2023-01-06 20:45:07 更新

概要

「君の名は。」を鑑賞したすずとじメンバー。解析厨役に芹澤を設定しての独自理論がさく裂します。


前書き

「すずめの戸締まり」の登場人物で物語を作る。それを思った時に三作目となる「君の名は。」鑑賞記を飽きもせず作ろうと思ったのにはわけがあります。
それは、「それなりに年齢を重ねた登場人物がいることで、同じ理論でも重厚さが増す」ということを文章にしたかったからです。
歴史改変や一度死に至っている三葉を描いたものではない本作の本質・真実。その想いを芹澤に語らせることで、今まで以上の作品に仕上がったんじゃないか、と思ってます。

2023.1.3 長編第2作として「そうすずせり」による「君の名は。」鑑賞記を上梓することに。
2023.1.4~ 会話名前を含めて、以前の上梓作品を全面改修。
2023.1.6 PM8:45 上梓。13682字。


----2024年 夏----

草太のアパートにやってきた鈴芽。

鈴芽 「久しぶりに東京、きちゃった」

草太 「こっちに遊びに来られる、ということは、学業は順調そうなんだね。鈴芽さん」

鈴芽 「ええ、バッチリです。あとは、看護専門学校をどこにするかだけのことです」

草太 「地元にするの?」

鈴芽 「宮崎に良い学校ないんだよね。福岡行くのも、東京行くのも、実家を出るという部分ではそんなに変わらないから、私としては、バイトとかもしっかりできる東京の学校に行きたいんだよね」

