2019-08-31 18:32:26 更新

概要

ツイッターのたった一言の投稿で心動かされた筆者。「若おかみ×キミコエ fea.君の名は。」な一本です。


前書き

そりゃぁ、今までやろうと思いつつも、「どう設定するか」で迷ったのが、「若おかみ」と「キミコエ」の入れ替わりものなんです。私の入れ替わりの前提は、同い年、というところが大きく、それはなぜかというと、性徴期が合わないとそう言う事態は起こりえない、と考えているからです。金字塔ともいえる「転校生」も、男女間/幼馴染=同い年 であり、原作もそのように設定されています。
さて、キミコエのなぎさと関織子の年齢は、2017年のなぎさが16歳で、2018年の織子が11歳。今年2019年4月段階で、なぎさは大学一年生、織子は中学一年生になっている設定です。この5歳の年齢差をどうしようか……同い年にしてしまうのは無理筋だと理解できるわけです。だから3歳差、2016年と2013年の16歳で入れ替わらせた「君の名は。」の設定にはうならざるを得ないのです。
で、結局のところ「ええい、入れ替わらせてしまえ」となったのがこの作品です。宿のことを知らないなぎさ、大学生になってしまってドギマギする織子、そして何といっても、「どう元に戻らせるのか」を最後の課題にしているところです。
途中の展開があまりにご都合主義なのは承知の上。それでもオールスターキャストで書きたかったということでお許しいただければと。

2019.7.2 ツイッターに提案あり。確認後作成を決意。
2019.7.9 仕掛だった「若おかみは高校生!」を完成させて、本作に傾注する。
2019.7.11 5千字強まで。「アクアマリン」の面々を秋好旅館に集合させる下り。
2019.7.12 グローリー様登場。最後のキーパーソンも登場させる予定。一万字弱まで。
2019.7.14 紫音を除く「アクアマリン」一同登場。1.2万字弱。
2019.8.19 イベントごと完遂につき作成再開。1.6万字強
2019.8.28 ウリ坊登場で一気に完成に。AM0:30 第一版公開。21,256字。


2019年4月。

旅館「春の屋」の若おかみ、関 織子は、晴れて中学生になった。

学校の統廃合の影響もあって、中学3年間は電車通学になる。一駅隣の「海洋公園前」まで電車に乗り、城ケ崎中学校までさらに徒歩15分余り。今までのように、遅刻ギリギリまで惰眠をむさぼる、というわけにはいかなくなる。


「あー、また電車に遅れちゃう―――」

康さん特製の弁当を携えて、電車に乗る日々も慣れてきているはずだが、少し歯車が狂うと立て込んでしまう。

今日も今日とて、宿題のプリントを入れ忘れて、行きつ戻りつしたものだから、時間に余裕がなくなってしまっていた。

駅に向かって走っていると、後ろから、ブロロロッッと重苦しいエンジン音を響かせて、クラシックカーがそばを通ろうとする。

「あら、関さんじゃないの、どうしたの、そんなに慌てて」

窓を開けて、織子に声を掛けたのは、同じく中学生になった秋好旅館の若おかみ……秋野真月だった。


「ああ、真月さん。電車に乗り遅れそうなの……」

走りながら、応対する織子。

「あら、それなら、これに乗っていけばいいじゃない?」

「え???」

織子が歩みを止めると、車もストップする。

「私も同じ中学だし、たまたま今日はいつもの車のエンジンが不調だったから、他の車を出してたらこんな時間になったの。一人乗るも二人乗るも一緒だから、乗ればいいわよ」

真月の嬉しい提案だった。

「え……いいの?」

しかしすぐにはそれに乗れない織子だったが、

「ああ、もう!そういうところが関さんの嫌いなところですわ!煮え切らないって言うか、優柔不断って言うか……」

寸でのところで扉を閉めようとする真月を押さえて、

「ああ、ごめん!! 善は急げ、だったね。今日はお言葉に甘えて……」

いうが早いか、すぐさま真月の隣に陣取る。

「ふぅ。じゃあ、出してっっ」

言われた運転士は、うなづき、車を走らせる。

「それにしても……」

織子は、いつもにもまして、真月のピンふりぶりに目を丸くする。

中学生になっても、制服がないことをいいことに、真月のピンふりぶりはエスカレートを激しくする。両親の衣装にかける情熱と真月のこだわりが、具現化しては、また別の高みに上ろうとする挑戦を止めないからともいえた。

衣装の重さは、3キロを超え、身体測定の際も、脱ぎ着ができない(脱ぐ、着るに数十分かかる)ため、服の重量を申告してから体重計に乗るレベルになってしまっている。

でも織子は、「ピンふり」などとは言わず、

「今日も真月さんは、決まっているわねぇ」

と持ち上げることを忘れない。

「そうでしょ?こうでなくては、私でなくなるからね」

真月は得意げにそう返す。

ややあって、車は、中学校の校門を突っ切り、登校する生徒でごった返す車寄せに半ば強引に横付けする。

真月のいつもの登校風景だが、今日は織子も乗っているということで、目撃した生徒からは様々な反応が上がっていく。

「あれ、おっこちゃんってピンふりの友達だったっけ?」

「旅館繋がりだからじゃね」

「今日のドレス、今までで一番派手じゃない?」

「ていうか、同じドレス、着たの見たことある?」

「そう言えば、毎日変えてるよな」

「マジで何着持っているんだろう、ピンふりドレス」

口を開けば、ドレスのことしか言わないクラスメートに上級生たち。それでも、自信がある真月にとって、様々なやっかみや蔑みは、何らの攻撃にも至らない。

”フフ。言いたい人には言わせていればいいのよ"

堂々と闊歩する真月に気圧される学生たち。その後ろを申し訳なさそうに歩く織子。その対比も今や中学名物になりつつあった。


「あーあー。今日の授業も退屈だったわねえ。関さんは、これからどうするの?」

一日の授業が終わり、真月は嘆息しながらそう言う。英才教育・帝王学を学ぶ真月にしてみれば、中学校の義務教育など、付け足しにもならない。

「あ、今日はごめん。より子ちゃんたちと帰るから……」

小学校からの親友になっている和菓子屋のより子たちとは、放課後はかなりの頻度で一緒に行動している。

「まあいいわ。今日は、うちの旅館で会合あるから、忘れず来てね」

「あっっっ」

織子らしいといえば織子らしい。今日の会合のことをすっかり忘れていたのだった。

「あら、関さん、"忘れてた――"って、顔に書いてありましてよ」

「そ、そんなことないって……」

必死にとりなそうとするが後の祭りである。

「私に感謝することね。思い出させてあげたんだから」

「う、うん……」

少しうつむいて織子は答える。


「ほうほう。これが花の湯温泉かぁ」

行合 鉄男がそういって大きく伸びをする。

「こんなところだったのねぇ」

妻・行合 みつえも落ち着いた雰囲気の温泉街に目を丸くする。

「そうそう。私たちが劇のモチーフにしたり、リポートしたのがここなんだよ」

大学生になった行合 なぎさがまるでツアコンのように両親をエスコートしていた。

平日しか休みの取れないシフトの運転士なこともあり、旅行に行くとなったら、他の人が行かない日程になってしまう。それでも、日程が合えばいつでも行ける状態ができたので、初バイト給料をはたいて、なぎさが両親を招待したのだった。

