「時雨の子供!?」
時雨の事を「お母さん」と呼ぶ女の子が現れ・・・
それは突然の出会いだった、
「あれ? あそこにいるのは、時雨かな?」
白露が買い物から帰る所で鎮守府の門に立ちすくむ時雨っぽい姿が・・・
「時雨~何してんの? ・・・ってあれ? 何かちっさいような。」
背丈は白露の半分にも満たなく、まるで子供。 しかし、容姿はどう見ても時雨そっくりだ。
「こんなところで何してるのかな~?」
白露は子供に優しく声を掛けた。
「・・・お母さん。」
「? えっ、今何て?」
一瞬、聞こえなく白露はもう一度訪ねると、
「”時雨”って名前のお母さんはいるぅ~?」
子供の発言に白露は思わず吹き出した。
「ちょっと時雨! 一体どう言う事!!?」
部屋の扉を開けて白露が大声で時雨を呼んだ。
「??? どうしたのさ、白露?」
時雨は状況を全く分かっていない。
「だからぁ、子供なんか産んで何ほったらかしにしているのよ!?」
「??? 子供って?」
ますます訳が分からない。
「鎮守府の門で、時雨の子供がずっと待っているんだけど!!」
白露の言葉に、
「??? 僕の子供???」
時雨は思わず笑う、
「冗談止めてよ、何で僕の子供がいるのさ。」
白露のジョークと思ったのか、笑いこける時雨。
「だからぁ! 門で時雨の事を「お母さん」と言ってる子供がいて・・・」
「今度はお母さんって、くくくっ、僕はまだ子供を産んだことないのにどうやったら子供がいるのさ。」
時雨は笑いが止まらない。
「それにまだ相方だっていなし、子作りだって何も考えていないのに・・・白露は冗談が下手だなぁ。」
時雨の言い分に、
「じゃあこの子はどう説明するのよ!?」
門で立っていた子供を連れて来て、時雨に見せた途端、
「お、お母さん!!」
「!!? ええっ!!?」
「お母さん」と呼ばれた時雨は驚き、
「時雨お母さん! 良かった、やっと会えたぁ・・・うええええ~ん!!!!」
会えたと同時に安心したのか、泣きだす時雨の子供?
「・・・・・・」
時雨も今の状況を全く理解できていない。
「いや・・・ちょっとさぁ、僕は確かに時雨って名前だけど・・・君の親じゃないから。」
時雨が必死に説明するが、
「お母さんだよ! ”しらつゆがた2ばんかんのしぐれ”ってずっと言ってたじゃん。」
「・・・・・・」
どうやらこの子は時雨の子で間違いないらしい、でもどうして鎮守府の門にいたのか?
「「お母さんが門で待ってて」って言ったから待っていたの!」
「・・・・・・」
時雨は頭を抱える、
「時雨、今更隠したって無駄だよ、この際だから聞くけど父親は誰なの?」
白露の問いに、
「だから、僕の子供じゃないって言ってるだろ! 何度言えば分かるんだ!!」
白露のしつこさに時雨も遂に怒り出す、
「どう見ても、容姿から時雨そっくりじゃん! この子はお母さん似だね、うん!」
白露の勝手な判断に、
「白露には失望した! 僕はまだ子供なんて産んでないし、作った覚えもない!」
「・・・・・・」
時雨の言葉を聞いた子供は、
「僕・・・お母さんの、子供じゃ・・・ないの? グスッ。」
次第に涙ぐみ、涙がボロボロと落ちていき、
「僕、いらない子供なの? お母さんにとって僕は邪魔なの? ・・・うえええ~ん!!!!」
遂に泣き出す時雨の子供?
