2022-05-01 10:55:20 更新

概要

いよいよレースが近づいてきたウマ娘たち。しかしいまだに葛藤を抱えるものたち。
脚質にも距離にもとりえのないナナコロビヤオキが下した決断とは?


前書き

2021年GW前後から書き始めた本シリーズも、気が付けばやや半年経過で4タイトルしか上梓できていない体たらく。今頃は完結させておかないといけなかったわけですが、何しろ、ゲームが面白いもので。
と言い訳を言いながら、実際、本作の上梓に時間がかかってしまったのは、ひとえに場面展開に失敗したから。「ああ、そうだわ、雑誌社に根来返そう」となってから一気に体裁が整いました。何しろそのアイディアが出るまでほぼ2カ月放置状態でしたからね。

2021.7.25 本タイトル作成開始
2021.8.10 中核部分まで完成。6700字。ここからスランプ。
2021.10.17 根来を雑誌編集部に返す流れを作り、ここから一気に整い始める。
2021.10.19 第一版 上梓。10214字
2022.5.1 最終話上梓に伴い、日付のみ更新。字数変わらず。


【ここまでのあらすじ】

6人の担当ウマ娘が決まり、各々がトレーニングに入った。「ウマっ娘通信」の根来 俊一は、ナナコロビヤオキを育成ウマ娘として鍛錬を続けていた。


21.

「ウマっ娘通信」で私が執筆している、担当ウマ娘とのトレーニング風景を記した「不肖私、トレーナー(期間限定)になりました!」連載記事は、相応に読まれていると、風の噂に聞こえてきた。何しろ、私の先生……桐生院師は、私の教官トレーナーになってから、一号も欠かさず、雑誌を買って、私の筆致をチェックしている。もちろん、ナナコロビヤオキのマイナスイメージは極力書かないでいるのだが、それが吉と出るか、凶と出るか、はわからないままでさらに数週間が経った。

トレセン学園に入って初めての大型連休の時に、私は出版社に久しぶりに顔を出した。この時期は、学園自体も休みを取るようで、ビッグタイトルを狙わない大多数のウマ娘にとっても久しぶりに羽の伸ばせる時間帯でもあった。

久しぶりの編集部だったが、私が入ってきて空気がガラッと変わったのを肌で感じた。しかも、社長と編集長の石上が談笑しているさなかに、おそらく二人が私の名前を出していた時に登場してしまったものだから、二人の驚きようは半端なかった。私を認めて、

「おおお、これはこれは、エーストレーナーさんっ!」

と社長の水沼が言えば、編集長の石上もそれにつられて、

「お噂していたところなんですよ、トレーナーさんっ!」

と持ち上げる始末。

「い、いゃ、たまには顔も出しておきたいかな、って思って……」

私は若干、顔を赤らめながら、編集部に来た理由を述べる。

「で、君の担当の……ええっと、ナナコロビヤオキだっけ、いつ走るんだい?」

食い気味に水沼は聞くが、

「一応関係者になったんで、その問いにはお答えしかねます!」

片手を大きく前に出して、その問いかけに断固拒否の構えを私は見せた。

「もぉ、水臭いなぁ」

石上の猫なで声を久しぶりに聞いた。しかし、いつ聞いても、彼の猫なで声は、破壊力と場を凍らせる技を持っている。

「編集部のみなさんに会うことも目的の一つだけど、今日来たのは、他のウマ娘たちの育成状況を編集部がどう判断しているか、を確認に来たって言うのが本来の目的なんです。目の前のウマ娘しか見てないから、余計にほかのウマ娘の状況が知りたくなったんですよ」

真剣に吐いた言葉で、石上の顔色も少し変わった。

「なるほどね。雑誌もいちいち買っていられないだろうしな。あ、その件なら、富田さんがまとめてくれてるよ」

私は目を丸くする。私から編集部にオーダーを出したことはない。しかも記事にはできない門外不出の内容。記事にできなくても、金にならなくても、逐一文章化してくれる陰の存在。富田さんが独自に、誰から依頼を受けていないのにボランティアでやっていた、というのか?