「でも、高かったんじゃないの?」

みつえがそういって気遣う。

「あ、私、温泉街の宣伝大使にもなってるから、そこそこ割り引いてもらえてるの」

「へぇ、宣伝大使とはねえ、驚いた」

鉄男がその大仰な肩書に感心する。

「私が主役で演じた「若おかみは高校生」の話題がこの温泉街にも届いたらしくって、「だったら、演じてくれた方々を宣伝大使に任命しようか」って話になって、私たちが選ばれたの」

「あら?わたしたちも出てたんですけど……」

みつえが鋭い突っ込みを入れる。

「あ、そのこと……やっぱり泊まってくれた人でないと、ということで、今日お泊りしたら、晴れて宣伝大使を名乗れますので……」

「そういうことかぁ、安くなるんだったら、結構なことだよなあ、みつえ」

「ええ。私もたびたび使わせてもらうわ。意外と近いし」

二人はそう言って喜ぶ。

「だけどね。お父さん、お母さん」

「どうしたんだ?なんか、浮かない顔だなぁ」

鉄男が言う。

「実はね、モデルにした「春の屋」がいっぱいだったの。で、そこの若おかみに相談したら、「秋好旅館」っていうところを紹介してもらったのね」

「え、秋好旅館って、テレビでもCMバンバン出してるあそこかぁ」

「個性的な若おかみを前面に押し出しているって評判だわね」

花の湯の知名度はそれほどではなくても、「秋好旅館」は露出度のせいで二人とも知っていた。

「まあ、でも、せっかく来たんだから、「春の屋」さんも、ちょっと覗いておこうか」

三人は、秋好旅館に向かう道を少しそれ、「春の屋」に向けて進み始めた。


より子たちとの歓談もそこそこに、織子は宿に息せき切って戻ってくる。

「あら、どうしました、若おかみ」

あまりの慌てぶりに、仲居のエツ子が声を掛ける。

「今日、秋好旅館で真月さん主催の会合があるの。遅れたら大変だから……」

自室でいつもの和服姿に着替えて、身支度を整える。ふぅっと一息だけ付き、玄関に向かう。

そのころ、行合一家も、「春の屋」の玄関口近くまで来ていた。

「これがあの、「春の屋」さんね」

みつえがそのたたずまいに感心している。

「あ、私、せっかくだから若おかみやおかみさんにあいさつしてくる」

「そうか。まあ、顔見知りだもんな」

鉄男はそう言う。

「ここでちょっと待っててね」

少し早足で玄関に向かう。そして

「後のことはよろしくね」

と振り返りながら声を出して駆け出す織子となぎさは、お互いを視認できないまま、玄関先の通路でばったりとぶつかり、その場に倒れ込んでしまう。


一部始終を見ていた行合夫婦が声を出す間もなくぶつかる二人。慌てて二人は駆け寄る。

「おいおい、だいじょうぶかな、二人とも」

「どっちも前見て歩かないから……」

「あ、お母さん、私、平気っっ」

と声を出したのは、和服姿の若おかみの方だった。

「え?若おかみさん、私たち、客でも、ましてやあなたのお母さんでもないんだけど……」

「あ、あれ?」

若おかみはそう言われて、自分の風体にようやく気が付く。

「あいたたたたた……」

腰をしたたかに打ったのか、すぐに立ち上がれないでいるなぎさの方はというと……

「あれ?わたしどうしちゃったのかしら?」

声はなぎさなのだが、目の前に「自分」が見えている。

目線を合わせる二人。ここでようやく、ぶつかった拍子にお互いの精神が入れ替わってしまったことに気が付く。

「あーーーーー」

「あーーーーー」

二人は声をそろえてこういう。

                   「「私たち、入れ替わってるぅぅ」」


「お、おい、なぎさ……」

鉄男が呼びかけると

「わ、私、若おかみになってる……」

わなわなと震えながら若おかみ姿になってしまった自分を振り返っている。

「と、いうことは……」

みつえが、なぎさの方を見る。

「え?わたし、あのレポートしてくれてた人になっちゃったの??」

声はなぎさだが、中身は織子。なぎさのことはかろうじて覚えていたわけだが、成長してしまった自分が受け入れられていない。

「あ、そうだ、私、会合に行かなきゃ!!」

というなぎさだが、

「ちょっちょっと待ってよ」

と、若おかみになってしまったなぎさがなぎさ自身を引き留める。

「あなたが行ってどうなるのよ」

若おかみの中のなぎさが、なぎさの中に入った織子に言う。

「でも、私が行かなきゃ……」

「その格好で?」

「あ、そうか」

織子はようやく事態をつかみ始めていた。自分がなぎさになってしまっている以上、周りからは、20歳前後の女性としか見られない。

でも会合には出席しないといけない。だが、温泉街の問題点や宿の個別の案件に、まったく知識の無いなぎさが答えられるはずがない。

織子の入ってしまったなぎさがかなり頭を痛めていた。

「と、と、とにかく秋好旅館まで行きましょう」

織子の入ったなぎさが意を決したように叫ぶ。

「ああ、私たちも、今日のお宿はそこだから」

行合夫妻はこともなげにそう言う。

「そうだったんですね、よかった……」

織子の入ったなぎさがよそよそしい口調で話す。

「決まってるじゃないの……って、若おかみさんは知らなかったか……」

みつえも、今話しているのが誰かを考えながらしゃべっているのでこんがらがってきていた。

かくして、4人は、少し急ぎながら秋好旅館に向かった。


何とかチェックインした行合一家だったが、なぎさと若おかみは、それぞれを見回しながら、どうしようかと考えあぐねていた。

