2024-05-05 22:47:51 更新

概要

日ノ坂商店街の2018年の忘年会が「春の屋」に決定?


前書き

2018年の夏休みに放送された番組に触発された日ノ坂の人たちが今年の忘年会は「春の屋」さんでやることに。はたして、どうなりますことやら。
2018.12.15 着手
2018.12.23 上梓(9,862字)
2021.2.9 三点リーダーなど、体裁中心に改修。9,880字
2024.5.5 上記修正をさらに深化。10206字と一万字突破。


「「「「まってまーす」」」」


ラジオアクアマリンのDJたちが、温泉旅館を取材した番組を見ていたのは、何も行合家だけではなかった。

「なぎさちゃん、いい具合にレポートできてたなあ」

川袋電気店の老主人、佐武郎はテレビを消しつつ、そう嘆息する。

「みんなフレッシュって感じがよかったんだよな」

息子の将輝も感想を述べる。

「それにしても、良い旅館だったなぁ。取材名目ってことじゃなかったら、高校生が泊まれるような格じゃないだろうし……」

分不相応を佐武郎は感じていたのだが、

「ああ、どうやらそうでもないらしいぜ」

タブレットをいじっていた将輝がそう言う。

「なになに?一泊一部屋食事付きで3万5千円から、かぁ……お一人様で2万円台から。そこまで高級でもなかったんだな」

将輝に見せてもらった、宿泊サイトの情報を見て佐武郎は言う。

「なあ親父、せっかくだから今年の忘年会、ここでやらねえ?」

将輝がトンデモな提案をしてくる。

「おいおい。言ってもいっぱしの旅館だぞ。何人行けるか知らないけど実質貸し切りみたいになっちまうだろ?そんなこと、やってくれるのかな?」

佐武郎は料金もさることながら、逆にあふれてしまいはしないか、と計算する。

「まあまあ。いまからの計画だったら押さえることもできるだろうし。ちょっと旅行会社の連れにメールでも入れとくわ」

言うなり、将輝はメールを打ち始めていた。

「まったく、気の早い奴だぜ」

その姿を見ながら、それでも、いいと思ったらすぐに行動できる若さに佐武郎は嫉妬していた。


翌日。

商店街は、「アクアマリン」の面々がテレビ番組、それも全国ネットでレポートしていたことで持ちきりになっていた。

「いやあ、あたし見てなかったのよ。○流ドラマに夢中だったから……」

居酒屋のおかみがそう言って悔しがっている。そうかと思えば、

「あの若おかみ、かわいかったよな」

「料理もすごかったし」

という絶賛の声に交じってケーキ店の店主も、

「あの露天風呂プリン、うちで作っちゃおっかな」

などと言い始める始末。

秋の声を聞こうとしているその日は、日ノ坂商店街の忘年会を兼ねた納会をどこでやるか、ということが商店会の議題になるのだが、アクアマリンの面々が取材した「春の屋」の良さが際立って印象付けられていた。


「というわけで今年の納会を開く場所なんですが……」

議長を務めているのは、今年は佐武郎だった。

「今のところ、毎年行ってる伊豆長岡以外に、今年は花の湯温泉、特に「春の屋」さんに行くっていう意見も多いみたいですが……」

議場をぐるりと見渡す佐武郎。隣りの将輝が補足する。

「伊豆長岡の温泉宿は、そこまで高くないって思っていたんですが、宴会場の使用料とか様々な付帯設備にいろいろと料金が追加されるんです。一方、「春の屋」でやると、部屋代と料理だけで余計な料金が発生しないことがわかりました」

「そうそう。いっつも、追加があって足出たからって徴収されるの、うっとおしかったんだよね」

魚屋の主人もそう言う。

「で、実際のところどうなのよ?」

金物屋のおかみさんが言ってくる。

「「春の屋」の最大収容人数は30人程度。まあさすがにそこまでぴちぴちに入ったことなんて、旅館としてもない出来事でしょうけど、部屋料金になっているので、ぶっちゃけ人数が多ければ多いほど割安になります。伊豆長岡ですと3万円ほどでしたが、春の屋なら2万円強、ってところでしょうか」

