それからと、それまでと。
劇場版「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」では語られなかった、CH郵便財団に関する一つの物語。
劇場版「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」。よかったですねぇ。
私自身もテレビ版はHDDにほっぽり出したままだったのですが、今回の映画公開を機に一気見したら……涙腺がやばいことに。
ただヴァイオレットの「あいしてる」探しの間にこれほどの人たちの愛が感じられるのだから、本当にすごい作品でした。特に、10話の再放送(2020.6.4)時にツイッターでトレンドまで形成されるほどですから、推して知るべしでしょう(実際何度見ても泣かされます)。
劇場版では舞台となったCH郵便社は廃業している(国営事業となった)とされています。その経緯はわかりません。なぜなら、今回のストーリーテラーは、ヴァイオレットが現役だったころの2世代後。10話のアンから見た孫娘であり、50年は裕に及ばず、100年近く後と考えられます(アンの8歳からの50年プラス、今の家族の40年)。日本で考えるとわかりやすいかもです(電信が導入されたのは1890年、おなじみの黒電話全盛期は70年代)。
CH郵便社が「CH郵便財団」に移行する過程を創作したいと考え、取り掛かりました。
2020.9.22 久しぶりに創作始動。1.2万字まで。
2020.9.23 1.4万字まで。2万字越えでほぼ着地予定。
2020.9.24 1.6万字まで。
2020.9.25 1.9万字まで。最終章に突入。
2020.9.26 2.1万字到達。最終校正/上梓。(2020.9.27)21,674字。
2020.9.28 誤変換修正、若干の追加。22,100字
2021.2.9 一部文言等改定。第2版完成。22,524字。
2021.7.30 再度校正。第3版完成。22,778字。
2024.5.7 2024年GW一斉見直し。英数字の半角化、感嘆符の全角化など。23418字。
1.
「ちょっとちょっと、大変大変!」
あの日、アイリスが新聞をもって<ドール>の作業場に飛び込んできたのがすべての始まりだった。
「この記事、見てよ!」
机の上にバンっ!と広げられた新聞にはこう書いてあった。
『通信事業、完全国有化 私設郵便社閉鎖 郵便通信省新設』
「えっ?」
カトレアの顔が一瞬にして凍り付いた。
「嘘だろ……」
ベネディクトも怒りと困惑を表情に出している。
「これ、社長って、ご存知ないんですかね?」
アイリスは記事を読んでいる二人にそう問いかける。
「うーん。今読んでいるけど、新聞社のスクープ記事みたいね。まだ根回しは済んでないんじゃないかしら」
カトレアは、熟読しながらそう言う。
「まあ、遅かれ早かれ、そうなるだろうとは思っていたけどな」
ベネディクトはもう新聞から目をそらし、後ろ手を頭で組みながら窓の方に歩み寄る。
「え?じゃあ、私たちって、どうなるんですか?」
アイリスは必死の形相で二人に問う。
「どうなるって……」
カトレアが言葉を濁す。それを待ってましたといわんばかりに、
「これだよ」
と、ベネディクトは親指で首を掻っ切る動作をしてみせる。
「えー、そんなの、いやですっ!まだライデンいちのドールになってもいないのに……」
悔しさをにじませながらアイリスは言う。
「ま、オレたちは社長がどういう判断をするかに従うしかないんだよな」
ベネディクトは半ば達観してそういう。
「そうね。私たちがいくら騒いだって、決めるのは社長ですものね」
カトレアが新聞を折りたたみながらそう言う。
その瞬間、一階のロビーでわぁっと歓声が上がる。怒号のような喧騒が、2階にある三人がいる部屋にまで上がってくる。
あわただしく階段を駆け上がる音。ガチャリ、とドアが開く。
「うはあ、なんなんだよ、今日のみんな。なんであんな殺気立ってんの?」
もみくちゃにされたのか、やや乱れた風貌で社長のクラウディアが入ってくる。
「社長!知らないんですか?新聞、読んでないんですか?」
開口一番、アイリスが詰め寄る。
「え?新聞?なんのこと?」
クラウディアには状況がつかめていなかった。
「て、ことは、何にも知らないで会社に来たってわけね……」
カトレアがそう言いながら、新聞をズイっと、クラウディアの前に突き出す。
見出しを見てクラウディアは目の色が変わる。クラウディアはカトレアから新聞を奪い取ると、一面にでかでかと書かれた記事を読みふける。
「これって、事実なんですか?」
アイリスが悲痛な声を上げる。
ほぼすべての記事を読み終わり、ようやく落ち着いたクラウディアは、新聞を折りたたみながら言う。
「うーん。事実、なのかなあ。僕自身もよく知らないんだ」
クラウディアの顔は困惑に満ちていた。
「え?社長も知らないことが新聞記事になったってこと?」
ベネディクトが言う。それに応えるクラウディア。
「どうやらそうらしい。記事には結構詳しく書いてあるけど、国がどうするつもりなのか、初めて知った」
電話の普及ぶりは当然クラウディアも知っていたことだった。電話と相容れない郵便事業がどう方向づけられるのか、クラウディアは知りたかった。それが、まさかのスクープ記事で知らされるとは……
「話も出たことだし、他の郵便社との兼ね合いもあるから、トーレスさんのところへ行って、善後策を協議しないと、だな」
トーレスとは、CH郵便社と鎬を削るライバル郵便社で、郵便社協会も束ねるオブライエン・カートゥン郵便社の社長のことだ。
「それにしても、唐突過ぎるよな」
吐き捨てるようにクラウディアは言う。
確かに電話事業は私企業がすべてのインフラ……電波塔や交換機などを用意できるわけもなく、電線の敷設にも巨額の費用がいる。だから国が率先して事業を展開するというのはわかっていたのだが、個々の営業努力でやっていけている郵便事業に、国が手を付けてくるとは思っても見なかったからだ。
「でも、もう配達人にも知れ渡っちゃっただろうしな」
ベネディクトはすでに会社内部のことに視点を変えている。
「仕方ない。知らなかったと暴露しなくちゃいけないなんて、社長、失格だな」
自嘲気味にクラウディアはそう言うと、”戦場”に赴くかのように、ガチャリとドアを開ける。
まるでアイドルを出待ちしていたかのような、一塊になった社員たちの声が、一斉にクラウディアの元に届いてくる。
「社長、これってどういうことですか?」
「会社、無くなっちゃうんですか?」
「明日でクビって本当ですか?」
「業務はどうなるんです?」
手に手に新聞を持った従業員たちが、口々にクラウディアに問いかける。順風満帆だった郵便社で、これほどまでに不安と疑念、若干の怒りに満ちた投げかけが起こったのは初めてのことだった。階段を下りながら、この事態をどう収拾するのか、クラウディアは考えをまとめようとした。
