脳内ラジオ局(長編/その3)
架空のラジオ局での放送が板についてきた藤堂。だが、どうしても電波が届くメカニズムがわからない。そこで同僚を検索し、わざわざ関西にまで出向く藤堂。しかし、それが合図だった。組織が動き出し命まで狙われる…藤堂の打った手とは?
少し間が空きましたが、「脳内ラジオ局」3作目上梓ができました。
今のところ「落ち」をどうしようか、が最大の難関でして、それも踏まえて場面展開をどうしようか、と思い悩んでいるところがあったりします。
特にここからはいわゆるダークな部分に立ち入っていくところになるだけに、さらに執筆のスピードが落ちることにもなりかねませんが、完走はしたいので応援(閲覧)、よろしくお願いいたします。
2018.5.15 執筆開始
2018.6.18 第一版(9570字) 上梓。
(その1/その2は連続投稿化していますのでそちらでお楽しみください)
3.
自分の頭の中だけで作っていたラジオ局…首都圏放送の一員になったかのように、放送を続けている藤堂だったが、事態は日に日にすさまじさを増していく。
どこからともなく藤堂の顔写真があちこちに拡散。おかげで朝仕事に出かける前段階で・・・いや、自宅を出た直後からまるで出待ちでもしているかのようにファンと思しき人々がずらっと並んでいるありさま。最初は2,3人だったものが今では軽く20人は下らない。その人たちを従えて出勤するという、一種異様な光景が繰り広げられる。
通勤に使う駅でもその集団的行動と、藤堂本人の顔とが一致してくる人たちから、挨拶を次から次に受ける。電車に乗っても、挨拶攻め、昨日の放送でひと談義など、今までの生活は180度変わってしまった。
会社についてからでもその流れは変わらない。もともと素性は明かしていなかったはずなのだが、ここ最近の個人特定術の凄さは藤堂のような"有名人"を白日の下にさらす。身元がわかれば後の特定作業など職人にかかれば一発。おかげで会社には、励ましやお褒めの言葉が藤堂宛にかかりまくるといった状況になっている。首都圏放送自体は存在していないけれども不思議な放送をしているパーソナリティーは実在する。そこに引かれている人たちが、藤堂を一種の救世主的に崇め奉ろうとする動きになりつつあった。
帰宅時は、さすがにサングラスや帽子などで変装して会社を出る藤堂だったが、それでも何人かには捕まってしまう。這う這うの体でやり過ごしながら、今まで通っていた一杯飲み屋に久しぶりに立ち寄る。
「ああ、あの日以来だな…」
それは、鮫何とかという人に声を掛けられた日…ええっと、いつだっけ?そもそも誰だっけ?
頭の中をいろいろ検索するのだが、答えが見つからない。と、思っていると、突然に肩をたたいてくる誰か。
「お久しぶりですね、藤堂さん」
その顔には見覚えがあった。
「ああ、お久しぶり、ええっと…」
「鮫島ですよ、サメジマ」
「そうだった。すっかり忘れてしまってましたよ」
社交辞令とはいえ、「飲みに行きましょう」なんて誘っておきながら忘れてしまっているのだから、世話はない。
「それにしても、ここ最近の活躍ぶり、凄いですね」
鮫島は、相も変わらず、焼酎の水割りを片手にそうつぶやく。
「いや、それほどでも…ていうか、鮫島さんもラジオを?」
もう否定することもおっくうになって、あっさりと認めつつ藤堂は聞く。
「エエ、御出演の時は必ず聞いてますよ。ラテ欄見るのが最近は楽しみでね…」
「そうですか…」
藤堂は、一応ファンの生の声を聞きつつも、暗澹たる気持ちになっていた。
そもそものきっかけは、藤堂の独り言。誰聞くとない一人語りがなぜか電波に乗っていることだった。反政府側にスタンスをとっている既存のマスコミとは違う、物事を正面から見る姿勢、ねつ造や切り取りを一切しないで伝えるべきことを伝える。この方針だけで世間から支持を受けられるとは思っても見なかった。それだけ、バイアスのかかった既存マスコミの報道に我慢ならなかったんだろうと思われる。
ほかのパーソナリティーやコメンテーターたちもいわゆる保守層や偏向報道に怒っている人たちがほとんどで、内容はどれも似通っていたりするが、藤堂の語り口が面白いのか、人気の上では上位に近かった。
しかし、どうあれ、「なぜ放送されているのか」という根源的な疑問がいまだに解けていない。誰がその声を拾っているのか、どういうシステムで放送されているのか…そもそも首都圏放送という会社がないのにどうして放送できているのか?
