やはりわたしの青春ラブコメはまちがっている。9
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
いろはルート、9作目
【追記】
改稿しました(2017/10/7)
一応、改稿前の文章も残してありますが、あとがきにて改稿部分の詳細について記載しておきます。
\迎春/
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
二日に一回も無理かも……さーせん(´-ω-`)
ある程度書け次第更新します(´・ω・`)更新する日は告知するので、フォロしとくと楽かもです。
iPadじゃなくてiPhoneで書きたい('、3_ヽ)_
第七章 たまに、ラブコメの神様はいいことをする。
——人間関係には、出会いと別れが付き纏う。
それはなにも、卒業や転校、離職や転勤に限った話ではない。
例えば、そう——今まで所属していた部活を引退することだって、別れと言ってもいいと思う。
同じ学校に通っているからと言っても、クラスが別なら交流は減る。
話す機会が減って、比例するように遊ぶこともなくなって、気安く話しかけてたのになんだか気まずくなって、すれ違ったときに挨拶くらいはするだろうけど、でも、それだけだ。
それを別れと呼ぶのは少々大袈裟かもしれないけど、毎日会っていた相手に会わなくなることと、毎日話していた相手と話さなくなることに、一体どれほどの違いがあるのだろう。
そこにいないから話せないことと、そこにいるけど話さないことに、どれだけの違いがあるだろう。
それはきっと、引退するまで——離れてみるまで分からない。
そこになんの違いもないことに気づくのは、大概が関係が風化してしまった後だろう。
引退じゃなくてよかった——というわけじゃない。
もちろん、引退という形ではなかったことにより、風化する前にその可能性に気づけたのは助かったけど、出来れば存続して欲しかった。
というか、今までなんの不思議もなくこの部活は卒業まであるのだろうと思っていただけに、寂しさは拭えない。
わたし自身、どうしてそんな夢のようなことを考えていたのか分からない。
始まりがあれば、終わりがある。
そんなことは当たり前のことだ。
永遠なんて、存在しない。
そんなこと分かっていたはずなのに、わたしにとって、奉仕部の廃部はこの夏一番の衝撃だった。
永遠に愛してるだなんて嘘くさい。
一生友達だなんて胡散臭い。
ずっと一緒とか正直寒い。
そんなことを思わないでもない。
しかし、事実として何十年経っても変わらない関係というものは存在する。
全く変わらないというわけではない。ときには、離れることもある。人間なんだから、喧嘩だってする。
けれど、数十年後に「昔あんなことがあったね」と言い合える関係が存在するのなら——
わたしはこの人たちとそうなりたいと、この夏に思ったんだ。
× × × ×
「っと、言うわけで、ハッピーニューイヤーです! せーんぱいっ!」
「いや、どういうわけでだよ、くそ暑いじゃねぇか、なんにもハッピーじゃねぇよ……」
「暑いからこそ、ですよ! 全く、本当先輩って空気読めないですよね。……空気が嫁みたいなものなのに」
「おい、聞こえてんぞ」
「聞こえるように言ったんです」
「こいつ……」
あまりの暑さで返事をするのも面倒になったのか、先輩はそれっきり黙りこんでしまう。
おっかしーなー、なんでこんなテンション低いんだろう。こんなかわいい後輩が隣にいるのに。
その反面、わたしとかめっちゃテンション高いし、なんでこんな梅雨の化身みたいな先輩の隣にいるのか謎。
先輩と話すときに自然と笑顔を見せられるわたしがいい子過ぎてつらい。
……でも、せっかく笑えるようになったんだから、この心配症さんを困らせないように、笑顔でいてあげるのも悪くないかな。
「そろそろですかね〜?」
「ん、ああ、そろそろ来んだろ」
相変わらず無愛想な返事である。そろそろ家に帰りたいとか言い出すレベルだ。まだ来て間もないのに。
「あれ、そう言えば、小町ちゃんはどうしたんです?」
「小町ならそこのコンビニにいるぞ、お前も行って来い」
「なんですか、そのあからさまな邪魔者扱い。こうなったら、意地でも先輩の近くに居続けます。やりましたね! 先輩!」
「わー、ちょーうれしー」
「ちょっと一発ぶん殴ってもいいですか……」
今のはさすがのわたしもカチンときちゃいましたよ、マジで。
「ていうか、なんでわざわざこんな暑い場所で待ってるんですかぁ……。わたしたちもコンビニ行きましょうよ」
「あ? ここにいた方が誰か来たときにすぐ分かんだろ」
「…………」
出たー、捻デレ出たー。
「なんだよ……」
「ふふっ。いえ、別に」
ま、一緒に待つのもアリかな。
夏の暑さも蝉の鳴き声も、じっとりと滲んでくる汗も沈黙も。先輩の隣でならと思えてしまう。
「……もう、今更ですけど、本当に来てもよかったんですかね」
日陰に置かれたベンチに座って、夏の風を感じながらつぶやきのような声量で問う。
「本当、今更だな。……よくなかったら、そもそも誘ってねぇだろうが」
「もう一回」
にやにやしながら人差し指を立てて言うと、先輩は眉根を寄せる。
「二度と言わねぇ……」
「えー、ケチな男はモテませんよー!」
「ケチだろうがケチじゃなかろうが、俺がモテるわけねぇだろ……いや、こんなこと言わせんなよ」
「校内でもかなり可愛い部類に入る同級生に告白されておいてよくそんな言葉が吐けますね」
「あいつは将来変な男に捕まりそうで怖えよ……、まあ、俺より変なやつなんてそうそういねぇけどな」
「なんで誇らしげなんですかね……」
本当、こういうところは全く変わらないなぁ。まあ、これが先輩なんだから、これでいいのだろう。
「あ、来たみたいですよ!」
噂をすれば影が差す、というやつである。こちらに気付いてぱたぱたと駆け寄ってくる彼女と、それを一歩下がった位置で微笑ましげに見ている彼女。
いや、微笑ましげというより、なんか徐々に離れていってるような……と、わたしが疑問を覚えた瞬間だった。
「やっはろーっ!」
大きく手を振りながら、彼女——結衣先輩は、独特の挨拶を叫んだ。周囲を歩いていた人たちが一斉にこちらを向き、先輩が「うげぇ」とでも言い出しそうな顔を浮かべる。
「そういうことかよ……あいつ」
どうやら先輩も、雪ノ下先輩の行動に疑問を覚えていたようだ。
そんなことは知らない結衣先輩は、最後にタタンッとスタッカートで弾いたような足音を奏でて、わたしたちの目の前で止まる。
なんか、いつもと違うな。白いノースリシャツにデニムパンツという組み合わせで、いつもの派手派手しさがなりを潜めている。
そんななんか気合入ってる感じの結衣先輩はなんだか照れ臭そうにお団子を弄りながら、
「お、おはよ、ヒッキー」
「お、おう……なにお前、普通の挨拶も出来んじゃん、俺のことも普通に呼んでくれていいんですよ?」
「……?」
「いや、分かんないならいいわ。そうか、それが普通なのか……」
つーか、俺の周り俺のこと普通に呼ぶやつ少な過ぎだろ。川越くらいじゃないの?
とかなんとか、ぶつぶつ言ってる先輩は放っておいて結衣先輩に声をかける。
「結衣先輩、こんにちはでーすっ」
「ん、いろはちゃん、やっはろー!」
なんだかちょっともじもじしてる結衣先輩に近づき、小さな声で訊いてみる。
「デート、どうだったんです?」
「えっ? あ、うん、えと、うん……た、楽しかった、です……」
そこまで言って結衣先輩は心底恥ずかしそうに顔を両手で隠してしまう。
なんだこの人、かわい過ぎるでしょ、惚れちゃうよ? ていうか、先輩は早く服を褒めろよ。本当、この人は……気付いてるくせに。
「……あ、もしかして、デートもそんな感じの服で行ったんです?」
「な、なんで分かったの!?」
ははーん、そういうことですか。そこでちょっと嬉しいこと言われちゃって、今日も似た感じで来てみたってやつだ。ファイナルアンサー。
なら尚更……。
「んだよ……」
「分かってるんじゃないんですか」
じとーっとした視線を送り続けていると、先輩ははぁと重苦しい嘆息をして、
「あー、なに? ビッチぽくなくていいな、その服」
なぜ倒置法。あくまで服を褒めてるだけだから、みたいな保険いらないから。ていうか、それ褒めてるのかよ。
と、心中で文句を言ったものの、結衣先輩はなんだか嬉しそうな顔をしているのだった。
「それこの前と一緒だし! でも、ありがとっ!」
純粋な笑顔と言葉に先輩は目を逸らしてがしがしと頭を掻く。眩しい、あと甘い。
「ついでにわたしの服にも一言どうぞっ!」
きゃぴっと擬音がつきそうな勢いで先輩の前でポーズを取る。先輩はそんなわたしをしらーっとした目で見て、
「はいはい、かわいいかわいい」
「ちょっ! 最近、わたしの扱いが酷過ぎません!?」
「そんなことねぇよ、被害妄想だ」
ぐぬぬ、なにが悔しいってなんだかんだ「かわいい」って言われたことが嬉しいのが一番悔しい。
「ヒッキー、いろはちゃんにもちゃんと言ってあげなきゃダメだよ」
「……はぁ、まあ、いいんじゃないの? ほら、そのピアスとか」
「それヒッキーがあげたやつじゃん……」
「まあ、先輩の倒置法は大抵言い訳とか保険みたいなものなんでそれで満足して差し上げましょう。とても遺憾ですけど」
「ばっ、お前、はあ? なに言ってんの? めっちゃ本心だから、まじで」
「——なにを騒いでいるの、ただでさえ迷惑なのだから少しは控えなさい」
いつの間にか近づいてきていた雪ノ下先輩が、なんだかとてつもなく酷いことを言った。
「いや、お前、俺とか……俺とか、うん、迷惑かけてるな、これは。すまん」
とうとう迷惑かけないことに関してはなんたらを言えなくなってしまった先輩だった。
わたしも少なからず驚いたが、雪ノ下先輩は私の比ではなかったらしい。目を見開いて固まった後、はっとなり、狼狽えた様子で、
「いえ、その……冗談よ? 謝られる謂れはないわ。私だって、あなたに迷惑をかけたことがないとは、言えないもの」
「いや、そんなことねぇだろ。お前は——」
「はいはーい! そんな不毛な争いはこの辺りで終わりにして、もっと楽しい話をしましょう!」
なんだかギクシャクしている。
しかし、考えてみれば当然の話である。一度、部員が一人抜けるという事態に陥っている。それから半月程度で夏休みに突入したわけだから、距離感を戻す時間があったかどうかは微妙なところだ。
「そ、そうね。と言っても、例えばどんな話をすればいいのかしら?」
「え、さあ? 温泉の話とかですかね」
「温泉……そういえば、糖尿病の効能があるらしいわ。比企谷くんにはうってつけね」
「確かに……いや、俺まだ糖尿病じゃないからね? マッカンの飲み過ぎで糖尿病になったりしてないからね?」
ちょっとだけいつもの調子に戻ってきたあたりで、道路脇に黒いボックスカーが停車した。車窓から顔を見せたのは平塚先生だ。
「よし、集まってるな! 行くぞ! 早く乗れ!」
親指を立てて車内を指す平塚先生。あんな車だったっけ? レンタルかな。
「なんであんなテンション高いんだ、あの人……」
「……あ、確か若い男性に人気、とも書いてあったわね」
「単純過ぎる……つーか、小町まだかよ」
先輩がコンビニの方へと顔を向けると、後部座席の窓が開き、中から小町ちゃんが手を振っていた。
「小町はここだよー!」
「いや、お前なんでそこにいんだよ……」
「そこで拾った」
言って、平塚先生が指さしたのは、わたしたちのいる場所からは離れているが、わたしたちの様子が窺える位置だった。なんだこの子、怖い……。
「はあ……」
ため息を吐きながら、先輩は車へと歩いて行く。それに合わせて、わたしと雪ノ下先輩、結衣先輩も車へと向かい、車内に乗り込んだ。なぜか当たり前のように助手席に座った先輩である。
「よし、全員乗ったな! では、行こうか! 楽園へ!」
「ただの温泉ですけどね……」
こうして、奉仕部解散旅行もとい、平塚先生が友人の披露宴(今夏二回)で当てた一泊二日温泉宿無料宿泊券(六枚)消費旅行が始まった。
ちなみに先輩は、一人で六回も行きたくない……と、電話で泣きつかれたらしい。早く、早く誰か貰ってあげてっ!!
