2024-02-22 21:00:01 更新

概要

遂に文庫本での刊行を企画!! 黒田本の冒頭を語るにふさわしいネタを見出せました。


前書き

正直言って、某主宰に触発されたわけではないけれど、私個人で薄い本を企画制作したら、どうなるのか、という部分は興味のあるところでした。
で、私の創作で欠くべからざる、ジャーナリストの黒田を主人公に、いろいろな映画の解析と疑問解決を彼にやってもらう、ということをまとめようと思い立ったわけです。
そうなると、彼の人となりや過去というものに触れておいた方がいいのでは、と思い立ち、そこに本来なら、一冊に仕立ててもいいくらいの当方の初解析タイトルとを絡めたうえで、このタイトルを黒田の文筆活動の端緒にしよう、と思い立ったわけです。
こう書くとお分かりの通り、黒田は私そのものでもあります。それを踏まえて読み進めていただきたいと思います。

2023.11.17 文庫本スタイルの同人誌製作を企図し、本稿をきっかけとする案が浮上。同人誌製作を始めようとした黒田の青春時代をメインに描写することに。
2023.11.18 2000字まで。冒頭部分ではなく、クロージングに近いところから始めていたので、一旦切り上げ。
2024.1.6 約4000字まで。まだこのアニメタイトルは出てこない。
2024.1.9 約6000字。タイトル記載。結果的に解析記事を掲載することは行わず、編集者とのやり取りで、デビューに至った経緯を書き留めるにとどめる。
2024.2.22 21:00 第一版完成。8506字。
     仮に薄い本を出そうとしたときに、本作のモチーフ解析記事を付記することで解消しようと画策。


1.

「ちょっと、気になってたんですけど……」

目の前に居る男性に話しかけられているのは、今や押しも押されぬジャーナリストとして活躍している黒田だ。

「なんだよ、藪から棒に」

問いかけを発した同じジャーナリストの須賀圭介に、黒田は怪訝そうな顔で応じる。

「黒田さんって、今はそれなりに活躍なさってますし、あの、糸守の真実、でしたっけ?あれから一気にブレイクしたなぁって思っていたんですけど、それまでって、どんな感じでやってこられたのかなぁって……」

二人がいるのは、出版社そばのさびれた喫茶店……正確にはコーヒーしか出さない一風変わった店である。

出されているブラックコーヒーをカップで遊ばせながら、黒田は須賀の問いにどう応えようか悩んでいた。

「俺の過去、か。そんなに知りたい?」

須賀と黒田では、進んでいる道が違っていた。前回の天野陽菜と森嶋帆高の関係を描いた「晴れ女の真実」は、結局共著にならずに須賀が一人で書いたことになっていた。

「ええ、それはもう。俺が唯一ライバルだって思っているのは黒田さんただ一人ですから」

おべんちゃらかどうか、須賀の発言に黒田は少しだけいぶかるようなまなざしを向ける。

「そうは言うけどね。俺の始まりなんか、調べたところで何にも出てこないよ」

ぬるくなる前にと、コーヒーを口に運んだ黒田だったが、少し冷めていたコーヒーは苦みをそこはかとなく漂わせていた。

「そうですか?でも、人生の先輩として、知っておきたいなって思う後輩に打ち明けてくれてもいいんじゃないですか?」

なぜか須賀は必死に黒田の過去を掘り出そうとしていた。

「ふーん。なんか、魂胆でもあるな?」

黒田はそう断定して須賀に詰問する。

「あぁ、ここまで食いついたら気が付きますよね。いや、実はその通りでして……」

頭を掻きながら須賀は、某出版社の企画した書類を黒田に見せる。

「俺もいっぱしのライターになろうと思ったら、今みたいなオカルト色いっぱいの文章ばっかりではなくて、まともな調査報道的な題材にもチャレンジしたいな、と思っていたら、ここからこんなオファーがあったんです」

