脳内ラジオ局(長編/その2)
独り言が電波に乗る…ありえない出来事は本当だった。しかも自分の頭の中だけにしか存在しない放送局のHPまで作られている。驚愕しながらも、世間に認められていく藤堂。
「脳内ラジオ局」。結構な内容量になりそうな予感がします。その1も読まれた方が続編にあたるこれも読まれていると思うのですが(未修正で連続更新して、続き物にはしてみます)、いまだに「なぜ独り言が電波に乗ったのか」についてはここでも述べませんでした。日数的にも、まだ2日目あたり。一応最後半では一週間程度たった風な記述にしましたので、これからの展開にもご期待ください。
2018.3.10 その2 執筆開始
2018.4.4 その2第一版上梓(9358字)→同日その1もそのまま更新。
(前回までは、当該作品をお読みください)
2.
藤堂を載せた列車は、春の訪れを感じさせる空気とともに、T県方面へ向けてひた走る。藤堂はといえば、すっかり眠りこけている。
何度目かのストップアンドゴーを繰り返した列車は、ようやく藤堂の最寄り駅に到着する。
帰巣本能が働いたのか、びくっと飛び起きた藤堂は、少し慌てた様子で列車から降り立つ。さっきまでは春の装いだった空気感は、ここまで北上すると、やはり春近しを感じさせない気温で藤堂を出迎える。
なじみの駅員が”あれ、今日遅いなぁ”と言いたげな顔をして藤堂を見る。少し酔っている藤堂には、その駅員の心配りも感じられず、ただ前を凝視して、自動改札に触れる。
明日も普通に出勤の藤堂にとって、11時になろうとする時間帯の帰宅は、確実に翌日に影響する。それも、痛飲している現状ならなおさらだ。加齢とともに、酒の量も減ってきているとは認識している藤堂だったが、今日ばっかりはさすがに飲み過ぎた…
しかし、それでも、彼の心の中の”カフ”は今日もご機嫌にスイッチを入れてくる。
「はい。今日は少しばっかり遅くなりました。今日も藤堂健一のラジオ時事放談にお付き合いください…」
はっきり言って、タイムキーパーや、アシスタントディレクターがいるわけではない。思い立ったらしゃべる。それが藤堂の流儀だった。酔いに任せてしゃべったことも一度や二度ではない。ほかの放送局では考えられない出演者の飲酒。電波に乗っていないからこそ、自分のやりたいようにやるのが藤堂流でもあった。だから、コーナー名もその日の思い付きで決まっていく。
「今日はちょっといいことがありましたので、若干ほろ酔い気分ですが、ご容赦くださいませぇ」
商店街を抜け、人家もまばらになっていく道中で、そろそろとボルテージは上がっていく。今日はテレビ番組に対して大きくかみついた。
「まあそれにしても、昨今のニュースや報道番組って、知らせなくてはいけないことにはだんまりで、いざ報道したと思ったら、偏向か切り貼りの印象操作。それに踊らされる一部の視聴者がやれデモだとかわめいていますが、それって反政府運動そのもの。いつの世にも、今の政府に相いれない勢力は存在しますけど、それでも、程度の低い示威行為では、誰も付いてこないことにいい加減、パヨクの人たちは気付くべきでしょうね」
ネット界隈では当たり前になっている、パヨクを使ってしゃべることも、藤堂にとっては、一般名詞みたいな感覚だ。どうせ誰も聞いていない独り言。自由にしゃべることが精神衛生上もよかったりする。
家に着くと藤堂は、まずネクタイを緩めつつも、さっきの続きをしゃべり続けている。
「パヨクの人たちが一発逆転を狙うなら、今の政府や与党に対抗できるカリスマ政治家が必要なんじゃないですかね?小物界の小物とか、フルアーマーとかでは役者不足かなあ、なんて思ったりしています」
と、ここで藤堂は冷蔵庫から、敢えてビールではなく、ウーロン茶を取り出す。
