2022-05-01 10:48:10 更新

概要

「ウマ娘雑誌対抗 ウマ娘育成プロジェクト」の2話目です。
今回は、ようやく担当のウマ娘が決まるまでを描写しております。


前書き

ゲームモチーフで書くことになろうとは思いもよらなかった2次ですが、「ウマ娘 プリティーダービー」は実際のゲーム性の奥深さも手伝って、微課金派では収まらなくなりつつあります。
私がメインどころのウマ娘でストーリーを構築するのはチョイ後の話。今回は、オリジナルウマ娘を育てていこう、という企画からスタートしたのですが……
1話から数えて、まだ育成に取り掛かっていないのに、こんだけ……何万字になっちまうんでしょうねwwwwww

2021.5.5 1話完成後すぐに取り掛かり。
2021.5.8 教官トレーナーとの絡み、同期との葛藤。7000字強。
2021.5.10 教官トレーナー決まってまだ2日目の夜w。10000字強。
2021.5.12 すこしDIsったウマ娘が担当になる。一応完成。13778字。
2021.5.27 第3話上梓とそろえる意味もあり、微修正を加えて再登録。13866字。
2021.7.10 第4話上梓にそろえる意味と微修正を加えて再up。13868字。
2021.10.19 第5話上梓に合わせて、少しだけ修正。13922字。
2022.5.1 第6話上梓に合わせて、日付のみ更新。字数変わらず。


<前回のあらすじ>

ウマ娘雑誌対抗のウマ娘育成プロジェクトをURAが計画。雑誌「ウマっ娘通信」の記者・根来俊一は、晴れて雑誌の代表に選ばれてトレセン学園入りを果たす。

途中で自由奔放なウマ娘たちに翻弄されながら、トレーナーとしてやっていくはずだったが、とある発言がきっかけでとんでもない事態を引き起こしてしまう。


6.

トレセン学園に着いて3日目の朝。

ほとんど一睡もできなかった私……根来 俊一は目の下にクマを発現させたまま、宿舎の食堂に現れた。

「ちょっちょっと、どうしたの、そのクマ……」

真っ先に声を上げたのは、月刊「トゥインクル」のトレーナー候補生の乙名史 悦子だった。

「ああ、悦子さん。おはよう……」

消え入りそうな声であいさつするのがやっとだった。

「なんかあったんすか?」

そう聞いてきたのは、同じ候補生の「ウマ娘ブック」の斎藤だった。

「ああ、まあね……」

私はそれだけしか返答できなかった。

「もしかして、理事長との掛け合いが原因とか?」

20代でいちばん実務経験の浅い「ウマ娘ビューティー」の大川が興味本位で聞いてくる。

「まあ、そうなるわな……」

聞かれたことに対して嘘偽りなく私は答える。

私は別に怒られてしょげているのではない。重圧に押しつぶされそうになっているだけだ。

そんな裏事情を知らない面々は、

"そうだよ、あの局面であの質問はないよな"

"みんな同じに見られちゃったらどうしよう"

などととんちんかんな解釈を重ねている。

何度かため息を漏らしながらでも、旨さが食欲を喚起してくれたおかげで、朝食は何とか平らげられた。


9時からたづな嬢によるオリエンテーリングが組まれていた。学園内のルールやウマ娘との付き合い方、これからのトレーニングのやり方や、実施する場所などを座学や、実際のトレーニング場を見ながらほぼ1日かけて行った。

「さて、これから、理事長と一緒にお食事と参りましょうか」

初日のオリエンテーリングを終えてたづな嬢がそう提案してくる。

「いいですね」

6人はそれぞれに賛意を示す。

「実は、ただ理事長が食事をしたがっている、だけではないんです。その場で、あなたを導いてくれる、担当の教官トレーナーと顔合わせもしたいと思っているんですよ」

昨日の段階では、どういう選考にするかは明らかになっていなかったのだが、私を含む6人の担当が決まったのだろう。

「それに、だれがどのトレーナーにつくのか、は皆さんにも知ってもらいたい、という意図もあるんですけどね」

たづな嬢はそういって、含み笑いを見せる。

"俺の担当が彼だと知ったら、みんなどんな風な反応、示すかな……"

私は、いまだに昨日の出来事を知らないでいる5人からは一歩ひいて、最後尾をとぼとぼと歩く。すでに5人はほどほどにいい感じの関係を紡いでいたが、異端児と見られた私はひとり蚊帳の外だ。

「大丈夫ですか?」

たづな嬢は、一人で歩く私に声をかけてくれる。

「ええ。お気遣い、感謝します」

昨日の私の発言からはや一日。ここまで来たら後には引けない。誰に師事するか、より、どう生かすか、の方が重要なのだ、と、もう一度思い返す。


7.