一階のロビーにまでクラウディアは行こうとしたが、ロビーにいる従業員の数に気圧されてしまう。仕方なく階段の途中で歩を止め、そこから対話しようと試みる。
「まあ、ひとまず話を聞いてくれ……」
おとなしく対応していたクラウディアだったが、喧騒は一向に収まらない。それどころか身の危険すら覚えた。
「聞けっ!」
怒調を含んだ大声がロビーに響き渡る。会社の中でここまで大声を出したのはこの時が初めてだ。瞬間、ロビーの喧騒は静寂へと形を変える。
”ようやく話せるな”
クラウディアは先ほどの感情をしまい込み、穏やかな表情に戻ると、静かに語り始めた。
「まずは、みんなに話したいことがある。今日の新聞に載ったことは、私は聞かされていないんだ……」
言い終わらないうちに、従業員たちから動揺の声が湧き上がる。
「私も君たちと同じで、聞きたいことが山ほどあるんだ。それを知らないうちは、私の口から話すことはないんだよ」
正直に今の自分の立ち位置を話すしかない。クラウディアは腹をくくってそう言った。
「というわけで、今日の新聞記事は未確認情報なんだ。それだけは肝に銘じてもらいたい」
と、ここまでを言い終える。
従業員からは、当然のようにこんな疑問が湧き上がる。
「じゃあ、この会社は大丈夫なんですか?」
その声にクラウディアは少しだけ憂いを帯びた表情をする。
「申し訳ないが、それはどうなるかわからない。記事通りのことが起こるかもわからないし、うちの会社だけは生き残れるかもしれない。ただ、未確認だけれども、火のないところに煙は立たない。政府の方針を新聞がすっぱ抜いたのだとするならば、この記事に載っていることが起こる可能性はかなり高い。それを私は、今から確認しに行こうと思っている」
一息に言ったクラウディアだったが、ロビーの喧騒はまた別の方向に向かっていく。
それを収めるべく、少し語気を強めてクラウディアは発言する。
「ただ、これだけははっきりしている。今日明日でこの会社がなくなることは絶対にない。国の方針でなくなることになっても、会社としては皆さんの行く末も含めて、検討することに手間を惜しまないつもりだ。不安になるのはわかるけれども、未来のことを案じていても始まらない。皆さんには”今”に集中してもらいたい」
クラウディアの一大演説は、従業員にも沁みたようだった。
「社長も知らないんじゃ、聞いたってしょうがないしな」
「新聞がガセの可能性もあるしな」
「気にしたら負け、ってか」
「今日が大事だもんね」
口々に不安を抱えながら今日に向き合おうとしている従業員たちに、少しだけ感動するクラウディアだった。
一階ロビーや作業場が平静を取り戻していくのを見届けてクラウディアは、二階から様子をうかがっていたカトレアとアイリスに、
「それじゃあ、行ってくるから」
と言う。
「気をつけていってらっしゃい」
「会社、なくさないようにお願いしますよ」
二人に声をかけられたのだが、階段を降りつつ、この会社の命運を、クラウディアはおぼろげながら感じ取っていたのだった。
2.
「おお、これはこれは、ホッジンズさん」
ライバルのオブライエン・カートゥン郵便社の社長・トーレスが、椅子から立ち上がりながら声をかける。
「トーレスさんはこの話は?」
握手もそこそこに、クラウディアは切り出す。
「いやあ、寝耳に水、ですよ、私だって」
葉巻を取り出し、火をつけながらトーレスは言う。
「で、どうなさるおつもりで?」
クラウディアはトーレスの意見を聞こうとする。
「そもそもこの情報が正しかったとして、というのが大前提ですけれどね……」
と、前置きして、トーレスは続ける。
「国の方針がそうなら、抗ったところでうちみたいな弱小郵便社はひとたまりもないですからなあ。とはいえ、あきらめてはいませんよ。どういう処遇になるのか、私も国に聞きたい心境ですから」
トーレスは紫煙を吐き出しながらそう言う。
「社長、ウェッブさんがお越しですが?」
トーレスの秘書が来客を告げる。
「おお、通してくれ」
現れたのは、新興郵便社で、安さを売り物にしているウェッブ&ポール社の代表取締役のウェッブだった。
「こんにちは、トーレスさん。おお、ホッジンズさんもお見えでしたか」
クラウディアがここにいることに少し驚いたウェッブだったが、この3社以外にも郵便事業を手掛けている会社はライデンシャフトリヒには数社ある。ウェッブが来訪した後に、全ての郵便社の代表が顔をそろえた。
挨拶もそこそこに、対策会議が開かれた。
「今日の新聞で皆さんも驚かれたことでしょう。実際この中の誰もが国の方針を、この時まで知らなかったわけですから、驚きの方が勝っているわけで、私自身もどうしたらいいのか、理解がはかどっていません……」
一番年かさで、協会トップのトーレスが言う。
「とりあえず、今日のところは、事の真偽をはっきりさせるだけでいいと思うんですが……」
ウェッブがそう言う。
「こんな重大なことを我々に知らせないで秘密裏に行っていることも気になりますが、我々にしてみれば自分の事業の継続だけが焦点。そこだけに特化して聞きたいですね」
クラウディアはそう提案する。ほかに呼ばれた郵便社の代表もその意見にうなづく。
「それでは、今日のところは、新聞記事が正しいのかどうか、だけを聞くことにしましょうか。今からアポを取りますから、しばらくお待ちください」
秘書に指示をしたトーレスは、また葉巻を取り出す。
「せっかくなんで、みなさんで政府に出向きましょうか、ちょっとした圧力にもなることですし」
トーレスはでっかい煙を蒸気機関車のように吐き出しながらそう言う。ほどなく、秘書がアポが取れたと報告にやってきた。クラウディアやトーレスたちは、連れだって行政府の置かれている建物に向かって歩き始めた。
行政府の前にはなぜかマスコミらしき人影が数人見受けられた。郵便会社の代表の一団を認めて、彼らが一斉に駆け寄ってくる。連中が浴びせる質問の大半は、今の代表たちに聞いたところで、すぐにまともな回答が出せない内容ばかりだった。そんな取るに足らないマスコミたちに辟易し、全員が聴かぬふりをして行政府の建物に入っていく。
その姿を見送りながら発せられた質問。
「今の心境は?」
それにクラウディアが反応する。
「僕たちは会社を残したい、それだけです」
毅然としてクラウディアは答えた。
「えーっと……」
こうした陳情で、いきなり大臣が対応することはない。政務官がご意見を承る、といってワンクッション置くのが習わしだ。そしてその政務官は、レベルが低いか、使えない者たちが多い。
「どういった内容のお話ですかな?」
初老の政務官・ミッチェルが内容を書き止めようとしている。
「えー、本日お伺いしましたのは……」
トーレスが来訪の理由を述べる。それをひたすらに口述筆記するミッチェルだったが、トーレスが言い終わると、ミッチェルもペンを置いた。
"これで終わり?"
