2017-01-22 12:41:41 更新

概要

12月31日未明、自分の深海化の可能性が気になる磯波は、真実を知っているであろう提督の話を聞きに行く。

そこで、また別の悩みを抱えた榛名と出会い、意外な優しさに触れる。

提督と榛名との話は、榛名の今までの経験が悪すぎる上に、榛名は上手に話せない。

見かねて助太刀する金剛。そして気付く、ある妙な事実。


とにかく提督と話さなくては、と考える吹雪は、金剛や榛名の様子を見つつ、提督の部屋に向かう。

そこで時雨と出くわすが、少しだけ揉めてしまう。


そして未明、ついに『常号作戦』が発令される。


前書き

磯波、望月の捨て艦事件の報告書について、提督が衝撃的な事を言っています。

そして、榛名の変化を見た金剛は、自分の不思議な心境の変化に気付きます。

それぞれ、どうしてそうなっているのでしょうか?


[第三十七話 発令!常号作戦]




―12月31日。堅洲島鎮守府、マルヒトサンマル(午前一時三十分)過ぎ、『甘味・食事処まみや』


―カラッ


磯波「こんばんは・・・」


間宮「あら!こんばんは、磯波ちゃん!」


伊良湖「こんばんは!磯波さん!」


那智「おおー、これは磯波どの、みんな引き上げてしまってどうしようかと考えていたところだが、こんな珍しい客が来るなら、もう一杯呑んでいて正解だったな」ニコッ


―既に提督や主だった艦娘は引き上げてしまったようで、間宮と伊良湖はほとんど後片付けの洗い物と、明日の仕込みをしているようだ。一人だけ残って呑んでいる那智も、そろそろ帰りそうな雰囲気だ。


間宮「珍しいわね。提督さんに御用かしら?ついさっきまで皆さん呑んでいらしたけれど、引き上げたばかりですよ。提督が早めに切り上げて、それに倣った感じかしらね。部屋で呑む人もいるでしょうけれど」


那智「妙高姉さんもこんな時くらいは羽目を外して欲しいのだがなぁ。本当はザルなのに、真面目だからあまり呑まないのだ。足柄も秘書艦になってからは、あまり呑まないしな。扶桑さんと山城さんが羨ましいよ、私は」


磯波「あっ、じゃあ、今度呑めそうな子たちに声を掛けてみましょうか?私もお付き合いしますし」


那智「なんだと!?・・・うむ、さすがは提督のお気に入りだ。一人の呑み納めも、また一気にうまい酒に変わったな。・・・間宮さん、もう一杯貰おうか」


伊良湖「はい、喜んで!でも、あと30分で今日は店じまいですからね?」


那智「わかっているさ。任せておけ!」


磯波「じゃあ、那智さん、間宮さん、伊良湖ちゃん。私、ちょっと提督の所に行きますので、失礼しますね!」


那智「うむ、まただ!優秀な磯波殿!」


―上機嫌に酔っている那智の言葉を背に、磯波は店を出て、執務室に向かった。


―執務室ラウンジ。


磯波「もう誰もいない・・・」


―今夜はなぜか、いつもより皆の引き上げが早い気がする。


磯波(提督の指示でしょうか?休暇だから?何だか・・・寂しいなぁ)


―鎮守府は暖房がよく効いて寒くないが、いつもより暗く、寂しいような気がする。そして、それが磯波の中の不安を増幅させた。


磯波(いけない。提督に会わないと・・・!)


―磯波は気持ちを奮い起こし、エレベーターで七階に移動した。広いロビーは常夜灯のみで、提督しか使用していない階のせいか、他の階よりも冷えている。そして、この階だけ、微かに提督の匂いがする。ホッとすると同時に、磯波の足は止まってしまった。


磯波(なんだろう・・・とても怖い・・・)


―自分の不安について話をして、予想外の反応が返ってきたら?困惑や恐怖や拒絶が返ってきたら?そんな事を考えてしまい、磯波は進めなくなってしまった。


磯波(それに、きっと今夜も、金剛さんか誰かが一緒に居るかも。そんな所に、こんな時間に行くのは・・・)


??「どうしたのですか?何か提督にお話があるのに、進めなくなったのですか?」


―近くのロビーの暗がりから、いきなり話しかけられ、磯波は変な声を上げてしまった。


磯波「ひゃあっ!」


??「ごめんなさい。驚かすつもりは無かったんですけれど、私と同じでしょうか?って・・・」


―気遣うような優しい声。そして、まだあまり、聞きなれていない声だった。


磯波「榛名さん?」


―ロビーの暗がりの長椅子に座っていたのは、榛名だった。榛名は艤装服だが、カチューシャは外している。榛名は立ち上がると、小声であいさつした。


榛名「こんばんは、磯波さん。驚かせてごめんなさい。もしかして、私と同じく、提督にお話があるのに、前に進めなくなったのかな?と思ったんです」


磯波「こんばんは、榛名さん。変な声を出してごめんなさい。・・・はい。そうなんです・・・」


榛名「それなら、榛名と同じですね」クスッ


磯波「そうなんですか?」


―榛名はどこか寂し気に笑った。


磯波(綺麗な人だなぁ・・・それに)


―一昨日、横須賀で見せた態度の悪さは、もう少しも感じられず、気品さえ漂っている。まるで、暗がりさえ華やぐような。


磯波「あの、榛名さんはどうしてここに?」


榛名「一昨日、私、『裸に剥いて何でも好きな事を』って言ってしまったし、それとは別に提督にお話しておかなくてはならない事もあるんです。・・・でも、足がすくんでしまって」


磯波「あっ!でも、提督はそんなひどい事をするような人じゃないですよ?」


榛名「ええ。もちろんわかっています。なのに・・・その事と、お話しておかなくてはならない事を考えると、榛名が勝手に動けなくなっているだけなんです・・・ダメなんです。大丈夫だと分かっているはずなのに、ひどい事をされるんじゃないか?嫌われるんじゃないか?って」


