三葉 「あなたの名前は…」 瀧 「五葉だろ」 三葉 「違うよ」 瀧 「えっっ??」
概要
世の中の瀧三夫妻の愛の結晶は女の子で名前は五葉、と相場は決まっている。だが、それに反旗を翻す筆者。瀧三アフター小説としては異彩を放つ問題作、遂に上梓!!
前書き
祖母が一葉、母が二葉、自身が三葉、妹が四葉…だから、三葉の産んだ子供は女の子なら「五葉」と名付けられて当然?
そんな歴史の継承がいつまでも続くとは思えない。よくある「数詞」を加算してつけていくのは、同じ夫婦の間で多産状態に至った時に名前に困窮してつけることが多かったりする。
つまり四の次が五、というのは二葉/トシキ夫妻の三子目ならわからないでもないが、すでに宮水姓ではない三葉が「葉」にこだわるのかどうか、が今回の当方のこの作品を上梓しようと思ったきっかけでもあります。
そんなわけで、当方は、あの夫妻が名づけにこだわってつけた、という風に考えてみました。
多分「瀧三の子供=五葉」以外では初となるのでは、と思っています。
2018.5.25 作成開始。
2018.6.24 第一版(8398字) 上梓。
2018.9.14 誤字等加筆・修正版(8590字) 上梓。
2021.5.4 2500PV越えを機に、三点リーダーなど、体裁を一部修正。8650字。
「そろそろ、生まれるのか……」
立花瀧は、分娩室の前で落ち着かず、うろうろするばかりだった。
結婚から1年余り。新婚旅行は、敢えて三葉の地元と言える飛騨に向かい、下呂温泉などを回った。二人して、ご神体に結婚を報告しに行くなど、充実した3泊4日だった。その旅の途中で、二人は愛を確かめ合っていた。ご神体に行ったその日の夜、二人は初めて一つになった。髪を振り乱しながら、瀧の想いに応える三葉は、この上ない幸せを同時に感じていた。
正月も過ぎ、肌寒さが残る一月中旬。
「瀧くん。デキちゃったみたい」
夕食の支度をしているさなかに、お腹に手を当てながら、三葉は、顔をぐっと赤らめて瀧に報告する。
「お、おい、本当か?」
瀧もその言葉に反応する。あの、新婚旅行のとき、初めて燃えた一夜のことが即座に甦る。
「うん。まだ3か月。いまが大事な時期だから、気を付けてねって、お医者さんに言われた」
三葉は言う。
「そ、それはそうだな。あんまり無理しちゃだめだぞ」
自分の子供が生まれる。瀧は生命の神秘と、家族が増えることへの喜びと、その子を育てなくてはいけないという不安とがないまぜになって、素直に喜べないでいた。
「わかった。これからちょくちょく産婦人科にも行くことになるから、ちょっと実入りも減るかもだけど……」
仕事は直前まで続けるつもりでいた三葉だったが、実際に命をまとっている状態は想定しきれていなかった。今のところ激しいつわりとかは出ていなかったが、身体が新しい命にどう対応するのか、未知の領域である。
「あ、それはそうか。出勤とかも遅らせる感じか……」
瀧は三葉の仕事についてはあまり関わらないようにしていた。それは三葉とて同じだった。お互い仕事の話は家庭に持ち込まないように心掛けていたのだが、こうなってくると、干渉しないで済むという話でもなくなる。
「会社に行っての話だけど、在宅勤務を申請してみようかなって思ってるの」
通勤しないで済むのならそれに越したことはない。三葉はこういって瀧に同意を求める。
「それができるなら、そうしたほうがいいんじゃないの?」
瀧も母体のことを思ってそういう。三葉の選択を尊重したいという思いから出た口ぶりだった。
「今の仕事なら、メールとテレビ電話のやり取りでもなんとかなりそうだし……」
今日のメインディッシュである、豚の生姜焼きをテーブルの中央に置きながら三葉は言う。
「そうなんだ。それができるとは羨ましいですなぁ」
冷蔵庫から缶ビールとグラスを持ちだしながら瀧は言う。
「ま、行って聞いてみるまでわからないけどね」
三葉は少し釘をさす。なんでも自分の思い通りになるはずがないからである。
「そりゃそうだ。で、準備できた?」
食卓の上に並ぶ、惣菜やサラダを目の前にして瀧は言う。