藤堂は、鮫島のくれるエールをそこそこ真に受けながらも、声が彼の元に届くメカニズムを突き止めたいと思っていた。
「それはそうと、今日も、ですよね?」
鮫島は言う。
「ああ。今日はだから、あんまりお酒は入れないですぐ帰りますよ」
藤堂は返す。
「まあ、普通のラジオ局ならアウトでしょうけど、ね。あそこの局って結構自由ですからね」
「ラジオ局、ご存知なんですか?」
意外な一言に藤堂は少し喰いついた。
「いやいや。自由って言ったのは、そのスタイルとか時間配分とか。飲んでもOKなんてあんまり聞かないんだけどね」
「だって、私だって、スタジオでじっくりしゃべっているわけではないですから」
「あれ?そうなんですか?」
今度は鮫島が意外な表情を浮かべる。
「自宅に帰ってからですよ、しゃべっているのって」
「ええ?電波を出す機械とかスタジオまがいのがそこにあるとか…」
「そんなの、持ってるわけがないでしょう。電波に関する法律だってあるし、むやみに設置できないことくらい、わかってますよ。それがないのに放送できていることが今の私の最大の疑問点、なんですけどね」
「へぇぇ。そうだったんですね」
鮫島が少しだけ理解したような顔つきになる。
「だから、最初お会いしたときに「ラジオなんかやってない」って言われたんですよね」
「少なくとも自発的に番組に出ようとは思ってませんでしたよ。単なる独り言の延長でしかないですから」
残っていたジョッキのビールを煽りつつ藤堂は答える。
「それでも、いまはこうして時代の寵児になろうとしている・・・」
「止めてくださいよ、そこまで持ち上げるの」
照れ隠しも半ば、藤堂はそういう。
「まあ、この後のこともありますから、引き留めずにおきましょう。またいずれ、放送抜きでお話ししたいですな」
鮫島はそう言う。
「それがいいかもですね。ラジオ放送が真の職業になってもかなわないし…」
藤堂もそう言って、居酒屋を出る。そしていつものように帰りの電車の中の人になる。
今日も饒舌な中で放送を終える。そうはいっても、タイムキーパーやら、CMいれなどのタイミングなど、周りにスタッフもいないのに番組としての体裁は奇妙なほどに整っているのだという。完全生放送であるにもかかわらず、だ。
「とにかくおっかしいよなぁ・・・」
新しく買った書斎机に頬杖をつきながら、藤堂は「どうやって放送されているのか」というその一点がどうしても知りたくなっていた。
日曜日がやってくる。
「よぉっし、謎解きに取り掛かるか…」
藤堂は、ほかのパーソナリティーや出演者にコンタクトを取ってみようと思い立つ。そうすれば、疑惑・疑問の一角が少しでも晴れるのではないか、と思ったからである。
今度は藤堂側が、パーソナリティーたちを検索する立場になる。あっという間に数人がリストアップされる。
「ええっと、神奈川県横浜市在住、大宮、浦安…結構あちこちにいるみたいだなぁ」
だが、藤堂は一人の人物にぶち当たる。
「アレ?兵庫県の人もいるぞ?なんなんだこれ?」
首都圏放送と銘打っておきながら関西人も放送できている・・・謎解きのキーパーソンにするにはもってこいの人物なのではないか、と思えてきた。
名前は上条 忠義。尼崎在住、とあった。
新幹線に飛び乗り、新大阪駅で下車。マップアプリを駆使して最寄り駅を検索し、ここから乗換案内。4両編成の各駅停車に乗り込み、細かい駅間を何度かやり過ごして目的の駅にたどり着く。
工業地帯のど真ん中、という下町情緒あるれる駅に降り立ち、住所を頼りに上条宅を探す。果たせるかな、いとも簡単に目的の地は発見される。
周りを同じようなデザインの住宅が立ち並ぶ、建売住宅で開発されたような場所だったが、子どもたちが道路で遊べているくらい、治安はしっかりしているようだった。上条の表札のかかった門の前に立ち呼び鈴を鳴らす。
「あ、あのぅ、どちら様ですか?」
応対に出たのは30代の女性。この時点で藤堂は「あ、奥さんか」と理解する。