二人に別れを告げ、私は富田さんのデスクに駆け寄る。

「お久しぶりです」

私が声をかけると、富田さんは、

「これはこれは、エーストレーナーさんの御帰還ですか」

と、少しおどけて応対した。

どっと笑い合いながら、私は本題に突入する。

「他の5人の育成状況ってどうなってます?」

待ってました、とばかりに、A4用紙の束が目の前にデンっ!と置かれる。

「一言で言えば、みんな札付きぞろい。一筋縄ではいってないようですよ。もちろん、ナナコロビヤオキも、ね」

富田さんの見立てを解析すると、カンジュクトマトは、病弱体質が治るまではレース自体が難しい、スイミングゴーグルは足元の不調が発覚、セルズアットワークはハードワークで体調不良、キボウホウウインドは気性難で浮き沈みが激しい、ヒラシャインはおとなしすぎて成績が付いてこない、そしてナナコロビヤオキは……

"本当に追い込み馬でやっていけるのだろうか……"

というキャプションが踊っていた。

「そうなんだよなぁ」

ほかのウマ娘のことが知りたかったのに、客観的な、ナナコロビヤオキの分析にどうしても目が行ってしまう。

「ぼくの個人的な意見ですけど、この6人、GIクラスはどうあっても難しいですよ」

富田さんの総括意見にうなづくしかなかった。売れ残りに等しい中での選抜レースで勝ち残ったのだから、もともと基礎的な能力も控えめだ。

「おそらく、GⅡ勝てたら凄い話題、くらいの素質しかないですよ、みんな」

富田さんは、瓢箪から駒は生まれないということが言いたかったんだろう。血筋もそれほどでもないウマ娘が勝ちきれるほど甘くはないのだ。サポートに回っているウマ娘たちのラインアップからも、大化けはない、と確信したのだという。

「なんか、他のトレーナーって、GIメインで考えているようなトレーニングしている、みたいな分析なんだけど……」

まだデビュー前。なのに大レース直前のような激しさを富田さんは感じ取ったようなのだ。

「二人くらいは疲弊して、レースする前につぶれちゃうかも、だね。まあ、根来さんは、うまく立ち回っているようだけど」

ケガ・病気からは縁遠いと思っているナナコロビヤオキなのだが、富田さんの言葉は少し身に染みた。

「うーん、富田さんと話せれば少しは悩みも解消できると思ったんだけどなぁ」

椅子に体重を乗せて、大きく伸びをした私は嘆息する。

「一応私のアドバイスを一言だけ」

富田さんはそう言って少し真剣な面持ちで話し始めた。

「ナナコロビヤオキを大成させるなら、長距離路線で行くべきです。ライバルはいないし、なんといっても、いい脚を長く使う追い込み馬との相性は十分にある。中距離ではライバルも多いし、足を余らせているから今まで勝てなかったんです。生まれ持ってのステイヤーは、大器晩成型。お気づきだとは思いますが、不器用な彼女だからこそ、追い込みで勝てる長距離で行くべきなんです」

「ということは、来年のクラシックはどうすれば……」

2000mの皐月賞、2400mの日本ダービー。いずれも中距離だ。

「ファン数縛りを考えるなら、いずれもに出走してポイントを稼ぐ必要はあるでしょうね。着順は度外視。彼女の目標は、ズバリ、菊花賞です」

そう聞くと私も少し肩の荷が下りる。ウマ娘の頂点は目指せなくても、また、仮に菊花賞で一位を取れなくても、彼女が輝く舞台は残されている……あれ ?私は数分前の富田さんの言葉を思い返す。

「さっき、GIは難しいって、言ってませんでしたっけ?」

富田さんに少し口答えしてしまう私。だが、私のツッコミは想定内だったのだろう。にこりとしてこう返された。

「誰も一位になる、なんていってませんけど、ね」

二人して爆笑しながら、資料をありがたく頂戴して、編集部を後にした。


私を含めて、トレーナーたちは大きな勘違いをしている、という富田さんの分析は耳に痛かった。

そもそもの趣旨をはき違えているから、無理なトレーニングをしたり、ウマ娘の自主性を阻害したり、もっと言えば険悪な関係性しか構築できないでいる。

「勝たせる」「いい成績を取る」のは二の次なのだ。所詮名の通っていない彼女たちにも光を与えたい、という企画から考えれば、どう育てるのか、いい関係性とは、が問われていると感じるのだ。

富田さんによれば、トレーニングメニューが激しすぎて、すでに一人は脱落状態、もう一人もメンタル面でかなりやられている、という解析をしていた。雑誌対抗だから、と言って、自分たちの欲が上回りすぎた結果ではないか、と結論付けている。

「それはわかっているんだけどなぁ……」

雑誌社が火花を散らす今回の企画には、賞品とか栄誉が与えられるものではない。トップを走る「トゥインクル」の乙名史さんがそれを守りきるか、はたまた伏兵たる他の5社の担当者がその座を奪い取るか?実際のウマ娘の育成の難しさが問われるものだった。

私とナナコロビヤオキの中には、わだかまりとか不信感とかは今のところ存在していない。もはや私も、追い込み脚質を変えようと思わなくなってきているのは、彼女を信じることに切り替えたからだ。やりたいようにさせる、そのサポートを私がする。それでいい成績が取れれば御の字、と考え直したからだ。

果たして、他の5人、いや、まともに対峙していても練習にならない乙名史さんを除いた4人には、企画の本当の意味というものを理解しているんだろうか?