「今までうちの商店会で30人も納会に来たことあったっけ?」

八百屋の主人が疑問を呈する。

「20店舗強あるし、その昔はほぼ全員参加だったけど、今はみんな年取って出歩かなくなったりしてるもんなぁ……」

佃煮屋の店主も言う。

「25人参加で2万5千円、20人で3万円ちょっと。これより参加人数が集まらなければ伊豆長岡の方がコスト的に下になりますね」

シミュレートした結果を将輝が発表する。

「今日お越しの店舗様は多分出席なさるでしょうけど、ここにいない店舗さんがどう出てくるか、でかなり変わってくるでしょうね」

豆腐店の代表もそう言う。

「いつも通り、マイクロバスチャーターで行くことになるけど、もし30人クラスになったりしたら、バスの料金も変わってくるしね……」

佐武郎は安く上げたいと考えていたが、とにかく納会に出席する頭数は、一刻も早く知りたいところだった。

「では、そろそろ決を採りますね。今年の納会は、伊豆長岡のいつもの旅館で、という方!」

二人ほど手が上がるが、圧倒的に少数派とわかって、その手がふいにひっこめられる。

「花の湯温泉の「春の屋」希望の方……」

ここでも意外に4割程度しか上がらない。

「参加人数次第で料金が安ければどちらでもいい方……」

これが最多の6割弱。場所より料金の方に目が向いている感じだった。

「それでは、あとは参加の希望を聞いていきながら、全体のコンセンサスを取って、場所を決めたいと思います。日程は12月の中旬の平日で考えてますので、よろしくお願いいたします」

佐武郎の一言で会は解散となった。


10月。参加人数が確定する。

16店舗から20人。かくして開催場所は「春の屋」に納まった。今回は、蛙口寺の住職に大悟も試験休みを利用して参加するらしい。マイクロバスレベルで行けることになり、一人当たり2万7千円強と、リーズナブルにまとまっている。さらに『行きたい』と切望している住人も出てきそうな気配であった。

今日は、幹事である佐武郎が、「春の屋」旅館に料理の打ち合わせに出向いていたのだった。

「いやあ、それにしても、30人近くの料理をお一人で作られるんですか?」

心配になって佐武郎は、料理人の康さんに尋ねる。

「いえいえ。全部ひとりでなんて到底無理です。当日は、いくつかの料理は惣菜店や、お肉屋さんから仕入れますよ」

「アウトソーシングってやつですね」

佐武郎は、少し納得しながらうなずいた。

「手間暇かかるような料理は極力作らず、盛り付けることに専念したいと思ってます」

「なるほど。で、予算の方ですが……」

と佐武郎が切り出したその時。

「でもみなさん、温かいお鍋の方がご所望ではないですか?お酒もすすみますし」

康さんがそう言って提案してくる。

「ええ?普通の料理しかやらないって思ってましたから、びっくりです」

「もちろん一人鍋ではなく、寄せ鍋形式ですよ。これでしたら、普通の金額よりぐっとお安く提供できます」

宴会といえば鍋の方がいいに決まっている。康さんサイドとしても調理を極力しないで済むから好都合だ。

「まあ、実際ワイワイ言いたいだけだからね。なんか光る一品があればそれだけでみんな満足ですよ」

「宴会プランみたいなのは元々設定ないですから、今回は、完全オーダーメイドで対応させていただきます」

康さんは、少し電卓を叩く。

「部屋代はあまりディスカウントできませんが、飲み放題付けてこの金額ならどうでしょう?」

宿利用料が、一切込みで50万プラス消費税。バスチャーターが、友人割引で4万円とわかっているので、十分予算の範囲だ。

「ではそれで参りましょう。詳細はまた後日、ということで」

大まかにまとめて佐武郎は帰途に就く。


12月、出発の日を迎えた。

従業員に任せられる店舗を除いて、二日間の臨時休業をして、日ノ坂商店街の2018年の忘年会は、幕を開けた。

参加人数もいろいろと変動があった。予約が入ってしまい動けなくなってしまったケーキ屋の店主が脱落。体調を崩した金物店のおかみも夫婦ともどもキャンセル。その代わり、一般公募で5人募集したところ応募が殺到。公開抽選会まで行う事態になっていた。

かくしてマイクロバスは、定員ぴったりの29人。幹事の川袋親子が朝から足しげく対応に追われていた。

すでに料金はすべて徴収済み。旅館にも支払いを済ませてある。本当にあとは行くだけ、となっていた。

「えー、本日は、ご多忙の中、日ノ坂商店街の忘年会に参集いただき、ありがとうございます」

動き出したバスの中で、マイクを片手に佐武郎はそう言って労をねぎらう。

「今年は、日ノ坂出身のDJたちが紹介してくれた「春の屋」さんにお伺いいたします。何分その旅館も貸し切り営業が初めてということ。皆さんにもご不便やご足労戴く部分もありますが、まずこの点はご了承ください」