「あわわわっ! ちょっと、泣いちゃ駄目だって!」
白露は必死で泣き止ませる、
「僕は知らないから! 連れて来たのは白露なんだから面倒は白露が見てよ!」
そう言って、時雨が部屋から出て行く。
「ちょっ!? 時雨! ・・・もうっ!」
去った時雨を追う事も出来ずに、白露は子供を必死に説得させていた。
・・・・・・
「へぇ~、時雨の子供ねぇ~。」
村雨の店に行って事情を話す白露。
「確かに、姿は時雨よね~。」
子供に「可愛いわね~♪」と言って頭を撫でてあげる。
「お母さん、僕の事嫌いなの?」
時雨が怒って出て行った事で、子供は「自分の事が嫌いなの?」と誤解したようで、
「嫌いじゃないわよ 時雨はね、あまり感情を表に出さないだけよ♪」
「感情? ・・・ってなぁに?」
子供が気になって聞いてくる。
「う~ん、あなたにはまだ難しいかなぁ~♪」
少し意地悪を込めて、子供に語り掛ける村雨に、
「何か村雨には懐いてるね、その子。」
白露は意を決して、
「しばらくその子を預かってくれない? 鎮守府にいたら色々大変だからさ。」
白露のお願いに、
「いいわよ、生活のプロがこの店にいるから大丈夫よ♪」
村雨が視線を振り向くと、窓を拭いていた未来が「私ですか?」と首を傾げる。
「そうだね! 未来さんがいれば大丈夫だよね!」
白露も納得して、
「じゃあ、あたしは鎮守府に戻るね。 何かあったら連絡して!」
子供を村雨に預けて白露は鎮守府に戻った。
・・・・・・
「時雨さんの子供、ですかぁ~?」
未来が子供をあやして寝かせる。
「もう寝ちゃった・・・未来さんは本当に人の扱いが上手いですね♪」
「・・・いえ、そんなわけでは。」
未来は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「ですが、時雨さんも心当たりが無いのですよね?」
「ええ、時雨の言ってることは間違いないわ。 白露たちと一緒に生活しているから仮に妊娠していたら
皆が気づくはずなので。」
「では、この子はどうして鎮守府の外にいたのでしょう?」
白露の話によると、「お母さんに門で待つように言われた」と聞いて、
「未来さん、私の推測ですが・・・」
村雨は言葉を続け、
「”別の鎮守府にいる時雨”の子供かと思うのですが。」
「・・・そうですね、それなら合点がいきますね。」
しばらくの2人の推理、
「ただ、店の事もあるので私では広範囲を捜索出来る身ではないので、申し訳ありませんが・・・」
村雨の言いたいことは未来には分かっていて、
「分かりました、出来る限りこの子の親を探してみます。」
「ありがとうございます、未来さん。」
そう言って、明日に向けて就寝する3人。
・・・・・・
そうは言ったものの・・・
村雨1人に店を任せるわけにも行かず、時間だけが過ぎて行く毎日。
夕立に事情を話して時々子供の面倒を見て貰いに来ている。
「本当に時雨とそっくりっぽい~♪ 時雨が子供になったっぽい~♪」
夕立が「よしよし♪」と子供の頭を撫でてあげる。
「お姉ちゃんは誰? お母さんはどこに行ったの?」
子供の質問に、
「お母さんは仕事が忙しくて会えないっぽい~! だから、少しの間お母さんのお友達が面倒を見てくれるっぽい~♪」
波長が合うのか、子供っぽく説明して行く夕立の言葉に子供は安心する。
「じゃあ、いい子にしてればお母さんに会える?」
「うん、会えるっぽい~♪」
また頭を撫でてあげる夕立、
「うん、分かった。 いい子にしてお母さんを待ってる!」
子供は店に戻った。
「・・・肝心の時雨が来ないんじゃあ、あの子も可哀そうっぽい~!」
せめて「お母さん代わり」にと思ったが、時雨はそのつもりは毛頭ないらしい。
「時雨! お願いだから子供に会ってあげて!」
白露が時雨を説得するが、
「嫌だ、そもそも僕の子供じゃないのに、何で面倒見なければ行けないのさ?」
「・・・・・・」
「白露たちだってどうしてあの子の面倒を見るのさ? どうせ違う鎮守府にいる僕(時雨)の子供だろう?
だったら見つかるまで施設に預けていればいいじゃないか!」
時雨の言葉に、
「あの子は・・・捨てられたのかもしれないんだよ?」
「・・・・・・」
白露は言葉を続けて、
「「門で待っていて」って言われて待ってたんだよ。 それなのに、親が来ないってことは捨てられた
可能性だってあるんだよ!」
「・・・・・・」
「それだったら、自分の子供じゃなくても”親代わり”に子供に会ったっていいでしょ?
それを”自分の子じゃない”からって知らない振りして、時雨は酷いよ!」
白露は以降何も言わず部屋から出て行く。
「・・・・・・」
時雨は無言のままだ。
「では、情報を集めて参ります。」
「お願いします、店は夕立と白露がいますので・・・」
未来は必要な荷物だけを持って店を後にする。
「それにしても・・・」
村雨は子供を改めて見つめ、
「本当に、時雨そっくりよねぇ~。」
まるで小さい時雨がいるみたいに、周囲を観察する村雨。
「何、お姉ちゃん? 僕何か悪い事しちゃった?」
いい子でいたつもりが怒られたと思ったのか、ビクビクする子供。
「あっ、ぜ~んぜん! とってもいい子ですよぉ♪」
村雨は笑顔で答える。
「お母さんは、いつ会えるの?」
「・・・・・・」
子供に聞かれると、凄く返答しにくい。
「お母さんは深夜まであなたのために頑張っているの、だからもう少し待ってね。」
村雨が優しく声を掛けるが、
「・・・お母さんは深夜まで仕事した事無いよ。」
急に顔を俯く。
「お母さんは、僕の事嫌いなの?」
「・・・・・・」
村雨たちは声を掛けられない。
「ねぇねぇ、聞きたいことがあるんだけど。」
白露が口を開いて、
「あなたのお父さんは誰かなぁ?」
白露の質問に、
「お父さん、わかんない。 お母さんとしか住んだことないから。」
「・・・・・・」
急にその場の空気が重くなる。
子供を寝かしつけた後、村雨たちが話し合いをする。
「つまり、別の鎮守府の時雨が1人で育てていたってこと?」
「・・・多分、そうかな。」
父親は不明だが子供の事を考え、それ以上の詮索をしないことにした。
「そして生活が困惑していたってこと?」
「・・・・・・」
「何か可哀そうっぽい~。」
夕立も下を向くが、
「でも、だからと言って子供を捨てる理由にはならないわ。 一刻も早く子供の親を見つけないと!」
3人で話している中、
「ただいま戻りました~。」
未来が戻って来た。
「おかえりなさい、どうです、何か分かりましたか?」
村雨の問いに、
「申し訳ありませんが、女将さんが期待する程の報告は無いと思いますが・・・」
そう言って、村雨たちに今回の情報を伝えた。
「まず、現存する全ての鎮守府を調べましたが・・・その中に子供を産んだ事のある時雨さんはいませんでした。」
「えっ?」
「ちょっと、どう言う事? じゃああの子は一体?」
白露の心配に未来は言葉を続けて、
「ただ、ケッコンをして鎮守府を去った艦娘の中に、時雨さんが1人該当しています。」
「えっ、それじゃあその時雨が?」
「念のため調べてみました・・・その結果。」
「・・・・・・」
「その時雨さんは、子供を1人産んでいます。」
「!? じゃああの子が?」
「はい、可能性は高いです。」
「未来さん、あの子の父親は分かりましたか?」
村雨の言葉に、
「ええ、ケッコンしたのですからすぐに身元が割れましたよ。」
「それで、父親は?」
「その鎮守府にいた提督です、しかし、彼はもう・・・病気で亡くなっていました。」
「!? 死んでたの!?」
未来の報告に驚く皆。
「突発性の病だとかで、発症後すぐに息を引き取ったとか。」
「・・・・・・」
「その後、時雨さんが子供を連れて鎮守府を去り、親子で生活していたそうです。」
「・・・それで、親である時雨の身元は?」
「残念ながら、そこまでの情報は見つけられませんでした。」
未来の報告が終わり、
「いえ、十分です。そこまで分かれば後は母親を探せばいいだけですから。」
村雨は納得する。
「やっぱり、提督が死んで困惑した生活の中で、必死に頑張ったけど育てられなかったのかしら・・・」
村雨は想像する。
「そうかもしれませんね、彼女の気持ちは分かる気がします。」
未来が口を開いて、
「だからって・・・捨てる理由にはならないわ! どんなに生活が苦しいからって守ってあげるのが愛情でしょう、
それなのに、子供を置いて行くなんて・・・」
村雨も元は捨て艦、捨てられた気持ちは痛いほどに分かっていた。
「あたしも時間があれば探してみるから。」
「夕立も協力するっぽい~!」
同じ境遇(白露と夕立も元捨て艦)なだけに村雨の気持ちは痛いほどに分かっていた。
「2人とも、ありがとう。 私も明日は臨時休業にしてあの子の親を探してみる。」
そう言って、今日の話し合いは終了した。
翌日、店を臨時休業した村雨は子供を連れて探してみる、
白露と夕立は午前中に遠征のため、帰還したら手伝ってくれるとの事。
「お母さんがよく連れて行ってくれた場所ってない?」
子供の記憶を頼りに母親を探そうとしている村雨、
「え~っとね・・・公園とか、お店によく連れて行ってくれた。」
「そうなの、優しいお母さんね♪」
子供の波長に合わせて話す村雨に子供は安心して、
「後ね・・・神社に連れて行ってくれたかな~。」
「・・・神社ねぇ~。」
この辺りに公園と神社と言えば、
「じゃあ、お姉さんと一緒に公園と神社に行こうか?」
「本当? わ~い♪」
村雨は子供を連れて歩いて行った。
・・・・・・
「さてと、私は・・・」
未来は村雨が歩いて行った場所と反対の方向へと歩いて行く。
「・・・・・・」
着いた場所は、白露たちがいる鎮守府とは別のとある鎮守府。
「失礼します。」
扉をノックして開けると、
「だ、誰?」
いきなりの訪問に驚く、その相手は・・・
「とりあえず、この子が思い当たる場所は全て当たって見たけど・・・」
村雨はがっかりして、
「手掛かりは一切掴めない、か。」
結局、子供と一緒に遊びに行った感じの一日だった。
「お姉ちゃん、今日は楽しかったよ。 ありがとう♪」
子供は笑顔でお礼を言う。
「いいのよ、今度はお母さんと一緒に遊びに来れればいいわね♪」
そう言って、店へと戻る2人。
夕方になり、
「あっ、女将さん おかえりなさい。」
未来が既に帰宅して待っていた。
「少しお待ちくださいね~。」
手際よく支度していき、
「どうぞ、今日の夕食はハンバーグです~♪」
村雨と子供の前に大きなハンバーグが置かれた。
「うわぁ~、ハンバーグだぁ♪」
子供が喜んではしゃぐ。
「いただきま~す! もぐもぐ・・・」
口いっぱいに頬張り、
「美味しい~!」
子供は満足げだ。
「良かったわね、じゃあ私も頂きますか。」
そう言って、村雨も一口食べたが、
「・・・未来さん、ハンバーグの味を変えました? いつもと違って味に違和感が・・・」
いつも店で出すハンバーグ定食と比べて明らかに味が違う、これは一体?
「はい、調理したのは”私ではありません”ので。」
「えっ?」
村雨は未来が一瞬何を言ったのか分からなかった。
「もう出て来ていいですよ。」
未来が合図すると厨房から人が出て来て、
「お、お母さん!!」
そこには、時雨がいた。
「お母さ~ん!!」
子供は走って行き、時雨にしがみつく。
「寂しかったよぉ~、うえええ~ん!」
泣き叫ぶ子供に、
「ごめんね、本当に・・・ごめんよ。」
時雨も子供を絶対に離さまいと強く抱き寄せた。
・・・・・・
「あなたは、別の鎮守府の時雨ね?」
村雨の質問に、
「うん、ここから離れた〇〇鎮守府に昔は所属していた。」
子供をあやかして寝かせた後、村雨の質問に応じる。
「〇〇鎮守府・・・」
未来は一瞬考え込む、
「? どうしたんですか未来さん?」
「いえ、風の噂ですが。」
未来が説明して行く、
「〇〇鎮守府はブラック鎮守府の部類に入っていて、艦娘たちは日々暴力を受けているほど扱いが酷いと聞いています。」
「ブラック鎮守府・・・」
村雨もその言葉を聞いて無言になる。
「でも、提督とケッコンして子供まで産んだのでしょう?」
村雨の言葉に、
「提督とケッコン? 冗談じゃないよ、無理やり提督の女にされただけだよ。」
急に表情が険しくなる時雨。
「無理やり・・・って?」
村雨は時雨の言ったことに耳を疑う、
「・・・私が時雨さんに今日会って来て事情を聞きました。」
そう言って、未来は今日の出来事を詳細に説明した。
・・・・・・
・・・
・
未来が別の鎮守府へ行ったのは、もちろん「時雨に会う」ためだ。
「? だ、誰?」
いきなりの訪問に時雨は驚く、
「初めまして、私は未来。 これでも一応艦娘です。」
「・・・初めまして、それで僕に何の用かな?」
当然、彼女がなぜ自分に用があるのかなど想像もつかない。
「あなたの子供を預かっています。」
「・・・・・・」
それを聞いた瞬間、時雨は無言になる。
「子供を引き取りに来て欲しいのです、母親であるあなたに。」
未来は率直に用件を言うが、
「無理だよ、僕にはもう育てる事なんて出来ないんだ。」
言葉と共に手を震わせる・・・悔しいのかそれとも別の感情が・・・
「でも、提督とケッコンして幸せな家庭を築いたのでしょう?」
未来の言葉に、
「提督とケッコン? 幸せな家庭? 冗談じゃないよ!」
時雨は猛反論する。
「僕はあの鎮守府で提督に「無理やり犯されたんだ」よ!!」
「・・・・・・」
「昔いた鎮守府は俗に言う”ブラック鎮守府”でね、毎日のように提督からの暴言と暴力が絶えなくて、皆怯えていたよ。」
「・・・・・・」
「僕も例に漏れず、「更なる改装の借りだ」とか言われて、提督の性処理に毎日のように無理やり乱暴されて・・・」
時雨は手をわなわなと震わせる、
「・・・・・・」
未来は無言のままだ。
「しかも、提督が「オレとケッコンしろ、オレの愛人になれ」とか言って来て・・・本当に酷い提督だったよ。」
「憲兵や本営に相談しなかったのですか?」
「相談は何度もした、でも効果は無かった。 提督の階級は元帥で、憲兵や本営ですら提督に抗議できる人間は
ほとんどいなかったんだ。」
「・・・・・・」
「それで逆らう資格も与えられなかった僕は、既婚の提督の奥さんになって・・・それから更に感情の捌け口にされて。」
「・・・・・・」
「もう限界だったんだ、これから毎日僕は提督の道具として一生を過ごさなきゃいけないっと思ったら・・・」
「・・・どうしたんですか?」
未来の言葉に、
「提督を・・・僕の手で殺したんだ。」
時雨から発せられた衝撃の事実。
「・・・・・・」
「元々提督は周りから嫌われていたからね、「提督は病に倒れて逝った」と本営では報告されたようだけど、
僕にとっては都合が良かった。」
「・・・・・・」
「それから僕は違う鎮守府・・・つまりこの鎮守府に再着任して、やっと普通の生活が出来るようになったのに。」
「・・・子供が出来たのですね?」
「・・・・・・」
時雨は無言で首を振る。
「すぐに提督に事情を説明して「堕ろす」か「産む」かのどちらかを選択されたんだ。」
「それで、産むことにしたんですね?」
「・・・うん。」
「・・・どうして産むことにしたんですか? 今の状況を考えたら育てる事なんて出来ませんよね?」
未来の言うことは最もだが、
「確かに堕ろした方が良いと思った・・・でも、子供に罪はない。 「堕ろす」って事は「殺す事」と一緒でしょ?
まだこの世に誕生もしていないに・・・生きようとしている命を殺すなんて僕には到底出来なかったんだ!」
「・・・・・・」
「産んだ後、最初は鎮守府の皆も協力してくれて子供との生活は楽しく過ごせた。 でも、イベント海域出撃や
長期間遠征とかで鎮守府を離れることが多くなったから徐々に子供の育児が出来なくなってきて・・・」
「・・・・・・」
「僕では「この子を幸せに出来ない」と思った途端、残酷だろうけどあの鎮守府に置き去りにしたんだ。」
「・・・・・・」
「あの子には幸せになって欲しいから、それで僕は・・・あの鎮守府に連れて行って、「門で待っててね。」と
子供に待っているように言ったんだ。 本当は辛かったけど、僕にはそうするしか・・・」
時雨がこれまでの経緯を鮮明に話した。
「それで、子供はどうするのですか? 引き取りに来ていただけないのでしょうか?」
未来の言葉に、
「無理だよ、捨てた僕にはそんな資格も無いし、あの子だって親が僕じゃない方がいいんだ。」
時雨の勝手な判断に、
「あなたって本当に、自分勝手な人間なんですね!」
未来の言動が急に荒くなり、
パァン!! (強烈な平手打ち)
「!!? な、何をするんだよ!」
未来の行動に驚きつつも、反論する時雨。
「資格が無い? 親じゃない方がいい? あなた何様なんですか?」
「・・・・・・」
「あの子の親はこの世界中どこを探しても”あなた”しかいないんですよ!」
「・・・・・・」
「ならどうして堕ろさず産んだのですか? こうなることは最初から分かり切っていた。 それでも、命がどうだから
殺せないって、結局自分にとって都合のいい言い訳じゃないですか!」
「・・・・・・」
「あの子は、店で預かってからずっと「お母さん、お母さん」と言って、ずっと母親を待ち続けているの、あの子の願いは
ただ一つだけ、「お母さんに会いたい」、ただそれだけなんですよ!」
「・・・・・・」
「それなのに、資格が無いとか親じゃない方がいいとか余計な事ばかり言って・・・あなた何様ですか!?」
「・・・・・・」
時雨は何も答えられない、
「分かりました、あの子は私の手で”処分”致します。 時雨さんは子供のことなど気にしないで鎮守府で頑張って下さい!」
「! えっ? 処分するって・・・何をするのさ!?」
”処分”と聞いて時雨は顔を上げる、
「時雨さんには関係ありませんよ、あなたは今さっき「親としての資格が無い」と仰ったばかりではありませんか?」
未来がにやけた表情で時雨に語り掛ける。
「だから、あの子をどうするつもり・・・まさか!?」
時雨の脳裏に「処分」と言う言葉が鮮明に映し出され、
「止めてよ! そんな事しないで! あの子に罪なんて無いんだよ!!」
未来に掴みかかり、必死で反論するが、
「あなたが言う資格があるんですか? 子供を捨てた時雨さんに・・・他人に「止めて」と言う資格があるのですか?」
「・・・・・・」
時雨は何も言い返せない、
「とにかく、時雨さんを説得させようと思いこの鎮守府に来ましたが無駄足でした。 あの子のこれからの運命は
こちらで決めさせていただきます、それではさようなら。」
そう言って、時雨の手を払い、未来は部屋から出ようとして、
「ま、待ってよ!!」
時雨が叫ぶ、
「お願い、あの子を処分することはしないで・・・お願い。」
時雨は泣きだして、
「任務が落ち着いたら必ず、迎えに行くから・・・お願い、あの子は処分しないで・・・お願い。」
母性が目覚めたのだろうか、子供を迎えに行きたいと必死で懇願して来た。
「お願い・・・お願い・・・」
時雨の必死の願いに、
「でしたら、今すぐ会いに行きませんか?」
「えっ?」
時雨は顔を上げる、
「今日は特別任務とかは無いんでしょ? でしたら会いに行ってあげてくれませんか?」
「・・・・・・」
「「お母さんが迎えに来てくれた」と安心させてください、時雨さん。」
「・・・・・・」
未来の願いに時雨は無言で首を振った。
・・・・・・
・・・
・
「そうだったのね。」
村雨も事情が分かり、
「でも、だからって子供を捨てようとしたのは間違ってる! 私だって捨て艦だったからこの子の辛さが
痛いほどに分かる。 あなたは捨てられた側の気持ちが分かるの?」
堪えていたであろう、堰を切ったように村雨が叫ぶ。
「・・・・・・」
「自分が育てられないから捨てたなんてただの言い訳、子供にとって一番の幸せはね・・・
母親の側にいることが一番の幸せなのよ!」
「・・・・・・」
「それなのにあなたは自分の立場上の理由で捨てようとした。どうして子供の気持ちを考えようとしなかったの!?」
村雨の怒声に、
「そうだね・・・ごめんなさい。」
時雨は謝り、
「もう二度と子供を捨てるような真似はしては駄目、本当にこの子を想っているなら
子供から離れるようなことは絶対しないで!」
「・・・うん、分かってる。」
時雨の腕の中ですやすやと眠っている子供を見て、何かを決意する。
「こんな時にお願いをするのは悪いけど・・・子供を少しの間、預かってもらえないかな?」
「? 子供を預かって欲しい?」
村雨は一瞬良からぬ考えを持ったが、
「本当に少しでいいからお願い、預かってくれないかい?」
「・・・・・・」
時雨の目に何一つ濁りの無い瞳を見た村雨は、
「分かったわ、少しだけよ。」
「ありがとう。」
時雨は子供を村雨に託し、時雨は店から出て行った。
「・・・時雨が帰って来ませんね。」
あれから数時間、時雨が戻ってくる事は無い・・・逃げたのだろうか?