なんといっても、今の若おかみは、中身がなぎさなのだ。会合に出たところで、発言のしようがない。

「どうしよう……」

若おかみになってしまったなぎさが弱音を吐く。

「もう、こうなったら仕方ないわね。二人で一つ作戦を決行するしかないわ」

「ふたりで、ひとつ?」

「要するに、私がなんでも答えるのよ。宿の現状とか、センシティブなことも私が答えないとつじつまが合わないでしょ?」

「でも、それを知っているなぎさなんて、絶対おかしいよ」

若おかみになったなぎさがその提案を否定する。

「だからといって、『知りません』とか、『答えられない』って言葉、真月さんは大いに嫌うのよ」

なぎさの中の織子が説明する。

「まつき、ってだれのこと?」

「秋好旅館の若おかみ。私の友達でもあり、良きライバルよ」

「へえ、おっこちゃんにも、そんな存在、いたんだぁ」

織子本人に言われたのが癪に障ったのか、なぎさの中の織子は少しむくれる。

「とにかく、この会合を乗り切らないといけないのよ。元通りになる方策とかは、後回し」

そういった織子の入ったなぎさに諭されるように、なんとか二人で一つ作戦の大枠が決まったところで、二人して、秋好旅館の会議室に赴く。


「今日も、お集まりいただきありがとうございます……ん?」

開会の辞を議長である真月が述べたのだが、「春の屋」の席には、織子となぎさが鎮座している。

「あのぅ……どちら様でしょうか?」

失礼の無いように、少し陰を持たせつつ、真月は座っている織子と、そばで立っているなぎさに問いかける。

「ゴホッゴホゴホ……」

大仰に咳をする織子の中のなぎさ。マスクもしっかりしている。

「あの、関さんなんですけど、急にのどの調子がおかしくなりまして……」

なぎさの中の織子が謝罪する。

「それで?」

少し呆れた口調で真月は言う。

「私が代弁することになりまして……」

そういった時に、真月の顔が少し明るくなる。

「ああ、どこかでお見かけしたと思ったら、貴女は、去年の夏、「春の屋」のレポートをなさっていた……」

「え、あ、はい……」

名前を聞かれるとは思わず、なぎさの中の織子は何とか誤魔化し急場をしのぐ。

"ああ、追及されなくてよかった……"

「あなたが代弁していただけるのでしたら、それはそれで結構ですわ。あなたご自身のご意見もうかがいたいですしね」

「春の屋」のレポート役だったと認識されたことで、出席者の中からも、違和感がすぅっと消えて行った。

「まあ、クローズドな会合ですけど、たまにはこうして利用客や一般の方を交えたものにしても面白いと思いますね。まあ、今日は突発的に部外者の方もいらっしゃる、ということで、マニアックな話題は控えて、議題2番から参りましょうか……」

真月は、なぎさに知られてはまずいと思ったのか、宿それぞれの現状を報告する議題をすっ飛ばした。そのあたりの采配は、誰に教わったものでもないが、臨機応変に長けていた。


そのころ、秋好旅館には、様々なゲストが顔をそろえていた。

「田町女子大学 ラクロス部 ご一同様」「湘南製菓専門学校 生徒ご一同様」「浜須賀インテリア 従業員ご一同様」……

団体予約のボードには、幾多の団体が名を連ねていた。

「あー、やっと着きましたね、先輩」

龍ノ口かえでの声が秋好旅館のロビーに響く。

「ああ、かえでちゃん、そんなに急がなくてもよろしくてよ」

先輩がせっかちで男勝りのかえでをたしなめる。

「へえ、ここが秋好旅館かぁ、立派なロビーだねぇ」

少し遅れて、一団でやってきた製菓学校の研修生の中に、土橋雫の姿もある。

「おうおう、いつ来ても、このお宿は活気があってええのう」

浜須賀長介のその一言に、

「はい、まったくで。当方が定宿にするだけのことはございますな」

取り巻きと化した従業員がおべんちゃらを言う。

「今日は、とっておきのお部屋をご用意してますのよ、おじいさま」

孫娘の浜須賀夕も同行している。

「ほほう。それはどんな部屋じゃな?」

「今回改装された一番新しいお部屋だそうですよ。露天風呂完備だとか」

「それはなかなか乙なものじゃのう。どれ、一つ楽しむとするか」

VIP扱いの浜須賀インテリアの一同は、チェックインなどせずにすぐさま通される。

夕の姿を認めたかえでが、少し通る声で夕に呼びかける。

「おーい、夕--」

手を振っているその人がかえでだとわかって、夕も足を止め、カウンターに歩み寄ってくる。

「あら、かえでじゃない。今日はどうしたの?」

「ああ、うちは、合宿方々この宿に逗留することになったんだ。そっちは?」

「慰安旅行っていうと規模も小さいけど、私のやってる会社の業績がいいから、特別ボーナスだって、おじいさまが……」

「はいはい、おじいさまおじいさま。そちらとは住む世界もなんもかんも違うからねぇ」

少し呆れたようにかえでは言う。

「あら、かえでちゃんに夕ちゃん……」

話し声につられて、雫もその輪に加わってくる。

「おお、雫もいるじゃん……ああ、そうだったな。フランス行き、いきなりじゃなくって実績作ってからだったよな」

高校時代、フランス留学を第一目標にしていたことをかえでは思い出す。

「でもね。ここのスイーツがすごいからってことで3日間研修旅行なの。ずぅっとお菓子作りっぱなしになりそうだけどね」

照れ気味に雫は言う。巨大な秋好旅館の厨房を使えるのは、雫が通う専門学校出身のパティシエが多数ここに在籍しているから。今回の研修も、数ある在校生の中で、選ばれたのは10人程度。その中に入校半年足らずの雫が選ばれているのは特筆すべき出来事だった。