「ではここでいったん水入り。コマーシャルです」
うまい事言ったつもりだが、もちろん誰も聞いていない。家族が誰もいなくなった広い我が家でしゃべる藤堂は、誰にもひびかない”演説”をこうしてつむいでいるのだった。
もともと藤堂には家族があった。妻もめとった。子供もできた。だが子どもたちはさっさと独立し、都会でそれぞれの生活を忙しくしている。長男は一家に似合わず上級公務員に合格、中央官庁で辣腕を振るっているらしいし、長女も高校卒業と同時に結婚、たまのメールでは、少なくとも不幸せに感じる文言は見受けられていない。
二人きりになった藤堂家を突然の悲劇が襲う。妻の急逝である。単なるインフルエンザが死に至るなど、藤堂本人も、恐らく死んだ妻でさえもいまだに信じられないでいるのではなかろうか…その愛しい妻が亡くなって早いもので3年になる。
「ふぅ。。。」
缶入りのウーロン茶を半分ほど飲み干した藤堂は、ふと祭壇に飾ってある妻のにこやかな写真に目を止める。
「みつえ・・・」
藤堂の口から、久しく語っていない妻の名がこぼれる。少しだけ感傷的になった次の瞬間、
「はい、それでは先ほどの続きとまいりましょう。いかにして野党の人たちが今の状況を打破できるのか?それにはカリスマ性が大事だと言いましたが…」
藤堂の熱弁は、深夜を回っても依然として続いていた。
次の日。
酔った反動もあって、放送に時間を費やした藤堂だったが、それでストレスが発散するのか、今日はかなりいい寝ざめになった。
寝不足とは感じられないながらも、身支度を済ませ、いつもの時間の電車に乗るべく駅に向かう。
乗り込んだ藤堂だったが、今日は、明らかに周りの話題の仕方が違っている。いつもなら、昨日の夕刻からのバラエティ番組を見たかどうか、とかニュース報道がどうとか、になるところのはずだが、藤堂には身に覚えのある話題ばっかりだったからだ。
若いサラリーマン風の二人はこんな会話をする。
「それにしても、カリスマ性のある野党議員って誰かいたっけ?」
「はぁ?そんなのどこにいるってんだい。大体野党なんて、支持率ほぼないに等しいんだろ?」
「それはそうだけど。でも、まあ今の与党のやり方もあんまり承服しかねるんだよな」
「そうかぁ?野党の攻め方の方が気分悪いよ」
ほかのグループの会話。
「知らせてはいけない内容ってさ、例えば?」
「簡単な、それでいて一番わかりやすいのは、通名報道だろうな」
「なに、それ?ツウメイって?」
「別名を名乗ることが許されている人たちがいるんだよ。そういう人たちって、本名を別に持っていて、都合がいいように使い分けているんだよ。日本人になりすますためにね」
「へえ、知らなかったなぁ」
「意外に日本人に知らされてないことって多いかもよ。あの土地絡みでもな。あとはググるなり調べるといいよ」
藤堂は、車内全体が、藤堂が昨日、一人でしゃべっていたことをネタにしていることに戦慄を覚える。現与党や政府・内閣を批判ばかりするテレビ局やニュースキャスターが、報道しない自由を行使していることをあえて暴露するはずがない。それを知っているのだとすれば、それは藤堂がしゃべったことをもとにしているとしか考えられない。そもそも今のテレビ番組は、寄ると触ると不正な土地取引のネタばかりに終始し、国会も実際にやってほしい国防とか、経済対策とかがほったらかしになったまま。それに対して正論を言うコメンテーターなど皆無に等しかった。藤堂がしゃべったことが大きく共感を得ていることに藤堂自身も安堵すると同時に「日本も捨てたものではない」とおもう。
だが!
その思いと、「それが伝わった」こととは切り離さないといけない。独り言がまるでラジオのごとく人心にしみわたっていく恐怖。この大疑問を解決しないことには、これからうかうか独り言も言えなくなってしまう!!