「やあやあ。皆、集まったようだな」

理事長を囲んでの晩餐会は貴賓室といわれる大きなホールで執り行われたのだが、一度も見たこともないような料理の豪華絢爛さに、臨席した我々は一様に感嘆したり、恐れおののいたりしていた。

「では、皆様、席におつきください」

アルファベットで示された名札通りに着席する6人。その隣には空席がある。

「当初は、電話で担当を知らせるようにしようと思っておったのだが、折角修行する意図を持ってこられた6名の候補生を無下に扱うのもどうか、というトレーナーたちの意見もあって、こうして歓迎の場を設けさせてもらったというわけである。改めて、諸君らの健闘を祈りたいと思う」

理路整然と式辞を述べる理事長。ただ小さいというだけで、本来は立派な大人なんじゃないだろうか……?

「まあ、折角の料理も冷めてしまっては美味しくない。さっそく担当の教官トレーナー諸君を紹介したいと思う。一同、前へ!!」

奥の扉が開かれる。そこそこに正装したトレーナーが6人、やってくる。もちろん、桐生院アキラもその中の一人なのだが、彼が混じっていることで5人は一気に色めき立つ。

「え?桐生院さんも担当なんだ!!」

「安藤さんに、四ツ位さん、富士沢さんもいる!!こりゃ錚々たるメンバーだわ」

「渡辺、軽部のどちらかなら、私は渡辺さんだな」

口々にいろいろ言うのだが、泰然自若としている私の態度に乙名史さんが気が付いて、話しかけてくる。

「ねえ、あなたは誰に師事したい?」

「うーん、僕なら、一度会ってる安藤さんあたりが適任かな。無理強いしないトレーニングは定評あるし」

はぐらかすように乙名史さんの問いに答えはしたものの、

「怪しいなぁ……桐生院さんが出てきたときも、「あっ」ていう表情、見せなかったし、なんか、彼がメンバーだったのを知ってたみたいな反応……って、まさか?」

さすが乙名史さんだ。そろそろ本質が明らかになる時間だ。

「それでは、担当していただくトレーナーを、たづなより発表してもらう」

しっかりとした台紙に挟まれた文書が理事長からたづな嬢に手渡る。

「では発表してまいります。根来俊一殿担当 桐生院アキラ」

いきなり主役が出てきてしまったこともあったのだが、5人が驚きをもって私の顔を見やる。

「え?なんで?」

「なんでおまえが?」

「私じゃないのはどうして?」

5人の顔にはそう書いてある。

彼らの驚きあきれるさまを無視して、たづな嬢は、次々に担当教官トレーナーを発表していく。

「というわけだ。では、担当教官が隣に行くので、快く迎えてくれたまえ」

私と桐生院師、乙名史さんと安藤師、沢井と軽部師、大川と四ツ位師、塚口と渡辺師、斎藤と富士沢師というコンビがここに結成される。

「さて、では乾杯と参ろうか」

給仕が銘々のシャンパングラスにきらびやかな液体を注ぎ入れる。理事長が起立してグラスを持つ。

「今回のチャレンジは、次世代のウマ娘を、我々トレセン学園が総力を挙げて作り出そうというもの。候補生諸君は、主体性をもってトレーニングに勤しむことがすべてに優先する。先輩トレーナーは、後方支援としての教官トレーナーであり、彼らが実績をもたらせてはくれない。いろいろと思うところはあるだろうが、二人三脚でウマ娘を育ててやっていただきたい。それでは、諸君の健闘を願って、乾杯っ!! 」


参加者全員、したたかに飲み、食べ、歓談の場は笑いが絶えなかった。

そうこうするうちに、歓迎会はお開きになった。

宿舎に戻る道すがら、私は昨日からのことをいろいろ思い返していた。

確かに理事長に変な質問をしたことは一つのトリガーだっただろうが、私と桐生院師が引き合わされる前提はゼロではなかったように感じるのだ。私の書いた志望動機の文面に着目していることが何よりの証拠だろう。

ただ、彼に師事したからといって結果が付いてくるとは思えない。第一の関門である、誰をスカウトし、トレーニングするかで事の成就は7割がた決まったようなものだからだ。

いずれにしても横一線で「よーい、ドン!」の号砲が鳴ったに等しく、みんな様子見だったからかもしれない。イヤミも、祝福も、一切声をかけられず、バッシングの嵐を想起していた私は肩透かしを食らった。おそらく、担当する教官トレーナーから「自分の力を見せる場所ができたわけだし、桐生院仕込みの彼を打ち負かせることの方が重要だろ?」くらいには焚き付けられていたからだろう。雑誌対抗、というゴールが設定されているからこそ、妬む暇があるなら自分を高める方にみんながベクトルを合わせてくれたおかげかもしれない。

