2016-12-13 01:00:08 更新

概要

置いておくだけ、初見さんもいらっしゃいなのですよ〜(シリーズ物でそれは如何なものか)


前書き

見に来ていただき、ありがとうございます。現在執筆中の作品でありますが、どうぞごゆっくりm(_ _)m


早速人物紹介から

提督
漢を見せます

卯月
うーちゃんはうーちゃんだ(おい)

長月
真面目で頑張り屋さん、でも勝手に生まれついてしまった性格のせいで空回り

睦月型駆逐艦
夏に水無月が加わり勢揃い。秘書艦ならぬ補佐艦を担当。提督の手料理大好き。

扶桑
色々あります。

教官
趣味の男
艦娘には理解されないので、寂しいあまり提督をよく呼び出す。

翔鶴
不幸鎮守府在籍だが、提督の計らいで教官の下に。

早霜
実はすごい子危ない子
(作者はかなりのお気に入り)

少しばかり性的描写が入っています、ご注意を


あと、作中の機関の名称などは現実のものとは全く関係ありません。これもご注意を



長月





九月、暦の上では秋の始めの月となっているが、正直ここ最近は残暑が厳しくとても秋とは言い難い。だが、中旬にもなれば暑いと感じることも少なくなり春よりも過ごしやすい日が続いたりする。



しかしその代償として台風の来襲が多く、各地で少なくない損害をもたらすこともある。



テレビを見ている時に、台風が接近しているというニュースが流れて、「やれやれまた来たのか」とうんざりするものだが、これもこの季節の一つの風物詩だと考えてもいいのかもしれない。



提督「それにしても、沖縄とか九州に住んでる人達はすごいよな。毎年あんなに台風が直撃してもそこに住み続けようとするんだから、相当根性あるんだろうな。」



一緒にソファーに座ってニュースを眺めている長月に話しかける。



長月「別に根性があるか無いかの話ではないんじゃないか?慣れというのもあるだろう。」



提督「なるほどな、確かにそういうもんだと思って暮らしてれば平気だったりするか。」



今日の補佐担当は彼女だ、どうも彼女も自分の名が付く月だからということで張り切っているらしく、今月のシフトは大半を彼女が占めている。




長月「確か、司令官は雪が多い県の出身だったな。」



提督「ああ、家を出た時はびっくりしたよ。都会は全然雪降らないし、そんな寒くないし。なのに道路にちょっと雪が積もっただけで交通網が麻痺するとか、正直アホかって思ったな。」



長月「流石にアホ呼ばわりするのはどうかと思うぞ…そういったことの対策があまり必要無いくらいだから、積もる方が彼らにとって異常なのだろう。」



提督「ん〜、俺らの県じゃ車のタイヤは普段用と冬用両方あるのが普通だったけどな。」



長月「そう言えば、私はあまり雪を見たことがないな。ここら辺も余り積もったりしないし・・・どのくらい降るものなんだ?」



提督「1m積もるとかは割と当たり前、酷い時で2mも積もる時があるぞ。」



長月「そんなにか!?」



提督「ああ、そんなにだ。」



長月「なんと!なら雪だるまが作り放題じゃないか!カマクラというのも作れるのか?」



提督「おまけに何処でも雪合戦ができるし、遊びには困らないな。寒いけど、体を動かして遊ぶから外でも平気だな。」



長月「それは素敵だな!・・・でも、そんなに積もったら家に閉じ込められてしまうのではないか?」



提督「はは、まさか一晩でそんなに降るわけないだろ。ちゃんと毎日雪かきしていれば問題ないって。」



長月「そうか、司令官もなかなか大変な所に住んでいたのだな…」



そう言うと、長月はまた目線をテレビに戻した。だが、彼女の目はテレビの画面なんか見ていない。大方雪国の冬についてでもあれこれ考えているのだろう。




先程、今月分の補佐艦のシフトを長月が多く占めていると言ったが、正直のところ彼女はそこまで執務の手伝いをするわけではない。簡単な掃除とか、ちょっとしたお使いがメインだ。



別に彼女が書類仕事を苦手としているだとか、サボっていたりするというわけでもない。寧ろ提督があまりやらせていないのだ。



実はこの長月、どういった経緯でそうなってしまったのかは不明だが、かなりの臆病というビビりだった。ちょっとしたことでも驚く場合が多いので、それが原因でちょくちょくドジをふんでしまうのだ。(ドジっ子とはまた少し違う)



睦月も割と怖がりだったりするが、睦月の場合は年相応というか彼女らしいというか、それが彼女の一つの性格となっているわけで、そこにギャップというものが存在しない。



だが、長月はその口調や普段の態度とに大きなギャップがあり、以外過ぎてこちらが驚くほどである。



例えば…



チョンチョン



長月「ひゃ!」



長月「なんだ!?ってあれ・・・」



長月「おかしいな、誰もいないのに誰かが私の右肩を突いた…?」



長月「司令官、私の肩を突かなかったか?」



提督「いや、やってないぞ?」



嘘だ、本当は長月にバレないように左側から肩を突いていた。



長月「そ、そうか。おかしいな、確かに突かれたと思ったんだが・・・」



提督「気のせいだと思うぞ。」



それからしばらくの間、彼女は周囲を警戒していたが、そのうち安心したのだろうか、また大人しくテレビに目を向けた。



そこでまた悪戯タイム、今度は長月の緑色の髪をほんの少し軽く引っ張る。



長月 ビクッ!?



長月「何だ、今度は髪!?どうなっているんだ!?」



長月「司令官大変だ、透明人間がいる!」



この台詞のおかげで吹き出してしまいそうだったが、何とかこらえてポーカーフェイスを作る。長月にバレてないあたり、割と渾身の演技ができている気がする。



提督「そんなわけないだろ、もしいたら普通は風呂場に潜伏するからこんな所に出るわけがない。」



長月「おどけてる場合じゃないだろう、もしかしたら命を狙われてるのかもしれないんだぞ!」



提督「お前がいつ恨みを買ったり、暗殺の対象になるようなことをしたって…」



長月「もし仮に透明人間でないのなら私に触れた犯人は幽霊だ、きっとこの地で恨みを残して往生した者が私を・・・って幽霊!?」

ギュギュッ



自分で言った癖にビビって提督の腕に全力で掴まってきた。おまけに体がガタガタ震えている。



提督「大丈夫だって、幽霊なんかが真昼間に出るはずないだろ。」



長月「もしかしたら出る時だってあるかもしれないだろう!?」



尚も怖がって提督の腕を解放しようとしない長月にトドメをさしたのは、提督ではなく偶々バランスを崩して倒れた机の上の書類の束だった。



長月「ひゃああ!!なんか落ちたなんか落ちた!」



提督「安心しろ、書類が落ちただけだって。」



長月「触れる者もいない風も吹いてないのになんでそんなことが起こる!?絶対幽霊がいるんだ!」



完全にパニックに陥ってしまい、もはや止められそうにない。



これ以上は不憫なので、真実を伝える覚悟を決めたその時、ドアが最大に開けられた。



卯月「しれいか〜ん!ただいまぴょ〜ん!」

バァァン!!



長月「うひゃああ!!」



声とドアの音にビックリして、今にも飛び上がるんじゃないかと思うほど長月が驚いて体を震わせた。



提督「ちょっ、卯月ビックリさせるような入り方するな・・・って、長月?どうした?」



長月「あ、あ…ダメだ、ダメだって・・・いやだ…やめて・・・」



長月「う、う…うわぁぁぁん…ごめんなさい、ごめんなさい…」



突然泣きながら長月が謝り始めた。



提督「おいどうした?何があった…あ・・・」



長月のスカートがジワジワと現在進行形で濡れていた。どうやら、驚きのあまり漏らしてしまったらしい。泣きながら、これ以上濡れないようにこらえようとしていたが、彼女の抵抗も虚しく下半身とソファーがビジャビシャになってしまった。



長月「うぅ、ごめんなさい…ごめんなさい…」



提督「あちゃー、仕方ないな。奥にシャワーあるから行ってこい。床に垂れてもいいから。」



提督「そして、うーづーきー。」



卯月「は、はい…なんでしょうか・・・」



提督「此処に残って、執務室を他の誰かが入らないようにしろ。色々終わったら後で報告ついでに説教だからな、逃げるなよ?」



卯月「は、はい・・・」



提督「長月、バスタオルは置いてあるやつ使っていいぞ。着替えは俺が部屋まで行って皐月達に出してもらって届けるから。」



半べそかきながら頷いた長月は、シャワー室へと歩いていった。改修工事の際に一応取り付けてもらったものだが、丁度良く役に立ってくれた。



卯月「えっと司令官?長月ちゃんの着替えならうーちゃんが代わりにとってくるけど・・・」



提督「駄目だ、お前は口が軽いからすぐにバラしそう。」



卯月「だ、大丈夫ぴょん!乙女のプライバシーに関わることくらい、うーちゃんでも他言しないぴょん!」



提督「いいから、お前はソファーの拭き掃除しておいてくれ。長月だって俺に処理させるのは嫌だろうし、他にこの事を知っている者はいないということでおまえが適役だ。」



普段はあまり座り心地が良くないなと思っていた皮のソファーだが、今回はそれに助けられた。布の生地が張ってあったら長月のためも考えて捨てなければならなかっただろう。だが、彼女は自分のせいで捨てることになったと思い負い目を感じてしまうかもしれない。



大きいタオルを何枚か卯月に渡して、提督は皐月達の部屋に行った。中には丁度水無月がいたので、彼女に頼んで着替えを出してもらう。



着替えが必要になった理由を聞かれたが、コーヒーをこぼしてしまったと言って誤魔化した。素直に納得してくれた水無月を騙したことに少し良心が痛んだが、長月の名誉のためにも黙っている他ない。



とまあ、こんな感じでかなり大変なことになってしまうので、迂闊に長月を驚かせたりしてはいけない。

(わかっていても偶についやってしまうが)



下着を服の間に挟んでおいた水無月の優しさに気付いた後、それを脱衣所に置いた。もう少ししたら出てきそうだったので、すぐさまそこを離れる。



濡れたソファーの隙間と格闘する卯月を手伝って、長月が戻る前にさっさと片付けを終えてしまう。洗濯物は卯月が出しに行ってくれるそうなので、任せることにした。




片し終わって一息ついていると、ややあって長月がシャワー室から出てきた。目の周りが赤くなって腫れぼったくなってしまっている。



提督「もう、落ち着いたか?」



返事の代わりに、軽くうなづく。



提督「すまなかった、実は俺が最初に長月のことを驚かせたんだ。」



提督「本当に、悪かった。」



土下座とまではいかないが、そのくらいの勢いで深く頭を下げる。悪ふざけが高じてしまったとは言え、そのせいで長月は不当な恥を晒してしまったのだ。上司だからと謝らずに済む道理は無い。



長月「もういいよ司令官、頭を上げて欲しい。元はと言えば私が臆病過ぎるのがいけないんだ・・・」



長月「いつ何が起こるかわからない戦場に立たなければならないのに、私は、情けなさ過ぎる・・・」



提督「でも、実戦ではちゃんと活躍できてるじゃないか。だったらそんな気にすることなんて・・・」



長月「違うんだ、そんなのただ怖くてがむしゃらに戦っているだけ…連携だってまともに取れないし、同士討ちしそうになることだって何回も・・・」



確かに、偶に長月の艦隊ではフレンドリーファイアと思われる被害が出ている。

他のメンバーは特に何も無かったと言うので、今まで別に大して気にはしてなかった。



長月「皐月達は私を庇ってくれるが、きっと心のどこかで恨んでるだろうな…」



彼女の目から大粒の涙が出てきた。だが、すんでのところで堪える。




長月「・・・片付け、やってくれたんだな…すまない、嫌だっただろ?」



提督「いや、ほとんど卯月がやった。俺は最後にちょっと手伝っただけだ。それに、別に嫌じゃない・・・っていうのは、俺が変な性癖持ってるみたいに聞こえるから言わないけど、そんな気にしてない。寧ろ俺が悪いんだから、して当然のことだ。」



長月「司令官は優しいな…だけど、もうそれ以上はやめてくれ。辛いだけだから・・・」



提督「・・・」



長月「すまない、今日は上がらせてもらっていいか?明日からまた頑張るから・・・」



提督「ああ、構わない・・・本当にすまなかった。」



長月「いいんだ、司令官が私達に良くしてくれようとしているのは知ってるから。」



そう言った後、笑顔を残して長月は執務室を出た。だが、提督には無理をして作った笑顔に思えた。



卯月が戻って来た時、彼女には軽く注意をしただけで説教はしなかった。する気になれなかったし、卯月はほとんど悪くない。寧ろとばっちりをくらっただけなのだ。



執務机に座って一息つくと、体を背もたれに投げ出して天井を見上げた。妙に凝られている上にやたら高い所にあるくせして、存在感が無い。よくそんな地味でいられるなと訳のわからない阿保な感想と共に、色々と考え事を始める。



提督「本当、この癖直さないと・・・」



男の性なのか、それとも単に提督がそうなのかわからないが、ついつい弄ってしまうのだ。勿論、可愛い反応が見たいからであって悪意なんてこれっぽちも持ち合わせていない。



いつも、やる度に少し怒られてはいるが、結局は笑ってくれたりする。おそらくそのせいで弄り癖がついてしまったのかもしれない。咎める者がいないということにかなり甘えているようだ。



一体どうしたら良いものかとあれこれ考えながら、ペンを動かし続ける。結局、我慢するのが一番だと気づいてしまった。



だが、やはり提督も男だから女性のそういった姿が見たい時もある。(特に山城と叢雲)



この2人であれば、お願いしたら偶にやる分には許されるのではないかと考えてみる。



提督 (いや、これじゃだめだろ。これじゃいつまで経っても癖なんて直せやしない。)



この後、脳内会議で色々な紆余曲折があったが最終的にはやっぱり我慢することになった。




それから、久しぶりに補佐艦無しの執務を続けた。



ただ永遠とペンを走らせているだけでいつもと変わりないが、付近に人の気配がしないというのはなんだか落ち着かない。下手に部屋の防音性が高いせいで、静かすぎて逆に困る。



また、壺のインクが無くなってもいつものように新しいものを持ってきてくれる者がいないのはかなり不便だった。



そう言うのも、ペンは自前だがインク壺は支給品の一つに入っているため実は机の中に入っていない。どこかに仕舞ってあるはずなのだが、補佐艦及び扶桑と山城しかしまい場所を知らないのだ。




提督「・・・今日の業務が終わったら仲直りするかな。」



いなくなって初めて気付くのは本当にかっこ悪いが、やはり補佐艦がいないのは困る。

勿論、そんな損得勘定だけで仲直りしたいのではない。長月に距離を置かれる危険性があるからだ。



正直どうやっていいのかわからないが、このまま何もしないのは絶対にいけない。先ほどのあれで許されたと思うのは危険すぎる。



提督「間宮さんで何か奢るか、自前で甘いものを作るか・・・」



甘いもので間宮さんに敵うとは到底思っていないが、長月も提督の作った甘味は美味しいと言ってくれる。



ここはやはり手作りの物が一番だろうということで、今日は早めに切り上げることにした。残してしまった分は夜でも明日に回すでもすれば十分取り返せる。



そして、寂しいデスクワークは夕方まで続くことになった。





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孤独な空間から解放され、甘味ついでに夕飯の調理を終わらせた提督は長月の招待に向かった。



なんて顔したらいいかわからなかったのと、長月だけを誘うのにどうすれば良いのか迷ったが長月は部屋でたった1人だった。皐月と文月、水無月と共に間宮さんの所に行くのを断ったらしい。



