2024-01-29 21:54:04 更新

概要

新海監督三部作の、2024年のバレンタインデーの一幕を描いてみました。


前書き

新海監督の凄いところは、なんとこの2024年にすべてが丸く収まる、ということなんです。
「君の名は。」→隕石落下は2013年、二人の出会いは2023年の春。
「天気の子」→異常気象の発生は2021年8月。帆高の高校卒業は2024年3月。
「すずめの戸締まり」→事象発生は2023年9月。ラストシーンは、2024年の2月

「いや、たまたまですぜ」という声も聞かれようが、2024年にこの三作品の3カップルに等しくいい感じのバレンタインデーが訪れていて不思議はない、というところから、短編3本という形で作ってみました。
本来なら、2/14中に仕上げたかったのですが、草太と鈴芽の再会を映画のラストシーンと絡めたことで、少し分量が多くなり、翌日に出来上がり、となりました。

2023.2.14 PM8:00 2024年のバレンタインデーなら全カップルに物語がかけそうと立案。
2023.2.15 AM0:30 途中で放置。5800字ほど。
2023.2.15 PM8:00 上梓。サイト公開。7222字
2024.1.29 3カップルのバレンタインデーをお祝いすべく、加筆開始。7738字で第二版完成。


1.

「こ、今年が二人の初めてのバレンタインデーやよね」

宮水三葉の胸の高鳴りは、2024年の2月には、押さえられないほど激しさを増していた。

2023年の春に、"会えば絶対すぐにわかる人"になっていた、瀧くんと再会ができ、ほどなく交際がスタート。ほぼ1年が経過しようとしていたのだった。

「でも瀧くん、甘いものが好きじゃないともいってたけれど……」

愛の告白という、一大イベントを行う日としても機能しているバレンタインデーを、三葉は何とか利用したいと思っていた。

自分が勤めている商業施設では、特設会場が設けられるほど、チョコレートたちが所狭しと陳列されている。お菓子というには、桁が一つも二つも違う高級品たちの競演に、三葉は財布の中身と相談せざるを得なくなる。

"高いの買ったって……"

休憩の合間に、売り場を見ていた三葉はため息をつく。

ならば、と三葉は決意を固める。

「よしっ!チョコ、手作りするぞっ!」

とは意気込んでみたものの、手作りチョコを送ろうとした相手は今まで一人もいなかった。

それでも、三葉は、手作り用のチョコレートの素材を大量に買い込み、休日を利用して自分なりのチョコを作ろうと計画した。

2月11日の建国記念の日に、たまたま休みのシフトが入った三葉は、この日をチョコ作成日に当てた。

手作りチョコレートは、基本、固まりの板チョコを湯せんで溶かし、型に流し込み、固めるだけなので、失敗は少ないと思われがちだ。

だが、その湯せんの温度の設定をちょっとでも間違うと、成分が分離したり、固めた時に白い筋などが入る。チョコを溶かす温度を一定に保たなければならないことや、加温しすぎてもいけないなど、繊細な作業を余儀なくされる。

