2024-12-11 20:45:54 更新

概要

黒田 Meets 東西南北(仮)です。


前書き

「こんな素敵な同人誌、ないよ」。
このタイトルでピンときた方も多いと思います。あ、いえ、私は投稿しておりませんが、伝説の合同同人誌として、語り継がれる一冊であることは間違いありません。
私自身ははまらなかった口ですが、それでもあの4人が大人になった世界線の話をうちの黒田に解き明かさせる、というのはどうだろう、という企画のもと、スタートしました。

2024.6 企画スタート。
2024.8 冒頭部分で停滞。
2024.9.中旬 一番キャラの立っている南(華鳥蘭子)からストーリーを進めることに方針決定。
2024.9.21 6,000字まで。華鳥との顔合わせは済み。関係者に話を聞く流れに。
2024.10.8 8,000字越え。ここで4人と顔合わせが実現。
2024.12.2 インタビュー中。約12000字。
2024.12.8 黒田とゆうの単独インタビューに。14000字弱。
2024.12.9 一気に書き上げ、ブラッシュアップ。
2024.12.11 最終チェック。17200字でフィニッシュ。


1、

ジャーナリストの黒田の足取りは、いつになく重かった。

あまりに暇だったこともあって、『「あの人は今」的な取材、受けてもらえる?』という編集部の甘言にうまく乗せられてしまったからだ。

「まあ、私も食べなきゃいけないけれど……」

今や仕事を選べる立場の黒田であっても、こうやって、一種の流れで仕事を受けてしまうことがある。原稿料はそれなりにもらえる案件だが、"この方です、見つかりました"なんて、白々しい取材になるのがおちだからだ。要するに自分の性分にあわない仕事だった。

「魔が差した、としか思えないよな……」

歩く道すがら、仕事を受けたことを黒田は歯噛みしながら後悔する。

黒田は、駅近くのコーヒーショップに立ち寄り、ブラックコーヒーを横に従えつつ、編集長から渡された資料の中身に目を通す。

その表紙に書かれていたのは、

 "あの頃のアイドルを探せ!今あの娘(こ)たちはどうしてる?"

というものだった。

「うん、確かにアイドルなんて、雨後の竹の子のように次々に出ては来るけど、大成するのなんてほんの一握り。消えた彼女たちを追うのか……」

資料は、ほかの番組や雑誌の企画などでたびたび使われるのか、それなりに使い込まれている。数百人がファイルされている資料の重さが、黒田の足取りの重さにも拍車をかけていたのかもしれない。

「誰でもいいんだろうか……なんかすでにバッテンが入っている娘がいるんだけど……え、し、死去……」

うら若き乙女の写真に無慈悲にひかれたバツ印。死因までは書かれていないが、自殺にせよ病死にせよ、若くして命を終わらせないといけなかった彼女の人生に、黒田は想いを馳せた。

そうこうするうちに、巨大グループの引退者や廃業したアイドルたちのゾーンに入っていく。テレビでの露出も多かったグループだけに、取材優先度として△が名前の横につけられている。

「まあ、そのあとピンでアイドルやってたり、役者に転身しているわけで、ほとんど残っているもんな……」

完全に一般素人に戻っている人には、対象に挙げるべきというマークの〇が打たれている。別媒体で紹介されたり、自社で取材した場合は、これが塗りつぶされて●に化けている。

「おお、これはわかりやすい……」

あまりに古い人にするのもどうか、と思い、黒田は、それなりに新しいファイル群から対象を見定めようとする。膨大すぎる名簿の中から対象を見つけるのはなかなかに至難の業だ。ページをパラパラとめくるスピードも若干早くなっていく。

