たとえ不幸でも・・・師走の章
もう二月ですが、これで去年の分ようやく消化です。
毎度のこともながら遅くなって申し訳ない並びに今回もあまり伏線張りきれてなかったネタです。申し訳ない。
コメント、ご指摘等あれば酷評だろうが励みになります故、一文でも残してやってください。コメント蘭を使わせていただくことになりますが、ちゃんとコメ返しはします。
12月、正真正銘の冬であり、一年の終わりの月であり、間も無くやってくる新たな年に向けて準備をする時期だ。
そして、海軍としてはこの時期に入るのはあまり好ましく無い。過去の艦艇を運用する軍なら別であったが、人間同様寒さという概念を持つ艦娘を極寒の洋上で運用することは難しい。だから、この時期になるとほとんどの鎮守府はその任を全うすることができないのだ。
幸いなことに、寒さによって活動を制限されるのは深海棲艦側も同じようで、あちらも主力のほとんどが深海へ戻っていく。どう考えても洋上の方がまだ暖かいはずだが、どうしてか冬場は目立った活動が見られていない。変温動物だから、雪が苦手だからなどと未だに根拠も無い憶測が飛び交っているが、まあ都合が良いことは間違いないのであまり深く考えない者が多数だ。
提督「んで、今日もみんなして炬燵でミカン食ってるわけだが・・・部屋でやってくれないか?」
卯月「だってみんなで入れるおこたあるのここだけピョン。」
提督「いや、それでも俺の仕事終わるまで待つとかしてくれないか。どうせ昼には終わるんだから。」
望月「まあまあ、そう固いこと言わない。」
提督「十二分に譲歩をしていると思うけど?」
三日月「ごめんなさい司令官、止めきれなくて。」
提督「まあ多勢に無勢だ、三日月は悪くない。」
菊月「司令官、これ代わりに開けてくれ。ミカンで手がペトペトする。」
提督「食料持参かよ、ミカンあれば十分だろ・・・」
そう言いつつもポテトチップスのパッケージに似た袋菓子を受け取る。表を見れば丸ごとガーリックと書いてある、どう見ても酒のツマミだ。
菊月「美味しそうだろ、司令官も食べるか?」
提督「いやいらねえよ、というか酒盛り始めるつもりじゃないだろうな?」
長月「もう出来上がったのならここにいるけどな。」
ポーラ「あへへ〜、もう飲めませ〜ん…」
提督「お前いつからいたー!!」
見れば弥生と長月に挟まれてポーラが寝ている。しかも全裸だ、大事なところこそ布団で隠れているがあられもない姿なんてものじゃない。
提督「はぁ・・・卯月、そこの押入れ布団入ってるよな?」
卯月「そうピョン、でもそれは司令官が1番よく知ってるはずピョン。」
提督「そこは別に気にしなくていいから、そこの阿保を簀巻きにしろ。紐なら机の引き出しに入ってる。」
卯月「うわー、司令官ってば縛りプレイがお好みピョン?」
提督「見えないよな、簀巻きにしたら見えないよな?でかい海苔巻き見て誰が興奮するんだよ。」
卯月「それもそうピョン、まあ丁度暇だったからいっちょやりますか。弥生ちゃんも一緒に、あと皐月ちゃんと文月ちゃんも海苔巻きごっこ手伝って欲しいピョン。」
文月「え、私も?じゃあ楽しそうだからやる〜♪ポーラさんが具材だね〜。」
弥生「弥生も?まあいいよ…」
提督「上手くいったら今夜のメインディッシュな。」
睦月「もう司令官ったら、あまり嘘言っちゃダメですよ?文月ちゃん信じちゃうじゃないですか。」
菊月「人肉か・・・過去に旅人を襲ってその肉を食していた一族がいたらしい、あれだけ脂が乗ればそれなりに美味かもな…」
長月「何、食えるのか!?」
提督「おいおい、心配の矛先向けられてない奴の方がやばそうだぞ。」
睦月「大丈夫ですよ、きっと冗談…」
徐に提督が持ち込んだレシピ本を菊月が炬燵の中から取り出した。この間紛失したと思っていたやつだ。
提督「お、そこにあったのか。ありがとな菊づ…」
菊月「炙り焼きか…蒲焼もいいかもしれないな。」
如月「あらあら、大丈夫じゃなさそう?」
睦月「菊月ちゃん…ごめんね、お姉ちゃん気づいてあげれなくて。」
提督「あー菊月?さっきの嘘だからな?まさか本気にしてないよな?」
菊月「ん、なんだ…私を良識の無い女だとでも思っていたのか?無論冗談に決まっている。」
睦月「なんだ、良かった〜」
提督「大人をからかうなよな…」
菊月「見事大人を騙してみせたこの演技力、少しは褒めてもらいたいものだな。」
提督「あーはいはい、すごいすごい。」
菊月の冗談は冗談に聞こえない。裏を返せば言っていることがだいたい真実に聞こえるため、信用を置きやすい。嘘をつかれていた時が面倒かもしれないが、彼女は平気で冗談以外の嘘をつけるような性格ではないことなど、とうに知っている。
文月「司令官、海苔巻きできたよ〜♪」
提督「おお、ご苦労さん。」
文月「それじゃあどうやって切る?文月お手伝いするから、指示出して。」
提督「いや切らないからな、頼むから本気にしないでくれ。」
皐月「え、今夜のご飯にするんじゃないのかい?せっかく見栄えとかにも気を配ったんだけどな。」
提督「・・・冗談、だよな?」
水無月「あはは、困っちゃったね。」
ポーラ「・・・あれ、ポーラなんでぐるぐる巻き?あ、提督ぅ〜助けて〜ポーラこのままだとおトイレにも行けませ〜ん。」
提督「しばらくそのまま我慢してろ。」
ポーラ「うそー!?ザラ姉様助けてー!」
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提督「・・・」
ガチャ
『おかけになった電話番号は、現在使われていないか・・・』
提督「また駄目か。」
時刻にしてフタヒトヒトマル、例の如くこの日も叢雲に電話をかけたのだが、今日も彼女の声を聞くことは叶わなかった。ここ2週間、全く繋がる様子を見せないのである。
提督「メールすら寄越さないし、何かあったのか…?」
扶桑「提督、どうかされましたか?」
提督「扶桑さん、それに山城も・・・いや、別になんでも無いさ。」
山城「うそ、顔に思いっきり出てるわよ。」
提督「やっぱりそうなるか・・・。」
山城「でも、もし今顔が見えてなくても、ちゃんとわかってるから。」
扶桑「この頃、よく寂しそうな顔をされていましたから。」
提督「流石、2人に嘘をつけるのは今後一生涯無理そうだな・・・叢雲のことだ、ここ2週間連絡が取れなくなった。」
扶桑「え、本当ですか?一体どうして?」
提督「わからない。もしかしたら、避けられてるのかもしれない…」
山城「そんなわけないわよ、あの子がそう簡単にそんなことするはずない。」
提督「だと良いんだが・・・」
提督「でも、どうだろうな…俺あいつを怒らせてばっかりだったもんな。いい加減愛想が尽きたっていうのも・・・」
パン!
