根来俊一、トレーナーになる(1)
雑誌対抗戦でそれなりの戦績を残した「ウマッ娘通信」の根来俊一を、本格的なトレーナーにするべく、理事長と秘書は、出版社まで出向く。果たして、根来は、首を縦に振るのか?
前回のシリーズもの「ウマ娘雑誌対抗 ウマ娘育成プロジェクト奮闘記」は、それなりに閲覧数もいただき、私的にも一つの形になっていると考えています。
主人公だった根来俊一が、あの成績のままで又雑誌社の記者として埋もれていくのか、という形でクロージングしたわけですが、その後の続編を匂わせる理事長とたづなの躍動から、どうしていくんだろうな、と思ったことでしょう。
というわけで、トレーナー・根来俊一の奮闘劇をこれから紡いでまいりたいと思います。
2023.4.21 作成開始。
2023.5.5 4500字まで。理事長との対峙、
2023.5.15 8000字まで。就任式のその後。
2023.5.23 第一版 上梓。9454字
1.
「ウマッ娘(うまっこ)通信」の記者である、根来俊一は、今日も今日とて、PCの前に鎮座し、カチカチっと記事のラフづくりに余念がない。
数か月前まで、雑誌対抗試合として、雑誌を代表してトレーナー見習いになり、3年間1人のウマ娘ーーナナコロビヤオキーーを一から育成し終えたばかりであった。
彼女のラストレースに根来は「中山グランプリ」(有馬記念)を選び、一発逆転を狙ったが、僅差2位どまりとなり、優勝はできなかった。
その思いがいまだに根来の中にはくすぶっていた。
"もう少し脚力をつけていれば" "坂路追いが足りなかったか" "無理してでも食べさせるべきだったのかな"……
試合が終わり、記者に復帰してからでも、ああでもない、こうでもない、がずぅっと根来にとりついていた。
そして見上げた先には、ナナコロビヤオキとの記念写真。それを見て嘆息する。一日何度となく繰り返される根来の日常だった。
「まったく、ゴロちゃん、しっかりしてよ」
編集長の石上が、見かねて根来の席に近寄って言う。
「まあ、ヤオキロスはわかるけど、もう済んだことでしょう?レース予想を外したって落ち込まないアンタが、ここまで病むとは、ね」
石上のお小言に何も言わず、根来は、またキーボードをたたき始めた。
「ほんと、大丈夫かねぇ」
去り際に石上はボソッと独り言を言った。
石上に言われなくても、根来の中では一つの方向性が決まっていた。予想する側から予想"される"側の方が断然面白い、ということに。
ただ、「じゃあ、記者辞めます」といったところで、ウマ娘専門雑誌以上に、ウマ娘に関われる職業なんて限られているし、一番やりたいトレーナーそのものが狭き門だ。若いうちから修業を積んで初めてものになるといわれるトレーナー。五十に足をつっこみかかっている根来にはそのチャンスすらないに等しかった。
根来の"異変"に気づいている人がもう一人いた。
「根来さん、なんだか最近ふさぎ込んでますよね」
根来のデスクの近くに椅子を滑らせながらやってきたのは、元・トレーナーの富田だった。
「う、うん。まあ、見ての通りだよ」
諦め口調で根来は答える。
「ナナコロビヤオキ、本当にもうひと踏ん張りでした」
中山グランプリで富田は、ヤオキに〇を打っていた。
「まさかの追い込み脚質同士の決着は予想してなかったから、俺も予想は外したけどね」
富田の◎はナリタブライアン。ゴールドシップは、直近の成績とむらっ気を嫌気して△どまりの評価だった。
「あれだけの名だたるウマ娘から、印をつけられるなんて、すごいですよ」
根来は富田の目の付け所をほめる。
「まあ、2着という部分はあっているから、そこは自慢していいか、ははは」
乾いた笑いを富田はする。
「それで?ターフが俺を呼んでいるって顔、いつまでしてるんだい?」
富田は根来にズバリと聞く。
「そうですよね。富田さんには隠せないや」
薄ら笑いを浮かべて根来は観念したように言った。
「いやいや、渡りに船っていう案件がそこまで来ているかもよ」
意味深な言葉をかけた富田の視線を追った先には、トレセン学園の理事長と秘書が、どかどかと音を立てながら編集長の石上のそばまでやってきていた。
2.