黒田はその書類を取り上げて、表題を音読する。

「職業悲喜こもごも……あこがれの職業の表と裏」

ジャーナリストがあこがれの職業なんて一度も思ったことはない黒田にとって、このタイトルと、取材対象に自分がなっていることの乖離が埋まっていない。

「今でこそ売れっ子の、黒田さんのこれまでを知れば、ジャーナリストって簡単じゃん、だれでもできるわ、という甘い幻想を打ち砕けると思ったんです」

須賀の話を聞きながら、黒田は企画書をパラパラとめくる。ユーチューバー、作家、プロゲーマー、ゲームデザイナー、起業家……表舞台では華やかな職業の人たちの暗部や苦労話がそれなりに書かれていた。その一角にジャーナリストの欄があった。

「なるほどね。で、俺を取材するわけだけど、対象者に支払う対価はどのくらいかね?」

珍しく、黒田は金額の話を持ち出した。

「前回の借りもありますし、それなりにはお支払いしますよ」

須賀は手のひらを黒田に見せた。まさかと思って黒田は確認する。

「5万、だよね」

こういう場合、下目に言うのがポリシーだ。

「え、ええ。そのくらいが相場かと……」

半ばがっかり目に黒田は応じたのだが、

「まあ、話しただけで50万なんか、ぼろすぎるもんな」

というと、黒田は、残りのコーヒーを一気にあおった。

「さあ、これから話していくんだから、君も取材の準備をしたらどうだい?」

黒田はそう言って、コーヒー店のマスターに、お代わりをオーダーした。

「わ、わかりました。で、どのあたりからお話しいただけますか?」

須賀は、テーブルの上で取材道具を広げながら、黒田に聞く。

「まさか俺の中学時代の話は聞きたくないだろ?そうだな。俺が初めて原稿を採用されたところから始めようか」

黒田はそういって、自分の精神を過去にタイムスリップさせた。


2.

今から10年前……2014年3月。

携帯の電子音が、響き渡る室内。

布団にくるまっていた男性が、そのけたたましさに目を開ける。

まだ着信音は鳴り響いている。けだるそうに携帯を持ち上げた男性は、通話のボタンを押して、話し始めた。

「あー、もしもし、黒田です」

寝ていたことを隠そうともせず、電話を取った男……黒田は相手にそう言って答える。

「ああ、黒田さん。お疲れ様です。雑誌「アニメーション界」の担当の長瀬です」

「ああ、ハイ」

まだ夢うつつな黒田は、相づちしか打てていない。

「この度寄稿いただいた原稿が採用に至りましたのでご連絡させていただきました。つきましては、契約をはじめ、お話をお伺いしたいので、今日中で結構ですので、会社の方まで出向いてはいただけませんか?」

タイトルは確か、「アニメーションのタイトルは何文字までが正解なのか」というたわいもない中身である。

「あ、ハイ、わかりました。今からお伺いしてもよろしいですか?」

この言葉を発しながら、黒田は寝床からむくりと起き上がる。

「ハイ。こちらの書類の都合もありますので、10時30分ではいかがでしょう?」

ここで黒田は壁掛け時計を見る。時刻は9時45分を指している。

「ええっと……遅れてはいけないので、11時にしていただけませんか?」

黒田は長瀬に提案する。

「あ、それでも結構ですよ。いろいろ手続きもございますので、認め印と銀行印、あと身分証明証と、それから……」

長瀬は手短に黒田に伝えている。

「では、11時に。お待ちしております」

相手の通信が途切れる。黒田はまだ携帯を握ったまま立ち尽くしている。

次の瞬間。

「よっしゃぁぁぁぁーーーーー」

人生で何度か目になる雄たけびを黒田は上げた。

ジャーナリスト・黒田にとって、この一日は生涯忘れ得ぬ一日になった。


3.