「これでなぎさがいれば、幼なじみ勢ぞろいなんだけど、まさか、なぎさの奴、こんなところにいないだろうな……」

かえでが、少しだけそんな「ありえない偶然」をコトダマにしてしまう。

そんな3人のいるロビーに、若おかみとなぎさが若干疲れた面持ちで入ってくる。

「はぁ、何とか乗り切ったねぇ」

「ばれてないみたいでよかったよぅ」

それぞれ思い思いに「二人で一人」作戦を振り返る。

「あ、あれ……」

雫が二人の悄然とした姿を見つける。

「え??」

かえでが一番驚く。

「あら、かえでさんの言ったことが現実になってしまいましてよ」

夕はかえでほどではないが、現実になったなぎさとの再会を少し喜ぶそぶりを見せる。

一方、なぎさと織子も、自分たちをみつめている3人の存在に気が付く。

「あ、あの三人、どうして、こんなところにいるんだろう?」

織子の中のなぎさが反応する。

「ああ、見覚えがあります!一度「春の屋」にお越しいただきましたよね」

なぎさの中の織子が3人を認めてそういう。

「そう、幼なじみなんだけど……」

「とりあえず、3人に会おうよ」

なぎさの中の織子がこう提案する。

「え?今、この状態で?」

織子の中のなぎさが戦慄した表情を見せる。

「だって、なってしまっているのは仕方ないもん。どうにもならないし……」

確かに織子のいうことは一理ある。そう思って、二人は手をつなぎ、少しスキップするように3人に近づいていく。

「こんばんわ-、私行合 織子」

なぎさの中の織子が自己紹介する。

「そして私は関 なぎさ」

織子の中のなぎさがそれに呼応する。

「「二人合わせて……」」

顔を見合わせ、(セーノ)と小声で調子を合わせて、

「「入れ替わりシスターズでーーーす」」

とおどけて見せる。


少し間があって、かえでがゲラゲラ笑い出す。

「なんだよ、その、入れ替わりなんちゃらって!!」

ツボに入ってしまったらしくまだ笑っているのだが、雫と夕は、いたって真面目な顔で二人をみつめている。

ジィーーーっと見つめること10数秒。夕が二人を交互に見ながら、ぼそっと言う。

「本当に、入れ替わってしまったんですか?」

「実は、そうみたいなの」

織子の中のなぎさがいう。

「何とかならないものですかね」

なぎさの中の織子が助けを求める。

「何とかって……なんともしようがないよ、私たちじゃぁ……」

雫が困ったような表情でそう言う。

「うーん、どうしたものかしらねぇ……」

と言っているそばに、ひときわきらびやかな衣装をまとった、モデルと見まがうようなスタイルの女性が、一歩ずつ近づいてくる。

「あら、おっこちゃん、今日はこちらにいらしたのね?」

それは、グローリー・水領だった。なんでも、秋好旅館が企画した無料占いの催しにゲストとして呼ばれていたのだった。

「もちろん、全て終わったら、「春の屋」さんに泊まりに行くから、いろいろ準備しておいてくださいね……」

と目の前の織子に伝えているのに、何とはなしに反応が鈍い。しかも、織子の"気"は、隣に居る大学生風の女性から感じられていた。

そんなことが?? グローリーは、若おかみが、ただならない状況に置かれていることを悟った。

「おっこちゃん……?なんでこんなことになってるの?」

驚きを隠せないまま、グローリーは織子となぎさに問いかける。

「あ、分かっちゃいましたか」

織子の中のなぎさが言う。

「そうなんです、グローリーさん、何とか助けてください……」

なぎさに入ってしまった織子が、そう言って悲しげな表情で懇願する。

「ウーーン。そうは言ってもなあ。私は所詮占い師だし……」

グローリーとて、この怪奇現象がどうして起こったのか、また元に戻る方法があるのかなど、門外漢であり、知る由もなかった。

「やっぱ、ダメかぁ……」

織子の中のなぎさはがっくりと肩を落とす。

「まあまあ、そう気を落とさないで、まだ何か手はあるはずだよ」

なぎさの中の織子は勇気づけようとする。

「ま、まあ、とにかく私はイベント終わったら「春の屋」に行くから」

後ろ髪を引かれながら、グローリーはその場を後にする。

「なんだよ、あの人……」

かえでが後姿を見ながら、二人に問いかける。

「ああ、あの人、グローリー・水領さん。うちの宿の上得意様なの」

なぎさの口から説明されると、全員があっけにとられたような表情を示す。

「なんでお前が……ってそっか、中身は若おかみさん、だもんな」

かえでは言いなおすのだが、若干まだ二人の入れ替わりになれないでいる。

「で、これからどうするの、お二人さん?」

夕が若おかみとなぎさに声を掛ける。

「どうするのって……私、旅館の作法も何も知らないよ」

確かに一度若おかみもどきなことはやったとはいえ、そんなことはすっかり忘れている。それにこのまま帰れば、確実に宿に迷惑をかけてしまう。

「私も、このままだと、大変なことに……」

幸い、明日は土曜日で学校は休みだ。いくら織子とはいえ、大学生の授業がわかろうはずがない。

「とりあえず、二人で「春の屋」さんに帰って、宿の人に状況を話した方がいいんじゃない?」

雫が最良にして、最善の策を提示する。

「まずはそれからだな。一緒にいないと元に戻るチャンスも数少なくなるからな」

「え?両親とは……」

織子の中のなぎさが心配する。

「一晩くらいいなくたって死にやしないよ。なんだったら、オレが両親に話しといてやる」

かえでがそういう。もっとも、入れ替わっていることは目撃している両親なので、次善の策としての「春の屋」への異動は理解が得られやすいはずだ。

「そうしてもらえると助かるな」

織子の中のなぎさがお辞儀する。

「問題は……」

雫がその視線を若おかみに向ける。

「そう、私なのねぇ」

なぎさに入った織子が一身に視線を浴びる。

「どうするのがいいかしらね」

夕が思案するそぶりを見せる。

「とりあえず、私から、おばあちゃんに相談してみるよ。それしか方法がないもん」

織子の入ったなぎさが言う。

「それからの判断だよな。元に戻らなくなったときのことも考えないとだし……」

かえでは現実的に考えていた。

「私たちじゃぁ、どうにもできないしね」

手段を講じられない雫もそう言う。

「わかった。あとでどうなったか連絡するよ」

織子の中のかえでがそういう。

「ああ、待ってるぜ」

かえでがそういって二人を送り出す。

「春の屋」に帰っていく二人を3人は見送るのだが、

「どうするんだろ、なぎさ……」

その言葉しか思い浮かんでこなかった。


「春の屋」に着いた二人は、宿の面々に今の現状を話して聞かせる。

聴きおわった時、

「おっこ……これって一体……」

女将である峰子は、ガタガタ震えているし、

「なんでこんなことに……」

仲居のエツ子もただ驚くばかり。

「へえ、そんなことがあるんですねぇ」

一番クールだったのは、板前の康さんだった。

「何を落ち着き払っているんだい。これは春の屋の一大事ですよ」

峰子は康さんにそういう。

「そんなことはわかってますよおかみさん。でも、これをどうやって治そうってんですかい?」

「それがわからないから、落ち着かないんじゃないかい」

怒調を含んだ峰子の言い草は久しぶりだ。

そんなやり取りを聞いていた二人だったが、

「あのう……」

と、織子の中のなぎさが声を出す。

「これから私、どうすればいいですか?」

その問いに3人は誰も答えられないでいる。

「おっこ……じゃなかった、なぎささん、でしたよね。とりあえずうちの「関織子」として行動していただきませんと……」

熟考の末、峰子はそういうしかなかった。

「でも、お作法も、何もかも知らないんですよ」

恰好は若おかみだが、宿のことは何一つ知らないといってもいい。それで「若おかみでいろ」というのは無理筋である。

「本当に、困ったわね……」

峰子は八方ふさがりになってしまった。

そんな5人の元に、

「すみませーん」

という声がかかる。

「はーい」と反射的に対応してしまうなぎさの中の織子。

「あ、これ……」

峰子はなぎさを止められなかったのだが、その先に居たのは……

「もしよろしければ、露天風呂プリン、もう一つ戴きたいかな、と……え???」

声の主・中原あやめが、応対に出たなぎさを認めて困惑した表情に変わる。

「なぎささん?どうしてあなたがこんなところに……」

「ああ、あやめさん」

織子の中のなぎさがあやめに声を掛ける。

「え?若おかみさん、ですよね?なんか妙になれなれしいんだけど……」

「あ、いや、その、これにはわけがあって……」

ごたごたしているところにまた別の声。

「どうしたのあやめ。宿の人を困らせたらだめじゃないの」

その声に聞き覚えがある織子の中のなぎさ。

「あああ、乙葉さんっっっ」

「え?」

きょとんとする乙葉。

「あーー、また一からこの人たちにも説明しないといけないのか……」

なぎさの中の織子は、暗澹たる面持ちになる。


「……というわけなの」

織子の中のなぎさが手短に言う。

「つまり、私の中はなぎささんが入っていて、なぎささんの中には関織子が入っているってわけです」

それを聞いた二人は驚愕するのだが、驚き方は意外とあっさりしていた。

「あらまぁ」

「それは大変なことで……」

あまりの簡素ぶりに、さすがの二人も慌てる。

「そ、そんな感想?」

織子の中のなぎさに続いて、

「もうちょっと心配してくださいよぅ」

なぎさの中の織子もいう。

「それが事実だとして、私たちに何かができるわけではないですし……」

あやめがそういう。

「これからご苦労でしょうけど、頑張ってくださいね」

乙葉は、もう元には戻らない体でそんなことまで言い出す始末。

「いやいやいや。元に戻るんだからね!!」

「早く何とかしないと……」

二人は焦燥感を募らせる。

「あ、それはそうと……」

織子の中のなぎさが、二人に問いかける。

「なんで二人がここに……?」

「ああ、私が誘ったの」

あやめが言う。

「放送作家なんて、毎日仕事あるわけじゃないし、新番組の企画出したから、ちょっと手隙になったの。で、乙葉チンに連絡したら、『レコーディング前の息抜きにちょうどいいわ』になったんで、二人できたってわけ」