「番組企画アイドル……」

黒田が行きついたのは、アイドル養成や番組派生で生まれたアイドルたちの載っているファイルだ。

「番組自体も終わっているのが多いし、個別のアイドルよりは、知名度もそれなりにある。何より、顔と名前が一致しやすいもんなぁ……」

だが、考えることは皆同じ。●のオンパレードだ。

「スターを探せ……ここもほとんど取材済みかぁ……アイドル勝ち抜き選手権? こんな番組あったんだ、って、ここもほぼ全滅かぁ……」

ファイルも残りわずかになってきた。そろそろ対象を見出さなくてはならない。

「ん?」

黒田がいぶかったのは、バラエティー番組のタイトルが出てきたからだ。

「めちゃ×2フライデー……。金曜日の深夜帯の番組じゃない。へぇ、アイドル企画なんか、やってたんだ……」

黒田はそれほどテレビを見ない。より正確には見ている暇がない。閑職をほしいままにしていた過去ならいざ知らず、今はその視聴時間すら原稿用紙に向かう時間になっている。

「ああ、エンディングテーマとか歌ってたのがアイドル化したってことか……コレ、ちょっと面白そうじゃない?」

にんまりとした黒田は、その番組に出ていたアイドルたちに絞り込む。あまりに後ろの方だったからか、〇の比率もそれなりに高かった。

「ギリギリセーフ、新しい私……なかなか面白いグループ名が多いな」

そうこうするうちに、黒田は、見開きで4人が写っているページにたどり着く。

「とうざいなんぼくかっこかり……」

音読した黒田は、4人の宣材写真をふらっと見渡す。

「ひがしゆう……あ、あずまか。あ、この顔、どっかで……」

即座にスマフォに手が伸びる。今5人グループ『シスターズファイブ』の一員として活躍している東 ゆうに間違いない。若かりし頃の顔が載っている。

当然△が示されているのだが、残りの3人は、ものの見事に〇だ。

「3人にはどうあってもたどり着きたいなぁ。特にこの、華鳥蘭子の持つオーラにくぎ付けだよ」

上目遣いで写っている宣材写真がなせる技なのか、黒田は、この華鳥蘭子に少し感情移入してしまっていた。

黒田は、コーヒーショップを出てすぐに編集部に連絡した。

「ああ、黒田です。……はい、あの企画、取材したいアイドルが見つかりましたので……はい、東西南北(仮)です。それで行きたいと……エ、あ、はい、東さんって、この取材……エ、ええ。まあ、だめもとで4人何とか記事にして見せますよ……ええ、そう、それなんですよ。どこで何しておられるのか……まあ、ちょっと取り掛かってみたいと思いますので、そのつもりで……あ、はい、わかりました。それでは失礼いたします」


2.

黒田の東西南北(仮)4人を探す旅路が幕を開けた。

しかし、黒田が、華鳥蘭子に目を奪われたのは、なにも間違っていなかった。何しろ彼女は、世界を股にかけるNPO法人「Save the World」日本支部の理事長を仰せつかっていたからである。特に貧困にあえぐ途上国の子供たちに対する支援が充実しているとのことで、たびたび新聞でも取り上げられていた。その記事がおぼろげながら黒田の脳裏にこびりついていたことも幸いした。

黒田は単刀直入に、彼女のいるNPO法人に取材を申し込む。

すると、あろうことか、電話が取り次がれ、黒田は、蘭子とじかに話すことになってしまうのだった。

取れてアポイント、悪ければ取材拒否、となるべきところがどうしてこうもとんとん拍子に話が進むのか……

黒田は、あまりのスムーズさに気味の悪さを感じ取っていた。

「お電話代わりました。わたくしが華鳥蘭子でございます」

今時珍しい、いや、アニメなどではたびたび見聞きする、お嬢様言葉で蘭子が話し始めた。

「あ、わ、わたくし、ジャーナリストをやっております……」

おどおどした口調の黒田に、

「黒田さま、でよろしかったでしょうか?」

と、蘭子はマウントを取ってみせる。

「あ、は、はい」

完全に機先を制せられ、蘭子のペースに持ち込まれている黒田は態勢を立て直すべく、気合を入れて話し出した。

「実は、華鳥様の過去にやっていたアイドル活動のことを取材させていただきたいと思いまして、こうしてアポイントを取らせていただいているところでして……」

と言い切らないうちに、

「まあ、わたくしの青春時代の一ページを取材してくださるなんて、なんて奇特なお方!」

電話口からでも、蘭子の喜びようが手に取るように想像できた。

「略歴には、わずかな期間の活動だったこともあって、ほとんど記載しておりませんのに……あら、もしかして、東さんのお知り合い?」

その問いかけに、黒田は取材に至った経緯を話す。番組派生ユニットで検索をかけたことを告げると、

「まあ、そんなところから……。でも、わたくしがこの道を選ぶきっかけになったのが、あのアイドル活動ですから、わたくしにとっても語りたいことは多くございましてよ。それで、いつになさいます?」

もう蘭子は、今にもすべてを語りだしそうだった。

「あ、いや、急な申し出でそちらもいろいろと準備も必要でしょう。別の機会にきっちりとしたアポイントをですね……」

黒田は急な流れに飲み込まれないように必死だった。

「ええ、それもそうですわね。ですが、わたくしも忙しい身。話したい気分になっている今が一番グッドタイミングでしてよ」

そういわれると、黒田はしぶしぶ受けるしかなかった。


3.

蘭子が待ち合わせ場所に指名したのは、なんと、蘭子の実家のある城州市だった。

黒田は、都心から特急を飛ばして2時間強で城州市にたどり着く。都内で会おうと思えばいくらでも会えるはずなのに、彼女がここにこだわった理由がわからない。

それでも、城州駅で待っていると、一台のリムジンが黒田の前に横付けされる。後部座席から降り立ったのは、30代前半のお嬢様だった。

「わたくしが華鳥蘭子でございます。以後、お見知りおきのほどを」

淑女の礼も堂に入っている。黒田は"本物だ"との思いを新たにする。

車内に誘われ、黒田は後部座席の人となる。もちろん隣には蘭子がいる。むずがゆさが止まらない。

車は、十数分走り、郊外のひときわ大きな邸宅の前で止まった。目の前にある大きな門がゴゴゴゴ、と音を立てながら自動で開いていく。本当に映画か、アニメでしか見たことのない、典型的な大金持ちの世界観がそこにあった。

インタビューに取り掛かる前に、蘭子は、家の中を案内し始めた。黒田は、その浮世離れした社会的勝者の実態にいくばくか触れることになった。小一時間、屋敷の中を見て回っても、まだ準備が整っていないのか、一向に始まらない。しかも、軽い、というには相当なボリュームのある食事まで出された。

ようやく、蘭子の部屋と思しき場所に案内される。所望していたコーヒーが芳醇な香りをまとって、黒田のもとに運ばれる。むろん、蘭子本人が渡すわけではなく、給仕が持ってきたものだ。