「ええっと、黒田ぁ……」

アポイントの時間通りに、「アニメーション界」をだしている成徳出版に到着した黒田は、いま編集長との面談の真っ最中である。

編集長の飯島が、黒田の身分証明証でもある運転免許証を一瞥しながら、名前の解読に挑んでいるところだった。

「その漢字でまさはるって読みます。漢字だと政治なので大抵の方はセイジって読みますけどね」

黒田は種明かしをする。

「ああ。どっちなのかなぁ、と思って言い出しにくかったんだよね」

苦笑いを飯島は浮かべる。

「よく、言われます」

編集長の傍らには、名前と住所電話番号しか記載されていない黒田の名刺が置かれている。

「それにしても、よくこのテーマを論説にしようなんて思いましたよね」

契約書類と一緒に、黒田がここに寄稿した10枚程度の原稿が鎮座している。

「はい。そもそもタイトルを略さないと正しく認知されないアニメーション作品がやたらと出てきていることに少しだけ懸念を抱いていたんです。しかも略したら大抵は4文字とかに集約される。原作になっているライトノベルのタイトルが長すぎることが発端ですが、売れるからにはそれなりの相関性があると思ったからなんです」

自分が寄稿しようと思った思いのたけを飯島に語って聞かせる黒田。

「そこに気が付かれる黒田セイジ……」

「まさはる、です」

「ああ、失敬。黒田政治さんの着眼点が面白くって、実際お会いしてみたかったんですよ」

飯島はそういってニコニコしながら黒田と談笑する。だが、肝心の契約の話に移ろうとしない飯島に、若干黒田もイラついてくる。

「ところで黒田さん」

話題が途切れた時に飯島が言った口調も表情も、少しだけ暗さをまとっていたのに黒田は気づく。

「せっかくご足労いただいたんですが、今回、この論説を掲載するのはお見送りさせていただきたいのです」

今までの楽観的な空気は一変。むしろ黒田は怒りすら覚えそうになっていた。

「お気持ちはわかります。『だったらなんで俺を呼んだんだよ』って思っておられることでしょう」

飯島は、明らかに憤怒の表情を見せている黒田をなだめようと、言葉を選びながら黒田に語り掛け続ける。

「この論説とは別件のお仕事を黒田さんにご依頼したくて、お呼び出てしたのです」

黒田はその言葉に疑問を抱く。なぜ最初から、"別の仕事を振りたい"と提案しなかったのか……

「実は、ご高名なジャーナリストさんが、同じような構成で「タイトルの長さ」について寄稿されたのです。編集部内での検討の結果、黒田さんのものは掲載できなくなった、でも、掲載が決まった、といってしまった手前、何らかの補填を考えないといけない、と感じたのです」

黒田もこのカミングアウトでようやく事態が呑み込めてきた。本当は黒田の寄稿文が採用されるはずだったのだが、"大人の事情”で、黒田がはじかれてしまった、だから、黒田には別の案件を用意しなくてはならない、と編集部が思ったということらしかった。

「最初から「この文は載せません」「別の仕事をお願いします」といわなかったのは、そういう事情があったからなんです。ご理解ください」

飯島はその場で立ち上がり、深々と一礼した。90度をはるかに上回る体の屈折度合いに黒田は少しだけ表情を緩めた。

「い、いや、別にそこまで謝らなくても……」

飯島の度を越した謝罪は、黒田の怒りを鎮めさせるとともに、申し訳なさを引き出すためのものでもあった。

「で、では、引き受けていただけますか?」

先ほどの沈痛な面持ちから一転、パッと花が咲いたような表情を飯島は見せる。

「いや、そりゃあ、中身によりますよ。何でもかんでも書けばいい、っていうような依頼はなさらないでしょ」

そんなうまい話があるはずがない。黒田はあきらめ半分で飯島に言う。

「はい。実は、黒田さんにうってつけの題材をご用意させていただいたのです」

したり顔の飯島に、黒田は若干むかついたけれど、ここで席を蹴っては大事な契約も、商業誌デビューも何もかもかなわない。黒田はぐっとこらえる。

「実は80年代から90年代のアニメーションの解析記事をいろいろな方にお願いしておりまして……」

「ほほう」

飯島が言い終わらないうちから、黒田はとある一本の"名作"が脳裏に浮かんでいた。

「で、黒田さんには、このタイトルでお願いしたいのです」

パラッと出されたゲラには、黒田の思っていたタイトル……銀河漂流バイファムが記されていたのだ。

「え、こ、これを僕が、か、解析して、いいんですか?」

激しい動悸とうれしさで、黒田の口調は千々に乱れていた。

「ええ。あなたがこのタイトルをネタに、同人デビューなさっていたことくらい、我々も調べが付いていますよ」

飯島は、黒田の発行した同人誌を見せる。まだ作品の熱が収まらなかった90年代後半に大規模頒布会ではない、都内の小さな会場で手売りした一冊だった。コピー本でしかないそれは、表紙も中身も若干黄ばんでいるように見えた。