「エエ。ぱっちり」
三葉は答える。
「じゃあ、座って」
瀧は三葉に座るように促す。
「どうしたの、瀧くん」
急に優しくなった瀧に戸惑う三葉。三葉の座った椅子の後ろに立ち、そっと後ろから抱きしめる瀧。
「ありがとう」
三葉の耳元で、瀧は少し照れながらこうささやく。
「なんよ、どうしたんやさ」
久し振りに訛りまで出てしまう三葉。語尾はうれしさのあまり震えている。
「いや、どうしてもそれが言いたくって……」
照れながら自分の椅子に座り直す瀧。
「もうほんと、瀧くんらしいんだから……」
上気させた頬を隠すことなく、三葉も言う。
「まあ、これからオレも頑張らなくっちゃなぁ!」
いうなり、祝杯を上げるかのように缶ビールを開ける。
「おい、三葉も少しだけ……」
一口分だけグラスにビールが注がれる。
「じゃあ、生まれてくる俺たちの子供に、乾杯っ」
瀧は高らかに宣言すると、二人はグラスを合わせる。それは鈍い響きだったが、上質のワイングラスの合わさる音にも負けず劣らず二人には響いた。
三葉は勅使河原夫妻にもこのことを報告に行く。
「え、三葉、できたの?」
早耶香が喰いつき気味にそういう。
「オウオウ、瀧くんもなかなかやりよるのう」
克彦は人ごとのようにそういう。
「あのねテッシー、私たちって、まだそれらしいことないんですけど……」
早耶香がむくれながら克彦を問い詰める。
「そ、そんなこと言うなや。お、俺だってやることはやってるんやから……」
たじろぐ克彦。二人の掛け合いは三葉を微笑ませる。
「あんたたち、二人とも仲ええなぁ」
「「よくねぇわ」」
どこかのドラマの一シーンのように声をそろえた二人を見て、三人は一斉に噴出した。
それからの瀧のかいがいしさと言ったら、周りが引いてしまうくらいだった。病院には必ず付き添い、母子の状態を確認する、そのために早引けするなんかは当たり前になっていた。家事全般も、買い物や拙いながらの料理も、食器の洗いものや洗濯など、体調のすぐれない三葉の時は代わってやることもしばしばだった。そんな調子だから、残業なんてやりたくってもできない。家族ファーストの瀧にとって、今の最重要課題は三葉と生まれてくる子供のことだけだったからである。
「ただいまぁ」
今日も、明日にできる仕事をすっ飛ばして、息せき切って自宅にゴールインする瀧。
「あらおかえりなさい。早かったのね」
今日は体調がいいのか、三葉は台所に立っている。
「ああ、一分一秒が今は惜しいよ、生まれてくる子供のことを思うと、仕事なんてどうでもよくなっちゃう」
ネクタイをほどきながら瀧は言う。
「そうは言うけど、稼ぎの方もしっかりしてくれないとたちまち困っちゃうよ」
現実主義的になったとでもいうのか、三葉は瀧の残業分の手当ても計算に入れていた実入りの方を心配していた。
「その件ならご心配なく。ちょっとしたらプロジェクトリーダーになるから、年俸制になるんだ」
「ふんふん。それで?」
「成果報酬分以外は先取りも可能なんだ。それなら、当座の出費とかは十分賄えるだろ?」
「そうなんだ。そんなシステムがあったのね」
「まあ、全体的な手取りは少し減るかもだけど、責任のある仕事ができる方が張り合いもあるしな」
瀧の最近は充実していた。三葉をめとってからというもの、次々に仕事が彼にまとわりつくようになっていく。東京オリンピックが終わってから数年後の東京だが、それまで優先順位の下位におかれていた、既存建物の改修工事案件が一斉に市中に出回り、建築業界は、オリンピック後の受注合戦になっていた。需要と供給のバランスが崩れて、工事費は高どまったまま。人件費が大半を占める業界にあって、改修プロジェクトを円滑に回すリーダーともなるとそのさじ加減で利益率が大きく変わるだけに、瀧のような、実践型のリーダーの存在は、会社にとっても頼もしい存在だった。
「でも、それが始まったら遅くなることもあるんでしょう?」
自身の体よりも瀧の方を心配する三葉。
「それは始まってみてからのお楽しみ。そこまで激務にはしないし、それを許してくれる会社でもないからな」