「あ、わたくし、こういうものです」
名刺は当然、パーソナリティーのものではなく、今行っている会社のものだ。
「その・・・藤堂さんが何の御用でしょう?」
関東からのぶしつけな訪問客。相手がいぶかるのも無理はない。
「こちらに、忠義さまっていらっしゃいますよね」
単刀直入に藤堂は聞く。
「え、ええ。亭主ですけど、それが何か?」
「実は一度お目にかかりたいと思いまして、こうやってはせ参じたんですが、御主人はご在宅ですか?」
ラジオの事は奥さんに言うべきではないとばかりにただ逢いたかったとだけを口にした藤堂。
「・・・誰か、俺に来客かぁ?」
応対する妻の後ろから声がする。
「エエ、藤堂さんって方。あなた、ご存知?」
振り向きざまに少し声のトーンを上げて上条の妻は声を掛ける。
「トウドウ??え?もしかして・・・」
玄関口に向かいながら上条はもしやその人では、と思い至る。
そして二人は対面する。
「ああ、藤堂さん!!」
「あなたが上条さんですかぁ」
まるで古い知り合いだったかのように二人は握手し、抱き合った。それをぽかんと見つめる上条の妻。
「あ、ちょっとこれから藤堂さんと出掛けるから。小一時間したら戻ってくるさかいに」
「え?買物はどうするの?」
「そんなのあとあと。こりゃぁどえらいことになりそうだぞぉ」
部屋着のままだった上条は早速身支度を整え、外で待っている藤堂を伴ってそぞろ歩きを始める。
「いやア、どうしてここがわかったんですか」
上条は少し上気した顔で藤堂に問う。
「そりゃぁ、ネットを使えばチョチョイのちょいってなもんですよ」
藤堂は、少し身振り手振りを交えて上条の家を特定できた経緯を話す。
「でも少しだけ残念なんですよねぇ…」
藤堂はちょっとうつむいてそう言う。
「なにがですか?」
「エエ。ここに来れば放送がどうやって送られているのかの回答が得られるって思っていたんですけど…」
藤堂は、なぜ上条を訪ねてきたのか、ことの経緯を事細かく話し始める。二人は公園のベンチに腰掛けて論議を始めた。
「いや、それは私も思てたことなんですよ。首都圏にしか流れていないから、私の場合、私が放送しているなんてこと誰も知らないし、こうやって訪問されたのだって今日が初めて。そもそも放送しているなんて、これっぽッチも思ってないんやけどね」
上条は、自分が首都圏のパーソナリティーになっていると知らされたのは、ネットの情報からだったという。自分では聞いたことのないラジオではあったが、放送されているとなるとどうしても聞きたくなる。それで関東にいる友人に録音してもらってそのデータをもらって初めて首都圏で自分の声が流れていると知ったのだという。
「そうでしょ?上条さんの場合も、独り言か、何かですか?」
藤堂は、突っ込んで話を聞く。
「ええ。実は今の嫁と付き合うまでは極度の対人恐怖症やったんですよ。カウンセリングで直りはしましたけど、なんていうんかな、もう一人の自分が現実の自分を見ているようにも思えてきて、それでその架空の自分と対話するようになっていって、それが今につながったりしているのかなって思てます」
「じゃあ、やっぱり独り言、ですか?」
「そういうことなんかなぁ。私の場合は、さっきも言ったように二人で掛け合いしているような独り言になりますけど」
「そうですかぁ・・・」
藤堂は、他人のはもちろん、自分の放送ですら好き好んで聞こうとは思っていなかった。なので、上条の放送も内容とかは全く知らない。
それでも、まさか圏外と言ってもいい関西にもパーソナリティーがいて、その音声がどうして流れるのか、全く見当もつかなかった。ここに来れば少なくとも疑問の一端でもつかんで帰れると思った藤堂だったが、収穫はないに等しかった。
失意のうちに帰ろうとした藤堂だったが、
「ここまでご足労していただいたんやし、昼食でもご一緒にどないですか?」
上条はこう提案する。
「いや、今日来て、いきなりそれじゃぁ。それにラジオをやっていること、奥さんには知られてないんでしょ?」