そう言うと、あちこちから声が上がる。

「魚の裁きなら俺に任せてくれよな」

「盛り付けはともかく、調理だけならあたしだって」

「食器の上げ下げくらいなら手伝えるよ」

そう言った声に少し佐武郎は頬を緩ませる。

「ありがとうございます。私と料理人さんとの打ち合わせでは、始まるまではそこまで人手が足りないとか時間がかかるといったお話はいただいていません。ただ、30人もの料理の後片付けとかは大変になるかも、なので、そのあたりのお手伝いはお願いしたい、とおっしゃっておられました」

バスの中は「あーなるほど」といった納得した顔つきが多勢を占める。

「ですので、今日は、思う存分楽しんでいただきたいと思います。さて、これからスケジュールですが、いきなりお宿に突撃するのではなく、沼津にある「あわしまマリンパーク」に立ち寄り、少し観光もしていただきます。それから昼食。その後花の湯温泉街には15時過ぎ。自由時間を過ごしていただいて、17時30分ごろには皆さん宿に集合、という形で組んであります。尚マリンパークの入場料はお代金の中なのでご負担不要ですが、昼食はみなさんでご自由に食べていただきたいのでご負担いただくことになります。ここまでで何か質問、ございますか?」

「ほっほう。観光もあってあの値段だったのか、なかなかやるねえ」

八百屋の主人がそう言って褒める。

「昼ご飯食べる場所なんて、あるの?」

一般参加のご婦人が尋ねる。

「近くのドライブインは押さえてありますのでご安心ください」

佐武郎が答える。

「温泉街の自由行動って、なにすればいいの?」

これも一般から参加の若い男性が聞く。

「駐車場は、秋好旅館さんの運営する大規模駐車場しかないそうなのでそこに留めます。そこから宿までは直線距離で20分ほど。「花の湯温泉駅」周辺に商店街があるので、そこでお買い物やお土産を物色していただくのもよし、いきなり宿に入っておくのもよし、ということです。詳しい地図とかは、あとでお配りしますね」

バスは、言っているさなかに、東名高速に入っていく。

「それでは、短いバス旅ですが、存分にお楽しみください」

そう言うと、佐武郎は、おもむろにDVDプレイヤーを起動させる。そこに映っていたのは、「春の屋」をレポートしている現役女子高校生の姿だった。


バスは旅程を次々とこなしていく。

花の湯温泉街の「秋好旅館」の駐車場にパスが入っていったのが14時45分だった。

「はい、それでは「花の湯温泉」に到着でございます。お忘れ物など無いように気を付けてお降りください。あとお渡しした地図で場所は確認しておいてくださいね。で、宿には17時、遅くとも5時半には必ず着いておくようにしておいてくださいね」