22.

「集合! 雑誌対抗企画トレーナー諸君は理事長室に集まるように」

ナナコロビヤオキとの二人三脚も板につき始めた5月中旬。秋川理事長名のメールが私の携帯に届く。

「なんでしょうか?」

不安になってメールを隣にいた桐生院師……先生に見せた。

「ああ、"あの件"が片付いたんで、その発表だよ」

そうぼかし気味に先生は言う。

「それって、もしかして、レギュレーションのことですかね」

私はそう尋ねる。

「それもあるだろうけど、ほかの話題もあるかもよ」

ややにやけた表情で先生は答える。

深く突っ込まないで私は指定された時間に理事長室に赴いた。

私より先に、乙名史さんが理事長室に到着していた。しかし、その表情は激変していた。はきはきした雰囲気が消えうせ、陰鬱さを纏っている。

「心労が、絶えないみたいですね」

心配になって、私は乙名史さんに声をかける。

カンジュクトマトの病弱ぶりは、学園内でも話題だった。ちょっと走ればすぐに体調不良、強めのトレーニングで即入院。単に呼吸器の問題とはいえ、手術で解消する方がリスクが高く、自然治癒しか望めない身体だった。そんな満身創痍でも学園に居られるのだから、基礎的なステータスは半端なく、恐らく歴代の著名ウマ娘の2割増しくらいはあったのではなかろうか?

「ええ。ここまで苦労するとは思っても見ませんでしたよ」

肩で息をするかのように疲労困憊感を隠さずに乙名史さんは言う。

「まだ始まったばかりですよ。このまま続けられます?」

カンジュクトマトともども、沈没してしまいそうな勢いに私は思わずそう声をかける。

「ようやく光明も見えてきたところだから。ここを乗り切ったら、向かうところ敵なし、と思っていないと続けられないわよ」

負け惜しみなのか、強がりなのか。諦めきれない意志を私は感じ取った。

6人全員がそろったのは、それから数分後のことだった。

「皆のもの、揃ったようだな」

扉を開けて6人を確認した秋川理事長は、すぐさま我々を理事長室に招き入れる。

「いやあ、お待たせしてしまったなぁ」

開口一番、理事長はそう言って我々の労をねぎらってくれた。

「さて、雑誌対抗、ということで、どこの部分を揃えたら、対抗に値するか、ということは、初めて諸君にあった時から懸念材料ではあった。長距離しか向いていないウマ娘がいなかったのが幸いで、短距離/マイル/中距離の3タイプの脚質のウマ娘の中から選抜された6名を君たちは育成していただいていると思うが、どうすればきっちりとした対抗になるのか、思案のしどころだった」

一旦ここで区切った理事長は、少し間を置いて続けた。

「すでに諸君たちはステータスファインダーについては担当のトレーナーから仔細を承っておると思う。そこは大丈夫かな?」

6人は一様にうなづく。

「ならば話は早い。レース成績も含めて、この様々なステータスを数値・序列化することで優劣を決めようと考えたのだ」

たづな氏がホワイトボードを引きずってくる。ぱっと裏返すと、「雑誌対抗ウマ娘育成プロジェクト 要領」と銘打たれた、フローチャートが現れた。

「当初はレースの出走回数、優勝回数、育成完了時のレースでの順位などを見るつもりにしていた。でも、それなら、病弱なカンジュクトマトは完全に圏外になってしまう。また、ほかの娘たちだってケガや体調不良は避けて通れない」

ボードの前をウロウロしながら理事長は続けた。

「そして何よりも、トレーニングの優劣を決めるのがそもそもの趣旨。レースは二の次、と考えた時に『ステータスをメインで見る方が納得いくだろう』と考えたのだ」

理事長は差し棒を手にして、詳細を説明し始める。

「スピード/スタミナ/パワー/根性/賢さに分かれているステータスをどう伸ばしていくかは、諸君次第だ。そして、重要なのはここからだ」

差し棒でホワイトボードをバシッと叩く音がこだまする。

「ただ育成するだけではなくて、レースに出走し、それなりの成績を収めることもまた重要。仮に勝てなくても、出走でポイント、3着以内でボーナスポイント、1着で更なる上積みポイントを進呈し、すべてを合算して順位を決める。ただ出走レースは距離・グレード問わず年4回を上限、3年後の中山グランプリまでとする」