案の定渋られたが、彼女も夕飯をどうするか考えていたわけではなかったらしく、申し出にうなづいてくれた。



長月「本当に、私だけいいのか?」



提督「仲直りしたいんだよ。長月に距離を置かれたかないからって保身のためにこんなことしてるんだ、笑ってくれていい。」



長月「別にそんなことしなくても、私はもう気にしてないのに・・・」



どうせ嘘がつけないのは百も承知なので敢えて正直に話して見みたのだが、かえってだめだったかもしれない。



互いに無言になったまま、提督の部屋へ向かう。気まずいことこの上なかったが、打破するきっかけを天は与えてくれなかった。



それでも部屋に入ってしまえばこっちのもので、ちゃちゃっと用意を済ませてしまい、一緒に席について食べ始めた。



提督「どうだ?最近の新作というかこの間挑戦したばかりなんだが・・・」



長月「うん、美味しい。いつもの司令官の優しい味がする。」



提督「良かった、前回作った時は盛大に失敗したからすごい心配してたんだ。」



長月「司令官でも失敗するのか?」



提督「そりゃ神や仏じゃないからな。最近はだいぶ減ったけど、一人暮らし始めた時は新しいもの作るたびに怪我したり、炭みたいなの作ってたよ。」



長月「ふふ、その時の司令官の顔が目に浮かぶようだ。」



長月「でもなんだか意外だな、料理上手な司令官にそんな時期があったなんて。」



提督「ずっと母親の作る飯を食べてたもんだからかなり辛かったけどな。でも、指の絆創膏が一つ取れる度にレパートリーが増えていくのが楽しかった。」



提督「その時楽しいって思えたから、今こうして長月とかみんなに食べさせられるくらいになったのかもしれないな。」




流石に、本職間宮さんや伊良子、艦隊のオカンである鳳翔さんには敵わない。彼女らの料理は別格だ、どうしてあんなにも違う味になるのか食べる度にいつも思う。



長月達も間宮さんの作るものは大好きで、一緒に食事に行ったときなんて自分の作ったものを食べている時とは全然違う顔をする。



とても微笑ましく、間宮さんの偉大さを感じさせる瞬間だが、ほんの少しジェラシーだ。



長月「どうした、司令官?急にぼーっとして、冷めてしまうぞ?」



提督「ああ、すまん。ちょっと考え事・・・」



提督「長月は俺と間宮さんの作った料理、どっちが好きなんだ?って、答えるまでもないだろうけど。」



遠慮せず正直に言って欲しいと言うと、長月は少し考える素ぶりを見せた。余計に気遣わせてしまったかもしれない。




長月「私は、司令官の料理の方が好きだな。」




意外過ぎた。絶対間宮さんに軍配を挙げると思っていたのだ。



提督「え、嘘…本当か?」



長月「なんだ司令官、私を嘘つき呼ばわりしたいのか。」



彼女の若菜色の目がジト目になる。いかにも不服そうだ



提督「だって、間宮さんの方が俺よりずっと料理上手だろ。」



長月「確かに、間宮さんの方が美味しい。でも、そうじゃないんだ・・・あまり上手く言えないんだが、司令官と一緒に食べるのはすごく楽しい。皐月やみんなと一緒にテーブルを囲むのが私は好きだ。」



長月「間宮さんを責めるわけでも、不平を言うわけでもないんだが、司令官は私達と一緒に食べてくれるだろう?既に司令官が食べ終わってしまったとしても、一緒にテーブルについて談笑に加わってくれる。」



長月「私達は親というものを知らないから、あまり良く分からないが…こういうのが家族なんだって思えて、暖かい気持ちになれるんだ。だから、司令官が作ってくれる料理が私は好きだよ。」



長月「どうした、司令官…? 具合でも悪いのか?」



想像もしていなかった言葉に、ついほんの少し涙が出そうになった。いや、実際流れている。



提督「いや、なんでもない・・・ただ、そんな風に言ってもらえると思ってなかったから…ありがとう長月、お前は俺なんかよりずっと優しいよ。」



優しく長月の頭を撫でる。その際、こちらの顔が見えないように腕で少しだけ目隠ししたが、多分泣いていたのはわかってしまっているだろう。



でも、長月は敢えてそのことに触れたりしなかった。照れながらも、髪に触れる手の感触を楽しんでいるように見えた。



長月「司令官・・・」



提督「どうした?」



長月「私は、もっとみんなや司令官の役に立ちたい。」



提督「お前がそうやって頑張ってるのは、俺もみんなも知ってるさ。」



長月「でも、ずっと足を引っ張ってばかりだ…」



提督「誰もお前をお荷物だなんて思ってない。それに、お前が役に立てるようになるまで俺は待つし、卯月達も待ってくれるさ。」



長月「本当にそうだろうか…?」



提督「少なくとも俺は本気だ。それに、一緒にテーブルを囲むのが好きだって言ったのはお前だ。そんなやつらがお前と一緒にいたくないなんて言うはずがないさ。」



提督「そんなに気になるなら聞いてみろ、皐月達なら腹割って話せるだろ。」



長月「うん・・・」



長月「でもいい、司令官の言葉とみんなのこと信じてみるよ。」



提督「そうか・・・」



長月の顔に光が射した気がした。あまり強くはないが覚悟を決めた強い女性の光、少女の勇気の証だ。



提督「よし、そろそろデザート食べるか?」



長月「なんと、あるのか!?」



提督「ああ、と言ってもこっちは本当に最新作なんだが、まだ食べてないからどんなものかんからない。見た目は大丈夫だから、試しに食べてくれよ。」



長月「なら、私が第1号ということだな!それならば喜んでいただこう!」



司令官は私に毒味させる気なのかとつっこまれるかと思ったが、案外ノリノリなので安心した。だけど、本当に味見さえしていないシロモノなので今度はそっちが心配だ。



長月「・・・」



提督「ど、どうだ?」



長月「ちょっと苦いな、大人の味だ。でも、とっても美味しい。」



そう言って、長月は少し焼き加減を失敗したらしい焼きプリンを全部平らげてくれた。嫌そうな素ぶりは一切見せず、本当に美味しいと言わんばかりの笑顔だった。



提督「今度は、バッチリ成功したやつを一番に食べさせてやるよ。」



長月「ああ、期待しているぞ。」ニコ





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鎮守府の大体の補修と、崩壊した工廠の再建が無事に終わった頃、提督は再び地下を訪れていた。



二度とは行きたくなかったが、会わなくてはならないであろう人物がいる。




早霜「あら…お久しぶりですね、司令官…」



先月、地下探索の時に突如現れてリコリス棲姫が根城としていた研究施設を占拠した張本人、早霜。



提督達が地下から脱出してから、一度も彼女は鎮守府へ帰ってこなかった。彼女が経営していたバーも放ったらかしにして。



皆がみんな心配していた。あれから何度も提督は何かあったのかと事情を聞かれた。(バーの常連であるポーラなんてショックで寝込んだ程だ)



勿論、提督自身訳もわからないまま本当の事が言えるはずがない。また、彼女が誤射とは言え自分を撃ったことを隠すためにも、聞かれる度に里帰りとだけしか答えなかった。



だがいつまでも隠すのは無理がある。少しずつではあるが、鎮守府にいる者達の間で猜疑心が芽生え始めている。人の上に立つ以上、多かれ少なかれそういった目を向けられるので覚悟はできているが、それが早霜にもとなるとあまり見過ごせない。



メンバー間でそういった感情が起こるのは、チームワークに関わることだって少なくない。だから、わだかまりを解くためにも彼女の本意を知りたかった。そして、できることなら連れて帰りたい。そのために此処へ来たのだ。



提督「よぉ早霜、元気してたか?」



早霜「はい、今の所体調に異常はありません…」



提督「ちゃんと食べれてるか?これ、間宮さんに弁当作ってもらったから良かったら一緒に食べようぜ。」



早霜「あら、お気遣いありがとうございます…自炊はできているので食事には困っていませんが…ちょうど間宮さんの味が恋しくなっていたところでした…」



屈託のない笑顔で受け答えに応じる早霜、そこには八月以前までの彼女と何ら変わらない様子が見て取れた。



だが、その顔を見て提督は安心できなかった。むしろ不信感を募らせたと言う方が適当だろう。だが、ここで眉をひそめたりするわけにはいかない。勤めていつも通りを装う。



提督「最近全然見ないからみんな心配してるぞ?」



早霜「そうですね…バーのこともすっかり放り投げてしまっていますから、よく通ってくださったポーラさん達には申し訳ない気持ちで一杯です…」



提督「俺も、久しぶりに早霜が作るカクテルが飲みたいな。勿論アルコール入ってないやつだけど。」



早霜「そういうことでしたら…お作りしますよ…?」



提督「できるのか?」



早霜「もしかしたら司令官が訪ねてくるかもと思って….用意はしておいたんですよ。」



提督「じゃあ、お願いしようか。前と同じやつを頼む。」



早霜「はい、かしこまりました…。」



早霜が席を立つと、部屋の奥へと消えていった。それと同時にどっと疲れが押し寄せてくる。知らず知らずのうちに緊張していたのだろう。だがここで気を緩めるのは危ない、もしかしたら隠しカメラの一台や二台そこら辺にあるかもしれないのだ。



実際提督がここにやって来た時、早霜は予期していたかの如く扉の所で待っていた。こちらの行動は筒抜けだと思っておいた方が良い。



程なくして、早霜が戻って来た。あまり時間がかからなかった辺り、本当に提督が来ることを予期して準備していたらしい。



早霜「どうぞ…久しぶりなので前のようにはいきませんでしたが…」



提督「別に構わないよ。それより、いただきます。」



グラスに入ったカクテルをそっと口に流し込む。毒が入っていないか警戒したが、それは大丈夫なようだ。何も問題ないただの美味しいカクテルである。



安心して、今度は少し多めに口に含む。少し強めの炭酸と、生姜独特の辛さが喉をやいた。



提督「ああ美味いよ、やっぱり早霜に作ってもらったのが一番だ。早霜がいなくなってから、一回だけ教官と飲みに行ったんだが、これには敵わないな。」



早霜「そんなに褒められても…困ってしまいます…//」



照れた顔や、手の仕草、目線の泳ぎ方も、ずっと前に早霜を褒めた時と同じだ。



やはり彼女は、まだ提督の知っている早霜だった。



それから、飲みながら早霜と話をした。



他愛のない話だったり、仕事のことだったり、新しく来た水無月や卯月達のことだったり。聞き上手な早霜の前では、色々な話ができた。



だけど、早霜が話題を振ることは一切なかった。まるで、自分から話すことは無いと暗に言われたようでそれが話していて悲しかった。



提督「なあ、早霜…」



空になったグラスに視線を一度落とし、それからまた彼女の顔を真っ直ぐ見て言った。



提督「もう、帰って来てくれないのか?」



その言葉に、早霜の目が大きく開かれた。そして、提督の思いがわかったのだろうか、一瞬だけ辛そうな顔をした。



だが、深く頭を下げた早霜の口からは、提督の望まない答えが返ってきた。



早霜「すみません…私はもう戻れません。」



提督「どうしてだ?何か、理由があるのか?」



ゆっくりと顔を上げた早霜の表情は、今まで見たことがないほど冷たく影が射していた。



早霜「申し訳ありませんが、もうお引き取り下さい…」



提督「待ってくれ、ちゃんと話を聞かせてくれ。じゃないと、俺は戻らないぞ。」



早霜「誰にも話せないことの一つや二つあることくらい、司令官にもお分かりになると思っていましたが…」



提督「だったら話さなくていい。1人で抱えないといけないことくらいある。でもその代わり、抱えるなら俺達の側で抱えてくれ。抱えきれなくなったらすぐに支えてやる。こんな所で抱えてたら・・・」



その続きは、言えなかった。銃口の先が、提督の眉間を捉えていたからだ。



早霜「もう、これ以上は関わらないで下さい。こんな私にまで優しくしようとしてくださった方を、私に殺させるような残酷な仕打ちをしないで下さい。」



提督「っ・・・」



既に彼女は、提督の言葉全てを拒絶していた。正直殺されても構わない気でいたが、扶桑と山城、叢雲、卯月達、それに目の前の少女を泣かせてはいけないと思い、黙って立ち去ることにした。



入ってきたドアの前に立った時、後ろを振り向くともう誰の姿も確認できなかった。




ただ何処からか機械の駆動音だけが聞こえてくる無機質な寂しさを醸し出す空間に、提督は早霜が喜んでくれるのではと思って購入したシオンを模した髪飾りを置いて、鎮守府への道を歩き始めた。






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人には人の…






長月「司令官、書類は一旦寄せておいた方がいいんじゃないか?そろそろ時間だ。」



提督「お、もうそんな時間か。じゃあこれとこれ、任せてもいいか?」



長月「わかった、任せておいてくれ。」




最近気温が落ち着き始め、これから秋になるのかと思っていた矢先、夏に逆戻りしたのではないかと思うほど気温高くなったこの日。不幸鎮守府にいつも通りの平凡な日が訪れていた。



別に平凡なのが珍しいわけではないが、ここ最近色々な出来事があった提督には、それだけのことでも感慨深く思えたのだ。



だが、いつも通りと言っても不幸鎮守府にとってであって、この日は提督にとって未だ慣れないことがこの後待っていた。




不幸鎮守府というのはその成り立ちからして変わり種ばかりが集まっているかなり異例の鎮守府だ。



他の鎮守府で提督が不必要だと思った者、何かしらの欠陥が見られる者、そう言った様々な艦娘の便利なはけ口として密かに利用されている不幸鎮守府だが、何も受け入れるだけが役目ではない。



送られてきた者にも、良い面というのは必ず存在する。そう言った良い面を生かせる場所を探して送り出してやるのも不幸鎮守府の一つの役割だった。言わば職業安定所みたいなものである。




というわけで、今日は新しく送られて来た艦娘の面接だ。不幸鎮守府でずっと務めることになるか、他の鎮守府に紹介できるか見極めるのである。



用意を済ませ、応接用のソファーで待っていると、誰かがドアをノックした。



?「失礼します。」



提督「待っていたよ。そこに掛けてくれ、今茶を淹れよう。」



?「いえ、お気遣いなく…」



提督「客人なんだ、立場はどうあれちゃんともてなすよ。」



恐縮ですと少女がお辞儀をした。とても礼儀正しいが、提督は何だか違和感を覚えた。会ったのは初めてだが、提督はその少女のことを知っていたし、名前もわかる。とあることで提督の間ではかなり有名だからだ。



淹れ終わってから、再びソファーに座る。



提督「えーっと、俺は一応君の名を知っているんだが、まあ礼儀は大切だからな、挨拶はしておこう。俺がここの提督だ。」



曙「綾波型駆逐艦、曙です。本日はよろしくお願いします。」



そう、数々の提督を初対面からクソ呼ばわりし、精神的ダメージ(または快感)を与えてきた少女が今日の面接相手だ。




もうお気づきだろう、彼女は明らかに曙とは違う。本物はこんな礼儀正しい子ではない。



送られてきた彼女は通常の個体と異なる性質、提督風に言えばバグを持った、エラー艦娘だ。(ネコとは関係がないので悪しからず)



提督自身、ここまでハッキリ通常と異なるのは二、三度しか見たことがない。大抵、目の色が違っていたり、声が異なっていたりする程度。パッと見ではわかりにくいものでは、指が一本欠けていたりスタイルが少し違う程度だ。

(二、三度見たことがあるわかりやすい例というのは、本当に戦艦になれてしまった駆逐艦や名前を聞かないとわからないほど姿形が別人化してしまった者等)



提督「さて、話を聞く前に紹介状・・・いや、流石にどんなシロモノかわかっているよな。もらってきた紙を見せてもらえるか?」



曙「わかりました、少しお待ちください・・・これ、ですね。」



提督「ありがとう、少し拝見させてもらうよ。」



曙から受け取った紙に目を通す。ざっくりとした情報でも、あれば話がスムーズになる。



提督 (えっと、うわ〜書いてることすっくねぇ・・・紹介理由、全然罵っゲフンゲフン必要ないため。性格、口調共に着任当初より…っておい、絶対これ書いたやつマゾだろ。あれか、クソ提督って罵倒されたいけどしてくれないからってそんな理由かよ・・・)