藤堂の焦りは所詮その程度のものだった。
会社に入ってからも、藤井はじめ、社員は、昨日の”放送”のことで持ちきりになっている。
「いやぁ、あのパーソナリティーの人、ずばずば言ってて気持ちよかったわぁ」
「ね?聞いてみてわかったでしょ?そんな人がラジオやっているって今の日本では奇跡だとさえ思うのよね」
藤堂は、”あ、多分俺がしゃべっているって思ってないから他人事みたいに思えているんだろうな”と感じる。確かに藤堂と名乗ってはいるが、ありきたりの苗字だし、ラジオ越しに聞こえる声は、本人と気づかれない可能性だってある。いつから課員たちが聞き始めたのかはわからないが、少なくともそのパーソナリティーが自分の上司であると気が付いているものはだれ一人いなかった。
「でも、それって、どうやったら聴けるんです?ラジオ局はどこですか?」
藤井としゃべっていた後輩が問いかける。
「ああ、それね。私もどこの局かよく知らないんだぁ…」
藤井がバツ悪そうに答える。
「藤堂課長は、どこの局でやってるか、ご存知ないですか?」
さっき藤井に疑問を投げかけた若手の社員が藤堂に聞きなおす。
「んあ?ラジオの事かい…」
周りが藤堂の独り言をネタにしているさなかに、「俺がやっているんだよ」などと正体をばらすわけにはいかない。知らずにいられるならその方が幸せだからである。ふとしたいたずら心が藤堂に芽生える。
「どこだっけなぁ・・・首都圏放送じゃなかったっけか?」
本当に適当に答える藤堂。自身が"創設"した存在していない社名だったが、これでひとまず収まればいい…
「あ、ほんとだ。ラテ欄に記載があったの、知らなかったわ」
藤井が表記を認めて安堵する。だが、思いつき、架空であるはずのラジオ局が新聞に載っているだって?!
慌てて藤堂も、経済新聞を広げる。ラテ欄には、見慣れた放送局に交じって「首都圏放送 1548」と書かれている欄が目に入る。
"うそっっっ"
藤堂は目を疑った。自分の頭の中の妄想だけであるはずの会社。それがどうして堂々と新聞に…
もうすぐ朝礼という時間だったが、藤堂は慌ててパソコンを立ち上げ「首都圏放送」と検索をかけてみる。
そこには、ヒット数も数千をくだらない検索結果がずらずらと列記されている。
”俺の脳内の妄想や空想が現実のものになっていっているなんて…”
トップに来ていた会社のHPにアクセスする。そこには、放送内容、タイムテーブル、パーソナリティーの写真までご丁寧に飾ってある。
そして、藤堂は、心臓が止まりそうになる。
そこには、笑顔で微笑み、完全にカメラ目線の自身の写真が飾られていたからである!!
変な鼓動を奏でる心臓と、噴き出しているであろう冷や汗を感づかれないように、藤堂はパソコンをそっと閉じた。
しかし、これで昨日からの変な現象はすべて説明がつく事象ということになる。藤堂は昨日からの変な事態を思い返していた。
電車を待つホームでのカップルの会話、藤井の証言、そして鮫島という男との邂逅。翌日になってからの大々的な放送の広がり。 自分が勝手に作り上げて誰も知らないはずのラジオ局が少なくともWEBには存在している件。すべて、突然のような出来事なのだった。はっきりしていることは、藤堂が思い描いている、自分の脳の中の出来事がなぜか具現化しているということだった。
"一体、誰がこんなことを…"
思い当たる節など全くない。一番のサプライズは、どこで披露したわけでもない架空の会社のHPが出来上がっていることだった。時々、実際の番組らしく、局の名前を紹介したりはしていたのだが、それとて独り言の範疇。それを聞いた人がいたとしても、会社までたち上げるか?