ビールを一人飲みながら瀧は答える。建築業界が脱ブラックを掲げたのがまさにオリンピック建設ラッシュの時期。人出をかけて安全第一でやるようになって、建築費も高騰したが、結果業界全体の売り上げも上がっていった。それがオリンピック後の需要の冷え込みを食い止めている側面もあった。
「ところでそっちの方はどうなんだい?最近は医者にも付いていけない時も出てきたけど」
「エエ。至って順調よ。ちょっとお腹も出てきたの、わかるでしょ?」
「ああ、言われて見れば……」
妊娠が発覚してからあえて寝床を別にしていたこともあって、瀧は三葉の体形の変化に疎かった。
「で、予定日はいつごろだって?」
「うん。8月中旬っていってた。見事にあの日だったんだなってわかっちゃったけどね」
「そ、そうか。一発ツモだったんだな……」
ちびっとビールを飲んであの日、お互いに燃えに燃えた一夜を思い起こす。
そして迎えた出産当日。
「もう、御義兄さんったら、少しは落ち着いたらどうなんよ?」
妹の四葉も分娩室の前にいた。
「そ、それはわかっているけど……」
瀧は自分がなにもできないことに焦燥感をにじませていた。
「そうだよ、瀧くん」
友人代表なのか、連絡が来たからということで勅使河原夫妻もこの場にいた。
「まあ、男ってこういうときはウロウロするだけだろうけどね」
早耶香も悪びれずそういう。
「そうは言うけど、何か手伝えることってあるかぁ?」
克彦は反論するが、せいぜい付き添って、隣で「頑張れ」っていうくらいしか役目がない。出産は男にとっては何をしていいかわからない微妙なイベントではある。
克彦の疑問に早耶香は冷ややかに答える。
「私たちにもこんなことが早く起こればいいのになぁ……」
遠い目をしていう早耶香に、克彦はたじろぐばかりだった。
二人の掛け合いを見てフフッとなっていた瀧の元に、分娩室から看護婦が出てきてこう告げる。
「お待たせしました。元気な女の子ですよ」
「え?生まれたの?」
ドラマの観すぎなのだろうか、産声をまじかに聞けると思っていた瀧は拍子抜けする。もっとも、防音もしっかりしている分娩室だから、仮に産声が上がっても外にまで漏れ出ることはない。
「もうすぐしたら奥様と一緒に出てこられますから」
「で、うちのは……三葉は、無事なんでしょうね」
「エエ、ええ。母子ともに健康でいらっしゃいますよ」
あまりに必死の形相で問いかける瀧に気圧されるように、看護婦はそう答える。
「よかったぁ」
安堵の声を漏らすと同時に床にへたり込む瀧。慌ててほかの同席者が瀧に駆け寄る。
「おいおい、大丈夫かいな?」
「三葉だけじゃなく、瀧くんも入院じゃぁ、世話ないからね」
「一児の父なんですから、しっかりしてくださいよ」
様々な声も耳に入らない。瀧は、うれしさと緊張の糸が途切れた反動で滂沱の涙を流し続けているだけだった。
出産してすぐに退院できるわけではない。瀧はまず三葉の病室に赴く。もちろん、ほかの3人も同席する。
「三葉、お疲れ様」
瀧は開口一番、三葉の労をねぎらう。
「あリがとう、瀧くん」
出産するときの激烈な痛みとそれが解放された後の清々しさ。三葉にも、ほかの妊婦が過ごしてきた、精魂込めて一人を産み落とした戦いの後が感じ取れる。
「三葉、おめでとうっ!」
早耶香は屈託ない笑顔を見せつつ声を掛ける。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんってすごいね」
四葉も言葉にならないのか、命の誕生に「凄いね」しか言葉を見つけ出せていない。
「一人産むと、こんな風に早耶香もなるのかぁ……」
来るべき我が子を思い浮かべながら克彦は言う。
「そうよ、早くわたしたちの赤ちゃんを……」
早耶香が少し横目使いで克彦を見る。それがあまりにおかしかったのか、三葉は、くすくすと笑い出す。
「ああ、ごめんなさい、私……」
笑いながら三葉は謝る。
「まあ、何はともあれ、生まれてきてくれて、ほっとしたよ」
さっきまで感動と感謝に塗れていた瀧にもようやく平常心が戻ってきた。