提督「はあ…お前も運が悪いな。」



時々いるのだ、優しすぎるからダメとか、同性愛者なので言い寄られるのが面倒だとか、打たれ強いから全然泣かないとかそんな理由で送ってくる輩が。



だが、こちらには拒否権というのが存在しないのでおとなしく従わなくてはならない。送られて来た艦娘は全員責任を持って引き受けなければならないのだ。



提督「えーっと、そうだな・・・お前の元司令の印象を教えてくれないか?ざっくりとで構わないから。」



曙「印象ですか・・・」



曙「初めてお会いしたときから、優しい人だと感じました。いつも周りのことを気遣ってましたから。」



提督「なるほど…ざっくりとで良いって言っておいて何だが、具体的に教えてもらっていいか?」



曙「はい。すれ違う度に声をかけるのは勿論のこと、日々戦闘に明け暮れる方々を労ろうと、移動の際は常に二、三人背中に乗せて這って移動されていました。」



提督「ふむふむ・・・?」



曙「ストレスが溜まった方がいれば、自らサンドバッグとなって解消のお手伝いをされていましたし…」



提督「え?」



曙「新しい装備ができれば自ら試し撃ちの的となったり…」



提督「ええ!?」



曙「誰かの靴が汚れれば、進んで汚れを舐めとって綺麗にした後、熱湯で念入りに洗浄、殺菌を素手でなさったりしていました。」



提督「はあぁ!?」



つい声を荒げてしまった。だが、いくらドMとは言えそこまでいくとドMの枠から盛大にはみ出しているのではなかろうか。



提督 (というか、そいつもう既に人間辞めてるだろ。お前の元司令はどんな化け物だよ・・・)



さらに驚きなのが、曙にはそれが聖人君子の所業のように見えていることだ。それだけの異常ぶりを見せられて拒否反応を示さないなんてどれだけ心がピュアなのだろうか。



曙「あの、私何かおかしなことを言ったでしょうか?」



提督「その言葉を否定してあげたいところだが、俺には十分おかしな事を言っているようにしか聞こえないんだよな・・・」



提督「いいか、お前の元司令は普通じゃない。」



曙「はい、普通じゃない程優しい心の持ち主です。」



ここでガックリと肩を落とす。最早ここまでくると、実は洗脳済みなのではないだろうかとさえ思ってしまう。



曙「あんな優しい方の元で戦えると思うと、とても嬉しかったのですが・・・何がいけなかったのでしょう?」



提督「いや、確かに普通の人間より優しいぞ?でもな、お前の元司令を優しい人たらしめているのは、心じゃなくてあり得ないほどおかしな性癖だぞ。」



曙「性、癖・・・お、乙女の前でなんて下世話な話をするんですか!?セクハラで訴えますよ!?」



曙の顔が一瞬にして真っ赤になる。非常にやり辛いことこの上ない。たかが性癖と口にしただけでそんな風に反応するなんて相当ませてる。ピュアならピュアらしくしていただきたいところだ。



提督「いや待て、落ち着け。俺は別にそういうつもりで言ったんじゃない、ただ単にお前の元司令がど変態マゾヒストだって言いたかっただけだ。」



曙「え…今、何と・・・?」



提督 (あ、これマズイやつか・・・)



曙の表情が一瞬で凍りついた。もう少しソフトな言い方をしようと思っていたのだが、つい言い過ぎてしまった。(本心だが)



提督「ああ、その・・・つまりだ、お前の元司令はドMで、お前をここに寄越したのはお前が罵倒したり、殴るだの蹴るだの乗るだのしてくれないからって理由だ。」



曙「そんな・・・」



ドMの話をしていた時のハキハキとした表情は何処かに隠れ、一瞬にして水分を抜かれた植物のように項垂れてしまった。



提督「・・・気持ちは大体察した、ショックだろうな。だけど、仮に向こうに残れたとしても、お前の元司令はお前に踏まれることを望む。命令だってするだろう。そんなこと、お前にできるのか?」



曙「・・・無理です。私には、とてもではありませんが…」」



提督「だろうな、だったらお前は・・・言い方は悪いが、ここに送られて来て正解だったよ。向こうにいても、そのうち辛くなるだけだ。」



曙「・・・」



余程衝撃を受けてしまったのだろうか、黙りきってしまった。表情からも、どれだけ敬意を持っていたのかがわかる。

(本物を知っている提督にしてみれば、その光景は異常の一言に尽きるが)



提督「あーその、元気を出せって言うほどデリカシー無いわけじゃないが・・・しばらくここにいると良い。おかしな奴らばかりだし、慣れないことも多いしで不便に感じることもあると思うが・・・居心地はそこそこ良いと俺は思ってる。」



提督「それに、お前はいい性格してる。ご本家様にも見せてやりたいくらいだよ。すぐにでも、他の鎮守府で受け入れてくれるところがいくつか出るだろう。その中からお前に合う所を選んでやる。」



曙「本家・・・?」



提督「あ、悪い。何でもないんだ、気にしないでくれ。」



納得しきったわけではないのだろうが、取り敢えずうなづいてくれた。本家とは言うまでもなく本物の曙の事だが、目の前にいる曙は自分がエラー艦娘だなんて知らないだろう。であれば、こちらから態々教えるべきではない。しかるべき時に、自ずと知ることになる。



提督「さて、そうと決まれば早速お前の部屋を決めてしまおうか・・・」



提督「うーん、残念だがここにはお前の見知ったやつがいないからな・・・まあいい、卯月と弥生を4人部屋に移動させるから、一緒の部屋を使ってくれ。」



曙「あの、空いているのであれば別に私は1人部屋でも大丈夫ですから。」



提督「移籍が決まるまではここにいてもらわないといけないからな、慣れるって目的のためにも1人部屋よりかはいいだろ。それに安心しろ、卯月は・・・まあともかくとして、弥生は消極的な性格をしているけど良いやつだ。お前が馴染めるように、卯月と頑張ってくれるさ。」



曙「二人に迷惑ではないでしょうか?」



提督「うちはそういうの気にしないやつばっかりの騒がしい所だよ。新しい仲間は歓迎してくれる。」



善は急げということなので、早速卯月と弥生を呼びつける。卯月の携帯には繋がらなかったので、弥生に連絡してすぐに行くという返事をもらった。



どの辺りがいいだろうかと館内図を見て考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。



案の定ノックしたのは弥生だったが、彼女が一緒に連れて来たのは、未だに寝間着姿のまま髪も梳かしていない卯月だった。



提督「おい、卯月。非番だからってお前ってやつは・・・」



卯月「あはは…丁度着がえようとしてた所に呼び出しがかかったものだから・・・」



提督「嘘つけ、俺は弥生より先にお前に電話かけたのに誰も出なかったぞ。」



卯月「それは丁度充電が切れてて・・・」



提督「はぁ・・・弥生、昨日の夜中卯月は何してた?」



卯月があからさまにギクリとする。そして、弥生に向かって指でばつ印を作っていた。



弥生「深夜アニメ、どうしても見たいのがあるからって・・・ムグッ」



卯月「だめ!弥生ちゃんそれ以上はだめぴょん!」



その行動と弥生の証言のおかげですでにバレバレなのだが、それでも卯月は全力で弥生を口止めしようとしている。まだ弥生は何かを言おうとしているらしい。



提督「・・・すまんな、来て早々見苦しいものを見せた。」



曙「大丈夫です、私は気にしませんから。それにしても随分と個性的なんですね・・・」



提督「あれでいて優秀なんだがな、困ったもんだよ・・・」



取り敢えず放っておくのも何なので、卯月をつまみ上げて弥生から引き離す。そして、そのまま執務室の外へ放り投げた。



卯月「ああ司令官待って!誤解!誤解だから!」



提督「御託は後で聞いてやるからとっととその格好どうにかしてこい。」



卯月「だめ!弥生ちゃんお願いだからそれ以上は何も…」



バタン



これ以上は面倒くさくなりそうだったので、即ドアを閉める。



弥生「司令官、さっきの続き…」



提督「しなくていいぞ、大体わかってるから。それよりも弥生は一緒に寝てなくて良かったのか、卯月のせいで夜眠れなかったんじゃないか?」



弥生「それは大丈夫、です…」



提督「そうか、でもあまり無理するなよ。あいつみたいな馬鹿やれとは言わないけど、休みの時はちゃんと休んどけ。」



弥生「それ、司令官にはあまり言われたくない…」



提督「そうは言ってもな、何というか・・・」



弥生「あの2人、いつも心配しているから…ちゃんと休んでるところも見せてあげて欲しいです…」



至極ごもっともな意見にぐうの音も出ない。毎日元気なところを見せてはいるのだが、逆に無理をしているんじゃないかとよく心配される。そうやって身を案じてくれるのはすごく嬉しいことだから悪くはないのだが、できれば安心させてやりたいと思う気持ちはある。

(別に休みをとってないわけではないのだが、全て2人や卯月達、偶に他の者達との時間に当ててしまうのでそれが余計に心配させてしまっているのだろう)



提督「そこまで言うならわかった、いつか1人でのんびりする日を作ってみようか。」



弥生「それがいいです…」



少し、弥生の表情が柔らかくなった気がした。ちゃんと、弥生も弥生で2人とは関係なく心配していてくれていたということなのだろうか。



そうであればいいが、敢えて聞くのは野暮なので知らないままにしておく。




そろそろ弥生に部屋移動のことを話そうかと思ったその時、丁度良く卯月が執務室に入ってきた。



卯月「お、お待たせしましたぴょん・・・」



提督「やっと来たか・・・卯月、制服着てくるのはいいけどリボン忘れてるぞ。」



卯月「ぴょん!?今すぐ取ってきまーす!!」



全力ダッシュでリボンを取りに行く卯月を提督と弥生が呆れ顔で見送った隣で、曙が笑い出した。



提督「変な奴だろ。」



曙「はい、でも一緒にいて楽しそうです。」



弥生「確かに面白い時はそうだけど…お世話するの大変…」



提督「弥生が世話係だったか。」



弥生「毎朝気分で起きたり起きなかったりするし…癖っ毛だから寝癖がなかなか直さないです…」



提督「ん、じゃああのアホ毛はまさか・・・」



弥生「妥協です…」



提督「えぇ…」



妥協にしては随分と多い気がするが、そんな理由があったとは知らなかった。



提督「いや、でも待て。あんな重力に逆らってる寝癖なんて自然にやったら無理だろ。」



弥生「触ったらわかるけど、卯月の髪所々バネ入ってるみたいに癖が強くて…ヘアアイロン使っても全然直らないです…」



提督「そんなまさか、流石にそんな髪あり得ないだろ・・・あ、卯月戻って来たか。ちょっとこっち来い。」



丁度良く執務室に戻って来た卯月に向かって手招きする。本当にアホ毛なのか寝癖なのかを確かめるためだ。



提督「ちょっと悪いな、頭のそれ触らせてくれ。」



卯月「え?今更うーちゃんお気にのヘアゴムに興味出たぴょん?」



提督「いや、そっちじゃなくて・・・」



ちょいちょい



卯月「!?」



提督「うわ、なんだこれ。細くてしなやかなのにどれだけ弄っても形キープするぞ・・・」



卯月「ちょ、司令官なにうーちゃんの髪で遊んでるぴょん!?」



提督「いや、弥生がそれアホ毛じゃなくて寝癖だっていうから・・・おお、折っても復活するのか。」



卯月「違うぴょん、昔明石さんからもらった変な寝癖直しスプレーつけたらこうなっちゃっただけぴょん!」



提督「あ、また明石か。」



つくづくこういった話題に事欠かないものだ。卯月も、案外元いた鎮守府ではかなりの苦労人だったのだろう。



卯月「しかも、その後洗い流してたら五月雨ちゃんが・・・」



提督「え、五月雨まで絡むのか。」



今度はドジっ子の参戦ということらしい。だがちょっと考えればおかしな話である。五月雨は豊かな長髪の持ち主だし、色艶からして髪の手入れに関しては艦娘の中でもかなり気を配っている方に入るだろう。そんな五月雨が何故卯月の髪にアホ毛をもたらした犯人として名が上がるのだろう。



卯月「五月雨ちゃんがトリートメントと間違えて変な薬使ったんだぴょん。おかげでこんなピヨピヨに・・・」



やはり、ドジっ子はドジっ子だったようだ。自分にではなく、他人の時だけ属性を発動させるあたりいかにも彼女らしい。



曙「あの、私はそんなに変だとは思いませんよ。むしろその方が可愛いと思います!」



卯月「あ、曙ちゃん・・・!」



ガシッ



卯月「そう言ってくれるのは曙ちゃんだけぴょん…!」

ブンブン



曙「いえ、そんな、何もそこまで感謝していただかなくても…」



卯月「そこにいる旦那なんて、今まで可愛いの一言さえ言ってくれなくて・・・」



曙「え!ご夫婦だったんですか!?」



提督「俺を見るな!全然違うからな!断じて夫婦ではないし、ましてやカッコカリした覚えさえないぞ!」



卯月「嘘!あの時あんなに求めてくれたのに…!」



提督「誤解を生むから止めなさい!」



何故だろう、あからさまに卯月のボケなのは明白だし、こんなにツッコンでいるというのに、曙からすごく冷たい目線が送られてくる。おまけに弥生との間隔が少し遠のいた気がする。



曙「もう良い大人なんですから、たとえ小さくても奥さんは大事にしてあげないとダメだと思います。」



提督「いや、本当に違うから。お前は誤解してるだけだから。卯月の手を見ればわかるけど、俺一度も指輪渡してないし、卯月も一度たりともはめてないからな。」



曙「指輪無くても結婚はできるでしょう!」



提督「できるけどな、確かにできるけど、本来渡すのが当たり前だろ。」



提督「それと本当にしてないから、書類だって無いし。」



曙「うっかりシュレッダーに掛けてしまったかもしれないじゃないですか!」



提督「なんでそこまで俺と卯月を夫婦にしたいんだ!?」



しばらくの間、この謎論争は続いた。だが、それでも結局はどうにかこうにか誤解は解けたらしい。(途中、ドアの向こうから危ない殺気が漂ってきたのも終結の一つの要因だろう)





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偶には艦娘のいない所で





教官「すまんな、私の楽しみに貴様をこうして付き合わせてしまって。」



提督「いえ、偶にはこういうのも良いと思います。天気も良かったですし、あまり経験はありませんが、絶好の釣り日和だったと思いますね。」



教官「ああ、まさにそうだな。それに、いつもより少しだけ波も穏やかだ。」




提督「それにしても、『明日、早朝からこちらの鎮守府へ来てくれ』って言われた時は驚きましたよ。」



教官「はは、それはすまなかった。だが、貴様を釣りに誘っても素直に受けてくれるか心配だったのだ。」



提督「まったく…緊急の事案が起きたか、もしくは説教くらうんじゃないかと無駄にヒヤヒヤしましたよ。」



提督「まあ、確かに急に釣りに行こうと誘われて二つ返事で行くとは自分でも思えませんけど…せめて、少し付き合ってくれとでも言ってくだされば良かったのに。」



教官「私は人付き合いというものが少し不得意でな、近くに友人と呼べる者もいないし、どうやって誘えば良いかわからなかったのだ。」



提督「それは意外、お仲間とはかなり良い関係を築いてらしてると思っていましたが。」



教官「表面上の付き合いなら多少は心得があるだけだ。ここに私を友と認識している者などおらんよ。あくまで皆、上司と部下の関係だ。」



提督「そうでしたか・・・」



教官「そんな顔をするな、私は偶にお前やお前と同じように彼処に送られた者達とこうしているだけで十分楽しめている。部下達との会話だって、つまらないと感じることもないしな・・・おっと、何か掛かったようだな。」