ここまで理事長がまくしたてた後、

「そのほかの細かい附則などは、お手元にあります開催要項でご確認ください」

という、たづな嬢のフォローが入る。

私を含めて、全員が、50ページはあろうか、という開催要項を読み始めた。

「さて、根来君」

理事長からの突然の指名に私はドギマギする。

「勘のいい君のことだ。さっそく疑問点でも沸くのではないか、と尋ねてみたのだが……」

期待していた理事長には悪いが、すぐに疑問点なんて浮かばない。と思ったのだが……

「距離適性は加味されないんですよね」

と尋ねてみた。

「なぁるほど。同じステータス数値でも、短距離と中距離では意味合いが違う、そろえる必要があるのでは、という考えだな」

「まあ、かみ砕けばそうなります」

「フム」

理事長はしばらく考えたのち、

「一考の余地はあるところだが、すでに承知の通り、距離による優劣はそれほどつけていない。短距離の数値と長距離の数値が、大きく違うとは考えていない。私がステータス数値だけを見ていないのは、レースを数値化することと、その成績分のポイントを加味することでご理解いただけると思う」

そう言って私の質問に答えてくれた。

「ハイ、理事長」

手を上げたのは、塚口だった。

「彼女たちが別の距離適性に目覚めたとして、当初の育成方針は変更しなくてもいいのでしょうか?」

塚口担当のキボウホウウインドは一応短距離適性とされている。しかし、それだけじゃない、と塚口が気が付いてもおかしくない。

「彼女たちの新たな一面を見つけられれば、トレーナー冥利に尽きるというもの。どの距離で育成するのか、途中で変更するのか、は自由だ。ただ、勝ちを優先するあまり、彼女たちの主張が生かされないのは困る。基本は彼女たちが得意だと思っている距離を主戦にしてもらいたいところだ」

この質問には、理事長はよどみなく答えた。


「塚口さん、もしかして、キボウホウウインドをスプリントではなく、他の距離で育成しようと?」

理事長室から出ようとした塚口を私は捕まえた。

「まあ、それも視野に入れて、の質問ですよ。そうと決まったわけではないから、ご心配なく」

ニコニコしながら塚口は言うのだが、"得意距離変えてもいいですか"にしか聞こえなかった質問の真意がわからない。

そして、距離適性の見直しは、なにもキボウホウウインドに限ったことではない。ナナコロビヤオキの未来にもかかわる一大事だ。

ある日のトレーニングの後、私は、彼女に再度問いかけてみた。

「やっぱり、君の中には追い込んで勝利をつかみたいという意志が強いんだな」

ドリンクを差し出しながら、私はいう。

「ええ。トレーナーは、先行で、とはおっしゃいましたけど……」

ここまでのトレーニングの成果を見ても自分の走りができていないのは自身が一番よくわかってる。

「いや、いろいろおれも考えてるんだよ」

そして、富田さんにも提案され、私も自信を持ち始めていたことを改めて口に出してみる。

「いっそ、長距離路線に転向してみるってのは、どうだい?」

その言葉に一番驚いたのは彼女だった。

「え?私が、長距離を……」

戸惑う彼女に、自信ありげに私は話し始めた。

「先行で走ってもらったタイムは、平凡でそれほどでもない。だから、ライバルの多い中距離では勝ちきれなかったんだと思う」

ほぼ全員が、ゴール板を1着で駆け抜けるイメージを持ってペース配分や仕掛けどころを見極めている。ナナコロビヤオキに、そのセンスがどうもないことを、私は薄々感じ始めていた。

「追い込みが板についていて、どうにも変えられない、というのなら、その末脚を行かせる方向に持っていきたいな、と思ったわけ。となると、やはりそれほどライバルのいない長距離路線が有望になってくるんだよ」

話し半分の面持ちで聞いているナナコロビヤオキだったが……

「だったら、ゴールドシップさんとも張り合えますね!!」

心の師匠と信じて疑っていない追い込みの天才の名前が出てくる。彼女との対戦も夢ではないと悟ったからか、急にナナコロビヤオキの目が輝き始めた。

「わかりました!これで結果が出るかどうかわかりませんけど、やってみる価値はありそうだと判断しました。ぜひ、長距離が走れるトレーニングをお願いします」

かくしてナナコロビヤオキの長距離転向が確実のものとなった。私は、少しトレーニングメニューを組み替えるべく、その日はそれでトレーニングを終わらせた。

それでも、私の中には疑念が残る。普通にやれば走れるはずの彼女が、ゴールドシップに入れ込むのには何かわけがあるのかもしれない。

そう思った私は、翌日、ゴールドシップを擁するトレーナー室を覗いてみることにした。


23.

