2024-01-13 21:16:48 更新

概要

披露宴を終えた、瀧と三葉。新居に入るわずかな時間を瀧の家で過ごしている。新婚旅行に出かける前日、瀧の手元に届いた一通の手紙。差出人は?その内容は?


前書き

ようやく「君縄ロス」から脱却できそうな皆さん、こん○○わ!
円盤が出ることになれば、スクリーンほどのダイナミックさはないにしても、毎日見ることができますからね。逆に言うと、スクリーンで完全に見られなくなるわけで、あの体験ができなくなるという意味ではかなりショックを受けている人も多いのではないかと思います。

今回は、披露宴からの新婚旅行に向かう直前の二人に、「あの」人からの手紙が舞い込んでくるところから始まります。そして瀧は、あることに気づかされます。それは果たして?

構想は「6作目ww」を書くべきかどうか迷った挙句、二人の関係を強固にする描写を踏まえればいいのでは、と考え、披露宴からのつなぎとして構成しました。
後半は、当方もそれこそ絵コンテを切りながらの作劇にちょっとだけ挑戦。神木さんと上白石さんに熱演してもらいたいかな、とまで思えるシーンを作れたと自負しております(自画自賛 乙)。
6月下旬の10日間で仕上げる予定にしてましたが、ラストスパートが効いて6月中に完成しました。
軽めになっているのは、単に経過日数&イベントごとが少ないから。まあ頑張った方だと思ってます。
改訂履歴
2017.6.30 第一版 上梓(12,300字)
2024.1.13 大幅改定に着手
主な改良点 ・文章投稿レギュレーションの統一(三点リーダー、数字英字の半角化など)
文章遂行などを重ねて、第二版 上梓。12368字。
 


三葉と結ばれた瀧。披露宴の式場には、瀧の会社関係だけでも50名、三葉側は、同級生が大半だったものの30名近くが一堂に会し、盛況のうちに幕を閉じた。

二次会も大いに盛り上がり、かなり酔っぱらっている瀧を三葉が支えるような、内助の功を早くも発揮させて、周りから冷やかされる一幕もあった。

「えー、それでは、新郎新婦、これより新たな”愛の巣”へとご帰還なさいますぅ……」

終盤。もう時計の針は深夜を指していた。二次会は瀧の高校生時代の同級生でもある高木と司が仕切っていたのだが、これがなかなか堂に入った司会進行ぶりだった。おかげで退屈になりがちの二次会は感動すら呼び起こすほどだった。

支えられるように立ち上がる瀧。もう焦点も定まっていない。それでも居並ぶ参加者に愛想を振りまく瀧。隣では、これまた顔を赤らめ、しきりにお辞儀をする三葉の姿があった。


タクシーに乗せられたふたりは、”愛の巣”とは名ばかりの、瀧の実家に向かって走り始める。

「やっと二人きりになれたね♥」

言ってみたかったその一言!やっと言えた!!

心の中でガッツポーズを決めながら、瀧が言う。

「ウフフ……そうね」

言葉少なに答える三葉。さっきから顔が赤くなったままだ。

「でも、もっとしっかりはっきり言ってくれないと……」

「え?」

ろれつが回っていなかったのだろうか、ニュアンスだけは伝わったが、口調も発音も、かなり乱れていたのだろう。

「そ、そんにゃこと、ございませんでしてよ、瀧くん、正気でありますぅ」

ぴしっと敬礼までする瀧。完全に酔っぱらったおっさんである。

「まあいいわ。しばらくお休みだし、新婚旅行の準備でもしときましょうかね」

三葉は、思わず苦笑する。

みんなに見てもらいたいとばかりに、披露宴を豪華にしてしまったことで、新婚旅行用の資金は少し寂しくなってしまった。当初は台湾あたりでも、と思っていたが、遠出するばかりが旅行じゃない、国内でもいい観光地はあるんだから、という瀧の父のアドバイスもあって、三葉の故郷・高山と下呂温泉を絡めたプランで二人は満足していた。