提督「・・・っ!」
扶桑「山城…!」
山城「姉様がもし叢雲の立場だったらどうしますか?」
扶桑「それは・・・」
山城「だから、今は少し黙っていてください・・・で、1番信じてあげないといけないあんたがそんなんでどうするのよ!」
提督「・・・すまん。」
山城「それ私に謝ること?」
提督「・・・そうだな、違ったな。」
提督「会いに行くか。」
扶桑「でも提督、そんなことしたら…」
提督「無論、バレたら憲兵さんに連れてかれる。」
不幸鎮守府に勤める者が守らなければならない規律の一つに、任期の間元いた鎮守府への出入りを禁ずるというのがある。破れば任期延長、場合によればそれよりもっと酷い罰が下る。余程のことがない限りあり得ないが、最悪は銃殺刑といったところか。
提督「嫁のためならたとえ火の中水の中監獄の中、それが男だろ。」
扶桑「なら、私も一緒に行きます!」
提督「駄目だ、言っちゃ悪いが今回の場合扶桑さんは足手まとい、9月のあれみたいなことがまたあったら、体一つの俺じゃ間に合わない。」
山城「姉様、私も同じ意見です。大切な家族のために何もできないのは私も辛いですが、今は我慢しましょう。」
扶桑「・・・」
山城「でも、行くからにはちゃんと帰ってきて・・・籍も入れてないのに未亡人なんて真っ平ごめんよ。」
提督「こっちはいつもちゃんと帰ってきてもらってるからな、了解した。扶桑さんもそれでいいか?」
扶桑「こうなったら止めても無駄だということは、もう知っています。どうかお気をつけて。」
提督「なるべく早く帰ってくる。」
扶桑「・・・っ!」
ギュッ
山城「あ、姉様抜け駆けは卑怯です!」
ギュッ
提督「はは・・・明朝に出る、みんなには内密にな。」
扶桑・山城
『はい』
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暗い地下牢、長年ずっと使われていなかったのだろう、ホコリとカビと湿気の織りなす凄まじい臭いが鼻をつく。だが何日もいたおかげで、今はほとんど無臭に感じられる。
若手司令
「そろそろ、諦めはつきましたか?」
叢雲「はっ、笑止よ…誰があんたになびくものですか…」
整った美形と誰もが形容するであろう空虚な仮面を被った化け物が、飽きずにまた訪ねてきた。陽光や照明器具の光が目に入らないこの空間では、そんな不愉快な出来事と、偶に運ばれてくる粗末な食事だけが時間を知る唯一の方法だ。ついでに言うと大雑把ではあるが、今は夕暮れ時らしい。
若手司令
「強がりはあまり身のためになりませんよ?磔にされてもう1週間です、そろそろ地面が恋しいのでは?いい加減、尿道と肛門に入れられた管で汚物を吸い出されるのにも飽きたでしょう?」
叢雲「女の後ろで…のうのうと生きてる…あんたとは…できが違うのよ…」
若手司令
「その皮肉、貴女の恋人にも聞かせてあげたいものですね。」
叢雲「あいつを心配してくれるの…?それなら間に合ってるわよ…この程度でプライドが傷つくような…あんたとは格が違うわ…」
こんな青二才が自分をあれよりも格上だと思っているのが痛く気に入らない。だがもう怒る気力もないので、できることといえばこのように皮肉を織り交ぜて返してやることくらいだ。
若手司令
「否定はしないんですね。」
叢雲「言うまでもなかっただけよ…そのくらい察せないなんて…本当、鳥以下の貧相な脳みそね…」
若手司令
「成る程、これはまだ時間がかかりそうだ。」
叢雲「こんなやり方じゃ…あんたが死んでも無理よ…」
若手司令
「貴女のためを思って、効率良く終わらせるのを我慢している僕の身にもなって欲しいものです。」
叢雲「はっ、わけわかんない力使わないと…誰にも見向きもされないようなあんたの気持ちなんて…仏にだって理解不能よ…」
やれやれと肩をすくめる化け物に弱みを見られるのは嫌なので、絶えず憎悪の念を燃やして睨みつける。スキンケアもしていない痩せた顔ではさぞ醜く見えることだろう、だが自分の心の支えに見られないのであれば、別に他の誰だろうと見られても構わなかった。
立ち去るまで睨み続けていようとしていると、かつては心地よかったはずの胡散臭い仲間の声が聞こえてきた。
金剛「Hey!しれーい、こんなクズばっかり相手してないで私のことも構って欲しいネー!」
叢雲「金剛・・・こんなクズの犬になった…クズ未満のあんたに…クズ呼ばわりされるのは心外ね…」
金剛「ハァ?私のことは別に構いませんケド、司令をクズ扱いするなんていい度胸デース。その首吹き飛ばしてあげましょうカ?」
若手司令
「やめてください金剛、貴方がそんなことをする必要はない。」
金剛「ちっ、運のいいやつネ・・・」
昔から正直言っていけ好かなかった。自分だって構って欲しいのに、司令官はずっと彼女に付きっきり。それなのになかなか心を開こうとはしなかった。
だが、今の彼女に比べたらまだ許せる。司令官のことなど綺麗さっぱり忘れて隣の化け物に媚びを売るような女に比べたら、あれはまだ可愛いほうだ。
若手司令
「・・・おっと、そう言えば金剛、今日はディナーの約束をしていましたね。」
金剛「そうネー!いいお店、見つけておいてくれましたカー?」
若手司令
「ええ勿論、ですがそろそろ行かないと予約の時間に間に合いません。先に行って用意を済ませてきて下さい、僕もすぐに行きます。」
金剛「OK、なるべく早くきてくださいネー!」
去り際に何か言われるものかと思っていたが、舞い上がって自分のことすら忘れたらしい。本当に現金な戦艦だ、逆に清々しい。
若手司令
「それでは僕もこれで失礼、また明日来ます。ギブアップしたければいつでもどうぞ、すぐ楽にしてあげますよ。」
叢雲「明日までにあんたがくたばってることを願うわ…」
若手司令
「ふふ、それでこそ僕の惚れ込んだ女性だ。」
非常に嬉しくない褒め言葉を無視という形で受け取る。ただでさえ少ない体力をこんなことで消費するのは無駄だ。
叢雲「誰がギブアップなんかするものですか…司令官が帰ってくるまで…待つって約束したんだから…」
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提督「それじゃあ、行ってきます。」
見送る者のいない鎮守府の玄関に挨拶をすると、砂利を踏む音も最小限にそそくさと鎮守府から離れる。今の所誰にもバレていない、この調子なら問題無く叢雲の元へ行けそうだ。
愛車の鍵を開けて乗り込もうとすると、不意にパワーウィンドウが勝手に開いた。
卯月「そこの司令官、乗ってくピョン?」
提督「卯月!?なんでお前…ムグ」
卯月「大声出したらみんなに気づかれちゃうピョン。」
提督「ぷはっ、いやそんなことより何でお前がいるんだよ。」
卯月「はぁ、本当に司令官は水くさい男ピョン。」
水くさいもなにもあったものではない、これは自分の問題なのだから、卯月が付いてくる必要も理由もないのだ。それを伝えると、彼女は初めて見せる真剣な表情で、落ち着き払った声色でこう言った。
卯月「・・・司令官の家族が危ないのかもしれないピョン?なら、それがうーちゃんが一緒に行く理由ピョン。」
提督「いや、ますますわからないって。」
卯月「叢雲ちゃんはうーちゃんの友達ピョン、そして司令官はうーちゃんの大切なバディピョン。そんな2人に何もしないなんて筆頭補佐艦失格ピョン。」
提督「卯月・・・」
どうやら、降りる気は無いらしい。卯月が頑固者なのは重々承知済みだ、どうもこちらが折れるしかなさそうである。
提督「・・・もし危なくなったら、俺や叢雲を見捨てて逃げる覚悟はあるか?」
卯月「当然ノーピョン。」
提督「じゃあ命令だ、身の危険を感じたら絶対に俺達を見捨ててすぐさま逃げろ。」
卯月「いやピョン、無視して補佐艦クビにされたって、不良艦娘扱いされて解体されたってそれだけはいやピョン。」
提督「卯月!」
卯月「いや!」
提督「言うことを聞け!!」
卯月「絶対にいやピョン!!」
提督「この…!」
卯月 ビクッ!