教官「ふむ、手応えからしてそこまで大きくはないか…」



教官「よし、しっかりと噛んでいる・・・ここか。」



ザパッ



提督「おお、また釣れましたか。本当に教官は釣りがお上手だ。」



教官「いや、賞賛には及ばない。それにこれはただのハゼ、素人でも簡単に釣れる。」



提督「ハゼですか。なら、この時期のは揚げると美味しいですね。」



教官「ほう、よくわかっているじゃないか。」



提督「子供の頃、釣り好きの叔父が釣ってきたのをよくお裾分けしてもらってまして、その度に母が調理してくれるのをよく見ていただけですよ。」



教官「そうか、なら貴様の腕は母君譲りなのだな。」



提督「まだまだ遠く及びませんがね。」



教官「母の味というのは、そういうものだ。男にはなかなか超えられんよ。」



提督「まったく、仰る通りですよ。」





提督「それにしても、案外掛からないものですね。」



教官「まあそういうものだ、生簀のように沢山生息しているわけではないし、餌の近くを通りかかった魚の気分にもよる。」



提督「へえ、なかなか面白い表現をしますね。」



教官「だがそうだろう、魚とて頭脳を持っている。我々と同じ程度とは思わんが、腹が減ってるか満たされているかで当然食欲も変わる。それに、連中は無駄に多く食べることはないからな。」



提督「そうなんですか?」



教官「我々と違い、必要最低限の食物だけを摂取するのだ。何も魚に限った話ではないがな。」



教官「無駄に摂取することで、自分は肥えるが仲間は飢える。やつらは種の保存に積極的だ、そこに良心というものがあるかは知らんが、仲間の命を危険に晒すようなことは決してしない。」



提督「なるほど…」



提督「それ聞くと、つくづく人間が恐ろしくなりますよ」



教官「この世で2番目にヒトを殺す生物だからな。」



提督「うわ、ますます怖くなった。」



教官「はは、お前も人間なんだ。恐れたところで仕方あるまい。」



提督「確かに・・・」





提督「・・・」




教官「・・・」




教官「・・・そうだ、唐突だがお前達は今の所どうなのだ?」



提督「どうって・・・何がです?」



教官「そんなもの、こうしてわざわざ聞くのだから決まっているだろう。」



教官「デキているのだろう?しかも三人。」



提督「これまた随分と唐突では…?」



教官「だから先に断っただろう。」



提督「そうでした・・・」




提督「・・・良好、とだけ言っておきましょう。」



教官「なんだ、それだけか。」



提督「そ、それだけって、それに勝るものが他にありますか?」



教官「いや、そう言うわけではないのだが・・・」



教官「そうか、つまりまだ手を出していないということか。」



提督「うっ・・・」



教官「貞節を重んじるのは結構だが、いつまでも待たせるものでもないぞ。」



教官「まさかとは思うが貴様、指輪を渡してすらいない…というわけではあるまいな?」



提督「ひ、1人には渡しました。」



教官「姉妹には?」



提督「まだ、です・・・」



教官「・・・」



教官「はぁ・・・貴様、それは流石に酷というものだろう。」



提督「自分には自分なりの考えがあってのことでして・・・というか、教官こそ早く奥さん見つけたらいかがですか、そのままだと生涯独身待った無しですよ。」



教官「うっ、貴様も言うようになったな・・・」



提督「言われっぱなしは悔しいですからね、多少は反撃させていただかないと。」



教官「うぬぬ…確かにこちらから一方的に言うのはフェアではないが・・・」



提督「周りからせっつかれているんじゃないですか?特に親御さんとか。」



教官「貴様の言う通り、毎週のように見合い話を持ちかけられている…」



提督「お見合いで伴侶が決まるのもどうかと自分では思いますが、いつまでもこうして釣り糸垂らしているだけじゃダメだと思いますよ。」



教官「ぐぅの音も出んな・・・」



教官「しかしなぁ、今更行動を起こすにしても遅いとは思わんか?」



提督「まだ40いってないんですから、なんとかなりますよ。」



教官「なんとか・・・なるのであればそれに越したことはないが、先に言ったように私には出会いの機会というものが無い。」



提督「かと言って、見合いに頼るつもりはないんでしょう?」



教官「できれば最終手段として・・・」



教官「どうしたら良いものか…。」



提督「うーん、手がないわけでもないですがね。」



教官「何、本当か!?」



提督「でもな・・・教官に合うかどうか。」



教官「見合い以外ならなんでも構わん、教えてくれ。」



提督「・・・日本の伝統行事、でもどうでしょうね。」



教官「伝統だと?」



提督「合コン、一度でもされたことありますか?」



教官「いや、無いが・・・まさかそれに出ろというのか?」



提督「他にどう解釈のしようが?」



教官「それは無いが、この歳でそれは流石にハードルが高過ぎではないだろうか?」



提督「合コンに年齢は関係ないですよ、70歳のお年寄りだってやることありますし。」



教官「・・・嘘をついたな?」



提督「盛っただけです。確かにお年寄りメインの合コンなんて聞いたことないですけど、参加することだってありますよ。」



提督「取り敢えず、一度出てみてはいかがですか?知り合いにセッティング得意な奴がいるので紹介しますよ。」



教官「う〜む・・・試す価値はあるのかもしれないがな。」



??「教官さ〜ん!!」



教官「ん・・・ああ、翔鶴ではないか。どうした、こんな男臭い所に来て。」



提督「華がないのは認めますけど、そう言われるのは少し心外だなぁ。」



翔鶴「提督!いらしていたんですか!?」



提督「朝早くから呼び出されたんだよ・・・それにしても久しぶりだな、元気でやってたか?」



翔鶴「はい、お陰様でとても楽しい毎日を送らさせていただいています。」



提督「そうか、なら良かった。」



提督「ところで、なんか前と雰囲気変わってないか?」



翔鶴「お分かりになりますか?」



提督「どうとは言えないんだが、何となく。」



教官「ああすまない。客人として扱うつもりだったのだが、彼女がどうしても出撃したいと言ってな。最初はほんの少しだけのつもりだったのだが、実に良く働いてくれたので主力として頑張ってもっていたのだ。その礼として勝手に改装を施させてもらったよ。」



提督「なるほど、そうでしたか。良かったな、翔鶴。」



翔鶴「はい、とても光栄に思っています。」



教官「して、その手に持っているものは一体何だ?」



翔鶴「あ、そうでした・・・これ、暖かい飲物を入れてきましたので、良かったらお飲みになってください。」



教官「ああ、すまんな。ずっと海風に当たっていたものだから、頰が冷え切っていたところだ。有り難くいただこう。」



翔鶴「提督も、よろしかったら。」



提督「おう、ありがとな。」



翔鶴「それでは、私はこれで失礼させていただきますね。」






提督「・・・随分いい顔になりましたね。」



教官「ああ・・・」



教官「美味いな。私の好みまで把握し始めてきたようだ。」



提督「好み?」



教官「私は自分でコーヒーをブレンドして飲むのが好きでな、これはその味に近付きつつある。」



教官「それに、最近は夜食まで供してくれるようになってな。すっかり彼女の味の虜になってしまった。」



提督「・・・」




提督「教官、自分今日は貴方に朝早くから付き合いましたね。」



提督「そこで、一つお願いがあるのですがよろしいですか?」



教官「ん、急になんだ?貴様にしては随分と恩着せがましい物言いだな・・・だがまあいいだろう、こちらも有意義な時間を過ごさせてもらった。それで、何が望みだ?」



提督「うちから1人、そちらに移籍させてください。」



教官「移籍だと?・・・そんなに手の余る者がいるのか?」



提督「いや、翔鶴ですよ。」



教官「何だと?貴様は彼女に何か不満があるのか?」



提督「そんな事、何一つとしてありません。寧ろ惜しいくらいです。」



教官「では何だと言うのだ?翔鶴は貴様の所の唯一の空母ではないか、そんな貴重な人材を何故手放す。」



提督「確かに、艦隊運営には無くてはならない存在ですけどね・・・」



提督「まあ、強いて言うなら翔鶴のため、それだけです。あいつが泣いて帰ってくるところなんて見たくない。」



教官「翔鶴のため・・・?」



提督「そう言う事・・・それじゃあ、自分もこれで失礼しますね。だいぶ日が傾いてきたし、心配させたくない人がいるもんですから。」



教官「ああ待て!まだ貴様の言うことが全く理解できていなのだぞ!」



提督「いずれ分かります、今は取り敢えず受理しといて下さい。じゃないと二度と付き合いませんから。」



教官「ぐ、わかった・・・だが去るならせめてこの頭のモヤモヤを解消するのを手伝ってからにしてくれ!」



提督「はぁ…翔鶴にでも頼んで下さい。それじゃあ・・・」



教官「おい、待っ・・・」



提督「今日はお誘いありがとうございました、自分が釣った分は今晩美味しくいただきます・・・あ、そうだ、合コンの件は無かったことにしておいて下さい。」



教官「・・・」



教官「はぁ…行ってしまったか。全く、忙しないやつだ。」




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提督「・・・さて、今日の夕飯はどうしようか。久しぶりに三人で食べたいけど、何を作ろうか…」




提督「あ、しまった。翔鶴に何も挨拶してこなかったな・・・」



提督「まあいいか。そのうち顔合わせる日が来るだろ。」



提督 (お互い、指輪持ってな。)





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雨の楽しみ方





よく雨の降る日

提督はちょっと思い切って、前に弥生に言われた通り丸一日完全なプライベートの休暇を取ってみることにした。



だが、日頃ひたすら執務に勤しむ彼にこれと言った趣味はあまりない。外に出て何かしようかと考えていたのだが、こう降られてしまってはそんな気も起こるはずもなく、自室で本を読むことになった。



本を読むことは、昔から好きだった。今でこそそんな余裕もないが、小さい頃は友達と遊ぶ以外は1人で黙々と絵本を読んだりしていたものである。



体を動かすのも好きだったので、もやしのように白い肌をしていたわけではないが、あの頃は1人で静かに過ごす時間を心なしか求めていたように思う。



提督「しっかしなぁ・・・俺の本棚の中身ってこんな寂しかったか?」



軍関連の情報誌や、文庫本が十冊ほど。あとは料理のレシピ本が何冊かと、分厚い辞書が二冊あるだけで、とてもではないが充実しているとは言えなかった。



提督「雑誌は割と古いのばかり、小説は昔読みすぎて全部飽きてる。隅々まで読んだわけじゃないとは言え、レシピ本眺めるのもな・・・」



見ていて飽きないので、それはそれで良いかもしれない。それにここ数日間の夕飯の献立を考えるのに苦労はしなさそうである。だが、そんな主婦のようなことをするために時間を作ったわけではないので結局却下した。



提督「仕方ない、ちょっと書庫に行ってみるか。流石のここでも、小説の一つや二つあるだろ。」



この鎮守府にも、一応書庫というのは存在する。だが、普段は滅多に利用しないし、すると言っても古い資料をいくつか取って来て、書類整理の助けにするくらいしかしないし、おまけに改装工事もされていないため、汚い、暗い、気味悪いの三つがそろっているため鎮守府一近寄りたくない場所となっている。



提督 (まあ、書庫がマシなくらいの場所に行ってたわけだけど・・・)



またいずれ、行かなくてはならなくなるのだ、書庫であーだこーだと言ってはいられない。



扶桑「あら、提督。どちらに行かれるんですか?」



提督「やぁ扶桑さん、これからちょっと書庫に行くところ。」



扶桑「書庫・・・まさかお仕事中なんですか!?軍服まで着て、いけませんよ!休むときはちゃんと休んで下さい!」



提督「待て待て、誤解しないでくれ。書庫に行くのは小説か何かないか探しにいくだけだから、決して仕事してるわけじゃない。」



扶桑「あ、そうでしたか。すみません、とんだ早とちりを…」



扶桑「でも、ならどうして軍服を?」



提督「一緒に買いに行った時は洒落着しか選ばなかったものだから、普段着はこれっぽっちも無くて。」



扶桑「あ・・・すみません、そこまで気が回らなくて…」



提督「そんな、扶桑さんが気にするこじゃないって。あの時は俺のために一生懸命選んでくれてすごく嬉しかったし、普段から軍服に甘えてる俺が悪いんだから。」



提督「すまない、嫌な言い方をした。」



扶桑「いえ・・・」



扶桑の目が下を向いた。どうもまたやらかしてしまったらしい、いつもいつも余計な一言で扶桑にそんな顔をさせてしまう。



提督「悪い、本当に扶桑さんのこと責めてるわけじゃないんだ。だからそんな顔しないで、な?」



扶桑「・・・」



提督「扶桑さん?」



扶桑「あの!そういう、ことでしたら・・・」



一度顔を上げてこちらを見たかと思えば、目が合った瞬間慌ててまた俯いてしまった。



提督「どうかしたのか?」



扶桑「いえ、あの、その・・・」



胸の前で人差し指をチョンチョンしながら、モジモジし始めた。どうやら扶桑的に口に出すのは勇気がいることらしい。



提督「いいよ、扶桑さんが言ってくれるまで俺は待つから。」



扶桑「・・・」



扶桑「お出かけに、行きませんか?その、二人だけでこっそり…」



恥じらいに頰を染め、上目遣いで扶桑がこちらを見ながらそう言った。勇気を振り絞った瞳が涙で潤んでいるせいで、それはもう尋常ではない破壊力だ。頭の中でラブハリケーン警報が発令され、心臓がしきりにアラームを鳴らしている。



やっとの思いで平常心を保ち、暴れる心臓を抑え付けて言葉を紡ぐ。



提督「あ…ああ、俺は別にかまわないよ。それにしても珍しいな、二人きりで行きたいなんて。」



扶桑「あまりこういう事って、今までなかったものですから、偶には良いのではないかと・・・」



提督「そう言えばそうだったな・・・だけど、それを言うためにそこまで勇気振り絞らなくても大丈夫だったんじゃないのか?いつも普通に抱き付いて来てくれたりしてるし。」



扶桑「いつもは、大抵山城が側にいるので、恥ずかしいですけど何とかなるんです。でも、二人きりだとどうしても・・・」



つまり、山城がいると対抗心か何かのおかげで、あまり恥じらいを感じる事なく積極的になれると言う事らしい。



提督「ぷっ・・・ははは」



扶桑「ど、どうして笑うんですか!」



提督「いやすまない、あんまり可愛くてつい。扶桑さん、頑張ってたんだな。」



扶桑「それは…もっと振り向いていただきたいですから。」



提督「そっか、ありがとう。」

よしよし



扶桑「ん、もう…それはずるいです。」



言って恥ずかしくなってしまったのか、また扶桑が俯いてしまった。そんな彼女が愛おしくて仕方なくなって、そっと頭に手を触れた。こんな雨だというのに、全く乱れることなく真っ直ぐで、艶やかだった。



提督「よし、それじゃあ準備しようか。着替えてくるから、玄関で待ち合わせにしよう。」



扶桑「あの、お誘いしておいて何ですが、本当によろしかったのですか?」



提督「扶桑さんの誘いとあったら断れないよ。それに、たった一人きりで過ごす休暇なんてやっぱり詰まらないし。」



提督「そんなことより、山城のことはいいのか?こっそりって言ってたけど、バレたらすごい怒られそうじゃないか?」



扶桑「平気です、提督と一緒にお出かけができるなら。その代わり、後で提督が連れて行ってあげて下さいね。」



提督「説教覚悟か…じゃあ仕方ない。承知したよ。」



提督「じゃあ、なるべくバレないように扶桑さんは準備頑張って、門の外で待ってるから。」



扶桑「はい。」




結局、バレそうになったのは扶桑ではなく提督だったが、どうにかこうにかバレることなく出発することができた。




ーーーーーーーー




結局、お出かけと言っても不幸鎮守府のアクセスの関係上また近くの港町に行くことになるのだが、今回は雨の日デートということで町の端っこのほうに車を停めて、そこからいつものショッピングモールに歩いて行くことになった。