× × × ×
「わたしは、温泉というと熱海が思い浮かぶんですけど、みなさんはどうです?」
もうすぐ目的地である熱海の温泉宿に到着するという頃、ふとそんなことを訊ねる。特に意味はない。
結衣先輩と小町ちゃんがうーんと悩む中、先輩と雪ノ下先輩だけが即答する。
「——湯楽の里」
「——浦安万華鏡」
「どっちも千葉じゃないですか……、どんだけ千葉好きなんですか」
「いや、これで分かっちゃうお前も相当だけどな」
今日という日が楽しみで、話のネタにいろいろと温泉を調べたのは秘密である。まあ、先輩と二人きりじゃないのなら、小町ちゃんや結衣先輩が話題を提供してくれるけど。
「着いたぞ」
間もなく車が停まり、それぞれが荷物を持って降車する。いの一番に視界に飛び込んできたのは、高級な雰囲気の漂う旅館だった。
家族連れよりもカップルの方が多く見られる。確かにこれは一人で六回も行きたくないな……。
「ここが私達の部屋ね」
雪ノ下先輩が鍵に記された番号とドアの番号を照らし合わせて立ち止まる。ペア宿泊券ではないため、この部屋に泊まるのはわたしと雪ノ下先輩と結衣先輩だ。
ちなみに、平塚先生は『なぜか分からないが』一人部屋で、小町ちゃんと先輩は同室である。
先輩と同じ部屋が良かったなーと思わないこともないが、なんだかそれはそれでテンパりそうなのでホッとしている。それがちょっと悔しい。
「わあー! 広いねー!」
カラオケで少人数なのに広めの部屋に通されたときのような感想を漏らす結衣先輩に続きわたしも部屋の中へと入る。
「広いですねー!」
ごめんなさい。こういうときどんなことを言えばいいのか分からないの(真顔)
荷物を置いて、障子で仕切られた窓の方へ向かうと、そこからは夏の日差しで煌めく青々とした海が望める。少し窓を開けて空気を吸うと、潮の香りがした。
「絶景って感じです。披露宴の当たり景品なだけのことはありますね」
「……これは確かに、絶景ね」
雪ノ下先輩が優しげに微笑む。こちらも絶景という感じである。こんな感じの絵画売ってそう。
「な、なに?」
じーっと見惚れていると、雪ノ下先輩が戸惑いながら声をかけてくる。
「どうしたらそんなに肌が綺麗になるんですか」
「……特別なことはしていないけれど」
出た〜、特別なことはしてない奴〜。ぐぬぬ、これが格差社会。やっぱり社会は厳しいです。
少し早く着いたが、まったりとした時間はえてして早く過ぎ去ってしまうものである。ふと時計を見やれば、すでに到着して二時間が経過していた。
折角温泉宿に来たのだからそろそろ温泉に入ろうということで支度をすると、唐突にドアがノックされる。ドアを開けると、そこにいたのは小町ちゃんだった。
「温泉、行きましょー」
と、いうわけで何年ぶりかの温泉へ四人で向かう。
「あれ? 先輩は?」
「あ、ごみいちゃんなら先に行っちゃいましたよー」
にっこりと笑ってそんなことを言う。今ナチュラルに貶したな、この子……。まあ、先輩のことである、待っているとも思っていなかったが。
「どうせ、男湯と女湯で別れてんだから一緒に行く必要ねぇだろ、とか言って先に言った感じだろうなー」
「正解です! ふむ、いろはさんにはごみいちゃん検定一級を」
「いや、いらないいらない」
「ですよねー」
酷い言われようだった。悪口というものは大概本人のいない場所で言われるものだが、本人がいたところで多分あんまり変わらないのが肝である。
× × × ×
「それでは、わたしはお先にー」
のぼせやすい体質なのか分からないが、なんだかくらくらしてきたので、のんびり話している三人に断って先に上がる。
浴衣を着て暇つぶしにロビーに向かうと、見慣れたアホ毛を発見した。
「せんぱーいっ」
自動販売機にて難しい顔をしている先輩に駆け寄ると、眉間の皺が更に深くなる。うわぁ、嫌そう。
「先輩ってわたしが近付くといっつもおんなじ顔しますけど、それわたし専用の顔なんですか? でも、ごめんなさい。そのくらいの特別感ではわたしは落とせませんので」
「いや、俺まだ一言も喋ってないんだけど、なんで振られてんの? なにが怖いって、自分でもなに言ってるのか分かんねぇのが超怖い」
「睡眠術だとか超スピードだとか、そんなちゃちなものじゃ断じてないですよ」
「……お前はいつも俺の理解を超えてくるな。ジョジョとかいつ読んだんだよ」
「つい先日、はるのんに進められましてー! あはっ」
先輩は呆れたように嘆息して、自販機から飲み物を取り出す。先輩の手に握られているのは、ペットボトルのマックスコーヒーだ。
「あれ? 缶じゃないんですね」
「……ねぇんだよ」
本気で残念そうである。ペットボトルと缶で味が違うのだろうか。それとも、熱いか冷たいかの違いだろうか。まあ、どうでもいいか。
「ところで先輩、美少女四人と温泉旅行に来た感想はどうですか?」
「平塚先生を数に入れてないあたり、お前の腹黒さがよく分かって帰りたくなりました」
「いや、だって、少女じゃな——」
瞬間、なにかが風を切り裂いた。とてもラブコメで登場する表現とは思えないが、ガチである。なんかブォンって感じの音したもん。
「一色……いい度胸だ。もう一度言ってみろ、誰が行き遅れだって?」
目の鼻の先に突き出された拳から辿る形で、ギギギとオイルの足りていないロボットのような動きで首を動かす。そこにいたのは、やはりと言うべきか、平塚先生だった。
詰んだ。わたしの人生もここまでか……。誰も行き遅れだなんて言ってないんだけどなぁ。
「平塚先生は、その、少女ではなく美女なので、わたしたちと同じ場所に名を並べるのは逆に失礼かなぁーみたいな……ですね?」
こんな適当な言い訳じゃ無理だろうか。下がっていた視線を恐る恐る上げると、平塚先生はこほんと咳払いした後に拳を下げる。
「お、おお、そうか」
よっし、この人ちょろいぞ。
先輩のしらーっとした視線を受け流しながら歓談していると、夕食の時間が近付いてくる。他の三人ももうとっくに温泉からは上がっているだろう。
「そろそろ戻りましょうか」
「そうだな」
部屋まで戻り、豪勢な夕食を食べる。明日には帰らなければいけないというのが、少し辛い。
もう少ししたらもう一度温泉に入ろうかと考えながら寛いでいると、再び小町ちゃんがやってきた。
「折角お泊りですしー、なにかゲームでもして遊びません?」
ゲーム……だと、それは。
「勝敗のあるやつ?」
「あー、いえ、ないやつです」
「ん、それならわたしはいいよー!」
なんだか雪ノ下先輩に睨まれている気がする。気のせいだと思いたい。
「あたしもやるよー!」
「ゲーム内容を聞いてもいいかしら?」
「それは、始めるまでのお楽しみです」
小町ちゃんが悪戯っぽく笑う。……これはなにか悪巧みをしている顔だ。嫌な予感がしてきた。
「……やるわ」
「ではでは、皆さん参加ということでよろしいですね!」
「あー、いや、やっぱりわたしは」
「それでは始めましょう!」
有無を言わせぬ感じだった。
「あの人の気持ちはどうなっている!? ドキドキ☆本音暴露ゲーーーームッ!」
「え?」
「……?」
「……はあ」
どうやら、嫌な予感は的中したらしい。ていうか、そのネーミングなんとかしろ。
「では、やり方を説明しますねっ! まずは三人で丸くなってください!」
テンション最高潮といった様子で仕切る小町ちゃんの言葉に従い、わたしたちは円になる。わたしの右隣が雪ノ下先輩、左隣が結衣先輩という形だ。
「小町ちゃんは……?」
「小町はゲームマスターということで」
それはずるくないでしょうか。しかし、なんだか勢いに押されて言えない。どこが本音暴露ゲームだよ。
「んー、やっぱり勝ち負けはアリにしましょうか、その方が面白そうですし」
「いや、その変更が許されるのなら、わたしの棄権も」
「ではでは続きから説明を!」
「…………」
「……諦めなさい」
「はい」
ここで、付き合ってられるかと怒って出て行くのは簡単だ。だが、わたしはそんな大人気のなない先輩にはなりたくないので、雪ノ下先輩の言葉に従う形で現状に流されることにする。
「これは、順番に隣の人に質問をし、質問された方はその内容に本音で答えなければならない、というゲームですっ」
というゲームです、じゃないよ。なんだその鬼畜ゲー。
「本音かどうかの判断基準は? 小町さんが判定するのかしら?」
「いえ、小町は基本的に見てるだけです、自己判断でお願いします」
「それでは嘘を吐く可能性があるのではないかしら……」
「吐けるなら、どうぞ。親しくしている友人や後輩や先輩に、面と向かって嘘が吐けるのなら、ご自由にどうぞ。それもあるいは暴露かもしれませんしねっ!」
怖いことを言うものである。そんなことが出来る人がこの中にいないなんてこと、知っているだろうに。
「一っ! パスは最初は三回まで可能です!」
パスがあるのか、なら、パスが尽きて答えられなかった時点で失格、離脱かな。
「二っ! パスが尽きても失格や敗北にはなりません! さっさとパス使って抜けようと考える人がいるので!」
えー、ばればれじゃん。なに、えすぱーなの、この子。
「三っ! 相手にパスを一回使わせると自分のパス回数が一増えます!」
「意外と細かいね……覚えられるかなぁ」
「そんなこともあろうかと、メモがありますっ! あとでお渡ししますねー」
え、この説明パート必要? ねぇ、必要?