誰もがミッチェルの動きに疑念を抱く。
「今日は、私たちが来た、ということしか伝えていただけないのですか?」
クラウディアは、書き終えたミッチェルにそう問いかける。
「ええ。そうですが……」
当たり前のようにミッチェルが言う。
「ちょっと待ってくれよ。これだけの代表が来ているのに今日は何も成果無しって、何なんだよ」
ウェッブがたまらず声を上げる。
「ええ、それが決まりになっておりますので。呼び出し日時が決まるまで、連絡をお待ちいただけますか」
ミッチェルは、これぞお役所仕事といわんばかりの定型句を、抑揚なく代表たちに浴びせた。
「そんなことなら、我々雁首そろえて出張ってきたりしませんよ!」
トーレスは堪忍袋の緒が切れ、いらだちをあらわにする。
「アポが取れたから、大臣に直接会えると思うじゃないですか!それをこんなことに時間かけて……」
クラウディアが悔しさをにじませながら言った。
その声がやや大きかったのだろうか、奥の扉から、いかにも大臣のような風貌の男性が姿を現す。
「全く騒々しい人たちだ。何事かね、ミッチェル?」
出てきたのは、今は役無しの国会議員のアルフォートだった。
「あ、これは閣下。実は……」
と語るそばで、クラウディアの姿を認めてアルフォートは急に態度を変えた。アルフォートと目線があったクラウディアも表情を和らげる。
「これ、ミッチェル!郵便社の方が見えたらお通ししろと言っていたではないか!それをわざわざ聞き取りなどするとは……」
なぜ叱責しているのか、怒られているのか、ミッチェルも、そこにいる郵便社の代表たちもわけがわからなかった。
「え、でも私はいつも通り……」
言い訳というより、普段通りの仕事をしているというアピールをするミッチェルに、さらなる叱責が与えられた。
「全く融通のきかない堅物だよ、今すぐにでも放り出してやろうか」
握りこぶしを作って今にも殴りかかろうとするアルフォート。
「いえ、それだけはご勘弁を……」
書いていたファイルで身を護るようにミッチェルは振る舞う。
「ええぃ、とりあえずお前は下がれ。下がってお客様のもてなしの準備でもしろ!」
「は、はいぃ」
郵便社の代表たちはこのやり取りをポカーンと見ているだけだった。
アルフォートは、代表たちに歩み寄ると、クラウディアの両手をつかんだ。
「お久しぶりですっ、中佐殿っ」
「ああ、アルフォート中尉か、元気でやっていたか?」
「はいっ、中佐殿!」
今度は、クラウディアを除いた郵便社の代表が、二人の再会劇をただみつめるだけだった。
3.
クラウディアと、今度新設される郵便通信省の大臣に内定しているアルフォートとの再会は奇遇以外の何物でもなかった。
「いやあ、手間を取らせてしまって申し訳なかったです。ここに謝罪いたします」
ミッチェルがお茶の用意をしているさなか、アルフォートは、戦時中でないとはいえ、自分の上官がいる手前、丁寧語で対応した。
「いや、そんなことはどうでもいいんだ。で、今日の新聞の記事のことだけど……」
アルフォートとクラウディアの関係を悟って、トーレスはクラウディアを交渉役に推挙して彼に話させることにした。
「うん」
机の上で手を組んだアルフォートは、一呼吸おいて話し始める。
「実はおおよそ間違っていないんですよ」
その一言は、郵便社の代表たちの空気を重いものにさせた。
「国の方針は極めてシンプルなんです。電話が普及すれば、手紙はすたれる。赤字にあえぐ前に逓信事業を国が買い取って国営化すれば、減る逓信部門の売り上げを、電信部門が補える。あなたたちは事業を売却できてそれなりの資金が手に入る。いいことずくめだと思いますけどね」
そこまで一息に言ってから、
「思いを伝える手段が、手紙だけしかなかった時代は終わったんです」
アルフォートはそう付け加えた。そして続けた。
「それに、こんな小国で、こんなにも郵便社がいるんじゃ、過当競争でいずれはみんな死に絶える。そうなったら、手紙や荷物は誰が運ぶのかって話になる。国が面倒みるのは、結局郵便事業を護るためなんです」
郵便社の代表たちは黙って聞いているしかなかった。実際黒字なのはクラウディアとトーレスの会社だけ。あとはギリギリの経営を余儀なくされ、ちょっとでも扱い量が減れば即赤字という綱渡りの経営だった。
「後、これは内向きの話なんですが、戦争が終わって、軍人の需要は大幅に減りました。その一方で、退役軍人たちの働き口が必要になった。それで、いろいろな政府機関を作って、そこにそういった人たちを勤めさせることにしたんです。電気通信省から、電信と逓信に特化した省を分割新設すれば、それだけでもいくばくかは雇用が生まれますからね」
「で、オレたちはお払い箱っと……」
クラウディアは自嘲気味にそう言う。
「いや、それは違いますよ」
アルフォートは即座に否定する。
「それってどういう……」
トーレスが聞く。
「よくよく考えてくださいよ。ずぶの素人が『今日から配達ね』って言われてできるわけがない。あなたたちの雇っている優秀な配達員、仕分け担当、窓口業務担当。それを引きとらない理由がないじゃないですか」
アルフォートはそう言う。
「それに、もっと大事な点があるんです。雇われる人たちは、一私企業の従業員ではなく、公務員。これがどれほどの意味を持つか、経営者のあなたたちなら、私がとやかく言わなくてもわかってくれると思うんですけどね……」
会社のことだけしか頭になかった代表たちのほとんどが、その言葉に安堵した。事業売却で創業者にも利益があり、従業員は公務員となることで、業績に左右されることなく勤務できる、そして配達料金も全国一律に統一される。誰もがwinな関係がそこに現れていたのだった。
「さあて、ここまで一方的にしゃべったわけですけど、質問はございますかな?」
アルフォートは代表たちの一人一人に目線をくれる。
「はいっ、中尉殿」
おどけてクラウディアが手を上げる。
「もう、その階級ではありませんので。やりなおしてください、中佐殿」
「ふふっ」
クラウディアは、そのやり取りが面白かった。
「では大臣!新聞記事が出たから我々が押し掛けたわけですけど、我々に事前に知らせなかったのはどうしてなんですか?」
少し声を張ってクラウディアが言う。
「ホッジンズさん。一応言っておくけど、私、まだ大臣ではないですからね」
とアルフォートはくぎを刺してから続けた。
「新聞記事については、私も当惑しているんです」
アルフォートの発言に郵便社代表は一様に驚く。
「では正解を発表しましょう。答えは、新聞屋が勇み足で報じたってこと。いずれ通信分野で再編が行われることは誰の目にも明らか。その上で記者が願望込みで書いている内容でもあったので、先ほど新聞社の方には抗議をしました」
アルフォートはさらに続けた。
「いずれにせよ、出所は政府からではないんです。これは状況証拠や記者の思い込みで作られた記事。でも、その内容はおおむね当たっている。きっちり取材もしている風もある。マスコミの恐ろしさをまざまざと知らされましたよ」
アルフォートのいった言葉にそれほど信頼できるものはなかったが、それでも事実だ、といわれると、反論の余地もなかった。
「まあ、具体的な日取りはこれから、の話なんで、今日のところはお引き取り戴いてもよろしいですかな?」
アルフォートはこういって場を締める。そう言われると、代表団は、なんの提案もできないまますごすご帰るしかなかった。
4.