「ようこそいらっしゃいました」

NPOに電話をして4時間後。まさかの直撃インタビューが実現したことに黒田はいまだに驚きを隠せないでいる。

「いえいえ。突然の申し出にもかかわらず、すぐさま対応していただけるなんて。こちらの方こそ恐縮です」

黒田は、ここまでを振り返って、蘭子の即断即決する姿勢に敬意を表しつつ謝辞を述べた。

「それにしても、あの時からみてももう10年以上、ですか。わたくしも年を取ってしまったものですわ」

オホホホ、とお嬢様笑いを浮かべながら、蘭子は話す姿勢になっていく。

「ではそろそろアイドル活動をしていた頃のお話を伺っていきたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

黒田もその機を逃さない。ボイスレコーダーのスイッチに手が伸びる。

「ええ。よろしくてよ」

蘭子の顔が、あの宣材写真のように、威厳と自信に満ち溢れたものに一瞬変化した。にんまりとした黒田はレコーダーのスイッチを入れる。そこから濃密な1時間余りがインタビューに費やされた。


NPOに電話をしてからまだ半日も経っていない。都心に帰る特急の車内で、黒田は、文字起こしも兼ねて蘭子との対談録音を聞いているのだが、そのすべてが偶然の産物でしかないことに驚きを隠せなかった。

「もともと、わたくしは、高校を出たら、大学に、漫然と進むものだと思っておりましたの。だって皆様がそうだったのですから」

この世界を選択した経緯を語りだしたところを、黒田は何度も聞き返す。

「でも、世の中には、そういう、学歴とは違う、光る何かを持って人生を謳歌している方が大勢いらっしゃる。アイドル活動そのものは、ほんの数か月しかやっておりませんけれど、そこで気づかされたんです」

「なにを、ですか?」

「私自身が光る場所、というものを東さんはお示しになられたのです」

「自分の居場所、活躍すべき場所、という意味でしょうか?」

「ええ。私自身が何者になっていくのか、わからなかった時期に東さんと出会ったことで私の生きる道も定まったのです」

「そのうえで大学進学をしない、と決めたのはどうしてですか?」

「いい質問ですわね。その4年間……短大ならば2年間、勉強することは無駄ではないけれど、私のやりたいことにとっては有用ではなかったから、というのが答えですわね。仕事をする、と決めてからは独力でNPOを立ち上げて、それが認められて今に至る、といったところでしょうか」

黒田は、いまだに華鳥蘭子の全貌をつかみきれないでいる。お嬢様なんだから、世界を飛び回り、しかも慈善事業に首を突っ込むことなんかしなくても悠々食べていけるはずだ。しかし、彼女は、貧困にあえぐ人たちを救うという無理難題に挑んでいる。彼女にそこまでの思いを抱かせた東ゆうという人物。本丸といってもいい彼女の話がいつになったら聞けるのか、黒田は少しだけアイドル時代の東西南北(仮)の足跡を追ってみようと思い立つ。


4.

華鳥蘭子に取材した翌日、黒田は、今回仕事を回してくれた雑誌の編集部に顔を出した。

「ああ、黒田さん。さっそく動き出したようですね」

『月刊ZOOM』の編集長・水島がお茶を携えながら黒田に近づいていく。

「こんな素敵な取材、ほかにないですよ」

仕事を受けた当時とは真逆の感想を述べる黒田に、さすがの水島も驚いた。

「ええ?あんなに乗り気でなかったのに、ですか?」

黒田の第一声に、水島は、持った湯飲みをバッタと落としそうになる。

「要は選んだ対象次第だったってこと。こんな魅力的なグループを今まで見過ごしていたなんて……」

黒田は、東西南北(仮)を自分が丸裸にできる幸せに満たされていた。

「まあ、うまくいってるんならうちとしては上々です。あ、それで、黒田さん、お問い合わせの話……」

水島に頼んでいたのは、当時の番組スタッフの去就だった。

「番組自体がまだ続いているので、過去に戻るのはそこまで大変ではなかったですね。ただ、ほぼ全員が業界から足を洗ってます」

テレビの世界では、視聴率が取れなければ即打ち切りだし、スタッフも薄給だと聞く。将来の明るさを見出せないまま、現実の方が勝ってしまう、今の業界の現状に、黒田は少し危機感を覚えていた。水島は続けた。

「それでも何人かは、影響力持って仕事してますね。当時のADだった古賀さんなんか、いまや名物プロデューサーですからね」

その名前に聞き覚えがあった。画面に出てくるプロデューサー像が受けて、人気企画を多数持っているヒットメーカーだ。

「彼女が担当してたんだね。東西南北」

黒田は、水島のまとめてくれた資料に目を落としながら、ひとり呟く。

「古賀さんならそれなりに当たり、つけられるよ」

口角を上げて水島が言う。

「それじゃぁ、お願いしようかな」

ジャーナリストがいきなりオファーを出すより、雑誌社が一枚かんだ方が古賀の受けもいいだろう、という思惑からの提案だった。

水島から快諾の返事が得られたのが翌日。その二日後、古賀のいるセントラルテレビのロビーで、黒田は古賀に初めて会った。

「ああ、これはどうも。私が古賀です」

40代にかかっている古賀は、シュッとしたブランド物のスーツに身を包み、さながら成功者を体現しているかのようだった。

「私が黒田です。今日はよろしくお願いします」

自分の名刺を渡し、古賀の名刺を受け取りつつ黒田は言う。

「話は水島さんから聞きました。それで?私に聞きたいことって、なんですの?」

まだ関西なまりの抜けていない口調で、古賀は黒田に真意を問う。

「ズバリ、東西南北結成秘話、とか、そういった類の話です」

古賀に話を聞きに来たのは、単なる興味本位からではない。明らかにベクトルの違っている4人がどう結成されたのかを知りたかったからだ。

「今から思うと、あの子たちと出会ったんって、ホンマに偶然やったんよね」

虚空を仰ぎながら、昔を思い出すように古賀は語り始める。

「偶然……」

番組企画だから、応募とかがあってのことだと思っていたら、古賀から聞かれたのは、予期せぬ出会いを想起させる話だった。

「ちょっとそのあたりを詳しく聞きたいですね」

黒田は身を乗り出して古賀に続きを所望する。

「ええっと……私がめちゃ×2フライデーの担当になってから半年後くらいかな?城州市の翁琉城で通訳をしている三人のおじいさんにスポットを当てた取材をやったんですよ」

"え?おじいさん?"