藤堂は聞く。
「あ、え、エェ。そうなんですよ…」
恥じ入るように上条は答える。二人の関係がラジオ繋がりであるとわかった時、上条の妻が何と反応するか…
「だったら、今日はいったんお暇させてもらった方がいいと思いますけどね。奥さんには上条さんからうまく説明しておいてくださいよ」
「ええ?どないしよう・・・」
どう説明したらいいか、戸惑う上条。
「そこはホレ、取引先の知り合いとか、以前お世話になったことがあるとか…ラジオ繋がり以外なら何でもいいでしょうよ」
それくらいは考えてよ、と言いたげに藤堂は言う。
「そうやね。あんまり深く考えらんようにしますよ」
「あ、せっかくですから、連絡先でも交換しときますか?こちらに来られた時にも便利だし…」
藤堂はそういってSNSのアカウントなどを、上条と交換する。
「あんまり疑問は解けませんでしたけど、あえてよかったです」
藤堂はそういって上条と握手する。
「本当に放送されていたんだなって実感しましたよ。ありがとうございます」
上条も握手しながら、現実がそこにあることを喜んだ。
帰りの新幹線の中で、藤堂は、読んでいた週刊誌の記事に思いを巡らせた。
"動画配信の新潮流 生放送アプリがマスコミを駆逐する!!"
システムはいたって簡単なようだった。それまでは動画サイトと紐付きで、動画データをアップロードしないとみられなかったものが、生放送アプリを使えば即座に放送され、見逃してもサイトにデータも残るので、ユーザーはスマホの前で放送するだけで済んでしまうのだった。
藤堂も参加しているラジオも、同じような仕組みで放送されるのかもしれない。だが、そのアプリの存在もこの雑誌で初めて知ったレベルであり、当然藤堂のスマホにはアプリは入っていない。アプリなど知らないままでただ漠然としゃべっているだけ。それでも電波に乗って声が届いている。依然として、藤堂をはじめ、DJたちの声が電波に乗るための仕組みやシステムにはわからないことが多すぎる。
新幹線を終点の東京で降り、自宅方面に向かう上野東京ライン直通の電車を待っているさなか、藤堂の携帯が鳴動する。
それはついさっき連絡先を交換したばかりの上条からだった。
「ああ、上条さん、早速の電話、ありが…」
話す藤堂を無視するかのように上条が早口でまくしたてる。
「あなたと別れてから、変な奴に付きまとわれてまして…」
「え?何のことですか?」
要領を得ない藤堂はつい聞き返してしまう。
「隠れて電話しているんですけど…あなたのところにも来るかもしれませんから、気を付けて」
それだけ言うと、藤堂からの電話は切れていた。
「何の事やら、さっぱりだよ…」
すぐに折り返そうとした藤堂だったが、取り込み中らしい雰囲気を感じ取り、敢えて返信をかけなかった。
だが、その藤堂にも、怪しい人影が数名、様子を窺うように尾行していたことを本人は気がついていない。
自宅に向かう電車の中の人になる藤堂。サングラスをしている時間帯ではなかったのだが、それをはずすと顔バレするのは必定だったので、そのままにしていた。
途中のo駅で客がどっと入れ替わる。藤堂の向かいに座ってきたのは、なんと、鮫島だった。
「!!」
気が付く藤堂だったが、サングラスがうまくカムフラージュしているのか、鮫島は向かいの人物が藤堂だとは気がついていない様子だった。
話しかけようと思ったが、相手はスマホを凝視しながら何やらメッセージを打ち込んでいる。ツイッターにでも返信しているのだろうか…あえて知らん顔をしていた藤堂だったが、藤堂の携帯がSMSの着信を知らせる。
「なんだぁ?」
その文章を読んで、一気に血の気が引く。
”あえて声掛けしてくれなくてよかった。実はあなたは命を狙われている。死にたくなかったらいう通りにすること”
鮫島からのSMSだった。じわぁっっと顔を上げる藤堂。鮫島はその行為にも知らん顔を決め込む。
慌てて藤堂はその言葉に返信する。
”ぼくはどうすればいいんですか?”