草太 「もしかして、俺が東京にいるから、合わせようとしてない?」

鈴芽 「いやいやいやいや、そ、そんなわけ、ないじゃないですかぁ」

草太 「顔真っ赤だけど、どうしたの?」

鈴芽 「もう、草太さんったら、そう言うところは鈍いんだから」

ガチャリと扉があく。ノックもなしで入ってきたのは芹澤だった。

芹澤 「お、お二人さん。お久しぶり」

草太 「おお。今日はどうしたの?」

鈴芽 「教師生活、慣れましたか?」

芹澤 「いやぁ、最近のガキ……子供たちは本当に自由奔放でうらやましいわ」

草太 「その分だと、相当ストレスたまってそうだな」

芹澤 「ああ、貯まりまくり。夏休みくらい取らせろって言うんだよ」

草太 「そんなに忙しいんだ……」

芹澤 「ガキ……子供たちが夏休みだから先生も夏休み、と思ったのが大間違いだったわ」

草太 「それ、俺は知ってたけどな」

芹澤 「はぁ、オレ、まだ半年もたってないのに心折れそうだわ」

鈴芽 「そんな弱音吐くなんて、芹澤さんらしくないですよ。環さんに報告しちゃうよ」

芹澤 「いい先生になれるかもって言ってくれたけど、うまくいきそうにないですって報告してもいいよ」

鈴芽 「そんなこと言わないで!ガンバ、ですよ」

芹澤 「鈴芽ちゃんにエール送られちゃったよ。ざまぁねぇな。あ、大事なこと言い忘れてた」

草太 「そうだよ芹澤。何しに来たの?」

芹澤 「いや、そのぉ……草太を映画に誘おうって思ってな」

草太 「芹澤にしては珍しいじゃん?」

芹澤 「あの名作がリバイバルでやるとなったら、どうしても見てもらいたくてね」

鈴芽 「私も知ってる作品ですか?芹澤さん」

芹澤 「多分、知ってるんじゃないかな」

鈴芽 「ねえねえ草太さん、せっかくの芹澤さんのお誘いだから、一緒に行こうよ」

草太 「鈴芽さんも一緒だけど、別にいいよな?」

芹澤 「いいも何も、久しぶりに鈴芽ちゃんの元気なところも見れたから、俺が奢るよ」

鈴芽 「やったぁ!」

芹澤 「あ、もしかしたら座席がうまく取れないかもだから、そろそろ出かけようか」

草太 「それもそうだな」

鈴芽 「早くいこ♪」


芹澤 「で、今日お誘いしたのは、この映画なんです」

キービジュアルが三人を迎える。芹澤が見ようとしていた映画は「君の名は。」だった。

鈴芽 「うわーーーー、君の名は。だ!私、これ、だぁい好き!!」

草太 「俺が高校の時にめちゃくちゃ流行ったよな、芹澤」

芹澤 「まあな。今から8年前に公開されたんだけど、ホンットウにすごかったよな」

草太 「いつ行っても満席。日曜日なんて事前に予約しとかないと完全にあぶれてたもんな」

鈴芽 「へぇ、そんなにすごかったんだ」

芹澤 「そりゃ、『鬼滅の刃』の400億とは別の意味ですごかったって言うしね」

草太 「観客の圧がすごすぎて、コンセッションが大渋滞、とかね」

芹澤 「もぎり担当が、人波に押し出されてしまう、とかのコピペは話し半分としてもすごかった証だよ」

鈴芽 「私、それ見に宮崎市内まで出かけたことあるもん」

芹澤 「なんどかテレビでも放映しているけど、それなりに視聴率も取ってるしな」

草太 「でも、映画って、スクリーンで見てナンボだもんな」

芹澤 「お、なかなか草太、わかってんじゃん」

鈴芽 「あ、いい具合に3人空いてるところあるよ」

芹澤 「お、それなりに前の方か、って、結構入ってるなぁ」

草太 「前の方で見ないことが多いけど、この作品は、むしろ前目で見た方が迫力あるよね」

芹澤 「その通り。じゃ、そこを予約しといて。草太と俺はポップコーン買いに行っとくから」

鈴芽 「ああ、芹澤さん、お金お金~~」


(開演、濃密な106分)


(スクリーンを後にする3人)

芹澤 「どうだった、鈴芽ちゃん」

鈴芽 「ああ、もう、めっっっちゃ泣いたよぉ、ラスト三葉がひっくり返って、それでも前に進むシーンって、もう本当にすごくって……」

芹澤 「草太は?」

草太 「うん。瀧に感情移入してみたことなかったけど、あのペンが落ちてからの独白は、凄かったね」

芹澤 「お二人とも、ご満足頂いたようで」

鈴芽 「いい作品他にもいっぱいあるのに、どうして、芹澤さん、この作品選んだの?」

芹澤 「お、さすがは鈴芽ちゃん、いいところにお気づきだよ」

草太 「それってどういうこと?」

芹澤 「この作品は何回も観てすべてが手の内に入っている人にしてみれば良くできた話だなって思うわけですよ」

鈴芽 「え?どのあたりが?」

芹澤 「あの彗星天体ショーのシーンが特にそうだね」

草太 「オープニングもなかなか綺麗だったけど、それも関係ある?」

芹澤 「ああ、大あり。オープニングって、彗星の破片が落ちてくるところを映すわけだけど、糸守の町って電気ついてたよね?」

鈴芽 「そうだったかなぁ?」

芹澤 「そうなんだよ。実際はラストシーンのように、停電して落ちてくるのが正しいんだよね」

草太 「でも、これって、登場人物みんなで歴史を変えたから、オープニングを否定できたって理解してたけど、違うの?」

芹澤 「そう思うのが普通だし、そう思わせているのは監督なんだよ。だけど、本質は別のところにある」

鈴芽 「そんなこと起こるはずがないって、芹澤さんは言いたいんだ」

芹澤 「歴史改変が、このストーリーの根幹にはないって気が付いたんだよ」

草太 「え?オレは歴史改変がメインだと思ってたよ」

芹澤 「なんでそれに気が付いたのか、種明かししよっか?」

鈴芽 「聞きたいなぁ」

芹澤 「意外と簡単。物語を逆回しで見てみたら、見落としている箇所や、観客をミスリードしているところが浮かび上がってくるんだよ」

草太 「なるほど。推理小説って、ラストから話しを膨らませてるって聞いたことあるし」

芹澤 「で、それを「君の名は。」でもやってみたら、誰も死んでいないということに気が付く答えが提示されていることに気がついたわけ」

鈴芽 「ありゃりゃ! 芹澤説、初耳なんだけど、本当にそうなん?」

芹澤 「一つ一つ解説していくよ。まず、画面の瀧くん、2013年の事故の後のwebニュースを見ていただろ?その時のケータイは、2013年に売られていたiPhone。要するに2016年に見ていたわけではないってことなんだよ」

草太 「ああ、あの映像のままなら、2016年に見ていたって錯覚する人がいてもおかしくないし、時間通りだって思わせたってことか」

芹澤 「まあ、それもあるね。ところで、あのとき2013年の瀧くんが見ていたニュースの内容、覚えてる?」

鈴芽 「なんだっけ?」

芹澤 「草太は、わかってるだろ?」

草太 「変電所で事故が起こって停電していたっていう内容の記事だったな」

芹澤 「さすがだよ、草太。よく見ていらっしゃること」

草太 「だいたい、あのモノローグのシーンに、配信ニュースをインサートするからには、絶対意味があると思ってたし」

鈴芽 「それとオープニングと、どういう関係が……あれ?」

芹澤 「ほら、だんだんおかしいことに気が付くだろ?オープニングでは電気が付いているのに、ニュース記事では停電していることになっている……これってどういうことか?」