「メモは一枚しかないので、お二人は覚えてくださいねっ!」
満面の笑顔で崖から落とされた。世の中ほんと厳し過ぎると思う。差別、ダメ、絶対。
「四っ! 二周した時点で右回りと左回りを入れ替えます!」
まだあんのかな……、わたしテストで点取れても頭いい訳じゃないんだけど。
「五っ! 最終的にパス回数の一番多い方の勝利です! 説明はこれで終わりとなります!」
雪ノ下先輩がなんだかんだやる気を見せている。別に勝ちたくはないが、本音をぺらぺら喋らされるのは勘弁である。
「それでは! ゲーーームッスターーット!」
どうしよっかなぁ、これ。
「まずは順番を決めないといけないわね」
「ですねー……」
「そうなの?」
……まあ、なるようになるか。結衣先輩ごめんなさい。
じゃんけんの結果、最初に質問をするのは雪ノ下先輩になった。最初は右回りなので、雪ノ下先輩がわたしに、わたしが結衣先輩に、結衣先輩が雪ノ下先輩に、ということになる。
「そうね……。そういえば、前から聞きたかったのだけれど、一色さんと姉さんは一体どういう関係なの?」
当たり障りのない質問だ。始めは様子見ということだろうか。
「んー、どういう関係か、と訊かれると、友達としか言いようがないんですよねー」
「友達……? あなたと姉さんが?」
「はい。別になにかされ——てるかもしれませんけど、それも込みで付き合ってるので」
「そう……凄いわね」
別に凄くはないんだよね。理解出来ていないから怖いのだけれど、それを言ってしまえばどの人に対しても同じことが言えてしまう。
誰とでも合う人がいないように、誰とも合わない人だっていない。そこにあるのは、多いか少ないかという違いだけだ。そんなものは溝にでも捨ててしまえばいい。
「ではでは、次はわたしですね〜」
「なんか、どきどきするねー」
胸のあたりを軽く押さえて、結衣先輩はわたしを見つめる。くぅ……それ、ちょっとくらい分けてくれてもいいんですよ?
「どうすればそんなに胸が大きくなるんですか」
じっと結衣先輩の胸を凝視して尋ねると、結衣先輩はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
「え……? え、ええ? それは、その、別になにかしてるわけじゃないし、えと……あははー」
「……これが生まれ持った才能の差というやつですか」
べ、別に悔しくないし。お母さんがお母さんでよかったし……ぐすん。ちら、と雪ノ下先輩を窺うと思いっきり睨まれた。怖い。
「よっし! じゃ、次はあたしだねっ! んんー、ゆきのんに質問かぁ……」
結衣先輩は目を瞑り、むむーとか唸りながら考える。そのまま数秒経過すると、唐突にまぶたを持ち上げた。
「ゆきのんが思う、あたしのいいところってどこ、かな……?」
シリアスな展開になりそうな予感がした。折角、どうでもいいことを訊くだけ訊いて終わらそう作戦を実行していたのに!!
……本音か。さっきはそんな人はこの場にいないなんてことを思ったけれど、実際どうなんだろう。わたしはこの人たちに、本音を言えるのだろうか。ありのままを晒せるのだろうか。
きっと、やろうと思えばいつだって出来るのだ。わたしが全てを語れないことの責任はやっぱり、当然のようにわたしにある。そんなことは理解している。自分が臆病なことは誰よりわたし自身が知っている。
しかし。
果たして。
嫌われることを厭わず全てを曝け出すことは、勇気と呼べるのだろうか。わたしにはそれが蛮勇に思えて仕方がない。
あるいは、それも言い訳なのだろうけれど。
「あなたのいいところ、ね……」
雪ノ下先輩は一体、結衣先輩をどう見ているのか。それは、結衣先輩に戻ってきて欲しいと思った理由にも繋がるかもしれない。
わたしはその会話を聞いていないから、彼女と彼女がどんな話をしたのか知ることは出来ないのだけれど、その一端を垣間見ることは出来るかもしれない。
……なにを期待してるんだろう。ダメだ、本当にダメだ、わたしは。すぐに人任せにしたくなる。誰かの心に踏み入りたいのならば、その一歩は自分自身のものでなければならないと分かっているのに。
「私がそれを言うことにどんな意味があるか、私には分からないわ。だから、そこまでの躊躇はない。けれど、言う前に一つだけ、約束して欲しいの」
「……約束?」
「ええ、別にそんな身構えなくてもいいわ。簡単なことよ」
雪ノ下先輩が微笑むと、結衣先輩は大袈裟に頷く。
「うん、分かった! なに?」
「ありがとう。これから言うことは、私の本音ではあるけれど、私から見たあなたの一面でしかない。だから、由比ヶ浜さん、あなたにとっては悪いところなのかもしれない可能性も少なからずあるわ」
それはそうなのだろう。自分の考える自分自身と、相手の見ている自分は違う。そこに差異があるからこそ、誤解や勘違いが生まれるんだから。
「でも——そんなことは気にしなくていい。私が思うあなたのいいところがあなたの思うものとは違っていたとしても、それに影響されないで。あなたはあなたのままでいい。変わらなくてもいいなんてことは言わないけれど、変化はあなたの望む方向に向かうべきだと思うから」
相手が自分に持っている印象を聞くことには、そういうリスクがある。それを、誰にも好かれない人間なんていない、誰からも嫌われる人間なんていないと放っておけるなら、そもそもそんなことは訊ねないだろう。
故に、そんなことを言われてしまった結衣先輩は、困ったように苦笑いをするのだった。
「誰かに好かれるために動くことが悪いことだとは思いませんけど、印象なんて押しつけに近いですし、そのために結衣先輩が苦しむのは嫌だってことじゃないですかね」
「そうね……例えば、いえ、質問に答えると、私は由比ヶ浜さんの明るいところや優しいところ、相手を思いやれるところがいいところだと思う」
波風の立たない回答、なんでもない普遍的な回答、そう感じる人も少なくないだろうが、そこにどんな気持ちが込もっているのか、知っているのは当人たちだけでいい。
「でも、私は由比ヶ浜さんがどんなときでもそういう人でいて欲しいなんて思っていない。それはとても傲慢なことだと、分かったから。改めて言う必要があるのかは分からないけれど——私はあなたを追い詰めたことを後悔しているわ」
「ち、違うよ、あれはゆきのんのせいなんかじゃなくて」
「それでも——あなたがそう言ってくれるのだとしても、私は私を許したくない」
雪ノ下先輩の言に結衣先輩は言葉を詰まらせ俯いてしまう。そして、僅かに顔を上げ、恐る恐るといった様子で言った。
「……あたしが、ゆきのんの思ってるような人じゃなくなっても、ゆきのんはあたしと友達でいてくれる?」
「どんなあなたでも私はあなたの友達を辞めるつもりはない」
という言葉で結衣先輩がほっとしたのも束の間、雪ノ下先輩はそのまま言葉を続ける。
「——なんて台詞を期待しているのなら、私はその期待には応えられないわ。未来は分からないから、そんな無責任な約束は出来ないし、そのことに甘えて欲しくもないのよ。だから、私には、友達関係を円滑に進めるために甘言を囁くようなことは出来ないわ。けれど——」
そこで雪ノ下先輩は少し迷うような素振りを見せ、ちょっとだけ恥ずかしそうに、
「ただ、今のところ、あなたのいない未来は想像出来ない……とだけ、その、一応言っておくわ」
「ゆきのん……」
「な、なに……?」
「ふふっ、ううん、充分だよって、それだけ」
「そう、それなら、よかった」
強張っていた雪ノ下先輩の表情が和らぐ。多分、怖かったのだ。本音を言うのは怖い。それだけで崩れてしまう可能性だってあるのだから。
わたしにこれが出来るのだろうか。今、求められているのはこれなのかな、とも思う。
たかがゲームだ。しかし——と、終始にこにこしている小町ちゃんを見やるも、その真意は掴めない。
「次は私が一色さんに訊く番ね」
雪ノ下先輩はくすりと笑う。なにを聞かれるのだろう……怖い。
「そうね……では、あなたが頑張る理由を訊いてみようかしら。あなたの変化は正直、異常の域に達していると思う。一週間に一度しか顔を合わせないから、それがより感じられる——というか、一週間に一度という部分が既に変化なのよね……」
雪ノ下先輩はわたしを正面から見据えて、いつかの屋上での対話にも似た雰囲気を漂わせながら、
「あなたはなんのために頑張っているの? あなたに一体、なにがあったの?」
「……質問は一つでお願いします。ルール違反ですよ〜」
なんて、誤魔化してみるが、雪ノ下先輩には通じないようで、特に迷うこともなく答える。
「あなたがなんのために頑張っているのか、で」
少し、ほっとした。わたしになにがあったのか、それを話すということは、お母さんのことを話すということだ。今はまだ、知られたくない。
まあ、答えたくないならパスを使えばいいんだけど。雪ノ下先輩もそれを考慮した上でこういう質問を選んだのだろう。
「わたしがなんのために頑張っているのか、ですか……」
前に言わなかっただろうか。こういう形で言ったことはなかったか。
「わたしは、わたしのために頑張ってるんです。思い返してみても、どこまでいっても、エゴで……」