「あれ?明日じゃなかったっけ?」

とぼけた口調で瀧は言う。

「あさって。まあ、出発当日は朝が早いから、そのつもりでね」

三葉はそう言って、瀧の方へ身体を投げ出す。

「やっと二人きりになれたね……」

三葉が色っぽく言う。鼻血を出しそうになるのをこらえて、瀧はただひたすら三葉の頭をなでていた。


「ふぁぁぁぁぁ」

瀧の寝起きの声が響く。時刻は7時30分。いくら飲んでいても、体に染みついた習慣というものは恐ろしい。

新居が定まる間の数日は、瀧の実家が二人の住みかである。勅使河原夫妻の住まいを紹介した不動産屋が、なかなかにいい物件を提示。だが、入居は先になるとのことで、仮住まいを余儀なくされていたのだった。

その声をリビングで聞く三葉。

「あ、起きましたね、瀧くん」

「ああ、瀧か、起きたかぁ……」

リビングでは瀧の父、潔(きよし)が三葉の作った朝食を嗜んでいる。

「ふぁぁぁ」

もう一度あくびをして、瀧はパジャマ姿のまま食卓につく。

「おはよう、瀧くん」

三葉の甘い声に少しだけ反応する瀧。だが、あまりのだらけぶりにさすがの潔もこういい始める。

「おい、しっかりしろよ!これからこの人を守っていかなくちゃいけないんだぞ!」

二日酔いの頭の中に、忠告とも説教ともいえる言葉など入っていくはずがない。瀧はただただ疲れて、眠くて、ぼぉっとしているのだった。

「んんん」

返事もロクに返せない瀧を見て、潔は半ばあきれ顔になる。

「まったく、困ったもんだ。ようやく身を固めてくれると思ったんだが、この先が思いやられるな」

そう言いつつ、みそ汁を最後に飲み干して、

「ごちそうさまでした。こんな味わい深いみそ汁、久しぶりだよ」

と三葉に椀を渡しながら言う。

「え、そ、そんなにおいしかったですか?」

少し照れながら三葉は聞く。

「ああ、本当に久しぶりだよ。男所帯が長かったから、そのせいかもしれないけど」

たまに具材は生煮え、みその加減も適当だった潔のみそ汁。自分の出来栄えとは雲泥の差があった。

「いただきまぁーふ」

ようやく目の前の朝食に箸をつける瀧。目覚まし代わりにとみそ汁を飲んだ瞬間、その目は驚愕のまなざしに変わる。

”あ、これ……おふくろの味だ……”

もう数年来、いや、10年は飲んでいないはずの、母親の味。寸分たがわぬほどの再現ができているその味に瀧はただただ驚きを隠せない。

椀の中身を見つめ続ける瀧を不安そうに三葉は見る。

「あれ、瀧くん?なんか、変なの、入ってた?」

「い、いや、そうじゃなくて……」

三葉を不安にさせたことに気が付き、大仰に瀧は否定する。

「さっき親父も言ってたけど、すげぇうまいみそ汁だなって……」

「そうだったんだ。私もうれしいっ!」

瀧に言われて三葉は、またあの笑顔を瀧に見せる。

瀧を殺すには刃物は要らなかった。三葉のこの笑顔だけがあれば、瀧はどんなことがあっても乗り越えられる。そう思えるのだった。

だが、彼女の喜ぶ姿は、逆にここにいてもおかしくないはずの人物を浮き彫りにしてしまう。大人になってからでも聞き出せていない母の存在と、なぜ離婚に至ったのかを知るべきだと思っていたからでもある。


明日出掛ける準備をしていくうちに、二日酔いのけだるさは抜けていく。瀧は、思い切って父に二人の関係を聞き出そうと思っていた。

そこへ、三葉が集合ポストから投函されていた手紙たちを持ってくる。

「立花家って、意外とダイレクトメールって来るのね……」

瀧に手紙の束を託して、三葉はほかの用事に取り掛かる。

大半は、新しいもの好きの潔のせいでもある。通販番組でこれはっと思ったら即断即決。以後、その商品を買い続けなくても、会社からは新商品のお知らせとか、キャンペーンなど、ダイレクトメールで次から次に送られてくる。申し込んだ会社の数だけ日替わりでやってくるので、その仕分けをするだけでちょっとした仕事である。瀧は、本当に必要な手紙が埋もれていないかを見ながら丁寧に選別する。

「あれ?」

普通の茶封筒が出てくる。全面手書きで「立花 潔 瀧様」と連名で書かれている。

「俺と親父あてに手紙?誰からだろ?」

裏書きを見て、瀧は心臓が止まりそうになる。そこには「母より」と書かれていたからだ。

顔色を失っている瀧を見た三葉が、血相変えて駆け寄ってくる。

「ど、どうしたの、瀧くん!!」

「い、いゃ、おふくろから、手紙が……」

それを聞いて、なぁんだ、という表情をする三葉。裏書きを見せられてさらに納得する。

「ほんとね。で、なんでフリーズしてたの?」

「だって、俺たちの結婚式に何の連絡も寄こさないんだよ。ちょっとがっかりしてたところだったから、余計に……」

父しか知らない母親の連絡先。先方に届いているはずの招待状の返信が来ることもなく、祝儀はともかく、祝電もないまま。潔自体は、"まあ、そんなものだろう"と割り切っていたが、瀧としては、もやもやしたものが残ったままになっていた。

中味を読みたい衝動にもとらわれていたが、父との連名の手紙。二人に関係があることがかかれている可能性が高いと思った瀧は、とりあえず、父にメールで母からの私信があったことを告げ、"まだ読んでないけど、早めに帰ってきて"と注文をつける。

数分後の潔からのメールには、こう書かれていた。

 ”了解。気の進まない飲み会をバックレる口実ができた。逆に今日は夕方までには帰るわ”

読みながら瀧は苦笑する。下戸ではないが、それほど酒に強くない潔にとって、ほかの酒豪たちの相手をするのは負担以外の何物でもなかったからでもある。

次に三葉を呼んで説明する。

「あら、お義父さま、早く帰られるんですね」

少しにんまりした表情を見せる三葉。

「だったら、今から準備にかからなくっちゃ。瀧くんも手伝ってくれる?」

「俺は……何を?」

瀧が言っている間に三葉は、さらさらっと紙に何かを書きつける。

「はい、これ」

突き出された先には、買い物リストがあった。

「よろしくお願いね。あ、書き忘れてたけど、ビールも。もちろん……」

「プレモルだろ。解ってるよ」

「じゃあ、よろしくお願いするわね」

にこっと笑顔を見せる三葉。彼女も、自分の笑顔が瀧にいい影響を与えていることを薄々感じていた。

「ああ、じゃあ、行って来るよ」

扉を閉めつつ瀧は独白する。

”ああ、せっかくなら、三葉と二人で買い物とか、してみたいよなぁ……”


地元のスーパーは、昼下がりということもあり、ややにぎわっていた。

「ええっと、合い挽きのひき肉500gにデミグラスソース缶……今日の晩飯はハンバーグなのかなぁ?」

買い物かごをカートに据え、三葉から託されたメモを見ながらつぶやく瀧。

「おっとその前に野菜からだ。なになに、白菜椎茸にんじん……」

メモからは想像もつかないメニューに瀧は苦笑しながら、一応三葉の指定通りの買い物を済ませる。

「買って来たぞぉ」

帰ってくるなり、瀧は三葉に声をかける。

「ああ、瀧くん?おかえりぃ」

エプロン姿も初々しい三葉が、台所から駆け寄ってくる。

レジ袋は大ぶりの2つ。ドカッという音とともに、食卓の上に据え置かれる。

「いやあ、重かったわ。ていうか、俺、食材なんか買うの、何年ぶりだろ?」

大仰に肩をぐるぐる回しながら、さも大仕事を成し遂げたように勿体をつける瀧。

「あらぁ。わたしも一人暮らしの時は買いだめしてたけど、そこまでじゃなかったわよ」

三葉は、検品しながら、あるものは冷蔵庫に、あるものはすぐ使うのだろう、シンクにと仕分けて行く。

「買い物は親父の仕事だったからなあ。料理も献立も親父任せだったし……」

そういいながら、父の存在の大きさを改めて思い知らされる。離婚したのは確か10年ほど前。その時は、まだ瀧は中学生であり、なんで離婚したのかもわからないままだった。それからの父一人子一人状態は、一種当たり前のようであり、深く考えたこともなかった。

基本放任主義だったとはいえ、今まで瀧の人生にはほとんど干渉してこなかった父。今、家庭を持とうとしている瀧にどういった感情を芽生えさせているのだろうか?今日はとことん、聞いてみたいと思っていた。


「ただいまぁ」

潔が自宅に帰ったのは、5時前。いかに公務員とはいえ、定時より早く終わることはめったにない。残業のし過ぎで、時間を調整させられているのかもしれない。

「ああ、親父、お帰り」

「おかえりなさい、お義父様」

二人目のあいさつに反応し、少しデレる潔。

「いやあ、女の人のおかえりってやっぱり破壊力あるよなぁ。帰ってきたぁって感じにさせてくれるもんな」

ネクタイを外し上着をハンガーにかけながら、潔は偽らざる思いを吐露する。

「俺も再婚、考えちゃおうかな?」

部屋着に着替え、食卓につく潔は、三葉を見ながらそうつぶやく。

「あ、そうなさった方がいいかと思いますよ。瀧くんがいなくなったら、お一人で大変でしょうし……」

三つ葉の、再婚を後押しするような発言に、

「お、おい。そう簡単に言うなよ、親父がその気になったらどうすんだよ?」

瀧が心配そうにその一言に反応する。

「まあまあ、そう慌てなさんな。言ってみただけだから」

潔は茶目っ気を見せて言う。

「冗談はそこまでだよ、親父」

瀧にしてみれば、自分の運命を変えるほどの発表がなされるかもしれないこの局面に戦慄を覚えていた。

「なんのつもりでお袋、こんな手紙寄こしたんだろ?」

茶封筒が瀧から潔に渡される。

「一応俺も聞いてみた。読んでみてのお楽しみ、だって。まあそれほど深刻な内容は書かれていないだろうけどな」

「けど、めちゃめちゃ気になるよな……」

瀧は、やはり母親の真意がつかみ切れていない。実の息子の結婚式にも出られないほどのことってどんな事情なのだろうか?

「開けてみるか?」

潔は瀧に同意を求める。

「いや、飯の前に変な感情を植え付けられるのもしゃくだし、食べ終わってからにしない?」

瀧はそう言って後にしようと提案する。

「あ、三葉さんはどうする?この場にいてもらった方がいいか?」

潔は瀧に聞く。

瀧は少しだけ逡巡する。内容がわからない現状では、三葉に聞いてもらいたい内容かどうかがわからない。宛名に三葉がかかれていれば文句なしだが、今の段階では判断がつきかねる。

「中身がわからない以上、席を外してもらうのがいいんじゃないかな」

瀧は悩みに悩んでそう結論付ける。瀧は、この手紙の内容如何では、三葉に影響が出ると考えていたのだった。

その言葉を黙って聞いている三葉。"一緒に聞いておきたい"という言葉を何度も飲みこんでいる。

とはいうものの、まだ立花家に入って数日。籍の上ではとっくに夫婦だったわけだが、それは形而上。まして、父方の家庭の問題に首を突っ込むことにもなりかねない内容だったら……三葉の中でも、聞くべきか、辞めておくべきかの選択を迫られていた。

「そういうわけなんだ。中身がどんななのかわからないからこそ、君に聞かせてまずい内容の可能性がある。ここはいったん席を外してもらいたいんだよ」

瀧は済まなさそうな表情で三葉に説明する。

「私が聞いてもどうにもならないこともあるでしょうしね。分かりました。一度自宅に戻ります。後片付けも少し残っているし」

三葉は、聞き分けのいい態度を見せる。

「そうしてもらえると嬉しいな。別に三葉さんに聞いてもらっても問題ないことだろうとは思うけど、立花家のプライベート問題かもしれないしな」

潔も、三葉を慮ってそういう。

「すまんな。これは俺たちが越えなきゃいけない問題なんだ」

瀧もそういう。

少しだけ、疎外感を感じていた三葉だったが、彼らの言うことも一理ある。まだまだ三葉は部外者なのだ。

「いっけねぇ。湿っぽくなっちまったな。せっかくの料理の味がまずくなっちまう!」

取り繕うように瀧は、テーブルに並んだ豪勢なメニューに目を見張る。

煮込みハンバーグに温野菜サラダ。具だくさんの豚汁に少しだけ焦げ目のあるだし巻き卵。浅漬けは三葉の手作りだそうだ。

「いただきまぁーす」

3人が声を揃える。とたんに大爆笑。

夕方に一同が食卓を囲むのはいつ以来だろうか。潔も瀧も、今の奇跡のような時間がいつまでも流れてくれればいいのに、と思っていた。


談笑しながらの食事タイムはあっという間に終わる。

7時過ぎ、三葉は、いったん自宅だったマンションに戻る。新居にもっていく荷物は既に業者に預かってもらっていて、残るはこまごまとしたものたちばかりだった。

途上、三葉は、瀧からのメールをもらう。

 "今日はごめん。明日は朝も早いから東京駅で待ち合わせようか"

にこっと微笑んで、三葉は返信する。

 "私のことなら大丈夫。もう瀧くんと一緒にいないと気が変になりそう。遅くなってもいいからそっちに帰るわ"

携帯の画面を閉じながら、それを抱える三葉。

(私もあなたを離したりしないわ)


その返信を見つめている瀧。"気が変になりそう"のところに目が行ってしまう。

(本当に俺に惚れてるんだなあ)

二やついている瀧のそばに潔がやってくる。

「んー、どれどれ」

潔が瀧の携帯を覗き込んでくる。

「あ、おい、やめろよ」

不意を突かれた瀧は、顔を真っ赤にして怒る。

「ふーん、気が変になりそう、か。言われて見たいもんだな」

缶ビールをプシュッと開けて、潔はソファーに座る。

「あ、いや、その、つまり……」

今度は照れくさくて顔を赤らめつつ、しどろもどろになってしまう瀧。

「まあ、俺にもそんな時期があったってことだよ。言わせんなよ、恥ずかしい」

潔は突然自分たちの過去のことを口にし出す。

「そうだ。そろそろあの封筒、開けようか?」

「それもそうだな。どんな内容がかかれているのか、俺も気になっているんだ」

はさみが封筒の口に入る。きれいに折られた便せんが2枚ほど。


 前略

 久しぶりのお手紙で済みません。それと瀧、結婚おめでとう。

 お父さんから聞いたときには、「あの甘えん坊の瀧がねえ」と思ったものだけど、もうそんな年頃になっていたことを忘れてました。

 その前に。披露宴に行けなくてごめんなさい。実の息子より、仕事を取ってしまった母をお許しください。

 って、こんなことを言うと、仕事に心を奪われていたお父さんのこと、笑えないわね。

 それと、なぜこのタイミングで手紙をしたためているかというと、もしかすると、お父さんは私たち夫婦のことを

 正確に伝えてないんじゃないかと思ったことと、私たちのことを教訓にしてもらいたいと思ったからです。

 あまり多くを語らないお父さんだからこそ、私の口から正しいことを伝えておかないといけない。そう思って書いてます。


 私たちが結ばれたのは98年だから、もう20年以上も前の話。瀧が生まれたのは私たちが結婚して一年後ぐらい、だったかな?

 私だって、瀧が幼稚園から小学校、中学校に入るときくらいまでは子育てと、お父さんの相手とかで必死だったわけ。

 だから、その時が来るまでは何の変哲もない一家だんらんがそこにあったのね。


「その時」という文字に、瀧は、破局に向かった瞬間を想起する。そして、潔は、思い起こしてもおぞましいその時を思い返す。


 それは、いつもと同じ日曜日だったと思うの。お父さんは、普通にテレビ見てたし、確か瀧は友達の家に遊びに出かけてたと思う。

 私は、ある書類をお父さんに手渡したの。緑色の書類。何かは想像つくわね?

 あの時のお父さんの驚きぶりは今でも覚えてるわ。「何があった、俺のどこが不満だ」って、いろいろなことをまくしたてていたわ。

 でもね。私にしてみたら、理由なんてこれっぽッチもなかったの。ただ別の人生を歩みたくなった。それだけ。

 その日一日中、お父さんは私を説得してくれたわ。理由が釈然としないから、翻意できると思っていたようね。

 でも、議論はかみ合わない。平行線ってこういうことを言うんだなって初めて分かったわ。

 そしたら、急にお父さんが私をぶったの。「このわからず屋っ! どこにでも行きやがれっ」って言って。


別れる決定打となった、母と父がけんかをしているところは、瀧は見ていない。それどころか、父が手を上げることなど、一度でも考えたことは無かった。それ以前に、物心ついてから、二人が諍いでも、取っ組み合いでも、けんかをしているそぶりすら見せてはいなかったのだ。

夕方遅く帰ってきたときには、母はもう家を出た後だった。あの日曜日、母がいなくなった日。でも父は、そのことについて、瀧にまともな説明をしてこなかった。

「ああ、別れちゃったよ。でも、いつか帰ってくるだろう」

そんな暢気に構えていたことも実際あった。そこまで逆上するほどに父は感情を押さえられないでいたのかと感じている。


 ぶたれて、私もすぅっと肩の荷が下りるような気がしたの。瀧のことは心配だったけど、別に瀧のことが嫌いで家を出るわけじゃないし、

 いざとなったら表に出てきてもいい、とは思ってたわ。結果的にお父さんがうまく切り盛りしてくれたからよかったけど。

 その部分では、お父さんにめちゃくちゃ迷惑をかけたなって思ってる。私が言い出したことなのに慰謝料もいらないっていうし、

 財産分与にも応じてくれた。今から思うと、最後に愛情を見せてくれたのかもしれないけどね。

 

 ここからは、新しく家庭を持つ瀧に、失敗した私たちから忠告とお願い。

 決して、三葉さんを一人にしないこと。お父さんにはこの一点が欠けていたように思うの。

 一緒になるってことはそんなに簡単じゃないってことがわかっていなかったんじゃないかな?

 二人で一つ。嬉しいことも、悲しいことも、なんでも半分こ。この気持ちが残っていれば、別れるなんてことにはならないと思うの。

 瀧って、私たちを見てたから、大学生になっても彼女の一人も作らなかったって聞いたわ。そう。確かに会うは別れの始まり。

 でも、別れないで済む出会いを瀧はできたんだと思うの。二人の姿を見ているとそんな気がしているの。

 だから、瀧と三葉さんは、うまく行くと思う。でも、それもこれも、瀧の考え方一つ。

 別に幸せにするっ!とかって気負わなくても大丈夫。それって二人でいることだから。お金とか成功は二の次。

 二人で居続ける。このことだけを考えてくれればいい。そうすれば、自ずと成功も、お金も回ってくるわ。

 お父さんには、ちょっと難しい話だったかもしれないけど、二人で読んでくれれば幸いです。

 最後になりましたが、お二人、いや、三葉さんも含めて、お体には気を付けて。            母より」


瀧と潔は、お互い、便せんに目を落としたまま、微動だにしない。

潔にしてみれば、彼女と別れたのは、自分のせいだとは理解していた。特に昇進してからは、仕事場に入る時間の方が生き生きしていたことは否定しない。だからと言って家庭を顧みなかったわけではない。それでも彼女には潔の立ち居振る舞いに我慢ならなかったのだろう。

潔は結婚当初の事を思い返していた。ラブラブ、というほどではなかったが、仕事よりも彼女の方が優先順位が高かった。デートも日曜日の度にしていたし、瀧が生まれてからでもお互いのスキンシップは欠かさずにしていた。

"俺はどこで道を踏み外したのだろう?"

手紙を読みながら、彼女との思い出をまさぐろうとする潔。だが、恐ろしいことに、彼女との淡い新婚生活ですら、忘却の彼方に追いやられていることに愕然とする。

何も覚えていない。せいぜい、最後の諍いくらいは強烈に残っているが、楽しい思い出は全くと言っていいほど思い浮かばない、見つからない。

ここで潔ははたと気が付く。

"俺、あいつを愛していたのかな?"

利用していたコーヒーショップの店員だった彼女を見初めて猛アタックした挙句のゴールイン。そこから先は、フェードアウトしていくように愛情も、感情も薄れていった。仕事に熱中するあまり、なのではない。もともと彼女に興味を失いつつあったからこそ、仕事にまい進してしまっていたのだった。

だから、というわけではないが、離婚調停は案外スムーズに行われた。もっとも、外聞の悪い離婚というハンデは、しばらく潔を役職から遠ざける。たびたびいかなくてはならない裁判所や弁護士のところに赴く時間も取られていくので、プロジェクトからもお呼びがかからなくなる。

半年余りのブランクは、一定の仕事は任せられるが、それ以上は難しい、というレッテルを潔に貼る。彼女の言っていた「二人で居続ける」ことができなかった潔は、成功という道筋から外れてしまったのだった。 


一方の瀧は、三葉と一緒になることの重大さをひしひしと感じていた。

ムスバレル相手がだれであっても、別れた母親の言っていることはすべてが胸に刺さっていた。

「二人で一つ」。自分にはその覚悟はできている"つもり"ではある。だが、瀧にだって、誘惑の一つや二つはこれから襲ってこないとも限らないし、三葉を得られた達成感が、どん欲な方向に向かうことだってなくはない。

だから、この言葉はあまりに重たいのだ。

しかも、母はこういっていた。


     "決して、三葉さんを一人にしないこと"


お互い仕事を持っている以上、職場も違うのだから、いつでも二人が一緒にいることは物理的に不可能だ。でも、瀧だけがいい思いをして、三葉を一人にしてしまう、瀧だけが問題を抱え込んで三葉を遠ざける。それをやってしまったら絆……ムスビはあっけなく崩壊する、と諭されたのだった。

読み返そうとした刹那、瀧は、がたっと椅子から立ち上がる。

「お、俺、大事なもの、忘れてきた!!」

言うが早いか、部屋着のまま家を飛び出し、携帯をまさぐる。走りながら、どう連絡をつけようか……

瀧の回答は電話だった。履歴から「三葉」を探し出し、押す。

呼び出し音はワンコールしただけだった。

「あ、瀧くん?」

三葉が少し安堵したような声を上げる。

「あ、お、俺。い、今から、そ、そっち行くから、ぜ、っ、ぜったい家から出てくるなよ」

走りながら、息も絶え絶えにまくしたてる。

「え?ちょっ、ちょっとどうしたの瀧くん?なんか走っているみたいだけど……」

「と、とにかく一歩も出てきちゃだめだぞ、いいな!!」

ぶつっと電話を切る。


瀧は走る。あてどもなく、会えるとも限らない、都心のどこかを、ではない。まっすぐに、ただその方角を見つめて走っている。三葉のマンションの最寄り駅から、三葉のいる場所に向けて……


三葉は、瀧の息遣いを感じている。走ってきている。何かを伝えようとしている瀧くんを感じていた。さっきの電話から、胸が張り裂けんばかりになっている。鼓動がおかしい。

”早く、早く……”

階段を荒々しく駆け上がる音がマンションに響き渡る。三葉は立ち上がり、扉の前でスタンバイする。

久し振りに走ったこともあって、息も絶え絶えの瀧は、部屋番を確かめて、呼び鈴を鳴らす。

ピンポン。

鳴るが早いか、扉が開く。

「あ、みっ、三葉……」

あまりの早業に驚く瀧。

「瀧くん?どうしたの?こんなに慌て……」

次の瞬間、瀧は、三葉に覆いかぶさるように抱き付き、壁に身体を押し付ける。

「わかったんだ。分かったんだよ」

瀧は、それだけを繰り返しながら、完全に自己が崩壊するほど、号泣してしまっている。

「何がわかったっていうの?泣き虫瀧くん?」

泣きじゃくる瀧の頭をなぜながら、三葉は聞く。

「どうして俺には君なのか、君にとっては俺なのかが、だよ」

声をしゃくらせながら、瀧は意を決したように叫ぶ。

「二人で一つ、だからだよっっ」

まさに泣き崩れる、という表現がぴったり。瀧はその場に崩れ落ちる。

ひとしきり泣かせた後で、泣きやまない子猫でもあやすように、三葉は瀧を抱きかかえる。

「エエ。そうよ。私にとっての瀧くんは、瀧くんにとっての私。二人で一つ。その通りよ」

今度は三葉が瀧をぎゅぅと抱きしめる。それに呼応して力を込めて抱く瀧がいた。


神社そばの階段で出会ったときは、単なる偶然のようにしか思えなかった。お互いがお互いの名前を知らないのに求めあっていたなどということが正直信じられないでいた。名前を交換した直後は、笑いさえ起こっていた。

それでも、信じられない出来事が、本当のムスビを紡ぎだしていたことをいま改めて思い知らされる瀧と三葉。二人は結ばれるべくして結ばれ、二つの人生が一つに紡がれる端緒に立っている。母の手紙は、瀧にそれを気付かせてくれたのだった。