「あれ?じゃあ、紫音ちゃん以外は、みんなこの温泉街に居るってことかぁ……」

織子の中のなぎさが言う。

「あら?そうだとしたらそれはすごい偶然ですわね……」

乙葉がつづけて言う。

「いや私ね、あやめとここに来る道中、『あのラジオ一緒にやった面々とまた会いたいなぁ』と一人思っていたのね。まあ、コトダマが実現するなんて……素敵っ」

「は、まあ……」

なぎさの中の織子にしてみればそんなことより、自分たちが元に戻る方策の方が大事だった。

「とりあえず私たち二人でどうすべきか考えるわ。あ、もし3人の連絡先知ってるんだったら、「私たちも春の屋に居ます」って連絡しておいてもらえますか?」

織子の中のなぎさが二人に告げる。

「わかったわよ。私、かえでとは結構話しているから、すぐに連絡入れるね」

あやめがそういって、二人は部屋から出て行く。


二人は、揃って、開かずの間に逃げ込む。

「はぁ---、これからどうしよう」

すでにいっぱいいっぱいの織子の中のなぎさ。若おかみとしてやっていかなくてはいけないんだろうか。かたや

「私も、勉強なんてわからないですよう」

たださえ座学が嫌いな織子にとって、大学生の授業なんて拷問以外の何物でもない。なぎさになっていくとなった時にこれは越えなくてはいけないが決して越えられないハードルでもある。

「あれ?織子さんが織子さんじゃなくなってる!!」

若おかみのそばに寄り添うように出てきたのは、鈴鬼だった。

さすがは妖のもの。中身が入れ替わっていることを即座に見破った。

「ああ、鈴鬼くん。これ、どうしたら元に戻れるのぉ」

なぎさの中の織子は、最終兵器と認識して、鈴鬼に相談する。

「んーーー。私にも状況がよく見えないのですが……」

鈴鬼の困惑ぶりに、何度目かの、二人の状況を語って聞かせるなぎさと織子。

「なるほど。ぶつかった拍子にお互いの精神が入れ替わった、ということですか……」

鈴鬼は説明を聞いて納得する。

「そうなの」

もう説明する気力もうせて、なぎさの中の織子は言葉少なにそういう。

「でも、これって、基本、同年代どうしでしか起こらないのが定説なんですよ」

鈴鬼は、入れ替わりが起こるメカニズムについて、解説を始める。

「なんでそうなるかって言うと、性徴の度合いが違うから。赤ちゃんと老人が入れ替わるなんて、普通はありえないし、仮に入れ替わるとなった時にほとんどの場合は男女間。女性同士で入れ替わるなんて、初耳ですよ」

そう言ってから、袋に入っていたお菓子を頬張る。

「で私が考えたのが、入れ替わった場所が何かのきっかけなんじゃないかと……」

「え?うちの玄関?」

なぎさの中の織子が驚いたように言う。

「そもそも、玄関って、一番人の出入りが激しくって、幾多の精神や魂が行き交う場所。そこでぶつかったのでたまたま浮揚していたお互いの精神が行き場を取り違えたんじゃないですかねぇ」

おぼろげながら、鈴鬼は原因を特定する。

「まあ、確かによそ見していたところはあったなぁ」

なぎさの中の織子がそういう。

「私も。きょろきょろしてたし……」

織子の中のなぎさも、衝突直前の行動を思い出している。

「だとしたら、今の状況を変えるには、入れ替わった時と同じ状況を作るしかありません……」

鈴鬼が一応の回答を出してみる。

「無意識に、そんなことできないよ」

織子の中のなぎさがそういう。

「あ、もしかして、私たち、一晩寝て起きたら、元通りになってるとか、ないかな?」

なぎさの中の織子が「君の名は。」のシーンを思い出してそんなことを言う。

「それ、あの大ヒット映画でそんなことあったけど、私たちはどっちかというと「転校生」パターンだから、このまんまのような気がするんだけど」

読んだことのある青春小説の入れ替わりのくだりを知っているなぎさは、織子の口を借りてそういう。

「うーん、やっぱりぶつかるとかがないと入れ替わらないか‥…」

それらを聞いて、鈴鬼も、

「もう少し、私の方でも、調べてみます。ただ……」

「何か、問題でも?」

なぎさの中の織子が聞く。

「あまり時間はないかもです。今の状況が心地いいと身体と精神が判断したら、次の入れ替わりがやりにくくなりますから」


夕方の膳のしたくなどに、結局、織子は姿を現さなかった。正確には、洗い物などはしていたが表舞台には顔を見せなかった。

それは、峰子たち「春の屋」の判断であった。織子自体が半人前なのに、仕事を知らないなぎさが入っているとなったら、どんな粗相が起こるかわかったものではないからだ。宿の泊り客には、「体調を崩しまして」といって対応したが、身体は丈夫でも精神面で不調なのだから、出られないのは間違っていない。

夜の支度が終わろうとするころ、グローリーが「春の屋」にチェックインしてきた。

「ただいまぁ」

まるで我が家に着いたかのようにグローリーは玄関でそう声を掛ける。

「これはこれは。お疲れさまでした」

仲居のエツ子と峰子が、労をねぎらう。

「何か、軽いものでもお作りしましょうか?」

康さんも、玄関に出張ってきている。

「ああ、私のことはいいの。それで、おっこちゃんは、どうしてるの?」

少し深刻な面持ちに変わったグローリーが言う。

「え?水領さま、若おかみのこと……」

エツ子が驚いた口調で言う。

「たまたま秋好旅館で逢ってね。その時からおかしかったんだけど、当然、治ってないわよね?」

峰子に現状を確認するグローリー。

「エエ。いまは、二人して自室にこもってますけど……お部屋にお呼びしましょうか?」

峰子はそう答える。

「まあ、私の占星術で治るとは思わないけど、原因の何かがつかめるかもしれないからね。準備ができたら呼んでもらえますか?」

「わかりました。そうさせてもらいます」

荷物を持った峰子がそういって、定宿であり専属の「やまぶきの間」にグローリーを案内する。


そのころ、あやめと乙葉が泊まっている「つつじの間」には、なぎさと紫音を除いた、「アクアマリン」の一同が集まっていた。

「今年一番の驚き映像でしたわよ」

あやめが二人の入れ替わりをそう表現する。

「オレは、ここでなぎさに会えるって方がびっくりだったけど」

かえではそういう。

「でもなんでなぎさちゃんが……」

雫が疑問を投げかける。

「ああ、それならご両親に聞いた。バイトの給料で両親に花の湯温泉旅行をプレゼントしたんだって。最初はお世話になった「春の屋」に泊まるつもりだったんだけど、一杯だったんであの旅館にしたんだって」