「そうか……」
「やっぱりね」
「そ、そんなの、いやですぅ」
社長から話を聞いた三人の反応はそれぞれだった。
「私、ライデンいちのドールになるって決めたのに……あんまりですっ」
アイリスが涙にくれれば、
「別にドールだけが職場じゃないし、何でもやって食べていくわよ」
カトレアがたくましい反応をする。
「俺が公務員って柄じゃねぇよなぁ」
ベネディクトは今の郵便配達夫の衣装が気に入っているので、それが着られなくなることに寂しさを感じていた。
「まあ、そういうこと。新聞のニュアンスと、政府が考えている未来予想図とは若干の乖離はあるけど、概ね間違っていないようだったね」
クラウディアはそう言いつつも、
「今日、大臣に内定しているアルフォートにもあってきたが、彼は本気だ。どうあれ、郵便は国営化される。つまり、会社は無くなり、ドール業務も廃止ってことになりそうだね」
「社長は、それでもいいんですか?」
アイリスはまだ食い下がっている。だが、その言葉は、クラウディアの感情を高ぶらせた。
「いいわけないだろ!今までも言ったように、僕だって会社を閉めなくてはならないのは断腸の思いだよ。君が思っている以上に、俺は会社の、従業員のことを思っている!」
創設から数年。軌道に乗り始めている経営も、せっかく築いてきた顧客との信頼関係も、すべて手放すことになる。クラウディアの想いはそこにあった。
「でも、その時は確実に来るっていうことだけは間違いない。時代の流れには逆らえないんだよ、アイリス」
仕方ない、で済ませることはクラウディアも承服しかねていた。だが新技術が元あったものを壊し、上書きしていく大きな変革。もうそれは止められないのだ、と三人は理解した。
「え?じゃあ、私って、どうなるんですか?」
アイリスは自分の"未来"が描けないで、クラウディアに質問する。
「いつ閉めなくてはならないのかは、これからわかるだろう。それがわかったら、取りあえず新規の代筆は受付を終了する。出張を伴うものも、全てだ。アイリスとカトレアは、郵便業務の方に回ってもらうことになるね」
クラウディアも、少しかいつまんで、アイリスにわかりやすく解説した。
「ええ?やったことないのに……」
アイリスはそう言う。
「よく聞いてなかったみたいだな。郵便に従事する従業員はほぼ例外なく公務員だ。ただ、私設でやっている代筆業は範疇から外れる。だからドールは、郵便屋さんにならないといけないって寸法だよ。それに……」
「それに?」
思わずアイリスが口をはさむ。
「電話が普及してみろ。代筆を頼むなんて、面倒くさいことしなくても相手に電話があれば言葉が伝えられるんだ。真っ先にお払い箱なのは君たちのようなドールだと思うんだがね」
クラウディアは言いたくなかったが、時代に敗北しそうになっているドールの終焉を悟っていた。
「……言われて見れば、そうですよね」
アイリスは、伝えたい時に即座に相手に伝えられる「いけ好かない機械」の効能を思い返していた。ユリスの臨終に際し、手紙ではなく、電話で思いを伝えることもできるのだ、と知ったあの日。あの時、ドールはいずれ時代遅れの消えゆく職業になっていくのだと見せつけられたわけだが、それが現実になろうとしていたのだ。
「それでもドールであり続けたいって思っていたとしたら?」
カトレアがそんなことを言い出す。
「ああ、それなら私も無理に引き止めはしないよ。自分で会社を興すなりして頑張ってくれればいい。ただ、私はそれには賛同しかねるけどね」
クラウディアは経営に関してはドライだった。続けたとしても絶対利益につながらない代筆業は先が知れている。すでに新規の受注も減少し始めていた。
「まあ、取りあえずのことはわかったよ。日取りはその大臣さんとやらが決めるんだろ?」
ベネディクトが言う。
「ああ。電話回線が一定の契約数を上回ったら、ということが契機みたいだ。タイミングとしては1年後くらいじゃないかな?」
クラウディアは今日の感触からそう推察する。
「まあわかったよ。それまでは俺たちはそのままでいいってことなんだろ?」
「そういうこと。まあ、俺も疲れたから、このくらいで」
クラウディアはそう言って3人を社長室から出す。
「ふぅー」
大きなため息を出すクラウディア。
「ヴァイオレットちゃんが居なくて本当によかったよぅ」
ギルベルトの元に嫁いで数年。時々近況を知らせる手紙は届いていたのだが、ほとんど返信はしてこなかった。
「郵便屋の社長が、手紙出してくれる元の従業員に返事ひとつ出さないのも、なんだかなぁ」
引き出しの中には、そのヴァイオレットからの手紙が山のように押し込められていた。
「どれ、俺も弱音の一つでも吐き出すことにするか……」
クラウディアは、便せんを取り出しヴァイオレットにあてた手紙を書き始めた。
5.
エカルテ島にいるヴァイオレットのところに”郵政事業の変革”のニュースがもたらされたのは、ライデンから遅れること数日のことだった。
船が時化で出港できなかったため、新聞の到着が大幅に遅れたのが原因だ。
「ジルベールさま」
さすがに年月が、ギルベルトのことをこう呼ぶくらいにヴァイオレットは成長したのだが、今でも敬称をつけることを止められないでいる。
「そこまで大事に思ってもらわなくていい。ジルベールなんだからジルでいい」
再会してすぐは、「少佐」としか呼称してくれなかったヴァイオレット。今は自分のことを少佐でも、ギルベルトでもなく、ジルベールという一人の男と認識している。ギルベルトにはそれが少しうれしかった。
「この新聞記事はどういうことなのでしょうか……」
新聞を手にしたヴァイオレットがそう言う。
「ああ。記事を読むと、国は通信事業を金の卵と思っているみたいだ。だから、電話と郵便を一つにまとめようっていうことらしい」
読み聞かせるようにジルベールは解説する。
「それを行うということは、郵便社の方々はどうなってしまうのでしょうか?」
浮かんだ疑問をジルベールにぶつけるヴァイオレット。
「うーん。ここには詳しく書いてないなぁ。郵便社はすべて解体ってなっているけど……」
そのままを伝えてしまうジルベール。
「え?解体とは、工具でバラバラにされるのでしょうか?」
文字通りにしか受け取れない、ヴァイオレットの癖がまた出てしまう。
「いや、そうじゃないけど……ただ、国策で強制的に消滅させられるってことだよなぁ」
「消滅……」
ヴァイオレットはそれ以上言葉が出なかった。
「では、社長をはじめ、カトレアさんとか、アイリスさんは、どうなってしまうのでしょうか?」
居ても立ってもいられない表情になるヴァイオレット。
「まさか、この世から消えてしまうって思ってないだろうな?ヴァイオレット」
少し嫌な予感がして、ヴァイオレットに聞く。
「え、ええ。消滅とは、この世から消えることだと、認識しておりますので……」
ヴァイオレットがいまだに軍の用語を使ったり、普通の人なら単純に理解できることたちも、言葉通りに受け取ってしまうことがたびたびである。
「うーん、どうやって説明したらいいかなぁ。会社は国のものになるけど、従業員の命までは取らないってことだよ」
ジルベールもこういった、いちいち言葉を解説しなくてはならない生活には少なからずストレスを感じていた。
「そう、なのですか」
「まあ気になるんだったら、手紙でも書けばいいと思うよ。君も心配だろうから」
そんな話をしているさなか、どんどんと扉が叩かれる。
「郵便でーす」
配達人がヴァイオレットあての手紙を持参していた。差出人は、クラウディア・ホッジンス。
「ジルベールさま。私宛に社長からお手紙が届きました」
にこやかに届いた封書を、ジルベールに見せるヴァイオレット。
「そんな”報告”はいいんだよ。ちょうどよかったじゃないか。時化で出れなかったから、新聞と一緒に来たんだな」
タイミングを計ったかのようなホッジンスの手紙の到着を、ジルベールは推理する。
「その、ようですね」
「どんな内容か、気になるなあ。開けてみてくれよ」
親友でもあるホッジンスの書いた手紙が気になったジルベール。
「もし、ジルベールさまに関わることがありましたら、読んで差し上げます。今は、私宛の内容ですので私だけが読むことにします」
「はいはい。分かりましたよ、堅物なヴァイオレットちゃん」
ジルベールは、従軍中はもとより、戦争が終わって平和な今であっても、逢えるのなら、彼女は自分が幸せにしないといけないのだと確信していた。世間を知らず、物の理解もはかどらない、感情のどこかが欠落している彼女を、すべて受け止められるのは自分しかいないと思っていたからだ。
彼女を不具者にしてしまった負い目も当然ある。まだ20歳になったばかり(正確な戸籍もないから誕生日がいつかは誰も知らない)とはいえ、戦争の道具……武器としてでしか生きるすべを見出せなかった彼女に「あいしてる」を植え付けたのは紛れもない自分だ。
死んだと思いこんでいた彼女が生きていた。エカルテに流れ着いてからでも、時に触れて活躍する<ドール>……ヴァイオレットのことが記事をにぎわせることもあった。50年間にわたる、娘へのバースデー書簡を書いたことが新聞記事になったのを見た時は、さすがに鳥肌が立った。
しかし、ジルベールは自分の存在をひた隠しにした。それは「会うべきではない」という思いからだった。自分と会えば、戦争のつらいことだけが思い返されるだろう、腕を失ったことをなじられるだろう。なにも解決するとは思えなかったからだ。
それでも彼女はここまで来て、逢うことを懇願した。ジルベールが会うことを拒んだのは、ただただ自分のみじめな姿を見られたくなかったからだ。そんな身の上でも彼女は自分のところに来てくれた。ジルベールになっていても、片腕と片目がない自分でも、彼女にとっては、ギルベルトであり、少佐であり、あいしてるを始めて教えてくれた”恩人”なのだ。
そのヴァイオレットが、読み終えたのか、手紙を持ってジルベールの元にやってくる。
「状況は理解しました。今はまだ消滅の段階にはない模様です」
少し顔をこわばらせて報告するヴァイオレット。
「そうか、それならよかった。で、他のメンバーのことは?」
中身が気になって、ジルベールは問う。
「ドールの仕事は無くなると、書かれています。電話が普及すれば、代筆は必要なくなるからだ、とも書かれていました」
「そりゃそうだろうな。でもだいぶ先の話なんじゃないの?」
「社長によれば、一年後には会社は国に吸収される模様です」
「ま、電話ができちゃあ、手紙なんて時間のかかる通信手段はお払い箱だもんな」
何の気なしにジルベールはそう言う。
「え?そうでしょうか」
ヴァイオレットは初めてジルベールの意見に逆らった。ジルベールは、その眼光に目をやる。少なからぬ殺気が彼女の目から感じられた。
「手紙だから伝えられることがあるんです。手紙だから伝わるんです」
手紙を通じて人との交流をし、感情を豊かにしていったヴァイオレット。ギルベルトのところに着任したときには命令しか聞けないただの操り人形だったのが、自動手記人形になることで様々な「あいしてる」「ありがとう」を得ていった。その過程で手紙の持っている役割や効能を知っていくのだ。純粋無垢でなにも知らない彼女だからこそ、その大きさや尊さに素直になれたのだった。ジルベールに少し否定されたことが悔しく、悲しかったから、そんな目をしたのだった。
ジルベールは、彼女が手紙に並々ならぬ思い入れを持っていることを失念していた。だから、即座に自身の意見を否定する。
「うん。それもそうだ。完全に駆逐はされないだろうよ。国が仕事を保証してくれるんだから、まだよかった方じゃないかな」
「はい」
ヴァイオレットは短くそう答えた。
夫はまともに働けず、教師の給料ではとても二人分の食い扶持にならないと判断したヴァイオレットは、島で代筆業を営むことを決める。とはいっても、本当に子どもの駄賃程度しかもらわず、代わりに食事や食材、衣類などをもらうことの方が多かった。
島にいる、労働適齢期の若者は、ジルベールとヴァイオレットくらい。二人は、島でそれ相応に過ごしていく。二人が愛をはぐくみ、お互いがお互いを受け入れるのにそう時間はかからなかった。
6.
大臣との直接交渉から半年余り。
CH郵便社の電話がけたたましくなった。
「はい、CH郵便社、カトレアでございます」
カトレアは、電話の内容を素早く聞き取り覚える。
「社長。郵便通信省の方からお電話です」
「そうか。そろそろかな」
クラウディアはやおら椅子から立ち上がる。
「はい、代わりました。社長のホッジンズです……はい。……ええ……そうですか、それでは、すぐに伺います」
受話器を置いて、クラウディアは一息ため息をつく。
「ついにその時がやってきたみたいだ。今度は先に我々に発表してから、ということらしい」
カトレアとアイリス、休憩中のベネディクトもその声に反応する。
「いよいよ、なんですね」
カトレアが緊張した面持ちで言う。
「どうしよう、私、泣いちゃいそう……」
アイリスは今にも大声を上げて泣き出しそうだった。
「まあ、雇用形態が変わるだけだから、そんなに実感ねえなあ。あ―あ、副社長に早くなっとくべきだったなあ!」
ベネディクトはソファーにどさっと座って、嘆息する。
「まあまあ。いい知らせかもしれないぞ、うちがほかの会社を合併しなさいって言う統制令かもしれないし」
場を和ませようと、おどけたように言うクラウディアだったが、
「そんな楽観的な話じゃないって、顔に書いてあるわよ」
と、早速カトレアに見抜かれる。
「うっ。ま、まあ、期待しないで待っておいてくれ。いまから出かけてくる」
そう言うとクラウディアは出ていった。
「あ―あ、ここともとうとうおさらばかぁ」
ベネディクトがちょっと大声で独り言を言う。
「こぉら、みんなに聞こえちゃうでしょ?」
カトレアがげんこつを作って叩くそぶりをする。
「でも、カトレアさん。本当に私たち、どうなっちゃうんですか?」
アイリスは完全に自分を見失っている。
「前にも言ったでしょう?ドールでい続けたいなら自分で看板上げるしか手はないの。それができないなら、ほかの仕事を当たるか、公務員という肩書の郵便屋さんになるしかないのよ」
「でも……」
アイリスは、そのいずれもに踏ん切りがつかないでいる。
「まあ、私が強制したり、勝手に決めることではないわ。あなたの人生ですもの」
カトレアはそういって、部屋から出ていく。
「んもぉー」
アイリスはむくれるだけしかできなかった。
7.
「おー、これは皆様お揃いで……」
郵便通信省の大臣に正式に就任したアルフォートが、郵便会社の代表を一瞥してそういう。
「さて、それでは大臣殿、どういう結末になるのか、お教えいただきますか?」
クラウディアはそう言って口火を切る。
「まあ、皆さん、お覚悟はできておられるようなので、その部分でも話は早い。それでは決定を読み上げます。ミッチェル、書簡を持て」
大臣付きの政務官になったミッチェルが、書簡を恭しく掲げ持ってくる。
緊張した面持ちで、書簡をピン!と張ったアルフォートは、朗々と書簡を読み上げる。
「それでは発表する。
一つ。ライデンシャフトリヒに存在する私設郵便社の事業は、翌3月末日をもってすべての業務を終了する
一つ。在籍する郵便事業担当社員・係員はすべて国が雇用する
一つ。事業を国に譲渡するにあたっては、扱い量に応じた補償金を各会社に配分する
一つ。郵便通信省は、郵便物の配達に特化し、郵便料金の収受に関しては旧郵便社が認可の元行えることとする
一つ。郵便料金は従量制とし、全国一律とする」
「おおっ」
居並ぶ代表たちから声が上がった。
「料金は……切手は私たちが扱ってもいいってことですか?」
トーレスが勢い込んで言う。
「我々が欲しいのは、配達のインフラだけ。切手の売り上げの一部はあなたたちが得てもらって構わないってことなんです」
アルフォートは書簡を元のように丸めながら、そう言う。
「ただし、これは時限的な措置で、そのうち切手も国が扱うことになる。だから、一時的な補償金と、売り上げの日銭で本来得るべき利潤を補てんする算段だと思っていただきたいです。料金の配分は後々詰めることになりますが、今日のところはまだ決まっていません」
アルフォートはそう続けた。
「それで、一元化する移行期間はどうするおつもりなんですか?」
ウェッブの質問が飛ぶ。
「今のところ、3月末までの一週間は、全ての手紙・書簡・荷物を新設する郵便通信省の仕分けセンターに送り、配達は行わない。運ぶのは速達など特別料金を払ったものだけにしていただきます。それまでに私設郵便社で抱えている、あて先不明荷物の処理・返送や、売掛金の回収、切手等の現金化を急いで行っていただきます。3月31日は配達、集配業務を停止し、全員が新設する仕分けセンターに向かい、一気に仕分けを行う。そして4月1日から、郵便通信省の職員として働いていただくことになります」
アルフォートの指示や明確なプランは代表たちを驚かせた。
「切手は自由にデザインしてもいいってことですか?」
切手のシート売りなど、販売で利益を上げている郵便社の代表が手を上げた。
「切手や料金収受については今のところ、扱い量が多く資金も潤沢にある2社が認可される運びになってます。具体的にはホッジンズさんのところと、トーレスさんの2社です」
「おおっ、やったぁ!」
「おめでとう」
トーレスとクラウディアは手を取り合った。
「ただし、切手の売り上げは国の事業の一部を回す形になるので、この二社については、独自の郵便財団を作っていただき、個人資産と財団資産を別々に管理していただくことになりますが、それでもよろしいですかな?」
アルフォートが尋ねる。
「郵便に関われるなら、本望です」
と、トーレスが応じれば、
「まさかの計らい。ありがとうございます」
と、クラウディアも賛同した。
「ということは、料金収受と配達業務の上下分離、という形の国有化、ですね?」
ウェッブが言う。
「平たく言えばそういうことになりますか……」
微笑みを浮かべてアルフォートは言う。
「従業員の給与体系はどうなりますか?」
別の郵便社代表から声が飛ぶ。
「それは今のところ調整中なのです。議会の承認も得ないといけないんで、まだはっきり提示はできません。業績のいい会社からの移籍組は若干ダウンになる試算は出ているのであしからず」
アルフォートはそう言った。
8.
クラウディアは国の方針を会社に持ち帰った。
「へぇ、料金には興味がないって、国ってそんなにお金持ちだっけ?」
ベネディクトが言う。
「いや、むしろほしいのは電信で得られる巨額の利益だよ。一度引いてしまえば、施設の更新はしなくて済む。そこの上がりで十分にやっていける、と踏んだんだろう。切手の売り上げはよほどのことがない限り増加することはないから、そのお金には興味がないってことなんだろうか」
クラウディアはそう言う。
「財団を作らないとって言われましたけど、社員はどうなるんですか?」
アイリスが尋ねる。
「そう。それなんだけど……」
クラウディアがその場にいる、三人に一瞥をくれる。
「え?おれも?」
ベネディクトは自分で自分を指さしながらそう言う。
「ああ。せっかくここまで一緒にやってきたんだ。どうだ?」
クラウディアはそう言う。だがベネディクトの答えは意外だった。
「オレは、配るのだけが生きがいだからな。座り仕事は性に合わねえ」
「え?それじゃあ……」
まさかの選択を、ベネディクトがすると思っていなかったクラウディアは驚いた。
「ああ。オレは配達員で終えても本望だぜ。むしろその道を究めたい。首根っこつかんだって無駄だぜ」
そう言ってベネディクトは部屋から出ていく。
「やれやれ。あいつの頭の固さはどうにかならないものかね……」
クラウディアは少しがっかりする。そして女性二人の方に向き直る。
「あえて確認するんだけど、カトレア。君はどうするんだい?」
クラウディアは部屋に残っているカトレアに聞く。
「ま、せっかくCH郵便社が形を変えて残るんですもの。この会社と新しい財団に一生ついていくわ」
「ほんとかい?」
クラウディアはその言葉に紅潮する。
「ええ。ほかの会社に行ってもいいけど、社長を置いては行けませんもの」
「よくわかったよ。で、アイリス、君は?」
「え?わたし?」
アイリスも自分が何をやりたいのか、心は大きく揺れていた。
「君は自分のやりたいことを突き詰めればいい。ライデンいちのドールになる道を……」
と言いかけたクラウディアを遮り、
「私も、社長の下で働かせてくださいっ!」
決意をもってアイリスは言った。
「ふーん。じゃあ、自分の夢は?」
意地悪くアイリスを揺さぶるクラウディア。
「いや、夢だけでは食べていけないし……それに、もうドールが珍重される時代でも無くなってきているから」
アイリスは、日に日に減っていく代筆の依頼に危機感を募らせていた。決定打となったのは公衆電話の設置。これで自宅に電話を引かなくても、相手が回線を持ち、受話器さえあれば会話ができるのだ。
「まあな。代筆料金と郵便代が、電話代とほぼ互角になっちまったんじゃぁなあ。すぐに伝えられる電話になびくのも無理ないか」
クラウディアがそう言う。4月の郵便国営化とほぼ同時に電話料金も値下げが予定されている。時代の流れはもはや止められないところまで来ていたのだった。
9.
郵政国営化、が正式に発表されたのは、10月の初旬だった。
「ふーん、あと半年で、郵便社は無くなっちまうのか……」
ジルベールは新聞記事を読みながら、そう嘆息する。
「本当に、残念です」
ヴァイオレットはその声に反応する。
「まあでも、配達業務を国に手渡して、料金とかは財団が管理することになるんだってさ」
"あ、またやってしまった"
ジルベールの瞳が揺らいだ。
「ざいだん、ですか?」
ヴァイオレットには難しい用語だった。
「うーん、どう説明しようかな。私的会社ではなくて、財産管理をする団体が売り上げを管理するってことみたいだね」
「そう、なのですね」
半分もわかっていないそぶりをヴァイオレットは見せる。
「ま、オレたちにはあんまり関係ない話だしな。こんな離島に電話が引かれるなんて、ちょっとありえないって思ってるし。いまだにヴァイオレットの代筆が必要とされているんだから、な」
もともとヴァイオレットの名声はこんな辺境の地であっても新聞で多くの島民が知っていた。そのヴァイオレットが島に来て、棲みつくというだけで島の誇りとされてきた。
だから、その<自動手記人形>=ドールの書く手紙を島の人々は例外なく所望した。それが証拠に電話が普及しなかったこともあって、エカルテ島の郵便取扱量は、人口比で見ても突出したものを誇っていた。
そうこうするうちに、クラウディアが島を訪れてきた。それは年も押し迫り、新年の用意に沸く年末の時期だった。
「おお、これはこれは。今日は、愛しのヴァイオレットちゃんに逢いに来たのかい?」
ジルベールは茶化しながら言う。
「それもある。だけれども不純な目的ではないからな」
少し語気を強めてクラウディアは言う。
「はいはい、悪かったよ。で、今日彼女に逢いに来た理由は、なんだよ」
ジルベールが問う。
「ふたつあるんだ。まず一つ目。君たちにこの島の郵便業務をお願いしたいんだよ」
クラウディアはそう提案する。
「え?オレたちが?」
「私も、ですか?」
二人は顔を見合わせる。
「ヴァイオレットちゃん、あの灯台、覚えているだろ?」
「はい。いまでも時々交流はあります」
「そこの灯台守してた女性が、郵便業務を止めたいって言ってきてね」
ヴァイオレットにとっては初耳だった。
「理由はよくわからないんだけど、今回の郵便の国営化が気に入らないらしい」
クラウディアは続けた。
「ポストからの回収や戸別への配達は国がやる。君たちにお願いしたいのは、料金収受と荷物の引き受けと引継ぎだけだ」
「ほー」
ジルベールがそのオファーに関心を持った。
「兼職って公務員は禁止なんだろ?オレの教師の立場はどうなるんだよ?」
厄介ごとを避けたいジルベールは、そう言ってクラウディアに聞く。
「無理に辞めろとは言わないし、私設学校の範を出ないから、お役所も大目に見るだろう。まともな教師が赴任するまでは今のままでいいんじゃないか?」
クラウディアが答える。人口数百人、子どもは数十人しかいない島にまともな公務員の教師が赴任してくるとは思えない。まして、以前は敵国領だった島。行政サービスが滞っても仕方なかった。
「私の、代筆も、辞めなくてはならないのでしょうか?社長」
ヴァイオレットは疑問をぶつける。その言葉を待っていたかのように、クラウディアは微笑む。
「そのことなんだ。ヴァイオレットちゃん」
そう言ってから、
「ヴァイオレットちゃんが島にやってきてからここ数年で、この島からの手紙の量が右肩上がりで増えているんだよ。それはひとえに、君の功績でもあると思うんだ」
という。
「そう、なのでしょうか?」
ヴァイオレットは無表情で問う。
「間違いなくそうだよ。みんなが手紙で伝える、繋がることを覚えてしまったからだと思う。それは誇ってもいいんだよ、ヴァイオレットちゃん」
「……はい」
ヴァイオレットは軽く答える。
「それで、だ。実はうちが郵便財団を作ることは知っているだろう?」
「ああ、話だけは知ってる」
ジルベールは言う。
「その目玉となる切手として、君をデザインしたいんだよ、ヴァイオレットちゃん」
「私の、切手、ですか?」
無表情だったヴァイオレットが少しだけ顔を紅潮させる。
「ああ。自動手記人形がいた時代、CH郵便社の花形、感銘を人々に与えながら4年で引退した伝説の<ドール>。切手の図案にはぴったりだ、と思ってね。君に逢いに来た理由の二つ目がこれさ」
「そんな……私、うれしいです」
クラウディアは、表情を顔に出すヴァイオレットを見て、安堵の表情を浮かべた。人間的にも大きく成長したことがなりよりうれしかった。
「それは願ってもないオファーだな。しっかり描いてやってくれよ」
ジルベールはクラウディアにそういう。
「すでに図案はできているんで、あとは本人の承認待ちだなって思っててさ……」
クラウディアは、出来上がっているラフの絵柄を見せる。
「なんだよ、ずいぶん、手回しがいいじゃねぇか」
ジルベールはそう言う。
本来の切手の数倍の面積で書かれている図案には、正装のヴァイオレットが、旅行鞄を手に歩んでいる姿が描写されていた。
「これで、いいと思います」
ヴァイオレットは、まるで自分の子供のように、切手になろうとしている自分の絵を見ていた。
「ちなみに、これ、この島限定の切手にしようって考えているんだ」
クラウディアは、図案をかばんにしまいながらそう言う。
「え?それはまたどうして?」
ジルベールは不思議がって尋ねた。
「この島でしか流通していない切手にすれば、「エカルテからだな」とわからせる意味合いが一番強い。もう一つ。「思いを伝える」ドールの切手は、ラブレターとかにもってこい。それはここでしか出せない、となれば、この島にやってきて手紙を出す人たちも出てくるだろう。島の振興策にもなるんじゃないか、と思ってな」
何もない島だけれど、ヴァイオレットがいる。クラウディアは少しでも売り上げのことを考えていたのだった。
「なかなかおもしろそうだな。自分が描かれている切手を本人が売るって言うのもすごいアイディアじゃないか」
ジルベールは、はしゃぐように言う。
「だろう?」
クラウディアは、めったに見せないドヤ顔を披露する。それが滑稽だったのか、ヴァイオレットは思わず笑みをこぼす。
「そうと決まったら、君たちは、自宅を郵便局仕様に改装してくれ。もちろん資金は財団が出すし、職人も派遣する。来年4月までに準備を整えてほしい」
「わかった。で、ヴァイオレットは、まだ、答えをもらってなかったよな?」
ジルベールが言う。
「はい。私の代筆業は、どうすればよろしいでしょうか?」
「うん」
クラウディアは軽く返事をして続けた。
「君が代筆をし続けてくれたから、手紙のありがたさや文字の持つ重みが伝わったんだと思う。これからも続けてほしいな」
そう言うと、クラウディアは、その日の夜に出る便で帰っていった。
10.
郵便行政が大転換を迎えた4月1日。
新たにライデンの郊外に建てられた新築の郵便集配センターは、この日から稼働を始めた。
ライデンにあった全郵便社の従業員に、新たに雇ったり退役軍人だった人を加えた、総計380人が開業式典のために一堂に会した。
「今日は、郵便事業の一大転換を高らかに宣言する一日となります!」
郵便通信大臣・アルフォートの演説は続いていた。
「通信手段はますます進歩を遂げることでしょう。しかし、旧来の手紙の持つ温かさ、文字として残る思いの継承。これらが絶えてしまうことだけは避けなくてはいけません。また、手紙だけではなく、荷物の配達も郵便事業の大事な業務です。私たちは「届ける」ことに特化した郵便事業に取り組むことになります。みなさんがライデンの発展に寄与していただけることを願ってやみません」
大臣の祝辞がようやく終わる。パラパラと拍手が響く。
「それでは、続きまして、CH郵便記念財団代表 クラウディア・ホッジンズ様より、祝辞を頂戴いたします」
司会に促されて、礼装のクラウディアが前に進み出る。
「みなさんのみならず、私や、トーレス氏も含めて、郵便事業に関わってきたものたちすべてが新たなスタートラインに立ったと思っています。郵便通信省に移籍を希望した人、郵便会社から新たな道を模索する人、財団で新しい仕事を始める人、全員が場所や役割は違えども今日からの始まりに胸躍らせているはずです。その一方、一から覚えなくてはならない新しい仕事、慣れない制服に配達エリア、変わってしまった料金などなど、不安に思っている人もいることでしょう。でも、誰しもがゼロからのスタートと考えれば、気持ちも楽になるはずです。皆さんには、自分を見失わず、仕事に向き合っていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました」
そう言い終わると、大臣の時よりはやや多めな拍手がホールに響く。
「それでは、これにて郵便集配センターの開所式を終わります。初配達に出かける配達員は位置についてください」
司会が次のフェーズを案内する。
ずらっと並んだ配達用のバイク。その中にベネディクトの黄色のバイクもあった。まだ国として統一した機器が揃わないので、各社が自前で持っていた機材を流用しているのだった。
「おお、ベネディクト。新しい制服もまんざらではないなぁ」
クラウディアがそう言って近づいてくる。両サイドには、着飾ったカトレアとアイリス。
「ああ。やっぱり俺は郵便屋しかできないからな」
少し暗めに答える。
「それに……」
「ああ、彼女、か」
クラウディアは目を細める。
その彼女……テイラー・バートレットがクラウディアやベネディクトのところに走ってきた。CH郵便社に晴れて入社したが、その在籍期間はわずか半年足らずだった。
「師匠!また一緒に配達できますねっ」
新しい制服も輝かしく、テイラーはベネディクトに言う。
「いやいや、おめーは旧市街、俺は新市街だから全然エリア違いだし」
迷惑そうにベネディクトは応じる。
「そんなこと言わないでくださいよ、師匠」
甘ったるい声でテイラーは言う。
「まあまあ。お二人さんも、事故のないようにだけは気をつけて」
クラウディアがそう言うと、
「それでは、配達員のみなさん、出発でーす」
という司会の発声で、配達用バイクが一斉にセンターを出発する。続いて自転車部隊、最後は軽快に走りだす徒歩配達員だった。
「行ってきまぁーす」
ひときわ大声を出して、テイラーは元気に駆け出していった。
「さあてと……」
クラウディアは、両脇にいるカトレアとアイリスの方を向く。
「こっちはこれで片付いた。あとは我々の出番だよ」
そう二人に宣言するクラウディア。
「そうね。御代を頂戴するのも仕事ですからね」
カトレアがそういうと、
「あーあ、単調で退屈だろうけど、がんばろっかな」
アイリスは、少し伸びをして新たな一歩を踏み出した。
二人の意思表明は、クラウディアを少し明るくした。
11.