佐武郎が、声をからしながら降車する人々に話しかける。

「ふぁー、それにしてもここまでで、くったくただよ」

全員を送り出した後、佐武郎はそう言って将輝に弱音を見せる。

「いやあ、よくやってくれるよ、親父は。少し見直しちゃった」

照れながら将輝は言う。

「ばかもん!これからが勝負なんだぞ」

「え?なんのこと?」

きょとんとする将輝に佐武郎の一喝が飛ぶ。

「まったく。幹事が何をすべきかわかっておらんようだな。まさか今から散策に行こうなんて思ってないだろうな?」

「あれ?行っちゃいけないの?」

「あほぅ!」

思わず手が出る佐武郎だが、頭にまで手が届かず、背中をぴしゃりと叩く。

「今から、宿行って宴会の準備。きっとてんてこ舞いだろうからな」

そういうと佐武郎はすたすたと歩き出す。"やれやれ"という表情を浮かべて将輝もあとに続く。


「ごめんくださぁーい」

佐武郎が「春の屋」の玄関先で声を張り上げるが、3度目の声掛けなのに誰も応対に出てこない。

「こりゃあ、よっぽど忙しいんだぜ」

佐武郎が将輝に声を掛ける。

「あら、これはこれは川袋さま。もしかしてずっとお待ちいただいたのでは?」

最初に気がついたのは仲居のエツ子だった。

「いやいや。それほどでも。それより、中は大丈夫ですか?お忙しいんじゃないですか?何ならお力添えしますよ」

佐武郎はそう提案する。

「ああ、これはこれは。準備のほどをご確認にいらっしゃったのですか?」

女将の峰子が、話し声を頼りに玄関にやってきて、そう声を掛ける。

「いや、むしろてんてこ舞いだろうからお手伝いしようかと思いまして……」

佐武郎は重ねて、そういう。

顔を見合わせる女将とエツ子だったが、

「そうですね。あと2時間足らずですし、お飲み物の配膳とかもお願いしないといけませんし……」

「では、お言葉に甘えて、お手伝いお願いできますか?」

二人して、佐武郎親子のヘルプに甘んじる。

「はい、喜んで」

二人は、宴会場の「あんずの間」に呼ばれる。


「おおお」

二人が目を丸くしたのは当然である。

舞台もある「あんずの間」は、きっちりと30人前の座席がセッティングされている。バスのドライバーも参加してもらうためである。5人ずつ6組。テーブルの上にはカセットコンロにしつらえてある土鍋が鎮座し、中央は通路として確保されている。壁際やふすま側においてある長机は、使用済みの食器や空いたグラスなどを置いておくスペースに。通路側の長机は、時々で配給される食事やドリンク、お代わりなどを受け取る場所にしてある。そんな機能的な配置を考えられているとは、川袋親子も想像していなかった。

「人出が少ない分、皆様にも配膳にご協力いただきたいと思ってこんな形にしました。特に空いたお皿などを下げる行為は、散発的にするより一度にした方が効率的ですから」

なるほど。なんでも上げ膳据え膳ではなく、宿泊客にも一枚かんでもらう。一緒に作り上げることが楽しいと思わせる手法に二人は舌を巻いた。

「これならみんなも満足です。空いた皿って邪魔でしかないですし、そのたびごとに下げなくても済みますからね」

ワンウェイになっている器材の流れを思い起こして佐武郎は言う。

「で、オレたちに手伝ってもらうことって……」

将輝が何をすればいいか、思案投げ首していた。

「あ、もうすぐしたら、酒屋さんがビール樽やサーバーを持って来るんです」

悦子がそう言う。驚いたのは、佐武郎だ。

「え?生をここで飲めるんですか?」

確かに不自然な空間があることが気になっていたのだが、そこに設置されるのがビールサーバーだとは!