「いやぁ、編集長殿、お邪魔させてもらうよ」
応接室に通されたトレセン学園の理事長……秋川やよいが、呵々大笑しながらソファーに座っている。
「すみません、突然押しかけたりして……」
そばで秘書の駿川たづなが、申し訳なさそうに立っている。
「は、はぁ……」
アポなし突撃に面食らっている石上と根来。彼女たちの来訪の意図を図りかねていた。
「き、今日は、どういったご用件で……」
石上が、二人に問う。
「提案ッ!」
いうなり、同じ言葉の書かれた扇子がぱっと花開いた。
「今日御社まで出向いてきたのはほかでもない。根来君をスカウトしたいと申し出に来たのだよ」
「「へぇ?」」
石上と根来は声をそろえた。
「そ、それって、どういう……」
石上は、重ねて理事長に問うた。
「え?今ので通じなかったか。どういえばわかってもらえるかな?たづな!」
困り顔の理事長にたづなが助け舟を出す。
「ええ、理事長がおっしゃるには、根来さまを当学園のトレーナーに推挙したい、と、こう申しているのでございます」
「ああ、そういうことでしたかって、ええぇぇぇぇぇ」
石上は、椅子から転げ落ちそうなリアクションを見せる。
話題に上っている根来本人は、いたって冷静に周りの会話を咀嚼していた。
別に雑誌社の仕事がいやになったわけでもないが、確かにトレセン学園で吸う空気は今までと全く違っていた。ただ、仮に自分がトレーナーになっても勝てないウマ娘ばかりを輩出してしまいかねないか、不安の方が大きかった。
「もちろん、スカウトするのだ。それなりの補償はするつもりだ。このくらいでどうかね?」
さすがは理事長。石上の想定していた金額を余裕で超える額を提示された。
「い、イャ、お金を積まれましても……根来ほどの記者を育てるのにそれなりに時間も経費もかかってますし……」
足元を見たというより、石上は理事長の度量を図ろうとした。
"ケンカを売った……"
隣で聞いていた根来は少し戦慄した。何しろ、たいていのことを金で解決してきた理事長、トレセン学園。返り討ちにあうことは目に見えていた。
「ホウ。足りぬと申すか。ならこれではどうかな?」
再び小切手に書かれた金額を見て、石上の目が泳いでいる。間違いなくその金額に恐れおののいている表情だ。億まではさすがにないだろうが、それなりの桁が認められた。
「参りましたっ」
テーブルに石上は突っ伏した。それは降参のポーズであると同時に、根来の移籍が決まった瞬間でもあった。
「だろうだろう。私と張り合おうなんざ、100年早いのだよ、編集長殿」
完全勝利に酔い、扇子でパタパタ扇ぐ理事長とは裏腹に、記者の喪失という現実にまだ石上は追いついていない。
「あ、あのぅ……」
根来はようやく口を開いた。
「私は、これから、どうすれば……」
「ウム。君のことを忘れておった。私は、あのウマ娘・ナナコロビヤオキ君を育成した手腕を買って、君をトレーナーに推挙しておるわけだが、あの時は、いわゆるトレーナーの助手のような存在で、真のトレーナーとは言えない立ち位置だったわけだ。ここまではわかってもらえたかね?」
理事長はいったん根来に問いかける。
「ええ。それはもう」
根来は相槌を打つ。
「きみが本物のトレーナーになってくれたら、と私は考えてここにいるわけだけれども、なぜこの日になったか、わかるかね?」
3月に入った直後の平日。理由がつかめない根来は首を横に振った。
「この間、トレーナー選抜試験が終わって、一次審査の合格者が発表されたんだが、何人か辞退したものがいたのだ。今後のことを思えば、それなりに実績のあるものにトレーナーになってもらいたい、という思いもあって一次を免除できる成績を収めているお主に白羽の矢を立てた、とこう言うことなのだ」