鈴芽 「んー、まだよくわからないなぁ。矛盾していることくらいしかわからないよ」

芹澤 「それでは、芹澤説、これから核心に入っていくぜ」

草太 「俺たちを納得させるものになっているか、とくと聞かせてもらうよ」

芹澤 「まず、このストーリーの結論から。あの隕石落下で、町の人はだれ一人死んでいないラストシーンにつながる部分が正しい、それしか事実はないって思っているんだよ」

鈴芽 「それはなんとなくわかるよ。だって、テッシーも、サヤちんも、三葉をいじめていた松本もその取り巻き二人も、みんな生きていたわけだからね」

芹澤 「そうなった時に、起こった現象を逆にたどっていくと面白いことがわかるんだよ」

草太 「さっきも言っていた、逆回しで物語を見てみる手法だね」

芹澤 「凄いおおざっぱだけど、破片衝突←三葉町長説得←破片分離←サヤちん捕まる←町役場大騒動←サヤちん放送始める←変電所爆破 という順番だよね」

鈴芽 「なんかいろいろ端折ってるけど、だいたいそんな感じだったね」

芹澤 「鈴芽ちゃん、いい突っ込みありがとう。でもこれって、瀧が入った三葉の仕業じゃないよね?」

鈴芽 「あ、ほんとだ」

芹澤 「確かに道筋は、瀧の入った三葉が立てた計画だけれども、実行しているのは三葉本人とその仲間たちだよね」

草太 「ここまでは、理解できた」


芹澤 「ここからが問題なんだよ。みんなは、三葉が浴衣を着て、天体ショーをテシサヤと見ているのが”正しい歴史”で、隕石の直撃を受けていると思ってしまうだろうし、それはそれで仕方ないんだと思う」

鈴芽 「誰だってそう思うでしょう」

芹澤 「でも、もしこの映像が間違っていたとしたらって考えるようになったんだ」

草太 「間違ってるって……起こってなかったってこと?」

芹澤 「ああ、彗星のカタワレが落ちてくるという事実以外はね」

鈴芽 「でも、そう考えるのって、かなり無理があるんじゃないの?三葉やテシサヤだって影響受けているわけだし……」

芹澤 「じゃあ、鈴芽ちゃんは、劇中の三葉が死んだって証明できる?」

鈴芽 「三葉の目には割れた彗星のカタワレの残像が映っているし、その後の効果音で、直撃受けているはずだよ」

芹澤 「その後暗転するけど、爆風にさらされて死んだ、とは描かれていないよね」

鈴芽 「確かにそうだけど、あの後悲劇が起こっているのは間違いないはずよ」

芹澤 「鈴芽ちゃんさぁ、自分でもあの現象を話してて、不確実なことしか話せてないことに気が付いた?」

鈴芽 「そ、そうなのよ。私、全部仮定のことしか話せてないことに気が付いたの」

芹澤 「結局、今の鈴芽ちゃんが言ったように、三葉が「死んでいる」と思う方が簡単なんだよ。でも、実際に彼女の死体が描かれることは一度もない。ということは、「死んでいる」という可能性も「死んでいない」可能性も、どちらもあり得ると考えられるわけだよ」


鈴芽 「それでもさっきのことの答えになってないんだけど……」

芹澤 「ああ、webニュースの件ね。2013年のニュースでこの記事を中学生の瀧が見ていた、ってことは、この事実しか存在しない、ということなんだよ。あ、ちなみに記事が配信されているのは2013年10月6日だけどね」

草太 「ちょっと混乱してきたよ。芹澤、もう少しうまく解説してくれよ」

芹澤 「言い方を変えようか。電気が付いている2013年10月4日の糸守町の出来事は、この事実に反する出来事になってしまっている、というのでどうかな?」

鈴芽 「あ、なんとなくわかってきたかも。停電しているから電気がついている描写はおかしいんだ」

草太 「まだ、うまくつかめないよ。あの図書館で見た資料も気にはなっているけど……」

芹澤 「500人程度の名簿が、あれほどの厚さになるのはむしろおかしいよね」

草太 「サヤちんとテッシーだって書かれてたし……」

芹澤 「住んでる場所も地区も違っているはずなのに、彼ら二人がカップルのように並んで書かれているのは明らかにおかしい。だいたい、彼らの家族はどうなったんだろう? 宮水家のように、一家そろって書かれているのが普通だよね。勅使河原の自宅は、神社を横目に見られる場所に位置しているので、確実に隕石落下での被害範囲の中。早耶香の自宅の位置関係はわからないまでも、二人が並んでいるのは、それこそ紙面の都合か、夢の中の出来事かのような記述なんだよ」