漢字に変換することも忘れて送信する。すぐさま、鮫島から返信が来る。
”自宅最寄り駅とは違う駅、手前でいいので下車すること。相手を巻くためにはそれしか手はない”
「そうはいっても・・・」
藤堂は、変な汗をかきまくっている。先ほどの上条の件があるので、相手が動き出した、とまでは推察できるのだが、その相手が誰で、藤堂をどうしようとしているのか、が全く分からない。鮫島の弁によれば殺されることもありえるということだろう。”俺って、そんな悪いことしたかぁ?”
その間にも電車はひた走っている。一駅経るごとに乗客の数も減ってくる。そして藤堂は一計を案じる。
”その人たちって私の最寄り駅知ってるんでしょ?”
鮫島に問いかけて見る藤堂。
”ただの連れ去り部隊みたいだからその可能性は低いかと。でも知っていてもおかしくない”
電車はますます藤堂のいつも使う駅に近づいていく。デッドラインである一つ手前の駅ももうすぐだ。
”だったら、俺は普通にいつもの駅で降りますよ”
”えっっ”
入力する前に驚愕の表情を浮かべる鮫島。
”そのかわり、鮫島さんには少し芝居をしてもらいたいかな、ッと”
そういうとうつむきながらニマッと笑う藤堂がいた。
とうとう藤堂は一つ手前の駅でも下車することなく、電車は藤堂の最寄り駅に向かって発車する。
じわじわと動き出す電車。おもむろに電話をもって会話をはじめる藤堂がいた。それもかなりの大声である。
「もしもし?ああ、恭子、おつかれぇ。今日はどんな感じだった?え?キャンセルぅ?それはいただけないなぁ、もっとしっかりクライアントはひきつけておかないとぉ・・・」
もちろん、藤堂お得意の一人語りである。電車の中は2割程度しか乗客がおらず、藤堂の話ぶりで眉をひそめる人も少なからずいた。
「え?ああ、確かに君のせいではないかもしれないけど、実際キャンセルだったんだろ?そこは事実を認めてくれないと…」
まさに電話の誰かとしゃべっているかのような渾身の芝居。興が乗ってき始めたころに、鮫島が合いの手を出す。
「あの…電車の中ですから、ここは少し控えめに…」
小声で忠告する鮫島ににらみを利かせる藤堂。
「あ?なんだよ、そんなに俺の声が迷惑なのかよ?」
電話の内容がトラブルに見舞われているだけに気が立っている藤堂は、鮫島の投げかけに悪態で応じた。
「いや、でも、電車の中では通話はおひかえくださいって何度も…」
鮫島は藤堂に食い下がる。
「そりゃわかってるよ、でもなんで俺にだけそんなこと言うんだよ、ええ?」
そう言っているさなか、電話していたことを思い出した藤堂は「悪い、あとでかけ直すわ」と電話にしゃべりかけて、鮫島と対峙することに傾注する。
「俺には俺の事情ってもんがあんだよ、そこに関わってもらいたくないだけ、わかる?」
藤堂は鮫島相手に芝居を続行する。引き出しの少ない鮫島にとってどういう風に事態を”悪化”させればいいのかがつかみ切れていない。
そうこうするうちに、ただならぬ雰囲気を察した乗客が通報したのだろう、車掌がすっ飛んでやってくる。
「ど、どうされました?」
車掌のその問いかけに藤堂は機先を制してこういう。
「俺が電話したのが気に入らないっていうから、少し口論になったってだけのことですよ」
「そういうことですか。一応車内のマナーは守っていただきませんと…」
「まあ、それはオレにも落ち度があるね。今後気をつけますよ」
少ししおらしくなった藤堂は、見ず知らずの体である鮫島に少し反省の色を示す。
「いやぁ、少し俺も舞い上がってしまってて…気を付けますよ」
「わかっていただければいいんです。さすがに目の前で話されると誰だってかちん、と来ますからね」
「いや、確かにそうかも知らんけど、そこまでひどかったのかぁ?」
せっかく落ち着いてきた藤堂の感情メーターがまたしても上がり始める。そうこうするうちに電車は藤堂の下車駅に減速して向かい始める。
それがちょっとした合図だったのだろう。藤堂が鮫島の胸倉をグイッとつかんだ。