トレーナー業は意外と入れ替わりが激しい。名伯楽の名を標榜できるのはほんの一握り。100人超といわれるトレーナーにもきっちりとした序列があり、勝ち星に恵まれないウマ娘ばかりをかこっているトレーナーには引退勧告が普通に出される。富田は自身の病気が理由だったが、自然減も含めれば、毎年10数人のトレーナーがトレセン学園を離れていく。それで毎年のようにトレーナー選抜試験が行われているのだった。一次試験を突破できるのは、トレーナーの助手だったり、ほかの地方のトレセンのトレーナーが格上げを狙ってきたりと、経験者が圧倒的に多い。
今の立ち位置が安住の地であるとは思いたくなかった根来だが、仮にトレーナーの道に進むとなったら、それこそ半端ないプレッシャーがのしかかってくる。
「私で……務まるものでしょうか……」
根来の自信なさげな言葉に少し理事長はイラついたような表情を見せる。
「ウーム。それほどの自信の無さで、あのナナコロビヤオキをあそこまで育成した君に、私は期待をしているのだよ」
理事長が詰めてくるのも無理はない。3年前の志望動機の文面やヤオキに対するトレーニングの熱血ぶり。それを根来自身が全く認めていないことに愕然としたのだ。
「イヤ、私とて無理強いしてまで君をトレセン学園に、トレーナーにしようとは思っていない。だが、あの時した質問は、そもそもウソ、だったのかね?」
根来は、3年前の理事長と対面したときに放った質問を思い出した。
『ぼくたちって、所詮3年間だけのトレーナーで終わっちゃうと思うんですが、それ以降もトレーナーであり続けようと思ったら、どうすればいいですか?』
この時の根来は、トレーナー業で骨をうずめてもいいと思っていたからこそ、退路を断って自分の担当ウマ娘に全振りしていたのだ。しかし、戦いが終わって、思った通りの結末にならなかったことが、トレーナーへの転身を思いとどまらせた。不幸にこそしなかったが、あの後ナナコロビヤオキは、生まれ故郷に帰っていったと聞く。
理事長の言葉に何と答えようか……根来は少し息を吸って、理事長を見据える。
「理事長の想い、しかと受け止めました。最初、理事長の私に対する思いもよらない期待のかけ方に少しおののいてしまいました。しかし、自分の手で再びウマ娘を育てられる、またとない機会を無駄にしたくはありません」
「おお、ということは!!」
「はい。お受けしたいと思います。ただ私も一企業人。今日の明日で、慌てて飛び出すことはしたくありません。何より、私の仕事の引き継ぎもしなくてはいけませんし」
根来は覚悟を決めて言い放った。
編集長の石上は黙って聞いていたが、
「まあな。トレセンから帰ってきてからのお前見てるとちょっと気の毒だったもんな。今回のオファー、よかったんじゃない?」
と根来に問いかけた。
「いやいや。前回は雑誌社の看板背負ってやっただけ。今回は本業になるんですよ。全然プレッシャーが違いますよ」
結果はどうあれ首になることはないと割り切っていた雑誌対抗戦。今回は、トレーナー同士の戦いになるのだ。不退転の気概で臨まないとたちまち無職になってしまう。
「まあ、札付きのウマ娘をあそこまで仕上げたんだ。理事長様の目に狂いはないだろうよ」
そういって石上は微笑んだ。
「さすがは編集長殿!!話が早いっ」
そういいつつ、理事長は、扇子をパッと開く。開かれた扇子には「天晴ッ!!」が書き込まれている。
「それでは、これから根来君は、我々日本トレーニングセンター学園のトレーナーとしての準備を進めていただきたいと思う。会社の退職などに時間はかかるかもだが、できる限り早く済ませていただきたいものだ」
「はい。できるだけ早く根来をそちらにお渡しできるよう、最善を尽くします」
石上は直立不動で理事長の言葉に答える。
「それでは、私たちはこれにて」
理事長と秘書が立ち去ろうとして、編集部の部屋を通り抜ける。その時一人の編集員に目配せした。それは誰あろう富田だった。
3.