午前中の早い段階から、三葉は割れチョコレートの塊を溶かし始めた。

「お姉ちゃん、彼氏にチョコ、作ろうとしてる?」

甘ったるい匂いが部屋中に充満し始めたからだろうか、四葉が眠たい目をこすりながら起きだしてきた。

「そうやから、ちょっと、黙っててくれんかね?」

三葉は、携帯のレシピと首っ引きで、湯せんにかけたボウルと対峙している。

「その量やと、ひとりだけに渡すんやなさそうやけど、わかって溶かしよる?」

三葉は、出来上がりのイメージができないまま、キロ単位のチョコを溶かしていたのだった。

「え?そのつもりやったけど」

ボウルにあふれんばかりになっている、茶色い液体を見ても、三葉は全く動じなかった。

「はぁ」

四葉は、自分もそれなりに作ろうと考えていたものの、姉の溶かした大量のチョコを見せつけられて、制作意欲を失った。

「もう溶けてるから、型に入れた方がいいんじゃない?あんまり時間かけたら、風味、飛んでしまうよ」

四葉は、三葉にありがたいお言葉をかける。

「ああ、そうやったわ。そろそろ型に流し込むわ」

数千円はしたであろう、巨大なハート形の抜型にチョコが流し込まれると、あれだけあったチョコの液体はきれいさっぱりなくなってしまった。

「それにしても、このハート形、デカすぎない?」

四葉が、チョコまみれになっているリビングのテーブルの上に鎮座する、見たことない大きさのハート形のチョコに目を見張る。

「そう。だって初めてのバレンタインだもん」

三葉の顔は紅潮して、多幸感に満ち溢れていた。

「はいはい分かった分かった。壊さないように冷やしなよ」

四葉は、若干ラブラブな二人に当てられっぱなしになって、その場から退散した。


2月14日当日。

前日までに、チョコにきっちりとデコレーションも済ませて、三葉は、瀧の勤めている会社近くで待ち合わせをした。

手にしているのは、30センチ四方はある、うすべったい箱。道行く人も、中身がチョコだとわかっていても、その大きさに、やや引き気味に見たり、くすくすと笑う反応を見せるが、三葉にとって他人の見立てなど、どうでもよかった。

「あ、いた!瀧くーん」

三葉は、人目もはばからず、箱を抱えたまま右手を大きく振った。

瀧は、三葉の声に反応しようとしたが、胸に抱えている巨大な箱の中身を想像してしまい、鼓動が激しくなった。

"え?あれって、もしかして、手作りチョコが入ってる?"

呼びかけられている以上、無視するわけにもいかず、瀧は三葉の元に近づいていく。

「たーきくん!ハッピーバレンタイン!」

三葉は言うなり、瀧に持参してきた箱を手渡した。

「お、おぉ。あ、ありがとな、三葉」

ゆでだこのように顔を真っ赤にしながら瀧は、三葉の想いを受け取った。

「中身は、うちに帰ってから見てほしいな」

三葉は、少し照れながら瀧に言う。

「わかった。楽しみに持って帰るよ。で、今からは?暇じゃないの?」

デートするとは三葉から聞かされていない瀧は、三葉のそわそわしているそぶりに気が付く。

「サヤチンとテッシーのカップルにお呼ばれしているんだ。今日はごめんなさいね」

二人を祝いたい気持ちに勝てない自分のふがいなさを思って、少しだけ瀧は憂鬱な面持ちになる。

「いや、別にいいよ。またいつでも会えるんだし」

強がって見せた瀧だったが、悔しさもにじみ出ていた。

「あ、そろそろ時間だわ。ちょっと先に行くね」

三葉が少しだけ速足でその場を立ち去る。瀧は、三葉から渡されたデカい箱をもって立ち尽くしていた。

「ただいまぁ」

父親の待っている家に帰ってきた瀧は、そう言って挨拶する。

「おお、おかえりって、またでっかい箱、もって帰ってきたなぁ」

玄関にまで瀧を出迎えた瀧の父は、三葉の持たせた箱にさっそく反応した。

「それ、彼女からだろ?」

にやにやしながら、父は瀧に聞く。

「ああ、そうだよ。父さんも知ってる彼女だよ」

瀧は二人が出会ってしばらくして、三葉を父には紹介していた。出会った経緯とか詳しいことはおいおい説明しようとは思っていたが、そういったこともないまま今まで過ごしてきた。

「贈り物は大きさでは決まらんけど、大きいものを贈りたいのは気持ちの表れだ。お前も覚悟、決めとけよ」

父はそう言って、自室に戻っていった。

「さあてさて、三葉さんの腕前をとくと拝見するとしますか……」

瀧は、箱を開けて、三葉の手作りチョコに対面する。

そこにあったのは、大きいハート型のチョコ……ただし、型抜きで失敗したのか、ところどころが欠けている手作り感満載のものだった。

「三葉らしいや……」

瀧は微笑んでそういった。チョコを持ち上げようとしたとき、チョコの底に手紙が忍ばせてあるのに気が付く。

「なあるほど、そういうことか」

一緒にデートまで至らなかったのは、チョコにすべてを任せたからか……瀧はそう解釈する。

手紙にはこう記されていた。


  瀧くん!私を見つけてくれて、私を離さないでくれてありがとう。

  これからも、ずっと、ずっと一緒にいたいです。    みつは


たったそれだけなのに、瀧は、手紙を握りしめて滂沱の涙にくれていた。

そして、ハートの最下部のとんがりの部分を少し折り取って、食べてみた。

「う、旨い。けど、なんか、しょっぱいな……」

泣きながら食べるチョコの味は、思いの詰まったほのかな塩味も感じさせてくれた。


2.