提督「肩とか、雨に濡れてないか?」



扶桑「はい、平気です。」



提督「そうか、なら良いんだけど・・・」



けど、この状況は流石に想定していなかった。二人の上に降る雨を防ぐ傘は一本だけ、しかもそう大して大きいサイズではない大人一人用。



まさかの扶桑に寄り添われながらの相合傘である。



提督 (いや、確かにご褒美だけど…)



割と体勢的にキツいものがあるのだ。傘を持っている腕に扶桑がぴったりとくっ付いているので、現状動かせるのは手首から先のみ。その状態で風が吹いた時などに傘の位置をキープするのは少しばかり手首の負担が大きい。



正直な話、扶桑の上だけに傘をさすのであればまだ楽なのだ。だが、少しでも提督の肩に雨が降ろうものなら、扶桑が提督の方へ傘を傾けようとしてくるのでそれは叶わない。



提督 (やっぱり憧れってのは、実際にやってみると上手くいかないものだよな。)



よくアニメや漫画作品、恋愛ゲーム等で、寝ているヒロインを主人公がお姫様抱っこをするシーンがあったりするが、あれはどう考えても起きているだろうと思わざるを得ないほどヒロインの首の自立具合が半端ではない。



確かにその方が見た目は良いかもしれないが、ある程度のリアリティーがないと、より一層現実と二次作品は違うとものだという認識が強まってしまうのではないかと時折だが思うのだ。



扶桑「どうかしましたか?」



提督「ん、何がだ?」



扶桑「眉間にシワが寄っていたものですから…何かお困りですか?」



提督「困っているというか、何というか・・・まあ大丈夫、何でもないよ。」



扶桑「私とこうして歩くのは、やはり窮屈でしたか?」



提督「いや、窮屈ではないぞ?寧ろご褒美というかダンケダンケ…?」



まあ実際、リターンはそれなりに大きい。腕には(何がとはry)当たるし、頭が近くにあるから絶えずいい香りがするし、密着しているからそれなりに温かい。



提督「悪かった、折角のデートなのにこんな顔してたらだめだよな。でも、俺は扶桑さんとこうして歩いていること、すごく幸せに思ってるからな。」



扶桑「そう言っていただけて、私もとても幸せです…」




扶桑が提督の腕をさらに引き寄せ、わずかな隙間を埋めた。温もりを求めているのか、それとも他に理由があるのかはわからないが、それと同時に腕に掛かる圧がさらに大きくなって当たっているというより、ギュッと押し付けられている感じだ。



提督「あの、扶桑さん・・・?」



扶桑「何でしょう?」



提督「その、当たってるんだけど・・・」



扶桑「・・・はっ!すみません、気付かなくて!」



扶桑「はしたないことをしてしまいました・・・」



提督「別にそこまでは思わないんだけど・・・俺としてはこのまま歩くとなるとちょっと・・・」



扶桑「申し訳ありません、不快でしたよね…」



提督「いやいや、不快だなんてそんなことは思ってないぞ。だけど俺だって男なわけで…恥ずかしいというかなんというか…」



割と普段からスキンシップをとろうとしてくるので、ある程度の体制は付いたと思いたいが、ずっと当てられている状態だと流石に心臓が保ちそうにない。



提督「その、さっきみたいにしていてくれるか?扶桑さんにくっ付いてもらえるのは俺も嬉しいし、あれくらいだったら平気だから。」



そう言うと、また遠慮がちに扶桑が腕に掴まってきた。先程より少しだけ隙間が空いているのがなんとなく残念な気がしたが、おかげでようやく心臓も落ち着いてくれた。これならのんびりと散歩を楽しめそうである。



扶桑「あら、こんな所にカエルがいますよ。雨宿りしているのでしょうか。」



しゃがんで近くの葉っぱの上を指差しながら、扶桑がこちらを見てそう言った。確かに、緑色の雨蛙が上の葉を傘にして雨宿りしているように見える。



提督「扶桑さんってカエルとか平気なのか?」



扶桑「触るのはできませんが、眺めている分には可愛らしくて好きなんです。」



提督「それは俺も同感かな、なるべくなら触りたくない。」



扶桑「…?」



扶桑「まあ、見て下さい提督。」



扶桑「ほら、ちょっと奥に小さなカエルがいますよ。きっと親子なのでしょうね…」



上の葉を退けた扶桑が、愛おしそうにその小さなカエルを眺める。



提督「親子・・・カエルの子供はオタマジャクシだよ扶桑さん。」



扶桑「あ・・・」



扶桑「・・・///」



余程恥ずかしかったのか、耳が真っ赤だ。ちょっと彼女の顔が見たくなったので、提督も同じようにしゃがんで肩を並べた。



扶桑「このことは、誰にも言わないで下さいね…?」



提督「わかってる。でも、山城になら言っても大丈夫なんじゃないか?俺と同じで、扶桑さんのそういう所好きだろうし。」



扶桑「流石に今のは恥ずかし過ぎます・・・」



提督「はは、わかったわかった。誰にも言わない。」



未だ顔を紅くしている扶桑を立たせ、再び歩き始める。扶桑の方からは寄り添ってこなかったので、今度は提督が肩に手を回して抱き寄せた。拒まれるのではとほんの少し思ったが、扶桑は黙って提督に身を委ねてきた。



提督「・・・お、いつの間にか着いたみたいだな。どうする?休憩がてらお茶にでもするか?」



扶桑「私はまだ大丈夫ですが、提督にお任せしますね。」



提督「そうか、じゃあ先に服選んでしまおう。その後でゆっくりお茶したり、色々見て回るのもいいだろうし。」



扶桑「わかりました、それでは早速私が案内しますね。」



提督「扶桑さんが?」



扶桑「前来たときに…その、提督に似合いそうなものが置いてある所をメモしていたものですから…」



いつの間にそんなことをしていたのだろう、割と始終一緒に歩いていたので、メモを取っていたなら気付くはずだがそんな素ぶりは見せてはいなかった。



だが、歩きながら物珍しそうにキョロキョロと周りを見ていたので、もしかしたらその時に覚えて、後でメモを取ったのかもしれない。



扶桑「沢山あって全部は覚えられませんでしたけど、普段着なら1番良さそうな所がありますから、着いてきて下さい。」



提督「ああ、よろしく頼むよ。」



その一言に扶桑が顔を輝かせると、手を差し出してきた。外に出たら繋げなくなってしまうから、とのことだそう。無論それを断る理由など無いのでその手に行き先を任せる。




ーーーーーーーー




服の調達があらかた終わると、提督が前から行きたかった喫茶店で一休みすることになった。



女性の買い物は長いと聞いてはいたが、まさか自分の服で2時間もかかるとは全く思っていなかった。センスに自信が無いので、見立ててくれるのは大変有難いことではあるが。



扶桑「お疲れですか?」



提督「いや、服選びにこんなに時間かけたことなかったから、少し驚いてるだけ。まだまだ回れるさ。」



扶桑「あまり私に気を遣っていただかなくとも良いのですよ?今日は提督のお休みの日なのですから。」



提督「普段から働き詰めなんだ、このくらいで参ったりしない。扶桑さんのおかげで精神的にかなり癒されてるから、十分にお休みさせてもらってるよ。」



扶桑「そう、ですか…」



ほんのりと頰を紅くし、扶桑が微笑んでくれた。喜ばしい反面、自分のセリフをプレイバックして少し後悔する。



ちょうどその時、注文したものが運ばれてきたので、恥ずかしさを紛らわすためにいそいそとカップに口をつける。



扶桑「とてもいい香りがしますね…」



提督「扶桑さんのはハーブティーだっけか、案外チャレンジャーだな。」



扶桑「そうなのですか?」



提督「ハーブティーって店やブランドによって好みがよく別れるから、普段あまりそういうの飲まない扶桑さんは大丈夫かなって。」



正直提督はハーブティーがそこまで好きというわけではない。飲めないというわけではないのだか、以前リラクゼーション効果があるからオススメだと友人に勧められたものが口に合わず、それ以来苦手意識ができてしまった。



一応、何度か挑戦して当たり外れがあることまでは理解したが、確実に当たりだとわかっている店やブランド以外には手を出したくない。



大丈夫かと問われた扶桑は、少しの間手の中の鮮やかな薄黄色をした液面をじっと眺めていたが、何やら決心を固めたような顔をして、ハーブティーを口に含んだ。



提督「・・・どう?」



扶桑「少し、変わった味ですね。でも、私は嫌いではないです。」



提督「そっか、なら良かった。」



飲んだ直後に扶桑が眉をひそめることはなかったので、おそらく本心で間違いないだろう。ひょっとしたら口に合わないのではないかと思ってヒヤヒヤしていたので、安心した。



チラリとメニューを見ると、「初めての方にオススメ」の欄に扶桑の頼んだものと同じものがあった。そういうことなら、本当に問題はないだろう。



ウェイトレス

「お待たせいたしました、こちらセットのケーキになります。」



見た目若い割りに随分と慣れた感じのウェイトレスが、遅れて登場したケーキをテーブルに二つ並べた。



扶桑「まあ、美味しそう。」



提督「ここのケーキセット、美味いって評判なんだよ。もう少ししたら季節物のメニューが出てくるらしいけど、普段出してるやつも食べておきたかったからさ。」



注文の際も扶桑にはセットで頼むように言ってあった。ここではセットだとお茶それぞれに決まったケーキが付くらしく、組み合わせを選ぶことはできない。だが、その代わり絶妙な組み合わせで供してくれるので、それが人気の理由なんだとか。



因みに、扶桑のはカモミールティーとチーズケーキ。提督のはダージリンとアップルパイだ。



それから、二人は談笑しながらお茶の時間を楽しんだ。すぐ外を見れば分厚い雲のせいで暗くなった外としきりに雨に打たれているアスファルトが見えたが、店内の照明のおかげで視線を店内に戻せば暗いという印象はほとんどなかった。



扶桑「そうだ、提督もこのチーズケーキお試しになってみませんか?」



提督「いいのか?」



扶桑「はい、是非に。」



提督「それじゃあお言葉に甘えていただこうかな。」



その言葉を聞くと、扶桑は提督がフォークを持った手を伸ばすのを待たずに自分のフォークでケーキを一欠片とってこちらに差し出してきた。



提督「えっと、これは・・・」



扶桑「憧れ、だったんです…」



扶桑「食べて…くださいますか?」



人目があったとしても、流石にそこまで言われたら断れない。恥ずかしさに目を瞑りながら、甘くトロけるケーキを食べさせてもらった。



提督「すごく、美味しいよ…」



味的にはアップルパイと同等くらい(それでも十二分に美味しい)だったが、感想を期待されているのがわかってこそばゆさにつぐみそうになる口を開けてそう言った。




それを聞いた扶桑のこの上なく嬉しそうな表情は、しばらく見つめていたくなるようなものだが、なんだか少しくすぐったかった。





ーーーーーーーー





喫茶店でお茶を楽しんだ後、二人はモールの中を見て回った。本屋で近頃話題になった作品をいくつか見繕ったり、洒落た雑貨屋で小物を物色したりした。ビデオショップで卯月達が見たがっていたと提督が購入した映画を、自分も同伴して良いかと許可を求めたところ提督は快く承諾してくれた。提督のすぐ近くを確保するのは至難の技かもしれないが、卯月を膝の上に乗せる利権くらいなら得られるだろう。



最近懐き初めてくれた卯月は、年の離れた妹ができたようで大変可愛いのだ。山城とは少し違った温もりの求め方がとても心地良く、母性を刺激されるというかとても庇護欲を掻き立てられる心地がする。



その後は、自らのお願いでペットショップにも足を運んだ。無論飼うことができないのはちゃんと理解しているが、海の上で触れ合える生き物と言えばカモメかトビウオ、珍しい時はイカが飛んでいたりするのを見るくらいでイヌやネコなどの陸で暮らす生き物とはあまり縁がないので、ここにあると知った時から行ってみたいと思っていたのだ。



扶桑「とても可愛らしかったですね。」



提督「そうだな、鎮守府が犬猫OKなら即決で買ってたかもしれない。」



扶桑「提督って案外可愛いものがお好きなんですね。先程も雑貨屋さんを覗きたいと仰ってましたし。」



提督「確かに嫌いじゃないけど…別に女性に囲まれているせいか人目につく物を選ぶ基準がそっちに寄ってるだけで、犬とかはただの父性というか人の本能というか・・・」



そうは言うものの、提督はあまり男性らしいデザインを好まない。実際彼の私室は単調な白と黒で統一された現代風のインテリアではなく、暖色に富んだ柔らかな風合いの部屋であり、それを知っている身としてはそうやって誤魔化すように言う彼がなんだか可愛く思えた。



提督「扶桑さん、どうかしたの?」



こちらが笑ったことに不信感を感じてしまったのかもしれない、このままシラを切るのもありだが山城に負けないためにもここはほんの少し踏み込んでみることにした。



扶桑「いいえ…でも、そうやって隠さずともちゃんとわかっています。」



扶桑「提督の…そういう所も私は好きですから。」



少し勇気を出してそう言うと、案の定彼が照れた。自分からは素直に気持ちをぶつけてくるくせに ぶつけられるのはどうも苦手らしい。



感謝の意を示そうとしていたが、今は少し無理だったらしい。代わりに繋いだ手をしっかりと握り直してくれた。





そろそろ帰ろうかという提督の提案には、少し名残惜しい感じがしたが素直に了承した。あまり長くいても山城に勘付かれる(多分既に気付いている)だろうし、大丈夫とは言っていても提督はちゃんと休ませなければならない。それに山城が今晩の夕食は提督のために自分が作ると言っていたので、姉として任せっきりにはできない。



出口まで一緒に歩いていると、提督は何かを思い出したかのような表情をして立ち止まった。



提督「扶桑さん、悪いけどそこで座って待っててもらえるかな?」



すぐ近くに据えられているベンチを指差して彼はそう言った。



扶桑「どうかなさいましたか?何か忘れ物でもございましたか?」



提督「忘れ物というかなんというか・・・ちょっと買い忘れた物があったんだ。」



扶桑「そういうことでしたら私もご一緒しますけど?」



提督「いや、すぐに戻ってくるからそれには及ばないよ。」



扶桑「ですが…」



できることなら彼と離れたくなかったので、どうにか連れて行ってくれるように交渉する。だが彼は断固として頷いてはくれず、すぐに戻るからと言ってさっさと行ってしまった。



仕方ないので黙ってベンチで待機することにした。本当は追いかけて行きたかったが、彼の姿はすぐに見えなくなってしまったため、追いかけてこちらが迷子にでもなってしまったら大変な迷惑をかけてしまう。




ふと正面のショーウィンドウを見ると、丁度真向かいの位置にウェディングドレスが展示されていた。



女性「いいなぁ…ねぇ、私もこういうのが着てみたい!」



男性「いいんじゃないか?お前なら絶対似合う、間違いない・・・でも、親父が和式じゃないと認めないってうるさくてなぁ…今時頭堅すぎだっつの。」



女性「あぁ…いかにも古きを大事にするって感じの人だもんね〜。」



男性「あれはもう脳ミソが平成元年以降からついて行けてないんだよ…」



女性「あはは・・・う〜ん、でも白無垢も悪くないよね。いかにも大和撫子って感じがして素敵!」



男性「元バスケ少女が大和撫子か。」



女性「別にいいじゃん〜今も昔もお淑やかです〜。読書大好きで〜す。」



男性「悪い悪い、そこで甘いの奢るから機嫌なおしてくれよ。」



女性「本当!?やった〜!」



もうじき結婚するのだろうか、通りかかったカップルの会話がこちらに聞こえてきた。



扶桑 (ドレス・・・提督はどちらがお好きなのかしら…)