卯月「な、殴るならそうしてくれて構わないピョン、でも死んでもいやなものはいやピョン。」
提督「・・・」
卯月 ビクビク
提督「はぁ…まあ合格だ。俺のバディを自称するなら、そのくらい芯が強くないとな。」
卯月「司令官…?」
提督「早く運転席代われ、出発するぞ。」
卯月「・・・! はいピョン!!」
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若手司令
「珍しい、というかこんなことは初めてですね。」
提督「そうだな、なんせ通報ものだ。」
若手司令
「まあ何にせよ、お初にお目にかかります。」
早朝、今は若手司令が勤めているという鎮守府に着いた提督は、待っていたかのように出迎えてくれた若手司令と、久しぶりに足を踏み入れた執務室で談話していた。
提督「確か4月だったか?初めてお前と話したのは。」
若手司令
「はい、月日が経つのは早いものです。」
提督「随分と落ち着いたな、7月まではかなり面白かったけど。」
若手司令
「そ、そのことは忘れてください…割と黒歴史なんです。」
提督「ははそうか、それはすまないな。」
しばらくの間に、かなり精神的に成長したらしい。自分を待っている仲間達が彼を変えてくれたのであれば、それは誇らしい。
提督「みんなは元気にやってるか?」
若手司令
「はい、皆さんとても熱心で僕なんて追いつくのが精一杯です。」
提督「叢雲もか・・・?」
若手司令
「・・・」
一瞬だけ、ほんの少しだけ彼の表情が強張った気がした。だが敢えてそれに気づかないふりをして自然体を装う。
提督「ここ2週間ほど、連絡が取れないんだ。それが心配でさ、居ても立っても居られなくなっちまった。」
若手司令
「そうでしたか、すみません僕もよく把握できていなくて。この頃、部屋に閉じこもりきりなんです。」
提督「引きこもってるのか?」
若手司令
「はい、食事は同室の吹雪さんに任せていますが、一行に出て来ていただけなくて。」
提督「そりゃ大変だな、元とはいえ俺の部下が悪いことをしたよ。」
若手司令
「いえ、自分が未熟なだけですから。」
提督「いや、お前には迷惑をかけるなと言ってあるんだ。それを無視するなんて流石に嫁とはいえ放っておけない。ちょっとお灸を据えて来てやるよ。」
若手司令
「いえそんな、せっかく来てくださった上官の手を煩わせるわけにはいきません。」
提督「なに気にするな、若いやつの面倒を見るのも上官の仕事だって。」
若手司令
「すみません、それなら僕が部屋までご案内しましょうか?」
提督「部屋替えしてないだろ?なら俺一人で十分さ。」
恐縮している彼を置いて、部屋を出る。彼には彼の仕事があるだろうから、押しかけたこちらが面倒をかけることもない。
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若手司令
「やれやれ、やはり来てしまうか。」
予期はしていたが、やはり少々面倒なものだ。叢雲のことを聞かれた時にうっかり表情を崩したのは迂闊だっただろう。飄々とした人物だが、妙な所で勘が働くと言われている彼のことだ、絶対に気づかれてしまっただろう。
若手司令
「まあいい、ここにいれば僕の脅威にすらならない…」
不知火「お呼びですか、司令。」
若手司令
「待っていましたよ不知火。」
部屋に入って来た桃色の髪の少女は、自分がここに来た以降に着任した艦娘だ。何の手間をかけるまでもなく自分に懐いた彼女は、練度こそ低いが今回はかなり使いものになる。
若手司令
「さて不知火、貴女に特命です。」
不知火「司令の仰せとあらば、何なりと。」
若手司令
「まずはこれを受け取ってください。」
不知火「これは…拳銃?不知火には艤装があります、このような貧弱な代物を何故?」
若手司令
「確かに、深海棲艦には対しては非常に貧弱です。でも生身の人間であれば十分な脅威になり得ます。」
不知火「先程訪ねて来た先代を、不知火に撃てとおっしゃるのですか?」
若手司令
「嫌ですか?まあ貴女ができなくとも他に頼みますのでそれで構いませんよ。手を汚すのが嫌という気持ちは、誰だってありますから。」
不知火「いえ、お気になさらず。先程の言葉を撤回するつもりはありませんので。」
若手司令
「そうですか、ではよろしくお願いしますね。」
不知火「はっ!」
張り切った様子の彼女が、部屋を出ていくのを見送る。彼女なら問題なくやってくれるだろう、何の情も抱いていない相手に引き金を引くことなど、形が違う者達ですでに何度もやっている彼女達なら造作もないことなのだから。
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提督「それにしても、全然変わらないもんだな。少しは浦島太郎になったかと思えば、全然か。」
不知火「すみません、少しよろしいでしょうか?」
提督「ん? お、初めましてのやつがいたか。」
不知火「不知火です、どうぞお見知り置きを。」
提督「元ここの提督だ。元って言っても、来年の春にはまた戻ってくるけどな。」
提督「それで、何か用か?」
不知火「はい、叢雲の部屋ですが、前に一度部屋替えをしていたのを忘れていたので、司令に案内するよう言われて来ました。」
提督「何だよ、落ち着いたと思ったらあいつまだおっちょこちょいなんだな。」
不知火「どうぞこちらへ、新築した宿舎に部屋がありますので、ご案内します。」
提督「おお、そういえば作りかけだったな。完成したら見たいってずっと思ってたんだよな、丁度良かった。」
先導する不知火の後を追って一階に、それから普段使わないはずの裏口へ案内された。おかしいなとは思ったが、支度途中の艦娘と鉢会うと面倒なことになるという不知火の言葉に納得する。
提督 (できれば正面も見たかったけど、まあ仕方ないか。)
提督「・・・あれ、不知火どうかしたか?」
急に立ち止まった不知火に声をかける。すると、徐ろに振り返って手にした得物を向けてきた。
不知火「申し訳ありませんが、ここで死んでいただきます。」
提督「え、おいおい冗談だろ?初対面だから何か恨みでもあるわけでもないだろうに。」
不知火「司令のご命令です。貴方にはなんの恨みも持ち合わせていませんが、任務ですので。」
提督「はぁ、ようやく本性晒したってとこか。」
不知火「言い残すことがあれば伝えておきましょう。誰でも構いません、不知火が責任を持ってお伝えします。」
提督「へえ、律儀だなお前。危なっかしいけど、いいやつだ。」
不知火「お早く、死体の処理もしなくてはなりませんから。」
提督「取らぬ狸の皮算用って知ってるか?」
不知火「知っていたところで、結果は変わりません。」
提督「ああそうかい・・・じゃあ未熟なお前に一つ教えてやろうか。それだけで十分。」
不知火「ケッコンなさっていると聞き及んでいましたが・・・まあ構いません、何でしょうか?」
提督「先人の教えってのは、ちゃんと大事にするもんだぜ。」
カーン!
不知火「痛っ…!!」
カラカラ
突如として、不知火の手から拳銃が跳ねた。彼女が呆気に取られているうちに、転がった銃を拾い上げる。
提督「な?」
不知火「な、なんで…?」
卯月「しれいかーん!!無事ー?」
提督「おう!ありがとな!」
流石、自慢の補佐艦殿だ。鍛え抜かれた射撃の腕前は今日もピカイチである。
不知火「っ…!!誰が銃を一丁しか持っていないと言いましたか!」
バーン!
カラカラ
不知火「え・・・そんな、うそ。」
提督「誰が丸腰で来たって言ったんだ?」
今度は自らの手で不知火の得物を弾き飛ばしてみせる。正直不知火を撃ってしまったらどうしようかと思ったが、昔カッコつけて早撃ちの練習ばかりしていたのが今になって役に立ったようだ。
提督「策士策に溺れる、だな。策は二重三重に張って初めて功を奏すなんていうけど、そうなると保険があるから大丈夫だと思って始めを疎かにしがちだ。ましてや、保険は所詮保険であって頼りがいは無いしな。」
それに次の手があると予期されていれば、不意を撃てることも少ない。
不知火「くっ…殺すなら殺して下さい。」
提督「そんなことするわけないだろ、未来の俺の部下に何でそんなことができるんだよ。」
不知火「司令に与えられた任を全うできなかった私なんてどの道・・・」
提督「じゃあお前もついでに助けてやるよ、お前をこんなところで死なせるのは勿体無いし、俺なんかの血で手を汚す必要もない。」
不知火「たった今殺されかけた相手に、よくそんな歯の浮くような台詞を言えますね。」
提督「殺されてないから問題ない。いい指揮官は敵を殺すよりも生かして利用するものだろ?利用なんて言いかたは好きじゃないけどな。」
不知火「司令に仇なす輩に利用されるほど、不知火は落ちぶれていません。どうしてもと言うならば自ら命を絶つまでです。」
提督「戻ったところで殺されるとわかってる相手に、よくそこまで忠誠心を保ってられるな・・・」
不知火「あの方は、こんな目付きも悪くて女らしさの欠片も無い、人を笑顔にすることすらままならない不知火に初めて笑って素敵だと言ってくれた方です。そんな大切な方を私は裏切れません。」
提督「そうか、結構一途なんだな。お前にそこまで想ってもらってるあいつが何だか羨ましいよ。」
提督「卯月、不知火のこと縛っておいてくれ。このまま置いていく。」
卯月「わかったピョン…」
縄を前にしても、不知火は暴れたりしなかった。当然の報いとして受け入れたらしい。
提督「静かにしてろよ、お前をあいつの元へ帰すつもりはないからな。人間生きてこその物種だ。」
不知火「私が、人間・・・?」
提督「そうだろ?」
不知火「艤装を付けるのに?髪の色が普通じゃないのに?」
提督「誰を守れるか、それだけの違いだ。それに髪なんて、ここにいる卯月も面白い色してるしな。」
卯月「うーちゃん達姉妹はとってもカラフルで有名ピョン。」
不知火「・・・」
提督「もういいか?なら俺たちは先を急がせてもらうぞ。」
不知火「・・・待って。」
提督「ん、まだ何か文句あるのか?」
不知火「いえ・・・そっちに叢雲はいません。」
提督「何だって?」
不知火「地下です、長年使われていなかった古い古い地下牢に閉じ込められていると、そう聞きました。」
提督「そう言えばそんなのあったな…でも何で教えてくれるんだ?あいつの事裏切れないんじゃないのか?」
不知火「・・・あなたが未来の司令になるのであれば、不知火にはあなたに従う義務があります。」
提督「そうか、何かよくわからないけどありがとう。卯月、縄を解いてやれ。」
卯月「いいけど、大丈夫ピョン?」
提督「律儀な不知火が嘘つくわけないだろ?その代わり、安全な場所に隠れてろ。後で必ず迎えに来る。」
不知火「了解、御武運長久を願っています。」
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不知火の言葉を信じた二人は、誰にも見つからずに地下牢への侵入に成功した。奥へ進むと、情報通り叢雲が中に閉じ込められていた。両手足と腹部を十字架に鎖で縛りつけられており、見るも哀れな程グッタリしている。
提督「叢雲!大丈夫か、今助けるからな!」
卯月「司令官どいて!今鍵ぶっ壊すピョン!!」
叢雲「・・・?」
バキン!!