「もし、返って来なかったらこの子をどうしますか?」
村雨の言葉に、
「女将さんはどうしたいですか?」
未来は分かっているようで、質問を返す。
「・・・もちろん、放っておくことは出来ませんので。」
「・・・ですよね。」
あくまで「時雨が戻って来なかったら」の場合だが、その時は「子供を育てよう」と心に決めていた村雨。
・・・・・・
それから少し経ち、時雨が戻って来た。
「ごめんね、ちょっと時間が掛かっちゃった。」
「本当よ、もしかして逃げたのかと思ったわ!」
村雨は本音を吐く、
「ごめん、手続きを終えるのに時間が掛かってね。」
「? 手続き?」
「ああ、僕の問題だから・・・それじゃあ子供を貰うね。」
そう言って、床で寝かせていた子供を時雨は抱き寄せ、店から出ようとした。
「今日はここで泊まっていいわよ、もう深夜だし親子で外に出たら危ないでしょ?」
「えっ? でも・・・」
時雨は躊躇うが、
「いいのよ、子連れの親からお金なんか取ろうと思わないけど、今日は特別よ。」
そう言って、部屋に案内する村雨。
「あ、ありがとう。」
子供を抱いたまま、時雨は部屋の奥へと入っていく。
・・・・・・
翌日、
「お世話になりました。」
時雨が深々と礼をする。
「鎮守府の任務を全うしつつ、子育てもきちんとするのよ。」
村雨が念を押すが、
「ああ、それなんだけど実は・・・」
時雨が子供を見て、
「昨日づけで僕は退任したから。」
「えっ?」
村雨は驚く、
「考えて見たけど、鎮守府で生活しつつ子供を育てるなんて無理があるから・・・だから、子供の事を考えて
昨日づけで提督に退任届を出してきたんだ。」
「でも、それじゃあ生活はどうするの? 今後の働き口は決めているの?」
村雨の言葉に、
「鎮守府生活で貯めた貯金があるから、当面はそれで生活して行こうと思ってる。」
「・・・・・・」
「今はこの子の側に長く居てあげた方がいいと思うんだ。」
そう言って、子供を抱える時雨。
「そう・・・」
村雨は何か言いたげだが、子供のため本人が決めた事に何も言えない。
「分かった、元気でね時雨。 困ったらいつでも相談に乗るから店に来て。」
「ありがとう・・・じゃあ、さようなら。」
時雨は子供を連れて歩いて行った。
・・・・・・
・・・
・
後日、白露たちとお茶会をして、
「そっか、時雨は鎮守府を辞めたんだ。」
白露が口を開き、
「大丈夫っぽい~? ちゃんと育てられるっぽい~?」
夕立も心配するが、
「分からない、でも私たちがそこまで踏み込む問題ではないから、あの親子の幸せを祈るだけよ。」
「まぁ、そうだね。」
「祈るっぽい~♪」
2人の無事を祈る3人。
「それにしても・・・」
白露たちは時雨を見る。
「な、何だい?」
3人に凝視されて時雨は戸惑う。
「同じ時雨でも性格は違うんもんだね。」
「そうね、一方は子供のために仕事まで辞める子供想いの時雨だったのに・・・」
「「自分には関係ない」からって、知らない振りをする酷い時雨もいるっぽい~。」
3人の言葉に、
「あれは・・・いや、だって!」
時雨が反論しようとして、
「ほらね、すぐに言い訳する・・・今回の事で時雨には少し失望したかな~。」
村雨の言い分に、
「そうだね、時雨とはしばらくお話ししな~い。」
「夕立は未来さんに褒めて貰いに行くっぽい~♪」
白露と夕立も時雨を無視して、
「ちょっ!? 皆!」
時雨1人だけ部屋に残された、
「何だよ、皆揃って・・・」
時雨は不満げだが、今回の事に関しては自身も反省すべきだと感じた。
「僕の子供かぁ・・・確かに、子供が出来たら凄く可愛いんだろうなぁ。」
あれだけ拒否していた割に、急に子供に対して関心を抱く時雨だった。
・・・・・・
「お母さん、こっちこっち。」
時雨と子供は公園で遊んでいた。
「こらこら、そんなに慌てちゃ危ないよ。」
「大丈夫・・・ってあわわ。」
ズテッ (転倒音)
「うわあああ~ん。」
子供は泣き叫ぶ。
「もうっ、だから危ないって言ったのに。」
子供を起こして、傷が無いか見る。
「・・・どこも擦りむいてないね、次から気を付けるんだよ。」
「ぐすっ・・・うん、お母さん。」
そう言って、また走り出す。
「こらこら・・・」
危ないと言ったのにまた走る子供を見て、心配しつつも時雨は笑顔だ。
「・・・・・・」
時雨はポーチから何かを取り出す・・・取った物は小さめの巾着袋?