草太 「それはそうだけど……」

芹澤 「もう少しだけ遡ろうか。三葉の書いた日記が瀧の携帯から消えていくシーン。あんな風にまどろっこしく文字化けまでして消えていくなんてありえない」

鈴芽 「あ、それは私もそう思った。残っている方がおかしいんだもん」

芹澤 「あのシーンは、電子的にもおかしな現象だといっていいよね。さらにもう少し巻き戻すぜ。ラーメン店で、瀧だけはなぜか10月中旬なのにTシャツ一枚でラーメンすすってたよね」

鈴芽 「あ、そうだった?それ、気が付いてなかったわ」

草太 「男だからわかるけど、山登りしようと思った服装じゃないわな」

芹澤 「それにバックで流れている野球中継。応援団の音声が入ってたから、国内の試合はほぼ確実。でもこの時期にやっているのって日本シリーズくらいで、しかも日本シリーズは金曜日に試合の設定はないんだよ」

草太 「オレ、野球のことは知らなかったけど、確か、瀧達御一行は金曜日からの2泊3日の旅行だったもんね」

芹澤 「だいたい、糸守の地形を町の人たちがだれ一人言い当てられないって、どんだけ地元愛がないんだ、と思ってしまったよ」

鈴芽 「まあスケッチだし、色が付いていなかったことはあったとは思うけど、湖の存在だけでわかりそうなものだったしね」

芹澤 「東京から飛騨に向かう部分も書いてあることは結構めちゃくちゃ。新幹線の座席が逆に描かれている/車内アナウンスが、東京出発直後の内容なのに風景は田舎っぽいところ/飛騨古川駅の2番線には「ひだ」は入らない/気動車の排気ガスが排出されるマフラーの位置は画面左側で、あの煙突状の突起物は信号炎管というもの/名古屋駅通路の通過時刻と乗った「ひだ」に一時間程度のタイムラグ などなど……」

草太 「へぇ。よく調べたねぇ。そんなに鉄道関係で物理的におかしな描写があるんだ。で、芹澤って、鉄道マニアだったっけ?」

芹澤 「違うよ。間違った意識付けするの、止めてもらっていいですか?」

鈴芽 「なんか、どっかで聞いたような……」

芹澤 「鉄道の描写って新海監督ってすごい力の入れようなんだよ。だからその彼がこんなに間違いを提示し円盤でも修正してないってことは、"これが本当"ということを示したんだと思う」

鈴芽 「でも、客観的に見て、この間の情報って現実と比べておかしなことばっかりだったことは今の説明でわかったわ」

芹澤 「もう一つ。瀧は友人以外には計画を知らせていないはず。なのに待ち合わせよろしく、司と奥寺先輩も付いてきてしまっている」

草太 「てことは、司も学校休んだってことだろ? 瀧と司が休んでたら、学校でちょっとした話題にもなるだろうし」

鈴芽 「司から話を聞かされたにせよ、奥寺先輩の同行は確かに引っかかるわねえ」

芹澤 「だろ?今までは確かに入れ替わりのドタバタばっかりだったのに、ご神体に口噛み酒を奉納して、急に意識が2016年10月3日に飛んでからの瀧って尋常じゃない部分が結構多いんだよ」

鈴芽 「デートの最中に、先輩からも『今日はなんだか別人みたい』って言われてたしね」

芹澤 「あ、まだあったよ。2016年10月3日って月曜日なのに、どうして三葉はデートの約束、取りつけたんだろ?」

草太 「あ、それ、オレも気がついてなかった。日曜日だと思いこんでたけど日曜日って前日の10月2日だもんね」

芹澤 「学校も普通に休みだった様子。その上駅前は、休日みたいな感じだし、デートスポットもカップルだらけ。これもおかしな部分だよね。文化祭が10月2日に設定されていて、振替休日が翌日になっていたというくらいしか理由が思い浮かばないんだよね」

鈴芽 「ここまでおかしなところが出てくるなんて、思っても見なかったわ」


芹澤 「こんなにおかしな部分がこの時間帯だけ出てくる。瀧がスケッチを描き始めてから--デートを始めてから、でもいいかもしれないなぁ--図書館までの出来事のうち、ミステリアスに描かれている部分が多い。そこから導き出した俺の結論は……」

鈴芽 「え、なになに?」

芹澤 「この間に観客が見た瀧の画像はすべてが「夢の中の出来事」であり、本物ではない。よってお祭りのシーンでも三葉は死に直面していない」(メガネクイッ)

草太 「いや、案外そうなのかもしれない、とは思い始めているけど、なんか、こう、決定打が足りないんだよね」

鈴芽 「私も。なんとなくだけど芹澤さんの理論は正しいんじゃんないかとは思うけど、確たる証拠はほしいわよね」

芹澤 「はぁ。二人とも、まぁだオレのことを信じてくれないわけ?」

鈴芽 「だってそうでしょ?あの彗星から隕石が分離したのは、落下の一時間半ほど前(19:20)。それまでに退避するなどの時間的余裕はどこにもないはずよ」

芹澤 「鈴芽ちゃんの結論は、『一旦は死んだ三葉が、歴史をやり直して死なずに済んだ』説、でいいんだね」

陽菜 「ええ」

芹澤 「草太は?」

草太 「別に鈴芽さんに合わせているわけじゃないけど、やっぱり三葉は一回死んでいる、が正解じゃないかな」


芹澤 「(ニヤリ)じゃあ、冒頭のこのセリフはどう説明つける? 三葉が言ったのは『そういう気持ちに憑りつかれたのは、多分、あの日から』だったよな」

鈴芽 「え?」

草太 「そうだっけ……」

芹澤 「だから、”そういう気持ちに憑りつかれる”ことがお二人の思っている状況で実現可能なら、その説を認めるよ」

鈴芽 「三葉は、瀧に出会ってないと、そういう気持ちには憑りつかれないはずだわ……」

草太 「三葉の言った『あの日』は、二人が出会ったことのある、2013年10月4日。『あの日、星が降った日』と瀧も言いなおしているから、前日の出会いである2013年10月3日ではないよな」

芹澤 「ご名答。では、三葉をはじめ、皆さんが見てこられた、テシサヤと3人で彗星ショーを見ている状態で、この感情って……」

鈴芽 「浮かばない……でも待って!」

芹澤 「お、まだ俺の説がお気に召さないと」

鈴芽 「最初に死んでしまっていて、2013年10月4日をやり直したことで生き返ったとしたら、どうよ?」


芹澤 「あーー、まぁだこのストーリーがわかってないよなぁ。もう一回2013年のwebニュースに戻るよ」

草太 「えぇ、どうしてまた振出し?」

芹澤 「いや、ここが重要ポイントだからだよ。もう一度言うけど、2016年に歴史は新たに紡がれたとみんなは思っている3年前の2013年に、14歳の瀧は変電所爆破の記事を見ているんだよ」

鈴芽 「それはさっき聞いたわよ」

芹澤 「なんでこのときだけ、webニュースが登場したのか。それはそれが"正しい"からに他ならないわけよ。その前の『自衛隊提供』の避難状況を示した映像も動いている動かぬ証拠。これが真実だったことにつながるんだよ」

草太 「確かに、ほかのシーン、図書館でも検索している様子は映っていても登場人物が見たであろうそれらを、観客は実際の映像とかは見てないもんね」

芹澤 「あるのは、雑誌や新聞の記事という文字情報ばかり。このときに2013年の実際の状況を示す動画なり、ニュース映像があり、観客である我々もそれを目のあたりにしていたら、俺だって"歴史が書き換わったわ"と認めざるを得ないけどね」

鈴芽 「でも、それはない。でも500人が死んでいる記事はある。矛盾している、という部分は何となく理解してきているけど……」

芹澤 「2013年の瀧の時間で考えると、10月3日に見ず知らずの高校生の女性から何か『名前はみつは』とか言われながら紐を渡された、その次の日に糸守隕石災害があったわけだけど、ここで死者が出ていたかどうか彼の中では記憶がない。だって、ほかの地区の事故や災害のことなんて、なかなか覚えてないだろ、よっぽど印象深くなければ」

草太 「まあ、自然災害多すぎていちいち覚えていられないよな」

鈴芽 「私は……あの震災だけは忘れられないけど、地震が起こった当時のこととか、何人の方が亡くなったのか、とかまで細かい数字は覚えていないよ」

芹澤 「瀧の意識が、糸守隕石災害でも、その程度だったと思うんだ。3年後に入れ替わりが起こるわけだけど、過去のことは訂正・修正・書き替えられない、と考えると、どうなのか、ってことだよ」

草太 「つまり?」

芹澤 「2013年の(誰も歴史をいじっていないと思われる)時点で変電所爆破の記事を見ているということは、もはやこれは動かしようのない事実。オープニングで電気のついている糸守町に落ちてくる隕石の画像そのものも、間違っていると断定できてしまうんだよ」

鈴芽 「(ゴクリ)だとしたら……」

芹澤 「だから、2013年10月4日の時点で「電気が付いている」糸守町の画像はすべて間違いなんだよ。ということは、浴衣に着替えている三葉も、一緒に随伴しているテッシーもサヤちんも、みんな間違ってる。よって、起因するすべての事象は間違いということが証明できる、というわけだよ」