「自分のためだけに、そこまで頑張ることが出来るものなのかしら……?」
それはどうなんだろう。誰もがそうあれるとは思わないけれど、わたしは——
「自分ためだから、ここまで頑張れるんです。自分の動く理由を誰かに求めたくないんです。本当はいろいろあるんだとは思いますけど……」
お母さんを安心させたいだとか、先輩の力になりたいとか、はるのんの期待に応えたいとか、雪ノ下先輩や結衣先輩、奉仕部の関係がそのままでいて欲しいとか。
いろいろ、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃうくらい、溢れてる。
「そのいろいろは全て、わたしのために繋がってるんです。……誰かのために頑張り続けられるほど綺麗じゃないんです」
汚いのだ。慈善事業なんて出来やしない。わたしのしたことは、わたしのしたいことだから、やっぱり自分のためでしかないのだろうと思う。
それで誰かが救われるのなら、ラッキーって感じ。
「自分のために頑張って、幸せになれたのなら、その幸せの価値をわたしは正確に捉えられます。幸せを与えられているだけの立場に嫌気が差したんですかね、その状態を道理だと思っていると、幸せを与えてくれる人の無理に気づけませんから。壊れてから価値に気付くようじゃなにも得られない。そんなのはもう、懲り懲りです……」
今まで、どれだけ苦労をかけたのだろう。どれだけの愛を貰ったのだろう。日に日に成長し、我儘になっていくわたしを満たすのに、どれだけ命を削ったのだろう。
今からそれを、どれだけ返せるのだろう。なんでもいいから、わたしは返したい。そして、伝えたいのだ。
わたしの出来ることなんてたかが知れているけれど、わたしの全てを使って、全身全霊をもって、届けたい。たった一言を。
自己満足でしかないのは分かっている。でも、自分だけでもいいから、満足したい。多分、そんな自己満足を喜んでくれるだろうから。
きっと、自分で幸せを掴んだわたしを褒めてくれるだろうから。
そう考えていることこそが、わたしがわたしのために動いているという揺るぎない証拠でもある。
「そう……やっぱり、あなたと私では違うのね」
「違う、ですか。人と人が違うのは、当たり前ですよ」
「……そうね」
同じ人間なんていない。だから、理解するのに時間がかかる。
合わせる方が楽なのは知っている。仮面を被って、適当に相槌を打っていた方が簡単に決まってる。けれど、わたしはこの人たちにとって、わたしでなくてはならない存在になりたい。
誰にでも代わりの務まる人間でいたくない。
「なんか、重いですよね。言い始めたら止まらないのは、悪い癖です。さてさて! 次はわたしが結衣先輩に訊ねる番ですよぉ〜」
ゲームに勝つには答えづらい質問をしなければならない。しかし、そういう質問をするということは、同時に自分がそういう質問をされる可能性を高めることになる。
今の段階では、まだぎりぎり探りの部分だ。これ以上突っ込んだことを訊ねると、ほとんどなんでもありになる。
どうしよう。別に勝ちたい理由も負けたい理由もないけれど、パス回数がなくなったらやばい。わたしのパス回数がなくなっても、雪ノ下先輩や結衣先輩は突っ込んだ質問をしてくるだろうか。
可能性としては低い気もするが……百パーセント安全とは言い切れない。
「悩みますねー……」
ちょっとグレーゾーンな質問をしてみようかな。いや、折角の機会だ。訊きたいことを訊こう。
「では、質問です! ずばり、今好きな人はいますか〜?」
この質問に答えられるかどうかは問題じゃない。この質問にどういう答えが返ってくるかが問題なのだ。
期待通りと言うべきか、こうであって欲しいと思った通りに、結衣先輩は照れ臭そうに答えた。
「うん、いるよ」
それが言えるのなら、もう大丈夫なのだろう。なにが大丈夫なのか分からないけど、なにかがきっと固まったのだ。
思い、あるいは、想いか。言葉に出せるほど固まった気持ちは、そうそう壊れやしない。
「そうですか〜」
つい、ふふっと笑うと、結衣先輩も笑う。いいなぁ、この感じ、なんでもないけど、なんでもないのがいい、みたいな。
「んー、じゃあ、あたしもいろはちゃんと同じで! ゆきのん、今、好きな人いる?」
ほう……その答えはわたしも気になる。この人が、彼のことをどう思っているのか。
雪ノ下先輩は少しの逡巡の後に答える。
「……分からないわ」
分からない、か。なにを考えての分からないなのだろうか。その逡巡で雪ノ下先輩は彼の顔を思い浮かべたのだろうか。
「でも、分からない、は少し卑怯だと思うから、パスで」
確かに、分からないがアリでは、答えたくないもの全て分からないで済んでしまう。負けず嫌いだけど、反則は嫌いか。いや、嫌いではないのか、自分がしたくはないだけで。
これで二周したので、次は逆周りになる。雪ノ下先輩が結衣先輩に、結衣先輩がわたしに、わたしが雪ノ下先輩に、という形だ。
今のところ、結衣先輩が一位、雪ノ下先輩が最下位だ。というかこれ、質問を一つでも答えられれば、あとは全パスで終わるじゃん。案外、親切設計だった。
「ここで取り戻しておかなきゃいけないのよね……」
雪ノ下先輩が唸る。うわあ、超本気だ。
「うわあ、超本気だ……」
結衣先輩に心を読まれたっ‼︎ と、そんなバカなことを考えているうちに、雪ノ下先輩は質問内容を決めたらしい。
「ずるいかもしれないけれど、これはそういうゲームなのよね……。由比ヶ浜さんの好きな人の名前を教えて」
分かっていて訊いているのだろう。つまり、結衣先輩のそういう話に対する恥ずかしいという思いを逆手に取ったのだ。
「それ、は……その」
だが、雪ノ下先輩の策略は失敗に終わることとなる。結衣先輩は顔を赤くしてしばらくもじもじとした後、ぼそりとつぶやいた。
「ヒッキー……だよ?」
少し驚いた。まさか、それを言えるほどにまでなっていたとは。なにがあったのだろう。おそらく、この変化はデートによるものだ。
「あー、もう——ほんっっと、恥ずかしい……っ」
あーとか、うあーとか言いながら悶え苦しんでいる結衣先輩。やだー、かわいすぎじゃないですかー。勝てる気がしない(絶望)
わたしももっとかわいくならねば! かわいいは作れる‼︎
わたしが脳内でアホなことをやっていると(二回目)、結衣先輩は赤面したままじっとわたしを睨めつけてきた。やだ、なんか嫌な予感がする。大概当たる。
「……今までヒッキーといて、こ、この人好きだなーって思った瞬間。十個」
「え——ちょっ、なんかそれだとわたしが先輩のこと好きみたいなんですけどっ⁉︎」
え、なになになになに、なんで暴露されてんの‼︎
「え? 好きなんじゃないの? え、え?」
「……とても好意がないようには見えなかったけれど」
いや、そりゃ好きだけど‼︎ 皆さんご存知の通りですけどもっ‼︎ 自分で言うのと誰かに言われるのとじゃ全然……っ! ていうか、雪ノ下先輩にだけは言われたくないっ!
あぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ‼︎ ……落ち着け、わたし。
「そうですよ……どうせわたしは先輩のこと大好きですよ」
「……大好きなんだ」
「……大好きなのね」
「? …………⁉︎」
ぐぁぁぁぁぁぁぁあ‼︎ 墓穴掘った☆ 死にたい……死にたい……。恥ずかし過ぎる。
ひとしきり畳の上を転げ回り、しばらく死んだ蝉のように転がって、「あ、これこのまま放って置いてもらえるんじゃ」と邪な考えが浮かんできた辺りで声をかけられた。
「落ち着いたかしら?」
「ご、ごめんねー……?」
「死にたいです。恥ずかしすぎて、生きていけない……」
このまま質問白紙にならないかな。やだよわたし、あんな質問に答えるの。
「よ、よしっ! じゃあ、一個で‼︎」
違う、そうじゃないです。今のなし、が正解なんですー……。しょうがない、パスを使おう。
「パ——」
「あ、そういえば、なんだか皆さん勘違いしてるようなんですが、これ一セットで終わりじゃないですからね?」
「——え?」
今、なんて言ったこの子……。まだまだこんな恥ずかしい質問が来るかもしれないってこと? これは序の口ってことなの?
いや、しかし、これ以上に恥ずかしい質問があるだろうか。……怖いな。ここで安易に使って、より恥ずかしい質問をされるのも怖いし、シリアスな質問をされるのも怖い。
ぐっ、いやでも、しかし、くぅ……。
「結構疲れ溜まってるのを特になにか言ったわけでもないのに勝手に気づいてくれていつもならちょっと近づくだけで逃げるのに肩を借りても黙っててくれたときっ‼︎ はぁっ、はぁっ、はぁー……です」
「き、聞き取れた……?」
「と、途切れ途切れで、なら」
よっしゃぁぁぁぁあっ! 頑張った! わたし!
「小町はばっちりでしたよー」
「「「え?」」」
平然とした顔でなんてことを言うんだ。この子の謎スペック本当なんなの……。ま、まあ、でも、小町ちゃんになら、割りとそういう話してるし。
「それでは、反則ということにもならないわね……」
「ていうか、よく咬まなかったね……」
早口言葉はわたしの十八番です。生むみ生もめ生ままも! はっ、咬みました!