ふと、藤堂は、確認しようと思い立つ。
「あ、課長、そろそろ…」
藤井が朝礼を始めるよう促す。藤堂も、もやもやを取り払い、とりあえず、朝の日課に取り組む。
朝礼は3分足らずで終わり、藤堂は、先ほど確認しようと思ったことを行動に移す。それは、少し前の新聞の閲覧である。もちろん、見るのはラテ欄のみ。いったい、いつから「首都圏放送」の欄ができているのか、を探れば、自ずと答えは出ると思っていたからである。
ところが、藤堂の想いとは裏腹に、ラテ欄には、延々と…一週間分ではあるが、首都圏放送の欄は存在していた。ふぅ、とため息をつく藤堂。
自席に深く腰掛け、又ため息。仕事の書類が手元にあるのに、藤堂には全く手につかなかった。
とにかく、謎だらけなのだ。今日の新聞のラテ欄を覗くと、首都圏放送の欄は、午前中から、何気に埋まっている。これは不思議でもある。藤堂がしゃべっている時間帯は、電車を降りた夜の9時頃。時間が前後することはあるのだが、ここではまるでいっぱしのラジオ局のようにきっちりとしたタイムテーブルで組まれている。だいたい、藤堂が作った…想像の中のラジオ局なのに、ほかのパーソナリティーがいることの方が滑稽といえた。彼らとラジオ局の関係もよくわからない。
"まさかね・・・"
たまに聞く競馬中継用のラジオが引き出しにあるのを確認した藤堂は、久しぶりにAMラジオにチューニングする。もちろん周波数は1548だ。
『きょうも、みんなのラジオ・コースケとともにでお楽しみくださぁぃ!!』
コースケとかいうパーソナリティー…意外に若そうに聞こえたが…の掛け声がイヤホン越しに聞こえた。
"た、確かに放送してるわ…"
またしても藤堂は、悪寒に襲われる。背筋がゾクゾクしている。全身がけば立ったような感覚が取り付く。
なぜ、それが可能になったのか、誰の仕業なのか、そもそもこれってなんの意味があるのだろうか…繰り言のように、頭の中を謎がひたすらにループする。どれひとつにも答えを見出せない。藤堂は、本当に頭を抱えてしまった。
それでもお昼時までは、何とか精神状態をフラットに装いつつ、業務をこなす。昼からは、夏物のオーダー会議が持たれていたこともあり、些細なことに関わっている暇はもとよりなかったという側面もある。
書類を書き上げ、ほっとした刹那・・・藤堂は、ふとある”挑戦”を試してみようと思い立つ。
ご飯を食べに出かける風を装いつつ、会社を出る。片手にはラジオが握られている。すでに電源は入っている。
「お昼のひと時、いかがお過ごしでしょうか?ハニー大前のリクエストアワーでお楽しみください」
この時間帯は、リクエスト番組をやっているのか…藤堂はそう思いながら、独り言を始める。
「昨日はすっきり眠れたって人も多いんではないでしょうか。何しろ与党・総理の関与がほぼ払しょくされたわけですからね。そりゃぁ留飲もさがろうってもんですよ」
藤堂は、自分のしゃべりがラジオで流れないかとやってみたのだった。だが、その声は電波に乗ることはなかった。
5分ばかり、力を入れてしゃべってみたものの、ラジオからは自分の声が流れることはなく、相変わらず、やや声優っぽい感じのDJが仕切る番組が何事もないまま放送されているのだった。
若干落胆しながらも、藤堂はコンビニに入る。何か変わったことでも起こっていないかと思ってのことだった。
物色しているOL、営業途上のサラリーマン、旅行しに来た外国人、親子連れ・・・町の賑わいには何ら変化も見いだせなかった。
「まあ、そらそうだわな」
仮に自分の妄想や考えていることが現実になったとしても、大抵の人にとってそれは影響しない。自分のテリトリー外のことだからだ。関わりがある事柄だから自分事のように思えるだけで、実際、今の今まで妄想で作っていた放送局が実体化しているなんて夢にも思っていなかった。
じぶんのひとりごとにしたって、誰が聞いていようが、自分のポリシーを発表しているだけのことであり、聞いてくれる人がいることはややありがたいとはいっても、それ以上のことを考えてまでしゃべっているわけではない。独り言から生産性が生まれるはずがないと思っていたからである。
おにぎりとパックお茶をレジまで持っていく。
「いらっしゃいま…」
コンビニの店員が言葉を飲みこむ。藤堂は、きょとんとした面持ちで店員を見る。
「あ、貴方って、藤堂さんですよね?」
ああ、また名札もって出てしまったのか。って言うか、それでも名指しで呼ばれるって何が起こったんだ?
藤堂の困惑が片付かないままに店員は次の句を告げる。
「いつもラジオ、聞かせてもらってますっ」
店内に響き渡る声。一斉に藤堂に視線が集中する。その痛いまでのまなざしを藤堂は一身に受けた。
「あ、あの藤堂さんかよ」
「奇遇ですねぇ」
「この近くには取材でも?」
「会えてうれしいですわ」
店内にいたほとんどすべての人が藤堂に挨拶を交わし、握手を求め、にこやかに去っていく。
藤堂は、驚きあきれてその光景を見送る。なんで俺みたいなのが有名人に???