「ちょうど、2期といってもいい「バイファム13」が放送されたときに旧作を丸裸にしよう、と思って作ったのがこれなんです」

黒田が少し懐かしめにその本を見つめる。この時黒田は20歳にならんとしていた時期。一話ずつの解析記事は主に文章が主体で、時折彼本来の鋭い視点も垣間見えるものだった。

「私なんかはまさに84年の第一作世代なもんですから、そりゃあ、この本に出合った時にときめきましたよ」

一回りくらい上だと黒田が思ったのはまさにその通りだったのだ。

「で、黒田、という名前に覚えがあったので、押し入れから掘り出してみたら、本名で書かれているから"ああ、あの時の方がライターやっていたんだ"って気が付いて……」

飯島は子供に戻ったかのように目をらんらんと輝かせ、昔話に興じている。黒田は、またこのアニメーションで健筆が振るえるのか、という思いに駆られている。

「この仕事、やらせてください!!」

今度は黒田が、机に額を擦り付けんばかりにお辞儀している。

「ええ。半ばそのためにお呼びしたみたいなものですから」

飯島はにこやかに言う。

「今まで他の雑誌社に寄稿されて採用されたことは?」

念のために、飯島は黒田に聞く。

「応募は何社もしていますけど、採用に至ったことはありません……」

包み隠しても仕方ないとばかりに、黒田は今までの足跡を吐露する。

「そう。そうですか。私はこんな筆致で描けるライターさんを探していたんですよ」

飯島の言葉に黒田は少しだけ感謝する。自分のスタンスを理解し、見つけようとしていた編集長に、である。

「この同人の文章を、再構成したものでも構いません。むしろ、今見直してみて、さらに気が付いたところとかを追記していただいてもオッケーです。ただし、まとめていただくのは見開き2ページ。どういう内容にするかは、お任せします」

飯島の提案は、黒田にとって泣く泣く多くを切らないといけない難しさに対峙せよ、というお達しだった。

「ええ。がんばってみます」

黒田はそういって、そののち、実際の契約書面を交わしたのだった。


4.

「……へぇ。黒田さんのデビューって、アニメーション評論だったんですね」

須賀が黒田のここまでの昔話を聞いて驚いた表情を見せる。

「ちょっと、意外だったか?」

語り疲れて、コーヒーでのどを潤しながら、黒田は須賀に聞く。

「ええ、そりゃあもう。てっきり新興宗教問題とか、政界を巻き込んだ疑獄事件とかから入ってきたって思いますもん」

今の黒田の年齢からすると、まさに激動の90年代にジャーナリストデビューをしていておかしくなかったから、須賀がそう思うのも無理はなかった。

「それに、雑誌社と契約したのも、この時が初めて?」

須賀の一番の驚きは、黒田が結構晩稲だったことだ。

「そうなんだよ。実のところ、当時はライターでなんか食えないから、もっぱらバイトメインでさ。気が向いたら寄稿して、採用に至らず、また作文送って落ちて、の繰り返し。でも、20代に同人誌を世に送り出していたおかげで拾ってくれる人がいたっていうのも、面白いよね」

形にしたから見る人がいた。何も行動していなかったら今の黒田の地位は存在しない。黒田は自分で過去を振り返りながら、今までの人生を俯瞰していた。

「で、そのあと、どうなりました?」

須賀は、その先を知りたいとばかりに、腰を少し浮かせる。

「いやあ、実のところ、ここにも邪魔が入ったんだよ……」

また黒田の意識は、当時にさかのぼった。


"仕事をもらったのはいいけれど、どこまで書けばいいんだろう?"