叢雲「司令官…どうして・・・」
提督「お前と2週間も音通不信になったら普通何かあったと思って来るのが当たり前だろ!そしたら着いて会いに行くなり急に不知火が拳銃向けるわお前が地下牢にいるわでビックリしたぞ!」
卯月「司令官!鍵こんなとこに落ちてたピョン!」
提督「ちっ、取りたければ勝手に取れってか。自分で縛り付けといて性格悪過ぎだろ。」
まあ手荒なことをしないで済むのでこちらとしてはかなり好都合だ、有り難く鎖の錠を外させてもらい、慎重に解いていく。
提督「跡が酷いな…こりゃ医者に診てもらわないと治しようが無さそうだ。たく、よく女こんな酷いことできるな。」
下手くそに巻かれていてかえって解き辛かったが、どうにかこうにか叢雲を降ろすことができた。ロクな物を食べていなかったのだろう、彼女の体は病的な程軽かった。
提督「もう大丈夫だぞ。」
叢雲「もういいから…離れて…お風呂に入ってないから臭うでしょ…」
提督「ボロボロなお前にそんな心無いこと言えるわけないだろ、それに元々周りが臭いから気にならないな。」
卯月「あ、司令官待って。お尻に管付いてるピョン。」
提督「ちっ、そこまでして磔にしたいかよ…抜けそうか?」
卯月「ただ入ってるだけで、固定はされてないみたいピョン。」
提督「よし、じゃあ引っこ抜いてやってくれ。思いっきりだぞ、躊躇うと余計辛くなる・・・叢雲、かなり痛むだろうけど少し我慢しろよ。俺の服噛んでてもいいから。」
叢雲「うん…」
卯月「それじゃあいくピョン、3、2、1、えい!!」
叢雲「ぐうぅ…!!」
ギュウウ
提督「大丈夫、大丈夫だ、もう抜けたからな。よく耐えた、偉いぞ。」
ギュッ
叢雲「はぁ…はぁ…」
抜いた管の処理を卯月に任せ、叢雲を落ち着かせることに専念する。安心も手伝ってか、浮かんだ涙は一度落ちると留めなく落ち続けた。だか、心身共に疲労困憊している彼女に、ずっと泣き続けられる体力はあまり残っておらず、呼吸が安定するまでにあまり時間はかからなかった。
提督「落ち着いたか?」
叢雲「ええ…だいぶ…」
叢雲「正直もう…来てくれないんじゃないかと…思ってた…」
提督「すまない、もっと早く気付けば良かった…」
叢雲「いいの…また会えたからそれで十分よ…ありがとう・・・」
提督「随分素直なんだな。」
叢雲「私を…何だと思ってるの…」
提督「ちょっとプライド高めだけど、そこが可愛い俺の嫁。」
叢雲「もう…相変わらずなんだから…」
余程疲労困憊していたのだろう、それだけ言うと叢雲は眠ってしまった。
提督「さてと・・・卯月。」
卯月「叢雲ちゃんのし返ししに行くピョン?」
提督「ああ、本来ならここでとっとと不知火も回収してずらかるのが1番なんだけどな。」
卯月「うーちゃんは別に反対しないピョン、叢雲ちゃんをこんな目に遭わせたんだから、やり返さないと気が済まないのは当たり前ピョン。」
提督「そういうことだ、もうちょっと付き合えよ。」
若手司令
「わざわざ来ていただかなくても、呼んでくださればこちらから参りますよ。」」
何という御都合主義だろうか、いつの間にやらあの青年が後ろに立っていた。
提督「へー、そうかい。呼んだつもりはないけど、そりゃ面倒が省けて助かった。」
卯月に叢雲を預けて、若手司令と向き合う。もちろん、会話するためではないので銃口を向けながらだ。
提督「まずは叢雲にどうしてこんなことをしたのか言ってもらおうか、ボディランゲージはその後だ。」
若手司令
「まさか貴方に銃を向けられるとは、思ってませんでしたよ。憧れの上司に銃を向けられるって、こんな気持ちなんですね。」
提督「今は虫の居所が悪いんだ、早く言わないと膝の皿がぶっ壊れるぞ。」
恫喝にも依然として微笑を崩さない若手司令、何だかその余裕に段々と薄気味悪い物を感じ始めてきた。
若手司令
「なんで叢雲さんにこんなことをしたかって?・・・決まってるじゃないですか、その人が欲しいからですよ。」
提督「だったら余計わからないな、なんでこんな酷いことができる。」
若手司令
「叢雲さんが悪いんです、他の人はあっという間に僕の物になったのに、叢雲さんだけは僕のことを見向きもしなかった。彼女の心には貴方しかいなかった、僕のことなんて微塵も考えなかった。」
提督「・・・言ってる意味がわからねえな。人が誰を好きになろうが勝手だろうが!!」
若手司令
「はあ!?何を言ってるんですか、彼女らは所詮道具でしかない、思い通りにならない道具があって良いとでも!?」
若手司令
「ほら、その証拠に!」
パチン
提督「何っ・・・ぐあ!!」
突然、横から凄まじい衝撃が頰を襲ってきた。受け身すら許さない奇襲に、体が吹っ飛んだ。
卯月「司令官!」
金剛「邪魔するなデース。」
卯月「きゃあ!!」
提督「痛っ・・・卯月!おい、何しやが・・・」
提督「金剛?それに伊勢、日向?」
金剛「黙るデース、ゴミに呼ばれる名前なんてありまセーン。」
伊勢「へえ、意外と頑丈なのね。」
日向「瑞雲、彗星、晴嵐、うへへ…」
提督「明らかに壊れてる奴がいる!」
今年の春まで共に過ごした仲間達が、若手司令を守るかのごとく、行く手を阻んでいた。
若手司令
「驚きましたか?もう3人は、いえここにいる皆さんは全員僕の物です。貴方のことなど、とうに忘れてしまった。」
提督「ふざけるな、一体何をした!!」
若手司令
「何をした、と聞かれましてもどうせ貴方の理解の範疇を超えてますから、どうせわからないと思いますよ。」
提督「いいから答えろ!!」
卯月「司令官危ない!!」
ズドン!!
若手司令
「金剛、いきなり発砲するのは少し行儀が悪いですよ。」
金剛「だって〜馬鹿みたいに大声上げるから耳障りだったデ〜ス。」
提督「危ねえ…紙一重だった。」
金剛「これ以上喚くなら次ははずさないデース。」
提督「金剛、一体どうしたんだよ。なんで俺がわからないんだ…」
若手司令
「ふむ、まあ上官殿も何があったかわからないままでは、死んでも死に切れないですよね。だから特別に教えて差し上げます。」
そう言いながらも、彼は悠長に昔話を始めた。今すぐにでもしばき倒して吐かせたいところだったが、金剛がこちらを狙っている以上、迂闊なことは出来なそうだ。
若手司令
「僕は昔から嫌われ者でしてね、友達はおろか、親からも見捨てられた。でもある日自分に宿る力を見つけた。」
若手司令
「それからは、どんな女性でも僕を好きになってくれるようになった。この力なら、美人だらけの艦娘でもオトせると思った。それに、海には僕の母親もいる、復讐ができて一石二鳥。だから軍に入ったんです。」
若手司令
「そして、ようやく自分も司令になれる、そんな時に貴方が不始末をしでかした。感謝してますよ、こんないい娘達を残していってくれたんですから。」
若手司令
「で、僕は皆さんに魔法をかけた、これだけ大勢だと時間がかかりましたけどね、おかけでみんな僕に夢中です。」
提督「馬鹿いえ、そんな魔法なんてあるはずがないだろ。」
若手司令
「それなら、貴方が今直面している現実、どうやって納得のいく答えを見つけますか?」
提督「・・・」
若手司令
「ほら、僕の言った通りだったでしょう?貴方には到底理解できない。」
若手司令
「さ、話も終わりました。本来ならもう少し先の予定でしたが、今貴方を生かすメリットは無い。だから死んでもらいます。」
提督「卯月、叢雲を連れて逃げろ!」
卯月「いや!見捨てるなんてしないピョン!お願い、司令官を殺さないで!」
提督「いいから行け!叢雲を道連れにしたら永久に祟るぞ!」
若手司令
「やれやれ、女性には手を出さないのがポリシーなんですけどね・・・伊勢、お願いします。」
伊勢「ごめんね、見ず知らずの人なのに。でもまあ司令の命令だから、私は恨まないでね。」
提督「誰が見ず知らずの他人だ!お前は俺の仲間だっただろうが!」
伊勢「うーん・・・ごめん、君みたいな普通の顔なんて覚えてないや。」
提督「伊勢!」
伊勢「それじゃあ、ばいばい。」
彼女の持つ全ての砲が自分を捉え、弾薬の装填を終えた。この空間では狭すぎてもう回避のしようがない。せめて卯月達から少しでも離れようと横に跳ぶ。
伊勢「全砲門、開け!!」
不知火「させません!!」
ズガン!!