磯波「そんな事、絶対にありません!」


榛名「磯波さん・・・」


磯波「あっ、すいません!・・・でもっ、私、もともとは利島鎮守府の所属でっ・・・捨て艦されていたところを、望月ちゃんと一緒に助けられて異動してきたから、よくわかるんです」


榛名「えっ?最初からここではなく、ですか?そんな!捨て艦だなんて・・・」スッ


―ギュッ


磯波「えっ?榛名さん?」


―榛名は磯波を優しく抱きしめた。


榛名「かわいそうに・・・そんな怖い思いをしたんですね」


磯波「榛名さん・・・」


―驚きよりも、不思議な安心感が満ちてきた。自分に姉がいたら、こんな感じなのかな?と、磯波は思った。提督とはまた違った安心感だ。


榛名「あっ!でもごめんなさい!私ったら、いきなり・・・」パッ


磯波「あっ・・・いえ・・・。ちょっと、嬉しかったです」カアッ


榛名「・・・そうですか?つい、心配になってしまって・・・」カアッ


磯波「なんだか、勇気が出ました。行ってきます!」


榛名「頑張って!私も、あなたの後に行きますね」


―しかし、その時だった。


―ガチャッ


提督「はい、じゃあ磯波さん、どうぞ・・・。その次は榛名さんになりまーす」


―バタン


―提督の部屋、701号室のドアが開くと、おそらく病院の呼び出しのマネをした、事務的な口調で提督がそう言い、ドアが閉まった。


磯波「くっ・・・!」


榛名「なんですか?今の、まるで病院の・・・ふふっ!」


磯波「提督、良くみんなを笑わせるような事を言うんですよ?叢雲さんと曙さんが、良くツボにはまっちゃうみたいで。・・・失礼します」ガチャッ


―言いながら、磯波は提督の私室に入った。


提督「こんばんは。丸聞こえだったぞ?ふふ。・・・ココアで良いかな?」


―提督は言いながら、既に用意してあったココアを出した。


磯波「すいません、提督」ペコリ


提督「いや、構わないけど、どうした?磯波が夜中に来るなんて、珍しいな。まさか添い寝を?」ニヤッ


磯波「あっ、ち、違います」フルフル


提督「いやまぁ、冗談だが。自分らが深海化しているか心配になって聞きに来た。違うかな?」


磯波「えっ?何でそれを?」


提督「やっぱりか。磯波の仕事ぶりと理解力なら、もうそれが気になって来る頃だろうと思っていたよ。早めに説明してやれば良かったな。ごめんな」


磯波「いえ、そんな。じゃあ、私と望月ちゃんは?」


提督「情報レベルの関係で話せないが、二人とも深海化する可能性はゼロだぞ?そういう判定結果が出ている」


―藤瀬研究員が鎮守府に訪れ、フレームについての説明を受けた後に、堅洲島鎮守府の艦娘の状態は把握済みだった。陸奥以外は、フレームにD傾向は無い。


磯波「そうなんですか!・・・あ、でも、私も望月ちゃんも、かなり長い時間気を失っていた時間があって」


提督「うん、海域と心の状態によっては、その時間に深海化するらしいのさ」


磯波「そうなんですか?」


提督「船なら、浸水すれば轟沈だが、艦娘の轟沈は、ダメージ的には大破と差がない。おそらく本人の無意識が、大破生存か、轟沈か、轟沈して深海化か、選択している時間がある。それが、君らが気を失っていた時間だよ。おそらくはな。そして、生きることを選んだのさ」


磯波「生きることを、選んだ・・・」


提督「自分たちでは気づいていないかもしれないが、磯波も望月も、おれには何かが、少し色濃く見えるよ。生きる意思や、何らかの欲求の強さが、轟沈と大破を分けたんだろうな。そのせいか、仕事ぶりも優秀だしな」


磯波「・・・そんな、ありがとうございます!」


提督「ま、そんなわけだから、心配は要らない。望月にも伝えて、安心して眠ったらいい」


磯波「良かったぁ・・・」ホッ


提督「すまんな。深海化についての情報がいろいろ出てきた時点で、一度説明しといてやれば良かった。・・・そうだな、この借りは二人に間宮券って事で勘弁してくれ」


磯波「わあ!ありがとうございます!望月ちゃんも喜ぶと思います」


提督「ん。じゃあ、これで大丈夫かな?」


磯波「はい!・・・あ、提督、もしもですよ?私がひっそり深海化していたら、どうしたんですか?」


提督「あー、やっぱり気になるか。なるよなぁ・・・」


磯波「・・・はい。やっぱりみんなに沈められるとか、完全に深海化する前に解体、とかですか?」


提督「普通はそれしかないんだろうが・・・いや、何とかして、深海化しないようにしてみるさ」


磯波「そんな方法があるんですか!?」


提督「ほとんど方法とも言えないような賭けだし、深海の影響が強い場所では無理だろうよ。少なくとも、深部海域の作戦に参加させられなくなるのは間違いないだろうな。ついでに、人生も大きく変わってしまうだろうよ。有効だった場合の話だが」


―いつも提督の身近にいる磯波は、ここで閃くものがあった。


磯波「もしかして、ケッコンとか、ですか?逆に解釈すると、そういう考え方もできるのかな?って」


提督「鋭いな。うん。もしかしたらだが、深海化が確実に進行していく前提の艦娘になら、人間の中途半端さが作用して、深海化の進行を止められる可能性がある。ただし、それはあくまで、深海の影響が弱い海域での話になるがな。深部海域や、変色海域にはもう出せなくなるだろうよ。つまり、海に出せないって事だ。しかも、その後はおれと一緒っておまけつき。ここが艦娘にはかわいそうな所さ。自由を制限されるって事だからな」


磯波「でも、普通の女の子は海に出たりしませんから、すごく戦いたい!っていう子じゃない限り、あまり問題はないのかもしれませんね」


提督「まぁなぁ。そうなると後は、好きな相手を選ばせてやれないって部分かな。これが不憫になるよな・・・」


―ここで磯波は、何を言っているんだろう?と思った。


磯波「提督と一緒が嫌な子なんて、居ないと思います。私は全然嫌じゃないです。もしかしたら、自分から深海化しようとする子が出て来ちゃうかもしれないくらいですよ?」クスッ


提督「・・・驚いた。磯波がそんな事を言うなんて」


磯波「え?・・・あ、ああっ!私、とんでもない事を!」ボッ


―よくよく考えたら、やや遠回しに好きと言っているのと変わりない気がする。そんな事を言っている自分にも、そんな事を思っていたらしい自分にもびっくりだが、何より・・・。


磯波(は、恥ずかしい!・・・私、何て事を!)