「その設置をお願いしたいな、と。康さんのお手を借りようと思っていたんですが、ちょうどよかった……あ、来られたかな?」

「いつもお世話になってまーす」

気さくな感じの、酒屋の前掛けをした青年が声を掛ける。

「ここにおいてちょうだい。もしなんだったら、幹事さんもお手伝いしていただけるから……」

そう言って女将は川袋親子を紹介する。

「でしたら、サーバーってちょっと重い業務用なんでそれを引き上げるのをお願いします。あと、ビール樽も」

「よっしゃ。じゃあ将輝、ここは一肌脱ぐぜ」

やる気になった佐武郎が声を掛ける。

「わかったよ。人がいた方が手早く終わるからな」

そう言って、サーバーを運び込む準備に入っていった。


「ふはあ。結構重かったけど……」

将輝がさっそく音を上げる。

「しかし、普通旅館で生なんて飲めないぞ。みんなびっくりするんじゃない?」

瓶ビールが相場と思っていたし、瓶の扱いって意外と面倒である。そもそもずっと冷やしておくスペースがない。そこを覆してくる旅館のアイディアに佐武郎は圧倒されていた。

「ていうか、そこまで詰めてたんじゃないの?ここの料理長と」

将輝の疑問は当然だ。

「いやぁ、せいぜい「飲み放題」ってところまで。瓶よりこっちの方が安く上がるんだろうし、みんな好き放題に注ぎに行けるからな」

佐武郎は、そこまで考慮してある旅館サイドのプランに感服する。

「飲み放題ってことは、日本酒とかも?」

将輝はそう言って尋ねる。

「このグラス用の冷蔵庫もあるって考えたら、ここに一升瓶が入ってきてもおかしくないわな、ていうか、すでに入っているし」

2本入っている一升瓶は、日本酒と焼酎だった。

「ソフトドリンクもそのうち運ばれてくるだろうな」

佐武郎が呟くのと同時に、

「あ、それ、今、お持ちしました」

酒屋の青年が、抱えきれないほどのソフトドリンクを持って現れた。

「紙パックメインだけど、種類すごいね……ウーロン茶にオレンジ、うはあ、コーヒーまであるよ」

「サーバーレンタルなんて久しぶりですから、うちも気合入れましたよ」

ビール樽は10リットル級が3本。最初の乾杯用の瓶ビールも2ダース運び込まれていた。

「では、失礼します。いいご宴会を」

暇を言って酒屋はその場を離れる。時刻は17時少し前になっていた。


宴会が場締まろうとする時刻が迫ってくる。

参加者が、三々五々宿に人が入ってくる。もちろん、入り口には「本日貸し切りにつき、お泊りいただけません」の文字が躍っている。

「いやあ、こんばんわ、おかみさん」

魚屋が威勢よくあいさつする。

「お待ち申し上げておりました」

女将の峰子が、丁寧にあいさつを返す。

「料理の出来もだけど、やっぱり魚は鮮度が命。どこまでかは、しっかり味わわせてもらうよ」

やはり職業が染みついているからか、女将に少し失礼な物言いをしてしまう。

「ええ。それはもう。ぜひ忌憚なきご意見を」

峰子がその言葉を飲み込みつつ、そうあいさつする。

宴会場の「あんずの間」でも、

「うわあ、サーバーまで用意してる!凄いな、ここの宿は」

と、酒屋の主人が驚嘆していた。

「普通は瓶ビールだぜ。でも飲み放題って言うならこっちなんだろうけど、用意するんだ、ここは……」

その用意周到さに何度もすごいをつぶやいていた。

一方、点描写真を撮ろうと、猫原写真館の店主も盛んにシャッタ―を切っている。

「花の湯温泉街にも行ってきましたけど、どこも絵になる場所でいいんですよねぇ」

そう言いながら、配膳が終わり、今や調理されるだけになっている鍋の具材をしきりに撮っていた。

「いよいよだな、親父」

将輝が席に着き始めた参加者を前に、そう話しかける。

「まあ、いろいろあったけど、今宵は格別なものになりそうだぜ」

妙な気合と、緊張感をまとった佐武郎は、そう言って参加者たちを一望する。


定刻の17時30分。

久し振りに引っ張り出された、店所有の古い型のPA機器を前に佐武郎が話し始める。

「皆様お揃いのようですので、これから始めさせていただきたいと思います。まずは会長の猫原写真館の店主・猫原様より開会の辞を戴きたいと思います」

拍手と同時に猫原氏が舞台前まで進み出る。

「2018年ももうすぐ暮れようとしていますが、皆様にとって今年はどんな一年だったでしょうか?ラジオの力は今でも私たち、日ノ坂を盛り上げてくれています。ミニFMが今でも続いていることが何よりの証拠です。来年も、声なき声、ではなく、しっかりと日ノ坂のコトダマを伝えるべく努力してまいりたいと思ってます」

一礼したのち、また拍手が上がる。

「それでは乾杯の音頭を、一般の参加者である澤田様よりちょうだいしたいと思います。澤田様は、日ノ坂町議会議員も務められておられます」

拍手ののち、澤田氏が前にやってくる。

「それでは僭越ながら、私澤田が乾杯の音頭を取らせていただきます。顧みますれば2017年の夏にラジオが復活したことは、私自体そこまで大きな波になることはないって思ってました。それが、今では全国ネットに知られるほどの流れになってきています。それは町にとってもプラスなことでもあります。観光客もより多く日ノ坂町に来ることでしょう。その人たちを温かく迎えられる日ノ坂町にしてまいりたいと思ってます。町議会では、ラジオに補助金を出すことも考えてますし、いい情報伝達手段にしたいと考えてます。これからのラジオ・アクアマリンにもご期待いただきたいと思います」