「あ、いつか食堂で見かけた、大泥棒さんじゃねぇか」

ゴルシは、私を一瞥するなり、初対面の時にはいた、彼女なりのイメージを披露する。

「今日は、どうしたんだい?トレーナーにも聞いたけど、話って、なんだよ?」

さすがのゴルシも、ヒヨッコトレーナーから何の話をされるのか、興味と不安、少しばかりの疑念が渦巻いているだろうことは察しがついた。

「回りくどいことが嫌いな君だから単刀直入に言う。俺が、ナナコロビヤオキの育成をしているのは知っているだろう?」

彼女の気配に気圧されぬよう、やや早口でそう問いかけてみる。

「ああ。知ってるぜ。なんせあたしの愛弟子みたいなもんだからな」

愛弟子!!そんな言葉が出てくるとは思わなかった私は色めき立つ。

「そ、それって、どういうこと?」

「簡単なことだよ。トレーナーが付く前に新入生のオリエンテーリングとか、簡単なレクチャーとかは、先輩ウマ娘がやる習わしなんだよ。で、その時に一番目立ってたのがアイツだったんだよな」

ゴルシは、近くにあったお茶を一飲みしてから、続けた。

「普通、私みたいな癖強なウマ娘って、嫌われるか、相手にされないと思うのよね。だから私も、まともに相手なんかしないで、『私が説明したところでなぁんもわからないで終わっちゃうってのに、なんて不憫なお子達』とほくそ笑んでたのに、アイツだけは、徹頭徹尾、真面目だったんだよね」

ゴルシは、さらに話を続けていく。ゴルシがナナコロビヤオキの先輩ウマ娘としてかかわったのが去年。半年間で彼女は、ゴルシの走りっぷりに魅入られたそうだ。

「それから?」

「まあ、あたしはそればっかりが仕事じゃないし、生徒会にも義理立てするつもりがなかったんで、アイツとはそれっきり。それでも、「はあ、早いことトレーナー付いてやんねえかな」くらいには気に掛けてたんだぜ」

ゴルシらしからぬ言葉だったが、彼女だって、かわいい後輩の頑張っている姿を見れば情も湧いて当然だろう。

「彼女、君にあこがれてる、一緒にレース走りたいとも言ってたなあ」

ナナコロビヤオキの本音をゴルシにぶつけてみた。すると、

「私にあこがれてるとか、まぁだそんな眠たいこと言っているんか、アイツは」

急にゴルシはぶぜんとした表情を浮かべた。しかし続けてこういった。

「ま、それがアイツらしいっちゃ、らしいんだけどな」

そう言うとゴルシは、「そろそろ屋台の焼きそばの仕入れに行かなきゃ」とか言いながら、私の元から立ち去っていった。


ゴールドシップにあったことで、ナナコロビヤオキの追い込みにこだわる理由の一端が垣間見えた。

ナナコロビヤオキにとって、ゴールドシップは、「お母さん」みたいなものなんだろう。

鳥は、初めて見たものを親と認識するとはよく知られた話だ。渡りを知らない鳥に、越冬のための渡りを教えるべく飼い主が母親代わりになって飛び方を教えて、見事完遂させる映画もあるくらいだ。右も左もわからない彼女がゴールドシップの走りに感銘を受け「この通りにしよう」と思ったとしても、不思議はない。だから、そこに「勝てる」「一番になる」という意思はもともとないのだ。もしも、サイレンススズカが親代わりだとしたら、彼女だって勝利にもっともっと貪欲であったはずだ。

桐生院師との出会いは、いい意味で彼女の独自性が生かされることにはなったが、勝ちきれない詰めの甘さを解消できるはずの先生が、出来なかったところに疑念が生じる。

本来なら、育成レベルどまりでちゃんとしたトレーナーが付かないまま、ひっそりとターフから去っていてもおかしくなかったナナコロビヤオキが、ひょんなことから、今、私の手元に居る。おそらく、あの一戦で勝ててなかったら本当に引退していただろう。先生が彼女を勝たせられなかった理由は、今となっては聞きたくもないし、聞いてもそれほどプラスにはならない。彼女の想いを重視する。それができて初めて、彼女のトレーナーになれた、と実感できるのではないか?