提督「捨て艦されたのに、そうして気持ちを開いてくれるのは、とても嬉しい。ありがとう。・・・ただ、沈むんじゃないぞ?」フッ


磯波「提督・・・」


―きっと提督は、自分の慌てぶりをわかって、話を少しだけずらしてくれている。気持ちは嬉しいが、すっかりずらされてしまうのもまた、少し寂しい気がする。しかし、提督は続けた。


提督「まぁ、磯波をお嫁に行けなくしてしまったから、そうやって責任を取る未来もあるのかもな。ふふ」


磯波「そんな、ふふっ(相手の気持ちが、すごく良く分かる人なんですよね・・・)」


―本当は、もう少し話していたい。しかし、真面目な磯波は、榛名が控えているのを知っている。望月も心配しているはずだ。


磯波「提督、遅い時間にありがとうございました。榛名さんも何か大事なお話があるみたいですし、私、もう戻りますね」


提督「そうだな。わかった。望月を安心させてやってくれ」


―ガチャッ


磯波「おやすみなさい、提督」


提督「ああ、おやすみ。・・・次の方、どうぞ」


―再び提督は、病院の呼び出しのような口調で榛名を呼んだ。


磯波「くっ!(こんな時も笑いを入れてくるとか!)」


榛名「磯波さん、大丈夫だったのですか?」


磯波「はい。きっと榛名さんも、大丈夫だと思います。部屋に戻りますね!」


榛名(一体、何が?)


―磯波の表情が明るくて、榛名は驚いた。


榛名「榛名、失礼いたします」ガチャッ、バタン


―部屋に入ると、男性の部屋の匂いに混じって、微かに姉の、金剛の香りがする。榛名は昔の事を思い出して、心のどこかが締め付けられる気がした。


榛名「夜分にすいません、提督。いつもは金剛お姉さまがご一緒の筈なのに、お姉さまに時間を作ってもらいました」


提督「金剛は優しいからな。しかし、ずいぶん勇気のいる話みたいだな。しばらく前から、そこにいたんだろう?磯波が来てくれてよかったよ」


榛名「ご存知だったんですか?・・・いえ、そうでしたね。提督なら、気づかないはずがないですよね」


提督「・・・榛名、あまりおれを『強い人』として見ないでくれ。おれの中では、何の意味もないんだ。誰かと戦って強いか弱いか、なんて事はさ」


榛名「すいません。でも、榛名には大切な事でしたから。半分、ですけれど・・・」


提督「半分?」


榛名「はい。榛名、今夜は全て正直にお話ししたいと思います。それで、提督にがっかりされたり、嫌われても、任務は全力でこなしますし、約束も、守りますから・・・」ジワッ


提督「ちょっ、そんな、泣くほどの話か?びっくりしないから、まず、話してみてくれるか?」


榛名「はい。あの、実は・・・榛名は男の人が苦手です!」


提督「ふむ。どれくらい?こうして話していて大丈夫なのか?」


榛名「えっ?驚かないんですか?・・・はい、大丈夫です」


提督「そういう子もいるだろう?わかった。じゃあ、今後は距離等、気を付ける」カタッ、スッ


―言いながら、提督は静かに立ち上がると、少し離れた場所のソファに座った。


榛名「はい。いますね・・・。あの、そこまでされなくても、大丈夫です」


提督「そうなのか?ふむ・・・」


―何かが噛み合っていないような、微妙な空気だ。


榛名「あの、提督は驚いたり、がっかりされないのですか?」


提督「いや、特にそんな事は。がっかりってのがイマイチわからんが。男が苦手な女の子もいるだろうし、そういう艦娘がいてもいいさ。幸い、うちには金剛がいる。必要であれば、なるべく顔を合わさずに指示することもできるしな」


榛名「そこまでされなくても大丈夫です。ただ、ほとんどの『榛名』は献身的で、提督の事が無条件に好きな子ばかりですが、私はそうではないですから・・・」


提督「そういう自我なら、それでいい。そんな自分の気持ちを大事にしてやれ。おれも協力するしな」


榛名「提督は、強い『榛名』を望んでいたんじゃないんですか?」


提督「とても強い榛名なら、目の前にいて、こうして話しているだろう?おかしな事を言ってるぞ?ふふ」


榛名「私は、榛名は、芸能人である『榛名』も、提督に何も考えずに従う『榛名』も嫌いです。立場や責任に関わらず、隙があれば女の子をどうにかしようと思っている人ばかり、という理由で、男の人も苦手ですし、信じることが出来ません。榛名は、榛名は色々なものが大嫌いなんです!『提督』も嫌いです。信用できる提督に会った事がありません!」グスッ


―榛名の心の中に渦巻いていた様々な怒りが、溢れて止まらなくなってきた。


提督「・・・まあ、そうだろうな。しかし、悩みってのはどの部分なんだ?それで全然構わないが」


榛名「えっ?」


提督「何か問題があるのか?」


榛名「怒ったり、がっかりしたりとか、無いんですか?」


提督「すまん、おれが鈍感なせいだろうが、さっきから、榛名の言いたい事がわからないんだ。おれが何で怒ったり、がっかりするのかがわからない。本当にわからん。すまない」


榛名「えーと・・・」


―そういえば、と榛名は思い起こしていた。今まで自分と出会ったどんな提督や男性とも、この提督は違う。どんな人も必ず自分に向けてきた、男性特有の熱気が全く感じられない。立ち合いに至るまでのやり取りでは、この提督もそういう有象無象の一人だと思っていたのに。


榛名(この人、私を何とも思ってない!?本当に、実力だけで私を見て、必要としてくれていたんですね。なのに・・・)


―こうなると、自分が言おうとしていたことが、ただの自意識過剰に思われかねない。誰でも無条件に、自分に対して好意を向けて来ると思っている女。そのように思われかねない。そして・・・。


榛名(何だろう?それはそれで、すごく悲しいし、悔しい気がします。こんな気持ちになるなんて・・・!)