「帆高ぁ、なんか小包来てるよぉ」

森嶋帆高宛にその小包が到着したのは、2024年2月16日だった。

14日を着日指定していたはずなのに、2日も遅れたのは、船便が天候不良で出なかったことが要因だった。

高校三年生になり、大学の2次試験が目前に迫っていた帆高にとって、今は、追い込みする時間帯でもあった。

勉強机に向かって過去問を解いている帆高は、母親のその呼びかけに、

「誰からぁ?」

と大きめの声で問いかける。

「天野さんって書いてあるよ」

母のその一言は、帆高を飛びあがらせるのに十分だった。

「ち、ちょっとどうしたのさ、そんなに血相変えて」

母から奪うように荷物を取り上げると、帆高は、また速足で自室に戻っていく。母の質問もスルーした。

ビシャッと引き戸を閉めた帆高は、ワシャワシャと包み紙を引きはがし、厳重にまかれていたガムテープを丁寧に剥きながら、今日までの日々を振り返っていた。

高校一年生の帆高にとって、島は、鳥かごのようなものだった。だから、光の束に導かれるように家出し、東京で天野陽菜と知り合えた。

帆高が警察に補導されたのが、2021年の8月22日。その後、家庭裁判所で保護観察処分が下ったのが、10月上旬。それからは、神津島に常駐した保護司に見守られながら、保護観察処分の開けるのを待ち続けていた。

東京で過ごした、濃密な数カ月は、帆高にとって忘れられない出来事だった。だから、ふとした瞬間に、陽菜の笑った顔、気にかけてくれる表情、得意げに料理をする姿がフラッシュバックして、どうしようもなくなってしまうのだ。

梱包を取り外した帆高は、小さなプラリネボックスを目にする。周囲には、新聞で代用した緩衝材。

「陽菜さんの、バレンタインデーチョコだ」

帆高は荷物の中身を見て、そう推理する。

「しかし、急にどうして……」

補導もされず、須賀が後見人としてきょうだいと関わっていることで、二人の東京生活はそれなりに自由だった。帆高にも数カ月に一度は手紙が届いてはいたが、こうした贈り物を受け取るのは、帆高は初めてだった。

帆高は、プラリネボックスを丁寧に持ち上げ、梱包の中にあった、丸めた新聞紙を一つ一つ取り出していく。すると、可愛らしい封筒を箱の片隅に見つけた。

「あった……」

帆高は少し安堵した気持ちになって、その封筒の封止を切る。

陽菜の直筆を久しぶりに見た帆高は、読む前から少しだけ感極まっていた。はやる気持ちを押さえつつ、帆高は、一字一句丁寧に読み始めた。


  帆高。ホント、久しぶり。あ、帆高、さんだよね。でも、まあいい慣れてるから呼び捨てで行くね。

  あの時は助けてくれてありがとう。帆高の勇気がなかったら、私はあのまま人柱になっていたと思うの。

  帆高は私を空から連れ戻そうとしたとき、『青空よりも、俺は陽菜がいい』って言ってくれたよね。

  私は帆高にそこまで思ってもらえるほど、大したことはしていないって今でも思ってる。

  でも、帆高のあの言葉は、今でも私の心の中に残り続けているの。忘れられないの。

  今のこの東京の状態を見ても、私には帆高の言った言葉の方が大事に思えるのよね。

  これって「好き」ってことなのかな?あ、帆高は私のことをどう思っているか知らないけど。

  今年、バレンタインデーのチョコを贈ったのは、今年で保護観察処分が終わるって聞いたから。

  お祝いの意味も込めてプレゼントします。

  大学受験、頑張ってください。                       天野 陽菜


「お」

もう1枚、便せんがくっついていた。


  帆高?元気してたか?

  こっちは、ねぇちゃんのお守りと、萌花ちゃんの遊び相手でくたくただよ。

  ねぇちゃんが楽しそうに手作りチョコを作っている姿を見て、『ハハーン。帆高にあげるんだな』

  と気が付いたんで、ついでに伝えたいメッセージがあったから便乗させてもらったってわけ。

  とりあえず、ねぇちゃんを救ってくれて、ありがとう。

  お礼らしいこと、一言も言えてなかったから、どうしてもいいったくって。

  俺たちの方は、須賀さんが後見人って言うのか、それになってくれたおかげで施設にはいかなくて済んでる。

  うちも変わらないであのままだよ。もし東京来ることあったら遊びに来てもいいぜ。

  まあ、ねぇちゃんとどういう関係になっても、俺は帆高を応援してるぜ。     センパイの凪より


二人の手紙は帆高の心にしみた。

自分は二人の想いにどれだけ向き合えていただろうか、と帆高は自問自答した。

保護観察処分が開けたら、大学に受かっても受からなくても、彼らに会いに行こう。自分の生きる道を指し示してくれた二人とまたいろいろな話をしよう、そして出来うれば、陽菜さんといつまでも、一緒に暮らしていきたい……