白無垢か、ウェディングドレスか。どちらの姿を彼は見たいと思うのだろうか。



個人的には結婚式は和式で執り行いたいと思うが、誓いのキスや指輪の交換というのもやはり捨てがたい。両方やってみたいと言ったら彼は承諾してくれるだろうか。



だが、もしそれが無理であろうとも彼が望む姿がいい。彼が喜んでくれるなら、それは自分にとっても幸せであることに変わりない。




だが、ここまできて自分の考えが酷く先走ったものであることに気付いてしまった。そのようなことは、まだまだ遠い先の話でしかないのだ。




提督に思いを告げて以来、関係は飛躍的に進んだ。食卓を共に囲むことも最近では普通になってきているし、暇さえあれば山城と三人で一緒に過ごしたりする。



だがいま現在、関係はそこから先へ進む気配を見せない。



提督が自分達姉妹を愛してくれていることは何となく伝わってくる。だが正直な話、本当にそうかと強く言われたら答えられる自信はないだろう。彼がどんな考えを持っているかなど、口に出して言ってもらわない限り自分には根拠の薄い憶測でしか推し量れないのだ。



山城のこともある。彼の前では平然として態度を崩さずにいるが、時折とても不安そうな顔をすることがあった。自分達で許したこととは言え、叢雲に先を越されたことへの焦りもあるのだろう。お付き合いをしていることにはなっているが、漠然としたそこから先の未来に対して大きな不安感を抱いているのは痛いほど伝わってきた。



扶桑 (いけない、こんな事ばかり考えてたら提督に失礼よ。もしかしたら、提督だって悩んで苦しんでるのかもしれないのに…)



だが、一度暗く陰ってしまった心はそれすらも自分の自惚れだと嘲笑った。





もしも、既に自分が勇気を出して提督と話し合っていたら。あるいはただひたすら彼を信じていられたら…



自分の存在を呪わせようとする悪意に気付けたのかもしれない。





ーーーーーーーーー






提督「はぁ…はぁ… 」



提督「何でだ、何処にもいない。」



買い忘れた物を買ってすぐ扶桑の待つベンチに戻ってきたのだが、肝心の彼女が何処にも見当たらなかった。



彼女が持っていた紙袋がベンチに取り残されていたので、トイレに行っているのではないかと思い待っていたが20分しても戻って来なかったので何かあったのではないかと一先ずモール内をしらみ潰しに探したが見つからない。



まさかと思い迷子センターに駆け込むもいるはずがなく、父親と勘違いした幼女に拘束されてしまった。



お手洗いに籠っている可能性も考えてひとの良さそうな女性に頼み込んで探してもらったがそれでもやはり見つからなかった。



提督「怒らせちまったかな…」



一緒に来たがる彼女を無理矢理振りほどいて行ってしまったのだ、怒って先に帰ってしまったということだって有り得る。だが、買った商品を放り投げるような不用心なことを彼女がするとも思えなくて車に向かうのを見送った。戻れば待っていてくれていると信じたいが、こういう時の彼女の不幸体質を思えばそれは甘い考えだとすぐ気付く。



提督「あ、そうだ携帯。扶桑さん持ってなかったか?」



普段使っているところなど見たことがないが、もしもの時のために山城が少し型の古い携帯電話を持たせていたはずである。



提督「繋がるといいんだが・・・」



祈るような思いで番号を打ち込む。登録していなかったおかげで酷くストレスを感じた。



提督「・・・」



提督「・・・くそっ、ダメか。」



ワンコールも鳴らずにおかけになった(ryというあの忌々しいフレーズが流れて来た。こんな時だからか機械的な声にいつもより無性に腹が立つ。



提督「しかし、滅多に使わない扶桑さんがバッテリー切らすとは思えないし・・・」



彼女のことだ、何かあった時のためにという言葉に従い律儀にもマメな充電を心がけているはずである。



提督「・・・ん?」



考えるついでに足元を見ると、ベンチの下に妙に細長い紐が落ちていた。ゴミとも思えない色をしていたので、誰かの落し物ではないかと思い拾い上げる。



提督「ネックレスかな・・・おっと。」

チャラッ



抜けて落ちそうになった金属の飾りをすんでのところで受け止める。





受け止めて、言葉を無くした。



提督「なんで、扶桑さんのが…」



山城にもらったと言ってとても嬉しそうにしていたペンダントだった。花を模した飾りが抜け落ちたのは紐が留め具とは関係ない場所で切れていたからだろう、先端に強い力で引きちぎるられたような痕がある。



提督「くそっ・・・!」



彼女が見つからない訳を今ようやく理解した。そして彼女をこんなところに置き去りにした自分を心から恥じた、冗談抜きで彼女の元には常に自分がいてやらないとだめだったのだ。



だが悔いたところで彼女は戻って来やしない、一刻も早く連れ戻すべく頭で考える時間さえ惜しんで提督は走り出した。





ーーーーーーーーー




気がつけば、見覚えのない所にいた。



正確には見覚えがないというよりかは、今自分がいるのが何処かすらもわからない程に光の無い場所で、目視による判断材料を奪われているために知っているかもどうかもわからないのでそう言うしかなかった。



だが、ここまで暗く辺りに肌を刺すような冷気が立ち込める場所は一度も来たことがないはずなので見覚えがないと言っても別に間違いではないはずだ。



扶桑 (ん、動けない…口も布が巻いてあって上手く声が出せない…)



冷えて固くなっただけだと思っていた手足には縄のような物が結わえられており、多少もがけるくらいの行動の自由しか無かった。



扶桑 (・・・痛っ)



どうにか身体を起こそうと前屈しようとすると、鳩尾の辺りに鋭い痛みが走った。打撲のそれとよく似通った痛みに、頭が冷たい暗闇の中で縛られる前の出来事を思い出した。



扶桑 (そうだわ、提督を待っている時に急に襲われてそれで…)



重鈍な痛みは殴られて気絶させられた時のものだろう、必死に抵抗しようとしていた時にやられた記憶が、頭の隅に若干残っていた。



扶桑 (私、攫われてしまったのね・・・)



海に出なければ安全な鎮守府でのうのうと生きている自分には無縁のことと思っていたので、今更ながら自分の置かれてる状況を自覚して恐怖を覚え始めてきた。



扶桑 (怖い、寒い…)



扶桑 (一体、私はどうなってしまうの…?)



扶桑 (ここから出たい、提督に会いたい…)



目を開けているのに髪の毛程の光でさえ網膜に届かないという未だかつて経験したことのない未知の感覚、動かしたいのに動かせない手足のもどかしさ、次から次へと容赦することを知らず体温を奪う冷気が一丸となって心を侵そうと、傷ついた精神を意地悪くねぶる。



恐怖に脳が侵され心が壊れていく感覚にとうとう我慢出来ず、嗚咽をあげるが布に掻き消され間抜けな音を出すのみだ。



??『おいるっせえぞ!!静かにできねえのか!!』



ガァン!!



外から野卑な野太い声がしたかと思うと、自分のいる空間に大きな振動が起こった。



扶桑 (何、何があったの…?)



聞いたことの無いほど乱暴な男の声に喉が金縛りにあう。それと同時に、先とは違う恐怖が心に巣喰い始めた。



??『そんなかっかすんなよ。こんな所に閉じ込めたらそりゃどんな女だって泣き叫ぶっつの。』



??『はん、俺はぴーぴー煩く喚かれるのが死ぬほど嫌いなんだよ、耳障りだ!胸糞悪い!』



??『勘弁してくれよ、この女が良いって言ったのはお前だろ。』



??『お前が手加減するから起きたんだろ!俺にやらせりゃ良かったものを!』



??『お前にやらせたら内臓破裂して死んじまうだろ、お前みたいなデブと一緒に仲良く逃亡生活なんて俺は御免だね。』



??『んだと!?』



??『はいはい、一々間に受けない。日々脳筋のお前に愚痴のはけ口にされながら上手いこと計画立ててやってんだから、こっちにも言い返す権利ぐらい寄越せっての。』




すぐ近くからそのような男達の会話が聞こえてきた。もしかすると、今自分がいるのは大きな箱の中なのかもしれない。先ほどの衝撃が蹴りによるものだとすれば納得がいった。



扶桑 (はっ、そうじゃなくてそういう事を考えている場合ではなくて・・・)



他に考えることがあるだろうと、混乱しっぱなしの頭であれこれ考えようと努力するが、その前に先ほどの推測が裏付けされてしまう時がきた。



扶桑 (うっ、眩しい…)



??「これはこれはお目覚めでしたか?」



闇に慣れた目にはいささか攻撃的に感じられる光が入ってきたかと思うと、若い男が下卑た笑いを浮かべて自分の顔を覗き込んできた。



??「だいぶ困惑してるみたいですね。でも、さっきの話聞いてたなら貴女が余程の馬鹿でない限り大体予想つくと思いますけど…」



扶桑「・・・」



人攫いA「俺たちは人攫い、特に貴女方艦娘専門です。扶桑型超弩級戦艦の扶桑さん。」



扶桑 (人攫い…)



しかも自分達艦娘だけをターゲットとしているという。扶桑には何故そのような事をするのかこの時は理解できなかったし、何故自分達なのかそれすらも理解できなかった。



人攫いA「まあ、いきなりそう言われても未経験かつ突然のことでしょう。心中お察しします。」



人攫いA「ですが、命や金品を奪うようなことはしないので取り敢えずは一旦ご安心していただきたい。でないとそこの馬鹿が貴女に何をするかわかったものじゃありませんから。」



人攫いB「てめえ、人が黙ってるのをいいことに随分と好き勝手言ってくれるじゃねえか。」



人攫いA「事実だろ、そのセリフを使って黙らせられるのは本当の聖人君子だけ。」



奥に大柄で厳つい顔をした男が座っていた。声が一致することから、先ほど扶桑に罵声を飛ばした者だろう。



人攫いA「あんな奴ですみませんがね、怒らせなければ大して害はありません。」



そんな情報を寄越してきたところで一向に安心などできやしないが、下手なことをして刺激するのだけは避けたいので大人しくしておくことにした。



人攫いA「さて、ずっと気になっているであろう貴女の今後についてですが・・・」



男がカバンからパソコンを取り出し、画面をこちらに向けてきた。



人攫いA「先ほどオークションに出品してみたところ、これが実に受けが良くてですね、今の所4億で買い取っていただけそうなのですよ。」



人攫いA「よくご贔屓にしていただいている豪商の方なのですが・・・」



そこから先の男の話は、頭に入ってこなかった。



自分が、売られる?



何故?



どうして私なんかを?



4億という大金を払ってまで?



人攫いA「おやおや、余計混乱させてしまったみたいで。」



人攫いB「お前の下品な顔にビビっちまったんだろ。」



人攫いA「自分を棚に上げてよく言えるなぁ〜・・・まあともかく、あと1時間もすればオークションの最終結果がでますのでそれまでここで大人しくしていてくださいね。」



そう言うと男は箱の蓋を閉め始めた。





人攫いA「どうぞ、最後の楽しい夢をお楽しみ下さい。」



扶桑「・・・!」




ギイイイ…



バタン




ーーーーーーーーーー




提督「ああもう、勢いだけでどうにかなるはずないだろ俺の阿呆・・・」



扶桑が誘拐に遭ったと高を括った提督は、一先ず町中の電波が届かなそうな場所や廃屋を探して走り回っていた。



勿論、扶桑の手荷物が扶桑の近くにあり尚且つその中に携帯が入っているという想定の上での判断なので根拠としては非常に弱い。



しかも、いくらここが港町で栄えているとしても電波が届かなそうな場所なんて数えるだけで半日かかりそうな程沢山ある。しかもその中から扶桑のいる場所を見事当てろと言われたって、例え鎮守府中の人員を使っても捜索にかかる時間は1日や2日では済まないだろう。



提督「クソ、黙ってあのまま帰っていたら・・・」



考えたところで仕方のない後悔が次から次へと湧き出て頭の中を占領する。正直泣き出してしまいたいくらいだったが、そうやっている暇などあるわけも無いし、今頃扶桑はもっと辛い目にあっているのだ。



自分がしっかりしないで誰が彼女を救う。



チロリ〜ン♪



提督「ん、メールか?」



空気の読めない着信音に辟易としながらも、それが扶桑からのものではないかと思ってしまい、慌てて確認する。



提督「・・・なんだ、扶桑さんからじゃなかったか。」



送り主の名も見覚えがない、だとすればイタズラの類だろう。



提督「今はそんなのに付き合っている暇は・・・」



チロリ〜ン♪



またまた着信音だ。



『お困りですか?』



提督「まるでわかってるみたいだなおい。」



チロリ〜ン♪



提督「またか!いい加減にしろよ!」



加速した苛立ちに任せて端末をフロントガラスに叩きつけてやろうとしたが、チラリと見えた画面に書かれた言葉が、それを阻止した。



そして、次々と送られてくるメールから目が離せなくなった。




ーーーーーーーーーー







男達はもう何処かへ行っていた。身体が自由ならこの隙に逃げてしまいたかったが、どうにもならない。



暴れて箱をひっくり返すことができれば、箱の外に出ることは可能かもしれない。だが今いる建物の外に出られる保証は無いし、音で男達が気づかないなんて奇跡的な事もあり得るはずがない。



扶桑 (提督は、来られないわよね…)



無論助けてくれるとは信じている。自分にその価値があると自惚れているわけではない。彼はどれだけ無理かろうが無茶だろうが、それらを自分の身体が朽ち果てても全部積み重ねようとする人だ。自分を助けるためなら散弾銃を喰らっても、息をしている限り立ち上がろうとするだろう。



だが、そんな彼がもし自分を救うことができなかったら。彼の絶望は底知れないものとなり、一生癒すことのできない大きな傷跡を残すだろう。



扶桑「ごめんなさい…私の所為で…」



自分が艦娘でなければ、こんなことにはならなかっただろう。自分と姿形、名前が同じ者は世界中に何千何万といる、故に艦娘だと特定することも容易い。



海の上では敵無し、前に一度提督にそう言って褒めていただいたが、今思うと呪われた自分に相応しい言葉だ。



海の上では、つまり陸の上ではただの役立たずということだ。そして、提督は海の上で生きてなどいない。提督と違う世界で強くなれた所で何になると言うのだろうか、愛する者を護れず迷惑をかけるだけの自分など彼にとって何のプラスにもならないではないか。



陸に上がった途端ただの女性と何ら変わり無くなり、それだと言うのに人々から指を指され、蔑まれ、恐れられ、距離を置かれる。提督だって普通の人間の女性と一緒の方がどれ程楽だろう。これではいつ疲れたと言われるかわからない。



際限なく溢れてくる水は、悲観や悔しさ、悲しみをたたえて箱をいっぱいにしようと流れ続けたが、いつまで経っても底に水が張ることはなかった。




ーーーーーーーー




人攫いA「見ろよ、あんな地味な奴なのにまだ値段上がってるぜ。」



中身の確認をしてから40分、価格は今や5億に到達しそうな勢いで上昇中だ。過去最高額が7億なので少しばかり物足りないが、それでも美味しいことには変わりない。



人攫いB「売れんなら別に1億でもいい、そんなの一々眺めてないで最後にすりゃいいだろ。」



人攫いA「あ、じゃあ今回のお前の取り分1億な。」



人攫いB「んなこと言ったわけじゃねえだろ!」



人攫いA「はいはい分かってる。ほんと、一々突っかかるのやめた方がいいって。」



つくづくジョークの通じない男だ、脳筋過ぎて軽口を楽しめるだけの余裕がある思考回路がこのゴリラには無いらしい。



人攫いB「にしたって、よくここが見つからねえもんだな。サツが本気出したら速攻でバレちまうだろうに。」



人攫いA「ま〜たまたお前って奴は…」



もう毎度のことだがいい加減その疑問に答えるのも飽きてきた。だが、馬鹿のひとつ覚えみたいに根気強く教え込めばそのうち覚えてくれることを信じて改めて教えて差し上げることにした。



人攫いA「艦娘ってのはよ、鎮守府から出たらチンケな人権しか持ち合わせてないわけ。だから俺たちがこうして攫ったところでサツは動かない。いくらこんなワンパターンな廃墟だろうが、サツの力無しで捜索するとなると艦娘使わない限り到底見つけれません。」