自室に帰る道すがら、そんなことが頭の中を駆け巡っていた。


24.

トレセン学園に入って、3か月が経過した。そろそろ夏合宿も視野に入ってくる時間帯だ。

私とナナコロビヤオキは、レギュレーションに従い、トレーニングに集中する。すでに、桐生院師……先生には、路線変更の話は通してある。本来の目標は、長距離でそれなりの成績を上げること。メイクデビューが近づきつつあったが、2500m以上のコース設定はない。彼女にはやや酷な2000mのレースに出ることしか選択肢はなく、しかも、ライバルの多いそこで勝ち上がるのは至難の業だ。

「長距離で行く算段をしたとしても、レースが設定されてないんじゃ、どうしようもないもんな」

先生は、いきなりデビューから長距離を走らせることの難しさに理解を示しつつ、こういった。

「今のところ、メイクデビューは2000mになりますけど、勝敗度外視で走りたいと思います」

設定がない以上、脚を余らせる中距離のレースしか出走できないとなれば、それに従うよりほかはない。

「それはそうと、スタミナのレベルアップはどこまで進んでいるのかな?」

目の前をナナコロビヤオキが、スパートの練習をしている。その後ろ姿を見ながら先生は言った。

「今のところ、Eの前半位です。数値で言えば230くらいですか」

「序盤としては上出来だね。でも、まさか、他のトレーニングは適当にしかやってない、とか言わないだろうね」

「ハイ。そこばっかりではありません。もっとも、スピード/スタミナも200前後なんで、少々不安ではありますが……」

私は今のナナコロビヤオキの現状を、日々つけているノートを見ながら説明する。

先生は、新しい方のステータスファインダーでナナコロビヤオキの状態を自らの目で見て、私の主張が間違っていないことを確認した。

「なるほど、ね。あとはレース後半に必要になってくるパワーがどの程度伸ばせるのか、にかかっているとは思うね」

「そうですね」

私はうなづく。

「それで?メイクデビュー終わったら、次のレースは何にするんだい?」

私の方に向き直って、先生は言う。

「ダメもとで、ホープフルステークスは出ようと思ってます」

レースプログラムを確認しながら私は言う。自分でも大胆だということはわかっている。

「まさか、いきなりGⅠはないだろうよ。中距離での自分の立ち位置を確認させるレースもやらないと」

至極もっともな意見を先生は言う。仮に一戦目未勝利なら、2400m設定のある東京レース場とかも視野に入れていた。

「今のところ、メイクデビュー終わったら、勝利するまで走らせ続けたいと思ってます。そうしないと勝負勘とかも養われませんから」

中距離はライバルが多すぎる。ようやく形になりつつあるとはいえ、勝ち抜けることは本来的に難しい。距離適性に抜きんでたものがないウマ娘は、どうしてもこうなる。

「来年の4月の上旬までは成績はともかく、練習あるのみ、だな」

年4回のレース出走、基本設定した距離適性でのレース登録、もちろん勝ち負け出来るくらいにしっかりとトレーニングもこなさないといけない。当然、名だたるウマ娘たちもレースに出て、1勝をもぎ取りたいと虎視眈々狙っている。追い込みのナナコロビヤオキが、果たして勝てるレースが存在しているのだろうか……

ステータス上げや、スキルの獲得のコツはつかみつつある時間帯ではあるものの、勝利の二文字に至る道程は、いまだ見つけられないでいた。


後書き

時々、SS作成している当方ですが、一気呵成に書き上げるときは下手すれば5000字程度を一晩で、なんていうこともある半面、今作のように1万字程度で場面展開もそれほどないのに3カ月弱かけてしまうこともあったりするんですね。ここが「生みの苦しみ」を味わう=次に及び腰になる ことにつながってしまうわけです。
形にできたら全員優勝、なのが創作の世界。もう一話で終わらせることにしていますが、この6人の架空のウマ娘をどうこれから生かそうか、スピンオフも視野に入れようか、いろいろ考えている段階です。
尚、一応「完全な終焉」を次回で書くつもりはありません。少しもやっとしたクロージングを考えてます。だって、ほら、スズカだって、ライスだって……おっと、誰か来たようだ。


このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください