2024-06-05 20:04:08 更新

概要

映画モチーフ、といえば、私の創作に欠かせないのが、ジャーナリストの黒田。今回、意外な方向に話を進めていくことに!


前書き

暫く、SSから遠ざかっておりました穀潰しです。
ここ最近のオリジナル作品の中で、ファンの熱い支持を得ているのが、2023年11月公開の「劇場版ポールプリンセス!!」ではないかと思うのです。というのも、公開から数週間しか時間がないのに、なんと、冬コミで合同誌が頒布されたという、前代未聞のスピードと、そこに関わっている人たちの熱量に恐れおののいたものです。
主要登場人物は7人、主役級に絡むトレーナーを入れても8人で物語を構成しないといけない中にあって、友情あり、過去の克服あり、何より、ハートに迫る歌詞を具現化できる楽曲たちのすばらしさとポールダンスが融合する、ここ最近では短時間にすべてを言い切る奇跡の作品だといってもいいでしょう(上映は60分。ですが、内容は軽く100分ものを凌駕する)。

2024.2.19  着手。1800字。
2024.3.19  黒田 meets ポールスポーツの普及委員会の理事まで。3500字
2024.3.21  エルダンジュとの初対面・インタビュー。7500字。
2024.3.26  黒田、八代まで足を延ばす。10000字手前。
2024.3.27  AZUMIスタジオ前まで歩を進める。11000字弱。
2024.4.24  4人に出会う。14500字。聖地巡礼本で風景描写などを入れ込むが、完成優先。
2024.4.27  上梓直前まで完成。17526字。
2024.5.13  少し加筆。八代の風景練りこみは、6月を予定。17686字。
2024.5.18  聖地巡礼本到着。各所見直して、上梓。17800字。
2024.5.20  誤字修正など。字数変わらず。
2024.6.5  細部修正。18020字。


1.

2023年もほぼ暮れようとしていた12月下旬。

すでに年末年始に出版する雑誌への投稿を済ませているジャーナリストの黒田は、何するとなく町をぶらついていた。

その昔は、年末年始の記事進行に駆り出され、フリーライターのような立ち位置で仕事をこなしていた黒田ではあったが、最近のヒットのおかげもあって、じっくりと対象物に対峙できる時間と余裕が生まれていた。

ふらっと入った、古めかしい純喫茶の趣のある喫茶店で、黒田は思いもかけない人物と久しぶりの対面をする。

「ええ、黒田さん?黒田さんですよね!」

黒田を認めてそう声をかけてきたのは、黒田が以前雇われていた雑誌社の社員である中村だった。

「おお、中村じゃないの。元気してた?」

フリーの立場になった黒田にしてみれば、関わった雑誌社の社員のだれがどこで何しているのか、などの細かい情報は、関係が断たれた段階で一切入ってこなくなる。黒田も中村の元気そうな姿を見て、見たままを言葉にするしかなかった。

「イヤぁ、奇遇ですねぇ」

よっぽど黒田と出会えたのがうれしかったのか、中村の声は、明らかに店舗の雰囲気にそぐわないほどの音量になっていた。

「君こそどうしてたの。あそこでまだくすぶっているの?」

中村の向かい側に席を取り、注文を取りに来た従業員に「ホットコーヒー」と告げてから、黒田は中村に問う。

「そんなこと、あるわけないじゃないですか。あんなところ、とっくに辞めてます」

にこやかに中村は答える。それを聞いて黒田は安堵する。

出版大手であることがプレッシャーにもなっていたことだろう。デスクに座っている、追い詰められているような表情の中村に、黒田は何と声をかけていいのか、わからなかった。

「そうか。それで、今は?」

今の職場が、余程性にあっているのだな、とわかるほどの中村の明るさに、黒田は現状を尋ねる。

「おお、よくぞ聞いてくれました」

まるで黒田の言葉を待っていたかのように、中村は名刺を取り出す。

「パブリッシング・ナカムラ……え、起業したの?」

渡された名刺を音読した黒田は、びっくりした表情を浮かべて、中村を見る。

「はい。小規模印刷をメインに営業してまして、業界誌とか、ファンブック的なものが主戦場なんです。ロットが少ないので誰もやりたがらないし、今のご時世、パソコンさえ使いこなせれば、版下なんかお手の物。実際、うちが出版した同人誌は、その界隈でも突出した評価をいただいていますよ」

確かに、本の原稿のデジタル化が進んで、書籍化へのハードルは従前に比べてかなり低くなっている。中村がやっているのは、データまでしか作れないユーザーに成り代わり、本の形に持っていくことを安価に行っている、本のコンサル的な立場で出版に関わっているらしかった。

「へぇ。そんなのって商売になるんだ。その様子だと結構食べられているみたいだね」

店員の持ってきた、少し熱めのコーヒーに口をつけつつ、黒田は聞く。

「はい。この間の夏の同人誌即売会で、壁サークルの一つから注文をいただきまして。3000冊」

こともなげに言った中村だが、

「え、さ、さんぜん?!」

とてつもない数量を耳にして、持ったコーヒーカップを落としそうになる黒田。

「デザインとかを監修しただけなんですけど、15ほどいただけました。それが結構評判よかったんで、この年末も大忙しでしたよ。ようやく一息つけるって感じですかね」

独自企画でやっている同人サークルは、描く題材も時代とともに変遷する。中村が、ワンランク上の出版を目指すにあたって、出版素人に"売れる"成果物を提供できていることが、今の中村の成功を裏付けているのだろう。

「そうなんだね。それはよかった」

饒舌に話す中村を見て、黒田は彼にとっての暗黒時代がむしろ糧になっていることを知る。人生、何が起こるかわからない。

「それはそうと、黒田さんもお忙しそうで何よりです」

黒田の名声は、いまや揺るぎのないものになっていた。中村にとって、この人が今目の前にいることが、奇跡のようにも思えていた。

「ああ、それなりにあちこちから声がかかるよ。売り込まないといけなかった昔が嘘のようだね」

黒田にとっての転機といえる、糸守町の取材からすでに7年。あの記事の大ヒットが黒田の人生を一変させたのは間違いない。

「ここで知り合えたのも多情の縁ってわけではないですが、そんな黒田さんに、一つ、お願いがあるんですけど……」

急にしおらしくなって、中村は黒田に言う。

「え? 俺にお願いってことは、なんか書いてほしいことでもあるの?」

今度は黒田が色めき立つ。

「ええ。実は、もうすぐ、待ち合わせている人がここに来るはずなんですが……」

中村は、腕時計を見て、時刻を気にし始めた。

つられて黒田も腕時計を見る。時刻は14時になろうとしているところだった。

喫茶店の扉が開く。きょろきょろしている人影が、中村の姿を認めた様子だ。

「ああ、中村さん、遅れてすみませぇん」

少し甘ったるい声を出しながら、中村に挨拶する、年のころなら30代前半の男性。

「いえいえ。そんなには待ってないですし、時間通りじゃないですか」

にこやかに中村は応対する。

「ああ、それもそうですね……って、こちらの方は?」

黒田が同席していることに、この男性も気が付く。

「フリージャーナリストの黒田さん。現地取材が得意で、この界隈では知らない人はいないくらいに頭角を現していらっしゃいます」

中村がうまいこと紹介してくれた流れに乗って、黒田は名刺を出す。

「今、中村君が紹介した黒田です。お見知りおきのほどを」

それを受け取った男性も自己紹介する。

「わたくし、全日本ポールスポーツ普及委員会の理事をしております、大橋と申します」

大橋が、今度は黒田に名刺を渡す。「全日本ポールスポーツ普及委員会 代表理事 大橋浩二郎」と書かれている。

「まあ、お二人とも、座って座って」

立って名刺交換をしていた二人は、中村の掛け声で着席する。

「大橋さんって、ミルクティーでしたよね?」

中村が注文を取る。

「お願いします」

手短にそう言って大橋は、持っていた手提げカバンから、様々な資料を取り出し始めた。

ウエイトレスを呼び止めて大橋のオーダーを済ませた中村が、二人を交互に見つつ、こう切り出した。

「今日は、大橋さんと、ポールダンスの実情を広報する業界誌の打ち合わせをやろうと思っていたんですが、本当に偶然で、黒田さんに出会ったんですよ」

飲みかけのコーヒーは少しぬるくなっていた。それを煽るように飲み干して、中村は続けた。

「今日は大橋さんを交えて誌面の構成とかを考えようと思ったんですが、黒田さんにもお話を聞いてもらいたいな、と思ってまして」

にこやかな表情のまま中村は黒田を見る。

「え?私みたいなのが?」

口を付いて出てきたのが、自分には関係がない、と思わせる言葉だった。つい出してしまった本音に黒田は少し赤面する。

「この業界を知らない方の多くは、最初はたいてい、そんな風な反応をなさるんですよね」

少し機嫌を損ねたのか、大橋の言葉には明らかに険が感じられた。

「ポールダンスって聞くと、映画なんかでも、官能的なシーンとかで使われることが多いものですから、どうしてもそのイメージが付いてしまうんですよ。でも、実際は、健全で、むしろアーティスティックな面が大きい。そういった正しい広報をしないことには、業界の発展も、世界で戦える人材も、何もかも育たないと思っているんです」

大橋の切実な思いは、黒田にも響いた。

「今、世界を、なんて言っておられましたけど……」

黒田は、ついつい取材するような聞き方をしてしまう。

「実際、2015年に日本人が世界大会で優勝してますが、その事実すら知られていません。それでも、手軽にできる、ダイエットにも最適、という理由で、すそ野が広がりつつあります。この機を逃す手はないと考えたわけです」

大橋は、そう言って、しばらく放置されていたミルクティーにようやく手を伸ばした。

「なるほど。分かりました。とは言うものの、私の果たす役割って、なんですかね?」

一種巻き込まれた形の黒田にしてみれば、この先のビジョンが全く描けていない。

「それも含めて、これからこの三人で詰めていこう、というのがこの集まりですよ」

中村はこともなげにそう言い放った。

「え?オレも頭数……」

自分で自分を指さしながら、黒田はドギマギする。

「まあ、そのつもりでいてくださいってことです。突然の申し出でしたけど、快諾してくれてよかったぁ」

中村が安どの表情を浮かべているのに対して、

"いや、オレ、OKと言った覚え、ないんだけど……"

悶々とした表情をたたえつつ、黒田は、業界誌の中身の構成を中村と大橋が組み立てていくのを黙ってみているよりほかなかった。


2.

2024年になってすぐ、黒田は、中村の事務所に来るように呼び出された。

「あけましておめでとうございます」

の年始のあいさつもほどほどに、中村は、契約書を黒田に見せる。

「えっ……」

書類を一瞥するなり、黒田は絶句する。そこにかかれていた契約金額のあまりな高額ぶりに言葉を失ったのだ。

「正直過分にいただいているという印象もありますけど、これが大橋さんの誠意です。黒田さんも、腹をくくっていただきたいです」

中村は、黒田にそう言った。

黒田も、今回の中村の案件に関わると決めてから、様々な情報を取っていた。競技人口は、日本ではまだ数千人レベル、名のある大手企業はスポンサーにはいまだに及び腰で、資金繰りは、正直国からの助成金だのみ。それだって、いつ打ち切られても不思議はない。

「そうは言うけど、さすがに、『ハイ、わかりました』とはならんよ。この金額で何を俺にさせようって言うの?」

その金額に見合うだけの仕事ができるのか……黒田の懸念はそこにあった。

「それなら大丈夫です。契約書の次のページを見てほしいです」

契約書をめくると、スケジュールや、取材してほしい内容をはじめとした細かい指示がびっしりと書き込まれていた。その内容を見て、黒田は、

"あ、これなら納得だわ"

と思い直すことにした。その金額の中から、旅費交通費といった必要経費も賄わないといけないことが理解できたからだ。

「都内の取材は、そこにかかれている日付で必ずお願いします。何しろ、『エルダンジュ』の3人は、分刻みのスケジュールをこなすほどの絶大な人気を誇っていますから」

中村が、日程に注釈を入れた。それを受けて、黒田は、書かれているエルダンジュという言葉にマーカーを引いた。1月中旬は他の取材も同時進行で進んでいるタイミングだったが、この日はぽっかりと空いている。

「あとの地方取材は、こっちで段取りしていいんだね?」

日本各地で活動しているポールダンスチームで、取材を快諾した数団体が列記されている。それらすべてを回って取材せよ、というのが指示だったのだが、九州・熊本の八代、という文字を見つけて、"ちょっとした旅行気分も味わえるな"と、少しだけ取材が楽しみになっていた。

「とはいいますけど、そんなに余裕はないですよ。脱稿は3月頭で、お願いしますね」

明るい表情の黒田を見て、中村がくぎを刺す。

「締め切りはいつも厳守が俺のモットー。お任せあれ」

親指をぐっと突き出して、黒田は中村に宣言する。

それをほほえましく見ながら、中村は、契約書の空欄に自筆でサインする。

「黒田さんにしてみれば、私と大橋さんとの契約になりますんで、くれぐれも約束を違えませんように」

(甲)欄に2者のサインがしてあるのを見て、黒田も少し気合が入る。書面を交わしての契約は久しぶりの案件なところもあったか。

サラサラっと慣れた手つきで黒田は契約書3通にサインする。

「ハイ。これにて契約完了です。では、お約束のお金をお渡しします」

中村がそう言って封筒を取り出した。

「え?成功報酬じゃないの?」

黒田は、契約金が手渡される展開を想起しておらず、驚きの表情を見せる。

「ハイ。大橋さんの意向もありまして、先払いすることにしたわけです。まあ私も、出版業界に長いこと居ますけど、前金でくれるクライアントなんて早々いませんよ」

中村も少し驚いた様子で経緯を語った。

「ち、ちょっと緊張しちゃうなぁ……」

出来上がってもいないもののために投資ができる。そこに疑いとか失敗を想起していない。大橋という人物の底知れぬ器の大きさに黒田は畏敬の念にとらわれていた。

「もう後には引けませんよ、黒田さん!」

中村が封筒を机の上でズイっと黒田の前に突き出した。

黒田は観念したかのようにその封筒を受け取り、中身を確認して胸ポケットに入れた。

「では、よろしくお願いします」

中村は立ち上がって黒田に一礼する。

「わかりました。行ってきます」

黒田もその言葉に誠実に答えようと思った。


3.

1月中旬。

黒田の姿は、都内のホテルにあった。大橋や中村の根回しで、『エルダンジュ』の、全国ツアーのラストをかざる東京公演の休演日が取材日に設定されていたのだ。

黒田は、めったに着ない、少し値の張るスーツを着用して、大橋が来るのを待った。「できる限り正装で」と、大橋に言われていたからだ。

ほどなくして大橋がやってくる。時間ぎりぎりなのは前回の中村との待ち合わせの時とよく似ている。

「お待たせしましたぁ」

少し息を切らせて大橋は黒田に近づいていく。

「あ、いえいえ。むしろ時間通りですから」

遅れてはいないから、黒田も苦言を言うわけにはいかなかった。

「ええっと……取材の方は、スペシャルツインのお部屋で、全員そろって行うことになってます」

30㎡はある、大きな部屋での取材になるようだ。その費用は、エルダンジュ持ちだとか。

黒田と大橋は、二人して、高層階行きのエレベーターに乗り込み、16階に降り立つ。

「1608」と書かれた部屋の前で立ち止まり、大橋が2度ノックする。

「どうぞ」

中から女性の声が帰ってきた。

「失礼します」と言いつつ、大橋が扉を開け、黒田がそれに続いた。

黒田は、この世のものとは思えない美女3人が、ラグジュアリーなソファーに座っている光景を見て、威圧感におののいた。

「取材を快く引き受けてくれて感謝します、エルダンジュのみなさん」

大橋がそう言って、3人に謝意を述べる。

「業界トップとして当然のことをしているだけのことです」

リーダー・御子白ユカリが威厳たっぷりにそういう。

「いやぁ、業界誌にも載っちゃうなんてぇ。誇らしいですよね」

ファンの間ではサナ姫の通り名でよばれている、紫藤サナが感想を述べた。

「後輩のみなさんにも、お手本となれるような応答をしてまいりたいです」

しっかり者の蒼唯ノアも、彼女らしい第一声を放った。

「ハイ。ではここからは、インタビュアーの黒田さんに取り仕切っていただきます。黒田さん、よろしくお願いいたします」

大橋は、発言権を黒田に譲った。

「ジャーナリストの黒田と申します。今回のポールダンスの業界誌に参画させていただき光栄です……」

黒田は挨拶を始めたのだが、

「では、そろそろ始めてくださる?」

口上の途中で、ユカリが口をさしはさんだ。

黒田は少しだけ機嫌を損ねそうになる。が、思い直して、

「あ、はは。それもそうですね。さっそく始めましょう」

と言って、いつもの取材スタイルで準備を始める。ボイスレコーダーでの録音、聞くべき内容を列挙したメモなどだ。

「業界のトップリーダーといえども、駆け出しのころもあったはずです。先ずお三方のポールダンスを始めたきっかけをお聞かせください」

話を始めるきっかけに過去話はもってこいだ。黒田は、これ以上ない質問だと思っていたが、

「昔のことを語る言葉は持ち合わせていません」

ユカリはピシッと言い放った。

まさかの回答拒否。出鼻をくじかれた格好の黒田も黙ってはいない。

「そう申されましても……エルダンジュにも歴史があると思うんです。それを知りたいという読者もいらっしゃるはず。答えられない理由をお聞かせください」

黒田は態勢を整えるべくユカリに問う。

「理由ですか?簡単です。過去は過去。今は今。確かに過去の練習や辛かったことはありますが、それはどんな競技でもスポーツでも同じこと。振り返っても仕方ないことは振り返らない主義なのです、あしからず」

ユカリはそう言って目を閉じた。聞く耳は持たない、よほど気に入った質問でないと答えないという意思表示だった。

この態度に、会場は少し重い空気がよどみ始めた。

「あ、わ、私は、ユカリ様の演技に触発されて、始めた口で、技量も、演技力もまだまだですけど……」

黒田の色を失った表情に、サナが助け舟を出した。

「私は、ユカリちゃんとは幼馴染で、ユカリちゃんの発表会とかにも顔を出していた縁でこの世界に飛び込んだんです。今はすっごく充実してます」

ノアもサナに続いた。

ユカリの強気で勝気な性格を、二人がマイルドに和ませている。実際の演技などをDVDや配信などで見てきた黒田も、だからこそこの三人がチームを組んでいられるのだろうと思い始めていた。

黒田の質問の大半に、ノアとサナが答え、ユカリはほぼ話さずにいた。そして、インタビューも後半に差し掛かったころ。

「昔話はそれほどしたくありません。未来を、エルダンジュの明日を聞いてもらえませんか?」

ユカリが、初めて、自ら答えたいと思うそぶりを見せた。

「そうですか。リーダーとしての思いもおありでしょう。存分にお話しいただければよろしいかと存じます」

黒田は、リーダーのユカリに話させることで、インタビューを〆ようと考えた。

「すでに全日本で4連覇をしている我々に敵は正直居ません。敵がもしいるとすれば、それは高みを目指そうとしない自分自身だと思っています。奢り高ぶり、見ていただく観客を満足させられないグループだと感じています。我々に課せられた使命、それは、常にトップであり続けることだと思います。日々研鑚を積み、昨日より今日、今日より明日という進歩を続けることだと確信しています。どんな敵が現れても、それを撃破するのはたやすい。でも、自己の中に巣食う傲慢さはあっという間に身を滅ぼします。そうしないために、我々は、ポールダンスに真摯に向き合い続けたいと思っています」

よどみなくそう言い放ったユカリの矜持を黒田は感じ取った。"ああ、本物ってこういうことを言うんだな……"

「私も、ユカリ様を支えつつ、日々精進していきます」

サナは、こう言ってユカリに続いた。

「こんなユカリちゃんだけど、私たちがいてこそのエルダンジュです。これからもその名を汚さぬよう頑張ります」

ノアも笑顔でそう答えた。

「いやあ、素晴らしい時間をありがとうございました。皆さんの想い、しっかりまとめてみたいと思います!」

ほぼ時間通りにインタビューを終えた黒田は、直立不動の姿勢を取って深々と一礼した。大橋も遅れて一礼する。

「楽しい時間でしたわ。ありがとう」

ユカリが部屋から退出しながら黒田に一声かけた。その威厳たっぷりな言葉の重さに、黒田はむしろ心地よい痛みを感じていた。


4.

黒田の精力的な取材は、その後も続いた。

黒田は、全国のチームを回ると同時に、今回のジャパンカップに出場しなかったチームにも出向いて話を伺った。挫折から得られるものもある、という黒田の思いから、急遽設定されたインタビューだった。黒田の姿は、その出場しなかった「ポール&フレンズ」がいる大阪のスタジオにあった。

「今回、出られなかったのはどうしてですか?」

単刀直入な質問が、黒田の口からついに飛び出した。それまでは、ポールダンスとの出会いや、よかったことなどを嬉々として話していた、リーダーの今宮 やすえの表情が一気にこわばった。

「そ、そんなん、できるわけないやないですか!」

恥も外聞もなく、今宮は叫ぶように言った。

「そうですよ。あんな憔悴しきったやすえちゃん、私らも見たくないですもん」

メンバーの野江 花子がその言葉を補強する。

「自信たっぷりに臨んだ演技で、大差をつけられての2位だったのが受け入れられなかったんですよ」

冷静さを保ちながら、チームナンバー2といわれている湊 あき恵が分析する。

「私たちだって、日本でそれなりの地位を獲得している、と臨んだ本戦で、あそこまで差をつけられるとは、思っても見ませんでした」

トレーナーの相川 まりこの言葉もそれなりの重みを放っていた。

「それだけ、エルダンジュという壁は厚いと……」

これまでの幾多のインタビューでの、メンバーたちの言葉を聞けば聞くほど、あのエルダンジュは、ただ日本一というだけではなく、もはや越えられない目標になっていることを、黒田は身をもって知らされた。

「そやから、わたしらは、別の方向に向かったんです」

今宮がそう言って、パンフレットを差し出す。

「え?これって……」

黒田は目を丸くする。ポールダンスも含まれた、劇になっている別の次元のパフォーマンスだった。

「確かに、競技の世界で日本一になったろう、とか思った時期もありました。でも、今のエルダンジュの鉄壁な守りは崩されへん。それやったら、別の道で日本一、獲ったろうやないって言う風に私たちの考えも変わったんです」

今宮が言う。

「なるほど……」

黒田は少し感心する。エルダンジュが演技の世界で高みを目指しているのと同じように、彼女たちも自分たちの高みを目指している。

「おかげさまで、エンターテインメント性が評価されて、今までにない売り上げにもなってます。私たちのステージを見て、練習生になってくれる子たちも増えてきました。エルダンジュさんが作ってくれているポールダンスの美しさを壊さないように、しかし、それ以上に楽しいものだという風に理解が進んでいるようにも感じています」

相川の言葉と、出演依頼がほぼ毎日ある状況をホワイトボードに見つけて、黒田はこういうやり方で業界に貢献することもできるんだな、と思っていた。

スタジオを出て、黒田は、びっしりと埋まった取材メモに目を凝らしていた。いただいた料金以上の働きをしないとな……

黒田は東京に戻る車中で、その想いを一層強くした。


5.

2月も中旬に差し掛かった。

黒田は、土日に設定されている、熊本取材への身支度に取り掛かった。

「お忙しそうですね、黒田さん」

そんな折も折、中村が、黒田の事務所を訪ねてきた。

「ああ、もう大忙しだよ。ちょうど別の案件の取材を終えて宮﨑から帰ってきたところだよ」

黒田は、中村には一瞥も暮れず、荷ほどきしたり、取材資料を取り出したりしている。

「え?宮﨑?そ、それも、ついさっき、ですか?」

そのスケジュールに中村が面食らっている。

「そう。あなたとまともに会話できないくらいにね」

黒田は、いまだに玄関先で立ち尽くす中村に、「上がっていいよ」と言えないままでいる。

「そうですか。また、日を改めた方がよさそうですね……」

中村が少ししょげた雰囲気をにじませて言う。

「いや、そうじゃないんだよ」

黒田は、全ての手を止めて、中村に向き合った。

「こういう忙しくて混乱しているときこそ、立て続けていろいろなことが起こるんだよ。何かあったんだろう?言ってみなよ」

黒田は、突然の中村の訪問に異変を感じ取っていたのだ。

「その通りでして。実は、締め切りが少し早まりそうなんです」

中村が申し訳なさそうに言う。

「ほほう。で、いつ?」

黒田は少しだけ身構えて中村の言葉を待つ。

「2月の祝日……天皇誕生日の週でいただきたい、と……」

中村は、申し訳なさそうに言う。

「ああ、そうかい」

黒田は、無表情でそう返答する。

「え?大丈夫ですか?」

今の黒田の状況から締め切りを危惧する中村。

「次の取材がラストなんだよ。しかも、新進気鋭で、前回のジャパンカップで初登場3位のギャラクシープリンセスに会いに行くんだ。彼女たちの話を聞かずしてこの企画は完成しないって、最初から決めていたからね」

黒田は、締め切りが明日、といわれなかっただけましだと思って、そう言った。

「いやいや、でもギリギリですよ」

中村は不安を隠しきれず、黒田に言う。

「間に合わせれば、いいんだろ?」

黒田の笑みは、むしろ不敵にさえ映った。

黒田の本領が発揮されるのは、行き詰った時ではなく、忙しくて押し流されようとしたときだ。その、荒れ狂う流れに乗って一気に書き上げてしまう瞬発力にあった。

すでに7割がた構成はできている。あとは、ギャラクシープリンセスのところへ行って、話しを聞くだけだ。

「今から夕便で熊本へ行ってくるよ」

成田から出ているLCCの便を予約していた黒田は、まさに取るものもとりあえず、空港に向かっていった。


6.

熊本市内で一泊して態勢を整えた黒田は、八代市に向かった。

そこが「ギャラクシープリンセス」の本拠地だからである。

前回のポールダンスジャパンカップで、初出場ながら並み居る強豪や老舗クラブを差し置いて3位に入る大金星。しかも全員競技経験は少なく、4人のチームの内の3人はまだ現役の高校生……。

黒田の"調べたい""知りたい"欲求を駆り立てるにふさわしいチームだった。

熊本からは、あえて一駅の九州新幹線は使わず、各駅停車に乗り込み、揺られること40分余り。休日の八代駅に黒田は降り立った。

駅から一歩外に出ると、そこには驚愕の風景が展開されていた。

「ポールダンスの街・八代へようこそ」「祝 AZUMIスタジオ ギャラクシープリンセス 3位獲得!!」「八代から世界へ 羽ばたけ!きらめけ! ギャラクシープリンセス」……

おらが街のヒロイン誕生を素直に喜んでいる姿が垂れ幕や、横断幕であちらこちらに展開されていた。黒田が客待ちしている、乗ろうとしたタクシーにまで、ギャラクシープリンセスの雄姿がラッピングされている。完全に街がフィーバー状態だった。

「どちらまで?」

運転手に聞かれて

「AZUMIスタジオ」

と黒田が言ってしまったものだからたまらない。

「ええ?あのお嬢さんたちのファンの方ですか?」

と、間違われてしまうほどだった。

「いえいえ。取材ですよ、取材」

苦笑しながら黒田は答えた。

「いやぁ、それにしても、なんもない八代から、日本のトップチームと肩を並べる演技ができる子たちが出てくるなんて……」

運転手は、この快挙がよほどうれしいのか、信号待ちのタイミングで、ギャラクシープリンセスの演技した動画を黒田に見せた。

「わたしらなんか、動きがどうとか、難易度とか知らないわけだけれども、やっぱり美しいものには魂が反応しますわね」

運転手の饒舌ぶりは止まらない。でも、冷静に黒田は聞いた。

「美しいといえば、エルダンジュの演技はどうでしたか?」

その問いは、運転手を少しだけ不機嫌にさせた。

「本当のトップとはこういう、威厳たっぷりに演じないとダメなんだって理解はしてます。ギャラクシープリンセスにはそれがない」

淡々と答える運転手。声のトーンで、ライバルに言及することに少し思いが乱れているのを黒田は感じた。

「でも結成初年度で3位なんて、すごいことでしょ?」

運転手の機嫌を取ろうと、黒田はギャラクシープリンセスの話に切り替えた。

「いや、それはすごいことですよ。まだまだポールダンスって伸びしろはあると思うし、これから彼女たちの成長にも街あげて取り組むって、市長自ら言ってましたからね」

運転手がすごい情報を開陳する。

「へぇ、市長さんまで」

黒田が驚くのも無理はない。あとで聞いた話では、ポールダンスを含めた、マイナーだけれども知名度がそれなりにある競技に、市が助成金を出して後押しすると正式に発表された。

「じっくり取材してください。わが街・八代のスーパーヒロインたちをどうぞ、よろしく」

スタジオ前で降りた黒田に、運転手はエールを送った。

黒田は、2階に設けられているスタジオを外から眺める。ガラス張りの教室に描かれたロゴにとりつくような、数人の人影を認めて、今までと違う戦慄を黒田は覚えていた。

"これは、すごい取材になるぞ"


7.

スタジオでの取材時間は当初から伝えていたのだが、今まさに練習の真っただ中だった。黒田は時間を間違えたのか、と思ってしまったほどである。

黒田は、音を立てずに、一歩一歩階段を上がる。

「ほーらほらほらほら!無駄な力が肩に入ってるっ!もっとリラックスして、体幹を意識して!」

トレーナーの芯央あずみの声が玄関先まで響き渡る。扉のハンドルに手をかけていた黒田はびくつく。

「筋肉は裏切らないけど、筋肉バカになったら、美しさは吹っ飛んでしまうのよ。もっと華麗に、ゴージャスに、舞うことに集中」

メガホンを持ち、怒鳴り吠えるあずみも汗だくである。

今までの取材で、トレーナーが熱心に指導しているところは見たことがなかった。

"ははあ、なるほど"

黒田は、あずみがこの時間にアポイントを設定した理由がおぼろげながらつかめた。自らの教練状況を見せたかったから、この時間にしていたのだ。

そっと扉を開けながら、黒田はスタジオの中に入っていった。

「失礼しまぁす」

消え入りそうな声で黒田は、挨拶する。

「ほぅら、もっともっと……あ、いらっしゃいませぇ」

黒田が目線に入ったあずみは、急に接待口調になった。その落差に黒田は拍子抜けしてしまう。

「あ、ど、どうも……」

黒田はおどおどしながら挨拶する。

「ええっと……ジャーナリストの……」

メガホンを黒田に向けながらあずみは自信なさげに言う。

「はい、黒田です」

吹っ切れたように黒田は自己紹介する。

「ようこそ、AZUMiスタジオへ。もう少しで終わりますから、しばらくお待ちください。ホラ、手を休めないで」

また生徒に向き直ったあずみは、檄を飛ばして気合を入れた。

その様子を黒田は見ているのだが、今までの訪れたスタジオとは、熱気も真剣さも、すべてでトップクラスだと気づかされる。

"ああ、だから、全国3位が取れたのかもな”

黒田は、このアツさを伝えようと、数枚の写真を撮りながら、一人納得していた。

「はい、今日はこれまで。お疲れさま」

「おつかれさまでしたぁぁぁ」

あれだけの練習をしたあとなのに、練習生の声は本当に弾んでいる。黒田はまたしても驚いた。

「さあて。黒田さんには、一般の方たちの練習を見てもらったわけですけど、どうでした?」

あずみは、スポーツタオルで汗を拭きながら、黒田に問いかける。

「いや、何というか、すごいものを見させてもらったっていうか……」

言葉が見つからず、黒田は子供みたいな返答をしてしまう。

「皆さんそうおっしゃるんですよ。ポールダンスの魅力がまだまだ広まっていないからこそ、私も熱が入るんですけどね」

白い歯を見せて、あずみはそういう。

三々五々練習生が帰るのを見送りつつ、あずみは一人一人に挨拶していた。

「ですが、この中には、ギャラクシープリンセスの方々はいらっしゃらなかったようですが……」

黒田はあずみに疑問を投げかける。

「ああ、彼女たちにも話を聞きたいんでしたよね?でしたら、彼女たちが今いるところにご案内します。そこで私のインタビューも取っていただければいいわ」

あずみはそういうと、駐車場に停めていた車に乗り込み、山間部に向かって車を走らせた。あずみが向かった先は、プラネタリウムが設置されている天文台。さかもと八竜天文台だ。

「今日は土曜日でしょ?彼女たち、ここでショーをやっているんです」

ギャラクシープリンセスの華々しいデビューは、地元はもちろん、国内外にその存在が知られ始めていた。しかも、ほぼ無料といってもいい料金で、彼女たちのパフォーマンスが見られるのだ。土日の公演は、彼女たちに会いたい、演技を堪能したいファンたちがこぞって、この場所にやって来るのだった。

「そもそも、どういう経緯で、チームをおつくりになられたのですか?」

黒田は、運転席のあずみに尋ねる。

「もう、黒田さんったら、気が早いなぁ。そういう話は落ち着いてからにしませんこと?」

にこやかにほほ笑むあずみに黒田も黙るしかなかった。

車は、びっくりするような山道をぐいぐい上っていく。しかも、降りてくる車の数も相当多い。実際、天文台に近づいても、駐車場待ちをしなければならなかったほどである。

「それまでは、どんなことをやってもはやらなかったんですよ、ここ」

あずみが、その駐車場待ちの間に数年前のニュース記事を黒田に見せる。

「おばあちゃんの想いが詰まったここを再生したいっていう、ヒナノちゃんの勢いに押されたっていうのもありますかね」

あずみはまたニヤッと屈託のない笑みを見せる。

しばらくたって、駐車場の空きができて、あずみの車は駐車場に停められた。

「イヤぁ、お待たせしました。こんなにお客さんが来るなんて、やっぱり全国3位は伊達ではなかったですよね」

あずみは、少し得意げに黒田の前を歩きつつ案内する。

「はい。こちらが、ギャラクシープリンセスの楽屋になります。私は、少し前座兼スタジオの宣伝もやってくるので、しばしご歓談くださいませ」

そういって、あずみは、着替えを持って、別の部屋に下がっていった。


8.

一人にされた黒田は正直ビビっていた。

そこにいるはずのギャラクシープリンセスのことは、ある程度下調べは済ませてある。だから、その素顔に触れることが怖かったのだ。

それでも、前に進むしかない。黒田は意を決して、楽屋のドアをノックする。

「はぁい。どちら様ですか?」

はじけるような声。プリンセスを標榜するにふさわしい声だった。

「あ、わ、わたくし、ジャーナリストの黒田と申します……」

すべてを言い終わる前に扉が開いた。

「黒田さんですね!お待ちしていました」

最初に応対したのは、リーダーといってもいい星北ヒナノだった。

「あ、ど、どうも、こんにちわ」

黒田は恐る恐る楽屋の中に入っていく。次の公演前の軽い休憩のタイミングだったようで、全員ステージ衣装に身を包んでいる。

「ああ、あなたが黒田さんね。今日はよろしく」

次に声を掛けたのは西条リリアだ。

「黒田さんですね。今日はよろしくぅ」

とろけるような声で自己紹介したのは東坂ミオだ。

「今日はよろしくお願いしまっす」

礼儀正しく一礼したのは南曜スバルだ。

「これで、全員、ですよね」

改めて黒田は確認する。

「「「「はいっ」」」」

四人の声が揃う。たったそれだけで黒田は彼女たちにメロメロになってしまった。

そして、ついつい、笑い出してしまった。

「いやはや、すごいチームワークですね。感服いたしました」

笑いながら、黒田はそういってギャラクシープリンセスの面々をほめたたえた。

「そうですか?私たちはそこまでとは思ってませんですけど……」

ヒナノは謙遜ではなく、正直に黒田に伝えた。

「だって、半年くらい前まではみーんな赤の他人だったんだよ。あ、私とヒナノは幼馴染だったけど」

リリアがそう言ってヒナノの言い分をフォローする。

「私も、ダンスは嫌いじゃなかったけど、ここまでの知名度が出るなんて、って思ってました」

ミオの口調は、脱力感が半端ない。

「私は、ここで自分を見つめ直せてよかったって思ってます」

力強いスバルの一言で、黒田は勇気がもらえるような気がしていた。

「短い時間ですけれども、これからインタビューを始めさせていただきます。まずは、どういった経緯でギャラクシープリンセスが結成されたのか、ってところからお話しいただけますか?」

雑談の間に準備が整った黒田は、4人に話を聞き始めた。

ヒナノがあずみと出会った経緯、チームが結成されていく過程、地区予選の激闘、そしてジャパンカップでのきらめくような演技……

それぞれがそれぞれの想いを語り、相手のことを思いやり、チームとして存在している今を謳歌している様が言葉の端々からうかがえる、黒田にしてみても、恐ろしく充実した20分余りだった。

インタビュー終盤。

「さあ、そろそろ出番だよ、準備はできてる?」

先ほど、前座を終わらせてきたあずみが、楽屋の扉を開けてご機嫌を伺う。

「ハイ。大丈夫です」

ヒナノが即答する。

「では皆さん、ステージの方、頑張ってください。出番が終わったら、最後に一言ずついただきたいですので」

黒田は、ステージを優先して、4人にそう言う。

「わかりました」

「では行ってきます」

「黒田さんも見てくださいねぇ」

「頑張ってきます」

一人一人、黒田に向かって声をかけながら、楽屋から出ていく4人。等しく、あずみにハイタッチやグータッチをしてステージに向かう姿に、また黒田は感動していた。


9.

ギャラクシープリンセスが出ていった楽屋に、あずみが入ってくる。

「どうでした、彼女たちの話?」

演じた後だからか、得意げな表情のあずみは黒田に聞いた。

「面白い、なんて言葉では言い表せないほど楽しかったです」

黒田はそう言って、喜色満面で返答する。

「まあ、私が育てたから、当然でしょうけどね!」

あずみはさらに胸を張ってそう言い切る。

「では、あずみさんにもいろいろと……」

と黒田は言いかけるのだが、

「私?どんなことを聞きたいの?」

その表情は少しだけ陰欝に翳った。

「いや、それは、もう、ギャラクシープリンセス結成に至った……」

黒田の言葉が言い終わらないうちに、

「私、ヒナノちゃんにあってなかったら、スタジオ閉めていたはずなのよ」

あずみのカミングアウトに黒田は身じろぎひとつできないでいた。

「ポールダンスの世界に入ったのは、自身がダンサーとして夢破れたから。足腰をそこまで使わない、腕と体幹が重要なポールダンスの指導者になろうと思ったのよ」

あずみは続けて語った。

「ダンサーで大成出来なかったのは?」

黒田は、また取材の態勢を整えながら、あずみに語らせ始めた。

「私、ケガをして踊れなくなっちゃったのよ。そりゃ、今でもステージには立てるって自信はあるけど、パフォーマンスに切れも激しさも出せなくなって、引退を決めたの」

過去を語るあずみは、今までの明るい表情がどこかに消え失せている。

「そういえば、スバルさんもそんな話、してましたっけ……」

黒田は、さっき話を聞いた4人の過去と照らし合わせて偶然の一致に気が付く。

「彼女は、高校生時代に、鉄棒の演技でミスをした。もう器械体操なんて、と思ったのは間違いないと思うわ」

境遇が似ていて、同じく夢をあきらめざるを得なかった二人に、黒田はシンパシーを感じていた。

「ほかの三人には、これといった影は見当たりませんでしたけどね」

メモをパラパラッとめくりながら、黒田はあずみに聞く。

「だとしたら、話せる過去の話しかしていない、ってことでしょうね。みんなそれなりに過去は引きずっているわよ」

あずみが、黒田に諭すように語る。

黒田も、エルダンジュのユカリが、過去についてかたくなに口を閉ざしていたのを思い出していた。知られたくない、話したくない過去を根掘り葉掘り穿り出すのはジャーナリストの悪癖でもあるのだが、未来にしか目を向けていない面々の、過去を引きずらない姿勢の一致に目を見張っていた。

「そうなんですね……」

黒田は、その一言で総括した。

「それで?私に聞きたいことって、ほかにあるんじゃないの?」

少し顔をほころばせて、あずみは話す姿勢になる。

「そ、そりゃ、もう! 」

こんな魅力的で、話させればいくらでも語ってくれそうなあずみから、何が聞けるのか、楽しくなって黒田も思わず声を弾ませた。


10.

ポールダンス業界誌「ポールに魅せられて」が上梓されたのは、4月の上旬だった。

黒田の筆致は、まさしくポールダンスの魅力を余すところなく表現していた。業界関係者はもとより、これからポールダンスを始めたいという初心者、実際のポールダンサーたちにも手渡り、格別の評価が下された。

しばらくたって、出版記念の打ち上げパーティーが都内某所で執り行われ、黒田も列席した。

黒田は、華やかなポールダンサーたちの、余興として繰り出される、出席者にしか見せないパフォーマンスの数々を目に焼き付けながら、取材の日々を思い返していた。

ただの思い出話で終わらなかった中村との出会い、エルダンジュのメンバーが見せた威厳たっぷりな立ち居振る舞い、大阪のチームの、転んでもただでは起きないバイタリティー、そして、打倒・エルダンジュの最右翼にいるギャラクシープリンセスの初々しさと、伸びしろしか感じさせない躍動感……。

精魂込めて作りだした文章たちが、今までにない満足感と、頂いた金額以上の働きができたと納得できる成果につながっていた。

少し瞳を潤ませている黒田のもとに、大橋がやってきた。壇上では、まだパフォーマンスが続いている。

「本当に、ありがとうございました」

これ以上ない角度で、大橋は黒田に一礼する。

「いえいえ。頂いた金額に見合う仕事かどうか、はわかりませんが……」

と、黒田は謙遜して見せる。

「とんでもないっ!」

大橋が少し音量を誤ったかのように、声を張り上げていってしまう。

「黒田さんだからできたことじゃないですか。知り合えて本当に良かったです」

声のトーンをやや控えめにして、大橋は黒田の労をねぎらった。

「そう言っていただけると、私もこの仕事、やってよかったって思います」

黒田はそういうと、大橋の持っていたグラスに自分のグラスを近づける。軽い音が2つのグラスから奏でられる。

『本日は、特別出演といたしまして、遠路はるばる、熊本県は八代市より、このチームにお越しいただきました。それでは拍手でお迎えください。ポールダンスジャパンカップで初陣ながら三位入賞されました、AZUMIスタジオ所属、「ギャラクシープリンセス」の皆さんです!』

司会のマイクが、今やエルダンジュと人気を二分しつつある、新進気鋭のポールダンスチームを紹介する。出てきた彼女たちの初々しさが、見るものすべてを虜にしてしまうようだった。

司会がインタビューをしているさなかに、黒田は、彼女たちが、取材の最後に残した言葉たちを思い出していた。


「器械体操ではテッペンどころか、チームの足を引っ張ってきてしまった私ですけど、ここでは、自分を表現できる。みんなと一緒にやれる。仲間がいる。それがこのポール一本で実現できたと思ってます」

「Youtuberとしてやってこれた私に、別の一面を気付かせてくれたのは、ポールダンスもだけど、周りのみんなの献身があればこそ。それをみんなの着る衣装として形にすることが生きがいになりました。衣装担当・東坂ミオ、これからも頑張ります」

「ずっ友だと思っていたヒナノを私が変えてやるんだ、って思っていただけなのに、気が付いたら、ポールダンスのとりこになってしまいました。人生何があるかわからないから面白い。これからも技を磨いて行きたいです」

「わたしがポールダンスに魅入られたのは、何よりあずみ先生の踊る姿がかっこよかったから。でも、それだけじゃなくて、自分を鍛えられる、自分を超えられる、最高の手段がポールダンスでした。ポールダンスに出会えた私は、私たちは、とっても幸せです」


日々を怠惰に過ごしていても、飢え死にすることはないくらい、この国は豊かである。それがむしろ災いして、何かを追い求めることをしなくなり、国力も徐々に失われつつあることを黒田は肌身に感じていた。ヒナノたちや、ユカリたちの発言の端々に、そうした現状を変える、世界を驚かせることに傾注している姿勢がまぶしく思えたのだった。

『それでは、ギャラクシープリンセスの演舞、どうぞ、ご堪能くださいませ』

司会の声がひときわ会場に響いた。一瞬暗くなる会場。そこに一筋の光が差し込んできた。

黒田には、それが未来を照らす、希望の光に見えていた。


後書き

私の創作に欠かせなくなってきている、ジャーナリストの黒田。
彼が取材をする/登場人物に関わるというスタイルでこれまでやってきています。
私自身と言ってはばからない、黒田をストーリーテラーにすることで、個々人の感情や物腰などをうまく表現できればいいな、と考えているところであります。
そして、今回の「ポールプリンセス」に出てくる人たちへの取材。スクリーンの上/パンフレットまでで伺い知れる情報をメインに、そこまでの人物描写には切り込まず進めてまいりました。
そんな中で、サナ姫が言っていた「前回2位のチームが出ていない」ことが少しインスピレーションになり、中盤の肉付けがしやすくなりました。お名前は「大阪府内の駅名+吉本新喜劇の女性メンバーの名前」から命名させていただいています。
未来に希望を持てるクロージングにすることで、今後の続編にも期待を持たせてあります。


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