草太 「芹澤は、間違いだって言っているけど、映像になってはいるよね?」

芹澤 「そこが監督さんの凄いところだと思うんだよ。間違いというより、これが正しいと見せかけることで”ウワ、三葉死んじゃった”と思わせる。そうすると、当然その後の瀧の動きは必然的になる。『世界のどこにいたって、俺がもう一度必ず会いに行くって』という思いを募らせていく。だから彼の動きに共感するし、感動できるんだよね」

鈴芽 「うーん、なんかそこまで深いお話だとは思ってなかったなぁ……」


芹澤 「そろそろ結論にはいるけど、この作品は至ってシンプルだと思うんだ」

草太 「最後の入れ替わりをしてからの歴史が唯一無二ってこと?」

芹澤 「そう。だから、瀧と三葉の時空を超えた入れ替わりも起こったわけだよ」

鈴芽 「口噛み酒を飲んで入れ替わったのは、間違いなく、三葉が死んでいると起こりようがないわよね」

芹澤 「お、鈴芽ちゃんも、いいところに気が付き始めたね。日付は特定できるけど、隕石落下日以降に彼女が死んでいると、入れ替わりなんて起こるわけがない」

草太 「しかも、それまでは月と日は同一だったのに、このときだけはイレギュラーだもんね」

芹澤 「ちなみに、俺が”歴史は書き変わっていない”と確信した最初のきっかけが、この口噛み酒トリップなんだ」

鈴芽 「どのシーンでそう思ったの?」

芹澤 「それは最終最後。三葉が隕石、いや、彗星の直撃を受けるかのようにゆっくりと迫りくる、青色の物体が瞳に映っているときにだよ」

草太 「そのシーンは、凄く印象に残ってる。目の前に蒼い彗星が落ちてきているように感じて、こりゃ死ぬな、と一目でわかったもん」

芹澤 「彼女の深層心理の中で、隕石が落ちてきたことは間違いない。どこで遭遇したのかまではよくわからないけど、それがあまりにもすごすぎて、きっちり記憶できていなかったのだと思う。だから、直撃を受けたような感覚/自分の真上に落ちてくるかのように錯覚した/彗星ショー自体の記憶の方が鮮明で、それが落ちてくるように感じたのがそのまま表現されてしまったんだよ」

鈴芽 「三葉の周りに、他にも破片らしいのが落ちてきていたしね」

芹澤 「そう。あそこだけ、隕石を青色で表現したのはおかしいんだよ。特に人的被害を考えなければ、隕石が落ちたのは宮水神社近くの宮水家近傍。これは疑いようがない。このこと自体の歴史は動いていない。だから、口噛み酒トリップで、宮水家にいない三葉の上に落ちてくるのは完全に間違いだといえるんだよ」

草太 「口噛み酒トリップがそこで断絶しているから、彼女が死んだ、という風には考えられない?」

芹澤 「草太も人が悪いなぁwwwあそこで途切れたのは、彼女が糸守から離れたから。だから、東京に行く→帰ってきて髪を切ってほしいとお願いする、のときに、東京編が映らなかったんだ。三葉の記憶、ということで言うならば、隕石の落下を体験する前後のことも描かれていたと考えるのが普通だけど、それをストーリー上でやったらネタバレもいいところ。だからやらなかったんだとみるね」


鈴芽 「じゃあ、隕石落下を目撃している浴衣姿の彼女の方はどう説明つけるの?」

芹澤 「今まで確かに”死んでない”説ばかり披露してきたけど、俺もそれを確実に証明するのは至難の業だと思っている」

鈴芽 「ほら、やっぱり」

芹澤 「ただ、このシーンが、どのタイミングで流れていたのか、を考えてほしい。草太は、どこだったか、わかる?」

草太 「ええっと……瀧が三葉に電話をして、三葉の電話が鳴るんだけど、相手はテッシーだった、ってところだよね」

芹澤 「そうだね。前日に東京に行って夜に帰ってきてばあちゃんに髪切ってもらって、学校はサボった、というのがその日の三葉だったよね」

鈴芽 「あれ?ここって、もしかして、瀧くんがデート終わりに電話かけてるから……あ、ちょっと待って。よくよく考えたら、日にちがずれてるじゃん!」

芹澤 「おおお、ようやくそこに気が付いてくれましたか」

草太 「となると、2016年10月3日と、2013年10月4日をこのときなんで並列的に表現したのか……」

芹澤 「草太クン。なかなか鋭い指摘じゃありませんか。そこに気が付いてほしかったんですよ」

草太 「え?これも重要ポイントなの?」

芹澤 「監督さんの頭の中を我々は考えてみればいいと思うんだよ。一種の”おかしな世界”に瀧も我々観客も放り込まれてしまっている。それまで電話もメールもつながらないと知っているのに電話をかける。もちろんつながらない。それは既に知っているはずなのにここであえて提示させることで、”何かが起こった”と思わせる。だから、『三葉は死んでしまった』と思い込ませることも可能になったというわけだよ」