黒田は困惑の色を隠さなかった。

「その時に、その場所でボランティアをやっていたのが、のちに東西南北になる女子高校生たちだったってわけですわ」

黒田の顔色が変わったのがわかったのか、古賀は早口で真相を告げた。

「ああ、そこでお知り合いに……」

話がつながって、ようやく黒田の中で納得がいった。

「いや、でもね。ようよう考えたら、いくら高校生や言うても、なりたいと思てなかったアイドルになってしまうなんて、みんなびっくりしたんと違うかな」

目の前のミックスジュースをズズッと勢いよくストローで吸って古賀は言う。

「え?最初から既定路線じゃなかったんですか?」

黒田が古賀の発言に食らいつく。

「だいたい、あの番組って、そうした企画ものは二の次で、どっちか言うたら、人気になったコーナーを細ーく長ーく使い倒するがセオリーなんです。だから、まずはフレッシュな高校生にレポーター的な立ち位置で番組を盛り立ててもらおう、その時のキャッチフレーズとして、四人やし、なんかあだ名がみんなして方角めいていたから、東西南北がええやろ、という話になって「東西南北のコーナー」という仮題でコーナーがスタートしたんです」

古賀の語りに黒田は得心がいった。

「なるほど。それで、皆さん、テレビ出演にはOKしたんですか?」

基本的だけど避けて通れない話を黒田はする。

「そこが難関やったんですけど、学校か保護者のどちらかがNGやったら、この企画、四人揃わなかったと思います。理解ある方たちでホンマよかったですわ」

最後の一吸いを飲み切って古賀は言った。

「で、あの一曲……なりたいじぶん、でしたっけ?」

うろ覚えながら、黒田は彼女たちのデビュー曲を口にする。

「そうそう、それです。うちの番組も、それなりにエンディングテーマやオープニングなんかを、デビューしたてのアイドルや、番組でできたユニットとかに歌ってもらって盛り上げてますけど、活動期間が短かった割には、結構人気があるんですよ」

デビューからわずか数か月で、東西南北は解散してしまったことは、ウェブ百科事典あたりで黒田も知っていた。その理由までは、古賀は知らなさそうである。

古賀は、そのあとも、東西南北との思い出話をたくさん披露した。しかし、なんとはなく、黒田は、それがすべてではないような気がしていた。

「いいお時間になりました。古賀さんにはたくさんいいお話を聞けてよかったです」

ボイスレコーダーを片付けながら黒田は言う。

「いえいえ。私でよかったら、東西南北の話、いくらでもやりますよ。なんてったって、私のキャリアアップにもつながったグループですから」

この一言に黒田は素早く反応する。

「キャリアアップって?」

「私がADからプロデューサーの道を切り開いてくれたのが東西南北ですから」

これだ!聞きたかったのはこれだ!

黒田は顔を紅潮させる。

「どういった経緯で、そうなったんですか?」

ボイスレコーダーを準備するのも忘れて、黒田は聞く。

「さっきも言いましたけど、東西南北の解散で、私自身がプロデュースすることの難しさを教えてもらったんです。だから、彼女たちのようなことには二度とするまい、と思って陰に日向に、できたグループのことを考えるようになったんです。ADで終わる気は毛頭なかったですし、彼女たちが売れてくれれば、自分の手柄にもなる。要は立身出世を目指すからには、うまくおだてないといけないって悟ったんです」

よもや、古賀の口から私利私欲のためです、という言葉が聞かれるとは思っていなかった黒田は、落胆した。

「そやから、彼女たちの失敗が私の糧にもなっているんです。そのあと東ッチはアイドルになれたし、ほかの子たちもそれなりに頑張っておられるよう。私、東西南北には足向けて寝られませんっ!」

そういって大笑する古賀だったが、黒田の顔は、また陰鬱な笑みを浮かべるにとどまっていた。


5.

古賀との対話は、それほど実りの多いものとは言えなかったけれど、グループが単なる偶然でできたわけではないことに気づかされた。

あの4人が、どうやって知り合ったのか、それが気になってきていた。

黒田は、もう一度蘭子とアポイントを取る。タイミング悪く、彼女は海外に行ってしまった後だったのだが、「聞きたい内容をファックスなり、メールでお聞かせいただければ、すぐに対応します」と言われて、黒田は、さっそくメールを送ってみる。

返信が帰ってきたのは、黒田が、メールを送ったことも忘れてしまうほど時間がたってからだった。

しかも内容は、

「やっぱりお会いして、お話した方が分かりやすいとも思いますので……」

という、アポイントを取っておきたいという内容だった。

「あーもぅ!この待たされた時間は何だったんだよっ」

吐き捨てるように黒田は言うのだが、企画を成功裏に終わらせるためには、避けて通れない道筋だった。

約束の日が来る。今度は都内の、蘭子が主宰するNPOの事務所がインタビューの場所になった。場所がそこになったことを黒田は思い描いたが、

"まあ、お嬢様も忙しいんだろ"