そう思った藤堂は、今朝の光景を思い出す。放送局HPで、にこやかにカメラ目線で写真に納まっている「自分」の存在を思い出したからである。
”ああ、それでか。ネットってすごいなぁ…”
次の瞬間、かぶりを振る。感心している場合ではないっ!曲りなりでもダブルワークしている、というのなら、会社が認めていようがいまいが、納得はできる。でも、自身は、この首都圏放送にやとわれたわけでもなく、DJとして収まっているわけでもない。なのに、話題ばかりが先走っている。藤堂が思っているよりも、状況の進行具合は急速といえた。
そして、悪いことに、とうとう会社の上層部にも話が伝わってしまう。昼食から戻ってくるや否や、藤堂は、社長室に召喚される。
「まあ、藤堂君、掛けたまえ」
社長の小宮が藤堂に席を勧める。
「エエ、はぁ…」
事態がどこに向かうのか、自分でもわからない状態の藤堂は社長に呼ばれたことで意気消沈していた。だが、言い訳はするまいとも誓っていた。何しろ、自分の独り言だけが世の中に流布しているだけなのだ。それを説明してみるしか方法はなかった。
「さてと。どこから話そうかな…」
先ほどの威厳たっぷりの口調とは打って変わり、世間話でもしようとするかのような小宮に藤堂はむしろ恐怖する。
「まずは、私からは礼を言いたい。よくぞ発言してくれる気になってくれたなって」
藤堂は、頭の中を?マークが何個も、何十個も浮かんでは消えていく。褒められていることが理解できなかった。
「私も2、3日前だったか、君のラジオをたまたま聞いたんだよ」
その日の内容は、今の野党のやり方を糾弾するものだった。確かに原稿とかがあるわけではないが、少し記憶は残っている。
小宮は続ける。
「最近のマスコミって、真実とは真逆のことばかり。明らかに反政府集団だよ。よくもここまでねつ造したり、切り貼りしたりできるものだなって憤っていたところだったんだ」
小宮は、後ろ手に組んで、所在なく机の前を往復する。
「そしたら聞こえてきたのが君のラジオ。ここまで歯に衣着せぬパーソナリティって誰だろうなって。で、調べていたら、君の写真がでかでかと写っているじゃないか?」
アチャーーーー。頭を後ろにそらし、左手でおでこを押さえて「やられた」「のポーズを藤堂はする。
「でも、君の言っていることは正鵠を射ている。日本という国の危機に対峙していることがわかって、よくこんな人を引っ張り上げたなってと感じたんだよ」
窓際を往復しながら、小宮は続ける。
「で、俺はその放送局に問い合わせをしようと思ったんだ。君がどのような経緯でDJするに至ったのかを知りたくてね。ところが、どのルートもつながらないんだよ、メールも電話も」
さすがは社長だ。今までの藤堂が、ほんの少しでも浮気をしてほかの会社に出入りする性分ではないことを見切って、ことの真相を確かめようとしていたのだった。
「で、俺は考えた」
立ち止まり、藤堂を見据える。
「放送局のサイトはともあれ、君の発言には骨がある。芯がある。それだけで十分じゃないかってね」
少しのドヤ顔を小宮は藤堂に近づける。
「あ、あのぉ・・・」
藤堂はおっかなびっくり声を出す。
「俺って、怒られに来たんですよね?」
「アッハッハッハッハ」
小宮が、部屋はおろか、フロア中に響かんばかりの大声で笑い出した。
「怒る?俺が?どうして君を叱る?そんな理由がどこにある?」
またしても疑問符がまとわりつく。
「言論の自由が保障されているこの国で、君を罰することなど誰ができるもんか。会社がどこにも存在していないのに、放送できているってことは何らかの手段を使っているってこと。ユーチューブ的な何かだろうけどな」
放送の仕組みに明るくない小宮の出した結論はその程度だった。
「君は何らかの手段でこの局の存在を知り、発言した。確かにHPには君の顔写真があったが、君は雇われたり、給料もらったりしているわけではないんだろ?」
社長の質問が始まった。
「エエ、まったくその通りです。会社の存在すら知りませんから」
