほどだと言われた。利き手がしばらく不自由になるが、それは一週間ほど我慢すればよいそうだ。




化け物の完全消滅によって収束した今回の事件だったが、まだこれで終わりではなかった。




本当の事件はここからが本番なのだが、今回はここまで。また次回お会いしよう。








後書き

どうも、そろそろ本気だーす!な影乃です。「文月の章」如何だったでしょうか。

今回は不幸鎮守府について少しずつ紐を解いていくための準備と、僕にとって最高の難関である女心に挑戦したお話でした。

正直わけがわからない方もいたと思います。自分でも突然の姉妹ネタにびっくりしました。

後悔はしてないです。ちゃんと伏線張ればよかったという反省はしてます。

※本当は文月と如月メインにするつもりだったのですが、如月ちゃんにはもう一月待ってもらうことにしました。

あいも変わらず遅い投稿ペースですが、これからも応援していただけると大変嬉しいです。コメント等もお待ちしています。

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1: SS好きの名無しさん 2016-09-11 09:20:57 ID: H64GgnI1

相変わらず面白いですな、早霜は過労死しそうな位働いてるな。
提督さん、、、別にハーレム作ってもええんやで?扶桑姉妹は愛し過ぎてヤンデレにならないことを祈ろうか
文月は可愛いし天龍はかっこよかったし謎が増えたしでこれからも楽しみですよ~

誤字?かな、提督の昔の話の所で「それででもって」ってなってるのが気になりました
それで でもって なのか それでもって なのかどうなのか
これからも頑張ってください!首を長くして待ってます!

2: SS好きの名無しさん 2016-09-11 09:30:57 ID: H64GgnI1

もうひとつ見つけてしまった、「誰が一人なんて選べない」となってました。「誰か一人なんて選べない」ですね
何だか誤字報告って人の悪い所を探してるようで嫌ですね、だけど気になる、、、、、、
そういえば提督の見た目って書いてましたっけ?読み直して来なきゃ

3: 影乃と月の神 2016-09-11 10:12:55 ID: 0Qjw0NjT

コメントありがとうございます。誤字報告は自分だとなかなか気づけないのですごく助かります。

・・・ちょっと今嬉しすぎで涙が出ちゃって、上手く言葉が出てきませんが、そうやって読んでいただき感謝感激です。

これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします。


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