帆高は、手作り感一杯の、トリュフ的なチョコを一つ口に放り込んで、また、参考書と向き合った。

その甘さが、帆高にいくばくかのやる気と前に進む勇気を与えていた。


3.

2024年2月。

閉じ師たちが、自分の締めて回った後戸の点検をする時期がやってきた。

後戸は、未来永劫、鍵で閉じられたままではない。扉自体のガタ、人為的な開放、ミミズの勢いの良さによる扉の突破など、常に開く危険性がある。だから、締めた本人が、締めた場所に行って、その後戸の状態を確認するのは、ルーチンワークでもあった。

「2月、宮崎に行くんだよ」

草太は、芹澤に自分の予定を報告する。

「ほーん。宮崎って言ったら、鈴芽ちゃんのいる場所だよな」

芹澤はそう応じる。愛車の修理費用で、首が回らない状態が続いたままの芹澤に余裕という言葉は全くない。

「ああ。あれから一度もあってないし、お礼もしておきたいし」

家業が大変でストイックだった草太は、三陸からの帰還を境に柔和になっていた。芹澤にとって親友の心の安定は何よりの安心材料だった。

「それで?まあ、お前も卒業はできるけど、これからどうするのさ」

芹澤は、大学卒業と同時に教師の道を進めるが、草太はそうはいかない。

「それはあんまり考えてないよ。ただ、今年こそは試験、飛ばさないようにだけはするよ」

草太は芹澤にそう言う。

「二次試験、普通に受けていたら、お前、絶対合格してたのに。もったいないよ」

繰り言であるとはいえ、芹澤は、草太を諫めないでいられなかった。

「それだけ心配してくれるのは、君だけだよ。ありがとう」

深々と礼をする草太。

「ま、宮崎行ったら、鈴芽ちゃんによろしくって伝えといてくれ。俺のこと、忘れてっかもしれないけど」

少し照れながら芹澤は草太に言う。

「覚えてたら、そうするよ」

重く受け止めずに草太は返答する。

「そこは嘘でもはいはい分かりました、だろうが!!」

あまりの軽い受け答えに感づいた芹澤が、草太に詰問する。

「はいはいわかりました」

さらに軽い調子で受け流す草太。

「テメー、喧嘩売ってんのか?」

二人の談笑は、キャンパスの中で響き渡っていた。


2024年2月11日。

最初、草太は、大学を休まないで行けるこの日を訪問日に設定した。しかし、三連休の真っただ中であることを草太は失念していた。

もともと宮崎へ向かう飛行機の便はそれほど多くない。さらにさほど本数の走っていない鉄道を使わないと門波町にはたどり着けない。後戸のある門波町訪問を、朝と考えていた草太は、夜宮崎空港に到着するLCCの便を押さえようとするが、直近の空きが2月13日しかないのだ。

4年生で卒業に要する単位は十二分にある草太にとって、卒業までの数週間はおまけのようなキャンパスライフだった。だから、別に休みにこだわることはなかったのだが……ふと平日に設定した旅程を思いながら草太は突然に思い出す。

「あ、あの約束、果たさないとな」

織笠駅で交わした鈴芽との約束。『会いに行くよ、必ず』という言葉。うれし涙にくれている鈴芽が、自分の乗っている列車をいつまでも見送っている姿に、胸を打ち抜かれている草太に、彼女に会わないでいるという選択肢は全くなかった。

草太は、鈴芽のLINEに連絡を入れる。

"今度、宮崎に行くよ。門波町"

すぐさま返事が来る。

"ウワー、草太さん、私に会いに来てくれるの?"

歓喜にあふれるキャラスタンプが豪勢に押される。

"いや、君はおまけ"

少し意地悪く草太は返信する。

すると、ブスゥッとしたキャラスタンプだけが返信される。

"アハハ。あの後戸の確認に行くんだよ。だから、鈴芽さんに逢うのも目的の一つだよ"

と、草太はとりなした。

"いつ、来るんですか?"