「3280gですって。女の子にしては大きめな方だって言われたわ」
三葉は、いまだにその3キロ越えの"命"が、ついさっきまでお腹の中にいたことが信じられないでいる。
瀧は、三葉と決めたいことがあった。
「女の子、かあ。それでも三葉、名前、なんにする?」
「ああ、そうね。なんて名付けようかしら」
三葉は、若干考えているふりをしながら、腹案を遂にいうべき時が来た、と思って身構えていた。
「ええ?2人して、どんな名前にするか、考えてなかったの?」
早耶香が驚きのあまり、眼を大きく見開いていう。
「あ、ああ。性別もわかってたし、決めなきゃって思ってたけど、言い出せなくって……」
頭をポリポリかきながら瀧は言い訳がましく言う。
「瀧くんばっかりが悪いわけじゃないの。でも、私の中ではひとつ案があるんだ」
さっき浮かんだ案を反芻しながら、「これでいいのだ」と思う三葉。
「あ、それってもしかして……」
克彦が三葉を指さしながら答えを言おうとする。
「待った。俺に言わせてくれよ!」
瀧が機先を制して克彦を止める。
「五葉、にしようって思っているんだろ?」
瀧は克彦が言おうと思っていたことを先に言えて少し満足げな表情になる。でも、三葉の表情は変わらない。
(あれ!?)
瀧の顔に明らかに翳りが出る。順番から言えば五葉が正解であり、これ以上の名付けはない。その考えを否定する三葉の一言。
「この子の名前、「一枝」にしようって思っているの」
「お、お姉ちゃん……」
三葉の発表を聞いて真っ先に四葉が声を上げる。四葉も途絶える「葉」の系譜に少し納得のいかない表情を浮かべる。
周りの空気を察してか、三葉が説明を始める。
「私が三葉、妹が四葉。ここまでは、宮水家の名付けで済んでいると思うし、おばあちゃんの一葉だって、その前の世代は葉っぱや木とは関係のない名前だったのね」
三葉が名づけの秘密について語り始めた。
「え?それは知らなかったよ。それ、いつ知ったの?」
四葉が興味津々という面持ちで聞く。
「おばあちゃんが亡くなるちょっと前に。もう神社を継ぐ者は現れないだろうけど、その歴史を知っておくべきだということでいろいろ教えてもらったの。その時に名前の由来についても話があってね」
「なんでおばあちゃんが一葉で、その後お母さん、お姉ちゃん、私に葉がついたのかってことだよね」
「そう。おばあちゃんから始まった「葉」の系譜だけど、おばあちゃんの両親は、最初普通の名前にしようと思っていたらしいのね。もっとも、一という漢数字は入れたかったみたいだけど」
三葉は、一葉からの伝え聞きを思い起こしながら話を進める。
「で、いろいろ考えた。一海、一子、一代、一味……結果選ばれたのが「一葉」だったのね」
祖母の名付けについて三葉の説明は続く。
「ここからが問題なのね。おばあちゃんとおじいちゃんが私たちのお母さんを生んだ時に、普通だったら一子目だから「二」の漢数字を使うのはおかしいのよ。一葉から数えて二人目の子供、という風に考えていたみたいなんだけど、実際はそうじゃなくて、宮水家の名付けのしきたりみたいなのが影響していたのね」
「へぇ。名前にもしきたりかあ。さすが神主の血筋はすごいわ」
早耶香が感心したように言う。
「そのしきたりって、兄弟・姉妹が生まれるまで同じ漢字で通さねばならない、というものだったのね。兄弟・姉妹が生まれたらそこで同じ漢字は使えなくなるってものなの。つまり、四葉までは「葉」の漢字が使えたけど、その次に生まれてくる子には「葉」の字は使えないってことなのね」
「で、でもさあ、宮水姓じゃないんだから、そのしきたりにとらわれなくても……」
克彦が食い下がる。自分でも考えていた"五葉"をどうしても採用してもらいたかったというのもある。
「その考え方もあるわね」
三葉が一定の理解を克彦に示す。