「いっぱいにしてしまった原因は私たちにもありって言い方よね?」

乙葉が少しイヤミな言い方をする。

「あ、そうじゃないけど……」

慌ててかえでは否定する。

「とにかく、なぎさと若おかみさんが元に戻らないことには、私たちも気が気でなりませんわ」

夕もそう言って心配する。

「ともかく、私たちには祈ることぐらいしかできなさそうだけどね」

あやめがそう言ってしまって、場には沈黙が流れてしまう。

「なんかいい手立てはないのかよぅ……」

その沈黙に耐えられず、イライラを募らせたかえでが言う。

「なぎさ、ちゃん……」

雫がポツリとこぼす。5人の間には焦燥感しかなかった。


なぎさと織子は、準備の整った「やまぶきの間」に招き入れられていた。

そこには、美貌を誇っているモデルのような女性ではなく、周りを威圧し、体中にオーラをまとわせている、目つきが占い師のそれになっているグローリー・水領が、水晶玉を前にして座っている。

「お二人とも、そこにお座りなさい」

口調まで占い師のそれである。

「あ、は、ハイ」

「失礼します」

二人は神妙な面持ちでグローリーと対峙する。

「実は、私があなたたちに初めて会った時に、なんとはなく正解って浮かんでいたの。でも、それって、あの時の雰囲気や空気みたいなものがそうさせているんじゃないかって、思ったの。だから、敢えてその場では言葉を濁したのね」

グローリーは続ける。

「あなたたち。どちらも今の現状に不安も不満もあるでしょ?」

ギッとにらみつけるような目つきが二人に襲い掛かる。

「え、あ、まあ、ハイ……」

「そうなんですけど‥…」

二人は心の中を見透かされて、肯定せざるを得なくなる。

「それが何なのか、はあえて言わなくてもいいわ。問題はそこにはないから」

グローリーは少し穏やかなまなざしを二人にくれる。

「その不安や不満、心の不安定が原因で、身体から精神だけが浮遊したみたいになるときがあるのね。追い詰められて自殺する人なんて言うのは、自制心が途切れてしまうから死を止められなくなっているのよ」

「本当に、私たちって……」

織子の中のなぎさが言う。

「そう。そうなった時にお互いがぶつかってしまって、精神の行き場所がわからなくなって、たまたま入った相手が別人だったってこと。だから、それを元通りにしようなんて言うのは、なかなか難しくてよ」