くらいにしか考えていなかった。

都心の一等地の高層ビルにその事務所はあった。

約束の時間より少し早めに黒田はそのビルに到着する。乗ったエレベーターは、耳がツンッとなるくらいの加速度で黒田を高層階に連れて行った。

目的階にたどり着いた黒田は、キャハハッと笑う、女子会のようなにぎやかしさがフロアに充満しているのを感じ取って、"もしやっ!"と鼓動を昂らせる。

「Save the World」と書かれた扉をノックする。

「はーい」

応じたのは蘭子の声だった。

扉があくと、そこには、スーツを身にまとった蘭子が立っている。お嬢様モードしか知らない黒田にしてみれば、その姿は、凛としていて、清楚であり、できるキャリアウーマンを体現しているかのようだった。

「お久しぶりです。黒田です」

黒田は挨拶する。

「ようこそいらっしゃいました。まあ、立ち話もなんですから、こちらに……」

蘭子は、ブースに囲まれた簡易の打ち合わせ場所ではなく、しっかりとした応接室に黒田を導く。

そこから漂う人の気配に、より一層自分の予想が確かさを帯びてくるのがわかった。

「お見えになりましたよ!」

蘭子がそういって扉を開ける。黒田の思いの答え合わせがついにできる。

少しドキドキしながら黒田は開かれた扉から室内を見る。そこには、東西南北4人が一斉に黒田を見ている光景があった。

"あ、やっぱりだ……"

蘭子が都心の事務所を、インタビューの場所として指定してきたのは、4人を揃えるためだったのだ。

「はい。それでは、皆様、自己紹介タイム、ですわ」

蘭子が両手を合わせて、音頭を取る。

「私が東ゆうです。今日は、南さんのお誘い、ということでここに初めてやってきました。そしたら一同勢ぞろいで……ちょっとびっくりしてますけど、どうぞ、よろしく」

「大河くるみです。今はIT企業でエンジニアやってます。夜勤明けで、ちょっと頓珍漢な受け答えになってしまったらごめんなさい。いいお話が出来たらいいなって思ってます」

「川添美嘉、旧姓亀井です。2児の母親として頑張ってます。今日は、シッターさんに子供を預けてここにやってきました。またみんなといい話ができることに期待してます」

「この度は、お集まりいただきありがとうございました。まさか華鳥さんが全員を招集なさっていたとは夢にも思わず、少し緊張しております、ジャーナリストの黒田です。どうぞよろしく」

一様に全員が発言する。

立っていた全員が椅子に腰かけようとしたそのタイミングで、NPOの事務員が、紅茶やお菓子をトレイに乗せて運んできた。

「さぁて……」

また蘭子は両手を胸の前で合わせる。

「今日皆様にお集まりいただいたのは、黒田さんに、私たちの青春時代の一番輝いていた「東西南北」のお話をお聞かせすることなんですの」

4人と黒田が一堂に会している理由を蘭子は話す。

「ええ?くるみ、あんまりいい思い出ないんだけど……」

さっそくくるみが文句を言い始める。

「ええ。それに、一応私たち、一般人なんで、そのあたりを少し考慮に入れていただきませんと……」

美嘉も、また脚光を浴びてしまうことに懸念を表明した。

「確かに、今、顔出しで活躍している東さんと華鳥さんはともかく、お二方にはプライバシーがありますもんね」

このグループを取材しようと思い立った時から、懸念していた問題点が、ここにきて噴出した。黒田は、一応理解を示しつつ、続けた。

「とはいえ、一時でも芸能活動していたのも事実。私が聞きたいのは、どうして4人だったのか、ということですよ」

黒田は、少しでも全員に何らかの発言をしてもらいたい一心で説得する。

「4人集める、ていうか、結果的に4つの方角でうまい具合にそろえたのは、実は私なんです」

ゆうがそういって口火を切る。

「そうですわね。だいたい私をいきなり「南さん」ってあだ名で呼んでくださったのも、意図があってのことだろうな、とは思ってましたけど……」

蘭子も昔を思い出しながら、なぜ自分のあだ名が南だったのかを思案しているようなそぶりを見せる。

「聖南テネリタス女学院の南を取った、というのが種明かしです」

ゆうが蘭子の疑問に答える。

「ああ、だから、私が西だったのか……」

西テクノ工業高等専門学校を卒業したくるみもそういって納得する。

「私が北なのも、そういうことなのね」

当時城州北高校に在籍していた美嘉も自分の属性の謎にようやく気が付いたようだった。

「はい。4人でアイドル、とは思っていなかったのは偽らざるところですけど、私一人でできないことも、4人でなら何とかなる、という想いがあったからなんです」

ゆうの言葉がそれらを補完する。

「今アイドルをやっているのは東さんだけ、というのも、なんとなく落ち着くところに落ち着いた、という感じなんだね」

黒田は、決してアイドルとしてやっていくつもりのなかった3人を、ゆうが引っ張り込んだ結果が今の状況なのだと感じ取った。

「だってくるみ、人前に出るのあんまり好きじゃなかったし……」

くるみが少しふくれっ面を見せる。あの頃の多忙な時期を思い出したからか。

「私だって、ゆうちゃんが一生懸命だったのを止めようとは思えなかったし……」

美嘉はゆうの方を向きつつ、あの当時の懸命になりすぎて周りが見えていなかったころをたしなめるように言った。

「確かに。アイドルになれたら、みんなの考え方も変わるって、安易に考えすぎていたのが悪かったんだよね。今更だけど、巻き込んじゃって、申し訳ない」

ゆうは、座ったままでぺこりと頭を下げた。

「いえいえ。私はあなたのおかげで変われたのよ」

蘭子が少し声のトーンを上げてゆうに向かっていった。

「何かをしたいわけでもない、テニス部でも下手なまま。そんな私に「人間って光るんだ」「輝ける人間になれる」と教えてくださったのは、東さんなんですのよ!」

蘭子とのインタビューを思い返していた黒田は、一番ゆうから影響を受けたのは蘭子なのだろうと結論付けていた。おそらく住む世界も見ている景色も違う階層の人だから、ゆうの考え方や行動力がキラキラして見えたのだろうと思う。