デイジーがエカルテ島を訪れたのは、ヴァイオレットたちが歴史の一ページを彩ってから、80年は経ったころだった。
CH郵便記念財団資料館で見たその切手が今でも流通していることを確認しに向かったのだった。
デイジーにとっての曾祖母……アンに向けた、アンの母親の50年に渡る書簡は、成長していくアンに一年一年寄り添っているかのような内容だった。手紙に書かれているように最良の伴侶を見出し、デイジーの母親を産み、アンは、自分の母親の愛の深さを思い知る。もちろん、それは次の世代にも伝わっている……はずだった。
だが、デイジーは、母の愛が自分にもたらされているとは感じられなかった。いついかなる時も、仕事仕事の毎日。女医として認められるようにがむしゃらに働き詰めた結果であるともいえる。だから、デイジーの祖母であり、自分の母親の葬儀に際してもそそくさと立ち去るようなそぶりを見せてしまったのだった。
そんな両親に我慢ならなかった。ヴァイオレットの足跡を追いかけようと思ったのは、自分に足りないものは何か、を探す旅にもなっていると感じたからでもある。
ライデンでデイジーは、ヴァイオレットの様々な功績を目の当たりにする。「アン・マグノリアへの50通の手紙」と題したコーナーも設けられ、事の経緯と、実際に書いた手紙のレプリカまでが掲示されていた。
デイジーは、"あ、私が読んだ手紙とおんなじだわ"と思いつつも、我が家に伝わっている本物しか存在しないはずの手紙の内容が完全にコピーされている事実に驚愕する。
「あの、ちょっと……」
デイジーは記念館を管理している、元の従業員だという老婆を呼び留める。
「はいはい。なんでしょうか?」
ゆっくりと、デイジーに歩み寄ってくる。
「この、手紙なんですけど、どうやって書いたんですか?元の文章を写し書きしたものですよね?」
からくりが知りたい。”当事者”のデイジーはそう聞く。
「いいえ。これは、この手紙を書いた、ヴァイオレット、というドールが、記憶を頼りに再現したものです。一字一句間違いないと聞いております」
丁寧にゆっくりと語る元従業員。
「へぇ。そんなことできるんですねぇ」
と感心して見せたデイジーだったが、実際どこにも差違はない。それができるドール。ヴァイオレットのことがもっともっと知りたくなった。
だから、彼女が最期まで過ごしたエカルテ島にやってきたのだった。
郵便局では、彼女が図案化された切手のいわれについて、局員がとうとうと語ってくれた。その襟もとに付いた襟章が、何を意味するものかは、デイジーは知らなかったのだけれど、古びて輝きを失っているそれからは、時代を感じずにはいられなかった。
風光明媚で、時代の流れに取り残されているエカルテの、そのレトロな風貌が観光客を呼び込んでいた。その昔は宿もなかった場所だが、一晩宿屋に止まることにしたデイジーは、今までヴァイオレットの足跡をたどって気付かされたこと……「あいしてる」を両親に伝えるべきだ、と考えた。
「あいしてる」は与えてもらうものではなく、与えるものだ、と感じたのだ。自分から言わないと伝わらない、とも思い始めていた。ドールになる以前のヴァイオレットが何者で、どうしていたのか、はデイジーは知らない。でも、彼女がドールとして生きたわずか数年間に、愛や感謝が満ち溢れていることが、様々な証言や物的証拠で伝わった。
村人に聞くと、ヴァイオレットと、連れの男性……ジルベールとか言ったか……は、片時も離れることはなかったそうだ。今までいろいろと夫婦を見てきたが、ここまで一心同体、二人三脚を体現できているカップルはいなかったよ、とまで言われた。
「あいしてる」がお仕着せや義務感から出た言葉なら、そうは長く続かないはずだ。ヴァイオレットはジルベールを、ジルベールはヴァイオレットを、「心から、あいしてる」からそんな関係が紡がれたのだ、と知ると、自分から「あいしてる」を言うことで、家族関係も好転するのではないか、とデイジーは考えたのだ。
それで、仕事の虫の母親が振り向いてくれるかどうか、それはわからない。でも、「あいしてる」がもたらす効果は大きいはずだ。デイジーはそう考えて、短いながら手紙を書いた。
手紙に封をして、デイジーは、その切手を貼る。
「私の、あいしてるが、パパとママに届きますように」
念じながら”彼女”が右隅に貼られる。
「お願いね、ヴァイオレット」
切手に軽くキスをして、デイジーは手紙をポストに投函する。
”はい。確かに承りました、デイジー様”
かすかな声がデイジーの耳元で囁いた。
「君の名は。」「天気の子」「若おかみ」「キミコエ」「ペンギン・ハイウェイ」。私が創作の元ネタにするのは、どちらかというと、設定を膨らませやすいオリジナルストーリーのものが多いのですが、今回は、恐らくライバルもかなり多いヴァイオレットエヴァーガーデンを使った創作にチャレンジしたわけです。
結論から言うと、後日談なだけに、どこまで設定を膨らませるか、に苦心しましたが、スムーズにストーリーが醸成できたのが意外でした。
物書きははっきり言って3番目くらいの趣味でしかなく、これをメインに食っていくつもりはないんですが、「ああ、ストーリーって、こんな風に作っていくんだな」と映画やテレビ本編を見てうならされたのは偽らざるところです。ラストは映画でのデイジー絡みの印象的なシーンで〆させていただきました。
それにしても、ヴァイオレットちゃん、文章化が難しいキャラクターですね。
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