「やっぱり……」

「占い師でわかることって、それだけだよね……」

二人はグローリーをもってしても解決しそうもないこの入れ替わりにどう付き合わなくてはいけないのか、を模索し始めていた。

「でもね……」

グローリーが差し向けた言葉に二人は色めき立つ。

「ほら、おっこちゃんにも親友がいたじゃない?」

「え?真月さんのこと?」

なぎさの中の織子が答える。

「いやいや。ほら、なんていったかな、幽霊でおかみさんの幼馴染だった」

「あ、ウリ坊?」

なぎさの中の織子の顔がばぁっと明るくなる。

「霊界に居る彼なら、何かいいアイディアがあるかもしれないわね」

占い師の顔をしていたはずのグローリーだが、すでに一人のうら若き女性に変容していた。


「ねえねえ若おかみ?ウリボウって何?イノシシの子供?」

織子の中のなぎさが聞く。

「ああ、私と一時期友達になっていた幽霊なのね」

「幽霊と友達って……凄い違和感なんだけど」

少し引き気味な織子の中のなぎさ。

「まあ話せば長いんだけど、幽霊だったウリ坊が見えたのね、私。もう成仏しているから最近はあえてないけど」

「あおうと思えば会える存在?」

「いやぁ、それは……」

「可能ですよ」

鈴鬼が二人の会話に割って入ってきた。

「ああ、鈴鬼君!え?そんなことできるの?」

なぎさの中の織子が喰いつき気味に聞く。

「なんでご仏前にお供えするか、知ってる?」

唐突に鈴鬼は聞いてくる。

「そりゃ、あの世でお腹がすいたらいけないから、でしょう?」

常識的な答えを出す織子の中のなぎさ。

「でも、お供えって、亡くなった人の好物とかをお供えすることもあるじゃないですか?お酒とか」

鈴鬼は拙いながらでも説明を続ける。

「お供えする人にも、霊と近づきたい、亡くなっていても身近に感じたいって思うことが、故人の好物をお供えすることにつながっていくんですよ」

「てことは……」

なぎさの中の織子は少し虚空を見上げ思案して、こういう。

「ウリ坊の好物をお供えすれば、ウリ坊にもう一度逢えるかもってことだよね?」

「はい。可能性はあります。でも、立売家のお墓はこの近くにはないはずです」

大阪で転落死している立売 誠。霊は移動など簡単だが、お墓はそこまで移動しない。

「ウリ坊とここのおかみさんは相思相愛の仲。おかみさんに、ウリ坊へのお供えを作ってもらって、呼び寄せるくらいしか手立てはないですね」

「でも、どうやっておばあちゃんに「ウリ坊へのお供え作って」って言えるのよ……」

なぎさの中の織子はそこで躓いてしまう。

「それはそうですけど、今のところ、ウリ坊に助けを乞うしか方法はないと思いますよ。そんなことで迷ってたって前に進まないと思いますけど……」

鈴鬼は珍しく真顔で二人を諭す。時間もなくなっているという焦燥感が鈴鬼にそんな表情をさせたのかもしれない。


9時過ぎ。

若おかみとなぎさは、峰子の部屋にやってくる。

二人を招き入れた峰子は開口一番、

「それで、元に戻る方法は見つかったかい?」

と聞く。

「それが、完全な方法とは言えないんですけど……」

織子の中のなぎさが言う。

「ねえおばあちゃん、いつか、ウリ坊のこと話してくれたこと、あったよね?」

なぎさの中の織子が勢い込んで峰子に尋ねる。

「あ、ああ。もう何十年も前の話だけど……」

アルバムを見つけて昔話に花を咲かせたことを峰子は思い出していた。

「ウリ坊って、おばあちゃんのことが好きだったんでしょ?」

「ううーん、そう、なのかも知れないね」

峰子は言葉を濁す。

「私もここで若おかみが板についてきたからなおさらなの。なんでもいいから元に戻るきっかけがほしいの」

「それが、ウリ坊だっていうのかい?」

峰子は急に出てきたウリ坊の名前のからくりにようやく気が付く。

「もう今だから言うけど、ウリ坊って、おばあちゃんが大阪離れたすぐ後に転落死しちゃったのね」

なぎさの中の織子はウリ坊の去就を始めて口にする。

「で、今までおばあちゃんを、私を見守り続けてくれてたの。あのお神楽を踊る日までは」

なぎさの中の織子が必死に説明する。

「だから、ウリ坊の神通力が必要なのよ」

「だからって、私にどうすればいいって言うんだい?」

峰子は、織子の熱弁に答えるすべを見出せなかった。

「要は、おかみさんがウリ坊さん?を呼びだしてくれればいいんです」

織子の中のなぎさが結論を言う。

「どうすればそれができるんだい?」

峰子も少し前向きになっていく。

「ウリ坊の好物って何?おばあちゃん?」

なぎさの中の織子が問いかける。

「ああ、そう言えば、ウリ坊って、甘いもの大好きだったからねぇ。うちの作ったおはぎを美味しそうに食べてたよ」

「「それだっっ」」

二人は期せずして声をそろえる。

「今からおはぎ作って、仏前にお供えしよう!そしたら、ウリ坊がやってくるかも」

「甘味につられてかい?そんなことってあるのかねぇ……まあ、ここでとやかく言っても始まらないわ。ちょっと、康さんを呼んでくるわ」

そう言って、峰子は立ち上がり、厨房に向かって歩いていった。


10時過ぎ。

「急だったんで、ありあわせになってしまいましたが、こんなものでよろしいですか?」

康さんの渾身の一作が姿を現した。

粒あんは小豆の水煮、ベースとなるもち米がなかったので、ダンゴ汁用にとっておいた米粉を練った餅的なもの。急ごしらえのおはぎが完成した。

「ええ、ええ。これで十分だよ。ウリ坊をおびき出すにはね」

最初からなんでもうまく行くはずがない。とりあえず、の手段がおはぎである。これで当たれば儲けもの。峰子の考えはそうだった。

「じゃあ、おばあちゃんは、ひとまずここから出てもらえる?」

なぎさの中の織子がそういう。

「まあ、その方がうまくことも運びそうだから、そうさせてもらうよ。何か変わったことがあったら知らせておくれ」

そう言うと、峰子はしばし、自室から席を外す。

「さあて……」

二人は、仏壇の前に置かれたおはぎに目をやる。

「あ、そう言えば、幽霊って、物、食べられなかったんじゃ……」

織子の中のなぎさが当たり前のことを言う。

「だけども、霊前に供えるってことは、あの世に行った人に食べてもらいたいから。多分、おばあちゃんの想いは伝わるよ……」

だが、深夜になっても、それらしい雰囲気には至らず、とうとう日付が変わってしまう。

「あーー。このまま朝になっちゃったらどうしよう……」

織子の中のなぎさはうろたえる。

「大丈夫よ。まだその時間帯に至ってないんだもん」

なぎさの中の織子には確信があった。

「どういうこと?」

「草木も眠る丑三つ時。夜中の時間帯で無いと霊って活発に動かないのよ。だからもう少し待っていれば……」

と我慢していた二人だったが、さすがに疲れてしまってうたたねを始めてしまう。


「おーー。ひっさしぶりのおはぎやぁ、やっぱりたまには峰子ちゃんのところに帰ってこんとあかんなぁ」

ウリ坊が、数か月ぶりに「春の屋」に姿を現した。成仏したとはいえ、霊としての実体はまだある。

仏前に供えたものなら、実体が無くならなくても、食べた気に霊はなる。ぱくつく、というよりは、そのものの魂を食べる、という感じか。

「それにしても、時期外れのおはぎ。どないしたんや……」

ふっと眼下を見ると、二人の女性が居眠っている。

「おお、おっこやないか、えらい立派に成長して……って、ちょっとおかしいやろ?なんで大人になっとるんや?」

ウリ坊は、おっこの精神と、それを形作っている体格の変化に戸惑っていた。

「もう一人はおっこの体なのに中身は大人の女性みたいやな……」

ウリ坊にも、二人の異常な関わりがなんとはなくつかめてきた。

「ハハーン。俺を呼びだして、この入れ替わっているのをもとどうりにしてほしいって寸法かいな」

くるっと虚空で一回転してウリ坊は、自分がここに呼ばれた理由を推察する。

「まあ、霊と精神なんて、一心同体みたいなもの。ワイの手にかかったら、チョチョイのちょい」

と、言うなり、ウリ坊は、突然なぎさの中に入っていく。


"おっこ、俺や、ウリ坊"

精神的に織子と会話するウリ坊。

"あ、ウリ坊!! 来てくれたんだ"

織子は少し涙ぐみながらウリ坊を歓迎する。

"それにしても、ようこんな大人の人と入れ替われたもんやなあ"

ウリ坊は少し呆れ気味に言う。

"普通は同い年か、男女やで。年の離れた入れ替わりなんて聞いたことない"

"でも、実際起こっちゃったんだもん"

織子はそう言う。

"まあ、精神年齢が似通ってたから、ということが言えるかも、だけどねぇ"

少しウリ坊が茶化してみせる。

"で、どうしたら元に戻れるの?"

織子が急かす。

"まあ、気にすんなや。一晩寝たら元に戻ってるわな"

"え?ほんと?"

織子がその答えにびっくりする。

"入れ替わりって言うより、自分から逃げたいって思っていた精神が別の居場所に入り込んだだけ。だから、元の居場所を探してまた浮遊するんだよ"

"え?精神って、そんなに出たり入ったりするものなの?"

織子は、ウリ坊の理論に少し戸惑う。

"ほら、幽体離脱って言うやろ?死ぬか生きるか、の時に出る現象って言うけど、生きてるときにも出てくることがあるんや"

"そうなんだ"

"そやから、二人が寝ている間に精神がさまよって、自分の居場所を見つけようとするんや。ほら、おっこの中に入ってた人の精神が出てきたで"

見ると、ボヤぁッとしたなぎさの精神らしいものが織子の体の中から浮遊して出てきた。

"うわあ、私ってどうなったんだろう……"

なぎさもおっことウリ坊の会話に入ってくる。

"あ、おっこちゃんだ。誰?この男の子?"

"彼がウリ坊なの"

"あ、あなたが"

"お初にお目にかかります。で、この人、どちらさん?"

"なぎささんって言うんだって"

"そうですか。で、どうでした?おっこの体の中は?"