× × × ×
時刻は十一時を迎えようとしていた。
「ゲーーーームッ! セットォォォーーーーッ!」
一位雪ノ下先輩(残パス回数五回)、二位わたし(残パス回数三回)、三位由比ヶ浜先輩(残パス回数一回)
「……なんかすみませんでした」
「ごめんなさい……、勝ったはずなのになにも嬉しくない勝負をしたのは初めてよ」
「ううん、わたしも、だよ」
語るに語れぬ問答を繰り返したわたしたち三人(最終的にみんな揃ってガチ勢だった)は、誰に言われるでもなく謝罪の言葉を述べる。
相手の嫌がる質問をここまで本気で考えたのは生まれて初めてだ。わたしって意外と綺麗だったんだなぁ(錯乱)
「なんだか、これからはもう少し人に優しく生きられる気がします」
「そうね。自分がされて嫌なことはしないなんて、幼いときに教わっていたはずなのに……私は」
「ヒッキーも、嫌、だったのかな……」
結衣先輩の言葉に、少し肩が震えてしまった。実際のところ、どうなのだろう。冗談とは言え日常的に貶されてなにも気にしていないだなんて、そんな人が存在するのだろうか。
「「「はぁ……」」」
同時にため息を吐き出し、なんだかおかしくなって笑う。そして、再び静かになった空間で、わたしは自然と言葉をぽつりぽつりと落としていた。
「……多分、押しつけてたんです、わたし。先輩だからいいやって、先輩ならここまでは大丈夫だろうって、そんなの、先輩の口から聞いたことは一度もないのに、全く……傲慢ですね」
わたしの知る部分だけで、わたしにとっての比企谷八幡を生み出し、それを押しつけていたのだ。
それは、先輩に先輩らしさを求めていることとなにが違うのだろう——否、同じだ。全て、同じことだったのだ。
助けられたくない、期待したくない、心配かけたくない。そんなことをいくら思っても、疲れて先輩に甘えたくなる自分がいて、いや、むしろ、そればっかりで。
なにが社会は厳しいだ。辛いことがあっても乗り越えられるだ。今でも充分過ぎるくらい恵まれてる、甘やかされている。
無意識下で自分より上だと決めつけて、いかにもな態度で近づいて……一体、あれのどこが『頑張っている』のだろうか。愛される資格もない。見ててもらえる権利もなければ、願ってもらえる功績だって何一つありはしない。
大変なことはある。大変なことばかりだ。でも、大変なことを頑張るのは当たり前なんだ。わたしが頑張るのは、もっと先であるべきだった。
「ダメですね……本当に。わたしは一人じゃダメダメです。この数ヶ月、自分なりに努力を惜しまずやってきたつもりだったんですけど、一人で出来たことなんて、一切ありません」
もちろん、先輩がなにも気にしていない可能性だってある。けれど、それはもっと早く気付くべきだったのだ。知らず知らずのうちに逃げ道を確保していた自分が本当に気色悪い。
ああ、ダメだ。自分ことが、わたし自身のことが、これ以上ないくらいに——大嫌いになりそうだ。
なにかを達成出来ていた気がしていた。そう思うことで鼓舞していた。成長出来ているとは思っている。でも、このままじゃダメだ。
この数ヶ月全てが音を立てて崩れ落ちていくような錯覚に——いや、これは現実なのだ。正真正銘、真実なんだ。今まさに、わたしの努力は崩壊している。
なんでだろう……今までのこと全てに対して、おおよそ後悔しかない。
「考え過ぎよ、一色さん。今までのあなたは、間違いなく頑張っていたわ。あなたはもう少し、自分に優しくなった方がいいと思う」
「そうだよ。ダメダメなんかじゃなかった。いろはちゃんは、頑張って——」
「やめてください……。自分に対する優しさなんて、なんの言い訳にもならないですよ。わたしは、わたしが出来なかったことを放置したくないんです」
出来たことに胸を張れる。だからこそ、出来なかったことを仕方ないとは思えない。
「あなたのそれは、傲慢だわ。全てを一人で成し遂げようなんて、誰にもそんなこと出来はしない」
「誰にも出来ないから、わたしがやらなくてもいい理由にはならないじゃないですか。誰にだって出来ることなんて、出来て当たり前じゃないですか。出来ないことはやりたくないと、やりたくないことはやらないと、そんなことを言ってられるのは甘えてる証拠じゃないですか……っ」
なにが信念だ。……誰かになにか言われるたびに変わってきた。アイデンティティなんて微塵もない。自分で自分自身を捉えきれていないのに、そんな不安定なところに信念を突き立てたって傾くだけだ。
もっと頑張らなければいけないのだ。たとえ、それを異常だと言われようとも。
「……そうね。そうなのかもしれない」
雪ノ下先輩は寂しそうな表情で言葉を続ける。
「あなたの人生なのだから、あなたのやりたいようにすればいい。私にあなたの考えを否定することなんて出来はしない。ただ、それでも、あなたの先輩として、一つだけ言えることがあるわ」
「あたしも、今までのいろはちゃんに対して言いたいことある、かな」
なんだろう、下手な慰めなら勘弁して欲しい。
雪ノ下先輩と結衣先輩は優しげに微笑んで言った。
「あなたがどれだけ後悔しても——」
「いろはちゃんが自分のこと嫌いになっても——」
「——私は今までのあなたのことを尊敬している」
「——あたしは今までのいろはちゃん好きだよ」
人肌に触れたような暖かみのある言葉に、なんだかじんとなる。
「否定は出来ないけれど、肯定は出来る。あなたのことを理解しきれていないから、それは無責任な肯定なのかもしれないけれど、他ならぬあなた自身があなたを否定するのであれば、私はあなたを肯定するわ。あなたの努力を見て見ぬふりなんて、私には出来ないもの」
「そのままでいて欲しいなんて言わないし、言えないけどさ……今のままでもいろはちゃんにはいっぱいいいところがあると思う。それに、いろはちゃんがやったこと、してくれたこと、あたしは知ってるから」
ダメだ。本当に、泣きそうになる。そんなことを言わないで欲しい。甘えたくなるからやめて欲しいのに、喜んでいる自分がいるのも事実で——
「悔しいのは分かるよ。でも、満点じゃなきゃいけないのかなぁ……? 一問まちがえただけで不合格なんて、そんな風に生きていくのって苦しいよ。……息苦しい」
「で、でも、まちがいは正さなきゃ……」
「テストは一人でやらなければならないけれど、復習は一人でやらなくてもいいと思う。こういう場があったからこそ気づけたまちがいを今すぐ正す必要はないわ。多分、答えは一つではないのだし」
このままでいいような気がしてきて、かぶりを振る。このままでよかったときなんて一度もないから。でも、こんな言葉をぶつけてきてくれたことに喜ぶのは多目に見てもいい。
「私も、あなたも、由比ヶ浜さんも、それぞれ違うのだから、同じ答えにはならない可能性の方が高い。考え方が違うから話し合えて、一つの考えに囚われずにすむ。彼は、誰にも迷惑をかけないのは不可能だと言ったはず。それが誰かの受け売りだったとしても、私はその言葉に共感出来る」
そこまで言うと、雪ノ下先輩は困ったように笑って、
「だって、今まであなたたちに迷惑をかけなかった、なんて言えないもの」
「あたしも、言えないなぁ……。困ったら誰かが助けてくれる、なんて思ってるわけじゃないけど、困ってたら助けてあげたいとは思うの。辛そうにしてたら、その辛いのをちょっとでもいいから分けて欲しいって思う」
「あなたが頑張るのは、あなたのためなのでしょう? それなら、あなたのためにも、あなた自身に優しくなるべきよ」
「それは……屁理屈ですよ」
「屁理屈だっていい。別に否定しているわけではないから、それを決めるのはやっぱりあなた自身なのだけれど、あなたがそういう道を進むのなら——」
二人が浮かべたのは、悪戯を企む子供のような笑顔だった。
「私はあなたの隣にいることにするわ」
「うん、あたしも。嫌だとか言ってもダメだからねっ」
本当に敵わないなぁと思わされる。隣になんて立たれたら、頼りたくなってしまう。わたしなんかが、こんな人たちと一緒に歩いていいのだろうか、巻き込んでいいのだろうか。
そんな想いは消えないけれど、少しだけ認められた気がした、なにかを。
「ふふっ……これからも、よろしくお願いしますね」
「うんっ!」
「ええ、よろしくね、一色さん」
どうしてこんなにも笑顔でいられるのだろう。いや、多分、わたしがおかしいのだ。なにか小さなことがあると、すぐに笑えなくなってしまう。溜め込んでしまうから。
お母さんのことを話すことは、おそらくないけれど、なにか小さなことで泣きそうになったら、堪えずに泣いてみよう。次の日には、きっと笑えるようになっている。
迷惑をかけることは増えるかもしれない、でも、迷惑をかけられることも増える。仲良しごっこがしたいわけじゃない。ただ、一緒に成長したいのだ。
× × × ×
やっぱり惜しいので、もう一度温泉に浸かって、暖簾をくぐる。部屋に戻ろうと歩いていると、途中で飲み物を買いたくなった。自販機に向かうと、
「——あ」
「うわ」
「うわって……先輩って本当にわたしと対面して九割それですよね」
「まあな。癖だ」
「うわあ、とっても感じの悪い癖ですね。まあ、もともと感じよくもないんでいいで——あ」
「? どうした?」
とっても感じの悪い癖だ。本当に、先輩はいつもなんでもなさそうな顔をしているけれど、本当のところはどう思っているのだろうか。
「……わたし、いつも先輩のことバカにしてますけど、別に本当にバカにしてるわけじゃないんですよ?」
「は? なに急に。そんなん知ってるわ、本気でバカにされてるとか思ってるやつ呼ばねぇだろ……大丈夫か、お前」
先輩はじろじろとわたしを見て、なんだか本気で不安そうな顔になる。
「先輩が実は優しいこと、知ってるんです、わたし。確かに九割方性格悪いんですけど、自分の文句は言っても誰かの文句を口に出さないこと、知ってるんです」
「それ褒めてんのか貶されてんのか分かんねぇんだけど……だいたい俺とか滅茶苦茶文句言ってるからな。心の中で。特にお前とか」
「うわー、十割方性格悪い」
「ばっか、俺が性格悪いことなんて、この世の誰より俺が知ってるわ。俺が口に出さねえのは、口に出す相手がいねぇからなんだよ、覚えとけ」
そうだった、この人友達いないんだった! なぜ誇らしげなのかは本気で謎だが。
「んで? ……なんかあったのか?」
「たまには優しくしてあげなきゃなーと思っただけです」
「気色悪いからやめろ」
「なっ、ひどっ! なんですか? ドMなんですか?」
「そんな余計なことは考えなくていいっつってんだよ。いいか、俺は大概の悪口は言われ慣れてる。一年を通して貶されなかった記憶がねぇ。お前はそれをかわいそうだとか思うのかもしれないが、そんな同情こそ迷惑だ。それこそが俺のアイデンティティなんだから」
シニカルな笑いを浮かべてそんなことを言う先輩を見て、ああ、やっぱり先輩は先輩なんだな、と思った。
「今更、立派な人間になれるとも思っちゃいねぇし、そもそも別になりたくねぇ。俺が貶される理由は俺自身にあるけどな、俺はそんな俺が嫌いじゃないんだ。誰かに優しくされることを望んでいたら、こんなやつにはならねぇだろ」
「でも、本気で貶されてると思ったら呼ばないんですね」
「貶されたいわけじゃねぇからな。言っただろ、俺はドMじゃねぇんだよ」
「なら、わたしは貶さないようにします。先輩に頼りたくないので」
「ここ数ヶ月、お前に頼られた記憶がねぇよ。変な言いがかりつけんな。たとえば、お前が誰かのおかげで動けたとして、誰かに手伝ってもらったような気がしたとして、それをやったのはお前の意志だろ。相手にその気がないのなら、ラッキーだと思って一人占めしときゃいいんだよ」
無茶苦茶だ。わたしの周りには、こんな人ばかりだ。本当に恵まれている。この状態で頑張らないわたしを、やっぱりわたしは許せない。
だから頑張りたいんだけど……でも、無理なんだろうなぁ。最初から無理だと決めつける人やそういうこと自体をわたしは嫌っているけれど、こればっかりはどうしようもない。
——好きな人に会いたい。
その気持ちは他ごとなんてどうでもよくなるくらいに大きくて。我慢しきれずに会いに行くと、心が緩んで、いつの間にか防壁が崩れているのだ。
なにも言っていないのに気づいてくれるのはわたしの気が緩んでしまっているからで、なにも言わずにいてくれるのはわたしが言外に伝えているから。
どんなにああしようこうしようと思っていても、これだけには勝てそうもない。狂おしいほどに、この人のことが——
「わたし、いつもあんなことばっかりいってますけど……先輩のこと、結構、好きですよ?」
あんまりにも悔しいからそんなことを言うと、先輩は一瞬固まって、照れたようにそっぽを向く。
「アホか……」
「アホですね〜。ま、これはサービスってことで」
「意味分かんねぇ……」
「先輩には分からなくていいですよ、どうせなんか言ったってそれは違うあれは違う俺はなんにもしてねぇって言われるのがオチですしー」
「まあな。んじゃ、そろそろ戻るわ」
恥ずかしさを堪えきれないのか(この前あれだけ好きだと言ったのに)、足早に部屋に戻ろうとする先輩の袖を掴む。
「え、なに?」
「……いや、えっと」
ほとんど反射的に掴んでいた。やばい、なにかあるだろうかと、視線を動かすと、窓が視界に入った。
わたしは空いた手で窓を指差し、なんだか恥ずかしくなって俯いたまま、
「そ、その、ちょっと……涼みませんか」
「……いや、中の方が涼しいだろ」
かぁっと顔が熱くなる。わたしとしたことが、ていうか、なんでそこつっこんでくるかなぁ。
「なっ! 空気読んでくださいよーっ! 零点です! 零点!」
「なんで採点されてんだよ……怖」
「うるさいです。ブツブツ言ってないで、ほら! 早く行きますよ!」
× × × ×
外に出るとむわっとした夏のじめじめとした空気が身体に纏わりつく。
「うわ……」
隣から割と本気で嫌そうな声が聴こえてきた。おそらく、顔も嫌そうな表情になっていることだろう。えぇ、わかってますよ、わかってますとも。
「ま、汗かいたら温泉にまた入れると思えばいいじゃないですかー」
「汗かかなくても入れんだろ……」
「ごちゃごちゃ言わないでください。少し……歩きましょう?」
返事待たずに歩き出すと、数秒後に後ろから足音が近づいてきた。
そうだ、これが先輩なんだ。これがわたしで、こんな滅茶苦茶な後輩の後ろにいてくれるのが、この先輩なんだ——わたしが大好きな人なんだ。
「なんだか、新鮮ですねー」
すうっと空気を吸い込むと潮の香りが鼻腔を刺激する。これは臨海部特有のものだろう。もちろん、千葉で感じられないものではないし、総武高でも潮の香りはする。それでもなんだかいつものそれとは違う気がする。
だからだろうか。
そうだと納得しながらも、いつもとは違う情景、違う匂いの漂うこの場所で見た先輩は、なんだか全然違う人に見えた。それが、近過ぎて見えなかった先輩の変化なのか、それとも、ただの錯覚なのかは分からない。
× × × ×
「変わったのかな——あの子たちも」
リビングに憂いを帯びたような、いや、どちらかと言えば怠そうな声が響いた。憂いを帯びたように感じたのは、彼女の声がいつもより低く、どこか暗い雰囲気を纏っているからだろう。
「さあ、どうなんですかね〜。まあ確かに、わたしがこの部活は終わらないって思っていた理由の一端には、先輩たちの性格のこともありますけど」
アイスコーヒーをテーブルに置くと、彼女——雪ノ下陽乃はソファに座ったわたしの顔を見て、にこりと笑う。その笑顔からは、いつもの完璧さが損なわれていた。
「無理して笑わなくてもいいんじゃないですか。ここには、わたししかいませんし」
わたしが温泉旅行から帰宅したときにはまだ、はるのんは元気だった——否、元気なフリが出来ていた。お母さんが寝室に行ってから、露呈してきた気がする。
この数日間でなにかがあったとか、まして数時間でなにかがあったとか、そういうことではないのだろうと思う。
「ありがと。いろはすがいるからこそ、なんだけどね」
疲れた笑いを溢すはるのんに、わたしは——
「——代われたらいいのに、とか思うでしょ?」
「…………」
言い当てられてむすっと顔を顰めるわたしを見て、はるのんは悪戯っぽく微笑んだ。
「知ってるよ。……いろはすがそういう子なの、知ってる。だから——だからこそ、無理してでも笑っていたいの。いろはすの前では」
「頼りないですか、わたしは……」
「ううん、そんなことないよ。言ったでしょ? ただ隣を歩きたいだけだって。わたしはね、誰かに頼りたくないの」
「それは、ただ、誰かに頼る方法を知らないだけ——仮面の外し方が分からないだけじゃないですか」
少しだけ声に熱が帯びる。どうしてこんなにもムキになってしまうのだろう。それはやっぱり、はるのんがわたしにとって大切な人だからなのだろうか。
「——それでも、だよ。別にわたしは普通の女の子になることなんて望んでないんだから」
助けを求められてもいないのに、誰かを助けたいと思うのは悪いことだろうか。傲慢なことだろうか。余計なお世話なのだろうか。
様子を見て自分に利益がありそうなら動く。と、そんなことを思っていたはずなのに、いつの間にかわたしは随分と変異していたらしい。
「はるのんが望んでいることを、わたしがしてあげる理由はありません。わたしは、わたしがしたいことをするまでですよ。わたしの独断と偏見で判断して、手を取り、引っ張ります」
「ふふっ、言うようになったじゃない。でも、そんな手は払うわよ」
「意地でも掴みますよ。……わたしも隣にいて欲しくなったんです。掴めないと思っていたのに、近づけちゃいけないと思っていたのに……甘えてるんですかね、結局」
所詮、わたしは一高校生だ。だから、一人でなんでもなんて出来っこない。
と、そんな風に開き直ったわけではない。多分、そばにいてくれるだけで——そう思うことすらやっぱり甘えで、一人で出来ているとは言えないのかもしれないけれど——わたしは頑張れる気がするという、それだけのことだ。
「大切ものは全部、そばに置いておきます。手に届くのなら、掴めるのなら、離したくないんです。だから、覚悟しててくださいね?」
くすりと微笑むと、はるのんは呆れたように笑う。
「はあ……ほんっと、いろはすはわけわかんないなぁ」
「ひど……」
「そのわけのわからなさ、案外嫌いじゃないわよ?」
「それ、誉めてるんですかね……」
もの凄い勢いでバカにされている気がしてならない。どうしてこうなった……まあ、はるのんも調子が戻ってきたようなので、いいということにしよう。
「それで? なにかあったんですか?」
「え? ああ、うん、まあ、言わないけど」
ちっ。はるのん相手にこれはちょっと安易過ぎたか。ガード固いなー、フェイントを入れて揺さぶってから、いや、フェイントとか通じるのかなこの人。
「余計なこと考えてるでしょ」
「気のせいですね、はい」
なんでバレてんの!? 怖い。わたしってそんなに分かりやすいか。
「それで? なにかあったの?」
「ああ、あの——危なっ、ちがっ、なんにもないですっ!」
くそぅ、なんで同じ聞き方なのにここまで差が……わたしの経験値が低過ぎるのか。
「へぇー? やっぱりなんかあったんだ」
「なんにもないですー」
本当に、なんにもないのだ。いや、いろいろあるけど、それはまだ誰かに伝えられるほど纏まっていない。整理出来ていない。
「ま、いろはすから聞き出すのは面倒臭そうだからいいけどー」
「なんですかそれ、適当ですね……」
面倒臭そうだと言われてしまった。あながちまちがってなさそうなのが嫌だ。どーせ、面倒臭い女ですよ、悪かったですね!
「もし言う気になったらいつでも言いなさい。聞くくらいはしてあげるから」
「……はい」
◇ ◇ ◇ ◇
結局、わたしはなにがしたいのだろう。明日からの学校生活のために、もう迷いたくないがために、夏休みに起きたことを思い出したはずなのに、余計にこんがらがってしまった気がする。
「向いてないんだよなぁ……」
なにかを整理するのは苦手だ。それが感情なんて目に見えないものになると特に。
あれもこれもと思ってしまう。捨てられない、諦められない、これでは傲慢というより強欲だ。それでも、いいのだろうか。
いいのかもしれない。きっと、なにかを捨てて、なにかを諦めて、妥協して、目を背けて生きていく自分自身をわたしは許せないだろう。たとえ、それが大人になるということなのだとしても。
——わたしは大人になりたいわけじゃない、幸せになりたいのだ。
そんな屁理屈を並べ立てていると、それこそ子供のようだけれど、わたしはまだ子供だし、わたしはやっぱりわたしにしかなれないから。
こんなわたしを特別だと、大切だと言ってくれる人たちだっている。
失いたくない、この繋がりを。
そのときそのときに出来ることをやっていくしかない。今まで通りか、今まで以上に。
苦しいことだってある、悲しいことだってある、悩み苛み諦めてしまいたくなるときだってあるだろう。先輩たちにだってあったはずだ。
そんなこと、好んでしたくはない。けれど、それだからこそ、彼ら彼女らの繋がりは途絶えないのだ。
ならば、きっと、それこそが、わたしのしたいことなのだろう。
——あなたの努力を見て見ぬふりなんて、私には出来ないもの。
——いろはちゃんがやったこと、してくれたこと、あたしは知ってるから。
——お前が誰かに手伝ってもらったような気がしたとして、それをやったのはお前の意志だろ。
——もし言う気になったらいつでも言いなさい。聞くくらいはしてあげるから。
ふと目頭が熱くなって、一瞬堪えようとして、頭を振った。多分、今なのだ。今、泣いておくべきなのだ。全てを吐露しておくべきなのだ。
「ふぅっ、うぅ……おも、い……なぁっ」
全ては自分で望んだことだ。そんなことは分かっている。もっと頑張らないととも思う。その気持ちは嘘じゃない。
けれど、辛いことは辛いのだ。こんなことは言いたくないけれど、お母さんがいつ死んでしまうかも分からない。部活だって勉強だって大変だし、生徒会もある。
そんなのわたしだけじゃないなんて、言葉ではいくらでも言える。どうしてわたしばっかりと思わないなんてことはない。
わたしは強くないのだ。弱くて、脆くて、すぐ挫けそうになってしまう人間なのだ。ただの一女子高生なのだ。
「はぁっ……こんなの、もう、やだよ……っ」
嫌だ。逃げ出してしまいたい。流されるままに生きて、当然のように幸せになりたい。足掻けば足掻くほど苦しくなっている気がする。誰かに縋って、与えられて、甘い世界で生きていきたい。
「……それでも、頑張らなきゃ」
涙を拭って、ソファから立ち上がった。弱音は終わりだ。本当のところはずっと泣いていたかったけれど、ふと脳裏に浮かんでくる大切な人たちの顔がそれを許さない。
いや、許していないのはわたしだ。わたしがあの人たちの前で弱く振る舞う自分を許せない。
それはくだらない自尊心だったりするのかもしれないけれど、それならば、わたしはその自尊心こそを心に突き刺して生きていこう。
誰にも頼らないことは出来ない。誰にも迷惑をかけないことは出来ない。なんにも出来ない。出来ないことばかりで嫌になる。
出来ないことを出来ないままにしたいとは思わないけれど、どうしたって出来ないのなら。せめて、わたしは——
——やらない人間にはならないようにしよう。
なにがどう変わったのか分からない。あるいは、なにも変わってなどいないのかもしれない。
けれど、少しだけ胸が軽くなったような気がした。
だから、きっとわたしは、明日も笑える。
【改稿前】
× × × ×
外に出るとむわっとした夏のじめじめとした空気が身体に纏わりつく。
「うわ……」