「実際、ひいおばあちゃんの時代って、多産な時代だったじゃない?だから、一何とか、ってつけてもすぐに途絶えちゃうのよね。でも、おばあちゃんは私たちのお母さんを二葉と名付けた後、子どもを作らなかった。そして私が生まれた時に何の疑問も迷いもなく「あなたの名前は三葉」って名付けられたのも、そのしきたりがあればこそなのよね。お父さんがいた時に「なんで私、三番目でもないのに三葉なの?」って聞いたことがあるんだけど、「いや、俺だって名付けに関わりたかったけど、もうすでに決まってしまっていたかのようだったんだ」って話してくれてたんだよ、そう言えば……」
普通は家族会議で、やれ画数が、とか、響きがどうとか言うのが、名付けの場面ではうかがえるところなのだが、有無を言わせず、三葉の名前が決まっていたことが知らされる。
「だから、四葉ができた時に、お母さんは「次の世代は別の漢字で名乗らないといけなくなったなぁ」って感じていたはずなのね。そんなことは伝えず亡くなってしまったんだけど……」
名付けのしきたりを伝えるほどにまで三葉たちが成長する前になくなってしまった二葉。様々断絶している宮水家のいろいろに思いをはせる三葉がいた。
「だったら、別に一枝、でなくてもいいんじゃない?」
瀧が愛する人の付けようとしている名前に異を唱える。
「ウフフ。瀧くんがそう思うのも無理はないわね」
三葉は、瀧の意見もこういって受け止める。
「でもね。なんていうかなぁ。私も宮水家の長女だからっていうのもあるけど、そのしきたりだけは守っていきたいって感じているの。今や、精神的なものしか伝えることのできない宮水神社のことを記憶の中だけでもとどめておきたい。いま伝えることができるのは、この名付けの法則だけ。だから、それに従おうって思ったの」
三葉は、大真面目にそう答える。周りのものは、その迫力と真摯な物言いに言葉も出ない。
瀧も、"こういうところは、さすが神職の娘だな"と感じていた。もはや宮水姓ではない三葉なのに、しきたりは守りたいという。そんなところがまたいとおしく感じていたりする。
早耶香も克彦も、そこまで思いつめるほど、しきたりって大事なのかな、としか思えなかった。そういう世界とは無縁の二人にとって、宮水の血というものの崇高さと恐ろしさを感じていた。
一番驚いていたのはやはり四葉である。一葉から数えて4人目の子供、という意味で名付けられたのだと知ることは、姉妹で3番目でもない長女が三葉で自分が四葉であることを理解するだけにとどまったからである。宮水姓を名乗っていない三葉の子供が五葉になることは四葉も期待半分、疑念半分だったのだが、その系譜を断ち切る流れがここで起こっても、仕方ない。四葉はそう思っていた。
「でも、お姉ちゃんがそういうんだったらそれでいいんじゃないかな」
まだ少しもやもやしたものを抱えつつも、四葉は、姉の名付けに一定の理解を示す。
「そう。その言葉を待ってたのよ、四葉」
何か、救いの手が差し伸べられたようなそんな気持ちに三葉もなる。こういうときの妹だな、と思う。
「わ、わるくないなぁ……」
少し照れ気味に頭をかきながら瀧が応える。
「ああ??思ってないでしょう!!」
少しむくれた顔つきで三葉が瀧に食って掛かる。それを見て瀧も観念したかのように
「あはは、ごめん。悪かったよ。うん。その名前、いいね」
笑みをこぼしながら瀧は三葉の名付けを了解する。
「じゃあ、これで決まりねっ」
三葉は、例の満面の笑みを浮かべる。すっぴんで少し産後疲れしていても、この笑顔だけは特別だ。瀧は、この笑顔だけでなく、もう一つの"護るべきもの"ができたことに不安と喜びが入り混じった、複雑な心情を目の当たりにしていた。
退院の日。
三葉と瀧、そして生まれて間もない立花 一枝は、産婦人科を後にする。
あえて車を出すまでもない、というか、事故にあったら大変とばかりに、瀧もこのときばかりは電車で迎えに来ていた。
重い荷物を両手に抱えながら、瀧は、駅に向かいつつ、その重さこそがこれからの重さなのだと身に沁みる。いや、手に抱えられるほどの重さでは済まされない、とてつもない重さがこれから二人にはのしかかってくるのだ。