人攫いB「じゃあなんで艦娘使って探させねんだよ。提督とかってのはそんなこともわかんねえ馬鹿ばっかりか?」



人攫いA「そりゃまた攫われたら敵わないからだろーが。鴨にネギ添えるアホがどこにいんだよ。」



まあ、実際は添えられたネギをもらっていく様なことはしない。下手に利益ばかり追求するのは素人のやることだ。



人攫いB「あーじゃあお前が毎回指輪がどうのって言ってるのは?」



物覚えも悪いくせに質問だけはポンポン出てくる。だが、この疑問関しては今回が初登場だ、案外努力の成果が出始めてくれているのかもしれない。



人攫いA「人権があまり無いって言ったって例外はある。直属の上司が付き添いで同伴している場合。あるいは艦娘の上官との間に特別な絆がある場合…ケッコンカッコカリなんて言われているらしいけど、まあ結婚の真似みたいなやつ。それをした艦娘は例外的に、それを証明する証拠となる物、指輪を付けている場合に限り俺らと同程度の人権が認められる。つまりサツに通報できるし、俺たちを裁くこともできる。」



人攫いA「逆に言えば、指輪さえしてなけりゃサツに通報されることも無し、バレたところで何もお咎め無しってわけだ。それに、指輪無い方が高く売れる。」



人攫いB「はぁ〜ん、成る程な。」



いつも通りの返事が返って来た。これは次回も同様の疑問が返ってくるぱたーんに間違いない、絶対理解していない顔をしていた。



まあこちらとしても正直細かいことはどうでも良い。ただ単に法に引っかからないかつ売れればそれでいいのだ。



まあ、かと言って何も考えずに法の隙間を掻い潜るのは無理な話なので一応法文は全部丸暗記して艦娘がらみの犯罪は一通り全て網羅してある。おかげでガキの頃からは想像もつかないほど姑息な人間になったものだ。人間性として比べるならそこのゴリラの方がマシだろう。



人攫いA「こんなクズに良いようにされる艦娘ってマジで不幸だよな。本当、ドンマイとしか言いようがないわ。」



人攫いB「あ?なんか言ったか?」



人攫いA「なんでも無いよ。さて、俺は梱包の前にちょいとお遊戯の時間だ。」



人攫いB「見境ねえサルだな。」



人攫いA「お前も混じれば良いのに、美女とヤレる機会なんて普通の生活してたら絶対ねえぞ。」



人攫いB「ギャーギャー喚かれると萎えるんだよ、腹も立つ。」



人攫いA「そこがまた良いんじゃねえか、ツボったらかなりハマるぞ?」



人攫いB「勝手にやってろ、俺は寝る。」



人攫いA「ったく、勿体無い。」



だがこれも毎度のことなので放っておく。まあよくよく考えればこんなゴリラが一緒にいるとそっちの方が萎えるので有り難く勝手にさせてもらうことにした。




ーーーーーーーーー




瞼に眩しい光を感じて目を開けた。痛いほどに光が強く見えるのは箱の中の暗闇に慣れたせいか、それともいつの間に眠っていたせいか。だがそんなことは今はどうでも良かった、先ほどやらしい目でこちらを見下ろしていた男が嫌な予感を伴って立っていたからだ。



人攫いA「お待たせしました、全くもって嬉しくないでしょうが5億1千万で落札されましたよ。いやあ素晴らしい、これも貴女の持つ魅力のなせる技ですね。」



これ程までに嬉しくない賛辞を送られたのは初めてだ。不愉快を通り越して吐き気がする。



人攫いA「まあそんなことは置いておくとして、貴女の新しい主人となる方のことなのですがね。一つ言い忘れてました。」



主など提督一人で十分である。聞く気にもならなかったので無視を決め込むことにしたが、男の一言は聞き捨てるにはあまりにも衝撃が強すぎた。




人攫いA「どうも処女がお嫌いらしく、ある程度性行為に慣れた方でないとご満足いただけないのでありまして、只今から身体検査をさせていただきますね。貴女が既に経験済みなのか確かめないと。」




扶桑「・・・!!」



つまりは自分を犯そうというのだ、未だかつて誰にも触れられていないこの身体を。提督に捧げるはずだったこの肢体を。



動揺で混乱するも、男はそれに構わず箱から自分を引っ張り出すと冷たい床に転がし、無遠慮に乱暴にその手を伸ばして来た。



扶桑「ンム!ンンン!!」



人攫いA「そんなに怯えなくとも、今はちょっと確かめるだけですよ。まあ、処女であると確かめられたらそれなりの対応をさせていただきますがね。」



暴力的かつ強引な男の手は優男のような見た目に反して力強く、鈍い痛みを伴って足を拘束した。



そしてなんの躊躇いも無くスカートの中に手を伸ばし、股間をまさぐり始めた。



扶桑 (いや…!こんなこと…!)



全身に鳥肌が立つ程に気味の悪い指の感触から逃れようと必死にもがくが、逃れられない。



やがて男の指が下着の下に潜り込むとまるで秘部の形を確かめるかのようにねっとりと這わせてきた。



扶桑「ンン!ンー!!」



人攫いA「うん、いい暴れぶり。物凄くそそられますよ。」



やがてただ触るのに飽きたのか今度は指が膣の入り口を探し始める。



扶桑 (ダメ!それだけはダメ!)



声に出すことの出来ない思いはやはり男に届くはすがない、入り口を見つけた指は迷うことなく中に入り込もうと伸びてきていた。



扶桑 (いや…お願い提督、助けて!)



だが、既に入りかけていた指は無慈悲に無理矢理根元までねじ込まれた。針で貫かれたような痛みが脳に達すると涙腺から涙が溢れ出た。




人攫いA「おっとこれは失礼、あまりに興奮したものですからつい調子に乗ってしまいました。処女の貴女にはさぞ痛かったことでしょう。」



何が痛かったことでしょうだ、どれ程の苦痛かも知らないで、そうやって今まで何人も同じような目に遭わせてきた男がよく言ったものだ。



慣れた事のように指についた血液を舐めとった男をあらん限りの憎悪を持って睨め付けた。



人攫いA「あはは、すごい顔。何なら抵抗してみます?言っておきますが、そうやって反抗的になられると逆に燃えるタイプなんで。」



そう言うと、毟り取られのでは無いかと思うほど強く髪を引っ掴まれ、そのまま床に頭部を押し付けられた。



人攫いA「それでは始めましょうか、貴女が処女だってわかったことですし。何、すぐに良くしてあげますよ。」



また涙が溢れてきた、頭部の痛みではない。こんな男に良いようにされて何も出来ない自分が悔しかった。この理不尽から今すぐにでも逃げたかった。



だが、その時聞こえたドアが激しく開かれた音に、最後の最後まで心を支えていた糸までが切られてしまった。



バン!!



人攫いB「おい、お楽しみの所悪いが客だ。」



人攫いA「はぁ、馬鹿でも馬鹿なりに空気読んだらどう?」



人攫いA「・・・って、それ何ぶら下げてんの?」



人攫いB「『ふそう』を返せだの何だの言ってたった1人で殴りこんできた馬鹿をつかまえてきた。」



人攫いA「1人で!?またまたとんでもない馬鹿がいたもんだねぇ!?」



扶桑 (提督…!)



襟を掴まれてグッタリとしている上に濡れた髪が顔を隠してよく見えないが、彼の服には見覚えがあった。あれが提督なのは間違いないだろう。



人攫いA「んーと…ああそうか、この人提督か。なるほど、囚われの身の彼女を取り返しに来たってわけだ。またまた随分とヒーロー気取りだこと。」



人攫いB「で、どうすんだよ。」



人攫いA「そうだなぁ、折角だからその勇気に免じて感動の再会でもさせてやろうか。」



人攫いB「んなことして良いのかよ。」



人攫いA「んまあ、最後の思い出作り?ほら、こう言うのってベタだけど感動的じゃんか?」



人攫いB「知るかんなこと。まあいい、ほら、お前のヒーロー様だ。」



為すがままに宙に放り投げられた提督の体は、すぐ近くまで転がってきた。どうにか身体を起こして依然として動かない彼にすがる。顔に口元を近づけ、目を覚ますよう必死に訴えかけた。



扶桑 (提督!起きて下さい!提督!)



耳に届かせたい声は全てみっともない鼻声に変わったが、それでも構わず叫び続けた。




人攫いA「あれあれ、折角お姫様が近くにいるってのに起きないな。まさか殺した?」



人攫いB「さあ、一回殴ったら壁に頭ぶつけて倒れたから知らねえ。」



人攫いA「死んでたらどうすんだよ、折角の感動的シーンが台無しじゃないか。」



人攫いB「じゃあ無視してれば良かったのかよ。」



人攫いA「絶望→ほんのちょっとの希望→またまた絶望ってのが1番好きなシナリオなんだよ。」



人攫いB「ああそうかい、勝手に言ってろ。まあ死んでたら燃やして骨の一本でも持たせときゃいいだろ。」



人攫いA「あ、それ悪くない。じゃあそうするか。」



扶桑 (提督が死ぬわけない…死んだなんてそんなはずない…だって提督は…)



鼓動を聞けばそれで簡単に分かることだったが、この時は提督の声が聞きたいただその一心だった。大丈夫と、安心しろと言って欲しかった。



提督「扶桑、さん・・・」



扶桑 (提督!)



気がつけば、ほんの少しだけ空いた目がこちらを見つめていた。



提督「ごめん、ちゃんと見ていてやれなくて・・・」



扶桑 (違う、元はと言えば私が…)

ブンブン



提督「艦娘を外に連れて行くなら…上官にはちゃんと見てないといけない義務があんだよ…だから俺が悪い・・・」



提督「おまけに助けようと思ったらこのザマだ…山城に会わせる顔が無い・・・」



提督「これ…もらってくれ…少し想定してた時期と違うけど・・・」



そう言った提督は大儀そうにポケットから小さな箱を取り出すと自分のポケットにそれを突っ込んだ。



提督「待たせてごめんな…うっ」



その次の言葉を言う前に、再び提督の襟が掴まれ、引き離されてしまった。



人攫いA「申し訳ないですけど、そこまで。僕らだって暇じゃないんで。」



提督「てめぇら、後で死ぬ程後悔させてやるからな…」



人攫いA「その無様な格好じゃただの負け犬の遠吠えにしか聞こえないのは置いておいて、今の貴方の立場考えたほうがいいんじゃありませんかね。」



人攫いA「僕らは勝手に外を出歩いている不良艦娘を『捕獲』しただけ。それなのに貴方は不法侵入及びに僕のパートナーへの暴行未遂だ。僕らの方が有利なのは自明でしょう?」



扶桑 (そんな…!)



人攫いA「まあいいでしょう、ここを単身で見つけたその功績に免じて通報はしないでおいてあげますよ、そこで艦娘が犯されるのを黙って見物しながら僕らに死ぬ程後悔させられる手段でも考えているとよろしいかと。」



まともに体が動かない提督は、そのまま床に殴り捨てられて叩きつけられた。



提督「ぐっ…!」



扶桑 (提督!)



すぐにでも駆け寄ろうとしたが、その前に両手を掴まれて再び寝せられた。



人攫いA「さて、とんだ邪魔が入りましたが続きといきましょうか。素敵なギャラリーもいることですし。」



そう言うと、今度は胸を鷲掴みにして弄び始めた。指が深く食い込むほどに掴まれ、ちぎられそうな程に引っ張られ、潰れるのではないかと思うほどに両手で押され、まるで物が壊れるのを学習していない赤子がするように乱暴に扱われた。



男は始終嗤っていた。楽しくて仕方ないとでも言いたげだった。



人攫いA「そうだ、どうせ着替えるのですから、この服取っ払ってしまいましょうか。」



そう言うと、どこから取り出したのかわからない長く狂気に満ちた形をした裁ちバサミを持って刃先を広げた。



人攫いA「動かないでくださいよ、動いたら不器用な僕はどんな傷を付けるかわかりませんから。」



扶桑「ンン!!ンー!」





??「そこまでだ、お前の方こそ動くなよ。」



人攫いA「ああ?今度は何だって・・・」




後ろを振り向いた男の声が途中で止まった。目線に従って男の背後を見やると、どこかで見たような緑色の軍服姿が見えた。男は額に何かを突き付けられているようだ。



人攫いA「何で憲兵が此処に…」



憲兵部隊長

「決まり文句は結構だ、両手を上げてゆっくりと立て。」



人攫いA「ちょっと待って下さいよ、僕には銃を向けられる言われなんて…」



憲兵部隊長「立て」



シンプルながらも、従わないなら撃つと後に続きそうな有無を言わせないその二文字に、男は黙って従った。



憲兵部隊長

「貴様ら2人を艦娘誘拐の容疑で逮捕する。」



人攫いA「言いがかりだ!そんなもの!僕らは脱走した艦娘の捕獲をしただけだ!」



憲兵部隊長

「我々はその真偽を確かめに来たわけではない、指輪を所持した艦娘が何者かに攫われたと、とある方から通報を受けて誘拐された艦娘及び犯人の捜索に来たのだ。」



人攫いA「だからそれが言いがかりだって、あれは指輪なんてしていない!」



憲兵部隊長

「ほう・・・おい、彼女が指輪を持っていないか確かめてくれるか?」



憲兵部隊副長

「はっ!わかりました。」



憲兵部隊長

「ああ、それと拘束を解くのも頼む。そこの、倒れられている提督殿を。」



部隊員「はっ!誰か担架を持って来てくれ!」



指示された若い副長が来て、縛られていた手足と猿轡を解いてくれた。ずっと手首を後ろで固定されていたせいか肩まわりが痛んだ。



憲兵部隊副長

「失礼、指を確認させていただきます・・・」



扶桑「え、でも私指輪なんて・・・」



憲兵部隊副長

「お持ちではありませんか?」



扶桑「はい…」



人攫いA「ほら、言った通りでしょう?」



助けてもらっておいて申し訳ない気持ちでいっぱいだが、指輪を持っていないのは事実だ。



憲兵部隊長

「・・・貴方のポケットに入っている物は何かな?小さい箱のようにお見受けするが。」



扶桑「ポケット…?」



確か提督が先程何かを入れたような気がしたが、それどころではなかったので気にも留めていなかった。でも、彼が態々尋ねるということは何かあるのかもしれない。試しに取り出して開けてみることにした。



パカ



扶桑「これ・・・」



小箱の中には、銀色に輝く小さな金属の輪が入っていた。所々にハートの意匠が施されており、美しく繊細なのにどこか可愛らしい。



憲兵部隊副長

「隊長、指輪をお持ちでした。」



憲兵部隊長

「ああ、御苦労・・・というわけだが、他に何か言いたい事はあるか?」



人攫いA「嘘だ!最初はそんなの持っていなかった!」



憲兵部隊長

「だが現に物はある、これが彼女の物でないと言える根拠はあるのか?」



人攫いA「だけど、初めから指にはめてなんていなかった!」



憲兵部隊長

「ふむ・・・副長、人型艦艇特殊法第6条に指輪を指にはめなければならないなどと書かれていたか?」



憲兵部隊副長

「いえ、着用の義務はありますが、指輪の所持、又はそれを証明することのできる物があればその者の人間的、普遍的人権を認めるとあります。」



憲兵部隊長

「その通りだ、まだまだ勉強不足だったようだな。」



その後も、人攫いの男は指輪着用の義務を果たしていないなどと言って食い下がったが、海軍の要人への暴行の疑い、既婚艦娘への性的暴行の疑いなど様々な容疑をかけられていく一方で、最終的には強制的に連行されて行った。もう1人の大柄な男は部隊長が問答を始めた時にはもう既に取り押さえられていたのだそうだ。