隣から割と本気で嫌そうな声が聴こえてきた。おそらく、顔も嫌そうな表情になっていることだろう。えぇ、わかってますよ、わかってますとも。
「ま、汗かいたら温泉にまた入れると思えばいいじゃないですかー」
「汗かかなくても入れんだろ……」
「ごちゃごちゃ言わないでください。少し……歩きましょう?」
返事待たずに歩き出すと、数秒後に後ろから足音が近づいてきた。
そうだ、これが先輩なんだ。これがわたしで、こんな滅茶苦茶な後輩の後ろにいてくれるのが、この先輩なんだ——わたしが大好きな人なんだ。
「なんだか、新鮮ですねー」
すうっと空気を吸い込むと潮の香りが鼻腔を刺激する。これは臨海部特有のものだろう。もちろん、千葉で感じられないものではないし、総武高でも潮の香りはする。それでもなんだかいつものそれとは違う気がする。
今頃、お母さんはどうしているのだろう。おそらく寝ているのだろうが、ふとしたときに心配になる。はるのんが家にいるはずなので、そこまでではないけど。
「はあー……」
あと数日で夏休みも終わる。すぐに文化祭が始まるし、部活だってある。多分、今までよりももっと忙しい日々になるだろう……嫌だなぁ。
それでも、嫌でも、頑張らなければ。それが実際は頑張っていないのだとしても、わたしが出来ることをわたしはやらなければならない。
「……一色」
自分で自分を鼓舞していると、先輩から声を掛けられた。
「はい? なんですかー?」
軽い気持ちで、きっとなんでもない話だろうと思って問う。すると、先輩はいつになく真面目そうな顔で、
「——雪ノ下のことなんだが」
と、話を切り出したのだった。
いつもとは違う情景、違う匂いの漂うこの場所で見た先輩は、なんだか全然違う人に見えた。それが、近過ぎて見えなかった先輩の変化なのか、それとも、ただの錯覚なのかは分からない。
× × × ×
「変わったのかな——あの子たちも」
リビングに憂いを帯びたような、いや、どちらかと言えば怠そうな声が響いた。憂いを帯びたように感じたのは、彼女の声がいつもより低く、どこか暗い雰囲気を纏っているからだろう。
「さあ、どうなんですかね〜。まあ確かに、わたしがこの部活は終わらないって思っていた理由の一端には、先輩たちの性格のこともありますけど」
アイスコーヒーをテーブルに置くと、彼女——雪ノ下陽乃はソファに座ったわたしの顔を見て、にこりと笑う。その笑顔からは、いつもの完璧さが損なわれていた。
「無理して笑わなくてもいいんじゃないですか。ここには、わたししかいませんし」
わたしが温泉旅行から帰宅したときにはまだ、はるのんは元気だった——否、元気なフリが出来ていた。お母さんが寝室に行ってから、露呈してきた気がする。
この数日間でなにかがあったとか、まして数時間でなにかがあったとか、そういうことではないのだろうと思う。
「ありがと。いろはすがいるからこそ、なんだけどね」
疲れた笑いを溢すはるのんに、わたしは——
「——代われたらいいのに、とか思うでしょ?」
「…………」
言い当てられてむすっと顔を顰めるわたしを見て、はるのんは悪戯っぽく微笑んだ。
「知ってるよ。……いろはすがそういう子なの、知ってる。だから——だからこそ、無理してでも笑っていたいの。いろはすの前では」
「頼りないですか、わたしは……」
「ううん、そんなことないよ。言ったでしょ? ただ隣を歩きたいだけだって。わたしはね、誰かに頼りたくないの」
「それは、ただ、誰かに頼る方法を知らないだけ——仮面の外し方が分からないだけじゃないですか」
少しだけ声に熱が帯びる。どうしてこんなにもムキになってしまうのだろう。それはやっぱり、はるのんがわたしにとって大切な人だからなのだろうか。
「——それでも、だよ。別にわたしは普通の女の子になることなんて望んでないんだから」
助けを求められてもいないのに、誰かを助けたいと思うのは悪いことだろうか。傲慢なことだろうか。余計なお世話なのだろうか。
様子を見て自分に利益がありそうなら動く。と、そんなことを思っていたはずなのに、いつの間にかわたしは随分と変異していたらしい。
「はるのんが望んでいることを、わたしがしてあげる理由はありません。わたしは、わたしがしたいことをするまでですよ。わたしの独断と偏見で判断して、手を取り、引っ張ります」
「ふふっ、言うようになったじゃない。でも、そんな手は払うわよ」
「意地でも掴みますよ。……わたしも隣にいて欲しくなったんです。掴めないと思っていたのに、近づけちゃいけないと思っていたのに……甘えてるんですかね、結局」
所詮、わたしは一高校生だ。だから、一人でなんでもなんて出来っこない。
と、そんな風に開き直ったわけではない。多分、そばにいてくれるだけで——そう思うことすらやっぱり甘えで、一人で出来ているとは言えないのかもしれないけれど——わたしは頑張れる気がするという、それだけのことだ。
「大切ものは全部、そばに置いておきます。手に届くのなら、掴めるのなら、離したくないんです。だから、覚悟しててくださいね?」
くすりと微笑むと、はるのんは呆れたように笑う。
「はあ……ほんっと、いろはすはわけわかんないなぁ」
「ひど……」
「そのわけのわからなさ、案外嫌いじゃないわよ?」
「それ、誉めてるんですかね……」
もの凄い勢いでバカにされている気がしてならない。どうしてこうなった……まあ、はるのんも調子が戻ってきたようなので、いいということにしよう。
「それで? なにかあったんですか?」
「え? ああ、うん、まあ、言わないけど」
ちっ。はるのん相手にこれはちょっと安易過ぎたか。ガード固いなー、フェイントを入れて揺さぶってから、いや、フェイントとか通じるのかなこの人。
「余計なこと考えてるでしょ」
「気のせいですね、はい」
なんでバレてんの!? 怖い。わたしってそんなに分かりやすいか。
「それで? なにかあったの?」
「ああ、あの——危なっ、ちがっ、なんにもないですっ!」
くそぅ、なんで同じ聞き方なのにここまで差が……わたしの経験値が低過ぎるのか。
「へぇー? やっぱりなんかあったんだ」
「なんにもないですー」
そう、わたしはまだ、はるのんにあの日のことすべてを伝えていない。なぜ隠しているのかも自分ではよく分からないのだけれど、なぜか躊躇ってしまう。
いや、そもそも誰かに話すべき内容ではないのだ。わたしに伝えてくれた先輩の気持ちを考えれば、おのずと結論はそこに辿り着く。
「ま、いろはすから聞き出すのは面倒臭そうだからいいけどー」
「なんですかそれ、適当ですね……」
面倒臭そうだと言われてしまった。あながちまちがってなさそうなのが嫌だ。どーせ、面倒臭い女ですよ、悪かったですね!
「もし言う気になったらいつでも言いなさい。聞くくらいはしてあげるから」
「……はい」
◇ ◇ ◇ ◇
結局、わたしはなにがしたいのだろう。明日からの学校生活のために、もう迷いたくないがために、夏休みに起きたことを思い出したはずなのに、余計にこんがらがってしまった気がする。
「向いてないんだよなぁ……」
なにかを整理するのは苦手だ。それが感情なんて目に見えないものになると特に。
あれもこれもと思ってしまう。捨てられない、諦められない、これでは傲慢というより強欲だ。それでも、いいのだろうか。
いいのかもしれない。きっと、なにかを捨てて、なにかを諦めて、妥協して、目を背けて生きていく自分自身をわたしは許せないだろう。たとえ、それが大人になるということなのだとしても。
——わたしは大人になりたいわけじゃない、幸せになりたいのだ。
そんな屁理屈を並べ立てていると、それこそ子供のようだけれど、わたしはまだ子供だし、わたしはやっぱりわたしにしかなれないから。
こんなわたしを特別だと、大切だと言ってくれる人たちだっている。
失いたくない、この繋がりを。
そのときそのときに出来ることをやっていくしかない。今まで通りか、今まで以上に。
苦しいことだってある、悲しいことだってある、悩み苛み諦めてしまいたくなるときだってあるだろう。先輩たちにだってあったはずだ。
そんなこと、好んでしたくはない。けれど、それだからこそ、彼ら彼女らの繋がりは途絶えないのだ。
ならば、きっと、それこそが、わたしのしたいことなのだろう。
——あなたの努力を見て見ぬふりなんて、私には出来ないもの。
——いろはちゃんがやったこと、してくれたこと、あたしは知ってるから。
——お前が誰かに手伝ってもらったような気がしたとして、それをやったのはお前の意志だろ。
——もし言う気になったらいつでも言いなさい。聞くくらいはしてあげるから。
ふと目頭が熱くなって、一瞬堪えようとして、頭を振った。多分、今なのだ。今、泣いておくべきなのだ。全てを吐露しておくべきなのだ。
「ふぅっ、うぅ……おも、い……なぁっ」
全ては自分で望んだことだ。そんなことは分かっている。もっと頑張らないととも思う。その気持ちは嘘じゃない。
けれど、辛いことは辛いのだ。こんなことは言いたくないけれど、お母さんがいつ死んでしまうかも分からない。部活だって勉強だって大変だし、生徒会もある。
そんなのわたしだけじゃないなんて、言葉ではいくらでも言える。どうしてわたしばっかりと思わないなんてことはない。
わたしは強くないのだ。弱くて、脆くて、すぐ挫けそうになってしまう人間なのだ。ただの一女子高生なのだ。
「はぁっ……こんなの、もう、やだよ……っ」
嫌だ。逃げ出してしまいたい。流されるままに生きて、当然のように幸せになりたい。足掻けば足掻くほど苦しくなっている気がする。誰かに縋って、与えられて、甘い世界で生きていきたい。
「……それでも、頑張らなきゃ」
涙を拭って、ソファから立ち上がった。弱音は終わりだ。本当のところはずっと泣いていたかったけれど、ふと脳裏に浮かんでくる大切な人たちの顔がそれを許さない。
いや、許していないのはわたしだ。わたしがあの人たちの前で弱く振る舞う自分を許せない。
それはくだらない自尊心だったりするのかもしれないけれど、それならば、わたしはその自尊心こそを心に突き刺して生きていこう。
誰にも頼らないことは出来ない。誰にも迷惑をかけないことは出来ない。なんにも出来ない。出来ないことばかりで嫌になる。
出来ないことを出来ないままにしたいとは思わないけれど、どうしたって出来ないのなら。せめて、わたしは——
——やらない人間にはならないようにしよう。
やりたくないことも、やりたいことも、全てやる。
では、今わたしがやるべきこととは。
数ヶ月引きずってきた、目を背けてきた、逃げてきたモノがある。隠してきた想いがある。
先輩の一言があったから、彼ら彼女らの繋がりが途絶えないからこそ湧いて出た勇気なのかもしれない。
けれど、それならそれでいい。
そんなことに意識を向けている場合ではないとか、どうせ叶わないからとか、言い訳はすべて捨ててしまえ。
早鐘を打つ心臓を押さえつけて、わたしは指を震わせながら電話帳からその名前を探しだした。
呼び出し音が耳に響き、より一層鼓動が高鳴る。生まれて今までここまで緊張したことはない。
けれど、多分、メールでは言葉を濁してしまう。やっぱりなんでもないです、なんて言ってしまうだろう。
起きているだろうか。起きていなかったらどうしようか。迷惑だろうか。嫌われてしまわないだろうか――
そんな焦りは関係ないとでも言うように、ぷつっと呼び出し音が途切れた。
『お前の家には時計がないのか……?』
「よ、夜遅くにごめんなさい。でも、どうしても今言っておかなきゃいけない気がしまして、ですね」
『は? なにを』
別に、電話で済まそうとは思っていない。これは準備の段階だ。なのに、信じられないほど緊張する。
言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ……言え、言えっ!