「ああ、これはこれは、富田君ではないか!元気にやっているかな?」
理事長が、電話口で応答している。時、正に中山グランプリ終了直後のタイミングだ。
「ええ。ご無沙汰しております。うちの根来にもいい活躍の場を与えてくださいまして……」
富田は、実況が終わったレースの振り返りをしていたのだが、思い立って理事長に電話をかけたのだった。
「きみがいなくなってからのURAは火が消えたみたいだったけれど、今回の企画は大盛況だったよ」
理事長の、パタパタと扇子で扇ぐ音も聞こえるほどの熱狂ぶりが伝わった。
「実は、お電話したのは、理由がありまして……」
と、富田は切り出した。
「根来君をトレーナーにするお考えはありますか?」
唐突な申し出であることを覚悟したうえでの富田の提案であり質問だった。
だが、意外にも理事長の受け止めは冷静だった。
「ほほう。元トレーナーとしても推薦したい、とこういうことかね?」
拒絶される、少なくとも軽くいなされると思っていた富田の方が面食らった。
「い、いや、私からの推薦と、言うわけでは、なくて……」
意外な反応に富田の方が上がってしまっていた。
「適性はあると認識したので、どうお考えなのか、と、それがお聞きしたかったのです」
雑誌の取材的に持っていきたかった富田はそういって場をつくろった。
「まあ、君も知っての通り、ナナコロビヤオキはURAの中でも群を抜いた勝ち上がり切れないウマ娘だった。今回、根来君に彼女を育成させるように仕向けたのは、URA全体なんだよ」
富田は少し戦慄した。と同時に、勝てないウマ娘たちをどうにかしたい、という思いが、さまざまに結実したのが前回の雑誌対抗戦だったのだと知る。
「だから、彼女が選抜レース以降、勝てるなんて思ってもいないし、中山グランプリに出られるほどのファンを獲得することも到底無理だろうと高をくくっていたら、根来君はそれらを実現して見せた。あまた居る三流トレーナーでも、いや、あの天才トレーナーの桐生院師ですら手を焼いていたはずなのに……」
理事長の並々ならぬ、根来の評価を富田は黙って聞いていた。
「あはは。なぁんだ。理事長さんも根来のこと、買っているじゃないですか」
富田は軽口を吐いた。
「実はそうなんだよ。ここまで志が高く、序列で破れたりとはいえ、一番苦労したトレーナー候補生は彼以外にはいないよ」
理事長は根来の勝ちきれなさをくみ取りつつ、もし彼が一流のウマ娘を育成できたら、どうなるのか、楽しみで仕方なかった。
「だったら、理事長。彼をスカウトすればいいじゃないですか?」
「な、なんと!!」
富田の提案に今度は理事長が驚愕した。
「ウーム、確かに編入という制度がないわけではないが……ちょっと考えさせてもらえないだろうか……」
「ま、どうせ何とかなさるんでしょ、理事長殿?」
富田は薄笑いを浮かべながら、理事長の返答に対する。
「う、ウム。私で何とかならなかったことなどつゆほどもない。ここは一つ力技で根来君をスカウトするかな。時期は年明けになるとは思うが……」
かくして、根来トレーナー計画は、秋川理事長と富田の謀議によって秘密裏に計画され、時期を見計らって実行に移されたものだった。
4.