提督と扶桑に関しては、提督が倒れて病院へ搬送されたということもあり両者共に後日改めて事情徴収を受けるということになった。



病院送りとなった提督だが、後頭部を強打したせいで視覚に若干の異常が見られたが、安静にすればじき治るということで夜には鎮守府へと送り届けられた。




ーーーーーーーーー





憲兵部隊長

『犯人2名の身柄確保、並びに誘拐された艦娘の保護が完了しました。』



早霜「お疲れ様です…何かトラブルなどはありませんでしたか…?」



憲兵部隊長

『特には…強いて言うならば、誘拐された艦娘の配偶者であられる提督殿が犯人の1人から暴行を受け意識が朦朧としていたので、病院へ搬送したくらいでしょうか。』



早霜『そうですか・・・』



早霜「わかりました、そちらのことは後で自分で確認をしておきます…何はともあれ、態々お休みのところを駆り立たせてまで協力していただき感謝します…」



憲兵部隊長

『正直、次は無いことを願います。隊の者達も連日の出勤で疲労が溜まっておりますゆえ。』



早霜「お詫びと言っては何ですが、上層部に二、三日の休暇を申請しておきました…是非ゆっくりと羽を伸ばしてください…」



憲兵部隊長

『これは、ご厚意痛み入ります。』



早霜「お子さんにお父様をお借りしてごめんなさいとお伝えください…」



憲兵部隊長

『はは、軍法務官殿には敵いませんな。まあ親の仕事を理解してくれていますので、少し複雑ではありますがお気になさらずとも大丈夫です。』



早霜「いいえ、心の中では寂しい思いをしているはずです…沢山甘えさせてあげてください…」



憲兵部隊長

『案外そうされたいのはこちらだけかもしれませんがね、まあ久しぶりに父親するとしましょう。それでは本官はこれで失礼します。』



最後に礼を言って通話を切った。それと同時に肩の力が緩む。



早霜「・・・さて、私も少し休むとしましょうか…少しこんを詰め過ぎたみたい…」



筋張った肩を回す。どうやら相当凝っているようだ、油の切れた砲塔のように動きがぎこちなくなっている。バキバキと音もしそうだ。



立つと少しフラフラした、寝不足かもしれない。心なしか頭も痛む気がした。



布団に行くのも面倒だったのでソファーにそのまま体を投げ出す。夕飯の支度を忘れてしまったことを思い出したが、ここ最近はいつもそうなので別に気にしない。1日2食が当たり前で、1食なんて日もざらになってきてしまった。食材は十分にあるものの、作るのが面倒なのだ。



早霜「このままじゃダメね…司令官に見られたら大変…」



見たらきっと甲斐甲斐しく世話をしようとするに決まってる。今は大丈夫かもしれないが、そのうちまたひょっこり顔を出してくるかもしれない。それまでにはどうにかしておかなくては。



早霜「・・・」



早霜「お見舞い、行きたいな…」



下手にコンタクトを取ったせいで彼が恋しくなってしまった。本人は気付いていないかもしれないが、つい助けてしまったのだ。




偶然だった、偶々人身売買のサイトを監視していたら見知った顔が競りに出されていたのだ。気になって調べてみれば、教官の鎮守府の近くで捕らわれたとのことだった。



まさかと思い提督にメールをしてみたところ大当たり。ここの上にある鎮守府の扶桑だった。



普段であれば法に反していない限り見逃すのだが、彼の事を思うと流石にそれはできるはずもなかった。



だが実際はそこまで難しいことでもない。腕利きの技師に頼んで出品者のコンピューターの位置を特定してもらい、憲兵部隊を一つ借りて派遣する。それだけのことだ、多少なり小細工をしなくてはならないが、しなくともどうにでもなる。



早霜は今や軍の闇だけではなく、日本の闇を全て見ることが出来た。やろうと思えば日本から悪を完全に取り除くことも可能だ、ヒーローごっこではなく本物のヒーローになれるだろう。



だが、そんなことをすれば日本という小っぽけな国はいとも容易く滅ぶ。ヒーローが一転して悪に成り代わるわけだ。



だが、そんな下らないことに早霜は興味がない。除けない悪は利用するだけだ。



麻薬の密売、人身売買、賭博、人であればヤクザのグループ、暴力団、俗にいうブラック企業。それらを保護して、代わりに利益の一部を少しだけ貰い受けるのだ。



一部と言っても、日本全国ともなれば冗談のような金額が入ってくる。おかげで軍の懐は常にホカホカだ。



そうなれば軍も艦娘とて早霜の待遇を良くせねばならない。財布を握った早霜は軍法務官の地位を強請った。軍人の早霜がなるという異例の事にかなりもめたようだったが、早霜は予め準備して身につけた実力を見せつけて認めさせた。



ここまでくればもう何も怖くない、軍のためという大義のもと邪魔者は全て裁き、落として軍上層部の掃除をする。そして新たに入って来たのは皆早霜の息のかかった者ばかり、でも誰もそれが横暴だとは思わない。早霜の人選は的確だし、落とされた者は親の七光りの無能かヤジを飛ばすことしかできないブタだけだ。



上層部が風通しの良い場所になると、内政にも口を出した。民衆には飴を与えて支持をもらい、軍人には畏怖をもってして支配するように仕向けた。結果として軍の地位は確固たるものになり、より良い運営を可能にした。



もう早霜無くしては軍は立ち行かないのだ、骨抜きにされたに等しい。



早霜「皮肉よね…軍の法を司る者がこんな化け物の私なんて…」



だが、そんな化け物になってまで成し遂げたいことがあった。それこそ艦娘として生まれる前、いや、そのもっと前から。




ーーーーーーーー






目が覚めたが、瞼は開かれることを許されていなかった。医者に念のためと巻かれた眼帯代わりの包帯がそれをさせないのだろう。



体の感覚的には随分と時間が経ったような気がするが、こうも真っ暗では時間など推し量ることもできない。だが何はともあれ意識はある、それが少し驚きを与えたと共に安心感も感じさせた。



ふと気づけば、廊下を誰かが歩く音が聞こえた。普段なら気づかなかっただろう、絨毯を踏みしめるくぐもった独特な小さな音を鼓膜が拾った。



やがて足音はこちらに近づいた後一瞬止まり、ガラガラと引き戸を開けた。



扶桑「失礼します…」



なるだけ小さいボリュームで掛けられた声は、今の耳では拾うのに苦労しない。だが何故だろうか、つい先ほど聞いたばかりのようで随分と聞いていなかったような懐かしい感じもする。



提督「扶桑さん?」



扶桑「はい…起きてらしたんですね。」



提督「ついさっき目が覚めたところ。」



扶桑「そうでしたか…お身体は大丈夫ですか?何処か痛むところはありませんか?」



提督「大丈夫、今の所何も異常は無いみたいだ。目はまだわからないけど。」



扶桑「そうですか、良かった…」



随分と心配してくれていたのだろう、柔らかい溜息が聞こえて来た。目が見えないが、寝たままでは失礼だろうと起き上がる。少し背中が痛んだが、先程大丈夫と言ったばかりなので声には出さない。



提督「・・・いつまでも立ってるのは疲れるだろ、ここに座っていいぞ。」



少しずれて扶桑が座れるスペースを作る。扶桑は素直にそこに腰掛け、遠慮がちに体を預けてきた。



扶桑「いい、ですか…?」



提督「もちろん。」



頷いてやると、今度は甘えるように上半身をもたれ掛けて来た。丁度誰かの熱が欲しかったところなのでこれは素直に嬉しかった。



扶桑「提督…」



提督「ん?」



扶桑「お願い、一つだけいいですか?」



提督「ああ、俺にできることなら。」



扶桑「・・・」



扶桑「私を、抱いてください…」



びっくりしなかったと言えば嘘だ、下手をすればベッドから転げ落ちていたかもしれない。



提督「な、なんで急にそんなことを…」



扶桑「・・・」



扶桑「上書き、して欲しくて…」



扶桑「捕まってる時、沢山触られて…」



扶桑「提督以外に触られたくない所まで…」



彼女の声は、今にも泣きそうだった。恐怖、悲しみ、謝意、どれかは判別がつかないが、このままにしてはおけない。そっと彼女の顔をこちらに向かせると、その柔らかな唇に優しく接吻した。



提督「・・・眼帯、取ってくれるか?見えないと出来ないし、扶桑さんの顔が見たい。」



扶桑「はい…」



両目を覆っていた眼帯を取ってもらうと、すぐにここは医務室だと気付いた。臭いでなんとなくはわかっていたが、やはり目で見ないと実感はわかないものだ。



夜遅くにこんな所で交わることに少々罪悪感を覚えたが、構わず彼女を押し倒して恥じらう彼女の服を少しずつ脱がせた。



提督「扶桑さんの肌、綺麗だよ。」



扶桑「殿方に見せるのは、提督が初めてです…」



下着で隠されてはいても生唾を飲み込まずにはいられない豊かな乳房。露わになった無防備な鎖骨。肩からうなじにかけての艶かしいライン。指を這わせたくなる脇腹と腰の見事なS字カーブ。可愛らしいヘソの付いた滑らかな腹部。意識しなくても愛撫したくなるような臀部。どこを取っても魅力しか感じられず、少しでも制御が外れれば心の中の獣が理性と名のついた檻を食い破ってしまいそうだった。



扶桑「あの、提督…あまり見られると恥ずかしい…」



提督「あ、ああすまない。つい見惚れてしまった。」



ついでにこちらも脱いで欲しいと言うので、大慌てで服を脱ぐ。勢い余って下着にまで手を掛けてしまったが、すんてのところで抑える。



提督「えっと…情けない話なんだが、どうすればいい?」



扶桑「自由にしていただいて構いません…提督の、好きなようにしてください…」



言われるままに、自分が望むように扶桑の体に愛を注いだ。扶桑もその全てを受け入れ、いつしか2人は体を重ね合わせていた。




ーーーーーーーー




情事が済むと、2人は背中合わせにしてベッドの上に座っていた。服は着たものの、照れからどんな顔をして向き合えばいいのかわからなかったのだ。



提督「・・・あのさ、扶桑さん。」



扶桑「何でしょうか…」



提督「指輪、気に入ったか?」



扶桑「ええ、もちろんです…とても素敵で、可愛らしくて、本当に嬉しかった…」



扶桑「本当はそのこともお礼をしようと思って来たんです…」



提督「そっか、そんなに喜んでくれたんだな…」



扶桑「はい・・・でも、」



扶桑「私、本当にいただいて良いのでしょうか?」



提督「それは、俺とじゃ嫌だってことか…?」



扶桑「いえ!そんなことは!・・・ただ」



扶桑「私、何で艦娘なのかなって…」



扶桑「私が艦娘でなかったら、提督の手を煩わせることも無かったでしょうし…」



扶桑「私が艦娘でなければ、提督はもっと自由に生きられたはずですし…」



扶桑「何より私が艦娘でなければ…もっと提督と普通の恋をして、普通の生活を送って、普通に子供を育てて…」



提督「もう止めてくれ扶桑さん、それ以上言うな…」

ギュッ



自らの存在を否定し、自らを呪うようなその彼女のセリフは、聞くに耐えないほど悲痛な思いが織り交ぜられていた。



提督「止めてくれ、そうやって自分を壊すなよ。奴らに何言われたか俺は知らないけど、あんな奴らの言葉で自分を否定するようにならないでくれ…」



提督「たとえ扶桑さん、山城や叢雲が艦娘だって俺が好きになったのは変わらないし、そんな3人に俺は惚れたんだ。」



提督「たとえそれで大変な目に遭ってもそれは仕方ない、3人が普通の人だって同じくらい大変な目に遭うはずだ。」



提督「たとえ俺たちの行く末が不幸でも・・・」





提督「俺はずっと3人のことが大好きで、愛してるから。」



扶桑「提督…」

ポロ



提督「・・・指輪、持って来てるか?」



扶桑「はい…」



扶桑がとりだした箱を受け取り、中から今日彼女を護った銀の輪を取り出す。店のような過度の照明が無くても、月明かりを吸って眩いほどに輝いていた。



提督「婚約指輪…ケッコンは勿論近いうちにするけど、いつかちゃんとした結婚をしよう。」



扶桑「はい…!」



彼女の手を取り、細く華奢な指に輪をはめる。ちゃんと計らずに買ってしまったので、サイズが合わなかったらどうしようかと思ったが、きつくもなく緩くもなかったようだ。



扶桑「私…大切に、大切に、大切にします。」



提督「あはは…そこまで言われるとなんかムズムズするな。」



扶桑「でも私、本当に嬉しくて…ずっと不安だったから…」

ポロポロ



提督「待たせて悪かったな、2人のことも全然考えずにクリスマスにでも渡そうかなとか勝手に思ってたよ。」



扶桑「それは、流石に待たせ過ぎです…」



提督「はは、そうだよな。」



涙目でむくれる彼女が可愛くなってつい笑ってしまった。それに釣られて、彼女も笑顔になる。



提督「・・・不束者だけど、これからもよろしく。」



扶桑「こちらこそ、よろしくお願いします。」






後書き

大変お待たせして申し訳ありません。師走なのに長月の章を書いてた影乃でございます。

あまり色々書いている暇もありません故、後書き的なのは以上です。


作中の描写で不快な思いをされた方へ、この場をお借りしてお詫び申し上げます

ついでにちょっとメタい内容になっちゃったなと反省も

ついでのついでに、ここで少しだけ憲兵さんのお話を


この話の中に登場する憲兵さん、実はかなりすごい人達なんです。


警察の極々限られたエリートしかなれず、全国8部隊総勢81人しかおりません。元警察なのに全員が作戦中の自衛隊一個中隊を指揮することができ、銃の発砲を無制限で許可、更に部隊長には容疑をかけられた者をその場で裁く権限があります。

基本的にどんな事件でも請け負うことができますが、基本的に警察で事足りるので何でもかんでもやったりしません。主に警察が立ち入れない軍の問題、それも軍法会議ですら手に余る案件を処理しています。

ですが、一部隊につき一地方を任されているので毎日大忙し。今回は偶々運良くお休みだった部隊に早霜が依頼を出せたのです。(多分、お休みでなくても問題無かったと思いますが)

以上、憲兵さんのお話でした。


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2016-11-07 22:37:34

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このSSへのコメント

4件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2016-11-05 21:53:03 ID: 82Ty6F58

ガタ霜「キヨッ!?」戦艦にとうとうなれたのか。よかったじゃないか
曙がおしとやかだと違和感MAXですなぁだがそれもいい!いいぞもっとやれ
そういえば長月もよかったっすね。やっぱり駆逐艦は最高だぜ!
まだ扶桑山城がはっきりとは出てきてないから楽しみにしてますね!

言う程のことではありませんが今のところ誤字は見かけてません
少しずつ更新されるのが楽しみです、無理をしないのが一番大切です

2: 影乃と月の神 2016-11-06 01:43:19 ID: i-hxsyiA

毎度ありがとうございます、誤字報告感謝です!
良かった〜、間違えて無かった(涙)

曙ちゃんは自分でも書いてて違和感しかなかったので、ほとんど別人みたいな気分で書きました。
正直酷評されても仕方ないと諦めていたキャラですが、お気に召していただけたなら何よりです


長月ちゃんにはもっと頑張ってもらいますから、温かい目で見守ってあげて下さい


扶桑山城は今作でちゃんと出番をあげる予定ですので、楽しみにしていただけたら幸いです
(叢雲は・・・いつになるんだろう?)

3: SS好きの名無しさん 2016-12-08 18:55:11 ID: HlO2LyyN

oh、、、どんまいです。それでも頑張ってください!
そういえば不幸鎮守府の艦娘ですもんね、完璧に忘れてた。
あぁ~扶桑さんに癒されたいなぁ~

4: 影乃と月の神 2016-12-10 17:43:14 ID: k6jdCnhV

普段は他の鎮守府の艦娘と変わりませんからね、そのせいで僕自身その設定を投げ出しそうになって無理やり設定増やして誤魔化してしまってます(^-^;


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