「・・・・・・」
あの時、
時雨が子供を連れて店から去る直前に、
「時雨さん、私にはこのくらいしか出来ませんが。」
未来が時雨に何かを渡す、
「? 巾着袋?」
時雨は不思議そうに受け取る。
「お守りですよ、今後のお2人の安全を願ってです。」
「・・・ありがとう。」
巾着袋をポーチにしまい、
「じゃあ、さようなら。」
未来と店を後にして立ち去った時雨。
・・・・・・
「お守り・・・」
「赤の他人なのに、お守りまで用意してくれるなんて・・・何て気前がいい人なんだろう」と思った時雨。
「何のお守りかな? 安全祈願? いや、家族祈願かな?」
時雨は子供に渡そうと思っていて、巾着袋を開いて見た。
「あれ? これって?」
しかし、入っていたのはお守りではなく、
「通帳?」
どう見ても通帳で、お守りは入っていなかった。
「・・・・・・」
時雨は通帳を開くと、挟まっていた紙がひらひらと落ちた。
「?」
紙を拾うとそこには・・・何か書いてあり、
時雨さんへ、
本当は貯金なんて無いのでしょう? もしくは数日間過ごす程度の資金位で。
親子の当面の生活費を誠に勝手ながら入れて置きました。
子供と幸せに暮らして行けるように願っております。
追記:暗証番号は、〇〇〇です。
「全てお見通しだったんだ。」
ブラック鎮守府での生活は給料はほとんど貰っておらず、新しく入った鎮守府はまだ着任したてで
給料も安く貯金できる程ではなかった。
「この金額・・・未来さんは一体どんな職業に務めているんだろう?」
金額を見る限り、とても村雨がいる店だけで貰えるとは思えない程、高額だ。
「・・・・・・」
時雨は通帳を巾着袋に戻して、
「お~い・・・そろそろ宿屋に行こうか。」
子供を呼んで戻ってくる。
「うん、お母さん。」
時雨は子供のと手を繋いで宿屋に向けて歩いて行った。
1か月が経ち、
「あの親子はきちんと生活しているのかしら・・・」
店のカウンターで村雨がぼそっと呟き、
「大丈夫ですよ、あの親子ならきっと。」
未来が答えると、
「何か確信があるような言い方ですね?」
「いえいえ、店から去る時に見た2人の表情を見たら「大丈夫だろう」と思っただけです。」
「うん、そうですね。」
時雨たちの話を終え、
「今月もお疲れ様です。 はい、今月の給与です。」
「ありがとうございます。」
村雨から給料を貰う未来、
「大分貯まったのではないですか? 未来さんがあまり消費している所を見たことがありませんので・・・」
「いえ、そうでもないですよ。 今、私名義の通帳にはお金は入っていませんし。」
「そうなんですか? 未来さんは意外と浪費家なんですね~。」
「意外です」な顔をする村雨。
「貯金はしていたのですが、最近使って残金はゼロです。」
「最近? 一体何のために全額下ろしたんですか?」
「それはひ・み・つです!」
「・・・・・・」
村雨がじっと見つめて来るので、
「そうですね、人の役に立つために消費しました。」
「? 人の役に立つため?」
村雨は首を傾げる、
「それ以上は言えません、許してください!」
未来のお願いに村雨もそれ以上の詮索はしなかった。
・・・・・・
更に1か月が経過して、
未来宛てに時雨から手紙が届いた。
子供を預けられる職場に就けたとの報告と、「安全祈願」と書かれたお守りが同封されてあった。
「時雨の子供!?」 終
悲しいなぁ、
雨はいつかやむさ
時雨は病んでいるか、デレデレかの両極端艦娘だな。
根本的疑問?
何故、ボク子?
西村艦隊だと『最上』もボク子だから、どうもキャラの差異が難しく被る。
ちなみに時雨、飲兵衛キャラの同人誌もある。蛸壺屋TK同人誌『艦娘、太平洋戦争シリーズ6巻『あ号作戦への道』』この同人誌シリーズだと時雨は飲兵衛キャラである。
3さん、
その同人誌、今度調べてみます♪
時雨について、
確かに、ヤンデレかデレデレですよね~。
他のSSをたまに読みますが、どちらかが多いです。
なので、私のSSに出る時雨は「真面目」な時雨を
書いております~♪
こんな時雨もいいかな~って感じで♪
蛸壺屋『TK』同人誌
『テートクの決断』
艦娘による太平洋戦争シリーズ
最初に『警告』しておきますが、リアルな戦争で、艦娘は次々と死んでいきますから覚悟が必要です。
内容は資料を丹念に研究しており、高品質です。
5さん、
ネットで調べて一部読んで見ました~。
確かに死にますね、出撃どころか訓練中に首を吊ったりと。
昔の戦争時代はこうだったんだな、と実感しました。
時雨
佐世保海軍工廠出身
長崎弁で凄まれたら怖そうである。