パチパチと拍手が上がる、が、佐武郎の「早く」の口パクが場内の失笑を買う。

「それでは、「早く」という巻きも入りましたことですし、乾杯をさせていただきたいと思います。それでは、乾杯っ」

「「「「かんぱーい」」」」

一口飲んで場内が拍手に包まれる。

「えーそれではみなさま、ごゆっくりとご歓談くださいませ」

それを合図に、あちこちで声が上がり始める。かくして、日ノ坂商店街の忘年会は始まった。


座席に着いた佐武郎は、ふぅーっと大きなため息をつく。

「親父、お疲れさん」

将輝がこういってグラスを合わせてくる。

「ああ、本当に今回は疲れたよ」

苦笑しながら佐武郎はグラスのビールを一飲みにする。

「それでも、ここの旅館のやり方って、今までのどんな旅館にもないことだよな」

特にビールサーバーを設置して、ビールを飲みたい人だけに飲んでもらうやり方にしたことは、正直発想の転換だった。

「実際、生の方が飲んでるって感じにできるしね」

将輝は既に瓶から生にチェンジしていた。

「まあな。飲み手の方に寄り添える営業ってなかなかないぞ」

それでも、サーバーの前には、ちょっとした待機列ができるほどの人気になっている。

「とにかく驚きの連続だったわ。これでみんな楽しめているから、俺も満足だよ」

佐武郎は肩の荷が下りた風な表情で締めくくる。

演もたけなわの時期になって、康さんが佐武郎の元にやってくる。

「おお、これはこれは、板長自らお越しとは……」

ちょっとかしこまって正座してしまう佐武郎。

「いやいや、お気遣いなく。で、どうですか?春の屋流宴会のほどは?」

「いやあ、この楽しそうな雰囲気だけでお分かりのはず。私がいうことはないでしょう」

一般参加の方も既にあちこちで交流を始めている。そんな楽しげなスナップを漏らすまいとする写真館の店主。まさに聞くまでもないことだった。

「それでしたら私もご用意させていただいた甲斐があったというものです。で、そろそろ余興が、ご入用ではないかと思いまして……」

「余興?」

康さんが合図すると、部屋の照明が半分落とされる。

そしてあんずの間の舞台にスポットが当たる。

そして、おっこと女将、エツ子での寸劇がそこで披露される。

中味は、織子の若おかみ奮闘記を端的に表現したものであったが、その一挙手一投足に笑いも出、感動の場面では感涙にむせぶものも出てきた。

10分ほどであったが、その劇が終わると、場内はまさしく大喝さいに包まれる。

「いかがでしたか?」

康さんも一緒に寸劇を見ていたのだったが、それを聞いた佐武郎の横顔からは明らかに一筋の涙を認めていた。

「いかがでしたもないもんですよ、素晴らしいっ」

泣きはらした目を隠すこともなく、佐武郎は康さんに向き合う。

「そんなことがあの若おかみに……それを知れただけでも私たちは幸運ですよ」

ようやくハンカチを取り出して涙をぬぐいつつ、佐武郎は言う。

「お楽しみいただけて光栄です。ありがとうございました」

一礼すると、康さんは下がっていく。

さらに時間は進み、歌自慢のカラオケ大会なども催され、会の終わり付近では、去年も開催されて好評だったビンゴ大会が場をさらに盛り上げる。

そして、最後のデザートである、露天風呂プリンが先ほど演じた3人によって運ばれてくる。

「おお、あなたがおっこちゃんかぁ」

佐武郎はおっこに声を掛ける。

「はい。先ほどの劇、いかがでしたか?」

おっこは佐武郎に聞く。

「いやあ、楽しかったし、しっかり泣けたよ。ありがとう」

そう言うとまたシーンを思い出してか、瞳を潤ませる。

「私もこうしてみなさんを楽しませられてよかったです」

そう言って露天風呂プリンをサーブする。

「お疲れさまでした、幹事様、いえ、佐武郎さま」

「いやはや。ほんと、おっこちゃんには頭が上がらないよ」

名前呼びされると佐武郎は思ってもいなかった。そこができるおっこに畏敬の念しか浮かんで来なかった。

「ああ、これが巷で話題の露天風呂プリンかぁ」

将輝が器を持ち上げ、あちこちから見渡す感じでそれを眺める。

「そうだな。でも、これを食べるとこの宴会もおしまいってことだな」


2018年が終わろうとしている。今年自分たちはどうだったのか?を締めくくる最後の味わいになる露天風呂プリン。その味わいは、一人一人違ったものになったはずだが、苦いものになった人は一人もいないはずだ。

そう思いながら佐武郎はプリンを口に運び、その味をかみしめていた。


後書き

本年の最後の作品となりました。
「きみの声をとどけたい」と「若おかみは小学生!」のコラボを、わき役で作ろうことになるとは、思いもよりませんでした。
それも商店街の人々と旅館。無茶ぶりにもほどがあるわけですが、それでも「年末に旅行する」という恒例行事の行き先が花の湯温泉に変わった、という風な定義にすれば問題ないのでは、と思って序盤を進めました。
そして何より「旅館でやる宴会」の描写はかなり苦心しました。普通はサーバーなんか持ち込まないわけですが、「普通じゃない」ところを描写したかったのであえて取り組んでみました。
ちなみに「あんずの間」は18畳。30人程度なら余裕で宴会できる広さであることも付け加えておきます。
それでは皆様、よいお年を。


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