―それは、榛名が今まで感じた事のない気持ちだった。そして、戦い以外でも、完全に負けた気持ちだった。


榛名「あの、榛名はそんなに魅力がありませんか?」


―思わず声に出してしまった。


提督「・・・へ?」


榛名「あっ!・・・ああっ!すいません!榛名、おかしな事を言いました」


提督「そうか。・・・まあ、魅力の塊だと思うけどな」


榛名「!!!みっ、魅力の・・・」クラッ


―世辞も媚びも何もない、フラットな感想だ。これが漣の言う『ご主人様の直球』なのだが、初めての榛名には、雷に打たれたような衝撃になった。そしてそれが、榛名の中の様々な鬱屈を全て吹き飛ばしてしまった。


提督「おい、大丈夫か?何だか、さっきから少し変だぞ?榛名」


榛名(そんな風に呼ばれたら、『榛名』になってしまいます・・・)


―唐突に、川内の言葉が思い出される。『王子様に会えたんだね』という言葉が。


榛名(ううん、こんなに歪んでしまった榛名に必要なのは、王子様みたいな人では無かったです。でも、そんな提督なんて、居るはずがなかったのに・・・)


―榛名が自分の異動に高いハードルを設定していたのは、強い提督が好き、と言うよりは、中途半端な提督のもとに行きたくなかったほうが、理由としては強かった。ほとんど、誰のもとへも行くつもりは無かったと言ってもいい。


榛名(それを易々と超えてくる人が現れるなんて・・・)


―提督は静かだが、少しだけ心配そうに見えた。その眼も暗く静かで、榛名が苦手な熱はみじんも感じられない。なのに、戦えば、榛名の知っている誰よりも強いし、よく一緒に眠っているらしい自分の姉にも、誰にも、手出しをしていない。


提督「榛名、少し疲れているのか?風邪気味とかはないか?・・・男と話すのが辛いなら、無理しなくていいんだぞ?」


榛名「・・・いえ、大丈夫です。榛名は、大丈夫です」


提督「そうか?・・・そういえば、人間が色々と、ごめんな。榛名と言えば、とても素直な子の筈なのに。・・・でも、本音を言うと、一昨日の立ち合いややり取りは、とても楽しかった。おれはどちらかと言うと、厄介な子が好きなのかもしれないな。だから、そんなに素直になろうとする必要もないし、色々嫌いでも構わないのさ。厄介な榛名もいいと思う」


榛名「・・・えっ?あんなに態度の悪かった、こんな榛名でいいんですか?」


提督「今は普通みたいだし、多少なら構わんさ。ただ、またスマホを壊す・壊さない、みたいなのは勘弁してくれ。弁償で破産しちまうよ」


―提督はそう言うと、微かに笑った。


榛名(ああ、この人は違うんだ・・・)


―榛名は、自分を良く見せよう、よく見られよう、と全く思っていない男に初めて出会った。しかしそれは、榛名の事をほぼ何とも思っていない事にもなる。


榛名(この人は、何を見ているの?)


提督「・・・で、結局、榛名は何が言いたかったんだ?」


榛名「すいません、榛名、何だか考えがまとまっていないというか、色々と、良く分からなくなってしまいました。でも、大丈夫です」


提督「そうか・・・ふむ」


榛名「それと、提督、あの・・・横須賀での勝負で、榛名は何でも二つ、言う事を聞くことになりましたが、何か希望はありますか?」


提督「あ!そういやあったな、そんな話」


榛名(ええっ?裸とかそんな話もしたのに、忘れちゃっているんですか?女の子が何でも二つ、言う事を聞くのに?)


提督「とりあえず保留でいいかな?何も無しってのも失礼なんだろうし。・・・あ、裸に剥いたりとか、そんな事はもちろんしないんで、そこは心配いらない」


榛名「はい・・・諒解です・・・」


―榛名は次第に、哀しい気持ちになってきた。


榛名(私、おかしい。何だか、泣きたい気持ち・・・です)グスッ


提督「!おい、榛名、やっぱりちょっと変だぞ?どうしたんだ?」


―コンコン


提督「ん?どうぞ」


―ガチャッ


金剛「こんばんは提督ー!もうネー、あーんまりグダグダだから、黙っていられなくなっちゃったヨー!」


榛名「お姉さま!(もしかして、聞いていたのですか?)」


提督「ああ、助かる。榛名の様子がちょっとよくわからないんだ。おれにはうまく対応が出来なくてな」


金剛「でしょうネー。要するに、榛名はダメな提督やダメな男しか見てこなかったから、提督に戸惑っているのデース!気になるのに、どう対応していいか、分からないのネー」


榛名「なっ!」


―姉の分析は、腹立たしいほど的確で簡潔だ。


金剛「榛名、そもそもですヨー?その辺のアンポンターンな提督や男性は苦手なんでしょうが、うちの提督は苦手じゃないデショー?余計な事を言うと、提督は徹底して距離を取っちゃいます。そういう人デース。それでいいんですか?」


榛名「それは・・・嫌です」ボソッ


提督「え?そうなのか?」


金剛「ほらー。・・・榛名ー、もう少しここになじんで、提督の事がわかってから話した方が良いですヨー?まだタイミングが早すぎでしたネー。・・・提督、榛名はとってもいい子なんですが、私や提督がいない榛名はちょっとフラフラしちゃうところがあるんデス。誰かのために全力を出せる子ですが、その誰かがいないとダメって事ですネー」