伊勢「きゃあ!!」
不知火「提督!お二人を連れて早く逃げて下さい!」
伊勢「うそ!?第一、第二砲塔破損…何それ魚雷!?」
若手司令
「不知火!何をするんですか!!」
提督「不知火!?」
不知火「申し訳ありません司令、ですがあの方は殺させません!」
若手司令
「何を血迷ったことを…!!任務も完遂できない上に裏切るのかお前は!!」
提督「不知火よせ!お前の方こそ早く逃げろ!」
不知火「私が稼げる時間は僅かです!早く!!」
卯月「司令官早く!叢雲ちゃんだって運ばないと!」
提督「でも…!」
卯月「この優柔不断!目的を忘れちゃだめピョン!!」
グイ!
若手司令
「金剛!」
金剛「了解ネー!!」
若手司令
「絶対に逃すな!・・・さて不知火、貴女だけは何もせずとも僕に従ってくれると思っていたものを…!」
不知火「私は上官を守る!あの人は不知火の未来の上官です!」
若手司令
「うるさい!みんなしてあんな奴にたぶらかされやがって!伊勢、日向!構いません、殺せ!!」
伊勢「さっきはよくも…!」
日向「九六式に興味は無い…。」
不知火「勝機はありませんね・・・撃てえ!」
バン!
伊勢「魚雷じゃなければ駆逐艦の攻撃なんて効かないわよ!」
不知火「くっ、それでも…!」
バン!
日向「羽のない蜻蛉なんて、所詮ただの芋虫だ。放て!!」
ズドン!!
不知火「ぐうっ…!!」
正確に飛んできた火球は、走り回ることしかできない不知火の足を正確に撃ち抜いた。練度が低い上に耐久性が皆無である駆逐艦の装甲ではひとたまりもない。そのまま衝撃を逸らすこともできずに床を転がされる。
日向「とどめだ。」
若手司令
「ちょっと待って下さい、日向。今かなり腹が立って仕方ないんです。だから僕が代わりに仕留めます。」
不知火「はぁ…はぁ…ううっ!!」
若手司令
「全く、こんなことなら貴女にもちゃんとかけておくべきでしたね。」
グリッ
不知火「…っ!!」
バン!!
若手司令
「ぐあっ…!!」
最後の力を振り絞って放った砲撃は、見事に眉間に命中した。だが、彼の体は血が流れるどころか、そのまま倒れることもなかった。
若手司令
「いったいなあ・・・よくも僕の顔に!!」
不知火「・・・!」
憎悪にまみれた目でこちらを睨み下ろすかれの顔は、端整で利口そうな、それでいてまだ初々しいものではなくなっていた。冷たい雛人形のように異常な程白い肌をした、とても醜悪な怪物だった。
不知火「バケモノ…」
若手司令
「ああそうだよ、僕はこの世の全てに嫌われたんだ!」
ゲシッ!
不知火「グッ、ガハッ…!」
若手司令
「その綺麗な顔、首ごとぶっ飛ばしてやる!」
怪物は不知火の持っていた魚雷を奪い、高く振り上げた。あとは振り下ろせばいいのだろう、火力が無いとは言え至近弾をほぼ無傷で耐えたのだから、魚雷が近くで炸裂しようが関係ないらしい。
不知火「っ・・・!」
金剛「させないネー!!」
ボォン!!
若手司令
「グハァ!!」
横からの火線が、手に持っていた魚雷と怪物の胴体を吹き飛ばした。
若手司令
「っ・・・金剛!?一体どうして!?」
金剛「よくも今まで好き放題やってくれたデース!ムラランとテートクと不知火、他のみなさんにヒドイことした分、10倍にして返してあげマース!」
若手司令
「嘘だ!そんなはずはない!金剛、僕ですよ僕!あんなに可愛がってあげたじゃないですか!」
金剛「言われなくても覚えてますよこのベイビー!散々言いたくもないセリフ言わせてくれましたネ。」
若手司令
「そんな…嘘だ、嘘だ!そんなことがあるもんか!伊勢!日向!」
伊勢「あれれ、なんで私達ここにいるんだっけ?」
日向「うん?何故だ、私も思い出せないな。確か聖夜にしおいが晴嵐を私にくれたたんだが…あれは夢か?」
伊勢「ああ!!この新米司令!よくも私達に提督を撃たせようとしたな!!・・・というかうわっ、司令さんどうしたのその気味悪い顔。気持ち悪いと言うか一周回ってかわいそう…でもないや。2週目はいってまた気持ち悪くなっちゃった。」
若手司令
「そんな…なんで急に、僕の力は…?」
??「あなたは少しお痛が過ぎました…これはその罰です…」
若手司令
「なんでお前がここにいるんだ…。」
牢の入り口から聞こえて来たのは、落ち着いていながらも底冷えするような静かな声。いつの間にか、その声の主は小さな白熱電球が照らすところまでやって来ていた。
若手司令
「どうやって僕の力を…!」
早霜「呪詛の力を使って人を操るのには自信がありますから…あなた如きであれば物が違えど上書きが可能です…。」
若手司令
「なんでそんな余計なことをしたんだ!前にお前は僕に好きにやっていいって言ったじゃないか!!」
早霜「確かに言いましたね…その発言を撤回する気はありません…」
若手司令
「じゃあどうして!」
早霜「好き勝手する相手を間違えた…とだけ言っておきましょうか…。」
若手司令
「はあ!?意味がわかんねえよ!!」
早霜「さあ、あなたには理解できないでしょう…。」
若手司令
「くそっ、みんなして僕をこけにして!!もういい、全てぶち壊してやる!!」
醜い男は、そう叫ぶと早霜に拳を振り上げて飛びかかった。砲弾の直撃にも耐える硬度を持つ腕だ、素人同然の動きをしても、当たればかなりの威力になるだろう。
早霜「はぁ…好きにしていいと言った手前、止めるのは少々矛盾しますが…私の蒔いた種、自らの手で落とし前をつけましょう…。」
顔面に振り下ろされた腕を、早霜は流れるような動きでかわし、男の懐に潜り込んだ。
早霜「さようなら…」
彼女の指が男の額に触れる、すると糸が切れた人形のように男の体が崩れ落ちた。
若手司令
「ゴハッ!…なにをした…!」
早霜「あなたを本当の人間にしてあげました…代償としてもって30秒の命ですが…。」
若手司令
「なんだと…ゲホッゴホッ…!」
伊勢「ええ!?ちょっと、それはやり過ぎじゃない!?」
金剛「流石に命取るのはやり過ぎデース!」
早霜「おやすみなさい…次は、みんなから愛される素敵な人になれるといいですね…。」
若手司令
「グハッ、ちくしょう…ぼ、僕は・・・」
もがく事も出来なくなった若い男は、すぐに息をしなくなった。眠ってしまったかのような表情は、もうあの醜い怪物のものではなく、ちゃんとした人間の、平生の彼の整った顔のものだった。
伊勢「司令さん…」
早霜「彼は、同情されるすべき人でした…私を恨むなら、御自由に。」
日向「恨みはしない…目を覚まさせてくれたことには感謝する。だが、何故殺した?」
早霜「・・・もうじき憲兵団が来ます…連行された彼の未来には、一縷の希望すらないでしょう…。」
金剛「・・・」
その後、何も言わずに早霜は地下を後にした。
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提督「怪我、大丈夫か?」
卯月「ちょっと痛いけど、このくらいなら大丈夫ピョン。」
提督「すまないな、俺が鈍臭いからいらん怪我させた。」
卯月「叢雲ちゃんを抱えてよく言うピョン。司令官にサポートさせてもらえなかったら、うーちゃん用無しピョン。」
提督「体張れとまでは言ってないんだがな。まあ、助かった。」
卯月「付いて来て良かったピョン?」
提督「おいおい、まだ根に持ってるのか?」
卯月「当然、で?どうだったピョン?」
提督「はいはい、良かった良かった。卯月様のお陰で命拾いさせていただきましたよ。」
卯月「えへへ、卯月をもっと褒めるがよいぞ。」
提督「姉のネタ取るなよ…」
今頃当の本人はくしゃみでもしてるかもしれない。
提督「・・・」
卯月「司令官?どうしちゃったピョン?」
提督「卯月、悪いけど叢雲を頼む!」
自らの膝に寝かせていた叢雲を卯月に託し、この機を逃すまいと走り出す。見えたのだ、一月ぶりぐらいになるあの姿が。