同人誌の内容は、アニメーション46話すべての一話講評から、物理的におかしなところ、登場人物解析、個人的エピソードベストテンなど、多岐に及んでいた。しかし、数万字に及ぶ内容を数千字程度にまとめないといけない。若き日の黒田は自分の当時の原稿を読み返しながら、どういう構成にすべきか悩んでいた。

締め切りが迫ってくる中で、黒田の出した結論は、徹底的なマイナス面の指摘だった。

作画ミス、物理的不具合、何より「そのストーリー展開はおかしい」といったネガティブ論評に仕立てたのだ。

SNS全盛期の今なら、そんな投稿をしようものなら袋叩きは避けられない。しかし、黒田の筆致はそれ以上の説得力を放っていた。

原稿を持って行ったとき、編集長の飯島の苦虫をかみつぶした表情は、黒田の脳裏に今でも焼き付いている。

「黒田さん、あなたの作品愛は、こんなにも歪んだものだったのですか?」

読了と同時に原稿を放り投げるように机に投げ出した飯島が、語気強く黒田に迫った。

「じゃあ、どんな作品にもあるこうしたミスや欠点を指摘することは間違っていると?」

黒田は、愛すべき作品だから、至らない点があることを読者に伝えたかったのだ。すべてを受け入れることの裏返しとも言えた。

「イヤ、そうではなくて、良さというか、愛あればこそ書ける内容もあるじゃないですか」

黒田の本心をくみ取らず、文字面の装丁にしか目がいかない飯島はそういって黒田に翻意を促した。

「僕はこの作品が嫌いでこんな文を書いているんじゃない。名作必ずしも完璧ではない、ということが言いたかったんですよ」

黒田と飯島の激論は十数分間続いた。

「いやぁ、あなたみたいな信念を曲げない書き手の方は久しぶりですよ」

飯島は少し疲れて、飲みかけのコーヒーを飲み干しつつそう言った。

「僕の言っていることは間違っていない、という自信がなかったらここまで悪しざまには書きませんよ」

黒田も議論の果てに、編集長を納得させて、満足げな表情を見せた。

「でもね……」

飯島は今までの熱のこもった議論に費やした時間を思い返しながら少し残念そうに言う。

「どうあってもこのままでは載せようがないんですよ」

だが、黒田はその言葉に少しだけ理解を示す。

「本を作る立場からすれば、その意見は理解できます。載せてほしいのはこれだけど、別の原稿も用意してます」

「え?」

飯島の目が戸惑っている。ニヤリと黒田は表情を崩した。

「本心ではない、いい面だけを取り上げたものも作ってあるんです」

黒田は、飯島にもう一つの原稿を見せる。

「コレ、コレ!これですよ。私が所望していたのはッ!!」

飯島はその原稿に飛びついた。貪るように読んだ飯島はその筆致のすごみに圧倒されていた。

「僕としても、自分がおかしいと思ったことはやがて理解も得られる、という思いで第一の原稿を作ったんです。そう考えた上で、本として読んでもらおうとしたときに、ネガティブで重箱の隅をつつくような指摘は読者の方は欲してない、と思ったんです」

黒田は二つ目の原稿を作るに至った経緯を語った。

「いい面だけを取り上げよう、感動巨編だった本作を知ってもらおう、というスタイルのものも作ったのはそういうわけなんです」

黒田はそういってすべての想いを吐き出した。

「いやあ。恐れ入りました」

飯島が今度は感心して黒田に畏敬のまなざしをくれている。

「いい面悪い面、どちらもに手当てをして、なおかつどちらも完成度が高い。ほかの方々の文章にも引けを取らないし、何より説得力が半端ない。あなたを信じてよかったって思います」

飯島は感動からか、泣き出しそうになっている。

「それほどでも……」

買いかぶりすぎだろ、と思いながら黒田はその意見を飲み込んだ。

「ではこちらの方で掲載の手続きを進めます。ゲラの訂正などもよろしくお願いします」

飯島は自ら席を立って、黒田に握手を求めた。

黒田も照れながら彼の手を握り返した。


5.