さすがの藤堂も「僕の頭の中のラジオ局です」と正直に話す気にはなれなかった。それを言ってしまったら、即座に放逐されるところだっただろう。
「まあそんなことだろうと思ったよ。会社が勝手に肖像権を侵害するなんて、マスコミですらやってしまう時代だもんな…」
小宮は、藤堂に話を聞き、ようやく安堵する。
「話は以上だ。会議もあるんだろ?さあ、行ったいった」
「え?おとがめなし、ですか?」
藤堂はまだキツネにつままれている。
「だから、君を処罰なんてできはしないよ。それとも、DJ一本やりで生計立てたいって言うんなら、今すぐここで辞表書いてもらってもいいけどな」
少し剣幕の見える小宮の形相に、慌てて一礼して藤堂は去っていく。
だが、結局、社長に呼ばれた藤堂の一件は社内に瞬く間に広がった。藤堂がラジオDJをやっていることも付け加えて・・・。
「それにしても、課長がDJしていたとはねぇ」
「藤堂の話ってどんなんだろ?聞いてみたいな」
「なんか政治的なネタばっかりらしいですよ」
「それもありなんじゃない?一方方向からしか放送しないから、今のマスコミたちは」
様々に話題が飛ぶ。
販売部も同じだった。
「もお、課長も人が悪いんだから…」
藤井がさっそく会議から戻った藤堂に言い寄る。
「俺がしゃべっているんだよって言ってくれりゃいいのに」
「そうですよ、水臭いなぁ」
「でも発言するって大事なんだなって思いましたよ。ここ最近の藤堂指数ってうなぎのぼりですから」
「なんだなんだ、その藤堂指数って?」
藤堂は思わずそのワードに突っ込みを入れる。
「あ、つまり藤堂さんの政府擁護の姿勢を示す指数ですよ。野党を攻撃する舌鋒がすごければポイントアップってな具合ですよ」
「それは初耳だな」
いや、今日という日は、初耳だらけのことばかりで、どっと疲れが出ている。藤堂にとって入社以来、一番神経を使った一日だったといっていい。
ともかく、会社の人間には藤堂がラジオに出演していることはまるわかりになってしまった。だが、社長が一切処分しないことや、昨今のYoutuber的な立ち位置でやっているんだろうというコンセンサスも得られていき、むしろ好意的な目で見てもらえるようになっていった。
以前にもまして"放送"に力を入れ始めた藤堂は、遂に自宅をスタジオ化する計画をぶち上げる。
社長が使っていそうな大仰な木製の机を買い求めて、自室に据え置く。あえて卓上マイクもしつらえて語っているようにも工夫したりしていく。
ここで落ち着いてしゃべるようにしたことで、帰宅途上の一杯飲みはこの日を境に激減する。自分の声がどういう仕組みで電波に乗っているのか、いまだ不安だった藤堂だが、それでも自分の声がただの独り言から世間に支持されていく過程を見ていくうちに、ふとした感情が浮かび上がる。
その2 ここまで。
その2までの読了、痛み入ります。
さて藤堂はどうなっていくのか、は読者の中でも気にされているところかと思っています。それとその1に出てきて、この作品に出ていない「あの人」も気になるところですよね。そう。私も、どういう展開にしようかは今のところ完璧にノープランです(この、その2上梓時点ではね)。
少なくともアウトラインが描けているだけで、どっちに転ばそうか、に悩んでいるところですね。
基本わたしは、キーボードに向かうと、勝手にストーリーを進めてしまうタイプ(ひたすら作劇していく感じですね)なので、1500~2000書いては立ち止まり、読み返して修正して、てな具合でやってます。興が乗らないと、ページ開けて何もせず、ということもありますよ。
まあ、書かないことには始まらないので、下手の横好き、でこうして書いてます。まかり間違ってなんぞのアニメ原作になったら、どうしましょ(妄想乙/藤堂と全く同じ)。
その3は5月あたりに上梓予定。気長にお待ちください。あと、当方の瀧三/キミコエ関連もご愛顧いただければこれに勝る幸運はございません。
このSSへのコメント