草太 「思い込まされる、か。なるほどねぇ」

芹澤 「日付がずれていることはどちらかというとどうでもいい。ただ、さっきも言ったように、三葉の身に何かが起こった、と誤認/刷り込むことが本来の目的。結果もあえて見せない暗転だけ。ただ、隕石落下→死亡、は普通の思考ならそう直結する。だからあえて”間違っている情報”なのに映像にしてあるわけだよ。でもそう考えると、オープニングからトリックを仕込まれているなんて、数回見た程度の人では理解できないはず。そこは監督さんうまくやったと思うわ」


鈴芽 「そこまでわかっている芹澤さんに質問だけど、カタワレ時で二人が出会えたのはどう感じる?」

芹澤 「すでに授業で『人ならざるものに出会うかもしれない時間』なんて、ユキちゃん先生はいうわけだけれども、俺は二人が出会える”別次元の2013年10月4日”に二人とも放り込まれた、と考えてる」

草太 「そうでないと、同い年で二人が出会えるはずないもんね」

芹澤 「この同い年の二人が出会えることだけは"奇跡"あるいは超常現象と結論付けるしかないよね」

鈴芽 「組紐を渡したり、文字を書いたりなんて実体がないと無理だもんね」

芹澤 「でも、ちゃんとSFっぽいことは実現できている」

草太 「え?どういうこと?」

芹澤 「2016年の瀧が2013年の三葉に託せたものと、2013年の三葉が2016年の瀧に言えなかったことだよ」

鈴芽 「過去が未来に干渉してはいけない、というあたりよね」

芹澤 「だから、未来を生きる瀧が三葉に組紐を渡せ、手のひらに文字もかけたんだよ」

草太 「あの時、三葉は何と書きたかったんだろう……?」

芹澤 「では、それは、鈴芽さんに聞いてみるか」

鈴芽 「は、恥ずかしくって、言えないよ、そんなの(カァァァァ)」

芹澤 「(オ、テレテルテレテルw)まあ、こればっかりは当事者でない鈴芽さんに聞いたところで仕方ないか……」

草太 「でも、あの時の瀧くんて『名前書いとこうぜ』っていっときながらあんな事書いたよね」

芹澤 「それは俺も映画の瀧じゃないから想像で言うけど、彼が三葉に伝えたかったのは、本当は気持ちだったんだと思う」

鈴芽 「でも名前って言ってる……」

芹澤 「あのシーン、よぉくみてみ。『目が覚めても忘れないようにさ』と言ってさらさらと手のひらに書き『名前書いとこうぜ』って言ってるんだよね」

鈴芽 「ほらぁ、名前って言ってるじゃん……あれ?」

芹澤 「書いた後に言ってるんだよ。つまり、これは彼なりの照れ隠しなんだよ」

草太 「俺なら、素直に自分の名前、書くけどな」

鈴芽 「私も、多分私の名前、書いてると思う」(マダカオマッカ)


(映画館を出て、そぞろ歩く3人)

芹澤 「いやぁ、それにしてもいい作品だったわ、『君の名は。』」

草太 「しかし、よくここまであの映画の本質にたどり着けたよな」

鈴芽 「そうですよ。芹澤さん、少し見直しちゃった」

芹澤 「いや、だって、男の子と女の子の中身が入れ替わるって、定番中の定番じゃない?」

草太 「『転校生』を下敷きにしているのは見え見えだけど、そこに同い年だけど時代が違う、というエッセンスを入れるだけでこんなにも面白くなるんだから」

芹澤 「それに、最初にも言ったけど、ここまで本質に迫ろう、と思ったのは、この作品がタイムリープや、歴史改変が主題ではない、と考えたから。だとしたら、本当に三葉は一度死んで、歴史が変わって死ななくて済んだのか、という疑問がきっかけなんだよね」

草太 「歴史の事実って変えていいものではないからね。むしろ糸守町の誰かが死んでしまうことで歴史が変わってしまう。『絶対に死なせるもんか』って瀧の入った三葉はつぶやくけど、改変に向かっているのではなく、改変させないように動いた、と理解したんだ、芹澤は」

芹澤 「おお、そのとおり。いまだに三葉は生き返ったぁ、とか、歴史が変わった、なんていっている人は、物語をよくよく咀嚼してほしいよね」

鈴芽 「でも、一回や二回見た程度でこの物語の本当の姿にはたどり着けないよ」

芹澤 「何回でも見させる、そしてそのたびごとに発見がある、それだけでなく、自分の思っていた結論が揺らぐほどの事実を知ることができる。そりゃあどぎついリピーターがあちこちに生まれるわけだよ」