「明日の、放課後……屋上に来てください」
『……なんで』
なにかが変わるだろうか。きっと、変化はあるだろう。
しかし、変化を恐れていたら、なにも成すことなど出来はしない。わたしは、やるんだ。
もう、逃げるのは終わりなんだ。
「――直接、伝えたいことがあります」
今まで、苦しいことばかりだった。代わって欲しいと思ったことだってある。それは、これからも続くだろう。
けれど、わたしは進もう。
掛け替えのない、代わりのきかない、誰とも交換したくないと思えるような。
わたしだけが持つ、人生の意味を見つけるために——
——次章——
第九章 いつまでも、目指すべき場所は先に在り続ける。
この作品はここで終了となります。
今までお付き合いいただきありがとうございました。
【追記】
改稿部分についてですが、比企谷八幡の台詞「雪ノ下のことなんだが」を削っています。その台詞を削るに当たって、最後の一色いろはが比企谷八幡に電話をする、というシーンもなかったものとしています。
今になってエタると宣言した作品を改稿したのは、簡潔に言えば続きを書いているからです。詳しい説明というか、言い訳については次章まえがきにて。
お久しぶりです!!
更新待ってます!
まってたよー
待ってましたーー!!!!
前からこの作品大好きでした!
がんばってください!
続きうれしいです!!たのしみにしてます!!!
やった!嬉しすぎます!頑張ってください!
メリクリです_(┐「ε:)_
この理不尽な寂しさを糧に面白い作品を書いてみせる……リア充は爆死しろ
あ、応援・コメント・評価・オススメ等々ありがとうございます(本題)を書くの忘れてた
ありがとうございます!
クリスマスプレゼントはこれで満たされた←
待ってたまじで
楽しみにしています(^o^)/
あけおめです!
今年もこの作品を楽しみにしてます!
あけましておめでとうです
今年も楽しみにしてます
頑張ってください
あけましておめでとうございます!
受験生ですが楽しみにしてます
待ってたぜ……この時が来るのを。
いや、マジで素敵なプレゼント。
この作品の続きが読めるなんて素敵すぎる。
感謝感激雨霰。
ということで、作者様もご無理をなさらないよう、適度に頑張って……は言わないのか。
愛してるぜ。
筆者はいい意味で妄想力が豊かなんですね♪、いや、文章力が良いんですかね?。読んでてもストレスないし、何よりいろは視点で話が進むと言うのがいろは好きとしては堪らないです!。八幡との絡みに思わずニヤニヤしてしまいますw。この小説見てしまうと原作が見れなくなってしまいます♪、更新頑張って下さい!。
いろは最後!
いろはっしゅ!
待ってました!無理なさらずに頑張ってください。応援してます!!
待ってました!!!!どれくらいの頻度であげる予定ですか???ちょぉぉぉぉーーー楽しみです!!!!!!!!!!!!
コメントありがとうございますヽ(・∀・)ノ
※18 書け次第、ですが、18日あたりまではだいぶ日にちをあけての投稿になると思います('、3_ヽ)_
18日からってことは受験生かな。頑張って!!
続きが楽しみです!
応援してます(*´∀`)
全力で社会人です('、3_ヽ)_ww
多分、明日の0時頃に更新します
告知きたぁぁぁぁぁぁぁぁ
この作品に会えて良かった(切実)
更新再開の確認が日課だったので本当に嬉しいです
今後もご自分のペースで更新していただけたらと思います
キタァァァァァ
18日から月・木に3000文字ずつ更新(予定)です
書き溜め次第で更新量・更新頻度に増減があると思いますが、ご了承ください(´・ω・`)
出来る限り増やす方向でいこうとは考えています
ありがとうございます!!
ありがとうございます!!
了解です
無理はなさらずに!
楽しみにしております!
更新が待ち遠しい
ヒッキーと平塚先生はラーメン食いに行ってるんですよね、これ。
更新 はやく し ろ
間延びしてきたね
書いている内容も同じことの繰り返し
楽しみにしていた分、がっかりも大きいです
次の章での展開に期待します
32コメだけ拾い上げていきなりそんな癇癪気味に全否定且つ悲観的な主コメ叩き付けられると切なくなります
がっかりしたと言ってますけど、期待もしてるらしいですよ?
それだけ過去の章が面白かったって事じゃないですか
この章も変わらず楽しく読んでた人だっているじゃないですか
深夜テンションだろうが黒歴史だろうが、好きだから読んでたんです、待ってたんです
ちょっと否定が入ると自ら旬じゃないだとか、つまんないだとか、そう口走ってしまうくらいの敏感な感情の上下動があるからこそこの作品を書き続けられるのだと思います
定期的に必ず更新しろとか、絶対に面白い内容を書けだとか、自身満々に掲載してくれとは言いませんが、せめて自虐の過ぎた予防線で純粋なファンや読者を傷つける真似だけはしてほしくないな、と
長々と失礼しました。今世紀最大クッソつまんない黒歴史の駄文だろうが、好きなものは好きなんです
変わらず楽しみに待ち続けますね
楽しみにはしてたが、書いてる本人がつまらないなら止めたらいいと思うけどなぁ
なんとも切ない感じですけどね。
作者様が辛いとおっしゃるのであれば、きっぱりやめるのもアリだと思いますよ。
一ファンとしてはぜひとも完結させていただきたいところではありますが、何よりもまず作者様の体調等を最優先していただきたい。
ただ、この作品を評価して、とても素敵な気持ちで読んでいる人間が少なからずいるということは忘れないでいただきたいです。
黒歴史なんてそんな悲しいこと言わないでくださいな。
私は本当に作者様の作品好きですよ^^
本当に面白いです
完結楽しみに待ってます
黒歴史だなんて言わないでください!作者さんは優しいですし作品も最高に面白いと思いますよ!
とか言って慰めて欲しいならちゃんと追記でそう書いた方がいいよ
書くのが楽しくないなら次はもうあげなくていいから。早く終わらせたいとか言って嫌々書いた奴が上げたものなんてどうせ面白くないしね
それよか今までのが全部黒歴史なら全部削除すれば?
作者の本性が想像以上にひどくて応援してた側からすると本当に残念
いや、一年間見てきたこっちとしては未完のまま終わるのは本当に裏切られた気分。今までこの作品を見てきた時間を返して欲しい。普通だったら惰性でもなんでも終わらせるべきだと思うし、終わらせられないなら全て消去するべきだと思う。これからこの作品を最初から読む人もいるだろうしその人達にも迷惑かけると思います。キッパリ終わらせるか、全て消すかどちらかを選んだほうが良いのでは?
自分もこう言った場で小説を書いてる身ですが、別に高頻度に上げなくても良いじゃないですか。他の正規文庫本だって半年に一巻とか四ヶ月に一巻とかそう言った頻度で上げる訳ですし。
書いて書いてやり直して、また書いて。面白いと言ってくれる読者を想像して時間を掛けて書くものでしょう?。
そんな一週間に更新なんて嫌気がさすに決まってるじゃないですか。
私は少なくともこの話はとても好感を持てました。作者はいろはが本当に好きなんだなと文面を読みながら思いました。
それを一時の感情で全てを否定してエタるのは早すぎです。全てイチャイチャした話なんてつまらないし、シリアスがあって俺ガイルなんだと思います。
この話はいろはルートだったんですよね?。だったらせめて、いろはをハッピーにしてあげてください。今エタるのはあまりにもいろはが可哀想です。
作者がいろはをしっかり導いてあげてください。時間掛かっても良いんですから。
自己紹介が病んでたから何事かと思えば…
32コメがあるまでは顔文字とか使って明るい方なんだなーってイメージだったのに、どう見ても32コメ一つに振り回されたって感じですね。
黒歴史だったんじゃなくて黒歴史になってしまったのでは?なんと言いますか、惨めだなぁ。
まぁ乙。お身体にお気をつけて。
SSなんて書くなクズ。
持ち込みの新人と編集者の関係ではないので、そのようなことは言えません。
所詮はSSですので書く義務なんてありませんし、作者さんの自己満足です。読む側も「面白い」「続きも読みたい」と思ったから、あくまで勝手に、9まで読んだのだと思います。
要するに、気にすんなってことです。自由にオナニーしてください。また作者さんの他のいろはSSが読めることを楽しみにしてます。
32でした。
終了なんですね、お疲れ様でした。
内容的に着地点の指定が難しいので、この終わり方も有りだと思います。
2でのデートやいろはと陽乃の親密さ、何よりオールいろは視点でのストーリーはとても新鮮で楽しめました。
きも
了 のその後も気になるけど、ここで終わるのもひとつの形として好き
面白かった
くっさ死ねよwww
くっさ死ねよww
嫌でも文書けるのは凄いと思うよ。
愚痴りながらも一応終わらせてくれてありがとう。ssで感じてた責任全部放り投げて寝て下さい。
心から乙。
終わらせたんだから、誰もあなたの更新を待って無い。
なんでひょこっと超適当に戻って来て短編でも書いたら?イチャイチャ書くの意外と面白いっすよ。
乙。
最後しっかりまとめられててすっごくよかったです
お疲れ様でした
今頃ですが、終わって欲しくなかったですね...本当に。何度読み返しても飽きないぐらい良く出来た素晴らしい小説です。上の暴言とか書き込んでる人達はどうせ続きが出ても読まないだろうし、もしわざわざコメントを残すなら、ただのツンデレですよ。なので気にしないで下さい。時間が空いた時にでも構わないので、書いてくれると泣いて喜びます。終わっちゃいましたが、もし続きを書いてくれるなら是非とも読みたいです。自分的にはリメイクなども読みたいですね。いや寧ろリメイクの方が読みたいまである。あの、苦しんで、もがいて、イチャついて、悲しんで、足掻く、4人?の物語をもう一度見たいですね。
乙です。
できればこの続きが読みたい。八色のハッピーエンドでちゃんと終わらせて欲しかったなぁと思いました!
勝手に期待して、勝手に失望する。それがどんなものか、劇中でも書いてるのにこのコメント欄よ。