三葉も同じことを思っていた。いまでこそ3キロ程度の重さの我が子だが、それが成長とともに5キロ、10キロ、110㎝、150㎝……ついには三葉を追い抜くまでに成長するかもしれない。独り立ちしていくまでにどんな困難が待ち構えているのか、それともそんな想像とは無縁の幸せな時間しか流れないのか……
二人は、『おもさ』をひしひしと感じながら家路に向かう。だが、ふと二人はお互いを見つめ合う。
三葉は瀧の顔を、瀧は、三葉と、そして今はぐずらず、すやすや寝息を立てている一枝の顔を。
三葉は瀧の顔の動きをただみつめる。瀧が三葉に視線を映した瞬間、プフッと三葉が噴き出す。
瀧が一枝の顔を見てデレているその顔つきのままで三葉を見たからである。
「な、なんだよぉ」
バツが悪そうに瀧は笑っている三葉に言う。
「だって。その顔、面白いんだもん」
軽い笑い顔も捨てがたいなぁ…瀧はまたしてもよからぬことを思い浮かべる。
「でもまぁ、こんなことになるなんて、俺たち、凄いよなぁ」
「エエ、まったく。逢えるだけじゃなく、ムスバレて、家族もできて。そんなこと、奇跡じゃなくてどうなんだろ?」
「奇跡、かぁ……俺はそんなこと、思ってないけどな」
瀧はそう言って三葉の言葉を否定する。
「じゃあ、なんなのよ?」
「ひつぜん、さ」
その一言にクスッとした表情を浮かべつつ、頬を赤らめる三葉がいた。
必然……「人をつなげるのもムスビ」……一葉の言葉がまた三葉の胸に去来する。そうか、これって必然だったんだ……
瀧は、少し前をすたすたと歩く。三葉も遅れまいと少しだけ歩を早める。
瀧くんがそばにいれば、どんなことでも乗り越えられる。三葉と一枝の笑顔を護れればなんだっていい。
二人が同じことを想いながら、向かう駅への道程は、残りわずかになっていた。
後書き
瀧三の愛の結晶の名前。当方があまのじゃくよろしく「三葉はストーリー上死んでいない」説を強引に押し進めるのと同様、「五葉ではあまりに芸がなさすぎではないか」と思ったのは偽らざるところなんですね。
前書きにも書きましたが、この一家の名付けのシステムは正直おかしいんですね。確かに親から子に名前の一部が継承されるのはよくある話なのですが、数詞を順繰りに、親から子、子から孫、というのはあまりに芸がないし、そもそも一葉から始まる系譜の前は、ということから入らないといけないと思うんですね。
宮水家だからそれが許されたのだと思いますが、三葉は嫁いだ先、立花の姓を名乗っているはずです。そこに宮水のしきたりというか、名づけの法則までを持ち込むのか、というところを問いたいわけです。
で、私は「Non」と結論付けたわけです。理由は、・三葉・四葉の姉妹が生まれたので、「葉」の継承ができなくなった。次に生まれる子供には数詞と別の漢字をあてがわないといけない ・宮水家から離れてしまっているので、逆に「葉」を使って名づけることが難しい ・数詞+漢字の連続使用は四まで。
こじつけと思しきものもありますが、立花家に入ったのだから、仮に数詞+漢字であっても、宮水家の歴史を継承するのはいかがなものか、と思うのです。もちろん、瀧が宮水家に養子に入って、宮水のしきたりにのっとるのなら、五葉でも問題はないと思いますが仮にそれでも、「それをいつまで続けるのか」という問題も出てきます。六葉、七葉、八葉、九葉……なんか頭の悪い名付けになっていきすぎだとは思いませんか?
一葉の前の世代……まさかゼロ葉と名付けていたわけでもないだろうしw……にアプローチすれば、もはや「瀧三の子供は五葉」なんて考えられないと思うんです。しかしそれでも三葉は「しきたり」を護りたかった。それゆえの「数詞+漢字」という名付けだったのです。
創作は正直無限です。瀧三の子供=五葉 で慣れ親しんでいる皆さんにとって、この名前の違和感はぬぐえないと思ってます。でも、私の中で「一度も死んでいない三葉」だから、こうした考えにとらわれているのだ、というふうに世界観も統一していただければ、意外に納得できるのではないか、と思っています。
なお、瀧三結婚→子供誕生 まで来ましたので、これからしばらくは、君縄関連はスピードを落とさせていただきたいと思います。オリジナルの方もありますんでね。
このSSへのコメント