提督「なるほどな」


金剛「もう一つ言うと、榛名は、提督みたいな対応をする人に会った事がないんデース」


提督「え?おれに原因が?」


金剛「そうじゃないデース。しっかりした人って意味デース」


榛名「はい。何と言うか、今までの提督や、芸能関係で知り合った方は、下心の有る方ばかりで・・・」


提督「ああ、そういう・・・。あのさ、誤解のないように言うけど、おれだって下心は普通にあるぞ?女の子だって好きだし。いや、むしろ大好きだったしな」


金剛「それは意外な発言ですネー」


榛名「はい、何と言うか、提督は自分を良く見せようとか、気に入られようとか、そういう雰囲気が全然ないんです。榛名の事も全然変な目で見ないですし」


金剛「あ、一緒に寝ててもそれは感じますネー」


提督「いや、だってさ、そういうの疲れるんだよ。良く見せようとか、気に入られようとか。そういう部分に貴重な気力を使いたくない。何しようが自分は自分だろ。面倒なんだよ、そういうの。金剛だって、青ヶ島ですごく疲れたろ?」


金剛「確かにそうですネー。あれはきつかったヨ」


榛名(そういう事を自然に言えるような人が居なかったんです・・・)


金剛「もう夜も遅いですから、要点をまとめましょうか。・・・提督、榛名の事、どう思ってます?今の榛名に一番必要なのはその部分デース」


榛名「えっ?」


提督「とてもいい子。しかし、いい子過ぎて大抵の人は悪い事を考えてしまうだろう。そして、実際にそうだった。だからうちに連れてきた・・・これが本音」


榛名「・・・」


―金剛はとても嬉しそうな微笑を浮かべた。


金剛「いい子、の部分を具体的に言うと、どんなところが、ですか?」


提督「ひたすら努力家で献身的。そして、さっきも言ったが、魅力の塊。悪い部分が殆んどない子。おれの心がまともだったら、本当はもっとずっと嬉しい筈なんだがな」フッ


―提督は少しだけ、寂しそうに笑った。


榛名「・・・あ、あの、悪い部分はありますか?」


提督「さっきも言ったが、もう少し自分の意思を大事にした方が良いように思う。相手の意思に沿おうとするばかりが人間関係じゃない。それがかえって、相手を悪くしていく場合もある」


榛名「!」


金剛「提督も榛名の事をよーく見てくれていますネー」


―言われてみれば、思い当たる部分があった。


提督「金剛、簡潔にまとめるとそんなところだが、どうだろうか?」


金剛「ありがとうデス。榛名、これで少しは気持ちもまとまるデショー?」


榛名「提督、お姉さま、お気遣いありがとうございます。榛名、少し落ち着きました」


金剛「それと、提督ー。榛名は男の人が苦手だと言ったと思いますが、多分もう提督は大丈夫なはずデース。榛名、ちょっと提督と握手してみると良いネ」


提督「えっ?それは無理なんじゃないのか?」


榛名「はい・・・あの、提督がよろしければ、ちょっと、試してみたいです・・・」カアッ


提督「そうなのか!?やっぱり姉妹だと色々分かるもんなんだな。えーと、じゃあ・・・」スッ


―提督は榛名に、握手をするために手を出した。


榛名「すいません提督、榛名、握手させていただきます・・・」オズオズ・・・ソッ


―ギュッ


提督(ん?)


―榛名の男性が苦手な点を考慮して、提督は手を握り返さないようにしようとしたが、予想外に榛名は強く握り返してきた。


榛名「提督、握手なんですから、握り返していただいても大丈夫ですよ?・・・榛名、提督だと大丈夫みたいです。打ち負かされて、覚悟したからでしょうか?」ニコッ


―だが、その表情は硬い。明らかに無理をしているようにも見えたし、額に冷や汗が浮かんでいるようだ。


提督「榛名、あまり無理は・・・」


榛名「・・・榛名は大丈夫です。提督だって、戦闘ストレス障害をお持ちだと聞きました。榛名も、本当は提督が信じられる人だと分かっているんです。それに、何とかしないと、ずっと寂しいままですから・・・」ギュッ


提督「そうか、なら、大丈夫だ。おれもついている」


榛名「・・・はい」


―呼吸が荒くなるのを抑えるように、榛名は目を閉じ、動悸を抑えるように左手を胸に当てた。鼓動が早鐘のようだ。しかし・・・。


提督「・・・辛そうだな。こちらで受け止めてやりたいものだけどな」


―トクン・・・


―榛名の鼓動が、急に落ち着いて、息が楽になった。風邪をひいて、いつの間にか熱が下がっていることに気付いた時のような、妙な静まり方だ。


榛名「えっ?あれっ?」


提督「どうした?」


榛名「うそっ?榛名、何だか急に落ち着きました。大丈夫みたいです」


金剛「エー?無理してませんか榛名ー?」


榛名「あの、提督、すいませんが左手をこう、開いてみて下さいませんか?」


提督「ん?こうか?」スッ


榛名「ちょっと失礼しますね?」ソッ


―榛名は提督の左手に、自分の左手を合わせた。その動きに、先ほどまでのためらいがない。


金剛「ンー?本当に大丈夫っぽいデスねー・・・?」


榛名「信じられない!こんな事って・・・どうして?」


提督「もともと、あれだけ戦えて勇ましいんだ。ダメだと思っていた何か、胸のつかえみたいなものが取れたのかもしれないな」


榛名「そうなんでしょうか?いずれにしても、榛名、とても嬉しいです!」


金剛(あれ?そういえば、こんな事、前にもありましたネー・・・)


―金剛は、青ヶ島鎮守府で提督に手を取ってもらった時の事を思い出した。


金剛(あの時、確か急に気持ちが楽になって、涙が溢れて止まらなくなったのよ。すごく泣いてしまって・・・)


―そうだ、確か急に気持ちが切り替わった。それと同じことが起きているのだろうか?


金剛(不思議な人ですね・・・)


―特務鎮守府の提督は、艦娘との親和性が高いと言われているが、これがそうなのだろうか?


金剛(ううん、そんな事は関係ないわ。私の手を取ってくれたのはこの人だけだもの)


榛名「金剛お姉さま?」


金剛「・・・ん、何でもないネー。榛名、あとは大丈夫ですか?」


榛名「・・・あ、はい、大丈夫です」


―榛名はそう言うと、握手と、左手を放したが、この時、おそらく姉である金剛にしかわからないほどわずかに、榛名の雰囲気が曇った。


金剛(ふぅ、さっそく、離れたくなくなった感じですか・・・。良い事ですけれどネー・・・)


―これから大変かもしれないが、分かっていたことだし、全て楽しむほかないな、と金剛は思った。


提督「じゃあ、榛名、おおよその胸のつかえは取れたって事になる、かな?」


榛名「あ、はい!すいません提督、こんな遅い時間まで。もう大丈夫そうです!」


提督「それは何よりだ。じゃあ、おれもそろそろ休むとするよ」


榛名「はい、提督、おやすみなさい」


金剛「じゃあ提督、お休みデース!・・・えーと・・・」


提督「・・・いつもと変わらんよ」


金剛「!諒解デース!」ニコニコ


榛名(あ、そうか、お姉さまと提督は、一緒に・・・)


金剛「でも、榛名ともお話をするから、もしかしたら行けないかもデース」


提督「そうだな、うん。その辺は適当に判断してくれれば。少し寂しいがな。ふっ」


金剛「もうっ!ナチュラルボーン女殺しですネー、本当に」


提督「よせやい、本当に寂しがりやなだけなんだぜ?」


榛名「あのっ、それなら榛名が」


金剛「えっ?」


提督「えっ?」


榛名「えっ?」


―妙な空気になった後、何か変におかしくなり、三人で笑った。それぞれ、何かが大丈夫そうな予感とともに、だ。そして、金剛と榛名は部屋に戻って行った。



―数分後、提督の私室。


―提督は濃いめのコーヒーを淹れると、提督の私物用の金庫を開け、少し前の特務案件の概要書と、最近になって総司令部から来た報告書を、険しい表情で見比べていた。しばらく前の青葉とのやり取りが思い出される。


―提督『磯波って確か、武人口調で話すかわいい子じゃなかったっけ?』


―青葉『それはきっと磯風と間違えていますねー』


―利島鎮守府の捨て艦事件の際の報告書には、このように記載されていた。


―『伊19、伊401、若葉、磯風、磯波、望月による艦隊で、哨戒・資源回収任務を目的とする艦隊を編成し、出撃。当該海域において、深海側の有力な艦隊と遭遇。戦闘の末、若葉、磯波の轟沈の報告。同じく、磯風、望月の大破を確認。大破艦の自力帰投命令を発令し、伊19及び伊401は任務を継続とした』


提督(報告書の通りなら、磯波は沈んでいる・・・)


―では、今の鎮守府にいる磯波は、どこから来たのか?深海化の傾向は無いし、接していても何の違和感も・・・例えば、瑞穂から感じたような暗さもない。


提督(普通なら、大いに悩むのだろうが・・・)


―しかし、提督には何度も他人と自分の命がかかった判断を委ねられた過去と経験がある。そこからの勘が大丈夫だと言っている。これは、陸奥が抱えているらしい、なにがしかの悩みも同じく、だ。


提督(考えても仕方のない事は、考えなきゃいい。本人だって知らない事は、考えようがない。ただ・・・たとえ深海化していたとしても、轟沈やら解体やら、そういう結末は一切なしだ)


―だから考える必要は無い。悪い結末は『無い』のだから。そう、力ずくでも、悪い結末を無くせばいい。それだけのことだ。


提督(ん?昔の考え方が戻ってきているな。不思議だ・・・)


―提督は睡眠時間がいつ減るかわからない予感に基づいて、なるべく早く寝るべく、さっさとシャワーを浴びることにした。



―しばし後、金剛たちの部屋。


榛名「お姉さま、すいません、色々と助けていただいて・・・」


金剛「いいんデス。あれでは提督が良く分からないまま、グダグダになっちゃって、榛名が泣いちゃいますからネー」


榛名「そっ、そこまでダメでしたか?」


金剛「余計なちょっかいかもしれませんが、見てられなかったネ。でも、実際上手くいったデショ?うまくいき過ぎな気もしますけどネー」


榛名「はい。とても不思議です。あれはなんなんでしょうか?」


金剛「榛名特有の頑張りじゃないんですカー?私は分かりマース。榛名、うちの提督の事を気に入りましたネ?」ジトッ


榛名「気に入ったと言うより、不思議な方です。榛名の色々な嫌な気持ちが、どこかに行ってしまいました・・・。挑発的かと思ったら、とても静かだったり、戦えばあんなに強いのに。横須賀でも思いましたが、夜戦の時の夜の海のような方です・・・」


金剛「ンー、まあちょっと不思議なところはある人ですネー。私は、何も考えていないようで、凄く考えてくれる部分や、とにかく相手の気持ちを楽にしようとしてくれるところが好きネー。・・・あ、榛名がどう提督に近づこうが何も言いませんが、まずしっかりした『自分』を持つべきだと思いマース。でないと、たぶん相手にしてくれませんヨー?」


榛名「『自分』ですね?はい。よく考えます。ただ、提督は既にお姉さまととても仲が良いようですから、榛名の入る隙なんて・・・」


金剛「フェアでないのはノーだし、どうせすぐ気付くことだから言っておくけれど、私と提督は一緒に眠っているだけヨー?これは提督なりの優しさなのよ。でも多分、今はこれ以上は近づいちゃダメなのはわかるわ。きっと、困らせてしまうネ・・・。平等を壊してしまうから」


榛名「そうなんですか?仲良さそうですし、とてもそうは・・・」


金剛「ううん、私が一人ぼっちで、とても寂しい思いをしたからネ。そして逆に、ここまで歩み寄らせてくれたら、とても無理は言えないヨ。近づきたいなら、もっと好かれるように頑張らないとダメだと思っているのデース」


榛名「金剛お姉さま・・・。じゃあ、提督は誰と特に仲がいいんですか?」


金剛「それが、一緒に寝ているのが、となると私になるけれど、皆とそれなりに親しくて、適度に距離がある感じネ。私はそれを自分から壊すような事はしたくないネー」


榛名「隙の無い方なんですね」


金剛「それもあるけれど、みんなの事が大切なのよ。あまり自分の事は考えて無さそうだもの。提督は。私も今は幸せですしネー・・・」


榛名「幸せ、ですか」


金剛「・・・うん(でも・・・)」


―実は金剛も、先ほどの榛名の変化を見てから、気になっていることがあった。以前はあれだけ、青ヶ島の提督に気に入られたい、出来ればケッコンして欲しい、と思っていた強い気持ちが、今は微塵もない。


金剛(もし今、ケッコンするとか戻れとか言われたって絶対に嫌。何なの?この気持ちの変化は?)


―今の提督のそばから、絶対に離れたくない気がする。


金剛(変ネ。私、そんな軽くないはずなのに・・・)


―話しかけよう、と思ったが、榛名は静かな寝息を立て始めている。


金剛(ううん。余計な事を考える必要は無いわ・・・心も満たされているしネ)


―金剛は今夜も提督のもとに行こう、と思っていたが、いつの間にか眠りに落ちてしまった。



―金剛たちの部屋のそばの廊下。


吹雪(よし、今夜は金剛さん、提督のお部屋に行かないみたいですね)


―吹雪は、磯波が提督の部屋に入り、ニコニコして出て行ったのも、榛名や金剛が訪れ、出て行ったのもこっそり見ていた。おそらく、自分にはわからない何らかの秘密が、提督にはあるのだ。まずそれを突き止めなくてはならない。・・・と、思い込んでいる。


吹雪(いつもの提督なら、きっとまだ起きています。少しだけでも何かお話を・・・)


―吹雪は誰にも見つからないように、慎重に七階のエレベーターホールまで来た。提督の部屋のドアの下から、常夜灯の光が漏れているほかは、ほとんど照明がない。


吹雪(でも、何をお話したら?こんな夜中に行くのに・・・)


??「ねえ、なんでみんな、夜中に提督の部屋に行くの?(小声)」


吹雪「ひゃっ!」


??「あっ、ごめん。僕だよ、時雨。驚かすつもりは無かったんだけど、みんな提督の部屋に行っているみたいだから、どうしたのかなって」


吹雪「あっ、こんばんは、時雨・・・さん。みんな、何か相談したい事やお話ししたい事があったんだと思います。私は・・・何を話したらいいか、今になってわからなくて困ってたんですけれどね」ニコッ


時雨「そんなに慕われているの?ここの提督は。・・・あと、時雨でいいよ」


吹雪「うーん、慕われているというか・・・みんな色々あったからだと思います」


時雨「色々?・・・言われてみれば、そうだね。僕もそうか」


吹雪「時雨ちゃんは、何かお話ししたい事はないの?」


時雨「時雨でいいのに。・・・お話かぁ。お話だけじゃ、多分ダメだと思うから、僕の事はいいんだ、もう」


吹雪「話すだけじゃダメ?うーん?」


時雨「ごめんね、変な事を言って。何でもないよ。僕が悪いんだ」


―そう、僕がすべて悪い。だから・・・。


吹雪「時雨ちゃん?」


時雨「ううん。何でもないんだ。おやすみ、吹雪」


―時雨はその場から立ち去る。


吹雪「・・・おやすみ、時雨ちゃん。・・・あの」


時雨「なんだい?」


吹雪「それでも、どうしてもつらい事だったら、司令官なら何とかしてくれると思うの」


時雨「・・・ありがとう。おやすみ」


吹雪「怖いの?」


時雨「えっ?」


吹雪「ごめんね?そんな気がしたから。それでも」


時雨「僕の事はもういいんだ!」


吹雪「あっ!ごめんなさい・・・」


時雨「あっ!・・・ごめん。僕もう行くから・・・」


―時雨は足を速めて立ち去ってしまった。


吹雪(時雨ちゃん・・・)


―ガチャッ


提督「わかっちゃいたが、あいつも何か抱えてるなぁ」


―カーゴパンツに黒いTシャツ姿の提督が、ドアから時雨の立ち去った方を見つつ、呟いた。


吹雪「あっ!司令官!」


提督「よう、吹雪。こんな時間まで情報集めか何かか?せっかくだし、お茶でも飲むか?」


吹雪「あれ?起きてらしたんですか?」


提督「あれだけのやり取りを部屋の前でしてて、寝続けられるほど無神経じゃないぞ?」


吹雪「あは、そうでしたね。すみません」


提督「別に構わんさ。ただ、何日かは早めに寝ておいた方が良いと思うがな。理由は言えんが」


吹雪「えっ?わかりました!吹雪、すぐに部屋に戻って寝ます!おやすみなさい、司令官!」ダッ!


提督「ほお、良い判断だな。ああ、おやすみ」


―その後すぐに、堅洲島鎮守府は静かな眠りに落ちた。



―ヴィーッ!ヴィーッ!ヴィーッ!


―マルゴーマルマル(午前五時)、堅洲島鎮守府の緊急警報が鳴り響いた。


直通放送「緊急発令!緊急発令!こちら総司令部。本時刻より、大規模反撃作戦『常号作戦』発令、開始いたします。各鎮守府は暗号秘匿通信の作戦概要書及び任務振り分けを確認し、任務艦隊をマルロクマルマルまでに出撃願います』


―私室で眠っていた提督は跳び起きた。


提督「来たか!一番いいタイミングだな。参謀、なかなかやるじゃないか!」ガバッ


―提督は着替えながら執務室に急いだ。


―執務室には既に叢雲が来ており、暗号化ロールペーパーを出力していた。


叢雲「おはよう。早いわね。一番いいタイミングじゃない?」


―続いて、足柄が走って入ってきた。


足柄「おはようっ!あら、私が二番目ね?いよいよ発令されたわね!みなぎってきたわ!」


―叢雲と足柄は、この常号作戦の概要の作成に立ち会っていたため、既にこの発令を予見していたのだ。



―30分後。執務室には呼び出された選抜メンバーが揃っていた。


―第一艦隊、赤城、加賀、利根、足柄、霞、綾波


―第二艦隊、扶桑、山城、筑摩、鳳翔、朧、潮


―第三艦隊、川内、神通、天龍、龍田、古鷹、加古


提督「良し、全員そろっているな?本時刻より、『常号作戦』の付帯特務作戦、小笠原諸島強行偵察任務『銅作戦』を開始する!・・・と言っても、すぐに出撃するわけではない。国内のほぼすべての鎮守府の艦隊が、ロケット発射基地とE.O.B海域の二か所を目標として大艦隊で反攻作戦を行うのが、この『常号作戦』だが、敵戦力の展開具合でこちらの作戦目標も変わるため、当面は待機となる。おそらく、最短で新年の三日以降の出撃になるだろう。全員、それまでは引き続き休暇で良し!」


赤城「諒解いたしました。あの、質問よろしいでしょうか?」


提督「機密に触れない範囲なら、構わんよ?」


赤城「提督の立案された、この『常号作戦』ですが、名前には何か意味があるのですか?」


提督「良い質問ですねぇ、赤城さん」


叢雲(くっ!)フルフル


提督「『常山の蛇勢』って中国の故事に基づいているのさ。E.O.B海域に侵攻する艦隊を大蛇の頭、ロケット発射基地に侵攻する艦隊を尻尾に見立ててな。で、位置的に胴体になる小笠原に侵攻する我々の作戦は、銅作戦になるって事さ。敵に作戦の趣旨がバレても、まさか胴体部分が攻撃してくるとは思うまいよ」


赤城「なるほど・・・」


提督「ついでに言うと、小笠原を奪還するのが目的でもないぞ。小笠原に侵攻して、敵艦隊と遭遇したら、めいっぱい暴れて帰ってくる。これを繰り返すだけだ。奴らの想定外の攻撃の筈だからな。向こうの『頭脳』の想定をめちゃくちゃにしてやり、作戦を遅延させるのが目的だよ。うちは一つの鎮守府で、数倍の戦力が存在するように見せかけてやる必要があるわけさ。出撃したら、全員、交代交代で暴れまくれ!」


艦娘たち「諒解いたしました!」


提督「なお、選抜メンバー以外も随時艦隊には組み込むため、ほぼ全員が作戦に参加すると想定しておくように。では、解散!」


―こうして、特務第二十一号鎮守府、堅洲島では、初の大規模作戦が提督の立案によるものという、前代未聞のスタートを切ることになった。のちに、深海側からは『X艦隊』と、味方からは『幻像艦隊』と呼ばれ、さらに後には双方から『黒衣の艦娘たち』と呼ばれ、畏怖と尊敬の眼で見られるようになる艦隊のスタートは、実に穏やかなものだったのである。




第三十七話、艦



次回予告。


深海側の要塞『黒き憤怒の楽園』では、艦娘たちのフレームのアクティブ化を感知し、大規模作戦の発令に気付くが、対応が追い付かない。


同じタイミングで、深海の提督たちの手に負えない『中枢戦姫・零姫』が装甲区画で大暴れを始め、深海側の対応はさらに後手に回ってしまう。


時間は少し戻り、深夜の早池峰泊地では、浜風が段ボールをかぶって移動していた。


一方、堅洲島では地域任務の巫女の志願者が殺到していた。



次回、『気まぐれな姫』乞う、ご期待!


龍田『あら~、面白いSSはどこかしら~?』




後書き

お待たせしてごめんなさい。

二月後半まで、仕事で更新が少し遅くなります。そう忙しい仕事ではないので、伏線や演出等、より深く練れるのですが、何しろ時間が足りません。

のんびりお付き合いくださいね。


このSSへの評価

6件評価されています


zちゃんさんから
2019-08-23 23:12:27

SS好きの名無しさんから
2018-06-30 05:05:09

SS好きの名無しさんから
2017-03-04 14:37:11

零人_改さんから
2017-01-28 15:19:06

SS好きの名無しさんから
2017-01-22 22:59:36

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2017-01-22 19:50:12

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このSSへのコメント

2件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-01-22 19:54:04 ID: qJ2oSGXs

青葉の会話、あれでそこまでとは
そして随所で変わる金剛の口調がカワイイ
色々読み返しつつ次回も更新お待ちしてます



この浜風はただのコックのような渋い声で喋るのかな……

2: 堅洲 2017-01-24 03:53:32 ID: dIBlBHIH

コメントありがとうございます!

小さなところにも大事な伏線があったりしますから、今回のお話も、大部分が磯波、榛名、金剛との会話です。磯波に関しては捨て艦事件の謎が絡みますが、実は金剛、榛名と提督のやり取りとその後にも、このお話の重要な伏線がうっすらと現れています。

金剛の口調は、彼女なりの『自分探し』の可愛さが出せればなぁと思っているので、その部分をカワイイと言われると、とても嬉しいですね。

この浜風は、無駄が無くていつも本気な部分が、他人から見たらとてもおかしい、というのが持ち味になる子ですので、いま彼女が追いかけている案件のクライマックスあたりを楽しみにしていただけたらと思います。

で、「ただのコック」ですが、実はこのSSでは、浜風ではなく、ある人がそういう任務に就きます。
頑張っている練習巡洋艦のいるあの鎮守府に、内偵で入ると言っていたあの人ですね。

もう少し先の話ですが、楽しみにしていただけたらと思います。いつも読んでくださってありがとうございます。


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