黒田は残る二人もプロファイリングしてみる。くるみは現実主義者で自己中心的、美嘉は、陰に隠れて人知れずなすべきことをなすタイプだと分析していた。

「えー、では、アイドル時代のころに話を戻しますけど、皆さん、乗り気じゃなかったってことですか?」

黒田は、脱線しかかっているインタビューを修正しようとする。

「私は、それほどでも。ただ、みんなといるのが楽しかったからついていってただけ」

くるみは少しぶっきらぼうにそういった。

「私も、ゆうちゃんのやることだから、付いて行ってもいいかな、くらいのスタンスでしたね」

美嘉も消極的賛成派だったと吐露する。

「私は、すべてのことが楽しかったので、何でも全力投球。見れなかった景色も見れたし、そこで作った関係性が今でも生きています。最初は、びっくりしましたけど、やってよかったな、と思うし、東さんに出会ってなければこの世界を構築できてなかったと思います」

蘭子の語る口調はいつにもまして弾んで聞こえた。

「なるほど。で、肝心の東さんはどうですか?」

黒田は、最後に発言しようとするゆうに水を向ける。

「私が、ソロではオーディションに何度も落ちていたってことは、ロケバスの中とかでも話して知っているとは思うけど、私がアイドルを目指したのは、単になりたかったからではなく、光りたかったから、なんだ」

ゆうがそういうと少し語り始めた。

「子供のころに見たアイドルは、別にライトのせいでもエフェクトでもなく、本当に輝いて見えたの。「あ、人って光るんだ」ってその時思ったの。だから、その光を自分も纏おう、みんなに輝ける自分を見てもらおう、というのが私がアイドルになりたかった原点なんです」

「なるほど。それで、華鳥さんは、東さんが輝いて見えた、と、さっきおっしゃったのって、そういうことなんですね」

黒田は蘭子に尋ねる。

「ええ。何かに打ち込んでいる人って、自分では気が付いていないけど輝いているんです。その輝きがまぶしかった。私が番組を通じて、また、ボランティア活動を通じて、私の輝ける場所を見つけるようにしてくださったのが東さんなんです」

黒田も、一人一人の意見を聞いていくうちに、グループの成り立ちや各個人の考え方も少しずつ理解していた。だから、あえて解散に至った経緯までを聞こうとは思っていなかった。それは、間違いなく、彼女たちにとって忘れがたいトラウマだと思っていたからだ。

黒田と元アイドルたちの会話は1時間近くに及んだ。もちろん、これで終わりにするつもりは黒田はなかった。

「このインタビューも、そろそろ終わりにしたいと思いますが、最後に集合写真って、撮らせていただいてもいいですか?」

黒田は、場を締める前にそういった。

「ええ。わたくしはよろしいですが、くるみさんと美嘉さんは……」

蘭子が二人を見まわして言う。

「それなら大丈夫です。お二人には後ろ姿で写っていただきますから」

「うんうん。それだったら」

くるみが少し安堵した表情で答える。

「私も、もう顔バレはごめんこうむりたいので」

美嘉もそれならば、と理解を示す。

「とはいえ、すでにプロフィールとかもわかってしまっているので、記事にさせていただくときには、仮名とかではなく、方角で表記させていただきますが、それはご了解いただけますよね」

顔はともかく、名前まで隠すことは難しいと思って、黒田はそう提案する。

「それはしょうがないですもんね」

くるみはそれほど表情を変えず承諾する。

「名前まで隠してもしょうがないですし。あ、私の今の名前だけは別の名字にしておいてもらっていいですか」

美嘉はそう逆提案する。黒田は「姓が変わったことだけは書くけど何に変わったとかは書かないでおくよ」といって応じる。

「あとは東さんだ」

黒田は、ゆうに向き直る。

「え?私?」

びっくりした表情のゆう。

「一応、あなたとの単独インタビューも考えていたので、別の機会に設定したいと思います。事務所通じて直接アポイント取りたいと思いますので、その節はよろしく」

黒田はぺこりと頭を下げる。

「い、いゃぁ……過去のことに今の事務所って、関わりないんで……」

照れくさそうにゆうは応じる。

「え?もしかして、今からでも……」

黒田が腰を浮かしそうになる。

「私、今日、完全なオフにしているんです。別に今からでも場所変えてなら、やってやれなくないですよ」

ゆうは、柔和な表情で応じた。

「わかりました。それでは、4人にお話を伺うのはここまでということにしたいと思います」

黒田は、そういって、立ち姿の4人をカメラに収めた。


6.

黒田とゆうは、ほかのメンバー3人に送られて、蘭子の事務所を後にする。

大通りに出てきたときに、流しのタクシーを捕まえた黒田は、運転手に住所を直接告げた。

「ああ、代々木公園の近くですね」

そういって運転手はタクシーのメーターを動作させた。

「どこに向かっているんですか」

ゆうは、いぶかりながら黒田に聞く。

「ああ、私の事務所兼自宅。そこなら誰にも聞かれないだろ?」

黒田は、ニンマリとした表情を浮かべる。

駆け出しのころのぼろい文化住宅とはおさらばした黒田は、2回の引っ越しを経て、代々木公園近くの1DKに住居を構えていた。もはや結婚という選択肢のない黒田にとって、ワンルームでもよかったわけだが、築年数の経った物件なら家賃もそこまで高くない。交通の便利の良さからここを選んだのだった。

二人の乗ったタクシーは、ほどなくして、マンションの入り口で止まった。

若干くたびれた塗装になっているマンションが二人を迎えた。

「こう見えても、中のリノベーションはすごいから」

黒田は、ちょっとがっかりしているゆうを元気づけようと苦し紛れにそういう。

エレベーターで6階まで上がった二人は、604号室の前で立ち止まる。

黒田が、ガチャガチャと鍵を操作し玄関を開けた。

黒田が言ったとおり、中は、あの外観とは思いもよらないハイセンスな立て付けになっている。

「ちょっと高かったけど、大家さんも公認でリニューアルさせてもらったんだ。ここを終の棲家にしようと思ってね」

黒田は、リフォームに至った経緯を話した。専有面積ほぼすべてが居住スペースになっていて、収納を犠牲にしたつくりになっている。

「次来る人はちょっと困るかもだね」

苦笑気味に黒田は言う。ゆうは、ダイニングの椅子に腰かけてあたりを見回している。

その間に黒田は、お湯を沸かしつつ、来客のもてなしに余念がない。

「お待たせしました」

まだポットの中で茶葉が躍っているティーポットと、クッキーがゆうの前に置かれる。

「あ、お気遣いなく」

とゆうは言う。

「今日の本命は、実は君だったんだよね」

黒田は目の前のゆうに、いい色合いになった紅茶をカップに入れながら、そういう。

「そう、でしょうね」

一人だけアイドルとして活躍しているゆうにとって、残る3人をコマのように使ったとみられていることをこれまで釈明してこなかった。

「だって、調べれば調べるほど、東ゆうって、得体が知れないんだもの」

自分のティーカップにも紅茶を入れた黒田がそういう。

「どのあたりが、ですか?」

他人の評価はあまり気にしないはずのゆうが、黒田の評価には食いつくようなそぶりを見せた。

茶葉の香りを愉しんでいた黒田が、その一言を待っていたかのように言った。

「だって、あなただって、アイドルに向いてないんだもの」

黒田はそう言い切った。

その言葉に少し目を丸くしたゆうだったが、少し間をおいて、

「そう思う時期もあったし、今でもそう思ったりすることもありますね。さすが、ジャーナリストさん、いえ、黒田さん」

本当にアイドルになれているんだったら、オーディションに落ちまくることはない。4人一組で、何とかアイドルという体裁にはなっているが、結果的にゆう以外、芸能の道に進んだものはいない。しかも、個人的なファンレターの数も、圧倒的に少なかった、ということも、取材で知っているはずだ。総合的に判断したうえで、今の5人グループの立ち位置もいまいちパッとしていないこともすべて黒田にはお見通しだな、とゆうは感じたに違いない。

「それでも……」

ゆうは、少し唇をかみしめながら、一つ一つ言葉を紡いでいく。

「私が見たアイドルは、確かに光っていた。私だけがそう見えただけかもしれないけど、人が光ることができる場所を見つけたい、そして、アイドルこそが、光る自分を見せられる最大の職業だと思ったんです」

ティーカップを持ったまま、水面に視線を落としてゆうは続けた。

「でも、南さんは、私を見て、ボランティア、NPOという道を見つけた。くるみちゃんは、エンジニアという道に、美嘉ちゃんは主婦、そして母という道に。私が彼女たちをスカウトしたのは、単なる偶然もありましたけど、それぞれが光る場所を見つけてもらったことが私にとっては最大のご褒美です」

ゆうはそういって、ひとまずティーカップをソーサーの上に置いた。

「黒田さん」

ゆうが少し瞳を潤ませながら黒田の方をキッと見つめた。

「せっかくの単独インタビューですもの。私を赤裸々に描いてみませんか?」

そういった彼女から、憑き物が落ちたかのような澄み切った表情を黒田ははっきりと見た。

"ああ、この人は、語りたかったんだ……"

悟った黒田は、即座に返答する。

「ええ、いいですとも、何時間でも、お付き合いしますよ!!」

黒田は、そういうと、出前を何件か注文した。

「気が早いお人だなあ。すぐ終わっちゃうかもしれないのに……」

あきれ顔でゆうが、黒田の舞い上がったかのような行動に嘆息する。

「いやいや。僕もジャーナリストの端くれ。夜までかかるインタビューになることくらい、理解してますよ」

彼女の闇、心の奥底に眠る深淵。彼女の真の姿に迫るには、それでも足りないくらいだ、と黒田は思っていた。

「そこまでおっしゃるんなら、私も気合入れて臨みますよ。かかってきなさい」

まるで、蘭子がいるかのような、圧倒的威圧感を黒田は感じた。そしてそれは同時に、アイドルの闇を浮かび上がらせようとしているのだった。


7.