明日からは、お互い切磋琢磨しなくてはならないライバル関係。一日でも早く、顔合わせを済ませた方が、気合の入り方が違う、という読みならば、理事長の慧眼はなかなか優れている。

「悦子さん、お休み」

6人が自室に散り散りになる前に、私は乙名史さんに声をかける。

「もう、水臭いなあ。桐生院さんに内定してたから、一睡もできなかったのね」

私の不眠の理由を彼女は言い当てる。

「あなただって、そうなってたはずだよ」

にこりとしながら私は乙名史さんに言う。

「まあね。伝説のトレーナーだし、桐生院というだけでウマ娘界隈はビビってしまうからね」

そのあたり、さすが業界通の乙名史さんだ。

「それで?もう明日から?」

乙名史さんはさっそく"敵情視察"を繰り出す。

「うん、そのつもり。それより、悦子さんの担当が安藤さんでよかった」

一番温和で、結果も出している安藤師のトレーニングは界隈では"神の手"とも称されるほどだ。

「私の性格とは真逆だけどね」

直情奇怪な乙名史さんとは真逆の性格ゆえに、理事長は化学反応を期待したのだろうか?

「まあ、明日からはライバルですんで。お互い」

そういって私はくぎを刺す。

「ええ。手加減しませんわよ」

親指を立てながら、乙名史さんは自室に入っていく。


8.

「おはようございます」

トレセン学園の朝は早い。

一応人間のような恰好のウマ娘たちだが、朝の早い娘はすでに朝練と称したトレーニングを始めていたりする。

「ああ、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

桐生院アキラ……先生の朝一のあいさつは、やや険を纏っていた。

「あ、は、ハイ……」

少し気まずい空気が私にもわかる。

「まあ、今日はトレーナー修行の初日ですし、私も何時に集合って言ってませんでしたからね」

やや表情を崩したように見える先生の言葉は、それでも目が笑っていない。

「さて、根来さん、でしたね。今日のお題はこれです」

そう言うと、先生は椅子から立ち上がって、傍らの書類の束をつかむと、私に投げるように手渡した。

「みなさん、それぞれにトレーナー稼業を続けておられますが、私が一定の成果を上げ、伝説のトレーナーなんて呼ばれるのは、代々伝わる"トレーナー白書"のおかげ。もちろん、私があなたにそのすべてを伝授することは無理だし、そこまでの時間も情熱も割けられない。いまお渡ししたテキストは、その中でも抜粋したもの。数日間お時間を与えますので、読み砕いてください。次にお呼びする時に疑問点や、聞きたいことをお伺いします」

そう言うと、先生は又椅子に座りなおし、ノートパソコンに対峙し始めた。

「え?あ、あのぅ……」

わけがわからず私は立ちすくむ。

「あ、今日のところはこれで終了です。座学、頑張ってくださいね」

そう言うと、先生は、私のことに一切関心を持たなくなり、画面に首っ引きとなった。

「あ、は、ハイ。し、失礼しました……」

私は、時刻表レベルの厚みのある資料を抱えて、自室までとぼとぼと歩いた。


まさに衝撃だった。マンツーマンで付きっ切り、は望むべくもないところであるにしても、少しくらいは教授の時間を取ってくれるものだと思っていた。その中で気になることとか、わからないことが噴出するからその場で解決し、気付きになり、知識として蓄積される、これが教官トレーナーとの二人三脚だと思っていた。

そしたら、まさかの放任主義。「資料渡すから目を通しておいて」となることは全くの想定外だった。

もっとも、桐生院師が私のために時間を取れないほどの多忙なトレーナーであることは薄々感づいていた。桐生院師が管理するウマ娘も、最盛期ほどではないにしても、15人は常にいる状態だった。その彼女たちのトレーニング、出走レース、メンタルケアといった様々なスケジューリングを一人でやるとなったら、多忙を極めるのは当然だった。

さらに、ほかのトレーナーと違うのは、先生はトレーナー組織のトップでもある、ということだ。ウマ娘たちの未来のことはもちろん、URAが盛り上がるようにレースも、ライブも、組み立てないといけない。私のような半端ものにトレーナー業のイロハのイを教えている暇がないとしても仕方ないのかもしれない。

「だが……」

手渡されたトレーナー白書の抜粋をぱらぱらと見ている内に、先生の思惑がおぼろげながら見えてきた。

右も左もわからないトレーニングという一番の勘所を、いきなり問われるよりは、自分なりの理解をもとに実地を経験した方がはるかに腑に落ちるのでは、と考えたのだ。ほかの5人の中には、早速トレーニングの実際をレクチャーしてもらっているものもいるだろうが、理解がはかどる前に詰め込まれても頭から抜け落ちるか、ほとんど残らない。それよりも、わかる引き出しを用意したうえで、詰め込めば、抜ける部分はそれほど大きくない。忘れにくくもなるはずだ。

そう思い直すと、まだ日の高いうちから、私は自室でトレーナー白書を読み始める。

所詮教材だから、退屈で、つまらないものかと思いきや、びっくりするくらい、すとんと胸に落ちてくるのだ。図解もしてあるし、基準タイムや上がりの参考タイムといったテクニカルな部分、機嫌のとり方というメンタル面、休息の種類や効能などのフィジカルケアに至るまで、しっかりと記載されている。びっくりしたのは、「レース前の心得」といった、門外不出なんじゃないの?というようなことまで提示してある。

そんなわけで、初日は、あまりに面白く読めてしまったこともあって、昼ご飯すら忘れて、悦子さんに「夕飯だよ」といわれるまで、読みふけってしまったのだ。


トレーナー修行2日目。

朝に先生から呼ばれなかったこともあり、私だけは朝食を済ませて自室で先生からもらった、トレーナー白書の続きを読むことにした。

「え?先生の所に行かなくていいの?」

全員が私の妙にゆったりした雰囲気--普段着のままで食べているんじゃ、気付かれて当然なのだが--をいぶかって尋ねてきたので、座学の最中と告げると、一様に驚きの表情を見せる。

「うん。まあでも、電話帳みたいな資料、読みこんで自分のものにするのは一苦労だよ。まだ実地やっているみんなの方が実践に即しているみたいでうらやましいよ」

一気に才能を開花させようとしている先生の目論見に、うっすら感づいている私はそういってはぐらかす。

「いやあ。きのうは、「君の足で、1回、ダート走ってみて」といわれたのにはびっくりしたね。でも、自分でダートを走ってみて、これが脚力の基礎を作るんだなって感じたよ」

「私はプールを拝見したけど、結構流量のある、抵抗をかけている訓練が見られて興味深かったわ」

口々に報告するのだが、その一言が明らかに私に対するマウントだ、と感じられた。

ほかの5名が各々の先生の所に向かっていくのを見送って、2日目はまったりと始まった。

白書も1/3ほどを読み終わった。それでもまだ数百ページは残っている。内容は、まだトレーニングの追い切りメニューや、出走直前のウマ娘たちへのケアに関することが羅列されている。終わりの見えない奥の深さをまざまざと思い知らされる。

気が付けば、太陽もそこそこの高さになっていた。

「今日は、お昼、食べるか。ついでにウマ娘たちのトレーニングの様子も見てみるか」

11時半。授業終わりで、昼食を摂りに来るウマ娘たちでごった返す前に食堂にたどり着く。目論見通り、食堂内はパラパラと埋まっている程度だ。

「はい。ああ、見かけない顔だと思ったら、トレーナーの卵さんだね。午後からも気張っていこうね」

50代の食堂のおばちゃんに激励されつつ、今日のお昼が出される。野菜がメインだが、蛋白源として1丁の倍程度の大きさの豆腐がデンッ!!と鎮座しているのには驚いた。トレーを持って座る場所を探していると、

「気が付いているかもしれないが、基本、うちの食事は植物系が主なんだよ」

そういって話しかけてきたのは、”皇帝”シンボリルドルフだ。ルドルフが座ったテーブルの向かい側に私も座った。

「それ、薄々感じてたけど、やっぱりそうなんだね」

ハンバーグも肉を使わず、ソイミートという、大豆たんぱくがメインで使われている。それでも肉を食らっている、という風に誤解してしまうほどおいしくできている。

「人間は確かに雑食だが、我々ウマ娘は草食。遺伝的なものであるとはいえ、献立には苦労しているみたいだよ」

さすが生徒会長。食堂の裏事情にも詳しいようだ。

「ところで会長。桐生院トレーナーって、どう感じておられます?」

にんじんサラダを口に運びながら、私はルドルフに聞く。

「ああ。我々とトレーナーたちをうまくまとめている、いいリーダーだよ。彼がいなければURAもここまで大きくなっていないだろう」

「いや、トレーニングの方ですよ」

私は思わず勢い込んで聞いてしまった。

「あはは。彼の評判を聞きたい気持ちはわかったけれど、私のトレーナーでも師匠でもないし、受け売りで人の評判を吹聴したくない。そこはわかってほしい」

さすが皇帝。泰然自若とした物言いに私の方が恥じ入るばかりである。

「こ、これは失礼しました」

謝罪の言葉が素直に発せられる。威厳・威容が本能的に反応した結果だろう。

「まあ、そう思うなら、トレーニングの現場を見に行けばいい。百聞は一見に如かず、ともいうではないか」

当初からそのつもりだったが、ルドルフに言われると、何かすごいことを見出されたような気分になる。

「はい。そうさせてもらいますっ」

「では、ごきげんよう。ほかのウマ娘とも仲良くやってくれたまえ」

そう言うと、ほどほどに食べたルドルフはあっという間に視界から消える。

「大食漢ではないって聞いてたけど、本当に普通程度なんだな」

トレーの上には、デカい豆腐がなかなかなくならずにまだ鎮座している。悪戦苦闘している内に、食堂の中がざわつき始めた。お昼時を迎えたのだ。

「あ、この間はどうも……」

面識のあるウマ娘--メジロライアンが近づいてきた。

「おお、ライアンじゃないか、その後、調子はどう?」

前回のビックレースでそこそこに推していたこともあり、直接取材もしていたのだった。

「はい。筋肉量不足は否めないってことで、今も筋トレ、バリバリやってます。筋肉は裏切らないですから」

そういって二の腕に立派な力こぶを作ってみせる。前回の敗戦は無駄ではなかったようだ。

「なかなかだね。脚の方は大丈夫なの?」

レース後に、軽く炎症を起こしていた脚の方が気になっていたのだが、

「やっぱり冷やさないとだめですね。おかげで完治しました」

熱を持っていたふくらはぎの部分も、もう異常な熱は感じられない。

「ところで、桐生院トレーナーって、今どこでトレーニングしてるか、知ってる?」

今度はライアンに聞いてみる。

「そうですね……あ、そうだ。最後の追い切りやるんだって、桐生院さんに教わっているクラスメイトが言ってましたから、坂路あたりですかね。3人並走もよくやられるんで芝の練習コースかもしれないですけど、どっちかですね」

「なるほど。助かったよ。あてずっぽうで行けるほど、学園は狭くないから……」

ライアンの情報は本当に助かった。何とか食事を済ませて、まずは坂路コースに向かう。


9.

「こらこらァ!そんなヘタレた走りで絞れると思ってんのかぁ?」

中堅どころのトレーナーの声が、単走のウマ娘に浴びせられている。どうやら体重調整も兼ねた坂路トレーニングと見られる。

走っているウマ娘は、もう汗まみれ。何本も走り込んでいるのだろう、トレーニングウェアも泥まみれだ。

でもウマ娘は、確かに息は上がってはいるものの、力強く最後の1ハロンも鋭く駆け上がってくる。

「うはぁぁぁぁぁぁぁぁ」

ゴールするや否や、ヘッドスライディングよろしく頭から突っ伏して地面に顔合わせした。

駆け寄ってくるトレーナー。

「おしおし。いい感じのタイムになっているぞ。今日はこのくらいにして……」

とトレーナーは助け上げながら言うのだが、

「いやいやっっ!まだ駄目ですっ!もう一本、こなさないと……」

全力の走りを見せたはずなのに、なんというストイックな姿勢。だが、トレーナーは冷静だった。

「よし。よくわかった。クールダウンの意味も含めて、芝のコース3周しとこうか。あ、メイチで走らずランニング程度で、な」

急に止めると筋肉量が付かない、と知っているからこそ言える軽めのトレーニング。

"そう言えば、トレーナー白書にも、そんなこと書かれてたっけ……"

と、思い返しながら、そのトレーナーを呼び止める。

「あ、あのぅ……」

「ン?ああ、雑誌対抗のトレーナー候補生の人か。何か用かな?」

珍しいものでも来たような眼をして、そのトレーナーは私を見ていた。

「はい。桐生院トレーナーをお見掛けしませんでしたか?」

「桐生院さんとは今日は一緒してないけど、確か、芝のコースを使っていたっけか……」

彼がもってきたのはコースの使用状況のわかるタブレット。

「ああ、いるいる。でも、もうちょっとしたら、使用時間も終わっちゃうから、急いだ方がいいよ」

「そうですか。ありがとうございました」

一礼すると、少し先に見えている芝のコースに私は向かった。


芝のコースは、内、外に別れてコースが設定してあり、内側はやや枯れた荒れたコース、外側は、しっかりと芝の生えた整備されたコースになっている。途中に坂などは設定されておらず、平たんな楕円形のコースだ。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

「どぉりゃーーーー」

「そぉりゃぁぁぁぁ」

3人のウマ娘が、外側のコースを使って、並走している。それもかなり実践に即した、ゴール板前を想定したハードな追い切りだ。

3人のレースぶりを見ていた私に、桐生院師--先生が近づいてきた。

「おお、早くも、私のトレーニングをご視察、ですかな?」

あの自室で見せた厳しい表情はどこにもなく、柔和で穏やかな感情が顔にも表れている。

「あ、は、ハイ」

頭を掻きながら私はそれに答える。

「しっかり読み込んできてから、見に来ると思っていたんですが……。よほど私のトレーニングが気になるようですね」

追い切っているウマ娘の方だけ見ながら、先生はそう言う。

「それは、もう。むしろ座学より実地を早く知りたいですから」

思いのたけを先生にぶつけてみる。

「そう。そうやって今まで幾人かの見習いや新人トレーナーさんたちは斃れていったんですよ」

まだレースの行方を先生は追っている。先生の言葉のとてつもない重さで私は途端に口をつぐんだ。

「確かにウマ娘を知るには、実体験が何より、と思うのは当然です。そこから気が付くことも相応にあることも事実。しかし、その根底に知識というものがないと、トレーニングはできても、レースには勝てません。勝てないウマ娘がどうなるか、あなたは知っていますか?」

ここではじめて、先生は私の方を向き、あの厳しい表情を見せる。

「彼女がいかに才女であれ、由緒正しきものであっても、いつまでも学園にいることは許されず、人知れず埋もれていくんですよ」

また、先生はコースの方に向き直る。間もなく3人のウマ娘はゴールまじかだ。

「私がいっちゃーーーっく」

真ん中で走っていたウマ娘の声がコースに響き渡る。

「そう。レースの1着は一人にしか与えられません。それ以外は、何着であっても負けは負け。勝たなければ先は見えない、過酷なものなのです」

思った通りの追い切りになったからなのか、先生の口調はやや喜びに満ちていた。

「……私に、それが、出来るでしょうか?」

ここに来ることが時期尚早だといわれた気がして、私はそう先生に問いかける。

「うん。まあ、私は君の素質"だけ"は買っている。伸ばすのも放置するのも、君次第だよ。だから出来るのか、と聞くのではなく、出来ないといけないんだよ」

もう一度私の方を見て先生は説く。どこか、先生に依存している関係を看破されたに等しかった。

「は、ハイ。今日のところはお邪魔しました」

そういってやや小さくなりながら一礼してその場を立ち去ろうとする。

「トレーナーちゃん? 今日の私、サイコーだった?」

遠目でわからなかったが、真ん中を走り1着でゴールしたのはマヤノトップガンだった。観覧席にいる先生に近づいてきて、甘い声を投げかける。

「ああ、今日のマヤ、サイコーだったよ」

さっきのニヒルな口調とはうって変わって、彼女に合わせるかのようなしゃべりに私の方が度肝を抜かれた。

"ああ、結局、ただ走ってもらうだけではない、何かも兼ね備えないといけないのか……"

私の足取りは、またしても重くなってしまうのだった。


「ふーん。今日のところも収穫無しってところかぁ」

夕食を取りながら、乙名史さんは私の今日の出来事を聞いてそんな感想を述べる。

「ああ。まあ、3人の並走ってなかなか見ないトレーニングだったけど、次のマヤノトップガンはそこそこいいところまで行くんじゃないかな」

私が、3頭追いの感想を言うと、「ウマ娘ブック」の斎藤がせせら笑った。

「それ、本気で言ってる?着外だらけで、前のトレーナーが投げ出したのを桐生院さんが拾ったって噂だよ。気性は激しいし、何より気分屋。スターウマ娘なんか、狙える器じゃないよ」

「それは俺も同意見だな」

「ウマ娘インフォ」の塚口も同調する。

「気性が悪いウマ娘は3割くらいいるけど、彼女は別格だよ。すぐ怠けるし、体調は壊すし。投薬でもして精神を落ち着かせないといけないレベルだよ。まあ、クスリ使ったらレースに出れなくなるから悩ましいところなんだけどね」

雑誌「Victory」の沢井は別の見方をしていた。

「性格から考えて逃げの一手でいいはずなのに、先代のトレーナーは、差しとか、追い込みを選択していた。ウマ込みを嫌うウマ娘だっているのに、それに気が付かなかっただけじゃないかな?」

「ウマ娘ビューティー」の大川も、沢井寄りだ。

「俺は、コース適正と距離も問題あり、と見たね。前のトレーナーはマイル路線で使おうと思っていた節がある。距離を伸ばせば走っていたはずなのに、自信を無くしてしまってから不振続き。そこから路線を変えたって結果が残せるわけがない」

「それで?トップガンって、次、何のレースでるの?」

ご飯を頬張りながら、斎藤が聞く。

「うーんと……え?春天だって?!」

出走メンバーを確認した大川が声を上げた。春の天皇賞……3200mの走破距離はGIの平場のレースでは国内最長。もちろん、楯を目指して走るのだ。ダービーと並び、このレースだけは勝ちたいと思うトレーナーは数知れない。

「メンバー、マジで凄いよ。シンボリルドルフだろ、ライスシャワーだろ、ゴールドシップもいるじゃん!」

ウマ娘界でも名をとどろかせているものたちばかり。その中で言えば、マヤノトップガンは小さく見えてしまう。

「桐生院さん、よほどの勝算あっての出走だろうな……」

一同は、やみくもに出走したことのない先生の意志を出馬表に見たのだった。


2日目の夜がやってきた。

それでもまだ、私は先生の力量を図りかねていた。

教えてくれないのであれば、自分でトレーニング技術はつかみ取るしかないことは今日の会話でわかった。だが、正解はどこにあるのか、暗中模索のままでいつまでいればいいのだろうか?そして、適切なアドバイスはしていただけるのだろうか?

トレーナー白書を読み進む手もスイスイとは先に進んでくれない。結局30ページ読み進めただけで、頭の中を雑念が渦巻いてしまい、それ以上ページをめくれなくなってしまった。


10.

コースにも、トレーニング場にも顔を出さず、先生との会話も一切ないまま、4日が経過した。

もはや私の焦燥感は頂点に達していた。3日目からは、どこにも出ず、購買で買ってきたカップ麺で昼食代わりにし、夕食も時間をずらせて一人で食べるようにした。そして、トレーナー白書の抜粋をむさぼるように読みふけった。4日目からは2周目に入り、「ああ、そうそう」と思い出しながら読み下していった。

そして4日目の深夜。

私の携帯が鳴り響いた。発信者はもちろん、先生だ。

「ご無沙汰してます。元気ですか?」

落ち着いた口調の先生がそう言う。

「はい。元気です」

私は少しハリの無い声で答える。

「トレーナー白書、ほぼ大方読まれたと思いますが……」

先生はそういって私の御機嫌を伺う。

「ええ。何とか一周は済ませました。二周目に入った、と言いたいところですが、あまり進んでいなくて……」

ありのままを先生に報告する。

「それで、私に聞きたいところって、出てきましたか?」

その言葉を待っていた。

「ハイ!それはもう、湯水のごとく……」

と勢い込んで言ったところで、

「わかりました。実は、明日、選抜レースがあるのですが、一緒に見に行きましょうか?」

トレーニングのイロハがやっと自分のものになる、と勢い込んだのに、全然違う方向になっている。

だが、私は、この意外性こそが、私の成長につながるのだ、と思うことにした。

「はい。喜んで」

少し疑念が浮かんだのを思い切り飲み込んで、私は賛意を示す。

「では、明日は午前8時に。筆記用具と少し多めにノートなどの紙を用意しておいてください」

「わかりました」

そういって電話は切れた。


翌朝。ほかの5人も選抜レースを見るのだ、といっていた。実際のレースを見せる、というのが目的と全員が聞かされていたのだが、本当にそれだけで済むのだろうか、と私は内心不安に思っていた。

レースを観戦する、トレーナーと候補生の立ち位置も全てバラバラとなった。斎藤と富士沢師は第3コーナー手前、乙名史さんと安藤師は向こう正面、大川と四ツ位師は第4コーナー中間、沢井と軽部師はスタート直後、塚口と渡辺氏は、第4コーナー出口、そして我々はゴール板200m手前で待ち構えた。

「みんな、全然違うでしょ?」

先生は私に向かってそういう。

「ええ、ここまでばらけるとは思いませんでした」

私は答える。

「もちろん、みんなそれぞれに見ているところが違うんだけど、まあ、それは、あとで君から感想を聞くことにしようか。さぁて……」

というなり、先生は、どこかに合図を出す。

「選抜レース、芝、2000m、間もなく発走です!」

というアナウンスが聞こえる。見ると、2コーナーのポケットでウマ娘たちが態勢を整えつつあった。


             ガッコン!!

「さあ、始まりました選抜レース、9人のウマ娘たちが一着目指して駆け抜けていきます……」

逃げ二人の激しい先頭争い、それを見るように先行集団の3人、ラスト1ハロンにかける差し脚質の3人、虎視眈々と脚をためる追い込み脚質の一人、という展開で序盤は進んでいく。

「ニヤッ」

先生は不敵な笑いを浮かべる。

「おおっと、平均ペースよりちょっと早いぞ、後ろの娘たちは間に合うのか?」

中盤縦長の展開が、4コーナー手前では混然一体、一団になったように見える。

それでも逃げの一人が二の足を使ってくる。ただ、追い込んできた一人の猛烈な上がりがすべてを飲み込む。

「一着は、追い込みで決めた5番!二着は逃げ残った3番、三着には一番いい差しを見せた9番が入りました!」


「さあて、このレース、君はどう見るかね?」

先生は、興奮冷めやらぬ場内を一瞥しながら、私に聞いてくる。

ウマ娘たちの位置取りなどを記録していた私は、このレースに関しては、と前置きしてこう解説した。

「前崩れのパターンはよく見てきたのですけど、僕はきっちり追い込めた5番は展開が向いただけと思ってます。むしろ、ここは2着といえどもしぶとく残った3番の次走に期待したいです。9番はもう一伸び足りなかったうえに逃げ残りを許してますから、これもそれほどではないと考えます」

「……」

先生は黙っているのだけれど、その目元は明らかに笑っている。

「うん。君、やっぱり"レースを見る"素質はあるね。勝ったウマ娘を「展開が向いただけ」と言い切れる胆力はすごいし、実際この娘は10戦目で初勝利だ。今日勝てたことでスカウトをつけられるとはいえ、今までの実力を見たら、一勝すらおぼつかないだろうな。もちろん、私は彼女には触手は動かさない」

そう言って一呼吸置いた。

「だからといって2着の娘も押し切れなかった部分はトレーニングの足りなさが出た結果だろう。3着の娘の見立ては君も私も同一だ。完全合格、とは言えないのだけど、まあ、レース感とか、指示をどう出すのがいいのか、あたりは、理解していると感じたね」

そういって先生はかなり喜んだ表情を見せる。

「そ、そうですか……」

何百とレースを見て記事を書いてきた私のレース感は、読み物として成立はしても、勝負の世界には通用しないと思っている。しかし、このレースに限って言えば、まるで、先生がシナリオを書いたような決着になっているのではないか、とすら思ってしまった。

「選抜レースはこんな具合に進められる。脚質、気性、コース適性、その他もろもろが加味されて一着が決まり、その彼女がスカウトされることでトゥインクル・シリーズに出られることになるのだ」

そういって、先生はコースに目を落とす。先ほど勝ったウマ娘が初勝利を祝ってもらっている。

「それはそうと……」

私は先生に尋ねる。

「私って、今までウマ娘に対する実地のトレーニングとかやってませんけど、大丈夫なんでしょうか?」

いまだリアルなトレーニングに触れていない私は単刀直入に先生に聞く。

「ああ、そのことだったら心配は無用だ」

気持ち悪いくらいの笑顔が気になっていたのだが、その理由はすぐに知れた。

私の背中から、明らかにウマ娘がやってくる足音が聞こえる。

「桐生院さん、どうでした?私の走り?」

「ああ、見事な切れ味だったよ。それをこれから磨いてくれるのは、この根来くんだ。ご挨拶なさい」

私はドキドキが止まらなくなっている。じわじわと体を回す。そこには……

「初めまして、5番、ナナコロビヤオキです!」


後書き

イベントもこなしながら、創作活動もやっていく。
まあ、二足のわらじはなかなかに大変だし、今、趣味といえる映画鑑賞やカラオケに行けないことで余剰時間が2次に向かっていることが大きいのですが、取りあえず、担当ウマ娘さんは決まりました。
実は、かなり粗削りで上梓だけしていますので、今後、大幅に文面や内容は変わるかもしれません。それは先にお知らせしておきます(前書きには改定経緯は示していきますが、誤字脱字などは一気に修正いたします)。
さあ、ようやく主人公の根来君は担当ウマ娘をゲットできたわけですが、この娘がどういう性格で、どうレースをこなしていくのか、ここからは、ゲームに実装されている個々のウマ娘ストーリー的な展開を期待していただければ、と思います。


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