提督「早霜!待て、ストップストップ!」
早霜「・・・?」
早霜「司令官…!」
提督「あ!ちょっと待てって、おい逃げるな!」
意外とすばしっこい早霜を見失うまいと、全速力で彼女を追跡する。最近出不精な上に炬燵に篭りきりだったので、久しぶりに脇腹が痛い。
提督「捕まえ…た!」
早霜「きゃ!」
逃げられては困ると思い、いっそ抱きしめて彼女の足を止める。憲兵さんがいたらかなりマズい状況だが、ここは致し方無し。
提督「はぁ、はぁ、長いこと顔見せなかった上官にそりゃないだろ。」
早霜「年頃の乙女に急に抱きつくのもないと思いますが…」
提督「手を振りほどかれたら嫌だからな、確実に止めないと。」
早霜「はぁ…離していただけますか…?逃げるのは諦めました…。」
提督「オーケー、俺も誰かに見られるのはゴメンだ。」
言葉通り、解放しても早霜は逃げなかった。内心逃げられたらどうしようかと思ったが、彼女も疲れたのかもしれない。
提督「まずは…あれだ、助けてくれてありがとうな。またお前に助けられた。」
早霜「態々それを言いに…?」
提督「随分と冷たいな…礼の一つくらい言わせろよ。」
早霜「ごめんなさい…でも別にそんなのは求めてませんから…」
提督「下手すりゃ命の恩人だぞ、お前は。何も言わせてくれないなんて生殺しもいい所だ。」
早霜「意味わかって言ってます…?」
提督「その位の気持ちだってことだ。素直に謝辞くらい受けろよ。それから、あいつのことはどうしたんだ?」
早霜「忙しない人ですね・・・彼は私が殺しました…」
提督「殺した!?」
早霜「自分で蒔いた種です…蒔く場所を間違えたので責任を取ったまで…」
提督「ん、種?どういうことだよ、妙に引っかかること言うな。」
早霜「・・・」
提督「今しまった、って顔したな。悪いが説明してくれるまで返せなくなったぞ。いい加減、お前が何者なのか教えてくれよ。」
早霜「何者…そんなの、ただのあなたに従う一艦娘に決まってるじゃないですか…」
提督「ただの一艦娘がなんでトップシークレットなんだ?わざわざ大本営に問い合わせたら拒否されたんだぞ。」
早霜「別になんでもいいじゃないですか…私は私です…」
提督「部下のことをよく知らないで何が提督だよ、俺にはお前のことを知る権利と義務がある。」
早霜「・・・」
早霜「もし…私があなたの上官だったら?」
提督「変わらないだろ、よく知りもしない上官に付いていけるわけがない・・・ってなんでまた随分突飛なたとえ話をするんだ?」
早霜「・・・事実、だからですよ…肩書きの上では…」
観念したかのように、彼女は言葉を紡いだ。最初は少しずつ、段々と滑らかに。
早霜「私は…上層部では軍法務官として名が通っています…」
提督「おいおい嘘だろ…少しは覚悟してた階級よりずっと上というか、とんでもないビッグだな。」
早霜「肩書きを戴いた理由と経緯までは話せません…」
提督「そこが気になるんだが…まあいい、1番聞きたいのはあいつはお前が蒔いた種だとか言ったな、そこだ。」
早霜「・・・彼は随分と不遇な人生を送っていました…同情とまではいきませんが、不憫に思い昇進の手助けをしたのです…」
提督「そんなことをしたら…」
早霜「不正が発覚すれば…彼は処罰されていました…もっとも、今回の件でどんな未来が待っているのかは想像できますが…」
提督「だから殺した、か・・・」
早霜「時期を早め過ぎました…本来ならば新設の鎮守府に配属されるはずでしたが…司令官が運悪くあちらに移されたものですから…」
早霜「申し訳ありません…知らないこととは言え、彼のことをちゃんと監視するべきでした…あと、勝手なことをして司令官やお仲間を巻き込んでしまって…」
提督「まあ100%お前が悪いわけじゃないんだな、ならいいさ・・・でもそうか、上が実習に丁度良いって判断してここに寄越したんだな。じゃあ俺もみんなに謝らないとな。俺が招き寄せたみたいなもんだ。」
ふと気がつけば、後ろから自分を呼ぶ声がした。振り返ってみれば金剛だ、片手をブンブン振りながらこちらに突進してきている。
金剛「ヘーイテイトクー!!」
提督「よお金剛・・・ってよせぐあ!!」
勢い余ってなのか、そのまま腹部に抱きつくと同時に体当たりをされてしまった。軽い部類とは言え、戦艦級の質量になすすべもなく体が後ろに吹っ飛ぶ。
金剛「テイトクー会いたかったデース!!」
提督「金剛ストップ、気持ちは嬉しいけどそれ以上締め付けるな…」
金剛「オゥ、Sorry…」
提督「あ、いやそんなにしょげないでいいぞ。ほ、ほら俺ならもう大丈夫だから。」
金剛「本当…?」
提督「あ、ああ。もう大丈夫。」
金剛「それは良かったデース、つい舞い上がってしまったネー。」
提督「そんなに俺が来てうれしかったのか?」
金剛「Of courseネー!」
提督「あれ、金剛って俺にそこまで興味無かったよな?」
金剛「ヒドイデース!ずっと会えなくてさみしかったんデスよー!ムラランには電話するくせに私には一回もかけてくれなかったし、テートク電話番号教えてくれなかっし…」
提督「あ、いやすまん。てっきり嫌われてるもんだと思ってたから。」
金剛「確かに会ったばかりの時は冷たくしちゃったし…ずっとシレーの言いなりにされてきたケド…」
金剛「離れ離れになったら、テートクの魅力がわかったと言いマスか…」
提督「そっか、そう言ってもらえるのは嬉しいぞ。」
金剛「本当デスか?なら、ワタシもうちょっとでケッコンできるようになったから、その…」
提督「えっと、それに関してはだな・・・実は叢雲以外にもう2人とカッコカリしててな。」
金剛「Oh my gosh!じゃあワタシとケッコンはNo!?」
提督「気持ちは嬉しいんだけどな、さすがにこれ以上は…」
金剛「それはあんまりデース!」
提督「本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだけどな、でもそれでみんなのこと中途半端にしたらそれはそれで嫌だから・・・金剛?」
金剛「こうなったら、全力でテートクのこと振り向かせてみせマース!必ず指輪GETしてみせるんだからー!」
提督「あちゃー、逆に燃えるタイプだったか…」
また新たなる面倒ごとを増やしてしまったらしい、嬉しくないと言えば嘘だが、これから何度も胃薬のお世話になりそうである。
提督「・・・あっしまった!早霜は…!」
どうやら会話中にとっとと逃げてしまったらしい。今度も連れ戻せなかった。
提督 (何やってんだ、俺は。)
金剛「テートク?どうかしましたカ?」
提督「いや、何でもない。そろそろ戻ろうか、卯月達も待ってる。」
金剛「むぅ、レディの前で他の女の話するのはマナー違反なんだからネー!」
提督「は、はい…以後気をつけます。」
この後、憲兵さんに連れていかれ事情徴収を受けたが、それが終わるとそのまま不幸鎮守府への帰還を許された。規則を侵したにも関わらず一切のお咎めが無しだったことには疑問しか無かったが、後で若手司令の暴走をくい止めた功労者として扱われたらしいことを聞いた。有難いことではあるが、何故そのような扱いをされたのかはわからない。
指揮官不在となってしまった金剛達のいる鎮守府は、不幸鎮守府での勤務を継続したまま、肩書きだけ提督が任されることとなった。
また指揮官代理として、長いこと提督の側で業務を見ていた叢雲を、体調の回復を待ってから立てることになった。彼女が戻るまでは一旦鎮守府の運営を停止、復帰と同時に再開となる。
一方、若手司令の処分については、提督の厚い待遇に対してなかなか厳しいものだった。軍における称号の剥奪、籍の抹消、更には葬儀の禁止。弔われることを許されなくなった彼の遺体は、何処かで人知れず焼き捨てられることを嫌った金剛達の手で、海に葬られた。