草太 「3桁回、鑑賞した人もいるようだね」

芹澤 「俺の知っている限り、600回台って言う方がいらっしゃる」

鈴芽 「ええっ?!同じ映画を600回も?!」

芹澤 「居るんだから仕方ないよ。それほど映画ファンでもない方だけど、この作品に触れて何かがはじけちゃったんだろうね」

草太 「打ち込める何かがある人はそれだけで幸せだよ」

芹澤 「後、小ネタ的なことを言うけど、生活アイテムの変遷も見て取れるのが面白いよね」

鈴芽 「例えば?」

芹澤 「簡単なのが携帯。2013年の時の瀧が使っているのと、2016年に瀧が使っているiPhoneは、どれも当時の最先端機種なんだよ」

鈴芽 「私もiPhoneユーザーだから、細かいところまでしっかり書き込んでいることには感動したなぁ」

芹澤 「もう一つ。飛騨にこだわらなかった、背景や紅葉の描写なんかの取材範囲が広いところとかもあるね」

草太 「確か、三葉が東京に向かうときに使う無人駅って、高山本線の駅じゃなかったんだよな」

芹澤 「ここではモデルの駅のことは言わないけど、とてつもない場所にあることだけは言っとくわ」

鈴芽 「へぇ、アニメーション映画って、結構手間暇かかってるんだなぁ」

草太 「特殊効果とか、あの隕石落下の破壊シーンとか、ね」

芹澤 「きらきら光る夜空のシーンとかも、後の作品に通じる部分もあるしね」


芹澤 「さあて、この後どうする、お二人さん?」

鈴芽 「草太さんは、どうしたいですか?」(草太の腕にしがみつく)

草太 「う、ううーん、そうだな……焼肉でも食べに行こうか」

鈴芽 「いいの?」

芹澤 「オレ、あんまり持ち合わせないぜ。さっき映画代出したし」

草太 「心配しなさんな。ここは俺に任せて」

鈴芽 「やったぁ。さっすが大学生」

芹澤 「うう、社会人の俺の方が金持ってないんだもんな……」

草太 「まあ、いろいろあったことのお礼もしたいし、ここは大船に乗ったつもりで」

鈴芽 「よかったね。芹澤さん」

芹澤  (まだ貸した金回収されなさそうでよかった)「あ、ああ。ここは草太の顔を立ててやるとするか」

草太 「冬のボーナスの時には、きっちり返してくれよ、2万円」

芹澤 「はぁ、やっぱ覚えてたか」(落胆)

鈴芽 「まあまあ。冬まで待ってくれるんですから、ここは一つ、パァっと」

芹澤 「ほんと、鈴芽ちゃんは天真爛漫でいいよな」

草太 「この笑顔に救われたんだよな、俺も」

芹澤  (瞬間真顔になり)「鈴芽ちゃん、大事にしろよ」

草太 「そ、そのつもりだよ。僕にとっても鈴芽さんはなくてはならない人だもの」

芹澤 「まったく、お似合いのカップルだよ、ご両人!」

芹澤の声は、新宿の町にこだました。


後書き

三人が、一つの作品を語る。別に難しいことではないですし、「君の名は。」のように、ミステリー要素がほどほどある作品なら、三人に自由闊達に語ってもらうことも必要に感じているところでもあります。
ただ、この作品の特徴は、「ライト層が抱く感想」と「ヘビー層が感じる本質」に大きなずれがあることだと感じてます。三葉の生死をことさらに私が追及しているのは、そもそもにおいて、この作品が「死」に向き合う物語ではないからです。震災を隕石落下に置き換えたのと同様に、死について避けるような表現が目立つからです。本当に三葉を"コロす"事だってできたのにそれをしなかったことがその証拠です。
その意味からしても、「すずめの戸締まり」が、登場人物(椿芽)の死というものを描き、鈴芽を喪失感や無力感に向き合わせることにしたのは、この2作品を経過して、「今だから書ける」という自信がもたらしたものだといえるのです。
芹澤に語らせる「君の名は。」の本質。これまでの2作品を並べてもらうとわかりますが、それなりに追記したり、平易な表現に取り替えたり、バッサリ削っているところにもお気づきいただけると思います。
ただ、わたしのこの作品の"正解"は一つだけ。「三葉は死んでいないし、歴史は変化していない」という一点です。別にこの理論を広げるつもりはないですが、こう解釈すると、見方もまた変わるということをお伝えしたかった、というのが本音です。
出典: 帆高 「やっぱり、君の名は。って、最高だわ」 陽菜 「そうかしら?」 凪「どの辺が?」


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SS好きの名無しさんから
2023-01-07 22:21:42

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