「さっきから気に入らないことばっかり言いやがって。ちょっとここで降りろ」
鮫島と藤堂はもつれるように駅に降り立つ。二人のただならない雰囲気を感じ取ったほかの乗客も振り向きながら推移を見守るだけである。その中には藤堂をつけてきている不審な人影もあった。
「おいお前、とりあえず駅長室まで行こうや」
引きずるように鮫島を連れていこうとする藤堂だったが、ここで鮫島の反撃が始まる。
「ああ上等だとも。胸倉つかんだだけで傷害未遂だからな、ああ、揃っていこうじゃないか」
藤堂の腕を振りほどいてすたすたと歩きだす鮫島。改札内にある駅長室に先に駆け込む。
「あ、あのう…ちょっと相談に乗ってもらっていいですか?」
鮫島は少し声を忍ばせてそこにいた職員に話しかける。
「どのようなご用件で?」
それを言っているさなかに藤堂がいきりたちながら駅長室に入ってくる。
「この野郎、どうしてくれようか…」
と意気軒昂に怒鳴っていた藤堂だったが、もちろん駅員たちとは顔見知り。
「ああ、藤堂さんも。どうしたんですか?」
とっさに藤堂は身を隠す。後をつけてきた二人組が改札を出ずに駅長室をうかがっているのが確認できた。
「ふぅ。ここまでの芝居はうまく行きましたね」
「さあて、ここからどうしたものか・・・」
二人は駅員たちに事の次第を話し始める。この段階では、鮫島がどうして藤堂の命が狙われているのかを知っているのかについては話されなかった。
「まあ、簡単なことなんだけどね…」
鮫島が言う。
「これから、ちょっと所轄で臭い飯でも食べますか?」
こともなげに言う鮫島。
「ええ??」
ほどなくパトカーが一台やってくる。制服は着ているが、実は鮫島の部下でもある。
「ああ、ご苦労さん。では連行、よろしく」
鮫島がやってきた制服に声を掛ける。
「大丈夫ですよ。犯人じゃないんですから」
一人が緊張する藤堂に話しかける。二人に両脇を抱えられつつ、藤堂はパトカーの後部座席の人となる。それを見届けた不審な二人組は、その駅で下車することもなく折り返しの電車に乗って元来た道を戻っていく。
”ばかめ、不正乗車で摘発してやるからな。せいぜい追いかけられればいいよ”
鮫島は、2人の人相・風体をメールで鉄道警察隊に飛ばした。ほどなく二人は不正乗車のかどで現行犯で逮捕されるというおまけまでついてきた。
地元の警察署にしょっ引かれてしまった藤堂だったが、警察署に着くなり、大歓迎で迎え入れられた。
「おお、貴方が藤堂さんですか、初めまして」
署長まで出てきて挨拶を始める始末で、署内は日曜の夕方だというのに大きく盛り上がっていた。
そこに鮫島が遅れてやってくる。捜査車両に乗らず、タクシーでここまでやってきたのだった。
「ああ、これは署長。いろいろご足労掛けました…」
鮫島は、温厚そうな署長にあいさつし、傍らにいる藤堂に向かってこう言い放つ。
「藤堂健一、君を電波法違反の疑いで逮捕する。20時18分、執行」
先ほどのパトカーの二人組が藤堂の両脇に立つ。しかし、その腕はしっかりと藤堂に絡みつき、藤堂は身動き取れなくなってしまう。
先ほどまでの歓迎ムードは一変、周りは驚愕の面持ちに満ち溢れていた。
(その3/ここまで)
ふぅぅっ。
ていうのがこの一カ月強でした。とにかく前に進まない。そりゃそうですわね。これから場面転換しようっていう内容なのですから、つじつまを含めて、どう展開しようかって悩むのは当然なことです。世のプロのもの書きの方々も通っている試練だと思います。
藤堂を動かしていくことで何とかストーリーは作れましたが、皆さんも気になっていた「鮫島」氏の隠された秘密をここで暴露することでさらに混迷感を増してみることにしました。
次回の上梓はかなり時間を要することになろうかと思いますが、まずはここまで。
今回も、1/2を再編集した体にして連続投稿して、3本まとめて読めるようにしましたのでよろしくご査収くださいませ。
このSSへのコメント