"どうもこうもなかったですよぅ"

"あっはっは。そりゃ戸惑いますわなぁ"

"あ、もしかしてウリ坊、私たちのこと、見てて知ってたとか、ないよね"

"それはないわ。峰子ちゃんのおはぎに誘われて、久しぶりに「春の屋」に来たんやで。そしたらこないなことになってたんや。オレ、何も知らんで"

"まあ、それならそれでいいけど……"

"まあ心配すんなや。あとは自分の体に戻っていくだけやから"

"じゃあ、私、先に元に戻っとくね。おっこちゃんは、ウリ坊と仲良くやってね"

なぎさの精神が、口を伝ってなぎさの体の中に入っていく。受け入れた瞬間、ビクン!と身体がしなる。

"おお、これで元に戻れたな。じゃあ、あとはおっこが自分の体に入っていくだけや"

"ありがとう、ウリ坊"

"いやいや、オレは二人の精神が出てくるのを手伝っただけ。元に戻るのは自分たちの意志やからな"

"とにかく出てきてくれてありがとう"

そう言ってウリ坊に別れを告げた織子の精神は、身体の中に吸い込まれていく。同化した瞬間、織子の体もビクン!と痙攣する。


「さあて、これでよしっと。あとは峰子ちゃんの夢枕にでも立って、今日のお礼でも言うとくかな」

ウリ坊はそういって、峰子の寝所に向かっていく。


翌朝。

なぎさと織子は、二人、折り重なるようにして、寝入ってしまっていた。

「おっこ、これ、おっこ」

珍しく、峰子が慌てて自室に居るであろう織子を呼ぶ。

ふすまをガラッと開けた峰子は、二人が着の身着のままで寝入っているのを認めて、慌てて揺り起こす。

「んーーふぁーーー、おはよう、おばあちゃん……」

その声を発したのは織子だった。

「あ、寝ちゃってましたか、すみません……」

しおらしく謝ったのはなぎさだった。

二人が二人して、そのお互いの声に顔を見合わせる。

「「あーーーーーー」」

そう言って、お互いを指さし、次の瞬間、二人は抱き合って喜んだ。

それを見た峰子も、安堵からか、少し涙ぐむ。騒ぎを聞きつけて、康さんとエツ子もおかみの部屋に駆けつける。

「おお、元に戻られましたか、お嬢様」

康さんは、少し笑みを浮かべて喜ぶ。

「一時はどうなるかと思いましたよ。元に戻ってよかったです」

涙もろいエツ子は、ここでも大粒の涙を流している。

「まずはよかったねぇ、二人とも」

峰子はそういって二人をねぎらう。

「実は、夢枕にウリ坊が立ってねぇ」

峰子は二人に語るように話し始めた。

「『二人のことなら元に戻ったで、安心してや』って言ってくれたのね。ああ、まだウリ坊って私や私の大切な人を見守ってくれているんだなって、感じられたの。それがうれしくてね」

あまり感情を出さない峰子が、ここで言葉を詰まらせてぐすぐすっと泣き始めた。

それでも、元に戻った二人が峰子に寄り添う。

「おかみさん、ありがとう」

なぎさはそういって涙を見せれば、

「もとにもどれたよ、やったねっ」

と織子は喜びを爆発させている。

5人の感情が宿に充満し始めたころ、

「あのぉ、お食事はまだなんですか、と……」

といってくるあやめに反応するなぎさ。

「あやめさん!!!」

ボロボロの顔を隠そうともせず、抱き付くなぎさにあやめはドギマギする。

「ちょ、ちょっと、顔が近すぎるでございましてよ。こんなに喜んでいるってことは……」

「はいっ、二人とも元に戻りましたよ」

ニコニコ顔の若おかみがあやめに説明する。

「それはようございました。さっそく乙葉チンに……あ、それより朝食は……」

「あ、ハイハイ、いまからご用意させていただきます」

エツ子が対応する。

峰子もあやめに、

「ご心配をおかけしました」

と深々と一礼する。

「あ、いえ。私たちは何もしてないし、してあげられませんでしたけど」

というあやめに、

「そんなことはないんじゃありませんか?」

と峰子は言う。

「もとに戻りますように、くらいはお願いしたでしょう」

「まあ、確かに……あっ」

「それって、コトダマって言うんじゃ、ありませんか?」

「コトダマ、かあ」

そう言って顔を出したのは、すっぴんのグローリーだった。

「グローリーさんっ」

今度は織子がグローリーの元に駆け寄ってくる。

「まあ私も占い師だし、時々言葉の力って感じることはあるけど、みんなの想いが形になったのかも、しれないわね」

グローリーは述懐する。

「ともかく、いろいろとお騒がせしました」

峰子はそう言ってこの場を鎮める。


「まったく。一時はどうなるかと思ったぜ」

あやめたちの連絡を受けて、秋好旅館に居た幼なじみたちが、なぎさを迎えに来ていたのだった。開口一番、かえでが言う。

「心配かけて、ごめんねぇ」

なぎさはそう言って3人に手を合わせて謝罪する。

「まあ、元に戻って、よかったじゃない」

雫も安堵の表情を見せる。

「全く。人騒がせなんだから」

夕は、正気に戻ったなぎさを見て、少し涙ぐむ。

「あれ?お父さんにみつえさんには?」

来ていておかしくない両親がいないことを認めて、なぎさは言う。

「お知らせはしたけど、みんなで迎えに行ってって言われてさぁ」

かえでが、その理由を明らかにする。

「まあ、大勢で行っても仕方ないし、ね」

雫が言う。

「私たちの方がいろいろ安心するだろうっても、言ってらっしゃいましたわよ」

夕も両親の想いを補完する。

「みんなが迎えに来てくれて、よかったよ」

ほっとするなぎさの後ろから、

「なぎささあーん」

織子の声が追いかけてくる。

「はあ、はあ……何とか追いついたよ」

息も荒々しい織子が、なぎさの手を取る。

「今度こそは、うちに泊まりに来てくださいっっ」

そう言って、屈託ない笑顔を見せる。

「あは、それを言うために、わざわざ……」

なぎさは少しあっけにとられるが、それでも、何とはなしに、織子から、コトダマが発したように見えた。

それを虚空を見上げるように目で追うなぎさ。

「うん。今度はみんなと一緒に泊まろうかっっ!」

なぎさのコトダマと織子のコトダマが空中でぶつかり合い、得も言われぬ輝きがそこに生まれる。

二人がしっかりと手をつないだその先には、洋々たる未来がそこに描かれているようだった。





後書き

「もうほんと、誰だよ、こんな無茶ぶり」
ツイッターでのお題提示を見て最初に思ったのはこの一言です。
確かにアクアマリンの面々も、花の湯温泉の人たちも、悪人はだれ一人いません。一番のネックは、やはり、今回入れ替わるとしても、元に戻すきっかけって何にするのか、なににすれば整合性が取りやすいのか、と思ったわけです。
で、仕方なしに、ウリ坊にすべてをお任せしたんですが、正直、完成優先でこの手法にした部分が大きいので、その部分はご容赦いただきたいです。
ただ、これだけ多彩な人物をほぼ全員てんこ盛りにできたのは、私のなせる業。特に「またしてもあの二人が同じ宿に」というシチュエーションは、私の中でも思いのほかはまってしまっています。そう。なぎさが「春の屋」に泊まれなかったのは、「二組」予約されていたからなんですね。
一晩で入れ替わりが解消する風にしないと、ずるずる収拾がつかなくなると思い、敢えて簡単解決にさせていただきました。とにかくもともとが無理筋なのですから、このあたりは勘弁していただきたいところです。


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