「……これで黒田さんも文壇デビューってなったんですよね」

須賀は黒田の語りを聞きながら、再度オーダーしたコーヒーを飲んでいる。

「そういうこと。でも、どうしてもその作品のすべてを語りたくて、取材をすることになったんだ」

黒田は後日談があることを須賀に言う。

「へぇ。それって、なかなかないことなんでしょ?」

アニメーション界隈のことには明るくない須賀は、そういって黒田に聞く。

「さっきの飯島っていう編集長が、つてをたどってくれてね。原作者の方とか脚本家、監督さんなんかにつなぎをつけてくれたんだよ」

黒田は当時のことを須賀に語って聞かせた。その熱い語りを聞きながら、須賀はこれまでの黒田との付き合いを述懐していた。

須賀が見てきた黒田というジャーナリストは、一つのことに関わったら決してあきらめないし、結論が出るまで追いかける姿勢を、常に標榜してきた。たった一つのアニメーションのタイトルに、ここまで熱心に突き詰めた人ってほかにいるだろうか?

「……というのが、私のジャーナリストデビューって感じなんだよ」

黒田は、実に2時間近くにわたった、自身のジャーナリスト始めて物語をそう言って締めくくった。

「人に歴史あり、とは言いますけど、黒田さんにもアツい青春時代があったんですねぇ」

ボイスレコーダーの電源を落としながら、須賀はそういって後片付けを始めた。

「せっかくだから、この後うちに来ない?その時の記事とか雑誌とかも残してあるし」

黒田は、自分の過去を語りきって少しそう状態になっていたこともあって、須賀を自宅に呼ぼうとした。

「それはぜひとも。黒田家に行くのも初めてですし」

須賀は黒田の誘いを受け入れる。

「え?そうだっけ?」

一度くらいは須賀が訪ねてきていたと思っていた黒田は、須賀の一言に疑問を呈する。

「そこで嘘はつきませんよ。ようやくここまでの仲になれて数年しかたってないじゃないですか」

須賀に言われてそうだった、と思い返した黒田。

「ま、とりあえず、うちまで来るか。また当時の昔話を聞かせてあげる」

黒田は、そういって、二人で飲んだ数杯ものコーヒー代を精算しながら、出口のウェルカムベルを鳴らして店を出た。


後書き

かなり長くなりますが、後書きにて、これまでの当方の足跡を記しておきたいと思います。
私の解析厨としての端緒になったこのタイトル……銀河漂流バイファムは、現実的に名作の誉れも高く、また、メカニカルデザインの大河原邦男さんも、ガンダム以外では、この作品のバイファムを好きなメカにあげてくれています(出典:日経MJ 2012年5月18日号/ちなみに他にAT(ボトムズ)、レイズナー(蒼き彗星レイズナー)を列挙)。1980年代中期の、日本サンライズ(現・(→サンライズ→)バンダイナムコフィルムワークス)の、ガンダム以外のロボットアニメとしては、46回、フル規格(1年/4クール)で走り抜けた奇跡の一本でもあります。
しかし、この作品には作画や物理的な瑕疵があまりに多く、それら一つ一つをつぶしていくようになっていったのが、私が大学生のころ。ファンになってしまった声優出身の歌手(笠原弘子嬢)のデビュー作であることも大きく後押ししてくれる結果となったのです。
前からドックに突っ込んだのに次に現れた時にはいつでも脱出できるような位置に変わっている、幼児用の防寒服の存在、疾走する車両から振り落とされてもかすり傷程度で済んでしまう肉体……。私が指摘した部分だけでも60項目以上に及ぶ、不可思議だったり、解析したくなる要素がてんこ盛りだったわけです。
しかし、最終回のケンツのどなりが私を含む多くのアニメーションファンを感動のるつぼに叩き込み、「君はス・テ・キ」が流れるエンディング、そしてラストカットの「Some Other Days」のとてつもない読了感。オープニングが全英語詞という奇抜さも特筆すべきものでした。
当方が90年代からコツコツとしたためてきた、「銀河漂流 バイファム概論」は、文字数にすれば軽く5万字を越えるものにはなっていたものの、発表しようとまでは思っていませんでした。そもそも絵が絶望的で、確実にシーンのトレースや画像を使わざるを得ず、なにより、本にすることのハードルの高さが一番の理由です。
自分の分身に等しい黒田を主人公にした時に、私の青春時代……というほど大層なものではないが……に一つ所に傾注した足跡を残しておきたい、と思ったのがきっかけです。


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