ーーーーーーーー
12月24日
日本では街や都市が多くの電飾で彩られ、この日をダシに多くの業者が利益を上げようと様々な工夫を凝らして大いに盛り上げ、子供達は大人から刷り込まれた夢溢れる不法侵入者からの贈り物に心を躍らせる大変な賑わいを見せる日。
だがその一方でやれリア充だクリボッチだと人々は自分の立場を気にし、前者は後者を見下して優越感に浸り、また後者を同情されるべき者、敗者、忌むべき者として酒の肴の笑い話とする。
後者は前者に侮られることを避けようと、ある者はその日限りの仮の関係を持ち、ある者はあたかも前者であるが如くSNS上でそのように振る舞う。またある者は前者の爆散を目論み、ある者は前者を醜悪な者として自己の正当化を図る。その他にも、ある意味充実している者や〆切に追われそもそもクリスマスから関係を絶った者など多岐に渡る。
ここまでくると、聖なる夜は日本の闇の一つと捉えても良いだろう。宗教上の問題もあり仕方のないことではあるが、この国には本来のクリスマスなどほとんど無いようなものだ。
まあ、国には国の文化というものがある。良くも悪くも、それがある限り頭ごなしに批判をするのは最も忌むべきことだろう。要は楽しければなんでも良いのだ。だが先程のあれが楽しいかどうかはまた別であるので、そこは触れぬが吉だ。
長い前置きとなってしまったが、ここで本題に入ろう。まあ、本題と言ったところで例の鎮守府の話題であることは違いない。
只今の現在時刻はヒトハチサンマル、何時もなら通常業務が終わり、夜戦艦隊の出撃準備や後処理を行なっている時間で、それなりに騒がしくなる時間だが、今日は別の意味で騒がしい。そう言うのもこの日は一切の業務が行われておらず、メンバー総出で鎮守府の大掃除及び飾り付けが行われていたのだ。
卯月「それにしても、ここ古すぎてお掃除大変ピョン〜。うーちゃん疲れた〜。」
弥生「ここ拭き終わったらお終いだから、もう少し頑張って…」
卯月「プップクプー、こんな時に司令官はお出かけに行っちゃうし不公平ピョン。」
ムス
弥生「仕方ないよ…司令官は昨日代わりにすごく頑張ってくれてたから、今日は弥生達の番…」
卯月「ぷう、いっつも弥生ちゃんに味方してもらって司令官ズルイピョン・・・もしかして弥生ちゃん司令官大好きピョン?」
弥生「んなっ…そ、そんなことないよ…」
おっと、これは少し意外な反応だ。なんだかいい気分転換になりそうなので、このまま話を続行する。
卯月「でもその割に顔赤くなっちゃってるピョン。」
弥生「ち、違うから…これはちょっとびっくりしただけで…」
卯月「え〜本当に?本当になんとも思ってないピョン?」
弥生「も、もう…本当に違うから…」
卯月「ん〜じゃあ、弥生ちゃんは司令官が嫌い?」
弥生「その聞き方はズルいよ…」
どうしようか、楽しくなってしまった。まあこの無表情なのにとても可愛らしい相方は、怒らせなければ問題無いのでこのくらい許してくれるだろう。司令官への当てつけをとぼっちりのような形でぶつけるのは少し申し訳ない気もしたが、今は労働の気疲れを少しでも解消する方が大事だ。
弥生「嫌いじゃないよ…うん、嫌いじゃないから…」
卯月「じゃあ普通?でも普通だったらそんなに肩入れしないってうーちゃん思うピョン。」
弥生「それは、ちょっとは好きだけど…で、でも…らぶじゃなくて、らいくだから…」
つまり相当好きらしい。愛まではいっていないのかもしれないが、かなり好感度は高いようだ。彼女にここまで思わせるのかと思うと少しジェラシーというか少し面白くない。司令官はモテないから弄りがいがあるのだ。
卯月「ふーん、じゃあ弥生ちゃんは来年どうするピョン?」
弥生「来年?」
卯月「春になったら司令官ここのお仕事お終いになって、元いた所に戻るピョン。そしたら、うーちゃん達もここの皆とばいばいしちゃうピョン。うーちゃん大本営に戻るけど、弥生ちゃんはどうするつもりピョン?」
弥生「大本営に戻っちゃうの…?」
卯月「え、弥生ちゃんは戻らないの?」
予想外というか、自分も大本営には戻らないものだと思っていたらしいことにかなり驚いた。
弥生「弥生、戻ってもどうせまたいらない子だから…でも司令官は弥生のこと使ってくれるし、大切にしてくれる…」
弥生「それに弥生はもっと司令官の役に立ちたいから…だから、春になっても司令官について行きたい…司令官も良いって言ってくれたから…」
いつの間にそんな話をしていたのだろう、彼女と司令官がそんな約束をしていたなんて今まで知らなかった。補佐艦を一緒に担当することは少ないので、別に自分の知らないやり取りがあったことに驚きはしないが、今までそれを話してくれなかったことに少しショックを受けた。
弥生「卯月こそ、いいの…?」
卯月「何がピョン?」
弥生「卯月は司令官のこと嫌いなの…?」
先ほどの問いをそのまま返されてしまった。残念ながら、その問いにあっさりと答えられるような返事なんてできるはずがない。
卯月「司令官は嫌いじゃないピョン、寧ろ一緒にいて(弄りがいがあって)楽しいから大好きピョン・・・でもうーちゃん大本営から紹介して欲しいってお願いが何度も来てて…」
司令官はその度に任期の間は無理だと言っていたが、それが過ぎればやはり大本営に行かなくてはならないだろう。いつまでも皆で一緒にとはいかない。
卯月「できることなら弥生ちゃんと離れ離れになるのは嫌ピョン、他の皆とも一緒にいたいピョン。でも…」
弥生「弥生も卯月と離れたくない…お別れなんてそんなの悲しいよ…だから卯月も一緒に司令官について行こう…?」
卯月「え、でも・・・」
弥生「司令官にお願いすれば、きっと何とかしてくれるよ…」
卯月「本当に?」
弥生「司令官は皆のことが大事だって言ってたから、きっと大丈夫…」
本当に良いのだろうか。そのせいで司令官の立場が危なくなったりしないだろうか。もしそうなってしまったら、どうやって謝ればいいのだろうか。
弥生「大丈夫、卯月がお願いすればきっと…」
卯月「弥生ちゃん・・・」
もしそうなら試してみる価値は十分にあるだろう。いや、そうでなくとも試してみたい。お別れして知らない人と働くなんてまっぴらだ。
卯月「うん、うーちゃんお願いしてみるピョン。」
弥生「うん…」
もし司令官がだめなら、サンタさんに保険をかけさせてもらうのでもいいかもしれない。日頃の行いはバッチリなので優しい老紳士は願いを聞きいれてくれるはずだ。
ーーーーーーーー
扶桑「はぁ〜・・・」
提督「はは、まだ幸せそう。」
山城「いつまでも余韻に浸ってられるのが姉、様の良いところよ。」
提督「そう言いつつ、影響受けたままいつもより丸くなってる山城はすごく可愛く見えるぞ。」
山城「わ、悪かったわね。いつもトゲトゲしてて。」
提督「自覚あるなら直せばいいのに(笑)」
山城「こういう性分なのよ、仕方ないじゃない。直せるならとっくに直してるわよ。」
提督「冗談だよ、俺としてはそのままでいて欲しいけどな。」
山城「む、だったら最初から言わなければいいのに。」
提督「さっきのは純粋に褒めただけだって、あまり深読みしてくれるなよ。」
山城「・・・そうね、ごめんなさい。」
只今フタヒトサンマル、3人は教会から出て鎮守府へ向かう帰路についていた。実はキリスト教の信者だった提督が鎮守府の掃除を抜け出して2人を聖夜のミサに招待したのだ。
山城「それにしても、提督が耶蘇教だったなんて知らなかったわ。前々から変わった所があるとは思っていたけれど。」
提督「まあ別に言わなくても問題無いからな、結婚してなくともいずれわかる事だし。」
山城「もう、こっちにも教えてもらわないとわからないことがあるのに。」
提督「一度に全部教えたらつまらないだろ?」
山城「教えておいて欲しいことくらいあるわよ。」