4月になる少し前に、トレーナー試験の合格発表があった。二次試験は、いわゆる面接で、心証の悪そうな数人がここでふるいにかけられた以外は、一次試験通過者のほぼ全員が合格した。根来はすでにトレセン学園の中で顔が知られていたこともあり、「へぇ、トレーナーに推挙されたんだ」という好奇の目にさらされたこともあったが、正式にトレーナーとしての第一歩を踏み出すこととなった。
トレーナーとしての入学式である「就任式」が、4月1日に執り行われた。
"またこの場所に舞い戻ってくるとはなぁ"
根来はそう述懐しながら、トレセン学園の門をくぐる。
別に大した歓迎を示されているわけではなかったけれど、何人かの生徒たちがびっくりしたような表情をのぞかせる。
その中に、前回の雑誌対抗戦で優勝したスイミングゴーグルがいた。
「あ、根来さん!根来さんですよね?」
小走りで根来の元に駆け寄ってくる彼女を見て、根来は少し恰好を崩した。
「おお、久しぶりだね。あれからどうしてるの?」
彼女の去就が気になって、根来は尋ねる。
「ええ。みっちりトレーナーさんに鍛えてもらってます。まだまだこれからですから」
今回の雑誌対抗戦で育成ウマ娘になった6人のうち、早々と引退したカンジュクトマト、2位で終えたナナコロビヤオキ、セルズアットワークとキボウホウウインドのマイル勢2人、計4人はすでにトレセン学園から離れている。負けて残っているのは、短距離得意のヒラシャインだけだった。
「私の今があるのは、沢井さんのおかげですから」
優勝者を育てた沢井は、トレーナーになりたいとは思っていなかったのか、そもそもオファーがなかったのか、彼の姿は見当たらなかった。
「それで?今は誰に師事してるの?」
「沢井さんの師匠に、と思ったんですけど、今は雪村さんにお願いしています」
「ほう、雪村トレーナーか」
中距離育成のスペシャリスト・雪村誠一トレーナーは、ウマ娘に関わる人なら知らない名前ではない。中距離GIは当然のようにすべて勝利し、彼が育てたウマ娘が中距離戦に出るというだけで人気が付くくらいだ。
「それはそうと、根来さんがトレーナーになるって言うので、生徒の間では、結構話題になってますよ」
「ほう。そうなんだ」
すでに根来が正規のトレーナーとして学園に来ることは周知の事実のようだ。
「3年間もここにお邪魔していたからね。また舞い戻ってくるなんて、誰も予想しないよな」
少し照れた笑いを根来は浮かべる。
そんな姿を見掛けたひとりのウマ娘が、二人の元に近づいてくる。
「ちょっくら邪魔するぜ」
下町言葉で話しかけてきたのは、イナリワンだった。
「おめぇさんが、あのナナコロビヤオキを復活させたトレーナーってわけかい?」
「ああ、そうだとも。勝ちきれなかったのが悔しくて、舞い戻ったわけではないけどな」
と、根来は、片意地張って答えてはみたが、心の中に未練が全くないと言ったらウソになる。
「しっかし、よくあいつをあそこまで育てたもんだよ。本来なら勝ち負けしてもおかしくなかった素質だったんだけどなぁ」
イナリワンはそう述懐した。彼女自体は、それなりに活躍したウマ娘ではあるけれど、輝かしい成績、というのとは少し違う、泥臭さを感じていた。
「で、俺に話がありそうな雰囲気なんだけど、どういった用件かな?」
根来は、あえてイナリワンにその言葉を告げさせる。
「おめぇの腕を見込んでのことだ。俺のトレーナーになってはくれねぇだろうか?」
"ほら、来た!"
根来は少しだけ微笑んだ。自分から見つける必要のある担当ウマ娘が向こうから契約を結びたいとやってくるのだ。
他の新人トレーナーとは違う、トレセン学園での3年間が無駄ではなかったとわかった瞬間だった。
「ああ、気持ちはありがたいけど、まだ正式にトレーナーになったわけではない。おそらく担当できるウマ娘も新人ならそう多くはないだろう。吟味はしたいんだ。だが、一番に声かけをしてくれたキミのことは考えに入れておくよ」
根来は、やんわりと断りを入れた。実際、正式登用されていないのに担当を持っているのは本末転倒だからだ。
「それもそうだったな。ま、おいらのこともちょっとは心の片隅においててくれよな」
そう言って、イナリワンはその場から歩き去る。
「凄いじゃないですか、まだトレーナーにもなってないのにむこうからオファーなんて」
スイミングゴーグルが、今までのやり取りを聞いてそう感嘆した。
「あの娘も少し焦っているんだろう。拾えるものなら拾いたいけどな……」
根来は、スイミングゴーグルに別れを告げて、就任式が執り行われる体育館に入っていった。
5.