落ち着いた瀧は、三葉と一緒に瀧の家に戻り始める。

「さっきは、ごめん。取り乱しちゃって……」

頭をぼりぼりと掻き、申し訳なさそうにする瀧。

「いいえ、いいのよ。でも、それだけを伝えに来たわけじゃ、ないんでしょ?」

三葉は、少しだけうつむき加減で、顔を赤らめている。

「うん。三葉を一人にしてちゃいけないんだって気がついたんだ」

「瀧くん……」

きっとあの手紙を読んだせいだわ…三葉は推察する。

「読んでみて気がついたんだ。あの手紙は君と一緒に読んでもらいたかった内容だった。それを、自分たちのことばっかりだと思ってしまって……」

悔いる瀧を三葉は、少しだけの笑顔で答える。

「読んでみるまでわからなかったんだから、それは仕方ないよ。でも、こうしてすっ飛んで迎えに来てくれたんだから、お母さまにも感謝しなきゃ」

「それもそうだな。ともかく、おふくろのお手柄なのは間違いないしな」

瀧は、三葉と歩いて駅に向かいつつ、今まで父に抱いていた感情がどこかに消え失せていることに気が付く。

父と母が別れた理由を聞いたところで、自分たちの反面教師になるだけのことであり、夫婦生活の糧になるとは思えない。まして、父のやってきたとおりに行動すれば失敗するのは目に見えている。母の言った「三葉を一人にしない」「二人で一つ」「なんでも半分こ」が実践できれば、別れることには決して至らない。母は、二人がずっとこのまま暮らしていける指針を示してくれたのだった。


あれほど走って向かった距離は、歩くと意外に遠く感じられた。それもこれも、三葉に会いたい焦燥感が彼を急かしたものであり、出会って満足感に満たされている今は、ゆっくり時間が流れているようだった。

「ねえ、瀧くん?」

「なんだい、三葉」

「あしたも、よろしく」

ぺこりと頭を下げ、右手を差し出す三葉。

「ああ、明日も、明後日も、その次も、いつまででも俺たちは一緒だよぅ」

ぎゅぅと握手すると、その手を想いっきり引っ張り、走り出す瀧。

引っ張られながら、三葉は思う。

”わたしも、ぜったいこの手を離さない。たとえどんなことがあっても!”

駅に向かってダッシュする二人。駅についてお互い息が上がってしまっている。

「こ、こんなに走ったの、いつぶりだろ……」

「私、あの時以来かもしれない」

三葉も答える。

「そうだ。三葉はちょくちょく行ってるだろうけど、俺、ご神体にもう一度行きたいな……」

「あ、それ、私も考えてたの」

図らずもまた意見の一致を見る二人。お互いを見つめ合って苦笑する。

「俺たちを結びつけてくれたのって、やっぱりあそこだと思うしな」

「私も、そんな風に思ってるの。報告しておいても罰は当たらないわよね」

「よぉし決めた!明日は早起きして、ご神体、目指すぞぉ!」

周りの人込みもはばからず、瀧は大声で宣言する。

「ちょっ、ちょっとやめてよぉ、恥ずかしいじゃない」

顔を真っ赤にする三葉。

「何が恥ずかしいもんか。何度でもいうよ。俺たちを結びつけて、ありがとー!」

酔っ払いかのように、若干ハイになった瀧は雄たけびを止めようとしない。

もうそれを止めるのもばからしくなって、三葉は瀧の思うとおりにさせて、ただ静かに見守っている。

そんな瀧がいとおしく、私のことだけを見てくれていると思ってついつい頬を涙が伝うのだった。

瀧も、そんな三葉を横目に見ながらうれし涙をこぼしていた。


後書き

6作目も、お読みいただき、ありがとうございました。
今回こそは、完全なる創作&妄想が基軸。だいたい、瀧と三葉が結婚する未来は一切描かれていませんでしたしね。
ただ、ここに「瀧の母」というファクターを入れてみた、というのが当方のスパイス、なわけです。
披露宴の翌日の瀧三。ここに母からの手紙が届けられるわけですが、この内容、どういう風にしようか本当にずいぶん悩みました。
瀧の父親…潔は仮名でありますが…と、母の離婚理由は何だったのか、それはどっちが原因だったのか…詳しく述べないようにする=皆さんにいろいろと忖度してもらうように仕向けた部分もありますが、これが吉と出るか凶と出るか、はわかりません。
瀧三がもっともっと愛し合うようにしないといけない部分もあったりしたので、三葉のマンションに向かう瀧を構想の中に入れてみましたが…瀧が想いを爆発させるシーンは、もう少し念を入れた方がよかったかな、とも感じてます。
二人で一つ。「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、又繋がり。それが結び、それが時間」。組紐のごとく、二人で一つの人生を歩もうとしている二人を別の視点からも書いて見たくなっています。
さあ、泣いても笑っても、あと3週間あまり。円盤で見られる日を楽しみに待ってみたいと思います。


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