"2月14日"

と草太は返信する。

(あ)

草太の心の声がその日付に反応する。バレンタインデー当日ではないか……鈴芽さん、そのことに気が付いているだろうか……

草太の心配をよそに、

"お待ちしています"

と、鈴芽から短い返信があった。


門波町訪問の当日。

草太は、あの日、鈴芽に初めて逢った日のように、少し急な坂道を上っていく。乗ってきた列車もその時と同じだから、同じタイミングで、鈴芽とすれ違えるはずだ。

じわじわと歩を進めていくと、軽やかなチェーンの音が近づいてきた。

どんどんと距離を詰めてくる自転車。乗っているのは、鈴芽だった。

冬服に身を包み、黄色いマフラーをきつく締めている。草太を認めて、鈴芽は自転車のブレーキをかける。


「おかえり」


鈴芽の一言に、少しだけ草太は訝った。ここに来ただけなのに、なぜ彼女は「おかえり」なんていったんだろう……

だが次の瞬間、草太はその言葉の意味を理解する。

鈴芽にとって、心のよりどころに草太がなっているのだ。私の元に"帰ってきてくれた"から、自然とこの言葉が口をついたのだとわかったのだ。

「あ、ああ。ただいま、鈴芽さん」

草太はこれだけを言うのがやっとだった。"おかえり"と対になるのは"ただいま"しかないと思ったからだ。

「やっと会えましたね」

鈴芽は、少し敬意を持って草太に話しかける。

「まあね。閉じ師も忙しいし、卒業もしなくちゃだし……」

草太は自分の近況を手短に語る。

「あ、そうだ」

鈴芽は、カバンの中から、チャーミングな袋に入ったものを取り出した。

「宮崎に来ないんなら、郵便か何かで送ろうと思ってたんですよ、チョコレート」

「え?」

草太は少し驚く。

「俺のために……わざわざ?」

草太の顔が少し紅潮する。

「う、うん。料理、あんまりうまくないから、環さんにも手伝ってもらったけど……」

同じくらい、鈴芽の顔も赤みを帯びた。

「そうなんだ。ありがとう」

草太はそう言って袋を手渡そうとする鈴芽の手を、ぎゅぅっと握った。

突然、鈴芽は、自転車を手放し、草太の首根っこにしがみつく。ガシャンという自転車の倒れる音が合図だった。

「うわーーーん」

これを号泣って言うんだろう。あたり一面に鈴芽の泣き声が響き渡る。

「分かった分かった。いい子だから」

幼児をあやすように草太は鈴芽に声をかける。

1分くらいは泣いただろうか。少し落ち着いて、鈴芽はようやく平常心を取り戻した。

「ご、ごめんなさい。でも、う、うれしくって……」

泣きはらした赤い目を、その泣き顔を、鈴芽さんを、俺は失ってはいけないのだ、と草太は心に刻む。

「このお返しは必ずするよ。また、連絡する」

そう言って、草太は、鈴芽のおでこに軽くキスをする。

「これが、バレンタインデー・キッス、だもんな」

草太はそう言って、坂道をまた昇りだした。

淡い余韻に浸っていた鈴芽が「あ、ヤバい、遅刻遅刻」と自転車をこぎ出したのはそのすぐ後のことだった。


後書き

新海監督が、まさかマルチバース(2024年以降は、全員それなりに歳も取り、別のものがたりが紡げるかも)に興味を持っているとは思えないのですが、2024年はこれまでの3カップルに何らかの動きがある年だということが言えます。
基本は、そうすずにフォーカスして最初書こうと思ったのですが、「あれ?たきみつにとっては初めてのバレンタインデーだよな。あれ?ほだひなも、保護観察明けの一年じゃない」という具合にあれよあれよと3カップルまとめて書けることに気がついて、一気に書き切れた、というわけです。

会えない設定のほだひなだけは荷物を送る形にしないといけなかったのだけは、少し悔いの残る一編ですが、形にするのが何より重要、とどなたかもおっしゃっておられましたので。
最初加筆するかどうか未定でしたが、2024年に完成に持ち込もうと再度読み直して、いろいろと手を加えてみました。粗削りだったりするところを推敲するのは、やっぱり時間が経ってからの方がいいですね。良い表現とかも思い浮かびますし。


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