提督「それもそうか…まあでも、俺は別に熱心なわけじゃないけどな。毎週日曜のミサだってあんまり行ってないし。」
もしも祖父に知られたらなんと言われるだろうか、孫とは言えもう大人なのだからそろそろ怒られるかもしれない。依然として足腰が弱った様子を見せない祖父は怒るくらいの体力なら十分にあるだろう。
提督「・・・そうだ扶桑さん、もうそろそろ戻ってきたら?」
山城「いつまでも浮かれていると、転んでしまいますよ。」
扶桑「だって、あんまり素敵だったものだから。」
山城「気持ちはわかりますけどね…」
提督「正直、そこまで気に入ってくれるとは思わなかったな。」
もちろん、最初は2人とも遠慮していたのだ。他の宗教に関わるのは誰だって気が進まない。それでも折角だからとついて来てくれたのは、2人の優しさ故だろう。
扶桑「とても綺麗で、歌声も美しくて、そして何より皆さんとってもいい笑顔でした。あんなに大勢に笑いかけて頂いたのは初めてです。」
山城「そうですね、鎮守府の外でこんなあたたかい気持ちになったのは初めてかもしれません。」
提督「まあ妙な身内意識があるからな、あの中にいれば外人だろうが仏教徒だろうが、艦娘だろうが関係ないのは確かさ。」
あれだけ大勢の人間がいて差別の目を向けられないというのは、彼女達にとってとても新鮮だったのだろう。副産物的な効果とは言え、2人が安らげたのであれば連れて来て正解だったかもしれない。
提督「・・・おっと、危うく忘れる所だった。お二人さん、これ俺からのクリスマスプレゼント。」
扶桑「え、頂けるんですか!?」
山城「私達両方に?」
提督「当たり前だろ。付いてるリボンが赤い箱が扶桑さんで、青いのが山城だな。」
扶桑「嬉しいです…包装、とても可愛らしいですね。」
提督「紙の柄選ぶのにすごく悩んだよ、中身より目立たずかつ地味じゃないって難しいもんだな。」
柄無しのシンプルなものがあればそれで良かったのだが、店にあったのは茶器のような華やかなものばかりだったのでかなり参ってしまった。他で買って自分で包むという手もあるが、いかんせん不器用なので汚くなってしまうよりかはプロに任せた方が良い。
山城「えっと、ありがとう…今開けてみてもいい?」
提督「勿論、もう既に2人の物なんだから好きにしていいぞ。」
山城「それじゃあ早速・・・姉様これ…!」
扶桑「素敵な髪飾り…」
提督「悪く言うつもりは無いんだが、2人はいつも同じの付けてるだろ?だから偶にはこういうのを付けた2人のことも見て見たいかなって。」
山城「本当に綺麗…その、ありがとう。ずっと大事にする。」
扶桑「感謝します、私今とっても幸せです。」
提督「そんなに喜んでもらえたなら、頑張って選んだ甲斐があったな。」
扶桑「ねえ山城、付け合いっこしましょう?」
山城「いいですよ、じゃあ私から先に・・・よし、姉様お願いします。」
扶桑「ええ、よいしょ・・・こんな感じかしら。提督、似合ってますか?」
提督「すっごく似合ってる。我ながらナイスチョイスだったな。」
扶桑「ありがとうございます、でも少し軽くて落ち着かない気もしますね。」
提督「着け心地悪かったってことか?そこまで考えたなかった、悪い。」
扶桑「いえ、そんなことではないんです。」
山城「確かに、少し軽すぎる気がしますけど…まあこれから一緒に慣れていきましょう、姉様。」
扶桑「そうね。だから提督、ご心配いりませんよ。」
提督「なら良かった。」
山城「そうだ姉様、あれは持ってきましたか?」
扶桑「ええ、もちろん。」
扶桑「はい提督、これは私達からのプレゼントです。」
扶桑が手にしていた鞄から紙に包まれた箱を取り出して、こちらに手渡してきた。
提督「これを俺に…いいのか?」
山城「当たり前じゃない、プレゼントなんだから。」
提督「はは、そうだな。うん、すごく嬉しいぞ。」
扶桑「中身は帽子とマフラーです、2人で作りました。」
提督「手作り!?すごいな、なら早速開けて見ないと。」
少しだけ冷静さを残して、丁寧に包装を外す。破って早く中を見たいほど興奮していたが、せっかくの贈り物ものだ、装飾とはいえ無下にはできない。
提督「・・・すごいな、どっちも甲乙付けがたいくらい上手だ。マフラーは山城で、帽子は扶桑さんかな?」
扶桑「まあ、ご名答です。でもどうして?」
提督「なんとなくわかるんだよな。どっちも丁寧に編み込まれてるけど、こっちのマフラーは何度か編みなおした跡があるからちょっと不器用な山城が、この帽子は柄が付いてるから編み物とか得意そうな扶桑さんが作ったんだなって。」
山城「し、仕方ないじゃない。私こういうのは初めてだったんだから…」
提督「別に悪くは言ってないだろ、どっちも個性が出ててすごく好きだぞ。ありがとう、こちらこそ大切に使わせてもらう。」
山城「も、もう。調子いいことばっかり言って…」
扶桑「良かったじゃないの山城、提督に気に入っていただけたのだから。」
山城「それは、そうですけど…」
提督「・・・よし、どうだ?なかなか似合ってないか?」
山城「当然でしょ、提督のために作ったんだから。」
扶桑「良かった、帽子のサイズは丁度良いみたいですね。」
提督「ああ、ぴったりだ。いや〜暖かいな、2人の温もりを感じる…」
山城「ちょっと恥ずかしいこと言わないでよ!」
提督「マフラーなんか山城に腕枕しもらってるみたい…」
山城「聞いてるの!?」
扶桑「まあまあ、ふふっ。」
提督「あーでもやっぱ寒いし、流石に腹減ったな。そろそろ店行こうか。何が食べたい?リクエストがあれば何でも言ってくれていいぞ。」
扶桑「でしたら、私一度でいいから七面鳥を食べてみたいと思ってました。」
山城「姉様がそう仰るなら、私も。」
提督「いいぞ、予めいくつか予約はとってあるから、今からでも大丈夫だろ。和食とか他の所は今キャンセルしてしまうから、ちょっと待っててくれ。」
その後、夕食を楽しんだ3人は一旦金剛達のいる鎮守府に行くと、夜間の特別任務を開始した。金剛に見つからないかつ寝た子を起こさないというかなりハードなミッションだったが、どうにかこれをクリア。そして、不幸鎮守府でも同種の任務を遂行してようやく眠りに就くことができた。
どうも、ちょこちょこ更新するとかぬかして有言不実行な影乃です。
最近ちょっちネタに困ってというか、想定していたネタを上手いこと書けなくてかなり迷走気味です。
まあ、折角やると決めたことですから、頑張って3月まで持っていきたい所存であります。
人物紹介とかもすっ飛ばしている上にかなり文字数妥協してますが、それはこのシリーズが終わりを迎えてから今後じっくりと書き足していきます。
もう少し語っていたいところではありますが、1月2月のぶんを消化せねばならぬ故、ここら辺で失礼します。
全部が全部早霜が黒幕に思えてきた。個人的にも好きな子だから出番があって嬉しいんだけども。
終わりが近づいてきてると思うと悲しいです。まぁしばらくは気にせず楽しませてもらいますけどね
ネタというか一月に入っていきなり寒くなってますからそれだったり道路が凍ってこけたり(実体験)ありますから意外と身近な事、当たり前の事を書いてもいいかと。
誤字の報告 叢雲救出の時の提督のセリフで「よく女こんな酷いことできるな」→「よく女にこんな酷いことできるな」かと
毎度毎度、ツメが甘い主で申し訳ないです。題名から既に誤字があるとか何をやっていたのやら…
ネタの提供感謝します。そうですよね、元々日常的なこと書きたいなと思って書いてたのにすっかり忘れてました、反省反省。
もう少しで終わると言っても、多分また日常系が恋しくなると思うので、箸休め的にひょっこり投稿させていただくと思います。ご要望があれば、積極的に答えていきたいと思ってますので、そのときは是非に(^_^)