「えええ」

『月刊ZOOM』の編集長・水島の驚愕の声は、編集部のみならず、フロア全体まで響いてしまうくらいのものだった。

「ちょっ、ちょっと、この文章量、なんなんですか?」

どう考えても、企画とは別次元の成果物に水島は、恐れおののいた。

「ええ。東西南北(仮)のインタビュー記事ですよ」

こともなげに黒田は言う。

「それは読んだらわかるけど、大半が、東ゆうに話を聞いた内容じゃないですか」

平静を取り戻しつつ、水島は、黒田にその意図を問い詰める。

「東西南北を解析しようと思ったときに、キーパーソンは、やっぱり東ゆうしかいないな、と感じたんです」

黒田はこの量に至った経緯を語りだす。

「それは何となくわかるよ。でも、事務所も通さないで、ここまで東ゆうに話を聞きだすなんて……」

ルール違反だ、といいかけた水島の機先を制して、

「東ゆうって、事務所の操り人形ですか?」

黒田は、このまま席を蹴ってもいいくらいの気概を持って水島に対峙した。

言葉に窮した水島に黒田は畳みかける。

「彼女の意思が彼女に語らせているんです。そこに事務所だの、しがらみだのは関係ない。だからこそ、彼女のありのまま、いい面も悪い面も、ここまで赤裸々に私に語ってくれた。そこまで突っ込んで取材したメディアって、ほかにありましたっけ?」

黒田は自信たっぷりにそういい放った。

「だけどねぇ。アイドルってイメージ商売なんだよ。ここまでのことを書いてしまうと、彼女の行く末に……」

暗雲が、といいかけたのを見逃さず、黒田は反論する。

「むしろ、ここまで自分の内面をさらけ出すアイドルなんて、そうそういませんよ。当たり障りのない、ちやほやされてきたほかのアイドルとは、出自も経歴も一癖二癖ある東ゆうだからこそ、この内容になるんですよ」

黒田の説得は続く。

「この文章量、今回の雑誌に向けた企画とはそぐわないのは百も承知。カットやつじつま合わせは私がしますけど、どう水島さんが判断されるか、は、お任せします」

原稿を置いたまま、一礼して、黒田は去ろうとする。

「ちょっ、ちょっと待ってくれないか……」

手を伸ばしたしぐさを見せて、水島は黒田を引き留める。

「あのぅ、インタビュー、これで全部、ですか?」

ついつい小声かつ敬体で、水島は黒田に聞く。

「今お渡ししたの、東西南北絡みのところだけでしかないですからね。その十数倍の量があると思っていただいて結構です」

失礼します、と言って去ろうとする黒田を、今度は、水島の右手が黒田の肩をつかむ。

「いやいや。ここはひとつ、取引と行こうじゃないか。このネタ、いくらで売ってくれるね?」

水島の目に、円マークがはっきりと見えたのを黒田は見逃さなかった。

「私だって、この業界でまだ食べていきたいですから、不義理なことはしたくありません。まずは無断でインタビューしてしまったことのお詫びと、東西南北時代の話を掲載していいかどうか、東ゆうの所属する芸能事務所の方に判断していただきます。そこは過去のことですし、多分クリアになるでしょう。あとの単独インタビューの中身については、そちらと事務所さんで詰めたらいいんじゃないですかね」

黒田はちょっと表情をゆるめてそう言った。

「え?ただでくれるってこと?」

水島が素っ頓狂な声を上げる。

「インタビュアーとしてのギャラさえもらえたら、あとはどう料理しようと自由ですよ、って言ったんですけどね……」

どこまでも黒田は報酬に対してはドライだ。必要以上を要求することはない。

「わ、わかったよ。じゃあ、今から二人して、東ゆうの事務所に行こう。そこで書籍化の話も持っていけたらいいな」

水島は、はやる気持ちを押さえられず、そう口走る。

「いやいや水島さん。まずは、事務所通さず取材したことの謝罪が先。雑誌掲載は二の次だし、書籍化なんて今の段階でいわない方がいいっすよ」

ややあきれ顔になりながら、黒田は水島をたしなめる。

「おお、そうだったそうだった。まずは謝罪だよな……って、俺も謝らないと、ダメ?」

黒田の方を見つめる水島。

「ふーん、そんなに本にしたくないんですかぁ、しょーがないなぁー、事務所の方に買い取ってもらおうかなぁ……」

黒田は、水島をもてあそぶ余裕を持ち始めていた。

「いやいや、わかったわかった、俺も、あ、謝るから、そこはひとつ穏便に……」

ガヤガヤと編集部を出ていく二人。東ゆうの自分史「アイドルって光るんだよ」が上梓されたのは、その半年後のことだった。


後書き

「トラペジウム」旋風が一部界隈に吹き荒れた、2024年。私は、この作品より追いかけたい対象も出てきたこともあり、本作に関しては4回鑑賞で終わってしまいました。しかし、それでも、幾人かのオタクたちにはぶっ刺さった模様であり、鑑賞回数を競うような作品ではないにもかかわらず、二桁鑑賞者が続出した模様です。
そして、2024年の夏コミで初お目見えしたトラペジウムの合同誌は、表紙込みで342ページというボリュームであり、3000円という価格は、まさに本です。
そこまで熱量を持っていない私ですら、あの4人に寄り添ってみたいと思わせるだけの作品力があるんですから、そりゃあ、はまる人にははまるってもんです。
2024年の仕掛作がこれにて一旦完成を見たわけですが、2025年は、どんな作品が、私を狂わせてくれるのでしょうか……


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