「……私からは以上である。諸君らの健闘を祈る」
15分以上に及ぶ秋川理事長の訓示がようやく幕を閉じ、新任トレーナーの就任式も終わりに近づきつつあった。
「それでは、式の最後に当たりまして、こうして同期のトレーナーさんが一堂に会することもそんなに多くはありません。顔と名前を覚えておくことも兼ねまして、皆様には、一言自己紹介をしていただきたいと思います。今からマイクを回しますので、よろしくお願いいたします」
秘書のたづながそう言う。
ワイヤレスマイクが会場に居並んだ新任トレーナーの間を次から次に渡っていく。小野、笠原、岸部、桜井、田村……
アイウエオ順に並んでいたトレーナーたち。根来がマイクを握ったのは、8番目くらいだった。
「みなさん初めまして。根来俊一と申します。おそらく新任トレーナーの中では最年長の47歳です……」
そう言うと、会場がややどよめく。
「この度、理事長様からのお誘いもあり、前職をなげうってトレーナー業という世界に飛び込んでみました。皆さんとは技術力も知識も足りない年だけ食ったオッサンですが、よろしくお願いいたします」
パチパチ、とまばらな拍手が会場に響く。
「え?根来さんって、「ウマっ娘通信」におられた?」
根来が椅子に座りなおすのを見計らって、根来の前に自己紹介を済ませていた、津川一郎が声をかけてきた。
「ええ。そうですけど」
隠し立てしても仕方ないので根来はそう答える。
「ああ、前回の雑誌対抗では2位でしたよね」
津川はそう言う。
「そう言うあなたは、確か、津川さんとおっしゃってましたね。門別トレセンからやってこられたと」
根来は相手にもしゃべらせようと話題を振る。
「ハイ。何人かURAに所属できる枠を確保できたので挑戦してみた次第です」
津川の答えに"そりゃ、そうだわな"と、根来は納得する。
基本的にウマ娘のトレーニングに関わっている人たちがトレーナーになる中で、確かに根来の出自は異彩を放っていた。
3年間、桐生院師からの薫陶を受けているとはいえ、一人に対峙していればよかった前回の企画。URAにとって最大の効果をもたらしていたとはいえ、それが根来の大成を担保しているものではない。
いずれにしても、こうやって一本立ちしたからには、誰を育成するのかを見極めて契約しないと、八方美人になってしまってどっちつかずの成果しか上げられないよろしくない結末にならないとも限らない。
「ところで、津川さんは、どなたと契約するおつもりですか?」
トレーナーバッチの授与をもって就任式が完全に終わり、根来は津川に退場しながら話しかけた。
「ええ?気が早いですねぇ、根来さんは。そんなの、模擬レース観てからに決まっているじゃないですか」
笑いながら津川は答える。だが、それを根来は、自分を嘲笑しているように聞こえた。
「確かに順序はそうですけど、売り込みに来たウマ娘がいたら、それを拒みますか?」
少し真顔になりながら根来は津川に聞いてみる。
「仮にそんなウマ娘がいても、走ってみてから、でないととんだ食わせ物と契約してしまわないとも限りませんよ」
津川の意見ももっともだ。声をかけてくれたイナリワンが果たして自分にふさわしいのか、どうか、はそれこそ自分の目で彼女の走りを見てからでも遅くはない。
「確かにそうですよね」
根来はあえて今までのいきさつは語らずにそう言って会話を終えた。
新人トレーナーたちは、たづなの案内でトレーナー専用寮に向かった。
根来に新たにあてがわれた一室は、ほぼ数カ月前までいた雑誌対抗戦で使っていたのと全く同じレイアウト。懐かしさとともにナナコロビヤオキを勝たせてやれなかった後悔の念も同時に浮かび上がってくる。
根来は荷解きをしながら、机の上に写真立てを真っ先に立てかけた。それは、ナナコロビヤオキとの記念写真だった。
"君の轍は二度と踏まないよ"
根来はそうつぶやいた。
今回のストーリーは、実はとある共通点を持っている、そして現在実装されているウマ娘(すなわち実在している)をメインに描くことと決めています。ちなみにもうヒントは上がっているんですがねww
そう思った一つには、この手の娘たちって育成難しいとは思いませんか?仮に育成はできても、他のトレーナー氏の育てたウマ娘とはどこか劣っていると思ったりするんですよね。
だから、今回の出てくるウマ娘たち(すでに私がアプリでゲットしている子たちが多い)がどういう具合に育っていくのか、お楽しみにしていただきたいと思います。
このSSへのコメント